はりぼての都

 

序、掃除から始める旅

 

王都の最寄りの港についた。

船酔いはしなかったが、数日退屈だった。やる事がないのだ。だから船室に鍵を掛けて、トラベルボトルを用いて、擬似的に作った異世界で採取をしていた。魔物も出現するので、それを相手に戦闘もして。腕が鈍らないようにもしていた。

夕方や朝には、湯沸かしを頼まれることもあったので、それは率先して手伝っていた。

あたしの湯沸かしの技術は外でも通じる。

というか、瞬間湯沸かしが出来るのは大きいらしく。

あたしはどこでもやっていけるらしかった。

まあ、それは各地を旅してきていたアンペルさんからも聞いていたが。

船を下りると、荷物を引いて、まずは港を見て回る。

寂れた港町だ。

此処はこれでも、王都にアクセスがある港町だろうに。それほど栄えているようには思えない。

というか、何となく理由がわかってきた。

防壁が非常に痛んでいる。

安全では無い。

そういうことなのだろう。

王都への街道が、封鎖されている。

何人か強面の傭兵が出て来ていて、看板を出していた。

「何々……魔物が出た、と」

「王都に行くつもりか」

責任感が強そうな傭兵が声を掛けて来る。

四角い顔のおじさんだ。

まあ、正直優男よりもこういう人の方が信頼出来る。これでも島育ちだ。四角い顔の漁師は見飽きている。

軽く話を聞いてみる。

出た魔物は、大した相手じゃあない。

ドラゴンが出たのなら、それは困ったのだろうが。

幸い、あたしだけでどうにかできそうである。

「あたしが駆除してきますよ」

「……かなりの手練れのようだが、実は討伐部隊を編成している。 単独行動をするのではなく、それに加わってくれないだろうか」

「ふむ」

「その間、荷物は責任を持って預かろう」

そうか、ならばそれはそれでありだ。

討伐部隊が出るのも明日。

時間のロスは最初から計算に入れている。それにあたしは健脚な方だ。

この近辺にいる魔物を仕留めた後、王都まで走り抜くのは、荷物つきでも別に難しくはない。

とりあえず、討伐部隊に合流する。

魔術専門らしいお爺さんが一人。

かなりの魔力だなと、一目でわかった。

ウラノスさんみたいに、何処かの村でまとめ役をしていた魔術師かもしれない。ただ流石に年が年だ。

現役引退も近いだろう。

大きなブーメランを背負った、露出度が高い服を着込んだ男性の戦士。マスクをしていて、カウボーイハットというのか。不思議な帽子を被っている。

雰囲気は何だかやばそうな臭いがするが。

喋って見ると、ごく普通に良識的な人だ。

此方の技量も、一目で見抜いたようだった。

「俺はクリフォード。 あんたは」

「ライザリンです。 ライザと呼んでください。 よろしくお願いします」

「ああ。 手練れが加わってくれて助かる。 まあ今の時代、辺境暮らしだったら魔物とやりあった事がない方がおかしいとは思うがな」

「はは、分かりますか」

特にこれは問題は無いだろう。

出た魔物は走鳥。

王都近辺で大量発生が確認されている大型の鳥だ。非常に凶暴で、人間を丸呑みにしてしまう事から怖れられている。

足の力は兎に角強く、蹴りを食らったら歴戦の戦士でもひとたまりもないと言われている程だ。そんな脚力だから足も速く、街道で追われたらまず逃げられないとも言われている。

ただ、今のあたしには、余程強大な個体でなければ苦労する相手ではない。

蹴り技でも負ける気はなかった。

他の傭兵とも話をするが、別にこれといって優れた戦士は見かけられなかった。最低限の戦闘経験は積んでいるらしい人もいるが、それだけだ。

顔合わせを終えて、後は解散となる。

さて、問題は明日だ。

指定された宿に泊まる。

宿はそれほど小さくもなく大きくもなかったが。

店員の態度と言い、何となくいじけているのが分かる。

王都としっかり接続が出来ていればこんな事にはならないのだろうが。

街道もあんまり安全では無いと言う話は、どうやら本当であるらしかった。

一晩を過ごして船旅の疲れを取り。

翌朝一番に、討伐に出かける。

崩れかけた城壁を出ると、すぐに魔物の気配がぷんぷんした。

隊商が幾つも足止めを食っているようで、それらが合同で討伐のための金を出したそうである。

クリフォードさんは隊商の護衛も込みで仕事を引き受けたのだとか。

なお、クリフォードさんの仕事は「トレジャーハンター」だそうである。

普段はこういう荒事で稼いで、本業のために金を貯めているのだそうだ。

何をやるにも金はいる。

ましてやトレジャーハンターなんて仕事になってくると、なおさらなのだろう。

「私が前衛を務める。 中衛、後衛から支援を頼むぞ」

そう言ったのは、昨日あたしと話した責任感が強そうな傭兵だ。分厚い鎧を着込んでいて、かなり強そうだ。まあ見た所アガーテ姉さんの方が数段上だが、それでも普通の傭兵としては出来る方だと思う。

