扱いがあぶないもの

 

序、人間の最初の武器

 

私は呆れていた。

其奴は気付いていない。

そもそも、家から持ち出した時点で、AIに目をつけられていたことを。

こそこそしながら、歩いている後ろを。

私は殆ど身を隠す工夫をしなくても大丈夫だなと思いながら歩いていた。

此処は居住惑星の一つ。

比較的賑やかな星だ。

理由としてはカジノをおいているからで。

住宅地区にも、ある程度のカジノの雰囲気をお裾分けと言う事で、音が聞こえてきている。

なおカジノは全AI制御。

財産を全部するような奴もいないし。

逆に大もうけして後は遊んで暮らす奴もいない。

そういう場所だ。

だからこそ、こういうのも出てくるのだろうか。

いずれにしても、私が喚ばれたというのは。

そういうことである。

奴が止まる。

足を止めて、周囲を見回す。

流石に追跡に気付いたのかと思ったが、残念。気付けていなかった。

そのまままた歩き始める。

私は嘆息。

たまには多少は勘が鋭いのと戦いたいと思うけれども。

そもそもそうもいかないか。

程なくして、其奴はある家の側に来ると。

手にしていたもの。

缶を開けようとして。

その瞬間。

一気に間を詰めた私が、その腕を掴んでいた。動きが鈍かったので出来た事だ。そうでなければ、問答無用でショックカノンで撃っていただろう。

そのままメリメリと手を握りつぶす。

悲鳴を上げる犯人だが。私は無言で、笑みだけを浮かべていた。

「何だよ! 誰だよ!」

「ハーイ。 お巡りデース」

「……っ! 狂人警官!」

「おー。 最近はこんな雑魚にも知れ渡ってるのかあ」

手を離すと、蹴りを叩き込んで吹っ飛ばす。

体格は私と大して変わらない犯人だが、筋肉量が違いすぎる。

文字通りくの字に折れて吹っ飛ぶ。

その瞬間に私は、犯人が手放した缶を掠め取っていた。

周囲は既に警備ロボットが囲んでいる。

犯人に、逃げる場所など存在していないのだ。

「さて、この可燃性の液体で何をしようとしていたのかな」

「……っ」

「家の方も既に調べてある。 お前さん、ここに火をつけるつもりだったね?」

何か言おうとした瞬間。

ショックカノンで、私は犯人を黙らせていた。

可燃性の液体。低純度のガソリンを警備ロボットに引き渡す。

ガソリンは気化を簡単にする上、その火力がとんでもなく凄まじい。

地球時代は自家用車のメイン動力として使われていたが。

それも納得のとんでも無い火力が爆発的に出るのである。

今回は、犯人が自分でガソリンを作り出した。低純度のものしかつくれなかったし。実際には撒いて火をつけたところで、現在の家屋相手には通用しないのだが。

現在の防火設備は。ガソリン程度では一瞬で鎮火できる性能を持っている。

そういうものだ。

だが、それでも人が巻き込まれたときなどの可能性はある。

服を着ていればまず大丈夫だが。

それでも流石にものには限度があるし。

更には窒息死の可能性がある。

放火はこの時代でも重罪だ。

未遂だったとしても。

さて、犯人は捕まえた。

少し前からAIの支援を切って好き勝手をしてガソリンもどきを作り。

ただ五月蠅いからむかつくという理由で、近くにあるカジノの予約店(ほぼ無人である)を燃やそうとしたアホは。

あっさり捕まって、連れて行かれていた。

私としては恐怖は味わったし、後はどうでもいい。

とりあえず聴取は見る事にする。

聴取を行う警官は、以前どっかで見た事がある人物だった。

ああそうそう。

思い出した。

確か版権犯罪の時の。

あの時は性癖の話をされて困り果てたものだった。

今回は関わらないからいいが。

警官は基本的にあまり数が多く無くて。

この業界は狭いのだなと、もう一度思い知らされて、げんなりしてしまった。

「なるほど。 五月蠅いのに騒音を抑えようともしないのが悪いと」

「そうだ! そもそもカジノなんて……」

「何度かAIに引っ越しを提案されていますね。 どうしてそれを蹴ったんですか?」

「俺がどこに住もうと勝手だ! そもそも周囲が俺にあわせるべきなんだよ!」

はー。

これはまた、どうしようもないオバカちゃんである。

地球時代はこの手の輩が確か声ばかり大きくて目だっていたのだっけ。いずれにしても、醜悪極まりない。

私が代わろうかと提案するが。AIがまあ見ていなさいと言う。

ならば、見ている事にしよう。

「現在は、そもそも誰もが独立して生きられる時代です。 カジノが煩わしいのなら、AIの支援で音をカットすればいい。 それをせずに、周囲に自分を押しつけるのは貴方の落ち度です」

