決戦古城の竜
序、反対を押し切って
アガーテは、クーケン島の出身者では、一番の出世頭になりうる存在だった。
若い頃から、天才と言われた。
クーケン島始まって以来の使い手と言われ。ブルネン家ですら、何代か前の英雄であるバルバトスを超えるかも知れないとまで絶賛していた。
やがて腕を試してみようと、一念発起。
周囲の反対を押し切って、王都に出向いたのだ。
目的は、王都の騎士になること。
ロテスヴァッサ王国の騎士と言えば。それはもう有名な存在で。資格を持っているだけで喰っていける。
そう、言われていた。
愚かしくも、王都という場所にあこがれとかがあったのかも知れない。
そもそもアガーテの家は早くに両親が死んで。十二の頃から護り手として魔物相手の戦場に出ていたという事もある。
それで実績を上げていたのだから。
周囲に、アガーテをしばる権利はなかった。
そして王都に出向いてみて。
最初は華やかさと人の多さに驚かされて。
舞い上がって、騎士の試験を受けに出向いた。
そして、見る間に。
王都に失望していく事になった。
腐りきっていると思っていたクーケン島の人間関係が、マシに見えてくる腐りきった派閥と利権の塊。
試験を受けに行くのですら、試験官に派閥があって、付け届けが必要で。
バカみたいな物価で。
勿論ろくでもない人間も山ほどいる。
それだけじゃあない。
アガーテが田舎出身の豪腕だと知るや、声を掛けて来る貴族やらも大勢いた。
自分の所に囲っておこうというのだろう。
アガーテも素人ではないから、王都の警備がザル同然であることは、来て数日で見抜いていた。
何が王都か。
警備は優秀だとか言う噂だったが。それはあくまで王都の分厚い城壁の内側に限定しての話。
一歩でも外に出てしまうと、街道すらまともに機能していない。
それに貴族という連中、あれは何だ。
ロテスヴァッサが、実際には王都だけしか実効支配地がないことは、すぐに分かった。そういう意味では、大きなクーケン島と言っても代わりは無い。
そんなただ人がいるだけの場所で。
血筋の尊さがどうだの。
威厳や体面がどうだの。
支配してもいない領地の領有権がどうだの。
そんな事ばかり口にしていて。周囲の街道もロクに警備できていない有様を見て、短期間で失望は積み重なっていった。
同じように、王都に来てすぐに失望していく騎士候補やらは珍しくもなかったようであるが。
アガーテは、それでも自分の剣腕を試したかった。
試験は合格した。
だけれども。その後は、資格だけとってすぐに王都を離れた。好待遇で雇うという話は幾つも聞いたが。
いずれもが、ろくでもない下心があるのは露骨過ぎる程だった。
最悪薬でも盛られかねない。
そう判断したアガーテは、早々に王都を去った。
それが、王都の思い出。
王都で騎士の資格を突破した。
それを聞いて、クーケン島の人間はみんな喜んだが。
アガーテは、それを滑稽で。何とも愚かしい事だとしか思えなかった。
そして今。
王都よりはマシとは言え。
クーケン島も、愚かしい体面や面子のせいで、滅びようとしている。溜息が何度も漏れた。
出来もしないことを指示するブルネン家にも。
伝統を人命より重んじる古老とその一派にも。
いい加減、うんざりしていた。
まだ二十代半ばだというのに、アガーテが背負っているものは重すぎる。護り手達が、全滅しかねないのだ。
だから、何度も無駄に行われた会議で、ドラゴンの討伐には反対してきた。
それも、押し切られようとしている。
「アガーテ、というわけで会議での決定だ。 すぐにドラゴンを斃すべく、編成を行うように」
ブルネン家の庭で。
行われた会議で。
そう、ブルネン家の当主、モリッツに言われる。
アガーテは嘆息する。
「不可能だと何度でも申し上げます。 護り手を出せば出すだけ死人が増えるだけです」
「それでもやるんだ! 島の未来が掛かっている! ボオスだって……私の息子だって戦地に行かせるんだ! 頼れるのは君だけなんだぞ。 王都で騎士の試験を突破した君だけだ!」
懇願するように、モリッツが言う。
そんな事言われたって、無理だ。
知っているのだろうか。
王都では、至近にある巨大な鉱山を放棄したのだ。理由は魔物が出るから。つまり、王都至近の巨大な財源を、魔物相手に怖じ気づいて放棄するような軍事力しか持っていない。手練れもいるかも知れないが、少なくとも鉱山の魔物を追い払う力は持っていない。
それが騎士の現実だ。
もしもそんなに騎士が強いのなら、各地で魔物はもっと掃討されているし。
街道の安全が確保されて、王都から役人とか貴族とかが、各地に赴任しているだろう。
連中は絶対に王都から出ない。
出たら死ぬからだ。
勿論ドラゴンなんて、手に負える力はない。
もしもドラゴンが王都をエサ場と認識したら、とてもではないが追い払う力はないだろう。
文字通り王都が崩壊するまで、食い荒らされるだけだ。
王都にはアガーテと同格の使い手が何人かいたが。
それで結果が変わるとは、とても思えなかった。
王都の現実を見て知ったから、アガーテは見切りをつけてクーケン島に戻ってきたのである。
この島だって、今直面している通り。どうしようもない派閥争いがあり。
それで大量の死人を今だそうとしている。
必死に抵抗してきたが、どうも此処までらしい。
モリッツは懇願に混ぜて、脅迫まで入れて来た。
そうなってくると、アガーテには手の打ちようがない。
アガーテも、守るべきものくらいはある。
結婚はしていないが、何人か親がいない子を引き取って給与で支援している。その子らを人質に取られると、もう何も言えなかった。
才能があろうがなかろうが関係無い。
アガーテにとっては、大事な子供達なのである。
ついに、アガーテも折れた。
「分かりました。 その代わり、条件があります」
「なんだね、言って見よ」
「指揮は私が執ります。 そうでないのであれば、もう知りません」
「……分かった。 ボオス、かまわないな」
舌打ちするボオス。
これでは、言う事を聞きそうにない。
村会などとは言っているが、実際にはモリッツの意見を通し周知するだけの集まりが終わると。
アガーテは、ウラノスを呼ぶ。
先代の護り手の長だ。
この間の怪我があっても、ドラゴンに傷をつけられる可能性があるのは、この老人しかいなかった。
「頼みがあります」
「なんだね」
「時間を稼ぎますので、最大級の……ドラゴンに手傷を与えられるだけの大魔術をお願いいたします」
「無理だな」
ウラノスの言葉は明快そのもの。
アガーテも同感である。
だが、それでもやるしかないのだ。
「手傷だけでかまいません。 そうしたら、私が命に替えてでもドラゴンを仕留めます」
「鱗を剥がしたところに、致命の一撃と言う訳か」
「はい。 あのドラゴンは、話に聞いている限り、恐らくはかなり若い個体。 伝承にあるような、「砦の守護神」とは恐らく別個体でしょう。 それでも、そうしないと勝ち目すらありません」
「ライザ達に頼むしかないだろうな」
ウラノスが言う言葉ももっともだ。
ライザ達は、この間ついに四人でワイバーンを仕留めたという。あの錬金術と言う力のおかげもあるのだろう。
先日見かけたが、また装備を刷新していて。
特に武器類は、信じられないような業物になっていた。
王都でもあんな業物は殆ど見かけなかった。
それほどの品だ。
だからこそ。
ライザ達に、此処を任せる訳にはいかない。
如何にワイバーンを四人で倒せる技量がついたとはいえ。
死地に、未来のクーケン島を守る者達を送るわけにはいかないし。
ましてや死なせる訳にもいかないのだから。
「ライザ達は、残って貰うつもりです」
「そうか。 死ぬつもりなのだな」
「もう他に手段がありませんので。 もしも生き残る事が出来たら、その時には結果のみをお伝えください」
「そうだな……」
ウラノスも既に覚悟は決めている様子だ。
いずれにしても、はっきりしている事がある。
護り手は全滅するだろう。
ドラゴンだって、前に何かの間違いで攻撃して来た時とは訳が違う。自分の巣に踏み込まれたら。それは本気で反撃してくるはずだ。
まだ若いドラゴンと言っても、クーケン島の戦力全てを上回る程度の力はある。
それが必死になったら、はっきりいってどうにもならない。
命を捨てて、それでも追い払うのが関の山。ドラゴンスレイヤーが話題になるのは、それだけの偉業だからなのである。少なくともアガーテには無理だ。
少なくとも怖れている様子がないボオス。
それだけは立派だが。
此奴を生かして返すことは無理だろう。
モリッツの子供はボオスしかいない。
そのボオスを出す事で、自分も命の次に大事なものを賭けているつもりなのだろう。島のために、自分も最大限の犠牲をはらうつもりなのだろう。
だが、それは明らかに間違った行動だ。
どれだけ犠牲を覚悟していて。
自分がそれを払うつもりであろうとも。
その犠牲が、何も産まないのであれば。それは意味がないことなのだ。
ふと、何かの気配を感じたが。
それは一瞬で消えた。
島の周囲に、外海の魔物が徘徊しているという話もある。
いずれにしても、今年を乗り切る事は厳しいだろうな。
そうアガーテは。既に覚悟を決めていた。
リラは、ブルネン家の邸宅を探っていた。一人かなり鋭いのがいて気付かれかけたが。ちょっと油断をしすぎたと見て良いだろう。
結論は、当たりだ。
アンペルと相談して、決めていたことが幾つかある。
それが、ブルネン家の調査だ。
クーケン島周辺の調査をするに辺り、ほぼ間違いなく何かがあるのはブルネン家。その邸宅である。
それは分かっていた。
そもそも、百数十年前だかに。当時の当主が水をもたらしたとか言う話からして、怪しいとは思っていたのだ。
調べて見た所、それはまず当たりと見て良い。
アンペルと一緒に、古代クリント王国……リラからすれば不可思議な呼び方だが。それの調査はずっとして来た。
だから一目でそうだとも特定出来る。
あの忌々しい連中の遺構。
それもかなり大きいものが。ブルネン家の邸宅敷地内に存在している。
それははっきりしていたし。
自分の目でも確認していた。
一度島を出て、ライザが作ったアトリエに戻る。
丁度良い案配に、皆が集まっていた。
ライザは調合がすっかり板について、装備品を作っている。ブロンズアイゼンの量産が上手く行ったらしく。それで色々試しているらしい。
前衛になるライザとレントがまず中心に新しい装備を試しているようだが。
アンペルも感心するほどの出来の様子だ。
今は魔術の増幅用の道具を作っているらしい。
それについて、アンペルは助言はしているが、それ以上の事をするつもりはないようだった。