あたしは魔術も肉弾戦もいける事は告げてある。

それを疑っている様子がないという事は。ある程度実力を見抜ける程度の力はあるという事だ。

隊列を組んで行く。

程なくして。

現れた。

かなり大きな群れだ。走鳥を中心に、雑多な魔物が相当数いる。

というか、種族が違う魔物が群れになっていると言うのはおかしい。

ということは。

走鳥はあくまで前衛。

何かいるな。

そうあたしは、判断していた。

三年前に比べて、一つだけ明確に上がったものがある。それは戦闘経験の蓄積である。

まずは、普通と違う事を相手に見せておくか。

先制攻撃だ。

「前衛! ガードを!」

「! 分かった!」

前衛にいる何人かの重武装傭兵が、盾を構える。話が早くて助かる。

そのままあたしは、ローゼフラムを投擲していた。

薔薇の花のように開く爆発を引き起こす、凶悪な爆弾だ。

フラムと呼ばれる通常火焔爆弾の完全上位互換。

魔物達は、何だろうとそれを見ていて。

そして次の瞬間には、灼熱と爆風になぎ倒されていた。

よし、投擲は完璧。

クーケン島の護り手達と、数限りなく魔物を葬ってきたのだ。これくらいは、なんということもない。

散り散りになった魔物に、呆然とする前衛。

そこに、巨大なブーメランと、雷撃の魔術が襲いかかる。

ブーメランはクリフォードさん。魔術は昨日いた、年老いた魔術師だろう。

ブーメランが、今のを耐え抜いた走鳥の首をへし折り。

雷撃が魔物の群れを吹き飛ばす。

わっと逃げ散る魔物を見て、リーダー格の傭兵が声を張り上げた。

「各個撃破! 叩き伏せろ!」

「おおっ!」

人間、勝ちに乗ると強い。

それはあたしも知っている。

成功体験という奴で。

悪さを重ねて罰せられないと、犯罪者が際限なく調子に乗るのもこれが故だ。

あたしはしばらく様子見。

慣れたもので、クリフォードさんもだ。

傭兵達が、傷ついた魔物を袋だたきにして仕留めている。

あたしとしては、街道の魔物が片付けばそれでいいのだけれども。

これは、恐らくそれで終わる事はないな。

そう思って見ていると。

凄まじい雄叫びが、濛々たる煙の向こうから聞こえてきていた。

魔物達が、不意に秩序を取り戻す。

「まずい! さがれ!」

リーダー格の傭兵は、流石にこの辺りで歴戦を重ねているだけの事はあるだろう。雑多な傭兵に声を掛けて、自身は盾を構えて立ちふさがる。

煙が吹っ飛ばされて。

前に出てきたのは、なんだこれは。

少なくとも、クーケン島の周辺では見た事がない魔物だ。

ドラゴンににているかも知れない。

ドラゴンとは交戦経験がある。

だけれども、あれはそもそも。

いずれにしても、その体躯はあたしの歩幅十数歩ぶんはあり。背丈もあたしの何倍もある。

ドラゴンと違うのは、四足で、地面を這っていると言う事。

巨大なトカゲのようだが。

それにしては、魔物を明らかに統率していることもあり。

しかし、ドラゴンにしては、身に纏っている魔力がどうということもない。

だが、その巨大な体格は、経験が浅い傭兵達には恐怖になるし。

何よりもさっきの雄叫び。

あれだけで、戦意なんか消し飛ぶには充分だっただろう。

「港の方に逃げろ! 急げ!」

盾を構えながら、リーダー格の傭兵が叫ぶ。

経験を積んでいるし、それに責任感もある。

死なせるには惜しいな。

あたしは前に出る。逃げ惑う傭兵達を、クリフォードさんが誘導する。

「こっちだ! 急げ!」

「傭兵達は任せます」

「おうっ!」

老魔術師が詠唱を開始している。

この人も、死を覚悟しているみたいだ。

リーダー格の傭兵も、このままだと確実に死ぬだろう。

そうは、させるか。

飛び出す。

無茶だ、死ぬぞ。

そう叫ぶリーダー格の傭兵の前に躍り出たあたしは、そのまま口中で詠唱を続けながら、大型のトカゲの前に躍り出る。

凄まじい雄叫びとともに、周囲の空気を蹴散らすオオトカゲ。

トカゲの後方は弱点じゃない。

あのサイズのトカゲではなくとも、尻尾を武器に使う。尻尾は基本的に筋肉の塊で、あたしでもちょっとまともにくらいたくはない。

トカゲがかっと口を開ける。口の中は牙だらけで、明らかに毒が滴っている。噛まれても即死だろう。

即座に投擲。

トカゲもそれを見て、想像以上に素早くずり下がる。

今度投擲したのは、クライトレヘルンである。

強烈な氷結爆弾だ。

トカゲが、魔術で防御壁を張るのが見えたが。クライトレヘルンの瞬間的な冷却が、その壁を貫通する。

つららが無数の針となって、トカゲを貫く。

相当に分厚いだろう装甲も、文字通り紙のように引き裂きながら。

悲鳴を上げながらも、それでものたうち回って浸食する冷気から逃れようとするオオトカゲ。

そこに、老魔術師が。

渾身らしい、詠唱込みの大雷撃魔術を叩き混んでいた。

悲鳴を上げながら、竿立ちになるオオトカゲ。

駄目だ。致命傷になっていない。

あたしはその間に詠唱。

そして、跳ね起きたオオトカゲが、此方に多分毒のブレスを叩き込んでこようとした瞬間。

気付いたのだろう。

空から、無数に自分を狙っている熱の槍に。

あたしの固有魔術は熱操作。

今でも、その技量は落ちていない。

今空に展開した熱の槍は2500。

全力では無いが、一つ一つの火力が石造家屋くらいだったら、一発で粉砕するほどのものだ。

フルパワーを出せば今なら20000くらいは同時にやれるが。

はっきりいって、こいつならこれで充分だろう。

呆然とし、それで逃げようとするが、もう遅い。

雑魚の魔物を組織的に操り。

更には街道をエサ場にするような知能を持つ魔物を、いかしておく訳にはいかないのである。

「いぃっ、けええええっ!」

全ての熱槍が、オオトカゲに殺到。

必死に魔術で壁を作って防ごうとするオオトカゲ。その壁は分厚く、四重にも達したけれども。

しかし、今のあたしの魔術精度の的ではない。

立て続けにオオトカゲが展開した壁がブチ抜かれ。

そして、熱槍が本体に次々炸裂、爆発する。

空気すらもが、熱せられすぎて炸裂する中。

爆発と熱風の中に、オオトカゲは消えていった。

ふうと、深呼吸。

街道の一角にクレーターが出来。

そこに、オオトカゲの死体が横たわっていた。殆ど炭クズになっているが、尻尾は丸々残っている。

頭部もある程度残っていて。

尻尾だけ残して逃げたと言うことはなかった。

一応、此奴の裏に更に面倒なのがいる事も想定していたのだが。それもなかったか。

老魔術師が、へたり込む。

「やれやれ、とんでもない天才がいたようだな。 わしの死に場だと思っていたのだが」

「凄まじい……」

傭兵のリーダー格が呟く。

まあ、あたしとしては、此処の復旧も考えなければいけないか。

周囲の素材を、さっと見繕う。

錬金釜は持って来ている。街道の補修くらい、今日中に終わらせてしまうことも可能である。

逃げ散った傭兵達を、クリフォードさんがまとめてくれていた。

これはとても助かる。

下手な所に逃げられると、潜んでいた魔物のエジキになりかねなかったのだ。

そうなれば、魔物がまた人間の味を覚える事になる。

それはまた、魔物が人間を襲う負の連鎖につながるのだ。

経験が浅い傭兵達は、破壊の痕と、オオトカゲの死体を見て、更に悲鳴を上げたが。

彼等をリーダー格がまとめてくれる。

整列させて、点呼を取って。

それで、周囲に散らばっている雑魚も含めて、魔物の死体を回収。

一度港町に引き上げる事となった。

何度か往復して、死体を運ぶ。

この死体も、腹を割いて人間の残骸が出てこなかったら、捌いて食べてしまうのである。

あの寂れた港町だ。

危険な海に漁に出る人間も少ないだろうし。

これも貴重な食糧になる。

魔物と人間は、ずっと戦いを続けている。

古代にアーミーを組織していたくらいの人間がいたならば。人間が有利だったのかも知れないが。

あたしも、今では人間の居住地域が狭くなる一方だと知っている。

ここから人間が盛り返すには、相当な努力が必要だろうし。

古代クリント王国のカス共の所業を知っている今となっては。

それが正しいのか。

なんとも言えなかった。

オオトカゲの死体を運んでいく。クリフォードさんが、これについて教えてくれた。

「バシリスクだな」

「聞いたことがない魔物ですね」

「ドラゴンの下位の亜種と言われている魔物でな。 普通は遺跡なんかでたまに遭遇するくらいだ。 此奴は相当な大物だな。 遺跡で前に遭遇した奴は、俺単騎で始末できる程度の相手だった」

「なるほど、覚えておきます」

何か新しい情報を得られるときは、喜ぶべし。

これは、アンペルさんに錬金術を習っていたときから、あたしの中では座右の銘になっている。

世の中には、知らない事を知っている人間を馬鹿にしたり。

自分より知識がある人間を憎むような阿呆がいるらしいが。

そんな連中は、人間の数少ない強みを棒に振っているに等しい。

あたしは、バカになるつもりは無い。

バシリスクという魔物について、幾つか詳しい事を聞いておく。

やはり主力武器は毒。

縄張りも、毒がある地点を主にしていることが多いそうだ。

性質は獰猛そのもので。

知性が感じられるドラゴンと違い、基本的に餌を採ること、増える事しか考えていないらしい。

以前殺さなければならなかったドラゴンとは偉い違いだな。

そう思いながら、メモを取る。

一度凱旋してから、疲れきっている様子の傭兵のリーダー格に話をする。

「街道を直します。 何人か、手が開いている人を見繕って貰えますか」

「街道を直す? 貴殿、あの超火力の魔術といい、何者だ」

「ええと、錬金術師という仕事をしてます。 仕事柄、戦いには慣れていますので」

「俺、手伝うよ」

手を上げたのは、まだ若い傭兵の一人だった。

さっきは逃げ惑っていた一人である。

クリフォードさんも、手伝うと言ってくれた。

「助かったのはあんたのおかげだ、姐さん。 俺たちだけだったら、今頃みんなまとめてあの恐ろしいオオトカゲの餌だった。 少しでも手伝いをさせてくれ」

他にも数人が、手伝いを申し出てくれた。

頷くと、あたしは周囲の護衛を頼む。

王都には、出来るだけ急いで行きたい。みんなと会える可能性があるからだ。

実の所、モリッツさんに頼まれた変なものの調査は、後回しだ。

分からなければ分からないでいい。

ただ今のあたしは。

ずっと続いているもやもやから、さっさと脱したかったのだと思う。

街道に出る。リーダー格の傭兵が、何人かいる傭兵をまとめて、周囲を警戒してくれる。

責任感のある立派な人だな。もう少し戦闘経験を積めば、あの港町の守護神になるのだろう。

錬金釜を荷車から降ろすと、エーテルを満たして調合を開始。

周囲には物資があるが、どうにも品質が良くない。

それでも、今の腕なら。

街道を復旧するくらいなら、難しくは無かった。

 

1、虚構の井戸へ

 

