捨てる場所の話

 

序、こっそりやってもばれる

 

私は山に来ていた。

山といっても、動物が実際に暮らしている山ではない。開拓惑星にあるハイキングコースでもない。

此処はある惑星。

既に開拓は終わっており、とっくに住民が住んでいる。

私がいるのは、正確には砂浜である。

そこにこんもりと、ゴミが溜まっていた。

この辺りはリゾートというわけではなく。砂浜と言っても水は塩水でもない。

単純に大型のため池として作られており。

場合によっては資源として別の惑星に運ばれるものだ。

勿論魚もいない。

そこに、大量のゴミが打ち上げられていて。山になっているのだ。

すぐに警備ロボットを呼んで、片付けを開始させる。

警備ロボットが来たが、これを運ぶのは難しいと判断したのだろう。

すぐに増援が来る。

増援として来たのは、警察の備品である小型輸送機である。

昔で言うヘリのような活用をされる備品だが。六十メートル四方もあり、大量の物資を積み込み、或いは一気に輸送することが出来る。

かなり巨大な建物がそのまま飛んでくるようなものである。

すぐに着地した小型輸送機が口を開くと。

其所にどんどこゴミが運び込まれていった。

私は頭を掻きながら、沖合を顎で示す。

「恐らくだけれど、水の中にはまだあるだろうね。 水の流れによって流れ着いたんだよこれ」

「これより専門の水中用ロボットを展開して調査します」

「んー」

警備ロボットに指示を出し終えた後は、署に出向く。

あの大量のゴミだが。

これから解析して、もとは何だったのかを調べるのだ。

水底にあった物質とかが変質したとかならまだいいのだけれども。

あれだけの大量のゴミ。

誰かが捨てたのだとしたら大事である。

今の時代は完璧なリサイクルが行われているので。

ああいう無秩序なゴミの状態になってしまうと、コストが結構バカにならないのだ。

私が喚ばれている時点で、まあろくな状態ではないのだろう事は分かるけれど。

それにしても。

色々考え物だ。

ため息をついた後、私は署のデスクについて。

ざっと調査記録を見る。

まあそうだろうな。それは分かっていたが。やはり人工物の成れの果て。更に水中にも大量に残留物がある。

それらの回収を指示しながら、私はAIと話す。

「これ、あの水たまり全域を一度濾過するレベルじゃないの?」

「既に始めています。 生物は存在しないので、その辺りは楽ではありますが」

「コストが大変そうだ」

「何、専門のシステムを組み込んだロボットがすぐに来ます。 数日で処理は出来るでしょう」

AIは涼しい様子だ。

まあそもそも、生物がいる区画とはシールドで分けられているし、汚染水が流れ込む恐れもない。

それに銀河規模でのインフラを回しているAIだ。

この程度の濾過作業なんて、簡単なのだろう。

人間とはこういうところでスケールの桁外れさを見せてくる。

まあ私としては、それはそれで悪くは無いと感じる。

「それで問題は犯人だねえ」

「調査によると、やはり人工的に遺棄されたものであることは確定ですね。 こんな量をどうやって……」

「ログを調べるしかないでしょ。 あんたの得意分野だよ」

「いや、既に調査は終わっています。 恐らくですが、元々あったものが流出したのだと思われますが」

だとしたら。

私が喚ばれるか。

そう言いたくなった。

此奴は確信犯で色々やっているので、私としても時々イラッと来る事があるが。まあ我慢だ我慢。

犯人の恐怖。

うまい。

それを忘れてはならない。

恐怖を味わうためだ。

着実に捜査を進めていかなければならないし。

そもAIもそれを期待して、私を此処に呼びつけているのだ。

程なくして、ゴミの回収が終わる。水中や土中に残留した汚れは、これから到着するシステムを組み込んだ大型ロボットが対応する。

また水場には人の接近を禁止するべくシールドを張る。

流石に大型ロボットのシステムは豪快極まりないので。

人間が作業に巻き込まれたら、服の防護ごと多分バラバラである。

勿論AI制御だから、事故は起きないだろうが。

何事にも万が一は欠かしてはならない。

淡々と作業をしながら、正体が判明したゴミが元は何だったのかを調べて行く。

ふむ。

これは、ちょっと面白いな。

色々な資料が裏付けているが。

これは恐らくだが。億年単位の時を経た宇宙船だ。

それも多分だが、四億年とか前の品だろう。

なんでこんなもんが、今時ゴミとして水たまりに廃棄されているのか。それも百メートルくらいは元はある戦闘艦だ。

現在の戦闘艦の基準から考えると非常に小さいが、実戦は経験している様子である。

というのも、明らかに撃墜された形跡があるからだ。中央部分や後方を抉り取られていて、ごく一部だけしか残留していないようである。

特にエンジン部分や、武装の部分はごっそり抉り取られていた。

「これ、何ていう宇宙船?」

「四億三千万年前ほどに存在した、銀河連邦の地方政府の一つが使用していた戦艦の一種ですね。 当時の呼ばれ方は地球人には発音できませんが、突撃殲滅艦とでも呼ぶのが一番相応しいでしょう」

「このサイズで戦艦……」

「今の時代とは技術が段違いで低かったので、この程度で充分に戦艦としての役割を果たしていたのです」

今の時代で戦艦と言えば、全長30000メートル級が普通。私は見たことがないけれども、要塞型と呼ばれる更に大きいものもあるという。

警備艇ですら、この時代の戦艦の十倍もサイズがあるし。三次元で考えると千倍くらいだろうか。

武装も桁外れである。

こんな時代の戦艦なんか、文字通り束になっても今の時代の警備艇にすら及ばない。

それについては、抑止力として軍がAI管理のもと動いているし。

更に言えば、基本的に軍はレスキュー以上の仕事もしていない。

この時代は違ったのだろう。

今みたいな超強力な抑止力目的の戦艦を作ることも出来ず。まずはコストと相談しながら始めなければならなかった。

それに威圧的な名前。

このポンコツを作った文明が、どれだけ好戦的だったのかよく分かる。

まあ地球人類ほどではなかろうけれども。

「とりあえずしばらくは見張りを続けないといけないけれども。 犯人についても追跡はしたいなあ」

「篠田警視正は見張りをお願いします。 調査の方は腕利きを頼んでいますので」

「なんだ珍しい。 複数体制の仕事?」

「今回は規模が規模ですからね」

そして、よりにもよって来るのはレマ警部補らしい。

彼奴は確かに腕利きだし、クリーンなやり方がうりだ。そして私としては大好きだが、向こうにはめっちゃ嫌われている。

この組み合わせがある意味最強ではあるだろうけれど(他にも同レベルの腕利きには会ったことがあるし。 会ってはいないけれど名前が知られている警官はいる)。それにしても悪意を感じるやり口だ。

ひょっとしてレマ警部補のやり方を学んで成長しろとでもいうつもりだろうか。

私のやり口は抑止力に直結しているし。

却って長所を消すだけだと思うのだが。

まあいい。

AIは特に何も言わないので。私は巨大なマシーンが来て、お掃除を開始するのを監視していればいい。

警備ロボットも展開しているし。

何より私を見て怖れた奴が、狂人警官が見張っているとかSNSで拡散してくれれば、それだけで馬鹿は寄りつかなくなる。

この間数百人を「残虐な方法で一方的に蹂躙した」とかいう噂が流れ出し。

最近潰した腐れ村社会集団の事だろうと思ってくすりとしたが。

それはそうとして、AIがどうせ噂の流出を煽ったのは分かりきっているので。

私としては、何とも形容しがたい気分である。

とりあえず、近付こうとする奴を私がいるというだけで威圧していればいいのであって。私は余計な事をしなくてもいい。

そういうことだ。

案山子としての仕事をしなければならないのは、それはそれで面倒な話ではあるのだけれども。

まあそれが犯罪の抑止になるのならそれでいい。

さて、レマ警部補の方はどうかな。

あの腕利きのことだ。

そう時間は掛からずに、真相に辿りつくと思うが。

しばらく腕組みして待っていると。

やがて、AIから連絡が来た。

「汚染の流出元などを辿って、レマ警部補がどこからあの戦艦が廃棄されたのかを突き止めました」

「おう、流石に早いね。 それで?」

「どうやら埋まっていたものが何らかの理由で流れ出したもののようです」

「埋まっていた」

宇宙で艦隊戦をやって。

撃沈され、この星に落ちてきた。

落ちてきたときの速度は凄まじく。文字通りの亜光速で半壊しながらこの「戦艦」は地面に突き刺さった。

もう少し大きかったら、開拓前のこの星の方が壊れていたかも知れない。

いずれにしても、戦艦は滅茶苦茶になりながらも地面に埋まったと言う事だ。

「それで?」

「開拓時に当然この戦艦は発見されたようですが、部品を長い間時間を掛けてある人間が少しずつ集めたようです。 元々無害なレベルまで損壊していたので、私は無視していたのですが……」

