少年期の終わり

 

序、湖上の遺跡

 

文字通り更地になった湖岸を抜けると、湖上に伸びている構造物に出る。

左右に拡がっているエリプス湖には、既に大量のフィルフサの残骸らしいのが沈んでいた。

蟻と同じような性質を持つ。

それを思い出して、あたしはぞくりと来る。

蟻の中には、はしごになって仲間を渡したり。

体そのものを貯蔵庫にして、蜜を蓄えるようなのがいる。

それと同じように。

水が苦手なフィルフサは、本隊を通すためにこうやって自分を平然と犠牲にするのか。それは自己犠牲を通り越して。

寒気を覚えるような性質だった。

踏み荒らされたからだろう。

遺跡には、もう生物はいない。たまに、粉々になった鎧が散らばっていたが。中に人間の残骸は入っていなかった。

重厚な鎧を着て戦うのはほぼ時代遅れだ。

魔術の火力がある今の時代、鎧は金属製であってもあまり役に立たないのである。皮や木で作った軽いものを使い。武器に重さを回すのが流行だ。それくらい、魔術は色々と発展しているのである。

それが、本当に正しいのかは分からない。

凄い技術で作った鎧だったら、着るメリットがあるのかも知れない。

ただアガーテ姉さんやクラウディアの話を聞く限り、鎧を着込む文化は廃れて等しいようだし。

復興するなら時間は掛かるだろう。

いずれにしても、此処で人間は殺されていない。

それは確定だ。

大量に水の中に沈んでいるフィルフサの死体。そしてそれが水上から見えるくらいである。

要するに、大侵攻が起きたら。

この遺跡を爆破して落とす程度では、止める事は絶対に不可能だと判断して良いだろう。

恐ろしい事だった。

アンペルさんが、急ぐぞと促してくる。

フィルフサは殆ど見かけないか、殺された後だ。リラさんが言った通り、すごい使い手が暴れたのだろう。

残っている僅かなのは、その場で見つけ次第仕留める。

小さいフィルフサなら戦える。

ただし、それでもタフだし、何より良く分からない攻撃を仕掛けてくる。鈍重そうなのが、いきなり針を大量に撃ちだしてきて、かなり焦った。小さいフィルフサ相手でも、油断は出来ないと見て良さそうだ。

「足場が崩れている。 気を付けろ」

「この回廊、普通の建築だと崩れる構造だ……どうやって支えているんだろう」

「ああ、それは古代クリント王国の建築技術だ。 重さを無視して、建築をする技術を奴らは持っていた」

「それはまた、すげえな……」

技術はなと、アンペルさんは吐き捨てた。

まあそれはそうだろう。

あたしも、同じ気持ちだ。

そんな凄い技術がありながら。人間としては、おぞましい程貧しい心の持ち主だったということだ。

崩れそうな足場。

何というか、しゃれた建物だったのだろう。

曲を描いた回廊は。

技術を見せつけるかのようだ。

往事は立派な屋根もついていたのだろう。

それらも、既に苔むして粗末になり果て、或いは壊れて空が見えている。ともかく、暗くなる前に全てを片付けなければならない。

「それにしても驚かされる。 あれだけの大物とやりあった後なのに、全員疲労の欠片も見せていないな」

「まあ、一日中皆で走り回っていましたし」

「自慢する事じゃねえだろ……」

「ライザの健脚はもの凄くって、昔から一日中でも走り回れる程で……僕なんか、ついていくの大変だったんですよ」

タオの心底大変そうな声を聞いて、クラウディアがくすくす笑う。

タオには色々言いたいことがあるが、まあいい。

先に、今は、あたしが健脚である事なんかよりも。もっと大事な事がある。

回廊の最深部につく。

大きな建物だ。足を踏み入れると、アンペルさんが呟いていた。

「間違いない。 聖堂だ」

「聖堂?」

「簡単に言うと、「門」を制御するための仕組みだ。 古代クリント王国では、どうも技術そのものを神格化していた節がある。 そのため、技術の結晶である場所のことを、神聖化していたようなんだ」

「その技術を、どうして建設的に使えなかったんですかね……」

あたしの怒りに対して。

アンペルさんは、淡々と説明してくれる。

構造はクーケン島と同じだと。

他の力を持った人間に勝ちたい。

だったら、もっと力がほしくなる。

派閥を大きくするには金や資源がいる。それでどんどん、やってはいけない事の歯止めが利かなくなる。

凶行を行えばそれだけ力が手に入るならなおさら。

そして、一線を誰かが越えると。

後は雪崩を打って、破滅に向かって行くのだと。

「馬鹿馬鹿しい……とは言えないんだな」

「ああ。 それにこれは、古代クリント王国に限ったことでは無い。 もうその組織そのものは潰れてしまったが、ロテスヴァッサ内部でも錬金術師を集めて似たような事をしていた。 今でこそロテスヴァッサは錬金術に興味を示していないが、もしもプロジェクトが成功していたら、古代クリント王国の二の舞になっていたかもしれないな。 そうなった場合、もう人類に「次」はなかっただろう」

「……」

あたしは、情けない。

人間というのは、どこまでもどうしようもない生物だというのがどうしても分かってしまう。

タオが、みんな来てと叫ぶ。

それで我に返って、奧に。

奥にあったのは、見た事も聞いたこともない代物だ。

空間に、黒い穴が出来ている。その周囲には、小型のフィルフサが何体か屯していた。

物陰に隠れて様子を窺う。

リラさんが、皆に聞こえるように声を絞って言う。

「よし、幸いまだ「空読み」は出て来ていない」

「今いるフィルフサどもを叩き潰せばいいんだな」

「そうだ。 ただし、あれは下見のために出て来ているだけの連中だ。 最下層のフィルフサで、それでもこれだけの数が出て来ている。 もし本格的に大侵攻が始まれば、人類は終わりだぞ」

「ぞっとしないよ……」

タオが分かりやすくぶるっと震えてみせる。

あたしも、正直怖い。

此奴ら、小さくて弱いと言う個体ですら、魔術は効かないし壊しきるまで動き続ける。それに、時々恐ろしい必殺の反撃をして来る。

魔物とは根本的に違う。

しかも死を全く怖れていない。

蟻などもそうらしいのだが、群れ全てで一体の生物という存在と考えていいらしいので。

その異常過ぎる生態も、納得出来る。

人間も群れを作って動く生物だが、それでもそれぞれに自我がある。

異質さは、正直恐ろしかった。

GO。

声が掛かると同時に、全員で仕掛ける。

フィルフサは反応が鈍いと言うよりも、それこそ多少やられても何とも思わないのだろう。

数体が粉々に砕かれるまで、まるでおそれずに向かってくる。

黒い光みたいなのをアンペルさんが放つ。

魔術だろうか。

魔術かも知れないが、それは確かにフィルフサを貫き、動きを一瞬止める。あたしがその間に接近して、蹴りを叩き込んで、構造体を粉砕する。

それにしても、小さくてもまるで岩山を蹴ったような手応えだ。

魔術で身体能力を増幅していなかったら、砕けるのはあたしの足の方だっただろう。

しかも、全体に満遍なくダメージを与えて砕くのには、これは相当な技術がいる。

直接魔術は通じないし。

これはとんでもない化け物だ。

一体を砕いている間に、他の一体が突っ込んでくる。魚に無数の足を生やしたようなやつだ。

防護に割り込んでくれるレントが、その鋭い一撃を塞ぎ抜く。

タオが頭上からハンマーを叩き落とし。

そして、レントが踏み込むと同時に、タックルを浴びせて、砕く。

倒すのではない。

砕くしかない。

前に戦った「将軍」の場合、大きさもある。これでは、まっとうな方法で倒せそうもない。

今も小さい奴を相手に、それぞれが何倍もあるような魔物と交戦するようにして戦っている有様だし。

倒れたように見せかけて、まだまだ平気で動く奴もいる。

リラさんは単騎で数体を瞬く間に片付けているが。

それでも覚えている。

もしも大侵攻が始まったら、リラさんが千人いても足りないと。

敵の物量は、こんなものじゃない。

まだ様子見で、群れの端の端が、ちょこっと出て来ているだけだ。

「駆逐完了」

「よし、皆周囲を見張ってくれ」

「アンペルさん、どうするんですか」

「聖堂は基本的に仕組みがあってな。 それを私は全て覚えている。 修復が出来るかどうか、確認する」

アンペルさんが、周囲を見回して、ぶつぶつと言い始める。

相当に集中しているのだろう。

かなり独り言が大きく。

また口調も荒くなっていた。

「これは経年劣化が原因だな……クリント王国の阿呆どもが、こんな塩水混じりの湖に作れば経年劣化も早いだろうに……本当に自分達の事だけしか考えていやがらなかったんだな畜生が……!」

「アンペルさん、集中するとちょっと怖いね……」

「アンペルは元々無理して落ち着いた雰囲気を作っている。 あれが素だ」

「へ、へえ……」

普段から割とはっちゃけている所もあるのだけれども。

まあ、それはいいか。

無言で周囲を警戒。魔物は影も形もない。

彼方此方で見かける、壊された鎧。壊すやり方も、押し潰して、更に粉々にするような無体なものだ。鎧が金属製だろうが関係無く、拉げている様子からして、力尽くで潰してしまっている。

