星の亡骸

 

序、師匠は変わらず

 

もう寝ようと思っていたのだが、来客が来たので出る。

誰かと思ったら。

アンペルさんだ。

あたしはしばしフリーズして、え、と声が出ていた。

「アンペルさん!」

「久しぶりだな、ライザ」

「私もいるぞ」

「リラさんも!」

本当に二人だ。

手紙にロクに返事も寄越さないから、心配していたのである。すぐにアトリエに入って貰う。

とはいっても、アトリエに改装している借り物の部屋だが。

ソファに座った二人に、まずは状況を説明する。

フィーを見て、眉を潜めるリラさん。

「なんだその生物は」

「フィー!」

「フィーといいます。 クーケン島にあった卵から孵ったんです」

「……見た事がない生物だな。 だが、そもそも此方の世界の生物なのか?」

分からないと応じると。

そうかとだけ、リラさんは答える。

そして、説明を終えると。

アンペルさんは、頷いていた。

「百年ほど前に、近辺の遺跡は調査した。 その当時、既にロテスヴァッサは衰退し続けていて、周辺の土地の確保も難しい状態であったからな」

「それなのに、オーリムへの侵攻を企んでいたんですか?」

「呆れるだろうが、そうだ。 もしも何かの間違いで稼働中の門を連中が発見していたら、間違いなく人類は滅びていただろうな」

「ひえ……」

あたしが引くのを横目に。

相変わらず百年以上生きていると言うのに、若々しいアンペルさんは言う。

「とにかく、現時点では遺跡を順番に調査できていると言う事は理解した。 私の方は、しばらくは独自に動くつもりだ」

「一緒に戦って貰えないんですか?」

「いや、今回は少し情報が足りない。 それなら手分けして、別の方向から調査をするべきだろう」

「なるほど……」

確かに、それもそうか。

じっとあたしを見ていたリラさんが、咳払いしていた。

「それで不調という話だが」

「お恥ずかしいですが、その通りです。 どうも三年前みたいな閃きが感じられないんですよね」

「クラウディアもそう言っていたな」

「はは、クラウディアは鋭いですからね」

見抜かれていたか。

まああたし自身もそう告げていたし。

クラウディアはあたしの事をよく観察してくれているから、それも敏感に察知できたのだろう。

ともかく、しばし脈とかを取られたが。

リラさんは首を横に振る。

「別に病気があるようには見えないな。 アンペル、似たような症例に覚えはないか」

「いや、この様子だと病気では無いと私も思う。 かといって、才覚が年とともに衰えたとも思えん」

「だとすると、なんだろうな」

「わからん。 いずれにしても、様子を見るしかないだろう」

迷惑を掛ける。

その後は、宿の場所を説明される。

どうやらあの後も、ずっとただの利害関係で二人旅を続けているらしい。

種族の違いはあっても男女だ。

流石に徹底しているというか、なんというか。

不思議な二人だなとあたしは思った。

ともかく、師匠二人が来たけれど、すぐに帰ってしまった。

今度タオにも居場所は共有しておくとして。

これで、後はレントだけか。

王都の近くにいるのは分かっている。

何をしているのかあの馬鹿は。

そう思うと、あたしは溜息が出る。

いずれにしても、あたしの不調については、師匠達にも共有できた。勿論あたし自身も努力しないといけないことだが。

それにしても、一体これはどうしたことなのか。

師匠二人も分かっていない様子だった。

そうなってくると、これは。

ともかく、寝る事にする。

全ては明日だ。

明日から、エアドロップ完成型一号機を試す。

もしもこれに何かしらの問題があるようなら、調整をしていくだけだ。

しっかり寝て明日に備えておかなければならない。

クラウディアもそろそろ、戦闘に参加してくれるはず。

そう考えれば、手数も増えるし。安定して、強力な魔物ともやり合える筈だ。

それで多少気持ちも楽になった。

ぐっすり寝て、朝。

早めに起きて、外で軽く体を動かす。

体を動かしていると、パティが来る。今朝も早いな。そして、パティは既に件の胸当てをつけていた。

白を基調とした綺麗なデザインだ。

家紋などもないシンプルなもので、とても実用的である。

デニスさんが作ったものらしく、実用の極みで、遊びが全く無い。

勿論これをつけた上で、既に大太刀も振るっているのだろう。全く迷っている様子がなかった。

「おはようございます、ライザさん」

「おはようパティ。 今日も一番だね」

「はい。 少しでも早くみなさんに追いつかないといけませんから」

「真面目で良いことだ。 真面目なことが、一番の美徳なんだよ」

これは本気でそう思う。

不真面目でいい加減な人間がもてはやされるようになると、一気に堕落と腐敗が進んでいくようになる。

それは、色々なものを見て来て良く理解出来た。

真面目で努力家。

それは美徳だ。

それを馬鹿にする人間が蔓延るようになると、組織は終わりに向かう。

あたしだけでも、それには抵抗させて貰う。

それだけだ。

「良いデザインに仕上がったね。 流石はデニスさんだ」

「私もとても気に入っています。 軽いし、出る前に少し試したんですが、とても頑強ですね」

「これで少しは強気に出られる?」

「いえ、私の腕なんてまだ知れているので、少しずつカウンター戦術を試します」

それでいい。

調子にすぐ乗るようだと、人間は駄目になる。

勿論自分を凄いと言って鼓舞して強くなれる人間もいるが。

多くはそうではないのだから。

軽く体を動かして、アトリエに戻る。

今日から、水底に潜るとだけ話しておく。あとで、皆が集まってから、本格的に説明はする。

アトリエに入ると、お薬をパティに渡しておく。

使い方はもう見ていて分かっている筈だ。

最悪の場合は、前衛の誰かしらが薬を使う必要が生じてくるかも知れない。まずはパティに渡しておく。それだけだ。

実戦で使えるギリギリの薬は、既にストックが余り始めている。

こう言う形で活用するのは、悪くは無い。

パティと軽く話していると、今日は珍しくボオスがタオより先に来る。

ボオスが来ると、眠っていたフィーが耳をぴんと立てて。

嬉しそうにボオスの方に飛んで行く。

そして頭に乗る。

ボオスはうんざりした様子だが、追い払わない。

「俺の頭はお前の巣じゃねえぞ」

「フィー!」

「すっかりフィーになつかれているねえ」

「全く迷惑な話だぜ」

ボオスは嘆息すると、手紙を渡してくる。勿論色気があるような手紙ではない。

前に話があった貴族のものらしい。

紹介状と言う奴だ。

「これはトーマス卿ですね。 父ともある程度懇意にしている伯爵です」

「ヴォルカーさんと懇意と言う事は、ある程度まともな人?」

「王都にいる貴族の中には、王都の腐敗を感じ取って、交易に力を入れている人が何名かいます。 その全員が父と懇意にしているわけではないのですが、この人は父に友好的な態度を持っています」

咳払いすると、他言無用にとパティは声を落とす。

こういう貴族の関係は、全てが政治に関わるのだそうだ。

例えば、仲が良さそうに公的な場で喋るとか。

それだけで、政治的な事になるという。

まあ、似たような事はクーケン島でもあった。

あっちでも、そこまで露骨では無いけれども、馬鹿馬鹿しい話は幾らでもあった。この王都では、そういうばかげた政治ごっこを、いい年扱いた大人が大まじめにやっているという事だ。

そして膨大な金が動く以上。

それが如何に馬鹿馬鹿しい話かという事を、誰も言えないのである。

「トーマス卿も、表向きは父を馬鹿にしている事が珍しくありません。 それは先に断っておきます」

「面倒な話だな。 それに俺に接触してきたのは、例のメイドとそっくりな女だった」

「何となく分かります。 王都にあの一族はかなりの数がいますので。 とにかく有能なので、一族の者が彼方此方に入り込んでいます。 実は王室にも何名か……」

そうかそうか。

だとすると、その影響力は凄まじいな。

あたしは舌を巻きながら。手紙の内容を確認する。

ふむ。

バレンツ商会とは別口から、宝石をほしい、というものだ。

現在、バレンツ商会とあたしは少量だけ宝石を取引している。たまに火山で宝石の原石が採れるので。

それを宝石に加工したら、バレンツに納入しているのだ。

ただ、宝石についてはたまに持ち込むくらいで、正式に今は契約をしていない。

其処に目をつけたのだろう。

バレンツの顔に泥を塗らず。

あたしとコネを作りたいというわけか。

くだらない話だが、まあいい。

パティの話を聞く限り、貴族としてはマシな方だし。コネだけだったら、作っておいても良いだろう。

タオが遅れて来る。

珍しく、凄く眠そうだった。

「タオさん、大丈夫ですか?」

「ああ、ごめん。 ちょっと昨晩、かなり遅くまで調べ物をしていてね」

「お前がそんなに疲れるのは、相当だな」

「うん。 星の都について、ちょっと良い文献を見つけてさ」

後はクリフォードさんだが。

タオにおくれて、僅かな差で来た。

クラウディアはこの様子では、今日も無理だろう。それについては仕方がない。バレンツ商会は、それだけ色々忙しいのだから。

まだ幾つか大口の取引が纏まっていないと聞く。

長期休暇を取ることは難しいだろう。

本来だったら、何よりも優先すべき事なのだが。

それでも、一応世間的には長期休暇という形になるのだから。

「皆、そろったね。 それでは幾つか話をしておきます」

「任せるぞ、ライザ」

ボオスが一歩引いて話を聞いてくれるので、個人的にはかなり助かる。

こういう立場の人間がいると、状況を整理しやすいのだ。

まず、アンペルさんとリラさんが来てくれた事は話しておく。連絡先についても、である。

二人はまずは別方向から、門の存在について可能性を調べてくれると言う事だ。

頷くと、ボオスはメモを取りだしていた。

「じゃあ議事録は俺が向こうにも展開しておく。 お前らは自分の事に専念しろ」

「ありがとうボオス。 エアドロップの完成型一号機が仕上がったので、今日から水底を本格的に調査します。 最悪の場合でも簡単にやられるつもりはないけれど、戻らないようならクラウディアとアンペルさんとリラさんに連絡をしてね」

