再び問題は山と積まれる

 

序、猶予の間に

 

異界での激闘を終えて、翌朝。

あたしは湖岸で待ち合わせして、集合した。クラウディアは、また絹服を着ていたけれども。

これについては、他によそ行きの服がないのだろうと思う。

ルベルトさんは、服を破いたことに関して、全く怒っていなかったそうだ。

「一応保証はさせて貰うね」

「うん。 それと……お父さんには、軽く乾きの悪魔について話をしておいたわ」

「!」

「異界のこととかは話していないよ。 でも、多分モリッツさんが変な動きをした場合、お父さんが動かないと、被害がとんでもないことになると思うから」

それもそうか。

ともかく、対岸に渡る。

やはり、潮の流れは変わっているようだが。今朝、集合前に港で確認した。

魚が戻りつつあると言う。

やはり、あの外海の魔物が原因だったのだ。

それを考えると、色々複雑な気分になる。

白髭おじいちゃんは、感謝はしてくれた。

あたしからは、対岸はしばらく危ないから行かないようにとも警告した。

いずれにしても、漁師はあたしに対しての不信感を拭ったようだし。

そもそも大騒ぎになった事で、アンペルさんがぶち込んだ爆弾発言の事も、忘れている可能性が高い。

ただ、一部の漁師は申し訳なさそうにしていたので。

あたしとしても大きく咳払いして。

以降は、魚を安く売るようにと圧は掛けておいた。

「ライザはこういう所では抜け目ないよな。 普段はおおざっぱなのに」

「あら、ああいう漁師は湖に蹴落とす方が良いかしらタオ?」

「余計怖いよ」

「商売では、貸し借りを作るのは大事よ。 ライザは特にこの島で生活しているんだから、貸しを作ったのなら、いずれ必要な時に返して貰うといいと思うわ」

クラウディアの有り難い支援。

それにしても、流石というかやはりというかクラウディアは商売人の子だ。

こういう所は、あたしよりもずっとクラウディアはしっかりしている。

今の子供っぽさが抜けたら、多分クラウディアはなんというか、ルベルトさんに雰囲気が似るかも知れない。

勿論、古代クリント王国の鬼畜外道どものようにはならないでほしいが。

それはそれとして、利害を読んで行動するようにはなるのかも知れなかった。

四人で対岸に渡る。

その間に、採寸の情報を聞いておく。

クラウディアは、知っていた。服を作る事も話してあるので、当然だ。

男共は成長が早いので、その場で測るしかないだろう。

あたしやクラウディアは、だいたい身長の伸びはもう止まっている。体型はこれからまだ変わるかも知れないが。ただそれも、そこまで大きくは変化しないだろう。

そういうものだ。

十五くらいで女の子は背の伸びが止まるのである。それを越しても育つ子も中にはいるが。どうもあたしやクラウディアは違うようだった。

「それにしてもライザ、水はどうするの。 克服するための訓練とかは今後していく感じ?」

「うん、そうだね。 今回の件で改めてあの時の事を思い出したけれど、克服するために何とかしないといけないね」

「トラウマとかいうんだっけ? 早めに何とかしないと、大人になってもずっと引きずるらしいな」

「だとすると、泳ぎの練習とかする?」

まあ、するけれども。

それは後だ。

今は、まずは全員の武装の強化。

それに何よりも。

ブルネン邸に出向いて、調査をしなければならない。ボオスが話をつけてくれているという話だ。

三日後に出向くまでに。

出来るだけの事をしておかなければならない。

そもそも、時間を稼いだと言っても、フィルフサが本当にどう動くかは分からない。

何百年もフィルフサと戦い続けているだろうキロさんの発言は、恐らく信頼出来ると見て良い。

「蝕みの女王」というフィルフサの王種は、他に比べて更に強大だという話である。

異界で将軍と戦ったが、それは前衛の使い捨ての個体。はっきりいって、他の将軍と同じか劣る程度の力しかなく。王種とは比較すら出来ない程度の力だったとも聞く。

それにあくまで可能性だが、フィルフサが今回将軍が倒されたことで、想定外の行動に出るかも知れない。

あまり、もたついている時間は無いだろう。

アトリエが見えてきた。

まあ、泳ぎについてはいずれ克服する。

着衣泳は、既にアガーテ姉さんに教わって習得しているのだ。それにやり方によっては、鎧を着て泳ぐ事だって出来る。

おぼれかけたあの事件の時は、魔力での身体制御も今とは比較にならない程下手で、魔力量も少なかった。

今は魔力も充実しているし、水への根本的な恐怖さえ克服できればどうにでもなると見て良い。

後は、理屈ではなく。体に恐怖からの克服をしみこませる事だが。

それは、今やるべきではない。

今は、もっと優先順位が高いことがいくらでもある。結構差し迫っているのだ。フィルフサの大侵攻が。

だから、其方を優先する。

はっきりいって、暇な時間などない。

ただ、それでもやるべき事には冒険も一緒に混じっている。

色々酷い目にあったし、嫌な事だってあったけれど。

オーリムに足を運んだことは、普通にクーケン島にいたら絶対出来なかった経験であり。

冒険と言わずしてなんと言おうか。

あたしは。いやあたし達は。冒険ごっこではなく、冒険をしている。

それは、紛れもない事実だった。

アトリエに到着。リラさんはすっかり庭でくつろいでいて、猫のようである。屋内よりも、外の方がいいらしい。

庭にはある程度の広さがあるので、畑を作るのも良いかも知れない。

ちょっと遠出しないと手に入らないような素材は、此処で育ててしまうのも手の一つである。

錬金術で、薬効が高い種を作り出すことも出来るかもしれない。

そうなれば、何度も繰り返しているうちに、強力な薬草を作り出せ。

より強力な薬を作る事が出来る可能性もある。

「来たか。 アンペルが待っている。 早く中に入れ」

「リラさん、朝からのんびりですね」

「いや、昨日の戦いで久々に全力で動いたからな。 少し彼方此方痛い」

「え……」

レントが露骨に驚いた。

てか、あたしも驚く。この人が。筋肉痛になるとかあるのか。

あるらしい。リラさんがむくれる。リラさんも、或いはここのところ鈍っていたのかもしれない。

「まあ、動けない程では無いがな。 行くぞ」

「は、はあ」

「分かりました」

まずはアトリエに入る。これからの事を、きちんと話しておかなければならない。

冒険云々の前に、まずは戦略である。

そして、それを一つでも間違えれば。

下手をするとロテスヴァッサもろとも人類が滅ぶのだ。

人口が何十倍もいて。

今よりも錬金術の技術が比べものにならないほど浸透していて。恐ろしい兵器とアーミーがいた古代クリント王国の時代ですら、フィルフサとの戦いで致命傷を受けたのである。

今の、まともに都市間の街道の安全すら確保できず。

無能な貴族が出来もしないことをああでもないこうでもないとほざき合っているロテスヴァッサなんて。

もしもフィルフサの侵攻があったら、ひとたまりもない。

ましてや大侵攻なんて起きたら、それこそ一巻の終わりだ。

それが分かっているから、動く必要がある。

それについての分別くらいは、あたしもついていた。

アンペルさんが、本を読んでいたが。あたし達が来ると顔を上げる。

あたしのアトリエの中で。

皆で、机を囲んだ。

「よし、まずは状況の整理から行くぞ」

「はいっ!」

「うむ。 我々がもっとも優先して対処しなければいけないのは、フィルフサの大侵攻だ」

当然の話だ。

開けっ放しの門。異世界への道。

そして異世界にて、古代クリント王国のせいで大繁殖したフィルフサ。

フィルフサは、自分の住んでいる土地を、自分達用に造り替えてしまう。そして、どんどん他の土地へと侵攻する。

フィルフサに魔術はほぼ効かない。それどころか、生物急所への攻撃も通用せず、生半可な質量攻撃も弾き返す。その上、天文学的な数がいる。弱点は水だけ。

魔術が誰にでも扱える今の時代でも。

はっきりいってこんな怪物の相手は不可能だ。

多分もう、ボオスはモリッツさんに「乾きの悪魔」として、その存在を知らせている筈である。

それは別にかまわない。

最悪の場合、あたし達が時間を稼いでいる間に、他の都市に連絡を飛ばして貰う必要がある。

そうすれば、一部の人間は或いは逃げ延びる事が出来るかも知れない。

勿論、それは最後の手段だが。

それすら見据えて動かなければならないのだ。

「門を無理に閉じることは可能だが、その場合グリムドル……キロどののいた聖地の水は戻らない。 水をまずは取り戻し、それから門を閉じる必要がある。 ボオス少年が今日から二日後に準備を整えると言っていたな。 それに沿って、まずはブルネン家の邸宅を調査する。 其処に、水の手がかりがあると見て良いだろう」

「ボオスが言っていましたけど。 確か何代か前の当主であるバルバトスが「水を持ち帰った」という事でしたね」

「そう言っていたな」

「私の方でも言質取って来ました」

あたしも挙手する。

昔聞いていた話だが、「何となく」ではまずいと思ったので。昨日家に戻ってから、お父さんお母さん、それに近所の農家に話を聞いてみたのだ。

そうすると、同じ証言が上がって来た。

既に農家を引退している老人などからも話を聞いたのだが。

間違いないとみていい。

「恐らく、同じ時期です。 クーケンフルーツしか採れなかったクーケン島で、麦やら他の作物やらが採れるようになったのは。 水の質が、決定的に変わったと判断して良いかと思います。 それと、他にも証言が得られました」

「聞かせてくれ」

「はい。 ウラノスさんに話を聞いてきましたが、やはり祖父から幼い頃に聞かされた話だそうですが。 バルバトスというブルネン家当主の時代に、急にブルネン家が威張りだしたそうです。 それまでは護り手の長くらいの地位にいるだけで、そこまで絶対的な権力を握っていなかったそうなのに」

「なるほどな。 状況証拠は揃っている」

アンペルさんが頷く。

タオも、それに続いて発言する。

「僕の方でも調べてきました。 やはりブルネン家が威張りだしたのは、百数十年前、バルバトスという当主の時代です。 バルバトスは武勇に優れた人物であったそうで、禁足地に勇敢に足を踏み入れ、水を持ち帰ったという話が複数から確認できました」

「そうか。 そうなると、ブルネン家が自分達の名に箔を付けるために、勝手に流布した噂ではないようだな」

「間違いないと思います。 噂にしては嫌に具体的ですし……何より農作物はそれまで高いお金をだして、他の村などから買い付けていたそうですので。 それに確認できましたが、多数の漁師がそのタイミングで農民になっています。 百数十年前から百年ほど前に、農家の数が三倍に増え、逆に漁師の数がその分減っています」

「有り難い情報だ。 数字は嘘をつかない。 よく短時間で調べてくれたな」

タオが、えへへとちょっと可愛く頭を掻く。

タオは知的活動をさせたらこの面子の中で随一だと思うのだが。最近はそれを生かす機会に恵まれているからだろう。

なんというか、とてもつやつやしている。

それにだ。

タオはこういった、知的活動そのものが大好きなのだろう。

あたしも錬金術のために頭を使うのは大好きだから、何となく分かるのである。

好きと実益が両立できれば。

それは嬉しいに決まっている。

「リラさん、もう少し稽古をつけてくれるか」

レントが挙手。

だが、リラさんは、首を横に振る。

「もうお前を含めて、皆には基礎を叩き込んだ。 応用はそれぞれでやるべきだ。 応用の段階に入ると、それぞれにあったやり方を皆で見つけるしかない。 下手に先達がしゃしゃり出ると、それは良い結果を出さない」

