侵略性外来生物

 

プロローグ、絶対的侵略者

 

それは生物でありながら生物ではなく。

どのような生物とも違っていながら。どのような生物とも同時に相容れない存在だった。

悪魔と人間達は呼んでいたが。

その呼び方を聞く度に、オーレン族のリラは怒りに身が震える。

ともかく、駆逐するしかない。

「そっちにいったぞリラ!」

「分かっている!」

この者達に、全て滅ぼされた。

同族は皆殺しにされ、今はリラだけが生き延びている。

見えた。

あれは、斥候か。

だったら、なんとかなるだろう。将軍となると、正直今のリラではとても倒せない。せめて仲間達がいれば良かったのだが。

白牙の氏族は数十年前に敗れ、もう生き残りはリラだけだ。

リラを認識したそれが、即座に殺戮に体を切り替えた。

犬のような姿をしていた形が、一瞬にして棘だらけになる。

射出してくる棘を、全弾回避。

かなり傷ついてはいるが。

これに生物としての常識は通用しない。

蹴りを叩き込み、体を拉げさせる。

ぐらつくが。

体の芯を砕いてやったのに、「斥候」は怯む事もなく、周囲に殺戮の限りをまき散らし続け。

多数の動植物を見境なく殺傷する。

気迫とともに、「斥候」を蹴り上げると。

同じようにして此奴らと戦っているアンペルが、投擲していたものが見えた。

フラムと呼ばれる火焔爆弾だ。

それも、生半可な火力では無い。

音が消え。

そして、周囲を爆炎が蹂躙していた。

文字通り、粉々に消し飛んだ斥候。流石にこれなら、死ぬ。

これで、五匹か。

まだ斥候が出て来ている段階だったら、対処のしようがある。周囲の惨状には敢えて目をつぶる。

戦闘には優先順位が必要だ。

今は、この周囲に出て来ている斥候を全て潰す事。

それが優先順位。

アンペルは「真社会性」といったか。

リラが戦っている存在は、そういうものを持っている。

だが、生物とは決定的に違う。

リラも詳しく正体は知らない。或いは、氏族の頂点に立つ長老であれば知っているのかも知れないが。

息を切らしながら、相棒の人間が来る。

アンペル。

錬金術師の男だ。

古代クリント王国の錬金術師だったら、即座に息の根を止めていただろうが。これは違う。

最初は激しい戦闘になったが、今は利害も一致しているので一緒に戦っている。

もう何十年も。

「相変わらず頼りになる」

「それはいい。 奴らの残数は」

「今の時点では、「門」から此方に来ている個体は全て片付いた筈だ」

「そうか……」

すぐに門を直す。

そう言われて、リラは頷く。こうやって、幾つも門を封印してきた。

門は森の中にあり、朽ち果てている。幸い「聖堂」は無事だ。アンペルが解析する間、リラは門を見張る。

アンペルが、周囲の石を動かしている。

これらの石が、門を制御する仕組みらしい。

何の気もなく、森の生き物たちが動かしてしまったのだろう。その生き物たちには罪は無い。

罪があるのは。

この門と、聖堂を作った後。

管理方法も残さず、勝手にいなくなった連中だ。

門の操作が終わる。

後は幾つかの封印を施して、それで完全に此処での作業は終了。石にも、触ると弾かれるように魔術で仕掛けを施した。

獣はリスクがある行動は取らない。

だから、これで大丈夫の筈だろう。

「よし、これで状況も落ち着く筈だ」

「それでも、しばらくは警戒が必要、だったな」

「そうだ。 数日はこの辺りで野営になるんだな」

「そうか。 甘いものが食えないのはしんどいが……」

アンペルは無類の甘党で、近くの人間の集落に行くと甘いものばかり食べている。昔はその甘いものも自分で錬金術で作れたようだが。

残念ながら利き手を事故で潰した。

今は、ほとんど昔と同じ事はできないそうだ。

果実の類を喰えと薦めるのだが。どうも人間の甘い料理の方が好みのようで、特に「ドーナッツ」と呼ばれる甘い菓子ばかりを食べている。リラも嫌いではないのだが、この異常な甘党についてはいずれ体を壊さないか心配だった。ただでさえ、体を既に破損しているのに。

利き手が潰された結果。錬金術師としても、最低限の事しかできないのだアンペルは。

知識を生かすこともできない。

今では最低限の錬金術を使っての支援と。元々の能力を使っての戦闘が主体になっているが。

ただ、その能力を使った戦闘力が磨き抜かれているので。

リラでも侮り難い。

見た目は細くて、とても戦士には向かない若造なのに。

中身は、人間で言う年齢も含め全てが一致していない。

もっともリラも、人間から見た年齢と実年齢が全く一致していないので。この辺りは良いコンビなのかも知れなかったが。

アンペルに火を熾すように頼むと、リラは森の中に行き、被害状態を確認。

奴らが残した残骸は、一つ残らず回収して水に放り込む。

これで完全に殺す事が出来る。

水、か。

まあ水もあるから、斥候の出現もあの程度の規模で済んだのだと言える。そうでなければ、もっと大軍との戦闘を強いられていただろうし。季節次第では手遅れになっていただろう。

その後は、あちこちを見回って、残骸がないか確認する。

残骸を何かが食べでもしたら、大変な事になる。

幸い戦闘の経緯は全て覚えている。残骸が飛び散った辺りからは、既に獣も駆逐されていた。

人間が魔物と呼ぶ、人間を毒などの搦め手無しで殺傷できる獣ですら、此奴らには手も足もでない。

そして獣は、此奴らを本能的に怖れるようだ。

まあ当然だろう。色々あったのだから。

戻るとアンペルが既に火を熾していた。

丁度獣を仕留めてきたので、かついで持ってくる。

まだ若い羊だ。

リラが何の躊躇もなく食べるための獣を殺すのを見て、昔はアンペルは眉をひそめたものだったが。

今は吊して捌いているのを見ても、何も言わない。

てきぱきと捌いて、燻製を作る。一番美味しい部分は今のうちに食べてしまう。

リラは硬い肉が好みなので、肉がしっかり焼けるまでは骨を割って髄を出したり。或いは皮をなめして時間を無駄にしない。

その間、先にアンペルは肉を食べていた。

「やはり甘いものが食べたいな。 頭が回らん」

「そういうな。 しばらく野営した後は、近くの街に行く予定だろう。 其処で買えばいい」

「それはそうだが……そもそも追われる身であるしな」

リラとアンペルは、「問題行動」ばかり起こしている。

今やっている門の封印作業はそうではない。というか、これについては誰も認識すらしていない。

リラは最初、この世界のルールが分からなかった。

だから散々問題を起こしてしまった。

その度にアンペルに説明を受け、ややこしいルールの数々に辟易したものである。

アンペルはと言うと、そんなこの世界に満足しているかというと、とてもそうでもないらしい。

利き腕を潰された「事故」の経緯もあるのだろうが。

この世界の人間の集落は、腐っている事が珍しくもないのだ。

アンペルはそういった集落に対して辛辣だ。

搾取を繰り返す金持ちの金庫を爆破したり。

奴隷として使われている者達を解放して、陽動として街に火をつけたり。

そういう事をするから、一つの集落に長くいられない。

捕まることもあるが。

そういう場合も、今まではどうにか脱出してきた。

「リラ、一つ収穫があった」

「聞かせてくれ」

「古代クリント王国時代の図だ。 この辺り……かなり広域に渡る図で、門のありかを示しているとみて良い」

「それは良い収穫だな。 それで」

地図というか、石版だが。

食事の後に、案内される。

壁に書かれている図を見て、リラも即座にこの辺りの地図が刻まれていると理解した。

古代クリント王国の連中は、文明に驕ったどうしようもない奴らだらけだったのだけれども。

此処にある図は、石版に刻んだ原始的極まりないもの。

もはや、これを残すのが精一杯だったのだろう。

自業自得ではあるが。

それなら、もっとしっかり残せと言いたくなる。

「今まで封印してきた門の位置と一致している」

「そのようだな。 それで次は何処を潰す」

「この順番に確認していく。 門が開いているケースもある可能性が高い。 出来るだけ急がなければな」

頷くと、すぐに遺跡を後にする。

古代クリント王国の時代。

人間は、もっと巨大な国家を構築し。人間の数も現在の百倍を超えていたという話だ。

それが今では、城壁で覆った都市国家や、様々な防塁で魔物の侵入を防いだ集落しか維持できず。

その間を通す街道すらも、警備が怪しい有様である。

このため大規模な護衛をつけた隊商で物資を輸送しているのだが。

それすらも、魔物の襲撃を受けて壊滅する事が珍しくもない。

人間の最大拠点である「中央王都」とやらでも、周辺の街道を機能させるのがやっとであり。

南北はその街道すら機能していない有様だ。

それほど、門によって来る奴らの脅威が大きいという事である。

今回封じた門だって、少し来るのが遅れていたら。奴らの軍勢が此方に来ていたかもしれない。

それをさせないのには、幾つも理由がある。

此方でも奴らに繁殖されると、ただでさえ絶望的な戦況が、更に絶望的になること。

それに、別にリラは古代クリント王国は恨んでいるが、この世界の今の人間はどうでもいいこと。

門を防ぐにはアンペルの知識が必要で。

利害が一致していること。

それらが理由だ。

数日かけて、野営して。周囲を徹底的に探り。更に門の安定を、アンペルが強化していく。

その後、この場所を離れる。

街道に出ると、少しは安全になるが。それも、少しでしかない。

何度も何度も同じ事を繰り返して。その度に衰退していったこの世界の人間の自業自得とも言えるが。

今は、それがリラにもアンペルにも、向かい風になっていた。

 

数年を掛けて、別の門に辿りつく。

幸い奴らの姿はなかったが、非常に「聖堂」の破損が酷く。また盗掘されているようだった。

別に盗掘なんかどうでもいいが。

此処がどういう場所なのか理解せず。

此処にあるものが何の機能を持っているか理解もせず。

ましてや、盗賊となって巣くっている事については、もはや申し開きもしようがないのが事実だった。

皆殺しにするか。

そう思って、殺気立つ盗賊達に対して前に出るリラだが。

アンペルがとめる。

ただでさえ、人が少ない時代だ。

無駄に殺すな。

そういうのである。

今は、もはや人間の文明が崩壊寸前まで来ている。過去の遺産を食い潰しながら、この辺り……ロテスヴァッサだとかいう国家だそうだが。その国家はなんとか人間が生きている状態なのだ。

