銀河に残った荒野の跡地
序、昔は無法地帯だった
私はうんざりしていた。
今回の犯罪は、SNSに関するものである。
古い時代。
SNSはスラムだった。
正確にはネット全体がそうだったと言っても良い。
地球圏の文化について勉強するとき、ネット文化の変遷は必ず教わるところだが。
古くはパソコン通信の時代から、モデムなどの劣悪な接続環境から重い回線を使う時代。
個人HPやチャットなどの全盛期を経て。
最終的にはSNSが他を全て吸収していくこととなる。
古くにはネットで起きた問題は、警察でも殆どどうにもできなかったらしい。
これに関しては地球以外でも同じで。
新しいタイプの犯罪には、警察は対応が難しかった、と言う事だ。
今は違う。
古くはプロキシサーバを介したり。
海外のネットを介したり。
警察が介入できない悪事は幾らでもあったらしいのだが。
今の時代は、ネットの管理はAIがやっている。
誹謗中傷の度が過ぎると、AIが私みたいなのを派遣する。
そういう事だ。
今回は誹謗中傷では無い。
デマを拡散しようとした奴の対策である。
「こいつ、アカウントを1000件も持ってるのか……」
AIに掛かれば、犯罪に手を染めた奴の全てが明らかになってしまう。ネットでもそれは同じ事。
それも一瞬で、である。
アカウントをどれだけ持っているか。
過去にどんな発言をSNSでしたか。
本人が発言を消しても、ログそのものが保存されているのだから対策のしようが無い。
犯罪をしなければ人権は担保される。
だが、もしも犯罪になる場合は。
AIはある意味、微塵も容赦がないのである。
「1000件もアカウントがあると、それぞれでつじつま合わせとか大変だろうに、よくもやるよ本当に……」
ぼやく。
データを確認しながら。
AIは何も言わない。
私が珍しく本気で辟易しているのに気付いたからだろう。
私自身うんざりしているし。
AIに何か言って貰おうとも思わない。
とりあえず、発言内容を洗い出し。
あるネットアイドルを中傷しようとしていることは確かめた。
現在ネットアイドルは、生身でやっている奴が5%ほど。残りの大半がAIによるものである。
生身でやっている奴も、大半はガワを被っている。
地球時代、Vtuberと言われた奴だ。
モーションキャプチャーを被って、それで色々個性的な活動をする。
現在はそのVtuberですら全体のごく少数。
生身を曝しているネットアイドルに至っては、絶滅危惧種だ。
そんな絶滅危惧種に嫌がらせをして、挙げ句の果てにデマを拡散しようとしている奴がいた。
それについては、AIが全てのネットを常時リアルタイムで監視しているので、即座にばれ。
前にも色々やらかしていた奴なので、私が喚ばれたと言う事だ。
実際には、他の警官でも良かったのだろうが。
私の住んでるダイソン球に其奴がいる。
ただそれだけで、私がいく事になったらしい。
まあ悪質だった、と言う事もあったのだろうが。
いずれにしても、私が此処に住んでいる事は犯人も知らなかったのだろうし。運が悪かったのだろうな。
色々な意味で。
さて、問題になりそうな発言はだいたいピックアップした。
こういうのは支援マクロを今では私みたいなド素人でも簡単に組めるので。
洗い出すのは簡単ポンである。
まあ出るわ出るわ。
色々問題行動、問題発言のオンパレードである。
古い時代は問題にならなかったのだろう。
それこそスラム同然だった地球時代のSNSとかではなおさらだ。
だが、今は違う。
問題発言を繰り返す奴は場合によってはSNSのアカウントを全停止されるし、SNSの閲覧さえ禁止される。
実刑判決も出る。
そういう時代だ。
「とりあえずこんなもんかな。 確認して頂戴」
「専門分野ではないのに、申し訳ないですね篠田警視正」
「まあしゃあない。 で撃って良い?」
「抵抗して逃げようとする場合は」
頷くと、私は席を立つ。
この間の星で会った武田殿とはなんか妙に話が通じるので。私の数少ないSNSアカウントで時々やりとりをしている。
大鎧っぽい甲冑を着てるのに(正確には違うかも知れないが私には違いがよく分からん)、中身はごく紳士的な穏やかなおっさんである。
私の過激な行動には基本的に触れずに、戦国時代の話とかをしてくれるので、個人的には参考になる。
レマ警部補は私を毛嫌いしているので一方通行の関係だが。
まあこういう面白い関係性も、たまにはありなのだろう。
ダイソン球の中で、電車を使って居住区を移動する。
電車の窓から外を見ても、ずっと似たような光景なので飽きる。
SNSで推しのデジタルアイドルを見ているが。
今回はまずいと言われている何処かの星の古代の保存食(その星の住人ですらまずい事をネタにする程である)に挑戦し。
出来るだけそれを貶めないようにレビューするというものだった。
実体がないから実食は出来ないが。
味覚などは分かるので、それでレビューするという企画らしい。まあ色々挑戦していて、結構なことである。
ちなみに私が推しているこのデジタルアイドルも。
当然中傷を受けたことがあるらしい。
何しろ超長期間活動しているアイドルだ。
それはもう、仕方が無い事なのかも知れない。
ただ、その時もちゃんとAIは仕事をしている。
この推しのデジタルアイドルの歴史を調べたときに、中傷とそれによる逮捕者が出た記録がきっちり残っており。
まあやることはいつもながらしっかりやってるなあと、感心したものである。
とりあえず、今の時代は。
ネット上だからと言って好き勝手は言えないし。
言う事を言ったら逮捕もされる。
ましてやデマを垂れ流したら更に罪は重くなるし。
何処に逃げても逃げられっこない。
そういう時代だ。
ネットだからばれないという事が、古くはスラムと同等のモラルを作り出していたらしいのだが。
今はそれもなくなった。
スラムそのものがない時代なのだから。
それもまた、良いのだろう。
誰もが家を持ち。
貧困に苦しまない時代。
それなのに、文句をブー垂れている方が悪いのである。
電車を使っての移動も終わり、犯人の家の前につく。
ダイソン球内の居住層にある家である。その点では私と同じ。通路に点々とドアがあって。その中にそこそこの広さのスペースがある。誰もが住んでいる家だ。
当たり前だが、富の格差がない時代だ。
他と大して変わらない家である。
とはいっても、地球時代の日本で言うと百畳くらいの広さはある。
つまり、皆が豊かに暮らせている時代なのである。
チャイムを鳴らす。
反応はない。
まあ向こうが家の中にいることは分かっている。しばらくチャイムを鳴らした後。
AIに言って、ドアの鍵を開けて貰った。
後は蹴り開けて入る。
このタイプの家の場合、ドア以外からの脱出は不可能だ。裏口は既に警備ロボット達が固めている。
ドアを蹴り開けると、堂々と中に入る。
間取りは変えているケースがあるが、家の中そのものは他と広さなどでも変わりが無い。
強いていうなら立体映像のアクアリウムがあるくらいだ。
実際に魚を飼うことは許可されていない。
強いていうなら、生物保護区の海の中に定点カメラを仕掛けて、その周辺を映像化している奴はいる。
他は特に代わり映えもしない。
犯人は、どうやら奧に立てこもっているようだった。
「PCは押収。 さて、と」
くるりと、寝室の方を見る。
そっちにいると判断したからだ。
勘である。
私の勘は良く理屈が分からないが、とにかく当たる。
たまに外れる。
それは仕方が無い。人間なので。
とりあえず勘に従って動くが、外れたときもこの状況ならどうにでもなるだろう。
ドアを開こうとすると、どうやら家具か何かで塞いでいるらしい。
ふっと笑うと、力尽くで引っ張り開けた。
家具の一部ごと、ドアがこっち側に引っ張り開けられる。
塞いでいる家具を蹴り倒して内部に入る。
どうやらベッドの一部をバリケードにして、それをドアの取っ手に引っかけ。それで動かないように固定していたらしい。
だがささやかな抵抗だ。
これを古い時代になんといったか。
龍車に立ち向かう蟷螂の斧、だったか。
「ひ、ひいっ!」
犯人が悲鳴を上げた。
マイナーなネットアイドルに対して陰湿なデマを流していたのは、どんな奴だろうと思って来てみたら。
同年代の女性である。
容姿を誤魔化している様子も無い。
種族は地球人に似ているが、まあ収斂進化だろう。肌の色が青い。遺伝子異常でそういう肌の色になるケースもあるが、残すか残さないかは本人にゆだねられる。いずれにしても、地球人では無い事は、既に捜査の途上で分かっていた。
無言でショックカノンを叩き込む。
それなりに彼女の種族では美人に分類される容姿であるのに(整形などをしている可能性はある)、なんでこんな事をしたのか。
とりあえずとっ捕まえたので。
後は聴取して確認である。
警備ロボットに後始末は任せる。
犯人の家だからと言って、捜査をした後は丁寧に元に戻すのが当たり前。
出所した後は、その後には家に戻ってくるのだ。
隣人が何者だろうが気にしない。
そんな時代だから、まあそうなる。
家を引っ越すにしても、もとの資産は保存されている。
場合によっては数十年単位の刑期が課せられた場合でも、である。
AI曰く「処分」なんて事もあるらしいが。
私が扱った犯人の中では、前に銀河連邦に所属したばかりの文明の跡地で投棄された奴隷を保護されたとき。その文明で悪逆を尽くしていた連中がされた、という事くらいしか聞いていない。
いずれにしても、たかがネットでの誹謗中傷。
実刑はつくだろうが。
処分なんて事にはなりえまい。
処分なんて事になるのは、それこそアルカポネのような人間と呼ぶに値しないクズの場合だけ。
流石に今回の犯人は、あのようなド腐れ外道のゴミカスと一緒ではないだろう。
警備ロボットがてきぱきと家の中を掃除していく。
端末なども全て抑えて、データも確認。
AIが帰ろうとする私に苦言を呈する。
「まあこれ以上錯乱されると困るので射撃は許可しましたが、本当にいつも躊躇なく撃ちますね……」
「あんなバリケードを作ってる時点で抵抗だよ」