「そうか……」

「そうだな、禁足地とやらの偵察に出るから、その時に同道してくれ。 戦闘経験を多少なり積む事が出来るだろう」

「おっしゃあ! ライザ、俺たちで下見をして来る。 その間に、色々と頼むぜ!」

頷く。続いてクラウディアだ。

クラウディアも、活力を増している。

あの時、勇気を振り絞ってフルートを吹いた。

それが大きかったのだろう。

勇気を出せば出すほど、閉じ込められていたクラウディアの潜在魔力が開花している。詠唱阻害なんて、ベテランの魔術師でもなかなかできる事じゃない。

タフネスにものを言わせて、大威力魔術を好き放題に放ってくる魔物への対策は、人間としては必須なくらいなのだが。

それを阻害できるクラウディアの音魔術は、今後も切り札になる筈だ。

「お菓子持ってきました。 頭を使うには、とても良いと聞いています」

「ありがたい!」

「アンペル、少しは控えろよ」

「分かっている。 だが脳を動かすには、糖分は必須なんだ」

呆れたリラさんだが。

ひょいと立ち上がる。筋肉痛だと言っていたが。その割りには随分と身軽だ。

「レント、クラウディアはついてこい。 これから威力偵察に出向く。 キロ=シャイナスがフィルフサを抑えてくれているだろうが、禁足地という場所が良く分からない以上、先に我々で様子を見る」

「おう!」

「わかりました」

「ライザ、タオは私とともに二日間みっちりそれぞれがやるべき事をする」

タオに、更に専門的な百科事典を渡すアンペルさん。

タオが、文字通りの宝を貰った目で、よだれを拭っていた。

「今のタオになら、これを渡しても良いだろう。 家から持ち出した書物を、これで可能な限り解読するんだ」

「はいっ!」

「あたしは、やりたいことが幾つかあります。 調合と、検証をしていても良いですか」

「そうしてくれ。 私は今まで集めた情報を整理し、タオと検証する」

これで、大まかな戦略は整った。

それぞれが動く。

リラさんが、レントとクラウディアをつれてすぐに出る。

あたしは、調合を開始していた。

タオは山積みになっている本と向き合って、凄まじい勢いで解読を開始。元々頭は良かったのだ。

本を解読出来るようになれば。

あれは宝の山。

それこそ放っておけば、死ぬまで本を読み続けるだろう。

アンペルさんは、膨大なメモを書き起こして、ゼッテルに記載している。たまにゼッテルを増やしてくれと頼まれるので。あたしもすぐにゼッテルを作る。

余っている植物を釜に入れ。

エーテルで要素ごとに分解。

そして、再構築する。

植物の繊維という要素を、エーテルの中で組み合わせて、格子状に重ね合わせる。それを、複雑に複雑に。そして規則的な形で行い。

更に水分を取り去って、乾かすことでゼッテルとなる。

本来だったら、複雑な行程を作らないと出来ないゼッテルなのだが。

錬金術でやると、文字通り膨大な数を短時間で作り出す事が可能だ。

ただしこれには才覚が関与している。

あたし以外には作れない。

それは決して良い事ではないと思う。

だから、それはどうにかしなければならないだろう。

王都にある、ロストテクノロジー化している機械の数々。今の技術と知識では、再度作り出す事は出来ず、だましだまし使っているインフラの元。

それらの多くは、錬金術製だとアンペルさんに聞いている。

恐らくは、古代クリント王国が滅びた際に、ロテスヴァッサに再編制されるまでに生き延びた機械だ。

それらも、いずれあたしが解析して。

壊れないようにするか。

新しいものを作り出すしかないのかも知れない。

そう思うと、責任は重大だ。

黙々と調合を続ける。

布を作るには、まずは糸を作らなければならない。

蜘蛛が作り出す強靭な糸をまずはベースに、より合わせてある程度太い糸にする。此処から、糸をエーテルの中で練り合わせて、布にする。

それで、布を作る事が出来るが。

ちょっとこれは、絹には程遠いできばえだ。

錬金術製だから、様々な魔術を込める事が出来る。

着ることで、身体能力を上げることは出来るだろう。

だけれども、あたしでもちょっとこれを着るのはと思う程に肌触りが酷い。改良をしなければならない。

ただ、着るのでなければ使い路は幾らでもある。

しばらく、色々なものを試してみる。植物の繊維は無理だ。大きめの植物を分解して見るが。これもとてもではないが着ることは出来そうにない。

黙々と調合を続けていると、リラさん達が戻ってくる。

情報を共有する。

「禁足地という場所には、遺跡が多数あったな。 そして北に、塔が見えた」

「俺がいつか行きたかった塔だ……」

レントが呻く。

今の実力だったら、行く事は恐らく出来る。

だが、そんな事をしている場合では無いと言う事は、理解出来ているのだろう。

悔しいが。それが現実だ。

クラウディアが、咳払いする。

「それよりレントくん」

「あ、そうだったな。 ライザ、どうも天然の絹糸みたいなのがあるんだ。 ちょっと俺たちだと何とも分からなかったが、布を作るにはいいんじゃないのか?」

「本当!」

糸を作るのは非常に大変だと言う事は分かった。そして絹は、そもそも蚕の吐いた糸である。

繭をゆでることで糸を取り出し。それを布にする。大変な手間を掛かるから、高級品なのだ。

しかし蚕の天然種もいると聞いている。それならば、その糸を採取するのは大きな手間を省くことになる。

「すぐに行く?」

「うん!」

即座に準備して出かける。リラさんは、着いてくるように、促していた。

 

1、空いた時間の有効活用

 

禁足地には、まるで何かの台のような巨大な遺跡があった。これは既にアンペルさんも調査したらしいのだが。

危険だから近寄らないようにと言われている。

この辺りは、川や泉もあって、真水が彼方此方にある。それもあるからだろうか。植物の質は、ずっとクーケン島周辺よりも良かった。

此処を、フィルフサどもに踏み砕かれる訳にはいかない。

恐らく、フィルフサに追われた魔物の一部が居座っているのだろう。明らかに汽水に適応した鼬がいて。

それらは。少なからず傷ついていた。

リラさんが視線を向けると、すごすごと逃げていく。

昨日同胞を殺されて、それで勝てないと知っているのかも知れない。だとしたら、賢明な事である。

クラウディアが手を振って来る。

この間着ていた絹服よりも、グレードを落としているらしい。恐らくルベルトさんも、仕方がない投資だと判断したのだろう。

だが、此方も筋を通したい。

クーケン島に戻る際には、服とはいわないが、せめて同価値の絹の反物くらいは持参したかった。

「ライザ、こっちだよ!」

「どれどれ、おお……!」

其処には、既に中身がない繭が複数。しかも黄色い。

黄金色の絹か。

若干埃や他の汚れで汚くなっているが、それでもこれは洗浄すれば素晴らしい色合いを出せる筈。

白銀に近い絹とは、それはそれとして違う色で、これもまた良いだろう。

量産出来れば、いい売り物になるかもしれない。

しかも人間が手助けしないと生きていけない蚕と違って、此方は成虫を殺したりしなければ、一定量を常に採取できる。

その上多分あたしでなければ布に仕立てられない。

そうなってくれば、クーケン島の財源になる可能性も高かった。

恐らく、幼虫が食っている草もメモ。

クーケン島には自生していない植物だが、これは育てるのはそれほど難しく無い可能性もある。

丁度アトリエの側に、開いている土地もある。

まずは自分で育てて見て。

育つようなら、蚕も移植して。

それで上手く行ったら、クーケン島の開いている土地に持ち込んでみる。それで、順番を経て。絹糸の産業をクーケン島に持ち込めるかも知れなかった。

それはそれで。

まずは糸を採取する。

これは、蜘蛛の糸よりも魔力含有量が多いが。その代わり、若干脆いかも知れない。

難しい顔をしているあたしに、クラウディアが声を掛けて来る。

「どう、使えそう?」

「……試してみないとなんともね。 羊毛との組み合わせもやってみるかな」

「どうやら考え込んでいるらしいな。 邪魔はしない方が良さそうだ」

「周囲を警戒しろ」

リラさんとレントが気を利かせて、周囲を警戒してくれる。

あたしは考え込みながら、植物の実を回収。見た事がある植物だ。育てるのは、一年もあれば充分だろう。

その時にはアンペルさんもリラさんもいないだろうが。

あたしのアトリエを放棄するつもりはさらさらない。

必要な物資を、他にも回収してから、すぐにアトリエに戻る。もう夕方近くなっていた。

アトリエに戻ると、クラウディアが一度レントと一緒にクーケン島に戻る。夕食を作って持ってきてくれるという。

ありがたい。

あたしは黙々と釜に向かうと、調合を実施。

まずは羊毛を利用して、糸を作って見る。

この糸は柔らかいのだが、どうにも強度に欠ける。普段着には満足出来る手触りを作れるのだが。

それだけではちょっとどうにも。

そこで、思いつく。

まずは蜘蛛の強力な糸で布を作る。

これによって作り出した布は、手触りは最悪だが、強度は鋼鉄並みだ。しかも柔軟で、魔術をこれそのものに込める事も出来る。

裏地は羊毛から作り出した布でいい。野生種の羊が襲ってきた時。殺して皮ごと糸を回収している。

それを使って、布は幾らでも作れる。

この布は少し厚めにして、裏地にする。

裏地にすることで、服としては存分な肌触りになる。

そして絹だ。

絹は、試してみたが。やはり上品な金色になるが、その代わり強度に問題が出てくる。その代わり、魔術に関する適応能力が極めて高い。

ただ金色というのは、全部そうしてしまうと下品極まりない色になる。これは紫あたりと同じだ。

考え込んだ後。

あたしは、四層構造にする事にした。

内側を羊毛から作った布。これは錬金術ではありふれたものらしく、モフコットというらしい。

そして中心部に、クロース。

これも錬金術ではありふれた布だ。

外側には、基本的に絹糸から作り出した布をつける。ただこの黄金の絹糸は、色合いがはっきりいって下品で、セレブが好むかも知れないが。人間が着てもはっきりいって好ましいものとはならない。

