現れる乾きの悪魔

 

序、村会

 

アンペルさんをつれて。皆で村会に出る。

村会。

クーケン島でもっとも大きな高台に土地を持っているブルネン家の邸宅で行う。島の決定会議だ。

ブルネン家の邸宅は、無駄に庭園とか作っていたりしていて、あからさまに造りが豪華である。

なお、クラウディアもルベルトさんに行ってくるように言われていた。

こう言う場所でのやりとりを見て学ぶようにということだった。

ともかく、五人で出向くと。

古老は忌々しげに視線を逸らし。

モリッツさんは、あからさまに媚びる色を視線に浮かべた。

「おお、ライザか。 ドラゴンを斃してボオスを助けてくれたと聞く! 本当に、本当にありがとう!」

「もう少し待てなかったんですか? ウラノスさんは現役引退、死者が大勢出ていても不思議ではなかったんですよ」

がつんと正面から言ってやる。

面子を潰す事になるかも知れないが。

こればっかりは許せない。

というか、人命に優先する面子って何だ。

この島を何十年も護り続けて来たウラノスさんは、今回の件で魔術師として再起不能になった。

それどころか、未来を担う護り手が、大勢死ぬ所だった。

そんな間違った指示を出したモリッツさんが、今回は責任を取るべきだ。

あたしは、一歩も引くつもりは無い。

「そ、それは。 すまない。 私も、島を守るために、苦渋の決断をしなければならなかったんだ」

「……」

「ライザ、良いだろうか」

アンペルさんが前に出る。

アンペルさんを見て、ひそひそ話す周囲の人達。

あれが怪しい流れ者だ。

そういう言葉が聞こえてくる。

その流れ者がいなければ。

ドラゴンにこの島は蹂躙されていたし。

そうでなくとも、ほぼ確定でフィルフサに食い尽くされていた。

そう怒鳴りつけてやりたいけれども。これは絶対に口にしないようにとも言われている。

アンペルさんは、ライザを信用したから話をしてくれたのだ。

既に同士として見られている。

その信頼を。

裏切る訳にはいかなかった。

「私はアンペル=フォルマー。 ライザの師をしている錬金術師です」

「お、おお。 貴殿が……」

「ライザの成長は私から見ても素晴らしい。 恐らく、遠くない未来にあらゆる意味で私を超えるでしょう」

「そ、そうですか。 ははは……」

アンペルさんにそう言って貰えると嬉しいが。

しかし、モリッツさんは明らかに素早く周囲の反応を見て、計算をしている。

咳払いをすると、アンペルさんは言う。

「今回の一件、調査した所、古代の遺跡が関与している事が分かりました」

「ほ、ほう」

「聞いたことはあるかと思います。 古代クリント王国の遺跡です。 あの竜の住んでいた城は、まるごと古代クリント王国時代の遺構……城塞でした。 そして彼処にあった石版には、竜を凶暴化させる効果があったのです」

「なんと……」

感心した様子でモリッツさんが応じる。

まあ、此処までは事実だ。

さて、アンペルさんはどう出る。

アンペルさんは、今までダーティーな手も問わずに門を閉じてきたと聞いている。今回の村会は、恐らく何とも思っていない筈だ。

或いは、ブルネン家に何か譲歩を引き出すつもりなのか。

「そしてこの島も、調べて見た所、彼方此方に古代クリント王国の遺跡が残されているようですな。 島そのものが遺跡の塊といってもいい」

「ははは、私には分かりませんが……」

「いや、分かっている筈だ。 その中心地が此処なのだから」

「……っ!」

モリッツさんが、青ざめた。

ざわざわと、周囲がざわめく。

古老が叫んだ。

「やはりブルネンの、貴様何か隠しておるな! 竜様が暴れ出したのも、さては貴様の仕業か!」

「そ、そんな訳はない! わしは息子を二度も殺されかけているのだぞ!」

「どうだか! それにそこの呪い師だって、どこまで本当の事を言っているか!」

激しくまくし立てた古老が、咳き込む。

古老の側についている老人が何名か、ぎゃあぎゃあとわめき出す。

モリッツさんが、解散だ、解散と叫び。一気に村会はカオスと化した。

モリッツさんの手下になっている若いのが、村会を強引に閉じた。半ば力尽くで、老人達を邸宅から追い出す。あたし達も追い出そうとしたが、ドラゴンを倒した事を聞いているのだろう。

睨むと、うっと呻いて手を引っ込める。

「ちょっと! まだ話すことが!」

「わ、わしは何も知らん! 村会は終わりだ! 解散、解散っ!」

いずれにしても、これでは村会どころではないだろう。

追い出された老人達を見ていたが、アンペルさんが促すので、一緒に出る。

全員が邸宅から出ると。

ガシャンと扉が閉じていた。

ふっと、アンペルさんが笑った。レントは、暴れないように言われていたので、ずっと静かにしていたが。

呆れた様子で、側でアガーテ姉さんが溜息をつく。

「村会に出てくれたと思ったら、いきなりなんだ」

「アンペルさん、どういうことですか?」

「ブルネン家が何かを隠しているのは事実だ。 そして、それを暴かれた以上、誰かに何か責任を押しつけようとするだろうな。 例えば、怪しい流れ者の私とか」

「えっ……」

タオが驚いてずれた眼鏡を直す。

つまり、それを分かっていた上でアンペルさんは自分にヘイトを集中させたという事になる。

だが、何となく分かった。

このままだと多分だが。

そのヘイトは、あたし達に向かっていたのである。

「貴殿はライザの師だと聞くが、何が目的だ」

「この地には、今ドラゴンなど比にもならない災厄が訪れようとしている、とだけ言っておきます」

「何だと……」

「これから私はライザ達とともに動きます。 少なくとも……貴殿と護り手は、私達の邪魔をしないでいただきたい」

アガーテ姉さんはしばし黙っていたが。

あたしの表情を見て。

ため息をついていた。

「その様子だと、ライザは全て知っているな」

「ごめんなさいアガーテ姉さん。 これ本当にやばくって……当事者以外は危険すぎて巻き込めません」

「それほどの事態か……」

「後で話します。 少なくとも、この事件が解決したら」

アガーテ姉さんは頷くと。

一人、戻っていった。

ウラノスさんを見舞いに行くのかも知れない。ウラノスさんはエドワードさんの医院に、これから恐らく亡くなるまでずっとかかりっきりだ。

酷い村とかだと、もう用済みとして。こういう人は放り出される事すらあるらしい。

クラウディアが、見聞きした話だ。

幸い、クーケン島はさっき村会で見たように派閥が腐りきっていても。そこまでは腐りきっていない。

モリッツさんの動揺も、あからさま過ぎるくらいだった。

あの人は、根っからの悪党では無い。

元々島に新しいものを誘致している時点で、島のことを考えてくれている人なのである。それに、大きな邸宅を持っていても。威張り散らしても。

他の人の家を取りあげたりするような事は今までなかったし。

家財産を奪われて、路地裏で家もなく暮らしているような人もクーケン島にはいない。

クラウディアは、そういう人をたくさん見て来たと聞く。

だったら、この島はまだマシ。

例え因習に凝り固まっていて。

老人の頭がカチカチでも、だ。

「さて、ライザ」

「はい」

「これより動くぞ。 ブルネン家は恐らく、自分のシンパを抱き込んで、私に無理難題か……もしくは言いがかりをつけてくる。 そして、本来だったら打つ手が分からなかっただろうが、今はそれがある程度限定できる。 そう、不漁と魔物の問題だ」

「最初から、この事態を読んでいたんですね」

頷くアンペルさん。

ちょっと悪い笑みを浮かべていた。

この程度は朝飯前。

そう顔に書かれていた。

そもそもアンペルさんは、普通の人間より長生きしていると聞いている。そして彼方此方で修羅場をくぐっているという話だ。

それだったら、こんなちいさな島でのこの程度の騒ぎ。

なんぼでも経験があるのかも知れない。

「丁度不漁で漁師達が音を上げてきている筈だ。 例のものを使って、一気に不漁の問題も片付けるぞ」

「分かりました」

ライザは、レントとタオ、クラウディアも促して一度戻る。

荒事になるかも知れない。

流石にドラゴンスレイヤーになったライザ達を暴力で制圧しようと考えては来ないだろうし。

何より懸念事項だった護り手は、あたしがドラゴンと戦うのを見たし。あたしのおかげで助かりもした。

勿論柄が悪い護り手もいるが。

それでも流石にこの間助かった恩を仇で返すほどの恥知らずはクーケン島にはいない。あたしは少なくとも知らない。

家には戻らない。

クラウディアだけはちょっと話をしたいというので、ルベルトさんの所に向かう。

ルベルトさんも、非常にきな臭い空気になったのを感じているらしく。荷物を整理させていた。

最悪の場合、島から脱出するためだろう。

メイドのフロディアさんが、てきぱきと残像すら作りながら動いているのを見て、ある意味呆れた。

もの凄く、手慣れているからだ。

流石にフィルフサ周りの事は言えないが、ある程度話はルベルトさんにもしておく。

それが筋を通すことだと思ったから、である。

「なる程な、ドラゴンを操っていたのは古代クリント王国の自動装置だった、か」

「はい、間違いありません。 解読もして来ました。 現時点では残念ながら、止める事はできません。 ドラゴンを攻撃に駆り立てる「条件」をどうにかしてとめないと」

「それを探すために、ブルネン家の邸宅を調べたい、か」

「それにはモリッツさんから譲歩を引き出すしかありません。 勿論表立ってでなくてもいい。 護り手は味方につけました。 古老は多分無理ですが、漁師の半分も此方の味方になっています」

