苦悩する青年

 

序、空回りの果てに

 

ライザと仲良くしておけ。

女としては興味が持てなくとも、人間としてのやり方は全て学んでおけ。

そう、父に言われた。

ボオスはそれを今でも覚えているし。それが事実だったとも感じている。だが、ライザも人間だったのだ。

だから、あの時から。

関係の修復が出来ないでいる。

今でもライザの事は認めている。

分かっているのだ。

自分がやっているのは支配者ごっこに過ぎないと。全て父の権勢があってこそ、周囲も顔役として扱ってくれる。

だが、裏では笑われている。

そんな事は知っていた。

ランバーは剣術師範として以外は無能の極地だが。それでもボオスを裏切らない事が分かっている。

だから、腰巾着にしかならないことを理解していても。

側には、ランバー以外を置く選択肢が無かった。

怪我が治った。

この怪我も、ライザの薬のおかげですぐに治ったのだ。

本来だったら頭を下げるのが筋だろう。

父だったら。モリッツだったらそれができた筈だ。

だが、それがボオスには出来ない。

昔の事が原因で、どうしても頭を下げられない。

意地になってしまっている。

それは分かっているのに。どうしても、頭を下げる事が出来なかった。

自分の器が小さい。

それをよく理解している。

だからこそ、ボオスは自分に腹が立つ。

だが同時に、どうして正論をライザ達は聞かなかったのか。

それも腹立たしくもあるのだった。

ぼんやりと港を歩く。

感覚が鋭くなったのだろうか。

陰口が聞こえてきていた。

「ブルネンの坊ちゃんだぜ」

「ああ、手酷くやられて、ライザに助けられたみたいだな」

「いい気味だ。 少しは反省してくれないかな」

「無理だろ。 性根が腐っていやがるからな」

ランバーに聞こえている様子はない。

だとすると、あの時。

ドラゴンのブレスが飛んでくるのが、嫌にゆっくり見えて。文字通り吹っ飛ばされた時に。

体の何かが開いたのかも知れない。

いずれにしても、聞かないフリをして先に行く。

いちいちキレていても仕方が無い。

ただでさえ支配者ごっこである事は、ボオス自身が理解しているのだ。

島の支配者はブルネン家だ。

古老は権力を持っているが、所詮権力を持っている、以上でも以下でもない。

ブルネン家が抑えているのは生命線。

それだけで、ブルネン家の力は絶対だ。

だが、それも何処かで虚しく感じる。

このまま、ボオスがブルネン家の跡を継いだらクーケン島は終わりだ。

そういう声も上がって来ているらしい。

分かっている。

ボオスも、そう思っていた。

敢えて強い言葉を使って、年上の顔役に接している。それが板についてしまっている。

それで相手が屈服するか。

答えは否だ。

最近は、反発が明確になって来ている。

水の利権を持っているから。

ただそれだけで偉そうにしている。

そう、ボオスは思われている。

父のモリッツは違う。

島に新しいものをどんどん取り入れている。人も。新しく島に移住してきた人と結婚した者も多い。そうして新しい血を入れることが、どれだけ島に大事かは、誰も……古老ですら分かっている。

このままではまずい。

ボオスはそれが分かっているのに。

どうしても、動く事が出来ずにいた。

港を歩いて回ると、漁師が騒いでいる。

どうしたと、声を掛けに行くと。数人は視線を逸らし。何人かが困り果てた様子で答えはする。

心底嫌そうに、だ。

「穴場で魚が全く捕れないんでね。 危険を冒して外海の側まで行っているのにでさあ」

「何だと……」

「これからの時期は乾期で、知っての通り魚がとても大事な栄養になる。 捕れないと、とんでもないことになる。 モリッツさんに知らせてくれないですかね、ぼっちゃん」

「俺の事を……」

坊ちゃんと言うな。

そう言おうとしたが、止める。

状況の切迫については、すぐに理解していた。

まずい。

言われた通りで、クーケン島の産業は限られている。特産品のクーケンフルーツは悪くない品だが、それでも量が限られている。他に自作できるのは痩せた土地に強い麦をはじめとした、幾つかの作物だけだ。

だから栄養が偏らないようにするために、魚や肉は必須になる。

魚の不作は、それだけで乳幼児や子供を産んだばかりの母親の命に関わってくる。

「たかが栄養」ではない。

しっかり子供の面倒を見る仕組みが出来るまでは、子供の半分が死んでいた。それは何もずっと遠い昔の事では無い。

子供が一人死ぬだけで、母親は壊れる事だって多い。小さな島に、無駄な人間なんて一人だっていない。

労働力が一人いなくなるだけで、それだけ損失が大きいのだ。そのくらいのことは、ボオスだって一発で分かる。

すぐに丘の上にあるブルネン家に戻る。途中、幾つかの水源から、水がきらきらと溢れていた。

暑くなってくると、この水が生命線になる。

だが、それがブルネン家に対する反感にも直結する。

ボオスに対する視線は、あまりよろしくない。

父は家で右往左往していた。

やはりドラゴンが人を襲ったという事もある。護り手による魔物の駆逐も、上手く行っていない。

護り手に無理を言っている事は、父だって分かっているのだろう。

父の気が小さい事は、ボオスだって知っていた。

「親父、少しいいか」

「どうしたボオス。 今考え事を……」

「魚が捕れなくなってきている。 対策が必要だ」

「なんだと……」

父だって、それが如何に危険な事くらいは分かる。というか、反感を浴びつつも村の顔役を降ろされていないのも、父に一定の手腕があるからだ。

先代はもっと手腕があったらしいのだが。

それは仕方が無い。

ともかく、父も港に行く。

ボオスもそれについていくしかない。

漁師達が、話し合いをしている。ボオスに対しては坊ちゃん呼ばわりの漁師達だが、父には一目置いている。

「ああ、モリッツさん。 来てくれたか」

「状況を聞かせてくれ」

「分かった。 手分けして彼方此方回ってみた。 年寄りに聞いた穴場にまで行ってみたんだが、それでも殆ど魚がとれねえ」

「どういうことだ? 何か皆で原因は思い当たらないか」

分からないと皆が首を横に降る中。

「白髭」と言われる、漁師の長老格の人間が、挙手する。

年老いているが、漁で生計を立てている人間だ。

まだ筋骨は充分にたくましい。

「いいか、ブルネンの」

「なんだ白髭どの」

父もこの老人は無碍に出来ないのだろう。何しろ、村の漁業に関する生き字引みたいな人間である。

周囲の漁場については殆ど全て知っていて、たまに外海にふらっと出ていっては、とんでもない大物を担いで戻ってくる。

普段はほぼ喋る事もないのだが。

漁師全員が尊敬している人物で。

喋ったときには、古老ですら黙る程の存在感がこの小さな村ではある。

「潮の匂いがいつもと違う」

「潮の匂いだって……?」

「ああ。 季節によって潮の匂いが変わるものなんだがな。 今回の臭いは、わしが生まれてこの方嗅いだこともないものだ。 多分漁場を変えたりしたくらいでは、どうにもならないだろうな。 外海の様子も少しおかしいように思う。 何があるか分からないから、漁には出ない方が良いかも知れないな」

父が黙り込み。

腕組みして考え込む。

魚が捕れなくなるのは、文字通りの死活問題だ。

ボオスに、視線を向ける父。

「ボオス、見回りをしてこい。 混乱が起きていないか、波及する気配がないか、目で確認してくるんだ」

「分かった」

「いきやしょう」

ランバーと一緒に、ボーデン地区に出向く。

悔しいが、今のボオスにはそれくらいしかできる事がないか。

人望がない。

自分自身のせいで。

それについては、ボオスも理解している。だが悔しい事に、それをどうすれば解消できるか分からないのだった。

 

対岸での魔物掃討作業に、クラウディアも加わる。

戦闘は怖い。

血の臭いは、意識が飛びそうになる。

それでも、音魔術と、魔術を駆使した弓術を用いて、皆の支援に徹する。

慣れてくれば、多分矢を複数同時に出現させる事が出来るはずだ。

少し前に戦闘したあの恐ろしい魔物との戦いで。ライザは千を遙かに超える熱の矢を出現させ、それを一斉に叩き付けていた。

結果としては魔物に殆どダメージを与えられなかったが。

あれが破壊力を発揮していたら、小さな村くらいは消し飛んでいたのだと思う。

あそこまでの魔力と技量は、クラウディアにはない。

だけれども。

アトリエで、ライザにフルートの演奏を披露してから。

どうしてか、魔力が簡単に練れるようになってきている。

勇気を出したから、だろうか。

いずれにしても、矢を放つ事。

敵に当てること。

それに、敵にとどめを刺すこと。

これらは、苦にならなくなりつつあった。

呼吸を整える。

島の対岸に群れている魔物が、不利を悟って逃げ出す。ライザ達は、怪我もしていない。ただ、流石に斃した数が数だ。

新しく作られたばかりの大剣を振るって、レントくんが肩で息をついていた。

「とんでもねえ数だ。 ちょっと洒落にならねえぞ」

「あの魔物の影響かもね。 見て、鼬だけじゃない。 普段見た事がないような魔物まで混じってる」

タオくんがハンマーで頭を事務的に叩き潰して、瀕死の魔物にとどめを刺す。

今殺したのは、「ラプトル」と言われる大きなトカゲの魔物だ。

大きくて俊敏で、凶暴でそれでいて頭も良い危険な魔物で。

だけれども、「ラプトル」と呼ぶ理由はまったく分かっていないらしい。

そのラプトルも、傷ついて此方に流れてきた挙げ句。

うろうろしている所を、クラウディア達に遭遇。

ライザの熱魔術の直撃を受けてバタバタと倒れた。普段の力の三割も発揮できていなかったのだと思う。

アンペルさんとリラさんは、二人でこの場を離れている。

多分西の……禁足地に向かったのだと思う。

護り手の人達は、周辺で魔物を掃討していたけれど。数が多すぎて尻込みしている有様だ。

とくに経験が浅い人達は、大暴れするライザの様子を見て、青ざめている程である。

この村の基準でも。

ライザの戦力は、図抜けている。

それが、客観的に見てクラウディアにも分かった。

「クラウディア、手伝って。 一段落したから、魔物の処理をするよ」

「うん。 任せて」

「羊まで……」

ライザが呻く。

大型化した羊は、人間の手を放れて野外で凶暴化するケースがある。ただ、人間の手を離れて好き勝手に生活している雰囲気が強く、そこまで邪悪な魔物とはならないのだけれども。

