大侵攻と大水害

 

序、下準備

 

あたしは敵の動きが止まっている間に、土砂降りの聖地グリムドルを見て回る。

既に湖が出来はじめている場所が一つ。

おぞましい紫に染まった地面からは、どんどん毒素が流出しているようで。彼方此方で骨が地面から露出していた。

或いは倒されたオーレン族のものかもしれない。

今は、弔っている暇すらなかった。

キロさんの案内を受けながら、彼方此方を見て回る。

川がごうごうと流れている。

コンパスを見る限り、この世界でも極はあるようだ。きちんとコンパスは動いてくれている。

それを頼りに、急いで地図を作って回る。

大まかな地形だけだ。

これだけ激しく水が流れていると、すぐに水害に発生する可能性も大きいのだから。

「畑の類は、ないですよね」

「ないわ。 安全な土そのものがないのだから」

「そうですよね……」

「僅かに生えている雑草や虫を食べて生きてきたわ。 蜂蜜なんて、何年ぶりに食べたのかしらね」

そうか。この世界にも、蜜を集める蜂がいた。

そして蜜があると言う事は。

安全な蜜を出す花もあったということだ。

無言で俯くと、センチな気分を追い払う。そして、周囲を順番に見て回る。

ここだ。

フィルフサの群れは、大雨と門を包囲するようにして陣形を作っている。本当に地平の果てまで埋め尽くす数だ。

将軍はまた、侵攻軍を再編しているのだろう。敵の群れは一糸乱れぬ陣形を保ったまま。

そして雨として降らせる事が出来る水には、常に限界量がある。

ただし、である。

既にこの世界からの水の吸い上げはとめている。

その時点で、今まで不自然に奪われていた水の循環が、動き始めているかも知れない。

このグリムドルから不自然に奪われていた水が、全て戻っているのだとすると。

何か、水に関する天変地異が起きてもおかしくは無い。

そもそも、以前タオに聞かされた話だが。

川というのは、実際に見えているものよりも、遙かに地下まで拡がっているものなのだという。

確かにそれはありそうだとも思う。

畑をやっていると、どうしても水まきの知識が増える。

父さんが畑と会話しているのを横目に。色々な事も一緒に学んだ。

だから、それが真実だというのは何となく分かる。

もしも、この地の地下にある水も奪われ続けていたのだとしたら。

そこに、水が戻った時。

何が起きても、不思議ではない。

見回りながら、手をかざす。

少しずつ、敵の配置を把握できてきた。

「戻ります」

「分かったわ。 敵が再編制を終えるまで、そう時間がないわよ」

「大丈夫。 ……やって見せます」

キロさんは頷く。

信頼してくれている。

隠れ家に戻ると、皆と合流。アトリエにひとっ走りして、コンテナから保存食などを補給してきてくれたクラウディアとタオと合流。

軽く、作戦について話す。

作戦そのものはシンプルだ。

アンペルさんも、呆れながらそれで良いと言ってくれた。まあ、効果があるなら作戦なんか単純な方が良いのである。

複雑な作戦を立てたところで。

それが実施できなければ意味がない。

これについては、アガーテ姉さんにも教わった事だ。

誰でも分かりやすい作戦を立てる。

作戦なんか、簡単な方が良い。

それでこそ混乱も生じないし。失敗した場合にもリカバリが効く。

それが事実という事だった。

「敵の将軍達の位置は」

「概ね掴めました。 地図だと……」

「なるほどな。 予定通り、鉄砲水になりそうな地点を避けて布陣しているな。 これは最初の将軍達と同じか」

「これから、水を散布する方向をこう変えます」

既に湖が出来ている方向は、もう水を撒かなくてもいいだろう。数日くらい雨が降らなくても、水が引く状態ではないからだ。

それに、だ。

水を出している量が同じなのに、降っている雨が少しずつ激しくなってきているように思う。

何度か地面にヘブンズクエーサーをぶち込んで、クラウディアが空に粉塵を巻き上げているのだけれども。

それを加味しても、ちょっと雨の量が多いように思うのである。

或いはだけれども。

今はもう下から見えないけれど、雨雲が無茶苦茶発達しているのかも知れない。

ドカンと雷が近くに落ちたので、あたしは首をすくめていた。

一度水をとめても良いかも知れないが。

ただそうなると、また雨が降り出すまで、時間が掛かる可能性もある。しばらくはこのままで良いだろう。

「敵は当然対応して来るが、そこでライザの作戦を実施すると」

「はい。 今度の敵も、雨で弱体化しているとは言え、将軍が数体纏まっていると見て良いでしょう。 全力で倒すべく、突貫するべきです」

「分かっている」

リラさんが、突破口は任せろと言ってくれる。

アンペルさんも頷く。

レントは、剣を無言で研いでいた。クラウディアは、服の一部を繕っている。気にしなくても、なんぼでもあたしが作るのに。

タオが挙手。

「最悪の場合の時に備えて、退路は確保しよう」

「いや、しない」

「なんで!」

「もしも敵が罠をはってくるようなら、真正面から喰い破るしかない。 それくらい、状況がまずいし、そもそも先手を敵に回したらもう終わりと考えるしかないよ」

後手に回る。その時点で此処は負けだ。

タオも少し考え込むと。敵を見て。

その圧倒的な数と、今は雨で此方が先手を取れているだけの事実に気付いたのだろう。

タオも疲れているんだ。

そう思う。

普段だったら、こんなこと。あたしが言うまでもなく気付きそうなのに。それとも、今になって臆病風が出たか。

これほど戦闘経験を積んだのに。

既に聞いている。

タオは、この戦いが終わったら、ボオスと王都に留学するという。

良い機会かも知れない。

一人暮らしをすれば成長するとか言うのは大嘘だ。子供が出来れば成長するとかいうのと同じ大嘘話だ。

そんなもの、実際間近にザムエルさんという悪例があるし。

ザムエルさんにしても、そもそも周りに迫害も同然の行動を受けたと言う事があるにしても。

それでも一人暮らしで成長するなんて話はあり得ない。

タオがすべきは、自信をつけること。

多分だけれども、今のタオだったら生半可な学者よりずっと出来る筈だ。しかも実地でこれだけ経験を積んでいる。

王都の城壁の中で、出来もしないことをああだこうだほざき合っている連中よりも、ずっとマシだろう。

タオも、頷く。

これで、戦闘の準備は整った。

あたしは、装置の操作に入る。

意図的に雨の分布をずらす行動だ。湖になっている地点は、フィルフサも突破出来ないし、陣容は薄め。

もう其処に、雨は必要ない。

ただし、湖を無理矢理乗り越えようとしてくる可能性は大いにある。

故に、それも作戦に加味する。

無言で、雨雲の動きを見る。

思ったよりもずっと雨雲の動きが鈍い。というよりも、今までなかった水を得て、無作為に大雨が拡がっている印象だ。

フィルフサがこのままだと、自暴自棄の突撃を開始する可能性もある。そうなると、将軍に仕掛けるどころではなくなるだろう。

いや、それを誘うべきか。

ただ、あまりにも雨が激しくなりすぎると、水害で何もかもが押し流されていく可能性もある。

そうなったら、フィルフサは倒せる可能性が大きいが。

この辺り全てが、水没して。

文字通り何もかもがなくなるかも知れない。

ぞっとするあたしだが、キロさんが助言してくれる。

「大丈夫。 この辺りは元々大河があって、海に水が流れていたの。 今、あの辺りがそうよ」

「まだ川としては復活していないようですね」

「数百年、様々な土砂などの堆積物が溜まったもの。 恐らく、フィルフサも川の地形を見て、意図的に地形を弄っていたのでしょうね」

「思った以上に頭が回るんですねフィルフサ……」

キロさんが寂しそうに笑う。

フィルフサは水を苦手としているから。とにかく水を避ける本能を徹底的に発達させているというわけだ。

図体がでかいだけの生物なんて、自然ではただの的。

それもオーレン族がいるこの世界ではなおさらだろう。

故に本能で、水を防ぐあらゆる知識を身に付けていると。生物として、当たり前の事ではあるが。

手をかざしてみていると、雨雲がようやく更に拡大し始める。

思った以上に湖方面の雨雲が弱まるのが弱いが。

浸透圧だとかいうやつの影響だろうか。

更に雨脚が強くなり、彼方此方で稲妻も落ちている。そんななか、フィルフサが行動を開始する。

小型のフィルフサを傘にするように、中型以上のフィルフサが背負い始めたのである。

強行突破の構えだ。それも、想定通り、湖とは逆方向に戦力を集め始めた。

当たり前の行動だが。

貰った。

これを、待っていたのだ。

フィルフサが真社会性だとかいうものを持つ生物であることは、もう分かっている。

全体のために、個を犠牲にすることを何とも思わない生物と言う事だ。

自己犠牲精神云々の話では無い。

全体として一つの生物なのだ。

だから、こういう行動を取る。それを予想できていた。

だからこそ、あたしは準備をしていたのである。わざわざ、隙まで作って、だ。

ロックを解除。

同時に、湖の堰が一気に崩れる。

爆弾を仕込んでおいたのだ。それも爆裂に特化したローゼフラムを八発も。

その結果、一気に湖になっていた部分の堰が崩れ、フィルフサの群れに襲いかかる。突撃の態勢を取っていたフィルフサは。小物のフィルフサを傘代わりに背負っている事もある。

文字通り、身動きできず、対応できず。

押し流されていく。

あたし達は、その時既に濁流の上流へ。

この濁流で、将軍が流されているようだったらよし。

流されていないようだったら、その時仕留めてしまう。将軍が見えた。多数の小型フィルフサを傘にして。

一匹が飛んで。

一匹を抱えている。

間違いない、あいつだ。

「将軍発見!」

「門は私が守るわ。 皆、突撃して」

「分かった! ライザ、道を開く! 頼むぜ!」

「うん!」

レントが真っ先に突撃。ふっと笑うと、リラさんもそれに続いた。

混乱するフィルフサ。至近に雷が落ちるが、怖れて何ていられない。そのままあたしも、皆と一緒に突撃する。

反撃を試みてくるフィルフサもいるが。

泥に足を取られ。

それ自体が、体を傷つける事につながる。濁流に突っ込んだフィルフサは更に悲惨で、中型以上のものも流され、溶けて行く。

水に弱いというのが、本当なのだと一目で分かる。

哀れな程悲惨な壊滅を、信じられないような数のフィルフサが遂げていく。

鉄砲水はイカや蛸のように、彼方此方に手足を拡げて拡がっていく。その合間にフィルフサが逃げ込もうとするが。

あたしが次々に爆弾を投擲。

作戦開始前に、栄養剤を飲み下しながら、コアクリスタルを使って増やしておいたのだ。

そのまま次々投擲される爆弾が、大雨で弱っているフィルフサを次々爆破していく。どんだけ魔力に強かろうが、これではどうしようもない。

更に踏みとどまろうとするフィルフサも、レントとリラさんが片っ端から叩き潰し。クラウディアが撃ち抜き。タオがハンマーで吹き飛ばす。

水に気を付けて。

あたしは叫びながら、アンペルさんが空間切断を連射するのを横目に、詠唱を開始。

フィルフサの将軍が、こっちに気付く。

この距離。爆弾が届くことはないが。それでも、高度を下げ始める。想定通りの行動だ。

全て正しい行動ではあるのだが。

それが、何もかも裏目に出る。

あたしは爆弾を投擲すると、ごくごく弱くした熱槍……しかも氷の方を放つ。これは単に、推進力として使うためだ。

槍は爆弾をつけたまま勢いよくすっ飛んでいき、フィルフサ将軍の上に出ると。

其処で、爆裂していた。

文字通り地面に叩き落とされるフィルフサ将軍。更に群れの混乱が波及していく。あたしは突貫して、敵を片っ端から蹴り砕きながら更に全身。

敵の将軍とその護衛は滅茶苦茶だ。

今の落下で、一体が潰れ。護衛の大型は、リラさんとレントが抑え込んでいる。大きなフィルフサだが、猛毒に等しい雨に濡れ続けて動きが鈍い。レントの大剣が、小山のような巨体に食い込んで、切り裂いている。