これは、中に人間が入っていてもいなくても同じだろう。

前に将軍と交戦した時、相手がこっちに興味すら示していなくて本当に助かった。

相手がもし本気だったら。

恐らくひとたまりもなかった筈である。

アンペルさんが、ライザと鋭く呼ぶ。

急いで其方に行くと、話をしてくれる。

「聖堂の修復について、先に話をしておく」

「えっ?」

「ボオスという若造が行った先は、恐らくこの先しか考えられない。 この先に行ったら、生きて帰れる保証は無い。 最悪の場合は、お前がやるんだ」

「は、はいっ!」

聖堂の彼方此方に、朽ちた石材が散らばっている。

それらを新しいものに変える事によって、「門」を閉じることが出来るらしい。

ただし、それは応急処置も応急処置。

その後は、この「聖堂」そのものを修復した方が良い。そうアンペルさんは、どこにどんな石材を置くか、説明しつつ言う。

石材の置き方については覚えた。

信じられないほど巨大な魔術陣地になっているんだ此処は。

それこそ、クーケン島どころか、エリプス湖全てを覆い尽くしかねない。

此処は心臓部に過ぎない。

それを、石などを配置することで、簡単に動かせてしまう。

どうしてこんな脆弱性の塊みたいな代物で、門のような恐怖の塊みたいなものを制御しようとしたのか。

古代クリント王国の錬金術師達には、面罵してやりたくなる。

いずれにしても、やり方は覚えた。

隅の方に、急いで石材を運ぶ。

クラウディアも、優先順位については分かっているのだろう。手伝ってくれる。これはもう、力仕事をするしかない。

二刻ほどかけて、必要な石材を彼方此方から運んでくる。

遺跡の内部は、もう殆ど真っ平らにされていたから。

湖岸に行って、石材を運び込まなければならず。

その間に、数体のフィルフサと交戦し、全てを殲滅しなければならなかった。

日が傾き始める。

ランバーはアガーテ姉さんに保護されただろうか。

いずれにしても、ブルネン家とは連携して動かなければならない。

伝承にある乾きの悪魔。

それは恐らくだけれども。

フィルフサの事だ。

あらゆる全ての状況証拠が、そうだと告げている。

聖堂の前にて、石材を揃え。その後出てくるだろうフィルフサに破壊されないように、脇にどけておく。

また、あたしが建築用に作った接着剤で、彼方此方を補修する。

これについては、何かに役に立つかもと持ってきてはいたのだが。まさか本当に役立つとは思わなかった。

「良い接着剤だ。 今後はもっと使いやすくして、量産しておけ。 錬金術師なら、拠点も自分で作ってこそだ」

「はいっ!」

「また家を建てるのかよ……。 結構大変だったんだぜ」

「でも、確かに今のアトリエは居心地がいいよ。 作るの大変だったけど」

レントとタオが愚痴る。

クラウディアは、その間自分も手伝いをしてくれる。

やっぱり、そろそろクラウディア用の外出着を作るべきだ。絹服だと、戦闘大前提のこの状況だと厳しい。

クラウディアの着ているお洋服、下手をするとクーケン島だと家が何軒も建つレベルだろう。

とはいっても、クラウディアは特別扱いを特に嫌がる。

だから、力仕事するなとか、戦闘では後ろで見ていろとか、そういう事も言えない。

やはり、服も作るしかない。

クロースという布を作る技術が、錬金術にある。

今度それから初めて。

上級の錬金術布を作っていって。

それを服に仕立てるしかなかった。

「よし、このくらいでいいだろう。 優先順位としては最上位のものを片付けた。 ボオスという少年を救出してから、すぐに脱出するぞ」

「分かりました」

「この向こうはお前達がいう異界……我々の言葉でオーリムという場所だ。 恐らくフィルフサで全てが汚染されているとみていい。 全員、気を付けるように。 全方位を警戒しろ。 下も例外では無い」

リラさんに注意を促された後。

アンペルさん、リラさんに続いて、黒い穴に飛び込む。

一瞬だけ、何が何だか分からなかったけれども。

その直後に、おぞましい臭いが満ちていた。

周囲が、代わった。

石造りの聖堂の中から。紫に満ちた、おぞましい大地に。

空も地面も、紫に染まっている。

特に地面は、濃い紫になっていて、そこに点々と見えるのが、灰褐色……いや白を基調とした、色々なくすんだもの。

大きさも様々。

全部フィルフサだろう。

どうやら此処はちょっとした森の中であるらしい。

森といっても、植物とも言えないような代物が僅かに生えていて。

木の残骸が点々としているだけの場所。

小川も存在しない。

彼方此方たまに地形的に川らしい場所もあるが。其処には水は流れていなかった。

「此処は……見覚えがあるぞ!」

「リラさん?」

「此処は聖地の一つであるグリムドルだ。 我々が守っていたリヴドルも蹂躙され尽くしたが、此処もか。 此処は武名高い霊祈氏族が守っていたはずだが……」

「この様子では……もう敗退したか、全滅したか」

アンペルさんが、口惜しそうに言う。

リラさんが武名高いと言うほどのオーレン族だ。どれほどの手練れかも分からない。それでも敗退したのか。

行くぞ。

リラさんが、そう怖い口調で言うと。

全員、無言で頷くしかなかった。

 

1、死の世界死の森

 

足下には、何かの細かい骨。

それが何なのかさえも分からない。古い骨だが、或いは人骨かも知れなかった。

フィルフサが彼方此方を我が物顔にうろつき回っているが。

そのフィルフサの残骸も点々としている。

これが、その霊祈氏族によるものなのか。それとも、蟻のように。役に立たなくなった古い個体がうち捨てられたのかも分からない。

将軍が死んでいた。

あたし達が戦った奴ほどではないけれども、やはり重厚な姿をした奴だ。

リラさんが教えてくれる。

「将軍くらいになると、体内には分かりやすい「核」が出来る。 ただし、それは生物の急所とは別の場所にな」

「頭をブチ抜いても死ななかったって事は……」

「その将軍の核は頭にはなかったのだろうな。 核は強力な魔力吸収能力を持ち、魔術での攻撃は元気にさせるだけだ。 まずは装甲を粉砕して露出させ、必ず物理攻撃で破壊しろ」

「はい。 これをやった人は、一人で将軍を斃したんでしょうか」

リラさんは無言だ。

分からないのだろう。

将軍が寿命で死んだのか、誰かが斃したのか。

レントが手を振って来る。

「来てくれ!」

「どうした!」

「足跡だ!」

思わず、走り出す。

フィルフサの数が多すぎる。周囲全てがフィルフサで、出来るだけ刺激しないように動くしかない。

幸い、フィルフサは探知能力は大した事がない様子で。

余程近寄らない限りは襲いかかってこない。

いや。既に此処はフィルフサの領土で。

それこそ、自分達を脅かす強大な存在でもない限り、どうでも良いのかも知れなかった。

だが、その驕りを後悔させてやる。

あたしは、無茶苦茶に踏みにじられた世界を見て、そう誓う。

古代クリント王国の錬金術師達が、この地獄を造り出した。

それも話に聞く限り、何カ所も、でだ。

其奴らが地獄で今でもしばき倒されていることを祈るしかない。

足跡は、二人分。

一つは、大きさがボオスに一致していた。

「ボオスかも知れない……」

「確かにこれはお前達の世界の人間の靴跡だ。 ボオスの可能性はある。 しかも、かなり新しいぞ」

「みんな!」

クラウディアが叫ぶ。

空から来るのは、なんだかおぞましい動きで飛んでいるフィルフサだ。どうしてあれで浮いているのか。

魔術師の中には、魔力が強力すぎて。魔術をぶっ放す時に浮く奴がいる。

ドラゴンなども、魔術を利用して飛んでいる。

あれもそうなのかも知れないが。

魔力はまったく感じ取れない。

魔力がないのではなく、さっきのリラさんの説明からして、魔力を吸い込んでいるから感じ取れないのかも知れないが。

ともかく、襲ってくる。

鳥のようにも見えるが、そうではないようにも見える。それが、四本もある足で、地面を抉りに来る。

総員が散って、フィルフサが着弾した周囲が爆散する。地面を吹き飛ばした鳥っぽいフィルフサが、全身から鋭い棘を生やす。

かなりの大物だ。

「「見張り」だ! 逃がすな!」

「おうっ!」

「レント、気を付けて! 棘が……!」

「分かってる!」

気合いとともに、その棘そのものを叩きに行くレント。フィルフサは今まで見た中で、将軍に次ぐくらい大きい。

棘が、レントの一撃で傷つくが。全身を揺すって体当たりに来るフィルフサ。動きも巨体の割りに、速い。

タオが冷や汗を掻きながら、棘だらけの鳥の周囲を回って隙を探す。クラウディアが音魔術を展開しようとして、弓矢を構え直した。何か考えがあるのか。

アンペルさんの放った黒い光が、何回かフィルフサを貫く。装甲の合間に穴を穿っているが、何だろうあれは。

魔術が効かないフィルフサ相手に、有効打になっている。

ただ、連射はきかないようだし、何よりも敵にちいさな穴を開けるのがやっとのようだが。

リラさんが仕掛けるが。

その凄まじいクローでの一撃を、フィルフサが横っ飛びにかわす。

とんでもないすばしっこさだ。

だが、それは、作ってくれた好機。

あたしが、レヘルンを投擲。

フィルフサの全身が凍り付く。

だがそれも、内側から一瞬でフィルフサが砕く。それも想定済。その一瞬で、今度はフラムを叩き込む。

熱で体の一部を抉り取る。

この瞬間を待っていた。

レントが斬り込み、脆くなった棘をざっくりと粉砕。更には、レントに体当たりをしようとしたフィルフサの反対から、タオがハンマーで殴りつける。

装甲が、明らかに歪む。

この見張りというフィルフサ、明らかに他とは違う。

高速で動くのもそうだが、タオの攻撃で装甲を抉られると、あからさまに動きを変える。上空に跳び上がろうとするが。

その時、あたしが投擲したルフトが、フィルフサの翼をへし折る。

こっちを見るフィルフサ。

その顔面に、クラウディアが放った魔術矢が炸裂。

勿論効かないが、視界を一瞬だけ塞ぐことには成功していた。

「はあっ!」

リラさんが上空に躍り出ていた。

あたしも、態勢を低くして。そのまま地面を蹴ると、全身弾丸になって躍り出る。

そして、リラさんが真上から切りおとすのと交錯するようにして、

フィルフサの土手っ腹を、蹴りで撃ち抜いていた。

装甲が、両断され。更には吹っ飛ぶ。

あたしとリラさんが着地すると、ぐらりと傾いたフィルフサ。振り返ると、見える。禍々しい赤いコアが。

レントが、気合いとともに切り裂く。

同時に、ばつんと。

恐ろしい音がして、フィルフサが動きを止めていた。

呼吸を整える。

こんなのが、わんさかいるのか。

「ライザ、薬を!」

「分かっています!」

すぐに荷車に走って、先に出しておいた薬をレントとタオに。二人が最前衛を務めてくれていた。

リラさんにも渡す。

リラさんも頷くと、戦闘で擦った傷に、薬を塗り込んでいた。呼吸を整えると、すぐに移動を開始する。

「リラさん、あのフィルフサは……」

「見張りといってな。 上空から敵対する存在を探して、自分で潰す。 もしも手に負えない場合は、将軍などの上位存在に知らせる」

「ひえっ……あれでもまだ下っ端なの!?」

「将軍麾下に普通は三十体ほどが存在している。 この周囲の群れは見た所非常に大きいから、或いはその倍はいるかも知れないな。 聖地を踏み荒らすどころか、繁殖地にするとは……!」

リラさんが完全にブチ切れている。

確かに、故郷をこんなにされたら、許せないと思うのも当然だろう。

なお、この辺りの空は、昔は青く美しかったという。

空が紫に染まっているのをみると。

その言葉は、とにかくもの悲しく聞こえた。

レントが手を振って来る。

今の戦闘で踏み荒らされたが、それでも足跡が残っているという。急いでその場を離れる。

将軍に比べると小物だろうが。

今まで戦った雑魚フィルフサとは別物だと、あたしにも即座に分かる程の相手だった。

そんなのが潰されたのだ。

フィルフサも、もう加減はしてくれない可能性が高かった。

 

