炎の山にて

 

序、過酷な山の頂きを目指す

 

ヴァイスベルクだったか。普段、火山としか呼んでいない山の名前だ。今はそれをひたすらに登る。「火」の精霊王を探すため。此処にいる可能性が一番高いからである。

改良型の荷車を押して、上を目指す。あたしの魔力は連日絞り尽くしているから、今も上昇している。筋肉を鍛えるのと同じだ。魔力の成長も素質がものをいう。あたしの魔力はまだ上昇する、ということだ。

だが、それでもはっきりいって、「風」を見る限り精霊王と戦うのは無謀だと思うし。

その結論はまったく変わっていない。

全部で五体精霊王がいるらしいが。

そのどれとやりあっても多分勝てないだろう。

今は、とにかくだ。

話をつけるしかない。

話を上手くつけることができれば。

敵にならない可能性がある。

今は、それだけで充分過ぎるくらいだ。とにかく、精霊王を敵にしない。それだけでも、行動する意味があるし。

残り時間が限られている状況で。

動く意味がある。

今日、この探索が終わったら。タオに一度クーケン島に戻って貰って、ボオスと進捗の交換をする予定だ。

ボオスの方も、ブルネン家を調べてくれている。

何かあるかも知れない。

まだ、あの水を奪った道具以外にも。

今、必死にバルバトスの業績を追っているそうだ。その状況の進捗についても、知りたかった。

暑い。

激しい熱が、山全体を包んでいるかのようだ。

麓の方はそれほどでもなかったのだが。中層を超えた辺りから、強烈に暑くなって来た。

いちおう服の方は熱気を払うようにもしているのだが。

それでもちょっとこれは厳しいかも知れない。

無言であたしは、熱魔術を展開。

これ以上は、集中力などに影響が出ると判断したからだ。あたしが展開したのは、普段使う高熱の魔術では無い。

冷凍の魔術だ。

勿論熱を扱う以上。

高熱だけではなく、低温だって使える。

どっちかというと苦手分野だが、できない事は無いし。理屈も分かっているから道具にも魔法陣を仕込める。

周囲でへばっているみんなが、生き返ったと顔に書く。

それだけで、あたしは充分だが。

リラさんだけは平然としていて。むしろあたしに釘を刺してくる。

「普段の高熱魔術と逆だが大丈夫か。 消耗が大きいようだと本末転倒だぞ」

「大丈夫だよリラさん。 それよりも、今のうちに態勢を立て直して、みんな」

「確かに、これはきついよ」

「生物系の魔物をほとんど見かけなくなったね。 これだと、それも無理がないと思うな」

クラウディアが、苦笑いする。

いずれにしても、此処は人間が住む場所ではない。

急ぐ。

頂上は既に見えてきているのだが。途中に何度も集落があった。一応水はあったようだが。此処でどうやって暮らしていたのか。

少なくとも、クーケン島で、ここの火山の集落の情報はないらしい。

そうなってくると、最低でも恐らくは古代クリント王国の時代のものか。

いずれにしても、流民の類が住み着いていた、ということはないだろう。

この過酷さ、更には魔物もたくさんいる。

流民でも、住み着くのは無理。

それに、結構しっかりした家が建っているのを見かける。

それらの物的証拠を見てしまうと。

やはり此処にいたのは、技術もお金も物資もない不定住民ではない、ということに結論出来る。

あたしも、流民になっている人を悪く言うつもりは無い。

ただ現実問題として、此処では暮らせない。

それだけの話だ。

「タオ、まだかー……」

「ちょっとまって。 アンペルさん、これはどう?」

「良く見つけた。 レント、手伝ってくれ。 傷つけないようにこれを取りだす」

「分かった……」

レントが一番グロッキー気味だ。

この辺りは、暑さに対する耐性が見えてきて面白い。

あたしも結構この暑さは苦手だけれども。

元々熱魔術の使い手と言う事もある。

寒さ暑さには、レントよりは耐性がありそうだなと、見ていて感じた。

荷車にずしりと来る。

アンペルさんが、何かを積み込んだというわけだ。

荷車は大改造した。スプリングも車軸も変えた。というか、一からほぼ荷車を作り直した。この荷車の性能は、以前とは比較にならない。

積載量も、運搬に掛かる手間も。

後は荷車に自動で動き回る能力があればいいのだが。

それはちょっと今のあたしでは、手が届きそうにもない。いずれ、ものにしていきたいが。

「よし、行くぞ」

「それはそうとライザ、山頂の方、魔力は感じない? 「風」さんはもうこれ以上もないくらい自己主張してたけど。 此処は地形が開けていて、音魔術の通りが悪いの」

「そっか。 ちょっと待ってねクラウディア。 ええと……今の時点では特に感じないかな……」

「そうなると、巧妙に隠しているのか、それとも眠っているのか。 倒されていないといいがな」

アンペルさんが汗を拭う。

とにかく、進軍を再開する。この辺りの山は、かなり道が作られていた形跡がある。それも、今は崩れてしまっているが。

時々道の脇に、何か掘ったような跡がある。

ここの資源は、古代クリント王国の連中も掘り出していたと言う事か。今は、余力を残したい。

昨日、ちょっとだけ「風」がくれた球体を調べて見た。

超がつくほどの高密度魔力結晶だという事だけは分かった。

それ以上の事は分からなかった。

何しろ、どうしてこれが安定しているのかも分からなかったのである。本来だったら、いつ爆発してもおかしくない。

それくらい、強烈な魔力が圧縮されているのだ。ただ安定しているのも事実だった。

「風」としては、あたしの誠意を見ているのかも知れない。

もしも渡した貴重品に手を出すような愚か者だったら、もろともに爆発させる。

そのくらいの事を考えていても、不思議では無かった。

見られている。

試されている。

この世界で、人間は最強の存在ではない。

古代クリント王国の時代はそうだったかも知れないが、それですらフィルフサの大侵攻には為す術がなく、国土を徹底的に食い荒らされたのだ。

今の時代は、各地の集落が魔物から自衛するので精一杯。

技術も殆どが失われ、過去に作られた機械をなんとかやりくりして、生活を維持しているのである。

それを考えると。

現実的に見て、人間は「霊長」などではないし。

ましてやあの精霊王のような存在は、馬鹿にして良い相手でもない。

錬金術で幼稚な全能感を拗らせていたのが丸わかりな古代クリント王国の連中のような行動を取らないか。

それを、あの精霊王は見ている可能性が高かった。

無言で山を登っていく。

また集落の跡地だ。

タオが、眼鏡を直す。

「ちょっとおかしいね」

「うん、石造りの集落で、どれも同じに見えるけどな」

「いや、ずっと造りが高度になっているよ。 見て」

ぱたぱたと走っていったタオが、手招きしてくる。

皆で近付くと、なるほど。

あたしにも分かった。

確かに石組みがすごくぴっしりしている。この山から降っていった先にあった集落は、どれも石を積んだだけというような家だった。

この家は石材を削りだして、しっかりとした家を作っている。

言われて見れば、一目瞭然だ。

「作りで年代とかは分からないか、タオ」

「ええと、流石にそれは。 でも、この内部の荒れようからして……いや。 下の方にある集落よりもずっと古いですよこれ!」

「そうだな。 良く見抜いた。 私からもう、口出しすることはないな」

おお。

タオもアンペルさんからお墨付きか。

リラさんは基礎だけ教えて後は皆に任せるという雰囲気だったが。アンペルさんは比較的丁寧に面倒を見てくれた。

それでお墨付きを、この短時間に貰ったのだ。

タオは誇って良いだろう。

魔物も、心なしかこの辺りにはあまりいないように見える。

それでも警戒して、周囲を探索する。調べた後、更に上に行く。退路を塞がれると、こういう所では致命的だ。

だから、常に丁寧な立ち回りを心がけないといけないのである。

クラウディアが音魔術を展開。

やはり笛がどうしてもしっくりくるようで、笛を具現化して周囲に曲を流し。その反響で魔物の存在を探っているようだ。

それでさっきから、随分たくさんの魔物の奇襲を防ぐことが出来た。

曲も様々。

クラウディアは良家のお嬢様をやめても、吟遊詩人か何かで食べて行けそうである。これだけ色々な曲を流せれば、ルックスもある。

下手な詩人なんかよりも、歓迎されるだろう。

「魔物はいるけれど、この集落に近寄るつもりはないみたい」

「うーん、どういうことなんだろう」

タオは危険なしと判断すると、彼方此方を見て回っている。

まあ嬉しそうなことだ。

レントも側に着いているのは、こうなった時のタオが非常に危険だからだろう。文字通り周りが見えなくなるのだ。

リラさんがため息をついていた。

「学者としては立派になったが、戦士としてはまだまだだな……」

「だが、一芸あれば人間は充分だ。 大半の人間にはそれすらない」

「まあそれは理解はしているつもりだ。 白牙の民でも、戦闘力が低いものをあまり良く思わない風潮はあった。 この世界の人間ほど、迫害をすることはなかったがな」

そうか。

オーレン族に夢を見すぎるのも問題か。

ともかく、この集落は良いだろう。幾つかの石版で、タオがチョークで写し取りをしていた。

ゼッテルはしっかり持ってきている。

どこに遺跡があって。

何が事態打開の鍵になるか、分からないからである。

更に昇る。

川だ。

湯気が出ている。

水の温度がかなり高いと言うことだろう。レントが手をかざして、川の流れの先を見やる。

「街道の方にある小川に通じているみたいだな。 この辺りだと、こんなに水温が高いのか……」

「一部の水は、あの集落で使っていたみたいだね」

「水が変な色……匂いもあるね」

「ライザ、荷車は重くなるが、回収しておけ。 水質が違う水を見たら、必ず回収して調査する癖をつけておくんだ」

アンペルさんのアドバイス。

もう細かい指導はないが、こういうアドバイスはあるし、それはそれで嬉しい。

無言で水を回収して。

そして、更に山の上を目指す。

彼方此方に、砕かれたゴーレムの破片らしいのが散らばっている。この辺りで戦闘だろうか。

フィルフサがここまで来たのか。

