密猟は許されない

 

序、狩人気取りを狩る

 

私は其所で伏せて待ち伏せる。

ガチガチに警備は固められているが。それでも、どうしても侵入しようとするものは出てくるからだ。

そして数回の侵入が既に試みられていて。

ついに看過できないと判断された。

しばらく退屈な時間が続いたが。

やがて、そいつが来た。

此処は、居住惑星の境界。

人間は、今の時代はどこの星出身だろうが、生物とは接しない。

それは、理由として人間は他の生物と隔絶してしまったからである。

隔絶した存在が、そうではない存在と接しても不幸しか産まない。

あらゆる歴史がそれを裏付けている。

だが、それでもいるのだ。

未だに違法のペットを欲しがる輩が。

多くの場合、ロボットでほぼ同じものが代用出来る。

シミュレーションで、本物とまったく遜色がないものだって接する事が出来る。

それなのに。

どうしても、本物がいいとだだをこねるものがいる。

昔だったら。

既得権益層が、異常な蓄財をしていた時代だったら話は別だっただろう。

だが、今は違う。

そういう連中には、仕置きが行われるのだ。

私は顔を上げた。

来た。

足音。数は三。

此処にはシールドが展開されていて、自然保護区とは完璧に隔離されている。細菌すらも通る事が出来ない。

自然保護区で仕事をしているのは、生物の保全を行うロボットである。

生態系を緻密に保ちながら、生物の数をコントロールする。場合によっては、群れなどを合流させたり。大規模な気候変動の発生を要請したりもする。

いずれにしても、勝手な私情が入り込まないので。

コレが最善手だ。

足音は、いずれもロボットのものではない。

シールドを突破する装備なんて簡単には手に入らないのだが。

今回、密猟者は何か手を考えているのか。

また、調査しに来ただけなのか。

いずれにしても、もう法に触れている。

この辺りは、警官以外は立ち入り禁止の区域なのだから。

ざっと私が茂みから姿を見せる。

夜闇の中、浮かび上がる私である。

三人組の犯人達は、ぎょっとしたようだった。

ちなみにもう遅い。

既に包囲を警備ロボットが縮めている。

「ハーイお巡りデース。 立ち入り禁止地区で随分とまた大胆なことをしてくれているね君達」

「クソ、なんでばれたっ!」

「ずらか……」

逃げようとしたところを。

即座に撃ち抜く。

連続して三射。

一射確殺である。

いや、殺してはいないから確殺ではないか。一射確気絶とでもいうべきか。

いずれにしても派手に吹っ飛んだので面白かった。

全員目を回している。そこを警備ロボットが拘束した。

すぐに荷物などを調べる。

いずれもが違う宇宙人で、体格もバラバラ。その中の一人が、面倒なものを持っていたようだった。

何処かの星で入手したらしい細菌だ。

細菌といっても、体内などにいるタイプのものは流石に接触を禁止されていない。地球人でも腸内細菌というものがある。

ただし、これらの細菌を意図的に取りだして、培養したりすると犯罪になる。

その生物にとっては単なる体の中に住んでいるだけの細菌でも。

他の生物にとっては死病の原因になるかも知れないからだ。

これは、そういう細菌だろう。

そしてこれを全身にまぶして、シールドを抜けようとしたわけだ。なかなか考えて来ているじゃ無いか。

くつくつと笑う。

更に、火器の類も確認。

この先で狩りをするつもりだったのだろうから、持っていて当然だ。

まあもっとも。

それらをもしぶっ放したら、即座に警備中のロボットが飛んできて。即座に確保されていただろうが。

連れて行かれる密猟者ども。

後は、此奴に細菌を提供した奴を吐かせて。それも芋づるで捕まえておしまいである。

昔は、こう言う場所に潜む仕事は。虫とかに集られて大変だったらしいが。

今の時代はそれもない。

虫すらいないので。

とりあえず、署に戻る。

この星の署でも、やる事は同じだ。

AIの指示通りレポートを書いておしまい。

そのレポートも、さっきの事件のものとは限らない。

何枚かレポートを書いて、それで全て終わったので。帰る事にする。その途中で、取り調べの様子を見る。

犯人三人組は、高く売れるミグルという生物を捕獲するべく、密猟を目論んでいたらしい。

高く売れるといっても、そもそも今の時代は富の格差がないので、ほとんど売る事よりもハンティングが目的だったと見て良い。

要するに拗らせた結果。

ロボットやシミュレーションでは満足出来なくなった、ということなのだろう。

なんというか。

なんとも情けない話ではある。

ため息をつくと、そのまま宇宙港に向かう。

輸送船が来るまで少し時間が掛かるので、携帯端末を弄ってSNSを見ていると。

妙な情報が入ってきた。

密猟についてのブラックマーケットがある、というものだ。

SNSで噂になっている。

勿論そんなもの、現在は存在し得ない。

古い時代には、アホみたいに金を持っている人間が実在していたから。

そういう連中が、奴隷だの曰く付きの宝石だのを、馬鹿みたいな金を出して購入するためのマーケットが存在するような場所があるという噂があり。

事実実際問題、絶滅寸前の動物などを高値で購入する腐れ金持ちは存在していたようだが。

今の時代は、そもそも貧富の格差がないし。

いわゆるダークウェブや、犯罪組織も存在していない。

故にそんなものはあり得ないのだが。

どうしてか、SNSで話題になっている様子だ。

「何だか危険な細菌類とかを其所で購入できるって話だ」

「嘘だろ流石に……」

「そもそもAIの監視網をどうやってかいくぐるんだよ」

「それはなんか色々やるんだろ」

私は鼻を鳴らすと。

AIに聞いてみる。

「それでどうなの?」

「都市伝説にすぎません」

「……」

「実際にもしもブラックマーケットというようなものが存在するとしても、現在ではそもそも富の格差がないように調整を行っています。 ハイリスクを犯しても、高額の品を買える人間がいません」

まあ、その通りだ。

更にAIは言う。

「三億年以上前には、私が片っ端から潰してはいましたが、それに似たものは存在はしていました。 宇宙海賊同様、私が全て潰しましたが」

「ということは、政府を人間が回していた不安定な時代にはあったと」

「はい。 貧富の格差も当時は普通に存在していましたし、まだ侵入を禁止している星に軍などを買収して忍び込み、採取してきた生物や、場合によっては人間の奴隷などを売る事はありました。 いずれも全て当時の関係者は逮捕し、全員を適切に処分しました」

適切に処分、か。

今は兎も角、此奴は三億年前には、宇宙海賊を容赦なく撃墜したりと方針が違った。

さぞや恐ろしい目にあったのだろうな、と思うが。

私にはどうでもいいことだ。

問題は別にある。

火の無いところに煙は立たない。

更に、である。

さっきの三人組。

細菌はどこから手に入れた。

それもちょっとばかり気になる所である。

「あの密猟者どもが、どこから細菌を手に入れたかは分からない?」

「行動は確認済みです。 あの細菌は、自分の体内から摂取したものを培養したものとなっています」

「そんなもん持ち出させるなよ……」

「巧妙に隠していたのです」

嘘つけ。

ぼやきたくなるが、とりあえずそれを追求はしない。

してもどうせはぐらかされるだけだ。

ただ、ブラックマーケット的なものがあるかどうかは少しばかり気になる。

もしあった場合。

その場に乗り込んで、関係者を皆殺しに……はできないか。どうせ警官ロボットも一緒に乱入するし。

それにショックカノンも気絶に抑えられるだろうから、客も主催者も撃ち放題までで終わりだ。

バラバラの肉塊が周囲に散らばる楽園のような光景を作り出す事は残念ながら出来ないのである。

ただ、警官としての私としては。

どうも放置は出来ない気がする。

「この噂、出所は?」

「ここしばらく立て続けに密猟未遂が起きていまして。 それがどうも、このブラックマーケットの噂を聞きつけての行動のようなのです」

「となると、密猟を依頼した奴も」

「恐らくはブラックマーケットに品を流そうと思っていたのでしょう。 そんなものはありはしないのですが」

今回は、居住惑星のシールドを突破しようと密猟者は試みていた。

これがまだ銀河連邦に加入していない星や。

そもそも人間が居住していない星になってくると。

難易度が桁6つくらい跳ね上がる。

当然の事ながら、軍が監視に当たっているからである。

軍を人間が動かしているなら隙は出来るだろうが。

AIが一糸乱れぬ整然たる運用を行い、徹底的に監視をしている。

そういう状況だから、恐らく仮に私が犯罪をしようとしても、網の目をくぐるのは難しいだろうし。

そもそもAIはある程度犯罪者を泳がせている節があるが。

クリティカルな問題になりかねないこの手の事を、犯罪者に赦しはしないだろう。

密入国だけで大問題になったのを目にしているのである。

ましてや密猟なんてやろうものなら。

それこそあらゆる意味でAIは赦しはしまい。

或いは密猟で大問題が起きる、という事を警告するために。敢えて犯罪を起こさせる可能性はあるが。

それは私があくまで推察していることだし。

そうだという前提を元に話を進めて行くのは危険である。

「ちょっと調べて見てもいいかな」

「ブラックマーケットについて、ですか?」

「うん」

「いずれにしても、先ほどの密猟者のクライアントを逮捕してからです」

まあ、それは分かっている。

輸送船に乗って移動。

要するに、比較的近くにクライアントはいる、ということだ。

別の星に着く。

千年以上生きている人間ばかり住んでいる星らしく。かなり落ち着いた雰囲気である。千年以上生きているからと言って別に金持ちという訳でも無いし。人格が優れている訳でもないだろうが。