空気が良くない。

時々クラウディアが、辛そうにしている。

こればかりは、どうにもならない。

異界に攻めこむ時は、新鮮な空気を出す道具でも必要になるかも知れなかった。

数度の戦闘を経て、跡を追う。

何度か小規模な群れが仕掛けて来たが、どれも巡回しているちいさなフィルフサの群れに過ぎず。

はっきりいって、大した相手ではなかった。

ただ、見張りが何度か上空を通過した。その時には、すぐに身を隠すしかない。

木もなにもないから、そういうときは物陰にいくしかなく。

或いは川だったらしい側溝や。

岩陰などに、分散して隠れるしかなかった。

「索敵能力はそれほど高く無さそうだな」

「彼奴らが探しているのは、恐らくはオーレン族だ」

「そうなのかリラさん」

「ああ。 フィルフサにもっとも頑強に抵抗してきたのが我々だからな。 こうやって水が奪われなければ、普段はフィルフサを抑え込む事さえ出来ていた。 フィルフサにしてみれば、警戒するべき相手なのだろう」

そうか。こんな化け物相手に、ずっと戦い続けて来たんだな。

無言で足跡を追う。

やがて、大きな気配が現れる。

それは、幸いフィルフサではなかった。

フードを被った、女性らしい。

前髪で目元を隠していて、フードで全身を隠している。フードは何かの動物の皮製とみた。恐らく外の人間ではないだろう。

リラさんが挨拶をする。

オーレン族式の挨拶であるらしい。

手を胸の前で交錯して、それで名乗る。

「白牙氏族のリラ=ディザイアスだ。 続いている者達は、外でフィルフサと交戦している者達で、クリント王国の関係者では無い」

「霊祈氏族のキロ=シャイナスよ。 勇名高き白牙氏族の戦士に会えるのは光栄だわ。 それに白牙の戦士が認めたのなら信頼出来る者達でしょう」

「此方こそ、霊祈氏族の戦士に出会えるとは運が良い。 貴方は近衛か」

「その言葉も既に虚しいわ。 もう霊祈氏族で、この地に残ったのは私だけよ」

そうか。

オーレン族と異界で出会えただけよしとするべきだろう。

周囲はフィルフサに平らにされている。出来るだけ、急いで移動をした方が良いだろう。

あたし達はそれぞれに名乗ると。

最後にあたしが聞く。

「ボオスって人間を知りませんか」

「知っているわ。 少し前に保護したのよ」

「おおっ!」

「良かった……!」

クラウディアが、一番嬉しそうに胸をなで下ろす。

素直に嬉しそうにするレント。

あんなにぶん殴ってやるとか言っていたのに。

タオが、奇蹟だと呟く

それについては、あたしも同感だった。

「少し前から、フィルフサが侵攻……いやこの規模からして大侵攻でしょうね。 その気配を見せていたから、調べていたの。 そうしたら、クリント王国の者達が作った「門」が開いていた。 偵察がてらに外の様子を確認して、それで襲われている所を見つけたのよ」

「ボオスは無事なんですか!?」

「ええ。 ただ、本人は死にたがっていたようだったけれど」

「あの馬鹿……!」

あたしは唇を噛む。

だけれども、ボオスを追い詰めたのが自分だと言う事も分かっている。

だから、どうやって接したらいいのか、分からない。

「ボオス君は怪我とかはしていませんか?」

「細かい手傷は少し受けていたけれど、命に別状は無いわ。 既に調合した薬草も効いている筈よ」

「良かった……」

「ただ、この聖地の有様は……」

リラさんが呻く。

クリント王国の錬金術師は、異界で資源採掘のために水を奪った。それでフィルフサが大繁殖した。

それは聞いている。

此処も、同じと言う事なのだろう。

キロさんに申し訳が立たない。

そう目を伏せると、キロさんは静かに言う。

「いいのよ。 貴方たちはクリント王国の錬金術師ではない。 同じ過ちを繰り返さなければ、それで」

「ただ、現実問題として、このままでは門を閉じたところで対処療法にしかならないという事もある」

アンペルさんが、助け船を出してくれた。

少なくとも、此処に水を取り戻す方法を探さないと、と。

程なくして、洞窟のような場所に出た。

此処は、霊祈氏族が最後に立てこもった場所の一つだという。フィルフサの大軍を、此処でどうにか防ぎ続けたのだそうだ。

地形を無視して何もかも蹂躙するフィルフサは、この洞窟の地形すらも変えたそうで。

最終的には、キロさんだけしか生き残れなかったそうである。

酷い話だ。

人間同士も、昔は軍隊というので戦争というのをしていたらしい。

タオに将軍という言葉について確認したとき、話は聞いた。

だが、それにしても、これはあんまりだろう。

絶滅するまで殺し合うなんて、いくら何でも。

畜生と言うのはそういうものなのかも知れないが。そういう事をしていて、滅びないのだろうか。

自分以外の全てを滅ぼしてしまえば、後に待っているのは自身の滅びだけなのに。

フィルフサとはなんだ。

こんな生物が、本当に自然発生するものなのだろうか。

蟻ですら、もう少し色々と違う生態を持っている。

フィルフサは色々と異常すぎる。

あたしには、それが疑問でならなかった。

洞窟の奧には、墓。

それに、生活するための区画があった。

クラウディアが、手伝うというので、キロさんが何処に何があるというような説明をする。

茶をてきぱきと淹れ始めるクラウディア。

持ち込んだ荷車に、茶葉があるのだ。

良い香りがする。

「おくちにあうかは分かりませんが……」

「オーレン族の味覚はあまりお前達と代わらない。 心配はしなくても大丈夫だ、クラウディア」

「ありがとうございます、リラさん」

その間にあたしは湯沸かしをする。

温度についても、お茶に丁度良いものを既に肌であたしは理解している。

伊達に風呂を沸かして回って、それで小遣いを稼いでいたわけではない。

だいたいどのくらいの温度にすればいいかは、全身に染みついているのだ。

茶を沸かすと、クラウディアが皆に振る舞う。

茶器はそれほど良いものがなかったが、それでも人心地ついた。

キロさんも、美味しいと言っている。そう聞くと、あたしのことのように誇らしかった。

少し休憩して、人心地つく。とにかくこのオーリムという異界に来てから、気が気ではなかったのだ。

キロさんが、ボオスを呼んでくると言って、その場を離れる。

恐らくだが。話す時間をくれたのだろう。

クラウディアが、咳払いをする。

茶を飲んで。安全な場所に来て。そしてボオスが来るまでに時間が出来た。

あたしの前で、クラウディアはばんと机を……木から切り出したらしい豪快なの造りのものを叩いていた。

「ボオス君と何があったのか、話して。 此処まで拗らせたのも、それが原因なんでしょう」

「クラウディア、怖い」

「本当だったら、こんな事にはならなかった筈よタオ君。 タオ君だって、無駄にボオス君と衝突する事はなかったでしょう」

「そ、それはそうだけど……」

タオが俯く。

レントが視線を向けてくる。

話すのは任せる。そういう表情だった。

ため息をつくと、あたしは話す。

もう、八年も前の話だ。

 

あれは、アガーテ姉さんが王都から戻って来た直後だったか、あたし達はボオスも加えて、悪ガキ四人組だった。

クーケン島から出ることは許されていなかったから主に活動の場は旧市街の水没地域だったが。

それでも、毎日冒険に明け暮れていた。

「あたし達四人はずっと仲良しでね。 あの日まで、それは同じだったんだ。 だけれどね、その日あたしは、ドジふんでさ」

完全に水没している旧市街の南と違って、東は半分水没している、くらいの土地が多い。そこで、その辺りを探検して、色々探すのが楽しかった。珍しいものを見つければタオがうれしがるし。

小さい魔物がいれば、みんなでやっつけて。レントが戦闘訓練が積めて嬉しいと言ったっけ。

ボオスはその頃からちょっと引いて見ている感触があって。

それでも、冒険を一緒にするのは悪く無さそうだった。

ボオスがあたし達と連むようになった切っ掛けは覚えていないけれども。それでも、あの日までは仲良しだったのだ。

その日、あたし達はいつもの水没地区に出向いて。

あたしがドジを踏んだ。

何が原因かはわからないが。ともかく落ちた。

水泳は昔から出来た。

だけれども、服を着るだけであんなに水が、体が重くなるとは知らなかった。最初笑っていたレントも、すぐにあたしの様子を見て、ただ事じゃないと理解した。

レントとタオが引っ張る。

当時はレントもそれほど体格が良くなかった。タオなんて、あたしより頭一つ小さかった。

ボオスが、逃げていくのが見えた。

水に体を掴まれて、離してくれない。

それだけじゃない。

全身が冷たくて、まるで、死がその場で纏わり付いているようで。

着衣泳を知らなかったあたしは、完全にパニックになって、悲鳴を上げて。

そして気付いた。

普段は全く此方に興味を示さない連中が、動き出したことを。

全身が痛い。

魚が噛みついて来る。

そう、餌が落ちてきたと思って。魚が襲いかかってきたのだ。

魔物の残骸を湖に捨てると群がってくる魚たち。あれがどれだけ恐ろしい代物か、身を以て知る事になった。

痛い痛い。

叫んでいるあたし。

血が拡がっていく中、どぼんと体が沈みかける。

そして、見てしまう。

向こうから、大口を開けてやってくる巨大な魔物。水場は、こんなに恐ろしかったのか。なれていて、すっかり知らなかった。

それを思い知らされたあたしは。恐怖で失神しかけた。

がっと、襲いかかってくる巨大な魚。

人間を小細工無しで殺せる動物を魔物と定義するから。それは間違いなく魔物。

一噛みで、あたしなんてバラバラにされる所だった。

一瞬早く。

何かが飛び込んだのが分かって。

それで、あたしは恐怖と痛みで気を失った。

「目を覚ますと、ウラノスさんが怒鳴ってて、それで周囲に護り手がたくさんいてさ、アガーテ姉さんが、水浸しで、剣を振るって水を落としてた。 アガーテ姉さんが飛び込んで、衝撃波で魚を全滅させて、魔物も水中だっていうのに一刀両断したんだよ」

「……」

「レントがボオスと口論しているのがぼんやり見えた。 どうして逃げたんだよ。 そう言うレントに、ボオスが大人を呼びに行ったんだって叫び返してた。 タオはおろおろして、泣くだけ。 あたしはそれから、水場には絶対に冒険しにいかなくなった。 全身の傷が治るまで三ヶ月もかかって、指とかなくなりかけたからね」

