遺産とそうでないもの

 

序、よく分からない仕事

 

普段乗るものよりも、大型の輸送船で移動する。

輸送船は、基本的に三千メートル級のものが大半。銀河系全体では、これが二十億隻とか運用されているとか。あくまで噂なので、実数は知らない。

これ以上のサイズのものとなると、軍用の艦船の型落ちだったり武装を外したものだったり。

或いは科学者を乗せた研究船だったり。

開拓惑星に膨大な物資を運ぶための特別製だったりと。

インフラとは微妙にずれたものとなっている。

今回は、つまりそういうことだ。

警官である私も、警備艇は基本的にパトロールの仕事や、いずれにしても警察関係の仕事でしか乗らない。

その警察関係の仕事でも、移動は輸送船、というのが基本。

お巡りは地球時代も基本的には移動を電車とかで行っていたらしい。

パトカーを使うのはあくまで仕事の時だけで。

その仕事の時も、後で書類とか書かなければならなかったとか。

まあ面倒な事をしているなあと思うけれど。

ただそれだけ。

今の時代は、その辺りの書類手続きはAIが全部やってくれるので。私は指示されたまま、現場に行くだけである。

そして現場には。

ある星系と星系の間にある、特に何も無い空間には。

見慣れないものが存在していた。

輸送船が横付けする。

駆逐艦が数隻いる事から考えて、此処は結構珍しい場所だ。この見慣れないものは何だろう。

いずれにしても、宇宙服を着るように指示される。

つまるところ、真空に放り出される事故が起きかねないと言う事だ。

「今回の仕事は何?」

「これは三億年ほど前に、最後に生き延びていた宇宙海賊の船です」

「!」

「やっと発見しました。 この辺りは航路から外れていることもあり、致命的なダメージを与えた後は行方不明になっていました。 探す労力が惜しかったので放置していたのですが、最近漸く見つけました」

宇宙海賊。

それも三億年前。

だが、それはどちらかというと考古学者の仕事で。

お巡りが立ち会う必要性を感じられないが。

いずれにしても、何だかよく分からない話である。

宇宙服に着替えて。

ショックカノンを受け取る。

警察ロボット数機が来た。

警備ロボットではない時点で、色々面倒な事が起きうる可能性があるとすぐに理解する。警備ロボットは、先に四機編隊でなんか分からない物体。AIの言う所の、宇宙海賊の船の残骸に向かっている。

それが結構な数いるのだ。

学者も来ているが。

何かまずいものがあるのかもしれない。

「それで私はなんで来てる? 流石に三億年生きている奴なんていないでしょ」

「いえ、そうとも言い切れません」

「どういうこと?」

「不老処置をした人間が、理想的なコールドスリープをしていた場合は可能性がありますので」

ハア。

それはまた、途方もない話だ。

三億年前というと、地球で言うと石炭紀。

やっと地球に「森」というものが出来はじめた時代である。

酸素濃度は現在とは比べものにならないほど高く。

巨大な節足動物が地上を闊歩していた。

当時は森が「朽ちる」事がまだなかった。木を分解できる生物が存在しなかったからである。

故にそれらの木の残骸は「石炭」というものとなり。

以降、燃料として地球の文明を支える事になったのだ。

「三億年前に暴れていた宇宙海賊か……」

「とはいっても、大半の宇宙海賊は輸送船を襲撃したり、未開惑星を襲撃したり、ましてや軍艦とやりあっていたわけではありませんよ」

「というと」

「やっていたのはだいたい密輸の類ですね。 それもこの撃沈された船が動いていた頃には、商売にならなくなっていたようですが。 この撃沈された船の持ち主である宇宙海賊は数少ない例外的な凶悪犯でしたが、それでも輸送船をジャックしたり、ましてや軍とやりあう力はありませんでした」

なるほどね。

この船が撃沈された頃は、既に宇宙海賊そのものが死に体だったわけか。

それにしても、地球で言えば石炭紀の頃。

人間が夢想していた宇宙海賊は、あらかた滅んでいたというのは。なんというか夢のない話である。

とりあえず、船内に移動開始。

ロボットが彼方此方に貼り付いて、作業をしている。警備ロボットは、主に学者や研究者を監視している様子だ。

貼り付いているロボットは、こういう難破船の解体作業を専門で行うものらしい。

警備ロボットとも警察ロボットとも違う。

物資を切り出したり、或いは漂っているデブリを集めたりしている。

見ると、宇宙服と朽ち果てた人間が船の外を漂っている様子だ。

「この船、撃墜したの?」

「当然でしょう。 輸送船に襲撃をしかけて来たのですから。 輸送船が耐えている内に、駆逐艦が到着。 砲撃することで撃沈しました。 ただ撃沈した際に無理矢理空間転移したので、今まで行方が分からなかったのです」

