水底への挑戦

 

序、星の都の物語

 

クリフォードさんが集めて来たのは、かなり古い文献の山。それも、いずれもがタオが見た事がないというものばかりだった。

どこでこんなものを。

そういうクラウディアの疑念に満ちた声に、クリフォードさんはあっさりと応えるのだった。

市と。

確かによく分からない古本を扱っている露店はある。

そもそも本は貴重品だ。

どこかしらからか発掘してきたものばかりなのだろう。

それらの貴重な本を、こつこつ傭兵業をしてお金を貯め、買ってきた。

だとすれば、本気で道楽をやっていることになる。

侮れない人だ。

あたしはそう思う。

趣味も高じれば、専門家以上になることも多い。

この人はそういう人なのだろう。

「幾つかで共通して出てくる物語があってな。 星の都が落ちてきて、光と熱をばらまいた、と」

「……」

「表情が変わったな」

その通りだ。

あたしは知っている。

クーケン島は古代クリント王国の錬金術師どもが作った島だ。そして古くには、空に都市があったという話もある。

恐らく神代と呼ばれる時代だったのだろう。

その時代に至る事を、古代クリント王国の連中は考えていたらしい。

逆に言うと。

空にあった都市はどうなってしまったのか。

力を失って何処かに落ちた。

そう考えるのが自然だろう。

「星の都ではないが、星が落ちることがたまにあるらしいな。 そういうときは光と熱をばらまいて、地面を巨大に抉りさる」

「聞いた事があります。 隕石というらしいですね」

「そうだ。 隕石が大きいと、出来るえぐれも大きく。 其処には不自然な程に丸い湖が出来るそうだ」

「ダイナミックな話だな」

ボオスが呆れるが。

確かに、自然の営みとして。そういう事があっても不思議では無いだろう。

咳払いすると、タオが貴重な本だと、持ち込まれた本を絶賛した。

そして、凄まじい集中力で読み進めていく。

まあ、好きにさせておく。

多分しばらくは戻って来ない。

「俺の調査だと、街道から北にいった地点にある湖。 そいつが怪しいと思っていてな」

「湖畔に僅かな人が暮らしている地点ですね」

「そうだぜ。 其処でも聞き込みをしたが、やっぱり星の都の話があってな」

星の都の民。

地上に下り来た。

熱と光で星の都を失ったけれども。多くの賢人と交流した。

そして星の都の中に。

大事な仕掛けを施した。

クリフォードさんがすらすらと諳んじる。

これらの童歌は、何種類かあったらしいが。いずれもが、この重要な点では変化がみられなかった。

甘いラブストーリーになっていたり。

或いは下品な下世話な昔話になっていたり。

色々と変化しているものはあったらしいが。

それでも、星の都が落ちたという伝承に代わりはないという。

なるほどね。

賢人と交流した、というのは確かに興味深い。それに、である。

何よりも、今は正直調査の糸口がない。

これは、調べて見る価値があるだろう。

腰を上げると、あたしは周囲を見回す。

「去年くらいから開発している道具があるから、それを完成させて、湖の中を実際に調査しよう」

「ライザ、大丈夫なの? 水の中は、危険な魔物がたくさんいるわ」

「大丈夫、それも考慮しての道具だよ」

勿論作るのには手間暇が掛かる。

その前に。

まずは現地視察だ。

クラウディアが、外を見た。

「ごめんね。 まだ調整があるから、今日は一緒に出られないの」

「大丈夫だよクラウディア。 とりあえず、クリフォードさん。 これだけの資料提供をしてくれたなら、こっちも誠意を見せないといけない。 仲間に加わってくれる?」

「ああ、もちろんだ。 こっちが新入りの気持ちだな。 久しぶりだぜ、これほどの精鋭に混じるのは」

「俺もそろそろ失礼する。 ライザ、今ある貴族がお前に興味を持っているらしくてな、俺が先に接近して様子を見ておく。 紹介できるようならする」

ボオスも席を立つ。クラウディアと一緒に出ていく。

さて、今日は調査する場所もちょっと分からない状態だったが、丁度良い。

まずは視察に出向いて、湖の状態を調査。

何か沈んでいるようだったら。

今まで案を練っていた道具を実用化して。

それで、一気に湖の中を調査しに行くことになるだろう。

ただし、タオの反応待ちだ。

「タオ、それでどう。 完全に信じて良いと思う?」

「本というのは。 今やとても貴重なものなんだ。 昔は活版印刷の機械が動いていたけれども、今はそれもロストテクノロジーだからね。 これらについては、間違いなく数百年前に書かれた文献。 それも内容から見て複数の文体が使われていて、同一の作者によるものである可能性は低いと思うね。 報告書ではあるから面白くもないし、だからたたき売られていたのだと思うけれども、学術的には宝に等しいよ」

「そっか。 クリフォードさん、これ買い取ろうか?」

「良いぜ。 俺としては、本は宝を探し出すための鍵にすぎねえからな。 何かしらの宝を手に入れられたら、その本は価値が分かる奴に譲っちまうんだ」

「なるほどね、徹底してる」

「だろう。 筋を通すのが、俺の生き方なんだ」

そっか。

本当にロマンに全振りしている生き方だ。それはそれで尊敬できるので、あたしは何もそれについてコメントするつもりは無い。

クラウディアの態度は気になるので、後で話は聞いておくべきだろうが。

少なくともクリフォードさんは、今後常時フリーで戦闘に参加してくれるはず。しかも見た所かなりの手練れだ。

これは、とても大きい。

料金の代わりに装備を渡す。

かなり使い込んでいる靴と手袋のようだったが。

あたしが作った手袋と靴に引き替える。

それにしても足が大きいな。

レントほどではないけれども、あたし達に比べると文字通り一回り大きい。

しかもこの人、あたし達と同じ田舎で育った人間だ。

足の作りで分かる。

靴の大きさを調整。

更に指ぬき型の手袋を渡すと。クリフォードさんは目を細めて、何度か頷いていた。

「これは自動でエンチャントでも掛かってるのか?」

「体力の自動回復と身体能力の強化の魔術がそれぞれ掛かっています」

「もの凄いものだな錬金術って。 王都に幾つもある壊れた機械の修理も出来たりするのか」

「それはこれから、クラウディアと相談してやっていくつもりです」

冗談のつもりで言ったのだろう。

だが、本当だと理解して。クリフォードさんはしばし言葉を失っていた。

それで親近感を覚えたんだろう。

パティが、少し呆れ気味に言う。

「私も最初見たときは、何かの冗談かと思いました。 王宮魔術師なんて裸足で逃げ出す技術ですよこれ」

「そうだな。 魔術師は辺境の方が腕利きが多いんだが、この錬金術って代物はそれを遙かに超えていやがる。 実際に装備を貰ってそれで実感できたぜ」

「二人とも、面と向かってそういう事を言わない。 調子づく」

あたしがそう言って。

その後、今日の予定について告げる。

「今日は威力偵察を軽く行った後、鍛冶屋にいってパティの胸当てを注文してくるので、そのための鉱石が出来ればほしいな。 近くで良い鉱石が取れそうな場所があると良いんだけれども」

「南の鉱山付近に行けばあるんですが、今動いている鉱山はかなり遠く、近くにある閉鎖されている鉱山は道が封鎖されてしまっています」

「うーん、そうなるとトラベルボトルを使うしかないかな……」

「トラベルボトル?」

丁度良い機会だ。

近いうちにパティにも見せておくか。

丁度良いことに、ジェムもかなり溜まってきている。

これならば、トラベルボトルも活用出来るはずだ。あれは元々ジェムを大量に食うので、簡単には使えないのである。

王都に来る途中で、結構なジェムも消耗したし。

まあ、今は調合をある程度やっているので、またジェムは在庫が増えている。

それを上手く活用して行くしかない。

「それじゃあ行こうか」

「はい。 私はいつでも大丈夫です」

「タオ?」

「あ、ごめん。 クリフォードさん、この本は借りてもいいですか?」

好きに使ってくれと、クリフォードさんは苦笑気味に言う。

もう本はあたしが買い取ったのだ。

代わりに手袋と靴を提供した。

この二つでパンプアップできる能力だけで、はっきりいって生半可な戦士よりも遙かに強くなれる。

本職であるクリフォードさんは、それを理解したのだろう。

本を手放して余りあると判断したようだった。

王都を出る。

最近はパティが出る度に、警備の兵士達と話している姿が全く違和感なくなった。アーベルハイム家が、この腐った都の貴族としては例外的に皆に慕われているのがよく分かる。

街道に出る。

大型の走鳥が歩いているが、あれは比較的憶病な種だ。あたし達に気付くと、さっと逃げていく。

まあ、人間に害がないならいいか。

蜂が飛んできたので、ひゃっとパティが悲鳴を上げるが。

文字通り素手でクリフォードさんがはたき落とす。

まあ結構毒が強い種類だったから仕方がない。

自衛のためだ。

地面に叩き落とされた蜂に、瞬く間に蟻が群がって解体してしまう。魔物だけではない。この世界では虫だってたくましいのだ。

「しまったなあ。 食えるのに」

「えっ……」

「蜂はとにかく無駄がなくてな。 成虫から幼虫、巣まで全部食べられるんだぜ。 今度食べ方をレクチャアしようか」

「……」

完全に言葉を失うパティ。

それを見て、クリフォードさんが呆れる。

「おいおい、アーベルハイムの人間にしては線が細いな。 あんたの父上は剣一本で腐った貴族達を黙らせて爵位まで得た豪傑だろ。 当然野外での生き方についても教わっていると思ったんだが」