そういった羊も、周囲に点々と死んでいた。

食べられる魔物は、てきぱきと解体してお肉を捕っていく。

ただ、肉食の魔物のハラワタを開けると、凄い臭いで気絶しそうになったりする。まだ線が細い。

あの恐ろしい、ライザの魔術でも錬金術でさえもどうにもならなかった魔物。

リラさんが「将軍」と呼んでいた者と、いずれ戦う時が来るかも知れない。

そうでなくとも、ドラゴンが無差別に人を襲っているのだ。

何が来ても不思議では無いのに。

この線の細さが、クラウディアには情けなかった。

二時間ほど掛けて、魔物の死体を処理する。

護り手はもう一旦アガーテさんと一緒に撤退。ウラノスさんのようなベテランもいるが、何しろもうお年寄りだ。連戦で疲れ果てて、今は後方で指揮を執っているらしい。若い護り手は技量も経験も浅く、束になってもライザ一人にも及ばないようにクラウディアには見える。

事実、魔物の処理も殆どライザ達とクラウディアでやることになったし。

それで、数十体は片付けたのだから、充分だろう。

魔物を処理し終えて、肉やら皮やら。それに羊毛やらを満載して、それこそ海賊のように島に戻る。

アンペルさんとリラさんは、アトリエにしばらく泊まると言う事なので、気にしなくて良いだろう。

ふと、タオくんが眼鏡を直す。

「あれ。 なんだかいつもと潮の流れ、違わない?」

「そうか? 俺は全然分からないけど」

「私にも分からないわ。 ライザ、どう?」

「うーん、変な魔力とかは感じないけど。 確かになんだか、船の周りに魚がいつもほどいないような気も」

そういえば、さっき魔物の残骸を湖に捨てたときも。

いつもばしゃばしゃと凄い音を立てて魔物の残骸を食べて行くお魚さん達が、いつもよりだいぶ静かだった気がする。

何より、タオくんはとても頭が良くて、クラウディアも感心するほどだ。

今は小さくてあまりぴんと来ない人も多いだろうが。

もしもこれから背がぐっと伸びたりしたら、何年かあとにはとてももてるようになるかも知れなかった。

「いずれにしてもタオがいい加減な事をいうとは思えねえ。 あの魔物の事もあるし、注意は必要かもな」

「とりあえず、しっかり舵を取って。 あたしが熱魔術で水面下を探るよ。 潮の流れが変わっているなら、暗礁に引っ掛かる可能性もあるし」

「おう、任せとけ」

「私が前で舵を支援するわ」

矢の具現化の練習だ。

前にいて、舵を取ればそれだけ更に船は安定するだろう。

ライザもお願いねと言ってくれたので、クラウディアには嬉しい。

そのまま、クーケン島にまで戻る。

港に戦利品を、荷車に載せて運んでいくと、漁師達が、おっと声を上げていた。

「すげえ量の肉だな! ちょっとすまないが、売ってくれるか」

「そもそも売るつもりで持って帰ってきたんですが、それはそれとして何かあったんですか?」

「魚がとれねえんだよ。 白髭のじいさんは、潮の匂いがいつもと違うなんていう話をしていてな」

「そういえば、タオもそんな事言ってたよね」

お金は幾らでも必要だ。

気前よくライザは、肉を漁師に売り分ける。

対岸の方はまだ魚がいるかも知れないと言う話をすると、漁師は申し訳なさそうに頭を掻いていた。

「あー、それは分かっているんだ。 だがあの辺りは、本当に最後の手段でな」

「なるほど……」

漁は、農業と同じ。

穴場で取り尽くせば、そこに魚が戻るまで相当に時間が掛かると言う。

陸だけでは無い。

エリプス湖や、外海にまで異変が起きているのだとしたら。

これは、何かとんでもない事が起きようとしているのかも知れない。

あの恐ろしい「将軍」という魔物の事を思い出して、クラウディアは身震いしていた。

 

1、島の生活のために

 

一度、アンペルさんとリラさんが借りている借家に集まろうという話になった。

あたしの家をたまり場にする話は、もう出ない。

それはそうだろう。

アトリエは移したのだから。

アンペルさん達も、戦力の大きさを考慮して、護り手から船を借りているらしい。港での一悶着を終えた後は、既に勝手に戻って来ていた。

難しい顔で何か話し合っていたが。

あたし達が姿を見せると、二人とも居住まいを正す。

「皆、無事だな」

「はい、問題ありません」

「では、軽く状況の整理をしておこう」

アンペルさんが音頭を取ってくれる。

こう言うときは、明らかにリーダーシップを取ってくれる人の存在がありがたい。

ライザも自然と皆の中心になっている事は多いのだが。

それはそれとして、こういう論理的に皆をまとめるのは、そんなに得意じゃないのだ。

魔物の駆逐について、今日の戦果を説明する。

レントの新しい剣、ブロンズアイゼンによる試作品の事もある。

いつもと違う魔物がかなり混じっていたが。対岸に屯していた魔物は掃討が完了している。

だけれども、タオもクラウディアも指摘していたけれど。

どうも魔物はどんどん東に向かって移動しているらしい。

街道の辺りにいるのは、どちらかというと弱っていたり、手傷を受けたりしている個体が多いようで。

それも、普段は補食関係にあるような魔物が、身を寄せ合っているような姿すら見受けられた。

放っておけば、みんないなくなるかも知れないが。

だが、餓えた魔物である事に違いは無い。

街道を通る人がいたら、無差別に襲いかかる可能性も高く。

放置はできなかった。

そう説明をするあたしに、アンペルさんは満足そうに頷いていた。

「うむ、それだけ状況が把握できていれば充分だ。 魔物から素材だって入手できるだろうし、新しい調合も試してみるといい」

「分かりました。 それと……」

「続けてくれ」

魚の不漁について話をする。

アンペルさんは考え込むと、リラさんとひそひそと話す。

やはり、難しい単語が飛び交っているようだ。

そろそろ、もう少し腹の内を明かしてほしいのだけれども。

「それについては、なんともいえないな。 錬金術で、くいつきがいい餌でも作ってやることは出来るか?」

「そうですね……」

まあ、魚の餌くらいなら。

ただ、気になる事が幾つもある。

長老格の漁師が、潮の匂いが違ってきていると言うこと。

それに、タオが潮の流れが変わっているとみたこと。

これらも説明すると。

アンペルさんは腕組みしていた。

「流石に彼奴らが原因だとしても、そこまでの影響があるとは考えにくいな」

「今は不安要素を抱え込むべきではないだろうな。 適当に流すべきだろう」

「……そうだな」

アンペルさん達の助力は得られないか。

二人はあの魔物と戦っているのだろうか。あたしのフルパワーでの詠唱魔術に耐え抜いた魔物と。

あいつを倒せる方法が、今の時点では思いつかない。

それに、だ。

良くない話がある。

ブルネン家主導で、ドラゴンを退治しようという話が持ち上がり始めている、という事である。

勿論、そんな事をしたら、護り手が全滅しかねない。

ブルネン家に対する不満が、護り手の中でもどんどん大きくなっていると聞いている。

非常にまずい事態だ。

あの凶悪な魔物の事もある。

そして、あの魔物の事は村の人間に話すな、とも言われている。

ひょっとするとクーケン島は。

未曾有の危機に直面しているのかも知れなかった。

「不漁の理由を解明するのは後だ。 対策についてはライザ、お前が考えるように好きに動いてみるといい」

「分かりました!」

「アトリエの周辺には、もう彼奴らはいない。 それについては、私達が確認しておいた」

リラさんがいう。

そして、リラさんは、皆を見回していた。

「稽古については、私が言ったことを以降は実践していけ。 もうお前達は、実戦で応用していく時期だ。 基礎は教えた。 後はなまくらにならなければ、存分に戦っていく事が出来るだろう」

「はいっ!」

「私達は私達で忙しい。 アトリエにも出来るだけ寄るようにはするが、自分達の問題は自分達で解決するようにな」

それで、解散となった。

あたし達は、一旦アトリエに移動しようと思って、街を歩く。

そして、ボオスとばったり出会った。

にらみ合いは一瞬。

クラウディアもいるからだろう。何しろ、島にとっての超大事なお得意さんである。

ランバーは相変わらずで、ぼーっとしている。

この人が剣術を教えている時の事も知っているから、どうしていつもそうできないのかが、よく分からない。

「この間の勝負で勝って調子に乗っているようだなライザ」

「別に調子になんか乗っていないよ。 ただ、誰も死なせなかったことは嬉しいと思っているけどね」

「ふん……あの程度の事で勝ったと思うな。 ドラゴンは必ず俺が仕留めてみせる」

「止めとけよ。 あのドラゴン、ちょっと様子がおかしかったぜ。 俺たちだって勝てる相手じゃないし、アガーテ姉さんやウラノスさんが総出になっても多分どうにもならないと思うがな」

