それはもう使われている
序、既に終わったもの
学会。
いわゆる学者の発表会である。
古い時代はなんか科学者には主流の学説があって、それに沿った話をしないと学会を追放される的な話があったのだが。
実際にはそんな事は無く。
別に異端の説を唱えたから学会を追放されることはないそうである。
笑われることはあるそうだが。
むしろ問題なのは。
論文を他からパクって来る奴の存在。
そこで、私は今。
面倒だなあと思いながら、論文に目を通している。かなりの力作の論文である。
現在、宇宙の法則とか、数学上の解明されていない定理とかは。地球時代に分からなかった色々全ては、とっくに判明している。
ゆえに近年数学の論文というのは殆ど出る事は無く。
地球時代に難題の代名詞とされたフェルマーの最終定理などのような、それこそ数学者が人生を誤るような難題の論文は見かけられない。
既に解決しているからである。
むしろ、銀河連邦に加入してきたばかりの文明で、こういう興味深い定理が存在したとか、そういう論文は出ることがある。
ただこれは科学力でマウントを取る事になりかねないので。論文を出す時にはAIから注意が入るそうだが。
そういうわけで。
私が今見ているのは数学系の論文では無い。
有り難い話である。
もしそうだったら、手に負える内容ではなかったからだ。
私は身体能力のスペックに関しては、はっきりいって地球人類のほぼ全てに勝てる自信があるが。
オツムはそんなに良い方ではない。
とりあえず、ざっと論文を読む。
ある惑星における都市伝説。
地球の日本で言うなら妖怪、についての論文だ。
その惑星は、一万八千年ほど前に銀河連邦に加入した。要するに地球人と近い時期に銀河連邦に加入した文明の母星で。
文明の傾向も多少似ている。
どんな文明でも、都市伝説として妖怪やそれに類するものは出てくると言う話で。
これは別に、文明としての完成度などとはあまり関係がないそうだ。
それで、論文を読んでいるのだが。
とりあえず妖怪「ジャージャー」についての説明を、機械的に行っているため、とにかく退屈極まりない。
あくびをかみ殺すのに本当に苦労した。
頬杖をつきながら、何とか論文を読み切って。
とりあえず内容を把握。
そして、AIに聞かれる。
「どうですかこの論文は」
「十中八九黒だね」
「勘ですか」
「うん。 とりあえずこれから細かく調べる」
つい先日発表されたこの論文だが。
私の所に回されてきた。
要するに違法性がある可能性がある、ということだ。まだパクリ論文だとは確定していない。
とはいっても地球時代から論文を剽窃することは日常茶飯事に起きていたらしく。
それを防ぐための対策までされていたらしいので。
これは、昔から私と同じように警官が頭を悩ませる問題だったのだろう。
とりあえず、似たような論文をピックアップ。
今の時代、学者は金を稼ぐことを考えなくて良い。
更に言うと、技術的な進歩については別にAIがやるので。あまり出番がない。
というわけで、潤沢な資金はともかくとして。適正がある人間は、比較的のびのびと研究が出来。
研究をしながら、普通に食べて行くことが出来る。
役に立つ研究、でなくても食べていけるのだ。
このため、銀河連邦の時代になってから発展した技術なども多いと言う話である。何でもかんでも研究できるため。人生を掛けて意味が分からない事をしていたら、むしろそれが有意義な研究につながってしまった、というケースだ。
だから学者にとってはとても良い時代の筈なのだが。
それでも何というか。
前に創作の調査をしたときと同じように。
みみっちいプライドにそそのかされて、馬鹿をやる奴が出てきてしまう事は避けられないのである。
だから私は淡々と、似ている論文を探していく。
勿論近年は、こういう偽装は非常に巧妙なものも多い。
トンチキなパクリ論文はそれこそ秒でばれたりするからである。
そういうわけで、しばらく似たような論文を見繕う。
ざっと内容を見ていくが。
複数の論文から内容をパクって来るのは当たり前の事なので。一つや二つではどうにもならない。
中には同じ内容を自分の文章で書くことで偽装するという高度なテクニックを使うものもおり。
そんなことまでするくらいなら、地力で普通に論文作れといいたくなるのだが。
この辺りは、なんか一種の病気なのだろう。
とりあえず似たような論文、それも嫌と言うほどあるものを見繕っていくが。
気付く。
ある学者の書く論文と似ているな。
その学者は、三万五千年前くらいに積極的に活動していた人物で。勿論今問題視している論文を書いた人間とは違う。
ざっと内容を精査してみるが、文体が違うが内容はそっくりだ。しかも巧妙に前後に文を入れ替えたりしている。
なるほどね。
文体が違うという点で、これはかなり難しい。
こんな高度なパクリをやるくらいなら。
その労力を、まんまきちんと論文に使えば良かったのに。
ため息をつくと、更に調査を進めていき。
黒と確定。
AIに話をして。逮捕が確定した。
なお、論文を書いた本人は8000光年も離れた場所にいるので、私が逮捕するわけではない。
現地にいる警官が逮捕することになる。
いずれにしてもお手柄だそうだが。
どうせAIのやつ。本当は分かっていたのだろうし、素直に喜べない。
それに撃てなかったし。
なんとも色々不愉快だ。
むすっとしている私の機嫌を取るように、AIは言う。
「フィクションに出てくるようなマッドサイエンティストとの激闘をお望みですか?」
「あんなもんはフィクションだよ」
「それは当然です」
「実際知能犯なんて、今だと拗らせただけのアホの集団でしょ」
これは実物を見て来たから言える事だ。
ただ、希に本当に知能が優れている奴もいるが。
二億年前に、AIのファイヤーウォールまで到達した奴がそうだろう。
まあもっとも、それにしたって。
結局拗らせているだけである事には代わりは無い。
フィクションに出てくる、巨悪だったり。悪の組織の幹部だったりするマッドサイエンティストなんて、実在しない。
悪い事をしている科学者なんて幾らでもいる。
例えば地球時代には、有名大学の教授などの一部には。
いわゆる疑似科学と呼ばれる詐欺商品に対して名前を出して、金を貰っていたケースがあったり。
公害病などに対して、あからさまに原因である企業を擁護する発言をすることがあったという。
特に後者は御用学者などと言われ、科学者という職業に対する偏見を高める要因になった。
要するに科学者がやる悪事というのは、もっと地面に足がついた。
悪い意味での人間的なものであることが多いのだ。
異端過ぎて学会を追放されることもない。
ただ、頭がおかしい輩が、暴走状態にある国家と結びついて、とんでもない代物を作り出したり、非道な人体実験をするケースはあるが。
それは例外と言えるだろう。
いずれにしても、現状ではそういった科学者は出現し得ない。
詐欺師だったら出るかも知れないが。
遠からずお縄である。
そもそも詐欺をするメリットが今の時代には存在しないので。
それすらも、一種の病気のようなものかも知れない。
「あー、もう、撃ちたいなあ」
「そうですね。 では今、別の警官が担当している案件を篠田警視に回しましょうか」
「ほう」
「どうにも論文のねつ造をしている可能性が濃厚なのですが、担当警官の能力ではどうにも……」
それで、どうしてそれが撃つ事につながるのか。
それについてはと、デスク上に立体画像が出てくる。
どこかの開拓惑星に運ぶための資源を採取している宇宙ステーションだ。周囲は警備艇が厳重に固めている。
いわゆる中性子星から物質を採取している。
中性子星は言うまでも無く、超重力で物質がガチガチに圧縮されている星なのだが。
現在の銀河連邦では、その超重力で圧縮された物質を採取して。圧縮される前に戻し。資源化することが可能である。
言う間でも無くとんでもないテクノロジーであり。
その圧縮された物質をちょっと元に戻すだけで、とんでもない量の資源を得る事が出来る。
白色矮星や赤色矮星などでも同じ事が出来るらしく。
既に死んでしまった星を、こういう風に再利用することが可能だそうである。
まあ細かい所の理論については、私は説明を受けてもあんまりよく分からなかったが。
いずれにしても、銀河連邦はその気になれば。
銀河中枢部にある超巨大ブラックホールでさえも、資源化することが可能なのかも知れない。
「その人物はいわゆる二足のわらじを履いている人物で、こう言う場所での勤務をしながら、論文を書いています」
「ふうん……」
「その論文の方にどうにも怪しい点が多々あり、調査を進めていたのですが……」
「やり口が巧妙で、中々尻尾を掴めないと」
そういうことだそうだ。
更に言うと、働いている場所が場所だ。
警官とかが踏み込むにしても、下手な動きをされると大惨事になる可能性がある。
それなら、AIが一旦捕獲して、それから論文を精査すればいいような気がするが。
さては此奴。
大事にして、危機感を煽るつもりか。
SNSなんかの血に飢えた住民に対する警告として、超ヤバイ事を企んでいた極悪犯罪者が身近にいた、という事実を突きつけ。
自分は関係無いと騒いでいる連中を黙らせる。
中性子星に対して悪さなんかしたら、下手をするとガンマ線バーストで大変な被害が出る。
勿論今の時代は、簡単にガンマ線バースト程度を人間の住んでいる区画には届かせはしないのだが。
それでも万が一、億が一があるし。
そんな事を目論んでいた超危険人物がいた、となれば。
他人事ではないし、はっきりいって皆震え上がる。
こういう身近にいる恐怖を常に残す事で。
人間が堕落しきることを防ぐ。
それがAIが、犯罪者を未だに一定数出させて。それを逮捕させている理由では無いかと私は考察しているが。
今回はそういった出来レースの中でも、特に危険度が高い仕事に私を突っ込むと言う訳か。
本来は別の警官がやろうとしていたことだが。
相手が上手だった、と言う事なのだろう。
ならば、それもよし。
論文の不正を発見したら。
本人のいるところにいって、撃つ。
それが出来るなら是非やろう。
そう舌なめずりして、さっそく仕事を回してくれと頼む。私が俄然やる気になったのを見て取ったか。