街道が復旧して、すぐに隊商が動き出した。隊商のリーダー格らしい恰幅が良い男性の商人が。

街道の修復を終えたあたしに、即座に声を掛けて来る。クリフォードさんにもだ。

「活躍は見せてもらった。 王都にいくまでの護衛を頼めないだろうか。 君もだ」

「はあ、かまいませんが」

「俺はいいぜ。 どっちにしても、銭はあるだけほしいからな」

クリフォードさんは現金な性格だな。

いや、金はあくまでトレジャーハントにつぎ込むのか。

それはそれで、またちょっともったいないようにも思う。

この腕だったら、何処ででも傭兵としてやっていけるだろうし。

そこそこの大きさの街でも、主力の戦士として腰を下ろせるし。望むなら簡単に伴侶だって得られるはずだ。

だとすると、余程トレジャーハントが好きなのだろう。

まあ、それならば。あたしも何も言わない。

いずれにしても、隊商が複数。更に、隊商で雇っている傭兵もいる。

余程の事態がない限り、問題は無いだろう。

さっきの若い傭兵が、手を振っている。

「ありがとう! 俺、腕を上げて、あんな風に活躍出来るようになるよ!」

手を振り返して、そのまま隊商とともに行く。

直したばかりの街道を見て、商人達は驚いていた。

「最近バレンツ商会が、画期的な接着剤を導入していると聞いている。 家屋用に使っているそうだが、それだろうか……」

「いずれにしても、あんな大物が消し飛ぶほどの爆発の跡がこんな短時間で修復されるとは」

「凄い技量だ。 王都でも名が知れているのだろうか」

「だそうだが?」

クリフォードさんが茶化す。

まああたしとしては、苦笑いするしかない。

錬金術については、クリフォードさんは知らないそうである。

まあ、それは別に良い。

錬金術については、知られていない方が良い。

古代クリント王国のカス共について知られていない方が良いように。

アンペルさんの話によると、今のロテスヴァッサも、一時期錬金術師を集めて、身の程知らずの事を色々と目論んでいたようだし。

一度錬金術というものは。

きちんと責任を持てる人間だけが扱う技術になるべきなのかも知れない。

或いはだが。

単純なテクノロジーを再建して。

それで人類は再起を目指すべきなのかも知れなかった。

街道を行くと、ちいさな集落が幾つかある。それらはいずれもあまり豊かそうには見えなかったし。

魔物の脅威にさらされているようにも見えた。

だが、一つ一つ全て救っている余裕は無い。

勿論問題に直面していて、助けられるようなら助けていくが。

あたしの手は、どこまでも拡がるわけでは無い。

それはあたしにも分かっている。

だから、その辺りではどうしても妥協はする癖がついていた。

この三年も、散々魔物を駆除しながら、それは思い知った。

クーケン島から街道でつながっている別の村が、魔物に襲われて。何人も食い殺された事件だってあった。

救援に行ったときにはもう間に合わなくて。

あたしが魔物を皆殺しにしても、後の祭りだった。

カタキをとってくれて有難う。

そう言われたけれども。

あたしがもっと早く辿りついていれば、仇をとる必要すらなかったのだ。

そう思うと、自分に出来る限界の狭さと。

手が届かない場所が世界にはたくさんあることを。

どうしても思い知らされてしまうのだ。

数日間過ごす。

その間、十三回に達する魔物の襲撃があり。

あたしがその度に出て撃退した。

最初、あたしの技量を半信半疑で見ていたらしい商人も、戦っている内に考えを変えたらしい。

一人、あからさまにあたしの尻やももをずっと見ていた狒々爺がいたが。

そいつも、すぐに恐ろしいものを見る目で、あたしを見るようになっていた。

隊商は、行く先々の集落でも、商売をしていて。

バレンツ商会が、如何に良心的に商売をしていたのか、見ていて思い知らされた。

まあ、バレンツ商会が来るまでは、あたしもろくでもない商会が散々来たから、それは知っていたのだが。

どこでも同じなんだなと、呆れさせられた。

弱者にはとことん強く出る。

それが人間なんだなと思う。

本当にろくでもない生き物だ。

あの悪意の塊だった、フィルフサの王種。蝕みの女王と同じだ。

人間の中には、あたしの大事な仲間もいる。信頼出来る人だっている。

でも、古代クリント王国のカス共も人間だった。

やっぱり、人間という種族は、総体としては信用できないのではないのか。そう、こういうのを見ていると思い知らされる。

やがて、大きな丘まで来ると。

手練れっぽい傭兵の一団が、迎えに来ていた。

「到着が遅れているので、王都の本部から派遣されてきました」

「おお、ありがたい。 途中で大物の魔物に阻まれてな。 此処にいるライザさんに助けて貰ったのだ」

「ふむ?」

ちらりと様子を見ると。

あのフロディアさん。

クラウディアの幼い頃からの友達で、バレンツ商会でトップのルベルトさんの秘書官みたいな事をしていたメイドさんに雰囲気が似ている人だった。

「カーティア殿、最近の王都周辺はどうか」

「問題はありません。 すぐに王都に向かい、安全圏で商品の積み卸しをいたしましょう」

「うむ、そうだな。 護衛を頼む」

丘を越える。

あたしは、魔物の気配が多いなと思って馬車を降りる。荷車は馬車に乗せたままだ。

丘から手をかざすと、幾つか大きな遺跡が見えた。

「遺跡がありますね」

「王都の周囲は遺跡の宝庫なんだよ。 遺跡が多くあるのもここに来た理由でな」

「トレジャーハントが本当に生き甲斐なんですね」

「おうよ。 ただこの辺りの遺跡は危険度が段違いでな。 危なくって、一人で潜れたもんじゃねえ」

クリフォードさんくらいの腕利きが其処まで言うなら、相当なのだろう。

手をかざして彼方此方を見ると。

北部には荒野や密林がぐちゃぐちゃに混じって点在している。

南部はというと、巨大な山がある。

穴だらけと言う事は、鉱山だと言う事だろうか。

そして、ある峠までさしかかって。

それを超えると、見えてきた。

巨大な城壁に囲まれている、巨大な都市だ。なるほど、これが王都。アスラ・アム・バートか。

なんとなくわかってくる。

これに住んでいる人間が、全能感に近いものを抱いてしまう理由が。

実質上の領地なんか、ここしかないのに。ロテスヴァッサが偉そうにしている理由もだ。

圧倒的な文明の産物。

そういう風に、この巨大都市は言える。

古代クリント王国の時代は、こんなのが幾つもあったのだろう。

そう思うと、それだけ人間がおかしくなるのも納得は出来た。

「普通お上りさんは無邪気に喜ぶものなんだが、あんたはちょっと違うな」

「ええ、まあ」

「ふっ。 あの様子だと、相当修羅場は潜っているようだし、無理もないか」

丘を降り始めると、辺りの魔物の気配が薄くなる。彼処までがピークだったようである。

というか、あの辺りが魔物にとってもエサ場の限界点なのだろう。

この辺りの街道は、魔物にとってはキルゾーンに等しく。

近付くと、命を落とすというわけだ。

周囲には、恐らく王都で暮らせないだろう、貧しそうな集落が点々としている。それらの集落には、各地の辺境集落で見て来たのと、あまり変わらない貧しそうな人が暮らしているのが見えた。

王都の城壁は非常に高いが。

あんなもの、ドラゴンが出たらひとっ飛びで飛び越えられてしまうだろう。

文字通りの張りぼてだな。

そう思って、呆れた。

或いは古代クリント王国時代の連中が魔術的な防壁を仕込んでいれば。ある程度はドラゴンを防げるかも知れないが。

あたしが見た所、それも無さそうである。

巨大な城壁の周囲は堀になっていて、水が流し込まれている。巨大な吊り橋があるが、これも籠城のためなのだろう。

吊り橋を渡って、王都に。

吊り橋は基本的に解放されているようで。通るときに多少カタカタ揺れたが。思った以上にしっかりしていた。

吊り橋を通ると、大通りに出る。

大通りと言っても、あたしが知っているものとは規模が根本的に違う。何かの祭でもやっているのか。彼方此方に旗が伸びていて、賑やかに人が行き交っていた。

スーツは基本的に名士や商人くらいしかクーケン島では着ていなかったが。

此処では誰でも着ているな。

そう思いながら、隊商から料金を受け取る。

あたしとしては、荷車を引いて徒歩でここまで来ることも覚悟していたので、多少は楽を出来た。

「また、機会があったら護衛を引き受けてほしい。 ライザリン=シュタウト殿。 君の力量は見せてもらった。 商会の人間が困っているとき、君が支援に来てくれたら、料金を普通の傭兵の倍増しにして払うように、通達を出しておく」

「ありがとうございます」

護衛をした商人と、握手をして別れる。

クリフォードさんも、軽く街について説明だけしてくれて。それで去って行った。

さて、此処からは。

まずは順番にやる事をやっていかないといけない。

タオとボオスが迎えに着てくれているとは思うが、何しろこれだけの長距離移動をした後だ。

当初の予定よりもだいぶ到着時間はずれている。

ただ、昨日。

近くにまで来たら飛ばしてほしいと言われていた、鳥便を飛ばしてある。

これは帰巣本能を持つ鳥による通達で。

早馬以上に重いものは運べないのだが。

相応に早く目的地に着く上に。

ちいさな手紙くらいなら送る事が出来る。

それもあって、一応迎えは着てくれているはずだが。

大通りを抜けるだけでも、半刻は掛かる。まあ、これなら住んでいる人間が万能感を拗らせるか。

そう思いながらも。

周囲で売っているものには興味もある。

全体的に野菜や鉱物は品質が低いな。

そう思う。

それはまあ、そうなのだろう。

タオにも話は聞いているが、このアスラ・アム・バートは幾つかの区に別れていて。中には農業区なるものもあるという。

農業区に住むことはアスラ・アム・バートでは最低の地位に甘んじることを意味するとかで。

農業区の一部は荒れ放題。

与太者の類が跋扈することすらあるとか。

工業区というのもあるらしいが。

さっき途中に見えていた山だろう。

鉱山が魔物の出現で閉鎖されて以降、遠くから来る鉱石に頼りっきりだという話もあって。

得られる鉱石が、相当に品質が落ちているらしい。

鉱石の一つ一つが、非常に高額になっているらしく。

それで相対的に質も落ちているそうだ。

色々といびつな街だな。

そう思って、中央区と呼ばれる居住地域に出る。

すり鉢状になっていて、クーケン島でも、他の集落でもみないような背の高い建物が林立している。

見た所、恐らくはスーツなんかと同じ古代クリント王国時代やそれ以前のテクノロジーによる産物だ。

これは、壊れたら多分取り返しが利かないな。

材質は石か、煉瓦か。

或いは、それに似た別のものかも知れない。

観察していると、あたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。はて。あんまり聞いたことがない声だが。

振り返ると、長い坂から、手を振っている男性二人。

一人はボオスだ。あんまり変わっていない。

まあボオスは、クーケン島を出たときには、成長期が終わっていた。相変わらずのなんか偉そうな雰囲気はあるが。

別にそれは、今では敵意として向けられていない。

走り寄ってきた、長身の男は誰だ。

小首を傾げていると、走り寄ってきた男は、警戒心ゼロのまま話しかけてくる。

「ライザ、久しぶり!」

「……消去法で考えて、まさかタオ!?」

「びっくりしただろ」

びっくりした。

ボオスが苦笑いしている。

タオは、前はとにかく背が低かった。あたし達の中でも飛び抜けて背が低くて、このまま伸びないかと思っていた。

そもそもあまり良い親では無いタオの両親も、どっちも背が高い方ではなかった。

それが、今では長身のボオスに並ぶか、いやこれは。

背丈で超えているかも知れない。

腰にぶら下げている双剣が、完全に背丈に負けていない。これは、剣を作って渡して正解だったか。

「はー。 まさかこんなに三年で変わるなんてね……」

「ライザはあんまり変わらないね」

「あたしはまあ、成長期過ぎてたし。 ボオスと同じ」

「まあ、そうなるな」

とりあえず、歓談は後だ。

咳払いすると、まずは今後の事を話さなければならない。

最悪どっちかの家に居候というのも考えていたのだが。二人が学生だと言う事も考えると、ちょっとこれは厳しいか。

あたしはどうでもいいけれども。

二人がどんな噂を立てられるか、知れたものじゃない。

この王都には学園区というのがあって、其処には各地から学生が集まってきている。

実の所、タオのような純粋に学問をしに来る人間は少数派。

殆どは、故郷で箔を付ける為に、王都での学校を出たという経歴を求めに来ているのである。

ボオスなんかは典型的なそれだ。

ロテスヴァッサは実質的な領土なんて王都しかないのだけれども。

それでも、文化的には影響力はあると言う事なのだろう。

或いはだが。

アガーテ姉さんがここで取得した騎士の資格のように。

一応、王都で取得したという実用的な資格に、それなりに興味がある人間は多いのだろう。

それに、地方の有力者にとっては。

今でも人間が一番多く暮らしている都市で、苦労して取った資格というものが。

相応に箔になるのかも知れない。

カフェに出向く。

カフェと言ってもかなり大きな場所だ。内部には戦士がたくさんいる。

傭兵や、いわゆる冒険者かもしれない。

傭兵以上に緩やかな不定住生活をしている人間で。まんま傭兵になったり、場合によっては賊になったりもする。

このカフェはそれなりに雰囲気がしっかりしているので。

地方で見かけるような、すぐに与太者に早変わりするようなのはいないのだろう。

席を取り、注文をして。

値段にびっくりする。

聞いてはいたが、ちょっととんでもない値段だ。此処で暮らしていたら。三年こつこつ貯めていたお金なんて、あっと言う間に尽きるだろう。

「おっそろしい料金だろ。 王都の連中には水も湧かせない奴が多いからな。 魔術師は湯沸かしで生活費を稼ぐ事から始まることも多いんだぜ」

「僕達は、最初は用心棒から始めたんだよ」

「いやはや、手紙で知ってはいたけど、もの凄いね……」

「父さんが持たせてくれた金なんて、あっと言う間に尽きてな。 学費は一応足りたんだが、生活費がやばすぎる。 お前らと一緒に冒険する時のために鍛えてるんだが、鍛えるための用心棒家業が生命線になっちまってな」