「何というか、海賊船だかなんだか知らないけれど無茶をするなあ。 輸送船だって簡単に潰せないのに」

「何故最後の海賊船が無謀な賭に出たのか、調査するための作業でもあります。 今後また宇宙海賊が出ないとも限りませんので」

なるほどなるほど。

私は彼方此方を見て回る。

研究者達は色々データを取っているが。

何しろ現在ではもう運用されていない型式の船だ。

AIが政治を担うようになった時代の最初期。腐敗した軍から流出した船が、これらしい。

もっとも流出はしたものの完全に片落ちで。

武装から何から、AIが急速に配備した艦船には歯が立たなかったようだが。

いずれにしてもだ。

地球の大航海時代に、各地を暴れ回った軍艦と同レベルの性能を持つ海賊船とは全く違った、ということだ。

大航海時代の海賊は黒髭ことエドワードティーチを筆頭にピカレスクロマンの花形であり、当然美化されているが。

その実態は残虐の権化であり、私ですら此奴らほど酷くはないと断言できる程の人間のクズの集まりだった。

連中は状況に応じて商人であり軍人であり海賊であり、更には気分次第で人間を殺すことも平気でやった。

大航海時代が終わった後も、食い詰めた第三諸国の漁師が海賊ごっこをする事があったようだが。

そもそも大航海時代の欧州は、陸にいる連中も鬼畜の所業を平然とする者達だった事もあり。

まあどいつもこいつも同類だったわけで。

こんなのがどうして「浪漫」になるのか、実物をAIに見せられた今となってははっきりいって分からない。

海賊の代表と言ってもいい黒髭は海軍に討ち取られ首を曝されるという無惨な末路を辿ったし。

他の海賊もロクな末路を辿ってはいないが。

いずれにしても、こんな連中は浪漫もクソもない。

私としては、この無惨に破壊された最後の海賊船を見ていると、自業自得の最後を遂げたんだなとしか思えない。

学者達が、様々な物資やデブリをどんどん輸送船に運び込んでいる。

かなり厳重に警備ロボットが見張っている様子だ。

物資は0.0005光年ほどに渡って散らばっている様子で。

これから回収用にもう一隻輸送船が来て。

それで専門家が回収に当たるらしい。

さて、ちらりと見て。

悟る。

今運ばれて行ったのは、恐らく麻薬だろう。

現在では、医療目的以外では流通が一切されていない、劇物。

それも、快楽を得るために強烈に圧縮した奴だ。

こういう異物も、真空状態だからそのまま残っている。

ただ億年単位が経過しているので、流石に色々変質しているから、そのまま使う事は出来ないだろうが。

この手の状況に触れると、人間はいわゆるストックホルム症候群に陥って、変な事をし出す可能性がある。

そういう意味でも私は喚ばれたのだろう。

何しろこれ以上正気度が下がりようがないのだから。

更に奧の方に行く。

色々と、酷いものが散らばっているのが見えた。

違法に取引されたものが、それこそ全て詰め込まれているような有様だ。

ひょっとしてだが。

AIが政治を回すようになって、海賊は完全に行き場を無くし。

同類も片っ端から撃墜されていった事もあって。

必死に逃げ回りながら、物資を食い潰しつつ宇宙を彷徨い。

挙げ句輸送船を襲ったのかも知れない。

可能性はある。

何しろ、其所には明らかに喰った跡のある人間の残骸が浮かんでいたからだ。

もうまともな食糧さえなくなって、同類で食い合ったのだろう。

所詮海賊だ。

そういった行動に、抵抗も無かったのだろうか。

抵抗も無かったのだろう。状況証拠を見る限り。

科学者達は、出来るだけ心を無にして物資を運んでいるようだった。

こういうのはだいたい生体反応が出て。

凶悪エイリアンとかが研究者を片っ端から食い殺したり。

或いは謎の美少女が見つかったりするものだが。

此処ではそんなこともないようだ。

億年単位で宇宙を漂っていた海賊船である。

流石にどんな処置をしても生きてはいられまい。動力関係も完全に沈黙しているようなのだから。

周囲を見回す。

狂人警官が来ている。

研究者達はそれを聞かされているのだろう。

冷や冷やしながら、作業をしているようだった。

AIの奴、やはり意図的に私の噂を広めている節がある。

別にどうでもいい。

AIの方では威圧をするのに使えるし。

私の方では何よりも好物である恐怖を効率よく摂取することが出来るのだから。

とりあえず、悪さをしている学者はいないか。

実際に動いているのは殆ど警備ロボットだし。科学者はそれらに混じってちょこちょこみかけるくらいだから、それも仕方があるまい。

いずれにしても、悪さをする科学者を撃つ機会は無さそうだ。

古い時代は、宇宙服などを着ていられる限界時間は相当短かったようだが。

今はその辺りは、色々と改善をしてくれているため、全く問題はない。

私は宇宙を警備ロボット達と漂いながら、完全に沈黙した海賊船の残骸の中を見て回ることにする。

驚いた。

海賊船の中に住み着いていたらしい小型の動物の死骸が浮かんでいる。

地球では鼠とかゴキブリとかに相当する生物だ。

何処かの星で紛れ込んだのだろう。

そしていい加減な海賊船の内部機構の中で住み着き、繁殖していたと言う事だ。

人間同士で食い合うような状況だったようだし、此奴らにとっては天国だったのだろう。

調べて見ると、ある星系では比較的メジャーな鼠に近い生態を持つ生物だ。

そんな生物でも、宇宙空間では流石に耐えられなかった。

警備ロボットが、それらの凍った死骸を回収して運んでいく。

この辺りも、水素分子がメートル辺り四つ、というような状況になるまで整理整頓するのだろう。

ほどなくして、更に巨大な輸送船が空間転移してくるのが見えた。

まるごと海賊船を丸呑みするサイズだ。

その通りの用途で来たのだろう。

通信をしている。

「内部物資の回収率は現在どのくらいですか」

「今運び込み続けて……66%というところです」

「構造材などの回収はしなくてもかまいませんので、細かい物資の回収をお願いします」

「了解しました」

大型。恐らくだが、30000メートル級の輸送船から、小型のビットが大量に射出されるのが見えた。

あれはAI制御のものだろう。

撃墜後、周囲に散らばっている海賊船の残骸を、あのビットが根こそぎ掃除機のように回収していくのだ。

最終的な作業までに多分一月くらいは掛かると、ここに来る前にAIに言われた。

その作業の大半は、あのビットによる掃除機作業だ。

この周囲に散らばっている海賊船の残骸は、分子レベルで回収してしまうと言う事である。

文字通り、海賊の痕跡は何一つとしてなくなるのだ。

海賊船はねじり切るようにして破壊されていて。

下の方には、何とか逃げだそうと脱出艇にしがみついている死体も浮かんでいた。

完全に凍り付いている。

流石に地球で言うと石炭紀の時代だったから、地球人の死骸はないが。

それでも収斂進化だとかで地球人に似た姿になる奴はこの時代からたくさんいて。

人間の死体に見えないこともない。

気が弱い奴は宇宙服の中に戻すかも知れない。

ぶっちゃけどうでもいいが。

脱出艇も壊れている。

駆逐艦に実際に乗っていた私だから分かるが。

空間を破壊するような攻撃でなくても。海賊船なんぞ駆逐艦のサブ装備で充分である。

そういうサブ装備で海賊船は致命傷を受けて、空間転移。

この空間で船としての最後を迎えたのだろう。

無理矢理空間転移したのに、これだけ形が残っているのだからそれもまた凄い話ではあるが。

私が見ているものは、当然AIで学者達にも共有されている。

すぐに学者が警備ロボットと来て、貴重品らしい脱出艇や死体を回収していった。

更にビットも来て、周囲の空間に飛散している細かい残骸とかも回収していく。

手際がいい。

流石に専門職だ。

それに、である。