100年の努力を、一月で超える奴がいる。
そういう学問だと、アンペルに聞いていたが。
ライザはまさにそれだ。
「戻ったぞ」
「ああ、状況を聞かせてくれ」
リラが皆を見回すと、ライザも丁度調合が終わった所らしい。
談笑していた者達も、襟を直す。
それでいい。
「村会だとかで、どうやらドラゴン狩りが決まったようだ。 護り手とやらの戦力が、全て出るつもりらしい。 アガーテというあの女、差し違えてでもドラゴンを斃すつもりのようだな」
「そんな……」
「どうして俺たちに声を掛けてくれないんだアガーテ姉さん!」
「お前達には敢えて声を掛けないつもりのようだな。 島の未来のために、お前達が必要なのだろう」
そんなの、間違ってる。
ライザが声を張り上げる。
普段はライザに引っ張り回される他の三人も、同意しているようだった。
実際問題、ライザは短期間で著しい成長を遂げている。
今だったら。
或いは手傷を受けたドラゴンだったら。それも若いドラゴンだったら。打ち破れるかもしれなかった。
「ちょっと爆弾とかの最終調整する。 レント、悪いんだけど、船が着きそうな場所に行ってくれる? アガーテ姉さん達とめないと!」
「分かった。 タオ、クラウディア、行こうぜ」
「僕に何が出来るか分からないけど、急がないとまずそうだね」
「すぐに準備するわ」
てきぱきと準備をするタオとクラウディア。
最初の頃の、何もかももたついていたのと同じ人物とは信じがたい。特にクラウディアの成長は早く、既に弓使いとしていっぱしになっている。
追いつきたいという気持ちがあったのだろう。
ライザは、爆弾を順番に並べている。
一つ、ごついのがあった。
多分切り札だろう。それをエーテルに投入して、考え込みながら調整をしているようだった。
もう四人は此方に意識を向けていない。
リラは、アンペルと声を落として話す。アンペルは、誇らしげである。
「錬金術の産物を、調整する技術を教えた。 あっと言う間に身に付けたよ」
「凄まじいな。 あっと言う間に超えられて、嫉妬はないのか」
「ないさ。 私がもっと若ければ、あったかも知れないがな」
「その手がもう少しマシだったら……」
アンペルは首を横に振る。
リラは、実はそのアンペルの手をどうにか出来るかもしれない道具を確保している。
もしも今アンペルが動けたら。
錬金術師として、往事の力を発揮できれば。
助かる命もあるのではないのか。
そう思う。
だが、アンペルはリラ以上にすり切れている雰囲気がある。
昔の事故で、手がまともに動かなくなった時の事が関係しているらしいのだが。
それについては、デリケートな話題だ。
アンペルが話すまで、聞くつもりはない。
何よりも、ともに同じ目的のために行動している同士である。友人でも恋人でも夫婦でもない。
だから、そう言ったことについてしつこく聞くつもりもなかった。
「それはそうと、ブルネン家はどうだった」
「間違いなく当たりだ。 クーケン島の中枢を抑えていると見て良い」
「なるほどな。 クーケン島には不自然過ぎるほど多い真水も、恐らくはそれ関係なのだろうな」
「……」
どうにもおかしな雰囲気はあったのだが。
ただ、どうもあのモリッツという男。
今まで見てきた。巨大な権力を握ってそれに酔っている人間特有の残忍さは、それほど感じられない。
むしろ大きな力を手にしてしまって、どうしていいか分からず右往左往している小物の気配だ。
髭なんか口元に蓄えているが、それも威厳を出そうとしている精一杯のあがきだろう。
馬鹿馬鹿しい話だった。
「「門」は別の場所にあるとして、何かしらの情報を得られる可能性が高い。 ライザ達はどうしてもドラゴン狩りに行くだろう。 支援を頼めるか。 露払いの魔物退治と、最悪の場合に割って入る程度でかまわない」
「お前はどうする」
「私は計画を進めておく。 この辺りの調査をすれば、あの「門」があると思われる場所に接近する道を見つけられるかも知れないからな」
互いに頷くと、それぞれ別行動を開始する。
レント達が戻って来た。かなり焦っているようだった。
「まずいぞ、護り手達が上陸を開始してる! 恐らく護り手全員が、こっちに渡るつもりだと見て良い!」
「もう来たの!?」
「アガーテ姉さんが指揮してるんだ、早いのは当たり前だよ! みんな殺気立ってる!」
「急がないと危ないわ」
クラウディアも事態の深刻さには気付いているのだろう。
アンペルが頷いたので、リラはそれに返す。
影から支援はしてやる。
だが、そこまでだ。
ここからが正念場になるが。それでも、やるべき事は、ライザ達でやらなければならないのだから。
1、追跡
アンペルさんに、出来た誘引薬……魔物を誘き寄せる強烈な薬を、事前に渡しておく。
アンペルさんは説明を聞くと、満足そうに頷いてくれた。
ちょっとのヒントで、良く此処までのものを作ってくれた。
そう言われて、あたしも嬉しくなった。
だが。今はそれどころじゃない。
ペンダントを人数分作ったので、配る。
全身の力がわき上がってくるペンダントだ。
島などで採れる宝石の原石を利用して、魔力の伝導率を上げたペンダント。これを身につける事によって、魔物が使うような、魔力を無効化する強烈な防御障壁を擬似的に再現出来る。
転んだくらいだったら怪我一つしない。
身を覆う魔力が、それだけ増幅されるのだ。
エナジーペンダントと名付けたこのペンダントは、これからの戦闘での切り札となるだろう。
最初に作ったのは出来が酷くて、殆ど役に立たなかったが。
急いで改良して、何とか実用レベルにまで高めた。
恐らくあたしだったら、これをつけていればずっと走る事が可能だろう。それくらい魔力が増幅され、結果それによって体も良く動くようになる。
皆の武器も、微調整した。
アンペルさんに教わった、錬金術で作った道具の再調整。
それによって、何とか細かい部分を調整したのだ。
タオには剣を使って見ないかと提案したのだが、まだハンマーの方が良いと言われた。
というのも、剣には興味があるらしいが。
何しろリーチが背丈もあって届かない。それが最大の理由らしい。
なんなら槍の方が向いているのではないかとタオは言うが。
槍だと、奇襲戦にはちょっと取り回しが悪い。
更に、これからの戦いは絶対にギリギリになる。
間違いなく、普段使い慣れている装備でないとまずい。
それはあたしも分かっている。
だから、結局装備の微調整に留めた。
切り札は、用意した。
なんとか調整が終わった。
以前戦った時と、ドラゴンが変わっていなければ。かなりの手傷を与える事が出来るはずだが。
問題は、切り札のコアクリスタルから取りだすとき、ごっそり魔力を持って行かれる事である。
だから、先にコアクリスタルに入れて。
取りだしておく。
魔力がごっそり減るのが、肌で分かるほどだ。
思わず青ざめたが。
それでも、戦闘中にこの魔力切れを起こすよりはなんぼかマシだろう。
とにかく、一度コアクリスタルに格納したから、内部に情報だってそのまま残されている。
かなりのコストをつぎ込んだ爆弾だ。
二度は、作りたくはなかった。
すぐにアトリエを飛び出す。
アンペルさんとリラさんが、何かの悪巧みをしている事は分かっている。外海の魔物以外にも、だ。
外海の魔物は、既に被害が出ないように手を打った。
もしも、それ以外に何かあるのだとしたら。
ひょっとしたら。
いや、今は考えるのは後だ。
護り手の中には、あたしより年下の子だっているし。知り合いがたくさんいる。
一人だって、死なせる訳にはいかなかった。
アトリエ近く。
島の対岸に出る。
既に、護り手の部隊は引き払っていた。本隊の到着を待って、移動を開始したのだろう。
レントが足跡を読む。
これは、リラさんに教わった技術であるらしい。
「護り手全員が出ているみたいだな。 もう現役引退した老人くらいしか、クーケン島には戦力が残っていないぜ」
「まずいね。 全滅したりしたら、しばらく身動き一つとれなくなるよ」
「タオくん、滅多な事はいわないで」
「うん……ごめん。 ちょっと配慮が足りなかったね」
本当にクラウディアが悲しそうに言うので、タオもすぐに言葉を訂正する。
クラウディアは打算で優しくしてくれているだけだと分かっているだろうに、クーケン島の人間に好意的だ。
取引先で嫌な思いをしたことだってあるのは知っている。
それなのにこれだけ良識がある行動を取れるのは。それだけ素が良い子だからなのだろう。
「足跡はやっぱり街道に向かってる?」
「そのようだな。 荷車は四つ……物資の量から考えても、山越えルートと見て間違いないだろうぜ」
「厄介だね……」
街道から東に向かうと、火山に出る。
時々噴火することもあるが、それほど派手に噴火するほどの火山ではなく、今では温泉が途中にある程度。
ただ、非常に蒸し暑く、あまり人間が行くべき場所ではない。
あたしも昔ちょっと悪戯で出向いた事があるのだけれども。
なんと、昔は人が住んでいたらしく。集落の跡が残されていた。
ただ。今は魔物の巣窟となっている。
住んでいた人達は、魔物に追い出されたのか。
或いは別の場所に移ったのか。
皆殺しにされていないといいのだけれどな。
そう、悪戯で出向いたときは、思ったっけ。
一応、行き方は分かる。荷車には、必要な水、食糧は積み込んだ。そのまま、全員で走る。
クラウディアの事がちょっと心配になったが。
大丈夫と言われた。
短期間で体力を増やしているし。リラさんに体力を消耗しない走り方も習っているようである。
更に、荷車もブロンズアイゼンで強化した。
車軸、車輪、ともにである。
ただ、車体はまだそれほど強化出来ていない。
これを強化出来たら、更に安全に採集にいけるだろう。場合によっては、荷車を盾に出来るかもしれない。
荷車の車体の底には鼬の皮を使ってクッションを作り。
その上に油紙を敷いてある。
これで、殆どの素材を安全に運ぶ事が出来る。
卵なんかはちょっと危ないかも知れないが。それはあたし達が工夫すれば、割らずに持ち帰る事が出来るだろう。
卵は調合に使ってもいいし。
そうで無い場合は、クラウディアが何か焼いて作ってくれる。
クラウディアは特に誰にも教わっていないようだけれども。どんどん料理の腕を上げているようだ。
「レント、魔物の気配はあたしも探るけれど、気を付けて!」
「おう! 攻撃を受けた場合は俺が壁になる。 その間に反撃を頼むぜ!」
街道周辺は、徹底的に駆逐したこともある。魔物は殆どいなくなっていた。
これが何を意味するかは、あまり考えない。
西からあれほど大量に押し寄せていた魔物がいなくなった。それは西からの供給が絶たれたからだ。
