一歩への準備

 

序、暗雲

 

アンペルはリラと手分けして、近場を確認して回る。恐らくだが、一番可能性があるのは禁足地だ。

基本的にこういった僻地で、禁足地としている場所には何かがある。

しばらくその辺りを調べていたのだが。

ほぼ確定だなと。アンペルは結論していた。

リラが、手招きする。

身を伏せて近付くと、それらの姿があった。

現在では再現不可能な重装鎧。

そもそも鉱物の加工が難しくて、あそこまで動きやすい重装鎧は作り出せないのだ。冶金の技術は、落ちる一方なのである。

その鎧は。単体で動いている。

この辺りでは幽霊鎧などと呼んでいるようだが。

あれは魔物ではない。

あれはもともと、古代クリント王国や、更に前の時代から存在している自立歩行兵器である。

人間大のものは最も廉価なもので。

戦略拠点などに足を運ぶと、未だに歩行する更に巨大なものと遭遇する事がある。

ただし、大半が破損している。

それもそうだろう。

何しろ、あれらが作られた目的は。

それに、あれらが動いていると言う事は。

つまり、そういうことだ。

今までも、誤動作などをして、動き出す事はあっただろう。だが、あの数は。間違いない。

そして、何よりだ。

洞窟を迂回して、無理矢理突破して来てみたのだが。

まず間違いないとみて良いだろう。

湖に浮かんでいる遺跡。

あれは、聖堂と判断して間違いない。

最悪だ。

もう1年早く此処に辿りついてれば良かったのだが。いや、一季節早くでも良かっただろう。

ライザに会えた分の幸運が。

全て帳消しになる程の事態だ。

しかも、乾期が迫っている。

もしも「大侵攻」にでも発展したら、文字通りこの辺りどころか、ロテスヴァッサが滅びるだろう。

はあと、溜息が漏れる。

湖の中とは言え、大侵攻が発生したら。奴らはそれを超えて来る。死体で湖を埋め、物量でつぶしに来るのだ。

アンペルが全盛期だったら。

いや。それでも無理だ。

ライザがアンペルの全盛期なみの力を持っていて。ライザの仲間皆がリラ並みの実力があったら。

いや、それでも厳しいだろう。

とにかく、まずは彼処へ接近する方法を考えなければならない。現時点では、此処に来る事すら大変なのだ。彼処へは、地形が厳しすぎていけない。退路も確保できない。

ましてや奴らの事を話しても、信じる者などいないだろう。

乾きの悪魔とこの辺りでは呼んでいるのだったか。

「一度引き上げよう」

「ああ。 何とかして「聖堂」に接近しておきたい。 斥候が出て来ていないといいのだが……」

「いや、確定で出ている。 見ろ」

リラが顎をしゃくる。

アンペルも確認する。

破壊された鎧兵器。

駄目だ。確かにあの破壊跡は。他の魔物によるものではない。そもそもあの鎧兵器は、他の魔物と交戦しない。

魔物の方も嫌がって避けるし。

鎧兵器も魔物に攻撃を仕掛けないのだ。

「水没しているそこの洞窟を通れるように出来れば、無理矢理突破して聖堂に行けるか?」

「しかしどうやって」

「乾期だと短時間、洞窟を通れるようになるそうだ」

「……その場合、ギリギリの勝負になるだろうな」

戻りながら話す。

なお、島の連中に目をつけられないように、護り手とやらを手伝っている。魔物を退治して、それで話を進め易くするのだ。

この辺りの街道は魔物だらけ。

まあ近隣の集落が、そもそも汽水湖をまたいでいるのだからやむを得ない。

汽水湖に魔物が出ることもある。

漁師は命がけだ。

護り手に合流すると。アガーテというそこそこの使い手が、それぞれ部下に成果を発表させる。

おっと。

アガーテという剣士。

腰に帯びているのは、恐らくライザが作った剣か。

このアガーテという剣士は、ライザの師の一人だと聞いている。

そうなると、ライザとしても恩返しをしたという事なのだろう。

いずれにしても、ライザ達を手伝いたいのは山々だが。

この超ド級の爆弾が側にあるのを、どう対処するべきか。

ライザ達は、恐らく同志として信頼出来る。だが、クーケン島の者達は、明らかにアンペルとリラを疑っている。迂闊に動けない。

その上どうもブルネン家というクーケン島の有力者が、今回の商談をどうしてもまとめたいらしくて。

近くの魔物を、いつも以上に駆逐してほしいと護り手達が指示を受けたそうだ。

それもあって、かなり無茶な討伐をしている。

これでは無駄に時間が取られて仕方が無い。

魔物なんて、なんぼいたって集落が滅ぼされる事はまずない。あるにはあるが。クーケン島の規模だったら大丈夫だろう。

最も危険なドラゴンにしても、この辺りには流石に古代竜は出ないだろうし。

「各班、成果を報告せよ」

「A班、鼬の群れと接敵。 数が多くて、処理は厳しいと判断して引いてきました」

「B班、ぷにぷにと遭遇。 撃破しました」

「C班……」

報告が続く。アンペルとリラは、途中にいた鼬やらをたくさん殺したが、わざわざ数なんて数えていない。

問題は別にある。

それにこの辺りの魔物は、はっきりいって強くない。

強いのもいるが、かなりクーケン島からは離れている。

これは弱いとはいっても、この護り手という自衛集団が機能してきたから。そして、かなり強い人間。

このアガーテという女がいた、ということもあるのだろう。

いずれにしても、今のうちに恩を売っておくか。

そうアンペルは判断していた。

「鼬の群れが厄介だな。 大型化すると、隊商を襲って被害が出る可能性がある」

「それならば我々が片付けてきましょうか?」

「貴殿らの実力は一目で分かる」

不安そうにする護り手達に先んじてアガーテが言う。

実際此奴は強い。

装備さえしっかりしていれば、リラは無理でも、王都にいる軟弱な貴族や騎士の誰よりも強いだろう。

或いは、だが。

今、クーケン島には天才が集中的に出現する時期なのかも知れない。

歴史的に、そういう時期は存在する。

アンペルはそれを良く知っていた。

「今鼬の群れとまともにぶつかれば、死者を出す可能性が高い。 貴殿ら二人の実力であれば、特に問題は無いと判断して良いか?」

「もしも問題が起きるようなら、照明弾でも打ち上げて……ああ魔術で作ったものですが、救援を請いますよ」

「分かった、頼もう」

リーダー。

そう不安そうに声を上げる護り手もいるが。アガーテは、今は猫の手でも借りたいとそれを却下。

アガーテは戦士としても現場指揮官としても有能だ。

出会い方が違ったら、事情を告げて。

護衛をして欲しかったくらいである。

ただ、それが故に危険視されているようでもある。

クーケン島を仕切っているブルネン家は、明らかにアガーテを冷遇している。アガーテに野心がない事を理解した上でだ。

ブルネン家のモリッツは何度かリラに見て来て貰ったが、かなりのやり手である。

恐らくだが、アガーテを中心に、反ブルネン家の人員が結集するのを怖れているのだろう。むしろミスをするのを待っている雰囲気すらある。

それを恐らくアガーテは理解しているのだろう。

少なくとも自分のミスの範囲になる行動……酒などは、極力控えているようだった。

大変だな。

そう思いながら、アンペルはリラと共に、A班が出くわしたらしい鼬の群れがいる方に向かう。

確かに、これは匙を投げるのも道理だ。

街道脇の泉に、鼬がかなりの数住み着いている。

しかも、母と呼ばれる群れのボスまでいる状態だ。

これはあの護り手とやらの武装ではどうにもできないだろう。

鼬もそれを知っているからか、泉の魚を取り尽くす勢いで食い散らかしている。辺りには鼬の食い残しの魚や糞が堆積し、酷い臭いが充満していた。

この様子だと、こんな調子で彼方此方を渡って来たのか。

それとも彼奴らの存在を本能的に察知して、縄張りを変えたのか。

いずれにしても、駆逐する。

それだけである。

「やるぞ」

「分かっている」

リラが仕掛ける。

リラは四足獣の力と人間の戦闘技巧を持ち、しかも普通の人間では寿命まで鍛えても及ばない程まで技巧が研ぎ澄まされている。

鼬の群れが気付く前に、数体が屠られる。

アンペルは冷静に詠唱を終えると、上空に暗い光の球を多数出現させていた。

これがアンペルの固有魔術。

暗い光が、そのまま矢となって迸る。詠唱を短いながらもしたから、その破壊力は充分だ。

瞬く間に貫かれた鼬が、そのまま白目を剥いて倒れていく。

ボスが凄まじい唸り声を上げて、鼬たちが反撃に出るが。

しかし、既に遅い。

両手のクローを振り回しながら、リラが次々に鼬を屠る。鼬も反撃しようとするが、反応速度も戦闘技術も違い過ぎて、かすり傷一つ与えられない。

アンペルは砲台に徹して、片っ端から鼬を屠る。

誰かが潜んでみている。

まあそれはどうでもいい。

逃げようとした鼬も、全て片付けてしまう。

どの道鼬は凄まじい繁殖力を誇り、削ってもかならず余所から来る。一種の社会性を構築しているに至っている魔物であり、彼奴らほどでは無いにしても危険な事は変わらないのだ。

駆逐出来る分は、駆逐しておく。

それでいい。

「母」にリラが挑む。

上空に躍り上がると、魔術で強化しているだろう身体能力で、回転しながらリラに突貫する鼬の「母」。

その巨大さからは考えられない俊敏さだ。

だが、リラはそれを凌ぐ。

回転を受け流すようにして、上空に蹴り上げる。

呆然とした鼬の「母」が、アンペルを見る。

既にアンペルは、特大の魔術を準備し終えていた。

無数の暗い光をぶっ放す。

鼬の「母」が、それに貫かれ。

ズタズタになって地面に激突。

数度痙攣していたが、やがて動かなくなった。その頭を、容赦なくリラが踏みつぶして粉砕していた。

そして、独特のポーズで祈る。

胸に手を当てて、そして目を閉じて。何か歌う。

それがどういう意味なのかは以前聞いたが。

元々リラの所属するオーレン族の民は、「氏族」と呼ばれる単位で森に溶け込み、自然とともに生きる荒々しい種族だ。

氏族ごとに特徴はあるが、基本的にオーレン族同士で争うことはない。

これはそもそもとても繁殖力が弱い事もあって、個体数がとても少ないのも原因であるらしい。

アンペルもその辺りを聞かされているので。

リラの行動に、異論を唱えることはなかった。

祈りを終えると、リラが視線を向ける。

アンペルが手を上げて、いいと告げた。

そして、アンペルから声を掛けた。

「どうですかなアガーテどの」

「ばれていたか。 想像以上の戦力だな」

「護り手の方々も、クーケン島を守って奮闘してきた勇士達だ。 だから、失う訳にはいかない。 それは我々も理解しています。 彼らのプライドを傷つけない程度に、危険な相手は我々が処理しましょう」