いや、それは考えにくい。

もしそうだったら、あの集落はぺしゃんこの筈だ。

それにもっと山の下の方にも、ぺしゃんこになっていない集落の跡はたくさん残っていたし。

それに精霊王の言葉が気になる。

精霊王「風」はあの峡谷で決戦をしたという旨の話をしていた。

だとすると、此処は殆どフィルフサとの戦いはなかった筈である。

「まだ生きているゴーレムがいるかもしれない。 気を付けて!」

「ライザ、右!」

「!」

クラウディアの警告。

同時に、子供の頭くらいもある石が飛んできた。

回し蹴りで蹴り砕く。

他の石が飛来して、次々に襲いかかってくる。皆で迎撃。あたしも熱魔術で、空中で叩き落とす。

頭にでも喰らったら即死だ。

全員でつぶてを迎撃する。リラさんも前に出て、竜巻のように回転しながら、石を打ち砕いていく。

アンペルさんが、指先をすっと中空に走らせると。石の一つが真っ二つに砕けた。

あたしが熱の槍を叩き込んで、その石二つを立て続けに爆砕する。

レントもタオもしっかり動けているし。

クラウディアも速射で、数個の石を叩き落としていた。

凄いな。

元々音魔術の適性があって、それと組み合わせているとは言え。この弓矢の腕前はもう絶技だ。

レントもタオも、どんどん力量が上がっている。

特にレントは、多分もうザムエルさんと良い勝負が出来るのではないか。

激しいつぶてが収まると。不意に静かになる。

これは多分だが、こう言うゴーレムだったのだろう。そして砕かれて、動かなくなったということだ。

残骸を軽く漁るが。迎撃の途中にコアは砕いてしまったのだろうと思う。

残念ながら、稀少な鉱石や、宝石も見つからなかった。

「周囲、もう大丈夫よ」

「分かった。 もう少しで頂上だから頑張ろう。 このままもたつくと、もっと魔物が来るかも知れないし」

「良い判断だ」

リラさんが、クローを振るって小石などの残骸を落とす。

精霊王が、近場に五体いる。それだけ危機的な状況だと、常に頭に入れておかなければならない。

しかも、みんな「風」のように友好的に振る舞ってくれるかどうかは分からないのだ。

タオが、提案してくる。

「そのさ、次の精霊王が見つかったら、僕が最初に古代クリント王国の言葉はわかりませんって言ってみるよ」

「お、そんな風に喋れるのか」

「うん」

「凄いわタオくん。 学者みたいだね」

クラウディアが無邪気な笑顔で褒めるので、タオもえへへとでれる。

ともかくだ。

精霊王「風」が、しびれを切らして襲いかかってでも来ていたら、全滅必至だったのだ。タオの判断は正しいと思う。

ともかく、山を上がる。

まだまだ山の頂上は遠いが。

それでも既に見えてきている。これならば、昼までには頂上付近にまでたどり着ける筈だ。

強力な魔物に襲われなければ、である。

この辺りには、強大な魔物の噂はないけれども。

ただ、フィルフサに追われた禁足地の魔物がいる可能性もある。

だが、強い魔物ほど生存には強く執着するとも聞いている。

こんな中途半端な所に、そんな強い魔物がもたついて残っているとはあまり考えられないのだが。

「!」

あたしは、思わず足を止めていた。

今までで、一番の規模の集落だ。

それも、明らかにタオに言われるまでもなく、すぐれた技術で作られている事が分かる。

というよりもだ。

岩が浮いている。

どの角度から見ても、間違いなく。

「岩が浮いてるよ!」

「魔術によるものか?」

「古代クリント王国の時代には、まだものを浮かせる技術が残っていたという話だ。 それによるものかも知れない。 ただ、それにしては浮かせている岩が小さいし、意図も見えないが」

「警戒して! そんな技術が生きているなら、強力なガーディアンがいても不思議じゃない!」

皆で、周囲を見る。

クラウディアが即座に音魔術を展開。

あたしも、熱魔術で周囲の温度を下げながら、それでも警戒する。冷や汗が流れる。これは、もし強力なガーディアンに襲われたら厳しい状態だ。

「今の所、不可解な魔力の流れは、あっちだけだよ」

「……」

一際巨大な岩が浮いている。

その辺りに、たくさんのぷにぷにが集まっていた。しかも黒だ。

黒いぷにぷには、多数の餌を喰らった結果、腐敗した血肉で全身が黒く染まっている。それだけ強い。

更に強くなってくると、体内の魔力が光を帯びて、銀や金になり。

ものによっては虹色になったり。或いは青いまま、巨大になるが。その青も、どこか澄んでいるという。

いずれにしても、あれは通常のぷにぷによりも手強いとみるべきだろう。

どうにか交戦は避けられないか。

いや、無理らしい。

一斉に、ぷにぷにが此方に向く。

不定形の体だが。それでも此方を獲物と見定めたのは理解出来た。

熱にも耐性が高く、魔術も効きづらい厄介な相手だが。今だったら、それほど苦戦せず倒せる筈。

そう信じて、あたしは声を張り上げていた。

「いくよみんな!」

一斉に襲いかかってくるぷにぷに。

山の頂点付近。

恐らく精霊王がいるとしたら此処という場所で。

戦いが始まった。

 

1、山頂の死闘

 

回転しながら、ぷにぷにが突貫してくる。黒いぷにぷには食欲も強く、獲物を包むと溶かしてしまう。

前に鼬が喰われているのを見た事があるが、殆ど一瞬で骨にされ。その骨すらもバキバキと音を立てながら体内で砕いていた。

人間だって、襲われればそうなる。

ぷにぷには魔物と言われるだけあって、小細工無しで人間を充分に殺す力を持っているのである。

そして内部が液体というのは侮れない。

風呂桶に水を入れると、とんでもなく重くなるのは周知の事実。

大きめの風呂桶に水を入れると、多分レントでも運ぶのは難しいだろう。

それが、意思を持って突貫してくるのだ。

前衛に立ったレントが、気合いを込めて最初の一匹をパリィして弾き返す。がいんと、凄い重い音がした。

あたしは荷車からレヘルンを即座に取りだす。

熱魔術は効果が薄いことは分かっているが。

それでも、効果が薄い上から蹂躙するしかないのだ。

二匹目を、リラさんが回転しながら弾き返す。三匹目、四匹目が連続して飛んでくる。更に、弾かれた一匹目、二匹目も、すぐに態勢を立て直し、此方に向かってこようとしてくる。

幸いなのは、此奴らに知性がない事。

だったら、どうにでも出来る。

レヘルンを投擲。

更に改良しているタイプだ。

次の瞬間。

その場に、巨大な氷壁が出来。三匹目、四匹目を柱の中に凍結していた。

ごっと、周囲に冷気が吹き荒れる。

もろに冷気に入った黒いぷにぷにが、速度を落とした所を。レントが気合いとともに真っ二つにする。

もう一匹は、リラさんが蹴り上げる。

其処にクラウディアが、巨大な矢を叩き込み。

空中で爆散させていた。

「ぷにぷにの体液は危険だ! 間違っても浴びるなよ!」

「分かった!」

「ひいっ! 怖い!」

リラさんが警告しながら、バックステップ。タオが悲鳴を上げる。相変わらず気弱だが、肝心なところで動ければそれでいい。

確かに空中で砕かれたぷにぷにの死体が地面に掛かると。其処が凄まじい勢いで溶解していく。

あたしは更にフラムを取りだす。

氷柱をブチ砕いて、更に後続のぷにぷにが来る。氷柱を砕くと。そいつは触手を展開して、上空に飛んだ。

もろにレヘルンの冷気を喰らわなければ。大丈夫と言う事か。やはり凄まじい熱耐性の持ち主だ。

だが、上空で空気を吸って膨らみ、ボディプレスの態勢にはいった其奴は。

知性を持っていたら後悔していただろう。

あたしが投擲したフラムが炸裂。

文字通り、蒸発したからだ。

今度は、熱波が辺りを蹂躙する。凄まじい熱に、あたしも流石に呻きたくなるほどである。

熱に耐性がある黒いぷにぷにを蒸発させる熱量だ。

氷柱も既に砕けてしまい。閉じ込められたぷにぷにも内部で粉々に砕けて、地面をじゅうじゅういいながら溶かしている。

「まだ来るぞ! 態勢を整えろ!」

「ああもうっ!」

今の熱波で速度を落としながらも、更に一匹が来る。触手を伸ばして、熱波から顔を手で守ったクラウディアを貫こうとしていた。

それにおどりこんだタオが、全身ごとハンマーを振るって、ぷにぷにに叩き込む。

たわんだぷにぷにが、次の瞬間吹っ飛んだ。

恐らく、内部の液体部分が、表皮の柔軟性でカバーできないほどの衝撃を喰らったからだろう。

そいつはあとまわし。次は、地面近くでたわんでいる奴。

突っ込んでくるつもりだ。

アンペルさんが、詠唱を終えて魔術を放つ。黒い光が一閃。フィルフサの殻も貫く一撃だ。

だが、黒いぷにぷには、それを食らっても壊れない。

一度ぶしゅっと中身が飛び出したが。即座に敗れたところを修復したようである。

「相性が悪いな……」

「面制圧でないと厳しいみたいですね!」

「そのようだ」

レントとリラさんも、丁度交戦中。即座に態勢を立て直した黒いぷにぷにが、凄まじい音と共に飛んだ。

あたしは前に出ると。

踏み込みつつ、全力で肺の空気を吐き出していた。

「はあっ!」

地面を踏み砕きつつ。そのパワーを載せて、飛来するぷにぷにを横殴りに回し蹴りする。

あたしの切り札は蹴り技だ。

そしてこの間作った服で身体能力を上げ。

クリミネアで靴を更に改善している今。

破壊力は、この程度のサイズのぷにぷにだったら、文字通りこうなる。

横殴りの一撃で吹っ飛んだぷにぷには飛んでいく。その速度は、音に近いようだった。

空中で爆発四散するぷにぷに。

かなり遠くだが。まあ、山に今人はいないだろうし、被害は出ないだろう。

「凄いわライザ!」

「うん。 喧嘩したいとは絶対に思わない」

大喜びするクラウディアと、やたら冷めてるタオ。

まあいい。

まだ敵は来る。

一際大きいのが来た。それは触手を伸ばして、既に傷ついていたり、死んでいる他の黒いぷにぷにを掴むと、自身に取り込んでいく。

喰っているのだ。

傷つけば、仲間も餌に早変わり、か。

一部の虫なんかでは当たり前に見られる光景らしい。他にも、社会性というのを持っている生物は習性としてやる事があるそうだ。あまり考えたくは無いが、辺境にいる人間も、独自の文化をいいわけにやることがあるとか。