「分かった。 任せておけ」

「水の底に四人で潜るのは、ちょっと怖いですね……」

パティがぼやく。

未知に恐怖を感じるのは当たり前の事だ。

あたしはそれを責めるつもりは無い。

勿論過剰に恐怖するようならたしなめるが。

「パティには先に話しておくけれど、エレメンタルの王と呼ばれる存在がいるんだ」

「エレメンタルの王……聞いた事があります。 危険すぎて手出しが出来ないほどの強大な魔物とか」

「間違いないね。 あれは下手なドラゴンより強い」

タオの言葉に、パティは察しが良いから即座に気付いたようで。

青ざめていた。

クリフォードさんの方が、全うに反応してくれる。

「あった事があるのか」

「三年前に。 戦闘にはなりませんでしたが」

「おいおい、すげえな。 ドラゴンキラーである事よりも更に凄いんじゃねえかそれは」

「いや、今でも勝てるかは分かりませんね」

あたしがそう言うと。

クリフォードさんが絶句する。

それはそうだろう。

この人くらいの手練れになれば、精霊王の話は聞いたことがあるだろうし。それと出会って生還していると言うだけでも、驚きだろうから。

「ええと、紆余曲折あってその時に精霊王と話をしました。 精霊王達は、「星の都」という言葉を口にしていました」

「星の都……」

「はい。 そして精霊王は、「光」が近場にいないという話もしていました。 ひょっとすると……」

「おいおい、精霊王と交戦する可能性があるっていうのか」

クリフォードさんがあたしの次にタオを見て。

タオが頷いたので、以降は何も言わなくなるクリフォードさん。

想像以上にまずい山だと判断したのだろう。

そして、タオが付け加える。

「星の都に星の民。 ひょっとすると、もし遺跡に入る事が出来たとして、そこはエレメンタルだらけの可能性もある。 高位のエレメンタルは会話が可能なくらいの知能を持っているのだけれども、下位のものとなると戦闘は避けられないと思う」

「というわけで、もしも連絡が途絶えたらアンペルさん達に連絡が必須というわけ。 ボオス、頼むね」

「……分かった。 全く、とんでもない山に頭を突っ込みやがって」

「仕方がないよ、こればっかりは」

もしも門が開いたら。

それこそ、間違いなく今度こそこの世界は終わりだ。

今の弱体化しきった人類に、フィルフサの群れを迎え撃つ力なんてない。

古代クリント王国ですら、一瞬で滅亡にまで喰い破られたのである。

それでも押し返すのが精一杯だったのだ。

自業自得とか、そういうことは今はあまり関係無い。

先祖が超ド級の愚か者だったのは事実だろう。

だが、それを子孫がずっと贖い続けるというのも、悲しい話だ。

何かしらの贖う理由があるというのなら話は別だが。

どうせ神代にしても、ロクな理由で門なんて開けていないだろう。

古代クリント王国もそうだったのだ。

あたしは先祖に何一つ期待なんてしていない。

くだらん野心と欲望で門を開けて世界を滅ぼしかけた連中なんて知るか。

そんな連中のために滅んでたまるか。

それだけの事なのだ。

咳払いすると、今日のスケジュールについて話して。

それで解散とする。

今日は遺跡への入口があるなら見つけて、侵入するまでを目標とする。勿論それが出来たら、内部に威力偵察を行う。

タオが推測した規模からして、今度の遺跡はちょっとやそっとで攻略できるような代物ではない。

最低でもクーケン島と同等かそれ以上くらいの大きさはあると見て良いそうだ。

だとすると、それなりに腰を据えて掛からないと駄目だろう。

覚悟は、先に皆に決めておいてもらう。

一季節で全て片付けばいいのだけれども。

まあそう簡単にはいかないだろう。

前倒しでバレンツに納入は済ませてあるから、お金はそこからある程度は引き出す事も出来るが。

いずれにしても、この王都にそこまで長期間居座るつもりはない。

全てが終わったら、さっさと故郷に戻るつもりだ。

まだしばらくは、故郷で色々とやる事があるのだから。

ボオスが戻るのを見届けてから、あたしは腰を上げた。

手を叩いて、皆に言う。

さあ、今日も冒険をはじめよう、と。

 

1、光届かぬ湖底

 