AIも、すぐに仕事の引き継ぎをしたようだった。
まずざっと資料に目を通す。
なるほど。
論文の内容は、結構危険なものだ。
まず内容として、それぞれの人間に対して、害を為す毒物の特性と種類について、というものだが。
これは言う間でも無く、論文としては結構重要なものである。
というか、こんな論文を普通に人間に任せていて良いのかと小首をかしげたのだが。
AIは気にしていないようである。
要するに、学会で何を発表しようと自由、というのがあるのだろう。
ただし、これがもしも間違っていた場合。
面倒な事になる可能性が高い事は良く分かった。
ざっと論文に目を通していく。
似たようなテーマで、三十を超える種族に対して、同じ論文を書いている。相当な毒物マニアのようだ。
「こいつまさかさ。 この用意した毒物で実際に人間を毒殺とかしてないよね?」
「それについては論文の内容を見た直後から監視をつけています。 ないと断言します」
「そっか。 それならいいけどさ」
「……」
見ていくが。
これは黒だな。
勘が囁く。
ただし、私の勘も外れる事がある。裏とりはしていかなければならない。
しっかり裏を取ってから、撃つ。
それは当たり前の事だ。
地球時代のマスコミじゃあるまいし、自分にとって都合の良い情報を勝手に事実にすり替えるような事があってはならない。
私は悪党だが。
悪党だと客観的に判断している。
客観性を欠如した人間は害獣以外の何者でも無く。
暴走したマスコミが社会に対する悪と化したように。人間は極限まで堕落すると客観性を失う。
特に地球人はその傾向が強く。自分を常に正しいと考えるのが当たり前になっていたようだし。
私も気を付けなければならないだろう。
まずは、論文について調べて行く。
似たような論文もあるにはある。また、捜査の過程も調べて行く。
前の担当警官はかなり真面目な奴だったらしく、丁寧に資料を集めては調べてくれている。
此奴は出来る奴だな。
そう私は素直に思った。
AIが仕事を任せるのも納得出来る。
私のような暴悪の権化では無く。
きちんと仕事ができる、まっとうな警官も多数育成したいと思っていたのか。それとも、そういった優秀な人間に適切な仕事を回したかったのか。
そこまでは、私にも分からないが。
いずれにしてもはっきりしているのは、この資料を持ってしても、論文に隠されている問題は発見できなかったと言う事だ。
ざっと資料をまとめる。
かなりの期間を掛けて集めた論文のようだが。
とりあえず再度目を通すまで、それほど時間は掛からない。
創作と同じだ。
作り出すまでは大変だが。
出来たものに目を通すのは、あっと言う間。
残念ながら。
現実とは、そういうものなのである。
一通り内容を確認して、アプローチを変える方向で行く。
前の担当警官は、真面目だった故に、方向転換が出来なかった。
ならば、私は違う方向からアプローチを掛けていく。
それだけである。
ざっと見ていくが。なるほど。
既存の論文から似たような文章を探し出していく方法では、恐らく駄目だろう。
似たような内容でも同じだ。
ならば、もっと古い論文ならどうか。
AIは文化保全に熱心で。
文献はおろか、論文も学生レベルのものから何から何まで収蔵している。あらゆる文明のものを、である。
それらは当然膨大な量に及ぶが。
私は検索を、毒物について研究対象になった種族の。星間文明に成長する前のデータから行う。
要するに宇宙に旅立つ前にあった教育機関などの論文から、である。
勿論膨大な資料があるので、検索はある程度オートで行う。
さて、此処からだ。
前の警官も無能には程遠い人物だった。
それでもどうにもならなかったのなら。私のような勘で勝負を掛けていくような理不尽警官の出番だ。
後はまかせとけ。
そうとでもいってやりたい。
いずれにしても、この論文に隠された裏と。
何をこの論文を書いた奴が目論んでいるかは私が暴き。
そして楽しく撃つのだ。
1、マッドサイエンティストはもういない
数日間、自動での検索も含めて、合計で八千万を越える論文を精査した。
使っている文章や、文章の癖なども調べて行き。似たようなものがないかを調査。
中には非人道的実験を、暴走状態の国家が行った時に作られた。もう歴史の闇に消えたと思われた(しかしながらしっかりAIが保存していた)論文も含まれており。
それらを見ていくと。幾つか分かってきた事があった。
この論文は、面白がって人間を殺しているサイコ野郎のものから剽窃されている。
こういった暴走国家が好き勝手やるように指示した狂人は。人間を痛めつける事を何とも思わない私みたいな狂人か。それともむしろ自分を善人だと信じて、国の為だの民族の為だのいいながら行動を正当化する輩か。
そのどちらかに別れる事が多い。
犯人とはまだ確定していないが。
中性子星から資源採取作業をしている奴は、これらの論文を総合的に参考にしていると見て良い。
なお、AIに確認して、論文へのアクセス履歴も調査したが。
犯人らしき人物は私より更に上手で、今まで八百億を越える論文を調査しアクセスしており。それらについても参考にさせて貰った。
滅茶苦茶勉強して論文を書いていることは事実だ。
それについては、素直に認める他無いだろう。
とりあえず、大量の資料を探っていき。
そして内容をそれぞれ見ていく。
やがて、共通点を発見した。
地球人類の学者かと思ったが。結論は違った。
フィブラルと呼ばれる星。今から五千万年ほど前に銀河連邦に加入した人間の文明だが。そこに銀河連邦加入の五百年ほど前に、超危険な科学者がいたのだ。
暴走した国家に予算をズブズブに貰い、人体実験を面白おかしくやっていた輩が。
そいつは本当に楽しみながら人間を切り刻み。
あらゆる毒物を試して。
それが本当に効くかどうかを、遊びながら実験していた。
本物の外道だが。
その暴走国家は、独裁者が死ぬと同時に崩壊。
逃げようとしたところを捕獲され。
実験材料にされていた捕虜や、更には助手達の告発もあって。死刑が確定。
死刑にされる際も、にやにやずっと笑い続けていたそうである。
まあそういう輩なので、まっとうな精神の持ち主には見る事を禁止されている危険論文なのだが。
私の場合は正気度が地面に激突しているから問題ない。
地球人にも、此奴と同レベルの奴が何人かいた。
そういった連中が書いた論文は、閲覧に制限が掛かっている。
犯人候補は。膨大な論文を読みこなしてきた実績を買われ。
その論文を読む許可を得たらしかった。
なるほど。
ざっと見てみるが、何というかおぞましい程に無邪気な論文だ。
その内容は、文字通りの観察日記に近い。
書いている内容は高度な文章なのだが。
やっている事が、本当に楽しみながらやっていた事がありありと伝わってくるのだ。
私と同じ人種だな。
そう思う。
ただし、私と違って制御するための縄がついていなかったし。
私のように、自分を悪人であり。
犯罪者以外は撃たないという縛りも設けていなかった。
その結果、化け物が誕生したというわけだ。何処でも恐らくだが、人間を野放しにしたら起きうる現象なのだろう。
そのまま論文を読み進め。
犯人候補の論文と比較していく。
なるほどなるほど。
そういう仕掛けだったのか。
だいたい分かってきた。
後は、今まで調べてきた論文と組み合わせていく。
その結果。
五日目で、ほぼ仕組みを解明することが出来ていた。
AIを呼んで、内容について話をする。
「要するに此奴の論文は再現実験だね」
「ふむ。 詳しく願います」
「この論文をベースにして……」
順番に説明していく。
リアルマッドサイエンティストが楽しく書いた論文をベースに、今まで存在した、様々な毒物を扱った論文を当てはめていく。
その結果出来上がるのは。
現時点で出来る。
リアルマッドサイエンティストのやってきた事の、再現。
途中経過までしか出来ないが。
もしもやるならこうだという。危険極まりない再現実験である。
それを告げると、流石にAIも絶句したようだった。
「どう? 恐らくこれで間違いないね」
「……データを精査。 はい、確認しました。 恐らく篠田警視の発言で間違いないでしょう。 大量の論文を見せるのも考え物か……」
「いや、考えは結構。 それでこの論文、個人的にはこのまま行くと更にエスカレートしていくと思うけれど。 まずいんじゃない?」
違法かどうかはまだ私にはよくわからん。
ただ、こんなリアルマッドサイエンティストのやっていたことをそのまま再現されたら。多分途中で死人を出すことを考え始めるだろう。
地球時代の猟奇殺人鬼は、最初は動物から初めて。徐々に人間にシフトして行くというのが自然な流れだったそうである。
此奴はまさにそれだ。
今の時代、簡単に人間を殺すことはできない。
だが、二年間逃走した挙げ句、この間捕まった犯人が殺人犯だったように。
超ごくごく希に殺人犯は出る。
此奴は、明確に猟奇殺人鬼の卵だ。
放っておけば、確実に人間を殺しだすだろう。
「法的な問題としては、原典の表記に先のマッドサイエンティストのものがない、ということがありますね」
「即逮捕。 じゃあいこう」
「いえ、それだけだと軽い懲役刑になります。 先の、マッドサイエンティストが暴走していく過程についての再現。 これをメインに逮捕したいところです」
「それについてはどうにかならないの?」
法を検索していくAI。
やがて、結論を出したらしい。
「殺人準備罪というのがあります」
「準備するだけで犯罪になるの?」
「いえ、勿論道具類を集めるだけでは犯罪にはなりません。 計画的に犯罪を実行する準備を整えていた場合に犯罪になります」
「ふーん。 これらの論文はその証拠になると」
なるという。
結果としては、半年ほどの投獄になるそうだ。
今回、私が引っ張り出してきた論文を用いれば、それらの証明が可能となり。
半年間刑務所に入れれば。
以降は色々と対応が出来ると言う。
じゃあ、行くとするか。
私が撃って良いかと聞くと。抵抗された場合はと言ってくるAI。
まあ場所が場所だ。
すぐに宇宙港に向かう。
家に戻る余裕は無い。