アンペルが、交渉を始める。

盗賊共はここがドラゴンを使っても駆逐出来ないようなとんでもない存在の出現地点である事を説明されると、最初笑っていたが。

アンペルが順番に説明していくと、徐々に青ざめていった。

「そ、そういえばお頭。 この辺りの誰も歌える童歌……」

「聖堂は悪魔の巣で、絶対に近付くなとかいう奴だろ。 だったらなんだってんだよ」

「ぜ、全部特徴が一致していると思わないすか?」

「……」

古代クリント王国は、理由はわからないが。奴らの存在を徹底的に隠蔽した。

結果として、「悪魔」の伝承だけが各地に残った。

此処も、それは同じだ。

乾期に来て、何もかもを踏みつぶし、貪り尽くしていった「乾きの悪魔」。

それが、空の星の数よりも多く来る。

破滅からどうにか生き残った人間は、古代クリント王国が隠蔽した事実を知らず。ただ、自分達に起きた出来事を歌にしたりして、子孫に警告したのだ。

何処何処には近付くな。

乾きの時期には気を付けろ。

そういって、各地にある門は、まだ状態がましな状況にある。

こういった、積極的に破壊されているもの以外はだ。

「し、しかしどうすれば」

「まだ手遅れになる前だ。 私がどうにかする」

「でも、此処を出たら住む場所なんかねえ!」

「此処に住み着いていたら、お前ら全員「悪魔」の餌だと言っているだろうが!」

アンペルが怒声を張り上げると、それで盗賊共はすくみ上がった。

後は、全員が聖堂を出て行く。

どこに行こうと知らない。

この周辺にある街の有力者はくだらない男で、富を奪って自分だけで独占している。あの盗賊共は、やっていけなくなって街を出た連中だ。

そういった連中は、遺跡を占領して独立勢力を気取っている程度の堕落で済んでいる内は良い方。

やがて街道に出ては旅人を襲い。

最初は身ぐるみ剥ぎ。

その内口封じに皆殺しにするようになり。

最後は殺した人間を喰らうようになる。

旅の最中に、そういうの、いわゆる「匪賊」と何度か交戦して、殲滅してきた。

さいわい、今の連中は、そこまで落ちる前のようだが。今後、どうなるかは分からない。

アンペルは咳払いすると、頭領に耳打ちする。

何か知恵を授けたのだろう。

頭領は礼をすると、急いでこの場から離れる。部下達も、少し迷ったが。すぐにその後を追っていった。

後は、門の封印をする作業だけだった。

「放っておけば最悪匪賊になるぞ。 始末してしまっても良かったのではないのか」

「あの街の領主のクソッタレぶりは俺も知っているからな。 街の警備については知っているから、それを教えてやった。 上手くやれるかは、彼奴ら次第だ」

「そうか……」

アンペルは気持ちが昂ぶると、口調が荒くなる。

まあ、それは誰でもそうなのだろうが。

リラと同じように、見た目の年齢と実年齢が一致していないぶん。

色々と精神の基本構造に齟齬をきたすのかも知れなかった。

後は協力して、聖堂を復旧する。

幸い、破壊は致命的ではなかったから、修復は数日で完了させることができた。

後はアンペルが手を尽くして結界を張り、それで終わり。

余程の事がない限り、この門を破壊される事はないだろう。

さて、次だ。

また時間を掛けて、別の門へいく。

次の門は場所が分かっているからまだいい。普通は、街などで聞き込みをして。伝承などから場所を割り出す。

酷い場合は、それに何年もかかることがあり。

街で生活するために、用心棒やら護衛やらで日銭を稼がなければならない事も多いのである。

アンペルが最初の頃は門の大まかな位置を知っていたが。

それは王宮錬金術師として、豊富な知識に自由に触れられた時代の名残であるらしい。

今では門を守る聖堂などで直接情報を集めたり。

伝承などを漁ったりしなければならず。

非常に時間が掛かる。

こうしている内に、奴らによる侵攻があるかも知れないし。

最悪の場合には、「大侵攻」になる。

そうなったら終わりだ。

自分に出来る事には限界があるとはいえ。それでも、このモタモタした調査と封印の繰り返しは、リラにも思うところがあった。

作業が全て終わって、聖堂を離れる。

街の方が燃えていた。

「いいのか」

「放っておけ。 子供を奴隷として売り飛ばしているような領主と、その状況に甘んじている連中だ。 ああやって破滅を経験すれば良いのさ」

「そうか」

あの盗賊達が、恨み重なる領主を殺す事が出来たかは知らない。

興味も無い。

今はただ。もっと大きな事のために。順番に、やれることをやるしかないのだった。

 

1、クーケン島

 

クーケン島。

エリプス湖と言われる汽水湖に浮かぶ、小さな島である。交易の隊商が来る事はあるけれど、それも大規模なものは殆ど来ない僻地。

噂に聞く王都はずっと遠くで、もし行こうと思うなら、たまに来る交易船に乗っていくしかない。

それも、村の有力者であるブルネン家の当主であるモリッツさんが、積極的に販路を開拓するまでは。

数年に一度も来ず。

島を出ることすら、非常に困難なのだった。

今では、島に人が来ることもあるし、それはとても歓迎される。

それは当たり前だ。

新しい血を入れないと、あっと言う間に島は親戚だらけになる。親戚同士で結婚すると、子供があっと言う間に歪んだ体だらけになる。

その程度の知識は、こんな僻地の島でも知られている。

故に、島から出ることも。

島に新参を迎え入れることも、クーケン島では積極的に行われている。

どちらかというと頭の硬い人も多いクーケン島だけれども。

それだけは、評価できる事だと思う。

あたし、ライザリン=シュタウト。周囲からはライザと呼ばれている……は。

幼なじみの大柄な青年レント。背丈は小さいが、頭が良く回るタオと。今日も港に出て来ていた。

昔はどんな悪戯をしようかと、四人でいつも考えていたものだけれども。

それは今日も変わっていない。

このなんてことのない島で。

少しでも楽しく生きたい。

それが享楽主義者であるあたしの思想であり。

何より、わくわくがあるのなら、とめられないのだった。

見張りの大人達、此方に気付いていない。よしよし、おっけい。

頷くと、明らかに乗り気では無いタオと、若干呆れ気味のレントとともに、示し合わせている場所に向かう。

一番厄介な島の護衛部隊の隊長。

王都で騎士の試験に受かったこともあるらしい凄腕、「護り手」のリーダーであるアガーテ姉さんは、見張りのシフトで此処には来ていない。

それで充分。

他の護り手ははっきりいって力量一つとってもライザにも及ばない。

アガーテ姉さんは、あたしを護り手の次の世代のリーダーにしたかったらしいけれども。

今は、そのつもりはない。

昔も今も悪童と言われるあたしだが。

その性根は変わっていない。

ただ、悪戯をすることはあっても、人を傷つけたり、ものを盗んだりするつもりはない。

義賊を気取るつもりはないし、そんなのは嘘っぱちだとも分かっている。

ただ、このなんてことのない島の、なんてことのない村の。

なんてことのないあたしが、凄い冒険をする。

それにロマンを感じているだけだ。

三人で、こそこそと、家の裏手にある船着き場に出る。

タオが。既にげんなりしているのが分かった。

「ミオおばさんが、後でなんていうか。 僕達まで怒られるのかな。 下手をするとアガーテ姉さんも……」

「こうなったらライザはとめられねえから諦めろ」

「それは分かってるけどさあ……」

「ほら、二人とも。 それよりみなさい!」

ばばーんと口にして、それを見せる。

漁船だ。

古いが、かなりしっかりしている。

汽水湖という事もあって、木の葉のような船ではあっと言う間に沈められてしまう。当然魔物も出る。

この辺りで使う漁船は、前後十五歩ほど、幅二歩ほどのものが普通で。その気になれば十数人は乗れるものだ。

そうでないと、人間を小細工無しで殺傷できる獣、いわゆる魔物が襲ってきたときに、一瞬で噛み裂かれてしまうし。

そもそも荒波に耐えられないのである。

タオはいつも腰に本をぶら下げていて、眼鏡を掛けている。眼鏡そのものが結構貴重な品で。

この眼鏡は、タオの家に代々伝わっているものらしい。

昔は簡単に作る事が出来たとかいう話だけれども。

古代ナントカ王国とか言うのがなくなって数百年。

今では、そういった技術はどんどんなくなっていっている。

王都の方では、技術を復興しようと必死になっているらしいけれども。噂だ所詮。

享楽主義者で、冒険に心を躍らせるあたしも、そんなものが簡単に上手く行くとは思っていない。

「これ、大丈夫? 沈んだら本当に一巻の終わりだよ? それにライザ……」

「大丈夫、確認してある。 昔流された漁船が、今になって潮流に乗って戻って来たみたい。 旧市街の浅瀬に乗り上げてるのを回収するの大変だったんだから」

「どれ、確かに思ったより全然大丈夫そうだな。 これだったら、多分対岸くらいまでならいけるはずだぜ」

レントが。足で船を何度か踏む。

今は一歳あたしより年上のレントは、十四を超えたくらいからにょきにょき背が伸びて。昔はあたしと変わりなかったのに、今では頭一つ背が高い。村の大人達と比べても、もう遜色ない。レントより長身なのは、その親父さんであるザムエルさんくらいだろう。

それでもあたしがこの悪ガキ軍団のリーダーシップを取っているのは、昔からそうだったから、だろう。

あたしが魔術に関しては、クーケン島でも屈指の使い手であることや。

魔術を応用して相当な戦闘ができる事も理由の一つではあるだろうが。

単純な武器だけを使った戦闘だったら、あたしもちょっと今のレントと正面からやりたいとは思わない。そうなると、単純な戦闘力がリーダーシップの源泉ではないのかも知れなかった。