レントが冷静に事実を指摘するが。

ボオスは今日はいつも以上に不機嫌なようだった。

トゲトゲした言葉を幾つかぶつけて来ると。そのまま去って行く。

ランバーが、あわてて後を追っていった。

クラウディアも、とげとげしい言葉をぶつけられていた。

友達は選んだ方が良いぞ、とか。

クラウディアは、それを聞いて明確に拒否の言葉を返した。

友達は選んでいます、と。

クラウディアがあんなに鋭い拒絶の言葉を発するとは思わなかったので、あたしも驚いたくらいだ。

いずれにしても、ボオスは何がしたいのかよく分からない。

今日も、実はあまり頭には来なかった。

というよりも、この間のドラゴンとの事件以来。

どうもボオスに頭に来なくなりつつある。

「ねえライザ、ボオスくんとは何があったの?」

「何って……昔からあんなだよ」

「そうなの? ボオスくんって、ライザを認めているように思えるの」

認めている。

それは、初めての言葉だ。

レントもタオも驚く。

クラウディアは、周囲を見回した後、それでも続けていた。

「もしもどうでも良い相手だと思っているなら、声だって掛けてこないと思う。 それにさっきの言葉、どうしても見返したい相手に対しての言葉に私は聞こえたな……」

「見返したい。 ボオスが、あたしを?」

「うん……」

「ちょっとぴんと来ないね……」

タオが小首を傾げる。

この中で、ボオスに一番酷い目に遭わされてきたのがタオだ。

特に、本をお守り呼ばわりされる事が多かったという。

それについても、ちょっと気になる事があるという。

入り江に移動しながら、軽く話す。

「タオくんが、本を読めるようになったら、お守りだっていわなくなったんだよね」

「そういえば、そうだね」

「多分だけど、タオくんが本を大事にしている事だけを責めていたんじゃ無いのかな」

「え……? う、うん……」

タオが目を白黒させる。

皆の中で一番頭の回転が速いタオが、困惑している様子は、見ていて面白い。

レントについては、ボオスは主にザムエルさんの事を責めていたはず。

あの酒乱をどうにかしろ、と。

レントはそれをどうにも出来なかった。

レントが護り手に混じって魔物狩りをして、実績を上げるようになってからは、それも止まったとか聞いている。

それに、ライザについてだ。

ライザには、冒険ごっこを揶揄する言葉をいつも掛けて来ていなかったか。

そういえば、そうだった気もする。

「ボオスくんって、本当はライザ達に、不器用にもっと進歩しろって言いたかったんじゃないのかな」

「はあ……クラウディア、そう見える?」

「うん。 少なくとも、なんとも思っていない相手への対応じゃないよ」

「よく分からないけど、筋は通っているようにも見えるかなあ」

でも、ボオスは。

あの時以来。

どうしても、口をつぐんでしまう。

船に乗ると、対岸に移動。今回も、クラウディアにも手伝って貰って、周囲を確認しながら移動する。

潮の流れが変わった。

潮の匂いが変わった。

どちらにしても、エリプス湖にも異変が起きている、ということだ。

さっき漁師の人達とも話したが、外海まで遠征しても、魚があまり捕れなかったという話である。

だとすると、とんでもない異変が起きているのかも知れなかった。

だから、湖を移動する時も注意する。

タオが、しきりにメモしている。

実はタオが紙が足りないと言っていたので、少し前から植物の繊維を利用して、紙を作っているのだ。

錬金術的にはゼッテルというらしいが。

島に入ってくる粗悪な紙や、古い時代から残っている染みついてしまっている紙とは違って、本物の新品だ。

だからタオは目を輝かせて。

よだれすら拭っていた。

嬉しそうなので何よりである。今も、こうして活用してくれているし。

あたしはちょっと呆れながらも、一応暗礁に警戒する。クラウディアも、魔術で出現させた櫂で、しっかり操船を手伝ってくれていた。

対岸に到着。

アトリエに入ると、荷下ろしと荷物の整理をして。

その後は、調合を開始する。

まずは。みんなの武器を刷新する。

ブロンズアイゼンの構築がやっと上手く行ったので。これを使って、皆の装備を新しくするのだ。

靴は、今のままでいいだろう。

ブロンズアイゼンは、雑多な金属を混ぜて作っていただけのインゴットよりも、かなり軽く硬い。

軽い事もあって、武器としてはちょっと癖があるので。

敢えて厚みを増やしたりしている程だ。

しばらく無心に、皆の装備を強化する。

そして、皆に配布した。

タオのハンマーは、更にリーチを長くしてある。これは、タオが戦闘経験を積んで、ハンマーの取り回しが上手くなったからである。

クラウディアの弓は、以前のよりもかなり大きくなった。

これによって、弓を更に力強く引くことが出来る。

クラウディアは、一度引いてみて。頷いていた。

これはいいと、思ってくれたらしい。

レントには、既に剣を作って渡してある。

あたしの杖は、更に打撃用の殺傷力を高め。

更に杖全体に強化のための魔術を仕込んで、詠唱を行わなくても魔術をぶっ放せるようにする。

外で、皆で軽く試し切りをしてみる。

あたしの杖は、今まで以上の威力の熱の矢を、特に消耗なく二十本くらいは出現させる事が出来る様だ。

これならば。

この間の魔物に放った2500本のフルパワーの魔術を、半分くらいの負荷で放てると思う。

クラウディアが放った矢が、ガゴンと凄い音を立てて的を貫いていた。

力も魔力も上がっているのだ。

「クラウディア、指に気を付けて!」

「うん、分かってる!」

あの様子だと、弦の凄まじい反発力で、下手をすると指どころか手ごと持って行かれかねない。

だが、今のクラウディアはかなり技量を上げている。これならば、恐らくし損じる事はないだろう。

タオはハンマーを振り回してみて、結構アクロバティックな動きを見せている。

魔物と短時間でかなり戦った事もある。

だけれども、どうにも若干タオは武器と相性が悪い気がする。

これは、剣を試してみるのも良いかも知れない。

ただ、それはタオが決める事だ。

我等の間に遠慮無し。

もしも、これではまずいと思ったら、タオは必ず言ってくる。その時に、あたしが手伝えば良かった。

試し切りをした後、軽く話をする。

「一旦、魚を誘引するための餌を作って見ようと思う」

「不漁で漁師さんたち困っているって話だったもんね」

「うん。 でもね、どうもおかしいと思うんだよね今回の件」

皆で集まって話をする。

魚の総量が減っているのか。

タオが言った通り、潮の流れが変わって、魚のいる場所が変わったのか。

もしも前者の場合。

外海にいるような、とんでもない超ド級の魔物がエリプス湖に入り込んで来ている可能性もある。

両方に備えて、動かないといけないだろう。

まずは、あたしが調合を開始。

その間に、レント達三人は、対岸の様子を見てきて貰う。

魚の餌を作るだけなら簡単だ。

今回は釣りをするわけでもないので、魚が何となく集まってくるようなものを作ればいい。

臭いが強めの肉。

それも敢えて腐りかけのものを使う。

これに加えて、すり身にした内臓なども用いる。

気持ちが悪い代物になるけれども、魚などはこういったものは別に気にしない。人間にとっては気持ちが悪いだけだ。

これを小麦粉と合わせて、固形にする。

これで、強力な誘引用の餌になる筈だ。

餌の材料を混ぜて、それぞれの要素を抽出。エーテルの中で組み合わせていく。

それで分かったのだけれども。

腐りかけのものというのは。

変質はしているけれども、それがすなわち毒というわけでもないらしい。

そういえば果物も熟すまでは堅くて食べる事が出来ないものもあるのだけれども。

なんだか分解して見て、それに近いという印象を受けた。

確かに、肉も腐りかけが一番おいしいというような話があるのだっけ。あたしはあまり実感がないけれども。

なるほどね。

分解しつつ組み合わせて、やがて錠剤のような魚の餌が、それなりの数出来る。

ただ、これはあくまで応急処置だ。

根本的な解決にはならない。

それで、漁師の人達に頼もうと思っている事がある。

あたしと親しい漁師が、何人かいる。

実は護り手と漁師の間で、昔あたしをどっちに引き込むかで、揉めたことがあったらしいのだ。

アガーテ姉さんが帰ってきてから、その辺の話は護り手で、と勝手に大人達が決めたらしいのだけれども。

今でも跡取りがほしいらしい漁師は、あたしに粉を掛けてきたりする。

特に白髭のおじいさんは。

孫に男がいたらあたしの婿にやるんだけどなあと、ぼやくことがあるのだった。

まあそもそも白髭さんの孫はみんな女の子で、しかも一番年上が七歳だ。そんな子を婿に貰っても困るけど。

ともかく、調合をこなして。餌を量産する。

それが終わった頃には、レント達も戻って来ていた。

「どうだった?」

「やっぱりまだまだ魔物が東に移動しているな」

「それより何、凄い臭いだけど……」

「ああ、魚の餌を作っていたから。 ちょっと窓開けて。 空気、入れ替えておこう」

無言で窓を開けて、臭いを外に出す間に。

あたしは外で、汲んでおいた水で手を洗っておく。

さて、此処からだ。

どうもあたしには。

これが上手く行くとは、とても思えないのだ。

それに、どうにも島の方でも、嫌な流れが続いているように思う。

ボオスはどうして。誰も喜んでいない。誰にも認められていないと分かっているのに、支配者ごっこを続けているのか。

それも、クラウディアにボオスの事を指摘されてからは。

疑問が膨らむばかりだった。

 

魔物をまた処理してから、クーケン島に戻る。キリがないが、それでもやっておかないとまずい。

それに、魔物も此処で大量に屠られていると分かったのだろう。

少しずつ、街道を避けている様子がわかる。

それだけで充分。

とにかく、人間を恐ろしいと思わせなければならない。

大規模な魔物による被害が出るのは、だいたい人間が舐められたときだ。

魔物と人間が上手くやれないとはいわない。

ただし。考え方も違えば習性も違う。

そういった違いを全く気にせず克服できる変わった人もいるらしいのだけれども。

それはそれ、あくまで例外だ。

街道を通る人間は決して少なくない。

近隣の街などがあまり頼りにならない以上。

あたし達で、少なくとも近場の魔物は処理するしかないのだ。

処理した魔物を解体して、肉や毛皮の一部をクーケン島に持ち帰る。アトリエには、既に当面籠城できるだけの物資は蓄えてある。

今はコンテナで冷凍しているが。

その気になればいつでも取りだして焼いて食べる事も出来る。

とにかく、クーケン島に戻る。

クーケン島では、やはりさざ波のように不安が広がっている様子だ。真っ先に港に出向く。

そして、漁師に声を掛けて動く。

最初に声を掛けるのは白髭。

あたしと面識があるし。

それに何より、以前あたしが行った錬金術でのゴミ掃除を目撃している一人だから、である。

あたしが作った薬は、既にクーケン島に出回りつつある。それでたくさんの人が助かっている。

だけれども、まだまだ多くの人にとって、錬金術は「怪しい呪い」に過ぎない。

これについては、お父さんとお母さんの態度を見ていてもそれがよく分かる。

だから、こうやってまずは発言力がある人間から黙らせていく。

「白髭さん、不漁を解消するための道具、作ってきました」

「なんだと。 以前のゴミ処理は見ていたが、そんな事も出来るのか」

「はい」

「錬金術とは魔の力か……」

首を振る白髭。

この人だって、魔術は当然使える。

だが、どんな達人でも、ドラゴンや凄く強い魔物には絶対に勝てない。それが現実である。

だから、みんな魔物が出た場合は三人で部隊を組んで一体の魔物に相対する。

それくらい、魔物と人間では力の差があるのだ。

錬金術は、その魔物すら凌ぐ。

今のあたしですらこれだ。

熟練者だったら、多分ドラゴンや。このあいだ、あたしが手も足も出なかったあいつにも勝てる筈。

ひょっとすると、世界を変えるほどの力ではないのか。

そうとすら、思う事がある。

いずれにしても、これは理論的には出来る、事。それを、形にしたものだ。

使い方を説明。

その後、一つ。

頼み事をしていた。

まずは、白髭のお爺さんに試して貰う。その後、其処から口コミで、話を拡げて貰う。それが全てだ。

残念だが、時間は掛かってしまう。

その時間も、無駄にするつもりはない。

その間に、動いておく。

クラウディアのバレンツ商会に。商会の方でも、色々今回の件については、動いているようである。

長期化する場合は、魚の提供を考えてくれているようだが。

その場合、バレンツ商会に対する大きすぎる貸しを作ることにもなる。

ルベルトさんは、あたしのことをかなり信頼してくれているようで。

モリッツさんも、流石にそれについては現時点では解答できないと言っていたことを告げていた。

此処にいるのは、件のメイドさんとあたし達とルベルトさんだけ。

それでも、ちょっと不安になった。

「いいんですか、あたしにそんな事話してしまって」

「君が錬金術で稼ごうと思ったら、幾らでも出来る。 それをしないで、村のために殆ど無償の奉仕をしている事は此方でも掴んでいる」

「あー、えへへ、はい」

それは、錬金術のすごさを知って貰いたいという気持ちがあるから。

下心ゼロではないのだ。

だから、褒められると非常に恥ずかしい。

ただ、ルベルトさんは言う。

「下心なんて誰にでもある。 下心がない人間もいるかも知れないが、それは恐らく聖人と呼ばれる存在だろう。 少なくとも私は見たことが無いし、君も自分がそうだとは思っていないだろう」