一応、反物にはして見るが。

これはあくまで要所に用いる。

外側には、考え抜いた上で、モフコットを薄く加工して。更にクロースと混ぜ合わせたものを使う。

この四重構造にして、服を作る。

勿論この服はかなり分厚いので、デザインが大事になるが。

魔術をそのまま織り込むことが出来るので、通気性や、なんなら冷やすことだって出来る。暑い中で活動できるように調整も可能だ。

まずは下着から作って見る。

風呂場で着替えてみるが、これはいい。

水を吸い込ませてみると重くなるが。そんなもの気にならないほど、身体能力を上げることが可能だ。

男共の下着もついでに作って見る。

なに、お父さんの下着を洗濯しているのだ。

男の下着の形状なんて知っている。

そのまま作って、レントとタオに試して貰うが、これは良いと大絶賛だった。肌触りにしても、文句のつけようがないという。

また、強靭な蜘蛛糸をベースに作った糸を使うことで、下着を引き締めることも緩めることも自在に出来る。

これでサイズが多少変わっても仕える筈だ。

続いて服を作る。服といっても実用品だ。お洒落のためのものではない。

丁度、其処でクラウディアが戻って来た。食事前に、皆で試着する。

服のデザインについては、あたし達は今着ているものをベースにして。

クラウディアは、今着ている上品な絹服をベースに仕上げて見る。

それぞれ順番に着替えてみると。

あたしは、強靭で、なおかつ柔軟性が高い服に驚いていた。これだったら、多少攻撃を貰ったくらいではなんでもない。

しかもその気になれば、更に優れた素材で強化も出来る筈だ。

今までは麻とかを中心素材にした服を着ていたから、肌触りもはっきりいって比べものにならないほど優れている。

クラウディアにも、遠慮なく感想を聞く。

クラウディアは少し動いてから、満足そうに頷いていた。

「服は重いはずなのに、信じられないくらい体が軽いわ!」

「身体能力を上げる魔術をバチバチに仕込んでるからね。 相対的に見て、ずっと動ける筈だよ」

「凄いわライザ!」

「あ、あの。 それで……デザインは大丈夫?」

クラウディアの絹服とできるだけ似せているが。やはり金色を出来るだけ表に出さないようにするデザインにして正解だったか。

まっきんきんにしていたら、かなり下品な色合いになっていたが。

それを上手に複数種類の布で隠し、それでいながら要所で金色を出しているので。これで良いとは思うが。

「うん。 これなら、商会で扱える服と遜色ないと思うわ」

「良かった……。 じゃあ、絹の反物を作っておくね。 絹そのものの反物だったら、多分この間のお洋服の代わりくらいにはなると思うし」

「ふふ、ライザは義理堅いね」

「島の命運掛かってますから」

フィルフサを退けた後、クーケン島の命運を握るのは、バレンツ商会とのコネだ。

ここで筋を通しておけば、ルベルトさんとのコネをしっかり作る事だって出来る。

勿論ルベルトさんも、今ではあたしを認めてくれているけれども。それ以上に、駄目にしたクラウディアの服の分くらいは補填しないと。

それが筋を通すと言う事だ。

この服は、そのまま洗濯も出来る。ただし着ていないときはかなり重くなるので、それだけは注意だ。

それを皆に告げてから、食事をする。

それぞれの予備を二着くらいずつ作る必要があるか。

アンペルさんとリラさんの分も作る。

リラさんはかなり複雑そうだ。

リラさんは、いつも恐らく異界の獣の皮をベースとした服を着ているのだが。

あたしが作った服を着ると、これはこれで悪くないと満足そうだった。

アンペルさんは、それこそ服なんて何でも良いという顔をしていたが。

とりあえず、さっさと着て貰う。

アンペルさんも、割と悪くないと着てから口にした。

アンペルさんくらいの錬金術師だったら、普段は自分の服くらい自作できるだろうに。

それを思うと、ちょっとだけ寂しくなってしまった。

夕食を終える。

この時点で、あたしがやっておきたかった事の半分はなんとかなった。

後一日。

その一日で。

更に、できる事を増やしたかった。

 

翌朝。

まずはクーケン島に出向く。

最初にバレンツ商会に赴いて、絹の反物を渡した。昨晩。それなりの数の反物を、それぞれ仕上げたのだ。

ルベルトさんは、金絹の反物をみて驚いて。しばらく上から下から見ていたが。やがて、咳払いした。

「これは、どうやって作ったのかね。 錬金術かね」

「錬金術です。 絹そのものは、野生の蚕から使い終わった繭を貰いました。 家畜化した蚕は仕方がないとしても、野生種の蚕を無意味な殺生はしたくありませんでしたので」

「野生種の蚕は私も知っているが、繊維がどうしても脆くて糸に繰るのは難しく、更に言うと反物にするのは非常に難度が高い。 錬金術とは凄まじいな……」

これで勘弁してくださいと言うと。

咳払いしたルベルトさんが、真剣な顔で計算を始める。

ほどなく、お金を一袋くれた。

「ルベルトさん!?」

「この反物は、娘の服の代金を引き替えにしても、これくらいの対価を払う価値があるものだ。 君が筋を通したように、私も筋を通さなければならない。 受け取ってくれ」

「ライザ、筋を通すというのなら……」

「分かりました。 ありがとうございます」

実はクロースやモフコットも持ち込んでいた。足りない場合はこれもと引き渡そうと思っていたのだが。

その必要はないか。

そのまま、島を見て回る。

あたしは。この間ボオスを助けた事もある。かなりそれが話題になっていて、困っている人が声を掛けて来る。

その場で解決できるようなものは、即座に解決してしまう。

今は、それだけの力があった。

護身用の道具がほしいと言う人には、簡単に使える、目くらまし程度になる爆弾を渡しておく。

火力がありすぎるものを、知人とは言え責任が持てない場所に届かないようにする。

それが錬金術師としての仕事だ。

それにこの島の住人はそこまで柔でもない。

軽く出かけて来るらしいので、それで充分だろう。

また、服を一着、近場の街に出かけるという知人の女性に渡す。

結婚相手に餓えていると噂の女性で。しかも丁度良い条件の相手が島にいないのだ。

そこで、よそ行きにもなるとクラウディアが太鼓判を押してくれた服を渡すと。大喜びで出かけて行った。

護り手で訓練を受けていた人だ。

まあ、身を守ることは難しくもないだろう。

後はお薬だ。

護り手の本部に出向いて、お薬を渡す。後はエドワード先生の医院にも。

医院で、ウラノスさんと顔を合わせる。

もう前線に立てる魔力は失ってしまったが。

それでも、経験豊富。後続にアドバイスは充分に出来る力はある。

幾つか話をして。クラウディアは真剣にアドバイスに耳を傾けていた。話を終えると咳き込むウラノスさん。

エドワード先生が医院の奧に連れて行く。

きっと、あまり状態は良くないのだろう。医療費は、ブルネン家が全額負担するらしいが。

何とか、根本的な回復をさせてあげたかった。

納入する薬の品質は毎回上がる。それに、エドワード先生は感謝してくれる。

後は、アトリエに戻る。

アトリエに戻った後は。

ひたすらに、爆弾の改良を進める。

また、金属の改良も。

幾つかの鉱石を試しながら、更に強靭な金属を作れないか試す。そうしているうちに、ついに参考書にあった更に強力な金属が作れそうな手応えがある。

しばらくそれに没頭。

無言でインゴットを作ってはエーテルに溶かし、またインゴットにする事を繰り返す。

時々声を掛けられて、食事をしたことは覚えているが。

完全に錬金術に頭のリソースを割り振っているからか。

何を食べたのか。

全く覚えていなかった。

 

夕食だと言われて、食事にする。

トイレも勿論アトリエには作ってあるので、思い出したようにトイレに出向く。

なお、此処では肥は必要ないと判断しているので、糞便は乾燥させてから自動的に寄せて、そのまま土に返す仕組みにしてある。

これくらいの装置は、錬金術で簡単に作れる。

ついでに水洗で洗えるようにしてあるので、衛生面も問題ない。

トイレを済ませた後、食事をする。クラウディアは台所を活用して、料理をせっせとしてくれている。

リラさんは、野戦料理は得意そうだが。

こういった料理はまず無理だと見て良い。

食事を終えると、まずはアンペルさんに見せる。

「見てください、アンペルさん。 クリミネアです」

「ふむ。 どれどれ……」

クリミネア。

青黒く輝く合金だ。

ブロンズアイゼンとは比較にならない強度を持ち、全く錆びることがない。錆びないという特性はとにかく強い。

魔術に対する親和性はブロンズアイゼンと大差ないが、それ以外の全てで勝る強力な素材である。

問題は、やっとこれを作る事が出来たという所で。

これから皆の装備を一式作ると、徹夜になると言う事だ。

目を細めてクリミネアを見ていたアンペルさんだが、やがて頷いていた。

「これは素晴らしいな。 いずれ更に上位のゴルトアイゼンにも手が届くかも知れない」

「本当ですか?」

「いや、かも知れない、ではないな。 あと少し時間があれば、確定で届くだろう」

だから、自分を大事にするように。

そうアンペルさんは念を押した。

へへ、と。あたしは頭を掻く。

確かに、このまま行くと徹夜コースだった。

それを察して、アンペルさんは釘を刺してくれたのだと言える。

夕食は、久々に味がした気がした。

見ると、タオも似たような状態だったらしくて。口にしていて、ほっとしているようである。

或いは、タオの方が重症だったかも知れない。

確かに此処には、あっちへ行ってしまっている状態のタオをとめる者が誰もいないのだから。

夕食後、風呂に入って。

それで、眠る事にする。

明日、朝一番にブルネン邸に出向くが、とりあえずクリミネアの加工は後回しだ。

明日は戦闘が想定される状況は無い。

此処で無理をする意味は一つもないし、してはいけないのである。

風呂に入ると、疲労から全身が溶けそうだ。

途中でクラウディアが声を掛けてくれて、我に返る。風呂で寝たらおぼれ死にかねないのである。

今日、調合中は頭をフル稼働させていたらしい。

その反動で、頭が未だにくらくらしている。

これはどうも、もう寝る以外には選択肢は無いらしい。

風呂から上がりながら、あたしは苦笑していた。

 

アトリエで、男共と女衆で別れて眠る。

こうしてみると、アンペルさんとリラさんは、別々でもなんともなさそうだし、本当にそういう関係ではないのだろう。

あたし達は元からこうだ。

クラウディアが加わって変わるかと思ったが、それもないらしい。いずれにしても、あたしはその場でぐっすり。

あたしが調合している間に、クラウディアとレントは威力偵察にずっと出ていたようなので。

クラウディアもすぐに寝入ってしまったようだった。

気付くと朝だ。

外に出ると、軽く体を動かす。新しく作った服は、なんぼでも同じ服を作れるから、使い捨て同然に出来る。

今までのは一張羅同然だったのだ。

貧しい島だと、服はかなりの貴重品になるのである。

それが麻とかのものであっても。

しかも、クラウディアの話だと、もっと貧しい集落はなんぼでもある。裸同然で住民が暮らしている土地も多く、そういった場所だともっと酷い風習が集落全域を覆っていることも珍しく無いとか。