それの理由は、今は考えずに走る。
流石にアガーテ姉さんは、部隊の移動を迅速に済ませている。護り手も毎日訓練をしているのだ。
しっかりアガーテ姉さんについていけているようだ。
「魔物の気配無し!」
「よし、そのまま行くよっ!」
「途中で休み入れないと、魔物に襲われたとき抵抗できないよ!」
「分かってる! 無理なときは、そういうから! 疲れたらタオもクラウディアも言ってね!」
走りながらだと、どうしても怒鳴りながらの応酬になる。
やがて口数が殆ど無くなり。魔物がいるかどうかの確認だけになった。
街道を突破。
東に抜ける。殆ど獣道同然になっていて、魔物の残骸が散らばっていた。かなり荒っぽく片付けたらしい。
護り手の数の暴力で、蹂躙したというわけだ。
死人は、多分出ていないな。そう思う。
死んでいるのは魔物だけ。
人間の残骸の類が落ちている様子もない。
ある程度の覚悟はしていた。
ドラゴン狩りの話が出ていることは、既に聞いていたし。
アガーテ姉さんが反対していることも分かっていた。
それにしても、本当になんというか。
話してくれれば、少しでも協力できたのに。どうしてそういう水くさいことをするのか。
荷車には、剣を一振り入れている。
アガーテ姉さん用に、ブロンズアイゼンで新しく剣を打ったのだ。
勿論、今後更に装備を刷新していくつもりである。
それでも、まずはアガーテ姉さんに一本渡したかった。
とにかく、急ぐしかない。
山に入る。
同時に、つんと強い臭いが来た。
前に山に入った時も、こんな臭いがしたっけ。
クラウディアが、口を押さえながら言う。
「硫黄だわ」
「硫黄?」
「火山でよく見かけられる柔らかい石よ。 酷い臭いがするの」
「そうか、そういえば前に来たときもそんなのがあったな」
一度足を止める。
クラウディアがちょっと疲れが溜まっているようだったし。
それに、魔物の気配があるからだ。
護り手は強引に此処を突破したらしい。かなりの数の魔物の死骸が散らばっていて、周囲に殺気が満ちている。
姿を見せたのは、鼬だけではない。
他にもぷにぷにもいるし。
更に。だ。
あの洞窟で交戦したゴーレムも、何体か姿がある。ゴーレムは体が崩れていて、既に殺気だった魔物と交戦したのか。
或いは護り手と戦ったのか、ちょっと判断がつかなかった。
このまま進ませてくれそうにはない。
それに、帰路のこともある。
此処で、敵は駆逐しておかなければならなかった。
蹴り砕いたゴーレムの残骸が崩れ落ちる。大穴が開いたゴーレムは、それでも動こうとしたのだが。
回し蹴りで横殴りに一撃を叩き込んで。
あたしが足を降ろしたときには、既に動かなくなっていた。
呼吸を整えながら、周囲を見回す。
すぐに呼吸の乱れが消える。
このペンダント、かなりの効果がある。やはり作ってきて良かった。
乱戦になったが。それでも誰も怪我一つしていない。クラウディアがちょっと心配だったが、冷静に走り回りながら射撃で確実に隙を作って回っていた。もう、クラウディアはみんなと一緒に肩を並べて戦える。
短時間でここまで強くなったのだ。
下手をすると追い抜かれるかもしれなかった。
「掃討完了!」
「ちょっとごめん、休憩しよう」
「賛成だわ」
皆の意見を聞く。
どうせこの様子だと、先行した護り手の部隊も恐らくは同じような状況だ。帰路の体力を残すためにも、今のうちに少しでも魔物を削る必要がある。
それにしても、ゴーレムを。
恐らく以前遭遇したのより、水に浸かっていなかった分がんじょうなのを。
さほど苦労せずに蹴り砕く事ができた。
かなり力が上がってきている。
そうあたしは感じて、ちょっと嬉しくなった。
側に散らばっている魔物を捌いている余裕は無い。魔物の死骸は一箇所に集めて、余程状態がいい素材以外はその場で焼いてしまう。
そうすることで、残骸に他の魔物が寄ってくるのを避ける。
あたしの固有魔術は熱魔術だ。
燃やすことは、なんの苦労もない。
休憩しつつ、持ち込んでいる食糧を口にする。
今まで斃した魔物から取った肉を燻製にしたものや、更にはクラウディアが焼いてくれたクッキーだ。
水も持ってきてある。
「トイレは今のうちにすませておいて。 その辺の影で」
「今の時点では大丈夫だ」
「僕も。 というか、そんなによくガツガツ食べられるね」
「消耗した分は取り返さないとね」
あたしがムシャムシャ食べているのを見て、タオが呆れる。タオはもうこれは恐らくだが、そもそも戦闘に不向きなのだろう。
性格的な意味で、だ。
それは別に悪い事でもなんでもない。
ただタオは、遺跡とかに興味を常に持つのだ。
今後そのままではまずいだろうとも、あたしは思うが。
休憩を終えて、すぐに移動開始。
この山はそれほど標高も高くなく、これを擦るように移動して、東に見える城へ行く事になる。
城といっても、森の中からは見えず。
街道からは、ちょっとだけ見える程度の規模だ。
クラウディアに聞いたが、魔物と戦うための施設としては、規模はそれほど大きくないらしい。
王都でももう少し高い城壁があって、遠くからでも見えるそうだ。
各地にある遺跡には、もっと大きな城らしいものがあるという話なので。
いずれ見に行きたいものである。
再び、移動を開始。
魔物の死体が点々としている中。
数人の護り手と正面からばったり。
いずれも、知っている顔だ。
「ライザ!」
「どうしたの!?」
「一旦負傷者をまとめて、地力で帰還するようにと言う指示が出たんだ。 魔物がいて、それで戻れずに困っていた……」
「あたしが以前、薬を提供したよね」
アガーテ姉さんの指示とは言え、帰れることにほっとしている様子。
更には魔物に右往左往している様子に、あたしもちょっと頭に来た。
それで問いただすと、悲しそうに護り手が俯く。
「もう使い切っちまったよ。 此処の魔物、街道にいる奴らとは比べものにならねえ」
「ライザ、責めても仕方がねえ。 とりあえず薬、分けてやろうぜ」
「……分かった。 そうだね」
コアクリスタルから、魔力を消耗して薬を取りだす。
それを見て、護り手達は青ざめたが。
薬の効果は知っているのだろう。渡すと、すぐに使っていた。
傷は消えるが、体力の消耗までは抑えきることは不可能だ。すぐに戻るように指示。護り手達は、逃げるように戻っていった。
「ウラノスさんとアガーテ姉さんがいるだろうに、この消耗か。 あいつらが死んでいなかっただけマシなのかもしれないな」
「ちょっとあたしを支援してくれる? 今の消耗、思ったより大きかった」
「任せて。 急ごう」
クラウディアが率先していってくれるので有り難い。
その後は、また走る。
魔物の残骸が散らばっていて。それに小型の魔物が集っている。それを蹴散らす。かなり強いのが斃された形跡がある。多分アガーテ姉さんが斬ったのだろう。凄い切り口だった。
白目を剥いて、転がっている鼬の死体。
上半分しかない。
これは多分、ウラノスさんの魔術によるものだろう。
彼方此方に戦いの後もあるし、魔物も襲ってくる。どうしても、進むのは遅くならざるをえない。
だがそれは、アガーテ姉さん達も同じだ。
わっと押し寄せてくる鼬の群れ。相当に殺気立っている。あたしも覚悟を決めると、さがってと叫んで。
そして、フラムを投擲していた。
発破用フラムで分かったが、熱は閉じ込めることが出来。
そうすることで、殺傷力を著しく上げる事が出来る。
フラムはそうやって改良している。
そうすることで、味方への被害も抑えられるからだ。
文字通り、空間が熱に抉り取られる。
鼬の群れは、何が起きたのか理解出来ずに半分以上が蒸発。残りは、困惑しているうちにレントに頭をたたき割られ、タオに頭を砕かれ。
少し高い所に登って狙撃手に徹したクラウディアの矢を喰らって、悲鳴を上げてのたうち回っている所をあたしが蹴り砕いた。
「赤熱してる地面、踏んだら駄目だよ!」
「分かってる! それよりライザ、大丈夫か!?」
「先に爆弾具現化しておいて良かった。 これだと、ドラゴンに遭遇した時にはへろへろになってたよ」
「違いねえ……」
一旦休憩。クラウディアが、見張りに立ってくれる。
有り難い。
水を飲み干すと、トイレと言い残して物陰に。さっさと済ませる。
戻ると、食欲もないと言っていたタオががつがつ肉を食べていた。流石にさっきから、ハンマーごと全身を振り回していたのだ。疲弊が溜まっているのだろう。
赤熱している地面は、もう熱が収まったようである。
まあ熱というのは、案外簡単に収まるものだ。それはあたしも知っている。
「レント、戦闘音とか聞こえない?」
「いんや、まだ先のようだな」
「それより、人がいるよ! 多分立ち往生してる!」
「!」
クラウディアの言葉に、全員で即座に動く。高所を取っていたクラウディアも、危なげなく飛び降りて着地。
魔力の使い方を、短時間で学んでいる。勿論、怪我などしていない。
走りながら、レントが褒める。
「クラウディア、凄いな。 最初から弓矢の修練を真面目にやってたら、あんな風にルベルトさんが心配しなかったんじゃないのか?」
「うーん、そうかなあ。 でも、みんなと一緒に動くようになってから、明らかに体が軽くなったんだよね。 多分、一人でこつこつやってても、こんな風には伸びなかったと思う」
「クラウディアは僕とは真逆だね。 僕は新しい知識を得たり解析したりするのは、一人の方が向いてるかな」
「人それぞれだよ。 それよりも……」
足を止める。
以前、病院で手当てした人を始め、数人の護り手が立ち往生していた。クラウディアの見立て通りだった。
話をして、状況を確認。
アガーテ姉さん達は、二時間ほど前にこの先に行ったようだ。
もう城が見えている。
巨大な城に、幼い頃は見えたけれど。
今は朽ちかけた、哀れな城にしか見えなかった。
「薬、これで何とかしてください。 戻るのは地力で出来ますか?」
「どうにかしてみる。 薬、助かった」
「この様子だと、辿りついた頃には戦力も半減か? アガーテ姉さん、大丈夫だろうな」
「わからん。 この辺りの魔物、街道にいた連中とは桁外れだ。 蹴散らして回るなんて、お前達、本当に強くなったな。 アガーテ姉さんが、お前達を残すって言った意味がよく分かったよ」
苦笑いする護り手。
あたしは、それに対して。何も言い返すことが出来ない。
アガーテ姉さんは死ぬ気だ。
確かにドラゴンは、非常に危険な脅威になっている。排除しなければ、いずれクーケン島に直に飛来するかも知れない。
そうなったら地獄絵図どころか、クーケン島が圧倒的暴力にて、エサ場にされるだろう。
だがそれにしても、あたしに声を掛けてくれれば。
