枷を打ち破れ

 

序、三度洞窟へ

 

クーケン島対岸。その西すぐにある洞窟。

リラさんがあたし達の試験に使った場所で、本来は危険でもなんでもない、狭くて小さい洞窟だが。

内部に足を踏み入れると。

空気が完全に変わっていた。

あたしは生唾を飲み込む。

びりびりと、全身が痺れる程の魔力が漂ってきている。これは、あの時感じた。ボオスを追うときに感じた魔力は、錯覚では無かったという事だ。

「いるな……」

レントが呟く。

とにかく、今勝てる相手じゃない。

それに、相手は悪党でもない。

ただ、精霊王はみんな性格が違う。そして古代クリント王国の連中は、凄まじい悪行を働き続けた。

それを考えると、いきなり仕掛けて来てもおかしくない。

冷や汗が流れるのを拭う。此処はむしろ涼しいほどなのに。全身がぶるぶると震える。冷や汗が流れているのに。

此処は、やばい。

全身が、それを伝えてきている。「風」や「火」の時よりも非常にやばい。明確に分かる。

魔力が、警戒に満ちている。

魔力は誰にでもある。

誰でもある程度察知できる。

この世界の人はみんなそう。魔力が全く無い人間は、あたしも一度も見たことがない。

それは動物も同じ。

魔物も全てそう。

ぷにぷにみたいな、食べる事だけ考えている本能の塊みたいな生物ですらそうなのである。

おそらくだが。この世界は魔力を基幹になりたっている。

それはあたしも分かるから。だからこそ、今の危機的状態についても、理解できるのだった。

魔物は既に一匹もいない。

それはそうだろう。

此処がまずいと、一発で分かる筈だ。水位が下がっているから、逃げられなかった魚もいるだろうか。

そいつらも不幸だな。

そう、あたしは思っていた。

それでも、足は止めるわけにはいかない。

生唾を飲み込むと、あたしは皆に号令した。

「いくよ」

「ほ、本気!? ライザ、これまずいよ! 多分奥に行ったら、確定で殺されるよ!」

「タオ、もう覚悟決めろ……」

レントが諦め気味に言う。

リラさんは平然としているようだが、それでも言う。

「最悪の場合は私が殿軍になる。 皆、後ろを見ずに逃げろ」

「そうならないように交渉を頼むぞ、ライザ」

「分かっています……」

足を踏み出す。

洞窟の中は、氷室のよう。

勿論本当に寒いのではなくて、拒む魔力が濃すぎて、体が恐怖を訴えてきているのである。

それだけの話だ。

前に進む。

ただ、ひたすらに。

無言で進んでいく。魔物はいない。ゴーレムは以前来た時に駆逐した。それもあって、生物の魔物もいないし、敵となりうるものは出てこない。

あたしはそれでも周囲を警戒する。

クラウディアが貧血を起こすのでは無いかと少し心配になったが、大丈夫だ。全く問題はない。

むしろ魔力が強い分。

耐性は、充分にあるようだった。

奧に。水は殆ど引いていて、突然潮位が上がり始めない限り、危険はないと見て良さそうである。

無言で歩き続ける。

レントが前列にいるが、緊張しているのが一発で分かる。時々石に躓きそうになっているからだ。

普段だったらあり得ない。

それだけ、奧から感じる魔力が強力なのである。

勿論、「風」や「火」も強力だった。この魔力に対しても、そうそう見劣りはしないだろう。

だが、これは明らかに拒絶の意思が魔力に籠もっている。

それだけでも、桁外れの脅威となっているのだ。

それでも。

意外にあっさり、奧へと到達出来てしまった。

奧は台座のようなものがある。

そこには、間違いない。

椅子に腰掛けた、しゅっとした人影があった。

「火」のように幼い容姿と言う事はない。「風」と殆ど同じ……いや、少し年上に見える。或いは化粧などの工夫からかも知れないが。

恐らく精霊王のリーダーシップを取っているのは「風」だ。「闇」が独自行動をしているという事もあって、それも絶対ではないようだが。

理由はわからないが、或いはだが。

それぞれ見分けがつくように、人間体の姿を変えているのかも知れない。

精神年齢についてはよく分からないが。或いは、生まれた順に色々工夫しているのかもしれない。

いずれにしても、姿が見えると、いっそう斥力が強烈になった。タオが吐きそうな顔をしている。

周囲には露骨な程の遺跡が山ほどある。

もしも調査できたらなあ。

そう思っているのだろうが。或いは、それすら考えられないほど、斥力がきついのかも知れない。

あたしはそれでも顔を上げて、前に進む。物理的圧力すら伴っている程である。風が吹き付けてきているようだが。

その魔力はどうも湿気っぽくて。

水だと言う事がわかる。

間違いない。前にいる椅子に座った人型に見えるもの。あれが「水」だろう。精霊王だ。

そして精霊王の実力は。

今でも、勝てる段階にはない。

勿論、これが邪悪な存在で。

クーケン島をフィルフサと同じように脅かすのであれば、退治しなければならないだろう。命に替えてもだ。

だが、今の時点で対話の可能性がある。

フィルフサとは、その点でも違っている。

だから、今は対話に力を注がなければならない。

「風」と「火」は会話が出来た。

きっと「水」と「土」だって。

一番骨が折れるだろう相手は、「土」だという事は想像がついている。「火」との感応夢からだ。

だからこそ、「水」で手間取るわけにはいかないし。

かといって、相手を侮る訳にもいかなかった。

深呼吸して、近づく。

タオが、古代クリント王国の言葉で、現在の言葉しかわかりませんと告げる。これも、事前の打ち合わせ通り。

ふっと、「水」が笑ったのが分かった。

或いは、もっと前に目が覚めていたのか。

「不埒なるクリント王国のものでは無い、か。 名乗れ」

「あたしはライザリン=シュタウト! そちらはあたしの師匠のアンペルさんです! それで……」

皆の名前を告げる。

そうすると、「水」と思われる精霊王は、値踏みするようにじっくり此方を見てから、名乗り返してきた。

「「精霊王」とも呼ばれる「水」だ。 星の都の連中によってそう呼ばれ、いつの間にか定着しただけだがな」

「その、星の都というのは何なんですか? 今まで遺跡調査して、全く見当たらなかったんですが……」

「それは古く空に浮かんでいた都よ。 とはいっても、既に陥落して久しいがな」

「……」

空にあった都。

火山にあった、浮いている岩の群れを思い出す。

ひょっとしてだけれども、あれらと同じような感じで、都市を空に浮かせていたのだろうか。

それならば、地上からみれば星と同じように見えるだろうし。

「星の都」と呼ばれるのも納得出来る。

だが、それよりも。

今は優先順位が高い話がある。

「ごめんタオ。 ええと、それよりも先に。 これを見てください」

「ほう、「風」の使いのようだな」

「現在フィルフサとの戦いの為に、貴方の仲間の精霊王達皆が此処から北の渓谷に集結しています。 既に「風」「土」はそこにいて、「火」にも声を掛けました。 貴方が「水」であるのなら、急いでください」

「その前に聞かせよ。 そなたらの目的は。 私は錬金術師という存在が、どれだけエゴイスティックで自己中心的な存在かずっと見て来た。 お前達が言う所の何百年も前からな。 例外はごく僅かだ。 今も詐術を疑わざるを得ないのよ」

まあ、そうだろうな。

あたしだって、その言葉には同意するしかない。

錬金術師は、殆ど存在を聞いたことがない。あたしはアンペルさんに出会って、初めて存在を知った。

それから調べたが、旅先で錬金術師を名乗る人間に出会ったという老人は何人かいたけれども。

具体的にどういう事をしていたかは、皆よく分からないと応えたし。

助けて貰ったという話もあったが、どういう手段でかは覚えていなかった。

行商人も、錬金術という単語は口にした事がなかったし。

ついでなので今島に逗留している、彼方此方を放浪して商売をしている行商人であるロミィさんにもレントに聞いてきて貰ったのだが。やはり錬金術師というのは、あたしやアンペルさん以外知らないそうだ。

クラウディアも、彼方此方バレンツ商会とともに出歩いて見て回ったそうだが。色々な人間の業を見てきている彼女でも、錬金術師についてはここに来るまで知らなかったらしいし。

今の世界では、まず錬金術師自体が殆どいないと結論出来る。

だとすると、過去の錬金術師の事を調べるしかないが。

アンペルさんの所属していた集団にしても。

それより古い時代の古代クリント王国にしても。

錬金術師は人でなしの集まりだ。

アンペルさんが例外だっただけで、実際問題あたしだって錬金術師と聞けば、良い人間だとは思えなくなっている。

だからこそ、良い人間であろうと思う。

あたし自身は昔からそうあろうと思っていた。悪戯ばっかりしていたのはまたそれは別として。

だから、此処で。

良き錬金術師、いやそうあろうとしている事を、示さなければならないのだ。

「疑うのはもっともです。 あたしも遺跡とかをタオに調べて貰って、オーリムでオーレン族に話を聞いて。 錬金術師がどれだけの悪行を積み重ねてきたか、既に知っています」

「それでも錬金術師を志すか」

「はい。 あたしは、そいつらとは一緒になりません」

「若いうちはそう正義の心を燃やせるかもしれん。 だが、お前が子を持ったり所帯を持ったり、年老いて衰えを感じ始めたとき、それはどうなるだろうな」

同じような事を、他の人にも言われた。

ウラノスさんのように、衰えを感じたとき。さっさと後続に今の地位を譲れる人間の方が希だ。

人間は積み重ねてきたものが、何もかも無に帰すと思うと恐怖する。

それが当たり前なのである。

プライドを持って仕事をしているような人間こそ、その傾向が強い。

だから老害なんて言われるような人間が出て来てしまうのだ。

それについては、あたしも分かっているし。

昔は奔放に各地をザムエルさんと一緒に冒険していたお父さんとお母さんが、今ではすっかり保守的になってしまっているのを思うと。他人事ではないなとも思う。

だけれども。それでもあたしは良き錬金術師でありたい。

それを聞くと、普通の人はガキだの幼稚だのと嗤うかも知れないが。

大人になる事が邪悪に染まることだというのならば。

あたしは大人になんぞならんでもいい。

あたしの目的は、フィルフサからオーリムの聖地を取り戻し。古代クリント王国の外道どもがオーリムの聖地から奪った水を戻し。そしてフィルフサの大侵攻を食い止めて不幸の連鎖を止める事だ。