コアが見えた瞬間、クラウディアが撃ち抜く。

凄まじい断末魔が周囲の雨粒を吹き飛ばすようだ。

あたしは突貫。

見えてきたフィルフサの将軍に、文字通り躍りかかっていた。

 

二時間ほどの戦闘で、一旦後退する。

フィルフサの将軍六体を撃破。

これで先の戦いに加えて、十二体を葬った。本格的な交戦開始前に六十体以上いたフィルフサの将軍だが、それでも二割がいなくなった。

その上、見ていて良く分かる。

フィルフサの群れが、離散していく。

右往左往しながら水に流される奴はまだ良い方。それどころか、雨にその場で立ち尽くしたまま溶けてしまう奴もいる。

鉄砲水に気を付けながら、キロさんの洞窟まで一度後退。

後方でキロさんも戦闘していたようだが、散発的だったようで。殆ど怪我もしていなかった。

周囲は、真夜中のように暗い。

キロさんの話によると、今は昼の筈。

そうなってくると、本当に今まで水を奪われていたこの辺りが。水を得て、荒れ狂っているということなのだろう。

文字通りの、原初の荒神の姿だ。

古代に信仰を集めた自然の力というのは、こういうものなんだろうな。

あたしはそう思って。

それを引き起こした水に、改めて敬意を抱く。

あたしの装置とか、空に土煙を巻き上げる行動なんて、些細なことだ。

水。

その存在が。

これだけの大規模な自然現象を引き起こしている主体。

それを勘違いしたから、古代クリント王国の錬金術師達は、どうしようもない存在になったのだろう。

洞窟で、一息つく。

辛そうにしているクラウディアに告げる。

「敵は再編制どころじゃないはず。 今のうちに休んでくる?」

「いや、ここで勝負を付けるわ。 トイレとかも平気」

「そう。 分かった。 あたしはちょっとトイレ借りる。 使ったら言って。 あたしが熱魔術で綺麗にしておくから」

「はは、ちょっとそれはなんというか、恥ずかしいな」

レントまでそういうか。

まあ、あたしもちょっと野性的になりすぎているかも知れない。

風呂に入れないのはちょっと辛いが。

リラさんに言われている。

野外では風呂なんか、一月も入れないことだってよくある。

そういうときに備えておけと。

クラウディアも言っていたっけ。

まずしい地域になると、別にそんな大した技量もない魔術の使い手がすごく偉そうにしていて。貧しくて力が出無い人は湯を沸かすことも、水を汲んでくることも出来ないって。本来は習うことを習えず、出せる魔力も出せないからだ。

そういう地域では、風呂どころではなく。

危険な川などで水浴びをするしかなく。

女性や子供はそれで魔物や、それにならず者に襲われたり。それどころか、最悪攫われたりしてしまうことまであるとか。

クーケン島は、まだましなんだ。

そう思いながら、トイレから戻る。そして、栄養剤を口に入れる。

敵の戦力は、これで二割減った。

そして乾燥していない以上、「蝕みの女王」だろうがなんだろうが、手下を増やす事は出来ないはずだ。

そもそもこの地域に移動してきたのも、他のフィルフサの群れと占領地を分け合うためなのか、それとも新天地を求めてなのか。

どっちにしても、フィルフサはどんどん新天地を求めて移動して行く生物のようだ。

新天地をあたしたちの世界に定めた以上。

簡単にあきらめはしないだろう。

それに二割を失った所で、まだ以前この地で大侵攻を引き起こした群れよりも、ずっと強大な筈。

戦いは、まだこれからだと言えた。

交代で休憩を取る。クラウディアが見張りに立つと真っ先に言ったので、驚く。先の戦いでも、狙撃に徹して奮戦してくれていたのに。

好意は有り難く受け取る。

まだまだ、敵が圧倒的有利。

人間の戦いだったら、二割も失ったら負け確定だろうが。

相手は人間では無く真社会性生物。

頭を潰さない限り、滅びる事はないのだから。

 

1、女王はいまだ遠く

 

休憩から起きだして、外に出る。

どうやら、大河とキロさんが言っていたものが復活したようだ。轟々と水が流れている。

水は紫色で、使ったらどうなるか考えたくもない。

フィルフサに最適化された土が、押し流されているのだろう。

或いはフィルフサに最適化された生物もかもしれないが。全ての生物を殺し尽くしていくフィルフサだ。

そんな生物がいるとしても、目に見えない程ちいさな生物たち。

それも侵略性外来生物。

気の毒だが、この地から出ていって貰う他はない。

手をかざすと、見える。

以前古代クリント王国の錬金術師どもが、奴隷を死ぬまでこき使って作りあげた「共生の碑」とかいうのが押し流されていく。

馬鹿馬鹿しい代物だ。

古い時代から、人間は一見良さそうな言葉や代物に騙される事が多かったそうだ。そういう事をする専門の詐欺師も存在していたらしい。

オーレン族は、共生を真に受けて協力もしたのだろう。

だから、奴隷を使い潰すやり方を見ても、それでも眉をひそめながらも一緒に生きようと考えたのだ。

相手は違う文化の持ち主だ。

そう最大限尊重しながら。

その結果がこの有様だと思うと、本当にハラワタが煮えくりかえる。同じ生物だと考えたくない。

だけれども、今はその怒りを。

まずはフィルフサにぶつけないといけない。

世界共通の敵。

古代クリント王国の錬金術師どもが、此処まで育ててしまった怪物。

フィルフサそのものに罪はないのだろう。

だが、此処で仕留めないと、未来も全てなくなってしまうのだ。

「ライザ!」

クラウディアが来る。

偵察にいっていたらしい。リラさんも一緒だ。

「フィルフサの動き、見て来たよ」

「お、ありがとう。 どうだった?」

「うん。 一度後退して、再編制に移ってるみたい。 あの辺りに小高い丘があって、雨の影響が小さいみたいで。 そこに将軍数体がいるよ」

「……クラウディア、休んでおいて。 あたしも見にいってみる」

頷くクラウディア。見張りもしてくれていたのだ。休んで貰う。

あたしはまだ少し在庫がある焼き菓子を口に放り込むと。

ばりばりと豪快にかみ砕いて。それで、少し頭を活性化させた。

リラさんはまだ平気と言う事で、案内して貰う。丁度一緒に起きて来たアンペルさんと一緒に、先の地点に出向く。

なるほど、確かに丘みたいになっている。

というか、建物かあれ。

何かしらの研究施設のように見える。

或いはだが。

意図を説明せずに、オーレン族達を無視して錬金術師どもが作りあげた施設かも知れない。

だとすると、用途は。

十中八九、フィルフサの研究だろう。

どういうわけか、古代クリント王国の錬金術師は、フィルフサを制御出来ると考えていた様子だ。

それはあの塔で見つけた手記など、様々な証拠が示している。

あの施設は、フィルフサを家畜として飼い慣らし、内部から資源としてコアを取りだすためのものだったと見て良い。

だとすると。

水に対して、対抗できるように。様々な処置をしていても不思議では無い。

リラさんが、手をかざしてみている。

その鋭いまなざしは、猛禽のそれそのものだ。

「ライザ、アンペル。 気付いたか」

「恐らく何かあるだろうとは思いますが」

「あれは罠だ」

「!」

なるほど、確かにあれはわかりやすすぎる。

フィルフサに取っても有利な地形だ。彼処に攻めかかって、王種も含む精鋭が反撃してきた場合。

今までの勝利が台無しになる程の大負けになる可能性が高い。

無言であたしは考える。

彼処を崩すにはどうするか。

フルパワーでの詠唱を続けて、全力での魔術攻撃を叩き込むか。

いや、まて。

敵が彼処に集まって来ているという事は、反撃を考えていると見て良い。そうなると、敵は別働隊を動かしているのではないか。

今は、あの遺跡の辺りにも大雨が降っている。

如何にある程度水をしのげるとしても、地下に潜るのは自殺行為と見て良いだろう。

だとすると、遺跡周辺のフィルフサは数が少なすぎる。

そして、確かに感じ取ることが出来る。

遺跡に大きな気配。

それも、将軍よりもずっとずっとつよい気配がある。此処からでもびりびりと感じる程である。

間違いない。

王種という奴だ。

「リラさん、この気配……」

「死んでも忘れるものか。 王種、「蝕みの女王」だ。 リヴドルを滅ぼした奴は、私が絶対に討ち取る」

「落ち着けリラ。 一度戻って態勢を立て直すぞ」

「……分かっている」

リラさんはマイペースだが、一度激高するとちょっとばかり歯止めが利かなくなるようである。

ただ、そんなリラさんでも怒るほどの状況。

それが、一番的確な今を示す言葉なのかも知れない。

無言で皆の所に戻る。

全員が休憩を終えたようなので、軽く作戦会議に入る。キロさんが、ふらっと洞窟を出ていった。

周囲を見てきているのかも知れない。

「なるほど、敵が首魁を敢えて晒してきたと見て良さそうだね」

「討ち取っちまおうぜ」

タオの言葉を受けて、レントが言う。

でも、それは悪手だ。

あたしが順番に説明していくと。タオも頷いていた。

「僕もそう思う。 フィルフサって種族は、将軍や王種を失うとどうにもならない種族なんだ。 それが敢えて急所を晒してきた理由は二つ。 本命の作戦行動を取る部隊がいるって事。 それに、人間なんか歯牙にもかけないくらい王種が強いって事だよ」

「あたしも同意見。 将軍でもドラゴンと本来なら渡り合えるとなると、これだけの規模の群れを統率する王種の戦闘力は想像もできないよ。 雨で弱体化していても、だろうね」