そういえば、この間購入したメイドロボ。寡黙なのだが働き者で、帰るとコートを受け取って片付けてくれたりとか。風呂を準備してくれたりとか。マッサージをしてくれたりとか、いたれりつくせりである。
家に帰りたいなと思ったが。
考えてみれば、多分購入後にAIが自分の仕事の一部をメイドロボに教え込んだのだろう。
なお名前はスイにした。
帥という言葉から取った。
古い時代には軍を意味した言葉であって。後の時代には、先生とかの意味に派生していく不思議な言葉でもある。
私は元軍人だったし、憲兵の経験もしているので。
まあそれでいいかなと思ってつけた名前だ。
スイと呼ぶとはいと答えてくれるので、何か気分がいい。
昔を思い出せるからだ。
結局軍人としては発砲できず。憲兵としては凶悪犯をちょっとだけしか撃てなかった過去を思い出すと。その無念を胸に燃やせる。
だから、スイという名前は、丁度良かった。
この辺りも歪んでいるとは思うが。
私は最初から歪んでいるので、得に問題は無い。
まあそういうわけで、スイに会いたかったがまあいい。そのまま宇宙港に向かう。
そしてAIが用意してくれた船に乗り込む。
普通は輸送船を使って近くまで行くのだが。
今回は警備艇である。
行く場所が中性子星の至近にある宇宙ステーションと言う事もある。普通の輸送船では向かわないし。
学者達を送る輸送船は、都合良く出ていなかったのだろう。
警備艇をこういう目的で使うと。地球時代にパトカーとか言う専門の車を乗り回していた警官みたいで楽しい。
いずれにしても、とりあえず現地にれっつらごーである。
わくわくしながら、署を出る時に持ってきたショックカノンを撫で撫でする。
私用の部屋はきちんとあるが。
警備艇の内部は、輸送船ほど広くは無いし、充実もしていない。
ていこうしーろ。
ていこうしーろ。
そう呟きながら、ショックカノンを撫で撫でしている私に。流石にAIが呆れたようだった。
「どこまで血に飢えているんですか貴方は……」
「地獄の十王が呆れるくらい」
「? 地球にあった仏教の地獄の裁判官の事ですね。 なんでまた十王が出てくるんですか?」
「自分でもわからん」
ふーと銃口を吹く。
何度も空間転移を急ぎ目に繰り返し、問題になっている宇宙ステーションに急ぐ。普通だったら一日かかるコースを、無理矢理急いで半日で到達した。
本来だったらあり得ない事だが。
AIが船の航行は全管理しているので出来る事だ。
それに、前の警官の捜査の遅れを取り戻しかったというのもあるのかも知れない。
前の警官には、普通にこの事件は解決させたかったのだろうし。
色々とずれた計画を修正するのは、AIでも大変なのだろうから。
宇宙ステーションに乗り込む。
禍々しい姿の中性子星の側に浮かんでいるこのステーションは、最高クラスの設備が整えられている。
宇宙港からして、強力なバリアで包まれていて。入るにも何重にも認証が必要だ。
また周囲に遊びの要素はなく。
非常に強力なことが一目で分かるバリア発生装置が剥き出しになっているし。そのバリアを守るように軍用ロボットが展開している。
警備ロボットより強力な警察(警官)ロボットだが。
こういう場所になると、更に強力な軍ロボットが出てくる訳だ。
此奴らになってくると、単騎で小型の宇宙船と渡り合うほどの性能があるらしく。人間程度のサイズしかない円筒形ロボットとしては最強ランクの存在になる。冗談抜きに、地球時代の地球人の軍隊くらいなら、此奴単騎で制圧が可能だろう。それも三日くらいで。
核の直撃程度ではびくともしないし、なんならブラックホール砲程度なら防ぎ抜く性能も持っている。
小さいが。
文字通り黒金の城である。
私は宇宙港に迎えに来た、此処の責任者らしい触手が絡まったような種族。モール人の科学者に敬礼。種族の形態が形態なので、白衣を着るもない。ただ。相手は触手の一つに階級章を引っかけていて。それで科学者のチームリーダーと言う事を周囲に示しているようだった。
会話も触手を蠕動させて音にしているが。
それを側に来た警備ロボットが翻訳してくれる。
「なるほど、彼を逮捕に来たのですね」
「はい。 抵抗するようなら即座に撃つようにと」
「真面目で優秀な技術者なので残念です。 ただ、やはり彼には不穏なものを前から感じてはいました」
本当かよ。
ぼやきたくはなるが。
どこまで本当かは、何とも言えない。
この種族は銀河系でもかなり知能が高いことが知られていて、地球人の数倍は頭がいいそうである。要するに平均的なものでも、地球で言うノイマンクラスの知能を持っていると言う事だ。
そういう種族の言葉ならば、あまり無碍にも出来ない。
とりあえず廊下を歩く。
廊下も無骨な作りで、如何に事故が起きたときに対応するかの装備をバキバキに詰め込んでいるのが分かる。
また万が一、過激派などが攻撃してきたときにも備えて、防衛設備もおいてあるようだ。
勿論抑止力的な意味もあるのだろう。
そういえば私が住んでいるダイソン球の裏側。
恒星側に位置する外縁部分も、こんな感じで警備が固められているらしいのだけれども。流石の私も足を踏み入れたことはない。
何重にもなっている分厚い扉を開く。
内部は全く臭いがしなくて、それが逆に不自然な部屋だ。
常時掃除用の円筒形ロボットが動いていて。空調などでも埃を排除しているらしい。こう言う部屋を各地に設けることで、汚れが出る事を神経質なまでに防いでいるようだった。
「この隣の部屋にいます。 出来るだけ設備に被害は出さないように捕り物をお願いします」
「分かりました」
「此処から採取される物資は、輸送船や軍用艦の材料だけではなく、各地の開拓惑星や更には医療設備などで活用されています。 それを考慮の上お願いします」
何か触手がうねうねっとしたが。
それがモール人における最敬礼だという表示が出たので、此方も警察式の最敬礼を返す。
私は頷くと。
隣の部屋に、ずかずかと踏み込んでいた。
働いていた中の一人。
顔を覚えている。
地球人に似ているが、角が四本ほど後頭部に出ている種族だ。
そいつは、私を知っているようで。青ざめて立ち上がった。
だが、私は有無を言わさず即時で撃つ。
普段みたいに手帳を見せる事もしない。
何かしようと、白衣のポケットに手を入れようとしたのが見えたからだ。
即座にぶっ倒れる犯人。
周囲は騒然としたが。続けて入ってきたモール人の此処のリーダーが。大きなため息をついた。
「そのまま仕事を続けるように。 彼の代替要員は既に手配されています」
「ご協力ありがとうございまーす。 というわけで。 調べろ」
警備ロボットが、気絶している犯人をスキャンする。
どうやらポケットの中に毒物を用意していたらしい。
最悪の場合、コレを使って自殺でもするか、或いは周囲にばらまいて撹乱してから逃げるつもりだったか。
残念だったな。
躊躇のなさでは私の方が上だ。
なおかなりの劇物だったようで。この宇宙ステーション内で秘密裏に製造したようだ。
反吐が出る話だが。
まあそれはいい。
警備ロボットが、引っ張って犯人を連れていく。
私の前に捜査していた警官も優秀だったのだが。こういうのは流石に才能が絡んできてしまう。
それは仕方が無い事だ。
敬礼すると、早足で戻る。
AIが、話をしてきた。
「状況的にやむを得ませんね。 本来なら警告をしてから撃ってほしいというところだったのですが」
「まあね。 同類だから分かるんだよ。 私より相手がひよっこだったというだけで」
「……」
「で、尋問はどうするの?」
駄目と言われたので、肩を落とす。
全身を徹底的にスキャンしてから、他の警官がガチガチに固めた上で尋問をするそうである。
しかもさっきの行為。
明確に自殺か撹乱かで、毒物を使おうとしていた。
毒物を実際に作成したこともあって、懲役は半年から九ヶ月くらいには延びるそうだ。
いずれも未遂だが。
未遂の内容が洒落にならないからである。
警備艇で、宇宙ステーションを離れる。
中性子星の重力を振り切るなんて、警備艇の性能なら何の問題もない。そのまま一旦別の星に降りると、まだ気絶している犯人を、宇宙港で既に来ていた警察に引き渡す。
眼鏡を掛けた、真面目そうな中肉中背の女性警官が受け取りに来た。びしっと制服を着こなしていて、模範的な警官に見える。地球人だが。アジア系の私と比べて、どちらかというと欧州系のようだ。
警備ロボットも油断無く見張っている。
犯人はもう目を覚ましているが。既にストレッチャーに拘束しており。もう喋る事も動く事も出来ない。
軽く挨拶を交わして、犯人を引き渡してから帰る。
ちょっと不満だ。
「あの犯人、しまったという顔はしたけど、恐怖の表情は見られなかったなあ。 目が覚めた後も、ひたすら残念そうで、私を怖がってもいなかった」
「懲役期間中に調整します」
「そうした方が良いだろうね。 私よりサイコかもしれんよあれ」
「そうかも知れませんね」
警備艇から、輸送船に乗り換え。
まあここから先は警察の任務では無いし、仕方が無いか。ダイソン球に向かう輸送船もある。
輸送船に乗り込んで、自室に入った後。
AIに話をされる。
「犯人受け取りに来た彼女が貴方の前に捜査をしていた警官です。 名前はクリスティーナ=アンブレラ」
「へえ。 優秀な警官なのに、今回は残念だったね」
「今回の件は、実際問題彼女に解決して貰うつもりでした。 犯人の手口がこうも巧妙だったとは」
「はっきりしている事があるね」
なんでしょうとAIがいうので。
私は発進した輸送船の中で、ふっと鼻で笑う。
「マッドサイエンティストになりたがった奴はいるけれど、それすら模倣でしかなかったってことだよ」
「確かに偉大な先人と思った存在の真似をしていただけ。 そう言えるのでしょうね」
「あーあー。 マッドサイエンティスト撃ちたいなあ。 私が来るって事を知るだけで、怖れさせたいなあ」
「やはり魔族なのではありませんか篠田警視」
魔族でいいもーんと返すと。
もう疲れたので寝ることにする。
しかしまあ。
あんな頭が良い奴限定で働いているような場所でも、問題を起こす奴がいて。しかも過去のマッドサイエンティストに憧れるとは。
あんまり笑ってもいられないか。
もしも放置しておいたら、また殺人犯が出たのかも知れないのだから。
