インフラは大事に使おう

 

序、手を出す必要もない

 

良い気分で輸送船の自室に籠もってSNSを見ていたのだが。AIに不意に話をされた。

仕事帰りである。

ちょうど犯罪者を数人、開拓惑星で撃ってきたのだ。

なんだと顔を上げると。

輸送船内でトラブルだという。

「迷惑客?」

「はい。 そうなります」

「はあ。 警備ロボットは?」

「既に迷惑客は確保しています」

なんだ、それなら私が出るまでもないじゃん。

そうぼやきたくなるが。警官が一応顔を見せた方が他の客の精神衛生的にも良いだろうという話だ。

仕方が無い。

私は黙々と、現場に出向く。

警備ロボットのショックカノンを喰らって気絶した、ごつい犯人が拘束されている。他の客は、こわごわとその様子を窺っていた。

見るからに破落戸だ。

そういえば地球時代は、こういうのがいる場合、下手に口出しをしないのが正解だったのだっけ。

警察を呼んで対応させるのが一番良かったとか。

というのも、こういう公共施設で狼藉の限りを尽くすような輩は、脳のネジが完全に飛んでいる。

私も似たようなものだが。

まあ人間と呼ぶには無理がある獰猛な連中だった様子で。

下手に声を掛けるのは自殺行為だった、ということだ。

「ハーイお巡りデース。 とりあえずこのアホ……犯罪者は連れて行って聴取しますので、ご安心くださーい」

「……」

客達が引っ込む。

警官がたまたま乗り合わせていた。

それで、だいぶ安心したのだろう。

そのまま、警備ロボットに連れていかせる。

私は一応ついていくが。

こいつについては、後で実刑判決だろう。

「まったく、こんなの輸送船に乗せるなよ……」

「きちんと暴れ始める前に拘束はしました。 ただ、輸送船内で移動しようとした他の客にいきなり襲いかかったので、騒ぎが大きくなったのです」

「その前に乗せるなってば」

「そうはいいましても……」

何だかの面倒くさい仕事をしているとかで。

一応輸送船に乗って移動する理由はあったそうだ。

ただ、今回の一件は大きい。

既にこういう輸送船内で問題を二度起こしているらしく。

以降、輸送船には乗せないと言う事だった。

まあ三度目だ。

流石に仕方が無いだろう。

この様子だと、家でもあれてるんだろうな。

そう思うと、色々うんざりした。

とりあえず、聴取については他の警官がリモートで行う。

こういう客を隔離するための部屋は輸送船にはきちんとある。三千メートルからなる大型船だ。

まあ当然だろう。

部屋に隔離するところまで私はつきそって、後は警備ロボットが拘束している所まで見る。

そのまま帰ろうとすると。

唸り声を上げながら、大柄な犯人が目を覚ましていた。

私は即座にショックカノンを警備ロボットから受け取るが。

AIに警告される。

「流石に拘束されている相手を、更に撃つのは認められません」

「そう? 撃ちたいけどなー」

「klahsdfdkhoqwfhwefh!」

いきなり興奮した犯人が暴れ始める。

わお。

いわゆる鬼の形相だ。

ガタイが良いが、精神の方は全くというほど駄目みたいだ。肉体は健全っぽいのに。

何を喚いているか分からない。

自動翻訳機能は働いている筈だが。

興奮しすぎて、もう自分でも何を喚いているのか理解出来ない状態なのだろう。

「やっぱり撃つ?」

「駄目です」

椅子をガッタンガッタンして暴れている犯人。

とりあえず無視して戻るか。

そう思った時、気にくわない言葉が聞こえてきた。

臆病者。

そう言われて、ちょっとかちんと来たが。まあいい。私もそれでキレるほど沸点は低くない。

ふっと鼻で笑ってやる。

そして、わめき散らしているのを背中に、部屋を出て行った。

「よく我慢しましたね」

「どうせ撃とうとしてもロック掛かったでしょ?」

「まあそれはそうですが」

「ならどうでもいい。 どうせ二度と輸送船でかち合う事は無いし、彼奴も懲役で実刑……どれくらい?」

三度目ということもあり。

また前科もかなりあるという。

そういう事もあって、今回は十年だそうである。

輸送船内で暴れただけで十年か。

これは前科が相当にあるという事なのだろう。文字通り、どのようなことでも平気でやる輩というわけだ。

今の時代にもああいうのはいる。

それだけでちょっと驚きではある。

地球時代。

公共インフラでの犯罪はかなり多かったと聞いている。

それが出来なくなったのは、AIがフルタイム全箇所の監視をしているからだ。

いずれにしても、これで終わり。

アナウンスが輸送船内でされる。

「輸送船内で暴れた方がいらっしゃいましたが、既に拘束しました。 輸送船が最寄りの宇宙港に到着次第警察に引き渡します。 以降の旅では同人物による問題は発生しませんので、ご安心ください」

自室に戻りながら話を聞く。

なお犯人が使っていた部屋は、滅茶苦茶にあらされていたようで。

今清掃用のロボットが出向いているようだった。

やれやれ。

自室に戻ると、あくびを一つ。

これ以上はする事も無いし。

何よりも面白い犯人ではなかった。

あそこまで酷いと、もう殺処分以外にはないと思うのだけれども。まあそうはいかないのだろう。

というか、どうしてAIはあんな風に育つのを止められなかったのか。

或いは止めなかったのかも知れないが。

「あれ、どうせ反省なんか絶対にしないよ。 刑務所から出たらまた絶対にやらかすだろうね」

「はい、それは分かりきっています」

「それでも殺処分はしないと」

「色々更正用のプログラムを組んでいますので、それを試してみます」

そっか。

此奴も色々強かな事だ。

今でこそ、誰も取りこぼさないように動いているけれど。

昔は容赦なく宇宙海賊や犯罪組織を殲滅していたわけだし。

別に慈愛の権化という訳でもなんでもない。

現時点では人に寄り添うべき存在として、慈悲を主体としているだけであって。

裏では色々やっているのは確定だと判断しているが。

これもその一部である可能性が高い。

無菌室で栽培したら、それは人間はどうしても駄目になる。

ある程度の刺激が必要だと言うのは理屈としては分かる。

勿論AIがそうしていると断言しているわけではないし。本人(?)には聞いたわけではないが。

それでも今まで見てきた不自然な不手際を見る限り、AIのスペックからしておかしいとは思う。

輸送船が宇宙港に到着。

拘束されたさっきの奴が最初に運び出されていった。

それから、客が降りる。

多少の時間のロスが生じるけれども。

それはそれ。

途中の空間転移などの調整で、幾らでも時間はカバーできる。

故に問題は無いから、誰も気にしない。

私自身も自室から出なかったが。

口も塞がれて完全拘束されている犯人が、周囲を怨念の籠もった目で見ている様子は。携帯端末で確認はした。

野放しにするなよあんなの。

まあ二度と輸送船には乗れない訳だし。

以降は多分、何かしらの処置も執られるのだろう。

私からすればどうでもいい。

当分刑務所からは出てこないのだから。

まあ次に出てきた時、楽しく撃てるかというと。多分そんな事も無く。

ガチガチに監視をAIがつけていて。

警官が出るまでも無く、悪さをしたら警備ロボットが即時で取り押さえるだけ。

それでおしまいだろう。

以降は輸送船でトラブルは起きることもなく。

自宅のあるダイソン球に到着。

到着した後は、黙々と家に向かい。

出迎えてくれたスイにコートを預けると。休暇を楽しむ事にした。

せっかくだからジムにでも行くかと思ったが。

携帯端末でSNSを見ていると、妙なニュースが飛び込んできた。

よく見ると、さっきの迷惑客の話である。

AIによる公式発表が行われたのだ。

犯罪の公式発表はAIが公正に行っているが。

しかしながら、たかが輸送船内での迷惑行為でここまでの扱いをしているのはかなり珍しい。

私も少し驚いて、内容を見ていた。

「刑期は十一年三ヶ月。 また被告人は以降輸送船を含む公共輸送機関を一切使用禁止とします」

AIはそう発表していた。

ペナルティとしてはかなり大きい。

輸送船以外では他の星に行く手段が殆ど存在していないし。

電車などでも悪さをしていたようだから。

要するに電車も今後は乗れない、という事になる。

空間転移は使えるかも知れないが。

ベルトウェイを使わせて貰えるかも分からないだろう。

そうなってくると、行動に相当なペナルティが掛かる。

家からリモートで仕事をするしかなくなるだろう。

まあその結果周囲に迷惑は掛からなくなるだろうが。

SNSでは、犯罪の内容の割りに取り扱いが大きいので、それなりに暇人が騒いでいるようだった。

「輸送船で暴れただけで十一年!?」

「殺人未遂でもやったのかそれ……」

「いや、前科が多いんだろ。 ちょっとしらべてみたが、SNSのログを適当に漁るだけで出るわ出るわだぜ。 今みたいに服に防御機能がついていない時代だったら、人を確実に殺してるだろ此奴……」

「現場に立ち会ったのが狂人警官だったらしいな。 これは流石に相手が悪い……」

何故か私にも飛び火していて苦笑する。

いずれにしても以降は輸送船にあれが乗ってこないとなれば、それで安心はできるとも言えるが。

それでも私としては、別に面白くも何ともない。

ただ、SNSにおける反応は、そうでもないようだった。

「今まで色んな輸送船の利用マナーが悪い奴見て来たけれど。 此処までヤバイ奴は初めてだよ」

「うちの文明が母星にいた頃は、こういうのが結構いたって話だけどな。 関わると嬉々として暴力振るいに来るから、誰も関わろうとしないで、結果としてやりたい放題を許してたって話だ」

