墓場にも陽は昇る

 

序、暗雲に光差す

 

三年。

あの夏の冒険から過ぎた時間だ。

その間に、クラウディア=バレンツはすっかり大人っぽくなった。あくまで見かけだけだと、クラウディアは思っている。

少女らしい見かけだったクラウディアは、今はすっかり大人の色気を纏っていると言われるし。

実際取引先の人間に口説かれることもある。それも少なくない頻度で。生物学的な意味でのメスとしてはクラウディアは魅力的に見えるのだろう。

だがクラウディアが三年で身に付けたのは。

父である商会の長ルベルトから任された経営に関する強かさ。

それは決して、好ましくは無かった。

三年前に親友になったライザと手紙でやりとりをしているときだけが、本当に心が躍った。

その時だけは、とても楽しかった。

それ以外は。金が絡むろくでもない世界だけがクラウディアの居場所。

色気が出たとは言うが。

周囲の男が、向けてくる視線が露骨に変わっただけ。

ライザの胸やおしりや足に男の視線が纏わり付いていたのを思い出す。

ライザと一緒にいた頃は、クラウディアは少女としての要素が容姿に強く出ていて、ああいう視線は殆ど受けなかった。そう分析出来る。

今は違う。

そして、それを利用しようと思う程に強かにもなれず。最近は、クラウディアの表情は硬く強ばるばかりだった。

それだけじゃあない。

クラウディアのいるバレンツ商会は、数多ある同業者の中でも屈指の規模を誇り、強大な影響力も持っている。

王都の貴族達が何の役にも立たないでくの坊である事は知っていたが。

結果として、代わりにバレンツ商会が、更に言えばクラウディアが直接指揮して様々な王都外での問題に何度も関わる事になった。

魔物に壊滅的な状態まで追いやられた集落の復興。

盗賊や匪賊が跋扈する集落の救援。

いずれも、人の業を散々見る事になった。

人肉食の跡だって、何度も見た。

人間が魔物にどんどん追い込まれている今の時代。

商会の使う街道を守るのは、自分で行わなければならない。

そして人材なんて生えてこない。

魔物に殺されれば、それだけ人は減る。

それなのに傭兵を消耗品か何かと思い込んでいるバカがいて。

クラウディアは、人間が嫌いになる一方だった。

今、クラウディアは。

長い事掛かって処理をしていた、王都近郊の集落のもめごとをやっと解決した所だった。

本来だったら、貴族なりなんなりがしっかり統治していればいいものを。

連中は壁に囲まれた王都から魔物を怖れて出てこない。

何がロテスヴァッサ王国か。

その勢力が実質的に及んでいるのは壁の中だけ。

その外では、寒さと餓えと危険にたくさんの人が苦しんでいる。

その現実をクラウディアは知っている。

だから、この集落で。

魔物に脅かされた水源を取り戻すまで、随分とおぞましすぎるものを見て来たし。なんとかお金を撒いて傭兵を集めて。

水源を少なくない犠牲とともに奪回したときには、疲れ果てていた。

クラウディアも最前線で戦ったが、それでも何人も死なせてしまった。

力が足りない。

ライザ達と冒険しているときも、クラウディアは支援中心だった。勿論それはそれで、皆に貢献はしていたが。

単純な圧倒的暴力がないのも事実で。

そのために。ライザと別れて以降。仕事の関係で、何人も死なせたのも事実だった。それだけ、魔物による食害は苛烈で。街や村を放棄する人間も増えている。まだまだ黄昏の時代は続いている。現在進行形で、人間の生活圏は縮小していていると、思い知らされるばかりだ。

少し前の戦いにはレントくんも加わっていた。

三年前に、一緒に冒険した腕利き。

今では技術的にかなり円熟した筈なのに。

どうしてかいじけているように見えた。

レント君も腕を上げていて。前線で戦ってくれたけれども。

やっぱりライザがいないと、どうしても精彩を欠く。

戦いが終わって、集落の防備まで固めている段階になると。

俺の仕事は此処までだとか言って、何処かに行ってしまった。

何度かバレンツの仕事は手伝って貰ったのだけれども。

今のレントくんには、三年前の閉鎖的な集落を飛び出したいという熱い気迫が感じられなかったし。

クラウディアとも、事務的な話以外はしなかった。

孤独になってしまった。

そう思う。

幼い頃から側にいたフロディアは、あれはあれでなんだかんだで頼りにしていたのだと思う。

フロディアはクラウディアの事は大事に思っていたか分からないけれども。

少なくとも、お父さんは仕事優先だし。

お母さんはずっと伏せっているクラウディアにとって。

身近にいる人は、フロディアだけだった。

誰もいないな。

仕事上のつきあいがある人はいるが、みんな信用できない。

お金が絡むと、人間はケダモノ以下になる。

それが、ここ三年で学んだ事。

信頼なんて、目の前の利益と比べれば簡単に吹き飛ぶ。

それはそうだ。

人命だって、お金の前には吹き飛んでしまうのだから。

手紙を確認する。

ライザが王都に来ている。この近くだ。

まだ確定はしていないが、フィルフサがいる可能性を想定して動いているらしい。

無理もない。

アンペルさんやリラさんの手紙はクラウディアも見たのだが。

各地で門を閉じて回っていると聞く。

つまりそれだけまだ門があるということで。

フィルフサが出て来ていないだけで、出て来てもおかしくない場所は世界中にあるという事だ。

王都近辺の調査というなら、最優先事項だろう。

彼処に住んでいる貴族はクラウディアも嫌いだけれども。

それでも、十五万からの人が蹂躙されるのを、見過ごすわけにはいかないのだから。

だけれども、ライザに会うのがとても怖い。

分かっている。

ライザはあの時のままだ。

三年で年は取っただろうけれども。それでも太陽みたいな、快活で元気で。

パワフルにみんなを引っ張って行く。大好きだったライザのまま。

それに比べてクラウディアはどうか。

すっかり汚れきったように思う。

見た目ばっかり大人っぽくなったけれど、ただそれだけだ。

ライザと別れる時に。

お父さんが、ライザが男だったらと嘆いていた。

それは、今になって思う。

クラウディアは普通に異性愛者だ。

だから、ライザの事は人間として好きなのであって、性愛の対象ではない。

だからこそに惜しいとも思うのだ。

確かにあの時。別れる時に。

お父さんがいった事は、今になって事実だったのだろうなと。本当に思う。

ライザが男だったら、何の躊躇もなく嫁いでいたと思う。

本当に、世の中ままならない。

悩みはあるが、今は世界が滅びるかどうかと言う調査をしているのだ。

だから、急いで王都に向かって、ライザに協力しなければならない。そう自分に言い聞かせて、クラウディアは鬱屈を押し殺していた。

忙しい日々だったが。

デスクワークだけをしていた訳では無くて、前線でかなり魔物とも戦った。

あの一季節で成長したライザ達と一緒に戦えるような戦士なんて、ほとんど数えるくらいしか世界にはいないこともその過程で理解出来た。

だからそもそも、戦力として自分を数えなければならず。

移動中に隊商を襲撃してくる魔物や、或いは盗賊と戦うために。

自身をコマとして考えなければならず。

それで嫌でも、腕がさび付くことはないのだった。

ともかく、残務を済ませる。

部下を残して何かあった場合には対応できるようにする。

バレンツ商会は仕事に対しては正当な報酬を払うと傭兵の間では噂になっていて、それで相応に質が高い戦士が集まるのだが。

それでもやはり、どうしようもない戦士も来る。

腕が未熟なのならいい。それだったら、むしろ教育プログラムをお父さんが組んでいるので、それにそって教育までする。何なら、ライザが提供してくれたインゴットから打ちだした装備を、雇用中には貸し出しもする。

本当に駄目なのは、気分次第で行動が変わる腕利きだ。

そういうのは本当にいらない。

スタンドプレーを行う戦士が、腕が良くても戦況を悪化させるのは。昔アーミーが存在していた時代もそうだったらしいのだが。

小規模部隊指揮をしてみて、クラウディアも思い知っている。

だから、こういう部下に任せる戦士については、常にクラウディア自身が吟味するようにしているし。

専属で雇う戦士については、教育プログラムをしっかりやるように、部下達に教育もしていた。

人材は、湧いてくる事はないのだから。

残務を終わらせると、馬車で王都に向かう。

走って王都に直接行きたいくらいだけれども、流石にこれだけ治安が悪い場所を、一人で行くのはリスクが高すぎる。

そして馬車は思ったほど速く進めない。

魔物にとって馬なんて美味しいごちそうである、というのもあるし。

人間はやはりエサ以上に憎悪の対象であるからだ。

何よりも、商売で大量の金を常に動かしているのである。

クラウディアも、バレンツの人間全員を餓えさせるわけにはいかない。

移動中に音魔術で周囲を警戒しつつも。

常に執務もしなければならず。

その事が、大きな負担にもなっていた。

それでも、もうじきライザに会える。

そう思うだけで、クラウディアの心は躍る。

それもまた、事実だった。

 