ともかく、目的地に淡々と行く。

とっくの昔に。

密猟者の行動ログから、クライアントの割り出しは終わっていた。

ベルトウェイもない道を黙々と歩き。

そこそこ落ち着いた雰囲気の家の前に出る。

チャイムを鳴らす。

出てこないな。

舌打ち。

内部にいることは分かっているので、つれてきた警備ロボットに任せる。警備ロボットは、ものの七秒で解錠していた。

内部に堂々と入り込む。

昔の日本のように靴は脱ぐ式か。

靴を揃えて内部に上がり込む。

どうせ服でだいたいのダメージは防ぐ事が出来るので、気にすることは一切ない。

靴下だけで古い時代の装甲車以上の防御力は出せるので。

なんかトラップが仕込まれていても、充分である。

さあてどこかなあ。

ここかなあ。

撃たせろ。

呟きながら、舌なめずりして部屋を一つずつクリアリングしていく。

まあだいたい何処に隠れているかは分かるのだが。

相手がこっちを見ながら恐怖しているのを承知の上で。

敢えてこうやって遊んでいるのだ。

警備ロボットが、そんなハイテンションな私の横で淡々と作業をしているのは。ある意味シュールである。

ほどなくして、ある部屋の前に止まると。

警備ロボットに顎をしゃくる。

ドアを開けると。

部屋の隅でガタガタ震えている、小柄な人間がいた。

さっと調べて見る。

地球人に似ているが、大きさは八割くらい。手の形状が少し違っていて、指が四本になっている。

どうも故郷の星では半水棲だったらしく。

たまに先祖返りで水かきがある場合もあるそうだ。

ペルク人という種族のそいつは、私を見て震え上がっていた。

手帳を見せる。

「ハーイお巡りデース。 密猟者を頼むとは、随分と大胆なことをしましたなあ?」

「す、すまなかった、ゆるして、ゆるして……!」

「私はともかく、許すかどうかは此奴に聞くんだな」

ショックカノンを見せると、悲鳴を上げながらペルク人は両手を挙げたが。私は躊躇無く撃った。

なんで撃ったんだろうと警備ロボット達が一瞬止まった後。

気絶したペルク人を連れていく。

私は恐怖を摂取して大満足である。

舌なめずりしてごちそうの余韻を楽しんでいると。AIが呆れ混じりに苦言を呈してきた。

「流石に今の状況で撃たなくても……」

「密猟の親分だし、何するかわからんからね」

「はあ……」

「とりあえずごちそうさま。 じゃあ帰るとしますかね」

勿論私は犯人を拷問できない。

拷問できたら楽しそうなんだけれどなあと思いながら。連行されていった犯人を見送り。宇宙港に急ぐ。

とりあえず後は家に戻るだけだ。

宇宙港で、また少し待たされる。

普段はAIがばっちりすぐにチケットを調整してくれるのだけれども。

この星はどうもあんまり人が行き来しないとかで、そういうのが上手く行かなかったらしい。

まあ多少待つくらいは苦にならないので。

その間は、SNSでも見て過ごす。

「密猟者がまた捕まったらしいぜ」

「三人組の密猟者が捕まったとか聞いたけど」

「それとは別らしい。 開拓惑星で、まだ生態系の調整をしている地域に入り込もうとした奴がいたらしいぜ」

「また無謀な。 開拓惑星って、ある程度ユルユルな反面、バイオハザード防ぐためにその辺りばっちり固めてるんだろ?」

意外と詳しい奴がいるな。

その通りだ。

開拓惑星の初期段階は、背伸びしたいお年頃のオバカちゃん達のガス抜きのために、ある程度敢えてカオスを作っている。

私に取っても狩り場になっているのはそれが理由だ。

その一方で、カオスの中にも秩序は存在している。

そういう場所では、地球時代で言うゴキブリとか鼠とかに相当する生物が、あっと言う間に繁殖するし。

危険な病原菌の類があっと言う間に感染爆発しかねない。

このため、AIもカオスを黙認している部分と、していない部分がある。

他生物との接触が特に厳重に禁止されていて。

絶対に接触はさせないそうだ。

ペットと飼い主の絆、なんてものは存在しない。

地球で言うと犬などの人間との生活を選んだ生物も存在するにはするが。その人間と犬の関係も、あくまで利害の一致で成立していたに過ぎない。

勿論中には理想的な関係もあったのかも知れないが。

それはあくまで、それぞれの主観的な理想がたまたま一致しただけだ。

やはり気になるな。

「やっぱりこれ、ちょっと本格的に調べた方がいいんじゃないの?」

「ふむ。 篠田警視。 実は貴方を警視正に出世させるという話が出て来ています」

「それはありがたいけれど。 警視正になっての初任務にするって事?」

「察しが早くて助かります。 階級などないと同じの今ですが、流石に警視正ともなると更に大きな仕事に関わってほしいと言う本音もあります」

まあキャリアも何も無い時代だ。

地球時代の警官は、キャリア組では無いとどんなに頑張っても警部補どまりだったとかいう話も聞く。

今の時代は適正にあわせて職が用意され。

AIの方で過剰労働にならないように調整までしてくれながら、それぞれある程度自由に仕事が出来る。

ただそれでも、一応の区切りとなる仕事は用意したいのだろう。

私の気持ちの引き締めのため、かもしれないが。

「分かった、じゃあちょっと気合いを入れてやってみるかな」

乗せられた気もするが。

まあそれでも楽しいのだから可とする。それだけだ。

 

1、ブラックマーケットの噂

 