「それなんだが、一つ注意しておくべき事がある」

リラさんが、話をしてくれる。

白牙の民が、「蝕みの女王」と交戦した時の話だ。

頷いて、皆で話を聞く。

大侵攻が始まってしまい、白牙の民は散り散りになった。それでも、僅かな一部は、最後の賭として王種「蝕みの女王」に挑んだ。

決死の戦いで、皆死んだが。

その時、リラさんは、話を聞いたという。

「奴は一対の鎌を持ち、巨大で。 そしてある者が見ている。 奴の甲殻の中に、人のような姿があったと」

「内部に人……!?」

「私も以前リラに聞かされた。 様々な種類のフィルフサと、これほど交戦したのは私も初の経験だ。 王種との交戦経験はない。 王種は或いはだが……他のフィルフサとは、体の構造が違っているのかも知れない」

「厄介だぜ……」

レントが呟く。

あたしも同意見だ。

殻の中に、人型がある。もしもそれが本当なら。それはいわゆる形態変化をするのかも知れない。

今まで撃ち倒してきた将軍も含めたフィルフサの殻のなかはがらんどうで、コアがあるだけだ。

だが、もしも王種は巨体の中に第二の殻を持っていて。

更にその中にコアがあるのだとしたら。

その圧倒的な強さ……リラさんの同族を破った戦闘力にも説明が出来るというものだ。

しかも小型であっても人型。

嫌な予感がする。

どうもフィルフサは他の生物の姿を取っているように思えてならないのだ。有利な姿なんて他にも幾らでもあってもおかしくないのに。

それがどうして他の生物の姿を取る。

ましてや人型。

此方の世界の人間ではないだろう。

あるとしたら。

「どうした、ライザ」

「ずっと気になっていたんです。 もしかしてと思って」

「聞かせてみろ」

「フィルフサの姿……この世界の生物にそっくりなものっていますか?」

レントが怪訝そうな顔をするが。

クラウディアとタオは食いついた。

アンペルさんは、リラさんの言葉の続きを待っている。

「……そういえば、全く同じとは言わないが、似ている生物は確かにいる」

「!」

「例えば空読みだが、あれは大サソリと呼ばれる生物に似ている。 小型種も、いずれも似ている生物がいる。 将軍も考えたくは無いが、極地に棲息している大型の虫がよく似ている」

「ありがとうございます」

そうか。

どうやら、最悪の予想があたったと見て良い。

フィルフサは、どうして他の生物を真似ているのか。

それはまだ分からない。

だが、真似ている。

それは確定だ。

そして王種……いや、「蝕みの女王」だけかもしれないが。そいつは巨大な鎌を持つ虫か何かの姿と同時に。

内部に人間……いや十中八九、オーレン族の手練れの戦士を真似た姿を持ったという事だろう。

どうしてそんな事をしているのかは分からないが。

ただ分かるのは。フィルフサは動物の姿だけではなく、能力まで取り込んでいる可能性が高いと言うことだ。

「フィルフサって、卵を産んで増えるんですか?」

「いや、そんな話は聞かない。 地面から勝手に出現するという話は聞くが……」

「最悪の事態かも知れないな」

「アンペル、聞かせろ」

アンペルさんは言う。

フィルフサは、そもそも殺した相手を食う様子がない。殺すと砕いて地面にしみこませてしまう。

そしてその地面は、いずれフィルフサが汚染して紫の世界に変えてしまう。

もしも、これらが目的を一致した戦略的に意図した行動だとしたら。

そこまでアンペルさんが説明しても、自分には分からないとレントが言う。

だが、あたしは分かった。ぞっとした。

タオもクラウディアも、気付いたようだった。

「まさか、フィルフサは繁殖行動の一環として、他の生物を殺して回っているの」

「いや、俺たちだって生きるために食べるだろ」

「違うよ、フィルフサは食べないんだ」

「……そういえばそうだな」

レントはこういうのは苦手だ。

だから、説明していくしかない。アンペルさんが咳払いすると、説明を開始する。

「多分だが、フィルフサは我々とは根本的に違う生物なんだ。 最初は目に見えないほど小さいのか、それとも違うのかは分からない。 分かっているのは、フィルフサは殺した相手を砕いて地面に混ぜ込んで、其処から増えていく。 つまり、殺した生物の特徴を取り込んでいるんだ」

「なんだって……!?」

「これに古代クリント王国の錬金術師をはじめとした連中が、何かしら悪さを更にしているかもしれない。 もしも蝕みの女王という王種が二重の構造を持っているのだとしたら、強さも納得だ。 王種が二匹、重ね着をしているようなものだからだ」

なるほど、フィルフサが大侵攻をするわけだ。

元々水があると繁殖できないフィルフサは、そもそも土地に水がある状態では、その「増える」という行動がそもそもできないのだろう。

地面の中に埋まっているフィルフサの子供。

それがちいさな生物から始まって、大きくなっていくのか。

それとも別のプロセスを経るのかは分からない。

分かっているのは、他の存在はすべてが養分だと言う事。

自分の種族を増やすためには、水がない場所を作りあげるしかないという事だ。

絶滅しないためにも、フィルフサは。

土地の生物が抵抗力をつける前に、新しい能力と、繁殖のための土地を確保しなければならないのだ。

水がフィルフサにとって猛毒になる理由はまだこの段階でもわからないが。

フィルフサの大侵攻は、繁殖と連動した行動という事になる。

それは、必死になるわけだ。

特にこの土地。

今、既にフィルフサには適していない土地になっている。

もしも、最後の選択肢を取ろうというのなら。フィルフサはこの土地を去って、今まで侵略して踏みつぶしてきた場所に戻るだろう。

だが、それが種族の後退につながるというのなら。

フィルフサは、リスクを背負ってなお更に先に進み続けるのだろう。

「なんだよそれ。 他が滅びるか、フィルフサが滅びるかしかないじゃねえか」

「ある意味、行きすぎた商売みたいだわ」

「クラウディア?」

「お父さんが昔言っていたことがあるの。 今は人間が少なくて、商売の規模はどうしても小さくなるのだけれども。 でも、数百年前、人間が今の何十倍もいた時代の記録をどうしても見る事があるんだって」

古代クリント王国の時代か。

そのまま、クラウディアの話を聞く。

「そういう時代は、勝つか負けるかなんだって。 他の人間を何もかも蹂躙し尽くして、自分が勝ち残るしかない。 躊躇したり相手の事を考えると、即座に蹴落とされる。 悪い事もなんでもやって、それで生き残る事が正しいってされるんだって」

「バカじゃねえのか。 そんなの誰かが勝っても、最後は焼け野原になるだけじゃねえか」

「そんな事は分かっているの。 だけれど、負けるとそれでおしまいになるし、下手をすると家族や養っている人達まで失う。 だから老人になっても欲望をたぎらせて、他の人間全部を蹴落として、奴隷にすることを考えるんだって……。 フィルフサは、それみたいだね……」

悲しそうにまつげを伏せるクラウディア。

そうか。そうだな。

確かに、それはフィルフサに近いかも知れない。

あたし達は、むしろ昔はフィルフサだったのかも知れない。

事実、フィルフサを叩き起こしたのは古代クリント王国の錬金術師だが。

フィルフサがいなければ。

最悪の侵略性外来生物になっていたのは、数百年前の人間、そのものだ。

或いはだが、古代クリント王国の連中がやっていた奴隷制は、そういった過熱しすぎた競争に負けた人間を使い潰すためのもの。

人間が実は多くなりすぎていて。

そうやってすり潰す事で、数の安定を保とうとしたのか。

だとすると、愚かすぎる。

知的生命体のすることじゃない。

大きく嘆息するあたし。これは、良い奴悪い奴で片付けられる話じゃない。

あたしは良き錬金術師としてあろうと思っている。今後も、それを崩すつもりはない。

だが、こういう過熱社会が到来したとき、それをとめられるのだろうか。

もしも力尽くでとめたりしたら。

むしろあたしが、魔王とか呼ばれるようになるのではないのだろうか。

いや、それでも。

あたしは魔王と呼ばれようと、こんな大惨事が起こるなら、それをとめなければならないだろう。

覚悟を決める。

あたしは魔王になってもいい。

それでも、この状況を。

この地獄を。

絶対にとめなければならない。

焼き菓子が最後の一つだ。あたしはそれを口にすると、立ち上がる。雰囲気が変わったことに、気付いたのだろうか。

タオがびくりとしていた。

あたしは決めた。

錬金術は力の学問。だったら、作ったものに責任を持たなければならない。それをやらなかった連中が、この地獄を造り出した。

だったらあたしは、魔王と呼ばれようが。

石頭と呼ばれようが。

錬金術師としては、最善を尽くす。もしも何かあった場合は、己が滅びようとその責任を取る。

深呼吸すると、雨の中に出る。丁度、キロさんが戻って来た所だった。

「ライザ?」

「キロさん、偵察の結果、教えてください」

「ええ……」

雷が、遠くで鳴る。

敵に先手はくれてやらない。

次の作戦は、既に決まった。更に、此処で敵の戦力を削る。

今、王種は要塞と言って良い場所にいる。そこに正面から乗り込むほどの戦力は、あたし達にはない。

だったら、更に要塞の敵を弱体化させる事を考えなければならない。

それには、まだまだ。

敵の総戦力を削り取らなければ駄目だ。

あたしの中の迷いが消えた。フィルフサは人間そのものだと言える。もしも、今後人間が敵になった場合。

それが、人道に対する敵で。

世界の敵であった場合。

あたしは、容赦なく其奴を蹴り砕く。

何もそれは、古代クリント王国錬金術師のような、下衆の中の下衆だけではない。

何も考えずに善意で地獄を造り出すような奴や。

自分の行動に責任を持たないような自称現実主義者もそうだ。

あたしは今、既に力を持っている。

だから、それを最大限に生かさないといけないのだ。こんな世界を、二度と出現させないためにも。

洞窟の中で、話を聞く。

やはりだ。敵の別働隊が、突撃の準備をしている。今度は三方向から、一気に突破を狙っているようである。

だとすると、手数が足りない。

敵は将軍六体から編成された突撃部隊三つ。いる位置を確認。外に出て、濁流の様子も確認。

なるほど、そうなってくると、分かってきた。

どうやらフィルフサの群れは、陽動部隊を用意して、本命の部隊を突入させ。雷雨と豪雨を突破するつもりのようだ。

キロさんが、陽動部隊を引きつける役は買って出てくれるという。

リラさんとアンペルさんも。

これで、敵の部隊を各個撃破出来る準備は整う。

だけれども、それでも陽動部隊と言っても。油断すれば一気に押し切られて。門を突破される。

もう一声ほしい所だが。

「私に考えがあるわ」

クラウディアが挙手。

そして意見を述べる。現実的な話だ。そして今の状況だったら、少しは負担も減ると見て良いだろう。

だが、まずは試してみてからだ。

敵の突撃が開始されるまで、それほど時間は掛からないだろう。

ならば此方も、

待ってやる理由は、一つもなかった。

 

2、変わりゆく者

 

