霊墓は開く

 

序、錬金術の鍵

 

ぼろぼろに傷ついた翌朝でも。パティは普通にアトリエに来た。

流石に少し顔が青ざめているが、それも仕方がない。

たった二日の戦闘で、今まで見たこともないような大物と三連続でやりあったのだ。しかも一回は、なんども死の臭いを間近に嗅いだはず。

トラウマになってもおかしくない。

それでも、立ち上がってここに来ている。

それだけで立派だ。

軽く一緒に体を動かす。

渡している道具はどれも昨日のうちに修復しておいたので、問題は無い。

もっと品質がいい素材なら。

もっと強力に作れるのだが。

それは、今言っても仕方が無い事だった。

「調子は悪く無さそうだね」

「はい。 なんとかいけます」

「よし。 技量が同じくらいか、少し上の相手と戦い続けるのが、一番成長が早いんだよ。 パティの年は兎に角伸びるから、苦しいと思うけれど今のうちに戦闘経験を……それも厳しいのをめい一杯積んでおこう」

「分かりました!」

パティは本当に素直だ。

タオとボオスが来たので、アトリエに。

そこで、まず朝のミーティングをする。

あたしは最初に、机の上に完成品の鍵を出した。やはり魔力が全て抜けていただけ。エーテルの中で再構築するだけだったので、修復は難しく無かった。これなら、確実に動くはずだ。

その説明をすると、ボオスがぼやく。

「似たようなもんを前に作って、島の中に入ったんだよな」

「うん。 あの時は、彼処まで島の中が酷い状態だったとは思わなかったよ」

「まったくだ……」

「何の話ですか?」

パティにタオが説明をする。

クーケン島が人工島だったこと。

内部には古代クリント王国時代の遺構が残っていたこと。

そしてたくさんの。

当時のクズ錬金術師によって命を奪われた人々の、遺体がそのままに残されていた事。醜悪すぎる事実。

聞かせないといけないと思ったのだろう。

人間を貴賤で区別する輩は、こう言う事をする。

それは、知っておかなければならないのだ。

「そんな……そんなことがあったんですね」

「確かに世の中には必要な犠牲がある。 だけれども、古代クリント王国の錬金術師達は、自分のエゴを満たすためにその言葉を乱用した。 だから滅びたんだよ。 下手をすると、世界がそれに巻き込まれるところだった」

「……」

「本当に世界のために大きな犠牲を必要とするなら、それもありかもしれない。 だけれども言い訳としてその言葉を使う人間は、だいたいの場合その言葉で自己正当化をしているだけ。 それをあたし達は、三年前に思い知ったんだ」

鍵については、以上だ。

その後は、あの遺跡。に侵入した後の話になる。

「鍵を開けた後、魔物がいきなり出てくる可能性は否定出来ない。 だから、全力で備えておかないとね」

「それについては任せて。 鍵の構造は解析したけれど、すぐに閉め直す事が可能だと思う」

「ライザの火力で、魔物がいた場合は押し返して、すぐに閉じ直すと」

「そういう事になるね」

頷くと、話を進めて行く。

後は遺跡内部の調査だが。

それについては、実際にやってみないとどうにもならない。

タオの話によると、外部からの観測からして、かなり巨大な遺跡……それも手つかずである可能性が高いと言う。

それは、気を付けなければならなかった。

「今日はあまり深入りをしないで、適当な所で切り上げる事を心がけよう。 危険だから、鍵は毎回かけた方が良いだろうね」

「分かった。 急がなければいけない事だけれども、焦ると誰でも失敗する。 スケジュールは余裕を持っておこう」

「相変わらずしっかりしていやがるぜ。 普段はフワッフワな言動なのによ」

「私には、お二人の言動はどんな大人よりもしっかりして見えます」

パティがそんな事を言うが。

太鼓持ちをしている雰囲気は無い。

この子は素直すぎるのだろう。

だから、同年代の貴族の人間とは、話もあわないし気もあわない。

今後は他の貴族と渡り合う事もあるのだろうが。

その時は、多分敵として接する事になるのだろう。

だが、クラウディアに聞いた事がある。

基本的にある程度以上の金を持っている場合は、周囲の全てが敵になるとか。

それくらいの気持ちでいないと、金目当てのろくでもない輩があっと言う間に群がってくる。

またある程度稼ぐと、他の強欲な人間とどうしても接する事になる。

そういった強欲な人間は限度を知らない。

だから、常に警戒して。

何をしてきても対応できるようにならないといけない。

金持ちが余裕があるなんて大嘘で。

実際には、金持ちは孤独で、常に周囲に威圧的な言動を取らなければならない。

貴族も王族もそれは同じ。

だから年老いた金持ちが、孤独からとんでもない行動に出ることもあって。

それらは、喜劇として伝わるが。

実際には悲劇なのだとか。

要するに、金にしても権力にしても。

その人間のキャパを越えてしまうと、毒になるのだろう。

そして今王都にいる貴族達に。

そんな金や権力を飲み込める度量があるとは、あたしにはとても思えなかった。

甲斐性があるなら、それもそれで良いのだろう。

だがそんなもの。

この腐った井戸の底に暮らす蛙達には備わって等いないのである。

ミーティングは終わり。

これから出る事にする。

荷車を引くのはあたしだ。これはなんでかというと、前衛をタオとパティに基本的に任せるから。

更には、今の時点で無駄に敵を作らないために。

パティに荷車を引かせるわけには行かないからだ。

パティの面倒な立場も理解しているので、荷車を引かせるつもりは無い。

何よりも、あたしも自分で頂点を極めたなんて思っていないし。

むしろ鈍っているとさえ感じているので、こうやって少しでも体を動かすようにしたいのである。

王都の城門で、またパティが警備の戦士と軽く話をする。

街道で何か起きていないか。

それを丁寧に聞き取っていた。

「今の時点で大物の出現報告はありません。 今日はアーベルハイム卿は西の街道を午前中に、午後に東の街道を見回って、魔物の駆除を行う予定と聞いております」

「分かりました。 午後にひょっとしたら帰途で会うかも知れません」

「はっ。 お伝えしておきます」

「警備をお願いいたします。 王都の民の安全は貴方たちに掛かっています」

胸に手を当てて、丁寧な礼をするパティ。

やはり他の貴族とは違うな。

そう、見ていて思える。

街道に出てから、しばらく歩く。

魔物は出ないが、問題は此処からだ。街道から外れると、すぐに雑多な気配が周囲に満ちる。

明らかに獲物を狙う視線も、それには混じっていた。

鋭い斬撃の音。

それも、非常に軽い刃によるものだ。

タオも気付いたらしく、即座に剣を抜く。あたしも荷車を離して杖を取る。

だが、それはどうやら誰かが魔物を倒したものであるらしく。

気配はすぐに遠ざかっていった。

飛ぶような速さだ。

気配があった方に行ってみる。

鼬の群れだ。

全て死んでいる。

文字通り全て両断されていた。

毛皮すら剥いでいない。こんな切れ味、どうやって出したのか。

「これは、凄い切れ味だね」

「うん。 何で斬ったんだろう」

「これ、魔物の仕業ですか?」

「いや違うね」

戦慄するパティに、丁寧に説明する。

斬撃の起点の高さが、人間の視点からだと言う事を。

タオも頷いていた。

「斬撃そのものは何かしらの魔術によるものだと思うけれど、発動する際の視点を人間の視点の高さと断定できるんだ。 この辺りを見ると分かりやすいと思う」

「な、なるほど……」

「問題は骨ごと真っ二つにしているってことだね。 それも、皮を剥いだりすらしていない」

「どういう意図で殺したんだろう。 絡んできて鬱陶しかった、という風情でもない。 これほどの力量だったら、この程度の大きさの鼬なら、視線を向けるだけで逃げていくと思うのだけれどね」

同意だ。

いずれにしても、無駄にしておくのも良くないだろう。

まだ暖かい死骸の幾つかから皮を剥いでおく。

鼬も育つと魔力を強く帯びた毛皮を纏うようになる。爪や牙も有用だ。内臓の一部も利用できる。

それらを捌いて回収しておく。

パティもかなり慣れてきていて。タオが時々指導するだけで、適切に処置が出来るようになっていた。

肉を燻製にして回収して。それで一旦城門に戻る。

荷物が無駄だと判断したからだ。

燻製肉をパティが警備の戦士達に振る舞う。戦士達は、喜んでいた。

「これはありがたい。 シフトの戦士達に振る舞っておきます」

「鼬の肉はあまり美味しくは無いと思いますが、それでも燻製にしてあるので、保存食にも使えます。 無駄にはしないようにしてください」

「はっ」

「時に、だれか手練れが今外に出ていますか?」

パティが代わりに聞いてくれるが。

警備の戦士達は知らない、ということだった。

パティの話によると、あたしと渡り合えそうな戦士は。例のメイドの一族に数人いるかいないかという話らしいので。

そうなると未知の戦士と見て良さそうだ。

一瞬クリフォードさんかと思ったが、あの人が手にしていたのはブーメランだ。此処までの切れ味は再現出来ないだろう。

まあいい。

一応、警戒しておく事にする。

少し時間を無駄にしたが、充分余裕のある範囲内だ。

遺跡に急ぐ。

魔物との戦闘でロスする時間は、最初から想定している。

焦る要素など、微塵もなかった。

 

セリは、在来の魔物を植物操作の魔術で、全て殺戮した。

理由は簡単で、植物の育成に邪魔だったからだ。

殺したのは肉食獣だったが、無体に増えて、近隣の草食獣を明らかに脅かしていた。

この辺りの生態系は滅茶苦茶だ。

この世界の人間が荒らしに荒らして、それがまだ安定していないのである。生態系が狂っているから、人間に攻撃的な大型動物が異常繁殖もする。いわゆる魔物と、この世界で呼ばれている存在である。