「警察を速攻で呼べよ」

「その手の奴は、警察の世話にならない程度の行為をわきまえていたって話でな。 厄介だったんだよ」

なんだかなあ。

今みたいに全監視状態だったら、警備ロボットが真っ先にすっ飛んでいってどうにかするだろうに。

それが出来なかったというのは、確かにその手の輩を跳梁跋扈させる事にもつながっただろう。

そういえば地球でも、監視カメラが色々な場所に普及するとき、人権侵害がどうのこうので騒ぎになったらしいが。

実際には普及したことで、随分と治安が改善したという話である。

犯罪をやりづらくすることが人権侵害というのか。

ものは良いようだなと、私は苦笑していた。

とりあえずもうこの件はいい。

ジムに出向く。

久々に泳ぐ事にする。

私が満面の笑みでジムに出ると、受付はこわばり、さっと客が消えた。

なんでかはしらん。

そのままプールで阿修羅の如く泳ぎまくり。営業時間が終わるまで、ひたすら徹底的に泳いだ。

泳いですっきりはしたが。

色々と腑に落ちない点もある。

夕食を作っているスイの背中を見ながら、AIと話す。

「輸送船の中で暴れるような類の輩って、何がしたいんだろ」

「全員がそうではありませんが、要するに犯罪をしている自分に酔っているケースがあります」

「ああ、一番殺したいタイプだ。 ピカレスクロマンとかを現実と取り違えてしかも美化するようなアホ」

「他のケースとしては、ディスプレイ行為の場合もあります」

なんだそれと聞いてみると。

詳細を教えてくれた。

動物などには、メスにアピールするために様々な行動をするものがいるという。

繁殖期になると派手な羽根が生えてきたり。

体の色が変わったり。

立派な巣を作ったり。

或いは別の個体と戦って強さを示したり。

人間にもそれは本能としてあるらしい。

地球人は元々血で血を洗う殺し合いを銀河系でも最悪のレベルで繰り返して来た種族という事もあって。

その本能は強く根付いているそうだ。

「公共機関内などでは、要するに自分が悪事を行う事で、より強い個体だとアピールできると考えている輩がいます。 本能が一種バグを起こしているわけですね」

「猿と同じやん」

「そうですね。 知的生命体の行動としては恥ずべきものだと私も考えますが、そうは考えないものも多かったのでしょう」

「ハー」

呆れた。

まあ、それについてはもうどうでもいい。

とりあえず、犯人は捕まり。

二度と輸送船には現れない。

当面は自宅監禁だろう。

自宅内で基本的に全てのインフラをまかなえるのである。

以降は自宅内で全ての人生を過ごすことになる可能性も高そうだ。

スイが夕食を作った。

やはり、美味しすぎないようにする、というさじ加減をきっちり覚えている。

この辺りはロボットの強みだ。

私としても、美味しすぎずまずすぎないので、充分満足である。

スイは向かいに座って栄養パックみたいなのを口にしているが、これは体内の調整用ナノマシンである。

食事中に同時に充電もしているのだが。

一緒にナノマシンも補給して、常にメンテナンスをしているわけだ。

人間を殺せない程度のスペックにされているセクサロイドだから、非常にその存在はデリケートで。

体内にナノマシンを入れて、常時修復をしておかないとすぐにガタが来る。

古い時代、実はロボットの寿命は人間よりも短いのでは無いかと言う話があったそうなのだが。

それはある意味当たっている。

スペックを考えずに作れば話は違っただろうが。

スイのようなタイプのロボットになると、簡単に壊れてしまうので。

調整用ナノマシンを入れる事で、寿命を延ばしているのである。

「そういやスイ。 味覚はないんだっけ」

「情報としては得られています。 本来の用途で必要になる場合がありますので」

「なるほどねえ。 それで、ナノマシン美味しい?」

「いえ。 全く味はありません。 勿論マスターが口にしてはいけません」

一応無害らしいが、逆に栄養にもならないらしい。

まあ味もないものなら、わざわざ飲む事もないか。

さて、今日はここで切り上げる。

そしてなんとなくだが思う。

AIはどうも、私に似たような仕事を連続でやらせる癖があるように思う。

私の適正をより強く見極めるためではないか、と思うのだが。

案外それは当たっているかも知れない。

多分、また公共機関で馬鹿をやる奴が出てくるのでは無いのかな。そして私が取り締まりに行く。

そんな予感がしていた。

 

1、電車は揺れる

 

