守護の本質

 

序、もうなくなった仕事の再来

 

既にほとんどなくなった警官の仕事は幾つかある。

その一つがボディーガードだ。

理由としては、幾つも存在している。

まず要人という存在がいない。

銀河連邦において、既に人間はAIに政治経済を引き渡している。この結果、金や権力が集中した人間はいなくなった。

今私は警視長というかなり高位「だった」警官になっているが。

これも飾りみたいなもので。

別に席にふんぞり返っているだけが仕事では無いし。

ヒラの警官と全く同じ。

現場には出るし、犯人ともやりあう。荒事だってする。何なら直接尋問だってする事がある。

つづいて防御性能の向上がある。

現在、人間が自由意思で扱える武器というのは極めて限られていて。

そのいずれもが、誰もが普通に着ている服を貫通することが出来ない。

殺人事件というのは余程条件が整わないと発生せず。

確か銀河全体でも年に二〜三回程度しか起きない筈だ。

更に護衛という仕事自体が、警備ロボットの方が人間よりも万倍も優秀だと言う事もあるし。

何よりあらゆる場所を24時間態勢で全てAIが見張っているというのも決して理由としては小さくない。

それらもあって、ボディーガードという仕事はほぼなくなったのだ。

それなのに、私は指示を受けて、うんざりしていた。

「ボディーガードってなあ……」

「何か問題ですか?」

「一つに何を守るのさ。 いや、誰と言うべきか」

「彼女です」

「どれ」

ざっと見るが、地球人に似たタイプの種族だ。ただ、後頭部から二本触手が伸びているのが分かる。

この触手は、昆虫の持つ触角のように、感覚を補助する機能を持っているらしい。

ルックスは、地球人基準だとよく分からん。

私が美醜にあんまり興味が無いのも原因だとは思うが。

昔は女の敵は女なんて言葉があり。

それは全くの事実だったらしいが。

私としては、別に敵とも思わないし興味も無い。

「で、この彼女がなんなの?」

「実は彼女の種族は、少し出自が特殊でしてね」

「……」

「詳しく説明しましょう」

この種族が銀河連邦に所属したのは、三億八千万年前。かなりの古参種族である。最古参の種族は更に古いらしいが、私も片手の指で数えるくらいしかあった事はない。そういうレア種族の一人である。

私としてはしばらく無言で考え込んだ後。

AIに続きを促す。

「それでなんでボディーガードが必要なの?」

「彼女の種族は一度滅びました」

「ほう……」

「三億年前に、私が銀河連邦を完全把握する前です。 それまでの銀河連邦は独善的な思想を持っていたり、排他的な思想を持っている集団が緩やかにまとまる連合体以上でも以下でもありませんでした」

宇宙海賊なんてのが出るのだ。

そりゃあそうだろう。

私はそのまま、話を聞く。

「そんな中、銀河連邦で中枢に近く、富を独占していたアッシャー人の目に止まっていたのが、彼女らコルモ人です。 アッシャー人の美的感覚から見てコルモ人は最高の愛玩動物でした」

「……おい。 なんで止めなかった」

「止めましたよ。 ただし銀河系全土です。 私がどれだけサポートしても、政治経済を人間が明け渡すまでは相当に時間が掛かる。 それは分かっていただけるかと思います」

不愉快な話だ。

とにかく既得権益にいたアッシャー人は、奴隷売買でコルモ人を狩りに狩った。

犯罪組織はそれに全面的に荷担。

自衛しようとしたコルモ人は皆殺しにされ。

更に遺伝子データを個人的に保存したアッシャー人は、自分好みのコルモ人を遺伝子改良で作り。

奴隷として好き勝手。まあ陵辱の限りを尽くしたと言う事だ。

やがてそんな既得権益層も利害関係の調整で対立するようになり。250万年ほど掛けて凄まじい政争の果てにアッシャー人の既得権益層はほぼ全滅。アッシャー人そのものは絶滅を逃れたが、その勢力は落ちに落ちた。

それに巻き込まれ。

コルモ人の奴隷達も全滅。

更に犯罪組織が確保していた「商品」も、その過程で売り物にならなくなったということで全部処分されたそうである。

銀河の血塗られた歴史だ。

宇宙海賊のカスぶりからしても、まあそれくらいの過去はあっただろうとは思っていたけれど、想像以上だ。

この上で人間の自主性が可能性がとほざく輩は、顔面を私が殴り潰す。

十数億年も、人間共はこれと同レベルの事をずっと続けていたのだ。

それはAIが政治経済を徹底管理して、今の平和が来たのも納得である。

そして人間には無理だという発言に関しても。

完全に正論だとしか言えない。

「今回は絶滅してしまったコルモ人を復活させるプロジェクトの開始となります」

「随分遅れたね。 三億八千万年前でしょ?」

「コルモ人が住むための星を用意できなかったのです。 それだけ、三億年掛けて私も色々しているということなのですよ」

「……なるほどね」

なお本来のコルモ人の母星は、「商品」の値段をつり上げるためにアッシャー人の金持ちの一人が爆破したそうである。

聞いていて頭が痛くなる蛮行だが。

地球人をそのまま宇宙に出していても、どうせ似たような事をしていただろう。

地球人はそれらをも越える銀河歴史上最も残虐な種族とAIが太鼓判を押しているほどなのである。

私ですら、それを否定するつもりにはなれない。

いずれにしても、理由は分かった。確かに護衛は必要だ。

それに、誰もやった事がない仕事をするのは面白かったりもする。

醜悪極まりない争いに巻き込まれて滅ぼされてしまった種族を復興させて。何か無いように守り抜く。

勿論AIとしては守れない筈も無い。

私が側に着いている、ということで。

要するに滅びた種族の復活を、アピールしたいというところなのだろう。

いずれにしても私の名前は恐怖と共に拡がりまくっている。

ならば確かに適任だとも思う。

いずれにしても、すぐに現地に出張である。

「で、現時点で護衛対象は何歳?」

「地球人とは成長速度などが違いますのでそれを念頭においていただきたいのですが、現状では44歳ですね。 肉体年齢は貴方と同じ地球人換算で16歳。 実際には地球人で12歳くらいに当たります。 肉体年齢を彼女自身の意思で少し上げています」

「そうなると、仕事をもうしている?」

「リモートで素性を隠しながらやってもらっていました。 ただそろそろ人間としての種族復興計画を開始したい所ですので。 第一号として、もっとも不遇な種族として滅ぼされた彼女に出て貰おうと考えた結果です」

そういう事ね。

で、本人の了承も取れているらしい。

アッシャー人とは絶対に顔を合わせないという条件で、だそうだが。

ちなみにアッシャー人は現在少数派の種族となっており。

私も殆ど顔を合わせたこともない。

まあ既得権益層なんて存在しないし。

古参の銀河連邦に所属した人間は、だいたい血なまぐさい時代を生きてきた歴史がある。

それらを調整するのがAIだ。

三億年以上AIが支配しているとはいえ。

今回復興したコルモ人にとっては、そうでもないということだろう。

遺伝子プールそのものはAIが保全しているそうだが。

それにしても、本人達(今回お披露目に出るのが一人と言うだけで、複数もういる可能性は否定出来ない)にとってはつい最近の出来事にも等しいはず。

それは当然、近づけさせないで、ともなるだろう。

AIの指示に従って、私は黙々と宇宙港に向かい。

出張するべく、輸送船に乗る。

3000メートル級ではなく、8000メートル級のデカイやつだ。

これはもう、この時点でろくでもない予感しかしない。

内部に乗り込んでみると、警官は私だけ。

軍用ロボットがかなりの数乗り込んでいた。

更に軍人もいる。

私も最初に選んだ仕事は軍人だったので、古巣に戻ってきた気分である。

まあ今の私には関係無いか。

更にざっとみたところ、知り合いもいないようだった。

ましてや今の時代、気が荒い軍人が警官を見下す何てこともない。

当然の話だ。

職業に貴賎無し。

皆好きな仕事を好きにやれる。

それを実現したのが今の時代である。

職業差別なんてやったら、AIからきっついペナルティがあるし。人間特有の影に隠れて、というやり方も通用しない。

あらゆる意味で人間を凌いでいるAIに。

人間程度では勝ち目がないのである。

さて、私は自室に向かい。

護衛対象についてのパーソナルデータを見ていく。

性別は女性である。

この性別という概念も、多数の宇宙人がいるこの銀河連邦では色々あるのだが。ともかく収斂進化で地球人に似た結果、男性と女性に別れる種族はそれなりにいる。ただし、役割まで同じとは限らない。

地球ですら、オスが子育てをする生物なんて珍しくもない。

肉食恐竜は、メスの方が強かったことが分かっている。

そういうものだ。

コルモ人は、どちらかというと非常に穏やかな性質の種族であったらしく、宇宙に出てくるまで時間も掛かったらしい。

最悪なのは当時銀河連邦の既得権益層の一角を占めていたアッシャー人に目をつけられたことで。

以降は地獄の時代に突入することになる。

コルモ人の彼女はミーティアというそうだが。

正確にはもっと長くて複雑な名前であるらしい。

私にはよく分からない。

いずれにしても、癖だの趣向だの。

細かい所のパーソナルデータも見ていく。

しばらく護衛をしなければならないのである。

まあ今の時代は既得権益層なんて存在しないし。

そもそも興味本位で見に来る奴くらいしかいないだろうけれども。

それでも一定の安全が確保出来るまでは、責任を持って護衛をする必要があるというAIの説明には私も同意できる。

ショックカノンの様子を確認した後。

私はこの輸送船についても確認しておく。

結構本格的な兵器が搭載されている一種の揚陸艇だ。

今の時代は揚陸艇という兵器が存在していないので、輸送船にひとくくりにされている。

まあそれはそうだろう。

この輸送船ですら、超新星爆発くらいには耐えるのだから。

「現在開拓が終わった星では、コルモ人以外にも様子見をしている過去に滅ぼされた種族が三百ほどくらしています」

「三百!」

「むしろ少ない方かと思いますが」

「あー、うん……そうだね」

確かに銀河連邦の血塗られた歴史を思えばそうだろうよ。

AIが頭に来て、管理を引き受けると言った時も。人間の自主性がどうの、ディストピアがどうのとキャンキャン喚いた輩は多かっただろうし。

「今回も含めて、輸送船では武装を着実に居住惑星に運び、万が一が起きないようにしています。 絶対にもう悲劇は起こさせません」

「居住惑星を要塞化しているってこと?」

「しばらくはそうせざるを得ませんので」

「いや、此処までの状況を作れば流石に……」

少し大げさではと言おうかと思ったが。

考えてみれば、AIはその三百種の人々の絶滅を見て来ている訳だし。

更に言えば、人間の凶行を全て見て来てもいる訳だ。

それならば、大げさすぎるとは言い切れないか。

分かった。

それならやむを得ないだろう。

「では、私は軍と連携しての作戦を採ったりするの?」

「いや、篠田警視長はそのまま護衛任務だけをしてください」

「はあ、別にかまわないけれど……」

「防衛網の構築は既に完了しています。 今輸送しているのは予備部隊です。 専属の護衛戦力は全て私が管理します。 今移動している人員は、兵器のセットのための部隊になります」