ヤギが数匹来る。

小型の個体で、別に遠ざける必要もない。

植物に対して強い影響力と知識を持つセリだが、別に草食獣を憎んで等いない。

必要に応じて植物を食む草食獣と。

それを更に食む肉食獣。

これがバランスを取って存在していて。

始めて植物はその土地で、健全に生きる事が出来る。

植物も動物と同じように、激しい競争の末に存在はしているが。

この世界の人間は、明らかに異常な力でその競争を理不尽に蹂躙している。

結果として、始末しなければいけない獣が出るのは避けられない。

オーレンの民の一人として、自然との調和を考える緑羽氏族の出身者であるセリは。

どうしても、こういった光景を見過ごすわけにもいかなかった。

人の気配があったので、一度距離を取る。

かなりの使い手だ。今のセリでは勝てるかどうか分からない。

距離を取り。

植物に気配を吸わせる魔術を用いて、様子を窺う。

戦士が二人。

男の戦士と女の戦士が一人ずつだが。男の戦士がかなりの手練れだ。この近辺では女の戦士の方が強い事が多いようなのだが。例外と言えるだろう。

問題はもう一人。

魔術師のようだが、装備品に見覚えがある。

あれは、錬金術師か。

錬金術師に対して、セリは良い印象を一つも持っていない。

当たり前だ。

この世界の人間はすっかり忘れているようだが。セリは人間による殺戮と破壊、世界の蹂躙を経験している。

オーレンの民の殆どは、この世界の人間を憎みきっている。

こんな世界に来ているのは、この世界でならフィルフサに対するカウンターとなりうる植物を入手できる可能性があるから、に過ぎず。

そうでなければ、こんな世界にいる事自体が不愉快な程なのである。

ましてや錬金術師。

まだ存在していたのか。

怒りで気配を遮断する魔術が解けそうになったので、深呼吸する。幸い距離がある事もあって、相手には気付かれなかったが。

とんでもない強さだ。

直に戦うと、勝負は四分六分と言う所か。勿論勝率が四分だ。勝てない可能性の方が高い。

しかも見た所熱魔術の使い手か。

相性は最悪と言えた。

セリが殺した魔物を、てきぱきと捌き。余った分は燃やして埋めていく錬金術師。一度王都とやらに戻るようだ。

それを見送ると、セリは一度距離を取る。

近くの森の中で育てている植物の様子を見ようと思ったのが一つ。

もう一つは、怒りを抑えるためだ。

緑羽氏族は、元々オーレンでも専門的に植物の管理を行っている存在で。各地を綿毛のように移動して、森の状態を確認する存在だった。

だが古代クリント王国とやらに全てを奪われて。

今は少数が聖地の一つであるウィンドルにいるだけである。

セリもしばらく前にウィンドルを立ってから、何の成果も上げられていない。他のオーレン族と顔もあわせていない。

だから、オーリムが既に滅びたのではないかという不安すらある。

ウィンドルには、オーレン族最強と思われる長老がいて。

その麾下にある湊波氏族の戦闘力もある。

今の状況でも、簡単にフィルフサに遅れを取るとは思えないが。

それでも、あれから何百年も経過しているのだ。

今もウィンドルが無事かどうか分からないし。

緑羽の仲間が無事かどうかも分からなかった。

最悪、オーリムに戻った後は、フィルフサと戦いながら、一人で環境の復興を目指す事になるかも知れない。

その覚悟も決めている。

だが、その前に。

錬金術師が、またオーリムへの侵略を企んでいるのなら。

殺さなければならなかった。

名前は確認している。

ライザと呼ばれていた。

あまり気は進まないが、王都とやらに一度足を運んで、情報を集めておく必要があるだろう。

あの王都とやらに、大した戦士がいない事は既に確認済み。

それなりに強い奴はいるが、余程油断しなければ、セリが確定で負けると言い切れるほどの相手は今の時点では見ていない。

それならば、植物操作の魔術で音を集め。

それでライザとやらの情報を集めておくのは、悪い事ではないだろう。

大きく嘆息すると。

王都に向かう。

ライザとやらとすれ違ったが、気配は消してやり過ごした。

いずれにしても、しばらく交戦は避ける。

あの様子だと、素の戦力だけでセリと互角以上。錬金術師となると、光の剣やら炎の牙やら、得体が知れない道具をもっていても不思議では無い。

戦闘をしかけるのは、相手の力を見定めてからだ。

或いは戦闘をしかけなくても良いかも知れないが。

それは、かなり可能性が低いと思う。

あまり得意な行動では無いが。

協力を装って近づき。

寝首を掻くという手もある。

いずれにしても、情報を先に集める必要がある。まずは、セリはどうするか。順番に思考を巡らせるのだった。

 

1、霊墓への侵入

 

遺跡に到達。渓谷を抜ける過程で二回。渓谷から坂道を上がり、遺跡へ向かう途中で一回。魔物と交戦。

別に大した相手でもなかったので、全て蹴散らして、此処に到達している。パティがかなりへばっていたので、薬を分ける。

栄養剤だ。

魚を主な材料としている魚油リキッドである。

はっきりいっておいしくはないが、栄養はばっちり。

パティも呷った瞬間むせそうになっていたが。

ただ、力が湧いてくるのは事実として感じたらしく。

文句は言わなかった。

何よりも、粗食には耐えられるように訓練を受けているという事で。

そもそも野営時にはもっと粗末な食事も経験しているのだろう。

不愉快そうにはしていなかった。

「さて、タオ」

「分かった。 パティ、少し門からさがって。 全力で警戒するよ」

「分かりました。 それほどに危険なんですか?」

「今の所、門の向こうにそれほど凶悪な気配は感じないけれど、魔力の動きは多数存在しているね。 それが魔物かどうかはちょっと分からない」

円形の巨大な蓋のような門。

それごしに、内部がある程度分かる。

その事を悟って、パティは呆れたようだったが。

別にあたしは、自分の力をひけらかすつもりはない。

パティにも、強大な魔物の痕跡を探していることは既に話してある。

もう少し信頼出来るようになったら、フィルフサとの戦いの事も説明しようと思っていた。

あたしがそれくらい警戒していることは、悟ってくれたのだろう。

パティも頷くと、大太刀に手を掛けたまま、周囲の警戒をしてくれる。フィーはあたしの周囲を飛び回りながら、緊張した様子で何度かフィーフィー鳴いていた。

鍵を取りだす。

修復した鍵だ。

壁の一角にある、円形のくぼみにそれを入れる。

或いは、壊れる前は遺跡探索をするような人間……いわゆるトレジャーハンターが。軽率に開け閉めしていたのかも知れない。

鍵を嵌めると、扉がゆっくりと開きはじめる。

埃をまき散らしながら、扉が開いていく。ごごご、と凄い音がしていた。

あのちいさな球体に、かなりの魔力を圧縮してある。

その魔力だけを動力としているのだ。

今も動いているのが、不思議なくらいかも知れない。

ほどなくして、真ん中から二つに開き、左右にずれていった扉が止まる。

あたしは、タオと連携して、幾つかの大きな岩を転がす。

「えっ。 何をしているんですか?」

「何って、扉止めだよ」

「パティ、周囲の警戒を続けて。 この扉が勝手に閉じたら、場合によっては無理矢理内側から吹き飛ばさないといけないよね。 だから、こうやって岩で勝手に閉じないように、先に処置をしておくんだ」