「そんな大事なものが、なんでこんなことに?」

「まったく分からないので、今持ち主を捕縛して聴取中です」

舌打ち。

撃ちたかった。

まあもうそれはいい。

後で聴取の様子を見れば良いとする。

今の時代は資産の保有がほぼ出来ない状態である。

こんな戦艦の残骸、それこそ持っているだけで資産を相当に圧迫しただろうに。一体何の意図があって集めていたのか。

それがよく分からない。

いずれにしても、レマのお手並み拝見と行くか。

私はしばらく見張りを続け。

お掃除巨大マシーンがあらかた残骸を片付けていくのを見届ける。

マシーンが海中に没する。

正確には海では無いが。まあともかく水の中にある汚染物質を掃除しなければならないので。そっちに移動したのだ。

戦艦の残骸もなくなったし。

そもそも今の時代は、誰もが3000メートル級の輸送船を見慣れている。

こんな玩具みたいなサイズの艦。

それこそ一度見てみたいとは思っても。

何度も見たいとか。

ましてや私が監視しているのに見に行きたいとか。

そんな馬鹿はそうはいない。

人が引いていくのも早かった。

私は頷くと、AIに確認する。

「そろそろ切り上げていいかな?」

「いえ、もう少しお願いします」

「なんでだよ。 まあ立ちっぱなしには慣れてるけれどさ」

「実はここからが本番です。 掃除用のロボットが取りこぼした物資がないかと、忍び込んでくる者がこう言う場では高確率で出ます」

それで私が威圧的に此処にいることが重要らしい。

アホらしい。

しるか。

思わずそう言いたくなったが。我慢する。

ともかくむっとしたまま、ずっとその場で警備を続ける。

時々その場を離れて休憩はするが、それでも警備ロボットは容赦なく周囲を徘徊している。

暇を見てSNSを確認すると、案の定騒ぎになっていた。

「狂人警官がずっと見張ってる。 かなりヤバイんじゃないか」

「近付いたら殺されるな。 絶対に近寄るなよ」

「あんなデカイ物が流出するなんて、何千年に一度の事態か? 流出させた奴は逮捕されているらしいけれど、一体何年豚箱行きになるんだろう……」

「影響が出ないように押さえ込んだのはAI流石だなとしかいえない。 でもそれはそれとして、ずっと狂人警官がいるってのが怖すぎる」

まあ怖がってくれるので、少しは機嫌も治る。

食事だのトイレだのを間に挟みながら、見張りを続ける。

私が露骨に不機嫌そうなので、周囲からは人が消えた。

通行人もいない。

元々人口密度は昔に比べて著しく低い。

それが少し前までは。私にびくつきながらもこわごわ伺っている輩が少しはいたのだけれども。

ずっと私がいて隙が無いと判断したのだろう。

ともかく、誰もいなくなった。

ただ、私の勘は働く。

やはり、隙をうかがっている奴がいる。

警備ロボットに指示して、引っ張り出させる。

あっさり捕まって引っ張ってこられた奴は、地球人のいかにもな男だった。なんか鳥の鶏冠みたいな髪型をして、全身刺青だらけである。

「これは、即座に撃ちたい」

「篠田警視正、いけません」

「なんだよケチ」

最初は余裕かましていた地球人の不良。

どうせ度胸試しのつもりだったのだろうが。

私が何の躊躇もなくショックカノンを抜き、本気で撃つつもりなのだと悟ったのだろう。

わかり易すぎる程に震え上がった。

「その辺に放り出しといて。 ああ、尻百叩きくらいはした方がいいかな?」

「駄目です」

「じゃあ撃たせて?」

「それも駄目です。 訓戒は私がしておきます。 連れて行きなさい」

真っ青になって震え上がっている不良を、警備ロボットが引きずっていく。悲鳴を上げてもがいているが、パワーが桁幾つか分からない程違う。まあ抵抗なんて、とてもではないが出来ない。

AIは訓戒すると言っていたが、そんな程度でああいうのが大人しくなるとは思えない。

やはり死の恐怖を味あわせるのが一番だと思うのだが。

いずれにしても、もう後は見張りだけだ。

退屈極まりないが。

それでもしばらくは続けるしかない。

程なくして、レマ警部補から直接連絡が入った。相手は私を徹底的に毛嫌いしているだろうに。それでも表向きは嫌そうではなかった。

「篠田警視正。 見張りの方はどうですか?」

「今度胸試しに来た馬鹿を一人撃ちたかったところ。 撃たせて貰えなかったけど。 AIがケチで困る」

「コメントは避けます。 此方では、犯人の動機が分かりました」

「ほう?」

理由は飽きたから、だそうだ。

思わず私ですら絶句したが。

咳払いすると、レマ警部補は続ける。

何でも、千年以上掛けてバラバラになった部品を少しずつ生活の全てを賭けて集めていたらしい犯人。

しかも土地まで借りて。

貯金は殆ど、その戦艦しかなかったという。それも残骸。

AIからはこの趣味には問題があると何度も警告を受けたらしい。嗜好自体は別にかまわないが、生活を圧迫しすぎていると。

実際所有している土地は、この戦艦の残骸で一杯一杯だったそうである。

それでも何かの熱につかれたかのように犯人は残骸を集め続け。

ある日、飽きた。

戦艦を整備するために使っているクレーンを使って、喚きながら海に残骸を全部投棄した。

以上だそうだ。

突っ込みどころ満載だが、一つはっきりしている事がある。

そんな投棄するのを、此奴が。AIが見逃す筈が無い。

絶対に今回も分かった上でやらせたな。

そう思ったが、口には出さない。

呆れ果てた。

犯人は、窶れ果てていたと言う事だ。

「ルーチンワークにも限界があった、ということなのでしょう。 いずれにしてもこの犯人には、既に実刑判決として50年が出ています」

「たった?」

「水源を汚しはしましたが、今の時代は大して苦労せずに除去ができますので。 それに人を殺傷しようとしたわけでもありませんので、その程度が妥当かと」

まあ窶れ果てている上、刑務所では自殺というか安楽死も出来ない。

確かにそのくらいが妥当なのかも知れない。

いずれにしても、なんか変なスイッチが入って、馬鹿みたいな時間コレクションを続けて。

その挙げ句が不法投棄とは。

何というか、不毛すぎて文字通り草も生えなかった。

「此方は解決したので切り上げます。 なお真相は報道しないそうなので、篠田警視正も気は付けてください」

「ん? 別に凶悪犯でもなんでもないじゃん」

「趣味嗜好の自由については現在保護されている第一項目です。 その結末の一つがこれとなると、社会に与える影響に問題があるとAIが判断したのだとか」

「ふーん……」

自作自演のくせによくもまあ。

ただ、犯人がスクラップの山をAIに処分したいと相談していたら、こんな事にはならなかったのかもしれないが。

いずれにしても、4億年以上も前。地球だとまだ海中ならともかく地上にはロクな生物もいない時代だが。

そんな頃に存在した宇宙戦艦の残骸は、かくして回収された。

その内、完全復元されて箱物の博物館にでも飾られるのかも知れない。

ゴミの不法投棄というのは、理不尽なものだなあ。そう私は思った。

 

1、不法投棄は色々

 

犯人の移動経路が示されている。

わざわざ出張してきた私だが。今回は犯人が捨てる所を直接抑えろと言われているので。へいへいと言いながら待ち伏せの最中だ。

クソみたいな仕事だが。

それでも、やらなければならない。

それに、犯人の恐怖は間近で摂取できる。

そう考えれば、多少はマシと判断するべきだろう。

此処は居住惑星の住宅街だ。

住宅街の端で、私は影に隠れて待っている。

やがて犯人が来た。

いかにも肩で風を切ってます、という雰囲気の勘違いオバカちゃんである。

見ているだけで馬鹿だと分かるが。

まあそれについてはどうでもいい。

犯人はロッカ人と呼ばれる、五千年ほど前に銀河連邦に所属した比較的新参の宇宙人である。

地球人に比べると随分大人しい種族で。見た目はよく似ているが、両手がかなり長い。指は六本あり、その辺りが地球人と違っている。服なども、そのためポケットの位置などがかなり違っている。