「一利はありますが」
「あー、恐怖美味しかった」
満腹。
犯人は小物だったが、まあそれはそれで良いだろう。
美味しかったし。
署に戻る。電車を乗り継ぐと言っても、それほど時間は掛からない。
署に戻ってデスクにつく。誰も、それを見る者もいない。隣が何をやっているのかも分からない時代である。
私も隣に誰が座っているのか。
どんな捜査をしているのかは、全く興味が無かった。
小さくあくびをすると。
とりあえず聴取が開始されるまで、レポートを処理して時間を潰す。
レポートを淡々と処理していると、AIに幾つか言われた。
「篠田警視正に昇進の話が出ていることは、以前お話ししました」
「ああ、どうせ階級上がっても無意味だし、別にずーっと後でもいいよ」
「いずれにしても今回は犯人が小物過ぎるので昇進はありません」
「知ってる」
タン、とキーボードを叩いて、レポートを仕上げる。
誤字があっても別にかまわない。
AIが無言で直すだけだ。
そのまま次のレポートに取りかかる。
「この間レマ警部補が警部に昇進しました」
「ああ、そういえば年単位で逃げてた強盗捕まえたんだよね。 まあそれなら当然じゃあない?」
「特に嫉妬とかは無さそうですね」
「まったく。 向こうは私を嫌ってるの確定だけど、私はレマ警部補……もう警部かは好きだし」
次のレポートも、機械的に仕上げる。
AIは安心したようだった。
「実はですね。 今回の犯人ですが。 過去にネットアイドルをしていたようなのです」
「へえ」
「今時珍しい顔出しの配信です。 似たような相手が、自分より売れていると言う事に嫉妬しての行動のようです」
「自分よりも売れているってねえ……」
そもそもドングリの背比べだろうがと、ぼやきたくなった。
今回デマ拡散の被害にあったネットアイドルだが、お世辞にも人気がある方ではない。
私が推しているデジタルアイドルの万分の一どころか、それにすら及ばないファン数程度しかいないし。
それでもちょっと多すぎるのではないかと思う程、活動が地味だ。
似たような行動をしているから目に止まり。
嫉妬の炎がめらめら来た、というような雰囲気なのだろうか。
喧嘩を売るには丁度良い程度の相手、という感じだったのか。
それにしても陰湿すぎる。
何というか、ついて行けない世界だなと思ったが。
とりあえず、聴取の準備が出来たようなので。
レポートを切り上げて、聴取を見る事にする。
既に警官が聴取に当たっている。
ネット犯罪専門の警官だが。
その人物も、うんざりしているようだった。
当然この署にもネット犯罪対策のお巡りはいる。
私も顔は知らない。
そもそも専属かすら分からない。
それでもAIがガッチガチに裏から管理しているから組織は回る。
そういう時代だ。
多分だが、変な派閥とか人脈とかを作られるのを避ける為の行動なのだろう。
AIは人間を知り尽くしているし。
考えも先を行っていると言うことだ。
「それで千もアカウントを作って、デマを拡散するのを必死になってやったと」
「ごめんなさい……」
「あのね、泣き落としは通用しないの」
「……」
対応に当たっている警官も女性警官だ。
古い時代は泣き落としでだいたい何とかある時代もあったらしいが。
そんなもん、今の時代は感情のグラフなどを客観的に見る事が出来るので。嘘かどうかは一発で分かる。
一時期は顔出しでネットアイドルをやっていたような人物だ。
好きな時に好きな表情を浮かべられるというのはあるのだろうけれども。
それでも今時泣き落としとは。
苦笑してしまう。
「醜い嫉妬心から、大して自分と実績も代わらないネットアイドルにネットストーカーをしたと。 実刑判決は免れないから覚悟はしてね」
「実刑……」
「AIによると実刑一週間。 ただそれ以外のペナルティのほうがきつそうだけれども」
今までSNSに有していたアカウントは全凍結。
また、当面SNSにはアクセス不可。
ついでにネットアイドルとしての活動は今後禁止。
以上だ。
なるほど、それは此奴に対しては最高の罰になるだろう。
泣き落としでどうにかなると思っているような甘ったれには、丁度良いビンタという訳だ。
見る間に真っ青になる犯人。
それに、とどめの一撃を警官は入れた。
「貴方も知っている狂人警官。 また何かやったら来ると思う」
「……」
声も出ず。
その場で漏らす犯人。
これは泣き落としでも演技でも何でも無いだろう。
警備ロボットが犯人を連れて行き。
椅子を消毒する。
私はちょっとだけオチは面白かったかなと思い。恐怖を摂取できてそれも良かったと想ったのだった。
1、総当たり
古い時代に、ネットでの障壁を突破するのに物量作戦が用いられたことがあったらしい。
パスワードを総当たりで試してみたり。
或いは大量のゾンビ化したサーバなどから、膨大なアクセスを浴びせて相手のサーバを停止させたり。
そういうことをするネット犯罪者がいたそうだ。
パスワードに関してはブルートフォース攻撃という名称が用いられたとかいう。
なんか格好良い名称だが。
要するになんか兎に角数打てば当たる的な行動であることは疑いない。
馬鹿馬鹿しい話だが。
当然今の時代は、そんなものは通用しない。
例えば多数のサーバから一斉攻撃するDOS攻撃だとかDDOS攻撃だとかいうものは、今でも希にあるらしいが。
基本的に実体サーバをゾンビ化する事はほぼ不可能だし。
仮想化したサーバでも同じ事。
自宅に大がかりなサーバを作って、その中に大量の仮想サーバを作ってからのDOS攻撃も理論的には出来るが。
そんなものは一瞬でAIに感知され。
鎮圧されるのがオチである。
そして、そんな大規模攻撃をしようと、まずはサーバをゾンビ化し乗っ取ろうとした犯人の情報が。
私の所に届いていた。
今の時代、コンピュータウィルスだとかトロイの木馬だとか、専門家でないと小首を捻る時代だ。
通用しないからである。
セキュリティシステムはAIがガッチガチに管理しており。
ウィルスだの木馬だのは、もはや完全に過去の遺産と化している。
使った所で効果がなくなれば廃れる。
そういうものだ。
それなのに、どっかのオバカちゃんがそれを地力で組んで。今他のサーバに対して試そうとした。
それで私に話が来たと言うわけだ。
「物理的にどこから発信されたかは分かっています。 すぐに向かってください」
「別の星か。 その星のお巡りは?」
「今全員別件に当たっておりまして」
「……」
実際には多分違うなと思いつつも、私はデスクから立ち上がっていた。
此奴の事だ。
なんか同じような案件を、連続で持ってくるケースが目立つ。
恐らく私の適正を見ているのだ。
あらゆる案件を担当させ、解決までの速度などを測っているのだろう。
今回はそもそも、相手が何処にいるか分かっているので、追い詰めるだけなのだけれども。
それでもやる気がどうとか、そういうのも全部確認しているのかも知れない。
こいつなりに、人間を自分より大事に思っている事は分かっている。
今回の件も、そうなのだろう。
私の適正を見る事で。
私がより長く、より快適に生きる事が出来る環境を作る為に動いている。
更には犯罪者オチとかしないようにも手を回してくれている。
そういうものなのだろう。
私としては、どこまで自分が何を出来るかは、今でも正直よく分かっていない。
通常の地球人類の数倍に達する筋力とスタミナを有しており。生半可な相手には反射速度でも遅れを取らない。
過去の地球に降り立てば、呂布くらいの活躍は出来るだろう。
だが其処止まりだ。
今の時代は、人間がどれだけ高スペックでも、AIには絶対に勝てない。
故に、私のような人間は。
ある意味飼い殺しとも言えるかも知れない。
私が過去の地球にいたら。
さぞや周囲に血の雨を降らしただろうし。
それを私も嬉々として楽しんだだろう。
だがそれはそれ、これはこれである。
輸送船に乗り込んで、目的の惑星に。幸い近場なので、数時間で到着である。
その間、この間の犯人について調べて見る。
そうすると、経歴は本当にドングリの背比べ。
というか、活動に対してレスポンスがさっぱりなので、それで完全にやる気を無くしたらしい。
その後はネットの知識などを生かして、SNSなどでの仕事をしていたらしいが。
そんなときに、自分の過去を思わせる上に、自分より上手く行っている(ように見える)相手を見つけてしまい。
嫉妬で爆発したという経緯のようだった。
呆れてものが言えないが。
そういう経緯であんな事をして。更にSNSでの活動全禁止というペナルティがつくのは痛すぎる。
今後はSNSを利用せず、淡々とソロで行動するしかない。
勿論ネットは使えるだろうが。
孤独が苦手な奴は耐えられないだろう。
AIもなんだかんだで結構残酷なことをするな。
そう思いながら、目的地の宇宙港に降りていた。
この居住惑星は、私が住んでいるダイソン球から近い。一番近い居住惑星ほどではないが、数時間でつけるほどである。
輸送船が空間転移を一回ポンで到着するので、かなりお手軽に行き来が出来る。
その気になれば通勤も出来るかもしれないが。流石にそれは勘弁。
毎日輸送船に乗って通勤するくらいだったら、その星に住んだ方がマシだ。
今の時代は家の中身とかを全部丸ごと過不足なく引っ越すこともできるのだから。
周囲を見回すが、此処はどうやら保護区惑星らしい。
人間が住んでいるのはごく一部。
シールドで居住区が覆われていて。
惑星の八割以上が保護区となっている。
こういうタイプの星は割と珍しく。
居住惑星にするか、保護惑星にするかで二択になるケースが多い。
居住区もある場合、だいたい保護区にいる生物にデリケートなのが多い。
そういうのを保護区で活動する専用のロボットで面倒みるために、人間が一部の区画に住んでいる。
そういう星だ。
ただそんな星でも、ごく普通の住宅街は存在していて。
今回の犯人は、そういう住宅街に住んでいる。
地図を見ながら移動。
それにしても、今時自宅でサーバを組んで。更にはそれで総当たりでの攻撃とか、バカじゃねーのかとぼやきたくなる。