湖畔に到着。既にエアドロップの試験をしているのは、目撃されているのだろう。頭が硬そうな老人が、ひそひそと話している。

だけれども、魔物を駆逐して。

更には怪我人を救助したりしてもいる。

それに対する恩義もあるから、あまり強くは出られないのだろう。

反発はあるが、具体的な行動には出られない。

そういう風情だ。

別にどうでも良い。

直接向かってくるようなら、相応に対応はさせてもらうが。

それ以上の事をするつもりはない。

パティやタオに話は聞いているが、王都の周辺の集落に住んでいるような人達も、辺境の人間を馬鹿にしているそうである。

聞いていて呆れた。

要するに自分より下の存在をつくる事で安心している、と言う事だ。

本当にどうしようもないのだな大半の人間って。

そう思って、あたしはもう王都の人間には、基本的に期待しないことにした。

だが、それでも話せる人はいる。

全てがそうではないし。

十五万からなる人間を、フィルフサに食い荒らさせるわけにもいかない。

フィルフサ以上に危険な魔物がいるとも早々には思えないが。

封印というものの正体が分からない以上、楽観も出来ない。

しかも一つは既に喰い破られている。

それを、あまり軽く考える事も出来なかった。

「エアドロップの準備完了です」

「よし、行くよ。 みんな乗り込んで」

「さて、俺も色々な遺跡を歩いて来たが、水の下に行くのは初めてだな」

「浅い川とかだったらあたしも泳ぐんですけどね。 流石にこの湖に素潜りする自信はありませんよ」

エアドロップに荷車も積み込む。

大丈夫、積載は余裕だ。

二重になっている外壁の間に水を取り込む。

こうすることによって、潜水を簡単に行う。逆に浮上の際は、圧縮空気を用いて、この水を追い出すのだ。

淡々と水に沈むエアドロップ。

周囲の映像は、全方位クリアとまではいかないが、ある程度表示されるようになってはいる。

ただ薄暗いので、パティは露骨に落ち着かないようだが。

となりにタオがいるのも原因かも知れない。

深度を少しずつ下げていく。

どんどん深く潜って行くと言うことだ。

一応メーターもある。

それによると、既にあたしの身長の三十倍は潜っている事になる。その程度で、随分と暗くなるのだなと思う。

素潜りの達人は、あたしの身長の百倍くらいは潜れるらしい。

これはクーケン島で、白髭老に聞いた話だから、間違いはない。

手をかざして、クリフォードさんが周囲を見ている。

ずっとうんうんと頷いていた。

「いやー、凄い体験だ。 こうやって潜れるだけで、あんたらに情報提供した甲斐があったというもんだぜ」

「ライザと一緒にいると、今までの固定観念が全部壊されるんですよね……」

「わ、分かります」

「ははは、あたしが凄いんじゃなくて、錬金術が凄いんですよ」

笑いながら返す。

実際、これは本音だ。

今あたしは、どうにも全力が出せていない。

そうなると、凄いのはあたしではなくて錬金術だ。

これについては、間違いない話である。

今更飾っても、これは仕方がない事である。

「よし、底についた。 深度は、あたしの背丈の四十三倍というところですね。 これから少し浮上して、周囲を調べます」

「空気はもちそう?」

「問題なし。 空気がまずくなってくると、警告音が出るようにしてある」

「ぬかりがとことんないな」

クリフォードさんが感心するが。

これは一年がかりで開発しているのだ。

ぬかりがあっては困る。

ここ最近の試運転でやっていたのは、あくまで最終調整である。これらの機能は、事前にこつこつ開発していたものなのである。

黙々と湖底を行く。

周囲には、やはり巨大な魚がいるが。

興味を持つことはあっても、エサだと思う事はないようだ。

そうするように工夫してあるのだから、それでかまわない。それにしても、素潜りなんかしていたら、瞬く間に巨大魚の胃袋に直行だっただろうとも思う。

無言で移動し。

少しずつ、湖底のマップを作っていく。

マップを作るのはタオに任せる。

やがてある程度分かってきたらしく、タオが方向を指定してくる。あたしはその通りに移動する。

一刻以上、経過しただろうか。

一度浮上して、陸に戻る。

圧縮空気を補給。

これも事前に用意しておいたものだ。

エアドロップを、村人達は化け物でも見るかのようにみている。

タオが以前手紙で送ってきたが。

神代の頃には、空を飛ぶ車なんてものが存在していたらしく。

人間はテクノロジーを用いて、平然と空を飛んでいたらしい。

今では原理も失われてしまったが。

たったの千年で、そこまで人間は衰えたと言う事だ。

神代の頃にも致命的な破滅があったらしい。タオにもその話は以前手紙で聞かされた。つまり神代が人類のピークで、それ以降技術は衰退し続けている。

技術の破綻は古代クリント王国の破滅が決定打になったと言うことだが。

いずれにしても、千年前は、或いは五百年前には当たり前だった技術が、今ではもはや再現不可能となっている訳だ。魔物と誤認する人までいる。

馬鹿馬鹿しいなと、あたしは呆れる。

クーケン島でも見た光景だが。

どこでも人間は同じ、ということだ。

「軽く休憩したらまた潜るよ。 体調は問題ない?」

「俺は平気だ」

「僕も大丈夫」

「私は、少し休ませてください」

パティはちょっと未知のものを見過ぎて、頭がクラクラしているらしい。

それは仕方がない。少し休んで貰う。

その間に、クリフォードさんは周囲に魔物を狩りに出てくる。タオは地図の整理。あたしは、軽く瞑想して、魔力を整えておく。

フィーがあたしの周囲を飛び回っているとき。

あたしの魔力を食べている。

それは既に分かっている。

フィーは相当にジェスチャーが上手くて、それだけ意思伝達が出来るのだ。

母親が母乳を子供に与えるようなものだろう。

だから、抵抗や不安はない。

今のフィーは幼体で。

それが育った場合どうなるか、が不安なだけだ。

百年も孵らなかった卵である。

それが尋常な生物だとは思えないし。

ドラゴンの亜種だとしたら、成体になるまで何百年掛かるかもしれない。

そうなった場合は、あたしに面倒が見られるか分からないが。

いずれにしても、生まれてきたフィーが最初になついたのがあたしである以上。

しっかり責任は取るつもりだ。

魔力は、まだ伸びている。

前にウラノスさんに聞いたのだが。ウラノスさんも、三十路くらいまでは魔力の成長は続いたという。

あたしもそれくらいまでは伸び続けてもおかしくはないし。

アンチエイジングを見つけた以上、今後の事を考えると、それを使っても別にかまわない。

才能の上限まで魔力が伸びたら。

その時は、今の数倍の火力を展開出来る可能性もある。

それを暴威として用いるつもりはないが。

身を守るために必要なら。

それはそれとして、活用しなければならないだろう。

座禅を終えて、魔力を練り終えると。

丁度皆戻って来た所だった。

すぐに、続いての潜水を行う。

潜りながら、タオが説明をしてくれる。

「もしも、遺跡への入口があるのなら、だいたいの当たりはついたよ」

「へえ、流石だねタオ」

「で、それはどっちだ」

「少し右に前進。 そのまままっすぐ」

既に地図を把握しているらしい。本当に頭脳労働は全て任せてしまえる。中々に大した奴である。

無言で移動を続ける。

フィーが、ぱたぱたと羽ばたいて、鳴く。

これは何かみつけたな。

そう思っていると。

ばっと、周囲がいきなり明るくなっていた。

湖底が、はっきり見える。

周囲には、あまり大きな魚はいない。というか、この明るさだと、魚は寄って来ても小型がメインだろう。

餌を採るために大型が来るかも知れないが。

鼬が泳いでいる。

水中で、泳いでいる鼬を見るのは初めてだ。勿論水面から見た事はあるが。水中だとこんなにダイナミックに泳ぐのか。

しかも群れになっていると言う事は、やはり水中の大型捕食者から身を守るためなのだろう。

この辺りの何処にでもいる厄介な魔物である鼬だけれども。

こう言う場所では、補食される側なのだ。

それが分かって、驚かされる。

こうやって驚きで感動できるのなら。鈍っていたとしても、まだあたしはある程度新鮮な感性を持っているのだろう。

「よし、この辺りだ。 浮上して」

「おっけい!」

エアドロップ、浮上開始。

そのままどんどん浮上していく。あまりこの速度を上げると、体を壊す。これは素潜りについて、色々と知識を仕入れているので知っている。

多分エアドロップの中にいても同じだろうとあたしは思う。

故に、この辺りは徹底的に丁寧に立ち回る事にする。

やがて、あまりにもあっさりと。

エアドロップは、水面に出ていた。

そのまま移動して、周囲を探る。

明るい。

此処は岩盤の中の筈だが。

何かしらの理由で、光が届いている、と言う事だ。

無言で周囲を見回すが、これは遺跡だ。

わかり易すぎる程の。

タオが、眼鏡を直しながら、昂奮してまくし立てる。

「素晴らしい。 これは間違いない。 星の都だ」

「すっげえな! 俺だったら、何があっても此処にはたどり着けなかったぜ」

「……」

昂奮する男二人に、パティが呆れている。

だが、それはそれで別にかまわない。

あたしも、ちょっとわくわくする。

少しだけ、三年前の輝きが戻って来た気がする。

上陸できそうな場所を見つけたので、其処に横付けする。

一度降りて、周囲を確認。

空気よし。もんだいない。

足場よし。

前の霊墓よりも、ずっとしっかりしている。

周囲の建築様式は、これは全く見た事がない。以前見た聖堂に近いかも知れないが、それよりも更に古いのかこれは。

エレメンタルは、思ったほどいないが。

辺りにはかなりの数の鼬がいて、此方をじっと見て警戒していた。

それだけじゃあない。

中を飛んで回っているのは、小型のワイバーンかあれは。

また、のしのしと歩き回っているサメも見える。

これは、一筋縄ではいかないな。

そう、あたしは判断した。

「見える範囲だけでも、相当に魔物がいますね」

「ワイバーンはともかくとして、他は水陸両用の奴がおおい。 湖の中と、ここを行き来しているだろうから、人間の味は知っていてもおかしくは無いだろうね」

「ライザさん、言い方がいちいち怖いですよ」

「事実だよ。 エサとして此方を認識して、襲いかかってくる可能性が高いから、油断はしないようにね」

パティに釘を刺しておく。

さて、ここからが本番だ。

周囲をしっかり確認した後、橋頭堡となる地点として、この辺りを確定させておく。

そして、ここまでだ。

明日からは、一直線にここに来て、内部の探索を行う事にする。

予想よりも上手く今日は運んだが。

ただ、遺跡の内部構造は、想像以上に複雑だ。

見えている範囲だけでも、幾層にも折り重なっている。しかも魔物だらけ。安全を確保するのには、どれだけの手間が掛かるか知れた者では無い。

ともかく、少しずつ進んでいくしかないだろう。

周囲を軽く調査して、荷車に面白そうな素材を積み込むと、さっさと遺跡を一度後にする。

名残惜しそうにしていたクリフォードさんだが。

どうせ単身での調査は無理だと判断したのだろう。

すぐに、撤退の指示には従ってくれた。

後は、同じルートで戻る。

途中、真っ暗な水底を通るとき、パティは身をすくめたが。こればかりは、仕方がないのかもしれない。

しばしして、湖の湖畔に出る。

片付けをしてから、荷車にエアドロップを畳んでしまい。帰路につく。

これは、アトリエに戻る事には夕方だな。

そう思って、帰路は少し急いだ。

 

アトリエで解散してから、夕飯にする。

カフェにわざわざ出向くのは、話をするためである。

手紙には、今日の夜に会合を持ちたいとあった。

例のトーマス卿とやらからだ。

指定の席に既についていたメイドさん。

よく見なくても、あのフロディアさんとそっくりである。王室にもこの一族が潜入していると聞くと。

色々と影響力のすごさを感じる。

周囲の傭兵やら冒険者やらも、この一族の事は知っているのだろう。

明らかな畏怖が向けられているのが、あたしにも分かった。

合い言葉をかわすと、少しだけ表情を崩すメイドさん。

多少、表情は人間っぽいというか。

鉄仮面だったフロディアさんに比べると、表情があるようだった。

「始めましてライザリン=シュタウト様。 私はメイアと申します」

「始めまして。 それでは、仕事の話を」

「いえ、予定通り場所を移しましょう」

まあ、それでいいか。

移動を開始。

カフェを出て、学園区を横切り。

そして、別の店に入った。

かなりの高級店だ。ドレスコードだとか言うばかげたものがありそうだが。あたしはいきなりつまみ出されることはなかった。

別に出てくる食べ物だって美味しそうと言う事もない。

というか。

一目で分かった。客がどれもこれも、訳ありばかりだ。

やがて、恰幅の良いいかにも育ちが良さそうな男が来る。

トーマス様ですと、紹介を受ける。

あたしも丁寧に礼をすると、トーマス氏は額の汗を拭いながら破顔していた。

「貴殿の作る品の凄まじさは、バレンツ商会から買って知っている。 私は私で、独自の商売網を作りたいと考えていてね」

「それは構いませんが、バレンツ商会と私は殆ど専属ですよ。 契約の穴を突くにしても、関係が崩れませんか?」

「いやいや、それは問題ない。 実は宝石を貴族相手にそのまま売ろうと思っていてね」

周囲には遮音の魔術が掛かっている。

これは恐らくメイアさんが展開したものだろう。

それだけではない。メイアさんは同時に、認識阻害の魔術も展開しているようだ。テーブルの周囲からは、あたし達はモザイクに見えているだろう。

クラウディアは宝石は大好きだと言っていたが。

あたしには宝石は別に光る石以上でも以下でもない。

そういう意味で、宝石が販路に乗るなら、それはそれでかまわないのだが。

ともかく、順番に説明を始める。

「まず販路を作る為に、君に幾つか試作品を頼みたくてね」

「ふむ、詳しく聞きましょう」

「此方をどうぞ」

渡される。

それは、大きな原石だった。

コメート(星)と言われる宝石になる原石だ。元々加工が難しく、相当な高値がつくらしい。

真珠などはコーティングして宝石寿命を延ばしてやるだけでいいのだが。

コメートの場合は、普通に磨くだけでは駄目だそうだ。

あたしは手に取ってみて、理解する。

なるほど、これは一種の鉱物だ。

そうなってくると、美しく加工するのは確かに難しいだろう。

だが、錬金術なら。

エーテルに溶かして。再構築すれば良い。

これは鉱石があれば、比較的簡単に宝石は作れるだろう。

「順番としてはこうなる。 私は宝石の原石の販路を持っている。 これはある集落から直通している、私だけのものでね」

「なるほど、それで」

「その鉱石を、バレンツに流す。 バレンツから君に鉱石を流し、それを加工して貰う。 最後に私が貴族達にそれを売る。 この契約については、成立させるには条件があってね」

「私が相応の宝石を作れるか、ですね」

何度か頷くトーマス卿。

なんとも気弱そうだ。

見た感じ、となりにいるメイアさんがこの人の家を実質的に仕切っていると見て良さそうである。

何にしても、あたしにはあまり関係がない話ではあるが。

「実の所、私はあまり蓄財には興味がなくてね。 ある程度地盤と販路を作ったら、王都を出ようと思っている」

「それをまた、あたしに話してどうするつもりですか」

「王都に未来がないことは、此処に来た君なら理解しているだろう。 アーベルハイム卿は王都の民のために踏みとどまるつもりのようだが、私には武力がない。 それならば、どんどん衰退している別の都市に地盤を作り、少しでも人類の衰退を遅らせたいと考えているのだよ」

「トーマス様」

メイアさんが釘を刺す。

喋りすぎだというわけだ。

だが、それはむしろあたしには丁度良い。

嘘だらけの貴族社会にいないあたしだから、全うに会話をするつもりになった。そういうことなのだろう。

あたしは咳払いすると、胸に手を当てて、答えていた。

「分かりました。 宝石については、お任せを」

「うむ、うむ……。 頼む」

「メイアさん、契約書はありますか。 今のうちに書いておきましょう」

「分かりました」

手際よく契約書を出してくるメイアさん。

あたしは内容に目を通し、理不尽な内容がないことを確認する。

しばし確認した後、ゼッテルを取りだし、それに魔力を通す。このゼッテルは、色々面倒な契約がある場合に使えるように、作ってあるものだ。

ゼッテルを重ねると、契約内容が全て写し取られる。

それを見て、トーマスさんは目を見張った。

あたしが指先を契約書につけて、魔力を流す。トーマスさんも同じ事をする。これで契約だ。勿論魔術に寄る書類で、これを作成出来ると一生食いっぱぐれないくらいの特殊技能である。そのため、契約書作成の固有魔術持ちは、本当に重宝されるとか。