「知るか! そもそも」

「そもそもじゃないっ!」

鋭い叱責に、犯人が黙り込む。

見かけからして舐めて掛かっていたようだが。そもそも警官として訓練を受けているのだ。

今の時代は、余程の事がないと直接相手に暴力を振るう事はない。

古い時代には、子供は殴って育てるべきだという謎の理論で子育てが行われ。

公共機関でも虐待が公認され。

虐めはされる方が悪いという理屈の元、多くの人間が社会からドロップアウトしていた現実が地球の文明でも存在している。

今の時代はそれらは全て過去のものとなったが。

一方で、AIが時々脅威や緊張感を用意する必要があると判断しているらしいことも、私には分かる気はする。

こういうカスが出てくるからである。

「極めて身勝手な理由で放火をし、下手をしたら多数の人を死なせるところだった貴方の罪は重い。 AIの判決によると懲役二十二年。 しっかり豚箱にて反省してきなさい」

「に……」

初めて自分の置かれている境遇を察したのか。

一気に恐怖で顔を歪める放火魔。まあ未遂だけれども。

実際問題、最悪の状態になったら、どうなっていたか分からないのである。

勿論今の時代、その最悪の状態にはなり得ないが。

古い時代の火事の記録は、私は幾つも見ている。

それこそ酷いときには街一つが丸ごと焼けて、何千人もが死ぬような火事も存在したと聞いている。

火事とはそれだけ危険で。

放火というのはそれだけとんでもない行為だと言う事である。

「ま、待ってくれ! 俺はまだ火をつけていない!」

「……連れて行きなさい」

「弁解をさせてくれ! 慈悲を……!」

見苦しい犯人が連れて行かれる。

情けない話だ。

恐怖は質が良かったが。

まあおいしいからいいか。

聴取が終わって、警官が引き揚げて行く。

あの子はちょっと苦手だったので、話をしなくて良かったと思ってしまう自分がいて。其処は我ながら情けない所ではある。

「とりあえずレポート?」

「幾つか処理をお願いします」

「分かった」

模倣犯が出る可能性がある。

少し此処に留まった方が良いだろう。

私は黙々とレポートに着手する。

とはいっても今の事件のレポートではない。AIが無作為に選んだ殆ど関係無いものばかりだ。

それを淡々と処理だけしていく。

文字通り与えられただけの仕事。

最悪拒否することも出来る。

中にはレポートしかやらない警官もいるそうだ。まあまれに、だが。

流石にこの仕事をルーチン化するのは飽きるだろうと思ったが。それはあくまで私の話である。

現場で銃を楽しく撃つのが嫌な警官もいるだろう。

今の世の中は、そういう人間がいても普通に回るようになっている。

「今のは結局懲役22年と言う感じで正しいの?」

「そうなります。 罪が重いので」

「確かに擁護できないだろうねアレは誰にも。 ただ、豚箱の中で勝手に逆恨みして、出て来てからも色々する可能性が高いよ」

「矯正用のプログラムで成功した例があるので、それらを全て試します」

そうか、お優しいことだ。

小さくあくびをすると、私はレポートをどんどこ片付ける。

しばらく無心にレポートをやった後。

定時ということで、宿舎に切り上げた。

宿舎の周囲を巡回している警備ロボットが身分証の提示を求めてきたので、普通に手帳を見せる。

そのまま通してくれたが。

いつもは滅多にないことだ。

たまに抜き打ちでああいうことをしてくる。

そして手帳を忘れていたりすると、AIが取りなしてはくれるが。後で叱られることになる。

私はやったことはないが。

たまにこれで怒られる警官がいるらしい。

宿舎に戻る。

自宅とほぼ同等の設備が揃っているので、今日もシミュレーションで泳ぐ事にする。

離岸流を再現して貰い、それに逆らって全力で泳ぐ。

水泳は全身運動だ。

ひたすら泳ぐ事によって、頭の中を空っぽにし。

敵を全力で笑いながら撃てるように調整していく。

敵とは勿論犯罪者のことだ。

特にアルカポネを想定する。

もうこの世には存在しない、人類史上最低最悪のクズ野郎。撃ち殺せたらもうその場で全てに満足して私は昇天してしまうかも知れない。

まあ過去の人物だから、どうにもできないのだが。

「負荷はこれで限界?」

「泳ぎながらよく喋る余裕がありますね」

「そろそろ物足りない」

「いえ、貴方の筋肉への負荷はこれが限界です。 脳内物質が分泌されている状態で、これ以上筋肉に過負荷を掛けると体に悪影響が出ます」

AIがそういうならそうなのだろう。

仕方が無い。

物足りないと感じるのは、単にドーパミンだとかの脳内物質が出て無我の境地に至っているかららしい。

その割りに雑念だらけの気がするが。

気にした方が負けなのだろう。

いずれにしてもやはり物足りないが。体に悪影響が出るほどおよいでいるという事に代わりはない。

しばしして、切り上げる。

やはり、かなり汗を掻いていた。

風呂で汗を流す。

無言で汗を流していると、フルパワーで運動をしたことが伝わってくる。AIの見立ては正しかったらしい。

これ以上は、確かに筋肉にろくでもない影響が出ていただろう。

風呂を上がったあと、AIに礼はいう。

「判断は正しかったみたいだね。 ありがとさん」

「いえ。 私の望みは全ての人間の幸福ですので」

「ふーん……」

だが、時々容赦の無い事もする。

更正の余地がないと判断した奴には、死んだ方がましな境遇を用意したりもしているし。

時々人間に警戒と恐怖を抱かせるために、野獣同然の奴を街中に解き放つこともしている。

それがほぼ確定だが。

もう言っても仕方が無いから、黙っておくことにする。

寝る。

そう告げて、寝る事にした。

横になると、すぐに眠れるのは。私の体が健康な証拠だ。

古くはシフトで昼夜逆転の無茶な仕事をする奴もいて。その内自律神経を壊してしまっていたという。

そうなるともはやストレッチだのホットミルクだの、良く知られた療法は一切効かなくなる。

数年単位で回復には時間が掛かり。

それでも治らない場合すらもある。

AIはそうならないようにちゃんと手配をしてくれる。

それだけで、少なくとも。

昔の地球時代に存在していた、ブラック企業の社長やそのイエスマン達よりは何万倍もマシだろう。

いつの間にか、夢を見ていた。

コレは凄いな。

それとしか、声が出なかった。

大火だ。

街が丸ごと一つ燃えている。

凄まじい阿鼻叫喚。

炎の竜巻が起きている。

どうも地球ではないようだが。いずれにしても、この凄まじい有様に。消火を行う仕事の者達は総動員され。

その多くが殉職しているようだった。

逃げ惑う人々の体には火がつき。

そして気付かないうちに致命的な大やけどを負って倒れてしまっている。

崩れた家の中には、身動きできないまま焼き殺されていく人。

今回は介入できないタイプの夢らしく。

ただ悲惨なその有様を、見ているだけだった。

やがて、もの凄い大火は終わり。

消火活動は虚しく、街は文字通り灰になってしまった。そして街に住んでいた人達はほとんど助からなかった。

失火の理由は。

どこぞの馬鹿が、酔って火の不始末をした事。

その馬鹿は、自分でも気付かないうちに焼け死んだようだが。

それだけが救いだっただろうか。

火事とは怖いな。

私はそう思って。

気がついたら目が覚めていた。

夢の内容は相変わらずだ。殆ど起きると即時に忘れてしまう。何とも悲しい話ではあるが。

とにかく、火事が悲惨だと言うことは良く分かった。

それだけだ。

多分だが、昔見た記録映像がごっちゃになったものを夢としてみたのだろう。AIは知的生命体が発生すると全てを観察する。

その記録も全部残っている。

地球時代の独裁者の凶行なども、あらゆる全てが記録になって今に残されている。

AIが全部撮影していたからだ。

大火の恐ろしさなども、生々しすぎる映像として、記録になっている。

幼い頃に私も確か何度か見て。

火がどれだけ怖いものか、しっかり頭に叩き込まれたものだ。

頭を振る。

あの放火魔野郎。

彼奴だって、多分同じ教育は受けたはず。

それなのに、どうしてあんな短絡的で馬鹿な事をやらかそうと判断したのだろうか。

そういえば、放火魔には火が好きで仕方が無い奴とかが存在すると聞いたような気がする。

その類の輩だったのかも知れない。

自分でコントロール出来る範囲内で、火を楽しむのならそれは良いのかも知れないが。

それを他人に押しつけるのは許されない。

ましてや放火など絶対に許される事では無い。

頭を掻く。

大きな溜息が漏れた。

AIによってこれだけしっかり関していても、どうしても闇は噴出する。

人間はやはりこういう生き物なんだな。

私は起きてからも、憂鬱に思う。

深淵に生きている私がまだマシな方なのでは無いか。

そうとさえ思った。

 

1、火と文明

 