なるほど。

そうなると、周囲は軍用ロボットだらけというわけだ。

警備ロボットより二段階上の戦闘力を持つ軍用ロボットは、とてももはや人間が対応出来る相手では無い。

一機で地球時代の軍隊なら、機械化一個師団を数十秒で消滅させるだろう。

それくらいの戦闘力を持っている。

勿論私でもとうてい勝てっこない。

それが今見た所、この輸送船には二千機くらいは搭載されている。

惑星全土をこれらが守るとなると。

例えばだけれども、軍用ロボット達が集結した場合。

隕石などの大質量兵器が警戒網を抜けて、降り注いだとしても。

普通にシールドで防ぎ抜いて見せるだろう。

それくらいの性能があるのだ。

ましてや、今回は最後のだめ押しの護衛らしい。

そうなってくると、既に居住惑星には桁二つくらい多い数の軍用ロボットがいてもおかしくない。

同じ数の呂布がいてもどうにもならないだろう。

「とりあえず、私は最後の壁という訳ね」

「そういうことです。 むしろ広告塔が近いかも知れません」

「狂人警官が全力で守っていると。 そうなると、確かに失われた種族の復活についても印象づけられるね」

「いる事が当たり前になってから、コルモ人達には銀河連邦の社会に本格的に参入してもらいます。 なお吹き飛ばされた母星については、現在復旧計画を立てている所です」

それは何というか、大変だな。

AIの仕事の計画における綿密さなどについても驚かされるが。

そこまでやるというわけだ。

まあそれは、そうだろうなとも思う。

人間達が愛だの自主性だのほざいている間は、銀河系は修羅の世界だったという現実を見ているのだから。

地球時代にも人権屋と呼ばれる連中が、人権は金になるとかほざいて。見栄えだけは良い言葉を振りかざして、悪逆の限りを尽くしていた事実が存在しているが。

銀河規模文明でもそれは同じで。

AIががっちり全てを握るまではそれは終わらなかったというわけだ。

すこぶるどうしようもねえ。

私は呆れて。

しばらく、無言で過ごした。

問題の居住惑星が近づいて来たのは、丸一日過ぎた頃。

この輸送船が遅いのではなく、防衛網などが厳しいので、それを通過するのにいちいち時間が掛かっているらしい。

慎重すぎるほどだけれども。

それもまあ、仕方が無いだろう。

やがて宇宙港に到着。

軍人達が先に降りるが。彼らは星の上で兵器のメンテナンスや設置を行うために動いている。

いわゆる工兵である。

私は軍でもバリバリの戦闘職だったから。

工兵とはあまり関わりがなかった。

続いて軍用ロボットが降りて行った。

二千以上はいたが。

宇宙港に出ると、それぞれ散って行く。

既に配備される場所は決まっているのだろう。

軍用ロボットは警備ロボットとは性能が文字通り次元違いである。

警備ロボットでも、オラついてきたチンピラ程度だったら秒で数百人は畳むけれど。それでもまるで子供扱いである。

私も降りる。

私はおきにのコートに身を包んで、宇宙港に降りて。

後はAIの指示通りに現地に向かう。

普通の住宅街だ。

彼方此方に強力なシールド発生装置や、対空砲が設置されている以外は。

対空砲といっても実体弾なんか使わない。

文字通り、相手を空間ごと消滅させる超火力砲である。戦艦とかに搭載されているアレだ。

空間ごと抉り取る攻撃に対応出来る文明がないと、文字通り防ぐのは絶対に不可能な兵器であり。

亜光速で飛び回る戦艦が、これを山ほど搭載している。その戦艦が、億隻単位でいる。

仮にスペース蛮族的なものが存在していても。

銀河系に仕掛けて来た瞬間に後悔する事になるだろう。

軍事用ロボットも多数いる。

私が敬礼をすると、相手も答えてくる。

「篠田警視長ですね。 任務ご苦労様です」

「そっちもよろしく。 こっちは人間としての仕事をするからねー」

「分かりました」

人間と違って私を怖れも警戒もしない。

私が犯罪者以外には手を出さないことを知っているのだろう。

そのまま歩いて、目的の家に到着した。

しばらくは、この家ごと護衛する事になる。

チャイムを鳴らすと、しばししてドアがゆっくり開いた。

小心そうな、写真でデータを見ていたコルモ人のミーティアが、ドアの隙間から此方を見る。

美的感覚はそれぞれだが。いずれにしても、最大級警戒しているのは確実のようだった。

手帳を見せる。

「ミーティアさんですね。 私が派遣されてきた護衛、警官である篠田です」

「知っています。 狂人警官と呼ばれている、恐ろしい武の権化だそうですね……」

「まあそうです。 ただ、私が武を振るうのは犯罪者に対してだけですので。 しばらく護衛をさせていただきます。 まあ基本的に家に乗り込んだりは余程の事がない限りはしませんので、ご安心を」

「……」

こくりと頷くと、家の中に戻るミーティア。

さてさて、これは信頼関係の構築が面倒そうだな。

私は、素直にそう思っていた。

 

1、弱肉強食の大嘘

 

今回は長期任務だ。

警視長という、警官の中でもかなり上位に位置する地位になってからの初の出張任務という事もある。

開拓惑星でバカ共を撃つ仕事はしばらくお休みだろうし。

今回は、物珍しさに滅ぼされて復活した種族を見に来ようとする連中に対して。鬼瓦か魔除けか。そういう役割を果たせば良い。

まあいつも通りやるだけだ。

私としては、別に困る事は何一つない。

面白おかしく犯罪者を叩きのめす。

それだけである。

ただ、流石にこの防衛網の中だ。

突破してくる奴は、それこそ万が一どころか、億が一もいないだろうけれども。

とりあえず近くの家は借りられているので、其処で暮らす事にする。

一ヶ月近く此処で過ごすと言う事もあって、スイも後から呼んだ。

三日後にスイが来た時には、少し安心した。

何というか、相手がロボットでも。

なんだかんだで、近くにいて欲しいのかも知れない。

私にも寂しいとか思う気持ちがあるのかも知れないかと思うと。

それはそれで滑稽だったが。

いずれにしても、幾つものモニタが常時展開されており。

それを私は見逃す訳にはいかない。

アラームなども完璧に対応されている。

基本的に複数箇所に警備システムが仕込まれていて。

不審人物などが突破した場合は、それを即座に知らせるようになっている。

それが一枚や二枚ではない。

それらについても監視システムが組まれているが。

私は家の直近を含めた幾つかの重要地点の見張りを任されている状態だ。

似たような仕事を任されている警官が何人かいるらしい。

レマ警部や武田殿のような、私が信頼している人物ではなく。

知らない奴のようだけれども。

まあそれは良いとして。

私は黙々と、監視を続けていくとする。

「マスター。 よろしいですか?」

「どうしたのスイ」

「ミーティア様だけでなく、多くの守らなければならない人々がいるというのは分かりました。 ただこの防御は過剰な気もします」

「ああそれはね。 これだけ厳重に守ってるよとアピールしてるんだよ」

小首をかしげるスイ。

AIは黙りである。

今、恐らくだが。

ミーティアとコルモ人について、広報を行っているのだろう。

「いる事が当たり前になる」には、数十年は掛かると言われている。

地球人だって、銀河連邦に参加したときはそれは大暴れしたし。「いる事が当たり前になる」までには数十年どころではなく時間が掛かった。

今回は色々と地球人とは状況も事情も違うが。

それでもやはり、数十年は必要なのだろう。

AIの能力を持ってしても、だ。

「ミーティア様は、落ち着かない様子ですね」

「そりゃあコルモ人の歴史を知ってるだろうしね」

「どうしてそこまで他の人間を貶めて楽しむ事が出来るのか、私には理解出来ません」

「それが人間という自称万物の霊長なんでね」

古い時代の地球だが。

ある程度平均的な人間は、自分よりも下の存在を作る事に対して必死だった。

それは簡単で。

地球人類は、それが習性として根付いていたからである。

自分より下の存在がいないと怖くて仕方が無いのだ。

だから気にいらない相手の言う事は、まず否定から入る。相手が客観的にどれだけまともな事を言っているかなんて関係無い。気に入らなければ否定していいし。それを「言い方が悪い」とか「何を言っているか理解出来ない」だとかで正当化する事が出来ていたのである。