ルベルトさんは考え込むと。

アンペルさんを一瞥だけした後、顔を上げた。

「分かった。 その後どうにか出来る算段があるんだね」

「はい」

「そうか。 ただ、バレンツ商会は介入は出来ない。 過剰すぎる貸し借りを作ると、色々と良くないのでね」

「勿論です。 中立でいてくだされば充分です」

これらの言葉は、事前にアンペルさんと決めていたことだ。

あたしだって、散々大人とやり合ってきているのだ。

ある程度、会話くらいは出来る。

タオに任せても良かったのだけれども。

ここではレントは用心棒。

タオはあくまで参謀だ。

レントもタオも、主導で事を動かしているあたしがやるべきだと言った。クラウディアも、それに同意した。

だから、あたしが前面に立つ。

それだけの話である。

「分かった、バレンツ商会は中立でいよう。 ただ、クラウディア。 最悪の事態には、備えておきなさい」

「分かったわ、お父さん」

「うむ……」

後は、バレンツ商会から離れると、島を一度出る。

準備が色々いるからだ。

それと、帰り際に護り手の詰め所に出向いて。アガーテ姉さんに剣を渡しておく。

ブロンズアイゼンの剣だ。既にアガーテ姉さんの癖とかは掴んでいるので、調整は必要ない。

手にしたアガーテ姉さんは、目を細めていた。

「これは良い感触だ。 王都では更に良い金属で作られた武器を見た事もあるが、この剣自体は王都の騎士が持つものよりも更に総合力で上回るぞ」

「有難うございます。 もっと改良したのが出来たら持ってきます」

「ああ、頼む。 これで……もっとできる事が増えるな」

アガーテ姉さんも剣士だ。

だから、良い武器を手にすれば嬉しいのだろう。他にも、幾つか剣か槍を護り手に渡しておく。

時間を見て、ブロンズアイゼンの装備を幾つか作って置いたのだ。調整は各自でやってもらう。

調整をこっちでやる時間がないからだ。

後は島に戻り。

薬などを補充しておく。

ドラゴンほどではないだろうが、それでも外海の魔物が相手になる可能性が極めて高いのである。

あらゆる準備が必要だった。

リラさんは留守にしている。フィルフサの斥候をつぶしに出ているのかも知れない。

いずれにしても、あの人は人間の常識外にいる戦士だ。まだあたし達では及ばない。あの人が斃されるようなら、もうその相手には何もできない。

準備をしたあと、細かい打ち合わせに移る。

この後、やる事が幾つもある。

それを見越しての、作戦会議はしておかなければならなかった。

 

ボオスの所に、父が来る。

父は恐怖と狼狽で、顔を歪めていた。

「ボオス、家族会議だ」

「一体何があった」

「まずい、まずいぞ。 島がブルネン家の手を離れるかも知れない」

「……」

疲弊しきっているボオスも立ち上がると、居間に出向く。

他の島の住民とは比べものにならない大きな家だが。

これがクーケン島に古くからあるもので。勝手に手を入れて。勝手に家にしているものだということを、ボオスは知っていた。

邸宅とは笑止な話だ。

この建物が、もとは何だかも分からないのだから。

自分のような滑稽さだな。

そうボオスは自嘲していた。

父はまくし立てる。

流れ者に対して、どうするべきか考えなければならないと。此処にはボオスと父しかいない。

母はもうとっくに死んだ。

年齢的には不思議な話ではない。古老のように長生きするのが例外で、50を過ぎればいつ死んでもおかしくない。40を過ぎても、人によっては死ぬ。

体が弱かったボオスの母の記憶は、殆ど覚えていない。

ただ父の行動にいつも悲しそうな視線を向けていたことだけは覚えている。

責任感が強く。

ただ体が弱くて、それに体がついていかない人でもあった。

「と、とにかくブルネン家を守らなければならん。 ドラゴンを斃してくれたシュタウトのあれの師匠ではあるが、どうにかして追い出さないといかん。 恩知らずな事はしたくないが、手段は選んでおられん」

「もう止めたらどうだ」

「そうも行くか。 お前は知らないんだ。 没落した名家の人間がどれだけ惨めな目にあうか」

「……」

母も。遠くから嫁いできたらしい母も、そんなもと名家の人間だったらしい。

悪辣な統治で集落を追われ、極貧生活をしていたそうだ。

父が見初めて結婚したが。その時には体にどうしようもない負荷が蓄積しきっていて。

それであまり長生き出来なかった。

恐らく母に、そういう話を聞かされていたのだろう。ボオスは更に暗澹たる気持ちになる。

そもそもボオスが今のままブルネン家の跡を継げば。

島中の総スカンを食らって、暴君の烙印を押される事は確実だ。

そんな事はボオスだって自認できている。

だから、手詰まりだと感じてしまう。

「そうだ、不漁の事があったな。 あれを錬金術師どのの責任にしよう」

「失敗すると思うぞ。 ライザの成長速度は見ている筈だ。 短期間で良い薬を作る、程度からあのドラゴンを斃す所まで行っている。 不漁くらいは、解決しかねん」

「なんと……」

「悔しいが、今の俺ではあいつに……」

言葉を詰まらせるボオス。場を重い空気が包むが。

父は、それでもやるのだと言った。

「とにかく、試すしかない! ボオス、お前は若い衆を使って、不満を持っている漁師達をたきつけろ。 それが出来たら、私が錬金術師殿に召喚状を書く!」

「村会でつるし上げて追い出すつもりか」

「それしかない! この邸宅を、訳が分からない輩に荒らされたら、何が起きるか……」

父は憶病な人間だ。

だから滑稽なくらい肩肘を張っているし、威厳を出すために似合いもしない髭まで生やしている。

着ている服だって、自分で手入れも出来ない王都の絹服だ。あのバレンツのお嬢さんが着ているような。

親父やバレンツのルベルトが着ているのはビジネススーツとかいうらしいが、これらの服の製造技術は、再現が出来ないものらしい。いわゆるロストテクノロジーであり、作る機械が壊れたら終わりという儚いものだそうだ。

今のブルネン家のようだなと、ボオスは思った。

「分かった。 ただ、「俺が主導した」と言う事にしてくれ」

「何?」

「失敗したら全て俺のせいにしろ。 ……養子を取るか新しい妻を娶るか、今のうちに考えておくんだな」

「な、ボオスお前……」

ドラゴンに手も足も出なかった。

それでボオスの何かが、決定的に折れた。

アガーテやウラノスでも手も足も出なかったというのは何の言い訳にもならない。二人とも、ライザがドラゴンを斃すのに最大級の貢献をした。ウラノスに至っては、全ての力を絞り尽くして、寿命まで犠牲にして隙を作った。

アガーテは、ドラゴンの鱗を貫く攻撃を叩き込み、だめ押しまで入れた。

ただブレスに吹っ飛ばされてそれだけで身動きも出来なくなったボオスとは、全く違った。

あの場にいた役立たずは、ボオスだけだった。

もう、俺はいらない人間だ。

そう、ボオスは考えていた。

 

1、亀裂は拡がる

 

アンペルさんの想像通りになった。

島に戻ってみると、露骨に空気が変わっていた。漁師の何人かが、あたしの事を睨んでくる。

島の老人も、ひそひそしていた。

「怪しい呪いで魔物を呼び寄せているというのは本当かねえ」

「しっ。 何をやったかは分からないが、それでもあのドラゴンを斃しているのは事実なんだ。 もしも機嫌を損ねたら、何をされるか……」

「昔は悪ガキなだけだったけれど、恐ろしい」

「とにかく、視線を合わせてはならん。 ドラゴンを斃したくらいだ。 魔物くらい、自由に操れるのかもしれん」

無茶苦茶だ。

あたしは全て聞こえていた。

クラウディアが、前に出かけるが。肩を掴んでとめる。

クラウディアが、結構義憤に駆られるタイプだというのは、あたしも知っている。

「ライザ、いいの黙っていて」

「まずは情報を集めよう。 決定的に空気が変わったのは事実だね。 二人一組で動いて、情報収集から。 あたしはクラウディアと動くよ。 あたしは護り手の詰め所と、それと港で白髭おじいちゃんから話を聞いてくる。 レント、タオ、そっちはボーデン地区から知り合いを訪ねてみて」

「分かった、行こうぜタオ」

「うん。 ライザ、クラウディア、気を付けて。 何が起きるか分からないからね」

勿論気を付ける。

まずは護り手の詰め所に。

この間の件もある。視線は、幸い老人や漁師の一部が向けてくるものほど、冷たくはなかった。

ウラノスさんが詰め所にはいなくなってしまったが。

今後、ウラノスさんは後継者の育成と、ご意見番に徹してくれるそうだ。ウラノスさんは、自分はもう引退するつもりだったのだと、満足そうだったということである。

アガーテ姉さんがいた。話を聞くと、あっさり話してくれた。

「島が妙な空気になっているだろう。 身を守ることは問題ないと思うが、くれぐれも早まるなよ」

「はい。 それで何が起きているんですか?」

「錬金術師殿……アンペル殿といったか。 あの方が、お前をたぶらかして、更には魔物を操って島周囲の魚を全て食い尽くさせたとかいう噂が流れている」

「ああ、やっぱり」

不漁をネタにしてくるだろうとは、アンペルさんも予想していたが。

予想以上に直球勝負で来たものだ。

恐らくだが、モリッツさんは相当に焦っていると見て良い。

しかし、老人達の様子からして。

モリッツさんに対する反発はあるが、それ以上に未知への恐怖が勝っているのだろう。

敵を作れば集団は団結する、か。

昨日、アトリエでアンペルさんが言っていた。

人間は多数派であろうとする。

そのためには、自分が多数派であるように見せつけようとする。

それには敵が必要だ。

だから人間は、巧妙なものはいつの間にか。愚かしいものは公然と。敵を作り出す事で、集団をまとめようとする。

そういう生物なのだと。

アンペルさんは、ずっと長い間フィルフサと戦い。門を閉じるために、孤独な戦いを続けて来た。

リラさんが途中で加わったが、それまではずっと一人でやっていた。

そう考えると、説得力がある話だ。

そして今、目の前でそれが起きている。

「私はこの件では中立を貫くつもりだ。 護り手もな」

「ありがとうございます。 それで充分です」

「島のことをドラゴンからお前達は守ってくれた。 魔物が現れた場合も、私は中立を貫く」

ああ、なるほど。

それで、モリッツさんを追い詰めることが出来るという事だ。しかも暴発しない程度に、である。

なるほど、流石にアガーテ姉さん。

前に、ちらっと聞かされた事がある。

王都での、ろくでもない人間関係と、派閥争いの話を。

そういうのを見て学習したのだとすれば。

アガーテ姉さんの言葉には、むしろ色々な意味での哀しみが篭もっているのかも知れなかった。

そのまま、港に出向く。

白髭おじいちゃんは、無言で船を直していた。船を作るのは大工の仕事だけれども、手入れは普段は漁師がする。

ましてや今は魔物の危険がある状態だ。

とてもではないが、船を出すわけにはいかない。

ただ、護り手が狩ってくる魔物や、放牧地区にいる家畜の肉だけでは限界がある。漁師達に不満が蓄積しているのは、一目で分かった。

だから、最初に持ち込んだ肉を分ける。

人間はとてもこう言うときは正直で、大喜びでがっつく。

ただ一部の漁師達は、あからさまに不審そうに距離を取っている。

これは今朝、あたし達が小妖精の森で仕留めてきた鼬と、それに暴れていた羊なのだけれども。

なお、小妖精の森には、もうフィルフサの気配はなく。

アンペルさんの話によると、あたし達は将軍級以上のフィルフサでなければ戦えるらしいから。

油断だけはするなと言われて、狩りに出向いたのだ。

「ありがてえ。 本当に支給品がしょっぱくてよう」

「あたし達の分は確保してあるので、此処にあるものはその場で食べてしまってください」

「おう、ありがとうよ!」

「それで、白髭さん」

うむと、白髭のお爺さんが立ち上がると。

物陰に移動する。

軽く話をする。クラウディアは、心配そうに目がぎらついている漁師達を見ていた。あれは肉が不足するとなる状態らしい。

「この島の異様な空気、原因に覚えはありますか」

「あるもなにも、若いのに昨日の夕方くらいから馬鹿な事を吹き込んでいる輩がおったわ。 まあお前達が想像しているだろう相手よ」

「やっぱり……」

「錬金術師が怪しい呪いを使ってドラゴンを操って、魔物も操って悪さをしているだの、怪しい呪いをしているからドラゴンが暴れているだの。 どうして馬鹿な事をあっさり信じるのかのう……」