ライザの様子が変わった。

それは、タオにも分かった。

ライザは良き錬金術師であろうとしていた。だけれども、それはあくまで優しい錬金術師だったと思う。

だが、フィルフサの生態を聞き。

過熱した経済の中で人がどう動くかを聞き。

それで、決定的な変化が起きた。

タオにも分かる。今のライザは、必要とあれば躊躇なく人を殺す。余程の事がない限りはないだろう。

それでも、確実に一線を越えた。

前から、確かに古代クリント王国の錬金術師が相手だったら、容赦なく粉みじんに蹴り砕くだろうとも思ってはいた。

だが今のライザは違う。

例えば、ロテスヴァッサの王室が、また錬金術師を集め。オーリムから「資源の採取」を命じたりしたら。

ライザは王室を火の海に変えるだろう。

それも躊躇なくだ。

元々王都というカエルの井戸で偉そうにふんぞり返っているロテスヴァッサ王室の事を、ライザは良く思っていなかった節がある。

アンペルさんの腕を潰した事で、その怒りは燻っていたようだが。

これで決定打になった。

ライザは変わった。

フィルフサとの戦闘では鬼神のように荒れ狂っていたが。多分完全に心の中に鬼神が宿ったんだ。

タオは少し怖いなと思う。

今までライザは、良くも悪くも皆を引っ張って行くリーダーだった。適性は高く、先代のブルネン家当主が気に入っていたというのも頷ける。二三歳年上の男子でも、ライザには自然に従ってしまう。

そういうパワフルなリーダーシップがあった。

だけれども、ライザも子供だった。

それが大人になった感触だ。

大人になって、別に人間は変わらない。事実タオの両親はどっちもくだらない人間である。

だけれども、ライザの場合。

多分、容赦なく敵を鏖殺する心の安全弁が備わった。

もしもそれが外れた場合。

今後のライザは、両手を血に染めることを全く厭わないだろう。

クラウディアが門を通って外に行く。

何故クラウディアかは、音魔術の使い手だからだ。

タオは、複雑な気分だ。

ただでさえ、また超格上とやり合うのだ。雨の中だから、どうにか戦闘がなり立つ相手である。

迷っていたら殺される。

分かっていても、ライザの変貌を肌で感じてしまった今。どうしても、恐怖をぬぐえなかった。

それでも、今は戦わなければならない。

家にいる両親がくだらない人間であることは分かっている。事実タオが必死に本を守らなければ、今頃状況は詰んでいたのだ。

だがそれとは関係無く、世界の破滅を食い止めるため。

今は恐怖を目の前にして。

それでも引くことは許されなかった。

 

敵の陽動部隊が行動を開始するのを待ってはいられない。更に激しくなってくる雷雨。これはフィルフサに取っては脅威だが。

あたし達にとっても、それは同じだ。

足を滑らせるだけで、濁流にドボンとなりかねない。

雷雨下の濁流なんて、どんな魔物よりも恐ろしい存在である。一瞬の油断が、死に直結する。

ギリギリまで、クラウディアを待つ。

戻ってくるクラウディア。

彼女は、頷いた。

よし、行くぞ。

あたしは、顔を上げると、ハンドサインを出す。雨の中では、叫ぶよりもこっちの方が確実だ。

総員、動く。

あたし達六人は敵本命に。

入口付近は、キロさんだけがどうにかする。

今は、である。

そのまま突貫。上流から回り込む。凄まじい濁流が渦巻いているが、だからこそ此処を誰も守らない。

分かっている。

フィルフサも、それを理解している。

案の場だ。今、フィルフサが大軍になって、川を渡っている。それぞれの体を連結して、橋になっているのだ。

橋の土台はどうでもいい。

主力が渡りきればそれでいい。

主に空を飛ぶフィルフサなどが、橋の土台にされているようだ。この雷雨では、空を飛ぶ個体は将軍級ですら役には立てない。

だから真社会性生物の特徴通りに。

そのまま、役に立てる方法で。命の全てを使っている、と言う訳だ。

残念だが、やらせはしない。

フィルフサに取っては死活問題なのだろう。だけれども、それをさせてしまっては、他の全てが駄目になる。

自分以外の何もかもがどうなってもいいと考えるような輩を、好き勝手にさせるわけにはいかない。

人間社会でもそれはそうだし、

自然でもそれは同じ事だ。

天敵がいないような生物は、基本的に個体数を少なくすることでバランスを取る。ドラゴンなんかが良い例だろう。

幼体の頃は数もそれなりにいるのかも知れないが。

大人のドラゴンなんて、殆ど見かけることはない。それは人間がいない地域にいるのではなくて。

単純に数が少ないのだ。

それで、自然のバランスが取れている。

フィルフサは違う。将軍級になるとドラゴン並みで。自然界でも当たり前に使われている魔術が通用しないという圧倒的なアドバンテージがある。それだけではない。中身が空っぽでは、そもそも餌にならないのだ。

確か、ヒトデとかが食べる場所がないという利点を生かして、天敵を減らす戦略を採っているらしいが。

それでもヒトデを専門に補食する生物もいる。

フィルフサは、あらゆる意味でバランスを壊してしまっている。

そしてフィルフサのためにも、これ以上の繁殖地拡大はよくないだろう。

当たり前の話だ。

もしも自分の対応力を増やすために、他の生物を食って回っているのだとしたら。

全てを食い尽くしてしまった先にあるのは、後は何もできない事実だ。

生物の進化と言うのは、究極は破滅ではない。完成形になるとそのままでやっていけるらしい。

だけれども、フィルフサはそれが出来ないだろう。この習性では。

渡河作戦をしている敵をたたくのは。

水際と決まっている。

濁流を渡るフィルフサが、半ばに達したとき。あたしは将軍を確認。周囲では、多数のフィルフサが蠢いている。

奇襲に備えているのだろう。

だが、この雷雨だ。あたし達だって、キロさんが発見していなければ。この群れを発見できなかった。

そして、それは敵も同じだ。

元々水に弱い生物である。生物であるかすらも怪しい存在である。いずれにしても、幽霊だのではないだろうが。既存の生物の常識が通じるとは思えない。

だがそれをもってなお。

この状況は悪すぎるのだ。

あたしが仕掛けたものを、起爆する。

同時に。

渡河作戦を終えたばかりのフィルフサの群れと。これから渡河しようとしている群れ。更には、渡河中のフィルフサ。

更には彼らが命がけで作った橋が。

鉄砲水に襲われていた。

濁流が、何もかも無慈悲に呑み込む。怒濤の勢いで泥水がフィルフサに襲いかかり、逃れようと緩慢に動くフィルフサを、なぎ倒して運び去っていく。

ごくりと側でタオが生唾を飲み込んでいるのが分かる。

この辺りの地形は、キロさんが全て知り尽くしている。

今、雷雨になって何処でどう水が流れているかも。なぜならば、キロさんは元々水があった頃から此処にいて。

此処を知り尽くしているからだ。

そしてそんなキロさんだから、何処が崩れれば鉄砲水になるのかも知っている。

文字通り、押し流されていくフィルフサの群れ。将軍数体も、それに巻き込まれるのが見える。

必死に濁流から逃れようとする一部は、クラウディアが容赦なく射貫いた。

僅かな生き残りが必死に上陸しようとするが。

其処にはレントとリラさん。更にはアンペルさんが、手ぐすね引いて待っていた。

水で装甲が脆くなっている。動きも遅くなっている。

何より濁流で翻弄され、弱り切っている。粉々バラバラにされていくフィルフサを横目に、あたしは詠唱を続けて行く。

水から飛び出してくるフィルフサ将軍。全身ぼろぼろだが、それでも飛ぶ事が出来る個体は、まだ生きようと言う意思を失っていない。

そして将軍や王種を逃がしてしまうと、フィルフサの群れは何度でも再起する。

生かして返すわけにはいかないのだ。

あたしは容赦なく、熱槍を叩き込む。

千発を収束させたタイプをだ。

普通だったら、大した効果は期待出来なかっただろう。だが、濁流から這い上がって来たばかりで。

将軍とは言え、濁流に揉まれてのダメージは、とてもではないが無視出来るものではなかった。

これが通じないなら、爆弾を叩き込んでやるつもりだったのだが。

熱槍で充分だった。

文字通り、翼を貫通した熱槍。

それで何となく分かったが、あの将軍。それぞれが、複数の生物の特徴を取り込んでいると見て良い。

飛ぶのはまた別の生物の特徴だったのだろう。

いずれにしても、完全にバランスを崩した将軍は、怨嗟の声を上げながら落下していった。

濁流に呑まれる、主力部隊最後の将軍。

かろうじて渡河したフィルフサを、皆と一緒に駆逐していく。タオが手をかざして、彼方此方にいる生き残りを的確に見つけてくれる。それを、逃げる前に濁流に叩き落とし。或いはバラバラに叩き潰した。

本来だったら、これだけの大水害。

生態系が滅茶苦茶になる。

絶対にやってはいけないことなのだが。

そもそもこの土地は、生態系が既に壊滅してしまっている。

こうして、一度完全に押し流すことで。

再生を速めるしかない。

それでも、むごい光景だなと思う。

あたしは、ぐっと俯く。

邪悪によって歪められた生態系をただすためとは言え。あたしは、これだけの暴威を振るった。

正しい行動だったとしてもだ。

それは、わすれてはならなかった。

すぐに後方に戻る。

敵の陽動部隊がまだ残っている。一応、保険は掛けておいたのだが。

強烈な雷が、多数降り注いでいるのが見える。大雨の中、弱ったフィルフサが、とんでもな向かい風に追い返されている。

それだけではない。

濁流が一部向きを変えて、フィルフサに襲いかかっているようだ。押し流されていくフィルフサは。

生態系の破壊者である圧倒的強者の趣などなく。

もはや。押し流される哀れな存在でしかなかった。

見える。

椅子に座った四つの影。

精霊王だ。

恐らく、門の近くで有事に備えているだろうとは思っていたが。やはりだ。クラウディアに呼びに行って貰ったのは、彼女らである。

濁流が、敵陽動部隊にも致命打を与え、相当数を押し流したのを確認すると。

精霊王達は、戻っていく。

「火」が笑顔で手を振っていたので、それに返す。

いずれにしても、ここまでは順調だ。

敵に与えたダメージも、決して小さくはないはず。他とは次元違いの規模の群れとはいえ、ただでさえ大雨に巻き込まれているのである。

洞窟に戻る。

水を上空に放出し続けている装置を確認。

目を細める。どうやら、調べて見ると、蓄積水量が半分を切っているようだ。まあ、これだけ景気よく水を撒いていればそうなるだろう。

広範囲に降り注いでいる雷雨の全てが、今噴き出している水というわけではなく。

今まで水がなくて、どうしようもない歪みが生じて。

それ故に、これだけの雷雨となっていたのだろう。

だが、それも。これだけの激しい雷雨が続けば、いずれは元に少しずつ戻っていくことになる。

キロさんと、戦果について話し合う。

今度の作戦は、皆の負担が小さく済んだ。それをよしとして、今のうちに食事を済ませてしまう。休憩も、皆で交代で取る。

敵の残存戦力は恐らく現時点で半数ほど。それも、将軍級はともかく。戦闘でもっとも厄介な、大量にいる小型種は殆ど行動不能とみていい。つまり敵の戦闘力そのものは、半分より目減りしていると言う事だ。