ここまで良い状態の海賊船なんて、滅多に見つからないのかも知れない。

科学者達にしてみれば、既に回収された撃沈済の海賊船を研究するのがメインの仕事だったりするので。

こういうまだ未回収の海賊船は、ある意味宝の山とも言える。

皮肉な話だ。

宝を求めて各地で暴虐を尽くした海賊共が。

今では自分達が宝になってしまったのだから。

ざまあみろとも言えるが。

はっきりいってどうでもいい。

滅びるべくして滅びた。

ただ、それだけだ。

さて、他の方も見て回る。既に動力炉などの危険な箇所は、真っ先に調べてある。PCなんかはどうだろう。

浮かんでいる残骸の中にはあるにはあるが。

それも後で回収して中身を調べるのだろう。

「そういえば、三億年前も今みたいなインターネットは存在していた感じ?」

「ほぼ変わっていないですね。 ただ治安は良くなかったので、私は今より苦労していました」

「はあ、なんとなくわかるよ」

「ありがとうございます。 それはそうと、見張りを続けてください」

へいへい。

呟きながら、更に彼方此方を見て回る。

動物の毛皮か何かだろうか。

凍り付いたものが、壁の残骸にへばりついている。

この船の船長室にあったものだろうか。

酒瓶が、そのまんま残って浮かんでいた。まあ中は凍ってしまって変質もして飲むどころじゃないだろうが。

この辺りは船長室だろうか。

だとしたら、砲撃の余波は船を貫いて、船長室を直撃したことになる。

船長は即死しただろう。

だが、船長室が消滅したわけではなく。

一部は残った。

酒瓶が丸ごと残ったのは、皮肉という他あるまい。

他にも色々見て回りたかったが。まあ別にそれはどうでもいいか。

ざっと周囲を監視し、警備ロボットが監視している人間共が、変な事をしないかを見張る。

ただでさえガチガチに見張られている上。

狂人警官と呼ばれる私が来ているのだ。

まあ馬鹿をする奴はいまい。

私は平然と宇宙服を着て宇宙遊泳を楽しんでいたが。研究者や科学者はどいつもこいつも必死だ。

私も流石に、目についたものには触らない。

そのくらいの分別はついている。

ほぼ全くそのまま形が残っている死体がういていた。まだ若いが、三億年前も不老処置を出来る時代だったのは変わっていないだろう。

こいつも中身はどうだったのやら。

AIがパーソナルデータを即時に調べてくれた。

「この人は最貧地区で産まれ、親に売り飛ばされた挙げ句、海賊船に辿りついたようですね」

「三億年前はそんな昔の地球みたいな事があったんだ」

「今でも銀河連邦に所属していない星ではどこでもありますよ。 地球でもブラック企業というものが事実上の奴隷労働をずっとしていましたしね」

「ハ……」

そうかそうか。

何だか気の毒な話だな。

そして此奴が如何に苦労したのかもよく分かる。

海賊を全力でぶっ潰した理由も、だ。

この若い死体。地球人で言うと女だろうが。海賊に買われてからは、さぞや地獄のような人生だっただろう。

何一つ良い事なんか無かったかも知れないし。

逆に海賊に混じって、暴悪の限りを尽くしたのかも知れない。

いずれにしても、唾棄すべき親だったのは事実だ。

流石に三億年生きている人間はいないということだし、当時の人間は皆もう墓の下だ。

私は、本当にろくでもねえなと吐き捨てながら。海賊船の残骸を見つめていた。

 

1、浪漫と実態

 

ほぼ丸半日、休まずに監視を続行。

私が常に見張っていることで、来ている学者や研究者は皆冷や汗を掻きながら作業をしていたらしい。

それでいい。

それくらいの緊張感がなければ、絶対に事故る。

私が休みに入る頃には、大きな遺物の回収は終わり。後は大型輸送船が海賊船の残骸を丸ごと取り込み始めていた。

私は個室に入ると、風呂に入って一休みする。

流石に遺物を直に研究し始める学者を見張るわけにもいかないし。

それらの遺物は、回収後は安全が確認されるまでは人から隔離もされる。

要するに悪さはできない。

眠るように言われたので、そうする。

今日は珍しく、夢は見なかった。

すっきり目覚めて、食事をして。

それから、着替えて出る。

作業はまだ続いていた。

海賊船の本体の回収は終わったらしく、大型輸送船は引き上げていた。

その代わりビットは残って、細かい遺物を全て回収している。

分子レベルでの回収を行っているのだから、まあ人間には無理な作業だ。半年くらい掛かるとも言っていたし。

この後、この近くに完全自動制御の大型人工衛星が来て。其所にビットが回収した物資を集めるらしい。

その辺りになると、完全に人間が手を出せる領域ではなくなってくる。

私も暇になる。

とりあえず。輸送船の中を歩く。

まだ何か見落としがあるかも知れないと言う事で。ビットが周辺を飛び回っている中。科学者や研究者やらを乗せているこの輸送船は、この宙域に留まっている。私はというと、悪さをする阿呆が出無いようにめをひからせるだけでいい。

SNS等ではまだ海賊船発見の話題は出ていない。

まあAIが情報を開示させていないのだろう。

「SNSを熱心にチェックしていますね」

「この間一杯食わされたからね。 まだまだ私も勉強が必要だ」

「その考えは素晴らしい。 どんどん勉強をして、更に技術を上げていってくださいね」

「そうするよ」

この間の失敗で、私も学ぶ事が多かった。

失敗から学べる人間はあまり多く無いらしいので。

私は幸運だったのだろう。

輸送船の中を歩いていると、科学者らしいのとすれ違うが。相手は露骨に青ざめていた。どうでもいい。

私がいる。

それだけで抑止力になっている。

ならば抑止力であり続けるだけだ。

「科学者もそういえば結構わっぱ掛けたっけ」

「……ああ、地球時代のスラングですね。 篠田警視の悪名は各地に轟いていますので、まあ誰にでも怖れられるのは不思議ではありません」

「それで結構。 今のは何か後ろ暗い事はしてない?」

「至って真面目な学者ですよ」

そうかそうか。

どうにも此奴が私を此処に連れて来たと言う事は、真面目な学者以外も乗っているとしか思えないのだが。

まあいい。

とりあえず、此奴には色々感謝しているし。

そのまま仕事を続けていくだけだ。

管制室に出向く。

AIの指示である。

輸送船の管制室だから、人は殆どいない。今、学者達は休憩をしているか、あるいは寝る間も惜しんで回収した戦利品。つまり海賊船の中身を調べている所だ。

宇宙を漂っていた死体や、死体とすら呼べない残骸すらも、身元が判明しているらしい。

三億年前の戸籍データも完璧に保っているのだから、大したものだ。

戸籍がないものもいるらしいが。

遺伝子データなどから、どういう出自か全て調べられるそうだ。

此奴に掛かれば。それこそ私の二十世代前の先祖の具体的な姿まで再現出来そうだなと思いつつ。

コンソールの椅子に座る。

コンソールでやるのは、レポートの作成ではない。

監視カメラの確認だ。

研究室が付属しているこの特別製の輸送船では、今科学者が警備ロボットに見張られながら、ああでもないこうでもないと話をしている。

それを見ながら、怪しいのがいないか確認しろ、と言う事らしい。

私は警備員か。

まあいい。

とりあえず、見張りを続ける事にする。

「この物質は、記録にある強力な麻薬だな。 管理体制が厳しくなって一般流通が出来なくなって死蔵していたものだろう」

「動力炉周りの部品も酷い状態だ。 政府が刷新されてから、海賊は居場所を完全になくしたというのは本当のようだな。 これではロクな港湾整備もできていなかったのだろう」

「ピカレスクロマンの花形の実態がこれか……」

「政府がAIに管理を譲渡する前後くらいから、海賊は殆ど壊滅状態になるまでおいやられていたらしいという記録がある。 この海賊は結構な大海賊だったらしいから、中小の海賊なんてそれは悲惨だっただろう」