契約の内容については、それほど無理があるものではない。

単にあたしが鉱石を加工して、トーマスさんが売る。

加工賃としても、バレンツ商会が出している相場は覚えているから、問題ないと断言できる。

裏面なども確認するが、独占契約ではないし。

契約を裏切った場合は、いつでも解除できる。

魔術によるこう言う契約は、口約束よりもずっと拘束力が強く。破った場合は相応のペナルティがある。

あたしから破らなければ問題はないし。

そもそも、条件はかなり緩いので、あたしとしてもこのくらいなら問題はなかった。

これでも島に散々与太者が来ているのだ。

そういう連中を見ているから、あたしとしても、この契約書がまずいかどうかは一目で分かった。

「うむ、うむ、手際が良くて助かる」

「それでは、とりあえずこれで失礼します」

「ライザリン様」

「ライザでいいですよ」

メイアさんが少し考えてから。

少し表情を崩した。

「わかりました。 ライザ様、いずれ宝石だけでは無く、我が家から個人的にそれを加工したものを頼むかもしれません。 ただこのサイズの原石からつくるものではなく、ごく小粒な宝石が限定になりますが」

「ふむ、宝飾品ですか?」

「そうなります。 貴族の間では、そういうものが更に高値がつきますので」

まあ、その時はその時だ。

店を後にすると、流石にかなり夜も遅くなっていた。

さっさと家に戻る事にする。

懐から顔を出したフィーが、早く帰りたいと鳴き声を上げる。

まあ、退屈だっただろうな。

そう思って、あたしは帰路を急ぐ。

宝石の加工は、今日の内にやっておくつもりだ。

湖底の遺跡への道が確立出来。

更には、その規模が想定以上だったこともある。

あまり、無駄に時間を費やすことは。できなかった。

 

2、クラウディア参戦

 

パティは、ずっとカウンターの練習を続けていた。

言われた通りだ。

確かに、魔物に狙われる傾向はある。

現時点では、パティなんて問題にならないくらいライザさんとタオさんが強いから、それでパティは狙われなかっただけ。

弱い奴を叩くのは基本的な戦い方だが。

それにしても、パティに比べて二人が強すぎたのだ。

更に二人に並ぶ使い手であるクリフォードさんが加わった事で、パティに攻撃が来る可能性は更に減った。

なら、カウンターは必要か。

必要だ。

いずれ技量があがれば。魔物は率先してパティを集中狙いしてくる。

その時に備えて、今のうちに手を打っておく。

今はまだ、そうして技量を高める余地がある。

余地があるうちに、出来る事をやっておくのだ。

メイドと、ずっと乱取りをする。

何をしてほしいかは告げてある。ずっと相手の力量はパティより上。だから、戦いにも本来はならないけれども。

それでも、やるべき事を叩き込んでくれる。

実戦だったら何度死んでいたのだろう。

傷が出来ては、回復魔術で治す。

メイドには何でも出来るように思う。パティは無力な子供だ。それから見ると、本当に何でも。

お父様も、意地を張っていないで。

この人と結婚してくれればいいのに。

この人だったら、パティはお母様と呼べる。

確かに男として筋を通すのは、一人の人間として尊敬できる。でも、顔も分からない母親を、ずっと尊敬するのは無理だ。

神代と呼ばれる時代には、フォトという技術があったらしい。

それによると、人の姿をずっとありのまま残せたらしい。

だけれども、とっくにそんな技術は失われている。

その技術があったら。

少しは顔も分からない母親のことを、好きになれたのだろうか。

そんな風にパティは思う。

訓練時は、雑念を払える。

そういう訓練をしてきたからだ。

だけれども、休憩を入れると、どうしても雑念がわき上がってくる。まだ脆いのだと、パティは自分を評価する。

脆いから、悩む。

勿論悩まなくなったら、それは人間ではないとも思うけれど。

お父様が振るう曇りのない剣筋を見ていると。

ライザさんの、躊躇なく相手を打ち砕く蹴り技を見ていると。

あの境地に行くには、迷いを断つしかないのだと分かる。

だから、ひたすらに稽古をつけて貰う。

「短期間でかなり上達してきていますね。 私の初動を見る事が出来ています」

「ありがとうございます。 でも、見る事が出来ているだけです」

「……凄い使い手を、複数側で見ているのが大きいのでしょう。 その実戦も」

「見稽古ですね」

頷くメイド。

そして、武器を変えた。

いつもは長柄で訓練しているのだが。これは。

恐ろしい大きさの剣だ。訓練剣とはいえ、受け損ねたら打撲で済むかどうか。

「更に初動を見やすい武器にします。 それに、この武器であれば、魔物の攻撃に火力で劣ることもありません」

「……は、はい」

「いきます」

訓練用だから、無骨な鉄塊である実剣よりは軽い。

だが、それでも平然と振り回している様子を見ると、この人がどれだけ鍛えているのかよく分かる。

格闘戦だけで言えばライザさんと同格……いやそれ以上ではないのか。

生唾を飲み込むパティに。

どんどん地力を見せてくれているメイドが、踏み込んでくる。

必死に横っ飛びに逃げて、一撃を避ける。

それで精一杯だ。

横殴りに来た場合は、訓練剣で受けるしかないが、もろに吹っ飛ばされる。

仮想敵は魔物だ。

この人は今、魔物でも退くような武技を見せてくれている。つまり、これこそ最高の訓練。

そう思って、立ち上がり。

もう一度と、パティは叫んでいた。

 

朝になって、ライザさんのアトリエに出向く。

お父様には、遺跡探査の時以外には、ライザさんやタオさんとあまり接しないようにと言われた。

恐らくだが、貴族の政治に関する話だろう。

ライザさんは既に王都で話題になっているそうだ。

巨大な魔物を苦もなく蹴り殺す達人。ドラゴンスレイヤー。

三年前から、作ったものがバレンツ商会を通じて流通していて、王都の経済に大きな影響を与えている存在。

その全てが一つだというのだから、それは話題になる。

とんでもない魔人が来た。

そういう噂になっているそうだ。

今は、パティがなんとなくその魔人と関係していると臭わせるくらいでいい。

そうお父様は言う。

貴族の政治闘争が如何に陰湿で馬鹿馬鹿しいかはパティも把握している。そんな事で、心を乱されたくない。

タオさんの側にいたいし。

経験も積みたい。

それに、見た事がないものを見ると、怖いと同時にわくわくが浮き上がってくるようになってきている。

子供みたいだと自嘲するのだけれども。

それと同時に、今までこんなに好奇心を抑え込んできたのかと、パティは自分でも驚いていた。

アトリエには、いつもパティが最初につく。

だけれども、今日は続いてクラウディアさんが来たので、驚く。

この人はライザさんの事が大好きで大好きで仕方がないオーラを常に放っているので、ちょっとびっくりである。

普段は落ち着いた厳しい所すらある綺麗な女性なのだけれども。

ライザさんの前では、子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべているので、そのギャップも凄い。

「ライザ、今日から参戦させて貰うわ」

「助かる! 次の遺跡、凄く手強そうだったからね」

「うん。 勿論、守ってね」

「ふふ、もうそんな必要ないくせに」

アトリエに入って、クラウディアさんが自分で作った菓子を振る舞ってくれる。

いや、これは。

本当に美味しいな。

実の所、貴族がそんなに美味しいものを常に食べている訳では無い。そもそも王都は農業区を軽視していることからも分かるように、常に最高の食材が手に入る場所ではないのだ。

このため香辛料漬けにしている食べ物とかが多く。

決して常に美味しいものが食べられるわけではない。

菓子にしても腐敗を避ける為の砂糖漬けが多いのも事実で。

異常に甘いものはよく食べられるが。

こういう上品な味付けのお菓子は、あまりない。

また、逆に貧民向けには薄味の食べ物が多く。

それは香辛料や保存料を貴族が独占しているからだ、という事をお父様に聞かされた事がある。

騎士時代と今では食べるものの味が全く違うので。

時々、腹の調子を崩しそうになることもあるのだとか。

いずれにしても、依頼を出すために使っているカフェなどは、どちらかというと貴族向けの食事も出てくるため。

味付けは濃いめにしてあるそうである。

馬鹿馬鹿しい話だが。ともかく、この菓子のおいしさを味わうと、言葉が止まってしまう。

味付けばっかり濃い高級品や。

逆に、珍味というだけでおいしくもないものが貴族の食卓には結構出てくるので。

これは逆の意味で新鮮だ。

言葉が出なくなる。

ボオスさんとタオさんが来る。今日は二人同時。そう思っていたら、クリフォードさんも来た。

一瞬、火花がクラウディアさんとクリフォードさんの間で散ったようだが。

この二人は互いに警戒し合っている様子だし、仕方がないのだろう。

なんとなく、理由はわかる。

ライザさんの事が大好きなことが見ているだけで分かるクラウディアさんにとって。得体が知れないトレジャーハンターは、すぐに信用できないのだろう。腕利きであっても。

クラウディアさんは、パティの事は警戒していないらしい。

それについては、とても有り難かった。

この人がやり手で。優しいだけの人ではない事くらいは、パティにも分かるからだ。

「今日から、本格的に遺跡の探索に入ります」

「確か湖底にあるって話だったよね。 水の中に潜る方法はどうするの?」

「エアドロップという道具を完成させたんだよ」

「素敵! 乗って見たい!」

クラウディアさんがとても嬉しそうなので、こっちもほっこりする。

ともかく、遺跡の中を調査する事。

今日は五人体勢で行く事。

何かあった場合は、アンペルさんとリラさんという人に連絡が行くこと。

これらが話し合われた後、即座に出る事になった。

クラウディアさんは元々バレンツの令嬢。

移動しながらの商売には慣れているのだろう。今日は商売ではないが、すぐに出かける準備を整えていた。

荷車をクリフォードさんが引いて、四人でその周りを囲んで出る事にする。

ボオスさんは連絡係だ。

何かライザさんに耳打ちしていたが、或いは何かしらの貴族に関する進展があったのかも知れない。

トーマス卿と連絡をライザさんが取っているのは知っているが。

その続報か、或いは別の貴族に関する話かも知れなかった。

荷車とともに、湖畔に急ぐ。

エアドロップがかなり大きい事もあって、積載量が減ってしまうのが残念だが。そもそもあんな大きなものを、短時間で畳んで詰め込めるのがおかしいのだ。しかも乾燥機能までついていた。