今の時代から考えれば笑止千万なのだが。

それが地球人類という種族であり。

銀河系で最悪の凶暴種族としてマークされるだけの理由を作り出した原因だ。

もっともこの特性は他の宇宙人も、地球人類ほどでは無いにしても持っていた。

だから、別に地球人だけが特別に邪悪と言うわけではないのだが。

今回の場合は、コルモ人に虐待の限りを尽くしたアッシャー人が。ミーティアにとっての恐怖の対象になるし。

連中がやらかしたことは永久に許されないだろう。

まあ当たり前の話だ。

星丸ごと金のために爆破しておいて。

今更なんの寝言をほざくという奴である。

スイに蕩々と説明をすると。

スイはまだ小首をかしげていた。

「分かりません。 結局の所、人間は己の愚かさを理解しているのに、それでもその愚かさを肯定しているように思えます」

「そりゃ悪い事したいからね。 愚かさを肯定する風潮が出来れば、悪い事し放題だもの」

「……度し難いですね」

「ああ、度し難い。 だから私みたいな奴が必要になるんだよ」

さてと、ちょっと変なのを見つけた。

AIに呼びかける。

「巡回に行く。 その間の監視対象の防護よろしく」

「了解しました。 篠田警視長の勘は頼りになります」

「ああ、頼りにしてくれ」

そのまま、家を出ると。

ミーティアの家の前を横切って、ある程度歩く。

途中、二度すれ違った軍用ロボットのうち、一体に声を掛けて連れて行く。

そして、監視カメラに写った不審点を確認する。

ショックカノンを構えたまま、様子を見ると。

やがて逃れられないと判断したか。

両手を挙げて、工兵の一人が出て来た。

かなりの長身の男性である。種族は以前見た事がある。確かエファル人という、そこそこ古株の種族だ。

光学迷彩を使ってまで、身を隠していた。ちょっと看過は出来ない。

私以外では、多分気付けなかっただろう。

「ま、待て! 何もしていない! 撃たないでくれ!」

「此処で光学迷彩使うってのは尋常じゃ無いね。 場合によってはこのまま銃殺する」

「わ、分かった全て話す話す!」

半泣きになった工兵は、全部話し始める。

そのまま署に連行。

工兵についての聴取は、別の警官が行う。工兵は、聴取を受けると、ぼそぼそと話し始めた。

「珍しいものが大好きなんだ。 この街は多分、数十年は自由に立ち入ることができないと思う。 だから……」

「街の光景を写真に納めていたと」

「そうなんだ……」

「いずれにしても、それは禁止されているはず。 謹慎処分は覚悟しておきなさい」

警官に厳しく言われて、工兵は萎縮する。

まあとりあえず、危険な奴ではなくて良かった。

すぐに署から、監視用に使っている家に戻る。

AIは帰路で話しかけて来た。

「流石ですね。 あの光学迷彩、生半可な事では見破れないのですが……」

「勘だよ勘」

「知っていますが、いずれにしても人間離れしています」

「まあ褒め言葉として受け取っておくよ。 ミーティアさんは無事かね?」

無事だという。

まあそりゃあそうだ。

危険になる要素がない。

はっきりいって、この星の防衛網。

地球時代に作られたクトゥルフ神話に出てくる外の神々が攻めてきたところで、余裕で叩き返す事が可能だろう。

当時の地球人の想像力がその程度しかなかったという事もあるのだが。

自宅に戻ると、スイが料理を始めていた。

時間を見ると、丁度そんなタイミングか。

料理をそのまま作ってくれとスイに背中から声を掛けて。私はそのまま監視カメラの確認に移る。

ミーティアが家から出て来た。

軍事ロボット数機が護衛している中、これまた軍事ロボットに監視されている人間がインタビューに来る。

あれは温厚な事で知られる種族の。

なるほど、あらゆる事で気を使っているんだなと思う。

ミーティアも、温厚な相手だと言う事は分かったのだろう。取材に対して、色々答えているようだった。

「分かりました。 それでは、このくらいで取材は切りあげさせていただきます」

「……」

「失礼します」

一礼すると、記者はその場を離れた。

記者何て仕事はもう殆ど存在していない。

そもそも情報はAIが完全に客観的な視点で公開するというのもあるし。

昔の銀河連邦でも、マスコミが邪悪の根元として猛威を振るったという事実もあるから、である。

あの記者は、そんな中いる珍しい人物。

客観性を最重視して、ネット記事を書いている名物的な存在だ。

なお記事は私も見たことがあるが。

とても読みやすい上に、主観が全く入っていない大変に出来が良いものだった。最低でも地球時代の主観が入りまくっている上に、殺人を平気でやるような企業が情報を操作する目的で出していた記事とは全く違う。

逆に言うと。

あれだけの名物的な存在だからこそ、AIもコルモ人復興のための話題造りのために呼んだのだろう。

その辺りは私にも分かる。

ミーティアはしばらく立ち尽くしていたが。

やがて、意外な事に私の家の方に来た。

私がどの家で監視任務をしているかはミーティアも知っている。

いざという時には逃げ込む場所が必要だからだ。

まあいざという時なんて、きようがないのだが。

先にドアを開ける。

ミーティアはぺこりと一礼した。

「先ほど、異常に気づいて即座に動いてくれたと聞きました。 ありがとうございます、篠田さん」

「いんや、それが仕事だから別にかまわないよ」

「これからもお願いします」

まだ警戒されてるな。

それについては、すぐに分かった。

ただ、どうも地球人よりは礼儀正しい種族らしい。

その辺りが悪い連中に目をつけられた理由だったのだろうけれども。

ミーティアが戻ると、丁度スイが食事を並べていた。

とりあえず美味しすぎないものを、というリクエストにちゃんと応えてくれている。実に賢い。

「礼儀正しい方ですね」

「まだ一応、最低限の礼儀を尽くしているという感じではあるかな」

「警戒されていると言う事ですか?」

「そりゃ当然。 私の素性も知ってるだろうしね」

今や狂人警官と言えば、どんな犯罪者でもすっ飛んで逃げる(犯罪者なんて殆どいない時代とは言え)存在である。

悪名は銀河系に轟いているし。

何よりもこの間調べたが、検挙件数が同年代の警官の平均の二十七倍に達するらしく、当然トップらしい。

私と世代が違う人間にはレマ警部みたいな別方向のエースがいるが。

私の世代では、私に肩を並べられる者はいないそうだ。

それは恐怖をも同時に呼び寄せる。

容赦の無い犯罪者への仕打ちは。

SNS等を見ていると、恐怖と同時に語られている。

私にとっては恐怖は大好物なので何の問題も無いのだけれども。

ただ、ミーティアのような一般人。それも守られる権利を持っている一般人でも、私は怖れるべき対象ではあるのだろう。

それは普通のことだと思うので。

別にどうでもいい。

そもそも私は、誰かに好かれようとは思っていない。

私はスイやレマ警部辺りは好きだし、武田殿のように信頼できると思っている相手はいるけれども。

それに見返りは一切合切期待していない。

それこそ、どうでもいいからである。

私がほしいのは。

恐怖だけだ。

「マスター。 食事を片付けます」

「んー。 後はしばらく監視を続けるから、邪魔にならないように掃除とか休むとかしていて」

「分かりました。 夕食の時間帯には声をお掛けします」

「頼むよー」

さて。監視だ。

勘は今のところびりびり来る事もない。

何かおかしな事をしている奴も見かけない。

これは、しばらくは大丈夫だとは思うが。

逆にしばらくしか大丈夫ではないだろう。

いずれミーティアはいるのが当たり前になる。コルモ人は社会に受け入れられる。

貧富の格差もない、安全な社会だ。

誰もが平等な社会なのである。

彼女をさらって売り払おうとかする奴は存在していないし。

いたとしてもAIが処分してしまう。

だいたい私がいる。

処分される前に、地獄が生ぬるく見える程の恐怖を叩き込んでやる。

そもそも金にならない時点で、そういう事をやろうとするのは余程の変人ばかりである。

対策は、同じく変人である私がやらなければならないだろう。

しばらく監視をしていたが。

やがてAIから指示があった。

「そろそろ休憩をしてください」

「おっと、もうそんな時間」

「それもありますが、シールドで街を遮断します。 その後街の中を完全スキャンして、問題が無いかを確認します」

「徹底的だね……」

まあそれも当然か。

さっきの工兵みたいなケースもある。

あれは悪意がなかったから良かったけれども。兵士の中に、悪意のある人間がいたら。軍事ロボットが対応する事になるかも知れないし。

或いは私が出る事になる可能性もある。

シールドが展開され。

スキャンは二秒で終わった。

後は適当に休んで良いと言われたので、そうする。軍用ロボットが動き回っているが、まあ念のため、だろう。

この居住惑星にある他の都市でも、似たような事が行われている筈だ。

少し目がつかれたし、運動したいと思ったので。

シミュレーションマシンに入って、仮想空間にログインする。

後は思い切り泳いだ。

負荷を最大にして、徹底的に泳ぎに泳ぐ。

この負荷も、そろそろ更に上げて貰おうかなと思っている状況だ。

ただ、これだけ力をつけても、筋肉がそれほどあるようには見えないらしい。

よく分からないものだな人体は。

夕食の時間だと告げられたので、泳ぐのを切り上げて現実世界に戻る。

AIは呆れていた。

「もう地球人だと流されるだけの状態ですよ。 貴方なら、地球の何処に放り出しても生き残りそうですね篠田警視長」

「ハハハ、そう褒めるなって」

「褒めていません」

「そっか」

黙々とスイが夕食を並べる。

上機嫌に夕食を食べる。

さて、今のところお仕事は順調だ。

問題はこの後だが。恐らく、ミーティアに関する件でSNSはそれなりに話題が広まっているだろう。

ずっと監視監視で忙しくて見られなかったので。軽く見ておく。

SNSでの情報収集は重要である。

「コルモ人か……。 見るだけで吐き気を及ぼすような人間の業のエジキになった悲惨な人達なんだな」

「これを見てると、弱肉強食が云々とかほざいてどや顔さらしてるアホを殴りたくなってくるな」

「全くだよ。 貧富の格差って奴は、此処までの悲劇を生むのか」

「いずれにしても、ともかく今は受け入れるのは難しいだろうな。 みんな絶対に遠慮するだろうし」

意外と冷静だ。

弱肉強食に負けた貧弱種族がどうのこうのとか口にする輩は、AIが即座にアカウント止めて説教タイムか、それかもっと厳しいペナルティを課しているのだろうが。それでも意外にSNSは冷静に見える。

「思えば惑星の開拓ラッシュも、この事態を想定していたのかも知れないな」

「ああ、あり得る。 確かに人口なんて増やす気ないだろうに、どんどこ惑星を住めるようにしてたもんな」

「今後増える人口は、銀河連邦が無茶苦茶だった時期に滅んだりした種族のぶんなんだろうな」

そういう会話の中で。

ひたすら悲しんでいるものがいた。

アッシャー人の子孫である。

「俺の先祖が無茶苦茶してたことは知ってた。 だが、これはあんまりにも酷すぎる」

「地球人は確か侵略した土地の人間を植民地の奴隷とか、独立後も呼んでいたらしいな」

「俺をそんな連中と一緒にするな! 俺は自分の出自が恥ずかしい」

「そう考えるのは立派なことじゃないのかな。 開き直って自分達の行為を正当化するような輩は、文明人と呼ぶに値しないと思うしな」

まあ、そうだろうな。

私も同意である。

多分今話題になった地球人は恐らく英国人のことだろう。

インドでは経済を滅茶苦茶に破壊して2000万人を餓死させ、オーストラリアでは現地の人間を面白おかしく狩り貴重な生態系を徹底的に破壊した。それでいながら、それらの国が独立した後も、植民地呼ばわりして侮蔑していたという。

