見知った故郷の臓腑

 

序、久々の島

 

たいして時間は経っていない筈なのに。クーケン島に降り立つと、久々に来たように思ってしまう。

朝一番に、アンペルさんに小型の戦闘用魔力増幅杖。クラウディアに大弓。更にはタオにはハンマーを渡した。

タオ用には二振りの剣を作ってあるのだが、これはいずれ餞別として。もしくは剣を本格的に使いたいと言い出したときに渡す。

前も剣の訓練はしていたが。

今の時点では、剣の訓練をする暇が無い。

それもあって、タオはハンマー一本で良いだろう。ただ背丈が伸びたら、ハンマーも柄を伸ばしたり調整したりする必要が生じるだろうが。

それはそれとして、ハンマーにはまだ使い路があるかも知れない。

今研究しているのは、水を広範囲にぶちまける道具だ。これについては、レヘルンなどを調整して今工夫しているのだが。

これと同じように、ハンマーを自動で動かせないかと思っている。

ハンマーはいうまでもなく質量兵器で、自動で動いて敵の背後などを強襲出来れば、絶大な破壊力を発揮できる。

道具を魔術で浮かせて、自動攻撃するような魔術師はいる。確かテレキネシスとかいうらしい。

ただそれはそれ、これはこれ。

あたしは錬金術で、それを再現する。それだけだ。

島に降りた後は、クラウディアと組んで、アンペルさんがくれた地図を手に歩く。その途中、すれ違った人とは挨拶する。

牧場に出向く。

相変わらず動物の匂いが強烈だが。

虫は全然平気と言っているように。お嬢様という絵姿そのままのクラウディアは、気にしている様子もない。

牧場の一角にも、やはり紋様がある。

それは、魔法陣を描くようにして、島の彼方此方に配置されているようだ。恐らくは水没してしまっているものもあるそうだ。

昨日見つけて来たものの中から、アンペルさんが場所を分析して、大まかな位置については特定してくれた。

それが特定し終わったら、皆で集まって再分析。

一度アトリエに戻って、鍵を修復して。魔法陣の中心。鍵穴となっている地点に出向く事になる。

これらは朝に話をして決めたことだ。

だから、特に問題はない。

知らない人がいる。

軽装の皮鎧を着た、ふわふわした雰囲気の人だ。薄紫の長い髪の毛が、ふわふわな印象を更に強くしている。穏やかそうな表情をしていて、ヤギ農家をしている知り合いのおばちゃんバジーリアさんの所で談笑している。

バジーリアさんはあたしが最近作った蜜結晶を卸している農家で、それで色々と料理を作る事に挑戦しているらしい。

昨日の夜クラウディアが持ち帰ってきた、此処産のミルクのプディングはなかなかの絶品で、凄いと思った。

あたしは調味料は作れるが。

緻密な作業を必要とするお菓子作りは、あまり得意ではない。自分に出来ない事を出来る人。自分が知らない事を知っている人を尊敬する。

人として、当たり前の事だった。

「ライザかい。 それにバレンツのお嬢さんも」

「おはようございますバジーリアさん。 其方の方は?」

「パミラさんというそうよ。 彼方此方を冒険していらっしゃるんだって」

「あらー。 貴方がライザね。 パミラよ。 よろしくお願いねー」

ふわふわと喋る人だ。

実力も一見すると大した事が無さそうだが。

なんかおかしい。

この人、見た目と実力が、全く一致していないのではないか。散々修羅場を短時間で潜った事もある。

どうしても、そういう風に思うようになっていた。

「パミラさんはうちのプディングを絶品だと言ってくれたのよ」

「卵とミルクを使うタイプのプディングはあまりメジャーじゃなくて、私も探すのが大変なのよー。 ここのは甘くて素晴らしいわー」

「そんなに褒められてもこれ以上何も出ないわよ」

「ははは。 そうですね」

パミラさんは、優しそうな笑顔であたしに接してくるが。

なんだろう。

どうもみられているような気がする。悪い印象はないのだが、体の芯が警戒をしろと告げてきているような。

手を振ると、パミラさんは行く。

一応バジーリアさんにもこの辺りの紋様を聞いて、様子を見に行く。やはり、紋様はあった。

子供達が座るのに使っている石の台座に刻まれている。あたしも昔は同じように使ったのだけれども。

これは。

厳しい表情でみていると、子供達が来る。

「ライザ姉ちゃん! クラウディア姉ちゃんも! どうかしたのか?」

「あー、今この模様を探しててね。 此処にあるのを思い出して、見に来ていたんだよ」

「これ、他にもあるよ」

「うん。 今、何処にあるのかを探しているんだよねー」

何か楽しい悪戯なのか。

そう子供達は目を輝かせるが。

あたしが咳払いすると、ぴたりと黙る。遊んでいるのでは無いと、示すためのサインだ。これで黙るくらいには、上下関係は叩き込んである。

あたしはどうも怒らせると怖いと認識されているようで。それはある程度意図的にやっている。

というのも、いずれ島で教鞭を執ってほしいと言われているので。

子供らに舐められるわけにはいかないのだ。

たまに蹴り技も披露する。

子供は強い相手を尊敬する生物的な仕組みになっているし。

邪魔な岩を蹴り砕いたりするのを見せてやると、それだけで圧倒的な戦力差を感じて黙る。

子供相手はそれでいい。

別に直接暴力なんか振るわなくても、子供は幾らでもどうにでも出来る。

勿論暴を見せるだけでは子供は怖れて逃げていくだけだ。

魔術を使っての知も見せる。

絶対に勝てない相手だと悟らせる事で、子供達はあたしとの上下関係を理解する。それで今はかまわない。

子供達を行かせる。

あたしはそのまま、次の場所を調べに行く。大まかに、この辺りにありそうだという場所をアンペルさんは地図に示してくれたが。それ以外の場所にも結構印は存在していた。いずれもが鍵と言う訳ではないのだろう。

