四人で冒険に

 

序、壁を一つずつ

 

クラウディアは走りながら、的に向けて矢を放つ。立射の姿勢を徹底的に仕込んだ後は、動きながら矢を放つ方法をリラさんに習った。

基礎はあった。

背筋を伸ばして、ちゃんとした動作をする。

叩き込まれてきたそれが、しっかり役に立った。

そして矢を放てるようになった後、走り回りながら矢を放つ訓練を受けている今だけれども。

矢を放つ際に、弦を維持し。

矢を魔力で作り出し。

そして放つ。

これを走りながら、的に当てるのが、とても大変だ。

無言で順番に作業をやっていく。

ぶら下げた的は、魔力を弾く金属製。今のクラウディアの魔力では、これを貫通できない。

商会の品だが。

お父さんに話をして、クラウディアのお小遣いから買い取ったのだ。

魔力を弾く金属とは言っても、ライザの全力攻撃に耐えられるとはとても思えないが。クラウディアの矢程度だったら、貫けない。

ぶら下げただけの的に当てるのが、本当にしんどい。

呼吸を整えながら、また走りつつ当てる。途中で何度も走ったり止まったりを繰り返していると。

息が上がるのも早かった。

これでも、隊商と一緒に歩いてきたはずなのにな。

そう休憩を挟みながら思う。

ライザが昨日作って持ってきてくれた道具。

腕輪。

あまり王都では流行りそうにない荒々しいデザインだけれども、これをつけていると何だか力が湧いてくる。

手もマメだらけになっていたのが、回復も早い。

もう一度だ。

走りながら、また矢を放つ。魔力については、問題ない。

問題は制御だ。

弦を張る。

弦を引く。

矢を具現化する。放つ。

この動作を、一瞬で全てこなして行かないといけない。最初は笛型の矢を魔力で作り出していたが。

それも、今は少しずつ、殺傷力を意識した矢に切り替えていた。

矢を再び放つ。

当たるには、当たる。

だが、これから先が問題だ。

呼吸を整える。

汗をハンカチで拭っていると、如何に自分が甘やかされて育ったのかが分かってしまって、とても悲しい。

深呼吸。

そして、また走る。

走りながら、再び矢を放つ。やはり、ライザの作ったあの金属靴が必要かも知れない。

ライザのとんでもない蹴りを見て、ちょっとクラウディアも肝が冷えたけれども。

あれを放てるライザでも。

外では無敵でも何でも無いのだ。

それについては、クラウディアだって知っている。

今まで隊商についてきた傭兵には、今のライザ達より格上の人だっていた。そんな人だって、魔物に殺される事があったのだ。

クラウディアは体力はつけてきたし。魔術だって基礎はならった。

だけれども、魔物とやりあってるのが当たり前のこのクーケン島に来て。自分が如何にだらけていたのか。

思い知らされていた。

疲れ果てて、休憩を入れる。

メイドのフロディアが紅茶を淹れてくれる。何も事情は聞かない。お父さんも、それについては同じだ。

そろそろ、話を切り出さないといけない。

だけれども、その前に。少なくとも今の段階より、一周り腕を上げておかなければならなかった。

休憩を挟んだ後も、訓練を続ける。

どうにか的には当てられる。

破壊力も維持できる。

だが、やっぱりまだまだだ。

隙が出来る。

リラさんに言われている。

間断なく動け。

戦闘時は、絶対に足を止めるなと。

魔物は人間との戦闘の歴史を生き抜いてきている。呪文詠唱を行う人間や、足を止めた人間を優先的に狙って来る。

強い相手は後回しにして。

弱い相手から殺して行く。

それで人間は弱体化する。とても簡単に。それを魔物は本能的に知っている。だから人間と戦えている。

戦闘では、真っ先にクラウディアは狙われる。

だから、狙われても生き残り戦略的な価値を作れ。

射撃による支援。

それによる相手の行動の阻害。

動き回る事によって隙を減らし、タンクの負担を減らせ。

それが、リラさんとの座学で受けた内容だ。

今は実践のために動く。

ずっと先を行っているライザ達の足を引っ張らないために。

再び、クラウディアは走る。

眠っていた魔力と。

ずっと訓練していた動作の一つ一つを、少しでも生かして使う。そう考えると、少しずつ、動きも自分で分かる程よくなりはじめる。

矢を放つ。

当たる。連射。二矢目も当たる。揺れていた的に。ホーミングしているとはいえ。それでもだ。

呼吸を整えながら、連射。

少しずつ、コツが掴め始めてきたかも知れない。

このまま、どんどんコツを掴む。

そう自分に言い聞かせて。クラウディアは魔力の矢を放った。

戦う事。

相手を殺す事。

それらには、特に恐怖は感じない。

むしろこのまま。

籠の鳥として生き続ける方が、余程クラウディアには怖かった。

おてんばというのとは、少し違うのかも知れない。

ライザという理解者を得て。

一緒に戦って、少しでも背を伸ばしたい。

そういう気持ちが。

クラウディアにはあるのかも知れない。

訓練が終わって、手にライザから貰ったお薬を塗る。本当に、手にできていたまめやらが一瞬で消える。

凄い薬だと思う。商会でやとった凄腕の魔術師でも、こんなに回復を促進させることは出来なかった。

錬金術は即効性があるだけじゃない。

完全に魔術の上位互換だ。

無言で、そのまま練習を続ける。

やがて、走りながら、矢を百発百中出来るようになった。

咳払いに気付いて、顔を上げると。リラさんだった。

「かなり出来るようになって来たな」

「ありがとうございます」

びしっと頭を下げる。

こればかりは、性分と言う奴だ。この人が、クラウディアなんて問題外、ライザ達ですら視界にも入らないほどの達人である事は分かっている。

クラウディアがその辺に咲いているお花だとしたら。

この人は、全てを焼き尽くす燎原の火だ。

「次は痛みに耐える訓練をしておけ。 冒険に出るつもりならな。 ただ、恐らく父を心配させるだろう。 訓練は秘密に行うようにな」

「はいっ!」

座学は、クラウディアはとても真面目に受ける。

リラさんがくれたのは腕輪で、継続的に痛みを発生させるものだそうだ。アンペルさんが失敗作として作ってしまったものらしく、本来は真逆の効果を発生させるものなのだそうだが。

「最初はこれでいいだろう。 少しでも痛みがあったら、まともに矢を放てないのではまるで意味を為さない。 それに誰でも子を産むときは相当な苦痛を伴う。 お前も今のうちに痛みには慣れておけ」

随分とまあ。

今、二人しかこの場にはいないが。それでもクラウディアは、顔が赤くなるのを感じていた。

リラさんは鉄面皮で、何を考えているのかまったく分からない。

そういえばこの人、肌が今まで見た人で一番白いかも知れない。

ちょっと病的な白さだ。

ライザも気付いているようだけれども、腕の辺りから毛が生えているようにも見える。それも獣のようにふさふさに。

爪も生え方がおかしい。

今までは殆ど気にしなかったが、この人の異常な戦闘能力と経験を思うと。どうにも、不可思議な話だった。

「私は行くぞ。 ……真面目に訓練をしておかないと、あの三人には追いつけない」

「はいっ!」

ばしっと頭を下げると、リラさんはもうその場にいなかった。

腕輪をつけると、びりっと痛みが走る。

なるほど、これで集中して矢を撃てないようでは、乱戦の中ではとても役に立てないと言う訳か。

どうせ戦闘中は、色々なアクシデントで。大小の傷は受けるのだ。

それで動きを止めるようでは、確かに色々と厳しいかも知れない。

痛みがあると、途端に射撃が難しくなる。

魔術の集中も、だ。

特にホーミングは、音魔術を利用している事もある。今まで止まっていても当てられた矢が、全く当たらなくなる。

眉をしかめて。

それで深呼吸。

一度湧かしてある水を、夜の内に冷やしておいた。それをぐっと飲み干した。

そして、再度訓練を再開。

頭を冷やして、嫌みに耐えながら矢を放つ訓練を続ける。

痛みがある状態でも。

少しずつ、また的に迫れるようになってきていた。

 

ライザに本を貸しに行った帰り。

タオは、ボオスとばったりであっていた。

ボオスは冷たい目でタオを見下ろす。あの時以来、ずっとだ。

「よう。 どうした、親分は側にいないのか」

「どいてよボオス。 僕は忙しいんだ」

「何に忙しい。 その解読出来もしない「お守り」を抱えるのにか」

ヘラヘラしているボオスの取り巻きのランバー。

誰もこの島で。

この二人を良く思っていない。

ただ威張り散らかしているだけのどら息子。そう呼ばれている。そして、恐らくは本人もそれを知っている。

知っているから、どんどん行動が先鋭化していく。

もしもボオスがブルネン家の当主になったら、この島は終わるかも知れない。

少なくとも、今のボオスだったら。

そうタオは感じていた。

「この本だったら、解読している最中だよ」

「ほう。 だったら少し読んで見ろ」

「いいよ」

昔は、途中だと返していたけれども。

今は、読むことが出来るようになって来ている。

実は専門書を読み進めるのでは無く、一度読めるものから完全解読しろとアンペルさんに言われたのだ。

そこで、家にある本から、アンペルさんが見繕ってくれたのだ。

いつもと違う本を持ち歩いていることに、ボオスは気付けなかったようだ。

「この本は、この島周辺の植物の植生についての内容なんだ。 此処はナナシ草と言われる草の細かい生態で……」

いきなりランバーが立ったまま寝始める。

この人は、剣の腕前は凄いらしいけれど、それ以外の全てが駄目だと話に聞いているが。それも嘘ではないらしい。

タオが丁寧に説明をしていくと。

ボオスは、意外にも嘘だとかはいわなかった。

意外だ。

リラさんがぼそりと話してくれたことがある。

人は基本的に、一部の例外を除いて上下関係を作りたがると。

自分より下と見なした相手の言う事は、白かろうが黒だと決めつけるし。相手の発言を全て否定して、それで自分が上に立った気持ちになりたがるのだと。

どうしようもない生物だから、それは大人になる前に理解しておけと。

ボオスもあの事件以降、そんなのになったと思ったのだけれども。

本を見せながら解説していくと、面倒くさそうではあったが。それでも、タオの言う事を否定はしなかった。

「分かった分かった。 その本は理解が進んでいるんだな。 で、その明らかにこの辺りの共通語ではない言葉を、どうやって翻訳した。 しかも今、普通に時々その言葉らしい発音で喋っていたな」

「えっ……それは」

「急に歯切れが悪くなったな。 お前、頭は良いくせに隠し事が下手すぎるんだよ。 何か切っ掛けがあったとしたら、あの流れ者どもだな。 バレンツのお嬢様ではないだろうしな」