まあそういう大人しい種族でも馬鹿は出る。

今追っているロッカ人は、そういう馬鹿の一人だ。

やがて其奴が近くに来ると、鼻歌交じりにポケットからゴミを取りだす。ゴミというか、自分で作ったらしい危険物質の塊だ。

それを放り捨てようとした瞬間。

私はショックカノンで撃っていた。

まあ警告とか間に合わないし。

気絶しない程度に撃って、歩いて行く。

ぶっ倒れた犯人は、私に気付いて。見る間に蒼白になっていった。

「いかんねえ。 ずっとこの辺りに危険物質すてて」

「−! ーーーー!」

この犯人は、犬の立ち小便よろしく。

この辺りにゴミを捨てるという変な習慣を続けていた。

理由はよく分からない。

危険物質は元々大した濃度では無いので、例えば幼児が誤飲でもしない限りは特に問題はないが。

危険物質が捨てられた地点は即座に察知されて警備ロボットが動いていたし。

とっくに此奴の仕業と言うこともばれていた。

というわけで、私がわざわざ来たと言うわけだ。

こんな仕事をさせられるというのもなんか馬鹿馬鹿しいが。

まあ上質な恐怖が味わえているので、よしとしよう。

警備ロボットが即座に危険物質の塊を回収して、去って行く。犯人に対して、ごりごりとショックカノンを押しつけながら私は言う。

「くっそくだらない仕事で呼び出しやがって。 次にやったら両手両足をもぐから覚悟しとけ」

ショックカノンを撃つまでも無く、犯人は何もかも垂れ流しながら気絶した。

それでもショックカノンをぶち込んでおく。

人間によっては、ショックカノンで気絶させても起きてくる奴がいるからである。まあ撃ちたかったというのもある。

犯人が引きずられて連れられて行く。

さて、今回も聴取はさせて貰えないだろう。

家の方の捜査も警備ロボットがやっている。

それによると、犯人は同じ危険物質を、自分の家をラボ化して毎日わざわざ手作りしていたらしい。

何がそこまでさせるのか。

よく分からないが、まあ人それぞれの好みだ。

危険物質を作った後、AIの指示通り丁寧に処理していればそれで何の問題も無かったのだろうが。

どうしてかポイ捨てするという奇行にはまり始めたので。

私の出番となった。

いずれにしても署に向かう。

類を見ない小物だったので、はっきりいって不愉快だが。

別に生の犯罪者や、犯罪する気満々な輩以外の人間に当たり散らすほど、私も落ちてはいない。

署に到着すると、退屈だなあと思いながら聴取の様子を見る。

聴取の場では。

危険物質の知識があるという事で、ガチガチに拘束された犯人に。防備をガチガチに固めた大げさすぎる装備の警官が聴取をしていた。

「先に言っておくが、かの狂人警官どのが君に対しては「物足りない」とのべているそうだ。 要するに撃ち足りないんだろう」

「ひっ……!」

「私も宮仕えの身でね。 さっさと聴取を済ませなければならないんだよ。 まあ頭の中を直接覗くことも出来るんだが」

「わ、分かった、全部話す、全部話すよ!」

喚きながら、必死の様子のロッカ人。

何とも情けないなと思うが。

まあ恐怖はおいしいのでいいか。

犯人がなんか語り始めるので、一応聞いておく。

それによると、自分で作った危険物質を試したかったのだという。

そんなん自分の体ででも試せよと言いたくなるが。

しかしながら、それはする度胸が無かったのだろう。

警備ロボットがすっ飛んできて、回収していく様子が面白くて仕方が無かったのだそうだ。

「最初は違ったんだ! ただ不注意で落としただけだった! そうしたら、警備ロボットが大慌てで拾ってきて! それが何か面白くなったんだ!」

「それで危険物を捨てて回っていたと」

「同じ場所にしか捨ててないし、警備ロボットだってちゃんと回収していただろ!」

「それは君の罪が軽くなる理由にはならないね」

警官がだめ押し。

まあその通りだなと私は納得する他無い。

ちなみにだが、警官の階級を見るとなんと警視総監である。

結構な数の警視総監がいると聞いているし。仕事内容もヒラと変わらないというのは聞いているが。

実際に警視総監がこういう聴取をしているのは初めて見たので、ちょっと新鮮だ。

私も警視総監にその内なるだろうし。

その時は、犯人を容赦なく撃ち殺す警視総監になるのだろうか。

だとすればそれはそれで面白い。

撃ち殺させては貰えないだろうけど。

「いずれにしても合計三十七犯。 いつも警備ロボットが対応していたとは言え、実刑は免れないよ君」

「そんな、理不尽だ!」

「どうしたら理不尽と感じるのかが不思議でならないよ」

呆れ果てた様子の警視総監どの。

まあ気持ちは良く分かる。

項垂れた犯人が連れて行かれて。

そして警視総監どのも聴取室から出ていった。

なんかアホらしい仕事だったが。

ゴミの不法投棄なんてこんなものだし。

何よりも、警視総監が犯人に直接聴取するとか言う面白い場面も見る事が出来たのは良かった。

私としては、これくらいで満足するべきだろう。

いずれにしても、帰路につく。

輸送船を宇宙港で待っている間に、AIが話をしてくれた。

「古い時代の地球では、ゴミをその辺りに手当たり次第に捨てる人間が多数存在していました」

「今だと確か、そもそもそういうゴミが出ないようになってるんだよねえ」

「そうです」

ポップキャンディを取りだすと咥える。

このポップキャンディにしても、手持ちの棒とか包み紙とか、全てが再生素材になっているし。

AIの指定場所に捨てるように規定もされている。

「ゴミ箱はなかったの?」

「ありましたが、使用マナーはお世辞にも良いとは言えませんでした」

「はあ。 なんだか先祖の話とは言え情けないなあ」

「これも以前話した電車内などで行われた行為と同じですね。 一種のディスプレイ行動だったケースがあります」

猿と同じという奴か。

どうでもいい。

私は犯人以外には手を出さないし。公共物の荒い使い方だってしない。

狂人警官とか言われているが。

あくまで野獣と化すのは犯罪者に対してだけであって。

それ以外に対しては、別に相手が勝手に怖がっているだけで。威圧するつもりもない。

まあ勝手に怖がってくれる分には嬉しいけれど。

「で、今回のアホはどうするの?」

「あの犯人ですか? 実刑判決で十日ほどですね。 捨てていた危険物質がそれほど危険度が高くなかった事もあります」

「幼児が嚥下したらとかいってなかったっけ?」

「今の時代、そもそも幼児が嚥下する事態がありえません」

ああ、そういえばそうだったか。

私もそうだが、物心つく頃までは基本的にみなAIに教育を受けながら自室で過ごす。

運動などはシミュレーションでの装置が充実しているので問題ないし。

自分で自分に名前をつけて。

そして仕事を自分で決めた頃くらいに、ようやくお外デビューだ。

そういう意味では、確かに幼児が嚥下する可能性は無い。

結婚制度がリスク塗れになってしまった今の時代は、ほとんど結婚をする人間自体がいないし。

いる場合もAIが手篤く保護をするとか聞く。

要するに幼児が危険物を嚥下する可能性はない、と言う事だ。

それでも念のために即時で警備ロボットが処置をしていたし。

犯罪者には実刑が降った。

輸送船が来たので、乗り込む。

自室は掃除ロボがしっかり綺麗にしているので、大丈夫な状態だ。

この部屋も、汚くしていく奴がいるらしいが。

それにも限度がある。

汚染物質とかを放り出していった場合は、相応のペナルティがあるらしいので。

私もきちんとマナー通りに使うようにしている。

横になって、携帯端末からデータを見る。

案の定ポイ捨て野郎の話は話題にすらなっていない。

一応情報の公開はされていたが。

この間の戦艦の残骸の方が、未だに話題になっているほどだ。

陰謀論も混じっての議論が続いているが。

真相を知っている私は何も言わないように釘を刺されているし。

何よりストレス発散用に、AIが煽っている可能性が極めて高いので。私としては放置以外の選択肢は無い。

最近はしばらくキャンディ断ちをしていたのだが。

やはり一度口に入れるとなんぼでもほしくなるな。

タバコがあったら吸っていたかも知れない。

まあ今の時代は、健康リスクの問題で、代替物質を口に入れるようにと指示がされているのだけれども。

「そういえばさ」

「なんでしょう」

「スイと遠隔で対戦ゲームとかって出来る?」

「可能ですが、回線をつなげますか?」

しばらく考え込んだ後、やっぱりいいやと返す。

今の距離感が丁度良いので。

相手はセクサロイド。これ以上情が湧くとあまり良くないかも知れない。

ロボットはロボット、人間は人間である。

セクサロイドの用途として使っていないとしても、それは同じだ。

あくびをすると、私は寝る事を告げて。後の帰路は寝る事にした。

 

夢を見た。

何だか久しぶりだなあと思う。

どうせ起きたら忘れてしまうのだ。

この間のアルカポネを取り逃がした、ハラワタが煮えくりかえるような夢はあくまで例外である。

私は腹ばいになって、古い時代のライフルを構えていた。

それもビルの上の、絶好の狙撃ポイントである。

ああ、これは。

楽しそうな夢だ。

そう思った次の瞬間には、スコープの向こうで誰かが倒れていた。

警官隊が、同時に複数箇所の事務所に突入を開始している。

私は抹殺指示を受けているマフィアの幹部を、此処から狙撃するようにと言われて。一人ずつ処理していた。

名前を側にいる観測手くんに告げながら。

順番に一人ずつ撃っていく。

パニックになったマフィアも反撃はしているが。積極的に反撃している奴を私が片っ端から撃ち抜く。

警察の物量は圧倒的で、抵抗を放棄して逃げ出そうとする奴も多かったが。

そういうのも私は逃がさず、背中から撃った。

三十人ほど撃った頃には、組織的な抵抗は沈黙。

後は警察が十把一絡げにトラックにマフィアの構成員を押し込んでいく。無言のものも多い。

騒ぐ奴は、その場で撃ち殺された。

随分と過激な鎮圧作戦だなあ。

そう思ったが、ふと「思い出す」。

これはそもそも警察による作戦じゃあない。

この国でマフィアはやり過ぎた。

軍を買収しまでして、武器まで横流しで手に入れていた。

警察の特殊部隊はマフィアにそのまま寝返る始末。

市長は一日で暗殺された。

とうとう手に負えなくなった政府に代わり。隣国が特殊部隊を派遣したのだ。

それもそうだろう。

何しろこの国から、膨大な麻薬が流れ込んできていて。

それで滅茶苦茶に経済を荒らされていたのだから。

捕まえたマフィアは街の郊外に連れて行くと、片っ端から射殺した。いずれも目隠し猿ぐつわをさせられ。

跪かせられると、溝の前に並べられ。

一人ずつ撃ち抜かれていった。

特殊部隊員はみんなマスクをして表情が見えないが。

中には任務を恐ろしいと思っている者もいるようだった。

私も合流すると。

拳銃を受け取り。

躊躇している特殊部隊員に代わって、順番に淡々と一人ずつ頭を撃ち抜いていく。

此奴らは野獣以下の存在だ。

最後にマフィアのボスが連れてこられた。

既に全身撃たれて瀕死だが。

それでももがいて抵抗しようとしているのは流石だ。

私は無言で股間を蹴り潰す。

気絶しそうになった大柄なマフィアのボスを無理矢理数人掛かりで座らせると。私は躊躇なく引き金を引いた。

そして死体は焼却処分した。

法治主義を逆手に取って、やりたい放題していたクズ共の末路である。

何ら同情には値しない。

だが、PTSDを貰っている特殊部隊員もいるようだ。

なんだか情けない話だなと思って。

私は撤収の指示通り。撤収任務についた。

 