犯人を歩きながら追っていく私。

つんのめりながら走って逃げる犯人。

撃たないのは意図的な理由あっての事だ。

今回の犯人は、敢えて撃たずに追い回せ。そうAIに指示を受けているからである。

時々恐怖の声を上げながら、必死に追ってくる私を見る犯人。

私は歩いているのに。

どうして振り切れない。

そう考えているのだろう。

まあ当然だ。

普段から運動不足の奴がどれだけ走っても。

私が早歩きをするのにも及ばない。

相手の種族の身体能力は地球人類の一割増し程度。まあこの程度の差であったら、はっきりいってどうにでもなる。

淡々と追い回していき。

やがて犯人は、袋小路に追い込まれた。

壁を登ろうとして何度も失敗する。

私がおもむろに随分待たせやがってと思いながらショックカノンを取りだすと。犯人は背負っていたなんか装置を、こっちに向けた。

「し、死にやがれえっ!」

次の瞬間。

私の視界が真っ白になった。

ほうほう。

泳がせろと言ったのは、これが理由か。

犯人がギャハハハハと高笑いしているのが聞こえるが。

まあそれもすぐ終わる。

にやにやしながら待つ。

ほどなくして、その光の正体。

可燃性の液体を噴出しながら着火する、要するに古い時代の火炎放射器が稼働を停止した。

燃料を使い切ったのである。

私は勿論無傷。

普通に服を着て、更にその上からコートを羽織っているだけだが。

今の時代は服にも防御能力がある。

余程の事がないと人間を殺す事が出来ないのはこれ。

例えばぶん殴っても、AIが防御と判断したら、殴った方にダメージが行く。

暴漢とか通り魔とかが存在しないのはこの辺りが理由だ。

開拓惑星ではこの縛りが緩くなるので、暴力を振るうために目を血走らせて徘徊するオバカちゃんがたくさん集まる。

ただ、此処は開拓惑星じゃない。

居住惑星だ。

とっくに防備は完璧、ということだ。

「ひ、ひいいっ!」

犯人が上擦った声で悲鳴を上げた。

私は、ガチガチと自作火炎放射器の引き金を引いている犯人に、ショックカノンを叩き込む。

それで終わりだ。

吹っ飛んだ犯人は気絶。

後は警備ロボットが回収していった。

今回の事件は、犯人が自宅で火炎放射器を製造しているところに踏み込むところから始まった。

なんでそんなものを作るのを許したのかと小一時間AIに問い詰めたかったが。

AIとしては、こういう危険な奴が身近にいると言う事を示すことで、危険を人間達に感じさせたかったのだろう。

常に緊張感を持たせないと、人間は墜ちるところまで堕落する。

だから、希にこういうのを放置しておくと。

あくまで私の推測だが。

高確率で当たっているのが救えない。

いずれにしても殺意マックスで私に火焔放射をしたのは事実である。

犯人は数十年単位で豚箱行きだろう。

ちなみに私は、髪の毛一つ焦げていない。

テクノロジーの差。

自作の火炎放射器なんて、今のシールド技術の前には、それこそ塵芥に等しいという事だ。

流石に服程度では核は防げないだろうが。

正直な話、だいたいの兵器ならどうにでもなってしまう。

さて、署に向かう。

火炎放射器野郎についての聴取を見る事にする。

なんであんなものを作ったのか。

聴取については、それがメインになるようだった。

聴取に当たる警官は、なんか巌のように厳しそうな雰囲気の人物である。

対して犯人は随分と細い。

威圧感に冷や汗を垂れ流しながら。犯人は少しずつ喋る。

「火が、好きだった……」

「ほう?」

「最初は、家の中で炎を盛大に出して楽しんでいた。 どういう燃料で、どれくらい火が出るかにも、どんどん詳しくなった」

火が好きだから。

火炎放射器を作った。

理解出来ない理屈だが、犯人の中ではなんか変な扉を開けてしまったのだろう。

元々火というのは、人間にとって最初の武器だった。

中には火を怖れない動物もいるが。

多くの動物は火を怖れる。

また火を怖れない動物もいるとしても。

火矢をくらったら無事ではすまないのである。

地球で言えばヒグマは火を怖れない事で知られているが。

ヒグマなんか、近代兵器で武装した軍隊が出て来たら文字通りゴミクズのようにちぎられるだけである。

火はそういった近代兵器の始祖。

火は力の源。

これは恐らく、文明全てに共通している事だ。

人間は火によって最初の文明を作った、と言えるのかも知れない。

犬や三世代による知識の継承は、文明という以前の行動。

その行動から、火というものが、知的生命体としての活動の第一歩へとつながった。

故に、今でもいるのだろう。

火に対して、妙なバグを起こす頭脳を持つ人間が。

それは地球人にもいるだろうし。

今回の犯人。

ファーマッテイル人だったか。

別の人間にもいる。

それだけの事である。

「家の中だと、AIがどれだけ火をぶっ放してもシールドで防いでくれたし、窒息もしないようにしてくれた。 だから、どんどん火力を追究して行って……」

「何度も止められなかったのか」

「止められた。 でも、楽しくて仕方が無かったんだ……」

「そうか、楽しくて人を殺そうとしたのか貴様」

凄まじい怒りの声が警官から発せられて。

犯人はあからさまに怯える。

私と相容れないタイプの警官だ。

あの巌のような見かけと同じく。極めて正義感が強いタイプなのだろう。私としては分からないでもない。

私とは違うが。

警官としては立派な相手だ。

私の事は毛嫌いするだろうが。

私はああいう奴は嫌いじゃあない。

AIに驚かれたことがあるが。私は真面目な責任感のある警官は好きである。私とはやり方が違うだけだと思っている。

私は趣味というか欲求と実益を兼ねている。

ただそこが違う。

勿論本人達はそんな事を言われたら怒るだろうが。それは思想の違いという奴なのである。

「いずれにしても救いようが無い。 貴様は豚箱で精々反省しろ」

「だって、怖かったんだ! まさか狂人警官が乗り込んでくるなんて!」

「いつかAIの処理能力を超えて、家が大火災を起こしていたらどうするつもりだったんだ!」

一喝されて、それ以上は何も言えなくなったようだ。

事実家宅捜索の結果、この犯人の家。

私が乗り込んだときも、可燃性の物質が山積みされていた。

もしもあれら全部が一気に発火していたら。

それこそ何が起きたか分からないだろう。

AIの事だから、大火にはさせなかっただろうが。もしもシールドの限界を超えた場合。犯人の家が、一瞬で燃え尽きていた。

その可能性は否定出来なかった。

AIも散々警告はしたのだろう。

だが効果は無いと判断して、私が喚ばれた。

そういうことだ。

犯人は以降大人しくなり、警官の聴取に全て丁寧に答えていた。

AIは刑期を宣告し。項垂れながら犯人もそれを受け入れていたようだった。

私は別に聴取した警官と話すことは無い。

相手が私を毛嫌いしていることは確定だし。

向こうが此方に対して思う事があれば、後で話をしに来るだろう。

それにしても、やはりというか。

似たような事件を何度も引き起こすな。

今回の事件は。前の放火魔未遂の居住惑星から、1500光年も離れた場所で起きている。

だが今の時代は、SNSでリアルタイムに情報が伝わるし。

それが故に、連続で炎を扱った怖い事件が起きた、と言う事にもなる。

リアルタイムで銀河系の情報が共有されるのだ。

1500光年の距離なんて、それこそ0に等しいのである。

「さて、模倣犯に備えて時間でも潰しますかね」

「いえ、今回はすぐに移動を開始してください」

「了解」

立ち上がる。

AIがそう指示してきたと言う事は。

私が動くべき犯罪者がいる、と言う事だ。そのまま宇宙港に向かう。行きとは違う宇宙港だ。

本来はハビタブルゾーンからだいぶ外側にある惑星なのだが。人工太陽を衛星軌道上に浮かべるなどして熱量を補い、テラフォーミングを行ったのが十二万年ほど前だという事である。

故に空を見上げると、太陽が二つある。

これも面白いなあと思う。

連星系の居住惑星だと、幾つも太陽が観られる事もあるし。

それに人工太陽が加わったりするので、色々と面白い。

地球時代では考えられなかった話だが。

だがそれはそれ。

輸送船が来た。通常の3000メートル級だ。

無言で自室に移動。

そこで、ようやくAIと話すことにした。

「それで急ぎと言う事は、余程ろくでもない犯罪者がいるようだね」

「地球風に言うと、先ほどの犯人の師匠に当たる人物です」

「今時師弟関係とは珍しい」

「本人同士に接点はありません。 炎を扱う動画をたくさん撮ってネットに挙げている人物ですね」

ああなるほど。

それに悪影響を受けたのか。

何でもやり口が殆ど同じだそうで。

犯人はその人物の行動を真似て、火炎放射器を作るにまで至ったらしい。

それは良い事なのだろうか。

個人的にはあまり良い事とは思えない。

AIによるシールドがあるし。家の中で派手に火を燃やしても窒息しない時代とは言え。

家の中で派手に火をぶっ放して、今の時代だから大丈夫、趣味だから大丈夫とふんぞり返るのは。

あまりにもアレである。

というか、本来はそっちから行くべきではなかったのかと私は思ったが。

その思考を先読みするように。

AIは言う。

「実は犯人として捕まえた先ほどの人物の方が、より行動が過激化していたのです。 そしてあの犯人の逮捕を受けて、これから向かう先にいる人物は、相当に慌てているようです」