クラウディアが顔を上げる。

寂しそうだったが。

今は、強い決意が顔に出ていた。

「人は、自分が信じたいことを信じる生き物だって、私は旅をしてきた最中に学びました」

「そうだな、その通りかもしれん。 他の老いぼれどもは、どいつもこいつも言い伝えに従っていれば安楽に暮らせると思っておる。 わしが知る限り、ドラゴンなんて出たのはここ百年で一度きりだ。 何もしてくれたためしがないドラゴンなどにすがって、何にもならないというのにな」

「白髭さん。 いや、白髭おじいちゃん! 頼みがあります!」

「うむ」

中立でいて欲しい。

そう言うと、白髭おじいちゃんは、くつくつと笑った。

「分かっておるよ。 やり方が幼稚で強引だが、それでもブルネンのはこの島に必要であるからな。 追い詰めすぎてもならん。 ただ、心配なのは息子の方でな。 あれは決定的に心が折れておったな」

「ボオスが……」

「気付いているかもしれんが、あれはお前さんを女としてではなくライバルとして見ていたようだからな。 決定的に先を行かれたどころか、ドラゴンに蹂躙されるだけだった自分と、ドラゴンを斃したお前さん。 それを比べてしまえば、心だって折れるだろう」

「あの馬鹿……!」

皆と話して、そういうことだというのは分かっていたが。

それにしても、今回の件で一線を越えた気がする。

ただ、それでもだ。

あたしは、錬金術を捨てるつもりは無い。

何となく、ボオスの気持ちは今までの事で分かった。

あの事故が起きる以前の関係に戻りたいのだろう。

それはかまわない。

ただし、錬金術を捨てる事でそれは出来ない。

ボオスと話すなら、それしかなかった。

「わしの方から、漁師どもに話はつけておく。 できる限り、多くの人間を中立につけておくよ」

「ありがとうございます」

頭をばしっと下げると、あたしはその場を後にする。

向かうのは、ボーデン地区の中央広場だ。其処で、レントとタオと落ち合うことにしている。

二人も話を聞いて回っている筈だ。

丁度良い時間的な案配だろう。

歩きながら、クラウディアと話す。

「ねえライザ……何があったの? ボオスくんと、このままだと本当にどうしようもない所まで行ってしまうよ」

「後で話すよ。 この件が、一段落したら」

「ボオス君と、仲直りした方が良いよ。 二人とも、絶対に意固地になっているし、このままだと絶対悲しい結果になるから」

「……うん」

分かっている。

あの事件は。

あたしにも非があったのだ。

だけれども、それ以降の積み重ねが悪すぎた。今回の一件を片付けない限り、どうしようもない。

合流。レントとタオも、情報を集めてくれていた。

「どうだった、レント」

「結論から言うと、情報をばらまいていたのはブルネン家の息が掛かった人間が数人。 ボオスとランバーもいたそうだ」

「ボオスが直接出て来ているの?」

「ああ」

白髭おじいちゃんの話をすると。

レントは、何とも言えない顔をした。

一番激しくボオスとぶつかり合ったのはレントなのだ。特にタオを虐めるボオスを力尽くでとめようと、レントは殴り合いを何度もしている。

途中からはレントがボオスより圧倒的に強くなって、喧嘩が成立しなくなって。それからボオスは言葉でのレントとの戦いを選んだ。

レントにはザムエルさんというアキレス腱がある。

実際ザムエルさんの息子と、レントを毛嫌いする村人はいるのである。当のレントが、一番自身を嫌っているらしい理由もそれだ。

「ボオスの奴、心が折れているっていう話だったが……何をたくらんでやがるんだ?」

「その……推測だけれど。 アンペルさんと同じ事をしようとしているんじゃないのかな」

「ええと、憎しみを自分に引きつけるって事?」

「そう。 ボオス君、ブルネンの家を守るために、自分に憎しみを集めて……それで誰か別の後継にブルネン家を譲るつもりじゃないのかな」

ぞくりときた。

もしそうだとすると、ボオスは死ぬ気かも知れない。

確かに決定的にプライドをへし折られた。

あのプライドが高いボオスが、である。

だとすると、そうなっても不思議ではないけれど。いくら何でも、それは許せない。

クラウディアがまつげを伏せる。

「ボオス君とはあまり話した事はないけれど、本気でライザ達を憎んでいるようには感じなかったな。 昔は友達だったんじゃないの?」

「それは……」

タオが言葉を詰まらせる。

あたしは、何も言えない。

あれは、あたしにも非があった。だから。

ただ、今は優先順位がある。

ボオスが来る。ランバーもつれている。

思わず顔を上げるあたしに、ランバーが手紙を出してくる。ボオスは黙りこくっている。というか、痩せたか。

それくらい、窶れている雰囲気だった。

「ライザ、その……言いたくはないんだが、これをお前の師匠に渡してくれるか」

「ランバー、あたしとそんな風に話すの久しぶりだね。 最近はずっとボオスしかほぼ話さなかったし」

「俺は剣を他人に教える事しかできないからな。 それ以外はでくの坊のクズさ。 そんなクズに代理を頼むくらい、坊ちゃんは参ってるんだ」

「……」

ボオスを批難を込めて見つめる。

ボオスは、もう何も見えていないかのようだった。

あれは、本当に精神が限界近いのかも知れない。

我慢できなくなったらしいレントが、食ってかかる。

「おいボオス! ランバーに任せてないで、自分で言えよ!」

「やめてくれ。 俺が……やるって言ったんだ。 お前達の悪口をばらまくのもだ!」

「ランバー……!」

「やめなよレント」

ランバーの手から、手紙を受け取る。

召喚状だ。

アンペルさんに対するもの。

本当に、アンペルさんの描いた絵図通りになっている。ただ一つ計算外なのは、ボオスの事だ。

アンペルさんの話が本当だとすると、大侵攻とかいうフィルフサの侵略が始まったら、本当にロテスヴァッサどころか、この世界そのものが終わってしまう可能性が高い。乾期は冬の始まりまで続くし、その間雨は殆ど降らないのだ。

フィルフサは何もかも殺し尽くして進むという。

「将軍」ほど全ての個体が強くないという話は聞いたが。それでもとんでも無い大惨事になるのは確定だ。

それに比べたら、ボオス一人の事なんて、アンペルさんにはどうでもいい事かも知れない。

だけれどもあたしには。

クラウディアの言葉を、無視出来ない。

「ボオス。 話、出来ないの?」

「……」

「坊ちゃんは殆どメシも喰ってないんだ。 もう勘弁してやってくれ」

「ランバー……」

ただの無能な腰巾着だと誰もが見なしているランバーが。こうも食い下がってくるのは、尋常な事じゃない。

いずれにしても、ボオスの窶れ方も異常だ。

これ以上は、責められなかった。

二人が行くのを見送る。

尊大で、いつも暴言を吐いて、タオを突き飛ばしていたボオスが。

すっかりしぼんだ様子なのは、今まで対立してきた相手だというのに痛々しい。

レントが、声を掛けて来る。

「優先順位通りに動くしかねえ。 まずはエリプス湖に入り込んでいるクソッタレな魔物をブッ倒す」

「うん……」

「その前に、まずは村会に出ることだね。 モリッツさんに、決定的な譲歩を引き出させる必要がある……」

この島にも、ろくでもない秘密が隠されている可能性が高い。

あの城のように。

ドラゴンを仕留めたときの、狂気に染まった目と。最後に解放される寸前の、感謝の目を忘れられない。

それに、話を信じるなら。

古代クリント王国のやったことが。全ての元凶だ。

今はとにかく、古代クリント王国が此処で何をしたのか。どんな余計なことをしたのかも、確認しなければならないだろう。

アンペルさんの言う通りだけに動くのでは駄目だ。

もっと、先を読んでいかないと。

モリッツさんに、禁足地への立ち入り許可を貰いたい。

それが現時点での、あたしの狙いだ。

だが。アンペルさんは、多分モリッツさんの屋敷を徹底的に調べ尽くしたいと考えているだろう。

それを思うと。

まだまだ、一波乱も二波乱もありそうだった。

 

アトリエに戻る。

タオがチョークで写してきた資料や。持ち帰ってきた書物、更には使えそうだったがらくたをアンペルさんが確認していた。

実は、城の一角には、錬金術の釜らしきものもあったのである。

ただ。あくまでそう見えただけで。

ただの城用の大きな釜だった可能性もある。

だから、持ち帰る事はなかった。

一つ。壊れていない分からないものがあったので持ち帰ってきたのだが。アンペルさんは、それを一番価値があると言った。

壺から何か生やしているような形をしているそれは。

不格好な調理器具にしか見えなかった。

「これを見つけるとは運が良いな。 しかも壊れていない」

「なんなんですかこれ。 とりあえず持ち帰ってはみたんですが……」

「これは古式秘具の一つだ。 トラベルボトルと言われている」

「トラベル……? 何処かに旅を出来るんですか?」

クラウディアが不思議そうに言うが。

アンペルさんはある意味間違っていないと応えた。

「これは存在の性質をコピーして、局所的な異世界を作り出す道具だ」

「異世界を作り出す!」

「だがあくまで局所的な異世界で、世界の広さはクーケン島よりも小さい程度しかない」

これで満足してくれていれば。

古代クリント王国は、異世界に侵攻などと言う馬鹿な事をしなかっただろうに。そうアンペルさんは嘆息する。

いずれにしても、これを上手に使うと、素材を幾らでもコピーできると言う事だ。それも貴重な素材を。

更に、もう一つ。

鍋を重ねて棒でつなげたような道具も、古式秘具だという。

ひょっとしてあの城。

宝の山だったのか。

だとすると、誰も価値を知らなくて良かったとしか言えない。それに風雨にさらされていたのだ。

壊れていなくて良かったとしか言えなかった。

「此方はコアクリスタルの拡張版といえるものだが……ちょっと修理と、使うための準備がいる。 もう少ししたら、使えるように私が調整しよう」

「お願いします。 その時に説明をしてください」

「ああ。 それで、戻って来たという事は、どうせブルネン家からアクセスがあったのだろう?」

「……はい」

手紙を渡す。

召喚状だという手紙を見ると、アンペルさんは鼻で笑っていた。

「想像通りだな。 むしろこの手の手紙としては、紳士的な部類だ」

「そうなんですか?」

「ああ。 一応……拙いが、形式に沿って正式な召喚状となっている。 これは王都の貴族のやり方を真似た……いや恐らくだが、何らかの形で入手した手紙をそのまま名前だけ変えて使っているのだろう。 幾つかの名詞が間違っているな。 紙も、それなりにしっかりしたものを使っている。 高かっただろうに。 恐らくモリッツという御仁、根は悪党ではないのだろうな」