サーバを組むにしても仮想空間で、簡単ポンで出来る。
これは比喩的な問題では無く、AIにこれこれこういうサーバを作ってと頼むと、本当に全自動でやってくれるのである。
それもファジーな注文でも、だ。
AIはそういうスペックがある。
古い時代は、人間にそういう無茶ぶりをするケースがあると、俺は超能力者じゃねえと反発されるケースがあったらしいが。
要するにAIは超能力者も真っ青な能力が備わっている。
それだけの話である。
目的の家に着く。
何というか、みょうちきりんな家だ。
敷地内になんか鉄条網とかが置かれていて、家も入り口だけが出ていて。残りは地下にあるらしい。
これは何というか、あれか。
古い時代に、核戦争が起きるかも知れないとか思って。
家を要塞化するケースがあったらしいが。
そういう感じか。
AIに確認をしてみる。
「この家の持ち主、今回の犯罪者は、周囲からの攻撃を極端に怖れておりまして」
「今の時代、そもそも隣人トラブルなんてまず起きないでしょ?」
「そうなのですが、どうにも被害妄想が強い人なのです」
「……」
この間、放火をしようとした子供が。隣の家の奴の顔が気にくわないとか言う理由だった事を思い出す。
隣人トラブルというのはいつどんな理由で起きるか分からないし。
起きたらそれはそれで、どんな理不尽な代物かも分からない。
そういうものなのだ。
私としては無言で鉄条網を避けて中に入る。地雷とか敷設してそうだなとか思ったが。流石にそれはAIが許さないか。
チャイムはかろうじてあったので、鳴らす。
出無いだろうなと思っていたが。
意外な事に、犯人は出た。
「誰……?」
「ハーイお巡りデース。 扉開けてくれる?」
「はい」
気弱そうな声。
意外に、すんなりドアを開けたので、私の方がむしろ驚かされた。
相手は私の腰くらいまでしかない。
それくらいの小型人類種族と言う事だ。
調べて見ると、身体能力もかなり低いようである。
敵意もない。
これは流石に、いきなり撃つ事は私も躊躇う。
「この家のサーバから、他のサーバをゾンビ化するウィルスが発信されているのを確認したのですが、当然覚えはありますね?」
「……恐らくそれは、SOS信号だと思います」
「はあ?」
私の腰くらいまでしか無いこの種族。ピラァ人というそうだが。
何でも性別が存在しない珍しい種族らしくて、そもそも生殖で子供を作らないらしい。
どうやって増えるかというと、核という一族で守る巨大な一種の女王個体が存在していて。其処から子供が勝手に出てくるらしい。
今は核は存在せず、遺伝子データからAIが新しい命を作り出しているのだが。
そのせいもあって、集団生物としての習性が、人間よりも更に強いそうだ。
宇宙に出てくる時には色々と苦労したらしい。
何というか蟻とか蜂とかみたいな習性だなと思いつつ。
詳しい話を聞く。
全て答えてくれるし、私を怖れる雰囲気も無い。
逃げようともしない。
あらゆる意味で私は肩すかしを食らっていた。
家の中に案内される。
内部は文字通りの要塞で、地下四階まで作られていて。地下四階に全ての生活スペースがあり。
そこまでは隔壁が存在していた。
文字通り何かから逃げ隠れていたような感じだ。
何をそんなに怖れていたのだろう。
とりあえず、警備ロボットともに案内されるまま地下四階に。そこでいきなり豹変することもなく。
其処に置かれているサーバを見せてくれた。
地力で組んだとしたら大したものだ。
今の時代、AIが提供するPCをそのまま使うのが普通である。
というか、それがあまりにも高性能すぎるのだ。
勿論自分好みにカスタマイズしたいという者もいるだろうが。それにしても異次元過ぎる性能なので。自組なんてやる奴は余程のマニアである。
この犯人は、そんなマニアだったと言う事になる。
「作るのに何年かかったのこれ……」
「十三年です」
「……」
言葉もねえ。
技術は日進月歩なんて言葉は、とっくに死語である。
今の時代は、そもそもテクノロジーは頭打ちだ。それはそうだろう。この銀河連邦、成立から数十億年。AIが管理するようになってから三億年ほど。
AIが人間達を見始めてからどれくらい経つのかは分からない。
だがそれでも、最低でも十数億年は様々なテクノロジーを見て、貪欲に吸収していた事は確定で。
それこそあらゆる系統のテクノロジーを内包しており。
故にオーバーキル過ぎる攻撃兵器をたくさん積んだ戦艦を、山のように保有できて運用も出来ているのである。
AIが言う、人間に政治経済は無理という言葉は。
十数億年、人間のサポートをしてきたからこそ出る重みのあるものであって。
いずれにしても、そんなAIが提供してくるテクノロジーは、人間がぱっと見て改良できるようなものではない。
つまり自組のサーバだのPCだのは、どうやってもAIが作るものに及ばない。
しかも十三年掛かってそんなものを作るとは。
すごい精神力だなと、別の意味で呆れてしまった。
「そ、それで、SOSってどういうこと?」
「何度もAIには相談しましたが、隣の家の人間は私を食べようとしています」
「どういう意味で?」
「はい?」
咳払い。
まるで人間で言うビスクドールみたいな容姿だから、そういう欲求を持つ奴も出てくるかと思ったのだが。
そもそもそういえば、性別が存在しない種族だったか。
つまり、本当に隣の住民が捕食しようとしていると、この犯人は考えていたと。
AIに相談しても被害妄想で流されたと。
故にこうなったら、ささやかな実力行使と言う事で。
家を要塞化し。
それでも安心できないから、自組でサーバを組んで。
よりにもよって、他のサーバにウィルスを打ち込んだと。
「それくらいすれば、警察が如何に深刻な状況なのか、理解してくれるかと思いました」
「いや、ちょっとまって。 思考が追いつかないので整理させて?」
流石に私も言葉を失った。
いや、被害妄想は分かる。
それにこの犯人、見た目が無茶苦茶地球人視点では可愛いので、確かにそういう目で見られる可能性も考えられる。
だが、それが此処まで家を要塞化して。
しかもこんな事までして、警察を真面目に捜査させるつもりにするとは。
「あ、あのさ。 引っ越しとかは考えなかった?」
「十一回しました」
「……」
言葉もない。
逮捕するならどうぞと、手を上げる犯人。
AIも困り果てているようだし。
私すらも困惑している。
流石にこの犯人に、ショックカノンをぶち込む気にはなれない。とりあえず、警備ロボットに連れて行くように指示。
なおサーバを止めるのは、犯人は躊躇なくやった。
外に連れ出されると、周囲をひたすら気にしているようだったので。私が柄にもなく元気づけなければならなかった。
「いや、警備ロボットの性能を知ってるでしょ」
「……それでも恐ろしいです」
「まあいい。 ともかく私はその隣の家に聴取するから、先に署に行ってちょうだいな」
「はい」
警備ロボットに連れて行かれる犯人。
抵抗の一つもしない。
私は隣の家に早速突撃。
チャイムを鳴らして家主を呼び出す。
家主はごく普通の地球人だ。そういえば、犯罪者じゃない地球人と顔を合わせるのは結構久しぶりかも知れない。
なんか緩そうな成人男性である。
事情を説明する。
案の場だが、その人は隣に誰が住んでいるかも知らなかった。
「いや、なんだか要塞みたいな家だなあと思ってはいました。 そもそも誰が住んでいたんですか?」
「この人ですが」
「うわ、可愛い人ですね。 この人が何かあったんですか?」
「嘘をついている可能性0%」
AIが補足してくる。
もういいと聴取を切り上げる。
まさか、犯人に、自分を食肉化しようと虎視眈々と狙っていると思われていたとか言われたら。
こんな線の細そうなあんちゃん、白目を剥いてぶっ倒れるかも知れない。
?マークをたくさん頭に浮かべている隣人に失礼しましたと頭を下げて家を去る。
周囲では、ひそひそ声がしていた。
「あ、あの狂人警官が撃たずに帰っていくぞ!?」
「奴が出る時は周囲に血の雨が降るとか言う話だったのに……!」
うっせえ。
全部聞こえてるんだよ。
周囲を威嚇しても良かったが、周りの恐怖が心地よいので可とする。
署に出向いたが。
なんか今から凄く憂鬱だ。
とりあえず聴取の様子を見る。
案の定、憂鬱極まりない内容だった。
犯人は別に警官を怖がる様子も無い。私の事も怖がっていなかったので、まあそういうものなのだろう。
「すぐに保護をお願いします。 このままだと私はバラバラにされて食べられてしまいます」
「いや、ちょっと待って」
「何なら刑務所に入れるなら十年単位にしてください。 私を狙ってくる相手も、それで諦めるでしょう」
「……どうしよう」
聴取している警官の側が半泣きになっている。
まだ経験が浅そうな人物だから仕方が無いのかなあと、私は遠い目になるが。
これはベテランが聴取に当たっても、どうしようもなかっただろう。
「ちなみにさあ。 サーバに自作のウィルス叩き込んでゾンビ化しようとしたのは事実なんでしょ?」
「はい、それはもう」
「全部独学でやったのかな」
「そのようですね」
その努力を別の方向に向けろよ。
そもそも、その被害妄想はどこから湧いてきたんだよ。
色々突っ込みどころしか湧かないが。本人にとっては極めて切実な問題なのであろうから。茶化す事も出来ない。
ただ、少し調べていて、何となく分かってきた。
ピラァ人は子を産み出す意識のない母胎「核」ごとにコミュニティというかクランというかそういうものを作る種族で。
これがそれぞれのコミュニティとクランが対話する事を妨げる、極めて難しい要因となっていたらしい。
特に戦争になった場合、相手の核を潰してその血族も皆殺しにするのが常態になっていたらしく。
メインとして繁栄しているクラン以外は、地下に潜ったり。或いは孤島に暮らしたりと。非常に周囲との交流が難しい種族だったそうだ。
勿論勝った側のクランが、負けた側のクランの人間を食らう事もあった。
