再び精霊王と

 

序、被創造者の集い

 

王都でプディングを食べるパミラ。おいしい。そう思う。ちょっと味付けが濃すぎるが、まあ美味しいのだからいい。肉体を作ってあるのだ。こう言うときくらいは、食事を味わいたい。

ただ仕事もしなければならない。

今共闘関係にあるあの存在は、今もライザの事を警戒している。

ただし、ひょっとしたらとも思っているようで。

パミラは今回も、監視役として様子を見に来ている。

まだ直接会うつもりはないが。

そろそろ、顔を出しておこうかなとも思う。

ライザは例のものが効いているようで、明らかに頭の働きが鈍くなっているはずだが。

それでもパミラが知っている古代クリント王国の錬金術師の大半より、現状では出来る存在である。

いや、大半どころか。現状のセーフティが掛かった状態ですら、もう上か。

しかもこれできちんとした正義感まであるのだから、言う事がない。

この世界の錬金術師はあらゆる意味で腐った連中だったが。

千年以上の歴史の中で、やっとまともな人間が出て来た、のかも知れない。

ライザの面白い所は、子孫に全く期待している節がないという事で。

その辺りは、血統を盲信しがちな他の錬金術師と、明確に違う所だった。

血統の盲信が悲劇を生んだ。

それについては、パミラもかの存在と話して、知っている。

そして、憤りも覚えている。

普段は幽霊として世界の監視に留まる存在であるパミラが。

わざわざ肉体を用意して、この世界のために動いているのも。

人間があまりにも不甲斐ないからだ。

ライザはこんな世界でも、人間が滅びるのは看過できないと思っているようだが。

パミラはいっそ一度更地にしてしまうのもありではないかと考えている。

それくらい。

この世界に対する失望は大きい。

以前パミラが足を運んだ「黄昏の世界」も酷かったが。この世界ははっきりいってそれ以上のダメさだ。

黄昏の世界では、幽霊のまま干渉しなかったパミラが。此方では積極的に動く気になるほどに。

はっきりしているのは、この世界でも人間はそのままではいけないと言うこと。

ありのままの人間が万物の霊長だなどとほざいているから、何処の世界でも人間は世界を滅ぼしかけるのだ。

すっと、影が側に姿を見せる。

王都の周辺の総括をしているカーティアだ。

あの存在の手足となって動く一族の者である。

必要に応じて、各地に派遣される一族の者は。

現地の人間……王都で言えば王族や貴族と交配して子孫を作り、それを上手に活用して現地に溶け込みながら実働能力を拡大する事もあるが。

カーティアのように、戦士として基本的に振る舞う者も多い。

基本的に人間と交配することに抵抗は無い者達だが。

それは、彼女らの希望。

「1」であるアインを救うためでもある。

覚悟が決まっているなと、パミラはいつも思う。

とはいっても、この一族は出自からして独特だ。通常の人間とはあらゆる意味で思考方法が違うのだから、それも仕方がないのかも知れない。

流石に二代三代と人間と血を重ねていくと、だいぶ人間に近付くようだが。

「コマンダー。 主要人員を集めました」

「分かったわー。 じゃあ、移動しましょうか」

「はい」

パミラはプディングを食べ終えると、店を後にする。

そして、王都の農業区に移動。

此処が、一番人間が少ない。

数人の一族の者が来ていた。

いずれも歴戦を重ねている。

一人だけ、男性がいるが。それは二世の者である。この王都で現状一番金を持っている貴族の嫡男である。

差別意識が強い王都の貴族も、この一族の優秀さは認めざるを得ないらしく、いい縁談がない場合妻として一族の者を欲しがる事も多い。王族や他の貴族が血を取り込んでいるのも大きいのだろう。

だがそれは。

いざという時、この王都の主要貴族の首が一晩で全て落ちる……王族も……という事を意味している。

今は、まだない。

だが、また錬金術を王都で研究し始め。

門を開いて植民地を増やそうとか馬鹿な事を考え始めたら。

かの存在は、容赦なくそれを指示して。

場合によっては、王都を潰す事を決断するかも知れないし。

パミラもその場合は、容赦なくやるだろう。というか、あまりの醜態を知っているかだろう。手心を加えられる自信がちょっとない。

「定例会議を始めます」

パミラを除くと一番この中で高位のカーティアが。淡々と状況を述べる。

今の国王は実に無能な人物で、主要貴族の言いなりのままであるそうだ。

まあそれについては据え置きだ。

なお跡取りもいずれもボンクラばかりであり。

王族が優秀などと言う夢は、どこにも存在しない。

まともなのもいるが、それはみんな此処にいる一族の息が掛かっている。

井戸の中の蛙達は、自分達に紛れてドラゴンが眠っていることに、気付けていないのである。

「相変わらず王都で良心と言えるのはアーベルハイムだけなのねー」

「はい。 アーベルハイム卿は次々と武勲を立て、近いうちに伯爵に就任する予定のようです」

「どうでもいいわー、そんな爵位」

「全く。 それでも、アーベルハイム卿の発言力が更に増すのも、事実とは言えるでしょう」

それで王都がまともになればいいのだが。

アーベルハイム卿だけでは、自浄作用は働くまい。

事実心ある僅かな貴族は、既に王都に見切りをつけて、離れる算段を始めているくらいである。

まあ、多少でもまともな頭があれば、そう考えるのが当然。

大半の貴族には、それすら考えられないという事である。

「最大懸念事項のライザリンですが、現在潜水する装置を用いて、「星の都」の調査をしているようです」

「あらー。 かなり鈍っていると思っていたのに。 そんな事が出来ているのねー」

「セーフティーは確かに掛かっています。 それなのにこれは……」

「さながら神代の頃の錬金術師のようですな」

唯一の男性幹部がそう言う。

顔立ちは一族の者に似ているが、かなり感情が強く激情家だ。

なお、かの者の所に案内はされ。

アインとも顔を合わせ。

その辿った道を知っているから。今の人類にも、錬金術師にも、強い怒りを抱いている一人である。

「ケイン、余計な手出しはしてはだめよー?」

「分かっております、コマンダー」

「それでは解散」

「はっ」

その場には誰もいなかったかのように。

皆、いなくなる。

さて、プディングは食べたし。少しライザの様子でも見に行くか。

そう、パミラは思った。

 

早朝に農業区にあたしは出向く。

すれ違ったのは、フードを被った人影。

気配はとても薄かったが、やはりあの人、オーレン族なのではあるまいか。

いずれにしても農家の人間と同じく、朝はとても早いようである。

それについては、別になんとも思う事はない。

カサンドラさんが農作業をしていたので、挨拶する。

「ライザ、この肥料良いねえ。 凄く効くよ」

「作物次第では毒になりますので、何を育てるかは説明をお願いします。 その度に調整しますので」

「ああ、分かってる」

さて、見せてもらうが。

確かによく育っている。そろそろ出荷できる作物もあり、とてもみずみずしかった。

農業区が差別が受けているのはもうどうしようもない事実だ。

農業区に足を運ぼうとすると、それだけでゴミでも見るような目であたしを見て来る奴が何人もいた。

別にどうでもいい。

生活の基盤となっている農業や漁業を馬鹿にするような奴は、それこそ死ねば良いのである。

自分達の食事がどこから来ているか、想像すらできないような連中は。

脳みそなんて持っていないのと同じだ。

「さっき、奧の畑の人らしい人影とすれ違いました」

「あの人、私より早く起きて作業をしていたよ。 多分だけれども、日が照る前に植物の調整をしているんだろうね」

「……」

ざっと見た感じ、本当に雑多な作物だ。

なお、他人の畑に手出しは厳禁。

これはクーケン島でも他でも同じだ。

基本的に畑の所有者にとって、何をしているかはまったくことなる。

雑草がぼうぼうでも、実はいわゆる休耕をしている事もあるのだ。

畑の土も生きている。

作物を常に作っていると、やがて土は死んでしまう。

一事が万事そんな調子なので。

他人の畑に手を出す事は、例え専門家でも許されない。

それが現実である。

ただ、それでもだ。

何をしているのかは、気になるのだが。相手はオーレン族の可能性も高いし。

「あの畑の人と話はしましたか?」

「いや、殆ど喋らないね。 とにかく寡黙だが、動きは的確極まりないよ」

「……」

オーレン族なら、素のスペックはこっちの人間より上だろう。

例えばリラさんは強い戦士をたくさん排出している白牙氏族の出らしいが、聖地の守備隊のようなことをしていたキロさんにいたっては、そんなリラさんより更に格上の使い手だった。

キロさんくらいになると、多分素の能力でこの王都の弛んだ警備なんて、まとめて畳むと思う。

フィルフサとの何百年もの戦いで鍛え抜かれた戦士だ。

それくらいの実力はある。

側にいて、生きている雷のようだと思ったけれども。

こうして、人間が多数集まっている街に来ると、それが比喩でもなんでもない事が分かるのだ。

あたしの畑も調整。

そろそろいいだろう。

今日の夕方にでも、カリナさんを案内する。

充分に注文された植物は、畑に根付いている。

元々田舎出身だろうカリナさんは、恐らく畑に抵抗もないはずだ。

「夕方くらいに、学生さんを連れてくるかも知れないです。 上手くスケジュールが進んだら、ですが」

「なんだか聞いたけれど、近隣の危険な魔物を次々に仕留めてるんだって? 大丈夫なのかい?」

「大丈夫ですよ。 今までは、ですが」

「やれやれ、元々強いとは聞いていたが、余裕の様子だね」

余裕では無い。

ちょっと今日は、本気で危ないかも知れない相手とやりあうのである。

そこで、仲間全員にスケジュールを調整して貰って、一緒に出られるように頼んでおいた。

多分、いけるとは思う。

殺し合いになるとは限らない。

それに、武装もエーテルを使って増やしておいた。

「それにしても、あんたが誰かと結婚しないで子供も作らないのはもったいないように思うんだけどね」

「またそんな。 うちの両親みたいな事を言いますね」

「私はもう適齢期を過ぎて嫁のもらい手もいないからね。 この生き方を後悔はしていないけれども、それでも他人も同じで良いのかと思うと、ちょっとね……」

「……実は錬金術を使えば、子供だったら一人で作れそうなんですよね」

声を落として、ひそひそと話す。

まだ検証段階だが、自分自身の要素をエーテルを使って分解して、更に増やす事で、可能だとあたしは判断している。

それだとあたしのコピーが出来るだけだけど。気になるなら誰かしらの髪の毛かなにかを使って、それで他人の要素を混ぜれば良い。

まだ試験段階だが。

出来る事は出来そうだ。

あたしは異性というか性そのものに興味がないので。

多分今後も、誰かと関係を持って子供を作る事はないと思う。

ただ。あたしはアンチエイジングするつもりがなくなった場合。

錬金術を、必要な人間に引き継ぐ必要がある。

このままだと人類は滅ぶ。

タオが二千年もたないと言っていたっけ。

かといって、古代クリント王国の連中のようなのが出て来て、錬金術を好き勝手にしたら、それはそれで許されない。

もっと早く世界は滅ぶことになるだろう。

だから、いずれ子供は文字通りの意味で「作る」かも知れない。

あくまで未来の話だ。

「錬金術ってのは、なんでも出来るんだね……」

「資料によるとホムンクルスというそうです。 結局の所人間を作るのと仕組みはそれほど違わないらしいので、余程変な仕組みでも組み込もうとしない限りは、普通に人間として生きられると思いますが……」