話をしているのが聞こえるが。

興味が無いので聞き流す。

私が興味があるのは、犯罪者がいるかどうか。

いるなら撃つ。

出来ればバラバラにして殺したいが。

それはAIがさせてくれない。

ショックカノンで撃てば満足出来るので、とりあえず撃てる奴がいないか、血眼で探す。今するのはそれだけである。

コンソールから複数の監視カメラを見ているが、今の時点で勘に引っ掛かる奴はいない。とはいっても、今は大人しくしているだけの可能性もある。

「他の監視カメラは?」

「実は研究ブロックは意外と狭い作りになっていて、作業中の学者および研究者は、これで全て確認できます」

「ああ、そういう……」

「ここに来ている人々のパーソナルデータの内、公開可能な部分は見ますか?」

頷く。

何かびびっとくるものがあるかもしれない。

ざっと見てみるが、それほど面白そうな奴はいない。地球人と全く違う姿の奴もちらほらいる。

前科持ちもいる。

ただ、どうも勘には引っ掛からない。

懲りたタイプだろうか。

だとしたら、私としてはそれこそどうでもいい。

撃てる奴が興味ある。

撃てない奴は、何でもいいのだから。

「今の時点で面白そうなのはいないね」

「分かりました。 監視を続けてください」

「ういうい」

監視を続けるが。学者達の話は特に面白くもない。

あくびが出てくる。

だいたい興味がない話題ばかりである。

やはり、宇宙海賊のマニアであるものもいるようで。かなりマニアックな話をしていたりもする。

「この海賊船は4世代、100年近くにわたって暴れ回ったものだ。 内部を徹底的に調べれば、その歴史がはっきり分かるかも知れない」

「四世代で百年とは、随分とまた移り変わりが早いですね」

「内部で実力者が殺し合いを続けていたからね」

「それはまた、血塗られた歴史だ。 人間がAIの管理を外れるとどうなるか、よく分かるな」

そりゃあそうだろうよ。

私は興味も無く呟く。

ただでさえどうしようもない破落戸どもだ。

力で部下を従えられなくなったら、転落する。まあ海賊の場合は殺されておしまいだろう。

そして殺し合いの末に、一番強い奴がトップになる。

それもまた、人間らしい展開だ。

人間らしい、か。

もしも人間らしいやり方とやらを貫いていたら、星間文明なんてとても維持できないし。ましてや銀河規模文明なんてとても無理。

それについては、こういう海賊船の中身を見るとよく分かる。

一時期の地球で流行っていたヒューマニズムとやらが如何に滑稽か。

この現実が示しているとも言える。

興味も無いのであくびをしながら様子を見ている。

今の時点で、私の心の琴線に掛かるものはない。

「今PCを調べていますが、ちょっと興味深いデータが出て来ました」

「見せてくれ」

「此方になります。 破損データを修復している過程で見つけました。 どうやらこれは……何処かの令嬢の遺伝子データのようですね」

「令嬢か。 もう死語だが」

要は金持ちの娘と言うことだが。

今の時代は貧富の格差がそもそもないので、令嬢もなにもない。

たまに高貴な血筋の出がどうのこうのを口にする輩がいるらしいのだが。

そもそも大量の遺伝子データから無作為に子供が作成され。それぞれの面倒をAIが見ている時代だ。

どんな血が入っていようが関係無い。

それに高貴もなにも。

歴史を調べれば、王族だの貴族だのがどんな事をしてきた連中かなんか一発で分かる。

頭が良いわけでも容姿が優れているわけでもないし。ましてや何かしらのカリスマがあるわけでもない。

普通の人間と同じだ。

それを色々な方法で誤魔化していただけ。

高貴な血が聞いて呆れる。

ただ、今回の場合は、何かあるのかも知れない。

「そもそも令嬢の遺伝子データがどうして海賊船のPCから出てくるのだろ?」

「今調べていますが……ああ、これのようですね。 この海賊船が現役で動いていた時代に、誘拐事件を起こしています。 結局身代金を要求された側が要求に応じなかった上に、軍が介入したためどうにもならなかった未解決事件のようですが」

「ハー。 そんな事件が」

「遺伝子データだけが残っているのも妙な話ですね。 ひょっとして、ですが。 人質はかさばるから、さっさと処分してしまったのかもしれませんね」

三億年前の事だから、好き勝手言っているな。

私は呆れたが。まあどうでもいい。別にそういう事をいうのが、犯罪というわけでもないのだから。

興味がだんだん薄れてきたので、トイレにでも行こうとするが。

ふと、興味のある話が出て来た。

「一致遺伝子確認」

「!」

「船内から、一致した遺伝子が出ました」

「ふむ、どこからかね」

調べて見た所、食料庫からだという。

ああなるほど。

身代金を取れないと判断した後は、殺して食ってしまったというわけか。

なんとも分かりやすいな。

私は苦笑いして、それでトイレにいく事にした。

遺伝子データを残しておいたのは、恐らくだがゴタゴタが落ち着いたら、金持ちと交渉してクローンでも引き渡すつもりだったのだろう。記憶はそれっぽいのを適当に詰め込めばいいのだし。

だけれども、ゴタゴタが解決する事は無かった。

AIが完全に政府と軍を掌握した事により、海賊がそもそも身動きできる状態ではなくなったからだ。

降伏しても全員殺される。

そういう強迫観念もあったのだろう。

以降は、あてもなくさまよう事になり。

挙げ句の果てに、輸送船を襲って。駆けつけた駆逐艦に返り討ちにされたというわけだ。

何とも情けない末路。

これが大海賊の実体か。

トイレを済ませて戻る。

どうやら大海賊殿は人肉を食べる事を何とも思っていなかったようだし。これからもどんどん情けない逸話が出てくる事だろう。

学者共の話にはあまり興味が無いが。

とりあえず、監視を続けるだけなら別に悪くは無いかな。

私としては、ピカレスクロマンとかいう代物が反吐が出る程嫌いだというのもある。私の夢は過去にタイムスリップしてアルカポネを生きていた事を後悔するほど残虐に殺す事だが。それくらいピカレスクロマンというのは大嫌いだ。

この様子だと、どんどん醜聞が出てくるだろう。

何が浪漫だ。そう笑い飛ばせるようになりそうだから、少しだけ仕事のモチベが上がってくるのを感じた。

 

その日は、以降特に面白い話が聞けるわけでもなかった。

ただ輸送船は動き始めた。

周辺の探査が終わり。ある程度大きな残留物については完全な回収が終わったことがはっきりしたからである。

後はビットの仕事だ。

もう人工衛星も来ている。人工衛星と言っても30000メートル級の要塞型で。当然武装もしている。

軍が使用している要塞型の人工衛星を、研究用に持ってきたのだろう。

この辺りに駐屯していなかったから、今回の機会に駐屯する場所を変えた。

ただそれだけなのかも知れない。

いずれにしてもその辺りはよく分からない。

AIは何もかもを万年単位の計画で管理して動かしているようだし。此処に要塞型の人工衛星が来たのにも、長期的には意味があるのかも知れない。そうではないのかも知れない。