地球時代の地球人は、そういう恥知らずの集団だった訳で。

まあ銀河系最悪の人間種族と呼ばれるのも当然である。

別に英国人だけが悪かったのでは無く、地球人はどれもこれもがこんな調子だったから。今も悪名が消えていないだけだが。

ただ、文明人なんていう存在はあり得ないとも思う。

実際AIが政治経済を管理するようになるまで。

銀河系は地獄だったのだから。

「何でも狂人警官がこのプロジェクトで護衛任務についているらしいぜ」

「なんかギャーギャー騒いでたバカも、それを聞いてすぐに静かになったな。 まあそりゃあそうだろうよ。 イキリ散らしていたのに開拓惑星で狂人警官にやられて、以降音信不通になったアルファユーザなんて幾らでもいるしな」

「彼奴だけはマジで敵に回したらヤバイ。 俺だったら犯罪なんか関係無しに見ただけで逃げる」

「それが賢明だと思う……」

うんうん、良い会話だ。

恐怖を摂取できて嬉しい。

さて、それはそれとして。明日に備えて寝るか。

風呂に入ると、歯を磨いて寝る。

ベッドで横になり。壁際で座り込んで機能停止しているスイを見て。今度スイ用に小さな布団でも買おうかと思う。

勿論それはただの自己満足だと分かっているが。

それでも、私は。

古い時代の地球人のようにはなりたくない。

 

夢を見た。

私は激しい戦火の中で、手当たり次第に敵兵を撃ち殺していた。

私の射撃は凄まじく、かのシモヘイヘが100点をくれるほどの代物だったが。それでも敵が次から次へ押し寄せてくる。

あり得ない大攻勢だが。

私は少しずつ後退しながら、徹底的に敵を射撃して、削り取り続けていた。

僚友が撃たれた。

助からないと冷静に判断して、放置したまま射撃を続ける。

やがて辟易したのか、敵が下がる。大型の兵器か、それとも支援爆撃か。無駄だ。何をやっても耐え抜いてやる。

私のもう少し背後には護衛対象がいる。

仮に私が死ぬとしても。

この国に攻めこんできたことを、後悔させてやる。割に合わないと絶対に思わせてやる。

味方の対空砲火が、敵の爆撃機を叩き落とした。

おおと歓声が上がるが。

敵軍が業を煮やしたらしく、一息に大軍勢をけしかけてくる。私はそれでも必死に耐え抜く。

弾がなくなった。

だから敵の死骸から銃火器を奪い。

弾も奪い。

それで必死に徹底的に抗戦を続けた。

三日で。私だけで五千人を殺し。

敵は怖れおののいて退いた。敵の死体から、私は冷静に武器を漁って集めていく。そして敵兵の死体は、まとめて焼いた。

そして此処を守るように指示をして。

私は敵陣に忍び込む。

慌てて逃げに入っている敵軍を背後から狙撃。

追撃だ。

誰かが叫んだ瞬間。

意味が分からない抗戦にあって、完全に砕けていた士気が崩壊した。

後はただ逃げ惑うだけの敵を、敵から奪った銃火器でひたすら撃ちまくった。指揮官も見つけたので撃ち殺した。

私一人で、最終的なキルカウントは一万を越えた。

一個師団が、私だけの手で消滅したのである。

敵は戦車等まで捨てて逃げていった。

それらを全て回収して、凱旋すると。

護衛対象である王女は、青ざめていた。

そして、言われた。

貴方はまるで悪魔のようだと。

その通り。

私が悪魔だったから、この国を守る事が出来た。守れなければ、何もかもが陵辱され尽くしていただろう。

その答えを聞いて、護衛対象は両手で顔を覆っていた。

目が覚める。

何だか、夢の内容は覚えていない。これはいつものことだが。楽しくたくさん殺した筈なのに。

さっぱり嬉しくなかった。

私の中で何かが変わりつつある、というような事はないだろう。

だとすると、一体何だ。

頭を振って、とりあえず伸びをして。

今日の仕事をするべく、私は頭を切り換えていた。

 

2、護衛対象とは出来るだけ接しない

 

私はAIに指示を受けて、見回りに出る。

工兵の一人がおいたをしたのは周知の事実である。これによって、軍の綱紀が引き締められた。

私は元憲兵だった事がある。

だから、憲兵の視点から。

おいたをする兵士が出ないようにと、徹底的に周囲を見回るように指示を受けたのである。

まあそれはそれで全然かまわない。

問題は別の所である。

周囲で動いている軍用ロボットが何だか極めて活発である。

私は護衛対象であるミーティアの家周辺を常時立体映像で監視しているが。

護衛対象が家から抜け出したのではあるまいな。

一応聞いてみるが。

そんな事はないと言われたので、安心した。

「籠の鳥みたいでいやだとか、我が儘言ってるのかと思ったよ」

「殆どそういうことは言いませんね。 家の中には必要な設備が全て揃っていますので、問題もありません」

「ふーん」

「軍事ロボットが活発化しているのは、おいたをした人間が出たことに対する私としてのアクションの一つです。 これくらい分かりやすく動かしておけば、模倣犯は恐らく出ないでしょう。 出た場合には、篠田警視長に動いて貰います」

ああ、それでか。

納得がいった。

私がわざわざ引っ張り出されたのは、そういう理由だったわけだ。

別にどうでもいいけれども。

まあ、納得がいったから、それで可とする。

AIに許可を貰って、近くにある高めのビルに上がる。

其処の屋上から、スコープで周囲を確認。

辺りに問題がありそうな地点があるかどうかをチェック。

特に問題は無い。

この辺り、都市設計をAIは良くやっていると思う。

頷いて、巡回に戻る。

途中、何度も軍事用ロボットとすれ違ったが。

相手は私を知っているようで。

特に咎めてくるようなことは無かった。まあAIが動かしているんだし、当然だろうけれども。

そのまま、一度護衛対象の家の近くを見回る。

鼠が潜んでいないか確認のためだ。

勘は働かないが、それでもマニュアル通りに丁寧に調べて行く。やがて、それも終わったので。

一度滞在用の宿舎に戻って良いかとAIに聞くが。

珍しく返事がない。

「どうしたの?」

「……特に指示を出さずとも、+アルファで殆ど完璧にやってくれますね」

「私がやりたいようにやってるだけだよ。 本来はあんたの仕事だろう」

「いえ、見ていると殆ど指示を出す暇がありませんでして」

それはそれで怠慢だろう。

そう指摘すると。

AIは素直に認めた。

「憲兵としての篠田警視長の事も知っていたはずですが、当時よりも更にあらゆる技術が上がっていますね。 篠田警視長は悪い部分は変わっていませんが、良い部分は確実に変わっていると思います」

「よせやい」

「……とりあえず、一度上がってください。 篠田警視長がパトロールしている様子は充分に撮影できました。 SNSは軍兵士も見ています。 これでおいたをする者はいなくなるでしょう」