うっと、思わず呻く。

まずい。ボオスがどう動くか読めない。

ボオスは冷たい目でタオを見ていたが、突き飛ばすようなことはなかった。

ボオスは以前から、タオが本を大事にしているのを詰ることが多く。特に読めもしない事を詰っていた。

それがどうしてなのかは、タオには分からなかった。

「行くぞランバー」

「ふえ? は、はいぼっちゃま」

「ぼっちゃまは止せと言っただろうが!」

「ひいっ! 許してくださいぼっちゃま!」

ボオスが怒って先に行ってしまう。

剣を教えているときは別人のようだというのに、本当に情けない有様でランバーがついていく。

とりあえず、これでどうにかなったか。

突き飛ばされずに済んだし。

本も汚されずに済んだ。

ライザに貸してきたのは、以前にお金を出して買った本。何か解読の参考になるかと思って、フレッサさんの雑貨屋で買った本である。

内容は建築に関する基礎的な技術だったのだが。

ひょっとしたらライザは、本気でアトリエを造るつもりなのかも知れない。錬金術の産物であるこの靴や、ハンマー。それにあの武器を見る限り、それはあながち嘘とは思えないのだ。

それに、ライザは次々に新しいものを毎日作っている。そしてタオに必要だと判断した場合はそれを惜しげもなくくれる。

どれも子供だましであった試しが無い。

実用性の高さはどれも例外がない。

昔冒険のたびに見つけていたがらくたとは訳が違う。

今のライザが見つけてくるものは、どれも宝物ばかりだ。

家に戻る。

タオの両親は、凄まじい勢いでタオが本を読んでいるのと。アラームを掛けないと、危険で仕方が無い事を理解しているようだ。

少なくとも、本を捨てようと言い出さなくなったが。

アンペルさんとリラさんを、忌々しそうに見ているのは何回か確認した。

自室。正確には先祖から伝わっている書斎に篭もると。

持ち歩いていた本をしまって。

本命を出す。

「専門用語だらけなんだよなあ。 発音は出来るようになったけれど、意味が通りそうな言葉を少しずつ解説していくしかないよ。 それにしてもこれ、何の技術書なんだろう」

そう。

分かってきた事がある

これらの大量の本は、いわゆるマニュアル。或いは技術書ということだ。

そうとしか考えられないのである。

頻出する専門用語。それ以外の言葉も極めて事務的で、分からない単語を「こうする」「どうする」「回す」「拡げる」といった言葉だらけ。

それも順番が指定されている。

古い時代にあった工作機械などを動かすための本なのか。

それとももっと大きな何かを動かすための本なのか。

それが分からない。

ただ、丁寧に順番に読み進めることで。それで分かってくる事もあるはずだ。

じっと、本を読んでいき。その全てを解析していく。

いちおう、発音だけだったら、古代クリント王国時代の言葉ですらすらと喋る事が出来る様になっていた。

それ以外は全然だったが。

アラームが鳴る。

食事の時間だ。

このアラームも、ライザが改良してくれた。ありがたくも電気ショックが流れてくれるので、音だけではなく一発で分かる。

ライザはこれくらいしないとタオが戻ってこない事を知っているし。

タオも遠慮無くやってくれと、むしろ自分から頼んだのである。

この辺りライザは、昔擦り傷だらけになりながら走り回って、旧市街にある邪魔な石柱を蹴り砕いていた頃と何も変わらない。

女としては終わっているかも知れないが。

その圧倒的な生命力は。

今、錬金術と言う翼を得て、空舞う巨竜になろうとしているのかも知れなかった。

 

1、関門への到達

 

ルベルトさんがいる時間を見計らって、あたしはクラウディアの家に出向く。まあ借りている家だが。

それはそれとして、今はクラウディアの家だ。

クラウディアに頼まれたのだ。

いよいよだから、頼まれて欲しいと。

あたしも頷いて、そうだと決めた。

タオから借りた建築関連の書物を読んで、まずは家の構造について勉強する事から始めている。

この本は、タオの誕生日プレゼントにと、以前レントと魔物狩りで稼いだお駄賃で買ったものなのだが。

いずれにしても誕生日プレゼントに買ったものだ。

それを無碍にはできなかった。

メイドのフロディアさんは、相変わらずの無表情で出迎えてくれる。

本当にこの人は何なのかよく分からない。

同じような顔の一族がたくさんいるという話なので、ちょっと想像すると怖い。この人達の一族の家に夜にでも出向いたら、恐怖で一生寝られなくなるのではないのだろうかとも感じる。

まあ、それはあくまで失礼な想像だ。

クラウディアは、いつも満面の笑顔で出迎えてくれる。手の傷を見かねてお薬を渡したのだが。

今はそれはそれとして。

何か辛そうだった。

お菓子が配膳された後、話を聞く。

「どうしたの? 訓練の時に指をざっくりとかやっちゃった?」

「ううん、そうじゃないの。 リラさんから、痛みがあるくらいで動けなくなったら戦いでは役に立てないって言われて。 いつも痛くなるような腕輪を貰ったの。 痛みを受けて、慣れるようにしているのだけれども、やっぱりちょっとつらいね」

「へ、へえ。 クラウディアって凄く真面目だね」

「ふふ、ライザたちと冒険に出るため。 ……お父様が来たら、フォローして。 今も心臓がばくばく言っているんだから」

頷く。

クラウディアは、殺し合いを目の前で見た事があっても。

少なくとも自分では経験したことがない。

だから、殺したり傷ついたりの訓練は必要だし。

タオ以上に心臓が小さいと思うべきだろう。

ルベルトさんが来る。

最初は機嫌が良さそうだったが。

クラウディアが切り出すと、すぐに顔をしかめていた。

「冒険に出たい、だと!?」

「お父さん。 本気よ。 フロディアから、どうせ私が弓矢や音魔術の訓練をしている事は聞いていたのでしょう」

「むっ……」

「お願いお父さん。 怪我をするのも自己責任、それに死んだってライザを恨んだりはしないわ」

クラウディアの決意は本物のようだが。

ルベルトさんは珍しく滅茶苦茶動揺していた。

商談の時には、どんなにおべんちゃらを使われようが、それに既に聞いているのだが強烈な地酒を入れようが平然としているようだが。

それがこれほど動揺するとは。

本当にクラウディアさんの事が大事なんだなと一目で分かる。

「ライザ君。 クラウディアをそそのかしたのは君かね」

「違います。 クラウディアは、最初から自分の意思で動いていました」

「そうか。 それで君は、クラウディアをとめてくれるのかね」

「人の意思はその人に属すると思います。 どんな存在だろうと、その人の決めたことをねじ曲げてはいけないと思います」

あたしの方に火が飛んできたけど、想定済だ。

ルベルトさんは、動揺し困惑しつつも、詰ってくる。

「君達の事は既に聞いている。 悪い噂もあるが、それ以上に多くの護り手よりも既に優れた戦士で、多くの魔物退治に実績を上げていて。 最近では、とても出来が良い薬も配っているようだな」

「はい、錬金術というものです」

「分かった。 君が独自の優れた技術を持ち、快活で明朗な人格を持つ好人物であることは私もクラウディアから聞いているが、それでも正気とは思えん。 君との交流でクラウディアが少しでも明るくなったらと思ったのだが、その交友も見直さなければならないかも知れん」

「お父さんっ!」

クラウディアががたんと長いすをならしながら立ち上がる。

明白に怒っている。

「クラウは黙っていなさい!」

「いいえ黙っていないわ!」

「お前の事が心配なんだ! お前も魔物達が、人間を美味しい肉の詰まった皮袋くらいにしか思っていない事は分かっているだろう! お前がいつもフラフラ出歩く度に、私の寿命が縮まっているのを知らないわけではあるまい!」

「それは……理由はいえないけれど。 でも、ライザの事を悪く言うのは、お父さんでも許さないわ!」

いきなり親子げんかが始まる。

まあ、揉めるのは分かりきっていた。

それにしても、感情が高ぶると素が出るのだろうが。ルベルトさんは、クラウディアの事をクラウと呼ぶのか。

人前でそう行動するのは、珍しい事なのだろう。

メイドさんがいつのまにか影のようにルベルトさんの側にいて、服の袖を引く。

なんだと不機嫌そうにいうルベルトさんだが。

それはそうと今のメイドさんの動き。

歴戦の猛者のものだ。

本当にこの人の一族、何者なのだろう。

「怒鳴り声が外に漏れています。 商談に悪影響を及ぼしかねません」

「あー、おほんおほん。 そ、そうだな……」

「ルベルトさん。 私から提案があります」

「なんだね」

声を抑えるように努力しているようだが、それでも滅茶苦茶苛立っている様子のルベルトさんである。

だが、それでもだ。

あたしは。引くわけには行かない。

クラウディアは新しく出来た仲間である。

まだ短い間しか過ごしていないが、間違いなく良い娘だと断言できる。

偏見も持っていないし、性根も優しい。

こんないい友達は、一生で何人も出来ないと断言して良いだろう。

だから、あたしは体を張る。

それだけの意味と価値があるからだ。

「クラウディアを……娘さんをあたし達が守るだけの力量があると判断したら、同行を認めてくださいますか?」

「た、確かに生半可な傭兵より出来るとアガーテさんから聞いてはいる。 だがそれでも……」

「それなら、何かしらの試験を出してください。 それで判断してください」

「む……うむ……」

これについては、決めていた。

クラウディアから、ルベルトさんについては既に聞いている。

どんなに怒っていても、公正さを忘れないように努めている人だとも。

感情を表に出すことは滅多にないが。

それでもどんな場合でも筋を通そうとする人だとも。

だったら、これが一番だ。

一番厄介なのは、変な信仰を持っていたり。或いは感情を最優先で動くようなタイプだったりするのだけれども。

この人は、どれだけ怒っていても自分を見失わないように務めている、立派な方の人間だ。

だからバレンツ商会はどんどん大きくなっているのだろうし。

此処でも、誠実な商売をすることに成功もしている。

今回はそれを。

逆に利用させて貰うのだ。

「分かった。 試験を出す。 内容は三つだ」

「はい」

三つか。

意外だ。もっと多く無理難題を言われるかと思っていたのだけれども。

「まず第一に。 ……」

相当に焦っているのだろう。

これだけ頭の回転が速そうな人が、かなり悩んでいる。三つと言い出したが、多分何も考えていなかったということだ。

勢いに任せて三つと言ってしまった訳で、それだけ動揺していたことが分かる。

やがて、咳払いしたルベルトさんが、最初の試験について告げた。

「実はこの家の地下が浸水していてな。 それを錬金術、というものでどうにかしてほしい」

「現場を見せて貰えますか」

「いいだろう」

タオとレントも連れてくる事も許可を貰う。

こうして、最初の試験。

クラウディアと一緒に冒険に出るための試験が、始まった。

 