「お、教わってはいます。 虫の食べ方も。 でも、凄く苦手で……」

「まあ生理的に苦手なら仕方がねえな。 だけどいざという時、それだとあっさり死ぬ事になると思うぜ」

それもまた、正論か。

ともかく、街道を行く。

道中で見かけた隊商。それほど大きなものではないが、それでも複数の商人が馬車を使って。

それで傭兵も共同で雇っている様子だ。

パティを知っているようで、一番年かさの商人が声を掛けて来る。

パティは街道の状態について説明。頷いて、商人が敬礼。急ぐように、傭兵達に声を掛けていた。

まだ若い傭兵も多い。

大変だな。

そうあたしは思う。

殆どの傭兵は使い捨てだ。

人類の生存圏が狭まる一方だというのに。未だに人間は、命を大事にするという発想を得られないようだ。

だから今後も生存圏は狭まるだろう。

愚かしい話である。

オーリムの人達がこの光景を見たら、自業自得だと一蹴するだろうな。

そう思って、あたしはため息をつきたくなる。

街道を途中で北に。

霊墓のある方向とは微妙に違う。一応細いながら街道があり、途中に貧しい集落があるのが見えた。

一応あるだけの石壁。

こんなもので、魔物の襲撃を防げるとは思えない。

暮らしている人達は、明らかに王都の人間よりかなり貧しいようだ。

多分だが、王都の物価では食べていけなくなった人達が、こういう集落に移り住むのだろう。

襤褸を着ている子供が目立つ。

パティは嫌がる様子もなく、長老らしい人の家に寄ることを提案。

あたしも受ける。

長老は、まだ若い人物で。それなりに腕が立ちそうな戦士だ。ただ舐められないようにするためか、口元を分厚く髭で固めていた。服装は粗末だが、多分優先的に肉を食べているのだろう。

筋肉はしっかりついている。

これは、戦士としてのこの人の存在が、この集落の生命線だからだ。

軽く話をする。

「魔物がやはり出るんですか」

「ああ。 今の俺では倒せそうにない。 街道をいつも狙っている奴で、出来ればアーベルハイムで倒してくれないだろうか」

「特徴は分かりますか?」

「……倒してくれるというなら有り難いが、報酬は殆ど出せないぞ」

アーベルハイムで倒してくれと長老がいったのは、金なんか払えないからだろう。

あたしは咳払いすると、辺りの地理や採れる物資などの情報と交換だと話をする。

パティは既に一歩引いている。

この四人で、リーダーシップはあたしが取る事を、理解していると言う事だ。

「そんなことでいいのか」

「あたしは錬金術師をしていまして。 何が採れるかは、あたしには千金の価値があるんですよ」

「その錬金術師というのはよく分からないが、とにかくあんたが強いのは一目で分かる。 それならば、此方としては悪くない条件だ。 ただし俺は支援できないぞ」

「問題ありません」

魔物は、大型の鼬だ。

背丈はあたしの五割増し。

体の長さも、あたしの歩幅七歩分ほどもあるような奴らしい。

群れを率いているようなこともなく。近くの川に居座って、手当たり次第にエサを喰らっているとか。

鼬は基本的に母と呼ばれる個体を中心に群れを作るのだが。

或いは、何かしらの理由で単独行動をしているのか。

それとも、単独行動をする珍しい性質の亜種かも知れない。

「こいつがどんどん集落に縄張りを拡げている。 こいつのせいで森に果物も取りに行けなくなっていて、皆餓える一方だ」

「分かりました。 駆除します」

「頼む」

さて、最初は鼬狩りからだ。

それに、クリフォードさんの戦力を、タオとパティにも見せておきたい。

すぐに現地に向かう。

森に入った瞬間、空気が変わる。

ああなるほど。

相当に縄張り意識が強い奴らしい。

あたしの魔力を感じ取って、警戒している訳だ。

びりびり来るのは、向こうの殺気。

勿論殺気なんてものは実際には存在しないのだが。

五感が、相手の危険性を総合的に察知して、体に警告してきているのだ。

無言であたしはハンドサインを出す。

ほどなくして。

凄まじい勢いで、巨大な鼬が襲いかかってくる。

先頭に立ったクリフォードさんが、棒立ちでその鼬が躍りかかってくるのを待ち。

そして、凄まじい跳躍を見せて、残像を抉らせた。

残像を抉ってつんのめった巨大鼬の脳天に、クリフォードさんが手にしている、これまた巨大なブーメランが直撃する。

その時には既に散開していたタオとパティが、左右から同時に鼬に襲いかかり。

タオの斬撃が鼬の左目を抉り。

パティの抜き打ちが、鼬の毛皮に大きく傷をつけていた。

悲鳴を上げて、飛び退こうとする鼬だけれども。それは嘘で。いきなり回転するようにして、周囲を薙ぎ払う。タオはさっと回避したが、パティは大太刀でパリィしながら、弾き飛ばされる。必死に体勢を整えるが、まだ反応が遅い。

あたしはというと、左側に走って回り込みながら詠唱。

鼬は即座にあたしに狙いを定めると、かっと吠えた。

多数の光の槍が、空中に生じる。

まあ、魔術くらいは使えるよな。

もう一度かっと鼬が吠えると、辺りに無数の光の槍が降り注ぎ、地面を爆裂させる。

大量の土煙の中、クリフォードさんが着地し、ブーメランを取るのが見えた。

土煙をブチ抜いて、鼬があたしの方に来る。

詠唱がまだ終わらないと判断して、頭をつぶしに来た、というわけだ。

「フィー!」

フィーが警戒の声を上げるが、大丈夫。

あたしは大きく息を吐くと、踏み込みつつ、相手の顔面に蹴りを叩き込んでいた。

鼬と激突。

地面に罅が走る。

衝撃に押し返される鼬。

その体が浮き上がり、無防備になった腹に、タオが双剣を突き刺し、左右にかっさばくようにして斬る。

そして、横っ飛びに逃れ。

あたしが熱槍を叩き込んでいた。

腹の傷を貫通して、背中に抜ける熱槍。

悲鳴を上げる暇もなく、立ち尽くしていた鼬は白目を剥き。

そしてどうと倒れていた。

ひゅうとクリフォードさんが口笛を吹く。

「パティ、捌くよ。 吊すの手伝って」

「わ、分かりました!」

「クリフォードさんは、パティに色々教えてあげて。 色々な人からやり方を教わる方が、上達が早いと思うから」

「良いぜ。 任せておきな」

この中ではパティが一番のルーキーだ。

だから、何でもこうやってそれぞれの技術を叩き込んでいく。

あたしも、アーベルハイムにまともな次代が出てほしいと思うのだ。

故に、最大限の手伝いをする。

鼬を手際よくばらす。

毛皮の無事だった部分はかなり良い。強い魔力を込めていて。これは恐らく、加工すれば防具の素材に出来る。

肉はあまり良いものではないので、さっきの集落に全部あげてしまう事にする。血抜きをする過程で、血は回収しておく。

爪は骨から叩いて割って剥がす。この爪も、かなりいい。素材としては、充分に使えそうだ。

内臓類は駄目だ。かなり毒を蓄積している。おなかの中は溶けかけの魚が大量に詰まっていたが。

酷い臭いで食べられそうにもなかった。

食べられないナマモノは骨も含めて全て焼いて肥料にしてしまう。

肉は燻製にして、一度さっきの集落にまで戻る。

肉を引き渡すと、随分と感謝された。

こういう感謝を積み重ねておくと、いずれきっと良い形で帰って来る。

あたしは、そう信じる。

 

1、青の湖畔へ

 

街道を北に進み、大きな湖に出る。

地形的にあまり高くない場所だから、湖の全容は見えない。

無言で手をかざして周囲を確認。

ちいさな集落がこの辺りにもある。先に見た集落よりは、もう少しは大きいようだけれども。

良い生活をしているようには、とても見えなかった。

王都の中でも、農業区の人間が差別されているのは見て来た。

それと同じだ。

王都の中の人間は、王都の周囲に暮らす人間を差別しているのだろう。

それも、自分は正しい差別をしていると考えて。

馬鹿馬鹿しい話だ。

あんな壁、強い魔物がその気になれば、一瞬で崩されてしまうだろうに。

パティは戻ってくる、

長老と話をしてきたようだった。タオがうきうきである事から、それなりに成果があったのだろう。

「今の時点で、強力な魔物の話はありません。 鼬やワニは出ますが、集落の戦士で対応は可能なようです」

「それよりもライザ! 直接童歌を聴けたよ!」

タオが目をきらっきらに輝かせている。

なおクリフォードさんは、小遣い稼ぎだといって、近くの魔物を駆逐しにいっている。

雑魚ばかりだから、あの人の手練れなら遅れは取らないだろう。

あたしも、自由行動を認めた。

まあ苦戦しているようなら、ブーメランを真上に投擲してほしいと言ってあるので。そういう意味でも多分大丈夫だろう。

とりあえず、タオの話を聞く。

やはり星の都の伝承は、この辺りにあるらしい。

本当に目をきらっきらに輝かせているタオを見て、パティすら呆れ気味だ。

まあ、それもそうだろう。

この状態になると、帰って来るまで結構時間が掛かるのだ。

「それでタオ、どう思う」

「星の都については、恐らくあると思うね。 ……それがもしも、古代都市の残骸で、湖に落ちたのだとすると……」

タオが指さす。

その先には、島では無く、対岸が見えた。

「浮島とかではないんだ」

「この湖の規模、それほど大きくないんだよ。 円形ではあるけれど。 恐らくだけれども、もしもその星の都が落ちてこの辺りに被害を出したのだとすると。 円形の湖はいびつな大きさになって、それでしかも後から土砂とかで埋まったんだと思う」

「ふむ……」

「だから、入口になりそうな場所は、案外地上部分にあるかも知れない。 ただそうなると、今まで発見されていない理由がわからない。 個人的に気になるのは、水の流れなんだ」

近くにある川などを総合すると。

明らかに変な風に水が流れている、とタオが言う。

さっき指さした辺りの地下を、水が流れているのでは無いか、というのだ。

なるほど。

そうなると、その下辺りだと。

或いは、その星の都に入り込める場所があるのかも知れない。

だとすると、やはりここは。

あたしが今開発している、水中行動用の道具の出番だろう。

クリフォードさんが戻ってくる。

何匹か鼬を仕留めてきたそうだ。

パティが感心していた。

「基本的に魔物には三対一で当たる戦術を徹底されました。 一人で鼬を倒すとは、流石ですね」

「なに、さっきみたいなばかでかい奴はいなかった。 それだけさ」

「それでクリフォードさん」

「ああ、分かってる」

単独行動をするクリフォードさんに、同時に頼んだことがある。

湖の状態の確認だ。

「どうやるかは知らないが、水の中に安易に足を踏み入れるのは止めた方が良いだろうな。 ワニが湖の中で、ばかでかい魚にぱっくりやられるのを見た。 あの大きさの魚だと、人間なんか一呑みだろうよ。 泳いで湖に入るとか、それは完全に自殺行為になるだろうな」