ドラゴンを倒して来たのに。
勿論、それが厳しい事は分かっている。というか、ビリビリ感じるのだ。
生唾を飲み込む。
城の方で、警戒している気配がある。
間違いなくいる。
しかも前と、ブレスを叩き込んでそのまま去って行った時と違う。
侵入者を排除するつもりで、戦闘態勢になっている。
レントが、汗を拭う。
「皆、感じてるな。 ドラゴンだ間違いなく。 警戒態勢に入っていやがる!」
「アガーテ姉さん達が戦闘を開始していないって事もそれは意味してる!」
「急げば間に合うかな……」
「間に合わせる!」
あたしは頬を叩く。
それを見て、護り手達が、一念発起したようだった。
「お前らが本当に強くなったのは事実みたいだな。 だったら、役立たずなりに壁になるか……」
「私なんかライザ姉さんに助けて貰ったし、恩を返さないと」
そう言ったのは、前に病院でざっくりやられていた子だ。
復帰早々この仕事は辛かっただろうに。
他にも何人かが協力の意を示す。それだけじゃない。
先に戻ったはずの護り手達が姿を見せる。
帰ったんじゃ無かったのか。
「あんた達!」
「このまま戻ったんじゃ恥ずかしすぎるからな! せめて、露払いくらいはさせてくれるか!」
「……分かった! でもドラゴンが出たらさがって!」
「分かってる。 あんなバケモンとやり合えないしな。 どうしてあんなバケモンを、守り神なんてあがめ奉ってたんだろうな」
護り手の、主力部隊から脱落した全員が武器を抜く。負傷して一度後退した彼らも、回復を入れて心を再度燃やしていた。
あたしは頷くと。
声を掛けた。
「よし、みんな突撃っ!」
「おう!」
「行くぞ! 魔物ども、覚悟しやがれ!」
一気に熱気が噴き上がる。
あたしは、レントとタオとクラウディアと頷きあうと。
城へと、突入を開始していた。
2、決戦古城の狂竜
気配がどんどん強くなって行く。
城の中はボロボロで、誰かが暮らしていたとはとても思えなかった。魔物も思ったほど多くはない。此処では獲物が捕れないのかも知れない。何しろこんな鬱蒼とした森と山に挟まれた場所だ。
人間が住んでいる場所からは遠いし。
森には森で魔物が住んでいる。
ドラゴンのような大型の者なら、或いは話が違うかも知れないが。
そのドラゴンも、見かけられるようになったのはごく最近。
そもそもあたしがもっと小さいとき、この近くまでレントとタオと一緒に探検しに来た時には。
そんなものは気配もなかったし。
何よりこの辺りは禁足地にもなっていない。
それが全てを物語っていると言えた。
気迫をみなぎらせて、護り手達が魔物を蹴散らして行く。あたしは魔術で、クラウディアが魔術の矢で、支援。
だがクラウディアは途中で笛を魔術にて具現化させる。
音魔術だ。
そのまま、クラウディアが吹き始める。前に聞いたフルートとは違う、とても力強い戦慄だ。
全員が更に熱気を高める。
これは、恐らく昂奮作用のある曲だ。
魔術といっても、理論的なものが殆ど。だから、予言のようなタイプの魔術は呪いなんて言われて嫌われる。
クラウディアの笛を聞いて、更に戦士達が燃え上がる。
魔物が怯む。
怯んだ魔物から、ズタズタに切り裂かれ。
或いはあたしの放った熱魔術に貫かれ。火だるまになって転がっているうちに、レントが首を刎ね飛ばし。或いはタオが頭を叩き潰す。
城の中は強烈な気配に満ちているが、静かだ。魔物の数も大した事はない。
先行しているアガーテ姉さんが先に倒してくれたのもあるのだろうが。
それ以上に、やはり元々大した数が住んでいないのだろう。こんな場所では、餌も採れないのだから。
びりっと来る。
次の瞬間、大爆発の音。
ついに始まったらしい。音の方向は、即座に分かった。
本来だったら、これだけでなぎ倒されていたかも知れないが。クラウディアが即座に強烈な音の壁を展開して、破壊力を軽減してくれる。
周囲の魔物を、文字通りの狂戦士となってズタズタにしていた護り手達が、はっと我に返ったようだった。
「ドラゴンだ……!」
「後はあたし達でやります。 この周辺の魔物を掃討しておいてください。 後、負傷者の受け入れ準備を!」
「分かった!」
護り手達も、ずっと魔物と戦っているのだ。
それは、即座に出来る。
あたしは飛びかかってきた鼬を、回し蹴りで首をへし折って即座に叩き殺す。それほど大きくもない鼬が、昂奮して襲いかかってきただけだ。
それは、無謀の報いを知るだけである。
首をへし砕かれて地面にべしゃりと落ちる鼬を見て、護り手達が黙り込む。
あたしはレントとタオとクラウディアに告げる。
「もう一度確認するよ、ドラゴン戦の流れ」
「おう、ライザの作ってきた最強爆弾を叩き込む隙を作ればいいんだったな」
「なんとか気を引いてみるよ」
「私も、ドラゴンの視界を塞ぐわ」
流れはみんな把握している。それだけで充分だ。
ドラゴンを一撃で倒せるとは、あたしも思っていない。今までの戦闘で、ワイバーンやドラゴンがどうやって魔術を防いでいるかは見た。
だから、それを突破出来る爆弾を作った。
ただ、それも理屈だけの話である。
威力を抑えたプロトタイプを魔物狩りのタイミングで使って、試してはいるが。本番はこれが当然初。
ドラゴンの戦闘力はワイバーンなんかとは比べものにならない筈で。
当然、油断なんてしていい相手では無い。
そのまま、走る。
レントに荷車から出した薬を渡す。
魚の脂を使って、全身の身体能力を跳ね上げる薬だ。危険な中毒作用などはない範囲で、パンプアップを出来るようにした。
魚油リキッドという。
なおあたしのオリジナルではなくて、アンペルさんに貰った本に書かれていたものだ。まあ魚の扱いは慣れているので、それほど作るのは難しく無かった。
レントも前に何回か使っているので、躊躇無く飲み干す。
タオも。
前はまずいよと文句を言ったタオだが。だから味を少しまろやかにしてある。
栄養ドリンクがまずいと不評だったので、少し味についての調整をするようにしはじめたのだ。
クラウディアにも渡して。
そして最後にあたしが飲み干す。
体が内側から燃え上がるようだが。同時に頭の方は冷静だ。
見えてくる。
文字通り、太陽のような光。
それが矢に収束し、ドラゴンに向けて叩き付けられる。
あれは恐らくだが、ウラノスさんの魔術。
それもあの規模となると、命を縮めての魔術とみて間違いない。
そのままぶつかっても殺されるだけ。
だったら、命を絞って。ああやって一撃に賭けると言うわけだ。
もう少し早く着いていたら。そう悔やんでも、もう遅い。
決死の魔術が炸裂して、ドラゴンが流石に絶叫する。体から、火花が上がっているのが見えた。
だが、反撃にドラゴンがブレスを叩き込み、逃げ惑っていた護り手達が吹っ飛ばされる。
その中には、ランバーも混じっていた。
ボオスは。分からない。見えない。
裂帛の気合いと共に、アガーテ姉さんが煙を斬り破って突貫。ドラゴンの、まだ赤熱している鱗に剣を突き立てる。
剣が、鱗を貫いて、ドラゴンの体に突き刺さる。流石だ。だけれども、浅い。
ドラゴンが体を振るってアガーテ姉さんを振り下ろそうとするが、アガーテ姉さんは鬼の形相で、更に剣をドラゴンに突き立てる。
その剣が。
あたしが作った剣が、折れていた。
空中で吹っ飛ばされたアガーテ姉さんが、脆くなっている城の石壁に突っ込む。
まだ家屋は彼方此方に残っているが、それも殆どが倒壊している城だ。だがそれでも、もろに崩壊した石壁に飲み込まれた。
雄叫びをあげるあたし。
ドラゴンがこっちを見る。
ウラノスさんが、奧で倒れているのが見えた。
「あとはあたし達でやります! みな、退避を!」
「ライザ!」
「くそっ、言葉通りにするぞ! 勝てっこねえ!」
護り手達が、必死に逃げ出す。
あたしは、杖を構える。
ドラゴンは、明らかに目に理性がない。あれはもう。なんらかの理由で狂っていると見て良い。
口は既にブレスをいつでも吐けるように、ゆらゆらと歪んで見える程の高熱を纏っている。
そして、ウラノスさんの死力を絞った一撃と。
更にはアガーテ姉さんの剣を喰らっても、まだ平然と浮いている様子を見て、流石に頭に来た。
狂気に落ちたドラゴン。
死すべし。
ばっと、レントとタオが展開。クラウディアが、詠唱を開始。
それを見て、ドラゴンが一瞬だけ躊躇する。その顔面に、あたしは熱の矢を叩き込んでいた。
二十本、全弾が一点に集中。
一撃がそれぞれ石造りの家屋を破壊出来る程の威力だが。
ドラゴンは視界を一瞬塞がれただけだ。
当然、反撃のブレスを放ってくる。
その時には、既にあたしとクラウディアは移動していて、着弾点にはいない。
ドラゴンが天に向けて、凄まじい雄叫び。いわゆるウォークライを行う。
死闘が。開始された。
凄まじいプレッシャーは、ワイバーンの比では無い。当たり前だ。大きさだって、三倍は違うのだ。
ドラゴンが。右に回り込んでいたあたしを見る。
それと同時に、レントが仕掛ける。上空から、剣を突き立てようとするレントに対して、ドラゴンは魔力を放つ。
それだけで、レントの恵まれた体格が押し返される。
魔力の出力が高すぎて、あんな芸当が出来るのか。
更に、真下から迫ったタオに対しても、尻尾で粉砕しに掛かってくる。
寸前でかわしたタオだが、あんなもの、まともに喰らったらひとたまりもない。
だが、勝ち目はある。
アガーテ姉さんが穿った傷。
あの地点は、鱗で防御されていない。
ただ。今の反撃で見えたが、ドラゴンは全身を魔力の鎧で守っている。あれを引きはがさない限り、鱗も何もあったものではない。
人間とは、土台からして違う。
だから、それを想定した戦いをしなければならないのだ。
「はあっ!」
クラウディアが気合いとともに、巨大な矢を放つ。
人間ほどもある巨大な矢だが、ドラゴンは一瞥しただけで、受けて防いで見せる。
視界を塞ぐことも出来ないか。
「クラウディア、支援魔術に移行して!」
「分かったわ!」
ハンドサインでそう会話しながら、急いであたしは周囲を回る。
レントが、まずは隙を作らないとまずい。
あたしが既に腰にぶら下げている爆弾は、かなりデリケートなのだ。
色々作って見て分かったが。
高性能な道具ほど、デリケートなのである。
この爆弾もそう。
あたしが今出来る錬金術のありったけを叩き込んだこの爆弾は、下手な使い方をすると発動すらしない。
笛に切り替えたクラウディアが、それで魔術を展開開始。
周囲の体力を回復させ始める。これは恐らく、まだ倒れていて逃げられていない護り手のためでもあるだろう。
そしてドラゴンは、身に纏っている強すぎる魔力もあって、その魔術も弾いてしまっている。