レントとタオも伴って、クラウディアが借りている旧市街の大きな家。その地下を見に行く。

クラウディアから、浸水の話は聞いていたし。

そもそもあたし達は、全員旧市街がどこもこんな感じだと言う事は知っている。

旧市街は現在進行形でどんどん水没している。特に東の方は半ば湖の中だ。あの辺りは、色々酷い目にあったので、あたしも近付きたくない。

なおレントとタオは、既にクラウディア関連の話を共有しているので。

来たか、という顔をしていた。

まず地下に入り、水の様子を確認する。

結構な広いスペースで、水が浴槽のように溜まっている。これ以上水が出てくる様子はない。

話通りだ。

どう見る、とレントとタオに振ってみる。

まずは話を聞く。これが何事でも、もっとも重要な事なのである。

「そうだな。 他の家と同じだろこれ」

「あたしもそう思う」

「水位が上がっていないのは、そもそも地下の水位がこの辺りまで来ているからだと、僕は思うな」

タオの意見はより専門的だ。

タオの話によると、水位というのは一定を保とうとするものであるらしい。

幾つかの高さが違う容器などを接続して水を流してみると分かるらしいのだが。最終的に水は一定の水位に溜まって、容器にくっつけたパイプとか関係無い状況を作り出すそうだ。

古い時代の本に、その辺りの説明が書かれていたそうである。

流石に色々知ってるなあ。

あたしは感心すると、まずは順番に対策を考える。

「まず水が入り込んでいる場所を特定する必要があるね。 彼処かな?」

「間違いないと思う」

レントが先に飛び込む。レントの膝くらい。そうなると。あたしでも溺れる事はないか。

昔ほど水に苦手意識はなくなってきているが、それでもやっぱり若干最初に飛び込むのはやりたくはない。

やはり、壁の一角に穴が開いているという。

あたしも入ってみて確認するが。

壁の何カ所から、ぼこぼこと音がしている。

なるほどね。

これは恐らくだが、壁全体を補修する必要がある。それも水の中で駄目にならない素材で、だ。

壁だけではなく、床もそれで補修する必要があるとみて良いだろう。

ちょっと調合には手間が掛かるが。家に帰って調べれば、どうにかなりそうだ。

水の出元をとめれば、後は水を排除するだけ。

これについては。錬金術なんて必要ない。

この辺りにも海綿の類はたくさんあるので、それをつかうだけだ。桶でくみ出してもいいだろう。

「分かりました。 どうにかしてみます」

「本当かね」

「何とかなります」

ルベルトさんが不安そうにするが。あたしが根拠もなくそう口にする人間ではないと思ったのだろう。

溜息をつく。

まずは。最初の一つからだ。

後の二つは、多分ルベルトさんもまだ考えていない。それならば、出来るだけ速攻で、片付けるべきだった。

クラウディアに大丈夫と指で丸を作って。そのままあたしの家に戻る。レントには、桶を用意しておいてくれと頼み。

タオには、どれくらいの水があるのか、何回くらいの往復で水を外に出せるか。計算を頼んだ。

さて、後は此処からだ。

あたしの出番。

錬金術の出番だ。

 

釜にエーテルを満たす。これはすっかり慣れてきた。無言で釜をエーテルで満たした後は、参考書を見ながら、順番に素材を入れて行く。

素材は、全て要素ごとに分解する。

今回使うのは、接着剤と言う奴だ。

膠なんかが、今でも普通に使われているが、そんなものじゃない。錬金術で作れるのは、石と石をくっつけ。

片方を持ち上げれば、もう片方もついてくる。

それくらい強力な接着剤である。

扱いも非常に注意がいるものになってくるが。

フラムと同じで、その辺りは魔術を介してつぶしが利くようにもしておく。更には、透明なものとかだと事故になりやすい。

敢えて、薄黒い色になるようにしておく。

素材は、対岸で取って来た石をまず使う。

これを分解していき、順番に固まる要素を混ぜていく。

フラムのような殺戮特化の錬金術の産物と違って、とても安全で平和なものだ。あたしとしても、多少気が楽である。

少しずつ要素を分別して、そして順番に組み立てて行く。

冷や汗が流れてくる。

出来る。

だが、それでもかなり魔力を吸われる。

豊富な体内魔力がなければ、連続しての作業はとてもできないだろう。あたしは、才能依存だと言われた事を、こう言うときに思い出す。

才能がない人には、理屈が分かっていても確かにこれはどうにもならない。

そう実感せざるをえなかった。

まずは固まるための仕組み、完了。

色づけ、完了。

水に対する抗性。完了。

順番に要素を混ぜながら、組み立てて行く。

この組み立てもセンスがいるらしいが。それについては、あまり実感が湧かない。そのまま、順番にやっていくだけ。

それで出来るのだから、あたしはそれでいいと思っている。

ほどなく。完成品がエーテルの中に浮かび上がってきた。

それをあたしは、桶に入れて。くみ出していた。

エーテルを揮発させる。

そして、ハンカチで冷や汗を拭っていた。

まずは実験からだ。

畑の側溝の一角が、少し水漏れしているとお父さんが嘆いていたっけ。お父さんを呼んで、まずは実験をする。

黒いヘドロみたいなのを見て、お父さんはちょっと心配そうにしたが。

大丈夫。

あたしはまず、水漏れしている一角にそのヘドロみたいなのを塗り。

それが、しっかり水の中でも馴染み、柔軟性も高いことに安心していた。

材料の一部に、海草なども使っている。

水の中で平気な草だ。塩水にも強い。

クラウディアの家の中で湧いていた水は、臭いで即座に分かったが塩気がある。真水だと大丈夫だろう接着剤も、すぐに腐食する可能性がある。

だったら、塩水への耐性もつける。

それだけだ。

塗りおえてから、あたしは手に着いている黒いヘドロを綺麗に落とし。そして棒をヘドロの一角に突き刺す。

そして、魔力を流していた。

瞬時にヘドロが色を失い、透明になる。

おおと、お父さんが珍しく声を上げていた。もう一度触る。

大丈夫。がっちり固まっている。それでいてガチガチではなくて、ある程度の柔軟性もある。

「どう、お父さん。 水漏れは大丈夫?」

「ああ、これで水が無駄にならなくて済んだ。 それも錬金術かい?」

「うん。 凄いよね、錬金術」

「そうだな、今の時点では凄いな。 後は畑の収穫をライザがもっとやってくれるようになる薬とかを作れないかい?」

またそれか。分かってはいるが、お父さんはどうしてもあたしを農婦にしたいらしい。

この島最高の農夫だから、それは分かるけれど。

あたしはもう決めている。

農民は、それはそれで立派な仕事だ。

だけれども、あたしはもっと大きな事をやる。

ただ、それだけだ。

「これからクラウディアの家に行ってくる」

「確か、水漏れしていると聞いているけれど、それかい?」

「そうだよ」

田舎ってのは恐ろしい。

実はこの水漏れの話、とっくに周知の事実だ。間違ってもあたし達がばらしたのではない。

メイドさんもいっていないとなると。田舎の何かしらの謎情報ネットワークで漏れたのだろう。

それだけじゃない。

ルベルトさんは、滅茶苦茶観察されている。酒を飲んでも云々の話だって、酒を飲んだ翌日には島中の皆が知っていた。

この閉鎖的でろくでもない村の仕組みが、いずれ悪い方向に働くのでは無いかとあたしは危惧している。

とにかく、今は。

少しでも、今後動きやすいように。

錬金術での実績を作っていくしかなかった。

クラウディアの家に到着。

でっかい桶を持ってきたレント。更には海綿も。

それと、タオが計算を済ませていた。

「水漏れを完全に封じたら、それを二十往復で理論上は水がなくなるよ」

「よーし」

「そのヘドロみたいなので、本当にいけるのか?」

「任せておいて。 実験済だから!」

両腕をまくる。

心配そうに見ているルベルトさんに、まずは説明。水漏れを防ぐための一種の接着剤であると。

この色も、使用後に一瞬で透明になり。

ゴム状の弾力があるものへと変わるのだと。

「ほ、本当にそんな品があるのかね」

「まずは確認してください。 全てはそれからです」

「ううむ、にわかには信じがたい。 彼方此方で色々な品を扱ってきたが、そのようなものは魔術の産物でも見た事がない」

「いま見せます」

あたしは、クラウディアが頷くのに返すと、すぐに地下に。

そして、さっきの要領で、壁、床に満遍なく接着剤を塗っていく。まだ水没していない地点にも。

そして、水が直接浸水する原因となった箇所は。外れた石材を探しておいて。はめ込みながら、接着剤でとめた。

このヘドロみたいな接着剤そのものにもある程度の接着性があるので、時間稼ぎは出来る。

後は、固めるだけだ。

塗るのをてきぱきと済ませて、そして水を出る。

足の裏を確認して、接着剤がついていない事をチェック。もしもついていたら大変である。

そして、最後に杖を突いて。

魔力を流し込んでいた。

薄黒くなった地下の部屋を見て、眉をひそめていたルベルトさんが、驚きの声を上げていた。

「おおっ!?」

まずは、呼吸を整える。

この量の接着剤だと、かなり体力を使うんだな。そうあたしも思った。

そのまま、水のくみ出しに。

レントが桶に水を入れると、担いで持ち出す。力仕事はレントに任せてしまっていいだろう。

そう思ったら、メイドさんも同じように桶で水をくみ出し始める。

流石にレントほどではないが、かなりの力持ちだ。

本当に何者なんだこのメイドさん。

少なくとも、王都で貴族だのなんだのとふんぞり返って実際には身内での陰湿な争いを繰り広げているだけの連中とは、一線を画しているはずだ。

水がみるみる減っていく。

水漏れは、確実に止まっていた。

最初から、捨てる水は近くの側溝と決めている。旧市街の水路は元々塩水混じりで、こういった湧き水を捨てても問題ない。

ラーゼン地区だったら、用水路は真水だから大問題になるけれども。

此処は特にそういうのは気にしなくていい。

汽水湖に浮かんでいるから、真水は貴重。

当たり前の話だ。

「よっしゃ。 だいたいくみ出したな。 次は海綿だ」

「もう用意してあります」

「ありがとうございます、ええと……」

「メイドのフロディアです。 メイドとでもお呼びください」

レントも困惑する謎のハイスペックメイドさん。

後は、タオも加わって、淡々と海綿で水を吸い。水を吸った海綿を桶に入れて外に運び出す。

それも終わった後は、あたしが熱魔術で水を乾燥させる。

なお、熱にも強いように調整しておいたから、大丈夫。それにこの接着剤、千年はもつ。

熱魔術で乾かす過程で、蒸気がどうしても出る。

大きなうちわを取りだして、メイドさんが蒸気が部屋に入らないように、外に出してくれる。

手伝ってくれて助かる。

やがてルベルトさんが、手で触れてみて。本当に乾いている上に、適度な柔軟性を得た床を見て。

真顔で驚いていた。

「驚いた。 色々な固有魔術は見て来たが、これにはとても及ばない。 量産出来るなら、商品にしたいくらいだ」

「ちょっと作るに手間が掛かるのと、扱いを間違えると大変ですので……」

「ああ、分かっている。 今は商談の時間ではない。 とにかく、最初の試験は合格としよう。 まさかこんなにすぐに、驚天の奇蹟をみせられるとは……。 ライザくん、私は君を過小評価していたようだ」