まあ、それならそれで別にかまわない。

一旦引き上げて、自宅でシミュレーション装置に入ろうかと思ったが。

AIに待機を頼まれた。

負荷なんて別に大して掛からないのに大げさだな。

だが、AIが妙にぴりついている。

何か理由があるな。

そう思った私は、考えを改めて。そのまま、待機を続けることにした。

その間やる事もないので、SNSを確認する。

私が監視任務に当たっている事はAIが意図的に拡散しており。

かなり反響が出ているようだった。

「狂人警官、頭がおかしいのはたしかだが、有能なのは確実だな。 殆ど完璧に哨戒任務こなしてやがる」

「これ、相当腕利きのスナイパーでも仕留めるの難しいぞ。 なんでこんなヤベエ奴が警官やってるんだ」

「お、軍関係者かお前。 軍人から見てどうだ狂人警官」

「噂になるだけのことはある。 俺だったら絶対に戦いたくない」

古巣の奴が褒めてくれているので。

私は思わずによによしてしまう。

一方で、批判的な意見も上がっていた。

「威圧的にこんな風に見回って、何かあると示しているようなものじゃないか。 まさか遺伝子から再生させたコルモ人で、人体実験でもしてるんじゃないだろうな」

「今の時代は、家屋の設備でそれが可能ではあるが、AIは流石にそんなことしないんじゃないのか?」

「いーや分からんね。 私はあいつは平和維持のためだったら何でもすると思っているからな」

「まあ気持ちは分からんでもないよ」

多少揶揄は混じっていたが。

AIに対する不満はそれなりにあるらしい。

まあ私はどうでも良いことだ。

現状の世界が、極めて快適であり。

それはAIがとても丁寧に政治経済を回しているからだと言う事なんて。それこそ猿でも分かる。

それに対して不満を持つ奴はいるにはいるが。

それも、分かった上で不満を口にしているのであって。

本気でAIがなくなればいいと思っている奴は多分いないだろう。

実際問題、三億年以上前の地獄の時代が戻ってくる事なんて、誰も望んでいないのだ。

希に変人にそういうのがいるが。

そういうのは、恐らくテロとかに躊躇なく手を染める輩であって。

少なくとも私の敵である。

論ずるには値しないだろう。

さて、待機を続けているが。

不意にAIから声が掛かった。

「ミーティアの所に行って貰えますか?」

「!」

「いえ、何かのトラブルではありません。 ただ、ミーティアがかなり不安がっていますので、本職の口から現在の状況を知らせてください」

「分かった」

一瞬で空気が切り替わった私を見て、スイがわずかに体を浮かせていた。

そういえば仕事をしている私を、スイは見た事がないのだっけか。

まあそれはそれでいい。

ともかく、ミーティアの家に行く。

ミーティアは家の奥で、静かに何かの花を見ていた。勿論実物では無く何処かの保護区にあるものを立体映像で見ているのだ。

物静かな佇まいである。

元々好戦的な種族ではなかったらしいが、それでも特に穏やかな性格の者を最初に再生したのだろう。

本当に最初かは分からないが。

少なくとも表に出てきたのはミーティアが最初になる訳だから。

私としては、彼女が最初に戻ってきたコルモ人と判断して良いと思う。

私が姿を見せると、ミーティアは悲しそうに視線を伏せる。

こういう動作は地球人とよく似ているなと私は思った。

まあ地球人は、コルモ人と比べたら凶獣と同じだが。私も勿論含めて。

「AIから指示を受けて来ましてね。 ちょっと周囲の状況について説明をしておこうと思います」

「篠田さんがですか?」

「私がだからこそです。 私が本職である事は、貴方も聞いているでしょう」

「はい。 とても恐ろしい人だと言うことも」

AIめ。まーた余計な事をほざきおってからに。

確かにその通りだが。

それを聞かせる意味が、今あるというのか。

確かに嘘をつかない奴であるのは事実だが。なんでここでそれを言ってしまうかなあ。それとも何か意味があってのことか。

そう思いながら、咳払いをして。

その後、説明をする。

丁寧に論理的に説明をしていく。

不本意ながら、私の講釈に関してはどうもとても聞き取りやすいらしい。教師としての才覚があるそうだ。

どうでもいい。

絶対に教師なんかになるつもりはないし。

いずれにしても、ミーティアはしばらく聞いていたが。

少なくとも退屈そうにはしていなかった。

「分かりました。 貴方ほどの専門家がそういうのであれば、危険は無いという事なのですね」

「そういうことです。 仮に危険を持った存在が接近した場合は、私がブッ殺しますので」

「……」

「そう怖がらなくても、そんな事態は起こりませんよ」

流石に辟易する。

と言うのも、私を怖がっているのが露骨過ぎるほど伝わってくるからである。

コルモ人を滅ぼしたアッシャー人の雇った用心棒達は、それは人権屋と関わりがあったような連中だ。

地球時代でも人権屋と言えば、人権を最悪の形で踏みにじって金に換えていた、人間の形をした畜生の群れ。その手下と言えば、人間と呼ぶにも値しない外道の集団だった事実がある。

流石に地球人ほど酷くはなかっただろうが。

それでもミーティアのオリジナルだった人物が、どんな陵辱を受けたかは想像するのが容易すぎるレベルである。

ため息をつくと。頭をばりばり掻く。

「で、どうすれば安心してくれますかね?」

「……少しでも、この状況は改善できないんですか?」

「あの用心深いAIがこれだけ丁寧に状況を整えているというのは、つまりそういう事です。 古い時代と違って、クズは好き勝手できなくなりましたが。 それでもごく希に罪を犯そうとする奴はいる。 そういうのから、貴方を守るためには、この防衛網が必要なんですよ」

「分かりました」

また、悲しそうに視線を伏せる。

とりあえず、家を出て。

苛立ちに舌打ちしていた。

彼女はどれだけでも境遇を嘆く権利がある。

それについては当然の話だ。

既得権益層がペットとして目をつけ。

値段をつり上げるために母星を爆破され。

勿論違法の奴隷ながら、法治主義が機能していなかったから。悪逆と陵辱の限りを尽くされた種族、コルモ。

今の時代にやっと復興の話が出て来ても。

弱肉強食に破れた弱小種族とか口にする阿呆はいる可能性がある。

そういう輩は知らないだけだ。

弱肉強食なんて言葉は、実際には単に無法を正当化するためだけの寝言であって。

動物ですら、そこまで都合の良い世界には生きていない。

無法で蹂躙される理不尽さを自分の身で味わっていないから好き勝手をほざけるのにすぎず。

そんな理屈は存在にすら値しない。

ミーティアを守るためには、数十年は掛かる。

最初の内に、がっつり周囲を固めて置かないと。

それは数百年に伸びるのかも知れない。

ただ、私が苛立つのは話が別だ。

私としては、どうして先達のバカに私がつきあわされなければならないのかという、苛立ちで全身が煮えくりかえりそうである。

とりあえず当時の既得権益層は皆殺しか、或いは処分か。とにかく死ぬより酷い目にあっているのだろうから、それについてはもうどうでもいい。

其奴らのつけた傷跡は。

三億年も経過したのにまだ残っている。

それが不愉快極まりないのである。

自宅に戻る。

機嫌が最高潮に悪い私を見て、スイは流石にびくりとしたようだが。

人間の恐怖とはそれは違うだろう。

恐らく、破壊されることを想定されてのバックアップでもとったのだろう。

私は大きくため息をつく。

スイを怖がらせるのは、気分が悪い。

「何もしない。 機嫌が悪いのは確かだが、私はスイに暴力を振るわない」

「マスター。 何があったのですか」

「何でも無い。 だから気にしなくていい」

「……」

スイはそれ以上追求しなかった。

自律思考AIの構造上、追求しない方が良いと判断するようになっているのだろう。

私は何回かため息をつくと。

風呂に入ることにした。

待機状態続行と、流石にAIは言う事はなかった。

風呂から上がって、夕飯にする。

少し居心地が悪そうにしているスイ。

私は基本的に今までスイに手を上げたことはないんだが。

それでも怖いと感じる程なのだろうか。

いや、怖いと感じていると言うよりも。やはり自分が破壊されることに備えているように見える。

少し落ち着かなければならないか。

そう思って、私は夕飯の後、深呼吸をすると。

早めに寝ると言って。

有無を言わさず寝る事にした。

そういえば、通販でスイ用の布団は買っておいたので。

帰った頃には家に追加されているはずだ。

とりあえず一ヶ月の任務は、淡々とこなしていかなければならない。

目を閉じて、雑念を払う。

私は、必要とされてここに来ている。

だから、必要とされてするべき事は、しなければならない。

 

夢を見る。

私は拷問係だった。

先の戦いで攻めこんできた国に忍び込んで、要人を片っ端からさらってきたのである。

その際には、さらった要人の家族は皆殺しにした。

これくらいしなければ、もう二度と手を出さないように思わせる事は不可能だったのである。

それくらい、国家規模が違いすぎたのだ。

さらった要人には、拷問の限りを尽くし。

そして当然もう人間ではなくなった状態にまでしてから。

国に返してやった。

はっきりいってどうでもいい存在だから。拷問をするのもどうでも良かった。

ただ線が細い周囲の連中は、どいつもこいつも拷問の場には居合わせたくないようだったが。

百人以上要人をさらい。

その家族をその五倍くらい殺した頃には。

隣国の首脳部は大きなダメージを受け。

とてもではないが、再侵攻など考えられる状態ではなくなっていた。

そして私の名前は。

悪魔として、知られ渡るようになっていた。

あの国には悪魔がいる。

そう言われるのは、むしろ誇りだった。

そうやって虚名が広まれば広まるほど。

戦争の可能性が少なくなるのだ。

前の戦いでは、私が守りきれなかった街や村にいたものは、皆殺しにされ。陵辱する価値があると敵兵が思った者は残らず陵辱されていた。その中にはまだ年端もいかない幼子もいた。

