不正を潰そう

 

序、人間の政治家がいなくなった理由

 

私が踏み込むと、其奴は最初ぽかんとしていたが。手帳を見せた時点で、私が誰か悟ったようだった。

「きょ、狂人警官!」

「ハイじゃ手を止めてね。 抵抗すると撃つ」

その場で、腰を浮かせかけた奴を即座に撃つ。

普通は隣の席に声は届かないように設定されているオフィスなのだが。

AIが弄くって、今は全員に私の声が届くようにしている。

全員が、その場で両手を頭の上で組んで、床に這いつくばる。

震え上がっているのが分かった。

なお、用があるのは今撃った奴だけだ。

警備ロボットが、其奴を引きずっていくと。私は周囲を見回りながら、舌なめずり。三十人ほどいるオフィスだが、見ていると実に面白い。

恐怖が集まってくる。

恐怖はおいしい。

「では犯人を捕まえたので失礼します。 ああ、動いて良いですよ。 変な風に動くと撃ちますけど」

「ひっ……」

私の側にいた人が悲鳴を上げたので、ますます満腹。

実に美味。

もっと怖れろ。

そして、私は署に向かう。

今の時代は、警察と同じで。オフィスに人はいても、互いに関わり合いを持たない。だから、犯罪に手を染めている奴が側にいても、気付けないものではあるのだ。

故にさっきみたいな面白い光景が現出するのである。

署のデスクにつくと、聴取の様子を見る。

なお今回の犯罪者だが。

犯罪の内容は。

チートツールの作成だ。

正確には作成中。

あるSNSで行う対戦型ゲームで使えるチートツールを作成しようとしていたので。それを察知したAIによって私が喚ばれた。

なお、既にチートツールそのものは完成しかけていた。

今の時代、チートツールを使うのは当然犯罪である。

古い時代は強い事をチートと呼ぶ勘違いが流行したことがあるらしいが。

チートというのは不正という事である。

聴取が始まっている。

私は、別に出無くても良いだろう。

今回の件は、チートツールを作った上に、販売までしようとしていた。

故にこの状態になった。

そういうことだ。

「ではチートツールはあくまで個人の趣味で、個人の使用範囲内で使おうと思っていたと主張するのだね」

「そ、そうですそうですっ!」

「違うね。 君のSNSでの発言などは既に洗い出してある」

昔は、デジタル犯罪は不慣れな警官も多かったらしいのだが。

今の時代は違う。

デジタル犯罪専門の警官はたくさんいる。

私はどっちかというと苦手な方だけれども。

場合によっては、逮捕には赴く。

それだけである。

「君のやろうとしたことは不正防止法にも威力営業妨害にも該当する。 AIによると実刑判決で一ヶ月ほどだそうだ」

「実刑判決! 勘弁してくれ!」

「自業自得だろう」

「あ、あんなゲームバランスが悪いゲームを作るのが悪いんだよ!」

挙げ句に逆ギレか。

今問題になっているゲームは、対戦型のゲームで。実力にあったマッチングが行われるように丁寧に調整されているものだ。

古い時代にはこの手のゲームはジャンル関係無く古参が戦場を独占していて、新参が入れなかったという問題があったらしいが。

今の時代はそんな事も無い。

新参が入れるように調整がきちんとされている上、対戦のマッチングもきちんと調整がされているから、である。

「くだんのゲームは私も知っているが、別にゲームバランスが悪いとは思えないね。 成績が近しい相手とのマッチングもきちんとされているだろう」

「俺は蹂躙がしたいんだよ!」

「それは対人ゲームでは無くて、対CPUのゲームでやりなさい」

正論である。

ちなみにチートツールは、個人で楽しむ対CPUゲームでなら。個人で楽しむ範囲でなら認められている。

ただし無敵にするとかアイテムが最初から全部あるとか。そんなのをやってみるとすぐに分かるが、ゲームは面白くも何ともない状態になる。

ただの作業である。

ただの作業が好きな人にはそれでも需要はあるそうだ。勿論個人で楽しむ範囲なら、それもありだろう。

人には色々な嗜好があるのだから。

ただ、それを他人に対して強制しようとすることは許されない。

古い時代には「男らしい趣味」だのいう言葉で特定の趣味が肯定され。

「男らしくない趣味」を持つ人間には何をやっても良いと言う風潮があったらしいが。

多数の宇宙人が一緒に暮らしているこの銀河連邦。

そんなものを振りかざしていたら誰も何もできなくなる。

事実一時期の地球では、文化の殺戮まで行われる事態が起きていたらしいということで。

今の自由な時代に生きている私としては、面倒くさい時代だったんだなあと思うし。

そんな時代にいた人間に、今の時代をディストピア呼ばわりされるのも心外だなあとも思う。

いずれにしても刑期も宣告され。

逆ギレしても即座に論破され。

犯人は連れて行かれた。

私としてはゲームは嗜むもののそれほどのガチ勢じゃない。私がやりたいのは実践である。

犯罪者を撃つ。

興味があるのはまずはそこだ。

故に犯人の主張にはあまり興味が無かったし。

今回の事件についても、あまり興味はなかった。

とりあえず終わったので、帰って良いかと聞いて。許可も出たので、さっさと帰る事にする。

途中であくびをしていると、AIに言われた。

「満腹しましたか?」

「犯人そのものはつまらんかったけれど。 まあそこそこ上質な恐怖は摂取できたから満足かなあ」

「それは何よりです」

「それにしても、露骨な不公正が蔓延ってるならともかく、普通に公正に回っている場に不正を持ち込むなよ……」

それが人間の政治家がいなくなった理由だと、AIは言う。

元々既得権益層が好き勝手する傾向がある上に、不正をしても勝った方が好き勝手を許されるというのが人間の世界だったそうで。それではまあ文明はどこでも安定しない。

ゲームの分野でもそれは同じだ。

更に地球の末期。

既得権益層の利権が極限まで達したときには。

いたましい事件も起きていると言う。

そう言われてぴんと来た。

確かゲームで必ず勝つ方法があるという奴だ。

答えは簡単。

対戦相手を殺してしまうことである。

地球文明時代の末期。あるゲーム大会で、会場に集まった人間が皆殺しにされるという事件が起きた。

表向きは単なる強盗の仕業とされたが。殺された人数は数百人に上り、何故かそれをろくに警察が捜査もしなかった。

後に銀河連邦が暴露したのだが。

「その大会に遅れ、一人だけ生き残った」故に優勝した人間が、膨大な富を蓄積している既得権益層の一人であり。

そいつが殺し屋を雇って大会参加者を皆殺しにしたのである。更に殺し屋を別の殺し屋が狙撃して殺し、自殺したように見せかけたのだ。

警察も札束で殴られており、数百人を殺したにもかかわらず身動きすらできなかった。

要するに、勝つための究極の方法を実行したわけだ。

実際問題、賭博絡みのゲームでは、あらゆるイカサマが研究され。

漫画などでもそういったゲームで行われるイカサマの描写をむしろ肯定的にとらえる風潮があったり。

チートを使ってバランスを崩してゲームを蹂躙する事を格好良いと思う風潮もあったりと。

地球末期のゲーム事情は、色々と酷い状況になっていた様子である。

「いずれにしても貧富の格差というのはろくでもないな」

「そういうことです。 既得権益層が有能ならば話は別なのでしょうが、実際にはそんな事もありませんので」

「あほらし」

「そのばかばかしさに人間が気付くまで、銀河連邦規模の巨大政体でも億年単位で時間が掛かりました」

それでAIはこうも政治と経済をガチガチに回しているわけだ。

人間がやらせて貰えない仕事は一部を除いて基本的に存在していないが。

その一部、政治家と投資家は絶対にAIは触らせようとしない。

億年単位の計画で銀河系を回しているだろうAIからして見れば。

場当たりすぎる人間に、最大の基幹システムである政治と経済を任せるなんてとんでもない、というわけだろう。

まあ分かる。

そして此奴は人間と違ってエゴを持たないから。

なんと三億年も、銀河連邦は安定している。

この実績がある以上。

私には何も、それに対して文句を言うことはできなかった。

今回はちょっと面倒くさい場所にある星に出向いたので、途中で輸送船を乗り換えする。

乗り換えの時間が少し面倒なのは、今の時代も変わっていない。

星を渡る船が運航されているのだから。

それは仕方が無いと思う。

電車を使って別の宇宙港に移り。

輸送船が来るのを待つ。

その間、推しのデジタルアイドルの動画を見ている。

古い時代のゲームに挑戦しているが。

中身がAIである。

バグにはすぐ気付くらしく。

此処にはこういうバグがあるとか。

そういう事を解説しながらプレイしている。

楽しそうにはしているが。

そういったバグを一切使わずに攻略を進めて行くのは、何というかAI制御のデジタルアイドルでも中々にストイックで尊敬できる。

「篠田警視正」

「んー」

促されて、移動開始。

輸送船がそろそろ来る。

手続きはAIが全部やってくれているので、後は乗り込むだけだが。手帳とかは準備しておかないといけない。

乗る時に機械にかざす必要があるからだ。

手帳を取りだすと、移動を開始。

搭乗口に移動して、輸送船に乗り込む。

自室はぴっかぴか。

専用の掃除ロボットが客が抜ける度に丁寧に掃除しているのだから、まあ当然だろう。それを見越して、部屋を汚しまくっていく客もいるらしいが。まあ私はそうならないように気を付けよう。

