地獄の果て

 

序、「風」も枷を外す

 

時間はあまりない。

それが分かっているから、あたし、つまり錬金術師ライザは急ぐ。朝一番に出て、禁足地の奧に。今回はレントから話を聞いている。ボオスとも合流。

一緒に、禁足地の奧へ向かう。

「風」とあった後は、一度クーケン島まで送って、それからまた渓谷の奧に進む事になるだろう。

一手間増えてしまうが。

今後島の指導者になるボオスは、精霊王としっかり接触して、その考えを理解しておいた方が良いだろう。

あたしがいなくなったらどうにもならなくなるようなものについては、リストアップしてほしいとまで頼まれている。

それだけボオスがちゃんとクーケン島の事を考えている、ということだし。

時間が出来たらやることを、きちんと告げてもいた。

基本的にボオスには、後衛に入って貰う。同じく後衛にはアンペルさんとクラウディアがついているが。

荷車のすぐ後ろなので、いざという時にもカバーが出来る。

ボオスは毎日時間を見て鍛えているようだが。

悪ガキ仲間から外れてから、どうしてもみんなと一緒に一日中走り回る事はなくなったからだろう。

やはり基礎体力が劣るのが分かる。

タオですらひょいひょい歩いている所で、かなり苦戦している。クラウディアは基礎魔力が大きいので、それを肉体の補填に廻せる。アンペルさんもしかり。

普通の人間というのは。

こういう危険な場所では、ボオスくらいなのが当たり前なのかも知れない。

魔物は殆どでない。縄張りを作るような魔物は、道中で何度も往復する間に全て片付けてしまっているし。

流れてやってくるような魔物も、今はほぼいない。

フィルフサの危険な気配を感じ取っているから、だろう。

もし流れて来るような魔物がいても、それはごくごく雑魚な小物である。

片付けるのに、苦労はしなかった。

それでも、禁足地に入ってから、二度戦闘がある。

一度は中くらいのラプトル。もう一度は、肉食の植物だった。どちらも大した相手ではなかったので、さくさく片付けるが。

ボオスは身を守ることだけ考えてくれと言うと、頷きながらも悔しそうにしていた。

戦闘終了後、ボオスがぼやく。

「悔しいが、今は足手まといにしかならないな」

「自分の力量を正確に把握できているのは良い事だ。 今は腕を磨け。 そうすればいずれともに戦う事もあろう」

「そうだな。 そうなんだろう」

リラさんの言葉に、ボオスは素直に頷く。

この辺りは、昔のままで安心する。ボオスは捻くれる前は、結構素直な性格をしていたのだ。

それが、あの時。

あたしがドジを踏んだときに、悪い方向で露出してしまったのだろう。

いざという時は、大人の助けを呼ぶ。

ボオスの考えは、何も間違っていなかったのだ。勿論、即座に全員であたしを引っ張り挙げるという考えも。

もう、それについては誰も気にしていない。

だから、こうしてともに歩ける。

「荷車凄く重いから、ぶつからないように気を付けてよ」

「分かってる。 きついようなら後ろから押してやろうか?」

「あはは、問題ないよ。 鍛えてるからね」

「確かにこんなバカみたいな道歩き続けてたら、どうしても鍛えられるだろうな……」

ボオスがハンカチで額を拭いながらぼやく。

そろそろ禁足地を抜ける。

峡谷が見えてきた。

圧倒的な光景にボオスが息を呑む。ボオスの先祖は、まだ安全だった頃に、此処に侵入。

奥に見えている塔まで辿りついて、中にあったあの宝玉。

オーリムから水を奪っただろう道具を手に入れたのだ。

だが、それ以外にも分からない事が多すぎる。

とにかく。今は塔を調査しないといけない。

渓谷にはいると、ほどなく覚えのある強い魔力が吹き付けてくる。精霊王「風」に間違いない。

一応、皆に警告。

最悪の可能性を常に想定する必要がある。例えば精霊王「風」が翻意している可能性だ。

ただ、あたしはそれはないだろうと思う。

精霊王は根気強く此方に意思疎通を図ってきた。それをクリント王国の人間が怒らせたのは、度を超した愚行が故だ。

だから、精霊王を責めるのは間違いである。

慎重に進む。

小川もあるが、そこでも魚がバシャバシャ跳ねていた。それはそうだろう。こんな魔力を感じれば、恐慌状態にもなる。

程なくして、どんと音がして。

目の前に、それが出現していた。

椅子に座った、精霊王「風」だ。相変わらず、椅子の台座ごとここに来ている。

一つ気になっていることもある。話をしておきたかった。

「錬金術師ライザリン。 いや、他の人間はライザと呼んでいるようだな。 同胞たる「火」と「水」がきちんと戻って来た。 礼を言うぞ」

「いえ、此方こそ。 誠意を示せたでしょうか」

「うむ、問題ない」

「「水」さんと相対して分かった事があります。 貴方の枷を外せます。 外しましょうか」

ほうと、「風」は言う。

かなり友好的に応じてくれて助かる。これだったら、多分戦う事はないだろう。

「風」はボオスをみていない。

多分、見る価値もないくらいに思っているのだろう。

明らかにボオスだけ異質だから、それは仕方がないのかも知れないが。この辺りは、超越者らしい行動だ。

「ふむ、実は今「火」に外して貰う事を考えていたのだがな。 外せるというのであれば、そうしてもらおうか」

「やります」

「ただ我の枷には問題があってな。 他の精霊王のものより厄介だぞ」

「……なんとかします」

あたしも、言葉を選ばざるを得ない。精霊王「風」はかなりあたし達を好意的にみてくれているが。

それでもまだまだ、信頼しきったわけではないのだろうから。

渓谷の奧で待つと言われたので、頷く。

そして、厳しい地形の渓谷を、奧へと進む。

ボオスもすぐに気付いたようだった。

「この大量の金属片は何だ……?」

「知らない方が良いと思う」

「レントくん、ボオスくんも知るべきだと思うわ」

「……そうだな」

レントが苦虫を噛み潰した。まあそれもそうだろう。レントだって、此処で起きた事は良く思っていないのだろうから。

タオが咳払いすると、説明をする。

見る間にボオスの表情が変わるのが分かった。

「なんだと……!?」

「本当だよ。 中身が入っているものもあったんだ。 此処は多分、近場でもっとも大きな墓場なんだよ」

「くっ……。 フィルフサとの大きな戦いがあった事は知っていたが、まさか此処までとは」

ボオスが呻く。

気が弱い人間だったら、吐いていてもおかしくない。

此処で万人単位の人間が死んだ。

しかも此処だけじゃない。

古代クリント王国の錬金術師達のエゴと愚行で、凄まじい数の人達が無駄に人生を終わらせることになったのだ。

それもフィルフサに踏み砕かれるという形で。

そして死体の大半は、押し流されてエリプス湖に。

水を出したのは、きっとあの。

ボオスの家にある球体だ。

聖地から水を奪ったあの忌まわしい代物。

ますます、クーケン島が呪われているというに相応しいものだろう。

あたしも、感応夢でみた光景を話しておく。

ボオスも感応夢は知っている。だから、絶句して、しばらく話しかけないでほしいとまで言っていた。

無理もない話だ。

ボオスも、一緒に冒険していた頃にはそれなりに子供っぽい所を見せていた。仲が悪い時期が長かったからまだ心の何処かで警戒しているけれど。

やっぱり憑き物が落ちたからなのだろう。

ぐっと昔よりも、なんだか身近に感じる。

仲間として、の話だ。

あたしくらいの年頃の男女はすぐに腫れた惚れたに発展するらしいのだが。

あたしはどうにもそういうのはぴんと来ないし。

今周囲にいる男子に、気になる相手はいなかった。

まあそれはどうでもいい。

とにかく、この墓所はいずれ大掃除して、片付けなければならないだろう。

そしてその前に、やるべき事がある。

のそりと、姿を見せる鼬。

青黒い色のもの。

灰色のもの。

いずれもが、湖岸でみられるものとは段違いの実力を感じる。普通の鼬の群れの母個体なみに大きく。

そして、明らかに此方を獲物として見ているのが分かる。

毛を逆立てて、シューと警戒の音を立てる。

あたしの魔力量に気付いているだろうに、それでも引く気はない様子だ。それだけ実力に自信があるのだろう。

鼬だけではない。

地面が盛り上がって、破損していたり、崩れたりしているゴーレムが姿を見せ始める。

一斉に起動し始めたのには、何か理由があるのか。

「少し後退して。 時間差で迎え撃つ」

「了解!」

「ボオス、荷車の後ろで出来るだけ動くなよ」

「ああ、分かってる! それとお前達の戦闘、参考にさせて貰うからな!」

ボオスも護り手と混じって訓練していたのだ。

あたし達とかち合わないように、上手にアガーテ姉さんが時間をずらしていたらしいが。

ランバーもそれは同じ。

ランバーはボオスといないときも、剣を持っていないとへにゃっとしていて。剣を握ると、途端に師範としての鋭い目つきになっていた。

アガーテ姉さんがお墨付きを出すほどの剣の腕だったから、あたしも凄いなと何度も感心させられた。

本気を出すと戦えた事を知っている今となると、色々複雑な気分だ。

ならば、着いてきてくれれば良かったのに。

ともかく、さがりながら、鼬を誘引する。途中、無詠唱から熱の槍を叩き込んで、多少敵の追撃を阻害する。

無詠唱の熱の槍だと、直撃してもびくともする様子がない。

流石にこの辺りに住んでいる鼬は湖岸にいる雑魚とはものが違う。内在魔力で、熱量を中和しているのだ。

渓谷の入口付近までさがって、時々反撃しながら鼬の群れを引きはがす。

この辺りで良いだろう。

「反撃開始!」

「よっしゃあっ!」

雄叫びを上げると、レントが飛びついてきた鼬の頭を、唐竹にたたき割る。次々に襲いかかってくる鼬は、一体が倒された程度ではひるみもしない。

リラさんが群れの真ん中に飛び込むと、クローで数体を斬り割き、更に逆立ちしながら回転、足技で纏わり付いてくる鼬を薙ぎ払った。

グラマラスなリラさんだが、その全身は凶器だ。

クラウディアが、鏃に石を混ぜるようにした魔力矢を放つ。

ばつんと音。射撃音が凄まじい。普通は弦がひゅうと音を立てる。こんな破壊的な音はしない。

当然威力は、前に見たとおりの凄まじさだ。

直撃した鼬が、悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。巨体が吹っ飛んだのをみて、鼬の群れが呆然とする中。

あたしが投擲した新型爆弾。

レヘルンの強化型、クライトレヘルンが炸裂する。

これは仕組み的にはレヘルンと同じだが、やはり効果を上げているローゼフラムと同じように、破壊力を閉じ込めて使いやすく、しかも火力を上げているものだ。

構造が複雑になるが。

その分火力も上がっている。

ただしコアクリスタルから複製すると、ぐっと魔力を持って行かれる。

数匹が氷柱に、一瞬で閉じ込められ。

それをタオがブチ砕く。

そうすると、全部まとめて、粉々に砕けていた。

逃げ腰になった鼬の一匹を、アンペルさんが切り裂く。指先から迸った固有の魔術。空間操作が、文字通り空間ごと「ずらした」のだ。

どうにもならず、真っ二つになる鼬。

魔力抵抗が強いと一撃必殺とは行かず、更にはフィルフサのような相手だと相性が悪い技だが。

鼬程度ならこの程度。

大きいのがのそのそと来る。多分群れの母だ。

回転しながら飛びかかってくる。

動作に殆ど隙がなく、恐ろしく早い。

だが、レントが真っ正面から、強烈な一撃を受け止める。激しい激突音。レントに渡している、クリミネア製の剣から火花が散っている。レントがずり下がる。それほどのパワーと言う事だ。