「わ、分かりました」

脳筋なやり方だが。

内部に強力な魔物がいた場合、帰路で扉が閉まっていたら。あたしも此処を突破出来るかわからない。

クーケン島の内部に入るときも似たような処置をしたが。

必要な行動だと言える。

入口付近を調べる過程で、タオが扉の開閉の仕組みなどももっと調べてくれるだろうが。

いずれにしても、まずは退路の確保から。

これは憶病だからでもなんでもない。

当然の戦略的思考だ。

扉が勝手に閉じないようにしてから、内部に。

魔術的なトラップはなし、と。

中に入ると、光が結構差し込んでいる。

内部はそれなりに明るい。

これは要するに、この遺跡が岩山の中に作られていたとしても。

天井などが崩落している箇所があって。

それは恐らくは、後から出来た穴なのだろうと思う。

閉じた洞窟などでは、独自の生物が暮らしていると聞くが。

内部を飛び交っているのは小型の蝙蝠。

また、暗い場所を好む虫など。

後は、どこにでも生息するぷにぷにも見かけられる。

なるほどね。

あたしはそう思いながら、周囲を見回す。

これは案外、入口が間違って塞がってしまったとしても、出る事は可能だろうと思った。

ただそれでも、万が一という事もある。

タオが扉について調査している間に、パティとともに内部に入り込む。

足跡は見受けられない。

入口付近から、それなりに埃が積もっているが。これは人間が何百年も入っていないからだろう。

ぷにぷになどは内部にいる。

ということは。そういう生物が徘徊している訳で。

埃が全ての場所で積もっている訳でもなかった。

「この様子だと、最後に開いたのはいつか分からないな」

「み、見た事もない建築様式ですね」

「タオ、これってどのくらいの時代か分かる?」

「古代クリント王国以前だよ。 少なくとも六百……いやもっと前だね」

タオが扉の開閉装置を調べながら、そう返してくる。

パティが六百年と声を上げていたが。

およそ五百年前の古代クリント王国の遺跡について色々見て来たあたしは。別に驚かなかった。

千年くらい前には、神代という時代があったと聞くし。

神代が何かしらの理由で破綻して以降は、古代クリント王国が生じるまで、人間は激しい抗争を繰り広げていたらしい事が分かっている。

神代にしても一枚岩ではなかったらしく。

それ以前の時代もあったということだから。この世界には、人間が千年以上も生きているのだ。

それに、人間の何十倍も生きるオーレン族のリラさんにあっているのだ。

今更、そのスケールの時間について、驚く事はない。

「入口付近に、強い魔物はいないけれど……」

「ライザさん、幽霊とか出ないですよね。 よく遺跡に迂闊に足を踏み入れると、怨念が色々と……」

「うーん、今の所変な魔力の流れについては感じないかなあ」

幽世の羅針盤は勿論持ってきてある。

だが、まだ使うタイミングでは無い。

退路をがっつり確保してからだ。

タオが手を振って来る。

どうやら、仕組みを解析したようだった。

「どう、開け閉めは完璧?」

「何とか。 ただ扉の経年劣化が酷いから、あまり何度も開け閉めはしたくないかな」

「六百年も経過しているなら当然ですよ……」

「最低でも六百年だよ。 下手をするともっと前かも知れない」

スケールの大きな話だ。パティはすぐには飲み込めないようで、思考が停止してしまっている。

あたしは、一旦彼女を促して外に。

そして岩をどかすと、タオと一緒に開け閉めの検証を行う。

鍵を使えば、誰でも開け閉めが出来る。

頷いて、何度か扉の開け閉めをして。内側からも操作して、開け閉めが出来る事を確認する。

扉の厚さも確認。

材質も。

特に強力な魔術は掛かっていない。

或いは昔は掛かっていたのかも知れないが、今はそうでもない。

これだったら、強引にぶち抜く事は不可能では無いな。

そう思って、あたしは内部に踏みいることにする。

森にあった遺跡と違って、此処はそもそも閉鎖空間だ。内部にはどんなトラップがあるか、知れたものではない。

内部に入る。

周囲は回廊のようになっていて、下は見えないくらいだ。

石を落として高さを測る。

タオの言う所によると、あたしの身長の八十倍前後、というところだった。

なんでも何かが落ちる速度には加速度というのが働くらしく。

それを用いて計算が出来るらしい。

ほうほうと感心していると。

パティが完全に青ざめて突っ込みを入れてくる。

「そんな高さ落ちたら死んじゃいますよ!」

「まあ木っ端みじんだね」

「どうしてそんなに平然としているんですか!」

「経験かな」

勿論、油断するつもりは無い。

まずは、この遺跡の全体像を調べてから、羅針盤を使うか。

ふんふんと鼻を鳴らしながら、フィーが周囲を見ている。

あまりかまってやる時間はないが。

邪魔にならないようにしているし。魔物がいる場合は、即座にあたしの所に戻ってくるくらいには賢い。

今の時点では、そのままでいい。

周囲をマッピングするのはタオに任せる。

空中回廊とでも言うべき構造になっているこの遺跡。足を踏み外して、落ちるのだけは避けたい。

一応手すりは存在しているが。

その手すりそのものが崩落している場所も珍しく無いのだ。

また、内部構造も敢えて曲がりくねって作っているのは確実。

これは、明らかに。

戦闘を意識した造りだ。

「なるほど、これは小規模だけれども砦みたいだね」

「密封されていたことから考えて、内部に入るのはあたし達が初めてかな?」

「いや……恐らくそうではないと思う。 これを見て」

タオが、脇道に歩いて行く。パティがあわててついていくが。どう見ても不慣れなので心配になる。

まあいい。カバーできる範囲で、ミスは幾らでもすればいい。

パティがまだ戦士としては未熟なのは百も承知。

カバーされているうちに、一人前になってくれればいいし。

そもそもミスを地力でリカバーできるのが一人前だ。

ミスをする時点でいらないとか斬り捨てるような輩は、それは他人を育成する事なんか出来ない。

誰だって最初は未熟だ。

それが理解出来ていない奴に、他人と関わる資格はない。

「ライザ、こっちだよ」

「分かってる。 それで、何があるの」

回廊からせり出した、円形の広場。

これも全て空中に浮いているような構造だ。柱らしいものがあるのかすらも、この位置からは分からない。

アクロバティックな造りだな。

どうやってこの遺跡を作ったのか、ちょっと分からないのだが。

古代クリント王国の下衆どものように、奴隷階級の人間をすり潰しながら作ったのではないと思いたい。

いずれにしても、研究しないとどうにもならないだろう。

タオが言うのを聞く。

「この辺りは、明らかに人為的な手が入ってる。 多分二百年くらい前のものだろうね」

「そ、そんな事まで特定出来るんですか?」

「この文字を見て」

タオがパティに解説する。

ここに入った盗掘家か或いはトレジャーハンターだかが、地面にメモ書きを刻んでいるのだという。

その文字が、二百年前くらいに使われていた言い回しなのだとか。

てきぱきと説明をしていくタオに、パティは目を回しそうになっているようだが。

まあ、それはそれだ。

あたしはその間、周囲を確認する。

幸い此処には大したエサがいないからだろう。

何処にでも生息するぷにぷにも、大きいのがいない。

あたしの魔力を察知すると逃げていく。

ただ、どうにも嫌な予感がする。

「ここに先に入った人間が骨になって転がったりしていない?」

「ちょ、ライザさん!」

「パティ、それを発見するのは大事だよ。 僕達が事前に、罠にはまった先人がいる事が分かったり、或いは危険な魔物がいるか察知できれば、先手を打てるからね」

「タオさん、ちょっと怖いです……」

全く問題無さそうにいうタオに、パティが困惑しきっている。

いちいち可愛いなこの子は。

カスみたいな貴族に囲まれて育っただろうに、感性がごくまともなのだ。

「奥に進もう」

「はい……」

まるで大蛇のようにうねりながら。

空中回廊は奥へ奥へと進んでいる。

足を止める。

あれはゴーレムか。

人型の岩の塊。だが、魔力は感じ取れない。

あたしが近付いて見ると、それはもう動いていなかった。見ると激しい切り傷が幾つもついている。

機能停止するまで戦闘して。

ここで動かなくなった、ということだろう。

「ゴーレムだね」

「最初こいつの同類と遭遇した時、勝てる気がしなかったよね。 本当に死ぬかと思ったよ」

「この激しい戦闘の跡だと、一人か二人、この辺りから落とされていても不思議ではないね」

「まったくだ」

あたしは、そのまま後ろ回し蹴りで、ゴーレムの残骸を完全粉砕しておく。

パティがびくりとふるえたが。

必要な処置だ。

完全停止しているとは思う。

だが、古代クリント王国以前のテクノロジーだと、文字通り何が起きるか分かったものではないのだ。

完全に砕いておかないと、背後からの奇襲を常に警戒しなければならない。

コアも回収しておく。

ゴーレムのコアは、かなり有用な錬金術の素材になる。パティのために作った装備も、今のありあわせではなく、もっと強力なものに仕上げられるだろう。

淡々と調査を実施。

天井から幾筋も差し込んでいる光が、少しずつ傾き始めている。

タオが、足を止めた。

「あの辺りを調べたら、今日は一度引き上げよう。 そろそろ戻ると夕方になる。 魔物と戦闘しなかったとしてね」

「分かりました。 魔物との戦闘を想定すると、もっと早く戻るべき、ということですね」

「そうなるね。 飲み込みが早いよパティ」

「いえ、そんな……」

少し広い場所だ。

回廊から時々分岐するように、広い場所がある。

此処は、なんだ。

石が立ち並んでいるが、墓所か。

強い魔力を感じるな。

あたしは腕組みして、周囲を見やる。

魔物の気配はないが、こういった遺跡となると、いきなり命を刈り取りに来る仕掛けがあっても不思議ではないか。

即座に対応できるようにしておく。

今はタオの時間だ。

あたしは、周囲の護衛に回る。

「パティ」

「あ、はいっ!」

パティにも声を掛けて、警戒を促す。

とにかく起きる事、見るもの、全てが頭のキャパを完全に越えてしまっているようで、パティは明らかにおろおろしている。

それは最初なんだから当然だ。

それをせめるつもりはあたしにはない。

今は、経験を積む。

それが必要な事なのだ。

「何があるか分からない。 タオは専門家で、調査を今全力でしてる。 今のあたし達がするべきなのは、それの支援だよ」

「分かっています!」

「うん。 それじゃあ警戒して」

「分かりました!」

パティは大太刀に手を掛けたまま、腰を落として何が起きても対応できるように警戒を続けてくれる。

あたしはそのまま、魔術探査の網を周囲に巡らせる。

あたしの魔力を感じ取って、小型の魔物も虫もみんな逃げていく。

それでいい。

タオは虫が苦手だから、今はそうやっておいた方が良いだろう。

やがてタオが顔を上げて、手を振って来た。

「これは墓所だね。 墓石だということが確認できたよ。 写し取るから、もう少し警戒をお願い!」

「分かりました!」

「……」

気付く。

奥の方に、鎧らしいのが点々と散らばっている。

あれがただの、此処で朽ち果てた戦士だったらいい。

だけれども。

あたしは以前見た事がある。

いわゆる幽霊鎧。

クーケン島周辺に出るそれの正体は、古代クリント王国時代に作られた、自動で動く魔術のからくりによる兵士だった。

更に古い時代から幽霊鎧は行使されていたらしく。

此処が古代クリント王国よりも古い時代の遺跡だったとしたら。

下手をすると、もっと性能が高い幽霊鎧がいてもおかしくない。

戦闘力がもっと高い、くらいだったら別になんでもない。

対応は幾らでも出来る。

問題は、例えばあたしが気付けないくらいの奇襲をできたり。

もっと可変性が高い行動を取ったり。

予想も出来ない搦め手を持っていた場合。

何しろ古代クリント王国よりも更に古い時代だ。

人間の時代の終焉だった古代クリント王国。それまでは、世界の支配者は人間で、魔物はドラゴンですら人間には勝てず。

それこそ、世界の端に追いやられていたと聞く。

だとすれば、それを実行した時代は、人間の数が多かっただけではなく。

あらゆる全てが、人間の優位を確保していたとみていい。

テクノロジーもそうだ。

古代クリント王国の錬金術師どもは、完全に頭が狂っていたし倫理観もゼロだったけれども。

そのテクノロジーだけは疑っていない。

それと同じだ。

あたしは、油断だけはまずいなと思いながら、タオが写しを取るのを待つ。

「終わった。 引き上げるよ」

「はい!」

「……」

パティがほっとしている。

今の時点では、この遺跡で特に危険な問題は発生していない。

だけれども、この後どうなるか分からない。

だから、それについては。

最大限の注意を払わなければならなかった。

 