私には分からない事だ。

こう言う無人の巨大要塞は時々見かけるが。輸送船から確認すると、流石の迫力である。

戦艦以上のサイズを誇る。球体だから大きく見えるというのもある。

輸送船は移動開始。空間転移を繰り返して、一旦研究施設がある星に辿りついた。

其所で輸送船から降ろされた、海賊船の残骸が保管されている。

流石に惑星上の管理施設に入ると、海賊船の残骸なんて粒のようである。

私も輸送船を下りる。

この星は酸素呼吸型の人類にあわせてテラフォーミングされている、研究施設ばかり建っているもので。

宇宙服を着なくても活動できるので、それが有り難い。

宿舎に荷物を移した後、研究施設を見に行く。

研究施設では、海賊船の解体作業が始まっていた。

元々の形状についても、復元図が出来ている。というか、記録が残っているのだろう。

そもそもが軍の型落ち品だ。

それをあれこれ弄くり回した。

ピカレスクロマンだと、軍の一級の戦艦とまともに渡り合うような海賊船が出て来たりするが。

状況を確認する限り、とてもこの海賊船では無理だ。

内部は改悪されまくっている。

一部は隔壁などを取り払っている様子で、これではダメコンもなにもあったものではなかっただろう。

それに技術的にはかなり劣っていることも分かる。

現在の宇宙用の戦闘艦。

駆逐艦などでも、内部の隔壁などでもシールドを展開するし。更には空間ごと破砕するような攻撃にも艦船の等級によっては普通に耐え抜くが。

この「最後の大宇宙海賊」の船では、それは無理だ。

他にも色々なデータが出てくる。

まず内部に乗っている人員が足りていなかったことが分かってきていたらしい。

私も資料に目を通すが、どうやら粗悪なAIで動かしていたらしく。同等の中古品の軍用艦艇が相手でも恐らく勝ち目は無かっただろう、ということだった。

今の時代は、戦艦に一人しか人間が乗っていない、などという事が当たり前だが。

それはAIが強力にサポートしているからである。

この海賊船は、銀河を動かしているAIとは別の。自作かなんか適当なAIで動かしていたのだろうし。

それならば、性能が劣っていただろう事も良く分かる。

どんどん夢が潰されていくな。

失笑しながら、私は上がってくる研究成果を見ていく。

内部にいた人間の素性は既に分かっているが。

これらについても、当時の筋金入りの犯罪者ぞろい。

まとめて爆殺できたのならむしろ人類のためになったのでは無いのだろうか。そう思える面子だ。

人間を食うことにもなんらためらいがなかったようだし(勿論そんな文化を持っていた種族ではない)。

更に、である。

面白いものも見つかっていた。

ロボットだ。

警備ロボットや警察ロボットは、基本的に円筒形をしている事が多いが。珍しい人型ロボットである。

かなり粉々になっていたので復元に手間取ったようだが。

いわゆるセクサロイドだ。

人間と呼ばれる種族が数え切れない程参加している銀河連邦である。更には個人個人で性癖は違う。

そういう事から、実際にセクサロイドというものが作られることはあったが。大ヒット商品というものは殆どでなかったらしい。あまりにも要求が複雑になりすぎるから、というのが理由だ。

代わりにつぶしが利く仮想空間での欲求充足がメインになっていき。

セクサロイドはマニア用のホビーの一種になっていった歴史があるようだ。

その辺りは私もうっすら聞いた事があったが。

三億年前には、海賊船がセクサロイドを積んでいたのか。

へえ。

なかなか驚きである。

復元されたセクサロイドは地球人としては10歳くらいだろうか。まあセクサロイドだから別になんでもいい。

とはいっても、この撃沈された海賊船に乗っていた連中は、人間を何のためらいもなく食うような輩だ。

人間の娼婦なんかを乗せても(三億年前にいたかは知らない)、多分あらゆる意味でもたなかっただろうし。生きて船を下りられなかっただろう。

復元されたセクサロイドは、そのまんま博物館に送られるようである。

3Dプリンタで復元される様子から、博物館に送られるまでじっと見ていると。AIに言われる。

「興味がおありで?」

「海賊がどんな理由であのセクサロイドを乗せてたのかが気になる」

「使用された履歴なども確認しましたが、主に暴力を振るう相手として利用していたようですね」

「へえ?」

それは意外だ。

AIの調査によると、破壊された記憶が二度や三度ではなかったようである。

なんでもクローン人間を作るよりも、設計図のあるロボットを3Dプリンタで作る方が、コストが遙かに安いのだとか。

海賊達は凄まじい暴力衝動を、格安で買ったセクサロイドにぶつけては、徹底的に破壊し。

破壊する度に船内の3Dプリンタで修復し。

たまに性欲のはけ口にし。

そしてまた無茶苦茶に破壊して遊んでいたのだそうだ。

「宇宙海賊に夢を見ている人間が知ったら発狂死しそうだね、それ」

「今までも宇宙海賊の実態については色々とデータを出しています。 その中には、今回発見された宇宙海賊「シーバス」以上の残虐行為を繰り返していたものもいます。 しかしながら、殆ど人々は興味を示さないようです」