ただ、手元にある印の写しと見比べる。

どうみても、一致している。

これが今までどうして話題にもならなかったのか。

それは多分、あまりにも普通にあるので、誰も気にしなかったからだろう。

田舎の人間は、隣で何が起きたかは詳細に知っているし。

非常に迷信深い事も多い。

それは古老の言動や、周囲の家で何があったとすぐにあたしの耳に届くことからも明らかである。

一方で、農作業や漁業で忙しく。

ブルネン家の人間みたいな例外中の例外を除くと、大人は意外と殆ど暇を持っていないものなのだ。

クラウディアの話によると、これはどこも似たようなもので。

特産品が山ほど採れて売れるような場所を除くと、殆どがみんなそうらしい。

商会でも中々足を運べないような場所がそうだと。

現地はだらけきった大人と、それに反発する子供達で色々と空気が最悪なのだとか。

まあ、だいたい想像はつく。

実際クーケン島でも、護り手に任せておけば。島に魔物が乗り込んでくることは少なくとも今まではなかったのだ。

だから古老が伝統がどうだのと口に出来ていた訳で。

人さえある程度誘致できていれば、それで何とかなっていたのである。

閉鎖的な集落でも、最低限の安定を確保できる環境で。働かなくても良い状況だったのなら。

きっとそれは。怠惰に人間は支配されるだろうし。

逆にそれが故に、村の中の事は隅々まで知っているのかも知れない。

そういった場所だったら、或いは今探している印は即座に分かったのだろうが。

代わりのリスクがあまりにも大きくなりそうなので。

羨ましいとは殆ど感じなかった。

村の中を歩いていると、声を掛けられる。夕方に風呂に入るから、今のうちに熱々に湧かしておいてほしい、というのだ。

知っている人だ。家の風呂もかなり大きめ。だったら湧かしておいて蓋をしておけば、夕方には丁度良い熱さになっているだろう。

ただ、確か家にはちょっと痴呆気味のお爺さんがいたはず。

大丈夫かと確認すると。

そのお爺さんは、夕方までは戻って来ないのだそうだ。

まあ、嘘をついていると言うことはないだろう。

風呂を沸かせる。今のあたしの魔力なら一瞬だ。むしろ風呂桶を焦がさないように注意しなければならない。

風呂を沸かすのは、それこそなんぼでもやってきていること。小遣い稼ぎに丁度良いからだ。

こういった行動で魔力を練っていたのが、今につながっているのだと思うと。

あたしも、この小遣い稼ぎには意味があると思う。

最後に風呂をかき混ぜて。手を実際に入れて温度を確認。

これだったら、何かあっても火傷するようなことはないだろう。風呂を閉じて、それでおしまい。

小遣いを貰っておく。

礼を言われるので、ついでに印について聞く。家の裏手にあると言うので、早速見に行く。

確かにある。

メモを取っておく。しかもこれ、恐らく石碑にある当たりのタイプだ。そうなってくると、これは本当に何処にでもあるのかも知れない。

見つけても、下手に鍵を当てないようにとアンペルさんは言っている。

アンペルさんは、持ち帰った資料を片手に、島を回っているのだろう。もうアンペルさんをよそ者呼ばわりする人間はいない。

あたしが様々な厄介ごとを解決している間に。

錬金術への印象が、少しずつ良くなっているからだ。

クラウディアが、声を掛けて来る。

「ライザ、あれ見て」

「うん……おっ……!? 良く気付いたね」

「私みたいなこの島では新参の方が、気付きやすいのかもね」

くすくすとクラウディアは笑う。

島の高台の方。

まんま、大きな印があるのを見つける。それも、地形に沿って大きく刻まれているようである。

これは確かに発見だ。

二人で歩きながら、話しかけられたら相応に応じる。

何々をしてくれ、という依頼も様々だ。

一度アトリエに戻らないと無理なものも。その場で出来るものもある。

湯沸かしは、クラウディアも出来るのでやって貰う。

あたしが見ている限り、特に問題もなさそうである。

「魔力量は凄く多いね。 音魔術も矢もあれだけ使えれば、それはどんどん伸びるよね」

「ありがとうライザ。 今後はね、魔術で弓矢そのものを生成して、同じように生成した分身か小人かに撃って貰おうって思ってるの」

「おお、更に手数を増やすと」

「でもそうすると魔力の制御が大変になるでしょ。 こんなに色々な経験を積めるのは多分此処を離れてしまうとしばらくはないから、今のうちに練習しておかないとね」

旧市街に来た。

地図にある地点には印があるが、それ以外にも印が結構ある。苔むした岩に刻まれているものもあった。

ここまで見境なく印があると、確かに気付けなくてもおかしくは無いか。

腕組みして考え込んでいると。クラウディアが言う。

「あのさ、ライザ。 せっかくだから、うちに寄っていって」

「うん。 あの邸宅大きいし、印も中にあるかもしれないね」

「それもあるんだけれど……丁度お父さんがいるから。 ライザがいれば、勇気を出せるかも知れないから」

そうか。

やるんだな、ついに。

あたしは笑わない。

クラウディアは勇気を出して、いざという時には皆を助けてくれた。ボオスと仲直りできたのだって、クラウディアが色々第三者の視点から指摘してくれたからである。

邸宅に行く。

まずはメイドのフロディアさんが出て来たので、地下に案内して貰い、家屋用接着剤の様子を確認。

大丈夫だ、ばっちりである。

フロディアさんは無意味な事は一切喋らないのだが。

意外な事を不意に聞かされる。

「バレンツ商会は、この邸宅を永続的に借りる判断をしたようです。 その場合、此処の主は私が任されることになります」

「えっ。 ええと、販路の確保とかそういう理由ですか?」

「凄いわフロディア。 大出世ね」

「いえ、それほどでも」

フロディアさんはメイドとは言うが、そもそも執事同然の仕事をしているようであるのだから。

まあそれも不思議ではないだろう。

ただフロディアさんって、どうも権力欲とかありそうな方には見えないので。その辺りはちょっと不思議だ。

いずれにしても、ルベルトさんはこの島を気に入ってくれたと見て良い。

あの人は、最初は厳しめに接してきたけれど。

きちんと誠意を見せて対応してくれる立派な大人だ。

ああいう人だけだったら、古代クリント王国みたいなゴミカス国家は存在しなかっただろうに。

其処を外道錬金術師どもが好き勝手にする事もなかっただろうに。

そう思うと、色々と複雑である。

ルベルトさんは、執務をしていた。挨拶をすると、顔を上げて挨拶を返してくれる。そして時間を割いて、応接室で軽く話をしてくれる。

乾きの悪魔……フィルフサの問題については、クラウディアが共有しているはず。

現実離れした話も多いが。それでもルベルトさんは真摯に向き合って対応してくれているようすだ。

もしもこれで、話半分で聞いているようだったらあたしは何となく分かる。

だがこの人は、もうあたしを信頼していて。それで話も信じてくれているようだった。

それにこの人は、正論をちゃんと聞ける器も持っている。

正論を言う事を嫌がる器が小さい人間もいるが。

この人は違った。

そういうことだ。

まずはフロディアさんが茶を出してくれる。今日はお菓子をクラウディアが持ち込んでいる。

アトリエのキッチンで焼いたものだ。

一口食べて見て、ルベルトさんは喜んだようだった。

「これはとても良い味だ。 ライザくんが作った例の蜜によるものかい?」

「ええ、お父さんの口にもあってよかった」

「商談は概ね上手く行っている。 恐らく、乾期が本格的に到来する頃には、島を離れる事になるだろう。 ライザくん、それ以降は、君がここでのバレンツ商会との大事なパイプ役になる。 ひょっとしたら、色々な物資を売ってくれと頼むかも知れない。 その時には頼むぞ」

「分かりました。 出来る範囲で対応します」

さて、此処からだ。

クラウディアと目配せ。

クラウディアは頷くと、咳払いしていた。

「あの、お父さん」

「どうしたんだい、クラウ」

「あのね……演奏を聴いてほしいの」

怪訝そうにするルベルトさん。

クラウディアは大事なフルートを取りだすと、立ち上がった。フルートを口に当てるクラウディア。

凄い魔力量だ。

背中に翼が見える程である。魔力量が濃すぎると、こういう現象が起きる。意図的に濃くしなくても、場合によってはエーテル化して辺りに溢れる。

それくらい今のクラウディアは、魔力量が上がっていると言う事だ。

演奏が始まる。

アトリエでみんなで聞いた曲。

ボオスと仲直りしたときに聞いた曲。

前よりも更に技量が上がっている。

余裕を見て練習しているのをあたしは知っている。それだけ成果が出ている、と言う事である。

ルベルトさんは。ずっと怪訝そうにしていたが。

途中であっという顔になった。

知っている曲なのだろう。

そして複雑そうな表情をする。曲が終わると、あたしは拍手。クラウディアは、やり遂げたと顔に書いていた。

「これは……母さんの曲だね」

「うん。 お母さんが吹いてくれた曲」

「確かに上手くなっているが、どうしてこれを今になって?」

「この曲を吹くと……お父さん、悲しそうな顔をしたから」

ルベルトさんが、普段は崩さない表情を崩す。

なんともくしゃくしゃに。

なるほど、そういうことだったのか。

クラウディアのお母さんは今、田舎で静養中だそうである。命に別状はないものの、商会と一緒に彼方此方に行ける程頑健でもないそうだ。

クラウディアはずっと商会と一緒に行動して生きてきた。

恐らくは、ルベルトさんが跡継ぎにと望んだからなのだろう。そしてこれは、婿養子を取ってその人物に任せるという安易な判断ではなく。商会さえ継いでくれれば、後は何でも好きにして良いと言う意思の表れでもある。

クラウディアはそんな旅の中で、ルベルトさんがこの曲を聴くと寂しそうにするのに気付いて。吹けなくなった。

だから練習して。

冒険の中で心身共に努力を続けて。

勇気を出せるように頑張って来た。

それをあたしは知っている。

だから、この演奏を尊いものだと思ったし。やっと、クラウディアは勇気をいつでも出せるようになったという事だとも理解した。

「そうか。 この曲を練習するために、時々隊商を離れていたんだね」

「うん。 お父さん、ごめんね。 やっと全部やる勇気が出た」

「此方こそすまなかったね。 娘にこんな風に気を遣わせてしまって」

ルベルトさんが、情けないと顔に書いた。

そしてあたしを見ると、頭を下げる。

「クラウディアが此処まで出来るようになったのは、間違いなく君のおかげだライザくん。 そう遠くない未来、私とクラウディアはこの島を離れるだろうが、いつまでもクラウディアと友達でいてくれるか?」

「勿論です」

「そうか。 ありがとう」

友達がたくさんいると自称する人間はいるが。殆どの場合、それらの友達は主観的なもの。

また、友達と言う価値観もたくさんある。

だが、今のあたしとクラウディアは、本物の親友だ。

得がたい、一生ものの親友。

立場も何もかも違うけれど。多分性別が違ったとしても、ずっと親友であることに代わりは無い。

クラウディアは目の涙を拭うと、そろそろ行こうと促してくる。

もう、クラウディアは。完全に籠を出た。心にあった枷は、完全になくなったのだった。

 

1、島の紋様と内部への入口

 

一度あたしの家の裏手の浜で合流。皆が集まって、それぞれの成果を見せる。

やはり、十箇所どころじゃない。

三十箇所以上で、紋様は見つかっていた。しかも、想像以上に大きい紋様も幾つもある。

なお、途中からボオスも協力してくれて。

ブルネン邸にある紋様についても、調べてくれたようだ。短時間だが、幾つか見つかっている。

その中には。大きな石碑に刻まれているものもあったという。

「これは却って分からなくなったな。 水没しているものもこれでは相当数あると見て良い」

「一度アトリエに戻りましょう。 昼ご飯を食べてから、また考えて整理しましょう」

「そうだな。 ライザの言う通りだ」

「丁度良さそうな魚があったから買ってきたよ」

タオが大きな魚を見せる。この辺りでは珍しく無い魚だ。良く太っていて美味しそう。みんなの分しっかりある。

頷くと、一度アトリエに戻る。

汽水湖は恐ろしい程静かだ。これは嵐の前の静けさ、と見て良いだろうか。

一度アンペルさんに確認する。

「聖堂に仕掛けたフィルフサの検知装置、大丈夫ですか?」

「ああ。 だがこの様子では、後何日もつか」

「明日からは手分けして、聖堂を見張る人間と、島の調査をする人間に別れた方が良いかも知れないな」

レントの言葉ももっともだ。

ともかく、クラウディアとレントが漕いで、船を進める。

途中でバレンツ商会が今後居着くことや。

あのメイドのフロディアさんが残留することなどを告げると。レントは、気まずそうにした。

「あのメイドさんか……」

「レント、ひょっとして苦手?」

「ああ。 なんつーか、ちょっとこええ。 すげえ強い人だってのは分かるし、一度剣術とか見てもらおうと思ってはいたんだが。 なんか得体が知れないんだよなあの人……」

「正直に言ってくれて嬉しいけれど。 フロディアは何度も私を助けてくれたの。 きっと誤解され易いだけだと思うわ」

クラウディアがフォロー。

レントもすまんと即座にわびていた。

だが、実の所。

あたしも同意見だ。

力が上がれば上がるほど、フロディアさんの異常さが際だってくるのである。あの人、実力的にはリラさんと同等かそれ以上と見て良い。

アガーテ姉さんは王都で騎士試験を実力突破した程の使い手で、要するに世界にいる剣士の中でも超上澄みの人間だが。

それでもアガーテ姉さんとフロディアさんが戦った場合。

はっきりいってアガーテ姉さんが勝てるビジョンが見えないのだ。

力がついてきたからこそ分かる。あの人の実力、ちょっと度が過ぎている。王都にはあの人と同じ顔をした「一族」がたくさんいるとクラウディアには聞いたが。

もしもその一族が王族を潰そうとか思ったら、一日で王宮なんか陥落して全滅するのではあるまいか。

勿論、クラウディアがこれ以上言うと不機嫌になるだろうし、言わない。

ただクラウディアも実戦を潜ってきていて、フロディアさんの異様な実力については気づき始めているはずだ。

今まで隊商を離れて問題を起こしたとき、或いはフロディアさんが解決していたのかもしれない。

本当に何者なのだか。

アトリエが見えてきた。

一度アトリエにて、少しくつろぐ。その後は、まずは鍵の修復からだ。これについては簡単である。

魔石や宝石を使って、魔力を補填し。

欠損部分を修復するだけだ。

エーテルによって要素を抽出し、付け加えていくだけでいい。アンペルさんが言う所によると、錬金術によるこの修復作業はかなり難易度がたかいらしく。あっさりこなすあたしを見たら、昔の同僚達は泡をふくだろうと。