「手慣れていますね」

呆れてタオが言うが。

アンペルさんは、今までにあった非紳士的な召喚例を幾つも出してくる。

いきなり武装した男達が家に乗り込んで来たこともあったらしいし。

それどころか、家の周りを囲んで火をつけてきたこともあったらしい。

ぞっとする。

本当に、下手をすれば殺されていた場面だ。

いずれもそういう場合は、アンペルさんとリラさんは容赦しなかったらしいが。

血の雨が降ったんだろうな。

そう思って、あたしは暗澹たる気持ちになる。

クーケン島は、まだマシな方。

そう言われたことが、何度も頭の中で響いていた。そしてそんなマシな方な場所でも、こんな茶番を真面目にやろうとしているのだ。

「一番気をつけるのは、島に渡る時だ。 既にリラが仕込みを終えているが、そろそろ湖の魚を食い尽くした魔物が、いつ襲ってきてもおかしくない。 流石に水中での戦闘は分が悪すぎる。 気を付けてくれ」

「分かりました」

「よし、出るぞ。 戦闘用の装備は、一通りはこべ。 ただ村会にそれを持ち込むと怪しまれる。 先に、湖岸においておくんだ」

時間のロスになるが。

それでも、不自然な雰囲気になる事を避けるには、それしかないという。

ただ、相手次第ではそのまま手持ちの装備だけで倒してしまってかまわない。

そうアンペルさんにも言われた。

すぐにとめてある船に乗り込む。

あの時の薬は、このために作ったんだな。

そう思う。

何手も何手も先を読んで動いている。アンペルさんは、ちょっとダーティな手が目立つ事もあるけれども。

それでも凄いと、あたしは思った。

 

2、つるし上げの村会

 

島に渡る間が、非常に緊張した。

あたしが見つけて来たこの襤褸船。そろそろ改造した方が良いかも知れない。もしも魔物に襲われたらひとたまりもないし。

季節によっては時化だって来る。

あたしは漁は出来るけれども、どうしても泳ぎ……水……それに着衣泳には抵抗がある。

あの時の事件が絡むからだ。

それに自衛能力を身に付けた今も。

水中にいる魔物には、どうしても大きな苦手意識がある。

水中の魔物は数は少ないが、獰猛極まりない。

何より大きくて恐ろしい。

今でも、たまに船から見下ろすと、ぶるっと震えが来ることがある。

ただ、船は浮かぶために様々な計算をして作られている。簡単に金属の装甲で覆えばいいわけではない。

島にいる船大工と相談もしなければいけない。

いずれにしても、すぐに何でも出来るわけではないのだ。

島に到着。

相変わらず空気は良くない。もう村会は始まっているようで、高台から声が聞こえていた。

それも、あからさまに威圧的な声で。

それが余計に滑稽極まりなかった。

既にあたし達がドラゴンを倒した事は、クーケン島全域に伝わっている。お父さんとお母さんは、それを聞いてあまりいい顔をしなかったようだ。

若すぎるうちに巨大な武勲を立てると駄目になる。

そういう考えもあるのかも知れない。

だけれども、あたしはあれが自分一人でやった事だとは考えていないし。

あのドラゴンはまだ若い個体で。

もっと恐ろしいフィルフサがわんさかとこの世界に押し寄せようとしている事を知っている。

勿論アンペルさんとリラさんが嘘をついている可能性だってあるかも知れないが。

あの二人の行動には、どうにも嘘が見えないのだ。

一度、皆を集めて話はしたが。

タオも信じて良いと思うと、断言していた。

そうなると、あたしが疑って掛かっても無意味だろう。

それにこの醜い村会。

はっきり言って反吐が出る。

「アンペルさん、その」

「ははは、問題ないさ。 いざとなったら地力で脱出する。 その時のための事を、自分達で考えておきなさい」

「アンペルさん、修羅場信じられないくらい潜ってるんだな」

「ああ。 この程度、暗殺者を向けられていた頃に比べればなんでもない。 あの頃はリラもいなかったし、本当に危ない目に何度もあったからね」

そうか。

暗殺者というのは基本的になんか怪しい集団とかそういうのではなくて。子供や老人、普通のおじさんおばさんなどに扮して近づいて来て、不意を突いてくるものであって。特殊な能力とか、超人的な力とかは別に持っていないらしい。

アンペルさんはそういうのを知っていたから、やり過ごすことが出来たらしいが。

そうなると、普通の人間の感覚で一世代以上。

散々苦労を重ねたのだろう。

それはこの程度の村会なんて、何ともないと感じてもおかしくない。

やがて、ブルネン家の邸宅に出向く。

アガーテ姉さん達が腕組みして、黙り込んでいる。

白髭おじいちゃんも。

他にも、あたしの薬の世話になった人が、かなり沈黙を貫いてくれているようだ。

それに対して、見苦しく古老がわめき立てている。

「島に新しいものを考え無しに入れているから、災厄が起きるんだ!」

「ほう、ならば新しい血を島に入れるのも防ぐべきだと?」

「そ、それは……程度というものが!」

「どの辺りが罰の当たらない程度だと? 島の子供に体に不自由な者が増えて、新しい血をいれる事を決定したときにも、そのような反対意見が出る事が多かったと聞いていますが」

白髭おじいちゃんが言うと。

そうだそうだと、漁師数名が賛同する。

頼もしい。

あたし達に気付くと、古老はじっと黙り込む。

刺し殺すような視線を向けてくるけれど、どうでもいい。

ボオスもいるが、完全に青ざめて黙り込んでいる。

やっぱり。

死ぬ気なのかもしれない。

モリッツさんも来る。やっぱりこっちも窶れている。

相当に厳しい話をした後だと言う事は、一目で分かる。そして、あたしではなくて、アンペルさんにいきなり話しかけた。

「錬金術師アンペルどの、召喚状に応じてくれて感謝する。 貴方はドラゴンを斃したライザの師なのだろう。 もしも捕らえなければならなくなった場合、どれほどの被害を覚悟しなければならなかったか……」

「何、その場合は其方には被害など出させませんよ。 それよりも、この召喚状、名前だけ変えて丸写ししましたね。 この辺りには関係無い地名などが紛れていましたが」

「うっ、そ、そうか。 もう少し色々と勉強しておこう」

「そうですか」

口を押さえてそっぽを向く者数名。

まあ、そうだろうな。

モリッツさんは王都にいったことがないと聞く。

ブルネン家の人間は、王都に「留学」した人間が今までに何人かいるらしいのだが。この手紙は、その時に手に入れたものなのだろう。

だとすれば、マナーをそのまま丸写しするのも当然に思う。

ましてやモリッツさんの先代は、女傑として知られていたのだ。

「ブルネン家の男が」だのと散々仕込まれたモリッツさんは、一生涯頭が上がらなかっただろうし。

この手紙が先代の持ち込んだものだとしたら。

開くだけで冷や汗が出ただろう。

「それよりも、何用で。 今、島は大変な事になっている筈ですが」

「その大変な事……記録的な不漁が、貴殿の仕業では無いのかという噂があるのだ」

「ほう」

「外海の魔物が関係していることは認めよう。 漁師にも目撃例がある。 その魔物を、貴殿が操っているのでは無いか、というのだ。 それで貴殿らを追放せよという声が上がっていてな……」

モリッツさんが周囲を忙しく見回す。

こういう動作を見ても、非常に小心な人なのだと言う事がよく分かる。

余裕が出てくると、色々と見えてくるものだな。

そうあたしは感じてしまう。

モリッツさんは昔は漠然と嫌な人で、乾期に威張る人くらいの印象しかなかったのだけれども。

アンペルさんとリラさんという、修羅場という修羅場を潜りまくってきた人達に軽く教えを受けただけでこれだ。

更には、クラウディアから細かく島の外の情勢も聞いている。

そうなってくると、モリッツさんには。何とか先進的なものを取り入れて、島を自分なりに良くしようとしている小心なおじさん。そういういう印象しか浮かばなくなってくる。

まあ昔から、戦闘をすれば瞬殺出来ることは分かっていたが。

それはそれとして、今は底が見えた印象だ。

ただだからといって、侮るつもりは無い。

相手の立場が上だとも、思わないが。

「魔物が出ていることは認めるのですな」

「そうだ! 竜様もこの怪しい呪い師が操ったに違いない!」

古老が喚くと。

年老いた人が、何人かそうだそうだと叫ぶ。

古老はモリッツさんとは対立しがちな立場だけれども。

それはそれとして、こう言うときは利害が一致するわけだ。

アンペルさんが肩をすくめる。

「馬鹿馬鹿しい。 ドラゴンを自在に操れるような力があるのだったら、ドラゴンをこの邸宅に降ろしますよ」

「なっ……」

「そうなればもう誰にも抵抗は不可能だ。 わざわざ島の周囲を飛ばして嫌がらせをするような意味がない」

「た、確かにそれはそうかも知れないが、それはそうとして完全には操れないのかも知れない!」

モリッツさんは、分が悪いことは理解出来ているらしい。

だけれども、もう後には引けないのだろう。

それに、だ。

そもそもボオスやランバーを使って悪評を撒く時点で。

実際には、アンペルさんが何もしていないことは理解しているのかも知れなかった。

そうなってくると、ボオスだ。

昨日見たとき、疲弊しきった顔をしていたが。

かなり心配になってくる。

クラウディアには話しておかなければならないだろう。

だが、それもこの茶番が終わった後だ。

今は、この村会で、決定的な事を勝ち取らなければならないのである。

「ではこうしましょう。 私はこうやって装備を外し、両手を挙げています。 魔術も発動しておりません。 見えますな、魔術を発動していない事は。 そこのご老人は魔術師と聞く。 ならばなおさら見えるでしょう」