乗り換えはもう一回ある。しかも結構近い星で、である。二時間ほどでついてしまう。

だから面倒な事に、寝る事は出来ない。

私は一度寝始めると、しばらく起きださないからである。

だから、携帯端末でさっきのデジタルアイドルの配信を続けて見る事にする。

地球産のゲームでは無いが。

基本的にゲームは何処の星でも似たようなジャンルのものが作られるらしく。

地球産だと言われても違和感がない。

「おー。 今回も諦めずにクリアまでやってるな」

「人間と違ってタフネスに限界がありませんからね」

「そういう夢のないこというなよ。 本当にトイレいかないアイドルなんだから……」

「それはそうですが。 まあ確かに、生身の人間に理想を押しつけるよりは、此方の方が良いでしょうね」

その通りである。

まあそれはそれ、これはこれ。

時間も適切に潰せたので。

推しのデジタルアイドルがやっていたゲームを、SNS経由で落としてきて自分でも遊んでみる。

なんとも鬼畜難易度だ。

これは難しい。

手元に擬似的に作り出したコントローラーで遊ぶが。

ちょっと私には難しいかも知れない。

そうこうしている内に、時間だと告げられ。

自機がロストしたので、仕方が無いと乗り換えをする。

乗り換えの待ち時間は、今度は短く。

移動時間で全てが食われてしまうほどだった。

黙々と乗り換える。

後は家のあるダイソン球まで一直線なので。寝て過ごすことにする。さっきのゲームはもういいや。

やるなら、休日にやろう。

いずれにしてもあのゲーム、まともに遊べるようになるまで数十時間は掛かるタイプとみた。

ならば、時間がない今は触らない方が良いだろう。

あっさりゲームに興味を無くした私を見て、AIは何だか言いたそうにはしていたが。

それはあくまで私が感じ取っただけで。

実際は何とも考えていないかも知れないし。

私が大人しいので安心しているだけかも知れない。

こんどこそ仮眠して静かにしていると。

やがて、自宅のあるダイソン球の宇宙港についていた。

今回はチートツール作成野郎の逮捕以外にも、色々なお仕事で犯人を撃って回ったので。

まあそこそこ充実した出張だった。

最後のチートツール野郎は正直どうでもよかったが。

恐怖も摂取できたので可とする。

伸びをすると、家路に急ぐ。

ジムに寄ろうかなと思ったが。

まあいいだろう。

むしろシミュレーションで、負荷を極限にして泳ぐ方が楽しいかも知れないので。それで筋肉にも運動分の負担はきっちり掛かるから、気にする必要もない。

帰るとスイが出迎えてくれる。

表情は皆無だが。

その方が、私の求める距離感だからそうしているのだ。

その気になればアホみたいな笑顔を浮かべる事も出来る。

「マスター、お帰りなさいませ」

「んー。 夕飯食べたら風呂入って寝るわ」

「分かりました」

コートを受け取ると、すぐに夕食を作り始めるスイ。

というか下ごしらえとかが終わっていたのを料理し始めているだけだろう。

私が戻る時間は、AIから伝えられていたのだろうから。

すぐに暖かい、美味しすぎない料理が出て来たので。

適当に食べる。

美食にも珍味にも興味は無い。

栄養がそこそこにあって。

舌が肥えすぎなければ、それで私は満足だ。

食事を終えると、風呂を済ませて、今日を切り上げる事にする。

仮眠の時は夢を見た覚えがない。

夢を見ても、内容の大半は覚えていない。

だから、実は寝る時が一番ストレスだったりもする。

私に取って睡眠が一番どうにもならないもので。

そこが気にくわない。

夢を見るのなら、内容をある程度覚えている方が良いと思うし。

みないなら全くみないくらいが丁度良い。

寝るために最適な環境をAIが整えてくれたので。

さっさと寝る事にする。

どうせ今日も夢は見ないか。

見ても覚えていない。

だから割とどうでもいい。

 

だが、今回は不思議と夢の内容を覚えていた。

AIが不機嫌そうに起きだした私を見て、また夢の事で起こっているのかと聞いてくるので。

私はため息をついていた。

「ちょっと理由が違うけれどそう」

「どうしたのですか?」

「不愉快な夢を見て、内容を全部覚えているんだよ」

「……珍しいですね」

そうだ。めずらしい。

実年齢で三十ちょっとの私だが。記憶にある限り多分初めての事態だ。

しかも夢の内容が。よりにもよって、アルカポネの組を叩き潰して、組の構成員を皆殺しにしたのに。

肝心のアルカポネにだけ逃げられるというものだった。

逃げるなこの人類史上最低のカスが。

そう叫んで目が覚めたが。

寝言は一切言っていないそうである。

無言で着替えを始める。

本当に不愉快な話だ。普段は夢なんかみないのに。どうしてこう言うときに限って、最悪の夢を見るのか。

全く持って、不愉快だ。

 

1、ゲームは簡単になりたたなくなる

 

今日はダイソン球の内部での仕事だ。

普通出張が多いのだが。このダイソン球にも相当数の人間が暮らしている。

人間の密度を増やしすぎると、ろくでもないことしか起きないから。

基本的に人間の数はある程度で絞るようにしてはいるらしいのだが。

それなら終身刑ではなくて死刑制度でも導入すれば良いのに、と私は思う。

まあいい。

ダイソン球の中の電車を移動して、ホビー地区に移動する。

各家に必ずあるシミュレーション装置での仮想現実に満足出来ない自称マニアの為の区画である。

この区画には色々な設備があるのだが。

殆どの設備は、基本的にシミュレーションで現実と全く区別が付かない状態で遊ぶ事が出来るし。

シミュレーションにおける仮想現実では、ありとあらゆるオプションを自分の好きなように設定できる。

しかもAIがあまりにも優秀すぎるので。

ファジーな指示でもぴったり要望に合わせてくれる。

だから不自由を私は一度も感じたことがないのだけれども。

それでも、やっぱり仮想現実に不満を持つ人間はいて。

こういう区画はそれなりに需要があるそうだ。

今回はそんな区画にあるゲームコーナーに出向く。

ゲームコーナーと言っても色々あって。

デジタルゲームから、いわゆるアナログゲームまで様々である。

基本的に文化も全て保全しているAIなので。それこそなんでもある。

しかしながら、流石に物的容量に無理があるので、人気があるものしかおいておらず。

殆どのものは、仮想現実で楽しむ事になる。

仮想現実でなら、例えば「地球人類最古の命をチップにするゲーム」だとか、「イカサマやり放題のボードゲーム」だとか。そういうのも出来るのだが。

残念ながら此処では勿論それらは禁止。

また、金を賭けることも禁止されている。

それでも人が来るのだから。

私にはよく分からない世界である。

軽く見て回った後。

私はアナログゲームの専門店に入る。

ギシェと呼ばれる、ある星で産まれた将棋に似たゲームを遊んでいる人が集まっている店である。

集まっているといっても数人しかいないが。

その中に、かなり悪質なゴト師がいると言う事で。

私が来た。

ゴト師というのは、賭け将棋や賭け碁などのアンダーグラウンドなゲームで、イカサマを専門とする悪辣な勝負師のことを指す。

一部の漫画などでは神格化されて書かれたこともあるようだが。

実際には犯罪組織とつながりがあったりと、ロクな人間ではない。

ギシェと呼ばれるゲームは将棋に似ているが、駒の種類が十三あって、その内の十一を選び。七つある陣形の中から選んで、それぞれが並べて対戦する。交互に指す、取った駒を再活用できるなど、将棋にはかなり似ているが。七つある陣形はそれぞれ考え抜かれていて、ある程度盤面が進んだ状態から開始する事が出来る。

現在ではAIによって確定で勝てる駒運びが開発されてしまっているのだが。

それらは禁じ手とされていて。

使用した場合は、AIから注意が入る。

問題のゴト師は、相手に金銭などを賭けた勝負を持ちかけたり。

或いは相手の持ち駒を、相手が集中している隙に掠め取ったり。

まあやりたい放題をしているようだ。

私は今回、立体映像の迷彩で姿を変えている。

店に入ると、例のゴト師が丁度勝負をしているところだった。

私もルールを覚えているので、適当に打ち始める。

最初はAI相手に。

しばらく対戦していると、ゴト師が勝負を仕掛けて来た。

「どうです勝負一つ」

「良いでしょう」

勝負を受けて立つ。

此奴のやり口は決まっている。

まず打ってみて、相手の実力を測る。

その間、隙などを探って、カモに出来るかどうかを調べておく。

相手が頭に血が上りやすい奴だと判断したら。

敢えて怒らせて。

金を賭けるように誘導していく。

今まで、それで六度注意が入り。

それでも改めようとしないので。

今回、きついお灸をという話になったそうである。

まあ私としてはどうでもいい。

何回か勝負をしていく。

その内、ダーティーな手を私が一切使わないこと。自分の方が腕が良いこと。それらを判断したのだろう。

ゴト師は仕掛けてくるつもりになったようだ。

「ははは、弱いなああんた」

「……」

この手のボードゲームは。基本スペックがないとどうにもならない。

基本スペックが高い人間は、十代で頂点に上り詰めたりするし。

逆に低い人間は、どれだけ勉強しても絶対に勝てない。

そういうものなのだ。

このため、実の所はもっとも不公平なゲーム、という言葉もある。

戦争や芸術、スポーツもそうなのだが、才覚が努力を絶対に上回るジャンルというものは存在していて。

ボードゲームもその一つである。

そしてそこに人格は関係無い。

チャンプが腐れ外道であることなど珍しくもない。そういうものなのである。

「どうだ。 ちょっと賭をしてみないか。 何、小金を賭けるだけだ。 そう深く考えることはない」

「そうですか。 じゃあ正体を見せましょうかね」

「へ?」

立体映像を解除。

私の笑顔を浮かべた姿を見て、ゴト師はひっくり返りそうになった。

「あ、あんたは! 噂の!」

「ちょっと色々やりすぎたねえ。 途中口出ししなかったけれど、三回持ち駒を取ったりもしたね」

「そ、それはその……」

「普通にやってても強いのに、なんでそういう事をするんだか」

ため息をつくと、逃げようとした其奴を背中から撃つ。

周囲はガクブルして完全に隅っこで大人しくなっていた。

私は近付くと、気絶しているゴト師を踏んづけて、警備ロボットを呼ぶ。

警備ロボットは、もうAIから説明を受けているのだろう。

そのままゴト師を連れていった。

私は別にこのボードゲームに興味は無いし、そのまま此処を出ていく。

恐怖の視線が、私を見送っていた。

「それであれ、どのくらい豚箱行き?」

「ゴト師だけですので、四日ですね」

「四日か……」

「ただ、篠田警視正が来たという事が強烈なトラウマになるでしょう。 刑務所を出て来た後は、篠田警視正が次もやったら来る、という事を伝えておきます」

めんどうくさい。

そう渋面を作ったが。

仕事だ。

仕方が無い。

それにしても、あの手のゴト師はどうしてこういうことをするのか。

特に彼奴は、普通に強かったように見えたのだが。

「それは簡単ですよ。 勝負が好きなのでは無くて、勝つのが好きなんです」

「ますます分からん」

「簡単に説明すると、勝った方が地位が高いと考えるタイプなんです。 集団性の生活をする生物は、どうしても自分の集団内での地位を高めようとする傾向があります。 それがバグを起こすと、ああいう風に単に勝つことにこだわるような性格を持つ人間になることがあるのです」