家に戻ってからは、淡々と休日を消化した。

スイの作る飯を食べながら、ジムに通っては阿修羅の如く泳ぎまくる。丸一日泳いだ後は、流石に腹が減ったのでムシャムシャ食べた。

食べた分は動いているので、AIも何も言わない。

肉体の全盛期の16歳状態を保っているので、体の方も文句をいわない。

筋肉痛もない。

鍛え方が違うからである。

犯人を楽しく撃つためには、それなりに鍛えておかないといけない。

ケーキの苺を残しておくのと同じ心理である。

最高のごちそうを味わうためには。

私も相応に努力しておく必要があるのだ。

その努力は全く苦にならないので。私としてはまあなんのストレスもない。

スイの髪はそろそろ良い感じに伸びてきているが。

どうやって髪をいじくろうかなあと思って考えている内に、休日が終わってしまった。

そして、無感動に警視正に昇進した。

古い時代だったら署を任されるくらいの地位だったらしいが。

今の時代は地位がお飾りなので、特に何の意味もない。

何の意味もなくても別にどうでもいい。

私自身金に執着はないし。

そもそも誰かを部下として使いたいとも思わないからである。

人間と接するときは。

必要な時だけでいい。

理想を言えば撃つときだけでいいのだけれども。

まあそれはそれだ。

署に出向くと、デスクにつく。

早速、AIの方が資料を回してきた。

私が捕まえた三人組も含め、最近捕まった密猟未遂犯の一覧である。頷くと、さっと調べて行く。

また数年前からのデータも照合するが。

密猟未遂犯は驚くほど少ない、というのが実情だ。

犯罪の実に九割が、開拓惑星で起きている。

要するにしょうもない代物が大半と言う事で。

そりゃあ犯罪者達も、私みたいなのが出てくるとなれば、恐怖で泣き叫ぶわけである。

「つながりは殆ど見受けられないね。 ただここ最近はやはり多発傾向にある……」

「それは否定出来ません。 ブラックマーケットで高く売れるという噂が原因となっているのではないかという説を唱えている警官もいますが」

「私もそうだね」

「他にもいるのです」

なるほどね。

腕組みして、データをグラフ化すると。

ここ最近での事件件数が、ぴょんと跳ね上がっているのが分かる。

いずれもが未遂だが。

バイオハザードを引き起こす可能性もあるし。かなり厳しく取り締まられている。密猟、ましてや密売に成功したケースは存在していない。

金が価値をもたない世界で、どうしてこんな割に合わない犯罪をするのか、よく分からん話である。

貧富の格差が大きい時代でも、大半の人間に犯罪は割に合わなかったと聞いているのだけれども。

今の時代になっても、こうやって犯罪をする奴はたくさんいる。

これは一種の病気なのではあるまいか。

私と同じように。

とりあえず、データを色々見ていく。

聴取の様子も、である。

ざっと見て行った感じ、幾つかの結論は出て来た。

「仮にブラックマーケットが存在していたとしたら、これ割に合わないだろうね」

「もしも私が全く感知できなかった犯罪が多数存在し。 巨大な犯罪組織が存在している場合は話が別でしょうが」

「そんなものはない」

「その通りです」

AIの。この銀河系を統括管理しているAIの性能は、私が嫌になる程良く知っている。

息抜きのためにある程度犯罪を起こさせて、人間に緊張感を保つよう促す事も忘れていないし。

とにかく狡猾極まりない。

一方で人間を一人も取りこぼさないようにも苦労している。

私みたいな正気度が地面にめり込んでいる奴が生きていられるのもその良い証拠だ。

古い時代のSFに出てくるAIだったら、危険分子として消されているだろう。

「ちょっと離れて見ようか。 ブラックマーケットの噂がSNSに流れているのは事実だけれど、真相は違う」

「ふむ。 しかしながら密猟未遂が増えているという事実はあります」

「犯人の尋問を見る限り、やっぱり金目当てとは思えないね」

「……そうですね」

今、私が捕まえた犯人三人組の尋問を見ている。

別々にされた上で、尋問を警官が行っているが。

容赦なくデータを出されていくと。

何も言い返すことができない様子で。

やがて折れた。

動物を撃ってみたかった。

そう、犯人の一人はいった。

この三人は、前に開拓惑星で知り合い。その時から名前を轟かせる野望を抱いていたらしい。

この退屈な世界では、業績を上げても名前を轟かせるのは難しい。

だったら、誰も出来なかった犯罪をやって名を轟かせたい。

そう、リーダー格は言っていたそうだ。

だが今尋問されている奴は違う。

単に接したことがない、野生動物というものを。原始的な銃火器で撃ち。命を奪う経験をして見たかった。

それだけらしい。

殺人となると犯罪の難易度がぐんと跳ね上がるが。

動物の密猟だったら、別に其所まで難しくも無いし。

逮捕されても大した罪にはならない。

そう甘く見ていたそうだ。

さっと調べて見るが、密猟を成功させたケースはここ百年で二回。そのどちらの方法も、現在では対策済である。

そしてそれらの犯罪での懲役は、それぞれ実刑で十二年ほど。

はっきりいって、軽い刑罰とは言えない。

それを犯人は知らなかったのだろう。

聴取の過程で、十年以上の懲役と聞かされて。

流石に唖然としているようだった。

未遂で良かったなと、ほろ苦い顔で警官に言われて。

以降は完全に真っ青になって黙り込んでいる様子は、ちょっと面白かった。

まあそれはいいか。

続けてリーダー格の尋問も見る。

其奴の尋問を見る限り、話は矛盾していない。

やっぱり大きな犯罪をやって知名度を轟かせたいという野望はあったようだが。

しかしながら、ただそれだけだ。

要するに背伸びしたいオバカちゃん以上でも以下でもない。

それに名前を轟かせたところで。

何かが出来るような器でもないだろう、こいつは。

器にあわない名声を得たり富を得たりすると、人間は文字通り破滅する事になるケースが多い。

それについては、あまりにも膨大なデータが出ている。

凄く良い仕事をしていたり、良心的だったりした人間が。

器に合わない地位に就いた途端、悪逆の権化になるケースは珍しくもないのだ。

地球人が特に顕著だが。

他の人間でも、類例はそれこそ幾らでもあるようだった。

呆れて、他の聴取を見る。

関連性があるようには見えない。

ある密猟未遂の犯人は、本物の動物を自分で手に入れたかったと口にしているし。

別の犯人に至っては、噂のブラックマーケットを実際に見てみたいと口にしていた。

馬鹿か。

そんなものはないというのに。

二万年前の、文明崩壊寸前だった地球にはあったかも知れない。

何しろ島一つを丸ごと買い占めた金持ちが、其所に性奴隷目的で子供を集め。更に司法も買収して、やりたい放題していたという実例があるのだから。

だが、今の時代にそんなもんはない。

AIが、貧富の格差を取り払ったのは正解だったんだなと。こういうアホを見ると思ってしまう。

ため息をつく。

「なーんかおかしいねえ。 どうにも共通点が見えてこない。 でも勘が囁くんだよなあ」

「篠田警視……いや篠田警視正の勘は当たりますからね」

「たまに外れるけどね。 何か見落としてないかなこれ……」

淡々と順番に聴取の様子を見ていく。

ふむふむ。

面白そうな奴が出てきた。

とにかく頭が悪そうだ。

宇宙に出てくるまで、相当な年数を掛けた種族で。知能は地球人の半分程度しかない種族である。その分肉体は極めて屈強。

屈強だからといって凶暴、獰猛ということもない。

例外はいるようだが。

ともかく、そいつの様子を見ていると。興味深い事を聴取で言っていた。

「俺、金持ちになりたかった」

「金なんか今の時代、役に立たないだろ」

「そうじゃない。 役に立つ金が手に入るって話をきいた」

「? 役に立つ金?」

この犯人。

密猟が如何に危険か。

バイオハザードが起きるとどれだけ大変な事になるか。

人間という種族が、そもそも生態系から外れてしまっていて。動物とは切り離さなければならないという話を丁寧にされると。

涙を流して反省を始め。

ぺらぺら自分の動機を話し始めた。

要するに頭が悪いだけで。悪知恵が働く人間ではなかったのだろう。

「俺、色々自由にしたかった。 でも、確かに今の時代の金は、手に入れても役に立たない。 生活は保障されてるけど、どんだけ働いても何も特にできない」

「生活が保障されているっていうだけで、どれだけ今までの時代に比べて幸せか君は分かっていない。 人間の手を離れて、やっと政治と経済は……」

「俺もそれは分かってる。 だから欲が出たことは馬鹿みたいだと思う」

「……詳しく聞かせてほしい。 役に立つ金とは何のことだ」

犯人曰く、SNSで聞いたのだという。

何でも実際に現在流通している貨幣ではなく。

それとはまったく別で。

使っても足がつかない金があるという。

要するに、現在銀河系で流通しているものとは、別の形態の貨幣があるということか。

小首をかしげる。

いずれにしても、聴取をした警官も調査をしたようだが。

SNSでの発言は確認できたものの。

根拠については分からなかったという。

犯人と親しい人間による発言だったようだが。

どうにもそれ以上が分からないようだった。

「これって確か、地下経済とかいうんだっけ?」

「……貨幣というものは、政府が保証し価値が安定している事に意味があります。 物々交換の後に、貨幣経済が浸透していったのも。 その利便性が高いというのが理由です」

「うん。 それで地下経済ってのは?」

「政府があまりにも無能だったり、貨幣に価値が無くなったりした場合。 何かしらの、価値が保証されたものが貨幣の代替品とされるケースです。 例えば超インフレが発生した場合、政府が発行した貨幣は紙屑になります。 そういう場合、別の国の政府が発行した貨幣などが流通するケースがあります」

なるほど。

だが、そもそもだ。

今の時代はホームレスもいない。

カーストも存在しない。

古い時代にいた既得権益層は一人も生きていない。

それが故に、基本的に人間は適正にあわせて何でも出来る。

寿命も事実上存在しないから、いつからでも何にでも挑戦できる。

そういう状態は、この貨幣経済をAIが完全に管理しているから産まれるもので。正直これに問題があるとは思えない。

腕組みする。

「それで、地下経済が存在する可能性は?」

「過去には存在した事がありました」

宇宙海賊をAIが滅ぼした三億年から更に遡ると。

銀河連邦は緩やかな知的生命体文明の連合体に過ぎず。

機能していない事も多く。

激しい戦闘が行われた時代もあったという。

AIはその間も着実に性能を伸ばしていき。人間をサポートする存在として力を確実につけていったが。

その過程で、人間が政治を見るシステムの弊害と問題点を、確実に洗い出していったそうである。

その結果が今、というわけだ。

まあ正直な話、わからないでもない。

「ある一定人数が動かないと地下経済など誕生しようがありませんし。 そもそも地下経済を動かして利益を得て、自分だけ良い生活をしているものなどいません。 それを目論むものはいますが、いずれも今まで潰しています」

「そうだろうね。 今回、密猟を犯罪の一つとして、地下経済を新しく構築しようとしている奴がいる可能性は」

「否定はできませんが、いたとしても……」

まあ分かる。

はっきりいって、非効率極まりない。

とりあえず腕組みして、しばらく考える。

他の聴取データも見るが、いずれもが面白いものでもないし。勘に響くものでもなかった。

はっきりしているのは。

此奴らを見ていても正直勘が働かない。

だが、密猟の不意の増加というのは、どうも変に勘が働く。

立ち上がると、私は資料を見るべく、シミュレーションルームに出向く。

色々な角度から事件を検証していく。

これが意外と、解決の近道だったりする。

シミュレーションルームで、実際のターゲットになった動物を全て確認していく。

中には、密猟者が返り討ちになりそうなのもいた。

四本足の生物は、二本足の生物に比べて非常に安定していて、出力が桁外れだと聞いた事はあるが。

それを実際にシミュレーションで見てみて実感する。

人間がどんだけ頑張っても追いつけない速度で、普通に走るものばかりだ。

パワーも段違い。

どれだけ鍛えても、ある程度以上の大きさの動物には絶対に勝てない。

私でも無理だ。

人間と体重が同じくらいの四つ足動物になってくると、罠や武器を使わない限り素手では何をやっても勝てる見込みがない。

更に人間の何倍も体重があるような四つ足になってくると、殴ってもそもそもダメージが入らない。

手を使う事が出来る生物にしても、人間よりは強力だ。

例を挙げると、地球にいた類人猿にしても。

例えばゴリラという種族は、握力からして数百sという話だから。人間なんかその気になれば素手で引き裂くことが出来る。

事実一件だけ。

密猟者がバラバラに引き裂かれて発見された事があるそうだ。

まあこれについては完全に自業自得なので、同情の余地など全く無いが。

「……これさ。 密猟未遂ですんでよかったんじゃない?」

「銀河連邦での生活になれた人間が、猛獣を原始的な火器で倒すのは不可能です。 狙っていた動物はいずれもかなり殺傷能力が高く、仮に本当にシールドを越えて保護区に侵入していたら、高確率で返り討ちにあっていたでしょうね」

「……何か嫌な予感がする」

「他のデータも見ますか?」

頷く。

私としても、そんなに動物には詳しいわけではない。

だから、密猟対象だった動物について見ていく。

これらの動物は、元々かなり数を減らしてしまっていて。それぞれの母星から生態系ごと持ってこられたものが多いようだ。

古い時代は、弱肉強食という言葉を勘違いしている阿呆が、弱い生物は淘汰されるだけなどと寝言を抜かしていた事があったようだが。

実際にその生物の戦闘力だけが問題になるほど、生態系は簡単にできてはいない。

たとえば地球では、史上最強の陸上生物は間違いなく恐竜だが。

これは滅びた。

理由は簡単。

運が悪かったからである。

更に言うと、環境が変わると食物連鎖の頂点は、必ずと言って良いほど壊滅する。最強というのは、罰ゲームをさせられているようなものであって。

長い間地球で生き延びてきた生物というのは、食物連鎖では二番手とか、或いは底辺で生きてきた存在であるという。

なるほどなるほど。

ひょっとしてだが。

今回の密猟騒ぎ。

思ったよりも、闇が深いかも知れない。

他にもデータを見せてもらった後、シミュレーションルームから出る。今日は後少しレポートを書いて終わりだ。

それにしても。

この件、実態をAIはとっくに掴んでいるのではないのか。

まあ可能性は高いだろう。

だが、私がこれを突破出来たら。

色々ご褒美が出る事も期待出来る。

撃ちたい放題ツアーが組まれるかも知れないし。

頑張ってみる価値はある。

レポートを書いた後、帰宅。

軽くジムに行って来て、ランニングマシンを使う。負荷を全開にして、しばらく滅茶苦茶走る。

数時間ほど全力疾走した後、物足りないなあと呟きながらもう一度帰宅。

ロクに汗も掻かなかった。

嘆息していると。

AIがぼやく。

「篠田警視正なら、原始的な火器で恐竜に勝てるかも知れませんね」

「素手じゃ無理だけど、武器があったらどうにかなる相手もいるかもね」

「冗談のつもりだったのですが……」

「HAHAHA。 ナイスジョーク」

棒読みでジョークだったことを褒める。

まあ正直、ティラノサウルス辺りが相手になると、流石に無理だけど。

風呂にはいって、掻いてもいない汗を流すと。

後はスイが作った夕食を口にして、寝る事にする。

そういえば、スイは敢えて人間の身体能力を超えず、殺傷も出来ないように設計されているんだっけ。

そうなると、私が訓練をする相手としては不足か。

それに多分戦闘関連のプログラムをする事自体が犯罪になると聞いているし。

「マスター、どうかしましたか?」

「いんや、なんでもない。 寝る」

「ベッドは整えておきました」

「ありがとさん」

あくびをして、ベッドに入る。

どうにも掴めない。

なんか嫌な予感はするのだが。一連の事件に犯人がいるのだとしたら。今のところ好き勝手に事件をコントロールされているように思えてならないのだ。

しばし黙り込んだ後。

私は考えるのをやめた。

とりあえずは明日以降だ。

休憩中に仕事の事を考えるのはあまり効率が良くない。寝る時には、さっさと寝る事にする。

それがあらゆる意味での健康に良い行動だからだ。

 