如何に将軍といえども、小型種一万には及ばない。

それは、戦って見て感じたことだ。

どうあっても結局主力になる小型種を封じたことで、フィルフサの大侵攻は既に半身不随に陥っている。

後は、敵を逃がさないようにする。

それが、もっとも大事になるが。

皆に、交代で眠って貰う。あたしは後。先に、キロさんとアンペルさん、それにリラさんを交えて話しておく。

「此処以外のオーリムは、やっぱりフィルフサに……」

「ええ。 殆どの土地が大侵攻で踏みにじられているわ。 数百年前……古代クリント王国時代まではそこまで酷くなかったのだけれどもね。 数百年前に、外にある装置を古代クリント王国の者達が持ち込んでから、決定的に状況が変じたわ」

「此処以外、何カ所であの装置が使われたか分かりますか?」

「残念だけれども、風羽氏族と緊密に連絡が取れていればわかったのでしょうけれども」

そうか。

だが、それは仕方が無い事だ。

元々オーレン族は、氏族単位……多くても数十人程度で集まって行動する民のようである。

そうなると、一人一人が如何に強くても、どうしても種族として連携して、緊密な作戦を採るのは苦手だろう。

伝令役をする氏族もいるようだが。

それもこの有様では、何処まで機能していることか。

「リラさんのいるリヴドルは確定として、他にもあの装置は恐らく使われていますよね」

「どういう事だ、ライザ」

「いずれ、あたしが責任を持ってあの装置全てを破壊します。 今回の作戦で、フィルフサに大ダメージを与えられることは分かりました。 相手が記録的に大きい群れであったとしても、です」

顔を上げるキロさん。

あたしは、少しだけ、無理をして笑顔を作った。

フィルフサだって、本当はこんな生き物だったのかわからない。実際リラさんは、昔は押さえ込めていたという話をしていた。

聖地の水が奪われた程度で、オーリムがここまで蹂躙されたのは不自然だ。

やはり、古代クリント王国の規模から言っても、最低でも十数カ所で似たような蛮行が行われ。

多くのオーレン族が騙され。

フィルフサが一気に攻勢を強めたとみるべきなのだろう。

アンペルさんが咳払いする。

「今まで封印してきた門の数を考えると、我々が知るだけで十五から二十というところだろうな」

「水の装置の位置は分かりますか」

「分かるものもあるが、どれも基本的に封印されていたり、各地のインフラに大きく噛んでいる。 全てを破壊するのは手間になるぞ」

「それでも、やらないといけません」

聖地に水が戻った事で、もしオーレン族が生き延びているのなら。此処を起点にして、一気にフィルフサに反攻作戦を開始できる可能性もある。

問題はオーレン族が殆ど生き延びていない場合だが。

その場合でも、あたし達は責任を持って、環境を戻す義務がある。

過去の人間の過ちだからと、勝手に責任逃れするのは子供以下の理屈だ。

力を持っていた錬金術師が。その力に相応しい責任を背負わなかった。

それだけで、その埋め合わせはしなければならない。

先祖の罪なんか知るかというのは簡単だ。

個人レベルでやったことなら、それも正論かも知れない。

だがこれは、世界レベルでの破滅を引き起こした事なのである。

そんな理屈は、とてもではないが通らないし。

通してもいけないのである。

「キロさん。 王種を潰せば、フィルフサの群れは崩壊するんですよね」

「ええ。 数えるほどしか成功例はないはずだけれども」

「やります。 もしも水をあたしの代で戻せないのだと判断したら、次善の策として王種全てをあたしの時代に全て潰します。 それでフィルフサは、一気に勢いを失うはず。 これからの戦いで、キロさんは生き延びてください。 そして、全てが終わったら、オーレン族の生き残りをこの水が戻った聖地に集めてください」

「……分かったわ。 今は濁流渦巻く荒々しい土地だけれども。 既に蓄積されている水は半分になっていると言う話ですものね」

頷く。

キロさんは、本当だったら出会い頭に首を刎ねる権利だってあっただろうに、それを行使しないであたしを見極めてくれた。

それだけで、あたしは責任をしっかり果たす義務がある。

さて、次だ。

フィルフサも、大侵攻をまだ諦めていないと見て良いだろう。王種があんな場所に陣取っていることからも確かだ。

そして濁流であろうと、フィルフサそのものが橋を造って、無理矢理突破する事も可能である事は分かった。

やはり、敵の将軍を相応の数削らないと。

王種への戦いを挑む事は自殺行為になるだろう。

後半数くらいは……三十体程度は少なくとも将軍がいる。それをどうやって仕留めていくかが問題だ。

相手はこの状況でも大侵攻を諦めていない。

そこにつけいる隙はないだろうか。

肩を叩かれる。

休め、というのだ。

あたしは頷くと、素直にそうする。

流石に疲れきっていることもある。体も頭も正直だ。

横になると、意識がぷつんと落ちた。

あまりにも疲れているからか、夢もみなかった。

 

アンペルは、実は睡眠をあまり必要としていない。体質的なものなのだろう。

オーレン族ほどではないのだが。それでもいわゆるショートスリーパーというのだろうか。

数日の徹夜を平気でこなす事もできた。

今は、実の所年齢が相応に体に来てしまっている。

若く見えるように錬金術などで工夫はしているのだが。それでも若い頃に無理をしすぎた事や。

何よりも、体の加齢による衰えもあるのだろう。

最近は徹夜は体に響くようになったし。

昔のようなショートスリーパーでは無く、きちんと眠るようにもなっていた。

この体質のおかげで、ロテスヴァッサの王宮にいた頃は、相応の成果を上げることが出来ていたし。

其処を離れた後も、暗殺者につけいる隙を殆ど与えなかった。

とはいっても、今の時代だったから、暗殺者も規模が小さかっただけかもしれない。

古代クリント王国の時代に同じ事をしていたら。多分人間の数が現在の数十倍もいる事もある。

暗殺者は一世代程度では諦めてくれず。

結果として、逃げ切れなかっただろう。

そういう分析もしていた。

ライザが眠ったのを見て、アンペルは自身も休むことを宣言。そのまま、横になって目をつぶる。

ライザの才覚を見ていると、天才と呼ばれていた親友や。

それに次ぐと言われていた自分が、凡人にしか見えなくなってくる。

何より、自分の事で精一杯だったアンペルとは違う。

ライザは恐らくだが、今後生きているだけで世界に大きな影響を与え、ダイナミックに変革していくだろう。

クーケン島という僻地に生まれてこれである。

もし王都辺りに生まれていたら、或いは。

いや、それは可能性の話だ。

それに、クーケン島に生まれたから。戦士として適性があるレントや、学者としてアンペルも舌を巻くタオ。それに人間の組織的生物としての生き方を知っているクラウディアとも出会うことが出来た。

それを考えると、きっとクーケン島に生まれた事にも意味がある。

クーケン島の人間が、古代クリント王国の人間の子孫であることなんかは、まったく関係がないだろう。

遺伝なんてものは、ほぼ起こらない。

起きたとしても、それはただの偶然。

それは、百数十年生きて。世界中を贖罪のために走り回ってきたアンペルが、一番良く知っていた。

無理矢理眠る。

雨音が激しくて簡単に眠らせては貰えないが。それでもどうにかする。

夢はみない。

しばしして、起きだす。

良い匂いが、どうしても食欲を刺激したからだ。

起きだすと、クラウディアが燻製肉を煮込んでいた。これは、ワイバーンのものか。素晴らしい味である事は知っている。

此処でこそ、使うべき。

そう思ったのだろう。

それで正しい。起きだすと、もう鍋を囲んでいる若者達に混じる。

甘い食べ物もほしいが。

今は、兎に角先に栄養と熱だった。

鍋を囲んで、無心に食べる。リラが呆れ気味に言う。

「やはり其方の世界の人間は、何歳になっても変わらないんだな」

「君こそ、私と出会って数十年になるが、変わった様子がないぞ」

「数十年なんて、オーレン族にとっては瞬きの間だ。 アンペルの過ごした年月は、本来の人間の数世代分だろう」

「そう言われると痛いな」

苦笑してしまう。

それはそうと、このワイバーン燻製肉の鍋がとても美味しくて温まる。

キロが洞窟で栽培していた野草も馳走してくれたようで。それが味に深みを加えてくれている。

ちょっとこの洞窟が崩れないか心配になったが。

キロが数百年、此処を拠点に戦っていたのだ。

そこまで脆くは無いだろう。

はあと大きくため息をつくタオ。

クラウディアがくすくすと笑う。

「タオくん、食べてすぐに横になったら駄目だよ」

「分かってる。 クラウディアは体型を保つための工夫とかしてる感じ?」

「してないよ。 隊商だとどうしても歩くことになるし、それにライザ達と出会ってからは、太る暇なんてなかったもん」

「そうだよね。 まあ僕もそれは同じなんだけどさ」

本来は失礼に当たる質問なのだろうが。

クラウディアは悪意がないことを知っているからなのだろう。笑って流している。

良い仲間だ。

ライザを中心に集まった仲間達は、恋愛感情関係無く結びついている。

人間は万年発情期である珍しい生物で。

どんな物語でもそうであるように。惚れた腫れたが大好きな存在だ。

そんな中で、この中心となるメンバーが、恋愛感情なんて一切なく結びついていることは面白い。

新しい仲間が、この戦いを生き残れば当然増えてくることだろう。

その仲間まで、恋愛関係無く結びついていくかは分からない。

いずれにしても、この中核となる四人に、恋愛感情が一切無い事はとても言い事だったのだろうとアンペルは思う。

アンペルは後見人だ。

この素晴らしい若き天才達の仲間ではない。

仲間であってはならず。見守らなければならないのだ。

何もできなかった者として。

ライザが食事を終えると、多少昂ぶっていた気も収まったようで。立ち上がって、外に行く。

アンペルはトイレを利用させて貰う事にする。

ライザが熱魔術で定期的に綺麗にしているようで、不快な匂いもなく汚物も見当たらず。利用は快適だった。

すっきりしたので、外に出る。

目を細めたのは、更に暗くなっている事を感じたから。

これは、もう恐らくだが。装置から噴き出している水は関係無くなっている。

最初に空に舞った粉塵と、膨大な水が原因となって。広域に雷雨が降り注ぎ続けているのだ。

キロが戻ってくる。

先に出ていたらしい。そして、偵察をしてきてくれた様子だった。

「フィルフサの群れを確認したわ。 再編制をして、敵の残りの殆どが集まっている様子よ」

「好機ですね」

「そうね……」

ライザの笑顔を、雷が照らす。

ライザは戦士としては、際限なく容赦なくなれる存在だ。それがよく分かった。

そしてそれが、こう言う場では強みになる。

作戦をライザが説明し始める。

アンペルは、それに対してアドバイスをするだけでいい。事実ライザの作戦は、田舎街で実戦を散々経験してきたものの。

地に足がついたものだった。

ライザは錬金術師としてだけではない。

大昔のアーミーとやらでも、上級指揮官としてやっていけたのだろうな。

そう、アンペルは思った。

 