今の時代、人間が使う輸送機関は幾つかに別れている。

まずはベルトウェイ。

文字通り早く移動出来る床だ。乗っているだけで目的地に運んでくれる便利なものである。

勿論歩いても大丈夫だが。

他の利用客が近くにいるときは、AIに止まるように言われる。

まあ今の時代は人口密度が低いし、道で他人とすれ違うのも希なので。ベルトウェイを使えるような年頃になると、真っ先に教育されることではある。

続いて電車だ。

実際には電気で動いている訳では無いが、地球人向きに翻訳すると電車が一番近いと言う事で、これが使われている。

幾つかタイプがあるが、リニア式のものが一番多いようで。

時速五百キロくらいで、ベルトウェイでは少し遠い地点に向かうために用いる。

そして続いてが空間転送装置。

これは更に遠い所に向かうときに使う。

飛行機などを使うと、コストが甚大になる上に、事故が起きたときに大惨事になる事が多いのだ。

故に空間転送で、ぽんと近場に移動する。

ただし、これはAIが色々と手続きをして初めて使える。

気軽にこれを使う事は、あまりないのが実情だ。

私もダイソン球の移動中に使う事が時々あるが、基本的に移動はベルトウェイと電車である。

そして最後が輸送船。

惑星間の移動などをするときに用いる誰もの足だ。

私も警官だが。

警備艇を足代わりに使う事はなく、基本移動は輸送船である。

輸送船は多数の種類が存在するが、移動用の足として運行されているのは三千メートル級のもので。

内部にはそれぞれの客用に個室が用意されており。

50光年単位での空間転移を頻繁に繰り返しながら、現地へと向かう。

昔は網の目のように入り組んだ路線図で、人間は移動に四苦八苦していたらしいが。

今の時代は、AIがチケットから何から手配してくれるので、特に問題は発生することがない。

というわけで、これら四つが主。

現在自家用車は基本的にホビーとなっているし。

飛行機は使われてはいないとまでは言わないが。本当にごく一部の交通機関にしかそんざいしていない。

勿論、これらの交通機関で悪さをするお馬鹿ちゃんはいるわけで。

それらに対応するために、私は今移動しているわけだ。

輸送船から下りて、背伸びする。

この星は若干重力が強めだな、と思ったが。

どうやら、そういう風にテラフォーミングの段階で調整をしたらしい。

重力が強めの星に産まれた文明から来た住民用に調整しているようで。今携帯端末を見ると1.7Gとある。

体が少し重いなと思いながら、移動開始。

宇宙港から離れると、すぐにベルトウェイがあって。AIが行き先をナビしてくれる。

そのままベルトウェイに乗って、署にまず移動。

やはり此処でもそうだが、基本的に隣のデスクに誰が座っていようが気にしない。廊下で他の警官とすれ違う事があるくらいだ。

黙々とデスクで情報を取得。

ある電車に、近々ムショ帰りの奴が乗るそうである。

前科四犯を既に起こしている奴で。

電車の中を悪戯に傷つける行為を好んでいるそうだ。

よく分からないのだが。件のディスプレイ行為の一種なのだろうか。

鋭利なもので電車の窓や椅子などに傷をつけて。

それを面白がるらしい。

よく分からない話だ。

電車には色々厄介者が出没するという話があり。

電車の写真を撮るマニアは、地球ではそのマナーの異常な悪さが名高かったそうだし。

なんかへんなのを引き寄せる傾向があるのかもしれない。

いずれにしても、ダイヤを確認して。

問題の電車に向かう事にする。

勿論ショックカノンも手にする。

電車の中には警備ロボットも常駐している。

古い時代の電車は、満員電車とか言う非人道的な乗り方をしていたらしく。

電車がぎゅうぎゅう詰めになる程人を詰め込んで。

文字通りもののように輸送していたそうである。

何にも掴まれず。立っているのがやっとという状況に置かれる事も多かったそうで。

その状況で異性の体に触ったり。

財布を盗んだりという悪事に手を染めるものもいたのだとか。

駅に到着。

ここも色々地球時代には問題だったらしい。

自殺するには格好のポイントだったと言う事で。

電車に飛び込む人間が、毎日のように出ていた時代があったそうだ。

それだけ社会がストレスフルだったと言う事なのだろう。

なんというか、色々と救えない話ではある。

今では電車が来るまでシールドが展開されており。基本的に線路に近付くことは絶対にできない。

更に警備ロボットがしっかり見張りもしているので。

その辺りは安心と言える。

流線型、白銀のボディを持つ電車が音も無く駅に滑り込んでくる。

AIにこれで間違いないと確認。

乗り込む。

乗り込む際に、携帯端末をドアの横にかざして決済。

実際には決済は既にAIが済ませているので、本人認証をしているだけである。

内部はガラッガラ。

満員電車なんて非人道的な上に、病気を大感染爆発させかねない欠陥システムは。

流石に今の時代は現役では無いと言う事だ。

私はそのまま、電車の中を移動して、自席に着く。

少し前の方の席に、これから犯人が乗ってくる。

で、現行犯で逮捕しろというわけだ。

ちなみに監視カメラはばっちり動いているので。犯人が言い逃れをすることはできない。

これくらいのセキュリティが働いているにもかかわらず、犯罪者は出るので。

要するに犯罪者に言い訳をさせないためのシステムと言える。

「事前に止めろよもう……」

「実は電車でしか悪さをしない人物なのです。 それ以外ではそこそこに良い仕事をするのですが……」

「何だか知らないけれど、それでもう四犯と」

「篠田警視正に任せる犯人としては、少し罪が軽めの相手となります。 ただ、篠田警視正が来たとなれば。 流石に犯人も反省すると判断しました」

ふーん。まあいいけど。

とりあえず、犯人が乗ってくるのは次の次の駅である。

私は携帯端末を取りだして、推しのデジタルアイドルを見始める。今度はロッククライミングか。本当に何でも挑戦するなあ。

そう思ってほっこりしていると。

やがて、犯人が乗ってきた。

温厚そうなおっさんである。

種族的には地球人によく似ているが、これは収斂進化の結果であって。なんでも砂漠だらけの星で誕生した種族であるらしい。

そのため、肌が地球人ではあり得ない群青色をしている。

それくらいしか違いはない。

とりあえず、携帯端末を見ているフリをして、様子を窺う。

犯人はしばらく辺りを見回していたが。

やがて、何かを取りだし。

窓にその何か。

ピックを当てて。

傷をつけ始めていた。

その手を掴む。

犯人が、手がミシミシ言うのを聞いて悲鳴を上げ、ピックを取り落としていた。

「はい現行犯逮捕」

「ひっ……!」

「私の事はしっているみたいだね。 この凶器あぶないなー」

「う、うたな……」

そのまま開いている手でショックカノンをぶっ放す。

犯人が白目を剥いて気絶した。

すぐに警備ロボットが来て、犯人を拘束。その後、電車内のメンテナンスロボットが来て、傷をつけられた窓を修復していた。

「うーん、良い恐怖。 犯人としては小粒だったけれど、恐怖の味は中々だったかな」

「まあこうなることを分かった上で篠田警視正を派遣したので、私は何も言いません」

「じゃ、せっかくだから電車の旅を楽しむかな」

「次の駅で一旦降りて、そこからベルトウェイで宇宙港に向かって貰います」

えーとぼやくが。

今の時代の電車は、そういう風な仕組みだ。

出入りががっつり管理されているので、キセルの類も出来ない。

仕方が無い。

たまには長時間、電車でぶらり旅と思ったが。

下りる事にする。

古い時代は、一部の特別な電車を除くと。電車に乗った後は、キセルさえしなければ好きな駅まで乗れたらしいけれども。

今の時代は、全ての電車でがっちり何もかもが決まっている。

だから、それもできないということだ。

不満はあるが、次の駅で降りる。

格好いい電車が行ってしまうのと同時に。犯人も連れて行かれた。

あんな格好いい電車を傷つけるのは、ちょっと不愉快だ。

いや、恐らくそれこそが犯人の唯一の悪癖だったのだろう。

それ以外では、特に悪い事をしない奴だと言う話だったのだから。

仮想現実などで好きなだけやればよかったのに。

どうして現物の電車でやろうと思ったのか。

溜息がこぼれる。

そのまま、ベルトウェイで宇宙港に向かう。

ゆっくりするなら、宇宙港で、輸送船を待ちながら、である。

ベルトウェイに乗っていると、AIに話をされる。

「今回の件についても、犯人には散々に釘を刺しておきました。 それでも実行したので、以降は電車には乗せられないという判断をすることになります」

「仮想現実で満足出来ないの?」

「仮想現実内では、休日にひたすら電車の中を傷だらけにしています」

「そっか……」

それは色々な意味で重症だ。

他には問題を起こさない人だと言う話なので。

とことん残念だなと私は思った。

 

夢を見た。

夢だと分かっている。

そして夢は忘れてしまう。

一期一会の夢だ。

だから、いつも楽しみに夢を見る。

私が見ていると、電車の中で椅子でもない場所に座り込んで、べちゃべちゃ喋っている地球人が数人。

一時期、こういう電車の使い方をする連中が増えた時期が地球ではあったとか。

何かの流行りだったのだろう。

どっちにしても、大変に迷惑な行為だが。

他にも電車内で大音量の音楽を聴いたり。

タバコをすったり。

電車に傷をつけたり。

電車に唾を吐く、何て行為をした人間もいたようだ。

人間がたくさん乗り込むと、あまりにも様子がおかしい奴が出てくるものである。母数が多いのだから、異常行動をする個体がどうしても出てくる事になる。

痴漢というのが一時期電車には多く出没したらしいが。

それ以上に多かったのが、こういうグレーゾーンで悪さをして、自分を格好良いと思う連中だ。

ふと、光景が切り替わった。

場所は別の国だろう。

同じ地球だろうが、電車の中が凄まじい有様だった。

ゴミだらけである。

そして、そんな中を歩いているのは、明らかにギャングだった。

こんな電車でも使わなければならない。

それを理解して、精一杯自衛しているだろう人間を囲むと。いきなり殴る蹴るの暴行を加え。

財布を奪い取ると、唾を吐き捨てていた。

警察を呼んでも来ないだろう。

この様子では、この電車が通っている国では、司法など機能していない可能性が高いし。

仮に刑務所に入れても、法治主義が機能していないのだから。何の意味も成さないだろうし。

また、別の電車が映し出される。

電車が古い。

性能も露骨に足りていない。

なんと、暑すぎるからか。

ドアを開けたまま運行している。

信じられない話だが、満員電車に近い状態でこれを行っているのである。想像を絶する状況だ。

勿論電車内の治安だって最悪。

これは、なんというか。

電車というのりものが可哀想になってくる。

目が覚めた。

なんかろくでもない電車を夢で色々見た気がする。

もう少しで家のある宇宙港だと、AIが教えてくれた。

時間を確認。

この様子だと、ジムは無理か。

伸びをしてあくびをする。

「私なんか寝言言ってなかった?」

「いえ、篠田警視正はほぼ寝言を口にしません。 なんなら寝ている時の映像を出しましょうか?」

「いや、それならいいんだけれど」

「例の夢を覚えていないという事を気にしているのですか?」

頷く。

なんか電車の夢を見たことは覚えているのだが。

それしか分からないのである。

なんでか分からないけれど。

どうしてか、私は夢と相性が悪いようである。

夢の内容くらい、覚えていてもいいものなのだが。どうしても起きると綺麗さっぱり忘れている。

これが少しばかり気になる。

そして、夢がストレスになっていない。

夢を覚えていないことがストレスになっている。

「次の仕事は?」

「相変わらず仕事熱心ですね。 これで犯罪者を本当に殺そうとする悪癖さえなければ、篠田警視正ほど有能な警官はいないのですが」

それを利用しているくせに。

内心で呟くが、まあそれはもういいかなとも思う。

実際撃たせてくれるのだから。

撃った瞬間犯人がバラバラになれば更に良いのだけれども。

世の中は色々妥協しなければならない。

私の妥協ポイントは、楽しく犯人を撃つと言うこと。これをきっちり満たせれば、後は文句を言わないようにしている。

事実、欲望に限度がない人間の醜態は幾らでも見て来ているのだ。

私はせめて、欲望をコントロールしなければならない。

そう考えていた。

自宅につくまで、少し時間が掛かったが。

もう作業的に全てをこなしてしまうので、もう後は割とどうでもいい。

自宅について、スイが夕食を作り出すのを見ながら。

SNSを見ていると。面白そうなニュースが出ていた。

「電車ジャックの予告!?」

「なに電車ジャックって」

「武装して電車を乗っ取ることだよ。 昔は飛行機を乗っ取ることがあって、ハイジャックって言ったりした」

「んなこと成功するわけないじゃん(笑)」

なんでも拗らせた結果、電車ジャックをすると言い出した奴がいたらしい。

よりにもよって、なんで電車。

呆れ気味にAIに聞く。

「此奴、もう逮捕されてる?」

「既に。 威力営業妨害になりますので」

「それでどんな奴?」

「流石にプライバシーの観点から言えませんが、既に前科があって、今回も承認欲求を満たすための悪質な威力営業妨害と言う事で、刑期は一月以上になります」

一ヶ月以上か。

古い時代はSNSで炎上という事が簡単に起きたらしいが。

しかしながら、それで逮捕まで行くケースは滅多になかったらしい。

発言者を特定するのが難しかった事や。

そもそもSNSの治安が最悪だったことが要因であったとか。

今は違う。

発言は即座に特定されるし。

AIの方でも、問題がありすぎる発言は即時削除してしまう。

古い時代とはSNSのあり方が全く違っている。

それでも問題を起こす奴は出てくるのだが。

「馬鹿な書き込みをして一ヶ月以上刑務所にぶち込まれるというのは、何というか色々もったいないなあ」

「前々から承認欲求を拗らせて問題行動を起こしていた人物です。 これくらいは仕方がないでしょうね」

「……そっか」

とりあえず、もうどうでもいい。

其奴のことはどうでも良くなったので、メシだけ喰って寝る事にする。

また、電車の夢を見るのだろうか。

私に取っては、夢は一期一会。

というか、電車なんてとんでも無い人数が乗ってくるわけで。そういう意味でも、一期一会なのだろうに。

それでどうしてこんな事ばかりをするのか。

私には、よく分からなかった。

 

2、道ばたで

 

ベルトウェイが普及している今でも、普通の道は当然存在している。主に歩くための道なので、そこまで長くも太くもない。

自家用車というものが存在した時代は、ぶっとい道がたくさん走っていたらしいのだけれども。

そんなものはもはやホビーと化して実用性を失ってしまっている。

元々地球時代の都会でも、自家用車は実用的な乗り物では無く。税金ばっかり掛かる金食い虫と化していたようだが。

今の時代は、そもそも実用性云々以前の問題である。

故に交通事故というものはなくなった。

それだけは、良い事なのではないかと思う。

私は黙々と現地に到着すると。

周囲を見回して、AIに話をした。

「あのビルの屋上いいかな」

「あのビルですか」

「うん。 今回の犯人を狙撃するには彼処がいい」

「分かりました。 交渉して見ます」

数十秒ほど時間が掛かり。

その後、AIが話をしてくる。

「許可が取れました。 其方のエレベーターをご利用ください」

「んー」

軽く歩いて、エレベーターに。その間、誘導用のライトがつくので、迷う理由がない。

そもそもこの街を全て作ったのはAIだ。

迷いようがない、というのが実情だが。

ビルにあるエレベーターにのり。

電子ロックが外れている扉を開けて、屋上に。結構高い位置にあるが。今私が着ている服は、この高さから落ちても大丈夫である。それくらいの防御性能を持っている、ということだ。

