決闘の現実

 

序、意外な禁止されているもの

 

古くには地球に決闘という文化があった。

或いは武具を使い。

或いは生身で。

決闘を行う事で、問題に白黒をつけた。

武による裁判と言えるかも知れない。

勿論武芸に自信が無い者は、代理人を雇うこともあり。

代理人として生活をしている腕自慢の者も実在していた。

洋の東西を関係無くこれは存在しており。

西洋では手袋を投げる、という習慣があった。

決闘を申し込むというものである。

他にも類例は幾らでもある。

いずれにしても、簡易裁判として決闘は人気があったが。それもいずれ廃れていく事になる。

当たり前の話で。

そんな事をやっていたら、法治主義が成立しない。

あくまでアウトローの身勝手なルールで行われるものだからである。

「で、それをやろうとしている奴がいると」

「そういうことですね」

私はげんなりした。

その邪智暴虐の存在をショックカノンで吹き飛ばさなければならないとも思った。

いずれにしても、さっさと終わらせたい仕事である。

口をへの字にして立ち上がった私に、AIが犯人達の居場所を指示してきていた。

別にサバイバルゲームとかはいい。

何かのゲームで、きちんとルールを守って白黒をつけるのはありだろう。

それでも今は金を賭けて勝負をするのは禁止されているし。

元々何か問題があるなら、AIが解決する。

古い時代の無法地帯の名残なのだ。

決闘というものは。

力がものをいう世界なんてものは、動物の世界ですら存在しない。

最強の存在が生き残ってきたのでは無い。

幸運な存在が生き残ってきたのだ。

生物の変遷の歴史を見ると、それがよく分かる。

馬鹿馬鹿しい話である。

そんな中で、決闘だとかをやろうというのは。

兎も角宇宙港から、輸送船に乗る。

何でも決闘云々になったのは、開拓惑星でのトラブルが原因であるらしい。

まーたかよと思ったが。

どっちもその時の問題で逮捕されており。

出所した後、あの時の話が気にくわないとかでSNSにて口論に成り。

決闘で決着を付けようとか言う事になったそうだ。

勿論表でそんな話をしたら、即時通報される。

ダイレクトメールでやりとりをして。

それで今の状態らしい。

ダイレクトメールもAIがしっかり監視しているのだが。

それにも気付けていない。

今時誰でも知っている程度の事なのに。

何とも悲しい話ではある。

さてさて。

目的地に急ぐ。

今回は決闘の日時などを考えると、この移動で充分に間に合うので、私は別に焦っていない。

トラブルが発生した場合は、AIが現地にいる警備ロボットにでも解決させる。

別に私が何もかもやらなくてもいい。

それが今の時代の現実である。

だから焦る必要もない。

輸送船が空間転移を繰り返して、目的地に行くのを待っているだけでいい。

その途中で、軽くSNSで推しのデジタルアイドルの様子を見ていた。

今回はなんかよく分からないゲームをしている。

これは、ゲームなのだろうか。

シュール過ぎて理解が追いつかないが。

高性能の独立AIらしく、ルールを理解してしっかり遊んでいる様だ。

ただリスナーも困惑しているようで。

ルールが理解出来ないと言う声が多数上がっていた。

それでもきっちりやる。

プロの鑑である。

ポップキャンディを口に咥えると、私はぼんやりとその様子を見つめていたが。ほどなくAIに言われる。

「もう少しで到着です」

「んー」

「宇宙港で降りたら、迷彩をしてください」

「了解」

まあ近くで犯人とばったり、という事もある。

決闘を開始したら、其処で捕まえれば良いのである。

まあそれ以前に捕まえてもいいが。

前科がある人間だ。

つまりムショに入っていたという事で。

それでいきなり決闘だの何だの言っているのである。

犯罪である事は認識しているはずで。

それが分かっていないとしても、AIに警告されているはず。

それらを振り切ったのだ。

私にショックカノンで仕置きされる覚悟は出来ていると判断する。

そのまま、移動を開始。しばらくは近くのホテルに宿を取って、其処から決闘場所を監視することにする。

此処は普通の居住惑星。

こんな所で決闘云々もバカ丸出しだが。

本当に一線を越えると、人間は何処までも堕落するのだとよく分かる話である。

これではあれだけの醜態が判明した宇宙海賊を、未だに信奉する輩が出てくるのも無理はないのかも知れない。

いずれにしてもささっと片付けて帰りたいが。

少し時間に余裕がある状態で来たので。しばらくはホテルで待ちである。

「で、バカ二人は今頃どの辺?」

「一人はもうこの星に到着しました。 現地に向かっているようです」

「じゃあそろそろ見えるかな」

「もう一人は今この星に向かう輸送船にいます」

じゃあまだ余裕があるか。

ポップキャンディの包み紙を指定のゴミ箱に捨てると。

ホテルの窓から、予定されている決闘の場を見る。

流石にバカ二人でも周囲から見えやすい場所は避けたのだろう。

住宅街の外れにある、小さな公園をバカ共は選んだ。此処からは其処がよく見える。

この時間は基本的に誰もいない。

古い時代だったらホームレスとかが寒さを凌いでいたかも知れないが。

今の時代はそれもないのである。

「一人目が到着しました」

「んー、どれどれ」

探す。

見つけた。

一人目は堂々と姿を現さず、隠れている。要するに不意を打とうとしているという訳だ。相手が来ているかどうかも確認しているのだろう。

いずれにしても、民家の影から様子を窺っている有様は。

あまりなんというか。

正々堂々を旨とするはずの決闘とは、とても似つかわしくない行動だった。

まあこんなもんだろうな。

呆れながら様子を見る。

更にもう一人が、この星に到着したという報告を受ける。

今日はかなり気温を下げる予定だそうだが。

そんな中、ご苦労なことである。

私はさっさとホテルの自室を出ると、現地に向かう。

黙々と歩いていると、AIは話しかけてくる。

「決闘罪はあくまで始めてから捕まえる事で意味があります。 それはご理解ください」

「その欠陥法、改正したら?」

「何か問題が起きたら改正します。 もしもそうで無い場合は、単に興奮して余計な事を宣った瞬間に逮捕という事になりかねませんので」

「それもそうか」

いずれにしても、現地近くの建物。

誰も住んでいない、自動管理のビルの屋上を借りて。

そこでショックカノンを狙撃用に変化させる。

別に形がガッチャンガッチャン言いながら変わる訳ではない。だったら格好いいのだけれども。

AIは実用重視。

形は変わらず、狙撃用に色々とシステムが変わるだけ。

そもそも棒立ちでいるだけでも、AIが支援してくれるので当たる。

その状態でも、私は舌なめずりして、現地の様子をスコープで見ていた。

「二人とも近くに来たようだけれども、互いに相手のことを伺っているみたいだねえ」

「ああ、SNSで連絡を取っているようです」

「へえ……」

古い時代には。

ネットで知り合った人間同士、オフ会という奴をやる事があったらしい。

勿論リスクがあったので、簡単にはいくことが出来なかったし。

気が弱い人間は、参加などとても無理というケースもあったとか。

事実大規模なオフ会では、トラブルが起きることもあったようである。

いずれにしても、今起きようとしているのはそれと違う。

面倒極まりない、一番使ってはいけないやりかたでネットを使い。

そしてその結果。

両方逮捕される。

そんな事だ。

さて、ぼんやり見ていると。どうやら互いに公園の側にいることには気付いたようだが。

それでも公園に中々入らない。

先に姿を見せた方が不利になるとでも思っているのだろうか。

開拓惑星で、互いの顔は知っている筈。

だったら、いつまでも夜空で寒い中バカやっていないで。

さっさと始めろや。

こっちだって寝る時間が減るのは嫌なんだよ。

そうぼやきながら、バカ二人の様子を見守る。

程なくしびれを切らしたらしく。

片方が公園に乗り込む。

それを見て、もう片方が動き出す。

多分背後から、鉄パイプか何かで殴りに行くつもりだろう。

よーしよしよし。

そのままいけ。

一方、先に公園に入った方も。

何か取りだしていた。

カミソリか何かを使った刃物か。

もし喧嘩になれば、どっちも服の防御があるから、致命傷にならない。

密着してもそれは同じだ。

だから、どっちも疲れ果てたところで、それを使うつもりか。

まあ使っても意味はないのだが。

開拓惑星と違って、AIも警備を緩めていない。

だから、殴り合ってもそもそも殴った方がダメージを受ける。

鉄パイプでも同じ事。

地球時代にあった火薬式の銃で撃っても、ノーダメになるくらいの性能はあるのである。鉄パイプで殴るくらい、ダメージになんかならない。

「で? まだ動かないの彼奴ら」

「機を窺っているという所でしょうか」

「単に憶病なだけだよ」

「……」

いや、私の頭のネジが外れているだけだ。

そうAIは言いたいのかも知れない。

いずれにしても撃ちたいので、さっさと出て来て揉めろや。

ぼやいている私の前で。

しびれを切らしたか。

喚きながら、もう一人が公園に飛び出す。

もう一人が、叫びながら、それに応じ。

二人同時に、私が放った狙撃で。

公園まるごと面制圧され。

気絶して、地面に伸びていた。

「タイミング完璧」

「お見事です」

「ふふん。 まあねえ」

まあ当てるだけなら誰にでも出来るけれども。

AIは私に撃つタイミングは任せた。

さて、後は警備ロボットがバカ二人を回収である。

バカ二人を警備ロボットが囲み、引っ張って行く。

叫び声があっても、今の時代は家の中までは届かない。だから、周囲の住民は何かあったことさえ気付かないだろう。

ものの五分で犯人達は引っ張られていった。

決闘罪の犯人だ。

後は一晩拘置所に入れて。

明日の朝取り調べである。

本当の夜中に行われた犯罪には、警備ロボットが対応する。できる限り24時間でのシフト勤務は行わないように今の時代は色々と整備されている。警官でもそれは同じである。

そういう時間帯は、AIが人間より遙かに厳しく様々な事に目を光らせていて。

犯罪も成功しようがない。

私はホテルに戻ると。

後は環境を調整して貰った。勿論寝るための環境だ。

その間に風呂に入る。

後は、もう寝て。

明日バカ共の聴取を見て。

気が済んだら帰るだけである。

風呂から上がり、ベッドに横になる。恐怖は感じられなかったが。まあ撃てたので可としよう。

「すぐに眠ってしまうのですか?」

「時間的にも遅いからね」

「いえ、そうではなく。 興奮状態から地力で即座に切り替えられるのは、流石というか何というか」

「ハハハ、まあ私にはそういう適正があるんだろうさ」

地球時代のすぐれた将軍が、こう言う話をしていたとか。

最初に戦場に出たときは、頭が真っ白になって何も分からなかった。

数回戦場を経験して、やっと周囲が見えるようになった。

素直な告白だと思う。

極度の興奮状態に陥って、何もできなくなったのだろう。

それらの類例は、AIはそれこそ幾らでも見て来ているはず。

私の事は、色々驚異的なのだろう。

まあどうでもいい。

特にこれといった夢では無かったのだろう。

ぼんやりと覚えているが。

寝て起きた後は、どうでもよくなっていた。

内容は、あまり口にするほどのものでもない。

顔を洗って、署に出向く。

既に聴取は始まっていた。

決闘罪というものについては知っていたらしく。それでいながら逮捕されたと言う事は。罰を受ける覚悟があると見て良さそうだ。

二人ともそれでいいというのなら。

まあ罰を受けて貰うとするだけである。

ひょっとして、ムショに入れば箔がつくとでも思っているのだろうか。

だとしたらお笑いである。

犯罪組織なんてものが存在しないこのご時世。

犯罪自慢なんて、猿でもやらない。

要は猿以下だと自白しているようなものである。

私からしてみれば、はっきりいってどうでもいい話だ。

「帰る」

「聴取を見ていかないのですか?」

「つまらん。 私がバカ二人を撃ったことと、次にやったら私が出向くことだけ伝えておいて」

「それは最初からそのつもりです」

まあそれはそうだろうよ。

恐怖としては低質も低質だったし。

犯人としても面白くも何ともない。

イキリ散らしたただのバカ二人が、相応の罰を受ける。

それだけの結末だ。

まあ、前回の時とは比べものにならない刑務所での色々な罰を受けて、せいぜい後悔するが良い。

今回はそもそも初犯では無いし。

開拓惑星でイキリ散らして喧嘩をしたわけでも無い。

決闘罪というもっともっと重いもので。

しかも住宅惑星でやらかしたのだ。

ある程度カオスが認められている開拓惑星ならともかく。

自分達がやらかした事の重さを、自分の身で味わうといいのだ。

私はしらん。

帰路、SNSを輸送船の中で見ると。

既に本当に決闘をしようとしたバカ二人が捕まった事は話題になっていた。

「実刑判決で18年だってよ……」

「今時決闘罪なんかで捕まるなんて、本物のアホか? しかも開拓惑星ででもないんだろ?」

「まあ本物のアホなんだろ……」

「どうしようもねえな」

SNSですら呆れムードだ。

私がしらけるのも分かるというものだろう。

いずれにしても、バカを追い詰めて撃てる訳でもなく。面白いわけでもない犯人を撃って。

私はすこぶる機嫌が悪かった。

とりあえず泳いで機嫌を直そう。

AIに無人ジムの予約を取って貰う。

後は退屈な帰路。

推しのデジタルアイドルの配信でも見て、過ごすこととした。

 

1、過去に存在はしたかも知れない

 

