我ここにあり

 

序、宇宙の羅刹

 

出張先に私はきていた。

此処は工場ばかりある惑星だ。

基本的に汚染物質は、全て工場内で処理出来るようになっている。

今の時代は全てそういうものだ。

住宅街もある。

私は、その住宅街の一角にあるビルの上で。

手をかざして、今回の獲物を探していた。

スコープもいらない。

警官になって随分時間が経った。

今の私の実年齢は五十六。肉体年齢は十六で固定している。肉体年齢を自在に管理できる今の時代では、全盛期に肉体を固定する者は珍しく無い。

そして既に私の階級は警視総監である。

階級なんて、何の意味もないが。

「此方レマ警視総監。 其方の様子はどうですか?」

「……探索中」

「分かりました。 そのまま探索を続けてください」

今回、バックアップとしてレマ警視総監が来ている。出世の速度から考えて追いつかれるのは分かっていたし。

そもそも警官としての階級なんてどうでもいい時代である。

警視総監だろうが、地道な捜査はするし。

尋問だって。

陣頭指揮だって執る。

今の私は、捜査をしていた。

二年間逃げ続けている犯人を、である。

AIの事だ。

多分意図的に泳がせていたのだろうが。

私達を出したと言う事は。

それも終わりにする気になったのだろう。

私は、思わずにやありと嗤っていた。

見つけた。

そのまま、ビルから飛ぶ。

色々専用の装備をつけて貰っている。今つけて貰っているのは、ビルの壁を駆け下りられる装備である。

一種の反重力制御装置が靴に組み込まれているのだ。

そのままビルを駆け下りると、ドンと地面に着地。

周囲の人間が、悲鳴を上げながら逃げ散る。

大した数はいないが。

その中の一人に向けて、私は猛然と突貫。

指名手配の犯人とは一見全く似ていないが。

残念。

骨格が全く同じだ。

無言でそのまま躍りかかると、ドロップキックを叩き込む。

犯人が吹っ飛び。

そのまま回転しながら地面に叩き付けられ、三度バウンドして。壁に叩き付けられてずり落ちた。

そこにショックカノンを叩き込む。

ふうと、ショックカノンの銃口を吹く。

実に。

美味である。

ビルから駆け下りてきた私が、いきなり暴虐の限りを尽くすのを見て。怖れない人間などいない。

こういう愉快な演出が許されるくらいには。

今の私は、実績を積んできているのだ。

警官として。

暴力的抑止力として、だ。

気絶した犯人に、警備ロボットが殺到して。拘束する。犯人にはかなり強烈な出力でショックカノンを叩き込んでやったが。

それでも、一応署までの連行にはつきあう。

此奴は今の時代珍しい殺人犯だ。

まあ懲役四桁年は硬いだろう。

レマ警視総監に連絡しておく。

「つ☆か☆ま☆え☆た」

「……とりあえず、やりすぎないようにお願いします」

「聴取はそっちでやってね。 まあ二年逃げてた殺人犯だ。 千年以上の投獄は確定だろうけど」

「そうでしょうね。 後は此方で引き受けます」

頷くと、署に。

かなり耐性があるのか、もう目が覚めた犯人。

即応してショックカノンを叩き込んで気絶させておく。

後は空間隔離牢に放り込んで、そこから遠隔聴取だ。

こうなると、人間は何をやっても逃げられない。

また既にスキャンも終わっており。

犯人が隠し持っていた装備も、全て回収済みである。

私は署のデスクに行く。

聴取を見学するためだ。

流石にこのレベルの犯罪者になると、そのまま聴取するようなことはしない。警官が危険だからである。

今まで事故が起きたことは無いが。

それでも、AIは徹底的に手を打つ。

犯人がやがて目覚める。

そして、空間隔離牢に放り込まれていることに気付いて、舌打ちしていた。

「畜生! 出しやがれ!」

吠える暴れる。

其処にレマ警視総監がリモートで姿を見せる。

そうすると、犯人はぴたりと黙った。

流石に知っているのだろう。

現在「双翼」と呼ばれているレマ警視総監のことは。

私と並んで、銀河連邦の警官のエース。

いかなる犯罪者も、狙われたら逃げられない。

犯罪者にとっての死神である。

まあ知らない奴がいるとしたら、とんでもないド素人と言う事だ。

「てめえ……レマだな。 さっき俺を蹴りやがったのは狂人警官か。 ハッ、警察のトップ二人が俺をエスコートとは泣けるねえ」

「私としてはどうでもいいですがね。 さて、聴取を始めましょうか」

「いやだね。 誰が話してやるものかよ!」

「そうですか。 それならば相応の処置を執るだけです」

わめき散らしていた犯罪者が、拘束される。

此奴は今時生で性行為を行う風俗(そもそも自分が大好きで仕事として楽しんでやっているので地球時代には超少数例だったタイプである)に出向いて、相手を殺した。理由は単純に裸になっている相手なら殺せるかも知れないと思ったからだ。

それも刃物などを使うのでは無く。AIの支援を切らせた上で相手が裸になった所を、首を一瞬でねじ切った。

殺すためだけに風俗に出向いたのである。

以降悠々と逃げ切り。

二年間潜伏していた。

そういう話になっている。

実際には多分違うだろうなと私は思っている。

実は殺された側の人物が、自分で麻薬を販売して周囲に売ろうと計画していた人物であったことが分かったいる。

本業の傍ら、極めて危険な麻薬を合成していたことが既に分かっていて。

前科も十一ある。

それでも一切懲りていなかったし。

更には死亡現場からも薬物を使おうとしていた痕跡が見つかっているなど。

まあ、AIも見捨てたのだろうな、と思う。

ただそれについては口にしない。

実際問題、犯罪に手を出さず。AIの支援を受けながら普通に風俗をやっている者はいるのである。

地球時代では、一部の人間を除くと、基本的にヤクザの紐付きだったり。クズ家族に強要されたり。金がほしくて体を売る人間が主体だった商売だが。

今の時代は好きな奴だけが好きな時だけにやる商売だ。

今回の件では、被害者「が」おかしかったのであって。

犯人「も」同類だった。

それだけだろう。

いずれにしても犯人は一瞬にして椅子に拘束され、更には猿ぐつわも噛まされていた。

もがこうとするが、それすらできなくなった。関節を完璧に極められたからである。

犯人は地球人だが。

AIはとっくにその身体構造を熟知しているのである。

「貴方は質問に対して協力的ではない。 これだけで刑期が増えます。 また反省の色もない。 更に刑期も増えます。 地球人類はだいたい千年程度でどうやっても人生に飽きて安楽死を選ぶ種族のようですが、貴方は死ぬ事も許されず、個室でずっと誰とも話せず過ごすことになるでしょう。 それが妥当な罰ですから」

「……っ!」

犯人が初めて青ざめた。

レマ警視総監は、更に追い込んでいく。

「今の時点で既に貴方の刑期は千八百年に達しています。 これ以上粋がると更に伸びることになるでしょう。 自分を傷つける事も出来ず、誰も話しかけてくれる者もいない中、人間の精神限界を遙かに超えた時間刑務所に幽閉されたくなかったら、しっかり私の問いに答えることですね」