「分かった。 今はそれしかなさそうだな。 礼を言うぞ」

それから、護り手の皆を呼ぶ。

アガーテと三人で斃したということにして、鼬の死体の山を見せる。既に鮮血が泉に注ぎ込み、色が変わっているほどだ。

糞便や魚の死体の臭いも加わって、凄まじい有様だが。

こういうものには慣れているのか。

護り手達は顔色一つ変えなかった。

アガーテが指示をして、鼬の死体を運んでいく。

皮はなめせば使えるし。

肉だってこれから燻製にして、冬場の保存食としてとっておくのだ。クーケン島でも、冬場は漁獲量が減ること。冬場の食事には基本的に保存食を使う事は、アンペルも既に調べていた。

「アガーテ姉さんが加わったとは言え、これだけの鼬を倒すとは、流石というかなんというか」

「侮っていた者は二人への認識を改めろ」

「分かりました!」

戦闘よりも、此方の作業の方が得意のようで。

護り手達は、すぐに使えそうな鼬の死体は、運び終えていた。

「母」の毛皮と爪は譲り受ける。

案の定強い魔力を帯びていて。錬金術で使える可能性が高い。残念ながら今のアンペルでは使えないのだが。

こういった強力な素材は、ストックする癖がついていた。

湖岸まで戻って、鼬を処置する。いい臭いに釣られて、魔物にまで到達していない獣が相応に来るが。護り手に隙がないので手出しが出来ない様子だ。

そのまま鼬を処理していく。リラは無言で、誰よりも手際よく処理していく。

アンペルも手伝えと言う顔をされたが。

義手である事を示すと、流石にバツが悪そうに視線を背けられた。

まあ手が無い訳ではないのだが。

義手を外すと、かなり悲惨な状態の手を見せる事になる。

それを見ると、ある程度道徳観念がある人間は、アンペルに無理は強要しなくなる。アンペルとしても、ただでさえ傷ついている手を酷使する訳にはいかなかった。

ある程度の肉はこの場で焼いて食べてしまう。

骨も活用出来るので、持っていくようだ。

骨を割って、髄を取りだした後にだが。

食べられるものは、此処で食べてしまう。

これに関しては、護り手として命を張った人間の特権とされているのだろう。

アガーテは警戒に徹していて。

食事の間も、ずっと無言で隙を見せなかった。

こう言う事を示して、少なくとも護り手には自分がリーダーであると見せ。ぐうの音もないようにしているのだろう。

涙ぐましい努力だ。

こんな小さな集落でも、実際には独立国家と同じだ。

これくらいはしなければならないのだと思うと、何だか同情すら覚える。

「食事終わりました」

「よし、各班に分かれて一度撤収。 明日もこの調子で魔物の駆逐作業を行う。 街道の奥の方に、ワイバーンが出て来ているという話がある」

「ワイバーン!」

「各自、気を付けろ」

ワイバーンか。

現在では知識が失われているが、要は幼体のドラゴンだ。

ドラゴン族は幼体から長い年月を掛け、場合によっては世界すら転移して、大きくなっていく種族であるらしい。

エンシェントドラゴン、古代竜と呼ばれるような個体になると山のような大きさになるらしいが。

それは死体でしか、アンペルも見た事がない。

いずれにしても、ドラゴンも動物で。

たくさん卵を産んで、それが大人になるまでには相当な苦労をする。

それだけの話だった。

アンペルはリラとともに、アガーテの乗る最後の船に乗って島に戻る。

戻る途中も、船は戦列を組んで、油断なく動いていた。

これがアガーテが仕込んでいるのだろう。

魔物に襲われないように隙を消し。

襲われた場合も即座に対応する事で被害を消す。

今まで、何度かあったのかも知れない。

いずれにしても、油断は出来ない。

今後の状況推移によっては、敵になるのかも知れないのだから。

今回協力したのは、恩を売る事だけが目的ではない。

此奴らの力量を見る為もある。

こういった田舎の集落では、タブーを犯すとそれこそ村ぐるみで襲いかかってくる事がある。

そういうときに備えて、一番の手練れの力量は見ておく必要があるのだ。

今までに、なんども酷い目にあっているから。

こういう考えが、既に染みついていた。

クーケン島に到着。

日が暮れ始めている。借りている家に戻る途中に、リラが言う。

「ライザ達は上手くやれているだろうか」

「あの子達は出来る。 基礎は出来ているから、後はちょっとしたアドバイスでどんどん伸びるはずだ」

「そうだな、そう信じよう」

才能や器というのは残酷で、どうしても限界がある。

今の時点でライザは底知れず。タオも、学者としての適性が非常に高い。

レントとクラウディアについては、リラが見ているが。其方も問題はないと聞いている。

それでも、今は底が見えないだけ。

もしも底が見えてしまった場合。人間は簡単に墜ちる。それを、アンペルも何度も見てきていた。

後は、適当に休む事にする。

利害の一致で組んでいる不思議なバディは。ずっとずっと、こんな風に過ごして来ていた。

 

1、遭遇

 

気が大きくなっていた。

それは確実にあったのだろう。

あたしは、レントとタオと一緒に、島の対岸に渡っていた。その時点で、どうも妙だとは思った。

森には魔物が大勢いて、いつも騒がしいのに。

何だか、空気がいつもと違う。

レントは気付いているようだった。

「どういうことだ? 森の様子がおかしいぞ」

「うん、ちょっと妙だね。 タオ、気を付けて。 何か異常があったらすぐに知らせて」

「いつも僕は一杯一杯だよ。 ライザは平気だろうけど、僕は心臓がそんなに頑丈じゃないんだってば」

「……そうだな。 でも、何かあったら言ってくれるだけでいい」

レントの様子も見て、タオはひいと呟いて首をすくめる。

相変わらず憶病だなあ。そうあたしは思う。

街道の方は、昨日くらいから重点的に護り手が見て回っているそうだ。つまり、足を運ぶ事は許されない。

とにかく、新しい装備を試してみて。それが出来たら、進捗にしよう。

そういってクーケン島を出て来たのだが。

なんというか。

最初から、暗雲が酷い状況だ。

荷車はあたしが引いているが、これも使い古しの奴だ。戦闘に巻き込まれたら、一瞬で壊されてしまうだろう。

何か工夫がいるかも知れない。

腰に付けている新しい杖を一瞥。

前の杖とは、魔力を引き出せる量が段違いだ。

これをいずれ桁外れにしたいが。

残念ながら、まだそれは厳しそうだった。

何よりも、この森の空気。

ぴりついていて、非常に何だか威圧的である。

森を抜けて、広間に出る。

はあと溜息が漏れた。此処に出ると、空気が違っている。やはり、何か此処にはあるのかも知れない。

「やっぱり、次は此処に船を持ってこよう。 此処が拠点としては一番だと思う」

「でも更地だぜ」

「それはそうなんだけどさ。 ……そうだ」

錬金術師の拠点をアトリエというらしい。

現在のあたしのアトリエは、自宅の屋根裏だけれども。あそこだと色々と問題も多いだろう。

いちいちお父さんとお母さんに見られるし。

場合によっては、留守の時に踏み込まれる可能性だってある。

お父さんはそういうデリカシーに欠けることはしないが。お母さんは遠慮無くやるだろうし。

そうなってくると、どんな事故が起きてもおかしくは無い。

ここにアトリエを作れないか。

だが、此処にあるのは何も無い更地だ。

もしやるなら、一から。

それには、まだあたしの技量も知識も足りなかった。

一度、アンペルさんに相談する必要があるだろう。それに、この森の空気。明らかにおかしい。

何か異変があったらすぐに言うように。

そう、アンペルさんには言われていた。

レントもリラさんに同じ事を言われていた様子だ。

だとすると、あまり無理はしない方が良いだろう。

「軽く偵察だけして、それで戻ろう。 異変がなければ、それでいいよ」

「ちょっと待ってライザ。 森の様子がおかしいとなると、ワイバーンの強いのとか、普段森にいない魔物がいるとか、そういうことじゃないの?」

「その可能性があるから、先に偵察だけしておくんだよタオ。 此処で引き返したら、子供の遣いだろ」

「それはそうだけどさ……」

不安そうにするタオ。

気持ちはわかる。

咳払いすると、まずは装備の性能確認もあると言って、タオを落ち着かせる。

前の杖だと、全力詠唱からの魔術展開で、数百発くらいの光の槍を出現させ、敵に叩き付けることが出来た。詠唱無しだと五本くらいでかなり消耗した。

今の杖だと、詠唱無しで七本までの光の槍を余裕を持って放つ事が出来る。少し試したのだけれども、全力詠唱だと千を超える光の槍を放てるようだ。勿論ぶっ放したら入り江が一つ増えてしまうので、やっていないけれど。