あたしは今は十七。

別に容姿が劣っている訳でもない。ごく普通の、なんてことない農家の娘。

なんであたし達が、親が決めた相手と結婚していないかというと。

いざという時は、護り手の支援としてかり出される、一線級の戦力が足りないからだ。

この小さな島は、周囲が全て汽水湖で。どこから魔物が上がってくるか知れたものではない。

だから、いつでも戦える人間は確保しておかなければならないのだ。

現在十五のタオはちょっと事情が違っていて。村の中でなんだかいう知識を司る家系の出らしい。

ただそれも、三代前だったかに知識の継承が失敗したらしく。

たくさんある古代文字で書かれた本を、タオは必死に解読しようと頑張っているが。それも上手く行っていない。

だから、本を「お守り」とか揶揄されて。

「彼奴ら」に虐められたりするのだが。

あたしがいる時は、それも許すつもりはない。

「よおし、しゅっぱあつ!」

「レント、ゆっくり漕いでよ。 落ちたら死んじゃうよ」

「分かってるよ。 俺も着衣泳出来るほど器用じゃないからな」

船が、動き出す。

ふんふんふーんと鼻歌が漏れる。

汽水湖であるエルプス湖は、機嫌次第で大波が荒れ狂うのだけれども。今日は空と同じく、彼女の機嫌も良いようだ。

漁師達が使う漁場も知っているから、それらから外れて対岸に向かう。

湖の真ん中近くに浮かんでいるクーケン島は、幸い視認できるほどに対岸が近い。そうでなければ、レントもタオも冒険には乗ってこないかも知れなかった。

途中で、話をする。

「タオ、本の解読、上手く行きそう?」

「駄目。 頻出する単語とかは書き留めたりしているんだけどさあ。 どうにも……」

「三代前だか四代前だかに事故があったんだろ。 なんか対岸の西側でなんか騒ぎがあったとかって聞いたぜ」

「ライザは喜びそうな話だよね。 100年くらい前に何かあったらしいのは事実みたいだけれど、それが本当に継承の失敗に影響したのかは僕にはなんとも言えないよ」

がくんと、船が揺れた。

そういえば、昨晩もちょっと島が揺れたっけ。

最近、たまに島が揺れる。

クーケン島の旧中心部、いわゆる旧市街がどんどん水没しているのと、関係しているのかも知れない。

今では農業区であるラーゼン地区と、人が住むボーデン地区に人は集中しており。

旧市街にある見栄えがいい屋敷などを客人に貸すことはあるが。それ以外では、旧市街に住んでいるのは老人ばかり。

旧市街には幾つかの施設が未だに動いているけれど。基本的にその全てが老人の家を除くと家屋ではなかった。宿などはあるが、恒久的に住む家ではない。

「まだ乾期まであるよな」

「うん。 まーたモリッツさんが威張る時期が来るよ……」

「でも、ライザはモリッツさんを認めてなかったか?」

「認めてはいるけどね、いやな人だってのは事実だよ。 それにボオスの親でしょあの人、性格が悪いに決まってるじゃん」

ボオスか。

昔は一緒に遊んでいたこともあったのにな。

面倒な事が起きてから、すっかり以降は壁が出来て。

今ではあたしと、その仲間と。

ボオスとその手下で。

街の子供達は真っ二つに割れている。

モリッツさんは、どんどん村に新しいものを取り入れてくれる。それについては、評価できる。

だけれども、乾期でみんな水に困っているときには偉そうにするし。

普段から何だか偉そうで、困っている人にいじわるしたりするしで、虫が好かない。

本人の業績を認めることと。

本人を認める事は、全く別の話だ。

実際問題、モリッツさんが気にくわない人やその子供達はたくさんいて。それでライザ派とでもいうべきものが出来ている。

それにボオスはとにかく高圧的で口が悪いこともある。

ボオスに取り入って今から将来の生活をどうにかして貰おうとしている奴もいる。ランバーなんかはその手の一人だ。

だけれども、あたしの見た所、ライザ派の方が現状では勢力があって。

どうもあたしは将来、モリッツさんのブルネン家に対して対抗する派閥を作ってほしいと期待されているらしい。

好き勝手が許されているのもそれが理由だそうで。

あたしとしても、色々と複雑だ。

そういう、村のくだらなくてせまっくるしい派閥や抗争なんか、まっぴらごめんだ。

空はあんなに青くて、どこまでも拡がっていて。

対岸に出れば、どこまでも続いている街道があるのに。

村の掟は、やれどこにいくな。なにをするな。

そんなことばっかりだ。

だから、いわゆる進歩的なモリッツさんは、嫌いだけれども認めざるを得ないし。

あたしにすり寄る大人達に対しては。

それでモリッツさんに対抗できるとは思う反面。

はっきりいって、あまり良い気分はしないのだった。

対岸に到着。

対岸についても、油断は出来ない。この辺りは浅瀬が多くて、油断するとすぐに座礁するのだ。

あたしは船の舳先に行くと、魔力を練る。

今の時代、魔術は誰でも使える。魔術を使えない人なんて、あたしは少なくとも見た事がない。

レントみたいな前衛戦闘を得意とするタイプは、殆どの場合魔術で肉体を強化している。それで地面をブチ割ったり、何倍も体格が違う魔物とやっとやり合える。

タオは変わり種で、強化を頭に全て使っているらしい。

気持ちはわかる。

ただ、戦闘をせざるを得ないときは、体の一部に魔力を集中させることで戦えるようにしている。

何しろ辺境の村だし。

昔、色々あった事もある。

あたし達三人は、魔術に対しては本当に真摯に勉強した。あたしの場合はやり過ぎて、それまで村一番の実力者であった古老を五年も前に超えてしまったくらいだ。

あたしの魔術は熱操作。

基本的に得意な魔術は人によって違っていて、あたしの場合は魔力を熱変換するのを得意としている。

魔物もよくしたもので、魔術を使う人間を基本的に優先的に狙って来る傾向がある。

だから今の時代は、威力を落としても詠唱をしないで魔術を放つのが主流になっている。そうしないと、魔物から集中砲火を喰らうからだ。対人戦の場合は更にそれが苛烈になってくる。