「そうでしょうね」

「錬金術でどうにか出来そうか」

「今、開発中の道具があります。 まずはそれを完成させる必要がありますね」

一度撤収だ。

全員に声を掛けて、一度戻る。

街道を行くとは言え、思ったほど安全じゃない。途中、此方を伺っている魔物の視線は何度も感じた。

正確には、五感で魔物の存在を察知しているのだろうが。

まあ、同じ事だ。

警戒を絶やさないようにパティに時々いいながら、帰路を急ぐ。

そして、王都近くになって、やっとパティが肩の力を抜いたようだった。

「今日は、かなり早く戻れましたね……」

「そうだね。 実は今、長旅をするための移動式アトリエの設計をしているんだ」

「長旅。 移動式アトリエ」

「簡単に組み立てられるアトリエだよ」

もうなんでもありだな。

そう顔に書いているパティ。

まあ、それはいい。

とりあえず、今日はパティを伴って鍛冶屋に行く。一応探索は終わり。タオはここで解散した。あの本や、聞いた童謡などをまとめてくれるのだろう。

荷車をアトリエに入れて。それから、インゴットを取りだす。それと、良さそうな獣の毛皮を、皆の前で調合して、皮鎧などに使いやすいように加工する。

これがビーストエアである。錬金術で何倍も強化したなめし革だ。

通常のなめし革とは、ひと味もふた味も違う。

錬金術の加工によって、この皮は非常に強度を増すことになる。モフコットなどを用いても、それなりの防具を作れるのだが。

これにより生臭さを全て取り去り。

元々の魔力を増幅し。

更に強力な装備へと加工できる。その上金属よりもだいぶ軽いのだ。

「ほう、これが錬金術……」

「あんまり驚いていないですね、クリフォードさん」

「いや、驚いている。 あれだけのエーテルを簡単に絞り出して、それを彼処まで巧みに操るのか……」

また目の前で褒める。

だめだよ調子に乗るから。

そう内心で呟きながら、ある程度の量のビーストエアを準備。

クリフォードさんも、此処で解散。

宿に戻って、明日に備えるそうだ。フィーは懐から出て来て、アトリエの中を嬉しそうに飛び回っている。

何をしたらまずいかを、あたしを見て完璧に理解しているようで、おいたは全くしない。

この辺り、まだ幼体だとはとても思えない。

賢すぎるし、良く出来すぎている。

だから不安だ。

もしも成体になると、がらりと生態が変わるのでは無いか。ただでさえフィーはドラゴンの亜種では無いのかという話まであるのだから。

「フィー、元気そうですね」

「あたしの魔力がここには満ちているからね。 どうも大気中の魔力よりも、あたしの魔力の方がフィーにはおいしいみたい」

「魔力だけを食べる生物ですか。 ちょっと想像もつきません」

「糞便も殆ど出さないんだよね。 処理が簡単で良いけど」

準備が終わったので、フィーに懐に入って貰って、鍛冶屋に向かう。

途中、パティは行き交う人に時々挨拶していた。

貴族だからと言って高圧的に接するのではなく、相手に敬意を持って接している。

それでいいのだろう。

やがて鍛冶屋に到着。

デニスさんにも、パティは丁寧に接していた。

デニスさんの方も、パティには丁寧に接している。

まあこれは、装備を作ってもらった時などに話をしたりして、顔見知りだからかも知れない。

この堕落した王都の住人にしては、デニスさんは良い腕の持ち主だ。

社交辞令が終わった後、胸当ての話をする。

ビーストエアを渡すと、デニスさんは驚いた。

「この皮は……どうやって加工したんだい」

「錬金術で」

「はあ。 全く凄い技術だな……」

「ともかく、パティ用に指定した加工をお願い出来ますか」

加工内容は、既にゼッテルに書いてある。

あたしはあまり説明が上手では無いので、タオに書いて貰った。

採寸なども書いてあるので、此処でやる事は殆どないと思う。

パティを見て、デニスさんは黙り込んでいたが。

やがて奧から、皮製の胸当てを持ち出して来た。

「パトリツィア様、これを試着して貰えますか。 着替えには奥の部屋を使ってください」

「分かりました」

「試着、必要ですか?」

「この装備は、恐らく重量を一切感じないほどに強力な身体能力強化が掛かるのは私にも分かる。 だけれども、やはり装備をしたとき、どんな風に体に影響が出るかは、実際に身に付けて貰って、それで調べる方がいいんだ」

なるほどねえ。

そういえば手袋や靴を思いついたときも、色々と実際に身に付けてから調整を繰り返したっけ。

頭がはっきりしていた時期のあたしですらそうだ。

確かに本職の言う事は聞いておいた方が良い。

すぐにパティは戻ってくる。

胸当てをつけている。

胸当ての形状は、あたしが設定したものと殆ど同じだ。デニスさんが言う通りに、それから色々動いて。その度に、細かく質問が飛んでいた。

かなり熱を帯びているので、見ていて面白い。

「なるほど、腕を降ろすときにこの部分が邪魔になると」

「私の剣術は速度を重視するので、腕にぶつかるとどうしても……」

「なるほど、それではこうしては……」

「それはいいですね。 お願い出来ますか。 それと……」

設計の一部に修正が入る。

あたしは口出しをしない。

本職がやる事だ。この人は数限りない戦士の武器を打ってきて。防具だって同じように作ってきている。

鎧がすっかり時代遅れのものとなってしまった今でも。それは同じ。

ごっつい鎧が役に立たなくなった時代だが。

それは魔物が相手だから。

例えば、裸で戦うのと、服を着て戦うのでは、傷を受ける量が全然違ってくる。

同じように、服を着て戦うのと、軽装備でも防具をつけて戦うのでは、同じ結果になるはずだ。

魔物の攻撃に重装防具が耐えられなくなっているのは事実だが。

それでも、こういう胸当てを作るのには、大きな意味がある。

まだまだ勉強がいるな。

そう、あたしはデニスさんとパティのやりとりを見ていて思う。

やがてパティは別の胸当てをつけて戻って来て。それでまた喧々がくがくのやりとりをして。

それが終わった後に、設計をさっと書いて、デニスさんが見せてくれた。

「こうなります。 色などは、後で好みに塗装できるが、何色がいいでしょうか」

「ふむ、筋肉の動きを邪魔しないように、背中側にベルトを回すような形にすると……」

「色については、白を基調でお願い出来ますか」

「分かりました。 それでは白を基調とした色彩に仕上げます」

ビーストエアはどちらかというと赤黒い。

それを白中心の色彩にするのか。

まあ、パティとしても、金色とかの趣味が悪い色にしないのはいい。金色は要所に使うのはいいのだが、全部金にするとだいたいは悪趣味になってしまう。

その辺を心得ていると言う事なのだろう。

「料金については……」

「加工代だけで充分です。 後でアーベルハイムに請求します」

「それでお願いします」

ぺこりと頭を下げて、鍛冶屋を出る。

緊張した様子で、パティが冷や汗を掻いていた。

「結構緊張した?」

「緊張しますよ。 命を預ける装備を頼むんですから。 それに私の剣術はどうしても速度が重要になりますし」

「ふうん……」

その割りには被弾がまだまだ多いな。

いや、まて。

一緒にアトリエに戻りながら、話を聞いておく。

「パティ。 昔から、魔物に優先的に狙われない?」

「それはあります。 今はライザさんたち強い人達と一緒に戦っていますので、魔物も私を優先的につぶしに来ると言う訳にはいかないようですけれど」

「なるほどねえ」

「何か理由があるんでしょうか。 明らかに腕が劣る事が魔物にも見抜かれているんですか?」

違うな。

多分だけれども、パティは魔物から見てとても美味しそうに見えるのだと思う。

ただ、それを口にしても引かれるだけだ。

パティがやるべき事は。

自分に向けて、攻撃が飛んでくる事を常に想定して。

それにカウンターを入れる事ではないだろうか。

「パティ、あのさ。 提案があるんだけど」

「はい」

「今後、カウンターを主体に技を磨いてみては」

「カウンター……ちょっと今までは、考えた事がありませんでした」

それも分かる。

パティの剣術を見て来て分かったのは、速度と手数を武器に攻めて行くものだということである。

ただしパティの経験が伴っていないので攻めきれず、守勢に回ってしまう。これはどうしようもない。

だったら、攻撃一辺倒の動きをやめて。

一度カウンターを主軸に置き直してみてはどうだろうか。

多分パティには師匠がいる。

側で一緒に実戦を経験したあたしからのアドバイスが適正か判断できるだろうし。

そう思ったら、パティに様々な応用を叩き込んでくれるはず。

実戦に出るためには、どうしても最低限の修練が必要になってくる。パティも、それは分かっている筈だ。

「確かに被弾が多い事は、今までも課題だと思っていました。 家の人間に相談してみます」

「ちなみに師匠はヴォルカーさん?」

「いえ、お父様は最初の頃は稽古をつけてくれましたが、今は多忙ですので。 今はメイド長が稽古をつけてくれています。 私に取っては、お父様とは違う意味で、親に近い人です」