まだ、此処はマシなんだ。

それは分かっているけれども。

あたしは、それで妥協するほど、あきらめは良くなかった。

「おっす、おはよう」

「おはようレント。 一番とは珍しいね」

「いや、今後の事を考えてな。 睡眠をコントロールする訓練をしているんだ」

「なるほどねえ」

レントはいずれ、一人で旅をすることを想定しているという。

これは、昨日の夕食で軽く聞かされた話だ。

勿論いずれ、だが。

一人で旅か。

そうなると、何もかも一人でやらなければならない。

料理などは、今リラさんから野戦料理を教わっているそうだが。

それ以外にも靴などを繕ったり、食事を必要に応じてその辺のもので得たりという訓練もいる。

一応、あたしもその時の事を考えて、餞別の準備をしている。

あたしだって、この悪ガキ軍団がいつまでも一緒だとは思っていない。

いずれそれぞれが別の道に行く可能性もあるし。

その時は、またその時だと考えていた。

「二人とも、早くから起きているな」

「リラさん」

二人で訓練をしていると、リラさんも起きてくる。

丁度良いので、軽く見てもらう。流石にリラさんはまだまだ全然次元違いの強さにいるけれども。

それでも、基礎部分を軽く見てくれるだけだった。

ただ、渡した服は着てくれている。

それなりに気に入ってくれたようだ。一番気に入った理由は、頑強な上に自分に強化魔術が掛かるから、だろうが。

リラさんの動きを見ていると、これだけ頑強に作った服でも少し心配になってくる程なので。

いずれ、更に強力な服を作りたいと思っていた。

リラさんは、軽く動きを見てくれた後、言う。

「後で、頼む事がある」

「? あたしにですか?」

「ああ。 このことは誰にも言うな。 レントも、他言無用だ」

「分かりました」

レントも、師匠であるリラさんにはとにかく対応が丁寧だ。いずれ一人旅を想定しているならなおさらだろう。

それにしても、リラさんからの頼み事とはなんだ。

今は時間がないから出来ないが。

程なくして、皆起きだしてくる。

一番遅かったのは、タオだった。

庭で軽く体を動かした後、朝食を取る。それから、アンペルさんが手を叩いて、話をした。

「それではブルネン邸に出向く。 皆、気を付けろ。 勿論ボオス少年が裏切る可能性は低い。 だが、モリッツはどうかはわからん」

「はい。 念の為に注意はします」

「ただ、流石にモリッツさんも、今のライザに喧嘩を売るほどバカじゃないと思うんだが……」

「人間は地位が脅かされると、とんでもなく愚劣な行動に出ることがある。 私は何度もそれを目にしている」

レントの言葉に、リラさんが正論をぶつける。

レントも黙り込むしかない。

あたしは、なんとなく分かる。

今、錬金術で飛翔したあたしは、文字通り脂が乗りに乗っている。

だが、此処でもしも叩き落とされるようなことがあったら。

どんな風に心が壊れて、おかしな選択をしてしまっても、不思議では無いだろう。

まずは、クーケン島に船で向かい。それからブルネン邸に出向く。

その際に、邸宅の調査をするために手土産が必要だ。悩んだが、此処も絹の反物で良いだろう。

あのルベルトさんの反応からして、かなりの値打ち。それはモリッツさんも分かる筈だ。

何より、反物である。

誰かを傷つける可能性もないのだから。

勿論価値が高すぎる場合、人を狂わせる可能性もあるだろうが。ルベルトさんの反応からしてそれもない。

ブルネン家からして見れば、常識的な範囲内での高級品と見て良かった。

一応念の為、護身用の装備も持ってきてはある。

さて、此処からだ。

アンペルさんだけに交渉を任せる訳にはいかないだろう。いざという時は、あたしも動かなければならない。

 

2、渦巻く白と輝く青

 

高台にあるブルネン家には、今日は人も殆どいない。

タオが、歩きながら告げてくる。

「ねえライザ、気付いてる?」

「誰かにつけられてる? あたしには気付けていなかったけど」

「いや、違うよ。 見て。 彼方此方に枯れた水路があるでしょ。 昨日、色々と調べてみたんだけれども。 昔は水が出ていたっぽい噴水とか、水路とか、幾つもあるんだ」

「そうなんだ……」

気付いていなかった。

或いは幼い頃の冒険の時から、タオはそういうのをよく見ていたのかも知れない。

タオは眼鏡を直しながら言う。

「百数十年前のバルバトスってブルネン家の当主についての話なんだけれど、その時の出来事らしい記述を、持ち込んでる本の中から見つけてさ」

「お、タオ、やるじゃないか」

「うん、ありがとう。 ええとね……その時、地震の後に「水が涸れた」って話をしているんだよね」

「水が、涸れた!?」

それは、本当か。

何人かに話を聞いたが、そんな話はあたしも聞いていない。老人達も、一人もそんな事は話していなかった。

というか、そもそも当時はクーケンフルーツだけ作って暮らしていたはずで。

しかも次期次第では、水なんか涸れたらそれこそ死活問題だ。

もっと記録に残っていてもおかしくない筈なのに、どうして問題になっていないのか。

「タオくん、続けてくれる?」

「うん。 記載はあまり目立っていなかったんだけれど、そもそも雨期だった事もあって、それほど問題にはならなかったみたい。 だけれども、僕が見つけた手記には……当時は僕の家はそれなりにクーケン島で地位があったみたいでさ。 古老もブルネン家も大慌てしてるって記載があったよ。 どうもその時まだバルバトスって人は当主ではなかったみたいでさ……」

「雨期だったのなら、確かに水が涸れても大騒ぎにならなかったのも納得が行くな」

アンペルさんの補足。

確かに、クーケン島の周辺は、雨期は場合によっては作物が駄目になる程雨が降る。

乾期とは対照的に、である。

しかしだ。

百数十年前、色々起きすぎではないだろうか。

その頃、何かあったのではあるまいか。

ちょっと何とも言えないが、ともかくタオに話を聞く。

「気になったから、それ以前の記録も調べて見たんだ。 雨期の間にため池とかに水を溜めていたって記録もあるんだけれども、どうもそれ以外に水源があったみたいなんだよね……」

「他に水源!?」

「うん。 それが涸れたって事なんだと思う。 今は水源をブルネン家が独占しているでしょ。 こういう涸れた水路を見ると……この話を笑い飛ばせないと思う」

「なるほどな……」

アンペルさんが、タオの言葉に納得する。

あたしはただ驚くばかりだ。

しっかりタオは三日で成果を上げている。ただ楽しくて本を読んでいるだけではない。確かに戦闘ではそこまで活躍出来ないが、それでもこれだけの成果を上げる事が出来るのは凄い。

邸宅の前にはボオスがいて。腕組みして門扉に背中を預けていた。

頷くと、そのまま影から奧へ。

実はこの門扉からでは無く、奧に入る事が出来るのだ。

元々この大きな邸宅、なんの建物だったか分からないという噂があり。

水を独占した頃から、ブルネン家が勝手に家として使用しているという噂もある。

もしもそれらが本当だとすると。

ここは、遺跡であり。

下手をすると、家ですらないのかも知れなかった。

アンペルさんが、クーケン島は遺跡だらけで。その中心が此処だと言っていたが。

それもあながち、頷ける話だ。

「モリッツさんとは話がついたの?」

「ああ、説得した。 あまり表だって行動は出来ないがな。 ランバーにはお前達が邸宅に入るのをばれないように見張りをして貰っている」

「そうか。 あの青年、かなりの使い手なのに爪を隠していたが……それには何かの理由があるのか?」

リラさんが鋭い言葉をぶつけるが。

あたしがたしなめる前に、ボオスが言う。

俺が不甲斐ないせいだと。

それで、ある程度察しがつく。

ランバーは元から荒事に向いていない。その言葉そのものは確かだったのだろう。

フィルフサを倒した剣腕は本物だった。

つまり、エゴで他者を殺す事ができない、ということだ。誰かを守る事にしか剣を振るえない。

それは荒事に向いていないかも知れない。

あたしは、エゴで誰かを傷つけるつもりは無いが。

必要に応じて、相手を排除することが出来る。

そういったときは、非常に冷酷になれる。

実際問題、相手に対して死すべきだと考えた場合、躊躇なく相手が消し飛ぶような攻撃を選択できる。

そういう意味で。

あたしは危ういのかも知れない。

それが強さには必須のものだとしても、だ。

入口付近から隠れた所で、ボオスが咳払いする。邸宅の図面を見せてくれる。

幼い頃に、悪ガキ四人で何度も忍び込んで。

その頃はまだ生きていたモリッツさんのお母さん。女傑と言われていたブルネン家の先代当主に見つかって、むしろ面白がられたっけ。

あの人はあたしのことを随分と気に入っていたらしくて。

養子にしたいとか言っていたと聞く。

亡くなったときは、こんな人でも亡くなるのかと本気で驚いたし。

モリッツさんも、大泣きしているのをみた。

そして当時は、ブルネン家はもっと人望があって、今みたいな嫌われ者ではなかった気がする。

モリッツさんも頑張っているが。

それは偉大な先代に、今でも心を縛られているのが原因なのだろうとは思う。

「アンペル師、これが邸宅の図面になる。 俺も幾つか見て回ったが、よく分からないものがあって、特に父さんには迂闊に触るなと幼い頃から念押しされていた」

「ありがとう、分かりやすいな。 水に関係しそうなものもあるのか」

「ある。 この辺りに、大きな噴水が。 この辺りに、その噴水を制御しているという魔術の道具というものがあるらしいが。 此処は念入りに鍵が掛けられていて、俺も中は見たことがない」

「分かった。 一つずつ調べよう」

ブルネン家は、大きな邸宅の割りに静かだ。

今日はモリッツさんも大人しくしてくれているだろうし。

来客も排除してくれている。

それでも、手早く作業はしなくてはならない。

手分けして、周囲を調べる。あたしはボオスと組んだ。

「メイドさんとか雇わないの?」

「実際問題、ばかでかいこの家だが、庭園以外は殆ど何もないんだ。 それにブルネン家の家訓でな、不要な人間を雇うなと言うものがあって、家でのメシは殆ど俺か父さんで作るか、或いは買ってきている出来合いなんだよ」

「うっそ、意外……」

「勿論父さんが買いに行くわけでは無くて、事情を知っている家に、うちの使い走りにしている若いのが取りに行くだけなんだけどな。 昔は父さんにもランバーみたいな懐刀がいたらしいんだが、流行病で死んじまってな」

そうか。

それはなんというか、ブルネン家には大きな痛手だっただろう。

エドワードさんが来るまでは、流行病になるのは死と同じだったと聞いている。

今までに何度か流行病が来た事があったらしいが、一番酷いときは島の人間の四割が死んだという。

生き残った人だって、別に病に強かった訳でもなんでもなく。

病気に罹った人がみんな死に絶えるまで、家の中でブルブルふるえていただけだ。

病に強い人間が生き残ったなんて大嘘だ。

そういう話を、昔老人が後悔のまなざしでしていたっけ。

多分、見捨てた一人だったのだろう。

見捨てた相手は、恋人とかだったのかも知れなかった。

噴水だ。

非常に大きいが、水が出ていない。

タオが言った奴かも知れない。

「これ、昔は水が出ていたんじゃない?」

「よく分かったな。 昔は無条件で水が出ていたそうだ。 さっきアンペル師に分かった事のメモを渡したんだが、それにも記載をしておいた。 ただ、水の質は良くなくて、クーケンフルーツしか育たなかったそうだし、その味も今より劣ったらしいがな」