これは杖の性能もあるけれど。

あたしの体内魔力が増えているのもあるのだろう。

毎日伊達に錬金術で、エーテルを絞り出していないのだ。

ハンドサインは、リラさんに言われて決めた。

森の中で悠長にくっちゃべって戦闘するなんて、ド素人以下だ。

リラさんにそう言われて、返す言葉もなかった。

それも、魔物に解析されるようなハンドサインでは意味がない。即座に出して、全員が動けるように練習しておけ。

そうとも言われている。

確かにその通りだと思ったので。今回それを試すために出て来ているのに。何だか良くないトラブルばかり起きていると感じる。

森の中に移動開始。

小妖精の森なんて言われているが、「小」でも人間への殺傷力は充分に備えているから魔物と呼ばれるのだ。

しかも今は森がざわついている。

普段より危険と判断する他ない。

視線を周囲に飛ばしながら、警戒しつつ進む。

やがて、レントが頷いて、大胆に前に出る。以前、クラウディアが襲われていた場所まで出た。

森の中が、そこそこ見渡せる。

遠くにかなり巨大な切り株がある。人間が切ったのかは分からないが。

その上に、多数のエレメンタルが群れているのが分かる。

あれに仕掛けるほど、あたしは大胆じゃない。

他も確認する。

ぷにぷにや鼬もいるが、鼬の動きで顕著だ。毛を逆立てて、体勢を低くして歩いている。しかも群れになって。

これはまずい。

何かいると見て良かった。

「撤退」。

そうハンドサインを出して、すぐにさがる。これは何かに出くわしてからでは遅いとあたしは判断した。

レントは悔しそうにしたけど、やむを得ないと判断したのだろう。

さがるのに同意。

全員で、森を出て、広間に。

タオも観察していて、森の状態が尋常では無いことに気付いたのだろう。

広間に出ると、胸を押さえて、大きく息をついていた。

「い、生きた心地がしなかったよ!」

「根性や気合いでどうにか出来る話じゃねえ。 いいんだよタオそれで」

「うん。 でも、恐怖とはつきあえるようにならないとね」

「それは分かってるけど……」

タオが憶病なのは欠点だが。

それ以上にタオには長所が多いのだ。

それを、欠点で全て帳消しにしていては意味がない。

人が余っているような世界があるとしても。欠点から先に見て、あれが駄目これが駄目と人間を値踏みするようなことはあってはならないだろう。

ましてや人が足りないこの世界だ。

人を欠点から見るようなことがあってはならないのだ。

「それでどうするライザ。 戦闘訓練はしておきたかったが」

「仕方が無い、また湖岸に出て、西の方にちょっと行ってみよう。 洞窟があるじゃん」

「洞窟か……」

「彼処の前には護り手の歩哨がいるよ」

そう。それは分かっている。

湖岸の西には洞窟があって、潮の満ち引きや、季節によって内部構造がかなり違うらしいとアガーテ姉さんに聞いている。

汽水湖に浮かんでいるクーケン等に住んでいるあたし達には、それだけで危険が充分伝わる。

汽水湖だと、海際と同じく潮の満ち引きがかなり影響を及ぼし。

ちょっと前まで歩いて渡れた場所が、気を抜いた瞬間死地になっていたりする。

あたしは特に幼い頃にそれを経験していることもあって。

その恐ろしさには、人一番敏感だった。

旧市街の水没地帯なんかは、これがあるから絶対に子供が立ち入り禁止と言われているし。

大人でも立ち入らない。

本当に危険なのである。

「洞窟には入らない。 近くに魔物がいるのが見えたから、それで試し切りをしたら戻ろう」

「分かった、そうしよう」

「まったく、もうちょっとこの剣を派手に振るいたかったが……危険の方が大きいもんな」

「そゆこと」

あたしは二人を促すと、森を抜けて湖岸に。

そして、湖岸に屯している魔物を数体狩って。

新しい武器の試し斬りをしていた。

レントの新しい大剣は、うなりを上げて鼬の頭をたたき割った。以前より明らかに火力が上がっている。

タオの大槌も良い感触だ。

直撃が入った時の音が小気味よい。これはいいなと、あたしも一目で気に入った。

あたしの杖もいい。

打撃に使ってもいいように、贅沢に金属でコーティングしてあるし。

何よりも、杖に刻んでいる呪文で、詠唱をスキップしても魔力の伝導が上がる。

やはり、無理せず七発程度の熱の槍を放てる。それも一発の火力は、前よりも上がって来ている。

数匹を斃した後、緑色のぷにぷにを見かけたので仕掛ける。

ぷにぷには餌によって色も姿も変わるが。

緑は、一般的な碧よりかなり強い。

だがそれも。

あたしの新しい武器のもう一つ。新しい靴込みの蹴りの前には、敵ではなかった。

蹴りが入った瞬間、凄まじい音と共に、ぷにぷにが拉げた。

それはそうだろう。

大岩が砕けるのだ。

ふっとんだぷにぷにが、飛んでいき。

空中で触手を伸ばしてもがいたが。それでもどうにも出来ず。

岩山にぶつかって、べしゃと潰れていた。

レントとタオが、口の端を引きつらせる。

「お、おいおい……」

「ライザを怒らせたら、空のお星様だね……」

「流石にそこまでは飛ばないよ!」

いくら何でも其処までのパワーは無い。ただ、あのぷにぷにの残骸は漁り損ねてしまったか。

ともかく、今のでちょっと大きな音が出てしまったので、さっさと鼬の残骸から肉やら毛皮やらを回収して撤収する事にする。

とりあえず試し切りは充分だ。

これで、基礎的な戦力は上昇したと思う。

後は、クラウディアか。

まず、アンペルさんに森のことを相談して。それからだろうけれども。まず、一つ。戦力の基礎的な強化は、達成出来た。

一つずつ、タスクをこなして行く。

それでいいのだと、あたしは思った。

 

アンペルさん達の借家に行く。

まずは装備を見せて、それから森の話をする。リラさんは、装備を一瞥しただけ。あまり、装備そのものには興味が無さそうだ。

グラマラスなリラさんだが、この人の全身は文字通りの凶器である。

装備だよりの男なんか、モヤシか雑草にしか見えないのだろう。

身体能力が四足獣並みで、しかも生半可な戦闘技量では無い。それが一目で分かるほどの使い手だ。

それも納得だなと、あたしはちょっと苦笑いしていた。

アンペルさんは、装備を一通り見た後、頷く。

「なかなかに筋が良い。 それに使い方も、それほど悪くないようだな」

「ありがとうございます!」

「あ、あの僕は」

タオは聞きたいことが山ほどあるらしい。

当然、貰った参考書と、家にある古文書についての話なのだろう。

リラさんが、ひょいと寝そべっているソファから立ち上がる。

本当に俊敏で、しなやかな動きで。

猫科の巨大な猛獣のようだった。

「ライザ、レント。 お前達は私が話を聞く。 アンペル、タオの話を聞いてやれ」

「分かった、そうしよう」

「二人とも、ついてこい」

「分かりました!」

あたしも、ばしっと頭を下げる。

リラさんは魔術という観点でも、あたしよりずっとずっと格上だ。しっかり話を聞くことには大きな意味がある。

大火力の術をぶっ放すだけが魔術じゃない。

この人は素で人間離れしている能力を持っている上に、それを魔術で何倍にも何十倍にも強化出来。

その速度に対応できるだけの戦闘経験も蓄積している。

それが分かるから。

しっかり話を聞きたいのだ。

「その装備で、少しはマシになったようだな。 だが、何かしらしたいことがあるように見えるが」

「はい。 クラウディアと冒険をしたいと思っています」

「ふむ……」

リラさんが考え込む。

クラウディアの技量がまだまだな事は、リラさんも分かっているのだろう。

それにだ。

あたしには野望がまだあるのだけれども。それについては、まだ話さない。一つずつ、タスクをこなしたいからだ。

「まずクリアするのは、お前達自身の戦力が安定しているかの確認だな」

「やはり、そう来ますか……」

「レント、お前は真面目に私が指示したメニューをこなしているようだな」

「はいっ!」

レントも、ザムエルさんの事もあって、年上に対してあまり良い印象が無さそうなのに。それでもリラさんにはしっかり礼儀を保っている。

戦士として超格上である事もあるのだろう。

そういえば、アガーテ姉さんにもこんな態度だったっけ。

ただアガーテ姉さんが、途中からレントに専属で剣を教えなくなって。それから距離が開いたんだった。

あれは理由がよく分からない。何かあったのか。それとも、ブルネン家辺りが横やりを入れたのかも知れなかった。

「ならば、そろそろいいだろう。 少しタオが長引きそうだから、クラウディアの様子でも見に行くぞ」

「分かりました!」

タオはスイッチが入ると止まらない。

あたしの場合も似たような部分があるが、タオのは更に没入的だ。

あたしは錬金術をやっていて、一段落するとすっと正気に戻るけれども。タオは首トンでもしないかぎり、スイッチが入ると止まらない印象がある。

それもあって、わざわざ魔術のアラームを仕掛けて今は本を読んでいるだし。

クラウディアが訓練をしている場所に行く。

旧市街の、クラウディアが借りている家の裏だ。

クラウディアは、正座してじっと目を閉じていたが。体から迸る魔力が、目に見える程強くなっている。

そしてクラウディアは立ち上がると、弓に魔力で弦を張り。

手袋をつけて、何度か引いていた。

力で引くんじゃない。

そういう基礎的な話は、リラさんが既にしている筈。立射の姿勢というのは、そもそも弓を全身で引くための最適解。

それでも、まだ力が足りないのだ。

流石に、「スプーンより重いものを持った事がない」ようなひ弱さではないだろうが。それでもクラウディアも、弓を引くのには随分と苦労しているようだ。

だが、やがて、魔術で矢を作り出すことに成功する。

それは鏃のついた矢では無くて。

笛に見えた。

笛を放つクラウディア。

的からかなり外れていたが、ホーミングして直撃する。ふうと深呼吸するクラウディアをみて、あたしは拍手していた。

「クラウディア!」

「ライザ!」

ぱっと張り詰めていたクラウディアの表情が明るくなる。

あたしは手を振ってクラウディアの所に近寄ると、まずは祝いの言葉を掛ける。

「矢の具現化、成功したね!」

「うん。 弓矢だとどうしても馴染みがないから、まずは笛で試せって言われたの。 音魔術、無駄じゃなかったって分かって感動しちゃった。 それにホーミング性能もつけられたんだよ」

「凄いよ!」

「ありがとう」

涙まで拭い始めるクラウディア。

レントが咳払い。我に返る。二人の世界を作ってしまった。

リラさんもいる事に気付くと、クラウディアも流石に赤面して、一礼する。

「よし、最低限の基礎は出来たな。 次は動きながら当てる訓練だ。 出来ればそれで何かを殺すのを挟むのが良さそうだが……」

「リラさん、あいかわらず実践的だな……」

「当たり前だ。 実戦で死なせないように教えている。 それには実践が最優先だ」

「そうでしたすいません」

真顔で返してくるリラさん。

多分これは、どんな冗談も通じないだろう。

アガーテ姉さんですら、たまに笑う事があったのに。リラさんは、笑うところがはっきり言って想像できない。

「この様子だと、クラウディアの仕上がりはもう数日と言う所か」

「何の話ですか?」

「お前達で冒険に行きたいんだろう?」

クラウディアは口を両手で上品に押さえると。

その後、こくりと頷いていた。

クラウディアも、リラさんがどういう人かはもうわかっているのだろう。本当に厳しい人だ。

自他共に。

だから、容赦なく課題を出してくる。

「これからライザ達三人には、他人を守りながら戦えるかの試練を出す。 クラウディアは、実戦を経験していない。 だから、実戦に備えて訓練しろ。 三人と一緒に肩を並べて戦えるまでの期間、それまではライザ達に世話になる。 その分の負担をライザ達がこなせるかどうかを、私は確認する」

「分かりました!」

「クラウディア、頑張ってね」

「うん!」

勿論、それまでには幾つもハードルを越えなければならない。

例えば、クラウディアのお父さんであるルベルトさんである。

ルベルトさんが、クラウディアを滅茶苦茶大事にしている事は良く分かる。色々な所作や、クラウディアの話からも。

というか、クラウディアの年くらいだと、父親に反発するのは当たり前の事なのだが。それも一切見られない。

抑圧されているというよりも、本当に関係性がよく構築できているということなのだろう。

あまりよく見られない親子だ。

それとも、クラウディアはまだあたしに家族の愚痴を言うほど信頼してくれていないのか。

或いは、家族の恥だと思って、口にしないだけかも知れないが。

いったん、借家に戻る。

アンペルさんが、タオと激論をしていたが。喧嘩をしているようには見えない。タオはかなり頭が良いようで、アンペルさんは上手にそれを誘導している。それがあたしにも見て理解出来る。