「古老」

「う、うむ。 側にいるライザの方が何倍も魔力が大きいように見える」

「結構。 そんな程度の魔力で、外海の魔物のような巨大な存在を、どうやって操るのですかな?」

今は操っていないかも知れない。

そう叫ぶ古老だが。

次の瞬間、衝撃が邸宅にまで来る。ずしんと、島そのものが揺れたようにすら感じる程だった。

こけつまろびつとでもいうのが相応しい。

邸宅に駆け込んできたのは、港で張っていた漁師達だった。

「た、たたたた、大変、大変だあっ!」

「どうしたっ! 地震なら珍しくも……」

「くだんの魔物だ! 商会が使う大船よりもでかい!」

それが上陸してきたという。

まあ、リラさんが言っていたとおりだ。

魚が捕れなくなれば、人間を狙ってくる。しかも魔物をリラさんは見た事があるらしく、習性も知っているそうだった。

この世界に来て何十年も経っているそうだが。

だとすれば、それくらいのことはもう分かるのかも知れない。

顎が外れそうな顔をするモリッツさん。

露骨に狼狽する古老。

アガーテ姉さんが、大きくため息をついた。

「モリッツ殿」

「あ、う……」

「古老、どうですか。 アンペル殿に魔力などの変動は見られますか」

「くっ……み、見られん!」

アガーテ姉さんが、あたしに頷く。

人間を喰らいに来ている魔物だ。

すぐに対処しなければ、島に記録的な被害が出る。

港のすぐ近くに旧市街がある。其処には老人や子供もたくさんいて、すぐに避難なんて出来ないのだ。

「モリッツさん!」

あたしが叫ぶ。

モリッツさんは、露骨にうろたえる。

あたしは、更に続けた。

「どんな魔物でも、ドラゴンよりは劣るはずです! あたしに正式な指示を出してください! それとこのばかげた村会の……アンペルさんの追放の撤回を!」

「ま、まて。 そ、その」

「急いでください! 魔物は商会の船よりも大きいという話です! 人が襲われたら、それこそひとのみです!」

「……分かった。 ライザ、レント、タオ。 それに、バレンツのお嬢さんにも協力願いたい! アガーテも行ってくれるか。 島を襲ってきた魔物を退治してほしい!」

モリッツさんが、青ざめながらも決断してくれた。

それでいい。

「承りましたっ! もう一つ!」

「分かっている。 アンペル殿の追放だのは撤回だ! 此処で無実を古老も証明してくれたからな!」

「わし!? ……く、くううっ!」

いきなり責任を押しつけられた古老が目を白黒させる。

いい気味だが、今は見ている余裕が無い。

すぐに走り出す。

アンペルさんが、行ってこいと視線で送っていた。アンペルさんは、任せてくれると言う事だ。

ただ、アガーテ姉さんは冷静だった。

「タイミングが良すぎるな。 ライザ、お前何か仕込んだのではないか?」

「まさか」

「分かった、聞かないでおく。 それにアンペル殿が言った通り、島をどうこうしたいのなら、あの邸宅にドラゴンを降ろす方が楽だ。 そうでない事自体が、ドラゴンを操って等いない証拠ではあるな」

「それより、見えてきたぜ!」

レントが声を張り上げた。

それはあたしとしては、かなり苦手な相手だ。

魚のように見えて、もっと体がずんぐりしている。背中に鋭く見えるひれ、アレはサメのそれによく似ていた。

それでいながら、陸上にも平然と上がって来ているようだ。

リラさんが行動を先読みして、前にあたしが作った誘引用の薬で引き寄せたのだろう。しかもこの完璧なタイミング。

まさにあうんの呼吸と言う奴だ。

本当に、さっさと夫婦にでもなればいいのに。

そうあたしは思う。

タオが呻く。

「信じられないくらいでかい……!」

「古城のドラゴンより大きいね!」

「なに、それでもドラゴンに比べれば雑魚! 身に纏っている魔力なんて、比べものにならないほど小さい!」

荷車から、装備を取りだす。

あわてて駆けつけてきた護り手を、アガーテ姉さんが下げる。

ここで戦えるのはあたし達以外だとアガーテ姉さんくらい。

それもアガーテ姉さんも、ドラゴンに振り回されて壁に叩き付けられた直後である。万全ではない。

魔物が、鈍重に陸上を這いずりながら、人間を明らかに見定めている。

これ以上進ませる訳にはいかなかった。

「ライザ、指示はお前が出せ。 此処で奴を仕留める!」

「了解!」

前衛はレントとアガーテ姉さん。

あたしが爆薬でメインアタッカーをやる。

タオとクラウディアは支援。

これで、倒せるはずだ。

まずは、挨拶代わりだ。

あたしがフラムを。改良を重ねているフラムを投げ込むと、それをぼんやり見ていた魔物が。炸裂する超高熱に絶叫していた。

やっぱり水の魔物だ。炎には耐性がない。そのまま、一気に押し切る。

 