「それはあたしも聞いてる。 昔は麦も育たなかったんでしょ」

「そうだ。 その辺りは、専業農家のお前の家の方が詳しそうだな」

噴水を見るが、どうも形状がおかしい。

なんというか、違和感がある。

他の所を見て回ったが。どれもこれも、「機械」とかいうよりも、「錬金術の道具」に近いように思えた。

キロさんと、異界で話した。

その時に、キロさんが言っていた。

古代クリント王国の鬼畜達は。

水を奪った道具を、こう呼んでいたという。

「渦巻く白と輝く青」。

固有名詞ではなく、量産型のものだったのだろう。あたし達が出向いた異界の土地は、グリムドルという場所であったらしいが。

他でも、同じ道具が使われたことは、想像に難くなかった。

一通りみて回った後、合流する。

二時間ほど調べたが、即座にこれだと判断出来るものはなかった。

心配そうに、影から此方を見ているモリッツさん。

あたしと視線があうと、こそこそと隠れる。

恐らく、乾きの悪魔ことフィルフサの話はもう聞いているのだろう。元が憶病なモリッツさんは、気が気では無いのだろうし、仕方がない。

レントが若干呆れた。

「それにしても、モリッツさんを良く説得できたな」

「父さんは気が小さいが、それでもこの島の事を第一に考えているんだ。 俺もランバーも乾きの悪魔を直に見ている。 それを疑ったりはしないさ。 その恐ろしさもな」

「だが、立場上表だって手はかせないと。 面倒な話だな」

「そうなる……」

リラさんはいちいち辛辣だが。

多分、あまりモリッツさんに良い印象がないのだろう。

リラさんはなんというか、良い意味でも悪い意味でも野性的だ。

政治的駆け引きだけでトップになっているモリッツさんの事を、良く思っていないのかもしれない。

「ある程度察しがついた。 この離れだ」

アンペルさんが言う。

離れに、用途がよく分からない建物がある。

タオが、眼鏡を直していた。

「これ、古代クリント王国の様式だよ。 調べはじめの僕でも分かるくらい露骨だ。 もう数百年も風雨にさらされている筈なのに、殆ど劣化していない。 どんな素材で作ったんだろう」

「それでも、塩水には劣化するんだよね」

「それは、仕方が無いよ。 或いは高台だから、潮風の影響が小さいのかも知れないね」

タオが嬉々として解説してくれるが。

今は調査が先だ。

淡々と調べて行く。内部には、何か大きな装置があるが。動いているようには思えない。ただ。非常に古くて。

内部には強い魔力があるのが分かった。

「……ちょっといい?」

タオが前に出る。

背が足りないらしく、うんうん言いながら手を伸ばしているので、クラウディアが椅子を持ってきた。

ありがとうとクラウディアにいいながら、高い所に上がるタオ。

そして、装置を弄り始める。

幾つも何だか機構がついているが。

タオはメモを見ながら、淡々と動かしている。

ボオスが眉をひそめるが。

その言葉は、前と違って威圧的ではなかった。

「おい。 大丈夫かタオ」

「この装置、見覚えがある。 僕の家にあった古い本にまんまの図面が載ってた」

「なんだって……!」

「用途はよく分からないけどね。 ただ、さっき確認したんだ。 此処から不自然な水路が延びてて、島に行き渡ってる水が出ているんだよ」

水路は、後付したものかも知れない。

そうタオが言いながら、くるくると何か回している。

やがて。がこんと音がして。

それが開いていた。

タオが体ごと引っ張って、巨大な蓋を開ける。

本当にこれ、なんの装置だったんだ。

あっと、タオが声を上げる。

「間違いない! これだ!」

「見せて!」

あたしがまずは椅子を借りて、タオの次に上がってみる。

なるほど、これか。

球体になっているが、水を常に放出している。リラさんが見せてくれというので、場所を変わる。

「リラ、迂闊に触るなよ」

「分かっている。 水の味は……間違いない! 聖地の水の味だ!」

リラさんの声が、露骨に怒りを帯びる。

クラウディアが、眉をひそめていた。

アンペルさんが、リラと鋭く叱責するが。リラさんは、まだ怒りの声を上げる。

「こんな所に……水を奪ったものがあるのか!」

「くそっ! 俺の先祖は英雄なんかじゃない! 盗人だったわけか!」

ボオスも怒声を張り上げる。

あたしが、一喝していた。

「落ち着いて!」

「!」

「……!」

「まずは、専門家の意見を聞こう。 もしも聖地の水がその装置……球体に全部何らかの方法で詰め込まれているんだとすると、もし壊したら大洪水でクーケン島が押し流されかねないよ」

錬金術、それも古代クリント王国時代の錬金術だったら、それが可能な筈だ。

それだけの危険な代物なのである。

二人が黙る。アンペルさんが、代わりに椅子の上に上がって、中身を確認していた。

「……なるほどな。 これは恐らくだが……概念を操作しているものだと見て良い」

「概念?」

「聖地グリムドルといっていたな。 「聖地の水」をあの球体の中に閉じ込めるという概念的な道具なんだこれは。 一度、聖地の水を全て取りあげても、彼処まで乾くことはないと分かるだろう」

「確かに雨とか降りますし、ずっと水がないのはおかしいですよね」

そうだとアンペルさんは言う。

この道具は、聖地にある水をこの中に転送し、常に保つ仕組みがあると言う。

表面に操作盤のようなものがあって、閉じ込めた水の一部を放出することもできるらしいが。

その放出している水は、本来はグリムドルにあるべきものだった、ということだ。

それは、あまりにも酷い。

クラウディアが、不安そうに言う。

「アンペルさん。 もしもその装置を壊したりしたら、やっぱり……」

「ああ、ライザが言った通りの事態になる。 しかも継続的に水が出続けて、クーケン島は水に沈むだろうな。 勿論聖地に水が戻る事もない」

「くっ……キロはずっと一人で、あの場所で戦う事になるのか」

「ライザの言葉で手をとめて良かったな。 それに……」

アンペルさんが、椅子から降りて。皆を見回す。

順番に、やる事があるという。

「まずはライザ」

「はいっ!」

「この道具を、錬金術で再現する必要がある。 ただこれは、古式秘具に近いレベルの道具だ。 私でもレシピを発想する事が出来ない。 或いはだが……何かしらの代替手段を見つけなければならない」

頷く。

極めて大変な作業だが。

クーケン島だけではない。

聖地グリムドルのためでも。何よりも、フィルフサの大侵攻を食い止めるためでもある。

そして、これをいきなり取り払ったら、クーケン島は麦も出来ない極貧の寒村に逆戻りだ。

それもどうにかして、防がなければならないだろう。

「アンペル、それで何か具体案はあるのか」

「……リラ、こう言うときは順番に片付けて行くしかない。 ええと、そうだな。 これを何処で君の先祖は見つけたのか分かるかボオス」

「ああ。 禁足地の北にある塔だという話だ。 三日の間に日記などを調べて、得意げに冒険をしたと記載している日記を見つけた。 ただ、調べて見るとバルバトスは武勇には優れていたという話だが、今のあんた達とは比べものにならなかった筈だ。 あんな危険な場所に、どうして一人で行けたのか……」

「恐らくだが、今はこの島の周辺は、極めて危険な状態になっている」

アンペルさんが説明をする。

古代クリント王国は、フィルフサが大繁殖した後、大慌てで色々な装置を起動した節があるという。

或いはだが。

大繁殖したフィルフサを、抑える自信があったのかも知れないが。それでも安全策を用意していたのかもしれない。

二重三重にセーフティを用意していた、というわけだ。

その全てを喰い破られていたら、意味もないのだが。

ともかく、そのセーフティが今は働いているという。

「幽霊鎧と君達が呼んでいる存在がいるな」

「ああ、たまに見かけられる中身のない鎧だな」

「あれは古代クリント王国や、更に昔から使われている自動兵器だ。 稼働するための仕組みは様々だが、いずれにしても自動的に動いて標的を攻撃する。 あれはフィルフサと戦うために、この土地に多数配備されていたんだよ。 そして今回、「必要に応じて」動き出したというわけだ」

「対フィルフサで、というわけか……」

ドラゴンも、そういう意味では同じというわけだ。

古代クリント王国の錬金術の産物は、フィルフサの到来を察知して。ドラゴンを攻撃に駆り立てるべく稼働したというわけだ。

つまり、フィルフサを黙らせない限り。

ああやって狂うドラゴンはなんぼでもでてくるということだ。

それは、生命に対する冒涜であると思う。

あたしは、怒りがふつふつとわき上がってくるのを感じた。

「アンペルさん。 やっぱりあたし、許せません」

「皆、怒りはよく分かる。 だが、こう言うときこそ冷静になれ。 順番に、一つずつ問題を片付けて行くぞ。 幸いキロ=シャイナスが、時間を作ってくれている。 まだ、時間はある」

アンペルさんの冷静な言葉すら、今は煩わしく感じてしまう。

だが、それでも聞かなければならなかった。

アンペルさんが、順番に話す。

「第一に水だ。 この島の水が何故失われたのか、調査する必要がある。 場合によっては、ライザ。 お前が錬金術で水を集める道具を作る必要もあるが、いずれにしてもレシピが必須だ」

「はいっ!」

「第二に、水源を復活させたら、この装置をとめて、異界に持ち込む。 装置の操作方法は分かった。 後はそのまま、異界に持ち込んで、水全てを元に戻す、で大丈夫だろうな」

「洪水が起きないか」

ボオスの冷静な言葉だが。

クラウディアが、笑顔のまま過激なことを言う。

「洪水を起こそう。 キロさんを除いて、オーレン族は一人もいないのよ。 それに、あそこにいるフィルフサを全部片付けるには、それくらいしないと駄目だわ」

「あ、あんた意外に過激なんだな……」

「ふふ」

「クラウディア、時々怖い事さらっというんだよね……」

ボオスもタオも引いているが。

まあ、それはいい。

「最後に、水によって弱体化したフィルフサに総攻撃を行い、王種を討ち取る。 それでグリムドルは平穏に戻り、更には大侵攻の危険はなくなる。 一度フィルフサに汚染された土地だが、それでも水が戻ればフィルフサの繁殖は抑えられ、そして時間を掛ければ元に戻るだろう。 ……出来れば環境を戻す所まで責任を持ってやりたいが、残念ながらそれを出来る手札が私達にはない」

「そうなるとアンペルさん。 次の目的は塔だね」

「そうなる。 ただし、対フィルフサの防御網が山と展開されている筈だ。 気を付けて足を運ぶ必要があるだろうな」

「異界への門は、開けたままにはできないのか」

ボオスが言うが。

アンペルさんが、首を横に振る。

蝕みの女王という王種を仕留め、水を戻したところで。

人間が多数この世界にいる。

今の所ロテスヴァッサは錬金術を忘れているが、しばらく前は錬金術師を集めて、古代クリント王国と同じ事をしようと目論んでいたらしい。

錬金術の兵器利用。

更には、異界からの資源奪取。

いずれも馬鹿馬鹿しい机上論だが、錬金術の圧倒的な力を見て、それを本気で考えていたのだそうだ。

そんな連中に、アンペルさんは腕を。

悲しくなってくる。

ボオスは、そうかと呟くと、俯いていた。

ボオスは明らかに、強い影響をキロさんに受けていた。この落胆も、分からないでもない。

「よし、順を追って動くぞ。 我々はこれより塔の攻略に全力を注ぐ。 ボオス、君はブルネン家の影響力を駆使して、島の周辺の安全確保を頼む。 キロ=シャイナスがどれだけ踏ん張っても、絶対にフィルフサの斥候は姿を見せる。 最低でもアガーテ女史程度の実力がなければ、一方的に蹂躙されて踏みつぶされるだけだ」