「はあ、まあ」

「だったら、そのまま錬金術を皆の為に使っていれば良い。 私は、それだけで君を信頼するのは充分だと思うよ」

ルベルトさんは、試験が上手く行ってから協力的だ。

ただ、メイドさんは。

明らかにこの人の仕事が分かってきたのだが。

あからさまにダーティーワークをしている。

「ルベルトさま」

「此処にいる皆は信用できる。 話を共有してくれ」

「分かりました。 今、ブルネン家のご令息が動いている様です。 ライザ様の……正確には錬金術の悪評を、不満を持っている漁師を中心に撒いています。 「流れ者」がライザ様をたぶらかしているという論調で」

「!」

綺麗な顔の造詣をしているのに。

無表情だから怖いメイドさんは、淡々と言うのだ。

「錬金術についての不安を持っている人間に、恐怖を植え付けようとしているようですね」

「あの野郎……」

「ちょっと許せない……」

レントとタオが、口々に言う。

温厚なタオが怒るのは滅多にないことだ。

ましてやタオは、最近戦闘経験をしっかり積んでいて、多分もうボオスよりだいぶ強いだろう。

それが自信になっているのだ。

それに、アンペルさんやリラさんを貶めるのは許せない。

まだ二人が隠している事がある。それは分かっている。

だとしても、どうしてこう言う事をするのか。

二人が悪事をするような人間じゃあない事はあたしが一番良く知っている。

クラウディアが、噴き上がる皆の中で。

一番静かだった。

「みんな、落ち着いて。 新しい技術が入ってきたら、反感を生むのは当然だよ。 ボオスくんはここのところ失点も多い。 多分、焦っているのだと思うわ」

「分かっているけれど、これはちょっと黙っていられないよ」

「君達。 もしもこのまま錬金術を続けたいと思うのなら……過激な行動は控えた方が良いだろう。 少しずつ実績を積んで、それで反対派を黙らせていくのが現実的だ」

ルベルトさんも、行商。つまりはよそ者だ。恐らくだが、程度の差こそあれ、似たような経験はしているのだろう。

その言葉を聞いて。

大人の観点からの言葉だなとあたしは思ったし。

かといって、だからといって黙っているつもりもなかった。

反撃はさせてもらう。

どうしてボオスがあんな風になってしまったのかはよく分からない。あの時の事件が、原因だろうか。

だとしても、今のボオスは。

あたし達をどうしたいのか。

一度、本気で殴り合いをして、白黒つけなければならないのだろうか。

でも、正直。

今は怒りから、手加減を出来る自信があまりなかった。

「ライザ、深呼吸して。 ボオス君が何を考えているか分からないと、絶対に不幸な結果になるよ」

「クラウディアは冷静だね……」

「私もこんな感じで、隊商がつるし上げられそうになった事もあったから。 友達になったと思った子までその時は隊商を批難する側に廻ってね」

すっと、怒りが醒める。

そんな事を、経験していたのか。

ルベルトさんは何も言わない。事実なのだろう。この様子だと。

「後で、その子謝りに来たの。 そうしないと、村の中でもう生きていけないからそうしたんだって。 その時は、私はどうしていいか分からなかった。 でも、今は分かる。 ボオス君だけ変えても多分駄目。 村全体を変えないと」

「……分かった」

深呼吸すると、あたしは。

一つずつ、丁寧に反撃をするべく。

頭を切り換えていた。

 

2、対処療法と異変の影

 

白髭が戻ってくる。文字通りの凱旋という雰囲気だ。

白髭だけじゃない。

あたしの渡した薬を。魚の誘引剤を渡した人間は、みんないつもと同じような漁獲をひっさげて戻って来ていた。

それを見て、他の漁師達も目を丸くする。

白髭は何も言わない。

むしろ、半信半疑だった様子の、他の漁師達がまくし立てていた。

「ライザが錬金術だとかいうので作った薬の効果だ、間違いない。 ここしばらくの不漁が嘘のようだ」

「マジかよおい……」

「みな、良いか」

集まっていた漁師達が。

流石に白髭の言葉には黙る。

滅多に無駄口を叩かない、島の漁師の長といっても良い人物。

戦士ではないが。それはそれとして、島に欠かせない人間の一人であり。漁業という観点からみれば。

古老以上の発言権を持つ存在だ。

「ライザの話をまとめておく。 この薬は対処療法に過ぎないらしい。 魚そのものが、何かしらの理由で減っている。 その根本的な理由を突き止めない限り、漁獲は戻らないということだ。 わしも同じ意見だな」

「し、しかしどうやって……」

「潮の匂いが変わった事にわしは気付いた。 他にも、潮の流れが変わっているともわしは思う」

影に隠れて、話をする白髭の様子を見守る。

確かに白髭が言う事は、色々と理にかなっている。

血の気が多い漁師達も、黙って話を聞いていた。

「わしは原因を突き止めるために、辺りを見回っていた。 そうすると、どうにもおかしな影が湖の底の辺りを動いているのを見てな」

「な……」

「外海の魔物だ。 魚はあれを怖れて逃げたと見て良い。 魚が捕れなくなったら、今度は人間を襲いに来るだろうな」

「くっ……冗談がきついぞ」

漁師達が怖れる中。

ボオスが姿を見せる。

相変わらずぼんやりしているランバーも一緒だ。ランバーは、しかしながら。もうやめようよと、顔に書いていた。

ランバーは剣を抜けば達人、剣を抜かなければでくの坊として知られているが。

それはそれとして、悪党ではない。

あたしがタオに聞いているが、ボオスがタオを虐めるときも。ランバーが加わる様子はないという。

むしろ困り果てているような顔で、様子を見ていた、とも聞いている。

だとすると、ランバーは。

別に、あたし達に敵意はないのかも知れない。

傲慢な指導者は、部下に全肯定を求めると聞いている。

怒りや憎しみなども共有するように、とも。

今のボオスはそれに成り掛かっているが。

ランバーはそんな相手の腰巾着をしながらも。意外にも、自我をしっかり保てているのかも知れなかった。

「何があった」

「これはブルネンのぼっちゃん」

「坊ちゃんは止せ。 白髭老、詳しく聞かせてくれるか」

ボオスも、少し態度が柔らかくなっているか。

この間まで、誰であろうと呼び捨てにしていたのだが。

最近は折衷をしているのか、白髭やウラノスさんのような年上の尊敬すべき人間に対しては、敬称のようなものをつけて喋るようになっている。

ドラゴンに殺され掛けて、思うところがあったのかも知れない。

だとしたら、こんな馬鹿な事は止めてほしいのだが。

あたしの隠行の技術は、アガーテ姉さん以外には看破されない自信もある。

まあ、様子を見ているとする。

白髭から話を聞き終えると、ボオスは考え込む。

「魔物の姿を見たんだな」

「ああ。 ライザに頼まれていてな。 この強力な餌をやれば、必ず魚が集まる。 もし魚を減らしている要因が何かしらの生物だったら、絶対にそこに姿を見せると。 それで危険を承知で、大型の船を暗礁にこうつけてな……」

「それは分かった。 アンタほどの名人だ。 恐らく嘘はついていないし、見間違いでもないんだろう」

「わしが名人かはともかく、あれは魚影の類ではないなあ。 放置しておけば、必ず人間を襲いに来るぞ」

舌打ちするボオス。

しばらく、漁は中止。

その代わり、麦などの食糧を此方から供給する。

そう言い残すと、港を後にする。

意外だな。

あたしのせいにして、もっと事態を拗らせるのかと思ったのだが。

いずれにしても、あたしも一旦引くとする。

これはちょっとばかり、面倒な事になりそうだと判断したからである。

 

対岸に渡り、そこのアトリエに集まる。

アンペルさんとリラさんも、丁度戻って来たようだった。かなり血の臭いがしているが、どうみても返り血だ。

かなり魔物を殺してきたのだろう。

あの恐ろしい魔物も倒して来たのだろうか。ちょっとそればかりは、なんとも今のあたしの技量では分からないが。

まず、軽く話をする。

漁師の一部を信用させることに成功したとあたしが胸を張ると。

アンペルさんが苦笑する。

「それで安心していては、足下を掬われるだろうな」

「そうなの!?」

「話によると、ボオスというその子供は錬金術を貶める隙を狙っている。 今の時点では手の打ちようがないからさがっているだけだ。 何かの問題が起きれば、必ず反撃に出てくるぞ」

「うーん……どうしてそんなに錬金術を嫌うんだろう」

ボオスだって、あの時。ドラゴンに襲われた時、錬金術の薬がなければ死んでいたのである。

それなのに、どうして心を動かせないのか。

リラさんが咳払い。

全員が、一斉に注目する。

「ボオスという子供は、どうもライザに執着しているようだな。 異性として認識しているようには思えないのだが、何かあったのか」

「ええっ!?」

「困惑しきった声だな。 その様子だと異性関係はないのか」

「ないない。 そもそもあたし達、ずっと幼い頃から一緒に走り回っていたし……」

レントやタオと同じだ。

異性として認識しようがない。

芸がなければ、十五になる頃にはそれでも無理矢理結婚させられていたかも知れないけれども。

あたしの場合は、護り手の次期リーダー候補。

レントやタオも、それぞれ芸があったから、それもなかった。

というか、あたし達はこんな閉鎖的な村に暮らしているから、誰が誰を好きだのという話は、嫌と言うほど耳にする。

ボオスは基本的に浮いた話がなく。

多分だが、村にいる女に魅力を感じていないと見て良い。

美男美女がなんぼでもいる村だ。ボオスのようにえり好みできる立場なら、そうなっても不思議ではないだろう。

「というわけで、多分ボオスがあたしを好きとかそういうことはないですはい」

「俺も同感だな。 確かボオスの初恋は行商人のなんとかいう女だっていう事を聞いたことがある。 ただその行商人が酷い淫売だったとかで、以降はしばらく女なんて見たくないとか愚痴ってたとか聞いてるぜ」