ある程度で、話を切り上げるアンペルさん。

リラさんが咳払いすると、タオがびくりと背筋を伸ばしていた。

タオもリラさんの恐ろしさはよく分かるのだろう。

「アンペル、其方は終わったか」

「ああ、問題ない。 タオは成長が早いぞ。 ちゃんとした資料さえあれば、この年で生半可な学者より出来る奴になっていただろうな。 特に論理的な思考が出来るのが強い」

「そうか、それは何よりだ。 ただ今は、戦士としてのタオに用がある」

「分かっているさ」

頷くと、リラさんに課題を出される。

明日の昼。

その時間帯、リラさんとアンペルさんが、対岸西の洞窟の歩哨をどうにかする。勿論殺すだの眠らせるだの物騒な方法ではなくて、単純に仕事で連れ出すらしい。二人とも護り手を手伝って、街道付近にいる魔物を狩っている。

その関係で、歩哨をどうにか連れ出す自信があるのだろう。

そこに、あたし達三人が入り込む。

手帳の指定のページを見るようにと、あたしは言われた。

レントとタオにも。

そこにコベリナイトという鉱石に関する記述がある。

手帳の内容は、あたしも把握している。コベリナイトは、今作っている漠然とした鉄っぽいもの……金属インゴットの一段階上。

ブロンズアイゼンの材料となる。

名前はブロンズ(青銅)が含まれているが、これでもはっきりいって雑多な「鉄」よりはマシだ。

古い時代、最初にもっとも珍重されたのは青銅という話で。

これについては、手帳にも書かれていた。

文明の勃興とあわせて、鋼鉄。まざりもののある鉄が主要な金属として使用されていくのだが。

青銅はその前に、利便性と生半可な鉄より使いやすい事から使われた金属だ。

ブロンズアイゼンはそれを考慮しての名前であるらしい。

いずれにしても、通常の鉄なんぞよりも遙かに強力で、しかも錆びにくいという話である。

確かに、コベリナイトを手に入れられれば、あたしとしても更に先に行ける。

それに、だ。

今後常時コベリナイトを入手できる環境が出来れば。

それによる装備も、量産出来る可能性が高かった。

「洞窟内にコベリナイトがある事は、アンペルが確認している。 潮の満ち引きが影響してくる危険な洞窟だ。 念の為に私も影からついていくが、もしも私が介入する場合はそこで終了。 試験に失敗した場合、今までの倍の時間、基礎を磨いて貰うぞ」

「うえ、それは……」

「いや、レント。 当然の話だよ。 クラウディアも、すぐに一人前の戦士になれるわけじゃない。 だったら、あたし達が一人前以上にならないと」

「それもそうだね。 気が重いけど、やるしかないか」

タオは案外乗り気だ。

二人とも、新しい仲間を歓迎していることは分かっている。あたしとしても、是非クラウディアとは一刻も早く冒険したい。

だったら、当然の事ながら。それが出来るための知識と力は必須なのである。

「コベリナイトを入手する手段は問わない。 それを得る事が出来たら合格だ。 今のうちに、三人とも準備をしておけ」

「はいっ!」

あたしは頭を下げる。レントも気合いを入れて答えていた。

タオだけは、顔に夢のような時間が終わってしまったと書いて、落胆していた。

だが、それも仕方が無い。

タオにとっては、ずっと本の内容を解読するのが夢だったのだ。

あたしもそれを理解しているから。タオを責めるつもりは、毛頭なかった。

それにタオだって、クラウディアと色々と冒険や見聞を共有したい気持ちは同じな筈だ。

それについても、あたしは確信していた。

ずっと昔に、タオが冒険にいきたくないか、聞いた事がある。

そうしたとき、タオは素直に答えてくれた。

冒険にはいきたい。

あたしとレントと一緒に行きたいと。

ただ、怖いのは苦手だと。

その時に素直に答えてくれたタオの言葉は、今も変わっていないと。あたしは信じていた。

 

2、クーケン島は楽園に非ず

 

帝王教育というものがある。

ボオス=ブルネンが受け続けたのはそれだ。

昔はただ、なんとなく金を持っている程度の家に過ぎなかったブルネン家だが。何代か前のバルバトスという当主が出てから、全てが変わった。

ブルネン家の男は、と事あるごとに言われるようになった。

それについては、ボオスも何となく知っているし。

別に女傑も珍しく無い時代、どうして男にこだわるのかはよく分からなかった。事実。ボオスの先々代は女性当主で、バルバトスにも劣らない豪腕だったと聞いている。

物心ついた頃。

父であるモリッツが言っていたことを、ボオスは覚えている。

あのライザという娘。

あれは天性の指導者の器の持ち主だ。

お前はいずれブルネン家を、いやクーケン島を背負って立つ身だ。

だから、ライザを側で見て、しっかり観察しろと。

はいとその頃は擦れていなかったボオスは、素直に答えて。

自然と受け入れてくれたライザの悪童集団に混じった。

その頃は、父もにこにこと。

ライザと悪童集団がする悪さも微笑ましいものを見る目で見守っていたし。ボオスも一緒になって、冒険やら悪戯やらをしていたものだ。

それが。

あの日。

全てが変わってしまった。

今でも時々夢に見る。

着衣泳が極めて難しいから、絶対に湖に落ちるなと言われていた意味。

それだけじゃない。

水の中にいるのは、魚だけではないという事。

恐怖に泣き叫ぶ周りの中で。

ボオスは最善を尽くしたつもりだった。

それなのに。

起きだすと、ボオスは頬を叩いて、意識を覚醒させる。

ライザに女としての魅力を感じたことは、昔から今に至るまでただの一度もない。

あれはなんというか、天性のたらしであり。

ボオスみたいに捻くれた奴でも、簡単に心を掴んでいく魔性だ。

ただ、それはそれとして性的な魅力は皆無なようで。

一緒にいた男子の悪ガキにも、初恋がライザだという者はいないようだった。

分かっている。

あれからボオスは、勉学と武術に励んだ。

それで、必死に支配者たろうとした。

父であるモリッツは、事故の後ボオスに何も声を掛けず。後は好きにやるように、とだけ言った。

そう言われてボオスはそうすることに決めたし。

手下を引き連れて、将来の島の支配者になるべく動いた。

だけれども、ボオスはいつも何というか、手応えを感じなかった。

皆が反発しているのが分かる。

どれだけ理論をもってしても、ライザの天然の豪腕には及ばない。

それが分かっているからこそ、苛立ちは更に募った。

壊れてしまった関係を修復できなかった事もあるだろう。

やがて、ライザや子分に対してとげとげしい言葉を口にするようになり。

いつしか口もすっかり悪くなっていた。

起きだすと、早くから剣術の鍛錬をする。

ランバーは荒事には向かないが、剣を一人で振るっているとき。或いは他の人間に教えているときは、別人のように冴える。

最初に護り手が剣術を習うのはランバーだ。

槍は別のスペシャリストがいるのだが。槍は人間に対しては有効だが、どうも魔力を通すのが難しいらしく、獣に対して必殺の打撃を与えにくい。

古くは槍が戦争の主役だったらしいのだけれども。

今は、人間ではなく魔物が敵。

魔術を織り込んで戦うのが当たり前になった現状。

剣を使って戦うのが、当たり前になっていた。

匪賊でも出れば話は別なのだろうが。

幸いこの近辺に、人を食うようにまで落ちた匪賊共の話はない。

よって、まずは剣術を学ぶ。

それが、クーケン島ではスタンダードになっている。

ランバーに稽古をつけて貰う。

普段は腰巾着の惰弱なランバーだが、剣の稽古をしている時だけは目つきも違うし背もしっかり伸びている。

というか、剣の腕前だけならアガーテにも迫る。

しばらく無言で早朝の訓練をして。汗をしっかり流す。

分かっている。

これだけ真面目に訓練をしても、天性の体格と筋力に恵まれているレントには多分かなわない。

魔術の技量だって、ボオスは別に誰にも劣っていないが。

レントは暴れん坊であるザムエルの血を強く引いているようで。

ガタイも戦闘適性も、恐ろしい程高い。

誰が相手でも負けないようにしろ。

そう父は言うが。

その言葉が、ボオスには強い重荷になっていた。

「ここまで」

「おう」

「ふう、今の所現状維持ですね。 このままもう少しからだが出来るのを待ちましょう」

「ああ、そうだな」

ランバーは。剣をしまうと。

それまでが嘘のように、ひ弱なヘタレになる。

本当に荒事に向かない奴だ。どうして此処まで変わるのか、ある種の怪奇現象だとボオスは思っている。

ランバーも親に剣術を学んだらしいのだが。

それでも、此処まで精神が弱いと使い物にならないと思ったのだろう。

護り手に入れたときも、此奴は実戦では話にならないから、剣術師範か何かにしてくれとまで言っていたらしい。

ボオスはその現場にいたことはないが。

確かに、それは的確な言葉だと感じる。

「それで、今日も島の見回りですかい?」

「ああ、そのつもりだ。 その前に飯を喰って、だがな」

「分かりました。 俺も朝食にして来ます」

「そうしろ」

ボオスはなんでこう、才能には偏りがあるのかと思って舌打ちする。

ランバーだって、もう少し殺し合い向きの才能があれば。こんな風に剣腕を腐らせずに、もっと本人だって自信を持てた筈なのに。

それがこんな有様だ。

世の中は不公正だな。

そう思って、ボオスはじっと手を見る。

あの時やった事は、間違っていない。そう何度自問自答したか。

今でも、間違っていないと結論出来る。

だが、それで壁が出来てしまった。

ライザと壁が出来た事に関しては、父も残念そうにしていた。

或いはライザのやり方を学んだボオスが、もっと大きな男になるかも知れないと思っていた可能性もある。

父はどちらかというと憶病な男で。

外では尊大に振る舞っているが。今来ているバレンツ商会に見せているような顔の方が本性だ。

ボオスのことも、時々心配しすぎているようだし。

今考えている、王都に勉強のために留学したいなんて話をしだしたら、泡を吹くかもしれなかった。

今日も、孤独な支配者ごっこが始まる。

誰も喜ばない。

誰もボオスを認めたりしない。

それでも、もう後に引けない滑稽な自分を。ボオスは多分、誰よりも嫌悪していたかも知れなかった。

 