私は一人で敵兵一万殺したが。

戦争で犠牲になった民間人はそれ以上の数だった。

此方には、相応の復讐をする権利がある。

だが、それなのに。

誰もが私を悪魔と怖れた。

味方までも。

悪魔と言われるのは誇りだったのに。

だんだんいらだたしくなってきていた。

やがて隣国は、国境に壁を造り。一切侵入しないことを形で示してきた。壁を作る時ですら、人夫が多数悪魔の噂を聞いて脱走したそうだった。

やがて壁ができると。

ようやく平和が訪れた。

私はもう女王になっていた王女に、屋敷を一つ貰うと。

其処で静かに暮らす事にした。

悪魔の末路は、屋敷での隠棲。

これもまた、おかしな話ではあったのだろう。何一つ報われない、護国の鬼の最後だったとも言える。

目が覚める。

頭を振る。

なんだか、珍しく続きものの夢を見た気がする。

そして当然の事ながら。

極めて不愉快だ。

ストレス発散をする方法がないのもまた怒りを増幅させる。AIが、流石に見かねたのか言ってくる。

「ストレス発散用に医療用の薬品などを調合しましょうか?」

「人を撃ちたい……」

「いや、今は駄目です。 篠田警視長でないと、此処の守りはつとまりません」

「……分かってる。 だからむかつくんだよ」

顔を洗いに洗面所に。

乱暴に顔を洗って歯を磨く。

歯ブラシに血がついていた。かなり乱暴にやったのだから、まあ仕方が無いかも知れない。

大きくため息をつくと、シミュレーション装置を利用させて貰う。

AIも短時間でいいならと、許可してくれた。

この間から使っている、ワールドシミュレーターを利用したMMORPGで遊ぶ。少し時間を経過しただけで、ギャングどもが大量に湧いていたので。片っ端から殺す。

ギャング共の間では、悪魔と言う伝説として私が残っていたらしい。

まあ超高精度ワールドシミュレーターだし、それもあり得ると言えばあり得るのか。

いずれにしてもどいつもこいつも皆殺しにして。

死体を積んで、ガソリンを掛けて焼いた。

ギャングなんか殺したって別に何も悪くは無い。

こんな連中をのさばらせる法曹が悪い。

それに此奴らが食っていける状況も悪い。

だから私が綺麗に掃除してやる。

それだけである。

数千人ほど殺戮して、多少気が晴れたところで、ログアウトする。やっぱり生の人間を撃ちたいな。

そう思っている私は。

やはり相当に恐ろしいらしい。

スイがびくりと震える。

人間のように怖れているのではないのは分かっているが。

それはやっぱり気分が悪い。

泳ぐのもやるとする。

最大負荷で思う存分泳いだが。

ただそれだけだ。

それなりの運動にはなったが、やっぱり足りない。人間を撃つのが、私には一番ストレス発散になる。

黙々と運動をこなした後、ログアウト。

しばらくは待機とAIに言われたので、横になって後はぼんやりする。

ちょっとスイを怯えさせている状態が、不愉快極まりない。

仕事をしている私を見せて格好いいと思わせたいとか、流石に其処までは考えてはいないとはいえ。

いくら何でも、これはちょっと私としてもあまり良くない状態だと思う。

ひょいと飛び起きると。

私はショックカノンを受け取って。コートも羽織った。

「見回りに行ってくる」

「篠田警視長がこの間監視していた地点は、重点的に見張っていますが」

「いんや、現場百回というでしょ。 万が一に備えられたのなら、次は億が一に備えて動くんだよ」

「真面目なことで何よりです」

天然か。

まあいい。ともかく、見回りに出る。

途中、軍事ロボットと何度かすれ違う。確かに、文句のつけようがないくらい完璧に警備をしている。

すれ違ったのは、この間来ていた記者か。

向こうは一礼してきたので。此方も軽く敬礼して返す。

頭に来ることに。向こうから話しかけて来た。

「貴方は噂の狂人警官どのですね」

「ああ」

ちなみに当然だが。私の本名は周囲にはあまり知られていない。狂人警官というHNを使っているようなものだ。

だからそう呼ばれることは、別に気にしていない。

「取材のつもりはありません。 記事にもしません」

「だったらどうして話しかけたブンヤ」

「おお、あまり好意的ではありませんね」

「いんや、ブンヤとしてはあんたはできると思っているよ。 ただ、今は私の機嫌が悪いのでね」

ふっと、相手が静かに笑う。

私相手に大した肝の据わりようである。

「貴方ほどの伝説的な実績を上げている警官でも、人間らしい所があってそれはとても興味深い。 いずれ、きちんとした場を設けて取材をさせて貰えますか?」

「AIに頼めば良いだろう」

「勿論そうしているのですが、中々許可がおりませんでして」

「だったら私の答えもノーだ。 さ、取材に行くんだな。 今回は機嫌が悪いからこんな対応だが、あんたの記事は嫌いじゃない。 本気で私の記事を書きたいなら、AIに許可をどうにかして取るんだな。 その時は応じる」

一礼すると、去って行く記者。

あいつもなかなかの傑物だな。

地球時代にいた新聞記者とは完全に別物だ。

なんでも、地球時代のマスコミという奴は、金に大変に深く関わっていたという。スポンサーが存在しているから、その意向にそった記事しか書けなかった。

またペンは剣より強い何て言葉があったように。自分達をそんな状況でありながら、特権階級か何かとも勘違いしていた。

あれは、違う。

今の時代は、貧富の格差もなく、誰の生活も変わらない。

それぞれが好きな仕事をして、それをAIがサポートしている。

誰も苦しい生活はしていないし。誰もが豊かすぎる事もない。

だからこそに。

ああいう、客観的視点で事件や人物に接し。主観を排した記事を書き。記事を書く前には裏取りをするという事が出来るようになるのだろう。

金が絡むとあの手の仕事は駄目になる。

それがよく分かる。

いずれにしても、ちょっとさっきの対応は我ながら良くなかったかも知れない。

ともかく、見回りに戻ろう。

護衛の仕事は。

護衛対象の側に常にいることではないのだから。

 

3、基礎を作る為の準備

 

ミーティアが配信をするという。

記者とやっていたのは、その打ち合わせなのだろう。

配信をして、コルモ人復活について話をして。

どういう種族なのかを、周囲に知らしめることが目的である様子だ。

まあそれについては別に良いのではないかと思う。

今の時代は、SNSが昔で言うポータルサイトの機能を保有している。

それこそコルモ人で検索すれば、ばっと情報が出てくるし。それも基本的に丁寧にまとめられたものが出てくる。

また、例の記者がネット記事を挙げていて。

それに目を通しているが、私としても充分に良く出来ていると思う。

コルモ人が辿った悲惨な歴史と。今回復活する事になった経緯などが分かりやすく書かれている。

さて、私の仕事は。

配信の邪魔を、何があってもさせないことだ。

ミーティアの家を見下ろせる地点に移動する。

此処は何度か足を運んだビルの屋上。更に、幾つかの機能を展開する。

AIの支援で立体映像で周囲のパラメータを確認。

妨害電波とかがでていないとか。

さらには私自身が、ミーティアの家に不審者が仕掛けないかを確認もする。

また家の周囲には軍用ロボットが既にスタンバイしている。

ぶっちゃけ、水爆を積んだ巡航ミサイル程度だったら、即座に消滅(撃墜ではない)させる程度の事は簡単にやってのける能力はあるので。

まあ攻撃に対しては警戒しなくても良いだろう。

私はただ、此処から。

人間の犯罪者が、搦め手を取ってくることだけを警戒すればいい。

また、昨日のうちに、私はSNSで過激発言をされて、アカウント停止された連中の言動にも目を通していた。

アッシャー人は三億年以上の間にすっかり大人しくなっている。

やはり金の魔力に目が眩んで、既得権益層になった連中はおかしくなっていたのだと思う。

アッシャー人そのものは、地球人ほど獰猛な種族ではなかったのだろう。

満遍なく邪悪な発言をしている種族は散らばっており。

それらの大半は、家で監視を受けている。

今回、AIは割と本気なのだろう。

基本的に滅亡まで追い込まれた種族を再生させるというのは。

それほどに大変な事業だ、と言う事だ。

「此方エンディル大将」

「!」

「今回の防衛作戦に参加している軍人の中で最高位のものだ」

不意に通信が入った。

エンディルか。

確かそこそこに軍時代は名前を聞いた人物だ。

現在銀河連邦の軍人には元帥が三十人いるとかいう話で、その下の階級である大将は百人ほどいるとか。

これも警官と同じで、殆ど階級と年収とか。更には仕事はあまり関係がないらしい。

なおエンディルは口ひげを蓄えた威厳のある地球人の中年男性である。個人の武勇も優れているそうだ。

私も故に、気楽に応じる。

「此方篠田警視長。 現在コルモ人ミーティア氏の護衛監視を実行中」

「貴方の話は聞いている。 軍に残ってくれていれば、今頃私と同僚くらいになっていたかも知れないな」

「それは光栄だ。 それで何用か」

「此方でも現在監視を行っている。 以降、連携して作業に当たりたい」

その辺りはAIがやっているのではないかと思ったが、まあエンディル氏は横の連携を強くしたいタイプなのだろう。

少し悩んだ後、私は答える。

「了解した。 猛将と名高い貴方と、私が連携すれば、どんな犯人とてこのプロジェクトの邪魔はできまい」

「うむ……。 何かあったらすぐに連絡をくれ。 此方でできる限りの事はする」

「そうさせてもらう」

通信を切る。

AIが話しかけて来たので、そのまま話させる。

「エンディル大将は、軍部門からエキスパートとして来て貰っています。 この間の工兵については、独立部隊の出でして」

「まあそもそも今は階級とか関係無いしね」

「そういうことです。 それでもエンディル大将は不祥事を気にしているようでして」

「まあいい。 エンディルのおっさんの評判は聞いている。 私としても頼りにさせてもらうさ」

そのまま監視続行。

びりっと、勘に何が響いた。

勘に従って、視線を向けた先には。

何か光が見える。

空の一点である。

「エンディル大将。 早速だが、なんかへんなものがみえる。 シールドは展開しているが、警戒されたし」

「視界などから位置を分析。 了解した。 即時で対応する」

「了解」

これほどの強力な防衛網だ。

突破出来るわけが無い。

何だか分からないが、何の光だアレは。

とりあえずすぐに戦艦が空間転移して、光を遮ったらしい。すぐに光は見えなくなった。

分析が終了したらしく、AIが言う。

「警戒網の外から投射された光通信です。 ミーティアには届いていません」

「光通信?」

「コルモ人を侮辱する内容ですね。 どうやら工兵の一人が仕掛けたようです」

「ふうん……。 殴りに行きたい」

駄目だと、AIが即時で止めた。

数分後、エンディルから連絡が来る。

「不心得者は此方で対応した。 安心されたし」

「私が撃ちたかった……」

「そうがっかりなされるな。 まだ安心するのは早かろう」

「そうだな……」

とりあえず、監視任務に戻る。

それにしても、意外に滅びた種族を侮蔑する輩というのは多いのだな。

なんというか、昔の地球人が、自分より下の存在がほしくて仕方が無くて。他者を貶めてケラケラ笑っているのを彷彿させる。

醜悪な心を持っているのは、どこの人間も同じか。

やっと苦労の末にAIが復活の好機を作り出したというのに。

数十年掛かるという試算は間違いではないだろう。

今後も、滅ぼされた種族を、同じように復興していくとしても。

毎回数十年は掛かるのだろうなと思って、私は色々げんなりした。

そのまま、集中して監視任務に戻る。

しばらくは何も起きなかった。

やがて、不意に勘が働く。

視線を勘に従って動かすが、特に変なものは見えない。勘にもそれほどビリビリは来ていない。

何だ。

嫌な予感と言う程では無いが、悪意のようなものを感じる。

視線の先は、どちらかというと私の管轄内だ。シールド内の市街地の一角である。

そのままビルの階段を駆け下りると。全速力で現地に向かう。

「監視網に何か引っ掛かってる?」

「いいえ、特には」

「さて、何が悪さをしてる?」

「今、映像を出します」

映像が出た。

この辺りの市街地は殆どが空なのだが。

其処は空き地になっていて。

そこに何かが潜んでいた。

私が空き地に飛び込むと、其奴はひいっと声を上げて跳び上がる。

見た事がない奴だ。工兵でもない。

どうやって潜り込んだ。

私より若干背が低い男性だ。一応服は着ているが。何人だこれ。地球人に似たタイプの種族ではあるが。

「た、助かった! あんた警官だろ! なんだか知らないが助けてくれ!」

「此奴は?」

「今調べています。 ……」

「時間が掛かるね」

ショックカノンを向けたまま、解答を待つ。

やがて無言で、AIが軍用ロボットを呼んだのだろう。

軍用ロボットが、男を拘束。

そのまま連れて行った。

その際に、ショックカノンで眠らせていたが。

私が!撃ちたかったのに!