「……へえ」

ますます分からん。

私は正直な話、既得権益層が社会を好き勝手にしていた地球末期の惨状を良く知っているので。政治にも社会的地位にも興味が無い。

今警官として警視正という地位にいるが。

これは地球時代の階級にあわせて便宜的に呼んでいるだけだし。

地球時代の警官だと、一地方のボスを務められるくらいの地位だったという話を聞いているが。

勿論そんなものはない。

今の時代は、この手の地位は完全にお飾りであり。

ヒラ刑事と警視正、警視総監、全てで給金がほぼ変わらないし。持っている資産はAIが管理していて、蓄財が起こらないように監視までされている。

時代として枯れているのではなく。

自由競争の美名の下に、実際には不正をすればするほど有利という腐った時代があったことを知っているので。

競争に興味を持てないだけだ。

「とりあえず、今日はこれで終わり?」

「そうなりますね」

「ちょっと貯金使えって言ってたっけ。 スロット回していこうか」

「いいでしょう。 篠田警視正はきちんと予算分遊ぶので、許可します」

頷くと、私はスロットを回しに行く。

まあこれも、実際にはシミュレーションでやってもいいのだが。

せっかくこういう地区に来たんだから。

実物を遊んでいく事にする。

先にAIが使用する金を決めて。それ以上は使わないように設定。

スロットそのものも、レバーを引くだけである。

それ以外には、一切介入する余地がない。

スロットが揃うと、金が戻ってくるが。

基本的にこの手のものは、大金が戻ってくる事はまずない。

私の場合も同じで。

多少は当たりも出たが。

最低限のものだけ。

まあ予想通りだなと思いながら、撤収した。

あくびをしながらこの地区を後にする。

署に直行。

そのままレポートを書きながら、さっきのゴト師の聴取を見た。

動かぬ証拠を突きつけられて。それで刑期についても告げられる。

ゴト師は青ざめていた。

それはそうだろう。

ムショから出ても、同じ事をしたら私が来ることを告げられているのである。

実際には私が出向くことはないだろうが。

「い、いくら何でも冗談だろう! あの狂人警官に目をつけられるようなこと何て、俺はしてねえぞ!」

「そんな事は私は分からない。 いずれにしてもあの人に目をつけられたのはれっきとした事実だ」

「どうにかしてくれよ!」

「あんたの再犯性が極めて高いのは分かりきっている。 だからこういうことになったんじゃないのかな」

白目を剥くゴト師。

ちょっと美味しい。

舌なめずりをして、恐怖を摂取した喜びを噛みしめる。

というか、結構間近にも恐怖はあるんだなあ。

恐怖こそは我が喜び。

恐怖こそは我が糧。

まあそういう意味では、くだらねーゴト師をどうにかした事にも意味があったというものだ。

聴取はもう見終わったので、充分。

後はレポートを散々書く。

ある程度レポートを書いたところで、AIは今日はもう充分と言われたので、上がる事にする。

署から家までは電車を使うまでもない。

黙々とベルトウェイに乗っていると、ふと気付く。

何か嫌な感じがする。

勘だ。

そして私の勘はやたらと当たるのである。今通り過ぎた奴だろうか。

「今の奴、誰か分かる?」

「……確認しました。 警官です。 この間一緒に仕事をした方ですね」

「ああ、あの」

レマという警部補だ。

しかし容姿が全く違った。と言う事は、迷彩で誤魔化しているのか。

「何か仕事中?」

「機密を漏らすわけにはいけませんので詳しい事は言えません」

「んー。 相手は向こうに気付いていたよね多分」

「はい。 篠田警視正の事はあまり良く想っていないようですので。 どうしてあったのかと不愉快だったようです」

それは知っている。

こっちは相手を気に入ったのだが。

向こうからは嫌われている。

有望な若手と言われるのも納得出来る人材で。私とは真逆のやり方で捜査をして、実績を上げていく人物だ。

ただ、関係性が一方通行なので。

一緒に仕事をさせることは今後は多分無いだろうとAIは言っていた。

残念な事である。

「あんなエースが来てるって事は、何か大きな事件でもあった?」

「お答えできません」

「何だよケチ」

「私は自分が人間の言うケチであることは否定しません」

口を尖らせて不満を示すが。

そんな私の可愛い所作にも、AIは無反応だった。

まあ仕方が無い。

他人の捜査に、言われてもいないのに首を突っ込むほど私も野暮では無い。

そのまま帰る事にする。

ただ、嫌な予感がしたのは事実だ。

それについては伝えておく。

「篠田警視正の勘は当たりますからね。 嫌な予感がしたというのなら、私の方で少し手を打っておきます」

「よろしく。 万が一でも、あんな優秀な警官がいなくなるのは嫌だからね」

「此方としても、あんな有能な人材を失うのはお断りです」

利害の一致と言う奴だ。

それでいい。

私は自宅に戻ると、後は寝て過ごすとする。

普段はジムに行ったりするのだが。

今日はこれから何かあるかも知れない、と思ったからだ。

今の時代、簡単に他人を殺傷する事は出来ない。

だが、もしもの事がある。

何かあったときのために備えておく。

AIはそういう普段との違いを悟ったか、何も言わない。スイも、小首をかしげはしたが。

特にどうこうは言わなかった。

「スイ、ちょっとゲームでもする?」

「分かりました」

頷くと、携帯端末を操作して、空中に立体映像を出す。

簡単なボードゲームだ。

ただし、相手はロボットである。

スイの搭載しているAIも、人間がボードゲームをやったら100%勝てない程度の性能はあるので。

運が絡む奴にする。

これからやるのは双六だ。

どこかのメーカーの比較的評判が良い双六をやるとする。

メーカーと言ってもとっくに潰れているし。

版権もなくなっているので、今はフリーゲームである。

しかもダイスはCPU制御。

これなら不正もできない。

ダイスで偏りが出るようなトンチキプログラムを組むような人間もいるらしいが。

少なくとも今の時代では、そんなものはない。

しばらく、黙々と双六をやる。

私が若干有利だが。

スイは顔色一つ変えない。

勝っても負けても、文字通りどうでもいいからだ。

というか、私が無表情な相手と接しているときが一番自然体である事を、スイは知っている。

相手の感情に非常に大きく対応を変えなければならないセクサロイドなのだから。この辺りは対応能力が高いのも当然とは言える。

「む、逆転されたか」

「完全に運のゲームです。 これは面白いのですか?」

「んー、暇つぶしにはいいかな。 もう少し人数が多いとなおいい」

「そういうものですか」

また一つ学習したのだろう。

そのまましばらく平穏に双六を続け。

やがて、スイが僅差で私に勝った。

嫌な予感は消えていない。

そして、AIが警告をしてきた。

「篠田警視正。 申し訳ないのですが、出ていただけますか」

「了解。 スイ、夕ご飯はいらんかもしれない」

「分かりました。 お気をつけください」

コートを受け取ると、すぐに外に出る。

ダイソン球全体に影響が出るような事件では無い、ということだ。

その代わり、警備ロボットがすぐに来た。私が指示通りに早足で急ぐと。途中でAIが説明をしてくる。

「悪い予感が当たりました。 レマ警部補が追っていた犯人が、自殺を図ってとんでもない行動に出ました」

「なに、あの子がどじったの?」

「いえ、全くレマ警部補に非はありません。 犯人を取り押さえ、しっかり周囲に被害を出さないように処置もしました」

「じゃあなにがあったのさ」

タイマーを、犯人が仕掛けていたというのだ。

タイマーによって、元々部屋にあった携帯端末のプログラムが暴走。過負荷によって発火するように仕込んでいたらしい。

発火はすぐに押さえ込まれたが。

犯人の行動は用意周到で。

手元にある携帯端末にも、発火プログラムを仕込んでいたらしい。

幸い発火にいたる前にAIが止めたそうだが。

それでも、凄い熱が周囲に放出され。消火設備が作動。当たりが泡塗れ。熱を浴びたり泡を浴びたりした通行人が、念のために治療を受けているという。

現地に出向く。

なんというか、泡だらけで。

とても現実とは思えない光景である。

まさにゲームの世界のようだが。

その中で、とても小柄なレマ警部補が、警備ロボットに指示を出して、被害を抑えるようにしていた。

勿論警備ロボットはどんどん増員され、彼方此方の被害を確認している。

インフラ周りに問題はなさそうだが。

これはむしろ、人心に影響が出そうだ。

多少の熱程度では、服の防御もあって、周囲の人間にダメージはいかないだろう。

犯人も取り押さえられたまま気を失っている。

恐らく此奴。

レマ警部補に追われていることに気付いていて。

気にくわない警察に捕まるくらいなら、自爆してやろうとでも考えていたのだろう。

「レマ警部補」

「!」

「増援連れてきた」

「ありがとうございます。 犯人を連行してください。 警備ロボットはそのままおいていって貰えますか?」

まあそれでいいならいいか。

泡だらけのなか、犯人を引きずり起こしたその時。

かっと目を見開いた。長身の男性に見える犯人が、レマ警部補に手を伸ばして掴み掛かろうとした。

私が瞬時に地面にねじ伏せて、犯人の骨が数本へし折れる。

泡まみれの中、普通の人間には極めて聞き苦しい悲鳴が。私に取っては天界の音楽に等しい甘美な声が。とどろき渡っていた。

ショックカノンをぶち込んで、気絶させる。

「ショックカノン入れなかったの?」

「いえ、恐らく驚異的な精神力で地力で立ち直ったようです」

「ハー。 何だかなあ。 で、此奴は何をしようとしていたの?」

「現状の経済に不満があるとかで、人が集まる地区で裏経済を作ろうと布教活動を始めるつもりだったようです」

意味が分からん。

とりあえず復古思想のカルト野郎と言う事か。

いずれにしても、ショックカノンだけで駄目となると。骨を折った今でも安心はできないか。

警備ロボットに、シールドでの拘束を指示。

壁などを守るシールドによって、物理圧力を与えて相手を拘束する技術があるのだが。

まあ絶対に外せない手錠。絶対に抜けられない縄。

そんなところだ。

普通の犯人に対しては最大級の防御となる。

そのまま犯人を連れて行く。

案の定途中で目を覚ましたので。その度にショックカノンを叩き込んで黙らせる。

AIが呆れていた。

「どうして気絶から醒めたと瞬時に気付けるんですか」

「勘」

「……」

「なんだよ。 気付けるんだからいいじゃないか」

ぷんすかする私に。

以降、AIは何も言わなかった。

 