そのままショックカノンを構える。

私は狙撃も大好きだ。

そしてショックカノンは基本的にあらゆる状況に対応する汎用性を備えている万能武器である。

狙撃も出来れば、近距離戦も出来る。

更にAIの許可がなければ発砲できない。

犯罪者に渡ったことが歴史上一度もないのも、その辺りが理由だ。

まあ私は善人じゃないけど。

屋上で、そのまま立射の体勢をとる。

ぶっちゃけ腹ばいになってもいいのだけれども。狙撃はサポートがつくので、失敗しようがない。

なんなら犯人が人質を取っているような場合は、ストックホルム症候群に罹っている人質がいるケースを想定して、面制圧で気絶させることも出来る。

昔はよくあったらしい立てこもり事件というのは。

現在はもう成立しないのだ。

最悪の場合、ビル事全部中の人間を気絶させることも出来るし。

爆弾などの殺傷力が高いものを、個人で作る事も出来ないのだから。

だいたい個人製作した粗悪な爆弾があったとしても。

今の時代の服やらビルやらは全てそれらに耐え抜く。

要するに意味がないのである。

「犯人はまだ来ないねえ」

「今此方に移動してきています」

「それにしても、私が来るほどの相手かなあ」

「通り魔等だったら喜びましたか?」

そりゃあもちろんと返すと。

流石にAIはげんなりしたようだった。

要するに、今回もしようがない相手である。

今回の犯人は、道に対して悪戯をすることに快感を覚えた奴であり。道にあり得ない標識を書いて近隣住民に迷惑を掛けるという輩だ。

地球でも古くはスプレーを使って勝手に壁などに「芸術」と称した落書きをする輩がいて。色々と迷惑を周囲に掛けていたらしい。

それの道版、と言う訳だ。

「来ました。 行動と同時に拘束してください」

「気絶しない程度に威力を落としてくれる?」

「はあ……どうしてまた」

「いやね、此処から狙撃するのがいちばんいいんだけれども。 それだと多分反省しないでしょ」

言いたいことを理解したのか。

AIは黙々と、準備を開始する。

私は鼻歌交じりに、犯人が来るのを待つ。

そして、犯人が来た。

自分で調合したらしい、落ちにくくなっているスプレーを持って。うきうきの様子である。

いや、そんな悪戯をしたいのなら、仮想空間でやれよ。

そうぼやきたくなる。

現在、現実とまったく変わらないワールドシミュレーターが作れるくらいには文明も進歩しているのである。

勿論そこで何をしようと自由だ。

殺人を繰り返している奴もいるらしい。

いわゆるシリアルキラーとしての欲求をそこで充足させて、実際の人間へ危害を加えないようにと苦労しているのだ。

私だってジムに文句を言われたので、仮想現実で泳いでいるくらいである。

それなのに。

たかが悪戯を。

現実でやろうとするな。

児童保護法とか言う欠陥法は存在しないし。何より犯人はいい年をした芸術家気取りである。

撃つのを躊躇う理由は無い。

スプレーで、何か絵を描き始めた時点で、スパンと狙撃。

気絶しない程度に火力を抑えた狙撃が、犯人を吹っ飛ばしていた。

転がるスプレー缶。

こういうものは、自作すると古い時代のものと形状があまり変わらなくなる。

ビルから悠々と降りて行き。

地面でぴくぴくもがいている芸術家気取りの所に行くと。

私は手帳を見せていた。

「ハーイお巡りデース」

「げ、ば、げぶっ……!」

恐怖に目を見開く芸術家気取り。

見かけは私より少し年下くらい。地球人である。女性だが、プロフィールを確認した所私よりも年上だ。

小柄な其奴は震え上がって、私を見ていた。

私が狂人警官と呼ばれている事を知っているのだろう。

「芸術だったら用意された場所か仮想空間でやれ。 なしてこういう道でそんな事をするのか」

「……」

恐怖に唇まで真っ青になって、セミロングの髪で顔を半分隠しながらそれを避けることも出来ないでいる犯人。

気絶しない程度に撃ったが。

動けるようにはしていないのである。

痛みと恐怖でトラウマが染みつくようにやっているのだから、当然だろう。

どうせ此奴はそれほど長い時間豚箱には入らない。

だったら、こうして恐怖の限りを味合わせるのが一番良い。

それが私の結論だ。

そしてAIも乗った。

「さーて、どうしようかなあ。 その手足、もぐかな。 今の時代は再生手術とか簡単だし……」

「篠田警視正」

「AIはこう言ってるんだよ。 もっとやれってね」

悲鳴すら上げられない犯人。

前後とも漏らしている様子だ。

うんうん。

良い恐怖。

舌なめずりしながら、私はもうこのくらいで良いだろうと。ショックカノンをもう一発ぶち込んで。

気絶させていた。

後は警備ロボットが来て、犯人を連れて行く。

勿論後処理もしていた。

「はー、甘露甘露」

「魔族ぶりが加速していますね」

「うんうん。 まあ人間だけどね」

「……」

ふーとショックカノンを吹く。

満足して、その後は悪戯書きを清掃して消している警備ロボットの様子を確認しながら、署に戻る。

あの犯人は数日投獄されるだけだそうだ。

勿論初犯では無いが。

ただの落書き。

それも傷をつけたりとか、修理が大変なものではないから、である。

これが布素材に対するスプレーでの落書きだったりすると、取り返しがつかないケースもあるのだけれども。

今回はそうではない。

だから、単純に罪が軽い。

初犯ではないから、執行猶予はつかないけれど。

それでも数日間、みっちり絞られるだろう。

何より、私の顔がちらついて、もう二度とおいたは出来ない。

それでいい。

私は頷きながら、納得していた。

「で、なんでアレは拗らせたの?」

「元々芸術家として活動はしている人だったのですが、どうしても反体制系の芸術にはまってしまって」

「反体制」

「地球で言うとロックンロールと呼ばれる系統の音楽などがその系譜ですね。 政治と体制、社会に対する不満をぶつけた音楽です。 起源がそうかは兎も角、主流だったのはそういう音楽だった時代があるのです」

別に社会体制に対する不満を口にするのは自由だろう。

だが、悪戯をして周囲に迷惑を掛けるのはどうなのか。

実際問題、他人の家の壁などに悪戯書きをしておいて、社会に対する不満を芸術として表現しましたとか言われても。私としてはそうかわっぱを掛けようとしか言いようがないのである。

ましてや道路に何の罪があると言うのか。

ベルトウェイに乗ると、後は署まで勝手に運んでくれる。

「その反体制芸術とか言うのはあんまり知らないな」

「結構歴史には詳しいようでしたが」

「んー、音楽にはあんまり興味が無いんだよ」

「そうですか。 勉強したものが右から左にすり抜けてしまっている感じですね」

何気に失礼なやつだが。

まあその通りなので反論もできない。

確かに勉強の過程で学んだはずなのだが。

どうしても音楽関係の歴史については、どうにもよく分からん。

色々と話をしてくれるAI。

地球での近代音楽は、どうしても反体制との関係を切っても切り離せなかったそうである。

激しい音楽と、卑猥な台詞などで組まれた歌詞。

そしてクスリをやっている事を公言すらする芸術家。

一部のアホは、その影響を受けて。

クスリをやらないと芸術は出来ないなどと真に受けていたらしい。

馬鹿馬鹿しい。

そしてその部分については知っていた。

地球人の芸術家気取りを逮捕したとき。そういう事を口にしていた事が前にあったし。

勉強したとき、麻薬の弊害などについて調べ。

麻薬がどう使われたかの歴史についても調べて。

それで知ったからである。

医療目的で用いるなら何の問題もないのに。

こんなエセ芸術を作る為に使って。

更にはクスリがないと創作が出来ないと宣うとは。

後の時代に与えた悪影響は小さくない、という事である。

更に言うと、実際にクスリをキメて創作をした人間の話があるそうだが。

クスリが決まっている間は傑作を手掛けているように感じて大興奮するそうだ。

しかしクスリが醒めた後に見ると、思わず閉口するような出来になっているらしく。

まあつまり、そういうことだ。

いずれにしても、さっきの落書き魔と同じ。

反体制を気取るのは結構だが。

人間だから犯罪をして良いという謎の理屈を振りかざし。

悪の限りを尽くしておいて、芸術を口にするのはあまり褒められた行為ではないと私は思う。

まあどう客観的に見てもそうだろう。

体制に問題があるなら音楽で発散するのでは無く、もっと根本的な事をしなければならないのではあるまいか。

とはいっても、これだけ良い体制の下で暮らせている私だ。

昔の地球は今から見ると文字通りの地獄。

あまりそういう事は、言えないのかも知れない。

署に着く。

デスクにつくと、さっきの犯人の聴取の様子を確認。

怯えきっていて、一言一言に震え上がっている有様だった。

うん。良い恐怖だ。

食後のデザートとしては申し分ない。

しばらく様子を見ていると、やがてぼつぼつと話し始めた。

「窮屈で仕方が無い……」

「芸術を行う分には、色々なキャンバスが用意されているでしょう。 表現だって発表は自由なはずですが」

「それでも、やっぱり窮屈に感じる」

「どこがどう窮屈なのか」

聴取をしている警官が細かく聞いているが。

用意される、というのが窮屈であるらしい。

ならば自分で色々発表の場を造れば良い。

SNSでは仮想空間と一体化している場もあるし。

文字専門でSNSを追っている私も時々足を運んだりする。ゲームなどで使う事があるからだ。

確か芸術関連の発表の空間もあるはずで。

大半の芸術家はそういう場所で活動している筈である。

なんでまた、そんな事を言い出すのか。

さっきの恐怖は美味しかったが。

此奴は嫌いだな。

私は素直にそう感じた。

「もっと自由にやりたい」

「自由とはいうが、貴方がやったのは単に他人に迷惑を掛けるだけの行動ばかりだ」

「他人の迷惑を考えていたら、自由なんかない」

「それは自由では無くて無法というのだ」

うん、正論だな。

そして馬鹿は正論を聞けない。

一時期正論を敵視する傾向があったが。それは当然、耳障りが良い言葉の方が聞いていて気持ちいいに決まっている。

地球時代の国家も会社も。

そういう耳障りが良い言葉を口にする輩を優遇するようになると傾くのだ。

一つの例外もない。

そして元々英明な君主というのは、厳しい言葉でも正論はきちんと聞く度量を持っている。

途中から聞けなくなったりするが。

それは加齢等で衰えたからである。

案の定、芸術家気取りも、正論を聞く事は出来ず。

不満そうにぎゅっと口を引き結んでいるばかりだった。

つまらん。

私はため息をつくと、AIにぼやく。

「こんなん、私に出させるなよ」

「実の所、芸術とかとしてはかなり力量があるのです。 独創的で飛ぶような発想の絵を描くことが出来ます」

「まあクリエイターが変人揃いなのは知ってるけどさ」

「だから貴方に来ていただきました。 一線をわきまえれば、以降は芸術家として大成できるはずです」

そうか。それでか。

まあいいや。

此奴が基本的に誰も取りこぼさないように動いているのは分かっている。

そういう理由があるのだとすれば、それはまあ、可としよう。

帰路につく。

結構な距離が自宅まであるのだ。

帰り道は無言になった。

恐怖は美味しかったのだけれども。

それ以上にはっきりいってしらけたのである。

スイーツバイキングというのはもう現実には存在しないが。そういう楽しいのに出た後に、うきうきで道を歩いていたら泥水を引っかけられたような感じというか。まあその泥水を引っかけられるのもないのだが。