「やれやれ参ったよ。 確かに子供を産むのに人間はもの凄く消耗するからね。 自分のおなかを痛めずに子供を産めるなら、それに越したことは確かに無いね」

理解があって助かる。

さて、とりあえずはここまでだ。

畑を後にして、戻る事にする。

ちなみにホムンクルスの研究はまだ始めたばかりだが、一部成功している。医療関係の技術として、指とか皮膚やら肉やらを作れるか、自分で試してみていたのだ。

結論としては出来た。

要素次第では、胎児だって作れる。

ただその胎児が、どのくらい無事に育つかはちょっと分からないので。まだ試験中ではあるのだが。

何より今は、その試験を進めている時間的な余裕がない。

アトリエに戻ると、今日もパティが来ていた。

丁寧に挨拶をしてくるパティ。

戦士として、あたしを尊敬してくれているのが分かる。

此方も礼を返して、軽く体を動かす。

クラウディアも来た。クラウディアにも胸当てを作って渡してある。

クラウディアはパティと同じように白を基調とした胸当てを身に付けているのだが、要所に金を入れている。

これはおそらくだけれども、宝石が好きだからなのだろう。

ゴージャスな色が好きなのだ、クラウディアは。

それでいながら、金が下品にならないように凄くデザインが洗練されている。

同じ素材をデニスさんに渡したのに、こうも変わるものなんだなと、ちょっと驚かされる。

「おはようございます、クラウディアさん」

「おはようございます、パティ。 ライザ、どう、この胸当て」

「うん、凄く似合うよ」

「ふふ、ありがとう。 ライザが作ってくれた装備、とても大事に使って来たのだけれども、新しいものが貰えるとやっぱり嬉しいね」

軽く体を動かした後。アトリエに入る。

ボオスとタオ、それにクリフォードさんが来てから、ミーティングをする。

今日は探査範囲を拡げる。

そして、既に感じ取った気配。

恐らくまだ寝ぼけだろうが、目覚めただろう星の都の王。

精霊王と接触したい。

それを話すと、タオが大きく嘆息した。

「レントがいたらなあ」

「力自慢の戦士だったな。 何があったんだ」

「どうもスランプみたいでね。 王都の近くにはいるみたいなんだけれども、連絡の返事が来ないんだよ」

「少し前にあったけれど、本当に調子が悪そうだったの。 戦いの腕は落ちてはいないようだったから、それだけはいいのだけれどね」

クラウディアも、少しずつクリフォードさんと話してくれるようになっている。

あたしとしては、それは有り難い。

とりあえず、投擲が得意そうなクリフォードさんに、爆弾を幾つか渡しておく。使い方のマニュアルも。

投げれば爆発するような代物では無い。

使うためには、幾つものセーフティを解除する必要がある。

それだけ危険なものなのだ。

「なるほどな、これを俺に預けてくれると言う事は、信頼してくれているんだな」

「ただ、使うタイミングは、あたしが指示したときにしてください。 これらの破壊力は、もう見て知っているでしょう」

「ああ、分かってる。 使わずに済ませたいものだな」

頷く。

そして、精霊王についての説明をしておく。

エレメンタルとは姿が全く違う事や、見かけに関しての年齢は恐らく操作可能であること。

実力は生半可なドラゴンでは及びもつかないこと。

これらを説明すると、クリフォードさんは考え込む。

「本当に大丈夫か? 戦闘になったら、星の都が沈んだりしないか?」

「その時はその時。 急いでエアドロップで脱出します。 今回は荷車が重くならないように、一直線で目的地に行きます」

「……分かった。 それしかないだろうな」

意見は纏まったか。

咳払いしたのは、ボオスだ。

「調査予定の時間を決めておいてくれるか」

「ああ、そうだね。 最悪の事態に備えないと」

一応夕刻。ダメでも夜には戻る。

そう告げると、おおざっぱすぎるとボオスは嘆く。

タオがなだめる。昔だったら、とても考えられない光景である。

「ボオス、ライザは前からこうなんだから、もう諦めるしかないよ」

「朝はあんなに早いのに、どうして他の事がこうルーズなんだ」

「ルーズってあんたねえ」

「まあまあ。 ボオスくん、いざという時の連絡はお願いね」

クラウディアもそう取りなしてくれる。

パティは形容しがたい表情のまま固まっていたが。

「私は、とりあえず足手まといにならないように頑張ります」

「誰だって最初は出来ないのが当たり前なんだ。 だから、自分のペースで強くなってくれれば大丈夫だよ」

「ありがとうございます!」

タオに言われると本当に嬉しそう。分かりやすくて可愛いものである。

フィーが飛び回って、フィーフィーと鳴く。

時間か。

出かける事を宣言すると。

皆、実戦経験者だ。

表情を引き締めて、立ち上がっていた。

これから、今までとは比較にならない相手と戦う可能性がある。全員、その覚悟は、既に決まっていた。

 

1、星の都の今の主

 

街道を抜けて、湖畔の村に。

途中で魔物を数体蹴散らしたが、それくらい。

ただ、倒しても倒しても人間を襲うのは出てくるから、恐らくはこの辺りの魔物はまだまだたくさんいるし。

あたし達がいなくなれば、すぐに街道に戻ってくる奴も多いだろう。

本来だったら、王都の警備がもっと積極的に駆除しなければならないのだが。

ヴォルカーさん一人だけだとやっぱり限界はある。

責めるわけにもいかない。

もっとましな貴族がいれば話は別なのだろうが。そうもいかないのが、悲しい所である。

湖畔の村で、クラウディアが顔役と話をつけていた。

そして、案内されたのは、襤褸小屋だ。

此処を好きに使って良いという。

何回か助けた恩というよりも。

クラウディアが、知り合いの戦士に、ここへの常駐を頼んでくれたらしい。

それが原因らしかった。

「狭い小屋だけれども、物資の中間集積地としては悪くないかな……」

「ただ掃除とかすると、一日かかっちゃうね」

「それなら、うちの商会でやっておくように手配しておくから大丈夫だよ」

「ありがとうクラウディア。 助かるよ」

クラウディアは、胸当てを指して。これの料金だという。

まあ確かに、貴族が尻込みするくらいの価値があるそうだから、それくらいの事はしても当然かも知れないが。

どうにもあたしにはぴんとこない。

あたしはたくさんのお金を扱うのは向いていないと思う。

だけれども、それが悪い事だとは、思わなかったが。

準備は整ったので、エアドロップに全員で乗る。

しっかり全員で乗れる広さがある。皆が狭い中窮屈をするわけでもない。

「中に入ったら、予定通り一直線に行くよ。 地図はもう出来ているよね」

「問題ない。 僕が先導するよ」

「よし……」

精霊王が多分いることが分かった翌日。一日を掛けて、精霊王のいる部屋へのルートの地図はしっかり確認したのだ。

向こうから恐らくは仕掛けてこないことも確認した。

問題は、実際に会ってみるとどうなるかわからない、ということだが。

それについては、もう当たって見るしかない。

攻撃を仕掛けてくるようだったら、それはそれで仕方がないが。

その場合も、やられてやるつもりはない。

「じゃ、しゅっぱあつ!」

エアドロップを操作。

そのまま移動する。

湖の中の生物も、仕掛けて来る様子はない。しっかりバリアは作動している。

無言で移動を続けて。いつものように星の都に出る。

殺気の類は感じない。

何体もこの辺りを縄張りにしているサメを仕留めてきた。

倒しても倒しても次が来たが。

昨日遭遇したサメは、あたし達を見るとさっと逃げに入った。

もっと格上のサメが、悉く返り討ちに遭ったのを悟ったのだろう。

こういう賢いのが一番危ないのだが。

それでも、どうにかするしかないだろう。

今日も、そのサメらしいのが陸に上がってエサを物色していたが。 あたし達を見ると、さっと逃げ出す。

やっぱりあいつ、かなり危ないな。

帰路に消耗していたら、襲いかかってくるかも知れなかった。

「周囲安全。 問題なし」

「了解。 行軍」

ハンドサインで会話して、即座に奧へと移動開始。

移動速度はかなり高めだ。

遺跡の中は、移動しやすいように少しずつ整備している。

荷車も、スムーズにいけるように。

一部の破損した通路などは、修復をわざわざ掛けたくらいだ。

そういえば、だが。

霊墓の鍵について、アンペルさんが欲しいと言われたので渡してある。アンペルさんは今は書類を中心に調べているそうだが。あたし達が踏破した遺跡も、調査してくれるらしい。