城門で、パティが戦士達に話をする。

街道に出る魔物を、見かけ次第狩っているからだろう。

少なくとも、ライザさん達が主導で移動している方向で、魔物が出ている話はないそうである。

それは良かった。

魔物とも何とか上手くやっていければ良いのだが。

向こうが人間に対する殺意をむき出しにしている以上、そうも行かない。

じっと手を見る。

まだ発展途上の技術。

実戦を積むというのは、本当に大事だったんだなと思い知らされる。

パティですらこれだ。

お父様以外の王都の貴族なんか、どれだけ前線に出て来てもものの役になんてたちはしないだろう。

街道を外れる。

クラウディアさんの音魔術は、常時展開型のようだ。

もの凄く鋭敏で、見ているだけで驚かされる。

「此方を伺っている鼬が七匹。 ただし仕掛けて来るつもりはないみたい」

「了解。 そのまま音魔術よろしく」

「うん。 ライザ、歩いているので分かったけれど、凄く腕を上げているね」

「ふふ、腕だけは何とかね」

見ると、クラウディアさんは口を動かしていない。どうやら音魔術で、音声を皆の耳にだけ届けているようだ。

これもまた、凄いな。

音魔術の使い手は、パティも知っているには知っている。

だが、クラウディアさんのは技量がレベル違いだ。

王宮魔術師なんて、本当に井の中の蛙が喜ぶ程度の技量なんだな。

そう思って、ほろ苦くなる。

途中で、クラウディアさんが、警告を発してきた。

「エレメンタル。 四体。 接近してきてるよ」

「総員散開!」

ライザさんの声で、全員散開する。

とにかくパティは、皆の胸を借りるつもりで戦うだけだ。

森をブチ抜くようにして、人間より二回りも大きいエレメンタルが姿を見せる。全身が黒い。

たしかエレメンタルは何種類かいるが、黒いのは見た事がない。

というか、気配がびりびりとする。

他三体は雑魚……といっても三人で相手にするのが普通の奴だ。

即座に、散開して全員が戦闘を開始。

クラウディアさんはその場に立ち尽くして、立射の姿勢。パティは体勢を低くして、指示を受けた相手に突っ込む。

魔術の光弾が飛んでくるのを、紙一重で回避。回避の動作が小さいほど、そのまま攻撃に移せる。

二発目。

今度は直撃コース。仕方ないので、横っ飛びに逃れる。

三発目。魔術を際限なく撃ってくる。だが、それを回避した瞬間。エレメンタルの顔面に、魔力の矢が突き刺さっていた。

鋭い悲鳴を上げるエレメンタルに突貫して。

次の魔術はもう撃たせない。

踏み込むと同時に、大太刀を突き刺す。

エレメンタルの胸に食い込んだ大太刀。

更に気合いの声とともに振るい上げ、頭を真下から逆唐竹に割った。

それで、エレメンタルが消えていく。

次。

周囲を見ると、既に大きいのしか残っていない。

大きいのは丁度ライザさんと魔術戦をしていたが、圧倒的に押されている。黒いエレメンタルが、あんなに一方的に。

そのエレメンタルの側頭部に、クリフォードさんが投擲したブーメランが炸裂。首が折れた。

更にとどめとばかりに、ライザさんが接近。

蹴りを叩き込み。

黒いエレメンタルの頭を、蹴りでちぎり飛ばしていた。

首を失った黒いエレメンタルは、そのまま消えていく。

嘆息する。勝ちだ。怪我もしなかった。

大太刀を鞘に収める。クラウディアさんの方を見ると、複数のちいさな人影があったので、ぎょっとした。

それもすっと消えていく。

手にしていたのは弓矢に見えた。ということは、アレを使って支援攻撃をしてくれたと言う事か。

「クラウディア、流石。 三年前からずっと腕を上げているね」

「必死だったの。 それよりも、パトリツィアさん、大丈夫?」

「大丈夫です、問題ありません。 それと、パティと呼んでください」

「分かったわ。 パティさん、怪我がないようで何よりね」

にこりと微笑むクラウディアさん。

この人、生半可な射手十人分は働くんだな。

そう思って、パティはライザさんの仲間の凄まじさを、再確認するのだった。

 

湖畔について、エアドロップを展開する。

その間に、クラウディアさんが集落に行って、色々話をしていた。

集落を見て回っているようである。

パティが見た感じ、エアドロップは更に改善されているようだ。

ぱたぱたと飛び回って、フィーが嬉しそうにしている。

それを見ていると、パティも心が和む。

「戻って来たよ、ライザ」

「どうだった、クラウディア」

「良くない状態ね。 集落で少し前に、支えになっていた戦士が亡くなったらしいの」

「ああ、それで……。 力仕事を一人でやっているのはおかしいと思ったんだよ」

クラウディアさんが咳払いして、どうすべきかを軽く話した。

他の集落の人間を受け入れるか。

それとも、王都から一線を退いた戦士を受け入れるか。

どちらにしても、良い印象がないのも事実だ。

そこで、バレンツ商会で誰かしらを紹介する形を取りたい、という話をするつもりであるようだった。

本当は、こういうのは貴族がやる事なのだが。

連中にそんな事は期待出来ない。

アーベルハイムの領内だったらそれも出来るのだが。

残念ながら此処は違う。

パティが出ると、此処を領地(名目だけだが)にしている貴族が、へそを曲げて更にややこしい事になる可能性が高い。

クラウディアさんがやるのが、一番良いだろう。

「分かった、クラウディア、手を打てるようなら頼むね」

「うん。 封印って、例のものを封じている可能性が高いんでしょう。 だとすると、あまり人ごとでもないから」

「……」

まあ、パティはその例のモノについては教えて貰えないか。

それについては、まだ仕方がない。

とにかく、この人達と一緒に行くしかない。

まだ腕も何もかもが未熟なのだ。

それもまた、仕方がない。

準備が整ったので、エアドロップに乗り込む。クラウディアさんが乗っても、全く大きさは問題がない。

今日はパティの隣はクリフォードさんだ。

昨日はタオさんが隣だったので、すごくどきどきしたけれど。

今日は、そういう意味では自然体でいられる。

なおクリフォードさんはタオさんと遺跡について話していて。タオさんが、何度も感心して頷いていた。

「流石に遺跡に直に足を運んでいる人は違いますね。 もっと色々な話を聞かせて貰いたいです」

「俺の話程度でいいんなら幾らでも良いぜ。 未来の大学者に俺の話を参考にして貰えるなら大歓迎だな」

「そんな、まだこれからですよ」

「ああ、そうだな。 だから必ず大成してくれや」

クリフォードさんは墨を入れていたり、時々ぞっとするような殺気を放ったりする、後ろ暗い所があるようだけれども。

遺跡探索に文字通り命を賭けている子供みたいな人でもあるから。

パティは、そういう面で嫌いにはなれない。

潜水すると、クラウディアさんは凄く嬉しそうに周囲を見回し。

更には音魔術で、エアドロップの機能を支援してくれているようだった。

凄いな。

音魔術で、そこまで出来るとは。

「とても大きな魚がいるわ。 素で潜るのは自殺行為ね」

「攻撃の予兆はある?」

「ううん。 様子からして、此方をエサだと思っていないみたい」

「それは良かった。 そう設計したんだけれども、魚の気持ちにはなかなかなりきれないからね。 水の中で魚を見るのも、あまり経験がないし」

程なく周囲が見えないくらい暗い水位まで潜水し。

そして、移動を開始。

タオさんがナビゲートをして、ライザさんが完璧に操作する。

フィーはライザさんの懐で大人しくしている。

多分だけれども、周囲が危険だと言う事を悟って、静かにしている方が良いと判断したのだろう。

やがて、エアドロップが浮上を開始。

目的地に着いたのだ。

大太刀を手にして、気合いを入れる。

此処からは、ワイバーンとの戦闘も想定しなければならない。

陸に横付けするエアドロップ。荷物を出して、エアドロップを積み直す。

半分浸水している此処は、遺跡の本来のどれくらいの場所なのだろう。封印が後からされたという童歌があるらしいから。

封印部分が沈んでいると言う事は、あまり考えなくても良いとは思うのだが。

ライザさんの指示で、周囲を警戒。

無言で、移動を開始する。

タオさんが、忙しくマッピングをしているので、その分をクリフォードさんが警戒しているようだ。

「少し先に幽霊鎧。 かなり大きいわ」

「見えないと言うことは、奇襲してくるつもりか……」

「そうみたい。 戦闘は避けられないかも知れないね。 数は十四」

「結構いますね……」

ライザさんが手を横に。

頷くと、タオさんが先に前に出る。

周囲を見るが、あまり足場が良くない。足場が良くない場所で、多数の敵を相手にする。

なるほど、そうか。

鎧を着ている相手だから、むしろそれが不利に働くのか。

各個撃破するわけだ。

タオさんが一線を越えると、周囲からざわっと人の気配。

鎧を着た人影が、わらわらと集まってくる。それぞれが、色々な武器を手にしていた。さび付いている斧を手にしている鎧が、一番大きい。あんなの貰ったら、即死だろう。

「侵入者。 殺せ」

「やれやれ、とりつく島もなしか。 排除するよ!」

ライザさんの号令とともに、交戦開始。

流石にこんな所に、生きている人間がいる訳もない。

思い切りやれる。

パティは足場が悪いのを確認して、少し下がり。

突撃しようとして、ぶつかったりする幽霊鎧の醜態を見た。

そして、其処にライザさんの熱魔術が、立て続けに炸裂する。鎧がそのまま、融解する程の熱量だ。

ばたばたと倒れる鎧に、ブーメランが炸裂し、立て直そうとしていた一体を文字通り粉々に粉砕。

本来だったらこれほど脆くは無かっただろうが、経年劣化の結果だ。

更に、クラウディアさんが矢を放つが。

とんでもないサイズの矢だ。

さっきの戦闘では見ている余裕がなかったが、本人が放つ矢は、本来これくらいのものなのかも知れない。

何より立射の姿勢が美しい。

型稽古で知っているが、こういうのは合理的だから型が出来る。

クラウディアさんも、ライザさんの仲間と呼ぶに相応しい実力なのだと、思い知らされる。

ばつんと凄い音がして、巨大な矢が放たれる。

二体の幽霊鎧がまとめて貫かれて、バラバラになって飛び散る。

大斧を手にしている大きな幽霊鎧が、前に飛び出してくるが。

その顔面にタオさんが蹴りを叩き込み、直上に跳ぶ。

それに反応した幽霊鎧に、ライザさんが特大の熱槍を叩き込む。動きが止まったところに、パティは突貫。

片手を、叩き落としていた。

それで大斧を持つ手がバランスを崩し、横に倒れる。

クリフォードさんのブーメランが、串刺しにするようにして倒れた幽霊鎧を粉砕。すぐに幽霊鎧は動かなくなった。

幽霊鎧の残骸を、ライザさんが調べる。

これといって、得られるものはないようだ。

武器の一部を回収したくらい。それも多分、錬金術で鋳つぶしてしまうのだろう。

それ以外は、指示を受けて徹底的に砕く。

大太刀の柄で粉砕して回っていると。

奥の方から、恐ろしい叫び声が聞こえてきた。

「何かいるねえ」

「フィー!」

フィーが警戒しているのが分かる。

だけれども、昂奮して何処かに飛んで行ってしまうようなこともない。すぐにライザさんの懐に戻る。

パティは、まだ周囲の人達にかなり下駄を履かせて貰っている状態だ。今の戦いでも、殆ど貢献できなかった。

だが、焦っても何もできない。

ただ、今は。

ひたすらに、戦いの経験を積んでいくしかなかった。

 