弾きあう。

空中で、リラさんが追いつくと、同じように追いついていたタオと一緒に、一撃を叩き込み。

態勢を崩した鼬を地面に叩き付ける。

クラウディアが矢を放つ。まさに必殺のタイミングでの一射だったが、地面で態勢を低くしながらずり下がった鼬が、何か吠えると。魔術矢が粉砕され、核になっていた石が砕けて飛び散る。

だが、それでいい。

今のは必殺の中和魔術とみていい。

それを使わせただけで意味がある。

アンペルさんの放った空間を切り裂く黒い光が、鼬に直撃。だが、とどめとはなり得ない。

鼬がギャッと悲鳴を上げて、さがろうとするが。

その時にはあたしが投擲した二つ目の実験作品。

雷撃爆弾プラジグの強化版。

シュトラプラジグが、炸裂していた。

これは空間で閉じ込めるわけにも行かないので、雷撃を発生させ。直上から地面に向けて収束。

一点に最大出力の雷撃を叩き込む仕様にしてある。

雷撃は簡単に拡散して、周囲全てを巻き込んで危険極まりないし。下手に拡散する仕様にすると水場とかでは使ったあたし達が全滅しかねない。

だから収束して、其処から拡散しないように作った。

これも空気の壁を使って拡散を防ぐようにしているのだが。この過程で、雷が空気が無いと届かない事を知った。

意外にも、空気と雷は親和性が高いらしい。

詳しい仕組みは、アンペルさんも知らなかった。

いずれにしても、雷神の槍と化した一撃が、鼬を貫く。

悲鳴を上げながら竿立ちになる母個体。

とどめだ。

あたしが接近して、頭を蹴り砕く。流石に粉々に吹き飛ぶことはなかった。頑強な体である。

だが、首が折れるには充分だった。

大量の鮮血をぶちまけながら、その場に倒れる鼬の母。

後続で続々とゴーレムが姿を見せるが、破損していたり、人間の形を保てていないものが殆どだ。

きっとこれらは、何百年か前。

この渓谷で戦いが行われたときに。

アーミーと一緒に、フィルフサに蹂躙されていったゴーレム達だ。今もいもしない主に従って、此処を守ろうとしている。

ため息をつく。

「楽にしてあげよう」

あたしが告げると、皆が頷く。

そして、時間差でこっちに来たゴーレムの群れを、迎え撃っていた。

 

1、好奇心は不謹慎と隣り合わせ

 

戦闘時、だいぶ恐怖を殺せるようになって来た。

タオは冷や汗を拭いながら、辺りに点々としている鼬の死骸を見やる。それらをてきぱきと吊して捌いていくライザ。捌き終えたものは、火を熾して燻製にしていく。タオも勿論手伝う。

腹を割くと虫が出てくることがあるのが嫌なのだけれども。

もうそれも麻痺して慣れつつあった。

ただ、それでも触るのは無理だが。

毛皮は即座になめして、荷車に積んでいく。とはいっても激しい戦闘の後だ。無事な毛皮はあまりないが。

肉も相当量がある。

一度レントがアトリエに急いで戻り。すぐに荷下ろしをして戻って来た。レントの補助にはボオスが着いた。

これも、今後のためと割切っているのだろう。

淡々と作業を進めて、後始末終わり。

残った骨は、ライザがまとめて熱魔術で処理して。グズグズに焼き崩した所を砕いて、近くの川に流していた。

魚たちがバシャバシャと群がって喰らっている。

相変わらずおっかない光景である。

ライザがああやって喰われ掛けてから、タオは憶病になった。

最初、育児放棄気味の両親から逃げるようにして家を出て。本を読んでいるタオに声を掛けてくれたのがライザだった。

良く本を読むことを揶揄する奴はいたけれども。

ライザはそんな事はなく。

本がどんなものなのかを説明すると、笑顔で聞いてくれた。

それから、恐らくライザの両親。ミオさんとカールさんが、タオの両親に話をつけてくれたらしい。

二つ年上のライザと。三つ年上のレント、ボオス。

周りは年上ばかりだったが、タオと一緒に冒険することを厭わず。タオがついて行けないときは、手を貸してくれた。

あの事故が起きて、ボオスが離脱するまでは。

本当にまぶしい日々だった。

今も、そのまぶしい日々は思い出に残っている。

ボオスが離脱した後は。ボオスに散々虐められたけれども。それが不器用すぎる激励だと今は知っている。

だから、恨むつもりはなかった。

それにボオスが離脱した時。ライザが事故で死にかけたとき。

泣くばかりで何もできなかったタオは、相応に思うところがあった。

あの時一番情けなくて、役に立てなかったのはタオだ。

だから、家に残されている大量の本を少しでも解読出来れば。

そう思って、ますます本の虫になった。

そしてそうしている内に、本が本当に好きになった。

何代か前に読み方が失伝して、ただの古書になってしまった本。何が書かれているのか、想像するだけでわくわくした。

ライザのアトリエに全部移した今は、鬱陶しがって捨てようとする両親の魔の手も及ばない。

いずれライザと離れる事があったとしても。

本が失われることはないだろうと思うと、本当に有り難い話である。

そして、冒険も今はしている。ボオスも一緒に。

ボオスはずっと魔物との最前線でやりあっていた皆とはだいぶ出遅れてしまったが。それでもいずれ一緒に戦えるようになる筈。

それで充分だ。

魔物の処理が終わる。

二度、レントが大急ぎでアトリエに戻ったが。その間、タオは宝石や鉱石の鑑定で大忙しだった。

いずれ絶対に役に立つから身に付けろ。

そう言われて、アンペルさんに習ったのだが。確かにちょっと知っているだけで随分と違う。

勿論本職には及ばない。

だがアンペルさんによると筋が良いらしい。

何でも知識を貪欲に蓄えるタオの頭脳は、とても貴重なものなのだという。

だったら、それを生かして行く。

戦闘でも、隙を見つけて殴る事しか出来ない。

だが、それが大事なのだとリラさんに言われている。

だったら、戦闘でも。探索でも。長所を生かす。

それだけが、タッパが足りず。戦闘ではどうしても一番弱いタオが出来る、唯一の事だった。

「よし、コンテナにしまい終えたぜ!」

「いつもお前らこんな事しているのか……?」

ボオスがかなりグロッキー気味だ。タオも真っ先に体力が尽きるのだから、あまりああだこうだは言えない。

ボオスにライザが薬を渡す。

怪しい代物じゃないだろうなとボオスはぼやくが。

ライザが作ったものだと分かっているからだろう。それでも躊躇無く飲み干して。そして渋い顔をしていた。

「なんだこれ……」

「ライザ印の栄養剤。 最近は蜂蜜とか入れて、味をマイルドにしているらしいよ」

「マイルドにしてこれかよ……」

「僕達が最初に飲んだ奴なんて、地獄のような味だったんだよ」

笑顔を引きつらせるボオス。

ライザはというと、手を振っている。準備ができたなら、すぐに出立しようという事だ。

実際、戦闘での消耗は殆ど無い。

ライザにしても、出てくる前にあの爆弾二つをコアクリスタル経由で作ったのだ。魔力以外消耗していないし。その魔力も走り回っている内に回復したのだ。

文字通り底無しだが。

上には上がいるのを、精霊王をみていて理解出来る。

ライザは凄いが、それでも世界最強などではないのである。それも、世界最強には遠く及ばないのだ。

それをライザは時々強調していて。タオも、頷くしかなかった。

無言で荷車とともに、渓谷を上がる。

さっきの鼬の群れを排除した事で、更に先へと進めるはずだ。先に進んでいくと、小川の流れが徐々に激しくなってくる。

どうやら何カ所かに、ちいさな滝があるらしく。

それで流れが激しくなったりしているようだ。

上流に行くほど、遺失物も増える。

鎧が殆どそのまま残って、崖に背中を預けて事切れていた。

幽霊鎧の可能性もある。

慎重に近付いて中を調べて見ると、やはりだ。中身入り。明らかなしゃれこうべが入っているのをみて、皆で黙祷した。

何百年も経過しているから、肉は完全に虫とかに食べ尽くされているが。鎧は多少さび付いているくらいで、原型を保っている。

或いは、今で言う所の騎士とか、そういう偉い人だったのかも知れない。おなかに大きな傷がある。これが致命傷だったのか。

それともライザのみた感応夢の中で起きた大洪水で、死体が此処まで流されたのか。

それは分からなかった。

「ライザ、彼方此方からみてるよ」

「ありがと、クラウディア。 大きめの材木の残骸とか、色々増えてきたね」

「どこから何が出てくるかわからねえ。 気を付けろ」

「くそ……俺の先祖は、こんな酷い有様だってのに、嬉々として宝を持ち帰ったって自慢していやがったのか。 何が偉大な先祖だ。 ブルネン家の男だ……」

ボオスが呻いている。

タオは同情したが、今はその暇が無い。周囲に集中。クラウディアの音魔術にも死角がある。

探知の隙をついてどこから何が出て来てもおかしくないのだ。

巨大な鎧を見つける。人間の背丈の何倍もある。朽ち果てているそれは、全身を滅茶苦茶にされていた。ばかでかい剣も近くに刺さっている。

渓谷のもっと下の方にも似たようなものがあった。これはより破損が酷い。

アンペルさんが、説明してくれる。

「これも一種のゴーレムだな。 古代クリント王国のものか、或いはもっと古い時代のものかもしれない」

「そんな古い代物まで、奴らは引っ張り出して来ていたのか」

「そうなるな。 フィルフサの群れには、魔術よりも物理攻撃の方がまだマシだ。 だからゴーレムの群れや、生身の人間を、可能な限り兵士に仕立てて戦わせたというわけだ」

フィルフサに魔術は効かない。殆ど通じない。

アンペルさんの固有のような、かなり特殊な魔術以外はほぼ通じない危険な相手である。それを思うと、タオは何とも申し訳なく思う。

この鎧だって、本来はただガーディアンとして、静かにしていられたはずなのに。

下手に近付かないようにと、先にアンペルさんに釘を刺される。

頷くと、近くを行く。

川がごうごうと流れていて。

それは、上流から漂着した石材のせいだった。此処で水流がまとまって。もともと大した事がない水流なのに、それが無理にぶつかっているからだ。

渓谷は思った以上に続いている。水はやはりちょろちょろとしか流れていないが。この渓谷が無理に精霊王が作ったものだという事を示唆するようにして。

流れが兎に角不安定だ。

そして上流になると、彼方此方に残骸が見えてくる。

馬防柵というのか。

資料で見た事がある。木を組み合わせた柵。こんなもの、フィルフサにはなんの役にも立たなかっただろうに。

それが必死に並べられた跡がある。

兵士達は指示通り、あらゆる手立てを尽くしたのだろう。使い物になりそうもない武器の残骸も散らばっていた。

槍やら剣やらを素人が持ったところで。

あのフィルフサ相手に勝てる訳がない。

それは、実際に「将軍」とやりあったタオがよく分かっている。人間のアーミーの将軍とは訳が違うのである。

事実ランバーでも、それほど大した相手でもないフィルフサに相討ちだったのだ。

人間が今の何十倍もいた時代。

戦える人間は、今ほど強くなかっただろう事は簡単に想像できる。

しかも実戦経験も少なかっただろう。

そんなに人間がいるなら、魔物だって少なかったのは確実なのだから。

「いずれここ、まとめて骨とか回収して、墓地を作るよ」

「……そうか」

「あたしはクーケン島にしばらくいるつもりだからね。 その間に、できる事はやらないといけない。 その人が、此処の墓所を作る事だと思う」

「そうだな。 それが人間として、古代クリント王国の錬金術師と同じにならないためのけじめだろう」

アンペルさんが言う。

タオはそこまでは割り切れない。

ただ、そうやって考えられるライザを凄いとだけ思った。

激しい高低差が続く。

無理に作りあげた渓谷だ。左右にも、高くなっている場所がある。左右から、弓兵がフィルフサを狙い撃ったのだろうか。

効果は知れていた筈だ。

そもそも、「将軍」や、それより強いらしい「王種」には、そんなもの気休めにもならなかった筈。

当時はまだあった火薬式の武器だろうか。

いや、それでも通じないだろう。ライザの全力詠唱による熱槍2500発の直撃を喰らって、「将軍」が平然としていたのを今でも悪夢にみる。あの熱槍は、一発が石造りの家屋を粉砕するほどのものだ。

