初めての錬金術

 

序、錬金術とは

 

最初にあたしがアンペルさんに指示されたのは、釜の確保だった。それも、大きいものの方が良い。

そう言われたので、あたしはすぐに思い当たった。

もう死んでしまったけれど、魔術の名手だったお婆さんがいた。その人が大釜で、薬草を煮込んでいる事があって。

護り手の方でも、いざという時はそのお婆さんを頼りにしていた。

後継者も子孫もいなくて、今は廃屋になってしまっているが。

その家のものは、荒らされていない筈だ。

幼い頃、そのお婆さんの家に遊びに行って。みんなで話を聞くことが多かった。

タオなんかは伝承を知りたがった。

これは恐らくだが、例の本の解読をしたかったから、なのだろう。

そういえば、その頃は。

まだ悪ガキは四人で行動していたっけ。

そんなことを思い出しながら、崩れかけている廃屋に。

金目のものは、あらかた持ち出されている。

遺産もなにもなかったが。本人が、使えそうなものは使っておくれといって。護り手が中心になって持ち出したのだ。

元々魔術の使い手として優れていた事もあって、強力な杖とかもあった筈。あたしが今使っているのは、それではないが。いずれそれを持ちたいなあと、思う事はあるのだった。

ともかく、家の中に。

久しぶりだね、おばあちゃん。

そう言って、家の中に。しんとした崩れかけの家の中。棚は空。蜘蛛の巣はたくさんはられているが、それだけだ。

そんななか、釜がある。

実家にも釜があったのだけれども、言われているものよりも小さすぎて、使えないと判断した。

それで、これを持ち出すことにしたのだ。

釜の中は蜘蛛の巣だらけ虫だらけ。

虫が苦手なタオが見たら悲鳴を上げただろうが。それはそれとして、これは金属としては何なのだろう。

錆びている様子もない。

不思議な釜だった。

この釜は、使い路もないということで、放っておかれたのを覚えている。

あの時は、わんわん泣くだけだったあたしも。

今では、こうやって割切るように動けている。

ここに来る前に、お墓にいって、お花を供えてきた。

それくらいの筋は通すべきだ。

そう思ったからである。

普段だったらレントに手伝って貰う力仕事だが。レントは今、リラさんに座学を受けている最中だ。

だったら、邪魔はできない。

あたしが。

ライザリン=シュタウトが、最初にやるべきこと。

それこそがこの釜の確保なのだとしたら、それをしなければならなかった。

釜を崩れかけの廃屋から引きずり出すと。

先に用意しておいた水を湧かして。石鹸も混ぜて、釜を洗う。

一抱えもある大きな釜だから、すぐには終わらない。かわいそうだけれども、ここを住処にしていた蜘蛛たちには出ていってもらった。ごめんねと、一言だけ呟く。これでも畑をやっているのだ。

蜘蛛がどれだけ大事な存在かなんて、分かりきっている。

見た目で拒否する人も多いかも知れないが。

実際には、蜘蛛には農家で感謝しない人間なんていない。

もっと未来に、機械とかで農業をする時代になったら話は違ってくるかも知れないが。

少なくとも、あたしは蜘蛛を嫌ったことは一度もない。

釜を、しっかり洗う。

煤も落とす。

本当になんの金属か分からないが、とにかく錆びている様子がない。汚れはこびりついているが。

こういった汚れと格闘するのは、農家の娘なんだから慣れっこだ。

それに熱魔術を使って、あまりしつこい汚れは剥いでしまう事も出来る。

熱魔術は、応用が効く。

あたしも農家を手伝う過程で、散々応用してきた。

とにかく、徹底的に鍋をぴかぴかにした後。

おばあちゃんに、もう一度礼をして。乾かしたばかりの鍋を担いで、アンペルさんの所に向かう。

これをどう使うのかは分からない。

タオは、明らかに本を見て目の色を変えていた。

レントとクラウディアは、あれほどの戦士に教われば、きっと違う段階に踏み込めるはずだ。

あたしだって、負けていられない。

みんな先に進もうとしているのだ。

あたしも、その先駆けになりたい。

そう思って、釜をかついで急ぐ。旧市街だから人はそれほど多く無いけれども、それでもまたライザが変な事をしている、という視線を向ける人はそれなりにいるのだった。

アンペルさんとリラさんが泊まっている借家に到着。

足腰も鍛えているし、別に問題はない。

そのまま、釜を持ち込む。

アンペルさんが、ほうと呟き。

釜を見せてくれというので、任せる。

釜を上から下から見ていたアンペルさんだが、とても良い釜だと言ってくれたので。あのみんな大好きだったおばあちゃんが褒められたような気がして、あたしも嬉しくなった。

「それで、これからどうするんですか?」

「魔力の物質化……エーテル化、特に液体化は出来るか?」

「はい、それならなんとか」

魔力の単純物質化。

エーテルと言われる物質にする行為である。あまり上手じゃない人だと気体化が精一杯だが。

この島の人間だったら、量は人によって違うか、基本的に誰でも出来る。そもそも実体化させたエーテルを通して、魔力を桶などに伝導させて湯を沸かすのだ。色々手間だが、自分からひねり出せることを考えると、薪などを焚くよりも遙かにマシなのである。あっちは資源として有限だからだ。