左手を見せる。

普段はグローブをしているが、左手の小指は大きな痣が今でも出来ている。

肉食の魚についばまれた跡だ。あの時、骨まで露出していたのである。

それから、着衣泳をアガーテ姉さんに叩き込まれた。一応、理屈では出来るようになったけれども。

エリプス湖では、絶対にやりたくない。

水場にも、出来るだけ近付きたくない。

それが今のあたしのトラウマ。

それから、ずっとボオスとは疎遠になった。レントとの口論が原因じゃない。

あの時、ボオスが一緒に引っ張っていたら、迅速に助かったかも知れない。それがずっと心に残った。

でも、ボオスも正しかったことはあたしには分かる。

どっちも、子供だったのだ。

アガーテ姉さんの勇敢な行動がなければ、あたしどころか引っ張っていたレントやタオまで魔物に喰われていたかも知れない。

いずれにしても、それから明確な壁が出来た。

ボオスは孤独になった。

ランバーを取り巻きとして側に置くようになったのは、二年か三年くらい前からだ。

それまでは、多少お高くとまってるけど、良い奴という評価だったボオスは。

嫌な奴に、明確に代わった。

あたしを見捨てた。

それが、悪い意味で田舎であっと言う間に広まったのだ。ボオスも、それに対して、一歩も引けなかったのだろう。

「そう……」

クラウディアが悲しそうにまつげを伏せた。

アンペルさんやリラさんは、笑う事はしなかった。

子供のぶつかり合い。

それからの意固地な意地の張り合い。

そうやって笑うのは簡単かも知れないが。

あたしは全身を魚に食われ掛けて。魔物に食い千切られ掛けて。もう少し遅れていれば多分骨になっていた。

今でも幾つか、傷が残っている。

それを思うと、どうしても忸怩たるものはある。

「ライザの言い分は分かった。 でも、ボオス君の言い分も正しいよ」

「分かってる。 それは分かってるけれど……どうしても素直になれなかった」

「駄目だな俺たち。 やっぱりまだガキだ」

「僕はあの時、本当に役に立たなかった。 だから、それからずっとボオスなりのやり方で発破を掛けられていたんだろうね」

咳払いするクラウディア。

そして、いつもの温厚で心優しい彼女とは思えない、厳しい口調で言うのだった。

「ライザらしくないよ! 悪い事を許せなくて、いつも真っ先に進んで、みんなを引っ張って、それで私も深窓から連れ出してくれたのに! 今は子供じゃなくなって、もう自分も悪かった事にも気付いてる! だったらもう仲直りしようよ!」

「……そう、だね」

「クラウディアがそんな風に怒るんだな。 でも、俺たちを認めてくれたから、そんな風に怒ってくれているんだな」

「確かに、僕も色々悪かった。 反省してる」

リラさんが、咳払い。

皆が顔を上げると、其処には。

完全に青ざめて、キロさんにつれられ。そして苦虫を噛み潰したような表情のボオスが立っていた。

「ボオス!」

「……俺も悪かった。 確かにあの時、最善手を選んだのは事実だ。 それを認めない皆に認められない事が頭に来た。 だけれども、確かにライザを一緒に引っ張って、それで迅速に解決するかも知れなかった。 その可能性をずっと否定して、自分が正しい事に固執してきた。 その結果意固地になって、愚かな事をずっと続けて来た。 ランバーが命を張って俺を助けてくれた時、俺がどれだけ周囲に助けられていたのか理解出来た。 本当に……すまなかった」

この時。

すっと、ずっと長い間。

この四人の中で、作られてきた。

呪い。

心に生じるもの。呪詛にちかいもの。

その呪いが、砕けるのが分かった。

 

2、聖旋

 

情報を共有する。

キロさんから語られる。この土地で、クリント王国が何をしたか。その話を聞いて、あたしは義憤に目の前が真っ赤になりそうになった。

許せない。

その場にクリント王国の錬金術師がいたら、生かしておくか自信が持てない。

それにだ。

キロさんの話によると、クリント王国の人間は多数の奴隷を使っていて。

奴隷をフィルフサが水がなくなった事により大増殖した後は真っ先に見捨てて逃げたのだと言う。

奴隷なんて使っている時点で大問題なのに。

しかも、最悪の場合は真っ先に見捨てて逃げる、か。

人間が今の何十倍もいて、技術も文明も発達していた国家だったとしても。

とてもではないが、許せる国家ではなかった。

その国家は、潰れてしまって当然だったのだと思う。

ふつふつとわき上がる怒りが、一段落すると。

あたしは頬を叩く。

アンペルさんが、抑えろと視線を向けてきている。

今、怒りをぶつける相手はいない。

今怒るべきではない。

今は、怒りを蓄えて。

怒るべき相手は、別にいて。そいつにこの怒りを、叩き付けるべきだった。

共存の証として作られたとか言う石碑も見に行く。

最初、クリント王国の者達は、言葉巧みに此処……グリムドルというそうだが。オーレン族の聖地にて長広舌を振るい、友好的に接してきたという。

その頃はまだこの辺りは美しい自然と青い空が残っていて。

オーレン族もフィルフサを押さえ込めていたから、そこまでの危険な相手だとは認識していなかったのだろう。

水を奪われて、初めて騙されたことに気付いたが。

その時にはクリント王国の者達は、圧倒的な大多数になっていて。この土地を手当たり次第にあらし尽くし。

挙げ句の果てに、オーレン族の食べ物に毒まで入れたそうだが。

ただ、本来はフィルフサが減る雨期で、逆にフィルフサが大繁殖した事もあって。

クリント王国の人間は蹂躙され。

そのままの勢いで、フィルフサは此方の世界。

あたし達の世界にまで侵攻してきた、ということだ。

馬鹿馬鹿しくて、溜息しか出ない。

本当にどこまで愚かになれば気が済むのだろうと思う。

キロさんはあくまで静かで、とても大人の女性に見えるが。オーレン族だ。人間とは違っているだろう。

何を考えているかは分からない。

少し前に聞いたのだが、リラさんも人間に分かりやすいようにある程度感情をコントロールして見せているという話だ。

つまるところ、今まで人間と接してこなかったキロさんは。

人間にわかりにくいだけで。

今過去の事を話して、ハラワタが煮えくりかえっていたのかも知れないし。

もしそうだとしても、責める事も、ましてや責任逃れもできなかった。

「先に言っておくけれど、貴方たちが謝る必要はないわ。 貴方たちは二十世代以上もクリント王国の時代から後の人間。 それにボオスから聞いたわ。 クリント王国は既に伝承の彼方にあり、錬金術師すら希になっているそうね」

「はい……」

「それならば、もはや関係もない。 ボオスも奴隷制度の話を聞いたときは顔色を変えていたということは、あの悪しき集団はもう生きていないと言う事。 それで私には充分よ」

フードで顔を隠しているキロさんは、寂しそうに笑う。

本当に凄い人だ。

好きかってしたクリント王国の人間の子孫だって、本来だったら根絶やしにしないと気が済まないと言い出してもおかしくないのに。

こんな人ばかりだったら。

此方の世界は、何倍も暮らしやすくなっただろうし。

王都で井戸の中のカエル達が、偉そうにすることも。

アンペルさんがそれに巻き込まれて、錬金術が出来なくなることもなかっただろうに。

そう思うと、本当に悔しかった。

アンペルさんが咳払いする。

「過去の話は理解出来た。 この土地を一人で護り続けた偉大なる戦士キロ殿、この土地の状況の説明を願いたい」

「いいわ。 私の知る限りの事を話しましょう」

「この土地にいるフィルフサの群れの規模と、王種について分かるか」

王種。

将軍の上にいるという奴か。

フィルフサの中でも最強の戦闘力を持ち、オーレン族の精鋭が束になっても勝てるか怪しいと言う。

リラさんも、存在は知っているが、それだけだそうだ。

将軍級ですら、オーレン族の手練れが複数掛かりで倒せるかどうか、という相手らしいから。

それは無理もないのだろう。

「現時点で将軍が67、その麾下のフィルフサも一軍団ごとにおよそ二万。 それも戦闘タイプのフィルフサだけで、ね」

「67! 2万!」

「ちょっとまて、それって……」

「今まで僕達が蹴散らして来たフィルフサは戦闘タイプじゃなくて諜報タイプだって聞いてる。 つまりあれより強いのが、130万はいるってことだよ」

タオが即座に計算する。

それを聞いて、その場のキロさん以外の全員が戦慄する。

確かにそんなのがあふれ出したら、乾期が終わるまでにロテスヴァッサは終わりだ。文字通り世界が踏みつぶされ尽くすだろう。

戦慄しているあたし達に、更にキロさんは告げる。

「そして王種は恐らくは「蝕みの女王」よ」

「なんだって!」

「間違いないわ。 一度将軍を潰して群れの一部を瓦解させたときに、遠くから見たから。 一対の鎌を持つ姿、他の王種とは違う隔絶した戦闘力が遠くからでも分かった。 リヴドルを滅ぼしてから、此方に侵攻してきたのでしょうね。 この辺りにいた群れは、クリント王国の時代に隣の世界に……貴方たちの世界に丸ごと侵攻して、そのまま帰って来なかった。 その後は複数の群れが割拠していたのだけれど、数十年前に「蝕みの女王」の群れが来てからは、それらの群れを統合し、私達も防戦一方になったわ」

そうか、それなら話も納得が行く。

リラさんの故郷を滅ぼした超級のフィルフサ、「蝕みの女王」。

それが更に複数の群れを従えているとなると。

確かにおぞましい規模にも納得である。

「まさか、王種も複数いるのですか」

「いや、どういうわけかフィルフサは同種で全く争うことをしないようでね。 群れの一部を割譲して、王種はさっさとこの土地から離れたようだったわ」

「それは良かった……。 仮に王種が複数いたら、天地が裂けても現状の戦力では倒す事は不可能だっただろう」

「……」

アンペルさんが胸をなで下ろす。

そして、黙り込んでいる皆を見回した。

「今まで私とリラは、「門」を閉じる対処療法しか出来なかった。 悔しいがな。 しかし、今私を超える成長を見せているライザがいる上に、此処で踏ん張っているオーレン族……それも今まで一人で耐え抜いてきたキロ殿がいる。 連携すれば、この土地をフィルフサから取り戻す事が出来るかも知れない」

「なんですって……」

「キロ、心が初めて揺れたな」

「ええ。 もしもそれが出来たなら……今まで死んで行った霊祈氏族の皆も、安らかに眠る事が出来るわ」

アンペルさんが、順番に説明する。

まずは水だ。

「クリント王国は、リラの故郷……リヴドルからも水を奪ったと聞いている。 此処でも同じ事をしたとなると、恐らく錬金術で何かをした可能性が高い」

「それについては、俺に心当たりがある」

「ボオス!?」

「俺の何代か前の先祖……バルバトスがどこからともなく水を持ち込んだんだ。 以降、俺たちはそれを管理して、島の支配者になった。 バルバトスは禁足地に足を踏み入れたと聞く。 何があったかは分からないが、そこで何かを見つけ、持ち帰ったんだろう」