ぷんすかしている私に、AIが言う。

「あの人物は、コルモ人の復活プロジェクトの一員です。 他に再生させたコルモ人の一人ですが、まだ精神状態的に表に出せないと判断し、家の一つにて大人しくしてもらっていました」

「なんだよ特徴とかミーティアと違うじゃん」

「コルモ人はかなり個体差が大きい種族で、それが「乱獲」の原因となっていまして」

「ちっ……」

そうか。何らかの理由で、厳戒態勢の街の中に出て来てしまったと言う事か。

そして怯えきっているところを私が見つけたと。

何だかろくでもない話である。

ともかく、監視位置に戻る。

途中エンディルに話をして、些細なトラブルがあったと告げる。

向こうでも、問題が起きていたそうだ。

「逮捕した工兵が、同士がいると言っている。 これから吐かせるつもりだ」

「其方に憲兵は」

「いる。 故に対応させる」

「そうしてくれ」

なーにが同士だ。

単に今まで虐げられ、歴史の闇に葬られていた人間に、また命と可能性を与えるだけのプロジェクトじゃないか。

それを邪魔することに同士も何もあるか。

どうして今の時代。

犯罪やる奴は、こう拗らせているのか。

本当にAIが政治経済を掌握して、利権を徹底的に潰していても人間はまだ駄目なのか。なんというか。地球時代にあったディストピア小説みたいに、完全管理している方がまだマシにさえ思えてきた。

まあいい。

雑念はともかく後回しだ。

ともかく、この件で邪魔をしたい奴が思った以上にいることはよく分かった。対策はしないとまずいだろう。

AIと話はしておく。

「エンディル大将と一緒に、邪魔をしそうな奴の洗い出しはしておいて」

「現在全員のプロフィールなどを洗っています」

「急げ」

「分かっています」

舌打ちすると、こっちも監視に戻る。

配信の方はそこそこ上手くやっている様子だ。

あまりこういうのは慣れていない様子だが。それでも電波は途切れずに出ているし。配信している様子も此処から監視できる。

何とか頑張っているようだし。

こっちで口を出すことはない。

とりあえず無言で見ているが。今の時点で、勘は働かない。ただし勘だけを働かせるのも問題だ。

しっかり全てを確認していく。

見ている感じ、特に問題は無さそうだが。それでも今の時点で油断は厳禁だ。

エンディルとは連絡を取っておく。

あっちも相当に色々マルチタスクでやっているようだが。

それでも、此方も大変である事は理解しているらしい。

「今の時点で電波ジャックなどを試みるもの、シールドに干渉するもの、シールド内で不審な動きをする者は出ていない」

「了解。 此方でも監視を続行する」

通信を切ると。

私はそのまま、じっと街の様子を見やっていた。

勘を全力で働かせる。

私の種族は地球人。

そのまま宇宙に出していたら、アッシャー人以上の凶行を働いたこと確定の種族だ。銀河一と呼ばれる独善性と凶暴性。

単に地球人が好きかってできなかったのは。

AIが膨大なデータを積んでいて、対応策を知っていたからに過ぎない。

私は責任をきちんと果たす必要がある。

私は地球史を学んだ。

主観を挟んだものではない。

AIがその場その場で、録画した事実を、である。

それは主観によって各国に都合良く脚色されたものではなく。生のママの、あまりにもおぞましい地球人類の本性を現していた。

私がアルカポネの野郎を徹底的に嫌い抜いているのもそれが理由だ。

奴はロクな裁きも受けなかった。

何が脱税か。

あんな輩の前例を、この時代に許してはいけない。

私が警官なんて似合わない仕事をしているのも、それがモチベの一つになっている。

犯罪者は全て撃つ。

そして、今、犯罪者でない者が立ち上がろうとしているのなら。

その最強の盾となろう。

それが警官としてのあり方である。

勘が働く。

まだ鼠が紛れているという話は聞いているが。どうやらそれらしい。

私はビルの階段を駆け下ると、まっすぐ突貫する。更にAIに座標だけ告げる。

家の中に一切干渉はさせない。

工兵の一人が、私を見てぎょっとするのと。

私がショックカノンを叩き込むのは同時である。

内部で作業をしていた工兵の一人は。

あからさまに、ミーティアが配信を行っている家の中に、雑音を入れ込むための音波砲を手にしていた。

吹っ飛んで気絶した工兵を、軍用ロボットに蹴り渡す。

私と体格も大して変わらない相手を、軽くけり跳ばすのを見て、流石に軍用ロボットも唖然としたようだが。

どうでもいい。

「つれていけ。 尋問は他の奴にやらせろ」

「分かりました。 それにしてもどうやって気付いたんですか」

「勘」

「……分かりました」

流石に絶句したらしい軍用ロボットが、工兵を連れて行く。

それにしても此奴ら、どういう目的だったのか。

今の時代、利害関係は存在していないはずだ。

出張が面倒だったとか、そういうくだらねー理由だろうか。もしそうだったとしたら、全身の骨をバキバキに砕くくらいは許されると思う。

だが、AIが先に釘を刺してきた。

「篠田警視長。 リンチは流石に許されませんよ」

「わーってる。 ただ相応にきちんと罰は与えて頂戴」

「分かっています。 地球時代ではあるまいし」

「……」

法治国家どころか、実際は放置国家だった地球時代の事を考えると反吐が出る。

誰も法など守らず。

そもそも最大の行政機関は札束で力関係を決め。それで好きかってしていた。人間の人生を滅茶苦茶にするのも、大量殺人も。札束と軍事力さえあれば許された。そんな時代に戻られたら困る。

そしてAIがいなくなったら。

確定でそうなる。

もとの監視位置に戻る。

エンディルから連絡が来た。

「狂人警官殿。 此方で分かった事を伝える」

「む、早いな」

「貴殿も。 また一人取り押さえてくれて助かる」

「ああ……」

エンディルは対等に口を利いてくれる。

これも地球時代ではあり得なかっただろう。

軍の大将クラスと言えば、国にもよるがその権限は警官では最高位でもとても及ばなかったはず。

階級なんて何の意味もない時代だからこそ。

こういう会話が成立している。

「どうやら問題を起こした工兵達は、今回の再生プロジェクトに初期から関わっていた者達らしい」

「ふむ、それで」

「彼らは古典的な弱肉強食主義と軍至上主義に片足を突っ込んでいて、それで今回の「弱者」コルモ人の再生計画に対してテロを目論んでいたようだ」

「そう……」

あらゆる全てがどうでもいい。

ブッ殺す事が出来ればどれだけいいか。

私の言葉が冷え込んだのを悟ったのだろう。

エンディルは咳払いしていた。

「現在、此方でも工兵二人に聴取をしている所だ」

「この人数が邪魔に動いていると言う事は、誰か扇動したのでは?」

「恐らく兵士達では無い。 SNSにあるネット記事が原因では無いかと今当たりをつけている」

「ネット記事か……」

AIによる発表を覗くと。

唯一のマスメディアとも言えるネット記事だ。

質はピンキリ。

下の方は、それこそ落書きと変わらない。要するに地球時代の大手マスコミやらクオリティペーパー様と同レベルの内容だ。

「私の方にも記事を回してほしい」

「了解。 今、そのネット記事を書いた人間に関しても探している途中だ。 AIが協力してくれているから、すぐに見つかるだろう」

「頼む」

「それでは、其方もお願いする」

通話を切る。

私は監視を続けながら、勘を最大限に張り巡らせる。

妙な表現だが、勘を張り巡らせる、というのが私には一番近い感覚なのである。

周囲を見ていると、おかしな点に気付く。

それが勘として働く。

勿論勘が間違っている事もある。経験としてある。

だが、それでも勘は頼りになる。

これは恐らくだが、超能力だの何だのではない。

違和感を察知する能力であって、要するに私は何かしらの危険察知をする事に特化している。

それは単純な話で。

恐らくだが、獣のように単純戦闘に役立てるために、脳が特化していると言う事なのだろう。

だから私は凶暴性の塊でもある。

「篠田警視長。 今の時点で問題は?」

「……特にまずい勘は働かないね」

「そうですか。 今、ミーティアの配信が終わりました。 これで、コルモ人復活の第一歩を踏み出すことができます」

「計画が雑すぎるんだよ」

一刀両断すると。

AIも、それを認めていた。

「確かに改良点が多々ありますね。 ただ、失われた民族を復活させるという事業が、歴史的にも初めてなのも事実でして」

「……そうしておく」

「そのために、私は切り札を二枚切りました」

私とエンディルか。

まあそれはそれで納得出来る話ではある。だから、良いとも言える。

大きくため息をつくと。

私はそのまま。

一度ビルを降りて、ミーティアの側に行く。

ミーティアに直接危害を加えられるような存在は、今の時代はその辺を歩くことはできない。

私がいきなり豹変しても、一瞬で取り押さえられるだろう。

だが、入念に準備されたハラスメント行為までは防止する事は出来ない。

今回は、滅ぼされた民族の復活という銀河連邦でも初めての事業になる。

まあ、私のようなエース級が出るのも仕方が無いのかも知れない。

いずれにしても、ミーティアの家の前にいくと。

長時間の配信で疲れきっているミーティアが、休んだと軍用ロボットに知らされた。

私は頷くと、内部の監視と守りは軍用ロボットに任せ。

周囲を徹底的に調べる。

勿論外も軍用ロボットが守っている。

工兵達は既に引き上げを開始。

大した数では無いが。

それでも、不祥事を起こした奴が数人いるという話は、既に拡がっているようだった。何人かは相当に頭に来ているようだった。

SNSを覗くと、彼らの発言が分かる。

「俺たちは今の時代、スペシャリスト中のスペシャリストとして動いてる。 最高の武器を扱う分、責任だって超重大だ。 それなのに、くだらねー優性思想もどきに捕らわれるとか、マジか。 絶対にゆるせねえ」