それはそれで痛快ではある。

さて、材料だが。魔石をどんどん投入する。

島にもたくさん魔石はある。

塔にあった兵卒という人の手記からして。大量に持ち込んだ土砂の中に、魔石も紛れていたのだろう。

それに魔石は、後天的にかなりの速度で出来て成長するとも聞いている。

魔力が強い人間が多かったから、短時間で大きくなったのかも知れなかった。

「ライザの方は大丈夫そうだね。 アンペルさん、それで何か分かりそうですか?」

「今色々なパターンについて解析しているが……タオ、お前はどうだ。 お前の家にあった本には何か書かれていないか」

「そういえば、気になる事はあります」

「聞かせてくれ」

何か童歌のようなのを、タオが歌っている。

内容についてはよく分からないが、単純に抽象的な童歌そのものに思えた。

さて、鍵の修復は大詰め。

底無しに魔力を吸い込んでいくなこの鍵。それだけ容量がばかでかい、ということなのだろう。

無言で修復を続けて行く。魔石の在庫がそろそろ尽きるかな、という所で修復が完了。後ろでは、アンペルさんがなるほどなと呟いていた。

「鍵、直りました」

「よし、見せてくれ」

アンペルさんが、エーテルから引き上げたばかりの鍵を見る。ちょっと吸い上げた魔力が尋常では無かったので、あたしも冷や汗。

魔石には相当な魔力が込められている。拳大の大きさでも、あたしの全力で放出する魔力と匹敵するほどだ。

かといって爆発したりするわけでもないのだが。

それを、荷車一つ分くらいは投入した。

この鍵は、或いは兵器なのかも知れない。

「完璧な修復だ。 彼方此方でロストテクノロジー化している機材を修復したら、それだけで一財産作れるだろうな」

「ありがとうございます、アンペルさん。 でも、テクノロジーが失われてしまっているなら、それでは駄目ですよね」

「ああその通りだ。 テクノロジーがなければ、またいずれ壊れるのを先延ばしにするにすぎん」

「技術には、罪はないんだなって思います」

いずれにしても、今後技術の復興は必須だろうとあたしは思う。

だけれども、どうせそれらの技術は兵器運用されるだろうし。

人間が増えてくれば、いずれ人間同士の間でも、アーミーなどが戦争を行うのかも知れない。

フィルフサ以上の脅威に、時には人間はなるのだ。

あたしの後の世代に、あたし以上の、しかも性格が悪い錬金術師が出現しても不思議ではない。

過去の錬金術師の所業を知った今。

どうしても、この辺りは極めて複雑で。

簡単に結論なんて、出そうにもなかった。

「タオの童歌を聴いていて、ほぼ確信できた。 多数島にある紋章は、全てが何かしらの機能のトリガーになっていると見て良い」

「どういう事ですか?」

「下手に触ると、何が起きるか分からないと言うことだ。 ただクーケン島を兵器として古代クリント王国の錬金術師どもが作ったとしても……未完成だろうから、あまり無茶な機能はないだろうがな」

それでも、一区画が吹っ飛ぶようなことはあるかも知れない。

そうアンペルさんは言って、鍵の使用を安易に行えないことを告げる。

なるほど、確かにそれは厄介だ。

クーケン島の内部に入るには、鍵が多分必要だが。

その鍵も、安易に使えないとなると。レントがさっき提案したように、聖堂に誰かしらはり付いてフィルフサが出てこないか監視し。出て来た場合は斥候なら全部始末する事が必須になるかも知れない。

今は時間がないのだ。一度に何個も手を打っていかないといけない。同時にだ。

「まず入口の特定をしないといけないですね」

「そうなる。 タオ、家にあった文献を全て覚えているか?」

「はい。 怪しそうなのはこれと、これですね」

「流石だ。 見せてもらうぞ」

二人で解読を始める。

あたしは咳払いすると、皆を見回した。

「レント、島であたしに対する依頼、あった?」

「ああ、まとめておいたぜ」

「ありがと。 じゃあ、リラさんと一緒に、聖堂の方を見に行ってくれる」

「分かった。 ついでだから、門の向こうも偵察してくる」

頷く。

あたしとクラウディアは、別にやる事がある。

まずあたしは、依頼の内容を受ける。

少し前から体調を崩しているバーバラさんというおばあちゃんがいる。その人のためのお薬。

見た所、命に関わるような病状じゃあない。ただ非常に心が参っている様子で。懐かしい香りがどうのと言っている。

これは何回か頼まれたので覚えていた。

それで調べて見たのだが、どうもこれがデルフィローズのようなのだ。

デルフィローズは渓谷や。禁足地の先にある北の廃村くらいにしかこの辺りで採れないという話だ。

バーバラさんの亡くなった旦那さんの手紙に焚かれていた香りが、デルフィーローズのものだったようで。

だとしたら、しゃれたことをするものである。

すぐに香を作る。

デルフィローズは貴重品だが、これの繊維の研究をさらに進めれば、もっと強力な布を作れそうなのだ。今使っている四重生地のものよりも、更に頑強に出来る可能性が高い。

そういう意味でも、あたしはもう少し素材を研究しておきたい。

クラウディアには、あたしが調合している間に、食事を作ってもらう。

それだけではなく、それが終わったら音魔術でアンペルさんとタオのリラックスもしてもらう。

これがばかにならない効果があって。

非常に研究がはかどると評判だ。

黙々と作業をして、それぞれの仕事をしていく。あたしはデルフィローズから、丁寧に抽出した香を作成。

これなら、かなりしゃれたものに仕上げられるだろう。

出来上がった香水を、クラウディアに試して貰う。クラウディアが、びっくりしたようだった。

「ライザ、こんなものも作れるの!?」

「ま、まあ見よう見まねだけどね。 液体をエーテルの中から取り出せるようになってきたから、色々試しているんだけど……匂いとか強すぎない?」

「ううん、香水はそういうものだから良いの。 これ……王都に持っていったら、下手したら4000……いや5000コールは固いわ」

噴き出しそうになる。

王都とは物価が段違いだというのは知っていたが。

5000コールと言えば、クーケン島なら普通に家が建つ値段である。それも、二軒は余裕で。

王都の金持ちは何を考えているんだか。

ちょっと呆れた。

量産は出来るかと聞かれたので、まあ出来ると応えておく。流石に輸送代とかあるから、5000コールで買い取りとはいかないそうだが。それでも800コールくらいは払えるという。

それだけでも小遣いの域を軽く超えている。

まあ、お金は幾らでも必要になる。後で、生産を考えておくべきだろう。

他にも幾つか依頼の品を仕上げておく。

近くの街に遠征していた腕自慢の少し年上の女の人が、武術大会で優勝して。ついでに男を連れて戻って来た。

武術大会なんて暇なことやってるなと思うが。

元々魔物を捕まえて殺し合わせるような悪趣味な事をやっている街で、それが高じて武術大会だとかをやっているのだとか。

この人には、あたしが確かブロンズアイゼンで作った装備を渡していて。それで優勝できた事もあるらしい。

今度式を挙げるらしく、そのための支度品の作成を頼まれていたので。作っておく。

ここより田舎の村だと、この式を挙げるときに支度品を用意すると言う風習が一種の人身売買として機能している事もあるらしいが。幸いクーケン島でそういう悪辣な話は聞かない。

支度品として、反物を用意する。

これも、さくさくと作れるようになって来ていた。

野生種の絹と、更には羊毛を混ぜた相応に美しい見た目の反物だ。これだったら、後は島の反物屋さんに加工して貰えばいいだろう。

順番に仕上げていき、まだアンペルさんとタオがああでもないこうでもないと言い合っているのを横目にクーケン島に。

少しずつ、陽が落ちている。

時間はどんどん容赦なく過ぎていく。

島に着いたら、依頼の品を渡して回る。少しずつ、皆があたしに代金とか渡してくれるようになってきた。

バーバラさんは、懐かしそうにしていた。

やはりデルフィーローズのもので間違いなさそうだ。皺が伸びる気分だと、嬉しそうに言ってくれる。

そう言ってくれると、あたしも嬉しい。

反物も引き渡す。

これで何の問題もなく結婚出来ると、嬉しそうに言うお姉さん。あたしもそれを聞くと嬉しい。

相手の人は若干ひょろい感じだが。

そもそも「武門の街」(ただ悪趣味なだけだろうに)では、それもあって居心地が悪かったのかも知れない。

クーケン島では、武芸が出来なくても働き者なら歓迎されるし。島の外から新しい血を持ち込むとたしかブルネン家から支度品も出る。

お幸せにと言いながら、その場を離れる。

後は、お薬とか色々配っていると。

不意に、ザムエルさんと正面から出くわした。

今日は珍しく酔っていないようだった。

「おうライザ……」

「ザムエルさん、こんにちわ」

「ああ。 うちの馬鹿息子は元気にやっているか?」

「うん。 いつも前衛で頼りになるよ」

意外だ。

レントと本当に破綻している親子だと思っていたのに。最近戻らなくなったら、こういう風なこともいうのか。

まあ、ザムエルさんがうちのお父さんとお母さんに頭が上がらなかったりする人間味のある所も知っているし。

暴力を振るったり事はあっても、殺さないように加減もしていることも分かっている。

酒が入っていてそれが出来るのだから、この人は見た目よりもずっとしっかり自制できているのだ。

奥さんがいなくなった後も、他の女性に手を出す様子もない。

その辺りも、この人が強面の大巨人である事と裏腹に。真面目であることを告げていたのかも知れない。

「お前とレントがくっついてくれたら、俺は島をでるつもりだったんだがな。 お前にもレントにもその気は無さそうだからな」

「流石にこれだけ長く一緒にいると、そんな気になれませんよ」

「そうだな。 考えて見れば、俺も島の女にはそんな気にはなれなかった」

ザムエルさんを見て、明らかに怯えている通行人もいるが。

あたしは別に平気だ。

今は酒を入れていないし。酒を入れていたとしても、知り合いにその巨大なこぶしを振るうような人じゃあない。

「あいつは島を出るつもりみたいだな」

「どうやらそのつもりみたいですね。 寂しいですか?」

「いや、良い経験になるだろう。 ただそのままだと、絶対に俺の二の舞になるだろうがな」

ザムエルさんの二の舞か。

もう行くぞと言って、ザムエルさんは去って行く。

ザムエルさんは、容姿もあって誤解された。化け物呼ばわりされたこともあったとか聞く。

命を張って戦っても、功績を一切認められなかったり。

レントももし更に背が伸びたら、似たような事になる可能性もある。ザムエルさんがどうして腐ったのかを知っていてもだ。

分かっていても、どうにもならないことは世の中になんぼでもある。

それをあたしは知っている。

だから、やりきれなかった。

ザムエルさんは極悪人ではない。

世の中の不条理に潰されてしまった人だ。逃避する先は酒しかなかった。そう思うと、気の毒に思う。

今のこの故郷での生活だって、結局は逃避なのだと思う。

ため息をつくと、あたしはアトリエに戻る。

そろそろ、何か成果が出ているかも知れなかった。

 

アトリエに戻ると、リラさんとレントが戻って来ていた。

やはり状況は良くないらしい。既にフィルフサの群れが、門の向こう側にひしめいているそうだ。

キロさんは無事だったようだが、それも相手を押し返すのは不可能。

あまり長時間、フィルフサの群れを拘束するのは厳しいそうである。

「このまま行くと、数日以内に「空読み」がくる」

「確か、気候を読む個体ですよね」

「そうだ。 空読みが来て、乾期だと判断すれば、間違いなくフィルフサの大侵攻が始まる。 最悪の場合に備える必要があるだろうな」

「後数日……」

牧歌的なクーケン島の様子からは信じられないが。

すぐ近くに、今あるロテスヴァッサなんか簡単に滅ぼす恐怖と脅威が存在しているのである。

もしも近場でフィルフサが繁殖して居着いてしまったら、クーケン島から出ることも出来なくなる。

そうは、させない。

「アンペル、其方はどうだ」

「今、候補を三つにまで絞った。 一番可能性が高い場所から行くべきだろうな」

「流石だな……」

「此処までの厄介な状況は初めてだが、それでも門を閉じた数はもう二十ではきかないんだ。 修羅場も潜ってきている。 錬金術師としてはライザにもう及ばない私だが、それでもこれくらいはして見せないとな」