パティの家庭も色々複雑な訳か。

ともかく、その辺りは専門家に任せるべきだろう。あたしも戦闘については生半可な専門家よりはわかるつもりだが。

個人武技については、あくまでリラさんに教わったものを伸ばした我流に近いものに過ぎない。

もしも専門家がいて、的確なアドバイスがあるならば。それに従った方が良いだろう。

アトリエの前でパティとも解散。

さてと、此処からは自分自身での仕事だ。

アトリエに入ると、調合を始める。

空気が出る、くらいでは水に潜れない。

やるべき事は、呼吸を担保。

水中で自在に動ける。

そして、水中の強力な魔物から身を守る。

この三つである。

水中を泳ぎながら移動するのは論外だ。ただでさえスペックが低い人間が、水中で魔物に勝てる訳がない。

今のあたし達でも無理だ。

リラさんでも多分厳しいと思う。

だったら、やるべき事は。

水の中を歩いて移動する。

水そのものが邪魔だ。

魔物はどうやって回避するべきか。此方を認識させないのが一番なのだが。それにはどうするべきか。

それらをクリアしたのが。

今開発中のエアドロップである。

口の中に空気を発生させる飴、というのを最初は考えた。

結構結構。

風呂桶にでも潜るなら、それで大丈夫だろう。

だが魔物がいる水の中に潜るのでは、それでは駄目なのである。そんな事は、わざわざ声高に主張するような事でもない。

淡々と調合をしながら、細部を詰めていく。

今までに、調合して研究はしてきた。

それの大詰めだ。

明日の朝までには、完成させたい。

「フィー! フィー!」

「ちょっと待ってね。 これが終わったら、遊んであげるからね」

「フィー!」

あれ、ちょっと様子がおかしいな。

一度手をとめて、それで気付く。

客だ。

しかもこの気配は、ヴォルカーさんか。

はて、何だろう。依頼はしっかり受けている筈だが。

戸を開けて、ヴォルカーさんに入って貰う。調合の最中だったが、別に今手をとめて失敗するようなものでもない。

アトリエの中を見回すと、厳しい表情でヴォルカーさんは言う。

「ライザくん。 薬も発破も納入してくれて助かっている」

「ありがとうございます。 それで何か不始末がありましたか?」

「いや、今の時点では私の想像以上の仕事をしてくれている。 今日来たのは、パティの事でな」

「……」

無理させすぎている事を、責めに来たのか。

いや、違うな。

単にこの人は、表情が常に厳しいだけだ。色々あって、常に険しい顔をするようになってしまっているのだろう。

茶を出し、茶菓子も出す。

茶菓子はクラウディアが持ち込んでくれたものだ。これは普通に貴族の舌でも満足するはずだ。

「それで、パティに何かありましたか」

「少し急ぎすぎていないだろうか。 明らかに戦闘に対する意欲が増している。 ドラゴンとでも戦わせるつもりかね」

「今の時点では、街道周辺に出る大物程度としかやりあっていませんよ。 ただ将来的にドラゴンと戦えるくらいの技量はほしいとあたしも思いますけれど」

「……なるほどな」

どうやら想定していた前提が違うらしい。

ヴォルカーさんは咳払いする。

「あの子は生真面目でな。 アーベルハイムの立場が決して良くない事を理解しているし、次世代の重圧についても気付いている。 その上でタオ君に好意を持っている自分をどうすべきかずっと悩んでいる」

「ああ、ヴォルカーさんもお気づきでしたか」

「親なのだから当たり前だ。 私としては、出来ればタオ君が何かしらの実績を学術院で上げてくれれば、それを待ってからパティの婿に迎えたいくらいだ。 ボンクラの貴族の息子なんかよりも、ずっとタオくんは文武に優れている」

そうか、親お墨付きの仲か。

でも、それだけをいいに来たのではあるまい。

そう思っていると、本題に入る。

「結論から言うと、タオ君とパティが今あまり親密になられると困る」

「といいますと」

「今、タオ君が自然にパティの夫として相応しいと認識されるように、私の方で手回しをしている所でな。 貴族の世界ではこういうくだらない根回しが必須なのだ」

「なんだか大変ですね」

まあ、それについては実の所分かる。

クーケン島でも、ブルネン家が似たような事をしていた。

あたし達が悪ガキ軍団として好き勝手に振る舞えていたのも、次代を背負う人材として、先代のブルネン家当主があたしを認めてくれていたからだし。

そうでなかったら、あたしはとっくに誰かと結婚させられていて。

今頃二三人子供を産んでいただろう。

その内一人でも育ってくれれば良い方だっただろうな、とも思う。

「私の言いたいことは分かるかな」

「はい。 私に対して信頼してくれている事。 そして私が二人の仲を茶化すような事はしないこと。 それにタオにもパティにもこの話はしない事」

「どうやら君は想像以上に聡明だな。 頼む」

「分かりました。 「タオの方は」問題ないでしょう。 兄弟みたいに育ったあたしがいうのも何ですが、基本的に生物としての本能よりも知識欲を優先する奴なので」

要するに朴念仁だ。

ただパティは多分自分の気持ちをどうするかでずっと悩んでいる。そういう意味も込めて、あたしは返答した。

ヴォルカーさんは複雑そうな顔をして。

そして咳払いした。

「時に君はタオ君に興味がないのかね」

「ないです。 というか性にほとんど興味がないです」

「……なるほどな。 天才と呼ばれる人間は、だいたい大きな歪みを抱えていると聞いた事がある。 君はその典型なんだろうな」

「人を面と向かって褒めてはいけないですよ」

もう一度咳払いするヴォルカーさん。

それについては、認めてくれたのだろう。

そして、頼むともう一度念押しをすると。

アトリエを出て行った。

「フィー、来客を教えてくれて有難うね。 集中していると気付けないからさ」

「フィー……」

「タオとパティの事なら大丈夫だよ」

それにだ。

今のタイミングで、ヴォルカーさんがこの話をしに来た理由が気になる。

多分だけれども、ヴォルカーさんはあたしを警戒している。もしもこれが漏れるような事があったら。

恐らく行動に出ると見て良いだろう。

あたしを消すための。

まあ、それはわからないでもない。その気になればあたしは一日で王都を破壊し尽くせると、もうヴォルカーさんは認識しているのかも知れない。まあ、やろうと思えばできなくもないが。やらない。

此処で問題なのはそれが出来ると言う潜在的な危険であって。

あたしを無理矢理身内に引き込むことで、いわゆる危険管理をしている、と見た。

ちょっと過大評価されているかなとも思うけれども。まああたしとしては、それはそれでかまわない。

最悪の場合、王都からの避難誘導とか、色々ヴォルカーさんには頼みたいのだ。

向こうが腹の内を見せてきたからには。

此方もある程度譲歩する必要がある。

それが、約束というものだ。

それを守れない奴は、基本的に信用なんて得られない。あたしはそれを、色々見て良く知っている。

嘆息すると、調合に戻る。

多分エアドロップの実用化そのものは出来る。

問題は、恐らく問題が生じるだろう事で。

それをクリアするために、現地試験を行う必要がある。それを見越して、数日はほしい所だった。

 

2、それぞれの戦い

 

クリフォードが足を止めると、険しい表情のクラウディアがいた。

まあそうだろうな。

クリフォードはそう思う。

見た所、バレンツのお嬢さんの実力は、現状のクリフォードと同等くらいと見て良いだろう。

とんでもない使い手だという噂は聞いていたが、あの様子からして。

多分あのライザと冒険した、という事が要因だろう。

一番伸びる時期に、最高の経験を積んだというわけだ。

羨ましい話である。

クリフォードはそんな機会に恵まれなかったし、才覚が優れていたわけでもなかったから。

それこそ地道に石を積むようにして強くなったのだから。

「俺に何用かい、バレンツのお嬢さん」

「クラウディアよ、クリフォードさん」

「知っているさ。 知らなかったのは、思ったより好戦的だって事かな」

「大事な友達を守るためなら、私は悪鬼にでもなります」

街中だが。

仕掛けて来るつもりか。

いや、そのつもりは無さそうだ。一瞬構えそうになったが、構えは解く。

力量は五分。

インファイターではないようだが、そうなってくると互いにアウトレンジでの戦闘になってくる。

もし開戦したらこの辺りは更地になると見て良いだろう。

それは、流石に王都にいられなくなる。

「貴方の悪名は聞いています」

「具体的には?」

「情け無用の賞金稼ぎ。 血も涙もない破壊者、とね」

「ふっ、過大評価だな。 確かに俺はトレジャーハンターの資金稼ぎのために、普段は荒事で生計を立てているが。 どうせ俺に捕まって官憲や集落の連中に引き渡された悪党が、好きかって言っているだけだろ」

実際、そういう奴にリベンジマッチを挑まれたこともあるし。

相手の力量や言動次第では殺さなければならなかったこともある。

何をやっても心が変わらない奴はいる。

悪党の中には、殺さないといけない奴は確かにいるのだ。

元々クリフォードは生まれが生まれだから、そういう奴はたくさん知っているし。容赦もしなかった。

傭兵や賞金稼ぎとして金を稼いでいる間に。

そういう連中から恨みを買ったのも事実だ。

もっとも、今の時代。人間相手に賊だのしているような輩に、ろくな奴はいないし。そんなのは死んで当然だとも思っているが。

「ライザに近付いたのはどうして」

「俺は正直に話したとおりだぜ」

「トレジャーハントが目的と」

「そうだ。 俺はトレジャーハントが本業で、賞金稼ぎやらはあくまで副業なんだよ」

じっと睨まれる。

本格的に嫌われているなとちょっと苦笑いするが。

ただ、正直な話。

油断出来る相手でも、舐めて掛かれる存在でもない。

特にバレンツ商会の財力を背景に本気で排除に掛かられたら、冗談抜きに生きていけなくなるし。

ライザとともに遺跡探査の途中。

後ろから撃たれることだけは避けたかった。

しばし沈黙が続くが。

クラウディアは、やがて静かに言う。

「ライザは今本調子ではないの」

「あれでか?」

「ええ。 話してみてすぐに分かった。 三年前のライザは、本当に太陽そのものだった。 今のライザは、どこか曇ってしまっているの」

「信じがたいが……」

今の力量でも、はっきりいって百年に一度の才覚の持ち主だとクリフォードは思う。正直な話、なんでもありの総合戦で挑んだら勝ち目は無い。

ドラゴンキラーというのもホラではないだろう。

というか、エンシェントドラゴンでもない限り、今のライザを確実に倒す事は無理ではないのかとすら思う。

それが本調子ではないのか。

本調子だと、一体どれほどの実力なのか。

逆に面白くなってきた。

「よし、こうしよう。 俺は絶対にライザを裏切らん。 もしも俺が怪しいそぶりを見せたら、即座に撃ち抜いてくれてかまわないぜ」

「どういうつもりですか」

「俺の目的はロマンに到達することなんでな。 そんな英傑の側で冒険をすれば、一人で冒険するのとは比較にならないロマンに到達出来るさ。 俺にとっては、その方が大事なんだよ」