3、総力戦

 

フィルフサの将軍25体。

四体ずつ六箇所に別れ。中心にいる明らかに一回り大きい将軍を囲むように、いわゆる魚鱗陣を作っている。

弱り切ったフィルフサの群れが、その周囲に浮塵子のように集まっているが。

あたしには、それが橋を造るための要員だと言う事が、一目で分かった。

フィルフサは、苛烈な反撃を受けて。ついに徹底的な物量戦で挑む事を決めたらしい。

元々「門」が小さい事は、斥候の情報で知っていたのだろう。

だから、最初は飽和攻撃で門を突破しようとしていた。

事実陽動を駆使しても、結局は主力を門に届けることが目的で。一度門さえ突破してしまえば。

後は総力でなだれ込むだけと考えていたのだろう。

敵は考えを変えてきた。

門に対して、橋を造る。それも、多分フィルフサの体を使って作りあげる、生きた橋である。

それは恐らく、水も防ぐ……トンネルのようなものになるのだろう。

地下を通ってフィルフサが門へ行くことは不可能だ。

乾ききったこの土地は、水を貪欲に欲している。如何にフィルフサが環境を改悪し続けていても。

水がない土地が、水を欲しがる。

その自然の摂理までは、変えられなかったのだ。

だから既に地下深くまで水はしみこんでいるはず。

この土地は、もうフィルフサに取って楽園では無いのだ。

人間だったら、後退したかも知れない。

いや、クラウディアの言葉通り。

もし此処で後退できる生物だったら、ここまで世界を無茶苦茶にしていないのだろう。

人間もそれは同じ。

或いはだが。古代クリント王国の錬金術師達も、それらと全く同じ思考をしていたのだとしたら。

いや、やめておこう。

あたしは、フィルフサが誇り高い戦士であり。

将軍であろうと、自分で戦おうとする姿を見ている。

あれは、奴隷を使いつぶし。周囲の人間を塵芥と見下しながら、自分にだけ都合が良い世界を作ろうとしていた古代クリント王国の錬金術師どものそれとは違っている。

あり方が違うから、共存はできないだけ。

或いは、バランスが崩れてしまったから、もう共生はできないだけ。

本来は、ただの生物として、互いに落としどころを見つけられていたのだろう。オーレン族がそうしてきたように。

今はそのバランスが戻る事を願いながら。

ただ戦う。それしか出来ないのだった。

「動き出したぞ!」

リラさんが叫ぶ。

キロさんが、後ろを見る。

どうやら、散発的に動いている敵の部隊がいる。あの主力以外に、門を狙って仕掛けにくるようだ。

キロさんには、やはり門を守って貰う。

逆に言うと、キロさんにしか、それは頼めない。

手をかざして、敵の様子を確認。

予想通りだ。

群れが全て合体し、一つになって突撃して来ようとしている。筒状の構造物を作りあげるようにして組み上がっている。

橋を造って、主力を渡そうとしていたときと、考えは同じなのかも知れない。

そしてそもそも、あれは土台なんて必要としていないようだ。濁流の中を、どんどんくみ上げながら進んでくる。

崩れても、其処を別の個体が埋める。

「ばかでかい蚯蚓かよ……」

「雨に濡れているけれど、かなり装甲は分厚い。 仕掛けるよ」

「分かった!」

皆で、大雨の中を走る。

敵は、何が来ようと関係無い。意地でも門まであの筒を通そうと、次々と組み上がって来ている。

しかも水位よりも高い位置で、である。

仮に上手にあの筒に水を流し込むことが出来たとしても、途中で結合を自分から崩壊させて対応して来るだろう。

あれを壊しきるか。

あれが届ききるか。

そういう勝負が今、始まったのだ。

大雨の中、次々と装甲となったフィルフサが剥離していくのが見える。奴らにとっては猛毒の水の中で、それでも群れのために壁になっている。

真社会性の生物らしい苛烈な行動だが。

それに感心していたら、世界の全てを食い尽くされてしまう。

まずは挨拶だ。

敵の前衛に、クライトレヘルンを放り込む。凶悪なレヘルンの強化型である。敵の前衛が凍り付くだけではない。

そもそも、水は敵にとっての大敵なのだ。

激しく敵の前衛部分がボロボロ崩れて行く。大雨が降り注ぐ中、氷が粉砕される。あの筒の中に、将軍か、火力を担当できるフィルフサが来ていると見て良いだろう。

アンペルさんが、今の火力が飛んできた地点に、空間切断の魔術を叩き込む。

続けて、クラウディアが連続して矢を放つ。特に、敵の筒構造の下部分を狙っていく。上はまだ、雨を耐えれば良いかも知れない。

だが、下を崩されると。

最悪構造そのものが崩壊する。

だから、狙うのは下でいい。

氷を砕いた敵が、混乱しながらも更に進もうとするが。

アンペルさんが何度か観測射撃をした後。

叫ぶ。

「彼処だ! 狙ってくれ!」

「分かりました!」

まずクラウディアが連続して射撃。多数の矢を放つ。狙いは正確で、破壊力も魔力矢を作り出すのがやっとだった最初の頃とは比較にもならない。

次々と爆散して、ぼろぼろ落ちていくフィルフサ。

どれも小物ばかりだが。命を賭けて群れを通そうとしていた。

大きめのフィルフサが見えてくる。あれは将軍か。

敵の崩れた群れに突入して、リラさんが竜巻のようにあれくるい始める。リラさんにレントも続いて、次々と敵をなぎ倒していく。

タオは距離を取って、遊撃に徹し。

あたしは、場所を見極めていた。

まず、大きく弓なりに、上空に爆弾を投擲する。敵が筒を貫くようにして、内側から迎撃。

爆破。

恐らくだが、既にフィルフサはあたしが危険人物だと言う事を共有している。どうやっているかは分からないが。

あたしの投擲する爆弾が、魔力に圧倒的耐性を持つフィルフサの装甲を容赦なく貫通することを、知っているのだろう。

或いは、あたしに反応しているのでは無く。

爆弾に反応している可能性もある。

あの渓谷にあった様々な残骸。多くは古代の武器だった。それらは、魔術ではなく、火薬による兵器が主体。

現在では火薬兵器はほとんど残っていないが。

昔は、むしろ火薬兵器が戦場の主役だったのだ。

ならば、フィルフサも遭遇し。

種族で対策を知っていても、おかしくはなかったのかも知れなかった。

まあいい。

今のは、煙幕を作る為の攻撃だ。続いてクラウディアが、横殴りに連続して射撃を叩き込んでいく。

そして、今ので出来た隙を、タオが突く。

上流に上がって、大岩をハンマーで粉砕したのだ。

急いで逃げるタオ。

バランスを崩した大岩が、濁流にのって流れ始める。もう一発、あたしが爆弾を投擲する。

勿論それを迎撃する将軍らしい個体。

だが、それが命取りになる。

フィルフサの筒に、流れ来た大岩が直撃。流石にこれはどうにもできずに、フィルフサの群れが分解して。多数のフィルフサが濁流に放り出された。そのまま流されていく将軍は、もがいていたが。

すぐに水流の下に消えていった。

次。

呟くと、あたしは崩れて行く筒を構成していたフィルフサのうち、生き残りを皆と一緒に殲滅する。

大雨は、激しさを更に増していき。

時々、フィルフサの筒に雷が直撃しているのが見えた。

雷の恐ろしい破壊力はあたしだって良く知っている。

それでも、フィルフサは怖れずに進んでいる。よくやる。そう思いつつ、あたしは栄養剤を飲み下す。

すぐに態勢を立て直したフィルフサの群れが、筒を再構築してくる。その中に、大きなプレッシャーが複数ある。

なるほど、まずは将軍級を展開して、あたし達の所に直に届けようというわけだ。

敵は残っている主力を殆どつぎ込んでの攻撃に出ている。

此処を突破すればと考えるのは、ごく自然な事だ。だからあたしは先に動く。

濁流のすぐ側まで行き、爆弾を敷設。レントが、周囲に蠢くフィルフサを次々に斬り倒す。

何をしているのかは聞いてこない。

聞いている余裕がないからである。

あたしも、頭上を凄まじい殺気が飛び交う中、爆弾を敷設完了。ハンドサインを出して、後退を指示。

フィルフサの不格好に崩れつつも、再構築を進めた筒から、予想通り将軍が跳びだしてくる。一、二、五、六。

そこまで出た所で、あたしは爆弾を起爆していた。

使った爆弾は、ローゼフラムだが。

薔薇が咲くように仕向けたのは、地下にである。

結果、緩んでいた地盤が崩壊。

フィルフサの将軍は、精鋭らしいフィルフサもろとももろに足場を失い、濁流に呑み込まれる。

側でレントが生唾を飲み込んでいるのが見える。

クラウディアが、叫ぶように聞いてくる。

大雨が酷いから、そうしないと声が届かないのだ。

「ライザ、大丈夫!?」

「なんとか!」

爆弾を立て続けにコアクリスタルから生成しているのだ。あたしが如何にまだ魔力を成長させているとはいっても、限度がある。

栄養剤を飲み下す。これも、先に生成しておいて。ポケットに突っ込んでおいたものばかりである。

尽きたら継戦能力を失う。

尽きるまでに、戦闘を続けなければならない。

濁流から這い上がろうとしていたフィルフサを、リラさんが容赦なく濁流に蹴落とす。将軍級だったが、リラさんの蹴りの前には関係無かった。

流されていくフィルフサ将軍は、すぐに濁流に消えた。あれは、絶対に助からない。

タオが警告してくる。

「水位が上がってる!」

「! 恐らく、下流でフィルフサの死体が詰まってるんだ」

「どうする、前線を下げるか?」

「……そうするしかないだろうね」

あたしは、後退と叫びながら、ハンドサインを出す。リラさんとアンペルさんが殿軍になってさがる。

その分、フィルフサは進める。更に筒を再構築して、門に近づけてくる。

あの筒は、門に直通させる必要はない。

濁流が暴れ狂う危険地帯さえ、あの筒で突破してしまえばそれでいいのである。水位が上がり始めると、どっと辺りの地面が水に飲み込まれる。さがっていなければ、危なかった。