遺跡を出て、扉を閉める。

気配がある。

なるほど、トレジャーハンターというのなら、気付いてもおかしくは無いか。

遠くでこっちを伺っているクリフォードさん。

向こうが話しかけるつもりがないのなら、こっちは何もするつもりもない。

ただ、この様子だと。

向こうからアクセスしてくるかも知れないな。

そう思った。

帰路につく。

パティがぐだんぐだんに疲れているのが分かった。

「そんなに戦ってはいないはずなのに。 なんでこんなに疲れているのか分かりません」

「パティ、良いことを教えてあげるね」

「はい……」

「知能が高い魔物はね、こういう帰路を狙って来るんだよ。 相手が疲弊している時が好機だって知っているからね」

ぞっとした様子で、パティが此方を見る。

タオは苦笑い。

まあ、全部事実だからそれでいい。

リラさんに教わった戦闘技術を、タオとあたしで、パティに徹底的に叩き込む。

パティは今まで、最低限の戦闘経験は積んで来ている。

鍛錬についても、かなりいい師匠についている。それは確定とみていい。

だったら後は、良質な実戦を経験すること。

それと並行して、先達の言葉を吸収する事。

これで、更に強くなれる。

パティの潜在能力は高い。しかも素直だから、成長速度も早いと思う。

多分その見たては間違っていない。

そしてパティが周囲にスポイルされず、強くなれれば。

いずれ飾りに過ぎないこの国の王族を全部叩きだし。

ロテスヴァッサという国を、まともに出来るかもしれない。

少なくとも、王都だけでも。

それだけでも、今の井戸の中の腐った蛙に等しい連中に回されている王都に暮らす人々は、だいぶマシになるはずだ。

帰路で、軽くタオに話しておく。

「タオ、気付いた?」

「視線?」

「そう。 近々、あたし達に接近して来る人がいるかも知れない」

「あの距離からすると、かなりの手練れだね。 僕もパティも常にいられるわけじゃないから、手が増えるのは助かるよ」

その通りだ。

王都のすぐ近くに、フィルフサがあふれ出る門がある可能性がある。

それについてはどうしようもない事実だ。

だからといって、それを説明できない以上。

タオとパティの時間を、全て貰う訳にはいかない。

手数が今は必要なのだ。

クラウディアが戻って来てくれれば少しは楽になるのだけれども。

それもまだ、残念ながら先だと思う。

帰路でも魔物に遭遇する。その幾らかとは戦わなければならず。荷車は更に重くなった。この辺りはタオもしっかり理解しているので、帰路で写し取った墓石の文言を見始めるような事もなかった。

それなりにあたしだって消耗する。

そして、王都が見えてきた頃。

陽が落ちていた。

 

2、転落

 

ライザさんのアトリエ前で解散。

パティは頭がくらくらしていたが、それでもなんとか自分を保って、邸宅に帰宅していた。

途中で貴族を見かける。

バカみたいに着飾って、それで自分が偉いと思い込んでいる連中。

ライザさんに言われた。

王都の近くに、とんでもない魔物がいる可能性がある。

王都なんて、一日で滅ぼされるほどの魔物だと。

それを考えると、その着飾ることの滑稽さに、哀れみすら感じる。

本当に井戸に住んでいたんだな。

パティはそう思って、邸宅に戻ると。

まずは風呂に入る。

頭が溶けそうだった。

それでも、どうにか意識を保って風呂を上がる。

お父様が戻ってきていた。

そういえば、ひょっとしたら帰路で会えるかもと思ったのだった。でも、時間があわなかったらしい。

お父様はメイドと話をしていたので、終わるのを待つ。メイドといっても、実際には執事以上に仕事をしている。戦士としても、アーベルハイム最強の矛だ。

何よりも、パティにとっては母のような存在でもある。

無碍には出来なかった。

しばらく勉強をして。

それからお父様と話しに行く。どちらにしても、進捗について話しておかなければならないのである。

色々なものを背負っているのがアーベルハイムだ。

こういう所は、親子というよりも。

当主とその配下の一人という立場を、敢えてパティは作らなければならず。そして自身にそれを課すように心がけてもいた。

特別では無い。

そう考える事、そのものが大事なのだ。

お父様の所に出向く。外での仕事の後執務をしていたから、そのついでに話をする事になる。

順番に、ここ数日の出来事を話していく。

一通り説明を終えると、お父様は頷いていた。

「なるほど。 ライザ君の実力は想像以上の様子だな」

「魔術師としての手練れとしても、相当なものですが……それに錬金術が加わると、今の王都に勝てる人間はいないと思います」

「やはり私に見せていた手札は一部も一部か」

「恐らくは。 何ができるのか、何ができないのか、それすらも見極める事が出来ません」

悔しいが、この言葉の通りだ。

お父様が資料を見せてくれる。

この間仕留めたラプトルの長だ。

パティは雑魚と戦う事くらいしか出来ず。その雑魚も、ライザさんは詠唱ありとはいえ魔術で群れごと焼き尽くしていた。

そして知った。

肉弾戦の方が本領だと言う事を。

あの凄まじい蹴り技。喰らったらどうなるか、ちょっと想像したくない。

そんなライザさんに瞬殺されたラプトルだったが、恐ろしい程の被害が出ていた。確かにこれを倒せたのは大きい。

しかも大規模な討伐隊が出ると、その度にさっと身を隠す狡猾さもあわせもっていたのだ。

被害が増えるのも、当然だと言えた。

熊辺りだと、一度人間の血の味を覚えると、人間を舐めて掛かる。

そうすると非戦闘員の被害は増えるものの、本職の戦士に掛かってあっさり殺されてしまう事も多い。

熊の戦闘力は高いが、獲物に執着する癖などもあって、はっきりいってラプトルと比べて脅威度は小さいのだ。

ラプトルはあの戦力で、人間を舐めていないのである。

「私もライザ君から王都近くに潜んでいる可能性がある魔物について調べていた」

「何か分かりましたか」

「大いなる闇、大いなる呪い、そういった言葉があるようだが……具体的に何があったのか、そういった資料は調べさせても出てこなかった」

「……」

タオさんが調査しても芳しい成果が出ていないのだ。

貴族院の抱えの教授なんて、貴族のスポンサーがいるだけの凡庸な老人達に過ぎないと聞いている。

王室つきの魔術師の実力も見た事があるが、ライザさんの戦闘を見たら腰を抜かすだろう。

つまり、役に立たないと見て良い。

「何かしらの大被害が出た記録があるのであれば、その言葉も全面的に信用できるのだが、今の時点では見極めるしかない。 パティ、このままライザ君について、様子を見なさい」

「分かりました」

「ライザ君は今の所、少なくとも私やパティには好意的に接してくれている。 それを有り難いと思わないとな」

「本当に……そうですね」

お父様の懸念も解る。

ライザさんの実力は明らかになればなるほど背筋が凍る。

魔術師としての技量は、正直百年くらいの間なら、もっと上の人間がいたかも知れない。少なくとも超世の天才だとは感じない。

だが錬金術の技量が加わると、正直ここ百年くらいであの人に勝てる人間がいるのか、かなり疑わしいとさえ思う。

あれで戦士としての力量も極めて高いのだから反則である。

「王都近郊の魔物については、私の方からももう少し調べておく。 それと……」

「なんですか」

「勉学については、実績を出しているようだね。 無理をしすぎないようにしなさい」

「ありがとうございます。 更に励みます」

親子としての情はある。

だけれども、アーベルハイム当主と、その部下という立場も崩さない。

頭を下げると、部屋を出る。

戦士が数人来ていた。わいわいと騒ぎになっている。

すぐに出られるようにする。声が掛かる可能性があるからだ。

お父様が来て、すぐに出ると言った。メイドがついていく。かなり面倒な事態になったようだ。

「お父様、何かありましたか」

「魔物ではない。 土砂崩れだ」

「!」

「閉鎖した鉱山付近でな。 あの辺りには今はもう住人はいないはずだが、念の為に確認をしに行く。 ライザ君が用意してくれた発破はあるか」

ここに、とメイドが差し出す。

頷くと、お父様はすぐに屋敷を出て行った。

これでは体を壊しかねない。

パティの心配をしている場合では無いだろうに。

なんだか、それがとても悲しかった。

 

朝一番に、起きて体を伸ばしていると。徹夜作業だったお父様が戻ってきて、そのままベッドに直行する。

体力でお父様を凌いでいるメイドに話を聞くと、パティに昨晩の話をしてくれた。

「徹夜となったのには、なにか理由があったのですか」

「はい。 案の定、土砂崩れが起きたのには理由がありました。 山師崩れが立ち入り禁止区域で鉱石を掘り出そうとしていて、それで土砂崩れを誘発したのです」

「なんということを……」

「山師崩れは確保しましたが、刺激された魔物との戦闘で、怪我人も出ました。 ライザ様の薬がなければ、死人も出ていたでしょう」

元々、魔物が出て大急ぎで閉鎖された鉱山だ。

鉱物資源が尽きたわけではなく、なんならその辺りに高品質の鉱石が散らばっていたりもする。

これを目当てに山師が徘徊し。

魔物の餌になって、人間の味を覚えさせてしまうことがよくあるのだ。

そうなると最悪で、魔物は人間を襲いに王都の周辺にある集落や、街道に積極的に出て来る。

そして被害者がうなぎ登りに増えるのだ。

今の王都の腰が引けた警備では、これらに対応するのは非常に難しいのである。だから、そもそもとして魔物に人間の味を覚えさせない事しか、出来る事はないのである。

これもあって鉱山への門は閉鎖したし。

今でも巡回をするようにしているのだが。

王都の異常な物価の事もある。

どうしても、山師の類が忍び込む事が絶えず。多くは生きて帰ってこない。

ただのチンピラの類がそうなるならどうでもいいが、生活に困窮した人間がそうして命を落とすいたましい事件も多いのである。

貴族の論に良く聞く弱者は切り捨てるべきだの淘汰圧だのという言葉は論外だ。

そう言ったことをして来たから、今世界はどんどん人間の生活域が縮小していて。

最後の砦であるお父様と王都の警備が必死に働いているのに、足を引っ張ろうとしているバカまでいる。

それこそ、淘汰圧に晒されるべき存在だろうに。

淘汰圧とやらは、その手のバカには何もしないのだから。

「ライザさんには感謝しかありませんね」

「そうですね。 確かに恐ろしい程効く薬です。 止血剤や増血剤も本当に良く効いて、怪我をした当人まで驚いていました。 正式にアーベルハイムから、バレンツ商会経由で薬の納入を依頼する話をしながら帰ってきたのです」