いわゆる切り捨て御免という言葉は私も聞いたことがある。

古い時代に存在したある種の軍人階級「侍」が。

それ以外の階級に無礼を働かれたとき。

手にしている刀で相手を斬って良いとされていたもの、である。

実際はそんなに簡単なものではなく。

斬った場合はその経緯を当時の裁判所に当たる場所に提出しなければならず。もしもそれが問題のある行為だとされた場合は、罰せられた。

次の時代は、その武士階級を兎に角貶める情報操作もあって。

劣った時代の非道な風習としてとにかく色々な意味で悪辣な情報操作を受けたのだが。

実際にはそんなに頻繁に切り捨て御免が行われていたわけでもない。

なお、調べて見ると。

似たような風習は他の文化圏でも存在している。

ただし、それらの文化圏では。

そもそも軍人階級に楯突いた事が悪かったりするケースもあった。

要するに殺すのも何も自由自在。

裁判になる事すらない、と言う事だ。

要するに、後の時代に非道を働いていたとされる「侍」は、まだマシな方だったのである。

私はその辺りを色々と調べて、結局の所実際に調べて見ると笑止千万なんだなと思ったものだ。

前の王朝を貶めるのは、歴史で必ずやることだが。

どうせ後には実体がばれるのだ。

恥を掻くだけなのに。

どうしてプロパガンダを必死になって人間は行うのか。

また、その「侍」達にはいわゆる仇討ちの文化があり。

これは公認されていたらしいが。

実際に仇討ちをした人間の記録を見ると。

人生を殆ど仇討ちで棒に振ってしまっていて。

ほぼ仇討ちのためだろうが、決闘というものには意味がないことがよく分かる。

決闘罪というのはそういうものを防ぐために出来た。

そもそも司法がいい加減できちんと機能していないから、仇討ちだの決闘だのに発展するのである。

私としてみれば、どちらも滑稽極まりないし。

そんな事を再現しようとするバカがいるなら。

撃って終わりだ。

さて、私は署のデスクについて、退屈に死にそうになっていた。

レポートを機械的に処理しているが。冗談抜きにそれ以外にする事がないのである。

何度もあくびをかみ殺し。

ポップキャンディを大量に消費する。

一時期はキャンディ断ちをしていたのだが。

やはりまた食べ始めると止まらない。

しばらく黙々とレポートを片付けていると。

AIが仕事を持ってきた。

まさか、決闘罪関係ではないだろうな。

そう思っていると。

ほぼそれに近い話だそうだ。

「今回の犯人は少しばかり厄介でしてね。 刑務所への潜入を何度も試みている人物です」

「刑務所? それは無理でしょ……」

「はい」

「それなのに試みていると?」

そうらしい。

話の経緯を聞く。

十五万年ほど前。

ある文明が、銀河連邦に正式加入した。

地球ほどでは無いにしても、まあごたごたはあって。

その時に、階級制度も撤廃された。

当然のようにろくでもない代物である階級制度だが。勿論その星でも同じ事。

ある人物は、愛する存在をゴミのように殺され。

殺した奴を、絶対に殺してやると誓った。

それから十五万年。

不老技術を受けたその復讐者は。

まだ生きている。

そして復讐の機会を狙っていると言う事だった。

「……十五万年というと、かなり長生き?」

「はい。 その種族としては史上最高齢を更新しています」

「……」

なるほど。

ひょっとしてだが、その仇として付け狙っている奴は。

もう処分済なのか。

処分というのが、具体的に何をするのかは私も実の所よく分かっていないのだけれども。或いは聞けば教えてくれるかも知れない。

まあそれはそれとして。

愛する者を惨殺されて。

そのままよく分からない知らない法律で裁かれて。

手の届かないところに仇が行ってしまった。

それは何というか、同情は出来る。

だが、AIの側でフォローはしていないのだろうか。

私には、其処が不思議なのだが。

処分の具体的内容について、私に話してくれたことがないように。

トップシークレットで。

聞かせるわけにはいかないのかも知れない。

それについては何となく分かるので、何も言わない。

問題は、復讐に捕らわれてしまっているその人物についてだ。

「今までに前科二十七犯。 刑務所への侵入、機密文書の情報入手を試みての様々な行動と、そろそろ見過ごせなくなっています」

「愛する相手を殺されたって事で仕方が無いのかなあ」

「その犯人の種族は、一夫一妻制でして」

はー、なるほど。そういうことか。

地球人類は、実の所一夫一妻制では無い。

似たような類人猿のゴリラがハーレム型。同じくチンパンジーが乱交型。そう呼ばれる方式でカップルを作る。

地球人類はその中間である。

地球には様々な生物がいて、一夫一妻制のカップルを作る生物もいるにはいるのだが。

そういう生物でも浮気をするケースが確認されている。

そういうものである。

ただ、宇宙は地球のルールでは回っていない。

その種族は、本当に一夫一妻制を貫く種族であったらしく。

伴侶を殺された場合は、絶対に許さず追い詰める性質を持っていたそうだ。

それもあったため、基本的に誰かを殺すときはその伴侶も、という方法で回っていた文明らしく。

その階級が上の相手が、伴侶ごと殺そうとしたのを生き延び。

徹底的に付け狙っていた、という状況らしい。

まあそういう種族なのだとすれば。

その行動も分からないでもないが。

十五万年か。

流石に気が遠くなる話だ。

地球人類の感覚で言うと、まだ弓矢が出てこず、投げ槍を使っていた時代ではないだろうか。

「で、その狙われている方は」

「処分済です」

「……まあそうだろうね」

「しかしながら、今問題になっている人物は、仇が「死んではいない」のだと何処かで勘付いているようでして」

それはまた、厄介な話だ。

私と同じように、勘が優れているタイプなのだろう。

だとすると何となく分かる気がする。

勘が優れているから、相手が生きている事が分かる。

自分でとどめを刺さなければ気が済まない。

どんな事をしてでも仇を討ちたい。

故に犯罪に手を染めることも何とも思わなくなっている。

「他の人間を巻き込んだりもしている? ひょっとして」

「逮捕しようとした警官に抵抗した例はあります。 ただし、どうやら他人を復讐に巻き込まないという考えについてはストイックに徹底的に守るつもりのようです」

「……あのさ、処分についてはノーコメントなんだよね」

「はい」

まあそれはそうだろう。

私にすら、処分というのが何をすることなのか教えてくれないのだ。

暴悪の権化であり。

更には警察の職務については誰よりも真面目にこなしている私に対しても、である。

しつこく聞けば教えてくれるかも知れないが。そもそもさらっと教えてくれないと言う事は、そういう事なのだと私は理解している。故に聞くつもりはない。

だから、余程のトップシークレットであり。

この文明の闇なのだろう。

ある意味、大まじめに闇に立ち向かおうとしている奴なのかも知れない。

勿論個人的動機から、だが。

「それで私は、その復讐鬼を撃てば良いのかな?」

「抵抗するのであれば」

「はー、分かったよ」

これもまた、気乗りしない仕事だ。

私は警官として真面目にやっていると思うのだが。

どうしてこうモチベが下がるような仕事ばかり回してくるかなあ。

それがちょっと不愉快である。

まあそれはそれで別にどうでも良い。

まずは犯人を知る事だ。

犯人は精悍な少年のような姿をしている。地球人と姿は似ているが、尻尾がある種族である。

この尻尾は武器にもなり、三本目の腕としても足としても動くだけでなく。

尻尾はみっちり筋肉が詰まっていることもあって、かなりの破壊力がある武器として機能するという。

大型の蛇や蜥蜴と同じだなと思った。

実際大型の蛇や蜥蜴の中には、強力な尻尾を武器として用いる種がいるのだ。

その辺りはまあ良いとして。

こんな少年に伴侶がいて。

十五万年も前に、どうして奪われる事になったのか。

要因としては、階級が上であるその仇が。道を手下を侍らせて練り歩いている時に。たまたま出くわしたのが原因であったらしい。

面白がってその仇は、出くわした相手を惨殺。

特権階級だったから、罪にも問われなかったそうだ。

そのタイミングで、丁度銀河連邦に合併され。

そして仇は処分された。

仇の家に乗り込んで殺すつもりだった復讐者は、獲物を取りあげられて呆然として。

今でも幽鬼のように彷徨っている。

そういう事らしい。

なお、よくあったことなのかどうか調べて見るが。

その仇が異常だっただけで。

周囲からも鼻つまみ者であったらしい。

AIが調べたのであるのだから、まあそうなのだろう。

更に言うと、特権階級を良い事に非道を重ねに重ねていたそうで。

まあ処分の内容は分からないにしても。

処分されたというのは。

私には妥当だとも思えた。

ムショの実態は知っている。

処分と言うからには、多分死刑なんか生ぬるい思いを味合わされるのだろうし。それを考えると、まあ妥当だろうよ。

それならば、何とかして再犯を防ぐ方が先では無いのか。

復讐鬼くんのデータを確認して見る。

どんどんやり口が巧妙になっているが、セキュリティがそれ以上に凶悪すぎて、どうしようもない。

そういう状況でも、一切諦める気が無いらしい。

直近では刑務所惑星への侵入を試みて逮捕され。

実刑で八年を喰らっている。

それでも出て来てからは。復讐のために活動をしている様子だ。

ホームページもある。

十五万年前から更新が続いているので、ある意味とんでもない。

存在そのものは、AIによって認知されているそうだ。

中身を確認してみる。

事件と仇について、何もかも詳細に書かれている。

特に仇がどれだけの邪悪な輩かは、徹底的に詳細に書かれている。

普通こういうのは名誉毀損になりかねないのだが。

AIが無言で放置していると言う事は。

完全に事実なのだろう。

まあ殺人だけで八十三件。強姦、暴行、その他諸々で千件以上。

特権階級であるという事を良い事に、それらの犯罪に手を染めていた輩だ。

仇として付け狙うのは、今回私が捕まえなければならない復讐鬼くんだけではなく。もっといたのかも知れない。

大半は諦めたのだろう。

だが、一人だけは。十五万年も諦めていないと言う事だ。

AIからデータ提供がある。

復讐鬼くんは、今回は警察署への侵入を試みているらしい。あのレマ警部がいる警察署だそうだ。

レマ警部はしばらく出張で出かけているらしいのだが。

勿論復讐鬼くんはそんな事は知らない。

というわけで、見つけ次第確保しろ。

そういう事らしかった。

何だか気が重い話だ。

そう思って、宇宙港に向かう。

個室に入ると。AIが、先読みしていたようにその話をした。

「復讐を達成させてあげればいいのではないのかと思っていませんか」

「いんや。 ただ死体蹴りする権利くらいはあるかなと思う」

「それは許しています」

「……」

HPの存在を黙認していることか。

何でも復讐鬼くんの種族は、そんなに野蛮で残忍だったのかと思われると、抗議する奴がたまにいるらしいが。

実際にあった事で。

特権階級としてやりたい放題し。

司法も手がつけられなかったというのは事実だと言う事で。

AIが存在を公認している。

故に何も対応はできない。そういうことらしい。

「地球でも似たような存在はいたでしょう。 膨大な金にものをいわせて、好き放題をしていた無法者が」

「ああ、いたね。 この狙われている仇と同レベルの奴なら、ゴロゴロ思い当たる。 もっと酷い奴もいる。 アルカポネとかがそうだ」

「アルカポネはともかくとして、犯罪者について如何に許しがたい存在で、その実態を伝える行動を続けることそのものは認めています。 出来れば、犯人にはそこまでで満足してほしいのです」

「そりゃあ難しい。 本人は殴り殺さなければ気が済まないんだろうし」

AIはそうですかと言う。

私はそうなんだよと答える。

私にしてみても、似たような事があったら仇を地獄の底まで追い詰めて殺す。

逮捕されようが知るものか。

だから犯人の気持ちを理解出来る。

「いずれにしても、落としどころは考えた方がいいんじゃないのかな」

「……特別扱いは許されません」

「それはそうだろうさ。 で、なんでレマ警部の勤め先が狙われてる?」

「恐らくですが、レマ警部ほどのエース級ならば、仇が今どこにいるのか、どうなったのか分かると思ったのでしょう」

ふむ。

犯人は、仇を追うためにあらゆる全てをそれに最適化しているような奴だ。

多分だが、犯人の文明が銀河連邦に取り込まれるのが少し遅かったら。仇討ちに成功していただろう。

むしろ、文明のガンになっていた其奴を排除した後だったのだから、良かったのだろうか。

いや、敵討ちに成功しても。

結局犯人が殺される事は回避できなかっただろう。

そう考えてみると、AIの判断は正しかったのか。

いずれにしても。

やはり知的生命体。

人間というのは、ろくでもないということだ。

地球人よりはマシだというのが更にろくでもない。

まあどうしようもないのは事実なのだから、今はともかくやれることをやるしかないのである。

現地に到着。

レマ警部、おしゃれな街に住んでるなあ。

ハイソというかなんというか。

見た瞬間、私がいるのは場違いだと言う事がわかる。

既に犯人は此処に潜伏している。

ならば、さっさと捕まえに行くか。

それとも、警察署に潜入を試みた所で捕まえるのか。

それについては。まずは警察署に出向いていてからだ。

既に警備ロボットが、相応の数展開している。

ただでさえ署は守りが厚いのだが。

中には警官ロボットまでいた。

この様子だと、余程マークされていると言う事だ。ここまでマークされている犯人はそうはいない。

私としても、ちょっと驚いた。

とりあえず、貰ったデスクを触って、データを見る。

犯人は一週間前にこの星に来た後は。

署の周りを歩いて、警備体制などを確認している様子だ。

普段の仕事は何をしているのかとかのデータもたくさんある。

まあ十五万年も復讐鬼やってて。

更には何度もムショに世話になっている人物だ。

それはもう、色々と対策もあるのだろう。

次に逮捕されたら、更に刑期が長くなるだろうに。それでも全く諦める気が無いと言うのは凄い。

確実にいける手を狙って、万全を尽くし続ける。

本質にあるのは復讐の心だとしても。

それだけのモチベを維持できるのは、凄まじいとしか言いようがない。

地球人なんか、千年で人生に飽きるのである。

それが十五万年。

色々な意味で、地球人では勝てない相手である。

さて、データを確認。

見た感じ、巡回のルートは簡単だ。警備ロボットの配置や、侵入が可能になり得る場所を的確に探っている。

それならば、こっちから出向くか。

私は席を立つ。

どうせなら、話もしてみたい。

対応をするならば、その後でもいいし。

もしも抵抗するようなら、その時に公務執行妨害で捕まえても良いのだから。

 

私が姿を見せると。

精悍な少年のような姿をした、復讐の権化は足を止めた。

しばらくにらみ合いが続いたが。

相手は戦うつもりはないようだし。

何よりも、私を知っているようだった。

「噂の狂人警官だな。 俺はニムレ」

「ああ、知っているよ。 十五万年も復讐を続けている」

「そうだ。 あんたが来るのを待っていた」

「へえ?」

名前を向こうから名乗る位の理性はあるらしい。

いずれにしても、私を待っていた、か。

レマ警部でも良かったらしい。

というか、私が出てこなかったら。侵入を試みるつもりだったそうだ。

「あんたに聞きたい。 〇〇(発音不能。 犯人の文明で最上級の罵倒らしい)野郎が何処に行ったのかは知らないか」

「知らない」

「……記録は確認したが、AIが匿った様子は無い。 更に俺は色々な新しい文明が銀河連邦に所属するのを見て来た。 重犯罪者はこぞって姿を消している。 特に既得権益を独占していたような連中は根こそぎだ」