これは、追い風だ。

それにモリッツさんが焦るのもよく分かった。

それは確かに焦る筈だ。

リラさんが詳しく聞かせろと言うが、アンペルさんが抑えろと言う。

不満そうにするリラさんだが。

此処で話の腰を折るわけにはいかなかった。

「よし、水の問題は何とかなるかも知れない。 まず順番としては、この地に水を戻す。 フィルフサの群れは、それだけで致命的な打撃を受ける。 だが、極めて強力な王種である「蝕みの女王」がいる。 群れの混乱に乗じて、奴を葬る」

「おおっ!」

「フィルフサに対して、我等オーレンの民は、氏族問わずにずっと防戦を強いられてきたのだ。 私の先祖の代からな。 まさか、反撃の嚆矢を撃ち込むことが出来るというのか」

「ああ。 キロ殿は気にするなというが、この土地を破壊し尽くした者達の分も、我等がやらなければならない」

あたしを見るアンペルさん。

勿論、あたしも同じ思いだ。

「やろうみんな!」

「おう! フィルフサの群れを押し流してやるなんて、爽快極まりないだろうな!」

「確かにどれだけ戦術を駆使しても、百万を超える群れをどうにかするなんて、完全に無理だ。 戦略の段階で、敵を倒すのが此処は最善だと思う」

「ふふ、活路が見えてきたね」

クラウディアも嬉しそうである。

咳払い。

アンペルさんは、まだやる事があると言う。

「その前に、時間を稼ぐ必要がある」

「アンペルさん、聞かせてください」

「ああ。 フィルフサは王種が統率しているが、群れを統率しているのは基本的に将軍なんだ。 恐らくだが、この近辺に将軍がいる。 そいつを倒せば、大侵攻までの時間を稼ぐことが可能だ」

「あのライザのフルパワーの魔術を余裕で耐え抜いた将軍に勝てるのかよ!」

レントが驚く。

まああの場にはレントもいたのだ。

あたしの全力詠唱魔術で小揺るぎもしなかった上に、頭を撃ち抜かれても効いている様子もなかったフィルフサの将軍。

それを倒せるのとなれば、昂奮するのも道理である。リラさんが、付け加えてくれる。

「恐らくその将軍は、「蝕みの女王」直下の最強個体だろう。 この場で侵攻の準備をしている将軍は、違う個体と見て良い。 フィルフサは役割をそれぞれ分担して動く生物だ。 大物見をする将軍と、侵攻部隊の指揮を執る前衛の将軍は、別個体だろうな」

「ならば勝ち目があるんですね」

「恐らくな」

皆でキロさんを見る。

キロさんは少し考え込んでから、頷いていた。

「確かに私も、このグリムドルを取り戻したい。 そのための時間稼ぎであるというのなら、体を張りましょう」

「キロさん!」

「ありがとうございます! 将軍の居場所に心当たりはありますか」

「……奴なら、すぐ近くにいるわ。 私が雑魚ばかり駆逐している事を知っているから、どうでもいいと思っているのでしょうね」

そうか、ならばなおさら追い風だ。

話を聞く限り、キロさんの実力はリラさん以上。それだったら、実に頼りになる。

ボオスに視線をやる。

頷く。もう動く事は出来る、ということだ。

クラウディアが立ち上がった。そして、深呼吸する。

「あの、聞いてほしいの」

「どうしたクラウディア」

「……私、勇気がほしくて、ライザと一緒に行くことを選びました。 ライザの前では、勇気を出す事が出来ました。 今、此処で。 こんな素敵な人達の前でなら、もうちょっと勇気を出せると思います」

ケースから、フルートを取りだすクラウディア。

クラウディアは。

ルベルトさんの前で、フルートを吹くのが目標だと言っていた。

これは、邪魔してはいけないだろう。

だから、クラウディアが。勇気を振り絞るのを、あたしは見守る。

クラウディアが、フルートを吹き始める。

前に聞いたとても優しい曲だ。

こう言うときは、気が昂ぶるものだが。

クラウディアは特にそういう事もなく、落ち着いて笛を奏でている。それどころか、以前よりも更に魔力が上がっているか、これは。

目を細めて聞き入るリラさんとキロさん。

二人が立ち上がると、歌い始める。

そうか、オーレン族にも歌はあるんだ。

確かに、人間と違っても、違う文化を持っていても不思議では無い。姿もとても似ているのだから。

澄んだ歌声だ。

リラさんはどちらかというと低い声だし。キロさんも、落ち着いた声だったが。

こんなに美しい澄んだ声を、出す事も出来るんだ。

そう思うと、凄く感動させられる。

クラウディアの、森の中の小川のせせらぎを思わせる演奏が終わると。

皆が拍手した。

「すごいよクラウディア!」

「ああ、名人の演奏って感じだ!」

「たまにくる下手な吟遊詩人なんかよりずっと上手だったよ!」

レントとタオが、あたしに続いて絶賛する。

クラウディアは、恥ずかしそうにした。

アンペルさんは何も言わない。

リラさんとキロさんは、歌い終えると、静かに皆を見回した。

「まさか、人間からこれだけ純粋な音を聞けると思わなかった」

「ええ。 まるで一瞬だけでも、此処に穏やかだった頃の聖地が戻って来たかのようだったわ」

「……」

ボオスが俯く。

だが、顔を上げていた。

勿論、この作戦は戦力で劣る上に、怪我をしたばかりのボオスにも参戦してもらう。

これが、禊ぎになる筈だ。

アンペルさんが、さっそく地図を書き始める。

作戦を、タオと練り始めていた。

 

クラウディアが奏でたフルートで、皆が少なからずリラックスしたのは確かだった。

作戦はすぐに決まる。

洞窟から出ると、キロさんが頷く。どうやらこの辺りに展開しているフィルフサは変動無し。

将軍はその強さから、殆ど護衛を置いていないらしい。

キロさんは、皆に言う。

「私が雑魚を引きつける。 護衛軍はリラ=ディザイアス。 白牙の貴方に任せるわ」

「ああ。 アンペルも私と同じ作戦に出る」

「ボオス、事前の作戦通りに頼むわよ」

「ああ、任せておけ」

ボオスには、あたし手製の爆弾を渡した。使い方も既に説明してある。

すぐにボオスは把握した。後は、使うだけだ。

洞窟から出て、丘に上がると、見える。

よりドス黒い灰褐色の装甲をした将軍だ。あいつが、恐らくさっき話題になった、この辺りのフィルフサをまとめている元締め。

そしてフィルフサは、統率を失うとバラバラになる。

これは文字通りの意味らしく、殆どの個体はその場で崩れてしまうそうだ。だとすれば、将軍の強さも納得である。簡単に倒されたら、それこそ集中狙いで潰されてしまうのだろうから。

オーレン族が苦戦し続けた相手だ。

これだけの好条件が揃っても、簡単にはやれないという事である。

将軍相手の大一番。

絶対にし損じる訳にはいかない。

あたしは頬を叩く。

そして、態勢を低くした。

体が心なしか軽いし、全身が昂奮でほてっている。クラウディアがそうであるように、あたしも一皮剥けたかも知れない。

雑多なフィルフサの群れが、蠢いている中に。

キロさんが、まずは先陣を切った。

「いくわ。 敵の乱れを見逃さないで」

「おうっ!」

全員が、それに続く。

ちょっとまて。キロさん、非常識なほどの速度だ。本当にこれは、生き物が出している速度なのか。

キロさんは、リラさんでも鈍足に見える程の速度で、文字通り敵に踊り込む。この速さ、魔力を身体強化に全振りしている人間の戦士なんかでは、及びもつかない。少なくとも、あたしが見た事がない次元だ。

リラさんが竜巻だとすれば、キロさんは雷だ。

それも、何もかも破壊し尽くす、空の怒り。

キロさんが、たちまちにして雑魚を巻き込み、群れごと粉々にしていく。何をしているか、早すぎて分からないが。

ただキロさんにも、体力的な限界があると聞く。

戦闘を、もたつかせる訳にはいかなかった。

上空から来る「見張り」。それも複数。

多数の針が飛んでくる。

あたしが、それを爆弾で相殺。ルフトで無理矢理弾き散らす。その風に乗って、リラさんが跳ぶ。

いや、もはや飛ぶの領域だ。

見張りの一体に乗り込むと、背中にクローを叩き込む。

空中で、見張りが入り乱れての激しい戦闘が開始される中、上空にアンペルさんがあの黒い光を放つ。

見張りの一体が、高高度で翼を切りおとされ、きりきり舞いしながら落ちてくる。それで、フィルフサの群れが少なからず混乱する。

走る。

ひたすらに、混乱の中を走り抜ける。

あたし達は、全て任された。

いずれにしても、将軍を倒せなければ。話にならないのだ。

戦い方は分かっている。とにかく装甲を大規模に破壊して、中にあるコアに物理攻撃を叩き込む。

普通の魔術はフィルフサにとってはただの餌だ。

恐らくだけれども。

あの何をしても効かない有様からして、装甲の全てから魔力を吸収していたという事なのだろう。

そして、あたしの魔力を全て飲み干しても余裕というレベルのキャパが、将軍にはあるということだ。

だったら、それはそれとして。

戦い方は別にある。

あたしの爆弾も、あの時とは火力が違う。ドラゴン戦を想定して強化し。そしてあの時の雪辱も考慮して改良を重ねてきた。

今度は、以前と違うことを見せてやる。

前に、尻尾のある奴が躍り出てくるが。

ボオスが投擲した爆弾が、炸裂。其奴が怯んだ隙に、四人で一気に走り抜ける。追いすがろうとした其奴には、キロさんが躍りかかると。

瞬時に細切れにしてしまった。

あの人は徒手空拳だと思うのだが。

流石にこの土地で、ずっとフィルフサとやり合い続けただけのことはある。最後の、最強の戦士だ。

しかし体力の問題もある。

あまり長い事、時間は掛けられない。

「見えたよ!」

タオが叫ぶ。

着地したリラさんが、将軍の周りにいるフィルフサに襲いかかる。どうやら見張り全てを撃墜してきたらしい。手傷を受けているが、まるで気にもしていないのは、まさに戦士そのものだ。

それにアンペルさんが続く。

瞬く間に苛烈な戦闘が開始される中。

あたし達四人は。

フィルフサの将軍と相対していた。

やっぱり違う。

小妖精の森の中で遭遇した将軍とは、別の個体だ。だが、プレッシャーの凄まじさも確かである。

他のフィルフサとはものが違う。

それも確実である事がよく分かった。

時間は、それほどない。

短時間で此奴を仕留めなければならないのは骨だが、それでもやるしかない。二万からなる群れの真ん中に飛び込んだのだ。

勿論密度は薄いが、それでも時間を掛ければ、キロさんやリラさんアンペルさんでも処理出来ない数が来るし、ボオスの陽動も意味を為さなくなる。

また後方で爆弾が炸裂する音がした。

あたしは杖をフィルフサの将軍に向ける。

四足で、重厚な虫のような形をしていて。頭に角を生やして。背中に宝石のような結晶を持つ其奴は。

どうやら、あたし達を敵と見なしたようだった。

文字通り、大気を揺るがす雄叫びが、こっちに圧を加えてくる。

恐らくだが、戦闘タイプのフィルフサ全てを集結させようとしている意図もあるはずだ。

周囲はリラさんとアンペルさん、キロさんが全力で暴れていて。文字通り、一種の空白地帯になっている。

それを、無駄には出来ない。

「行くよ、みんなっ!」

「おう、やってやらあっ!」

「無茶だけどやるしかないか……」

「支援は……任せて!」

将軍が、上半身を持ち上げ。そして、此方に突進してくる。

そのプレッシャーは。

正直、古城で戦った、ドラゴンを凌いでいた。

 