ぷにぷにもそうだと分かると、あまり良い気分はしない。

レントが気迫を込めて、戦っていた一体を斬り伏せる。

リラさんも、相手をバラバラにすると、態勢を立て直す。

黒いぷにぷにが、更に巨大化しつつ、触手を伸ばす。こっちでは無く、上空に。

振動している。

あれは、呪文詠唱だ。

「クラウディア!」

「分かってる!」

即座にクラウディアが笛を撃ち出す。詠唱阻害の魔術。だが、それもあまり長くはもたないだろう。

更に触手を伸ばすと、今度は地面に突き刺す黒いぷにぷに。

知性はなくとも、魔術は使うか。

厄介極まりない。

レントとリラさんが、同時に突貫。

だが、生き残っている黒いぷにぷにが、横殴りにレントを襲う。

大剣でガードするレントだが、文字通り吹っ飛ばされる。そして、ぷにぷにと一緒に転がっていく。

リラさんは、同じように上から襲いかかってきた黒いぷにぷにを、瞬時に細切れにしてしまうが。

体液が派手にぶちまけられて。

それを避けるために、大きく飛び退く。必然と、皆と距離が開く。

あたしは即座にレヘルンの二発目を投げるが。黒いぷにぷにも即応。なんと、近くにいた雑魚ぷにぷにを掴むと、中空に放り投げる。

触手のパワーは想像以上で、音に近い速度で飛んだ黒いぷにぷにが、レヘルンとぶつかって相殺。

冷気の爆圧を最小限にまで緩和する。

タオがその間に相手の死角に回り込んでいたが、ハンマーの一撃も決定打にならない。あのサイズだと、厳しいか。

そして、奴が呪文詠唱を完成させた。

辺りの地面から、一斉に石の杭が突き出す。

避けて。

あたしが叫ぶが、避けられたかどうか。

魔物はパワーとタフネスにものをいわせて、こうやってごり押しで詠唱魔術を通してくる事が多い。

詠唱魔術が本当に限定的な状況でしか使えない人間と違う。

あたしは今の一撃を、バックステップで避けたけれども。みんなはどうか。

ともかく、こっちも全力で対応するしかない。

その時。

黒いぷにぷにを、複数の黒い線が。上空から貫いていた。

全身から体液を派手にブチ撒けながら、黒いぷにぷにが振動する。それは悲鳴を上げているようだった。

あたしは奴が作り出した杭を蹴って、上空に。

見える。

レントは倒れているが無事。リラさんは、こっちに駆けつけようとしている。

クラウディアはどうにか回避に成功したようだが、見た所動けそうにない。タオは、あたしに気付いてあわてて離れている。

アンペルさんは。

恐らく今の黒い光の魔術。空間をずらすんだっけ。それを放った反動だろう。動けずにいる。

ならば。なにもかも吹っ飛ばすような大技は駄目だ。

あたしの固有魔術は熱。

普段は熱くする方向で使うが。

こう言う事も出来る。

空中に氷の足場を作ると、それを蹴って更に跳躍。ジグザグに氷の足場を蹴りながら、加速して奴に接近する。

黒いぷにぷにも気付いたか。迎撃の触手を伸ばしてくるが。

遅い遅い。

皆の攻撃を貰い。アンペルさんのかなり大きな一撃を受けて、鈍っている。

最大限まで加速したあたしは、裂帛の気合いとともに。

斜め上から、黒いぷにぷにを蹴り砕いていた。

地面を激しく擦りながら、振り返る。

呼吸を整える。

大きく上半分がえぐれた黒いぷにぷには、数秒静止していたが。しかし、次の瞬間には破裂していた。

すぐに飛び離れる。

黒いぷにぷにが死んだからだろう。

周囲の石の杭も、砕けて崩壊していく。

呼吸を整える。すぐに荷車に走り寄ると、先に作っておいた栄養剤を口にする。即座に冷気の魔術を展開しないと危ない。

アンペルさんが、薬を取りだして。皆の治療を始める。

ぷにぷには、どこにでもいて。

何にでも適応する。

それが理解出来る、危険な相手だった。

 

どうにか治療を終える。皆、疲労困憊だ。リラさんも、ぷにぷにの凄まじさには閉口したようだった。

アンペルさんが、棒のような器具を使って、ぷにぷにのしがいを漁っている。

そして、取りだした球体を回収していた。

「いいものが採れたな」

「アンペルさん、それは?」

「ぷにぷに玉というのだがな。 簡単に言うと脱水剤だ。 錬金術以外でも使うことができ、上手に使うとものに含まれる水を綺麗に除去できる。 ライザ、取り方を覚えておけ。 脱水の技術と知識は、高度錬金術では必須になる」

はいと返事すると、あたしもアンペルさんと一緒に回収に回る。

タフすぎるよとタオがへたっているが。

レントは傷の手当てを終えると、もう平気なようだった。ただ、熱には参っているようだったが。

クラウディアは足を挫いていたが。それも傷薬でどうにでも出来る。挫くと治るまで結構時間が掛かるのだが。

それでも、この錬金術のお薬であればすぐだ。

ぷにぷに玉を回収する。

アンペルさんの話に沿って、参考書を見ておく。

どうやらぷにぷには基本的に体内にこれを持っているらしく、昔の錬金術師は飼っておく事があったそうだ。

勿論危険な生物なので、一定の設備はいるが。

とにかく悪食で何でも食べるので、餌に関してはまったく困る事がなかったらしい。

それである程度大きくなったらばらして玉を回収すると。

家畜と全く同じなんだなと、少し呆れる。

今、魔物とされている動物の幾らかは。そうやって、古代の錬金術師が飼い慣らしていたものが、逃げたのかも知れない。

だとすれば、人間に襲いかかってくるのも納得は行く。それは散々恨んでいるのだろうから。

「とりあえず、皆無事なようだな」

「なんとか。 それよりクラウディア、どうだ大きな気配は」

「消えてないよ。 もっと危ない魔物がいるかも知れない」

「帰ろうよ……」

タオが弱音を吐くが。

あたしがタオに、指さす。

辺りには、今の黒いぷにぷにの広域攻撃でも壊れていない集落跡。それを見ると、タオはよだれを拭っていた。

「とりあえず、この辺りを調べよう。 もしも火の精霊王がいるのなら、この辺りだと思うし」

「うん……」

嬉しさと哀しみが混じるタオの声。

手当て終了。

周囲を見て回る。

黒いぷにぷにが食い荒らしたらしい魔物の残骸が彼方此方に散らばっている。ただ、殆ど原型はなく。

地面の黒い染みが、何が起きたのかを物語っていた。

状況から考えて、此処にいた人間が、黒いぷにぷにのエジキになったとは考えにくい。この集落、あからさまに場所からしておかしい。

今でも強烈な熱気が来ていて、あたしが消耗覚悟で熱波を中和しないとみんな蒸し焼きになりかねないのだ。

こんな所に住めるとしたら、何かしらの技術を持っていて。

この熱を中和していた可能性が高い。

例え熱波の原因が精霊王でも、流石に火山を活性化させるのは厳しいだろう。

仮にあたしの二十倍の魔力があって、それを最高効率で詠唱魔術で増幅したとしても。火山のパワーはそれ以上と聞いているからだ。

だとすると、精霊王関係無くこの集落はあったはずで。

いようがいまいが、住民は不自由していなかった筈だからだ。

周囲を調べる。

どうやら、この山の水源らしい場所に行き当たる。

「ライザ!」

「温泉……かな」

皆で、側に行く。

其処には、ぐつぐつ煮立った池があった。

こんな池でも、生物はくらしている。見た事もない生物だが。魚もいるようだが、恐ろしい姿をしていた。

釣りをするにしても、これでは何をエサにしたらつれるのか分からない。

アンペルさんが警告をくれる。

「火山で一番恐ろしいのは毒ガスだ。 此処もそれがある可能性がある。 気を付けて、距離をとっておくんだ」

「うっ。 分かりました」

「そんなにやべえのか」

「前にちらっと図鑑で見た話だけれど、一呼吸で死ぬってさ」

タオの言葉に絶句して、レントがささっと距離を取る。

まあ、それが普通の反応だ。

アンペルさんが、火山の噴火の恐ろしさを、順番に説明してくれる。

まず最初に噴火する。

この噴火には色々なパターンがあるそうだ。中には爆発だけして、溶岩は漏れないパターンもあるらしい。

規模が大きいものになると、それこそ山ごと崩壊するそうだ。

ぞっとする。

流石にそんなのに巻き込まれたら、ドラゴンでもひとたまりもないだろう。

いずれにしても火山が噴火すると、溶岩より先にガスが一気に来る。

このガスの恐ろしさは、さっきタオが言った通り。一呼吸でもすればあの世行き。

そしてガス自体が、高熱を帯びている場合もある。

そういう場合は、一瞬で焼き人間の完成か。

酷い場合は、蒸発してしまうそうだ。

聞いているだけで怖くなってくる話をしているアンペルさんだが。別に怖がらせて楽しんでいる様子はない。

淡々と事実を語っているだけである。

つまりこれらの全てが事実と言う事だ。

「溶岩は見た目は確かにおそろしいし、触れたりしたらまず助かる事はないだろうが、それより高速で来るガスに警戒しなければならない。 ガスは毒性も強く、非常に危険だ。 覚えておくようにな」

「はいっ!」

皆で返事。

いずれにしても、此処を探索しなければならないこと。

それに、此処には精霊王がいる可能性が高い事。

それらは全て事実だ。

水源から離れて、他も調べる。溶岩が噴き出している様子はないが。彼方此方に非常に暑い場所がある。

熱水噴出口というらしく。

極めて危険な温度の水が噴き出してくるそうだ。

対策無しで触ると、それこそ即死の危険もあるらしい。

興味深そうに見ていたタオが、真っ青になってさがる。

火山は本当に危険な事ばかりだと思って、あたしは心に刻んでおく。それにしても、この火山。

位置からして、クーケン島に噴火でダメージが入る事はないだろう。

多分だけれども、あたしのアトリエにも被害は出ない。

出るとしても、噴火したときに彼方此方に飛んでいく岩が要因になるくらいだろうか。

それについても、対策はしておいた方が良いはずだ。

天井を強化しておくかな。

そう思ったあたしは、見つける。

鉱石が、集められたまま放棄されている。鉱石だから腐る事もない。即座に調べて見ると、大当たりだ。

多分これ。

ゴルドテリオンの素材になるゴルディナイトだ。

ただ、ちょっとまだ加工情報が足りない。ただ、素材が手に入ったのはとても大きい。

しかしながら、少し量が足りないか。どこで採取できている。多分この火山だと思うのだけれども。

アンペルさんも、即座に反応。

「ゴルディナイトか!」

「はい! 貴重な素材の筈です」

「ああ、そうだな。 いにしえの時代には、これを材料にしたゴルドテリオンを更に凌ぐ合金があったらしいが……」

「アンペルさんは、作った事があるんですか?」

ないと言われた。

基本的にゴルドテリオンは、昔に作られた遺物でしか見た事がないそうだ。

素材としては、ゴルディナイトを使う事が分かっている。

だが、ロテスヴァッサに属して錬金術師の集団にいた頃も、ゴルディナイトはそもそも入手が極めて困難だったそうだ。

困難な上、加工方法が伝わっていないとなると、確かにどうしようもない。

それにしても、鉱石の段階で触ってみると、それだけでえげつない魔力を感じ取れる。ただし魔力との親和性があまり高くない。これは確かに、加工次第の品だ。

上手く加工できれば、精霊王にすら届くかも知れない。だがそれも、今ではまだ無力だ。

「金の名前を冠するように、ゴルドテリオンは性質が金に似ていて錆びない。 しかも金ですら溶かす酸である王水にすら溶けない。 軽く極めて丈夫で魔力との親和性も高い。 まさに最高の金属だが……今ではこれや、これ以上の金属による品は、ロテスヴァッサの王宮にも殆ど存在していない」

「すげえ。 伝説級の品じゃないか」

「ライザ、そういう事もある。 我々の装備は良いが、信頼出来ない他の者にゴルドテリオン製の武具は渡すなよ。 もしその情報が漏れでもしたら……恐ろしいことになるだろうからな」