鼻歌交じりに集合場所に向かっていると、ボオスとランバーに出くわす。あたしはむっとしたが。

ボオスは、やっぱり嫌みを言ってくるのだった。

「ようライザ。 また冒険ごっこか?」

「ふふん、それはどうだろうね」

「……」

ボオスは気付いたか。

あたしが新しい杖と、靴を身に付けている事に。

此奴は元々、頭が悪くない。

タオが規格外で目立たないだけで。相応に頭はきれるし観察力だってある。

だから、あたしも侮ってはいなかった。

「その杖は盗んだりしていないだろうな」

「あたしがそんな事しないって、誰より知ってるんじゃないの」

「そうか。 いずれにしても、お前達が好き勝手を許されている意味をもう少し考えておく事だな。 それと、ザムエルの事はどうにかしろ」

「ザムエルさん、また暴れたの?」

顎をしゃくるボオス。

あたしが視線を向けた先は、ボーデン地区に店を構えるフレッサさんがいる。

穏やかなまだ若い男性店主だが。

いつもザムエルさんの猛威に晒されている人だ。

理由は簡単。

酒を扱っているからである。

ボオスが好きかって言った後、行ってしまう。太陽を見る限り、まだ時間はあるか。

アガーテ姉さんには、恩返し出来たと思う。

それなら、他の人にも。

フレッサさんには、色々なものを売って貰った。

この島では貴重な紙の本も、高値だけれども扱っている。だから、タオの誕生日プレゼントとして、お金をレントと出し合って買ったこともある。他にも、牧畜をやっている牧場などとの物資の中継役をしているので、街の顔役の一人だった。

話をすればだ。

ザムエルさんが来る。

レントを更に一回り大きくしたような巨体に、血みたいな豪放な赤毛を見せびらかし。そして衰えても筋肉ムキムキの体を見せつけるようにして歩いて来る様子は、まさに巨人だ。

傭兵として現役の頃は、多数の魔物を手に掛け。

その剣で敵を斬り続けて、勲にして来た。それは、見た目だけで本当なのだと分かる。

そしてザムエルさんは凄まじい悪人面でもある。

向かい傷が斜めに交差していて。どんな魔物と戦えば、あんな向かい傷を受けるのかよく分からない。

大胸筋やら腹筋やらの辺りにも、古傷らしいのが幾つもある。

それを見せつけて歩いているから、みんな怖がる。

ひっと、フレッサさんが声を上げる。

ザムエルさんは、もう酔っているようだった。

「酒。 いつものだ」

「あんたには、売らないように達しが出ているんだ」

「んだとゴルァ!」

いきなりキレる。

ザムエルさんの拳は、凶器と同じだ。魔力でガードすることが出来ても、その上から骨ごと砕くくらいのパワーがある。

これに殴られて死なないレントが強い訳である。

酒場などで暴れられると、アガーテ姉さんか、知己であるうちの父さんか母さんが出向かないと止まらないと聞くが。

それもそうだ。

こんな筋肉と戦闘経験の塊を目の前にして、そのままでいられる人は多く無い。

「てめえ、金は出してるだろうが!」

「も、もう決まったことで……」

「誰が決めやがった! ブルネンのクソ爺か? ああんっ!」

別に小柄でもないフレッサさんが。胸ぐらを掴まれると、簡単に中空にういてしまう。それもザムエルさんは片手で吊っていて。特に力を入れている様子もない。

足をばたばたさせているフレッサさん。

このままだと、本当に殺しかねない。

あたしは、たまらず割って入っていた。

「ザムエルさん!」

「あん? お前はライザじゃねえか。 また大きくなりやがったな」

げふりと、息を吐くザムエルさん。

とんでもなく酒臭い。

思わず顔をしかめるあたし。フレッサさんに興味を失ったらしく、ザムエルさんが手を離していた。

尻餅着くフレッサさんだが。

幸いこの島の人間は、そのくらいでは怪我しない。

「ちょっと前もそんな事言ってたじゃない」

「そうだったか? ふん、どうでもいい。 それにしても酒を売らないってどういうことだ。 聞かせろ」

「あたしに言われても困るよ。 また酒場とかで暴れたんじゃないの?」

「イキってる護り手の若造がいたから、軽くしめただけだ。 なーにが俺が将来の護り手のトップだ、だ。 百年早いって現実を見せただけだ。 この島のためだろうが!」

声に抑揚がない。

ザムエルさんはガタイもガタイなので、吠えると魔物が雄叫びを上げたかのようだ。

あたしは一歩も引かない。

昔から、ザムエルさんは。多分母さんと父さんの子供があたしだからだと思うけれど。あたしには手を出さなかったし。

それにあたしも、ザムエルさんが一線を越えないことは何処かで知っていたと思う。

「それは分かるけれど、今は駄目だよ。 今日はもうおうちで眠ったら?」

「……ちっ。 どうせ騒ぎになったし、ミオとカールが出てくるか。 分かった分かった、くそ、胸くそわりいな。 島のために散々魔物をぶった切ってやって、それで稼いだ金だってのによ」

ずしんずしんとザムエルさんがいく。

本当に巨人だなと思った。

手持ちの薬を出して、フレッサさんに渡す。フレッサさんは、胸ぐらを掴まれて浮いたときに、怪我でもしている可能性があったからだ。

強烈な効果を一度見てから、少しストックしてあるのだ。

しかも少しずつ改良もしている。

フレッサさんは、案の定何カ所かに傷を受けていたので、薬を塗って効果を見せる。すぐに傷が消えていくのを見て、フレッサさんは驚いていた。

「た、助かったよライザ。 生きた心地がしなかった……」

「ううん、気にしないで。 それより、本とか何か手に入ったら教えてね」

「またタオにあげるのかい?」

「タオは今別の事に夢中かな。 あたしがほしい。 小説とかはいらないから、図鑑とか専門書とか、そういうのがほしいかな」

いつものお礼と言って、フレッサさんにお薬を渡しておく。

ボーデン地区にいる老医エドワードさんが来るので、後は任せる。エドワードさんにも、丁度良いので薬を渡しておいた。

どちらにも世話になっているのだ。

これくらいは、しないといけない。

後はエドワードさんに引き継いで、皆の所に行く。

さっきのザムエルさんの様子を見るに、レントが心配だ。また殴られていないといいけど。

そう、あたしは思って急ぐ。

待ち合わせの場所は、旧市街の一角だ。

クラウディアが最初に来ていた。ちょっと遅れてタオが合流し、レントも来る。レントは案の定、顔に痣を作っていた。

「ちょっとレントくん!」

「レント、これ使って」

「おう、すまねえ。 あの酒乱親父……」

「とうとう出禁が出たらしいね。 あの暴れっぷりじゃ無理もないよ」

タオが騒ぎを知っていた。

なんでも、護り手の若手の一人。まああたしもしっている、ちょっと自信過剰な奴がいて。

そいつが酒場で給仕をしている娘さんをかなり強引に口説いて、将来アガーテ姉さんを超えて俺が護り手のトップになるとかほざいていたらしいのだ。

まあそれについてはあたしも頭に来るが。

ザムエルさんは、ひよこがキンキン騒いでいて五月蠅かったのだろう。

そのまま無言で掴んで片手で店の外に引っ張り出すと、数回ぶん殴ったそうである。

酒が入っていても手加減はした様子だったらしいが。

それでもアホは一発で気絶。残り数発は余計だった。

その後何事もなかったかのようにザムエルさんは酒を飲み干して、代金を置いて帰っていったそうだ。

話だけ聞くと、別にザムエルさんは悪くないようにも思えるが。

暴れたのは事実で。

護り手の一人が、完全にノックアウトされたのも事実である。

そして、これに限らずザムエルさんはやり口が荒っぽい。荒っぽすぎる。だから、もう誰もが怖がっているのだ。

「もう少しで、ライザの家に急使が行く所だったよ」

「それは災難だったね」

「うちのバカ親父がすまん」

「いいんだよ」

タオも、いきなりの騒ぎで流石に読書どころではなくなったそうである。

まあ、それもそうか。

クラウディアは、心配そうに目を伏せた。

「平和なだけでは無いのねこの島も。 私が住んでいる、今借りているおうちでも問題が起きているの」

「何かあったの?」

「地下室で浸水が起きていて。 幸い水は大量には出ていなくて、水位は安定しているし、使っていない部屋だから実害はないのだけれども。 今後の事を考えると、対策が必要だわ」

一つ問題が解決したら。

また一つ問題が起きる、か。

ただ、これは好機かも知れないとあたしは思う。

クラウディアの家の問題を解決すれば、ルベルトさん、それにバレンツ商会が錬金術を認めてくれるかも知れない。

錬金術のすごさはあたしはしっているが。

島の皆はそうではないのだ。

これで、少しでも多くの人を救えたら。

あたしはそう思う。

「傷はどう、レント」

「おう、すっかり大丈夫だ」

「信じられないくらい頑丈だね。 あのザムエルさんに殴られたんだよ」

「もしも家にいられなくなったら言ってね。 レントくんの腕前だったら、うちで用心棒として雇ってもいいから」

クラウディアが助け船を出してくれる。

レントは苦笑いして、ありがとなとだけ言った。

まあクラウディアの事だ。本気で善意で言っているのだろうが。

レントとしては、貸し借りはこんな事で作りたくは無いのだろう。

それに、だ。

あたしが見る所、ザムエルさんは極悪人ではない。

もしも本気でどうしようもない極悪人だったら、とっくに人を殺しているだろうし。今まで散々起きた騒ぎで、再起不能になる人間を何人も出している筈だ。

そういった人間を出していないし。

手加減だって心得ている。

酒に溺れた人間としては考えられない。

勿論衰えている事もあるのだろうけれども。

それでも、ザムエルさんは最後の一線を越えないように、ちゃんと振る舞っていると言う事である。

だから、あたしもザムエルさんを嫌いになりきれない。

お父さんとお母さんも、ザムエルさんの事を困った人だと言いながらも、ちゃんと世話をしている。

その辺りの理由は、何となく分かるのだった。

とにかく、そろそろ時間だ。

進捗を皆で確認した後、一旦解散。

クラウディアはこれから訓練だ。矢の具現化に成功したのだから、今後は更に実践的な訓練をしていくことになる。

あたし達は、これよりいよいよ試験である。

ささっと、うちの裏手にある入り江に移動。其処から、前に確保した小舟でエリプス湖を渡り、まずは例の広間に移動する。森の中だが。はっきりいって対岸の石柱に船を固定するよりも、ずっと見つかりづらい筈である。