ボオスが本末転倒だと呆れる。

二人を見て分かるが、相当に腕を上げている。この様子だと、王都周辺の街道警備で、散々魔物とやりあったのだろう。

幾つか必要事項を確認。

まずクラウディアだが、近々王都に来ると言う。

なんでも、西側の街道沿いにある集落で問題が発生していたらしく。それの対応に当たっているらしい。

レントは王都近くにいるらしいのだが、どうにも様子がおかしいそうだ。

それについてはあたしも手紙をやりとりしているから知っている。

「あいつも成長期は終わってるからな。 そこまで見かけは変わらないと思うぞ」

「何度か顔はあわせたの?」

「僕は一度だけ。 用心棒として出向いた先で、一緒に戦ったけど。 ちょっとよそよそしかったね」

「全く、あれだけお前達の結束は固かったのにな」

ボオスはぶっきらぼうに言うが。

心配してくれているのは分かる。

あの時。オーリムでボオスの呪いは解けた。

対立していた悪ガキ軍団は、今では志をともにする同志だ。

古代クリント王国の所業に、ともに怒った者同士である。

これは恐らくだが。実際に体験しないと理解出来ないだろう。

「お前はどうだ、ライザ」

「うーん、どうにも三年ぱっとしなかったね。 腕は落ちていないし、むしろ魔力なんかは伸ばしているはずなのにね」

「あれ以上かよ。 お前、人間型の太陽か何かか」

「ボオス、それはそうとして。 まずは家だね」

その通りだ。

一応、モリッツさんから預かったものについては、後で見せるとして。

拠点が必要になる。

タオが、思い当たる節があるという。

そういうと、ボオスがなんだか苦笑いしていた。

「タオ、大丈夫か。 例のお嬢さんのとこだろ、宛てって」

「そうそう。 パティはとても真面目で礼儀正しい良い子だから、ライザともすぐに仲良くなれると思うよ」

「パティ?」

「こっちで今勉強を教えてる子だよ。 家庭教師の仕事をしていて、それで学費を稼ぐ足しにしているんだ」

名前からして女の子か。

そして、ボオスの反応からして、何となくわかった。

タオも昔だったら兎も角。

今の背丈と。

昔からそうだった、整理された優れた知識があれば。或いは確かに、不思議ではないかも知れない。

咳払いすると、では一旦解散とする。

まずは、タオにその子を紹介してもらうこととする。ボオスはタオほど勉強が出来るわけでもないようなので、色々大変らしい。

箔を付けるだけでも、それなりに苦労するんだな。

そう思って、あたしは苦笑していた。

タオと一緒に、貴族が住んでいる地区へ歩く。

学園区の先だ。

貴族などの、特権階級の住む区画がある。

まあ家庭教師をしていると言う事から想像がついたが。貴族の子女か。

タオは良い子だと言っているが。どうもこじれそうな気がする。

大きな邸宅の前に。

この家だけで、あたしの家と、畑全部を合わせたくらいの広さがある。しかも庭も含めると、何倍もでかい。

しかもだ。

周囲にある似たような邸宅を見ると、もっと大きいのが幾つもある。

馬鹿馬鹿しい規模だな。そう思って、あたしは呆れた。

玄関の方に回ると、随分としっかりした雰囲気の女の子がいた。

腰には体に不釣り合いなほど大きな剣をぶら下げている。形状からして片刃か。

背丈はあまり高くない。

プラチナブロンドの髪をツインテールにしている可愛い子だが。目つきは鋭くて、獰猛な獣を思わせた。

貴族にしては出来そうだな。そう、あたしは思う。

「パティ、話を以前からしていたライザだよ」

「始めまして。 ライザリン=シュタウトです。 ライザって呼んでね」

「始めまして。 パトリツィア=アーベルハイムです。 パティとお呼びください」

「ありがとう。 よろしくね、パティ」

貴族にしては礼儀正しいな。年長者に敬語で応じて来る。

パティは16ということで、結婚適齢期だ。貴族でもクーケン島でもそれは同じだろう。

そういう事もあって、かなりぴりついた空気を感じるが。

あたしも一時期クーケン島ではかなり五月蠅かったので、その気持ちは大いにわかる。

ブルネン家の先代があたしを買っていたこともある。

事実あたしは、ボオスの嫁の最有力候補だったのだ。

「ヴォルカーさんはいる?」

「先ほど、魔物の討伐から戻られました。 ライザさんに貸し出す住居について、ですよね」

「うん。 頼めるかな」

「幾つか管理している物件からピックアップしておきました。 錬金術というものが行える程度の強度と広さが必要だという条件もクリア出来ています」

ありがとう。

そうタオが言うと、パティは少しだけ厳しく引き結んだ表情を和らげた気がした。

ああ、なるほど。

これは面倒なのがよく分かる。

ただでさえ、井戸の中の蛙の貴族どもにとっては。醜聞はほしくて仕方がないものだろうし。

今聞いた話だけでも、このパティの親は珍しい武闘派貴族だ。

実力は見てみないと何とも言えないが、だとすると偉そうにするだけが取り柄の他の貴族とあまり上手く行っていなくても不思議じゃない。

ましてやそんなパティが、明らかにタオに気があるとなると。

パティの親も、パティ自身も、相当に気を付けているはずだ。タオはこの分だと、全くなんにも気付いていないっぽいが。

見た所、パティはかなり良い戦闘の腕を持っている。

16当時のあたしに比べるとだいぶ落ちるけれど、それは育った環境だ。こんなぬるま湯で、たまに魔物と戦闘している程度では仕方がないだろう。

いずれにしても、まずは住居だ。

落ち着いてから、色々と調べる。

あたしも、三年何もしてなかったわけじゃない。

例えばこの近くに門があるのならぶっ潰すつもりだし。

その門の先にフィルフサがいるなら、叩き潰す。

王都はこんな有様でも、人間が一番たくさん暮らしている場所だ。生活圏が減る一方の人類にとって、此処を今失うのはあまりにも痛い。

あたしは古代クリント王国のカス共とは違う。違う存在でなければならない。

そうでなければ、力を持った責任を果たせなかった。

 

2、まずは住居から

 

無駄に広い造りの家だな。そう思いながら、あたしはアーベルハイム邸に入る。

パティはあたしに対して敵意を向けてくるような事もない。ただ、誰にでも警戒はしているようだが。

タオに教わっているなら、あたしの話を聞いているはずだ。

それに、多分パティは背が伸びた後のタオしか知らない。

変な風に嫉妬するとしても。

それは、仕方が無い事なのかも知れなかった。

無言で案内されて、白磁の階段を上る。

メイドが何人かいたが、その内一人がフロディアさんそっくりだ。例の一族の人間なのだろう。

なんというか、来る途中にもカーティアさんという人がいたし。

思った以上に、例の一族は各地で数を増やしているのかも知れなかった。

ひょっとするとだけれども。

パティも直系では無いにしても。

血を引いていてもおかしくは無い。

そんな風に思いながら、執務室に。

威圧的な鎧とハルバード、それに大剣が飾られている。これは恐らくだが、わざとだろうな。

あたしはそう思った。

執務室に入る。

大柄で、スーツにはち切れんばかりの筋肉を包んだ、強面のひげ面の男性だ。厳しい視線は、最初にあった時のルベルトさんを思い出す。

軽く挨拶を交わす。

かなりの手練れだ。多分アガーテ姉さんに一枚及ばないか、くらいの技量はあるだろう。

これは年齢による衰えもあるのだろう。全盛期だったら、アガーテ姉さん以上の実力だったかも知れない。

「なるほど、タオくんから聞いている通り、素晴らしい力量の戦士のようだ。 魔術の腕も超一流だそうだな」

「はあ、そう言っていただけると光栄です」

「それに加えて、錬金術という驚天の技も使うとか」

「まあ、それなりにです」

ヴォルカーというパティの父上は、そういう風に言いながら、あたしを観察してくる。

あたしも当然、以前から開発している道具類は身に付けている。

この人くらいの力量になってくると、当然今のあたしの戦闘能力も一目で理解出来るのだろう。

「分かった。 タオくんの話に嘘はないようだ。 パティ、例の家屋の情報を」

「分かりました」

パティが即座に図面を持ってくる。

見せてもらうが、なかなかの広さだ。

あの住宅区にあった一角。

高層住宅の、七階にあるらしい。

広さは申し分ない。

問題は強度だが、それについてはこれから確認させて貰う事にする。

問題は家賃だが。

7000コールか。

払えるには払える。最初から、家賃の相場は聞いていたから、相応にお金は用意してきたのだ。

ただこつこつ貯めてきたお金だ。

今後、自分の足で調査して、調合素材を集めていくとなると、相当に厳しい事に鳴るだろう。

しかも一月で7000コールとなると、一季節。三ヶ月此処に逗留することを計算に入れると、ちょっと厳しいかも知れない。何しろ、家賃以外に生活費もあるのだから。

更に言うと、状況次第では家屋の破損なども見込まなければならない。

最悪の場合、金を稼ぐだけで身動きが取れなくなる。

このくらいの計算は、あたしも三年で覚えてきている。

考え込んだあたしに、パティが不思議そうに言う。

「ええと、この価格はかなり良心的な方ですが」

「うん、それは疑っていないよ」

「ライザくん」

「はい」

ヴォルカーさんが咳払いする。

多分、此方の状況を見抜いたのだと思う。

というのも、この人。

貴族で武闘派という事が不自然なのだ。

この人は、或いは騎士として周辺で多大な武勲を上げ。その異例な武勲から、爵位を貰ったタイプの貴族なのではあるまいか。

だとすると、元々はあたしと似たような庶民だったはず。要は成り上がりだ。

パティが非常に礼儀正しいのも。噂に聞く貴族の令嬢令息が無礼でアホ揃いなのと対照的だ。恐らく意識的に、徹底的に教育をしているのだろう。

全ては、立場に対して。

舐められないために。

「実は現在、王都の南部で幾つか困ったことが起きていてな」

「荒事でしたら対応しましょうか」

「心強い話だが、それよりもまずはインフラの整備をしたい。 君の錬金術についてはタオ君から聞いている。 邪魔な岩を消し飛ばすための発破を準備して貰えないだろうか」

「その程度で良いのなら、おやすい御用です」

咳払いするヴォルカーさん。要するに、ここからが本題と言う事だ。

足りないものは他に幾つもある。

工事用の発破だけではない。戦闘の後、負傷者に使うための薬。そもそも、魔物に対して用いるための爆弾。

そして何よりも、魔物と戦うための武器。

これらを定期的に納品すれば、家賃をタダにするという。

それはありがたい。

金は幾らあっても足りない。

パティは、タダという話を聞いて、大丈夫なのだろうかという顔をしたが。そんなパティにも、声を掛けるヴォルカーさん。

「パティ。 お前はライザさんと同行して、錬金術と言うものがどういうものなのか、見届けてきなさい」

「はい」

つまりは目付役だ。そして、父に目付役を任されたのがどういうことか、パティも分かっているのだろう。

まだ若くても、立場的に厳しい父の代理として、あたしの目付をするという事だ。責任重大である。

「発破を作れるのであれば、どれくらいで納入できるかね」

「作れ次第すぐに持って来ますが、そうですね……早ければ今日中に現地で実演までやります」

「何……」

「ただ、この近辺でまず素材を集めないといけません。 素材次第では作れない可能性もあるので、遅くとも三日以内には」

困惑するヴォルカーさん。

この様子だと、既に王都では錬金術は死に絶えたんだなと思う。

発破くらいだったら、錬金術師の端くれ程度でも用意し使えるはずだ。

アンペルさんが此処の王立錬金術研究所を離れる時に、全ての資料を破却して去ったそうだけれども。

だとしても、まだ錬金術師はいた筈だ。

そうなってくると、何があったのだろう。

王都の作業機械は、殆ど古代クリント王国のものをだましだまし使っていると聞いていたけれども。

それにしても、ここまで錬金術が廃れた理由はなんなのだろう。現地で見てみると、色々と疑問は浮かんでくる。

ともかく、すぐにパティとともにでる。パティの技量も見ておきたいが、まずはタオにも声は掛けたい。

「その。 ライザさん、あんな安請け合いをして大丈夫なんですか。 あなたの魔術師としての技量は、炸裂するような魔力を感じますので、疑ってはいないんですが……」

「パティ、まずはタオに声を掛けて来てくれる? 採取だって言えば分かるから」

「あ、はい」

「あたしは一旦地図にあった住居に、荷車と荷物を運び込むよ。 その住居のある建物前で再集合。 お願い出来るかな」

タオの居場所はパティにしかわからないので。

貴族の令嬢だが、別に今は目付役だ。こういう風に接しても問題ないはず。

何よりも、パティがそう接してきている。

だったら、手分けするために行動するだけだ。

すぐに手分けして動く。

パティも、それで不快感を感じている様子がない。

これは恐らくだけれども。

特権階級に胡座を掻いた無能な貴族に対して、パティも相当に思うところがあるのではないのだろうか。

そんな事を考えながら、住宅区へ。

荷物を運び込んで、釜を設置していると。

タオが、新しいアトリエ兼住居に入ってきた。

「そこそこの広さだね」

「防爆の結界は展開しておかないとね。 最悪の事態が起きても、此処だけで収められるようにしないと」

「ぼ、防爆!?」

「大丈夫、駆け出しの頃は何度か危なかったけど、もうやらないよ。 あくまで錬金術を行う際の念の為」

一緒にいたパティが心配そうにしているが。

まあ、それはそれだ。

すぐにタオと軽く話をする。素材については、やはりタオも散々一緒に冒険をしたからか、ある程度はわかるようだった。

「王都の街道近辺は、流石に鉱石の類は殆どないよ。 一番良いのは南の鉱山だろうけれども、僕がここに来たときには閉鎖されていて、今は多分ヴォルカーさんの許可が出ないと入れないだろうね」