順番に、それらを説明していくと。

アンペルさんは満足げに頷いてくれた。

「水」は、無言でじっとあたしをみていたが。

やがて、嘆息した。

「分かった。 少なくともよくあろうとしている事は理解出来た。 目的も、エゴに塗れていた古代クリント王国の錬金術師どもとは違うようだな」

「じゃあ……」

「だが、古代クリント王国の者どもは、詐術に長けていた。 そして詐術が通じないと分かると、暴力に訴えた。 私は何度も騙されるわけにはいかぬ」

「何か、対案があるならお願いします! いずれにしても、今は渓谷に集結して皆と協力しないとフィルフサと戦うのは厳しいです!」

正論もぶつけてみる。

精霊王の実力は激甚だ。間近に出て見れば、それは嫌と言うほど理解出来る。

だが、それはそれとして。

「水」の精霊王は、疑い深いようだ。

これくらいの実力者だったら、相手の頭の中を覗いたり。ある程度相手が邪悪かどうか判断出来ると思うのだが。

古代クリント王国の者達は、それすら騙しきるほどの詐術を持っていたのか。

或いは、相手を騙すための錬金術の産物を持っていたのかも知れない。

だとすると、許せない。

錬金術が破壊と殺戮に用いる事が出来るのは事実だ。

あたしはそれで、たくさん魔物を排除してきた。

だがそれ以上に、クーケン島の人々を助けても来たし。

建設的に動く事だって出来ることも事実なのだ。

それは分かっているから、あたしは食い下がる。

この力は。確かに幼稚な全能感を刺激するかも知れない。圧倒的な力を持てば、簡単に人間は壊れるかも知れない。

だが、アンペルさんはそうはならなかった。

ずっと罪悪感に苦しんできた。

あたしだって、同じ立場だったらそうなったと思う。

だからあたしは。

錬金術を捨てるつもりは無い。

「……そうさな。 では、妥協点を探そう。 此処で汝らを信じられるか信じられないか、論じても始まらぬ」

「はい。 出来る範囲の事ならします」

「我の足下をみよ」

この精霊王も。

椅子と、その台座ごと中空に浮かんでいる。

そしてその下には。

大きな遺跡があった。本来沈んでいたからだろう。とても汚れていたが。

「これは枷だ。 この枷を外すことが出来たら、汝を信用しよう。 何より動きづらくて仕方がないのでな」

「失礼します」

すぐに動く。

グロッキー気味のタオも急かして、急ぐ。アンペルさんにも勿論手伝って貰うし、レント達にも力仕事をして貰う。

みな、てきぱきと動く。

この辺り、みんなで冒険をはじめて日が浅いとは思えない。

これもリラさんが、皆に集団戦闘の何たるかを仕込んでくれたおかげだ。

まずしめってる台座を、あたしが熱魔術で乾かす。その後、クラウディアがてきぱきと棒を使って、ゴミを避けて行く。

更に、タオがゼッテルにチョークで辺りに刻まれている紋様や文字などを写し取る。

アンペルさんが、周囲の構造を調べ。

重そうなゴミは、リラさんとレントが。すぐに片付けていく。

熱魔術で周囲を乾かしながら。どいて様子を見ている「水」をみる。

やはり、じっと様子を見てくれている。

だとすると、話は通じるとみていい。

無理難題を言っているのだとは思えない。

試されているのだ。「風」と同じように。

それだけ古代クリント王国の外道共は、精霊王だけではなく何もかもを好き勝手に蹂躙したという事なのだろう。

精霊王達はむしろ超越存在としては公正な方だ。

ドラゴンだったら、縄張りに入っただけで攻撃してくるとか普通にあるし。

或いは生け贄を要求してくるかも知れない。

言葉が通じようと通じまいと、それは同じ事である。

そういうものなのだ。

そういうものなのだから、言葉が通じて、意思疎通も出来る相手は貴重だ。ましてやそれが、フィルフサと共同戦線を張る事が出来るのなら。

それに精霊王達は自然のバランスを取る事を何よりも大事だと考えているようである。

だとしたら、共存は。

人間の方がバカをやらかさない限り、可能な筈だ。

人間が今の何十倍もいたらしい古代クリント王国の頃だったら、それも話が別だったかも知れないが。

少なくとも、各地の集落で人間が孤立して生きている今の時代だったらそれは違っている。

それが分かるから、あたしは動ける。

「ライザ、遺跡をメモし終わったよ」

「ありがとタオ。 アンペルさんとあたしでみてみる」

「頼むよ。 文字の解読は今やってみる」

「焦らずとも良い。 必要な分の情報を得たのなら、根拠地で以降のことをせよ。 此処よりも安全な場所の方が、全てはかどるであろう」

気を遣ってくれるのはとても有り難い。

とりあえず、さっと魔法陣をみるが。一目でこれは即座に解読出来るものではないと分かる。

「火」は時間を掛けて、同じような枷を破壊したようだし。

簡単に壊せるものでもないだろう。

「なるほどな……」

「アンペルさん、分かりそうですか?」

「理屈はな。 ちょっと一度戻る必要がありそうだ」

「分かりました。 それでは一度戻って、再度準備をしてきます」

精霊王「水」は頷く。

そうなると、時間はあまり多く無い。

「火」は一日の作業で全て終わったが。「水」はそうも簡単にいきそうにないということか。

それは分かった。元々精霊王のような超越存在だ。簡単に説得できた方が幸運が過ぎたのである。

だから今は、その幸運の貯金を使うつもりで。

対応に当たらなければならなかった。

 

1、邪なる枷

 

アトリエと「水」の精霊王がいた洞窟は指呼の距離だ。すぐにアトリエに戻って、対策会議をする。

タオが言っていた通りの場所に「水」がいたこと。

そして「水」も話が出来ること。

それに、出してきた課題が明確なこと。

これら全てが僥倖だ。

リラさんも、遠回りになるが。精霊王を味方に出来れば、最悪の事態でも被害を随分と抑えられるだろうと喜んでくれたが。

しかし、あれらはやはりオーリムで言う精霊とは別だともいうのだった。

まずタオが挙手。

「僕は刻まれていた文字を解読するけれど、具体的にどうするの? 「火」は枷を外すのに、下手すると何十年も掛かったんでしょ? あんな凄い力を持った存在がだよ」

「そうだな。 それを考えると、一日二日で出来るかどうか……」

レントも懸念する。

クラウディアは、こう言うときはてきぱきとお茶を出してくれる。お菓子も焼いてくれる。

ここ最近は、蜜も作っている。

蜂の巣だったら、その辺になんぼでもある。これを蜂の子ごとエーテルで分解して、要素を抽出。

勿論蜂に攻撃されるが、それらは即座に煙でいぶすか、冷気の魔術で永眠してもらう。

蜜を蓄える蜂は種類も限られるし。

あのメイプルデルタ近辺には、大量の巣もある。

それらを活用して、蜜を抽出し。

更に濃くすることで、蜜の結晶も作れる。結晶にしておくと、基本的に蜜は痛む事がないので、保存も出来るし。

任意に使える。

そもそも砂糖がどれだけ貴重かを考えると、この蜜がどれほど値段がつくかが良く分かる。

勿論蜂の巣を丸ごと叩き潰して、絞って蜜を取ることも出来るが。

これは基本的に技術と力がいるので。

錬金術でやる方が早い。

流石に茶葉はどうにもならないので、クラウディアは商会から持ってくる。その代わりに、あたしはこの蜜の結晶をクラウディアにバレンツ商会へ持っていって貰っている。ルベルトさん曰く、対価として充分過ぎるそうだ。

また、この蜜を使って菓子も作れる。

あたしは錬金術でやってしまうが、クラウディアは用意してある台所の窯を用いて作り。その技量は、普通にお店で出てくる品だった。

だから、話をしているときに。お茶とお菓子が担保されるようになっているし。

それはとても有り難い話だ。

アンペルさんが満面の笑みでクッキーを食べていたが。

やがて視線が集まっているのに気付いて、咳払いする。

結構この人、可愛いところあるんだなあ。

そう思った。

「あー、おほんおほん。 軽く竜脈についてもう一度説明しておく」

前にも説明して貰った事があったが。

アンペルさんは、そこから再度説明してくれた。

竜脈というのは、地面の下にある魔力の流れ。この世界の血管のようなもの。この世界だけではなく、確認する限りオーリムにも存在していて。オーリムの竜脈はこの世界のものよりも更に強力らしい。

なんでこれを竜脈と呼ぶかは諸説あるらしいが。

竜脈がある地点には森などが繁茂したり、たくさんの魚が集まる良い漁場になったり。逆に、噴火を繰り返す危険な火山が出来たりするらしい。

ともかく、自然の力が増幅されるそうである。

あの洞窟にも、どうやらその竜脈があるようだと、アンペルさんは説明してくれる。

「古代クリント王国の錬金術師どもは、その竜脈を使ってあの精霊王「水」に無理矢理言う事を聞かせたのだろう。 そしてフィルフサとの戦いに狩りだしたというわけだ」

「酷い……」

クラウディアが素直に言う。

確かにあたしも酷いと思う。

精霊王はきちんと話が通じる相手だ。それをまるで道具のように。

だから、滅んだんだ。そうとしか、あたしは言えない。

レントも、怒りを覚えているようだった。

「何でも力尽くで解決するのは場合によってはあるんだろうが、話も通じる相手にそういうことをするのは気にくわねえな……」

「僕も同感だよ。 話せば古い時代の知識が得られるかも知れないのに。 星の都の話だって、もっと聞きたかった」

「あ、うん」

まあタオはそういう奴だよなあと思う。

勿論悪気がない事も分かっている。だから、いちいち怒ったりするつもりもない。

クラウディアは、綺麗に整っている眉を下げた。

「もしも枷なんてものがあるなら、すぐに解放してあげたいと思うの。 ライザ、アンペルさん、どうにかならない?」

「クラウディア、落ち着け。 すぐにはどうにもならないから、此処に戻って来たんだ」

リラさんが、丁寧に諭すと。

クラウディアも頷く。

これで、多少は話しやすくなったか。

アンペルさんが、少し考え込んでから。言う。

「恐らく、古城にあったものと同じ仕組みだろう」

「古城のドラゴンを狂わせた石碑か!」

レントが思わず立ち上がる。

そうだ。

あれもいずれにしても、破壊しなければならなかったのだ。

石碑のメモは、タオが取ってきてある。すぐに拡げて、内容を確認すると。確かに構造は似ている。

あたしもこれでも魔術に関しては相応の知識がある。

魔法陣の構造くらいはある程度分かる。ウラノスさんなら、もっと細かく解析できるかも知れない。

「あれはいずれにしても破壊しなければならなかった。 ドラゴンは確かに危険な存在だが、それをあのように縛るのはとても褒められた行動ではないだろう。 勿論人間を積極的に襲うようなドラゴンは排除しなければならないが、基本的に知能が高いドラゴンは、人と距離を置く超越存在だ。 場合によっては、エンシェントドラゴンになると人間に知恵を授けて穏やかな関係を構築することもあるという」

「だったら、出来るだけ急いで壊さないと……!」

「ああ、そうだな。 ライザ」

あたしは頷く。

アンペルさんが、順番に皆に話をしていく。

「まず私とライザが、魔法陣を解析する。 恐らくだが、竜脈からの力の供給を絶てば、魔法陣をとめ、「枷」を破壊する事が出来るだろう。 ただし下手に触ると、力が逆流して、周囲全体が吹っ飛びかねん」