いずれにしても、一気に醒めた。

まあ恐怖は美味しかったし。

これであのアッパラパーな芸術家気取りが、きちんと芸術家になってくれればそれでいいのだろう。

私はもう知らん。

帰り道は、ひたすら寝る事にする。

AIは、私が相当に機嫌が悪いことに気付いているのか。

それについて、何も言わなかった。

 

寝ていても、夢を見るときとみないときがある。

或いは、夢を見ていても、その場で忘れてしまうような印象に薄いものから。

見ている瞬間だけは覚えている夢があるのかも知れない。

私は夢を見ていた。

何か柄が悪いのが、シャッターが降りている商店街で、大声で騒ぎながら悪戯の限りを尽くしている。

シャッターにスプレーで絵を描いて。

ゲラゲラ笑っている様子は、芸術とはかけ離れていた。

どうやらクスリもキメているらしい。

それを咎めるものは誰もいない。

深夜だというのに大騒ぎをして。

更には狼藉の限りをつくしているのに。

近所の悪ガキ達だから、なのだろうか。いずれにしても迷惑極まりない話である。

なんかデカイ音で音楽を掛け始めた。

それでやっと周囲が流石に堪忍袋の緒を切ったのか。警察が来る。警察が来ても、へらへら嗤っているだけである。

挙げ句の果てに、警官に殴りかかり。

その場で取り押さえられ。

猿のように喚きながら、連れて行かれた。

周囲にあったスプレーやら、音楽を再生する装置やらは回収されていって。やっと静かにはなったが。

滅茶苦茶に落書きされたシャッターはそのまま。

警察も、それをどうこうするつもりはないのだろう。

今日の夢では、行動できないな。

私は見ているだけだ。

見ているだけで、不愉快だ。

あの腐れガキ共を殺しに行きたいところだが。

それも出来ない。

不意に光景が切り替わる。

さっきのやたら五月蠅いだけの音楽が流されている狭い空間。

なんだここ。

ああ、いわゆる箱か。

ライブハウスだとか言う奴だ。

観客は全員刺青入れていたり。クスリをやっているのが一目で分かるほど、体に悪影響が出ている。

そこでさっきと同じ騒音が垂れ流されていて。

ギャーギャーわめき散らしている輩は、酒を入れていたり。或いはクスリを堂々とキメていた。

どうもこっちが本家のようだが。

何だこれは。

これは芸術と言えるのか。

いや。芸術とは言えるのだろう。ただ、反体制を気取っておきながら、やっているのは。

何だか溜息が出た。

どうやらギャングもこのライブハウスに関わっているらしい。

それはそうだろう。

クスリが売れるのだから。

そして一時期は、クスリの使用にやたら寛容な時代があったと聞いている。それはギャングもこう言う場所はきっちり抑えているだろうさ。

呆れていると、また光景が切り替わる。

なんかやたらデカイくせに、車高が妙に低いへんな車が、さっきの音楽を大音量で垂れ流しながら走っている。

確か昔の欠陥法だと、移動しながら音楽を垂れ流すと犯罪にならないのだったっけ。

それを知っているのか、いかにもな運転手がタバコを吸いながら音楽を垂れ流しているのが見えて。げんなりした。

やがて其奴は前にいた車が信号で止まったのに対して、全力で激突。

警察が流石に来て逮捕したが。

前の車が急ブレーキを踏んだのだとか主張して、一切悪びれる様子も無く。

ドライブレコーダーで証拠が出て来ても。

暴言を吐き散らかして、裁判所からつまみ出される始末だった。

反体制と口にしながら。

実際にやっているのは、平穏に暮らしている人間への威圧と暴力では無いか。

この音楽そのものは別に悪でもなんでもないのだろう。単なる芸術だが。その芸術を笠に着て、無法の限りを尽くして反体制とは。

あらゆる全てが軽蔑に値するな。

私はそう思った。

目が覚める。

どうやらもうじき家に着くらしい。

あまりにも不機嫌そうだったからか。AIは何も言わない。

夢の内容は相変わらず覚えていない。

ただ、不愉快な自称反体制の人間の。クソくだらない理屈が撒き散らかされているだけの有様を見たような気がする。

すこぶるどうでもいいし。

覚えておいても仕方が無いだろう。

小さくあくびをする。

私は寝起きは悪くない方なのだが。今日ばかりは相当に腹の虫に据えかねているらしい。

苛立ちが募るので、黙々と携帯端末を手にとって。

推しのデジタルアイドルの動画を見て、少し心を綺麗にする。

まあこれが一番良い。

しばらくして。AIがついたことを知らせてくる。

頷くと、私は無言で輸送船を下りる。宇宙港に出たが。最寄りではない。電車に乗って、少し家まで行かなければならない。かといって、空間転送を使うほどの距離でも無い。絶妙に面倒くさくて遠い場所だ。

「これ、わざと?」

「いえ。 一番早いのがこのルートでしたので」

「はあ。 まあ気分転換に軽く歩くのもいいかな」

帰路、携帯端末を見て。

反体制系の芸術についての歴史を色々と見ていく。

まあ、だいたい予想通りだ。

基本的に無法者が弱者を威圧するために使っていた事が多く。体制に対しての不満があったのも事実だろうが。それ以上に無法者の方に問題がある事の方が多かった。

むしろ不幸な芸術なのだろう。

挙げ句の果てにこの手の過激な音楽を好むものは、他の音楽を惰弱だ脆弱だ幼稚だと馬鹿にもしていたらしい。

芸術が対立しあうものだというのは古くからの伝統だが。

まったく、どうしようもない伝統もあったものだ。

しかもこの手の芸術は地球だけではなく、大なり小なり文明では出現することが多かったようで。

使われ方も似通っていたようだ。

地球では音楽や落書きがそうやって使われたが。

ある星では、ダンスがそう使われたらしい。

そのダンスが、地球では犯罪組織の抗争で血を流しすぎないように勝負として用いられたという歴史を思い出すと。

まあ本当に、色々と迷惑を掛けるものなんだなと思う他無い。

そして、電車に乗っていた私は立ち上がると。

少し前に乗っていた奴に、笑顔で手帳を見せていた。

「ちょっと懐のもの、見せて貰えるかな?」

「なんだて……狂人警官っ!」

「うんうん。 で、懐のものは?」

忙しく左右を見回す、ごつい男。無駄に髭とか生やして、容姿で周囲を威圧している上に。今では何の痛みもない刺青も入れている。見かけは地球人に似ている種族だが、調べる気にもなれない。

既に警備ロボットが来ているのを見て。

青ざめたアホは、私に襲いかかってきたが。

そのまま巴投げで放り投げてやる。

電車の窓に顔面から叩き付けられたアホが、そのままずり下がって気絶。

ショックカノンを持ってないんだから、当然手荒くなる。

ナイフとかを持っていても意味がない。

今の時代は、服の防御で、ナイフなんか通さない。

服を貫通できるようなナイフは、持ち出した時点でAIが通報を入れる。

気絶した男を警備ロボットが調べて、懐から出て来たのは、薬物生成についてのメモ書きだった。

要するにこれから地力でクスリを作ろうと思っていたのだろう。

この様子だと、色々やっていると判断して間違いないし。

そのメモ書きに書かれている情報が、そもそも流通禁止のものだ。

ハイ逮捕。

警備ロボットが連れていく犯人。

窓の汚れも、警備ロボットが手早く綺麗にしていく。

「ああいうのさ、ちゃんと見張れよ……」

「これでも結構丁寧に見張っているのですが」

「……」

さてはこいつ。

クスリを作ろうと色々作業をしているところを捕まえさせるつもりだったな。

あくまで推察だから、これ以上は言わないが。

まあ見た感じ、痛い目にあった方がいい人種なのは事実なので。豚箱でしばらく過ごして貰うとしよう。

さっき見た夢が、余程胸くそが悪い代物だったからか。

あの手の人種はしばらく手荒く接する事になりそうだ。

さて、家に戻ろう。

今の騒ぎで、電車が少し遅れたが。それもすぐに遅れを取り戻すだろう。

家までもう少し。

家に戻ったら、後は仮想現実で軽く泳いで。

その後はスイの作った晩飯を食べて。

それからまた寝よう。

今度は多少はマシな夢が見られると良いのだけれども。どうにも、その可能性は高いとはいえなかった。

 

3、危険行為の果てに

 