馬車が止まる。

音魔術で周囲を感知しているので、何があるのかは分かった。ペンをとめて、馬車から降りる。

傭兵達が、殺気立っている。

道の真ん中に寝ているのは、かなり大きな魔物だ。あれは、何という種類の魔物だろうか。

四足獣なのは確かなのだが、何とも言えない姿だ。全体的に非常に屈強な体格をしていて。

恐らく草食なのだろうが。口から巨大な牙が威圧的に生えている。

全身の体毛は赤黒く、模様も派手だ。

これは雑魚から身を守る必要がない事を意味している。

いわゆる警戒色と見て良いだろう。

「あの魔物について、知識がある人は」

「い、いえ……」

「見た事もありやせん。 なんて恐ろしい……」

「……分かりました。 戦闘準備」

傭兵達の腰が引けている。

此処は、クラウディアが率先してやるしかない。

「戦闘に参加する傭兵は、報酬を上乗せします。 参加するなら手を上げてください」

「正気ですか!?」

「街道に堂々と居座るあの様子、周辺の集落に大きな悪影響を与えているのは確定と見て良いでしょう。 此処で駆除します」

「……」

雑多な傭兵達は顔を見合わせたが。

その中で一番若い、まだ幼ささえ顔に残っている戦士が挙手すると。数人が挙手。頷くと、クラウディアは他の戦士には馬車を守るように指示し。

前に出た。

弓は、ライザが作ってくれたものだ。

フィルフサとの最終決戦に間に合ったこの弓は、以降もずっと手にしていて。数も知れない程に魔物を撃ち倒してきた。

音魔術の技量は上がっている。

魔力量も。

歩いて行くと、寝そべっていた魔物が起き上がる。

同時に、クラウディアは矢を魔術で生じさせる。ふわりと浮き上がった石が、魔力の矢の中に取り込まれ、鏃の威力を補填する。

じっと此方を見る魔物。

背丈だけでクラウディアの二倍半、全長もクラウディアの歩幅の七倍以上は軽くある。

湾曲しながら突きだしている牙は、馬を簡単に貫いて即死させるだろう。

唸りながら、体勢を低くする魔物だが。

その時には、クラウディアは矢を放っていた。

ばつんと、強烈な音がする。

ライザの作ってくれたゴルドテリオンで要所を固めた弓は、矢の破壊力を極限まで強化するだけではない。

魔力を増幅もしてくれる。

放った矢が、魔物の額に炸裂し、巨体が明らかに動揺する。

立て続けに矢を番えて放つ。数発の矢が直撃して、血がしぶく。分厚い毛皮で守られている巨体が。

だが、踏みとどまると、凄まじい雄叫びを上げる魔物。

即時で音魔術で壁を展開。

こんな雄叫びを聞かせたら、戦士達が戦意を喪失するだろう。

突貫してくる魔物。

全身が燃え上がる。

これは強大な魔力を明らかに込めている。

身体強化系の魔術だ。

クラウディアも詠唱開始。

戦士達が、立て続けに魔術を放つ。

炎の矢が魔物に次々に炸裂するが、文字通りそれを蹴散らしながら、魔物が此方にすっ飛んでくる。

かっと口が開くのが見えた。

やはり草食らしい。

だけれども、草食獣の方が得てして凶暴である事を、今のクラウディアは知っていた。

クラウディアの至近。魔物が、生じた変化に一瞬だけ怯む。

クラウディアが、詠唱を終えたのだ。

空中に、小型の人型が多数出現し。

それが全て弓を持ち、矢を番えている。音魔術の応用。多数の人型を空中に作り出し、それら全てで射撃を加える大技だ。

クラウディア自身は、一際巨大な、バリスタのような矢を番えていた。

クラウディアも実戦で音魔術を磨いてきた。

そうして結論したのが。

巨大な矢と、多数の小型の矢で飽和攻撃を与える戦闘スタイルが一番あっている。

小人達が一斉に矢を放つ。

魔物が、それでも突貫してくるが。

今度の矢は、さっきの牽制とは違っている。

魔物の全身に突き刺さる魔術の矢。

明らかに足が鈍るが、それでも突進をとめないのは流石だ。

魔力がゴリゴリ削られていくけれども。クラウディアは飽和攻撃を続行。周囲に魔物の気配がちらついている。

どっちも消耗したのなら。

そのまま一斉に襲いかかってくるつもりだ。

そうは、させるか。

手元の矢が更に巨大化していく。

冷や汗は、当然流れる。

逃げ腰になる周囲の戦士達の中で、クラウディアは大地に杭でも穿ったように構えを崩さない。

全身に五十を超える矢を受けて、それでも突貫してくる魔物。一歩走る度に全身から血が噴き出しているが。

その闘志だけは、凄まじい。

だが、この戦い。

悪いが、クラウディアの勝ちだ。

至近まで引きつけて。

最大火力の矢を、真正面から叩き込む。

衝撃波が周囲に奔る。

魔物が、目を見開くのが分かった。

その額に、クラウディアが放った最大火力の矢がめり込み、貫通。そして、喉の奥まで、貫き通した。

竿立ちになる魔物に。

クラウディアは大きく息を吸い込み。とどめの矢を叩き込む。

それで、魔物はしばらく止まった後。

背中から、地面に倒れていた。

呼吸を整えると。周囲の飽和攻撃の態勢を解除する。

此方を狙っていただろう魔物達が、さっと散るのが分かった。

勝てないと判断してくれたのだろう。

それでいい。

「魔物の解体を手伝ってください」

「わ、分かりました!」

息を呑む戦士達。

今のバレンツの令嬢は、生半可な傭兵では及びもつかない凄腕らしいというのは聞いていたが、噂以上だ。

そんなひそひそ話が聞こえる。

どうでもいい。

ライザの方がもっと凄かった。

リラさんの方がもっと凄かった。

みんなの中では、クラウディアは一番みそっかすだった。

魔物を捌いて解体して。肉を切り分け、内部から出て来た強大な魔力を込めている球体を取りだす。

食べられそうにない部分は焼いて処理してしまう。

巨大な骨は魔力を殆ど感じず、構造的にもそれほど硬くは無い様子だ。

焼いてしまって、その後は崩して壊す。

処置を終えると、小休止を入れて。急ぐ。

ライザ達にあいたいな。

そう思うのだけれども。

今、どんな顔で会えば良いのかな。

そう思う、すっかりこの腐敗した世界に染まってしまった自分への嫌悪感にも。クラウディアは苦しみ続けていた。

 

1、目覚める死人達

 

遺跡に到着。

タオとパティとあたしで手分けして、周囲を確認。

扉を開けて、岩で念の為に固定。

そして、遺跡の内部に入ると、まっすぐにあの巨大な鐘を目指していた。

タオが既に完璧に構造を暗記しているので、先導してくれる。内部で仕掛けて来る魔物はいない。

途中にある鎧の数がそれなりに多いのが気になる。

これが幽霊鎧だった場合。

鐘を動かした場合、一斉に動き出す可能性があり。

その後の行動次第では襲いかかってくるだろう。

鐘に辿りつく。

パティが、生唾を飲み込んでいた。

フィーは鐘を、大きく目を見開いて、じっと見ている。

何か感じ入る所があるのかも知れない。

この鐘のベロは破損していたのを、既に修理済だ。

あたしが無言で取り付け始めると。

タオが、警戒をするようにパティにいい。

頷くと、パティも周囲を見張る。

さて、吉と出るか凶と出るか。

前だったら。

三年前だったら、もっと頭が働いた気がしてならない。どうにも頭の動きが鈍くて、こうすれば良いというのが浮かんでこない。

それが苛立たしいが。

今ある手札で勝負するしかないのだ。

人間として色々とあたしは欠陥も多い。

だからこそに、そういう欠陥があるなかで。勝負していかなければならないという所も確かにある。

鐘の中に、用意してきた脚立を立てて。それで作業をする。

上の方に、ベロをぶら下げる金具があるので、其処にベロをつける。

かなり大きなベロだが。

それでも、どうにでもなる。

脚立から降りて、すぐに鐘から離れる。流石にこの鐘が落ちてきて閉じ込められでもしたら、あまり良い気分はしない。

「ベロ、つけたよ」

「そういえばライザ、刻まれていた魔術とか解析は出来なかった?」

「どうにも頭がはっきりしないんだよねえ。 前は直感的にわかったと思うのに」

「それならば仕方ないよ。 ただ、いずれお医者さんに見てもらった方が良いかも知れないね」

それもそうだな。

そう思いながら、距離を取る。

鐘はかなりさび付いているが、一応ちゃんと音は出るはずだ。あのベロが重要だったのであって。

鐘そのものは、それほど重要では無い。

魔術を発動するための媒体に過ぎず。

それ以上でも以下でもない。

ベロについていた魔術については。あまり解析できなかったが。それでも、羅針盤で見た残留思念から。鐘を動かす魔術については分かる。

「闇覆う天蓋よ、その力を示せ」

「フィー?」

フィーが小首を傾げる。

あたしは、フィーに懐に入るように指示。

どうにも嫌な予感がする。

ぎしぎしと。

嫌な音を立てて、鐘が動き出した。

ゆっくりと、揺れ始める。

鐘が落ちたりしないだろうな。そう思うくらい、さび付いていて、嫌な感じだ。

だが、やがて鐘の中でベロが動作し始める。

これだけは、新品同様に直してあるのだ。

そして、驚くほど。

澄んだ音が周囲に響いていた。

目覚めるな。

そう思って、あたしは周囲に警戒をする。さて、どうなる。

音が遺跡中に拡がっていく。

それが吉と出るか凶と出るか。

無言で周囲を見回す。

やがて、明らかな変化が、遺跡に生じ始めていた。

ごごご、と凄まじい地鳴りが起きる。

遺跡全体が動き始めている。

回廊が動いている。

今立っている場所も、音を立てながらせり上がり始めていた。

激しい起伏があった回廊の高さが、一定になりはじめている様子だ。それだけじゃあない。

大量の岩が、奈落の底から浮き上がってくる。

それぞれに強力な魔力を感じる。

そして、浮き上がってきた岩が、回廊の彼方此方にくっつき始める。

いびつな部分も多く。

明らかに欠落している場所もあるが。

これは。

今までは護りのための形状で。

これからは、遺跡としての本来の役目を、霊墓が果たすと言う事なのか。

右往左往しているパティに叫ぶ。

「最悪、全力で入口まで走るよ!」

「は、はいっ!」

最悪の場合は、荷車を放棄して、全力で走って。

それでも逃げ切れるか、ちょっと分からないな。

揺れがまだ続いている中。

大量の鎧が、自動的に動き始める。バラバラに散っていた鎧の残骸が、それぞれ示し合わせたように、人型に変わっていく。

手にしていなかった剣や槍が、鎧に生じていく。

鎧から、わらわらと虫が出てくる。

内部に住んでいた虫たちだろう。

いきなり住み慣れた家が、動き始めたのだ。それは驚いて逃げ出すのも当然だろう。

パティが青ざめて、口を押さえるのが見えた。

確かにある意味ではグロテスクな光景だが。

そんな事で青ざめていられると言う事は、まだ余裕があるという事だと判断して良いだろう。

揺れが、止まる。

まだ遺跡全体では揺れているようだが。

少なくとも今いる地点は止まった。

随分と遺跡の形状が変わる。

そして周囲には、多数の幽霊鎧が。じっと此方に、それぞれの武器を向けて立ち尽くしていた。

「タオ、ちょっとまずいかなこの数」

「敵対の姿勢を示さないで。 もしも問答無用だったら、もうとっくに仕掛けて来ているはずだよ」

「それもそうか。 パティ、大丈夫?」

「は、はい……」

パティは吐きそうなようだ。

まあ虫を見るどころか、羽音を聞くのもいやと言っていたのだ。鎧の中からぼろぼろ虫が湧いて出てくるのを見れば、それは吐きそうになっても不思議では無いだろう。

ともかく、今は周囲を警戒する。

白銀だっただろう、苔むしていて今は緑色の鎧が此方に歩いて来る。

そして、何か喋った。

タオがそれを聞くと、剣を収めて。また何か喋る。

単語とかが難しくてよく分からないけれども。

何となく、会話の内容は理解出来た。

この遺跡を目覚めさせたのはお前達か。

そんな事を聞かれて。

その通りだ。遺跡の調査をしにきたと、タオが答えた。

良かった。ある程度は友好的な存在らしい。

剣に手を掛けたままのパティに、そのままと告げる。パティは青ざめたまま、じっとしている。

緊張が解けたら、吐くかも知れないが。

それはその時。

恐怖や緊張がピークに達して吐く人は別に珍しく無い。

あたしもそれは知っているから、もしそうなっても咎める気はない。パティは駆け出しの戦士としては、良くやっている方だからだ。

幾つかの会話をした後、タオが冷や汗を拭う。

幽霊鎧達が、一度距離を取ると。

それぞれが、持ち場に着くつもりのようだ。

戦闘は避けられたか。

この数に襲われると、かなり厄介だった。

交戦経験がある古代クリント王国時代の幽霊鎧よりも、これは明らかに古い時代のものだ。

そうなると、性能が未知数だからである。

「それでタオ、どんな話をしていたの?」

「うーんとね。 かいつまんで話すと……今がいつなのかとか、大いなる呪いがどうなったのとか、そういう事を聞かれたよ」

「そう言われても、こっちは分からないね」

「うん。 そもそもあの鎧達は一種のからくりで、あまり複雑な事を答えられないみたいなんだ。 大いなる呪いとは何かと聞いても、此方では把握していないって言われてしまったよ」