「分かっている。 その辺りは、父さんと俺でどうにかする」

「頼むぞ。 よし、一度アトリエに戻ろう」

アンペルさんが音頭を取ってくれて助かる。

逆にいうと。

あたしはまだまだひよっこだということを悟らされる。

錬金術の技量は、確実に上がっている。

だが、今が一番危ない時期なのだろうな。

そう、あたしは自覚していた。

 

3、復活の時

 

アトリエに戻ると、アンペルさんに教わる。

そろそろ良いだろうと言う事で、順番に話を聞いていく。

今教わっているのは、アンペルさんが習得に十年以上掛けた奥義だという。

錬金術は、百年の努力を一月の天才が超える事がある学問だという。

それはとても不公平な代物だとあたしは思う。

そして、それが即座に目の当たりにされる。

今まで、エーテルの内部で要素を分解し。それを再構築する事で、様々なものを作り出していた。

その後は、いちいちエーテルを全て揮発させてしまっていたのだが。

これを固形化する技術があると言う。

固形化したエーテルは、要素ごとに分割して、宝石のようにする事ができるのだとか。

これには問題があり。

本人にしか、宝石……ジェムとしたものがなんだか分からないという。

だが、あたしは魔力操作に関しては自信がある。

言われた通りに、揮発させていたエーテルを、固形化していく。

すぐに、ボロボロとジェムになっていく。

触ってみると、分かる。

なるほど、これは便利だ。

また即座にエーテルに戻す事も可能。魔力をちょっと流して、操作してやるだけでいい。

これでかなり素材のロスを抑える事が出来る。

そう考えると、覚えておいて損は無い技術だ。

ジェムをすぐに作り出せるようになったあたしを見て、アンペルさんはしばらく黙っていたが。

やがて大きく息を吐いて。

そして絶賛してくれた。

「素晴らしいな……」

「いえ、ありがとうございます」

分かっている。

アンペルさんには複雑なはずだ。

これはアンペルさんが10年掛けて作り出した奥義だ。それをノウハウを伝えたからといって、一瞬で再現されたら面白いはずがない。

それでも、祝福できた。

アンペルさんは本当の意味で大人だと思う。

あたしは、もう一度ぺこりと頭を下げる。本当にこればっかりは、アンペルさんに申し訳ないと思う。

いずれにしても、やる事がある。

まずはクリミネアを加工して、装備品に変えていく。

それだけではない。

クラウディアが持ち込んだ宝飾類を参考にして、アクセサリを作る。

お洒落なんてどうでもいい。

そんなものではなくて、実用的なアクセサリだ。

集めて来た鉱石の中に、宝石の原石が幾つもあったのだが。

宝石は魔石と同等かそれ以上に、魔力を蓄積させるのである。つまり、宝石をコアにすることで、凄い威力の魔術を常時身に纏うことが出来る。

ついさっき作ったばかりの服も、身体能力をガン上げするが。

これを身に付ければ、更に皆強くなるはずだ。

それだけではない。

クリミネアを加工して作った装備類を、護り手にも引き渡す。これで、フィルフサに対して少しはマシに戦える筈だ。

アガーテ姉さんはあたしから見ても天才だと思う。

十五になるかならないかで王都に出向いて、騎士の資格を取得しているのである。

しかも賄賂だの血統だのがものをいう王都の状況で、実力でだ。

良い装備に身を包めば、多分この間のフィルフサの将軍とも、あたし達と混じって同等以上に戦えた筈。

他の護り手はみんな実戦経験不足だが。

それでも、この装備があればまた変わってくるはずだ。

やはり、リラさんがレントとクラウディアをつれて、威力偵察に出る。後で話があると言っていたけれど。

今は、まずは基礎戦力の強化だと判断したのだろう。

あたしが一心不乱にジェムを釜に放り込み、クリミネアをそのジェムを元に増産しながら武器に造り替えているのを見て。

邪魔をするべきではないと、判断してくれたようだった。

 

丸一日掛けて、まずは皆の分の武器を作る。

身体能力が上がってきている事もある。

皆用の武器は、それぞれ更に上の段階のものを作る必要がある。リラさんのクローも見せてもらう。

使い込まれている業物だが。

残念ながら、リラさんの身体能力に比べると、釣り合っていないのが一目でわかった。

あたしは錬金術師としてはまだまだアンペルさんに教わることだらけだが。

魔術師や戦士としては、それなりの経験を積んで来ている。

だから、見れば分かるものはある。

というか、リラさんも、分かっているようだった。

「更に強化出来ると見て良いか」

「はい。 もっと軽くしなやかに強く錆びないように」

「……もう一つ注文がある」

リラさん曰く。

元々リラさんは、「精霊」と呼ばれるものを身に宿して、身体能力を上げているという。

それはその辺にたくさんいるエレメンタルと同じものなのかと一瞬疑問に思ったが、違うと言う事だった。

「あれらは自然にある力に、何かしらの歪んだ力が加わった結果、ヒトの形を取っている存在だ。 私が口にしている精霊というものは、心の中に宿る」

「はあ、なるほど……」

つまり暗示のようなものだということか。

恐らくオーレン族の中にある信仰と結びついた、心の中にある神殿に住まう存在なのだろう。

不思議な話じゃない。

魔術を使うのが誰でも当たり前の今の時代。こういった精神的な魔術の話は、誰でも分かるようになっている。

実際問題、強力な魔術使いの中には、心の中に別の自分がいて。その自分と共同で魔術を唱えるなんて口にしている人もいる。

それが本当かは疑う必要は無い。

魔術が実際に発動しているかどうかで、判断すべきだ。

元々魔術は個人依存。

魔力は誰にでもあるものだが、実の所魔術発動のプロセスは、分かっていない事が多いらしい。

ウラノスさんに昔聞いた話だ。

あたしのように、生まれついて適性が高く。湯沸かしなどの魔力応用にも苦労しないようなタイプもいるが。

そうでないタイプは、内在する魔力を身体強化に生かす事で。魔術をぶっ放すよりも大火力の攻撃が出来たりする。

必ずしもどっちが優れているということもないのだ。

「分かりました。 何かしらの紋様や記号、呪文などを刻みますか?」

「察しが良いな。 これを刻んでくれるか」

「どれどれ……うっ……ええと?? リラさん、これなんですか?」

「なんだ。 今のライザなら出来ると思うが」

書き下ろして貰うが。口をつぐんだのは、見た事も、理論も分からない紋様だからである。

どうしてもイメージできないものは、調合の手間が二段階くらい跳ね上がってしまう。これはあたしが、才能だけでごり押ししてきた弊害なのだろうとも思うが。

だが、こういったものを調合できてこそだ。

メモを起こして貰って、更にしっかり実際のリラさんが使っているクローに刻まれている紋様もチョークで写し取る。

はっきりいってあたしは絵が上手い方では無いので。

こうやって写し取ることが出来るのは、有り難かった。

休憩を挟みながら、皆の装備を刷新していく。

まずはレントの大剣。これは分かりやすい。クリミネアも散々インゴットを作ったので、重さも把握している。

大剣等の大型武器は破壊力があるが、初速にどうしても問題が出る。

この新しい大剣は、その初速を補うべく、魔術の紋様を刻み込んでいる。しかも刃の強度を落とさないようにだ。

ただ、使い勝手が違う。同じ大剣でも、振るってみて感触が変わると、自分の足を斬りかねない。

レントには、すぐに使って試して貰う。

続いて、クラウディアの弓。

これは、弓の弦は作らない。しなりを出すために、主要部分だけをクリミネアで作り。それ以外は合板で作った。

自分でも魔力の糸を作り出して引いてみたが、既にかなり重い。

クラウディアは魔力がどんどん大きくなっているので、今はかなりしなやかに弓矢を操れるが。

さて、これは大丈夫だろうか。

早速外で試して貰う。

クラウディアも色々と思うところがあるらしく、魔術で矢を作り出すだけではない。音魔術の展開も含めて、色々戦術を考えているようだ。

ぎりぎりと、凄い音を立ててクラウディアが弓を引き。

矢を放つ。

遠くの湖面に着弾した矢が、ドカンと激しく爆発していた。おおと、皆で声を上げる。

これは、もういっぱしの火力だ。

「クラウディア、大丈夫? 一発ごとの負担とか、大きくない?」

「大丈夫。 糸を魔術で作り出すのも、矢を魔術で作り出すのも、もうへいき。 矢を放つ時とかも、殆ど苦にならないよ。 後は……フィルフサにどうやって有効打点を稼ぐかだね」