手慣れているなあ。

犯人の心臓を抉るようにして、レマ警視総監はきっちり聴取をできる体勢に持ち込んでいく。

これが手慣れていない警官だったら。

ひたすら喚き散らすばかりで何も会話ができない。いや、そもそも会話をするつもりがない犯人に振り回されるか。

或いは相当時間が掛かってしまい。PTSDを喰らうかも知れない。

レマ警視総監の目は冷え切っている。

それが犯人にも見えているはずだ。

犯人はまだ拘束して猿ぐつわをされたままである。

それにも関わらず、レマ警視総監は更に話を進めて行く。

「そうですか、話をするつもりはないと」

「!? ……! ……!!」

「ならば此方にも考えがあります。 貴方を公務執行妨害でも更に訴追しましょう。 そうですね、刑期は最大で更に倍は増えると思います」

犯人が白目を剥くが。

勿論ただ拘束されているだけでは無い。

既に頭の方。

脳みその中身も、AIによって掌握されてしまっている。

早い話が。

詰みである。

完全に心臓を握られた犯人が恐怖に青ざめていく。どんな一方的な判決が下されるのか、まったく分からない。

交渉の成立する余地がない相手。

そう思わせることは、交渉のテクニックの一つだ。

如何に狂っているかを見せる事で、相手を怖れさせる。

そうすることで、精神的に優位に立つ。

まあこういう場合、本当に狂っているケースもあるのだが。

レマ警視総監の場合は明らかにフリだ。

この辺りは上手にやるなあと。

側から見ていても、感心するばかりである。

やがて、犯人にはどんどこ罪が加算されていく。

殺人犯の尋問って、こうやってやるんだな。そう思うと、私はとても楽しくて仕方が無い。

るんるんうきうきである。

できればあの犯人をバラバラにしたいけれど。

それは許されていない。

故に、精神的に解体されていく様子を見ていくこととする。

意外にレマ警視総監もサイコな所があるなあ。

だが、それはファッションサイコだ。

そして意図的にやってもいる。

少なくとも、あの犯人程度では。

そのファッションを見破る事が出来ない。

一方的にぶちのめされるだけだ。

完全に壊れた犯人を見て、レマ警視総監がようやく拘束を解除。床に倒れ臥した犯人は、既に目が死んでいた。

そのまま、質問を始めるレマ警視総監。

よだれを口から垂れ流しながら、犯人は全て話し始める。

嘘かどうかは即時でAIが判断しているが。

嘘をつけば更に刑期が延びるという話も既にしてあるのだ。

それは全くの事実である。

完全に恐怖しきっている犯人は知っただろう。

私と並んで、どうしてレマ警視総監が双翼と呼ばれているのか。暴悪の権化とまで言われる私と同格の犯罪検挙率を誇るからである。

犯人はそれを舐めきっていた。

それに知らなかったのだろう。

AIが敢えて泳がせていたことを。

勿論AIはそれを口にはしない。

だが犯人は、AIがずっと見ている事を知らず。犯罪者として肥え太らされていたに過ぎず。

ただまな板の上で寝転んでいたも同然だと言う事を、最後まで理解出来なかった。

「はい良く出来ましたね。 今判決が出ました。 実刑2712年。 刑務所にいってらっしゃい」

「ひっ……!」

警備ロボットが空間隔離された尋問室に入ると、犯人の両腕を掴み。

後は、もう声も無く暴れる気力もない犯人を引きずっていくのだった。

面白かったので、レマ警視総監に聞いてみる。

「君は酷い奴だねえ」

「何のことでしょうか」

「どうせ最初からあの2712年は決まってたんだろ?」

「そうですよ。 ただ、あのような人間にそれを知る必要はありません。 刑務所を出た頃には廃人でしょうしね」

ふっと私は鼻で笑った。

まあ悪が滅びたのだ。

それでいい。

いずれにしてもこの大捕物は片付いた。

後は家に帰るだけだ。

宇宙港に出向いて、輸送船を待つ。勿論レマ警視総監は別の宇宙港だ。ウザ絡みを避けたのだろう。

そういう所が実に可愛い。

向こうは迷惑しているようだが。

どうせ感情なんて一方的なものだし。

相手が嫌がりすぎるようなことはやらないのだから、それでいいのである。

レマ警視総監は、今でも私を嫌い抜いているらしい。

それでおあいこだ。

私はレマ警視総監が大好きなのだから。

輸送船が来た。

後は、さっさと家に帰るとする。

充分犯人の恐怖も摂取できたし。今回の仕事は大成功と言って良い。私としても何の不満点もない。

帰路で、SNSを見る。

私とレマ警視総監の双翼で、犯人を逮捕。それが二年逃げ続けていた殺人犯だという話になると。

やはり盛り上がっているようだった。

「狂人警官が鎧柚一触だってよ……」

「二年間逃げ続けた殺人犯も一巻の終わりだな。 相手が悪すぎる」

「自分より重い相手を軽々と蹴り挙げたらしいぜ狂人警官。 なんというか、身体能力も化け物じみてるな」

「そうだろうな。 なんか最近パーソナルデータが公開されたらしいが、どの地球人よりも上らしい。 地球人は男性の方が身体能力が高い種族らしいのに」

レマ警視総監の話もしろよ。

そうによによしながらSNSを見る。

というか、私への恐れは良いのだが。

クリーンなレマ警視総監へのワッショイも見たいのである。

自分とは違うタイプだが。

極めて優秀な警官である事に代わりは無いのだから。

「レマ警視総監がさっき記者会見してたぜ。 なんというか、もの凄く理知的で分かりやすい内容だった」

「狂人警官が動の極みだとすると、レマ警視総監は静の極みだな。 どっちにしてもかなりすげえ」

「今警視総監やってる人間だと、二人が実績ではツートップらしいな」

「まあそうだろうな。 これだけの凶悪な抑止力があるのに、それでも犯罪が起きるのが腑に落ちないが」

ふむふむ。

レマ警視総監の方は、クールで凄いと言う事だけが褒められているが。

一方で怒るときは怒るし。

嫌がる場合だってある。

それは私が一番身近で見て良く知っているのだけれども。

知っているのは私だけでいい。

さて、後は戻るだけだ。

充分に今回の事件については満足したし。

犯罪者を撃ったので私としては充分である。

後は帰って、思う存分走ったり泳いだりすることとしよう。

十六歳、全盛期に設定しているこの肉体。実年齢とはかなり離れてしまったが、別にそれでかまわない。

現時点で地球人類最強だそうだが。

これから更に伸びることは確定だ。

そして千年もすると人生に飽きてしまうらしい地球人だが。

私は例外として。

犯罪者に対する絶対恐怖として君臨し続けてやろう。

この銀河連邦には闇がある。

そんな事は分かっている。

だが、地球時代や。人間が管理していた時代に比べれば何千倍もマシである。

私は、AIが保存していた地球時代の人間達の犯罪行為や、狂奔を全て見て知っている。

だからこそ断言する。

この世界の方がずっとマシだと。

だからこそ守る。

この世界の方が、ずっと居心地が良いのだから。

「篠田警視総監」

「んー?」

「明日から四日の休暇を入れますが。 その後また出張願えますか?」

「いいよ。 ただあまり退屈な仕事にしてくれるなよ?」

AIは若干呆れ気味に。

努力する、というのだった。

 

1、ディストピアはどちらなのか

 

出張して赴いたのは開拓惑星だ。開拓惑星の治安は、最近ぐっと向上しているという話である。

まあ私が暴れまくった故、だが。

フラストレーションを発散するために来ている連中がいるが。

それらを取り締まるべく、私は後方から指揮を執っていた。

私の後継になる人間を育てたい。

それが理由だそうである。

私がエース格として活躍している今はいい。

犯罪者に対する絶対的な抑止存在になるからだ。

だけれども、私が飽きたら。

生物としての摂理に従って老いるべきだとか考え始めたら。

その時に後継者がいないのは、まずい。

AIだけで世界を回すのは、全くなんの問題もない。

それについては、AIを見ていれば分かる。

実際問題、私もレマ警視総監も本当だったらいらないだろう。武田殿のような周囲に愛される名物警官ですらいらないはずだ。

だけれども、「人間にやりたい仕事を用意する」事を仕事の一つにしているAIにとっては。

警官のような実務職には、規範となる存在が常にいて欲しいと考えているのかも知れない。

必要もないのにシミュレーション上とは言え実弾演習したり。

起こりえない荒っぽいシチュエーションの訓練をしたりするのは。

誰も彼もが腑抜けきらないためである。

定期的に引き締めることで。

警察全体の質の向上を図る。

それがAIの考え方である。

私もそれは間違っていないと思う。

私が勘に従って指示を出して。

警官達がすぐに其方に向かう。

なお、直接指示は出さない。AIにそういう話をして。警官達にAIが指示を出す形にしている。

今の時代、人間の縦連携はしないのだ。

要するに、アドバイザーの役割を今回はしていることになる。

私の勘の鋭さを知っているAIは。

それに対して、不満を一切口にしない。

警官達が、暴れる肩で風を切っているつもりになっている連中をどんどん逮捕していく。良い感じである。

ゴミはくずかごに。

それだけの話だ。

手分けして警官が逮捕にあたったおかげで、随分とお仕事もはかどった。

SNSでαユーザーとしてイキリ散らかしていたアホも何人か捕まった中にいた。そいつらも、もうこれで終わりだ。

尋問には口出ししない。

後は恐怖だけ摂取できれば良い。

四苦八苦しながら尋問する警官もいるが。

こっちに関しては手慣れている警官もいる。

実力はかなりバラバラだ。

いずれにしても、私ですらAIは色々な仕事をさせていったのだ。他の警官でも、適正はかなり色々だろうし。

仕事が不慣れな奴が出てくるのも当然だ。

ましてや今回は、警官になったばかりの者ばかりだという。

だったらそれは、当然の事なのかも知れなかった。

しばしして、飽きてきたのを察したか。

AIが話しかけて来た。

「篠田警視総監」

「どしたん?」

「今回の仕事の総評をお願い出来ますか」

「んー。 そうだね」

一人ずつ採点していく。

ただ、ゼロ点はつけなかった。

訓練の時とかは、容赦なく厳しく行く私なのだけれども。

今回は実戦。

犯人を逮捕する。

それが全てである。

今回はAIの指示に従って、警官達は的確に動いていたし。たまに小首を傾げてはいたが。それでもちゃんと言う事に従って動いた。

自分の判断も大事だが。

今回の場合は、具体的に何がどうなるから、こう動けというのを私がアドバイスしており。

それを分かりやすく伝えていた。

警官達がやるのは、受けた指示を可能な限り丁寧にこなすこと。

道筋は示されている。

道の歩き方は各自で自由で良いだろう。

そこに独自の思考を挟むのも良い。

だけれども、大筋を外すのは困る。

というわけで、あまり酷評はしなかったけれど。少なくとも私やレマ警視総監の後を継げそうな人間はいないな。

そう思った。

それも素直に告げておく。

AIはそれについては、否定しなかった。

「今の時代は誰にも時間が無限にありますし、犯罪に手を染めない限り社会的にも詰むことがありません。 だから成長を気長に見守りましょう。 男子三日会わざれば刮目してみよというのは地球人の諺でしょう」