そうか。

まあ、あまり細かい事をぺらぺら喋るのも問題か。

ともかく、此処からは一旦周囲の調査のし直しだ。

回廊は立体的な構造から、平面的な構造に変わっている。その変化の過程で、更に崩れた場所もあるようだ。

これは危ないな。

足下そのものも、危ないかも知れない。

パティが、やっと戦闘態勢を解いて良いと言われて。ほっとした様子で、大太刀から手を離す。

「あ、あの鎧、怖くて、それで……」

「パティ、それよりも、その場から安易に動かないで。 元々傷んでる遺跡だし、足下がどうなってるか分からない」

「お、脅かさないでくださ……」

次の瞬間。

パティの足下が、崩落する。

え、と顔に書いているパティが。崩落した地面ごと、一気に下に沈み込む。あたしが飛び出して、手を伸ばすが。

墜ちる時は、加速度がどうのこうのだったっけ。

伸ばした手が、空を斬っていた。

そのまま、跳躍しようとするあたしを、タオが必死に手を掴んでとめようとする。

流石にあたしが強靭な足腰の持ち主でも。

この高さから落ちたら死ぬ。

そう思ったのだろう。

踏みとどまる。

パティが。すでに視界にいない。

ぐっと唇を噛む。

やはり、連れてくるべきではなかったか。

だが。

「フィー!」

かなり下から声がする。

完全に気絶しているパティを吊して、フィーが凄まじい勢いで羽ばたいているのが見えた。

あたしはすぐにロープを腰に結ぶと、タオに叫ぶ。

「タオ!」

「分かってる!」

ロープ、問題なし。

あたしは、タオが踏ん張るのを見ると。

そのまま、虚空に跳躍していた。

ロープについては、あたしが錬金術で結ったものだ。問題はタオが二人分の体重を支えられるか、だが。

元々タオは頭に重点的に強化魔術を使っているのであって。

体の方に強化魔術を使う事だって出来る。

耐えられるはず。

問題は足場だ。

鐘の結構近くが崩れたくらいである。簡単にくずれて、辺りが全面崩落する可能性だってある。

そんな事を考えているうちに、パティがどんどん近づいて来たので。

空中で掴む。

掴んで見ると、本当に小柄な子だなと思う。そのまま引き寄せて、抱きかかえるようにする。

パティの重さの分更にもう少しロープが伸びて。

それで、一気にぐっと引っ張られた。

この重み、体に掛かる負担が思った以上だ。

腰に縛っているロープが一気に引き締まったので、むぐと呟いてしまう。フィーが、力尽きてあたしの頭の上に乗る。

しばらく振り子みたいにぶらんぶらんと揺れた。

それが止まるのを、少し待つ。

「タオ!」

「大丈夫、聞こえるよ!」

「随分上だね!」

「今落ちた時間から計算したよ! 背丈の二十倍は落ちてる! とにかく、揺れがなくなるまで待って!」

そっか、それは大変だ。パティが気絶するのも分かる。

そのまま、ロープをたぐって上がる。タオがしっかり支えているようだが。不慮の事故が起きてもおかしくないからだ。

パティを抱えているから、片手と足でロープをたぐって上がって行かなければならないのだが。そのくらいは、朝飯前だ。

「フィー……」

「良くやったね。 あとで魔石の魔力をたくさんあげるからね」

「フィー!」

疲れきっているようだけれども。嬉しそうにするフィー。

上も確認しながら、ロープを登る。

見た所、かなり彼方此方で亀裂が見える。

その亀裂がある位置を、ある程度把握しておく。

さっきぶらんぶらんと振り子みたいに揺れたときにかなり回ったのだけれども。それでも今は回らずにロープは安定しているので。

それで、位置も分かる。

時々タオに声を掛けているので、それで方向もばっちり。

タオに、上がりながら。どの位置が危ないかを告げておく。

どうやら遺跡が古くなりすぎているようだ。

それを、無理に動かしたのだからああもなる。

他にも床が抜けそうな場所があったので、気を付けなければならないだろう。

上が近づいて来た。

もう少しだよと、フィーを励ましながら上がる。まあフィーはあたしの頭にしがみついているだけだが。

それにしても、思ったよりもずっと力があるんだなフィー。

ちょっと感心した。

落ちたパティにすぐ飛びついたのだとしても、あそこまで落ちたのだとしても。そもそも気絶して脱力したパティを支え続けたのだ。

この小さな体からは考えられない出力だ。

本当に魔力で飛んでいるんだなと思って、色々と驚かされる。

やがて、一番上まで辿りつく。

まずは抱えているパティを上に。タオも器用に左手でロープを掴んだまま、パティを右手だけで引っ張り挙げる事に成功。

後はあたしは、簡単に這い上がる。

タオが、腰が抜けそうな顔をして、へたり込む。

「運動不足?」

「違うよ。 ライザがおかしすぎるだけだよ……」

「そうかな」

「昔っからそうだよ。 健脚すぎるんだよ……」

いずれにしても、体力の限界っぽいので、休ませる。

タオは、一応周囲の危ない場所については記憶しているはずだ。さてパティだが。しばらくして、目を覚ます。

飛び起きて、周囲を見回すパティ。

泣きそうな顔をしていたが。

あたしが、その顔については、タオから体で遮った。

「ら、ライザさん……私、落ちて……」

「フィーが助けてくれたんだよ」

「フィー!」

「そうですか……。 フィー、ありがとうございます」

何処かフィーを警戒していたパティだが。それでも、素直に礼をいう。というか、今ので完全に心を許したらしい。

警戒が、完全に消えているのが分かった。

咳払いをすると、状況を説明する。

周囲の床が、彼方此方脆くなっている。

中身が空っぽの幽霊鎧が動けるからといって、人間が踏んで大丈夫とは限らない。

何カ所か崩落しそうな場所があった。

それを告げると、真っ青になるパティ。

「すぐにでましょうこんな遺跡! 命が幾つあっても足りないです!」

「パティ。 なんなら先に遺跡を出る?」

「ええ……」

「あたし達だけでやろうか調査。 内部に強力な魔物は今の時点でいない。 どうせ一度退路を確保するために外に出るから、荷物を守ってくれるだけでもいいよ」

勿論これは発破かけのための言葉だ。

パティは自尊心があまり強くない。

パティが怒るのは。家族や好きな人であるタオを馬鹿にされたとき。

多分自分を馬鹿にされたときは、それほど怒らない。

その辺りの見極めが、もうあたしには出来ている。

これでもクーケン島で、流れの商人相手にものを売ったりしていないのだ。

「……や、やります!」

「本当に、大丈夫だね?」

「大丈夫です!」

「分かった。 その言葉、信じるよ」

頷く。

まずはいずれにしても、一度退路を確保しなければならないのだ。

荷車の後ろに、パティにはついてもらう。

先頭はタオ。

これは一番身軽だからだ。

荷車を引きながら、あたしが続く。

タオは回廊だった通路を確認しながら進むが。やはり時々崩落が起きる。あたしが下から見ていた、薄くなっている場所だ。

やはり鐘を動かして、遺跡を「稼働状態」とでも言える状況にしたことで。

彼方此方に無理が出ているのだ。

それは分かっているが。

そもそも得体が知れない状況だ。

フィルフサを封じている可能性も否定出来ない。

だから、調査は続けるしかない。

安全、が確保できるまで。

これはやめられないのだ。

世界が掛かっているのだから。

一度、入口まで戻る。タオが、座り込んで、水を飲み始める。パティはずっと貧血になりそうな程青ざめていたが。

壁に背中を預けて、へたり込んでしまった。

余裕があるあたしが、見張りをかって出る。少し、いずれにしても休憩はいれないと危ない。

今強い魔物が中にいないのは事実だが。

それでも、万全に備えておかなければならないのだ。

栄養剤をタオとパティに渡す。

パティが、若干恐怖の声を含ませながらあたしに言う。

「あ、あのライザさん」

「なに?」

「フィーと一緒に助けてくれてありがとうございます。 そ、それで。 その、ロープをつけて、片手で私を抱えて、それでロープを上がったんですか」

「そうだよ」

完全に声をなくして、それで黙り込むパティ。

タオが力無く補足した。

「凄いだろライザって。 あの蹴り技を出せるのは、幼い頃からずっと外を走り回っていた基礎体力があってのことなんだ。 多分腕相撲とかしても、その辺の男なんかじゃ瞬殺されちゃうよ」

「基礎体力……」

「今のパティの年は凄く伸びるから、いずれ追いつけるよ」

「……」

完全に黙り込んだパティ。

これは、ちょっと回復に時間掛かるかな。

いずれにしても、本人の問題だ。

休憩を、しっかり取っておくこととする。

一刻ほど休憩して、水も取り。交代でトイレにも行っておく。その後は、持ち込んである燻製肉も食べておく。

それで体勢を整えてから、遺跡にもう一度入る。

一度鐘は動いたのだ。

この遺跡は目覚めた。

霊墓と呼んでいる此処は。

既に、動き出していて。である以上。なおさら、封印されているという何かが危険ではないことを確認するまでは。

立ち尽くすわけにはいかなかった。

 