「そりゃそうだろうよ」

自分の行動を模倣している奴が捕まったのだ。

今後自分がどうなるか何て、わざわざ説明しなくても誰にでも分かるだろう。

私は馬鹿じゃねーのかとぼやきたくなったが。

それについてはもうどうでもいい。

次は、もっと凄い火炎放射器でお出迎えしてくれるのだろうか。

それともナパーム弾だろうか。

何回か空間転移する。

その間に、AIが状況を説明してくれる。

「かなり焦っているようですね。 既に狂人警官に火炎放射器をぶっ放した人間がいると、SNSでは流れています。 それを見たようです」

見たようですじゃないだろ。

お前がどうせ見せたんだろ。

そもそも見た事は確認しているんだろうが。

色々突っ込みたいところはあるのだが。それはもう別にどうでもいい。私は相手を撃つために、精神を集中する事にする。

極上の恐怖を食べるためである。

多少の我慢は必要だ。

「もう二時間ほどで現地に着きます」

「それで、抵抗しなかった場合は?」

「危険物の大量蓄積で逮捕となります」

「いや、蓄積していたのは分かっていただろ……」

犯人はどうも強烈な可燃物を自作していたようだが。それにしても、自分で作っている所をAIも見ている筈で。

こんなになる前に逮捕させればよかったのに。

どうしてこんなになるまで放って置いたのか。

まあその方が、身近にヤバイ奴がいるという恐怖感を人間達に植え付けることが出来る事は分かる。

それによって危機感を持たせ。

緊張感を持たせる事が出来るという理屈も。

だが何というか。

最近は、此奴の方が私よりも過激なのではなかろうかと思い始めている。

ただ殺人犯とかは滅多に出さないし。

それでも古い時代の文明に比べればずっとずっと良心的なのだろう。

それについてだけは事実だ。

ため息をつく。

やがて、宇宙港に到着。

降りると同時に、迷彩を掛ける。私が来た事を、犯人に報告する奴がいるかも知れないからだ。

当然AIが通さないだろうが。

こういうのは一応、形だけでもやっておかなければならない。

犯人の家にまっすぐ向かう。

なお、犯人はAIによると、家の中で右往左往しているだけのようだ。

外に出れば捕まる。

そう考えているのかも知れない。

ありふれた居住惑星だ。

海がかなり大きめで、ビーチが存在している。

勿論生物は存在しないビーチだが、そういう観光が出来て良い雰囲気の星だ。

こんな所に家の中で炎を燃やして遊んでいるアホがいるとは、まあ気付く人も少ないだろう。

これから捕まえに行く通称「炎仙人」は、自分の居場所がばれないように、徹底的に工作していたらしいので。

「篠田警視正。 急いでください」

「ん、何? 犯人が他人の家に押し入って人質とって立てこもったとか?」

「何ですかその具体例は」

「いや、急げというのはそれくらいのことかなと」

なんかAIは絶句していたが。

いずれにしても、咳払いを敢えてしてから言う。

AIが咳払いというのも面白い。

「犯人が自分に可燃物を巻き付け始めました。 服も脱いでいます」

「おー、それは大事だね」

「自分の命そのものを人質にする様子です」

「それで、服を脱がれている場合、防御は?」

AIが黙る。

知っている。

実は、屋内に限っては、人体に対してシールドを発生させることが可能だ。これは風呂などに入っているときに、事故死するのを防ぐためである。

古い時代は、働きすぎた人間が風呂の中で落ちてしまって。そのまま窒息、なんて事があったらしい。

これらを防ぐために、AIは色々対策を講じている。

幼児期などには、知らないうちに致命的な行動をしていることも多い。

そういうのを防ぐためにも、必要な処置なのだろう。

犯人も外でそれをやれば。

いや待て。

自爆の準備を整えたまま、外に出られるとまずいか。

流石にその場合は、AIにもどうにもできまい。

無言で早足になる私。

程なくして、犯人の家に到着。既に周囲は警備ロボットが固めていた。

何事かと窓から覗いている住人もいるが。

私が迷彩を解くと。

悲鳴を上げて、家の中に引っ込んだ。

うまい。

恐怖、実に最高。

それはいいとして。犯人の状況を確認。

「で、犯人は?」

「やはり家の外に出ることを目論んでいるようです」

「窓は封鎖してくれる?」

「? 分かりました」

犯人の動きが、立体映像で私の少し斜め上くらいに表示される。

現在裏手の窓を開けて出ようとしているが、どうにも上手く行っていない様子だ。

それでロックされていると気付いたのだろう。

私は無言で、そのまま扉の前に立ち続ける。

AIはどういうつもりだろうと思っているのか、何も言わない。

何、とても簡単な話だ。

あらゆるドアと窓がオートロックで塞がれていることに気付いた犯人は、パニックを起こした。

その場で自爆しようとするが。

それもAIがさせない。

火を起こさせない。

着火用の設備はいくらでもある。

それらを全て沈黙させたようである。

本気を出せば色々出来るじゃ無いか。

原始的な着火装置も作動しないようで、「仙人」は真っ青になって、頭をかきむしっていた。

なお敢えて老人の姿になっているが。

中身は人間年齢で四十くらい程。

動画配信のキャラづけとして、仙人ぽい姿ということで、敢えて老人にしているのだそうだ。

そして仙人なんて言っている事からも分かるように。

地球人である。

犯罪者の地球人率が高いのは、たくさん犯人を撃ってきた私から見ても明らかだ。

統計でも、第二位の宇宙人を大きく引き離して一位であるらしい。

まあそれはそうだよなあと。七転八倒している仙人を見ながら思う。

程なくして、もう他に手は無いと判断したのか、仙人が勢いよく入り口から飛び出して来ようとするが。

扉を開けた瞬間。

私が出会い頭に、ショックカノンを叩き込んでいた。

吹っ飛んだ仙人は、一回転して、逆さになったまま玄関の壁に叩き付けられ。そのままずり落ちる。

本当に全裸になっていたので色々閉口する。

まあ家の中で全裸で過ごそうが自由だけれども。

そのまま警備ロボットが確保。

周囲の映像をモザイク化して、更に危険な発火物質を体から取り除いていった。

口の中や他の穴の中にまで発火物質を突っ込んでいたようで。

仙人もとい犯人の本気ぶりが窺える。

私は口の端が引きつる思いである。

色々な特殊性癖の人間を見て来たが。此奴はちょっと凄いなあ。

勿論他人に迷惑を掛けないのなら、どんな尖った特殊性癖を持とうと自由である。

だが此奴は、家の中に発火物質をたんまりため込んだ。

AIが止めろと言っていたのに。

それで散々遊んで、仙人を自称していた。

AIが保護しているのに甘えて、だ。

挙げ句の果てにこの結果である。

勿論、AIの言い分も分からないでもない。

こういうのを定期的に出さないと危機感をあおれない。

人間は腑抜ける。

危機感がなくなった人間は、どんな生物よりも弱くなる。

そして最大の危機になるのは人間。

戦争などを引き起こすよりも、こういう危険人物が身近にいることで、緊張感を強くするしかない。

それらはよく、とてもよく分かる。

だがそれでも。なんかもう色々と私は突っ込みを入れたかった。

まあ私を見たときの、仙人のうそおという恐怖の顔は面白かったから可とするか。

とりあえず。連行されていった仙人の聴取を見る為に署に向かう。

さて、炎マスターの炎仙人は、どんな言い訳をしてくださるのか。

そんな有り難い話をしてくれるのか。

ちょっと楽しみではある。

署に出向く。

聴取を見るが、当然仙人は服を着せられていた。

まあそうだろうなあとは思う。

警官はちょっと不慣れそうな奴だけれども。すぐに勘が働く。此奴は見かけとは違うな、と。

「それで、自宅に危険物をたんまりため込んだ挙げ句、それらを使って動画配信をしていたと」

「わしは炎を司る仙人だからな!」

「なーにが仙人だ」

「わしに炎を語らせると長いぞ!」

なんかさっきの醜態を忘れたかのように、仙人キャラをあっさり取り戻している犯人。なんか直接出向いてぶん殴りたくなったが。

まあ此処は聴取の警官に花を持たせる事にする。

ここで私がしゃしゃりでても仕方が無いだろうから、だ。

「では仙人。 暴力を司る魔王が家に来た感想は?」

「……っ」

「貴方がやり過ぎたからあの人が来たんですよ。 その反省の色のなさから考えて、出所後も……」

「ま、まてまてっ!」

仙人の化けの皮が剥がれる。

立ち上がろうとして仙人は出来ない。

悲鳴を上げる。

うん。

良い悲鳴だ。

実に美味である。

舌なめずりしている私は、思わず見入っていた。まあ普通にこれが一番効果的な方法だよなあと思う。

あの仙人(笑)には、さっきの私の来訪がトラウマになっている。

其処を突けばあっさり聴取が進む。

普通だったら思いつく事だし。

それで聴取が進むのなら早い。

AIが止めに入らないという事は、私が抑止力になっている事を公認しているという事で。

使えるならどんどんつかえと言っているのと同じである。私もそれで一向にかまわない。上質な恐怖を摂取できるからである。

「では「仙人」。 順番に答えて貰いましょうね」

「……はい」

しおらしくなった仙人は、以降聴取に大変大人しく応じた。

まあこれで良いだろう。私は、もうこれ以上は見ても仕方が無いなと思った。

そのまま切り上げる事をAIに告げる。

書きかけだったレポートを終わらせると。

私は、もう聴取を見る必要もないと判断して。その星を後にしていた。

 

2、相互理解は難しい

 