私は待ち伏せを指示されて、またかよと思いながら。電車を動かしている設備の一部に潜り込む。

トンネルの一部になっている其所に入って、そして待つのだ。

電車は現在、リニア式が主流で。

時速五百キロほどで動いているのだが。この方式の欠点は電気をたくさん食うことである。

現在は、発電に関しては技術が極限に達していて、基本的に電気で困る事はない。

また、強烈な電流が流れる場所に、人間が近寄ることがないようにも、きちんと処理がされている。

だが、其所に入り込もうとしている輩がいるのだ。

今まで二度未遂行為が確認されていて。

今、警備ロボットを連れて、待ち伏せに向かっている場所である。

なお、入り込もうとした輩のせいで、二度電車が止まっている。

昔はこういう電車のトラブルは、解決まで数時間がザラだったと聞いているけれども。

今の時代は、数分かかったら長い方である。

人身事故は、ここ数千年起きていないと聞いている。

それだけ安全策がばっちり取られているという事で。

電車というインフラが、如何に重要視されているかよく分かる。

そんな電車だ。

犯罪のターゲットになるのも、仕方が無いのかも知れない。

私が潜り込んだのは、電車から見て下側に当たる設備であり。

この辺りには、電流が流れる場所もあるので、シールドで厳重に隔離されている。

人間が一部仕事をする場合もあるが。

基本的に専門に作られたロボットが作業をする場所だ。

あまりにも危険すぎるから、である。

これは私が住んでいるダイソン球の内側などでもあって。

ある箇所以降の階層は、人間が立ち入り禁止になっていたりする。

人間なんか一瞬で炭になる電流だ。

それも仕方が無いと言えばそうだろう。

黙々と歩いて行って、潜む。

警備ロボットも四方に散った。

この辺りは何というか見通しが悪く、機械類が林立しているので。犯人とばったりといってもおかしくない。

というわけで、ショックカノンを構えたまま、周囲全てに気を配る。

これだけ厳重に管理されているインフラだ。

侵入は尋常な事では出来ないと思うのだが。

二度、侵入未遂があったという話だ。

それだったら、油断は出来ない。

大事故になってからでは遅いのである。

しばらく、静かな時間が流れるが。

やがて勘が働いた。

来るな。

そう思って、私は物陰から出ると。物陰をぬうように移動してきていたらしい男に対して、そのままショックカノンをぶっ放していた。

なんでばれた。

そう顔に書きながら、男は倒れる。

気絶していた。

警備ロボットが来て、すぐに男を連れて行く。長い尻尾が見えた。あの尻尾を使ってバランスを取るエイテイ人という人間らしい。

まあどうでもいい。

逮捕すれば後は終わりだ。

どうやって侵入したかは、本人に聞けば良い。

私としても、周囲が高電圧の精密機器だらけの場所に、ずっといるのはあまり気分が良くない。

何よりも、ここに二日くらい缶詰だったのだ。

この犯人、動きが予測しづらいと言う事で。二日ほど、ずっと缶詰でいたのである。

勿論休憩はとっていたが。その間も警備ロボットがずっとこの場を監視していたし。彼方此方見張る場所も変えていた。

はあ。肩が凝った。

とにかく狭い場所から出て、そして見る。

結構近くを電車が通って行く。

古い時代は時速二桁で走っていたらしいが。今は時速三桁中盤が基本である。

それでも宇宙を行く乗り物に比べたらあまりにも遅すぎるが。

地上ではこれくらいで丁度良い。

電車が通ったのを見終わった後、警備ロボットが解散していくのを尻目に、署に。今回は犯人の動機がよく分からないので、立ち会ってほしいと言われている。ただ、直接立ち会うと私が拷問を始めかねないので。

尋問に外からアドバイスをほしいと言う事だった。

今回、尋問に当たる警官が将来を嘱望されている人物らしく。

私と真逆のやり方で、クリーンに犯罪者を逮捕している若手らしい。

私だって若手だと思うのだが。

まあこれは実年齢の話なのだろう。

それ以上は悲しいので止めておこう。

署について、シミュレーターに移動。

此処から、仮想空間経由で聴取にアドバイスをする。

シミュレーターから仮想空間に入ると。

周囲は真っ白。

すぐに色々なオプションがついていって。私に都合が良い空間になっていった。温湿度も大丈夫。

席に着くと、目の前にディスプレイが出現。

尋問を開始したのは、スイと同じくらいの年頃。地球人で言うと10歳くらいに見える警官だった。

地球人ではないっぽいが、犯人に舐められないか心配だ。

ざっと経歴を見るが、射撃の腕は私に劣らないレベルらしい。

これはこれは。

軍でも良かったのではないかと思うのだけれども。警官の方に適正があったのだろう。

他にも何だか特殊な格闘技とかをかなりのレベルで習得しているらしく、見た目で侮った犯人を何人もぶん投げてきたり。数人の犯人を素手で制圧してきた実績があるそうだ。

それはすごい。

是非一度お手合わせ願いたいものだ。

舌なめずりしていると、AIが苦言を呈してくる。

「あの。 篠田警視正?」

「ん?」

「まさかとは思いますが……」

「ああ、大丈夫。 犯罪者以外には興味ないから」

すごく不安そうなAIの声だが。私がお手合わせ願いたいというのは、犯人の高速撃ち比べとか。制圧合戦とか。そういうのだ。

相手がお巡りである以上、戦おうとは思わない。

仲間意識があるのではなく。

お巡りに手を出したら犯罪になるし。

そうしたらもうお巡りにはなれない。つまり犯罪者撃ち放題ではなくなるからである。

それでは本末転倒だ。

私もその辺りはしっかり我慢くらいは出来るのである。

犯人は黙りこくっている。

椅子に拘束され、警備ロボットがちょっとでも不可思議な動きをしたら撃つと囲んでいる状況。

部屋の外には警官ロボットも控えている。

仮に聴取の警官を人質にとっても、逃げるのは100%不可能だ。

「貴方の名前は?」

「……」

「では此方から当てましょう。 貴方の名前はシーガル=ネロケット。 49歳。 肉体年齢は31。 普段している仕事は……」

「ああそうだよ。 それがどうかしたか!」

いきなり高圧的になる犯人。

警官。今経歴を見たが、ニビト人と呼ばれる種族のレマという警部補だ。実年齢は19歳で、これは地球人で言う15歳程度に当たる。肉体年齢は地球人で言う12歳に固定しているらしいが。

これについては理由はよく分からない。

そこまで若いと、侮られるし、色々不利も多いだろうに。

「貴方は立ち入り禁止の危険地帯に三度も侵入しました。 何が目的だったんですか?」

「当てて見ろよガキ」

「貴方の家については全て調べましたが、綺麗に痕跡を消していますね」

「……」

犯人は余裕の表情である。

動機が分からなければ、罪はそこまで重くならないと思っているのだろうか。

そもそも数千年単位で電車の人身事故が起きていないのだ。

電車に関しては、それだけがっちり守られていると言う事で。

私も軽く調べた所、電車の中で悪戯をしたり暴れたりするような輩は兎も角。電車の運行に影響が出るような行動をした犯人は、かなりの重罪になる。

インフラは国家の基礎だ。

これは地球時代から変わらない基本。

どんな発達した国でも、インフラが駄目になりはじめる頃から終わりが見え始める。

そういうものなのである。

「貴方は痕跡を消していましたが、残念ながらAIは全てを記録しています。 これらに見覚えは?」

「お、おいっ! 人権侵害だぞ!」

「その人権を命を奪うという形でどれだけ蹂躙しようとしていた!」

いきなりドスが効いた声で叱責されて、犯人がびくりと震える。

レマというあの警部補。

相当に出来るな。

私は遠隔で見ていて、それは感心していた。なるほど、それこそ兆単位で人間を見て来ただろうAIが、期待の若手と言うだけの事はある。

「SNSのログも解析しました。 貴方はとにかくインフラの事故……とにかく電車の事故に対して多大な興味を持っている。 そして現在の社会に対する不満も。 貴方は電車に対して自爆テロを行うつもりでしたね」

「……」

「証拠は全て揃っています。 貴方が持っていた装置類。 よく調べたものです。 リニアの制御系に干渉して、急に止めて、脱線させるつもりだった」

「だったらどうだってんだよ!」

犯人が切れる。

いきなり暴れ始めた。

唾を飛ばして喚き散らしているが、レマは全く動じていない。

これは私が出る幕もないかな。

そう思って苦笑いしてしまうが。

レマという警部補の表情を見て、その笑いが醒めた。此奴、本気で怒ってやがる。

私は、警官としての職務を守る事は考えているし。一方で犯人をハンティングするのも楽しいと思っている。

此奴は違うな。

本気で警官として大まじめにあろうとしている。

なるほどなるほど。

私が魔族警官だったら、此奴は模範警官だ。

AIとしても、お行儀が良いできた子の方が見ていて嬉しいのかも知れない。

社会が腐ると、真面目な人間や努力家を馬鹿にする傾向がどんどん強くなると言う話を聞いたことがある。

恐らくレマ警部補は。

そういう社会では、非常に生きにくい人間だろう。

腐った社会では、相手の機嫌をどう取るかが重要になってくる。

今の時代は違う。

運が良いなこの子は。

そう私は思っていた。

「認めると言う事ですね」

「そうだよ! こんなくだらねー平和でつまらん世界を多少はひっくり返してやりたくてな! リニアを横転させて、数十人だか殺してやるつもりだったさ! だが未遂だし、俺には前科もない! 残念だったな! 次は成功させてやるからな!」

「篠田警視正、後は代わります」

あれ。

不意に私にバトンタッチが来た。

何となく理由は分かるけれど。

まあいい。

此処からは、私のお楽しみタイムだ。

レマ警部補が席を立つと、代わりに立体映像が出現する。私の立体映像である。そして、犯人の向かいに座った。

満面の笑みである私に対して。

犯人は、鼻白んだようだった。

「狂人警官だろうが、もう拘束されてる俺に何か出来ると思うなよ……!」

「何もしないよ。 今はね」

「な……」

「大量殺人未遂と電車に対する走行妨害未遂、それにテロ未遂……こんなところかな。 AIに今聞いたところだと、あんたの刑期は二百六十年だと」

二百六十年。

前科無しの人間には異例と言える拘束期間だ。

勿論執行猶予も無し。

流石に絶句する犯人に、私は言う。

「だが問題はその後だ。 腐れ尻尾野郎、覚えとけ。 私は二百年や三百年程度で死ぬつもりは無い。 今の仕事大好きだからな。 正確に言うと私はお前みたいな犯人を狩るのが大好きだ。 お前みたいなクズは撃つと楽しいし、痛めつけても楽しいからな」