礼をされる。

すっかり水の問題が解決したクラウディアの家の様子を、外で人だかりが出来て見守っている。

外に出て見ると、一瞬だけ見えた。

苛立ちながら帰っていく、ボオスの様子が。

 

2、錬金術の大きなデビュー

 

さて、まずは第一試験クリアだ。更に、勝手に島の人達が錬金術の宣伝もしてくれた。まだ汎用性が高いものは薬くらいしか作れるものはないけれども。それに、今回使い路が限られているとは言え、バリエーションが加わった。

水漏れに苦しんでいる島の人達を救えるかも知れない。

大量生産は無理だけれども。

一日であっと言う間に直せる。

それがどれだけ優れている事か、この島の住人であるあたしはよく理解している筈である。

この島でも、昔はみんな旧市街に住んでいたのだ。

旧市街の方が利便性が優れているし、昔は金持ちは旧市街に住むものだという風潮すらあったらしい。

今ではそんなものは塵になり果てたが。

ともかく、ルベルトさんは次の試験について、明日までには考えてくれるはずだ。先に、アンペルさんとリラさんに、報告をしに行く。

アンペルさんは、左手だけで何かを調合していた。

一目で分かる。

利き手ではないし、本人が言う通り繊細な調合は出来ないのだろう。リラさんは、手を貸さない。

貸せないのだろう。

ただ、ソファにいつものように寝転がって。

あたし達の到来を出迎えてくれた。

「外が騒がしいな。 何かあったのか」

「アンペルさんは忙しそうですね。 実は……」

説明をする。

進捗が一つ進んだ。

そう告げると、リラさんはそうかと、少し醒めた声でいうのだった。

この辺り、リラさんはとても厳しいリアリストだ。ただしそのリアリズムは、自身にまず向けられている。

「ライザはいい。 レント、タオ、クラウディア、外に出ろ。 現状の実力の確認をする」

「おうっ!」

「ええ、僕も……」

「私は、見てもらいたいわ」

三人がぞろぞろと出ていく。

アンペルさんは、釜をかき混ぜながら、素材を取ろうと右手を動かす。

明らかにふるえている。

あれでは確かに、まともな作業はできまい。

「あたしが手伝います。 どの素材ですか?」

「うむ。その薬草を……」

「分かりました」

薬草も順番に覚えている。

貰った本を読みながら、確実に一つずつ覚えているのだ。

身近に生えているものは簡単に覚えられる。

今までの冒険で見つけて来たものも、である。

だが、全く見た事もないものも多く。

そういうのは、何となくでしか覚えられなかった。

幸い、今は見た事があるものだ。

薬が出来る。

あまり、出来がいいものではなかった。

エーテルからあたしがすくい上げる。

容器につめていると、アンペルさんはお薬の出来を見て、悲しそうに呟くのだった。

「何度見ても悲しい。 利き手を失うだけで、此処まで酷い代物になるとはな」

「その右手、余程酷い状態なんですね」

「ああ。 こればかりはどうにもならない。 リラたちの一族は、指くらい失ってもその内生えてくるらしいのだがな」

そっか。

それでわかったけれど。多分リラさんは人間では無いんだろう。

これについては、うすうす思っていた事だ。

あまりにも強大な魔力。戦闘能力。

それに、何よりもあの多すぎる戦闘経験。

人間だったら、老境に入っても彼処までの経験は積めないはずだ。

だが、それでリラさんが怖くなるかと言ったら、そんなことは全く無い。

むしろ興味が湧くし。

それだけの時間、何かの目的で動き続け。

努力を続けられるのだとしたら、敬意すら感じる。

その様子を見て、アンペルさんはモノクルの奧の目を細める。

あたしの反応が、このましいものらしかった。

「話は聞いていた。 どうやら、冒険に出るための準備を本格的に開始したようだな」

「はい」

「ならば、これを渡しておこう」

アンペルさんが、荷物を漁る。

高価そうな素材が殆どだ。錬金術の生成物は、最低限しかない。ないというよりも、作れないのだろう。

元が凄腕だったのだとしたら。

それは悲しいだろうな。

あたしも、そう思う。

アンペルさんが取りだしたのは、小さなクリスタルだった。バンドが着いていて、腕につけられる。

「腕につけておきなさい。 役に立つ筈だ」

「これはなんですか?」

「これは古式秘具というものでな。 古代クリント王国よりも更に古い時代の錬金術の異物だよ。 このコアクリスタルは、私が古巣を離れる時に、せめてもの礼として頂戴したものだ。 そのおかげで、結構な年月刺客を差し向けられて、結果戦闘経験を積むことが出来たっけな」

そっか。

本当に苦労しているんだな。

アンペルさんの古巣がろくでもない場所である事は、今の話だけでも充分に伝わってくる。

そして問題は、これが何に使うものかだ。

薬を、クリスタルに押し当てるアンペルさん。それが、クリスタルに吸い込まれる。

驚くあたしに、説明してくれる。

「これは錬金術の道具を収納して、魔力と引き替えに複製してくれる。 当然、強力な道具ほど魔力の消耗が激しい。 更には魔力の蓄積に時間も掛かるから、一度使うと複製まで時間を掛けなければならない。 いらなくなったら取りだせば良い。 具体的にはこのボタンを押して……」

説明をしてくれる。

アンペルさんの説明は丁寧で、すっと頭に入ってくる。

なるほど、これは便利だ。

実際に貰った薬で複製してみる。

確かに、ぐんと魔力を吸い上げられる。

アンペルさんの話によると、一度に四つまでの道具を収納でき。カットしている断面に触るだけで、内容物をコピーして引き出せるそうだ。

ただし、この出来の悪いお薬でこの消耗。

考えどころだ。

アンペルさんも、今作ったお薬の出来の悪さは理解しているようで。何度も苦笑していた。

「フラムなどの爆弾を使う時はとにかく注意してくれ。 品質劣化が起きる事はないだろうが、それでもとにかく爆発物だ。 魔力があまりにも大量に吸い上げられると、その場に倒れかねん」

「分かりました」

なるほど、確かに扱いが非常に難しい。

フラムなどを複製して使うとしても、魔力を一気に吸い上げられたら、確かに身動きが取れなくなって。

下手すると自爆することになる。

それだけは避けなければならない。

もっと魔力を練り上げないといけないな。恐らくだけれど、あたしは連日天井知らずに上昇する自分の魔力に慢心していたのだと思う。

だけれども、上には上がいる。

アンペルさんが示してくれた。

忘れないように対応しなければならないだろう。

頷くと、それから幾つかの作業について指導を受ける。作る道具に、癖があるらしい。それについては、何となく分かっていた。

参考書にない部分もあるのだが、それはやはり属人的な要素が強くなるとかで。口伝するしかないのだとか。

だから、丁寧な説明を、そのまま聞く。

なるほど、と思った。

要素の外付けか。

今まで大量の要素を無駄にしていたが。外付けを上手に出来れば、更に錬金術で作るものの性能を上げ。

或いは付加効果も作れるかも知れない。

更に上に行くには、絶対に覚えないといけない事だ。

後は棒の握り方など。

丁寧に指導を受けていると、レントとタオとクラウディアが戻ってくる。

かなり絞られたようで。レントすら汗まみれになっていた。

「どうだリラ。 三人の様子は」

「一発で何でも教えた事はこなせない。 それでも確実に進歩している。 それで充分だろう」

「そうだな。 今の仕上がりは」

「まあこの辺りの魔物相手なら、レントとタオ、ライザならどうにでもなるだろう。 その点では合格だ。 クラウディアは、三人の補助を受けながらなら、立ち回る事が出来るはずだ」

おお。

それは、とても良い事だと思う。

ただ、クラウディアは気の毒なくらいへばっていた。上等な絹服が汗でぐしょぐしょになりそうである。

あまり美味しくないけれどと断ってから、持ってきてある栄養補給用のお薬を三人に渡す。

タオは素直で、思いっきり噴き出しそうになっていた。

リラさんも興味本位であるけれど、手にして飲み干す。顔色一つ変えないのは流石だ。

「何これ……」

「栄養」

「それは分かるけど、もう少し味をこうなんとか……」

「つ、つよくなる為だ。 俺は飲む」

レントは我慢して飲み始める。

クラウディアは一瞬真っ青になったが。それでも、多分つよくなりたい気持ちの方があるのだろう。

くいくいっと飲み干した。

それを見て、観念したのだろう。

タオも一気に飲み干して。

今までの苦労以上に疲れたような顔をしていた。リラさんが、率直な感想を告げた。

「ライザ、味をまろやかにするために工夫するべきだな。 これでは疲労は取れてもしばらく違和感が残って動けなくなるぞ」

「分かりました。 工夫してみます」

「先にやってくれよ……」

レントがげんなりした顔で言う。

ともかく、今日はここまでだ。

軽く話をしておく。

アンペルさん達は、また出かけるそうだ。魔物の活動が活発になっているとは聞いているが、どうもそれだけではないらしい。

ワイバーンらしいのの影が街道で目撃されているそうだ。

ワイバーンか。

ちょっと勝てるかは自信がない。此処で言う勝ちというのは、誰にも怪我をさせずにの完全勝利の事だ。

ワイバーンになってくると、この間戦ったゴーレムよりも更に上の存在だろう。

その代わりワイバーンから取れる素材などは、非常に貴重だと聞いてもいる。肉などは、食べるだけで寿命が延びるなんて話があるくらいだ。

とはいっても、そもそも生半可な力量で手を出せる相手では無い。

たまに一攫千金を狙って手を出す人間が、悉く返り討ちにあう。

そういう魔物だ。

「ルベルトという御仁は実力主義で徹底している。 恐らく試験の内容の少なくとも一つは実戦になる可能性が高い。 気を付けろ」

「分かりました、リラさん」

「よし、解散だ。 皆それぞれ、基礎を磨いておくように」

アンペルさんが手を叩いて、その場をまとめた。

疲れきっているようで、レントとタオは口数が減っていたし。その場で倒れて寝かねないので。

あたしがクラウディアは、屋敷まで送っていった。

 