「慎重な対応が必要な訳だな」

レントの言葉に、アンペルさんが頷く。

そして、続けた。

「単純に壊すのは論外だが、まずは魔法陣の機能を停止させる必要がある。 タオ、解析した文字を見せてくれるか」

「こっちです」

現在の言葉に翻訳されている。一部言い回しが迂遠な辺りは、古城にあった石碑と同じである。

「水司る大いなる力」というのが、多分精霊王のことだろう。

他にも固有名詞らしいのが幾つかあるが、それ以外は概ね文章として理解出来る。

台座には何カ所かに幾つも文字が刻まれていた。それらも解析してみるが、どうも魔法円に閉じ込める形ではなく。

魔法陣そのものを、台座にしているようだ。

かなり高度な仕組みだ。スペシャリストの意見がほしい所である。

そう、あたしが口にすると、レントが立ち上がる。

「この図、貸してくれるか。 俺がウラノスさんに話を聞いてくる」

「レント、頼めるか」

「ああ。 俺は力仕事しか出来ないからな」

「よし。 タオ。 リラとクラウディアと一緒に古城まで行って、問題の石碑周辺の床にも風化した文字が刻まれていないか調査してきてくれ。 今のタオだったら、見逃すことはないだろう」

リラさんが分かったと言って、すぐに二人を促す。

後は、解析の開始だ。

レントは島に戻り。

リラさん達三人で、すぐに古城に出向く。リラさんがいるし、今の二人だったら、古城の魔物程度に遅れを取らないだろう。

皆が行くのを見届けてから、アンペルさんがいう。

「皆の身体能力を上げる腕輪、今のうちに作っておいてくれ。 タオとクラウディアと私の分がまだだったな」

「解析はいいんですか?」

「かまわない。 私一人で充分だ。 それよりも、多分かなりピンポイントの爆破をしなければならないはずだ。 後で精密な爆弾を作る必要が生じてくる。 その時の為に、鋭気をやしなってくれ」

頷く。

こうして、皆がそれぞれ、自分が出来る事の為に動き出す。

あたしも、皆の強化のため。

黙々と、調合を開始していた。

 

最初に戻って来たのはレントだった。ウラノスさんは戦線を退いたものの、魔術師としては知識を失っていない。

あたしやアンペルさんよりも詳しく、魔法陣をみて説明をしてくれたという。

「ウラノスさん、怒ってたぜ。 これ最悪の禁術だってな」

「良かった。 ウラノスさんも、怒るような内容だったんだね」

「ええと、タオの説明に幾つか追加でメモを書いてくれたぜ」

すぐにアンペルさんと一緒に、メモをみる。

なる程、更に分かりやすくなった。

あたしも、内容は頭に入れておく。

アンペルさんが目論んでいるのは、ピンポイントでの枷の破壊だろう。下手に破壊すると大爆発してしまう。

それを防ぐためには。

多分だが、魔法陣の、力をこちら側に供給している文字を消し飛ばす作業が必要になって来る筈だ。

それをするには。本当に繊細で。なおかつピンポイントの範囲を熱で一瞬にして破壊し尽くす爆弾が必要になってくる。

あたしは黙々と、火薬を調合する。

レントは他にも、必要な薬だののリストを貰ってきてくれた。なんでも三件隣の家の奥さんが産気づきそうだという話で、それらの薬が最優先だ。エドワードさんが産婆さんと一緒に出向くだろうが。いずれにしてもお薬は幾つかいる。

作り置きしてあるお薬をコンテナから出し。足りない分は、エーテルとジェムを釜に投入して、その場で増やしてしまう。

ジェムはあたしの魔力の変質したものだ。

だから、触ればどれがどうだか分かるし。

エーテルの中で組み合わせれば、同じものを再現出来る。そうしてお薬を作り、すぐに瓶に移す。

液体の薬をエーテルの中で作った後、エーテルにある程度強い粘性を持たせ。粘性の違いの中浮き上がってきた液体の薬を瓶にすくい上げる。

そうすることで、液体を釜の中で調合できるのだが。

これが出来るのも、錬金術師の中ではほんの一部であるらしい。

アンペルさんが褒めてくれるので嬉しいが。

今はお薬の方が先だ。

「リストにあったお薬は揃えたよ」

「よし、戻って配ってくるぜ。 順番通りに行けば良いんだな」

「うん。 お願いね」

「力仕事しか出来ないからな。 逆に力仕事は全部任せておけな」

レントがそんな事を言うが、本来はあたしが直接行くべきだろう。緩衝剤の藁を詰めた袋に薬瓶やらを入れて、レントがクーケン島に戻っていく。ついでにボオスに進捗を話しても来るそうだ。

ちゃんとしたお薬と医者、産婆がいないと文字通りお産は命がけになる。

あたしはクーケン島の閉鎖的な所は大嫌いだが。

だからといって、未来を作る子供を死なせて良いわけがない。

レント、頼むよ。

そう呟くと。

黙々と調合を続ける。今、フラムの火力を上げるために火薬そのものを研究していたのだが。

それが上手く行きそうだ。

今までも、熱の檻に相手を閉じ込めて溶かし尽くすような爆弾を作ってはいたのだが。

それの集大成になるものが出来そうなのである。

名付けてローゼフラム。

薔薇の花弁に相手を閉じ込め。文字通り熱で消滅させる爆弾だ。今回、これを用いる。如何にピンポイントの破壊で。しかも超高熱で一瞬で焼き尽くせるかの実験だ。

以前のゴミ処理とは訳が違う。

完全に仕組みさえ理解出来れば、ジェムでなんぼでも増やせるのである。また、破壊範囲を調整する事で、文字通り魔物の群れでも瞬時に焼き尽くせるだろう。

恐ろしい破壊兵器だが。

これを誰かを救うために用いるのだ。

あたしは、古代クリント王国の阿呆どもと一緒になるつもりは無い。

調合を続けていると、リラさん、クラウディア、タオが戻って来た。前より知識がついて経験も積んでいるタオは、興奮気味に言う。

「アンペルさん! 広範囲に調べて見たら、やっぱり色々見落としていた文字が見つかったよ!」

「お手柄だったなタオ。 見せてくれるか」

「こんな感じだよ!」

タオは満面の笑み。

てか、目の色が違っている。

アンペルさんはそれを微笑ましそうにみながら、議論を始めた。

リラさんは、できる事がなくなったと判断したのか、ソファでいきなり寝始める。それでいい。

この場にいる仲間の中で、最強の戦士であることに代わりは無いのだ。

いざという時のために、力を蓄えておいた方が良いだろう。

クラウディアは、水を汲んだりと家事を始めてくれる。恐らくだが、状況を見て今日はもうアトリエから外に出ないと判断したのだろう。

的確な判断だと思う。

まず、三人揃ったので、腕輪は渡しておく。

アンペルさんが議論を中断して、クラウディアも伴って外に。腕輪のつけ心地と、どれくらい身体能力が上がるのか確かめてくれているらしい。

あたしはその間にも、調合を進めて。

忌まわしい枷を粉砕するための、準備を続けるのだった。

調整をしているうちに、レントが戻ってくる。

それで我に返ると、すっかり外は真っ暗になっている。レントによると、エドワードさんに薬を渡すと、随分と感謝されたらしい。産婆さんも、何回かあたしの薬が非常に良く効くのをみて、考えを改めたようだ。

他にも、必要なものはちゃんとリスト通り配ってくれたそうだ。

また、ボオスとも話をつけてきてくれたらしい。

「ボオスが一度、集まってまた話したいそうだ。 ただ、時間がない事はボオスも理解していてな。 塔の事が片付いたら来てくれ、と言ってた」

「そうだな。 塔の事が終わったらどのみちブルネン邸に出向く事になるだろうし、それでいいだろう」

「こっちはどうだ」

「結論は一つだ。 魔法陣のうち、一部を破壊することで機能を停止する。 ただ、複数の文字を一瞬で消し飛ばす必要がある。 それも同時にな」

他の方法もあるにはあるらしい。

アンペルさんの話によると、「火」がやった方法がそれで。枷そのものをじっくり時間を掛けて破壊していく事で、竜脈からの力の逆流を抑える事が出来るそうだ。

ただしそれには年単位で時間が掛かってしまう。

今回は安全策を採る必要がある上、時間がない。

だから、これでやるしかないというわけだ。

「アンペルさん、何とかなりそうだよ」

「よし、それならまず明日の朝、古城で実験をする。 どの道どこかで実験をする必要はあった。 あの古城の石碑は機能停止寸前だったし、失敗しても城が吹き飛ぶ程度で済むだろう。 逃げるのに猶予もある筈だ。 忌まわしい城だし、最悪吹き飛んでしまってもかまうまい」

過激なことを言うアンペルさんだが。

リラさんはソファで猫になっている。

恐らく、昔からの事だから、気にする必要すらないのだろう。

あたしは苦笑いすると、更に細かい調整をしていく。クラウディアがアンペルさんと何か話をしていたが。

それに、かまうつもりはなかった。

 

夜遅く。

何とかローゼフラムの試作品が出来た。二つ、である。

これを同時に起爆することが出来れば、今日は終わりだ。先に皆には休んで貰っていても良かったのだが。

立ち会うというので、つきあわせてしまった。

まず、台座の大きさから推察される、魔法陣の効果の範囲。

それをアンペルさんが説明して。念の為に、それより二割ほど大きく削れるようにしておく。

まずは、湖岸近くの土に二つを埋めて。

あたしは、起爆のワードを唱えていた。

薔薇の花が咲く。

それが、熱で作りあげた破壊の花であり。

瞬時に地面がえぐれたのをみて、皆が瞠目していた。あたしも、驚いている。本当に、一瞬だった。

キュッと、熱せられて更に圧縮された。熱の効果範囲にあったものが固まる。

仕組みそのものは、以前ゴミ掃除に使ったものと同じだ。

だから、これでいいのである。

以前より、破壊力、精度、熱量が桁外れなだけだ。

ふうと、深呼吸。

リラさんが、手首を押さえていたが。脈で測っていたらしい。一番視力がいいリラさんが、太鼓判を押してくれた。

「完全に同時だ。 これで問題があるようだったら、誰にも克服は出来ないだろう」

「よし……っ!」

「皆、早めに休め。 明日は早いぞ」

アンペルさんが促して、皆それぞれ休みに入る。あたしだけはずっと調合をしていたので、先に風呂に入って、それから眠る。

アンペルさんとリラさん曰く。

野宿するようになると、風呂はいつ入れるか分からなくなる。

風呂に入らないでいると、体が汚れるだけではなく、体臭も強くなって魔物に気付かれやすくなる。

だから出来るだけ、風呂には入れるときに入る習慣をつけろ、と。

そして食事も同じ。

魔物の群れと交戦するような場合、下手をすると半日、それ以上の連続戦になる事もあるそうだ。

魔物の群れだけではない場合も想定しろ。

そう、リラさんはいう。

分かっている。

この辺りには出ないが、夜盗や匪賊の類が出る可能性もある。クラウディアの話だと、辺境にはやっぱりその手の凶賊がいるそうだ。

人間でありながら人間を止めるような輩は、古代クリント王国の時代だけではない。今もいるのだ。

錬金術師だけではなくとも。

だから、そういう対人戦を想定していると思われる訓練も、リラさんはしてくれている。恐らく今後、単独行動をする事を考えての話なのだろう。

いずれにしても、教えは有り難く拝聴する。

風呂から上がると、軽く遅い夕食をとって。それで眠る事にする。

もうクラウディアはすやすや寝ていた。

本当にすやすや寝る人間はあんまりいないのだが、クラウディアはその珍しい一人である。

リラさんは眠りが浅いらしくて、ほとんど寝息も聞かない。まあこれは、オーレン族そのものがそうらしいので、種族の特性だろう。

あたしも全力で集中して調合をして疲れた。

エーテルを全力で絞り出すから、いつも空っぽになるまでフルパワーで動いている事になる。

それを思うと、翌朝回復しているあたしは、相当に回復速度が早いのだろう。

幼い頃から島中走り回っていたし、それが基礎体力につながっているのかも知れない。

まあ、それでも体力がつかなかったタオのようなパターンもある。

基礎体力も、才能なのだろうか。

ぼんやり考えているうちに、もう眠くなる。

そして、気がつくと。

夢の中にいた。

感応夢ではない。

ただぼんやりと見える。

フィルフサの群れを。一気に押し流す。水に触れたフィルフサは、あの頑強さが嘘のように、その場で崩れて行く。

そうだ、水。

水を操作して、周囲にぶちまけるような道具を作れたら。今後あのタフさ極まりないフィルフサ相手に、有利に立ち回れるかも知れない。

そんな風に。

夢の中で、あたしは考えていた。

 