「……」

困惑しているな。

人間は、自分の理解外の存在に出会うとどうしても一瞬でも動きを止める。

これほどの使い手でもそれは同じだ。

クラウディアは恐らくだが、相当な化け物とやりあってきている。

バレンツほどの大型商会の令嬢だ。

それこそ金が絡む地獄みたいな世界を見てきている筈だ。

それでも、まだ見た事がないような存在を見れば。

動きは止まらざるをえない。

「人材は生えてこないことをあんたは知っている筈だ。 そんな中、俺が協力を申し出ていることは……損にはならないのではないのか?」

「……」

「考え込んでいるな」

「そうね。 少し想定とはちがう人間ね」

クラウディアが顔を上げる。

おおこわ。

クリフォードを見る目は、歴戦の射手そのものだった。

「分かった。 ただしもしも嘘をついていると分かったら、即座に射貫く。 貴方が言った事よ。 責任は自分で取って貰います」

「ふっ、それでかまわないさ。 それに俺も、あのライザの裏を掻いて、生きて逃げて帰れるなんて思わないんでね」

「……」

「じゃあ、俺は行くぜ」

そのまま、根城にしている宿に。

クラウディアは、追ってこなかった。

それにしても背中が久々に冷えた。

どんな遺跡に出向いても。何を相手にしても。恐怖なんて全く感じなくなっていた筈なのに。

あの娘、人間としてとてもライザが好きなんだな。

本当に人生を変えるほどの存在だったんだな。

だから彼処まで出来る。

それで、性愛の対象としては見てもいないのだろう。

だから色々と歪む。

面倒な話だ。

だからこそに、一番の親友で。

一番の大事な人で。

その身を守るためだったら、文字通り世界を敵に回してもいいし。なんなら人間一人殺すくらい、なんとも思っていないというわけだ。

それは別に心の闇でもなんでもない。

むしろ、立派な覚悟なのだと思う。

ましてや人類が衰退する一方のこの世界だ。

それくらいの覚悟を決めている人間でないと。大きな組織の跡取りなんて、本来はやってはいけないのだろう。

勿論覚悟を決めていたら、何をやってもいいと言う訳ではない。

それに、この手の輩がよくやりがちな。

感情を最優先で動くような事も、クラウディアはしていなかった。

あれはまだクリフォードを毛嫌いしているはずだ。

それでも、決して開戦の方向で動こうとせず、利害を最優先で動いた。

其処は、素直に尊敬できる所だった。

それにしても、面白いな。

ライザを太陽と称していたのは、まさにその通りだと思う。

それでも、今は陰りが出ているというではないか。

思わずクリフォードは、これから見られるロマンに思いを馳せて。ふっと笑っていたのだった。

 

パティは自宅に戻ると、しばらくは無心に勉学をした。貴族院にも出て、授業を何コマか受けておく。

相変わらず貴族院の生徒達はろくでもない連中で。

教師の授業をろくに聞いてもおらず、大声でバカみたいな話をして、ゲラゲラ笑っていた。

それはそうだろう。

授業の成績は金で買っているのだ。

それで此奴らは、「高度な成績を受けている」とか評されているのである。

呆れてものも言えない。

ただ、パティにはちょっかいを出してこない。

此奴らのリーダー格を以前、決闘で半殺しにしたからである。

そいつは今でも恐怖で貴族院には来られないらしく。

手袋を投げつけての正式な決闘であったから文句も言えず。

泣き寝入りをしているそうだ。

泣き寝入りではないと思うが。自業自得というのだと思うが。

それについては、はっきりいってどうでも良い。

授業を終えて、家に戻る。

途中、例の馬鹿な集団に通路で遭遇したが。パティを見ると、顔を引きつらせてさっと避ける。

どうでもいい。

此奴らを、パティは人間だと認めていない。

農業区で働いている人々を差別して、各地で食糧を生産している人達を嘲笑って。

ただ金を転がすだけで、偉くなったつもりでいる大馬鹿者達。

此奴らの親も含めて、いずれ滅びるべきだろう。

ただ此奴らが金を持っているのも事実。

だから、お父様も徹底的に強く出ることは出来ない。

ある程度、パティも我慢しておかなければならない。

それがとにかく、歯がゆいのも事実だった。

自宅に戻ると、タオさんの出してくれた宿題を片付ける。今日は時間があるので、徹底的に勉強をして。

夕方になる頃に、ノルマをある程度前倒しで終えていた。

メイドがいたので、鍛錬を頼む。

パティが母親代わりだと勝手に思っているメイドは、無言で頷くと。庭に出て、棒を手に取る。

軽く話をする。

ライザさんに指摘されたことを説明すると。

メイドは頷いていた。

「なるほど。 確かに一利あると思います」

「先駆者としてはどうすべきだと思いますか」

「まずは更に速度を磨きましょう。 反応速度を上げることが、まずは第一です」

「はい」

確かに理にかなっている。

カウンターを主体に戦っていく。

それはそれで、確かにパティの戦闘スタイルに合っているのだが。それをやるには。まずは基礎的な能力を上げる必要がある。

「今まで漠然と組み手をして来ましたが、戦略的に伸ばしましょう。 お嬢様の反応速度を上げるべく、これから組み手の方針を変えます」

「お願いします」

棒を防ぐか、避けるように。

そう言われたので、頷く。

構えを取り、距離を取ったが。

その距離を、瞬く間に侵略されていた。

生唾を飲んだ瞬間に、腹に鈍痛が入っていた。そのまま吹っ飛ばされて、必死に受け身を取るだけで精一杯。

立ち上がるまで。メイドはそのままでいた。

「もう一度お願いします」

「分かりました」

今度は大上段だ。

棒……更には槍。長柄の武器というのは、実の所突きだけではなく殴打にも使う事が出来る。

リーチの長さが強さの所以で。

傭兵の中にも、これを使う人間が多いのは。

剣で同じ時間鍛錬するよりも、槍で同じ時間鍛錬する方が強いからだ。

かろうじて、訓練剣を盾にして防ぐが、ノータイムで今度は横殴りに払われて、吹っ飛ぶ。

立ち上がる。

呼吸を整えていると、メイドは言う。

「目でかなり追えています。 しかし、初撃が見えていません」

「!」

「私をもう少し、包括的に観察してください。 初撃を見切るのは、初見殺しに対応できるのと同義になります。 私の動きを見て、どういう攻撃を繰り出してくるのか、攻撃の前兆があるのか、それを理解出来れば、更に速く動けると思います」

「なるほど……ありがとうございます」

また向き合って、武器を構える。

それから、しこたま打ち込まれる。

今までだって、二百回に一度一本を取れれば良い方だったのだが。

それですら、手加減されていたのがよく分かって、色々と悲しくなる。

だけれども、それでもパティの願いだからやってくれていたのだ。

感謝して、撃ち込みを受ける。

立ち上がれなくなったので、少し休憩を入れる。

水を飲む。

これだって湧かしておいてあるものだ。

ライザさんはいとも簡単にやっているが。パティのような固有魔術がエンチャントだったりすると、熱変換は応用がとても難しい。

野外で生きるのに必須だとして、お父様に出来るように言われて。やれるようにはなっているが。

それでももの凄い労力がいる。

薪を集めて火を起こすのは、更に労力がいるし、木だって幾らでも生えているわけではない。

それを考えると、この水にも感謝しなければならない。

どんな食べ物も、服も、それを作るまでにはものすごい労力と資材が掛かっている。

常に感謝して生きるように。

そう、くどくどとお父様に教わってきた。

それはお父様が一介の戦士から騎士になり。武勲で身を立ててきた王都最強の戦士だからこそに言える事。

だからこそ、パティはその言葉を反芻して。

水を飲み干すと、立ち上がる。

そして、もう一回と、言うのだった。

メイドは頷くと、更に打ち込んでくる。一瞬だけ、何か見えた気がした。がつんと、鋭い一撃を防ぐ事が出来る。

メイドが離れる。

「コツが見えましたか」

「はい。 少し、緩やかにやってくれましたか?」

「いいえ。 今までと同じ水準で動いています。 元々お嬢様は、基礎訓練を欠かさず、戦闘経験も積んでいます。 体の方が、少しずつやるべき事を理解してきている、ということです」