蒼白になる犯人。

震え始める。

二百六十年という刑期。

それに加えて、その後私がずっと目をつけるという宣言。

どちらもが、流石に此奴でも恐怖に値する内容だったという事だ。

流石に言葉を無くす犯人。

私はもう一つ、とどめを刺しておく。

「お前が次に何か犯罪をしようとした時に、私は超光速でお前の所に行く。 その時は、今回みたいに優しくはしてやらん。 AIもお前を庇わないだろうな」

「ひっ……」

「いい顔だ。 そんな顔では済まないくらいな目にあわせてやる。 分かったら、さっさと全て白状しろ。 私は無茶苦茶お前を痛めつけたくて仕方が無い。 AIにもお前を庇う理由が一つも無い。 刑務所で地獄を見て、出署してからも地獄を見続けたくなかったら、せいぜいご機嫌を取るんだな」

レマ警部補が頷いたので、私はその場を離れる。

脂汗をだらだら流している犯人に、レマ警部補が咳払い。

こいつ、私が思った以上にやるな。

感心して、様子を見守る。

はっきりいって、私はもっと杓子定規な警官を想定していた。だが此奴は搦め手も普通に使える。

わざわざ私を側にストックしておいたのも、こうやって犯人をすぐに大人しくさせるためだ。

それはもう分かった。確かにAIが目をつけるだけの事はある。

私のように捜査の後は犯人に容赦なくダーティな手法も使うやり方とは違うようだけれども。

此奴は出来る。

素直に私はそれを認めていた。

犯人は完全に意気消沈。

イキリ散らかす為だけにテロを引き起こそうとしていたアホは、自分がやろうとしていた事の代償の大きさに、漸く気付いたらしい。

其所にレマ警部補が追い打ちを掛ける。

「それでは順番に聞かせて貰います。 嘘をついたら更に刑期が重くなるし、あの人も更に機嫌が悪くなるでしょうね」

「……」

完全にはげ上がりかねない様子で汗を掻いている犯人。

まあ同情の余地はない。

レマ警部補の質問は的確で、嘘をつく余地もない。

また、一部の馬鹿がやるような。事前に「真実」を勝手に決めておいて。その真実に沿うように話をさせる事も無い。

しっかり客観的事実と。

動機だけを引きだしていく。

この辺りは。警官としてAIが優秀だという条件をパーフェクトに満たしている。

素晴らしい。

ただ、正直な話。

地球時代にこういう警官がいても、多分力を発揮しきれなかっただろうなと思う。

キャリアでなければ人ではなく。

昇進試験を受けないと出世出来ず。

事件の解決よりも如何に上役に気に入られるかが重要で。

不祥事は全力でもみ消そうとする。

如何に末端が優秀でも、力なんか発揮できない。

ましてや上層部が腐れば末端までやがて腐る。

レマ警部補みたいな人材は。

人間が回している警察では、多分使いこなせなかっただろうな。

私は素直にそう思った。

やがて聴取が完全に終わると、AIが判決を下した。

更に余罪が出て来たので、刑期は267年。

犯人は絶望的な顔をしたが。

まああの空間的に隔離されて。しかも狭い独房に入れられ。自殺も許されない事を考えれば。

この刑期は妥当だろうし。

犯人の絶望も当然だろう。

しかも刑務所から出ても。狂人警官とまで呼ばれる私が控えているのである。

それはさぞや恐ろしいだろう。

ははは。

良い気分である。

そして恐怖が実に美味。

警備ロボットに連れて行かれる犯罪者を見送ると。

私はレマ警部補に、仮想空間から連絡を取る。

「お見事。 今後も是非組んで仕事をしたいものですね」

「……そうですね。 私も抑止力となるくらいの活躍をして行きたいものです」

「おや、野心家?」

「いえ。 はっきりいって貴方のやり方は私のやり方とは違いますので。 私はあくまで搦め手も使うだけ。 貴方は手段と目的が入れ替わっている。 ご自覚はあるかと思います」

これは手厳しい。

だが、私はこの優れた若手が気に入った。

だから別にそう言われても、気に触らない。

とはいっても、私は実の所、犯罪者ではない人間にアレコレ言われても別に怒る事は滅多にない。

撃てない相手には興味が持てないし。

何よりも警官を止めたくないからである。

「うんうん。 ではやり方が違うもの同士、これから銀河連邦の治安を守って行きましょうかね」

「……はい」

「じゃ、また仕事をする日を楽しみにしていますよ」

「……」

こくりとレマ警部補は頷く。

向こうは私を嫌っているようだが。

私は相手を大いに気に入った。

それになんだかんだ言って、私を使って犯人を脅している時点で結局は私と通じる所もある。

そこに気付いたとき。

どんな表情をするのか興味深いし。

気付いているのであれば。

どんな風に自分の鬱屈を押し殺しているのか。それもまた興味深い。

もしもハラワタを引っ張り出してみたら、ドス黒い悪夢みたいな状態だったら。それはそれで素晴らしいではないか。

私はくつくつと笑う。

シミュレーションを終了して、仮想現実から出る。

すっきりした。

その上大満足している様子の私を見て、AIは困惑していた。

「喧嘩になるのでは無いかと冷や冷やしていたのですが」

「おかしなこと言うね。 私他の警官とか軍時代でも同僚とかとバチバチやりあった事あったっけ?」

「いえ、そもそも接点が……」

「そういやなかったっけか」

けらけら笑う私に対して。

AIは更に困惑する。

よく分からないのだろうか。

いや、此奴に限ってそれはない。

多分だけれども、私の心の動きの不可解さについて、理解出来ずにいるのだろう。

困っているのなら、それはそれで面白いし。

私はむしろ、いつも色々面倒なおあずけを掛けてくるAIにたいして、一本取れたようで嬉しい。

「あの子、使えるねえ。 それにあの性格だと、私の事は良く想っていないし、何よりも私と似たようなやり方をした後、鬱屈も凄そうだ」

「……性格が相変わらず最悪ですね」

「はっきりいってくれるね。 その通りだよ」

「篠田警視正は、本当に警官でいてくれて有り難かったです。 犯罪者になられたら、一体何をしでかされたか」

そう言われたが。

私は今機嫌が良いので、何とも思わない。

私は犯罪者にはならない。

この犯罪者を撃つ仕事が大好きだからである。

今の時代賞金稼ぎなんて時代錯誤の存在はいないし。

軍人の仕事はむしろレスキューの方が多い。

「さて、レポート書いたら戻る感じかな?」

「そうですね。 少しレポートを書いて貰います。 ちょっと輸送船の手配が時間が掛かりますので、その間はそうしていてください」

頷くと、デスクにつく。

レポートは相変わらず退屈な内容ばかりだが。

それでも、私に取っては別にどうでも良いし。

おいしい食事の前にしなければならない行動だと思えば。後の仕事の時にテンションも上がるというものだ。

 

私は夢を見る。

いつの時代だこれは。

荒野に線路が走っていて。煙をふかしながら電車が来る。確か蒸気機関車とかいうやつだ。動力が確か石炭だったから、電車ではないのかも知れない。ただ今の時代に生きている私にはよく分からない。