「じゃあ其処は駄目だね。 鉱石のグレードを落とす場合、あたしが技術でカバーしないと駄目か。 グレードを落として良いとしても、鉱石があるとしたらどこだろ」

「街道から少し北に行くと、森に出るんだ。 其処の森だったら、或いはあるかも知れない。 植物関係の素材も期待できるよ」

なるほどね。

一応、手持ちに幾つか高品質の素材はあるけれど。

これらは切り札だ。

また、トラベルボトルも念の為に持って来ているが、これはそもそも調整に一手間必要になる。

いきなり使うのは悪手だ。

丁度ある程度戦えるパティもいるし、何よりも双剣を使いこなせるようになったタオの腕も見たい。

「ハンマーはもうしまっちゃったの?」

「今は体に合わなくなって。 ごめん、強力な魔物にも通じる武器に仕上げてくれたのに」

「いいよいいよ。 後で渡して。 こっちでどうにか使えないか改修するから」

「うん。 頼むよライザ」

じっとパティがやりとりを見ている。

ああ、これは恐らくだが。嫉妬しているな。

パティは随分と感情のコントロールを心がけているようだが。どうしても心を抑えきるのは難しいだろう。

ともかく、あたしはタオに異性としての興味は今後一切抱かないだろうし。

タオもあたしに対してそれは同じだろうから。

それはいずれ、しっかりさせておく必要があるか。

というか、タオにその気があるのなら、パティとくっつくのを応援したいくらいなのだが。

この研究の虫が、女に興味なんて持つのやら。

一通り話をした後、一度外に出る。そして、商店街を、カラになった荷車を引いて急ぐ。

パティに視線が時々向いている。

ヴォルカーさんの娘だと言う事もあるのだろうか。

「パティ、有名人?」

「いえ、私よりもお父様が。 街道の安全のために最前線で戦っているのは、お父様ですので」

「ああなるほどね」

「急ぎましょう」

あまり、周囲の視線を好んではいないようだ。

大通りを出ると、街道に。街道周辺でも、雑魚の魔物はちらほら見かけたが。やはりある程度はいるか。

「セキネツ鉱があればいいんだけれども、剥き出しでは流石にないだろうね」

「多分ないね。 少し北に足を伸ばすと、ワイバーンが住み着いているかなり荒れた土地に出るんだけれども、そこに行くとたくさんあるかも知れない」

「ふうん……まあとりあえずは鉱石を探そう」

基本はセキネツ鉱で大丈夫だろう。

ローゼフラム級の大火力フラムは、流石にまだ創る事を考えなくてもいい。

あたし、それとタオとパティで組んで、それでとりあえず近辺で採取を開始。もう薬草なんかは、タオも知っている。

石を割ってみるが、この辺りの鉱物は本当に駄目だな。

というか、取り尽くされている感がある。

恐らくだが、ロテスヴァッサの錬金術師達が、この辺りは漁り尽くしたと見て良いだろう。適当な所で声を掛ける。

「そっちはどう?」

「薬草はあるよ」

「じゃ、回収し次第移動しよう」

「分かった!」

タオがパティと一緒に、薬草を採ってくる。これが薬草になるのかと、パティは明らかに驚いていた。

戦い方だけは習っているが、これは食用の草とか、サバイバルの知識とかは教わっていないんだな。

大事にされている弊害か。

そう思って、苦笑いしてしまう。

「そ、その。 虫がたくさんいるんですけど、これを本当に食べたり塗ったりするんですか」

「パティは虫苦手?」

「は、羽音を聞くとぞっとするんです」

「僕も虫は苦手だよ。 僕達の戦いの師匠であるリラさんって人に虫の食べ方とか教わったときとか、ひっくり返りそうになったし」

そうだったなあ。

そんな事もあったか。

パティは虫を食べると聞いて、本当に全身真っ青になったので。まあその話題は避けるかと思った。

とりあえず、周辺を見て周りながら、近くの森に。

魔物の気配が一気に濃くなった。

パティが警告してくる。

「此処は時々近場の子供が迷い込んで、魔物の餌になってしまうことがある危険な場所です。 お父様と何度か来ましたが、毎回魔物との戦闘は避けられなくて……」

「声を落として」

「!」

もういる。

これは鼬と、それにエレメンタルか。

ハンドサインは、途中で決めておいたが。パティは覚えているだろうか。

まあ、これは正直、苦戦する程の相手ではないだろう。

ハンドサインを出す。正面に二、右側面に一。正面鼬、側面がエレメンタル。

頷くと、タオが突貫。正面に伏せていた鼬が、驚いて跳び上がった所に、双剣で流れるように斬り付けた。

パティが抜刀。

長羽の片刃剣だが、かなり独特なものだ。刀かあれは。

抜刀と、更には斬り付ける動作が一体になっている。鼬の頭蓋骨に滑って致命傷にはならなかったが。それでもしっかり当てていく。

側面から、踊り出してくるエレメンタル。

人型をした、正体がよく分からない存在だ。

此奴らの最上位存在である精霊王とは以前やりとりをした事があるが、下位の此奴らは喋る事ができない。

それに、人間は見境なく殺しに来る。

襲いかかってきたエレメンタルを引きつけて、蹴りで首をへし折って粉砕。何が起きたと顔に書きながら、エレメンタルが消滅していく。

そのまま、正面で交戦中の二人に加勢。

鼬が、突貫してくるあたしをみて、明らかに怯む。

魔術なんて必要ない。

タオが側面に横っ飛びしたところに、あたしがドロップキック。

文字通り、吹っ飛んだ鼬。

あたしより大きいが、元々あたしは魔術で身体能力を強化しているし。三年前の戦いを乗り切った装備で身体能力を更に更に上げている。

この程度の相手なんて、大した敵でもない。

唖然とするパティの前で、鼬に熱槍をノーモーションから叩き込む。

熱の槍が首を貫いて、鼬を瞬殺する。

さっきドロップキックした鼬も、既に息絶えていた。

「声は落として、死骸を回収して」

「はい」

動揺気味のパティはそのまま、ハンドサインを出して、すぐに魔物の遺体を回収。そして一度森の外に出ると、すぐに吊して解体。エレメンタルは殺すと消えてしまうのだけれども。

まあその代わり、色々と面白い素材を落とすのだ。それはしっかり回収しておいた。

「凄いでしょライザの蹴り技。 大型の魔物の装甲を、拉げさせるくらいのパワーがあってね……」

「し、信じられません」

「魔術で身体能力を上げて、それに錬金術で作った道具類で更に強化しているからね。 それ以前に、元々蹴り技はあたしの切り札だったんだけど」

「……」

呆然としているパティ。

ひょっとしてあたしを後衛型だと思っていたのか。

残念。

あたしは前衛でもバリバリ戦えるのだ。

魔物の解体を開始。パティも、ある程度は手伝ってくれたが。鼬の体内から寄生虫が出てくると、ひっと声を上げて明らかに手が止まった。あたしがうねうね動いている寄生虫を、熱魔術でじゅっと焼いてしまう。

内臓なんかも切り分ける。はらわたを開けてみるが、人間の残骸は入ってはいなかった。まあ一安心だ。

もしも人間の味を覚えた鼬だったら、徹底的に群れごと駆逐しなければならず、時間も取られた。

解体をてきぱきと終わらせる。

この鼬の爪や皮は、小遣いくらいにしかならないか。素材にするのが適当だろう。

肉は、いらないな。肉は生活に苦労しているだろうタオに譲る。タオは、有難うと言ってくれた。

そのまま、森に入り直す。そして、鉱石を漁る。

ある程度の鉱石はある。

森に入ってしまうと、もう人の手がほぼ入っていないとなると。

これは恐らくだけれども。

ロテスヴァッサの錬金術師どもは、多分貴族やらを主体に編成されていたのだろう。これはアンペルさんも言っていたような気がする。

パティのような例外を除けば、線が細い貴族が、こんな所で採取を出来るとは思えない。

王都を少し離れれば、相応に良い素材もあるかも知れない。

頷くと、鉱石を割る。

セキネツ鉱だ。

そこまで品質は良くないが、幾つか集めれば発破は作れるだろう。タオをハンドサインで呼んで、この辺りの鉱石を割って一緒に集める。

タオは細長くなった印象だが、ちゃんと腕力は増えているようで。鉱石をせっせと荷車に詰め込む。

この荷車も、何度か改良を重ねて頑強になっている。

鉱石を詰め込んでも平然としているのを見て、パティが唖然としていた。

他にも薬草などの素材を集めておいて。それで一旦は切り上げる事とする。

森を出ると、まだ夕方になっていない。これだったら、今日中、出来れば明日には納入できるだろう。

パティは目が回りそうな様子だったが。もう少し手伝って貰うとするか。

「よし、多分これで作れる。 アトリエに急ごう」

「今日王都に来たばかりですよね!? どれだけタフなんですか」

「ライザの体力は昔からとんでもなくてね……」

「錬金術と言うのは分からないですけれど、多分さっきの腕を見る限りライザさんは王宮魔術師になれると思いますよ。 それで歴戦の傭兵並みにタフなんですか」

今の発言はちょっと面白いな。

あたしは全力なんてこれっぽっちも出していないが、あの程度か王宮魔術師は。

それだったら、ロテスヴァッサの底も知れる。

元々アンペルさんが周囲の嫉妬を浴びて、追い出されたような場所だ。

ろくでもない場所だと言うのは分かっていたし。

何よりも、来てみて此処はタダの井戸の底だというのも理解出来た。

いずれにしても、この王都で成り上がることに興味は今の瞬間失せた。

この周辺の調査をして。

フィルフサ周りの問題がないかを確認し。

更にモリッツさんから貰ったあの宝石みたいなものを解析したら。

この王都には、もう用はない。

そう、あたしは考えていた。

 