「分かりました。 それではもっと体に叩き込みます」

更に何度も打ち込まれる。

何度か攻撃の前兆みたいなのは見えたが、それまでだ。

夕食の時間と言われたので、剣を降ろす。

しこたま打ち込まれたが。

それでも、凄く有意義だった。

ライザさんは数日はかかると言っていた。

そうなると、まだまだ本格的な戦闘はないだろう。その間に、動きの前兆を読めるようになっておきたい。

目を鍛えるだけでは駄目だろう。

そもそもメイドが言っていたように、動きを総括的に見ろということだ。

獣はそういえば、動く前に色々と動作をしている。

メイドのあの動きは。さらに洗練されている。

そう思うと、とても良い師匠についているのかも知れない。

そう思うだけで、パティは幸せであって。それを噛みしめないといけないのだと思うのだった。

夕食を追えて。風呂に入って。寝る前に少し鍛錬をして。

それでぐっすりと眠る。

心地よく体を動かしたので、よく眠ることが出来た。

回復の魔術はいらなかった。

痣が出来るような打ち込みは受けなかったからだ。

ずっと鍛錬をしてきたのだ。

その程度でどうこうなるような柔な鍛え方はしていない。

ただ、それでもタオさんやライザさんにはとても勝てる気がしない。

そもそもこれでもなお、訓練は不足している、と言う事なのだろう。

起きて、朝食を取って。朝の鍛錬を終えた後は、アトリエに向かう。

アトリエには、今日も一番で到着していた。

ライザさんは既に色々と済ませていたようで、今は近所の人に湯沸かしをしていた。パティは少し待つ。

フィーはまだ寝ているのか。

それはまあ、仕方がないと思う。

フィーに助けて貰ってからは。

同じ駆け出しとして、随分と親近感をパティは感じるようになっていた。

「おはようございます、ライザさん」

「おはようパティ。 ごめんね待たせて」

「いえ。 近隣の人々の為に活動しているのは素晴らしいと思います」

「いやいや。 そんな大したものじゃないよ」

アトリエに一緒に入る。

まだフィーはベッドで気持ちよさそうに寝ている。起こすのも可哀想なので、軽く先に話をしておく。

タオさんがボオスさんと来て。

クリフォードさんが少し遅れて来た。

クリフォードさんが驚いていた。

「参ったね。 かなり早く来たつもりだったんだが、それでも最後か」

「クラウディアは今日はまだ作業があるって言っていたから、最後になりますね」

「ふっ。 これはおじさんももう少し早く起きないといけないかな」

「いえ、この時間だと充分過ぎるくらいですよ」

アトリエの中で、軽く話し合う。

今日は湖畔近くで、試験をするという。

まずは、タオさんが当たりをつけた湖畔まで行く。

これは昨日と同じだ。

クリフォードさんは今日も出向くが。今回、タオさんが逆に来ない。

タオさんは、今日は調べてきた資料を調査したいという。

「クリフォードさんの実力は僕と同じかそれ以上だ。 あの場所に行くなら、問題ないと思う」

「分かった。 タオ、他の遺跡についても、出来るだけ調査してくれる? 大いなる呪いとやらについても」

「うん。 まだ幾つか仮説が出てる段階だから、今日の内に仮説から根拠のある説にしておきたいんだ」

タオさんは一緒では無いか。

だけれども、それは仕方がない。

今は、パティも自分がやるべき事をやる。

それだけだ。

打ち合わせを終えると、すぐにアトリエを出る。

クリフォードさんが、荷車を引くという。

ライザさんが少し考えた後、頼むという。

まあ、持ち逃げされるようなこともないだろう。この人は、どうも貴族共を見て来たパティからは分かるのだが。

嘘つきのにおいはしない。

胡散臭いし、荒事をしてきた人だと言うことも分かるのだけれども。

それはそれとして、本気でロマンを追い求めている変人なのだろうと言う事も確信できるのだ。

「パティ、昨日は勉強とか結構していたの?」

「はい、いつも人生は勉強ですので」

「へえ、若いのに立派だねえ。 特に貴族の坊ちゃん嬢ちゃんは、ある意味猿よりもタチが悪かったりするのにな」

「それは否定しません。 貴族院の学生達が、授業中金で単位を買えるとたかをくくって、せっかくの勉学を完全に遊んで過ごしているのは、私もいつも見ていますので」

私がそういうと、クリフォードさんと一緒に笑った。

あんなどうしようもない連中。

擁護なんかできない。

人間は、見た事がないものに夢を見がちだ。

貴族は凄いに違いないとか。

優秀に違いないとか。

そう思い込んでいる人間はその類。

パティは実際に見て来ているからこそ言える。

それは間違っているのだと。

街道に出ると、無駄話はなくなる。此処からは、魔物がいつ襲ってきてもおかしくないからだ。

ライザさんは、荷車をクリフォードさんにまかせてフリーになったからか。杖を手に、周囲をいつもより鋭く見ている。

熱魔術を使っての探査なのだろうが。

それにしても、いつも以上に視線が鋭い。

本調子では無い、というのが理由だろうか。

それとも、今まではパティは、背後にいるライザさんをよく観察できていなかっただけかも知れない。

少しでも早く追いつくために。

パティは、周囲を少しでも多く、観察しなければならなかった。

 

3、水中への侵入試験

 