レントが、船を漕ぐ。

顔とかに傷はついていたが、骨とか筋肉にダメージはないらしい。本人は怒るだろうが、流石はあのザムエルさんの息子という所だ。

普通だったらとっくに天国である。

「まずは森を抜けて、対岸に。 その後は、洞窟に行く感じだね」

「そうだな。 護り手達はどうしているんだ?」

「今日はなんでも、街道の方で大規模な掃討作戦をするんだって。 リラさんは様子を見て離脱して、試験を影から見守ってくれるそうだよ」

「そうか。 相変わらず顔が広いな」

あたしは別に顔が広いつもりはないのだけれども。

いや、顔は広いのか。

島でも有名な悪ガキ。

それに、護り手の次期リーダーになる事を期待もされてる。

そう考えると、それなりに知られている訳で。

ちょっと複雑だ。

なお、今日に備えて、レントとタオにも靴を作ってきた。二人とも、満足そうにはきこなしている。

踏み込みの時とかにパワーを更に上げられるはずだ。

レントは大剣を使うから、言うまでもなく踏み込みは大事だし。

タオだって、ハンマーで一撃必殺を狙うときには、どうしても踏み込まなければいけなくなる。

普段の靴だと、どうしても頼りないから。

この辺りは、二人のためになる。

問題があったら調整するから言って欲しい。

そう告げてあるが、二人とも靴については気に入っているようだ。毛皮をしっかり使っているから、金属靴でも足が痛くなるようなこともないだろうし。

何よりあたしが岩を蹴り砕いても壊れなかった程だ。

頑丈さは折り紙付き。多分、一生使える筈である。

対岸に到着。

例の広間に出るが、やっぱり空気がぴりついている。

タオはそれだけですくみ上がるが。

あたしは、二人を鼓舞するように言う。

「さ、船を固定した後、対岸に急いで出るよ。 護り手の人達が戻ってくるまで、多分そんなに時間もないし」

「分かってるよもう……」

「よし、船固定完了だ」

「じゃ、行こう。 しゅっぱあつ!」

あたしがわくわくが篭もった声を上げるが。

二人とも、緊張の方がそれに勝るようだった。

だけれども、これが久々の冒険だと思うと、あたしは心が躍るし。対岸を抜け、危険だとされる洞窟に辿りついた頃には。

レントだけではない。

タオも、緊張がある程度、抜けていたようだった。

さて、此処からだ。

護り手は確かにいない。レントが先に入って、内部を確認する。そして、すぐに手招きして来た。

頷くと、レントに続く。

前衛はレントに任せる。

あたしはフラムを含めて、もらった参考書に書かれている使えそうな道具はもってきている。

荷車に積んで持ってきたそれらの道具と一緒に。

洞窟へ、三人で入り込んでいた。

 

3、激戦石人形

 

ひんやりとしめった空気。

この洞窟については、あたしも知っている。

入った事はないが、危険だと。

この湿気。

危険であると、肌に告げてきている。

あたしは、即座に警戒度を一段階上げていた。確かにこれは、護り手で中に入るのを禁じる訳だ。

いきなりエレメンタルが姿を見せる。

あたしだけじゃない。レントもタオも、即座に動いていた。

リラさんに実践的な訓練を受けていたのだ。後はそれを、実戦で試して昇華していくだけである。

レントが斬り付け、タオがハンマーを叩き込む。

表情がない人に似ただけのエレメンタルが、体を捻って反撃しようとするが、顔面に連続して七発の熱の槍が炸裂。

爆破、消滅せしめていた。

すぐにハンドサインをして、周囲を警戒。

洞窟の中はそれなりに広く。またいわゆるヒカリゴケのようなものが群生しているようである。

灯りについては問題ない。

問題なのは、それに照らされて、数体のエレメンタルがうごめいている事だろうか。

どこにでもいるな、あいつら。

そう思って、あたしは苛立つが。

すぐに心を落ち着かせる。

これでも実戦経験者だ。

あの時、死にかけてから。ただ遊んでいるだけでは駄目だと思った。

護り手に混じって実戦も経験した。護衛に守られた末だったけれど、詠唱をフルで行って、全力で魔術を魔物の群れにぶっ放したこともある。

それで泉が出来てしまったっけ。

ともかく今は、奧へ進む事だ。可能な限り静かに敵に接近。

背後から、レントがエレメンタルの頭を唐竹にたたき割る。それでも動くのだから、エレメンタルはヒトの形をしているだけの何か別のものだ。

ただ、レントの剣は絶好調。

前の壊れかけのお古と違って、バッタバッタと魔物を切り伏せる。

遠くから、無数の視線を感じる。

獣のものだ。

おこぼれに預かりたい。

そう考えているのだろう。

別に悪辣なわけでもなければ、卑しいわけでもない。

ただ動物で。

生きるのに必死なだけだ。

だからあたしは、別に不愉快だとは感じなかった。

クリア。

ハンドサインを出すと、周囲を警戒しつつ奧に。

珍しい植物や鉱石があるので、全て回収していく。びりびりと来るイナヅマ鉱というのもある。

これはありがたい。

これが材料になる爆弾もある。プラジグというのだが。材料がなくて困っていたのだ。

また、冷気を帯びたアクア鉱もあるので。

これで更に爆弾のバリエーションを増やせる。

ノータイムで、どんな詠唱無しの魔術よりも火力を出せる上。魔力に依存しないこれらの爆弾は戦闘で切り札になりうる。

魔物も、人間が詠唱しなければ大きめの魔術を使えないことを知っているから、全力で詠唱している人間をつぶしに来るし。

逆に言えば、詠唱していなければ大した火力は出せないと侮ってもいる。

何百年も掛けてそういった経験値を蓄積してきた魔物の、隙を逆に突けるのだ。

これはとても大きなアドバンテージだと言える。

更に数体のエレメンタルを屠りながら、奧に。

少し地面から浮いているエレメンタルは、こういった場所でも植物を増やそうとしている雰囲気がある。

それだけなら敵対する理由は無いのに。

殺しに来るから、敵対しないといけない。

なんとも、もの悲しいことだった。

魔術を使うエレメンタルも珍しくは無い。だったら、言葉を話せるエレメンタルがいてもおかしくない筈なのに。

そういうのには、アンペルさんやリラさんも、あった事がないそうだ。

ハンドサイン。

展開、周囲警戒の指示だ。

あたしは急いで、鉱石を中心に、荷車に詰め込む。レントがハンドサインを出してくる。大物だ。

奥の方は水が溜まっている。

出来るだけ行きたくない場所だが、そこに何かいる。

ヒトの形をしているが、エレメンタルじゃない。

あれは、なんだ。

「ま、ま、まずいよ! あれはご、ゴーレムだ!」

タオがふるえながら言う。

ゴーレム。

聞いた事がある。岩で出来た自動殺戮を行う魔物。たまに可愛らしい人形みたいな姿をしているが、基本的に岩や鉱石で出来ている事もある。殴られたら、骨折程度ではすまない相手だ。