立ち上がる。

タオが大事そうに、昔から抱えていた本を手にしている。

いまでは、ただ大事なだけの本でもなければ、お守りでもない。

既にすらすら読めるそうである。

メモ帳ですら、恐ろしい分厚さになっている。タオはどれだけ勉強したのか、ちょっと空恐ろしいほどだ。

「よし、クーケン島に行くぞ。 最初に行くのはブルネン邸だ」

「大手を振って入れるのか彼処」

「大丈夫、ボオスならちゃんと手を回してくれる。 それにもってあと数日だとも、話はしておかないとまずいし」

「どっちにしても、いかないといけないわけだな」

頷くと、皆でアトリエを後にする。

リラさんが、視線を不意に森の方に向ける。

「どうかしたんですか?」

「いや、最近さび付いていた腕を磨き直しているからなんだろうな。 何かがこっちを伺っているのを気付けるようになった」

「リラさんから気配を隠せるような相手ですか!?」

タオが驚く。

リラさんは咳払い。

「私はオーレン族の中では若造だ。 私より強い戦士なんて幾らでもいた。 キロもそうだが……」

「いや、数百年生きていて若造って。 俺たちからすると、想像もできない世界だよ」

「そうだな。 世界の違いというのは、色々面倒な事だ」

すぐに船に乗って、その場を離れる。

何がこっちを伺っているかは分からないが。今の様子からして、気付かれたことは察知しただろう。

より慎重になるか、仕掛けて来るか。

全員、警戒する。

幸い、どうやら前者を敵は選んだようで。沈めるつもりなら確実な湖上での襲撃はなかった。

それにしても、リラさんを超える実力者って何者だ。

今の口調からして、恐らく監視しているのはそういう相手だろう。

人間だとしたら。

ふと、そこでフロディアさんの事を思い出す。あの人だったら、確かにそれくらいはやりそうだけれども。

「ライザ?」

「ううん、なんでもない」

クラウディアに聞かれたので、誤魔化す、

やはり、あの人。

フロディアさんに対する強い違和感を、あたしは隠しきれないようになってきていた。

 

舌打ちする。

フロディアと名乗っている同胞から支援要請が着て、見張りにきてみれば。例のライザとか言う錬金術師の状況が違いすぎる。

凄まじい手練れが複数ついている。これほどの手練れが護衛にいるとは聞いていない。

更には本人もだ。

まだ洟垂れでいつでも殺せると聞いていたのに。これはちょっとばかり話が違っている。今も、うっかりすると気付かれる。

さて、どうしたものか。

森の中で思案していると。

目の前に音もなくコマンダーが現れる。

パミラとか名乗って、クーケン島に潜入していると聞いていたが。

「コマンダー」

「少し気配が漏れているわよー。 もう少し上手に気配を消さないと」

「は。 しかし報告とだいぶ実力が違うようですが」

「古い言葉だけれども、男子三日会わざれば刮目してみよって言ってね。 それは男子に限らないのー。 特にあの手の規格外は、一月で百年の努力を超えて来るのだからねー」

ふわふわしている言動のコマンダーだが、実力は本物だ。

同胞達はみな敬意を払っている。

肉体は同胞達と同じようにして得たらしいが。それ以外では協力者という立場が近いのである。

つまり、単独で同胞達をまとめ上げるくらいの力があると言う事だ。

「それで如何しますか。 近隣の同胞達を集めれば、倒す事は不可能ではありませんが」

「駄目よ。 フィルフサをどうにかして、あの島の問題もどうにかできそうなんだから」

「其処まで出来る錬金術師が翻心したら、世界は終わりかねません」

「その通りだけれども、もう少し待ちなさい。 いずれにしても、成長が早すぎるようなら……セーフティを掛けるでしょう。 あの子が」

そう言われてしまうと、何も言い返せない。

主をあの子呼ばわりするのは、この人だから許されているのだ。それ以外だったら、その場で首を飛ばしている。

軽く指示を受ける。

しばらくは監視に留めるように、と。そして実力がどんどん上がる事も、しっかり認識しておくようにとも。

頷くと、一度距離を取る。いずれにしても、まともに仕掛けるのは厳しい。

もっと早く支援として呼ばれていれば。いっそのこと、抹殺する事も出来たかも知れないのに。

錬金術師に関する記録は残っている。同胞でそれらを全て管理するようにしている。

古代クリント王国と言われていた時代から。いや、もっと前の神代と呼ばれる時代から。

錬金術師は、世界に対する癌であり。いつ爆発してもおかしくない爆弾と同じだった。その存在が善であったことはなく。

どいつもこいつも、幼稚なエゴと独善的な思想で、世界を無茶苦茶にしてもなんとも思っていなかった。

それを知っているから、焦燥感がある。

歴史上最強かも知れない錬金術師の出現。奴は今の時点では邪悪に落ちていないようだが、人間なんて何が原因で変わるか分かったものではないのだ。

今までの歴史を知っているから。

人間を信じる訳にはいかない。

万能の玩具に等しい錬金術を与えた場合、人間は精神を保てるほど強く出来ていないのだ。

他の世界だったらどうかは分からない。

だが、この世界では少なくともそう。

それが現実だと、知っていた。

連絡が来る。コマンダーとは別口だ。主からの指示。しばらく様子を見るようにと、正式に通達される。

舌打ちして、隠蔽モードに以降。

しばらくは、情報を集めることになるだろう。

今フロディアと名乗っている同胞と連携して仕掛ければ殺す事は出来るのに。そう思いながら、歯がみする。

フロディアと同じ容姿をしている者は。

 

2、邸宅の秘密

 

既に陽が落ち始めている。人目をかいくぐって、ブルネン邸に。ブルネン邸はそれなりに厳重そうに警備されているが。

実の所、警備の穴なんてなんぼでもある。

幼い頃からあたしはそれを知っていた。

ボオスの祖母である先代ブルネン家当主は、あたしの事を良く思っていたようで。悪戯にも寛容だった。

ボオスも含めた四人で行動しているときは、随分とそれでお世話になったものである。

そういえば、例の事故が起きたときは、もう先代は寝たきりだったっけ。

あんな豪傑でもそうなるんだなと思って、幼いながらに心を痛めたが。

今では更にその病臥が悲しく思えてくる。

ザムエルさんだろうが、先代ブルネン家当主だろうが。どんな豪傑だって、病には勝てないのだ。

年を取ればどんどん体は病に弱くなっていく。

あたしは、思うのだ。

年を取ると、弱くなるのは体だけだろうか。

頭も、ではないのだろうか。

あたしは古代クリント王国の錬金術師達とは絶対に一緒にならない。そう決めている。だが、もし年を取ったときには。

自分が昔と違って、ただの老害になり果てるのではないか。

そう思うと、時々怖くもなるのだった。

ブルネン邸の裏手から入り、警備を潜って奧へ。奧でボオスと合流。ボオスは、周囲を見回す。

ランバーに、人払いはさせているらしい。

ランバーも、既にこれは分かった上でやっているようだ。

モリッツさんも、既に知らされているのだろう。

乾きの悪魔の再来が近い。

更には、過去の「偉大なる先祖」が持ち帰った水の正体。

その出所も。

モリッツさんも、ボオスの言う事はきちんと信じるようだ。実業家としての顔が強いモリッツさんだが。

実際には非常に憶病な人だと言う事は知っている。

だから強く見せようとするし。

髭なんか生やして、威厳を出そうと苦労している。

それを笑うつもりはない。

いずれあたしも、違う方法で威厳を出そうと苦労するのかも知れないし。それについては、今のうちに認識しておくべきだろう。

「来たな。 この邸宅の裏にある紋様を調べたいって事だが、やっぱり此処の可能性が高いのか」

「三箇所可能性があるんだけれども。 僕の家にあった手記を良く調べて見たら、どうも実際には鍵がなくても島の奧に入れるみたいなんだ」

「確かに、緊急時にその塔まで鍵を取りに行く訳にもいかないもんな」

「うん。 この島が人工島なのは間違いないとして、確実に通常の手段で奥に行く方法があるんだよ。 鍵は恐らくだけれど……上位の人間が、命令を上書きしたりするために使うんじゃないのかな」

ボオスは小首を傾げていたが。

魔術について詳しいあたしが説明する。

高位の魔術になってくると、オートで起動するものがある。作り手の腕次第では、何百年も起動するようなものもある。

それらは全自動で敵を迎撃したり。

或いは平和的に何かしらのものを守っていたり。

錬金術の産物ほどではないにしても。いずれもが、高度な命令に応じて動く。

その中でもっとも優先順位が高い命令を聞く、というものがルールとしてあって。基本的に手強い魔術の防御などにぶつかったら、それを見つけてルールをこじ開けるのが基本になるのだ。

錬金術でも、多分それは同じだとあたしは思う。

ただこれらの言葉には「管理者権限」とか。最上位命令を出す人を「root」とか「Administrator」とかいう呼び方があるらしく。

それがどうして使われるようになったのかは、今も良く分からないそうだ。或いは言葉そのものが、機械と同じロストテクノロジーになっているのかも知れない。この辺りはウラノスさんに習った。魔術に関しての知識は、まだまだウラノスさんの方があたしよりも上である。