3、激戦常闇の将軍

 

他のフィルフサとは速さも重さも全てが違う。

レントが前に出ると、全力でその突撃を受け止めるが、即座にずり下がる。レントの怪力でも通じないか。体格そのものは、城のドラゴンより小柄なくらいなのに。

「ぐっ、重いっ!」

「力で対抗するのは厳しそうだね……!」

「分かった、外すぞっ!」

レントが、突撃から外れて、横っ飛びに逃れる。

将軍の背中が展開すると、何かが上空に射出される。針が降り注いでくるかと思ったが、違う。

上空に展開したそれらは、空気を振るわせ始めた。

まずい。

あれは呪文詠唱だ。

だが、冷静にクラウディアが動く。

上空に向けて、矢を放つと同時に。その多数いるのが、一瞬動きを止める。撃ち抜くまでにはいたらなかったが。

将軍が向き直ると同時に、タオが横っ腹にハンマーの一撃を叩き込む。

凄い音がしたが、将軍は小揺るぎもしない。

レントも斬り付けるが、将軍は角で弾いて見せた。

前に交戦した奴よりも、アグレッシブだ。

あたしはその間にタオの逆側に回り込むと、そのまま爆弾を投擲。

強化型のレヘルンで、一気に勝負を掛けに行く。

炸裂。

将軍の全身が、瞬時に凍結。しかもドラゴンを仕留めたときの強化改良型だ。つららで押し潰すようにした、ということだ。

だが、これで倒せる程甘くは無いだろう。

ぐっと、文字通り無理矢理態勢を立て直す将軍。

体を反らすと、ぞくりと全身に危険を感じる。

「逃げて!」

あたしが横っ飛びに離れると同時に。将軍が口から、真っ黒の光を放っていた。それが地面を抉りつつ、フィルフサも巻き込んで地平の彼方まで届き。そして空に。爆発はしなかったが。地面が赤熱している。

こんなの、喰らったらひとたまりもない。

古代クリント王国の連中は、ドラゴンをフィルフサとの戦いに無理矢理参加させたようだが。

それも納得だ。

将軍は、対空戦闘術も持ち合わせているのか。

「ライザ!」

「!」

クラウディアの警告に、横っ飛び。

上空から降り注いだのは、禍々しい光の光弾だ。辺りを蹂躙するそれは、さっき将軍が展開した奴が放ったものに違いなかった。

向き直ると将軍は、冷え切っている装甲を気にする様子もなく、また突撃を開始する。

狙っているのはクラウディアか。

させるか。

雄叫びと共に、レントが一撃を叩き込む。

がんと弾き返された。

装甲を操作して、一瞬逆立てた。

それをあたしはしっかり見ていた。

なるほど、此奴は以前の奴よりも弱いけれど、その分気を抜かずに最初から全力と言う事か。

だから、あらゆる手管を駆使してくると言う訳だ。

上空に躍り出たタオが、結晶体をハンマーで打ち砕こうと叩き付けるが。

それも弾き返されてタオがあわてる。

あたしはクラウディアの前に走り込むと、爆弾を投擲。そして、クラウディアを抱え。足に魔力を集中させて跳躍。

間一髪の差でクラウディアを抱えて、将軍の突進から逃れていたが。

掠りでもしたら、二人とも助からなかっただろう。

上空から、再びあの魔術弾が飛んでくる。

上空に自動展開した子分が周囲を制圧射撃し続け、本体はあの大火力攻撃と、超がつくほどのタフネスで押してくると言う訳だ。

クラウディアを降ろすと、二人はなれて走る。

一瞬でも足を止めたらおしまいだ。

将軍が此方に向けて、跳んでくるのが見えた。

今度はボディプレスか。

狙っているのはあたしだな。

だが、好都合。

さっき投擲した爆弾は、結晶体に引っ掛かっている。角度も確認した。

起爆。

さっきと同じ改良型レヘルンが。今度は斜め下に叩き付けるようにして、将軍を地面に追いやる。

強烈な冷気の圧力に吹き飛ばされて、将軍が地面に突っ込み、かなりずり下がる。

これだけ冷凍してやっているのに、まるで応えないのは流石だ。

どんな場所でも、此奴らは水さえなければ蹂躙していくのだろう。

あの人間を上回る戦力を持つオーレン族が大苦戦するわけだ。

キロさん、リラさんアンペルさんも、長くはもたないはず。将軍が大暴れしているのである。

周囲のフィルフサが、大挙して集まってくるだろう。

将軍が立ち上がると、無理矢理背中の装甲をこじ開けて、更に上空に子分を撃ち出す。あたしの収束熱線より火力がある攻撃が、上空から来る。

だが、クラウディアが即応。

上空に、何か放った。

あれは、矢じゃない。

笛だ。

びいいんと、鋭い音がして。詠唱がかき消される。将軍が、冷静にクラウディアの方を見る。

そうだろうな。クラウディアが詠唱阻害まで出来るのはあたしも初めて知ったけれども。それでも、真っ先に潰すべきだという判断は間違っていない。

ただ、あの将軍が使っているのは、フィルフサそのものではなくて。将軍が遠隔操作している木偶とみた。

だからこそ、できる事なのかも知れないが。

いずれにしても、将軍も冷気による打撃を鬱陶しがっているのは分かる。

不意に、将軍が突貫してくる。

レントが前に。タオも。

二人が雄叫びを上げて、全力で一撃を叩き込む。

将軍が、二人を弾くが、一瞬だけ動きを止める。

その瞬間。

あたしが投擲した改良型フラムが。将軍を熱の檻に閉じ込めて、瞬時に超高熱に炙っていた。

「レント、タオ!」

「ぐっ、やべえ……一撃でこんなに……からだが壊れそうだ……」

「もう長くは動けそうにないよ……!」

「分かってる!」

あたしは移動しながら叫ぶ。

ばつんと音がして。

熱の檻を、将軍が内側からブチ砕くのが見えた。

化け物か彼奴は。流石にオーレン族がなかなか倒せないだけの事はある。手練れが複数でどうにか対処すると言っていたが。それも納得の実力だ。

それでも、装甲が赤熱しているのが見えた。

好機だ。

あたしは、全魔力を足に集中。

突貫と同時に、肺から全ての空気を絞り出す勢いで叫ぶ。

「いっ、っけええええええっ!」

どんと、地面を踏み砕き。

そして跳躍。

フィルフサが狙いに気付いて、あわてて跳びさがろうとするが。足をがくんと折る。それはそうだろう。

あれだけの冷気と質量攻撃。

それに石材を瞬時に溶かす超高熱を立て続けに浴びて。

しかもそれらを、強引に吹っ飛ばしたのだ。

魔力による攻撃だったらともかく、それらは純粋な熱による攻撃。フィルフサがどれだけ魔力に強かろうが関係無い。

それに耐える装甲を持っていようが、以前此奴より格上の将軍がそれで装甲を弱らせたのを見た。

それで、まだ今より未熟だったレントが、今より出来が悪い剣で頭を貫いたのだって見た。

だったら、装甲を打ち砕けない筈がない。

それでも、装甲を無理矢理動かして、足を補填し。無理に立ち上がろうとするフィルフサだが。あたしの方が早い。

上空から将軍の手下が一斉に魔力弾を叩き込んできて。

何発かがあたしを擦るが。

それも、あたしは耐え抜く。

蹴りが、フィルフサの装甲。上部を全部まとめて抉り、吹っ飛ばす。

粉々に砕けた装甲。結晶体が、全部まとめて飛んで行く。

それと同時に、上空にいた手下が。力を失ったようにして、全て落ちてくる。

なるほど、将軍の弱点はあの結晶体か。

覚えた!

「レント、タオ!」

「任せろ! 行ってこい、タオっ!」

「行ってくるっ!」

レントが。フルパワーでタオを上空に投擲。

上空で態勢を立て直したタオが、フィルフサに落下攻撃を仕掛ける。

上半分を消し飛ばしてやったのだ。

コアは、絶対に露出しているはず。

タオは空中で魔力を使って上手に姿勢制御すると、完璧に恐らく狙い通りの位置に、直撃を叩き込んでいた。

凄まじい絶叫を、将軍が挙げる。

これは、コアに入った。

だが、タオが吹き飛ばされるのが見えた。

将軍クラスになると、コアに直接あれだけの打撃を加えても倒せないのか。流石に戦慄するあたしだが。

それでも、将軍が動きを止めるのを見る。

後一押し。

着地したあたしは、最後の力を振り絞る。

将軍の周囲は、地面が赤熱している。だが、どうにかやるしかない。

もう一度、突貫。

将軍が、ダメージを受けてもなおも向き直る。

これで、此奴が誇り高い指導者だったらどれだけ良かっただろう。

此奴はただの破壊の権化。

ただの終焉の悪魔だ。

滅びをもたらすだけの悪魔、滅ぶべし。

あたしは、最後の力込めて、突貫。

将軍も、何かの魔術を放とうと。体の上半分を消し飛ばされなおも、抵抗しようとする。

全身の装甲をボロボロなのにもかかわらず展開して、激しく振動させているのは。あれが呪文詠唱なのだろう。

見る間に、凄まじい魔力が将軍の前面に集まっていくが、残念だが遅い。

あたしの突貫が、詠唱完了前に届く。

「はああああああっ! くだけろおっ!」

横っ飛びの蹴りが、タオが大きく傷を入れていたコアを。脆くなっていた装甲もろともブチ砕く。

それが、将軍の最後になった。

着地。

あたしが、流石に貧血を起こして片膝を突くのと。

将軍が、砕け落ちるのは殆ど同時。

クラウディアが走り寄ってくる。全員、無傷とはとても言えない状態だった。

呼吸を整えながら、クラウディアに肩を借りて、将軍の方を見る。

破壊の悪魔とはいえ。

最後まで、勝負を捨てようとしなかった事だけは認める。

凄い戦士だった。絶対に相容れないけれど、それは確かだ。

既に動かなくなったそれと。

散り散りバラバラに、逃げ出していく多数のフィルフサの姿が、今更ながらに見えていた。

 