パティは、本当に死ぬのだと、あの時思った。

足下がくずれて。

反応できなくて。

それで落ちて。

墜ちて墜ちて墜ちて。

暗闇の中で、意識が溶けて消える寸前で、フィーが飛んでくるのが見えて。

凄く長い時間が経過したように思えたけれども。

実際にはごく短時間だったのだろう事が分かった。

何度この短期間で、走馬燈を見たのだろう。

探索を再開するとライザさんが言ったときに、ひっと悲鳴が漏れそうになった。お父様と一緒に魔物を退治しにでた時。

目の前で食われそうになった戦士を見て。

それでも悲鳴は漏れなかったのに。

自分が、今までに無い程の濃厚な死を間近で感じて。というか、どう考えても助からないと体と頭が理解して。

頭がまだ混乱している。

どうして漏らしていないのかよく分からない。

はっきりしている事がある。

ライザさんは、この程度の危険、何度でも潜ってきている、と言う事だ。

それに、あの時パティがしっかり反応できていれば。此処までの危険な事にはならなかった。

自分の責任だ。

それが分かっているからこそ、悔しい。

悔しいから、今はただ。

この、ずっと先にいる人達に、必死に食い下がっていくしかないのだ。

遺跡の中に入る。

足下がふるえる。トラウマが生じかけている。この遺跡は危ない。体がそう認識してしまっている。

だけれども、ライザさんについていけば。

今までの、未熟なアーベルハイムの跡取りではなく、ぐっと伸びられるはずだという確信だってある。

井戸の中の蛙の仲間ではなく。

ぐっと先に行けるとも確信できる。

だからパティは顔を上げる。

いつでも戦えるように、心身を必死に整える。

それはまだ、蟷螂の斧かも知れないが。

それでも、いずれドラゴンを断ち割る刃となる。

そのためにパティは。

二人についていくのだ。

 

2、遺跡の深奥

 

遺跡の地図は作り直しだ。今まで羅針盤で得てきた残留思念の情報をまとめる限り、これだけではなく複数の「封印」がある可能性が高い。

勿論その「封印」の正体は分からない。

ただ、被害が出た云々の話から、ろくでもない代物を封じているのは明らかで。フィルフサそのものだったり、或いはオーリムへの門だったりするかも知れない。

その「封印」だって、何処にあるか知れたものではない。

ロテスヴァッサの王宮内にあっても不思議ではないし。

既に暴かれた遺跡の中で、誰もが分からないうちに踏みにじられている可能性だってあるのだ。

そう考えてみると、調査は急務だ。

こんな気持ちで、アンペルさんとリラさんは各地を回っていたのかな。

そうあたしは思う。

タオが手を振って、此方は大丈夫と示してくる。そうやって、夕暮れ近くまで地図を作り直した。

遺跡内を彷徨いている幽霊鎧は、今の時点では敵対はしてこない。敵対してくる場合は、面倒だとも思うのだが。

ただ、今の時点では放置でいい。

全て破壊するのも手間だ。

何しろ此処は、足場が悪すぎるのだから。

「!」

足を止める。

向こうで幽霊鎧が、ぷにぷにを寄って集って始末している。

元々大きさ次第では非常に危険な魔物になる存在だ。何処にでも住むから、街の中に入り込んでくる事もある。

クーケン島でも、どうやって入ってきたのか。たまに出て騒ぎになる事がある。

かなり危険な生態をしているので、始末しておかないと危ないのだ。

まあそういう意味では幽霊鎧は相応の仕事はしているが。

その刃は、此方に向かないとは限らない。

墓場には、複数の幽霊鎧がいて。

厳格に其処を守っていた。

やはり彼処は、遺跡の生命線と言う事なのだろう。

もう近付く事は出来ない。

少なくとも、今の時点では。

下手に近付くと、間違いなく此奴らは攻撃してくるだろう。

黙々と奧へ。

鐘の奧に、道が出来ている。

今まで断線していた回廊が、岩などが浮遊してきたことで、つながったのだ。何しろ平面になったこともある。

荷車をそのまま引いて、奥に行くことも可能だ。

ただ通路がギリギリである。

荷車を一度おいて、奥に行く事も見当しなければならない場面もあるだろう。

これはこれは。

中々に危ないな。

そう思いながら、奧へ進む。

時々パティを気に掛ける。

やはり、あれだけの事があったのだ。どれだけ先に進むのに大事な事だったとしても、先達としては気に掛けないといけない。

最初から完成形の人間なんていない。

そもそもパティのお父さんであるアーベルハイム卿だって、成り上がって貴族になったのである。

戦士として散々前線で苦労して、武勲を積んでの結果だろう。ロテスヴァッサみたいな腐った国で成り上がるのは、本当に大変だったのが分かる。

その苦労で潰れないためにも。

先に苦労した人間が、支援するのは当たり前の事なのだ。

広い場所に出る。

ここら辺は、回廊が全然高度が違った事もあって、先には確認できなかった。先にタオが地面を調べる。

奥にあるのは何だ。

強い魔力を感じるが。

「フィー、大人しくしていてね」

「フィー!」

興奮気味だ。

さっき疲れて、それでだろうか。

いや、なんかおかしいな。

だけれども、何がおかしいのか、あたしには判別がつかない。

魔術師としての勘がおかしいと告げている。魔力量が大きいあたしの勘は、馬鹿にしてはまずいものだ。

だけれども、どうしてだろう。

具体的に何がまずいのか、分からないのだ。

「何か奥にあるね」

「何でしょう。 墳墓でしょうか」

「もし何かしらの大きな墓だとすると、鎧達が仕掛けて来る可能性はあるけれど……仮に遺跡の中心が此処として、ガーディアンは恐らくあれか」

「えっ……」

パティが二度見する。

あたしが見ている先にあるものを。

それはこんもりとした巨大な金属の塊に見える。だけれども、それはもう崩れてしまっている。

回廊は元々劣化しきっていた。

それは経年によるものだ。

鎧だってそう。

小型の鎧はまだ良かったのだろう。だが、あの巨大な塊は、それだけデリケートなテクノロジーの産物だった筈。

金属の塊に魔術を掛けて、はいガーディアンですとは行かないはずだ。

あたしも錬金術をやっているから分かる。

如何に古代クリント王国の錬金術師どもでも、それ以上の錬金術師がいたとしてもだ。

あれはもうガーディアンとしては死んでいる。

逆に言うと。

あれくらいのガーディアンをおくものが、此処にあったのだ。そう判断しても間違いないだろう。

タオがすぐに金属塊を調べ始める。

頷いているのは、あたしの推測が当たりと言う事だろう。

タオが呻く。

「此処のガーディアンは死んでいた。 でも、今までの情報を総合すると、封印というのは複数ある。 他のガーディアンが死んでいるとは限らないよ」

「うん。 五つあるとしても、もしも他の封印がまだ生きているとしたら……保存状態がもっといいガーディアンが配置されていてもおかしくは無いね」

「それに……」

あたしは足を止めていた。

一斉に、幽霊鎧が此方を見る。

難しい言い回しで、幽霊鎧が何か言っている。タオがそれに応じていた。

タオが剣を構える。

「まずいね。 この辺りの幽霊鎧、多分機能が壊れてる。 来る!」

「構えてパティ」

「はい!」

壊れたマリオネットのような動きで。

周囲から、わらわらと幽霊鎧が集まり始める。

その動きは、明らかに生理的嫌悪感を誘うようにデザインされている。これは盗掘者を確定で殺すためのしかけだ。

言い訳をするつもりはない。

実際に此処に足を踏み入れているのは事実。

此処は重要な封印がされている可能性もある。

だが、だったらそれについての話をしてくれればいいものを。どうして問答無用で殺しに来るか。

荷車を引いて、さがる。

此処は足場が悪い上に、囲まれる。

まずはさがって、足場がしっかりしている地点まで移動。そこで背中を取られないようにして、まずは体勢を整える。

蹴り技は駄目だな。

此処では下手に踏み込むと、それでも崩れる可能性がある。

「戦闘方法は任せるけれど、足場に大きな衝撃を与えること、大きく動く技は禁止!」

「分かりました!」

パティは素直だ。

襲いかかってくる無数の幽霊鎧。

小手調べだ。

熱槍を叩き込んでやるが、先頭の奴はそれをあろう事か弾いた。魔術によるとんでもない防御だ。

続いて冷却してみるが、熱膨張破壊も通じないようだ。

熱魔術そのものを、ある程度防いでいると見て良い。

それを見て、むしろ驚いたのはパティだ。

「なっ……!」

「斬撃を試す!」

先に前に出たタオが、此方に来る一体を唐竹に斬り付け、更に首を飛ばしに行く。

鎧そのものはそれほど強度がないか。

あっさり刃が鎧を傷つけ、更には首元を大きく抉っていた。

本来の鎧の強度だったら、あんな風にダメージは受けない。見た所、最低でもブロンズアイゼンかもっと上の金属を使っている。形状も、現在その辺で見られる幽霊鎧よりもシャープでテクノロジーを感じる造りだ。鎧全体に魔術を刻み込んでいるのだろう。熱魔術には耐えられても剣が駄目なのは、金属の劣化と錆が要因。何よりそもそも本来だったら剣には耐えられる想定だったと言う事だ。そうでなければ、こう無防備に迫ってこない。

「よし、いける! パティ、鎧を傷つけるように斬るんだ! それで多分ライザの熱魔術で完全破壊できる!」

「分かりました!」

「発破は使わない方が良さそうだね」

「フィー!」

二人が突貫。

おぞましい動きで迫り来る幽霊鎧に、鋭い剣を浴びせる。勿論幽霊鎧も黙ってはおらず、緩慢ながら長柄や剣を振るって抵抗してくる。だがやはり、どうしても動きが鈍くて、タオを捕らえる事は出来ず。