「なるほど、理解出来た。 お前、錬金術が使えなくなっても普通に裕福に食っていけそうだな、ライザ」

「まあそうだね。 ただ、どうしても退屈にはなるだろうけれどね」

「流石に現在の魔術に対して、ライザのスペックはオーバーすぎるよ。 錬金術でやっと追いつくレベルだと思う」

タオがフォローだか畏怖だか分からない言葉を入れてくる。

まあ、それはいいか。

とにかく、ボオスも交えて奧に行く。

奧には大きな石碑のようなものがあって、それの周囲には人の気配がなくなっていた。

なるほど。地面を触ってみる。この辺りは不可思議な石畳で、雑草一つ生えていない。何かあると見て良い。

手分けして、周囲を探る。クラウディアには、至近から音魔術で調査して貰う。

「駄目だわ。 隙間一つないよ」

「確か、土の間でも空気は、更には音は通るって言ってたよね」

「うん。 でも此処の石畳は、文字通り音すら通らないみたいなの……」

「それは此処に何かあると言っているようなものだな」

むしろ良い情報だ。

ボオスも周囲を探って貰う。ボオスは辺りの地面を調べながら、告げてくる。

「この島が人工島で、内部に巨大な空間があった場合は、父さんも入れて現状を確認させておく。 それは構わないか」

「別に良いけど、モリッツさん取り乱さないかな」

「もう父さんにも覚悟は決めて貰っている。 最悪の事態に備えて、護り手にも臨戦態勢を取って貰っているくらいだ。 トップが動けないようじゃあ終わりだからな」

「それもそうだね。 モリッツさんは憶病そうだけど、実際には責任感もって行動できる人だもんね」

あたしはそう素直に認識している。

これは、考え方が変わった一つの例なのかも知れない。

頭を振る。

こんな調子で、いずれ古代クリント王国の錬金術師を肯定するように変わるのだろうかと思ってしまったからだ。

気分を入れ替えると、調査を再開。

周囲を調べていくが、刻まれている紋様以外、魔術などで探知出来るものはない。鍵を紋様に当てて見ても、特に反応はなかった。

「此処は外れか?」

「いや、もう少し丁寧に調べよう。 ただ、他の二箇所も見てきた方が良いかも知れないな」

「地図をくれますか? アンペルさん」

「ああ。 これに写してある」

魔術で複写した、ということもあるのだろうが。

アンペルさんがゼッテルに写した地図は、とにかく丁寧で、神経質な性格が伺えるようだった。

普段は雑極まりないリラさんと対立しない理由がよく分からない。

性格が真逆だと思うのだが。

まあ、その辺りは利害の一致故なのだろう。

どっちも大人で、自分の感情を大義に優先しない。ただそれだけの事だと見て良いだろう。

あたしもそうなりたいものだ。

自分の感情で世界を無茶苦茶にした悪例を見ているから、である。

あたしはクラウディアを誘って、もう一箇所を見に行く。牧場の一角にある。ブルネン邸はタオとアンペルさんが重点的に調べる。レントとリラさんは見張り兼周囲の調査だ。

あたしは念の為に、もう二箇所を順番に見回りするつもりだ。

裏から屋敷を抜ける。

クラウディアが、嬉しそうである。

「なんだか子供に戻って悪戯してるみたいね。 すごくどきどきする」

「はは、クラウディア、あたしよりも悪童適性がありそうだね」

「そ、そうかな」

「でも、それを今まで押さえ込めていたのは立派だよ」

押さえ込みすぎると欲求は爆発してしまうらしいが。

それでも、しっかり感情を抑え込んで行動できていたのは立派だと思う。それにクラウディアは、ルベルトさんの前で演奏して。ついに枷を全て外すことが出来た。以降は伸びるだけだ。

ささっとブルネン邸を後にすると、牧場に。

牧場にはたくさんのヤギがいる。

牛はあまりここには昔はあわず、まだ育てていない。元々ヤギは痩せた土地でも平然と生きる家畜で。ミルクや肉の量はあまり多くはないものの、昔のクーケン島のような痩せた貧しい土地にはぴったりだったそうだ。

そういうわけで行商から買い入れたヤギが、試行錯誤して色々な植物を増やしている所に放され。今日も雑草を貪っている。

ただ、そろそろ時間か。

ヤギ飼いをしている人が、犬と一緒にヤギを厩舎にいれ始める。独特の口笛をふいて、犬を追い立てているのが目立つ。

ヤギも慣れたもので、すぐに厩舎に戻っていく。

たっぷり食ったのだから、もう安全な場所で寝るだけだ。

家畜として魔物の脅威にさらされていないヤギとはいえ、それでも本能的に安全な場所には行きたがる。

人間とヤギで、利害は一致していると言える。

まだ慣れていない牧羊犬が、ヤギに明らかに舐められているが。その親か兄弟らしい牧羊犬がフォロー。

すぐにヤギが追い立てられていった。

「楽しそう」

「ヤギのミルクや肉は結構大事な生命線だからね。 冬になると、昔はまともに肉なんて手に入らなかったから、妊婦や病人の滋養のために、干し肉を大事にとっていたくらいだって」

「ここもそうなのね。 田舎の村だとそういう状況は多いわ。 ただで商品を渡すわけにもいかなくて、お父さんも苦悩している事が何回もあったの」

「そう……」

やっぱりルベルトさんは良い人だな。

厩舎にヤギを入れ終えると、牧童がこっちにくる。「童」といっても、それなりの年齢の人物だ。

軽く情報交換をしておく。

あたしはここでも魔術を使って小遣い稼ぎをしているので、相手の対応は丁寧だ。アンペルさんがつるし上げられた時も、此処の人達はあたしに味方していた。

これは簡単で、あたしが随分と手伝っているからだ。特に家畜の放牧は重労働で、湯なんか沸かしている余力がないケースもある。

そういうときには、あたしが魔術でさっと湯沸かしして、負担を減らし。小遣いでそれに切り替えていた。

そういう事もあって、あたしに牧場の人は皆好意的である。

話を終えて、その場を離れる。

今は、牛を入れる事を検討しているらしい。ようやくというところだ。前に二度三度と失敗しているから、今度こそという感じだろうか。

島も豊かになってきている。

まあ、それは皮肉ながら、盗品を使っている結果なのだが。この人達に責はないし、貧しい生活に叩き落とすのも間違っている。

牧場の隅に。

見つけた。石碑だ。

クラウディアに音魔術を展開して貰い。あたしは周囲を調べる。

魔力は全く感じないし、やはり鍵を当てて見ても駄目か。

腕組みして考え込む。

クラウディアは、ここも同じだと頷く。要は土の表層を取り除くと、地下には音が入る隙間もない、ということだ。

もう一つの石碑は旧市街にある。

そこへ急ぐとする。

移動中に、声を掛けて来る人がいる。湯を沸かしてほしいと言われたので、すぐにやってあげる。

この辺りは、昔からのつきあいだ。そして魔力制御はもう以前より更に上手くなっている。

エーテルを散々絞り出して操作しているのだから当然だ。

お湯が想像以上にすぐ沸いたこともある。昔から時々湯沸かしを頼んでくるおじさんは、小遣いを奮発してくれた。

小遣いを貰ったので、懐に。

小金でも、嬉しいものだ。

「ライザ、結構人気者だよね」

「あーはー。 そうだね。 ただ悪童としての評判も強いから、それを打ち消すために頑張ってる側面もあるかな」

「ふうん。 本当に色々やったんだね」

「人として恥ずかしい行動はしていないけどね」

弱い者いじめとかは絶対にしていないし、許してもいない。

魔力制御が上手かったあたしは、蹴り技で一回り年上の男子も平気でKOしてきた事もある。

悪戯する悪童でも、周囲の子供みんなに顔が利いたし。陰湿な虐めを絶対に許さなかった。

虐めを行って地位確認するようなカスは、島にはいなかった。

一時期のボオスも特にタオに冷たく当たっていたが、あれについてはもう互いに誤解も解けている。

それにボオスも周囲に目を光らせていて、虐めなんかするような奴には相応のペナルティをくれていたようである。

阿諛追従するような奴も、許さなかったそうだ。

まあそれもあって、取り巻きを大勢引き連れて行動している訳でもなかったのだろう。今考えて見ると、ランバーだけつれて歩いているのを見て、不思議に思うべきだったのかも知れない。

