優先順位と迫る時間

 

序、クーケン島はいつ沈んでもおかしくない

 

クーケン島の地下から出てくると、既にアンペルさんが話をしていた。相手はモリッツさんである。

クーケン島が、沈む可能性がある。

もしもその時は、避難誘導をしてほしい。いきなり島が破損するようなことはないだろうが。

この島は漂い始めていて。最悪の場合、浮力すらも失う。

そうなったら、島は沈む。

いきなり沈み始めることはないだろうが。確実に島を水が浸食していく。そうなったら終わりだ。

今まで旧市街が沈んでいたのとは比にならない速度で沈むだろう。

その時には、船で皆を逃がしてほしい。

モリッツさんは俯いていた。

ボオスが見かねてフォローする。

「父さん。 これはそれこそブルネン家にしかできない仕事だろう」

「分かっている。 だが、島が沈むなんて……あの地下の惨状も今でも信じられない……」

「俺より経験を積んで、この島のために尽くしてきたんだろう! その誇りをもって、島のために動けよ父さん! そもそも俺たちが島の支配者を気取っていられるのも、島の皆の為に金を回して水を回して動いてきたからなんだぞ!」

ボオスが喝を入れるが。

それでも、モリッツさんは気弱そうに。

自信を無くしたように、しょぼしょぼと周囲を見るだけだった。

「わかった……少し時間をくれ」

「ボオス。 今すぐ島が沈むことはないよ。 クーケン島は今スリープモードという状態になっていて、まだ島を浮かべる機能は動いてる。 ただ、何年ももう保たないかもしれない」

「いや、どうにかするよ」

ボオスにフォローを入れるタオ。

あたしが、其処に告げる。

ボオスが、本当か、と聞いてくるので。

頷く。

仕組みは理解した。

島の動力源は、再度作る事が可能だ。

あの球体は、見た目よりずっと簡単な仕組みになっている。古代クリント王国の錬金術師は、おそらく「効率の良い魔力源」を求めて、フィルフサに目をつけた。どうしてフィルフサを知っていたのかは分からないが。

逆に言うと、フィルフサ以外でも魔力の源は作り上げる事が可能だ。魔石を圧縮してもいいし。他の手段でもいい。

浮かべる事は、島の機能に入っている。

ある程度の軽量化は必要になるが。

ぶっちゃけ今の魔力源に魔力を供給するなら、あたしとクラウディアでも出来るくらいである。

ただ、毎日根こそぎ魔力を持って行かれるだろうし。

それはあまり現実的ではないのも事実だが。

それを順番に説明していくと。

モリッツさんは、大きな溜息をついた。

「すまん。 どう考えても、島の皆を避難させるのは無理だ。 ライザ、頼む事になるが構わないか」

「当然です。 ただ条件が一つ」

「な、なにかね」

「錬金術を以降馬鹿にしないようにしてください。 あ、二つにします。 タオの家に伝わる技術書を、以降粗末に扱わないようにしてください」

モリッツさんはぽかんとしていたが。

あたしが大まじめなことを理解したのだろう。

わかったと、疲れきった様子で応えた。

あたしとしては、自分のためにもやるのだ。

お父さんとお母さんはこれだけラーゼンボーデン村のためにあたしが尽くしても、まだ怪しい呪いで遊んでいると思っている。

少なくとも島のトップの意識が変わらなければ、絶対に何も良くならない。

ここでしっかり貸しを作っておく。

もちろんあたし自身の栄華とか富とか、権力とかははっきりいってどうでもいい。

悪党がたまに、「義賊なんて余裕がある奴がやる遊びだ」とか抜かして。自分の凶行を全肯定したりするらしいが。

そういう奴は魔物と同じだ。

あたしの前でそういう事を抜かす奴がいたら、地平線の向こうまでその場でけり跳ばしてやる。

あたしはこういう風に。

真っ向勝負で、理不尽を潰す。

それだけである。

「モリッツさん、ライザは優秀ですから、どうにかできるでしょう。 しかし、それでも万が一には備えてください」

「ああ、分かっているよ。 今日は胃に穴が開きそうで、眠れそうにもないな……」

「父さん」

「……すまん」

肩を落として、モリッツさんが戻っていく。

あの人も、島の地下が屍だらけ、人間の業の展覧会場だなんて思ってもいなかったのだろう。

まあ思う方がおかしいが。

あたし達も、一度アトリエに戻る。

アトリエに戻った時には、すっかり夜になっていた。

すぐに夕ご飯をクラウディアが作る。レントも手伝っていた。一人旅をするときの為の練習らしい。

横になっているリラさんが、ぼんやりとしているようだ。

あたしは、すぐに在庫を確認。

今の時点では少し足りないか。

だが、魔石を重点的に集めてくれば、多分あの動力炉は再現出来る。とりあえず応急処置はした方が良いだろう。

すぐに在庫の魔石を使って、調合を開始。

なんなら。魔石を圧縮するだけでもいい。

あたしはもうちょっと高度な仕組みを使う事にする。

ゴルドテリオンを使って魔石の力を最大限に引き出すのだ。恐らく、それが一番効率よく魔力を伝導できる。

ゴルドテリオンの形状は、球体とする。

球体は、同じ表面積で一番体積を確保できるらしい。球体にしたゴルドテリオンの内部に、更に複雑に魔法陣を仕込んでいく。

最終的に、それで魔石の力を増幅していくのだ。

問題は魔石の在庫が減っていること。

管理者の鍵を直したことで、魔石が殆どなくなっている。しばらくしたところで調合を切り上げる。

明日の朝一に。

魔石を集めないといけないだろう。

先に話をしておく。

だが、全員で行く事はない。火山に出向くとしても、もう精霊王はいないし、大物の魔物もいないだろう。

あたしと、後は一人か二人行けば充分だ。

それに、もう一つやる事がある。

島の機能が回復した所で、水の質の問題がある。

恐らくだが、元々のクーケン島の機能では、水を「飲める状態」にするだけ。

これに対して、異世界から略奪した水は質が良い。

これは農家としての歴史が物語っている。

お父さんやお母さんから聞いている。

昔は麦もとれない土地だったと。

クーケンフルーツを作って、それで細々とやっていくしかなかったのだと。

つまるところ、現状の水と同品質に変えなくてはまずい。

島から、水は持ち込んでいる。

それを続いて分析に入る。

しばらくエーテルの中で水を分析して、その質を調べて行く。

水といっても、純粋に水だけ、と言う事はまずない。

農業用水にしても同じ事だ。

色々な成分がある事を解析した後。大量の水をこれと同じ状態にする装置を作っておく必要がある。

そうしないと、また麦も作れない水に逆戻り。

そうなったら、クーケン島はバレンツ商会も手を引かざるを得なくなるし。

極貧生活に戻る事になる。

それでは駄目だ。

黙々と調査していると、クラウディアが声を掛けて来る。

「ライザ、夕ご飯」

「うん、分かった。 すぐ行くよ」

少し根を詰めすぎていたか。

皆で夕食を囲む。今日は魚を贅沢に使った料理だ。数匹のいいかんじに太った魚を、丁寧に料理してある。

魚はあたしも嫌いじゃない。

笑顔で魚を食べていると、アンペルさんが甘いものが食べたいとか言い出して。咳払いするのはリラさん。

今は、忙しい。

必要以上の贅沢をいうなと、圧を掛けているのだろう。

魚の味もしっかり引き出せていて、とても満足だ。

しばらく料理を味わって。

それで、満腹したところで。アンペルさんが、話を切り出す。

「今日の調査で、状況が変わっている。 整理しておこう」

「はい。 お願いします」

「タオ。 お前からやってくれ」

「分かりました」

タオがまとめていてくれた。

明日、ボオスにも展開するそうである。

まずは、優先順位について。

これは相変わらず対フィルフサが最優先。

当たり前だ。

こいつらを放っておいたら、それこそ何もかもが滅びてしまうのだから。

最悪の場合は、どうにかしてフィルフサを押し戻した後、強引に扉を閉じるしかないだろう。

そういう話だった。

もしもそんな事になったら、多分此処にいる殆ど全員が生きて帰る事は出来ないと見て良いだろう。

非常に危険な状態である事に、代わりはないのだ。

次に問題になるのが、クーケン島の状態だ。

「見て来ての通り、クーケン島の動力が尽き掛けている。 動力源としてクーケン島を作った古代クリント王国の錬金術師が想定していたのは、恐らくはフィルフサ……それも王種の核だと思う。 だけれども、そもそもそんなものを採取できることを前提にものを考えない方がいいと僕は思う」

「そうだね。 今、あの動力をどうにか出来るか、あたしが調合してる」

「おいおい……マジかよ」

「大マジ。 ただ、魔石が足りない。 ちょっと明日は、魔石を集める必要があると思う」

分かったと、レントが頷く。

力仕事は任せろと言うのだろう。あたしも状況次第では出向く。質がいい魔石となると火山しかないのだから。

それにだ。

咳払いすると、タオが言う。

「もう一つ問題がある。 動力源がどうにかなっても、昔のクーケン島ではそもそも水の品質が最悪だったんだ。 麦すら育たない不毛の土地で、冬になるとみんなばたばた死んでいたっていう話もある」

「百年とちょっと前の話だよな……」

「うん。 たった数世代前までそうだったんだ」

「それも、オーリムから略奪された水のおかげで解決したのね……」

クラウディアが悲しげにいう。

あたしだってそれは本当に悔しい。

すぐにでもあれをオーリムに戻したい。だけれども、そうもいかないのである。

「今、それもあたしが調べてる。 クーケン島の農業用水を確認して、それでちゃんとそれと成分が同じになるように、装置を調合するつもり」

「よし……じゃあ行動の順番を設けないとね。 まず第一がフィルフサ対策。 第二が、動力源の確保。 最後が水の調整だ」

「フィルフサを倒さないと、全てが終わりになる。 動力源を直さないと、島が沈んでしまう。 それで、そういう順番になるんだな」

「うん。 レント、全て正解」

「良かった。 俺も少しは頭を使わないといけないからな。 ちょっとずつこうやって、頭を使う訓練をしておかないとまずい」

頷くアンペルさん。

頼もしいと顔に書いてくれていた。

本当にそう思ってくれるなら、汗顔の至り。それにとても嬉しい。アンペルさんは錬金術師で。それでいながら、クズに落ちなかった本当に珍しい人なのだ。

だったら、その言葉には千金の価値があるし。

その信頼には、万金の意味がある。

「ライザ、私が昔集めた本を渡しておく。 錬金術ではないが、水を自動で浄化するための試みを昔の人はやっていた。 今のお前だったら、多分それを自分式に昇華できる筈だ」