焦げた跡がある。

此処は通報があってやってきた場所だ。痕跡は残っていない。だが、焦げている。

発火したのだ。

どうやったのかは現在解析中である。

私の住んでいるダイソン球での事。

私としても、近場の任務で有り難いと思ったのだが。周囲を忙しく行き交っている警備ロボットが、情報を集めている中。

発火した場所を、念入りに見ているしかなかった。

困惑しているのはAIも同じのようだった。

「発火によるダメージなどはありません。 しかしながら、どうして発火したかだけが分かりません」

「ふーん……」

「残留物質などを調べていますが、それでもです」

「じゃあ何か。 いきなりパイロキネシスとかで発火したとか」

冗談交じりで言って見る。

今現在だが。

地球人類が昔に夢想した超能力というものを持つ人間、或いは他の動物は。確認されていない。

人間の脳は其処までスペックが高くないのが理由だ。

更に言えば、サイコキネシスだのパイロキネシスだのは実現が不可能である事も随分昔に証明されてしまっている。

夢のない時代ではあるのだが。

そういうものなので。パイロキネシスと言っても、冗談で通じる訳である。

「冗談はともかく、こんな遠隔地をいきなり燃やすのは人間には不可能です」

「……そういえば機械を使えば可能だっけ?」

「はい。 幾つかの兵器に空間跳躍して質量攻撃をしたり、或いは熱量を投射するものがあります」

「そっか」

確か古い創作にもそういうのがあったっけ。

今の時代は、そもそもそんなちまちました攻撃よりも、数万光年四方を空間ごと消滅させるなんて攻撃を戦艦から無尽蔵に放てる時代だ。

光速に近い速度で動き回る目標に、そんな空間転移攻撃なんかするよりも。そもそも目標がどう逃げても避けられない攻撃をする方が早い。

そういう考えなのだろう。AIは。

実際問題戦艦などの主力兵装はそういうものになっているし。

更にそういう主力兵装は、AIの判断および制御で用いられる。

つまり、人間が使えることはない、ということだ。

その上戦艦などの戦闘艦の巨大な炉などのエネルギー源があって出来る事なのであって。

一個人が実現できることではない。

残念ながらそういう事である。

だから頭を悩ませているのだろう。

「とりあえず、周囲を見に来ている奴は全員記録しておいて」

「何故でしょう」

「全員容疑者」

「ああ、なるほど。 分かりました」

当然の話である。

放火魔がいるなら。成果を見に戻ってくる。

犯人は現場に戻ってくると言う有名なあれだ。

今回は、そもそも物質的な痕跡も残っていないのに小火騒ぎが起きた。しかも、見た感じ結構最初の火はどんと爆発するように燃え上がったようだ。

勿論現在の技術力であれば、こんなものは押さえ込むのは簡単。

周囲に誰かいても、巻き込まれる事もなかっただろうし。巻き込まれても防ぐ事が出来ただろう。

ただそれでも、これは看過できる事態では無い。

例えば、仮に何かしらの方法で、空間や警備を無視して任意の地点を発火できるとしたらである。

ダイソン球などは、恒星の引力に拮抗するための重力制御システムや。

様々なエネルギープラントが精密な設計のもと構築されている。

それらに万が一の事があった場合。

それこそ考えられない数の死者が出ることになる。

ただ、私としては、其処まで大げさな事態ではないように思える。あくまで勘だ。

この勘もたまに外れるので、何ともいえないが。

ともかく、持ち帰って調査である。

見に来ていた野次馬は、狂人警官たる私を見ると。皆さっと避けて、帰っていく。

此奴らの中に、今回の事件を起こした奴はいるのだろうか。

いる可能性はある。

時々犯罪の時だけはとんでもなく気が大きくなる奴というのはいるものなのである。

私としてはそういう奴を見逃したくはない。

一度署に戻る。

現場の周辺を調べて見るが。

少なくとも人が立ち寄った形跡は無い様子だ。

「人間の残留物などはないと」

「はい。 そもそも人が立ち入る理由がない場所ですので」

「燃え上がる前後の画像を見せて」

「此方です」

ふむふむ。

確かに何も無い空間のように見える。

そこがいきなりぼわんと行っている。

かなりの炎で、古い時代だったら多分壁材や床材に着火。

そのまま大惨事になっていただろう。

だが、炎というかこの爆発。

一瞬で収まっている。

壁材も少し焦げているが。表面が変色しているだけ。

炎に侵食されるようなこともない。

ダイソン球に使われている耐久材だ。

その程度でどうにか出来るような代物ではない。

ただ、この炎については気になる。

ため息をつく。

AIの奴、多分これも結論を知っているんだろうな。そう思ったからである。

軽くSNSを見てみると。

やはり当たりのようだ。

既に話は拡散しているようだった。

何もない場所がいきなり発火した。

見ていたが、誰かがいた形跡は無かった。

人がかなり集まっていた。

狂人警官が来ていた。

ざっとそのくらいか。

具体的な情報がまだ流れている状況では無い。まとめなどを作っている人間もいない様子である。

私としてもさっぱり分からないし。

さてどうしたものか。

いずれにしても、順番に可能性を探っていくしかない。

「この炎というか爆発の分析は出来た?」

「温度は1600℃ほど。 ただし二秒間ももたずに消滅しました」

「仮に生の人間が巻き込まれたら?」

「大やけどでは済まなかったでしょうね」

まあ、それもそうか。

地球人の産まれた太陽系の恒星、太陽の表面温度が確か6000℃くらいだった筈である。

人間があの短時間爆発に巻き込まれたら、ひとたまりもなかっただろう。

「反物質が一つとか出現した場合は?」

「出現しえません」

「それは分かってる」

「仮にそんな事が起きた場合は、ダイソン球をいったん閉鎖しています」

そりゃあそうだろう。

現在でも、物質を使った最大効率のエネルギー抽出方法。それは物質と反物質の対消滅である。

その火力は文字通りの次元違いで。

核兵器なんて、それこそこの火力に比べたらゴミも同然である。

反物質については現在は比較的容易に作り出すことが出来るらしいのだけれども。

民間レベルで作り出す事は禁止されている。

当たり前だ。

あんなもの、もしも安易に作り出せるようにしてしまったら。それこそ世紀末になる程度ではすまないだろう。

「何かしらの異常が自然発生した可能性は」

「ありません。 危険な異常が発生しないように、常に監視をしています」

「そういやそうだったっけな」

半ば投げ槍に言う。

AIの方でも、私のそういう言動にはあまり腹を立てていない様子だ。

他の警官だったら匙を投げていただろう。

まあ当然の話である。

かといって、被害の規模を考えると、レマ警部補などのエース級を支援に呼ぶ程でもないか。

そう考えてみると、とにかく面倒くさい話である。

「とにかく、見に来ていた連中の経歴を全て洗い出しておいて」

「分かりました」

「私はあの発火についてもう少しデータを漁って見るわ」

「お願いします」

AIと分野を担当して動く。

発火という現象について色々と調べて見るが。

何とも言えないというのが、調べて見て判断した結果である。

まず突然プラズマなどが発生する現象。

これは地球時代などは、大気が不安定な場合には希に起きたらしいが。

そもそも此処では起きようがない。

AIがガッチガチに監視し、安定させているからだ。

そういうわけで、そもそも自然現象は却下して良いと思う。

そうなると人為的に引き起こした事になるが。

あの規模の爆発で、痕跡が残らないとなると。

よくある粉塵爆発だの。

ガソリンだのをぶっかけて着火だのはあり得ないと判断して良いだろう。

強力な可燃物質を幾つかピックアップしてみる。

痕跡が残らない程度のごく少量で、爆発を引き起こす物質である。

幾つかリストアップできるが。

やはりどれも、民間人が入手できるようなものではない。

軍事兵器の暴発の可能性は。

まあそれはそれこそあり得ないだろう。

AIが危険な兵器は全て管理してしまっているのだ。AIのファイヤーウォールに到達できた人間がいたのが二億年前。

それ以降、ファイヤーウォールに到達さえできた奴すらいない。

それほどに堅牢なのだ。

そこをぶち抜いて兵器を勝手に操作するなんて。

神業とかそういう問題ではない。

出来ない。

多分だが、知能判定で史上最高の人間が出て来ても不可能だろう。

不可能なように、AIが社会を組んでしまっているからだ。

それ自体は大変に安全確保という観点からは良いのだけれども。

それはそれ、これはこれである。

さてどうする。

困った私は、小首を捻っていたが。

とりあえず判断。

此処は、まずは初心にやはり戻るべきである。

AIが野次馬を洗っている間に。

私は発火の瞬間の映像を徹底的に解析する。

どうも爆心地の画像が映っていない。

爆発の規模、温度などは分かるのだが。

爆心地がどうも空中にあるらしい事は分かるが。

それ以外がよく分からないのだ。

そもそもこの均等な爆発。

核爆発とか、そういうのを疑ってしまうが。やはりそんな危険なもの、民間では扱えないだろう。

たまに自作ロケットで宇宙に出る奴がいるが。

そういうときに使われるロケット燃料にしても、地球時代のような超絶危険物質ではない。

それでも民間人がほいほい触れて良いものではない。

そうなると、ランクを下げて行くしかないか。

何かの物質を、任意で爆発させた。

それは事実なのだろうと思う。

候補を絞り込んでいく。

爆発の残留物などは極めて稀少。てか残っていないので、化学物質の可能性は低そうだ。

というよりも、そもそもである。

こんな爆発を引き起こしたのだ。

生半可な化学物質では無理だろう。

要するにこの時点で詰んでいるが。それでも何とかするのが私の仕事である。

色々調べて行くと。

見つけた。

ギリギリ民間レベルで入手可能な危険燃焼物質。

主な用途はハイキングなどのキャンプファイヤーの着火時。ただし使用可能なのは超微量。

ほとんど残留しないと言う事もある。

これを、あの爆発引き起こすために必要な重量を計算すると、七グラムときた。

七グラムか。

腕組みして考え込む。

手投げ弾とかの類はないだろう。

そうなると。

「この近くに、この化学物質を購入した履歴がある人間は?」

「周辺恒星系にまで拡げて調べて見ます。 合計1500人ほどですね」

「キャンプファイヤー用の着火剤が利用用途のようだけれども、複数回の購入をした人物は?」

「確認します。 合計900人となります」

キャンプはどちらかというと今の時代は珍しい趣味らしいが、結構いるもんだな。

そしてやるからにはリピーターというわけだ。

なるほどなるほど。

よく分かった。

それでは他の事を色々見てみるとするか。

「その900人の中から、キャンプに行くのをやめた……キャンセルをした事がある奴の数は?」

「調査します。 ……700人にまで絞り込めました」

「複数回キャンプをキャンセルしている奴は」

「……350人です」

頷く。

この着火物質。キャンプファイヤー用の着火剤から7グラム取りだすとなると、最低でも100回はキャンプをやめる必要がある。

大量に着火剤を購入していれば即座に捜査線上に浮上してくるだろう。

だが、それを長期間にわたって続けていれば。

「100回以上キャンプに行っている奴の数」

「……15人です」

「よし、リストアップして。 経歴から何から全て」

「分かりました」

顔などは出てこないが、必要な情報は全てリスト化される。

中には警官もいる。

まあそれはそうだろう。

今は文字通りその気になればなんぼでも生きられる時代なのである。

そりゃあ100回以上キャンプに行く奴だっているはずだ。

15人を更に絞り込んでいく。

此処まで絞り込まれると、流石に色々な意味での強者が多い。

中には25000年生きていて、合計180000回以上キャンプに行っている奴もいた。

勿論地球人ではない。

キャンプに関する専門的なブログを書いている人物で。

通称キャンプ神である。

色んな星のハイキングコースにあるキャンプ場のレビューをしていて。

知る人ぞ知る、文字通りの達人だそうだ。

この人の経歴を調べて見るが、白だ。

毎回必要な分の着火剤しか購入していないし。確実に使い切っている。また、キャンプに行くのをキャンセルしたときは、消耗品の備蓄を確実に使うか。それも出来ない場合は備蓄をAIに引き渡して処理して貰っているようだ。

そんな感じで、順番にリストから怪しい奴を除外していく。

そうしていくと、やがてある人物に行き当たった。

なるほど、此奴か。

私はその人物。2200回のキャンプを経験している人物を更に細かく調べる事とする。

経歴としては、リモート作業で各地の気象コントロールをしているようである。

居住惑星だけではなく、自然保護区となっている星でもやっている様子だ。

場合によっては火山の噴火なども起こさないといけないため。

結構責任が重い仕事である。

勿論居住区に影響があるような火山噴火は起こさない。

現在、居住惑星として開発するような星は。いわゆるテラフォーミングは行うものの。星としては既に内部温度が冷え切ってしまって、死んでいる星を使う事が多い。

これは地震や噴火などのいわゆる天変地異に対策するためで。

基本的に星が起こす問題を押さえ込むためである。

後は気象などは人間がコントロールすれば良いし。隕石などは迎撃衛星などが対処すればいい。

快適に人が住むのは。

実は死んだ星の方が良い。

故に、そういう星の天候は、人間が管理する事になる。

重要な任務で。

ストレスフルでもある。

私が目をつけたそいつは、キャンプの度に着火剤を購入しているが。合計五百回ほどキャンプをキャンセルしている。

なるほどね。

更に色々調べて見ると、どんどん出てくる。

まず此奴はロボットに関しても知識がある。

ロボットといってもうちにいるスイみたいな高度AIを積み込んだ奴じゃない。

小型の昆虫型ロボットである。

七グラムの可燃物質を積んで飛ぶには、昆虫型ロボットで充分。

それも遠隔操作でいけるだろう。

私はAIの調査結果を確認。

ビンゴだ。

発火の直後に、様子を見に来ている。

すぐにその場を去っているが、間違いないだろう。

住んでいるのはダイソン球の一部。

そして、今まさに、此処から輸送船で逃げようとしている最中だった。

「はい手配して」

「家の中などの調査をする必要があるのでは?」

「四百回分……20グラム以上は、あの可燃物質を有してる可能性があるんだよ。 何をしでかすか分からん」

「分かりました。 それならば、最優先で手配しましょう」

私はすぐに署を出る。警備ロボットには犯人の家を抑えさせる。

そして宇宙港に手配。

輸送船の出立を遅らせる。

ただ、これだけで犯人は気付いて逃亡を図るかも知れない。此奴が何を考えて放火したかは分からないが。

いずれにしても、とっ捕まえるのが先だ。

私が宇宙港に到着すると。

犯人が私に気付いたようだった。

逃げようとするが、背中からショックカノンで即座に撃つ。

引き金を引けたと言う事は、それは何か部屋で警備ロボットが見つけた、ということなのだろう。

気絶している犯人を確保。犯人が移動した範囲内を、全て調べさせる。

変な小型ロボットとかはいない。

また、燃焼物質を隠している事もないようだ。

「こっちは捕まえたよ。 其方は?」

「どうやら当たりです。 私の監視が入らないように設定されていた寝室で、ずっと着火剤の分解をしていた様子です」

「虫型ロボットは見つからない?」

「プログラムを発見しました。 どうやら監視カメラの死角を事前に調査した後、正確にそのルートを移動するようにした虫型ロボットを作ったようです。 更に念入りな事に、可燃物を着火後は帰還していました」

それはまた、随分と手がこんだ話である。

しかもAIから腰が抜けるような話をされた。

「虫型ロボットは三年がかりで目的地に辿りついたようです」

「三年!?」

「はい」

「……そっか」

何か凄く疲れた。

何が其処まで犯人を駆り立てるのか。これが分からない。

ともかく、警備ロボットに引っ張って行かせる。

文字通りの努力の方向音痴にも程がありすぎるが。

いずれにしても、とんでもない事をやりかけたのは事実である。AIの奴も、こういうとんでもない行為をする奴は敢えて放置したのだろう。

それも含めて闇深い。

署に出向くと、デスクがだいぶからになっていた。

流石に今回はダイソン球内で、想像を絶する手段での放火である。

未遂ではない。

警官も複数出るのは当たり前。

更には、持ち場を変えて別方向から調査していたのだろう。

そらそうだわなと思いながら、デスクにつく。

さっきまでの調査資料を一旦横に置いて。

聴取の様子を見るとする。

まだ聴取はしていない。

まあそれもそうか。

既に証拠は出ているが、裏取りが必要になる。今頃、警備ロボットと一緒に、警官が犯人の部屋を漁っているのだろう。

とりあえず私は、自分で調査した資料をまとめておく。

AIがそれを拾って、勝手にレポートにする。

後はしばらく待ち時間になるので。

ぼんやりとデスクに向かって、指定されたレポートを処理していた。

定時間際になって、やっと捜査が終わったらしい。

警備ロボットも動員しての捜査だっただろうに。それなりに苦戦したと言う事なのだろう。

聴取の様子は明日見るか。

帰宅の許可は出ているので、引き上げる事にする。

多分だが、他の警官も引き上げるだろう。

もう犯人は、逃げる事も出来ないのだから。

 