火薬式の武器が如何に強力でも、あの集中投射以上の破壊力が出るとは思えない。

「必死の防戦の跡、と言う感じだな。 戦闘が行われたと言うよりも、蹂躙された跡にしかみえん」

「その通りだと思うよボオス。 あの異界のフィルフサの数、覚えてるでしょ」

「ああ。 あんなものがこの世界に出て来たら、ロテスヴァッサなんか一発で終わりだ。 それを食い止めただけでも、悔しいが当時の連中は技術力があったんだな」

頷くと、必死に荷車を時に押し上げ。

岩を這い上がりながら、上流を目指す。

川の中には、思ったよりずっと大きな魚がいて。ぱくぱくと空中に口を出していた。

魚の中には、空気を吸って生きる事が出来る者もいるらしい。

そういう魚なのかも知れない。

いずれにしても、観察している余裕は無い。クラウディアが、警告してくる。

「また何かいる! 気を付けて!」

「結構上がって来たと思うんだけどなあ」

「渓谷そのものは、もう少しで終わりだよ!」

「そっか。 じゃあ、いっちょ仕上げと行くか!」

レントが剣を抜く。タオも不平は色々あるが、ハンマーを構える。

この渓谷では、殆どエレメンタルは襲ってこない。代わりに出てくるのは、魔物でも獣系統のものばかりだ。

今度出て来たのは、ラプトルの群れである。

街道近くにたまに出るような雑魚では無い。

そして、それらの上空に、かなり大きめのワイバーンもいる。これは厄介そうだと、タオは思った。

ラプトルはワイバーンの手下として使われているのだろう。

ラプトルという魔物の語源はよく分からないらしいが。見た目が似ていることから、ドラゴンの亜種では無いかと言う説もあるらしい。

いずれにしても、このサイズは人間くらいならあっと言う間に骨にしてしまう。

倒して行くしかない。

一斉に襲いかかってくるラプトルの群れ。

ライザが冷静に、ワイバーンに向けてあの強化レヘルンを放り込む。

ワイバーンがブレスを吐いて迎撃しようとしたが、それは悪手だった。ライザが即座に強化レヘルンを起爆。

それが、向かってくるラプトル達のど真ん中で炸裂したからである。

大混乱に陥るラプトルの群れ。

視界を防がれて、右往左往するワイバーン。

一転攻勢に出る。

戦闘は、それほど時間も掛からなかった。

 

前に戦ったワイバーンとあまり大きさも変わらなかった事もあるだろうか。ワイバーンを比較的楽に倒して、解体を開始するライザ達。

タオはヘトヘトだ。

右往左往していたとは言え、相手はラプトルだ。奇襲で頭を叩き潰してしとめたが。とにかくタオを集中狙いしてきた。

その分走り回らなければならなかったし。

ワイバーンを皆が倒すまで、タオは逃げに徹しなければならなかったのだから。

疲れたので、石に座って休む。

この石だって、下に死骸があるかも知れない。

そう思うと、非常に複雑な気分だ。

ハンマーをみる。

王都でも滅多に出回らない品質のクリミネアを使っているだけの事はある。激しく戦っていても、傷は殆どついていない。

だけれども、やはり思うのだ。

この武器、リスキーすぎる。

タオの頭脳を生かして戦うのには向いていない。いずれ剣を使いたい所なのだが。剣は覚えるのに手間も掛かる。

解体から戻って来たリラさんが、肉やらを荷車に積んでいる。そして、めざとくタオの視線に気付いていた。

「どうした」

「リラさん、僕さ、ハンマー以外の武器を使えるようになりたくて」

「戦士としては良い考えだ。 その武器は威力は大きいが、一対多数には決定的に向いていない」

「ですよねー」

そう。

集団戦、それも奇襲限定で効果を発揮する武器なのだ、これは。

タオの体格だと、正面切ってハンマーで敵と戦うわけにはいかない。体格の小ささを利用してこそこそと立ち回り。油断した相手を後ろからハンマーで殴る。

一芸があれば立派だとリラさんもアンペルさんも言ってくれるが。

これでは、誰かを守れないのだ。

タオはずっと無力だった。

頭はそれなりに回ると周囲が褒めてくれたが、それ以外は本当に何もできなかった。

クーケン島に残るなら、多分子供達相手に教師をするしか路は無いだろうけれども。

今は、他の道がないかと思っている。

腐りきっている王都でも。

多分情報というものでは、収束地になっている筈。

そういう場所で、色々得られないか。

それが今のタオの本音だ。

知識欲はどんどん強くなる。

タオは他の欲求よりも、知識欲が極端に強い。知識欲が、他の欲求を吸い取っているかのようである。

他の男子が、どの女がどうこうと話しているのをみて、うんざりしかしなかった。

これは昔からそう。今、一番性欲に振り回される年齢らしい今でも、それは変わっていない。

レントですら、性欲についてはたまに困っているらしいのに、それすらない。

別に精神修養を積んでいるわけでもなんでもないのに。

「一人で戦うつもりなら、槍か剣だ。 魔物相手を想定するなら、槍だと若干力不足になるから、薙刀などがいいかもしれないな」

「うっ。 僕には重すぎますよ……」

「だったら剣にしろ。 剣だったら、今日帰った後にでも教えてやる。 体力が戻って来たのなら手伝え。 そろそろ精霊王が近い。 「風」が待っていると言う事は、恐らくは例の枷がある。 今回はその場で解析して、爆破してしまいたいものだが……」

なるほど。タオに手伝えと言うわけだ。

ただでさえ時間が逼迫している状況だ。タオも全力で働かなければならない。

タオだって、此処で起きたような悲劇を何度も起こさせる訳にはいかない。

だから、少しでも時間を前倒しで稼いでいかないと。

それにしても、ワイバーン肉を燻製にしている匂い、すごく良い匂いだ。疲れているから、くらっと来る。

後でクラウディアが多分料理はしてくれる。

だけれども、おなかが鳴りそうだった。

そのまま、手伝いに入る。剥いだ皮とか骨とかを、荷車に積み込む。

この荷車ももう少し色々工夫できないかなと思ってしまうが。

ライザはそもそも、装甲で既に覆い。おんぼろだった荷車にスプリングなどを仕込んで強化している。

更に出来るならしているだろう。

タオに出来るのは、文句を言うのではなく、改善案の提案だ。そしてふわっとした提案でも、ライザはそれを形に変えてしまうすごさを持つ。

頭が良いとか言われているタオだが。

分野の違いがあるだけ。ライザの方が、頭の良さという点では上かも知れない。

「タオ、疲れてる?」

「うん。 僕が時間稼ぎしたし……」

「はいこれ」

「……うん」

栄養剤を満面の笑みで渡されて、飲むしかない。これがだいぶマシになっているのは知っているが。

それでも嬉々としてライザが色々な栄養を突っ込んでいるのを知っているから、どうしても怖い。

飲み干すと、一気に体が温かくなるが。味はやはり、美味しくは無い。

瓶を返して、そのまま作業を続行。

やがて一刻ほど掛かって、再度侵攻できる準備が整う。まだまだ、戦闘用の物資は充分にあるようだ。

大きめの段差があって、滝になっている。

水が轟々と流れているが、その滝を跳ね上がって越えている魚がいる。おおと、声が漏れる。

そういう、滝登りをする習性の魚はいると聞いているが、中々にダイナミックな行動である。

間近で見ると、非常に感動的だ。

レントもボオスも、同じように感心していた。

「知らない事が世の中にはたくさんあるな」

「そうだな。 早く鍛えてお前達と一緒に冒険したいものだ」

「ボオスだったらすぐに冒険できるよ」

「そうだといいがな」

ちょっと寂しそうにボオスがする。

まあ、それはもういい。

とにかく、今は。この先に進む事だ。段差を皆で荷車を担いで、乗り越える。クラウディアも魔力操作が上手になって来ているから、力仕事で役に立てている。というか、タッパがあるぶんタオよりも動けている気がする。

羨ましい。

這い上がって、みる。

其処には大きな台座があって。やはり椅子に座った精霊王が待っていた。

そしてその側には、ドラゴンが侍っている。

前にライザ達と古城で倒したのより、少し大きい。しかも無傷。

ドラゴンは此方を見てかっと口を開いたが、精霊王が待てというと。それだけで口を閉じる。

躾けられている、ということだ。

精霊王はエンシェントドラゴン並みの実力だとアンペルさんとリラさんが太鼓判を押していたが。

それからしてみれば、野良のドラゴンなんて大した相手でもないのだろう。

精霊王「風」は、それほど威圧的では無く喋る。ただ、存在そのものが威圧的なだけだ。

「来たな錬金術師ライザと仲間の者達よ」

「はい、なんとか。 此処が枷ですか?」

「そうだ。 我が目覚めたのはつい先ほど……我の感覚でな。 この忌々しい枷も、特別頑強に作られていて時間を掛けねば破壊出来ぬ。 これを壊せるというのなら、頼もうか」