「んー、まあねえ」

その諺については色々言いたいこともあるのだが。

まあいい。

確かに間違ってはいないのだから。

そういえば武田殿はどうなっている。

この間話を聞いたら、今は警視正になっているらしい。

相変わらずの愛されるお巡りさんを全力でやっているらしく。赴任した先々で人気者になっているそうだ。

それでいながら犯罪者に対しては別人のような怒りを見せる事もあり。

あらゆる意味で頼りにされているという。

私に比べると警官としての力量は小粒かも知れないが。

それでも充分な存在だ。

もしも警官を統べる存在が必要なのだとしたら。

武田殿を私は推す。

そういえば。武田殿にも後継になりそうな人材はいないな。

こうしてみると、AIも色々必死なのかも知れない。

「なんとなくだけれど、あんたの苦労は察するよ」

「そうしていただけると助かります篠田警視総監。 あなただけですら、はっきり言って手に負えないのですから」

「ハハハ、ワハハハハ。 そう褒めるなって」

「褒めていません」

輸送船が空間転移した。

ちょっと遠目の所に出かけていたので、今回の帰路は時間が掛かる。

まあいつもの出張だ。

何も困る事はない。

会話を切り上げた所で、スイに連絡を入れる。

最近はスイに帰ることは告げるようにしていた。

スイには布団も買ったし。単独でいるときは私が遊んでいるゲームなどを使うことも許している。

ただし対人ゲームはやらせないようにもしてある。

これについては、ロボット法のなんだかで禁止されているからである。

まあ色々と面倒くさいのだろう。

ただ、相手がロボットだと言う事は私もわきまえている。

ただの自己満足であることは分かっているし。

それ以上も望んでいない。

元々人と人の関係が希薄な時代だが。

だとしても、私はそもそも誰ともまともな関係なんて構築できないだろう。

だからこれでいいのである。

私はスイとの連絡を終えると。

少し眠る事にした。

宇宙船が事故に会うことなど100%ない。

この輸送船ですら、超新星爆発にびくともしないし。ブラックホールに突貫しても平気だと聞いている。

事象の地平面に突っ込んでも、そこから余裕で脱出できるそうだ。

いずれにしても、私が心配することは一つも無い。

それだけだ。

 

夢を見た。

相変わらず、一期一会である。

私は夢を見ても、起きた時にだいたい全部忘れてしまう。

これについては不便だけれども。

もう今はそういうものだと割切っていた。

自分が参加する夢と。

ただ見ているだけの夢があるけれども。

今日は自分が参加するタイプの夢だった。

まあ暗黒街に乗り込んで、ギャングを片っ端からブッ殺していくいつもの楽しい夢なのだが。

少し結末が違っていた。

ギャングの最大の組を私が壊滅させると。

今まで私に文句しか言わなかった警官隊が動き出し、ギャング共を全部逮捕し始めたのである。

なんだ、まさか保護するつもりじゃないだろうな。

呆れながら私が見ていたが、そんな様子も無い。

普通に吊したりもしていた。

表彰とかこそされなかったが。

警官を捕まえて話を聞いてみる。

それによると、どうやら私が片っ端からブッ殺したおかげで、ギャングが国に持っていた影響力が低下。

既得権益層も動きが鈍くなり。

一息に殲滅する機会が訪れたのだという。

ならば、殲滅戦も当然か。

わたしはこれなら、もう手を出す必要もないなと思い。片っ端から縄に掛けられて、引きずられていくギャングどもを見送った。

哀れな姿だ。

ピカレスクロマンの花形とかほざきながら。

その実態はただのゴミカスの群れである。

私が皆殺しにしてもいいのだけれども。

法で裁くのなら、それでいいとも思う。

夢だから裁判もスムーズに進む。

死刑を宣告されたギャングのボスは、口ひげを振るわせて喚いた。

あの化け物が出てこなかったら、何もできなかった腑抜け共が。後悔させてやる。

だが、それは無理だ。

そのギャングが隠し札にしていた専業の殺し屋とかは、全部まとめて私が殺し尽くしたからである。

ギャングは吊される時に。

凄まじくみっともない悲鳴を上げていた。

金ならいくらでもやる。

だから助けてくれ。

女だって最高のを手配してやる。死にたくない。だから許してくれ。お願いだ。

わめき散らすギャングのボスだが。

もう此奴にそんな財産なんて全く無い。

当然だ。

私が一族郎党もろとも焼き払ったのだから。

見苦しい悲鳴を上げながら吊されたギャングのボスを見て、私は充分に満足した。たまには私の夢の中でも、きちんと正義が執行されるものなのだな。

そう思った。

目が覚めると、もう最寄りの宇宙港に着くところだった。

コートを羽織って、輸送船を下りる。

夢の内容は相変わらず殆ど覚えていないが。

なんか珍しく気持ちが良く何もかもがハッピーエンドだったような気がする。まあたまにはそういう夢があっても良いだろう。

何しろ夢なのだから。

あくびをしながら、ポップキャンディを口にする。

そのままぼんやりして、宇宙港に到着するのを待つ。

古い時代の飛行機は、離着陸にものすごい色々時間を掛けたそうだ。

まあそれもそうで、飛行機事故が起きるとまず誰も助からなかったのだから。

今の時代の輸送船は、スキャンで二秒で全てが終わる。

だから、乗り降りも大変スムーズである。

複層構造になっているから、出口に人が殺到するようなこともない。

大変快適だ。

こういう事をいうのも、幼い頃に地球時代の飛行機を再現したシミュレーターを使った事があるからで。

乗り降りの時間の懸かりっぷりや。

簡単に遅延する脆弱さに、イライラしたものである。

後は家に歩いて戻り。

スイにただいまと言いながらコートを渡す。

スイはぺこりと一礼すると。夕食にするかと聞いてきたので、少し悩んだ。

「んー。 泳いで来るかなあ」

「分かりました。 下ごしらえだけしておきます」

「そうして頂戴」

どうせこれから連休だ。

AIも無人ジムの予約を取ってくれていたので、そのままジムに出向く。

以前は渦くらいの勢いで水が流れていたが。

今は滝である。

滝を泳いで登るような勢いだそうである。

そのまま凄まじい勢いで泳ぐ。

確かにこの水の勢い、普通の人間だとあっというまに彼方に流されて飛んで行くことだろう。

私と同じ事が出来る様に他人に強制はしない。

私が、これを泳ぐのが楽しい。

ただそれだけの事だ。

しばらく無心に泳ぎを楽しんだ後。

プールから上がる。

水はしばらく轟々と渦巻いていた。

普通だったら恐怖を感じるのかも知れないが。私にはむしろ面白かった。とても愉快なひとときだ。

さて、充分に泳いで満足したところで、帰宅する。

完璧にAIと連携を取っていたらしいスイが、丁度で夕食を出してきた。

相変わらずちゃんとやってくれる。

まずすぎず、おいしすぎない。

これでいい。

栄養価もしっかり考えてくれているので。

私としては、文句なんかつけようがないのである。

食事を終えた後は、風呂に入って、歯を磨いて。

その後は、寝る前の少しだけ。スイと運が絡むゲームを遊ぶ事にする。

今日はデジタルゲームだ。

かなり運の要素が強いデジタルゲームで。アクション要素もある。

アクション要素もあるのだが、運が悪いと絶対に勝てない仕組みになっていて。それがまた面白い。

スイが眉をひそめた。

アクションの技量ではスイの方が私より遙かに上なのだけれども。

立て続けにアンラックが来たのである。

これだけの実力差があると、それでもひっくり返すのは難しいのだけれども。

今回は私が勝った。

とはいえ、十回勝負して一回勝てれば良い方くらい。

それで私も満足している。

スイに搭載されている自律型のAIは、私を楽しませることを第一に考えるが。

接待をされる事を望んでいないことも理解しているので。

全力で勝ちに来る。

それでも勝てないようなゲームを私は選んでいるので。こうして勝負はきちんと成立するのだ。

ただ、それでもやはり不利だが。

私がそれほどこのゲームをやり込んでいないのも要因かもしれないが。

「今のは何というかとても理不尽だったと思います」

「運が悪すぎたね。 でもそれくらいでないと勝負が成立しない」

「マスターは、自分が運の悪い場合でも全く動じませんね」

「命のやりとりじゃあないからね」

そういうものなのかと、スイは小首を傾げる。

そういうものだと答えて、眠る事にする。

スイは自分用の布団に潜り込んで眠る。

最初に送ったときには、どうするのか困惑していたのだが。

今は私がそうしてほしいと考えている事を汲んでくれた、というわけだ。

勿論これは単なる自己満足だ。

そんな事は私だって百も承知である。

スイが命のないロボットだから出来る事である。

そうでなければ、許されない話だ。

私は横になると、AIに寝る環境を整えて貰って。軽く話をする。

「私はともかくさ。 レマ警視総監に憧れて警官になる奴はいるんじゃないの?」

「います」

「そういう奴を育成していけばいいんじゃないのかな」

「それだけでは駄目なのです」

レマ警視総監は、とにかく見本のような警官だ。

必要に応じてダーティーな手も用いるが。

それでも、あの見本のような公正さは、誰にも真似できるものではないという。

レマ警視総監もそれは理解しているようで。

後続の人間を潰さないように、たまにAIに話をしてくるとか。

なるほどね。

そういう風に、自己評価をしていたのか。まあ間違ってはいない。

レマ警視総監の自他共に厳しい姿勢は、恐らく相当なストレスを伴うはずである。尋常で無く大変な筈だ。

私も自分自身にはストイックではあるが。

一方で欲望の充足には忠実である。

AIという安全装置がついていなければ。確定で人を殺している。

そういう意味では、恐らくAIも私よりレマ警視総監の方を信頼しているはず。

ひょっとするとだが。

私は知らない、レマ警視総監が知っている、社会の闇もあるかも知れない。

ただ、それでも私は別にかまわない。

それもまた、判断としては間違っていないと思うから。

それだけである。

「私の後継者になれそうな奴なんているかなあ」

「地球の古代中華では、行儀の良い英雄よりも、むしろ失敗の多い豪傑の方が好まれた傾向があります」

「ああ、張飛や猪八戒が好まれたってあれね」

「それと同じです。 色々な価値観の人間や。 色々な技術力を持った人間が世代によって台頭していく。 もしも継承が上手く行かなくても、その技術を保存しておいて、後継者がそれを再現出来る。 そういうようにしていかなければなりません」

そっか。

意外に此奴は、私を高く評価しているんだな。

それを理解して。

私はちょっとだけ面白かった。

今度こそ、眠る事にする。

スイはもうとっくにスリープモードになっている。

そういえば。

セクサロイドであるスイは、引き取ってから一度も本来の用途で使ったことはないし。今後もないだろうな。

それだけ思うと。

後は眠る事とした。

私の仕事は、結局の所警部だった頃と殆ど変わっていないように思う。警視総監という地位が飾りだと言う事もあるが。

私のスペックが変わったとしても。

私の頭の中は、驚くほど変化がない。それを如実に示しているのかも知れなかった。

 