先に蓄えておいた薬を使って、まずは手当てから行う。

案の場だが、クラウディアの絹服は破いてしまった。だが、クラウディアは、この戦闘では仕方がないと笑うのだった。

島に戻る時に、マントでも着せて誤魔化すか。

後は、あたしが土下座してルベルトさんに謝るしかないだろう。仕立てが良い服だったのだが。これではどうしようもない。

レントとタオもかなり手傷が酷かったが、手指を失うようなことはなかった。

あたしもそれは同じ。

キロさんとリラさん、アンペルさんも来る。

皆、ボロボロだったが無事だった。

それはそうだろう。

あたしがもっと迅速に将軍を倒せていれば、こんなに傷つくこともなかったのだろうと思うと、忸怩たるものもあるが。

一度、洞窟に戻る。

キロさんお手製の薬草よりも、遙かに効くお薬。流石にキロさんも驚いて、そして目を伏せる。

「クリント王国の人間は、傷ついたドレイ達を死ぬままにしていたわ。 少しでも彼らが慈しみを持っていたら、こんな事にはならなかったのかも知れない」

「奴隷は……今でも地方に行くとあります。 王都でも、表向きは禁じられていますが、使う貴族はいるそうです」

悲しそうにクラウディアが言う。

そうと、キロさんは悲しげに応えた。

人間の能力には、それぞれ差があるかも知れない。

だが、奴隷制なんてものが良くない事は、絶対に分かりそうなものなのだが。

富の格差が広がると、どうしてもそういう考えが出てくるのだろうか。

富を持っているといえばモリッツさんだが。

別にモリッツさんが、他の人に比べて凄く優秀だなんて、あたしは感じない。

あたしだってがさつだって雑だしで、他の人に負けている部分なんて幾らでもある。

自分を優れた人間だなんてうそぶいて。

劣っているとしている人間を道具として使うなんて。

あたしには、どうしても理解出来なかった。

クリント王国時代では当たり前だったのかも知れないが。

そんな時代に生まれなくて良かったと、あたしはとことんまでに思う。

アンペルさんが、咳払いしてキロさんに告げる。

「これから我々は、奪われた水を取り返しに向こうに戻ります。 キロ殿は、少しでも敵の侵攻を遅らせるべく此方で努力を続けてくれますか」

「分かったわ。 ただし、それほどの時間は耐えられないでしょうね」

「出来るだけ急いで此方に戻る。 霊祈の戦士が残って戦っているのだ。 一人にはしておけない」

「ありがとう白牙の戦士。 絶対に、これ以上の暴虐は許さないわ」

あたしは、できるだけ薬を残していく。

改良したお薬は、今では以前と比較にならない効果がある。

ただし、薬効成分を引き出すのにも限界が見えてきている。

もっと凄い素材とかを使わないと、これ以上のお薬を作るのは無理だろう。それも、あたしは理解していた。

「ありがとう良き錬金術師ライザ。 貴方は暴と勇、剛と優をそれぞれ備えた、素晴らしい錬金術師だわ。 人を騙す事ばかり考えて、どうやって私達から資源を奪い取るかだけにしか錬金術を使わなかったクリント王国の者達とは別の存在ね」

「ありがとうございます。 戦士としても、少しでも貴方に追いつけるように努力をします」

「ふふ。 貴方なら、きっと私を超える事も難しく無いわ」

「ライザなら確かにそうなりそうだな」

レントがぼやく。

あたしは、なんだかちょっと馬鹿にされたというか。

化け物でもみているかのように思われて。

ちょっとだけ、反論したくなったが。キロさんがにこにこ……恐らく屈託のない本当の笑みを浮かべているのを見て。

それで、反論は止めた。

一度、門から戻る。本当にフィルフサは離散していて、帰路では一度も遭遇しなかったし。

更に言うと、あの将軍の砕けたコアや装甲を回収していく余裕もあった。

とんでもない魔力を秘めている。粉々になった結晶体も、それは同じだ。

まさかと思うが。古代クリント王国の錬金術師は、フィルフサからこれらの素材も取ろうとしたのか。

馬鹿馬鹿しい話である。

こんなもの、余程条件が揃わないと採れない。まさか戦士を……当時はアーミーだったか軍隊だったか。それを湯水のようにぶつければ、得られると思っていたのか。そうだとすれば、奴隷だけではなく、戦士も使い捨ての道具だと考えていたと言う事になる。

フィルフサよりも悪魔じみている。

そうあたしは思って。更に強い嫌悪感を抱く。

他にも、見た事がない草などが僅かに残っている。それらは外では見られない地面に生えているからか、まったく違う構造をしている。採取していく。

ただ、ほどほどにするようにと皆に言われて。

勿論その通りにした。

門を潜ると、ボオスがぼやく。

「キロ=シャイナス。 凄い人だった」

「死んだりしていないよ」

「ああ、そうだな。 過去形ではなく、現在進行形での話だ。 凄い人だ、が正しいな」

「ボオスが其処まで他人を絶賛するのも珍しい」

レントが言うと、うるさいとボオスが照れる。

やっと、本調子に戻って来たか。

というよりも、距離感がなくなった。

相変わらずしゃべり方はぶっきらぼうだが。あのトゲトゲがなくなった。

もう、昔の関係に戻る事が出来た。

それは確かだと思う。

「決めた。 俺も地力で鍛えて、いずれお前達と一緒に冒険するぞ」

「あれ、クーケン島はいいの?」

「いずれ、だ。 今の俺では、遠くから支援するのが精一杯だからな。 それに、ブルネン家の伝統だけが全てじゃない。 まずは……王都に留学して、この国の実態を確認しておきたい」

「王都かあ。 住んでいる人はともかく、残されている資料には僕も興味があるんだよね……。 どうせ歴史資料とかは散々改ざんされているだろうけれど、遺跡とかを探索すれば、面白い結果が出てくるかも」

はははと、笑い声が漏れた。

アンペルさんが、手を叩いて皆を引き締める。

「聖堂は一度閉じてしまうと、開けるのに年単位の時間が掛かる。 残念だが、今回は根本的に問題を解決しなければならない。 だから、此処はそのままにしておく。 次は更に強力なフィルフサの戦闘部隊を相手に、此処まで突破し、更に異界オーリムに足を踏み入れなければならない。 それを皆、忘れるな」

「はいっ!」

「よし。 一度クーケン島に戻るぞ」

「クーケン島に戻ったら、例の件は俺が調べる。 今から手段を考えるから、少しだけ待ってほしい」

ボオスが、率先してそんな事を言ってくれるのは嬉しい事だ。

うんと、あたしが頷くと。

ボオスはちょっときまりが悪そうに、頭を掻き回すのだった。

 

最初、キロは。

アンペルという人間も、ライザという人間も、殺すつもりだった。

錬金術師というだけで、絶対に許せない。

それは確かだった。

リラというあの娘は気付いていたようだったが。それでもだ。だが、リラという娘は誇り高き白牙氏族の生き残り。

顔を立てるためにも、見極めなければならなかった。

そして、考えを改めた。

アンペルという錬金術師。

あの者は、クリント王国の、知恵をひけらかして、自分の利益だけを求めていた連中とは違う。

文字通り、知恵を生かすこと。

自分より優れている事を、素直に認める事が出来る者だった。

ライザという錬金術師。

感情に突き動かされる部分はあるものの。暴と勇、剛と優をそれぞれ兼ね備えた、素晴らしい人物だった。

あんな人物達が、一人でもいたら。クリント王国は少しでも違う行動をしていたのだろうか。

大きなため息をつく。

笑顔を作って近づいて来たクリント王国の者達に、戦う事、森とともに生きる事だけしか知らなかった霊祈氏族の者は簡単に騙された。

共存の石碑だの、それっぽいものを作って見せて。

クリント王国は、牙を剥くまでは友好的な顔をしていた。

ドレイを使い潰すなどという非道を働いている事に眉をひそめる者もいたが。

それも、文化の違いだと、霊祈氏族の長老は皆をなだめた。

一部の者は、クリント王国の者達が持ち込んだ便利な道具にほだされて、それで信頼してしまう事もあった。

今になって思えば、全てが悪意につながっていたのだろう。

そして油断しきった隙に。

クリント王国の者達が、水を奪った。

大繁殖したフィルフサに全てが蹂躙される前に、クリント王国の者どもと霊祈氏族は激突した。

その時に、奴らが言い放ったのだ。

騙される方が悪い。

こんな見え見えの罠に引っ掛かる方が悪い。

オーレン族の戦力は、クリント王国の武装や数に勝ったが。それでも死者は出た。真っ先に死んだのは、クリント王国のものをまだ信じていて、悩みがあった者達だった。

キロの両親もそうだった。

長老も。

やがてフィルフサが全てを踏みつぶした時、蹂躙される中、クリント王国の者達がわめき散らしていた。

この未開の猿どもが、と。

全てお前達のせいだ、と。

最後まで、連中は自分が正しいと信じて疑わなかったし。

騙す事を悪いとも。

罪悪感というものも。

備えていないようだった。

その時に抱いた凄まじい怒りは、今でも胸の中で燻っている。だが、クリント王国が既に滅びた事は、何となく分かっていた。

人間の寿命は短い。

それに、気まぐれで助けたボオスという若者。

あれが、クリント王国を過去の存在としてしか知らず。

その所業を聞いて、明らかに動揺するのは、しっかり感じ取った。

その後に来た者達は、既に感じ取ったとおり。

クリント王国の外道共の行為に、素直に怒り、命を賭けてフィルフサの将軍と戦ってこの土地のためにあろうとした。

だから、殺すのはやめた。

もしも口だけの行動だったら、そのまま殺すつもりだったのだが。

そうではなかった。

一瞥する。

薬だ。

この薬は、とんでもなく良く効く。水を取り戻す。そうあの者達は言っていた。それならば、多少の間前線を維持してやるくらいは、しなければならないだろう。

フィルフサの繁殖能力はおぞましい程高いが、しかしながら実を言うと王種や将軍などの個体は、替えが効かない。

それも分かっている事なので、心配することは無い。

数年程度で将軍を新しく作り出す事は出来ない。離散した、今回討ち取った将軍麾下のフィルフサは、混乱の末にやがてバラバラに溶けて大地に帰っていくだろう。

勿論フィルフサも、すぐに別の将軍の群れを此処に向けてくる。

そしてまずは制圧行動から開始するだろう。

それを叩きながら、敵の行動を遅らせる。

もしも大侵攻を目論んでいるのなら、本隊が来る筈。

おおよそ100万と言ったか。

その数となると、全てのオーレン族が揃っても戦えるかどうか。

だが、聖地に水が戻れば。

一気にフィルフサを押し流し、その首魁たる王種……恐らくは「蝕みの女王」と言われる、各地の氏族を滅ぼして回っている邪悪な個体の下に迫る事も可能となる筈である。

それだけではない。

汚染された土地を、何世代か掛ければ、元に戻していくことも不可能ではないのかも知れない。

踏みとどまる価値はある。

霊祈氏族最後の生き残りとして。

空を見る。

フィルフサの汚染は、空までも曇らせる。空の色までも変えてしまう。

だが、キロは既にその汚染に対抗できるように、体の構造を変えている。

キロ以外の氏族が全滅する前。抗戦をしている最中、風羽氏族の者達の伝令が何度か来た。

霊祈氏族が守るこの土地の重要性は彼らも知っているらしく、オーレン族の総長老である存在も此処を気にしているようだった。

だが、オーレン族の総本山とも言える其処すらも、今は防戦で手一杯。

複数の王種が常に周囲に貼り付いて、守るだけで攻勢に出ることも人を回す事も不可能という事だった。

話を聞く限り、キロ達より若い世代のオーレン族は、生まれながらにして、フィルフサのまき散らす毒への耐性があるそうだ。

そう思うと、必ずしも絶望的なだけではないのだろう。

そして今。

明確な希望を、キロは目にした。

だから、戦う事が出来る。

数日は、フィルフサも混乱が続いて、この土地に戦力を派遣するどころでは無いだろう。オーレン族は体の構造的に、殆ど眠る必要がない。キロもそれは例外では無いが。

久々に眠って、じっくり休んで英気を養おう。

そう思うのだった。

 