「確認させてください」

側にドラゴンがいる。

それでも平然と近付くライザは、やっぱり肝が据わっている。この辺り、憶病なタオにはとても真似できない。

最初、レントやボオスより年少のライザがリーダーシップを取っているのが不思議だった。

だけれども、今はそれは当然だったと思う。

多少の年齢差なんてものともしない圧倒的な指導者としての資質。

それがライザにはある。

実際、ブルネンの先代当主は、ボオスとライザの結婚が島を安定させるだろうとまで言っていたらしく。

ボオスにその気が無いことを知ると、非常に残念そうにしていたという話だ。

今の当主であるモリッツさんは、ライザに苦手意識があるようで。

先代の意思を継ぎながらも。

もしもライザがブルネン家の嫁になったらと、冷や冷やしているという噂は聞いていた。

まあ、分かる。

ないと分かりきっているが。ブルネン家にライザが嫁入りしたら、それこそモリッツさんなんてあっと言う間にブルネン家の主導権を奪われるだろうし。

ボオスは一生尻に敷かれるだろう。

そしてブルネン家は事実上ライザのものとなる。

先代はそれも島のため、と判断していたのだろうが。モリッツさんが怖れるのも、タオには分かる。

だから、苦笑い。そして、魔法陣の解析に移る。

なるほど、そういうことね。

メモを取りながら、確認。

此処はちょっとかなり危険な場所という事もある。渓谷の入口だったらまだしも、此処を何度も往復するのは避けたい。

ましてや前に一度門前払いを喰らっているのだ。

出来れば今日中に、渓谷は突破したい所だ。

この辺りには、石造りの円形の台座のようなものがあるのだが。それだけではない。石碑も複数が建ち並んでいる。

全てのメモを取っていくが。

これは厄介だ。

どうやら、竜脈から分散して魔力を吸い上げているらしい。

石碑の数は六つ。

恐らくだが、これは召喚したドラゴンと紐づけていると見て良い。

石碑の文言も、古城のものと違っている。

竜脈からの吸い上げが文言に混じっている。

「ライザ! これ、今までのより厄介だよ!」

「うん。 すぐに調査結果回して!」

「分かった!」

チョークでメモを取る。

それにしても、なんだこの非人道的な仕組み。命をモノ扱いするのは色々な意味で間違っている。

人間も家畜を飼う。

だけれども、家畜を飼う人間は、基本的にそれを粗末にしたりしない。

これは捨て駒として、人間以外の命を使うためのシステムだ。

こんなもの、許されて良い筈が無い。

タオはどちらかというと、技術をみると興味を覚えてしまう方だが。これは最悪の禁術だ。

ウラノスさんもそう言っていたが。

タオも同意見。

やっぱり、古代クリント王国は滅びるべきだったんだとしかいえない。こんな装置を平然と使うなんて。

そもそも異界で彼らが行った仕打ちを考えれば、滅びるのは妥当だったのだろうが。

六つの石碑は全て同じだ。

中心にある円形の石造りの台座にも、文字が多数彫り込まれているが。多数の竜脈関連の文字。

更に、蓄積を意味する文字もある。

これはまずい。

多分だけれども、蓄積があるということは、他よりも竜脈より吸い上げている力が大きいはず。

こんな装置を放置していたら、自然にどんな影響があるか、知れたものではない。

破壊しないと。

タオは急いで全て写し取る。そして、周囲を探して、他にも文字が刻まれていないか確認する。

石なども探る。

どうも気になるのだ。このサイズの魔法陣である。地底に何か隠されていても、不思議ではないだろう。

リラさんに手伝って貰って、石をどける。

虫が這い出してきたのでひっと声が上がるが、今はそれすら我慢だ我慢。

やはりだ。他にも魔法陣のパーツが埋まっている。ライザとアンペルさんを呼ぶ。

アンペルさんは、舌打ちしていた。

「これは厄介だぞ……。 タオ、良く見つけたな。 お手柄だ」

「いえ、石碑の配置が不自然だと思ったので、それで」

「どうにか出来そうか、アンペル」

「少し時間をくれ。 ライザと……タオも一緒に解析する」

ライザも魔術のスペシャリストだ。タオは当時の言葉を解析することについては、アンペルさんがフリーハンドで任せてくれる。

だから失敗できない。

周囲に刻まれている文字を解読して行く。何か、致命的な文言を見落としている可能性がある。

そうなったらおしまいだ。

下手をすると、辺り一帯が吹っ飛ぶだろう。精霊王を拘束できるような「枷」なのである。

誤動作なんかしたら、それこそ火山が噴火するのと同じだ。

「魔法陣の形状がおかしい! 理論的にこっちになんかないかな」

「この辺りか?」

レントがすぐに行く。タオもそっちに行って手伝う。

クラウディアは音魔術を使って奇襲を常時警戒。冷静に警戒をしてくれるので、非常に助かる。

ただこの状況下で音魔術による警戒を続けるのは、非常に消耗が激しいはずだ。

こっちをあからさまに非好意的に見ているドラゴン。

それに信頼してくれたとは言え、手伝ってくれる気は無さそうな精霊王「風」である。

どっちも仕掛けて来たら、それこそ逃げるしか無い。ドラゴンは倒せるかも知れないが、死者が出る可能性は大きい。出来ればやりあいたくない。

ライザの指摘通り、石の下から魔法陣が出てくる。非常に頑強で、摩耗している様子もなかった。

まだこの様子だと、厄介な仕掛けがあるかも知れない。

此処が正念場だとタオは自分に言い聞かせ。頬を叩いて頭を全力で使った。

 

2、峡谷の果て

 

谷の左右。切り立った道の上に、魔法陣が展開していた。どうも立体的な図形となってこの魔法陣は作られたらしく、タオがそれに気付かなければ見逃すところだった。

既に昼を回っている。

あたしは干し肉をかじりながら、図面とにらめっこ。アンペルさんが、幾つかの案を出してくる。

「竜脈からの魔力の吸い上げを停止するには、魔法陣の一部を破壊するしかない。 だがこの魔法陣は極めて頑強に作られている」

「恐らく、破損する事を前提に作ったんでしょうね」

「そうだ。 大量の水でフィルフサが流されるような大破壊が起きても壊れず機能するようにしたんだろう。 それほどに精霊王の復讐が恐ろしかったのか、それとも……」

「今は心理分析よりも、構造の分析をしましょう」

アンペルさんがそうだなと頷いて。クラウディアが出がけに焼いてきたクッキーを頬張る。

蜂蜜や小麦が手に入るようになったから、作ってくれたのだ。

オーブンも台所にある。熱は魔力を用いて供給するのだが。これは後からあたしが錬金術で作った。

何でもお菓子は緻密な計量と精密な温度調節の世界らしく。

貴族や豪商なんかが持っている高度なオーブンになると、極めて丁寧な温度調節が可能らしい。

勿論ロストテクノロジーで。

壊れてしまったら、もう替えはないし、修理も出来ないのだが。

それと同等のものを作れたのだから、まあ腕は上がっているのだろう。

アンペルさんは甘いモノを黙々と食べて、満面の笑顔。

そして、咳払いすると考え込む。

「一番厄介なのは此処だ。 収束に関連する文字が八つある」

「これらに不具合が生じると、爆発しかねないですね」

「そういうことだな。 魔力の供給を絶つにも、複雑に竜脈からの吸い上げのシステムが作られている。 下手な部分を破壊すると、やはり爆発しかねん。 古代クリント王国の連中め、厄介なものを作ってくれやがって……」

苛立っているのだろう。

荒い口調が出る。

甘い食べ物で頭が回るようになっても、必ずしも機嫌が良くなる訳ではないのだとよく分かる。

あたしは苦笑いしながら、図形を再確認。

三角錐を二つ、交差させるようにして作りあげられている魔法陣。

円の台座に書かれている文字は一部に過ぎず、立体構造を取ることで簡単に壊れないようにされている厄介な代物。

これを全て破壊するには、まとめて消し飛ばすか。

いや、そんな事をしたら、魔力が誘爆する。

クーケン島まで破壊が及ぶかも知れない。それでは、本末転倒だ。

機能を停止していないから、側に苦しそうなドラゴンがいる。そう。この枷は、ドラゴンを狂わせ、フィルフサを襲わせる仕組みも内包している。

非常に厄介な魔術装置だ。

錬金術の産物には、こういう複雑な魔術とのミックス品がたくさんある。魔術の上位互換が錬金術だから、それも妥当な話ではあるのだが。

ウラノスさんを呼びたいが、そうもいかない。

ボオスが図形をみていて、提案してくる。

「中心点を壊さないようにして、最小限の労力でこれを破壊しないといけないんだよな」

「そうだよ。 ただ正直な話、蓄えられている魔力は膨大だけれども、枷の力そのものはかなり弱まっているみたいだね」

「どういうことだ?」

「この渓谷を洗い流すほどの崩壊があったから、魔法陣も無事ではすまなかったんだよ」

淡々と説明する。

魔力的に結びついてはいるが、タオが見つけてくれた魔法陣の一部なんかは、実際に「あるべき場所」からずれていた。

それでも稼働していたのは、魔法陣が壊れる事を想定していたこと。

それに魔法的に結びついていたから、位置がずれても壊れなかったからだ。

「魔法陣を根本的な所で壊すと魔力が暴発すると。 厄介だな……」

「無理矢理壊すとね。 ふんわり空中分解するような形に出来るといいんだけれども」

「タオ、何か良案はないか? お前、こういうの得意だろ」

「今考えてる。 これ、脆そうな構造に思えるけど実際には極めて頑強なんだ。 下手に動かすと、どんな誤動作をするか。 例えばだけれど、こうやって引きはがしたりすれば、そのまま構造が崩壊すると思うけど……無理だよねえ」

三角錐を、それぞれ引っ張って離してみせるタオ。

それを見て、あたしはすぐに思い当たっていた。

時々あたしの頭の中で、こうやって歯車が噛み合うときがある。

錬金術をやっている時。

難しい調合で行き詰まって、しばらく気分転換していたとき。あたしはどうも、複数の選択肢の中から、正解を探す才能があるらしいのだ。

それが、ぴんと来ていた。

「それだタオ!」

「え、で、でも物理的に無理でしょ? 魔法陣的にも……」

「いや出来る。 ちょっと魔力がいるから栄養剤飲まないと」

増やすのはクライトレヘルンである。

魔法陣の物理的な距離はあまり此処では意味がない。魔法陣の魔術的なつながりを引っ張って、ほどいてやればいいのだ。

クライトレヘルンは氷爆弾だが、爆発時に無差別に周囲を凍らせるのを防ぐために、空気を使って冷気を遮断する。

その仕組みを使って、魔力ごと遮断してしまえばいい。

すぐに四つクライトレヘルンを増産。根こそぎ魔力を持って行かれるが、冷や汗を拭いながら、なんとか我慢。

指定の場所に、クライトレヘルンを持っていく。

精霊王「風」も、興味深そうにそれをみていた。

これを使って、魔力的な観点でつながりを立てば。魔法陣は崩壊。

崩壊したところを、魔法陣の心臓部にダメージを与えれば。後は風船がしぼむように、魔力を放出していく。

更には、元々ダメージを受けていた魔法陣が根こそぎ壊れる事にもなる。

竜脈からの魔力の吸い上げも停止するだろう。

手分けして、クライトレヘルンを配置。

中心地点に立つと、皆に集まって貰う。もしも爆破の余波でも喰らったら即死確定だからだ。

そして、ローゼフラムも配置。

準備は整った。

まずは、クライトレヘルンを起爆。

四つの巨大な氷柱が、同時に起動する。おおと、精霊王が面白そうに声を上げた。側で這いつくばっていたドラゴンが、興味深そうに首を伸ばしてそれをみる。エンシェントにまで成長すると、人間に知恵を授けることもあるらしいが。今の様子を見ると、ただの動物だ。