「……」

中々に鋭い奴だ。

だが、処分云々を口にするわけにはいかない。

此奴は復讐のために。

あらゆるデータを集めているのだ。それは、見ていれば色々と分かる。とても悲しい事だとも言える。

何もかも、自分の人生を滅茶苦茶にされて。

十五万年も、それを引きずっているのだから。

「あんたはAIに信頼されているんだろう。 だったら、何かその辺りの事を知らないだろうか」

「知らない」

「いや、知っているとみた。 質問を変える。 奴は生きているのか、死んでいるのか」

「悪いが本当に知らない」

こっちの方が知りたいくらいだが。

それについては、AIは教えるべきでは無いと判断したのだろう。

いずれにしても、復讐鬼は大きくため息をついた。

「ずっと昔に、俺を逮捕した当時のエース級警官が妙なことを口にした。 AIは何かを隠しているってな。 勿論直接そういったわけじゃあない。 だが、隠していようがどうでもいい。 俺は彼奴を殺さないといけない。 そうしないと安心して地獄にもいけないんだ」

「……気持ちは分からないでもない。 私にも、どうしても殺せない殺したい奴がいる」

「そうか。 でも取引には応じないんだな」

「応じられない」

私としても、警官は続けたい。

趣味と実益を兼ね備えた仕事なのだ。

これを手放すわけにはいかないのである。

「ならば仕方が無い。 後どれだけ時間を掛けても良い。 情報を引き出せそうなエース級の警官と接触するしかない」

「それは機密情報に対する……ええとなんだっけ?」

「機密情報接触違反法25条に当たります」

「あー、分かりづらいがともかくそれになる。 もう止めるわけにはいかないの?」

いかないと、犯人はいった。

ならば仕方が無い。

私はショックカノンを向ける。

相手は、当然飛び退いて避けようとする。

人間として極限まで磨き抜かれた肉体だと言う事がわかる。身体能力だと私とタメをはれるかも知れない。

犯人の所属種族は身体能力で地球人と大して変わらない。

それなのに此処まで鍛えていると言う事は。それだけ凄まじい憎悪で、身も心も灼いてきたと言う事だ。

だが、それですらも。

テクノロジーの暴力には勝てない。

オートエイムで放たれたショックカノンの一撃で、犯人は吹っ飛び気絶する。

いつもより光が強かった気がする。

生半可な衝撃じゃ気絶しないと言うことか。

警備ロボットが来て、犯人を連れて行く。

AIが、淡々と言った。

「これは困りましたね。 犯人のターゲットは、恐らく今後情報を知っている要人に絞られそうです」

「ハー。 あまりこういうことは言いたくないけれどさ」

「……一つ教えておきます」

「?」

犯人が狙っている復讐対象は。既に処分されたと。

いや、それは知っている。

だが、AIは更に続けた。

その意味は、死刑なんて生ぬるいものではないのだと。

それを聞いて、私はより複雑な気分になった。

確かに適切な処置だろう。

地球の文明だったら、死刑は非人道的だの何だので何年も裁判を行って。結局刑務所にずっと放り込むか、或いは精神病院か。

いずれにしても、非人道的行為の極限を尽くした犯人の復讐対象に、相応しい罰は降されなかったことだろう。

そう考えてみると、公平なのかも知れない。

あらゆる意味で。

そしてその公平であるが故に。

犯人は、ずっと今後も苦しみ続けるのかも知れない。

地球時代は、セラピーがどうのと口にする人間がいたが。

そんなもので解決するほど世の中は単純に出来ていない。

ましてや十五万年も復讐鬼を続けている人だ。

その執念たるや。

下手に触れば、たちまち焼き尽くされてしまうことだろう。

私は言葉もなく。

気絶している犯人を見下ろすしかなかった。

今回も数年、刑務所に入って貰う他は無い。

誰かを具体的に傷つけるような真似はしていないのだ。

殺すべき相手を殺すためだけに鍛え。

それを邪魔する相手にさえ、その狂拳は振るっていない。

私よりもずっと立派な奴だろう此奴は。

それなのに、どうしてやることもできない。

私は、言葉がなかった。

何か、結論があるのなら。聞きたいと思った。

 

2、ルール逸脱

 

わいわいとはやし立てている連中。

此処は肉体を使った戦いを行う興業が行われている居住惑星。

地球で言うなら、ボクシングとかレスリングとか、その他格闘技全般である。

古い時代はこの手の興業は反社のシノギと相場が決まっていたのだが。

今の時代は、AIが全部取りしきっている。

地下に潜って云々はやりようがない。

全て監視されているので、地下なんてものは存在し得ないのである。

故に、反社はもうからない。

組織できもしない。

金も賭けられない。

興奮だけが残るというわけだ。

わいわいと原始的本能を刺激されて騒ぐ連中の中に、リングがぽつんとあって。

そこで原始的な肉体を使った格闘技が行われている。

この手のものは、地球時代は体重を厳密に区切って勝負をするというケースが多かった。

体重事の区分けを階級と呼んだのだが。

階級が一つ上がるとパンチの破壊力が三倍になるとかいう話もあったらしく。

それがわずか数sの差だったらしいので。

今の時代は、物好きな格闘技をやるような連中が少ないこともあり。

なかなかマッチが組めないらしい。

そこで、身体能力を人間とあわせ。

性能も人間がどうにか出来るレベルまで落としたAIを導入したロボットとの格闘技が行われる事も多いらしく。

これはこれで、人気があるらしい。

ただやはり、人間同士の格闘技がどうしても人気があるらしく。

それで八百長などが行われないように。

私らは、たまに顔を見せに行くわけだ。

私に気付いた隣の客は、一気に興奮が冷めたようで。青ざめて、そそくさとリングを囲む席から去って行く。

存在そのものが恐怖。

我ながら、適切な位置にいると思う。

ちなみに今リング上でやりあっているのは、どっちも体重が三百五十キロを越えている超重量級の種族の選手だ。

流石にアレには、私も素手では勝てない。

ショックカノンありだったら瞬殺だけど。

様子を見ている限り、勘は働かない。

不正はしていないと見て良さそうだ。

それにしても、握りこんだ掌に爪が食い込むくらい興奮している周囲を見ると。

やはり相当に鬱屈が溜まっているというのが分かる。

AIも敢えてやっているのだろう。

本来はこういう格闘技は、医師団体に反対されていたくらい危険らしいのだが。

今の時代は、命に関わるような攻撃が飛んだ場合は、シールドで防いでしまうのだろう。

その場合、一気にしらけるようだが。

それでも、AIは安全を優先する、と言う訳だ。

私は無言で様子を見守っているが。

AIに周囲から遮音フィールドを張られた時点で、察する。

「次の試合、気をつけてください」

「何か問題が?」

「はい。 対戦選手の片方が、高確率で不正をします」

「ふうん……」

話によると、今までも戦術レベルでのダーティな戦い方をする選手だったという。

いわゆる煽り行為などを行う人物で。

非紳士的行為を行った、ということで。

何度かそれだけで試合を負けにされているということだ。

そもそもこんな非紳士的行為の塊みたいな格闘技で何を言っているのかと個人的には思ったのだが。

考えてみれば、ルールがあるからかろうじて殺し合いになっていないだけであって。

ルールを破ったら、一瞬でただの殺し合いと言う訳か。

私としては、そういうもんなんだなと思うだけである。

「なんでまた、ルールを破るの其奴は」

「以前ゲーム関係の犯罪で扱ったのと同じような感触です」

「戦うのが好きなんではなく、勝つのが好きだと」

「そういうことですね」

そういえばそんな話があったな。

殺し合いをルールをつける事で、ゲームに落とし込んだのがスポーツだという話は以前聞いたことがある。

格闘技なんてまさにその典型なのだろう。

私からしてみれば、興味が無いし。

興味が無いものを貶めるつもりも、持ち上げるつもりもない。

見ていて面白くもなんともないので。

ただ見ているだけ、である。

仕事でなければ、こんな所には足なんか運ばない。

わざわざ足を運んだのは、仕事だからであって。

頭を掻きながら、聞く。

「それで? 不正をした瞬間、ショックカノンをぶち込めば良い感じ?」

「いえ、レフェリーが割って入ります。 その後、犯人が暴れるようならお願いいたします」

「OK。 勿論それだけじゃあないと」

「そうです」

実は、ダーティな戦い方をする今回の犯人は、何故か人気があると言う。

そういえば創作でも、どちらかというと良い子の主人公よりも。ダーティな手段を採るライバルや悪役の方が人気が出やすいという話を聞いたことがある。

結局の所人間は、愚連隊が大好きなのだろう。

現実にルール無用の残虐マッチをする輩が、どんな連中かはどうでもいい。

見ていて興奮する、というのは事実なのだ。

まあそんな業はどうでもいい。

「犯人が興奮して暴れ出して。 それを篠田警視正が取り押さえるなり、ショックカノンで黙らせるなりした後、観客が恐らく暴動を始める可能性があります。 その抑止力として、篠田警視正はリングに上がってください」