或いはクラウディアが、指向性をもってやっているのかも知れない。
ドラゴンが反撃に出る。
瞬いただけで、何カ所かが爆発。
詠唱不要の魔術は、魔物だって当然使ってくる。しかもドラゴンとなれば。当然この破壊力だ。
横っ飛びに転がって、見る。
ドラゴンが急降下して、あたしを狙ってきている。
覚えていたか。
あたしが主軸になってくると、見抜いている。
狂っていても、それだけの判断力は残している、ということだ。
その頭上から、レントが剣での一撃を叩き込む。
鬱陶しがって、ドラゴンが頭を振るった瞬間、あたしが飛び退く。ドラゴンが緩んでいる城の床をブチ抜いて、石材が辺りに吹き飛んでいた。
レントを振り落とすと、影から接近していたタオに、ドラゴンがブレスを叩き込む。火力を落として、速射できるようにしたもののようだ。
その真っ赤な体によく似た火球。
だが。あたしが上空から熱魔術をたたき込み、ブレスを放った瞬間に爆破する。
顔の至近でのブレスの爆裂。ドラゴンが顔を歪めた瞬間、爆風を斬り破ったタオが。ドラゴンの顔面にハンマーを叩き込んでいた。
流石に質量兵器。
それに、タオの全体重も合わせて載せている。
それが、元々身体強化している状態で飛んできたのだ。
ドラゴンも、流石にぐらりと揺らぐが、二本の足で踏みとどまって見せる。
そして、首を振るって、タオを吹っ飛ばす。
吹き飛ばしつつ、更に追撃を入れようとするドラゴンの斜め上から。移動していたクラウディアが、狙撃。
さっきアガーテ姉さんが穿った傷に、正確に着弾させていた。
魔力の鎧で全身を覆っていると言っても、それでも面白くないと思ったのだろう。
波状攻撃を鬱陶しがったドラゴンが、吠え猛りつつ全身から魔力を放出する。
クラウディアの第二矢を消し飛ばしたその魔力の放出は、周囲全員を吹っ飛ばす。
倒れているボオスが見える。
無事だったか。
ちょっとだけほっとしつつも、あたしはずり下がりながらも持ち堪える。
魔力を放って、ドラゴンの魔力放出を緩和したのだ。
だがこれで、あたしも殆ど魔力が残っていない。
ドラゴンはまだまだ余力充分。
いや、まて。
ドラゴンが、一瞬だけ動きを止める。
アガーテ姉さんとウラノスさんが叩き込んだ渾身の一撃が効いている。
レントが。また動き出そうとするドラゴンに。
雄叫びを上げながら、大剣の一撃を叩き込まんと躍り上がる。
翼を挙げて防ごうとしたドラゴンだが、そこに隙が出来る。
ボロボロになったタオが、完全に無防備になった逆側の腹に、ハンマーを叩き込んでいた。
一瞬、ぐらつくドラゴン。
そこに、レントが剣を振り下ろし。ついに、翼の一部を抉り斬っていた。
鋭い悲鳴を上げるドラゴン。
それでも、逃げようとしないのは。狂気に落ちていても流石だ。
傷つきながらも回転し、尻尾を振るってレントとタオを同時に吹っ飛ばす。だが、それこそ。
あたしが待っていた瞬間だった。
ドラゴンが。完全に二人に気を取られる瞬間。
あたしが。
それを投擲していた。
しまったと、顔を上げるドラゴン。上空にて、あたしが安全装置を解除した。ごっつい育ちすぎたクーケンフルーツほどもあるそれが、炸裂する。
それは最大級まで火力を増幅したレヘルンを、ルフトの技術で圧搾し。一点に集中する爆弾。
要するに冷気に指向性を持たせ、空気でも凍るようなそれを一点に叩き付ける代物である。
熱魔術使いのあたしだから分かる。
こんな凶悪な冷気、どんな呪文詠唱したって、一瞬ではドラゴンだろうが悪魔だろうが絶対に現出できない。防ぐ事だってできない。
死の氷の矢となったそれは。
つららが一瞬で出来るようなおぞましい光景とともに、ドラゴンを上から押しつぶし、その魔力防御を貫通していた。
ドラゴンが、地面に叩き付けられ。血反吐を吐く。
本当なら、これで一瞬で氷付け、と思ったのだが。
以前使った発破用フラムの技術も応用して、空気の壁も作ってドラゴンだけに冷気が行くようにすらしているこの爆弾にすら。
ドラゴンは耐え抜き。それどころか凄まじい気合いを込めた咆哮とともに、冷気の槍をブチ折っていた。
あたしが奥歯を噛みしめる。
分かっている。
ドラゴンの事だ。これすらも防ぎ切る可能性があると言う事は。だから、これは切り札ではあるが。
必殺の技ではない。
レントが既に仕掛けている。
周囲に、真冬のような冷気が解放されるなか。流石に強打を食らって地面にて伏せているドラゴンに、一撃を叩き込む。
通る。
魔力の鎧で防ぐどころではなく、鱗も今の急速冷凍でカチンカチンに固まっている状況だ。
レントの剣での一撃が、ドラゴンの背中をたたき割る。
悲鳴を上げて、全身を揺すり。レントを吹っ飛ばすドラゴンだが。
レントはむしろ、今のドラゴンの行動を利用して、飛び離れていた。
ばっと、逆側を見るドラゴン。
流石に戦い慣れている。
そっちからは、水平に殆ど飛んでくるタオ。ハンマーの攻撃を二度も貰って、かなり警戒している。
だがタオは、サイドステップして即座に離れる。
気付いたはずだ。
ドラゴンが、あたしを見る。
クラウディアが、笛すら使わず、歌うことで全魔力で音魔術を展開。
文字通り天の歌声と言う奴だ。澄んだその声は、凄まじい生の魔力を帯びていた。
あたしの全身に、力がみなぎる。あたしだけに向けて展開した、収束型身体強化音魔術。強化されるのは筋肉だけでは無い。
残り少ない魔力もだ。
あたしは、周囲を押しのけるほどの魔力を放出しつつ、詠唱を既に完了していた。
あたしが手をかざした上空にあるのは、熱の杭。
普段は分散してぶっ放す熱魔術を、それこそクーケン島にたまにくる行商の巨大船くらいは貫く熱の杭として、一点収束させたのだ。
普段だったら、高熱はドラゴンに通じる事はないだろう。
だが、アガーテ姉さんとウラノスさんが痛打を入れて。
あたし特性の必殺冷気爆弾……竜の冬とでも名付けるか。それを叩き込んだ直後。
こいつを喰らったらどうなるか。
熱の杭が、ドラゴンに襲いかかる。ドラゴンは最後の力を振り絞ってブレスを放とうとして、出来ないのに気付く。
あの冷気爆弾の直撃を喰らったんだ。
ブレスなんて、吐けるものか。
だがそれでも、即座に切り替えて。全力で、魔力をひねり出し。収束して熱の杭を防ごうとする。
そして、ちいさなラウンドシールドくらいの魔力の盾が作り出されて。
叩き落とされた熱の杭と、激突していた。
とんでもない熱波が、周囲を蹂躙する。ラウンドシールドくらいの大きさだが、それでもドラゴンの残り魔力を収束したシールドだ。簡単には貫通できない。
あたしが冷や汗を流す。
これを防ぎ切られたら、終わりだ。
レントは剣を杖に、立っているのがやっと。
タオは床に伸びて、様子を見ているだけ。
クラウディアは、残った魔力全部を使って、あたしの強化を行っている状態。クラウディアの魔力もかなり強いのだが。
ドラゴンの相手は、流石に悪いか。
拮抗は、十秒ほども続くが。
ドラゴンが、血反吐を吐く。
あたしも、頭の血管がブチ切れて、鮮血が流れ出すのが分かった。
根比べか、いいだろう。
最悪の選択をしたことを思い知らせてやる。
アガーテ姉さんとお母さんに、何度も一晩中正座で説教されたあたしに、根比べで勝てると思うな。
何度も吹っ飛びそうになる意識。
少しずつ、確実に弱まっている熱の杭。
だが、あたしは焦らない。
クラウディアが、背中を押してくれている。
レントとタオが、隙を作ってくれた。
だったらあたしは、絶対に。
狂ったドラゴンなどには、負けるものか。
気迫の雄叫びを上げる。
ドラゴンも、それに凄まじい咆哮で答える。
その力と力のぶつかり合いが。ついに終わる。
ドラゴンのシールドが、砕けるのが見えた。
あたしの熱の槍が、ドラゴンを串刺しにする。死の時、ドラゴンの目から狂気が消え。むしろ、あたしに感謝するような視線を向けていた。
ごっと、熱の柱が立ち上る。
ドラゴンを撃ち抜いた熱の杭が。
ドラゴンの全身を体内から一瞬にして蹂躙し尽くし。炭クズにし。
残った余剰熱量は、上空にて十字を作っていた。
へたり込むあたし。
背中をささえてくれたクラウディアが。必死に何か叫んでくれているのが分かるが、聞こえなかった。
意識が遠のいていく。
あれほどの魔力勝負をしたのは初めてだ。
だから、あたしも。
自分の限界を超えていたようだった。
意識が戻る。周囲では、護り手達が走り回り。あたしが先にストックしておいた薬を使って、治療に当たっているようだ。
ドラゴンの死体は、炭の塊になってその場に転がっている。
ぶすぶすと煙を上げている様子から、それに石畳が一部溶岩化している事からも。あたしが如何に無茶な魔力を叩き込んだのかが、一目で分かった。
なんとか、勝てた。
でも頭が痛い。だらだら血が流れていた記憶がある。まあ、頭が痛いのも当然だろう。
レントが瓦礫を持ち上げて、下敷きになった護り手を救出している。アガーテ姉さんが、こっちに来るのが見えた。
何か言っているようだが、ちょっと聞こえない。
慌てた様子で周囲に声を掛けているけれども。
あたしは、別に大丈夫と言おうとして。また意識が落ちていた。
再び意識が戻ったときには、もう夜になっていた。既に救出作業は完了。護り手達が、周囲で火を焚いている。
あたしも、音が聞こえるようになっていた。
クラウディアが側で眠っている。タオも。
レントだけ、起きていた。
「ライザ、大丈夫か」
「被害状況は?」
「なんとか全員無事だ。 ただ、ウラノスさんは……」
「そう……」
それはそうだ。
ドラゴンへの決定打を叩き込んだのは、間違いなくウラノスさんだ。
あの魔術。寿命を削ったものに間違いなかった。
ウラノスさんは、死んではいないようだが。
見るだけで分かる。
魔力の大半を使い果たしてしまっている。もうあれは、護り手として前線に立つのは不可能だろう。魔術師としてのウラノスさんは、もう前線には立てない。それが一目で分かった。
それでも、この島にとっての直接的な脅威になり得たドラゴンを仕留めたのだ。
ウラノスさんは、最高の勲を挙げた。
それに、ドラゴンの鱗をブチ抜いたアガーテ姉さん。
本物の騎士だ。
王都にいるどんな騎士にも負けないだろう。
二人が先に、ドラゴンに痛打を入れていなければ。勝利なんて、万に一もなかったと見て良い。
大きく溜息が漏れる。
それが分かっていても、とても苦い結果だ。
ドラゴンも、最後に感謝しているように此方を見ていた。起きだす。額を拭った跡があった。
「悪いが、薬がたりねえ。 コアクリスタルってのから出してくれるか」
「分かってる」
周囲からは、まだうんうん唸っている声が聞こえる。