旧市街に出る。

それなりの人が今は暮らしていても、所詮はちいさな島だ。

石碑を確認。

クラウディアが音魔術を使っていると、どうしても人が視線を寄越す。魔力が強すぎて、翼のように具現化しているのだからそれはそうだろう。

翼や目は魔力の象徴として昔から考えられてきたらしいが。

クラウディアはその見本のような存在と言える。

更に言うと、ルックスが兎に角クラウディアは目を引く。

此処で言うルックスは、服装とかの話。何より、田舎だ。クラウディアがルベルトさんの娘で、バレンツ商会の次期当主である事はほぼ知られていると言う事だ。

この石碑も駄目か。

嘆息して、クラウディアに視線を向ける。

クラウディアは、残念そうに首を横に振った。

そろそろ日が暮れるか。

ブルネン邸に向かう。

向こうで成果が出ていると良いのだけれども。正直な話、本当にもう時間がないのである。

最悪の場合、本当に無理矢理ローゼフラムで穴を開けて、押し入るしかない。

暗くなってきていることもある。

ブルネン邸に潜入するのはとても簡単。

途中で、モリッツさんが不安そうに首を伸ばして、石碑の方を見ているのに気付く。まあ怖がるのも仕方ないか。

そのまま、こそこそと側を通る。

勿論モリッツさんには気付かせない。この人も若い頃にはある程度剣術をはじめとする武術を囓っていたらしいのだが。

はっきりいってまるで才能がなかったらしく、ある程度で切り上げたそうだ。

それはそれで正解だろう。

才能皆無で、努力が無駄になるものに時間を費やすのは徒労だ。

趣味で徒労が出来る人はそれでいいだろうが。

モリッツさんは立場もあるので、そうもいかないのだから。

石碑の所に戻る。

なお、見られているのを気付かれたくないのだろう。モリッツさんは、此処からは見えない。

場所は分かっているのに見に行けないから、あんな行動を取っているのだろう。なんというか。

ちょっと可愛いところもある。

「戻ったよ」

「どうだったライザ」

「此処と同じ。 手応えなし」

「やはりそうか。 まあそうだろうな」

アンペルさんが立ち上がる。

切り上げるのかと思ったが、どうやら違うらしい。

「これは形状通りのものではないと判断して良さそうだ」

「ええと?」

「これが鍵で扉についているのは間違いない。 だが、見た目に騙されていると言う事だ」

鍵穴があると思って、鍵を紋様に差し込んでみてほしい。

そう言われたので、やってみる。

駄目だ。

頷くアンペルさん。一つずつ試すという。

「鍵にこだわる必要はない。 タオ、解読したことを一つずつ全部試してみてくれ」

「分かりました」

「すげえな。 本当にあの本、全部解読したのか」

「一度専門用語とか理解した後は簡単だったよ。 ずっと小さい頃からかじりついて見ていたし」

ボオスの素直な感嘆。

一時期ひねくれていたから、逆に新鮮だ。

タオがメモを見ながら、一つずつ作業をしていく。もう、周囲を調べるのは皆手をとめている。

最悪ここで徹夜コースだな。

そう思いながら、タオの作業を見る。

タオは呪文らしいのを唱えたり、色々動作をしていたりしているが。

どれも扉を開くにはいたらない。

アンペルさんは、じっと見ている。

これはかなりの難敵だなとあたしは思う。多分だけれども、此処を開ける人間が、ずっといなかった事も要因ではないのか。

タオの本は、百年だか前に伝承が失敗し。以降は誰も解読出来ない本になってしまったと聞いている。

その前は、此処は開けられていた可能性もある。

他の二箇所かも知れないが。いずれにしても目立つから、多分ここだと見て良いだろう。

そうなると、少なくとも前は開けられることがあった筈。

この鍵は、最悪の場合に使うものなのだろうが。

さて、どうしたものなのか。

「ええと、次行くよ。 ここに触りながら、こうやって回すように……」

「! さがれ!」

リラさんの叱責が飛んで、皆が跳びさがる。

ボオスが一番反応が遅かったくらいだが、これは恐らく戦闘慣れしていないからだろう。

ずずずと、音がする。

どうやら正解だったようだ。

タオが大慌てしながらも、きちんと指定されている動作を最後までやる。そうしないと、どんな誤動作が起きるか分からなかったからだろう。

地面が揺れる。だがごくちいさな揺れだ。

少しずつ、石碑の前の地面が割れて、石畳が左右に開いていく。土埃が地面の下の、真っ暗な闇の中に落ちていく。

ボオスがすぐにランタンを持ってきた。

あたしも魔術の灯りを作る事が出来るし、それを長時間維持するのはもう難しくもないのだが。

いざという時に備えて、リソースは確保した方が良い。

そういう判断からだろう。

「腰に付けてくれ。 比較的周囲を的確に照らしてくれる」

「いいランタンだな」

「油は高級品だ。 無駄にならない事を祈るぜ」

「はは、違いないね」

小首を傾げているクラウディア。

まあ、仕方がないか。

実の所、こういう田舎の村での油は極めて高級品なのだ。作り出すまでに手間暇がかかるからである。

それもあって、ギトギトになった油を結構使い回す事も多い。

こういう燃料油も使う事が多いので。

農家などでは、それなりの量を必要とする。

ランタンに入れるような油は危険性が少ないこともあって、更に高価になる。ボオスはそれなりのお小遣いを貰っているはずだが。それでも乱用はできないのだろう。

「開いた。 良かった……」

「タオ、具体的にどうやったんだ」

「後でメモは渡すよ。 でも子供とかが見ると一大事だから、管理には本当に気を付けてよ」

「ああ、分かってる」

もうボオスとタオの間にわだかまりはない様子だ。

リラさんが前に出ると、手をかざして闇の奧を見る。そういえば、この人闇が見通せるんだっけか。

たまに、そういうそぶりをしている。

つくづくオーレン族は便利な種族である。

ただ、過酷な環境で生きてきた種族、ということもあるのだろう。それ故に、個々が強くなったという理由もあるのは間違いなかった。

「奧はかなり広い。 階段が続いているようだ」

「一度開け閉めしてみるね。 今のは偶然だったかも知れないし」

「分かった。 俺は父さんを呼んでくる」

「頼むよー」

あたしがボオスの背中に声を掛ける。

さて、ここからだ。

中には魔物がわんさかという可能性だってある。それに、この鍵を使う場面がいつ来るかも分からない。

魔術のトラップがあった場合は、あたしが対応しなければならないだろうし。アンペルさんもそれは同じ。

気を張って、周囲を見張る。

タオの操作で、石畳が動く。完全に開いていたのが閉じ始め。閉じきった後、また開いていく。

念の為だ。

タオが先に入って、また作業を開始する。

モリッツさんが来た。

小心そうに周囲を見ているし。何よりアンペルさんには非常に申し訳なさそうにしているが。

この人が筋を通す人だって事は分かっている。

だから、あたしもこれ以上責めたりはしない。

あの時は、色々行き違いがあっただけだ。アンペルさんも気にしている様子はない。というか、眼中にすらないのかも知れない。

「まさか、家の裏がこんな事になっていたとは……」

「恐らくはないと思いますけれど、内部がどうなっているかまったく分かりません。 最悪の場合は爆破とかする可能性もあるので、心してください」

「ま、護り手を連れてくるか?」

「いえ、此処は島の人間のごく一部だけが知っているべきでしょう。 島が人工物で、しかも調査しないと壊れる可能性があるなんて告げたらどうなるか……」

ひっと、分かりやすくモリッツさんが声を上げる。

これは古老は連れてこない方が良いだろうな。

そうあたしは思った。

タオが戻ってくる。

そして幾つか操作をした。

また開け閉めが行われる。やはり何度見ても驚かされるようで。扉が開いたりしまったりするたびに、モリッツさんはあわてていた。

「タオ、どうかしたのか」

「うん。 扉の開け閉めの確認の後は、開いたままに出来るか、閉じたままに出来るかの確認をしていたんだ。 中で閉じ込められたらぞっとしないでしょ」

「そうだな。 全員ミイラだな」

「その時はあたしが扉ブチ抜くけど、そうやって此処が壊れて穴が開くのは、ブルネン邸としてはあんまり嬉しくないでしょ」

ボオスが黙り込み。

モリッツさんが引きつった笑みを浮かべる。

あたしなら出来かねない事を思い出したのだろう。実際現在はもう出来るし。

タオの確認作業が終了。

とりあえず、開けたままにしてくれた。

ロックを掛けたので、勝手に締まるようなことはないそうだ。中々に相変わらず有能な事である。

「凄いわタオ」

「へへ、ありがとう。 僕も、本当にこの知識が役に立ってくれて……大事にして来た本が応えてくれて……凄く今嬉しいよ」

「デレデレだな……」

「学んだ専門的な事を生かせるとき、人はああなるのだ。 多少多めに見てやってくれ」

呆れ気味のボオスに、アンペルさんが告げる。

何しろ最低でも百年以上生きて、地獄を文字通り見て来ている人の言葉だ。重みも色々違う。

とにかく、これで入口は大丈夫。

タオが一度先に入って、内部からも操作できることは確認してくれた。これである程度は平気だろう。

既に陽が稜線の向こうに消えかかっているが。

今は、時間が惜しい。

このまま、調査続行だ。

「モリッツさん、可能な限り護衛はします。 ですが、いざという時は地面に伏せて頭を保護してください」

「ひっ! た、頼むよ……?」

「多分魔物はいないとは思いますが、その代わり足下が危ないかも知れないです」

「う、うむ……」

滑稽なほどびびりまくっているモリッツさんを見て。

先代がまだ生きていたら、どう言っただろう。

まあ、あたしは知らない。

あの人だったら、幽霊になってモリッツさんをにらみつけていそうだなとは思ったけれど。

それは、もうどうでもいいことだった。

階段を下りる。カンテラがなければ、昼間でも真っ暗だっただろう。タオが先行して、先に手招きする。

少し広い場所に出た。同じような石碑がある。

「此処で、内側から扉を操作するんだ。 さっき動いたことは確認済みだよ」

「クーケン島の地下に、こんな巨大空間が……」

「この島の地面は、表皮部分だけしか事実上ありません。 内部はこうやって巨大空洞になっているんですよ」

「そ、そうか。 まさか最近頻発していた地震は」

モリッツさんにアンペルさんが説明している。

そういえば。

地震だ。

こんな構造になっていたのなら、地震が起きても仕方がないと言えるだろう。だが、本当にそれだけか。

さっき、扉の周囲を調べた。

この島には、後から土が運び込まれている。その土の下にある石畳は、素材からしてよく分からない錬金術の産物だ。

音を通す隙間すらなく、頑強さも尋常では無いだろう。

ならば。どうして地震なんかが起きるのか。それが確かに、不審で仕方が無いとは言えた。

深呼吸。

こういう所に来ると、さっきクラウディアが言っていたようなどきどきわくわくはどうしてもある。

だがそれ以上に、今は時間が足りない、危険な状態だと言う事を忘れてはならないのだった。

 

3、クーケン島の深奥

 