まああたし達はもう用はない。

アンペルさんとリラさんが、別方向から何か分かるのなら、それはそれで良いことだと思う。

無言で移動して、奥へ奥へ。

向こうも此方に気付いた。

ただ、やはり戦意はないようだ。

ただ、とんでもなく魔力が大きくて、冷や汗がでる。あたしがフルパワーで総力攻撃を叩き込んでも倒せるかどうか。

錬金術でエーテルを大量に絞り出すようになって、あたしの魔力量は滅茶苦茶に上がったけれども。

それでも、魔物にはあたしよりも魔力量が多いのがザラにいる。

それは分かっているので、油断はしない。

パティが冷や汗を掻いているのが見えた。

パティを死なせる訳にはいかない。

今はともかく。未来は世界最強に手が届くかも知れない子だ。

人材は生えてこない。

後輩の成長の苦労を、少しでも減らすのが先達の役割だ。

階段を走り上がる。

そこには、大きなドーム状の建物があった。

どういう構造なのか、外から見ても分からない。

複雑に絡んでいる回廊の中で、そこだけ露骨に大きなスペースが取られている。

動力炉は、流石に古代クリント王国以前のテクノロジーでも、これだけ大型にせざるを得なかったのだろう。

無言で皆を見回す。

大丈夫、腰が引けている者はいない。

後は、やるだけだ。

あたしが真っ先に踏み出す。

壁の一角に、魔力の壁みたいなのがある。触って解析しようと思ったら、すっと向こうに突き抜けていた。

そして。そこは庭園のようになっていて。

噴水まである。

噴水か。

そしてその噴水の上には。

椅子に腰掛けてまどろむ、人のような姿。

今まで目撃した精霊王は、みな若々しい姿をしていたが。その中で、一番落ち着いた雰囲気の。

金色の髪の毛を持つ女性にみえる存在が、鎮座していた。

皆遅れて突入してくる。

あたしは手を横に。

まだ戦闘になるとは限らない。

咳払いすると、話しかける。

「始めまして。 錬金術師ライザリン=シュタウトです」

「……しばらく此処に侵入と撤退を繰り返していたのはキミ達だね。 僕は……あれ、誰だったかな。 ずっとずっと眠っていたから、忘れてしまったのかもしれない」

「貴方は精霊王では」

「うーん、どうもそういう名前だったような気がする。 だけれども、どうにも思い出せないなあ」

この人の一人称は僕か。

今まで遭遇した地水火風の精霊王は、恐らく互いの区別をつけるために、それぞれキャラを変えていた。

もしもこの存在が、あの地水火風と同じ精霊王で、しかも光だったとしたら。

また違う個性にしているのも、不思議では無いだろう。

それにしても、こんな狭いドームの中なのに明るい。

外は岩盤だというのにだ。

植物も、光を受けてたくさん生えている。

見るとかなり貴重な薬草もあるようだ。

これは、欲しいな。

そう思う程のものもある。

「それで、何の用だい?」

「この辺りで、複数の遺跡を用いた大規模な結界が存在している可能性があります。 その結界で、何かを封じ込んでいるようなんです」

「ふむ……」

「心当たりはありませんか? 何を封じているのか、そもそも結界の状態がなんなのか、知っておきたいんです。 私達の故郷では、世界を滅ぼしかねない危険なものが眠っていて、私の時代に目覚めました。 そういう事態を避けなければなりませんから」

考え込む精霊王らしき存在。

しばし小首を傾げていたが。

やがて、人差し指を立てる。

ずっと眠っていた割りには身ぎれいで、埃一つ体には積もっていない。

多分目覚めた時に、強い魔力で誇りは吹っ飛ばしてしまったのだろう。

「まだ思い出せないけれど、分かってきた事がある。 どうも僕の元気が足りていなくて、この場所の彼方此方が動かなくなってる」

「この遺跡もですか。 前に調べた遺跡もそうでしたが」

「うん……。 提案なのだけれども、僕が元気になるように力をくれるかな。 錬金術というのは、どうにも聞き覚えがある。 圧縮した魔力の塊が欲しい。 僕には、それがごちそうになるんだ」

「分かりました。 すぐに作ります」

頷く精霊王らしきもの。

いずれにしても、寝起きだ。

大丈夫なのかと、クリフォードさんが視線を向けてきたが。

一番好戦的で人間を嫌っていた土の精霊王ですら、いきなり仕掛けて来る事はなかった。

勿論人間の理屈で他の存在を測ってはいけないが。

そもそも星の民というのが、人間が錬金術で作り出した生命だったら。

まあこの場合は魔法生命なのだろうが。

あたしですら、技術を理解すれば人間が作れそうなのだ。

それを考えると、この精霊王が、人間の生産物である可能性は低くないし。

だとすれば、人間で理解出来る思考回路にする筈だ。

一礼して、一度部屋から出る。

どちらにしても、この段階では手がなかったのだ。提案をして、相手に譲歩した方がいい。

部屋の外で、クラウディアが無駄かも知れないけれどと、遮音の魔術を展開する。

それで、軽く話をした。

「あたしは提案に乗ろうと思う。 皆はどう思う?」

「僕は賛成かな。 今は手詰まりだ」

「私は反対はしないですけれど……あの存在の魔力、側でびりびり感じました。 あんな存在に、力を戻してしまって大丈夫なんですか!?」

「そうだな。 俺もその不安はある」

クラウディアは、賛成だという。

今までの精霊王と同じで、強い敵意は感じても。

気にくわないから殺すというような、人間のような身勝手さは感じないというのだ。

パティとクリフォードさんは不安のようだが。

タオとあたしとクラウディアは賛成か。

ともかく、これでまずは判断するしかないか。

「わかった。 魔力の塊だったら、その気になればすぐ作れる。 この辺りにある魔石を出来るだけ集めて」

「おいおい、流石だな……」

クリフォードさんが呆れながらも、辺りに散らばっている魔石を集めてくれる。

タオは議事録を書いていた。

後でアンペルさん達に展開するのだ。

当然の話である。

それにしても、周囲にある魔石。

一つを喜んでフィーが魔力を吸い込んで、ただの石にしてしまっていたが。

ともかく、これだけの魔石があるのだ。

あの存在が精霊王か。

そうでなくとも、それに近い力の持ち主であるのは確定だろう。

魔石を充分に積み込んだので、荷車の重さを確認してから、戻る事にする。

元々強烈な魔力の波動を感じていたが。

ちょっと会話したことで、更に目が覚めたのだろう。

周囲に放たれる魔力の波動を感じ取ったのか、ワイバーンが明らかに嫌がるように飛んでいる。

或いは彼等しか知らない場所から、この遺跡を出るのかも知れない。

あれは戦いになると面倒だと思っていたし、いなくなってくれると助かる。

荷車を引きながら、周囲の状況も確認する。

ドームから更に上の方に、ちょっとあたしが全力で跳んでも届かなそうな回廊があって。そこに何か大きな構造体が見えていた。

この間の霊墓では崩れてしまっていたものの正体かも知れない。

「フィー……」

「さっきの魔力美味しかった?」

「フィー? フィー!」

「良かった。 ごめんね。 とにかく、遺跡のものにあまり無理に手出しはしないようにしてね」

フィーは理解しているらしく。しっかりフィーと鳴いて返してくる。

あの精霊王(仮)と交渉がしっかりできてからだろう。

羅針盤を使うのは。

エアドロップに乗って、帰路を急ぐ。

どうやら、最初の段階はクリア出来たようである。

問題は此処からだ。

あの精霊王が満足する代物が出来るのには、何度も駄目出しを貰う可能性がある。一発クリア出来ればいいのだが。

それくらいは、相手が相手だ。

覚悟はしておかなければならなかった。

 

アトリエ前で解散する。

帰路も魔物と戦闘はあったが、それほどの大物との交戦はなかった。パティはカウンター戦術を試したいようだったので、好きにさせる。まだそこまで上手では無いが、かなり出来ている。

モノにできるまで、そう時間は掛からないとおもう。

今のパティの年が、一番伸びるのだ。

「それではタオ、アンペルさんに連絡お願いね。 あたしはカリナさんと話をしてくるよ」

「カリナさん?」

「学生だよ。 なんか植物学で凄い成績がいいっていう」

「……あ、そんな女の子がいたな。 ボオスと時々一緒に顔を合わせるんだけれど、ずっと黙り込んでいて、すごく寡黙なんだよ。 そういう名前だったような気がする」

それを聞いて、すぐにぴんと来たのだろう。

パティの表情が少しだけ強ばったが。

別にタオとパティが正式に交際しているわけでもない。

やきもちをちょっと焼いただけで終わったようだった。

まあ、神経質になる状況だし仕方がないだろう。

おかしな話で、ヴォルカーさんまでパティのために外堀を埋め始めているのである。多分反吐を吐くような相手に対しても頭を下げたりと、根回しをしている筈だ。

それなのに、当のタオは完全に蚊帳の外。

まあタオも、学問を好きなだけ出来るのなら、アーベルハイムに婿入りするのはまったく嫌ではないだろうし。

見ていてパティを嫌っている様子もない。

むしろそれなりに評価しているようだし、余程の事がなければ上手く行くと思うが。

いずれにしても下世話な話か。

「ともかく、時間もないしもう行くよ」

「じゃあ今回は解散だね。 明日も全員で集まった方が良いかな」

「うん、お願い。 とにかく、精霊王(多分)とのネゴをしっかり終わらせないと、あの遺跡は危なくて探索人員をもう減らせないよ」

皆が納得したところで、解散とする。

まずは学園区に。

カリナさんを迎えに行く。ボオスが丁度いたので、案内して貰うと。カリナさんは、ボオスを見てひっと小さな声を上げていた。

まあ愛想は悪いから、仕方がないか。

なお、他の奴がいる前で頭に乗るなとボオスが言ったのを、フィーはしっかり理解しているようで。

身内がいないところで、ボオスの頭に乗る事はしていない。

この辺り、多分もう普通の人間の子供よりずっと頭が良い。

「久しぶりですね、カリナさん。 指定された植物、いつでも調査できる準備が整いましたよ」

「は、はいっ!」

「農業区ですけれど、大丈夫ですか」

「大丈夫です」

そうか、それは良かった。

ボオスはそれを見て、じゃあ俺はもう行くぞと言い残してさっさと帰っていく。

見た感じまだ疲れが取り切れていない。

さっさと帰って休むのが吉だろう。

軽くカリナさんと話ながら移動する。農業区は夕方だが、まだまだ明るい。何も遮るものがないからだ。

場所だけ今日は案内するのも大きい。

後は日中、好きな時間にくればいいのだから。

「はい、この畑ですよ。 他に何か指定があれば、持って来て植えますが」

「いえ、いえ! 本当に根付いてる! これは、助かります! 研究の論文をそのまま書けると思います!」

「分かっていると思いますけど。 他の畑に勝手にこれらを植えたりしないようにしてください。 それだけは注意してくださいね」

「大丈夫です! ああ、良かった。 これなら本当に、幾らでも調査できます!」

目まで擦っているカリナさん。

彼女もタオと同じく眼鏡を掛けているから、眼鏡を外して涙を拭っていた。

確かに見た感じ、それほど裕福にも見えない。

論文なんて書きたくても書けなかったのだろう。

一応、農業区の外までエスコートする。

途中で義賊の三人組にであったので、カリナさんを紹介しておく。

また真っ青になるカリナさんだが、義賊のボスのドラリアさんは。カリナさんを見て、ふんとだけ鼻をならした。

「まあ貴族ではないみたいだしいいか。 安心しな。 そこの超強い奴がいない場合でも、あたしらがこの辺りを警戒してる。 与太者が襲ってきても、好きにはさせないさ」

「は、はい。 ありがとうございます」

「ドラリアさん、この人恐がりなので……」

「性別関係無く度胸は必要だよ。 それと、本当に危険な相手かどうか見極める目もね」

頷くと、あたしは学園区までカリナさんを送っていく。

さて、此処からだ。

アトリエに戻ると、大量の魔石を用いて調合をする。

超圧縮魔力塊を作る。

フィーが物欲しそうにしていたが、あたしが大量の魔力を放出。そうすると、嬉しそうに周囲を飛び回って食べ始めた。

本当に魔力がごちそうなんだな。

そう思う。

ただ、今でも結構魔力を食べる。

もしこれ以上食べるようになったら。何か手を考えなければならないかも知れない。

あたしは畜産業経験者だ。

動物に人間と同じ考えを持つ事はない。

フィーがどれだけ賢かろうと、必要に応じて殺す覚悟だって出来ている。

ただ、今は。

あたしの事を誰よりも慕ってくれていて。

全幅の信頼を向けてくれているこのフィーに。

危害を加えるつもりはないし。

大事にしたいと思うのも、本音だった。

エーテルの中で、魔石をどんどん組み合わせて、圧縮していく。

圧縮がどれだけ出来るのか、その見極めもあたしは既に出来ている。

魔力というのは、自分で練り上げてみて分かったが。

極限まで圧縮すると、爆発する。

精霊王などの超ド級の魔力持ちは、基本的に全身に高密度の魔力を張り巡らせてはいるが、それが圧縮されすぎないように常に体を循環させている事が分かっている。というか、魔力を更に練り上げたことで、分かったと言うべきか。