2、もっと悪辣な不正のやりかた

 

私は原始的な装備、剣だの鎧だのを身につけて、仮想空間のなんかジャングルっぽい場所にいた。周囲には架空の生物が飛び交っている。

此処は仮想空間に作られたワールドシミュレーター。

その一角である。

一種のMMORPGだ。

本人の元々の能力が関係してしまうと、そもそもの育成要素などが全てなくなってしまうこともあり。

この手の世界では、もとの反射速度などとは関係無く、体が動かせるようなシステムが取られるのが普通だ。

私は剣を何度か振り回して、なんつー鈍重な武器だと辟易する。

初期装備が剣なのは失敗だったか。

私の場合ウォーハンマーとかバトルアックスの方がいいが。

筋力のステータスが足りていないので使えない。

仕方が無いので、迂遠だがレベルを挙げて筋力をまず強化する。

面倒くさい事に、判断力なども全てステータス化されているし。勿論ユニークスキルなどというものもない。

というわけで、普段より鈍い頭にイライラしながら、私はひたすら、なんかよく分からない動物をぐさぐさ斬り殺して、レベルを挙げるのだった。

筋力を上げて、触るだけで分解される動物の残骸を店に売る。

本格的なのだと、動物をさばく過程をリアルに体験できるらしいのだけれども。そういうのをやるのは余程のマニアらしい。

そして筋力だけをひたすら挙げて、念願のバトルアックスを買うと。

面白おかしく振り回して満足した。

「篠田警視正。 ここに来た理由は……」

「あー。 分かってる分かってる」

「犯人は今の時点ではログインしていませんので、好きに遊んでいてかまいませんが……」

「ログインしたら教えて。 ブッ殺しに行くし」

ちなみに今のは比喩だ。このゲームではいわゆるPVP、対人対戦はできない。

そういう仕様である。

それなのに、PVPをしたがる層は一定数いる。

特に仮想空間で人を殺したい層はいる。

別に、殺人だったら別のゲームでなんぼでもできる。

それなのに、どうしてこのゲームにそれを持ち込もうとするのかよく分からないのだが。

今回、ルールの穴を突いて、プレイヤーを死に追いやっている奴をログなどから割り出したので。

現行犯逮捕するのが目的である。

故に別にレベルなんて挙げなくてもいいのだけれども。

犯人が来るまで、退屈だったので。

せっかくだからバトルアックスでも振り回せるようにしようと判断。

今、そうしているのだった。

とりあえずバトルアックスを振り回して遊んでいると、犯人のログインが伝えられる。

この犯人。

バグを悪用して、他のプレイヤーに迷惑を掛けるいわゆる迷惑プレイヤーであり。

チートを使ってこそいないが。

バグを利用しては悪辣行為を繰り返している上。

アカウントを偽装して何度もログインして、自分の悪事を隠蔽するなど、やり口がとにかく汚い。

目に余る行動が増えてきたことと。

アカウント偽装などの罪状も重なってきたので。

今回逮捕するように、という指示が来たのである。

だから今回は珍しい自宅勤務だ。

自宅のシミュレーション装置から、このVRMMOにログインして、作業をしている。

はっきりいってすこぶるどうでもいいので、私の姿形はそのまんま取り込んでいるため。

通り過ぎる人が、びくりとなることも多かった。

独自の世界観で作られた街の中を歩く。

古い時代では何故か酒場で仲間を募集するシステムだったらしいが。

それも時代とともに変遷していき。

今では普通にマッチングして。

複数人で、強敵とぶつかる事が普通になっているらしい。

私にはよく分からないが。

この辺りは長いゲーム史が存在し。

余程詳しいプレイヤーでもない限り、全容は把握できないのだろう。

街の端にあるポータルという移動装置から、別の地点に行く。

そこの街中で、例の犯人を見つける。

壁に向かって歩いているので、周囲の通り過ぎる人間がチラ見しているが。

あれがバグを誘発する行動だ。

この犯人はバグ発見の天才であり。

訳が分からない行動を片っ端から試してバグを見つけ。

そのバグによって生じる不具合を解析し。

それを使って、他のプレイヤーを理不尽な死に追い込む。

死んだからといってデータロストするわけではないゲームで。

一応のペナルティはあるが、復活は出来る。

だが、ペナルティがあるのも事実で。

それで数時間が吹っ飛ぶこともある。

そういう苦しんでいる顔を見るのがこの犯人の何よりの喜びであるらしい。

私も他人の恐怖を見るのが大好きだから、分からないでもないが。

なんでゲームで。

しかもバグを見つけて。

本来通りに遊ばず。

ひたすら普通に遊んでいるプレイヤーに迷惑を掛けるのか。

これが分からない。

私は無言で犯人の肩を掴む。

壁に向けて歩いていた犯人は、ステータスがかなり高い。

しかしながら、私は今管理者権限を一時的に付与されている。

強引に引っ張りもどした。

「な、なんだよ!」

「はいバグを利用しての悪戯、現場確保」

「うるせえな! バグなんか残している方が……」

振り返ったいかにも何十時間も掛けて作っただろう嫌みな程のイケメンに、手帳を突きつけてやる。

鼻白んだ相手に、管理者権限の記号も見せてやる。

それで見る間に青ざめていく犯人。

「バグを利用してのプレイヤーキル、更にはアカウントを複数作っての行動の偽装などから、ゲーム利用法の……何条だっけ?」

「221条です」

「そうそう。 221条における悪質妨害行為に当たると判断。 逮捕する」

「ちょ、ちょまさかお前……っ!」

逃げ出そうとする犯人だが。

私は管理者権限で性能を再現しているショックカノンで、背中から撃った。

流石に高ステータスだけあって素早かったが、残念だが私の方が早い。

万歳するように地面に倒れ込んだ犯人は、ゲーム内で気絶していた。

本来はゲーム内だと、死のうが気絶しようが、それは記号的なステータス異常として扱われ。

本人に苦痛はフィードバックしないのだが。

その機能も管理者権限で止めている。

指を鳴らして、強制ログアウトさせ。

警備ロボットを家に踏み込ませる。

ログは今まで回収していたのだが。更にその上で行動を起こそうとしていたので、言い逃れは出来ない。

こういう場合は、主に迷惑行為を主体に罰則が科せられる。

とはいっても、所詮は迷惑行為である。

私ももう興味が無いので、さっさとゲームからログアウトする。シミュレーションをストップして、伸びをしながら体を起こす。

AIに話は一応聞いておく。

「それで犯人は?」

「既に確保されました」

「それで刑期は?」

「今回は罪状が罪状ですので、実刑判決は降りません。 ただし犯人は、以降は一生問題を起こしたゲーム及び、類似の仮想空間でのVRMMOはプレイすることが出来ません」

なるほど。

それはある意味、二月三月牢屋に放り込まれるよりも厳しい判決かも知れない。

ほくそ笑むと、立ち上がって伸びをする。

ゲーム内でのステータスで随分押さえ込まれていた。

だから、体が違和感を訴えている。

これも昔は色々問題を引き起こしたようだ。

ゲーム内でステータスを挙げすぎると、外に出た後動こうとして思いっきり顔面から転んだりとか。

そういう事がよく起きていたらしい。

逆にゲーム内でステータスが押さえ込まれた結果。

上手く体が動かせなくなり。

治療が必要になるケースもあったとか。

だが今は、軽くAIの方で処置をして、すぐに現実における筋力などにあわせて体を動かせるように、脳を電磁波で軽く調整してくれる。

というわけで、すぐに戻った。

安心である。

とにかくとろくしか動けなかったから。

反吐が出るかと思ったのだ。

「今日の仕事はこれで終わりかな」

「いえ、まだ犯人の聴取の立ち会いがあります」

「ゲームは殆ど分からないんだけど……」

「問題ありません。 犯人は貴方の事を認識していました、篠田警視正。 だから貴方がいると犯人に認識させるだけでいいのです」

そういうことか。

面倒だが、着替えて外に。署に向かう。

コートを受け取るとき、スイが小首をかしげていた。

今日は自宅勤務と聞いていたのに、という顔だ。

AIに説明しておいてと言って、そのまま署に。

デスクにつく。

古くはこういうのを社長出勤とかいったんだっけ。

まあそれはいい。

仕事を自宅でこなしてきてから、今ここに来たのだから。

淡々とレポートを書きながら、聴取が開始されるのを見る。聴取が開始されたら、仮想現実にログインするため、シミュレーション装置のある部屋に移動しなければならないけれども。