「ありがとうございます。 今夜、寝るまでに目を通して置きます」

「うむ……」

「誰かしら、明日は僕はまたあの地下に潜るから、一緒に来てくれないかな。 万が一の事故が怖いんだ」

タオが言うには、今日は一番大事な部分しか解析できなかったのだそうである。

明日には、水がどういう経路で吸い上げられて。そして島に供給されていたのか調べるという。

そういえば、だ。

そもそもあの水を供給する球体。

あれが置かれていた位置にも、意味があるのではあるまいか。

ひょっとすると、元々ボオスの先祖のバルバトスとか言う人物はそれを知っていて。島の水を独占することが出来たのではないのか。

可能性は、大いにあると言えた。

「ライザの護衛は私がする」

「リラさん、お願いします」

「ならば私がタオの護衛をする」

「ありがとうございます、アンペルさん」

レントとクラウディアは、「聖堂」の監視だ。

フィルフサがいつ出て来てもおかしくないのである。現状の二人だったら、雑魚フィルフサくらいだったらどうにでも出来る。

ゴルドテリオンの装備は試運転してもらったが、破壊力はクリミネアの時よりも更に上がっている。

一応、二人には渡しておく。

信号弾だ。

「アンペルさんの装置があるから、戦闘になっても分かるとは思うけれど、敵の侵攻規模が大きいときはすぐに打ち上げて。 そっちに行くから」

「使い方はどうすれば良いの?」

「クラウディアが空に打ち上げてくれればいいよ。 一定高度に達したら、大きな光と音を発するように作っておいた」

クラウディアは魔力矢を放つ時に、小石とかを核にして質量弾としても使っている。

それと同じだ。

クラウディアは、分かった。やってみると応えて、信号弾を受け取る。

さて、これで準備は整った。

リラさんが、手を叩いて皆に言う。

「私は兎も角、お前達は人間だ。 今のうちに眠って、体力を回復しておけ。 ライザ、お前だけ風呂に入っていない。 入ってから寝ろ」

「うわ、そうだった……」

「僕はちょっと頭使い過ぎてフラフラだから、すぐ寝る……」

「はは、ベッドまで地力でいけよ」

タオがレントの冗談にも応えずに、そのままフラフラとベッドに向かう。クラウディアもあくびをかみ殺すと、同じようにベッドに。

アンペルさんも、ちょっと今日は休みたいと言って、ベッドに消えた。

風呂に入る。

湯を沸かすのは、クラウディアがやったのだろう。何度かやって、すっかりコツは掴んだようだ。

風呂に入り終えた後、湯を流す。

また水をくみ直さないといけないが。まあそれも含めて、水をどうにかする実験をしておきたい。

後は、本にざっと目を通す。

なるほど。

徐々に粒が小さいものを詰め込んでいって、濾過していくのか。そうすることで、不純物を取り除くと。

だがこのやり方だと、どうしても濾過の部分を取り替えていかないといけないし。

何よりも、目に見えない程ちいさな危険なもの。

病気などの原因は取り除けないらしい。

そこで、一度湯煎をする必要が生じると。

そうすることで、病気などの原因となる目に見えない程ちいさな病気のもとを、全て殺せるそうだ。

なるほどなるほど。

そして、そもそも島に流れている水の量。

ちょっとした川くらいの水量がある。

あたしも島の暮らしだ。水のまとまった流れがどれほど恐ろしいかは身に染みて知っている。

本来なら、それなりの規模がある道具になるだろう。

だが、錬金術と魔術を使えば。

幾つか案が思いつく。

そして、案が思いつくと同時に、集中が切れていた。

みんなもう既に休んでいる。

あたしも、明日中にどうにかすると思いながら。ベッドに潜り込んでいた。

一つずつ、解決していかなければならない。

アンペルさんが、優先順位をつけて問題を解決するやり方を教えてくれなければ、とても解決なんて出来なかっただろう。

感謝感謝だ。

そのまま、あたしの意識は。

眠りの海に溶けて行った。

 

1、蘇るクーケン島

 

リラさんと二人だけで遠出するのは始めてかも知れない。ともかく、朝一に起きだすと。食事だけして、すぐに荷車を引いて火山に。

リラさんは普段は基本的に何も喋らない。

いつも険しい顔をしている。

また、オッドアイを隠すためなのか。前髪を伸ばして右目を半ば隠している状態である。

綺麗なのにもったいないなあとあたしは思う。

あたしなんかは、他に幾らでもいるようなツラだから。もしも綺麗になるとしたら、化粧でもする必要があるが。

話によると本気で化粧を考えると、毎朝一時間とか取られるとか。

馬鹿馬鹿しい話なので、そんなモンはやってられない。

多分リラさんも同じ考えだろう。

火山に出向いて、鉱石を掘る。

強い魔力を探して、彼方此方を掘るだけでいい。途中、仕掛けて来る魔物はリラさんが全部蹴散らす。

文字通り竜巻のように、相手を一瞬で微塵にしてしまう。

何度見ても凄まじい破壊力だ。

途中からは、魔物も仕掛けてこなくなった。

今まで仕掛けて来たのは、相手の力量も分からないような雑魚の中の雑魚。

今は、力量を理解している魔物のテリトリに入った。

こっちも、不要な殺生はさけたい。

だからリラさんに見張りを任せて、ツルハシをふるう。

たまに、ハンマーに切り替える。

いい鉱脈が見つかる。

多分だが、前に聞いた龍脈と関係しているのだろう。魔力が地面を通じてしみ出してきていて。

それが結晶化して、魔石になっている。

淡々と魔石を集めていく。それぞれの品質が良くて、少なくとも当座の動力源にはなるだろう。

一度アトリエに戻り。

すっとんでまた山に。それを三往復して、それなりの量の魔石を集めた。

それが終わった時点で、昼が来る。

一度、皆も戻ってきていた。

軽く打ち合わせをする。

まずは、タオからだった。

「図面を引っ張り出して来たよ。 やっぱりブルネン邸の裏手に、元々水は湧いていたみたいだ」

「やっぱり。 あの玉が置かれているのも、偶然じゃなかったんだね」

「そうなるね。 どんな風に昔は水が流れていたのか、図も作ってきた」

タオが作った図を見る。

実に分かりやすい。

なるほど。下から一旦吸い上げた後、一応は飲める水にする装置を通っていたのか。その装置の場所も分かった。

これも、島の地下にある。ただ機能はほとんどないに等しい。外して、パイプも外して。浄水装置をそこに付け替えることになるだろう。

レントとクラウディアは、二人で聖堂に。

やはり斥候が出て来ていたので、処理を続けていたという。今の時点では、まだ斥候はそれほど出て来ていないが。

オーリムに戻る斥候の姿もあったという。

確実に情報を収集されている。

ずっと貼り付いている訳にもいかない。非常にまずい状態だと言わざるをえないだろう。

フィルフサは夜も休まない。

リラさんはそういう。

基本的に眠らないオーレン族のリラさんがそういうのだ。それは間違いがないことなのだろうが。

それだと人間が不利すぎる。

何度か殺してみて分かったが、フィルフサの中身はがらんどうだ。核が本体のかなり特殊な生物なのか、違うのか。

いずれにしてもよく分からない生き物だ。

どうもあの鎧の方が生物としての本命っぽいのだが。

その割りには、あまりにも別の生物に似ているというか。

なんというか、よく分からないが違和感がある。

「午後の行動を決めるぞ。 ライザ、調合は任せても構わないか」

「うん。 あたしはアトリエに一人で大丈夫」

「よし。 タオと私は、引き続きクーケン島の地下に潜る。 するべき事は幾らでもあるからな」

「私は午後からはレントとクラウディアとフィルフサの斥候を狩る。 オーリムにも出来るだけ足を運ぶつもりだ」

リラさんは、午後からはそっちか。

すぐに昼食を行う。

そして、食事を終えると、皆はその場から散った。

あたしは頬を叩くと、調合に入る。

今日はここから。

ずっと調合漬けになるだろう。

魔石をどんどん投入して、ゴルドテリオンで作った増幅装置を強化していく。更に更に強化。

魔石を圧縮しすぎると爆発する可能性があるので、この辺りは魔術師としての勘を生かしてやっていくしかない。

無言で作業をしていくと、時間が流れていくのが分からなくなる。

調合をしている間は、雑念は厳禁。

マルチタスクで、頭をフル回転させているという事もある。

出来れば護衛もほしかったのだけれども。

フィルフサ相手の戦いは厳しいし。

そもそも島の地下だって、分からない事が多すぎるのだ。

そういえば会議で、アガーテ姉さんにだけは声を掛けて、現地を見せると言っていたっけな。

あの人は、島の真相を知る方が良い。今後の行動のためにも、全ての真相を知っておくべきだ。

下手に口外だってしないだろう。

それはタオたちに任せるしかない。無言で、ひたすらに調合を続けて行く。

やがて、仕上がる。

ゴルドテリオンのパーツを組みあせたガワは、既に出来上がっている。錆びることがないゴルドテリオンは、一度作ってしまえば千年でも万年でももつ筈だ。

これに魔石のコアを組み込んでいく。

しばらく無心で作業をしていくと。二抱えもある赤黒い球体を、金色のゴルドテリオンが纏わり付いているようなグロテスクなものが出来上がった。

魔石を圧縮するとこんなになるんだな。

そう思って苦笑する。

いずれにしてもこの魔力量。今のあたしの数千倍くらいはある。島の動力としては充分の筈だ。

いや、それでも何百年も支える事は厳しいだろう。

やはり、オーリムでフィルフサの核を収穫していくしかないのか。

その考えはおかしい。

フィルフサは恐ろしい生物だが、生物だ。

生物の尊厳を否定するような事があってはならないはず。

倒したら、命を使わせて貰う。

それくらいの考えでないと。あたしも古代クリント王国のカス共と同じになってしまうだろう。

とりあえず、一段落だ。

タオとアンペルさんは、夕方には戻ると言っていた。まずはこの動力源……ただし応急の品を。

島の地下に運び込む必要がある。

外に出ると、夕方になっている。丁度、戻ってくるタオとアンペルさんが見えた。

手を振って、二人を呼ぶ。

まずは三人で。

これを運び込んで。今日の作業を一段落させたかった。

 

荷車に積み込んだコアの代替品を、島の地下に運び込む。ブルネン邸にはアガーテ姉さんが来ていて。

複雑な表情をしていた。

運び込むのを手伝って貰う。

レントとリラさんがいればこのコアを運んでいくのは簡単なのだが。うちのレント以外の男衆は、力仕事に向いていないのだ。

「恐ろしい事に巻き込まれているのは知っていたつもりだったが、こんなことになっていたとはな……」

「最悪の事態に備えてください、アガーテ姉さん。 いざという時には、島の外に出ている人を急いで回収する必要があります」

「分かっている。 乾きの悪魔についての説明も受けた。 アンバーが私と同等の実力を持っていることも既に知っていた。 アンバーと相討ちになる乾きの悪魔が、星の数ほど攻めてくるのであれば……確かにもはや誰にもどうにもできないだろうな」

ゴルドテリオンのガワの部分を持って、階段をゆっくり下りていく。二人で支えながら、時々タオにも手伝って貰う。

アンペルさんには誘導を頼む。

魔術で灯りを出して、誘導をしてくれる。

的確な誘導で助かる。

階段をゆっくりおりながら、動力源を運びおろしていく。

「しかし凄まじい魔力だな。 今のライザの数千倍と言っていたな」

「でも、これでも足りないです。 一応、島の浮力や制御は復活させられると思いますけれど、応急処置ですね。 最悪の場合、今後数年おきに魔石を回収して、動力を足さないといけないと思います」