翌日。

ルベルトさんが、あたし達を案内する。案内したのは、旧市街の一角だった。そこには古老が気むずかしそうな顔をしていて。更には、露骨にルベルトさんに媚びへつらうモリッツさんもいた。

なんだかな組み合わせだ。

ボオスも遠くで見ているようである。

「古老、モリッツさん。 この辺りだと言う事でしたが」

「そうなのですが、そこの悪童どもは……」

「話は聞いているはずです。 昨日、錬金術というもので助けて貰いました。 それを一人で独占するのも問題だと思って、来て貰っています」

「ほ、ほう……。 なるほど……」

モリッツさんが、口の端を引きつらせる。

古老はじっと怨念がましくルベルトさんを見ている。

古老はなんというか極めて保守的で、酒などが入るとクーケンフルーツだけ作って静かに暮らすべきだ、などと言い出す。

そういう点ではモリッツさんのがまだマシなのだけれども。

街の住人の内、とにかく迷信深い人達は古老側だ。

特に漁師とか農夫とかに古老側が多い。

これは元々、若いうちから結婚して子供を作って、その際に世話になっているからなのだと思う。

古老の魔術で、奥さんや子供を死なせずに済んだ人は多いのだ。

単なる保守派というだけではなく。

とても食えない人物なのである。この古老は。頭が硬いだけのおじいちゃんだと思っていると、痛い目を見るだろう。

ついていくと、くずれた家に出る。

崩れているだけではない。

辺りには瓦礫が無造作に積み上げられていて、文字通りゴミ捨て場だ。すぐ近くに、クーケンフルーツの畑がある。

なるほど、なんとなく分かってきた。

「これは先日の地震で崩れてしまったそうでな。 君の錬金術でどうにかできないか?」

「そんな怪しげな呪いで……」

古老がぼそりという。

ここでいう呪いというのは、魔術の事では無い。

主に予言関連の魔術の事を揶揄しての言葉だ。

予言関係の固有魔術の持ち主も、いるにはいるらしいのだが。とにかく非常に数が少なく、固有魔術が「予言」という奴は疑ってかかれ。

それがこの島での鉄則だ。

なんでも何十年か前に、ちょうどそういうのが島に来て、詐欺の限りを尽くした挙げ句に逃げていった事件があるらしく。

それもあって、「怪しい呪い」というのは、予言者関連の事を指す。

勿論あたしの使っているのは、そんな代物じゃない。

「ライザ君はうちの家で起きていた水漏れを完璧に解決してくれました。 それについては、私が保証します」

「そ、そうですかこの悪童が……」

「どうせ何かインチキにきまっておる」

「まずは見せてください」

古老は無視。

そのまま前に出る。

なるほど。地盤は駄目になっていないか。だとすると、地上部分だけをどうにかすれば良さそうだ。

フラムで吹き飛ばすのが良さそうだけれども。問題はそのまま吹っ飛ばしたら、瓦礫とかが何もかも周囲に飛び散るだけだ。

超高熱で、一瞬で溶かしてしまうくらいの事が必要になる。

そう。

あたし達がクラウディアを助けて逃げる途中、追いすがってきたあの大鼬を殺したようなフラムで。

しかもあのフラムは、球状に切り取るようにして鼬の体を抉って殺していた。

今回は平面に拡がるように、フラムの熱を調節する必要がある。

爆風は出来るだけ出ないように。

超短時間で、フラムで文字通り蒸発させるべきだ。

そして蒸発したゴミからは有毒ガスが出る可能性が高い。石畳も傷つく可能性があるとみて良い。

その補修も必要になるだろう。

順番に組み立てて行く。

「無茶だよ。 ライザ、どうするのこれ」

「今考え中」

「最悪、俺たちで直接どかすしかないだろうな。 それで湖に捨てる」

「それ、僕もやるんだよね。 ライザの錬金術が凄いのは間近で見てるけど。 最悪の事態も予想しないと駄目か……」

タオが泣きそうな顔で。それでもどうやったらゴミの処分が出来るか、大まじめに考え始める。

あたしは、概ね計算が終わっていた。

というか、元々フラムの平和利用が出来ないかと思っていたのである。

魔術でも実は似たような事が出来るが、それを魔力消耗無しで出来るとすれば、これは実に凄い事だとも思うし。

是非。今回でものにしたい。

顔を上げると、あたしは頷いていた。

「分かりました。 なんとかして見せます。 ただし、ここにあるものは綺麗になくなりますので、もしも何か大事なものをおいているようならば、早めに持ち帰るように指示をしてください」

「お、おい……本当にそんな事が出来るのか」

「呪いだ! 呪いに決まっておる!」

古老が喚き始める。

あんたが使っているのだって、魔術で呪いでしょうが。

そう面罵したくなるが、あたしは堪える。

というのも、ここでそもそもあたしのお薬が出回り始めている事で、立場が悪くなりはじめている古老に反論するよりも。

そもそもあたしが問題を解決して。

顎が外れている長老を見返す方が、気分が良いからである。

すぐに家に戻る。

今日はちょっとクラウディアと一緒に話す暇はないと思っていたのだが。クラウディアは先回りして、家にアップルパイを持ってきてくれていた。

ありがたい。ちょっと頭に糖を入れたかったのだ。

アップルパイだけ食べると、お礼を言って、すぐに屋根裏のあたしの部屋に。

かなり難しい調合になる。

そう告げると。レント達は頷いて、母さんと父さんの介入を防ぐべく、下の部屋で張ってくれた。

どれだけいい作物を作っても、所詮は小さな家だ。

優遇して貰ったのは立地だけ。

あたしは顔を叩くと。今手元にある素材を確認しながら、順番にやることを決めていく。

まずはフラムだが。いつもよりずっと火力が必要になる。しかもそれを、一点に収束させて、熱量を出来るだけ逃さないようにしなければならない。

これは、難しい。

でもそれでもやるべきだ。

そもそも戦闘でも、このフラムは面制圧兵器として仕える筈。

恐ろしい兵器だとも思うが。

同時に悪を同時に抹殺も出来る。

まずは、この間の洞窟探索前後で手に入れたセキネツ鉱を、順番にエーテルを満たした釜に投入していく。

要素を抽出する。主に火力の源となる要素をだ。

錬金術で言う四大元素の火だっけ。

でも、それは手帳にも書かれているが、所詮は目安。

実際にはそんな四要素よりも、たくさんの要素があることをあたしはエーテルで要素を混ぜながら感じている。

充分に火力の要素を抽出し、それを混ぜ合わせていく。

セキネツ鉱の他の要素も保存はしておく。

これから使うからだ。

混ぜながら、次に入れるのは火力の檻になる部分だ。

今度はアクア鉱。

冷気を閉じ込めている鉱石を使う。

これによって、熱を閉じ込めるのである。

いうは簡単だが、はっきりいって余程の高出力の冷気が必要になる。周囲に被害が出ないようにするなら、なおさらだ。

そして溶かせばガスが出る。

そのガスも、どうにかする必要がある。

次に入れるのは、ガスを出す木の実、それなりの数。

これらからガスを抽出し。

空気の壁を作るようにする。

これも大事だ。

手帳を見て勉強したのだが、実は熱をもっとも遮断するのは空気であるらしい。

一例を挙げると、羽毛。

羽毛はふっかふかだ。本当に布団にすると、夜によく眠れる。

ところがあの羽毛の効果は、実の所毛が暖かいのではないらしく。

毛の間にある空気が、温度を通さないために暖かいらしい。

これについてはごく最近、アンペルさんに聞かされて、驚いたものだ。

そして知ったからには、知識を有効活用するだけである。

空気の壁を作る為に。その辺りの空気も、エーテルに溶かしていく。かなり難しい調合だが、それでもやってみせる。

頭の中で難しい計算をしていくが。

これは天然で出来る。

なんというか、錬金術で回る頭の部分は別なのである。

それもあって、順番に混ぜていく過程で。次にやるべき事が分かっていく。

この辺りも、アンペルさんのいう才能依存の部分なのだろう。

冷や汗を拭いながら、エーテルを混ぜる。

熱を中心に、それを閉じ込める冷気と空気、二枚の壁。

そして最後に、魔力伝導を行うための金属鉱石。

これを投入して、混ぜていく。

しばらく計算をしながら、混ぜていくと。

やがて。これだという手応えが生じていた。

うんと頷いて。一気に引き上げる。其処に出来ていたのは。今までとは全く違うフラムだった。

発破用フラム、とでも言うべきだろうか。

使い方は分かるが、これはちょっとまだ試作段階だ。それに、全身の脱力感が凄まじい。

呼吸を整えながら、もったいないが要素がたくさん含まれているエーテルを揮発させてしまう。

このエーテルを自分に再吸収しないように。

そうも言われている。

変なノイズをエーテルとして吸収すると、それで体を壊すこともあるそうだ。

くわばらくわばら。

そう呟きながら、釜を空にして。

まずは、みんなを呼んでいた。

既に日が暮れそうになっている。半日近く、頑張っていたと言う事になるわけだ。

タオが。眼鏡を直しながら聞いてくる。

「これが掃除用の道具? どうやって使うの?」

「この爆弾は、超圧縮型のフラムとでも言うべきもので、名付けるなら発破用フラム。 前にあたし達が助けて貰った時のフラムの、一点使用に特化した変更型だよ。 こう四角の空間を、丸ごと熱で抉り取る。 石材くらいだったら、文字通り蒸発させることが可能なんだ」

「恐ろしい爆弾ね……」

「うん。 だから、先に恐ろしいものだって周知しておきたかったの」

クラウディアの反応が有り難い。

破壊力が凄いと喜んでいては、たぶんあたしはいずれ獣になるだろう。

もし獣になっても、それで自分を制御出来るならいい。

でも、あたしにはあんまりその自信が無い。

力を得ても、溺れない人はいる。

だけれども、力を得ると、殆どの人間は溺れ、そして驕るのだ。

そうなったら、人間は当たり前の事も分からなくなっていく。

それだけは、避けなければならなかった。

「後は、あたしが代わりになる石材を用意しておくよ。 みんなは明日当日に、用意しておくものがあるから、それだけ準備したら戻って」

「分かった、何を準備すれば良い」

「荷車に水一杯。 塩水で大丈夫」

「ええと、今の説明を聞く限り、ゴミを溶解させた後、一点に収束させて、それを捨てるって感じ?」

タオがすぐに理解する。流石だ。

その通りと言うと、タオは大きくため息をついた。

「冷気で冷やされているとは言え、下手すると大けがじゃすまないよ。 おっかないなあ」

「だから先におっかないって告げておいたんだよ。 最後に、あたしがこれから調合しておく石材を並べておしまい。 これもちょっと腕力がいるから、後始末の方が時間が掛かるだろうね」