翌朝。

聴取の様子を確認する。

犯人は見た目の年齢は私と同じくらいだが、もう600年も生きている。地球人とあんまり見た目が変わらない種族だが、額に第三の目がある。

ロンム人という種族で、2000万年ほど前に銀河連邦に加入した種族だそうだ。

繁殖力があまり強くない種族で、宇宙に出るまでも随分と苦労があったらしく。

その分生真面目で粘り強い種族としても知られているらしい。

まあ私としてはどうでもいい。

犯人は、色々と問い詰められると。

やがて口を開いていた。

「危機意識が足りない……」

「はあ」

「このダイソン球に住んでる奴は、みんな腑抜けすぎている」

まあそれは確かに私も思う。

だが、それだからといって、余計な事を個人でするかあ。

困惑していると。

ぼそぼそと、犯人は自分が何故あんな事をしたのか、口にし出す。散々横道にそれながら。

「惑星レベルでの気象制御をしていると、如何に生物が脆いのかよく分かる。 火山が噴火すれば簡単に星全域に影響が出るし、大量の生物が絶滅の危機に瀕する。 地震が起きれば津波が起きることだって多い。 発生した惑星にいた頃は、みんなそういう危機にさらされていた。 それなのに。このダイソン球に住んでいる奴らはなんだ」

「何だと言われても……」

「最大規模の太陽フレアが発生しても何も問題が起きない。 だからといって、どいつも此奴も腑抜けきっている。 だから、たまに自然界で起きるプラズマ放電現象と同レベルの炎を発生させてやった」

「……」

なるほど。

一種のメサイヤコンプレックスか。

呆れたが、私は別にそれ以上どうこういうつもりはない。

犯人が分かればそれで充分。

それに犯人は、私に撃たれたときも観念した様子で、怖れる雰囲気はなかった。

面白くないし美味しくない。

私があっさり昨日引き上げたのも、それが理由である。

「この計画を立てるのに二十年。 実施まで三年掛けた。 私にはどんな罰でも好きに与えるといい。 私は甘んじて受ける」

「……その頭脳をもっと別の方向に使おうと思わなかったのかね君は」

「思わなかった」

「そうか」

聴取に当たっていた警官が、なんか死んだ目をしている。

言動が一ミリも理解出来ないし、共感なんて絶対無理と判断したからだろう。

気持ちは大いに分かる。

分かるが、投げ出さないでほしいかなとちょっと思った。

色々な奴がいる。

相互理解が無理な相手だって世の中には多い。

だからといって、理解出来ない相手を即座に迫害する方向に持って行くのでは、地球にいた頃の地球人類と同じだ。

その頃の地球人類は、己の愚かしさを反省するどころか。

人間賛歌とか抜かして肯定さえしていた。

その時代は繰り返してはならないだろう。

とりあえず、私も疲れた。

犯人には実刑判決が出るらしいが、それほど長い時間の拘束はされないそうである。

それを聞いて、私はもういいやと判断して。

この事件は忘れることにした。

とにかく疲れたので。

その日は帰りに例の無人ジムにより。最大負荷で泳ぎに泳いで頭を空っぽにしたのだった。

 

3、追跡の難しさ

 

大規模火災というのは、基本的には起きない。

今の時代は、もう個人宅でも強烈な消火機能がついている。更には、ハイキングコースなどにある木々や草は全て偽物。

乾期に火が出るとか。

そういう事もない。

地球時代には山火事があっと言う間にとんでもない規模で拡がったりとか、そういう惨事があったらしいが。

今の時代では、それらは過去の話になっているのである。

それはそれとして。

私は、今ある星の署に来ていた。

この星のハイキングコースで、二十年以上前に失火があったのだ。

勿論偽物の木々だから燃えないが。それでも、居住地区から見えるくらいには火が拡がったらしい。

どうも燃焼性が強い物質が広範囲に撒かれていて。

それに何かしらの理由で着火した可能性が高い事が分かっているが。

珍しくこの事件は解決していない。

勿論それで誰も被害を受けなかった、というのが理由だが。

失火の事を覚えている住民は多く。

この星の住民の間では、なんであの事件は解決しなかったのかと、今でも話題になるという。

私はそういういわゆる迷宮入り事件を追って。

舞台となった星に来た。

何というか、ノスタルジックな雰囲気の星だ。全域が何というか、要塞化した都市になっていて。

城壁とか。外には攻城兵器とかがある。

そういうのの雰囲気が大好きな人がくるらしく。

しかも色々な様式の要塞があり。

攻城兵器も様々だとか。

これは、好きな人にはたまらん星だろうなと思ったが。私はあまり興味が無い。なお、こういう要塞都市を使っての一種のサバイバルゲームイベントが、時々行われると言う事だ。

相当数の有志が集まるそうで、本格的な攻城戦を体験できるのだとか。

まあ、楽しそうではある。

私はなんか石材で(見かけだけ)作られている署に入ると、デスクにつく。

なんか甲冑っぽいのを着ている警官がいて流石に目が点になったが。どうもこの辺りにいる名物警官らしい。

本人はかなり優秀らしいのだが。あの甲冑は非常に目立つ。

まあ親しみを持たれているらしく、更にはきちんと警官としての仕事もしてくれると言う事もあり。

なんだかんだで、地元の愛され人物で。

抑止力にもなっているとか。

ノートン一世のようだなとちょっと思った。

地球時代の米国にて皇帝を名乗った変人だが。筋金入りの善人であり、なおかつ先進的な政策について口にすることも多かったため。今でも愛されている不思議な人物である。

まあそんな甲冑お巡りはいいとして。

暴力お巡りの私は、迷宮入りしている事件の解決をしなければならない。

まずは情報を集めていく。

デスクについて、今まで分かっている事を全て洗い出していく。

咳払いに気付いて顔を上げる。

今時、警官同士が積極的に連携する事はないのだが。

例の甲冑お巡りだ。

口ひげを豊富に蓄えていて、大鎧に似た甲冑から見て、戦国武将のようである。ただし荒々しく猛々しいイメージはなく、むしろ温和な男性に見えた。地球人である事は知っている。

「貴殿が噂の篠田殿かな? 拙者は武田と申す」

「はい。 貴方も地元の名物警官らしいですね。 武田殿」

「ははは。 拙者の遺伝子上の先祖が有名な戦国武将でしてな」

武田か。

源平の時代から存在していた超古参の戦国大名だ。嫡流は絶滅してしまったが、傍流は生き残っていたと聞いている。

当然遺伝子データも保存されていたはずで。ひょっとするとこの人は遺伝子的な観点で武田信玄からみて直系の子孫に当たる人物かも知れない。

もしも本当に先祖に武田信玄がいるのなら。武田信玄は、子孫がこんな形で治安を守っている事を苦笑いしながらも見守ってくれているだろう。

「貴方には物騒な話ばかりある。 貴方ほどの方がここに来るとは何かあったのですかな?」

「例の失火事件の事で」

「ああ、例の……」

「何か知りませんか?」

向こうから絡んできたのだ。

情報は少しでもあった方が良いだろう。

「拙者もこの星に来てからはそれほど長くはなくてな。 二十年ほどだ。 だからその事件については噂しか知らぬ」

「噂で良いので教えてくれませんか?」

「良いでしょう」

色々と教えてくれる。

地元の愛されキャラだ。人との関わりが希薄なこの時代に、愛されキャラになるくらいである。

相当な情報通で、信憑性が低いものから高いものまで、様々な噂を教えてくれた。

経歴もこっそり調べたが、この人はここに来るまでは別の星で警官をしていたらしい。100年ほど既に生きているらしいが。愛されキャラになったのはこの星に来てかららしい。

まあこの城塞都市を見れば、なんか先祖が武田信玄だという事を聞いて、思うところがあるかも知れない。

その辺りについてどうこう言うつもりはない。

なお、警官としての経歴はそれなりに優秀で。普通に射撃も優れているし。犯人の検挙率も高い様子だ。

礼を言って、武田殿が言っていた噂を一つずつ検証してみる。

私としては、どうもぴんと来ないものも多いのだが。

事件当時のデータを見てみると、なんだか妙なものが出て来た。

その日は晴れになることを決めていた。

居住惑星の天気は基本的に人為的に操作している。

この間のメサイアコンプレックスを拗らせちゃった放火魔の仕事のように、である。

この居住惑星もしかり。

基本的に死んだ惑星を居住可能な状態に造り替えているのだから、当然と言えば当然。人間(というか実際にスケジュールを決めていて大気を動かしているのはAIだが)が気象を操作しなければ、風も吹かないのである。