氷柱が、完全に問題の魔法陣の文字を固定し、更に氷漬けにした文字をそれぞれ氷柱が出来る過程でひきはがす。

これで魔力が遮断されて、しかも物理的にも魔術的にも隔離された。

そして、とどめとばかりに、三角錐二つの接点となっている部分の文字。「接合」の意味を持つ文字を、ローゼフラムで爆破。

薔薇の花の形をした爆発が、文字通りその場に咲く。

「風」がころころと笑った。

「ほう、雅なことだな」

「まだ終わっていません。 警戒をしてください!」

「うむ……」

「風」も、炸裂した大火力の凄まじさは理解しているのだろう。そのまま距離を取り、様子を見る。

ドラゴンにも促して、さがらせているようだ。

クライトレヘルンで出来た氷柱が、限界を超えた。結果として砕ける。取り込んだ魔法陣の文字ごと、である。

一気に魔法陣が崩壊し始める。

砕け散ると言うよりも、ほどけ始める。

空に向けて、凄まじい魔力が迸り。空にあった雲が文字通り消し飛んでいた。漏れ出す魔力だけでも、この量か。

念の為に、詠唱をしておく。アンペルさんも頷くと、同じように。

レントやリラさんも、防御姿勢を取り。

タオは、ボオスの側に。クラウディアも音魔術を切り替えた。索敵から防御に、である。

複数の魔法陣が空に出現。

アンペルさんとクラウディアが作り出したものだ。

魔力によって作り出した魔法陣だから、それほど強度はないが、最悪の場合の保証にはなるはず。

あたしは詠唱完了。

いつでも、昔の千倍の火力を持つ熱の槍を十三本、空に向けてぶっ放せる。今のこの熱の槍は、それぞれがクーケン島の一区画を灰に出来るかも知れない。それくらいの火力である。

だが、それを悪用するつもりはない。

威力も一点に収束させる。

大量虐殺が目的ではないからだ。

古代クリント王国の者達が、竜脈から搾取した魔力が、空に拡散して消えていく。既に魔法陣の魔力吸い上げの機能は失われていて。枷も外れているはずだ。空に多数の大型の魔物が集まってくるが。

これは膨大な魔力に興味を惹かれて、寄って来ただけだろう。

空を飛んで回っているだけで。

たまに集蛾灯に焼かれる蛾のように。

魔力に消し飛ばされてしまう者もいた。

可哀想だが、仕方が無い事だ。それに、魔力の漏出は、徐々に収まっていく。

冷や汗を拭う。

もう少しだ。

最悪の場合は、全ての魔力を使い果たしてでも惨劇はとめる。

それが、古代の錬金術師の罪業を知った者として。

最低限やらなければならない事。

過剰蓄積されていた魔力が、やがて不安定になっていく。

風船がしぼんでいくと、どんどんひょろひょろになっていくように。

魔力の漏出も、方向が定まらなくなってきた。危険を察知したのか、魔物が逃げ始める。要領が悪い魔物が焼かれたりするが、それはもうあたしにはどうにもできない。

「アンペルさん! クラウディア!」

「分かっている!」

「うん!」

全力で二人が防御陣を展開。

あたしはフルパワーで魔術をぶっ放す。熱の槍十三本が、続けて飛んでいく。

それらが、此方に僅かに向いた魔力の流れを、文字通り消し飛ばす。渓谷には近づけさせない。

レントが必死にパリィの態勢を取り、リラさんが周囲に目を配ってそれでも身を守る姿勢を取っている。

あの魔力の凄まじさは、肌で感じるからだろう。

自信はあったんだけどな。

まだ理論通りにはいかないよな。

そう思いながらも、必死に膨大な魔力の漏出余波を吹き飛ばし。空に拡散させる。何度か大爆発が起きたけれども。

被害は誰も出さなかった。

やがて、魔力の漏出が目に見えて小さくなっていく。

魔法陣に蓄えられた魔力が、勢いよく噴き出していた状態が。ゆっくり拡散していく状態に変わったのだ。

呼吸を整える。

クラウディアが差し出してきた水差しを口に含んで、ごくごくと飲み干す。かなり厳しい状態だった。

まだ呼吸が荒れる。

フルパワーで魔力をひねり出すと。やっぱりどれだけ魔力量が上がっていても、どうにも疲れるものだ。

むしろ戦闘時に、脳内物質だかがドバドバ出ているときだったら。もう少し楽かも知れないが。

ともかく、これで片付いた筈だ。

それでも、しばらく様子を見る。魔力の漏出が、完全にゆっくりに移行したタイミングで。

精霊王が、拍手をしてくれた。

ドラゴンが、大きく翼を羽ばたかせて、飛んでいく。

恐らく人里を襲う事はないだろうとは思う。

ドラゴンにも色々いて、人里を襲うような奴もいるが。あれは精霊王の言う事を聞いていたし。

それに途中からは興味深そうに此方がやる事をみていた。

多分、人を無為に襲う事はないはずだ。

腰が抜けそうなほど疲れた。栄養剤を口に含む。それでも、全身の脱力感が酷い。それに、安全にいけるはずだったのに。結局事故が起きかけた。

まだまだだ。

そう思って、自分を戒める。

変な自信なんて持たない。実力に応じた、自己評価をする。

そう戒めながら、精霊王に無理矢理笑顔を向ける。

「これで枷は消えたはずです。 確認してください」

「うむ。 我はこれよりフィルフサどもの迎撃の準備に入る。 塔へはもはや障害はない。 好きにするが良い」

「有難うございます」

「此方こそ感謝する。 忌々しい枷が外れて、少しは気楽になった。 元々星の都にて作られた身とは言え、今は自我もある。 これ以上、彼奴らの好き勝手にされてたまるかという気持ちもあったからな。 認めよう。 お前達は、古代クリント王国の者達とは決定的に違う。 ゆめ、その道を踏み外すなよ」

「風」の気配がなくなる。

座り込むと、しばらく無言になる。

そんなあたしに、誰もしばらくは、何も声を掛けてこなかった。

 

二時間ほど休んで、それから動き出す。

更に渓谷の上に上がっていくと、明らかに加工された状態になっていた。半ば崩れてしまっているが。

それでも、更にはっきりと柵やらの跡が残されている。

それに、これは段差か。

なるほど、段差を作って、多分効率よく火力投射を行い。更には、フィルフサの侵攻を段差で多少とも遅らせようとしたんだ。

それが分かる。

彼方此方に、大きな池が出来ている。

戦闘の余波で出来たんだろうな。そう思うと、あまりじろじろみようという気にもなれなかった。

「ボオス、一度戻るか?」

「いや、この様子だとお前達、今日は塔まではいかないつもりだろう?」

「状況次第だけれど、そろそろ引き上げるかな」

「少なくとも今日は最後までつきあうぜ。 話以上にヤバイ橋を渡っている事が理解出来た。 帰ってから、父さんに説明はしておく。 本当に色々とまずい状態だった、ってな」

頷く。

ボオスはもう、昔のボオスだ。

タオとも話を普通にしている。

タオが一番虐められていたのに、それなのに気にしている様子がないのも良い事なのだろう。

あれだけ色々あったのに、ボオスを許せるのはとても器が大きいことだとあたしは思う。多分だけど、タオは憶病を克服できれば。この中では、錬金術を除けば一番出世出来るかも知れない。社会的な意味でではなく、歴史的な貢献という意味でだ。