3、水中遺跡縦横

 

遺跡の中を歩く。階段が長く続いていて、その途中には壊された幽霊鎧と、幽霊鎧に殺されたらしい獣の亡骸。

ここで大きな戦いがあったというよりも。

散発的に殺し合いが起きていて。

それで獣も幽霊鎧も消耗している、という感じだ。

殺されているのは殆どが鼬のようである。

幽霊鎧が踏みつぶされた跡もある。

それだけ大きい魔物がいるのだろうと、あたしは思った。

平らな地点に出るが、タオが警告してくる。

「ライザ、傾いている。 気を付けて」

「うん。 それよりタオ、この遺跡の構造、分かる?」

「なんとなく。 多分此処は中層くらいだと思う。 ほら、あの辺りを見て」

タオが指さした先にあるのは、あれは。

街か。

もう当然誰も暮らしていないようだが。クーケン島にあるような石造りの家よりも、ずっとしっかりしている。

なるほど、ここに人はいたんだ。

まずは、その辺りから調べて見るか。

誰かが住んでいたらしい跡もあるにはあるが、ずっと昔のものばかり。

壁に落書きがあったので、即座にタオが飛びつく。メモを取りながら、ぶつぶつと独り言を開始。

それは、そのまま見守る事にする。

「クリフォードさん、どう?」

「全部の家を調べたい」

「……」

「トレジャーハンターのサガだよ。 すまねえな」

やがて、メモを取り終えるタオ。

何が書いてあるかは、解析するそうだ。

まあ、実際それどころではなくなる。

後方に、ぬっと気配。

多分、幽霊鎧を踏みつぶした本人だ。

巨大なサメである。

陸上に上がるようになったサメは、とにかく行動範囲を拡大し、危険極まりない魔物になった。

ここもある意味陸上だ。

サメが住み着いていてもおかしくは無いだろう。

前に渓谷でもサメと戦ったが、それより更に二回りはでかい。しかもこの様子だと、魔術も普通に展開して来るだろう。

即座に散開の指示を出して、戦闘を開始。

クラウディアを連れてきて良かった。

熱槍を早速叩き込んで、横っ飛びに逃れる。反撃の水鉄砲……というには火力が強烈すぎるそれが、ライザのいた地点を抉っていた。

熱槍の熱をブチ抜くようにして、サメが突貫してくる。陸上でもこいつらはかなり俊敏に動き回るのだ。

ギリギリを掠めて、ひやりとするが。

サメを蹴って、上空に。

此方を視線で追ってくるサメに、ブーメランが直撃。だが、シールドが出現して、それを弾き返す。

更にクラウディアの矢も炸裂するが、それもシールドを複数枚展開して防いだようだった。

熱槍を放ちながら、その反動で後方に跳び、着地。

全身の周囲にシールドを展開するサメ。更に、水鉄砲で斬り裂きに来るし、なんならあの巨体で食いつきにも来ると。

遠近両方に対応できる上に、守りが堅い。

面倒な相手だ。

突貫してくるサメ。

タオが残像を作りながら接近戦を挑むが、サメは上体を起こすと、ストンプを行う。タオが飛び離れる。

それもそうだ。

ストンプが、サメの体の周囲を粉砕する。

あれは、サメの体以上に粉砕範囲が大きい。

周囲をまとめて攻撃出来る技も持っていると言う事だ。

「厄介だなあいつ……」

「とんでもない魔物ですよ! アーベルハイムの総力を挙げても倒せるか……」

「大丈夫。 クラウディア、飽和攻撃」

「分かった!」

クラウディアが大きめの詠唱を開始。

サメはそれを見て、即座に反応するが。ブーメランが目を襲う。シールドで弾き返す。パティもハンドサインを見て、突貫。サメは五月蠅そうに巨大なひれで払うけれども。

恐らくパティには、初動が見えた。

紙一重にかわしつつ、抜き打ちに切るパティ。

だが、抜き打ちが弾かれる。

惜しい。上手くカウンターが出来たかと思ったが、駄目か。

最初だ。

上手く行かないのが普通だ。

そう自分に言い聞かせたのだろう。パティは冷静に後方に跳ぶ。

また、ひれでストンプをして来るサメ。やはり相当にこいつ、戦い慣れている。知能もサメの領域を越えている。

あたしは横に走りながら、熱槍を次々叩き込む。

サメはその度にシールドを展開して防ぐが、それでこっちが見えなくなる。

水鉄砲を乱射してくるが、パティがねらわれなければ対応できる。

火力はあるが、それでも此方は相応の戦闘経験を積んでいる。

発射の予兆くらいはわかるのだ。

跳躍して、足を狙って来た水鉄砲を避けつつ、更に熱槍を叩き込む。

気付く。

サメの方でも詠唱をしている。

クラウディア、間に合うか。

そう思っていたら、クラウディアの方から、炸裂するような魔力が迸っていた。

巨大な矢を番えたクラウディア。その周囲に浮かぶ人型、数は十二。その全てが、矢を番えている。

「驟雨のコンツェルト!」

クラウディアが矢を一斉に放つ。

特にクラウディア自身が放った矢は、バリスタも驚きのサイズだ。

サメが大量のシールドを展開。クラウディアの周囲の人型の魔力矢はそれで防ぎ抜くが。

残念ながら、クラウディア自身が放った矢は、防げなかった。

頭に直撃して、皮を裂き肉をはじけさせるクラウディアの矢。

おおと、周囲から声が上がる。

サメが悲鳴を上げてのけぞった瞬間。

タオが、その左目を抉り抜いていた。

更に一瞬遅れて、パティが突撃。左目に、大太刀を突き刺す。

だが、サメは全身を振るって、パティを吹っ飛ばす。クリフォードさんが、パティをさっと受け止めていた。

サメが、両目を失いながらも、詠唱を終える。

その頭上に、真っ黒い何か禍々しいものが生じる。

多分あれは、渦をイメージした魔力の流れだ。

それを此方にぶつけてきて、文字通り魔力によってねじ切るつもりだと見て良いだろう。

サメの生活環境にある、もっとも恐ろしいものをイメージした魔術。

確かにその火力は凄まじかろうが。

だが、あたしもとっくに準備は終えていた。

「サメから離れて!」

「分かった!」

全員が飛び離れる。

サメが、その凶悪魔術を解き放とうとした瞬間。

サメの頭部が、爆ぜ割れる。

爆熱が、文字通り薔薇の花弁の形を取る。

ローゼフラム。

あたしが持ち込んでいる爆弾の一つ。ジェムが余ってきたので、複製しておいたのだ。

殺戮の薔薇が、サメの頭をまとめて消し飛ばした事で、サメの魔術は完成せず。

制御を失った魔力が、薔薇の花弁と混じり合って、禍々しい花を作り出す。それはおぞましい悲鳴のような音を立てながら周囲に嫌な魔力となって散り。

頭を失った巨大ザメが床に倒れ臥したときには。

何も、残されてはいなかった。

 