ところがである。

一部で雨が降ったという証言が複数出ている。

この雨については、AIに確認して見る。

「事実です」

「なんでまた」

「一部の乾燥が眼に余る状態になっていましたので、緊急で雨を降らせました。 ただそれについては告知はしたのですが……」

「なるほどねえ」

乾燥が、眼に余る状態。

ちょっと気になるな。

他にも幾つかの話がある。

かなり離れた所で、要塞都市を攻めるイベントがあり。そこで大規模なサバイバルゲームがあったらしい。

それぞれみんな自前の鎧だのを作ってきて、攻城兵器も使った本格的なものだったそうである。

勿論普通に死人が出かねないので、AIがガチガチに防備を固めて、被弾判定をした人は自分でその場から退避するタイプのサバイバルゲームだったそうだが。

「このサバイバルゲームの最中に失火したとか」

「その通りですが、遠過ぎるので影響はないかと……」

「いや、イベントで目を其方に向けておいて、誰か変な事でもしたんじゃないかって事よ」

「ううむ、監視体制は別に手を抜いていませんでしたが」

そうか。

これについては、AIの言葉が正しいと思う。

いずれにしても街から見えるレベルでハイキングコースが一時炎上したのである。

まあ笑い事ではあるまいて。

さて、どうしたものか。

二十年以上も迷宮入りしている事件である。

武田殿がその頃からいたら解決していたのかな。

そう思ったが、まあそれは仕方がない話である。

とりあえず、現場を見に行く事とする。

警備ロボットを連れて行く。

武田殿が、何やら住民と話している。どうも私が凶悪犯を追ってきたのでは無いとでも言っているのだろう。

個人的にはあんまり親しまれても困るのだが。

とりあえず好きにさせておく。

経歴から考えても立派な警官だし。

ああいうあり方もありだろう。

愛される警官というのは多分理想型である。私のような憎まれ役や、レマ警部補のようなクールな頭脳派も必要だが。

武田殿は充分に尊敬すべき存在だ。

さて現地に出る。

警備ロボットを周囲に展開した後、状況の再現をして貰う。勿論実際に燃やすわけにもいかないので。

仮想現実にログインして。

その場でどのように炎が燃えたのか、シミュレーションして貰う形である。

見ると、一点で不意に発火した後、這うようにして炎が拡がっている。

地面も木々も関係無しに、だ。

偽物の木や草が燃えるというのも変な話で。

更に腐葉土でもない土も燃えている。

変だなと思ってみていると。そのまま文字通り燎原の火となって、周囲を舐め尽くす勢いで炎が拡がり。

やがて消火システムが発動。

一気に炎はかき消されていった。

いずれにしても不可解極まりないのは事実である。

小首をかしげていると、AIが解説を入れてくる。

「当日は誰もおらず、このように一気に炎が拡がりました。 発火点については何度も調べましたが火種はなく、更に炎が燃え拡がった理由もよく分かっていません」

「こりゃまたおかしな話だね……」

「はい。 何か感じ取れるものはありますか?」

「うーん……」

何か勘がびりびり来てるのだが。

その正体が分からない。

とりあえず、何度か今の光景を再現して貰う。

ちなみにこれは、衛星写真なども含めて、複数方向から状況を分析し。

それで作り出した映像であるらしい。

そう考えてみるとフェイクではないのだろうが。

一方で、発火点のリアルタイム映像は無いという事で。

監視カメラの隙を縫って火がついたと言う事だ。

勿論誰かがいたのなら、その時点ですぐに分かる。

衛星写真で熱源とかが移動するのが分かるだろう。

熱源まで誤魔化せるいわゆる熱学ステルスは、軍には存在している。しかしながら民間レベルでは作成が不可能だ。

「微妙に必要な映像がないね」

「はい。 それが解決に時間が掛かっている理由でもあります」

「この燃え広がったのには何か要因とかある?」

「それも分かっていません。 色々調査したのですが」

そうなると、燃料が事前に塗られていたとか、そういうのも考えにくいか。

腕組みして小首を捻っていると、AIに言われる。

「一度署に戻りますか?」

「いや、此処でしばらく考える。 どうも怪しいと思うんだよなあこれ……」

「何が怪しいのでしょう」

「なんかさ。 本当に炎なんかあったのかなって」

集団ヒステリーの可能性はないと、AIは言った。

それについては信頼出来る。

そもそも炎がなければ消火設備は動かないし。

だいたい仮に人々に炎の幻覚を見せるとしたら。

それこそAIを乗っ取らないと不可能だ。

そんなこと、何十億年も前ならともかく。二億年前にファイヤーウォールに到達した奴がいる、というだけで語りぐさになるような事である。

できる訳がないだろう。

「衛星写真でも観測されているって事は、街の人間だけが見たって訳でも無さそうだね」「勿論そうなります。 当時かなり薄暗かったのですが、余計に炎が目立ったと言う事もあります。 移動中の人間が複数、一気に燃え広がる様子を見ています。 更に言えば、私も。 複数の監視機器で、異常の発生を検知しています」