いずれにしても、今のあたしは魔力を極限まで圧縮する事が出来るし。

それがどうなるかも分かっている。

極限まで圧縮すると、魔石は輝くようになる。

普段でも光を放っているが、それ以上に。

魔石というのは、魔力がある場所……世界中の何処にでも出来る。

クーケン島などでもあったように。

今の時代は少なくともそうだ。

誰もが魔術を使える時代が終わったら、それもなくなっていくのかも知れないが。

タオの話によると、少なくとも神代の頃から誰でも普通に魔術を使えるのが当たり前だったらしく。

それから考えると、まあ当面世界の魔力が切れることはないのだろう。

調合は、それほど難しく無い。

大量の魔石を放り込んで出来たのは、拳一つほどの大きさの魔力塊だが。

フィーのために全力で魔力を放出したので、ちょっと疲れたかな。

しかもフィーは、それでも物足りなさそうにしているし。

「フィー……」

「だめだよフィー。 これはあの精霊王だと思う人のためのものなんだから」

「フィー!」

「分かればよろしい」

さて、伸びをして。

薬や爆弾を補給しておく。

夕ご飯までには間に合うか。

もう面倒なので、カフェで食べる事にする。

調合を終えて、カフェに出向く。

相変わらず綺麗なカフェの女店主さん。良くコレで、荒くればっかりくるだろう店を廻せているものだ。

もっとも、見た感じかなりの手練れのようだし。

それくらいは出来て当然かも知れないが。

「いつものように、懐に隠れていてね」

「フィー!」

「魔力を大量に使うと、おなか減るんだよねえ……」

こればかりは仕方がない。

更にあたしは、外で実戦だってしている。

おなかが減るのは、それはそれで仕方が無い事なのかも知れなかった。

なお、カフェでの夕食は、普通に美味しかった。味付けが濃い王都式にも、少しずつ慣れてきているかも知れない。

 

2、ヒュドラ

 

再び、精霊王(多分)の前まで来た。

昨日よりも、精霊王の服装が豪華になっている。

目が冷めてから、少しずつ自我が戻って来ているのだろう。服装とかは、元々他の精霊王を見ても自由自在の筈だ。

それに加えて、黄金の髪の毛が縦ロールになり。

顔も少し若返ったようだ。

肌の色が妙に青白くて、いわゆる透け肌とはだいぶ違うのだが。

それでも綺麗に見えるのは。

いわゆる不気味の谷の向こう側にいるから、なのかも知れなかった。

これらの様子からして、多分この存在が寝起きの精霊王か、違ったとしても同格の存在であると断言できる。

いわゆる神……。

クーケン島にも信徒がいたが。

いるとしたら、それに近い存在であると断言できるだろう。

それに届きうるのが錬金術だと思うと凄まじいが。

それにしても、神代の連中は。

文字通り神に近いか、それ以上の存在を創造できていた。そういう事なのだろう。

「約束通り、圧縮した魔力塊を持って来ました」

「本当だ。 凄い強い魔力を感じる。 どうやら少しずつ僕も記憶が戻りつつある。 それをいただけるだろうか」

「条件があります」

「聞かせて貰えるだろうか」

まずは攻撃をしない。

それについては、即座にうんと精霊王は頷いた。

まあそれはそれでいいだろう。

この手の存在が、どれだけ約束を守るかは、存在による。

約束にガチガチに縛られるタイプだとすると、そういう存在は頑なになりがちだ。下手な約束をすると、死活問題だからである。

このあっさりな引き受けぶり。

或いは精霊王ではないのか。

そうとすら感じた。

「僕はまだ自分が何者か分からない。 キミ達が言う精霊王かも知れない。 どちらにしても、約束は守るよ。 其方が約束を守ってくれたのだから」

「ありがとうございます。 もう一つは、この遺跡の探索を正式に許可してくれますか」

「別に良いけれど……ふむ」

精霊王が考え込む。

多分機能が復旧し始めているのだろう。

体の中はどうなっているのだろう。

エレメンタルは数限りなく倒して来た。連中は倒すと消えてしまう。

この精霊王は、もしもエレメンタルたちの王だとすると。

構造は根本的に同じ……練りに練り上げられた魔術生命体である可能性も高い。

いずれにしてもそういう存在なら。

あたしが持っている魔力塊は、文字通り喉から手が出る程欲しいはずだ。

「この遺跡の中枢。 僕が寝る前に契約した守護対象の前に、面倒なのが居座ってる」

「!」

「僕は此処から動けない。 もしもそれを退治してくれるのと、守護対象……一目で分かるとおもうそれを破壊しないのなら、遺跡は幾らでも探索していいよ。 もう誰も使う者もいないから、遺物も好きなだけ持ち出して。 遺跡の稼働に関わらないものであるのならね」

「分かりました」

魔力塊を引き渡す。

しばし目を細めてうっとりした様子でそれを見ていた精霊王と思われる存在は。文字通り塊を飲み下していた。

その体から放たれる光が、更に強くなる。

熱まで帯びているほどだ。

「うん、おいしい。 これでもっと目が覚めると思う」

「契約は大丈夫ですか」

「目は覚めていないけれど、キミ達は信用して良いとおもうからへいき。 ただし、嘘をついたら僕も容赦しないよ」

「心しておきます」

タオに聞いて、持ちだして良いものかは判断した方が良さそうだ。

クリフォードさんにも頷く。

下手なものを動かせば、ドラゴンを越える存在が殺しに来る。それは理解しているのだろう。

精霊王が、手をかざすと。

遺跡が動き出す。

階段を作っておいた。精霊王は、そうにっこり微笑んで告げてくる。頷くと、ドームを飛び出す。

回廊に、岩がどんどんつながっている。それが螺旋階段のように連なり、階段になっている。

上の層の回廊につながっている。

そして、ワイバーンはもういなくなっていた。

「ワイバーンがいなくなっていやがる」

「此処の主が目覚めたからだろうね。 どこから出入りしていたのかは調べたいかな」

「みんな気を付けて。 もしも精霊王の魔力に動じていないとなると、今までで最強の魔物の可能性が高い」

「そうだね。 その通りだ」

近くで見ると冷や汗を掻くほどの魔力を精霊王は放っていた。

あれに逃げないとなると、相当にとんでもない存在だと判断して良いだろう。

魔物は人間より魔術を使いこなしている個体も多いのだ。

そういうのは、魔力に敏感である。

クーケン島近くの小妖精の森だと、最近はあたしが出向くと。魔物は逃げ去るか、或いは頭を垂れる。

それくらい、魔物は力に敏感なのである。

階段を、荷車を護衛しながら上がって行く。パティは下を極力見ないようにしているようだ。

クラウディアが音魔術を展開して、階段の状態を常時確認してくれている。

それがとても助かる。

あたしが探知魔術で魔力を消耗しなくて済むからだ。

「クラウディア、ちょっといい?」

「どうしたの、ライザ」

「二つあってさ。 もし次にこれくらいの問題が起きたら、最初にクラウディアを呼びたいと思ってね」

「うーん、そうだね。 私もライザのためだったら、どこからでも駆けつけたい。 分かった、王都近くにいて、準備は出来るようにしておくよ。 ただ私も、自分で戦わないといけない場面が結構多いから、絶対の約束は出来ないかな」

頷く。

もう一つ、頼みたい事がある。

「実はフィーがあたしの魔力では足りなくなるかも知れないんだ」

「あら、大食いさんだね」

「クラウディアもちょっと頼める?」

「分かった。 それくらいならやすいよ」

助かる。

階段を上りきると、やはり埃が積もったフロアだが。

随分と雰囲気が違うな。

なんというか、全域に植物が生えている。これはどうやって光を取り込んでいる。

光がないと一部のもの以外植物が育たないのは周知の事実だ。

ずっと曇りが続くと、農作物に大打撃があったりするくらいで。農家の人間だったらそれくらいは誰でも知っている。

見回して、二つのものに目がいく。

一つは天井近くにある装置だ。

岩盤の内側……本来はどうなっていたのかは分からないが。

少なくとも今はこの星の都は、岩盤の内側にある。

この位置からだと、天井が見える。

其処に複数の恐らくは生体装置と思われるものがあって、光を発し続けていた。

光を発する生物はホタルを例に出すまでもなく幾らでもいるが。

あれは光が少し強すぎるように思う。

天井にびっしりとついているそれは。

少なくとも、大人しそうには見えず。

触手がのたうちながら、光をずっと放ち続けているのだった。

もう一つ。

此方が本題だ。

ゆらりと身を起こすそれは、体だけみれば四足獣に思えた。

だが、違う。

この天井部分の回廊に住み着いていると思われるそれは、真ん中で我が物顔に寝ていた。それがあたし達……多分既に精霊王の気配に気付いて起きていたが。あたし達が直に乗り込んで来たので、対応しようと身を起こしたのだ。

そいつは体だけなら大きくて長い尻尾を持つ四足獣だが。

頭部は文字通り存在しなかった。

代わりに鞭のようにしなる触手が無数に生えていて、それの内側に鋭い牙が円形にならんだ口がついている。

触手にも鋭い吸盤と牙がついているようで。

あれに捕まってしまえばどうなるかは明らかだった。

触手を蠢かせながら此方に向く四足獣。

明らかに此方を獲物として認識している。

普段はどうやってエサを取っていたのか分からないが、もしワイバーンをエサにしていたのだとしたら。

獣が、角笛のような鳴き声を上げる。

思わずずり下がる。

物理的な圧力を、その音は伴っていた。

全身が禍々しい色をしているそいつは、よく見ると背中や足に背びれみたいなのがついている。

或いは水生生物か。

確かに頭足類を魔改造したような生物だが。

「ヒュドラだ……」

「クリフォードさん、知識があるなら詳しく」

「あ、ああ。 たまに遺跡で目撃例がある魔物だが、あんなに大きいのは始めて見る。 触手で獲物を捕らえて貪りくらう水陸両用の魔物で、思った以上に動きが速い。 それに感じる魔力からして、魔術も使うはずだぜ」