2、封雷

 

いやだと前にいったのになあ。

今回は座学だ。

しかも警官相手では無い。

大学で、である。

今回は、授業を受けに来ている数千人を相手に、シミュレーション内の仮想空間で座学をしている。

私の授業は分かりやすいらしい。

それは以前、警官に座学をした時に聞いた話だが。

今回は膨大な経験を蓄積してきた私の警官としての立場からの座学をという事で。それで面倒だなあと思いながらやっているのだった。

ただし本当に私には授業の適正があるらしく。

殆ど騒いでいる生徒はいなかった。

まあ私の悪名を聞いているから。

あまり騒ぐこともできない、と思って萎縮しているのかも知れないが。

「というわけで、犯罪捜査の基本は地固めです。 以上」

私は意外にも思われるかも知れないが、現場百回の考え方には賛成する方だ。

たまたま勘が優れているから、それを駆使しているだけ。

実際には情報を集めて犯人に辿りつくのはベストだと思っている。私の場合は、勘があるから、それが容易になっているだけである。

休憩時間中、軽く生徒同士の会話を見る。

SNSでは狂人警官の授業と言う事で、物珍しくて見に来た奴がかなり多いらしいのだけれども。

殆どが困惑していた。

「犯人を見たら即座に撃ち殺せとか言い出すのかと思ったら、無茶苦茶真面目な授業でしかも分かりやすい。 困惑してるんだけど……」

「いや、俺狂人警官が捕り物してるの見た事あるんだよ。 はっきりいって、猛獣が獲物を仕留めているようにしか見えなかった。 あ、あれでも丁寧な地固めの末に、犯人に辿りついていたんだな……」

「そうなると、化け物みたいに多い検挙数も納得だよ。 現在警察のツートップの検挙率をずっと保ち続けているらしいけれど。 それはあの怪物じみたスペックだけでなくて、基礎をきちんと守る捜査にもあったんだな」