目が覚める。

何か特殊部隊員として隣国のマフィアをゴミクズのように処理していたことだけは覚えているが。それ以上は覚えていない。

多分架空の出来事だろう。

隣国の麻薬組織を独自に大国が特殊部隊を送り込んで潰すというような事はあったらしいのだが。

一方的な戦いになる事はなく。

いつも多くの兵士や特殊部隊員が殉職していたそうである。

私がその場にいたところで、ああ簡単にはいかなかっただろうし。

捕まえたマフィアだって、裁判に掛けて。何年も掛けて裁かなければならなかっただろう。

国際問題だって色々あった筈だ。

地球時代の歴史については私も色々学んだが。

血塗られた歴史、という言葉以外に総括できない。

頭を振って眠気を覚ます。

そろそろ最寄りの宇宙港だとAIに言われて。頷いて起きだしていた。

輸送船を下りる。

自宅にこんなに近い宇宙港に降りたのははじめてかも知れない。

いずれにしても、これは帰りが快適で良い。

今回も、出張の過程で十二件ほど事件を解決してきたし。

最後のゴミ捨て野郎以外は、それなりに面白い相手だったし。恐怖も美味しかったのだから、満足すべきなのだろう。

それに撃ったら死ぬ時代だったら。

今みたいに気楽には撃てないのだ。

可とするべきであって。

あまり贅沢ばかりをいうものではない。

帰路を行くが、ゴミ一つ落ちていない。そもそも人間が少ないし、監視もされているからである。

何より罰則もそれなりにある。

あのゴミ捨て野郎も特に悪質だったとは言え、実刑判決が出ている。

そういうものだ。

ゴミを捨てることに対するリスクが大きすぎるし。更に言えば、AIは目に余る場合は容赦の無い処置を下す。

それを考えると。

古い時代にイキリ散らしていたような連中も、同じ事は出来ないと言う事だ。

ベルトウェイにもゴミは一切落ちていない。

ただ人が乗る以上、経年劣化はどうしてもあるし。

何より体格が様々な人間が乗るので、どうしてもその辺りは仕方が無い。

また髪の毛などの、意図しない落とし物もある。

そういう観点でも、掃除ロボットは常に巡回しているし。

中には好きで掃除をする仕事を選んだ人もいる。

これらの場所にゴミを捨てる感覚が、私にはどうしても分からないが。

いずれにしても、悪質な場合は逮捕されて実刑を受けるのは妥当だろう。

家に着く。

ぺこりと一礼するスイ。

夕食を作ってもらう。

途中散々寝たが、それでも夜には眠れるのは私の良い所である。まあ体力がありあまっているというのもあるのだろう。

体力が減ってくると、眠るのにも難儀すると聞いた事がある。

まあそういうものだろうとも思うし。

分からないでもない。

美味しすぎない夕食を食べた後、軽くスイと双六をして遊ぶ。今回はスイが四つのプレイヤーを同時操作する。

ロボットらしいスペックでのマルチタスクだが。

まあこのくらいの方が、面白いだろう。

確かに人数が揃うと双六は面白くなる。

私は途中まで二位をキープしていたが。最後で逆転して一位になって、それは大変に嬉しかった。

双六ではそもそも不正がしようがないので。

まあこんなものである。

「もう一戦やっかな」

「時間的に、同じルールだと睡眠に影響が出ます」

「ああ、そっか。 じゃあ仕方が無いな」

頷くと、スイはベッドメイクなどの確認に入る。

まあ良く出来た子だ。ロボットだけれども。

少なくとも外でポイ捨てをする事はない。

私はもう一つあくびをする。

体が寝る時間だと把握しているらしく。あれだけ眠った後でも、眠くなるのは色々と面白かった。

 

2、不法投棄の痕跡

 

警備ロボットに促されてきたのは、ハイキングコースの一角である。

古くは。特に地球文明時代の山は、決して安全な場所では無かった。

ハイキングコースを外れれば、どんな風に迷うか知れたものではなかったし。

山によっては、人間を殺傷可能な動物が幾らでも存在していた。

今の時代のハイキングコースには生物がそもそもおらず。

木も草も全て偽物だ。

これは色々な宇宙人がいるから仕方が無い話で。

何がどんな悪影響を及ぼすか分かったものでは無いから、である。

「それで此処にあると」

「そういう事です」

「はー。 掘り出してから呼んでくれれば良かったのに」

「そういうわけにもいきません」

そう。今回は不法投棄の立ち会いだ。

不法投棄と言っても、この間の戦艦を海に捨てた豪快な奴ではなく。

山の中にゴミを埋めるというよく分からない行為だ。

地球時代には、不法投棄は彼方此方で行われていたときく。

知らない山とか過疎集落とかには、どっかの業者がゴミを捨てに来て。山になっていたとか。

或いは別の国にゴミを運んで、捨てて山が出来ていたりとか。

そういう状態になっていたらしい。

大量生産、大量消費の時代が故だ。

結果として大量の問題が発生し。場合によっては人命に関わるような事故も起こったのだが。

それはそれ。

今の時代には、ゴミを埋めていくなんて奴はまずいない。

ハイキングコースにしても、それっぽく山登りをするための施設であって。

トイレだって休憩所だってきっちり完備されているし。

仮に迷子になった場合は、AIのナビで即座に脱出する事も出来る。

そんな状況で、ゴミを捨てに来るというのは。

見張られている状態で、堂々とゴミ捨てをするようなものなのだが。

それでもやる奴はいる、ということか。

私は立ち会いをして。

警備ロボットが囲み。掘り出し専門のロボットが作業をしているのをみている。

昔の時代なら、腐葉土だの虫だので周囲が色々臭いが凄かっただろうが。

今はそれもない。

土はどこまで掘っても土である。

やがて、何か出て来た。

明らかに土が変色している。

そして、埋められていたのは。なんだかよく分からない。大きさは人間くらいだが、明らかに無機物である。

何だこれと、思わず口に出てしまった。

小首をかしげていると。

AIが解析を終えていた。

「これは一種のトーテムですね。 ある星の信仰対象です」

「信仰対象。 ふーむ……」

奇妙な信仰対象は地球の文明にも幾らでもあった。

それを考えると、このそもそも何だか形容も出来ない無機物を、信仰対象とするのも分かる気がする。

しかしだ。

どうにも妙な雰囲気である。

「これって埋めて使うものなの?」

「いいえ。 基本的にこうやって立てて使います」

「ふーん……。 何を示しているんだろう」

「幾つかのこのトーテムに関する研究を見る限り、どうやら棲息していた凶暴な猛獣をかたどったもののようですね。 文明の形成過程で滅ぼされたようですが、それでも恐怖として残ったようです」