「分かりました」

流石に山師の類でも、クーケン島なら撃退は出来るが。

それらがわんさか押し寄せてきたら、大事故になりかねない。

少なくとも、クーケン島の治安は終わる。

それは、あたしも望むところではなかった。

ともかく、ゴルドテリオンはほしい。素材もだ。まだ加工方法が分からないが、それは調べるしかない。

周囲を探す。採掘場はないか。

ふと、気付く。

花畑になっている場所がある。こんな所に花畑。そう思って近付くと、クラウディアが先に反応していた。

「ライザ、こんな所に花畑? おかしいね」

「うん。 でも魔物の気配もない。 ……踏み荒らされてもいないとなると、恐らく此処に誰かが花畑を作ったんだ」

「こんな所にか?」

「……そういうことか」

あたしは、無言でそこを見つめる。

どう思って良いか分からなかったからだ。

それは、墓だ。

流石に極悪人の一族だったとしても、墓まで荒らそうとは思わない。

そして、そんな極悪人でも、死人に花を手向ける習慣はあったのか。それを思うと、やりきれない気持ちになった。

無言でその場を離れる。

時間は惜しい。

魔物の襲撃も警戒しなければならない。

レントが呼んでいるのが分かる。

どうやら採掘場を見つけたらしい。

崖際に、明らかに不自然な掘った跡がある。それも、おかしな掘り跡だ。どうやったらこんな風に掘れるのか。

ちょっと分からない。

「どうだ、これ掘り跡だろ」

「うん。 ……奥の方、光ってる。 ゴルディナイトで間違いないだろうね」

「よし……」

レントが奧に行くと、大剣を振るって鉱石を砕き始める。ゴルディナイトでも加工前はそこまで硬くは無い。すぐに砕けて、幾つかの大きめの塊が採れる。塊はそれほど重くはないが。それでも鉱石だ。荷車にたくさんは積めない。

ゴルディナイトは鉱石としては非常に軽い。ゴルドテリオンもそうだと聞く。

荷車に詰め込みながら、不審に思う。

ひょっとしてだが、これ。ゴルディナイトはそれほど重要な鉱石ではなく、主要な鉱石は別にあるのではないのか。勿論貴重な鉱石であることは、間違いないのだろうが。

ともかく、崩落が怖い。すぐに穴から離れる。

そして、皆で見上げた。

巨大な岩が浮いている。

もしも、精霊王がいるとしたら彼処だろう。

「風」の話では、渓谷にまだ来ていない、という話だし。眠っている可能性もある。「火」が此処にいるのだとしたら。

性質は「風」より大人しいとは、とても思えない。

とりあえず、準備を万全に整える。

幸いゴルディナイトは手に入った。最低限の目的は達成出来ている。ただ、時間がとにかくない今。

出来れば、此処で精霊王を見つけてしまいたい。

「精霊王」が邪悪な存在なら違う対応をしなければならないだろうが。会話は出来るし悪党ではない事も分かった。それならば、今は敵に回るのを避けて、あわよくば味方に出来れば言うことはない。

あたしも、これくらいの計算はする。

「さて、どうやって彼処に登ろうかな……」

「方法は任せるぞ、ライザ」

「はい」

リラさんに応える。

足に魔力を集中して、跳躍するか。それも良いが、上で魔物がわんさかという事態を防ぐためにも、まずは様子を見た方が良いだろう。

少し考えた後に、あたしは決める。

いずれにしても。

ここがこの山の冒険における分岐点だった。

 

2、「火」現る

 

足に魔力を集中。

ちょっとの間熱波に耐えて欲しいと皆に頼んでから。あたしは跳躍していた。ただし、直上に、である。

跳躍して、更に熱魔術で氷の足場を作る。この足場はかなり不安定だが、あたしの魔術で作った足場だ。

もろさとかそういうのは、全て文字通り肌で感じ取れる。

氷の足場を使って更に跳躍すると、浮いている巨大な岩の上が、どうなっているのか様子がわかった。

なるほど。

いきなり上にいかなくて正解だったなこれは。

そう思いながら、何度か氷の足場を作って、落下速度を落としながら着地。すぐに冷気の膜を張って、熱波を緩和した。

「これも自動でやれるようになるといいね。 この付近にはないけど、もの凄い寒い場所に行くかも知れないし」

「自動で温度の調整か。 ロテスヴァッサの錬金術師達は、結局そこまでの領域に達する事が出来なかったな」

「アンペルさんの元同僚でも無理だったのか?」

「ああ。 あいつらは自分の僅かな才能だけを鼻に掛けて、他人の足を如何に引っ張るか、家格をどうやって挙げるか考えているだけの愚人だったよ。 一人だけ私以上の才能を持つ奴がいたが、それも色々あってな……」

そうか。それは、いずれ細かく話してくれる時に聞けば良い。

あたしは咳払いすると、状況を告げる。

「ええと、浮遊している岩の上は溶岩のプールみたいになっていました。 でも、毒ガスが出ていないし、厳密には違うのかな?」

「溶岩のプールだと!?」

「はい。 ぐつぐつと岩が煮えていて。 直接足を運んだら、みんなドボンだったと思います」

「なるほど。 恐らく此処で正解という事だろうな」

リラさんの言葉にあたしも同意する。

こんな奇怪な現象、精霊王が起こしていると見て良い。

そして「風」が言っていた通り。

相性が良い場所にいるということだ。

「火」はこの火山。

まあ妥当な所だと思う。

まずは、上にいる精霊王にどうコンタクトを取るか、だが。上に直接上がるのは、あまり良い考えとは言えないと思う。

しかしながら、それはあたし達の都合だ。

精霊王がどう考えるかは分からないし。

何よりあの「風」と、性格が違うことだって考えなければならないだろう。実際「闇」という精霊王は、性格が違うような事を「風」は言っていた。

「レヘルンではしごでもつくれないか?」

「レント、溶岩は岩どころか、鉄でも溶かすって話だよ。 氷なんて、一瞬で駄目になっちゃうよ」

「それは、おっそろしいな……」

「……幾つか試してみよう。 何もあの恐ろしい岩の上にいきなり上がることはないよ」

まずは、あたしだ。

深呼吸すると、魔力を全力で練り上げてみる。

リラさんにも頼む。

リラさんは頷くと、魔力を練り上げるためか、何か不可思議な踊りみたいなのをぬるぬると始めた。

元々身体強化に膨大な魔力を使っているのは分かっていたが。

そうやって、単に魔力を練り上げるとどうなるかまでは分からなかった。

想像以上だ。

あたしよりも魔力は上だと見て良い。

何も魔術にしてぶっ放して使うだけが魔力じゃあない。

まだリラさんは、戦闘での余力があると見て良い。本気で全部の力を解放したら、どれだけの破壊力を産み出すのか、想像もできない。

だが、二人揃っても精霊王の魔力の一割あるかないかだろう。途中からクラウディアとアンペルさんにも頼むが。

結局、反応はなかった。

「一旦とめて。 うーん、だめかなあ」

「ライザ達、魔力量凄いね……」

「全盛期のウラノスさんも凄かったらしいよ。 それにあたし達、この服とかで増幅してるし」

「ああ、なるほどね」

タオが、あたしが作った服を見回して、今更ながらに呟く。

もっと増幅の倍率を大きくすれば、精霊王にも届くのだろうか。だが、今はとにかく時間が足りないのである。

少し考えてから、浮遊している岩の周囲を見て回る。

溶岩が滝のように。

いや、飴細工のように垂れている場所を見つける。

その下では、溶岩が池を作っていた。

上が湖だとすれば池という規模だが。

いずれにしてもぞっとしない。

絶対に近付かないようにとアンペルさんに念を押される。あたしも近付くべきではないと思った。

「かなりでかい岩だな。 それにこんな風に溶岩が垂れているって事は、上がるのは絶望的か……」

「一旦手分けして周囲を確認しよう。 上がれるような場所があるかも知れない」

「分かったわ」

すぐに二人一組になって、周囲を確認する。

あたしはクラウディアとだ。

周囲を探って行くが、やはり都合よく上がれそうな場所はない。

浮遊する岩はたくさんある。

それは別にいいのだが。それを飛び移っていけそうな、丁度良い感じの岩がないのである。

しばらく考え込みながら、周囲を歩く。

地面が穴だらけになっている場所にさしかかる。手を横に伸ばして、進まないようにクラウディアに促す。

案の定、上から溶岩がしぶきとなって降って来て。地面に穴を穿っていた。

ぞっとしない話である。

進んでいたら、頭に直撃。即死だっただろう。

一度戻って、浮遊岩から距離を取る。レントとタオ、アンペルさんとリラさんも戻って来ていた。

「ちょっとこれは上にはいけそうにないな」

「面倒くせえ。 前みたいに向こうから来て貰おうぜ」

「駄目だよレントくん。 相手がとても冷静だったから良かったけど、もし寝起きだったら怒るかも知れないよ。 それに違う性格の可能性だってあるんだから……」

「あー、それもそうか。 面倒だな……」

「あ、ちょっといい?」

タオが何か思いつく。

皆の視線が集まると、タオはちょっと気恥ずかしそうにした。

「呼びつけるのは論外として、興味を持って貰うのはどうかな」

「聞かせて、タオ」

「うん。 ええと、クラウディアに演奏して貰おう」

「なるほどね……」

確かに、「風」はクラウディアの音魔術を中和し。その後、姿を見せていた。

音魔術を使って見るのはありだ。

ただ、場所が悪い。

あの浮遊岩の上に、多分音魔術の探知は届かないだろう。少なくとも今のクラウディアの技量では、だ。

その懸念を口にすると、タオは指さす。

あっちの方に、中途くらいまでなら上がれそうな浮遊岩があった、というのだ。

レントもそういえばあったと、ちょっと頼りない言葉で教えてくれる。いずれにしても、すぐにやってみるしかない。

撤退はやるべき事をやってからするべきだ。

此処は山の頂上近く。

降りるだけでも、結構時間が掛かるのだから。

下手をすると、この灼熱地獄の中で野宿すら考えなければならなくなる。痛むのを防ぐためにも、保存食しか持ってきていない。保存食は必要な時だけに使いたいという理屈もある。

「分かった。 ただクラウディアはそこまで身体能力高くないし、あたしがクラウディアを抱えてあの浮遊岩をぽんぽん飛んでいくのは現状の魔術の技量だと厳しいよ」

「それなら私がやる」

「リラさん」

「とりあえず、その場所に案内しろ」

すぐに移動を開始する。

浮遊岩は本当に大きくて、小揺るぎもしている気配がない。恐ろしい巨大さで、ちょっと身が竦む。

これは自然現象ではあるまい。

古代クリント王国の錬金術師は、人間的にカスとしか言いようがなかったのははっきりしているが。

それでも才覚については相応だったのだろう。

そして錬金術は、人格に関係無く使えるようになると言う事だ。

本当に危険な学問なんだな。

そう思って、あたしは襟を正す気分である。

レント達の案内で、くだんの浮遊岩の所に来る。確かに、階段状になっていて、上に行くには丁度良さそうだ。

大きさは、三人が足場にするには充分なくらいだろう。

タオは無理だとしても、レントもこられるか。

アンペルさんも、いけるかも知れない。

「最悪の場合、撤退する事を考えて、あたしとリラさん、クラウディアだけで行くよ」

「分かった。 撤退の準備、しておくよ」

「お願い。 アンペルさん、下の見張り、お願いします」

「任せておけ」

アンペルさんがついていれば大丈夫だ。

まずは、リラさんがクラウディアをお姫様抱っこして、ひょいひょいと跳んでいく。肩にでも担ぐのではないかと思って冷や冷やしたが。まあこの辺りが妥協案なのだろう。それにしても、魔力による肉体操作が凄まじい。あたしよりも数段上だと一目で分かる。