それまでは暇なので、レポートを処理する。

昔はこのレポートの処理が暇で仕方が無かったのだが。

最近は黙々と無我の境地で出来るようになってきたので。

暇よりはいいかなと思って作業が出来る。

それでいい。

それに、このレポートの作業は誰がやってもいいものだし。どんな事件のレポートかも分からない。

故に、別に私が中断したところで誰も困らないし。

最悪AIがぱぱっと片付ける。

そういう意味でも、気楽で良かった。

思ったよりも時間が掛かるな。

そう思っていると。

思考を読んだのか、AIが捕捉してくる。

「犯人が生活していたのが、ある宇宙ステーションでして。 そのステーションで、署ともっとも離れた所に家があるもので、護送に時間が掛かっています」

「それ、家から立ち会っても良かったんじゃないの?」

「セキュリティが警察では段違いなので」

「そういうこと」

ならしゃあない。

伸びをした後、私は黙々と作業を進めていき。

ようやくお声が掛かったので、立ち上がる。

他の警官は作業をずっと続けていて、他人に一切関わろうとしない。

確かたまに警視総監が来るらしいのだが。

それに対しても無反応だ。

この間聞いたのだけれども、私は今この署で一番階級が高いらしい。

だけれども、警察の階級もなく。

人間の間に格差もないこの時代では。

そんな事には何の意味もない。

警官としてどれだけの地位にいるとか、外で自慢しようものなら笑われるだけ。これは他の何でも同じだ。

今の時代はそういうもので。

私もそれでいいし。むしろ心地よいと思っている。

昔の時代のように実務が何もできない無能キャリアの下で頓珍漢な捜査をしなければならなかった警官とは違うわけだし。

まあAIに理不尽を言われる事はあるが。

その程度は我慢の許容範囲だ。

シミュレーション装置に入って、仮想現実にログインする。

犯人は既に脂汗をだらだら流していて。

そして、聴取をする警官が、厳しい顔で今までやってきたログを見せて。意図的な犯罪だったか丁寧に聞き始めている。

犯人は上の空の様子で。

それが警官を余計苛立たせているようだった。

「私が代わろうか?」

「少し顔を出すだけですよ」

「なんだよ。 拷問させてよ」

「いや、だから少しだけしか顔を出させません」

理不尽だなあ。

口を尖らせるが。兎も角。警官の側に私が立体映像で出現する。

同時に、犯人がひいっと声を上げた。

元々リアルでは気が小さい奴なんだな。

それは分かった。

だからこそ、ゲーム内での裏道ばかり探して。真面目に遊んでいるプレイヤーの邪魔ばかりしていて。

ズルをしている自分を格好良いと歪んだ考えを持つに至ったわけだ。

そのために確認されているだけで三百に達するアカウントを取得し。

それらの役割を全て把握している。

此奴は、遊んでいたゲームについてある意味誰よりも詳しいかも知れない。

バグを的確に発見していたことから、それは確かだろう。

それを生かして、真面目に遊べば。

それこそ英雄に(ゲーム内だけだが)なることだって出来ただろうに。

愚かな輩である。

私がにこにこしながら、警官に顎をしゃくる。

私の顔は警官もしっているらしく。

何度か咳払いして。更に冷や汗まで拭った。なんでだろ。警官が私を怖がる理由なんて無いはずだが。

犯人は嘘のように舌が滑らかになり。

提示されるログについて、こう言う目的だったと、全て話し始めた。

やっぱり愚かしい話だなと思う。

真面目に遊んでいれば、こんな事にもならなかったのに。

最高のプレイヤーにだってなれたのに。

私はそれほどゲームには拘りはないが。此処までの本末転倒は、見ていて何というか複雑な気持ちになってくる。

「それでは全て認めるというわけですね。 今回もバグを利用して、突然出現する強大なエネミーに、初心者プレイヤーを襲わせて、大惨事にするつもりだったと」

「はい……」

「馬鹿じゃねーの」

「ごめんなさい! だから撃たないで! もう撃たないで!」

必死に懇願する犯人。

私はショックカノンを取りだすふりをするが、それだけで犯人は気絶した。

警官が色々言いたい様子で私を見るが。

私はこういうのが一番気にくわない。

「貴方が超がつくほどの腕利きである事は知っています。 しかしいくらなんでもこのやり口は……」

「だったら私が出る前に逮捕しろって言いたいね」

「それは……」

「そもそも私はゲーム犯罪専門じゃないんだけどな。 私がこんな部署違いの所に出る時点で、任された人間の能力が……」

AIにそこで止められる。

溜息をつくと、私はログアウトした。

あの警官、たまにAIが有能と太鼓判を押してくるのと違って出来が悪かったな。

そう思うと、AIは言う。

「ゲーム犯罪の部署は、とにかく難解な事件をこなさなければならない上に、苦労して犯人を捕まえても滅多に実刑にはなりません。 そのためモチベーションがとても低いのです」

「何だか情けない話だなあ」

「今の時代は、犯人をどれだけ捕まえて、どれだけ事件を解決したかが出世に関係する訳ではありませんし、出世したところで昔のような過剰すぎる程の旨みがある訳ではありません。 しかしながら、それでも自分がしたことに意味を見いだしたいと思う人は少なくないのです」

「それについては分かるけどさ」

溜息が漏れた。

確かに私も、完全に専門外の仕事に引っ張り出されて、機嫌が悪くなっていたかも知れない。

まあそれはもういい。

分かった。確かに言い過ぎたかも知れない。

もう一度シミュレーションの装置に入ると、さっきの警官に謝っておく。

名高い狂人警官に謝られたことに相手は驚いたようだが。いずれにしても犯人は気絶してしまっているので、もう捜査もできない。

何よりも判決も決まっているので、これ以上は何も無い。

警官の方も。思うところがあるようで、言うのだった。

「此方も、確かに貴方が言うとおりまだ能力が足りません。 今後精進していこうと思います」

「……それでは」

敬礼をかわすと、またログアウトする。

筋を通した様子を見て、AIが驚いていた。

「いや、何を驚いているんだよ」

「篠田警視正が独自の美学を持っている事は知っていましたが」

「まあ今回は私が悪いよ確かに。 だから謝る。 それだけだね」

「……」

AIの方では複雑なのだろう。

私は知っている。

人間の九割以上は、基本的に自分が常に正しいと思っているし。

正しいから何をしても良いと思っている。

法は枷だとしか思っていないし。

自分が正しい場合は、法が邪魔だとしか考えない。要するに血に飢えた生物である。

そしてそんな考え方をするのが当たり前だから。

警官のことは快く思わない。

変わる事が出来る人間なんて1パーセントもいない。勿論良い意味に、だ。

大半の人間は幼児の頃から何も変わらない。

変わると言えば、肉体が成熟すれば性欲が追加されるくらいだろう。

それ以外は一切変わる事が出来ないし。

そのくせ自分からみて気に入らない相手に、変わることを要求する。

それが平均的な人間。

大多数の人間の真実だ。

だから謝る事を負けだと考えるし。

謝る事を理不尽を強要されたと判断する。

AIとしては不思議だったのだろう。

凶悪無比、残虐無道の極限を行くような私が。素直に謝ったという事が。

不本意ながら、私にはAIの不思議がる様子が分かるから。

それについては、何も思うところは無かった。

今度こそ終わりだ。

ある意味あの犯人にとって最悪の結末が訪れて。

何もかもが解決した。

更正は多分できないだろう。

だから、また別の犯罪の現場で関わる事になるかも知れない。

だが、そんなことはどうでもいい。

恐怖に引きつった顔で、私を怖れれば、それだけで充分である。

レポートを更に数枚仕上げたところで、帰る事にする。帰り道、ジムに寄った。

今日は不自然にしか体を動かせない環境で、随分と不自由な目にあったので。思う存分体を動かす。

やはりジムの受付は、私が来て青ざめて死んだ目をしていたが。

今回は走るだけにしようと思って。

営業時間ギリギリまで、思う存分最高負荷で走った。

充分走って満足したので。

後は自宅に戻る。

帰路で何かの犯人にかち合う事も無く。

そのまま、家に着いていた。

スイがすぐに夕食を作ってくれる。これ以上髪は伸ばさなくて良いと伝えてあるので。腰まである髪が調理の合間に揺れている。この光景は、しばらく変わっていない。

いざ伸ばして見ると、どうやって結って遊ぼうかと考えていたのに。やる気にならなくなるのが不思議だ。

夕食が出来たので、スイと卓を囲む。

消耗した分のカロリーはそのまま補給するが。

どうも驚異的な量を食べているらしく。

最初の頃は、スイがそんなに食べて大丈夫なのかと聞いてきたりもした。

まあ今は、AIがジムで大暴れしていると話して。

それで納得したようだが。

「今回も美味しくなりすぎないように工夫しました」

「これでいい。 これなら食べ過ぎないし、舌も肥えすぎない」

「少し調べて見たことがあります」

「?」

スイは当然ネットにアクセスする事が出来る。

私がいない間は、掃除などの家事をしているのだが。

その合間に、無線でネットにアクセスして、私に奉公するために有益な情報を仕入れているわけだ。

料理などのレシピも仕入れているらしい。

「実は、殆どの人は最高の美味に飽きてから、こういう美味しくなりすぎない食事にするようにしているという話なのです。 マスターのログを見る限り、ずっとこの味で満足しているようなので、不思議だと思いました」