「なんだ、そんなものなんだ」

「そういうものです。 なんならデータを閲覧しますか?」

後で見ると言って。

それから、更に研究の様子を見る。

動力炉についても、色々分かってきた。

どうやら動力炉は一種の処刑施設になっていた様子で。敢えて動力炉を改悪し、人間が苦しんで死ぬ程度の熱量を吹き付ける装置を作っていたそうだ。

四代にわたって船長は交代したようだが。

そのたびに、船長は気にくわない船員をリンチに掛け。場合によってはこの処刑装置で焼き殺していたらしい。

更には焼き殺した後、「憎しみを共有しろ」という意味で肉を食っていたようだ。

要するに処刑装置兼、料理装置だったと言う訳だ。

気が弱い奴が聞いたら失神しそうな内容だが。まあ海賊なんてそんなもんだろ。私はそう呟いて、研究を続けている連中を見つめる。

犯罪者でないかなー。

そう思うのだが。

今回は、今の時点で怪しい動きをする奴はいなかった。

どんどん化けの皮が剥がされていく大海賊だが。更に面白いデータが出て来た。

銀河連邦で、AIによってどんどん腐敗軍人が更迭され、宇宙戦闘用の艦艇が更新されていくのを見て。

一応海賊どもも対応出来る装備を買い付けようとはしたらしい。

だが、そういった装備は既に横流しもされておらず。

既に片落ちだった船に乗せられる武装といったら。これまた型落ちの品ばかり。

型落ち品を横流ししてくれるような軍人も商人もどんどん消えていった。

そんな中、海賊達は自分で新武器を作ろうと、四苦八苦したらしい。

勿論、素人に武器なんか作れる訳がない。

そこで必死に勉強しようとしたが。ネットも既にAIに掌握されていて。彼らが入り込める場所などなかった。

結果として、彼らは自分達でああでもないこうでもないと毎日議論を交わして、3Dプリンタで目を覆いたくなるような粗悪な武器を作り出していったらしい。

ショックカノンがあまりにも完成されているから、他の銃はいらない。

とはいっても、シミュレーションではスナイパーライフルやショットガンを愛用して満面の笑みで殺戮の限りをつくす私であるが。

そんな私でも、思わず引きつるような銃がたくさん作られたようだ。

「此奴らってさあ。 馬鹿?」

「私に確認しなくても分かるかと思います」

「閉鎖空間でコミュニティを作ると、人間ってこんなに衰えるんだね。 海賊になる前のクルーの経歴を見たけれど、どいつもこいつも凶悪極まりない犯罪者ばかりでしょ。 それが何だよこれ」

「人間は際限なく衰えます。 この海賊船に乗り込んだ時点では、周囲を貴方のように怖れさせていた連中も。 衰えきった結果、ただの愚か者に堕したと言う事です」

私を比較対象にするなよ。

そうぼやきたくなるレベルの状況だ。

とりあえず。

とりあえず、まあいい。深呼吸だ。此奴らと一緒にされたことはいい。それよりも、衰えれば私もこうなる。

その教訓の方が大事である。

ひょっとしてだが。此奴らが駆逐艦を襲った時、もう正気ではなかったのではないのだろうか。

その可能性は高いなと、私は何となく思った。

勘はすぐに当たる。

船内の様子をモニタしたデータが出て来たのだ。それによると、船員は毎日酒を飲み、薬物を吸って。脳が半分以上おかしくなっていたらしい。

まあ考えてみればそうだろう。

元々が破落戸の集まり。

大犯罪者なんて格好をつけてみても、所詮はクズの集団だ。

稼げるから商売は成立する。

悪名高い地球の大航海時代の海賊達ですら、常に海賊をしていたわけでもなく、商売もしていたのである。

シノギを悉く潰された挙げ句。

完全に勝ち目が無い軍の艦艇に追い回され。

どこの港にも入れなくなり。

徹底的に逃げ場を潰されれば、それは狂乱の極みにも到達するだろう。

現実逃避のために薬を更に飲むようになり。

結果としてある意味人間を止めてしまった、というわけだ。

「ゴミだな……」

「政府が無能だとこうなります」

「……」

「だから私は政務に手を抜きません」

事実、海賊を撲滅したのだ此奴は。だから、私としては尊敬する他無いと思っている。

ディストピアか。

まだたまにSNSとかでこの世界をディストピアだと呼んでいる奴を見かける事があるのだけれども。

自由な世界で人間が何をするかは。

この海賊船に、全て詰まっているとも言えて。

それを見た後だと。

何もかもが、虚しく響くばかりだった。

 

2、事後処理とか色々

 

ある程度のタイミングで、記者会見が行われた。

三億年前に撃沈された最後の宇宙海賊船の一隻が見つかった、というものである。

記者会見と言っても、名ばかりの無能なマスコミが記者をけしかけて。カメラの砲列を向けて好き勝手ほざくあれではない。

地球時代のとは違って、ごく簡単に真実だけを告げ。

以降、質問は順次受けつける、というものである。

まず研究チームのトップである科学者が、不慣れそうに説明をした。

撃沈された船は大海賊「シーバス」のもので確定。

その後は淡々と、船がどういう状態だったか。

中で何が起きていたのか。

それらについて、説明が行われていった。

かなり強烈な描写も入ってるなあと私は記者会見をSNSで見ながら思ったが。別に気にしない。

もしも問題がある場合は、AIが各自の見ている映像や聞いている音声に個別にフィルターを掛けてしまう。

古くは自分はまともで感性が正常だから周囲は全て自分に合わせるべきだと声高に喚き散らす人間が大きな顔をしていた時代が地球にはあった。その頃は反差別を掲げる人間が堂々と差別を口にしたり。フェミニズムがカルトと化していたりしたものだが。

そういう悪しき時代はどんな星間文明にも存在していた様子で。

AIは手慣れた対応をしている。

つまり「まともな誰か」に周囲全員があわせるのではない。

個別にAIがそれぞれ対応するのである。

結果として、不自由はなくなった。

まあ私としては窮屈に感じる事もたまにあるが。

対応は神がかっていると思う。

「記者会見はこれで終わり?」

「いえ、これは始まりですね」

「ふむ?」

AIの発言は、すぐに現実になる。

まず大まかな話を学者がした後、AIが特設HPにあらゆるデータを掲載していく。その特設HPには質問受けつけ機能があり。

AIがそれに対応する。

さっそくわんさか質問が来たらしい。

「ねつ造を疑う声が今回もかなり来ています」

「ねつ造、ねえ……」

専門家が調査しているのに、直感でそれをねつ造というか。

勘は私も自信があるが。

それでもしくじる事がある。

ましてや、それで飯を食っている上に。AIのおかげで生活も保障され。専門分野の研究に全力投球できる今の時代の学者が、ねつ造なんてして……まあたまにはやる奴はいるが。

今回は私ががっつり見張っていたし。

AIも研究に不正がないかはきっちり見張っている。

何がねつ造なのかは、色々質問があるが。

全てにAIが丁寧に回答していくという。

この辺りの真面目な姿勢は嫌いではないなあと思う。

ただ、私にこの話をしていると言う事は。

何かある、ということだ。

「篠田警視」

「へいへい」

「これから仕事です」

「ふーん。 それでどんなふうに宇宙海賊絡み?」

まあ馬鹿でも分かる。

この辺りの話をしている所で、仕事の話をしてくるのだ。

私も戻ってから、次の仕事についての話がなかった。

自宅で丁度今日はどんな仕事なのかなと、わくわくしていた所だ。

模倣犯は、現状ではやりようがないか。

そもそもちょっとしたロケットを個人で飛ばすのが精一杯の時代だ。輸送船の堅牢さも凄まじい。

人々が移動に利用している輸送船ですら、個人で集められる武器では攻略が不可能。

そして犯罪組織もテロ組織も、今では存在していない。

とてもではないが、海賊なんて無理無理。

後は、どんなオバカちゃんが出るのか。

私に撃たせてくれるのか。

どんな恐怖のツラを浮かべるのか。

それらが楽しみで仕方が無い。

「今回、最後の大海賊の一人の宇宙船が発見された事で、かなりの不満の声が上がってきています」

「不満? なして?」

「今の時代でも、いや恐らく今の時代だからこそ、「自由」の象徴にも思えるダークヒーロー()には人気があるものでして」

「なーにがダークヒーローだよ。 人質を食うわ、仲間同士で食い合うわ、暴力を振るう相手に丁度良いからって型落ちのセクサロイドを3Dプリンタで何度も再生するわ、脳まで酒と麻薬でやられてるわ、挙げ句の果てにあっさり駆逐艦に撃沈された唐変木が」