「分かりました。 どうやらインファイトは避けるべきかな……」

ヒドラが眠っていた側。

霊墓でも見かけた、砕けた魔石の欠片に似たものが見えている。

だとすると、こいつはそれの影響を受けて巨大化したのかも知れない。

ずしんと、一歩だけで床を揺らしながら。

ヒュドラは此方に近づいて来ていた。

「総員、接近戦厳禁。 まずは火力を投射して様子を見る」

「了」

ハンドサインを出して、それで一斉に皆が散る。

また角笛のような凄まじい鳴き声を、ヒュドラが上げていた。

 

触手が鞭のようにしなり、辺りを滅茶苦茶に撃ち据えながら、こちらに突貫してくるヒュドラ。

流石にあたしも、あれを相手にインファイトをする自信は無い。

触手は凄まじい速度の上に、巨大で長大。

体部分があたしの歩幅で十歩分ほどだが、触手も一本ずつが同じか、それ以上はあると見て良い。

それが、不規則に振り回されて、しかも地面に当たった部分は石を砕くほどなのである。

触手は筋肉の塊と見て良かった。

まずは挨拶代わりに、熱槍を連射して叩き込んでやる。クラウディアも、矢継ぎ早に矢を放つ。

その全てが、途中で砕けた。

文字通りの意味だ。

跳躍。

突貫してきたヒュドラを、真上に跳んでかわし。更に熱槍を放って空中機動して、背後に回る。

パティは大太刀に手を掛けたまま、チャンスを窺っている。

それでいい。

ヒュドラは振り返るのも、かなり動きが速い。

熱槍を連射連射連射。ヒュドラが触手を振り回しながら、全てを砕く。

当たっていない。

途中で熱槍が粉砕されているのだ。

理解した。

あの触手の動き、角笛のような鳴き声、両方が詠唱なのだ。

クラウディアが音魔術で会話できるように、魔物にもよく分からない呪文詠唱をしてくる奴がいる。

彼奴は魔術をかき消す魔術を放てる。或いは物体に干渉すらできる。

そういう事だろう。

「そうらっ!」

裂帛の気合とともに、クリフォードさんがブーメランを投擲。投擲しながら、後方に跳んでいるのが上手い。

ブーメランがヒュドラの触手を直撃して、大きく切り裂く。

触手が青紫の体液を噴き出すが。

すぐに傷が塞がっていく。

体勢を低くするヒュドラ。

触手が蠢き続けている。

あれは全部詠唱だとすると。

ブーメランを受け取ったクリフォードさんが、恐らく本能的にさがる。

あたしは警告の声を上げると、全魔力を展開して壁にする。

同時に、爆風のような音が、辺りを蹂躙。

植物を、薙ぎ払っていた。

これは、まずい。

耳がおかしくなりそうだ。

また突貫してくるヒュドラ。

あたしはそこに、ローゼフラムを投擲していた。

凄まじい勢いで無理矢理触手を地面に叩き付けて止まるヒュドラ。しかも、そのまま逆立ちのような姿勢になり。

尻尾を無理に振るって体勢をたてなおしてみせる。

凄い身体制御能力だ。

そして、触手を円形に束ねて、防御姿勢を取る。

こいつ、ひょっとして錬金術製の爆弾を知っているのか。

炸裂するローゼフラム。

ごっと熱風が吹き付けてくる。薔薇の形に、凄まじい熱量がヒュドラを襲う。

流石にこれは、効いている。

だが、熱風が収まった後、触手を失いつつも、致命傷は受けていないヒュドラが、そこにいた。

「嘘……」

「パティ!」

絶望の声を上げるパティに、タオが叱責。

それでいい。

あたしは詠唱を続けながら、立て続けにもう一つの爆弾を投げ込む。

今度はクライトレヘルン。

体の傷が即座に回復していくヒュドラだが、飛んでくるクライトレヘルンを見て、流石に面倒だと思ったのだろう。

目が何処にあるのかは分からないが。

詠唱を始めるヒュドラ。

中途で粉砕するつもりだ。

だが、それこそ、あたしの狙いである。

あの粉砕魔術は、今使っているのを見ても、多分魔術だけでは無く、色々なものに通じるとみていい。

だけれども、広域に一度展開出来るとしても。

長時間連続発動はしていない。

それについては。さっき熱槍を連射して、リズミカルに砕いているのを見て確認済みである。

触手を動かしながら、粉砕を奴はしていた。

つまり、そういうことだ。

「接近戦準備!」

「分かった!」

「正気ですか!?」

クラウディアもあたしを見て、詠唱を開始している。

クリフォードさんも詠唱している様子だ。

行くぞ。

あたしはそう呟くと。向こうも此方の総力攻撃に気付いている事を悟った上で、詠唱を終える。

クライトレヘルンの接近を、少なくともヒュドラは面倒だと判断したのだろう。

詠唱で粉砕。

だが直後に、あたしの熱槍と、クラウディアの矢が。それぞれ奴に着弾。

特に熱槍は、石造りの家屋を粉砕するものを百発束ねたものを、十二発着弾させている。

普段の熱槍よりも、かなり敵への着弾速度を上げた高速型だ。

あたしも三年で、熱槍に関しては、工夫をして改良し。色々なバージョンを作っているのである。

文字通り触手数本が吹っ飛ぶ。

更に、其処にクラウディアの矢が立て続けに突き刺さる。

クラウディアは周囲に人型を展開。

飽和攻撃の態勢に入っている。

だがヒュドラも踏ん張ると、触手を再生させに掛かる。あたしは第二射を準備。タオと、少し遅れてパティが突貫。

二人を追い抜くようにしてクリフォードさんのブーメランが跳び。まっすぐヒュドラの口に向かう。

触手を束ねると、叩き落としに掛かるヒュドラ。

だがぐんと伸びるブーメラン。

あの物理法則を無視した動き、多分クリフォードさんの固有魔術だ。投げてから速度があんなに上がるのは、ちょっと投げ方とか回転とかでは説明がつかない。

それでも対応して、再生しかけの触手で、地面に叩き付けてみせるヒュドラ。

こいつ、強いな。

数百年、此処に住み着いていて。

たくさん飛んでいたワイバーンを寄せ付けなかったのだとしたら、それも納得だ。

多分もっと小さかったものが、どうやってか此処まで辿りついて。そして時を掛けて大きくなったのだろう。

だが、それもここまでだ。

タオが、相手の足に凄まじい連撃を叩き込む。

パティがそれに反応しようとした触手を、抜き打ち一閃で叩き斬る。

ゴルトアイゼンの刃だ。

完璧なタイミングで斬れば、刃の大きさもある。

あれくらいだったら、一刀両断だろう。

ヒュドラが、ぐらりと傾き。

それでもふんばる。

体の方も再生出来るのか。

飛び離れるタオ。

だが、パティは間に合わない。ように見えた。

踏ん張るパティを、触手が横殴りに襲い。

その触手が、文字通り叩き斬られていた。

「よしっ!」

パティが気合の篭もった声を上げる。

完璧に入ったカウンターだ。

あたしは、さがるようにパティに叫ぶ。パティも頷いて、今のカウンターで出来た隙をついて、跳びさがる。

その間もクラウディアが飽和攻撃を続けていて。ヒュドラは時々クラウディア自身が放つ巨大矢を防ぐので精一杯だ。

クラウディアも消耗が激しいが、ここであたしが勝負を付ける。

詠唱完了。

上空に、熱槍四千をまとめた圧縮熱槍が出現していた。

更に、地面に落ちていたはずのクリフォードさんのブーメランが、突如動いて、防ごうとうごめき始めたヒュドラの触手を下から叩き斬る。

「こいつは俺の一部なんでな!」

絶叫するヒュドラ。

同時に、辺りを鎌鼬が襲う。

懐は、どうにか守った。

だが、手足をざっくり切り裂かれる。

みんな、今ので相当に傷ついたはずだ。それくらい、攻撃の密度が危険だった。

更に、ヒュドラは触手の残りを地面に叩き付ける。それそのものが詠唱なのだと分かる。

多分だが、あの崩壊魔術をこの辺り全域にぶっ放すつもりだ。

そんな事をすればあいつだって無事には済まないだろうに。

追い込まれた獣のように。

もう見境がなくなっている。

そうか。

だったら、今此処で、楽にしてやる。

あたしは、熱槍を投擲。

ヒュドラの詠唱が間に合わない。

熱槍が、ヒュドラの背中を貫通。

一瞬、世界に無音が訪れ。

そして、ヒュドラの全身が、トーチさながらに燃え上がっていた。

更にあたしは、シュトラプラジグを取りだす。なんと、ヒュドラは燃え上がりながら再生している。

それどころか、熱を周囲に反射しようとしているようだ。

あたしの熱槍を逆利用するつもりか。

古豪の中の古豪。

とんでもない魔物だ。

気合とともに、タオが突貫。

ヒュドラの周りを回りながら、片っ端から斬撃を叩き込む。

刃を鞘に収めると、パティもそれに続く。相手の側を走り抜けながら、抜き打ちを叩き込んでいた。

更に、最後の猛射をクラウディアが叩き込むが、ヒュドラは燃えながらも触手を使って無理矢理上空に躍り出る。

あんなに跳べるのか。

もしワイバーンをエサにしていたのなら、それが出来るのも当然か。

かっと、口を開くヒュドラ。

お返しだといわんばかりに、此方に超巨大熱球を叩き込んでくる。

だが、即応したクラウディアが、それを中途で矢で迎撃。バリスタのような巨大矢が、反射された熱球を中途で粉砕する。

それでも辺りに致命的な熱波が降り注ぐ。

ちょっとこれは、きついな。

そう思いながらも、あたしは。

流石に回復も追いつかなくなってきているヒュドラに、シュトラプラジグを放り込んでいた。

落ちてくるヒュドラが、触手で対応しようとするが。

その体に、ブーメランが文字通り食い込む。

口から、大量の血が噴き出るのが見えた。

今までのダメージに加えて、かなり体の奥深くに今のブーメランが突き刺さり、致命打になったのだ。

しかし今まで見せている再生力を見ると、それでも死なないかも知れない。

更に彼奴は、外に出してはいけない。

どれだけの被害を出すか、知れたものではない程の危険生物だ。

シュトラプラジグを起爆。

もろに入った雷撃爆弾が、文字通りヒュドラの全身を蹂躙。

次の瞬間。

ヒュドラの全身は限界を超えたのか、爆ぜ割れ。

地面に落ちながら、燃え尽きていった。

呼吸を整えながら、体の傷を確認する。勿論傷薬は多数持って来ている。

三年前だったらもう少し楽に勝てたか。

それとも、三年前だったら勝てなかったか。

どっちも、ちょっとなんとも言えなかった。

 