手元から、水面に魔力を垂らす。

熱操作が基本だが、熱感知も出来る。

それで、浅瀬の存在を感知するのだ。

「よーし、右に十五°!」

「了解。 右に行くから、左に舵を回すと」

「気を付けてよレント。 僕はいざという時は、船の重心管理くらいしか出来ないよ!」

「でもお前の頭の回転の速さなら、やってくれるだろ! 頼りにしてるぜ!」

ぐっと船が動く。更に、指示。

もう少し右。そのまままっすぐ。前と、ちょっと浅瀬が変わっているかもしれない。いや、これは水面に変動があるのだろうか。

集中。

魔物が出るかも知れない。

汽水域とはいえ、水の中の魔物は恐ろしく大きくて強いのだ。水に落ちた子供は諦めろ、なんて言葉があるくらいに。

それを引き合いに出されて、以前の事故では散々叱られた。

それであたしも、水の魔物にはちょっと苦手意識がある。

「よし、そのままずっとまっすぐ!」

「おう、任せろ!」

レントが力強く櫂を漕ぐ。

なんともまあ、筋肉がもりもりになって。この辺り、本人は怒るだろうけれど、ザムエルさんに似てきているとあたしも思う。

あの人も、お酒で頭が壊れなければ。今でもアガーテ姉さんと並ぶ凄腕なのに。

船が滑るようにして、対岸に到着。ゆっくり寄せながら、やがて停泊していた。

ロープを下ろして、近くにあった石柱につなぐ。

この辺りは、よく分からない石柱がたくさんあって。漁師もあたし達も。冒険の時には、使うようにしていた。

一方で、水没した遺跡らしいものに座礁する事もあるので。

有り難いだけのものでもないのだが。

「よおし、とうちゃーく!」

「ふう、生きて渡れた……。 本当に毎回、命が縮む思いだよ」

「まあ気持ちはわかる。 それで、どうすんだ?」

「まずは渡ってみた! それが大きい!」

ふふんと胸を張るあたしをみて、レントもタオも呆れた。

咳払いすると、向こうを見る。

「見てレント。 塔、ずっと近いよ」

「そうだな……」

レントの夢。

それは、クーケン島からは薄ぼんやりとしか見えない、塔に行く事。それを制覇することだ。

この塔は、ラーゼンボーデン村では禁足地とされている西の野を越えた先にあるので、大人には絶対に言えない。

だけれども、あたしは知っている。

ブルネン家の何代か前のバルバトスって当主が、その禁足地に足を踏み入れたらしいって事を。

小さな島だ。

噂は広がる。

ましてや、その代からブルネン家が水を確保したのだ。

何しろ孤島だ。しかも浮かんでいるのは汽水湖。真水はとても貴重なのである。

古い時代は水が湧いていたらしいクーケン島だが、それも最近ではブルネン家の持っている水源が頼り。

その水源には噂があって、禁足地の西の野になにかあったのではないか、という話がある。

あたしも何人かの大人から聞いたことがあるし。

多分村の大人の間では周知の事実の筈だ。

乾期に誰もが困るのに水を出し渋るブルネン家には、みんな反感を抱いているのである。

故に、こういう噂話は流れる。

そして、実際問題状況証拠もあるので。

あながち嘘とも言い切れなかった。

そんな禁足地の向こうに見えているのが塔だ。よく分からない代物で、禁足地のなかの禁足地である。

絶対に近付かないように。そう村では周知される。

実際街道から外れると、魔物も普通に出る。

護り手もそうだが、今の時代は基本的に三対一でチームを組んで魔物とは戦うように、幼い頃から訓練を受ける。

ライザもアガーテ姉さんから散々仕込まれたし。

実際魔物と戦って見て、三対一というのは合理的だとも思った。

それくらい強いのである。

的になって、魔物の攻撃を引き受けるタンク。

火力を担当して、敵に致命打を与えるアタッカー。

支援魔術を駆使して、敵の足を止めたり、味方の攻撃の隙を作るサポーター。

この役割を常に意識するように。

アガーテ姉さんは、そういつも口にしていたっけ。

王都の軟弱な騎士団は、この三対一の戦術もあまり上手にできないらしく。

アガーテ姉さんの言葉によると、ごく一部の例外を除くと「街の中の治安維持だけしかできない」そうだ。

それ以外にも色々理由があって、アガーテ姉さんは王都で騎士になるのをやめたそうだが。

口が重いので、あまり喋ってはくれない。

ただこれらの話は、あたしを後継者として見ていて。それで期待しているから話してくれたことだと思うので。

あたしもその信頼を裏切るような事をするつもりはない。

例え悪戯でアガーテ姉さんをいつも困らせるとしても。

冒険をして、アガーテ姉さんの負担を増やすとしても。

そういった仁義だけは、絶対に通す。

それがあたしのやり方だ。

「とりあえず、どこか移動しようよ。 砂浜でぼーっとしてても、魔物に襲われるだけだと思うし」

「賛成だ。 ライザ、どうする?」

「じゃあ、今日はあっちいってみよう」

「森ぃ!?」

タオが素っ頓狂な声を上げる。

街道の方は、この辺りまで出張してきている護り手がいる可能性が高く、見つかると面倒だ。

下手すると、アガーテ姉さんがいる可能性もある。

アガーテ姉さんはまだ20代前半で護り手をまとめている事からも分かるように、今のあたしよりも遙かに上の使い手で、剣腕は多分今が全盛期だ。

レントも稽古をつけて貰ったことがあるらしいが、とても勝てる相手では無いと零していたくらい。

クーケン島の護り手ははっきりいって大して強くもないのだが、アガーテ姉さんだけは話が別。

見つかったら、両手を挙げて降参するしかない。

というわけで、街道は論外。

それに今のは経験談だ。

前に別の所から上陸して、それで街道で見つかって、しこたま叱られた。

街道を少し北上して西に行くと禁足地なのだが。そもそも街道に入れないのだから、これもアウト。

そうなると、東に拡がる鬱蒼とした森くらいしか、選択肢が残っていないのである。

「ちょちょちょ、待って。 彼処、エレメンタルがわんさかいるんでしょ!」

「鼬もぷにぷにも、後はこの辺りでたまに見かける幽霊鎧もいるらしいな」

「ひええっ……」

分かりやすいタオの恐がり方。

そんなんだから、ボオス達につけいる隙を与えるんだが。

ともかく、咳払い。

「大物じゃなければ、あたし達でどうにか出来る!」

「その大物の目撃情報もある場所だよ。 本当にどうなるか分からないよ!」

「こうなったらとめられねえよ。 腹括れ」

「うぐゆ……」

レントの声にあきらめが篭もっている。

タオが、絞め殺される鶏みたいな声を上げていた。

この先は小妖精の森。

魔力をエサにして生きる、正体がよく分からない「エレメンタル」と呼ばれる人に近い形をした魔物がたくさんいる。

こいつらは殺すと消滅してしまうのだけれども、噂によると魔力を喰らう事で文字通り際限なく強くなって行くらしく。

大物になると、村の戦える人間が総出になってもかなわないらしい。

更に見かけと裏腹に獰猛極まりなく、魔力をエサにしている分、人間に対する攻撃性も残虐で。

もしも捕まったりすると、苗床のような扱いを受けて、絞り尽くされるとも聞く。ぞっとする話だ。

この他にも、水陸両用で、非常に獰猛な代表的な魔物「鼬」や。

あらゆる所に適応して、どんなものでも喰って栄養にする「ぷにぷに」。

そして、この近辺で時々見かけられる。

中身が存在していないのに動き回る、不可思議な「幽霊鎧」。

それらが見かけられる、と言う事だった。

護り手からの情報収集は、あたしも欠かしていない。

そもそも冒険に行くのだ。

危険に備えていくのは、当然の話である。

「レント、前衛。 あたしが焼き尽くす。 タオは支援に徹して」

「おう、いつも通りだな」

「もう、気を引くくらいしか出来ないよ?」

「そのばかでかいハンマー、直撃すれば結構効くじゃねえかよ」

タオが護身用に持ち歩いているのは、大型のハンマーだ。

とにかく背が低いレントは、これを遠心力で振り回して、質量攻撃で思わぬ一撃を入れる戦闘を得意としている。というかそれしか出来ない。

ハイリスクな戦闘方法だが、実際問題他にやれることがないのである。

頭脳としては期待できるが、それも戦闘時にキレッキレで働くタイプのものではない。

そういう意味で、戦いには向いていない。

だから、支援役で、出来る範囲で動いて貰う。

それ以外にはなかった。

森の中に入ると、音と雰囲気が変わる。

レントも、口を閉じた。

下手に音を出すと、何が出てもおかしくない。

だけれども、このぴりぴりした空気。高揚感。

これこそが。

あたしが求めているものだ。

勿論、レントやタオを危険にさらすわけにはいかない。だから最大限の注意を払い続ける。

周囲に展開している魔力は常に敵を探る。何かが接近して来れば、音や臭いがなくても探知出来る。

優れた力を持つ魔物になると、それらをかいくぐって奇襲をして来るらしいが。

今の時点では、そこまでの魔物がでているとは聞いていない。最低でも、あたしの能力で探れる範囲では問題はないようだった。

不意に、森を抜ける。

其処は、開けた場所だった。

更地になっていて、朽ちた家らしいものの残骸がある。誰も使っていない様子だ。というよりも、なんだここは。

森の中にあるのに、どうして植物に浸食されていない。

アガーテ姉さんに散々仕込まれているから知っている。森というのは、植物が激しい競争をしている場所で。

植物同士でも、動物顔負けの食い合いをして、場所の奪いあいをしているという。

畑仕事も手伝っているからあたしも知っているが、基本的に植物にも強い弱いはある。殆どの農作物は弱い方で、丁寧に邪魔になる雑草を抜かないとあっと言う間に畑というのは駄目になる。

そういった植物が。此処にはまるで手を出している様子がない。

やはりここはおかしい。水が足りないクーケン島だが、対岸は比較的水源も豊富だ。そういう場所が、荒野になるのには理由がある。ここは荒野と言う程荒れてはいないが、それでも森の中にこんな広間が出来るのはおかしい。

思わず、足を止めて周囲を見回す。レントはともかく、タオは多少緊張感がなかったが。

「ライザ、ここ……」

「気を付けよう。 何があるか、分かったもんじゃないし」

「うっ……」

タオが青ざめる。あたしがかなり緊張していることに気付いたのだろう。

石垣で、この空間は囲まれている。それにしても、たかが石垣で植物の浸食を防げるとも思えない。

石垣ごとのみこまれておしまい、というのが普通だ。

レントが呼んでくる。

「ライザ、こっち見てくれ」

「うん? おー。 タオ、来て来て」

「はいはい行きますよ」

レントもあたしも、考える事はタオに任せている節がある。タオも少し呆れ気味だけれども。

それでも取り柄がそれ以外にないと自嘲しているからだろうか。

すぐに来て、それを見た。

「この辺りは、畑の跡っぽいね」

「うーん、それでもせいぜい数人が食べられる程度の量しかこの作付面積だと取れないよ」

「それは分かってる。 残りはあっちで補ったとか?」

「そうなんだろうね……」

視線の先には、エルプス湖が拡がっている。魚は決して多い湖ではない。

何度か聞いたが、海や川に比べて、汽水湖というのは魚が少ないらしく。クーケン島の漁師も、中には海まで出る人がいる。

ただし海まで出ると魔物の危険度が跳ね上がるため、本当に腕がいい一部の漁師だけで、それも命がけである。

「辺りを見て来たが、魔物の足跡らしいのはないぞ。 ただ、エレメンタルどもがいるかもしれないけどな」

「あいつらがいる場所は基本的に植物が豊富だよ。 多分この辺りには近付かないと思うね」

「一体何があってこの辺りはこんなになってるんだろう」

「さあ。 でも、もうちょっと調べて見ようよ。 護り手の人達に貸して、休憩所にするって考えも出来るし。 そうなれば、私達を護り手達も多少見直すでしょ」

指でお金のマークを作ってみせるあたしに、レントもタオも呆れる。

だが、考えは二人とも分かる。

小さな島で、経済は閉じていても。それでも金は必要なのだから。

その時、鋭い悲鳴が聞こえる。

森の中から、である。

方角は、更に奧だ。

一斉に、あたしもレントもそれぞれ武器に手を掛け、タオは逃げ腰になる。レントは身の丈大のボロボロの大剣。あたしは魔術の高速化と打撃のために、杖を使っている。杖といっても、その気になれば人間の頭くらいは粉砕できる。あたしは農作業で鍛えた足腰があるので、本命は足技だが。それでも、上半身での戦闘能力を補助できるのであれば、それに言う事はない。

「行くよレント、タオ!」

「おうっ!」

「ちょっと待ってよ! 魔物が誘っている可能性とかは……」

「そんなの見てから考える!」

あたしは、昔からこんなだ。

基本的に、クリティカルな事があると、体の方が先に動く。

結果として、今回はそれで良かった。

後に仲間に、一番の同性の親友になる子を、それで救う事が出来たのだから。

 

2、未知との出会い

 

目の前に出て来た鼬を、ドロップキックでそのまま吹っ飛ばす。それほど育っていなかった鼬だし、それで充分。

悲鳴を上げてすっ飛んで逃げていく。

どうせ今の悲鳴を聞いて、餌にありつけるかも知れないと顔を見せた個体だ。容赦する必要なんてない。

あたしは走る。レントが、前に出すぎるなと、荒々しい戦士らしい声を掛けて来る。遅れてついてくるタオ。少し遅れてはいるけれども、それでも着いてきている。この辺りは、村育ちで。

さらには、あたし達でいつも引っ張り回して、それが要因だし。

タオもレントも、昔ある事件があってから、意図的に最低限得意分野を鍛えるようにしている。

タオの場合は、体力のなさを自覚して、それを補う努力をしている。

それが、ついてこれている理由だ。

走りながら、辺りも見る。

猪突猛進した挙げ句、自分達が迷子になったら世話ないからだ。

なんどかそういう事が昔あって。

その度に、護り手や。比較的最近は、護り手のリーダーに就任したアガーテ姉さんに随分大目玉を貰ったっけ。

ぷにぷに。球体状の生物。見かけと裏腹に、危険極まりない魔物の一種。なんでも喰うので、勿論人間も殺しに来る。

かなり大きい奴が来るが。

気合いとともに跳躍したレントが、一撃を叩き込んで両断。更にあたしが、ノータイムで光の槍を作り出し、投擲。

突き刺さった槍が、ぷにぷにを爆散させた。

あたしの熱魔術の一つだ。

基本的に今の時代は詠唱をしないから、一度に一つずつ作りあげて投擲する熱の槍。今は急いでいるので、かなり手荒い。

レントが大剣で熱をしのぎながら、更に走る。タオは、ひいっと分かりやすい悲鳴を上げていた。

「ちょっとライザ、火力また上がってない!」

「成長期だから!」

「だからって、ちょっとやばいよ! 詠唱したら、数百発は出せるんでしょ!」

「そうだけど!」

走りながら応じる。

誰でもそう。だから、ある程度人数に余裕があって、魔物に隙が出来たら、詠唱して一気に仕留める手もあるにはある。

だが、隙を作ったフリをして、詠唱する人間をしとめようとする魔物もいる。

それを考えると、安易にできる事ではない。

見えてきた。

かなり大型のエレメンタルだ。

人間に似ているが、目には瞳孔がなく。服のように見えるのはそれも体の一部。その証拠に、殺すとそれごと消えてしまう。そして死んだ場所では、とても作物がよく育つ。

昔はそれを利用できないかと思って、捕まえようと四苦八苦してみた事もあるのだけれども。

生かして捕まえる事はどうしてもできなくて、護り手の人達も呆れていたっけ。

ただ、ブルネン家になんでも頭を下げなければいけないのは、大人達もみんな思うところがあるようで。

それでも、しぶしぶながら協力してくれたものである。

目の前にいるのは、かなりの大物。人間大の大きさを持つ奴。

もっと高位のになると、更に大型になり。服装などの再現が精緻になっていくらしい。

噂によると、「エレメンタルロード」なんていう魔物もいるらしく、そいつらの実力はドラゴンを凌ぐとか。

そして、そんなエレメンタルの視線の先には。なんだか育ちが良さそうな、とても綺麗な服装に身を包んだ。とても清潔そうな女の子が、腰を抜かして倒れていた。このままだと、確実に殺されるだろう。

あのさっきの澄んだ悲鳴。

この子の挙げたものだと思えば納得出来る。普通だったらぎゃあああとか、そういう身も蓋もない悲鳴が出るものなのだから。

いずれにしても、弱者を蹂躙するもの。

死あるのみ。

あたしは、声を張り上げていた。

「レントっ! タオっ!」

「分かってる!」

タオも本気だ。二人とも仕掛ける。

振り返るエレメンタル。赤い服を着ているが、それは少し遅れていれば、人血によって更に鮮やかに彩られ。

あの女の子は、森の肥やしにされていただろう。

顔には表情がなく。

こいつらと会話の余地がない事が一目で分かる。

向こうも、ノータイムで術式を展開。あたしはレントが先に、タオが遅れて突貫するのを見て。

足を止めながら、魔術を展開。

空中から、光の矢を放って、突き刺す。

魔術を展開出来ずに防がれたエレメンタルが、顔を歪めることもなく、ライザを見て。

その瞬間、フルパワーでレントが大剣の一撃を叩き込んでいた。

切っ先が、エレメンタルの肩から入り込み、腹まで食い込む。タオはそれを見て、行動を変更。態勢を低くして、エレメンタルの死角に入り込むと。倒れている女の子との間に入る。

良い判断だ。

ライザはそのまま、光の槍を作り出し、レントを腕を振るって吹っ飛ばしたエレメンタルに突き立てる。

レントを軽々吹っ飛ばしたエレメンタルは、大剣が体に食い込んでいるのにまだ生きているし、なんならぴんぴんしているが。

それでも、顔面にあたしの光の槍が突き刺さると、流石にぐらりと揺れる。

更に、魔力を絞り出して、三本の槍を同時出現させ、それを一斉に投擲。それを見て、血混じりの唾を吐いたレントが、素手で突貫。

刺さったままの大剣を掴むと、一気に横薙ぎにエレメンタルを切り裂いていた。

L字に体を裂かれたエレメンタルの顔に、三発の光の槍が突き刺さり、爆散

タオが必死にガードの姿勢を取って、自身の体と、何より気絶している後ろの女の子を庇う。

ナーイス、タオ!