どれだけ石畳がいるかは、既にタオに計算して貰っている。

それにしても、恐らくあの場所。

畑がすぐ近くにある場所にゴミを積み上げさせたのは、多分古老だな。

そう思うとちょっと頭に来る。

あたしが最近、どんどんお薬を配っていて、実際にお産の時に随分楽になったと言う話も聞いている。あのお薬のおかげで、母子共に健康なまま出産を終えられたという話が二件あったのだ。

それで古老の発言力が落ちている。

当然その一家はあたしに感謝するわけで。あたしの派閥が。今まではふわっとしたガキ大将とその賛同者くらいだったのが。

確実に古老の権力を脅かし始めているのだ。

だったら、自分達でも実績を上げていけば良いのに。どうすればいいか分からずに右往左往している。

その年老いた頭が、なんともあたしには歯がゆかった。

後は解散。

準備をするべく、皆で散る。

この後は、石畳の調合だが。こんなものは、回収してきた鉱石とかの残骸ですぐに出来る。

複雑な計算も必要なく、エーテルに溶かして成形するだけだ。もとの石畳に似せるべく、色もこだわっておくか。

それくらいまでして。

仕事が完璧だと、認められるのだろうから。

 

朝一で、あたし達はゴミ捨て場に集まる。

まず最初にするのは、雑多なゴミを破壊する予定地点に収束する事だ。手袋をつけて、ゴミを運ぶ。

クラウディアも運んでくれる。

気を付けてと何度も声を掛けて。雑多にまき散らされているゴミを集めていく。

ボオスが、ランバーをつれて見に来る。

腕組みして様子を見ている。ランバーはどうしていいか分からないようで、右往左往していた。

その後は、縄張り。

今まで護り手と一緒に、入ってはいけない地点の縄張り作業はしたことがある。これについては慣れたものだ。

誰に悪戯三昧をして。

その後怒られて、こういう作業に従事していないのだ。

遊んでいたわけじゃない。

今までの冒険や、その後の仕置きが。

全てこうやって、自分の身になっている。そう思うと、あたしとしても嬉しくて、作業が鼻歌交じりになる。

人だかりが出来はじめた頃には、古老もモリッツさんも、ルベルトさんも来ていた。クラウディアは適当な所で切り上げて貰う。

タオが、縄張りに使う測量装置を用いる。

この発破用フラムは、計算通りなら。錬金術を信じるなら。

指定通りの空間を、文字通り熱で切り取る。

その際に、その空間内部にあるものは全部、地面も含めて溶けてなくなるし。なくなった後は圧縮されて、小さな重いゴミの球体になる。

それを捨てればおしまいだ。

ゴミの処理は。

後は石畳が痛んでいるようなら捨てたりと、色々と雑務があるが。それについては、後で考えれば良い。

測量を終えたタオが、この地点と指定してくる。

こう言う事で、タオの右に出る者はいない。ただタオは、虫が出るのでは無いかとびくびくしていたが。

こういう所も変わらないが。

それでも欠点以上にタオは有能だし、我慢しなければならない点でもある。

何度か調整して、更に並行を保つと。あたしが魔術で固定。

なお、詠唱して魔術をぶっ放す事で、この範囲を破壊する事は可能だが。

此処の範囲だけを綺麗に切り取るのは無理。

ゴミが散らばるだけだ。

空間を切断するような魔術もあるにはあるらしいが、それをやってもゴミだけ綺麗に処理するのは難しいだろう。

余計に複雑になったゴミを、片付ける必要が生じてくる。

それだけだ。

「よし、さがって!」

「なんだなんだ」

「ライザがまた何かするらしいぞ!」

「ゴミを片付けるらしい!」

聴衆が下がりはじめる。

アガーテ姉さんがいつの間にか人々を抑えて、さがらせていた。いざという時に、防御魔術が使える人間も集めている。

完全に固定が終わったのを確認してから、みんなでさがる。

このフラムは火力が危険なので、段階を踏んで爆破する。

まず、解除のワードを唱える。

それから十秒以上経過してから、起爆のワードを唱える。

最後に、最終ロック解除のワードを唱える。

それで、起爆だ。

一瞬で、四角い空間が白熱し。そして、文字通り切り取られていた。

爆風すらこない。

おおと、声が上がる。

白熱した空間がすぐに収まり。そして圧縮されて。どんと音を立てて、圧縮されたゴミの残骸……球体になったものが、残されていた。

地面も案の定傷ついている。

レントが水の入った荷車を持ってきた。あたしが柄杓で水をぶっかけて、ゴミが触れる温度であることを確認。

水入りの荷車にゴミを三人がかりで放り込むと、後は海に捨てに行った。

苦々しげに此方を見ている古老。

そして、その後は。

あたしが昨晩調合した石材を、丁寧に敷き詰め直す。文字通り、ゴミは欠片も残さず消滅していた。

「はい、錬金術によるゴミ処理終わり!」

「おお……」

「最近ライザが良く効く薬を作り始めたとは聞いていたが、こんな事も出来るのか!」

「れんきん……じゅつだっけか。 よくわからないが、凄いな!」

あたしは、まずはルベルトさんを見る。

被害ゼロ。

錬金術の産物によるゴミ処理。更にはアフターケア。

全て完璧。

ルベルトさんは、満足そうに頷いていた。

モリッツさんは、呆然としていて。しばらくして、気がついたように顔を上げると、ルベルトさんに手もみしていた。

古老は青ざめていた。

魔術の専門家だ。

魔術でも呪いでもこんなことは出来ないと、悟ったのだろう。悔しそうに、その場を離れていく。

老人はみんな古老の味方、というわけではない。

古老についていく人間は、あまり多くは無かった。

ボオスはもういない。

恐らく、結果はみたはずだ。

だとしたら、ボオスのことだ。如何に口汚く罵ったとしても、成果を認めざるを得ないだろう。

「二つ目の試験、合格ですか?」

「ああ。 発破は王都近辺の鉱山で使う事があるとも聞いているが、こんな品質のものはまずないだろう」

「は、はは。 仕組みは全く理解出来ませんが、ゴミ処理が完璧に終わったのは認めざるをえませんな」

「後は最後の試験ですね」

なんでもこい。受けて立つ。

そうあたしが顔に書いているのを見て、ルベルトさんは頷く。この様子だと、もう大丈夫かも知れないと感じ始めている筈だ。

後一押し。

勿論、もらったコアクリスタルの事もある。

あたしはまだまだ、自分の力が足りないことはよく理解している。

だから、自分を高めるために。

クラウディアを無駄に危険にさらしたり、本人に気を遣わないためにも。

更に自分を高める機会がほしいとも思った。

 

3、最後の試験と桁外れの脅威

 

島の対岸に渡る。

険しい表情のアガーテ姉さん。そして、あたし達三人。そしてボオスとランバー、護り手七人。護り手は、みんな若い人員だ。

まず、説明が為される。

街道の先。最近ワイバーン出現の噂がある。今回は時間差を見て、そのワイバーンが目撃された地点を確認しに行く。

無事に戻って来たら合格。

そういう事らしかった。

なるほど。

この様子だと、ルベルトさんはもう試験は良いだろうと思っている様子だ。むしろ、この試験にノリノリなのはモリッツさん。

先のゴミ掃除で、あたしが醜態をさらすことを期待していたのだろう。だが、それもかなわなかった。だから今回の作業で、息子があたしをぎゃふんと言わせるところをみたいのだと思う。

今回は、街道の安全を確保するための作業。

一種の偵察任務だから、危険は少ない。ワイバーンがいても、生きて戻れる。その人員を揃えた。

それが、あたしから見ても分かった。

護り手の中には、攻撃魔術が得意な人も、回復魔術が使える人も混じっている。

三人一組で動くのが基本の護り手だが。

三人一組で一チーム、それが三チームで動くわけである。

確かにこれなら、ワイバーンが仮にでても、生きて帰る事は出来るだろう。

それに対して、あたし達は三人。

クラウディアが心配そうに見守る中、ボオスが言う。

「俺たちも三人で充分だ」

「ボオス!」

「父さんは黙っていてくれ! 俺も護り手に混じって戦っている事を知っているだろう!」

「ワイバーンが出るかも知れないんだぞ! あまり私を困らせてくれるな!」

モリッツさんがそう言うと。

舌打ちして、ボオスは黙り込む。

ワイバーンが出るとなると、流石に強がりを聞く訳にもいかないのだろう。あたし達を見て、ボオスはだが更に食い下がった。

「あっちは三人だぞ! それはいいのか!?」

「私の見た所、これでようやく互角か、ライザ達がやや有利という所だ」

「アガーテ……!」

「いつの間にか私を呼び捨てになるようになったお前だが、その口調には侮蔑が含まれていて気分が悪いな。 いずれ島の顔役になるとは言っても、少しは礼儀をわきまえたらどうだ」

アガーテ姉さんに駄目出しをされて、それでボオスも相当に頭に来たのだろう。

あたしは涼しい顔で様子を見守る。

残念ながら、ブロンズアイゼンによる装備の実戦投入は間に合わなかった。ブロンズアイゼンは作るには作ったのだが、思った以上に脆い。何より錆びやすい。多分、どこかに問題がある。今、何回か作り直して、調整をしている所だ。

流石に少しずつ錬金術の産物も難しくなってきていて。一発クリアとはいかない。

これは当たり前だ。

才能があるとアンペルさんは言ってくれた。

だが、それでも一発で何でも成功とはいかない。

閃きからできる事は結構多いけれど。

それも全部が全部では無い。

それをあたしは思い知らされているし。今後も忘れてはならないと思っている。それが、未来につながる筈だ。

そして見た所。

ボオスは一歩も先に進めていない。

最近は更に高圧的になって来ていて。支配者ごっこも、上手く行っていないのが一目で分かるのだった。

「偵察任務にいき、掛かった時間を確認する。 先に戻ったか、ではない。 掛かった時間だけを見る。 双方とも、今の説明で納得出来たか」

「ああ、此方はかまわん」

「あたしも大丈夫です」

「そうか。 では、先にボオス達のチームからだ。 行ってこい」

舌打ちすると、ボオスが行くぞと荒々しく声を掛けて、護り手七人と一緒に行く。その中には、この間ザムエルさんにぶん殴られてKOされた奴が混じっているのをあたしは見逃さなかった。