4、これからの事

 

洞窟を抜けて、クーケン島が見える岸辺まで来ると、ようやく一息つけた。途中でフィルフサの群れと遭遇する事も想定したのだが。将軍が倒れた事による混乱は想像以上のようで。

中には、それなりに大きなフィルフサが、水に突っ込んで死んでいる姿もあった。

魚ですら、その死骸をつつこうとはしない。

余程色々とまずいのだろうと、あたしは思った。

ともかくは、島に戻ることだ。

船はある。

その前に、アガーテ姉さんがいる。

此方に気付くと、小走りで来る。

「無事だったか、お前達」

「はい。 ボオスを救出してきました」

「無理をするなと言っているだろうが! それとボオス、貴様は特に念入りに説教が必要なようだな! 覚悟しておけ」

「分かっている。 素直に従おう、アガーテ護り手長」

あれ、呼び捨てをしなくなった。

その行動の変化に、アガーテ姉さんは一瞬だけ表情を固めたが。しかし、怒っている事に代わりは無い。

護り手をつれて、先に戻っていった。

船で島に移動する事にする。アンペルさんとリラさんは、あたしの、ライザのアトリエに戻るそうだ。

今回は、ブルネン家の跡取りが死にかけるという大事件に発展しかけた。

あたし達も、一度家に戻る必要があるだろう。

船上で、軽く話をする。

「今日は一度家に戻ろう。 あたしもそうする」

「分かった。 気は重いが、仕方がねえな」

「僕も気は重いよ。 ただ、大事な本が捨てられたりしている可能性がないことだけは嬉しいかな」

「お父さんも、ちょっと今回ばかりはとても心配していそうだわ」

クラウディアも、あの時烈火のように怒ったことは、もう過去の話のようだ。

クラウディアには、戦闘用の服を作る事。

それと絹服を駄目にした分の補填は、錬金術ですること。

それらは既に話してある。

前にルベルトさんの出した課題を突破しているから、ルベルトさんに売れそうなものを提案するだけで良いだろうけれど。

ただ、殺傷に使うようなものは出来るだけ作りたくない。

今作る事を見当している繊維関係がいいだろう。

布を作るのには、繊維を糸にすること。

糸を機織りすること。

どちらも、専門の技能が必要になる。

だが、錬金術を使えば、その二つをすっ飛ばす事も可能だ。

エーテルを用いて造り替える錬金術は、それだけ優れていると言う事だが。

問題は、才能がないと誰にも出来ない、という事である。

ただ、王都などにあるらしい、高度な服を作る装置なども。古代のものをだましだまし使っているらしく。

修理どころか、仕組みすら理解出来ないらしい。

そう考えてみると、どちらにしても同じだろうか。

まあ、いずれにしてもそろそろ服については作りたいと考えていたのだ。普段着での戦闘にも、限界があるからである。

錬金術で色々と能力をパンプアップできる服があれば。

これからの。

特にフィルフサの群れを相手にすることを想定した戦闘を乗り切る事も、決して不可能ではない筈だ。

ボオスが。

ずっと黙っていたボオスが言う。

「三日後だ」

「ん? どうしたの」

「父さんを説得する。 三日後に、邸宅に来て欲しい。 キロが言っていた水について、そうらしいものに何となく心当たりがある。 アンペル師とともに来てくれるか」

「分かった。 その時は案内とかお願いするね」

ああと、ボオスはそれだけ応える。

それにしても、昔は一番良く笑っていたのに。今はすっかり表情も硬くなって。

ただそれも、あたしにも原因があると思うと。あまりどうこうと言う事は出来なかった。

いつも使っている家の裏手の入り江に着くと、其処で解散とする。

さて、今日は一度休もう。

キロさんの話によると、フィルフサは再編制だけでも数日はかかると言う事だから。少なくともその間は大侵攻は無い。

それにずっと一人でフィルフサの大軍を抑え続けたキロさんが、敵の行動を遅滞させてくれるともいう。

それならば、しばらくは余裕があると見て良いだろう。

その間に、水を取り戻す算段をする。

三日。

その間に、あたしもやる事がたくさんある。

クラウディアと別れると、あたしは家に。

母さんが、少し窶れているように思えた。

父さんは、お帰りと言ってくれた。

今は、それだけで充分だった。

 

ボオスは、家の者に迎えて貰ったが。ランバーが一人だけ涙を拭っているのを見て、それだけは罪悪感を覚えた。

父はいない。

まあそうだろう。

外で情けない姿は見せられない。

憶病な父は、常にそういう事を口にしている。ボオスとしても、その辺りは理解出来ていた。

父には、全てを話しておくつもりだ。

家に入ると、父はもの凄くげっそりしていた。

ボオスがもう死んでいるかも知れない。そう考えていたのだろう。寿命を縮めたかも知れなかった。

「今戻った」

「このバカ息子めが、心配させおって!」

「すまない。 ……ライザ達と和解してきた。 随分と、時間が掛かってしまったが」

「そうか……」

咳払いすると、話をする。

全てを話すわけにはいかないだろう。

ただ、ランバーが、とんでもない魔物に襲われたことは既に話しているはずだ。父は知っておく必要がある。

この島の事実上の支配者は父だ。

それが知っていなければ、今後の対応が後手後手に回る可能性が高い。

「乾きの悪魔だと!」

「ああ、間違いない。 伝承は本当だった。 それも一体ずつが、この島の戦力を全てかき集めても対抗できるか怪しい強さで、それがタオの計算だと百万以上はいる」

「ひっ……」

そんな数字。

こんなちいさな島では、考える事すらない。

順番に話をしておく。

今まで、乾きの悪魔は侵攻路を封じられていたこと。

その侵攻路を封じていたクリント王国時代の遺跡が、経年劣化で壊れたこと。

それだけではない。

乾きの悪魔は、水に弱いが。

水がなければ。際限なく侵攻してくる事。

土地も何も関係無く踏みつぶし。地形も何もかも踏み崩し。

そして、やがて自分達の領土にしてしまう事。

それらを話すと、憶病な父は椅子になついていた。ボオスの言葉を信じていないとは思えない。

ただ、あまりにも衝撃的だったのだろう。

「考えてほしい。 猶予は三日。 アンペル師は、その乾きの悪魔とずっと戦い続けて来たようだ。 だから、この島に来た」

「そうか、それで遺跡を……」

「場合によっては先祖の持ち帰った水が必要になるかも知れない。 乾きの悪魔は、水には耐性がない」

「……か、考えさせてほしい」

父がふらふらと寝室に消える。

その寝室も、元は何の用途か分からなかった部屋だ。そこに調度品を運び込んで、寝室にしているだけである。

さて、他の連中は大丈夫だろうか。

父は憶病だが、愚かでは無い。最低限の計算は出来る人間だ。

大丈夫だと、ボオスは信頼していた。三日後には、最悪の場合強硬手段も考えていたのだが。

その必要は無さそうだなと、ボオスは思った。

 

レントの家は荒れている。

レントの父ザムエルは、言うまでもなく島で最悪の鼻つまみものだ。

母がいた頃は、まだマシだったらしい。

母は腕利きの回復魔術使いで。今のライザの作る薬からみれば回復力は論外レベルだが。それでも古老と肩を並べるか、それ以上くらいの腕は持っていた。

レントに好意的な村人が多いのも、母に助けられた人間がそれだけいるから。

それに、一部だが。

まだまともだった頃の父が助けた人間も、確かにいるのだった。

戻ると、酷い酒の臭いがした。

いつものことだ。

父は、奧でぐいぐいと飲んでいた。

蟒蛇の父だが、それでも飲み過ぎるとろれつが回らなくなって、そのままその辺で眠ってしまう。

母が出て行ってからは、料理もしなくなって。

その辺の飲み屋で食事をしてくる始末。そして、怖がって誰も父には意見できないのだった。

「なんだレント。 何処に遊びに行っていやがった」

「知らないのか。 騒ぎになっていたんだよ。 ボオスがちょっとな」

「ふん、ブルネンのクソガキか。 あれがそのまま島の長になったら、此処はいよいよ終わりだろうな」

「そうだっただろうな」

敢えて過去形で言ったのだが。

父はそれに気付けなかった。

前だったら、気付けただろうに。

掘っ立て小屋の奧で、勝手に寝る事にする。

父はこれだけ荒れていても、女遊びをする様子はない。母にまだ強い未練があるのだと、一発で分かる。

だからこそ、口惜しい。

昔の父だったら、それこそすっ飛んで母の所に行っただろうに。

レントは何人かから言われた。

若い頃の父は、レントによく似ていたのだと。

それを思うと。

堕落した果ての自分がそこにいると思って。

レントはとても悲しくなるのだった。

父は事あるごとにレントを殴ったが。

どういうわけか、その日は。寝るまでも。

起きてからも。

レントに手を出そうとはしなかった。

一瞥して、それだけだ。どういうわけか分からないが、父に殴られない日は久しぶりかも知れない。

しばらく此処を留守にしていたが、それはあまり関係無いだろう。

そういえば、アガーテ姉さんに説教を喰らった日の翌日も、手を出さなかったような気がする。

思うに、父は。

どれだけ酔って暴れる事があっても。

ライザを殴るような事はしなかったし。

ミオおばさんやカールおじさんが来ると、バツが悪そうに視線を背けていた。

三人は昔、レント達のような悪ガキ軍団だったらしいと聞いたこともある。

それも考えると。

余計にレントにとっては。色々と思うところがあるのだった。

猶予はあまり残っていない。

あのフィルフサの群れは、思い出すだけで寒気がする。「将軍」に勝てたのは、ほとんど奇蹟だったと思う。

だから、腕を上げなければならない。

何があろうとも、だ。

 

(続)