ボオスはと聞くと、無言で向こうで座っているそうだ。無事だったことは分かっている。今は、それで良いとする。
まだ、クーケン島に迫っている脅威は幾つもある。
一つを排除しただけで、安心は出来ないし。
それでいがみ合っていては、意味がないのだ。
薬をコアクリスタルから取りだして、周囲に配る。アガーテ姉さんは流石だ。薬を使うと、すぐに包帯をとって。動く事も出来る様子だった。
「見事な戦いだったようだな。 もう私を完全に超えたと見て良い」
「そんな。 アガーテ姉さんが先に致命打を入れていてくれたから、ドラゴンと戦えたんですよ」
「そうだな……。 その代わり、お前に貰った剣を失ってしまった」
「実は今作れる最高の剣をもう用意してあります。 後でアガーテ姉さんにプレゼントします」
そうかと、アガーテ姉さんはほろ苦い笑みを浮かべる。
何もかも、行き違いだったのだ。もしもブロンズアイゼン製の武器がアガーテ姉さん達に渡っていたら。
結果は、もう少し楽だったかも知れなかった。
タオとクラウディアが起きて来た。
クラウディアが、わっとあたしに抱きつく。心配したんだからと大泣きされたので、凄く困った。
とにかく、これからの話をしなければならない。
クラウディアには泣き止んで貰わないといけないが。
なんだろう。
どんな悪戯をした時よりも、罪悪感が大きかった。
3、侵略者の影
あたしの薬で、どうにか死者が出るのは食い止めたが。ウラノスさんが失った力までは戻らない。
ドラゴンは討伐したが。まだクーケン島の周囲には、外海の魔物もいれば。
「将軍」とかいう危険極まりない魔物だっている。
島に戻るという話が出たのは、翌朝の事。その時には、何とかあたしがコアクリスタルを駆使して、魔力と引き替えにたくさん薬を作って。護り手全員が動けるようになっていた。
それに、ドラゴン戦に参加しなかった、途中脱落した護り手達はみんな体力を温存していた事もある。
帰路は、どうにかなりそうだった。
「では、お前達はここを調査してから戻るんだな」
「はい。 ドラゴンの様子、明らかに妙でした。 最後にあたしを見た時の目、覚えています。 明らかにあたしに感謝しているものでした。 狂気から解放してくれて、と」
「そうか……。 人一倍の魔力を持つお前だ。 その見立ては間違っていないと判断しよう」
「恐縮です」
アガーテ姉さんが、戻るぞと皆に声を掛けて、撤収を開始する。ボオスは、こっちを見もしなかった。別に感謝してほしいとは思わないが、もう少しどうにかならないのか。
あたし達は、一度集まる。
そして、城の探索を開始する事にした。
散々酷い目にあったのだ。これくらいの役得はほしい。それが分かっているから、アガーテ姉さんも苦笑いで見逃してくれたのだろう。
此処は古老達からして見れば聖地だろうが。
それでも、ドラゴンを仕留めたあたし達には、探索する権利がある筈だった。
まずは、城を見て回る。
ドラゴンが破壊の限りを尽くしたような事もない。戦闘の中心になった辺りは粉々の滅茶苦茶だが。
そもそもこの城、潰れて天井も落ちていて。
城としての役割は、果たしていなかったようである。
これでは、城どころか。
家としても使えない。
ただ、彼方此方に錬金術で使えそうな素材がある。石畳の間から生えてきている草などは、生命力に充ち満ちている。
「ライザ、見て! 鎧だよ!」
クラウディアが声を上げる。
散らばっているのは、鎧だ。中に死体が入っているのかも知れないと思って、少し緊張したが。
どれも中身は空っぽだ。
それでいながら、強い魔力も感じる。
「気を付けて、迂闊に触らない方が良いかも」
「これ……大きさがおかしいよ」
タオが言う。
とりあえず動く気配はないので調べて見る。確かに、人間が着ていたとは思えない大きさだ。
それに、である。
この破壊されっぷりはなんだ。
何に壊された。
人間と戦ったとは思えない。ドラゴンが相手だったら、文字通りぺしゃんこにされているだろう。
この鎧は、ひょっとしてだが。
島の周辺に出る魔物の一種とされる、幽霊鎧か。
腕組みして、少し考え込む。
これは一体、なんだ。
魔物とか幽霊とかと噂される存在だが。これは近くで見て理解出来た。多分魔物でも幽霊でもない。
初めて殺されている状態のものと接したのだが。
違和感が一瞬で膨れあがる。
「部品の一部、持って帰ろう。 調べておきたい」
「分かった。 動き出した場合は俺がすぐに斬り伏せる」
「よろしくね」
剣など、無事な部分を回収する。剣も強い魔力が篭もっている。これは研究すれば、皆の武器を更に強化出来るかも知れない。
更に、だ。
城の彼方此方を見て回ると、どうも妙な器具や、魔術を行使した痕跡が残っていた。城の一部しか無事では無いから、ほんの一部だけだが。
書庫らしい場所があった。
だが、残念ながら風雨にさらされて、殆どの本が駄目だ。わずかな一部だけは読めるようで、タオがすぐに手に取っていた。
「どうだ、何か分かるか?」
「ボロボロでちょっとすぐには……一度戻って、修復してみたい」
「じゃあ、荷車に入れておいて。 アトリエでじっくりそうしてよ」
「分かった。 悪いねライザ、本をただでさえたくさん持ち込んでいるのに」
みんなのアトリエだ。だからいい。
タオにとって本が何より大事なものなのだ。下手をすると、本を親に全部処分されかねなかった事も分かっている。
これらはあたし達の間では、共通の認識だ。
だから、読めそうな本は、協力して回収しておく。また、分からないものも回収は全てしておいた。
ひょっとして、何か重要なものがあるかも知れないからだ。
城の中を回っていくと、一際魔力が強い場所に出る。
石碑みたいなものがある。
周囲には。まだ生きている魔物避け。ドラゴンの足跡がある。間違いなく、あの斃したドラゴンだ。
此処に時々足を運んでいたのだろう。
此処は、ドラゴンにとって大事な場所だったのだろうか。
いや、あの目。
ドラゴンを狂気に染めたのは、此処だと判断していい。
「気を付けて。 多分これがドラゴンが狂った原因だと思う」
「ちょっと調べさせて」
「気を付けろよタオ」
「分かってる」
タオが、紙を取り出して、チョークでメモを取っていく。
同時に、手帳を取りだして、中身を急いでめくっているようだった。
「タオくん、何か分かりそう?」
「ええとね、古代クリント王国の文字だってのは確かだよ。 ……四つの言葉をずっと繰り返している所からして……多分、魔術を大規模に行うための装置だと見て良いと思う」
「古代クリント王国か。 時々話に出てくる、何百年か前に栄えていたって国だよな」
「そうだよ。 その時代には、人間は今の何十倍もいて……。 ええとね。 最初の文字は……鱗、翼……炎? ええと抽象的だけれども、ドラゴンの事だと思う」
やはりこれが。
ドラゴンを狂気に落としたのか。
場合によってはブチ砕いてやる。
そう思っているあたしの前で、タオは順番に解析を進めていく。
「二つ目は……恐らく召喚だね」
「召喚っていうとあれか。 魔術と普通の言葉で意味が変わる」
「そうだね。 普通の意味だと、強制的に呼び出すくらいの意味だね。 魔術的な意味だと、違う地点にいる存在を、自分の手元に呼び出して行使するくらいの意味だったはずだよ。 ただ、実際に出来る人を見た事がないけど」
「あたしもウラノスさんに話を聞いたことがあるけど、ウラノスさん程の魔術師でも、何十年か生きてきて見たのは一度だけだって」
古代クリント王国時代は、召喚は当たり前にある魔術だったのかも知れない。
今の何十倍も人間がいた時代だという話だ。
まあ、不思議な事ではないだろう。
そのまま、タオが順番に解読をしていく。
「三つ目は固有名詞だと思う。 どこにも該当する言葉がないや」
「固有名詞か……なんなんだろうな」
「それで四つ目だけど、これはすぐに分かった。 前に街道にあったのと同じ言葉だよ」
「確か防衛線、守る、殺せ、だったよね」
クラウディアがしっかり覚えている。
タオは、それに対して頷いていた。
「そう。 その「殺せ」、だよ。 要するに、ドラゴンを呼び出して、何かを殺させようとしているものだと思う」
「……似ているね」
あたしの言葉に、タオも頷く。
街道にあった奴と極めて似ている。
つまりこの石碑。
街道にあったものと、連動していると言う事か。
確かにドラゴンがあんなところに姿を現したのも。この城を拠点にしていたのも、それで説明がつく。
古代クリント王国とやらは、何をしていたのだろう。
今までは、漠然と古くにあった文明、くらいにしか考えていなかった。だが今では、明確な不快感を覚え始めている。
ちょっとよく分からないが。
いずれにしても、大迷惑だ。あやうくドラゴンによって、集落が滅ぶ寸前にまでいったのだ。
集落が滅んだなんて話は、今の時代いくらでもある。
禁足地の近くにあったそこそこに大きな村も、何十年か前に滅びたという。クーケン島と大して規模も違わなかったのに。
滅びたときは、クーケン島に住民を受け入れたそうで。
ウラノスさんは、その時まだ幼い子供だったらしく。大人同士の醜い争いを散々見たそうだ。
だから、その悲劇は生々しくウラノスさんから聞いた。
何かが滅ぶというのは、とても悲しい事なのだ。
それをわざと起こそうとしたのなら、許しがたい。
とめられるか、と聞いてみる。タオは止めた方が良いと即答した。
この石碑にどうやって動力が供給されているかもわからないし、半端に砕いても動くのである。街道のものを見ても分かるように。
そうなると、アンペルさんに相談するしかない。あたしも原理が分からない装置を、考え無しに破壊するほど頭に血は昇っていなかった。
「しかしなんだその固有名詞ってのは。 タオ、何か見当はつかないか?」
「なんとも……。 一応発音は出来るよ」
「どういう言葉なの?」
「ええと……フィル、フ、サ?」
その言葉を聞いたとき。
何とも言えない。もの凄く嫌な予感がした。
ともかく、持ち込んでいる物資は無限では無い。調査を終えたら、一度戻るべきだとあたしは思う。
そう提案すると、タオですら反対しなかった。
「一度アンペルさんとリラさんと合流して、この件について相談しよう。 それと、クーケン島にも戻って、一度モリッツさんと話はしないとね」
「分かった。 凄く嫌な予感がする。 フィルフサ?なんて魔物、聞いたこともないのにね」
「あの「将軍」とかいうのがそうだったりしてな」
「可能性は低くないと思うわ。 もしもドラゴンを呼び出して戦わせるような相手となると……生半可な魔物ではないと思うもの」
同感だ。
あのドラゴン、正直四人だけでは勝てなかった。それにだ。