パティの手当てを終えると、調査を続行する。

住居の中には庭園のようなものもあって、タオが熱心に調べて行く。

これは、面白いかも知れない。

あたしもちょっと興味を引かれたが、タオの表情は険しい。これは、あまり面白いものではないのかも知れない。

「どう、タオ」

「……この場で説明すると、あまり良い気持ちにはなれないと思う。 それよりライザ、あの辺りに本があるでしょ。 できるだけ、無事な奴を見繕ってくれる?」

「おっけい」

即座に手分けして、家屋の中にあった本棚を漁る。

結構無事に残っているものだ。

皮製の装丁がされている本には、虫食いが酷いものもあるけれども。本棚に魔術が掛かっていたらしく、半分くらいは無事だ。

本は重い。

何度かに分けて運び出し、荷車に積んでいく。

クリフォードさんが、嬉しそうにしていた。

「普通こういう所にある本は、殆どその場で見るしかないんだが、持ち帰れるのは嬉しいねえ」

「あたしの本拠地のアトリエだったら、本はまだまだ置けるんですが……今のアトリエは厳しいので、後で学園の図書館に寄贈する形になりますね」

「なるほど、じゃあ後で読んじまってもいいか」

「どうぞどうぞ。 タオと一緒にね」

クリフォードさんも当然読書家だ。

パティには周囲を警戒して貰う。

勇敢だが、まだ見極めがそこまで上手に出来ていない。

少しでも経験を積んで貰うしかない。

サメの体の中から出て来た素材の内、皮などの使えそうな部位は荷車に詰め込んである。それは既に、荷車が結構パンパンだと言う事を意味している。

やはり荷車を増やすか。

ただそれには素材が足りない。

釜の中で部品を組み立てるのは難しく無いのだが、インゴットもたくさんいる。今、一番不足しているのは鉱石なのだ。

「ライザ」

「!」

クラウディアが手招きしてくる。

其処には、何処かしらからか集められたらしい鉱石が積み上げられていた。これは、次に来た時にでも持ち帰るか。

いずれにしても、今は本棚が優先。

本をできる限り持ち帰る。

こう言う場所にある本は、可能な限り保存しておくべき。虫のエサにしてしまうのは、もったいない。

一通り本を回収すると、一度撤退を皆に告げる。

パティはまた少し怪我をしたが、すぐに処置をしたので、傷は残っていない。

それどころか、意外な提案をしてくる。

「あの、誰も見ていない場所でしたら、私が荷車を引きましょうか」

「ううん、パティはいつでも戦闘に出られるようにしていて。 今は、それがパティの仕事だよ」

「分かりました。 それにしても……」

焼いてグズグズに崩したサメの死骸。

それを見て、パティは口をつぐむ。

あいつは高度な魔術を使いこなし、サメでありながら的確にあたしを狙ってきた。この集団の指揮を執っているのがあたしだと、一目で見抜いたと言う事だ。

それはパティも理解している。

だから戦慄しているのだろう。

誰もが魔術を使えるようになっている現在。実は、古い時代はそうではなかったという話がある。

それは魔物……人間を素の力だけで殺傷できる動物についても、同じであったらしい。

タオが二年ほど前に、手紙にものすごい長文とともに送ってきた研究結果だ。

とても嬉しそうな文章だったので、よく覚えている。

読むのが大変だったけど。

ともかく、その研究結果によると。

世界中に魔術が満ちてから、魔物は人間に対して敵意を抱くようになったし。

なんなら、さっきのサメみたいに。

本来は知能なんて無い筈の魔物まで、知能を持つようになったのだとか。

それがなんで起きた事なのかは分からないが。

いずれにしても、恐ろしい事ではあるのだと思う。

古代クリント王国までは、それでも魔物を押さえ込めていた。だが、古代クリント王国の破滅が、決定的な事になった。

今後、何かしらの手を打たないと。後二千年くらいで人間は絶滅すると、タオは長文を結んでいたっけ。

それが古代クリント王国のせいだとしても。

どうにか、それは防ぎたいと思うのも、あたしの本音だった。

「あんな奴をものともしないなんて……」

「クラウディアが来てくれたおかげだよ。 そうでなければ、被害を出していたかも知れない相手だ」

「それほどでしたか……」

その時やられていたのは、多分パティだっただろう。それについては、言う必要もない話だが。

ともかく、一度撤退する。

エアドロップで潜水して、湖畔に戻り。帰路につく。

この辺りに、物資の収束拠点を作りたいなと思う。あの星の都から持ち出したい物資は、結構あるのだ。

クラウディアに、エアドロップを畳みながらその話をすると。

少し考え込んだクラウディアが、小走りで何処かに行った。

或いは、それを条件に何か話をつけるつもりなのかも知れない。

いずれにしても、海千山千の商人達とやりあって、すっかり図太く逞しくなったクラウディアだ。

全て任せてしまっても、問題ないだろうとあたしは思った。

 

アトリエに戻り、本を展開する。

タオとクリフォードさんが本を凄い勢いで読み始める。クラウディアは、先に引き上げ。パティも、名残惜しそうにはしたが、戻っていった。

あたしはやる事が幾つかある。

宝石を調合しておく。

トーマスさんに頼まれた奴だ。淡々と調合していると、フィーがあたしの頭に止まる。悪戯をするような子では無い。

「フィー、どうしたの?」

「フィー……」

「分かった。 調合がもうすぐ終わるから、待ってね」

「フィー!」

エーテルの中で再構築していた宝石の原石を、完成させる。

結果、仕上がる。

文字通り、星の名を持つ宝石。コメートだ。原石を最大限に生かし、虹色の美しい紋様をそのまま残して宝石に仕上げている。

大きさは幼子の拳ほどもある。

うむ、これなら試作品として問題ないだろう。

さて、フィーは。

そう思って周囲を見ると、タオのうえを飛んでいた。まだクリフォードさんは本に夢中。

タオが、苦笑いする。

「フィーは賢いね。 僕が話したいと思っているのを、的確に察知したみたいだ」

「ふふ、自慢の子だよ」

「うん。 それはそうとして……」

タオは、パティがいない事を確認してから。

声を敢えて落としていた。

「この本の内容、ざっと見てみたけれど。 はっきりいって、あまり気分が良いものではないよ」

「詳しく聞かせてくれる?」

「うん。 星の都で彼処は間違いないと思う。 正確には、星の都第三だそうだよ」

「第三」

つまり、最低でもまだ二つ星の都があったということか。

更に言うと、文字などからして、恐らく神代……ただし神代後期のものであるらしいと、タオは言う。

なんでも神代といっても相当に期間が長いらしく。

多くの古式秘具は、神代前期から中期のものであるらしい。

トラベルボトルを一瞥して、そうか、とだけ思う。

アンペルさんの義手も古式秘具だ。

それを思うと、複雑な気分になる。

「それで、何がまずいの?」

「全編胸くそだよ。 とにかく特権意識の塊みたいな文章なんだ。 自分達は選ばれた存在で、地上に這いずる虫共……多分星の都に暮らしていない人々の事だね。 ともかく、地上の人々を奴隷として扱う権利があるとか、好きなだけ殺して良いとか、好きかって書いてある」

「……」

「地上に落ちたときに、大半の住民が死んだそうだけれども、その殆どが近親交配で体が弱り切っていたらしいんだ」

ああ、なるほどね。

特権意識が山ほど高くなった結果、「高貴な血筋」を保とうとした訳か。

クーケン島は閉鎖的な集落だが、それでも余所の血を入れるのは積極的だ。つまり田舎の人間ですら、それがまずい事は良く知っている。

それすら分からないなんて。

高貴な血筋とやらが聞いて呆れる。

神代の頃から、人間は馬鹿だったんだな。

そう思って、あたしは大きな溜息が出た。

「その後はとにかく恨み事が並べられてる。 幾つかの本はそういう日記だけだ。 後は、星の都の内部でどういう権力闘争があったか、だね」

「馬鹿馬鹿しい。 そういうの全部パスで」

「そうだろうね。 とりあえずこれらの本は、ごめん。 図書館には今は寄贈できないと思う」

図書館では、過去の愚行の証拠を記した文書を寄贈されることをあまり喜ばないそうである。

特に古代クリント王国時代の事は、華々しい成功を収めた時代だとしている書物だらけになっているのだとか。

実態を知っているあたしは馬鹿馬鹿しい限りだが。

ともかく、ロテスヴァッサは一時期国策として、夢よもう一度と考えていたのだろう。

あんな事をもう一度やられたら。

それこそ、人類は滅亡待ったなしなのだが。

「使えそうな本はある?」

「うん。 星の都の動力源について」

「ふむふむ」

「星の民と呼ばれる存在について。 星の都に住んでいた人間は、自分達を正確には「天上人」と呼んでいたそうなんだ」

ハ、と思わず侮蔑の声が出ていた。

これは、神代の連中も、古代クリント王国の連中と同レベルのカスと見て良さそうだ。

はっきりいって反吐が出る。

どういう理由で神代が終わったのかは、知りたくもない。知ろうとも思わない。

だが、これではっきりした。

連中は、世界の敵だ。

そんなのが権力を握ってテクノロジーを持ったから、オーリムにも後々迷惑を掛けたのだろう。

「星の民は別にいたらしい。 それは星の都に住む人間のために、様々な事を奉仕するための存在だったそうなんだ。 特に王と呼ばれる六体は、星の都の動力を担っていたらしくてね……」

「それって……」

「精霊王の言葉と一致する。 この星の都から、あの精霊王たちが来たのかは分からないけれどもね。 星の都一つずつに、精霊王が六体ずつ配置されていたとみるべきだろうから」

頷く。

そうなると、あたしとしても色々と思うところがある。

ともかくだ。

遺跡を探索し進めて、精霊王に遭遇する可能性が出て来た、ということだ。そして精霊王と話が出来ればいいのだけれども。

それが難しい場合は、勝てるか。

手持ちの戦力を計算する。

タオとクラウディアがいるのは有り難い。これにクリフォードさん。クリフォードさんは数度の戦闘で見たが、充分な戦力の持ち主だ。

後はアンペルさんとリラさん、それにレントがいてくれれば問題は無いのだが。

レントは何をしているのやら。

いずれにしても、先にこれはアンペルさんとリラさんに話しておいた方が良いだろう。

「精霊王の存在する可能性については、今から出がけにアンペルさんとリラさんに話してくるよ」

「お願い。 僕達は、もう少し本を選別しておくよ」

「よろしくね」

こうやって手分けできるのは助かる。

あたしが全て考えて行動しなくても良いからだ。

勿論あたしが自身で考える事は大事だ。だが、全て考えて全ての責任を持っていたら潰れてしまう。

あたしが人間ではなくなった場合は、それも良いかも知れない。

それくらいの事が出来るだろうから。

だけれども、少なくとも人間の間は。

仲間を頼る。

それだけの事である。

散々殺し合いも経験して。

与太者を殺す事で、人間もその例外ではなくなった。何度かあったのだ。どうしようもない輩との遭遇が。

それであたしにはタブーというものがなくなった。

それが良いことなのか、悪い事なのかは分からない。

ただ、あたしには。

このどうにも鈍っている頭は仕方がないとしても。

既に、とめるものは誰もいない状態なのも、事実だった。

 

夕方にアポを取って、トーマスさんと会う。

トーマスさんは腕利きらしい傭兵を数人連れていたが。これはメイアさんというメイドさんに全員がかりでも勝てるかどうか、という程度の実力だ。トーマスさんをあたしから守るためというよりも、他の貴族の狼藉を防ぐための人員なのだろう。

というかこのメイドさんの一族、本当に強いんだなと呆れてしまう。

会合に使ったのは、一部の貴族が用いるらしい料亭である。

見ると、あんまり良い仕事をしていなさそうなのも見かける。多分、後ろ暗い仕事の依頼なのだろう。

この王都と言う名の狭い井戸が危機的な状況なのに。

馬鹿馬鹿しい話である。

団結して、状況の打開に動けば少しはマシになるかも知れないのに。

「それで、もう出来たという話だが」

「ひとまず、見ていただけますか」

「うむ……」

緊張した様子で、トーマスさんがあたしが取りだしたコメートを確認する。見るからに冷や汗がダラダラ流れているのが分かった。

拡大鏡を使ってじっと見ている。

汚れがつかないためのコーティングもしっかりしてあるのだが。

輝きとか、気にくわないだろうか。

もとの鉱石の模様とかは、極力生かしたのだが。

何度か冷や汗をハンカチで拭うトーマスさん。

気は小さい人なんだなと、少し呆れた。

「こ、これをたった一晩で!?」

「はい、まあ」

「話には聞いていたが、驚天の技だ……」

「それで、問題はありませんか?」

何度も言いたくなるが。

宝石なんて、あたしにとってはただの輝く石だ。

クラウディアは本当に大好きみたいだけれども、これだけは正直聞いていて苦笑いしか浮かばない。

クラウディアもその辺りは分かっているらしく。

如何に宝石が素晴らしいか語る事はあっても。

あたしに意見は求めてこない。

相手に好みを押しつけるのは良くない。それを理解している、と言う事なのだろう。

「予定通り、いや三割増しの料金を払おう」

「契約以上ですが、良いんですか」

「ライザ君とのコネを構築できるのなら、安い、安すぎるほどだ。 以降も、バレンツ商会経由で其方に良い原石が出たら送るから、加工をお願いしたい」

「分かりました。 いっそ、この品をこっちでブレスレットとかに加工しましょうか?」

真っ青になって、首を横に振るトーマスさん。

メイアさんが、咳払いして付け加える。

「このサイズのコメートの加工まで任せたら、正直採算が取れません。 それにライザさんの力量は理解出来ました。 当面うちでは宝石そのものだけを扱う予定です。 この様子では、小粒の宝石ですらとんでもない品になるのがすぐに分かりますので」