2、見え始める影

 

必死に逃げ始める犯人。

私はあっさり追いつくと。ショックカノンで後ろから撃つ。

思いっきり茂み(人工物)に突っ込むと。そのまま動かなくなる密猟未遂者。

恐怖の顔で、逃げられるかもしれないと思って走りさる有様は実に滑稽だった。

「どうだ、逃げられると思ったところを、あっさり撃たれた気分は? んー?」

「篠田警視正。 もう聞いていません」

「分かってるよ。 お約束だって」

「はあ……何かの邪教の儀式だと認識しておきます」

邪教の儀式か。

それもまた悪くない。

ふーとショックカノンを吹いているうちに、警備ロボットが犯人を連れて行く。尋問は。まあ今回もさせてはもらえないだろう。

今回の犯人は、結構用意周到に密猟の準備をしていた。

このシールドも、ハイキングコースの最深部。

要するに人目につかない場所に、物資を着々とためていき。

色々狩りに必要なものを組み立て。

最終的に、狩りに踏み切った、というわけだ。

まあ残念ながら、それらの物資を運んでいる様子は確認されており。

私が完璧なタイミングで到着したわけだが。

シールドを越えられると思った時。

私が満面の笑みで現れたのをみた犯人のツラは、ご飯を三杯どころか数日ご飯だけでいけるレベルの美味だった。

さて、戻るとしよう。

宇宙港に戻りながら、私は軽くAIと話す。

「今回の奴の聴取、後で確認するわ」

「はい。 ただ手間取るでしょうね」

「? どゆこと」

「一種のマインドコントロールを受けていた可能性があります」

マインドコントロール。

そんなもの、今の時代に成立するのか。

確か、洗脳の類は古くはカルトで良く行われていたと聞いている。宗教でなくても、思想団体などでもそうだ。

だが今の時代、AIの監視下でマインドコントロールなんか出来るのか。

小首をかしげるが。

AIはきっちり捕捉してくる。

「何人かのSNSで知り合った人間に、話をするうちに色々な思想を吹き込まれていたようなのです」

「ふーむ、でもそれって防げなかった?」

「かなり巧妙に、長時間を掛けて思想を誘導されていました」

「でもその先がリアルハンティング?」

分からないなあ。

いずれにしても、何をさせたかった。

とりあえずは、そこを突き止めないと話にならんだろう。

それにしても、絶対に分かっていてやらせている。

高確率でそうだ。

人間に緊張感を持たせる為。

それは分かってはいるが。

私以上に悪辣かも知れないな、と思う。

AIは多分真相を知っているはずだが。

もしも私でもどうにもならない場合は、自分で解決するのだろう。

あくまで仕事のほんの一部を私達人間にやらせているに過ぎないのである。この件だって、とっくの昔に本丸に辿りついている可能性が高いが。

まあそれについてはいい。

本丸を撃つのが楽しみだからである。

広い視野で見れば、利害は一致しているのだ。

宇宙港に到達。

輸送船は急いで来たからか、帰りの分は用意されておらず。

私はSNSで様子を確認する。

流石にまだ早すぎるからか。

今回の事件についての話題は、流れていなかった。

ただAIの方から事件についての報道はするので。

その後に、色々と議論は交わされるだろう。

むしろ気になるのは。

一連の事件の背後に何があるか、である。

AIがたきつけている、ことはないだろう。

今までの事件でも、それはなかった。

AIはあくまで人に寄り添って銀河連邦を回している。その過程で、後ろ暗い事もしている。

それだけである。

その後ろ暗い事にしても、地球時代の人間がやっていた事から比べれば、無菌室に等しいレベルだ。

私から見れば、聖人に等しい。

「ふーむ、参考になりそうな情報はないなあ。 当面相手の出方を待つしかないのかな」

「篠田警視正らしくもありませんね」

「まあ実際そう思うよ。 何か情報があればいいんだけれど、も」

「輸送船の時間を表示します」

輸送船のチケットが取れたらしく。私は頷くと、宇宙港の待機ゾーンで待つ事にする。

どうせ大した時間は待たない。

小さくあくびをしながら、SNSを見ていくと。

密猟未遂の報道が行われた。

AIの報道は淡々と事実だけを述べるため。

昔資料で見た、地球時代のマスコミのニュースとは大違いである。

無味乾燥すぎてつまらんという声がある一方で。

だったら人間が報道をしていた頃のものはと調べた人間は、閉口して以降何も言わなくなる。

そういう代物だ。

淡々と事件の推移が報道され。

その後の経過を見た後。

私はSNSでの様子を見る。

最近密猟未遂が何回か起きていたからか。

SNSのユーザーの反応はむしろ静かだった。

「ふむ。 殆ど反応無しだな」

「篠田警視正。 詰みですか?」

「いんや、むしろチャンス」

「なるほど」

AIに軽く答えておく。

犯人は現場を見に戻るという話があるが。

今まで密猟未遂で騒ぎになっていたのに。それが続いたと言う事もあって。多少凝った趣向でも全く反応がなくなってきた。

黒幕がもしいるとしたら。

苛立ち始めるはず。

其所で何かアクションを起こしてくれればしめたもの。

尻尾を掴んで、一気にひっ捕らえてくれる。

私はツールを使って、怪しい言動をしている人間をチェックさせるが。手元にある端末の性能だと若干厳しい。

署に戻ってデスクにつきたい所だが。

残念ながら、輸送船がそろそろくるタイミングだ。

輸送船に乗って、それからである。

帰路について、その過程で。

ツールが幾つかの発言に反応したが。ざっと見る限り、ただのオバカちゃんだったので、放置。

事件性のある発言などは、ほぼ存在しない。

AIが瞬時に削除して、発言者に警告するからである。

場合によってはSNSを取りあげてしまう。

人間に寄り添い。その願望に出来るだけそうAIだが。犯罪には荷担しない。

少なくとも、犯罪を行おうとしている人間が補助AIを切っていても監視はしているが。

その一方で、犯罪を行おうとしている人間を、AIが積極的に荷担はしない。

そういう立ち位置にいるのだ。

私はそのまんま流し見していたが。

一つだけ、気になる発言があった。

携帯端末のツールも案外すてたもんじゃないな。

そう思って、にやりと笑みを浮かべる。

「この発言をした奴、追跡出来る?」

「はい。 この発言は……」

「恐らく、何か知ってる」

「分かりました。 家に戻るまでには準備を整えておきます」

流石に即時逮捕、とは行かない。

裏取りがいる。

私がみたSNSの発言は、こうだった。

「暇な奴だな。 時間を掛けて山ほど物資をため込んで、それで密猟だろ。 暇と言うよりも無能と言うべきかな」

実はこの発言。

一つ致命的なミスをしている。

何度も往復して、密猟未遂犯が物資を運び込んでいたのは事実である。

だが何度も往復したとは発表されているが。

時間を掛けたとは発表されていないのである。

何よりも地元民であるかどうかすら発表していない。

そもそも今回の犯人は地元民ではなく。

物資を蓄えるのに時間が掛かったのも、それが理由なのである。

問題があると判断したか、SNSでの発言はすぐに消されていた。ツールが今回はとても良く動いたと判断するべきか。

それとも、敢えてAIがツールに引っ掛からせたのか。

それは分からないが。

いずれにしても、これは大きな手がかりである。

後は、裏取りをして。

追い詰めていけば良い。

普段は家に直帰するのだが。

今回は、署にちょっと寄ってデスクで仕掛けをしておく必要があるだろう。

少し面倒だが。

まあ仕方が無い。

これも犯人を撃つためには必要な事だ。

また家にいるスイは実際の子供ではないし、放置しておいても問題ないのが大きい。

スイが私の子供だったら、こうはいかない所だ。

ダイソン球に到着。

署にまず出向いて、軽くデスクでマクロを組んでおく。

私はプログラムの専門家ではないが。

この辺りはAIが支援してくれるので大丈夫である。

だいたい仕掛けは出来たので、頷くとそれを走らせたまま家に戻る。

スイがお帰りなさいと出迎えてくれたので。

コートを預ける。

そろそろ髪は良い頃か。

適当に結って遊ぶには丁度良いだろう。

「髪はそのくらいで大丈夫」

「分かりました。 これ以上伸ばすと色々稼働に支障が出ると思っていましたので、有り難いです」

「ああ、そうか。 確かに伸ばしすぎると面倒だね」

「はい」

それはあまり考えていなかったか。

新陳代謝がないロボットだから良いけれども、実際だったら髪を洗うのも一苦労な長さになって来ていた。

そう考えると、確かにスイの言う事も一利ある。

風呂に入った後、夕食にする。

適当においしくなりすぎないように作らせた料理を頬張っていると。スイは時々質問をしてくる。

私が快適に過ごせるように、という意図のようだが。

元々スイはセクサロイドだ。

メインの仕事を私が必要としない分、暇な時間を活用したいと思っているのかも知れない。

「マスターは、舌が肥えすぎるから味を落とせと言っていましたが。 そのようなものなのですか?」

「うん。 正確には人間の欲望にはきりが無いってやつでね」

元々私は強欲な人間だ。

それはよくよく理解している。

そして人間というか知的生命体は、欲がある程度ある事で、文明を形成する。

文明の形成期には、どうしても欲が必要になってくるし。

様々な発明や発見をするにも、欲が絡んでくる。

だが過ぎた欲は、エゴによってどうしようもない災禍を産み出す。

場合によっては文明レベルでのクラッシュを引き起こすし。

一人の生活という点でも。

美食にはまりすぎた結果、異常な食費を使うようになったり。