そう呟きながら、ライザは更に五本の槍を同時に出現させる。レントがそれを見て、タオと女の子を抱えて、大急ぎでその場を離れる。

一斉射。

これでも再生しようとしているエレメンタルに、全ての槍が殺到して。一瞬後に、爆砕していた。

エレメンタルの絶叫が轟く。

これで、ひとたまりもないだろう。

呼吸を整える。脂汗が流れていた。

こんな大きなエレメンタルを、三人で倒せた。それも、人を助けながら。ちょっと自慢にしていいと思う。

魔力の消耗が激しくて、かなり危ない。詠唱をしないと、魔術の消耗は、こうも大きくなるものなのだ。

汗を乱暴に拭いながら、レントに様子を確認。

「大丈夫、二人……三人とも!」

「僕達ごと吹っ飛ばすつもり!?」

「今はいい! とにかく撤退するぞ! 魔物の声が聞こえやがる! もたついていると絶対に殺到してくる!」

「レント、前衛よろしく! その子、あたしが担ぐ!」

よし来たと、レントが曲がってしまった剣を手に走り出す。

かついで見ると、女の子は金髪で、絹のいい仕立ての服を着ていて。良いにおいがしそうな、それこそお嬢様という言葉をそのまんま人にしたような子だ。

たまに隊商とかにこういう子がいるのをあたしも見て知ってはいたけれども。話した事は殆どなかった。

というか、前に似たような子を見た時は、露骨に見下されて頭に来た記憶もある。

この子がそうではないといいのだけれども。

背負うと、走る。タオは、奇襲に備えて少し後ろを走って貰う。ざわざわ、そう森が騒いでいる。

争いがあった。

そうなれば、おこぼれにありつけるかも知れない。

そう卑しく考えている。

畜生なんてそんなものだ。

それが普通。というか、人間だってちょっと油断すれば、すぐに畜生に落ちるものなのである。

だから、別にそれに嫌悪を覚えるつもりも、ライザはない。

走りながら、さっきの広間を目指す。

あの様子だと、あの広間には魔物だって出ない。それに、ここに来るまで、道のようなものが出来ていて。

ブッシュの一つもなく、退路ははっきりしているのが、とても有り難かった。

「急げっ!」

「分かってる!」

「ライザ、来てる来てる来てるっ! おっきいのが!」

「くっ!」

あたしも焦る。

全力で走っているが、それでもいつもよりやっぱり体が重い。気絶している女の子一人を背負っているのだ。

この状態では、戦う事も出来ない。

レントが入れ替わって、時間を稼ごうとしてくれるが。

一瞬で吹っ飛ばされた。

相手は、一瞬見えたが、大型の鼬だ。

鼬は大きくなると戦闘力がおぞましい程跳ね上がる。しかも、育つと際限なく大きくなる。

人間ほどでは無く社会性を持つ生物で、とくに女王個体と呼ばれるものは、群れの中でも非常に巨大で、極めて戦闘力も高い。

群れごとに戦闘力がまるで違う種族でもあって、こんな森の中だと、苛烈な生存競争に晒されているから、強いのがいるのも当たり前だ。

覚悟を決める。

女の子を降ろすと、タオに叫ぶ。

「その子を引きずって安全地帯に!」

「ちょっ、ライザっ!」

「いくわよレント! 時間稼ぐ!」

「やってやる……!」

レントも、相当肝を冷やしているようだ。

散々危ない目にはあってきた。魔物と初めて護り手の皆と一緒に戦ったときは、本気で殺しに来る相手の怖さだって知った。

だけれども、今、毛を逆立てて、此方を威嚇している鼬は今まで見てきた魔物とレベル違いだ。

勝ち目はゼロ。

レントが、視線を合わせる。

頷く。

勝機があるとしたら、詠唱しての魔術しかない。だけれども、それを作る時間を、あの大きさからしてもあたしの背丈の倍はありそうな鼬が、許してくれるだろうか。

それでもやるしかないのだ。

レントが、頭から血を流しながら、鼬に雄叫びを上げて踊りかかる。

それと同時に、あたしは詠唱を開始。

フルパワーでぶっ放せば、あの鼬だって殺す自信がある。

だけれども、相手がそれを許してくれそうにもない。

次の瞬間。

何かが、あたしの横を通り抜けた。

それが後ろから投擲されたものだという事はわかった。

案の定、レントには目もくれず。あたしに襲いかかった鼬に、それは空中で接触。

そして、球形の、超高熱熱球を作りあげていた。

鼬は悲鳴一つ挙げない。

熱の球体が消滅した跡は。

頭から腹に掛けて球形に体を抉り取られた鼬が、ぼとりと落ちてきて。

そして、忘れていたかのように内臓と、大量の鮮血が地面に拡がり始めていた。

更に、鼬の後ろから何かくる。さっきの鼬の群れの仲間か。

だが、それらが足を止める。

あたしと、レントの前に降り立った、長身の女性。青白い肌をして、とても長い薄紫の髪を持った人。なんだかもの凄くワイルドな格好をしている彼女が、一瞥するだけで。魔物達は、明らかにすくみ上がる。

さっきの鼬と同格だろう鼬たちが、それで逃げ出す。

一睨みで、あの鼬の群れを。

すごい。

あたしも戦士だから分かる。この人の体を纏っている強さが。レントも、一発でそれは見抜いたようだ。

この人、とんでもなく強い。

「無事だったようだな」

もう一人の声。

モノクルを掛けた、長身の男性だ。ローブに近い服を着ている。さっきの、なんか相手を抉り取ったもの。

あれは明らかに魔術ではなかったが。

あれを投擲した人か。

それだけじゃない。全身にみなぎっている魔力。クーケン島の古老なんて問題外。あたしでも、及びもつかない凄まじさだ。

生唾を飲み込む。

「事情は後で聞く。 街道で、そこのお嬢さんの親御さんがお待ちだ」

「ん……うん……」

目を覚ます「お嬢さん」。

恐らくだが、気絶する前にあたし達が割って入ったことは覚えていたのだろう。恐怖でふるえながらも、あたしに拒絶感を示すことはなかった。

「た、助かったの?」

「どうにか……」

「良かった……。 ありがとう、みなさん」

やっぱり、居住まいがしっかりしているなあ。

腰が抜けていたようだけれども、それでも時間が経ったからか。恐怖がピークに達して、意識を一度失ったからか。

手をさしのべれば、立ち上がる事が出来た。

そして、女の子は必死に何かのケースを持っていて。それは背負ったときも、離さなかった。

執念すら、それには感じる程だった。

一度、さっき見つけた何故か安全な広間に戻る。すぐ側だった。

そこで、呼吸を整える。

タオが持ってきた薬草を使おうとしたが、不要と男性の方が口にすると、何か薬を取りだした。

それを傷口に塗るだけで、文字通り溶けるように傷が消える。

これは、ちょっと凄い。

魔術の中には、詠唱込みで使う回復のものもある。ただし、それは詠唱込みでも、傷の治りを早くする程度。

とてもではないが、こんな回復速度は実現できない。

さっきの大型鼬の攻撃をもろに食らったレントは、彼方此方大きな傷を貰ってダラダラ出血していたのだが。

それも一瞬で治ってしまっていて。あたしは驚かされた。

「それ、魔術による薬ですか?」

「いいや、錬金術だ」

「アンペル」

「嗚呼、分かっている。 だが、この子達は見知らぬ人間を助けるために、全力で危険に立ち向かった。 それが出来る人間なら、少しくらいは信頼しても良いだろう」

アンペルというのか、この男の人は。

ライザは、飲むタイプのお薬を貰う。それを飲み干すと、消耗していた魔力を一気に回復する事が出来た。

すごいな。

味はとんでもなかったが。良薬は口に苦いものだ。

だから、別に気にしない。

「助かりました」

「まだだ。 とりあえず、森を抜けて隊商の所まで戻るぞ」

「はい。 ええと……」

「私はクラウディア。 クラウディア=バレンツです」

そう胸に手を当てて、女の子が名乗る。

あたし達も、それに対して名乗り返した。すぐに名前を覚えてくれた。クラウディアは、あたしに対して、強い興味を持ったようだった。

どうやら、前に来た不愉快なお嬢様とは違うらしい。

そう思って、あたしはちょっとだけ安心したのだった。

 