「そうか。 この島が全て人工物であるのだとしたら、それくらいの魔力を食うのかもしれないな」

「はは、燃費良くないですよね」

暗い中、カンテラとアンペルさんの誘導が頼りだ。

時間を掛けながら、ゆっくり階段を下りていく。時々タオが手伝って、地下に地下に潜っていく。

例の魔力を遮断する壁を通り抜けると、中枢部分に到達。

一度新しい核を降ろして、一息つく。

タオがすぐに制御盤に飛びついて、操作を開始する。あたしは、座り込んで手でぱたぱた仰ぎながら、タオに聞く。

「それで、どうするの?」

「今動力源の切り替えの操作をやってる。 事実上この島の動力は、もう枯渇しているんだ。 最後の残り香で、この制御盤が動いてるんだよ」

「これを、あの赤い球体の所に放り投げればいいのか?」

「いや、それは流石に危ないよ。 どうにか丁寧に運び込めない?」

意外に脳筋な事を口にするアガーテ姉さん。

あたしは苦笑いしながら、道具を取り出す。

勿論、準備はしてきてある。

ゴルドテリオンの薄い板だ。これをどうするかというと。あたしは詠唱して、空気を凍らせる。

そして凍らせた所に、ゴルドテリオンの板を置く。

これで、熱を遮断して、足場だけ出来る。同じようにして、足場を階段のようにして。天球儀もどきの中心にまで続く道にする。

「熱制御はライザの得意魔術だと知っているが、これほど自在に出来るとは……」

「実戦で磨き抜いているので。 堅さとか確認してください、アガーテ姉さん」

「心得た。 うむ、今の時点では問題無さそうだな」

「急いで二人とも」

今、島の動力は完全に枯渇寸前。

制御盤すら、じきに動かなくなるだろうとタオは言う。

通路を作った後。

アンペルさんが魔力を流して、通路を安定させてくれる。この辺りは。流石に熟練の魔術師でもある。

得意分野以外の魔術でも、これだけできるということだ。

アガーテ姉さんと二人で、通路を使って天球儀もどきの所に動力源を運んでいく。ゴルドテリオンは軽い金属だが、それでもはっきりいってずっしり来る位は重い。

島育ちで筋力があるから楽だけれども。

ひ弱な王都の住人だったら、腰が砕けていたかも知れないなあとあたしは思う。

黙々と運んでいって、それでもとの赤い球体を取り外し。そして新しいコアをセットする。

赤い球体は、触ってみて分かるが。

確かに、殆ど魔力が枯渇しているようだった。

古代クリント王国のカス共ですら羨望した動力源でも枯渇する。そういうものなのだと、あたしは理解する。

まあ奴らは万能でも全能でもない。

それが分かれば充分である。

足場を通って、古い動力源を降ろす。

新しい奴は、単に魔力を蓄えているだけではない。魔力を無駄に漏出もさせないし、更にはゴルドテリオンで増幅も出来るように作ってある。

つまりは、あたしの数千倍の魔力だけではない。それを増幅しつつ、無駄なく流せると言う事だ。

すぐに操作盤に飛びつくタオ。

操作盤の光が、心なしか増しているように見える。

ぎゅんと、凄い音がした。

天球儀もどきが回転を速める。

タオの声が上擦った。

「すごい! 一気に魔力が島に満ちていく! 機能、全部回復出来る! セーフモードで延命していたのが嘘みたいだ!」

「よしタオ。 水についてはまだいい。 まずは姿勢制御と島の位置固定からだ!」

「はい!」

タオが凄い勢いで光の板に指を走らせて、操作していく。

それにアンペルさんがよく分からない用語でアドバイスしているが。タオはそれを完璧に理解しているようだった。

あたしには、もうできる事はない。

アガーテ姉さんと一緒に、ゴルドテリオンの板を回収する。

アガーテ姉さんは、呆けたようだった。

「これでも王都に足を運んだし、彼方此方で不思議なものを見て来たつもりだったのだがな。 正直これは、私の理解を遙かに超えた事態だ」

「世界の彼方此方で、乾きの悪魔が撃退されたのだと思います。 そしてまだまだ、乾きの悪魔が世界にあふれだす可能性は否定出来ない……」

「恐ろしい話だな。 魔界の入口が、すぐ近所にあったのだと知ると」

アガーテ姉さんほどの豪傑がそういうのだ。

普通の街とかだったら、パニックになっていただろう。

そしてアンペルさんとリラさんは、二人でそんな事態を幾つも幾つも未然に食い止めてきたのである。

それどころか、現在の政権であるロテスヴァッサが錬金術師を集めて馬鹿な事をする前に離脱もしてくれた。

「よし、応急処置完了。 島の傾きは年単位でゆっくり戻していく設定にしたから、これ以上旧市街は水没しないよ。 ただ、ラーゼン地区の浜のあたりは、少しずつ逆に水没していくと思う。 アガーテ姉さん、一応護り手の方で注意して」

「分かった。 浜の辺りに家を建てないように一応見張りはしておこう」

「頼むね。 後、島が流れないように、現在の位置に固定したから。 しばらくは地震は起きないと思うけれど、もしも地震が起きたら異常事態だから、すぐにライザか僕に知らせて」

「それも心得た」

地震については、慣れすぎていて寝ていると気付けない事もあたしは多い。

アガーテ姉さんは剣士として鍛え抜いているので、夜間に微細な地震があってもすぐに気付けるそうだ。

水の話もしておく。

水が異界から略奪されたものだと知ると、アガーテ姉さんはそうかと、悲しそうに言った。

恐らくアガーテ姉さんも、王都で試験を受けるまでに、色々ろくでもないものを見て来たのだろう。

だからこそ、その哀しみが分かるのだ。

一度、島の中枢から出る。

さて、ここからが本番だ。

次は、島にとって目に見えている範囲でもっとも大事な問題を解決する必要がある。

水。

これがなければ、誰も安心して過ごせない。

それと、既に相談して決めてあるのだが。

水の安定供給が出来るようになったら、何十年かかけてじっくり島に真相を話していくのだそうだ。

同時に、水利権で好きかってしていたブルネン家の横暴もとめる。

ブルネン家が島のリーダシップは今後ともとる。

だが、先々代などは非常に横暴に島での水利権を独占して、多くの人達を苦しめてきた過去がある。

先代は比較的その辺りが穏当だったが。それでも、やはりブルネン家は嫌われ者だったのだ。

今のモリッツさんもその辺りは同じ。

あたしも、島に新しいものを取り入れてくれる点だけは好きだったが。それ以外ははっきりいって嫌いだった。

そのくらいの認識だ。今は。

それを改めて、それでちゃんとしたリーダーシップで皆に頼られるような存在になる。そう、ボオスは宣言した。

それも、若いからかもしれない。

だが、老獪になるのはいいとしても。老害になっては人間はおしまいだ。その若さは、いつまでも失ってはいけないものだとあたしは思う。

あたしも、毎秒試されているようなものだ。

あまりにも強大すぎる錬金術という力に、である。

軽く話をしてから、一度アトリエに戻る。船はあたしが漕ぐ。やっぱりアンペルさんとタオは、散々船での行き来に苦労したらしい。

パワーからいっても、あたしがやる方が早い。

ただ、あたしが漕ぐと、かなり荒っぽいらしく。タオがあからさまに嫌そうにする。

まあそれは仕方がないが。

「ライザ、すっごい揺れるよ……」

「じゃあタオが代わる?」

「僕は力が足りないから無理だよ。 ハンマーだって、毎回体ごとぶつかってるようなものなんだよ」

「だったら文句言わない。 それより、アンペルさん。 濾過装置なんだけれど、魔力を取り込んでエーテル化して、一定時期ごとにエーテルを揮発させて取り込んだ汚れをそのまま排除する仕組みにしようと思ってるんだ。 エーテルは100℃以上にして、更には濾過装置の経路も長めにすることで、しっかり水も湧かして病気の元も排除するつもりなんだけど」

あたしの計画を聞いて。

アンペルさんは、唖然とした。

まずいかなと聞くと。

いや、と苦笑される。

「あの本から、どうしてそんな発想が出てくるのかが分からなくてな。 それにそもそも、上水というのは汚れとの戦いなんだ。 それを全自動で解決する仕組みまで作るつもりなんだな」

「はい。 もう青図は頭の中で出来ています。 中枢部分はゴルドテリオンで作りますが、それ以外は錆びないという点でクリミネアで充分だと思いますし」

「分かった。 戻ったらすぐに作り始めてくれ。 できれば、フィルフサの侵攻が開始される前に、水についてはどうにか出来るようにしよう」

それは、そうだ。

そもそも、フィルフサの弱点は水。

百万を超えるフィルフサを相手に、水を使わない戦術で対抗できるとはあたしも思っていない。

あのオーリムから略奪した水が、対フィルフサの切り札になる。その切り札として使うためには。水を出しているあの玉……。

忌まわしい過去の罪業の結晶を。あそこから取り外す必要がある。

それにはまず、水を確保しなければいけないのだ。

「タオ。 新しい動力だけど、水も出すようにしたら現時点で何年くらいもつ?」

「ええとね、今までの島はセーフモードって言う半分眠ったような状態で動いていて、動力も殆ど消費していなかったんだ。 それが半分くらい起きた状態に今はなってる。 その状態で、十年。 水も使うようにすると、多分五年が限界だね」

「五年か……分かった」

あたしはどっちにしても、クーケン島を拠点に行動するつもりだ。何年も島から離れるつもりはない。

ただそれでも、不慮の事故が起きる可能性がある。

魔石さえ集めてくれば、動力を補充できるようにする仕組みが必要になってくるだろう。

「それに、これはあくまで理論的な話だよ。 あの島に搭載している機能……制御盤で確認した能力を見ると、動力が減ってくるとまたセーフモードに移行して、島の制御や固定防止の機能が止まるかも知れない。 勿論水もね。 そういう意味だと、四年が限界……いや三年でも危ないかも知れないね」

「三年……」

「ライザ。 この島のためにお前が人生を全て浪費することはない。 そうしないためにも、もう少し動力源の改善を図らないといけないかもしれないな」

「そうですねアンペルさん。 わかりました。 考えておきます」

アトリエにつく。

音がしている。料理の音。

クラウディアが戻って来ているということだ。

レントやリラさんも。

アトリエに入る。

ただいまというと。クラウディアは、お帰りと返してくれなかった。あまり良くない状態なのだろう。

「ライザ……」

クラウディアが振り返る。

顔色が、土気色だった。

リラさんが、咳払いする。

「最悪の事態だ」

「!」

「空読みが動き始めている。 何体かは始末したが、もう動いていると言う事は、フィルフサの群れが大侵攻に向けての準備に入ったと見て良い。 この辺りが乾期に成り、それがしばらく続くと知れてしまったんだ」