そういえば唐変木って何だろう。

酷評の限りを尽くした後、小首をかしげてしまったが。

まあそれはいい。

とりあえず、咳払いして続きを聞く。

「それで?」

「今回、囮を準備します。 宇宙海賊展を既に開始しました。 これはここから二百光年ほど離れた地点のミュージアムで物理的に行います。 勿論ネットからのアクセスも可能です」

「なるほど、あんたの回答に不満がある拗らせおばかちゃんが、近くで悪さをする可能性があると」

「そういう事です」

ならば、私の出番というわけだな。

すぐに指示通り、着替えて宇宙港に向かう。ショックカノンは現地の署で受け取る手はずになっている。

輸送船は普通の奴だ。

ただ、かなりの乗船率に思えた。

これは、恐らくだが。

宇宙海賊展を見に行く客がかなり多いのだろう。

一時的にも人の流動がかなり激しくなる。

何となく、分かる気がする。

刺激がほしいと言うのはあるのだろう。

三億年前に撃沈された宇宙海賊についての展示。それは確かに、ネットでなくて地力で見に行きたくもなる。

ファンだったら、だが。

私は生憎ファンではないので、はっきりいってどうでもいい。

今からどんな拗らせオバカが出て来て。それを撃てるのかだけが興味の対象だった。

移動中、SNSを確認する。

「宇宙海賊展やるらしいぜ」

「まあこの機会だし、宇宙海賊の実態を色々周囲に知らせておきたいんだろうなAIも」

「発表の結果が気にくわない奴も多いだろうし、現地あれるだろうな。 行きたいけれど、俺はネットからのアクセスで満足するわ」

「よく分からない話だよな。 宇宙海賊に関する実態なんて、別に今回の発見が出る前から分かりきってたのに」

まあ、その通りだ。

宇宙海賊が壊滅させられた三億年前より更に前には。大宇宙海賊と呼ばれる奴が何人かいた。

地球の歴史だったら、美化されていたかも知れない。

だが残念ながら、AIは事実だけを告げる。

大宇宙海賊の一人、「コーロット」は、軍を相手に互角に立ち回り、最後は超新星に突入して不平等な世界に抗議をしながらなくなったとか言われているが。

実際は悪辣な人身売買を繰り返していた鬼畜外道で。

軍を見ると即座に逃げていた事が分かっている。

まだその頃は犯罪組織があったにはあったが。

AIが急速に社会での存在感を増して行くにつれて、宇宙海賊も含めて自称アウトローの居場所はなくなり。

「コーロット」も例外ではなく。

最終的には、どうやら目測を誤って、超新星爆発にモロに突っ込んでしまったというのが真相だ。

これらの真相については、超新星爆発で消し飛んだコーロットの愛艦からではなく。データをやりとりした色々なデバイスなどから総合的に情報が得られているのだが。

これについて信じていない人間は一定数いて。

「コーロット」を神聖化した創作をする奴はいる。

ピカレスクロマンがまだ一定数の人気があるのは事実なのだ。

まあ好きなものを否定はしない。

現実とは違うよ、と私は言うだけ。

こういう宇宙海賊展には、「コーロット」や今回見つかった「シーバス」のような、大物の宇宙海賊の実態についての展示があるから。

それにケチをつけに来るアホがいる。

普通の害悪客は、警備ロボットがつまみ出して。

AIがお説教しておしまいである。

問題はテロとかをやろうとする輩。

勿論人間が地力で作れる道具でテロできるほど警備は甘くないが。

人が集まるのだから。その中で何かやらかそうとする奴は出てくる。

それをどうにかするのが、今回の私のお仕事である。

現地に到着。

宇宙港には、結構な人間が来ていた。

この惑星は、最近環境の調整が終わったばかりで。今回の宇宙海賊展は一種の「こけら落とし」の意味もあるらしい。

とりあえず私は、まずは署に出る。

そして警備ロボットが増員されているのを確認。

逮捕者ももう出始めているようだ。

デスクにつくと、まずは状況を見る。

暴れて捕まった馬鹿が三人。

まあ此奴らはどうでもいい。

宇宙海賊の展示の前でなんか騒いで捕まったのが一人。

これもどうでもいい。

狂信的なシーバスのファンだったらしいのが、なんかデモをやっているらしい。

これについてはまだ逮捕はされていないが。

暴徒になる前に、監視はしておいた方が良いだろう。

一応現時点では、警備ロボットがガチガチに周囲を固めて、暴徒になんかなりようがないように見張っているが。

それはそれだ。

ショックカノンを受け取ると、雑踏に出る。

なるほど、これは犯罪が起きるわけだ。

開拓中の惑星でも、これほどの人口密度は滅多にない。

此処は酸素呼吸系の人類向けに調整された星だが。

マスクをつけて、わざわざ来ているファンも結構いる。

窒素呼吸系の人類だろう。

それだけ、宇宙海賊というのはコンテンツとして人気がある、という事である。

周囲には店などが点々としているが。

開拓惑星ではあるまいし、違法の食品は売っていない。

ただこう言う場所では羽目を外したいと思う奴もいるようで。

そういうのは不満そうにしていた。

まあどうでもいいけど。

とりあえず、私は雑踏を確認して廻る。

現時点では、困った奴は見かけないなあ。

そう思いながら、宇宙海賊展に近付く。

周囲にゴミは落ちていない。

ゴミ拾いに警備ロボットが忙しく行き来しているし。

何よりゴミを捨てると後でペナルティがある。

AIはしっかり見ているのだ。

こういうのを窮屈がる奴もいるが。

地球時代の、ゴミだらけになっている道などを記録映像で見た事がある私としては。まあ何ともいえない。

それにそういうゴミには有害なものもあるのだから。

宇宙海賊展の近くには、人員誘導をしている警備ロボットが目立った。

流石に整列はしっかりしている。私は内部に入るつもりはまだないので、並ぶことはしない。

当面はこんな感じで混雑するだろう。

展示場はかなり大きく、内部を全部見て回ると軽く数時間は吹っ飛ぶらしい。

それでもマニアは見に来る。

そういうことなのだろう。

まずは私は勘に従って動く。

路地裏に入り込むと、早速柄が悪そうなのを発見。

にこにこで私が近付いていくと。

三匹群れていたのの一人が立ち上がり、因縁をつけてきたので。即座に手帳を見せる。

瞬時に大人しくなるのが草も生えない。

「こんなところで何を」

「い、いや何も……」

「ふーん。 窃盗とかしにきたわけじゃあないよねえ」

「こ、こいつ噂の狂人警官だ!」