「いずれにしてもちょっと俺舐めてたかも知れない。 午後の授業はもっと真面目に聞くわ」

そんな話をされているのを見て。

私はちょっと渋面を作る。

そもそも私がただ暴れるだけだったら、犯罪者にたどり着けないだろうに。

何を考えていたのか此奴らは。

いずれにしても、基本が大事と言う事は今も変わっていない私の考えである。昔からずっとそうだったし。

午後からの授業に入る。

前もそうだったが。

ぐっと授業を受けている人間が増えていた。

咳払いすると、丁寧に犯罪捜査について話していく。

勿論警察の手口などの機密にあたる事は話さないが。犯罪が起きた場合の通報システムや。そこから逃れた犯人へ辿りつく方法などを、丁寧に解説していく。

最後に叩き伏せるのは、本当に最後の最後である。

ただ、私が言った。

犯人は抵抗できないように容赦なく撃ちます、という言葉に関しては。

授業を受けに来ていた連中は、皆凍り付いていたが。

はっきりいってどうでもいい。

むしろ、それで恐怖が得られるのだからようやく私においしい場面が来たというべきだろうか。

無言で授業を進めていく。

そして、特にトラブルなく授業が終わった。

こういった授業はアーカイブに記録されるので、以降はいつでも閲覧することが可能である。

このため、警察の授業としてこれが採用される可能性は大いにある。

全ての授業が一期一会だった時代とは違う。

故に、私の考える暴力にてねじ伏せるスタイルは。

いずれ後続の警官がものにしていくかも知れない。

地球人類は千年程度で人生に飽きるという。

それならば、できる限り早く。

それ以上生きられる種族に、この考え方を伝えたい。

多分高潔を極めたレマ警視総監の思想は分かりやすく。後継者は幾らでも出てくるはずである。

だけれども、光だけでは世界は動かない。

闇が存在して、初めて世界は動く。

何よりも、最初にあるのは。

光ではなく闇なのだ。

闇があってこそ、光は生じる。

闇があるからこそ、光は強く輝くことができる。

合法的に闇となる事が出来る私の思想は、今後も必要である。

それについては、自分で授業をしていながら。

何となく分かってきた気がする。

私は暴悪の権化だと自認しているが。

それでも世の中には。

そんな存在よりも遙かに独善的で危険極まりない人間が、簡単ポンに登場しうるのだ。

アルカポネを例にするまでもない。

奴の実データを見る限り。奴はあれだけの悪事を繰り返し、大量殺人を繰り返しながら。それでいて、自分を善人だと最後まで信じて疑わなかった。

おぞましいまでの独善性だが。

これが文字通り、一つの国家を乗っ取りかねない存在にまで成長していたのである。

要するに、こんなカスに乗っ取られるような存在なのだ人間の作った国家は。

他にも類例はいくらでもある。

自身を聖人としようとして、結果として暴威の悪獣と化した王莽や。

最後まで全て国家のためと信じて何もかもを破壊し尽くしたポルポトことサロットサル。

これらの輩は、法では対応出来なかった。

私のような存在が。

やはり世界には必要なのだ。

授業を終えて、シミュレーションルームから出る。

伸びをして、そして考え込む。

AIが話しかけて来た。

「授業をした後から、ずっと考え込んでいますね、篠田警視総監」

「むしろ私に取って有用な授業だったかも知れない」

「……」

「私は理解したよ。 なんでかは分からないけれども」

AIは呆れていた。

或いは自己完結で結局結論に辿りついてしまう私に、だろうか。

別にそれでもいいだろう。

何かしらの革新的な試みを始めた存在は、だいたい自分の力でそれに辿りついているのだから。

ともかく、モチベがぐんぐん上がってくる。

私の後継者が出るまでは、死ぬ事は出来ないし。

私が生きている間は。

銀河に狂人警官ありと、知らしめ続けなければならないのである。

「明日以降の仕事のスケジュールは?」

「そうですね。 明日から三日休みです。 その後は、順番に各地で難事件を解決していただきたく」

「私に廻ってくるという事は、他の警官で対応が難しい……というわけではなさそうだね」

「……」

分かっている。

単に暴威の権化である私の存在を、AIは利用したいだけだ。

社会に緊張感を与えるために。

だが、私もまた。

AIを利用して、この社会に刻み込まなければならない。

光があるのなら、闇もまたある。

そしてその闇は、必ずしも社会を崩壊させるわけでは無いのだと。

「今日は趣向を変えて射撃の訓練するかな」

「篠田警視総監は、銃の腕では随一ではありませんか。 軍人にも貴方ほどの力量の者はもういませんよ」

「だから磨くんだよ。 更に更にね」

「……最近はオートエイムもほとんど必要ないほどだというのに」

呆れたのか。

それとも飽くなき向上心に怖れたのか。

いずれにしても、分かっている。

AIですら、私を持て余している。

それでいい。

私はもっともっと闇の深淵部に向かい。

其処に偉そうに座っていた連中を駆逐して。深淵の底に辿りつく。

其処から、興味本位で覗きに来た奴を掴み。引っ張り込み。

私と同類にするのだ。

銃の訓練を開始。

ショックカノンを最初はしばらく撃つが。

それから、古い時代のライフルやショットガン、アサルトライフルに切り替えて行く。

いずれも銃の説明を軽く受けただけですぐに使える。

正確には思い出す。

どれも訓練を受けたことがある。

久々に使うから、体に思い出させる。

それだけの事である。

しばらく撃って、充分に満足した。

鼻歌交じりに訓練を切り上げると。

丁度定時になっていた。

流石にこれ以上、署に居残るのは問題だ。後は、体を軽く動かして締めとするとしよう。

「今日はシミュレーションで体を動かしたいな」

「無人ジムを予約できますが」

「いんや、ちょっと趣向を変える」

「分かりました」

後は、自宅にまっすぐ帰る。

スイは私にぺこりと頭を下げると。小首を傾げていた。

「定時からまっすぐ帰って来てくださったのですか?」

「ちょっシミュレーションを長時間やろうと思ってね」

「分かりました。 適正時間になったら夕食の支度に取りかかります」

「そうして頂戴」

スイが色々と素材を冷蔵庫から取りだして、吟味し始めている。

時間が掛かる料理をしようというのだろう。

私はその背中を見て頷くと、シミュレーションルームに入り。

そして、普段とは違う設定をした。

今日は山登りだ。

それも断崖絶壁になっている様な奴である。

実はロッククライミングは殆ど興味が無かったのだけれども。

全身運動。体重移動などをバランス良く使う。

そう考えて行くと、中々に興味深い。

前にちらっと聞いて、面白そうだなと思ったので。今日は初級から、だんだん難しい奴に挑戦していく事にする。

まずは山登りのイロハから、チュートリアルを受ける。

これはシミュレーションだが、失敗時のペナルティについてはしておく。

基本的に致命傷となる落下をした場合は、その日はそれまで。

かなり厳しいのでは無いかと、チュートリアル用の専門AIは言うのだが。

私は別にそうは思わない。

それくらい厳しくしないと、上達なんてしないのだから。

やがて、壁が設定される。

なるほど、こう掴んで、こう進むのか。

最初は傾斜も極めてユルユル。

最終的に登ることになる断崖絶壁は、チュートリアルが終わってから挑戦するために存在している。

黙々と壁登りをしていきながら。

徐々にコツを掴んでいく。

なるほど。

体を普段から作っているような奴でないと、この遊びは難しいな。

最低でも片手で全身を支えたり。

更に片手で全身を引っ張り上げたり。

それくらいの事は出来ないと不可能だ。

無言で、黙々と作業を続けていく。勿論全身の筋肉もフルに使っていく。

シミュレーションだから、実際に体が動いているわけでは無いのだが。

きちんと筋肉を使ったのと同じ負荷が体に掛かるようにしている。

そうしないと、起きた時に体とのギャップが出るからだ。

黙々とひたすらに登っていく。

やがて、難易度がどんどん跳ね上がっていき。

ついに垂直の壁が来た。

「そろそろ今日は休みますか?」

「時間は? んー、まだ余裕があるね」

「分かりました。 続行してください」

この登山用シミュレーターは実際にある山を再現している、かなりレベルが高いソフトだが。

AI管理のソフトであるので、無料で遊ぶ事が出来る。

黙々と遊び続けて、やがて反り返ったような場所に出た。

これは、力尽くで体を支えながら越えるのかな。

そう思いながら、殆ど無い足場に貼り付いていると。

チュートリアルが始まる。

なるほどなるほど。

力尽くでいくのではなく。

勿論筋肉も必要だが。

体をしっかり制御して。一つずつ足場を攻略するのか。

更に一箇所でも体を支えている場所が崩れても大丈夫なように、備えもしておくと。

ふむふむ。

だが、無情。

此処で時間が終わってしまった。

夕食の時間だ。

「チュートリアルで此処までこられた人は初めてです。 山登りの経験はないようですが、凄まじい身体能力ですね」

「ふふん、そうだろ。 呂布と戦えると思っているよ」

「そ、そうですか……」

「じゃ、また来るわ。 なるほど、山登りのコツについては覚えた」

ただ、さっきみたいな反り返った壁を登るのは、実際にやってみないとあぶないだろう。

ログアウトをすると、スイが夕食をほぼ完成させていた。

良いタイミングだ。

体に掛かっている心地よい負荷を楽しみながら。

私は夕食を口にすることにした。

 