「なんですって……!」

リラさんの言葉に、あたしも流石に絶句する。

レントも、じっと黙り込んでいる。

非常にまずい状況だろう。

これは、急がないとまずいかも知れない。

アンペルさんが咳払いしていた。

「ライザ、落ち着くんだ。 まず皆に告げる。 島の動力については、先ほど応急処置をすませた。 島の安定は戻り、流されることもなくなった」

「そう、それは良かった……」

「不幸中の幸いだな」

「ああ、それで次の問題だ。 水を確保する必要がある。 ライザ、今すぐ浄水装置を作ってくれ」

アンペルさんの言葉に、レントが反発する。

今の状況で焦るのは、よく分かる。

「ま、待ってくれアンペルさん。 この場合、優先順位は……」

「空読みが出て来てから、フィルフサが本格的に大侵攻を開始するまでには二日から三日ある。 そしてフィルフサの群れを相手に真正面からやりあって、勝てる見込みはない。 だったら手は一つ。 まずは、水を確保。 それには、ブルネン邸のあの玉を回収するしかないが、そうなると島の水は尽きる」

その通りだ。

そして、現状のクーケン島の浄水装置を動かしても、麦も育たないような水が出てくるだけだ。

そうなったら、クーケン島は極貧生活に逆戻りである。

人口の半分は死ぬと見て良い。

勿論、世界そのものが滅ぶよりはマシだが。

今は、そうならない手を打てるのである。

「まずはライザが、水の質を変える装置を作る。 ライザ、出来るか?」

「理論は構築しました。 やってみせます」

「よし。 次にこれを島の中枢にセットして、水が出るかを確認。 恐らく一発勝負になる」

「……」

緊張する。流石に。

あたしだって、緊張はする。

調合をいつも一発勝負で成功させているわけではない。失敗作だって幾つも作ってきた。

肝心なところでは、今の時点では上手く行っているけれども。

今回は、その肝心なところのレベルが違っている。

「ライザ、大丈夫?」

「……ごめん、甘いのある? ちょっと出来るだけたくさん甘いの食べてから挑戦させて」

「分かった。 今ある分、全部出してくる」

クラウディアが準備を始めてくれる。

ため息をつくと、更に問題はあるとアンペルさんは言う。

「今ブルネン邸にある例の玉だが、時間を見て私も調べた。 その結果、分かった事がある。 恐らく安全装置を兼ねているのだろうが、あの玉から一度に出せる水の量は限られている」

「!」

「以前洪水でフィルフサを押し流せたのは、あの渓谷だったからだ。 水を全方位にぶちまけても、効果は知れている。 フィルフサの大軍をどうにかするには、あの玉を活用する事が必須だ。 何かしらのアイデアを出さないと。 しかも、出来れば今日……遅くとも明日以内にだ」

絶望的な状況だ。

だが、それでもやらなければならない。やらなければ、何もかもが終わるのである。

クラウディアがクッキーと作り置きのアップルパイを持ってきてくれる。頷くと、あたしはむんずとクッキーを掴んだ。

行儀が悪いが、ちょっと今はそれどころじゃない。

頭をフル回転させないと駄目だ。

それでいながら、肩に力が入りすぎても駄目だろう。

深呼吸すると、あたしは。

恐らく最難関だろう、調合の課題に取り組み始めていた。

 

2、水の先に

 

一度に出る水の量。正確には、浄水装置とでもいうべきものをとおる水の量。それは相当なものだ。

足を取られればすっころぶどころではない。

それを年単位で通しつつ、壊れないようにしていかなければならない装置。基本的な仕組みはゴルトアイゼンで作る。

更に内部に常にエーテルを実体化させ、時々メンテナンスをすればいいだけにする。これだけで、もう幾つの魔術を同時に展開し、ゴルドテリオンで増幅すれば良いのか分からない程だ。

あたしは順番に仕組みを考えて行く。

汲んできた水を、エーテルの中で濾過する。

それによって、水の品質を決定的に変える。その作業を、釜の中で何度も実施してみる。少量の水だったら問題ない。

だが、水の量次第では。

あたしが難しい顔で調合をしている背後で、アンペルさんも厳しい話をしていた。

最悪の場合、最大戦力であるキロさん。それにあたしだけを通すようにしたいと。

他の皆は命を捨ててでも、フィルフサの王種までの道を切り開くための算段をしたいのだと。

アンペルさんが死んだら、門をどうするんだよ。

そうレントが言っているが。

アンペルさんは、最悪の事態に備えてメモは残してあると言う。

今回の戦いで、死ぬかも知れない。

そう覚悟して、事態に臨んでいると言う事だ。

あたしは唇を噛む。

アンペルさんを死なせる訳にはいかない。そもそもだ。古代クリント王国の阿保錬金術師どものせいで、散々尻ぬぐいをして来て。それで贖罪だと考え続けて。アンペルさんの命、本当に踏んだり蹴ったりではないか。

アンペルさんがどうして長寿なのかは分からない。

今の時点で百数十年以上も生きているという話だから、恐らくは普通の人間ではないのだろう。

後天的に錬金術で長寿になったとは考えにくい。

アンペルさんはロテスヴァッサで手を壊されて。その時にはもう錬金術はどうにも出来なくなっていたし。

今のあたしには、不老長寿なんて想像もできないけれど。

アンペルさんは、もうあたしの方が錬金術師として上だと何回かお墨付きまでくれた。それは第三者の手がアンペルさんに入ったのか。何かしらの事故が原因で不老になったのだと結論出来る。

或いは緩やかにおいているのであって不老ではないのかも知れないが。

あたしには、その辺りの事情はわからない。

リラさんも、皆の間で話をしている。

「私の氏族は既に滅びて、再建の見込みもない。 もしも死ぬなら私だけでいい。 アンペルは、各地の門を閉じる役割がある。 死なせるな」

「どっちも死なせねえよ! とにかく現実的な策を考えようぜ」

「まって。 みんなかっかしすぎだよ。 音魔術でリラックスする?」

「……僕もクラウディアに賛成」

タオが、珍しく感情的に言うので。皆黙ったようだった。

とにかく、あたしは淡々と調合を進める。

理論的には、水質を変えられる。それは、何度もエーテルの中で水の性質を変えて見て分かった。

はっきりいって、砂だの石だの入れて水を浄化するのは現実的ではないのだ。

古代クリント王国の錬金術師達は、どうせ汽水湖から雑に水を吸い上げている。水の中には魔術で拡大してみると分かるが、細かい生物がわんさかいる。魔術で確認できる範囲でそれだから、もっと小さい生物だってたくさんいてもおかしくない。

可哀想だが、火を通すしかない。

出来れば水を取り入れている場所に細工をしたいくらいだが、そんなことが出来るかどうか。

残念だが、今は応急処置で過ごすしかない。

あたしはクーケン島を当面離れられない。

それは、作ったものに責任を取らなければならないからだ。

ゴルドテリオンを作って見て、よく分かった。

この世には上には上がある。

古代クリント王国には、今のあたしを超える錬金術師なんてわんさかいただろうし、もっと前の時代の神代とか言う時代は。更に凄まじい魔郷だった事だろう。

そんな才能だけあって倫理観が飛んでいる連中の作ったものに、今は全力で対応しなければいけないし。

対応した後も、自信を持って責任を取らないといけない。

それが、全能感を拗らせた子供大人とあたしの差。

超えてはいけない一線を平気で踏み越えた、自称大人と。そんな大人は願い下げだと言い切れる、あたしの決定的な違い。

あたしは調合を続ける。

ゴルドテリオンによるパイプを、何度かに分けて作る。主要部分だけゴルドテリオンにしようかと思ったのだけれども。

ギリギリゴルディナイトや鉱石が足りることが分かったので。全部そうすることにする。耐久性能は高い方が良い。

だからこれでいいのだ。今は物資を惜しんでいる場合では無い。

無言で一つずつ部材を作り、組み立てる。どういう仕組みかは、主要な部材だけを一旦動かして見て、それで説明する。

それと、組みながら思う。

この仕組みを用いれば。或いはだが、考えているものが作れるかも知れない。

そもそも、水で押し流そうとするのが間違っているとしたら。

水を制御して、上空に撒き。

異界に雨を降らせたら、一気に超候範囲のフィルフサにダメージを与え続けられるのではあるまいか。

勿論土砂降りの中での戦闘となれば、こっちも体力をゴリゴリ削られていくことだろうけれども。

それ以上に、フィルフサは命を削られる筈だ。

全て試しながら前に進んでいく。

今は、そうやってぶっつけの本番に備えるしかないのだ。

「ライザ、色々作っているけれどいけそう?」

「どうにかするよ。 クラウディア、まだ甘いのある?」

「あるよ。 新しく焼いておいた」

「ごめんね。 貰うよ」

やはり菓子に対する敬意などないように、頭が糖分を求めている。殆ど飼料として菓子を貪りくう。

はっきりいって菓子への侮辱のようにも思える。

ただでさえ、菓子なんて貧しい人には贅沢品。

クラウディアの話によると、本当に貧しい地域の子供には、菓子なんて食べずに命を落とす者もいるらしいし。

そしてそれは、何も遠い世界の話では無い。

何世代か前のクーケン島だって、そうだった筈だ。

あたしは糖分を頭に入れると。

再度集中して、調合に入る。

そうしていると、周囲に星がたくさん見えるような気がしてきた。

全てがエーテルの中に溶かし込んだ要素。

それらの星をつないで行く事で。

あたしは無から有を作り出していく。

錬金術とは、無から有を作り出す技術。

しかしそうなると、「金」は何処から出て来たのだろう。練る。金。術。いったい、どこからでた言葉だ。

いや、その疑問はいい。

今は、やるべき事を、やっていくしかない。

無言で調合をしている内に、基幹部分が組み上がる。黙々と、設計に沿ってゴルドテリオンのパイプを作っていく。

パイプの一つずつが、内部にエーテルによる蒸留機能を備え。

エーテルを集めて実体化し。水の性質を変えるのと同時に。

更には、不純物を取り込みすぎたエーテルを、自発的に蒸発させる仕組みになっている。

流れる水の量が多いので、パイプは意図的に長くしている。

人の腹の中にある腸のように。

そうすることで、水をどれだけ流しても。水は途中で止まることなく、皆の所へ届くのだ。

額の汗を拭う。

無意識にこれはもう出来るようになっている。

ゴルドテリオンの加工は本当に大変なのだ。生半可な物理衝撃なんてまるで受けつけないから、エーテルの中で成形するしかない。しかしパイプの部品なんて、すぐに作れる訳でもない。