その後に、あたしも続く。

このくらいの高さだったら、魔力を足に集中して、跳ぶだけでいける。多分レントもいけるだろう。

高度を稼ぐ。

そして、最高高度に出ると、一旦止まる。浮遊している岩は大きさは様々だったが。それでも、三人が上に立つには充分な大きさだ。岩そのものも丸かったりするのだが。それでも充分過ぎる。

浮遊岩に乗って見て気付く。

これ、何かしらの加工をされている。

元々は、階段だったのかも知れない。重力を無視した建築がされていた、ということだろうか。

そんな技術があるのなら。

どうして欲を掻いたのだろう。

エゴが絡むと、人間は化け物になっていく。

それは分かっているけれども。何だか、技術が泣いているような気がして、あたしは複雑だった。

技術に罪は無いだろうに。

クラウディアを降ろすリラさん。腕組みして、顎をしゃくる。

此処からだと、さっきの空中よりも、ゆっくり溶岩の湖になっている浮遊岩が見渡せる。

恐ろしい大きさだ。

途中の浮遊岩も視線に入れて、位置は把握していく。

近付く事は出来る。

その気になれば、溶岩を無視すればその上に行く事も可能そうだ。

ただし、それをすれば死ぬし、やる意味がない。

それだけの話である。

まずは、クラウディアに頼む。

頷くとクラウディアは、フルートを取りだして、吹き始めた。

音魔術に使う、具現化した笛ではない。

わざわざ大事なフルートを使うと言うことは、それだけ本気と言う事である。

このフルート、間近で見ると今の冶金技術では作れないことが一目で分かる。バレンツ商会が手に入れた宝なのだろう。

それを持たせているだけで、ルベルトさんがクラウディアをどれだけ大事に思っているかがよく分かる。

放し飼いのうちとはえらい違いである。

それにしても、良い曲だ。

多分思い出の曲なのだろう。クラウディアの体から迸る魔力は、青白くて、とても儚げだ。

リラさんも澄んだ声で歌い始める。

これは単純に白牙氏族に伝わる歌なのだろう。

内容はわからないが、クラウディアの曲を邪魔していない。とても良い歌だと、あたしは思う。

しばらく様子を見るが、反応は無しか。

いや、違う。

どうやら、当たりだったらしい。

クラウディアが演奏をとめる。リラさんも、歌うのを止めた。

まあ、この魔力量。

即座に感じ取ることが出来るのは当たり前か。

溶岩の湖の真ん中あたりで、ぼこぼこと何かが噴き上がっている。

それが、溶岩を吹き飛ばして。姿を見せた。

幼い人間の女の子に見えるが。

溶岩に浸かっている時点で人間の筈がないし。

何よりこの凄まじい魔力。

「風」に全く見劣りしない。

全裸のその女の子は、大きく伸びをすると、目を擦る。上に連れて来たのが女衆で良かった。

流石に幼い女の子が相手とは言え、ちょっと色々見せる訳にはいかない光景すぎるので。

「女の子だね……」

「間違いない。 精霊王だよ」

「凄まじい魔力だ。 戦闘を覚悟しろ」

「はい」

クラウディアも、すぐにフルートをしまう。

溶岩の中で、服を具現化する女の子。「風」と同じように椅子を作り出すと、それにもたつきながら座る。

動作が人間の子供そっくりで。

ちょっと微笑ましい。

シュッとした鋭さがあった「風」と違い、無邪気な子供そのものだ。そして無邪気ってのは、危険極まりない事も意味している。

幼い子供は残酷だ。

少なくとも無垢でも優しくもない。

それはあたしが一番良く理解している。

際限ない強大な力を手に入れた幼児なんて、それこそ世界の災厄にしかならないだろう。

見かけ通りの精神年齢ではない事を祈るしかないが。

不意に、空間転移して、精霊王は側にいた。

むわっと、冷気の防壁ごしでも凄い熱波が来る。

やっぱり無邪気に暴威を振るうタイプか。「火」の精霊王と言う事もあって、火に近い性質かも知れないとは懸念していたが。

懸念は最悪の形で当たったようである。

「風」と同じように。最初は聞いたことがない言葉を喋る精霊王。タオが、先に言っていたように、多分古代クリント王国の言葉で下から叫ぶようにして応じた。そうすると、頷いた精霊王はあたし達にも分かる言葉で喋り始めた。

「人間だ。 しかも錬金術師だね。 まーた私達をフィルフサとの戦いにかり出そうって考え?」

「ええと。 私はライザリン=シュタウト。 そちらはクラウディアとリラさんです」

「精霊王と呼ばれる「火」だよ。 まったく星の都の連中、実利的な名前しかつけないんだからさ。 自分で名前を名乗ろうとしても、ロックがかかっていて出来ないし不便だよもう」

やはり、火か。

クラウディアが、汗だらだらになりながら、笑顔を必死に作る。

「その、暑くて……」

「え、そう? それはごめん。 気持ちよくお風呂で寝てたから、調整が上手く行かなくってね」

すぐに涼しくなる。

これは、助かる。なんというか、「風」と違って極めてフランクだ。見かけの年齢は五歳くらいに見えるが、これだけの会話が出来るという事はもっと精神年齢は高そうである。

助かる。

これなら、予想よりもずっとやりやすいはずだ。

「下に仲間がいます。 もしよろしければ、皆と話してくれませんか?」

「いいよ。 じゃ、まとめて移動しよ」

「え、ちょ……」

いきなり、世界が切り替わる。

そして、地面で尻餅をついていた。

光景が切り替わった。

これは、超高速での移動じゃない。多分、超レア能力だと聞いている空間移動だ。

アンペルさんの空間操作もかなり凄いレア魔術だと聞くが、これはもう伝説に残るような代物である。

予言なんかと同じで、人間の手がおいそれと届く代物じゃない。実物をみるまで信用するなと念押しされるような術だ。

戦慄しているあたしを見て、「火」はによによしていた。

何かを悟ったのかも知れなかった。

「その様子だとクリント王国だとか言う連中じゃないね」

「はい。 クリント王国は数百年も前に滅びました」

「あー、滅んだんだ。 まああれだけ好き勝手すれば当然だよねえ。 巻き込まれた人間には同情するけれど、滅んだことはザマア見ろとしか言えないかな」

「あたしも、滅ぶべくして滅んだと思います」

立ち上がると、埃を払って居住まいを正す。

レントが冷や汗だらだら流しているのを一瞥。

それはそうだろう。

「風」と殆ど同じ魔力。それも、前よりもずっと近い位置にいるのだ。相手がその気になれば、全員一瞬で蒸発である。

「私を起こしたって事は、なんか用があるんだよね。 腕試し? それともあたしの宝が目的?」

「違います。 「風」からの伝言です」

「わ、おねいちゃんのだ!」

「風」がくれた球体を見せると、すぐにそうだと理解したらしい。

あたし達の実力で、「風」を打倒するのは不可能だ。伝言だというのも、嘘では無いと即座に察知したのだろう。

この辺り、見かけと能力、知識は乖離している。

かなり精神的に「風」よりも幼いようだが。

充分に話が出来るし、これは良い案配だと思う。

まず、状況を告げる。

フィルフサの大侵攻が近づいている事。

それを告げると、「火」はああやっぱりというのだった。

「麓の方がちょろちょろ五月蠅いと思ったら、やっぱり湧いてたんだ。 本当に迷惑だよもう」

「ええと、続けますね」

「うんうん」

「火」は話を聞いてくれる。

これは、助かる。

ただ、「火」の目は、大まじめに話をしているあたしをしっかり観察している。騙そうとしているかどうか、即座に見抜こうとしてくるはずだ。

精神が幼くても、バカとは限らない。

あたしも、最大限の敬意を払わないと危ないだろう。

「風」達精霊王四名が集結しようとしているが、「火」だけではなく、「水」もまだ来ていない事。

此処から西にある渓谷にて、「風」が待っている事。

これらを告げると、「火」はなるほどねえと納得してくれた。

「おねいちゃんらしく迂遠だね。 見た感じ、そんな悪党に見えないし、使いっ走りにして試さなくてもいいと思うんだけどなあ」

「恐縮です」

「それで、キミたちの目的はなんなん?」

「フィルフサの侵攻を食い止めて、異界オーリムの聖地グリムドルから奪われた水を取り戻して。 あたし達の島クーケン島の安全も守ることです」

贅沢だなあと、「火」が苦笑い。

贅沢を望んでいるのは、あたしだって分かっている。

だけれども、これはやりとげないといけない事だ。

もう首を突っ込んでしまった。

勿論あたしの手が届かない所にある問題は、どうにも出来ない。今後できる事が増えれば、できない事だって見えてくる。

あたしが助けられた筈なのに助けられなかった命や。

どうにかできた筈なのに、失敗する事だって、起きるかも知れない。

だけれども、今やっている事は出来る範囲の事だ。

だからやる。それだけである。

「クリント王国の外道どもとは違うみたいだね。 彼奴らってば、他人を騙す事と、自分らのエゴを満たす事しか考えてなかったし、同じ種族を奴隷とか呼んで使い捨てするしで嫌い。 それと違うんだし、まあいいや。 もし同じ事考えてるようだったら、焼き尽くしてやろうと思ってたんだけどね。 時間を掛けて、枷も外したし」

「枷、ですか」

「私達の力、クリント王国の連中には大きすぎたからね。 だから竜脈に枷を作って、無理矢理従わせてきたんだよ彼奴ら。 私達が無理に枷を外せば、私達に大事なものも木っ端みじんになるから、従わざるを得なかったの。 まあ彼奴らがいなくなってから、こうやって時間を掛けてぐつぐつ煮込んで、枷は壊して、今は自由だけど」

なるほど。

魔術的な何かの装置が本来上にあって。

それを時間を掛けて破壊した、というところか。

それにしても、「星の都」というのは、「風」も口にしていた。それは一体なんなのだろう。

他にも分からない単語が幾つかあった気がする。

まあ、それはいい。

とにかく、「火」はとても友好的で誠実だ。あたし達のことも、気に入ってくれたようである。

「じゃあ、とりあえず私はおねいちゃんと合流するよ」

「あ、すみません……」

「何?」

タオが声を掛けると、「火」は笑顔のまま圧を返した。

ひっとタオがすくみ上がる。

まあ、タオも魔力はしっかり使えるし見える。この無邪気な女の子が、場合によっては無邪気に手足をもぎに来る位は、分かっているのだろう。

子供というのは、そういうものだ。

そしてこの子の精神年齢は、はっきりいって子供の領域を超えていない。

みんなそれは分かっている。タオもだ。

だからすくみ上がるのは、仕方がない。

だがタオは、必死に顔を上げて、それでもきちんという。

「そ、その。 「水」さんの居場所は、分かりませんか……」

「「水」ねいちゃん? 多分水の力が得られる場所にいると思うよ。 てか、本当に技術が一度消し飛んだんだね。 それくらい探せないというのは……」

「す、すみません」

「んー、キミ達良い人だしちょっとだけヒントあげようかな。 「水」ねいちゃんは、よどんだ水よりも、流れがある水の方が好き。 川の水よりも、ゆったりした海の水の方が好き。 でも、海の中よりも、陸に近い場所の方が好き」