「ああ、僕も聞いた」

「田舎らしい馬鹿馬鹿しい人間関係と情報網だな……」

アンペルさんが呆れた。クラウディアは苦笑い。

いずれにしても、だ。

執着とは、どうしてなのだろう。

「あの、いいですか?」

「なんだクラウディア」

「ボオスくんは、ライザを嫌っているようには思えないんです。 異性として好きというのとは違うかも知れないけれど……」

「そういえば、前もそう言っていたね」

ちょっとよく分からないが、クラウディアがわざわざ嘘をつく理由がない。

レントやタオは退屈そうだが。

リラさんは、大事な話だと。二人に言い聞かせる。

「もしもライザに執着している……素のライザに執着しているのだとしたら、恐らくそれが故に、錬金術が邪魔なのかも知れない」

「なんで!?」

「昔の自分が知っていた頃のライザに戻ってほしいのではないのかな」

「はあ……あたしは昔からこんなですけどね……」

アンペルさんの言葉に小首を傾げるあたしだが。

いずれにしても、よく分からない。

ともかく、漁は中止になった。

アンペルさんは咳払いすると、幾つか準備をしてほしいと言ってくる。

まず第一にやるのが。

今までとは比較にならない程の餌の臭いを撒く薬剤の作成だ。

そんなもん、どうするのかちょっと心配になったが。

リラさんが咳払いする。

「少し前から、この村の周囲を探っていた。 実は外海の魔物が湖に入り込んでいる事は、私は知っていた」

「えっ……」

「湖の魔物について、先に退治してしまっても良かったのだが、ちょっときな臭い事が分かってきていてな。 それで、魔物そのものをカードとして使う事にする。 そのための準備が必要だ」

「……」

汚い大人のやり口だ。

そう思って呆れているあたしに、アンペルさんは苦笑する。

「これから、事態が大きくなれば、ブルネン家を中心としたもっと汚い大人の様子を嫌でも見る事になる」

「ええ……」

「だから、今のうちに備えておくんだ。 何を見ても、不快感で胃が煮えくりかえらないようにな」

少し不満はあるが、それで頷く。

一旦、解散とする。

少し街道を北上して、その辺りの掃討作戦を行う。

ブロンズアイゼンの装備の性能は前とは別物で、今までと同格くらいの魔物だったらざくざく斬り倒すことが出来る。

あたしも詠唱無しで二十発以上熱の槍を放てるので、とにかく楽でいい。

これに加えて、錬金術によって身体能力を上げる装備を今後どんどん増やして行きたいと考えている。

ドラゴンといずれ戦うのだ。

それだけの準備は、必須と言えた。

街道の北の方は分岐していて。そのまま北に行くと、メイプル峡谷という場所に突入する事になる。

植生の問題だかで、その辺りはとにかく蜜を多く出す植物が密集していて、凄い甘い匂いがする。

このため蟻だらけなのだ。

足下も甘い匂いが腐ったようなちょっと身の危険を感じる腐敗臭が満ちているし。

魔物も、あまりこのメイプル峡谷には近付かない。

一部の物好きな魔物が足を運ぶくらい。後はエレメンタルがいるくらいか。

街道を往復しながら、地図をタオに描いて貰う。

一応この辺りの地図はあるにはあるのだけれども。どうにもいい加減なのである。

そもそも街道からは外れるなと、子供の頃から徹底的に仕込まれるのがクーケン島なのである。

だからメイプル峡谷の辺りは、どうなっているかよく分からないのだ。

あたしも二三回足を運んだことはあるのだが(悪戯の過程で)。

なんというか、もの凄い甘い匂いで。

甘いもの大好きなあたしでも、流石に悪い意味でくらっと来て。しばらく甘いものは見たくもなくなった。

この辺りの街道は、周囲に大きめの丘が幾つもある。

魔物の掃討を続けながら、そういった場所を確保して、安全な視界を作っていく。

西から大挙していた魔物は一段落したようだ。

殆どが東に去ったか。

或いはだが。

西にいた、何かに追われた魔物達は。

そもそも、全てが去ったのかも知れない。

鼬を中心に魔物を狩って、そしてクーケン島に皮やら肉やらを持ち帰る。草食獣の魔物もいたが、どの魔物も例外なく傷ついていた。

状態がいいものは、アトリエにしまう。

途中、何度か巡回中のアガーテ姉さんに遭遇したので、状況を説明。肉などが必要な場合はその場で分けたし。

薬が必要な場合も、別に惜しむこともない。

その場で渡した。

まだ不安がある護り手もいるようだが。

あたしの薬が効くことは、既にみんな周知している。

アガーテ姉さんも躊躇なく使うし。他の護り手も、特にこの間エドワードさんの所に怪我人として運び込まれたような人は、みんな信用して使ってくれている。

それは、ありがたい。

もしも島を挙げて錬金術の排斥運動とかが起きたとしても。

味方になってくれる人は、絶対にいる筈だ。

アガーテ姉さんには、更に話をしておく。

タオが分析した魔物の動き。

やはり、西に何かいる。それ以外の結論はなかった。

「西に何かがいる可能性が高い、か」

「多分禁足地の先だと思う。 とにかく気を付けて」

「分かった。 お前達、間違っても禁足地には入るなよ。 あそこは島の掟関係無く危険なんだ」

周囲を見回してから。

アガーテ姉さんは言う。

護り手の中でも、精鋭のごく一部は、たまに禁足地に入って偵察行動を行っているという。

これは古老も承知の上での行動だそうだ。

何それ、ずるい。

そう言いたくなったが、今はとにかく我慢する。

続いて、アガーテ姉さんの話を丁寧に聞く。

「タオは特に安易に足を運ぶなよ」

「え、どうしてですか!?」

「お前が喜びそうな遺跡らしいものも、街道の比ではない数がある。 もうお前達は、それぞれが護り手十人分くらいの力はあるが、それでも不意を打たれたら危ないだろう」

頷くが。

それを聞いて、タオが目を輝かせるのをあたしはしっかり確認した。

まあそうだろうな。

タオからすれば、危険さえなければ天国みたいな場所だ。

「住み着いている魔物も大きいのが多く、力も強い。 メイプル峡谷にいるような変わり種ではなくて、単純に強い魔物だ。 噂だが……精霊王が姿を見せる事があると聞く」

「!」

精霊王。

噂に聞くエレメンタル達の王。

圧倒的な力を持ち、ドラゴンすら歯牙に掛けないとか、古代竜と同格くらいの力を持つとか。

怖い噂ばかり聞く相手だ。

もしそれらがいるのだとしたら、それこそ本当に命がけでいかなければならない場所であるだろう。

確かに、「禁足地」だ。

元々島の掟だのにあまり興味が無さそうなアガーテ姉さんが、絶対に足を運ぶなと言う訳である。

だが、レントはむしろ闘志を刺激されたようである。

それはそうだろう。

剣腕を求めているレントからしてみれば、精霊王なんて最高の相手、それは手合わせしてみたいに決まっている。

「それともう一つ。 近々、ドラゴンを退治するために遠征するかも知れない」

「えっ……とうとうですか。 明らかに無謀です。 たくさん死人が出ますよ」

「分かっているが、ついにブルネン家がその結論で押し切りそうなんだ。 念の為に、お前達にも声を掛けておく。 最悪の事態が起きた場合は、島を頼むぞ」

「分かりました……」

無事で済む筈がない。

あのドラゴンの実力、はっきりいってクーケン島の戦士全員を合わせても及ぶかどうか。

もしも護り手達を総動員したとしても、それでも無事ではすまないだろう。大勢死人が出る。

モリッツさんは、どうしてそんな危険な事を。

或いはだが。

長期的な島の安全を考えての事か。

だとすると、ボオスも参加する可能性が高い。

モリッツさんの一番大事な跡取りだ。それを参加させると言う事で、本気である事を示せるからだ。

そうなると、モリッツさんも引くに引けないのか。

あたしは少し考え込むと、分かりましたと応えて。

護り手達と離れる。

クラウディアが。周囲を警戒しながら言う。

「やっぱりボオス君が心配なんだね」

「ボオスだけじゃないよ。 あんなのとまともにやりあったら、死人が大勢でるに決まってる。 島の人は、みんな知り合いなんだよ」

「うん……そうだよね」

クラウディアが寂しそうにまつげを伏せるので。

あたしは罪悪感を刺激されて、咳払いしていた。

一度クーケン島に戻って、肉やらを分配する。

どうやら漁の禁止が正式に交付されたようで、漁師達はみんな腐った様子で退屈そうにしていたが。

あたしが対岸で採れた肉やらを持ち込むと。

みんな満面の笑みで飛びついていた。

「ひゃっほう! 肉だ肉!」

「ありがてえ! 護り手よりも、たくさん採ってくるんじゃねえかライザ!」

「それはいいから、早く食べて食べて」

「おう! 支給される麦がどうもまずくてなあ。 長期保存されてる奴だろうから仕方がないんだけどよ! こういう肉がくいたかったんだよ!」

がっつがつと筋肉ムキムキの漁師達が肉を食べ始める様子を見て、呆れるが。

クラウディアは、むしろ嬉しそうだった。

ちょっとその辺りは、よく分からない。

レントが、あたしより先に聞く。

「クラウディア、誰かが食べてるのを見るのが好きなのか?」

「うん。 あのお肉、私達がとってきたものでしょ。 私やフロディアが焼いたお菓子を食べるのと同じ感覚かな……」

「クラウディアって、時々面白い感性だよね」

タオも、こればっかりは理解出来ないらしい。

あたしも、それについては同意だった。

 

3、先手を打つべく動け

 