どうやって重量を支えているのか分からない構造の階段が、地下へ地下へと伸びている。時々円形の台座があるけれども、それもだ。

柱のような構造物は見かけない。

或いは、島を浮かせる技術は、こう言う部分では使われているのかも知れなかった。

ボオスが一度戻って、そしてまた来る。

ランバーに声を掛けて、見張りを頼んだらしい。

今夜は徹夜コースになる可能性もある。そう告げると。ランバーは、それでも見張ってくれるだろうとボオスは言った。

「ランバーを信用しているんだね」

「当たり前だ。 道化を装ってまで周囲の警戒心を消して、俺を最後まで諌めてくれた奴だぞ。 右腕みたいなもんだ。 今後何があっても、失う訳にはいかん」

「乾きの悪魔を倒したと聞いたが、本当に強かったんだなランバーは」

「なんだ父さんまで。 ただランバーも道化を演じるのになれたからか、本気で戦うと相当に疲れるらしいがな」

あたしは良い関係性だなと思いながら、更に奧へ。

分岐があるが、これは基本的に今は無視。アンペルさんが、次はこっちだと指示してくれる。

手元には地図。

塔の最上階で写し取ったものだろう。

「だ、大丈夫なのかねアンペルさん」

「大丈夫ですよ。 今の時点では、地図は間違っていない」

「ねえ、ライザ……」

「どうしたの?」

クラウディアがカンテラをかざしている。いわゆるビーム形式にして光を収束できるのだが。

クラウディアの言葉に釣られて見てみると、周囲の空間は確かに異様だ。

幾つかの円形の台座が浮かんでいて、それらが全て階段でつながっている。周囲には石材だのが雑多に散らばっているが。

何だろうアレ。

壁際の方だろうと思う。カンテラの光が届ききっていないというのもあるのだろうけれども。

それでも、見えるには見える。

レントも手をかざして、それを見ながらいう。

壁に多数の穴が開いているのが見える。気色の悪いタイプの穴では無くて、回廊に沿って柱が生えているように見えるが。

「魔物の巣穴みたいだな」

「縁起でもない、やめてくれ」

「……いや、レント。 意外にその例えは間違っていないかも知れない。 図面を見ると、どうやらあの辺りにゴーレムを配備する予定だったようだ。 戦闘兵器としてな」

「最後の一体まで、あの谷に投入したからいないって訳か……」

あの谷に投入されなかったら。

ゴーレムや幽霊鎧は、古代クリント王国の錬金術師が、弱者を殺し征服するために使われたのだろう。

反吐が出る話だ。

彼処が空っぽで良かった、と思う。

クラウディアには、引き続き音魔術を頼む。

音魔術を展開しているクラウディアは発光する事もある。周囲の足下が留守になる可能性も減る。

幾つめかの階段を下りていくと、更に巨大な区画に出た。

ここは、円形の地面じゃあない。なんだこれ。周囲を見回すが、どうにも意図がよくわからない。

石材が雑多に積まれている。

それだけではなくて、色々と放棄されているように見えた。

アンペルさんが地図を見ながら、ぶつぶつ呟いている。

口調が荒くなっている。

ということは、あまり良い事ではないのだろう。

文句を言おうとするモリッツさんを、あたしが黙らせる。まあしっと口の前に指を立てて警告しただけだが。

「ライザ、気を付けて。 地面が彼方此方欠けてる」

「島は未完成だったらしいからね。 多分この辺りは、作りかけを放棄したんだと思う」

「そ、そんなところに来て大丈夫かね!」

「静かに。 アンペルさん、今集中しています。 アンペルさん怒ると凄く怖いんですよ」

リラさんが咳払い。

ずっと入口の方を警戒してくれている。

なんだろう。何かいるのだろうか。

だが、聞かない方が良いだろう。藪蛇になる可能性が高い。そう勘が告げている。そう思うと、どうしても警戒するべきだろうか。

右往左往しているモリッツさんを見張りながら、あたしは周囲の警戒を続行。やがて、地図からアンペルさんが顔を上げていた。

「一区画戻るぞ」

「はい。 何かあったんですか?」

「此処は本来、最下層にそのままつながる通路だったようだが、此処を作る前に色々事故があったようでな」

「あっ……!」

クラウディアが、悲しそうに声を上げる。

石材の合間に、朽ちかけた骨が幾つも見える。どう見ても人骨だ。音魔術で気付いたのだろう。

此処では虫も入らないし温度も一定。

ミイラにならなかったが。骨になってしまったのは、仕方がないだろう。

あの手記で見た。

この島を作るのに、奴隷として使われていた人が千人も命を落としたのだ。

唾棄すべき事実が。ここに現実として示されている。

あたしも黙祷する。

「ごめんなさい。 後で、島の墓地に葬ります」

「くそっ! 古代クリント王国の連中、どこまで邪悪なんだ! 亡くなった人をここに集めて放置して行きやがったのか!」

「しかも一人や二人じゃない。 この様子だと、島の底の底は……」

「いい。 後であたしが、時間を掛けてでも葬るよ」

あたしが皆にびしりと言うと。

空気が引き締まった。

アンペルさんが、頷いて戻るように促す。一区画戻ると、更に別の区画へ戻る。さっきまでの通路と違って、階段が少し怪しい。そして、円形の台座も。

「かなり造りがいい加減だね……」

「突貫工事だったと言う事だ。 錬金術師としての風上にもおけない仕事だ」

「人をたくさん使い捨てて殺しながら、こんないい加減な作りだなんて。 確かに許せないね……」

「それもあるが、奴らの好きなやり方だ」

アンペルさんが、階段を気を付けて上がるように促しながら、解説してくれる。

なんでも錬金術師の中で「高度な錬金術師」を気取る連中は、自著を暗号で記す事が多いという。

それが知恵をひけらかすことにもなるし。

己の知力を見せつける事にもなるからだ。

錬金術は才能の学問。

古代クリント王国の錬金術師達は、それこそ自分を神に等しいと考えていたのだろうとアンペルさんは指摘。

だからこそ、己の作るものは聖典だし。

複雑な暗号が込められていてもいいという判断な訳だ。

不愉快さがせり上がってくるが。

こんどはクラウディアが、あたしの袖を引いた。分かっている。ここで冷静にならないと。

トラップとかがあった時に、対応できない。

無言で進みながら、足下に注意。

円形の台座に出る。そこからも上下に複雑に通路が延びていた。ちょっとした迷路気分である。

「これは確かに、子供は絶対に入れられねえな……」

レントがぼやく。

その通りだ。

階段には手すりすらない。此処から落ちて命を落とした奴隷だった人もたくさんいそうである。

それだけじゃない。

錬金術の技術の粋を尽くしただろうこの島でさえこの有様だ。

他の場所でも、大勢こんな感じで、奴隷にされた人々が文字通り使い潰されていたのは疑いない事だ。

このボロボロの内部構造は。

古代クリント王国の錬金術師の邪悪と傲慢、残虐と陶酔が全て詰まっていると見て良い。

幸いにも、それがクーケン島の人々を今まで生活させてきたが。

それはまったくの偶然による結果だ。

溜息が漏れる。

「ライザ、見ろ」

ハイビームの灯りの先に、大きなパイプみたいなのがある。その先には、巨大な装置がくっついていた。

うなづくあたしに、アンペルさんが説明してくれる。

「あれが恐らくは、水をくみ上げて淡水に変えていた装置だ。 見た所、機能していないようだな」

「あれが動けば……いや、動いた上で水質も改善しないといけないんだな」

「そうなる」

「そうか、本当だったんだな。 偉大なるご先祖が、盗人で、しかも多数の屍を踏みつけて顧みもしないような輩だったとはな……」

モリッツさんが心底残念そうに言う。

歴史的な偉人は確かに存在しているとあたしは思う。

多数の門を閉じてきたアンペルさんと、その護衛をしてきたリラさんは、その例だと思う。

だけれども。歴史的な偉人が、みんな聖人である筈がない。

結果として歴史的な偉人となっているだけの人だって、かなり多い筈。

バルバトスというモリッツさんとボオスの先祖は、その類だったということ。それについては、今はもういい。

手をかざして確認。

何かしら破損があるようには見えない。

頷くと、そのまま移動する。クラウディアが、全力で二度音魔術を広域展開。その度に、悲しそうにする。

わかっている。

多分底に堆積している大量の人骨を検知してしまったのだろう。

文字通り地獄の底だ。

「ここを、更に進むの……?」

「辛かったら休む?」

クラウディアは首を横に振る。

それはそうだろう。

そもそも、渓谷であれほどの人死にを目にしているのだ。モリッツさんも、或いはだが。

先祖から、何かしら聞かされていたのかも知れない。申し訳なさそうにしている。それとも、島の恥を見せたと感じているのだろうか。

「すまない。 どうだ、クラウディア」

「彼方の通路を下に行くと、多分先に行けると思います」

「分かった」

「みな、行こう。 迷子にならないようにこっちで手は打ってあるから」

タオが、何かしらの布を所々に結びつけている。多分だけれども。次から来る時用の目印だろう。

階段が更に怪しくなってくるし。

その辺りの床で果ててしまった人の亡骸と。その周囲の染み。

そういうものが。更に増えてきていた。

足蹴にしながら歩いていたんだろうな古代クリント王国の錬金術師どもは。

そう思うと、怒りで感情が乱れる。

どんな罠があるか分からないのだ。しっかり手を入れて、調査していかないといけないのが厳しい。

「この辺りまでは、次は僕一人でも来られるね。 今後は事故を防ぐために、色々手を入れないと駄目だろうけど」

「ああ、それはあたしがやっておく。 この事件が片付いてからね」

「すまないな、ライザ」

「いいって。 それもあたしの責任の一つだし」

あたしにはそれが出来る。

だったらやる。

それだけの事だ。

更に奧へ進んでいく。不意に、妙に整理された円形の台座に出る。此処は何もおちていない。

神経質なまでに綺麗で、埃すら積もっていなかった。

かといって誰かが手入れした形跡もない。足もとに魔力の流れがある。床を触ってみると、自動で空気中の魔力を集めて。埃を弾いているようだった。

こんなしくみを作るくらいだったら、人命を大事にしろ。

そう面罵したくなる。

此処までのあまりの惨状を見ていると、どうしても強い言葉が出そうになる。だが、クラウディアが悲しそうにしているし。他の皆も青ざめている。此処で感情を乱すわけにはいかない。

「間違いない。 近いな。 もうすぐ中枢だ」

「やっとか。 迷子になりそうだ」

「いや、帰りはそのまま上がるだけでいけるはずだよ。 降りるときに迷わないように、後でリボンを僕が結び直しておくよ」

「頼む。 それにしても、これはライザがキレるのも当たり前だ。 俺も流石にむかついてきたぜ」

レントが言うと、ボオスもそれに同意してくれる。

それだけで、どれだけ救われるか。

別に共感なんて求めていない。

ただ、ここを作った錬金術師は、自分の勝手な主観で命に貴賤を作り。そして浪費しまくった。

しかも同じ人間の命をだ。同じ事をやる奴がいたら、あたしは其奴を蹴り砕いて殺すだけである。

錬金術師にその権限を与えたのが貴族だろうが王族だろうが知るか。

そんな事をする連中は「貴く」もなんともない。

路傍の獣の糞にも劣る世界の害毒だ。それらですら肥料としては使えるのに。世界に害を撒くだけもっとタチが悪い。

階段を下りていく。

そうすると、前の方から強烈な魔力を感じる。

灯りを当てても、妙な光の壁みたいなのに遮られて見えない。これは、どうやら本当に辺りらしい。

そしてその光の壁みたいなのが。

今までに壊してきた精霊王の枷同様、突貫工事だったのか。経年で弱っているのか。大した力を感じないのもまた事実だった。

「どうやら中枢みたいだね」

「し、島の中枢か。 こんな広大な空間で、たくさんの干涸らびた骨があって……わしらは恐ろしい所に暮らしていたのだな」

「どこだって同じだ。 覚悟を決めろ父さん」

「そうだな……」

モリッツさんが襟を直している。

今の時代、街道に出れば行き倒れが魔物に食い荒らされている事はどうしても目にする。

人が減った時代。

魔物にとって人間は、肉の詰まった袋くらいにしか思えない相手になっている。

ましてや魔物は人間に散々殺されてきたという事もある。

知性がある魔物は、今は復讐の刻だと言う事で、人間を無作為に殺して回る事まであるらしい。

だから、クーケン島の周囲だって安全じゃあない。

基本的に別の村や町に行くときは、護衛として傭兵や、気が利いていれば騎士を雇うのはそれが故。

騎士は一応難しい資格試験を突破してなっているから、相応の実力は見込めるからである。

傭兵は十把一絡げの扱いだから、場合によっては雇用主を裏切る。街道で殺してしまえば、口封じと金儲けがそのまま出来るからだ。だから雇用主も傭兵は信用しない。傭兵もそれが分かっているから、荒んでいる者が多い。

牧歌的に見えるクーケン島も。

周囲はいつ死んでもおかしくない場所が拡がっていて。

フィルフサという脅威が別次元なだけで。

本当の意味で安全な場所なんて、この世界の何処にもないのだと言える。

だから、地下にこんな場所があっても。クーケン島が特別に危険な場所であるという事はない。

ボオスは護り手と一緒に外に出ているから知っている。モリッツさんだって、先代に急かされて似たような真似はしていた筈だ。

だから、特別なことでは無い。そう二人も、即座に理解出来たという事だ。

地下へ地下へ。

階段を下りていく。

カンテラで一瞬、光が途切れて。

そして、不意に明るくなった。

間違いない。これだ。

あの天球儀みたいなのが其処にある。塔で見た奴よりも何倍も大きくて、様々なものが周囲でチカチカしていた。

タオが眼鏡を思わず直す。

アンペルさんが、間違いないと太鼓判を押した。

「これがクーケン島の中枢だ。 地図の場所と一致している」

「なんだか光ってやがるな。 真ん中のが陽なのか?」

「いや違うな。 これは天球図ではない。 ただのシステムで……中央にあるものは、多分動力源だよ」

だとすると。

あれがフィルフサから抽出した。或いは抽出しようと目論んでいたものか。

大量にあれば島を空に浮かせることも可能な程の動力。

古代クリント王国の錬金術師のような幼稚な全能感を拗らせた人間に持たせるには危険すぎる玩具。

だが、古代クリント王国の錬金術師は、本当にフィルフサを根拠なく使役できると思ったのか。

何か、伝わっていたのではないのだろうか。

リラさんが呟く。

「この禍々しい波動、間違いない。 恐らくは下級のフィルフサから採取した核だろうな」

「下級でこの動力……」

「ちょっとまって。 あれが操作盤かも知れない。 専門用語にあった奴だ」

天球儀みたいな奴の下に、出っ張っている部分がある。

タオが飛び出していったので、すぐに側で護衛する。危なくって仕方がない。罠が何処にあっても不思議では無いのだ。

すぐに散開して、周囲を確認。

タオが触れると、「操作盤」が光り始める。

タオはメモを見ながら、それを触って、なるほど、そうかと呟き始めた。

「分かるのか?」

「間違いない。 僕の家にあった本、これの操作手引きだ。 多分古代クリント王国の錬金術師からあの「少将」ってアーミーの偉い人が没収して、読み方も吐かせて、それで伝えさせたんだ」