「鏃だけ、石や何かを使って見るといい。 生半可な質量攻撃はフィルフサには意味を為さないが、この火力なら装甲を貫通できるはずだ」

「分かりました、試してみます」

リラさんのアドバイスを受けて、クラウディアが早速魔力を練り始める。

周囲の小石を魔力だけで浮かせて、魔力矢の先頭に鏃としてセット。

撃ち放つ。

まるでバリスタだ。

ぶっ放された矢の破壊力が、更に上がっている。これは、心配しなくても大丈夫だな。そうあたしは判断した。

続いてタオのハンマーを渡す。

これは複層構造になっていて。敵には打撃を浸透させ。自分には反動を最大限軽減するようになっている。

複層構造の中には伸縮性が高い素材も含めてあり、全てに魔術の紋様を刻んで強化してある。

タオは前はハンマーに明らかに振り回されていたが。

しばらくハンマーを振るって、満足そうにした。

「いいねこれ。 不意打ちなら、相当な痛打を与えられると思う」

「良かった。 走り回るのも大丈夫?」

「この服を着るようになってから、体力が溢れてるし、問題ないと思う。 ありがとうライザ、これで戦闘で役に立てる」

さて、此処からだ。

まずはリラさんのクローを作る。

リラさんの手の大きさなどを調べてから、使いやすいクローをイメージして、順番に組んでいく。

クローは元々玄人向きの武器で、実戦で扱うのは極めて難しい代物なのだ。

リラさんの動きから考えて、竜巻のように巻き込んで斬るのには、刃が複数あった方が良い。

それも大きい方が。

そう考えて、作りあげる。

やがて仕上がるが、何しろ初めて作る武器だ。まずは使って見て、感触を試してもらう。

リラさんは頷くと、普段のクローを外す。使い込んでいるクローは、既に壊れそうである。

新しいクローをつけて何度か振るった後、調整を即座に頼まれた。

頷いて、重心を少し変える。

これについては分かっていた。今回ので覚えればいい。武器はそれぞれにあうあわないがある。

どれだけ凄い名工が打った剣でも、全く使いこなせない場合もあると聞く。

幸い錬金術はその辺りつぶしが幾らでも行く。

淡々と、注文に応えて修正を行っていき。十回目で、リラさんは満足してくれた。

「よし、これでいい。 長年使った武器だったが、これで更改だな……」

「前のは、やっぱり異界で作ったんですか?」

「いや、たまたまあうものがあったから、人間の無法者から取りあげた」

「……」

あまり聞かない方が良さそうだ。

アンペルさんとリラさんは、散々苦労しながら門を閉じて廻って来たのである。その過程で、色々後ろ暗い事もあっただろう。

最後は、自分の武器を作る。

これについては、分かっている。最大限魔力を増幅できるように、さっそく作れるようになった宝石も混ぜ込んで、欲張りな杖を作る。

あたしの魔力は連日エーテルを極限まで絞っている事もあって、更に更に増幅されている。

以前は詠唱有りの全力の場合、熱の槍を2500発ほど放つのが限界だったが。

今だったら、同じ火力で良いのなら8000はいける。

ただ、数だけ叩き付けてもあまり意味がないと感じる。今後は、一つずつの威力を上げて、数を絞るべきだろうと思う。

そう思いながら、自分のための杖を構築していく。

勿論打撃用としても使えるようにしたいので、クリミネアももっと盛り込むが。

途中から考えを変えて、靴にクリミネアを仕込んで、更に強化する。

あたしの本命は蹴り技。

特にフィルフサとの戦闘では、これが必要だ。

しかも、である。

跳び蹴りだと大きい隙を作る事になる。近距離から蹴りのラッシュを叩き込む事で、効果的にフィルフサの装甲を破壊出来るし、反撃にも対応しやすい。

あの将軍並みのフィルフサと今後は戦う事を考えると。

魔術の増幅だけではなく、蹴り技の強化は必須。

しかも切り札なのだ。

だったら、更に磨き抜かなければならなかった。

杖を念入りに作りあげる。

夕食の時間が来た。

流石にちょっとくらっと来る。クラウディアが、むっと頬を膨らませていた。

「ライザ、無理しすぎだよ」

「ごめん、ちょっと夢中になりすぎた」

「夕ご飯早く食べて」

「そうする」

何だかお嫁さんみたいだなクラウディア。そう思いながら、夕飯の席に着く。もう切り上げているレント。相変わらずの早食いだ。

タオは黙々と食べているが、ちょっと小食すぎて心配になる。しかもオは食べられないものも多いのだ。

リラさんはイメージ通りで、とにかくたくさん食べるのだが。それはそれとして、トイレに行く回数はあまり多く無いような気がする。

オーレン族は人間とかなり体の仕組みが違うらしいのだが。

それが原因かも知れなかった。

「ふう、ごちそうさまあ……」

「ライザ、大丈夫? ずっと調合と調整してたよね」

「禁足地に行くでしょ。 あんまり時間掛けていられないし、短時間で突破出来るように装備は調えない、と?」

「おいおい、平気か?」

ふらふらしているあたしの口を、さっさとクラウディアが拭く。

なんというか、手際が良すぎてちょっと怖い。

いつもにこにこしているクラウディアだが。

たまにあたしが無理をしていると、すごく敏感に嗅ぎつけるのである。この辺り、遠慮とかしないでと言っていた事を思い出す。

多分だが、クラウディアは。

普段は抑えている分、心を許した相手には無茶苦茶甘えるタイプだ。逆に言うと、束縛もするのだろう。

ただ、それはそれとして大事な友達である。

多少の事は、許容しての友達であるともあたしは思う。

とりあえず、寝ようと思うが。

リラさんが、視線で外に出るようにと促してくる。

頷いておく。

皆が食事を終えて、めいめい休みにはいる中。

出来るだけ早めに休むようにとクラウディアに言われて。あたしはうんと応えて。そして適当なタイミングで抜け出していた。

 

夜。

月の下。

リラさんは待っていた。リラさんは実の所殆ど眠らなくても良いらしく、何でも脳を半分ずつ使って半分ずつ眠らせることが出来るそうだ。その気になれば眠りながら走る事も出来るとか。

オーレン族は此方の人間と違って、森の中で生活する種族。生態からして森と一体化している、此方の世界の人間よりも遙かに野性的な種族であるらしい。

だから単体の能力が高く、魔力の親和性も比較にならない程高い。

普段、それほど消耗していない時ならば。あまり眠る必要もないそうだ。

リラさんは、月下の下で、差し出してくる。

「今なら、頼めると思ってな」

「これは」

「神代と言われる、クリント王国より前の時代の遺物だ。 一口に「古式秘具」といっても色々あるらしくてな。 神代には体を欠損しても補う方法が幾らでもあったらしい」

これがその一つだと。

渡されたのは、腕を包むようにしてあると形状からして分かるもの。

義手、だろうか。

アンペルさんの手は、ズタズタになっている。それはあたしも知っている。

だから、これを使えば治るというのなら。

治らないとしても、錬金術師として一線に戻れるというのなら。

「神代とかいう時代も、その時代に生きた連中も、相当に腐った代物だったそうだ。 それはそれとして、今はその技術を使いたい。 技術そのものに罪は無い。 そして残念ながら、千年の時がこれを劣化させつくしている。 アンペルはこれをいらないと言った。 恐らくは、錬金術師であった事に今でも罪悪感を覚えているのだろうな」

「そんな……」

「だが、今はそんな罪悪感に捕らわれている時では無い。 フィルフサの大侵攻が起きれば、文字通りこの土地と……私達の土地は更なる地獄となる。 今でもオーリムではフィルフサとの絶望的な抗戦が続いているが、それが更に悲惨になる。 私達の土地という意味でも、これは防がなければならないんだ」

頷く。

リラさんの言葉は通りだ。

感情を超えたところにある、「やらなければならない」事。

今、アンペルさんが錬金術師としての力量を取り戻すのは、そのために必須である。

あたしは、渡された古式秘具を見る。

なるほど。

どうやら、中核になっているシステムは問題が無さそうだ。これはどうも手に沿って展開して、その動きを補佐するものらしい。

しかも意思に沿って手を自在に動かす。

それを、あたしは理解出来ていた。

「仕組みは分かるのか」

「はい。 動力源の仕組みはちょっとまだ分からないけれど、どうやって動いているかは……それでどう壊れたかも分かりました」

「流石だ。 アンペルが既に自分を超えたと言っているだけの事はある」

「大げさですよ。 だけれども……これなら」

これだったら、直せる。

ただ、徹夜作業は見つかったらクラウディアに殺される。一度休んで、翌朝にやることになるだろう。

リラさんに、それを告げる。

明日の朝は、出かける前にちょっと一作業あるだろう。

それでも。

それは、やる価値のある作業だった。

 

起きだしてから、すぐに庭に出て、体を動かす。

今日から禁足地に足を踏み入れる。

禁足地と言ってもかなり広い。

「門」が封印されていた「聖堂」のあった湖岸だけではない。その北には、滅びてしまった村の残骸もある。

滅びた経緯はわからないが、「禁足地」を挟んでクーケン島とは距離があった事もある。

いずれにしても、滅びて人がクーケン島に逃れてくるまで、交流も殆どなかったと見て良いだろう。

威力偵察をして貰った結果、これらの村跡には相当な数の魔物が入り込んでいるそうである。

ただ、それほど強力な魔物は見かけられなかったそうで。

強いものは、フィルフサを察知して遠くに逃げたのだろう。

残ったのは、弱くて逃げられない者ばかり、と言う訳だ。

それも時間を掛けて、湖岸から離れて行っているそうである。

そして、塔だが。

現時点では、どうも禁足地の北にある渓谷を抜けるしか無さそうだ、という結論が出ていた。

当然リラさんが率いるレントとクラウディアは、威力偵察を兼ねて魔物をかなり削っているので、クーケン島の護り手には評判がかなり良くなっている。魔物の処理は、経験が浅い護り手には本当に決死の作業なのだ。

それに、魔物は本当に数が多くて護り手達は難儀していたのだ。

威力偵察の過程で削る事。

更にそれで、肉や毛皮を手に入れられること。

その二つ両方が喜ばれていた。

本来は、人間を襲うとは言え、それでも自然の守護者たる魔物もいる。そういった魔物を、容赦なく駆逐するのは少しばかり問題になるだろう。

しかし今フィルフサが原因とは言え、各地で生態系を乱しまくっている魔物は、駆逐しなければならない。

そうしなければ、人間がいずれ襲われるからである。

ただ、護り手にも周知が出ている。

少し前まで出ていた無理な駆逐作業は中止するようにと。

これは、モリッツさんをボオスが説得したのと。

古城にいたドラゴンが死んだ事が、原因だと思って良さそうだった。

体を動かして、顔を洗う。

そして、起きだしてきた皆に挨拶をすると、あたしは調合をすると告げた。

まだ何か必要なのかと肩すかしを食らったような顔をしていたレントだが。リラさんが、レントとクラウディアをつれて威力偵察に行き、昼までに戻ると告げてさっさと行ってしまった。

それを見て、時間が出来たと思ったのだろう。

タオがアンペルさんを捕まえて、聞きたいことがあると話し始める。

良い感触だ。

午前中に、仕上げてしまうべきだろう。

幾らキロさんでも、一月もフィルフサの侵攻を抑えることは出来ないだろう。時間は、文字通り金塊よりも貴重だ。

黙々と調合をする。

ジェムを用いての、物資の複製。これが出来るようになったのが大きい。

今まで無駄にしていたエーテルを、全て有効活用出来る。

あたしにしか、ジェムを判別して複製に使う事が出来ないのが問題だが。元々錬金術はそういう学問。

才能に依存するものだから、それは目をつぶるしかない。

黙々とクリミネアを用いて、調合をしていく。

非常に繊細な構造を持った義手だ。

これを手にセットして、手の機能を補う。神経もズタズタになっている手で、繊細な調合が出来るように。

それだけでは駄目だ。

戦闘で激しく動かしても耐えられるように、調整をしなければならない。

アンペルさんは、現時点でも結構無理をして戦闘に参加してくれている。今後、後方で参謀だけをしているつもりはないだろうし。フィルフサとの戦闘では最前線に立つつもりの筈だ。