「そうなると炎が出たこと自体は間違いないと」

だけれどなあ。

どうにも変な違和感がある。

喉に何か詰まっているような、というか。

「やっぱり納得がいかん」

「そうですか。 篠田警視正の勘が当たることは知っています。 どんどん調べてください」

「そうする」

周囲を見て回る。

此奴、どうせ真相は知っているだろうに。

それでも私を泳がせていると言う事は、何かあるのだろう。

ひょっとするとだが。

やはり緊張感を持たせる為、謎の事件を起こしておいて。それで人々の耳目を引きつけているのだろうか。

可能性はあるだろう。

人間は緊張感をなくし、備えなくなるとあっと言う間に堕落する。

これは古代からずっと続く事だ。

どんな人間でも同じ。

地球人でもそうでなくても。

彼方此方を見て回る。既に徹底的に調査が為された後の筈。

もはや、火事の面影はない。

それでも、私は勘が告げるまま。

彼方此方を見て回り。

そして結局何も見つけられないでいた。

だがこの辺りが怪しいと思う場所は何カ所も見つけたので。

映像を残して貰う。

火災が起きる前と、起きた後の映像も出して貰う。

見比べていて、唸るしかない。

やはり燃料の類が塗布されていた形跡はない。

そうなると、どうして炎が燃え広がった。別に乾燥が酷かったわけでもないし、この辺りの木は偽物で対熱仕様。対炎仕様でもある。

要するに、何をやっても山火事なんか起きっこないのだ。

流石に二十数年も迷宮入りしている事件の事はある。

何というか、UMAでも探しているかのような気分だ。

結局の所、未確認生物という奴は。実物が見つかってしまうと、なんだそうだったのかとなる事が多いのだが。

それでも驚異的な発見は今まで幾度も起きている。

地球でも、ゴリラはUMAだった時期がある。

ゴリラはUMAだったころは凶暴で残忍な生物だったとされ。

古い時代の多くのアニメーションなどに、凶暴性をむき出しにした怪物的なゴリラが出てくる事は私も知っている。

ところが実物は全然違っており。

むしろ理知的な森の守護者である事が判明している。

まあ実際に何が起きたか、どんな生物かは。

実物をしっかり調査しなければ分からない。

そしてそれはUMAに限ったことではないのだ。

しばらく彼方此方を歩いて、色々と比較画像がとれそうな場所を抑える。

基本的に足などを取られないように、段差やくぼみは作らないようにしているらしいのだが。

この山は、妙にそういう凹凸が目立った。

この辺りはハイキングコースから外れている、というのもあるのだろうが。

それもちょっと気になる。

「事件の一月前の映像見せてくれる?」

「はい」

即時で出してくる。

AIとしても、散々された捜査のデータを出してくるだけだから、簡単なのだろう。

見てみた感じ、地形に変化は出ていない。

「この辺り、素であぶなくない?」

「そういう意見もあります。 しかしながら、そもそもハイキングコースから外れることは推奨されていません」

「まあ、それはそうだろうけれどさ」

「侵入が推奨されない地域は、敢えてあぶなくしてあります」

そっか。

いやまて。ちょっとばかり待て。

今の言葉、少し気になるな。

山の中を、発火地点から離れて、少しばかり思うまま歩いて見る。AIがナビはしてくれるけれど。

それは気にせず、思うままにフラフラと、だ。

歩き続けて、勘が導くまま行く。

やがて、山頂に出た。

ハイキングコースになっていない山だ。

東の方には川が流れているが、これも生物が存在しない川である。

更に川から少し離れた所にキャンプ場。

失火が起きた時には、このキャンプ場はすっからかんだったそうである。

ふーむ。何か気になる。やはりこの辺り、もっと俯瞰的にみるべきだったのではないのかと判断。

暗くなるまで、辺りを歩き回る。

確かに大きめの石が転がっていたり、あぶない場所が何カ所かある。

ハイキングコースから外れてずんずん行っているのだ。

それは、当然の話だろう。

ただ、私がそんなことよりも興味を惹かれたものがある。

彼方此方に点々としている、穴だ。

もう殆ど崩れてしまっているが。どうやら自然に崩落したらしい。

直径数p程度の穴が、私が歩いている範囲内でも点々と見受けられた。崩れる前にはもっと深かったようだが。どれもほぼ埋まっていた。

映像で比較してみると、やはり穴になっている。

誰かが掘ったんだな。

それはすぐに分かったが。

何のためにこんな事を。

まあ分からないが、これらはどうにも気になる。位置を記憶させておいて、とりあえず暗くなってきたことだし、署に戻ることにした。

署では、既に武田殿が引き上げていた。

私としては別に関係がない。

そもそも、山火事の後に赴任してきた人だ。

更に言えば、山火事の前にこの星に来た履歴も存在していない。

だったらあの人は関係無い。

本人が興味を持って事件を解決しようと試みた形跡も無い。AIが話を持ちかけなかったのだろう。

そういう事件があった事は知っていたし。

AIにも詳細は警官として聞いたのだろうが。

それ以上でも以下でもない。

ともかく、山全域の状況の推移を確認していく。一月ほど前から順番に見ていくが。失火が起きるまで驚くほど人が入っていない。

ハイキングコースは、相応に人が来るものだ。

安全だと分かっているし。

健康のために適度な運動を推奨される人が、偽物と分かっていても自然を見に来るケースもある。

だがこの星では、そもそもサバイバルゲームにみんな夢中。

安全なように工夫した要塞都市の中で。

皆で鎧兜やら戦装束やらを着込んで、それぞれで戦って腕を競っている。死ぬ事がないから、むしろ気楽に戦えるというわけだ。

それで運動が出来るから、わざわざハイキングなどいかないと。

いや、山を使った合戦。つまり大規模サバイバルゲームを行う事はあるようだが。

何の変哲もない山を使うよりも。

要塞化した山。

古くは山城なんて言われた、山岳城塞に似せた場所が作ってあり。

そういう場所でサバイバルゲームをやるらしいので。

あの普通のハイキングコースには、ますます用事がないらしい。

何となく見えてきた。

犯人の目的が、だ。

だが手口が分からない。

ひょっとしてだが。

犯人はそう願ってはいたが。手口なんてものは、存在しないのではあるまいか。

私はしばらく考え込んだ後。

気象操作のログを調べて見る。

そして、思わず無言になった。

ああ、なるほど。

そういう事だったのか。

確かにこれなら、痕跡ものこらねえや。

全てがはっきりしたので、私は席を立つ。そして、AIに言って。この星の中枢管理システムにアクセスする事にする。

やはり、である。

ログがしっかり残っている。

「篠田警視正、何かみつけましたか?」

「犯人分かった」

「おう。 ……それは凄いですね」

「……」

いや、お前は知っていたはずだ。

そう言いたいところだが、それについては口にしない。

もういい。

確かに、緊張感を持たせるにはいい。

それに世の中には知らない方が良いこともある。

あの山では失火があって。

二十年以上も問題が解決しなかった。

それによって、山そのものに付加価値が出来た。ハイキングコースとして、失火後にはたまに来る人もでるようになった。

その前はみんなサバイバルゲームに夢中で。

ハイキングコースとして、完全に使われていない状態だったのだ。

それが少しは物珍しさから見に来る人が出るようになった。それだけで、答えは出ていたのかも知れない。

中枢管理システムにアクセスして、当日の気象を操作した人間を調べる。

やはりだ。

その人間は、当日各地の気象をやたらと細かく操作している。

その結果、一瞬だけ条件が満たされたのだ。

いわゆる放電現象が発生する条件が。

山に火が出たのは、人為的な問題ではあっても、誰かが足を運んで火をつけたからではない。

いわゆるプラズマ球が、瞬時に周囲を燃え上がらせたのである。

複雑な気象操作の結果、本当に一瞬だけ、プラズマ球が辺りを炎に包んだ。

ただ、どれくらい燃えるかは、操作した当人も分からなかったらしい。

流石にこんなに派手に燃えるとは思っていなかったのだろう。

以降は操作を止めて、完全にAIに制御を任せている。

立ち上がると、その当時気象の操作をしていた人間。

現在、この要塞都市に暮らしている老人の家に出向く。

私が出向くと、その老人。額に二つの角がある以外は、地球人とあんまり変わらない人物は。

観念したようだった。

「とうとうばれてしまいましたか……」

「……」

「好きなようになされい」

両手を挙げる。

本当に観念している様子なので、どうにも出来ない。警備ロボットが連れて行くときも、抵抗一つしなかった。

聴取を見るのも馬鹿馬鹿しい。

私はショックカノンに一度だけ視線をやったが。

流石に今回ばかりは、撃つ気になれなかった。

翌日、武田殿が来る。

私に積極的に、友好的に話しかけてくるとは肝が据わっている。

「あの山火事について、解決為されたと聞いた。 二十数年も迷宮入りしていたというのに流石であるな」

「いいえ。 単に運が良かっただけですよ」

私はあの山を調べた。

その時色々変な痕跡を見つけた。

痕跡はどれも人為的なもので。如何に人を山に呼ぼうかと、色々と謎を仕掛けたらしいことはすぐに分かった。

だがみんな要塞都市でのサバイバルゲームに夢中。

最後に思いついたのが。

山で大規模な事件を起こすこと。

誰もいないことを知った上で、ピンポイントで事件を起こせる人は。よほど完璧に気象を知っている人。

その道のスペシャリストしかいない。

「真相は拙者も聞いたが、何とも救えぬ話だ」

「今回は念入りに人がいないことを確認した上で居住地区でもない場所で起こしたという事件だったので、訓戒で済ませるそうです。 ただし仕事は変えて貰うそうですが」

「そうしてほしい。 あの老人とは何度か話したが、ごく善良な人物なのだ。 そうか、そんな業を背負っていたとはな」

武田殿はとても残念そうに兜の先を摘んで下げる。

何というか、大げさではあるが。本当に残念そうにしているのが分かった。

いずれにしても、もう此処に用は無い。

あの老人の聴取も、わざわざ私が見る必要もないだろう。

宇宙港に向かって、そこから帰る事にする。

これだけ昔に行われた戦争が大好きで。誰も死なないようにして戦争を行えるようにした場所を作っても。

何かの間違いでここに来てしまって。

そして注目されないものを、見て欲しいと願う人はいる。

AIがガッチガチに管理しているだろうに。

世の中それでもままならないんだなと、私は思う。

一つだけはっきりしているのは。

警官は必要だと言う事。

それだけだった。

 

4、躊躇はいらない

 

この間は撃ちようが無い相手だったという事もある。

私は嬉々として、逃げようとした其奴を撃った。

背後から撃たれた其奴は文字通り吹っ飛んで、逃げるどころか地面にダイブして。それっきり動かなくなった。

歩み寄って死体撃ちしようと思ったが。

残念ながらそうもいかなかった。

引き金がロックされている。

舌打ちする私の前から。

気に入らない相手の家に放火しようとしたクソガキは、警備ロボットに連れて行かれたのだった。

単に相手の顔が気に入らない。

そんな理由で、其奴は短絡的に火をつけようとした。

上手く行かない事なんて分かりきっていたのに。

私が放火の現場を押さえると、逆ギレして喚きだしたので、ビンタを一発。更に私がキレている事に本気の恐怖を覚えたらしく逃げ出したので、背中から撃った。

犯人は地球人だった。

古い時代、地球人は見かけで相手の九割以上を決めていた。

相手の見かけが気に入らなければ何をしても良いと本気で考えていた。

相手のツラが気に入らないから、という理由で殴る蹴るの暴行を加えた挙げ句に死に至らしめ。

児童保護法とか言う欠陥法と。いい加減な捜査の結果闇に葬られ。

被害者が自殺したということにされた事件が実在した。

これは地球の文明を監視していたAIが暴露したもので。

既に加害者の名前は全面公開されている。

そいつは殺人をむしろ面白がって、大人になっても飲み会などで笑いながら殺したときの話をしていたらしい。

やがて悪い仲間と連むようになった其奴は、家族に暴力を振るって家族に逃げられ。

それを逆恨みした挙げ句に、逃げた妻を庇った実家の人間を刺し。

死刑になったと言うことだった。

馬鹿に成功体験を積ませるからこうなる。

今回も、放置しておいたら、あっちこっちに火をつけて回っていただろう。

「今回の犯人、どうするの?」

「再教育ですね」

「まあそうしてくれ。 当然実刑判決だよな?」

「当然です」

まあそうだ。

流石にこれは、人間に比較的甘いAIも許しがたいと判断したのだろう。

それにしても、AIによる教育の不備もあるのではないのか。

そう思ったが。

しかしながら、銀河系一獰猛な地球人である。

AIも飼い慣らすのが大変なのだろう。

私自身のことがあるから、それはよく分かる。

さて、次の事件に行くとする。

妥協のないカスだったから、撃ってすっきりしたし。今後は私の顔がちらついて犯罪なんて出来なくなるだろう。

ビンタも頸椎を折らないギリギリのパワーでやったから、今までに無い苦痛だった筈である。

まあこれでも逆恨みして仕返しに来るようだったら、その時はその時だ。

馬鹿をしに来た事を生涯後悔させるだけである。

何人か、分かりやすい犯人を撃って。

事件を解決してから、家路につく。

ポップキャンディを咥えながら、輸送船の船内でSNSを見る。

見ていると、色々なニュースが話題になっていた。

「二十年以上も詳細が分からなかった失火事件が解決だってよ」

「これ、局所的にプラズマ発生させるなんて、とんでもねえ計算しないと無理なんじゃないの?」

「それをやったって事なんだろうな。 寂れた山に少しでも人を、か。 何だか悲しい話だな」

「いずれにしても犯人は訓戒処分だけらしい。 被害が出なかったというのは良かったが……」

ちなみに私の名前は出ていない。

多分だが、私の名前を出すと変な方向で炎上するだろうとAIが判断したのだろう。

それでいいのだと思う。

小さくあくびをしながら、他のニュースを見る。

レマ警部補が、なんか事件を解決していた。

一年以上逃げ続けた強盗犯を逮捕したのだ。

潜伏先はどっかの星の地下下水道。そこに潜んで、ずっと人目をやり過ごしていたらしい。

一年以上地下下水道に潜伏か。

もともと長期籠城に強いタイプの宇宙人だったそうだが。それでも捕まったときは抵抗する力も残っていなかったそうだ。

コレは多分だが、もう充分だろうと判断してAIがレマに捕まえさせたんだな。

そう思って苦笑いする。

勿論口には出さない。

「篠田警視正」

「ん?」

「もう少し大きな事件を解決したら、階級を上げようと考えています」

「そっか……」

警官になってからそれなりに時間が立つ。

階級なんてお飾りに等しい今の時代だが。階級が着実に上がると言う事は、私が仕事をしていると言う事だ。

それは評価されている。

そういうことである。

まあ、中には私は因縁をつけて銃をぶっ放しているだけと思っている奴もSNSにはいそうだが。

そんなんは放っておけば良い。

私はAIは出来る奴だと思っているし、尊敬もしている。

だから、そんな相手に認められるのは、相応に嬉しかった。

階級に、例え意味がないとしてもだ。

「階級が上がったら、スイに何か服買ってやるかな」

「ただの自己満足にしかならないと思いますが」

「良いんだよ。 相手は人間じゃなくてロボットなんだから」

「……それもそうですね」

自己満足を人間に押しつけたらそれは害悪だ。ペットでも同じだろう。

だが、ロボット相手だったら別に問題は無い。

私は小さくあくびをすると。

どんな服をスイに着せようかなと思って。帰路を楽しく過ごすのだった。

 

(続)