そういう意味では、蟻とか蜂とかに本当に習性が似ている知的生命体だったのかも知れない。
宇宙に出るのにはそういう事からも無茶苦茶苦労したし。
宇宙に出てからは、AIが滅ぼされたクランのDNAデータも保存していたので。今までとは生活様式が完全に代わり。別方面の苦労もしたらしい。
ちなみに今回の犯人は、そんな滅ぼされた側のクランに所属していたようで。
それで相手に食われる事を怖れていた、という理由もあるようだ。
多分過去の歴史を何かで勉強して知ったのだろう。
「まさか貴方も私をバラバラにして食べるつもりですか? 警官だったら安全だと思ったのに……」
「いや、待って! もう無理! ちょっと代わるので」
「……」
不審感マックスの目で見られて、たまらず聴取を切り上げる警官。
どうすんだこれ。
私はそう思いながら、これは恐怖を楽しむどころじゃないなと思いながら様子を見ていた。
それにしても、まさか。
AIの奴。
今回の犯人が、超ド級の被害妄想持ちだと最初から知った上で。むしろ聴取をどうするのかで経験を積ませるつもりで捕まえさせたのか。
可能性はありそうだ。
私がどんな風に対応するのかも試した可能性がある。
本気で大きめの溜息が出た。
なんというか、本当にもう。
本当にもう。
机をバンバン叩きたくなるが、我慢する。イライラしながら、次の警官が来るのを待つ。
次の警官は、小柄な種族を選んだらしい。
というか、仕事を押しつけられたというか。
自分より小柄な種族なら大丈夫だろうかと思ったら、犯人が見る間にすくみ上がった。
「い、いや、そんなに怯えないでください。 貴方をバラバラにして食べるとか絶対にしませんから」
「……そう見せかけているだけですね! 立体映像で姿を誤魔化しているんですか!?」
「いや、誤魔化していません。 ほれAI、答えてやりなさい」
「その通りです。 姿の偽装はありません」
なんかAIも心なしか棒読みになっているような気がするが。
まあそりゃあそうだろう。
多分今頃、どうやってこの犯人に対応するか、会議でもやってるのではないかと思ってしまった。
まあ会議なんて今の時代はまずないけど。
案の定、会話は二番目の警官でも殆どできなかった。
三番目の警官は、くすんくすんと泣く犯人(泣き真似では無い)に困惑するばかりで、何もできなかった。
犯人はもうこのままバラバラにされて食べられてしまうのだと、本気で思っているようだった。
心療内科とかの医者を呼ぶべきじゃ無いかと思ったのだが。
普通の人間とは精神構造も違うだろうし。
そもそも食い尽くされて滅びた種族の末裔と言う事もある。
過去の歴史に悪い意味で学んでしまったこの犯人だ。
周囲が喰人鬼にしか見えないのだろう。
結局、六人目の警官として、私が出る事になった。
立体映像としての登場だが。
このために、シミュレーションルームに足を運ばなければならなくなった。
「ほれ立体映像。 これなら怖くないでしょ?」
「……はい」
「OKOK。 それでは順番に話をしていきましょうね。 まず救助を求めるためにあらゆる努力をして、それでも何も警察がしないから、警察を真面目に捜査させるためにウィルスを作って他のサーバに送り込んだと」
「そうです」
そっか。うん。まあそういう事になっているなら、本人にはそう思っていて貰おう。
まず順番に、やっていく事がある。
「これが犯罪に当たることは分かっているね?」
「はい」
「とりあえず実刑は二週間。 それと申し訳ないけれどあのサーバは没収」
「分かりました」
それだけじゃないだろうなと、犯人が目で訴えてくる。
分かってる分かってる。
正直色々面倒くさいけれども、私の事は何故か怖がってないみたいなので、話していく。
「それから、結構重めの病気がさっき見つかったから、診療を受けて貰う」
「……」
「大丈夫、ちゃんとAIが診療するから」
「分かりました」
ぺこりと頭を下げる犯人。
なんというか。
ここまでやりづらい相手は初めてだ。
正気度チェックに失敗して他の警官が逃げ出したのも何となく分かる。狂っているというよりも、なんというかもう心の中がおかしくなっている。
それも本人の責任じゃない。
地球人よりはマシだったとは言え。修羅にも程がある母星の環境がこんな人を作り出してしまった。
これは恐らく、何かしらの抜本的な対処が必要だなと思いつつ。
順番に、必要な事を聞き出していき。
更に診療の過程で外界から気が済むまで保護することを説明すると。やっと安心したようだった。
私もなんかとんでもなく疲れたので、一通り終わったことを確認すると、聴取を切り上げた。
感謝して頭を下げて来たが。
こっちとしては困るばかりである。
確かにこの犯人には色々同情する余地もあるかも知れないが。
それにしても、なんというかもう。
ため息をつくと、後はAIに任せる。
シミュレーション室から出て、デスクにつくと。
AIが話しかけて来た。
「お疲れ様です篠田警視正」
「藪をつついたらヒドラが出たねえ」
「他の警官達には再教育が必要そうですね。 少し厳しめに訓練をしないと」
「確かに線が細すぎる」
とはいっても、深淵を直に覗いて正気を保てる奴はそうそう多く無いことも私も知っている。
人間なんぞにはこれっぽっちも期待していないから。
そんなときに、まともに振る舞える警官なんていないことを私はよく理解していた。
まあ私みたいな正気度が地面にめり込んでいるモノは例外だが。
いずれにしても、犯人だけではない。
ピラァ人に関しては、これから色々と全面的な処置を行うそうである。
それなりの古株の種族であるらしいのだが。こんな問題が今更になって浮上してくると言うのは。
何とも皮肉というか。
古い時代に仕込まれたトロイが今頃になって起動したというか。
そんな、何とも言えない奇妙な気分を、私に味あわせたのだった。
2、潜む大蜘蛛
古い時代のネットでは、スラム同然だったから、其処には勿論法もなかった。いわゆるローカルルールも存在していたが、それは古参が大きな顔をするためのものであって。誰もに通じるものではなかった。
結論から言えば。
その場所を作った人間が法。
古くからいる人間が法。
それが古くのネットで。
地球時代の地球人類はそうだし。
他の宇宙人も、大して変わるものではなかった。
そもそも地球時代のネットでは、大型掲示板の創設者が詐欺師同然の人物だったり。コミュニティにあからさまなインチキ会社の広告がデデンと出ていたりと。ともかく治安が最悪で。
あらゆる意味で、カオスの極地にあったと言える。
今の時代はそれらカオスはなくなったが。
それでも、どうしようもない輩がいなくなった訳ではない。
私はうんざりしながら、ログを漁っていた。
今回もネット関連のトラブルについてだ。
ある人物が、不用意な発言をした。
それに飛びついた数人が、その情報を拡散し。
炎上になる寸前でAIが介入した。
不用意な発言を全て閲覧不可能にし。
更に炎上に荷担していた数人のアカウントをそのまま停止した。
こういう場合、不用意な発言をした人間には訓戒処分。
更にはそれに乗っかって噛みつき炎上を図った連中は更に重い処分と相場が決まっている。
AIはアカウントを誰が作ったかも把握しているので。
基本的に、サブアカウントなども全て停止させられてしまう。
炎上しようにも元が全て断たれてしまうし。
更にこっそり情報を展開しようとしてもばれる。
今のAIの性能は尋常では無い。
こうなると炎上どころではなくなる。
自分もアカウントなり何なりを全て凍結されたくないから、騒いでいた連中も全て黙る。
自由と無法を意図的に混ぜ。
自由の名の下に無法の限りを尽くす連中は。
こうして力尽くで黙らされるのである。
さて、それについては割とどうでもいいのだが。
私は面倒くさいなあと思いながら、ログの洗い出しをしていた。
この手の炎上騒ぎの時は、いかにもそれっぽい理屈を口にして、自分の取り巻きを扇動するいわゆるアルファと呼ばれるアカウントと。
それとは関係無しに、言葉も理解出来ず理性も存在しないが、ただ相手を殴りたいだけで喚き散らす阿呆に概ね二分されるのだが。
中には、それらの行動をしつつ、犯罪を予告する奴が出てくる。
今回は犯罪を予告する奴がでてしまったので。
私がログの調査を行っていた。
なお炎上は、とっくに収まっている。
ある意味残党の処理とも言えた。
古い時代は、下手に炎上すると何をやっても止める事が出来ず。
場合によっては会社が倒産とか、そういう大事になるケースも珍しくはなかったのだけれども。
まあそれにくらべれば。
今の時代はずっと楽だとも言えた。
さて。
私は黙々とうんざりしながらログを漁る。
何というか失言が多い奴だなあと思って、SNSのログを一覧にした。
別に失言くらいは誰だってする。
何が失言になるかさえ分からない時代だ。
地球時代だってそうだった。
ましてや多数の種族が存在している時代に、それこそ何が相手の神経を逆なでするか何て分かったものではない。
それでも明確な失言が多い。
ざっとリストアップしただけでも数百を超えている。
なお、本人にはそういう意識はないのか。
全くログを消すとか、そういう自衛処置をする様子はなかった。
ログを消したところで、AIが全保存しているので全く意味はないのだが。此処まで無防備なのは不思議である。
会話が成立しない相手だと周囲から見なされていた可能性が高いが。
それにしてもちょっとこれは不可思議だ。
勘が働くというか。
それ以前の問題である。
腕組みして考えていると、AIが話しかけてくる。
「如何なさいました、篠田警視正」
「妙だと思ってねえ」
「確かに色々とおかしいですね。 これだけおかしな発言をしているのに、どうして周囲はからかったりしていないのか」
「……」
ざっとフォロワーの様子を見る。
フォロワーは数百と、今の時代ではそれほど多くもない数だが。
それらを精査していくと、おかしな事に気付いた。
ああ、なるほど。
こっちはこっちで問題があったのか。
発言をピックアップなどはしていないが。