一つずつ、丁寧に部品を作って。

それをくみ上げていくしかないのだ。

最後の一つが、出来た。

部品を取りだして、組み立てる。頭が真っ白になっているが、それでもどうにかやりきった。

へたり込んでいると、クラウディアが抱き留めてくれる。

皆で、丁寧に組み立てた後、試験をしてくれていたようだった。出来る範囲で、である。

アンペルさんは流石で、一目で仕組みを見抜いたようである。

「なるほど、仕組みとしては単純だが、その単純な仕組みを此処まで丁寧に練り上げて、粗がないように仕上げるとは……」

「問題は現地にどう持ち込むか、だな」

「それについては、今のうちに往復して島に運ぼう。 そうしないと、試験だけで明日一日かかるだろうな」

「分かった。 俺が運ぶ。 順番に船に乗せてくれ」

あたしは動けない。

力を殆ど使い切った気がする。

横になっていると、クラウディアが水を持ってくる。無言で桶を受け取って、がぶがぶと飲んだ。

トイレに行きたいが、その気力もない。

漏らすほど強烈に来ている訳では無いから、しばしぼーっとする。

ここまで集中しての長時間調合は始めてかも知れない。

星みたいなのが見えたし。

ちょっと、きつかった。

「ライザが彼処までばてるくらいだ。 絶対に、部品とか落とさないようにしないと」

「私も同行する。 タオ、お前は設計図を全て頭に入れておいてくれ。 これだけ大きい機械だと、どうしても紛失する部品が出るかも知れない。 ライザが少し元気を取り戻したら、予備を作ってもらおう」

「そうなると、素材がいるな。 ライザは使い切ったと言っていたぞ」

「……夜中になるが、探しに行くしかないだろうな。 私に一人、護衛が同行して貰うしかない」

アンペルさんが、二人要るなあ。

そんな風に考えながらぼんやりしていると、クラウディアが手を上げる。

「私が探してきます」

「クラウディア、分かるのか」

「ゴルドテリオンの材料だったら、見て覚えました。 これでも商家の娘です。 将来扱うかも知れないものだったら分かります」

「そうか。 なら私が護衛に当たる。 アンペル、レントとタオをつれて、島に部材を輸送してくれ」

皆が動き出して、静かになる。

あたしはぼんやりと横になったまま。

みんな頼りになるなと思った。

 

気がつくと真夜中だ。まだみんな動いている。今日は流石にちょっと厳しいだろうなと思う。

リラさんとクラウディアが戻ってくる。

ベッドから起きだしたあたしが、まだくらくらする頭を引きずって、持って帰ってきた素材をチェック。

大丈夫。

ゴルディナイトも、必要な鉱石も揃っている。

少し寝て、体力はちょっと回復した。

今のうちに、やれることはしておくべきだろう。

すぐに受け取った鉱石を、エーテルを満たした釜に放り込む。ゴルディナイトを生成しつつ。

アンペルさんが差し出してきた、細かい部材について複製をする。

頷くと、すぐに複製していく。

これらは予備部品として必要だと言う事だ。

だったら作っておくべきだろう。

頷くと、あたしは黙々と予備を作る。

そうこうしている内に、アンペルさんがまた部材を運んでいく。本当に徹夜になりかねないな。

「クッキーを焼くわ」

「いや、もう大丈夫。 このリストにある部材くらいだったら、すぐに作れるから」

「本当……?」

「クラウディア、もう休め。 火山で数度戦闘をこなしただろう。 この時間だ。 明日も朝早くには動かなければならない。 フィルフサとの戦闘を考えると、休める時に休むんだ」

リラさんの厳しい言葉。

その通りだと、あたしも思う。

クラウディアを休ませるリラさん。リラさんに、確認をしておく。

「部品を運ぶの、上手く行っていますか?」

「後二回程度ということだ。 現地で一度組み立て直さないといけない」

「ブルネン邸へ運び込めている、ということですか?」

「いや、浜と此方を往復しているようだな。 ブルネン邸は遠すぎて、また明日運ぶ事になりそうだ」

そうか。そうなると、明日の早朝に出向かないといけないだろう。

調合、終わり。

寝て起きて、それで調合したが。幸い手元が狂うようなこともなかった。クラウディアは死んだように眠っている。

アンペルさん達が戻って来たので、すぐに予備部品を渡す。

「よし、助かった。 すぐにこれも含めて運ぶぞ」

「向こうの浜に起きっぱなしで大丈夫ですか?」

「勿論人避けの結界は掛けてある」

「ああ、それなら……」

勿論超腕利きの魔術師とかだと突破してくる可能性はあるが。

今、クーケン島にそれが出来る人間はいない。

今山師の類はいないし。

それに古老をはじめとする魔術の使い手は、何も知らずに夢の中だ。気にする必要はないだろう。

ウラノスさんが敵対するという超極小の可能性もあるが。

あの人はもう大規模魔術を使える体ではないし。

それに悪い事をするような人でもない。

あたしに対する信頼を、今更覆したりはしないだろう。

つまり、大丈夫ということだ。

「後は私達でやっておく。 ライザ、お前はもう休んでおけ」

「分かりました。 ……今、もう夜半を過ぎてますよね」

「だいぶな」

「……眠っておきます」

明日も、朝一番から大事な作業になる。

だとしたら、いつまでも起きてはいられないだろう。

リラさんも、眠る事にしたらしく、無言でベッドに潜り込む。あたしも、それに習うことにした。

流石に体も頭も正直で。

ベッドに入って灯りを消すと、すぐに眠ってしまう。夢を見る。これまでにないほどの明晰夢だ。

古代クリント王国の末期だろう。クーケン島が作られている。

エリプス湖に浮かぶクーケン島は未完成で。多数の足場が作られていて。まだ表層も出来ていない。

水はどうしてか、岩を避けている。恐ろしい程の技術だった。

あたしはどこにもいない。

これは恐らくだが、クーケン島の地下に入った事で見ている感応夢だ。たくさんの無念があそこにはまだまだ渦巻いていると言う事だろう。

まだ乾期ではない。

だが、それでも暑くなり始めている。

彼方此方で浮かんでいる足場。それらには、たくさんの人が、虫のように蠢いていた。

働かされている人達……恐らく奴隷は、ゴーレムに監視されていて。殆どまともな服も着ていなかった。

それに食事も。

本当に道具として使い潰されているんだ。

そう思うと、怒りが全身にみなぎってくる。

ゴーレムが、高圧的に奴隷に言う。

「それをB8へはこべ」

「も、もう動けない……」

「そうか死ね」

奴隷が斬り捨てられた。血が噴き出すが、他の奴隷は見向きもしない。

目はみんな死んでいる。

希望なんか、ひとかけらもない。

この作業が終わったら、多分殺されるんだ。そう表情に書いている。

ゴーレムはいつも見かける岩の奴と、鎧の奴が混じっている。幽霊鎧は、まともに動いているときはこんなだったのか。

喋るし、それに人間同様に動く。

そして古代クリント王国の、クズ錬金術師どもの忠実な手先だったというわけだ。

見つけ次第、次から全部ぶっ壊してやる。

そう怒りがたぎる中。

錬金術師が来る。

悪趣味な紫の服を身に纏って、口元を抑えていた。痩せこけて、陰湿そうな目をしたおっさんだった。

何の趣味なのか、口に紅までしている。

まあ、容姿なんかどうでもいい。

問題は、その醜悪極まりない精神性だった。

「無能な賤民共は臭くてたまらんな。 それにこの程度の仕事もまだできないのか。 本当に奴隷は奴隷よな」

「申し訳ありません。 急かしてはいるのですが」

「これ以上遅れるようなら、見せしめに適当に殺せ。 それでも遅れが取り戻せないようなら、私が王から奴隷の追加を貰ってくるとしよう。 何、ゴミどもは無駄に幾らでも増える。 どれだけ使い捨てても代わりはどれだけでもいるからな」

フホホホと笑う錬金術師。

蹴り殺してやろうとしたが、その場にあたしはいない。怒りだけが、空に流れていく。

「これが完成したら、我々は数百年前の栄華を取り戻す事になるだろう。 その礎になるのだ。 このゴミどもには、感謝して貰わないとな」

「作業を続けます」

「うむ……」

偉そうに去って行く錬金術師。

ふと、場面が切り替わる。

塔。

アンペルさんが、険しい顔で手記を読んでいた。

塔を出る少し前の事だ。

これは感応夢じゃない。感応夢に呼応して、記憶の一部が引き出されているのだ。

そういえば、あの時の手記の一つ。ひょっとして、今の感応夢に出て来た錬金術師のものだったのか。

破り捨てたくなるが。今は何もできない。

夢の中で、怒りが沸騰するが。それだけだ。

「アンペルさん、それは」

「古代クリント王国の錬金術師の繰り言だ」

「繰り言……」

「我々は数百年耐えてきた。 いにしえの栄華を取り戻そうと各地で活動を続け、ようやく馬鹿な王族と貴族共に取り入った。 脳タリンの連中のために玩具を作ってやって、それで歓心を買って。 一世代を掛けて完全な傀儡化に成功した。 後は、動力を得るために、オーリムの猿共を騙すだけだった。 それなのに。 どうしてフィルフサを操作する事だけが上手く行かない。 我々は十何世代も惨めな思いに耐えて、やっと此処まできたのだ。 努力した人間はそれが報われるのが当然だ。 我々は元々神に等しい存在だ。 他の人間共とは違う。 時には屈辱を覚えながらも、ゴミ共の血を入れることまでして、一族の命脈を保ってきた。 それがこんな所で終わるのは無念だ、だそうだ」