「んー。 理屈で美味しいものになりすぎると堕落すると分かるからかな」

「そうなると、殆どの人間は理屈で駄目だと分かっている事をやってしまうという事なのですか?」

「そうなるね」

私は単純に食に対する興味が薄いだけだという理由もある。

実際問題、犯人の恐怖を摂取するというのは。

明らかに倫理観念から考えれば悪だろう。

私はスイが指摘したように、食事関連ではストイックに振る舞えているかもしれないが。それは単純に興味が無いからである。

それを順番に説明していくと。

スイは納得したように頷いていた。

「マスターは食事にあまり興味が無いからこそ、ストイックでいられるのですね」

「そうだろうね。 そうで無い人は、たまに発散しないと爆発すると思う」

「理解しました」

「それでいい」

食事を終えると、スイがてきぱきと片付けを行っていく。

私は風呂に入ると、掻いた分の汗を流した

風呂から上がり、パジャマに着替えながらAIに言う。

「面白いねー。 さっきの発言」

「知育行動に興味を見せるのは母性の表れなのですが。 魔族のような貴方にもそのような考えがあるのですね」

「ハハハ。 まあ母性はともかくとして、あんなに性能がいいAIをセクサロイドに積んで大丈夫なの?」

「人間に害はなせないように徹底的に調整はしてあります。 ただ……」

ただ、やはり賢すぎると言う事があって。

しばらくはヒットしていたスイと同型番のセクサロイドは、もう売れなくなってきているそうである。

なんでも、賢すぎるので、苛立ちを覚える人間が多いのだとか。

ああなるほど。

自分より下だと思っている相手が賢いのを見ると、苛立ちを感じるという平均的な人間の習性か。

愚かしい話だが、九割以上の人間は。自分より下の相手を常に血眼になって探しているし。

自分より下だと判断したら、相手が何をしてみせても絶対に認めない。

ましてや人間より下の存在として作られたロボットだ。

それが妙に賢いのを見て。

良い気分になる人間は、そう多くは無いだろう。

現実とは。

そういうものだ。

「スイは賢い子だと思うし、個人的にはそれは好ましいと思うのだけれども。 やっぱりそういうものか……」

「既に他の人間に譲渡された同型機も多いです。 セクサロイドというものは、やはり最初から存在が破綻していたのでしょう」

「流石に生身で人間の多様な性癖のニーズに応えるのは難しい」

「それもありますが、スイの同型機はやはり賢すぎたのだと思います」

宇宙海賊に苛烈な破壊を繰り返されたスイの同型機だが。

セクサロイド風情が、泣く子も黙る宇宙海賊より賢いとは何事だ、という理由で怒りを買っていたのだろう。

そう考えると、大宇宙海賊様の器が実際にはゴミカスだったこともよく分かるし。

人間が全くもって素晴らしくも何ともない事も良く分かる。

髪を乾かしてから寝る。

その日は、仮想現実に入り浸りすぎたからか。

夢を覚えているどころか。

夢さえ見なかった。

 

3、本職も不正はする

 

同じような仕事が基本的に連続で来る。

私の仕事のいつもの事だ。

今回もまた、ゲーム関連の仕事だ。

またかよとぼやくわけにはいかない。

狂人警官として怖れられ、一定の抑止力として機能している私なのである。それは彼方此方で必要にもされるだろう。

怖れられないと抑止力にはならない。

それはAIが、何より強く知っているだろう。

人間という存在を、兆単位で人生全て見続けてきた者なのである。

この天の河銀河にある四千億を越える星系の隅々まで見ている存在なのである。

神ではないが。

古い時代に人間が夢想した、神に最も近い存在であるといえ。

むしろ古い時代に信仰された神よりも遙かに強かで同時に慈悲深いとも言えるこの存在なのだから。

私を的確に利用するのも、納得だとは言えた。

レマ警部補のような、私とは違う方向で有能な警官は。犯人を高確率で捕まえる事が出来るが。

怖れさせる事はできないだろう。

レマ警部補はとにかく優等生だが。

私とは其所が決定的に違っている。

要するに、欠点と長所がそれぞれとても分かりやすい。

さて、私が出向いた先は。

ある惑星の署だ。

この惑星は、ある意味有名な惑星である。

浮かんでいる宇宙ステーションと連動して。衛星の一つが丸ごと量子コンピュータになっており。

惑星全域も、あらゆるゲームが遊べるアミューズメントパークと化しているのである。

住人も当然いるが。

音などがうるさいので、アミューズメントパーク地区とは完全に遮音フィールドが張られているし。

宇宙港も住民がいる地区と別に設けられているという徹底ぶりだ。

なおゲームのキャラクターコンテンツも相当に充実しており。

此処でしか買えないグッズなども存在しているため。

リピーターも相当多いとか。

勿論此処に住む人間もいるという。

さて、問題は此処からだ。

私は署に出向く。

此処ではゲームのプロリーグがある。

此処で行われているプロリーグは、それこそ様々なものがあるが。

量子コンピュータの性能だけを貸していて、実際のゲームそのものはよそでやっているものや。

或いはゲームの聖地状態のこの星で行うものまで様々だ。

今の時代は、プロゲーマーが普通に食っていけるというか。誰も基本的に飢えることがないので。

プロゲーマーを生業にしている者もいる。

古い時代にも、将棋や囲碁、更にはスポーツと言ったゲームで飯を食っている者はいたわけで。

現在は、デジタルもアナログもスポーツも全て含めてプロゲーマーと言っている状況である。

だから、デジタルゲームのプロゲーマーだけ差別されていた時代がおかしかっただけで。

やっと今はまともになっていると言えるのかも知れない。

いずれにしても、此処の署は、殆どがゲーム犯罪の対策警官ばかりが集まっているようである。

他の署と同じく、常駐の警官はほとんどいないし。

隣に誰が座っていても、分からない状態らしいが。

デスクにつく。

さて、資料の通り、まずはデータを見る。

犯人は、プロゲーマーの一人である。

やっているゲームは、いわゆるTPS。

主に三人称。キャラクターを背中から見ながら、銃などを使って戦っていくゲームである。

この他に主観視点で似たような事をするFPSというジャンルもある。

一応私もやった事があるが、コントローラーは現在立体映像式が主体である事や。反射神経がどうしてもものをいうゲームである事。更には実際に射撃をするのとはだいぶ感じが違うこともあって、やめた。

銃は実物を犯罪者に撃つのが一番だという考えもある。

「ゲームの内容を見てください」

「んー」

プレイヤーのデータを確認してから、試合の様子を見る。

チーム戦でも個人戦でもかなりの好成績を挙げているプレイヤーである。だがある時期から、急激に成績が落ち始めた。

あまり成績が振るわなくても、面白い勝負をすることで観客を楽しませるプロゲーマーはいる。

力量が低いプレイヤーでも、見ている人間が楽しくなるようなゲームをする者はいるのだ。

どんな仕事でも好きにやっていける。

ましてや、人命などが関わっているわけでもなく。

スポンサーやらの枷が掛かっているわけでもない。

そんな時代だからこそ、別に技量問わずにプロゲーマーになれる。これはとても大きな事ではある。

しかしながら、犯罪はまずい。

そのプロゲーマーは、どうしても成績が落ちることに耐えられず。

チートに。つまり不正に手を出したようなのである。

ただ、現時点ではまだ不正の確定的証拠が見つかっていない。

ログなどに不審な点がある事が分かっているし。強制逮捕してそのまま調査する事も出来るが。

それだと不確定要素が残るから、私が来させられた、らしい。

なんか色々迂遠だが。

まあ人が撃てるならいい。

そのままゲームの内容を見ていく。

ごくオーソドックスなサバイバル系のシューティングゲームだ。屋内戦とか色々あるけれども。

それ以上に、やはりプロリーグでは魅せプレイが重要になっている様子だ。

所詮ゲーム。

ヘッドショットしても死ななかったり。

手足を撃たれても動けなくなるような事はなかったり。

ショックカノンという究極銃がある今の時代と違って。豊富な銃火器が存在した時代はあった。

だがそれらの時代でも、ヘッドショットされたらまず死ぬし。死なないにしても当面は動けなくなる。

手足を撃たれても同じだ。

この辺りは、私も仮想現実で実際に鉛玉に撃たれるとどんな感じでいたいのかは学習した事があるので知っている。

私は撃つだけではない。

撃たれる方もしっかり経験した上で、犯罪者を撃ってたのしんでいる。撃つ事が許されるのは、撃たれる覚悟があるものだけだという台詞はなんかのフィクションの産物らしいが。

私は実際に撃たれたのと同レベルのダメージを経験したことがあるし。

それでどうなるかも分かった上で撃っている。

故にこういうシューティングゲームは、どうも刺さらない。

リアリティラインが上がってしまっているから、だろう。

いずれにしても、幾つか不審な点は見つけた。

「このシーン、反応速度が急に上がっているね」

「分かりました。 少し調べます」

「後此処。 照準が他の射撃に比べて正確すぎる」

「了解です」

不審点を順番に拾い出していく。

見ていると、反応速度などはそこそこなのだが、集中力がどうにも続かない様子なのである。

恐らく成績が下がってきたのもそれが理由だろう。

このゲーム自体に飽きが来ているのではないのだろうか。

そうちょっと思ったが。

まだ本人と会ってはいないので、それを指摘するつもりはない。

「このシーンは決定的じゃないのかな。 恐らくだけれど、此処でチートツールを確認できると思う」

「ふむ?」

「このプレイヤー、恐らく必殺と思って撃ったこの射撃をかわされて。 その後不意に動きが正確になってるんだよ。 見ているとどうにも集中力に難がある様子なのにね」

「いわゆる精神的な高揚で、一時的に動きが速くなっている可能性は?」

ないねと断言。

他にも試合の様子を見たが。

成績が落ちていく時は、どうやら他のプロゲーマーが対策として集中力の問題を突いている様子で。基本的に持久戦を選ばれている。

そして持久戦になるとエイムも判断力も落ちていて。

いいように相手にやられているのだ。

勿論これだけやられたら、この犯人だってその欠点に気付いているだろうが。

集中力が上がっているようには見えない。

チートツールの使用について話が出たのも当然だと言える。

「本職が対応出来たんじゃないのこれ」

「それが妙なことに、チートツールの使用の痕跡が見当たらないんです」

「本人にチートツールを用いている可能性は?」

「? どういうことです」

例えばだが。

実際にプレイしている様子はこの試合では映し出されていない。

仮想現実内で、能力補填をする自分で作ったチートツールを使っているとか。

それについて確認すると、少し悩んだ末にAIは結論を出した。

「それは無い様子です。 確認しましたが、自宅からプレイをしています。 生身の状態でです」

「眼鏡や何かは使ってる?」

「使っていますね」

「それが怪しい。 確認して見て」

今の時代の眼鏡は、物理的に存在している訳ではない。立体映像で作り出す事で、普通に物理的なレンズと同等の性能を出す事が出来るのだ。

様々な不正とともにゲームは歴史を歩んでいる。

確かカードゲームなどは様々なイカサマが存在していた筈だし、

麻雀というボードゲームでも、多数のイカサマがあった筈だ。

自分に有利なようにゲームが展開するようにするイカサマは、古い時代から存在していて。

デジタルゲームでも絶滅しなかった。

それだけである。

「眼鏡を確認。 不正が行われている時に不審な動きはありません」

「……もう一度本人の様子を見せてくれる?」

「はい」

プレイ時の様子を確認。

デスクについて、黙々淡々とプレイしている。

色々妙だな。

集中力が露骨に切れてプレイミスをする事で、どんどんランクを落としているのに。

「……替え玉の可能性は?」

「いえ、あり得ません」

「回線などを弄って、他から介入している可能性については?」

「……チェックします」

とにかく、色々な手口を検証していく。

チートツールを使っているのは確定だ。

だが、どうやっているのかが分からない。分かるなら、本職の警官がどうにかできている筈である。

腕組みして考え込む。

「可能性が極めて高いですね。 後は決定打を抑えれば……」

「部屋の中で、あんたが管理していない電子機器」

「ピックアップします。 以上が該当します」

「……これだな」

部屋の様子が映し出され。私は間違いないと指さした。

それは。横倒しになって眠っているように見えるスイの同型機だった。

 