問題発言の前後におけるフォロワーの発言を見てみると。
あからさまに嘲弄するような、不可思議な発言が出ている。
それに対して、何も返していない。
何だか妙な構図だ。
炎上に際しては積極的に参加して、更にはかなりまずい失言を繰り返しているような輩である。
いわゆる愚連隊みたいな関係を想像していたのだが。
見る限りなんだか違う。
腕組みして、しばらく考え込む。
データを見ればみるほど、関係性が分からなくなってきた。
「此奴らのリアルな関係性は分かる?」
「提示します」
「……!」
なるほどね。
そういうことか。
この失言野郎をどうにかするのはまあ当然として。
これは大規模な逮捕劇になるかも知れない。
更に調査を進めていく。
これは、後ろで糸を引いている輩がいるかも知れなかった。
ちょっと大きめの捕り物になりそうで、個人的には楽しそうだ。
鼻歌交じりに、データを集めていく。
勿論、本来は表示されないダイレクトメールなどの中身も確認していくと。
もっと面白い事が分かってきた。
だいたい分かった。
だが、裏取りはしなければならない。
AIに手配をして貰う。
まずは芋づると行くが。その前に、犯人自身も捕まえておかなければならない。
どういう順番で逮捕していくか。
それは私の裁量次第となる。
いずれにしても、かなり悪質なコミュニティだ。
あくまで普段は静かにしているから問題視はされていなかったようだが。それでも見過ごすことは出来ない。
人間それぞれの自主性がもっとも重視されている時代。
こんなタチが悪い関係性が残っていたとは。
いずれにしても、相応の処置はしなければならないし。
叩きのめす事は必要だと私は判断していた。
とりあえず、司令塔は確認。
問題になっている集団とは、表向きは殆ど交流も行っていない。
ダイレクトメールの内容なども、当たり障りがない。
それでいながら、巧妙に人心掌握をしている。
最悪のタイプだなと、私は思った。
まずは犯人の所に出向く。
居住惑星の一角に住んでいる犯人は、チャイムを鳴らすと普通に出て来た。なんとも気弱そうな奴である。
四つの目を持ち、その内二つが頭の後ろについているという種族だ。どうやら環境適応の過程で。全方位を警戒できるように、こういう形になったらしい。
一方で頭の容積がかなり負担になっている様子で。
動きはかなり鈍いようだ。
必ずしも背中に目をつけることが(後頭部だが)良いわけではないのだなと私は思いながら。
令状を見せる。
ひ弱そうな犯人は、ひっと予想通りの悲鳴を上げてくれたが。
そのまま両手を挙げて、抵抗しないから撃たないでと叫びだして。
私は呆れた。
引き金も引いたのだが、撃たせてくれなかった。
ため息をつくと、警備ロボットに連れて行かせる。
しゅんとした様子の犯人。
PC等も没収。
ただし、此処からAIがこの犯人のアカウントをなりすまして、今まで通りにSNSに投稿をする。
言動のパターンは全て解析済。
絶対に気付かれない。
また、この犯人自身は、はっきりいって大した罪にもならない。
今まで複数の炎上未遂に荷担。
多数の失言を行った。
それくらいだと、名誉毀損に騒乱罪がせいぜいである。
まあ一週間くらい実刑を受けて貰い。
SNSのアカウントは全消し。
更には、今後監督付でSNSにアクセスする。
それくらいの罰が与えられる事になる。
いずれにしても大した内容ではないので、私からしてみればぶっちゃけどうでもいい話である。
もう捕まえたし。
聴取も後で適当に捕まえればいい。
問題は、この後だ。
すぐに移動を開始。
問題の輩は、極めて巧妙に行動している。
SNS上でのフォロワー数は五十万を越えている。相互フォロワーも多い。
更に一見して人畜無害な風を装っているのだが。
非公開のダイレクトメールをチェックすると、とんでも無い事が分かってきたのである。
勿論AIは知っていたのだろう。
だから、丁度良い機会だから私を動かした。
今の時点では、薬物の取引とか、集合準備罪とか、そういう桁外れの危険な犯罪は行っていないが。
放置していたら、犯罪組織に成長した可能性がある。
笑い事ではなかったのだ。
だから私を喚んだのだろう。
レマ警部辺りを使わなかったのは、暴力的で見せしめになるような解決が必要だと判断したからか。
まあそれについては、どうでもいい。
警察のクリーンで有能なイメージはレマ警部補が背負えば良い。
私は暴威のままに犯罪者を叩き潰していくイメージを背負う。
それだけである。
輸送船でしばらく移動する。
二日ほどかかるが、こればかりは仕方が無い。
既に犯人の聴取は完了。
それについては、私も見た。
どうやら、一種の汚言症であるらしかった。
汚言症というのは、簡単に言うと、何も意図していないのに汚い言葉や下品な言葉を使ってしまう一種の病気のようで。
気がつくと独り言でそういった言葉を口にしてしまう。
一種の脳のバグであり。
知能の高い低い関係無しに発生する。
古い時代にも、これを発症した地球人は結構多く。年を重ねると眼に余るレベルで下品な作品を作るようになっていくクリエイターなどが目立った。いずれにしても病気の一種である。
本人は極めて気弱な存在であり。
炎上などに荷担するのも、単に周囲にあわせて右に倣え、していただけだ。
そもそもSNSは止めるようにと何度となくAIに警告を受けていたそうだ。
それも当然に思える。
元々この気弱さでは、人間とあまり関係を持つべきではないし。
持ったところで利用されるのが目に見えてしまっている。
泣いている様子を見ると、本当に気弱なんだなと分かる。
同情はあまり出来ないが。
そもそも孤独にも弱いようだったので。
このような場所で、利用されるのはある意味運命づけられていたのかも知れない。
陰鬱な聴取の様子は、私から見ていてもあまり面白くなかった。
怖がる事もなく、ひたすらに謝っている犯人の有様は。
謝ったら負けと一時期吹聴していた連中の醜態を思い出すと、更に不愉快になる。
私の機嫌が露骨に悪い事に気付いているのだろう。
AIは色々とフォローを入れてくれた。
「仕事自体はとても腕が良い人物ではあったのですが」
「だったらもっとフォローしてやりな」
「……まあ、それはそうですね」
此奴の事だ。
バカ共を釣るためのエサとして利用していたのだろう。
それはもう私も分かっているので。
ああだこうだと詰めることはしない。
ともかく、犯人の証言。更に物的証拠が大量に出たことで、今回は大捕物になる。
一斉検挙が始まることが決定された。
私自身は、本丸の所に向かう途中である。
まあもうすぐ着くのだが。
移動している最中に、AIが大捕物のGOサインを出した。
私は下手すると、単独行動で全部捕まえなければならないのかと思って、ちょっとうんざりしていたので。
それでまあこれで多少はマシになったかなと思う他なかった。
宇宙港に輸送船が到着する。
既に警備ロボットが来ていて、私を出迎えた。犯人の家は、宇宙ステーションの一角に存在している。
歩きながら、もう一度犯人の経歴を確認する。真犯人というべきか。黒幕と言うべきか。
芋づるで、小物を退治しようとしたら、大物が出て来たのだ。
警官としては喜ぶべきなのかも知れないが。
AIに仕込まれていただろう事を考えると。
あまり嬉しくもない。
ただ、今は相手が怖がってくれることを願うだけだ。
パーソナルデータを見る限り、黒幕はただのクズである。
仕事もろくにできない。
今やっているのは、何やら宇宙船での輸送事業。どういう物資をどういう風に輸送するか、というような管理業務だが。
AIによると、ミスが多すぎて話にならないそうである。
輸送物資の桁を間違えるのは日常茶飯事。
場所を間違えることも日常茶飯事。
指摘して改善案を出すも、それを守ろうとせず自分勝手に仕事をし。
更にはそれでいながら、自分は有能だと信じ切っている。
古い時代の地球にいたら、文字通り周りが悲劇だっただろう。声ばっかり大きくて無駄に人脈があるから、最悪の害悪上司になっていたような奴だ。
そんなのが。今の時代ではSNSで影のネットワークを作っていた。
文字通りのゴミカスだなと思う。
宇宙ステーションの一角に出向く。
犯人は気付いていないようだが、既に家の周囲は警備ロボットが固めている。
同時に、AIが連絡を入れてくる。
「一斉捜査の配置、全て完了しました」
「じゃあバカ共を一斉検挙といこうか」
「篠田警視正、今回の作戦に参加する警官では貴方が最高位です。 一番槍をお願いいたします」
「ういー」
階級なんてどうでもいいのに。
まあいいか。とりあえず、真っ先に突入するとしよう。
宇宙ステーションと言っても、環境は居住惑星と変わらない。此処は酸素呼吸系人類の居住ゾーンなので、マスクはいらない。
家のドアをノック。
チャイムも鳴らす。
しばらくして、玄関に出て来たのは。
豚のように太った、にやついた大男だった。
見た感じ地球人に似ているが、微妙に違う。かなり古株の宇宙人で、一億年くらい前に銀河連邦に所属していたそうである。
収斂進化はあらゆる場所で起こるものなのだ。
「なんだ? 今忙しいんだよ」
SNSでは紳士的なしゃべり方をしているのに、外ではこういう奴なのか。
まあ珍しい事では無い。
私は満面の笑みで、手帳を突きつけていた。
「ハーイお巡りデース。 リギュア人カーネルト。 集団洗脳罪および六件の容疑で逮捕する」
「……っ!」
「何か申し開きは?」
「ま、まて……!」
そのままショックカノンで撃つ。
吹っ飛んだ巨体が壁に叩き付けられて、白目を剥いた。
逃げるそぶりを見せたので、容赦は必要ない。
脂肪の塊の巨体を警備ロボット達が引きずり出していく。他の警備ロボット達が、一斉に家に突入。
サーバなどのデータを回収していった。
勿論データを事前に消されても何ら問題は無い。
AIが外部でバックアップを取っているからである。
証拠隠滅で却って罪が重くなるだけ。
この辺りは、警官の仕事が大変に楽でいいのも事実だ。面倒くさい裁判に、何年も掛ける必要もないし。