なるほど。

地球では古い信仰に蛇を神体とするものがある。

脱皮を繰り返す蛇は永遠に生きる輪廻の象徴とされ。

ドラゴンという存在として、或いは悪玉として。或いは善玉として。古い古い神としての存在感を示した。

これについては諸説があるが。

哺乳類が恐竜の圧倒的脅威を覚えていたからではないのか、という話がある。

それに関しては何とも言えない。

実際哺乳類は恐竜がいる間は、ずっと隅っこでブルブル震えている事しか出来ない生物だったのだ。

その説を嘘とも言い切れないだろう。

さて、問題は埋められていたトーテムである。

「何かしらの宗教儀式という可能性は?」

「ないとは言いませんが……」

「いずれにしても、こんな大きいものを運んできて埋めたとなると、騒ぎになったのじゃないの?」

「いえ、全く。 そもそもハイキングコースに人気がありませんでしょう」

それは確かにある。

一応ハイキングコース全域に監視カメラはあるのだが。それも全て精査しなければならないだろう。

信仰対象だと言う事だ。

一応、丁寧に運ばせる。

埋めた奴が変な言い掛かりをつけて来る可能性もあるし。

古い判例を見ると、こういう宗教的なものを埋め立てたり捨てたりした挙げ句。その土地の所有権を主張するようなものが存在していたらしく。

腐れ坊主がそういった事をしたケースがあったらしい。

ともかく、相手につけいる隙を与えてはならないので。信仰対象については保護して、穴は埋め直す。

そして私は、署に向かった。

署で、監視カメラの画像について調べる。

非常に大きな人型が、トーテムを運んでいるのが分かった。

まあ全域に監視が入っているのだ。

検索すればすぐに出てくるだろう。

更に調査を進めていく。

トーテムもほぼ痛んではいなかったので。持ち主も判明していた。

ここはハイキングコースがあるような居住惑星だ。

様々な信仰の人間が住んでいるし。

その中には、他の人間の信仰が気に入らない奴もいる。

昔の地球で散々行われた、凄惨極まりない宗教関連の紛争を思うと、色々と頭が痛くなってくるが。

ともかく、細かい問題などについて調べて行った。

そして、トーテムの持ち主を特定。

警察に呼び出す。

警察に呼び出すと、持ち主は明らかに迷惑そうな顔をしていたが。私の前に出ると。不意にまくしたてたのだった。

「神はどこですか!」

「調査を兼ねて保管中です」

「そんな! すぐに祀り直さないと!」

他人に迷惑を掛けない限り、信仰の自由は保障されている。

まあ生け贄とかをしたり。

他の人間に信仰を強要したりしなければいいということである。

しかしだ。

今のは信仰の強要に当たる。

「警察での調査が終わるまで大人しくしていなさい。 これ以上まくしたるようならば、宗教法……何条だっけ」

「信仰の強制についての項目は22条です」

「そうそう、22条に沿って貴方を処罰します」

「……」

すっと黙り込むトーテムの持ち主。

こいつ、何かあるな。

それに気付いたが、敢えて私は何も言わない事とする。

そのまま帰らせるが。

私としては、はっきりいって彼奴はもう要注意リストに入った。

勘では無い。

あの面倒くさがっていた様子と豹変ぶりからだ。

「篠田警視正、悪い知らせです」

「何? 今みたいなのに接するだけで、充分機嫌が悪いんだけどなあ」

「トーテムを遺棄した人間が、既に安楽死している事が分かりました」

「……ちっ」

当然事件性はないという。

安楽死については色々と手続きを踏まなければならないという事があり。

更には色々調査した上で、安楽死の処置が行われる。

生前のデータはAIに全て保存されており。

所持していた物資についても、ものによってはクリーニングの上で別の持ち主の手に渡るが。

その販売履歴なども全て残っている。

「分かった。 その安楽死したトーテム捨てた奴のデータちょうだい」

「こちらになります」

「んー」

全く。最悪だ。

さっきの奴が死に追い込んだというのは考えにくい。それにAIはどんな犯罪者でも生かして捕まえる事にこだわる。

トーテムを何らかの理由で捨てさせ。

用済みになったから自殺に追い込んだ、という可能性は無いだろう。

ざっと経歴を調べて見るが。

トーテムを捨てた者は、ボフ人という地球人より1.5倍ほど上背がある大型種族で。

500年ほど既に生きていたようだ。

本来の寿命の十倍前後であり。

人生に完全に飽きてしまっていたらしい。

最後の方で、色々とやっていたようだが。

それはそれとして、なんでトーテムを埋めるというような行為を行ったのか。

調べて見る。

特定の宗教の熱心な信者だった可能性。

そういう連中は、他の人間の信仰にケチをつけるケースが多い。

神体を破壊したり燃やしたり。

他の信仰をしている人間は畜生以下として扱い、虐殺や奴隷化するケースも後を絶たなかった。

この辺りは地球の歴史を勉強しているから知っている。

他の星でも、地球ほど酷くは無いにしても、だいたいやっていることもだ。

だが、この自殺したボフ人は、そういう信仰とは無縁で。

強いていうなら私と同じ無神論者だったようである。

だったらなんでトーテムなんて。

接点について調べて見る。

SNSで知り合った形跡は無し。

同じ星に住んでいたようではあるが。話をしていた様子などは、生活している情報のログを辿っても確認できない。

腕組みして考え込んでいるうちに。

連絡が入った。

立体映像すらない、音声オンリーのものである。

「此方レマ警部補」

「おや、其方から連絡とは嬉しいですね。 それで?」

「AIから支援の指示がありました。 此方としても、この間の失態の借りを返したいと思っていまして」

そっかそっか。

そんなの気にする必要もないのにな。

今時義理堅い奴だ。

「自殺したボフ人ですが、一つ興味深い事を見つけました」

「どれどれ……」

データを確認する。

なるほど、確かに今まで見ていた生活ログに、一つ必ずやっていることがある。

これか。

「コレは助かる。 感謝ですよ」

「いえ……。 それでは」

連絡が切れた。

さて、では犯人を逮捕に行くとするか。

AIに話をつけた後。裏取りをする。

すぐに裏取りは取る事が出来た。

確かにレマ警部補は有能だ。これならば、相手に嫌われていても別に此方は一向にかまわない。

これだけ出来る奴は、私が好きだ。

それでいい。

裏取りした資料を元に、トーテムの不法投棄をした奴の所に警備ロボットとともに出向く。

勿論死んだボフ人では無い。

トーテムの持ち主である。

家に来たトーテムの持ち主は、私の鋭い眼光を見て、露骨に視線を左右させていた。

「さっきは随分となめた口をきいてくれたな。 トーテムの不法投棄容疑で逮捕する」

「ま、まて! トーテムを捨てたのはあのでくの坊……」

「なんでそれを知っている」

「……」

口を閉じる阿呆。

このケーミル人と呼ばれる種族が、昔直面していたもっとも危険な生物を模したトーテム。

しかしながら、先祖から受け継いできたトーテムを引き継いだものの。

此奴には、そもそも信仰ももはやなく。

ただ場所だけ取るトーテムなんて、邪魔でしかなかったのだ。

其所で街中にある、掲示板を利用した。

この街には掲示板が存在し、お願いを書き込むことが出来る。

そしてこういう掲示板は、時々居住惑星の街には存在しているものなのだ。

あのボフ人は。

この手の掲示板を見るのが好きだった。

出来る事なら、解決しているようだった。

ボフ人の人格については分かっている。

寡黙で、ルーチンに沿って生活する。いわゆる修行僧のようなストイックな人物であったようだ。

そんな人物が、もう死のうと決めた。

理由としては、自分がもはや本来の摂理から比べて、あまりにも長生きしすぎた、という事らしい。

それで死ぬ理由がよく分からないのだが。

人生に疲れたというような意味なのかも知れない。

いずれにしても、他人のことを完全に理解することは不可能だ。

ともかく分からないが。ボフ人は死ぬと決めた後。最後に犯罪になると分かっていて。ケーミル人のこの犯人が持て余していたトーテムの処理を引き受けたのだ。

墓まで持っていくつもりだったのだろう。

或いは最後に逮捕されて死ぬのも良いと思っていたのかも知れない。

問題は、このボフ人の寡黙な巨漢が。

テクノロジーには殆ど興味が無かった、ということ。

ハイキングコースにものを捨てなどすれば、すぐに分かる。

それを知らなかったのだ。

ストイックに自分の内なる取り決めに従って生きていた。そういう人だったのだろう。中々尊敬できる。

私も犯人以外は撃たないと決めているが。

それよりずっと厳しい自分ルールというわけだ。

震え上がっているケーミル人は、既に背後も警備ロボットに塞がれており、逃げ道がない。

地球人によく似た種族だから、分かりやすい。

恐怖が。

さて、もう良いだろう。

「ええと、こういうのは何の罪になるんだっけ?」

「他人を利用して、犯罪を押しつける行為になります。 法律としては複数の刑法に該当しますね」

「そっか、じゃ撃とうっと」

「ま、待……」

返事を聞かずに、私はケーミル人を撃った。

吹っ飛んで壁に叩き付けられたケーミル人は、目を回していて。それから起きだす事もなかった。

警備ロボットに拘束させ、連れていかせる。

それにしても、だ。

トーテムがいらないのだったら、普通に法的な処置をして処分すれば良かったものを。

私は犯人の家の中に踏み込むと、周囲を見て回る。

幾つか、儀式の跡が残っていた。

別に生け贄云々の儀式ではない。

単に先祖を祀る質素なものだ。

ただ祭具などがそれほど綺麗ではないことから、あまり熱心にやっていたのではないことも分かる。

真面目なボフ人と違って、同じルーチンでも嫌々やっていたのが丸わかりである。

またどうしようもない奴だな。

そう思いながら、周囲を見て回る。

それで色々な事が分かってきた。

監視されていたログの中にもあったのだが。犯人には独り言を呟く癖があり。それでずっと徘徊していたようなのである。

見てみると、分かってくるのだが。

どうにもこのルーチンの先祖を祀る行為が負担になっていた様子で。

ログにはうろうろしながら。いもしない魂なんかのためにと不平を口にしている様子が映っている。

それでいながら、だ。

本人の既読書籍などを見ると、いわゆるオカルト関係のものが幾つも散見される。

今の時代も幽霊話などは普通に珍しくもないのだけれども。

この犯人は、結構幽霊などを信じる方だったらしい。

それでいながら、どうしていもしない魂だの、先祖を祀るのをないがしろにするだの口にしていたのか。

ああ、なるほど。

怖かったのか。

未知を怖れるのは人間にはかなり広く共通している行動だ。

動物ですら、全く知らない相手とは交戦を避ける傾向があるほどである。

要するに、信仰なんて嘘と言いながら。

幽霊がいると何処かで信じていて。

トーテムがそういう不吉なものを集めているように感じていたのだろう。

だから捨てるという行為も出来ず。

他人にその恐怖を押しつけた。

そういう事か。

なるほど。すぐにまとめよう。

署では聴取が行われていたので。私がまとめた話を、聴取中の警官にデータとして回しておく。

警官は比較的真面目そうな人物だったが。

そもそも宗教関連の狂信者が如何に厄介かは知っているようで。

辟易していたようだったから。

聴取の糸口が見つかった事で、むしろ歓喜していた。

それはそうだろう。

狂信者ほど面倒なものはいないのだ。

宗教だけでは無い。

場合によってはコンテンツにさえ狂信者はいる。

そういう輩は、基本的に何でも自分が狂信する存在に我田引水して思考を進める傾向がある。

要するに他人とは会話なんて成立しないのだ。

会話が成立しない相手との会話ほど、疲れる行為は存在しない。

聴取に当たっている警官にとっては。

それこそ本当にほしい情報だっただろう。

さっそく犯人を詰め始める警官。

私はその様子を見ているだけで良い。

そもそも狂人警官だと私を知っただけで。犯人は完全に青ざめていたが。やがて図星を指されたことで。完全に震え上がったようだった。

「私は無神論者だが、一つだけ言っておく。 もしも私がトーテムだったら、もっとも卑劣なやり口を取った貴方を許さないだろうな」

次の瞬間。

犯人は、もはや言語化できない凄まじい絶叫を挙げていた。

そして激しく拘束されている椅子を揺らして暴れ狂ったが。

やがて疲れきったようで、大人しくなった。

警官は覚めた目で見ている。

今のが、威嚇ではなく。

恐怖から、犯人が起こした発作だと言う事をすぐに理解したから、だろう。

実際犯人は盛大に漏らしている。

どうやら、この事件は解決らしい。

後は、聴取もスムーズに進んだ。

丁寧に質問をしていく警官。

犯人であるケーミル人は、完全に青ざめて、周囲を何度も見ながら。それに対して、答えていくだけだった。

自白を強要するようなことをすると、AIに色々言われるが。

今回は完全に犯人の図星を撃ち抜いたわけで。

AIもそれについて、特に言う事はなかった。

私としても見ていて面白かったし。恐怖から発せられた特大の悲鳴は、実に食い応えのあるデザートだった。

故によし。

全てが良かったと判断して、この仕事を終えることとする。

伸びをして、立ち上がろうとして。

私はふと、妙な声を聞いた気がした。

ありがとう。

愚かな子孫が迷惑を掛けた。

周囲を見回す。

今の声は、幻聴ではなかったと思うのだが。

小首をかしげる。

うーむ、多分だが。今の事件を調べていて、トーテムについても徹底的に調査したから、脳がバグを起こしたのだろう。

そう判断する事にする。

恐怖は感じない。

私が興味を持つのは犯人だけだ。

幽霊については見た事がないので何とも言えない。

いるなら面白いし、いないのならそれは世界の神秘が一つ失われて面白くなくなる。それだけである。

ずっと昔。

幼い頃、AIに幽霊はいるのかと聞いた事がある。

他愛のない好奇心からだ。

その際に、AIには言われた。

人間の精神がいわゆる残留思念となって、影響を及ぼすことはあるらしい。種族によってその力はかなり違うらしいが。

ただし残留思念はあくまで残留思念。

永久にその場に残る事はないし。

やがて薄れて消えていく。

それを幽霊と定義するならばいる。

もしも死んだ人間が、何かしらの霊的な存在となって、様々に活動するというのであれば。その幽霊はいない。

そういう話だった。

だとすれば、今のは私の脳のバグか。

或いは残留思念が起こした悪戯な、いや粋な行動だったのかも知れない。

いずれにしても、ちょっと面白かった。

あのケーミル人にこれを教えてやったら。面白そうではあるが多分発狂死してしまうだろうから、それは駄目だ。

既に確保状態の相手に対して、ショックカノンを撃てないのと同じ。

抵抗する犯人を出力を上げたショックカノンでバラバラにするのは楽しそうだし。

是非やってみたいのだが。

既にもはや抵抗も出来ない犯人を、法の処置以上に痛めつけるのは好ましくない。

自称法治主義がのさばっていた地球時代と違って。

今はちゃんと法治主義が機能しているのだから。

さて、帰るとしよう。

さっきの声は、もう二度と聞こえてこなかった。

帰り道、AIに聞かれる。

「気付いていましたか?」

「何の話?」

「あのトーテムですが、かなり強い残留思念が纏わり付いていました。 それが篠田警視正が全てを暴いた後は、すっと静かになったのです」

「ふうん……」

馬鹿な子孫に対しては相応に苛立ちがあったということか。

それを幽霊と定義するなら、だが。

まあ私としても気持ちは分かる。

あのトーテムだって、他人に処理させるのでは無く。もう信仰から決別するという形で。本人が堂々と法的処置に従って処理すれば。

少なくとも何も悪さはしなかっただろうに。

後ろめたい思いがあるから、幽霊なんて見るんである。

残留思念の声が聞こえたのだとしても、有害なものでないのならシカトすれば良い。

私はそう、ドライに考えて生きている。

 