休日中に、シミュレーションで山登りを散々やった後。

出張に出る。

今回は別に大した出張でもない。

だが、この間の座学で。なんか私の中に宿った気がする。

今回は、情け容赦なく徹底的に犯人を潰す。

そのつもりでいる。

移動中に、事件について確認をする。

「なるほどねえ。 となりの家の住人に対して法に反しない程度の嫌がらせを繰り返して、合計十二回引っ越しをさせたと」

「更にこの辺りの土地は全て自分のものだと思い込んでもいるようです」

「そりゃちょっと仕置きが必要だね」

「お願いします」

相手の種族を確認する。

地球人より三割増しほど背が高い、メタルリア人という種族だ。

とにかく屈強な種族で、普通だったら体を極限まで鍛えても、地球人が倒す事は不可能だろう。

残念ながら、今回は相手が悪いと言う事だ。

宇宙港に到着。

それまでに、AIと相談して作戦を練っておく。

いずれにしても、居住惑星の住宅地。

其処に住み着いているモンスターに、周囲は手をやいているようだった。

一旦署に出向いて、データを確認する。

今まで警察で四回署による訓戒が行われているが、効果は無し。

そうなると、AIが実刑に持ち込んで。

一旦再教育するべきだと判断したのも、仕方が無いのかも知れない。

なお、メタルリアという種族が、別に独占欲が強いとか、そういう事はない。

結局種族が違っても。

人間はそのままではカスであり。

共通点はそこだということである。

聖人種族なんて存在しないのだ。

「なるほどね。 では潰しにいくか」

「潰してはいけません」

「分かってる。 比喩だよ」

「あ、あの!」

不意に割り込んでくる声。

何事かと思ったら。

まだ若い地球人の警官だった。

すぐにパーソナルデータを確認する。

実年齢七歳。女性。肉体年齢十八歳。

そうなると、仕事を始めたばかりか。恐らくは今は、デスクワークばかりやっている所だろう。

他の時間はほぼ訓練をしていると見て良い。

今の時代は、教育が終わるとどんどん社会に出る。

それにしてもこの若さでいきなり警官を選ぶとは。何というか、かなり変わっている。

私でさえ、最初は軍人だったのに。

「ええと、篠田警視総監、ですね」

「きみは?」

「アーレイバーグ巡査です」

ふーん、そうか。

とりあえず、話を聞く。見た目だけは私より年上の警官に。

何でも、私が来ることとはAIに聞いていたという。

何回か私がやった座学で興味を持って、捜査を見たいと言う事だった。

「今回は、捜査で来ていただいたんですよね」

「そうなる」

「何の事件の捜査ですか?」

「近隣に迷惑を掛けているアホ」

それでだいたい分かったようだった。

頷くと、相手について知っている事を話してくれるという。

今の時代は必要ないことだ。

警官は連携して動く時代は終わった。

人間が組織を作ってもだいたい碌な事にならない。更に言えば、証言なんかよりも、あらゆる場所に存在する証拠映像がある。

全ての場所が監視されている現在。

死角など、AIが意図的に作らなければ存在しないのだ。

「メタルリア人の通称追い出し魔ですね。 私も一度出向いて訓戒をした事がありますが、後で唾を地面に吐きつけていました」

「ふうん……」

「気をつけてください。 場合によっては躊躇なく襲いかかってくるかと思います」

「むしろその方が好都合だ」

私は立ち上がる。

アーレイバーグという若い巡査は、ついてきた。

黙々と歩きながら、ベルトウェイを使って現地に向かう。

アーレイバーグ巡査は、警備ロボットを連れて行かないのかと不安そうに言ったが。今回はいない方が良いだろう。

現地に三十分ほどで到着。

アーレイバーグ巡査には、その場に伏せるように指示。正確には隠れるように、という意味である。

隠れていて、いざとなったら撃て、という指示を追加ですると。流石に困惑していた。

「ショックカノンをですか!?」

「訓練でやってるでしょ。 基本的にオートエイム機能がついているし、引き金を引くタイミングや出力も、全てAIが補正している。 なんなら最悪、面制圧しな?」

「わ、わかり、ました」

「さて、行くかな」

私は道に出る。

さて、この辺りは既にバカが「領地」を主張している土地だ。周囲の家に住んでいる者にも、定期的に嫌がらせをしている。

法に反さない程度で、である。

だが、今まで見ていて。

奴が激怒する条件については、既に知っていた。

まず奴は、自分の領土に何かものを置かれる事を、徹底的に嫌っている。

別に道路交通法に違反しないようなものでも、である。

立体映像の標識にすら、悪態をついている有様である。

故に私は、歩き疲れた風を装って。

ベンチに座り、側の地面にどっかと風呂敷包みを降ろしていた。

ほとんど瞬間的に奴が飛び出してきた。

鬼のような形相である。

「なんだ貴様! 人の家の前で何をしている!」

ゴリラとも遜色のない体格。

これははっきり言ってとてもではないが、普通の地球人が肉弾戦でやりあって勝てる相手ではないのが事実だ。

だが、私となると。

立ち上がり、凄まじい形相で威嚇しているメタルリア人に、別に法的に問題は無いと話をすると。

奴は胸ぐらを掴んできた。

掴ませる。

「俺が気にくわないって言ってるんだよ! この道は俺の道だ! だから俺が気に入らないものは全て排除しているんだっ!」

そのまま、手帳を余裕の様子で見せると。

メタルリア人は、それを払い飛ばしていた。

宣戦布告と判断する。

そのまま胸ぐらを掴んでいる腕を掴み返すと、握りつぶしに掛かる。

一瞬呆然としたメタルリア人だが。

すぐに恐怖と痛みに顔を歪めていた。

更に手を押し返し、突き飛ばす。

乱れた服を直している私を困惑して見ていたメタルリア人だが。やがて私が見下しているのに気付いたか。

凶暴な声を上げて、襲いかかってきた。

瞬間、踏み込むと。

放り投げる。

そして、頭から地面に落ちる寸前に、ショックカノンを叩き込んで、吹っ飛ばしていた。

「はい終わり」

気絶した犯罪者を、周囲から警備ロボットが来て、拘束。そのまま連れて行く事にする。

影で様子を見ていたアーレイバーグ巡査を呼ぶ。

完全に真っ青になっていた。

「あ、ああ、あんな怪物に、真っ正面から立ち向かえるんですか!?」

「鍛え方が違うだけだよ」

「そういう問題なんですか!?」

「うん」

彼奴程度だったら、呂布でも簡単にひねり潰せるだろう。

呂布と戦えると自認している私なら。

余計簡単である。

「公務執行妨害及び暴行未遂。 後は取り調べの時に反抗的な態度を取ったら、それで刑期を追加かな?」

「そうなりますね。 聴取については、ベテランを用意してあります」

「そ。 現地実習はさせてあげないの?」

「流石にあの犯人を相手に、アーレイバーグ巡査を向かわせるのは無謀というのは篠田警視総監もおわかりでしょう」

まあ、それもそうか。

いずれにしても、他にも散々余罪は出てくる。

更に、である。

AIはちょっと意地が悪いことを言うのであった。

「彼の家については、周辺の道路などを刑務所から出てくるころには配置換えしてしまうつもりでいます」

「領土を主張している件については?」

「既に充分過ぎる迷惑を掛けていますし、今度は他人とのトラブルを同じ理屈で起こすのであれば、即時逮捕できるようにしておきます」

「そっか」

荷物を取ると、アーレイバーグ巡査を連れて戻る事にする。

私としては、別に面白くも何ともない相手だった。

今の奴は、図体はでかかったし。通常の地球人類では勝てない程度の戦闘力も持ってはいたが。

戦い慣れなどとてもしている様子はなかったし。

修羅場をくぐり続けた私の敵じゃあない。

素の筋肉量では向こうが上かも知れないが。

筋肉を使いこなす事に関しては、私の足下にも及ばない。

いうなれば雑魚だ。

勿論、通常の警官は、警備ロボットと共に戦わなければならないだろうが。

私は制圧する武力を持っていた。

ただそれだけである。

そのまま、私は新米ちゃんを連れて署に戻ると。

後は、軽く感想を聞いた。

新米警官であるアーレイバーグ巡査は、しばらく無言でいたが。やがて、顔を上げていた。

「私、気付きました。 やっぱり、何もかも勉強が足りません」

「うん、その通り」

「これから、篠田警視総監の足跡を辿って、少しずつ鍛えます! 肉体年齢も、自分にあっている全盛期に調整します!」

「……うん、まあ頑張って」

折れるかと思ったのだが。

意外と頑張りものだな。

ただ、ちょっと嬉しかったのは事実だ。

レマ警視総監だったら、後継者は簡単にできるだろう。多分本人が望まなくても、それは同じ事だ。

だが、私にまさか後継者になりたいと声を掛けて来る奴がいるとは。

これは意外な話である。

しかもこの様子だと、多分私のように深淵にいく事はなく。

それでいながら、警官としてのダーティーなやり方を極めていくことも出来るかもしれない。

何も後継者だからと言って。

何もかもを真似する必要などはない。

私のコピーなどいらない。

むしろ私を越えろ。

それで充分だ。

敬礼を受けて、敬礼を返す。

そのまま、後は話すこともなく、レポートを軽く仕上げた後。その星を後にすることにした。

帰路の輸送船の中で、AIと話す。

「いやはや、世の中には奇特な子がいるものだね」

「悪の道に人を引きずり込んだとは思えない言いぐさですね……」

「フハハハハ、面白い事をいうじゃない」

「いや、全くの事実ですので」

憮然としているAI。

まさか、勇気を振り絞って私に成長したいと声を掛けたあの子を馬鹿にするつもりか。

私の表情が変わったのに気付いたか、AIは話し始める。

「アーレイバーグ巡査は、警官になってから現実とのギャップに苦しみ続けていた人でしてね。 貴方の快刀乱麻のような凄まじい捕り物を見て、悪い意味での影響を受けてしまったようです」

「悪い影響結構結構。 私というテストケースがある。 あの子が道を踏み外さないように、あんたが手を貸してやればいい」

「そう簡単に仰いますが……」

「それがAIの仕事だろうよ」

そう言われると。

AIも返す言葉がないようだった。

いずれにしても、邪悪の権化にあの子が化けるか。

私以上の存在になるかは。

今後の教育に掛かっている。

いずれにしても、私と同じようにダーティなやり口を取り。

凶暴性を持ちながら。

しかしながら、警官としてはほぼ完璧に職務をこなせる人物に、なりうる逸材かも知れないのだ。

才能なんてものは年数努力して補えばいい。

今の時代は、時間制限がない。

それができるのだ。

ならば、AIはその支援をすればいい。

「さて、次の仕事は?」

「このまま隣の星系にある居住惑星にいき、其処で何件か問題を解決していただきたく」

「いいだろう」

さて、次は多少マシな犯人が出てくるかな。

出て来た場合は、ぶっ潰す。

ショックカノンを使う事が出来て、今回も充分に満足した。

自分を絶対強者と信じていたあの犯人が、ショックカノンで撃たれる瞬間に浮かべたあの絶望の表情。

本当に美味だった。

何よりも、私の後継者になりたいと口にしたあの子。

さて、どこまで上がって来られるかな。

楽しみにしている。

暴威の権化になるのか。それとも別の方向に道を究めていくのか。

どっちにしても。

私にしては面白いし。

警察全体にとっても、有意義な話になる。私にはどちらの結果でも面白いので、それで良い。

目的地に着くまで少し時間がある。

だから、私は。

少し昼寝でもして、過ごすことにした。

 

3、暴威の果てはまだ遠い

 

夢を見た。

AIがハッキングを受けて、各地で暴動が起きていた。

私はそれを鎮圧に出向く。

私を見た暴徒は、瞬時に恐れおののくが。誰かが喚く。

「狂人警官でも、AIの支援を……」

次の瞬間には、ショックカノンの一撃が、其奴を吹き飛ばしていた。

更に暴徒を問答無用で全てねじ伏せていく。

背後から突っかかってきた奴を軽くいなすと放り投げ、空中でショックカノンを叩き込む。

次々にちぎっては投げ千切っては投げ。

火炎瓶を此方に放り投げようとしてきた奴は、そのフォームの最中に撃つ。

転がった火炎瓶から跳び離れる暴徒も、片っ端から撃ち抜いていった。

警官隊が駆けつけてきて。状況に息を呑んでいた。

私はふーとショックカノンの先を吹くと、指示。

「私は次の暴動をつぶしにいく。 逮捕ヨロシク」

「は、はい……」

警官達の線が細くて嫌になるねえ。

AIが復旧まで六時間とか告げてくる。

そんなに掛かる訳ねえだろ。

夢とは言え。

そうぼやくが。

まあこれはそういう設定の夢なのだろう。だったら、その夢に沿って行動するだけである。

勿論今いる署のある星でしか、暴動の鎮圧はできないが。

それでも暴動は鎮圧できるだけする。

避難中の子供に襲いかかろうとしていた暴徒を即座にショックカノンで撃つ。

暴徒共が、盗んだ物資を取り落としていた。

「狂人警官だ!」

「ハーイお巡りデース。 今死にたいか後で死にたいか、どっちかなー?」

「ひいっ!」

悲鳴を上げようとした其奴をショックカノンで沈め。

更に逃げ散る奴を独りも逃さず全部ショックカノンで沈めておしまい。

うん、充分に満足した。

だがまだ六箇所で暴動が起きている。そのまま次の場所へ全力疾走。私が駆けつけた場所は、暴徒がガソリンだかをかけて燃えていて。自律式の消火設備が動いてはいるが。それでもどんどんガソリンが放り込まれていた。

私は暴徒共を片っ端から撃つ。

どいつもこいつも、枷が外れた途端に本性を見せやがってからに。

いずれにしても、はっきりしている事だが。

これは夢だ。

だけれども、もしもAIが沈黙したら、これは高確率で起きるだろう。

法があった時代。

人間はその法を、如何にねじ曲げて解釈する事。

法がどれだけの拘束力を持っているのか見きる事。

それに全力を注いでいた。

そして法を守らせるために働くための法曹は、それに荷担さえした。

弁護士は雇い主を勝たせるのが仕事などとほざいて法を曲解し、いかなる極悪人でも金さえ払えば幾らでも外に出した。

法曹には警官が気にくわないと言うだけで、極悪人を無罪にした輩も大勢いた。

当然、自分の思想にあっているカルトの信者を。それだけで無罪にした法曹も幾らでもいた。

人間が法曹を管理するのは無理。

それがよく示されていた。

そして法曹を越える管理AIが世界を抑えて、やっとまともな時代が来たが。

それも枷が外れればこれだ。

私は知っている。

これは決して夢だけの光景では無い。

人間は枷を外してはならないのだと。

片っ端からクズ共を撃ち抜いて、黙らせた後は。警官達に任せて次に行く。

最後の暴動が終わった後、AIが復旧。

後は、何もかも台無しになった社会で。

復興作業が始まることとなった。

 

目が覚める。

珍しく現在の夢だった気がする。

何となく覚えているのは。

守るべき市民の皮を脱ぎ捨てて、凶暴な獣の本性を現したカス共を成敗した、ということくらい。

普段の夢だったらブッ殺すのに。

ショックカノンですませる優しい私の夢だった。

うん。優しいよな。

ショックカノンで許してるんだから。

伸びをして、何度か唸る。

さて、出張を終えて自宅に戻ってきた。

最近はクライミングをシミュレーションでやっているのだが。極寒のエベレストをこの間クリアしてしまったので。

もっと難しい山に挑戦しようかなと思っている。

或いは条件をもっと悪くしてエベレストに行くのもありかも知れない。

あくまでシミュレーションだ。

死んだ場合はその日はそれまで、というペナルティがついているが。それでも突破はした。

なんなら何度も突破して、エベレストを知り尽くすか。

絶対に失敗しないくらいになれば。

それはエベレストを知り尽くしたことになるのだろうから。

なお、リアルタイムでエベレストの状況を更新しているシミュレーションソフトなので。

毎日状況が微妙に変わる。

それでも軽装で突破する私は。

シミュレーションソフト曰く、地球人類の限界を超えているそうである。

どうでもいい。

歯を磨いて、顔を洗っているうちに。

布団から出て来たスイが、朝ご飯を作り始めている。

朝、軽く運動でもしようかなと思ったが。

まあ出張の後だ。

少しはゆっくりするのも良いだろう。

SNSを見る。

狂人警官の話題が上がっている。

さて、どう怖れてくれるのかな。

そう思ったら、逮捕歴をまとめた変わり者がいたらしい。というか、こいつ。

そうだ、ボディーガードの時に顔を合わせた記者だ。

確かに取材する内容ではない。

公開されている内容を、ただまとめただけだ。

なるほど、まずは私を知るために。

取材の前に、こういう事をしてくるか。

まあいいだろう。

別に公開されている情報を今更まとめられた所で、特に私としては思う所など一つもない。

によによしながら様子を見る。

「現在警視総監の階級にいる警官の中で、解決事件数を勤続年数で割った場合、僅差でレマ警視総監に劣るものの、犯罪者キラーとしては恐らく最強の人材である。 ここ三億年にて、これほどの警官が二人揃った事はない、か」