2、枷を壊して

 

朝一番に、やっぱりあたしは起きだす。

農家の生活は、古くには陽が落ちたら眠り。陽が出たら起きる、だったそうだ。

クーケン島でもそれは変わらず。

昔は麦も育たないような土を、一生懸命耕して。石を取り除いて、畑に肥をまいて土を作って。それでもクーケンフルーツくらいしかまともに育たなくて。それでたくさんの人が、無念の内に死んでいったそうである。

いずれにしてもあたしは、農家の娘だ。朝には強い。

起きだすと、しばらく体を動かして。

それで、いつでも出られるように準備を終えていた。

みんな起きてくるまでに、顔を洗って、軽く調合の確認もしておく。皆が起きだすと、既に出る準備を始め。

そして朝食を終えた時には。

いつでも出られるようになっていた。

アンペルさんが手を叩く。

「よし。 今日は古城での試験をして、もしもそれで上手く行くようなら……一気に洞窟の方の「水」の枷も外してしまう」

「アンペルさん、いいか?」

「どうしたレント」

「精霊王って奴ら、多分嘘はついていないと思うんだが……もしも嘘をついていた場合はどうするんだ?」

アンペルさんはもっともな懸念だと、レントの事を褒める。

リラさんも、意外な事に同じ事を言った。

ただ、とアンペルさんは話を続ける。

「ただ、その可能性は低い。 「火」は既に地力で枷を外しているのにもかかわらず、我々と敵対しなかった」

「あ……なるほど」

「「火」の戦力は側で感じ取れた筈だ。 我々をわざわざ騙しても、精霊王の側に得はない。 騙す意味すらない、と考えれば更に分かりやすい。 そうやって、考えて行けば良い。 まあ世の中には、こういう理屈を無視して動く輩もいるがな」

アンペルさんの説明は分かりやすい。

レントも頷いて、どんどん考えを吸収しているようだ。

レントは力自慢だが、それだけではいけないと自分でも思っているのだろう。そして一人で旅をするには、相応の知恵も必要だ。

この間クラウディアに裁縫を習っているのをみた。

クラウディアもプロほど出来る訳ではないようだが、それでも自分の服くらい縫えないと意味がない。

タオに至っては、学者顔負けの思考と知識をどんどん蓄えつつある。

クラウディアだって、みるみる逞しくなっている。

だったら、あたしだって負ける訳にはいかない。

もたもたしていたら、一人置いていかれることになるだろう。

軽く打ち合わせをした後、出る事にする。

ローゼフラムと名付けたこの強化フラムは、非常に強力な分、コアクリスタルで複製するとごっそり魔力を持って行かれる。

多分レヘルンやルフト、プラジグなんかも同じだろう。強化すれば、こんな感じでごっそり魔力を持って行かれる。

散々魔力を増やしているあたしだが、それでもうっと呻きたくなるほど消耗がひどい。出る前に、先に準備する。戦闘時に使う場合は切り札と割切る。そう考えないと、とても使えたものではない。

だが、それでも戦術的には使えるし。

戦略的には更に強力に扱う事が出来る。

アトリエでなら、ジェムを投入する事で複製だって出来るし。ただ強力な装備を複製してみて分かったが。こういった事をしていると、ジェムがどれだけあっても足りないかも知れない。

いずれ、あたしは経営の知識を持つ必要があるかも知れない。

数字を管理するには、それが必須だからだ。

それに。視野を広げるには、多分旅をするだけでは駄目だ。実際ザムエルさんのように、彼方此方旅をした結果ああやって腐ってしまった人だっている。

それならば、自分がやった事がない事をどんどんやるしかないだろう。

勿論不向きなものもあるだろうが。それは早めに知る事が出来れば言うことがない。

一通り準備をしてから、アトリエを出る。

鳥が鳴いている。

小鳥たちは、比較的のんきだ。

フィルフサの斥候がいないという事も、それほど強力な魔物がいないという事もあるのだろう。

この状況を守らないと。

クーケン島は、狭くて古くて、とにかく窮屈だった。

だけれども、今はそれでも守らないといけないと思っている。

荷車は、非常に重量感が増したが。今ではこれを引くのも押すのも全く苦にならない。錬金術を知る前とは、あたしは別物だ。

別物になった以上、古いあたしと同じではいられない。

先に少しでも進まないといけないだろう。

それがどれだけ大変であっても。

自分から望んで、首を突っ込んだんだから。責任は、自分で取る。それが筋というものだ。

少しばかり背負っているものが重くなったが。

アガーテ姉さんなんか、十二〜三の頃には今のあたしくらいの重荷を背負っていた筈である。

それを考えると、あたしなんてぬるい状況だとしかいえない。

警戒しながら、古城への直通路に急ぐ。

あたしがハンマーでブチ抜いた古城への道。崩れた岩は、既になくなっており。また落盤する可能性もなさそうだ。

此処は後で補強しておくべきだろう。

建築用の接着剤で、何処を修復しておくべきか。もう少し知識がほしい。いずれにしても、さっさと此処は抜けてしまう。

落盤が起きるような場所だ。

安全とはとても言えないのだから。

山道を皆で一丸になって抜ける。この辺りは魔物も殆どいないし、強い魔物はもっと少ない。

黙々と山道を突破して、古城の前に出る。

それにしてもばかでっかいお城だ。

アンペルさんがいうには、城には「宮殿」と「要塞」があるらしい。例えばロテスヴァッサの首都にあるのは「宮殿」だそうだ。ただしロテスヴァッサの首都そのものは「要塞」なのだとか。要するに「要塞」の中に都市があって、その中心が「宮殿」だという。

宮殿は基本的に偉い人間がぬくぬくと暮らして、贅沢振りを見せつける場所で。

要塞は戦闘のためだけに用いられる拠点らしい。

このお城は典型的な「要塞」だが。その割りにはもう崩れてしまっている。勿論残っている場所もあるが、それでも崩落が酷い。

古代クリント王国の技術からして、ここまで自然の風化で崩れるのは妙だ。

潮風にずっとやられて経年劣化で壊れた「聖堂」と違って、此処はそもそも崩れる理由がないのだ。

或いは何かあったのかも知れない。

今はそれを、知る術はないが。

「昨日、少し魔物がいた。 遅れを取る相手では無いが、油断はするな」

「了解ですリラさん」

今回も、戦闘時の指揮はあたしが取るように言われている。

ただ、時々こうしてくれるアドバイスが有り難い。

無言で、あの石碑の所にまで行く。

洗脳されていたとはいえ、ウラノスさんの寿命を大きく奪い、魔術師としての人生を終わらせたドラゴンには思うところがあるが。

それを放置していた古代クリント王国にはもっと不愉快だ。

石碑。壊していないから、そのままある。

すぐに、事前に打ち合わせしていた通りに動く。

この石碑は、強力な魔法陣を使って、力を吸い上げている。竜脈から、だ。

竜脈は世界の血管。文字通り世界を巡る魔力が流れているのだから、その力は絶大。吸い上げるだけで、圧倒的な力で何でもやりたい放題だ。

精霊王を縛れるくらいなのである。

最悪の場合、エンシェントドラゴンと言われる最強のドラゴンさえ従える事が出来るかも知れない。

いずれにしても、許してはおけない。

魔法陣の構造は、ここに来る前に調べてある。今は、目標地点に行き、文字を確認していく。

此処だ。

魔法陣というのは、文字に篭もった魔力を利用して、魔術を自動実行するものである。

魔術を極めていくと、空中にこの魔法陣を自動生成出来たりするが、それはあくまで自分の魔力で作ったもの。

実際にものに刻んで安定させたものは、やはりレベルが違う強力な効果を実現する。

それが錬金術で何かしら補強されているのなら、なおさらだ。

床を調べて見るが、やはりだ。石材は何か加工されている。何度か軽く踏んでみたが、これは全力でやらないと踏み砕くのも厳しそうである。

ただ、ローゼフラムだったら、文字通り一瞬で溶かしきれる筈。

文字を確認したので、もう一箇所に行く。

かなり文字が摩耗していたが、間違いない。

逆に言うと、こんな文字が摩耗している魔法陣を放置しているなんて。作ったものに責任を持たないなんて、錬金術師どころか何かを作る人間として失格だ。

こんな外道が作ったもののせいで、ウラノスさんは魔術師としての人生を終わらされた。

それだけじゃない。もっとたくさんの人が不幸になった筈だ。

ため息をつくと、ローゼフラムをせっせと仕掛ける。

アンペルさんが、説明をしていく。

「今から爆破する魔法陣の二箇所は、「竜脈」に関係するキーとなる文字だ。 かなり頑強に石材を錬金術で補強しているが、二箇所に分散されているそれを同時に粉砕する事で、竜脈から石碑への力の供給を絶つことが出来る」