3、怨念を探して

 

皆の手当てをする。流石にしんどい戦いだった。

ヒュドラの残骸はほとんど燃え尽きてしまっていて、何も残っていなかったが。懐から出て来たフィーが、これこれと飛び回る。

其処にあったのは、コアだ。

ゴーレムとかの体内にあったのと同じような奴。

しかも、ずっと構造が高度に見えた。

いずれにしても、これは使えそうである。

あたしは回収しておく。これがあるだけでも、充分に戦いの元は取れたと言える。

男衆と女衆に別れて手当てをする。

パティは案の定手傷が多くて、胸当てを外して諸肌を脱いで貰い、傷薬をねじ込む。

痛みには慣れているだろうパティだが、それでも顔をしかめていた。結構深い傷も多い。

早めに治しておいた方が良いだろう。

手当てがそれぞれ終わると、合流する。

クリフォードさんが、大きく嘆息した。

「今まで遺跡で見た中で一番ヤバイ魔物だった。 ヒュドラとは戦った事もあったんだが、あの再生力はおかしすぎる」

「もう余力は無いよライザ。 一度戻ろう」

「分かった。 明日に探索の続きはしよう。 それで……」

一瞥する。

霊墓にあったものは崩れてしまっていたが、此処のはある程度形が残っている。

多分八角錐だろうと思われていたそれは、確かに八角錐……一部が崩れていたが。そうなっていた。

そして、まだ一部は光っている。

これが「封印」だとすると、まだ完全に死んではいないのか。

フィーが「封印」を見て近付こうとするので、すぐに掴んでとめる。

「フィー!」

「ダメ。 美味しそうに見えるかも知れないけれど、あれはだめ」

「フィー……」

「ごめんね。 あれが完全に壊れると、何が起きるか分からないんだ」

残念そうにするフィー。

だけれども、きちんと賢いフィーは、それで封印らしきものに近付くのを止めた。

ほっとして、一度撤収の準備に掛かる。

勿論精霊王らしい存在にも、報告はしておく。

帰路で説明をすると。

精霊王らしい存在は、苦笑いしたのだろうか。

「僕の記憶にある存在よりも、何十倍も強くなっていたようだ。 ごめん。 警告しておくべきだった」

「良いんですよ、倒せたんだから」

「とりあえず、二つの約束は果たそう。 遺跡の調査、構造に関係するもの以外の持ち出しは許可する。 キミ達がそれを破らない限りは攻撃はしない」

「一応、構造に関係するものに触ろうとしたら、警告をお願いします」

こころよく、それも受けてくれる。

「封印」らしきものについては、記憶が混濁していてよく分からないと言われた。

いずれにしても、パティは特に限界が近いようだ。

もう戻るしかなかった。

 

帰路でフラフラになっているパティを荷車に乗せて、皆で急ぐ。

確かにあの戦闘をこなすのはきつかっただろう。

船を漕いでいるパティに、文句を言う人はいなかった。

「それにしても想像以上の手練れだな。 宮廷魔術師なんか束になってもあんたにかなわないだろうよ」

「ありがとうございます。 それはそうと、その固有魔術すごいですね」

「まあな。 でも、最初はろくでもなかったんだぜ。 これしかほぼ出来なかったから、磨き抜いたんだよ」

クリフォードさんが言うには、ブーメランの操作……正確にはもっとも愛着があるものの操作が固有魔術だそうである。

本来は強度を上げたりするくらいしか出来ず、エンチャントの出来損ないと周囲に言われていたらしいが。

必死に勉強し試行錯誤をして。

実戦で使えるレベルにまで性能を引き上げたそうだ。

今ではブーメランの機動操作、速度操作、重量操作まで自在に出来るという。

ただ生体魔力があまり多い方ではないので、例えばブーメランを超高熱にするとか、そういう事は厳しいのだとか。

それにクリフォードさんは既に魔力が飛躍的に伸びる年齢を過ぎている。

まだ伸びる事は伸びるが、もう以降は手札で勝負していくしかない。

そう判断しているようだった。

途中でパティが、荷車を降りるという。

あまり情けない姿を、警備の戦士達に見せられないから、という理由だそうだ。

一応、一度荷車を止めて身繕いをする時間を取る。

まあ、ぼろぼろになって戻って来たのでは、何があったのかと騒ぎになりかねないからだが。

身繕いをクラウディアが手伝う。

三年でクラウディアはこういう技術が凄く上がっているようだ。

一部傷ついている服なども、手慣れた様子で繕っている。

いわゆる女子力がほぼ壊滅しているあたしとは偉い違いである。

「ありがとうございますクラウディアさん。 後ろは大丈夫ですか」

「大丈夫。 これなら平気だと思うわ」

「良かった。 戻りましょう」

「パティ、これ」

渡したのは栄養剤だ。

頷くと、パティはそれを飲み干した。流石に死にそうになっているのは自覚していたのだろう。

人の前に出るのが、本来の貴族の仕事の一つだ。

こういう事も、仕事の一つである。

後は、街道まで出て。それで一安心。

城門を抜けると、すぐに解散とした。

クラウディアだけは残る。

そして、荷物の運び入れを手伝ってくれた。クリフォードさんも手伝おうかと言ったけれども。

ちょっと話があるというと、察して先に帰ってくれた。

荷物を運び込んだ後。

軽く話をしておく。

「クラウディア、クリフォードさんを信用してあげようよ」

「気付いていたんだ……」

「うん。 時々火花散らしてたし」

「あの人の悪評は、バレンツ商会でも届いている程だったの」

悪評、か。

確かに世間的に見れば良く分からない人であるのは事実だろう。

トレジャーハントなんて一文にもならないような仕事を、それこそ命がけでやるために生活費を稼いでいる。

それも荒事で、だ。

何かろくでもない事をしているのではないかと考える奴も多いだろう。

しかも世間的には、クリフォードさんは賞金稼ぎの顔の方が有名だそうである。

クリフォードさんに狩られた賊(盗賊団丸ごとも数回あったそうだ)は数知れないし。

デッドオアアライブの場合は、それこそ首を持ってくる事も多いそうだから。

あの人はそれだけ恨みを買っているのである。

ただし、こんな世界で賊になるような奴は、それだけろくでもない事を意味してもいる。

あたしだって悪ガキだったけれども。

盗んだり奪ったりはしていない。

大人が入るなと言った場所に入ったりはしていたが。

それくらいである。

「私もね、あの人の事を観察していて、悪党だとは思わなかったわ。 だから、少しずつ態度は緩和させていくつもりよ」

「そう、それは良かった」

「それはそうとライザ、ちょっと背中を見せて」

「傷は治したけど」

「服!」

クラウディアがちょっと怒り気味で、フィーが怖がる。

座らされて、ちくちくと縫われた。

「ライザは可愛いんだから、自覚しないと危ないよ?」

「はは……」

そう言ってくれると嬉しくはあるが。

実の所、その手の言葉を言ってきた男は、だいたい体だけが目当ての連中だった。

可愛いだのいいながら、見ているのは胸と尻、ということも多かったし。

クラウディアは、あたしをよく見てくれているけれども。それは好意によるフィルターが掛かっているからだろう。

クラウディアもある程度はそれを自覚できているはずだから。

あたしとしても、それについてどうこうというつもりはない。

「はい、直った。 ソーイングはもう少し熟練しておこう。 錬金術で調整出来ると言っても」

「ごめん」

「うん。 じゃあ、明日本格的に遺跡の探索ね。 申し訳ないけれど、明日は出られないから、皆で遺跡を探索してきて」

「了解」

クラウディアは忙しい身だ。

それもまた、仕方がないだろう。

ともかく、今日は少し早めに戻れたが、久々の総力戦で疲れ果てた。

あたし自身も栄養剤を飲むと、夕方まで仮眠することにする。

夕方になって起きだすと、後は錬金釜に向かい。これ以上クラウディアに怒られないように。

服などの調整をしておいた。

ヒュドラ、手強かったな。

そう思いながら、ジェムを用いて消耗した薬や爆弾を複製しておく。

更に、持ち帰った鉱石を吟味。

それほど珍しいものはないが、相応に質が高い。

やはり古代クリント王国以前の世界には、錬金術が当たり前にあって。錬金術師が、貴重な素材は独占していたのかも知れない。

ただそれは、ちょっと実物を確認しないとなんともいえない。

その時代の錬金術師がカスなのは疑いがないが。

錬金術師がこれだけ色々な才能を必要とする事を知ると。

それがたくさんいたとも思えないのだ。

だとすると、魔物を圧倒できていたのは、人間のテクノロジーが起因していると見て良いだろう。

テクノロジーを作りあげたのは錬金術師だけとは限らない。

だとすると、文明そのものが丸ごと腐っていた可能性も高い。

クーケン島だって、危うい所で腐りきるのを防いでいた場所だし。

幾つかの集落が、どうしようもない所まで腐っているのを、あたしは何回も目撃してきている。

それらの経験からして。

錬金術師が腐っていたのは確定としても。

それ以外の人間が、良民だったかどうかは、疑わしいと思うようにもなっていた。

ともかく調合をして、インゴットを仕上げておく。

クリフォードさんには、ブーメランの調整はいつでもすると言ってある。

あたしはあたしで、靴などを調製しておく。

蹴り技は今回の戦闘では出番がなかったが。

それでも、あたしの切り札だ。

いつでも使えるように、調整はしておかなければならなかった。

 

恐らくこれで、この遺跡の調査は一段落となるだろう。

皆と一緒に星の都に出向いて、残った魔物の掃討を実施。

恐らく都の主が完全に目覚めた事を悟ったのか。

もうサメは上陸してこなくなっていたし。

ワイバーンも、姿を見せていない。

あの天井の奇怪な生物の事もある。

天井付近がどうなっているかは、あまり近付いて調べたくは無かった。

タオが言う。

「昨日は帰ってから図書館で資料を調べていたんだけれども、あのヒュドラに相当する伝承は見つからなかったよ。 ヒュドラ自体は他の場所でも目撃例があるんだけれどもね」

「あれだけの実力だと、周囲の村だのを襲って回っていてもおかしくないよね」

「そうなんだ。 それがどうにもおかしいんだよね」

「或いは、この遺跡のガーディアンとして、捕まえてこられたものだったのかも知れねえな」

クリフォードさんの言葉は、案外的を得ているかも知れない。

パティが不安そうに言う。

「あんな強大な魔物をですか」

「あり得ない話じゃないぜ。 こんなばかでかい構造体を空に浮かべていたというのならな」

「し、信じられません……。 あれがもし王都に乱入していたら、アーベルハイムが総力を挙げて、王都にいる騎士や戦士が全員で掛かっても、壊滅的な被害を受けていたはずです」