あたしが本気で怒ったのを感じたのだろう。

アンペルさんはその時。

後で、怒りはフィルフサにぶつけろといった。

あたしはそれで引き下がった。

過去は変えられない。

或いは変えられるほどの錬金術師もいるかも知れないが、それでもそれはあたしではないのだ。

溜息が出る。

どうしてこうあたしは無力なのか。

これだけの強力な魔術を使えて。錬金術と言う刃も手に入れたのに。それなのに、出来ない事が多すぎる。

全知全能なんてあり得ない事はあたしにもよく分かっている。

だけれども、それでも。

目が覚める。

冷や汗をぐっしょり掻いていた。クラウディアが、既に朝食を作り始めている。リラさんは、軽くストレッチをしていた。

「起きて来たか。 かなりうなされていたようだな」

「感応夢を見ました」

「……そうか」

「古代クリント王国の錬金術師どもが、クーケン島でどれだけの人達を惨殺したのか、実際に見ました。 許せないあいつら……地獄で永遠に煮られろ」

深呼吸する。

噴き上がった魔力で、ベッドが炎上しかねなかったからだ。

外に出ると、軽く魔力を練る。

あの感応夢。

間違いなく、実際にあったことだ。あたしも何度も感応夢を見ているから、手応えがある。

ああやって殺されていった人達は、今もクーケン島の地下で眠っている。

恐らくだけれども。

墓場で感じたあの空気。多分、クーケン島の地下で死んでいった人達の無念が、まだ溢れていたものだったのだ。

それが地上にまで漏れて。

そして無念が眠る墓場に呼応して、あの辺りに溜まっていたのだろう。

深呼吸。

徐々に、魔力が収まってきた。

近くにあった訓練用の岩を、踏み砕く。

大きく息を吐いて、それで怒りをどうにかおさめる事が出来た。あたしも、人間だ。どうしても感情に振り回されることはある。

そして、はっきり分かった。

この世界の古代の錬金術師どもは絶対に許せない。

もしも生き残りとか、復権を狙っているようなのが現れたら、問答無用で殺す。それについては、誰にも邪魔させない。

アトリエに戻ると、レントとタオが起きだしてきていた。アンペルさんはまだ眠っているそうである。

「おはよう」

「おう。 今の凄い音、ライザか?」

「感応夢みてさ。 クーケン島作る過程で、外道どもに使い潰された奴隷の人達の夢だった」

「容易に想像できるよ。 すべて終わったら、みんな葬ってあげよう」

タオも、そう感情的に言うくらいだ。

あそこで行われたのは、とても許される事じゃない。

クラウディアが、朝食を作ってくれた。

気分を変えて、食べる事にする。

アンペルさんが起きだしてくる。流石に疲れている様子だったが。もう。時間が残されていないのだ。

皆で朝食を食べる。

リラさんが、食事をしながら皆に言う。

「これから、皆はそれぞれ独り立ちすると思う。 重要な事を最後に教えておくぞ」

「はい、リラさん」

「いい返事だ。  どんなに忙しい時も、水と食事は絶対に忘れるな。 特に水。 どれだけの体力自慢でも、水と食事を適切に取らないと倒れる。 私でもだ」

「……分かりました。 覚えておきます」

うむと言うと。

リラさんは、黙々淡々とパイを食べる。今日は力がいると言う事で、とっておいたワイバーン肉のパイだ。

蕩けるようなうまさだったことは覚えているが。保存用に燻製にしても充分過ぎる程においしい。

命をくれたことに感謝しながら、ごちそうさまという。

トイレをすませ。

水を飲むと。

クーケン島に出向く。

アンペルさんに、途中で聞かれた。

「それで、もう一つの事だが大丈夫かライザ」

「はい。 水のセットが終わり次第、即座に調合に取りかかります」

「そうか。いよいよだな……」

もう、残る時間は殆どない。

今日、フィルフサが出て来てもおかしくないのである。

焦るな。

あたしは、自分にそう言い聞かせる。

そう言い聞かせでもしないと、焦って手元が狂いそうだった。

浜に到着すると、部品を確認しながら、荷車でレントとリラさんにブルネン邸に運んでもらう。

事態が事態だ。今回はボオスに話をしておいてある。裏門からちまちま運ぶ訳にもいかないのだ。

多少の衝撃で壊れるほどヤワな部材ではないのが救いか。

中枢部分を最初に。パイプを順番に運んでいく。このパイプも、複層構造にしてあるので。

何かあって一つ詰まったとしても、他で水が流せるようにしてある。

あたしも相応に考えているのだ。

なんだなんだと、人が集まってくるが。あたしの表情を見て、遊びではないことを察したのだろう。

エドワード先生が来る。

「ライザ、どうしたんだ。 これは……何かの道具か」

「丁度良い。 エドワード先生も来てください」

「ああ、別にかまわないが……」

水質について、エドワード先生は知識があったはずだ。最悪、後で水質を調整すればいい。とにかく、飲んで大丈夫な水か、確認はしておく必要がある。

今は、人が一人でも多く。

手伝ってくれないと、まずかった。

 

3、簒奪からの変革

 

部材をブルネン邸に何度も往復しながら運ぶ。

最後の予備の部品を運び込んだ頃には。皆、活動を始める時間になっていた。

これから数日は。

一日が一年に思える程長く感じる筈だ。

あたしは、クーケン島地下にモリッツさんとボオス、それにエドワード先生もつれて。足を踏み入れる。

エドワード先生は驚いていたが。モリッツさんがどうしてか自慢げなのは謎だ。

組み立てを開始する。

既に何処に本来水が流れていたのかは、タオに聞いている。

古代クリント王国の錬金術師共も、流石にメンテが面倒だと思ったのだろう。円状の台座の一つに、ちゃんと水の濾過システムの中枢を置いていた。もっともこれは未完成で、はっきりいって役に立たない代物だったわけだが。

タオが先に中枢に降りて、操作盤を弄ってくる。

此処を外せるようにしてくれた。

その後、レントとリラさんが、タオが見つけて来たマニュアル(あの光の板の一つに詳細があったそうだ)に沿って、古い浄水装置を外す。

実際に側で見てみて分かったが、内部はすっかり痛んでいて。

そして、あたしが考えたエーテル式のものに比べて、優れている訳でもなんでもなかった。

手を抜いたと言うよりも、事態の急変で時間がなくなったのだろう。

クラウディアも力仕事を積極的に手伝って貰う。

あたしも、魔術で幾つかの部材を切り分けで、細かくするのを行う。

細かくなったゴミは、一度外に持っていく。

ゴミとは言え、これらを再利用する必要も生じるかもしれないからだ。

「百数十年前までの水を提供していたのがこの装置です」

「確か、麦も育たなかったと聞いているが……このような装置で、水を淡水に替えていたのか……」

「そうなります。 で、こっちがライザが作った浄水装置。 今から組み立ててセットします」

「うむ、やってくれ。 実際に仕上がる水については、私の方でも確認しよう」

最初、地下の巨大空間を見て混乱していたエドワード先生だが。

現実的に患者を診なければならない医師だ。

流石に適応が早い。

うろうろしていたモリッツさんを、ボオスが急かして、一緒に機材を外に運び出してくれる。

それでいいと思う。

こういう中枢部分の機械は、実際に触れておくべきだろう。

島の指導者というのならなおさらだ。

ボオスは既に支配者ごっこをやめている。だからこそ、自然に島の中枢となるものを触る事ができるようになっている。

モリッツさんは、最初から指導者としては割と悪くなかった。

だからこそに、急かされれば反発せずに出来る。

意外にモリッツさんは、欠点も多いが指導者に向いているな。あたしはそんな風に、評価をまた内心で上げていた。

組み立てを開始する。

細かい部品を落とさないように、気を付けながら順番にセットしていく。エーテル式だから、魔力を吸収しないと話にならないが。

この辺りの魔力は充分過ぎる程だ。

エドワード先生には、機材の仕組みを説明しておく。

勿論浄水の調整も出来るように魔法陣を組んでいる。エドワード先生は、島の医療をになうスペシャリストだ。

今後跡継ぎが来た場合には、引き継ぎをしてもらう必要だってある。

その時に、知らぬ存ぜぬでは困る。

だから、この場に呼ばれたことは、悪く思っていないようだった。

「古老が騒いでいます!」

「わかった、わしが抑えてくる」

ランバーが来て、急を告げたので。

モリッツさんが出ていく。ボオスも行くかと視線を向けたが。モリッツさんが咳払い。

「ボオス、此処は任せる。 シュタウトの……いやライザと一緒に此処を取り仕切ってくれ!」

「わかった、任された父さん。 頭の固い老人達を、今は静かにさせてくれ」

説明は、ボオスも聞いている。

大丈夫。魔法陣の操作自体は、それほど専門的な知識がなくても出来る。エドワード先生は、むしろゴルドテリオンに興味深々のようだったが。

「この金属は金ではないようだが……」

「ちょっと秘密です。 合金だとだけ言っておきます」

「軽くてこの強度、更には魔術との親和性。 口外はしないから、後でメスを作って貰えないか。 メスはどれだけ鋭くてもいいくらいなんだ」

「分かりました。 ただ、一週間以上は後になります。 それと、そのメスの存在は絶対に他言無用でお願いします」

分かったと、エドワード先生は頷く。

この人ほど信頼出来る医師はそうそういないだろう。そうこうする内に、皆でパイプの組み立てをしていく。

パイプはネジでくっつけるのもありかと思ったのだが。

組み立て式にした。

アトリエの時と同じ。複雑な形の部材をセットすることで組み上がるものだ。なお接合面については、くっつけると同時に魔術での接合が働くようになっている。

例えば、世界の竜脈が涸れるような異常事態でもない限り、接合が外れる事はないし。

仮にそうなったとしても、簡単に接合が解除されたりはしない。

簡単にパージできるような仕組みも作ってある。

これはメンテナンスのために必要だからだ。

ボオスは積極的にメモを取っている。

エドワード先生は要点だけメモを取っていた。

パイプのセットが終わる。

腸のようにくねる複数のパイプ。それが、今までの水を供給していたパイプと接合される。

その部分がちょっと不安だったが。きちんと大きさが違うパイプにも適合できるように、複数の部品でサポートする仕組みにしてある。

しっかりフィットしたのを確認。

よしと、あたしは呟いていた。

此処からだ、問題は。

まず、ブルネン邸に。

忌々しい略奪した水の入った玉を操作。アンペルさんが指示してくれるので、その通りに操作していく。

操作方法はそれほど難しいものでもない。実際、これを塔から持ち出したバルバトスとかいう何代か前のブルネン家当主でさえ、どうにでも出来たものなのである。

玉の表面にある幾つかのボタンを操作して、放出停止、とすればいい。

嘘のように水がぴたりと止まる。

まずは、第一段階だ。

玉を砕いてしまいたいと顔に書いているボオス。

キロさんに大きな影響を受けたのだ。

そう思うのも当然だろう。だが、それでも今は、そうするべきではない。

「よし、次! タオ、水を流して!」

「分かった! レント、護衛頼むよ!」

「よしきた!」

タオが地下に走る。

あたしも、浄水装置へ急ぐ。クラウディアと一緒にあたしがやる。地上部分は、アンペルさんとリラさんに頼む。

あの玉がおかれていた位置。

それにも、きちんと意味があった。

ブルネン家の人間だから、バルバトスは知っていたのだろう。あの位置を経由して、水が島中に流れていたのだ。

無言で浄水装置に到着。魔法陣に触れて、機能の表示。光の板を表示させて、それに機能を表示する仕組みにした。これは、地下の制御盤を見て覚えたシステムだ。あれほど複雑では無いが、決まった機能の光の板一枚を魔術的に表示するくらいだったらあたしにも出来る。正確には、見てすぐに仕組みを理解したので。出来るようになった。