釜にエーテルを満たすように。

そう言われたので、私は詠唱を開始。流石にこの釜を満たすエーテルを出すとなると、詠唱しないと厳しい。

逆に言えば、詠唱さえすれば大して苦労はしない。

呪文詠唱というのは、それくらい魔術の火力を跳ね上げるし、人間の魔力を有効活用するのだ。だから魔物も、詠唱している人間を容赦なく殺しに来る。

この世界が、どれくらい前からあるのかあたしは知らない。

だけれども、魔物の行動からして。人間と長い間魔物は争ってきたことくらいは分かる。

魔物の定義は、毒などの搦め手無しで人間を殺せる事、だから。人間になついたり、飼い慣らされている魔物もいるのだが。

そういった魔物だって、人間の殺し方を知っているし。

特に人間でも反抗期なんて形である巣立ちのタイミングでは、人間の飼い主に牙を剥くことが珍しく無い。

そういう事もあって、魔物に対する知識は、どこでも叩き込まれると聞いている。行商人からも聞いたし、クラウディアからも聞いているから間違いないだろう。

詠唱を終えると、パンと手を合わせる。

全身から迸った魔力が、エーテル化し。指向性を持って鍋に注がれていく。

うむと、頷くアンペルさん。

「錬金術師の中には、魔術があまり使えないものもいる。 そう言った者達は、この作業を苦手としていてね。 君は全く問題無さそうだな」

「魔力の扱いは得意です」

「よし、その分量で充分だ。 おっと、一瞬でとめられるんだな」

「これでも、魔力の扱いと魔術の技量はこの島一です」

戦闘力という観念ではアガーテ姉さんや、多分ザムエルさんにもかなわないけれども。単純な魔術の火力でだったら、ライザの方が上だ。

最近では、実家でも風呂焚きはライザの仕事になっている。

技量の問題や、魔力量が少ない人の家の風呂焚きを手伝って、それで小遣いをもらうのは。私にとっての日課になっている程だ。

「よし、その釜のエーテル量を覚えておくんだ。 そして、次はこれを使う」

渡して貰ったのは、棒のようなものだ。

錬金術で必ず使うものだという。

特に貴重なものではなく、魔力の伝導率がいい木を削りだしただけのものらしい。なるほど。

これを遣って、まずはエーテルを均一化するように。

そう言われたので、頷いてそのまま実行する。

エーテルの均一化が終わる。

これも早いと褒めて貰った。

「魔力の扱いに関しては本当に優れているな」

「ありがとうございます」

「それでは、これを、内部でゆっくり分解して見てくれ。 その素材の、根元までだ」

「分解、ですか。 分かりました」

エーテルの中に落としたものを溶かす、か。

今貰ったのは、確かセキネツ鉱とか言われる、火で炙っていると爆発する鉱石だ。ただ、そこまで火力は大きくなく、そのまま投げてもまず爆発する事はない。

エーテルの中で、溶かすのでは無い。分解する。今までやった事がない作業だが、どうにかやってみるしかない。

あたしも此処は気合いを入れる必要があるだろう。

丁寧に混ぜながら、エーテルを操作して、少しずつ今のセキネツ鉱を分解する。

分解していくと、少しずつそれが溶けて行き。

やがて、粒子のような光となっていった。

普通の魔術の使い手だと、この時点で相当疲弊するはずだ。

頷くと、あたしは出来たと答える。

続いてアンペルさんに指示を受ける。

「そうしたら、今のものを要素ごとに分別できるか? 出来るだけ細かくだ」

「はい、やってみます」

冷や汗が流れそうになる。

この辺りまで来ると、魔術の領域を完全に超えてしまっている。

この先に、あの。

格上で、勝てそうにもなかった鼬を倒せる「錬金術」があると思うと、絶対に習得したい。

無言でかき混ぜながら、要素ごとに分別していく。

そして、更に幾つかのものを渡される。

「混ざらないように、分解し、分別できるか?」

「やってみます」

丁寧に、釜を混ぜる。

おばあちゃんは、どう思うだろう。でも、この釜が蜘蛛の住処になっていた事を考えると。

きっと、使ってくれてありがとうとあのおばあちゃんなら言ってくれるはずだ。

無言で釜をかき混ぜ続け、全ての投入したものを、要素ごとに切り分ける。

「上出来だ」

「はい!」

「よし、次だ。 セキネツ鉱から抽出した「火の要素」を中心に……」

ものすごく高度な注文が来た。

でも、なんとかやってみせる。

冷や汗が流れそうになるが、絶対に汗をエーテルに落とすなと注意される。頷いて、何度かハンカチを使って途中で汗を拭う。

エーテルは水と同様に、かなりの抵抗がある上に。

混ぜていて分かったが、多数の要素を内包していくと。かなり手応えが出てくる。

まああたしは農作業で鍛えているからいいが。

それでも、出来ない人は厳しいだろう。

かなりの腕力仕事だな、と感じる。

だが、それでもものにしたい。

「よし、出来上がったな。 では、形にまとめてくれ」

「どういう形ですか?」

「魔力を送って投擲後、一定時間で爆発する形だ。 私の場合、小型の樽をイメージしたものとしている」

「……分かりました」

あたしなら。

投げやすい、小型の果実型か。

クーケン島では、子供が悪戯で投げて良いのは出来損ないのクーケンフルーツまでと決まっている。

小石だと死人が出かねないからだ。

これを破った子供は、百叩き程度では済まない。

また、この教育を受ける際に、人間の頭と同等の堅さまで育って食べられなくなったクーケンフルーツを用い。

投石がどれだけ破壊力があるのかを、大人……主に護り手が実習する。

投げ方次第では、子供でも同じ事が出来る。

そう聞かされて、誰もが粉々になったクーケンフルーツを見て震え上がる。

そこまでが、教育のセットだ。

タオは勿論、ガタイには自信がありそうなレントや、すかしているボオスですら恐怖していたな。

そう思って、最終的にはクーケンフルーツの形に成形していく。

そこまで、かなり時間が掛かったが。

それでも、成形は完了した。

後は、崩れないように気を付けながら取りだす。

取りだすと、思わず溜息が出ていた。

こんな長時間、集中し続けたのはいつぶりだろう。

リラさんが、家に戻ってきた。

レントとクラウディアの訓練が一段落したのだろうか。タオはと言うと、凄まじい集中力で、ずっと本を読んでいて。

こっちに気付く様子もない。

タオはああなると、無理矢理引っ張り戻さないと、食事の時間すら忘れて本を読み続ける。

タオは頭の強化に魔術を用いているのもあるが、とにかく頭が動き出すととんでもない。それは、タオを優先的に虐めているボオスですら認めている事だった。

「どうだアンペル」

「大当たりだ。 倫理観がしっかりしている上に、才能のある錬金術師は滅多にみない」

「そうか」

「ライザ、これを渡しておく」

頷いて、受け取る。

初級錬金術の手引きらしい。今、分からないところがあったら聞くように。そう言われたので、すぐに目を通して中身を確認する。

あんまり難しい本を読めないあたしでも、分かる程度に簡単に記されている。

これだったら、大丈夫だ。

「平気です、これなら分かります」

「よし。 この島を私は既に見て回ったが、この島で採取できる材料で、此処にある道具を全て作れる筈だ。 まずは、順番に一つずつやっていきなさい」

「分かりましたっ!」

ばしっと頭を下げるあたしに。

アンペルさんは、少し考え込んでから言う。リラさんは、相変わらず冷たい目でその様子を見ていたが。

「錬金術とは、無から有を作り出す学問だ。 才能に依存する部分が大きいのは、釜に満たしたエーテルの操作が極めて才能に依存するからだ。 エーテルへの素材の分解、要素の抽出、更には要素ごとの隔離。 これが出来る時点で錬金術師としての才能は充分にある。 大半の錬金術師はこれらのどれかが出来なくて、何人かで共同で釜を回すような有様でな」

そうなのか。

でも、ライザの場合は、魔術が生活に密着していたから出来た事だとも思う。

頷いて聞いていると、アンペルさんは右手を見せる。

「これは義手でな。 それもかなり出来が悪い」

「!」

「昔色々あってな、私自身は最低限の錬金術しかこなせない身だ。 だから教える事は出来るが、自分では錬金術を殆ど……高度なものはほぼ出来ない状態だ。 ライザ、お前が間違った方向に行かないようにしか、私は導く事は出来ない。 それは今のうちに話しておこう」

「分かりました。 ご指導お願いいたします」

もう少し口調を崩していい。

そう言われたので、恐縮してしまう。

この人が、尊敬できる人で。

苦労もたんまりしていることを、もうあたしは理解していた。

まずは、エーテルを切り上げる。

かなりの要素が無駄になってしまったが。錬金術をする際に、全ての要素を活用出来る事はまずないという。

しばらくは、屋根裏で。

あたしが秘密基地として使っている、改造した自分の部屋である屋根裏で錬金術をするしかないか。

アンペルさんは、小さな釜を持っているようだが。

これは本当に最小限の事しか出来ないものらしい。

普段はアンペルさんは、凄まじい内在している魔力を用いて自衛するらしく。先ほどの爆弾……フラムというそうだが。フラムを用いるのは、殆ど最終手段であるらしかった。

助けて貰った時は、間に合わないと判断してフラムを用いたらしく。

要するに、それだけ判断力も優れていると言う事だ。

見た目は正直、得体が知れないそこそこ若い男性、くらいな印象しかない。失礼な話だが。

だが、内在している練りに練られた魔力といい。

この相当な実戦慣れといい。

この人は、戦士としても多分島にいる誰よりも強いだろう。魔力込みでの戦闘では、アガーテ姉さんでも及ばない筈だ。

「では、引き替えに。 この島の伝承などを教えてくれるか」

「はい、任せてください」

「まずは童歌など何か伝わっていないだろうか」

「あります」

島に伝わる童歌を順番に歌っていく。

あたしは歌い手としてはとにかく酷いらしいが、こんなものは楽しければいいのである。順番に歌っていくと、ある童歌で待て、と声が掛かる。

「それが重要かも知れない。 メモを取るから、最初からもう一度歌ってくれるか」

「はい、でもこの歌……」

「あれをするなこれをするな、というのがこういった島では堅苦しく感じるのは分かるが、私達にはその歌が重要でな」

「分かりました。 歌ってみます」

それから、苦手な童歌をもう一度歌った。

「南に向かう旅人は、街道を決して外れるな。 西は悪魔の野が迫り、東の城は龍の住処ぞ。 嗚呼怖い嗚呼怖い、取って食われたくなければ、禁足地には入るでないぞ」

「なるほどな。 大いに分かった」

リラさんとアンペルさんは頷くと、咳払いされた。

基本的に二人とも、夕方から夜に掛けては出かけるという。船については、既に一隻借り受ける許可を得ているそうだ。

家にいる場合は、家の前に紋章を掲げておく。

それを見て、何かあったら修練を受けに来るといい。

レントとクラウディアも訓練が終わって、ヘトヘトになりながらも家に入ってきて。それで、話を聞かされる。タオも、あたしが無理矢理引き戻した。

全員で、はいと返事をする。

この時。

あたしの時間が動き出す。

いや、みんなの時間がだ。

あたしの夏が。今、始まったのかも知れない。

 

1、まずは最初の一歩から

 

まずはあたしの家に移動する。

もの凄く密度が高い時間だったから、外がまだ明るいのに驚いた。もう夜中だと思ったのに。

あたしは、フラムを手にして、ぐっと握りしめる。

これの使い方は分かる。

自分で作ったからだ。

魔術とは違う、即効型の殺戮兵器。

錬金術による、武力の象徴のような代物だ。

怖いとは正直思うが。

それはそれとして、魔術よりも火力があり、しかも詠唱無しで使える即効型の道具である。

それは、魔術つぶしを全力で行ってくる魔物相手には、文字通り特攻武器になる。

古い時代は、火薬というのが量産されて。

遠くまで届く銃という武器が出回っていたという話も聞く。

それらは同じような即効型の殺戮兵器で。

人間相手にも、魔物相手にも恐ろしい破壊力を発揮したらしい。

とはいっても、火薬というのは消耗品で。しかも放置しておくとしけってしまうらしく。

もう何世代も前に、使える「銃」はなくなったそうだ。

そんな調子で、この世からはどんどん技術が失われている。

古代ナントカ王国から受け継がれたらしい技術も、そうしてどんどん塵芥と化している。

王都はそんな時代でもいばりくさって、貴族がどうの派閥がどうのと言っているらしいし。

技術の復興が上手く行かないのも納得だなと、あたしは思うのだった。

途中から、レントが言う。

「なんか凄いのやったんだろ。 疲れてるだろうし、俺が担ぐぜ」

「そうだね、お願いしようかな」

「ライザ、どうだった? 錬金術、だっけ」

「うん、なんだか才能あるって!」

凄く嬉しい。

それを全てで表現すると、クラウディアはとても朗らかに笑う。なんだか屈託ない、良い笑顔だ。

多分、とても大事に育てられたんだろうなと、あたしはちょっと羨ましくなった。

うちなんて、農家の手伝いにこき使われるわ。

やりたいことを殆どできないわで。

どれだけ冒険を阻害されたか。

夕方になって家に戻ると、母さんが頭に角を生やして待っていたが。クラウディアの事は知っていたのだろう。

クラウディアの前で怒る訳にもいかないのか、精一杯の笑顔を作る。

それはそうだろう。

バレンツ商会との商談が、この島の行く末を握っているのは。クーケン島の住人、誰もが知っている。

それはクラウディアだって、この島の人は優しいとか認識するだろう。

更に言えば、ろくでもない商会が来る事の方が多いのである。

久しぶりに来てくれた、まともな商会。

良心的な商売をしてくれる。

そうなれば、失礼は出来ない。

しかも、クラウディアは、特別扱いを要求しない。それは、大事にしようと周囲も思うだろう。

とはいっても、クラウディアが仕立てのいい絹服に身を包んでいて、それでこんなお人形さんみたいな容姿でなかったら、周囲はこんな反応をしたかどうか。

勝手なものだよなあ。

あたしは、分かりやすい母さんの対応に苦笑いしたし。

更に言えば、母さんの立場も分かるので、それを責めようという気にもなれなかった。

二階に上がる。

レントは案外器用なので、釜をぶつけずに階段を通る。

クラウディアはわくわくしているようで。狭い事とか汚い事とか、全然気にしていない。むしろ、知らない事だらけの場所を、幼児のように楽しんでいる。

屋根裏は、それなりに改造したから、悪ガキ軍団で使える広さがある。窓もあるから、ちゃんと朝になっても分かる。

軽く、話をする。

まずあたし。

錬金術を学んだ。やり方は分かった。明日からは、まずはこの本。そう言って、アンペルさんに貰った本を見せる。

これに沿って、基礎的な錬金術の物資を作る。

そういうと、レントは頷いていた。

「あの鼬を瞬殺した凄い道具がそれか。 ちょっと形が違うみたいだが……」

「錬金術って才能に依存するんだって。 エーテルの扱い方とか、エーテル内に溶け込ませた要素の操作とか。 そういうのが、全て才能に依存していて、全部ある人間は希だって話だよ。 だから生成物も、こんな形で変わるみたいだね」

「ライザは魔術に関してはすごいもんね」

「聞いているだけで羨ましいわ」

タオの嫌みに対して、クラウディアが嫌みなく言うので、なんというか育ちの違いを感じてしまう。

まあそれはそれでいい。

まずは、これからだ。

クラウディアに話を聞くが、バレンツ商会は一季節はここにいるらしい。

というのも、商談というのは時間が掛かるものだそうだ。

そもそも、物資を買い付けて売るというのだったら、誰でも出来る。

商会にいる魔術師が、物資を冷やすなりして保存して、売る場所にどうやって運ぶかの計画立案。

販路の設定。

販売先の商人との連携。

更には、安定した物資の仕入れ。

これらの全てを立案しなければならず。更には相当な大口取引となると、商会にいる人間が下手をすると路頭に迷う。

それらがないように、しっかり準備を整えるのが、商会の仕事。

今の時代、余っている人間なんて一人だっていない。

あたし達だって、必要な時には護り手に要請を受けて、魔物狩りに出るのだ。あたしもレントも、勿論タオも。魔物を殺したキルカウントは、全員二桁後半に達している。

島に上陸してくる奴もそうだけれども。

島の対岸を掃除していれば、必然とそういう風になる。

島にいる人達だって、農作業やら、加工作業やらで忙しい。

ただ、これだけ忙しくなったのは、ブルネン家が水源をどうやってか確保してかららしいので。

昔はもっと貧しくて。

更には人だって少なかったかも知れない。

昔の島は、子供の半分は死んだというから。

「リラさんやアンペルさんも、しばらくは此処に滞在するみたいだね」

「だとすると、それまでが勝負だな」

「じゃあ、まずは短期目標についてそれぞれ話そうよ」

「うん!」

凄く嬉しそうなクラウディア。

こういう集まりで、こういう話をした事がないらしい。

そして、そわそわした後、周囲を見回した。

「次に来る時は、お菓子とか持ってくるね」

「おお、気が利くな!」

「男共がいるから、繊細なお菓子をちょっとだけだと足りないと思うよ」

「大丈夫、アップルパイを焼いてくるわ」

それは有り難い。

実の所、ライザも結構食べる方なので、それなりにがっつりしたお菓子の方がありがたいのである。

それに、小麦粉を使ったパイなんて贅沢である。

今は小麦粉もある程度島で生産出来るようになってきているが、それでも生活に使うぶんでギリギリだ。

東の方だと麦よりも収穫量が多いライスという作物があるらしいのだけれども、これは扱いがとても難しいらしくて、非常に専門的な育て方が必要らしい。あたしも実物は見た事があるけれども、説明を聞いてこの島ではまず育てられないだろうとも判断していた。