メイプル峡谷に足を運ぶ。

街道の安全がある程度確保できた。

アンペルさんに言われたのだ。

優先順位をつけて動くように、と。

例の魔物を誘引するものを、最優先で作ってほしい、ということだった。

アンペルさんの腕が悲惨な事になっているのは、既にあたしも知っている。そばで調合を見たからだ。

リラさん曰く、戦士としては今でも存分に働けるらしいのだが。

錬金術師としては、もうすっかりあたしの方が上だとか。

勿論知識とか、色々な事もある。アンペルさんの方が、錬金術師としては総合的に上だとあたしは思うが。

いずれにしても、アンペルさんの汚い計画を実行するためにも。

先に、魔物を誘き寄せる薬は必要だと言う事だった。

それには。とにかく強烈な臭いを発するものがいる。

この近辺で臭いといえば。このメイプル峡谷しかない。

特に深部のメイプルデルタと呼ばれる地域は、周囲から腐った甘い液が流れ込んで、地獄のような有様である。

此処でしか採れない茸などもあるのだが。

とにかくいびつに歪んでいて。

毒キノコとしての性質が強い。

間違っても食べるなと言われているが。

臭いといい見かけと良い、食べる気がしなかった。

ワイバーンがいる。

ドラゴンよりだいぶ小さいが、どうするか。

街道を我が物顔に飛んでいる。

多分以前目撃されたというのは、こいつと見て良いだろう。先に処分しておくべきだ。そう、あたしは判断していた。

ワイバーンも此方に気付く。

どの道、街道に溢れていた魔物を食い散らかし。

気が大きくなっている個体だ。

放っておけば、街道を通る人だって襲う。

飽食の魔物、滅ぶべし。

そうあたしは判断して、声を張り上げた。

「いくよ!」

「おうっ!」

ワイバーンは火こそ吐くことはないが、その代わり魔術は一丁前に使ってくる。この辺りは、小さくてもドラゴンによく似ているだけの事はある。

それに小さいといっても、人間の三倍から四倍はある。

ドラゴンが大きすぎて、感覚が麻痺してしまうだけだ。

その大きさで、羽ばたいて飛べるのは。魔術を使っているかららしく。翼には強い魔力が篭もっている。

本来なら、死を覚悟して、それでやっと倒せる相手だ。

だが今なら。

まずは先手を打つ。

レヘルンを投擲して、ワイバーンに致命的な冷気を叩き込んでやる。

ドラゴンに効くとしたら、炎よりこっちだろう。

そうあたしは睨んでいる。

故に何度か改良し、今は二連結のレヘルンを使うようにしていた。

地面から噴き出した霜柱が、ワイバーンを文字通り突き上げる。ワイバーンが甲高い悲鳴を上げるが、空中で立て直し。その全身に纏った鱗が強い禍々しい光を放つ。氷が、見る間に消えていく。

クラウディアの放った矢が、ワイバーンの顔面を直撃。

火力も上がっているし、顔を思い切り逸らせるワイバーンだが。詠唱無しでの魔術の行使だ。

ワイバーンの体を覆っていた氷が、間もなく爆ぜ割れていた。

此方に向けて、魔術を何か放とうとするワイバーンだが、あわてて避ける。タオが突貫して、ハンマーで空を斬っていた。

だが、それは囮。

本命のレントが後ろに回りこみ。

ワイバーンの背中から、一撃を叩き込んでいた。

鋼鉄以上と言われるワイバーンの鱗に、刃が食い込む。やはり全く効いていないと言う事はない様子で、火花を散らしながらも、刃は確実にワイバーンに傷をつけていた。

ハンドサインを出しつつ、あたしは続いて次の爆弾を投擲。

ワイバーンを抉った剣を手放し、飛び離れるレント。

其処に炸裂したのは、雷撃爆弾プラジグだ。

文字通り、雷が落ちたような凄まじい音とともに、周囲が一瞬暗くなる。

ワイバーンが、明確な悲鳴を上げた。

それはそうだろう。

もろに通ったはずだからだ。

地面に落ちてくるワイバーン。剣が抜けて、それをレントが空中でキャッチする。

器用な事をするなあ。

そう思いながら、あたしは続けて新しい爆弾を取りだす。

風を巻き起こす草がある。

それ自体が強い魔力を帯びている、種をまき散らすために空を飛んで遠い地方まで飛んでいく草。

ウィングプラントだ。

どこにでも生えている草なのだけれども。強い魔力を持っていることもあって、農家では休作中の畑に植えたりすることもある。痩せてきた畑に生やすことで、来年は強い魔力を帯びた土が、作物を育ててくれるからだ。

これが爆弾になると知ったときはあたしも驚いたが。

ともかく、今は爆弾を投擲。

凶悪な風圧で、相手を無茶苦茶にする爆弾、ルフトである。

炸裂。

ルフトの風圧が、文字通りワイバーンを地面に叩き付け、翼を抉る。これで、とどめと見て良いだろう。

血を吐きながらもがいていたワイバーンだが。レントが近付くと、不意に尻尾を振るって最後の反撃に出る。

ワイバーンの尻尾には強い毒素が含まれていて、擦るだけで死を覚悟しなければならないほどだ。

剣を盾にして、必死に一撃を防ぐレント。

ワイバーンは、あれだけ傷ついていたのに浮き上がると。

かっと口を開いて、何かよく分からないものを叩き込んでくる。

思わず膝を突きかける。

なんだこれ。

ひょっとして、概念としての死そのものか。あたしが攻撃の主軸になっているのを見て、ワイバーンもピンポイントで狙って来た。

それは分かるが、それはそれとして、意識が持って行かれる。

顔を上げる。

杖を手に、必死に背を伸ばす。

そして、息を吸い込むと。

全力で、ワイバーン最後の攻撃を、弾き返していた。

「喝!」

全魔力を収束させて、叩き込まれた死の概念を押し返す。

それを見たワイバーンが、満身創痍のまま逃げようとするがそうはいくか。

クラウディアが立て続けに放った矢が、折れている翼を撃ち抜く。ついに翼が完全に千切れて、ワイバーンが悲鳴を上げながら落下する。

レントが、首を刎ねて。

そして、それがとどめとなった。

巨体が力無く横たわる。

あたしは、なんとか呼吸を整えて、全身の魔力の流れを調整する。あんな隠し札を持っていたなんて。

流石にワイバーンだ。侮れない相手だ。

火や氷といった分かりやすい魔術では無くて、死の概念なんて面倒なのを直接ぶつけて来るとは。

その辺りの魔物とは、使う魔術も格が違うという事だ。

ワイバーンを解体する。

まだ若いワイバーンであるようで、肉なんかも少ない。ただこの肉は、とても栄養があると聞いている。

みんな疲れ果てている。

だから、一度小休止にする。

羨ましそうに魔物が見ているが、流石にワイバーンを斃した相手に仕掛ける勇気は無いのだろう。

そいつらは後回しだ。まずはワイバーンを解体する。

ワイバーンほど大きな魔物を解体するのは一苦労だが。

何とか吊して捌いて。血を抜く。

血そのものも強い魔力を帯びている。これは、血も使えるかも知れない。

荷車に、分別して載せていく。

最近は水を材料に使うこともあるから、よく乾燥させたツボも持ち込んでいるのだけれども。

それが早速一杯になってしまった。

毒針がたくさん生えている尻尾は、残念ながら放棄。捌き方が分からないのに、これに触れるわけにはいかない。

爪なども、石で叩いて骨から外し、全て荷車に詰め込む。

鱗も無事なものは全て回収。

この鱗だけで、今使われているような鎖鎧や皮鎧なんて、問題にもならない防御力を発揮できる筈だ。

骨も凄い。

恐ろしく硬くて、割るのに一苦労だ。

髄なども出して、全て保管しておく。その間にレントが火を起こして、タオが傷ついたり痛んでいる肉を率先して切り分けてくれていた。

持ち帰るのは、状態が良い肉。

状態が悪い肉は、この場で食べてしまう。

内臓なども切り分けて確認する。ちいさな袋状の器官を確認。内部に入っていた液を撒くと、発火したのでびっくり。

それもぼんと、凄い勢いでである。

あわてて魔術で防御したから良かったが、そうしなかったら危なかったかも知れない。

ワイバーンはこの様子だと、火を吐けたのかも知れない。

だとすると、何かしらの理由で火を吐かなかったのだろう。

或いは、まだ体が火を吐くのに適した構造になっていないのかもしれなかった。

肉を捌いた所で、一段落。

あたしも血まみれになったけれど、それ以上に虚脱感が酷い。座ると、比較的無事だったクラウディアが拭き拭きしてくれる。まあ自分でやると言いたいのだが。疲れているし、好きにしてもらう。

既に肉は焼け始めていて。

その臭いの魅力は、嗅いでいるだけで殺人的だった。

すぐに皆で食べる。

いただきます。

そう言ってから食べ始めるが。一口口に入れると、しばらくみんな無言になった。

最初に口を開いたのはクラウディアである。

「びっくりだわ。 ワイバーンのお肉って、こんなにまろやかで柔らかいのね」

「寿命が延びるって聞いていたけれど、これは納得だよ。 こんなに美味しい肉、食べるの初めてだ」

「確かに凄く美味いな。 俺はどっちかっていうと歯ごたえのある肉の方が好きなんだが、これは柔らかくても好きだ」

「確かに高級品としてこれは扱われるわ。 でも、なんども戦うのはちょーっと勘弁かなあ」

残念だが。

美味しいが、命を賭けて戦うほどの相手でもない。それも事実だった。

黙々と、皆の分のお肉を食べると、一度アトリエに戻る。

街道を徘徊していた魔物の中で、最強の個体を黙らせたのだ。

流石に当面は大丈夫だと信じたい。

リラさんが「将軍」と呼んでいたあの化け物みたいな魔物が大挙して姿を見せたりしなければ、大丈夫だ。

アトリエに戻った後、皆で傷の手当てとかをする。

あたしは、魔力を派手に消耗したけれど。

さっきワイバーンから回収した分で、充分に補えたと思う。あの肉は、それだけ凄い品だったのだ。

休憩をしている間に、軽く話をしておく。

「ライザの爆弾、火力上がってたな」

「うん。 ドラゴンにも「将軍」とかいう奴にも通じなかったでしょ。 今回のをベースに、更に上げるつもりだよ。 近いうちにドラゴンと戦う可能性があるからね」

「厄介だね。 ドラゴンなんて、彼方此方旅をしてきたのに、殆ど噂でしか聞いていないよ」

「それはそうと、「将軍」って言葉について調べておいたんだ」

タオが、話し始める。

タオの研究成果は、基本的に役に立つ。

話し始めると止まらなくなるから、適当なタイミングでとめなければならないけれども。

「そういえばなんだ将軍って。 聞いたこともないぞ」

「うん。 古代クリント王国の時代って、今より人間が何十倍もいたらしくてね。 彼方此方に、今で言う王都くらいの規模の街があったらしいんだ。 それもたくさん」

「ちょっと信じられないね……」

「それでね、各地の街の今で言う警備隊とかクーケン島の護り手みたいな人が、もっと大規模に集まって集団になっていたんだって。 それをアーミーとか、軍隊とか呼んだらしいんだよ」