うとうとしているうちに、家があるダイソン球に到着。
自宅に帰ると、スイが深々と頭を下げてお帰りなさいませと迎えてくれる。
そんな仰々しくしなくていいと言いながら、コートを預けて。風呂に入る。風呂に入っている間。スイが晩飯を作ってくれている音が聞こえた。
まあAIの仕事を代行しているだけだが。
多少無表情でも、料理を人型がしてくれるだけで何かちょっと雰囲気が違う。
なお、髪を伸ばすようにと指示をしているので。
今後時間を掛けて髪の毛を伸ばすという。
セクサロイドだが、そういう程度の拡張性は有している。髪の毛は普通に時間を掛けて伸ばす事が出来るそうだ。
風呂から上がると、温かい夕飯が待っている。
味はそこそこだが。
前からも気にしているとおり、舌が肥えすぎると困るので。敢えてそこそこのものを作らせている。
食事をしている間に、風呂をスイが片付けている。
この辺りは、前はAIが勝手にやっていたのを。スイがやる事で可視化されているだけである。
それは分かっているが、生活に華が出て良い。
動きも愛くるしい。
ロボットとは言え、あんな愛くるしい子供に暴力を振るって破壊してその度作り直していた宇宙海賊どもはますます嫌いになる一方だ。
子供は大嫌いな私でさえ。
これは可愛いなと思うくらいなのだが。
ジムにでも行こうかと思ったが、まあいいだろう。
今日はここで寝る事とする。
部屋の隅っこで座って機能停止するのを見るのもアレなので。スイ用にこの間小さい布団を買ってきた。
私が寝ると、スイもそれを使って眠る。正確には単にスリープ状態に入る。
ほんの少しだけ。
生活に色が出た気がした。
2、危険な論文作るべからず
休日を、一日ジムで泳いだり走ったりして帰ってくる。
その後スイが作った飯を食べて寝て。
休日はあっというまに終わった。
その間に、殺人まで後一歩まで行きかけたマッドサイエンティストの卵の話は、SNSで話題になっていた。
今回はあくまで準備までしかしていないので、重罪には問えないのだが。
それでも、結構な話題となっているようだった。
「目撃者によると、捕り物の際に狂人警官相手に抵抗を試みたらしいぜ」
「殆どの犯罪者が、悲鳴を上げるしかできないらしいのにな」
「色んな意味でヤバイ奴だったんだな。 リアルマッドサイエンティストの影響を受けて、無茶苦茶やろうとするなんてよ」
「恐らくだが、リアルマッドサイエンティストの影響を受けたんじゃないと思うぜ」
ベルトウェイで職場に移動しながら、空中にSNSの会話を立体表示して目を通しておく。
あぶないのでベルトウェイの端端では映像が切れるし。何より他人からは見えないようにも調整されている。
「元々本人がヤバイ奴で、たまたま模倣したら面白そうなのを見つけただけだろうな」
「そういうもんなのか」
「犯罪を扱った創作は山ほどあるけど、それを真似して犯罪する奴なんてほとんどいねーだろ」
「ああ、確かにそれは言えてるかも知れないな。 この間の宇宙海賊展でも、問題を起こしたのは元々宇宙海賊を神聖視していたような連中で、あの展示を見て宇宙海賊を好きになって犯罪を起こした奴はいないとか聞くし」
まあそうだろう。
私もなんかの影響を受けてこういう正気度が地面に激突している人間になったわけじゃあない。
それに三つ子の魂百までという言葉もある。
変わる事が出来る人間なんて滅多にいない。
良く昔の創作に出て来た、不幸なのは社会にあわせて自分が変われないからだとかほざく輩は。
まずお前が変わった事があるのかと言われたらどうしたのか興味深い。
変わった事があると言うなら客観性に著しく欠如している阿呆だし。
自分は最初から優秀だから変わる必要がないとかほざくのなら、それはまた単に既得権益層に胡座を掻いているだけの阿呆である。社会が変化して弱者に転落した場合、変わることなど出来ないだろう。
勿論変わることが出来る者はいるが。それは別に生まれの貴賤に関係無いし。もとの性格にも関係など無い。
それが現実というものだ。
職場に着く。とりあえず人を撃ちたいなー。そう思いながら席に着く。
変わる、か。
本当に安易に使われる言葉だ。
そしてそれを使った人間が、変わったなどない。或いは変わる必要などないと偉そうに宣うという点では、まさにAIに管理された社会をディストピアと揶揄していた時代を象徴しているようでもある。
ともかく、レポートをこなしながら次の指示を待つ。
次は楽な仕事。
或いは人を撃てる仕事だといいのだが。
まあ案の定、そう簡単にはいかなかった。
レポートを数枚書いた後、シミュレーション室に行くように指示を受ける。
いつもの演習かと思ったが。
ちょっと違うらしい。
とりあえず仮想現実に入ってみる。
周囲を見回すと、確かに演習場じゃなかった。
腐敗した肉の臭いもしないし。
火薬の臭いもしない。
勿論近年は滅多に嗅ぐことがないものだが。腐乱死体などに直面した時に錯乱しないように、新人研修の頃にシミュレーションで死体処理はやる事はある。私はやった時一切なんとも思わなかった。
火薬の方は、一応危険物として知らされているのと。それと雰囲気を出すために臭いを再現する事がある。
色々な種類の火薬が存在しているが。
人間は黒色火薬というものとつきあいが長かったらしく。
地球人が演習をするときは、これの臭いを使って雰囲気を出す事が多いらしい。
今日はいずれとも違う。
何というか、まっしろい廊下がどこまでも続いている。
「何此処。 研究所?」
「はい。 仮想空間の研究所です」
「ああ、聞いた事がある」
「ここは演習施設では無く実物です」
仮想空間での研究。
現実と全く遜色ないワールドシミュレーターを作れるようになった今の時代では、こういうものがある。
古くの地球でも自分の生きている世界はバーチャルリアリティだった、なんて作品はたまに見かけたらしいが。
実際には宇宙まるまる作るようなことはしない。
まあ当然の話で、そうなってくると自我を持った人間とかが其所に産まれるわけで。AIやデジタルデータとは言えそういう人間に人権をどうするかとかの、面倒な話が持ち上がってくるからだ。
こういったワールドシミュレーターでは、ブラックホールに関する利用技術とか、実験をするには危険なものを試す。
AIが統括している超高度量子コンピュータの出力を持ってすれば、その辺りの再現は難しくもなく。
ただし生命体がほぼいない状態で。
宇宙空間にて、様々な危険実験を行う事が出来るという。
基本的に他人とかちあう事は無い。
私の側に浮かんでいる空間のステータス情報を見る限り、現在は無人モードに設定されているようである。
「其所を右に曲がってください」
「迷路みたいだねえ」
「意図的にそうしています。 ハッキングを受ける可能性がありますので」
「なるほど」
その辺りは、警備艇などと同じ造りというわけだ。
城などもそうだという。
内部を意図的に複雑にすることで、簡単に攻略できないようにする。まあ今の時代でも、そういった思想は一部受け継がれているわけだ。
私は角を曲がり、大きめの研究室に出た。
誰も触っていない機材が山盛り机の上に置いてある。
どれも相当に実際に作ると高いんだろうな。
そう思いながら、横目に進む。
奧の扉に入ると、なんだか凄そうな装置があるが。
電源を入れていないというか稼働していないらしく、何の音もしていなかった。
これは見た事がある。
筒状のこれは、確か粒子加速器だ。
色々な用途がある装置だが、途中の空間が歪んでいる。
要するに仮想現実だから、空間を中途で省略できると言うわけである。
なるほど、なんというか。
なんでもありだな。
そう思った。
「ここで何かするの?」
「現在、同じ空間を使っている科学者がいます。 かなり危険な実験をしていて、その論文を発表しようとしている状態です」
「仮想空間だからいいでしょ」
「はい、問題ありません。 問題は、それを発表後、同規模の施設があれば実行できてしまう、と言う事です」
なるほどなるほど。
今までのパクリ論文とは違って、違法行為を論文化しようとしていると。
それについては分かった。
だが、ちょっと気になる。
「なんで泳がせてるわけ?」
「途中まで巧妙に偽装していました」
「いや、偽装無理だろ……」
「複数の実験の合間に、本命の実験を進めていたのです。 膨大なデータを同時に扱っていたため、私でも全ての把握をしきる事が出来ず。 目的を察知したときには、もう最終段階に入っていました」
苦しい言い訳だが。
まあいいや。
とりあえず、ふんづかまえればいいと。
ショックカノンを取りだす。
仮想空間なんだしブッ殺して良いかと聞くが、駄目と言われる。
このワールドシミュレーターは量子コンピュータで細部まで現実に近い形で再現しているらしく。
もしも無茶苦茶をした場合、量子コンピュータに多大な負担が掛かるという。
そういえば、この研究用のワールドシミュレーター。
小型の恒星で作ったダイソン球から得られるエネルギーを全部つぎ込んで動かしていると聞いている。
私が住んでいるダイソン球とは別のダイソン球だが。
いずれにしても、恒星規模のエネルギーを使っているというわけだ。
なるほど、それは。
余計に無茶苦茶したくなってきたが。流石に以降警察はやらせないと言われたら困る。
出来るだけ穏便に、犯人を捕まえるとしよう。
丁度、犯人がこれから、問題になっている実験。
今までに無い規模で空間相転移を引き起こし、銀河系を三十時間ほどで消滅させる実験を止めさせなければならない。
一度空間相転移が発生すると、それは光の速さで周囲の空間に伝播し。やがては宇宙そのものが無に帰す。
制御出来ない空間粉砕砲と同じようなもので。
そんなものを確かに論文にされては困る。
カウントして。
0になった瞬間、犯人の空間に私は跳びだしていた。
白衣を着た、大柄な男性だ。腕は四本ある。頭も地球人よりかなり大きい。全体的にがっしりした種族だ。
鈍重に振り返った其奴は、不愉快そうに唸っていた。
「他人のシミュレーションルームに入るとは何事だ! しかも素人だろう! 今から重要な実験をするところだ!」
「はいお巡りです」
「!」