魔物の側を走り抜けながら、エリプス湖を背中にする。

理由は簡単。逃がさないためである。

こいつを逃がしたら、手負いのまま海に出る事になる。そうなったら、どれだけ船が襲われる事か。

魔物が、怒りに満ちたまなざしを向けながら、鋭く体を旋回させて、巨大な尻尾を叩き付けて来るが。

雄叫びと同時に、レントが。

気合いと共に踏み込んで、剣撃で尻尾を弾き返す。

いわゆるパリィだが。

あまりにも大技過ぎて、皆瞠目していた。

「いよっしゃあ!」

「すっご……」

「クラウディア!」

「うんっ!」

皆とは離れて高所を取ったクラウディアが、まずは挨拶代わりに一矢を叩き込む。その矢も、かなり巨大化していて、弾速も上がっている。

ドラゴン戦でやはり更にコツを掴んだのだろう。

矢どころか、槍より大きな一撃が、緩慢に逃れようとする魔物の左目を直撃し。魔物が苦しがってのけぞる。

続けてタイミングをあわせて、タオがもう一つの目を強襲するが。

魔物は体を捻って、驚くほど機敏にそれを回避すると、体を揺らして体当たりをタオに返す。

それでいながら、口からずっと詠唱が漏れている。

これだけの大物の魔物だ。

それは魔術くらい使うだろう。

顔面は鋭い刃のように尖っていて、近付く事すら避けたい。ましてや見えている口は、乱ぐい歯がもの凄く、一つ一つの牙が人間の顔くらいもあるのだ。

あんな口で噛まれたら絶対に助からない。

アガーテ姉さんは、それでも全く怖れず斬りかかり、鋭い剣技で何度も傷をつけるが、相手は巨体だ。

決定打になっていない。

だがそれでも痛いと感じたのか、魔物は跳びさがると、上空に躍り出る。

まさか。

地面に、全身を叩き付ける魔物。

この巨体で、ボディプレスだと。

皆が吹っ飛ばされる中、あたしは魔力をフルパワーで展開して、踏みとどまる。レントが側を、即座に駆け抜けていく。

魔物が吠え猛る。

それだけで、生臭い風が吹き付けられて飛んでくる。

うわっとなるけれども。

その程度で怯むほど、もう柔じゃない。

あたしは続けてフラムを取りだすと、魔物が明らかに反応。投擲すると同時に、魔術を発動した。

フラムが、水の泡に閉じ込められる。

なるほど、熱を発するものだと即座に学習したか。見た目よりも、かなり頭がいいようである。

だが。

その水の泡ごと炸裂するフラム。

さがるようにハンドサインを出していたから、誰も巻き込まれない。

炸裂したフラムが、灼熱と高熱の水を辺りにぶちまける。多少は緩和できたかも知れないが、こんなに効くとは思わなかったのだろう。

魔物が悲鳴を上げてのたうつ。びたんびたんと体が地面を叩くだけで、揺れるくらいである。

こんな奴、市街に入れる訳にはいかない。

飽食の邪悪。

滅びるべし。

あたしは一瞬だけ悩んで、今度はレヘルンを取りだす。レントが、気合いを込めて斬り付け。

アガーテ姉さんが穿った傷を更に拡大する。

だが、調整したばかりのレントの大剣が、傷に食い込みきらずに弾き返される。

とんでもない硬度の皮膚だ。

流石に外海で揉まれていないか。大した魔物だ。

だが、それでも勝てない相手じゃあない。

アガーテ姉さんが、上空に躍り出ると、魔物の背中のひれを左右に一撃で両断してみせる。

ひゅうと、思わず口笛が出てしまう。

魔物が絶叫して。体の右側のひれでアガーテ姉さんを粉砕しようとするが。僅かに見せた腹に、クラウディアがピンポイントの精密射撃を叩き込んでいた。

ぎゃっと、鋭い悲鳴を上げる魔物。

だが、体をちょっと動かすだけで脅威になるような魔物だ。

ぐっと体を反らすと。

今度は、何かを吐き出す。

それが、クラウディアが伏せていた辺りを、一瞬で斬りさく。岩場の高所にクラウディアは陣取っていたのだが。

凄まじい達人が切り取ったかのように、岩が両断されていた。

「クラウディア!」

「無事よ!」

「よし、戦闘を続行! 許さないんだからっ!」

レヘルンを投擲。

形が違う事を冷静に魔物は見抜いたか、それを今クラウディアを切り裂こうとした何かで迎撃してくる。

ブレスか。

いや、違う。間近で見て理解したが、多分高圧で圧縮した水そのものだ。

水は結構重くて、水流などに入ってみると分かるが圧力が結構激しい。

つまり圧縮の度合いによっては、あのような恐ろしい破壊力を発揮する、と言う事だ。

だが、それは悪手。

あたしがレヘルンを起爆すると。

その水が、一瞬で凍り付く。

口の中を凍らされた魔物が、悲鳴を上げてのたうつ。無理矢理かみ砕くが、その口は血だらけだった。

レントが容赦なく、傷口に一撃を叩き込み、抉り込む。

衝撃波が出る程の一撃で、傷口から鮮血が噴き出す。更にタオも、追撃を入れて無事だった方の目をハンマーで直撃させる。

よし、とどめだ。

全員に離れるようにハンドサインを出すと、あたしはプラジグを放り投げる。それも。ありったけ。

魔物が、直上に来た爆弾複数を見て、凄まじい絶叫を挙げる。

また形が違う。

そうなると、迎撃は無理筋だと理解したのだろう。

かっと口を開くと、短時間だけ詠唱して、吹き飛ばしに掛かろうとする。

だが、体を反らせば、無防備な腹を晒す事になるのだ。

そこに、クラウディアがまたピンポイントでの一撃を叩き込む。さっき無防備な腹に叩き込んだ一撃が穿った傷を、更に穿つ。

通り抜けざまに、アガーテ姉さんが更に一撃を叩き込み、腹を鋭く切り裂く。

レントとタオが息を合わせて、腹に更に一撃ずつ。

レントの一撃が、喉辺りから腹に掛けてざっくり斬りさき。タオの全力でのチャージが、文字通り炸裂する。

それでも魔物は巨体で踏みとどまり、上空に向けて今度は空気砲らしいのをぶっ放して、プラジグ複数を消し飛ばす。

だが、別にそれでかまわない。

あたしの使う爆弾は。

プラジグだけじゃあない。

皆が離れる中、魔物が巨体を地面に振り下ろす。良くも腹を好き放題に攻撃してくれたな。

そう言わんばかりに、周囲を薙ぎ払うように水の刃を放とうとするが、その時点で気付いたようだ。

何か、腹に違和感がある事に。

そう。

あたしが投擲しておいた爆弾はもう一つ。

気付いた魔物が。悲鳴を上げて体を反らそうとしていた瞬間には、あたしが投擲済のフラムを起爆していた。

威力も、最初の牽制用とは比較にならない。

それどころか無防備な腹には傷だらけ。

それに、自分で抑え込んでいるから、爆発の威力の逃げ場もない。

ぶくぶくと、魔物の全身が膨れ上がり。

次の瞬間、凄まじい熱が迸り。魔物の内臓が、内側からぶちまけられていた。

文字通り雨のように、大量の魔物の血が辺りに降り注ぐ。

悲鳴を上げながら、それでも動く魔物。

大した執念だが、そうはさせるか。

わっと寄って来た漁師達が、尻尾に縄をくくりつける。

大物を捕まえたときの対処のようだ。

指揮をしているのは白髭おじいちゃん。

そのまま、もがいている魔物を陸にどんどん引きずりあげていく。

あたしは、詠唱を開始。

魔物はまだ生きていたが。とどめをしっかりささないと危なくて仕方が無い。

上空に出現した熱の槍を見て、アガーテ姉さんが叫ぶ。

「皆さがれ! 今のライザの火力は以前の比では無いぞ!」

「ひえっ!」

「巻き込まれた死ぬぞお!」

「逃げろ!」

漁師達が散る中、あたしは魔物の頭に向けて。

全力では無いにしても。

とどめを刺すのに充分な火力の熱の槍を叩き込む。

刃のように鋭く尖った魔物の頭が粉砕される。脳みそが露出し、それでも魔物は死にきれない。

無言で突撃したあたしは踏み込むと同時に。

焼け焦げている脳みそに、フルパワーでの蹴りを叩き込む。

吹き飛ばされた脳みその残骸と脳漿が、辺りに飛び散ると同時に。魔物は、動かなくなっていた。

 

3、ボオスは何処

 

村会に戻る。

勿論皆無傷ではないが。あたしは敢えて最後に血を浴びるように立ち回った。まあそこまで貰った返り血は派手ではないが。

クラウディアが、ハンカチを貸そうかと言ってきたが、やんわりと断る。

此処は、敢えて威圧的な姿を見せる方が良い。

そう判断したからだ。

ブルネン邸に戻ると、古老がひっと声を上げた。

魔物の頭を蹴り砕いた。

それも、商会の商用船よりでかい魔物の。

そう漁師達が、先に報告していたのだろう。

あたしが浴びているのが、魔物の血だと言う事くらいは理解出来ただろうし。あたしが纏っている魔力が、普段はむしろ抑え込んでいるのだとも、理解出来たはず。

それに、魔物との戦闘の余波は、ここにも及んでいたはず。

あたしが作り出した爆弾の超火力や、それを迎撃する魔物の攻撃。更には。あたしがフィニッシュムーブで作り出した熱の槍は見えていたはずだ。

敢えて、あたしは笑顔を作る。

レントとタオが呆れていた。

クラウディアは両手で上品に口を押さえているが。むしろちょっと興奮気味なのは気のせいか。

ひょっとするとクラウディアは。

あたしに出会わなかったら、ワイルドな男に惚れていたのではあるまいか。

笑顔を見て、モリッツさんと古老が引きつった。

まあそれはそうだろう。

護り手が束になっても勝てるか怪しい魔物を、アガーテ姉さんがいるとはいえ、五人で圧倒したのだから。

「片付きました」

「そ、そうか。 ボオスだけではなく……島のものまで救ってくれたな。 今回の件については礼を言う」

青ざめながらも、しっかり筋を通して頭を下げるモリッツさん。

この辺りは、本当に育ちが良い事が分かる。

筋を通せるのは立派なことだ。

それだけで、充分だろう。

まあ、あたしの武力を目にしたからかも知れないが。

ただ、乱用は禁物だ。

やり過ぎるとザムエルさんみたいになるのは目に見えているのだから。

古老の方も見る。

古老は魔力が見える分、戦闘直後で軽く興奮状態にあるあたしの現状の力がよく分かったのだろう。

腐っても一時期はこの島一番の魔術の使い手だったのだ。

すくみ上がると、指をつきあわせて周囲を見て。誰も助けてくれないことを悟ったのだろう。

がっくりと肩を落としていた。

「ど、どうやら錬金術師殿は今回の一件には関係がないようだな」

「では、この茶番は終わりですね」

「わ、わしは最初から反対していたのだ。 それを理解してくれ」

古老があまりにも情けない繰り言を言うので、あたしは色々な意味で呆れた。

とりあえず、此処からだ。

まずはクラウディアが出してきたタオル(ハンカチを断った時に、軽く説明はしていた)で顔の血とか脳漿を取ると。

モリッツさんと、交渉をする。

「モリッツさん。 ドラゴンのいた城には、不可思議な遺跡がありました。 恐らくですが……禁足地にもあると思います。 今後のためにも、調査をしても良いでしょうか」

「禁足地だと……!?」

「私は賛成します。 ライザ達の腕は、既に私以上です。 禁足地の魔物の掃討は限られた護り手の仕事でしたが、今は護り手の手が足りません。 許可を出すべきだと思いますが」

「う……ううむ。 このような巨大な魔物が出る状況だ。 やむを得ないだろうな。 わかった、ライザ、好きにするといい。 ただし……くれぐれも荒らしたりしないようにな」

アガーテ姉さんも助け船を出してくれる。

よし。

これでまずは目的を勝ち取った。

後は、ボオスだが。

ふと気付く。

周囲を見回しても、ボオスの気配がない。

モリッツさんも、それに気付いて、完全に顔色を失っていた。

「ぼ、ボオスはどこに行った!?」

「この手紙を渡して、裏口から村会を抜けられましたが?」

「見せろ!」

モリッツさんが、手下の一人から手紙を奪い取ると、中身を見て腰を抜かしそうになる。口から魂が出そうになっている。

これは、まずい。

「モリッツさん!」

「……」

「見せてください!」

クラウディアが、手紙をさっと抜き取る。皆で見ると、其処に書かれていたのは。

別離の文章だった。

責任を全て取る。

これで、ライザと手打ちにしてほしい。

そういう内容だった。

あたしは思わず、頭に血が全部上るかと思った。

「ボオス!」

聞こえているか分からない。だけれども、本気での怒りを込めて絶叫していた。

どうして逃げる。

どうして話そうとしない。

あの時はあたしだって悪かった。それはもう分かっている。

だから話し合えばそれで良かったのに。

「逃げないでよバカーっ! あんたが死んだって、誰も幸せになんかならない! 誰も喜んだりしないんだよ!」

村の者達が騒然とする中。

あたしは全力で叫ぶ。

あたしの肩を掴んだのはアンペルさんだ。その冷静な顔を見ると、不意に落ち着きが戻って来た。

「手紙の文面を見る限り、島からあの青年は出るつもりだ。 入水自殺をするつもりでなければ、誰もいない場所で命を絶つつもりだろう」

「くそっ! ライザ、急ぐぞ!」

「分かってる!」

タオとクラウディアにも声を掛けて、船に急ぐ。

後ろから、アガーテ姉さんが声を掛けて来た。

魔物や村会の後始末はやっておく。後から追うと。

有難うと絶叫して、そのまま走る。もう、何も他に考えている余裕は無かった。

 

完全に終わった。

ボオスは全てを見届けると、ランバーと一緒に港に。其処に確保してあった船で、クーケン島を離れた。

何もかも失った。

島に必要な人間はライザだ。

父がライザを養子にでもすれば、後は全てが片付くだろう。

嘆息する。

ランバーには、自害を遂げた後、それを見届けて貰うつもりで来て貰った。だが、ランバーは船上で何度も言う。

「考え直してください坊ちゃん。 誰も貴方を責めたりはしないと思います」

「責めているさ。 此処で俺がな」

「坊ちゃん……」

「馬鹿馬鹿しい話だ。 決裂してからライザと散々やり合って、はっきり分かったのは器の違いだ。 どれだけ支配者たらんと俺が頑張っても、ライザの奴は天然でそれを超えて来やがった」