確実な仕事で、確実に実績を稼げ。

そうアガーテ姉さんに言われたのだろう。

酒の席で気が大きくなるのは事実だ。

だから、別にアガーテ姉さんも、失態や放言を気にしない。ミスは自分で取り返すようにと、チャンスをくれたわけだ。

あたし達はしばらく待機。

モリッツさんが露骨にそわそわしている。この人、いつも島の人達に威圧的なのに、ボオスには甘いんだよなあと思う。

元々かなり遅くになって出来た子供ということもある。

それに、厳しく育てすぎたという後悔があるのかも知れない。

そういう状態だと、親は甘くなりやすいと聞いた。聞いたのは、お父さんとお母さんだが。

或いは、それも正しいのかも知れなかった。

「よし、ライザ達、行ってこい。 短時間で技量が向上しているのは分かっているが、それでも油断はするなよ」

「はいっ!」

すぐに、出る。

軽く走る。走るのも苦にならない。体力がついてきているし、それ以上に体内の魔力が増え続けているからだ。

動く際に、魔力で支援を常にしている。

これによって、体力の消耗を抑えられる。

魔力が増えてくると、こうやって体の支援に充てると、結果として総合的な戦力の低下を抑えられる。

なおコアクリスタルも持ってきているが。

これについては説明済み。

今回は荷車も持ってきていない。

コアクリスタルの弱点も説明してある。これによって、これまで以上に立ち回りが難しくなってきているが。

それは、皆が成長している事をもって、カバーするしかないし。

いちいち調合したものを使い捨てながら動くよりも。

この方が効率が良い筈だ。

実は、あの発破用フラムが、コアクリスタル最初の実験だった。上手く行ったので、戦闘に投入する。

それだけの話である。

走る。

点々としている魔物の死骸。

鳥がたかって、肉を漁っている。近付くと、さっと散る。主に鼬やぷにぷにだ。対応できる範囲の相手だろう。

魔物は色々な種類がいる。

鳥にしても、王都の近くには飛べない代わりに脚力が発達したとても大きな鳥がいるらしい。

当然人間を殺すことが可能なので魔物認定。

巨大に成長した個体は、人間を丸呑みにする事もあるらしく、王都の警備隊の間では怖れられているそうだ。

アンペルさんとリラさんに警告されたが、危険な魔物が出るかも知れない、という話だ。

何が出ても大丈夫なように、備えなければならなかった。

これで、半分くらい来たか。

途中で死体に寄って来た魔物が襲ってくるが、小物ばかりだ。

喝と叫んで。

それでさがるようならよし。

向かってくるようだったら、そのまま斬り伏せる。

殆どはあたしの一喝で逃げ散ったし。

レントが斬り伏せるだけでほぼ戦闘も終わる。

一度だけ、かなり大きな鼬が姿を見せたが、傷だらけの様子からして、ボオス達に仕掛けて返り討ちにあったのだろう。

かなり気が立っているようだったが。

フラムを投げ込んで、頭を熱で抉り取って終わり。

蹴りを叩き込む必要もなかった。

「ライザ、なんか一喝だけで魔物を追い払えるようになって来てるね」

「魔力量が上がってるからね。 魔物に勝てないと悟らせれば、そのまま追い払う事も可能だよ」

「いや、普通無理だと思うけど……」

「そうでもないらしい。 親父が前に酔って話してたんだが、全盛期の頃はおんなじように一喝して雑魚は散らしていたらしいぜ。 不愉快な酔っ払いだが、昔の話は信憑性があるんだよな。 あの強さだしよ」

タオが絶望したような表情になるが。

そのタオだって、かなりの距離を走っているのに汗一つ掻いていない。靴の支援もあるのだけれども。

とりあえず、この辺りの魔物はいけるか。

コアクリスタルでの魔力消耗も、許容範囲内だ。あたしは呼吸を整える必要もなく走る。

ボオス達が見えてきた。

どうやら、目的地点に到達し引き返してきたようである。此方に来る様子からして明らかだ。

随分前に行ったはずなのに。驚きの顔で此方を見るボオス。あたしは一旦足を止める。別に息も切れていない。それに情報共有の必要性もある。

向こうはかなり無理をしているのが一目で分かる。手傷を受けている護り手もいた。

「これ、使ってください」

「例の良く効く薬か。 助かる」

「いえ。 困ったときはお互い様ですので」

「くっ。 俺たちが魔物を退治した後を、余裕で来やがったのか」

ボオスが憎まれ口を聞くが。

レントが冷静に返す。

「お前達が取り逃した大鼬、仕留めておいたぞ。 手負いの魔物を放置して行くんじゃねえよ。 人間を無差別に襲うだろうが」

「あれは、逃げていって追う時間が……」

「若君、止めましょう。 それに、魔物を取り逃がし、しっかり処置をしなかったのは事実です。 ライザが言うように、手負いを逃がせば人を襲う可能性があるし、魔物の死体は餌を求めた魔物を呼び寄せる。 帰路は恐らく、今より大変になる筈です。 最低でも、死体の処理と寄って来た魔物の駆逐はしましょう。 勝利にこだわるよりも、それが大事です」

護り手の中で、一番年かさな攻撃魔術使いが言う。

ウラノスさんという、目元に深い皺を刻み、口ひげを蓄えた大ベテランだ。魔術専門の護り手で、アガーテ姉さんの前の護り手の長だった。今は長を引退して、こうやって後見人みたいな立場にいる。

この人もボオスが昔話をねだっていたりした相手なのに。今のボオスは威圧的に呼び捨てにしている。

ウラノスさんの力量はまだまだ確かで、護り手の誰もが認めている。それなのに、ブルネン家の若造は。そういう声も聞かれる。

事実今も、ボオスの舐め腐った行動。そういう態度を見て、周囲がどう思うか。

どうして、ボオスは分からなくなってしまったのだろう。腰巾着のランバーですら、不安そうに見ていたのに。

少しずつ、ボオスに対する苛立ちが。そういった哀しみに変わってきているのを、ライザは自覚していた。

情報交換終わり。

懸念されていたワイバーンはいないようである。

目的地は、この先にある遺跡。

この辺りは遺跡だらけで、タオを放って置いたら何日でもいるだろう。そういう場所だ。

「怪我人の手当ては完了。 行くぞ。 かまいませんな、若君」

「ああ。 魔物の処理をしながら行く」

「了解」

護り手達も、あまりボオスに好意的では無い。

昔は悪戯をして護り手に怒られることも多かったけれども、好意的な視線が多かったのに。

それに気付いてしまうと。

あたしには、どうにもボオスが焦っているように見えて仕方が無かった。

少し小高い場所。

石造りの遺跡がある。

人が住んでいた形跡もあるのだが、とっくに魔物に蹂躙され尽くしていた。とりあえず、レントとタオと一緒に警戒しつつ、周囲を確認。

タオが待って、と言う。

全員で戦闘態勢を取る中、タオはチョークと紙を取り出す。

紙は貴重品だ。そしてタオがこんな行動を取るのは、一つしか無い。

「魔物ではなさそうだね」

「うん。 見て、これ。 古代クリント王国の文字だよ。 ちょっとすぐには解読できないけれど、メモさせてくれる?」

「分かった、いそげよ」

「うん」

タオも最近はこの辺り、ある程度自制は出来るようにはなってきている。それは人間的に大きな進歩だと思う。

手際よくチョークで文字を写し取るタオ。

この辺りは、アンペルさんに教わっているのかもしれない。すぐにメモを取り終え、大事そうに懐にしまい追えるタオ。その間に、あたしは目的地点を確認。

ワイバーンはいない。

「ちょっと周囲警戒する」

「おう、それで何するつもりだ」

「こうする」

詠唱を少しして、足に魔力を集中、跳躍。

あんまり跳びすぎると、降りたときに怪我をしかねないが。この辺りは、湯沸かしを出来るようになった後。

ウラノスさんをはじめとする先達に教わって、魔術の制御を覚えたからなんの事もない。

恐らく先発隊の護り手も同じ事をした筈だ。

だが。

決定的に違うものが見えた。

今行ったばかりのボオス達が、何かと激しく交戦している。

凄まじい熱魔法、いや違う。なにか高熱の攻撃が炸裂している。ぼおんと、爆音が轟く。

着地。レントもタオも、既に爆音には気付いていた。

「まずい、何かおきたみたいだ!」

「急ぐよ! 救援する!」

「おうっ!」

「ボオスがどうせ嫌みを言うんだろうけど、分かったよもう。 後でその事、愚痴ったりしないでよ」

タオも不満そうにはするが、足はちゃんと動かす。

レントは体制御に魔力の全てを回しているから、このガタイで足は一番速い。そのままついていく。タオはいつも通り、少し後ろだが。やはりタオも、ついてくるのは全く苦にしていない。