あたしは錬金術ありきの力だ。

人間力だと、タオに負けそうだなとちょっと今でも思っている。

自己評価が非常に低そうなタオだが。レントも実は、タオがいないところで凄い奴だと何度も褒めていた。

ボオスも、それは同じように認めているようだった。

「これ、大砲かも知れない」

「ああ、火薬兵器の祖と言われてる奴だな。 原型のまま残っているのか」

「そうなるね。 だけど……ああ駄目だね。 多分使い過ぎて壊れたんだ」

タオが、ボオスに説明をしている。

あたしは形状をみて、どう使うのかはすぐに理解した。筒状の形をしていて。火薬で玉を撃ち出す仕組みか。

この形状だと、玉は恐らく球体ではなく筒状か或いは漏斗状か。

それを炸裂させて、相手にダメージを与える兵器だったのだろう。本来は大きな定点目標などに使うものだったのだろうが。

フィルフサの群れに焼き付くまで叩き込んで、それでもとめられなかったと言う事だ。

覚えておく。

メモを取ってもあんまり役に立たない。

これの形状を使って、色々作れるかも知れない。

今、水を圧縮してばらまく錬金術の道具を考えている。農作業でも使えるだろうし、水の量次第ではフィルフサに大きなダメージを与えられる筈だ。

この大砲は、火薬で玉なんか打ち出すんじゃなくて、水をぶっ放すように錬金術師が改良していれば。

或いはフィルフサに、大砲だったときよりも大きなダメージを与えられていたかも知れない。

まあ、改造している時間なんかなかったのかも知れないし。

あたしの知った事じゃない。

もしもこれを一般のアーミーの戦士……兵士か。それが使っていたのだったら、気の毒だなと思う。

それだけである。

段差は階段でつながっているが。そもそも地形そのものがフィルフサの凄まじい突撃で崩壊している。

何百年か掛けてそれも崩れ果て。

今では、急勾配の坂が幾つも出来ている、というような状況になっていた。

それでも水は彼方此方を通っていて。

水たまりも彼方此方にある。

其処には当然生き物が住んでいて、独自の生態系が作られている。

愚かしい古代クリント王国の錬金術師と違って、生物は逞しいんだな。そう思って、あたしは感心する。

ひょっとしたら、だけれども。

異界も何千年かしたら、フィルフサのいる世界で平然と生きていける生物が繁茂するのかも知れない。

ただその過程で、既存の生物は滅びてしまうだろう。

やはり、フィルフサは排除しなければならない。それは、事実としてあった。

クラウディアが足を止める。

それで、皆一斉に周囲を見回す。

クラウディアの音魔術の探査は、非常に精密だ。気配を消している相手も、形などから察知できる。

遠くになると届かない場合もあるが、それでも近場だと、地形関係無く察知してくれるから。奇襲は少なくとも防げる。

口から笛を外したクラウディアが、皆を見回した。

「どうやら、ついたみたいだよ」

「魔物ではなさそうだな」

「魔物はいるけれど、こっちに積極的には襲ってこなさそう」

「そうか……」

一瞬だけ、気が抜ける。

だが、すぐに気を張り直す。

「みんな、あと少し! 荷車押して!」

「さっきの魔法陣との格闘の後だと、ちょっと厳しいよライザ……」

「弱音を吐くなタオ。 力が足りない分は俺たちで補うからよ」

「そういうことだ。 一度、塔を間近で確認しておくんだよな」

ボオスもそう言って、荷車を押してくれる。あたしは頷くと、みんなでひとかたまりになって、最後の段差を抜けていた。

おおと、声が上がる。

其処にあったのは、塔だ。

遠くから見えているくらいだ。巨大な建造物であるのは知っていた。だが、これほどまでとは。

すぐ側に塔があるのではない。

周囲は窪地になっていて、塔には石で桟橋が作られている。

周囲にはかなりの数のエレメンタルが彷徨いているようで。中には上位の種もいるようだった。

彼方此方に生えているのは、見た事も無い草だ。

彼方此方にある大きな骨。

あれは多分、ドラゴン以外にも古代クリント王国が繰り出して、フィルフサとの戦闘で果てた生物の亡骸だろう。

それがどんな生物だったのかは分からない。

塔は入口付近が大きく破損していた。フィルフサが文字通り、こじ開けて中に入ったのだろう。

入口付近は崩落もしていた。これは恐らく、戦闘の跡だ。

必死にもみ合いながら、人間が。多分錬金術師以外の戦士達が、愚行のツケを払わされたのだ。

此処でもたくさん死んだんだろうな。

そう思うと、思わず襟を正す気分だ。今着ている服に、襟はないが。

「レント、どう?」

「俺の目標だった塔だ。 だけど、一度辿りついてしまうと……あっけないもんだな」

そう。

レントは禁足地の奥にあるこの塔に来るのが目標だった。当座の目標は、これで達成出来た事になる。

だが、戦いの中で、そんな事はどうでも良くなるくらい大きな出来事に巻き込まれたのである。

今更、最初の目標なんてどうでも良くなった。そしてそれは、恐らく良い意味での成長だろう。

そうあたしは判断して、レントは大きくなったんだなと感心した。

クラウディアが、手をかざして塔をみている。

「何か分かりそう?」

「うん。 みて、塔の彼方此方、穴が開いているよ」

「本当だ。 あの中から水を出して、フィルフサをみんな押し流したんだったら、それは当然の結果なんだろうね」

タオが付け加えてくれる。

確かにその通りだ。

そして、塔の中から、強い気配がある。それはあたし達にとっくに気付いている筈。呼びつけるわけにもいかない。

更には、話に聞く精霊王「土」であったのなら。それはあまり此方に好意的では無い可能性も高い。

今日は、ここまでだ。

丁度陽も暮れ始めている。あたしはそう判断していた。

「撤退します。 明日はまた朝一で、この渓谷を突破しましょう」

「分かった。 ライザに前線指揮の判断は任せている。 そうしてくれ」

「妥当な判断だ。 周囲の魔物の戦力といい、今の状態で此処から先に行くことは勧められない」

アンペルさんとリラさんが、それぞれ同意してくれる。

とりあえず、此処まで来られた。

帰路、さっきの急勾配にあった邪魔な石などは全てどけておく。前に作ったフラムつきの爆破ハンマーで、幾つかの邪魔な大岩は砕いてしまった。

崩れそうな斜面には、先に熱の槍を叩き込んで、爆破しておく。

フラムを使うまでも無い。

そうやって先に崩しておいて、崩落に巻き込まれるのを避ける。勿論池などが埋まらないように、細心の注意を払う。

皆で石をどけて、今度来る時はスムーズにいけるように道を整備する。何カ所かで、持ち込んでおいた建築用の接着剤も使って固定。

これがと、ボオスが驚いていた。

話には聞いていただろうが、それでも間近で見るのは初めてだろう。接着後の強度や、更にはめだたなさ。更には柔軟性もみて、更に驚いていた。

「ブルネン家として、幾つか修理してほしい場所に使いたいな……」

「それはモリッツさんと相談してよ。 ボオスの独断でやると色々と面倒だろうしね」

「ああ、分かってる。 ……思っていた以上に凄いな錬金術は。 いや……」

ボオスはそれだけ言って、言葉を切る。

まあ、あたしが凄いと言おうとしてくれたんだろうが。

あたしもこんなところで調子に乗るつもりはない。

仮にそう言われても困るし。

今のは、忘れる事とした。

これで、塔へいける。

レントが目標としていた土地。そして、内心あたしも行ってみたいと思っていた場所。

そして、何よりもだ。巨大な塔を見た時。これが戦争に使われていた事が分かっても。わくわくがどうしてもあった。

それは否定出来ない。勿論不謹慎だという気持ちもあるが。

それと同時に、確実にこう思った。やっぱり、冒険をしていてよかった、と。

土木作業が終わったら、帰路を急ぐ。禁足地を抜けた頃には、陽が落ちていた。レントに、ボオスを送って貰う。

後はアトリエに戻って、明日のための準備だ。連日、殆ど余裕が無い。それでも、ちゃんと食事を取って風呂には入るように。出来るときにはそれらはやるように。アンペルさんに、厳しく言われた。

 

3、凶星

 

目が覚めて、起きだす。クラウディアも起きだしていた。

おはようと、挨拶する。

ちょっとふにゃふにゃな様子でクラウディアが笑顔を浮かべて。そのまま落ちそうになりながらも、着替えを始める。

あたしも淡々と着替えをして、それで外に出て軽く体を動かした。

朝の台所は、クラウディアの場所だ。

邪魔をするつもりはない。

あたしも料理は出来るけど、あくまで最低限。それに、料理をする時間を、体の調整と、錬金術に使う。

それが役割分担というものだ。

レントとタオも起きだしてきたので、庭を譲る。

リラさんは元々殆ど眠りが必要がない事もある。特にタオに色々教えるためだろう。試験的に作った剣を手に、庭に出て行った。

今のうちに、ゴルディナイトの解析をする。

鉱石が限られているから、あまり無茶は出来ないが。幸い今の実力なら、解析してからエーテルから取りだして、元のように復元は出来る。黙々と解析していて、やはり結論出来る。

これは元のままでは無力な鉱石だ。

例えば、魔力の動力源とかに使うのならそれはいいのだが。それだったら別に魔石やら宝石やらでもいい。魔力の内在量は大きいが、伝達率が低いから、引き出す事があまり上手にできない。

それに強度が低い。

これで剣を作っても、ぴかぴかになるだけで、すぐに折れるだろう。そんなものは、作る意味がないのだ。

そこで、幾つかの鉱石を混ぜ合わせながら、様子を見る。

そもそも「鉄」と一般的に言われているものが、炭素によって強力に強度を高めた「炭化鉄」。つまりは「鋼鉄」であり。「良い鉄」と言われているものは、「鋼鉄」として優れているもの。

それをアンペルさんから講義されて知った後は。

合金を作る事にあまり抵抗はない。

伝説的な金属は幾つかあたしでも知っている。ミスリルだのアダマンタイトだのダマスカスだの。

これらについては、実際に調べて見ると。殆どがただの鋼鉄だったり、過大評価された何かしらの合金だったり。或いは加工方法が原因で、独特の形状や模様が浮き出るようになった鋼鉄だったり。単に古くにブランドとされていたものが、一人歩きして伝説になったもの。

そういうものであるらしい。

それも知っている今としては、合金とすることに特に抵抗はない。

どんどんゴルディナイトと色々混ぜていく。

それも厄介な事に、どんな風に混ぜると強くなるかが、どうしても分からないのが金属というものだ。

幸い錬金術でのやり方だと、溶鉱炉なんて危ないものを使わなくても、それぞれきっちり合金として。

しかも溶鉱炉を使うよりも高精度に仕上げられる。

魔術の上位互換なだけではない。

多分既存のテクノロジーに対しても、錬金術は上位互換だ。本来だったらこの研究だって、片手間に出来るものではないだろう。

近場で採れる鉱石を色々放り込んで、混ぜながら試行錯誤する。

そうしている内に、本来は役にも立たない柔らかい鉱石を混ぜ合わせると、ゴルディナイトが途端に強靭になる事を見つける。

これは、まさか。

そう呟いて、すぐにインゴットにして見るが。まだクリミネアの方が強靭だ。無言で、すぐにエーテルに溶かす。

これはそもそも、同じ鉱山で採れる鉱石だ。或いは。

混ぜていると、ご飯だよとクラウディアが声を掛けて来る。

一旦作業を中止して、ご飯に行く。

昨日狩ったワイバーン肉を豪華に使ったパイだ。しかも味がしつこくならないように、ハーブを上手に使って爽やかな味に仕上げている。

これは、美味しい。

肉も燻製にした事で煙の旨みがしみこんでいて、肉汁がパイ生地にしっかりあっている。普通にお店で食べるものよりも、良い感じだ。

ただこれは、ワイバーン肉なんてまず普通では手に入らないお肉を使っている事もあるのだろう。

「うまいな。 此方の世界で唯一オーリムよりもいいものは食文化の緻密さだが。 これはなんぼでも食べられそうだ」

「リラさんのお墨付きか……」

「うふふ、まだ焼いてあるから、しっかり食べてくださいね」

「ああ、そうさせてもらう」

ぱくぱくと食べるリラさん。

オーレン族の食生活は様々だそうで、氏族によってかなり違うという話は以前聞いた。もしも別のオーレン族と出会うときがあったら、食生活については先に聞いておく方が良さそうだ。

リラさんは、少なくともクラウディアの料理が口に合う。

皆も口数が少なくなっている。パイは三枚ほど焼かれたが、みんなすぐに綺麗に皆のおなかに消えた。

昼食用の保存食を幾つか作っておく。その後は、トイレを交代ですませる。

出る前に、アンペルさんに聞かれた。

「ゴルドテリオンの状況はどんな様子だ」

「今色々試していますが、やっぱり合金ですね。 一度かなり硬度を上げることには成功しましたけれど、まだクリミネアには及ばないです」

「うむ、やはりな。 文献などで分析する限り、恐らくは純粋な鉱石を使うものではないと思っていたが。 いずれにしても、簡単ではないだろう。 腰を据えて当たってくれ」

「はい!」

エーテルをジェムに変えて、コンテナに放り込んでおく。

まあ多少朝に調合をして消耗したが、このくらいは軽いジョギングと同じだ。ほぼ消耗していないに等しい。

よし、此処からだ。

伸びをすると、みんなに出る事を伝える。

今日も、前線指揮はあたしだ。

また、渓谷に挑む。今度はただ通り過ぎるために。

魔物がわんさか出て来るような事がなければ、午前中、それも比較的早い時間に塔にたどり着ける筈だ。

塔の内部、周辺にはかなり強い魔物がいるのは確実。

そしてあまり此方を良く思っていない精霊王「土」が、いつ仕掛けて来るかも分からない。

装備は連日少しずつ更改している。

みんな技量は確実に上がって来ている。

それでも、精霊王との力の差は、まだ大きいのだ。

絶対に油断だけは、してはいけなかった。

幸いなのは、レントが塔にたどり着いたことで、舞い上がってしまうのでは無いかと言う懸念が。杞憂に終わったことか。

レントは想像以上に冷静で、すぐに正気に戻ってくれた。

荷車を引いて、出る。

この荷車も連結した二段式にするか。

ゴーレムを研究して、自動で動くようにするか。

今のうちに、研究を進めておくべきだろうなと、あたしは思った。

 

渓谷は驚くほど静かだった。

昨日、仕掛けて来るような魔物は駆除した、という事もある。鼬を皆殺しにしたわけではないから、いずれ別の群れが居着くかも知れないが。

それはそれとして、しばらくは安全だろう。

ゴーレムももう姿はない。

途中で襲われる事もなく、駆除した事によって作られた時間。開いた道を使って、どんどん奧へ行く。

更には、精霊王は此方を信頼してくれた。それも、「風」、「火」、「水」がだ。

あれら精霊王は、きっと普通の人間よりずっと義理堅い。考え方は人間と違うだろうが。それ故に信頼も出来る。

ドラゴンも、狂気から救えた。

もしも今後人間を襲うようなら、その時は排除しなければならないが。

少なくとも此処で。

狂気に捕らわれ、人間の走狗になるドラゴンはもういないし。

何よりも、それで暴走した挙げ句、意思に反して人間を襲うこともないだろう。

無言で渓谷を行く。

昨日調べている間に、左右の高くなっている通路も調べて見た。酷い有様だった。

点々としている中身入りの鎧。

思わず、目を背けたくなる惨状だった。

戦闘が終わった後は、鴉がさぞやたくさんこの辺りで飛び回り、腹を満たしたことだろう。

全て、愚行のツケを代わりに払わされたのだ。

そう思うと、やりきれなかった。

昨日壊した「枷」を確認。完全に沈黙している。再起動の可能性もない。

念の為、確認。クラウディアには、周囲の警戒に当たって貰った。

「よし、沈黙してる。 再起動は、重要な魔法陣のパーツがないし、あり得ないよ」

「よーし、これで後は一つか、二つか?」

「わからない。 でも、いずれ全部壊さないといけないだろうねこんなもの。 技術に対する侮辱だし、命に対する冒涜だよ」

「そうだな」

タオの義憤を、アンペルさんは好意的にみてくれているようだ。

或いは、何か理由があるのかも知れない。

知識欲が強くて、それが先行する傾向があるタオである。そんなタオが、此処まで怒るのは。あたしもあまり見た事がない。

いや、そんな機会がなかっただけか。

冒険冒険いっておきながら、きっとあたし達はやっぱり狭い世界にいただけだったんだ。

そう思うと、こうしているのには意味がある。

そう思って、確認を終える。

「行くよ、いよいよ塔に」

「昨日ボオスに聞いたんだが、ピオニールとかいう名前が付けられているらしいな」

「それは僕も知ってる。 でも、なんでだろう」

「さあな」

まあ、多少の雑談は良いだろう。

昨日崩して進みやすくした急勾配を抜けると、もう塔だ。そして、塔に掛かる桟橋。下にはかなりの数の魔物。

桟橋は比較的無事だが、やはり彼方此方破損している。フィルフサの群れが、なんでもかんでも踏み砕きながら進軍したのだろう。そしてこの橋の上でも、やはり戦闘が行われ、多くの人が亡くなった。