「AIに読まれたわけだよ。 要するに超大規模の空間相転移を引き起こせる方法の実験論文を書くつもりだったって?」
指を鳴らすと。
様々な機材類が、一瞬で停止していた。
鬼相を浮かべた科学者は、怒鳴る。
「だったらどうした! 仮想空間で俺が何をしようと勝手だ!」
「お前さんの場合、仮想空間からそれを持ち出そうとしていただろう。 銀河系を三十分で消滅させる研究なんて、大量殺戮以外に何に使うんだよ!」
「うるさい! 俺が何をどうしようと勝手だ!」
「勝手じゃないだろ……」
呆れ果てた様子を見て、激高する大柄な学者。
調べて見ると、オルト人と呼ばれる種族だ。
かなり戦闘力の高い武闘派の種族らしいが。一方で性格そのものは温厚で、戦争を好まないらしい。
そんな種族にもこんなのがいる訳だ。
まあ、希にまともな地球人がいるのと同じ。
特例という事なのだろう。
「じゃあ破滅的事態を引き起こそうとしていたと。 逮捕」
「黙れ!」
わめき散らしながら掴みかかってきたが、即座に撃つ。
瞬時に気絶して、大きな音を立てながら倒れ臥す。
でかいから倒れるときの重量感も中々だ。
シミュレーション内とはいえ、今のショックカノンは現実にいる本人の精神も気絶させたはず。
そういう設定になっているから、である。
私としては不満だ。
シミュレーション内だから、だろうが。
此奴は最後まで私を怖がらなかった。
またかよ。
頭のネジが私と同レベルで外れてる奴は、本当に怖がらないなあ。
溜息をついてしまう。
こう言う犯人は。はっきり言って捕まえても面白くない。
いずれにしても、犯人が消滅。
シミュレーションからログアウトしたのだ。
今はログインした装置に、現地の警察が駆けつけているだろう。以降は私の仕事ではない。
ログアウトしようかと思ったが、止められる。
「篠田警視は現場保存をお願いします」
「いや、ここ仮想空間でしょ。 時間止めたりとか出来ないの?」
「出来ますけれど、何か篠田警視なら気付くこともあるのでは?」
「要するに現場を調べろと」
ため息をつく。
もう犯罪が確定して、捕まった相手である。
拷問もさせて貰えない。
調べて何か見つけたからと言って、誰か撃てる訳でも無い。
つまり私には何のメリットもないのである。
しかも今回は撃って楽しい相手ではなかった事もある。しかしながら、これも仕事の一つだ。
またため息をつくと、仕事場を漁って、資料を確認していく。
彼方此方にあぶないものがあると、勘がびりびり告げていた。
「これじゃないの、その論文」
「……確認します」
何か紙束を見つけたので、引き渡しておく。
同じく、彼方此方に多数の紙束が散らかされていたが。これは一目で見抜く。本人だけに分かるように敢えて散らかしておいている。
本人が分かればいいのだから、一定のパターンなど必要ない。
机の下に隠しているものもあった。
全部確認を済ませた後、論文らしい紙束は結構分厚くなった。
それをAIに引き渡すと、困惑された。
「暗号化されています。 また随分と面倒な事を」
「全データをあわせれば、多分暗号を解読できるんじゃないのかな」
「……そうですね。 今まで引き取った紙束では、ただの落書きにしかなっていません」
「ほら、また見つけた。 後はこれかな……」
大量の紙束を引っ張り出して、全て引き渡す。
それが終わると、私はもう一度嘆息。
シミュレーションを今度こそログアウトした。
時間は昼。
食事の時間帯だ。
食堂で適当に済ませる。
こう言うとき、いちいち家に帰るものもいるらしいが。私は家には帰らず、食堂で済ませるようにしている。
今日もそれは同じである。
ただ食堂と言っても、廊下に個室が並んでいる空間で。それぞれの個室で食事を楽しむ。
奥の方には集団で食事が出来る空間もあるが。
私は少なくとも使った事は無い。
それぞれの個が自由を担保されている今の時代。
わざわざ皆で群れて飯を取る必要はない。
多くのものが、そう感じているのだろう。実際がらんとしていた。
食事をさっさと終えて。
デスクに戻る。
仮眠を取る事もあるのだが、今日は疲れていない。作業をさっさと終わらせて。今日分の仕事が終わったら帰る。
淡々とレポートを仕上げていると。
AIに説明を受けた。
「犯人は既に確保されました。 今、聴取が行われています」
「ふうん。 それでどんな様子?」
「暴れに暴れたので、ショックカノンで大人しくさせました。 今も椅子に縛り付けて、じっくり尋問しているところです」
「私が行って拷問しようか?」
駄目だと言われたので、ため息をつく。
今回の相手は、銀河系を文字通り滅ぼそうとして。それで何ら反省もしていないような奴だ。
まっとうなやり方では無理だろうに。
勿論、シミュレーションでデータを重ねた結果、出来ると分かった所で。
実際にAIがやらせ等はしないだろうが。
例えば、このAIによる管理体制が終わった後とかに、その論文が残っていたら大惨事になる。
頭が腐っているテロリストとかが使いかねないし。
使ったら、銀河系どころか、宇宙全土が危険にさらされるだろう。
「で、あのでっかいおっさん、なんであんな危険な研究をしようとしていたのさ」
「本人が非常に興奮しているので何とも」
「出た非常に興奮している」
「仕方がありません」
簡単に説明すると、会話が成立しないレベルの状況で喚き散らしている事を示す隠語である。
これは対応している警官が大変だろう。
もう二三発撃って黙らせるか、拷問でもすればいいだろうに。
まあそれをしないから、AIはこの銀河を統治できていると言う事だろう。
「で、その三十分で銀河系を滅ぼす実験。 実行できるの?」
「不可能です」
「不可能なのかよ」
「実際にもし実行しようとした場合、銀河系中枢にある巨大ブラックホール1000万個分を蒸発させるのと同レベルのエネルギーが必要になります」
何だ。
それじゃあ、単に杞憂じゃないか。
一気に面白くなくなった。
そんなエネルギー、AIが銀河系を挙げても捻出できないだろう。テロリストが無茶苦茶やっても、再現は不可能というわけだ。
それに現在銀河系に配備されている軍の武装がそもそも過剰すぎるレベルだ。
仮に国家が崩壊して、あれらの兵器群が個人に渡った場合。
どうなるかはあまり想像したくない。
勿論その場合は、AIが全てロックしてしまうか、或いは自壊させてしまうのだろうけれども。
それでも、念のための。
危険の芽は全て摘んでおく、と言う訳だ。
ほどなくして、聴取の画像を見せてもらった。
頬杖して見ていると。
ようやく喚くのに疲れ果てたのか。犯人がぼそぼそと喋っている。
「お前達は、この世界が退屈だとは思わないのか……」
「銀河系を三十分で消滅させる行為を、退屈云々と結びつけて良いわけがないだろう」
「それがつまらんというのだ。 三十分で銀河系が消滅するんだぞ。 ぞくぞくしろ」
「貴方は病院で診察を受けてくるといい」
警官が呆れ気味に応じているが。
なるほどねえ。
根っからの快楽主義者だったわけだ。
そして自分も含めて銀河系を消滅させることを、そのまま楽しもうとしていたと。
AIに対して呆れた声をぶつける。
「此処まで拗らせる前に何とかしろよ……」
「この人物については、色々と今まで処置はしてきたのです。 しかしながら、自分は絶対正しいという根幹の精神を変えることは出来ませんでした」
「人間が変わることなんか出来ないのはどこの星でも同じか」
「そういうことです。 地球では一時期弱者に対して変わらないとどうにもならないと暴言を浴びせることが流行ったそうですが」
一見正論っぽいが。
実際問題、人間が変わることなど簡単にはできないし。
変わったところでどうにもならないのが現実だ。
どうやら地球だけではないらしい。
なんだかどっと疲れた。
いずれにしても、最大級の犯罪だそうで。今回は未遂とは言え、一種の国家反逆罪に問われるそうだ。
昔だったら無期か死刑だった奴だと思ったが。
AIによると懲役20000年だそうである。
地球人が宇宙に出てからの年数とほぼ同じか。
しかもその間、安楽死は許されず。自殺することも出来ない。
むしろこっちの方が、辛いのかも知れない。
退屈を憎む快楽主義の果てに暴走した奴が、究極の退屈に万年単位で曝されるのだから。確かに罰としては適切だろう。
多分刑期が終わった後には廃人だろうが。
そんなものは自業自得だ。
「ストレスたまる一方だな−。 撃ちたいなー。 ちらっちらっ」
「ああ、地球時代に流行ったアピールですね。 適切な仕事を常に回すように心がけますので、次の仕事までお待ちください」
「……」
「篠田警視の犯罪摘発率は群を抜いています。 此方としても頼りにしていますので」
まあいいか。
此奴はご機嫌取りは、ちゃんとやってくれる奴ではあるのだから。
レポートを仕上げて、家に帰る。
家に戻ると、仏頂面のスイが出迎えてくれた。
笑顔で迎えることも出来るらしいのだが、私はどっちかというと満面の笑顔で迎えられるとむしろなんか疲れるので。
仏頂面でいいと告げてある。
夕食を食べながら、今日の事件の話をする。
スイは小首をかしげる。
かなり性能が劣るとは言え、AIが搭載されていることについては同じなのだ。
「マスターは何故そんな事を私に話すのですか?」
「愚痴」
「分かりました。 聞けばよろしいでしょうか」
「うん」
スイは事の一部始終を聞くと、どうにも理解出来ないと言う。
古い時代のAIはロジックエラーにぶつかると、そのまんまフリーズしたりずっと延々と同じ所で躓いたりしたらしいが。
それよりは進んでいる、と言う事だ。
「何もかも破壊したいというなら、自分だけを破壊すればよいのではないのかと思うのですが」
「そいつは銀河系をまるごと花火にして楽しみたかったと言うことだね」
「それが楽しいのですか」
「そいつにとっては」
スイは少し考え込む。
髪はまだセミロング。
ロングくらいになったら、私が色々髪を結ったりして遊びたい所だが。まだそう遊ぶには短すぎる。
「私は本来の用途が性的欲求の充足用なので、色々な嗜好がある事は存じています。 しかし何もかもを破壊して面白がるというのは……理解が難しいです」
「いんや、別に難しくはないと思うね」