アトリエに戻ると、早速調合を始める。

席を外した方が良いかと聞かれたので、見て行って欲しいとパティに声を掛けておく。

まずは、エーテルを釜に満たす。

エーテルを大量にひねり出しているのを見て、パティは度肝を抜かれているようだった。

この様子だと、王都の人間は相当に鈍っているらしい。

クーケン島には、あたし以外にもエーテルを物質化するくらいは出来る魔術師が何人もいたのだが。

「パティの固有魔術って何?」

「私はエンチャントです」

「お、それはあの繊細そうな長刃と相性ばっちりだね」

「はい。 最初は私の背があまり高くない事から、お父様が用意してくれた武器だったんですけれど。 固有魔術との相性がぴったりで、今はこれを極めようと思っています」

凄く真面目だな。

好感が持てる。

エンチャントというのは、魔力を外に付与する魔術の事だ。基本的に武器なんかに魔力を付与して、強度とか切れ味とかを上げるのが普通になる。

誰でも魔術が使えるのが当たり前の現在。

基本的に魔術は、殆どの人が身体強化。

そうでなくても、あたしみたいな熱操作とかが一般的。レアなところだと、クラウディアの音魔術とか。あたしの師匠であるアンペルさんの空間操作とかがある。

さて、錬金術の時間だ。

釜に鉱石を入れて、要素ごとに分解する。

散々やってきた作業だ。もう失敗しようがない。

錬金術は無から有を作り出す技術だ。

そうアンペルさんは言っていたっけ。

今では、それは昔に言われた事であって。実際にはエーテルの中で要素を分解して、それを再構築するものだと考えている。

いずれにしても、淡々とやっていくだけだ。

やはり品質がだいぶ落ちるな。

そう思いながら、セキネツ鉱を分解して、要素を抽出。

更に雑草を投入。

今回は発破を作るので、包みが必要だ。

更に爆発用の信管も準備して。

紐もくみ上げていく。

程なくして、仕上がっていた。

発破用の爆弾である。威力はそこそこに押さえておいた。その気になれば岩山を吹っ飛ばすくらいのものも作れるが。

今手元にある鉱石でそれを作るのは、手間暇が掛かるし。

何より、品質が良くないので。

爆発にムラが生じる可能性があり、綺麗に爆破できないかも知れない。

今求められている爆破用の発破なら、これで充分だろう。一応念の為に、十個ほど作っておく。

無駄なく作っていく。タオには、その間説明をして、マニュアルを書いて貰う。

完璧に作業を分担しているあたしとタオを見て、パティは困惑しているようだが。多分それには嫉妬も入っている筈だ。

あまり拗らせると関係を壊すかも知れない。

「パティ」

「はい」

「多分今日中に爆破試験は出来ると思うから、立ち会ってくれる?」

「分かりました。 それにしても、本当にこれはどういう技術なんですか。 手品の類とは違うんですか」

そんな事を、最初はクーケン島の頭が硬い老人にも言われたな。

あれももう、懐かしい話だ。

苦笑いして、違うよと話をしておく。

やがて、マニュアルも仕上がった。見せてもらうが、流石はタオだ。あたしがざっと述べた特徴を、丁寧にまとめて、誰でも使えるように仕上げてくれている。それに字がとても上手い。

丁度空き箱が一つあったので、それに発破を詰め込む。パティは躊躇していたが、大丈夫だと話をしておく。

「爆弾ですけど、本当に大丈夫なんですか?」

「爆弾だって事は疑っていないんだね」

「ライザさんの実力は見せてもらったので、わざわざ詐欺師みたいなことをするとは思えません。 そんな事をしなくても、あれだけ戦えるなら、傭兵としても騎士としても大金を稼げると思いますし、何より嘘をついている人特有の嫌な感じがしませんから」

「そっか……」

周りが貴族の子女となると、それは嘘つきの下衆だらけなんだろうな。

そう思って、それでもまっすぐ育っているパティを思って。本当に良い子なんだろうなと再確認する。

だけれども、そんな子に嫌われる可能性もあるから、気を付けなければならない。

タオはもう良いので、上がって貰う。

鼬の肉はまだ新鮮で、市場で売れるらしい。生活費になるらしいから、好きに使って貰う事とする。

アーベルハイム邸に向かいながら、軽く話をする。

クラウディアの事を、パティは知っていた。クラウディアと親友だという話をすると、パティは驚く。

「えっ。 バレンツ商会ともコネがあるんですか」

「たまたまだよ。 クーケン島にバレンツ商会が来た時に、色々あって。 それで今は、バレンツ商会にゼッテルとか布とか、後はインゴットとか卸してるんだ」

「数年前から、バレンツ商会の扱うそれらの品が急に品質が上がったという話は聞いていました。 まさかライザさんが……」

「王都にあたし、意外に影響を与えていたんだね」

さて、此処からだ。

夕方少し前。

おそらくヴォルカーさんは相当に忙しいだろうし、今日中に商談だの何だのは済ませておいた方が良い。

そうでないと、数日無駄に過ごす可能性が出てくる。

パティはあたしを疑っていない。

後は、失望させず。

タオと変な関係があると邪推させず。いい関係を築いていきたいなと、思うのだった。

 

3、足場を固めて

 

ヴォルカーさんと、パティと。

後は何人かの手練れとともに、街の外に出る。

西側から出て、迂回するように街の南に。案の定、ヴォルカーさんは忙しいらしく。今日中に性能試験が出来るという話を聞くと、即座に腰を上げてくれた。

というか、こんなに早く発破を用意するとは思っていなかったらしい。

半信半疑の様子だったが。パティが耳打ちしていて。

それで、頷いていた。

話の内容は流石に聞こえなかったし、聞くつもりもなかったが。

パティは今の時点では、あたしに悪印象を持っていない。

あたしも、パティと上手くやっていきたいと思っている。

貴族としてのアーベルハイムには微塵も興味がない。

今日一緒に過ごしてみて、良い子だと思ったからそう考えているだけである。

魔物が遠巻きにこっちを見ているが。あたしがにこりと笑顔を向けると、さっと散って行く。

この辺りの魔物は雑魚ばかりだ。

ヴォルカーさんは、てきぱきと鎧で武装して出て来たが。

多分、ヴォルカーさんがいるのもあるのだろう、と思う。

「この辺りは、形式的に私の領地と言う事になっていてね」

「領地ですか」

「そうだ。 それで、この辺りで生活している民のために色々と手を打っているのだが。 そもそも基礎的なインフラが見ての通り壊滅的なのだ。 そこで、発破を作ってもらった訳だ」

「なるほど、分かります。 あたしの暮らしていたクーケン島の周辺も、彼方此方道が寸断されていたりして。 随分と苦労しました」

道が途切れている場所に出る。

大きな岩が崩れていて、道がふさがれていた。

これは、確かに手動で崩すのは大変だろう。

勿論やれないこともないのだが。

恐らくは、こんなのが彼方此方にあるとみた。

さっそく、あたしは発破を取りだして、実演する。その間、マニュアルをヴォルカーさんとパティは見ていた。

「実に分かりやすいマニュアルだな」

「タオさんが説明を受けて書いていました。 ライザさんと故郷が同じと言う事で、同じような作業を故郷でもしていたようです」

「なるほど、息があっているのも納得出来るな」

「魔術の技量はあの凄まじい魔力に相応しいものだというのは間近でみました。 問題は……あの爆弾ですが」

父にも敬語で喋るんだな。

或いはだけれども、外で部下が一緒にいるから、かも知れない。

発破を仕掛けたので、あたしが手を振る。

「これから爆破します。 念の為に、離れてください」

「よし、皆離れろ!」

わっと、護衛らしい手練れ達が離れる。

紐を引いていく。

マニュアルにて説明したが。この発破は三段階を経て爆破する。

まずは解除のワードを唱える。解除は、発破に触れながら唱える。そうしないと、関係無い別の発破まで解除のワードが届いてしまうからだ。発破も、触れながら解除のワードを唱えないと、起爆できないようにしてある。

続いて。この紐に火をつける。

最後に起爆のワードを唱える。

そうすると、紐の火が発破に到達した瞬間、起爆する。

三段階目は、それそのものが二つの段階を経て爆発するようにしてあるのだが。これは、何度かこの手の発破を生産して。

それで、ただワードを唱えるだけだと作業になると言う指摘がアガーテ姉さんからあったからだ。

アガーテ姉さんと一緒に、護り手達と各地のインフラの整備を行ったのだが。

それらの作業時、何度かこういう風に発破を使った。

それらの時に、アガーテ姉さんに指摘を受けたのである。

外部の人間から指摘を受けるのはとても良いことだ。

そう思って、即座にあたしも改良したのである。

手順を踏んで、紐の火が発破に到達。あたしも、起爆のワードを、避難が終わっているのを確認してから、唱えていた。

起爆する。

爆発は、主に上と横に拡がるものだが。

この発破は、爆発した近くの岩を貫くように、ある程度指向性を持って熱と爆風を目標に叩き付ける。

一応魔術でシールドを張っていた護衛達だが、必要は無い。

ドンと炸裂音がして。

綺麗に、岩が消し飛んでいた。

おおと、ヴォルカーさんが呟く。

「発破は実の所、稚拙なものではあるが今でも存在している。 まさかこれほどの品質のものを見る事になるとは……」

「一つだと偶然かも知れませんし、他にも試験を見て行ってください」

「う、うむ」

パティは呆然としている。

あたしが声を掛けると、はっとしたようだった。

「ほ、本当に貴方は何者なんですか。 偉そうにしている王宮魔術師なんて、足下にも及ばない……」

「パティ」

「は、はい」

ヴォルカーさんに声を掛けられて、パティが背筋を伸ばす。

あまり怖がられないようにしないとな。

そう思いながら、次の場所に。

いっそ、今日中に主なところの岩は全部潰しておくか。

そう思って、次の岩も、手際よく爆破する。

夕方になってきた。

一番厄介だという大きな岩の前に来る。これは、一つでは駄目だな。岩を砕いてしまう方がいいか。

あたしの熱魔術で、と思ったが。

これは発破を使って、誰でも砕けないと意味がない。

というか、いずれバレンツ商会に卸して。それをアーベルハイムで買って貰うという手もある。

「これは、一つだと砕ききれませんね。 二つ爆破が交差するようにして、岩を粉砕します」

「分かった、やってみてくれ」

「はい」

即座に発破を仕掛ける。パティが手伝おうかと言ってきたので、頼む。恐らくヴォルカーさんに言われたんだろう。

あたしが魔術師として優れているのは、ヴォルカーさんも疑っていない。

何か変な事をしていないか、確認しろ。

そういう意図があるのかも知れない。

「パティもやってみて。 解除から、起爆まで一連の動作」

「分かりました」

「爆発は、この筒状の構造に沿って行われるようになっているんだ。 仕掛ける方向には気を付けてね」

「はい」

パティに指導しながら、一緒に仕掛ける。

充分に紐を引きながら距離を取る。

なお、仕掛ける際に、セットにしてある接着剤を用いるようにもマニュアルに書いてある。これは住居用の接着剤と同じで、制御が簡単だ。接着剤を用いる事によって、発破が倒れたり向きが変わったりして、爆風が飛んでくる事故を防げる。