「……お父様には、お疲れ様でしたと伝えておいてください。 私はこれから、そのライザさんとまた出かけてきます」

「分かりました。 その靴や手袋はライザさんにいただいたものですか?」

頷く。

これのおかげで、パティも命を拾っているようなものだ。

あの巨大な走鳥とやりあった時には、それこそ数回走馬燈を見たほど。素のままだったら確定で死んでいただろう。

長刃を手にする。

いや、なんとなしにそう呼んでいたが、以降は大太刀と呼ぶべきか。外に出ると、朝日が赤く世界を照らし始めたばかり。

すぐにこの色は消えるだろう。

無言で歩く。

老人が数名歩いているのが見かけられたが、それくらいだ。

淡々と歩いて、ライザさんの邸宅に。

昨日はそれほど本格的な調査をしていなかったが。今日は本格的な調査に移るはずだ。

そう考えると、戦闘も想定されるし。

身を引き締めなければならなかった。

それなりの距離を歩いてライザさんの宿……今やアトリエだが。それがある七階建ての前に出向くと。

丁度、ライザさんが戻って来た所だった。

何カ所か、廻って来たらしい。

凄い朝早いのに。

ライザさんは眠そうにもしていない。

「おはようございます、ライザさん」

「お、パティ。 おはよう。 朝早いのに、きっちり起きてくるね」

「ライザさんは、もっと早いんですね」

「今日は農業区に様子を見に行っていたからね」

農民の朝は基本的に早いそうで。

ライザさんは、農民の子という事もあって、朝にはとても強いそうだ。

農民としてはみそっかすだったらしく。

ある程度の知識はあるが、農業一本で食べて行くのはかなり厳しいだろうと、苦笑いするのだが。

そんな事を言われても、ぴんと来ない。

この人だったら、なんでも出来そうに思えて来る。

軽く体を動かしてから、アトリエに入る。

フィーはベッドの上で気持ちよさそうに眠っていたので、起こすのが可哀想だ。ドアにも窓にも魔術でロックがかかっていて、それで防犯の役割が果たされているようである。

ただでさえ、街道に出ていた人食いラプトルを苦もなく捻り殺した超腕利き、としてライザさんの名前は王都に短時間で拡がり始めている。

更にライザさんが、バレンツ商会を経由して、王都に高品質のインゴットや布を提供していた張本人だという話も拡がり始めている。

それもあって、ライザさんは短期間で畏怖の目で見られるようになっていて。

ライザさんも、それを強かに利用しているようだが。

いずれにしても、そんな人の宿だ。

余程の阿呆でなければ、物盗りに入ろうなどとはしないだろう。

タオさんとボオスさんが来る。

相変わらずボオスさんは辛そうだ。

タオさんは昨晩かなり遅くまで調べ物をしていただろう事が何となく分かるのに。それなのにとても楽しそうで不思議である。

「みんな揃ったね」

「じゃあ、朝のミーティングを始めてくれ」

「任された」

ライザさんが、順番に話をしていく。

遺跡については話さない。

それについては、タオさんが担当しているようだった。

「バレンツ商会で確認したけれど、クラウディアがやっとこっちに来られるみたいだよ」

「おお……それは助かるな」

「バレンツ商会の令嬢ですよね。 本当に驚くべき人脈です……」

「多分何かの巡り合わせだよ。 クラウディアと、あたし達の共通の師匠二人が同時期にクーケン島に来て。 それが原因で、あたしの灰色だった世界が、一気に彩りを帯びたんだから」

もしも神様がいるならその導きだろうし。

そうでなかったら、人生にあった最初で最後のチャンスだったんだろうね。

そうライザさんはくすくすと笑う。

皮肉屋のボオスさんですら、それに対しては何も言わなかった。

タオさんに聞いたのだが。すっかり馴染んでいるボオスさんも、三年前まで……恐らくライザさんが強力な魔物を仕留めた時期までは。ほぼ何もできず、ライザさんと対立するばかりだったそうである。

本当に人生の転機だったのだろう。

だとしたら。

パティには、恐らく今がそうだ。

この機を逃すわけにはいかなかった。

「クラウディアが来てくれて、手助けをしてくれるなら本当に助かるね。 手数が増えるし、何より音魔術の達人であるクラウディアは、周囲の警戒のエキスパートだ」

「うん。 もともとあたしは打撃戦に全力投球したいし、どっちかというと周囲の探査は苦手だし」

「音魔術って、本当にレアな筈ですが、凄いですね……」

「三年前に開花するまでは、クラウディアもそこまで凄い使い手ではなかったんだよ。 むしろ実戦で音魔術を使った事は殆どなくて、三年前の一季節で一気に伸びたんだ。 素質はあったんだけれども、最高の時期に最高の戦闘と師匠に恵まれたのが大きかったんだよきっと」

タオさんがこれも凄い事を言う。

三年前。

文字通り、世界がひっくり返るような出会いが、片田舎であったということだ。

その時のクーケン島は。

王都の人間が誰も知らなかっただけで。

文字通り世界の中心だったと見て良いのだろう。

「それで、遺跡の方は」

「うん。 遺跡にあった墓石を調べて見た。 文字などからして、やっぱり六百から六百五十年ほど前の遺跡と見て良い。 幾つか気になる事が書かれていたよ」

「聞かせてくれ」

「うん」

タオさんが、メモ帳からピックアップする。

あの遺跡は霊墓と呼ばれるもので。

戦士達が眠る墓所であると同時に、正体不明の何かに対する封印装置を兼ねており。更には最前線であったという。

その最前線の中には、アスラ・アム・バートの前身と思われる都市の名前が見受けられるという。

「つまり、どういうことだ」

「古代クリント王国が滅びる前には、アスラ・アム・バートは一つの城塞都市に過ぎなかったんだ。 それは分かっていたんだけれども、どうもこの都市は人間相手の戦争ではなくて、何かに備えていたらしい」

「……まさか例のあれか」

「いや、そう決めつけるのは早計だよ。 だから、これからもっと本格的に調査しないといけない」

膨大なメモがあるようだが。

その中から、興味深いと思われるものを、タオさんがピックアップする。

「どうもあの遺跡には、不死の魔女と言われる存在が関わっていたらしい」

「不死の魔女?」

「詳細は不明だよ。 ライザの羅針盤で調査すれば、もう少し細かい事が分かるかもしれないけれど……」

「そうだね。 ただそれには、あの遺跡にある危険を全て排除しないといけないかな」

ライザさんの言葉に、パティも頷いていた。

入口付近は雑魚ばかりだったが、それも奥に行くとどうなるかは分からない。

それにパティだって聞いた事がある。

ロテスヴァッサが成立する前に栄えていた文明……ライザさん達がいう所の古代クリント王国は。

問題を多く抱えた国家ではあったものの。

技術力に関しては、相当に優れていたという。

その時代まで、世界の覇者は人間だったという話もある。

だとすると、それ以前の世界の遺跡だ。

どんな魔術によるトラップや。

テクノロジーで作られたガーディアンがいても、不思議ではないのだ。

「足場が悪いんだよね、あそこ。 パティ、とにかく気を付けて」

「はい!」

「良い返事だね。 ボオス、そっちはどう」

「俺の方は学生なんかに色々話を聞いて回っているが、あまり俺たちの役に立てそうな奴はいない。 今後はカフェに足を伸ばして、そっちで人脈を見繕って見るつもりだ」

ボオスさんも、自分の仕事をしているわけだ。

いつの間にか起きだしていたフィーが、嬉しそうにボオスさんの頭に乗る。

ボオスさんは苦虫を噛み潰しながら、フィーを追い払おうとはしなかった。この人、意外と子供の扱いに向いているかも知れない。

今度、貴族の子供の躾け役に推薦してみようか。

アーベルハイムに嫌悪感を持つ貴族は多いが。

実はアーベルハイムにすり寄る貴族もいるにはいる。

商売をやっているような貴族がそうで。

そういった貴族の中には、一度商売をやってみて街道の安全確保の重要性や、何よりも王都の未来のなさに気付いている人間もいて。

お父様とコネを作って、それで生き残りを図ろうとしている人もいる。

パティから、そういう人をライザさんに紹介してみようかとも思う。

ボオスさんは人脈作りを必死に今やっている状態だが。

それでも、特権意識に凝り固まった貴族が、ボオスさんとコネを持とうと動くのはあまり考えにくい。

いずれにしても会議が終わり。

さっと解散する。

すぐに出る準備を始めるライザさん。

以前教わった事は、ある程度手伝える。

無言で出るための作業をしていると、ライザさんが助け船を出してくれた。

「パティ、何か言いたいことがあったの?」

「はい。 大半の貴族はろくでもない人間ですが、商売を主にやっている貴族の中には、アーベルハイムと関係強化を目論んでいる人間がいます。 王都の未来のなさや、ロテスヴァッサに期待していない人も多く、そういう人を紹介しましょうか」

「そうだね、これが一段落したらお願いしようかな」

「分かりました。 今のうちにリストアップします」

スロープを使って、荷車を降ろす。

これにはブレーキ機能もついていることが分かっているのでそれほど怖くはないのだけれども。

それでも七階から降ろすのは、ちょっとひやひやする。

地階まで降りると、ライザさんが住人に挨拶されていたので、笑顔で応じている。ライザさんはかなり社交的な方で、知らない相手にもぐいぐい行くようだ。

素がそれほど社交的では無いパティは、この辺りは羨ましいと思う。

今日はタオさんが荷車を引いて、そのまま外に。

まだパティは、全てを明かして貰ってはいない。

でもそれは、パティやアーベルハイムが全面的に信頼出来る存在では無いと思われているからだ。

分かっている。

だから、最大限、やれることはやらなければならない。

城門で、戦士達に話をしておく。

昨晩は大変だったそうですねと言われて。少しだけ表情がやわらいだ。

「私はそれほど大変ではありませんでした。 お父様が街道の警備に姿を見せたら、少しでも支援をお願いします」

「はっ。 いつも助かっております!」

「それでは失礼します」

敬礼をすると、そのまま遺跡に向かう。

遺跡への道中で魔物に何度か襲われるが。

いずれも、大した相手ではなかった。

 