随分と詩的な発言だ。

流石に精霊王、というところか。

もう少し話を聞きたそうにするタオだが、じゃねとちいさな手を振って、「火」は空に消える。

そして一瞬後には、もう姿は見えなかった。

全身が、どっと疲れる。至近距離で、あんな魔力を浴びればそれはそうだ。

圧倒的な力の差があった。火という分かりやすい力を司っている以上、戦闘力は「風」以上かも知れない。

クラウディアが、貧血を起こしたようで、リラさんが支える。

アンペルさんが音頭を取った。

「一度安全圏までさがる。 クラウディア、大丈夫か」

「ごめんなさい、力を使い果たしてしまったみたいです……」

「荷車に乗せて運ぶぞ。 中腹までさがれば、一時休憩に移ることが出来るだろう。 急げ!」

「前衛は俺が務める! ちょっと乱暴だが、邪魔な魔物は全部蹴散らして行くぜ!」

レントが意気込む。

まあ、一番余力があるのはレントだろうし、当然か。

クラウディアを荷車の隅に載せると、一気に山下りを開始。頭をぶつけないように気を付けてとクラウディアに告げると。

後は全力で、火山を降った。

目的は達成出来たが、分からない事も増えた。

いずれ分かるようになるのかも知れないが。それはそれだ。

とにかく今は、この疲弊をどうにかして回復しなければならない。

タオが、走りながら言う。

「「火」の言っていた「水」のいる場所、見当がついたかも知れない」

「えっ! 本当!」

「凄いなタオ! お手柄だ!」

「う、うん。 でも、まだ行ってみないと分からないよ」

とにかく、山を降る。

中腹まで来ると、魔物の姿がちらほら見えるが、レントがいわゆるウォークライを挙げると、さっと姿を消した。

襲ってくるようなゴーレムは、往路で全て始末してある。今いるのは、鼬とか大きな鳥とかラプトルとか、そういうのばかりだ。それらもいずれも大きさ的に大した事がなく、弱い個体ばかり。強いのは、先に始末したからである。

禁足地にいた魔物が逃げ出して来て、新しく住み着かないのは救いだ。

この山も、あたし達が知らないだけで、その時は大混乱だったのだろう。

登頂の途中で、キャンプを行った集落跡に到着。やっと一息つく。

冷気のフィールドを張ったまま、まずは栄養剤を飲み干す。自分で作ったものであったのに。

とにかく苦く。

そして、体に染み渡っていた。

強力すぎる相手を目前にすると、凶悪な魔物とやりあった時か、それ以上くらい消耗する。

それをあたしは、良く理解したのだった。

 

3、夕暮れの帰路

 

持ち込んである水を皆で飲む。すぐになくなってしまった。

アトリエでは、毎朝あたしが水を湧かして、それでコンテナに入れている。コンテナに運び込むのはレントの役割。

この湧かした水を、お風呂や台所、トイレなどの水周りに使ったり。飲み水として冒険に持って行っているのだ。

調合に使う水は、これを更に錬金釜に入れて、エーテルの中で不純物を取り除いておいたものを使う。もう今は、液体を抽出するのも難しく無い。複雑な調合を行う時に、相反する要素を無理矢理結合させるために中和剤という液体を用いるのだが。そのためにも液体操作は必須なのだ。

なんでも蒸留という過程を経て似たような事が出来るらしいのだけれども。

エーテルで要素を抽出することで同じ事が出来るのだから、そうするだけ。

火を熾すと、それだけ薪を消耗する。

薪は大事な資源で。

有限なのである。

レントが大きなため息をついた。タオも、完全に参っている様子である。

クラウディアも何かいう気力はないらしく、なんとか荷車から這いだしてきた後は、うつらうつらとしている。

さっきの演奏で、多分相当な魔力消耗をしたのだ。

流石に限界だろう。

リラさんとアンペルさんにすら疲れが見える。

幾つもの門を封じてきて。その間、うちの島の古老みたいな分からず屋とさんざんやりあってきた二人がだ。

これほどの大物と直接相対するのは、滅多にないのだと見て良い。

クーケン島とその周辺は、それだけ危険だという事なのだろう。

休憩をしていると、おなかがすいてきたが。

リラさんが、先に釘を刺してくる。

「腹が減ってきているだろうが、今食べると乾きが敵になるぞ。 水は飲み干してしまったからな」

「うっ……やっぱり急いでアトリエまでいくしかないか」

「そうまでしなくとも、麓までいけばあたしも冷気の膜を展開しなくて良くなるから、少しは楽かな……」

「ごめんライザ。 ちょっと苦労掛けてる」

そんな風に言うタオ。

気にしないで、と応える。

あたし達は、悪ガキ仲間だ。そのくらいは、別にどうでもいい。強かろうが弱かろうが、関係無い。

それにタオの頭には、随分助けられている。それだけで、充分だと言えるだろう。

咳払いするアンペルさん。

「そういえばタオ。 さっきの続きを聞かせてくれ。 「水」の居場所がわかったのか」

「ええと、仮説ですけど。 あの、禁足地の浜につながっている洞窟が怪しいと思って」

「!」

「どうしたライザ」

そうだ、思い出した。

あの洞窟で、強烈な魔力を感じたっけ。

死に場所を探してあの洞窟に向かったボオスを追って、急いでいたから後回しにしていたが。

確かに、強烈な魔力を感じ取った。

あれは思えば。

あそこには似つかわしくないものだった。

「さっきの「火」の言葉に、潮流で激しく姿を変えるあの洞窟は似ていると思います。 全ての条件が合致していると思いますし」

「確かにな。 だが、今日はまずは撤退しての休憩を考えるぞ」

「その通りだ。 もしも外れだとしても、彼処は指呼の距離。 今日は休んで、明日にじっくり準備を整えてから向かおう」

「分かりました!」

タオの表情が、僅かに明るくなる。

まあ、あたしには実の所、タオの本音が分かる。

あの洞窟、奥の方にはよく分からない遺跡みたいなものがあった。タオとしては、調査したいのだろう。

普段は禁足地で足を運べないし。

何よりも、水没してしまっているのだ。

もう乾期は始まっている。

既に雨は一滴も降らない。そうなると、フィルフサが侵攻を開始してもおかしくない状況である。

そして乾期はしばらく続く。

もしもフィルフサが門からあふれ出したら、文字通り地獄が現出する。100万を軽く超える数の、魔術が通じず生体急所を貫いても死なないタフな魔物が。何もかも踏み砕きながら進軍するのだ。地獄と言うのも生やさしい状況になる。ましてやオーリムのように奴らが環境を改造でもしたら、それこそ終わりだ。次の乾期には、此方の世界に進出したフィルフサが、文字通り世界の全てを蹂躙する。

キロさんの頑張りにも限界があるだろう。

確率が高い場所から、徹底的に調査していくしかない。

そんな状況だ。

少しでも遺跡を調査できるのなら。そうタオが思っているのは、よく分かる。

これでもずっと一緒にいないのだ。

「ともかく、休憩を最低限取ったら、まずは街道に降りるぞ。 城を突っ切る道は、今は避けた方が良いだろう」

「あの「火」みたいに、空間を跳ぶことが出来たらなあ」

「あれは恐らくだが、「門」を作り出すのに近しい技術だ」

アンペルさんの声色が、少し冷える。

それで、レントもちょっとまずいと判断したのか、口をつぐむ。

確かに、門を作るのと同じ系統の技術だったら、アンペルさんが良く思わないのも分かる。

錬金術師にとっては、罪業と同じだからだ。

クラウディアが、ふらふらだが、いけるというので。

皆立ち上がって、その場を後にする。

もう少し降れば。あたしも冷気魔術を展開しなくてもよくなる。ただでさえ枷が掛かっている状態で疲れきっているのだ。

アトリエに戻ったら、文字通りバタンきゅうかも知れない。

いくら底無しの体力と言われるあたしでも、限界がある。

今は、少しでも早く。

安全な場所で、休みを取りたかった。

 

街道に出たころには、日が暮れていた。丁度松明が見える。アガーテ姉さんだった。数名の精鋭を連れている。

疲れ果てている様子を見て、それである程度事情は察したのだろう。

無理はしないようにと言われたので、はいと応えるしかなかった。

そのまま、アトリエに戻る。

クラウディアはもう途中から歩きながら船を漕いでいたし。タオも殆ど同じ状態である。リラさんがそれを見て、大きなため息をついていた。

「まだ基礎体力が足りないな。 今の時期が一番延びる。 もう一月猶予があれば、こんなだらしない事にはならないように出来たんだが」

「リラさん、勘弁してくれよ。 ライザや俺は体力自慢だからいいけど、タオやクラウディアは人間の範疇なんだよ……」

「そうか。 だが、今後を考えると、体力はいくらでも必要だ」

「分かっています……ああうう……」

タオが呻く。

まあ、気持ちは嫌になる程わかるので、あたしとしても責めたりするつもりはない。

黙々とアトリエに戻り。到着した時には、クラウディアとタオが同時に倒れそうになって、それぞれあたしとレントが支えた。

ベッドに連れて行って、寝かせる。

クラウディアは無防備に寝ているので、ちょっと男子に見せるのは危ないか。布団を掛けておく。

レントも戻って来たので、四人で軽く話をする。

アンペルさんも疲れているようだが、野宿も荒事も慣れっこだからだろう。流石に、まだ余力があるようだった。

「では、状況を整理しておこう。 精霊王「風」の依頼にあった「火」は見つけた。 「火」は友好的で、現時点では敵対する恐れもなさそうだ。 また上手く行けば、フィルフサとの戦いに参加してくれるかも知れない」

「あれほどの力の持ち主が力を貸してくれれば、非常に頼もしいが……」

「リラの懸念ももっともだ。 精霊王はあくまで精霊王。 人間とは考えが違う。 少なくとも、我々が考えるような味方として動いてくれるかは別だろう。 古代クリント王国のように使役すれば話は別かも知れないが、それは我々がするべき事ではない」

「あたしも、それには同意見です」

外は既に真っ暗。

本当だったら晩ご飯にしたいところだが。

今は、まず先に眠りたい。

明日、二食分朝に食べるしかないだろう。それくらい、心も体も疲れ果てている状態なのだ。

「タオが幸い、「水」がいる可能性が高い場所を見つけてくれた。 明日は朝一番に食事を取り、準備を整えてから出よう。 幸いかなりの近場だ。 多少遅い時間に出ても、明日中に上手く行けば片付くはずだ」