「……分かった」

「乗り気ではなさそうですね」

「いんや。 むしろうきうきするよ」

周囲を制圧出来ないのは不満だが。

この会場、二千人くらいは人が入っている。

それらから、上質な恐怖が摂取できるのだとしたら。私はそれこそ、実に満腹。甘露甘露というわけだ。

さて、試合にはみじんも興味が無いが。

見るとするか。

選手が入ってくる。

片方は、陰気な雰囲気の長身の青年だ。

もう片方は、威圧的な刺青を全身に入れている、いかにもな奴である。

態度も極めて横柄で。

セコンドに着いているロボットにも、高圧的に接しているようだ。

しかしながら。

意外な事に、今回のターゲットはあのいかにもな方ではないらしい。

陰気で悪さなんか一切しそうにない方、ということだった。

それはまた。

微妙な話である。

これから行われる試合は、足技無しのボクシングに近い格闘技だ。

どちらも地球人類に容姿が極めて似ているタイプの種族だから成立するのだろう。

んで、どんな不正をするんだろ。

そう思っていると。

AIから聞かされて、流石に愕然とした。

そんなアホみたいな不正が、今時成立するのか。

まあいいや。

とりあえず、ゴングが鳴る。

同時に、試合が開始された。

いきなり陰気なあんちゃんの雰囲気が変わる。

凄まじい闘気を放つと。一気にインファイトに持ち込み、凄まじいラッシュを仕掛ける。

試合場が沸く。

なる程、これは人気が出るのも分かる気がする。

試合前と試合中で、雰囲気が違いすぎるからだ。

刺青の方は凶暴そうな雰囲気だが。

試合中は一方的にぼっこぼこにされている。

単純に実力差がありすぎる。

だが、それはそれ。

私はじっと見ている。

此奴は、勝つことを楽しむようになったタイプ。

試合ではなく、試合に勝つことを楽しむようになると。

人間はどんな不正でもやる。

スポーツはルールを設けたことで殺し合いにならなくなったのに。其処でルールを破ったら、また殺し合いになる。

原初の本能を刺激されるとか、そんなのは知らない。

私からしてみれば、そんな事も分からないなら、ゲームなんかやるなと言いたいのだけれども。

どうしても不正をする奴はいるし。

古くは、そういう奴が好き放題に勝っているのも事実だった。

勘がびりびり働いている。

やるだろうな。

そう思った瞬間。

ふらついた相手の足先を、分からない程の速度で踏んだ犯人が。

それを視点に、相手に致命打となるパンチを叩き込んでいた。

何しろ衝撃が全部まともに入る訳だから、ひとたまりもない。

犯人が白目を剥いて、倒れる。

だが、警告音が鳴っていた。

「反則を確認。 無効試合とします」

「おい、巫山戯んな!」

「なんでだよ!」

観客が騒ぎ出すよりも先に。

セコンドに入っている、警備ロボットと同じ形状のレフェリーロボットに、犯人が掴み掛かった。

ロボットは円筒形だから、襟首を掴むとかそういう事は出来ない。

文字通り、掴み掛かる感じである。

「俺の勝ちだ! 相手は白目を剥いているだろうが!」

「これは反則です」

立体映像で、瞬間の光景が映し出される。

そう、相手の足先を一瞬だけ踏み。

その瞬間にパンチを叩き込む神速の技である。

なんでこんな技を覚えるのか。

普通に戦っても充分に強いのに。

勝つという魅力は、そこまで強いのか。

私にはよく分からん。

とはいっても、私の恐怖を得たいという欲求も、他人に理解出来るものではないだろう。だから、それについては何も言わない。

無言で縄について貰う。

それだけである。

「今回の試合は無効試合です。 貴方には謹慎処分六ヶ月……」

「黙れこの野郎っ!」

どうも試合が始まると興奮状態になり、当面解除されないらしい。

更には、犯人のファンらしい客がブーイングを始める。ワーワーと五月蠅いなあと、私は苛立ちを募らせた。

まだ我慢だが。

犯人はロボットをぶん殴ると。

そのまま、刺青の相手選手を踏みつけて、とどめを刺そうとした。

だが、その瞬間私が動く。

犯人が文字通り吹っ飛んで。

リングの外で、待ち構えていたレフェリーロボットが受け止めた。

ショックカノンを強めの出力で撃って吹っ飛ばしたのである。

呆然とした観客達。

これから始まる残虐ショーを期待していた奴もいたのだろう。

私が、無言でリングに上がる。

それを見て、恐怖の声が上がった。

「狂人警官だ……っ!」

「ハーイお巡りデース。 不正ありの試合を楽しもうとしていた奴は、この中にいるかなー? いたら答えろ。 その場で不正ありの試合……要するに殺し合いを私が受けて立ってやる。 勿論ショックカノンで容赦なくブッ殺す」

今まで上がっていたブーイングが一瞬で鎮まった。

「なんだ根性無しの腑抜け共が。 とりあえず今回の件について説明する。 今回の試合は、先ほど立体映像で示されたように、反則が行われた。 こんな反則しなくても普通に勝てただろうにな。 犯人はレフェリーに対する暴力行為、更には対戦相手に対する試合ルールで許されている以上の攻撃をしようとした件で逮捕。 今までも散々不正をしていたのだから、妥当な結果だ」

私が淡々と説明する。

青ざめている顔だらけで、とても美味。

実に美味。

よだれを拭いたくなる。よだれなんかでていないけど。

「犯人は免停。 実刑判決はあまり長引かないだろうが出るだろう。 反則をしても勝ちたいというのは、試合を殺し合いに変えると言うことだ。 それは私が介入するという事を意味している。 それでもいいなら、犯人を応援するといいだろう」

黙り込んだ観客達。

そして私が席に戻ると。

恐怖の顔で、私に気付いていなかった観客達は、皆何処かに逃げていった。

まあすこぶるどうでもいい。

しばらくは、暴動を防ぐために此処にいて欲しいと言われている。

私としては退屈極まりないのだが。

まあいいか。

刺青くんが担架で運ばれて行く。

今回は無効試合なので、勝者はいない。

リーグ戦でもないし。

まああの刺青くんは、見た目で威圧しながら今後もやっていくのだろう。見た目で相手を威圧すること自体は別に悪くは無い。

勝敗は別の話だが。

次は、大型種族が出てくる。

地球人から見ると、完全に巨人だ。

これに対して、自律AI制御のロボットが出てくる。

今回は同じくらいの体格の選手を用意できなかったのだろう。

それはそれでまた何というか。

人材がいないと言うか。

まあいないのだろう。

試合が開始されるが、会場はヒエッヒエである。

こういうのを箱ヒエッヒエとかいうのだっけ。言わないのだっけ。何か違うジャンルの話だっけ。その辺はよく分からない。

とりあえず、私という抑止力がいるので、犯罪はやりようがないし。

何より怖くて試合に集中するどころではないのだろう。

重量級同士が、リングの上でドッカンバッタンやってるから大迫力だと思うのだけれども。

その辺り、あんまり興奮しないのかも知れない。

或いはあれか。

集団心理か。

周囲が興奮しているのに会わせて、自分も一緒に興奮すると。

よく分からんな、その辺りは。

自分が楽しいものは、自分が楽しめば良いし。

周囲にあわせる必要などなかろう。

ましてや自分の楽しいを他人に強要したり。

逆に他人の楽しいを否定する事は、今の時代は絶対にやってはいけない事だと教わっているはずだが。

まあどうでもいいか。

しばらくして、ロボットが勝った。

途中からペース配分を明らかに巨大な種族の選手が間違えた上に、攻撃がワンパターンになっていたのだ。

人間でも勝てる程度の性能にされているAIだが。

それでも、毎回人間が勝っては面白くない。

ロボットが手を上げて勝利アピールしているのを、冷えている観客達が呆然とみているばかり。

まだしばらくはいてくれと言うので。

退屈極まりないなあと思いながら。

私はポップキャンディを咥えていた。

 