エアドロップの理論は、クーケン島で最初に思いついた。

クーケン島の外壁部分。特にエリプス湖の内部にある部分も、いずれ調査しなければならない。

水に浸食されていなかった内部ですら、あれだけ傷んでいたのだ。

今は自動修復機能が働きつつあるが。それも内部では働いているのが確認できているだけ。

外部はどうなっているか、直に見ておきたい。

そう考えて、構想しはじめた。

やがて基礎的な部分について考え始め。

水の中にある貴重な素材なども、実際に自分で手に取りたいなと考えるようになり。

やがて、エアドロップの構想に至ったのだった。

湖畔に到着。

クリフォードさんとパティが見ている中、あたしはそれを取りだす。

小型の金属片を重ねあわせたものだ。

軽量で錆びない合金。

それを良く伸びる動物の皮でつなぎ合わせてある。

普段は折りたためる程度のサイズにしているので、荷車に積む事が出来るが。本来は、とても大きな構造体だ。

まずは、それを取りだしてから、湖に放り込む。

そして、呪文を唱えて、ロックを解除。

同時に、爆発的にそれが大きくなった。

「おお……」

「な、なんですかそれ」

「エアドロップ試験機一号。 ちょっと待っていてね」

それは、巨大な魚に見えるものだ。大きさとしては、あたしの背丈の二倍くらいの高さと、歩幅五歩くらいの長さ。左右にはあたしの歩幅二歩くらい。

この中には、常に新鮮な空気が保たれている。

後方は開くようになっていて。中には入れる。

二人には、此処で待つように伝えて。中に乗り込む。

うむ。

わりと悪くない感じだ。

「フィー?」

懐に入っているフィーが、不安そうに声を上げる。

本当は残してきたかったのだが。

まあ、仕方がないだろう。

エアドロップ試作機一号は、水の中に浮かんでいる状態だが。まずは内部で前後左右に歩いてい、試作機そのものの安定を確認。

またこれは、魔物避けの防御魔術を掛けてある。

大きな魔物が湖の中にたくさんいるのは確定なので、使っている皮にも、魔物避けの臭いが出るようにしてある。

要するにとっても普段は臭うのだが。

それも防げるように、調整は事前にしてある。

「揺れは、問題なしと。 次は稼働だね」

「フィー!」

フィーは、興味深々の様子で周囲を見ている。

或いはだけれども。

このエアドロップが、あたしの魔力を動力に動いているのが分かるのかも知れない。

だとするとエサの塊に見えるのかも知れないし。

或いはあたしそのものに感じるのかも知れない。

フィーの普段の食事はあたしの魔力だ。

それもあるから、これは不思議なものに見えてもおかしくは無い。

まずは前進、後退、舵、停止。それらを順番に試して行く。

あたしは前方にある装置に、手をかざしているだけだ。

こっちを興味深そうに見ている魔物。あれは前に見たワニか。ワニはしばらくして近づいて来たが。

エサでは無いと判断したのか、離れていった。

ある程度透過して、周囲が見られるようになっている。

また、空気も汚れない。

圧縮した空気を後方に積んでいるのだ。

これがさっき爆発的にこのエアドロップ試作機一号が膨らんだ仕掛け。

常に新鮮な空気を提供できるようにしてある。

そして、下部から空気を排出できるようにもしてある。

これは吐いた空気が下に溜まる事を、利用しての事だ。

コレを作るまでに、クーケン島で半年以上研究してきたのだ。あたしだって、三年を無為に過ごしていたわけでは無い。

スランプだったのは事実だが。

それでも、やる事はやっていたのである。

とりあえず、一度上陸して、空気を抜く。

疲れたので、しばし休憩。

最大六人乗る事が出来、更には荷車だって積む事が出来る。

それが出来るようになるまでには、まだ調整がいるな。

そう思っていると、クリフォードさんが、大きめの鳥を担いできていた。

「腹ごしらえと行こうや」

「良いですね。 パティも食べる?」

「はい。 しかし、そのブーメラン、凄い精度ですね」

「俺の魔術だからな」

ああ、なるほど。

ブーメランそのものを魔術で操作しているという訳か。

道理で、あたしがゴルドテリオンで強化しようかと言っても拒否られた訳だ。

多分魔術が、ブーメランに徹底的に馴染んでいる、ということなのだろう。

鳥を捌いて、三人で食べる。

貴重な品種だったらともかく、そこら辺で幾らでも見られる鳥だ。

焼いて食べていると、集落の人が来る。

どうやら怪我人らしい。

火はパティとクリフォードさんに任せて、様子を見に行く。

寝かされているのは、大柄な男性だ。どうやら石垣を直している時に、崩落に巻き込まれたようだ。足を折ったようで、うんうんと唸っていた。

「医師は」

「そんな上等なもの、この辺りにはいないさね」

そう、いじけた様子で老婆がいう。

見た感じ、この男性はこの集落の力仕事を一手に引き受けているのだろう。

そうでなければ、あたしが呼ばれたかどうか。

無言で様子を見て、それで薬を取りだす。

足は幸い普通におっただけで、複雑骨折はしていない。

まずは痛み止めから飲ませて。

順番に処置をしていく。

添え木をして。固定して、それで終わり。

終わった時点で、既に痛みは止まっていた様子で、大柄な男性は半身を起こしていた。

「すまん。 助かった」

「石垣は? あたしがやっておきますよ」

「そこまでやってくれるのか」

「金なんか出せないよ」

冷酷にいう老婆。

周りの住民も、呪いでも見るように、あたしの治療を見ていた。

情けない話だな。

王都からドロップアウトしたことは分かるが。こうまでいじけなくても良いだろうに。

集落の長が、たまりかねて怒声を張り上げた。

「いい加減にしろ! トマスが助かったのはこの人のおかげだぞ!」

こそこそと逃げていく集落の人間。

すまなかったと頭を下げられて。

なんだかあたしの方が、申し訳なくなった。

ともかく、崩れた石垣を見に行く。

こんなものでも、ないよりはマシか。

潜水の試験は、明日行うつもりだったから、別にいい。

クリフォードさんとパティを呼んでくる。

そして、さっさと石垣を積み直すと。家屋用の接着剤で固める。

後は、軽く蹴りを叩き込んでみて、崩れないことを確認。集落の長には、きちんと話をしておく。

「今回はサービスにさせていただきます。 今後は、周辺で採れる薬草や魚、鉱石なんかを報酬でください」

「そんなものでいいのか」

「ええ、問題ありません」

「……感謝する」

頭を下げられた。

此方も、胸に手を当てて、それに応じる。

昼メシの残りを済ませて、後は軽く試験を続ける。クリフォードさんが興味を持ったので、一緒に乗ってもらい、操作方法を教える。

飲み込みが早くて、すぐに覚えた。

魔力は今の時代、誰にでもある。

クリフォードさんもそれは例外じゃない。むしろ相当に魔力の練り方、操作方法は上手だ。

的確に、エアドロップ試作機一号を操ってみせるので、あたしは感心した。

「もっと速度が出ればなあ」

「これはそもそも、潜る事が第一の目標なので、速度はあまり出なくても良いんですよ」

「そうか。 でもなあロマンがなあ」

「……」

呆れた。

この人、本当にロマン中毒なんだな。

まあそれはいい。

まだ時間があるので、パティにも運転のやり方は教えておく。

これは、湖底に何かあったとして。

それが遺跡で。内部に魔物がいたとして。

そいつらを、手に負えるかどうか分からないからだ。

最悪の場合、パティだけ無事で、負傷した皆が撤退するという事態もありうる。

その場合は、パティがこの試作機一号を操縦しなければならないのだ。

パティはやっぱりクリフォードさんよりかなり操縦を覚えるのが遅い。というか、かなりぶきっちょだ。

四苦八苦していたが、やがてなんとか覚えてくれたので、安心する。

そのまま、今日は撤退とする。

王都から近いと言う事もある。

夕方よりずっと早く、王都に到着。アトリエ前で解散となった。

「それにしても凄いな、そのエアドロップとやら。 あんなに大きく頑丈なのに、折りたためるんだもんな」

「まだ完成形ではないので、今後調整が必要ですけれどね」

「もうライザさんが、空を飛ぶ道具を作り出しても驚きませんよ……」

「その時には、パティに動かさせてあげる」

解散とする。

さて、此処からだ。

エアドロップ試作一号機は、動かして見て色々と問題がわかった。だから釜に放り込んで、調整を行う。

フィーはその様子をじっと見ていたが。

やがて、空中で色々ジェスチャーを始めた。

本当に翼は空を飛ぶために使っているのでは無くて、魔術で空を飛んでいるんだなと分かる。

それくらい、表現が非常に多彩で。

普通だったら浮けない格好で浮かんでいる。

「フィー! フィーフィー!」

「湖の中に潜るとき、空気の力だけ強くすると、中の人間が悪影響を受ける、かな?」

「フィー!」

ジェスチャーでそれを示すのは大したものだ。

やっぱり凄いなこの子は。

そう思いながら。工夫をしていく。

具体的には皮を二層にする。

そして、その二層の間に空気を入れることで、更に外皮を頑強にするだけではない。

浮かんだり沈んだりするための空気を、其処にため込んで、調整をすることになる。

エーテル内でエアドロップ試作二号機を調整しながら、あたしはそれらについて、考えるが。

やっぱり三年前よりも、思考の動きが鈍い。

それだけは、どうしても認めなければならない。

額の汗を拭うと。

一旦形になった二号機を釜から取りだす。

そして、お薬を増産しておく。

外に出るともうすっかり夜だ。

カフェに出向いて、薬を納品。

そして、街道で魔物が暴れている事。退治を頼むと言われて。

そのまま、出かける事になった。

結局、魔物は退治したのだけれども。大きな百足だったので、素材もなにも採れたものではなく。

毒袋くらいしか得られなかった。

流石に百足の肉はあまり食べられない。内部には肉はあるのだが、寄生虫だらけなのである。

ただ毒袋は、いずれ使い路があるかも知れない。

採っておくことは、損にはならないし。

何よりも、これに噛まれたらまず助からない。

百足が魔物になる程大型化すると、非常に危険だと聞いた事があったが。

確かにどれだけ叩いても死ななかったタフさ加減で。

あたしが加わらなかったら、死人が出ていてもおかしくは無かった。

牙が擦っただけでも、傷口が凄い色になった負傷者がいたので。そういう人達の手当てもして、戻って来たのだが。

まあ、恩は売れたし。

最低限得られるものはあったと言える。

風呂に入って、それで後は寝る。

本番は明日だ。

フィーはもうアトリエに戻った時には寝ていた。

下手な人間の子供よりもう賢いなこれは。

そう思うこともあるが。

だけれども、やはり幼体なのは、こういう姿を見ていれば間違いないのだなと思わされるのだった。

 

翌日。

タオが加わって、四人で湖畔に出向く。クラウディアはまだだ。基本的に、一通り身辺での仕事が落ち着いたら戦闘に参戦してくれる、ということなので。待つだけである。

実際バレンツが忙しい事は分かっているので、あたしも急げと急かすような真似はしない。

湖畔に着くと、二号機を試す。

まずは昨日と同じ調整から。タオにも操作方法を覚えて貰う。タオは流石で、すぐに覚えていた。

「なるほど、これは分かりやすいね」

「あたしでもすぐに使えるようにって組んだからね」

「それで良いんだよ。 こういうのはユーアイっていうんだけれど、ユーアイは基本的に簡単であればある程いいんだ」

聞いたことがない単語だが。

これも語源がよく分かっていない言葉の一つらしい。

まあ、ともかく動くのは確認できた。

その後は、荷車も積んだり。更に四人全員で乗って、運転を確認する。

魔物は近くによっては来るが、金属で出来ている事を確認すると、食べても美味しくなさそうだと判断して去って行く。

まあそれはそうだろう。

あたしがもっと強かったら、強くて勝てないと判断して近寄れないようにするのだけれども。

今は、こうして追い払うしかない。

さて、此処からだ。

まずは一人に戻って、潜る所から開始。

湖底に入ると、少しずつ状況を確認。

まずは呼吸。

きちんと出来る。

周囲の状況確認。

これはあたしが熱魔術で自身で行う。案の定、とんでもなくデカイ魔物がわんさかいるようだが。

幸い、今まで見てきた中で最大というわけでもない。

以前クーケン島に襲来した奴の方が大きい。

もっと深い海に潜ったりすれば、どうなるかは分からないだろうが。

少なくとも此処では、其処まで巨大な奴はいないようだ。

しばらく湖底で右往左往。

空気が減ったりすることもない。

圧縮した空気は、充分に役割を果たせているようだ。

その後は、浮上。

これが一番ひやひやする。

最悪の場合は、泳いで出なければならないからだ。

ただ、あたしも三年で着衣泳はもうがっつりものにしてある。トラウマまで刻み込まれた水だが。

今はもう怖くもない。

二号機はちゃんと浮上。

湖畔まで、辿りつくと。あたしは二号機を出ていた。

「ライザさん、だ、大丈夫ですか!?」

「問題ないよ。 後もう少し修正を加えたいけれども、多分今日中にいけると思う」

「これで、前よりも鈍くなってんのか。 すげえな」

「本当だよ。 ライザはそうだと思ってないみたいだけれど、僕とは違う方向なだけだと思うね」

クリフォードさんに、タオがぼやいている。

どうもこの二人、話していて似た者同士だと感じあったらしく、もう意気投合している有様だ。

パティがそれを見てむくれているので、時々敢えてタオに話しかけて、パティの方に話を振るように仕向けていたくらいである。

それにしても、やっぱりというか。

天才とバカは紙一重なんだなと思う。

タオは天才だが、こう言うときは完全に子供だ。

クリフォードさんも歴戦の戦士だが、子供のまま大人になっている。

紙一重というのは、誰でもそう。

多分あたしでも。

ともかく、データは採れた。

一度戻って、早めに解散する。

パティは今、必死にカウンター戦の練習をしているようだ。実戦で試すつもりにはまだなれないようだが。

あたしも、早めにこれを片付けてしまう方が良いだろう。

先に進むには。

相応の進歩が必要だ。

パティが戦士として一皮剥けるために、戦闘スタイルを見直しているように。

あたしも、錬金術師として先に進むために。

出来る事を、増やさなければならないのである。

釜にエアドロップを放り込んで、調整を行う。

今回の調整で分かったが、まだ魔物が興味を示している。頭の悪い奴だと、いきなり食いついてくる可能性がある。

それを避ける為に、シールドがいる。

食いつかれたときに、ばちんと電流が走るくらいの奴でないと駄目だ。毒を使う手もあるが、水中を毒で汚染したくはない。常時放出するのは無しだ。

だとすれば、どうすればいい。

また現時点では、推進力はエアドロップ後方にある。

これは圧縮空気を用いているのだが、これは呼吸するための空気と同じ仕組みで、指向性を持たせている。

同じ仕組みが、機体前方にあっても良いかも知れない。

後、四人と荷車で乗って見て分かったが、ちょっと手狭だ。

何よりも、水中だ。どれだけ大きい魔物が来るか分からない。

当初は六人乗れる想定で作っていたのに、もう少し大きくするべきだろうと結論。

物資を追加。

エーテル内で、調整を行う。

「よーし、こんなものかな」

「フィー!」

「エアドロップ試作三号機あらため、エアドロップ完成型一号機!」

嬉しそうに周囲を飛び回るフィー。

でも、あたしは内心はちっとも嬉しくない。

三年前。

時間に追われながらも、試行錯誤して調合していたときには、わくわく感があった。新しいものを作り出すと、わっとくる感動があった。

それがない。

やっぱり頭にもやが掛かっている。

それは、どうしても否めない。

どうしてこんな事になっているのか。やはり病気なのか。しかし、島でエドワード先生に話したとき。

こんな事を言われたのだ。

何でも、普通の人間は普段頭なんて殆ど使っていない。

あたしは、常時何かしら考えているだけで、かなり脳の負担が大きいと。

これがいずれ、どんな風に影響するか分からない。

魔術師として大成して、魔王なんて呼ばれるようになるかも知れないし。

すっかり失われていた錬金術を再興する存在になるかも知れないと。

あたしは、そのどっちにもなりたくはない。

なるとしてもついでだ。

だけれども、そもそもとして。このもやもやは晴れない。それもまた、事実なのだが。

大きな溜息が出る。

フィーはそれを理解している筈だが。

或いは、慰めようとしてくれているのかも知れなかった。

 

元々改良点は分かっていたのだ。

夕方少し前に作業は終わり、街に出る。

少し足を伸ばして、工業区を見に行く。

今後、クラウディアの紹介で、機械の修理を行うつもりだ。今、王都にはクラウディアの話によると、三十近く動かなくなった機械と。それと同数、壊れかけの機械があるのだとか。