「まずはあたしから。 この貰った本に書かれている、基礎的な道具を一通り調合してみます!」

「怖い道具ばかりじゃないと嬉しいわ」

「ああ、それは大丈夫だよ。 傷薬とかもあるからね」

それと、だ。

この本を見ると、武器の作り方もある。

あたしの杖もそうなのだが。そろそろ相当にガタが来ている。これらの武器類は、基本的に職人芸で作るもので。

あたしもいろんな家のお風呂を沸かすのを手伝ったり。

たくさん魔物を斃して、それで護り手としてのお給金を貰ったりして。やっと買ったものなのだ。

レントの大剣もそうだが。

この間の戦いで曲がってしまった。

そろそろ、代わりが必要になるだろう。

ただ、この装備品の作り方については、まだかなり先になりそうである。レントの武器は、鍛冶に持ち込んで直すしかない。

「次は俺だな。 リラさんに、戦い方のコツを教えて貰ってきた。 その、今まではライザに戦闘時に指示を頼んでいただろ」

「ああ、それは司令塔がいた方が戦いやすいからね」

「その通りだ。 今後は俺は、作戦だけもらったら自己判断で最適行動を出来るようになっておきたい」

「なるほど、確かにそれは戦闘時にあたしの負担が減るね」

実はこれは、タオは出来ている。

この間クラウディアを助けたときも、クラウディアをガードすべく最善の行動を最速で取っていた。

タオは頭が回るから、特に訓練を受けずともそれが出来るという事だ。

レントはそこを補いたいのだろう。

「次は僕だね。 僕は、まずこの本に目を通して、基礎的な単語とかを頭に入れることにするよ」

「大丈夫? 食事とか……」

「大丈夫。 うちの両親に話をするから。 ただ、うちの両親、蔵書を処分する計画を立てているらしいんだよね」

確かに、読み方が分からない古文書なんて、家のスペースを圧迫するだけだが。

どんな重要な情報が書かれているかわからない本を廃棄するなんて、はっきりいって正気じゃない。

あたしがそう告げると。

タオは少しだけ寂しそうに笑った。

「ありがとうライザ。 僕もなんとかして、本に書かれている事を確認して、それで考えを改めて貰うよ」

「うん、応援する。 なんならあたしも説得しようか?」

「いざという時は頼むね」

タオの両親は、魔術の扱いが二人とも下手だ。

かなりの頻度で、湯を沸かす手伝いをしていて、それで貸しも作っている。

そもそも、湯沸かしという作業があらゆる意味で重労働であり。それを手伝うというのは、相当に相手に対して大きな貸しを作れる。

此処で、それを回収しておくべきだろう。

というか、さっき告げたのは本音だ。

確かにこの島には色々思うところもある。伝承の窮屈さには色々と腹だって立つ。

だけれども、過去の人間の知恵を馬鹿にするつもりはない。

いい大人がそんな事も理解出来ないなんて、色々問題だとあたしは思う。

クラウディアが、更に言う。

「あのね、古い弓とかない? 弦が切れてしまっていてもいいの」

「あるよ。 狩りに使ってたのが、裏庭にある。 あげる」

「本当! 嬉しいわ」

「そんなのどうするの?」

訓練に使うと言う。

クラウディアは、音魔術の使い手だが。やはりリラさんに話を聞いて、切り替える事にしたという。

音魔術そのものは捨てないが。

新しく、使える魔術を増やすという事らしい。

それはそれで、素晴らしいと思う。

具体的には魔力の具現化を行うらしく。矢を必要としない射手を最終的には目指したいそうだ。

「詠唱無しの魔術だと、破壊力に限界があるんだよね。 魔物はどいつもこいつもタフネスを武器に詠唱をごり押しで通そうとするし……」

「あれずるいよね。 大物の対処となると、どうしても死人が出るのを覚悟しないといけなくなるし」

「詠唱による魔術の火力の上がり幅があたし達より劣るのは幸いだけど」

実戦経験者どうしで話をしているのを聞いて、クラウディアはそわそわした。

結構怖い世界で、やっていけるようになりたいと言っている。

自分の言動の意味に、気付けたのかも知れない。

だが、自衛のために魔術を練り上げるなら、それは良いとあたしは思う。手伝いだって、幾らでもする。

「よし、解散しよう。 それぞれ短期目標を攻略して行こう!」

「おう!」

「分かった、最善を尽くすよ」

「うん。 みんなに負けないようにするね」

話を終えた所で、一度解散。

皆めいめい散って行く。

帰る際に、レントがかあさんにいつも綺麗ですねとお世辞を言っていたが。これは母さんに説教一晩コースを何度かされた後。経験として身に付けたものだ。

母さんも農作業に力を入れるようになってからどうしても太って、それを気にしているようで。

そう言われると、悪い気はしないらしい。

あたしなんかより、昔はずっと綺麗だったみたいだから、それも確かに頷ける話ではある。

あたしも血が通った人間なので。容色が衰えた人間の哀しみくらいは、理解出来るつもりなのだ。

一度家から出ると、クラウディアにお古の弓を渡す。弦を張ればまだ兎くらいだったら狩れるけれども。

まずは引くのに結構力がいるし。

魔力を具現化して弦を張り、更に矢を放つとなると、かなり色々と大変な筈だ。

とくに弦をするどくしすぎると、矢を放つときに指が飛ぶ可能性もある。

立射には体勢も大事だ。

この辺りは、あたしも護り手の訓練で習った。

軽く、立射の姿勢から順番に基礎を見る。これはリラさんの負担を減らすためだ。あの二人も、色々やることがあるっぽいからである。

「此処は当たり」。

そういうことをアンペルさんが言っていたような記憶がある。

そうなると、しばらくアンペルさんとリラさんは此処にいるだろうが。同時に危険に首を突っ込む可能性も高い。

クラウディアは飲み込みがはやい。

集中力が優れているのだと思う。立射の姿勢は、すぐに覚えた。というか、元から動作がしっかりしているし、その延長線だからだろう。これは、射手として、相当な才能があるのかも知れない。

「うん、いいよ。 それを何度でも再現出来るようにして。 移動しながら矢を放つときもあるけれども、基本はその立射で放てば、当たる確率も上がるからね」

「有難うライザ。 遠慮しないで色々教えてくれて本当に嬉しい」

「うん。 それじゃ、今日はもう遅いから、送っていくよ」

「何から何まで本当に嬉しい。 ライザと友達になって良かった」

クラウディアに、打算とかそういうのは感じない。

本当に友達に餓えていたんだな。

そう思って、あたしはちょっとだけ、クラウディアの事を気の毒だと思った。

 

翌朝。

朝一に農家の手伝いを済ませる。あたしは魔力量がありあまっているので、自分の担当を決めて、それをさっさとやるのは得意だ。

水のくみ出し、煮沸消毒、さらには重い苗とかの運搬。

それらを済ませて、お父さんとお母さんにやったことを告げておく。お母さんはまだ色々言いたいようだったが。

昨日から、あたしがつやつや生き生きしているのを見たのか。何も言わなかった。

まずは参考書を手に、クーケン島を回る。

タオはあれでもなんだかんだで家の外に出てくるので、用事があれば必要な時に声を掛ければいい。

参考書には、雑草にしかみえないようなものや。

うにと言われる棘だらけの木の実も記されていた。

うには中身は美味しいが、虫が食っていたり棘をどうにかするのが大変だったり。更には食べるためには硬い殻を割らなければならなかったりで、基本的に保存食扱いだ。食べるにしても、ゆででアクを抜いたりしないとまずくて仕方が無いので、はっきりいって贅沢品である。

この何手間も掛かる調理の末には、それなりに美味しいものが出てくるのだけれども。

湯を沸かすだけでも重労働なのだ。

うにの調理なんて簡単にはできないので、普段は其処に生やしているだけの代物である。まあ非常食ではあるのだが。

クーケン島も、異常気象は何度も経験している。

そのため、外部から入手した作物を散々試してきた経緯がある。例えばクーケンフルーツが全滅した場合に備えてだ。

そのため、農家ではブルネン家主導で、麦を主体に様々な作物を意図的に育てるように指導がされていて。

ブルネン家を苦々しく思っている古老ですら、それについては賛成している。

麦の何割かは、水車で粉に引いた後は、保存用にブロックにして蓄える。このブロックがまずいし、何年か経過したら肥料に変えてしまうのだけれども。

それもまた、いざという時の備え。

こういう所ではブルネン家はしっかりしているし、今の当主のモリッツさんも嫌みで人間性には問題はあるがしっかりしているので。

島からたたき出そうとか、そういう空気にはあたしは乗れなかった。

島を探していると、レントがいた。

いつもと違う場所で、剣を振るっている。

どうやら朝一番に鍛冶屋にいって、応急処置はしてもらったようだ。だが、どうみてももう剣が限界だ。

咳払いすると、レントは気付く。

「おうライザ、何か力仕事手伝うか?」

「大丈夫。 今日はそれほど色々は集めないから」

「そっか。 で、それ、うにか? 魔物に投げて気を引くくらいしかつかえないような気がしていたんだが」

「それがね、錬金術ではこれをつかって、フラムとは別種の爆弾を作れるらしいよ。 とりあえず持ち帰ったら試してみるよ」

へえと、困惑気味にレントは言う。

とりあえずあたしはその場を離れるが。レントはいつもと違って、周囲に気を配るような立ち回りを練習しながら剣を振るっているようだった。リラさんに指示を受けたことをやっているのだろう。