「五百年くらい前に、古代クリント王国が滅亡する前後で、人間と魔物の力関係が逆転したのはもう知ってるよな。 今は人間は押される一方で、昔は魔物を蹂躙していた文明と、「魔物の認識」が違うのは当たり前だと思うぜ」

なるほどと、素直に考え込むパティ。

誰の言葉でも素直に聞いて、しっかり自分で考えている。

立派な子だ。

ともかく、雑魚ばかりだったので、掃討は時間も掛からなかった。

此処からだ。

安全を確保できた時点で、手を叩く。

今日はクラウディアがいないので、足下にも気を付けておく必要があるだろう。

「これから羅針盤を使うので、周囲の護衛をお願いします」

「任されたよライザ」

「出来るだけ頑張ります!」

「ああ、なんとかして見せるぜ」

皆に頷くと、あたしは調整した羅針盤を開く。

周囲の残留思念が、一機に流れ込んできていた。

彼方此方をまず、順番に見て回る。

残留思念の世界では、この遺跡の地形がかなり違ったりしていて。時々切り替えて動かないとかなり危ない。

道になっている場所に道がない、なんてのはザラにあるし。

瓦礫の山になっている所に美しい庭園が、なんてのもある。

調べて見ると、古い残留思念と新しい残留思念がある。

古いものは、殆ど怨霊だ。

日記にあった。

この星の都に住んでいた愚かしい連中は、特権意識を拗らせた挙げ句、自分達以外の人間をゴミだと本気で思っていた。

それが可視化される。

侮蔑。

衰退。

恨み事。

本当に怨霊だな。そう思って、あたしは呆れる。

幽霊というのはあたしもほぼ見た事がないのだが、この道具を使えば簡単に見る事が出来る。

そして、それらは人間より無害だ。

此奴らが生きていた頃の方が、何十倍も有害だろう。

近親交配のやり過ぎて遺伝病の巣窟になった人間が、恨み事を述べつつ、地上の人間を馬鹿にしている様子は。

あたしとしても、流石に擁護する方法が思いつかなかったし。

したいとも思わなかった。

此奴らはどうでもいい。

問題は、新しいほうの残留思念だ。

主に中層から上層にかけて、ちらほらとそれらは存在している。

その中には、フィーとよく似た影をつれている人間もいるのだった。

「集中して会話を聞くから、足を踏み外しそうになったら手を引いて」

「分かりました!」

パティが側についたようだ。

あたしは頷くと、周囲の話を聞いていく。

「星の都がこれだけ完全な状態で残っていたのは幸運だったな。 魔女様が幾つかの封印に協力してくれている」

「だが、幾ら戦で死んだ者とはいえ、その亡骸をあのように使って良いのだろうか」

「もしもあの門が封印できなければ、出る被害はその比ではない。 クリント王国が勢力を伸ばし始めているとも聞く。 少なくとも奴らにも簡単に立ち入れないように封印をせねば……」

「一度封印が破れた時の惨禍を考えるとやむを得ないのは事実だが……」

何やら恐ろしい話をしているな。

死者を冒涜するような真似を此処ではしていたのか。

それはそれとして、それでもしなければならなかったのか。

古代クリント王国の名前もちらほらと聞こえる。当然同時代の存在だから、古代、はついていないが。

どうやらこの時代では。

別の国家が存在していて。

古代クリント王国は、侵略者の側であったようだ。

戦争は利権の奪いあいで起きる事が多い。というか、それが殆どの要因だ。

古代クリント王国は、錬金術師を有していて、それで文字通り世界の全てを支配したのだろう。

そしてその欲望は際限なく肥大化して。

異世界にまで向いた、と。

溜息が出る。

他の残留思念からも話を聞いていく。

「北の里はどうだ」

「長をしてくれていたエンシェントドラゴンがもう寿命のようだ。 ただ周囲はワイバーンが多数住まう魔窟……如何にクリント王国の者でも、迂闊には近づけまい」

「そうだと良いのだがな」

「とにかく、封印を少しでも隠蔽し、もたせる工夫をしていくんだ。 それには……犠牲が出てもかまわぬ。 残念な話だが、封印が解かれた場合の事を考えると……」

話しているのは、多分この辺りに来ていた人間なのだろう。

殆どの人間は、白い不思議なスーツを着ている。

どうやってここに入ったのかはよく分からないが。恐らくは、普通に出入りしていたとみていい。

残留思念が話している。

やはりあれは、精霊王のようだ。

「精霊王が協力的で助かった。 眷属を配置して、穴を塞いでくれるそうだ」

「そうか。 人為的な破壊がなければ、この遺跡の封印は守りきれるだろう。 とても助かる」

「精霊王もほとんどはこの土地を去ってしまったが、残っている光が人の事を嫌っていなかったのは助かったな」

「だが、嫌いになるのも無理はなかろう。 墜落時に全滅した者達の記録を見たか?」

後から来た連中も、星の都の連中が残した罪業は見たのか。

それもまた、納得出来る話だ。

封印近くも調べる。

残留思念の世界では。

封印は、八角錐のまま、美しい光を放っていた。

「魔力量、極限で安定」

「五重封印は上手く機能している。 幸いクリント王国の者どもも、世界の位相をずらす事まではできていないようだ。 この技術だけは、恐らく短時間で解析されることもないだろう」

「だといいのだがな。 連中は異世界への侵攻と資源の略奪を本気で目論んでいるという話がある」

「人間の愚かさは際限がないか。 連中の価値観だったな。 欲望は強ければ強いほど優秀な人間だと。 どうしてそのような連中に、驚天の技である錬金術が宿ってしまったのか……」

嘆きの声。

あたしはふらふらと、周囲を確認して回る。

パティの手。引かれる。

あたしははっと気付いて、一度羅針盤を解除。

これは結構危険だ。

この辺りは残留思念が濃くて、向こう側……残留思念の世界に、意識を持って行かれかねない。

魔力の制御には自信があるのだが。

それでもこんなだと、ちょっと危険だ。更に羅針盤を改良する必要があるのかも知れない。

「大丈夫だよパティ。 心配かけたね」

「ライザさん、その二枚貝みたいな道具、本当に安全なんですか?」

「安全といいたいけれど、この辺りは残留思念が濃くてちょっと危ないと思った。 帰ったら調整するよ」

「私には何もできませんけれど、それでも……心配はさせてください」

パティの言葉は真摯だ。

嘘塗れの貴族の世界では、この子は生きにくいかも知れない。

だが、それが故に貴重だと考える。

ともかく、タオに今まで聞いたことを軽く説明。タオは頷くと、メモを取っていた。

「なるほど。 此処に元から住んでいた人間は、恐らく星の都が落ちたときに全滅か、生き残りがいても離散。 その後に来た人間が、設備としての星の都の残骸を利用したんだね」

「そうなるね。 五重の封印という言葉が出て来てる。 残留思念を誤魔化すとも思えないし、やはり他にも封印が貼られている場所があるだろうし。既に霊墓のが失われている事を考えると……」

「ここのも無事だとは思えない。 これ以上の破損はまずい」

「うん。 そうなる」

タオは頷くと、急いでメモを取っている。

更にクリフォードさんが、ヒュドラがいた辺りを視線で指した。

「それは分かったがな。 ヒュドラはなんだったんだ?」

「それについてはまだ分からない。 残留思念を調べて見る」

「俺が懸念しているのは、ああいうのが今後も出てくるって事だ。 あんたほどの使い手が、あれだけ手間取った相手だぞ。 勝てるのか? 更に言えば、その封印を守っているって事は、封印されているのはどんな化け物なんだ」

「……三年前にあたし達が交戦したものと同じだったら、この世界が滅びるほどの相手です」

クリフォードさんはそうか、と帽子を下げる。

ロマンと会えなくて残念なのだろうか。

いや、違った。

いきなり笑い出すのを見て、パティがびくりとふるえて青ざめる。

「いや、これぞロマンだ! そんな危険な封印を見つけて、それで封印を守りきる! ロマンだねえ! 燃えてきたぜ!」

「ロマンの定義が分かりません……」

「教えてやろうか」

「い、いえ、結構です……怖いですクリフォードさんの目」

パティが露骨に怯えているので、ちょっと困りものだな。

咳払いすると、周囲の再調査を開始する。

とにかく、残留思念も有益な情報ばかりを集めてきているわけでは無い。

彼方此方から来た商人が、ここで商売をしていったというようなどうでもいいものだとか。

あくまで魔術的な技術の話で。

それも固有魔術のものとかもあった。

そういうものは、これらの封印に関係している訳でもないし。再現も出来ない。

錬金術である程度再現出来そうなものもありそうだが。

それらについても、すべてが出来る訳でもない。

ただ、だ。

封印については、幾つか情報が得られている。

まず封印は超高密度の魔石であること。それは臨界近い魔力を蓄えていて、物理的に破壊されると当然封印は死ぬ事。

封印されているものと、封印を施したものとは交戦経験があり。どうにか押し返したものの、大きな被害が何度も出ていること。

古代……当時は古代がつかないクリント王国にこれを発見されるわけにはいかないこと。

そして、どうやらガーディアンを配置したらしいことだ。

ヒュドラの幼体らしいのが、配置されている。

技術者が話をしていた。

「これはクリント王国で運用している生体兵器か」

「元々二種類の生物を融合させて、ゴーレムなどを起動させるコアを組み込んで魔術の出力を上げている存在らしい。 各地の戦闘で確認はされていたが、捕獲できたのは幸いだった」

「これをガーディアンに据えるのか」

「元々連中も制御出来ないと判断して廃棄したものであったようだ。 生体兵器としては失敗作だったわけだな。 だが、精霊王「光」の助力で、こうして封印のガーディアンとなる事が出来た。 エサに関しても、大気中の魔力と動力炉のコアがあるから、殆ど必要としない筈だ」