3、許しがたき捨てもの

 

既にホームレスは存在しない時代だが。

どうも人影を廃墟で見たらしい、という声を聞いた。私はそのまま、廃墟に出向いていた。

廃墟。

正確には、文明の跡地だ。

この星は、現在再開発計画が立ち上がっている星。

元々住んでいた住民が、資源を使い果たしてしまい。絶滅に追いやられようとしていたところを、銀河連邦に加入。

以降は銀河連邦で暮らしているという状況だ。

まだ加入から時間はないが。資源を使い果たした星での生活が余程苦しかったのだろうか。

さっさと銀河連邦が用意した宇宙ステーションや居住惑星に住民は移り住んでしまい。

十年も経たずに、星は廃墟になった。

今は、元からあったステルスな監視システムが星の管理をしている他。

廃墟についての調査作業を行っていて。

最終的には必要な文化などを回収した後ローラー作戦でいったん環境をリセット。

この星の生物の保護区を作るか。

居住惑星としてテラフォーミングを行うか。

どちらかにする予定らしい。

この星にいた生物は人間が発生後97パーセントが絶滅したようなのだが。

それらのデータもAIはばっちり記録している。

故に、復旧は難しく無いらしい。

今の時点では、保護区化が有力らしいが。

私は色々許可を取った上で、ここに来ていた。

警備ロボットも、いつもよりもかなり数が多い。

AIが監視はしているとはいえ。ここはAIが手を入れた末の廃墟ではないから、何が起きるか分からない。

それ故に、テクノロジーによってカバー。

そういう事であるらしい。

私としては、まあ楽しい事が起きればそれでいいのだけれども。

まあ私が連れてこられたのだ。

楽しい事は、多分ないだろう。

AIには、途中では仕事の説明はされなかった。

それにしても。

完全に死んだインフラ。

点々と放棄されている居住区。いずれも崩れかけだったり。或いはもう崩れたりしている。

内部はそれこそ幽霊でもでそうだ。

私は別に幽霊はどうでもいいのだが。

その手のが好きな奴は。

法が整備されていない時代だったら、それこそわんさか来ていたことだろう。

そして事故が起きると。

一連の流れが簡単に想像できてしまうので、私としてはげんなりする以外の道が存在しなかった。

ともかく、である。

まずは指示通り、廃墟を調べて行く。

今回は特殊なゴーグルをつけていて。入ってはいけない場所が赤く表示されている。これは崩落の危機がある場所で。

道路だったらしい場所にも、かなり赤い表示があった。

警備ロボットが、それぞれ処理しているが。

ガス管や上下水道などの通っていた場所らしく。

それが使われなくなった結果、空洞が出来てしまっているらしい。

原子力設備などの本当に危険な代物は、AIがさっさと処理をしたそうなのだが。

現在でもこの星に対する開発計画は進行の途中で。

今もこう言う場所が残っていて。

私のような特例を除くと、危険なので立ち入り禁止と言う事だ。

大型の猛獣は全滅してしまっているが。

どんな病気とかがあるか知れたものではない。

まあAIの事だから、何が危険かは分かってはいるのだろう。

故に赤い場所が山ほどある。

「そろそろ教えてくれないかな。 何を私は探しに来てるのさ」

「まあ良いでしょう。 此処ならば、立ち聞きされる恐れもありません」

「……余程まずいみたいだね」

「はい」

AIが此処まで言うなら相当だな。

私はそう判断して、コートを直していた。

このコートも、服であると同時に防具にもなる。ロケランどころか、地球時代末期のレールガンくらいだったら普通に防ぎ抜く。

また危険なウィルスや細菌なども、体の周囲にフィールドを展開して防ぐ機能を持っている。

それでもなお危険だから、ゴーグルをつけている状態だ。

人がいなくなると、家はあっと言う間に傷むという話だが。

遺跡も同じなんだなと、大都会だっただろう周囲を見回しながら、私は思う。

「宇宙にこの星の住民、カンヴァル人が既に去ったことは説明をしました」

「うん。 まあこの様子だと、流石に残留した人間はいないだろうね」

「ところが、いる事が判明したのです」

「!」

カンヴァルには悪しき習慣があった。

これはAIでもあるという事は掴んでいたのだが。まさか現在までやっているとは思っていなかったらしい。

それを聞いて嘘だと即座に判断したが。

藪蛇になりかねないので、突っ込まないようにしておく。

その悪しき習慣とは。

子供が五人以上出来た場合、五人目以降は奴隷として扱うというものである。大半は金持ちに売り払っていたようだ。

聞いた事がある。

地球でも、確か先進国でも20世紀くらいまで似たような奴隷制が暗黙の了解として存在している状況があったという。

例えば日本だが、ある村で特定血縁者を奴隷として使う風習が20世紀まで残っていたという記録がある。

これについては、20世紀にはどうにか根絶に成功したのだが。

奴隷制が如何に悲惨で理不尽かという資料として、様々な方面で重要なものとして扱われている。

この星でも、似たような習慣があったのか。

基本的に奴隷制は、どの人間種族でも発生し。

社会の成熟と共に消えていくものらしいが。

地球ではブラック企業という形で文明の末期まで残っていたし。

この星では、最後まで存在していたと言う事か。

「大半は私が救出し、それぞれに対して処置を行いました。 教育をはじめとした、現在の人間が受ける事が出来る公共サービスをあらかたです」

「取りこぼしがあったんだね」

「……ごく一部の金持ちが、知られるとまずい事を知っている奴隷を口封じしたのです」

「そっか。 殺しに行かないと」

既に全て処分済です。

AIはそう淡々と言った。

まあそういえば此奴は、銀河連邦に加入するときのごたごたまでは、結構容赦の無い手を使うのだった。

確か地球が銀河連邦に加入するときも。各地の犯罪組織や既得権益層などは、相当数が処分されたと聞いている。

まあそれもそうだろう。

同じ感覚で地球から出てこられては困るからだ。

それに宇宙海賊ごっこをやろうとした地球人もいたが。それらにも容赦の無い罰が降ったという。

「じゃあ、私は今回生き残りの捜索?」

「そうなります」

「それってレスキューとかの仕事じゃないの?」

「本来なら軍が出る仕事なのですが、今回は確認できている生存者が一人しかいませんので」

ああ、そういうことか。

この星が無人になってからそれほど時間は経過していない。

人間がどんどん星を出ていく過程で、AIは調査を進めて。

口封じされた奴隷などの痕跡を辿り。

ようやく一人だけを助けられた。

そういうことなのだろう。

まあ私としては、別にそれはいい。

よく生き延びたと、褒めてやらなければならないだろう。

痕跡を発見。

こんな状況で、よく生き延びられたものだと関心しながら、彼方此方を見て回る。

此処を出ていったカンヴァル人は、人間と背丈はあんまり変わらないよくいる宇宙人である。

収斂進化というのは結構あるものなのだ。

だが、その地球人も。栄養状態などで、かなり背丈が変わってくる。

国によっては栄養があまりに足りないので、大人になっても子供程度の背丈しかない場合もある。

そういうものなのだ。

ともかく、廃墟の中で生きている事はまだ確実のようだ。

赤い危険地帯を結構通っているようなので冷や冷やするが。そもそもこれはどうしようもないだろう。

黙々と移動を続け。

その後、住処にしているらしい廃屋を発見。

崩れかけているが。他に雨露を凌ぐ場所もないのだろう。

内部に踏み込む。

倒れている人影。

倒れているフリをして強襲してくる可能性もあるので、まず警備ロボットが行く。バイタルなどを確認。

「栄養状態が極めて不足。 数時間遅れていたら危険な状態だったでしょう」

「んー。 見た目うちのスイと同じ年くらい?」

「いえ、地球人で言う十八くらいです。 栄養状態があまりにも酷すぎるので、こんなに小さいのです」

「そっかあ」

一時期、地球時代の創作で奴隷制度は必要だの、あるべきだのと口にしている作品があったらしいが。

これが現実である。

既に力尽きて、死を待つばかりだった、捨てられた人間。

私は恐らくAIに意図的にそうさせられたとは思うが。

救助に成功した。

応急処置を警備ロボットが済ませる。その間、私は周囲を確認。家の倒壊の可能性が高いと判断。

すぐに警備ロボットが反重力操作で俯いている奴隷を浮かせて、移動を開始。

奴隷だった者を外に連れ出すと、家が崩れた。私達が足を踏み入れたのも理由の一つだろう。

溜息が漏れる。

すぐに救助用の輸送船が来る。

この辺りは宇宙港も何も無いので、ランディングする事になるが。

そもそもその程度でダメージが入る程柔な作りになっていない。

降りて来たのは、5000メートルはある大型輸送船だ。多分医療設備などもあるからなのだろう。

先に奴隷だった者が連れて行かれて。

私も続けて乗り込んだ。

「念入りに調べてよ。 他にも生き残りがいるかも知れないし」

「実はこの十年で、合計二百十七人を救出しました。 あれが最後の一人です」

「今回が初じゃなかったのか」

「篠田警視正が指摘していたとおり、最初は軍の部隊を動かして救助を行っていましたが、発見できる生存者がどんどん減っていきましたので。 今回は勘が優れている篠田警視正に頼む事にしました」

「はあ。 そっか……」

ちなみにどういう経緯だったのかを聞く。

詳しい事はまだ分かっていないが。

奴隷として口封じをしようとしたところを逃げたのは間違いないらしい。

そもそもカンヴァルの幾つかの国家が、銀河連邦に加入する際に邪魔になる奴隷をまとめて処理しようとした所を無理に止め。その処理作戦の実施者を処分したところからこの騒動は始まっているらしい。