線路に爆薬を仕掛けている連中が数人。

そいつらが、電車が来る直前に、爆弾を炸裂させた。

なんだか火力が小さい爆弾だな。

と言う事は、これは地球時代か。

続けて電車の後方でも爆発が起きる。

コレで逃がさないようにした、と言う事か。

「急げ! サツが来る前に片付けろ!」

覆面をした連中が、電車に乗り込む。最初に何人か撃ち殺して、そして客から金品を根こそぎぶんどっていく。

なる程。

これが列車強盗と言う奴か。

今の時代では存在が考えられないが。

それでも、似たような事をしようとした奴には、つい最近遭遇したばかりである。

そうかそうか、これが。

こんなもの、美化する余地など一ミリもないだろう。

犯人に対して少しでも抵抗しようとした勇気のある人間を真っ先に撃ち殺し。

更に金品を根こそぎ強奪し。

見かけが良さそうな女はその場で引っさらって行く。

その後は宴だ。

犯人達は警察が来る前に逃げると。

さらった女を好き勝手にした後撃ち殺し、ワニの住んでいる沼に放り捨て。ワニが食うのを見てゲラゲラ笑っていた。

いい女だったのにもったいねえなあ。

仕方がねえだろ。こっちの顔を見てるかもしれないんだからよ。

犯人共はそんな事を言っている。

そうして、戦利品を山分けにしようとし始める犯罪者どもだが。

不意に立ち上がった一人が、残りの犯罪者を撃ち殺していた。

けらけら。

笑っている其奴は、金を独占すると。

今までの仲間だった連中を全て沼に放り捨て。

満腹になったワニがご機嫌そうにしているのを横目に。車に金目のものをあらかた詰め込んで、逃げ去った。

なあにがピカレスクロマンだ。

鬼畜外道の宴に改名しろ。

今回の夢に、私は介入しないのかな。

そう思っていると。私は狙撃手として、逃げようとしていた犯人の頭を一撃で撃ち抜いていた。

犯人が乗る車が制御を失い、そのまま荒野で擱座する。

私はそのまま、エンジンを撃ち抜いて。

車が大爆発するのを見て。

ザマア見ろと呟いていた。

目が覚める。

相変わらず何にも覚えていない。

こうも夢が全く記憶に残らないのは、色々不愉快だが。まあ何となく、楽しい夢だったのは分かる。

何もかもを隠蔽して逃げようとしたカス共を、私が抹殺した。

それで充分だ。

せっかくだから、夢なんだし。

もっと良い展開でも良かったような気が。

いや、どういう夢だったか。

なんだか最後に私が良い所を持って行ったような気がするが。それ以外には記憶が全く。

はあ。楽しそうな夢だったのになあ。

私は残念に思って、輸送船の座席であくびをした。

帰路につきながら、うたた寝をしていたのだ。

AIは何も言わない。

私も無言のまま、携帯端末からSNSを見る。

この間の列車テロ未遂は、流石に話題になっているようだった。

まあ確かに未遂で済ませたから良かったものの。

もし実行されていたら、尋常では無い被害が出たのは確定だったのだから。

「テロ未遂って、本当かよ」

「なんか最近物騒になって来てないか」

「怖いな」

「身近でこういうのが起きるといやだよな。 俺の住んでる近くの星なんだよ」

怖がる者達。

これは全てAIの意図通りだろう。

彼奴は危機感を持たせるため、ある程度犯罪者を泳がしている。

恐らくだが。

最近は危険な犯罪をあわやの所まで行かせる事が多かったから。

これからしばらくは、逆に穏やかな時代が続くのでは無いかと思う。

そしてまた皆の気が抜けてきたら。

凶悪犯罪者を出して。

それに震撼させ。

気を引き締めさせると。

人間は堕落すると、最大限落ちる。それについては、私も実例を見て知っている。

だから、AIのやり方は間違っているとは思わない。

何より私も犯人を楽しく撃てるので。

ただ。今後は小粒な犯人ばかりになると思うと。

それはそれで、少し寂しいなあとも思うが。

「あのさ」

「何でしょう」

「何もかも、今回は思い通りに行った感じ?」

「犯人逮捕から、全てを自白させる流れは完璧でしたね」

此奴、意図的に話をそらしやがったな。

AIだからこそなんだろうが。分かった上で、敢えて矛盾がない言葉を捻出してきたのだろう。

まあいい。

私も気分次第で藪をつついてみただけだ。

大蛇が出て来ても、それはそれで別にかまわなかった。

「レマ警部補は実に使えるね。 向こうには嫌われているようだけれど」

「篠田警視正の事をライバルだと思っているようですね。 自分のやり方だと限界があるようだとも」

「何だ、随分いじわるしてるなあ」

「?」

AIが困惑したフリをしているので。

私はもういいやと話を切り上げる。

今の場所を聞くと、家の近くだという話だ。

時間を見ると、ジムはまだしばらく開いているか。家に直帰するのでは無くて、ジムでちょっと泳いでから帰るとしよう。

ジムに出向くと、そのままガンガン泳ぐ。

死んだ目をしている受付は無視。

休日の毎日来る訳じゃないんだから別に良いだろう。

そう思いながら。プールの水がなくなるような勢いで泳ぎまくる。

しばらく思う存分泳いだ後は、早めに切りあげ。

今度はランニングマシンで、最高負荷にして滅茶苦茶走りまくった。

私の場合は運動が得意なので。

これはストレス発散になる。

だが、運動が苦手な人には逆に苦痛にしかならないだろう。

それはよく分かっている。

だから、他人にこの趣味を勧めるつもりは無い。

黙々と、個人でひたすら楽しむ。

それだけである。

「そろそろ営業時間が終了します」

「なんだ、もうそんな時間か。 じゃあ切り上げようかな」

「そうしてあげてください」

AIのアドバイスに従って、ジムを出る。

いい汗を掻いた。

帰路を良い気分で歩きながら、軽く話をする。

「今回の連休は何日だっけ?」

「五日ですね。 もっと長くしても良かったのですが」

「私が嫌がると」

「はい」

私はいわゆるワーカーホリックではないが。

犯人を定期的に撃ちたいので。

休日があってもそれほど嬉しくないのである。

勿論休日そのものはあった方が良いが。

それでも長すぎる休日は、むしろ私に取っては邪魔というか。色々と不満の種になる。それをAIはよく理解している。

「五日となると、やれることが多いな。 旅行にでも行くか。 スイも連れて」

「物理的な旅行ですか? しかし五日程度だと、行ける場所も限られますが」

「じゃあシミュレーションで仮想現実のツアーがいいかな。 何処かお勧めの所はない?」

「そうですね。 仮想現実ツアーなら、銃を撃ち放題のツアーがあります」

仮想現実だから何でもありなので。

勿論人間を撃ち放題のツアーもある。

私はあくまで犯罪者を撃ちたい。

普通の人間も獣も対象外だ。

まあ恐怖に関しては、どんな存在の恐怖でもおいしくいただけるが。

「じゃあそれで。 今回はスイに銃の撃ち方をレクチャーするツアーがいいかな」

「分かりました。 手配します。 ただ、スイに現実で銃を持たせる事はありませんが」

「いいんだよ。 楽しければ」

「……分かりました」

仮想現実でのツアーは、AIが確か自分でプログラムを組んでいると聞いている。

連続でずっと仮想現実にいると、微妙に悪影響があるらしく。

流石に五日間ぶっ通しというわけにはいかないだろう。

しかし不意に自室に戻ると醒めるので。

その辺りはツアーを組むAIの腕の見せ所だ。

帰宅すると、スイがぺこりと頭を下げて。夕食を作り始める。

さて、今回は大きな仕事をした。

だが、これだけ大きな仕事の後になると、しばらくは退屈な仕事が続くだろう。

暇つぶしに、色々な銃を撃って面白がるとしよう。

そう、私は割切っていた。

 

4、わたしの大切なもの

 

噂になっている狂人警官と一緒に仕事をした。

話は聞いていた。

銀河系でも屈指の凶暴性を持つ地球人の。凶暴性を煮詰めたような人だと。

私レマ警部補は、それを実際に一緒に仕事をして見て良く理解出来た。

理解出来たからこそ。

ああなってはいけないと。厳しく自分を訓戒した。

私の種族ニビトは昔から生真面目なことで知られていた。

だからこそ銀河連邦による汚職のない統治は素直に受け入れる事が出来たし。

今でも大半が満足していると聞いている。

自宅に戻る。

ニビトの民は、生物と接触する事が許可されている数少ない人間だ。

家にあるのは、コフと発音する植物で。

特殊なフェロモンを常に放出している。このフェロモンは、ニビトの民の頭を仕事から休暇に切り換える。

コフは小さな球体型の生物で。

地球などで言う植物に相当する。

コフと共にニビトの歴史はあり。

どれだけ貧しいものでも、コフは常に持ち歩くのが基本だった。コフがなくなると、上手く思考の切り替えが出来なくなって、ニビトの民は死んでしまう。そのため、あくまで個人携帯のみ、自宅から出さないという条件で。ニビトの民はコフと共にある事を許されているのだ。

部屋に入ると、寝床に転がる。

しばらくぼんやりして、コフのフェロモンを吸引。

外では生真面目とか言われている私だが。

あくまで頭を徹底的に切り換えているため。

家の中ではごく静かに溶けている。

そういうものである。

「レマ警部補」

「なに……」

「次の仕事まで、こうやっているおつもりですか?」

「うん……」

私は仕事の消費エネルギーが大きいらしく。

仕事が終わると、殆ど動けなくなる。

AIが心配するほどだ。

一応身を守るくらいの体術は身につけてはいる。

更に服などに防衛プログラムを仕込んでいて。

いざという時は、達人も真っ青の動きで、犯人を制圧出来るようにはしてある。

ショックカノンもそれなりには扱える。

だが、あの暴悪の権化。

篠田にはとても及ばない。

私とはやり方が違う、というだけで片付けて良いのだろうか。あれは何というか、とても危険な存在に思えてならない。

ニビトの民は夢を見ない。

脳を半分ずつ切り替えながら眠る。

これはニビトの民は、強力な捕食者との戦いを繰り返しながら、何とか文明を発達させてきた経緯があるかららしく。

ぐっすり寝る余裕がある地球人については、不思議な生物だなと最初は思ったものだ。

一日ほどぐったりしてから起きだす。

そして、演習場に出向いて。

ショックカノンでしばらく射撃の練習をする。

補正が掛かるから練習はいらないと考える警官もいるようだけれども。

私はそうは思わない。

如何に完璧な防護と補正があるとしても。

ショックカノンを扱うのは警官だ。

だから、どんな事態が起きても対応出来るように。

常になれておかなければならない。

それに、である。

私は実は難病持ちだ。ニビトの民でも珍しい難病で。治療は出来るがしてしまうと知能が著しく低下する。

この難病の進行を防ぐには肉体の老化を防ぐしかない。

子供の状態で体を固定しているのは、やむを得ないからなのだ。

難病のことは誰にも教えていない。

警官は舐められたら終わり。

ましてや温厚な事で知られるニビトの民は、犯罪者に侮られることも多いのだから。

しばらく淡々と射撃の練習をする。

その間、徹底的に集中しているので、AIとは一切話さない。

実践形式の演習を散々やったあと。

相手側のチームの警官と話をして。

それで演習は解散になった。

相手はひたすら私の集中力を褒めてくれたし。流石は噂のルーキーと言ってくれたけれども。

私はあまり嬉しくなかった。

私の集中力は色々なものを犠牲にして得られているものだし。

何より家では、私は殆ど身動きできない。

ハンディキャップについても他人に話すわけにはいかない。むしろハンデがないお前達が、どうして私より劣っているのか。そう何度も言いたくなった。

一応ジムにも出向いているが。

運動能力が微妙な私は、それほど負荷の大きい運動は出来ない。

前に興味を持って、篠田のこなしている運動メニューを見て、絶句した事もある。

そんな運動をしたら、多分高確率で死ぬ。

篠田は確かに脳筋かも知れないが。

その化け物じみたフィジカルを制御出来ないのでは無い。

制御なんか最初からするつもりがなくて。

犯罪者に対して暴悪を振るう事しか考えていないのである。

それが分かってから、ますます嫌いになった。

向こうには気に入られてしまったようだが。

自分で出来る範囲内の運動をした後、自宅に戻る。

私の仕事は遠征時を除くと、隔日で行っている。

私には体力がないし、コフのフェロモンを取得すると頭が切り替わって動けなくなるからだ。

自宅では殆ど動けない。

このままならない体が恨めしい。

私は、そう思うのだった。

 

(続)