あの水の勢い。

足を取られる程度ではすまない。

もし巻き込まれていたら。濁流に呑まれたフィルフサ達と同じ運命になっていただろう。

水位が上がってきたのは簡単な理由。

さっき叫んだとおり、下流の何処かでフィルフサの死体が詰まり始めたのだ。水に弱いフィルフサだが、数が数だ。死体も積もれば大山になる。

膨大な水が、それで行き場を失い。

一部が逆流してきた。

そろそろ、一度水をとめるべきか。

いや、それをしたら、フィルフサの群れが息を吹き返す。そのまま、どうにか戦うしかない。

先に比べて、足場が良くないが、此処で迎え撃つしかない。敵の筒は、再構築を開始して、無理矢理此方に向かってきている。

アンペルさんが何発も空間切断を叩き込んでいるが。死んだフィルフサの代わりが、すぐに来る。

敵はたくさん。

それを生かして、此方に攻めてくるつもりだ。

単純だが、正しい戦い方だ。

数が多いなら、それを生かす。

理論的には、人間がアーミーを使っていた頃の戦争もそうだったのかも知れない。ただし人間はそれぞれの人生がある。

こんな作戦、洗脳でもしていなければ成立しないだろうし。

真社会性の生物だから、できる事だとも言えた。

「藪をつついてドラゴン出したかな、これは……」

「……ライザ、あれ」

「!」

タオが指摘してくる。

なるほど、確かにいい。今ので、水が逆流して。一部の川の流れが無茶苦茶になっている。

クラウディアにも、狙撃地点を伝える。

あたしは詠唱開始。

フルパワーでぶっ放す必要がある。

クラウディアも、総力で音魔術と併用した詠唱を開始する。フィルフサは、確実に巨大な筒を成長させ、此方に向かってきている。

そしてフィルフサも、やられてばかりではない。

一斉に魔術らしいもので射撃してくる。筒の入口には大きさ的な限界があるから、射撃の精度も数も限られているが。確実にあたし達を狙って来る。

レントとリラさんが壁になって防ぐ。タオが、ハンマーを振るって、魔術をなんとか弾き返す。

ゴルドテリオン製のハンマーだからできる事だ。

どこの村でも使ってるような鋳鉄。場合によっては木のハンマーとかだったら、今の一撃で粉々だっただろう。

詠唱完了。

狙うは、筒じゃない。

上流でもない。

一箇所、川の流れがおかしくなっている。恐らくだが、フィルフサの死体があまりにも多すぎて、詰まっているのだ。

そこに、全力でヘブンズクエーサーを叩き込む。

クラウディアも、上空に向けて。

文字通り、音魔術の究極みたいな術を叩き込んでいた。

空に放たれた矢が、上空で反転し。

フィルフサの筒に突き刺さる。

将軍に直撃していても、普通だったら倒せなかっただろう。

だが、雨で脆くなっている筒を貫通したクラウディアの矢が。将軍を濁流に叩き落とすには、充分だった。

バランスを崩して、将軍が濁流に落ちた瞬間。

どっと、濁流の流れが変わる。

邪魔になっていた死骸を、あたしの熱槍の集中投射。一発で石造りの家を粉砕するもの千をまとめた熱槍が14。立て続けに川に叩き込まれ。

其処にあった、溶けかけているフィルフサの死体の山を、文字通り爆砕したのである。

その結果、一気に川の流れが一本化され。

下流へと襲いかかる。

フィルフサの群れが、よく分かっていない様子で筒を再構築していくが。あたしはみんなにさがるように指示。

こんな強烈な水流が、この時点で引き起こされればどうなるか。

予想通りだ。

下流から、巨大な波が逆流してくる。下流でぶつかり合った水流が、行き場を完全になくして。

ついに上流へと、上がって来たのである。

フィルフサの筒が大混乱を起こしているのが見える。

だが、その混乱を嘲笑うようにして。

彼らがまき散らした紫の泥が、既に消えつつあり。茶色く変じ始めている凶悪な濁流が。文字通り、フィルフサの筒を直撃していた。

フィルフサの筒にとって、それが今までで最大の痛打になった。

どれだけ命がけでスクラムしていようが、こんな濁流を受けて無事でいられる筈などない。

そのまま、筒が崩壊して、大量のフィルフサが濁流に投げ出される。

「すげえ……」

レントがぼやく。

敵は、大混乱の中、必死に筒を再構築しようとしているが。上流に上がりきった波が、今度は逆に水の流れに沿って降りてくる。

水流が大混乱している証拠だ。

激しい波に再び攫われて、筒が完全に崩壊する。勿論今の波を喰らわなかった辺りは平気だろうが。

筒の中で、此方に対応しようと前に詰めてきていた敵の精鋭は、丸ごと水の下だ。

あたしも、くらっとくる。

流石に魔力を使い過ぎたか。

雨の中深呼吸して、回し蹴り。どうも散発的に仕掛けて来ていたフィルフサの小規模な群れが、大きく流れを迂回して来ていたらしい。小さいのを粉砕する。既に皆も気付いて、戦いはじめている。

この雨の中、ゲリラ戦を仕掛けて来るフィルフサの群れ。弱くは無いが、だが、あたしはもう黙々と。

何の容赦もなく、それを排除する。

確実にあたしは戦士としての本能に蝕まれている。

勿論頭では分かっている。

だけれども、こうしないと。いけないのだ。

敵を排除し終わる。フィルフサの筒は一度さがって、再編制を開始したようだ。水の流れが安定したらしく、水位が急激に下がっていく。

だが、雨が止んだわけでもない。

時々落雷が筒に直撃して、そのたびにぼろぼろとフィルフサが落ちる。元々決死の覚悟でスクラムしているのだ。

落ちてしまえば、確定で流されるか。雷雨の中で、溶けてしまうだけだ。

まだ敵は諦めていない。だが、激しい主に雨との戦いの中で、将軍は既に半減している様子だ。その証拠に、フィルフサの群れの動きが明らかに鈍い。

真社会性生物は明らかに厄介な存在だ。

虫の中でも、蟻や蜂の強さは群を抜いている。小さいが、実際には地面に落ちた芋虫などは、殆ど助からない。大きな種類で毒針を持つ蟻などは、人間が命を落とす事もあるという。

それが更に巨大化し、なおかつ魔術を使って他の生物の長所まで取り込んでいると思われるフィルフサだ。

弱い訳がない。

だが、真社会性生物故に、頭を潰されると本当にどうにもならないのが分かる。先ほどまでの威圧感が嘘のように、右往左往するばかり。

さっきまでの交戦地点にさがるのはまずい。

地面が完全にぬかるんでいて、広くて戦いやすそうに見えて、実際は死地に等しい。

事実其処に落ちたフィルフサはもがくばかりで、彼らにとっての毒である水にやられて死んで行く。

だが、それも態勢を立て直したようだ。

後方にいた将軍が前に出てきたのか。それとも、群れを中核としてまとめていた将軍が動き出したのか。

再び、明らかに秩序を持って筒が編成され始める。あたし達は続けて攻撃を浴びせていくが。

ぼろぼろとこぼれ落ちるフィルフサよりも。

明らかに、筒が前進してくる速度の方が早い。

レントが、渡しているスリング……大型の石を飛ばせるくらいのものを振り回しながらぼやく。

「まずいな。 ライザ、最終防衛線はどの辺りだ」

「ここだよ」

「そうだろうな」

「この後ろは岩山になっていて、川の水が流れ込まないんだ。 あの筒が此処に到達したら、後続のフィルフサは雨だけ気にすれば良くなる。 其処にあの大軍が到達したら終わりだよ」

タオがぼやく。

タオは観測手をしてくれている。

それに沿って、あたしとアンペルさん、クラウディアが狙撃して効率よく敵を削っていくけれども。

それにも、どうしても限界があった。

栄養剤が、もう尽きる。

コアクリスタルで増やすのもちょっと魔力の残量的に無理臭い。それに、散発的に動いている敵もいる。

キロさんは、此処に来られない。

それに、精霊王はキロさんの証言を聞く限り、一度力を使うと、かなり消耗するようである。

連戦は無理と判断して良いだろう。

考えろ。

考えろあたし。

自分に言い聞かせる。そして、周囲を見る。レントは必死にスリングを振り回している。

リラさんは、衝撃波みたいのを飛ばして敵を削っているけれども、やっぱりこの人の本領は接近戦だ。

弓矢を渡せば活躍もしたかも知れないが。弓もなければ、何より矢を用意できない。

アンペルさんも、次々敵を切りおとしているけれども。それでもきりがない。敵は死体も有効活用して、盾にしている。

クラウディアが、肩で息をついているのが分かる。

雷雨の下だ。

体熱が上がり過ぎるのは避けられるけれど。

指先が凍えると、今のクラウディアが使っているような弓だと。誤射の時、指が持って行かれかねない。

勿論それを防ぐための装備を色々渡しているのだけれど。

それでも限界がある。

ヘブンズクエーサーは、もう一発たたき込めれば良い方か。

敵の将軍が、恐らく冷静な指示をして、どんどん筒を此方に向けている。もしも狙うとしたら。

顔を上げる。

「タオ、計算頼める?」

「で、出来るけど。 暗算!?」

敵は筒の中に将軍がいて。爆弾を叩き落としに来る事は分かっている。

半減したとしてもまだ十二から十三はいるだろう。しかもこの急速な指揮系統の回復。下手をすると、群れの中核になっている様な個体……。

以前「斥候」として、あたし達の前に現れ。

当時のあたしの全力攻撃でほぼ傷一つつかなかったあの強力な将軍みたいなのが、いてもおかしくない。

それは即応して、爆弾を破壊しに掛かるだろう。

そう、その存在を感知すれば、だ。

ならば、最後の手を使う。

魔力を絞り上げて、コアクリスタルから爆弾を取りだす。そして、この場を任せて、タオに計算を頼む。

タオは知らないよといいながら、計算をする。冷や汗を流している事からみて、相当きついようだが。

やがて、顔を上げて、座標を指定してくれる。

頷くと、あたしは走る。岩山の上に。そして、タオの指定地点を見る。

よし。

此処を防ぎ切れば、敵の猛攻を一段落させることが出来る。後は、敵が戦力を再編制する前に、王種を倒せば。

恐らく、この猛烈な侵攻は、終わらせることが可能だ。

新しく、よその土地から別のフィルフサ王種が来た時には。

此処には水が溢れ。雨も降り。

フィルフサが足を踏み入れられない土地になっているだろう。

あたしは何度か深呼吸。

雷雨の中での激戦だ。

雷が至近で着弾しなかっただけ、奇蹟と思うしかない。

それだけじゃあない。視界が悪い中、流れ弾に当たらなかったことは、本当に凄いというしかない。

だけれども、奇蹟だの偶然だのなんか、幾つも幾つも連鎖するものじゃない。

恐らくあたしの奇蹟の在庫なんて、とっくに尽き掛かっている。

残り最後の奇蹟は、フィルフサ王種を撃ち倒すために取っておきたい。多分、将軍を凌ぐ怪物なのは確定なのだから。下手をすると、数十の将軍を集めたくらい強いかも知れないのである。

そんなときこそ、奇蹟を使いたい。残しておきたい。

あたしでも、そんな風に考えるほど、今の戦況は良くない。大雨を上手く発生させられなかったら、多分初日で全滅している。

だからこそ、その中でも。

あたしは、ベストを尽くすのだ。

投擲する。爆弾は、川の中に放り込まれる。あの流れ、タオが計算した通りである。川の中に投擲した爆弾にすら、将軍は反応する。だが、投擲したのは筒よりずっと上流である。