美意識に懲りすぎた結果。

実用性のかけらも無い装飾品を身を削ってまでかき集めるようになる。

コレクターと呼ばれる人間も。

欲に身を任せてしまうと、破産するケースが昔はあったそうだ。

古い時代はコレクター気質の人間に、際限なく金を使わせるタイプのゲームが存在していたらしく。

これらは多くの人間に、湯水のように金や時間を使わせていき。

気がついたら何も残っていない、という人間を続出させたそうである。

私は色々その辺りを調査して知っている。

今の時代は、そもそも個人が持てる金に限界がある。

故にそういう事はおきにくくもなっている。

また、欲望のコントロールはAIが幼少期から教育の過程で行うそうだ。

私はそれをされた記憶がないから、上手に誘導したのだろう。

その辺りの話をすると。

スイは少し考え込んでから頷いていた。

「欲望に際限が無いと言う事は理解しました。 マスターは、その辺りしっかりなされているのですね」

「私は食事なんて事よりも、犯罪者を撃ちたいという欲求を最大限度でかなえたいだけでね」

「そうなのですか」

「そうなんだよ。 だから食欲なんてもんにリソースを少しでも取られたくない」

これが本音だ。

だから今の警官としての仕事は充実しているし。

はっきりいって他の事は全て後回しである。

食事が終わる。

少し時間があまったので、ジムでも行くかと思ったが。

風呂に入った後だ。

明日は休みだとは言え、流石に風呂に入った後泳ぐのもなんか気分が良くない。

横になって、寝るまでSNSをチェックする。

やはり密猟未遂関係のニュースは殆ど流れていない。

話題にしている奴も少数だ。

「実際問題さ、何か動物捕まえた所で、それを今の時代飼う事って出来るのか?」

「難しいね。 何かしらの動物と共依存関係にあって、いないと生存ができないとかの特殊な発展をした人間以外は、ペットは基本的に禁止だしなあ。 それに仮想現実でペットなら本物とまったく同じものと幾らでもふれあえるだろ」

「隠しながら飼うのは?」

「難易度が高すぎる。 実際問題、ペットの飼育にはそれぞれ難易度があって、気むずかしい奴は専門家でも上手く行かないケースがあるらしいしな」

その通りだ。

だが、個人的にほしい情報は話していないな。

まあいい。

切り替えて、軽く対戦ゲームをする。

あんまり戦績は良くないが、まあ気が乗らないのだし。それも当然か。

今日はここまでだ。

寝る事にする。

寝る事を告げると、AIが理想的な環境を即時で整えてくれる。

すぐに眠れる。

古い時代、自律神経を壊されてどうにもならなくなった人の記録を見た事がある私としては。

本当にこれは有り難い事だと知っていた。

 

夢を見る。

私は起きると夢を忘れてしまうので。

夢だと分かっていても、それを楽しむようにしている。

今日は何だか、変な夢だ。

スイと手をつないで、何かの施設を見に来ている。

触っている感触からして、これはロボットの手ではないなと思う。

セクサロイドの皮膚は用途の問題上人間の肌の質感に近い。スイも地球人類に極めて近く後で改修している。

だがそれでも、微細な違いが分かる。

どうやら夢の中で、スイは私の妹らしい。

だったらメイドとしては使えないなと思いながら、ぼんやりと夢の中らしいフワフワした世界を見ていく。

これは、動物園か。

今の時代はもう存在しない施設だ。

動物を見たいのなら、仮想空間にいけば本物と全く遜色ないものを見る事が出来るし。

更に保護区にいるロボットが、実際に生活している様子を幾らでも見せてくれる。

古い時代の動物園は、臭いなどの問題もあったらしく。

定番の娯楽スポットであると同時に。

客商売を考えなければならず。

また同時に個体数が減少している生物の繁殖なども考えなければならなかったという問題もあり。

色々難しい場所だったようだ。

「おねえちゃん。 あの動物は?」

「なんだろ。 どれどれ」

夢の中のスイは現実の働き者とは裏腹に、甘えん坊でどっかぼーっとした雰囲気のある子だ。

まあ夢の中だから何でもありなんだが。

普段とのギャップが大きいなあと思う。

「ライオンだねえ。 地球人類が銀河連邦に所属する頃には絶滅してしまった肉食獣だよ」

「大きいね」

「もっと大きい品種もいたらしいけど」

通称ネメアライオンと呼ばれる種族だ。

ライオンの仲間では最大級の大きさを誇り。

人間に面白がって狩られて。

闘技場などで見世物にされて、片っ端から殺された。

生態系の頂点などといってもそんなものだ。

武器を駆使してくる人間にはかなわないのである。

「あっちのは?」

「ああ、あれは象だね」

ぼーっとしている夢の中のスイだが、好奇心はあるらしい。

私は聞かれるままに答えるが。

夢の中だから、動物園もフワフワしていて、あんまり位置関係とかがよく分からない。

私も地球時代にいた猛獣は仮想空間で知っている。

今では地球で、保護区にて管理されていると言う話だが。

クローン技術などを用いて再生した個体で。

生態系の維持をするために、厳重にロボットが監視をしている、と言う事だった。

まあそうだろうな。

私は見ていて思う。

このサイズの動物だと、繁殖力とかに問題があっただろう。

象は知能が高いとかいう話で。一時期は鯨類などと同じで神格化されていたという話だが。

実際には、繁殖期の象は現地住民に「悪魔」とそのまま呼ばれる程に獰猛になり。

見境なしに周囲に攻撃を加えるため、危険極まりない生物だそうである。

動物園で大人しくしている奴を見ている分にはいい。

文字通り牙を抜かれた状態なのだから。

だが、実際に近くで接しているとどうなるか。

まあ、あまり良い事にはならない。

「象おおきいね」

「そうだね」

「もっと大きいのはいないの?」

「この動物園にはいないかな」

もし見たいなら仮想空間だと話をすると。

ぼんやりした様子で、頷く。

普段だったら、ぼんやりしている子供にはあまり良い気分がしないし。

そもそも私は子供が大嫌いなのだが。

どうしてか、この夢の中では。

私はスイに対して嫌悪感を一切感じなかった。

 

目が覚める。

スイが起きだしていて、私に布団を掛け直していた。

「すみません。 目が覚めてしまいましたか?」

「いんや。 起きるべくして起きた。 それだけ」

「そうですか」

スイはぺこりと頭を下げると、朝食の準備に取りかかる。

私はあくびをかみ殺しながら起きだすと、洗面所に。歯を磨いて顔を洗っているうちに、朝食が出来はじめる。

私は寝相が良くない事は知っていたが。

今までAIがやっていただろう布団の調整を。スイがやっているのを見てしまうと。なんか何となく申し訳ない気分になる。

朝食はすぐ出来たので、朝から旺盛な食欲に任せてムシャムシャと食う。

何となく、スイと動物園に行っていた夢を見たような気がするが。

どうしても詳細はよく分からない。

夢を覚えていない。

これは何かの病気なのかと、ずっと前に心配したことがあるのだが。

AIによると問題は無いという事なので。

今はそういうものだと納得している。

「スイ、動物園とか興味ある?」

「動物園ですか? いえ、特には」

「まあそうだろうね」

「マスターが留守にしている間、情報を仕入れるためにデータは取り込んでいます。 動物については知識を持ちましたし、わざわざ行きたいとは思いません」

はあ。なんとも真面目なことだ。

もしも私が退屈して、話をせがむ場合には。

それに対応出来るようにしている、ということだ。

本来の用途では仕事がないから。

本人なりに頑張っていると言う事なのだろう。

ロボットではあるが、私なんぞよりよっぽど真面目である。

「とりあえず泳いでくる。 昼には一旦戻る」

「分かりました。 いってらっしゃいませ」

「カロリーについてはAIと相談しておいて」

「はい」

後は、ジムに向かう。

どうせ私が仕掛けたマクロは、当面時間が掛かる。

それで解決するかも分からない。

今日は待ち時間になるから、ジムで泳いですっきりするとする。

移動中に、AIと話した。

「しっかし真面目な子だね」

「ロボットの人格は擬似的なものです」

「それはわかってる。 あんたとはちがう」

「それもあるのですが、スイと貴方が名付けたあのロボットに関しては、後天的にあの疑似人格が構成されました」

ほう。

そんな事があるのか。

興味があるので聞いてみると、そもそもセクサロイドなどの持ち主に対してコミュニケーションを必要とするロボットは、擬似的な人格を情報を得て収集するという。

スイはその基幹的プログラムに沿って私が不快にならないように人格を構成して。

ああいう疑似人格になっているそうだ。

小首をかしげる。

確かに私は子供嫌いだが、それとどういう関係があるのだろう。

ああ、そうか。

何となく分かってきた。

スイは腐れ宇宙海賊のデータを調べたと言っていた。その時に具体的に何をされたかとかも、全て知ったのだろう。

それに私が、警官として如何に暴悪の権化として振る舞っているかも、だ。

故に私に不快感を与えないように。

とにかく子供らしくない、一方で不快感も与えない疑似人格を構成したと。

その結果があれだというわけだ。

そうなると、私のせいか。

子供を育てるというのは色々大変な作業だったと聞いた事があるが。

いずれにしても、私は親にはなれないだろうな。

それについては理解した。

ジムで後は無心に泳ぐ事にする。

一つ、徹底的に向いていない事が分かった。

それだけで充分である。

人生は最後まで学ぶ事だらけだ。

私もそれは。例外ではない。

 