結局その後四試合を観て、暴動が起きないと判断してから、私は格闘技の試合場を後にした。

スタジアムだっけ。

コロシアムだっけ。

まあどうでもいいや。

ともかく署に出向く。犯人は、既にすっかり意気消沈して、聴取を受けている状態だった。

すこぶるどうでもいい。

とりあえず、私はデスクにつき。

聴取を確認する。

左右を不安そうに見回している犯人。

レフェリーのロボットに暴力を振るっていた凶暴な姿は何処へやら。

私が来た、と言う事で。

試合時の興奮は消し飛び。

勝者としてイキリ散らかしていた状態は、どっかに消し飛んでいたのかも知れなかった。

勝った方は何をしても良い。

古くは良く口にされていた言葉だ。

この言葉が口にされるようになると。殺し合いからせっかくゲームやスポーツに落とし込んだものが、全て台無しになる。

審判を買収する。

試合中に反則行為をする。

そう言ったことが行われるようになり。

結果としてスポーツではなくなり、殺し合いになる。

格闘技なんて更にそれが顕著だ。

元々殺し合いになるのを防ぐために始めたのに。それでは本末転倒だと、誰もが指摘しなかった。

地球時代にはいくらでもあった不可思議な事で。

そしてそれについて、疑問を呈する者は恐ろしい程少なかったという。

まあ要するに、単純に誰もが血に飢えていて。

殺し合いが見たかった、というのが本音だったのだろう。少なくとも反則や不正を肯定するような連中についてはそうだったということだ。

「というわけで君の免許は永久剥奪。 更には、実刑判決が出ている。 一週間だが、それでも実刑判決だ。 きちんと反省してくるように」

「……」

完全に黙り込んでいる犯人。

あれは反省している雰囲気では無いな。

不満タラタラだ。

私が代わろうかと退屈紛れにAIに提案してみるが。

AIは大丈夫だと言った。

「なああんたさ。 格闘技には自信あるか?」

「別に?」

「そっか。 じゃあ、これとか避けられないよな!」

いきなり犯人が俊敏に立ち上がると、尋問している警官に拳を放つ。

警官はしらけた様子で避けもしない。

それはそうだろう。

服による防御で、稲妻のような突き(笑)が、完全に弾き飛ばされたからである。

逆に吹っ飛んだ犯人に対して。

警官は。呆れたようにため息をついていた。

「聴取中の暴行未遂と。 更に刑期が延びるなこれは」

「くそっ! 卑怯だぞてめー!」

「卑怯と口にする資格は君には無い」

「……っ」

警備ロボットが入ってくると、もはや聴取は不要と判断したのだろう。

犯人を拘束する。

犯人は青ざめ、そしてもがいた。

AIに耳元で何か言われたのかも知れない。

或いは刑期が数ヶ月とかに延びたのだろうか。

可能性は低く無さそうだった。

まあいいか。

あの絶望した表情は、それなりに面白かった。それにしても、服による防御を甘く見すぎである。

そもそもだ。

古い時代だが、地球人のプロ格闘家が。草を食っている牛に渾身の一撃を叩き込んだが。牛はそれを攻撃とすら認識しなかった、という話もある。

人間の戦闘力なんてそんなものだ。

私は地球人類としては強い方だと自認しているが。それでも本気になった牛が殺しに来た場合、それを素手で止められるとは思わない。

ましてや暴力的なテクノロジーで全てが回っている今。

テクノロジーに腕力で対抗するのは不可能だ。

あの犯人は、試合で勝つ事に酔いはじめてから、バランス感覚をあらゆる意味で失ってしまったのかも知れない。

普通だったら、AI制御の防御が働いている服を着ている人間に攻撃なんて無意味だと分かっているだろうに。

それすら分からなくなっていたというのは。

それだけ何処か悲しい事なのかも知れなかった。

まあ私にはどうでもいい。

バカが一人ムショ送りになった。

そのバカを撃てた。

そして周囲が私に恐怖した。

私は甘露に満足した。

それで全てだ。

帰路にSNSを見る。

狂人警官、コロシアムを制圧する。そういうネット記事が上がっていて、かなりヒット数を稼いでいるようだった。

不正をしたブライオルトス選手が、吹っ飛ぶ様子という事で。動画までついている。

ああ、私が撃った瞬間を撮影していたのか。

物好きな奴もいるなあ。

そう苦笑しながら、記事を見ていく。

私がリングに上がって、周囲が一気に恐怖で凍り付く様子。

是非狂人警官氏はリングに上がって格闘技をしてほしいとか言う、皮肉混じりのコメントで締めくくられていた。

私がなんでそんな事をしなけりゃならんのか。

呆れた私だが。

AIは言う。

「体重差などの問題はありますが、はっきり言って篠田警視正は高い適性を持っていますよ。 格闘家というのは意外とありかも知れません」

「冗談。 つまらないからやだ」

「つまらない、ですか」

「格闘技の試合を観ていても、全然面白そうに思えなかったんだよねえ。 やっぱり銃で相手を撃つのが一番楽しい」

さらっと言った私に。

AIは返す言葉も無いようだった。

とにかく帰路を、SNSでの騒ぎを見ながら過ごす。

「やべーよ狂人警官。 二千人のコロシアムを秒でだまらせやがった」

「項羽とか呂布とかの類かよ」

「誰だそれ」

「地球時代の化け物軍人」

項羽や呂布と比べて貰えるのはとても光栄だが。

いずれにしても、格闘技には興味が無い。

やろうと思えば出来るが。

ただそれだけである。

あくびをしながら、コメントを流し見する。

AIは、私が退屈そうにしているのを危惧しているようだが。

それ以上、特に介入はしてこなかった。

 

3、夜明けの……

 