クラウディアに読み上げは頼む。確か古い言葉ではオペレーションというのか。

あたしは浄水装置を起動。

エーテル充填開始。エーテルが充填されるのを確認。これについては、それほど時間は掛からない。

魔物でも魔術を例外なく使うように。

今の世界は、魔力が溢れているのである。

竜脈というものの影響なのかは良く分からない。世界の仕組みを知るほど、あたしはまだ知識がない。

ただ、エーテルが充填されたのは確認。

「エーテルの品質変化開始したよ! ええと、現在40……50……65……!」

「!」

ごんと、島が揺れた。

水が、来る。

クラウディアが、頷く。

「100! ええと、この数字が100になればいいんだよね!」

「そう。 浄水システムにエーテルが設定できたパーセンテージなんだその数字。 100%になれば、セットが終わったと言う事だよ」

「後は、水がちゃんと来れば……」

「いや、魔力感じる。 来た!」

地震のように、揺れる。水が、この浄水装置に到達したのだ。

エドワード先生が、信じられんと呟いていた。

大丈夫。パイプや、接合面から水が噴き出していない。それどころか、これだけ激しく水が来ていても、平気と言う事だ。

このパイプの中で、水は一気に蒸気にまで熱せられ。直後に冷やされる。

同時に不純物を全て排除されるようにもなっている。

この過程が、一番危険なのだ。

アンペルさんに教わったが、水は蒸気になると、容積がとんでもなく膨れあがるらしいのである。

何かしらの金属容器に閉じ込めた水を沸騰させたりすると。下手をすると金属容器が内側から吹っ飛ぶそうだ。

蒸気というのは、その性質を利用して、将来的には動力になるかも知れない。一部のロストテクノロジーの機械では、実際に蒸気を動力にしているとか言う話だったが。

「熱処理、完遂率100! 不純物、処理率100!」

「よし、エーテル放出実験! エドワード先生、万が一があるから! あたしの後ろに隠れて!」

「お、おう!」

「ライザ、出来るよ!」

「分かった!」

操作盤を動かして、魔法陣から操作を実施。

しゅっと音がして、意外なほど静かに。少量のエーテルが魔力に戻って大気中に放出されていた。

よし。あたしは呟く。

エーテルは、あたしが散々調合しているから分かっているのだけれども。こうやって魔力に戻すと、意外なほど量が少ない。

蒸気と混じったりする可能性を懸念していたのだが。

魔力だけを取り込み放出する機能は、問題なく働いているようだった。

「クラウディア、安定はどう?」

「ええと、全部が100になっていればいいんだよね!」

「うん!」

「問題ないよ! 100で安定してる!」

よし。

あたしはガッツポーズ。理論的には、出来ると判明した。

ボオスが呟く。

「すげえな。 これ王都でも余裕でやっていけるだろ。 むしろ王都の連中が、泣いて導入を頼むんじゃねえか」

「王都の水のシステムがどうなってるかは知らないけれど、このシステムを導入するっていうんだったら、王族に集ってやるかな。 いや、でもそれは王都の人達の税金から出るのか……」

「あ、ああ。 そうなるだろうな」

「王都でだけ偉そうにしているだけなのに、腹立つなあ。 いずれにしても、もしそういう時が来ても、王都に暮らしている人達をみて決めるかな。 選民思想とか拗らせてるようだったら、絶対に作らない。 以上」

さて、次は地上部分だ。

クラウディアに、この場は任せる。

地上部分に出る。

おお。

彼方此方の噴水などから、水が噴出している。出ている水を触ってみるが、ちゃんと冷たい。

流石に、そのまま飲むわけにはいかない。

途中のパイプは古いままなのだ。今はかなりの勢いで水を出しているから、汚れが剥離している可能性もある。

いずれ、パイプも全てメンテナンスしないといけないだろう。

非常に面倒くさいが。これも命を支えるためである。

やるとしたら、あたしがもっと技量をつけてからだろうが。

「ライザ。 良くやった。 水は問題なく供給されている」

「水路とかの確認をしましょう。 地下の操作はタオがやってくれています。 後は、浄水装置に一人貼り付いた方が良いでしょうね」

「浄水装置は私が見よう」

「よし……レントとあたし、それにクラウディアで水路を見て来ます。 ボオス、桶ある?」

ボオスは呆れながら、指さす。

丁度いい桶だ。

何処の家にも、水路や水源から水を汲むための桶がある。それはブルネン家でも同じである。

あたしは噴き出している水を汲むと、すぐにその場で煮沸する。更に、ついでに冷凍の魔術で冷やして丁度良い冷たさにする。

その手際は、更に良くなっている。

その場で、ごくごくと桶からダイレクトに水を飲むのを見て、ブルネン邸に乗り込んで来ていた古老が度肝を抜かれていたが、どうでもいい。

飲んで見て、分かった。

飲める。問題ない。ただ強いていうならば、若干味が違うか。

いや、本当に気にならない程度の味の差だ。もしもこれで問題があるようだったら、後から浄水装置で調整すれば良い。

古老に、桶をぐっと差し出す。

「どうぞ。 飲めることは確認しました」

「お、おう……」

「さあ」

「わ、分かった」

古老が、慌てた様子で杯を取りだし。

桶に水を汲んで、自分で煮沸して、冷やしてみせる。流石に古老だ。それなりに魔術はまだまだ使える。

そして飲んで見て、普通に飲めることに気付いて驚いたようだった。

「まさか、島中にこれほどの水がまた溢れる時が来るとは……」

「ブルネン家が、乾期の度にデカイ面をしなくなるのか? そうなると、本当に有り難いんだが……」

「聞こえているぞ」

モリッツさんが、好き放題言っている連中を掣肘する。

あたしはこの場をボオスとモリッツさんに任せると、地下から上がって来たレントとクラウディアと共に、島を見に行く。

水路が問題ないか。

今まで水が出ていなかった噴水などの機能が正常に戻っているか。

いずれも、確認しなければならなかった。

 

どうしても、手分けしても時間は掛かる。

更には、今まで死んでいた水源がいきなり復活したのだ。トラブルはどうしても起きる。

ある家屋では、いきなり水が噴き出したことによって浸水が起きていた。というのも、涸れた水路に家を作っていたからだ。

あたしが水路をとめる。

一旦冷気で蓋をするだけで問題ない。

水は彼方此方に流れているので、水が出る場所を一つ塞いだくらいは問題はないのだ。

問題は家の方。

この家は、雨期に毎度浸水していて。そもそも家を建てるべきでは無いとされていた場所に建てていた事もある。

一度モリッツさんに連絡して貰う。恐らくは、家を建て替えるべきだろう。此処に家を作るように促したのはブルネン家だ。保証はそっちでやって貰う必要がある。

あたしがその辺りを話して、家財の運び出しを手伝う。途中から護り手が来て、作業を手伝ってくれた。

アガーテ姉さんが来てくれたので、後は引き継ぐ。

水については、しばらくは出ない筈だが。

しかし凍らせただけだ。その内氷は溶けて、また水が出てくる。そう言うと、アガーテ姉さんは頷き。

すぐに護り手を周囲に散らせて、対応に移ってくれた。

他の場所でも、水が出ている。

水路の水位が上がっている場所もある。タオに連絡して、水量を少し調整して貰おうかと思ったが。

しかしタオはここに来る前に言っていたっけ。

前に出していた水量と同じだけ出していると。

そうなってくると、或いはだが。

ある程度の水が、今までは無駄になっていたのか。

いや、違う。

今までは、ブルネン邸の裏から直接水が彼方此方に流し込まれていて、それが原因で水流がだいぶ違ったのだ。

しかもこの水流、ブルネン家で自由に堰などを弄って管理する事が出来ていた。ブルネン家の先々代とかはこれを悪用して、気にくわない人間に酷い嫌がらせをしていたと言う話だ。

そうなると、安定するまで時間が掛かる。

それに、今まで詰まっていた水路は、大量の汚れを吐き出しもしていて。最初は触らないようにとも皆に触れ回らなければならなかった。

ボーデン地区などの大きめの水路は、むしろ水位が下がっている。

走り回りながら、それを確認する。

やはり、今まではかなり水が偏っていたのだ。

一方ラーゼン地区は優先的に水が回っているようで、むしろため池などは溢れそうになっていて。

あわてて堰を管理している人もいた。

これは、今日一日はこっちはパニックか。

だが、あたしはあたしでもう時間がない。

困り果てていると、ボオスが来た。

「ライザ、全体的に見てどんな状態だ」

「どうもこうも、今まで死んでいた水路が生き返って、逆に過剰に水が出ていた水路は水位が落ちてる」

「水の総量は減っていないとなると、これが自然な状態と言う事なんだろうな。 後は水の質だが……」

「それはお父さんとかに聞くしかない。 あたしの出来る範囲で、今までの水質と同じにはしたよ。 飲める水にはなっているし、塩味とかもしなかった」

ボオスも既に確認はしたらしい。

だが、あたしもちょっと味が違うような気はしたのだ。

お父さんなどの専門家に聞けば分かるのだろうが。

今は、それに対して微調整をしている時間がない。

だが、古老とかはもしも不備があったら烈火の如く怒り狂うだろう。そうなると、一部の老人が面倒な動きをしかねない。

ランバーが、視線をちらちらと送っている。

恐らくは、結構切羽詰まっているという事なのだろう。それはそうだ。あたしも農家の生まれ。

これがどれだけ色々な問題を起こすかはよく分かっている。

稲という作物があるらしく。水位の管理が極めて重要になるという話だ。

これなどは極端だが、水位が育成に影響してくる作物なんていくらでもある。とくにクーケン島は、元々貧しくて麦も生えなかったのだ。

うちをはじめとして、みんな水にはとても五月蠅い。

畑と会話するお父さんほどの境地には到達していないが。あたしもそれなりに水の事には五月蠅いのだ。

「分かった。 たしかにカールさんに聞くのはよさそうだ。 もしも問題が起きていそうならば、後で連絡をする」

「頼むよ。 それと……少し口調がやっぱり柔らかくなったね」

「そうだな。 俺は指導者としてあるべきだが、それはそれとして他人への敬意を忘れてはいけないことも思い出したよ。 特に突出した技量を持っていて、島のために欠かせない人材には、そう接しなければならない。 俺がどんな立場だろうとな。 本当に俺は、ただの支配者ごっこをしていただけだったって、色々あって思い出した」

「そうだね。 あたしも結局、冒険ごっこだったんだろうね。 錬金術と出会って変わったけれど。 でも、変わっちゃいけないものと、変わらないといけないものもあるんだ」

後はボオスに任せる。

島の事は心配だが、やるべき事が幾らでもあるのだ。

とにかく、水の事についてはすぐには分からない。これから、他にもう一つ、優先順位が高いことをこなさなければならない。

一度、ブルネン邸に集まる。

古老は目を回しそうになっていた。

何人かの人員をモリッツさんが島の中に通したのだ。護り手の護衛付きで。

それで真実を見て、泡を食ったのだ。

島にあったのは、守り神の加護なんかじゃあない。人間の作った。それも薄汚れたエゴまみれの。屍の山の上に島があったのだ。

それを見れば、それは価値観が古い老人なんかは泡を吹く。

古老は白目を剥きかけていて、エドワード先生が呆れて医院に連れて行くところだった。

皆で合流して、軽く話す。

「島の状態は、一旦は落ち着いたか?」

「もしも問題があるようなら、ボオスが連絡してくるように手はずは整えました」

「よし、良くやれているなライザ。 一度戻る。 これを研究して、フィルフサと戦うための準備だ。 もう時間がない。 いつフィルフサが門を越えて大挙してくるか分からないぞ」

リラさんにはいと、皆で応える。

そして、ボオスの先祖が持ち出した聖地の宝。

確か古代クリント王国の錬金術師曰くの「渦巻く白と輝く青」を持ち出す。

操作方法は、既に分かっている。モリッツさんも、肩を落としながら持って行けと視線で告げていた。

モリッツさんも、度が外れた悪党では無い。勿論統治に関わってきたのだから、ある程度悪い事だってしてきただろうが。それでも、地下の死体の山を見れば思うところがあるくらいの良心はある人だったのだ。