昨日と同じように遺跡の戸を開いて内部に。

やはり、こんな巨大なものが。ちいさな球体の鍵で開いてしまうのが、不思議すぎて凝視してしまう。

ただ、それは明確な隙だ。

だから、あわてて襟を正す思いだ。

周囲を警戒。

パティの技量なんて知れている。

それでも、何か不審点を見つけられるかも知れない。

だから、必死に周囲に気を張った。

「内部、迎撃なし」

「了解。 奧へ行くよ」

「分かりました」

相変わらず、岩をストッパーにして、内部に入る。

やはり入口からだけでは無く、遺跡の内部には光が差し込んでいる。昨日もそうだった。岩山の内部に作られたと言うこの遺跡。

天井部分には穴が開き。

恐らくは其処から、虫やら魔物やらが入り込んだのだろう。

回廊を行く。

所々崩落しているのが本当に怖い。

だがライザさんが熱魔術による探知を行って、それで危険箇所を的確に避けているようで。

時々パティにも警告が来る。

フィーが周囲を飛んでいて。ふんふんと鼻を鳴らしているが。

フィーも遊んでいる雰囲気はなく。

此処が危険であることは、理解しているようだった。

昨日来た地点で、一度足を止める。

ライザさんが手をかざして、目を細めて見ているのは。鎧だ。

ハンドサインが出た。

以降、無言で動く。

まず、ライザさんが鎧に歩み寄ると、はずして中身を確認。骨が出てくるのでは無いかと思ってパティは生唾を飲み込んだが。

内部はカラだった。

ライザさんとタオさんが、ほぼ間違いないと、何かしらのハンドサインをかわしている。

パティには、あの鎧には気を付けろと、警戒の指示が出ていた。

うねる空中回廊が。降り始める。

複雑な構造だが。

回廊は高低差が出始め。途中には明らかに視界を遮るような造りの階段も出来はじめている。

この辺りは、要塞が故だろう。

他の貴族の子弟はゲラゲラ笑ったり居眠りしていて聞いていなかったが。

貴族院の座学で教わった事がある。

こういった要塞は、基本的に幾つかのルールが存在していて。

内部を迷路状にしたり。

或いは入口で、全方位から敵を撃退出来るようにしたり。

色々と手のこんだ仕掛けを用意するそうだ。

その一方で、そういった仕掛けを一切排除した城も存在するそうで。

ある程度の勢力を持った覇者が誕生した場合、政務や城下町の建設に有利なそういった城を作るそうである。

これは今になって思うと。

ロテスヴァッサが再び勢力を拡大するときのために、色々と準備されていた授業だったのだろう。

極限まで腐敗して愚かになった貴族の子弟達は、それを一切理解出来なかった。

ただ、真面目に話を聞いてはいたけれど。

それでも理解出来ていなかったのは、パティも同じだ。

汗顔の至りとはこのことだが。

それはこれから取り返す。

点々と彼方此方に鎧がある回廊。

そして、最深部に到達していた。

タオさんが、メモを見せてくる。今までの回廊についてだ。

何カ所かに、墓石がある地点があったが。

此処が最重要だろうと、最重要の地点を示してくる。

ライザさんもそれをのぞき込み。

頷いていた。

巨大な鐘か、これは。

鐘なんて、王都には殆どない。

理由は簡単で、こんな巨大な鐘の製造技術、失われてしまって久しいのだ。

王都でやっているのは、殆ど小手先の技術と、それの錬磨くらい。

一応昔の技術の復興をと叫んで。投資している貴族もいるにはいるらしいのだが。

それも上手くは行っていないらしい。

ライザさんが、つり下げられている鐘に近寄ると。

いきなり跳躍して、鐘の上の方を確認していた。

何度見ても吃驚させられる。あの跳躍力、肉体強化の魔術を専門としている戦士でも、そうそうできる高さでは無い。

タオさんは、その間に鐘の中を調べていた。

やがて二人はハンドサイン。

遺跡の中を戻りつつ。

タオさんは、途中にあった墓所の。墓石らしいものをメモし。

ライザさんは、其処にたくさん割いていた。儚げな花を、たくさん採集していた。パティもライザさんに言われて採集を手伝う。

途中にとても恐ろしい虫が出て来て、ひっと声が出そうになる。

泣きそうになってしまったが、堪える。

羽音を聞くだけでぞっとするほど虫が苦手なのだ。

タオさんは墓石の文言などを写し取るのに忙しいフリをして、手伝ってくれない。

タオさんも虫が苦手なのは、パティも知っている。

ただタオさんは、パティほど苦手ではなくて、最悪の場合は触れるようだ。

部屋に大きな蜘蛛が出て、パティが完全に固まっていたときなんかは。嫌がりながらも、穏当に部屋から追い出してくれた。

それだけでもパティよりちゃんとしている。

一度遺跡から出る。

そして、外で話をした。

「あの鐘だね。 多分奥に何かある」

「高度な魔術的な装置があると見て良さそうだけれども、破損していたよ。 いわゆるベロの部分がない」

「そんなものでいいなら作るよ。 どう造れば良いか分かる?」

「鐘に刻まれていた魔術的な紋様はメモしておいた。 解析できる?」

ライザさんがメモを見ている。

パティは残念だけれども、役に立てないと思う。

先に、タオさんがいう。

「たくさん鎧があったでしょ、パティ」

「はい。 事切れた戦士かと思って、鎧を開いた時にはちょっと怖かったです」

「その可能性もあったけれど、開いて見て分かったよ。 あれは幽霊鎧だ」

「ええと……」

そんなものは聞いた事がない。

幽霊話は幾らでも聞いたことがあるが。

今の口調からして、それは魔物だろうか。

「岩で作ったゴーレムと違って、鎧を魔術的に動かしているガーディアンだよ。 さっきまで見ていたのは、一番新しい古代クリント王国時代のものとは、また形式が違っていたんだ」

「ガーディアン……」

「そうだ。 多分遺跡が生き返ったら、一斉に動く。 今のうちに破壊してもいいけれども、必ずしも敵対するとは限らないからね」

「分かりました。 気を付けます」

ライザさんが咳払い。

空を顎でしゃくってから、告げる。

「羅針盤で、情報を調べるよ。 鐘を動かすのは、その後でいい」

「分かった、時間的にもやれそうだ。 此処からは僕達はライザの護衛だ。 パティ、頼むね」

「分かりました」

緊張する。

それにしても、本当に見た事がないものばかりだ。

これが冒険というものなのだろうか。

こんな凄い人達と冒険が出来る。

それだけでも、人生を何度やり直したら経験できることなんだろうか分からない。そう、パティは思っていた。

 

3、霊墓の霊

 

あたしは霊墓に再び足を踏み入れると、羅針盤を開く。

少しずつこれにも手を入れていて、改良をしているのだが。その過程で分かってきた事がある。

この羅針盤そのものに、残留思念がこびりついていたのだ。

それによると、やはりこれは古式秘具。

どうも最初は拷問か何かに使われていたらしく。人間の隠し事を強制的に引っ張り出す目的で作り出されたらしい。

その頃の呼び名は、追憶の羅針盤。

それがいずれ古式秘具となり。

遺跡を調査する人間の間を転々としながら、呼び名が変わっていった。

やがて残留思念を解析できる事から、名前は幽世の羅針盤となり。

それが何百年も定着している。

まあ、あたしとしてはどうでもいい。

ともかく、道具は道具として用いるだけだ。

黙々と墓所を歩く。

羅針盤を使って、残留思念を調べて行く。

周囲にある残留思念の意識を取り込んでいくようなものだ。

それらは幽霊に似ているが、違う。

時々、何かの影が通り過ぎていくが。

それは過去の残像であって。

今、誰かに害をなせるようなものではない。

フィーが、小首を傾げている。

大丈夫といって、先に行く。

フィーも、嬉しそうに周囲を飛び回る。今の時点で、危険がないことは分かっているのだろう。

「魔女様が、疲れたと言っておられる」

「不老不死というのは地獄であるらしいな。 確かにもう休ませて差し上げるのもいいだろう」

「驚天の技を用いて、「備え」を作ってくださった方だ。 備えが既に出来た以上、我等にはもう何も言えぬな」

「騎士隊長どのは、魔女様と最後まで一緒にいることを選ぶそうだ。 騎士隊長どのが、魔女様と一番長く一緒におられたのだし、それもありなのだろうな」

不老不死、ね。

錬金術を使っていて。

比較的簡単に、アンチエイジングの技術は見つけてしまった。

二年前の事だったか。

どうでもいいと思ったので、今までは無視していたが。それはあたしの体が今は若いからだろう。

例えばあたしが年老いたときに。

あの古代クリント王国の連中のようなのが出て来て。

あたし達の後を継いで、錬金術をいい方向に使おうという存在が生まれ出なかった場合。

あたしは満足して死ねるだろうか。

そうは思わない。

何かしらの技を極めて、それを正しく継承できる。

そんな事は滅多にない。

それが出来ていたら、古代クリント王国のカス共みたいな連中は出てこなかっただろう。

何かしらの研究を、生涯かけて行っているような人はどうか。

恐らくだけれども、研究半ばで体が動かなくなったら。その人生を呪うはずだ。

だから、あっさり見つけてしまったアンチエイジングについては、今の時点ではそのままとってある。

いずれ使うべき時が来るかも知れないから。

勿論悪用されやすい技術だから、他人に教えるつもりもない。

灰色だった三年だが。

けっして何も収穫がなかった訳ではないのだ。

そして、それ故に分かる。

「魔女」と呼ばれている存在は、恐らくは錬金術師だと。

少なくともタオが言う650年前だかには。

アンチエイジングによる不老不死に到達した錬金術師がいたのだろう。その技量は、恐らく古代クリント王国のカス共を凌いでいたのかも知れない。

「備えについては万全だろうか」

「既に失われた北の里についても、備えが機能していることは確認したそうだ。 五重の結界ぞ。 更には我等の命を文字通り封じた護りだ。 例え……であろうと、簡単に突破はさせぬ」

「……では大きな被害が出たと聞くな。 それに無理に護りを作ったせいで、辺りの生態系にも良くない影響が……」

「やむを得ぬ事だ。 こればかりは……」

北の里。

なんだろう。これについては、後でタオに話しておくか。

フィーに押し戻されて、我に返る。

おっと危ない、回廊の端に歩こうとしていた。

フィーにお礼を言う。

そして、また羅針盤を用いた。

これは本当に、護衛無しでは使えないのが玉に瑕か。

他にも残留思念を調べて見る。

この墓所は、本当に砦としての使用がメインだったらしく、人々が生活していたわけではないようだ。

砦の内部に墓所を作った理由がわからない。

墓所の周囲で残留思念を集めてみるが。

あまり強い残留思念は見つけられなかった。

無言で、小首を捻る。

恐らくだが、此処で死んでいった人達は、事故やらで死んだ人が殆どだ。残留思念の言葉を聞く限り、戦闘で死んだ人は殆どいない。

魔物との戦闘もあったようだが、それがフィルフサだとは思えない。

ここで、何があった。

羅針盤を閉じる。

タオが、声を掛けて来た。

「ライザ、どう?」

「……幾つか分かった事はある。 それと、あの鐘のベロについても、修理はこれでほぼ確実に出来ると思う」

「そうか……良かった」

地面にうち捨てられていたベロの残骸を、荷車に先に積み込んでおく。

土に半ば埋もれていたので、残留思念がなければ見つけられなかっただろう。

パティが心配そうにする。

「その羅針盤……という道具、何か危険なものでないと良いんですが。 使っているときのライザさん、何だか熱に浮かされているようで……。 普段の快活で意思力に溢れているライザさんとは、別の存在に思えて」