あのドラゴンは、決して強い個体ではなかったと思う。
あれから色々と調べたのだが。伝承に出てくるドラゴンになると、山のような大きさのものがいるという。
古代竜と言われる奴で、そういう個体になるとそれこそ魔術を自在に操るどころか、人間の言葉も自在に使うのだとか。
そういう竜になってくると、人間と友好的な関係を構築したり、場合によっては支配者になる事を請われたりするらしいが。
あのドラゴンは。そんな超越個体にはとても見えなかった。
ともかく、山道から戻る。
帰路はアガーテ姉さん達がしっかり掃除してくれていたらしく、魔物の姿もない。
そして、時間があるからこそ分かる。
かなり優良な鉱石がぼろぼろと落ちている。途中、ある程度回収していく。ひょっとすると、ブロンズアイゼンより更に上のインゴットを作れるかも知れない。
ブロンズアイゼンだと、ドラゴン……それも若い個体とやりあうのがやっとだった。
だが、更に上の金属となると、結果はわからない。
とりあえず、今回は疲弊もある。戻るのを優先するから、鉱石の回収は最小限だ。
後は、戻る。
みんな改めて見ると、ボロボロだ。
クラウディアが攻撃の直撃を受けなかった事だけはよかったけれど。そんなクラウディアも煤だらけになっている。
絹服が駄目になったら大変である。
やはり、戦闘用の服を作るべきだろう。
今なら、服を作る事は難しく無い。少なくとも、今の絹服のまま戦わせるよりはずっといい。
街道に出ると、ほっとする。
だけれども、まだ帰路は残っている。
途中、看板が立てられていた。
急造のものだが、あたし達に向けられたものとして間違いなかった。
「ライザ達へ。 明日に村会が行われる。 その時に必ず顔を出すように。 読んだらこの看板は処理しておくように。 アガーテ」
そもそも木の看板を作った上に、剣で文字を掘っている。
アガーテ姉さんらしい豪快な看板で、苦笑いである。
そして村会に出ろというのは強制だ。
いずれにしても、早めにアトリエに戻った方が良いだろう。
今回は、ウラノスさんの事はあったけれども。
それでも、何とか誰も死なずに済んだのだ。
それでよしとするしかない。
ただ、ボオスが今回の件で更に拗らせないか、それが不安だ。
アトリエに到着。昼少し過ぎである。
アンペルさんとリラさんがいて。ボロボロのあたし達を見越してか、お湯とか用意してくれていた。
クラウディアに、先にお風呂に入るように言う。
あたしは後でいい。
風呂を増やす必要があるな。
そう、あたしは考えながら。何が起きたのか、順番にアンペルさんとリラさんに、説明を始めていた。
何が起きたのか、何を見たのか。説明が終わると。
アンペルさんは、考え込み。リラさんは、大きな溜息をついていた。
「これはもう、情報を共有すべきだろうなアンペル」
「分かっている。 まさか地力で奴らに辿りつくとはな……」
「前から、二人で分からない話をしていましたよね。 「将軍」というのも含めて、フィルフサだったりするんですか?」
クラウディアは比較的早めにお風呂から上がってきていた。
体力が一番ないのだから別に良い。クラウディアも、遠慮して風呂は少しで済ませたようだ。
戦闘では、他に負けない活躍をしていたし。最後の一押しになったのも、クラウディアの支援魔術だ。
だから、足りないぶんは皆で補うだけだ。
ともかく。フィルフサという名前を出すと、二人は頷いていた。
「……順番に話していくか。 古代クリント王国が滅びたときのことを知っているか」
「ええと……なんだかとても大きな混乱が起きたとか?」
「僕もその辺りは詳しくは分からないです。 色々な老人や行商に話を聞いたんですけれど、みんな詳しくは知らないようで。 ただ大きな混乱があったという事だけは聞いています」
「そうだろうな。 古代クリント王国は滅亡の時に、何が起きたのかを隠蔽した。 最終的にその残党がロテスヴァッサの今の王都に集まり、王を血なまぐさい争いの末に決めた頃には、真相は闇に消えていた」
アンペルさんの話を聞く。
皆、既に黙り込んでいる。
どうしてそんな事を知っているのかは、誰も聞かない。この人は、ただ者では無い。それは既に周知。
此処からは、恐ろしい話になる。
それが分かりきっていたからだ。
「ぼかしていても仕方が無いから、まず事実を言おう。 古代クリント王国を滅ぼしたものこそ、フィルフサだ」
「!」
「今の何十倍の人口と、魔術も現在とは比較にならない技術を持ち、錬金術すら現役だった国家をな」
「そんな。 どんなとんでもない奴なんだよ」
レントが。
怖いもの知らずの筈のレントが、明らかに怖れている。
あたしだって、それは怖い。
「古代クリント王国は、異世界……「異界」への穴を開ける技術を持っていた。 それが「門」だ。 その門を通じて、古代クリント王国は、異界の資源を貪り尽くした。 だが、それには大きな代償を伴ったのさ。 それがフィルフサの存在だ」
「異世界!?」
「なんでそんな事を知っているんですか?」
「私がその異世界……異界の出身だからな」
リラさんが言う。
それについては、あんまり驚きはなかった。
だって色々人間としては不思議すぎるし。
咳払いすると、リラさんは驚かれなかったことに対して、若干心外だという様子で続けた。
「フィルフサについては、私の世界の魔物らしい……ということしか分からない。 古くから存在しているからな。 少なくとも私が生まれたときには存在していた。 奴らの特徴は、此方の世界で言う蟻に似ているということだ。 アンペル、真社会性……とか言ったか?」
「ああ、そうだ。 フィルフサは典型的な真社会性を持ち、群れを構築する生物だ」
「だ、そうだ。 フィルフサは「王種」と呼ばれる強大な個体……私達の氏族を数十年前に破った群れの「王種」は「蝕みの女王」と言われていたが。 それら強大な個体を軸にして、巨大な群れを形成する。 将軍というのは、「王種」直下の精鋭個体だ。 その下に幾つかの階級が存在し、分業制で全ての生物を殺し尽くし、それこそ文字通り蟻のような数で押し寄せる。 しかも奴らは領土を確保すると、独特の毒素で汚染し尽くし、奴らに都合がいい環境に造り替えるんだ」
あんなのが。
蟻のような数で。
何もかも殺しながら押し寄せるというのか。
ぞっとするあたしに、リラさんは続けた。
「ただ、フィルフサには明確な弱点があってな。 奴らは水に極端に弱い。 水さえあれば、奴らはそこまで驚異的な存在ではなく、繁殖力にも限界があるから、我々で押さえ込めてはいたんだ。 しかし、古代クリント王国の連中は、我々の土地からあろうことか水を奪った。 資源の採掘に邪魔だという理由でな」
「なっ……」
「バカじゃねえのか其奴ら」
「利権は人の目を簡単に曇らせる。 余程古代クリント王国にとって利権になるものだったのだろう。 奴らは水を奪い、結果としてフィルフサは爆発的に繁殖し。 そして我々オーレンの民を蹂躙し、それどころか門を超えて此方の世界に襲来したのさ。 我々の言葉では、フィルフサの繁殖に伴う領地の拡張行動を侵攻……特に女王が巣ごと移動するような行動を、大侵攻と呼んでいた。 それが此方の世界に巻き起こった。 しかも複数のフィルフサの群れが同時に行う、とんでもない規模のものだった」
見て来たような言葉だ。
生唾を飲み込む。
リラさんは、更に続ける。
「ただフィルフサは雨に弱く、大侵攻が雨期で止まったのと。 それと我等の必死の交戦で、幾つかの群れの王種が斃されたこともあった。 他にも、何か理由があったのかもしれない。 数百年前の大侵攻は、それで止まった」
「待ってくれ。 そんなヤバイ奴が、どうして今姿を見せているんだ」
「簡単だ。 古代クリント王国は、負の遺産として門を残してきた。 門の中には、まだ開きっぱなしのものも多い。 制御装置が掛けられていたものもあるだろうが、それが経年劣化や風化、或いは無知な人間によって壊されたものもある。 この辺りで、門が稼働した。 そして、乾期が来ようとしている」
背筋を悪寒が駆け巡った。
この地方の乾期は、雨粒一つ降らない。
フィルフサという魔物が、動き始めたら。
文字通り、何もかも終わりだ。
クーケン島は、湖に浮かんでいるからなんとかなるかも知れない。だが、ただそれだけだ。
街道周辺には、まだ存在している集落だって幾らでもある。
今とは比較にもならない文明を有していた古代クリント王国というのが、手も足も出なかったとすると。
今のロテスヴァッサなんて、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単に叩き潰され、食い尽くされてしまうだろう。
その程度の事は、あたしにも分かった。
「確か、大侵攻という話もしていましたよね。 そういうことだったんですね……」
「そうだ。 フィルフサの中でも近衛に位置する将軍が出て来ているということは、奴らはとんでもない規模での侵攻を仕掛けて来る可能性が高い。 王種の強さは千差万別だが、私の氏族を破った蝕みの女王などが出て来たら最悪だ。 今の私並みの戦士が千人いてもとめられるかどうか」
「すぐに島の人達に……!」
「やめておけ。 私は百年以上、リラも途中からそれに協力して数十年以上、門の封印を続けて来た。 大侵攻寸前までいったのをとめた事もある。 だが私は錬金術師としての贖罪としてそれをやっているし、リラは氏族の弔いのために戦っている。 それを誰かに理解させることは不可能だ。 それどころか、狂人扱いされて投獄されるのが関の山だろうな」
なんだかとんでもない言葉が出て来た気がするが。
いずれにしても、此処にいる六人で。
どうにかしなければならない、ということだ。
ぞっとする。
クラウディアが聞く。
「ええと……アンペルさんは何歳なんですか?」
「ちょっと理由があって、普通の人間より長生きなだけだ。 そんな私でも及びもつかない程リラ達……異界ではオーレンと自分達を呼んでいるそうだが、オーレンの民は長生きだがな」
「そういうことだ。 私は氏族が数十年前にフィルフサに敗れ、それで門を通って此方の世界に来た。 最初は錬金術師を皆殺しにしてやるつもりだったんだが……此方の世界の荒廃ぶりをみて、その気も失せた。 運良くアンペルに出会えて、以降は同士として、各地の門を封じている。 もう十数個は封じてきたが、まだまだ残っているな」
色々想像も出来ない話だ。
それにしてもクラウディア、意外に聞きにくいことにぶっ込んでいくなあと。あたしは感心する。
咳払い。
まず、順番にやる事を決めていかなければならない。