更に、迫ってくる速度がバラバラで、パティも攻撃を充分しのげている。

あたしは傷ついた相手を、一体ずつ丁寧に熱槍を叩き込む。

爆発しないように熱量を抑えつつ、更には熱槍を大きくして。完全に鎧が動かないように調整する。

やはりタオの見たて通りだ。

傷ついている幽霊鎧は、熱槍を叩き込まれると大きく吹っ飛ぶ。

そして溶けてしまうと、それでもう動かなくなっていた。

あれは残留思念とかが篭もっている存在ではない。

ただのからくりだ。

容赦する必要は無い。

後ろも確認する。

狭い通路だが、其方から幽霊鎧が来る様子はない。上も確認する。上から、本命の戦力が来る様子もない。

あの大きい金属塊が、本来のガーディアンで。この幽霊鎧達はそれを支援するための補助線力だったのだろう。

だから性能も雑で。

逆に雑に作られたから、今までの悠久の時で壊れなかったのだ。

タオが双剣を振るって次々に幽霊鎧を傷つけ、残像を作って飛び退く。囲まれないように、上手に動き。

時々左右が疎かになりそうになるパティを支援。

パティも必死に足捌きを駆使して囲まれないようにしながら。

青ざめつつも、緩慢な動きの幽霊鎧を捌いていく。

あたしは順番に幽霊鎧を焼き払いながら、数を数える。

実の所、あまり余裕は無い。

此処は足場が悪すぎる。

本気で暴れたら、あっと言う間に床が崩落して、奈落の底に真っ逆さまだ。

そうなってしまえば、或いはあたしやタオは助かるかも知れないが。パティは死なせてしまう。

それでは負けだ。

「パティ!」

「くっ!」

大ぶりな動作でパティに巨大な金砕棒を降り下ろしてきた、大柄な鎧。あれが床に直撃したら、それだけでも危ない。

しかも幽霊鎧の動きが不規則で、パティがそれに対応できていない。

あたしがとっさに熱槍で幽霊鎧を弾く。

それで出来た隙に、パティが裂帛の気合いとともに、袈裟に斬り下げ、更には腹を切り抜く二連撃を叩き込む。

それでも横殴りに振るわれた金砕棒が、飛び退いたパティの髪の毛を数本散らす。

「よし、充分!」

熱槍を叩き込み、大きい奴を吹き飛ばす。

雑魚の割りには強かったが。

雑魚だったから動けているような奴だ。これで一発である。

「パティ、後で頭の傷を見せて。 今の、擦ったでしょ」

「はい、すみません」

「謝るのはこっちだよ。 嫁入り前の顔に傷なんてつけて」

「な、なんてこと言うんですかっ!?」

真っ赤になるパティだが。

まだまだ幽霊鎧は来る。

本当に面白いなこの子。

そのまま、あたしはタオが傷つけた幽霊鎧を、順番に始末していく。数は既に半減。更に減りつつあるが。

パティが大斧を引きずって迫ってくる巨漢の幽霊鎧に飛びかかって、唐竹に斬り倒して。

その瞬間、流れが変わる。

「フィー! フィーフィー!」

明らかに恐怖を含んだフィーの声。

パティに声を掛けて、跳びさがるタオ。パティもあわててさがる。

あたしは熱槍を十、同時に出現させて、幽霊鎧をまとめて粉砕するが。これはちょっとまずいか。

残った幽霊鎧が、全部まとまり始める。

曲がりなりにも人型をしていたそれが、機能停止していたものも含めて、全てが合体していく。

それはさながら、金属で出来た巨大な四足獣。

まずいなあれは。

あんな重量物が暴れたら、この先に進めなくなる。

それが、目的なのかも知れない。

本来のガーディアンが動かない場合の支援機体だとすれば。そういう事を想定していてもおかしくない。

「タオ、パティ、全力での攻撃を続けて。 仕方がない、もったいないけど切り札を使う!」

「分かったよライザ!」

「切り札……ライザさんのですか」

「大丈夫、物理的な破壊は伴わない!」

熱槍、効果無し。

十本まとめて叩き込んだのだけれども。

だとすると、やるしかないだろう。

金属四足獣が暴れ始めたら全て終わりだ。立て続けに熱槍を叩き込み、敵の動きを阻害する。

金属四足獣は、背中から触手を。金属製の鞭のようなそれを、凄まじい勢いで振り回し始める。

本命戦力だっただろう金属塊すら傷つける、鋭い一撃だ。

パティが、一撃を避けきれず、大太刀で防ぎつつ、もろに吹っ飛ぶ。地面に叩き付けられて、それで動かなくなる。

タオが庇って、数回攻撃を防ぐが、あれは駄目だ。

連続で叩き込まれる触手の火力が大きく、タオがずり下がっている。双剣の技量はかなり上がっている筈だが。

それでも、相手の質量が大きすぎる。

ケダモノだったらまだいい。

相手は金属だ。

見ると鱗のようなパーツが組み合わさって、触手になっている。どういう機構になっているのか、ちょっと興味がある。

タオがパティを抱えて飛び退く。

地面に触手が突き刺さる。

その時、あたしは金属獣の側面から背後に回っていた。

更に二本、金属獣の背中から触手が生えてくる。

横殴りの一撃。

周囲を文字通り、薙ぎ払う凄まじさで。

あたしも跳び避けながら、ちょっとひやりとした。

触手を四本、上に向ける金属獣。

床にたたきつけるつもりだ。

そうまでして、侵入者を排除しに掛かるか。まあいい。悪いけれども、此方も滅びるわけにはいかない。

ガーディアンがこんな有様なのだ。

いずれこの遺跡は侵入されていた。

だったら、専門家以上の知識があるタオがまだ健在なうちに、此処は調べて、封印だかなんだかを解析しなければならなかったのだ。

金属獣が動こうとした瞬間。

あたしは、すっと隙間に通すように。

それを投げ込み。

そして、タオに叫ぶ。

離れろと。

タオが全力で逃げる。

金属獣が、全力で触手を振り下ろそうとした瞬間。

それが、シュトラプラジグが炸裂していた。

雷撃爆弾プラジグの強化型だ。雷撃なので、物理的な破壊は伴わないが、生半可な雷なんか比では無い破壊力をたたき出す。

切り札として持って来ていた一つなのだが。

仕方がない。背に腹は替えられない。

雷撃の直撃で、触手全部が爆ぜ飛んで、動けなくなる金属獣。

あたしは移動しつつ詠唱を開始。

タオは気絶しているパティを床に横たえると、動きが止まっている金属獣の全身を、滅多切りにする。

凄まじい乱舞攻撃だ。

一撃が軽いが、それでも昔のタオとは比べものにならない。手足が伸びるというだけで、こうも強くなるか。

あたしは口の端をつり上げる。

これはパティが惚れるわけだな。

そして、詠唱を完了。

タオが、跳びさがる。通常熱槍1000本をまとめた超火力熱槍が、既に其処に出来上がっていた。

「終わりだよ……」

金属の獣が、全身の装甲を再展開して、盾のようにずらっと並べる。こんな風に運用も出来るのか。

あのガーディアンらしかった金属塊が生きていたら、どれほど手強かったのか。

だが、こいつは壊れかけだ。

しかも今の雷撃で、触手を失った。或いは触手を失う前だったら、それも盾にして展開してきたかも知れない。万全だったら、あたしも更に全力を出さなければ倒せなかったかも知れない。

だが今は。これが現実。

あたしは、叫ぶ。

「いっ、けええええええっ!」

灼熱の槍、いや灼熱の超高熱の波が、金属獣を襲う。展開した盾は、三秒それに耐えたが、それが限界だった。

盾を融解させて。既にタオの攻撃で彼方此方の刻まれた呪文が破損している金属獣を、熱槍が直撃する。

今までは防げていたそれが、魔術防御が弱まっていることもある。

文字通りの上から、金属獣をねじ伏せ。

凄まじい熱と光の中。

溶かし、消し去っていた。

全力詠唱だったら、今の二十倍くらいまで火力を引き上げられたが。それをやると、此処が崩落してしまう。

だからあたしは、狙った地点だけを焼き払うように、魔術制御に細心の注意を払った。

ふうと、あたしは息を吐き出す。

目の前には。

既に体の主要部分は影も形も残さず蒸発した金属獣の残骸の僅かな一部と。

溶けかけて、ぐつぐつと煮立っている床が残されていた。

タオが冷や汗を拭う。

「ライザ、薬を。 パティが何発か貰ってる」

「はー。 パティも気を失っていなければねえ」

「?」

「いや、なんでもない」

本当になんというか此奴は。

まあそれはいい。

そもそも恋愛については、ライザも自身ではやろうと思わないし、興味もないし。

気を失っているパティの体をチェック。傷に、薬をねじ込んでおく。すぐに溶けるように傷が消える。

これならば跡も残らないだろう。

荷車の側で、あたしが大丈夫、というと。

タオは急いで周囲の調査を始める。

パティが目を覚ましたのは、一刻くらい後。

これは、今日は帰りは深夜だろうな。

そうあたしは思った。

 

3、守護者の奧に

 

タオが周囲を調べている間に、パティがあたしに謝る。役に立てなくてすまないと。

充分やれていたとあたしは答えて。

タオが戻ってくると、情報を交換する。

「間違いない。 あの大きな墳墓らしいものの中に何かがある」

「何があるかは確認しておかないとまずいね。 それと、それは破壊しないように気を付けないと。 破壊するにしても、破壊する必要があると判断した場合になるだろうね」

「うん。 ライザ、羅針盤でこの辺りを調べておいて。 パティ、今度は僕達が警戒するよ」

「分かりました」

少し青ざめているパティだが。それでも、ちゃんと立ち上がる。

また死ぬ思いをしたのに。

それでも両の足で立とうという気力は凄い。

有望な子だ。

死ぬ寸前の戦闘を何度も何度も経験すれば、恐らくロテスヴァッサの腑抜けた騎士だのなんて、束になってもかなわない使い手に成長するだろう。

文字通りの、鉄は熱いうちに叩け、だ。

頷くと、あたしは羅針盤を開く。

周囲にある残留思念はあまり多く無い。

それに、それほど重要な情報も、聞く事は出来なかった。

分かったのは。やはり墳墓の中に封印とやらがあるらしいこと。

そして、フィーらしい影をつれている奴がいること。

ふむ。

ひょっとしてだけれども。

古代クリント王国以前に、フィーは彼方此方にいたのか。でも、それだと絶滅動物として、タオが何かしらの資料を見つけて来ても不思議ではないのだが。

会話も幾つか拾える。

「この封印は放棄する。 近くの都市にまで戦線を下げる事が決まった」

「「工房」が駄目になったらしいな。 とにかく今は、封印が破られないようにするしかあるまい」

「だがどうやって後世に情報を残す。 「北の里」や、「深森」の封印は、もう人が立ち入れる状態では無い。 「工房」だってそれは同じだ。 封印がいつ破壊されても不思議ではあるまい」