今では、錬金術を手に入れたとは言え。それでも島の顔役だ。あの若さで。

アガーテは勿論、ウラノスや白髭は完全にライザを認めている。医師のエドワードなどの重要な人間ですら、である。

錬金術で傲慢に地位を獲得していようとしていたら、ああはならなかった。

彼奴は錬金術で得られた力を、惜しみなく周囲に使った。

それでいてバカを甘やかすような事もなく。あの気性だから、素から一目も二目も置かれていたのだ。

錬金術とやらから離れてくれれば、或いは。

昔のようになれたかもしれないが。

もう全ては遅い。

溜息が何度も漏れる。

対岸についた。

ランバーが、やはり戻ろうと言うが。首を横に振る。手にしているのは、自害用の剣だ。せめて、最後のプライドくらいは。

自分で守らせて欲しい。

これでも、帝王教育というのを真面目に受けて。島の次世代の支配者として頑張ろうと思っていた。

だが、全てが上手く行かなかった。

いつのまにか、島一番の嫌われ者になっていた。

嫌われ者でも、島のために働いていると認知されている父とは決定的に違う。

まだ幼い頃、生きていた祖母は、ボオスに父と同じ事を言ったっけ。

ライザと結婚するか。ライザに女としての興味を持てないのなら、そのやり方を徹底的に学べと。

女傑と言われた祖母も、若い頃の無理がたたって晩年は殆どベッドから動けなかったのだけれども。

それでも祖母の力強さが、ボオスには頼もしく感じられた。

どっちも出来なかったな。

ライザと対立した後は、その愚を悔いることばかりしか出来なかった。

挙げ句、こうして負け犬としての最後を遂げようとしている。

それどころか、最後に残ったのはプライドだけ。

それも、死ねば失われるのだ。

対岸に出て、何処ともなく歩く。

吸い寄せられるように歩いたのは、西。洞窟がある。小さくて狭くて、惨めな洞窟がだ。そこならば、今の自分に相応しい惨めな死を遂げられるだろう。

そう思って、ボオスはあてもなく歩く。

「この先は魔物も出ます、引き返しましょう」

「いや、魔物が出るなら好都合だ。 いざという時、怖じ気づいて死ねないかもしれないからな。 だったら魔物に引導を渡して貰うのも手だろう」

「そんな……」

「お前は魔物に襲われたら逃げろ。 俺は、甘んじて餌になるさ」

ランバーは荒事に向いていない。

それを分かっているのに、ドラゴン戦では無理につきあわせた。

そして案の定真っ先にやられて笑いものになったランバーだが。

それでも、今でも愛想をボオスに尽かす様子はない。

蜂から助けてくれたのが理由と、周囲には話しているようだが。

それは本当だろうか。

何か他に理由があるのではないのだろうかと、ボオスは思う。

それはそうとして、洞窟はもう目の前だ。

洞窟の中は、しんとしていて。

死ぬなら、此処が良いなとボオスは思った。

「おかしいですよ坊ちゃん。 この洞窟はエレメンタルもいるし、ぷにぷにも出ると聞いています。 でも、生き物の気配が……」

「お前、普段そんな事分かるのか?」

「え? あ、ああはいまあ」

「……」

此奴、まさかだけれども。

自分が道化になる事で、ボオスの引き立て役になる事を課しているのではあるまいな。

そういえばおかしいと思っていたのだ。

ドラゴンとの戦闘でも、怪我らしい怪我もしていなかった。

他の護り手は、ブレスの攻撃で吹っ飛んだときには、相応の怪我をしていたのに。

剣術を教えるときと、それ以外で人が違い過ぎるのも考えて見ればおかしかった。

最後だ。

それくらいは聞いてみるか。

そう思った時。

風が、「前方」から吹いてきた。

おかしい。

この洞窟は、乾期以外は水で塞がっていて、非常に狭い。それは護り手から聞いていたから知っている。

前から吹いてくる、風が。

そんな話は、一度も聞いていない。

奧に足を進めてみる。

蹂躙されている。文字通り、何もかもが踏み荒らされ、殺し尽くされている。

此処に入り込んだ鼬だろうか。文字通り、ぺしゃんこにされていた。踏みつぶされたというよりも、徹底的に殺した後踏みつけた印象だ。

たくさんついている穴のようなものはなんだ。

蟹などが、浜でそういうものを作る事があるが、違う。

足跡だ。

そう気付いたときには、それが後ろにいた。

ランバーが剣を抜き打ちにして、それを斬り付ける。やっぱり此奴、普段手を抜いているんじゃないか。

それは鋏を持った巨大な生物で、白い装甲で全身が覆われ、長く鋭い尾を持ち上げていた。

尾の先端には鋭い毒針らしいものもついている。

慌てきった様子で、ランバーが叫んだ。

「逃げてください、坊ちゃん!」

「俺は……」

「良いから!」

突き飛ばされる。

ぞわりと、周囲が動く。

其処には、似たような白い装甲に身を包んだ、得体が知れない生物がわんさかいた。どれも姿が違っているが。いずれもが、白い装甲と、不自然な宝石の結晶のようなものがついている事が共通している。

其奴らはランバーと戦っている一際でかいのとは別行動で、ボオスを追ってくる。

「逃げて!」

ランバーの声。

そのまま、殺されようと思っていたのに。

必死な声。

更には、決死の戦闘。

それを見ていると、どうしてか足が動いていた。

犬のようなもの、もっと大きな若干人に似ているもの、他にも色々な種類がいる。

それらが、生物とは思えない、不気味極まりない動きで追ってくる。

いつの間にか、洞窟を抜けていた。其処の浜にも、似たようなのがわんさか満ちていた。

一斉にそれらがボオスを見る。

それらの足下に散らばっているのは、バラバラに打ち砕かれた鎧の残骸だ。誰かがあれに殺されたのか。

そう思うと、剣を抜こうとして、それで後ろからも着いてきている奴らに気付いて。必死に走る。

囲まれないように。

そう思うだけで精一杯。走って逃げ回っているうちに、変な遺跡に入り込んでいた。そして、手を掴まれていた。

遺跡じゃ、ない。

それどころか。

山ほど追ってきていたあの装甲の変な生物は、一体もいない。違う。全部竜巻のように動いたそいつに倒されたのだ。

それは陰気な雰囲気の女だった。フードを被っていて、前髪も長くて目も隠れている。

徒手空拳で、あの訳が分からない生物を倒したのか。

「此方よ。 着いてきなさい」

「お前は……」

「キロ」

「……俺はボオスだ」

聞いたこともない名前だ。心身共に傷つききったボオスは、言われるままついていくしかなかった。

 

対岸に出ると、船を発見。二人が乗ってきたものに間違いない。すぐに散って足跡を探す。

レントがすぐに見つけていた。

「西だ。 二人分。 新しい!」

「よし、みんな急いで!」

「分かった!」

「ボオスの奴、見つけたらぶん殴ってやる!」

レントがそう言うが。

タオがやめときなよとたしなめた。確かに今のレントが本気でぶん殴ったら、ボオスの頭と胴体がお別れだ。

最初はみんな、ぷんぷんと怒っていた。

だけれども、すぐに空気が変わる。

違う。

明らかにおかしい。

すっと、音もなくリラさんが現れる。さっきまで島にいたはずだが。

「リラさん?」

「緊急事態だ。 お前達の手も借りたいほどのな」

「リラさんが其処まで言うって、余程の事だね」

「ああ、急いでくれ」

すぐに、リラさんを追って走る。

リラさんが行動するのを初めて見たが、とにかく動きに無駄がない。そして素早い。見ているだけで、身体能力が根本的に違うことが分かる。知ってはいたが、実際に見ると凄まじさに舌を巻く。

走っていて殆ど音がしない。これは異界人特有のものなのだろうか。オーレン族というそうだが。

リラさんは、両手にクローを嵌めている。

鉄製の巨大なかぎ爪だ。

超がつくほどの玄人向けの武器なので、むしろチンピラとかが威圧のために身に付けたりもするらしいが。

まあリラさんの場合は、そんな事はないだろう。

辿りついたのは、例の洞窟だ。既に散らばっているのは、これは。

「フィルフサ……!」

「この形からして、斥候ではないな。 ……お前が倒したのか」

壁際に倒れているのはランバーだ。すぐに傷薬を出して、怪我を治療する。錬金術で作った傷薬だ。

最近は体力まで回復させるようにしてある。

これも、散々作った上に調整したからだ。

ランバーが目を覚ます。咳き込む。相当にこのフィルフサにてこずったようだが。そもそもフィルフサを倒せる時点で、ランバーが普段如何に手を抜いていたか、あたしは悟ってしまう。

「ライザ! 坊ちゃんが!」

「分かってる! どっちに行った!?」

「洞窟の奧……くそっ、俺がいながら……」

「いや、お前は良くやったぜ。 こいつ、生半可な相手じゃねえ。 此奴を倒しただけで、大金星だ」

湖岸近くに戻れば、護り手が来る。

護り手が来たら、すぐにとんでも無い魔物が出ているから、この洞窟への立ち入りを禁止するように伝えるべしと。

ランバーは顔を上げる。

これほどの剣腕を持っている人なのに、今までどうして。

「ライザ、頼む。 あの魔物、生物と戦っている感じがしなかった。 なんとか……その錬金術で倒してくれ」

「分かってる。 ボオスは絶対に連れ戻す!」

悲しげに笑うと、ランバーは歩いて行く。

あれは大丈夫だろう。

本当に普段は、剣を抜くと腑抜けを演じていたんだなと分かった。だけれども、どうしてそんな。

ともかく、今は急ぐしかない。

「足跡がたくさんありやがる。 どれもまともな生物のものとは思えねえ」

「見て……」

クラウディアが、口を押さえる。

彼方此方に、グチャグチャに潰された生物の残骸が散らばっている。これは、正直尋常な事ではない。

リラさんが警戒しろと言う。

「フィルフサは生物全てを殺して、こうやって潰して回るんだ。 奴らは何かを食べている雰囲気がない。 それについては、昔から不思議であったがな」

「生物急所である頭を貫通しても死ななかったのはそれが理由ですか?」

「そうだな。 奴らを捕まえて研究でもすれば分かるのかも知れないが、オーレン族にはそのような技術や知識はなくてな」

走りながら話をする。

オーレン族の聖地の一つであるリヴドルと呼ばれる場所から、リラさんは来たと言う。そこにいた氏族白牙氏族が、リラさんの故郷。

そしてもう、一人も生きていないのだそうだ。

「争いに敗れたからって、皆殺しなんて……」

「フィルフサは自分に都合良く世界を書き換える。 生き物は植物すらも存在を許さずに殺す。 そう、ただ殺して潰して行くんだ。 ……出たぞ!」

すっと、闇の中で何かが動く。

白い装甲に身を纏った生物だ。大きさはそれほどではないが、なんというかもの凄く嫌な予感がする。

前に「将軍」とやりあった時もそうだが、魔力を感じない。

というか、魔力を「感じ取れない」が正解なのかも知れない。

それは魔物との戦闘で、大きなディスアドバンテージとなる。

この世界の人間は、魔術を誰もが使える。どんなに魔力が弱い人間でも、身体能力を魔力で補っている。女性戦士が男性戦士と互角にやり合えるのはそれが理由だ。魔力の強い女性の方が多く、それを生かして色々出来るのである。

逆に言えば、それに対してこの性能。

まるで、ピンポイントで弱点を突きに来ているかのようだ。

ゆらゆらと、不可思議な動きで襲いかかってくるフィルフサ。将軍とは比べものにならないほど小さいが。

レントが頭をたたき割ってやっても、平然と動く。

後ろから、素早いのが来る。

犬のような姿をしているそれが、天井近くで回転しながらこっちに来たが。リラさんが跳躍すると。

竜巻のように全身を旋回させ。

一瞬で粉みじんに解体していた。

「どいてっ!」

レントが飛び退き、其処にフラムを叩き込む。

火力特化のフラムだ。小さいフィルフサをもろに巻き込む。だが、まだ原型を残しているフィルフサが。上半身を失いながらも、此方に来る。

タオが呻いた。

「伝説に残る不死者の兵士みたいだ……!」

「不死者だろうが何だろうが、全部ぶっ壊せば動けない!」

「その通りだ! 叩き潰せ!」

リラさんの指示。

それに前とは違う。ちゃんとダメージを与えられているのが分かる。非生物的な動きで迫ってくる、極めてタフなフィルフサの群れと、激しく交戦を続ける。

リラさんは凄まじく、全身を躍動させながら洞窟の中を跳ね回り、フィルフサを片っ端から粉みじんにして良く。

あたしも負けていられない。

ぐっと薬を飲み干す。ドラゴン戦でも使った魚油リキッドだ。皆にも配ると、肉弾戦を挑む。

魔術戦は悪手。

フラムをはじめとした爆弾は、多数や大型を巻き込む形以外では使いたくない。

あたしは気迫とともに、白いフィルフサを蹴り砕く。

クラウディアは、魔術矢の効果が低いと判断し、音魔術での支援に専念。レントとタオは、とにかく相手の形を壊す事に専念し。壊したら、其処から徹底的に全身を砕くようにしてフィルフサを倒して行く。

一つの群れが潰れると、奧から更に来る。

だが、此方が敵を仕留めていく方が早い。

呼吸を整えながら、洞窟を進む。

ボオスの死体はない。

だったら、まだ可能性はある。

洞窟の中は起伏に富んでいて、いつもすぐに行き止まりになる洞窟と同じとは思えなかった。

リラさんがぐっと魚油リキッドを飲み干すと、教えてくれる。

「此処は予想される門の位置から近いからな。 念の為にアンペルがフィルフサが来たら分かるように仕掛けをしていたんだ」

「それで先に来ていたんですね」

「ああ。 まあ僅差だがな。 すぐにアンペルも来る。 後から合流すれば良い」

「はい。 ……?」

もの凄く強烈な魔力を感じるが、なんだ。出所もよく分からない。

ともかく、今はかまっている暇が無い。

また、奧からフィルフサが姿を見せる。犬のような奴、多数。口で噛んで獲物を食らうのではなく、ただ見境なく殺しているようで。魚だろうが植物だろうが関係無く、滅茶苦茶に傷つけているのが見えた。