そういえば、今では意味がわからない言葉はたくさんあると聞いている。

タオがそういうのを調べてきたとしたら、興味深い。

「将軍ってのは、その「軍隊」って組織で、たくさんの戦士や騎士を従える立場にいた、偉い人だったみたいだよ」

「凄いねタオくん。 どうやってそれ調べたの?」

「あ、ええと。 うちにあった本を調べていて、記述を見つけたんだ。 それで詳しく百科事典とか引いていたら、そういうものだって分かってさ」

「しかし、今とは規模が比較にならない戦士の集団の長ねえ……」

あたしは、そこまでいって気付く。

あれが将軍と言う事は。

手下がわんさかいる、ということではないのか。

ぞっとする。

魔術は基本的に通用しない。頭を撃ち抜かれても死なない。そんなのが、わんさか。

それも、将軍というのは、人間が今の何十倍もいた時代の言葉だ。

「軍隊」というのがどれくらいの規模だったのかは分からないけれども。

もしそれを束ねる化け物だったとしたら。

青ざめているあたしに、クラウディアが大丈夫と聞いてくる。

大丈夫と応えながら、思考を進める。

そもそもだ。

アンペルさんとリラさんが、それについて話をしていたような気がする。確かに、「将軍」というのは格上の化け物だという雰囲気だった。

人間は、必ずしも強い人間が偉いわけでは無い。

クーケン島で言えばモリッツさんと古老だが。古老は魔術がかなり得意だが。それはそれで別に強い訳ではない。

モリッツさんなんて論外だ。

一応昔は剣を振るったこともあるらしいが。

今ではすっかりおとろえている。

毎日戦っているあたしから見れば一目瞭然だ。モリッツさんを殺すんだったら、五秒あれば充分である。

ただ、それは人間の都合。

あの「将軍」が魔物の都合で動いている場合、当然巨大な群れを率いるのに相応しい戦闘力を備えている可能性が高い。

ぞっとする話だった。

今は、それは話さない方が良いだろう。

ともかく、優先順位が高い事から、順番にやっていく。

休憩を終えたら、すぐにアトリエを出る。

まずはメイプル峡谷に向かう。

魔物が多少まだいるが、殆どは東に去った様子だ。ただ、死んだ魔物の残骸を、動物が漁っているのはたまに見かける。

容赦は必要ない。

殺さなければ、ああやって漁られていたのは人間になっていたのだから。

街道を北上して、昼過ぎにはメイプル峡谷の入口に到着。

相変わらず、もの凄い臭いである。

奥の方に溜まりがある。

甘いものはあまり腐らないらしいと言う話は聞いたことがあるが、それにも限度というものがある。

蜜に墜ちて腐った生物の死体やら、たかった虫の死体やらが溶け込んでいて。近付いただけで失神しかねない状態である。

事実、近付いただけで。

甘いものに慣れている筈のクラウディアでさえ、青ざめて口を押さえていたほどだった。

甘くて良い香りと。

甘くて危険な香りがある。

特に腐乱死体なんかは後者の臭いを出す事があるのだが。此処に満ちている臭いは、それに近い。

事前に、話はしてある。

出来るだけガスが溜まりそうな低い場所には近寄らない。もしも誰かが倒れたら、息を止めて即座に引っ張り挙げる。

幸い、猛毒のガスは発生していないが。

甘みの濃度が濃くなっている奥の方。メイプルデルタの溜まりになってくると。

ちょっとこれは、無理かも知れない。

入口付近でも、ちょっと低めの所には溜まりが出来ていて。大量の死体がつけ込まれていて、腐っていた。

それも虫だのなんだのが山ほど入っている。

中には、それらが固まって、琥珀という鉱石になってしまっているものも見受けられる。

レントが口を押さえながら。指でくいくいと指す。

琥珀だ。

しかも、巨大な結晶である。

中に詰まっているのは、なんだか腐って崩れた死体だろうか。

琥珀というのは、何かの死体とかを中心に出来ると聞いている。だとすると、死体なのかもしれない。

レントが剣を振るって、琥珀を砕く。

そして、内部に腐った肉とか詰まっていない部分をくれた。

クラウディアを見る。

口を押さえたまま、クラウディアがうんうんと頷く。これは、もっと急ぐ方が良いだろう。

比較的、やばくなさそうな溜まりを見つけた。

彼方此方でどろりとした流れすら作っている、おぞましい甘い匂い。

それらが近くにいる虫とかを、片っ端から引き寄せて。引きずり込んで。文字通りの蜜漬けにしてしまう。

だから、低いところにある池みたいな所は、文字通りの地獄だが。

流れの中にある中州みたいな部分には、虫とか死体とか流れ着いていない蜜だまりが出来ている。

そこに柄杓を伸ばして、すくう。

それだけでも、もの凄い臭いがして、あたしでもちょっとうげっとか言いたくなってしまう。

とにかく、それなりの量が必要だ。

タオは失神寸前。

レントも、口を押さえて出来るだけ急いでくれと視線で促している。

分かっている。

甘いというのは、本来とても魅力的な筈なのに。

どうしてこう、限度を超えると危険な代物になってしまうのか。

普通に人が死ぬぞ此処。

見ていると、足下とかでたくさん虫が死んでいる。とくに此処は蜂殺しとして有名な場所で。

甘さに釣られた蜂が、たくさん入口で死んでいると聞いたけれど。

本当だ。踏む度にじゃりじゃり嫌な感触がある。

全部死体だ。虫の。

溜息をつきたいが。

こんなところで深呼吸したら、そのままバタンと行くだろう。絶対にやってはいけないことだ。

とにかく、柄杓で掬う。専用の柄杓とツボをわざわざ作って持って来たくらいである。勿論、此処での作業以降は使えない。

便壺よりある意味ヤバイかも知れない。

肥を掻き回して、肥料が出来ているか確認するときも、失神しそうな臭いがするけれども。

とにかく耐えて、それから必死にメイプル峡谷から脱出する。

強烈な瘴気に近い甘い匂いが、ようやく途絶えるまで、全員で必死に支えあいながら歩き。

それを抜けてから、街道で座り込んで深呼吸する。

深呼吸なんていいものじゃない。なんどもぜーはー息をして、まともな空気を吸い込む。クラウディアは、口を押さえてずっとぶるぶるしていた。

幸いメイプル峡谷へは、どういう仕組みか風が吹き込みやすくなっている。故に、このおぞましい圧縮した甘さのが、外に漏れてくることは……勿論ゼロとはいわないが、少なめである。