生態はよく分かっていなくて、何を食べているのか、何のために人間に襲いかかってくるのか、そもそも生物かも分からない。

だが搦め手無しで人間を殺傷できるという定義からすれば、間違いなく魔物。それも、かなり危険度が高い相手になる。

岩で出来ているから、呼吸も何も関係無いのだろう。水の中で、ずっとじっとしていたと言う訳か。

島の近くには出ないと聞いていたのに。

ゆっくり動き始めるゴーレム。

今までは「ヒトの形」くらいに見えていたが。ずんぐりむっくりではあるが、確実に手足を備えて、此方に向かってきているのが見えた。

大きいものは人間の何倍もあると聞くけれども。

あれは、人間大程度のサイズしかない。

それでも、まともに拳が直撃すれば、それで骨が砕ける事になる。タオが、ハンドサインを出してくる。

撤退すべきだと。

だが、あたしはハンドサインを出す。

総攻撃開始。

洞窟の奧は、それほど広くもない。今までエレメンタルを仕留めてきた事もある。背後から奇襲を受ける可能性も低い。

何よりだ。

あいつを洞窟から出したら、護り手が対処する事になる。あれを相手にしたら、絶対に死人が出る。

此処で、倒すしか無い。

レントも頷く。タオは腰が引けていたが、それでも頷いていた。

あたしはフラムを、問答無用で投擲。

洞窟の崩落は今は気にしない。

彼奴を倒す事が、最優先だ。

投擲されたフラムが、炸裂。既に今までに、実験で何個かは試してみる。ばっちり直撃。

だが、赤熱しつつも、ゴーレムは此方に来る。

あたしは攻撃を頼みながら、まずは上空から、熱線をゴーレムに叩き付ける。以前の倍近い火力だが、水に濡れていることもある。それに、痛みも感じないのだろう。

ゴーレムは気にせず迫ってきていた。

雄叫びを上げて、レントが左から襲いかかる。

ゴーレムが上半身を旋回させた。文字通り、体の上半身がぐるんぐるんと回ったのである。

生物の動きじゃあない。

直前で踏みとどまったレントが必死に回避するが、もし直撃を貰ったらどうなっていたか。

ゴーレムの拳が伸びて。周囲を抉り始める。

殺戮回転独楽と化したゴーレム。

どうやってとめるか。

熱の槍も叩き込んでやるが、これはまずい。荷車を確認。フラム数個を、まとめて叩き込むしかない。

タオが走って、ゴーレムの後ろに回り込む。それを見て、ゴーレムがタオに視線を向けるが、好機。

そのままフラムを投げ込み。

接触と同時に爆破。

ゴーレムが、灼熱に晒され、動きが明らかに鈍る。

熱かろうが痛かろうが止まらないとしても。

体の構造が壊されたらどうだ。

動きが鈍った瞬間、関節部にレントが一撃を叩き込み、ゴーレムの回転が止まる。そこに、タオが横殴りに、フルスイングのハンマーの一撃を入れていた。

タオの速度が、以前とは比較にならない程上がっている。

靴の性能によるものだ。

それゆえ、質量兵器としてのハンマーも威力が上がり、ゴーレムの頭部を文字通り拉げさせる。

突貫するあたし。

意図を読んで、レントとタオがあわてて離れる。

島を脅かす悪の自動殺戮人形。

生物ですらなく、ただ殺す事だけを行う自然の破壊者。

滅ぶべし。

そのままあたしは、雄叫びを上げつつ、フルパワーでの蹴りを叩き込む。一瞬遅れて、ゴーレムが回転しようとしたが。

あたしが踏み込んで、その土手っ腹に蹴りを叩き込む方が早かった。

全てが静止した直後。

ゴーレムの全身に亀裂が入り。

そして、全身から衝撃波が噴き出した。

飛び離れるあたしに対して、ゴーレムが感情の全く見えない、ただついているだけの目を向ける。

それが、今までただ動いていただけの殺戮人形が。

怒りと殺意を向けてきたように、あたしには思えた。

ぼろぼろにくだけたゴーレムだが、まだ滅びていない。

レントが再び斬りかかる。タオがハンマーを叩き込む。

ゴーレムの頭がレントの一撃で半壊。

左腕が、タオのハンマーで砕け落ちるが。

右腕だけを振るって、レントとタオをまとめて吹き飛ばすゴーレム。ただ速度が乗っていない。

もう体が崩壊し掛かっているのだ。

ゴーレムがあたしを探している。

だが、あたしは大きく移動していた。

ゴーレムの上空に、跳躍していたのだ。

洞窟の天井を蹴ると、全力の踵落としを叩き込む。

地面に、亀裂が走る。

脆くなっていたゴーレムの上半身が、瞬時に粉砕されていた。すごいな。二発もあたしの全力の蹴りを耐えた。

許してはおけない相手だけれども。

あたしは、その堅牢性に、素直に感心していた。

「とどめ!」

「畜生、いてえがしかたねえ!」

「もう自棄だ! やってやる!」

飛び離れるあたし。

足がちょっと痺れる。全力での蹴りを二発も短時間で叩き込んだのだから、まあ仕方が無い。

というか切り札を連続で二回も切らされたのは初めてだ。

下半身だけになっても、まだ動いているゴーレムに、レントとタオが渾身の一撃を叩き込んで。

今度こそ打ち砕く。

ゴーレムが、砕けて。

そして、まだぴくぴくと破片が動いていたが。あたしが、その中にあった赤い球体を取りあげると。

全ての動きが止まっていた。

とんでもない魔力を感じる。これは、錬金術で使えるかも知れない。それに、放ってはおけない。

これがゴーレムの心臓みたいなものの可能性は高く。

放置したら、またゴーレムが復活する可能性だって高かった。

それに、だ。

壊れたゴーレムの中から、コベリナイトも見つかる。

間違いない。

手帳にある特徴通りだ。

レントが急かす。

「護り手が戻ってくる可能性がある。 もう少し急いだ方が良いぞ」

「分かった。 荷車に、ゴーレムの残骸を出来るだけ積み込んで。 明らかに石しかない部分はいらない」

「おいおい、本気かよ……」

「これとか宝石みたいかも」

タオが、意外に率先して動く。

確かにきらきらしているが、これはなんだ。とにかく、専門家……アンペルさんに見せた方が良いだろう。

すぐに荷車に、周囲のものを採取して詰め込み。そしてこの場を後にする。

潮は安定したようで、水位は変わっていない。

あまり奥深くは無い洞窟だが。あのゴーレムが危険だったのは確かだ。それに、あたしの力不足も思い知らされた。

世の中には強い魔物が幾らでもいる。

分かっているつもりだったのに。

こんな島のすぐ至近に、それがいるとは思えなかったのかも知れない。

駄目だな。もっと経験を積まないと。

そう思いながら、あたしは皆を急かして。洞窟を出る。

外で、派手な戦闘音が聞こえる。街道の近くで、アガーテ姉さんが率いる護り手が、魔物を駆逐しているのだ。

この派手な戦闘音は、アンペルさんの魔術かも知れない。

あの人は、錬金術は厳しいが、戦闘に用いる魔術については問題ないと言う話である。だとすれば、あたし以上の大火力で魔物を薙ぎ払っていることだろう。

いずれにしても、護り手に見つかる訳にはいかない。

途中、リラさんの介入はなかった。

ということは、後は持ち帰った中に、コベリナイトがあれば最初の関門は突破とみて良いだろう。

ただ課題は多い。

あたしも、それは嫌になる程、自覚せざるを得なかった。

 

船に荷車を積んで、クーケン島に戻る。

凱旋とはいかない。

レントもタオも負傷している。薬は提供して傷は治したが、服まではどうにもならない。完勝とまではいかなかった。

ただ。そもそも服がぼろぼろになるまで冒険するのはいつものことだ。

それに関しては、いつもの悪ガキ軍団と言う事で。

ある程度誤魔化せるのも事実だった。

クーケン島で、まずは分別を行う。

あたしはハンマーも用意してきている。ただし、このハンマーは小さなもので、大岩を砕くほどのパワーは無い。

いずれ、錬金術で専門のハンマーを作りたい。

そうすれば、できる事も拡がるはずだ。

ハンマーを振るって、鉱石を割りつつ、中身を確認していく。

ただの石の場合も廃棄はしない。石でも使い路はなんとあるのだ。

虫が出てくる事もある。ひっとタオがいうが、それはそれでストックしておく。釣りの餌にでもするか、或いは食べるか。

食べられる虫はいるにはいる。

あたしは積極的に食べたいとは思わないが、外で捕まえた虫をクーケン島で放すのは最悪の行動だ。

だから、それはやらない。

いずれにしても、責任を持って始末する。

他にも、石を確認。

植物も。

恐らくは、コベリナイトだと思われるものを確認して。それを持ち帰る事にする。後は、虫は相応に処分して。

残りは、現在倉庫にしている家の離れにしまった。

これも、そろそろまずい。

屋根裏には床が抜ける可能性があるから持ち込めない。

今考えている野望を、どうにか実現に移したいけれども。アンペルさんに許可は貰いたい。

あたしはまだまだひよっこも良いところだと言う事がわかった。島での未来を期待されているなんてこんなものだ。

外には恐ろしい脅威がなんぼでもいる。

よく分かった。それを思い知らせることが恐らく今回の試験の主旨だったのだ。

ともかく、旧市街に出向く。

あまり、試験に受かった気はしなかった。

 

一旦クラウディアにあって、進捗の話をする。

洞窟の中にて激戦をした事。かなり危なかった事を話す。クラウディアも、今後冒険を一緒にするとしたら、そういう経験をする可能性があるからだ。

「ゴーレム……恐ろしい魔物よね」

「やっぱり余所でもいるんだね」

「街道とかにはあまり出てこないの。 でも僻地の街や集落に行くときには、どうしても遭遇する事があって」

前に遭遇した時は、護衛に雇った傭兵が、悲惨な死に方をしたのだという。

さもありなん。あの強さだ。

しかも、一体だけで。しかも水の中から現れたから良かった。水の中にいたこともあって、体は軟化していた筈だ。少なくとも蹴り砕いた時の印象では、鉱物でガチガチに固めた手応え……足応えではなかった。

もしもあれがそうではなくて。複数とか出現した場合。アガーテ姉さんやザムエルさんがいても。勝てるとは思えなかった。

強くならないといけない。勿論それで人間性を捨てたら意味がないとも思う。人間性を捨てる選択肢を選ぶ人もいるだろうけれども。ライザはそうなりたくはなかった。

「クラウディアはどう?」

「とまっている時は的に当てられるわ。 でも動くと途端に難しいの。 まずはリラさんに教わった通り、普通の木ぎれと……」

誰かに見られるとまずいので、メイドにも話せないそうだ。

あのメイドさん、クラウディアとは幼い頃からのつきあいらしく、メイドとして正式にバレンツ商会に来る前も、見習いとしてちょくちょく来ていたらしい。同じような顔の先代から引き継ぎを受けて、最近赴任してきたとか。

まあ、正直な話クラウディアも昔なじみとは言え、何かあったらルベルトさんに全て話が行く相手だ。

今回は協力を頼めないのだろう。

性のデリケートな話とか、仲間であっても話せない事は幾らでもある。

クラウディアがあのメイドさんを信用していない訳ではないと思うのだが。色々と面倒な話である。

話をしていると、リラさんとアンペルさんが帰還したようだ。

借家に行くと、難しい顔で二人とも話していた。入って良いぞと言われたので、そのまま四人で入る。

何か厳しい事があったのは確実だった。

「どうしたんですか?」

「ああ、ちょっと厄介な事になっている。 お前達にも近々話しておくが、かなり危険な魔物が出る可能性が高い」

「なんだって!」

腕試しだとか言い出しそうなレントでも、如何に危険な事態かは分かったのだろう。

この二人が危険だと言う程の魔物だ。

それこそ、街一つ崩壊させるのは簡単な存在だろう。

「最悪お前達にも協力を頼むかも知れない。 我々でも対処できるかは分からない程の相手だ」

「どんな魔物なんですか?」

「詳しくは言えない。 ただ灰色の装甲と、生物急所を貫いても死なない堅牢性を持ち、それに宝石のような構造体が体に着いている見かけをしている。 魔術も効き目が極めて薄い。 これを見たら、基本的に戦わず、絶対に逃げろ」

「分かりました……」

ゴーレムの一種だろうか。

だが、だとしたらそんなもの程度にこの二人が臆するとも思えない。

確かに強力な個体はいるかも知れないが、動きが鈍い魔物だ。海を渡ってクーケン島に危険を及ぼすことはないだろうし。

そもそも、何かしらの指向性を持って行動する魔物とも思えなかった。

リラさんが此方に向き直る。

「それで、洞窟でコベリナイトだかは見つけたか」

「はい、見つけて来ました。 これで大丈夫だと思います」

「アンペル」

「確認する」

アンペルさんが、あたしの手からコベリナイトの鉱石らしいものを受け取る。しばらく確認後、目を細めていた。

どうやら、試験は合格らしい。

だが、合格した気がしなかったのも事実だった。

「鉱石の中に微量に含まれているだけだったのだが、これはどうやって入手した?」

「ゴーレムの中にありました」

「そういうことか。 ゴーレムが配置されていても確かに不思議ではないな。 リラ、どう見る」

「配置されていたことはどうでもいい。 起動していたことが問題ではないのか?」

分からない話をリラさんとアンペルさんが始める。

どっちも専門家らしいし、口は挟まないで置く。

少しの間、短い専門用語が会話でかわされていた。

彼奴ら、という言葉に。二人の強い憎悪が篭もるのが聞こえた。

それが件の魔物なのだろうか。

だとすると、本当に危険な存在なのか。

「いずれにしても、コベリナイトを取得したのは間違いない。 私としては合格だ。 リラ、君はどう考える」

「戦闘の経緯を見たが、全員概ね合格点だ。 ハンドサインで即座に動きを決定し、それぞれがするべき動きをしている。 まだ荒削りだが、もう生半可な戦士より強いとみて良いだろう」

「それは合格という意味か」

「ああ。 この島の護り手だかいう者達よりも既に格上だ。 それは私が認める」

リラさんも、認めてくれたか。

ただし、あたしの不安をリラさんは見抜いていたようだった。

「ライザ、お前の判断の甘さを悔いているのか」

「えっと、分かります? ちょっとまだ経験が足りないなって思って、それで」

「経験が足りないのは当たり前だ。 もっと頻繁に戦闘を経験していたのなら、ましな手を打てただろう。 今の時点のお前達なら、これだけ動ければ上出来だ。 後は勝てる相手と勝てない相手を見極めろ。 それで充分だ」

厳しい言葉だが、胸に刺さる。

確かに、勝てない相手には相応の戦い方がある筈だ。

仮にそれが絶対に許せない存在で。

逃がしてはいけない。逃げてはいけない相手でも。

優先するべきものは何か。

常に考えなければならない。

いずれにしても、この時点ではこれで充分だと、リラさんは言ってくれたと言う事である。

あたしは頷いて、言葉を素直に受け取ることにした。

「ライザ、これを渡しておく」

アンペルさんが、もう少し難しい本をくれる。調合の更に詳しい話が書き込まれていると言う事だ。

これほどの人が認めてくれた。

それは、とても嬉しい事だ。頷いて。本を受け取る。

後は。少しずつ。

なんてことないあたしから。

もう少し先に行けるあたしに、少しずつ変わっていかなければならなかった。

 