大きめの鼬が、恐怖の声を上げて逃げていくのが見える。

これはちょっとまずいかも知れない。

急ぐ。やがて、それが見えてきた。

ワイバーンかと、一瞬思ったが、違う。

ワイバーンじゃない。

それは赤黒い鱗に全身を覆い、腕のある部分を翼にして空を舞う、巨大なる猛威。

この辺りでは、東の山奥に見えるいにしえの城に住んでいるとも。クーケン島の守り神であるとも言われる存在。

文字通り、神代の生物。

ドラゴンだ。

大きさも、人間の三〜四倍程度のワイバーンなんかとは比較にならない。

十倍はある。

ひっと、タオがそれを見て声を上げる。

無理もない。

ドラゴンが人を無意味に襲う事なんて、ここしばらく聞いたこともない。昔は古城に迂闊に近付いた賊の類が黒焦げなんて事もあったらしいが、それも何世代も前の話である。

駄目だ。ボオスも当然として、護り手の半数近くが地面に這いつくばっている。ウラノスさんが、逃げろと叫びながら、最大火力の。

多分あたしの全力魔術くらいの火力の火球をドラゴンに叩き込む。

クーケン島で放ったら、入り江が出来る火力だ。あたしも顔を覆って、凄まじい爆風を堪えきるが。

それが収まった後。

ドラゴンは平然と浮いていた。見える。全身の鱗が、強烈な魔力を放っている。恐らくは、火球が炸裂した瞬間、あれで中和したのだ。

強大な魔物には、魔術を自在に使いこなす奴が多い。

ドラゴンなんて、魔物の王にとってはそれは更に容易な事だろう。

だがあれは、いくら何でも。

ドラゴンが、興味を失ったようにウラノスさんや、護り手達から視線を背け。

あたしを見た。

あたしはその時、フラムと。

最近作り出したばかりの爆弾。フラムとは逆原理の、凍らせる氷結爆弾、レヘルンを投擲していた。

コアクリスタルに入れておいたのだ。

魔術は効かなくても、これならどうだ。

フラムが直撃。

普通の魔物だったら、それこそ抉り取るようなダメージを与えるものなのに。ドラゴンは、それすらも防ぎ抜いて見せる。

だが、時間差をつけて投擲したレヘルンは。

温めたものを、いきなり冷やすと割れる。

炸裂したレヘルンが、ドラゴンの全身を一瞬で凍結させ、そして爆ぜ割れた。ドラゴンはこれも平然と受け流した。

翼の皮膜とか、眼球とか。脆そうな所にも入ったのに。

ごっと冷気が押し寄せる。ノータイムでこれだけの熱と冷気を連続で叩き込んだのに。全く効いている様子がない。ドラゴンの強大さ、噂以上だ。

レントが斬りかかろうと跳躍するが。ひょいと言わんばかりに回避される。

しばらく此方を見ていたが、ドラゴンはやがて去って行った。

興味も無い、という雰囲気だ。

というよりも、見た。

眼球に、何かもっとつよい魔術が掛かっていた。

それも複数種類。

タオが、側で腰を抜かす。いざという時はガードに入ろうとしていたようだが。ドラゴンが行ってしまって、それで気が抜けたのだろう。

レントが走り、すぐに怪我人を確認し始める。

あたしも魔力消耗は承知の上で、薬を取りだす。ウラノスさんは、多分ブレスの直撃を自分が防いだのだ。

かなり手酷い火傷をしていた。

「わしはいい。 若い者達を頼む」

「今トリアージ中です。 とにかく怪我の治療を!」

「情けなや。 まさかそなたに守られるとはなあ」

「いえ、あのドラゴン、様子が変でした。 多分、此方を襲っているつもりもなかったんだと思います。 あたしが追い払ったんじゃなくて、勝手に向こうが去っただけです」

あの目に掛かっていた魔術、ドラゴンが自分で掛けた自己強化とはとても思えない。

だとすると、ドラゴンさえ走狗にする魔物がいるという事か。

いにしえの伝承に出てくる悪魔だろうか。

いや、悪魔とドラゴンは対立しているという話を聞く。だとすると、一体だれがあんな事を。

「ライザ、こっちにも頼む!」

「分かった!」

ウラノスさんを横にして、他の人達も傷薬で処置する。

幸い、状況から見てウラノスさんがドラゴンの壊滅的な吐息。いわゆるブレスの一撃を防ごうと、全力で体を張ってくれた事もあるのだろう。

全員吹っ飛んだだけで、それ以上の怪我はしていなかった。頭も打っていない。

痛い痛いと呻いているランバーだが、この人は元々荒事に向いていない。大した傷も受けていなかった。

それでも、薬を使う。

何度もコアクリスタルに魔力を吸い上げられたので、かなりあたしも消耗したが。それでも、護り手達の応急処置は終わった。

多分、あの光は見えていたのだろう。

アガーテ姉さんが、十数人ほど連れてくる。そして、何があったと叫んでいた。

ウラノスさんが手を上げて応える。

ドラゴンに襲われた。

そう聞いて、増援で来た護り手達全員の顔から、血の気が引くのが見えた。

 

とにかく、護衛と共に対岸に戻る。

モリッツさんは、ドラゴンと聞いて完全に絶句。全員無事で、手足も失っていない。それだけで、奇跡的だろう。

ボオスは途中で目を覚ましたが、担架に乗せられているのに気付いて、降ろせと叫んだりもしていた。

だが、ウラノスさんにいい加減にしろと怒鳴られて。それで黙り込む。

この温厚な老魔術師が此処まで怒るのは初めて見た。

あたし達は最後尾で、アガーテ姉さんと一緒に魔物の死骸や、それに寄って来た魔物を駆逐して回る。

あのドラゴン、島を襲ったりしたら終わりだ。

島の全戦力でも、とてもかないっこない。

アンペルさんとリラさんが加われば話は別かも知れないが。それでも、かなり厳しい戦いになるだろう。

いずれにしても、もう試験どころじゃない。

一度、船で島に戻る。

あたしの薬は幸い効いたようで、護り手達は少なくともあたしに感謝していた。護り手の中にはいつもあたしの尻やら胸やらを熱心に見ていた人もいるが。その人も、今回の件で考えを改めたのだろう。素直に頭を下げて、感謝の声を述べていた。

感謝されたくてやったんじゃあない。

ただ、必要だからやったことだ。

帰路、黙り込んでしまったボオス。そして、モリッツさんは、島に着くと。頭をあたしに下げていた。

「ありがとう。 本当に助かった。 今までの事はある程度忘れよう」

「全部じゃないんですね」

「当たり前だ。 ただ、うちの大事な跡取りを助けてくれたことに関しては、本当に感謝している。 これから、古老達も踏まえて、対策会議をする。 お前達は先に帰っていなさい」

意外だ。ぎゃんぎゃん責めてくるかと思ったが、感謝の言葉には拍子抜けだ。それにしっかり大人の対応を始めるらしい。ならば、好きにするのを見ていれば良い。

アガーテ姉さんと、まだ傷が回復しきっていないウラノスさんをはじめとした島の重鎮が集められているのが見えた。

ルベルトさんが、大きく嘆息していた。クラウディアも、騒ぎを聞いて不安そうな顔をしていた。

「すまなかったな。 いずれにしても、ドラゴン相手に一歩も引かない立ち回りを見せたと聞いている」

「いえ。 そんな……」

「うちのクラウを頼む。 君達なら……任せても良いだろう」

素直に、喜べなかった。

いずれにしても、はっきりした事がある。

アンペルさんとリラさんの警告が、現実になろうとしている。

周囲で、何かとんでも無い事が起きつつある。あたしは、今の不自由な屋根裏での調合ではなくて。

ある程度自由に動けるアトリエを、一刻も早く確保しなければならなかった。

そうでなければ、冒険どころじゃない。こんな時だからこそ、そう考えなければならなかった。

 

4、聞こえ来る足音

 

アンペルは、タオが持ち帰った文字の写しを見ていた。

古代クリント王国の言葉だ。

専門用語だからタオは読めなかったのだろうが。

アンペルには読むことが出来た。

ライザ達を返した後、リラが聞いてくる。

「アンペル、難しい顔をしているな。 何が書かれている」

「これは結界の一部だな」

「ほう」

「防衛線、防御。 殺せ。 内容はそんなところだ。 その後がかすれてしまっている」

リラが。クラウディアの差し入れである焼き菓子を頬張っていた。

のんきなものだが。

アンペルもさっき貰った焼き菓子を口にしながらである。

説得力は皆無だが。それはそれとして、この焼き菓子はじつにうまい。腕利きのメイドがいるらしいが、そのものが焼いたのだろう。クラウディアによるとみんな同じ顔をした一族の出身で、みんなメイドをしているらしいが、一体何者なのだろう。アンペルにも分からない世の神秘はまだまだあるものだ。

「古代クリント王国の錬金術と魔術を組み合わせた仕組み……自動的なドラゴンへの命令装置とみて間違いない。 恐らく結界の中心点は童歌にある東の城だろうな。 経年と風雨に晒されたか、古代クリント王国崩壊時の大侵攻で破壊されたか……いずれにしても劣化した結界の一部、文字がかすれている部分がドラゴンに誤った行動をさせて、人間への攻撃を促してしまったのだろう。 そして、此処からだ。 本来はそんなもの、起動する理由がない」

「そうなるとやはり出て来ているとみて良いな。 彼奴らが。 分かってはいたことだが」

「ああ。 そういうことだ。 出るぞ。 斥候が出て来ているだろう。 一匹でも多く排除する」

「分かった」

菓子を食べ終えると、即座に出る。

彼奴らの戦闘力は尋常では無い。

前にライザ達に逃げろとだけ告げたが、当然だ。

リラたちの氏族ですら敗れて、壊滅させられたほどの存在だ。

斥候と呼ばれる最下級の個体ですら、その辺りの魔物とは次元違いで、ドラゴンが対処に出てくるレベルである。

古代クリント王国は、彼奴らに対処するために、あらゆるものを利用した。

ドラゴンすらも走狗にした。

古城の竜。

それについては、ライザから聞いたこの辺りの伝承にあった。

恐らくは、古代クリント王国による召喚拠点。

それが東に見えている古城というわけだ。

いずれにしても、今はそれどころじゃあない。

すぐに島を出る。

港で見かける。どうやら島の権力者達が集まってわいわい騒いでいるようだが、どうでもいい。

古老という老人が、唾を飛ばして叫んでいた。

「竜様のお怒りじゃ! 考え無しによそ者を入れるから、このような事になったんじゃ!」

「何が竜様だ! 人を虐げるような守護神など必要ない! 既にドラゴンは魔物と判断し、見つけ次第狩るべきだ!」

古老に対抗して叫んだのはモリッツか。

まあどうでもいいが。

ちょっとだけ気になる。

今までも、調査中に散々保守的な頭の人間には邪魔された。殺され掛けた事だって何度もある。

それを想定して、今のうちに手を打っておく必要があるだろう。

「また悪巧みかアンペル」

「必要な手だ。 頭が凝り固まった老人が、どのような行動を取るかは、今までも見て来ているだろう」

「そうだったな。 牢破りはもう何度したかも覚えていない」

「今回も必要になる可能性がある。 その場合、問題になるのは私達ではない。 ライザ達だ」

最悪の場合。

ライザ達をつれて、この島を逃げ出すことになるだろう。

そう告げると。

リラはそうか、とだけ呟いていた。

リラはこの島を良い場所だとは、一切思っていないようだ。

まあそうだろう。

腐臭を放つ人間関係。

慣習を盲目的に守る事しか考えていない老人達。

人間は思考を放棄しやすい。

当たり前の話だ。

考えない方が楽なのだから。

だから何処でも信仰は存在している。

古代クリント王国の時代にも、信仰は存在していたらしい。もっと古い時代にも、である。

信仰にすがって、思考放棄すれば楽なのだ。

ましてや頭が衰え始めた老人達は、その傾向が強くなって行く。

老人だけじゃない。

若い人間もそうだ。

いずれにしても警戒の必要がある。

時に人間は。

彼奴らよりも更に厄介になる事があるのだから。

 

(続)