もの凄く強い護衛二人がいることもある。

魔物はそもそも近寄ってこなかった。伝説に残るような超強い戦士だと、森の中を歩いても魔物が逃げていったという話は聞いたことがあるが。

まさかそれを、目の前で見られるとは、あたしはおもわなかった。

女性の戦士は、リラ=ディザイアスというらしい。戦士として圧倒的に強いが、体はとても豊満で、なんというか凄い。

また、髪の毛は若干雑に手入れしているようだが。前髪の間から見える両目はオッドアイである。

そして、ちらりと見える手元。

手から直接毛が生えていないだろうか。

爪の生え方も、なんだかちょっとおかしいような気がするが。じろじろ見るのも失礼に思えたので、控えることにした。

男性の方はアンペル=フォルマーさんというそうだ。

何でも、少し前からクラウディアの商会、バレンツ商会を護衛していたらしい。

商会の会長はクラウディアのお父さんと言う事だが。

まあ流れの傭兵としては、この実力は破格だ。

雇われたのも、当然と言えるかも知れない。

程なくして、海岸に出る。

よかった、小舟は見つかっていないな。

それは良かったのだが。商会とともに、アガーテ姉さんが来ている。それを見て、あたしは思わず首をすくめていた。

「やっべ。 アガーテ姉さん無茶苦茶怒ってるぞあれ……」

「これはミオさんも一緒に一晩説教コースだね……」

「大丈夫よ、私が助けてくれた事を説明するから。 みんなとても勇敢だったわ」

「ほんと? ありがとう!」

クラウディアと呼んで。

あたしはそう言われている。タオやレントも、である。

クラウディアはあたしとおない年らしい。おない年でも、生きてきた世界が全く違うが。

それはむしろ、クラウディアにはとても新鮮な相手に見えるらしい。

安全を確保できたとみるや、かなり喋るようになった。あたしが、危険を顧みずエレメンタルに立ち向かう姿が、何かヒロイックに見えたのだろうか。

あたしは、無謀だっただけだ。

ちょと、クラウディアには後でそれを説明しなければならないかも知れない。

バレンツ商会の会長、ルベルトさんというらしい人は。いかにもなとても厳しそうな男性だった。

それだけじゃない。恐らく相当大口の取引先らしく、モリッツさんまで来ている。

モリッツさんが平身低頭しているのは、見ていて気分が良いが。

それよりも今は、あたしをじっと冷たい目で見ているアガーテ姉さんが怖い。

「おてんばな娘を助けていただき感謝しています。 リラ殿、アンペル殿」

「いいえ。 これも仕事の内ですので。 それに、我々は間に合わず、実際に彼女を助けたのはそこの三人です」

「なんと……」

「そういうわけで、叱らずにおいてほしいのですが」

アンペルさんが、そんな事をいうので。

モリッツさんは、はははと苦笑い。

アガーテ姉さんが、前に出ると、苦言を呈する。

「この三人は無鉄砲極まりなく、今回もあやうく命を落とすところでした。 叱ることは貴方たちに免じて今回はしませんが、それでも甘やかして貰っては困りますね」

「分かっています」

「そ、それよりも、立ち話もなんですから、島に向かいましょう。 危ない目にあって、お嬢様もお疲れでしょうし」

モリッツさんがまとめて、島に大きな船で渡る。おっと、あの船どうしよう。

もう一つ、ちょっと小さめの廃棄漁船を見つけてあるのだけれども、それを使うしかないか。

いずれにしても、説教コースは避けた。

疲れきってぐったりしているタオ。

レントは、じっと手を見ていた。

「どうしたのレント」

「ああ。 俺の力不足を感じてな」

「あたしだってそうだよ。 それよりさっきの見た?」

「ええと、あの一瞬で鼬を殺した奴か?」

それもそうだけれども。

同じ「錬金術」というものが、回復としても凄まじい力を発揮したのを、あたしは見ていた。

魔術だと、あれほどの力は出ない。

どうやってもだ。

通常の薬でも、どれだけ凄いものでも、彼処までの回復機能はない。どれだけ優れた薬でも、回復力を上げるだけ。手足をつなげたりするような、驚天の力はない。

それが、あの薬には出来る気がした。

わくわくが、全身からわき上がってくる。

それを見て、タオが呆れた。

「ライザ、とにかく今日はもう動けないよ。 僕は僕で、ちょっと色々興味があることもあるんだけれどね」

「タオは何でも興味深々だもんね」

「いや、そうじゃなくて。 二人は聞いていなかったっぽいけど」

タオによると、あの二人が古代クリント王国の様式がどうのこうのと、さっきの広場で話していたという。

ひょっとすると、古代の知識があるのかも知れない。

そう言って、タオはちょっとはにかんでいた。

「ちょっと今日はもう家に帰るので限界だけど、後で話が聞きたいな」

「じゃ、明日にでも集まろうか」

クラウディアが混ざろうとしたそうにしている。

この様子だと、本当に友達に餓えていたのかも知れない。

一緒に話す?

そう聞いてみると、クラウディアの顔が、ぱっと明るくなる。

モリッツさんの話を聞きながら、クラウディアの様子を見ていたルベルトさんが。その様子を見て、一瞬だけ嬉しそうにしたのを。

あたしは見逃さなかった。

 

3、新しい友達と

 

翌日。

あたしも体は存分に若い。

だから、家に帰って。その時に、母さんに叱られ掛けたが。アガーテ姉さんが、一言説明してくれて。

それで、母さんは何も言わなかった。

父さんは基本的にとても寡黙な人で、いつも穏やかに笑っているが。ただ畑に対しては滅茶苦茶喋る。

そう、畑のことを喋ると止まらないのではない。

畑と会話するのだ。

とても嬉しそうに畑と会話しているのを時々見かけるのだけれども、父さんは恐らくクーケン島でももっとも腕が良い農夫でもある。

故に、その奇行に対して誰かが揶揄することもない。

実際問題、うちの畑はクーケン島で一番収穫も、とれる作物も品質が良いのである。

これは更に年老いた、経験の豊富な農夫よりもだ。

そういう事もあって、父さんは寡黙で変人だが、それでいながらモリッツさんでも一目置いている。

変わった人である。

それだけではない。

暴れ者の大酒飲みであるレントの親父さん。今はすっかりタチの悪い老害になってしまったザムエルさんも。父さんと母さんには全く頭が上がらないようである。

何でも、昔三人で旅をしていたとか。

幼なじみだったとか。

色々な話を聞くが、どれが本当かは、よく分からない。

ただ、ザムエルさんが暴れていると、父さんと母さんが出かけて行って。護り手でも手が出せないザムエルさんも。母さんを見るとすぐに大人しくなる。それは事実なので、村でも大きな立場をあたしの両親が確保しているのは事実だった。

さっそく、昨日待ち合わせの場所に指定していた場所に集まる。

家を出るとき、ちょっと工夫がいる。

見つかると、母さんに農作業をさせられるからだ。

どうにもあたしは農作業に関して、父さんの才能を引き継がなかったようで。筋は良くないらしい。

ただそれで足腰は鍛えられたし、知識もある。

決して無駄にはなっていないと思いたいが。

あたしは、農家の娘としては確実になんてことのない存在なのだ。

それに関しては、全くの事実。

だからアガーテ姉さんは、護り手の次のトップとしてあたしに期待しているらしい節があるし。

一時期は、それも前向きに検討していた。

だが、あの凄い力を見てしまうと。

その考えも、過去に飛び去ってしまった。

ラーゼン地区を抜ける。農道が殆どなくなって、石造りの街と、水路が見えてくる。水路に光が反射して、きらきら光っているが。この水は、基本的に農業用水で、飲む事は出来ない。

基本的に皆、飲むための水は湧かすのだ。そしてこの小さな島では、薪なんていちいち確保していられない。薪なんか切り出していたら、あっというまにただでさえ少ない保水林がはげ上がってしまうだろう。

これもあって、魔術で水を沸騰させる技術は、誰もが最初に習う。行商などの話を聞く限り、基本的に辺境の村ほどこの傾向が強いらしい。魔物の脅威も大きいし、魔術を鍛えるのは必須なのだ。

あたしは湯沸かしを五歳の頃には習得していたし。遅い子でも十歳の頃には出来るようになる。

どんな人間でも魔力がある以上、その基礎訓練は必須だ。

それに関しては、この狭くて、あれをしては駄目これをしては駄目の島でも。

あたしは感謝していた。

何しろ、自衛能力を身に付けられるのだから。

うきうきで歩いていると、不愉快な声を掛けられる。

振り向くと、最近はワイルドさを演出しようとでもしているのか。胸の部分を開けた大胆なファッションをしている男の子がいた。

その側には、更に長身で。

腰に剣をぶら下げている男子がいるがそれは取り巻き。

この偉そうなワイルド男がボオスだ。

あたしと対立している、この島のガキ大将。というか、いつ頃か、対立するようになった相手。

モリッツさんの息子という立場を利用して、やりたい放題してるいやな奴。

見かける度に、いつも嫌みを言うので。

私ははっきりいって、最近は嫌いだった。

「ようライザ。 冒険ごっこしていて、流れ者に助けられたらしいな」

「その流れ者のおかげで、大口の商談が流れなくて済んだんだけどなあ」

「はっ、口だけは一丁前じゃないか」

「凄いよその「流れ者」。 あたしの前の前で、アガーテ姉さんでも苦戦しそうな大鼬を瞬殺したんだから」

そう言うと、ボオスは黙り込む。

最近、ボオスがつれているランバーという取り巻き。剣をぶら下げた青年が言う。

「う、嘘に決まっていますよボオスさん」

「いや、本当なのだろう。 だが、強かろうと其奴らが怪しい流れ者であるのは間違いない事実だ。 ライザ、貴様が遊びほうけているだけで、その流れ者に助けられただけだという事もな」

ボオスはなんだか、あたしに発破を掛けるようなことを、すごく遠回しに嫌み混じりに言う。

だから不愉快なのだが。

本人はそれを告げても何処吹く風である。

ちょっとイラッと来たが。

とにかく、今は皆と会う方が先だ。

「あたしがまだまだなのは分かっているわよ。 だから、少しでも腕を上げようと思ってね」

「それが冒険ごっこか?」

「ふん、すぐにそんなこと言ってられなくなるわよ」

「ならば結果を見せてみるんだな」

あたし、クラウディアを助けたもんね。

それで友達になったもんね。

そう言い返そうと思ったが、止めておく。クラウディアは、今日また会うつもりだが。あの子が何処まで本気であたしと友達になりたいのかは、まだ分からない。

だいたい、あたしのが冒険ごっこだったら、ボオスのだって支配者ごっこだ。モリッツさんに言われて、村に睨みを利かせるように訓練をさせられているらしいが。反発しか受けていないことを、あたしだって知っている。

だから、言い返さない。

それに懸念したとおり、クラウディアは助けてくれた相手に熱を上げているだけかも知れない。

それを、今日見極めておきたいなと思う。

ボオスは言いたいことだけ言って行ってしまう。ランバーは元々小物で、剣の腕は優れているのだが、護り手の全員から実戦に向いていないと言われている。剣の腕は本当に優秀らしく、才能もあるらしいのだが。