それだけで、古代クリント王国の錬金術師よりどれだけマシだろう。

これは、もう此処には戻さない。

これからはあたしと、島の人間で水の問題は解決していく。

頼むよ、オーリムの水。

あと少しだけ、身勝手なこの世界の人間の我が儘を聞いて。フィルフサを倒すために、どうしても貴方の力が必要なんだ。

そう呟きながら、あたしは皆と一緒にクーケン島を後にする。

次の奴もぶっつけ本番。

失敗したら、後がないと判断して良いだろう。

もう午後、それも遅い時間になっている。水源を入れ替える。それはそれだけ、大きな作業なのだ。

しかも、これからトラブルが起きても仕方がない。

既にモリッツさんやアガーテ姉さん、それにルベルトさんは事情を知っている。

トラブルが起きた場合は、対応を頼むしかない。

とにかく、あたし達が戻るまで。

それだけでも、持ち堪えて貰うしかないのだ。

水が止まるとか、なくなるとか。

そういう致命的な問題以外は、後でどうにかする。

それが優先順位をつけて問題を解決するやり方。アンペルさんに教わったやり方。

そして今は、どうあってもフィルフサを退治する方が、先なのである。

アトリエに到着。

すぐに研究を始める。

今の作業で、ノウハウは掴めた。今回は、数時間……いや敵の規模を考えると、二日三日ほどもてばそれでいい。

リラさんの話によると、オーリムでも雨は降るそうだ。ただ、やはり短時間の小雨に過ぎなくて。

それではフィルフサに致命傷は与えられないらしい。

島に常時水を供給するほどの水量だと、雨を恐らく降らせる事が出来るが。

そもそも飛行魔術の達人が何度か確認している所によると。

元々雨というのは上空で何かしらの切っ掛けで雲が出来て、最初は雪として降り出すという話だ。

それだけは、知っている。

アンペルさんにも話を聞く。

「雨について、アンペルさんの知識をお願い出来ますか」

「雨か。 雨はな、基本的に埃などのゴミを核として氷の状態の水が固まり、落ちてくる現象だと思ってくれれば良い。 この核になるものはなんでもいい。 例えば、煙とかな」

「煙!」

「どうしたんだタオ」

レントの声に、タオが頷く。

そして、解説してくれる。

「古老が前に、乾期があけないときは雨乞いで盛大に焚き火をするとか言ってたんだ。 僕達が生きているときにはまだ見た事がなかったけれど、あれは神様への祈りとかいう話だけれど、実際には空に雨を降るための切っ掛けを撒いていたんじゃないのかなって思ってさ」

「なるほど……一利あるな」

「それでどうするの? オーリムで何か焚いているような暇なんかないよ。 装置を据え付けたら、すぐに雨が降り出すくらいでないと……」

クラウディアが、その考えの悠長さを指摘すると。レントもタオも黙り込んでしまう。

リラさんも、目をつむる。

恐らくだが。乾燥しているとはいえ、あのフィルフサに食い荒らされたオーリムの聖地でそれほど盛大に燃やせるものが思い当たらないのだろう。

それはあたしも同じだ。

最初は水を噴水みたいに撒く道具を考えていたのだが、それだとどうしても効果範囲に限界がある。

それに、水を適当に撒いているだけだったら、遠距離攻撃型のフィルフサが、集中砲火をして来るはずだ。

ドラゴンですら苦戦するような対空攻撃を「将軍」は普通に搭載していることが、既に交戦で判明している。

キロさんの話によると、その将軍が六十体以上健在なのである。

はっきりいって、悠長な事はやっていられない。

上空に水を届ける仕組みについては、浄水装置とほぼ同じで良いだろう。鉱石の量を確認する。

ただし、雨の元になるものはどうする。

今回は逆に、それを大量に上空へと打ち上げなければならない。幸い大した重さは必要ないだろうが。

その代わり、広範囲に拡散するようにしなければならない。

魔術で代用は出来ないか。

いや、まて。

「アンペルさん、その雨の核って、細かい砂とかでもいけますか」

「いける。 雨の中には、砂が核になって降るものもある。 風に乗って膨大な砂が飛んできて、それが大雨の引き金になる事もある」

「アンペルさん、そんなの何処で知ったんだ」

「不愉快かも知れないが、古代クリント王国の研究記録からだ。 当時は錬金術が圧倒的な隆盛にあって、それと同時に科学も今とは比較にならない程優れていた。 雨に関する研究も、実際に空でサンプルを採取して調べる事が出来たそうだ」

やはり、技術だけは本物だったんだな。

そう思うと、なおさらその幼稚で独善的な傲慢さが情けなくてならない。それだけの知識と技術がありながら。どうして自分達がゴミカス以下である事に気付けなかったのか。人間には、いき過ぎたものを持たせるべきではないのか。そうとすら思えてきてしまう。

ともかく、思いついた事がある。

やってみるしかない。

魔術との組み合わせが必要だ。ゴルディナイトがいる。そう言うと、すぐにクラウディアが取ってくると言ってくれた。

頼んで、任せる。後はまだ残っている膨大な魔石を、悉く使う。

時間は、あまりない。

もしも大侵攻が開始されたら、それを押し返しながら、オーリムに乱入する力なんてあたし達にはない。

時間が限られている中。

あたしは、とにかくやっていくしかなかった。

 

4、混迷の島で

 

乾期が始まっているというのに、水が溢れ始めたクーケン島。

子供らは裸になって水路で遊んでいる。

きらきらと輝く水。

そのまま飲めるほどだが。流石にそれをやるバカは誰もいない。真水を飲むのは自殺行為だ。

それについては、既に誰もが知っている。幼い頃から、叩き込まれるからである。

ボオスは島を見て回る。

今の時点で、何件かトラブルはあったが、それでも致命的なものはない。護り手と連携しながら、一つずつ問題は解決していく。

ブルネン家が金を出して保証しなければならない問題は幾つもあった。

父さんは不満そうにしたが。

そもそも水の利権で暴利を貪り続けたブルネン家だ。

このくらい保証するのが当然である。

今後は、水利権なんかなくても島の指導者に相応しい事を、行動と態度で見せていかなければならない。

それを、ボオスはしっかり理解していた。

ランバーが来る。

耳打ちされた。

カールが来たと言うのだ。頷くと、会いに行く。

ライザの父であるカールは、畑と会話する奇人としても知られているが。島一番の技量と知識を持つ農夫でもある。

文字通りの意味で畑と会話して。

それで最高の作物を仕上げてくる。

だったら、ブルネン家でも敬意を払うのは当然だ。

実の所、先代がライザと仲良くしておけといったのは。この技量をライザが受け継ぐ可能性も考慮していた節がある。

だがライザは、残念ながら一箇所で留まって作業をする農婦には収まらない才覚の持ち主だった。

まあ、優れた才覚を持っているのは、先代も理解していたのだろう。

いずれにしても、今はカールの話を聞く必要があった。

「来てくれたかカールさん。 水についての見解があるのなら、聞かせてほしい」

「少し口調が柔らかくなったね」

「恐縮だ」

「ふふ。 ええとだね。 水は基本的には悪くない。 麦も他の作物も、充分に育つと見て良いだろう」

そうか、それは良かった。

ボオスも見て来ている。

どれほどの地獄が、このクーケン島の現状を支えるための土台となったのか。

それを覆すために、ライザ達が奮闘したのかも。

それが全部台無しになる事態だけは避けられた。

それだけで、どれほど報われるだろうか。

自分の事のように嬉しい。

いや、ボオスも既に当事者か。そもそもボオスが説明しなければ、異界だの乾きの悪魔だのを、父さんは本気にしなかっただろうし。

「ただ、クーケンフルーツはこれから味の質が落ちる」

「なんだって……」

「水の質が少し違うんだ。 勿論充分に食べる事が出来るが、微妙に落ちるのは確実だと見て良い」

「分かった。 それについては、俺からライザに説明する」

頼むよと、カールは温厚な笑顔を浮かべて去って行った。

そうか。やはりライザでも、その僅かな差を埋めることは出来なかったか。

悔しいな。

そう思っているボオスに、ランバーが言う。

「それでどうします?」

「フィルフサの件が片付いてから、ライザと対応を協議する。 あのライザが作った浄水装置、突貫工事だったと聞いているし。 何より後から追加機能をつける拡張性があるとも聞いている。 だったら、ライザだったらどうとでも出来る筈だ」

「そうですね……」

「次だ。 これから数日は、何か問題が起きていないか、俺たちで見て回る。 俺たちは異界での戦闘では力になれない。 アガーテ護り手長達には、街道での通行禁止を既にやってもらっている。 幾つか街道沿いにある集落には、避難勧告を出して回って貰っている所だ」

流石に、乾きの悪魔と言う単語は出せない。

ただ、何度かオーリムに行って戻って来たレントが。フィルフサの残骸になる殻を持ち帰ってきている。

これを証拠にして。

見せて回って貰っている。

こんな化け物は、見た事がない。

それは、誰もが口にする。

更には、斥候というのか。

奴らの偵察する個体が、彼方此方で目撃は既にされていたようだ。見た事もない魔物が出ているという噂は既にあって。

それで、アガーテ達の行動は、スムーズに行えているようである。

魔術が効かず。

剣術の達人ですら、相討ちがやっとの怪物が。凄まじい数で攻めこんでくる可能性がある。

それだけでも、どれだけの脅威になるか。

今の人間には、充分過ぎるほどに通じる。

アガーテはあの年で、護り手としては大ベテランだ。恐らくは、充分に注意喚起が出来るだろう。

後は、クーケン島の事を、ブルネン家でどうにか捌いていくだけだ。

ぐったりした様子の父さんが来る。

「やれやれ、やっとご老人方が帰ってくれたよ」

「父さん。 一つ話がある」

「なんだ……」

「この件が片付いたら、俺は王都に留学に行く。 タオも誘うつもりだ。 資金の準備をしていてくれるか」

父さんが固まる。

まあそうだろうなとも思う。

王都がくだらない場所である事は分かっている。

王都に行くのは、そこに死蔵されているだろう知識を得るため。

そして、アガーテと同じように。実際に自分の目で、如何にくだらない場所かを、確認する為だ。

ロテスヴァッサという国家が、錬金術師を集めて。あの古代クリント王国と同じ事をしようとしていたことは、アンペル師から聞いている。

そんな場所が、まともである筈がない。

もしも今後何か起きた時に、「王都だから有り難いに決まっている」という偏見を、排除しておく必要がある。

そのためには。一度王都の学園に、実際の様子を見に行く必要がある。

それにボオス自身も力不足を感じている。

もしも次に大きな問題が起きたときは、ライザ達と行動を共にして、解決に当たりたい。それには、今までのブランクが大きすぎる。知恵を力を蓄えるには、見聞を広める必要があるのだ。

「……分かった。 昔アガーテが騎士になると言ったときも、先代が大喜びで送り出していたな。 母さんはまだあの頃は壮健で、可愛い子には旅をさせて苦労も経験させろって、口を酸っぱくして言っていたっけ」

「頼む。 タオは俺以上の俊英だ。 ライザとともども、絶対に島の未来を担う」

「そうだな。 見ていて分かったよ。 あの子は本当に凄い学問を身に付けるだろう。 この島で腐らせるわけにはいかないだろうな」

資金の問題は、まだ父さんに頼むしかない。

これで、一通りの準備はできたか。

後は、最後の戦いだ。

それを、ライザ達が上手くやってくれる事を。ボオスは此処から祈るしかなかった。

 

(続)