犯人が連れて行かれる。

予想通り、スイの同型機の中に特殊なメモリを組んで、其所でチートツールを動かし。

時々回線から横入りをさせて、チートツールで介入をさせていた。

同型機と言っても、所有者の好みでかなり見かけは変更できる。

どうやら犯人は普通に本来のセクサロイドの用途として使っていたらしく。スイよりも随分背も高く艶っぽい姿になっていた。

とはいってもセクサロイドを自分好みにカスタマイズして使用すること自体は犯罪でもなんでもない。

今時珍しいというだけである。

問題はそこではなく。

セクサロイドに余計な改造を加えて、自分のチート行為に利用していたことだ。

セクサロイドに限らず、ロボットの違法改造は重罪である。

プログラムの改編もしかり。

下手をすれば簡単に人を殺せるからだ。

だからAIも見張っていたようなのだが。

基本的にセクサロイドのプログラムを弄くる難易度は尋常ではなく。

更にそれを本業であるプログラマーの傍らにやっていたらしいので。

気付けなかった、ということだ。

嘘だと思う。

恐らくは気付いていた。

今回の件も茶番である可能性が高い。

実際問題、この件で、ロボットに対する改造法は更に変更が加えられて。どれだけの神業を用いてももはや干渉は不可能になるだろう。

犯人は今回の件が発覚して、数日の罪だったのが二年五ヶ月の実刑に変更。

セクサロイドも回収されて、内部の調査が行われた後。出所した犯人に厳重な警告つきで返されると言う事だった。

AIには色々言いたいことはあるが。

それらは言わない。

既にもう法は執行されており。

あらゆるロボットに、速攻でパッチが当てられた。

またプログラムで介入できる古いタイプのロボットも、提出が指示され。

スイもその関係で一時連れて行かれた。

まあ私は立ち会っていないが。

今、丁度署でぼんやり様子を見ているので。

元々、家にセクサロイドを置いている所なんて滅多にない。

一時期ブームになったが、それも物好きな好事家が買っていっただけ。

何よりそんな旧式のロボットがある場所なんて、そもそもほぼないのである。

故に今回の件は、重大案件ではあるのだが、実影響はあまり大きく無い。

それもまた、作為的だなと私は感じる。

私は取り調べの様子を見る。

プロゲーマーとして、プログラマーとして。

両方で犯罪をやっていた犯人の聴取が始まっている。

プロゲーマー一本で食っていけば良かったのに。

或いは腕利きだと評判だったプログラマーとしてやっていけば良かったのに。

どうしてこんな事になってしまったのか。

それが残念でならないと、聴取に当たった警官は何度も言っていた。

犯人は俯いていたが。

やがて言う。

「どうしても勝てない、マナーの悪い奴がいた」

「……」

「そいつはルールで許されているギリギリの範囲内で此方を煽ったり、死体蹴りするような奴だった。 そんな奴に限ってゲームの腕だけは良かったりして、どうしても其奴に成績で負けていた」

さっと手元の資料を見る。

確かにそういう奴はいる。

現在、ゲームのプロリーグで煽り行為などは禁止されている。場合によっては一発免停もあるらしい。

だが、それでもやる奴はいる。

相手の精神を乱すと勝率が上がるし。

何より相手をおちょくるのが好きな奴はどうしてもいるからだ。

自分より下だと一度でも判断したら永久に相手を認めない。

ひたすら地位確認に徹する。

そういう輩が人間にはたくさんいるのである。勿論その手の輩はゲームでも手癖が最悪だ。

最悪な事に、この犯人はそれに目をつけられていて。

延々とマウントをとられていたそうである。

「プロリーグに何度も苦情をいれたが、それら挑発的行為の減点分を加味しても奴の方が成績が上だった。 どれだけ練習してもそれは変わらなかった」

「だからチートツールに手を出したと」

「違う」

「?」

そいつが、既にチートツールに手を出して逮捕されていたらしい。

もっとずっと稚拙なやり方だったそうだ。

そのニュースを見た時、頭の中で何かがはじけたと言う事だ。

勝てるのにチートツールまで使っておちょくることに徹し。

そこまで腐っている奴が、周囲から高ランカーとして持ち上げられる。

そんな業界に、文字通り全てを賭けていたのがあまりにも馬鹿馬鹿しくなった、と。

何となく分かる気がする。

今の時代は、他人と接することが基本的にない。

だが、対人ゲームなどではそうもいかなくなってくる。

どうしてもクズ以下の人間の本性は嫌でも見る事になる。

私のような警官もそれは同じ。

私の性格が歪みきっているのは多分生まれついてだが。

そういうのは関係無く、性格が歪んでいる輩とはどうしてもかち合う事になるだろう。

「既に其奴は逮捕されて、免停もされているんだろう。 君はクリーンにプレイを続ければ良かったじゃないか」

「どうしてもわき上がってくる怒りを抑えられなかった」

「ああ、プロゲームリーグへの怒りが、か」

「そうだ。 だから復讐をした」

事実、SNS等では高ランカーの引退を惜しむ声が多く。

更には、たかがチート使ったくらいで、等という声まであったという。

それに調べて見ると。

死体蹴りや煽り行為をしている時に、明らかに一緒になって嗤っている視聴者も多かったという。

要するに、むしろクズ野郎と同レベルの視聴者が多く。

そういう連中がもてはやされている状況が我慢ならなくなった、ということらしい。

言いたいことは分からないでもないが。

しかしながら、今回この犯人がやったのは、それどころではない次元の犯罪だ。

ロボットのプログラム改変は、容易に人間を殺しうる危険行為で。

今回は使用用途が用途だったから二年程度で済んだが。

下手をしたら、刑期は二桁増えていたかも知れない。

それくらいの危険行為だったのだ。

プログラマーとしては確定で凄腕で。

彼方此方でかなり優秀なプログラムを残している人物だったというのに。

なんというか。

私自身が恐怖を叩き込んでいるから分かるのだけれども。

悪意は人間にとてつもなく巨大な影響を残すのだな。

そう思った。

まあ私は元々犯罪に手を染めている相手にしか、その暴をぶつけないが。

「君の復讐については分かった。 とりあえず君が所属していたリーグには、色々と状況の改正を求める。 それと君がやったことの重さについては全くの別問題だ。 それも分かっているな」

「……はい」

「ならば、刑を受け。 その後は全うに社会復帰しなさい」

今回、私が犯人のやり口を見つけたことを、聴取にあたった警官は一切口にしなかった。

それはそれで良いことなのかも知れない。

もしも私が介入していた事を知れば。

犯人は更にややこしい事になったのだろうから。

私も介入するつもりはなかった。

興味がなくなったからである。

さて、帰るか。

そう思って、デスクから立ち上がる。

一応、AIからスイが戻ってくる日時については聞いている。というか、私が家に着く頃には処置は終わっている。

だから別に何も困る事はない。

それだけだ。

「今回は恐怖を摂取できませんでしたが、良いのですか?」

「興味が無くなった。 ただ別で恐怖は摂取したい」

「それでは帰路も暇でしょうし、片付けてほしい案件が幾つかあります。 其方に回って貰いますか?」

「OK」

宇宙港に急ぐ。

やはり人間は一定数まとめると駄目だな。

それははっきり分かった。

まとめると絶対に不正をする奴が出始めるし。

その悪影響は周囲に拡がっていく。

恐らくだが、古い時代の王朝なんかで。腐敗が拡がっていくのも、ほぼ似たような仕組みだったのではないのだろうか。

既得権益や利権絡みの腐敗が悪意を生み、それがどんどん周囲に伝染していく。

法を守る事や努力することが馬鹿馬鹿しくなるような状況になったときにはもはや手遅れで。

いずれ何かしらの切っ掛けで、文明レベルでのクラッシュが発生する。

地球人だけでは無く、他の宇宙人の文明も規模の大小やスパンは違いこそすれ。集団は必ず腐敗し崩壊するというデータもある。

だから恐らくだが。

知的生命体と称される連中にとっての宿痾なのだ。

輸送船に乗る。

そこで任務を知らされた。

ごく質素な牧歌的雰囲気を作っている惑星だ。

もう既に開拓が終わっていて、かなりの長期間入植者が生活している。千年以上住んでいる者もいるらしい。

其所で色々と問題が起きているそうである。

「まさか閉鎖的な村社会が云々じゃないだろうね今の時代に」

「残念ながら当たりです。 その惑星では、ある程度のコミュニティを構築してみようと試みた人間達が最初に入り。 そもそもそういったある程度の群れを作りたい人向けに惑星の開発も行われました」