精神面に問題がありすぎて、それを殺し合いでは発揮できないもったいないタイプだ。

そういう意味では、現在のボオスの剣術師範という立場は適切なのだろう。

ふんと鼻を鳴らすと、あたしは待ち合わせ場所に急ぐ。

場所は旧市街。

クラウディアは、今日は視察がてらにルベルトさんがこの辺りを見て回る隙に。

皆と合流する予定だ。

ボーデン地区を抜けて、旧市街に出る。

潮の匂いがする。

この辺りは、街の一部が水没していて。それは年々酷くなっている。

綺麗な建物も多いのだけれども、それの多くが空き屋なのは、塩水が浸水しているからだ。

畑の面積もどんどん減っている。

塩水が上がってくれば、それは畑が作れなくもなる。

当たり前の話だ。

植物にとって、最悪の毒の一つが塩だ。

故に、水に囲まれているように見えるこのクーケン島は、水をもっとも貴重なものとして扱う。

街の人と、行き交う時に挨拶しながら、隠れ家の一つに。

もう、タオとクラウディアは来ていた。

「ライザ、おはよう」

「おはよう、タオ。 クラウディア、おはよう。 どう、クーケン島は」

「うん、素敵なところね。 皆親切で、とても良い所だわ」

クラウディアはにこにこ、満面の笑み。

普段は居住まいからして隙がなさそうな子だけれども、何だかライザの前では幼い女の子に戻ったかのようだ。

少し遅れて、レントが来る。

顔に傷を作っているのを見て、クラウディアが眉をひそめた。

「どうしたのレントくん。 何かあった?」

「ああ、親父にちょっとな」

「ええっ……」

「レントの親父さん、ちょっと色々あってね」

話を無理矢理あたしが切り上げる。

どうせザムエルさんに殴られただろう事は分かっている。

ザムエルさんは、傭兵だった。ロテスヴァッサの彼方此方を回って、彼方此方で武勲を立てたらしい。

父さんが前に少し話していたが、その気になれば騎士の叙勲を受けられるくらいの武勲を立てたそうだ。

今の時代は、基本的に武勲と言えば強力な魔物の討伐になる。賊なんか、魔物に比べたら大した脅威では無いのだ。だから、相当に手強い魔物を撃ち倒したのだろう。

全盛期だったら、今のアガーテ姉さんと互角かそれ以上、というくらいの力の持ち主だったそうだが。

何かで挫折して、それでこの島に来た。

奥さんもいたらしいが、既に離婚しているそうだ。

挫折してからは、すっかりザムエルさんは酒に溺れてしまった。今では飲んでは暴れる迷惑者だ。

あたしを見ても、大きくなったなとかいつも言う。

いつもあっているくせに。

お酒が脳をおかしくすると言うのは本当なんだなと、あたしはそれを見て悟ったっけ。

いずれにしても、それを今は話さない。

その辺の話は、クラウディアの真意を見極めてからだ。

クラウディアも、それを察したのかも知れない。彼女から切り出す。

「それで、改めてお願いしたいの。 私のお友達になってください」

「あたしは問題ないよ。 レント、タオ、どう?」

「俺もかまわないぜ」

「僕もいいよ」

レントは魔物の話を聞きたい、という。

タオは、彼方此方で見て来た文化や風俗の話を聞きたいと。

うんと、満面の笑みでクラウディアは言う。

あたしは、まずは順番に、少しずつ距離を詰めて。クラウディアを見極めたいなと思う。

「良かった、嬉しいな。 私に話せることだったら、なんでも話すね」

「おう。 ライザもおない年の女子の友達は、案外いないからなあ。 嬉しいんじゃないのか?」

「うん、まあそうだね。 それと……」

今日は、集まったのには理由がある。

あの二人。

さっきボオスが流れ者とか馬鹿にしていた、アンペルさんとリラさん。

様子を見に行きたいのである。

あたしは、あの錬金術というのに興味深々。

少しでも知識が得られたら、これ以上嬉しい事はない。

それについて聞くと、レントは言う。

「俺は、リラさんに教わりたい。 戦士としての心得って奴をだ」

「アガーテ姉さんの鍛錬だと物足りない?」

「アガーテ姉さんの鍛錬は確かにいいんだが、俺はもうなんというか。 この島を守る剣でなくて、道を切り開く剣を覚えたいんだ」

「わ、素敵だね」

クラウディアが柔らかく微笑む。

なんだか不思議なのだが。

男子がデレデレになりそうな雰囲気なのに。

レントもタオも、クラウディアに異性としての魅力は感じていないようだ。

理由の一つは、クーケン島は美男美女がなんぼでもいる、ということだろう。

何処を向いても美男美女だらけ。

うちの母さんにしても、今はかなりふくよかになったが、痩せれば充分に美人の域に入る。

父さんだって、畑と会話する奇人ではあるが。それでもはっきりいって充分にハンサムな人だ。

あたしも、ヤリたいと顔に書いている島外から来た男性に口説かれたことはあるが。

はっきりいって、その手の相手に魅力を感じたことはほぼない。勿論相手にせず断った。

多分だけれども、この島の人間は、異性関係がとても堅実なのだと思う。

実際問題、殆どの人は親が決めた相手と結婚するし。あたしみたいに戦力である事を期待されている場合を除いては、もうこの年なら結婚しているのが普通だ。

そうでなくても、島の外の人間が居着く場合は、かなり早くに結婚相手を見つけることが多いと聞く。

それは逆に言えば。

結婚相手をすぐに見つけられる仕組みが、島で整っていて。

皆もそれを承知しているから、なのだろう。

タオは、咳払いすると言う。

「僕は、この本を知りたいんだ」

「この本は?」

「見てみて」

クラウディアが本を開くが。

今使われている言語と違う事を、即座に悟ったようである。苦笑いするクラウディアに、タオが説明する。

「僕の家はこんな本をたくさん持っている家なんだけど、読み方が何代か前に失伝しちゃったんだよね」

「そう、それは残念ね」

「でも、僕は諦めていないよ。 この本を必ず解読する! それが僕の夢なんだ。 あの人達は、古代クリント王国の知識があるかも知れない。 もしもそれを教えてくれるなら、後は僕がなんとか地力で本を解読するんだ」

タオは普段は引っ込み思案だが。

熱が入り始めると、相手にかまわずいつまででも喋る悪癖がある。

そうなりそうだったので、襟を掴んで引き戻す。

あたしの笑顔を見て、それで悟ったのだろう。

咳払いして、タオはそういうことなんだと言った。

クラウディアは、何かしたい事はないのかと聞く。

二つあるという。

一つは、ちょっと恥ずかしいので秘密。

もう一つは、魔力制御について教わりたい、だった。

「魔力制御だったら、みんな教えられるよ?」

「あ、うん。 私も一応基礎はできるの。 私の魔術は、音なんだ」

音か。

それはかなり強い。

鍛え抜けば、広域制圧が可能な魔術だろう。

だが、クラウディアはなおもいう。

「でもね、私の魔術は出力が小さくて、そのままだと支援にしか使えないの。 元々私は楽器が好きで、それでこの魔術に鍛えたんだけれど、今から他の適性がないか調べたくって。 でも、お父様にもそんなことは言えないし……」

「そっか、それでアンペルさんに?」

「ううん、リラさんに教えて貰おうと思う。 あの人、ちょっとだけ見たけど、凄い魔術の使い手だよ。 全身がびりびり来るほどだったもん」

そうか。

そうなると、みんな利害は一致しているんだな。

頷くと、早速外に。

丁度、視察を兼ねて。モリッツさんが、ルベルトさんと一緒に歩いていた。

「王都アスラ・アム・バートではリュコの実と言われているのですな。 この島ではただクーケンフルーツとだけ呼んでおります。 しかし雅な呼び方ではありますな」

「ははは、そうですな。 どうもこの島以外では見かけない固有種である事や、日持ちしないので保存の魔術を使える魔術師がいないと販売出来ないこと、それにこの品種の果実にしては驚くほど甘みがある事もあって、貴族を中心に需要があります。 販路を拡大すれば、商人の間でも売れるでしょう

「それはありがたい。 ささ、此方へ。 この島でも随一の農夫が育てているクーケ……ゲフンゲフン、リュコの実を用意しております」

「無理にあわせなくとも結構ですよ。 此方としても、郷に入っては郷に従うつもりですし、商談の間は其方の呼び方にあわせてクーケンフルーツと呼称します」

随分と紳士的な人だな。

というか、ここに来る行商人は、とんでもない財力を背景に恫喝同然の交渉をして来る事も多いのに。そういうのと比べて、とてもいい行商だと思う。

王都と此処では物価が違うと言うのは、あたしも知っている。

ただ、王都が実際には大した力を持っていない事も。

もしもロテスヴァッサ王国がそれほど力を持っていたら、この辺りの街道からは魔物が消えていただろうし。

クーケン島にも役人がいて、常駐軍だっていただろう。

それが実際には、クーケン島は古老とブルネン家がいがみ合いながらも自治しているし。他の街も似たような状況だと聞いている。

つまるところ、実際には王都なんていっておいて、実際に支配しているのはそこだけだということだし。

隊商が行き来して、やっと物資が行き渡る状態で。

それで貴族がどうのと、一部の人間が威張り腐っているというわけだ。

馬鹿馬鹿しい話だなと、ライザは隠れて話を聞きながら思う。

なお、アガーテ姉さんも、護衛についていて。

あたしには気付いているようだが。敢えて一度視線を向けて、邪魔をしないようにと牽制するだけだった。

相変わらず恐ろしく鋭いな。

そう思って、首をすくめる。

二人が行った後、昨日のうちにクラウディアが聞いていたらしい旧市街の家に行く。この辺りには学問所もあって。

まだ湯沸かしが出来ない子を中心に、魔術の基礎や。それに学問を教えている。

教える学問は、基本的な数学が中心。

これは昔、ここに来る行商人にぼったくられる島民が後を絶たなかったから、である。

今では基本的な数学を教えることで、それから自衛しているのだ。

そういう話をすると、クラウディアはどこでも同じだねと寂しそうにいう。

バレンツ商会では、基本的にぼったくりはしないそうだ。

だがそうしていると、仲間内から舐められるらしい。

相手の弱みにつけ込むこと。

それで交渉の主導権を握る事。

それをやるのが普通で、そうしないバレンツ商会は甘いと何度も言われた事があるそうだ。

「あー、そういう嫌な行商や商会は時々来るな」

「此処はかなり王都から距離があるから、来る商会はそれでも悪辣ではないと思う。 王都に中途半端に近い街だと、本当に山師が酷いのよ」

「うわあ、なんだか大変そうだなあ」

「クラウディア、其処気を付けて」

この辺りは旧市街だということもあるし、地震が起きたばかりだと言う事もある。

瓦礫は殆ど片付いていない。

無人になった家は、簡単に痛む事もあって。地震の夜に、既に廃屋になった家が一つ倒壊したらしい。

一応片付けはしたそうだが。その瓦礫が彼方此方に散らばっていた。

タオがすごく悲しそうにする。

この辺りは、遺跡が殆ど。

古代王国の遺跡だというのはあたしも知っていたのだけれども。その遺跡から色々持ち出して、家やらなにやら作ってきたのがクーケン島だ。

それに対してもタオは思うところがあるらしく。

あたしがクラウディアを瓦礫に躓きそうになったのを助けるのを見ても、瓦礫の方を見ていた。

「あんな小さな地震でも、これだもんなあ。 人が住んでいない小さな家とか、どれもいつ崩れてもおかしくないぜ」

「ライザ、この島は遺跡がそんなに豊富なの?」

「古いものはたくさんあるよ。 確か水源も、昔は遺跡があったんだっけ」

「うん。 でも水質は良くなくて、水量も少なくて、昔はクーケンフルーツくらいしか育たなかったんだって。 ここ何世代からしいよ、麦とか出来るようになったの」

大変そう、とクラウディアは眉をひそめた。

ともかく、この子がこんな場所で転んだら、怪我だけではすまないだろう。

あたし達は昔はこの辺りで遊び回っていたから、庭も同じ。崩れそうな場所とかも周知している。

だからどこの廃屋が崩れた、とか聞くと。

やはり、という感想しか出てこない。

旧市街の沿岸部から離れて、少し人も多くいる辺りに来る。この辺りは、宿などで格安で貸し出したりしている事も多い。

その中の一つが。昨日あった二人がいる場所だ。

バレンツ商会でも感謝しているとかで、宿はバレンツ商会が取っているそうだ。ただ、クーケン島の人達は。バレンツ商会に対しては媚態をつくしているが。ここにいる二人には、警戒しているようだ。