壺と柄杓を確認。

これを見るだけでげんなりする。

タオが吐きそうになっていたが、何とか持ち堪えたようだ。クラウディアはぐったりしていたので、水を渡す。

甘い匂いは、しばらく嗅ぎたくなかった。

「大丈夫、クラウディア。 今朝氷から溶かしておいた沸かし済の水」

「ありがとうライザ。 生き返るわ。 甘い匂いって素敵なものだと思っていたのに、度が過ぎるとああなるのね……」

「正直思い出したくもねえ……」

「そうも言っていられないよ。 実はあそこ、珍しい固有の植物や茸がたくさんあってさ」

あんな環境だ。

外来種が迂闊に入り込めないのだろう。

だから、かなり珍しい植物が普通に残っているのである。

ただ、はっきりいって生身で入り込むのは無理だ。何か工夫をしていかないと、次は無理だろう。

空気で体の周囲を覆うか。

正常な空気が供給されるものを作るか。

今のうちに、考えておかなければならなかった。

いずれにしても、アンペルさんの言った魔物寄せは、早い内に作らないとまずいのである。

クーケン島はそれほど余裕がある状態で動いていない。

漁師が動けないとなると、今後何が起きるか分かったものではないのだ。

古い時代はクーケンフルーツしか殆ど作れず。

島はもっともっと貧しかったと聞いている。

それも今よりもクーケンフルーツはずっとまずかったらしい。

そんな状態に戻るのは、正直誰も望まないし。

無理に戻ったとしても。

その過程で多数の血が流れるだろう。

とにかくげんなりしながらアトリエに戻る。途中でレントが最後の気力を振り絞って、周囲を警戒してくれていたが。

タオは完全に伸びていて。

荷車に乗せて、そのまま撤退する。

「ごめんライザ……」

「いいって。 その代わり、頭がしっかりしたらちゃんとそれを使ってね」

「うん。 分かってる……うええ、吐きそう……」

「ただでさえ虫が苦手なのに、あの有様だもんね……」

ちなみにあたしは虫は平気。

というか、そもそもとして虫が苦手だったら農業なんかやっていられない、というのが事実だ。

クラウディアも、虫は全然平気らしい。

タオは全くという程駄目。レントも敢えて触りたいとは思わないらしい。

アトリエに到着。

作ったばかりのベッドで、タオが伸びている。少し寝た方が良いと告げると、クラウディアもふらふらとベッドに消えた。

レントも、限界だと言ってベッドに向かう。

あたしは、無言で一人になると。

コンテナにまずは収穫物をしまい。

頬を叩いていた。

帰路の内に、甘いあの強烈な臭いから復帰は果たしていた。そもそも肥と格闘している身である。

臭いには態勢くらいある。

農業に真剣に取り組んでいなかったのは事実だが。

それはそれとして、最低限の事はしているし、仕込まれてもいる。

多分四人の中で、もっともあたしは悪臭に強い。

「じゃ、やるか……」

それでも、ちょっとしばらくは、甘い匂いは嗅ぎたくないなと言うのが、あたしの本音である。

だから、敢えて自分に言い聞かせながら作業をする。

今回作るのは、任意のタイミングで臭いを拡散させる道具だ。

タオが既に計算済。

湖に外海の魔物が入り込み。それが餌に満足出来なくなるまで。

白髭が確認した魔物の大きさ、湖の大きさ、住んでいると推察される魚の数などから分析をした結果、一週間ほどで魔物はターゲットを人間に切り替える。

アンペルさんとリラさんは、しばらくは忙しいらしく、殆ど協力どころではないとも聞いている。

外海の魔物となると、その大きさは非常に危険。

多分だが、陸上でも活動が出来るだろう。

勿論水中での戦闘は論外。

ならば地上に引きずり出すためにも、魔物を引き寄せる餌の臭いを、任意で放つ道具は必須だ。

無言で調合をしていく。

手に入れてある魚の干物を、エーテルで分解。

更に其処に、濃縮しきった蜜をエーテルに分解して追加。

作業の際も、うえっとなるほどの甘さだが。

それでも我慢する。

深呼吸しながら、調合を続ける。幸いエーテルに溶かしてしまえば、臭いは途絶える。

この蜜、何かに使えるかも知れないが。

今は、正直もう見たくもなかった。

更に小麦粉を追加。

虫も追加する。

この虫は、メイプル峡谷付近に住んでいる虫で。体内に蜜を蓄える蟻の一種だ。普通は地中に住んでいるのだけれども。

メイプル峡谷は生態系も独自だ。

そもそも殆ど生物が入り込めないので、地上に堂々と徘徊している。

タオはそれを見てひいっと声を上げた。

まあ、無理もない。

掌ほどもある大きさの上に、腹が異常に膨らんでいる蟻で。はっきりいって異形というのが相応しい。

勿論、蟻に責任は無い。

蟻からすれば、その姿が合理的なのであって、異形だのなんだのは人間の主観からの理屈だ。

タオもそれは分かっている筈だけれども。

それでも感情を優先して動くのが人間というもので。

あたしも感情が先に沸騰して、怒りにまかせて動く事はある。だから、タオを責めるわけにもいかない。

いずれにしても、蟻には謝りつつしめる。

そして死体をエーテルに。

まだ試していないが、生きた生物をエーテルに溶かすのはリスクが大きいとあたしは判断している。

一応手帳を見て確認したが。

熟練すれば、生きた生物をエーテルに溶かす事も出来るようだが。

できれば、そんなことはしたくなかった。

せめて、安らかに死なせてやりたい。

あたしだって、農家の人間だ。

益虫や害虫という概念のもとに命を選別もするが。

それ以上に、生き物に世話になるのが農業だ。

だから、せめて殺すのは一瞬でやってやらないと、不憫だった。

そのままエーテル内で要素を分配していく。

もう少しこれが熟練したら、アンペルさんが更に高等技術を教えてくれるらしいのだけれども。

まだ、今はとにかく数をこなすことだ。

エーテルの内部で、要素を混ぜて。

まずは臭いを兎に角圧縮していく。

その後は。その臭いを複数の壁で包んでいく。

小麦粉は基本的に臭いの素を扱いやすいようにするため、である。

これはとにかく、人間が持って使うには危険すぎるので。

遠隔で爆破するのだ。

爆破のための仕組みを作っていく。

それらを済ませて、出来上がったのはちいさな手投げ弾だ。

この形がどうもあたしにはお気に入りらしい。

嘆息すると、念入りに袋にしまう。この袋も皮で作ったもので、ちょっとやそっとの事で臭いが漏れる事はないが。

一応念の為、魔術で臭いを漏れないように更に外から封印をした。

やっとどうにかなったか。

エーテルを揮発させて、それからアトリエの外に出る。

多少耐性はあっても、それでもきつい。しばらく強い臭いは嗅ぎたくないな。そう思って、何度か深呼吸する。

起きだしてきたタオ。

外で吐き出すのではないかと思ったが、流石にそんなことはなかった。

「ライザ、服に甘い匂いついていない?」

「大丈夫。 気になるんだったら、洗濯だったらあたしがしておくよ。 服は出しておいて」

「うん、頼むかも知れない。 それよりクラウディアは大丈夫かな。 髪とか服とかについていないかな。 絹服なんて洗濯できる?」

「それは大丈夫。 エーテルの扱いには慣れてきてるし。 ただ問題は髪に臭いがついていたらかな」

タオを引き寄せると、頭の臭いを嗅いでみる。

タオは抵抗する気力もないようだったが。

幸い、臭いはついていなかった。

「タオは大丈夫そうだね」

「鼻バカになってない?」

「大丈夫、ちゃんと周囲の臭いも分かるし」

「そっか。 でもなんというか、仲間以外にそれやったら駄目だよ」

また眠りに行くタオ。

このアトリエには、風呂も作ってある。まあ順番で使うのと、一人用なのが玉に瑕なのだが。

何より、どうしても水をいちいちくみ置きしないといけないのが厳しい。

もう一つ風呂を作るべきだったかなと、今になってちょっと後悔している。

まあ、このアトリエはまだ拡張性がある。なんなら、男女用で風呂を分けても良いだろう。

クラウディアも起きて来た。流石にフラフラだ。

服の臭いは大丈夫かと確認するが。

特に問題はないと言う。

一応、メイプル峡谷のことは聞いていたらしく。先に消臭剤をつけておいたそうだ。

確かに甘い匂いとかはしない。

あたしは安心すると、疲れているならもう少し寝てくるといいと勧めて。頷くと、クラウディアはタオよりもフラフラな様子でベッドに向かう。

こうしてみると、やっぱり綺麗なのに子供っぽいなあと思う。

色んな場所で色んな人間とあって、色んな知識を得ているのだろうけれども。

それで人間的に成長するかとなると、話が別なのだとよく分かる。

レントは一度眠り出すと、中々起きない。

これは昔からそうだ。

ザムエルさんの所で散々苦しい思いをしているからだろう。アトリエに移り住んでからは、更にその傾向が強くなった。

それにザムエルさんも、レントがいなくなって探している様子もないようだ。あたしに会った時も、特にどうこうというつもりはないらしい。

本当に家族仲が冷え切っているんだな。

そう思うと、そういう家もあると思って、ちょっと複雑だった。

さて、休んだ。

体力は、あたしの自慢できる事の一つだ。

まずは、フラムやレヘルンの更なる強化を試す。

破壊力を上げるだけではだめだ。

威力を一点に凝縮する必要があるだろう。

そういえば。

虫とか潰す時、中身が一点に集中して、ぶっと中身が出る事がある。

さっきは綺麗にしめる事が出来たから、そうはならなかったけれど。

嫌な光景ではあるが。

フラムの火力をああやって一点集中できれば。他の爆弾にも、それらを応用できるかも知れなかった。

ドラゴンや。

あの将軍とか言う魔物には、多分そうやって火力を圧縮しないと対抗できないと思う。

だとしたら、早速試してみるしかない。

実際問題、現状の手持ちの爆弾では、ワイバーン相手でも決定打にならなかったのだ。それどころか、ワイバーンですら魔術の超高等技術である死の概念を使用してきた。ドラゴンが本気になったら、何をしでかすか。

思いついたら吉日だ。

すぐに調合を開始する。

あたしは黙々と調合をしていく。

色々危ない目にあってはいるが。

みんな充実しているのは確かだ。それを、こんな所で途切れさせる訳にはいかなかった。

 

4、拗らせた先に

 

レントは、もうしばらく家に戻るつもりはなかった。

元々酒の臭いしかしない家だ。

母が出て行ってから、その傾向は更に加速した。

昔は。不器用ながらも笑う事はあったらしい父だが。

今は酒を飲んでは、周り関係無く当たり散らす化け物に踏み込みかけていた。

幼い頃、母に聞かされた事がある。

昔の父は、不器用ではあったが。各地で傭兵として実績を上げて、たくさんの人を救ったのだそうだ。

恐ろしい魔物もたくさん斃した。

人食いで知られていて、周りを恐怖に叩き込んでいた強大な魔物も討ち取った。

たくさんの人が父に助けられたのに。

感謝する人は誰もいなかった。

どんどん父が酒に溺れて、人間が嫌いになっていくのが辛かった。

そう言っていた。

やがて、それが限界に達したのだろう。

母は家を出ていった。

あの荒くれの父なのに。

母には絶対に手を上げなかった。

それでも出ていったのは。

多分。父の姿が、あまりにも悲しかったのだろうと思う。

ため息をつくレント。

レントの周囲には幸い理解者がたくさんいる。

父だって、昔はそうだったはずだ。

だが、いわゆる流れ者の「冒険者」と違って。父は更に過酷な、金で一箇所で雇われて、十把一絡げに死んで行く「傭兵」だったのだ。

それは早い話が、仲間もばたばたと死んで行くと言うこと。

父がおかしくなったのは。

きっと仲間がみんないなくなって。いや、言葉を飾っても仕方が無い。みんな、二目と見られない悲惨な死に方をして。

それでも孤独に戦い続けて頑張ったのに。

周囲の身勝手な人間はどんどん離れていき。

理解者もいなくなったから、なのだと思う。

だがそれと、レントを殴るのは話が別だ。

ベッドから起きだすと、レントはそんな事を思った。

臭いはついていないか。

家で酷い臭いばかり嗅いできたから、レントも態勢はついている。無言で起きだすと、皆の様子を見に。

ライザは何やら、熱心に調合している。

窯があって、それをつかってクラウディアが何か焼いていた。しばらく甘いものは勘弁と思っていたのだが。

クラウディアが焼いているのは、かなりまともな代物らしい。

少なくとも、きつい甘い匂いはしなくて。

箸休めに丁度良さそうだった。

「レント、水汲み頼めるかな。 飲み水も風呂の水もそろそろ限界みたいでさ」

「おう、任せとけ。 クラウディア、それパイかなにかか?」

「うん。 クッキーにしようかと思ったのだけれど、せっかくだしおなかが膨れるものを作ろうと思ったの」

「ありがてえ。 ただ肉の奴がいいな」

大丈夫だとクラウディアは言う。

流石にクラウディアも甘いパイは食べたくなかったのかも知れない。

肉はありあまっている。

それを使って、パイにするらしかった。

レントは水を汲むと、桶に継ぎ足しておく。ライザが前は全て湧かしていたのだが、最近はクラウディアが湧かしてくれているらしい。

桶に何度か、近くの用水路から水を運ぶ。

これもアトリエを組み立てているときに、ライザが作ったものだ。森の中には幾つも水源があって、その一つから引いてきた。

水は流れていると痛まない。勿論限度はあるが、それでもこの用水路に虫が住み着くことはない。

島では貴重品の真水も。

ここでは幾らでもある程度のものだ。

水を運ぶのは、それだけで鍛錬になる。

だから、レントにはこの作業は丁度良かった。

水を汲み終えると、皆でパイにする。野菜と肉を贅沢に織り込んだ、大変にいいパイだ。しかも一つだけではなく。たくさん食べる事が出来る。うまいうまいと食べていると、ライザが調合を終えたようで。こっちに来る。

それだけで、更に場が明るくなる。

「わ、パイだ。 気付かなかった」

「ライザ、みんなの分残しておいてよ?」

「大丈夫、分かってるって」

「うふふ、たくさん作ってあるから、遠慮しなくても大丈夫だよ」

クラウディアもライザの健啖ぶりは理解しているようで。

どんどんパイを窯から取りだしてくる。

小麦粉もライザが調合するようになってから、有り余っている。

ひょっとするとだが。

下手な商会よりも、贅沢に過ごせているかも知れなかった。

色々と、不安要素はある。

更に強い魔物との交戦。

それからの味方の護衛。

力仕事。

幾らでもレントがやらなければならないことはある。

だけれども、この仲間と一緒にいるのはとても楽しい。

そして時々怖くもなる。

仲間を何かの理由で失ったら、父のようになるのではないかと。

無言でパイを食べる。

少なくとも、皆に暗い顔は、見せる訳にはいかなかった。

 

(続)