嫌な予感しかしないが。

その予感はそのまま適中した。

「現在では最初に入植した人間が、独自のルールを作って勝手な事を行っており、後から入ってきた人間に嫌がらせ同然に共同生活を強いています」

「こうなることは分かりきってただろあんた……」

「今の時代も、「人と触れあいたい」という運動を起こしている人達が一定数おりまして」

「それでじゃあやってみろと場を用意したと」

AIは答えない。

ちょっと悪趣味すぎるような気がする。

結末なんて此奴に分からなかった筈が無い。

人間世界に一定の緊張をもたらすため、敢えて犯罪を起こさせている。それはもうほぼ確定として知っているが。

此奴のやり口は、私が思っている以上に悪辣で。

なおかつ狡猾なのかもしれなかった。

まあいい。

その腐れ閉鎖村社会を潰せば良いと。

「既に現地には、警備ロボットと警官ロボットをそれぞれ多数配備しております。 問題になっているのは古参の人間およそ十五人で、恐らくは犯罪行為にも手を染めています」

「人とか殺してないだろうね」

「それはしっかり見張ってやらせないようにしています」

「……」

やっぱり状況観察してるじゃないか。

こいつの玩具にされてるようなもんだ。

それにしても人間の愚かさよ。

本当にAIが管理して良かったんだなと、私は思うばかりである。

このAIにしても、億年単位で自己進化を続けて、それで悟ったのだろう。

完璧では駄目だと。

人間には常に人間が駄目である事を見せていかなければならないし。

常に何かしらの問題を起こさないとならないと。

それについては、本人に聞いたわけではない。勿論推察にすぎないのだが。

それでももはや、わざわざ聞くまでもない事だと思う。

まあいい。

私は狂人警官らしく。

単に暴れまくって、馬鹿共をねじ伏せていくだけである。

輸送船を経由して移動。途中で、ほぼ一日待たされた。

余程の辺境らしく、其所に向かう輸送船が極端に少ないらしい。まあそんな偏屈集団が住んでいるなら納得ではある。

移動中に、スイの処置が終わって家に戻されたという話が入ってくる。

プログラム関係とプロテクトを弄っただけで、それ以外は何も触っていないそうだ。

古い時代は勝手にデータを消したりとか、この手のメンテナンス業者は文字通りやりたい放題だったらしいのだが。

今の時代はデータを勝手に消す事は犯罪に当たる。

また、他人の所有物を勝手に破棄することも同じである。

古い時代には、自分から見て価値が無いと判断したものを勝手に捨てたり燃やしたりと人間はやりたい放題していたらしいが。

今の時代はそういう事もできない、ということである。

まあそもそもそれぞれが個別に暮らしているのだから。

それも滅多にないのだろうが。

いずれにしても、現地に到着。

警備ロボット数百に加えて、警官ロボット十が待機していた。

この数と一緒に任務をするのは滅多にないことだ。

それだけ色々問題が起きていると言う事なのだろう。

宇宙港の外が騒がしい。

ロボット達と一緒に出ると、なんとプラカードを掲げた連中が騒ぎ立てていた。

記録映像でしか見た事がない。

思わずぷっと噴き出してしまう。

こんな行為をするほど退化していたのかここの連中は。

まあいい。

「容赦なく制圧開始。 複数の犯罪の証拠が挙がっている」

「了解しました」

ロボット達が展開開始。

それを見て、警察は帰れだの、自治は絶対だの書かれたプラカードを掲げた連中が、露骨に怯える。

ショックカノンがぶっ放され、面制圧で全員が即時に気絶。

そのまま、連行されていく。

今のだけで、公務執行妨害である。

地元の警察は機能しているのかAIに確認したが。

連日のように嫌がらせが行われていると聞いて、流石に苦笑してしまう。

悪さをしていると言っているようなものではないか。

そのままずんずん市街地に。

くだらないコミュニティに関わっていない連中は、家に引っ込んでブルブルしている様子だ。

そういう家にも毎日押しかけて、コミュニティに加われと恫喝していた記録が上がって来ているので。

これはもはや擁護のしようが無い。

家から出てきた奴が、何か投げつけようとしてきたが。

即応してショックカノンをぶち込む。

それを見て、ひいっと声を上げる声。

恐怖、うまい。

そのまま、順番に問題を起こしている中心人物を片っ端から制圧して行く。一番の古参は、見るからに凶暴そうな顔をした男で。私にも噛みつきかねない勢いで、棒を振りかざして襲いかかってきた。

何とか原人か此奴は。

呆れ果てながら、即時でショックカノンをぶち込む。

気絶しない程度に威力は抑えさせた。

ゆっくり歩いてくる私を見て、初めて何を相手にしたのか気付いたらしく。猿山のボスは悲鳴を上げたが。

私は舌なめずりしながら、何度かショックカノンを苦痛を増やすように指定しながら撃って。苦しみ抜かせた挙げ句に気絶させた。

後は、それぞれ警備ロボットが展開して、全ての家を調査していく。

なんか喚きながら、隙を突いて一人襲いかかってきたが。

即座にショックカノンで黙らせる。

どうも手なづけられて、一種の鉄砲玉に仕立て上げられていたらしい。

どうでもいい。

人間でありながら人間を止めた奴には興味も何も無い。

一通り処理が終わると。

周囲の空気が、露骨に弛緩していくのが分かった。

この辺りは、一種のカルトに牛耳られていた。

そう判断して良いだろう。

仲間と謳いながら、この辺りはボスにより私物化されていた。

それを拒む輩にはひたすら嫌がらせも繰り返していた。

これが、群れを作る人間の実態だ。

それを思うと、馬鹿馬鹿しくなった。

逮捕者だけで二百十七人。これらの大半が公務執行妨害である。

そして中心人物になっていた十五人ほどの家を調べると、出るわ出るわ。

言う事を聞かない輩のリストをまとめたものとか。

警官に対する攻撃の計画とか。

更には違法の濃度まで高めて、部下にした者に飲ませるために作っていたらしい薬物まで出て来た。

これはボスをやっていた奴は、数百年、へたするともっと長く刑務所から出られないだろうな。

一種の国家転覆罪に近い刑罰が適応されるかも知れない。

まだ数百人程度で影響力が済んでいたのだ。

もしももっと拡がっていたらと思うと、ぞっとしない。

AIが勿論監視していて、丁度いいタイミングだと判断したから私に鎮圧させたのだろうけれど。

それにしてもこれは酷すぎる。

溜息が漏れる。

ふと、一つの資料を確認して、私は苦笑していた。

ボスの家から出て来たメモ書きだ。

「古い時代のシミュレーションゲームのように、徐々に勢力を拡げていき、ある程度までいけば一気に後は流れを変えられる。 どうせ時間はいくらでもある。 だからその時間を利用して、AIによる支配をひっくり返せる段階まで手下を増やす」

シミュレーションゲームを作った人間に謝れ。

そう言いたいが。

まあいい。

「判決が出ました。 この「集落」のボスには、実刑で2515年以上です」

「まだ余罪が出るかもしれないから以上、と」

「そういう事です」

シミュレーションゲームを作った人間も、胸をなで下ろして良いだろう。

必ずしも世の中悪がはびこるわけではないが。この時代では、少なくとも悪は蔓延らないし。

彼らの名誉も守られたのだから。

 

4、片付けた後は

 

数百人規模の閉鎖的集団の殲滅は完了し、帰宅に移る。

犯罪組織になりかけていた集団であり。

ある意味看過できなかったのだろう。だから私という、周囲に恐怖される存在を送り込んで鎮圧した。

まあ放置しておいたら、犯罪組織に成長していた可能性が高い。

こんな感じで、犯罪組織になりそうな集団を、AIは潰してきたのだろう。

今までもそうだったし。

これからもそうなる。

そして帰路に考えたのだが。

或いは、最初からそういう目的で。

犯罪組織を作ろうとしているような連中をまとめておいて。

一網打尽としたのかも知れない。

可能性は低くないだろうなと、私は思っていた。

いずれにしても、あんまり輸送船が寄らない辺境星だ。帰路も随分と待たされることになった。

家に着いたときは、精神的に疲れた。

肉体の方は充分。

エサ(恐怖)はたっぷり摂取したし。

後は寝て回復したいところである。

家につくと、スイがぺこりと出迎えてきた。夕食をすぐに作ってもらう。いや、時間を見ると昼か。

いずれにしても食事だ。

今日は休日扱いである。だから昼を食べた後は、軽く昼寝をする事にする。

相変わらずちゃんと美味しすぎない料理を出してくるので偉い。

別に手なんて加えなくても、しっかりやる事はやれるのに。

そう思って、スイが皿を片付けていく様子を見守った。

「篠田警視正は人間には厳しいですが、ロボットには甘いですね」

「まあそりゃそうだろうよ」

「?」

ロボットは恐怖しないし。

それにそもそも、余計な干渉もしてこない。

必要な事だけする。

それで充分である。

だから私とは、違いも存在も重ならないし。痛めつける理由も必要もない。それだけの話だ。

昼寝を軽くした後、ジムに出る。

久々に思う存分プールを蹂躙する勢いで泳いで、ジムの営業終了時間まで泳ぎ倒した。

すっきりしたので、後は家に帰る。

しばらく来なかったのに、また来た。

そうジムの受付は顔に書いて死んだ目をしていたが。別に犯罪してるわけでもなんでもない。

しっかり使用料金は払っているのだし。

何より私の顔が知られていて、怖がられているというのは分からないでもないが。

他の客を威圧したことなんか一度もないぞ。

「さて帰るか。 すっきりした」

「ジムの解約をしては如何でしょう」

「シミュレーションでも同じ負荷を掛ける事が出来るしすっきりするけど、気分というのがだね」

「ならば、せめて別のジムを用いては」

なんだか食いついてくるなあ。

AIが提示してきたのは、無人のジムである。

これはこれで良いかも知れないなと思う。

ただ、ちょっと距離がある。

その分歩くのも運動と考えれば、これもまた良いかな。

内部の設備について説明を受ける。無人ジムで予約制であり。基本的に滅多に誰も使わないので、予約はガラガラだそうである。

まあその辺りは、ジムなんかわざわざ金払って行くまでもないということもある。

使う方が変わり者なのだ。

「分かった。 あんたがそういうなら、こっちを使って見るよ」

「分かりました。 解約手続きは此方でしておきます」

「あの受付の恐怖の表情、良かったんだけどなあ」

「その分仕事も用意します」

それならいいか。

帰路を行きながら、軽く今後の仕事について話す。

さて、次の仕事でも恐怖はたくさん摂取したい。

そのためには、色々と我慢しなければいけない事もある。

ごちそうにありつくには、我慢も大事なのだ。

それは私も、よく分かっていた。

 

(続)