それは痕跡からも明らかだった。

「ここも……たくさん鎧や人骨の残骸が散らばってる」

「ごめんなさい。 通ります」

クラウディアが、周囲にわびる。きっとあたし達の到来を恨む人はいないと思うけれども。

あたしも黙祷はしていた。

桟橋の左右から、下に降りられる。階段もあるが、酷く傷ついていた。多分だけれども、フィルフサの群れが何もかも蹂躙しながら、下にも展開したのだろう。奴らは文字通り、死ぬまで止まらないのだ。

これを見ていると、被害規模に戦慄する。

異界でキロさんが抑えてくれている凄まじい規模の一群は百万を超える数だ。それがこっちに来たら、もう手に負えない。

もしも手に負える策があるとしたら、あのブルネン家の水の玉だが、あれを破壊したりしてフィルフサを押し流すのには反対だ。

古代クリント王国の連中と同じになる。

そうならないために急ぐのだ。

「下にかなり強い魔物がいるぜ。 早めに片付けないとまずいと思うがどうする」

「……安全確保しながら、確実に進もう。 敵意がある魔物は片付ける。 そうでないのは、相手にしない。 いいね」

「了解だ」

階段から、荷車を押すようにしてさがりながら下りる。階段をまた上がるのは大変だが、大物の魔物は際限なく湧いたりしない。片付けておけば、後が確実に楽になる。

レントが剣を構える。リラさんも態勢を低くした。

来る。

地面を泳ぐようにして来たのは、前に島に来た外洋の魔物の亜種か。魚のようなのに、陸で平気で泳いでいる。

さいわいあれほど大きくはないが、それでもかなりの偉容だ。人間なんて、一口でぱくりだろう。

それが複数迫ってきているのが見える。

どうやら、手加減も容赦もしている余裕は無さそうだ。

それだけではない。

巨大な魚のような魔物の上に、飛来してくるのはエレメンタル。それも、かなりの大物のようだ。

エレメンタルは成長するとどんどん大きくなるだけではなく、服などの飾りが豪華になっていく。

特に「角飾り」と言われるものを頭につけるようになったエレメンタルは要注意らしく。それについては、アガーテ姉さんから教わっている。

そんな角飾りを見せびらかしながらこっちに来るエレメンタル。それも一体ではない。

桟橋を降りて正解だった。今戦う方が、集中砲火を喰らうよりはマシの筈だ。

「前衛で足を止めて! 一体一体集中攻撃する!」

「分かった! 任せろ!」

「長くはもたないぞ!」

「はいっ!」

まず狙うのは、空を飛んでいるエレメンタルだ。あの大きさになってくると、広域攻撃魔術を使いかねない。

ハンドサインを出して、集中狙いする一体を指示。

後退するにしても、後ろは坂。辺りを逃げ回るにしても、地の利は敵にある。あまり有利な状態とは言えない。

こんな状況だから、だからこそに踏みとどまる。

あたしは投擲する。最初に投げるのは、シュトラプラジグだ。激しい雷撃が、詠唱を早くも開始していたエレメンタルの一体を直撃する。

悲鳴を上げてきりきり舞いして落ちていくエレメンタル。

地面にいた大きな魚のような奴にも、雷撃が被弾。

巨大な魚が反る。

今ので倒せたかは分からないが、確実に手数を減らせた。クラウディアが、巨大な矢を別のエレメンタルに叩き込む。

それを手で弾いてみせるエレメンタル。

流石だな。でも。

その手が、アンペルさんの空間魔術のエジキになって、半ばから吹っ飛んでいた。

再生をしようと手に集中しているエレメンタルが、即座に氷漬けになる。

防御から意識を逸らした瞬間に、あたしがクライトレヘルンを放り込んだのである。氷柱の中で、それでも砕けなかったのは流石だが。

氷を内側から砕いた瞬間、クラウディアの第二矢がそのエレメンタルを撃ち抜き、地面に叩き落としていた。

前衛ではタオも加わって、三人で猛烈な突貫を掛けてくる魚の巨体を弾き返している。レントも既に安定してパリィを成功させられるようになり。

リラさんは、比較的余裕を持って巨大な魚の突撃を捌いている。

タオは隙を見て目を狙ったり腹を狙ったりして、以前の交戦経験を生かしている。次。エレメンタルはまだ二体いるが、今の大火力攻撃をみてすこしさがる。だったら、前衛を叩くべきか。

いや、まて。

後方で、エレメンタル二体が同時に詠唱を開始する。

まずい。あれは恐らく重詠唱という技術だ。

二体同時に詠唱を行い、威力を何倍にもする凶悪な技術で。エレメンタルの魔力でそれをやったら、辺りが文字通り更地になりかねない。

エレメンタルからして見れば、長い目でみればそれでいいのだろう。この窪地、彼方此方に水が溜まっていて、水はけが露骨に悪い。だったら更地にするのも別にかまわないというわけか。

巫山戯るな。

長い目で見るというが、そんな理屈をいま生きている生物に向けられても困る。

「クラウディア! 詠唱阻害を!」

「分かった!」

「ライザ!」

「!」

最初に叩き落としたエレメンタルが、いつの間にか右後ろに回ってきていた。前衛を迂回して、地の利を生かして行動してきた、というわけだ。

だが。

あたしに、至近距離から魔術を叩き付けようとしたそのエレメンタルは。

むしろ懐に入ってくれたあたしには、好餌だった。

足をフルスイングして、回し蹴りを叩き込んでやる。

魔力で強化した身体能力、更には元々切り札として鍛えている蹴り技だ。文字通り形が変わる程の衝撃を受けたエレメンタルが、顔面から近くの崖に突っ込み。ドカンと音を立てながら、粉々に砕けていた。

もう一体、忍び寄っていたが。仲間の末路をみて、身じろぎする。

その下に踊り込んだアンペルさんが、両手をさっと巡らせる。同時に、体を四つに切り分けられたエレメンタルが、鮮血を噴き出すこともなく。そのまま、砕けて消滅していく。

人型をしているとはいえ、エレメンタルは人間とは全く違う。

もしもこれらも、「星の都」の民とかいう存在だとしたら。

一体これらは。正体はなんだ。

ともかく、次だ。

奧で重詠唱している二体のエレメンタル。もしもあれが完成したら、大打撃程度では済まないだろう。

躊躇無くあたしはローゼフラムを放り込む。

「枷」破壊用では無く、戦闘用に調整したものだ。

それに対して、敵は詠唱速度を加速。そして、爆発と同時に、ローゼフラムの火力を迎え撃っていた。

熱量と光が、苛烈にぶつかり合う。

余波を浴びて、前衛で暴れ狂っていた巨大な魚の魔物が悲鳴を上げて跳ねる。魚が悲鳴を上げるというのも変な話だが、そうなのだから仕方が無い。

レントとリラさんは、敵を盾に上手に防いでくれているが。

あのレベルの魔物の重詠唱だと、ローゼフラムも打ち消してくるのか。

だが。

あたしはその間に詠唱を完了。完全に詠唱しきった訳ではないが、相手はすぐに態勢を立て直してくる。これでやるしかない。

魔物達が、ローゼフラムを完全に防ぎ切った瞬間。上空に四つの熱の槍が出現していた。

勿論、エレメンタルも今の重詠唱をもう一度即時でやる余力は無いはずだ。

「いっ、けえええっ!」

投擲する四本の熱の槍。それぞれが以前の千本分の火力。それを超圧縮した破壊の権化そのものだ。

一体は首から胴体に掛けて串刺しになり、その場で崩れて消える。

もう一体は逃れようとするが、それをホーミングした二本の槍が追う。それでも必死にシールドを展開して来るのは流石か。

一本の槍を、それで食い止めてみせるが。

もう一本が、脳天から股下へと突き抜けていた。

シールドが崩れて。二本の火力が交差するようにして炸裂する。

エレメンタルが文字通り消滅する中、十字の烈光が、辺りを煌々と照らした。

呼吸を整えながら、次と呟く。

前衛にいた大型の魚の魔物は、形勢不利とみたか。撤退に入ろうとする者が一体。あれは、残念ながら追い切れない。

まだ暴れ狂っている数体を、確実に仕留めなければならない。

別にあれはいい。

ここにずっといた魔物だったら、恐らく人間の血肉の味は知らない。むしろ人間の恐ろしさを思い知らせたのだから、長期的にみれば+だ。

前に来たと言うブルネンの当主は、きっとあれらの魔物から身を隠しながら、こそこそとこの辺りを探り回ったのだろう。

「レント、リラさん!」

二人の名前を叫びながら、ローゼフラムを投擲する。

二人は即座に飛び退く。

二人が守っていた地点に殺到する魔物が、折り重なり。其処に、ローゼフラムが炸裂していた。

香ばしい香りが、ここまで来る。

ローゼフラムの爆発が収まった後には。

良く焼けた魚の魔物の死骸が複数。そこに動かなくなっていた。

急所は熱で蒸発し。それ以外の場所は余熱で焼けたのだ。大半は黒焦げになっていたが。それでも、食べられそうな場所がある程度残っていた。

 

魚の肉の食べられそうな部分を切り分けて、皆で食べて処理する。残りは燻製にしておく。

少し悩んだが、燻製にした分は何度かに分けて持っていく事にする。てきぱきと作業をしないと、魔物が囓りに来るだろう。

塔までの道はこれで切り開いた。

今の時点では、「土」の精霊王が仕掛けて来る様子もない。ただ、強い魔力はびりびりと感じる。

きっと今の戦闘だって、見ていた筈だ。

辺りを確認する。

さっきの大型の魚の魔物は逃走したようだ。戦闘の余波でのダメージは、塔には入っていない。

辺りの地面や自然へのダメージも最低限。

ため息をつく。

多分、今日はこれで限界だ。

ただ塔に入る前に、やれることはやっておきたい。辺りには虹色の結晶が幾つもある。調べて見ると、かなり珍しい鉱石が結晶化しているようだ。これは、似たものを火山でみた気がする、