「最優先事項として、そのフィルフサの侵攻をどうにかしなければならないですね」
「そうなる。 門の位置だが、おおよそ見当はついている」
「本当ですか!?」
「ああ。 お前達が言う西の禁足地、その南にある湖岸だ。 遠くからだが、そこに大きな古代クリント王国の遺跡があるのを確認している。 そして、フィルフサの偵察要員である「斥候」が出現しているのもな。 遠出してきている斥候は我々で今まで始末してきたが、それにも限界がある。 フィルフサに知能は無いが、その代わり異常に完成された群れの構造で動く。 既に奴らは、この地方に大侵攻の準備を始めているはずだ」
ドラゴンなんて、問題にもならない。
そんなの、鼻で笑うような危機が迫っている。
それを悟って。あたしは青ざめる。
とにかく、頭を切り換えなければならない。
「禁足地に足を運ぶ許可を得た方が良い。 それに……ブルネン家が何かを隠しているのを既に掴んだ」
「!」
「明日、村会に出ると言ったな。 私も出てもかまわないだろうか」
「はい。 是非来てください」
アンペルさんが頷く。
今まで、村会は面倒ごとしか起きない、本当に面倒なものだった。
だが、それもこれまでだ。
村の人達にも、協力して貰わないとこの危機を乗り越えるのは不可能だろう。問題はボオスだが。
ボオスをどうやって説得する。
多分、ボオスは今回のドラゴン狩りでの失態で、更に拗らせている筈だ。
あたしが何か言うのは逆効果ではあるまいか。
考え込むあたしに代わって、タオが幾つか質問をする。
まずドラゴンを呼んだらしい石碑だが。
アンペルさんも、手を出すなと即答していた。
「その石碑は、ドラゴンを呼んだもので間違いない。 しかも、フィルフサの出現に呼応して稼働したと見て良いだろう。 この地方で古代クリント王国がフィルフサと交戦した時、ドラゴンすらも走狗として使ったというわけだ」
「古代クリント王国の技術はとんでもないですね……」
「そうだ。 だが技術だけしかない連中だった。 だからこそ、今このような負の遺産を残している。 私は世界中で様々な場所にある門を見て来たが、いずれも古代クリント王国の者達が、如何に傲慢に振る舞い、愚かしい行動をしていたかを示していた。 反吐が出る連中だ」
「アンペル」
リラさんがたしなめて、アンペルさんがモノクルを直す。
不快感が抑えきれないのだろう。
だが、リラさんが、今怒っても仕方が無いとたしなめている訳だ。
何となく分かってきた。
本当にこの二人、利害が一致した同士なのだ。
夫婦のように見えて、そうでないのも納得である。
或いは、門を全て黙らせた後は話が分からないが。それも、いつになることやら。
「まずは村会だね。 だけど、エリプス湖に出ている外海の魔物の事もある……」
「そういうことだ。 最優先目標であるフィルフサの大侵攻阻止をするには、足下から固めていかないといけない。 ただ焦っても意味がない。 皆、それぞれできる事を伸ばしていけ。 今のお前達は、それぞれが充分に一人前の実力を手にしている。 だが、それでもまだ足りないんだ」
頷く。
そして、アンペルさんは、惜しげもなく。
高等錬金術が記された本をあたしにくれる。
錬金術は力だ。
だが、古い時代、これは間違った方向で使われた。
いや、違う。
今だって、渡る相手によっては、間違った方向で使われるはずだ。利権やら利害やら体面やらで、人間は簡単に変わる。
あっと言う間にねじ曲がる。
あたしは、そうはならない。
そう誓うけれども。
他の人はどうだかわからない。
保守的な思考のお母さんだって、昔はどちらかというとおてんばで、悪戯をしては叱られる方だったと聞いている。
今は穏やかなお父さんだって、保守的な思考を崩そうとしない。昔は保守的な大人に反発していたはずなのに。
身近な人だって、ちょっとした切っ掛けで考え方がぐるりと変わるのだ。
あたしだって、どうなるか分かったものではなかった。
「直近の問題として、まずはクーケン島の周辺にいる外海の魔物への対応だ。 ライザ、例のものを使う。 ドラゴンほどの相手では無いが、お前達がそれを斃すんだ。 問題ないな」
「はい。 自信があるとは言わないですけれども、斃します」
「よし……。 まずはブルネン家をどうにかして黙らせて、堂々と禁足地に入れるように許可を取るぞ。 禁足地には精霊王が出るという話もある。 だとすると、フィルフサの出現に呼応している可能性もある」
精霊王か。
エレメンタル達の親玉。言葉も喋ると言う。非常に強い力を持つと聞くが、フィルフサの出現にあわせて出現しているとしたら、どういう目的なのだろう。
人間を蹂躙して、領土を拡げるためか。
それとも、フィルフサを斃すのが目的なのか。
あたしには、なんとも分からなかった。
4、敗走の末に
ボオスは、屋敷の自室に閉じこもっていた。
全ての経緯はアガーテが話したのだろう。みっともないほど右往左往した後、父はそうかとだけいい。
後は、何も言わなかった。
ランバーが食事を持ってくる。
黙り込んでいるボオスに声を掛けて来るが。応える気にもなれなかった。
ドラゴンに、文字通り手も足も出なかった。
戦ったのはウラノスとアガーテ。それにライザ達。
それも、ウラノスは魔力を寿命を前借りに使い切って、魔術師としてはもう戦える状態ではないそうだ。
アガーテも、決死の一撃で鱗を断ち割ったが。
それも致命打には届かなかった。
ドラゴンを最終的に斃したのはライザ達だ。文字通りのドラゴンスレイヤーだった。
それを、隅っこで見ている事しか出来なかった。
悔しいというよりも。
呆然としてしまう。
此処まで差がついてしまっていたのか。
それだけではない。
負傷して行軍から離脱した連中までまとめ上げて、ライザは一人だって死なせなかったのである。
ああやって年上の人間までまとめあげ。
そして戦意を取り戻させた。
ボオスには絶対に出来ないことだ。
父が直接遠征していても出来なかっただろう。
ライザと仲良くしておけと、父が言ったのは間違っていなかった。錬金術とか言う怪しい呪いだけではない。
何もかもが、もう勝てない存在になりつつあった。
「くそっ……」
吐き捨てる。
体は正直で、どうしても腹は減る。すっかり冷めた飯を腹にかっ込む。とにかくまずかったが。それでも空腹は収まった。
情けなくて言葉も出ない。
何が悔しいって。
ライザを認めている自分が確かにいるのに。あの時の事がどうしても忘れられなくて。反発が収まらないことだ。
どうして、あの時ボオスが言ったことに、ライザ達は反発した。
そうしなければ、助からなかっただろうに。
ぐっと拳を握りしめて、床を叩く。
石床は、冷徹すぎるほどの力の差を見せつけて。びくともしなかった。
ランバーが来る。夕食を持ってきていた。情けなくて、ランバーの目を見る事も出来なかった。
「ぼっちゃん、夕飯です」
「ああ……」
「明日の朝には村会を行います。 ぼっちゃんにも出るようにと、お館様が言っています」
「分かっている」
村会には、ボオスは最近は必ず出るようにしている。
これは少しでも、次世代の指導者としての経験を積む為だ。
だが、ボオスの発言には、周囲全員が反発する。
言葉では賛同する者もいるが。
絶対にあれは納得していないと分かる。
誰もがボオスを馬鹿にしている。
それが肌で分かってしまうのだ。
ハラワタが煮えくりかえる。
こんな島、滅んでしまえば良いのだろうか。
そう、ボオスは思った。
それ以上に、手元にある剣で、自分の喉も掻ききれない弱さが、更に不愉快だった。
クーケン島を見下ろすには、此処がいい。
そう、既にフロディアは把握していた。
手元にある古式秘具で、仲間と連絡を取る。
各地に散っている仲間の数はそれなり。貴族に取り入るために王都で活動している仲間が一番多いが。
各地で、監視をしている仲間も珍しくは無いのだ。
「此方ナンバー9442。 成長中の錬金術師を確認。 ドラゴンを打倒。 更に成長の兆しあり」
「了解9442。 そのまま解析を続けてほしい。 もしも世界を変える程の力を手に入れた場合は、動かなければならない」
「了解。 解析を続行する」
通信を終える。
この古式秘具は、竜脈を利用して各地の仲間と連絡を取れる。
フロディアのような戦闘タイプの仲間と、上層部にだけ渡されているもので。
現役を引退するまでは、基本的に死守することを義務づけられていた。
フロディアの仲間には秘密が多く。
それを仲間以外に明かすことは無い。
はっきり分かっているのは、数百年ほど前に古代クリント王国が滅びた頃くらいから、フロディア達は人間社会に溶け込んで動いている。
元々の戦略は昔から変わっていなかったらしいのだが。
その頃に、首脳部が「失望した」らしい、という話を聞いている。
失望というよりも絶望が近いらしいが。
ともかく、それはあまり関係がない。
フロディアはバレンツ商会のルベルトに取り入ることが任務の一つだったが、周辺が硬く。ルベルトは容姿を整えてあるフロディアにも興味を示さない。娘のクラウディアとは悪くない関係を構築できているが、それだけだ。
ルベルトとの間に子供を作ってしまうのが一番早いのだが。
こういった巨大資本を動かしている人間は欲求が強い事が多いのに。ルベルトという男は、どうもそれに当てはまらない例外らしい。今でも妻以外の女に興味が無いようだ。
この手の金持ちは、「愛人を作るのは甲斐性」とか抜かす事が多いのだが。例外はいると言う事である。
まあどうでもいい。
いずれにしても、バレンツ商会で大きな役割を確保できるのは確実。
子供が出来なくてもいい。
そもそも、仲間がどうして皆同じ顔をしているか。
それには、理由があるのだから。
灯台から音もなく飛び降りると、バレンツ商会に戻る。クラウディアは最近戻る事が減ってきているが。ルベルトは心配していないようだ。
のんきなものだなと思う。
錬金術師がどれだけ危険な存在か知りもしないから、なのだろう。
いずれにしても、フロディアは指示に従って動くだけ。
覚えているのは、灼熱の記憶。
凶悪な理不尽に蹂躙されて。
何もかも。
文字通り、何もかも奪われた最初の記憶。
それは仲間で共有されている。
この文明でも、既に何人か、凶悪な錬金術師は出ていて。悪の限りを尽くした後である。
才能依存の学問である錬金術は、どうしてもそうなる。
才能があるのと、個人の善性は全く関係がないから、である。
故に、フロディアはいなければならない。
いざという時に。
悪を滅するためにも。
(続)
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