数日間、署でデスクについて、レポートを書いて。定時で上がる生活を続けた。

定時で上がったあとはジムで泳ぎに泳ぎ。

最大負荷で楽しく泳いだ後は、スイの作った夕ご飯を食べて寝る。

大変健康的な日々だが。

やっぱり恐怖は摂取したいし。犯罪者を撃ちたい。

そろそろ新しい仕事が来るかなあと思っていた頃に。出勤後、AIが話をしてきた。

「篠田警視正。 新しい仕事です」

「んー。 次は何?」

「今回はかなり珍しい仕事でして……」

「ほう」

珍しい仕事とな。

犯罪者を撃てればそれでいいのだが。

それはそうとして、珍しい仕事。

此奴が珍しい仕事というのなら、前例とかが殆ど無いケースなのだろう。

それはそれで興味がある。話を聞かせて欲しいと言うと、AIが細かい話をし始めていた。

「AIによる生物保護区の管理で、不正が行われている可能性が高まりました」

「生物保護区管理の不正? それはまた初めて聞くね……」

「はい。 珍しいケースです」

生物を捕まえて密売とか。

或いは密猟とかはやろうとする輩が必ず出てくる。

それについては別に珍しく無い。

だが、保護区の生物管理は殆どがロボットによるオートでの作業である。

生態系は極めてデリケートなものなので、管理は必要だが。

基本的に人間がやる事は殆ど無い。

介入は許されないものの。

新しく発生した生物は、細菌などに至るまでAIがサンプルを保管しているし。

もしも火山の爆発などの致命的な事が発生しても。

それはそれで、AIが生物の種子を保存しているため。仕方が無い事として流されるのである。

ドライ極まりないが。そもそもこう言う仕事は、何かしらに入れ込んでしまう人には向いていない。

故に、ドライくらいで丁度良いのだ。

以前、そういう説明を武田殿に受けた。

武田殿は警官の時代に、そういう仕事に対して興味を持ったことがあるらしく。

そういえば気象管理について知識があったっけ。

たまにSNSで情報のやりとりをしているのだが。

その時に、そんな持論を聞かされたっけな。

まあそれはそれでいい。

いずれにしても、犯人が撃てるなら私は何処にでも出向く。

地の果てだろうが、地の底だろうが、ブラックホールの側だろうが。それは一切関係がない。

デスクから立ち上がると宇宙港へ。今回は空間転移装置も使って、ダイソン球のほぼ反対側にある宇宙港へ。

随分離れた所を使うんだなと思ったが。空間転移装置を使ってからは、電車一本の位置だったし、そこまで不満は無い。

ただ、来た輸送船を見て、無言になる。

5000メートル級の特別艦だ。

普通人員が移動するのに使うインフラとしての輸送船は3000メートル級で。この大きさとなると、特殊用途がある可能性が高い。

内部に乗って見ると、人員用のスペースは小さめで。

何か大きめの装置を積んでおり。

一目で学者と分かる人間が、多数乗り込んでいた。

これは面倒だぞ。

そう思ったけれど、乗り込んだ以上は仕方が無い。いずれにしても、現地に向かうまではやる事がない。

個室に籠もると、AIと事前に打ち合わせしておく。

「で、学者先生達の中に今回の犯人がいると?」

「いえ、この学者達は今回の大規模環境異変の研究と、サンプルの採取作業のために来ています」

「保護区惑星で大規模環境異変?」

「そうですね、地球で言うと数千万年に一度レベルの環境異変です」

AIにいうと、プレート移動による火山の活性化が原因だという。

そういえば聞いた事がある。

地球で言うと、6500万年前。十キロ大の隕石が落ちた。TNT火薬換算で1億メガトン相当の破壊力を引き起こしたその大惨事で、当時の環境は一変した……のだが。

実の所、地球の環境激変は、その前から始まっていたのである。

原因は南半球にあった。

プレート移動で、当時は「亜大陸」だったインドが、ユーラシアに数千万年掛けて激突し。

その過程で激しい火山の噴火や、気象への影響が立て続けに起きたのだ。

その結果、南半球ではそもそも環境が隕石が落ちる前に激変を続けており。

殆どの生物が絶滅した。

生態系の圧倒的強者だった恐竜だけでは無い。

海での覇権を握っていたアンモナイトなども例外ではなかった。

6500万年前に起きた大規模絶滅の要因は、とどめとなったのは隕石による致命的な破壊だが。

その前から、大規模な絶滅は進行していたのである。

プレート移動による火山の活性化となると、それはさぞや大規模な生態系の書き換えが起こるだろう。

まさか、そんなところで不正をしようとしている奴がいるのか。

それは確かに許せんな。

私がふんすと気合いを入れている横で。

AIは呆れたように、たしなめるように言う。

「犯人の目的は何もその大規模異変を無理矢理止めようとか、そういうものではありません」

「何がしたいの?」

「簡単に言うと、ある大型生物の個体同士が戦う環境を無理矢理整えようとしています」

「?」

小首をかしげた。

その星は、丁度大型の強力な肉食性の生物が活性化している状態で。

それが致命的な環境の激変によって崩れようとしているらしい。

その強力な肉食性生物の強さたるや、かのティラノサウルスに匹敵するかそれ以上、という話である。

ティラノサウルスか。

現在は完全な復元図がAIから提出されている。まあ三億年前から銀河系全土を監視していたような奴だ。

復元図を持っていても不思議では無い。

その結果判明したスペックは、恐らく想定される最強のものであり。

間違いなく地球史上最強の陸上捕食生物と言う事で確定だった。

体格が殆ど互角のアフリカ象とシミュレーションで戦わせてみたら、それこそゴミのように蹴散らすほどの戦闘力を持っており。

ライオンなんかそれこそおやつにしかならない。

ゴジラ体型と言われる直立の復元図が出回っていた頃は、虎の方がティラノサウルスよりも強いとか言う珍説が流行った事もあったらしいが。

そんなものは珍説に過ぎなかったと証明されたわけだ。

いずれにしても、ティラノサウルスに匹敵する怪物となると。

確かに興味がある。

だが保護区惑星で、それに干渉する事は駄目だ。

基本的に保護区惑星は、人間の手が入らないように、しっかり管理する事で。生物の多様性について研究する場所である。

勿論完全絶滅レベルの惨事が起きる場合にはガードするが。

そうならない場合は、保護だけをする。

内部で何が起きるかには干渉しない。

勿論個体数が激減とか、そういう問題には大局的に干渉はするが。

個体個体に対しての干渉は御法度である。

そういう場所だ。

私でもそれは知っているのだが。

「犯人の意図がよく分からんのだけれど」

「最強と最強の戦いを見たい、というのが目的のようです」

「よく分からないけれど、確かティラノサウルスも共食いをした形跡があるとか聞いているけれど」

「はい。 それは形跡が残っています」

ティラノサウルスなどの大型肉食恐竜は修羅の世界に生きていた生物である。

メスの方が大きくて力が強かった肉食恐竜は、ともぐいもした。更に群れで暮らしていた事も分かっていることから、地位確認での争いも激しかった。

最強の個体が群れの長である必要があった。

捕食される側の草食恐竜も高い戦闘力を持っていたから、というのが理由だ。

要するに、それだけ強い肉食恐竜が幾らでもいて。

しのぎを削っていたわけである。

恐らくだが。

それに匹敵する肉食生物となると。

同レベル帯の実力者が幾らでもいるはずだ。

「それが……。 明らかに他より卓絶した戦闘力を持つ個体が二体、同時期に産まれてしまっていまして」

「何かの突然変異?」

「或いはですが。 環境の激変を察して、より強い個体を残したいという遺伝子的な働きが、なのかも知れません」

「そこまで遺伝子って万能かなあ」

いずれにしてもだ。

その強力な二者が戦い、どちらかが勝つまで環境の激変から守りたい。

そういう考えに、ある学者が捕らわれてしまっているようだ。

なお、その学者はこの船に乗っていない。

環境保護区だけで構成されたその星の、衛星軌道上にあるステーションにいるそうである。

とりあえずこの輸送船はそのステーションに向かう。

大型なのは、ステーションに物資を補給するのと。

膨大な機材を積み込んでいるから、である。

これから環境の激変が数百万年続くのだ。

その監視をするための機材類である。

場合によっては、その環境激変の最中に、知的生命体が出現するかも知れない。

その場合はすくい上げる。

そういう事の為にも、機材類は必要なのだそうだ。

なるほどねえ。

私は話を聞きながら、ふんふんと頷く。

いずれにしても、大半の学者は淡々と自然の摂理を守るための仕事のために現地に向かっていると。

そもそも知的生命体は自然の摂理から完全に外れている。

だからこそに。こうやって知的生命体から守るために保護区惑星が必要な訳だが。

それをひっくり返そうとしている奴がいるなら。私の出番にはなる。

ただ、今回も。