「おおっ!」

「じゃあ、もうドラゴンが此処に縛られて操られることはなくなるんですね」

レントとタオが素直に感心する。

クラウディアも、あたしの作るものを不安視している様子はない。

さて、ここからが本番だ。リラさんが、皆に促す。

「全員離れろ。 事前に説明がされている通り、ライザが全力で作ったフラムだ。 巻き込まれたら絶対に助からんぞ」

「ライザ、信じてるからね」

「まっかせといて」

あえて強気に言うが。

まあ、大丈夫の筈だ。

これは、いずれフラムの上位互換として量産し。戦闘に投入する予定のものだ。発破としても使える。

今回が、それの試運転ともなる。

失敗するわけには、絶対に行かないのである。

空中を通じて魔力を流しながら、二地点の中間点に移動する。まああたしが作ったフラムだ。

錬金術の調合で使うエーテルはあたしの魔力を実体化したものだし、結果として作ったものの場所はそのまま感じ取ることが出来る。

だから、正確に中間点に立つ事が出来た。

これも火力が大きいので、三段階で爆破する。

一段階目に解除。

二段階目に起爆開始のワード。

そして三段階目に起爆。

この段階を踏まないと、焚き火に放り込んでも爆発しないように作ってある。

こういった危険な道具は、兵器利用されないように、徹底した安全管理が必須なのである。

まあないとは思うが、夜盗とか匪賊とか。

場合によっては、腐りきっている事が分かりきっているロテスヴァッサの王宮の人間とか。

そういうのに渡らないようにしなければならない。

ロテスヴァッサの連中は、間違いなく。研究が進展していたら、古代クリント王国の錬金術師どもと同じ事をしていた。

そんな連中に、こんな破壊兵器を渡すわけにはいかないのだ。

またアーミーが編成されて。

戦争が起きるかも知れない。

それも、世界を巻き込んでの戦争だ。絶対に、そのようなことを許してはならなかった。

「中心点に立ちました!」

「各自それぞれ防御姿勢! 石材の破片などが飛んでくる可能性がある! 油断するな!」

アンペルさんが檄を飛ばす。

レントがパリィの姿勢をとって備え。

クラウディアが音魔術を使って、巨大な防御魔法陣を作りあげていた。あんな真似も出来るようになったのか。

リラさんは態勢を低くする。

いざという時の回避のためというよりも、味方に熱せられた石材が飛んだときに、弾き返すためだろう。

たのもしい。

そのままあたしは、まずは解除。

ローゼフラムに、魔力を通す。

起爆開始のワードを唱える。この段階ではまだ起爆しないが。最後の確認のために、周囲を見る。

そして最後。

起爆していた。

どっと、むしろ柔らかい音がして。薔薇の花が咲く。二輪同時。それが、文字通り城の一角を溶かし尽くす。

熱風はなし。

爆風もない。

薔薇の花が咲いた後は、綺麗に文字が消し飛んで。更に念の為に、その周囲の構造体も消し飛ばしていた。

様子を見に行く。熱で溶解した石材が、かなり地面の奥深くまで続いている。すぐに魔法陣を確認。

よし。

動力供給を絶ったのだ。完全に、停止していた。

「やったよ!」

「よっしゃあ! 流石だぜライザ!」

「遺跡だけれど、こればっかりは仕方がないね。 ちょっと僕の方でも調べるよ」

「私の方でも調べよう」

タオとアンペルさんが、すぐに二手に分かれて調査を開始する。あたしは深呼吸すると。

最悪の事態に備えて、ローゼフラムの予備を取りだして、状況を見守る。

古代クリント王国は、腐りきっていたが技術は本物だ。

錬金術師の才覚は、その性質の善悪関係無く宿る。

だから、セーフティの機能が魔法陣につけられていたりとか。

自爆装置とかがあったりするかも知れない。

それらを許してはいけない。

念の為に、魔法陣の中枢となる地点も先に割り出してある。もしも誤動作が起きるようなら、それを爆破する。

その場合、多分城がまとめて崩落する事になるので、逃げださなければならないが。

まあ、今の皆だったら、逃げ切る事は容易だろう。

無言で調査の様子を待つ。

クラウディアも油断なく音魔術を周囲に展開していて。魔法陣に集中している所を魔物に襲われないように。周囲に警戒網を張り巡らせていた。

やがて、タオが手を振ってくる。

「大丈夫! 完全に機能停止してる!」

「此方でも確認した。 再起動する可能性もなさそうだ」

「良かった……」

クラウディアが胸をなで下ろす。

その間も、リラさんは周囲に厳しい視線を向けて、警戒を続けてくれていた。この辺りはとても有り難い。

「こんな城だし、どうせ盗賊とかトレジャーハンターとかが侵入するだろ。 徹底的に魔法陣は壊した方が良くないか?」

「いや、これ自体はもはや完全に無力だ。 竜脈から継続的に吸い上げていた魔力も、既に空気中に放出を開始している。 それに魔物が誘き寄せられるかも知れないが、それは適宜退治していけば良い」

「はー、あたしがやる事になりそうだなあ」

「別に今のライザなら問題あるまい」

リラさんが嬉しい事を言ってくれる。

まあ、責任を持って後処理をするつもりだったし。

それについては、別に不満はなかった。

いずれにしても、これはベストと言って良い結果だろう。問題は、本番だ。ローゼフラムの在庫がまだある事を確認すると、アンペルさんは言う。

「もう一箇所、壊しておこう」

「まだあったっけ?」

「ええと、多分街道の……」

「そういえばそうだった……」

レントが気付いて、言葉を濁す。

彼処で大きなトラブルがあった事を思い出したのだろう。

ドラゴンを操っていたタチの悪いシステムは、彼処にも存在していたのだ。

ただ、元を断った以上、多分大丈夫だろうとは思う。あくまで念の為である。

とりあえず、先にやっておくことがある。

レヘルンを放り込んで、まだじゅうじゅう言っている破壊箇所を冷やす。そしてそこに、土を放り込んで完全に埋め立てる。

遠くから、小さめのラプトルが何をしているんだろうと首を伸ばしてみていた。

大きくなると集団で人間を襲う危険な魔物だが、小さい内はどんな魔物でも可愛いものである。

視線を向けると、ギャっと鳴いてその場を離れる。

それでいい。人間を適度に怖がらせておけば、襲ってくる事もないだろう。

埋め立てを終えると、小妖精の森を経由して、街道に出向く。

昔の愚人の尻ぬぐいをしなければならないが。それでも、やっておかなければならない事である。

だから、やってしまう。

街道の石碑まで、それほど時間は掛からない。途中で今日は護り手の巡回にかち合う事もなかった。

今日はそういえば、バレンツ商会が海路で何か運ぶとかで、それの護衛か。

クラウディアも商談に立ち会う頃だろうか、そろそろ。

いずれにしても、この非常に厳しい状況を、一刻でも早く打開しなければならない。冒険をするよりも、今は忙しさが先に立っている。

これは、良くない状況だ。

冒険が楽しくない。

石碑に辿りつく。此方も、仕組みは同じだ。やっぱり竜脈から力を吸い上げているようである。

魔法陣の仕組みも同じ。

タオとアンペルさんが、念の為に周囲を徹底的に調べる。

その間にあたしは、コアクリスタルでローゼフラムを複数増やしておいた。魔力をごっそり持って行かれるが。

まあ此処でなら、大した魔物は出ないし。

危険な魔物が出ても、アトリエまで撤退する事も難しく無い。

ただ、根こそぎ魔力を吸い上げられる感じで、ちょっと疲れる。栄養剤を取りだして、飲んでおく。

味はマイルドになっている筈だが。

今でも、タオは飲むと渋面になる。

もうちょっと味をマイルドにしたら、エドワード先生の所に持ち込んでも良いかも知れなかった。

「魔法陣の仕組み、確認したよ! やっぱり間違いない。 細部は違っているけれど、やっぱり竜脈から力を吸い上げてる!」

「迷惑な仕組みだな……」

「しかも急造だ。 これはローゼフラムを使わなくても、爆発の危険はないだろうが……それでも爆破してしまった方が良いだろう」

「僕も同感だよ。 こんなの、残しておいちゃいけない」

遺跡をみるとよだれを流すタオですら、そうまでいうか。

すぐにあたしは動く。

魔法陣を確認して、ローゼフラムをセット。

その間、クラウディアの音魔術が聞こえてくる。笛を具現化して、それで流す曲。その反響。

耳に心地よく。ちょっとうっとりしそうになるが。集中集中。

ローゼフラムを設置。

それで、すぐに離れた。

また魔力を辿って、等距離の位置に移動する。爆破準備完了。それを告げると、皆離れた。

さっきの火力はみんな目にしているのだ。

あの火力の誤爆は、間違っても受けたくないと考えているのだろう。

「全員避難完了! それぞれ防御態勢を取れ!」

「待ってライザ!」

「え、うん!」

クラウディアから不意に制止が掛かる。

クラウディアが笛を吹くと、音に集まっていた鳥がみんな羽ばたいて離れていった。

なるほど、鳥が巻き込まれると思ったのだろう。もう良いかなと思ったが、クラウディアはもう一吹き。

そうすると、影に隠れていた小鳥が、あわてて逃げていった。ちょっと動きが遅かったし、とろい個体なのかも知れない。

「もう大丈夫。 ごめんね、手間を掛けさせて」

「良いんだよクラウディア」

「ちょっと気付けなかったな。 この辺りは、音魔術で周囲を察知できるが故か」

「……そうだな」

アンペルさんも、クラウディアの事を責めない。

いずれにしても、爆破は任意のタイミングで出来るのだ。だったら、無意味に殺生をすることもない。

起爆。

また、同じように薔薇の花が咲く。二輪同時。

二度の実験。いや、最初の起爆実験を含めると三度か。

問題はないと判断して良いだろう。

仕掛ける位置、角度などによって、殆ど完璧に想定通りに熱で抉り取ることが出来る。鉄のインゴットでも容赦なく溶かし尽くすだろうこの高熱は。

間違いなく、今後の戦いで役に立つ筈だ。

レヘルン、ルフト、プラジグでも、同じように使える強化版を今構想中である。というか、多分釜に向かえば作れる。

後処理をする。

地面が溶岩化するとまずい。さっさとレヘルンでその場を冷やし尽くす。

すぐに赤熱していた地面が穏やかになり。

そして、処置は終わった。

まだ昼少し手前だ。

昨日まる一日取られた、という事もある。アンペルさんに頷くと、頷き返してくれた。

一気に片付けてしまうべきだろう。

ただでさえ、時間がないのだ。

それに、「風」はこれで認めてくれるかも知れないが。一番人間に対して怒っているという「土」がまだ残っている。

友好的な精霊王に対して、しっかり振る舞えないようだったら。最大級に警戒している相手となんて、やっていけないだろう。

そしてこれはなにも精霊王に限った話じゃない。

近くで言えば、クーケン島。

まだあたしのお父さんとお母さんだって、まともに錬金術を認めてくれていない。役に立つ薬や、充分機能する農具を作って見せても。それでも農家を手伝ってくれないかと、お父さんはいうし。お母さんは、まだまだあたしが作るものを胡散臭そうにみる。

漁師の白髭おじいちゃんや、ウラノスさんはあたしを認めてくれている。エドワード先生もしかり。

だけれども、やっぱりまだ錬金術の産物を、胡散臭そうにみている人はたくさんいる。

近場ですらこれだ。

あたしが錬金術師としてもっと成長したら、どこか遠征するかもしれない。遠征先では、最初は詐欺師か山師扱いだろう。

そういった風な目で見てくる相手と話すのは、今威圧的に接してきている精霊王よりも難しいかも知れない。

だとすると、こうやって今のうちに無理難題に答えられる力量を備えておくべきだ。

あたしも、少しは考えているのである。

荷物を確認した後、その場を離れる。

レントが明確に先の事を考えて動いていて。

クラウディアだって、此処を離れるのはそう遠くない未来で。

タオも、或いは学者として、クーケン島で一定の地位を確保するか、もしくはもっと偉い人になるかも知れないのが目に見えてきている今。

あたしが。もたついているわけにはいかなかった。

 

3、凄い奴らが側にいて

 