去り際に言われる。

「明日辺りに、ちょっと試したい。 対岸に行きたいが、いいか?」

「いいよ。 早めにリラさんに成果見せたいもんね。 あたしもアンペルさんに、早めに成果を見せたいなと思うし」

「そっか、じゃあ決まりだな。 明日の朝一に対岸に行こうぜ。 ただ船が……」

「それなら、朝一に見て来た。 リラさんに事情を告げておいたんだけど、そうしたら回収してきてくれていたよ」

ありがてえ。

そうレントが喜ぶ。

あたしも嬉しい。

そのまま、その場を離れる。

今は、レントの邪魔をしてはいけない。あたしも、採取に集中する。

貰った本によると、植物というのはそもそも多数の要素で組み合わさっていて。毒草からでも薬は作れるらしい。

あたしも知っている草もあるけれども。

よくクーケン島を調べて回ると、知らないものもかなり見つかる。採取の際は、気を付ける必要があるだろう。

丁寧に採取を行って行き。

やがて。一通り採取をして、満足した。

そのまま帰路につこうとすると。ボオスとばったり。

ランバーはつれていない。

珍しいなと、あたしは思った。

さっそくボオスが嫌みを言うかと思ったが、ちっと舌打ちしてそのまま行ってしまう。何かあったのかあれは。

まあいいか。ともかく、一度屋根裏部屋に戻る。

母さんは、あたしがわんさか色々持ち帰ってきたのを見て、呆れた。

「ライザ、あんた子供に戻ったみたいに」

「ちょっと錬金術で必要なんだ」

「なんだいそれは。 聞いた事もないけれど、魔術の別系統かい?」

「今、ものにしようと調べてるところ。 多分、農作業にも役に立つとおもうから、待ってて」

はあと、呆れる様子の母さん。

元々保守的な島だ。

あの反応が普通である。

父さんは理解がむしろある方だが、それでもライザが新しい事をやり始めると、最終的には母さんの味方をする。

いにしえの伝承には、「理解のある彼」とかいう怪物が出現するそうだが。

そんなものはクーケン島にはいないのである。

とりあえず、これは実績を作らないと、怪しい呪い扱いだろうな。

そうあたしは、冷静に判断する。

これでも散々殺し合いを経験していないのだ。

このくらいの判断力は、当然備わっている。

無言で、釜にエーテルを満たす。

調合の度にこれはやるようにと言われている。用済みになったエーテルは揮発させてしまうが、その度に当然魔力を消耗する。

詠唱で増幅しているとは言え、それでも結構消耗はあるので、日になんども出来るものではないだろう。

それについては、今のうちに対策を練らなければならない。

まずは薬から作るか。

エーテルを満たし終えたので。貰った棒を使って混ぜながら、薬の素材になる薬草を入れて行く。

まずは、基礎の基礎。

もっとも基礎になる部分からだ。

要素を分解。

仕分け。

そして、新しい素材を入れたら、同じ事を繰り返し。

全てが混ざらないようにする。

かなりの集中が必要だ。

それだけじゃない。

魔力の操作も繊細極まりない。冷や汗が何度も流れる。これはとてもではないが、手なんて抜けない。

何度かハンカチで冷や汗を拭いながら、要素を手元の参考書を見ながら重ねていく。

やがてそれらを重ねていき。

最終的に、一つに収束させていくのだ。

まだ液体を作るのはかなり難しい。

そう聞いているので、まずは粘性が高い軟膏型の薬にする。

液体は、エーテルで泡のように覆って。専用の容器に収めるようにして回収するそうである。

なるほどなるほど。

自分で練り上げながら、一つずつ、確実にこなして行く。

ほどなくして、粘性のある半個体の薬が出来上がる。あたしはよしと呟くと、先に用意しておいたケースに収める。

これ自体が、かなり堅めの木のみをくりぬいたものであり。

中は何度も洗浄して、薬に影響が出ないようにしているものだ。

薬を収めると、あたしはなんの躊躇もなく、今朝ちょっと傷ついた肌のかさぶたを剥がす。

血がしみ出してくるが、そこに薬を塗ると。すぐに溶けるように傷が消えていった。それどころか、体が温かい。

すごいな、これ。

そう、素直に思った。

例えば、古老なんかはあたしよりももう魔術が出来ないが。回復関連だったらあたしより上だ。

この島でまだ古老がある程度の発言権を持っているのはそれが故で。

特にお産の時のダメージを和らげたり。

怪我人が出たとき、死ぬ確率を下げたりする魔術を使う事が出来る。

だが、怪我をすればいたいものはいたいし。

お産の時も、母親は死にそうな顔をする。

あたしも湯を沸かしたりするために出張る事があるから知っているが、特に若年で子供を産むときなんかは(取り柄がないと見なされた子は、十五で結婚するのが当たり前なので)。場合によっては母親や子供、酷いときには両方が死ぬ事だって普通にある。死産はあたしもそういう訳で見た事があるが、とても悲しいもので。涙がしばらく止まらなかった。

それらを緩和できるのだから、古老の発言権が最低ラインを割り込まないのも当然だと言える。

だが、この薬が出回るようになれば。

それも過去の話となるだろう。

あたしは思う。

こんな初歩の錬金術でも、クーケン島のバランスを崩す。考え無しにばらまくと、大変な事になるかも知れないと。

だけれども、それで出し惜しみして、誰かが悲しんだり泣いたり、ましてや命を落とすのは絶対に嫌だ。

ふうと息を吐くと。

あたしは次のものに移る。

うにの成分を使った爆薬。なるほど。うにを利用すれば、こんなものも作れるのか。

フラムは超高熱で抉り取るような爆弾だったが、こっちは殺傷力を指向化して叩き付けるようなものになる。

ただ、破壊力はフラムに比べると抑えめで。

使いどころを気を付けなければならないが。

無言で、錬金術をあたしは続けて行く。

少しずつ、今まで使っていなかった頭の部分が動き出す気がする。ただ、あたしはそれで誰かを苦しめる存在にはなってはいけないとも、自分を戒めもしていた。

 

2、レントの苦悩

 

クラウディアの家に遊びに行く。

旧市街にある一番大きな家に、クラウディアは滞在している。良い行商にだけブルネン家が貸し出すことで有名で。この辺り、実は行商人にこびへつらっているモリッツさんも、相手次第では思うところがあるのかも知れない。此処を貸し出している相手は久方ぶりなので、裏の事情を周知の島の人間が、みんな好意的に接するのも何となく分かってくる。

クラウディアのお父さんのルベルトさんは留守にしていて、代わりに寡黙なメイドさんが出迎えてくれた。

何でも王都でメイドをたくさん輩出している家系の人間らしく。

貴族だったり豪商だったり、或いは両方を兼ねている家に雇われていくらしい。そして、それぞれが一族の名を傷つけないように必死だそうだ。

紅茶をいただきながら、そんな話をする。

それはそうとして、ちょっと味付けが濃いかも知れない。

クーケン島では、調味料が手に入りづらい事もあって、基本的にものの味が薄いというのは聞いている。

これは行商人だけではなく、アガーテ姉さんや、酔ったザムエルさんが話しているのも聞いたから、本当なのだろう。

紅茶はあたしもたまに飲むのだが。

これも、そう感じた。

それで、クラウディアと軽く話す。

弓を渡したときに。弓と一緒に、あたしは使い古しのグローブも渡した。矢を放つとき、下手をすると指ごと持って行かれるからだ。

クラウディアはリラさんの言った通りに魔力を練りながら。

弦を出現させる事には成功したそうだ。

次は矢だと、クラウディアは嬉しそうに話している。

その後、裏庭で軽く様子を見せてもらう。

クラウディアは育ちが良いからだろう。やはり背筋が伸びていて。故に立射の態勢を取るのがとても上手で、殆どもうあたしが教える事はなかった。

これ以上はリラさんによる指導だろう。

「どうライザ」

「うん、完璧とはいかないけど、始めたばかりの人間とは思えないくらいいいよ。 それで音魔術はどうするの?」

「そっちも練習中だよ。 やっぱり独学で何となくやるのだと駄目だね。 リラさんに教わった通りに練習したら、毎日ぐんぐん火力が伸びてる」

「こればっかりは仕方が無いよ。 リラさんは一目で分かったけれど、あれは生半可な傭兵よりも、修羅場を滅茶苦茶くぐってるし、魔力量も多分才能だけで培ったものじゃないと思う」

軽く話す。

あたしの錬金術も聞かれたので、せっかくなので作ったばかりのお薬も渡しておく。

少しずつ、素材などの良し悪しもわかるようになって来た。

もらった参考書を手にクーケン島を回っていると。

周り慣れた狭い島の筈なのに、新しい発見がどんどん出て来て。新鮮で面白くて仕方がない。

昔、散々島の中を走り回って、知り尽くした意味がやっと出て来ている。

それに、クーケン島の植生などは分かっているから。どこに何があるのかも、参考書である程度知識が上書きされた今も、ある程度は察しがつく。

この辺りが面白くて、わくわくが喚起されてたまらない。

「ライザ、すごくきらきらしてるね」

「うん。 おっと、そろそろ時間かな」

「島の外に出るの?」

「ごめん、流石にクラウディアはまだ外に一緒に行けない」

寂しそうにするクラウディアだが。

自分でも、とても冒険に出られる自衛力がないことは分かっているのだろう。

クラウディアを殺しかけたエレメンタルなんて、それこそ外ではなんぼでもいる魔物である。

それはクラウディアだって分かっているだろうから。

ただし、クラウディアはもう仲間だし。

一緒に冒険に行きたいと思う心は強くある。

だから、あたしは咳払いすると、クラウディアに言う。

「大丈夫。 クラウディアが努力を続けて、それで自衛力が身についたら、あたしからルベルトさんに交渉して見る」

「ほんと?」

「ただ、正直あたしたちもまだ努力足りないんだよね。 この間クラウディアが襲われた時に出て来た鼬だったら、もうどうにでも出来る自信があるけれど」

あんなもの。

外には幾らでもいる魔物だ。

だから、まだまだ力が必要だ。

一つ考えているのが、装備の刷新である。

昨日、鉱石を使って錬金術を行って。

多少品質は劣るけれども、それでもインゴット……延べ棒を作る事が出来た。

クーケン島にある鉱石だと、正直抽出出来る要素が弱々しくて、触っていて叩きたくなるようなすごいインゴットはまだ作れない。

色々レアな鉱石や作物もあるにはあるのだけれども。

それでもまだ要素が弱々しいのだ。

恐らくは、人が住んでいるから。

自然にあるべき要素のたくましさが、失われてしまっているのだと思う。

「大丈夫、すぐに出来るようになってみせるから」

「嬉しいわ。 ライザ達の事、みんな大好きよ」

「えへへー、そう言われると嬉しいな」

まあ、確かに屈託ない笑顔でそう言われると嬉しい。

それに、クラウディアはあたしと同い年なのに、なんだかずっと幼い子に感じる。あたしは子供は嫌いではないので、こういう風に慕われると結構弱い。だけれども、クラウディアはその辺りも分かっているようで。

自分に変な風な遠慮はしないでほしいとも言っていた。

親しき仲にも礼儀ありなんて言葉もあって、流石に隠し事はなしとまではいけない。それはクラウディアにも要求は出来ない。

だけれども、遠慮しないでほしいと言われているので、素直に事実は告げる。

その後は、屋敷のメイドさんに話して、この場を後にする。

クラウディアも、玄関まで見送ってくれた。

ちょっと離れがたいな。

そう、あたしは思った。

 