「目標アルファ、確保完了!」
「ベータ、確保完了しました!」
「ガンマ逃走を図ったところをショックカノンで気絶させ、今確保しました!」
順番に報告が上がってくる。
とはいっても私が報告を受け、指揮を執っている訳ではない。
無線を聞いているだけだ。
あくまでAIが把握しているだけ。
今の時代は、人間が他の人間の指揮を執らない。
丁度今連れて行かれた脂肪の塊野郎みたいなのが、大手を振るって好き勝手をしないようにするためである。
今回のターゲットは三十五人。
いずれもあの脂肪の塊野郎が手下にしていた連中である。
此処から捜査をして、更に増えるかも知れない。
まあこの間、数百人のコミュニティを制圧したときより逮捕数は少ないが。
一箇所にまとまっていないこと。
AIが全データを把握していなければ、その犯罪は露見しようがしなかった事などを考えると。
更に闇は深かったとも言える。
署に出向く。
椅子に座らされ、だらだら冷や汗を流している黒幕。
私が出ようかとAIに提案するが。
AIには却下された。
「篠田警視正は絶対にやりすぎますので」
「いやー、現在の時代にネットでマフィア作ろうとしていたような奴だよ?」
「それでもです」
「分かった、好きにしなよ」
デスクにつく。そして、聴取を見る事にする。
黒幕の手口はこうだ。
普段は多数のフォロワーが存在するいわゆるアルファユーザーとして温厚に振る舞う。
そしてその過程で、多数の人間を観察し。
使えそうな奴にターゲットを絞る。
使えそうだと判断した奴とは、ダイレクトメールなどの、外に出ない手段でやりとりをして、少しずつ人格を掴む。
使えると判断したら。
マインドコントロールに移るのだ。
これらの証拠は、ログとして全て残っている。
気がついたときには、このくされ脂肪の塊野郎の意のままに炎上を引き起こしたり、ネットリンチを行う集団が出来上がっている。
更にこの脂肪野郎は、将来的にそれをビジネス化しようとしていた節がある。
勿論金は動かせない。
だが、SNS場での存在感というものを自由にコントロールできるのだとすれば。
自分の言う事を意のままに聞く子分は、幾らでも作る事が出来る。
それを組織的に行えるようにすれば。
まさにそれはビジネスだ。
現在のマフィアだとも言える。
最悪のマフィアだが、それにしてもなんというか、ろくでもない話である。
一つずつ証拠を突きつけられていくと、ダラダラ脂汗を流していた黒幕野郎だが。
やがて、いきなり吠え始めた。
「いいだろうそれくらい! こんなつまらない世の中なんだ! 少しは俺が楽しくしてやろうと思ってたんじゃないか!」
「認めると」
「ああそうだよ! 認めてやるよ!」
開き直ったな。
現在、此奴の手下になっていたユーザーは全員逮捕されている。
殆どは訓戒処分だが。
それでもSNSからは永久に姿を消す事になるだろう。
誕生しかねなかったネットマフィアは。
その存在を、産まれる前に消滅させることとなったのだった。
「貴方の罪はとても重い。 炎上、ネットリンチ、それら全てを意図的に起こし、コントロールしていた。 他と違って実刑判決だね」
「うるせえっ!」
びたんと、脂肪の塊野郎の口が塞がれた。
どうやらこのままだと見苦しく騒ぎ続けるだけだと判断したらしく。
AIが一種の口を閉じさせる処置をしたらしい。
聴取に当たっている警官は、それをしらけた目で見ながら続けた。
「懲役は133年だそうだ」
「……!?」
流石に想像もしていなかったのだろう。
ネット上で、組織化を行ってやりたい放題していただけで。
100年を越える懲役刑。
暴れもがこうとする犯人だが。
もう遅い。
自分がやらかした事が、どれだけヤバイ事か分かっていない。
AIが秩序をがっつり作ってきた理由が分かる気がする。確かにこれくらいしないと。
こういうのが、幾らでも跳梁跋扈する。
やがてある程度以上勢力が大きくなったら。
それこそどんな犯罪でも平気になるようになっただろう。
「その後もSNSをはじめとしたコミュニティツールは一切使用禁止となる」
「ー! ーー!!!」
悲鳴を上げてもがく脂肪の塊野郎だが。
もう何もかもが遅い。
ご愁傷様だな。
私は、呆れながら、聴取の様子を見守る他なかった。
後始末は時間が掛かった。
とりあえず目的の犯人は全てが逮捕された。
やはり大半は訓戒処分だが、一方でSNSへのアクセスは以降完全に禁止。
更にAIは、今回発生した事件について、全てを暴露した。
幾つかの炎上未遂が、この犯人に影から煽られていたこと等もである。
当然、騒ぎになった。
「俺、あいつのフォロワーで、ダイレクトメールで話もしたことあったよ。 値踏みされてたんだ……」
「良かったな。 マインドコントロールされなくてよ」
「本当だよ。 もう誰も信じられねえよ」
「今回ばっかりは狂人警官に感謝するしかねえ」
いつも私に感謝しろ。
私がいるだけで、どんだけの奴が犯罪を諦めてるか分かってるのか。
そう、デスクについてSNSを見ながら思う。
今回は事件の規模が規模なので、しばらくこの宇宙ステーションの署から帰ることは出来ないだろう。
家からは1000光年も離れている。
スイが家事をしている様子を見たいのになあ。
「篠田警視正」
「なにー」
「情報について、まとめていただきたく」
「なんだよ。 いつもは全部そっちでやってるやろ」
AIが提示してきたのは、いつもの。別に事件に関係がないレポートだった。
そうきたか。
なんか私がどうもすっきりしていないのを見て、仕事をさせて大人しくさせようと思ったのだろう。
まあいい。
今回は巨悪を叩きつぶせたし。
撃てたし。
それで充分とするべきだと、私は自分に言い聞かせた。
それにしてもだ。
こんなのが潜んでいるとは、やはり人間に政治経済は任せられないんだな。その結論は、私の中で強くなる一方だ。
人間が政治経済を動かしていたら、こういうのは絶対に見つけられなかっただろう。
見つけられたとしても、見つけたときには手に負えない存在になっていただろうし。
裁判でさっさと葬ることだって出来なかったに違いない。
4000億からなる星系で構成された銀河系は。
やはり人間の手には、余りすぎるのだ。
3、悪い意味でのバトンリレー
どうもここのところ仕事が楽しくない。
私の目の前にいる犯人は、撃つ気も失せるような輩だった。
ひたすら震えながら這いつくばって、ひたすら撃たないで、撃たないでと連呼している。
全裸で、である。
私もはっきり言って色々言いたいことはあったが、もう何もかも萎えた。
警備ロボットに言って、勿論全裸のまま連れて行かせる。
良いさらし者になるだろう。
「篠田警視正が撃たないのは珍しいですね。 良い事ではありますが」
「恐怖は美味しかったけど、それ以外の全部が気にくわない」
「そうなのですか」
「そうなのですよ」
今の犯人にしても、ネットでの脅迫行為が発見されて、逮捕に至った。
脅迫を受けていた側は、何かの変わった職業に就いていたらしく。別に賤業なんて存在しない今なのに。それをコンプレックスにしていたらしい。
それを何処かから嗅ぎつけた犯人は、其処を突いて脅迫。
自分の意のままにしようとしたらしい。
SNSではこういうのが時々現れるが。
上手く行った試しが無い。
基本的にAIが全部逮捕してしまうためである。
やれば捕まる。
それについては、SNSでも話題になる。
脅迫したら捕まるというのは、どれだけ汚い言葉が飛び交っているSNSでも、変わらない認識だ。
昔は虐めはあるのが当たり前、脅迫恐喝もあるのが当たり前、という時代もあったが。
今はそもそもそれはありえないし。
起こった場合は、当然起こした側が逮捕される。
虐めはされる方が悪いとか言う理屈は、今の時代は通用しない。
それは分かっている筈なのに。
どうしても、この手のアホは絶えないのだった。
とりあえず萎えたので、帰路につく。
輸送船の中で、黙々とレポートをこなしながら家に。
この間の大捕物以降、雑魚ばっかりで退屈だし。
あの大捕物だって、はっきりいって面白くなかった。
抵抗するような奴に出て来てほしいし。
それを気持ちよく撃ちたいのである。
それが何だ。
何だか楽しく撃てないようなのばかりだ。聴取も見ていても面白くない。
一種の倦怠期か何かかと思ったが。
流石に考えすぎか。
AIが、見かねたか話しかけてくる。
「現在開拓惑星は近場にはありませんが、それでも見繕って少し単純な仕事を回しましょうか?」
「いや、いいよ。 なんか泳ぎたい気分」
「確かに篠田警視正は、泳ぐとすっきりするようですね」
「今から無人ジムの予約とっといて。 プールで泳ぐ」
分かりましたと、AIが答える。
それからは、無心にレポートをこなした。
SNSを見ようという気にもなれない。
たまにこういう、何もかもやる気にならなくなる時があるのだけれども。
今がその時だ。
ああめんどうくせえ。
そうぼやきながら、タンとエンターキーを押して。レポートを終わらせる。
何処の誰がやったとも分からない仕事のレポートだ。中身についても機械的に作っているだけである。
後一時間ほど、宇宙港までかかる。
推しのデジタルアイドルでも見るか。
そう思って、SNSをうんざりしながら立ち上げたが。
いきなり炎上していた。
殺意がわき上がってくるが。
炎上自体は既に収まっている。
なんでも、推しのデジタルアイドルの衣装がパクリでは無いかとか言う疑惑がわき上がったらしい。
なお、他の警官が既にその辺りは調査済。
AIが自動生成で作り出した衣服で。
以前に似たデザインがたまたまあった、というだけの事が判明したので。
そのまま炎上は収まったという事だ。
更にうんざりである。
なお推しのデジタルアイドルは、そんな事は気にする様子も無く、黙々淡々と配信を続けている。
人間だったら色々あっただろうけれど。
まあその辺り、AIだから心臓に毛が生えているどころではなく。
そもそもメンタルが無敵と言う事だ。
とりあえず黙々と配信を見ていると。