なるほどね。

恐らくだが、ガーディアンとして配置されたこのヒュドラは。

長い年月を掛けて精霊王「光」(本人がそう名乗った訳では無いので恐らくは多分、だが)の魔力を吸収し。

あれだけの強大な存在になったのだろう。

そして躊躇なく襲いかかってきたのは。

多分だが、あたし達を古代クリント王国の人間とでも勘違いしたのだろう。

ただ勘違いであっても、此方は殺されてやるわけにも行かない。

すまないが、正当防衛だ。

更に言えば、封印がされるにしても、この封印がいつまでもつかは分からない。

封印されている存在が何かを確かめて。それを潰してしまう事を視野に入れるべきではないのか。

くさいものに蓋をしても、くさいものがなくなるわけではない。

根本的な解決をしなければ、どうにもならないのだ。

いずれにしても、この封印。

放置は出来ないな。

一日がかりで残留思念を聞いて周り、タオに話をしておく。

一度戻る。

この遺跡だけで調査にかなり日数が掛かっているが。仕方がない。

こればかりは、拙速に走ってはいけないのだ。

アトリエに戻ると夕方。

とりあえず、タオがまとめてくれるというので頼む。あたしは、あの封印の劣化を食い止める策を考える。

分かってきた事があるのだが。

どうもあの巨大魔石、死んだ人間の魔力をまとめて集めて作ったらしい。

考えて見れば霊墓もそうだったのだが、あの墓はちょっと不自然だった。あれも、死人から魔力を集めるのが目的だったのだろう。

方法は分からないが、ともかく生体魔力を死人から全部絞り取り尽くすとか、そういうことをしたのだろう。

多分、何万という人間から。それをやったのだ。

古代クリント王国がやりたい放題をしていた時代には、何万という規模を持つアーミーが存在していた。

その前はもっと人間が多かったかも知れない。

人間同士の争いなんて、小競り合いくらいしか今の時代はないが。

それは人間がそれだけ減ったからだ。

たくさん人間がいた時代には、それこそ巨大な規模のアーミーが殺し合いをしていただろうし。

何万という人間の死骸を集めるのは、難しく無かったのかも知れなかった。

つまり、封印をもしも永続的なものにする場合は、古代クリント王国と同等かそれ以上の技術が必要になるし。

同じものを再現しようとする場合、王都の人間全部を死体にしても多分足りないのだろう。

やはりこれは。

封印よりも。

その内側にあるものの対処が優先か。

いや、それも思考が拙速に過ぎる。

もっと情報を集めて。

その封印されたものがなんなのか。

例えばオーリムへの開きっぱなしの門だったら、門の向こうのフィルフサをぶちのめす準備が必要になるし。

更に危険な何かだったら、それをどうにかして殺す方法が必要になる。

生物とは限らない。

自律思考してとんでもない破壊をまき散らすガーディアンとかかも知れない。

いずれにしても。

今のうちに、フルスペックで戦闘するための準備をしておかなければならなかった。

調合を幾つかして。

カフェに出向く。

薬と爆弾をある程度納入しておく。

他にも、幾つかの依頼を見て。受けられそうなものは受けておく。

問題は残り三つはあるだろう封印の場所が分からない事だが。

カフェで、誰かが飲んでいるのを見る。

見覚えのある姿だ。

というか、やっと来たのか。

咳払いをする。

びくりと、その大柄な背中が。ふるえるのが見えた。

「レント。 やっと来たか」

「……ライザか」

かなり飲んでいるようだ。

元々飲酒は出来る年齢だ。だが、それでもこの飲み方は。

悪い意味で、あのザムエルさんと。レントの毒親と同じ飲み方である。

これは、同じ挫折をしたのか。

あたしが眉をひそめていると。

レントは激高することもなく。完全に折れた男の視線を向けてきていた。

「すまん。 遅れた。 王都には行こうと思っていたんだが、な」

「手紙の返事くらい寄越しなさい。 それよりも、一体何があったの」

「……たくさん、色々だ」

「そう……」

ザムエルさんもそうだったと聞く。

一回や二回の事で、あの大巨人が折れたんじゃあない。行く先々で、魔物を斬り、弱者を助けて。

その結果、恩知らずな畏怖を向けられ続けた。

十年、いやもっと長い年月もそれが続けられ。結果として、最強の傭兵だった男は折れて酒に逃げた。

そういう話は、酒の席にいるザムエルさんから聞いていた。

「酒を抜いたら、アトリエに来なさい。 場所は分かっているんじゃないの?」

「ああ、知っている。 分かっている。 だけど、今は……」

「はあ。 どうしようもないなあ。 分かってる? 今のあんた……」

「分かってる。 親父と同じ逃げ方をしていやがる。 親父と同じ目にあって、それがどれだけ辛い事か理解出来た。 最近は俺の顔、親父に似て来やがった。 それも、怖くて仕方がないんだ……」

酒を入れているのに、ろれつはしっかり回っている。

これは重症だな。

そう思って、あたしは大きく嘆息をついていた。

ともかく、王都周辺に何かとんでもなくヤバイものがある可能性が高い。それについて調査中だと話をすると。

意外な話をされた。

「ひょっとしたら、それ俺がみたかも知れない」

「聞かせてくれる」

「南の鉱山が魔物が出て封鎖されたって話は聞いているだろ。 ここに来る途中、鉱山に少し潜ってみたら、都市みたいな遺跡があってな……」

レントの技量で倒せる魔物がいるなら、片付けておきたかったらしい。素面の時は、まだそういう風に考えられると言う訳だ。

続きを、レントに促す。

酒を呷ると、レントは言う。

「俺だけだと殲滅は無理だって判断して引いた。 魔物の強さがこの辺りの「優秀な」警備の戦士の手に負える相手ではないし、数が多くて俺でもまず倒し切れないと思ったからな」

「……分かった。 みんなと相談してみるよ」

「好きにしろ。 俺は……酒を何とか抜いてみる」

「まあ、頑張りなさい」

ザムエルさんは。

結局酒を抜けなかった。

レントはどうなるのか。

それもまた、気がかりだった。

 

4、オーレン族二人

 

セリが無言で歩いていると、懐かしいオーレン族の魔力を感じた。

王都の外で食糧は調達し。

自身は畑を借りて、そこで植物の研究をする毎日。

それに、だ。

錬金術師を見かけた。

そいつについても、調べておきたかったのだが。

今の時点で、悪い評判は聞かない。

錬金術師といえば、古代クリント王国とこの世界の人間が呼んでいる時代からろくでもない連中ばかりだった。

その時代に此方に来てから、何人も錬金術師を見てきたが。どいつもこいつも、世界を滅ぼしかけた「自称優秀な人間」と同じ輩だった。

何人も殺した。

今度もそうするかもしれないと思って、調査をしていたのだが。

どうも手練れが周りに多くて、仕掛ける機会がなかなかなかったのだ。

それもあって、周囲を彷徨いて調査していたのだが。

オーレン族が、近付いてくる。

かなりの手練れだ。

移動する。

農業区に行く。

こっちの方が、戦いやすいし。

植物を用いた結界を作りやすい。

殆どの畑が放棄されてしまっているという事もある。大量の植物があるから。それはセリにとっては武器にも盾にもなる。

農業区。

既に夜で、ただでさえ人はいない。

向こうを警邏らしい灯りが通って行くが、セリに気付いている様子もない。

月も雲に隠れてしまっていた。

追いつかれた。話しかけられる。

「オーレン族だな」

「そうよ」

「……戦うつもりはない」

「そう……」

相手はフードを取る。

そうされたなら。此方も取るのが礼儀だ。

最敬礼をかわす。

そして、互いに挨拶した。

相手は白牙氏族のリラ=ディザイアス。白牙氏族と言えば、武闘派としてセリも知っている。

ただ、あのフィルフサの大攻勢を生き延びられたのだろうか。

それが不安ではあったのだが。生き残りがいたのか。

「まさか白牙の戦士が生き延びていたなんてね」

「此方に来たのは六十年ほど前だ。 其方は」

「あの古代クリント王国とやらが、オーリムを滅茶苦茶にした少し後」

「そうか……」

戦意がないなら、別に構わないか。

此方の人間に飼い慣らされているとか、そういう懸念もあった。

セリは知っている。

古代クリント王国の人間よりも、もっと前。

神代とか此方では呼んでいるのか。

その時代には、オーレン族が此方の世界の人間と苛烈に争った。そして、その中で、さらわれる者が出た。

さらわれたものは、二度と帰って来なかった。

恐らくは、生体兵器の素材にでもされてしまったのだろう。

そう、長老が。

オーレン族全ての長老が嘆いていたのを、覚えている。

「今私は、人間の錬金術師とともに行動している。 本来なら錬金術師など皆殺しにしてやりたい相手なのだが、こいつが変わり者でな。 古代クリント王国が開いた門を全て閉じるために動いている」

「信じがたい話ね」

「既に数十を閉じた」

「何……」

白牙の氏族は、特に嘘を嫌うと聞いている。

それがこんな事を言うとは思えない。

挨拶の仕方もしっかりしていた。

六十年前に此方に来たと言うなら、そんな程度の年月で此方に染まるとも思えないし。

オーレン族にとっては、たった六十年だ。

「我々が三年前に協力した錬金術師ライザも、今ここに来ている。 何かしら、ろくでもないものが封じられているという可能性が浮上してな」

「……」

「良ければ、ともに行動しないか。 我々でも、ライザでもかまわない」

「考えておくわ」

礼をすると、そのまま別れる。

リラという戦士も、追ってくる事はなかった。

まずは、考える時間が欲しい。

錬金術と、オーレン族が一緒にいるだと。しかもあの忌まわしい門を閉じるために動いているというのか。

洗脳されている可能性を考慮したが、六十年前に来たとリラは言っていた。

だとすると、今の時代の人間では、リラには勝てないだろう。最強の戦士が出て来て、どうにかというレベルだが。そんなのを、たくさん集める事は無理だ。

既に強力な錬金術師がいない事も確認している。

数百年前にオーリムに攻めこんできた連中は、恐ろしい武装をしていた。伝承に聞く千年前の神代のは更にその上を行く武装をしていたという。

だがそんなものは既に朽ち果てている。

だとすると、リラは嘘をついていないと結論出来る。

そんな錬金術師がいるのか。

此方の世界の人間は、極めて知能が劣悪だ。これだけ巨大な社会を作っているのに。

都合が良いときばかり本能を肯定して動物的であろうとして。

都合が悪くなると、社会から受ける恩恵を得たいがために、社会の一員である事を主張しようとする。

オーレン族は原始的な生活こそしているが、スペックは此方の人間とは比較にならない。

だから、此方に来てすぐに此方の人間がいつまでたっても微塵も進歩出来ない理由を悟ったセリは。徹底的に此方の人間を軽蔑していたのだが。

嘆息する。

いずれにしても、門でも開かれたら困る。

リラが一緒にいる錬金術師はいいだろう。多分、ライザというのは見かけてあわよくば首を取ろうと思っていた錬金術師だ。

接近するのにリラの名を出せば丁度良いか。

もしも其奴が、オーリムに攻めこもうと目論んでいる輩だったら。

禍の芽は、早めに摘む。

そう、セリは決め。

接触について、いつどこで行うか。考え始めていた。

 

(続)