あまり気持ちよく撃つとはいかないだろうなと、状況を聞いた今では思うのだった。

犯人の言う事も分からなくもないのである。

ただし、その言い分を許すわけにはいかない。

私は、黙々と既に渡されているショックカノンの手入れをする。

勿論受け取ったときには、神経質過ぎるレベルでの手入れを受けた後だから。

何か不具合など、見つけたこともないし。

そもそも此奴は、泥の中とかに数千年くらい放置しても壊れないという話である。

不具合なんか見つけたら、地球時代の宝くじに当たるどころの騒ぎではないだろう。

無心にショックカノンを弄っている私に、AIは何も言わない。

私はショックカノンの手入れを終えると、SNSを確認。

天体規模の気象以上については、ニュースがあったが。

保護区惑星の気象なんて、基本的に興味を持つ方が珍しい。

誰も気になどしてはいなかった。

まあそれはそうだろうな。

そう思いながら、ゆらりゆらりと行く。

寝るには時間が足りないし。

ぼんやりしているには時間が余る。

面倒くさい距離にあるのだ。

程なくして、ステーションが見えてきた。

側にあるのは、かなり赤黒く染まっている星。

既に火山の大規模活動が始まっていて。

星全体に影響が出ているようである。

こりゃあ、大変だな。

思わず私も、そうぼやいていた。

人間が介入しない。

そういう約束の下、あの星は滅亡も勃興も含めた活動をしている。それはとてもカオスであり、ダイナミックである。

人間がそれに干渉する事は許されない。

遺伝子データはAIが全て確保しているし。更に言えば新しく何が産まれるかはAIも予測できない。

細菌もウィルスもそうだが。

どんな危険な存在が生じるかもまったく分からない。

そういうものが生じたときに。

真っ先に隔離先で、ロボットを使って研究できる。

その点でも、強みになっているし。

何より、神を気取って気に入った生物だけをすくい上げるとか、それはまずい。

知的生命体を隔離するのは、破壊力が大きすぎて環境を滅茶苦茶にするから、という理由がある。

実際、地球の生物を保護区惑星で管理しているらしいが。

今ではすっかり生態系も安定し。

地球人類のせいで押さえ込まれていた生物たちも、相応の環境でのびのびやっている様子だ。

私は複雑な気分で、頬杖をつく。

程なくして、輸送船がステーションに着艦。

科学者達がぞろぞろと降りて行く。

私もその中に混じって、迷彩つきで降りる。

面白い話だが。

この中にいる科学者達は、どいつもこいつも皆互いが誰だか分かっていないし。互いの仕事についても知らない。

AIがトップダウン方式で回しているので。

恐らくはそれが一番良いのだろう。

科学者ほどになってくると、AIの凄まじい知略については分かるのだろうし。

不満を口にする気にもなれないのかも知れない。

まあ、私が撃ってきた犯人の中には科学者もいる。

当然何事にも例外はいるのだろうが。

さて。行くか。

指示通り、研究スペースに行く。

手帳にはIDカードの役割も与えられていて、内部に入るのはとても簡単である。

そのまま黙々と奧へと移動する。

それぞれの研究スペースで、それぞれ無言で科学者が作業をしていたり。

或いはまるで誰かと話しているように、興奮して独り言を言っている科学者がいたりした。

勿論周りは誰も気にしないし。

話しかければ本人が困惑してしまうだろう。

「ええと、標的は……」

「もう少し奧です」

「うん」

そうか、もう少し奧か。

案内されているからわかっているのだが。

それでも、何だか複雑である。

やがて、犯人の部屋についた。

犯人は、複雑にコンソールを操作している。

既に保護区惑星全域に影響が出ている状況だ。

犯人は相当に無茶をやらかそうとしている。その筈だ。

私は、迷彩を解除。

犯人は、顔を上げずに言った。

「警察か?」

「……その様子だと、捕まるようなことをしていると知っていたと?」

「ああ、好きにするといい。 ただ最後に見届ける事だけはしたい」

「コンソールの操作は止めるように」

手を止めると、顔を上げた。

非常に毛深いタイプの種族だ。

全身を剛毛が覆っていて、何というかとても強そうである。地球で言う、ゴリラが勘違いされていた時代のそれに見える。

無言で科学者は、顎をしゃくる。

どうやら、火山の噴火の影響が到来する前に。

最強の二頭が対峙していたらしい。

この種族は定期的に強大な個体がフェロモンか何かで引き寄せ合うようで。

場合によっては島一つ生息域が離れていても、互いに殺し合いに向かうのだという。

見てみると、四つ足の非常に逞しい生物だ。

雰囲気としてはワニににているが。

更に逞しく、顎の力や俊敏さは更に高そうである。

ただしティラノサウルスほど大きくはない。

体高を低くして安定性を上げ。

更には対応力も高めた、という所だろうか。

総合的なスペックでは互角くらいとみた。

いずれにしても、その中でもずば抜けて最強。普通ではほぼ誕生し得ないというのだから。

それは凄い個体なのだろう。二体とも、だ。

「既に絶滅は始まっている。 この二体の戦いに関しては、私は邪魔が入るようなら、シールドでもなんでも張るつもりだった」

「絶滅が始まっているのに殺し合ってるのか……」

「そういう本能なんだ。 そしてそういう本能なら、尊重しなければならない」

愚かしい本能だなと一瞬思ったが。

それでも、そもそも自分から星を滅ぼそうとした地球人類よりはまだまだ全然ましだろうか。

ここに来るまでに、この生物のざっとしたスペックは見た。

確かに荒々しい生物だが、必要以上の無駄な殺しはしない。

そういう意味では、地球にいた獲物を嬲るような性質を持っていた生物よりもだいぶましだといえる。

「戦いは、恐らく数十秒で終わる。 そこまで、待ってくれればそれでいい」

「……」

「数十秒だけだ。 頼む」

「分かった。 今の時点では余計な事をしていないし、そもそも撃つ理由がない。 ただし、後で聴取は受けてもらう」

実際問題、今回は命令違反くらいしか今の時点で罪状がないそうだ。

偏った観察。

場合によってはその偏った視点による介入のもくろみ。

それくらいしか、罪に問える要素がないとAIに耳打ちされる。

火山の噴火を結局この学者は止めなかった。

理由としては、恐らくその伝説の二体がぶつかるのが間に合ったから、なのだろう。

なんともまあ。

ある意味、決闘を見届けるためにきた人物の気分なのかも知れない。

決闘罪だと、決闘を幇助する人間も逮捕されたはず。

今回は少しケースが違うが。

それに近い状況なのかも知れなかった。

にらみ合いながら、互いに半円を書いて歩き、隙をうかがう二匹の強大な肉食獣の画像が映し出されている。

やがて、両者は。

音も無く、互いに向けて動いた。

最強と最強が、滅びいく中激突している。

互いに手を組んで滅びを回避しようなどと言う事は考えない。

なぜなら、そういう性質を持って生まれてしまったからだ。

馬鹿馬鹿しい話ではあるが。

そういう本能なら、尊重しなければならない。

また、滅び去ったとしても。

保存されている遺伝子データはある。

別の保護区惑星で、やがて新たな生を受けることだろう。

銀河系にある星系は4000億。

場所は、文字通りいくらでもあるのだから。

その気になれば、星系に属する必要すらもない。

宇宙ステーションに保護区を作るケースすらあるという。

今はそれだけのテクノロジーが存在している。

故に、好きなだけ。

思う存分、生を謳歌しろ。

この戦いが生の一部だというのなら。

それを謳歌しろ。

科学者が、おうと吠えた。

一瞬にして戦いが始まり。互いの急所を的確に捉え合ったのだ。

凄まじい手練れ。

全身互いに傷だらけ。

どれだけの死線をくぐってきたのか、分からない程だ。

その歴戦の猛者二体が、その歴戦の全てをかなぐり捨てて、滅びの中殺し合っている。

これを馬鹿馬鹿しいと考えるか。

それともこれこそ生の煌めきと考えるのかは。

人によるのだろう。

私はどちらかというと、愚かしいなとは思う。

だが、それに干渉してはいけないと思うのも、また事実だった。

無言のまま、凄まじい戦いを見やる。

互いに相手を殺すために視力を尽くしている二体の最強。私から見ても、力量は拮抗している。

やがて、どちらも動きが鈍くなっていった。

致命傷が鋭い牙から入っているのである。

ほどなくして、両方は絡み合うようにして、互いに急所に牙を立てたまま動かなくなった。

犯人は、大きくため息をついた。

「どちらも良くやった。 誰も見ていないと思っていたかも知れない。 だが、私は見届けたぞ……」

火山の噴火の影響だろう。

戦いが終わった、くすんだ島に大雨が降り始めた。酸性の極めて強い危険な雨だ。

これでは、スカベンジャーが荒らす余裕すらもないだろう。

死体はそのまま、朽ちていく。

いや、火山の噴火がこの保護区惑星中で活性している。

いずれ、津波か何かがきて。