やがて輸送船が宇宙港に着く。
まっすぐ家に帰ろうと思ったが。
そうもせず、まずはジムに行く。
無人ジムに変えてから、周りを気にせず大暴れ出来るようになったので、それはとても嬉しい。
とりあえずプールで、最大負荷を作ってもらって泳ぐ。
シミュレーションで離岸流を再現して貰って、それで泳ぐ事はあったが。
地球人類用の最大負荷では無く、更に身体能力が高い種族用を試してみる。
おお。
流石に私でも少し厳しい。
だが楽しい。
滅茶苦茶しばらく泳いでいる内に、徐々に押し返し始める。
やがて、充分に楽しんだので、負荷ストップと指示。
離岸流並みの水の流れは止まった。
うん、良い感じだ。
気持ちよくプールから上がって、髪を乾かしていると。
AIが呆れた。
「本当に地球人ですか貴方は」
「地球人だよ」
いわゆる筋肉がムキムキな訳でもない。
十六歳の肉体年齢を保ったままではあるが、それはそれこれはこれ。
私は地球人の遺伝子を持つ地球人だ。
なお、先祖が英雄とかそういう事もない。それについては、以前調べた事がある。
英雄の遺伝子を引いている子供が凄く優秀かというとそんな事も全くないらしく。そういう意味では、まあ別に特別なことではないのだろう。
多少鬱屈も晴れたので、家に戻る。
スイがぺこりとお出迎えしてくれたので、まあそれで更に多少機嫌も治る。
夕食をすぐに温めてくれる。スイとのこの距離感は有り難い。人間同士だったらあってはならないのだが。スイはロボットなので問題は無い。
夕食を終えて、風呂にも入って、寝ようかなと思ったとき。
AIに言われる。
「明日、面倒な仕事を頼むかも知れません」
「ほう?」
「明日起きてからのお楽しみです」
「はー……分かった」
何がお楽しみだ。
自分で面倒な仕事だと言っておいて。
ともかく、私は少しは虫の居所が収まったのに。
また不愉快にならざるを得なかった。
起きだす。
夢を見たようだが、内容は覚えていない。
多分ロクな夢では無かったのだと思う。ここまで綺麗さっぱり内容を忘れている夢は珍しい。
基本的に夢をあんまり覚えていない私だが、だいたいの概要は覚えている。
この間、全部内容を覚えているという例外的な夢を見たが。
しかしながら、今度はその真逆か。
此方は今までにも何回かあったが。
何だか肩すかしを食らったようで、気分は良くない。
「スイー、起きてる−?」
「はい。 朝食になさいますか?」
「よろしくー」
顔を洗いに洗面所に。
苛立ちは晴れているが。今日は面倒な仕事だと言われた事を思い出して、思わず舌打ちしてしまう。
まあいいか。
ともかく、仕事だ。
私は警官の仕事は嫌いじゃあない。
人間の歴史を学んだ事がある私は。人間という生物が、法によって管理しなければ野獣以下のゴミカスであり。
その法も自分に都合良くねじ曲げようとするとことんどうしようもないカス以下のクズである事を良く知っている。
だから警官であることは嫌いじゃあない。
現在司法の内裁判はAIが完全管理しているので、裁判官や弁護士という仕事は存在していない。
それならば警官をやるなら合理的だ。
まあもっとも、昔はそもそも銃を撃つという欲求の方が強くて。
最初は軍人になったのだが。
メシを食べ終えて、着替えも済ませると、仕事に出る。
署に出ると、デスクについて作業を開始する。
レポートを幾つか仕上げた後。
AIが面倒な仕事とやらの話を始めた。
「昨日あった例の炎上事件ですが……」
「ああ、あれ。 もう解決していなかった?」
「いえ、そうでもありません」
「……」
なんだよ。
何か犯人がいるなら撃ちに行きたい。
そう思っていると、先読みしたようにAIが言ってくる。
「どうも最初から炎上を狙っていた人間がいたようです」
「へえ?」
「炎上を鎮圧して、しばらく様子を見たのですが。 ログを確認する限り、あのデジタルアイドルに粘着して、スキャンダルを捻出する事を考えていた人間が浮上してきました」
「そうか殺そう」
私が立ち上がるのを見て、AIが必死に制止した。
不愉快ながら、そもそもこの先を教えてはくれないだろうし、此処はいったん従うしかない。
ふーと大きく息を吐くと。
ポップキャンディを咥える。
少し頭に糖分を入れるためだ。不愉快だが、まあこれで多少は何とかなる。
「まず犯人ですが、どうやらマクロを使って、二十四時間体制で貴方が推しているデジタルアイドルを監視しているようです」
「そのくらいは確か犯罪にならなかった筈」
「はい」
実際、ネットアイドルが相手になると、24時間態勢でその動きを監視するマクロやらツールやらを使っているファンはいる。
誰よりも早く情報を入手したいためだ。
それについては認められてはいる。
ただし、悪用されると極めて危険なので、使用する際にはAIから色々厳重注意が入るし。
何よりも、ネットアイドル側も、特に生身の人は自衛を求められる。
下手な言動をすると、全て筒抜けになり、最悪居場所などを特定されるからである。
今の時代はパーソナルデータが流出しても、昔ほどは致命的ではないけれども。
それでもはっきりいってあまり良い状況ではない。
「今回は悪用のケースに当たると判断しました」
「マクロは確か公式で配布されていたはずだけれど、手を加えていたとか?」
「いえ、連動型です」
要するに、マクロに連動して更に自作の別のマクロを動かし。
データを更に細密に調べ上げ。
何かケチをつけられないか探していた、ということのようだ。
何というかそこまで行くとストーカーに近いなと思う。
私なんかは推しであっても、見た時に何か活動してくれていればいいし。
過去に面白い活動をしてくれていればアーカイブからそれを参照する、くらいのファンである。
故にはっきりいってマクロやツールを使って24時間監視を続けるような連中はよく分からない。
勿論それだけで批判するつもりは無い。
犯罪にならない範囲だったら、どんな趣味でも持つのは自由である。
「今回の炎上の他に前科は?」
「無い様子ですね」
「だとすると大した罪には問えないけれど」
「その通りです。 故に直接調べてほしいと思いまして」
凶悪犯罪に進展する可能性がある。
そういうこと、だそうだ。
なるほど、確かにそれならば私が出るのも納得ではある。
頷くと、まずはデータを回して貰う。
炎上の過程で発生した色々なデータを見る限り。
犯人はどうも、全体的にちょっと足下がお留守のようで。かなり簡単に本丸まで辿り着く事が出来ている。
衣装が同じでパクリ云々は、別に騒ぐことは犯罪ではない。
単なる指摘だからである。
だが、この犯人の場合。
分かっていてやった可能性が高い。
その辺りの証拠を探り出す必要があるだろう。
軽く調べて見るが。
ざっと見た感じ、デジタルアイドルのファンを始めたのは比較的最近のようである。比較的最近と言っても二年ほどだが。確か今の時代、最もディープなアイドルファンに至っては、三十四万年以上続けている猛者がいるらしい。地球が銀河連邦に参加したのが二万年前なので、勿論地球人では無い。そういう超級の猛者に比べると、大した事はないという話だ。
私なんかはニワカもニワカなので、そういう人はすげえなあと思うしかないし。
一方でよくも其処まで一つの趣味に熱中できるなと感心もする。
さて、犯人の方だ。
ざっと調べて見ると、私の推しに対して一筋だったわけではなく。
それまでは何人かのアイドルの比較的軽めのファンをやっていた様子である。
そう。最初はディープなファンではなかったのだ。
だが、何かの理由で仕事に失敗したのが原因で。仕事をするのが嫌になったらしく。
以降は仕事の頻度が減り。
アイドルの一挙一動を追う事が多くなったとか。
仕事そのものは、特に他人と関わる事がないタイプの仕事だ。今の時代の仕事はだいたいがそうだが。
それで嫌な事があったというのは、恐らく自己嫌悪の類だろうか。
それならば、客商売の究極とも言えるアイドルにはまるのも何となく分かるような気がする。
分かるような気はするが。
その先、ストーカーまで行ったのは許しがたいが。
「ふむふむ、結局以前推していたアイドルは引退してしまって、結局今の状態になったと……」
「デジタルアイドルの場合でも引退は起きますので」
「それは知ってる」
私が推しているデジタルアイドルが異常に長寿なだけである。
どういう理屈かは分からない。
新陳代謝を図るためかも知れないし。
或いは何かしらAIが考えて運営しているのかも知れない。
生身の人間がやっていない独立AI制御のデジタルアイドルでも、引退をすることは普通にある。
まあいずれにしても、そんな風にして推しに去られて。
結局私も推しているデジタルアイドル……万年単位で活動しているアイドルの所に辿りついたらしい。
さて、それまでのログを確認。
しかして、色々とおかしな事が分かってきた。
変なマクロに手を出し始めたのは、仕事がすさみ始めてからすぐくらい。
だが、その頃は。
むしろネットにもSNSにも殆ど顔を出しておらず。
活動としては、別に悪くは無かった。
なんでこんなネットストーカーみたいな奴になったのかというのが分からない。
何か切っ掛けでもあったのか。
そう思って調べて行くと。
やがて、見つけた。
以前、私がショックカノンをぶち込んだ奴と接触している。
そいつは名うてのネットストーカーで。
確かSNSで不用意な発言をした人間によってたかって誹謗中傷を浴びせ、さっと逃げる事を繰り返していた輩だ。
通称蠅。
音速で醜聞に集ることからの渾名である。
なお私がショックカノンをぶち込んで確保。合計二百六十七件の名誉毀損に問われ。今でも確か牢屋にいる。
此奴の影響を受けてしまったのか。
ああ、それはちょっと問題かも知れない。
ストックホルム症候群の一種だろうか。
ネットで迷惑行為を繰り返す人間を、古くの地球では「荒らし」といったそうだが。その「荒らし」ですらも、別に普通の人間である。普通の会話をすることだってあるし、生活もある。
ただしやはり負に心が捕らわれていることもあるから。