気付いたときには、既に起爆準備に入っていた。

起爆。

起爆したのは、ルフトの強化版。レーツェルフト。風を巻き起こす爆弾ルフトを、更に強化した代物。

これが水の中で炸裂するというのは、どういうことか。

そう。

濁流が、直接フィルフサの筒に、直撃すると言う事だ。

それでも、将軍はシールドを展開して、自分への直撃は避ける。だが濁流は、膨大な数のフィルフサで構成されている筒を襲う。

結果。筒を構成していたフィルフサ達は、死体を使って盾にしようが、耐えられなくなった。

崖の至近まで迫ろうとしていた筒が、崩壊する。中途からへし折れる。

猛毒の濁流を喰らったようなものだ。

どんなに真社会性生物として、命を捨ててスクラムを組んでいても。物理的に耐えられないのである。

凄まじい怨嗟の叫びが、聞こえたような気がした。

へし砕けた筒が、濁流に落ちて倒壊していく。

その中に、将軍も混じっているのが見えた。もがいているが、膨大な味方の死体に物理的に押し潰され、濁流の中に消えていく。

恐らく指揮をしていたらしい将軍も見えた。

そいつは、こちらに最後の力で、魔力砲を撃とうとしてくる。あたしも最後の力を振り絞って、詠唱を開始。

濁流の中、一瞬が一時間にも思えたが。

次の瞬間。

流れてきた大岩が、将軍を直撃していた。

普通だったら、それでも押し返すことができたのかも知れない。

だが、雨の中での戦い。

そして濁流に押し流されながらの状況。

装甲も脆くなっていた。

本当に、子供が岩に卵を投げつけでもしたかのように。最強の生物の一角だろう将軍がへし砕けるのが見えた。

あっと言う間もない。

自然の恐ろしいまでの脅威。

いや、違う。

これは或いはだが。

この土地を、思うままに蹂躙し続けたフィルフサに対しての。この土地の怒りだったのかもしれない。

勿論そんなものはないかもしれないが。そう見えても不思議ではないくらいに、凄まじい光景だった。

あたしは、大きく嘆息する。

見ると、大きな岩が幾つも流れてきている。それらは、次々にフィルフサを直撃して、砕きながら濁流の中を流れていた。

タオが大慌てで指摘してくる。

「まずいよ! あんな大岩が流れてるって事は、多分相当に降水量が危険なんだ!」

「数百年分の雨が降っているんだ。 それも当然だろうな……」

リラさんがぼやきながらも。避難誘導を開始。

あたしは、じっと壊滅し、筒がほどけて消滅していく様子を見送る。

大侵攻の敵主力部隊は。

かくして、壊滅した。

無言になる。

悪意をもって、フィルフサは大侵攻をしようとしたわけじゃあない。自然のバランスを崩されて、ああいう怪物になって。

ひたすらに生存しようとして。他の生物を蹂躙する事を何とも思わなくて。

世界を自分に都合良くしようとして。

あのフィルフサという生き物は。

人間にそっくりじゃないか。

そう、何度も思ってしまう。

「ライザ!」

「行きます」

リラさんが、叱責するように声を掛けて来る。歴戦の傭兵でも、人を殺しすぎるとおかしくなると言う事があるらしい。

ひょっとするとだけれども。

あたしも、そうなりつつあるのかも知れなかった。

 

4、王への道は開けた

 

敵の群れ、ほぼ消滅。

それを確認してから、あたしは一旦装置を弄って、水の供給を停止した。現状、あまりにも色々とまずすぎる。

この玉をもし感情的に砕いたりしていたら、更に損害は大きくなっていたかも知れない。

そう考えると、ぞっとしてしまう。

あの時、ボオスをとめていなかったら。

一瞬でクーケン島が水没したかも知れないし。

そうなったら、此処に水が戻る事もなかっただろう。

キロさんが、様子を見てきてくれる。

その間に、一度クラウディアとタオが、アトリエに物資を取りに戻ってくれる。敵の主力は壊滅。

そして分かりきっていたが。

水の供給を止めても、すぐに雨が止むことはなかった。

むしろ勢いは更に増している程で。

遠くにドラゴンのような巨大な雷が、激しく落ちているのが見える。濁流の音も、恐ろしくなる一方だった。

元々土壌がやられて、荒野同然になっていた土地だ。

あたしも農業知識があるから知っているが、剥き出しの土というのは非常に脆いものなのである。

植物が生えていて、やっと土はその場に留まるようになる。

植物をフィルフサが食い荒らしたこの土地では、雨が降れば土壌は流れていく。土壌どころか、あの濁流の中で将軍級が潰されたように。大岩すらもが、流されていくことになる。

これは、あたしが引き起こした事だ。

或いはだけれども。雨を降らせるよりも、周囲に水を無作為に流した方がマシだっただろうか。

いや、駄目だ。

それでは、此処までの効果的なフィルフサへの打撃は期待できなかっただろう。門だって、多分守れなかった。

膝を抱えて、座り込む。

少し、頭がぼんやりしていた。

しばしして、クラウディアが戻ってくる。

そして、あたしの様子を見て。暖かい飲み物を用意し始めてくれたようだった。タオとアンペルさんが話し合っているのが聞こえる。

「恐らく、これで敵の将軍は殆ど流されてしまった筈です。 フィルフサの群れは殆どが壊滅。 それに、王種もこの状況では、繁殖どころではないと思います」

「そうだな。 だが、それでも王種を残しておけば、この土地どころか、他の土地にも大きな被害を出す可能性が高い。 昔の私は、王種を倒すどころではなかった。 だがこの面子なら……」

「危険すぎます……」

「分かっている。 だが、それでも。 誰かがやらなければならないんだ。 王都の騎士やらが何の役にも立たない事も分かっているだろう。 錬金術師だって、恐らく今使い物になるのは私とライザだけなんだ。 オーレン族も殆ど生き残っていないだろう今……此処で敵を倒して、フィルフサが入れない土地を作らないと、このオーリムには希望が微塵もなくなってしまうんだ」

アンペルさんが、リラさんをみてバツが悪そうに視線をそらしている。

だけれども、リラさんは至って冷静だった。

「アンペルの言う通りだ。 此処にいる王種「蝕みの女王」は、私の氏族を滅ぼした敵でもある。 私は何があっても此処に残り、奴を討つ」

「リラさん……」

「とめてくれるな。 この災厄も、数百年分の汚染を押し流すためには仕方が無い事なんだ。 それに……長年汚染され続けた結果、海すら今はすっかり汚れきっている。 汚染の元を、断たないといけない。 聖地が押し流されていく光景は、私も思うところがあるが。 これくらいしないと駄目なのも事実だ」

レントに。自分を吹っ切るかのようにリラさんが諭す。

そして、以降は何も喋らなかった。

クラウディアが、暖かいスープを作ってくれる。在庫の残り少ないワイバーン肉をふんだんに使ったものだ。

あたしも、流石に疲労と空腹が勝る。

精神的にどれだけ痛めつけられていても、腹は減る。

それは、不思議な話だけれども。

事実でもあるのだった。

キロさんが戻ってくる。そして、クラウディアが勧めると、無言で卓を囲んだ。

皆で、豪雨の音の中、スープをつつく。

かなり多めに作ったようだが。戦闘の規模、それに連続での戦闘もある。すぐに皆、鍋のスープを平らげていった。

「私とタオくんはさっきアトリエでお風呂もお花摘みも済ませてきたから、みんな先にいって」

「ありがとう。 先に使わせて貰う」

リラさんが先にトイレに消えた。レントも、その次に。

あたしは、その後に。

キロさんも、無言でトイレに消えて。

そして、漸く皆が一段落したと思ったのだろう。

鍋のスープがなくなる頃に。咳払いして、話を始めてくれた。

「状況の確認をして来たわ」

「お願いします、キロさん」

「ええ。 フィルフサの大侵攻を実施する個体は全滅した様子よ。 散発的に仕掛けて来ていたフィルフサもいなくなったわ」

「そうか。 やっとだな……」

リラさんがぼやく。

感慨が深そうだ。

当然だろう。

リラさんの氏族白牙は、戦闘に特化した存在だったらしい。それが手も足も出せずに敗退した最悪のフィルフサの群れ。

それがこうも簡単に瓦解していくのだ。

ある意味、最悪の手を躊躇なく古代クリント王国の錬金術師どもは打ったのだと言えるだろう。

完璧な程に、異界を汚染し。

そして邪魔者を排除した。

連中も排除されたのは、自業自得で、今はなんとも思わない。

せめて地獄で、フィルフサ達に再会して。その場で永遠に貪り喰われてしまえとしか言えない。フィルフサが餌を食わないことを思い出して、大きな溜息が出た。疲れて、思考が支離滅裂になっている。

「雨はこの様子だと、しばらくは続くでしょうね」

「一度水の供給を止めました。 雨が収まり始めてから、残りの水をゆっくり放出するように設定します」

「ありがとう。 この土地が、完全に水没してしまうものね」

「本当に古代の錬金術師がすみません。 私が、責任を取って必ず水は戻します」

頭を下げる。

リラさんが咳払いした。

「ライザ、お前が其処まで謙る必要はない。 責任を果たす力と覚悟と意思があるのは事実だろうが、本来だったらお前は此処までしなくてもいいんだ」

「リラさん……ありがとうございます」

リラさんが。

被害者の側がそういうから、意味のある言葉だ。

それにリラさんだって、アンペルさんと最初に出会った時は殺そうとしたと聞いている。だったら、この現状に色々と思うところだってあるだろう。

それでも、そう言ってくれた。

だから、あたしは涙が出る。

数百年分の惨劇を押し流す光景を見ているから、かも知れないが。

「……続けるわ。 王種「蝕みの女王」は、戦闘に特化した将軍や大型をほぼ失い、殆ど近衛もいない状態で、巣に閉じこもっているわ。 今、周囲に豪雨が降り注いでいて、力が戻る可能性は無い。 もしも仕掛けるならば、休んでからにした方が良いでしょうね」

「しばらくは、此処を任せてしまっても大丈夫ですか?」

「ええ。 この大雨、敵の残存戦力の少なさ。 もう、一人で此処を守りきれるわ」

「皆、アトリエに一度戻るよ。 しっかりリフレッシュしてから、最後の決戦に挑もう」

あたしは立ち上がる。

敵の大攻勢ははねのけた。

そして、この大雨だ。あの遺跡らしい場所に恐らくフィルフサの王種。この大侵攻の首魁はいる。

ただし、あたし達も疲労困憊の状況。

更にフィルフサは、これからしばらくは回復どころじゃない。

群れを上げての大侵攻が完全に失敗したのだ。

しばらくは身動きすら出来ないだろう。

その間に休み。

そして、最後の戦いの準備をしてから、出る。

勝率を少しでも上げるためだ。

キロさんに礼を言うと。あたしはトイレや風呂を熱魔術で処理してから、みんなと一緒に門を潜る。

次に此処を潜るとき。

最後の戦いに、赴く事になる。

門の外は湿気が凄まじく、乾期とはとても思えない。あたしは、晴れ渡った……乾期特有の雲一つない空を見上げながら。

これも見納めかなと、思っていた。

 

(続)