「分かりました」

「では休むとしよう」

「……はい」

がくんと、一気に疲労が来た。レントも無言で、そのままベッドに直行。今日は風呂どころではない。

あたしも、意識がもうろうとする中、ベッドに向かって。

そして、そのまま眠りに落ちていた。

 

夢を見る。

強い魔力を持っていると、感応と呼ばれる現象が起きる事がある。あたしは夢の中で、精霊王「火」になっていた。

精霊王はあの幼い精霊王「火」だけではない。

周囲には、似たような力が四つある。

「五人」精霊王が行使されたと、「風」は言っていた。

これが、その光景と見て良いだろう。

皆の姿は残念ながら曖昧。感応だから、なのだろう。

まず、「火」が激しい炎を巻き起こして、山を削って道を作る。其処に「風」が力を吹き込んで、更に炎の勢いを高めた。

ぐつぐつと煮立つ溶岩。

塔から降る川は蒸発してしまった。

それを見て、とても心が痛む。川にいた生物は全滅してしまっただろうからだ。

「水」が、大雨を降らせる。

その大雨が鉄砲水を作り出して、谷を押し流す。更に、「土」が放ったのは雷だろうか。それが、戦場の状況を整えていった。

「闇」が力を放出する。

精霊王の中で、間違いなく最強の力だ。そして、門から。

奴らが。

フィルフサの群れが、あふれ出てきた。

塔からわらわらと出てくる人間。殆どは戦士のようだ。見た事がない多数の兵器を携えている。そう、兵器だと分かる。

それだけじゃあない。

巨人というのも生やさしい巨大な人型の鎧が、剣をもって歩いている。

あれは、ゴーレムか。

今稼働しているゴーレムも多数見受けられるが、人間を襲う様子はなかった。

「我等の力はフィルフサとは相性が悪い。 だが、あのような邪悪なるものどもを此処に近づける訳にはいかぬ。 この谷の生き物たちにはすまぬ事をしたが、それ以上のものを守るためだ」

「支援すればいいんだねおねいちゃん!」

「そうだ。 総員、フィルフサを迎え撃つ! 総攻撃開始せよ!」

空には、複数のドラゴン。

それらが、一斉にブレスを吐き、敵の群れに猛攻を開始。フィルフサの群れが、次々に消し飛ぶが。

フィルフサは体を抉られようが削られようが、砕かれようが平気で迫ってくる。

次々に蹂躙される人々。

今とは姿が違うが。

それでも人間だ。文字通り踏み砕かれ。悲鳴を上げる暇すらなく、ぺしゃんこにされて果てていく。

こんな酷い死に様、魔物に襲われてもまずない。

悪夢だと、あたしは思った。

前線が喰い破られていく。やがて、精霊王の全火力でも、フィルフサを抑えられなくなる。

ついに人間が敗れて、どっとフィルフサの群れが塔に群がる。塔の中にも、入り込んでいく。

そして、塔から。

水が、大量に。

精霊王が使うよりも膨大な水が、あふれ出して。

フィルフサを、まとめて押し流していた。それは、門から這いだしてきたばかりの。おぞましい姿をした巨大なフィルフサも、まとめて海に……違う、エリプス湖に流していた。

後は、虚無だ。何もかもが失われて。それで。

はっと目が覚めて。

ベッドから飛び起きる。

今の夢。

多分、ただの空想とかじゃない。「火」の精霊王の間近にいて、感応して見たものだ。ただでさえあたしの固有魔術は熱。

それを考えると、「火」の精霊王はとても相性が良い相手の筈。

今のは、「火」が見た事実だ。

それを思うと。

吐き気がこみ上げてきた。

タオが言っていた。「何千」「何万」と、あの場所で死んだ筈だと。あの夢が事実だったら、それは紛れもない事実。

恐らく、死んだのは何万の方。

そんなたくさんの人が。しかも此処だけでは無く、世界中の彼方此方であんな戦いが起きて。

みんな、死んで行ったと言う事だ。

ぐっと唇を噛む。

錬金術は無から有を産み出す技術。エーテルを用いて行う、魔術の上位互換。

それを使えば、多分理論的には何でも出来る。そして、それが幼稚な全能感を拗らせていく。

才能は善性と全く関係がない。

あたしも見た事がある。酷い下衆が、凄い剣術の使い手だったのだ。あれは。幼い頃だったか。

アガーテ姉さんがまだ王都に行く前。

クーケン島に来た山師が、そんな下衆だった。仲間とともにクーケン島に押しかけ。そして狼藉の限りを尽くして、当時の護り手を数人殺した。

暴れに暴れて、手に負えなかった其奴を。

まだ十二だったアガーテ姉さんが、その仲間もろとも斬った。

剣を持つ腕を斬り飛ばされて。そいつは、被害者面をしながら、泣きわめいた。アガーテ姉さんが首を刎ねるまで、自分勝手な繰り言をほざいていた。

最後に、呪いの言葉を残していった。

俺の力は才能によるものだ。

俺を超えたのも才能によるもの。

いずれ俺以上の才能を持つ者が来て。この島の人間を皆殺しにして行くぞ。努力なんてするだけ無駄だ。

剣は才能だけの世界だ。俺に勝ったのも、ただ才能があったからだけだ。

怯えて待つんだな。

お前達ではどうにもできない才能が来るのを。

狂笑しつづける其奴は、首を刎ねられてもまだ笑っていた。

あの時は、ただ狂っているとだけ思った。ザムエルさんですら、そいつの手下数人を同時に相手にして傷ついていたとはいえ、純粋に剣技の前には押されていた。

それを倒したアガーテ姉さんをただ格好いいと思ったが。

今なら分かる。

古代クリント王国の連中は、そいつと同じ。才能だけあるカスだった。だから、これだけの事を引き起こした。

剣技が才能の世界だというのは知っている。というか、アガーテ姉さんがその体現者だ。そして剣技よりも更に錬金術は極端な学問だ。才能がなければ、そもそも何をしても無駄だと、アンペルさんが断言する程なのである。

そしてこれらから導き出される結論がある。

才能は、時に凶器となるのだ。

あたしは手を見る。

大人になったら、変わらないだろうか。今は、悪を強く憎む気持ちがある。力への誘惑にも屈しないと言い切れる。

ただし、それはあくまで今だからだ。

昔はお父さんとお母さんの良い仲間だったザムエルさんが、酒に溺れてあんな風になった事だって、あたしは知っている。

昔のザムエルさんが、今のザムエルさんを見たら激怒するはず。

あたしだって、そうならないと言い切れるだろうか。

恐怖が、心の底からこみ上げてくる。

あたしは、別に強い心を持っているなんて自負している訳では無い。「火」の精霊王との感応でみたこの夢。

笑い飛ばせるほど、心は強くない。

起きだすと、まずトイレを済ませて、顔を洗う。先に起きだしていたクラウディアが、朝ご飯を作ってくれている。風呂も入っておく。昨日の分、かなり汚れたからである。

風呂から上がると、まだ寝ているタオをレントが起こしに行っていた。顔をタオルで拭きながら、あたしはさっさと何時でも出られるように着替える。

そして、皆と一緒に、朝食の卓を囲んだ。

食事を終えた後、無言で調合を行う。

案の定、採取してきたゴルディナイトはエーテルの中で分解して見ても、あまり強い金属だと実感できなかった。魔力は非常に強いが、それだけの金属だとしか思えない。

錆びはしないだろうが、強度は足りないし魔力だってそれほど親和性が良くない。つまり膨大な内在魔力をうまいこと他に伝達できないということだ。

この鉱石に価値があると知らない人間は、捨ててしまうかも知れない。或いはただの魔石と誤認するかも知れない。

確か王都の近くには大きな鉱山があるとか。

これは行商人のロミィさんという人から聞いた。各地を渡り歩いている人で、クーケン島には何年か一度来る。確か今も来ている。

その人の話によると、すでに「魔物の脅威により」閉鎖されてしまっているそうだが。

或いはこの鉱山からも、本当はゴルディナイトは出て。

それで捨てられてしまっている可能性は、低くない。

無言で調合を色々試していると、アンペルさんから声を掛けられた。

「どうしたライザ。 身が入っていないな」

「はい。 それなので、まずはゴルディナイトの分析だけしていました」

「何かあったのか」

「……」

感応のこと。

何を見たか。それを全て正直に話す。アンペルさんも魔術については相当な使い手だ。空間操作となると正直それほど親和性が高い相手がいるとは思えないが。それでも、少し考え込んでから応えてくれる。

「実は私も前に、ドラゴンと戦った時に似たような事が起きた事がある」

「ドラゴンと!?」

「お前達が倒したのとは比べものにならない若い個体だ。 恐らくは、古代クリント王国の人間によって、門を守るように配置されていたのだろう。 倒さざるを得なかった」

「……」

そうか。

アンペルさんも当然、苦しい思いはたくさんしているんだな。

そう思うと、ちょっと心が楽になる。

それだけではない。

アンペルさんは言う。

「ドラゴンには或いは、何かしら空間に関係する能力があるのかも知れないな」

「ドラゴンにですか?」

「門の影響を受けて感応が起きたのかも知れないが、ドラゴンそのものが感応の対象だった可能性が高い。 その時見た夢は、ライザが見たものほど悲惨なものではなかったが、似たような内容だった」

そうか。だとしたら辛かっただろう。

手をとめてしまうあたしに、アンペルさんは咳払いする。

「古代クリント王国の人間が何をしでかしたかは、ライザの責任ではない。 だから気にするな。 手が届かない事の事を悲しむのは心優しいが、抱えきれないことを抱え込むとつぶれてしまう。 リラの言葉だったな」

「そうだ。 一応耳に届いてはいたか」

「これでも何十年か一緒に旅をしているからな」

「ならば、もう少し話を聞くようにしてほしいものだ」

二人の息はぴったり。

それを聞いていて、少しだけ心が楽になった。

頬を叩くと、調合に本腰で取り組む。まずは試作品として、リングを作って見ようと思っている。タオは予定通り、クーケン島に一度レントと共にもどった。ボオスと歩調を合わせるためだ。

門を閉じ、水を戻す事に失敗した場合。つまり最悪の事態に備えて動かなければならない。

向こうでも、準備は幾らでもして貰わないと困るのである。

さて、調合調合。

リングの性質は簡単だ。魔力を極めて強力に蓄える宝石をベースにして、自身の魔力も含めて身体能力を更に激増させる。

勿論身に付けると、最初は勢いよくすっころぶかも知れないから、それについては事前に警告が必要だ。

宝石については、パールを用いる。

禁足地に出向いたときに、拾う事が出来た。パールはいうまでもなく貝の中で出来る宝石。特徴として宝石として寿命があり、百年程度しか本来はもたない。

このため、他の宝石に比べて価値が劣るのだが。

劣化しないように、コーティングしてしまえばいい。

これをベースに、リングを作る。

指輪にすると、どうしても武器などを握るときに邪魔になる。このため、腕輪が良いだろう。

腕輪だと、大きくなる分強力な増幅効果を得られる魔法陣を好き勝手に刻み込めるし。

何よりも、今はクリミネアを量産出来るようになっている。

クリミネアをベースに。

強力に育った鼬の皮を用いて、肌に触れる部分をケア。更には、金属そのものも複層構造にして、腕などの成長に合わせてカスタマイズ出来るようにしておく。これに、コーティングして宝石寿命をなくしたパールを組み込み。更には、コーティングを魔力伝導率が高いローゼンリーフを溶かした液体と混ぜ合わせる事で。魔力を更に効率よく増幅できるようにする。