「それでも数百年は時を稼げる。 民が全てを知ったら皆が恐怖に駆られて何を起こすか分からない。 ともかく、長老を集めて相談するしか……」

ふむふむ。

分からない言葉が出てくるが。

北に何かまだある事。

そして、「工房」というのと、「深森」というのが恐らく封印の所在であろう事は理解出来た。

後でこれはタオに相談する。

他にはめぼしい情報は無い。

羅針盤を閉じると、顔を上げる。

そして、細かい話をしておく。

「「工房」に、「深森」?」

「うん。 此処から北の里、というのも多分重要になると思う」

「此処から北は、死の砂漠です。 ドラゴンの目撃例もあり、とても生きて戻れません」

「そうだろうね。 だからこそ、何かを隠すのには良いんだろうけれども」

タオが腕組みして考えた後、あたしは咳払い。

ともかく、封印とやらの現物を見ておく必要がある。

墳墓をまず確認。

周囲を見て回るが。

入口らしいものはない。

タオも壁を調べて、何か書かれていないか探っているが。とくにこれといって、めぼしいものはないようだ。

「タオさん、ライザさん」

「む、パティ。 何かみつけた?」

「はい!」

パティが手を振って来る。其方に行くと、なるほど。これは凄い。

墳墓の石壁に切れ目が入っている。

よく調べていくと、本当に剃刀一枚入らないような溝が、すっと続いているのが分かった。

一度熱魔術で、埃を焼き払う。

そしてタオがさっと調べて行く。集中しているので、邪魔をすると悪い。

調べ終わると、タオは頷いていた。

「此処だ。 間違いない。 中には入れると思う」

「扉があるんですね」

「そうだよ。 ただどうやって開けるべきか……」

「最悪ブチ抜くか」

やりかねないと思ったのか、パティがあたしを見て青ざめる。

まあ、あたしもそれは最終手段だと考える。

だけれども、此処は正直遺跡としての寿命が近い。出来るだけ急いだ方がいいと判断する。

しばらく、三人で手分けして調査する。

やがてタオが、石壁の一箇所で、何かみつけていた。

壁を押してスライドさせると、何か棒が露出する。

その棒を握って、下に押すと。

隠されていた、扉が開く。

流石だ。

何度も感心して頷くパティ。

まあそれもそうだ。あたしも今のは、驚かされていた。

「よし、開いた!」

「パティ、恐らくもうガーディアンはいないと思うけれど、罠があるかも知れないから気を付けて」

「分かりました」

「僕とライザが先にはいるよ。 パティは後方からの奇襲に警戒して」

頷くと、墳墓の内部に。

そして、其処にあったのは。

既に砕けた、何かだった。

 

これはなんだ。

魔石か。

だが、魔力を既に失ってしまっているものも多い。残っている魔石は、殆どがクズ同然の品質だ。

雑多な感じの残骸を組み合わせていくと。

どうも縦に長細い八角錐になったようだが。

それ以上の事は分からない。

それが魔術で此処に固定されていたようだ。床に描かれている魔法陣。これは、恐らくだけれども。

タオが急いで、魔法陣を写し取る。

あたしは、じっとそれを見つめて、それで頭のもやに苛つく。

なんというか、もう少しで分かりそうなのに。

それが分からない。

「フィー……」

「大丈夫、フィー。 この遺跡はもう完全に死んでる」

「フィーフィー……」

あれ。

なんだか悲しそうだな。

フィーが魔力を食うことは分かっている。それ以外には水くらいしか飲まないことも。

この魔石の巨大な結晶だったらしいもの、恐らくはこの霊墓にあったあの植物や。或いは……。

いや、それは憶測だ。

ともかく、あまり良い方法で作られたとは思えない。

それにこの魔法陣。

やはり巨大な魔法陣の一部だ。それも見た所、いわゆる冗長化が行われている。

此処の魔法陣は、巨大な魔法陣の一部であると同時に。

此処だけが壊されても、他が健在なら機能する仕組みになっている。

あたしも此処まで作り込まれた魔法陣は殆ど見た事がない。

流石は古代クリント王国より更に古い技術、というところか。

「魔法陣、写し終わったよ」

「よし、一度撤退。 今からだと、急いでも夜中だね」

「一応、遅くなるかも知れない事は朝告げて出て来ています」

「それは良かった。 此処であった事は、全部ヴォルカーさんに報告してしまってかまわないからね」

こくりと頷くパティ。

こちらとしてもやましいことは無い。

アーベルハイムと敵対する気は無いし。敵に回すつもりは無いと、先にこうやって示しておく。

公認スパイを抱え込むのは、政治的な手段の一つだ。

政略結婚とかも、概ねその意図がある。

あれは決して血縁関係を作って両家の関係を強化するなんてものじゃない。

公認スパイを互いに囲うことで、相手に対しての信頼を得ようとする行為で。

政略結婚に出向く人間は、それを自覚した上で嫁ぐ。

そういう命がけの行動なのだ。

なんでこんな事を知っているかというと、それはあたしが田舎育ちだから。

この手の話は嫌になる程聞く。

それに、クーケン島みたいな僻地だと、縁談そのものが殆ど何かしらの意図があるのが普通だ。

ブルネン家の先代が、あたしとボオスをくっつけようとしていたのは。それはブルネン家に優秀な子孫がほしかったから。

例外的な事例だったが。

その後に、まだ幼いあたしに。

先代が色々と話をしてくれたのだ。

今になって思うと、それは全て実用的な事で。

例えブルネンに嫁がなくても。あたしがクーケン島の重要人物になる事を、ブルネン家の先代は見越していたのだろう。

金属獣の残骸も積み込んで、遺跡から撤収。

入口を閉じて、それで此処からは一度撤退だ。

これで手がかりが消えたが。

しかしながら、「北の里」「工房」「深森」と、三つのキーワードが出て来ている。

確か王都から北東に行くと森林地帯があるということだし。

其処に何かあっても不思議では無い。

手がかりがゼロになった訳ではないのだ。

それに封印が一つ破壊されていたことから考えて。

はっきりいって、このまま放置してはおけない。

もしも封印されているのがフィルフサの王種だったり門だったりしたら、それこそ取り返しがつかない事になるのだ。

扉を閉じて、後は帰路を急ぐ。

案の定魔物が何度か仕掛けて来るが、全部片付ける。何度も往復する間にかなり片付けたが。

それでもまだまだいるようだ。

警備が今まで、どれだけさぼっていたかという話である。

ヴォルカーさんが必死に街道警備をしても、これでは追いつかないのも納得出来る。王都周辺のどこもで魔物が増え続けていて。

それが獲物を求めて、街道まで出張してくるのだ。

その中にはあの人食いラプトルや、巨大走鳥、渓谷で戦闘したサメのようなのが混じっているのである。

多くの犠牲が出るのも、必然だと言えた。

街道に出ると、パティがぐったりしているのが分かった。

まあ、今日も死にかけたのだ。それも二回。

本当だったら熱を出して寝込んでいてもおかしくないが。それでも、パティは強くなりたいという意思を優先した。

それだけで充分。

あたしはその決意と覚悟に敬意を持つ。

だから、遠慮も容赦もしない。

城門を潜ると、それでやっと緊張が弛緩する。解散したのは、やはり夜中だった。

「パティ、あたしがアーベルハイム邸まで送るよ」

「大丈夫ですと言いたいですけれど、すみません。 お願いいたします」

「明日は探索を休憩した方が良いね。 パティの負担が大きいし、何よりも情報を整理しないと」

「賛成。 残留思念から汲み取った情報、何かしら心当たりがありそうなものがあったら、リストアップしてみて」

アトリエに荷車を運び込むと、アーベルハイム邸までパティを送る。

こんな遅くまでと怒られる可能性も考えていたのだが。

ヴォルカーさんも留守にしていて。

家に居残りだったまだ若い使用人が、パティを出迎えると、あたしに礼を言うのだった。

「お館様とメイド長から話は聞いています。 お嬢様をありがとうございました」

「いえ、とにかく疲れていると思いますので、休ませてあげてください」

「分かっております。 それでは失礼します」

丁寧に話をして、礼をかわして後は帰る。

アトリエに戻る前に、公衆浴場によって汗を流す。

しばしぼんやりしてから、アトリエに。

フィーはもう、うつらうつらしていたので、そのまま寝かせてあげる。

魔石を少し集めてくるか、それともあたしの魔力を食べさせるか。

どっちかだろうな。

そう、ベッドでぼんやりしながら、あたしは思った。

 