4、それぞれの野望

 

一度、クラウディアの家に戻る。

そこで、四人で話すことにした。メイドさんはお茶とお菓子を置いて、すぐに消える。クラウディアに気を遣っているというよりも、単純にメイドとしての行動をしているようにあたしには見えた。ルベルトさんは忙しいのだろう。ここ数日は、街の人達と話している事はあっても、この家で見かける事はほとんどない。

狭い島だ。誰が何をしているとか、そういった話はすぐに伝わる。

それはあたしたちの事も例外では無い。

既にクラウディアがあたし達と懇意にしている事は、島の全員が知っているとみるべきだった。

軽く話をする。

「進捗を確認しよう」

まずあたしから。

今回コベリナイトを入手してきたことで、恐らくその上の段階のインゴットであるブロンズアイゼンを作る事が出来る。

それだけではない。

今ちらりと見て来たが、貰った参考書。

かなり凄い。

あたしは手応えを掴んでから、タオほどでは無いけれども錬金術について色々試してきたけれども。

それの答え合わせをするような話がたくさんならんでいた。

あたしの次の目的。

アトリエ、そのものを作る事だ。

「アトリエを作るって、今のアトリエでは駄目なの?」

「まず第一に、お母さんとお父さんが問題。 知らずに入って事故とか起きたら、大変でしょ」

「確かにそうね。 まだ錬金術というものが、あまり知られていないのも悲しいけれども事実だわ」

クラウディアに、まずはそれを説明しておく。

実はクラウディアは、お父さんとお母さんの事をかなり好感を抱いたようなのである。ルベルトさんにつれられて、お父さんが作った畑を見に行き。王都に出回っているのとは別次元の品質にあるクーケンフルーツを直に食べたから、だろう。

行商ということもあって、現地に足を運んで回っている事は大きい。

それに、最近知ったのだが、クラウディアは虫をまったく苦にしていない。

島暮らしのタオですら、虫は苦手で時々悲鳴を上げているのに。

クラウディアは小型の徘徊性の蜘蛛がでた時、ひょいと摘んで外に逃がしていた。力のいれ方も心得ているようで、蜘蛛も抵抗しないで身を任せていた。

他の虫も平気なようだ。

虫を食べる地方もあるが、そういった料理も食べた事があるらしい。いかにも過ぎる深窓のお嬢様な容姿からは、信じられない話ではあるが。まあ、彼方此方出歩いているなら不思議ではないだろう。

要するにクラウディアはかなりフィールドワーク派である。

ルベルトさんが期待しているのも、何となく分かる。多分だが、次代のバレンツ商会のトップは間違いなくクラウディアさん。旦那さんが出来るとしても、完全に入り婿だろう。

「ライザは相変わらず考える事が凄いな」

「ふふ、まずは確実にね。 次はレント、どう進捗は」

「そうだな。 まずは俺にその新しいインゴットでの装備をくれるか。 今回ので、もっと盾として頑丈じゃないと駄目だと思った。 こんなんじゃあ、あの塔に行くなんて夢のまた夢だ」

「おっけい。 ただブロンズアイゼンはまだ作っていないから、それを作ってからの話になるよ」

問題ないとレントは言う。

いわゆるタンクとしての仕事を、更に極めたいと言うことか。

そういえば。このタンクという言葉。

語源がよく分からないと聞いた。

王都でも普通に使われている言葉らしいのだが。アガーテ姉さんも語源については知らないらしい。

まあ、それはいいか。

続いてタオだ。

「タオ、状況は?」

「ええとね、僕はアンペルさんと話して、ある程度分かってきた事があるから、それをまとめておきたいかな。 ちょっと短期目標にしても、時間が掛かると思う」

「なるほど。 戦闘面は問題無さそうだし……それでいいのかな」

タオはどうしても学者肌だから、時間が色々掛かる。

今でも成長が早すぎるくらいだと、アンペルさんが時々嬉しそうに言っている。

今まで、どうしても解読の手口すらなかった書物が、どんどん読めているのである。それは色々と、気合いが入るのも納得だ。

タオは戦士として見るとどうしても力不足だが。

ただし判断力はある。

時々敵の攻撃を見て割り込んだり、相手の隙を突いたりと、ここぞではちゃんと動けている。

普段腰が引けていること何て、問題にもならない。

前に護り手と魔物狩りにでた時に、タオがボオスより全然動けていたのをあたしは知っている。

タオはあらゆる意味で、本番に強いタイプだ。

後は本に没頭しているときに、引き戻す事を意識すれば良いだろう。

「分かった。 タオはその辺で大丈夫だね。 クラウディアは?」

「私は、とにかく動いている的に当てる事ね。 今走りながら止まっている的に当てる訓練をしているの。 その後、走りながら動いている的に当てる訓練に移行したいわ」

「止まっている的に、止まっている状態から当てるだけで結構凄い事だから、それは覚えておいてクラウディア。 あんまり無理しすぎないで」

「大丈夫よライザ。 今までの惰眠を、一気に取り戻している気分。 それと……もう一つあるんだけれど。 それはね。 アトリエが出来たら」

そうか、まあそれも良いだろう。

まずは、一つずつだ。

メイドさんが、お菓子をはこんできた。

今回はクラウディアも忙しかったこともあって、クラウディアの手作りではないが。メイドさんの作る奴も充分以上に美味しい。

でも、やっぱり味付けが薄い。

この辺りは教育されたものだ。どうしても仕方が無いだろう。

「フロディア、もう少し味付けを濃く出来ないかしら」

「残念ながら、いい調味料がございません。 商会の商品に手をつけて良いと言うのであれば味付けを濃く出来ますが、それはお嬢様の望むところではございませんでしょう」

「そうね……」

「大丈夫、気にしていないよ」

クラウディアも言っていたっけ。

裕福そうに見えるが、それは基本的にそう見せているだけ。

商会は見かけから入る商売らしく、スーツをびしっと着こなしているルベルトさんも、普段の食生活はかなり質素だという。

テーブルマナーだのを学ぶのは、基本的に貴族などの面倒なマナーを何より重視する相手との商談のため。

社交界のマナーについても同様。

普段は驚くほど質素に生活しているそうだ。

商会の中には、稼ぎを経営層の懐に入れて、好き放題している者達もいるらしいのだけれども。

そういった商会は、基本的にすぐ没落するらしい。

人が余っている、平和で安定した時代だったらそれでどうにかなるかも知れないのだけれども。

「あのさ、クラウディア」

「どうしたの?」

「蜂蜜とかを利用して、調味料作ろうか?」

「そんな、悪いわ」

眉をひそめるクラウディア。困り眉が、とても可愛らしい。

レントとタオも、責めるような視線を向けてくるが。まあこの嘘のない表情を見ていればそうもなるか。

本人は全く自覚していないようだけど。

しっかり男を転がしているクラウディアである。

「大丈夫。 もしもいい調味料が出来たら、商会で買ってよ。 錬金術で量産出来るような調味料になったら、それを島の特産にするべく動くし、そうなればいずれ此処から離れても、あたしと連絡が取りやすくなるでしょ?」

「確かにそうだけれど。 ううん、そうね。 ライザなら出来ると思う」

「その時は、試食という事で、その調味料を使ったお菓子よろしくね」

「うん、任せて! 頑張る!」

とりあえず。こんな所か。

ルベルトさんが戻って来た。皆で挨拶する。

結構好意的な表情だ。あたし達の評判はもう知っている筈だが。クラウディアが明らかに活気を持って動いている事や。

多分笑顔も増えていることに、気付いているのかも知れない。

だとしたら、一緒に冒険に行くのは更にハードルが上がるだろうが。

それについては、ルベルトさんと膝をつき合わせて話すしかないだろう。

「みな、ゆっくりしていってくれ。 クラウディアと仲良くしてくれて助かる」

「いえ、丁度話が終わった所です。 レント、タオ、行こう。 クラウディア、また明日ね」

「うん。 ごめんね、お父さん。 いずれ近いうちに話す機会が出来ると思うわ」

「うむ、分かった。 何かあるようなら、しっかり話を聞かせてくれ。 くれぐれも勝手に動かないようにな」

何かあることは分かっているのだろう。

それはクラウディアが大まじめに弓矢の訓練なんてしていれば、それは気付くだろうが。

クラウディアの家を出ると、ボオスとばったり。

いつも以上に、不機嫌そうな表情だった。ランバーもつれている。

「護り手が総動員で狩りにでたというのに、随分と脳天気だな貴様ら」

「あんたはその狩りで役に立ったのかしら」

「俺は後方から指揮をする立場だ」

「そう。 その指揮も上手に出来ていないように見えるけれど」

毒の篭もった言葉が飛び交う。

ばちりと視線の火花が散るが。レントが先に引いた。

「行くぞライザ。 相手にしているだけ時間の無駄だ」

「ふん、それはこっちの台詞だ。 商談に参加する。 ランバー、ついてこい」

「へい、分かりました」

商談か。

大股で去って行くボオスとランバーを見送る。

クラウディアとまだ口約束の段階だが、あたしが独自で商談をバレンツ商会と結べる可能性があると聞いたら、ボオスはどんな顔をするやら。

ただ、それについてもまだこれから。やってみないと何ともいえない。

エルツ糖という特殊な圧縮砂糖で。

これ一つで、できる事が無茶苦茶に増える。

ただ。現状使われている、巣ごと潰して取りだす蜂蜜と違って、かなり繊細な作業と、長持ちするように不純物を廃棄する方法も必要になる。

触る錬金術は少しずつ高度になって来ている。

それに、アトリエを新しく作ると言う野望も手が届く範囲に入ってきた今。

確かに、ボオスと小競り合いをしている時間などなかった。

「さっきは大見得を切ってたが、本当に大丈夫なのかライザ。 アトリエを作るって、家一軒建てるようなもんだろ」

「場所はあの広間にするつもり。 資材については、さっきちらっとみたんだけれども、多分なんとかなる」

「ライザも、学者を目指してみたら? 本を読むの、かなり早いし理解力も凄いよ」

「いや、あたし興味が無いものしか本読む気になれないから。 ごめん、タオ。 タオはそれこそ、何でも本なら楽しく読めるでしょ」

それは偏見だと言った後。

そうかも知れないとタオは認める。

ともかくだ。

ここからも、皆進捗を少しずつこなして行くしかない。

あたしは、この錬金術と言う新しく手に入れた力で。

このなんてことのない島を少しでも良い方に、暮らしやすく変えるのだ。

 

(続)