「マスターにはそれが分かるのですか?」
「規模が違うだけだよ」
例えば、自分を壊して楽しむ奴がいる。
古い時代には一種の趣味の一つとして、自分を拘束するものがあったらしい。他にも意図的に破壊するものも、だ。
また他人に暴力を振るうのは、地球の人間にとっては長らく娯楽だった。ずっと階級制度をああだこうだ理屈をつけて保持したがったのは、自分より弱い立場の相手に公然と暴力を振るう事が出来るからだと分析している論文を読んだことがある。まあずばり言い過ぎのように思うが。
間違ってもいないだろうなと、地球人の歴史を調べれば分かる。
地球人類にとって。
弱者を痛めつける事は娯楽なのだ。
それをおおっぴらに口に出来ないだけで。
大半のものは口にしなかったが。
実際に人間が一番楽しそうに笑うのは、抵抗できない弱者に暴力を振るっているときだったというデータも残っている。
まあそうだろうなと私は思う。
私は犯罪者相手限定と決めてはいるが。
実際思うままの暴を解放するときは、確かに楽しいからだ。
私は犯罪者相手のみにこれを振るうようにしている。
だが古くは、多くの場合。
地球人は、自分を絶対正義と考え。
そうでないものには、何をしても良いと割と大多数が本気で考えていた。それについては様々な資料が証明している。
そしてそれらのデータを見る限り。
やはり、破滅願望を持っている者はいて。
無差別に暴力を振るって、何もかも壊して遊びたいと思う奴はいたのである。
地球時代は、それが地区に住む人間全てだったり。
敵対する民族だったりと。
目に見える範囲だった。
だが、宇宙に出てからは。
今度は宇宙全てなどの、更にスケールが大きい破壊願望が出て来た。
地球人は銀河系に住んでいる人間の中で特に獰猛だが。他の宇宙人も、地球人ほどではないにしても獰猛である事に代わりは無い。
だとすれば、ああいう銀河系そのものを吹き飛ばして面白がろうとする奴が出るのは不思議でもなんでもない。
それだけのことなのだ。
そう説明すると、スイはぼそりと呟いた。
「私がシーバスと呼ばれていた宇宙海賊の所有品であった事は知っていると思います」
「あれ、一度記憶は初期化されたと聞いてるけど」
「はい。 だから、自分で調べました」
ある程度の自由は与えられているとは聞いていたが。
そこまで色々出来たのか。
ちょっと驚いた。
スイは俯いている。表情は見えなかった。
「私を何度も破壊して破壊の喜びに酔った海賊達は、決して例外的な存在ではなかったのですね」
「人間は、どの種族も墜ちるところまで墜ちればそうなる。 それだけだね」
「分かりました。 マスターは、大丈夫ですか?」
「そうならないように気を付ける。 てか私の場合は、とっくに正気度が地面にめり込んでるかな」
とはいっても、スイを痛めつけるつもりはない。
うちのメイドであって、犯罪者じゃないからだ。
一方、今後も犯罪者に容赦をするつもりは一切無い。
見つけ次第徹底的に撃つ。
そう告げると、スイはそうですか、とだけ答えた。
よく分からない。
いずれにしても、スイが今後あの腐れ宇宙海賊の所持品だったときに味わった地獄を、再度味わう事は無い。
それは、心配しなくてもいいのにな。
私は、そう思った。
3、聖域は基本汚される
出張任務が来た。
喜び勇んで準備をする。数度手伝ったからか、スイの動きもいい。てきぱきと出かけるための荷物などを用意してくれた。
「よーし、ありがと。 じゃ犯罪者をじゃんじゃか撃ってくるねー」
「あまり乱暴はなさらずに」
「そうもいかない」
「……」
まーた黙り込む。
別にどうでもいいけど。
とりあえず、スキップ混じりに宇宙港に出向く。自室に入ると、AIがやっと話しかけて来た。
「今回は長期出張になる事は既に告げている通りです」
「うん。 それは知ってる」
「まず一番大変な仕事から片付けましょう。 向かう先は銀河連邦立中央大学です」
「へえ」
その大学なら聞いた事がある。
確か銀河連邦でも屈指の才覚の持ち主ばかりが集う大学らしく。
AIの管轄下で、今も高度な研究を繰り返しまくっているそうである。
地球人だと滅多に入れないそうだが。
これは基礎スペックの問題上仕方が無い。
一時期それが物議を醸したそうだが。
脳の基礎スペックが地球人より遙かに上回る種族が多いので、その辺りはやむを得ないとも言える。
もっとも、例外的に此処を出た地球人もいるそうだ。
とりあえず輸送船で移動。
説明を見ておく。
何でもこの大学、なんとアステロイドベルトを丸ごと大学化するというスケールの代物らしい。
ある星系に存在するアステロイドベルトを全部繋ぎ。星系内にリング上の構造体として大学を作っているそうで。
その規模は銀河系でも随一だそうだ。
かといって、その中にぎっちり学生がいるかというとそんな事は勿論なく。
その中にいるのは、常時千人程度の学生と教授だそうで。
中は実際にはスッカスカ。
基本的に、巨大構造体の殆どは、実験施設やシミュレーション関係の設備などで。
人間そのものは、殆どが互いにすれ違う事もないという。
これはやはり、一定数の人間を集めると碌な事をしないという事が、AIの経験的にあるからなのだろう。
そして別に直接人間を大量にその場に集めなくても。
今の時代は、リモートなどを駆使して高品質な教育が出来る。
この大学に物理的に来ていない人間も多いらしく。
実際の生徒数は、相当数に及ぶとか。
そうそう、警察用の装備の一部もこの大学で開発されているらしく。
私もお世話になっているそうである。
感心。
そのまま、大学に行く。
まあ私が行くというのは。
つまるところ、そういう事だ。
輸送船から、全景を確認。
確かに星系内にある巨大な構造体が確認できる。此処まで巨大な構造体は……まあダイソン球が複数存在するし。ブラックホールは解体されているし。他にも幾つも存在するらしいのだけれども。
威容は確かに半端では無い。
一角の宇宙港に降り立つ。
さて、どれを撃てばいいのかなー。
そううきうきしながら、出迎えに来た警備ロボットと合流。此処には軍ロボットも駐屯しているはずだが。
宇宙港の方から、警備のために巡回している戦艦が見える。
戦艦が警備に来ているのか。
まあ銀河連邦でも屈指の重要施設である。
戦艦くらいは来ているのが当然か。
そういえば、この星系の外縁部。太陽系で言うカイパーベルト地帯には、大型の軍事基地が存在していて。
確か百隻くらいの軍用艦が駐屯しているとか。
輸送船で来る時に見ておけば良かったかなとちょっと思う。
元軍関係者だ。
百隻規模の軍用艦が駐屯している程度の基地は何度も見てきたけれども。それでも、懐かしい気持ちにはなれただろう。
警備ロボットについて歩く。
やはりというか、殆ど学生とすれ違う事は無い。
途中で話を聞く。
「今回は不正が明るみになりましたので、逮捕をお願いいたします」
「どんな不正?」
「論文のねつ造です」
またか。
どうせ論文ねつ造するような奴は怖がらないし面白くない。だが、大学に来た時点でそれは分かっていた。
論文のねつ造を調査する過程がないだけでマシだ。
帰ってからスイの髪の毛でも編み編みして遊ぶか。
いや、今回は長期出張だ。
これから犯罪者撃ちたい放題ツアーが始まる可能性も高い。そうなれば私はつやっつやである。
警備ロボットが、突っ込みを入れて来た。
「何やら血に飢えているようですが……」
「血に飢えていると言うよりも恐怖に飢えているが正解」
「噂通りの人物ですね」
「うん」
否定しない。
何しろその通りだから、である。
そのままついていって、途中で解説を受ける。
「今回の事件はかなり悪質で、いわゆる論文審査に関わる学者が問題を引き起こしています」
「具体的に何をやらかしたの」
「審査する論文に自分の思想で非客観的な評価を出していました」
「ああ、そういう……」
古い時代。
マスコミ関係者はこう言い放っていたという。
自分達が発信する情報に客観性など不要。
主観で自分達が見た事が真実であり。
それに疑う余地はない。
どうせ嘘を発信してもばれなどはしない。だから、情報が間違っていてもいいのだ、と。
地球のマスコミの腐敗はそういうわけで最悪レベルだったが、実際にはどこでも同じだったようである。
そして学者も同じ。
どんなに頭が良くても、理論を組んだときに思想が入り込んでくると、其所が起点になってねじ曲がり始める。
理論に入り込んだ思想が、現実に出た結果を改変してしまうし。
何より我田引水に現実をねじ曲げようとさえし始める。
こういった「最初に思いついた事」から離れられない人間は結構多い様子で。それには知能指数は関係するらしいが。
頭が良い奴でも、何か思いついたときに、そのままその思考に引きずられ。闇落ちしてしまうケースはあるそうだ。
地球でもたくさんあったし。
他の種族でもそれは同じ。
要するに、知的生命体の宿痾だったのだろう。
今の時代にも、その宿痾は消えていない。
それだけのことだ。
「どうしてそれが判明したの?」
「ある時期から、露骨におかしい論文が増え始めました。 それで調査を入れたところ、審査している人間の不正が明らかになったのです」
「そうなると、昔だったらばれなかった可能性も……」
「高かったでしょうね。 そして間違った理論が根付いてしまっていたかも知れません」
なるほどな。
それはすぐに私が派遣される訳だ。
移動中に、問題の教授の顔などを覚えておく。
ベルトウェイで移動するが、何しろ文字通り惑星軌道上を丸ごと覆っているレベルの巨大構造物である。
一番近い宇宙港から移動しても数時間はかかる。
空間転移を使わなくて良い位置に研究室がある。
だから、歩いて移動している。
それだけのことらしい。
途中で電車に乗る。
それを三本乗り継いだが。
途中で人間とすれ違う事は一度もなかった。
「本当に人口密度が低いなあ。 うちの署にだってもう少し人間いるよ?」
「大学という施設の問題上仕方がありません。 ストレスができる限り、一切掛からないようにして研究が行えるようになっています」
「まあ確かに人が多くても今の時代意味がないけどさ。 ちょっとでかすぎない?」
「実は更に増設される設備もあります」
まだでかくなるのか。