レントは幼い頃から孤独だった。

母の記憶は殆ど残っていない。残ってはいるが、それは美化されたものだと、自分でも理解していた。

物心ついた頃には、父は酒浸りになっていて、島の鼻つまみもの。

勿論荒事では活躍するが、それもアガーテ姉さんが村の希望としてもてはやされるようになると。

立場は危うくなり。

ますます目に見えて腐った。

父は母に暴力を振るうことはなかった。まああの父が母を殴ったりしたら、それだけで死んでしまっただろうが。

母は優れた医療魔術の使い手で、エドワード先生が来るまでは、島で本当に大事にされていた。

母がいなくなって、父の酒量は更に増えた。

護り手に混じって魔物を片付けて。

たまにチンピラめいた奴を制圧して。

そういう仕事で金は稼いでくるのだが。その金は、残らず酒に消えてしまう。そんな毎日だった。

レントも幼い頃から殆ど放置されていて。見かねたライザの両親。ミオおばさんとカールおじさんが世話をしてくれたが。

だからこそ、ライザにはまったく恋愛感情を抱かなかったのかも知れない。

いずれにしても、肉しか焼かない父に代わって、まともな料理を食わせてくれたのは二人だったし。

人望がある二人が声を掛けたからだろう。

鼻つまみ者の息子、としてレントは扱われなかった。

いずれにしても、年下のライザには幼い頃から振り回されてきたし。

それに同じように家であまり良く扱われていないタオと。

ライザとは仲良くしておけと親に言われたらしいボオスが加わって。四人で悪ガキ軍団になって。

彼方此方で悪戯や冒険の限りを尽くした。

楽しい時間だった。

それはそうだ。

家に戻れば。泥酔して寝ているか、レントの体が出来てきてからは殴ってくるようになった父が待っていたからだ。

父は酔っている間は、完全に意味不明な思考をしていて。とにかくいつ暴力が飛んでくるか分からなかったし。

その力は、ラプトルを素手で絞め殺したとか、巨大な走る鳥の魔物の脳天を拳でブチ割ったとか言われるものだ。

とても幼いレントで、勝てるものではなかった。

母は戻ってこない。

それは分かっていても、どうにも出来ず。

仲間がいなければ、とんでもない不良少年に育っていたかも知れない。

まあ、不良は不良だっただろう。ライザと仲間という時点で、島一番の悪童集団だったのだから。

ただ、悪童をしていただけではなかった。護り手に混じって初陣に出たのは十三の頃だったか。その頃はもうボオスは仲間から離れていて。偉そうにし始めて、周囲の反発を買い始めていたっけ。

ライザも確か、同じ年で護り手に混じって魔物討伐に出た。

ライザが魔術の優れた素養を持っていることは、とにかくしきたりだの祟りだの言っている古老すら認めていて。

熱魔術を使って湯沸かしなどで小遣い稼ぎをしているのは、レントも知っていた。

ライザは金にあまり執着がないようで、小遣いを稼ぐと、それでお菓子を買ってレントやタオに振る舞ってくれたし。

何より、レントでもびっくりするくらい食べた。

それで太らなかったのは。食べた分全部動いているからだったのだろう。

きらきらと輝く思い出だ。

今は。思い出より先に行こうと思っている。

レントは、この冒険が一段落したら、一人で旅に出ることに決めている。

ライザに女としての魅力を感じるようだったら、島に残ることも良いかと思っていたのだが。

やっぱり幼い頃から一緒に過ごした仲だ。

タオもそうらしいのだが、どうしてもライザには女としての魅力は感じなかった。

おかしな話で、ボオスもそうだ。

別にライザは醜女でもなんでもない。平均的な容姿を持っているとは思うが。まあ産まれ育った環境が環境だからだろう。

それに、大人が決めた相手と一緒になるくらいなら。

自分で世界を旅して、なんでも自分で見つけたい。嫁でも生き方でもだ。

そう判断するくらいに、レントはここしばらくの冒険で、手応えを感じていた。

剣の腕はめきめき上がっている。

まだ父に勝てるかは分からないが。以前は勝てる気がしなかったアガーテ姉さんが、確実に手の届く範囲に見えてきている。

なんなら、形だけでも王都で資格を受けて、騎士になっておくのも良いかも知れない。

アガーテ姉さんがくだらない場所だと一刀両断した王都だが。

それでも、一応資格を取っておけば、それをありがたがる人間だっているだろう。

だからレントとしては、一人旅をするためにも。

今のうちに、何でもやっておこうと思っていた。

荷車を引くライザを後ろに確認しながら、最前衛で周囲を警戒する。

これから、またあの恐ろしい精霊王と直接接する。

確かに遠回りになってしまうけれども、精霊王を敵に回すよりずっとマシだ。それに精霊王がしっかり集結しておけば。フィルフサとの戦いでもしもレント達が負けても、被害を最小限に減らせる可能性が高い。

それだけで充分だ。

今の時点で、周囲に警戒すべき魔物はいない。

一応此方を伺っている小物はいるが、ライザの魔力がばかでかくなっている今。下手に仕掛けたら殺される事は、本能的に分かるのだろう。

近寄ってくる奴はいなかった。

それでも、大剣を抜いたまま、警戒は怠らない。足下にも気を付ける。

リラさんに言われている。

人間の急所は、上と下だと。

特に頭上は最大の危険箇所で、上を取られてしまうと基本的には絶対に勝てないとも言われた。

リラさんみたいに、そのままぽんと飛んで鳥を手づかみで捕まえて。焼き鳥にして食べ始めるような身体能力があれば別なのだろうが。

確かにレントも、色んな魔物と命のやりとりをしてみて、それは思った。

その内対空技も作っておくように。

そうリラさんには言われている。

同感だ。

対空技の一つや二つ作っておかないと、凶暴な鳥の魔物や。場合によってはドラゴンとやりあうようになった場合。

対応できないだろうから。

洞窟が見えてきた。

「洞窟だ。 どうやら精霊王、もうこっちを察知しているようだぜ」

「ああ、びりびりと感じるな」

敢えて、分かりきったことを言う。

それで、皆に警戒を促すためだ。

それをアンペルさんも受けてくれる。皆が、それで気を引き締める。

集団戦のイロハは、リラさんから叩き込まれた。敢えて分かりきっている事を点呼する。これが重要だ。

同時に、指揮官であるライザの言う事はその場で受ける。

もしも言葉が聞き取れなかったら、何度でも聞き返せ。

そう、徹底されていた。

「此処からはハンドサイン。 洞窟内でどんな魔物が待ち伏せしているか分からないからね」

「了解だ」

精霊王のこの強烈な魔力。

普通の魔物だったら、すっとんで逃げているだろうが。

狡猾な奴は、この魔力に逆に潜んで、獲物を狙っているかも知れない。

それは、どうあってもレントが防ぐ。

リラさんも側にいるが、レントが対応するつもりで常に心を研ぐ。邪念はいらない。雑念は払え。

無言でじっくり歩きながら、周囲を警戒。

徹底的に、奇襲を防ぐべく動く。

目だけでは無く、耳も使え。

鼻もだ。

動物の糞便は、それそのものが動物の状態や、どこにいるかを示す指標にもなる。抵抗はあるだろうが、みるくらいはしておけ。

そう言われていた。

今の時点で、足跡、魔物の糞便などはない。また、そういった生物が隠れているような音も聞こえない。

ただ、奧から、呼吸のように魔力が一定のリズムで流れてきている。これは間違いなく、精霊王のものだ。

凄まじい魔力で、冷や汗が流れる。

こんな相手とまともにやりあうのは、流石にまだ一年早いか。

ライザは天井知らずの成長を続けているが、それはそれ。精霊王との戦闘では、まだちょっとまともにやりあえるか自信がない。

誰もが無言になるなか。潮が完全に引いている洞窟を行く。

ほぼ丸一日をロスしている。一週間後か、二週間後か。フィルフサがいつ来てもおかしくない状況下で。

それでもライザは焦っている様子がない。

幼なじみながら、とんでもない胆力である。

男共をいつもぐいぐい引っ張って行っただけの事はある。レントも、年下の筈のライザにリーダーシップを取られることは全く不愉快ではなかったし。いつもそれで、しっくり来ていた。