エーテルに素材を投入しながら、これらの作業を順番にやっていくのだが。

マルチタスクの極みで、雑念でも入ったら失敗しかねない。

しばらく、全力で集中を続けて。

そして、全ての要素を組み合わせていく。

液体をエーテルで調合できるようになったころから。

更にマルチタスクが強力に出来るようになって行った。そして自身から出したエーテルが満ちた釜の中で混ぜ合わせる事によって、その全てが把握できる。

雑念は排除。

今は、錬金術が引き起こした災禍は忘れろ。

無言で調合を続けて。

やがて、形になったそれを釜から引き上げていた。

思わず、溜息が出る。これを、自分が作る事が出来たのか。まずは当然、自分で身に付けてみる。

綿のように体が軽い。

自動回復の機能もつけたので、靴とならんで更に強力に体力を増幅できる筈だ。魔物との連戦も大丈夫だろう。

一応、アンペルさんに貰った参考書のグナーデリングという道具をベースに作ったが、独自に強化した部分も多い。

集中していたからだろう。太陽はまだまだ空を昇り切っていない。

そして、ひょいひょいと跳んでいると、特に力を入れていないのにアトリエの屋根を越えていた。

これで調子に乗っては駄目だ。古代クリント王国の連中と一緒になる。

まずは、アンペルさんに見てもらう。

自信作だが。他人の目で見ると、欠点が見つかる可能性は低くない。最初は自身で確かめているのだが。

それでも、他人の目からのチェック。

あたしを評価してくれているとは言え、それでも厳しいアンペルさんの目から見る事に、意味がある。

アンペルさんはリングを渡すと、しばらく見回して。感心していた。

「エーテルの中で再構築する錬金術を駆使して、此処までの精緻な細工をするとはな……」

「ありがとうございます。 それで、何か問題点は……」

「強いていうなら、強力すぎることだ。 絶対に信頼出来ない相手には渡すな」

「はい」

それはもう、当然だ。

リラさんにも試して貰う。リラさんは身に付けると、あたしよりも更に高く跳躍して、それで危なげなく着地していた。

驚いていたようだが。咳払いする。

「今、かなり力を抑えて跳躍したんだがな。 それでもこれほどに高く跳べるのか……」

「ど、どうですか」

「複製でいいから一つくれるか。 先になれておきたい」

「それならば、それを差し上げます。 これから同じものをあたしとレントに作って、それで今日は出ましょう」

勿論アンペルさん、タオ、クラウディアの分も後から作る。

これがあるとないとでは、戦闘が別次元に楽になる筈だ。

ただし、精霊王の実力を二度も至近で見ている。これをつけた程度で、戦力差が縮まるような相手でもない。

それに精霊王だって、この世界最強の存在でもなんでもないだろう。

そう考えれば。

上には上がいる。

そう考えて、常に自分を律しなければならなかった。

黙々と、今の作業をそのままリピートする。大量にジェムが蓄えてあるので、それを使って足りない材料は再現してしまう。また、さっきのリングを作る時にも、また膨大なジェムが出た。

ジェムを蓄える倉庫か何かを、先に作っておかなければならないだろう。

まあ、土地は幾らでもある。この森の中の広間の中にさえ、だ。

淡々と調合を進めて、まずは壁役になるレントの分を作って渡す。なれるまで手間が掛かるから、しばらく身に付けて試してと念を押す。

というか、レントもリラさんがぽんと跳ぶのは見ていたのだろう。

頷くと、すぐにリングを腕につけて、それで案の定すっころびかけていた。

今日は全員分作るのは後回し。

これから、「水」を探しに行く。

リラさんが更に強くなったことで、多分最悪の場合も、全滅は避けられると思う。

問題はゴルディナイトを研究している暇がないことだが。

それもどうにかして、いずれ捻出していけば良い。

あたしの分のリングも作る。

勿論三つ目だから、既にカスタマイズも出来る。あたしの場合は魔力増幅に更に比重を割く。

これで、更に魔力を増幅できる筈。

あたし自身の素の魔力も上がっているし。

勿論精霊王には届かないが、それでもかなり良い感触だ。数の暴力で放っていた熱の槍を、そろそろ統合してみるべきだろう。

昔で言う、基準となる熱の槍。石造りの家を粉砕する程度の破壊力を持つものなら、今なら詠唱有りなら五桁は放てる。これを千発一つにまとめても、十二から十三は撃てるだろう。

そして破壊力は普段使っている熱の槍の千倍。

これなら、ドラゴンの鱗も突破出来る可能性がある。

リングを身に付けて、満足。アンペルさんはあたしと同じ感じで。タオは奇襲をしやすいように、速度と防御を重点的に上げる感じで。クラウディアは魔力と防御力を重点的に上げる感じがいいか。

考えながら外に出ると、丁度良い感じの時間になっていた。

クラウディアが、もう荷物を整えてくれていた。

最近は鍛えられているからか、力仕事も平気でこなしてくれる。この細い見た目で、もう下手な男より力があるかもしれない。まあ、あたしが渡した服の増幅効果もあるのだが。

「よし、ライザ。 今回も指揮はお前が執れ」

「はい。 みんな、それでは今回の目的を再確認するよ。 あの洞窟で、「水」の精霊王を探す。 「風」も「火」も、話せば分かる相手だったけれど、「水」がそうかはなんとも言えない。 だから、気を付けよう。 それに、見つかるかどうかは分からない。 見つからなくても、がっかりはしないで次の候補を考えよう」

それだけ話すと、皆頷いてくれる。

あたしは、出発と。

声を掛けていた。

 

4、気性荒きもの

 

渓谷にいる精霊王「風」は、「土」が苛立っているのに気付いていた。

古代クリント王国の者達に、最も反発したのが「土」だ。

感情的な部分が大きい「土」は、雷撃を司る神が、古い時代の人間には最高神として扱われたように。

非常に気性が激しく、そして力も強い。

「火」のように幼いわけではないが。

感情の制御が、多分六人の精霊王の中で、一番下手だろう者が「土」だ。

少し前に、「水」に余計なちょっかいを出した者がいる。

一応素性は分かっている。

利害は一致しているから放置しているが。どうも向こうは、あのライザリンという錬金術師を試したいようだ。

まあ好きにすればいい。

最悪の場合は、精霊王四名で門を無理矢理消し飛ばす。

その場合、恐らくこの辺り一帯が消し飛ぶことになるし。

精霊王達もみんな百年以上は姿を取れないくらいのダメージを受けることになるだろうが。

それでも、この世界の自然を守るのが優先だ。

「星の都」の者達は、守護者としてだけではなく。特に土地が限られている「星の都」の生態系管理のためにも精霊王を作り出した。

今人間がエレメンタルと呼んでいるものもそうだ。

これらは人間の伝承に沿って精霊……エレメンタルと呼ばれるようになったが。

人工的に作られたものであって。

人型をしているのも、それが人工的に作られた故。

どういうわけか、「星の都」の者どもは、自分達を「進化の究極」などと自称していた。

だから人間に似せてエレメンタルを作り出したし。

精霊王達もしかり。

滑稽な話だ。

あれだけの愚行を行う生物が、万物の霊長だの進化の究極だの。文字通り、笑止の極みと言うべきか。

いずれにしても、「土」をとめておく必要がある。

人間共がピオニールだのと名付けた塔に出向く。

「土」は、苛立った様子で爪を噛んでいた。

「「風」か。 何をしにきた」

「苛立っているようでな。 フィルフサどもとの戦闘が控えている。 力は出来るだけ温存するようにしておけ」

「分かっている。 だがそもそも、錬金術師どもが徘徊しているのが気にくわぬ」

「そうか。 気持ちはわかるが抑えよ。 今、我等で試しをしている」

試しなど、必要あるものか。

土が吠えると、塔が震撼する。

まあそうだろう。

「土」を最初にクリント王国のものどもが捕まえた時。凄まじい業を見せられたのである。

それは怒る。

そして怒りはよく分かる。

あの戦いの時。クリント王国の人間は、奴隷と呼ばれる道具扱いされている人間を最前衛に立てて。時間を稼いでいる間に全て吹き飛ばす作戦を提案してきた。流石にそれを聞いて、「土」が怒りに枷を破りそうになった事もあるし。

錬金術師以外の人間が、それに反発したこともある。

これほどの事態を引き起こしたという事もあったのだろう。

錬金術師は周囲全てが敵だと言うことに気付いて、悔しそうに「自分が考えた正しい作戦」を引っ込めたのだ。

その時、「風」は思った。

人間は愚かだが。

それでもマシなものもいると。

実際マシな連中は、決死の戦いを勝てないのに挑んで。それで作戦のピースとなって踏み砕かれていった。

その結果、フィルフサの群れがまとめて消滅し。大侵攻を食い止めることには成功したのである。

この地方では。

他の地方でも、フィルフサの影がないという事は、作戦は成功したのだろう。どういう風に成功させたのかはよく分からないが。

「怒り狂う前に、「火」と感応しておけ。 どうも今回動いている錬金術師は、ずいぶんとましな人間のようだ」

「……分かった。 「風」の言葉ももっともだ。 「風」は人間の肩を無意味に持ったりはしない」

「ああそうだな」

「少し、出かけて来る」

「火」は少し前に渓谷に来た。ライザリンという人間が、比較的マシだという話を裏付ける話をしていた。

少なくともエゴに流される人間ではないし。

力に溺れて驕っている様子もないと。

幼い人格の「火」だが、それでも人間を見る目はきちんとしている。

それはそうだろう。

幼い人格にした分、人間は「火」を侮った。

だから、「火」が一番人間の醜い部分を見ているかも知れない。

精霊王と呼ばれるこの体は。魔力の量も、元々のスペックも、人間などとは比較にならない。

記憶は正確に蓄えておけるし。

何より一番人間に不審を感じていたのは「火」だ。

だから何百年も掛けて、枷を地力で溶かしきったのだろう。

湯浴みが趣味だったのは事実だが。

それはそれとして、実益もあったから火山に閉じこもったのだ。あいつは。

さて、「風」は己の守備範囲に戻る。

これからだ。

フィルフサの侵攻があるとしたら、三週間か四週間か。最低でも、それ以内に始まると見て良い。

その時、少なくとも精霊王四名が揃っていないと、最終手段も使えない。

出来れば「闇」もいて欲しいのだが。

あいつは何を考えているか、よく分からない。

人間の支配をはねのけた「光」とともに。今回は戦力に計上できなかった。

いずれにしても、人間と同じようにエゴで動くつもりは無い。

人間に作られたとしても、「風」達は自然の守護者だ。

それは大きな誇りとなって魂に刻まれている。

そのためだったら何でもする。

「風」の行動原理は。

自然の守護者たる存在という、誇りにあるのだった。

 

(続)