そして奧から来る鈍重そうな人型っぽいのが、腕で死骸を潰して廻っている。

本当に、ただ殺すためだけに殺している。

そう思うと、怒りで目の前が真っ赤になる。

あんなのに、これ以上好き勝手させてたまるか。

皆、怒りは同じようだった。

「音魔術で支援するよ! 体力の回復は任せて!」

「ありがとうクラウディア! みんな、一匹残さず潰すよ! どいつもこいつも「将軍」とは比べものにならないくらい弱いし、いける!」

分かっている。

ただそれは、鼓舞するためだけの言葉だ。

この叩いても叩いても死なないフィルフサの異常な頑丈さ。そしてどれだけ壊しても、壊しきらない限り死なない理解不可能な構造。何よりも魔術が効かない。

人間を殺すために作られたような生物だ。

水が弱点というのは本当らしく、水に落ちて死んでいる個体をたまに見かける。本当に動かなくなるようで、水の中でグズグズに溶けていた。

一考の余地がある。

水を操作して、フィルフサに叩き付ける道具を作れないか。だが、考えている余裕をフィルフサはくれない。

どいつもこいつも異常にタフなのに、後から後から出てくるのだ。突っ切るのは簡単だろうが、此奴らを生かしておくわけにはいかないのである。

リラさんは、冷静にフィルフサを処理していく。まるで生きた竜巻だ。

負けてはいられない。

あたしも、次々に来るフィルフサを蹴り砕く。小型のフィルフサは、幸い火力そのものは同じくらいの大きさの魔物に比べて凶悪ではない。

ただ数がやばいのと、対策を知らないと倒し切れないのが問題として大きすぎる。

一時間以上、戦闘を続けただろうか。

ようやく、洞窟を出る。

遺跡だ。湖岸に出来ている遺跡には、かなりの数のフィルフサが。既に砕かれた状態で散らばっていた。

アンペルさんが追いついてくる。手にしているのはドーナツか。比較的リッチなお菓子である。

そういえば、無類の甘党と聞いていたが。

タオが言うには、糖分は取らないと頭が動かなくなるらしい。アンペルさんも、それが理由で甘いものを愛食しているのかも知れなかった。

ただ、美味しそうにアンペルさんは食べていない。何というか、事務的に糖分を取っている印象だった。

「リラ、どれくらい出て来ていた?」

「洞窟内で倒したのはざっと130だが……この湖岸の様子を見る限り、誰かが先に倒したようだな。 出て来ていたのは斥候の比較的大きな部隊と見て良い。 将軍を集めて、本格的に侵攻を開始する前の準備段階……気候を読むための行動だろう」

「気候を読む、ですか?」

「フィルフサも水が苦手なことは自覚しているからな。 「空読み」という専門の個体がいて、それが出てくると極めて危険だ。 近く侵攻……この規模での斥候が出て来ているということは、大侵攻が起きてもおかしくない」

うえっと、あたしは思わず声を出す。

クラウディアが、呆けている皆を叱咤。

「ボオス君を探さないと!」

「そうだ! ボオス!」

「その辺りに隠れているなら出てこい!」

「……」

皆で叫ぶ。一旦は後回しだ。魔力まで駆使して、周囲を探索。リラさんが、しばらく黙り込んでいたが。

やがて、ぼそりと呟いた。

「これは、明らかに私以上の手練れが来ていたな。 恐らくオーレンの戦士……それも近衛の一人だろう」

「近衛?」

「人間の社会だと、王を直に守るような人の事だよ。 オーレン族にもそういうのがあるの?」

レントにタオが応え。更にリラさんに質問。

リラさんは、ただ昔から、そう呼ぶように決まっているとだけ応えた。

遺跡は湖上に伸びていて、通路のような部分がある。そして、奧には大きな建物が見えていた。

周囲は更地同然。生き物はちいさなものまで容赦なく殺し尽くされている。植物も、叩き折られ挽き潰されていた。

これは魔物のやり方じゃない。魔物はドラゴンも含めて、基本的に生き物だからだ。

そうでないとすると。

強いていうならば。傲慢な人間が、自分が弱者と決めつけた相手に対して、何もかもを蹂躙する時にやるようなやり口。

そんな印象を。

あたしは受けていた。

 

4、孤独の最強

 

ボオスは、飲めと言われて出された薬草茶を口にする。とんでもなく苦いが、それでも体が温まった。

周りは地獄というのも生やさしい様相。

青紫、赤紫の植物ともなんとも分からないものが生え。

生き物かもよく分からない存在が、周囲を徘徊して回っている。

ため息をつくと。

どうして生き残ってしまったのだろうかと、自分を責める。

あの白……今になって冷静に見ると、灰色とかに近かった気がするが。そんな装甲が集まって出来たような存在。

姿は千差万別だったが。

いずれもが、とても生物とは思えない動きで。壊されることを何とも思わず向かってきていた。

あれはまるで。

本当に、いにしえの昔話に出てくる不死の軍隊だ。

いや、ボオスが聞いた不死の軍隊は、中に人間のなれ果てが入った鎧で。

それが勝手に動いて殺戮の限りを尽くす、というような代物だった筈。

あれは違う。

それすらも笑えるような、文字通りの冒涜的な代物だったように思えた。

キロと名乗った女が戻ってくる。

とんでもない強さだ。今のボオスなんて到底問題外。アガーテが、何百年も修練を重ねたような領域にいる。

あの化け物どもを、竜巻のように踏み蹴散らして戻って来た。

ただ体力に限界はあるようで、化け物の群れを奇襲しては崩し、奇襲しては崩しているようだったが。

「周囲のフィルフサを減らしてきたわ。 これで当面は大丈夫でしょう」

「そうか……」

「貴方の目は知っている。 何もかもを失って、焼け鉢になった目。 まだ其方の世界では若いだろうに、何があったの」

「俺は……」

ただ無能で、愚かだっただけだ。

あのまま死んでいれば良かったのに、どうして生き延びてしまったのか。

ボオスが吐き出すのは、血の塊に等しかった。

キロという女は。

若い見かけと裏腹に、あらゆる全てを見透かしているかのようだ。

「死に場所と生き場所を選べるというのは、とても幸せな事よ」

キロは周囲を見るようにいう。

空までもが赤紫に濃く染まった、悪夢のような土地だ。

何だか分からないうちに、湖岸からここに来ていた。

キロというのに助けられなかったら、今頃体は微塵も残っていなかっただろう。

「私達霊祈氏族は、ここに来た貴方たちの先祖によって、騙され、全てを奪われた。 命や仲間だけではない。 土地も空も地面も、そして生き方すらもね」

「俺たちの先祖だって!?」

「クリント王国と名乗っていたわ」

「クリント王国……!」

まさか、ここでその名前を聞くことになるとは。

しかも生き証人のようにその言葉を口にするという事は。

この女。

ひょっとして、その時代から生きているのか。

促されて、歩く。

丘のような場所に出た。ずっと拡がっている紫の世界。しかも、色がおぞましく濃い。空も地面も、地平線までもが。紫の世界。生命を拒絶しているかのような、恐ろしい場所だ。

そして見えるのは、白い何か。

フィルフサとキロが呼んだ魔物に間違いなかった。

「水がないでしょう」

「そういえば、土地の広さの割りには水が少なすぎるな」

「フィルフサは獰猛で邪悪な存在だけれども、水に弱くてね。 本来だったら、私達霊祈氏族の手で押さえ込めていたの。 だけれどもあの日、クリント王国の錬金術師達は、水を奪った」

見なさいと、キロが言う。

指さした先には、此処には不釣り合いな石碑があった。

キロの手が、鳥のような鋭い爪を持ち、羽毛のような毛に覆われている事など、どうでも良かった。

「クリント王国の錬金術師は最初、友好的な顔をして此方にやってきた。 あの石碑は、「共存の象徴」だとかで、クリント王国の者達が笑顔で作ったものよ。 クリント王国の錬金術師達は、どうも人間に明確な階級を作り、一部の人間を使い捨てにしているようで少し不安はあったけれど。 それも友好的な顔をしてやってきた相手であるし、何より違う文化の持ち主だからと誰もが目をつぶった。 それにフィルフサに苦しんでいた我々も、友好的な顔をする相手と対立する理由が無かった。 石碑を共に作った。 しかしクリント王国の目的は、この地に眠る資源だったらしいわ。 やがて彼らは、突然にして水を奪ったのよ。 資源採掘に、水が邪魔だったかららしいわ」

ボオスは息を呑む。

支配者なら当然だ。腹芸を身に付けろ。

そんな声が聞こえる気もしたが。

その腹芸の挙げ句、此処まで邪悪な事を平然とするようになったら。

人間は、文字通り終わりだ。

「後はこの通り。 フィルフサは大挙して貴方たちの世界にも攻めこんだようだけれども……それは貴方がいるということは。 人は全滅しなかったのね。 クリント王国の錬金術師達は滅びるべきだったと思うけれども、死ぬまで酷使されていた「ドレイ」と呼ばれていた者達は気の毒だったから、滅びなかったのは良かったのかもね」

「あんたは、まさか……」

「生き残りの霊祈氏族として、ここを一人で護り、フィルフサから取り返すために戦い続けたわ。 もう、何百年にもなるわね」

キロの声は物静かで。

穏やかで。

ずっと幼い頃、老人から聞かされているように落ち着いた。

自分がとんでもなく小さい存在に見えてきて。

ボオスは目を拭っていた。

悔しくて、何度目を拭っても涙が溢れてくる。

ライザに負けた。

それをどうして素直に認められなかったのか。

だから散々醜態を重ね。

挙げ句に死で責任を取ろうなどと言う考えに至ったのではないか。

ランバーだって、ボオスのためにバカを演じていたのは明らかだった。それも、命まで張って。

ドラゴン戦で真っ先にやられたのも、ボオスを奮起させるためだっただろう。

悔しくて、言葉も出てこなかった。

「拠点に戻りましょう。 遠くで戦う気配がしたわ」

「……」

「あれは貴方の仲間かも知れないわね。 戦う気配は少しずつ近付いていた。 迎えに来るかも知れないから、此処で待ちましょう。 相手が探しているときは、動かないのが一番よ」

「……分かった」

この人の言う事は、聞く気になる。

ライザとの決裂以降、どうしても拗らせてしまったボオスは。

随分と久しぶりに。

素直に、事態を受け入れる気になっていた。

 

(続)