パティは火打ち石を使って紐に着火。あたしは熱魔術を使う。

じっとヴォルカーさんが見ている。

パティでも出来るなら、誰でも出来ると言う事になる。或いは、自身でもやってみたいのかも知れない。

「よし、起爆!」

「き、起爆っ!」

なお、解除のワードを使った人の生体魔力を認証するようになっているので、基本的に仕掛けた人にしか起爆できない。

パティも起爆ワードを唱えて。

そして、爆発が交錯していた。

巨岩が真っ二つになって、煙を上げながら崩れ落ちる。それを見て、護衛の手練れ達がおおと喚声を挙げていた。

「ライザ君」

「はい」

「私にも試させてくれるか。 君を疑う訳では無いが、皆にも指導しなければいけないのでな」

「分かりました」

ヴォルカーさんが、自身でも試したいというので、早速やってみる。

街道を塞いでいる大岩はまだある。

この辺りは、前任者が見境なく開拓したせいで、こんな有様らしく。一度こういう岩を全部片付けて、街道を通さないといけないらしい。

多分だけれども。

成り上がりだろうアーベルハイム家に対するくだらない嫌がらせなんだろうな。

そう思って、あたしは無言で協力する。

起爆は、当然上手く行く。

更に、護衛の手練れにもやらせて。それも上手く行くのを確認してから、ヴォルカーさんは引き上げを宣言。

手練れの戦士達も、昂奮した様子で雑談していた。

「今まではあの岩一つ壊すのに、手練れを呼んで命がけで……」

「魔物がいるかも知れないから、今後も油断はできないが、それにしても凄いな。 あの魔術師、何者なんだ」

「アーベルハイム卿が呼んだ凄腕らしいぞ」

「とにかく、仕事が楽になるし、この辺りに住んでる連中もずっと安全にこれからは生活出来る」

帰路、ヴォルカーさんは無言で。

そして、邸宅に着くと、契約書を出してきた。

即座に印を押して、手渡してくれる。

「家賃はタダで良いんですか」

「うむ。 その代わり、錬金術というものによる産物を、ある程度納入してくれ。 私の所ではなく、カフェにだ」

「カフェですか?」

「冒険者や傭兵が集まるカフェがあってな。 基本的に困りごとがあったら、其処に行くように私が手を回している。 君のその力は、アーベルハイムだけで占有するのは良くないと判断した。 是非、王都に暮らす民のために使ってほしい」

カフェの場所なども教えて貰う。

というか、このカフェ。王都に来て、最初にタオやボオスと話をした場所ではないか。

妙な縁もあるものだな。

いずれにしても、民のためというのであれば、引き受ける。

勿論民の全てが善良だなどと思ってはいないが。

それでも、相対的多数のためになることならやる。

逆に、バカ貴族の嗜好品なんて、絶対に納入はしないが。

「今日一日だけで、あの付近に住んでいる住民の安全をどれだけ確保しやすくなったか分からない程だ。 追加であの発破を二十、出来次第でいいから納入して貰えるだろうか。 此方には料金を払わせて貰う」

「分かりました。 数日以内には」

「うむ……」

苦労を知っている顔で、ヴォルカーさんは目を細めた。

あたしは礼をすると、アーベルハイム邸を後にする。

さて、此処からだ。

一つずつ、処理をしていかなければならないな。

まずは、タオと連携して、あの宝石がなんだかを調べてしまわないといけないだろう。

その後は、周辺にある遺跡を調べる。

古代クリント王国時代のものだったら、ろくでもない代物である可能性が高い。

場合によっては、全て破壊し尽くす必要もあるだろう。

アトリエに戻る。

とにかく広いので、ゆっくり出来る。

家賃も幸いタダになった。

ただ、これから。

王都の人のために、色々やっていかなければならない。それもまた、事実ではあったのだが。

 

パトリツィアはライザが戻ると、大きな溜息を零していた。

一緒に発破を起爆したとき、これは人間の作ったものなのかと、心底から震えが来たのである。

ライザという人に、裏表がないのはよく分かった。

勿論ある程度の計算はして話はしているのだろうが。

それでも、パトリツィアを知ろうとしてくれていたし。

特別扱いもしなかった。

何か分からない事があれば答えてくれたし。

嫌がる事は、強制もしないように見えた。

それなのに。

どうしてももやもやする。

タオさんと。

始めて本気で尊敬できた人と、あれだけ仲良くしているのを見ると、どうしても胸が熱くなる。

怒りではない。

多分嫉妬か。

確かに、ライザという人に、今パトリツィアが勝てる要素は一つもない。

格闘戦でも無理だ。あの人のあの蹴り技、今まで見た手練れの誰よりもとんでもない破壊力だった。

それでいながら、ライザという人が手加減して、殆ど全力を出していないのも分かった。

何より錬金術。

あの驚天の技は、それこそアーベルハイムが今まで四苦八苦していたインフラの不備を、一日でほとんど木っ端みじんに吹き飛ばしてしまった。

何も、勝てる所がない。

容姿なんて、どうでもいいと思っている。

パトリツィア自身、別に自分の容姿を優れていると思っていないし。ライザという人もそうであるようだった。

能力や、人格、スキル。それらの問題。

それら全てで、パトリツィアはあの人に勝てない。

そう思うと、悔しいというよりも、歯がゆかった。

父に呼ばれる。

すぐに執務室に出向くと、軽く話をした。

「錬金術というのを見たのだね。 どうだったか話してくれるか」

「はい。 釜にエーテルを満たしているのは分かりました。 其処から極めて複雑な処置をして、様々なものを作り出していたようです。 あの発破も、複雑な行程を経て作っていたように見えました」

「実は、錬金術と言うのは、名前だけは知っている」

「そうなのですか」

伝説的なものだと、前置きした上で父は言う。

百年ほど前。王宮でそういうものを研究していたらしい形跡があるというのだ。

だがそれは、謎の事故で全てが散逸。更に何か起きたらしく、関係者が全員不審死を遂げている。

それ以来、錬金術の研究は行われず。

錬金術は歴史の闇に消えたという。

「あくまで伝説の一つだと思っていたのだが。 あの力は、国を文字通りひっくり返すものかもしれん。 それも、今のロテスヴァッサのような形だけの国家ではなく、古代クリント王国全盛期の領土全てをだ」

「恐ろしい力ですね……」

「パティ。 ライザ君にしばらく同行して、様子を見なさい。 錬金術と言うのは、非常に属人的な技術とみた。 もしも危険な考えを持っているようなら、対処が必要になるかも知れない」

「分かりました」

もしも、あの人が。

非常に危険な考えを持っているのならば、相応の対応をしなければならない。

その相応な対応には、血を見るものも含まれるだろう。

というか、その程度で勝てる相手なのか果たして。

あの人の実力。

騎士の資格だけ取って、後はのうのうとしているような人間なんて、それこそデコピン一発というレベルにパトリツィアには見えた。

それだけじゃあない。

元々辺境の、強力な魔物を相手に揉まれていたという事もあるのだろう。

考えもしっかりしているし、兎に角隙だってない。

最悪の場合は、この国がなくなるかも知れない。

この国がなくなる事なんてどうでもいい。

今のロテスヴァッサの王室は、貴族達同様阿呆の集まりだ。見ていて反吐が出てくる程無能である。

このロテスヴァッサという張りぼて国家がなくなることについては、パトリツィアもどうでもいいと考えている。

だが、王都アスラ・アム・バートで毎日の生活をしている人達を守らなければならない。

そのためには、なんでもしなければならないのだ。

それが本当の、上に立つ人間の責務というもの。

金勘定をしているだけ。それだけなのに、偉いと考える阿呆と同じになってはいけない。

パトリツィアは頬を叩いて気合いを入れ直すと。

ライザという人について、調べようと思った。

タオさんは、あれだけ褒めていた。

側にいて、危険な人だとも感じなかった。

だけれども、やはりまだ信用しきれない。ましてや、今は錬金術の正体が全く解らない事もある。

分からないものを馬鹿にして掛かったり。

或いは否定して掛かる輩はどうしてもいる。

そいつらは軽蔑していたつもりだったのに。

自分もいざ、あまりにも分からないものを目の前にして、恐怖しているのを自覚したとき。

パトリツィアは、強い自己嫌悪に陥ったのだった。

 

4、準備をしていく過程で

 