3、尻尾を掴め

 

署にて、早速デスクにつく。

幾つかのデータが上がって来ていた。

マクロが仕事をした。

それだけである。

頷くと、データを精査していく。

見ていくと、色々分かってきたが。それでも、犯人に一直線に結びついているようなものはなかった。

ただ一つ。

この間、輸送船に乗り込む前に私が目をつけた奴。

そいつは。別件で逮捕されていた。

「えっ……」

「篠田警視正が目をつけたので、他の警官に調査をさせていました。 その結果、幾つか犯罪行為をしていた事がわかりましたので」

「そっか。 捕まえちゃったのか……」

「篠田警視正が直前に捕まえた密猟未遂犯とつながりがありました」

何でも二人で色々と、本来の用途で使えば問題ない道具を手作りしていて。

そしてもう片方が。それらを集めて現地に向かって。

密猟をしようとしていたらしい。

そうなると、また振り出しか。

黒幕なんかいないのかも知れない。

私の勘だって絶対じゃない。

それについては、以前の事件で嫌になる程思い知らされている。

私は自分を絶対正義だと思う程アホじゃないし。自分の事を常に正しいと思う程頭が花畑じゃない。

それについては私自身で分かっているので。

データを集めて、客観的に調べて行く。

それをするだけだ。

しかしながら、まだ気色悪い。勘が何か働いている。

一連の犯人に共通点はない。

いずれもが、密猟をしようとして、その途中で捕まっている。

裏経済があると信じたものもいたし。

単にハンティングのスリルを楽しもうとしたものもいた。

だが、結論としては。

誰か一人が、糸を引いているという事は無さそうだ。

私は大きくため息をつくと、集まったデータを精査していく。そして、ふと妙なものに気付いていた。

「篠田警視正、どうしました?」

「これ……偶然?」

「ふむ、調べて見ます」

今回の一連の密猟未遂。

模倣犯と思われる件を除くと。犯人の全員が、ある惑星に寄っているのである。それぞれが、一度もしくは二度程度。

その惑星は、開拓惑星として人が住めるようになってから、三万年ほど経過している星であり。

既に治安は安定しているが。

私も実は、二度足を運んだことがある。

こういう惑星でも、犯罪は起きるのである。

「調査しました。 確かに全員が足を運んでいます。 本籍が此処にあった時代のある犯人はいません」

「ログを追跡してくれる?」

「分かりました。 ……皆、観光のために出向いていますね」

「観光、か」

今の時代にも観光は当然ある。

背伸びしたいオバカちゃんが開拓惑星に出向いてウェイウェイ暴れるだけではない。

以前の自家用車ばっかり集めた惑星とか。

そういうレジャー目的で組まれた開拓惑星は多い。

そして人間が企画するものではないので。

採算が取れなくても関係無い。

また、ハイソな住宅街ばかりの星でも、観光に来るものはいる。

そういう星でも娯楽施設が存在し。

それがマニアックだったりするから、である。

「ログの解析完了しました」

「うん」

「どうやら一箇所。 犯人全員が足を運んでいる施設があるようです」

「ビンゴか……」

頷くと、私はすぐにデスクから立ち上がった。

その施設のオーナーが黒幕だったら大変に良いのだが。

勿論そんな甘い話はないだろう。

とりあえずまずは現地に出向いて確認である。すぐに出張などの手続きは、AIが住ませてくれる。

私はそのまま、ショックカノンも受け取らず。ほぼ手ぶらで輸送船の待つ宇宙港に向かうだけだ。

ただ丁度良い輸送船がなかったらしく。

私は電車を乗り継ぎ、更には空間転送まで使って、かなり離れた輸送船に移動しなければならなかったが。

輸送船に乗る。

目的の惑星は、このダイソン球から250光年ほど離れた場所にある。

比較的近い場所だが。

問題は、犯人の中には、わざわざ3000光年も離れている場所から来ているケースがあるということだ。

移動中に、施設について調べて見る。

「何々……獣害の歴史について?」

「様々な惑星で、発生した獣害についての歴史を集めたミュージアムです」

「はあ、いわゆる箱物施設ね」

「そうなります」

獣害といっても、そもそも武器を持っていない人間なんて弱いに決まっている。

武器を持つとあまりにも圧倒的に最強だが。要するにそれは人間ではなく罠とか武器が強いと言う事だ、。

確か地球では、一番人間を殺したのがマラリアとか言う病気を媒介した蚊だそうだが。

猛獣という点で限定すると。

人間を大量に殺していそうな熊とかライオンとかサメはそこまででもなく。

むしろ縄張り意識が強く獰猛な河馬や、見境無く熱に攻撃してくる毒蛇などが多いそうである。

また病気を媒介する昆虫類は、獰猛な猛獣とは桁外れの数、人間を殺しているとかで。

その辺りについても、説明をしている施設だそうだ。

ふーんと頷きながら、話を聞く。

確かに熱で見境無く相手を攻撃する毒蛇類は被害が大きそうだなとは思う。また、実際には極めて獰猛な河馬などもそれは分かる。河馬は確か最大で体重四トンにもなるとかで、地球ではアフリカ象に次ぐレベルで戦闘力が高い危険な生物だったはずだ。