話すだけで、悪い影響を受けることはどうしてもある。
ちょっとした接触だけで、相手にトラウマ級の影響を与えることがあるのは。何より私が常に相手に与えているので良く知っている。
それのネット版というわけだ。
更にログを精査。
今回は緊急性がないので、じっくり時間を掛けて調べて行く。
やはり、蠅と接触した後、言動が露骨に変わり始めている。
全体的に言動が攻撃的になり。
粘着質の言動が増えてきている。
そしてぴたりとSNSの使用をやめた。
昔から使用は頻度が低かったが。
少なくとも、書き込むのは止めた。
これは恐らくだが、自分でも攻撃的な言動、危険な思想になってきている事に気付いたからではないだろうか。
勿論それを恥じ入ってとか、でSNSの使用を止めたわけではない。
このままだと、警察などに捕まるかも知れないと判断したという風に考えるべきではあるまいか。
要するに悪い方向に知恵が回るようになったのだ。
最悪のパターンである。
苦虫を噛み潰している私に、更なる情報がどんどん入ってくる。
連動ツールを自作で作り始めているログが残っている。
通常配布されている、ネットアイドルの動向を追うマクロには、手を入れてはいけないことになっている。
だが、悪用さえしなければ。
ログの抽出を行ったりするような、連動マクロは使用を別に禁止されていない。
悪用などすぐにばれる。
それなのに、連動マクロを作り始めた。
ある程度の知識があれば今の時代は誰にでも作れる。
そして、今回の事件までに、膨大なログを蓄え。
更には、イチャモンをつけて燃やす機会を待っていたのだ。
ふうん、そういうものか。
恥知らずな奴だな。
私はそう思った。
仕事で上手く行かなくなったのは仕方が無い。誰にだってそういう時期はある。私だって、仕事で失敗した事くらいはある。
自慢の勘もその時は良くない方向に働いてしまった。
失敗は恥では無い。
だが、此奴にとってアイドルはそんな落ち込んだ自分にとっての唯一の光だっただろうに。
それを汚しに掛かるか。
とりあえず、一発ショックカノンは叩き込む。
勿論今までの情報には推論がかなり入っているので、裏取りはしっかり行う。
データを大量に集めて行き、裏取りを完了。
そこまでに二日かかった。
AIの許可が出る。
私は、犯人の住処に向かう。
犯人は比較的近くの宇宙ステーションに住んでいる。
190光年ほど離れた場所で、近くにあるブラックホールの監視を行っている宇宙ステーションだ。
犯人の仕事は、このブラックホールの監視業務だったらしい。
今では殆ど仕事をしたがらないらしいが。
熱心な頃は、ブラックホールからの物質の抽出や。
いわゆる降着円盤(ブラックホールに吸い込まれる物質が、回転しながら落ちていくときに出来る円盤状の構造)についての論文を出していたりと。それなりに出来る奴だった様子だ。
それが落ちるものだな。
宇宙港に到着。
ブラックホール監視用の宇宙ステーションだから、居住区も大きくない。むしろ脱出用の設備や。ブラックホールから資源を回収していく特殊採掘船用の港の方が存在感が大きい。
目を細めて、変わった光景を楽しんだ後は。
気持ちを切り替えて、犯人逮捕に向かう。
大した罪には問えない。
だが、このまま放置すれば更に危険な炎上騒ぎに辿りついてしまうだろう。
蠅からバトンを渡されて、放火魔になってしまった犯人を捕まえて。
此処で悪意のバトンを断ち切っておかなければならない。
それが警官としての仕事だ。
警備ロボットが、歩いている私の周囲に集まってくる。
既に犯人の顔なども知っているが。
その辺りの情報も、救えない話ではあった。
犯人の家の前に到着。
そもそも、警察に嗅ぎつけられたことすら気付いていないだろう。
家の周囲を囲ませる。
そこで、犯人は異常に気づいたようだった。
まあ異常に気づくように振る舞っていたのだから、遅すぎる位だが。
裏口から逃げようとしているな。
熱源の移動を見て、私はそのままひょいと動く。そして犯人より早く、裏口に出ていた。
裏口から飛び出してきた犯人。
パジャマを着た、十歳くらいの女の子に見える。
実年齢と見かけは同じである。これも調査済。
要するに年齢相応の肉体年齢で体を弄っておらず。
仕事を始めたばかりで挫折してしまったケースだ。
真っ青になる犯人。
私は、逃げようとした犯人の恐怖を存分に味わいながら。
ショックカノンの引き金を引いていた。
裏口の扉に叩き付けられ、気絶しながらずり落ちる犯人。
まったく。
こうなることは分かっていただろうに。
子供の頃に犯罪の成功体験を積むと碌な事にならない。まあしっかり再教育して貰うんだなと、私はふーとショックカノンの先を吹きながら思うのだった。
連れて行かれる犯人。
AIに言われる。
「お疲れ様でした。 別に子供が好きというわけでもないんですね」
「私は誰にでも平等だよ」
「はあ……」
「スイはロボットだからね……人間じゃないからああ接してる」
聴取は、見なくてもいいだろう。
自分が警察沙汰になるような事をしたと、分かった行動だった。
後は、家の中を調査。
やはり裏取り通りだった。
今後は更に大きな炎上騒ぎを起こすつもりだったらしい証拠がぼんぼん出てくる。
これは、早めに確保しておいて正解だっただろう。
このまま行くと、本人は何処まで落ちたか分からないし。
更にこの犯人に触発されて、犯罪者になる奴が出ていたかも知れない。
最悪のバトンタッチは此処で断ちきった。
それで可とするべきなのかも知れない。
ふと見ると、以前自作したらしいもう引退したアイドルのフィギュアがあった。3Dプリンタで作ったようだが。モデリングなどは自分でやったようだ。
これだけ色々出来る奴だったのに。
とりあえず、再教育をしっかり受けて、やり直してほしいものである。
上手く行くかは分からない。
それが、悲しい現実ではあるが。
4、断ち切った鎖の後始末
蠅の所に出向く。
そう、通称蠅。
昔私が捕まえたネット犯罪者。
あらゆるSNSで問題を起こしまくって、最終的に逮捕された。犯罪の件数が三桁と言う事もあり。
反省の色も一切見られないと言うことで。
今は刑務所である。
刑務所に出向くのは久しぶりだ。
勿論此奴に、お前の影響を受けた犯罪者が出たぞ、なんていうのは逆効果である。喜ばせるだけだ。
だから、徹底的に叩き伏せるために出向いた。
出所した後。
二度と馬鹿な事を考えられないようにするため、である。
幾つかの手続きを受けた後、刑務所惑星での面会となる。
刑務所惑星といっても、刑務所があるのは位相をずらした異空間。
人間が何をやっても絶対に脱出できない場所だ。
それぞれの犯人が入れられている個室も、意図的に窮屈に作られている。
また、個室の素材も人間が何をやっても壊せない。
此処に入ると言う事は。
それだけ辛い思いをするという事だ。
古い時代の刑務所のように、他人と接触する事は出来ないから。刑務所内で犯罪者が独自のコミュニティを作るとか。金を持っている犯罪者が、自分で私物化するとか。そういうこともない。
どんな犯罪者でも、此処に入ると言う事を恐怖する。
恐怖するくらいなら、最初から犯罪なんかしなければいいのに、である。
手続きが終わって、アクセスのためのシミュレーションルームに出向く。
仮想空間越しにアクセスするのだ。
まあ位相をずらした空間に収監されているのだから、当然ではあるが。
シミュレーション越しにアクセス開始。
犯人は、焦燥しきっていた。
栄養状態などは充分な筈だが。
「よお。 久しぶりだなあ」
「きょ、狂人警官!」
「今日は楽しい事を伝えに来てやった」
此奴には、恐怖の限りを叩き込んだ後逮捕している。
故に私の顔を見るだけで怯える。
今日は、更にそれを上書きする。
「お前がやらかした犯罪な、全部丁寧に目を通させて貰った。 そうしたらますますお前の事が嫌いになったよ」
「ま、待ってくれ、待ってくれっ!」
「いいに来たのはそれだけだ。 ムショを出た後、精々真面目に働くんだな。 もしも次に犯罪に手出して見ろ。 前の百倍の恐怖と苦痛を与えてやる」
凄まじい絶叫を蠅が挙げた。
元々焦燥しきっていたから、凄まじい鬼相だった。
恐らくだが、ムショの中でも私の幻影に怯えていたのだろう。
いい気味である。
此奴は今回、また一人の人生を狂わせた。
これくらいの罰は受けるべきである。
シミュレーションをきる。
この様子だと、ムショから出た後は廃人になっているかも知れないが。まあどうでもいい。
AIも止めなかった。
この結果は分かっていただろうに、だ。
「これで彼も二度と犯罪を起こそうという気にはならないでしょう」
「ふ、まあ犯罪起こしたときには徹底的にやってしまっていいんでしょ?」
「多少は黙認します」
「よっしゃ」
むしろ犯罪を起こすのが楽しみだ。
この手の奴でも、今の時代は自室に籠もりっきりなら死ぬ事はない。また、隣の人間が誰かも分からない時代だ。
仕事をすることもできるだろう。
リモートでやっている仕事が大半だし。
それらの仕事もAIが与えているものが殆どなのだから。
ふと、レマ警部とすれ違う。
相手は苦虫を噛み潰したが、私は早速満面の笑顔でウザ絡みに行った。
「いやー、久しぶりだねえ。 この間は大手柄だったそうじゃないか」
「ちょ、離してください。 ほっぺすりすりしないで」
「そういう技」
「やめ、やめてってば……!」
筋力差が違いすぎるので抵抗できないレマ警部に散々ウザ絡みをして。相手がげっそりした所で離してやる。
まあこれで多少はすっきりしたか。
後はそのまま帰ることにする。
それにしても、レマ警部も何をしに刑務所惑星に来たのだろう。
その辺りはよく分からないが。
まあ楽しかったので可としよう。
悪しき連鎖は断ち切れた。
以降は、また警察として。
何時でもどこからでも湧いてくる犯罪に、いつものように対処するだけだ。
(続)
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