ひょっとすると合金としてのゴルドテリオンを作るのに、必須となる素材かもしれない。回収していくと、すぐ荷車は一杯になった。

何度かレント達に戻って貰って、荷物をコンテナに収めて貰う。

そもそも禁足地とはいえ、クーケン島のこんな近くに、あんな危険そうな魔物がいた事自体が問題なのだ。

あれが這いだして街道などに出張っていたら、それこそ記録的な被害が出ていた事だろう。

とにかく、倒す事は出来た。

それでよしとするしかない。

時間は刻々と削れて行っている。いつフィルフサの再侵攻が起きてもおかしくないだろう。

あたしは、焦りを自覚する。

だけれども、此処で焦っていては駄目だ。

此処で引いたら、古代クリント王国の連中と同じになる。確実に一歩ずつ踏みしめて、やっていくしかない。

何度かレントが往復して、その間塔の周りを確認。

ちいさな池が幾つか出来ているが、水源ではないようだ。

さっき仕掛けて来たのより小物のエレメンタルはいたが。多分あたしの戦闘を見ていたのだろう。

近寄ってくる様子はなかった。

無駄な戦いを避けられるならそれでいい。ただ人を積極的に襲いそうならば、恐怖を叩き込んでおく。

それがどっちのためでもある。

人間と自然は残念ながらベタベタ仲良くやっていけないのだ。互いに距離を取らなければいけない。

だから、あたしはそうする。それをあの水難事故の時に学んだ。

レントが戻って来て、物資を積んですぐに戻っていく。三度の往復で、どうにかそれが終わった。

魔力体力は消耗がひどいけれども。

それでも、どうにか偵察くらいは出来そうだ。

皆に頷くと、塔の入口に。

塔の入口は、分厚い扉で閉ざされている。それよりも先に、タオが下を見たいと言う。

頷くと、塔の下に。其処には、明らかな貯水池らしい場所が存在していて。其処から、塔の中にも入れそうだ。

かなり大きい構造だ。雨が降って水が溜まったら。落ちたら簡単に溺死しそうである。それに、石造りの貯水池はかなり威圧感がある。下にもはしごで下りる事が出来る様だが、ちょっと勇気がいった。

貯水池は水が空になっている。ただ。この貯水池程度で、何十万というフィルフサを押し流せるとは思えない。

だとすると、此処はなんだ。

或いは、あのブルネン邸にあった玉の実験施設か。その可能性は高そうだ。

「クーケン島でも貯水池はあるけど、これは規模が段違いだね。 水が入っていなくて良かった……」

「それでも小さすぎる」

「そういえばよ、ライザ。 俺前に貯水池で仕事したことがあるんだけど」

「ん? どうしたのレント」

調べていると、不意にレントが言う。

幼い頃から力自慢だったレントは、当然幼い頃から力仕事で小遣いを稼いだ。家なんかの建築とか解体では、大人顔負けに働けたらしい。とはいっても、流石にそういった危険仕事をするようになったのはあの事故の後くらいから、らしいが。幼い頃は、単純にものの運搬で小遣いを稼いでいたらしい。

「一度だけ、貯水池のメンテをした事があったんだ。 貯水池の水を桶に汲んで抜いてよ」

「まて。 貯水池の水をそんな方法で抜けたのか?」

「え、アンペルさん? あ、ああ……」

「……続けてくれ」

レントは困惑しながらも続ける。

水を抜いた後、下から出て来たのは石だったそうだ。それも、ぴっちりと組まれた。

「壁になってる部分は土だったよ。 でもなんだか、此処を思い出してよ」

「お手柄だレント。 何となく分かってきたぞ」

「え、ああ、うん……」

「アンペルさん、どういうことなんですか?」

クラウディアが聞いてくれる。タオですら困惑しているから、まあ当然だろう。

咳払いすると、アンペルさんはいう。

「おかしいと思っていたんだ。 水が無限に近い量出る道具なんてものがあっても、島が水没する様子がない」

「旧市街の辺りは沈んでますよ」

「いや、その代わり別の場所が隆起してるだろう」

「た、確かにそうですけど……」

旧市街が徐々に水没しているのは確かだ。彼方此方から水がしみ出してきている。それで、倒壊した建物もある。

だがその一方で、ラーゼン地区なんかではむしろ土地が増えている。年々塩水と無縁になって、耕せる土地が増えているのだ。

だから葡萄とか、うちのお父さんが試したりしている。

「もしもだ。 島がそもそも島では無かったとしたら?」

「え、どういうこと!?」

困惑するタオ。

アンペルさんは、恐ろしい事を続けるのだった。

「まだ可能性だから、断言はできない。 だがその可能性が恐ろしいんだ。 良く聞いてくれ。 ひょっとすると、クーケン島は、湖底の地面が隆起して出来た島ではなくて……古代クリント王国か、或いはもっと古い時代か。 そういった古い時代に、作られたものかも知れない」

「島を作るって、そんな……」

「あり得ない話じゃないんだ。 幾つかの証拠を私は見てきているが、いにしえの時代には幾つも空中に都市があったらしい。 錬金術によって空に浮かべたものだ。 精霊王が口にしていた星の都というのは、そういった都市だった可能性がある。 島くらいのものなら、少なくとも神代の錬金術師は浮かせることが出来たんだよ。 古代クリント王国の錬金術師には出来なかったようだが、島くらいは作れたのかも知れない」

ぞくりとする。

確かに、古代クリント王国の時点で精霊王を行使するような文明だ。それよりも凄かったらしい神代となると、何ができてもおかしくは無い。

いずれにしても、今の段階では仮説だとアンペルさんは閉じた。

あたしは無言で、皆に栄養剤を配る。

もう戻るつもりだったが、予定変更だ。

ここから時間が許す限り踏み込む。

「塔の中に入るよ」

「えっ、でも今日は戻るんじゃ……」

「予定変更。 塔の中を確認しよう。 この辺りは恐らく水に関係しているから、フィルフサが入ってこなかったんだと思う。 塔は恐らく内部を食い荒らされているだろうけれど……それでも調べる必要があるよ。 時間のぎりぎりまで」

クラウディアが不安そうにいうので、あたしが塔に入る理由を説明。

皆、それに対しては、無言で賛成してくれた。

想像以上にまずいものに片足を突っ込んでいるのかも知れない。

フィルフサの群れよりヤバイものなんてこの世にないと思っていたのだけれども。

それよりも更にまずいものがこの世にはあっても不思議じゃない。

それを失念していた。

もしも、アンペルさんが言う通りだったら。古代クリント王国の錬金術師が。平和的な目的とか、いやもっと言えば建設的な目的で島なんて作る訳がない。連中は幼稚なエゴとそれで拗らせた全能感の塊だ。

だったら、自分の力を誇示するためだったり。

その力で気にくわない人間を踏み砕くために、錬金術を使うはず。

最悪の可能性が適中したら。

クーケン島を放棄しなければいけない可能性すら出てくる。

あたしは、タブー中のタブーに触れようとしている事を悟る。

恐らくフィルフサによって壊滅的な蹂躙を受けたから禁足地なのだろうと思っていたのだけれども。

これは違うかも知れない。

もっと恐ろしい理由で、禁足地になっているのだとしたら。

そうだとしても、もう引くわけにはいかない。

ここから先は、人間の業の。その深奥が待っていても、不思議ではなかった。

 

4、雷神は待つ

 

精霊王「土」は、既に「風」の使者である下位の「星の民」に、後から合流すると返事をしていた。

「風」は好きにするようにと応える。

意外にも、錬金術師共を気に入っているかに見えて、まだ見極めている最中であるらしい。

錬金術師がまだ若い個体だから、だろうか。

人間という生物は、何百年も見て来たが。年齢や立場によって、同じ個体か疑わしい程に変わる。

若い頃はまばゆいばかりの強い正義感と使命感を持っていた個体が。

年老いた頃には、すっかり醜悪なエゴの塊になっている事も珍しくもない。

だが、それは別にどうでもいいことだ。

「土」は自分の目で見極める。

何しろ、見て来たからだ。

最後の瞬間まで、自己正当化し続けていた、愚かしいクリント王国の錬金術師を。

周囲の人間を何十万、いやもっとフィルフサの蹂躙に巻き込んで起きながら。自分は正しい。弱者が死ぬのは当然だとうそぶき続けていた愚かしさを。

その愚かしさを「土」は軽蔑していた。

そしてライザリンだったか。

他の精霊王とは精神リンクである程度の意思が通じている。

だからこそに、その錬金術師が「今は」信用できる事も分かっている。

だがそれは、あくまで「今は」だ。

年老いたときに、どうなるかなど分からない。

或いは伴侶を作って子供が出来るだけで、大きく変わるかも知れない。

そんなことは、人間を見て来ているから分かる。若い頃はとても真面目で正義感が強く、自己犠牲の精神も持ち合わせていた人間が。

子供が出来た瞬間に豹変するのもみている。

真面目だった人間が、悪辣な集団に影響され。

数ヶ月と経たずに邪悪の権化になるのもみている。

他の精霊王達も、恐らく「様子見」のつもりの筈だ。

もしも今塔に入ってきている者が、年老いてもなお変わらない心を持ち。そしていにしえの錬金術師どもと同格以上の才覚を持つとしても。

「今」、それを判断するのは不可能だからだ。

「土」はもっと良く見ておきたい。

だから、直接見極める。

「枷」の破壊は、既に地力で成し遂げている。というよりも、フィルフサがこの塔に押し入ってきたとき。

奴らが踏み砕いたので、既に半分以上壊れていたのだ。

だからそれについては別にどうでもいい。

この塔は、クリント王国の拠点だった。確か王族だとか言う、集団のトップに血統が近い人間も入っていて。

それで玉砕の指揮を執ったはず。

なお其奴は、事あるごとに逃げだそうとして。

最後のフィルフサが突入してくる頃には、見苦しいと言う事から、縛り付けられて転がされていた。

そのまま踏み砕かれて死んだが。醜態をみていた兵士達は、もはやそれに一瞥もしなかったし。

そもそもフィルフサに皆が踏み砕かれていく中で、かまっている余裕すらないようだった。

クリント王国の連中は、「王族は優秀」だの「貴族は優秀」だのの繰り言を必死に喧伝していたようだが。

そんなものはないと、自分の身で証明したわけだ。

ふっと、「土」は笑った。

話題になっている錬金術師が塔に入れば。

真実を知る事になる。

今日は既にかなり時間的に遅い。或いは明日また出直してくるかも知れないが。いずれにしても、近いうちに「土」の前に姿を見せる。

その時には、全ての真実を知っているだろう。

理解もしているはずだ。

びりびりと、周囲の空気が帯電する。

「土」は、判断次第ではそのライザリンとかいう錬金術師を殺す。絶対に生かしてはおかない。

才能を持つ錬金術師と言うだけで、世界の脅威なのだ。

今まで見てきた四桁に近い錬金術師は、才能を持っているほど世界への脅威度が高く。そして世界を滅茶苦茶にエゴで蹂躙する可能性が高かった。

統計としてはちょっと数が物足りないが。

それでも母集団の数と比べると、充分過ぎるだろう。

才能が半端な錬金術師ですら、己の力に溺れて邪悪の限りを尽くす。それが現実だったのだ。

だからこそ、錬金術師を影から始末しているような連中までいた。

それを止める気は毛頭ない。

さて、見極めさせて貰うぞライザリンとやら。

貴様が真実を知ったとき、果たして正気でいられるか。

貴様が年を取ったとき。

今と同じでいられるか。

若い頃、「良き存在」であろうとした錬金術師は、例外なく堕落した。それを知っている「土」は。

世界にとって危険な芽を摘むためにも。

何よりも、最後の最後まで繰り言をほざいていた錬金術師に対する怒りのやりどころを見極めるためにも。

此処に踏みとどまらなければならなかった。

 

(続)