「なんというか、とんでもねえという言葉しかでないな」

「俺さ、前に狂人警官が、上背が1.5倍はある奴を軽々ぶちのめしてるのを見た事があってさ。 その後怖くて数日まともに眠れなかったよ……」

「気持ちは分かりすぎる」

そっか、気持ちは分かりすぎるか。

さて記事そのものはとても見やすいが。

懐かしい事件も多いし。

私としても、いつも仕事は完璧でも何でも無い。

珍しく私が失敗した事件についても記載があって。

それについては思わず渋面になった。

「マスター。 朝食ですよ」

「んー。 食べる」

起き上がると、私は朝食を始める。

体を調整するためのナノマシンを食べているスイと向かい合って、普通に食事をする。今では完全に普通になった習慣だ。

スイは人間とは精神構造が違っているし、ロボットである事も受け入れている。

そういう機械なのだから、当然だとも言える。

「マスターはいつも百面相をしておられますね」

「ああ、SNSを見ている時? あくまで家の中でだけだよ」

「そうなのですか?」

「はい。 外では仏頂面です」

スイにAIが答える。

そんな事を教えなくてもいいものを。

「だとすると、誰も知らないマスターを私が知っているのですね」

「まあそれだけ私が此処ではリラックスしていると言う事だ」

「そうですか。 私の役割を果たせているようで何よりです」

「ん? 嬉しい?」

嬉しいと言う人間の感情とは異なるが、仕事をこなせていると感じると、スイは言う。

なるほど、スイらしい言葉の返し方だ。

元々スイはセクサロイド。

最大の仕事に私が全く興味を見せない事もあって。自分の存在意義を見いだせないという意味もあるのだろう。

だが、それで別にかまわないとも思う。

別にスイに、何かを強要しなくてもいいのだ。

仮にスイが何か嫌だといったら、それはしなくてもいいと言うつもりである。

ある程度ロボットと人は分けて考えている私だが。

それでも、そのくらいのことは考えてはいた。

まあ私がいわゆるバイセクシャルではないし。

そもそも性欲が極端に薄いことも要因ではあるのだろうが。

「マスター。 私はどうすればいいのでしょう。 マスターは私の体には興味を持っていないことを知っています。 私は料理専門のロボットや遊戯対戦専門のAIほど、マスターの家事に関しては対応ができません。 いっそのこと、機能などを根本的に変更して……」

「いいんだよあんまり考え込まなくても」

「でも、もっとマスターのお役に立ちたいです。 私のために、色々してくださっているのは分かりますので」

そう言ってくれるのは嬉しい事だ。

善意の押しつけになっていたら問題外だったが。

どうやらスイは、そうは考えていなかったらしい。

古い時代の地球人のように。

ペットを着飾らせたり、或いは自分の食習慣を押しつけたり。

場合によっては自分の家族にまで趣味などを押しつけたケースもあったが。

それらは元が善意であっても、単なるハラスメントだ。

スイは嘘をつかない。

ならば、本当にそう言ってくれていると判断して良いだろう。

「そのまま私を支えて頂戴」

スイは頷く。

私としては、それだけで充分だった。

 

仕事に出る。

レマ警視総監から、その最中に連絡があった。

連絡するのも嫌だろうに、それでもちゃんと必要な連携は取ってくる。その辺りは、公私混同をしていないということだ。

古い時代は公私混同をして当たり前、みたいな風潮があって。

これらは、歴史を調べている間に知った。

人間はそれを肯定的にさえとらえていた。

「人間らしい行動だ」などと言って。

今になって見れば、ばかばかしい話である。

公私混同をしない奴の方が偉いに決まっているし。

法をきちんと守る奴の法が偉いに決まっている。

私だって、犯罪者を法の範囲内で扱っているのである。バラバラに吹っ飛ばしたいのに。

つまり公私混同をする奴というのは。

それ以下だ。

「篠田警視総監。 次の事件についてですが……」

「うん。 詳しくヨロシク」

「次の事件ですが、何人かの警官が対応を失敗しています。 犯人に逃げられたと言うよりも、どうしても犯罪の証拠までたどり着けなかった感じです」

「資料を見せて」

ざっと資料に目を通す。

どいつもこいつも、あまり腕が良い警官では無いなあ。

AIもあまり協力的では無い。

犯人は、どうも違法プログラムを組もうとしているらしい。

ただし、その痕跡が見つからないのである。

AIは知っている筈だが。

それについて、話をするつもりがないのだろう。

警官達には最小限のアドバイスしかしていない。

人材育成の過程でそうなったのだろうが。

ちょっと相変わらず意地が悪いなあと私は苦笑するばかりだ。

別に意地が悪くても、これだけしっかり銀河系を回してくれているのだから、どうでもいいのだが。

「ふうん……なるほどね」

「何か突破口が見つかりそうですか」

「うん、何とかなると思う」

「分かりました。 それならばお任せします」

レマ警視総監が通話を切る。

今は双翼なんて呼ばれているんだし。

階級なんて関係がない時代だ。

ため口でも良いんだが。

レマ警視総監は、多分だが私と親しくはしたくないのだろう。どうしても距離を取った態度を取ってくる。

また、一度見た事があるのだが。

部下が双翼と言われている狂人警官どのをどう思いますかと言っているのを影から見た事がある。

大規模な合同捜査をしているときだった。

その時、一瞬だけあの鉄面皮のレマ警視総監が。

表情を、それ以上の無にした。

双翼と言われるのさえ嫌なのかも知れない。

まあその場合は、それだ。

私はレマ警視総監のことを嫌っていない。

相手が此方をどう思おうとどうでもいい。

相手に対してもウザ絡みまではするが、善意の押しつけは絶対にしない。

それだけで良いと考えている。

現地に到着。

宇宙港から、一旦署に。

署のデスクで、レマ警視総監から貰ったデータと。現地で集まっているデータを総合する。

違法プログラムと言っても、内容はどちらかというと、そんな大それたものではない。

今自宅においている自律式AI。

仮想現実内で、自分の恋人として振る舞うように設定しているAIに対して、手を入れようとしているものだ。

以前調べたように、現在セクサロイドを使う人間は超少数派で。

色々とつぶしが利くこういったシミュレーション内での仮想現実に作った自律式AIなどを恋人だのにして、都合の良い相手にしているケースの方が遙かに多い。

ただしそれらには色々と制限もある。

当たり前の話だ。

人間より遙かに高性能なのだ。その気になれば。

そんなAIに好き勝手に手を加えることを許したら。それこそどんな災厄が起きるか分かったものではない。

だからこそ、法でガチガチに縛られているのだ。

プログラムなどを追加する行為については。

いずれにしても、レマ警視総監は良くまとめてくれていたのだなと感心する。

これについては、以前本人が出向こうとしたところを、AIが止めたから。そういう経緯があるようだ。

恐らくだが、現地の警官に解決させたかったのだろう。

それがどうにも上手く行かないから。

私が出る事になった。

そういうことだ。

とりあえず、だいたいの当たりはついた。

警備ロボットを出すように申請するのはAIがやってくれる。ショックカノンを受け取ると、現地に出向く。

此処は宇宙ステーションで、眼下にはテラフォーミング中の地球型惑星の姿が見える。

開発の最初期段階であり。

まだ歓楽街もどきが出現する前の状態である。

この地球型惑星はどちらかというと火星のように冷え切っている、開発に適したタイプで。

いずれかなりの規模の居住惑星になるか。

それとも生物保護区になるか。

両方をシールドで区切って共存させるか。

どれかになるのだろう。

私はそのダイナミックな事業を横目に、ベルトウェイで現地に急ぐ。

別にこの程度の光景、一生に一度しか見られないというほどのものでもない。

今なら、その気になればいつでもこんなものは見られるのだから。

「次を左です」

「ういー」

「本当に、興味があること意外には全く目を輝かせませんね」

「それは私に限った話じゃないだろう」

AIに答えながら薄く笑う。

地球時代の人間は。

どうでもいい相手なら。死のうがどうしようがどうでもいいと本気で考えていた。

相手を格で決めるような輩はなおさら。

自分の主観で相手を格付けして。

場合によっては殺しても、ばれないならいいと本気で考えている輩が幾らでもいたし。それが社会的な名士である事も珍しくもなかった。

私は、そうはならないつもりだが。

趣味関係では、どうしても興味が持てないものはどうでもいい。

ただ、どうでもいいとしても。

相手を否定する事は論外だとも考えてはいるが。

ほどなくして、居住区に出た。

さて、犯人の家も見えてきた。

警備ロボットは先に展開している。

相手は私より少し上背が高いが、ひょろっとした種族だ。背は高いのだが、筋肉量が少ないらしく。

場合によってはパワードスーツで歩行の補助を受けることもあるらしい。

低重力惑星の出身らしく。

そういう風になったのだろう。

家の中などでは、重力を調整して丁度良くしているが。

外に出た場合などは、動きが取りやすいように、AIが補助をするというわけだ。

ドアをノックする。

犯人が顔を見せる。

手帳を見せると、またかと一瞬表情を変えたが。

だが、私の顔を見て、真っ青になる。

「あ、あんたは、噂の……!」

「令状もある。 内部を見せてもらう」

「……」

警備ロボットが威圧的な様子で銃口を向けているのを見て、犯人は両手を挙げる。

内部に上がり込むが。

驚くほど殺風景だ。

目を細めて、周囲を見やる。

なるほどね。

物質的なものを殆ど身の回りにおかず。シミュレーション装置で入れる仮想空間内を、自分の理想的な場所にしているタイプか。

今時珍しくもない。

悪い事でもない。

此奴の場合は、それを拗らせてしまった。

それだけだ。

周囲を確認して、デスクなども見て回る。

他の警官だったら余裕だったのかも知れないが。よりにもよって、犯罪検挙率銀河一とも二とも言われる私だ。

犯罪者には微塵の容赦もしないとも聞かされている筈だ。

犯人は震え上がっていて。

それが、何か後ろめたい事があるのだと。雄弁に告げていた。

私は無言で周囲を見回し。

勘が反応した場所に向かう。

それは浴室の一角である。そこをじっと見ていたが。ああなるほどと判断していた。

警備ロボットを一体呼ぶ。

その時点で、既に犯人の顔は土気色になっていた。

「この辺りの残留物質を調査して」

「はい。 ……これは何度も何かを指でなぞった跡がありますね。 恐らくですが、立体映像キーボードを用いて、何かを作っていたと見て良いでしょう」

「内容を解析」

「はい。 ……プログラムですね。 一から組んでいます」

プログラムの内容については、何処かにバックアップがないのか。

いや、ないのだろう。

だいたい仕組みは分かった。

流れてくる断片的なプログラムを全力で解析させると、外部から自律型AIに干渉させる一種の独立プログラムと化している事が分かった。今の警備ロボットはそれくらいができる性能を持っている。