「吊してやりたいところだが、AIが対応するらしいな」

「今回複数出たらしいぜ不届き者。 あの狂人警官に殆どやられたらしいがな」

「いい気味だぜ」

軍人も警官と同じく、基本的に隣にいるのが誰かも分からない。

今回は状況が特殊だったので、プロジェクトに関係した工兵は、同じ人物が長期間仕事をしていたらしい。

それが却って徒になった。

一旦工兵が全員シールドを出て。

更にスキャンを念入りに掛けて、危険物がないことを確認した後。

私は宿舎に戻る。

スイが不安そうに左右を見回していた。

もっと無機的だと思っていたのだが。

「どうしたの、スイ」

「マスター。 何だか剣呑な電波が飛び交っているのを感知していまして」

「バカが何匹かいたからね。 全部退治したけれど、まだ何か残っている可能性は否定出来ない」

「……」

表情はない。

だが、不安そうな雰囲気である。

勿論スイの感情構造は人間とは違う。セクサロイドであるスイは、基本的に相手に喜ばれる感情を見せるように自律AIが構築されている。

だから、単に私がそう見ているだけだと言うことは分かっているが。

それでも気分は良くなかった。

「安心して。 私が周囲全てを調べておいた。 基本的に危険物はなかった。 もうしばらく滞在したら戻る事になる」

「……分かりました。 何だか今回の仕事は、とても長いものなのですね」

「そうだなあ……」

一つの民族が昔滅ぼされた。

利害関係というもっともくだらないもので、だ。

価値をつり上げる為に虐殺され。

残りも陵辱の限りを尽くされ滅ぼし尽くされた。

ミーティアの遺伝子データも、そうやって蹂躙され尽くされた民の一人だったのだろう。

その復活をようやくできる状態になったと言うのに。

これだけ、くだらねーネット記事に惑わされたバカが出たというのか。

苛立ちながら、エンディルが紹介してきたネット記事を見る。

今は既に削除されていたが。

特別に内容を確認することができた。

内容については、コメントしたくないレベルの代物だ。

いわゆる弱肉強食思想と優性思想を悪魔合体した最低の代物で。

言論の自由といっても限度があるという言葉しか出てこない代物だった。

いや、これは単純に名誉毀損に当たるだろう。

生物史を少しでも学んでいれば絶対に出てこない言葉ばかりである。

だいたい遺伝がそれだけ強力な効果を示すなら、地球みたいな修羅の土地では、高IQ高運動能力の個体だけがいるはず。

それが現実はどうだ。

どの時代にも運動能力が弱い存在はいたし。

勉強について行けない子供は幾らでもいた。

遺伝子なんてそんな程度の代物だ。

名君の子供が名君になるケースなんて滅多にない。

三代名君が続いたケースなんて、それこそ例外中の例外だ。

そういう現実がある。

銀河系のそれぞれの人間でも大してそれらは変わらない。

地球人ほど獰猛で残虐ではないだろうが、実際問題として人間はその程度の生物だからだ。

それなのに、だ。

何が優れた種族か。

何が劣った存在か。

そのまま携帯端末をへし折りそうになったが。我慢する。私は無言のまま、AIに言った。

「危険はなくなった?」

「徹底的な調査をしました。 後は篠田警視長。 貴方が巡回をしてくれれば完璧でしょうね」

「分かった。 シールド内部を徹底的に確認する」

「よろしくお願いします。 ナビは私がします」

頷くと、宿舎を出る。

今、私はあんまり自制心に自信が持てない。

此処まで醜悪な記事を読んだのは久方ぶりだ。しかもこんなのに影響されたアホが数人も潜んでいたのか。

記事を書いた奴は、残念な事に既に死んでいるらしい。

生きていたのなら、奴の所に押しかけて。ショックカノンを私が直接叩き込んでやりたかった。

だが死んだのなら仕方が無い。

そして奴が書いた記事も消された。

人間の愚かさ加減を凝縮したようなゴミカスだったし。

燃えるゴミの日に処分するのは、妥当だと言えるだろう。

大きな溜息を私はつくと。

恐らく、此処では最後になるだろう巡回をしていく。

AIに、割とガチ目で怒りの声をぶつけていた。

「あんな記事をどうして放置していたか聞かせてくれる?」

「年に数アクセスしかなかったからです」

「ふうん……」

「今回、実際に悪影響が出ていたことが分かりましたので、削除はしました。 拡散経路については辿って、私の方で処置しておきます」

まあ、此奴の手に掛かれば、どんな風に隠しても消去されるだろう。

記事としては完全に死ぬ事になる。

反吐が出るような代物だし、現実的でもない。最悪のマスコミというのに相応しい内容だった。

だから、もはやぶっちゃけどうでもいい。

巡回を終える。

流石に危険物を仕掛ける余裕は、工兵達には無かったらしい。

連中も今頃は憲兵に徹底的に調べられているだろう。

憲兵は別に警官より荒っぽいと言う事はないが。

私がいたことからも分かるように。別に警官より甘いわけでもない。

せいぜい絞られて、実刑判決を受けるがいい。

次に悪さをするようなら、私が出てぶっ潰す。

宿舎に戻ろうとしたとき。例の記者が姿を見せたので、軽く一礼する。

相手はいわゆるアルカイックスマイルを浮かべていたが。

私の機嫌が悪いことは察知しているようだった。

「空気がぴりついていますね。 何かあった、と判断してよさそうですね」

「それは勘か?」

「そうですよ。 私も貴方と同じく勘が鋭い方、とだけ言っておきます」

「ふん。 まあその通りだ。 内容までは言えないが」

頷くと。

記者は今時珍しいニット帽を少し下げて。

若干陰湿な笑いを浮かべていた。

「私は誰にでも公平な記事を書くことを試みています。 そのためにはいっそマシーンにでもなるのが一番だ。 貴方は逆に、人間としての凶暴性を極めて警官としてのエースとなっている。 これがまた面白い」

「何が言いたい」

「いずれ取材させてください。 貴方の事には興味が湧いた。 苛立ってはいても、貴方は私に興味を持っているし、嫌ってもいない。 感情を優先する人物であるのに、それでいながらきちんと理性で体を動かしている。 地球人としては驚異的ですよ、貴方」

「……先にも言ったとおり、取材がしたければAIに許可を取れ。 それでは姫様は疲れているようだから、取材はほどほどにな」

把握していると言われ。

思わず舌打ちしそうになった。

私は宿舎に戻る。

記者はミーティアの家に行く。

家の中には軍用ロボットがいるので、万が一どころか億が一にも悪さはできない。

あらゆる苦虫を噛み潰す。

やはり。何もかもが気にいらねえ。

私には、そういう感想しか抱けなかった。

 

4、帰宅と

 

私はようやく家に帰ってきた。スイも一緒である。

スイと一緒に輸送船に乗って移動したのは初めてだ。基本的に複数で人間が行動するケースは珍しいので。輸送船に二人で乗っているのを見て、すれ違った人間はこっちを見るケースが多かった。

まあそれもそうだろう。

ただ、スイが人間では無い事に気付いて、物好きだなとも思ったようだが。

流石にその程度でキレるほど私も心のリミッターが緩くは無い。

家に着くと、十日間の休暇を貰った。

スイが料理を始める。

私はそれを食べたら、無人ジムに行こうと思った。

ただ。一応だが。

ミーティアの配信は見ておくべきだろうとも思った。

料理ができるまでに、内容を見ておく。

軽く目を通していくが。コルモの民の辿ってきた悲しい歴史と。これから皆に普通に受け入れられるように努力をしていくという、ごくごく当たり前の。当たり障りがない内容だった。

SNSでの反応も見ていく。

「見てみると、おかしな言動をしているわけでも、特に際立って色気がある訳でもないよなあ。 穏やかな性格ではあるようだけれども、それだけで絶滅に追い込まれるってのは……」

「当時の既得権益層のトレンドだった。 それだけで、こんな酷い絶滅劇が発生したってのか。 本当に既得権益層ってのがカスだって分かるな」

「それでいながら金持ちはみんな有能、王族はみんな天才みたいなプロパガンダはどんな文明でもやってたんだろ。 反吐がでやがる」

「いずれにしても、今の時点ではみんなこうやって遠慮もしてるし特別視もしちまってるからな。 普通に社会に溶け込むには確かに何十年か掛かるだろうな」

意外に冷静な反応ばかりだ。

私は少しだけ安心した。

勿論AIが、カスどもは即座にアカウントブロックして説教しているというのもあるのだろうが。

自由と無法を意図的に悪意つきで混同していた昔のネットとは違う。

発言には責任が伴う。

まあ、当然の事だろうとも思う。

「食事ができました」

「んー」

スイの言葉に顔を上げると。

私は食事を始める。

うますぎず、かといってまずくもない。

丁度良い味だ。

頷いて食事を終えると。

出かけて来ることを告げる。勿論ジムである。

「マスター。 既にマスターの身体能力は、地球人の誰よりも上であり、一部の大型人間種族を除けば誰もかなわない程だと思います。 それでも鍛えるのは何故なのでしょう」

「それは簡単だよ」

「?」

「楽しいから」

分からない、とスイは言った。

これは、仕方が無いか。

スイにとっての楽しいは、自分に人間が行為を行った結果。人間に産まれる感情だからである。

セクサロイドとはそういうものだ。

私はスイを本来の用途で利用していない。

だから、楽しいという感情については。特に私の楽しいについては、よく分からないのかも知れない。

いずれにしても、無人ジムで泳ぐとする。

途中で私の正体に気付いて、さっと逃げる奴もいる。

今回の件で、工兵の数名が不祥事を起こして投獄され。

その工兵達を身動きすらできぬ早業で私が無茶苦茶に叩き伏せた事が、既に知れ渡っているらしい。

狂人警官ここにあり。

その評判は、更に拡がっている。

そういうことだ。

ジムで、最大負荷でひたすらに泳ぐ。

ろくでもない事ばっかりあったから、ただひたすらに無心で泳ぎ続ける。

良い気分だ。

離岸流を通り越して、既に渦のような勢いの水流だが。

私にはそれで丁度良いレベルである。

地球に幾つか存在した大渦で泳いでみたいものである。

まあ、禁止されている行為だからできないのだが。

ひたすら泳ぎ続けて満足し、水から上がる。

「うん。 呂布と水泳勝負してみたくなった」

「いや、呂布でも勝てないと思います……」

「そんなんやってみないと分からん」

多少機嫌が直った私は。

フハハハハと笑うと。

そのままジムを後にする。

今回は本当にろくでもない仕事だった。

この後は、AIが私に楽しい仕事を回してくれることを期待する他ないだろう。

私は篠田。

通称狂人警官。

私は此処にあり。

犯罪者がいるところに駆けつけて、叩き伏せる。

私は怖れられる存在であるべきであって。

そして犯罪者を抑止する存在でなければならない。

それを、AIが勘違いしないことを。

今後も祈るばかりだ。

 

(続)