あたしの家の裏手にある入り江まで、船を引っ張って。

それから、船でまた対岸に渡る。

まだしばらくは見極めがいるから、普段使っている入り江の影に船を止めて。石柱に固定するつもりだ。

今考えると、石柱も崩せば素材にできそうだけれども。

今は、我慢だ。

移動中に、レントとタオと軽く進捗について話す。

レントはリラさんに教わった通りにやっていて。かなり成果が出ているようだ。

もともとレントは護り手の中でもかなり力量が期待されている若手で、少なくともアガーテ姉さんとザムエルさん以外の相手だったら互角以上にやり合える。

それだけの基礎がある所に、別次元の実力者から指導を受ければ、それは伸びる。

ただそれはそれとして、司令塔も必要だ。

あたしはふわっと指示を出せば、それにそって動けるようにする。

そんな感じで、レントは今訓練をしているそうだ。

そして最終的には、自分一人で旅をすることも視野に入れているという。

それもまた良いだろう。

手分けして何かしなければならないとき、三人一組の原則を崩さなければならなくもなってくる。

そんなときは、単独行動できる判断力と知識が必須だ。

勿論、単独行動だと戦える魔物だって限られてくるけれども。

それはそれで、今は考えなくても良いだろう。

今回は、良さそうな鉱石を探す意味もある。

それについて説明すると、タオが眼鏡を直していた。

「インゴットを自分で生成できるの!?」

「うん。 でもクーケン島の鉱石だと、やっぱり品質に限界がある。 多分今のレントが使っている剣と同じようなのしか作れない」

「いや、この剣が幾らだったか知ってるだろ!?」

「あたしだって、自分の杖でそれは知ってるよ。 まずあたし達全員……クラウディアも含めて、錬金術で武器を作りたい」

もしそれが出来れば。

今まで大苦戦を強いられていた魔物が相手でも、恐らくは苦労する事はなくなるとみて良いだろう。

ただ、世界には意味がわからないほど強い魔物もわんさかいるらしい。

それらを相手にする冒険を考えると。

今のうちに、できる事を一つずつこなさなければならないのだ。

参考書を見せて、今回狙う素材を二人に周知はした。

「タオはどう?」

「幾つかの単語を集中的にせめて、汎用的な会話を出来るようにしているところだよ。 ただ、やっぱりうちにある本、かなり専門用語が多いみたい」

「それで苦戦中か?」

「うん。 それに加えて、なんというか言葉の使い方が迂遠なんだよね……」

たまに島に来る吟遊詩人とか、すごく迂遠なものの言い回しで物語を語ったりする。それはそれで雰囲気が出るのだが。

言葉として会話するのに便利かというと、それは違っているだろう。

「とにかく、少しずつ解読は確実に進めてるよ。 まだ部分部分をちょっとずつ、だけれどもね。 今なら、当時の人と一般的な会話くらいなら出来るかもしれない」

「すごいよタオ!」

「ああ、すげえ。 流石だな。 でも、それで会話する相手がいないなあ……」

「うん、それは仕方が無いよ。 古代クリント王国の言葉なんて、もう誰も使わないからね……」

此処以上の辺境だと或いはまだ使っている人間がいるかも知れないが。

ただ、タオの話を聞く限り、そんな不便な言葉。わざわざ使う理由が見受けられないような気がする。

その辺りは、学者では無いあたしだって、簡単に察しがつく。

対岸に到着。

石柱にロープで船を固定。

やっぱりだ。

この石柱、多分素材に出来る。だけれども、それは後回し。荷車を降ろす。まずは、これに今回狙う素材を満たしたい。

対岸には、多少の魔物が彷徨いているのが見える。

鼬が多いが、この辺りの鼬は水の中の方が機敏に動く。尻尾がひれのようになっていて、より水中活動に特化している。

此奴らに水中に引きずり込まれると、歴戦の傭兵でも遅れを取る事があるらしくて。

見かけ以上に危険な相手だ。

なお、古い時代の鼬は、臭いを出して相手から身を守っていたらしいのだけれども。

今の時代の鼬は、その能力を失っているらしい。

まあそれもそうだと思う。

今の鼬は、そんな事しなくても身を守れるくらい、大きく早く、そして強いからである。

「この辺りの魔物を掃討して、まずは力試しだ」

「うう、ちょっとまだ怖いなあ」

「大丈夫、あたしとレントがしっかり攻める!」

「おうよ!」

まだちょっと不安がありそうな大剣を引き抜くレント。やっぱり骨董品だ。だけれども、良い武器は現役の護り手に行くのがクーケン島の基本。

というか、そもそもだ。

そうしないと、島が守れないのだ。

鼬の数は十数匹か。全部が纏まっているわけではなく、それぞれ我が物顔に散ってくつろいでいる。

端から崩す。

そうだけ説明して、突貫。

鼬の一体が顔を上げて、此方に気付く。警戒しているけれど、どうでもいい。

真正面から、ひねり潰すだけだ。

まずはあたし。

上空に熱源を出現させると、光の矢を鼬に降らせる。それぞれが人間の手足を貫くほどの火力がある熱線だが、それも鼬相手には決定打にならない。魔物の頑丈さを思うと当然だが、ちょっとむかつく。

この火力を錬金術で上げられないか。

上げられるようだったら、限りあるフラムなどの物資も節約できるのだけれども。

ただ、あたしもエーテルを散々絞り出して、魔力の総量が上がっているみたいで、明らかに普段よりも鼬に効いている。

怯んだ鼬に突貫するレントだが。

いつもほど無謀に攻めていない。

脳天に一撃を与えた後は、即座にバックステップ。

鼬が反撃で振り下ろした爪を、回避する事に成功。

更に、鼬の脇に入り込んだタオが。全身ごと大槌を旋回させて、叩き込む。ギャッと鋭い悲鳴を鼬が上げて。

そこにあたしが、熱の槍を叩き込んでいた。

鼬の頭が砕ける。

まずは一匹。

様子を見て、数体が警戒態勢に入る。

「続けて、一匹ずつ潰すよ!」

「おうっ!」

鼬は数が多すぎる。此奴らが魚を散々食い荒らすせいで、漁師もみんな迷惑している。それどころか、草食獣が殆ど喰われてしまうので、無駄に雑草だらけになって街道だって荒れる。

だから普段から間引く必要があるのだけれども。

護り手でも、とても手が回りきらない。

別に護り手の仕事をとるわけじゃない。

この街道を少しでも安全にするために。

好き勝手にこの場所を荒らしている鼬は、削っておかなければならないのだ。

あたしが出来る。

あたし達が出来る。

だから、やる。

それだけである。

二匹目の頭を蹴り砕いて粉砕し、三匹目。三匹目は、死角に潜り込んで、あたしの後ろから襲いかかってきたが。

即応したレントが割り込んで、大剣で受け止める。その瞬間にあたしも飛び離れて、横っ腹に熱の槍を叩き込んでやる。吹っ飛んだ鼬に、更に追撃で連射。傷口に叩き込まれた熱の槍が、鼬の内臓を直に焼く。

あまりおいしくはないが、鼬も食べる事が出来る。

倒した後は、食べられそうな肉や毛皮は剥いで回収しておくべきだろう。

そう思って、周囲を確認。

タオが警告してくる。

また数匹が、こっちに警戒している。

でも、数匹だ。

少しずつ斃して、確実に減らしていく。ちょっと増えすぎている鼬は、此処で全て処分するべきだった。

 

夕方。

鼬の駆除、完了。

レントは自分の手を見ていた。

あたしは、魔力を使い尽くすようなこともなく。多少余裕がある。やっぱり、きっかけがないと駄目だな。

そうあたしは思う。

錬金術をはじめて、エーテルを絞り出すようになって。やはり体が魔力を普段より使うようになった。

運動をすれば筋力を使うのと同じだ。

あたしも、これから錬金術をどんどんやれば、それだけ魔力が増える。

それは、やってみてよく分かった。

タオも息をついてへばっているが、それでも以前より動きが良くなっている。頭だけ使っている訳ではない。

普段より頭も使っている、が正しい。

だからタオはどんどん強くなっている。

レントは不安そうだ。あたしは、声を掛ける。

「レント、動きよくなってたよ。 何度も綺麗に敵の攻撃防いで、此方へのダメージを軽減できてた」

「ああ、そうだな。 だけども、まだ全然だ。 もっと周囲を冷静に見るようにはなれているが、考えてから動いてやがる。 悔しいが、これを考える前に出来るようにならないといけねえ」

「レント、体の制御だけに魔術使ってるよね」

「ああ、そうだが」

なら、頭の方にも回せば良い。

タオが、自分の方を指さしたので、あたしは頷く。

レントはしばし考え込んだが、やがて頷いていた。

「分かった。 俺たちの仲だ。 タオ、ちょっとアドバイスくれるか?」

「いいけど、頭の方に魔力回すやり方、筋力制御とだいぶ違うよ」

「だから専門家に頼むんだよ」

「うーん、分かった。 ええとね」

二人が勉強会を始める。

その間に、あたしは採取を始めた。

レントは、勉強会をしながら、あたしの周囲に目を配ってくれてもいる。鼬の残党がいるかもしれないからだ。

あたしは少し暗くなってきたなと思って。

魔術で灯りを作る。

自分の周囲を自動で旋回する熱の弾だが。これはそのまま灯りにもなる。ただし剥き出しの熱なので、家の中などでは間違っても使えないのだが。

ランタンがいるかな。

そう思って、無言で素材を荷車に詰め込む。

レントはタオと話しながら、周囲を歩き回って警戒を続けてくれる。今回の戦闘では、フラムを温存できたが。

あたしが確実に力を上げていることは、レントも分かっていたのだろう。

劣等感につながらないといいのだけれど。

そう思う。

鉱石を幾つも調べて行く。ひんやりとする鉱石も、じわっと来る鉱石もある。セキネツ鉱だけではなく、アクア鉱というものも見つける。それだけではなく、他にも鉱石素材は幾つも種類があって、用途も違う。

大型の蜘蛛の巣を発見。

蜘蛛に謝って追い出すと、端を切って丁寧に巻き取る。

蜘蛛の巣は大きいものを触ってみると分かるが、硬度が尋常じゃ無い。その堅さは、鉄とかにも迫るという話だ。

実際問題、あたしも触ってみて凄いなと思う。

ただ。それでもぴんと漠然と張られているだけのもの。

持ち歩いているナイフでも取れるし。

なんなら熱魔術で焼き切ればいい。

他にも薬草なんかを採取した後、さっさと撤収する。この時間くらいから、護り手がこの辺りを調べに来る。

それを警戒して、鼬もいなくなる。

だけれども、その代わりにエレメンタルが来る可能性がある。

エレメンタルと戦闘するのは避けたい。この間のクラウディアを襲っていたような雑魚だったら兎も角、もっと強いのが出てくると厄介だ。

鼬の皮と肉も、使えそうなのは剥いでおく。

後、帰った後、もしも会ったらアガーテ姉さんに話をするべきか。いや、止めておくべきか。

護り手の仕事の負担が減るなら言う事はないのだが。

それはそれとして、アガーテ姉さんだって怒るだろうしなあ。

怒ったら全員一晩説教コースだしなあ。

ちょっと悩んだが、結局鼬の死体は全部エリプス湖に放り込んで、その場から処理しておいた。

魚が集って、鼬の死体を貪り尽くしていく。

普段は鼬に喰われる側だが。

今回は逆。

凄い勢いで処理されていく鼬と、跳ね回っている大量の魚を見て。ちょっと身震いがした。

「ライザ、大丈夫か」

「前の事、まだ結構不安?」

「ううん、大丈夫。 大丈夫だよ」

言い聞かせる。

既にこの初歩の錬金術についての本は読んだが。いずれ、魚や水場にある素材も使わなければならなくなる。

熱操作の魔術で、素材の一部を冷凍。

熱く出来るという事は、冷やすことも出来る。

食べられそうな肉は、帰路でおやつにしてしまう。タオですら、ちょっと疲れたといって、ほどよくあたしが焼いた肉をがつがつ食べていた。船を漕ぐ前に、レントは先に食事を済ませた。