稼働中の機械は例外なく壊れかけ。

良く商人が着ているスーツもその産物である事を考えると。

殆どの貴族が着潰している服も、やがて供給が止まる。

一応糸繰りなどの技術はあるのだが。

機械を使って服を作るのとでは、技術が違い過ぎるのだ。

あたしの作った布から服を仕立てることも出来るには出来るのだが。

貴族でもためらうような金が掛かるらしい。

その内、王都の人間はみんな襤褸を着て過ごすようになり。

服は貴族だけが独占し。

その貴族も、やがて民草よりはマシな襤褸を着るようになる。

それは、このまま事態が推移した場合の、確実な未来だと。クラウディアは言うのだった。

とりあえず工業区を見に行くが、男女ともに恰幅が良い人が多くて。

それでいながら、みんな体調が良く無さそうだ。

懐に入れているフィーが、いやそうな声を上げる。

まあそれもそうだろう。

この辺り、露骨に空気がおかしいのだ。

口を押さえて、早めに離れる。

工業区から出ると、熱魔術で纏わり付いていた汚染物質を吹き払った。それで、やっと一息つける。

熱魔術で追い払えるものでもないのだ。汚染物質は。

恐らく、見境無しに燃料を燃やしたりしているのだろう。それで湯水のように人間を使いつぶし。

体が壊れた人間を、どんどんお払い箱にしていると。

今の時点では、給金は出ているのだろう。みんな屈強な体をしていたし。

でもそれが終われば、多分街の外の集落で魔物に怯えながら暮らすか。

田舎に戻るしかない。

特に田舎に戻った場合は、王都が地獄だったことを周囲に告げて、それで死んで行く事になる。

この傾向は、前から変わらなかったのだろう。

あのアガーテ姉さんが、さっさと見切りをつけて戻ったくらいだ。

ヴォルカーさんも、さぞや苦労して貴族の称号を手に入れたに違いない。

ともかく、彼処は出来るだけ近寄りたくは無い。近寄る場合は、汚染物質対策が必須だなと感じた。

「ごめんねフィー。 後でたくさん魔力を食べさせてあげるからね」

「フィー」

「さて、と」

次だ。

農業区に出向く。

要求されて、回収してきている植物が良い感じに根付いているのを確認。調整をしておく。

カサンドラさんも、水だけは撒いてくれるという話だったので、それに甘える。一方。カサンドラさんは、あたしがあげた肥料で、作物がとても良く育つと喜んでいた。

奧の方は、何だろう。

使いたい人がいると言う事で開けたらしいが、見た事がない事をしている。

雑草は全て排除したようなのだけれども、見た事もない草が植わっている。

それも、あれはそれぞれを大事に育てるように間隔を開けている感触だ。

何かの試験でもしているのだろうか。

「奧、どんな人が使っているんですか?」

「ああ、挨拶はしたんだけれども無口な女の人でね。 フードを被っていて、殆ど顔も見せてくれない。 黙々と作業をしていて、まるで影みたいだったよ」

「ふうん……」

前にすれ違った人に似ているな。

あれはオーレン族のようだったけれども。ひょっとしたら、同一人物かもしれない。

もし同一人物だったら、いずれ顔を合わせることがあるだろう。

話すのはその時で良い。

今あたしは、エアドロップの事と。

それに、この王都に地盤を作っておく事が大事だ。

貴族なんかはどうでもいい。

実際に此処に生きている人達のために。

あたしが扱っている植物については、見た感じこれでいいだろう。後は時期を見て、学園区に話をしにいく。

多分だが、王都出身では無いカリナさんは、農業区に対して変な偏見を持っていない筈だが。

もしも農業区に偏見があるようなら。

その時は、悪い意味で王都に染まっていることになる。

そんな程度の人間だったという事になるが。

多分、ボオスが紹介してきた人間だ。

そのような事はないと思う。

あれでもボオスも、将来の事を考えて、動いてくれているはずだ。

処置を色々と済ませたら、カサンドラさんに肥料を追加で渡して、農業区を出る。

やるべき事は、まだまだ色々とある。

 

4、師二人

 

錬金術師アンペル=フォリマーは久しぶりに訪れた王都を見て、目を細めていた。

ライザの手紙は読んではいたのだが。

やはりここに来るのには抵抗があった。

暗殺者が差し向けられなくなってから、もうだいぶ時間も経過している。だが、此処でされた事は忘れていない。

年を取りにくい体質だと知られて、それからは実験動物としか思われていなかった節がある。

王都出身者では無いと言う時点で動物のように見られたし。

錬金術の技量で周囲を見返したら、生意気だと認識されて更に陰湿な虐めが加速していった。

一人だけ、アンペルを差別しなかった者がいたが。

そのものが、アンペルを裏切って、調合が出来ないような怪我をさせる要因となった。

そもそも、身の程知らずにも、ロテスヴァッサは錬金術師を集めてオーリムへの侵攻と、資源の収奪を目論んでおり。

門を開ける研究と、「植民地」を如何に「蛮族」から奪取するかで、皮算用までしていた。

そんな連中に愛想が尽きたアンペルは。

王都の錬金術達の研究所を爆破。

後は、一世代暗殺者に狙われながら逃げ続け。暗殺者は全て返り討ちにしてきた。

対人戦に習熟しているのはそれが原因だ。

側にいるのはリラ=ディザイアス。

オーリムの住人、オーレン族の一人で。

ライザ達の戦闘の師である。

元々生物としての性能が此方の世界の人間より高いオーレン族の中でも、戦闘に優れた白牙氏族の出身者で。

サバイバルの技術にも長け。

ロテスヴァッサの前に存在していた古代クリント王国が、世界中にオーリム侵略のため無作為に開けまくった「門」を封印するため。

アンペルとともに旅をしている。

その過程で、超世の英傑ともいえるライザと出会えた。

ライザには、アンペルも大きな影響を受けた。

だから、手紙をこまめに返してやりたかったのだが。

門を探して封印することで手一杯だった。

時々バレンツ商会に足を運んで、手紙を確認だけはしていたが。門の関係ではない場合は、手助けは出来なかった。

そういうわけで、門があるかも知れないと言う話を受けて、今足を運んでいる。

口実が出来たから、という理由もあったかも知れない。

ライザがどうにもスランプらしいことは、アンペルも分かっている。

理由がわかるのなら、どうにかしてやりたかった。

ライザはアンペルが見た所、二十歳過ぎればただの人、というタイプではない。

ここで潰れられるのは、あまりにも惜しかった。

フードを被ったリラと一緒に、王都の門を潜る。

このフード、此方の世界だけではなく、オーリムでオーレン族が被っているのを以前何回か見ている。

要するに本来の正装である。

しかも、此方の世界では、容姿が目立つオーレン族の姿を隠すことにもつながる。

手指の違い……鳥に似ている造りなどを隠すことまでは出来ないし。

女性であっても獣のように手足に体毛が多く、換毛までする生態の違いもまた隠せないのだが。

それはもう、仕方がないだろう。

それにしても、だ。

王都に久々に来てみて思ったが、此処まで衰退しているとは。

此処を離れたのは百年ほど前だ。

ある理由で人より長生きなアンペルは、既に百数十年ほど生きているのだが。百年ほど前に此処を離れた時には、もう少し戦士の質も護りもマシだった。

今では街道もロクに守れておらず。

騎士階級も、派閥だの何だので、戦士としてのあり方を忘れている。

百数十年前もはっきり言って腐敗はしていた。

そうでなければ、身の程知らずの異世界侵攻など思いつかなかっただろうし。

あれだけ特権意識を拗らせ散らかせてもいなかっただろう。

本当に井戸の中の蛙が、ガアガア鳴いている場所。

其処に成り下がったのだなと、呆れ果てる。

ライザは、それでも普通に暮らしている人々の事を考えて、動いているのだろうが。

暗殺者を何度も何度も送りつけられたアンペルとしては、ロテスヴァッサなんてさっさと滅びろとしか言葉が出てこなかったし。

この国には、何一つ期待も出来なかった。

まずはバレンツに足を運ぶ。

随分と大人っぽくなったクラウディアがいたので、驚いた。

クラウディアは、アンペルとリラを随分と歓待してくれたが。ライザについて聞くと、眉をひそめた。

「やはり、心配で見に来てくれたんですか?」

「しばらく手紙を返せもしていなかったからな。 それに門がある可能性があるとなれば、我等も黙ってはいられない」

「そうですね。 お二人の目的から言えばそうですよね」

「ああ。 それでライザは、やはり衰えているのか?」

少し考えてから。

クラウディアは頷いていた。

「技術は更に向上しているようですし、太陽のようなあり方は変わっていません。 でも、なんというか、少し鈍っているように見えるんです」

「……鈍っている?」

「戦闘力は確実に前より上がっています。 錬金術でも、ここ三年納品される品の質が落ちたことは一度もありません。 新しい技術も開発しているようです。 それなのに……前の輝くような閃きが、どうにも感じられなくて」

「ふむ」

リラが腕組みして考え込む。

また重要な客か。どうなっているんだと顔に書いているバレンツの商人が茶を淹れに来たが。

いずれにしても、どうでもいい。

「とりあえず、夜にでもライザには会いに行く。 宿は既に取ってあるから、気にしなくていい」

「バレンツで良い宿を用意できますよ」

「いや、下町の出来れば静かに過ごせる宿が良い。 王都の人間が私を覚えているとは思えないが、それでも念の為だ。 目立つ行動は避けたい」

「今の王都の戦力で、アンペルさんとリラさんを捕らえるのは至難だと思いますが……分かりました。 ただ、宿の場所は教えてください。 連絡要員を、側に派遣しておきます」

それは有り難い。

ライザとは緊密に連絡を取って動きたいし。

門の存在が確定したら、また一緒に冒険したいところだからだ。

リラが手を上げて、行こうとしたアンペルを制止。

「それで、ライザ以上にレントがスランプのようだが」

「はい。 レント君の様子が一番おかしかったです」

「何かおかしくなっている理由に思い当たる節は」

「分かりません。 私もあまり調子が良かった方ではないので……」

そうかと、リラは嘆息する。

自分に一番厳しいリラだが、他人にも当然厳しい。

この様子では、レントがどうして駄目になっているのか、ある程度分かっているのかも知れない。

バレンツを後にすると、下町に。

以前、嫌がらせのように宛がわれた宿も、この辺りだったな。

王立錬金術師と言っても、大半は貴族出身者。

殆どはまともに錬金術もこなせなかった。

随分後になって、関係者が皆殺しにされたらしいというのは知ったが。

それをやったのはアンペルではない。

何かしらの政治的な闘争の末なのか。

或いは何か別の事が起きたのか。

それは分からない。

いずれにしても、ド素人が門に手を出せば、待っているのは破滅である。

それで良かったのだろう。

宿を二部屋取る。

男女ではあるが、元々利害だけで一緒に行動しているアンペルとリラだ。

いわゆる男女の関係になった事は一度も無いし。

今後もないと思う。

一人の部屋に泊まると、義手の調整を行う。

ライザが直してくれた義手は、今までにない精度でしっかり動いてくれていて。既に錬金術も出来るが。

流石にライザの技術にはもう及ばない。

嘆息する。

自分に出来る範囲の行動をしていくしかない。

いずれ経験という観点でもライザに追い越されることは覚悟していて。

もしそうなれば、むしろ師匠としては誇らしいとまで考えていたのに。

本当にライザが足踏みしているらしい事を知って。

アンペルは、とても複雑な気分だった。

 

(続)