アトリエ内の整理をしていく。

あたしは、基本的に自分の生活スペースと、何処に何があればいいかで、別に考える方だ。

特に錬金術の素材は危険な事もある。

コンテナを作って、素材を詰め込むと。

後は、大きなスペースの中を整理して。

更には結界も展開。

防爆用の処置をして。それから、色々な道具類を並べていった。

コンテナについては、解析が済んでいるので、何時でも何処にでも作れる。

内部は冷凍保存する事が出来るので、格納したものが痛む事もない。

黙々と作業をしている内に、夜中になって。

おなかがすいたので、外に食べに行く。

例のカフェに足を運んだのは、単純に視察の意味もある。

此処での仕事を引き受けてほしい。

そういう話だし。

やっておく必要があるだろう。

感じがいい女性店長、それも凄く若い人が受付をしている。荒くれ相手によくやっていられるなと思ったが。

見ている感じでは、多分この人自身が元傭兵だ。

王都近辺でも傭兵の需要はある。腕利きの戦士は、騎士にでもなり。或いは爵位を得られるかも知れない。

軽く食事にするが、やっぱり値段が恐ろしい。

しばらくは稼ぎに徹しないと危ないな。

そう思いながら、高すぎて美味しいはずなのにあんまり味がわからなかった食事を終える。

そして、バレンツ商会に足を運んだ。

バレンツ商会にいたのは、恰幅の良いおじさんだったが。あたしがクラウディアに貰った印章を見せると、すぐに対応してくれた。

周知はされているらしい。

一瞬で表情が卑屈になったので、個人的には色々と言いたいこともあったが。

クラウディアについては、事前の情報通り、近くの集落での問題解決に動いているらしい。

戻って来たら、ここに来て欲しいと。

今住んでいる居住区の住所を伝えておく。

それで恐らくは伝わる筈だ。

夜になっているので、一度アトリエに戻る。とりあえず、今日やるべき事は、全て終わったと判断して良いだろう。

宝石だかの調査は、明日だ。

鍵を掛けて、さっさと寝ることにする。

疲れは別に溜まっていない。

散々足腰は鍛えているし、今更である。

ただ、やっぱりなんというか。

三年前の冒険をしていたときのような、鋭い感覚がどうしても戻って来ていないのは分かる。

あの頃は色々と、思いつくのも早かったし。

決断も色々と鋭く出来た。

だが、そもそも肉体の最盛期を過ぎたわけでもないのにそんな事を考える時点で、あたしはどうかしている。

なんだろう。

この頭にもやが掛かったような感覚。

今日だって、本当にベストを尽くせていたのだろうか。

魔力だって、伸びが鈍化している。

努力を怠ったつもりはない。

それなのに。

気がつくと、眠っていた。起きだしてからも、ずっともやもやが晴れない。伸びをして、眠気を取る。

水を確保するのも一苦労だ。

共同井戸まで行って、事前に水を汲んでおかなければならない。

飲む場合は当然湧かす必要もある。

案の定というか、水を湧かして稼いでいる魔術師が彼方此方を回っているようで。あたしが出来ると聞いて、近所にいる住民が揃ってたのみに来たほどだ。

当然、駄賃程度でやっておく。

周囲の住民には、今後迷惑を掛ける可能性もある。

それもあるから、先にこうやって良い関係を構築しておいた方が良い。

湯沸かしをするだけではなく、一瞬でついでに冷ましてあげる。

熱操作の魔術は極めた、まではいかないにしても。ここ三年で技量を上げているのである。

これくらいは余裕だ。

三年前も出来ていたし。

「すごいね、一瞬で湧かして、しかも冷やせるのかい」

「いつも家にいるとは限りませんが、家にいるときは風呂の湯沸かしもしましょうか」

「いや、風呂は共同風呂を使っているんだよ。 でも、いざという時は何か頼むかもしれないから、よろしくね」

「はは、そうですね」

下の階を丸々住居にしているおばさんは、そんな風に言った。職人区と呼ばれる地区で仕事をしているらしい人だが。

それもあって、ちょっとごつめだったかもしれない。

軽く体を動かしてから、まずはタオとボオスと学園区で待ち合わせる。

ボオスはかなり疲れている様子だ。

一応アトリエに移動。あまり人目が着く所で、話したい内容では無いからだ。

アトリエで茶を出す。茶は昨日のうちに錬金術で作った。茶菓子も近いうちに作る予定だが。

問題は砂糖で、果実を手に入れないといけないだろう。

基本的に砂糖は果実から作る。この辺りでもそれは同じらしい。リンゴなどから取る事が多いそうだが。やはり取る効率はあまり高くなく、砂糖はかなりの高級品のようである。

錬金術だと段違いの効率で作れるが、あたしが直接売るよりも、バレンツ商会に持ち込んだ方が良さそうだ。

「ボオス、大丈夫?」

「あんまり大丈夫じゃねえな。 疲れが取れなくてまいったぜ」

「ふーん、見た感じ運動不足ではなさそうだね」

「運動は嫌になる程している。 何しろ稼ぎの一つだからな」

あまり直接的な肉体労働はしないそうだが。それでも用心棒としてタオと一緒に魔物狩りはしているらしい。

魔物の肉なんかが売れるのもあるし。

何よりも、魔物を仕留めて戻ると警備から金が貰えるそうである。

だからある程度の腕自慢は魔物を仕留めて稼ぐそうだが。

それでも、魔物があれだけ出ると言う事は。とてもではないが、それでは追いつかないという事なのだろう。

「それで、その宝石が父さんが言っていた奴か」

「うん。 あんまり人前では見せられないからね」

「ふむ、ちょっと見せて」

タオが興味を持ったので、見せる。

卵のような形をした宝石だ。時々光ったり熱を帯びる。

そういう話をすると、タオはしばらく上から下から見ていたが。

やがて、ぼそりと呟いた。

「軽すぎる」

「ああ、それはあたしも思った。 ちょっと鉱物としては軽すぎるんだよね、これ」

「だとすると何だ。 中身は空っぽって事か」

「何とも言えない。 いずれにしても、宝石にしては透明度が低すぎるから、内部は見えないし。 幾つか特徴をメモしておきたいけど、貸して貰って良いかな」

頷くと、タオは秤とかを使って、重さを調べ始める。

他にも色々な特徴を手早くメモしていた。

タオのメモ帳は、更に分厚くなっているようだ。

「そういえば、タオの研究って建築と遺跡両方なんだっけ」

「遺跡がメインで建築は趣味だよ。 どうしても遺跡を調べていると、建築については知識がついてしまうんだ」

「俺はどっちかだけでも一杯一杯だけどな。 タオの頭の良さは、この世界でも最上位に入ってくるらしいぜ。 学園の教授のお墨付きだ」

「ボオス、駄目だよ。 そんな褒め方したら駄目になる」

淡々というタオ。

苦虫を噛み潰し気味のボオスがちょっと面白い。

いずれにしても、これは近々何かしら薬でも差し入れするか。

タオが細かい分析をしている間に、ボオスとも話しておく。

「剣術の鍛錬は順調?」

「ああ。 どうしても実戦経験からして、お前らに勝てるとは思えないけどな。 ガキ大将気取って、調子扱いてた無駄な時間が今になって思うと痛いぜ。 ずっとレントと剣術の鍛錬してたら、こんな事にはならなかっただろうにな」

「少し遠征して強い魔物とやり合って見る?」

「そうしたいんだが、残念ながらそんな事をしている時間がない」

学業でも一杯一杯なんだと、ボオスがぼやく。

なるほど、学問に使う頭と、実践で用いる頭は別とか聞くけれども。ボオスが手こずるほど、難しい事をやっているのか。

或いはタオに対する負けん気を発動しているのだろうか。

だとすると、ちょっと相手が悪すぎるかも知れない。

タオは水を汲んできた桶に、宝石を浮かべたりしている。

あたしは大丈夫かなとちょっと不安に思ったけれど。しっかり拭っているので。まあ大丈夫だろう。

それに、遺跡の研究をしているのだったら。

こういった珍しい宝に対する扱いも、以前より慣れている筈だ。

「どう、タオ」

「寮に戻ったら調べて見るけれど、多分宝飾品じゃないよ。 巨大な宝石については幾つか歴史的に名前が残っているものもあるんだけれども、このサイズのものとなると殆ど国宝になるようなものだけなんだ。 それにしては加工が雑で、とても王宮に出入りするような職人がやったとは思えない。 かといって、これが何かは全く見当がつかないんだよねえ」

「ふうん……」

「まあ、タオがいうならそうなんだろう。 或いは宝石っぽいだけのただの石だったりしてな」

若干ヤケクソ気味のボオスだが。

これは疲れているのもあるのだろう。

多少偉そうではあったけれど、クーケン島にいた頃のボオスは、もっと頭脳明晰だったような気がする。

いや、それはあたしもか。

どうにもあたしは、気力だけで立っているような感触が抜けない。

もう少しどうにかならないのか。

そう思っても、どうにもならない状態だ。とにかく、この三年ずっとそうだったし。タオやボオスにあってもそれが抜けない。

これは重症だな。

そう思う。

「それはそうとライザ、調査を一緒に頼みたいんだけれどいいかな?」

「遺跡?」

「うん。 調べていたんだけれど、王都の周囲には複数の遺跡があるんだ。 いずれもが調査はほとんどされていない。 調査が出来ないんだよ」

王都の戦士達は、王都を守るので精一杯。

何しろ、財源になる鉱山すら、魔物が出て手放す程度の戦力しか持っていないのである。

ヴォルカーさんのような武闘派貴族はほとんどおらず。

ヴォルカーさんが街道で魔物を退治する以外は、殆ど有志を募って魔物を駆逐するくらいしか出来ていない。

王都の警備が出来るのは。

城壁の内側の安全を守ることだけ。

それすらやりきれていない。

王都の警備が優秀という言葉は、完全に揶揄なのである。

それについては、もう来る途中に見て知っている。

王族も貴族も。

壁の中の安寧を謳歌しているだけの、ただの蛙だ。

「僕だけで調査に行く事も考えたんだけれど、ちょっと戦力が足りない。 パティも誘おうかと思ったんだけれども、遺跡だとどんな魔物がいるかわかったものじゃないからね」

「俺は遠慮しておく。 足手まといにはなりたくないからな」

「ボオスも来てくれると手数が増えるんだけどな」

「あのパティってお嬢さんは俺と同等かそれ以上の力量の持ち主だ。 現時点でな。 そのパティを誘わないって事は、タオがそれだけ危険な場所だと判断しているんだろ」

まあ、それもそうか。

遺跡から、危ない目に遭ってもあたしやタオだけなら生きて帰れる。

だけれども、パティやボオスを守りきれる自信は、確定とはいえない。

ドラゴンが出たりしたら、かなり危ないかも知れない。

せめてリラさんとアンペルさんがいれば良いのだけれども。

あの二人は、数ヶ月前に門を閉じたらしいのだけれど。それ以降消息不明だ。手紙もくれない。

もう少し弟子を頼ってほしいと思う事もあるが。

あの二人は、責任感の強い大人だ。

いざという時には、あたしにしっかり声を掛けてくれると思う。

「それはそうとタオ、パティのことはどう思ってる?」

「真面目で努力家だと思うよ」

「あー、そういうのじゃなくて、容姿とか」

「パティは容姿をどうこう言われるのが大嫌いらしくてね。 貴族としての最低限の身だしなみは整えているけれど、最初にあった時に容姿をどうこう言わないようにって言われているんだ」

ああ、なるほど。

やっぱりこいつ気付いていないか。

パティは、タオだけには可愛いとか綺麗だとか言って欲しいのだろうが。

筋金入りの本の虫である此奴は、今も朴念仁だ。

ボオスも会話の意図を理解したらしく呆れたが。

まあ、タオはそれでいいだろう。

パティには、あたしがタオに気がないこと。

タオがあたしに気がないこと。

それを時間を掛けて示して行けば良い。

あたしも恋愛沙汰に時間を取られるくらいだったら、オーリムと門や、フィルフサの正体に迫りたいし。

一つでも不作法に放置されている門を閉めたいのである。

「それがどうかしたの?」

「いや、いい。 とりあえず、早速調査にいこうか」

「フットワークが軽くて助かる。 僕は準備に一度戻るよ。 城門で待っていてくれる?」

「了解」

さて。

パティの気配がある。多分タオがあたし達と合流したのに気付いたな。明らかに此方を伺っている。

タオは身体能力強化型の固有魔術の持ち主だから、熱操作のあたしに比べて周囲の探索が苦手なのだろう。あたしも音魔術のクラウディアほど周囲の探索は得意ではないけれども、それでも不調なりに魔力は磨いてきたし、実戦も積んで来たのだ。

まあ、無理をしない程度なら、放置で良いだろう。

とりあえず今は。

遺跡の調査が、先だった。

 

(続)