みんな、まだ体が育つのだ。

それもあって、食欲は旺盛である。これは恐らくだが、クラウディアも同じだろう。

帰路で、レントは言う。

フラムは温存したが、あたしが作った傷薬は使った。

それを見て、やはり思うところもあったのだろう。

「ライザは確実に錬金術で強くなってる。 タオだって、本をどんどん解読してる。 俺は、まだまだだな」

「そんなことないって」

「いや、まだまだだ。 今朝も俺、親父に殴られてな。 また一方的だった。 酒に狂って、すっかり鈍ってる親父にまだ勝てるどころか、ろくに抵抗もできねえ。 こんなんじゃ、まだ駄目だ」

「あのザムエルさんに殴られて死んでないだけ凄いと思うけどな……」

あたしはぼそりと呟くが。

レントは聞こえていないようだった。

ザムエルさんは鈍ったとはいうけれど、護り手と一緒に魔物退治して。そういうときには、凄い強そうな魔物を仕留めてくる。

そういうのを見ると、まだあたし達より全然強いと言うのが分かるし。

苦々しげにしながらも、アガーテ姉さんが時々仕事を……酒代のツケを帳消しにする代わりに頼んでいるのも分かるのだ。

ただ、そんな島中の鼻つまみ者と化しているザムエルさんの息子であるからこそ、レントは色々苦悩が大きいのだろう。

ちょっと、最後の言葉はあたしとしてもデリカシーがなかったな。

そう思って、あたしはため息をついた。

力が急激に上がり過ぎても、多分良いことはない。

とりあえず、順番にやるべき事をやっていこう。

そう、あたしは決めていた。

 

3、確実な一歩

 

アンペルさんの所に、作ったものを見せに行く。

アンペルさんは、リラさんと何かひそひそと話をしていたが。それは仕方が無い。リラさんとは、でもやっぱり距離がある。

失礼だから聞かないけれど、夫婦ではないようだし。

恋人でも、肉体関係もあるようにも思えなかった。

不思議な二人だ。

本当に、二人が言う通り、利害だけで組んでいるのかも知れない。だとすると、誰もが憧れる。

恋愛感情関係無しの、男女の友達と言う奴なのだろうか。

あたし達悪ガキ軍団だって、たまに性別差で色々と問題があったりするのに。

ましてや大人でそれが出来ているのだとしたら。それはとてもよい事なのだとあたしは思う。

「ライザ、これを短時間で出来るようになると言うのは中々だ。 ただ、そろそろ屋根裏の部屋での調合では無理があるだろう」

「はい、それはちょっと……」

「近いうちに、他の場所での調合を考えなさい。 分かっていると思うが、もしも錬金術に失敗すると、事故になる可能性がある。 家など跡形もなく消し飛ぶような、な」

そうなってしまえば、あたしが死ぬだけでは終わらないと、アンペルさんはいう。

新しい技術のなかには、事故を起こした結果、それで封印されてしまうものも珍しくないという。

確かに、あたしもそうだろうなと思う。

いずれにしても、確かにアンペルさんが言うとおりだ。

それに、昨晩インゴットを作って見たが。

島の鍛冶屋に持ち込んだら、目を剥くような品質に仕上がっていた。

これでもあたしも、武器を直に触るから、インゴットの品質くらいだったら分かるのである。

これで武器を作ったら、どうなるかも。

それにだ。

そもそも、今あたしが作っているインゴットなんて、錬金術の初歩も初歩。

アンペルさんに貰った基礎的な技術書に記載があったけれども、強力な金属を抽出したインゴットになると、それこそ錆びないし、硬いし軽いし、魔力の伝導も比較にならないという。

「作った品をみて、恐ろしいと感じるか」

「はい。 これから更に強力なものを作ると思うと、なおさら……」

「それでいい」

アンペルさんはいう。

古い時代には、ろくでもない錬金術師が大勢いたと。

その話になると、リラさんもソファで寛ぎながらも、明らかに反応していた。

何かあったのかも知れない。

そう思って。真面目に話を聞く。

「今存在するロテスヴァッサ王国もそうだ。 一時期は錬金術師を集めて、研究を行っていたことがあった。 だがそこも、腐りに腐りきっていた」

「……」

直接足を運んで、見て来たような言い方だが。

それを聞くべきではない。

そう判断して、素直に話を聞く。

「ライザ、お前が力に溺れるようだったら、私はすぐに手助けを打ちきるつもりだった。 だが、お前はしっかり筋を通して行動している。 大人になればなるほど、それは出来なくなる。 悪い意味で大人になってくれるなよ」

「はい、それはもう」

悪い意味での大人なら、嫌になる程見てきている。

勿論、戦いなどになればダーティな手だって使う必要性が生じてくるだろう。

あたしに蹴り殺された魔物だって。焼き殺されるのも、斬り殺されるのも、みんな同じだ。

だけれども。あたしは殺戮を楽しむ気はない。

ただ、それでも分かるのだ。

戦いを求める本能みたいなものが。

だけれども、それに身を任せたら畜生だ。

それを理解しているから、あたしは自分を常に律しなければならないとも思う。

仮に、自分の欲求にもっと素直になってもいいとしても。

それは例えば、世界をよりよくするため、などの目的であるべきで。

自分が好き勝手に振る舞って、自分の思うように世界を変えて自分だけが楽しむとか。そういうことではあってはならないはずだ。

それについては、何度でも言える。

それを言えないように、変わるつもりはない。

「よし、新しい参考書を渡す。 私に出来るのは、知識を与えるだけだ。 これらの参考書をマスターした頃には、自分で考えて動く事も出来るはず。 よき錬金術師になれるように、精進しなさい」

「はいっ!」

びしっと答えると。

あたしは自宅に戻る。

今日は、一つ試してみたい事がある。

参考書を読んだ限りだと、出来るかもしれない。

いきなり武器は、ハードルが高い可能性がある。だから、まずは。家族と一緒に使える範囲のものから。

作っていきたいと。

あたしは考えていた。

 

昼ご飯を家で終えた後、あたしはお父さんに申し出る。

農業の手伝いをすると、

そろそろ、麦の一部は刈り入れの時期だ。本職にやってもらうのが、一番早いはずである。

このあたりは、あたしも計算をする。

それが悪い事だとは必ずしも思わない。

まずは、村の中で錬金術の性能を見せる事で、その発言力を上げていく。それだけの話である。

それは立派な努力であり。

村をよくするための行動である。

だから、あたしの考える正義と違うものではないし。

道を踏み外すものでもないはずだ。

「おや、ライザが自分から手伝いを申し出るとは。 嬉しいね」

「雹でも降らないかしら」

お母さんが無茶苦茶を言うと。

お父さんは、まあまあ良いじゃないかと言う。

あたしは咳払いをすると。

テーブルの上に、それを出していた。

それは、あたしが作った草刈り鎌だ。

インゴットを生成した。それを使って、作って見た最初の一つ。生成物を更に利用して錬金術をする。

その作業を始めてこなした末に出来上がったものだ。

一段階上の錬金術の産物であり。

そして、いきなり武器を作るのではハードルが高いと判断したから、最初に作った道具。あたしも、それなりに考えて、悩んだのだ。

その結果がこれなので。

別に文句を言われる筋合いは無い。それにこの草刈り鎌だったら、刃物であっても誰も傷つけない。

「ちょっと見せてみなさい」

お父さんが、真っ先に動く。お母さんも農業のプロだが、お父さんの境地には辿りついていない。

畑と会話する奇人ではあるが。

畑と会話できる境地に達している達人でもある。

だからこそ、農作業に使う道具については、一発でその質が理解出来るのだ。

「これは、どうしたんだいライザ」

「あたしが作ったんだよ。 錬金術で」

「……」

「そんな怪しげな事を」

またお母さんはそんな事をいう。

だけれども、お父さんは鎌を見て、黙り込んでいた。

二つ、作ってある。

一つはお父さんのために作ったのだ。まあ一つ作るのも二つ作るのも同じだし、むしろ時間も短縮できるので。

もう一つは、外で採取するときに使うつもりである。

外に、出る。

お父さんが、慣れた手つきで、麦を刈り始める。うちで作っている作物は、クーケンフルーツが主体だが、それに加えて麦、他に何種類かの作物もある。最近知ったのだけれども、あのうにの木もお父さんが世話をしているそうだ。

さくさくと、切れていく麦の穂。

これでも農婦だ。

お母さんも、鎌が尋常な代物では無いと一目で理解したのだろう。錬金術を口にする度に渋い顔をしていたが。

それも、これで変わるはずだ。

「あなた、それは……」

「これは凄い。 本当に錬金術というので作ったのかい?」

「うん。 ほら、これもあたしがつくったの。 自分用に」

「貸してみなさい」

確認するためだろう。

お父さんが。あたし用の鎌を手にとると、じっくり見やる。お父さんくらいの境地になると、それだけで農具の良し悪しを把握できると言う事だ。

「これは、都会に持っていけば一年分くらいの麦と同じ価値が出るね」

「あなた、それは本当!?」

「本当だよ。 それも、揃ったように同じ品質だ。 それに見てご覧。 これだけの品質の鎌なのに、銘も入っていない。 何よりも、どうやってこう加工したのか、私には分からない」

母さんがあんぐり口を開けている。

咳払いすると、あたしは告げる。

「この鎌、量産も出来るよ。 腕がいい農夫には、配りたいなと思ってる」

「ライザ……それは本当なんだね。 盗んだりしていないんだね」

「錬金術で作ったんだってば」

「母さん、これがどこかの業物ではないけれども、凄い品であること。 ましてやライザが盗んだりしないことは、私達が一番知っている筈だよ」

普段殆ど喋らないお父さんが、饒舌になっている。

それだけ、農業に関わると人が変わると言うことだ。

お母さんも、お父さんに農業関連で口を出すことは一切無い。それだけ、お父さんの腕を信頼しているのだ。

「これはお父さんにあげる。 あたしが、最初に村で誰かに錬金術ですること。 これから、ラーゼンボーデン村をあたしは錬金術で良くする。 その最初の一歩だから、お父さんにあげたかった」