「……そうか。 それにしても、どうして読み方が散逸したんだろうな。 百数十年前に一体何があった?」

「分からない。 普通だったら、次の世代に若い頃に伝承すると思うんだけれど……」

タオが操作していく。

両手を拡げたほどもある光の板みたいなのが空中に何枚も浮き上がる。それが魔力ではなく、光を複数の方向から当てて作り出しているのだとあたしは理解していた。

タオが呻く。

「くっ……管理者権限が必要だって出た。 錬金術師達が、いざという時に弄られないように保険を掛けていたんだ」

「任せて」

あたしが、直しておいた鍵を光の板に突き刺す。

なんとなくだけれども。それでいいと思ったのだ。

同時に、ふわっと光が拡がって。

そして、タオが目を輝かせる。

「間違いない! これで、島の状態が分かる!」

「よし、まずは水についてを頼む。 どうして百数十年前だかに、水が出なくなった」

「ええと……水、水。 あった。 ……ログ……これかな。 途中でぷっつり切れてる。 ええとええと……!」

ボオスが急かす中。タオも凄い手さばきで、光の板を何枚も出現させる。モリッツさんは、完全に顎が外れた様子で見ている。

光を使う魔術は珍しくもない。実際幻影を浮かべる魔術は、下級の魔術の一つとして存在している。

下級だが便利で、灯りを出す事が出来るし。魔物の気を引けることがある。何より光を強めに炸裂させれば人間相手でも目つぶしにもなるので、意外と重宝されている。

だがこれは、光の魔術を余技のまた余技くらいとして使っている。まるで別次元の技術だ。モリッツさんが仰天するのも当然である。

「分かった……。 動力が足りないんだ」

「どういうこと、タオくん」

「ええとねクラウディア。 この島を動かしていたのは、あの動力源だったんだ。 だけれども、本来つけるべき動力源とは出力が違い過ぎて、この島の基本的な機能すら保てていないんだよもう。 百数十年前には、水を出す機能が動力不足で止まってしまったんだ……」

「なんだって……!?」

モリッツさんが一番驚く。

タオは、更に続ける。

「それだけじゃあない。 数十年前にはこの島の姿勢を安定させる機能まで止まってる。 だから少しずつ旧市街地が水没し始めたんだ。 この島、傾いてる。 最近に至っては、とうとう島を固定する機能まで止まったみたいだ。 だから島が流され始めてる!」

「島が、流されているだって!」

「そうだよレント! この間、外海から魔物が来ただろ。 あれは島が流れて位置が変わったから、潮流が変わって、それに影響を多分受けたんだ。 そ、それだけじゃない……これは!」

タオがどんどん驚きの事実を調べ上げて行く。

それにしても、困惑と驚愕に混じって、やはり楽しそうだ。

やはりアンペルさんの言う通りなのだろう。

試せる。

今まで、仮説でしかなかったことが。

正しい。

周囲の誰も知らなかったことが。誰も信じてくれなかったことが。

だから、タオは今。

恐怖と怒りと一緒に、快感を感じている。

やっぱりタオは学者向きなんだな。そう思って、あたしは呆れながらも、状況を頭に入れていく。

「地震の原因がわかったよ。 この島、流されながら、何度も暗礁とかと接触しているんだ」

「おいおい、本当かよ!?」

「このままだとまずい。 この島がどんな技術で作られてるか分からないけれど、大きな岩礁にぶつかったらいずれ外壁が壊れるかも知れない。 周囲を見て。 この大きな空洞だよ。 水が流れ込んできたらどうなると思う?」

「し、島が沈みかねないというのか!」

モリッツさんが青ざめる。

タオが頷く。

貧血を起こしたモリッツさんを、あわててボオスが支える。モリッツさんは泡をふきそうな表情をしていた。

「一度戻るぞ。 この状況がわかれば充分だ。 また優先順位を設けて、順番に対策をしていく」

「分かりました!」

「ライザは動力源をみておいてくれ。 ひょっとしたら……調合をして貰う事になるかもしれない」

「はいっ!」

あたしは一人残る。

モリッツさんは完全に蒼白になっていて、ボオスが肩を貸して連れて行く。クラウディアは残ろうかと言ったが、あたしは首を横に振る。

集中したい。

この仕組み。

他にも、似たような感じで使われているかも知れない。他の場所では、単純に悪用されている可能性だって高いのだ。

仕組みをしっかり理解しておかないと、そういうときに対応できない。

錬金術は才能の学問だ。

此処にしても、そもそも今後の手入れなどをする事を考えると、タオが作る対応手段だけではどうにもならないだろう。

だいたい、動力が尽き掛けているのなら。

動力を補わないといけないだろう。

フィルフサの核が現実的なのか。

いや、蝕みの女王だったか。今、門の向こうで大侵攻の秒読みに入っているフィルフサ王種を確実に倒せるか、そんな保証はない。

だったら、どうすればいい。

あの動力源、仕組みは。

じっと見ていると、少しずつ仕組みが分かってくる。

なるほど、そういうことか。

呟きながら、頭の中で仕組みを一つずつ解析していく。あたしの頭の中で。古代クリント王国の錬金術師達が、得意げに、エゴのために、作りあげていったものが。ただの「技術」として再構築されていく。

技術はあくまで技術だ。

これを、クーケン島の人達のために、復活させるためには。

いや、元々が脆弱だったのだ。今後何百年ものために、強化するためには。

あたしは、必死に考え続けていた。

 

4、そしてもう一度時代が動き出す

 

パミラは色々な世界を見て来た。

最初にいた世界では、とにかく荒々しい世界の中。多くの錬金術師が、野望のために動き。

しかしながら、根底では世界のためを思ってもいた。

荒々しく原始的な闘争本能に全身を支配されながらも。それでも世界のためにという一線を錬金術師達は越えなかった。

少なくともパミラが生まれた時代ではそうだった。

その世界でも、過去にいた錬金術師達は非人道的行動を続けていたようだったが。

それから順番に色々な世界を見て回った。

力が備わったから、というのはあるのだろうか。

幽霊で丁度良い。

いずれ、そう思うようになった。

パミラの存在は、やがて神と呼ばれるようなものとリンクしていき。

そして、世界を見守る役割を渡された。

色々な世界を見て来た。

酷い世界も多かった。

うららかで優しい世界もあったけれども。

それはごく少数。

人間は数を増やせば増やすほど心が貧しくなる。どうもその法則は、どこでも同じようで。

錬金術師も例外ではないようだった。

パミラはしばらく目を閉じて、意識を別の場所に集中させている。

集中先は、今いる場所。

クーケン島と言われる。

数百年前に、この世界の錬金術師達が作りあげた人工島。本来は、空に浮かび、錬金術師以外の人間を従え、従わない者は皆殺しにするための空中要塞だった。それがこんな使い方をされているのだから、不思議だ。

この世界での錬金術師は、災厄そのもの。

今までパミラが見て来た様々な世界で一番酷いのが間違いなくこの世界の錬金術師であるのは疑いない。

今、そんな世界の歴史で、最高の才能を持つ錬金術師が誕生しようとしている。

数百年前の錬金術師達が、何世代も掛けて復活させていった技術を。ごく短時間で解析して、ものにしようとしている。

今は善なる錬金術師だ。

それは直接接してみてよく分かった。

だが、あれが。

ライザリン=シュタウトがもしも何かの理由で翻意したら、この世界は文字通り終わりかねない。

それだけではない。

隣の世界であるオーリムも、同じように終わりかねなかった。

ライザリンが動き出す。

もう解析したのだ。

これは、あの子が危惧するのもよく分かる。神代といわれる。この世界が滅茶苦茶になった直接原因を作った錬金術師集団ですら、これほどの才覚の持ち主はいなかった。もしも神代の時代にライザリンが生まれていたら。

恐らく神代の外道どもを駆逐して、錬金術の概念そのものや歴史を変えていただろう。パミラは目を細める。

「パメラ」という名前で活動してきた時に見てきた錬金術師と、ライザリンは似ているかも知れない。

別の世界で見て来た錬金術師達。

みんな、世界のために動いていた。

エゴも当然あったけれど、それ以上に世界のために動いていたのだ。

この世界の錬金術師達には、それが決定的になかった。

否。

錬金術が出現した頃には。如何にしてエゴを充足させるか。如何に他人から搾取するか。それが人間の価値観となっていたのだろう。

だから化け物達が出現して。

世界を好き勝手にしていったのだ。

あまりにも酷い世界だったから、名前まで変えてこの世界を見守る事にしたが。それだけでは駄目だと判断したから肉体まで作った。

協力者も。

パミラは髪を掻き上げると、ふっと笑う。

今の時点では、ライザリンに手を出すつもりはない。あの子は危惧しているが。今の事件……フィルフサの大侵攻を防ぐまでは、何もしなくても良いだろう。

問題はその後だ。

どうもライザリンとその周囲の人間は、事件が終わったら離散しそうである。

それならその後にでも。

ライザリンに相応の処置をすれば良い。

簡単な事だ。

例え、神代の錬金術師であっても。パミラが見て来た世界の錬金術師達からすれば赤子同然。

この世界とオーリムでどれだけイキリ散らして無茶苦茶をしても。

そんなものは、井の中のカエルの王様だ。

パミラはもっと凄い錬金術師を幾らでも見て来た。

そういった錬金術師達が、圧倒的な力を持っても。結局は世界のために動いていたことを考えると。

やはりこの世界の錬金術師達は、どうしようもない連中だったのだと結論して良いのだろう。

それが過去になるか。

また繰り返されるのかはライザリン次第。

しかし、リスクが大きすぎるのも事実。

側に、フロディアが来る。

あの子が派遣している一人。

「コマンダー」

「何かしら」

「ライザリンを如何なさいますか」

「今、動き出したわ。 どうやら島の中枢の動力について、解析を終えたみたいね」

殆ど表情を作らないフロディアが、ひくりと口の端をつり上げる。

フロディアやその同胞は無表情そうに見えるが違う。

「あの子」の怒りを引き継いでいるだけだ。

だから、基本的に感情を見せない。

一つの駒としてこの世界を動かしていく事をなんとも思わない。

子供を作ることも。

その子孫を増やして、いざという時に備える事も。

少なくとも、古代クリント王国の蛮行をあの子が見てからは、「次」が起きないように全力で備えている。

その行動を、パミラは悪だとは思わなかった。

「凄い子よ。 神代にあんな子が一人でもいたら、この世界は此処までの地獄にはならなかったでしょうにねー」

「……錬金術師は結局、才能があれば圧倒的な力に晒されます。 それでエゴを肥大化させる……それが人間故の事なのでしょう」

「そうね。 でも、例外もある。 もう少し様子を見ましょう。 あの子がひりついているのも分かるのだけれどもねー」

一礼すると、フロディアはさがる。

これで、勝手に仕掛ける事はない。あの子が派遣した者達は、みんな任務に忠実だ。コマンダーであるパミラの指示にも従う。今まで例外はなかった。

さて。プディングでも食べて気分を変えるか。

パミラはそう思うと、闇の中に溶けるように歩き出していた。

 

(続)