レントはずっと冷や汗だらだらだが。

それでも、踏みとどまる。

前衛の仕事がそれだ。タオは憶病なくらいでいい。クラウディアも、それは同じだろう。

レントは勇敢である必要はなく。

冷静でなければならない。

常に恐怖を制御して、場合によっては体を張って壁になる。

だいぶ色々な事を覚えてきているが、頭の出来は絶対にタオには勝てない。それはもう分かっている。

多分ライザにも勝てないだろう。

ライザは雑なように見えて、いわゆるマルチタスク思考の達人だ。錬金術の説明はレントも聞いたが、とても真似できるとは思えなかった。

ライザにしかできない事だ。

それが分かっているから、レントは自分にしか出来ない事をこなす。

洞窟の中を進む。

他の皆にも常に気を配れ。

最前衛が通り抜けた後、奇襲してくる魔物もいる。

リラさんに教わり。そして実際に味わった事だ。幸いうちは皆が手練れだから対応できているが。

今後はそうも言っていられなくなる。

もしも隊商の護衛とか引き受けた場合、他の護衛の傭兵が全員素人、なんて事態もありうるのだ。

腕自慢だから傭兵になるわけでもない。

お金がなくて、傭兵しかやれない。そういう人もいるのだから。

幸い、魔物は出ない。

精霊王が見えてきた。

相変わらず、偉そうに座っている。女性の姿をしているが、色気とかそういうのは感じない。

高嶺の花と言われる女性は、結婚相手を見つけるのに苦労するとか聞く。

理屈としては同じなのかも知れない。

あの超越的な魔力を目の前にすると、まずは恐怖と警戒が来る。

このまま成長すると。

ライザも同じかも知れなかった。

即座に展開。精霊王と話すのは、ライザの仕事だ。レントは周囲を警戒。クラウディアも、音魔術を使い始めた。

「枷を壊すための道具、作ってきました!」

「ほう。 では早速やってみよ」

「はい。 その前に、少し移動をお願いします。 巻き込むと無事で済む保証はありません」

「面白い奴、私にそれほどの危険を促す道具というか。 クリント王国の阿呆どもと、技量では同格に思えるが……それでいながら、随分と違う事だ」

ぺこりと一礼すると。

ライザはタオと一緒に、ローゼフラムを仕掛けに行く。

あれの火力は既に三度も目にしているが、とにかくとんでもない。巻き込まれたら一巻の終わりだ。

まて。

ひょっとしたら、使いようによってはあの精霊王にも手が届くのか。

いや、それは命がけの賭になる。そんなことをしても意味がない。ただ、ちょっと興味はあった。

今後一人で旅をすることになった場合。

格上の敵と、逃げられない状態で相対する事はあるはずだ。

その時勝つためにはどうすればいいか。

少しでも、戦術を学び。

経験を積んでおきたかった。

精霊王は、素直に言われた辺りにどく。超越存在に、ああやって動いて貰うというのは大したものである。

普通だったら、拒否されるか。

それだけで不敬だのなんだのと、キレ散らかされるかも知れない。

精霊王がライザを面白がっているのが分かる。

或いは観察しているのかも知れない。

気を入れ直して、周囲を警戒。恐らく魔物はいないが。精霊王の魔力が強すぎて、ちょっと感じ取ることがやりづらい。

タオが手を振っている。

クラウディアがずっと音魔術に集中している。

皆、自分の仕事をできている。

レントもやらなければならない。位置をずらして、邪魔にならないように警戒を続けておく。

まあこんな死地に潜む魔物がいるとは思えないが。

それでも、万全を期す必要があるからだ。

警戒を続けていると、ライザがローゼフラムを仕掛けるのが見えた。ちょっと不安がある。

天井にあの薔薇の爆発が突き刺さった場合、崩落しないだろうか。

いや、天井も削ってしまうだけか。

一応警告しておく。

「ライザ、天井をあの爆発が抉らないか」

「天井……おっと。 レント、ありがと。 確かにちょっとずらした方が良いかも知れないね」

「マジか。 素人意見でも出しておくもんだな」

「いいんだよそんな事。 視点を変えて何でもみてみないと、どうとも判断出来ない事は多いからね」

ライザは丁寧に調整している。

精霊王がわざわざ動いてくれたのだ。更に動かないで済むように、である。

この辺りの遺跡は水に浸かっていて、しかもそれが塩水だった事もある。かなり痛んでいる筈だが。

それでも枷が外れなかったのは、どういうことなのだろう。

まあ、レントが考えても仕方がないか。

ライザが設置を完了。次に行く。

皆の位置を確認しながら、立ち位置をかえる。不意に、耳元に声が聞こえた。

「面白い者達だなお前達は。 人間はすぐに発情して腫れた惚れただの口にするのに、一切その様子が見られない」

「精霊王?」

「ああそうだ。 お前も丁度繁殖時期だろうに、全く他の異性に興味を見せる様子がないな」

「幼なじみなもんでね。 そういう目ではちょっと見られないさ」

これは本音だ。

精霊王も暇つぶしに話しかけて来ただけだろうし。

そうかと言うと、後は黙り込んでいた。

まあ暇つぶしだったのだろう。ライザにはやりとりは聞こえなかった。一応ライザも、女扱いされないと怒る事がある。

自分に女としての魅力がない事は理解しているようなのだが。

それはそれで、難しい所だ。

ライザが仕掛け終えたようだ。すぐに離れる。どういう風に薔薇の花が咲くか、ライザが説明している。

どうやら天井にはギリギリ届かないように。薔薇が若干交錯するようにして炸裂させるようだ。

薔薇が咲くと聞いて、興味深そうに精霊王がほうと呟いていた。

「錬金術師ライザリンよ。 薔薇が咲くことによって枷が破壊されるのか」

「そういう形に熱量を閉じ込めて、枷を作りあげている魔法陣を破壊します。 正確には竜脈からの力の供給を絶ちます。 以降は魔法陣に蓄えられた魔力が、勝手に拡散していきますが……枷も同時に機能しなくなります」

「ふむ、雅なことだな」

「形だけは雅ですが、火力はちょっと尋常ではないので……危ないので、触ったりはしないでください」

分かった分かったと、苦笑気味に精霊王が返す。

だが、危険な事は察知したのだろう。

近付くような真似はしなかった。

レントも所定の位置までさがる。クラウディアはしっかりこの状態でも警戒を続けてくれている。

タオが警告してきた。

「遺跡のあの辺り、崩れるかも知れないよ。 レント、その場合はお願い」

「分かった。 任せとけ」

「起爆行くよ!」

ライザが警告して、それで気が引き締まる。

実験も含めて三度の爆発をみているのだ。

あのゴミ掃除の時に使ったフラムと原理は同じだと分かっている。その火力が桁筈だなだけだとも。

だが火力が桁外れと言うだけでも、警戒するには充分過ぎる程だ。

あの時、積み上げられていた石材などが、一瞬で消し飛んだのをみている。

島の連中は何かの見世物くらいに思っていたかも知れないが。実際には冗談じゃあない。

兵器として使ったときの破壊力を想像して、背筋が寒くなったのはレントだけだったのだろうか。

ともかくさがる。

全員の安全を確保したところで、ライザがローゼフラムを起爆。

三回もセーフティを外す必要があり、セーフティを外さない場合は火に放り込んでも起爆しないらしいが。

それでも、ひやっとする。

薔薇の花が咲く。

熱風は吹き付けてこない。

ライザの全力魔術投射が、凄まじい爆発と熱を伴うのと対照的だ。熱で出来た破壊と殺戮の薔薇が、遺跡の一部を文字通り瞬時に溶かしきる。

おおと、精霊王が感嘆の声を上げて。

そして、薔薇の花に抉られた遺跡の柱が一つ、崩れ落ちる。

それをレントが突貫して、剣で弾き返す。

下手な弾き方をすれば折れるが。

ライザの作った剣。更に、リラさんに基礎から叩き直して貰った技術があれば、弾き返すのは難しく無い。

吹っ飛んだ柱が、遠くの水に落ちる。

すぐにライザがレヘルンを取りだして、赤熱している溶かした場所を冷やす。タオとアンペルさんも、魔法陣の様子を確認していた。

「よし、問題なし! 魔法陣、沈黙!」

「魔力はすぐに大気中に拡散します。 これ以上竜脈から力を吸い上げることもありません」

「ふむ、悪くない見世物であるな。 気に入ったぞ」

精霊王は、手元に何かを具現化させる。

それは青いが、トゲトゲの球体。そう、「風」の精霊王からもらったものと、同じような代物だ。

ライザは有難うございますとそれを受け取ってから。

しっかり聞くべき事は聞いていた。

「枷は、きちんと外れましたか?」

「うむ、外れておる。 良い気分だ」

「良かった。 精霊王「風」さんが待っています。 フィルフサとの戦いのためにも、すぐに渓谷に向かってください」

「分かっておる。 それは私が認めた証だ。 錬金術で使えば、驚天の道具を作り出す事も可能だろう。 だが、くれぐれも悪用するでないぞ」

「水」の人型が溶け、消えていく。

それで、周囲に充ち満ちていた威圧感も消えていった。

どっと冷や汗が出た。

レントは額の汗を拭うと、周囲を警戒。こう言うときが、一番危ないのである。リラさんが、最初に皆に指示をする。

「一度アトリエに戻るぞ。 今日はかなり前倒しで作業を進めることが出来た。 渓谷に再度挑むのは、明日万全の状態でやるべきだ」

「分かりました。 みな、準備して! 撤退!」

ライザが声を掛けて、すぐに撤退を開始する。ただタオが、急いで遺跡の状態を再確認していたが。

問題は無さそうだと言うことである。

タオはマメだな。

とても整理された頭脳。今はタッパの小ささがハンデになっているが、将来はこの頭脳が非常に有利になる筈だ。

レントは恐らくだが、今後は剣腕を振るっての仕事に就くしかなくなる。

クーケン島に残れば護り手。

そうでなければ傭兵が関の山か。

いずれにしても、戦略的にものを動かすライザやタオ、クラウディアやボオスとは決定的に違う道を行く事になる。

それが自分の選んだ道で。

分かっている限界の果てだとしてもだ。

そんな誇るべき友人の盾になれる。それを考えると、レントは今は誇らしいと思うし。それで充分だった。

 

アトリエに戻る途中で話をする。

「風」の精霊王も、きっと枷につながれているはずだとライザは言う。レントもそうだと思う。

ただ。此処はレントの意見は求められていないだろう。レントは帰路の警戒が主体。こう言うときが危ないのだと、リラさんに何度も言われている。

人間は一度の失敗で成長できるほど出来た生物じゃない。

普通何度か失敗して、ようやく身につく。

斬った張ったの世界ではこれがかなり致命的で、結果として戦場に生き残っている奴は逃げ上手、なんて事も多いらしい。

前に酔っ払った父が言っていた。

逃げるばかり上手い奴が、いつの間にかベテラン面していやがって。俺の顔を見たら、引きつって逃げやがったとか。

そんな奴がベテラン扱いされて、周囲から凄いとか言われているのをみると、大まじめに踏みとどまって戦った俺は何だったんだとか。

そうぼやいているのを聞いてしまって、いたたまれない気持ちになった。

父が泥酔しているとき。時々、そんな事を口走る。

父が傭兵をしている時に、決して報われなかった事が。それらの言葉から、明らかに分かる。

だからといって鼻つまみ者になるまで堕落するのは論外だが。

若い頃の父は、今みたいになりたいと思っていたのだろうか。どうも、そうとはレントには思えなくなってきていた。

とはいっても、散々ぶん殴られながら育ったのも事実だ。

父に良い印象は今も抱けていないが。

ライザが話しかけてくる。

もう安全圏だが。それでも警戒はしておいた方が良いだろう。湖に住んでいる恐ろしい魚どもや、水棲の魔物は侮れないのだ。

大きめの魔物の話は聞いていないが。それでもこの辺りだと、出くわす可能性はゼロじゃない。

「それでさレント」

「うん?」

「「風」の精霊王はこれで多分塔まで通してはくれるとは思う。 問題はその先だと思っててさ」

「ああ。 「土」の精霊王って奴は、多分友好的ではないって話だよな」

頷くライザ。

念の為、枷を外すためのローゼフラムは今日の内に増やしておくという。誘爆するような爆弾ではないのが有り難い。

実際問題、ライザは見せてくれた。焚き火に放り込んでも、ローゼフラムは多少表面が焦げるだけだった。

多分だけれども、製造技術だけで作った爆弾よりも色々な意味で性能は上だと思う。様々な製造機械は遺物としてまだ残っていて、それらで人々は暮らしているわけで。昔はアーミーが使う武器などもそれらの技術で作られていたらしいから。レントにもそれくらいの判断は出来る。

「最悪の場合は、皆を庇って逃げる事になるかな。 ただ……戦うんだったら、今までの比にならない苦しい戦いになるし、周囲にもかまっていられないと思う」

「分かってる。 その場合は、俺が逃げ切れない奴とかを抱えて立ち回る」

「よろしくね」

「いつものことだぜ」

そう、いつものことだ。

ライザが危うく魚や水中に住む魔物の餌になりかけてから、ずっとそう思ってきた。

あの時不甲斐なかったのはみんなだ。

だからレントは、あの日以来鍛えた。

誰かを守りたいから、ではない。ライザ自身はあの時たまたまへまを踏んだだけで、はっきり言ってレントが守らなくても全く問題ない。昔っから、年齢離れした強さだったのだ。