「確かに使っているときは無防備になるね。 だけれども、研究に夢中になっているタオもそれは同じでしょ?」

「えっ。 僕、そこまでかな」

「はい、それは同意できます」

驚くタオ。同意するパティ。

てかタオ、自覚がなかったのか。

タオは集中力に関してはあたし以上。頭の出来については、あたしなんかでは比較にもならない。

だけれども、その集中力が災いして。

集中しているときは、多分刺されたくらいでは気付けない。

パティは出来た子だからいいけれども。

他の女だったら、かまってくれないと拗ねているかも知れない。そういう意味でも、パティの恋路は応援してやりたいのだが。

「いずれにしても、羅針盤を動かしていて、気になるワードは幾つも耳にしたよ」

「やはり此処は何かに備えている場所?」

「そうだね。 それも確定で人間じゃない。 でも、まだ例の奴を相手にしていると考えるのはやはり早計だ」

「分かった。 調査を進めよう」

そのまま外に。

丁度良い時間になっていた。

扉を閉めて、帰路につく。この遺跡までたどり着ける人間はそうそうはいないが、それでも荒らされると困る。

此処はまだ確定していないが。

フィルフサに対応している遺跡の可能性がある。

封じているのがフィルフサ単体だったら別にかまわない。

ぶっちゃけ、王種であっても単体だったら、今のあたし達だったら勝てる。

フィルフサの恐ろしさはあの物量だ。

無理矢理土砂降りを引き越すようなことが出来なければ、各地に雪崩でたフィルフサが、殺戮の宴を作り出しかねない。

王都の貴族共は気にくわないし。

ろくでもない人間が王都にいるのも知っているが。

王都の人間全てを殺させるわけにも。

ましてや、世界中の人間を全部フィルフサのエジキにさせるわけにもいかないのだ。

帰路を急ぐ。

魔物が仕掛けて来るが、今の所大物はいない。

どれも蹴散らしながら進む。

遠くに見えている影。

あれは大型のワイバーンだろう。

もうすぐドラゴンになりそうな奴だ。

ドラゴンは決して凶暴なだけの生物ではないが。ワイバーンは違う。あのくらいの大きさのが、一番危ないかも知れない。

アトリエに到着。荷車を運び込む。

今日は、かなり早くタスクを完了した。

解散する時に、パティが心配そうにする。

「それで、遺跡の調査はこれで終わりですか?」

「いや、あの鐘を動かす。 多分あの鐘が、遺跡の動力になってる。 本番はそこからと見て良いね」

「本番ですか」

「大量にあった幽霊鎧が此方に敵対するか、それとももっと恐ろしいガーディアンが出てくるか」

脅かしたら駄目だよと、タオがいうけれども。

一応、最悪の事態がどうなるかについては、話をしておいた方が良いはずだ。

パティは青ざめて、覚悟は決めておきますと言う。

そのまま、解散。

あたしはこれから、調合だ。

鐘の周囲を羅針盤で調べているときに、残留思念を取り込んで、鐘の製法については理解した。

あの鐘は、大気中の魔力を……違う。周囲の生物全ての魔力を少しずつ吸い上げる、いわゆるポンプだった。

少しずつとはいえ、周囲の生物全ての魔力を吸い上げるのだ。

墓場にたくさん生えていたあの花は、死者を悼むためだけのものではない。

恐らくは、生命力を担保するためのものだったのだ。

調合を開始。

駄目になっているベロをエーテルで要素ごとに分解。

それを修復していく。

鐘は恐らく、錬金術の粋を尽くして作ったもの。

錆びないように徹底的に調整もされていた。

つまりあれは、今のあたしと同格くらいの錬金術師が作ったもので。それ故に、悠久の時を耐えたのだ。

問題はベロで、これは普通の鍛冶師が指定された通りに作ったものだ。

故に、調整をし直さなければならない。

修復を続ける。

何回かに分けてインゴットを投入。

そうして要素を補填していく。

ベロの仕組みは理解しているので、刻まれていた魔術的な紋様なども、全てこの過程で修復。

その作業は、難しくは無い。

淡々と修復を続けて行き。

やがて釜から、新品同様に仕上がったベロが出来上がる。フィーはあたしの頭に乗って、その様子をじっと見ていた。

集中が途切れないように、配慮してくれている。

やっぱりこの子。

頭が良すぎるな。

人間の子供だったら、ブーブー文句を言うだろうし。遊んでほしいと駄々をこねるはずだ。

いや、人間でなくても、犬や猫でもそれは同じだろう。

この子は、一体何だ。

「ごめんね、後で遊んであげるからね」

「フィー!」

「それにしても、本当に水だけでいいんだね。 何か食べなくてもいいの?」

「フィー! フィーフィー!」

今の時点では、調子が良さそうだな。

だけれども。

昆虫の中には、成体になってからは交尾をしてすぐ死んでしまう種もいる。

フィーもその可能性はある。

ただ、タオが毎日見てくれてはいるが。痩せたりしている様子もない。

魔力を食べている可能性が高いと言う事で。

それなら、ドラゴンに近い生物というのも、納得ができる。

だが、本当にそれだけか。

あたしとしては、最悪の事態には常に備えなければならないのだ。

さて、ベロを荷車に移して、一旦ここまでだ。

バレンツ商会に出向く。

クラウディアは此方に向かっているらしいと言うだけで。それ以上の情報はなかった。手紙も来ていない。

筆まめなクラウディアなら、手紙くらい書きそうだと思ったのだけれども。

それもないようだった。

バレンツ商会から出る。

そうすると、夕暮れの街に。

見覚えがある人がいた。丁度あたしを待っていたらしい。

「よう」

「クリフォードさん」

「悪いが、昨日様子を見せてもらった。 ……もう気付いているようだが」

「やっぱりあれは、クリフォードさんでしたか」

お互い苦笑い。

まああたしもそれは分かっていたので、何も言わない。

口元を独特のマスクみたいなので隠しているクリフォードさんは。相変わらずフィーをナンパして。

そしてすぐにふられて、からからと笑うのだった。

「まだママの方が大事な年頃だよな。 俺のような大人の色気のある男の良さはわからんか」

「それはそうとして、何用ですか」

色事自体にあんまり興味がないので、あたしとしても塩対応になるのは仕方がない。

クリフォードさんは、咳払いし。

口調を改めていた。

「何が目的で、あの遺跡を調べている。 俺も実は一度扉を開こうと試みて、断念した口でな」

「今の時点では答えられません」

「そうだろうな。 では、俺は俺で信頼を得るべく努力するとするかな」

そして、手帳を見せてくれる。

どうやら、この近辺の事を調べたものらしい。

「其方のブレインはあの眼鏡の青年だろう。 学院の歴史に残る俊英らしいな」

「そう言われているようですね」

「俺の方は其処まで頭は回らないが、代わりに長年トレジャーハントをしてきた経験と蓄積してきた情報がある。 この辺りの遺跡で、多分手つかずのものが重要になると見て良さそうだが、違うか?」

「鋭いですね」

なるほど、本職であるのは事実か。

タオのことも調べてきているという事は。あたしの素性ももう知っているとみて良さそうだ。

「何が目的ですか?」

「そう警戒するな。 俺はトレジャーハンターだ。 わざわざ荒事をして生活費を稼いで、それでトレジャーハントをしているくらいのな」

「意味がよく分からないんですが」

「俺の目的は宝だ。 それも一財産稼げるような、てものじゃない。 ロマンをかき立ててくれる宝を見つける。 それが俺の人生の目標でな」

それはまた、酔狂なことだ。

ライザは苦笑いする。

此方の目的が、世界を滅ぼしかねないとんでもない存在の発見と早期対策だと知ったら、この人はどう思うのだろう。

「……この辺りで、まだ人が確定で入っていない遺跡について、情報を持ってきてやる。 それを見次第、俺を仲間に入れてくれないか。 俺の戦闘の腕前は、何度か見せたと思うが」

「ふむ」

「まだ何か足りないか」

「いえ、此方も手数が足りないと判断していたところです。 分かりました。 其方にとって恐らく生命線であろう遺跡の情報を提示してくれるなら、此方もそれに乗ります」

宝が目的か。

実の所、遺跡にある宝物財宝には、あたしはあんまり興味がない。

錬金術の産物だったら興味はあるが、それ以外の宝石だの何だのは。正直どうでもいい。

クラウディアは宝石が大好きだったっけ。

宝石が嫌いな女の子なんていないと思うって時々口にしていたけれど。

あたしは正直、そこだけは理解出来なかった。

あんな光るだけの石。

魔力媒体以外に、使い路なんぞないし。

最低限の身繕いは心がけているが、それは好きでやるものではなくて。舐められないためのものだ。

いずれにしても、利害は一致しているか。

それにだ。

フィーはナンパされるのを嫌がっているが、実の所あたしはこの人に対して悪意の類は感じていない。

それならば、別に良いだろう。

「よし、じゃあ条件は成立だな。 今調べている本にちょっとした情報があってな、提供できるようになったら持ってくる」

「期待しています」

「ああ、期待していてくれ。 俺は出来る男だぜ」

まあ、自分に自信を持つのは良いことだ。

自分を鼓舞する事で、力を発揮できる人間は確かにいる。

あの人は、そういう人なのだろう。

とりあえず、一度農業区を見に行く。

まだ、今日は動ける。

出来る事は、出来るうちにやる。

今はいつ、全く身動きができなくなるほど忙しくなるか、分からないのである。

ならば、やれることはしっかりやっておかなければならなかった。

 

4、トレジャーハンターの血

 