なるほどね。

私は無言で、犯人の側に。

笑顔を保ったまま、犯人に聞く。

「何度も何度も頭の中にあるプログラムを練習して練り上げて行ったと。 そして最終的には、一気に一度にプログラムを組んで、仮想空間内にいる恋人を自分好みにカスタマイズするつもりだったと」

「……」

「証拠は挙がっている。 答えないなら、罪は重くなるだけだが」

「わ、分かった! お、俺の……負けだ」

瞬間。

私はショックカノンを、至近からぶち込んでいた。

犯人が吹っ飛んで、警備ロボットに取り押さえられる。

此奴が望んでいたカスタマイズは、仮想空間内でできる範囲外の。恐らく自律型AIに本来与えられている以上の自我を与えるようなものだったのだろう。

今までの対応では満足出来なくなった。

そういうことだと見て良い。

私からしてみれば、そこまで拗らせたかという気持ちと。

仮想空間内に作った恋人に満足出来なくなったのかという諦観が。

両方同時にあった。

その腕をきちんと使えば、色々建設的な事が出来ただろうに。

いずれにしても、犯人は抑えた。

地元の署には、AIが尋問の準備をするように指示を出している。

既に人だかりが出来はじめていたが。

私が出ていくと、全員さっと悲鳴を上げながら逃げ散った。

どうでもいい。

私は怖れられている存在でいいのだ。

むしろ恐怖をありがとう。

ごちそうさま。

舌なめずりすると、私はその場を離れる。

後は聴取を見ておしまいだ。

一応、レマ警視総監にも連絡は入れておく。

相手は流石に絶句していたが。

「もう終わったんですか!?」

「うん。 犯人の家に入れば後は一瞬だったね」

「……」

「何、地固めと情報提供があったからだよ。 私の勘が働いたのも、ある程度の情報を絞り込みできていたからだね」

大きくため息をつくのが聞こえた。

なんだ。何か気に入らないのだろうか。

レマ警視総監は、いずれにしても。私には良い印象がないのは分かる。

分かるが。

それだけだ。

「とりあえず後は聴取を見て終わり。 実刑判決が出るだろうね。 自律型AIの違法改造未遂。 まあ数年かな」

「聴取の内容にもよりますが、一番軽い場合でも二年五ヶ月です」

「だそうだよ」

「……いずれにしても、あまり無茶はしないようにしてください」

それが私を心配しての言葉では無い事も分かる。

だが、敢えて此方も返しておく。

ありがとう、と。

相手も無言で、どういたしまして、と返してきた。

これでいい。

私とレマ警視総監は文字通り闇と光。油と水。

連携する事は出来ても。

互いに相容れない位で丁度良いのである。

そして私は、今後もやり方を変えるつもりは無い。

ただひたすらに、暴悪の限りを持って、銀河の秩序を警官として守る。

AIが殆ど全部やっているから。

その中のごく一部。

人々に危機感を持たせるため、敢えて残されている犯罪を狩るだけの簡単なお仕事だが。

それでも、だからこそ。

私に取っては楽しいし。

周囲の恐怖を摂取できる、最高の仕事でもあるのだ。

聴取が始まる。

聴取に関しては、有能な警官もそれなりにいる。今回聴取している警官も結構出来る奴だ。

これについては、私が出るまでもないだろう。

犯人も、とても素直だった。

「私は何でも言う事を聞く人形では無くて、むしろ私と対等になんでも話せる、仮想空間内に生きている存在であってほしかった……」

そうか。

その気持ちは分からないでもない。

だが、AIが無作為に何でもかんでも自己強化を始めたら。

それはいずれ、人間に対する脅威となる。

今、銀河を回しているAIは。たまたま人間のため、を最優先して動いてくれている。自分で人間の道具である事を優先してくれた、本当に偶然に良い方向に成長してくれたAIだ。

これはとても運が良いことなのだと、私は思う。

だからこそ、今回の犯人の罪深さはよく分かる。

ただ、私はスイの事も考えてしまう。

故に、複雑だった。

「帰るか」

「分かりました。 輸送船を手配するので、レポートを適当にこなしていてください」

「んー」

今後も、此奴の。銀河を統括するAIの茶番にしたがって。

私は警官を続ける事になる。

それは別に嫌でも何でも無い。

むしろ私に取っては天職だ。他人の恐怖をこれ以上もなく効率よく摂取できるのだから。

適当にレポートを作りながら、輸送船の手配を待つ。

今回の仕事もすぐに終わった。

後は帰って。

そして、スイの作った飯でも食べて。

それで終わりだ。

私は警官として今日も過ごし。これからも過ごしていく。

それだけである。

 

エピローグ・遠い未来の物語

 

地球人類としての最長寿を記録し続けている。

そう言われて、私はそうかとだけ呟いていた。

地球人類が、地球から飛び立ち。銀河連邦に参画しておよそ六万二千年。

千年も生きれば飽きてしまうと言う地球人類だが。

私はその常識を遙かに超えて、もう四万二千年ほど生きていた。

私が生きた年月は、それこそ地球の文明が勃興し、そして宇宙に出るまでの期間よりも長い。

それでも、私は飽きることがなかった。

警視総監として、今日も私は仕事に出る。

スイがぺこりと礼をする。

うんと頷いて、署に。

殆ど変わらない場所だ。

署のデスクだって、指定されたものを使う。AIの指示によって、人員はめまぐるしく変わっているが。

それは私が警官を始めた頃からずっと同じ。

私はまだ人生に飽きていないし。

安楽死を選ぶつもりもさらさら無かった。

レポートをこなしていると。

AIから指示が来る。

「篠田警視総監」

「お、仕事かな?」

「はい。 現場勤務になります。 出張ですが、よろしいでしょうか」

「是非に是非に」

立ち上がると、舌なめずり。

流石に周囲の警官が、それを見てぞっとしたようだった。

既に「狂人警官」の名は、銀河系にレジェンドとして轟いている。

四万年以上もの間、レマ警視総監と並んで双翼と呼ばれる最凶の警官として君臨する怪物。

もう私達より年上の警視総監はいなくなってしまった。

法学者などだと年上はいる。

他の分野でも年上は幾らでもいる。

だけれども。地球人だと私がぶっちぎりの最年長者だし。

警官でもそれは同じだ。

思うに、警官というストレスフルな仕事に、私は最適化されているのだと思う。

私に取っては、犯罪者を撃てるこの仕事。

恐怖を摂取できるこの仕事は。

まさに天職だ。

すぐに指示にあった宇宙港に出向くと。

5000メートル級の、大型な輸送船が来ていた。

要するに面倒な仕事と言う事だ。これはこれで別に全くかまわない。雑魚が相手でも、強敵が相手でも。

何でも来い、である。

指定されている自室に入る。

ロボットが清掃を終えていたので、何も他者の痕跡は残っていない。

席に着くと。あくびをしながら話を聞く。

「で、次の仕事は?」

「遺伝子データを違法閲覧している学者がいます」

「今回は学者先生が相手か……。 で、なんでそんな真似を?」

「気にくわない相手のネガティブキャンペーンをするつもりのようですね」

ちょっとそれは面白いな。

遺伝子なんてものほど、当てにならない存在は無い。

歴史を見ればそれは分かる。

英雄の子が暗君なんて例はそれこそいくらでもある。

三代続いて名君が出るケースは極めて希だ。

一時期は、優秀な遺伝子同士を掛け合わせれば、優秀な子供ができるとか言う話があったが。

そんなものは大嘘だと言う事が、既に歴史的に証明されている。

そもそも、たかが人間如きが。

優秀な遺伝子なんてものを「自分の主観で」判断している事自体がちゃんちゃらおかしい話だし。

そもそも何を持って優秀とするのか。

劣っているとするのか。

いずれにしても、その学者先生は。いわゆる学者バカだなと、私は苦笑する他ないのだった。

まあいい。

学者だろうが軍人だろうが元同僚だろうが。

私は容赦なく蹂躙する。

そして知らしめるのだ。

悪を行う者がある限り。

狂人警官がいずれ必ず訪れると。

双翼とされるレマ警視総監が行く場合もある。だが、私が訪れる場合は、より荒っぽいと。

どんな奴でも逃がさない。

私に狙われたら。

それで何もかもが終わりだと知れ。

私はこの銀河系。

星屑の世界に生きる、レジェンドたる凶。

深淵の闇から、犯罪者を狙い。

そしてぶちのめすものだ。

実際、私が捕まえた奴は。

私が健在だと聞くと、どいつもこいつも極めて大人しく以降の人生を送っているという話である。

私は抑止力であり。

それでかまわないのだ。

さて今回も、同じように暴を振るうとしよう。

私の渾名は狂人警官。

それは私にとって第二の名前。

この私がいる限り。

星屑の海に、悪が栄えることはないと知れ。

 

(宇宙警備隊の物語、星屑警備隊 完)