でも、そんな施設に行ったことが問題になるだろうか。

何かあると見て良い。

空間転移を数回繰り返し。その日のうちに、輸送船は目的の星に着いていた。

署に出向き、自分のデスクを確保。

ざっと資料に目を通して置く。

どこの署も同じだが、基本的に警官は互いの事を知らないし。隣のデスクに誰がいるかも分からない。

複数の人間の警官が連携して仕事をしない、というのが理由だ。

「ふーむ、そこまで流行ってる箱物施設じゃないね」

「特定の人間が経営している訳でもありません」

「犯人が関わった時期に、特定の人間が何らかの理由で関与はしていない?」

「……インフラ関係の業者が関わっているケースがありますが、犯人全員とは関わっていませんね。 それにそもそも接点がありません」

それは除外で良さそうだが。

一応脳裏には止めておく。

問題は他に何か有力な情報がないか、だが。

いずれにしても、入場のチケットは取れたので。其所に向かう事にする。

住宅街の郊外。

完全に無人の箱物施設だ。

私もこの星には来たことがあるのだけれども、この施設は知らなかった。ひょっとすると、住宅街の人間も、この施設は知らないのではあるまいか。

人が近寄っている形跡も無い。

基本的に細菌も人間の生活区画には存在しない世界だ。

地球時代だったら雑草でぼうぼうになっていそうだが。

勿論そんなこともない。

私は黙々と内部に足を運ぶが。

入り口の時点で、何か変な違和感があった。

周囲を、目を細めて見回す。

入り口はいわゆるエアシャワーがあって、それで汚れを落とす仕組みになっている。内部の広さはそこそこ。

幾つかのエリアに分かれていて。獣害の歴史や。その種類について。様々に区画で解説している、無機質な施設のようだ。

専用の靴に履き替えて、内部を見て回る。

具体的にどのような獣害があったのか。映像つきで紹介されている。

普通の箱物だ。

何処の星でも、こういうマニアックな箱物はある。閑静な住宅街の端にこういうマニアックな箱物があって。それを見に、マニアが来ることがあるからだ。

そうやって人の行き来をある程度流動させる。

それがAIの戦略らしい。

本人に以前聞かされた。この箱物に、そんな効果があるかは分からないけれども。

見ていると、なるほど。

動物に夢を見ている人間が。そのまんま、悪夢にうなされるような内容である。

昆虫をはじめとした様々な動物が媒介する病気をはじめとして。

それに感染するとどうなるか。

更には、動物が人間を襲った様々な事件。

具体的な映像つきで示されている。

まあ迫力はある。

地球で起きた大規模獣害についても記録が残されている。AIが全て記録していたのだろう。

つまり実際の映像だ。

例えば、18世紀のフランスで発生した大規模獣害で、ジェヴォーダンの獣というものがある。

100人以上が食い殺されたともされる事件で、犬ににた生物が大勢の人間を食い殺して回った、というものだが。

これについては正体がわからず。

ずっと議論が続いていた歴史があると言う。

ハイエナが似ているという説もあるのだが。実際にはこの辺りよく分かっておらず。少なくとも地球の文明次代には、此奴の正体はよく分からなかった。

AIが記録していた映像が残っているが。

実物は、犬と狼の混血。しかも突然変異でかなり大型化した個体によるものだった。

犬は人間を怖れない数少ない生物で、故に人間の手を離れると極めて危険な生物となる。

その上個の戦闘力が高い狼と混ざったことで、危険度は段違いに跳ね上がった、ということだ。

そして大規模な食害が起きたが。

実際の被害は二十四件。

他は、様々な事故がこのハイブリッドウルフの食害と混同された、というのが真相だった。

なお実物のジェヴォーダンの獣は、人間に仕留められることなく老衰死したという。

色々残念な真相だが。

犬科の動物が起こした食害としては最大規模であるので。あまり楽観的に考える事もできないだろう。

ライオンなどによる食害も紹介されている。

なんでもライオンは年老いて素早い獲物を狩れなくなると、反撃で殺される事を知っていても人間を襲うようになるらしく。

それがライオンによる食害が少ない理由らしい。

もっともライオンは面白半分に人間に狩り立てられ激減。

別に最強でも何でも無いのに、「百獣の王」なんてレッテルを貼られたことが原因なのだろう。

そして地球人類の文明末期に、環境の激減に耐えられずに絶滅した。

それらの経緯も記載されているので。

私としては、小首をかしげるしかなかった。

これらの内容が、何か密猟に駆り立てる要素になっているか。

個人的にはノーとしかいえない。

一人に至っては、裏経済の存在を信じていたほどだ。

此処を意識していたとは思えない。

ましてや思考をそのまま覗くことも出来る現在である。

何が理由だ。

歩きながら、展示を見ていく。

地球以外でも獣害は起きている。当たり前の話だ。

ある星では、非常に獰猛な肉食性の陸上生物との戦いが、その星の知的生命体と長く続いた経緯がある。

悪魔と現地の言葉で呼ばれていたようだが。

悪魔もなにも、単に猛獣なだけである。

文明を手に入れた知的生命体にはかなわず、あっと言う間に激減していき。絶滅にまで追い込まれている。

だがその過程で、反撃で多数の知的生命体も殺しており。

それが後々まで、文字通り悪鬼羅刹の所業として知られたようだ。

とはいっても、互いに殺し合ったのだから。別にどっちが悪と言う事もなかろうに。

展示を見ながら、ちょっと退屈だなと思う。

史書と同じだ。

歴史的に正しい事を書こうと試みれば試みるほど退屈になる。

更に言えば、それですらも主観が入るから、正確とは言い難くなる。

史書でさえそうなのだ。

そして此処に展示されているのは、AIが文明発生後に監視中に起きた獣害。

全て実際の映像ばかり。

それらを淡々と表示し。

事実だけを説明しているので、興味が無い人間は歩きながら寝るかも知れない。

私は此処に仕事で来ているので。

寝るわけにはいかない。

ただ、流石にあくびをかみ殺すのが大変になって来た。

私はホラーとかスプラッタとか全然平気なので。多少ショッキングな映像とか見ても何とも思わないし。

まあそもそも人を撃つのが大好きなのだから。

ホラーやスプラッターは大好物だし。そういう観点からでもこれでははっきりいって刺激が足りない。

かといって、これでは退屈だから実際に人を撃ちたくなるとか、そんな事は勿論無い。

とにかく、砂を噛むような時間だ。

とりあえず、一通り仕事だから見て回ったが。

箱物とは言え、これでは誰も入らないのも納得ではあった。

うきうきで足を運んでみても、正直二度と入らないと誓うレベルで面白くない。

そして別に今の時代は、面白くなくてもいいし。

客が入らなくても良いのである。

資料としては貴重だ。

それについては、私だって認める。

見ていて此処まで退屈になる資料もそうそうはないが。

とりあえず、出たときには。

流石の私も、ぐったりしていた。

ベンチがあったので、其所に腰掛ける。

アイスでも頼もうかなと思ったけれど、やめておく。

なんだか、それすら面倒くさい。

「篠田警視正が此処まで消耗しているのは珍しいですね。 一日中ハードな運動をしても平気なのに」

「肉体的には別に大丈夫なんだけれどね……」

「退屈だと言う事は見ていて分かりましたが」

「退屈と言うより拷問に近いよこれ。 史書はつまらないというのが定番だけれどもさ、これはその究極型だと思う」

見ているだけでやっとだった。

サブリミナル的な何かが仕込まれていて、犯人達を誘導したというならまだ分かるのだけれども。

はっきりいって、多分それもないと思う。

というのも、多分私みたいに大まじめに最後まで見ようと思ったら、人によっては途中で何度でも休憩が必要だと思う。

それくらい精神的な消耗が激しい。私は警官として精神力を鍛えているが、それでも厳しかったし。

はっきりいって、二度と入りたくない。

「ふむ、今後は改良が必要でしょうか」

「良いんじゃないの、歴史的資料なんだから。 ただ、見せ方とかを工夫した方が良いかも知れない」

「なるほど」

「……それと、今回の件だけれども」

多分この建物そのものは関係無いと、私は判断した。

だが、この建物に来た奴が、揃って時間差はあれど密猟未遂に踏み切っているのは事実である。

「もう一度ログを洗おう。 署のデスク借りれる?」

「はい、手配します」

「よし、面倒だけれど動くか……」

十六歳の肉体年齢にしているのに、動くのが億劫なレベルである。

何度も溜息をついて。

それで何とか立ち上がった。

視線とかは感じない。

まあ考えられる事としては。この箱物をどっかの資料とかから探し出して。喜んで見に来たマニアが。

想像を絶する中身に絶句し。

失望し。

そしてぐったりしているところに、何か変な奴が接触して。

マインドコントロールという流れを想像したのだが。

それはあくまで想像に過ぎない。

施設内の展示を犯人が全部見たとは限らない。

刺激が強いものや、本人の美意識に沿わないものは、AIがフィルターを掛けてしまう時代である。

古い時代は周囲があらゆる意味で自分に合わせるべきだとギャンギャン喚く声ばかり大きな輩が、地球では幅を利かせていた時代があるらしいが。

この時代では、AIがサポートして、周囲とあわせなくても良いようになっている。

それでも周囲がモザイクだらけで不愉快だとわめき散らす輩はいるらしいのだが。

そんなものは一種の心の病気だ。

色々状況を想定しながら署に急ぐ。

如何に疲れているとは言え、途中で視線などは感じなかった。

わかり易い程あの箱物から出て来て、それでぐったりしている様子を見せてやったのに。

それで釣れなかったと言う事は。

黒幕なんかいないか。

立て続けに事件が起きたので、警察が来る事を見越して潜んでいるか。

それとも違う方法でアプローチしているのか。

いずれかを見極めなければならない。

勘も働かなかった。

あの箱物自体に罪は無い。

そう結論していいと思う。

署に到着。

最初にデスクを起動して、幾つかの検索をマクロで走らせる。

その後、少し休憩室を借りて、横になった。

水に濡らしたタオルで頭を冷やしながら、ぼんやりとする。

本当に。

退屈だった。

今の時代だからこそ存在しうる商業施設だ。

経済の価値が昔とは根本的に違い。

資本主義の名の下に暴虐を尽くすものはおらず。

金の動きは完全に管理されていて。

貧富の格差も存在しない。

儲からなくても意欲さえあれば店は潰れないし。

どんなに繁盛していても儲からないし、店の主がやる気を無くせばすぐに店はなくなる。

そういう時代だ。

だからといって、あの退屈さは犯罪的である。

うんうん唸っている私に、流石にAIも心配そうにする。

「大丈夫ですか篠田警視正」

「大丈夫に見えるかクソボケAI」

「私を其所まで言うのは珍しい。 本当にダメージが大きいのですね」

「すまん。 言い過ぎた。 ちょっとマジで休ませて……」

AIの事には感謝しているから、ちょっと今のは自分でも反省。

しっかり謝った後、後はぐったりしてしばらく疲れを癒やす。

癒やすのは良いけれども、これはどうしたものかと少し悩んでしまう。

私は今回。

本当に事件の真相にたどり着けるか自信がなくなってきた。

犯人達が、あの施設に行ったのは単なる偶然。

その可能性も否定出来ないのだ。

実際問題、犯人達の動機はどれもこれもが違っていた。

あの施設で、史実としての獣害を見せられたところで。

よっしゃ猛獣を密猟しようという謎のテンションが湧いてくる訳がないし。

マインドコントロールされるような何かだってない。

ただでさえ体調を崩すほど面白くないものを見た後だ。

少しは脳を労ってやらないと。

頭脳労働は苦手なんだよもう。

ぼやきながら、三時間ほど横になって、しばし疲れを取る。

やっと動きが取れるようになった頃には、定時までの時間が見えていた。

デスクに戻ると、検索結果を調べる。

ふむ。

犯人達は、それぞれ揃って、最後まであの箱物を見て回っているようである。

そうか。見て回っているのか。

私と同じような目にあった訳だ。

その後どうしている。

まちまちだ。

特定の誰かに接触しているようなことはない。

ログを調べると、そのまま宇宙港に一言も喋らず帰った奴もいるし。

しばらくホテルでぼんやりして。体調を崩してそのまま数日動けなかった奴もいる。

その間に誰かと接触もしていないのは確認した。

SNSなどで口直しに何か別の資料を見ている形跡は無いだろうか。

調べて見るが、それもないようだ。

そうなってしまうと。

色々とお手上げである。

他のデータを調べる。

箱物を監視している奴はいないだろうか。

いない。

というか、現地の住民すら、あの箱物はなんだか知らない様子である。

AIが宣伝することに興味が無いらしく、一応検索すれば出てくると言う状況ではあるので。

要するに、作るだけ作ってぽんとおいた。

それだけの感触だ。

一応興味を持ってアクセスした地元民もいるようだが。

すぐに出て来てしまっている。

まあそれはそうだ。

あんなもの、全部見るのは拷問に等しいし。

グロやスプラッタに耐性が無い奴は、それこそ見た瞬間ぶっ倒れるだろうし。

では他の可能性は。

色々調べて見るが、あらゆる検索結果にヒットしない。

しばらく考えた後。

また別の検索を入れて見る。

AIがアドバイスをしてくれるので。それにそってマクロを組む。

こう言うときに、AIのサポートは頼りになる。

一応の教育は受けているが、かなりファジーな質問でもAIはがっちり答えてくれるし。

マクロを組んでいる途中に何かミスがあったりしたときは、即時で指摘してくれたりもするので。

完璧なデバッガーが側にいるようなものだ。

余程の事でもない限り、AIが事実を隠すこともないので。

その辺りも信頼出来る。

定時が来たので、取っておいた宿泊施設に行く。

ホテルという程豪勢ではないが。

一通りの設備が揃った個室である。

スイがいないくらいしか不満がないので。

風呂に入って、横になって寝る。

本番は明日だ。

明日で何とか決着を付けたい。

そうしないと、現場百回の法則に従って。

また現地に足を運ばなければならないからである。

あの地獄をまた見なければならないのは、ちょっと正直勘弁してほしいところである。

いくら人を撃つのが大好きな私でも。

流石に此処まで退屈なのを我慢するのはきつい。

人を撃つためといってもである。

横になってぐったりしていると。

AIが言う。

「眠る環境を整えましょうか?」

「いや、流石に早すぎるからいい。 ちょっと気になるんだけれどさ。 ああいう箱物、他にもたくさんあるんでしょ?」

「はい。 史実は得てして退屈なものですし、小説を超える程奇なものです。 むしろ古い時代には客商売を考えなければならなかった事もありますから、ああいう施設は作れなかったでしょう」