目が覚める。

感応夢は、そういえばここ三年殆ど見なかった。

これも何か、頭が鈍っている理由の一つなのかも知れない。それとも、頭が鈍っているから、感応夢を見なくなっているのか。

それすらも分からないのが、口惜しい。

ともかく、起きだして、軽く体操をする。

タオとボオスがアトリエに来る。

パティは今日はお休みだ。それについては、昨日の帰路で説明はした。何しろ一番学生として忙しい時期だ。

まあそれをいうなら、タオもなんだが。

タオの場合は、ずっと飛び級しているらしく、相当に時間が余っているらしい。

「なるほどな。 封印とやらがありそうなワードが複数分かったと。 その二枚貝みてえな道具、便利だぜ」

「調整しないと、危なくて使えたものじゃなかったけどね。 一つ目の封印は死んでいたし、急がないとちょっと危ないかも知れない」

「うん。 それで僕の方でも、昨晩少し調べて見たんだけれども、北東の密林については、殆ど情報がないんだ」

そして、情報がないという事そのものが大事だとタオが言う。

そもそも王都に非常に近い場所にある遺跡なのだ。

情報がないというのは、不自然極まりないのである。

相変わらずフィーがボオスの頭の上に乗っているが。

ボオスは文句は言いつつ、追い払おうとはしない。

「今日は拾い集めた素材を使って、錬金術を色々あたしは試すよ。 カフェに幾つか納品もしておきたいし。 アーベルハイムに発破とかお薬とかも納品しておきたいし」

「分かった。 いずれにしても、アーベルハイムのお嬢さんも限界だろうし、一日の休息は重要だろうしな」

「僕も一旦調査は手をとめてちょっと勉強を進めるよ」

「お前はこれ以上成績を上げる気かよ」

ボオスが呆れる。

タオは、前倒しで単位を取っておきたいという堅実な話をして。

ボオスが、そうかとぼやくのだった。

まあ、頭の良さという点では、タオに勝てる奴は王都にもほぼいないだろう。世界中探してもそうたくさんはいない筈だ。

そういう意味で、ボオスがタオに嫉妬するのは分かる。

ただ、ボオスはクーケン島のために此処で学問をしている訳で。

タオとの勝ち負けは、あまりそれと関係無いはずだ。

タオに関しては、もう好き勝手にやっていいと思う。

学費くらいだったら、多分いずれタオが地力で稼ぐし。

アーベルハイムに将来婿入りしたら、仕送りくらいは容易だろう。あのタオに無関心な親にではなく、島単位に、である。

そんな事を考えているうちに、解散となる。

次は明日の朝だ。

パティはちょっとフラフラだろうなと思うが。まあ気の毒だけれども、仕方がない。

やるべき事を、順番にやっていく。

調合をある程度すませて、それでカフェに。

カフェのマスターは、相変わらず穏やかそうな女性なのに。

荒くれ達に全く臆することもなく。

平然と捌いている。

其処に、あたしは薬やら発破やらを納品しておく。あたしのことは既に知られているらしく。荒くれ達が、あたしを見るとさっと距離を置く。

既にドラゴンキラーだという話も知られているらしく。

そういう意味でも、畏怖されているようだった。

「ありがとうライザさん。 貴方に仕事を頼みたいという人も、きっとそろそろ出てくると思うわ」

「いえ、此方こそありがとうございます。 ただあたしはずっと王都にいるわけではないので……」

「ふふ、そうね。 今のうちに、出来るだけお願いね」

「はい。 それでは確実に届くように手配してください」

一礼して、納品を終える。

次はバレンツ商会だ。

バレンツ商会に出向くと、其処には。

懐かしい人がいた。

忙しい様子で仕事を指示していたその人。

あたしの最大の親友である、クラウディア=バレンツは。あたしをみると、ぱっと嬉しそうにした。

あたしは気を利かせて、バレンツ商会を出る。クラウディアは小走りでおいついてくると、あたしにわっと抱きついた。

「ライザ!」

「クラウディア、熱烈だね」

「だって、ずっと会いたかったんだもの!」

随分と綺麗になったな、クラウディア。

三年前は少女としての美しさの見本みたいなルックスだったクラウディアだが、そこに大人の色気が加わっている。

あたしと同じ二十になったばかりだ。

ただ、クラウディアのこの雰囲気、影ができたからだろうなとも思う。

手紙でたまに強烈に怨念の篭もった愚痴が書かれていたのだが。

多分、あたしには見せられないようなろくでもないものを、散々クラウディアは見て来たのだろう。

ハグしていたクラウディアが満足するまで待って、それから離れて貰う。

クラウディアに案内されて、バレンツ商会に入る。

もうあたしのことは、ここの商人も知っているようだったが。

クラウディアが最大仕入れ先と断言したので、それで明らかに顔色が変わった。此奴、これは話半分にあたしの話を聞いていたな。

へこへこする其奴が、客間にあたしを通す。

貴族とかが入るだろう客間で、久しぶりにクラウディアと話をした。

「今日やっと此処についたの。 色々とあって、ライザと顔を合わせるのが怖かったんだけど。 実際に顔を合わせたら、嬉しさが先に出ちゃった」

「ふふ、その辺は変わってないね」

「見かけばっかり大人になって、色々駄目ね私」

「そんな事はないよ。 もうクラウディアは立派な大人だよ」

咳払い。

その後は、順番に話をする。

まずは、王都周辺の遺跡の話から。

側にいるフィーの話も。

最初はフィーの入っていた卵の調査のためにここに来たのだが。せっかくだから王都周辺の調査を始めたことも。

そして、昨日の調査で。

何かのまずいものが封印されていることがほぼ確定で。

少なくとも封印の一箇所が破られているという事も。

「それは……大変だわ」

「クラウディア、手を貸して。 ちょっと今手が足りない状態で。 レントがいてくれれば話は別だったのにね」

「レントくんは最近あったんだよ。 でも、なんだか凄く沈んでいて……」

「ああやっぱり。 彼奴絶対に旅先でなんかあったな。 手紙が凄い事務的になって来ているから、なんかあったとは思ったんだ」

溜息が出ると。

クラウディアはくすくすと笑う。

あたしとレントとタオは殆どずっと一緒に過ごして来た存在だ。特にレントは、あのザムエルさんの乱行もあって、あたしの家にいた時間も長い。

それもあって、ほぼ兄妹みたいなものだ。

あたしの方がそれでリーダーシップを取っているのも、おかしな話ではあったが。

これはタオも同じである。

あたし達は、三人兄弟みたいなもの。

ボオスもそれからはちょっと遠かったが、ほぼ似たようなものだった。

「とりあえずクラウディア。 すぐに協力してとは言わないけれども、出られる準備はできる? 今、手練れが一人でもほしいんだ。 この周辺の魔物、ちょっとあたしとタオだけだと厳しいんだよね」

「今のライザでも?」

「殺すだけなら出来るけれど、遺跡を調べながら相手にするのはちょっと難しいかもしれない」

「そう。 ……私なんかを頼ってくれるなら」

頷く。

クラウディアがいれば、百人力だ。

勿論、あたしに異論は無い。

当然だが、今日すぐに出る事は不可能。クラウディアは責任のある立場だ。軽く話をするが、王都周辺のバレンツ商会の仕事は、本当にクラウディアが最高責任者であるらしい。だったら、色々と仕事を前倒しでやって、時間を作らないといけない。

「それじゃあ、早速だけれど頼むね。 また後で、ゆっくり時間を作って話そう」

「うん。 ライザに会えてほっとしちゃった」

「あたしもだよ」

バレンツ商会を出る。商人が滑稽なくらい頭を下げるので、苦笑い。

まあ此奴も、首が掛かっているのだろうから当然だ。

今のクラウディアは、昔の小娘じゃない。

歴戦を経た上に。

修羅場を潜り続けている豪のものだ。

あたしも、久々にクラウディアに会えて嬉しかった。小娘だった頃のクラウディアも死んでいない。

それだけで、何処か安心したのは否めなかった。

無言で淡々と作業をこなす。

農業区に出向く。

カサンドラさんは相変わらず畑を耕していたので、手伝う。持ち込んだ肥料はかなり効果的なようで、作物の育ちがいい。

水路もキラキラと綺麗な水を流している。

幾つか、周りの手が回っていない場所を処理しておく。

あたしの熱魔術の腕を見て、カサンドラさんは何度も口笛を吹いた。

「凄いねえ本当に」

「開いている畑とかありますか? 幾つか試験的に植物を植えたいんですが」

「一応どれも貴族の所有物で、殆どは小作人もいなくてほったらかしになっている所だね。 たまに新しく働きに来てる奴もいるけれど、殆どは違法奴隷だって話だ。 ろくでもない貴族が多いからね、そういう奴はそうやって土地を使おうと考えたりもするのさ」

「ああ、分かります。 顔面を平らにしてやりたいですが、そういう輩は」

からからと笑いあうと。

咳払いして、奥の方を指さすカサンドラさん。

「あの辺りは私の土地だよ。 日当たりがあんまり良くなくて畑に適さないけれども、それでもいいなら」

「分かりました、使わせて貰いますね」

「ただ、雑草が……」

即時に焼き払う。

焼き畑なんて面倒な事はしていられない。

焼いた雑草をそのまま肥料にしてしまうのだ。

焦げた雑草がぱらぱらと土地に落ちる。あたしは鋤を借りると、畑を片っ端から耕して、灰を土に混ぜる。

カサンドラさんが絶句しているが。

まあ自分用の、短期間だけ使う畑だ。

これで別にかまわないだろう。

そして、外で採取してきた植物を幾つか植えておく。ある程度成長したら、これを学生のカリナさんの所に持っていく。

そもそも外で野放図に生えている様な植物だ。

この辺りに植えて、いきなり枯れるような事はないだろう。

肥料も撒いておく。

この肥料の素材は、倒した獣の内臓などをエーテルで分解して、要素を取りだしたものである。

ある程度腐敗させて、肥料に適した状態にしてある。

数刻ほど掛けて畑を整えると、義賊の三人組が来た。今日も見回りをしていたようだが。

普段はのっぱらになっている場所が、いきなり変わっていたので見に来たのだという。

カサンドラさんが呆れる。

まあ王都では農業区は最底辺扱いらしいし。

この反応が普通なのかも知れない。

「あんたは錬金術師だって話だが、一瞬で畑をつくれるのか……」

「いや、ちゃんとした作物を作るには、もっと丁寧な処置が必要ですよ。 これはおおざっぱな対応です。 まあ此処に植えるのは、試験的に外の植物を何種か、なので」

「そうか。 実はちょっと相談があるんだよカサンドラ」

「私に?」

咳払いする義賊の女リーダー。

確かドラリアとか言ったか。

手下二人を引き連れたまま、何か話をしている。しばし話を聞いた後、カサンドラさんは指さした。

「ライザさんに今貸し出したその畑の他だと、あの辺りが好きに使って良い場所だけれども、急にどうして」

「昨日街でゴロツキを捕まえるのを手伝ってくれた腕利きがいてね。 そいつが何処か植物を育てられる場所は、とか聞いてくるからさ。 義賊としては、困っている奴は見過ごせないだろ?」

「相変わらずだね……。 私みたいに婚期を逃すよそんな事ばっかりしてると」

「人助けをし、人のためにあるのが我が一族だからね。 まあ確かに良い旦那はほしいけれど、まずは一族に恥じない生き方だ」

変な事ばかりしている割りにはとても立派な人だ。なんでこんな人が「賊」なんて名乗っているのか。それが分からない。義賊だろうが賊は賊。昔から、弱きを助け強きを挫く賊なんて物語の外にいた試しがないのだ。

いずれにしてもあたしには関係無い。

そのまま、畑を整えると。

外で採集してきた植物を、アトリエに戻ってから植える。

まあ、このくらいで良いだろう。

後は栄養素を圧縮した種を今は作れるようになっている。それをこの辺りに植えても良いのだが。

それはカサンドラさんを手伝いながら、だろう。

とりあえず、今日のノルマはここまでだ。

農業区から出る時に、不意にフードを被った人とすれ違う。

あれ。

前にすれ違ったか、あの人。

やっぱりオーレン族ではないのか。

だが、声を掛けるのも失礼か。

リラさんの事を考えると、此方の世界に来ているオーレン族は、余程の事情があると見て良いし。

此方の世界の人間を、良く思ってもいないだろう。

あたしは門の関係でオーリムとは関連があるが。それはあくまでマクロ的な意味でであって。

何かしらの隠密任務をしている人なら、関わらない方が良い。

アトリエに戻ると、フィーが懐から出てくる。

珍しい動物と言うだけで狙われる可能性があるとクラウディアがいうので、普段は基本的に懐に入って貰うことにした。

アトリエに入ると、あたしの魔力を吸収していたからか。フィーは嬉しそうに飛び回る。

「フィー。 本当に魔力と水だけで大丈夫? ミルクとかいらないの?」

「フィー! フィーフィー!」

「そっか」

明らかにフィーは此方の言葉を理解している。

調子が良さそうだと言う事もある。それならば、大丈夫と判断して良いだろう。というか、判断材料がない。

フィーがなんの生物かは、結局分からないのだから。

しばし足りないものを調合しておく。

そうしているうちに夕方だ。

茶にする。

バレンツで貰った茶菓子を茶請けに、しばし茶をしばいていると。

夜が来るのは、あっと言う間だ。

子供の頃とは、やっぱり体感時間が違うな。

そう思って、あたしは苦笑していた。

一つの遺跡の調査が終わって。それで色々と事態も動いている。

あの遺跡で複数の気になる話も残留思念から得た。

タオが今調べてくれている筈だ。

何かしらが判明したら。それで一気に事態が動くはず。

今は、その時に備えて。

手札を増やし。

仮に誰かが動けなくとも、調査を進め。門があるのなら、閉じなければならなかった。

 