この世界はどうしようもない。

クリフォードは幼い内から、そう知っていた。

クリフォードの家は貧しく、辺境にあって。今の世界どこの辺境でもそうであるように、はっきり言って不幸極まりなかった。

不幸というのは心の持ちかた次第だ等という言葉もあるが、それは違う。

一切れのパンを奪い合って家族が殴り合いをし。

子供の半分は半年も生きられずに死に。

魔物の襲撃に為す術もなく。

ろくな指導者もいない。

どれだけ努力しても、生きる事だけが精一杯。

それは客観的に見て不幸な状態であり。

気持ちの持ちようで、どうにか出来るものではないのだ。

クリフォードもそんな家に生まれて見て来た。

そもそもどうしようも出来ない世界にいじけた人々。

魔物が出る度に、多くの戦士が死んで。

優秀な奴が生き残るわけでも、賢い奴が生き残るわけでもなく。

ただ運が良い奴だけが生き残るのを見て。

この世界はクソだなと、クリフォードは幼いながらも思った。

死にたくは無かった。

だから武術を身に付けた。

幸い、それに関する才能はあった。武術を補うための魔術も身に付けた。こっちは我流だったので、兎に角苦労した。何度か好き勝手に騙されてから、ボロボロの本を見つけて、それで文字も覚えた。

出来る事が一つずつ増えて。それで最初にやったのは、確実に生きるための事。

魔物と戦うために、様々な武芸を磨いたが。

結局一番良かったのは投擲で。

ナイフや矢なんかを使い捨てている余裕もなかったから。

試行錯誤の末に、ブーメランなんて使いづらい武具を扱うようになった。投石でも良かったのだが。魔術とブーメランの相性が良かったのだ。

そんな生活をしていたから。運が良くて幾つかの戦いを生き延びても。

荒事が絶えなかったから、体中は常に傷だらけ。

だから墨を入れて。

魔物にかっ捌かれかけた口元は、いつしかマスクで隠すようになった。

荒れていた人生だったが。

ふと手に取った本で、人生が変わった。

それには、夢が詰め込まれていた。

トレジャーハントの夢。

五百年だか前。

世界に大規模な破滅が起きた。

古代クリント王国の終焉だ。

壊滅的なダメージを受けた古代クリント王国は多数の街、多数の技術、多数の人員を失い。

それで一気に衰退。

衰退は現在まで続いていて。

人間の勢力圏、支配領域は狭まる一方だ。

古代クリント王国の終焉については謎が多く、それが現在まで数多の人間を不幸にしているのも事実。

だが、逆に考えて見よう。

それだけの街が放棄されたのなら。

其処に足を踏み入れれば、放棄されたものがそのまま残っているのだ。

宝だけでは無い。

テクノロジーも残っている可能性が高い。

特にテクノロジーは、今や衰退する一方。服を作る機械すら、既に壊れかけて直せないのだ。

それらをもしも復興することが出来たのなら。

それはまさに、希望ではないだろうか。

希望とはロマンだ。

この手帳を見て、ただ生きるために魔物を殺し。ただ生きるために酒を飲み。時に性欲を発散するためだけに色街に足を運んでいたクリフォードは衝撃を受けた。

そしてトレジャーハントを大まじめに勉強し始めた。

幸い、戦闘の技量には困らなかったから、食っていくことは出来た。魔物にいつ殺されるか分からないのは今の時代誰でも同じだ。

だから、そんな中で余裕があるというのは、本当に貴重なのだと。夢とロマンを知ってから、始めて感じた。

師匠が出来て。

そして色々と教わった。

師匠はもう亡くなってしまったが、本格的にトレジャーハントの技量が身についた頃には、周囲の戦士達はクリフォードを奇異の目で見るようになっていた。それはそうだろう。魔物にいつ殺されるか分からない戦士は、みんな生き方が刹那的になる。

それが刹那的な快楽から不意に距離を置いて、変な手帳を読みあさり。時々単騎で出かけて来るのだ。

周囲の戦士はバカだのおかしいだのとクリフォードを嘲ったが。

それは、自分の下の存在を作らないと怖くて仕方がないからと、クリフォードは知っていた。

自分がそうだったから分かるのだ。

だからもう、そういう人間には興味も持たず。

幾つかの遺跡を攻略し。

遺跡に住み着いている人里に襲い来るものとは桁外れに強い魔物と戦って生き延びた頃には。

宝なんて得られなくても、これぞ天職だと想う様になっていたし。

迷宮に挑み。

ロマンを求める事に、今まで得てきた全てよりも素晴らしい感動を感じるようになっていた。

ただそれは、恵まれた戦闘力があって始めて出来ることだと言うことも分かっていた。

幸せを得られたのは、たまたま才覚があったからだ。

そう思うと、クリフォードは素直に喜ぶことは出来なかったし。

故に、過去の話なんて。

他人にしようとも思わなかった。

女はいつの間にか、どうでも良くなっていた。

昔はイライラしたときなどに色町に足を向けることが多かったのだが。

ロマンと天職を見つけてからは。

性病を貰うリスクの方が大きいと判断するようになっていたし。

ましてや恋愛ごっこをしようとも思わなくなっていた。

こうして孤高のトレジャーハンターが誕生した。

自分でも変人である事は、クリフォードも自覚していたが、別に変で一向にかまわない。

各地を放浪しながら、遺跡を巡り。

そして、放棄された都市に住み着いている魔物と戦いながら。其処でどんな暮らしが行われていたのか。

どんな技術があったのか。

それを思い馳せるだけで、心が躍った。

思うに、いびつに育ったから。

心の中の子供が、いつまでもずっと大きくなれなかったのかも知れない。

だがそんな分析などどうでも良いくらい。

クリフォードは、遺跡に取り憑かれていた。

各地を放浪し。

賞金を稼いだり。或いは傭兵をしながら生活費を稼ぎ。

いつしかクリフォードは。匪賊やら盗賊やらを片手間にあしらえるようになり。

それで悪名も高まっていたが。

同時に、世間での評判なんてどうでも良くなっていた。

自分らしい生き方と社会性は両立しない。

いつの間にか知恵を付けていたクリフォードは。

それをいつしか、自然に理解していた。

 

王都にクリフォードが出向いたのは、ただの気まぐれからだ。

知っていた。

王都アスラ・アム・バートがろくでもない場所である事は。

自分でいけそうな遺跡については、肌で分かるようになっていたから。手に負えそうな遺跡から回っていたのだが。

欲が出て来たのだ。

王都に出向いた理由は二つ。

一つは、王都周辺には人間が手出し出来ないと言われているレベルの遺跡がゴロゴロしている事。

当然人間が手出しをしていないのだから、過去のロマンが其処に眠っている可能性は非常に高い。

もう一つは、王都は腐っていてろくでもない場所でも、相応の戦士がいる可能性が高い事。

魔術師に関しては、それこそロクな力量の奴がいないという話は、以前に聞いたことがあった。

だが戦士ならどうか。

世界中にいる謎のメイド一族の戦士が非常に強い事はクリフォードも知っているが。

あの者達は、基本的に各地の主要戦力を担っていたり、有力者との血縁を重視しているようで、クリフォードとは相容れなかった。

だが王都には、虚名に過ぎなくとも有名な資格を得るため、騎士になろうとする戦士が集まる。

それでたまに凄いのがいる。

そういう話は聞いていた。

優れた戦士と組めば、遺跡攻略もいけるかも知れない。

そう考えたクリフォードは王都に向かい。

途中でセリという凄まじい使い手と一度すれ違ったが。縁がないことが分かったので、誘うことはなかった。

そして、その後。

ライザと顔を合わせた。

凄まじい使い手だ。それがすぐに分かった。魔術師としても戦士としても、文字通りの古今無双だと舌を巻いた。

それよりも、瞠目させられたのは。

文字通り、世界を変える力の持ち主だと言う事が、びりびり伝わって来たことである。

単に強いだけではない。

周囲を自然に牽引する力が全身から溢れている。

これこそが、人類の宝とも言える存在だと、一発でクリフォードには理解出来ていた。

ライザともしもある程度の関係を構築できれば、今までにない難度の遺跡に挑戦できるかも知れない。

そう思うだけで、クリフォードは昂奮に体が熱くなるのを感じた。

ライザも調査していると、理由はわからないが、遺跡を調べているのが分かった。

それで、天命だと思った。

クリフォードが試される番だ。

そう判断したから、遺跡に対する調査能力を武器に、売り込むことにした。

女としてのライザには興味は微塵もない。

というよりも、性欲の対象としての人間には、もう興味が失せている。

生物としていびつなことは理解しているが。

それ以上に、自分として生きる事の重要性をクリフォードは理解しているし。

遺跡が探索出来なくなったらそれは自身の死だとも思っているので。

全てどうでも良かった。

そうして、ライザに情報提供を持ちかけてから。

宿にしている粗末な部屋に戻る。

宿泊費は問題ない。

周囲で魔物狩りの仕事を受け。

アーベルハイム卿と何度か一緒に戦ったからだ。

ばたばた戦士が傷ついて行くような仕事だったが。クリフォードは大物を数体仕留めた事もあり。

アーベルハイム卿は、給金をはずんでくれたし。

むしろ専属の戦士にならないかとも誘ってくれた。

有り難いが、今の時点ではそれは考えていない。

そう答えたが。

或いは、金を貯めるための短期契約であれば、受けるのもありかもしれないと今は思っている。

周囲に本を積み上げて、クリフォードは目を通す。

どうもこの近辺に。

星が落ちてきた、という伝承がある。

星が落ちると、実際には凄まじい破壊が引き起こされ。周囲が人が住める状態にはなくなるらしいが。

此処で言う星は、どうも何かしらの都市らしいのだ。

しかも、それは水中にあると聞いて。

クリフォードは。俄然興味を惹かれていた。

ライザと連携して調査すれば、太古のロマンが目の前に拡がるかも知れない。

そう思うだけで、わくわくする。

夢中になって参考の文献を調べて行き。

やがて、気になる一節を見つける。

なるほど。

確かに王都近郊に、変な形状の湖がある。あれは自然の浸食では考えられない地形をしている。

もしもあるとしたら、其処だろう。

頷くと、クリフォードはその情報の精度を高めるべく、調査を更に続けて行く。

ロマンを追うために。

クリフォードにとって、安定した生活やら、土地に根を下ろした生き方やらは、それこそどうでもいい。

ただロマンを求める事だけが全てだった。

それは恐らく、貧しい生活をしながら、生きるために生きることのむなしさを。

誰よりも知っていたからかも知れない。

 

(続)