「分かったよライザ。 お母さん。 錬金術について、しばらく様子を見よう。 この鎌があれば、収穫の効率は倍にも三倍にもなる。 これを作ってくれたのなら、私は錬金術というものを信頼するよ」

良き錬金術師になるように。

そう、アンペルさんは言っていた。

それは、恐らくだけれども。

この圧倒的な力を見て、闇落ちしてしまう者が多いのだろう。

闇落ちだけだったらまだいい。

エゴの怪物になってしまったら、それこそ世界が好き勝手にされる。

エゴの方向性が、自分の快楽や利益を求める方向だったら最悪だ。

文字通り、世界に何が起きても不思議では無い。

アンペルさんの言葉を聞く限り、この国……ロテスヴァッサでも、ろくでもない事があった可能性が高い。

アンペルさんは、きっとその被害者だ。

強い力には、相応の責任が伴う。

それは、あたしが魔術師として古老を超えたとき。

世界をこの島で一番知っているアガーテ姉さんに、言われた事だ。

そしてあたしは、順番にやっていくつもりだ。

まずは、発言力が大きい人間から黙らせるべきだろう。

自分達の武器を新調したら。

次はアガーテ姉さんに、剣を渡す。

あたしは、あたし達は。

散々、アガーテ姉さんに世話になってきた。

幼い頃からだ。

だからこそ、打算以上に感謝もある。

まずは、これでお父さんとお母さんは、あたしにある程度甘くなる。お母さんにも、何かしらの方法で機嫌を取るべきだろうけれど。それはまだだ。

まずは、島の外で集めて来た鉱石で作ったインゴットを使って、皆の武器を新調する。

これは一晩掛かる。

だけれども、掛ける価値はあるはず。

あたしの魔力も上がってきている。

エーテルで釜を満たすのは難しく無い。

勿論作る武器には、クラウディアのものも含める。

そうすることで選択肢を増やすのだ。

より多く、行く事が出来る場所を増やせるという、選択肢を。

更に島の人の役に立てば。

島で錬金術の立場を上げる事が出来る。

そうなれば、島でもできる事が増える。

今は、とにかく。

こういった事も視野に入れて、動かなければならなかった。

 

かなり夜遅くまでの作業となった。

ベッドで寝ていると、朝日が差し込んでくる。

どうしても農家の宿命だ。朝日の時間には目が覚める。こればかりは、幼い頃から叩き込まれた習慣である。

だけれども、あたしは朝日と同時に飛び出して、島を走り回って。

それで足腰を鍛えた。

それが、効いてきている。

ただ、長年無理をすれば、体を壊すという話も聞いている。それも考慮した上で、動かなければならないだろう。

無言で起きだす。

今日は朝から、集まる予定だ。

クラウディアは、今日は予定通りアップルパイを焼いてくる筈。朝からちょっと重めだが、別にかまわない。

朝食を済ませて、軽く農作業を手伝う。

昨日夜遅くまで錬金術をしていた事に、お父さんも気付いていたようだが。それについて、何も言わなかった。

実際お父さんの手際は普段も凄いのだが、今日は明らかにもっと凄い。渡した鎌の切れ味は凄まじく、それにお父さんの手際が加わると、文字通り鬼に金棒だった。

さくさくと作業が終わって、すぐに切り上げる。それを見ているからか、お母さんも何も言わなかった。

はあ、少し疲れた。

そう思っていると、レントとタオが一緒に来る。クラウディアも。

クラウディアは、バスケットにアップルパイを焼いてきていて。屋根裏にまで、良い香りが漂ってきていた。

まずは、皆にそれぞれ作った装備を渡す。

もちろん、あたし用のもある。

ただ、武器というのは。

まずは調整が必要になってくる。

レントは、新しい大剣を見て、目を輝かせていた。

「お……すげえな。 ちょっと素振りして良いか!?」

「うん、そのために作ったんだから」

全員で家の裏に出る。かなり広い場所がある。肥などがあるのは別の場所だし、家畜もいないから臭いはそこまでない。

レント用には、肉厚の大剣だ。

こういった剣は、重さで切る側面もあるが、それはそれとしてちゃんと切れるようにもなっている。

ただし、刃が薄すぎると、保ちが悪くなる。

レントの使うような身の丈大の大剣になると、歯が脆いというのは致命的だ。ただでさえ高い武器なのから。

何度か振るって貰って、それであたしから見て最適と思える重心になるように、重りをつけなおす。

それで、レントも満足したようだった。

「これは良い剣だ。 今まで手にした、どれよりもな」

「良かった。 昨日、先に鎌を作っておいて良かったよ」

「ライザも、こう言うときは悪知恵が働くよね」

「いきなり実戦に出す武器を作る程大胆じゃないといいなさい」

タオに釘を刺すと、次はそのタオに試して貰う。

タオ用にはハンマーを作ったが、これは柄の部分にも金属を使っている贅沢仕様である。こうすることで、全体の重量を上げて、質量兵器としての破壊力を上げているのだ。

何度か振り回して貰って、此方も重心を調整する。

タオはまだまだハンマーに振り回されているが。

それを即座に計算することで、上手に戦う事が出来ている。

だけれども、その頭をもっと上手に使えたらなと、あたしは思ってしまう。

もっとタッパがあれば、違う選択肢もあるのだけれど。

そう思うけれども。今は、出来る範囲でやれることをやっていくしかない。

「どうタオ」

「やっぱり荒事は苦手だけど、それでもこれが良い武器だというのは分かるよ。 ありがとう、ライザ」

「どうしたしまして」

ふふん。

ちょっと嬉しい。

次はクラウディアだ。弦は無しで、弓だけを作ってきた。

これは今、クラウディアが魔力の物質化を練習しているから。更に言うと、音魔術の練習もしているというし、いずれ笛か何かを作っても良いかも知れない。あの時大事そうにしていた箱の中身は見ていないが、十中八九楽器だろうし。

クラウディアは覚えが早いようで、即座に弦を魔力から物質化して展開してみせる。

おおと、声が上がった。

確かに凄いなと、あたしも思う。

というよりも、眠っていた才覚が呼び起こされたのだと思うけれども。

立射の姿勢も決まっている。

だけれども。弓は当てられるようになったら、そこからが第一歩。そこからが勝負なのだ。戦闘時は動きながら射撃して、そして可能な限りの速射が求められる。競技や娯楽としての弓があるかも知れないが。それとは違って、破壊力も求められる。

ただクラウディアの場合、矢も魔力から物質化するようだし。それならば、ある程度のホーミングを持たせる事も可能だろう。

魔力を実体化させた弓だったら、それに付帯効果をつけて。火力を上げることも不可能ではないはずだ。

弓を引くクラウディアの姿勢を見て、レントとタオが凄いなと感心する。

二人とも、護り手の訓練を見ているから、立射の姿勢が綺麗かそうでないかくらいは分かるのだ。

これもまた、魔物との交戦が絶えないド田舎だからなのだろう。

「凄く重いね。 まだ私、練習が全然足りないわ」

「大丈夫、少しずつやっていこう。 あたしだって、最初は湯沸かし上手く出来なかったんだから」

「そうライザが言うと心強いわ。 でも、みんなと一緒にこれで戦えるようになるのかしら」

少し寂しそうにするクラウディア。

あたしとしても、なんとかしてあげたい。

それでも別に良いと言っても良いのだけれども。クラウディアは、あきらかにあたし達と肩を並べて冒険をしたがっている。

何か目的があるのは間違いなさそうだが。

それについては、今は聞かない。

ただ、クラウディアは思った以上に体力があるし根性だってある。

咳払いすると、クラウディアはいった。

「レントくんタオくん、ちょっとだけいったけれど、遠慮はなしね。 私がへたっぴな所があったら、遠慮無く言って」

「おう、任せろ」

「弓の習得は難しいんだよ。 基礎があるとはいっても、短時間で此処まで出来るのは本当に凄いよ。 ただ実戦にはやっぱり火力が足りないと思うから、後はそこだね」

「ありがとう。 リラさんと相談して、どうにかしてみるわ」

よし。

そして、最後はあたしだ。

新しい杖、それだけじゃない。

新しい靴。

とはいっても、戦闘用の靴だ。グリーブとかいうのだったか。

あたしの本領は蹴り技である。普段はあまり使う機会がないが、それは切り札の一つとして温存しているからだ。

杖で魔術の強化、同時に接近戦での蹴り技の火力向上。

それがあたしが求めている事である。

レントの話を聞いて、みんな進み始めている事は分かった。

だったら、あたしだけ戦闘で遅れを取るわけにはいかない。

杖を振るって、熱の槍を出現させる。

そして、練習場で展開。

特に詠唱はしていないが、それでも七つ同時に出現させる事が出来た。

おおと、レントとタオが声を上げる。

クラウディアは、ちょっと怖がっている。

同時に、熱の槍を目標に叩き付ける。

目標としていた邪魔な大岩が、融解して粉砕されるのが見えた。

「うん、この杖、今までのとレベルが違う」

「その杖だって、優先的に回して貰っていた奴だろ」

「錬金術、凄いよ。 でもこれは、人を傷つける力であってはいけないね」

続いて、靴も試す。

既に履いて、足を痛めないかは確認している。

あたしはどうしても散々歩くので、靴で足を痛めるようでは話にならないのである。

靴には昨日殺した鼬の皮などでクッションを作り、踵などのこすれる部分にも同じ処置をしている。

それでいながら頑強さを確保しなければならないのだが。

今は、まずは歩いていて足に負担を掛けないことが最優先だ。

気合いとともに踏み込むと、蹴り技を叩き込む。

目標としていた案山子では駄目だ。

一撃でへし折れるどころか、粉々に砕けていた。

あたしの蹴りを見ると。

レントもタオも青ざめる。

これは昔からで。昔、タチの悪い行商人に絡まれたとき。まだ十三のあたしが、其奴を蹴り砕いて半殺しにした事件があってからだろうか。

そいつはあたしを責めていたが。

普段は悪童扱いするアガーテ姉さんが事の一部始終を見ていた事によって、その行商人は内臓を痛めたまま島の外に放り出された。

その後どうなったかは、あたしも知らない。ただ、その時モリッツさんが、驚くほど冷淡に商売をもうしないぞとか息巻く行商人に、どうぞと返していたのは覚えている。

普段は嫌みな親子だと思っているあたしだけれども。

ちゃんと島のことをモリッツさんが考えているとも思うようになったのは、その時かもしれなかった。

「す、すっごい蹴り技……」

「熱魔術が基本のあたしだけど、蹴り技をやるときは足に魔力を集中させてるんだよ。 元々農業で鍛えた足腰だから、戦闘で使わないと損だしね」

「う、うん……」

クラウディアも引き気味だ。

だが、これは火力を出し切れているとは言えないか。

訓練に使っている広間にある岩を確認。

やるならこれだろうか。

気合いと共に、もう一度全力で蹴りを叩き込む。

前は、靴跡が残るだけだったが。

今回は、文字通り一撃で岩がめり込み、大きく砕けていた。

「うお……すげえ……」

「レントのパワーを完全に超えてるね……足だけなら」

「ちょっとこれは真似できる気がしねえ」

「うん……」

クラウディアまでそんな事を。

レントはパワーで言うとあたしより上なんだけれどな。

いずれにしても、これではっきり分かった。

岩より柔らかい相手なら、これで確殺出来る。

人間だったら、誰でも殺せるだろう。それがどれだけ鍛え抜いた歴戦の戦士でも。

これは、そうするつもりで考える事では無い。

そういう選択肢があるよと言う意味で、考えておく事だ。

どうしても、色々な相手との戦闘は想定しないといけない。

昔は人間同士での戦争があったらしいのだけれども。今の時代は、どこでもそんな事をする余裕なんてない。

あるとしても、賊の討伐くらいで。

この近くで、賊なんて出現もしない。

辺境になると匪賊なんて論外の連中が出ることもあるらしいけれど、うちの近くでそういうのの話は聞かない。

流石に人を殺して肉を食うような匪賊になると、見敵必殺が基本になるらしいが。

幸いにも、うちの護り手たちがそういうのにあった事はないそうだ。

あたしも、そういうのが襲ってきたら殺すつもりではあるが。

それはもう人じゃない。

だから、殺す事に、躊躇はなかった。

「とりあえず、切り札の火力は更に上がったね。 蹴り技は本当に切り札としてしか使えないんだけれども、この足具をもうちょっと調整すれば、更に身軽に動く事も出来そうだね」