4、一人足りない

 

疲れもすっかりとれた様子で、パティが来る。あたしは朝日を浴びながら、一緒に軽く体を動かした。

いつも最初に来るのはパティだ。

ヴォルカーさんに鍛えられて、朝早くに起きる習慣がついているという話だが。それでも、真面目にしっかり体を鍛練しているのは立派である。

アトリエに入って貰って、それで採寸する。

主に胸回りを、だ。

「な、なんですか急に!?」

「胸当て作る」

「……えっ」

「今まで、軽装すぎたんだよパティ。 速度を生かさないと話にならない戦闘スタイルなのは理解したけれど、それでもちょっと防御が薄すぎる」

達人だったら、別にそれで良かったのだろう。

だけれども、今のパティだと厳しい。

勿論防具をがっちり固めることで、速度が落ちてしまっては意味がない。今作っているのは、魔術が篭もっていて、身体能力を更に上げる胸当てだ。

クラウディアにも同じものを作っている。

頭、胸、腹、幾つか人体急所はあるが。

クリミネアやゴルドテリオンで合金を作り。其処から打ちだした鎧だったら、充分に魔物の攻撃を防ぐことが可能だ。勿論それだけでは無理だろうが、其処に魔術での防御も加わる。

鎧は今の時代、廃れる一方だが。

それは金属の板が、魔物の爪を防げないのが最大の要因となっている。

古くはアーミーで大々的に採用されていたことが分かっていて。

その時代は、鎧はしっかり効果があったのだ。

少なくとも、今みたいに魔物に押され放題の時代でなければ。

鎧は意味がある装備だったのである。

採寸が終わったので、こんな感じになるとパティに図を魔術で作って見せる。空中に魔術で図を書くのは、クーケン島の地下でやっているのを見た。

あたしは熱魔術でそれを再現する。

光魔術……使える人間がどれくらいいるかは分からないけれども。とにかく光魔術のかなり技量の高い使い手だったら、それほど難しくもないと思う。

あたしは熱魔術で、光を作り出して、それを更に立体的な映像にするので二度手間三度手間だが。

錬金術と同じく、熱魔術はあたしの戦闘の主軸だ。

応用展開力は、つけておかなければならなかった。

「なるほど、心臓を中心とした胸を護り、更には体全体に魔術での防御を行うんですね」

「あたし達が強気に魔物を攻める事が出来ているのは、身に付けている装飾品で体の護りを散々上げているのもあるんだけれども。 ただやっぱり経験もある。 パティは基礎鍛錬はしっかり出来ているから、後は経験。 経験を積むには当然戦闘の数をこなさないといけないし、護りを固めるのが第一だからね」

「分かりました。 有用だと思うので、出来上がったらアーベルハイムで買い取ります」

「うん。 サイズを変えて、他の人も装備出来るように設計するよ」

なお、この間パティの大太刀を打ってくれたデニスさんに、インゴットの加工は頼むつもりである。

また、この胸当てには今まで殺した魔物の素材も用いる。

魔術とかを刻むのは金属部分で行い。

魔物素材は、他の体を固定する部分などで使う。

この魔物の皮などの素材も、充分に侮れない防御力を展開出来るので。非常に重宝するのである。

話をしている内に、クラウディアが来る。

クラウディアは、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。

そして、パティが自己紹介して、頭を下げる。

クラウディアも、胸に手を当てて返していた。

王都には、商人を見下す貴族もいるらしいが。

現在、この過酷な世界で物資を行き来させているのは貴族などではなく商人である。

こんな腐った井戸の中でふんぞり返っている貴族よりも、隊商を組んで物資を行き来し、必死にインフラを守っている商人の方が何倍も偉いとあたしは思う。まあ商人の中にもカスはたくさんいるが、それはそれ。

カスはぶっ潰せばいいだけだ。それに、クラウディアは違う。

ただ、クラウディアだって、年を取ればどうなるかは分からない。あたし達と出会わなかった場合も、どうなっていたことか。

パティと穏やかに話しているクラウディアを見て、そんな事を思う。

とりあえず、今は。

順番にやる事をやっていく。

タオとボオスが来た。

タオが、ぱっと笑顔になる。

「クラウディア!」

「タオくん、久しぶりだね。 ボオスくんも」

「何回か顔だけはあわせたが、こうやってしっかりとした形で集まるのは三年ぶりなんだろうな。 やっぱりライザの影響力はこう言うときに実感するぜ」

「ふふ。 ライザは太陽みたいだものね」

とりあえず、クラウディアが持ち込んだ茶菓子で、軽く茶をしばく。

今日はまだ予定が決まっていない。

今後の事を話すのには、うってつけだ。

咳払いすると、タオが資料を拡げる。

でっかい本を持ち込まれても困ったところだが。

ちゃんと、メモにまとめてくれていた。

「状況を整理するよ。 現在、「大いなる呪い」というものが、複数の封印を施され、王都近辺にある可能性が高くなっている。 この間調べた霊墓にて、その封印の一つが見つかった事で、その可能性は跳ね上がった。 まず間違いなく、何か良くないものが封じられていると思う」

「お父様にその話は既にしてあります。 お父様はライザさん達について、今後も調査せよと」

「ありがとうパティ。 タオ、続けて」

図を見せるタオ。

恐らくいつつあるだろう封印について、順番に説明していく。

残留思念から得られた情報から、今の時点でその四つらしいものが分かっている。

工房。北の里。深森。

北の里というのは、まず後回しにするべきだろうとタオは言う。

まあ、パティの言葉にも聞いている。

ドラゴンの目撃報告があるような場所だ。

しかも、霊墓の時点であれだけ環境が過酷だった。更に北は砂漠地帯と言う事で、足を運ぶだけで命がけになるだろう。

「工房というのはまだちょっと分からない。 だけれども、深森についてはちょっと分かったかも知れない」

「流石だな。 聞かせてくれるか」

「うん。 王都北東に拡がる密林地帯で、「迷いの森」と呼ばれる場所があるらしいんだ。 年中霧が掛かっていて、魔物も凶暴極まりなくて。 貴重な薬草や毒草が採れるらしいんだけれども、近くの集落の人間は人食い森とも呼んでいるんだって」

「王都の周辺は人が入れない場所が多いんですけれど、そんな場所も……」

パティは俯く。

無力さに哀しみを覚えているのだろう。

まあ分からないでもない。

ヴォルカーさんくらいしか真面目に王都周辺の安全確保に働いていないのだ。そういう場所は幾らでもあるだろう。

生命線になる街道すら、まともに守れていないのだから。

「古い遺跡って言うのは、地元ではタブーになっている場所にある事が多いんだ。 今、僕もその可能性から、この遺跡について調査しているよ。 いきなり足を運ぶのは、幾らライザがいても自殺行為だ。 クラウディアの音魔術があるのは心強いけれど、流石にもう少し調査をしたい」

「それが賢明だと思うわ。 それで……」

クラウディアが、咳払い。

既に気付いているようだ。あたしも気付いている。

ドアがノックされる。

そして、顔を見せたのは。以前、あたしに話を持ちかけてきたクリフォードさんだった。

トレジャーハンターなんて珍しい職業を、傭兵業で生活費を稼ぎながらやっている変わり種の人。

戦士としての技量については本物だ。

「よう。 この場所に住んでいるのは知っていたが……凄い使い手が揃ってるな。 ドラゴンスレイヤーだって聞いたが、これなら確かに頷ける」

「貴方は……!」

クラウディアが露骨に警戒の視線を向ける。

さては知っている人か。

まあいい。

咳払いすると、アトリエに入って貰う。

クリフォードさんが、目元を細める。マスクで口元は見えないが、笑ったらしいことが分かった。

自己紹介した後、手帳を見せてくれる。

どうやら、調査が実を結んだらしい。

「星の都、というものがこの近くにあるらしくてな。 ひょっとしたら、あんたらの調べているものがあるかも知れないぜ」

「星の都?」

聞いた事があるような。

そうだ、思い出した。

あの精霊王。

三年前に、皆でネゴをした超ド級の魔物。言葉が通じる存在で、エレメンタル達の王。見た目は女性型だったから、女王というべきか。

星の民と自分達の事を言っていた。会話の中で、似たような単語が出て来たような気もする。

「情報展開の条件は、俺も加えてくれることだ。 俺の目的は、あくまでロマンの探求であって金じゃねえ。 宝だけ貰ってサヨナラ、というようなことはしない」

「……」

「クラウディア、後で話を聞かせて。 さて、みんな、どう思う。 ちょっと手詰まりだと思う。 たくさんこの近くにある遺跡の中で、それらしいものはどうもないという話だし。 あたしは乗って見ても良いと思うけれど」

タオは賛成する。

単純に興味があるのだろう。

ボオスは保留と一言だけ言った。

パティは賛成だと言う。

この近くにある将来的な危険につながる可能性がある場所は、調査したいというのだ。

最後にクラウディアは反対。

そうなると、多数決で賛成か。

「ごめん、クラウディア。 話に乗る事にするよ」

「分かったわ。 でも、気を付けてね」

「……そっちのバレンツのお嬢さんは俺の悪名でも聞いているんだろうな。 まあ、確かに綺麗な身とはいえないからな。 ただ俺もトレジャーハンターのプライドがある。 わざわざロマンのために、生活費を稼ぐくらいにはな」

アトリエに、入って貰う。

クリフォードさんは物珍しそうに錬金術の装備や錬金釜を見て。

そして、席に着いていた。

 

(続)