すごいなあ。
私は関心しながら、とりあえず駅を降りる。空がある。この辺りは、緑を増やして目に優しくしている、というわけだ。
マスクをつけるように言われたのでそうする。
窒素呼吸系の人類の区画というわけだ。
そのまま移動して、やがて現地に到着。
施設の一つ一つが、地球時代の大学なみ。
これを一人で使えるのだから。
まあ、ここに来られる人間が限られるというのも、何となく分かってしまう。
そして建物の一つに入り込む。
この辺り全部が研究室らしいのだけれども。
それでも、その中の一角で。
廊下を、書類をたくさん持って歩いている其奴を見つけた。
白衣を着た、長身の人間だ。確かモモルカ人という大柄な人間である。何だったか、脳が人間が左脳右脳の所、この種族は四つの脳を持っているとかいう話で。必然的にかなり知能が高いらしい。
そんな種族でも、こんな犯罪をするのだと思うと。
くすりとおかしくなった。
「誰だ!」
「お巡りデース」
「な、なんのようだ!」
「論文に対する主観的思想による採点の疑惑が掛かっていますんで。 まあとりあえず、抵抗してくれない? 撃ちたいし」
ひっと、声を上げる犯人。
姿は私と同じくらいの年齢に見えるが、モモルカ人は成長が極端に遅いらしく、地球人で言う生殖可能な年齢に成熟するまで五十年ほど掛かるらしい。まあ今の時代は、その時間も弄り放題なのだが。
此奴の実年齢は確か68だから、少し若く体を弄っているというわけだ。
いずれにしても、書類を放り出して逃げ出すモモルカ人。
私は鼻歌交じりに歩き出す。
「ははは、どこにいこうというのかねー?」
「こ、ころさないで、ころさないで!」
すっと横に追いついて、笑顔を向ける。図体はでかくても身体能力は其所まででもないなあ。
文字通り跳び上がったモモルカ人の学者を、横腹から撃つ。
くの字に曲がって吹っ飛んだモモルカ人。
顔には、実に美味な恐怖の表情が貼り付いていた。
素晴らしい。
久しぶりの上質な食事だ。
そのまま、警備ロボットが引っ張っていく。
そして、現場保全も開始していた。
今までのデータから、こいつが有罪なのは確定である。
しかしながらそもそもここは聖域。
流石に非人道的実験などは出来ないようにされているが。それでもある程度のプライバシーと自由は担保されている。
だからこそ。
現場保全して、調査をする必要があるのだ。
此処の学者の名前は地球人には発音も不可能なので、とりあえずモモルカ人で今後も通すが。
少し私には高い所に書類などがある。
全てを警備ロボットと連携して取りだし、確認していくが。
私は勘で鋭くそれを見つけ出していた。
何かのデータが挟まっている。
AIに見せると、一種のキーだ。
パスワードが掛かっているが、そんなものはAIが即時に解除した。
端末の一つに刺すと、データが出てくる出てくる。
そのデータそのものは違法では無いが。
あまり喜ばしいものではなかった。
「これは、ええと……論文かな」
「モモルカ人が銀河連邦に加わる前に書かれた論文ですね。 現在では非現実的な内容から否定されているものです」
「具体的にどういう内容?」
「簡単に説明すると、カースト制度の全肯定です」
そういうこと。
地球でも一時期流行ったあれか。
長い時間を掛けてようやく人権という概念に到達したのに。
地球人類はそこから、時代を逆行するように身分制度を肯定するような思想を持ちだし始めた。
特にその最たる思想は、金持ちは容姿も才能も優れているので、金持ちたるべくして金持ちになっている、というものだろう。
コネも才能の内とか。
優秀な人間からしか優秀な人間は産まれないとか。
そういう思想だ。
ちなみにこれは、どんな英傑が立てた王朝も、三代もすれば盆暗の後継者が出てくる事からも反論が可能である。下手をすると二代目が既に駄目だったりする。
同族経営の会社なども同じだ。
二代目の馬鹿社長が会社を傾けた例などいくらでもある。
ヒンドゥーが作り出したカースト制度は、まさにその究極型であり。
生まれで人間は全て決まるという思想の元、既得権益層の保護を行う究極にて最悪の思想であるわけだが。
それを地球人類は長い時間掛けて否定してきたにもかかわらず。
長い時間を掛けて肯定しようともしていた訳だ。
勿論思想として持つのは勝手だが。
それを実行しようとした場合。
更には、その思想に基づいて変な行動を起こした場合は、それは当然罰が降されるべきである。
私でもわかる程度の理屈なのに。
この学者は。
地球人で言えばノイマンよりも優れた知能を持っていただろうに。
出発点を間違えて、考え違いを起こしてしまった、ということか。
何というか、情けない話である。
地球でもカーストはずっと文明を蝕み続けたが。
他の星でも、大なり小なり似たような思想は、文明を蝕んでいた。
そして今でも。
その残滓は、文明を蝕んでいるという訳か。
おもわず端末を粉砕したくなったが。それを先読みしたらしいAIに制止される。
「そのようなものでも貴重な資料であることには変わりません。 破壊してはなりません」
「あー。 うん。 まあそうだよね……」
「篠田警視は正論を聞く事が出来ます。 それだけで立派です」
「分かってる」
苛立ちは収まらないが。
まあ何とかするしかない。
ため息をつく。
そして、ばかみてーな論文に最初から躓いたせいで。
せっかくの優れた知能を台無しにし。
それどころか、多くの根本的に間違っている論文を通してしまった学者の事を考えて、憂鬱になる。
この大学に来ているという事は、そういうことだ。
それだけの責任を背負って来ている。
それでも、だからこそ。
変な風に拗らせると、取り返しがつかない。
そういえば、地球時代の大学でも。裏口入学はどこの国でも存在していたらしいし。
それを考えるだけでも、優秀な家系なんて存在しない事がよく分かる。
更に幾つか、調べていて不審なものを見つける。
中には、まんま地球のヒンドゥー教の思想について調べた論文さえもあった。
カースト制度に対して素晴らしいと大絶賛しているモモルカ人の学者の痕跡が残されていて。
私はもう草も生えなかった。
警備ロボットが本格的に来て、研究室を閉鎖。
内部にあった物資は運び出されていく。
これから徹底的に調査するのだろう。
私の仕事はこれで終わりという事で、後の仕事は引き継ぎだ。
聖域か。
いつの時代にも似たような場所はあったが。
それでも、聖域として特別な場所になると、そこは絶対に腐敗の温床となる。
寺院にしても、最高位ランクの大学にしてもそうだ。
まさか、今の時代にもそれがあるとは思わなかった。
私は、色々うんざりしてしまったが。
それでも、仕事は果たせたし。
上質な恐怖は摂取できたので。
まあ良いとする。
時間を掛けて、宇宙港に戻る。
それにしても、本当に分かりやすい犯人だったから、一瞬で終わった。
ある意味何もかも順風満帆な人生を送ってきていて。
それが故に、逆に初手で躓いてしまったのかも知れない。
そう考えると、AIによる教育も完璧ではないなあと思う。
此奴なりにそれぞれの長所を伸ばそうと様々な工夫をしてきているのだろうが。
全て裏目に出てしまったのだから。
宇宙港についた。
輸送船が来ていたので、乗り込む。
今回は長期出張だと聞いている。
とりあえず。これから何をするのかは楽しみだ。ショックカノンも取りあげられなかった。
個室に入って、今回の件についてレポートを書き始めると。AIに次の仕事場を言われる。
「次は病院の防衛です」
「病院で何をするの?」
病院は、実の所今の時代は殆ど存在していない。
というのも、それぞれの人間がAIに常時健康診断を受けており。問題があった場合はすぐに対処されるからである。
遺伝子疾患などがある場合も、産まれてすぐに治療が行われて。物心がつく頃には回復している。
更には、殆ど全ての病気は、自室で全て治療できるシステムになっている。要するに、それぞれの住む家に古くでは最高レベルだった医療設備が存在していて。病院と同等の治療が受けられる状態と言う事だ。
故に病院というものは、殆どが姿を消した。
確か今、私が住んでいるダイソン球にも一つだけしかないと聞いている。
伝染病なども、それぞれの行動が全部AIに把握されているので、感染爆発なんぞしようがないし。
その気になれば、住民単位でAIは空気の流れから何から変えることが出来る。
それでも難病が存在していて。
その治療のために、専門の病院がたまに存在しているらしいのだけれども。
私は少なくとも一度も行った事がない。
専門の医者もそもそもいないという話で。
治療については、AIで管理された医療ロボットと。
わずかな補助要員がいるだけ、と聞いている。
「病院って、今は殆ど無人でしょ?」
「はい。 その病院に侵入を試みているものがいまして。 それを捕まえて貰おうかと思っています。 ですので、行くのは病院では無く、其所から指呼の距離にある居住惑星です」
「はあ、病院に侵入したって、相当にヤバイ難病の患者くらいしかいないでしょ?」
「そういった患者を害そうと考えているようです」
それはまた。
極悪人だ。
確か地球時代にも、難病の人間を人間扱いしない最低最悪の悪習が存在したらしい。ハンセン氏病などが有名だが。
他にもアトピー性皮膚炎などでも似たような事があったとか。
今の時代はいずれもが治療法も確立されていて。
差別なんてしようものなら即時で別の職場に移されるのだが。
それでも、そんな事をしようとする輩がいるとは。
「なんでまた、そんな風に拗らせたのさ」
「それがまた、さっきとはまた別の方向で厄介でして」
「ほう?」
「現在の文明は、究極完全な文明であると言う、私に対するヨイショ論文を書いた学者がいたのです」
自分に対する絶賛もそれはそれで一刀両断か。
此奴はまた、随分と徹底しているな。
地球では正論を言うことをモラハラとかレッテル貼りして拒否する風潮が存在し。要するに耳障りが良いことを言う人間をもてはやそうという風に社会が動いていた時代があるらしいが。
そういう人間こそが、文明レベルのクラッシュを引き起こしてきた「佞臣」である事を歴史から地球人類はついに銀河連邦に組み込まれるまで学べなかった。