カンヴァル人はまだしばらくは連邦に仮加入というような状態で様子見をするらしく。

それはまあ、こういうことをする連中であれば当然だろうとも思う。

二万年前の地球人はもっと酷かったらしいので、私がどうこうは言えないのかも知れないが。

いずれにしても、あの救助された元奴隷は。人権を得て。更には不老処置と、望むのであれば肉体の若化などを行い。栄養状態の回復を図ることが出来ると言う。更には情報などで必要なものがあれば、提供して貰う事になるとか。

病院船の中で、状況を聞く。

「酷い栄養失調で、消化できないものも口にしていました。 今処置をしている最中です」

「それで元ご主人様は?」

「篠田警視正が出ると殺してしまうでしょうから、別の警官が逮捕に出向いています」

「どーせ死刑以外にないやろ」

AIは答えない。

流石にこういう混乱期に、此処までクリティカルな犯罪をしている場合は、どうなるかはちょっと言えないのだろう。

またAIは処分したとは言っても殺したとは言っていない。

いわゆる永久懲役刑にされているのかも知れないし、その辺りは分からない。

そもそも銀河連邦に加入するまで、地球人も結構ごたごたがあったと聞いている。

人間が聞けば大体の事は答えてくれるAIだが。

それでも一部の後ろ暗い事はあって。

それらは答えてくれない。

そういうものだ。

医療システムが、しばらくして静かになった。

「一命は取り留めました。 しかしまともに動けるようになるまでは、一年はかかることでしょう」

「捕食性の動物がいなくて良かったね……」

「いえ、そうでもありません。 手足の一部に壊死が見られました。 危険な細菌によって、免疫能力が落ちた体が……」

そういう話をしているのではないのだけれど。

とりあえず首を横に振る。

わざとやっているのか、それともわかってやっているのか。

判断は難しいが。

まあいい。

とりあえず、命は救う事が出来た。

救うべき命は、だ。

それで可としよう。

後は駆除すべき害悪を駆除しなければならないが。それについては、AIを信用するしかない。

「こういう混乱期の星間国家って、色々面倒なんでしょ?」

「ええ。 以前密入国の案件で見た通りです」

「ハー。 結構果断な処置をするべきだと思うんだけれどな」

「篠田警視正が思ったより苛烈な処置はしていますよ」

そっか。

こいつがそう言うくらいだ。

結構な処置をしているのだろう。

まあ別にそれはどうでもいい。いずれにしても、私は撃つべき悪を撃てないという事だけは分かった。

まあ私が出れば相当な大事になるだろうし、やむを得ないだろう。

はっきりしているのは。

奴隷制というのは、こういうものだということ。

そして奴隷制を肯定するなら。

まずは自分が奴隷になって、人権の喪失がどういう意味を持つかを知る必要があるという事。

それだけだ。

何故か奴隷制を肯定する人間は、不思議と自分が奴隷になったときの事を考えない傾向がある。

自分は優秀で選ばれている人間だから奴隷にはならないとでも思っているのだろうか。

とんだお笑いぐさである。

地球の歴史を調べた事がある私でも知っている。

産まれながらに奴隷制に組み込まれるカースト制度なども存在しているし、どんな才能があっても奴隷には普通にされる。なるのではなくされるのである。

今回の件で、私ははっきり確信したが。

奴隷制を肯定するような輩には客観的想像力も知識も著しく欠けているし。

その時点で優秀でもなんでもない。

そういうことだ。

とりあえず、暴悪の権化と認識されている様子の私ですらむかっ腹が立つくらいである。今後も星間国家が銀河連邦に加わる度に、この手の胸くそな事がどんどん起きていくのだろう。

私はそもそも、誰の血を引いているかすら分からない。

遺伝子データから人間が作られ。

そして各自自由に生きられる時代の人間だからである。

だからこそ、自由に生きつつ思うのだ。

人間を一定数集める事自体が。

そもそも間違いなのだと。

輸送船が何処かの宇宙港に到着。

以降、救出した元奴隷は丁重なリハビリを受けて。後は色々な処置を受けて、人生をやり直す事になるのだろう。

その後どうなるかは私は知らない。

私が出来るのは此処までだ。

今回の件は、人権を失うと言うことは。モノ同然に破棄されることもあるという事である。

人間をAIが支配していると現在の体制に声を上げる輩もいるようだが。

そんな事を言う前に。

まずはこういう問題を解決しろ、と言う事だ。

億年単位で銀河連邦はそれをどうにも出来ず。

結果として、三億年前からAIが完全に政治と経済を掌握して、やっと不平等はなくなったのだ。

人間は本当に駄目な生き物だな。

ため息をつきながら、私は宇宙港に降りていた。

ほどなくして、AIが指示を出してくる。

「かなりストレスが溜まっているでしょう」

「うん。 ジムで泳いできたい」

「……ジムはともかくとして、開拓惑星での仕事を用意しました。 丁度荒れていますので、お好みかと思います」

「……分かった。 ただしいつもよりも手荒いよ?」

多少は許容する。

そうAIは言った。

私は舌なめずりすると。

炸裂しかねない殺気をどうにか押さえ込みながら、次の仕事場に向かう。

八つ当たりである事は分かっているが。

はっきりいって、このまま放置していた場合。自制心に自信が持てなかった。

 

狂人警官。

気付いた其奴は、逃げようとして、私が撃った。

吹っ飛んだ其奴は顔面から壁に叩き付けられて、地面にずり落ちる。

喧嘩を売られて半泣きになっていた小柄な宇宙人の前を歩いて通り過ぎると。開拓惑星である程度黙認されているカオスの中、楽しく喧嘩をしようとして遊びに来ていた背伸びしたいお年頃のオバカちゃんを蹴り起こす。

ちょっと力が入りすぎて、浮き上がった。

「起きろ」

「ぎゃっ!」

「あ、起きた。 気絶させないとな」

もう一撃、ショックカノンを叩き込む。

既に恐怖で、喧嘩を売られていた側も気絶していた。

警備ロボットが来て、馬鹿を連れて行く。

私に、AIは苦情を言わない。

淡々と次のターゲットを告げる。

「次は危険物を販売しようとしている輩です。 ナビをするので、そのまま移動してください」

「……」

無言で指示通りに動く。

本当にブチ切れそうなので、これでも結構抑えている方である。

AIもAIで。恐らくだが、それくらいはしないと懲りない凶悪犯に私を誘導しているのだろう。

今の時代、凶悪犯と言ってもたかが知れているのだが。

やがて危険物を販売しているという路上店の前に出る。

其所には、なんかいかにもな老婆が、露骨に偽物だらけの光り物を売ろうとしていた。

あれか。

温泉街とかでみんな頭のねじが飛んでいるのにつけ込んで、くだらねーものを売りさばこうという魂胆と同じような感じか。

こういう風に売っても、基本的に金は現在定着しない仕組みになっている。

AIが厳正に管理しているからで。

要するに得体が知れないものを売るのが好きで、こういうことをやっているのだろう。

老婆は私に愛想笑いを浮かべようとして失敗。

引きつった顔で、私を見た。

「ま、待て! わしはあんたに撃たれるような事は……」

「おばあさんさあ。 その右端のそれ」

「はい? ああ、これはなんと由緒正しい……」

「由緒正しい放射性物質だね。 それも剥き出し。 その辺から掘り出した価値がありそうな石を持ってきたんだろうけれど、もう少し知識をつけた方が良いな」

ひいっと老婆が叫ぶ。

そりゃあそうだ。

現在だとそこまで致命的な濃度の放射線が出るような放射性物質は、発掘されたら即座に警告がされる。

だが、ギリギリの濃度のものだったら、開拓惑星の段階だったら別にそれほど厳しくは取り締まられない。

故にこういうことも起きた。

工事現場にこそこそ出かけていって、なんか売れそうなものを見つけて拾ってきたのだろう。

問題は、これが高純度のウラン鉱石で。

もしも肌身離さずとか持っていたら、健康に悪影響が出ると言うことだ。

まあ見た感じ不思議な石には見える。

「て、抵抗しない! 抵抗しないよ! だから撃たないでおくれ!」

「なんだよ、逃げようとしろよ。 こっちは血に飢えてるんだよ」

「ひいっ!」

「……ちっ。 警備ロボット。 連行しろ」

実は引き金を引いたのだが、AIがこれだけ脅せば充分過ぎると判断したのだろう。

ショックカノンは撃てなかった。

警備ロボットが来て、老婆と売り物をまとめて回収していく。

どれもこれもがらくただらけだ。

本人さえもそれを分かっているだろうから、肩を落として連れて行かれた。

開拓惑星だと、意図的にカオスが作られているから、こういうことが起こる。

全く、あらゆる意味で度し難い話である。

「今のは分かっていますね?」

「流石に許容できない、だろう。 分かっている」

「……次に行きましょう」

「うん」

そのまま無言で歩く。

途中なんか通りすがりにぶつかった奴が声を荒げたが。振り返っただけで、悲鳴を上げてすっ飛んで逃げていった。私より頭二つは大きかったのだが。私の悪名はどれだけ轟いているのか。

私が足を運んだのは、なんかぎゃあぎゃあ五月蠅い場所だ。

見ると、十数人ほどの観客と、原始的なリング。

そのリングの上で、なんか殴り合っていた。

地下格闘場ごっこだな。

地下格闘場と言えば、よくあるフィクションの産物だ。

実際には地下でやらなくて表の格闘技大会で、既に反社が経営に関わっていたり賭け試合をしていて。

当然マスコミもそれを知った上で尻馬に乗り。

膨大な金を稼ぐと言う事をやっていた。

地下でわざわざやる必要がないのである。

賭け事というものは、むしろ表でやる方が儲かるものである。

それに地球時代では競馬というものがあったが。これは国営で行われていたのに、利益の搾取率がどこのマフィアよりも悪辣だったと聞いた事もある。

つまりここに来ている奴らがやっているのは、あくまで創作に出てくる地下格闘場の雰囲気を楽しむ事。

どうせ金はAIにがっちり管理されていて使えないのだから。

ただ、やっている暴力が度が過ぎている。

AIに言われるまでもない。

興奮して騒ぎまくっている観客。更にもう倒れている相手をぶん殴って興奮している奴も含めて。

その場にいる全員を面制圧で一発で気絶させた。

ぞろぞろと警備ロボットが入ってくる。

ここで地下格闘場が開かれていると聞いたのだろう。後から入ってきた客も勿論逃がさない。

其奴らの方が、私を見て悲鳴を上げたり、逃げようとしてすっころんだりするだけ愛嬌があったかも知れない。

片っ端から撃っていく。

今度は敢えて一人ずつである。

命乞いまでする奴もいたが。私がどっかで誰か殺したとでもいうのだろうか。

あいにくだが。

殺したいのに殺せないんだよド阿呆が。

そのままショックカノンで撃って黙らせる。

警備ロボットが、それぞれ引きずって背伸びしたいお年頃のオバカちゃん達を連れていった。

なお、控え室で劣悪な治療を受けていた負けた選手や。さっきまで殴られ続けて心身に大きなダメージを受けていた奴も連れて行かれた。こんなアホな場に参加したのは事実であり。