レントがほしいのは、守る事が出来る実力。

それは何も特定の誰かでは無い。

アトリエに到着。

これで一息つけた。ライザは早速釜に向かう。レントは、クラウディアに声を掛ける。

「島に戻るが、来るか?」

「そうだね、お願いしようかな。 ライザ、メモを貰ってくるから」

「うん、お願いね」

ライザは今は無料で薬やら道具を配っている。

ただ本人曰く、これは先行投資、ということだった。

まずは錬金術への偏見と誤解を解く。

アンペルさんがつるし上げられたあの事件の教訓は、ライザも強く身に染みているらしい。

だから、ライザ無しでは回らない島の状態を作っておく。

ライザのおかげで助かった人を増やして人脈を作っておく。

それで、その内現実的に払える範囲での報酬を貰うようにする。やがて、ライザの事よりも、錬金術のすごさをみんな理解する。

年単位でやっていく事を、ライザは今やっているというわけだ。

最初はほぼ無料で奉仕するのも先行投資故。

逆に、ものの価値を知っている相手には、最初からお金を取るつもりだという。例えばルベルトさんのような。或いはエドワード先生のような。

この辺り、ライザは雑な性格の割りには考えている。レントも負けてはいられなかった。

クラウディアを載せて、船でクーケン島に。自分の家に戻るつもりはない。島に戻ると、クラウディアと手分けして色々回る。

途中でボオスと合流。クラウディアとも、そのタイミングで合流した。

ボオスはランバーをつれていない。ランバーはランバーで、今は秘書官のような仕事をさせているそうだ。

今までの支配者ごっこでなく。本当に良き指導者になるべく、ボオスも考えているということだ。

「なるほどな。 精霊王の話は聞いていたが、確かに悪くない判断だ。 フィルフサという共通の敵がいる以上、今は味方になっておくべきだろう。 ただその後は大丈夫か?」

「精霊王達の話を聞く限り、高度な会話はするけれど人間よりずっと思考は単純なように思えたわ。 恐らく自然を守ることにしか興味はないし、それを守らなければ誰でも敵と見なすのだと思う」

「おっかない相手だ。 今後島が豊かになったら、話をつけにいかないといけなくなるかも知れないな。 その場合は俺の仕事になるだろう。 今後のためにも、一度顔合わせをしておきたい」

「了解だ。 ライザに話しておく」

クラウディアも、無邪気でいつもにこにこしているが。時々こうやって恐ろしく過激な事を口にしたり、シャープな思考を覗かせる。しかもライザとその仲間。つまりレントも信頼してくれているから、この顔を見せてくれていると言う事だ。

男に都合がいい女なんていないという実例をクラウディアが見せてくれるので。

変な夢を見なくて助かる。

まあライザという実例をみて、散々思い知らされているので。レントとしては、再確認するだけだが。

「一度、俺もその精霊王というのと会っておくべきだろうな。 明日出るんだったら、明日の朝に対岸に行く」

「また急だな」

「今までが惰眠を貪っていただけだ。 俺としても、そろそろ父さんの後をしっかり継げるように変わらないとならん。 それにお前達といずれ見聞を広めるためにも冒険に出たいしな」

「わあ。 楽しそうだね」

クラウディアが本当に楽しそうに言う。

命の危険は当然あるのに。

それでもやっぱりクラウディアは楽しそうだ。

やはりというか何というか。

クラウディアは元々猛禽だったのだろう。鳥籠に入れておくのはちょっと無理があったのだ。

優美かも知れないが、それはそれとして鋭い爪も牙もあって。

それもまた、らしいとレントは思うのだった。

ボオスと一旦別れて、そしてアトリエに戻る。一応両者確認して、ライザのお得意さんと話し忘れていないかどうかをしっかりチェックする。

問題ない。前に二三回、話忘れがあったので。そういうときはアトリエに戻る前に聞きに行った。その反省があるので、相互でチェックをして。漏れがないかを確認するようにしている。

ライザほどおおざっぱではないにしても、どんな人間でも絶対にミスはするし忘れ物もする。

それを理解しているからこそ。

レントは、別にそれで他人を責めるつもりは無い。勿論ミスがあったら指摘するが、それだけだ。

船を漕いで島を離れる。

クラウディアも魔術で具現化した櫂を使って、船を漕ぐのを手伝ってくれる。勿論腕力はレントに遠く及ばないが。

それでも、船がくるくる回ってしまうような事はなく。

操船技術も、毎回向上しているのが分かった。

アトリエに到着。

まったく落ち着かない場所になった実家と違い、此処の方が過ごしやすくなった。

そしていずれは旅に出るときも。

一人になってから、此処を思い出すのだろうなと、レントは思った。

 

4、怒れる者と

 

禁足地、その奧。

渓谷の更に先に、それはある。

古くはピオニールと言われていた戦略拠点。形状は塔。此処にフィルフサを集めた。古代クリント王国の錬金術師達は、フィルフサを制御出来るつもりでいた。そしてその一部だけは事実だった。

そう、フィルフサの誘引だけは実際に出来たのだ。

古代クリント王国の錬金術師達は、その愚かさの責任を取らされた。必死に逃げようとした者もいたようだが、厳しい監視の下に置かれて。全員が対フィルフサとの戦闘で散った。

中には逃げようとした挙げ句に斬られた者もいる。

如何に超越技術を持っているとしても、所詮は人間。

更に古い時代の錬金術師になると、普通の人間が束になってもかなわない事もあったのだが。

既に古代クリント王国の時代の錬金術師は。

人間で充分に殺せる所にまで弱体化していたのだ。

塔には桟橋のようにして、石の橋が架かっている。

元々ここは研究施設だった場所で。その端の上を歩きながら、パミラは懐かしいなと思った。

此処連日、どうにかクーケン島でプディングを食べたいなと思っているのだけれども。

なかなか上手く行かない。

出て来たとしても、固形のプディングで。

卵を使ったあの甘いプディングとは、なかなか遭遇できないし。住民も知らないようだった。

色々な世界をパミラは渡り歩いて来た。

普通の世界では、幽霊の姿を取る事も多い。

世界を見て回るもの。その行く末を暖かく見守るもの。

それがパミラだ。

それには、幽霊くらい、干渉能力が小さい方が好ましい。だから普段は幽霊である事が多い。

どんなに酷い世界でもそうであろうと思っていたのだが。

この世界は例外だ。

神代と言われる時代からパミラは見て来たが、この世界の錬金術師は。数多の世界を見て来たパミラから言っても最低最悪だ。

凶暴であっても自然を守ることをしっかり己に課している錬金術師の世界もあったし。

過酷な世界であっても、世界を再生させようと必死に努力している錬金術師の世界もあった。

完璧に詰んでいる世界にいても、その詰みを打開しようと努力しようとしている錬金術師の世界もあったし。

現在進行形で世界をエゴのまま食い物にしている錬金術師もいる世界でも。必死にそれに抗う錬金術師がいる世界だってあった。

だが此処は違う。

神代の頃から、錬金術師はどいつもこいつもエゴの怪物だった。

錬金術と言う超越技術を手にしたら、どいつもこいつも幼稚な全能感を拗らせて。エゴのまま蛮行の限りを尽くした。

この世界の人間はおぞましい程に出来が悪く。

どれだけ失敗を繰り返しても反省しなかった。

それをみていたパミラは、結局幽霊のままでは駄目だなと判断して。ヒトの形を取る事にした。

他の似たような存在と違って、自分の力を誇示したり、崇拝させたりするような行為にパミラは興味は無い。

信仰を餌にするわけでもないし。

ただ、人としてのあり方をみて。見守るのが本来の仕事だからだ。

石橋の上を歩きながら。パミラはため息をつく。

ここで悲惨な戦闘が行われて。

古代クリント王国の民草が、錬金術師の愚行のツケを払わされてから、もうだいぶ年月が経つ。

膨大な水で一気にフィルフサを押し流したとき。まだ必死に戦闘を続けていた兵士は一緒に流され、全滅した。

塔の中にまで侵入したフィルフサによって、まだ恨み事を日記に書き綴っている錬金術師が踏みつぶされたのと、殆ど同時だった。

激しい水流は地形まで変えた。

ただ、フィルフサに対する誘引能力は、もうこの塔にはないようだ。

だとすれば、次の大侵攻が起きれば。文字通り手がつけられない事態になる。

最悪の場合、協力関係にある「かの者」と連動して動かなければならないだろうが。

今は、その前に。

一つ一つ、可能性を見ておきたかった。

塔に足を踏み入れようとした瞬間。強烈な斥力を感じる。

ああ、なるほど。

これは怒っているな。

パミラは苦笑すると、ふわりと飛ぶようにして空間を跳躍。

塔の最上部に出ていた。

そこにいたのは精霊王。「土」だ。

実利そのものの名前をつけられた存在。

これら精霊王も、本来土地に宿る自然の力の権化とは別の存在なのだが。まあそれは別にどうでもいい。

パミラをみて、苛立っている様子だった精霊王は。

やがて、正体に気付いたのだろう。

舌打ちしていた。

「貴様、人ではないな。 随分と上手に擬態しているようだが」

「あらー。 ちょっと気付くのが遅いのではないかしら?」

「ふん。 恐らくは天然物の我等と似たような存在か、いやもっと上位のものか。 どうでもいいがな」

「いずれにしても、貴方に危害を加えるつもりはないわー」

ふわふわと喋るのは、それが癖になっているから。

幽霊になっている時は、これがとてもしっくり来た。

肉の体を得て行動している今も、それは同じ。

ただこの肉の体は、「かの者」に貰ったものだが。協力関係を取ると決めたときに、得たものである。

まあ、自分で作っても良かったのだが。

この世界に抗おうとしている錬金術師は一人もいないなか。

皮肉な事にも、そうではない錬金術関係者の作ったもの。

だから、利用するのもまたありだろうと考えたのである。

そして貰ったからには、使い潰すつもりもなかった。

「それで何用か」

「私はパミラ。 精霊王「土」でいいかしら」

「そうだ。 貴様、「水」の所に現れた存在だな。 それで何用か?」

「今、精霊王の所を回っている錬金術師に興味があってね。 今の貴方、出会い頭に消し炭にしかねないでしょう」

舌打ちされる。

精霊王は基本的に人間に対してはそれぞれが微妙に違う姿と人格を取るが、素は今パミラに応じているものだ。

元々はシステムに近いのである。

「錬金術師は敵だ。 古くに我等を星の都で作り出したのも錬金術師だが、そもそもそれも……」

「どうやら例外らしくてね、今貴方たちに接している錬金術師」

「騙そうとしているに決まっている!」

「そんなことは百も承知。 だから見極めようと思っているのよ」

ばちりと火花が散る。

雷撃のスペシャリストである神格は、非常に好戦的であったり、力が強かったりすることが多い。結果として人間のように傲慢になりやすい。

この精霊王「土」もそうだ。

パミラは、それでも余裕を崩さないが。

「ひょっとしたら、この世界の錬金術師の歴史が変わるかも知れない」

「……続けよ」

「ふふ、話が通じて助かるわー。 とにかく、他の精霊王と同じように応じてくれるかしら」

「……明らかに我等より悠久の時を過ごしている存在の言葉だ。 まあ良いだろう」

頷くと、パミラはその場から消える。

いずれにしても、見極めるだけ。この後、タイミングをみて実際に接触しようとも考えているが。

「かの者」が懸念しているような、この世界を再び地獄に陥れるような錬金術師の場合は。

パミラが殺す。

それだけだ。

ライザリン=シュタウトと言ったか。才覚において、この世界の歴史上最強かも知れない錬金術師。

やっと他の錬金術師とは違う。エゴのまま、幼稚な全能感に浸って、全てを踏みにじる愚者では無い錬金術師が出て来た事を祈りたい。

不可思議な話だ。人間でもないのに。何に祈るのだろう。そもそも本来は祈られる方なのに。

パミラは、近くの荒野に降り立つと、空を見上げた。

空には星だけが輝いている。

ただ、それだけだった。

 

(続)