「俺にもくれないか。 蹴り技は俺は使うつもりはないが、踏み込みの時にやっぱり今の靴だと物足りないんだ」

「分かった、後で作るよ」

すぐに粘土を持ってきて、レントの足形を取る。

タオも少し悩んだ後、同じように足形を取った。

クラウディアはどうする、と聞くと。

今はいいかなと、断られる。

まあ、それで良いだろう。もしも今のままでは足りないと思うようなら、作ってあげればいい。

二足作る分には、それほど苦労はない。

それと、だ。

もう一つ。作ってあるものがある。

レントに見せる。それは、レントが使っているのとは違うもの。通常の片手剣である。

「レント、これがどうかちょっと試してみて」

「サブウェポンか?」

「いや、それはまた後で作るよ。 これはアガーテ姉さんにプレゼントしておこうと思ってね」

「ああ、確かに世話になってるからな」

頷くと、レントは力強く剣を振るってみせる。

何度もひゅうひゅうと風を切って、剣が鳴く。レントはガタイもしっかりしているから、剣を振るっていると様になる。

この島以外だったら、もてるかもしれない。

この島だと、もっとガタイが良いのに暴力ばっかり振るっているザムエルさんがいるから、武力がある男子がモテる事はあまりない。

その悪い所が、可視化されているからだ。

「俺が振るう分には最高だな。 後はアガーテ姉さんに渡して、使い心地を試して貰ってくれ」

「了解。 じゃ、いったんお菓子にしよう。 アップルパイもあるし」

「そうだな。 クラウディア、ごちそうになるぜ」

「僕もありがたく貰うよ。 頭を使ってるからか、甘いものがほしくて仕方が無いんだ」

音は聞こえていたのだろう。

元々戦士だったお母さんは覗いていたようで。錬金術の性能については、理解はしてくれていたようだ。

だけれども、警戒心の方が視線に強く出ている。

多分まだ、錬金術を信用してくれていない。

これはもうちょっと色々やらないと駄目だろうと思う。

まずは、アガーテ姉さんに、プレゼント。

少しずつ、村の人に錬金術の良さをアピールして。それで村での錬金術の立場を確保していかなければならない。

それはそれとして、クラウディアの作ってくれたアップルパイをいただく。

最初はあのメイドさんが作ったのかなと思ったのだけれど。

クラウディアが手ずから焼いたらしい。

実においしい。

というか、リンゴとかもかなり良いものを使っている。レントもタオも、一口食べた途端に無言になったので。あたしが咳払いして感想を言うように告げる。本当に美味しいと二人とも口を揃えたが、クラウディアが不安そうにしていただろうが。

そう、私が無言で圧を掛けると。

二人ともごめんなさいと視線で謝るのだった。

いずれにしても、すごく美味しいアップルパイだったので、ついつい食べてしまった。そのまま、ある程度雑談して、今後の方針も決めてから解散。

あたしは、父さんと母さんに話をして。

剣を見せる。

鎌を既に見せているのだ。父さんも母さんも、これをあたしが作った事を、疑いはしなかった。

二人とも元戦士だったのだ。特に母さんは優れた剣士だったと聞いている。

母さんが少し振るってみて、瞠目していた。

「これは王都の鍛冶師が打つレベルのものだね。 本当にすごいよ。 これを、錬金術だかで作ったのかい」

「まだ初歩だよ。 もっと凄いのだって作れる」

「そうかい……」

「母さん。 凄い剣なら、それでみとめてあげよう」

父さんが助け船を出してくれる。

母さんは、剣を懐かしそうに見てから。それで、あたしに返してくれた。

まだ認めてはくれないか。

でも、いずれ認めさせてみせる。

そう、あたしは誓うのだった。

だって錬金術はこんなにも凄い力で。使い方によっては、みんな幸せに出来る筈なのだから。

 

4、恩人へ

 

アガーテは、険しい表情をいつも問題にされる女性剣士だ。

クーケン島での自衛組織、「護り手」の長を務めており。剣腕については残念ながら並ぶ者がいない。

ザムエルが現役時代だったらかなり良い勝負だっただろうが。

現在の酒に堕落しきったザムエルなんて、アガーテの敵ではなかった。

十代半ばで、王都行きを経験し。

その腐敗も見て来た。

王都の人口は二十万程度。その周辺の街道も、必ずしも人が通れるわけではない。要するに、王都を守るので精一杯程度の力しか、王都の人間にはない。早い話が、王都はそのままロテスヴァッサ王国なのだ。

それなのに派閥は無数に絡み、貴族は威張り散らかしている。貧富の格差もあり、騎士も訳が分からない作法がなんだのでがんじがらめ。

それでいながら、戦力がほしいと騎士のなり手を応募している。

矛盾も甚だしい。

まだ年若いアガーテは、試験を受けて受かったが。

早速貴族共の暗闘や、騎士の間での値踏みしている視線を見て、何もかも嫌になって。すぐにクーケン島にもどった。

王都はくだらない場所だ。

そう言って、それだけで済ませた。

ただ、それでも王都のことを聞きたがる更に若年の世代は多くて。それに対して、アガーテは現実を毎度教えなければならなかったが。

それから10年。

二十四になったアガーテは、この年で島の重鎮だ。七つ下のライザが率いる悪童集団にはいつも困らされてきたし。

クーケン島で敵無しとなり、早々に護り手のリーダーに赴任してからは。

年齢以上に、隙を見せないように振る舞わないといけなくなっている。

お洒落やら着飾る事やらにまるで興味が湧かない性格もあって、恐らくはそもそもアガーテ自身が生粋の戦士だったのだろう。

それは、アガーテの立場的には幸運だったかも知れない。

昼の見回りを終えて、軽く護り手達と話をする。

街道には、魔物がまた出て来ている。片付けにいかなければならないだろう。

ただし、当然狩っても狩ってもきりが無い。

それにだ。

乾期がもうすぐ来る。

乾期になると、川の周辺に魔物が集中するから、街道の一部は極めて危険になる。今のうちに、怪我人を出すわけにはいかないのだ。

なお、結婚してはどうかという話も来るようになった。

アガーテの剣腕を引き継いだ子供がほしいのだろう。島としても。

だが、今はそれどころではない。

ただ、このままいくと婚期を逃す可能性もある。

アガーテは男には殆ど興味が無かったが。

それでも、子供の世話をしている時は表情が緩むこともある。それは自覚していたし。しかしながら、自分の後継になってくれそうなライザが未だにその気が無さそうな事もあって。

後継者には、苦労しそうだとも考えていた。

ミーティングを終えて、護り手を解散する。そうすると、くだんのライザが詰め所に来る。

旧市街においている詰め所は、ライザは昔は嫌がったものだ。

それはそうだろう。

説教一晩コースは、ライザの母上であるミオと一緒に、ここで行ったのだから。

だいたいレントとタオもセットで。

もっと古くは、もう一人セットでやっていたっけ。

あんな事件がなければ、四人とももっと仲良くやれていただろうに。そう思うと、色々とアガーテも思うところがある。

いずれにしても、ライザが詰め所に来るのは珍しい。

入って貰うと。ライザは一礼して。そして、剣を差し出してきた。

「アガーテ姉さん。 これ、あたしが作ってきました」

「? どういうことだ」

「今、あたし錬金術ってものを勉強しています。 あたしのこの杖も、同じように作ったんですよ」

一目で分かる。

相当な業物の杖を手にしている。

アガーテも、この島で手に入る最高の武具を優先的に回して貰っているのだが。それでは到底及ばない品だ。

他の護り手が怪訝そうにしている中。アガーテは剣をとり、鞘から抜いてみた。

おもわず、むっと声が漏れる。

これは、良い剣だ。

勿論重心とかの問題もある。外に出て、数回振るってみる。陽光を反射して、刃が輝く。それ以上に、この軽さでこの鋭さ。

まさに業物である。

ライザは重心を用意していたので、すぐに調整して貰う。調整は一度で済む。

うむと、アガーテは頷いていた。

最近は険しい顔ばかり作っていたが。久々に少しだけ笑みが零れたかも知れない。

「良い剣だ。 本当に貰って良いのだな」

「はい。 錬金術で作った剣です。 もっと腕が上がったら、また持ってきますね」

「そうか……」

その錬金術と言うのは良く分からないが。

この剣が良いと言うのは事実だ。

不安そうにしている他の護り手を、叱咤して仕事に行かせる。

ライザもそうすると首をすくめるのは、反射行動か。

まあ、可愛いものだ。

まだライザは子供だ。

結婚して子供を産むと大人になるとか言う話を聞くが、そんなものは大嘘である。アガーテもたくさん島の人間を見てきているが、祖母になろうが祖父になろうが子供以下の精神の者だってたくさんいる。

この島だけではなく、王都でもそうだ。

子供が出来れば精神的に成長するとか。

性行為を経験すれば精神的に大人になるとか。

そういう妄想は、今の時代でも、何処の場所でも健在。

ライザだって、それは同じだろう。

所帯なんて持たせたって、変わるわけがない。

ただ。ライザは。

錬金術だかなんだか知らないが。それを得て、何か確実に変わり始めている。それを、アガーテは察していた。

「錬金術と言うのは分からないが、それは容易く剣や鎧を作り出せるものなのか?」

「それなりに時間は掛かりますが、この剣くらいだったら一晩で」

「そうか。 いずれ、護り手の装備を頼むかも知れない」

「分かりました。 準備をしておきます」

ぺこりと頭を下げると、詰め所を出て行くライザ。

多分、アガーテに認めて貰う事で、その錬金術とやらの立場をよくしようと目論んでいるのは分かる。

それはそれとして。

この錬金術とやらの産物の剣が優れているのも、また事実だった。

 

(続)