あたしはそういうのは嫌いだ。

流れ者だろうが。

すごい人達なのは、確かなのだから。

あたしは前に出ると、戸をノックする。

「……入れ」

女性の冷たい声。

息を呑むと、ドアを開ける。中は質素な家で、昨日の二人。アンペルさんとリラさんが一緒にいた。

夫婦なのかなと思ったが、それにしては距離があるように思う。

ソファで寝ているリラさんは、なんというかくつろいでいる高位の魔物みたいだ。それに対して、アンペルさんは、見向きもせずに本を読んでいる。

まずあたし達は、昨日の礼を言う。

アンペルさんは、ああとその気無しに答える。

リラさんの方は、一瞥だけすると。あまり歓迎しているようでは無い声色でいう。

「礼をいいに来たのは殊勝だな。 それで、何か他にようか」

「順番ね」

「うん」

「分かってる」

クラウディアは、研がれた気配が怖いようで、黙り込んでしまっている。こう言うときは、あたしが最初にやる。

それは、いつも決まっている事だった。

昔、もう一人悪ガキグループのメインメンバーがいた頃からだ。

「昨日見せてもらった、あの力。 なんですか?」

「力とは?」

「鼬を倒したり、レントを一瞬で回復した力です」

「ああ、錬金術だが」

それを教えてください。

そう、ばっと頭を下げる。

アレを見た時、今までで一番心が躍った。そうとも告げると、アンペルさんは、じっと黙り込んだ。

リラさんが、助け船を出すように言う。

「他は?」

「お、俺は戦い方を教えてほしい! あんた達の実力が俺より遙かに上……この村で最強のアガーテ姉さんより上だって事は、一発で分かった! 俺は、戦い方を覚えて、先に行きたいんだ!」

レントが言う。

更に、タオが続く。

「こ、古代王国の知識はありますか? 僕はその、この島でたくさん本を所蔵して、知識を受け継ぐ家の出で……でも何代か前に、その継承が途切れてしまって。 それで、この本を読めるようになりたいんです!」

タオも、恐がりなのにはっきり告げられた。

そして、クラウディアも。

「わ、私は、勇気が欲しいです! そのために、魔術の鍛錬をつけてほしくて!」

「ふむ……どうするリラ」

「どうもこうもな。 我々はこの島にそう長居するわけでもないんだが」

「そうだな。 ただ、此処はどうも当たりのようだと私は睨んでいる。 孤独に追い立てられながら調査するよりも、現地に協力者がいた方が良い。 それならば、交換条件次第では、受けてもいいだろう」

猫科の……もっとも危険な魔物のように、ソファでくつろいでいるリラさん。びりびりと強さを感じる。

アンペルさんはマイペースだが。それでも、やがて本を閉じて、顔を上げていた。

「タオといったな。 その本を見せなさい」

「は、はいっ!」

タオが、いつも腰に付けている本を渡す。

どれだけボオスに虐められても、絶対に手放さない本をだ。

アンペルさんはそれを一瞥して、そしてほうと呟いていた。

「古代クリント王国の言葉だな」

「よ、読めるんですか!」

「ああ。 ……だが、つきっきりで教える訳にもいかないか」

リラさんが、ひょいと立ち上がる。

グラマラスな体なのに、まるでそれを感じさせない。というか、一目で分かった。この人の全身は、人間離れした鍛錬を受けた筋肉で構成されている。多分腕力とか、ザムエルさんとかより強いだろう。下手な大人よりもう強いレントですら、問題外のレベルだ。

女性戦士でも、アガーテ姉さんのように強い人はいるが、だいたいの場合魔術を使って身体能力を強化してその強さだ。この人は、素の身体能力で筋肉ムキムキの大男より遙かに強い。四足獣の身体能力だ。それに加えて、とんでもない魔力を纏っているのがあたしにも分かる。それは、強いはずだ。しかもそれらの基礎に加えて、次元違いの戦闘経験も持っているのが一目で分かった。

ごくりと、あたしが生唾を飲み込む。

「お前とお前」

指名されたのは、レントとクラウディアだ。

リラさんは、あまりたくさん喋るのは面倒なようで。淡々といった。

「話が決まったら、私が見てやる」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

「お願いします!」

レントとクラウディアが頭を下げる。

咳払いすると、アンペルさんは言う。

「では交換条件だ。 私達は今、この島で調査をしている。 私達はある理由から、各地の遺跡を調べて回っていてね。 この島に来たのもそのためだ。 この島の遺跡についての伝承や情報、それに周辺の知識など、土地勘のある人間の協力がほしい。 普段はそれも得られない場合があって、時間ばかり掛かる。 それに協力するなら、私達も協力しよう」

「協力します!」

「分かった。 ライザといったな。 お前さんが一番大変でな。 というのも、錬金術というのは、武術や芸術以上に才能に依存する学問だ。 才能がある奴は、一月で百年の研鑽を凌駕するし、才能がない奴は何百年やっても一切ものにならない」

それは、残酷な学問だな。

そうあたしは思ったが、それでもやってみたい。そう思ったので、素直に告げる。

アンペルさんは、それを聞くと少しだけ寂しそうだった。

「分かった。 それでは、君達にこれから協力させて貰おう。 代わりに、協力してくれ」

「はいっ!」

四人の声が揃う。

この時。

あたしの、このなんてことない島で。ただなんてことなく流れていく時間が動き出した。

このままいけば、あたしは護り手になって、それである程度の年齢で結婚して。島を守るために、伝統やら伝承やらにがんじがらめにされながら生きていく事になっていただろう。

だけれども。

この時、決定的に運命が変わったのだ。

それを、あたしは感じた。

全てが動き出す。全てが流れ出す。

大きな大きな運命に、導かれるように。

それを感じて、元々冒険が大好きな私は、どきどきとわくわくを抑えられなかった。

 

4、最初の一歩

 

ライザは別だといって、私、クラウディアの前から連れて行かれた。タオくんも、百科事典のようなものを渡されたみたいだ。

そもそもタオくんは典型的な本の虫で。

それを見ると、すごく嬉しそうに読み始める。クリント王国の言葉の基礎部分を記しているものらしい。

タオくんにつきっきりで教えるわけにはいかないということで。

それで、本を渡されたらしい。

というか、そもそもだ。

タオくんのようなタイプは、自習の方が向いているらしい。それもあって、自習できる本を渡したのだろう。

私とレントくんは、借家の裏庭に。

レントくんの周囲を歩いた後、リラさんは告げる。

「基礎的な体はしっかり作っているな。 だとすると、お前がやるのは一つだ」

「な、なんでしょうか」

「お前はあのライザという娘に頼りっきりだろう」

絶句するレントくん。

そういえば。レントくんもタオくんも、なんだかんだいいながらライザに引っ張られて動いている。

多分、戦うときもそうなのだろう。

私は、あの時あっさり意識を手放してしまったから、三人の戦いぶりは殆ど覚えていないのだけれども。

レントくんの反応からして、どうも間違っていないらしいことは私には分かった。

「か、返す言葉もありません」

「自覚しているのならそれでいい。 お前がやる事は、戦術の理解だ。 基礎的な事は私が教えてやるから、後はそれを実戦で応用しろ」

「はいっ!」

すっと、リラさんが私を見る。

そのオッドアイの目は、あの時私を襲った感情がないエレメンタルのものよりも。ずっと冷たく。

見透かすようで、冷や汗が流れた。

この人は、魔物よりおっかない。

それを何となく理解出来た私は、それでもこのまま勇気を出せないままでいたくはなかった。

「それで、勇気を出したいと言っていたな」

「はい。 私、色々あって、それで勇気が出せなくて。 音操作の魔術を習っているんですけど、それだと貧弱すぎて……」

「まずは見せてみろ」

頷くと、横笛を取りだす。

大事な笛じゃない。

戦闘に使うための。質素なものだ。

魔術を展開。

私の魔術は、他者の力を上げたり、若干治癒したり、そんな程度の力しかない。魔術を込めたこの笛を自由に操って、魔物を打擲することも出来るけれども。魔物に効いた記憶がないほど非力だ。

それを見せると、リラさんは目を細めていた。

「なるほどな。 音楽は好きか」

「はい」

「その好きだけで練り上げた魔術だなこれは。 才覚は別の所にある」

そうなのか。

もしそうなら。

どうすればいいのだろう。

困惑するクラウディアに、リラさんは一つずつ説明していく。

「その様子だと、魔術と常にある生活をしていたわけではなさそうだな」

「はい。 いつも守られてばかりで」

「その割りには隊商を抜け出して、時々何かしていたようだが」

「え? そうだったのかクラウディア」

レントくんは気付いていなかったみたいだけれど、その通りだ。

私は時々、隊商を抜け出して、ある事をしていた。

固有魔術に関する事だ。

そもそも、あんな場所で魔物に襲われたのもそのせい。今までも、何度か危ない目にあっている。

それでも、お父様がそもそも色々あって、私に過保護な事もある。

どうしても、時間が取れなくて。

危険なのは分かっていても、ああやって隊商を外れなければ時間を作れなかったのである。

「そうだな、お前はまずは好きな事と魔術を切り離すことを考えろ。 見た所、お前の魔術は魔力の物質化にあると見た」

「魔力の物質化ですか?」

「そうだ。 剣やら弓やら鎧やらを魔術で作り出すものだな。 基礎については私が教えてやるから、自分でそれは磨き抜け」

はいっと、返事をする。

ライザが一度、自宅に戻ったらしい。空を見ると、太陽の位置から考えて、もう時間が余り残っていない。

レントくんは座学に入る。

同時に私は、指示を受けた。

「魔術で、自分がもっともたくさん敵を殺傷できそうなものをイメージしろ」

「はい」

それなら、弓だ。

前に隊商に凄腕の護衛がいたことがある。その人は女性だったのだけれども、使う弓がものすごくて、百発百中、屈強な魔物も射貫くほどのものだった。

弓というのは元々女性の武器ではなく、屈強な男性でも引くのに苦労するという話を後から聞いたので。

恐らくは、その人も魔術で身体強化をしていたのだと思う。

「弓全てを魔術で作るのは少し難易度が高いだろうな。 糸の切れた弓があったら、まずはそれを使え。 糸と矢を魔術で作って、それを放つ訓練からだ。 隊商にあるようなら、それを使う事だな」

「はいっ!」

その後は、私も座学を受けて、魔術の基礎的な知識と、練り上げ方を教わる。

話によると、ライザはこれが必要ないくらい、独学とは言え魔術については相当練り上げられているらしい。

やっぱり。普段から魔術をたくさん使っていると、練度が上がるのかな。

そう思って、凄いなとも思う。

私は、昔から大事にされてきたし。

立場が立場だから、良い寄ってくる男性も珍しく無かった。十五の頃には、明らかにいやらしい視線をたくさん向けられるようにもなっていた。

それを見て、お父様は更に過保護になったし。

私はお金目当てで寄ってくる相手が怖くなって、友達も作れなくなった。

ライザは、レントくんもタオくんも違う。

それが分かったから、私はなけなしの勇気を振り絞って、友達になってほしいと頼んだ。

実は、ライザも私を値踏みしていたらしいことはなんとなく分かる。

でも、それは私が、ライザを利用しようとしているのではないかと警戒していたからだろうし。

それも当然だと思った。

今は、ライザ達と一緒にいたい。

それと同時に、こんなスペシャリストから教われる機会なんて滅多にない。

この機会。

多分、私の人生を変えるものだ。

私は細かいコツなどを教わった後、魔力を練り上げ始める。

体の中で。

弱々しかった私の魔力が。

少しずつ、目覚め始めているのが分かった。

 

(続)