そして足手まとい云々は違う。

アンペルさんはこの間の将軍との戦闘の時も、雑魚フィルフサをかなりの数仕留めて、食い止めてくれていた。

これが更に力を増したら、きっと戦況を更に良く出来る。

アンペルさんは、喜ばないかも知れない。

だけれども、これは必要な事なのだ。

黙々とクリミネアのインゴットを溶かし、エーテルの中で要素を抽出する。もとの義手も丸ごと入れてしまう。

古式秘具を丸ごと調合でエーテルに溶かすのは緊張する。

失敗したら一巻の終わりだからだ。

混ぜながら、要素を抽出し、組み合わせていく。

既に100や200の行程を、この過程で出来るようになって来ている。才能に依存する学問と言われる訳だ。

いわゆるマルチタスクといわれる行為らしいが。

これは才能がない人がやろうとしても、絶対に出来ないだろう。

あたしは、唇を噛む。

これは天賦の才と言う奴なのだろうけれど。

これが悪人に宿ることも、当然にあるということだ。そして古代クリント王国の錬金術師や、それにアンペルさんの手を傷つけた連中もそうだったということなのだろう。

これが、神代と呼ばれるものの産物で。

それがろくでもない連中だったという話も聞いている。

だとすると、アンペルさんやあたしは例外なのかも知れない。錬金術師は、力に溺れ、邪悪に染まりやすいのだろうか。

何となく、分からないでもない。

あたしも魔力の扱いが上手いことを知ってからは、幼稚な全能感に浸ったことがある。

ただ、ウラノスさんのような先達がいて。

魔術の分野でも、上には上が幾らでもいる事を理解出来たから良かった。

もしも島で最強程度で調子に乗って、その状態で錬金術を知っていたらどうなっていたことか。

あまり、考えたくない事だった。

調合を終える。

エーテルから取りだした義手は、調整がほぼ完璧。今、あたしにできる事は全てやった。

釜のエーテルを全てジェムにしてしまう。色々な雑多な要素があるが、クリミネアの使い損ねた部分とか、集めて再利用できる。

アンペルさんが、タオの熱量に押されて疲れた様子で来る。

丁度、リラさんも戻って来た。

さて、ちょっと大変だけれども。

アンペルさんを説得しなければならない。

リラさんがあたしを見る。あたしは、それに対して頷いて見せる。

アンペルさんは、時々気性の荒さを見せる事がある。普段は落ち着いた物腰を無理に作っているという話だが。

最悪の場合、殴り合いになっても説得しなければならないだろう。

「アンペル、話がある」

「ん? リラさん、特に珍しいものは見つからなかったよな?」

「何かあったの?」

「ああ、ライザに私が準備して貰っていたものがあってな」

最初に反応したのはレントとクラウディアだが。

二人にも、まずは最初に説明をしておかなければならない。

義手を見せる。

それを見て、アンペルさんは顔色を変えていた。

「それは、捨てたはずだ」

「私が拾っておいた。 必要になると判断してな」

「余計なことを……」

「アンペル」

リラさんの声が冷える。

アンペルさんも、臨戦態勢に入る。これは、最悪アトリエが内側から吹っ飛ぶか。

あたしは、静かに。声を出来るだけ意識して、絞っていた。

「アンペルさん。 フィルフサの大侵攻が迫っている中、今は動ける錬金術師が一人でも必要だと思う。 そういう意味で、あたしはリラさんの言葉が正しいと思う」

「ライザ、お前……。 ロテスヴァッサの王室の連中が、錬金術師に何をさせようとしていたと思っていやがる! 錬金術の兵器を量産して、オーリムへの侵攻を目論んでいたんだぞ!」

アンペルさんの口調が荒れる。

分かっていた。本気で怒っている。

だけれども、ここで引くわけには行かない。

「奴らは身の程知らずにも、フィルフサの危険性を知りながらそれを軽視していて、勝てると思っていた! 古代クリント王国の連中は油断したから負けたのだと、本気で思い込んでいやがった! 私はオーリムに毒を撒いて、オーレン族の根絶やしをするようにも指示されていた! それを拒否した結果、この腕にされ、あまつさえ二十年以上も暗殺者を送り込まれたんだ!」

「マジかよ……」

「酷い……」

レントとクラウディアが呆然とする。そうか、今の国、ロテスヴァッサの腐敗ぶりもクリント王国と代わらないんだ。そう思うと悲しくなるし。今の様子だと、アンペルさんしか反対する人間はいなかったのだろう。

錬金術師がみんな幼稚な全能感に捕らわれ。それどころか、錬金術の産物を見たロテスヴァッサの上層部もそうだった。それどころか、その全能感がフィルフサの恐ろしさを誤認させ。

オーレン族を根絶やしにしようとした上。今度こそ、世界を滅ぼす所だった、と言う訳だ。

「この腕は、私の罪の証だ! だから……」

「今はそんな精神論を話している場合ではない! 思い出せ! 何のために私達は門を閉じて回った!」

リラさんの鋭い叱責。こっちも、言っている事は正しい。

そしてあたしの見た所、此処はリラさんが言う事の方が正しいし。何よりも、リラさんがこれを言う事に意味がある。あたしがこれを言っても無意味だ。

ロテスヴァッサなんて国が、実態は王都しか実効支配しておらず。

クーケン島は事実上無関係だったとしても。

あたしは力ある錬金術師の側。

どう言葉を言いつくろっても、「オーレン族」からして見れば仇敵だ。錬金術そのものがそうだろう。

今、リラさんが、こうやって過去の怒りを捨ててくれた。

そこに、意味があるのだ。

「アンペル、一日やるから考えろ。 ライザ、タオ、出るぞ。 峡谷は入口付近を調べたが、かなり危険な状況になっている。 ドラゴンがいる可能性もあるし、それどころか……更に危険な気配まであった」

「分かりました。 だとすると、全力で向かわないといけないですね」

「うわー。 しんどそう。 でも、僕も行きます」

タオは、敢えてそんな風に言う。

皆で、アトリエを出る。

アンペルさんは、幾ら荒れてもあたし達を裏切ったりはしないだろう。ただ、感情を。荒れ狂う感情を抑えるには時間が掛かる。

ましてやアンペルさんは、人より長い時間を生きているという話だ。ずっと感情を抑えるのは大変だろう。

だから、あたしは待つ。

師匠が、錬金術に復帰できるのを。

最後の頼れる仲間が、味方になってくれるのを。

 

4、蠢動する影

 

クーケン島に交易船で上陸する者あり。

冒険者と呼ばれる、各地を旅しながら荒事を引き受ける戦士のような姿をしているが。姿は皮鎧だけと軽装。薄紫の長い髪も、戦闘向けには見えない。のほほんとした表情は、とても荒事で食べているものとは思えない。

腰に帯びている剣も、ごく小さいものだった。

パミラとだけ名乗っている、その女に。

バレンツ商会のメイドをしているフロディアは、夜陰に紛れて接触していた。

港にあるちいさな食事所。

主に、行商相手にやっている店で。

王都のものと比べても、出てくる食事はまずくないし、それなりにしゃれた外観になっている。

これもあって、田舎であるクーケン島の住民には憧れの場所になっているらしく。

此処でプロポーズするカップルも多いそうだ。

まあ、フロディアにはどうでもいい事だが。

まずは、頭を下げて挨拶する。

「久しぶりです、コマンダー」

「久しぶりねー。 この島に、優れた錬金術師が出現したっていうのは本当かしら」

「本当です。 このまま成長すれば、世代に隔絶した錬金術師になるかと思われます」

「でも、異界からの大侵攻を防ごうと動いているのよね……」

こくりとフロディアは頷く。

感情が薄いフロディアだが。

それでも、そう作られているのだ。

コマンダーは、フロディアも正体は知らない。自分の一族と似たような者なのかも知れない。

ただ、「幽霊」と言われる程何処にでも現れ。

そして用事を済ませると、ふらりと去って行く。

以前、一族が総出で動いた時。

ロテスヴァッサの王宮に仕掛けて、錬金術の資料を全て焼き尽くした時があったが。

その時に指揮を執ったと聞いているが。

確か当時の王を、このコマンダーが処理したと聞く。

それなりの手練れを侍らせていたはずなのだが。

それでも幽霊の名前の通り。それらの護りなど、何の役にも立たなかった。

「今なら、処理は簡単にできますが、如何しますか」

「保留ね。 フィルフサの拡大を、これ以上許すわけにはいかないわ。 そもそも私達の主だって、ここしばらくはオーリムで強力すぎる王種を処分する事に力を注いでいたくらいなのよ?」

「確かにこのままだと大侵攻が発生しますが、それもその気になればどうにかできるのでは」

「フィルフサを甘く見てはいけないわ。 だってあれらは……」

喋りすぎたと思ったのか。

パミラが、口を閉じる。

そして、プディングを注文する。

地方によって全く違ってくる料理だが。パミラはミルクを主体に作ったものが好みだ。ただ、此処ではそれは出てこなかったが。

あまり好きでは無いタイプのプディングが出て来たので、パミラはそのままの表情で残念と言いつつ、食べ始める。

「今の時点では保留よ。 手出しはしないようにねー」

「しかし、放置していると強力になりすぎますが。 最悪の場合、主の所にまで乗り込んで来るでしょう」

「そうね。 でも、今は様子を見ましょう。 もしも強くなりすぎるようだったら、フィルフサとの戦いの後……状況次第で、「セーフティ」を掛けてしまいましょうね」

「分かりました。 主の判断なのですね、それが」

パミラはこくりと頷くと。

完璧なテーブルマナーで、プディングを平らげる。

決して美味しい料理ではないが。

パミラも、餓えの苦しみは知っていると言う話だ。どんな食事でも、絶対に残す事はないそうだ。

ふうと嘆息すると、パミラは軽く話をする。

「それで、今度の錬金術師はどういう存在?」

「今の所は報告書も出したとおり、「良き錬金術師」です。 ただ、今後どうなるかは分かりません」

「ふうん。 確かに記録にある錬金術師は、若い頃は「良き錬金術師」と言える存在だった事があるけれども、子供が出来たり立場が変わったり、或いは権力を得たりすると、みな豹変してしまうのよねえ」

「正義感が強い反面、非常に気性が荒く、敵に対しては一切容赦もしません。 また感情の制御が下手で、論理的に考える事も苦手なようです」

くすくすとパミラは笑う。

まあ、コマンダーとされているほどの個体だ。

多少強い錬金術師でも、その気になれば余裕で始末できる。優しそうな笑顔と、弱そうな見かけは。あくまで擬態。

その正体は、フロディアでは及びもつかない戦闘のみに特化した存在なのだから。

「まあいいわ。 貴方はそのまま仕事を続けて。 機会を見て、私が接触を試みて、見極めて見るわね」

「了解いたしました。 くれぐれも無茶をしないようにお願いいたします」

「ふふ、分かっているわ−。 まあ最悪でも、この島を吹き飛ばす程度で済むでしょう」

礼をすると、席を立つ。

もう、パミラはいなかった。

あのコマンダーが出てくると言う事は、「主」は相当問題視しているということだと見て良い。

ここ百年ほどは、ろくな錬金術師が出ていなかったという話もある。

それもあって、問題視していても不思議では無い。

どういうわけか、同時代に多数の錬金術師が出現する事があり。

それが今の人間が「神代」と呼ぶ時代。それから幾つかあった歴史の改変期。最後は百数十年前だったという。

そして錬金術は才能依存の学問。

百年の研鑽が、一月の天才に追いつかれる。

フロディアが見た所、あの錬金術師。

ライザは恐らく、神代の錬金術師と同等かそれ以上。下手をすると、史上最強の錬金術師かも知れない。

「主」も神代の技術は全て使えるわけでは無いと聞いている。

だとすると、コマンダーがああ言っていても。

始末してしまうべきではないのだろうか。

少し悩むが、頭を切り換える。

しばらくはバレンツ商会に仕えて、社会に溶け込む。それがフロディアの仕事だ。

商会に戻る。

ルベルトは既に寝ている。本当に女を近づける様子がない。

実直なことだなと思いながら。

フロディアは、自身も休むことにしたのだった。

 

(続)