「ローコストで押さえられませんか」

「いえ、動く金額が大きくなりすぎて、王都内での勢力バランスが変わります。 我が主は、現時点で王都内での勢力拡大には興味を持っておられません。 正直、このコメートですら、貴族内での奪いあいが起きかねない価値があります」

「ああ、なるほどね……」

確かに王都から出る事を目的としているみたいなことを言っていたな。

もしも目端が利くのなら、それはこんな泥舟、さっさと出るのが利口だろう。役立たずの王室もろとも、アーベルハイムが全部掃除してしまえばいいのに。

ただ如何にヴォルカーさんが優秀で、パティがいい女王になれるとしても、その子孫がどうなるかは分からない。

何かしらの、別の仕組みを考えるべきなのかも知れないが。

「と、ともかくだ。 今後とも、是非とも取引を頼むぞ」

「分かりました。 以降はバレンツ商会経由でお願いします」

何度もはげ上がった頭をハンカチで拭いながら、トーマスさんが頷く。

まあ、まだ本音は分からないけれども。

良い取引になったか。

そのまま、アンペルさんとリラさんの所に出向く。いかにもな安宿にいたが、それぞれ別室を取っているようだった。

仲が良さそうに見えて、本当にビジネスパートナーなんだよなああの二人。

そう思いながら、二人と路地裏で話す。

星の都の話をすると。

アンペルさんはそうか、と言うのだった。

「精霊王の話と合致するな」

「タオも同じ事を言っていました」

「タオは既に学者としては私以上だ。 もう何も教える事はない。 以降は、学術的なことはタオに頼るように。 私は門の捜索に専念する」

リラさんが、頷くと。

フィーの方を見ながらいう。

今は懐に隠れているのだが、リラさんくらいなら分かるのだろう。

「それとライザ、その生き物だが」

「はい、フィーの事ですね」

「そうだな。 そのフィーだが、どうも気になる。 魔力の流れが、この世界の生物とは違うような気がする」

「……可能性はありますね。 そもそも百年以上卵から孵らない生物なんて、異常も異常ですし」

それは異常では無いと、リラさんはあたしが知らない事を教えてくれる。

生物の中には、耐久卵というものを産む者がいるらしい。

リラさんの話によると、破滅的な環境の変化などが起きた場合。そういった卵を産んで、嵐のような環境の変化が終わるのを待ち。

それが終わってから、新しく生まれてくるそうだ。

知らない事を教わったのだ。あたしは素直に感謝する。

生物とは良く出来ているのだなと感心するが。話は其処からだった。

「仮にその生物が、オーリムの生物だったらどうする。 オーリムでしか生きられないような生物だったら」

「そうですね、トラベルボトルをオーリム仕様にして用いるには、オーリムの素材が必要になってきますが、今手元にはないですね。 場合によってはクーケン島まで戻るしかないでしょうか。 其方からなら、管理している門経由でグリムドルにいけますので」

「手放すつもりは無いということだな」

「フィーがあたしを親として認識した以上、最後まで面倒を見るのが当たり前です。 フィーは本能で生きているタイプの生物ではないと思うので、今更野生に返るのはまず無理でしょう」

それを聞くと。

リラさんは、若干安心したようだった。

「頭は鈍っていても、そこは鈍っていないんだな。 安心したぞ」

「私も畜産は経験していますからね。 動物に対してやっていいこととわるいことは、分かっているつもりです」

「それでいい」

あたしが幼い頃に読んだ絵本。

古い古い話らしかった。

今はもう生息しない可愛らしい生物が主役で。だが、その生物が可愛いのは子供の間だけだったのだ。

やがて成獣になったその生物は暴れに暴れるようになり。

飼い主は森に返した。

それが美談として語られていて。

父さんが、それを読んだ後に言い聞かせてくれた。いつも優しい父さんなのに、その時は随分と真剣だった。

この本を書いた頃、恐らく人間とそれ以外は力の差が大きく隔絶していて。それが何を意味するか知らなかった。

だからこれが美談となってしまった。

人間に育てられた以上、その生物は本能で生きるような者でないかぎり、野生に戻る事は出来ない。

これは反面教師として覚えなさい。

命に対して責任を持つのは、そういう事だと。

その話をすると、リラさんは頷いていた。

「百点満点の答えだな。 これで錬金術に対する理解があったら更に良い親だっただろうに」

「農家の親としては良い人なのは確実です。 父さんも母さんも。 残念ですけれど、あたしは錬金術師だった、というだけで」

「そうだな。 世の中は得てして上手く行かないものだ」

リラさんはそんな風に言う。

その通りだとあたしも思うけれども。

若々しいリラさんは、そういうときに相応に年を経ているのだと、思い知るのだった。

 

4、星の都に眠る者

 

朝早くに出て、遺跡仮称星の都に到着。

今日も探索範囲を拡げて、問題が無さそうなら遺物を持ち出すつもりだ。流石に此処には、もう所有権を持つ人間はいないだろう。

此処で腐らせたり或いは虫の餌にするくらいなら。

本は相応に持ち帰って管理した方が良い。

それだけである。

強力な魔物がいる。湖から上がって来ている様子だ。此処での縄張り争いもしていたのだろう。

サメの後には、もう少し小さいサメがいて。それを倒しても、また湖から此方を伺っているサメが見えた。

エサ場にするには閉鎖的な空間だが。

見た所、鼬の群れが水浸しになっている辺りを住処にしているようだ。サメは、それらをエサにしているのだろう。或いは此処を寝床にしているのかも知れない。

物資を詰め込みながら、あたしは撤収を判断。

まだ本を物色しているタオと、壁や床をさわりさわりしているクリフォードさんに声を掛ける。

遺跡の探索は二人が専門家だ。

もう少し遺跡の安全圏を拡げたら、羅針盤をあたしが使う。

あたしが主戦力である事は承知しているし。

あたしが抜けたら奇襲を受けた場合に被害が出ることも想定しなければならない。

リーダーシップを取るという事は。

命を預かると言うことだ。

それをあたしは理解しているから。

常に責任を持って行動する。それだけだ。

「もう少し調べたいけれど、駄目かな」

「ダメ」

「ライザ、時々容赦ないよね……」

「タオはこう言うときは、首根っこでもひっつかまないと動かないし」

タオがそうされたらたまらないと腰を上げる。

背丈は伸びたしガタイも良くなったけれど、ぶっちゃけ格闘戦だったらあたしの方が数段今でも上だ。

魔術が誰でも使える時代。

男性戦士が女性戦士よりフィジカルが強いとは限らないのである。

多分だけれども、クーケン島にいるアガーテ姉さんは、今のタオを腕相撲で簡単に捻るだろう。レントでも勝てるか怪しい。

魔術が使える時代は。

見かけで相手の戦闘力を判断できない時代でもある。

「クリフォードさんも」

「分かってるさ。 それにしても、何かあったのか」

「……嫌な気配がしてね」

「そうか。 それはまずいな」

即座に理解するクリフォードさん。

それはそうだろう。あたしが魔術師として相応の力の使い手だと知っているからだ。

力のある魔術師の勘は侮れない。

あたしも、何度も勘に助けられている。

「あんたが嫌な気配と言うくらいだ。 今まで倒して来たサメ程度じゃねえだろ」

「はい。 もしも相手に敵意があれば、かなり危険だと思います」

「なるほどな。 もっと準備をしてきたいと言う訳か」

「……」

あたしには、この気配が何者かはだいたいわかる。

恐らく、精霊王だ。

精霊王はまだ此処にいる。

或いは戻って来たのかも知れない。

精霊王とガチンコして、確定で勝てると言い切れるほど、あたしは自分に慢心していない。

レントとアンペルさん、リラさんが此処にいれば話は違っただろうが。

その場合も、パティが今度は足手まといになる可能性がある。

それくらいの危険な力の持ち主だ。

相手の敵意が向いたら、だが。

いずれにしても、クラウディアが見つけた鉱石も回収したのだ。今日は成果として充分である。

「とにかく、今日は撤収」

「しゃあない。 戻るぞ」

クリフォードさんも戻る。あたしは最後尾で警戒をしつつ、荷車を引くクリフォードさんを支援。

パティは側面について貰って、あたしの支援範囲にいてもらう。

前に霊墓で奈落に転落しかけたこともある。

そもそもパティが魔物から見て肉的な意味で魅力的に見える事は分かっているので、それもあって警戒はした方が良い。

本人も、それを利用できるほど図太くなれば。

或いは、凄まじいまでの達人になれるだろうか。

今が一番伸びる時期だ。

この時期に、死の臭いを嗅ぐことも含め。

あらゆる経験を積むべきだと、あたしは思う。

黙々と歩いて、湖岸に。

クラウディアが音魔術を強めに展開している。あたしの言葉はしっかり聞いていて、それで警戒を強めているのだろう。

「向こうは此方をじっと見ているみたい。 ただ、攻撃の意図はないみたいだよ」

「了解。 じゃ、相手の気が変わらないうちに今日は撤収といこう。 荷車、エアドロップに積み込んで」

「もう少しいたかったけれども、仕方がないね」

明日はタオは来られないらしい。

学生だ。時間を作ってくれているとは言え、色々と単位を消化しなければならないという事だ。

そうなると代わりがほしいが。

リラさんに来て貰うのも、ちょっと問題か。

アンペルさんは、対人戦は得意だが、リラさんほどの戦闘のスペシャリストじゃない。

もしも門を探しに遺跡に行ったら。

アンペルさんが自衛出来ない可能性が出てくる。

やはり手数が足りないな。

そう思う。

水中にエアドロップが沈み始めると、此方に向いている意識が消えた。

要するに興味を失ったと言うことだ。

クラウディアも同じ事を言う。

パティが、どっと疲れたようだった。

「大丈夫、パティ」

「ライザさんが撤退を即断するような相手の注意を惹いていたと思うと、緊張して……」

「明日も探索する以上、相手の意識はこっちに向くだろうね。 出来れば敵対はしたくはないけれど」

気が重そうなパティ。

貪欲に戦闘技術を学んでいるパティも、流石に度が過ぎた相手は怖いと思うのだろう。

その気持ちはわかる。

だから、あたしはパティに何か言うつもりはなかった。

 

(続)