治療が終わったら、待っているのは聴取である。

後はまた地上に出て。

誰かを殴りたくてうずうずしている奴を見つけては、そのまま銃で撃つ。

私は犯罪者にしか手を出さないが。

其奴らは自分より弱い相手には何でも見境無しなので。その辺りが違う。

まあ私が業が深いのも事実で、それは自覚しているが。

充分に撃って、それでAIが聞いてくる。

「満足しましたか?」

「……獲物が掛からなくなってきた」

「既にSNSで、狂人警官到来の報が拡がっています」

お前が手配したんだろうが。

そう言いたくなったが。

今回に限っては、そもそもの抑止力で来ているという事。それにAIが私にある程度配慮してくれた事もある。

私は大きく。大きく何度かため息をつくと。

ポップキャンディを取りだして咥えた。勿論包み紙はコートのポッケに入れる。この辺りには丁度良いゴミ箱がないのだ。

「帰る」

「数日は滞在してください。 後は、他の警官に任せます」

「祭で浮かれるのは結構だけれども、どの開拓惑星でも色々騒ぎ過ぎなんじゃないのかね此奴ら」

「……」

地球人は特に凶暴だとしても。

結局人間という時点で、それほど本性は変わらないという事なのだろう。

私はうんざりして。

与えられている宿舎に戻ると、其所で寝る事にした。

シミュレーション用の装置が当然用意されているので、仮想現実で負荷最大にした海を作って、そこで泳ぐ事にする。

実際は寝ているだけだが、筋肉などにはきちんと動かしたのと同じ負荷が掛かるようにしてある。

いわゆる離岸流。

それも最大級の奴に逆らって泳ぐ。

慣れた人間でもあっと言う間に沖に持って行かれる危険な流れだが。

それでも私は普通に対抗して泳ぎ続けた。

頭を空っぽにして泳ぐ事で、多少の憂さ晴らしにはなった。

そろそろ負荷が危険だと言われて。頷いて離岸流から外れ。シミュレーションをオフにする。

かなり汗を掻いていた。

私としても珍しいレベルでの負荷で泳いだと言う事だ。

無言でいる私に。

AIが余計な事を言う。

「篠田警視正は色々歪んでいる所はありますが、結局の所社会的に立場が弱い存在には手を出さないのですね」

「……そうかも知れない」

「それは何故ですか?」

「自己分析が出来る程頭が良くない」

これは事実だ。

それに自分の深淵を覗くのはあまり良い事じゃあない。

古い時代に私小説というものが存在した。

文字通り自分の深淵を覗く文学作品の事だ。

これらは文字通り深淵そのもの。

文豪クラスが何人も手がけてはいるが。

多分精神に悪影響を及ぼしたのでは無いかと、私は読んだ後心配したものだ。

「私は元々深淵の側にいる人間だ。 これ以上深淵の底を覗くと、多分戻ってこられなくなるだろうしね」

「なんだ、わかっているじゃあないですか」

「黙れ」

「篠田警視正。 とりあえず今日の荒っぽい捜査については黙認します。 ただし、それは今日だけです」

何も言わず、私は風呂に入る事にする。

息抜き。

更には危機管理意識の強化。

それらのために、AIは敢えてこう言う場を作っている。

大半の人間は、それに気付いている筈だ。

それなのに。どうしてそれでも人間は羽目を外すのか。

愚かしい話だが。

どうにも人間達は、それを理解出来ていない気がしてならない。私もそれは同じなのだろうか。

風呂から上がると、明日以降は退屈になる事を悟った上で、寝る事にする。

さんざん恐怖を摂取したというのに。

それでもつじつまが合わない気がする。

ただ、これ以上は流石に強欲となるだろう。

私も馬鹿共と同じになるつもりはない。

ただでさえ、自分が危うい存在であることは自覚しているのだから。これ以上進めば、戻れなくなる。

それくらいは、言われなくても分かっている。

いつの間にか眠っていた。

夢は何を見たのか覚えていない。

だけれども、何か夢を見たようだ。

それは、普段とは違って。妙に穏やかな夢だったような気がする。

 

4、廃棄の果てに

 

あの篠田警視正が全力でブチ切れていた。

そう私レマ警部補は聞いて。そして後処理に向かっていた。

AIはどんな重罪人でも、処分はすれど殺さない。

そのかわり、死ぬよりも厳しい罪を課すことがある。

それは私も知っていた。

そして、今回もそれを見る事になった。

私は、前にも冷静な警官でないと対応出来ない事案に当たった事があり。そういう結末を見た事があったのだ。

篠田警視正は、暴力が必要な場面では圧倒的な力を発揮する。

人外じみた勘も、難解な事件を無理矢理突破することが可能な強力な能力だ。

だが一方で、他人の恐怖を大変に好むという悪癖があるから。

やはり冷静な判断が求められるタイプの捜査や。

後処理には向いていないのも事実だった。

私の前任のような仕事をしていた警官は、ストレスが極限まで行ってしまって、仕事をやめたそうである。

今では植物プラントの管理人をしているそうだ。

それも分からないでもない。

その人もエース級の活躍をしていたらしいのだが。

人間の業でももっとも深い場所を、ずっと見続けたのだろうから。

これでもAIが制御して、最悪の行為は出来ないようにしているらしいが。

AIが管理する前の銀河連邦がどんな場所だったのかは、あまり想像はしたくない。冷徹とまで言われる私でも、それは思っていた。

さて、問題の場所に来る。

警官が、AIの許可を得て。特別にアクセスが許される超重罪人用の独房である。

正確には独房へのアクセス端末だ。

そう。

篠田警視正が保護した廃棄された奴隷の持ち主は。既に前科があって捕まっていた。

文明が銀河連邦に参加する際には、文明にいる1%位の人間が相当に厳しい処分を受けるし。

更に言えばその中でも金で司法を黙らせていたような輩は、死ぬより酷い罰を科される事になる。

今アクセスしたのが、そういう奴だ。

AIは人を可能な限り殺さないようにはしているが。

処分はする。

廃棄された人間が、そこにいた。

カンヴァル人の中でも、相当な金持ちで。

滅び行こうとしている星の中で、既得権益を独占し。

最後までやりたい放題をやめなかったクズ。

ある国家の大統領である。

金に任せて司法を黙らせ、自分の周囲に手当たり次第に好みの欲求発散用の人間を侍らせて。

場合によっては殺し。

場合によっては死ぬまで弄んだ後に放り捨て、のたれ死ぬ様子を笑って見ていた。

それらの所業は全て記録されていて。

今、この特別独房に放り込まれている。

私が呼びかけると。

其奴は。元大統領は、顔を上げて言う。

「殺して……殺してくれ……」

全身にコードが突き刺さったその元大統領は、手足も既に切り取られ。頭と胴体しか残っていない。

コードからは常に極限の苦痛が送られるようになっており。

更には頭も弄られて。

発狂も出来なければ、自殺も出来ないようにされている。

これがいわゆる廃棄刑。

処分とAIが口にしたら、こうされていると言う事だ。

なおこうなると、人権も全て没収される。

記憶などは全て自由に閲覧できる。

なお閲覧の際には、更に強烈な苦痛が走るように設定されている。

そして刑期は、無限だ。

宇宙が終わるか、或いは銀河系が消滅するまで。

脱出など絶対に出来ない。そもそもブラックホールの中に存在しているこの異空間独房にて苦痛を味わい続ける。

どんな星の地獄にも此処までのものは存在しないだろう。

一部の人間しか知らない、本物の地獄。

それがここだ。

「残念だが、殺してやるわけにはいかない。 この奴隷を処分しようとして逃げられたな」

「あ、うあ、いい……」

「答えろ」

「ぴぎゃああああああああっ!」

恒常的に苦痛を浴びている筈の元大統領が悲鳴を上げてもがいた。

だが此奴はこれだけの事をされて当然の存在だし、まあ同情の余地はないだろう。

「そ、そうだ、殺し損ねた! だ、だから許して、許して!」

「これで更に罪が重くなる」

「え……」

「苦痛が1割増しだそうだ」

絶望が元大統領の顔に浮かぶ。

篠田警視正ですら、それを喜んだかどうか。

絶望の絶叫を、もう身動きも出来ず、眠る事も許されず、狂気に逃げる事も許されない状態になったクズが挙げたが。

私も此奴は擁護できないし、放置しておく。

独房からのアクセスを終えると、AIと話す。

「お疲れ様でした、レマ警部補」

「こんな手続き、貴方が一人でやればいいだろう」

「そういうわけにはいきません。 私はあくまで人のためにあるAIです。 こういう最暗部も、一部の人間は知っておく必要があります」

「……そうか」

私はいつまでもつだろう。

元々難病持ちの身だ。いや病気とさえ言えないかも知れない。能力と引き替えの成長が出来ない体質。全能に宇宙で一番近いだろうAIですら対応出来ない。

体はこれ以上大きく出来ないし、今後も人間の最暗部を見続けることになる。

篠田警視正のようなタイプは大嫌いだが。

向こうが私のような人間を好むのも分かる。

私は人間の業の深さを嫌と言うほど思い知らされながら。

特別セキュリティの区画を後にする。

妥協の余地なき悪党共が収監された地獄だが。

私は、どうしてもやはり受けつけなかった。

それは私がまだ甘いから、なのかも知れない。

 

(続)