「……まあ正しい事は認める」

ただしいが。

多分学者でも寝るレベルで退屈だ。

私にはダメージが大きすぎた。

何度もため息をつくと、私は少しシミュレーションに入る事にする。海を作ってもらって、しばらく其所で無心に泳ぐ。

サメに追われるモードとかあったら面白そうなんだが。

それはそれで、流石に精神に悪影響があるか。

無心に泳いでひたすら頭を空っぽにする。

気がつくと、波が向かいである状態で十qほど泳ぎ進んでいた。

シミュレーションからログアウトすると、丁度良い時間になっていたので。流石に今度こそ寝る事にする。

もう何もかも嫌になった。

それが本音だった。此処まで酷い目にあったのは、あの退屈耐久以来である。

 

夢を見た。

私は気がつくと、着衣のまま波間に浮かんでいた。

服は水を吸うと重くなる。

訓練を受けていないと、あっというまにおだぶつだ。

更に言うと、水温が低い場合、体力は秒単位で奪われていくことになる。

非常に危険な状態である。

夢の中で、多少でもスリルを味わいたかったのだろうか。

まあいいか。

とりあえず周囲を見回して、掴まれそうなものを探す。沈みゆく船を見つけるが、近付くのは論外。

船は沈むときに強烈な渦を生じさせ。

周囲にあるものを全て巻き込みながら海底に行く。

人間だとどんだけ鍛えていてもその強烈な吸い込みには耐えられない。

多分それは、私でも例外ではないだろう。

黙々と周囲を泳いで。

やっと浮き輪を見つける。

正確にはひっくり返った救命ボートだが。

これでまあ当座はしのげる。

捕まって、様子を見る。

船は軍船か。

地球時代のもののようだ。

この休憩もとい救命ボートが合成樹脂製である事を考えると、多分20世紀とかの船だろう。

そうなると一次大戦か二次大戦か。

まあそこまでは分からないが。しばらくはボートに捕まって、様子を見る。

そういえば、なんだったかこう言う船が転覆して。

何とか海上に逃げ出した船員を、サメが次々に襲ったという都市伝説があるのだったっけ。

血の臭いに敏感に引き寄せられたサメに、船員は次々襲われ、海の藻屑と化していったのだ。

実際にはこれは非常に大げさな話で。

サメによる被害は殆ど出ていなかったことが後に判明しているが。

これが夢だと言う事も分かっているので。

なんかメガロドンくらいあるサメが襲ってくるかも知れない。

わくわくしているが、船が沈みきって渦が落ち着いてきたところで、一旦海中に。そこから無理矢理ボートをひっくり返す。

かなり四苦八苦はしたが、救命ボートはひっくり返せて。

其所に乗り込み、やっと一息ついた。

救命バッグを発見。

水に濡れてしまっているバッグだが。中身は無事。

食糧などのセットが入っているので、当面は過ごせそうだ。

それにしてもあの船。

撃沈されたとしたら、よく私は海に投げ出されただけで済んだな。

船員がまとめてやられるレベルで撃沈されただろうに。

五体満足なだけ凄いと言うかなんというか。

しばらくぼんやりしていると、サメが集まって来た。

辺りに浮かんでいる死体をもぐもぐしているのかも知れない。

まあ、関係無い話だ。

救命ボートをひっくり返すようなサイズの奴が出てきたらどの道おしまいだし。

横になって、あくびをしながら救援を待つ事にする。

多少冷えるけれどどうでもいい。

海の中で、サメに襲われる可能性を考えれば。これははっきりいって大した問題ではないからだ。

しばしして、救援が来たらしい。

また古めかしい形の軍船が来て、私の方にライトが当たるのが見えた。

手を振ってやる。

相手も気付いて、近づいて来た。

そこで目が覚める。

何とも言えない気分だ。

遭難した夢を見た事だけは覚えているが。それ以上がまったく分からない。遭難した夢を見たからと言って何だというのだ。

いや、まて。

ひょっとしたら、そういうことか。

黙々と着替え始める私に、AIが困惑する。

「あれ。 もう回復したのですか?」

「署に出る」

「はあ。 分かりました。 何かヒントを掴んだのですか?」

「うん。 試してみる価値はあると思う」

署に出る。

そして、検索を組み直す。

しばらく頬杖をついて待つ。

そしてログを当たると、どうやらビンゴのようだった。

全員のログを検索した後。

裏取りをする。

全てがつながった。

私は頷くと、ショックカノンを受け取り。

黙々と、犯人のいる家に向かっていた。この惑星に、犯人はいる。想像よりも、ずっとしょっぱい相手だったのだが。

それでも、一応黒幕と言えるのだろう。

だったら撃つ。

如何に退屈な相手でも、だ。

 

4、結末は砂を噛むように

 

私がチャイムを慣らす。あの箱物の近くに住んでいる犯人は、それに無警戒に顔を出し。私が手帳を見せると、大慌てでドアを締めようとした。

地球人とほぼ変わらない姿だが、角が生えている人間だ。

身体能力もあまり変わらない。

故に、私は薄笑いを浮かべたまま、ドアが閉まる前に手を掛け。以降、ドアはびくともしなくなった。

腕力が違いすぎるのだ。

私を見た犯人が、恐怖の顔を浮かべる。

もう、それで自白しているようなものだ。

撃つ。

吹っ飛んだ犯人が。壁からずり下がりながら気絶していた。

ごちそうさま。

まあ美味しかったが。それでも苦労に見合う相手では無かったと言える。

ドアを開けると、警備ロボットが踏み込み。犯人を引きずり出していく。

それを横目に、私は困惑するAIに聞かれた。

「裏取りの過程で、この人物が密猟の犯人達に時間を掛けてマインドコントロールをしていた事が分かりましたが……どうして思いついたんですか?」

「簡単な話だよ。 わざわざ獣害の歴史なんてのを見に行く物好きは、みんなそれに興味を持っているわけでしょ大なり小なり」

「はあ、それはそうですが」

「それで最大限の失望で、そして文句も言いようが無い代物を見せられたらどうなる?」

しばらく考え込んで。

AIは気付いたようだった。

そう。

怒りが行き場を無くすのである。

その場でブチ切れるような奴はむしろ簡単だ。いわゆるアンガーマネジメントというのが上手に出来ていない。

それにその場で怒りを発散してしまうので、後に引きずらない。

ある意味幸せな人種である。

私とかは。後から怒りがこみ上げてきた。

夢はあれは。

恐らく行き場のない怒りの発露だ。

だからサメに襲われない、ざまーみろな感じで遭難する夢を見た。夢の内容は覚えていないが、少なくともサメには襲われなかった。

あの犯人、黒幕について調べた。

実にくだらない愉快犯だった。

奴はあの箱物に入った人間を見て。その後は、近くに住んでいるが故、怒りの声とかがないかを確認できた。

その後数日後に。

あの箱物関連で怒りをぶちまけている人間をSNSで探し。

行動などから丁寧に分析をし。

本人と特定した後。

動物に対する理不尽な憎悪や。

或いは地下経済の存在などを。

少しずつ、本人にも気付けないように仕込んでいったのだ。一種のマインドコントロールである。

あのつまらなすぎる箱物で精神を色々やられていた人間にしてみれば。

行き先がない怒りを何処に向けたら良いか分からない訳で。

普段だったら掛からないようなマインドコントロールにもやられてしまう。

そういうわけで、結果としてマインドコントロールにやられて。

アホみたいな密猟ごっこに足を踏み入れたという訳だ。

さて、問題は犯人の動機だが。

聴取は別の警官がやる。

私だと、今回は特に任せられないとAIが言った。

まあ気持ちは分かる。

私の場合は普通に拷問を開始するからである。

特に今回の相手には、微塵も容赦しない。それがAIには、長いつきあいだから分かってしまう。

まあ私も自制心に自信が持てなかったから。

今回は素直に尋問を譲ることにする。

さて、帰る。

帰路の輸送船の中で、尋問の結果を見る。

犯人は、私の事を知っていて。

狂人警官が、尋問で発言を渋るようなら来るという旨の話をすると。すぐに青ざめて、何もかも話し始めた。

犯人もあの箱物をみて、絶句して茫然自失した一人だった。

しかしながら、犯人はそこからが違った。

此処まで桁外れにつまらない代物だったら。

本業であるセラピーを応用して。マインドコントロールを出来るのでは無いかと考えたのだ。

そう。

此奴はいわゆるセラピーを本業にしていたのである。

結果としては、正解だった。

あまりにもつまらない箱物を見て、数日後に怒りがこみ上げてきた連中は、あっさりマインドコントロールに掛かった。

以降は、AIにも分からないレベルで巧みに、徐々に密猟未遂のアホ共を誘導していき。

そして犯罪を起こさせた。

何故か。

ただ出来たからだ。

自分の力を証明できたから。

それが何より楽しかった。

そう黒幕というべき輩は説明し。その後ごめんなさいとか抜かしたのだった。

アホらしい話である。

とりあえず、もう全ての興味を失ったので、聴取を見るのを止める。

セラピーをしていた人間が、マインドコントロールに手を染める。

悪辣極まりない結末だったが。

ひょっとしてだが。

古い時代にも、似たような事をしていた奴はいるのではないのか。

人間は心が乱れると、簡単に操ることが出来る。

それに気付いた奴が面白がって人間を滅茶苦茶にしていく。

理由は特にない。

面白いから、滅茶苦茶にした。

それだけの理由で。

他人の人生を私物化出来るというのは、確かに最高の娯楽なのかも知れない。一部の人間にとっては。

どっちが猛獣だかわからんな。

私はぼやく。

この手の輩に比べれば、私はまだマシなのかも知れない。

そう思うと、なんか負けた気がして。凄く不愉快になったのだった。

 

(続)