死体そのものがさらわれていくかも知れない。

海すらも無茶苦茶になっている状態だ。

こういう状態に星がなると、生態系の上位にいる生物から滅びる。

あの最強の二体の種族は。

確定で滅ぶだろう。

それはもはや、回避できない運命なのだ。

犯人は両手を挙げると、好きなようにしろと言った。

私は頷くと、指を鳴らす。

警備ロボットが着て、犯人を連れて行く。

命令違反で、色々と指示作業を怠った。

更には、本来は自然に起きるべきだった火山活動を停止しようとしていた。

これらの罪で、訓戒処分が入ると言う。

実際に火山の活動を鈍らせたり、停止させたりしていたら。

その時はもっと罪は重くなり。

場合によっては実刑判決がでただろうということだが。今回のケースでは、そこまでいかないそうだ。

ただ、この研究チームからは外れるそうである。

まあそうだろうな。

私はそう思った。

死んだ二体の最強に、酸の雨が容赦なく降り注いでいく。とはいっても、それで一気に肉体が溶け崩れる事はない。

何もかも等しく、ダイナミックな惑星の活動によって滅びに向かう。

それを回避した一部が、生態系のニッチを埋めるべく大躍進する。

其処に絡むのは運だ。

生物として優れている事、ではない。

知的生命体になると、その摂理からも外れる。

だから、知的生命体から保護しなければならない。

そう言い聞かせながら、私は連れて行かれた犯人と。

そして、死んだ二体の最強をもう一度見やっていた。

「撃ちませんでしたね」

「撃つほどの事はしていなかったし。 撃っても楽しく無さそうだったし」

「……篠田警視正。 もう一人、対処をお願いしたい相手がいます」

「んー」

其奴は、火山の噴火を更に活性化させ。

この保護区惑星の生物全てを滅ぼそうとしているという。

なんでそんな事をするのか。

理由は生理的に受けつけないから、だそうだ。

見ていて気持ちが悪い。

それを滅ぼせる力がある。

だからやってやる。

どうせ、ちょっと細工をしたくらいじゃあばれない。そんな風に考えているのだそうだ。

呆れた。

とりあえず、そのアホ学者の所に行く。

其奴は表向き淡々と作業をしていたが。

確かに、気象操作用のシステムを弄くり。火山の爆発の規模を、桁二つあげようとしているようだった。

指を鳴らすと、システムの操作にロックがかかる。

ロックがかかったことに気付いた学者は、猿みたいなわめき声を上げた。

振り向いた其奴は。

地球人に非常によく似た種族だったが。

はっきりいって、さっきのゴリラに似た種族の科学者の方が、遙かに理知的に見えた。

見かけなんて全くあてにならないものだ。私も色んな犯人を見て来て、それは嫌と言うほど悟っていたが。

これはまた醜悪だなと、苦笑していた。

「なんだお前!」

「ハーイお巡りデース」

「……!」

それで、やっと私の正体に気付いたのか。

其奴はすくみ上がったが。

次の瞬間、私はショックカノンで吹き飛ばしていた。

此奴の罪は、未遂ではない。

もう少しで本当に火山が桁二つ大きい噴火をするところだった。これからまだまだこの保護区惑星では火山噴火が続くのだが。

そんな破滅的噴火が起きたら、保護区惑星を一から再構築しなければならないところだった。

いずれにしても此奴は実刑判決らしい。

まあその辺りのさじ加減はよく分からないが。

生物の本能にしたがった悲しい決闘を最後まで見届けたいと願った科学者と。

自分の主観からして気持ち悪いと言う理由で、何もかも滅ぼそうとした輩では。

同列に論じるのは、確かにおかしい気もした。

まあ今のはすっきりした。

撃つ瞬間、恐怖も摂取できた。

これでいいだろう。

なんかすっきりしない部分もある。この保護区惑星は、これから地球が何度も迎えた大規模環境激変と同じ状況に陥る。

それで生物の90%以上が死滅するだろう。

その後には。

新しく、別の生物が勃興する。

地球で結局頭足類が地上に何故か進出しなかったように。

その勃興には強い運が絡む事になる。

結末は誰にも分からない。

私はショックカノンをしまうと、代わりにポップキャンディを取りだした。

口に入れると、ぼやく。

なんだか、やるせねえなあ。

そして、帰路についていた。

 

4、結論は結局出ない

 

自宅に戻る最中、この間の監視衛星から確認した保護区惑星の状況について確認をしてみた。

やはりかなりの速度で、火山の噴火の直接的間接的影響を受けて、多くの生物が絶滅しているという。

場所によっては海がそのまま煮立ち。

その海域にいる生物そのものが全滅しているそうだ。

火山の噴火によって生じた溶岩は容赦なくあらゆる全てを焼き尽くし。

また噴火の後に噴出した猛烈な有毒ガスが、生物を根こそぎにしていく。

そして噴火によって巻き上げられた粉塵が、空を覆い尽くし。

雲で陽光を遮り。

一気に星そのものの温度が下がっていく。

ダイナミックに行われていく気象の変動。

それを、私はリアルタイムで見る事になった。

これでいい。

それは分かっているが。確かにこれほどの状況。対応したいと考えたくなるのも分かる。ただ、それはやってはいけない事も分かっている。故に複雑だった。

ため息をつく。

七つ目のポップキャンディのゴミを、専用のゴミ箱に捨てる。

八つ目を咥えると。

AIが苦言を呈してきた。

「食べた分動くとは言え、少し食べ過ぎではありませんか?」

「いいんだよ。 ストレスフルな仕事ばっかりしてるんだから」

「……」

「たまには何も考えずに甘いモン食わせろ」

ポップキャンディの柄を揺らして、そうぼやく。

私はもう一度ため息をつくと、わずかな待ち時間眠ろうかなと思ったが。

運命は残酷なもので。

もうじき私の住んでるダイソン球に着くと連絡がある。

宇宙港で降りると、私は黙々と自宅へと急ぐ。

今日は何というか。

ジムに行く気にもなれなかった。

自宅に着くと、スイがぺこりと出迎え。

多少は腹の虫の居所も良くなるが。

それだけだ。

無言でいる私に、スイは何も言わない。

恐らくだが、私の操縦方法をもうスイは把握している。

それはそれで有り難い。

スイは私に不愉快ではないように振る舞う。人間関係としてはあってはならないことだが。

スイはロボットだから。

それで正解だ。

仮に、此処でいきなり私がスイをバラバラにしても、ロボット相手だから何の問題もない。

勿論そんな事はしないが。

横になってぼんやりしていると、スイが少し離れた距離から聞いてくる。

「お風呂になさっては」

「そんな気になれない」

「……衛生面で問題があります」

「分かった、確かにそうだね」

今日はジムも行っていない。

今時の風呂は入るときちんと殺菌されるようにもなっている。

風呂に入ることにして。

そして思うのだった。

色々な争いの形を見た。

どうしようもないものもあったが。どうしようもしようがないものもあった。

前者ははっきり言って、その場で殴れば終わった。

後者は何をしても。

誰にも止めることも出来ないものだった。

恐らくだが、多くの決闘は前者なのだろうが。まれに後者のものもあって。それははっきりいってどうにもできない。

どちらかが死ぬ事でしか決着しない。

私は、そういうものを持たなくて良かった。

そう思う。

私は元々狂った存在だが。それでも、今回の一連の事件については、思うところも多かった。

それは決して、狂っているからではないだろう。

風呂から上がって、夕食を取って。

それから、今日はもう特に何もする事はせず眠る事にする。

明日はマシな仕事が来るだろうか。

どうにも、そんな甘い考えは捨てた方が良さそうだ。

そう私は思った。

 

スイは見ていた。

どんどん不機嫌になるマスターの事を。

ロボットであるスイは自己保全などに殆ど興味が無い。

地球時代にあったロボット三原則というものについては知っている。

現在、適応されているAIの基礎についても。

基本的にロボット三原則は実現しなかった。

軍用ロボットに搭載するAIは当然相手を殺す事を視野に入れる。

そしてスイには、自己保全の概念が存在していない。

自分の作られた目的を思うと当然だろう。

スイが顔を上げる。

そのまま、信号としてAIからの指示が来ていた。

「予備のパーツを仕入れておくように」

「分かりました」

そのまま注文を入れておく。

予備と言っても、3Dプリンタで作るだけである。だから、その3Dプリンタで使う原材料だけを仕入れる。

この家にも3Dプリンタはある。

だから、別に問題は無い。

これから、壊されるのだろうか。

どんどん不機嫌になっていくマスターを見ると、それは可能性としてあるのではないかと感じる。

だからといって、何とも別に思わない。

壊されたときは、その時はその時。

だが、不思議な予感がある。

どれだけ不機嫌になっても、マスターはスイに手を上げない気がする。

何故か、その予感だけは消えなかった。

 

(続)