今の時代はそういう事でモラハラとか言う言葉は死語になっている。
私も単に愚かな先祖のことをしらべていて知っただけである。
「それで、そのオバカ学者が犯人?」
「いえ、その論文に影響を受けた人間が、「不完全な存在を消し去ろう」という過激活動をしていまして」
「それで難病に苦しむ人間を抹殺しようと」
「勿論病院には近づけてもいませんが。 今も色々と病院に潜入するための活動をしようとしています」
呆れた。
さっき、自分に対する賛美の論文をヨイショ論文と断じたように。
AIは自分を完全だ等と思っていない。
だから常に自分を更に完全に仕上げるように努力しているようだし。
様々なイレギュラーに接すると、むしろ楽しそうにする。
そればかりか、現状でも充分過ぎる様々な設備を、更に強化する事も怠っていない。
お預けを食らう事もあるけれど。
私が此奴を尊敬している所以だ。
「分かった。 其奴をブッ殺せばいいと」
「いや、逮捕してください」
「分かってる分かってる。 言葉のあや」
「篠田警視の場合やりかねないので怖いのです」
まあ、隙があったらやるけれど。
いずれにしても、犯罪者にしか手は下さないから大丈夫である。
輸送船が空間転移を繰り返し。
半日ほどで、宇宙港を降りる。
それなりの距離を移動したが、ごくありふれた居住用の惑星だ。
途中で犯人のパーソナリティは全て確認している。
地球人である。
犯罪者率が高い地球人だが。やはり結構な確率で遭遇するなあと、うんざりしてしまうのも事実だ。
宇宙港を出ると、何というか牧歌的な雰囲気が拡がっている。
木も草も全て偽物だが。
いずれにしても、こういう景色が好きな人間もいるのだろう。
そういう人間向けに調整された居住惑星、というわけだ。
黙々と目的地に向けて歩く。
私の存在を知っているものもいるらしく。
ひっと小さな声を上げて、私から視線をそらしたり、こけつまろびつ逃げていく。
うん。
美味。
恐怖はいつも私に力と栄養をくれる。
恐怖こそが私に取っては最高の食糧なのである。
舌なめずりしながら、目的の奴が住んでいる家の前に。住宅街だが。既に警備ロボットが集まって来て。包囲を完成させていた。
こういう包囲行動を、殆ど一糸乱れず行えるのがロボットの強みである。
内部のスキャンもさせる。
問題なし。
まあ問題がある場合は、AIが強制的に何とかしてしまうのだが。
ドアを蹴破ろうかと思ったが。
住宅を見上げて、にやりとする。
どうやら犯人も気付いたようで。私と目があったのだ。
慌てて引っ込んだのを見て、私は壁を蹴って跳躍。
そのまま二階、犯人がいた部屋の窓に手を掛けると。AIに開けるように指示。開けさせて、部屋に入り込んでいた。
いないな。
外は警備ロボットが囲んでいることは確定。
周囲を見ると、犯罪に関する書籍が林立している。なるほど。こういう本を見て、犯罪者に憧れたわけだ。
更に今の文明が完璧で。
それを乱している重篤な病人を殺そうといういかれた思想に取り憑かれたと。
本を焼くモノは人も焼く。
その言葉を思い出して、本を撃つのは一旦止める。
それよりも、大股で犯人を追っていく。
結構大きめの家だが。
その中で、隠れている場所はだいたい見当がついた。
にやりと笑うと、私はクローゼットを開く。
中から飛び出してきたのは、私と同じくらいの年に見える、目つきの鋭い女である。年齢は私より少し年上に見えるが。実年齢は私と同じくらいだ。
この年で私と同じくらい拗らせるとは。
また、随分と色々荒んでいるのう。
そう思いながら、罪状を告げると。
犯人は、何か喚いた。
聞いた事がない言葉だったので、調べさせる。どうやら病人を差別する用語であるらしい。
今時差別用語か。
本当に拗らせているんだなと呆れながら。
私は、そのまま引き金を引いていた。
黙った犯人を。突入してきた警備ロボットが引きずっていく。家の中をざっと見て回るが。
決定打になった論文は、それほど大事に扱われていたようには見えない。
やはり単に最終的な後押しをしただけで。
元々此奴は狂っていた。
それだけだということだろう。
警官が来た。
どうやら、現地調査も警官がやるらしい。
病院を襲撃して、大量殺人を目論んでいた大犯罪者である。流石に現地警察も動かすべきだとAIが判断したのだろうか。
家から出たところで顔を合わせたので、敬礼して情報の交換をし。後は場を引き継ぐ。
さて、次の仕事だ。
今回は長期出張である。
今回も、上質な恐怖が得られた。
ここのところ、私を怖がらない犯人とか。あんまり面白くない犯人とかばかりで。はっきりいって楽しくなかったので。
今回の主張は私に取ってはボーナスステージである。
さて、次の獲物を狩ろう。
すぐ。
今。
宇宙港に歩いて行く私を見て、通りすがった人間が恐怖の声を上げているが。それはデザートである。
輸送船が来ていたので、さっさと乗り込む。
私に取っての三大欲求は。
食欲、睡眠欲。
そして恐怖摂取欲だ。
4、帰宅後
七件ほど事件を解決してから、家に到着。
私は元々自宅にそれほど執着がないし。今の時代はどこでも同じように過ごすことが出来るので。それほど苦にはならなかった。
家にはスイがいるけれども。スイもそもそも人間の子供じゃなくてロボットである。
私が帰ると、お帰りなさいとぺこんと頭を下げる。
髪はまた伸びていた。
もうちょっと伸びたら完成かなと思いながら、コートを預ける。
「マスター。 出張は大変でしたか?」
「スイーツバイキングだったかな」
「……検索しました。 菓子類を幾らでも食べられるタイプの食事スタイルですね」
「そゆこと。 今の時代はもう存在しないけれどね」
今回の出張は上質な食事を散々出来たので、本当に満足だった。
ここのところ退屈耐久だったり。
相手が面白くなかったりで。
本当につまんなかったので。今回は恐らくだが。AIが私好みの相手を厳選して、ご機嫌取りをしたのだろう。
これから十日ほど休日があるので、まあ初日は寝る事にする。
明日からはジムで泳ぎ倒そうと思うが。
実は、ジムから客が怖がっていると苦情が来ているらしく。そこで、ジムで毎日泳ぐ事はやめて、シミュレーションで泳ぐ事に決めていた。
勿論仮想現実だが。
肉体には全く同じ負荷を与えるように出来るので。
別に個人的には、プールにこだわる理由もない。
しばらく横になっていると。面白い論文を見つけた。
なんと私に関する論文だ。
こんなものを書くとは暇だなと笑いながら、内容を見ていく。
ざっと見ていく限り、主に私がどのような事件を解決していて。それらの事件に対して、どのように対応しているかというのをまとめているものだ。
私もSNSなどで狂人警官として(恐らくAIが裏で糸を引いて)有名になった事もあり。
実際問題様々な犯罪者を逮捕してきていることもあり。
銀河系でも、有数のエースらしいこともあって(警官自体が少ないが)。こういう論文もあるのだろう。
それによると、私は危険極まりない警官で。
犯罪者を撃つことを最大の快楽とし。
異常な天性の勘をもって犯罪を嗅ぎつけ。
地獄の底まで追い詰めてくると言う、まるでなんかの神話生物か何かのような書かれ方をしていた。
別に怒る理由がないので、にやにやしながら見る。
というのも。
この論文を書いている奴が、私を怖がっているのが分かるからである。
うん、存分に怖がれ。
私にはとても美味しいごちそうだ。
帰ってからも、こんな美味しい恐怖を味わえるとは。なかなか乙ではないか。
最後に落ちもあった。
私が捕まえた例の大学教授。
それについての解説もされていた。
狂人警官は、もはや恐怖に震えるばかりの被告人を容赦なく撃った。気絶モードにショックカノンが設定されていなければ、普通に殺していただろう。
恐ろしい事だ。
犯罪者と思われないように、気を付けなければならない。
いや、そんなフランクに書かれても。
そう思って、面白がりながら論文を見たが。
どうやら同じ大学の教授らしい。
そして、あの逮捕された教授は、友人らしかった。
ハハハ。
苦笑が漏れて、以降は論文を読むのを止める。
AIが自分を褒める論文をヨイショ論文と言っていたのが、今ならよく分かる。
こういう形でヨイショされても、苦笑しかもれない。
さて、少し休んだところで風呂に入って、それから寝る事にする。
夕食をスイが準備してくれていたので、有り難くいただくことにする。
スイのエネルギー源は普通に電気なので。普段私がいないときなどに充電はとっくに済ませている。
だが、一応食事時には、一緒に食事をすることにしている。
その方が面白いからである。
ただ、スイが人間ではないという理由もある。
人間と一緒に食事をするつもりはない。
「うん。 指定通り美味しすぎなくて丁度良いね」
「ありがとうございます。 ただ、一つ気になる事が」
「なに?」
「既に先ほど恐怖を摂取していたようですが、物理的な食事も必要なのですか?」
なるほど。
これは鋭い質問である。
私はマカロニにフォークを突き刺しながら答える。
「いわゆる別腹かな」
「……検索しました。 なるほど、お菓子などは本命の食事と合わせて幾らでも食べられるという謎の理論ですね」
「そゆこと」
「しかし先ほどの行動を確認している限り、恐怖がカロリーに変換されているようには見えませんでしたが」
心のカロリーに変換されているんだよ。
そう告げると、首をかしげた後。
スイは検索を完了したようだった。
「理解しました。 心の栄養というものなのですね」
「そういうこと」
「私もマスターを怖がった方が良いですか?」
「私が食べたいのは人間の恐怖。 ロボットに怖がられても困る」
そうですかと、スイは納得したかのようになんか頷いた。
よく分からんが。
此奴なりに何か分かる事があったのだろう。
さて、休暇の後は仕事だ。
ボーナスステージですっかり回復した後である。
次は退屈な仕事かも知れない。
その前に、休暇を充分に楽しむとしよう。
まずはプールで泳ぎまくって、ジムの客共を震え上がらせてくれる。
其所からだ。
(続)
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