三匹の破落戸の一人がぼやく。

同時に、私の前にいる。私より頭一つ大きい地球人に近い姿の奴が。ひっと小さな声を漏らした。

うん、結構結構。

「私は犯罪者以外には手を出さないから大丈夫大丈夫。 君達が犯罪者じゃなければね」

「も、もちろんでさ! な、な!」

揃ってこくこく頷く破落戸ども。

何とも情けない姿だ。

大宇宙海賊の実態と同じである。

地球時代に、ピカレスクロマンで美化されていた犯罪組織やら、大海賊やらも。実態はクズの集団だったんだろうな。

そう、此奴らを見ながら思う。

実物の映像などはたまにAIが見せてくれるし。一部は実際に展示されているので見る事が出来るのだが。

まあどれもこれも美化されて別人になっているので。

個人的には、此奴らの同類だったのだろうと思っている。

「ふーん。 犯罪歴は三人ともあるんだねえ。 そしてこんな所に来ていると言う事は……」

「か、帰ります! 今展示見終わったんで、帰るところです!」

「シーバスの展示凄かったよな! うんそうだよな!」

「し、失礼しますっ!」

三人が颯爽と逃げていくので、撃てなかった。

ため息をつく。

まあいい。

犯罪の芽は潰せたのだから。

とりあえず、他の所を見に行く。

薄暗い所や。

或いは目が届きにくそうな場所。

そういう所を丁寧に見て回ることで。

犯罪者を発見しやすくなる。

見つけ次第撃つ。

それで終わりである。

AIが支援をしてくる。

「篠田警視。 その路地をまっすぐ行って、少し先を右に曲がってください」

「OK」

不意にギアが入って動く。

私も勘が働いた。

全速力で路地を走り、右に曲がると。其所には、大柄ながっちりした奴がいた。地球人だが、身長は種族限界に近い。そいつが凄んでいる相手は、小柄な種族だが。全くびびっていない。

暴力を振るおうにも、服が防いでしまう。

あのがっしりした地球人は、多分昔だったら格闘技か何かでプロをやれるくらいの実力はありそうだが。

今の時代、誰もが着ている服にはそれ以上の防御機能がついている。

地球時代で言うと、自動車でぶつかったくらいだったら。自動車の方が大破する。

要するに、あの格闘家が殴ったところで、小さい方は何ともならない。

むしろ危険なのはあの格闘家の方である。

「んだゴラア! もう一度いってみろや!」

「無駄筋肉のでくの坊」

「上等だ! ブッ殺してやる!」

殴りかかろうとした瞬間、小さい方が動く。

同時に、私がショックカノンで撃ち抜いていた。

吹っ飛んだ小さいのが、転がって動かなくなる。

耳が兎のように長い。

調べて見るとメルモット人という種族だ。背丈は地球人の半分ほどしかなく、運動能力も高くないが。

しかし手にしていたのは、結構危険なものだった。

小さなナイフだが。劇物が塗られている。

格闘家の方がもし拳で直接殴ろうとしたら。

密着した瞬間、あの毒物ナイフで刺そうとしていたのである。

運動能力が高くなくても。

犯罪をしたがる奴はいる。そういうことだ。

「お巡りデース。 どっちも逮捕」

「な、何が……」

「あんた運が良かったねえ。 そっちのメルモット人、毒つきのナイフ持ってた。 可能性は低かったけれど、下手に殴りかかっていたら密着した瞬間、毒でやられていたかもしれないよ」

瞬時に真っ青になる格闘家もどき。

すぐに警備ロボットが飛んできて、格闘家もどきとメルモット人を連れていく。一連の流れは私も見たしAIも確認している。

格闘家もどきの方は恐喝の現行犯。

メルモット人の方は殺人未遂の現行犯。

どっちも逮捕だ。

まあ実刑だろう。

さて、次を見に行く。

展示場の周囲をまわって、勘に従って歩く。さっきも勘が導いてくれたのだろう。近くまで行ったところで、AIが丁寧にナビをしてくれたが。

ふらふら歩いていると、結構出くわすものだ。

やはり人間を密に集めるものではないなと、私は結論する。

こんな風に集めているから、問題が起きまくるのだ。

さっきの破落戸三人だって、さっきの二人だって。こんな所に来なければ、馬鹿をやろうとは思わなかっただろうに。

そう思いながら、黙々淡々と歩く。

展示場の裏手に出る。

このスタジアムの裏手は、ピクニック用の山が幾つか連なっていて、湖もある。

その辺りは特に人はいない、と言いたいところだが。

展示を見終わった連中が、ついでだと遊びに出ている様子だ。

ゲラゲラ笑っているのが聞こえる。

まあどうでもいい。

犯罪者以外には興味はないので。

だから、笑い声は完全に無視して。

近くの家の側で、ごそごそやっている奴の背後に近付くと、後頭部にショックカノンを突きつけていた。

「ハーイお巡りデース。 何をしているのかな?」

「ひっ!」

ぴょんと跳び上がった其奴は、地球人に似ているが、触覚がある。

振り返ると、目も複眼だ。

手にしているのは、展示のパンフレット。

実は燃えないのだが。

それを燃やそうとしていたようだった。

「何、放火かな? これは罪が重いなあ」

「た、確かに燃やそうとしていたけれど、放火じゃない! 放火じゃない!」

「黙れ死ね」

ショックカノンで撃ち抜いて黙らせる。

AIが呆れたように言った。

「まあ放火未遂という所ですね。 此処でパンフレットを燃やしたところで、この家が燃える事はないのも事実です。 そもそもパンフレットは燃えませんし」

「はー、良い恐怖の顔だった」

「聞いていませんね」

「じゃ、連れてって。 それとも拷問させてくれる?」

駄目だと言われたので、渋面を作るが。

AIはそれでも駄目だと。私の恐怖を楽しみたい繊細な乙女心を踏みにじるのだった。

 

3、狂信の末路

 

地球時代のマスコミが作っていた新聞は、今の時代は全ての版が保存され。内容を閲覧することが出来る。

AIは地球人類が誕生した時から見守っていたという話だし。

データは全て記録していたのだろう。

それらの内容のごく一部を、昔興味本位に見た事があるが。

結論はたった一つだった。

共通して、客観性に著しく欠けている、である。

私も捜査の時は勘を頼るが。

それでも正論を聞いたら手を止めて相手の話を確認するし。

事実が更新されたのなら、それに沿って動きを変更する。

勘が間違っていたのなら素直に認める。

理由は簡単。

常に自分が正しい、なんて事は無いからだ。

客観性を担保するのは、どんな仕事でも重要極まりない事であって。その程度の事は私だって分かっている。

ところがだ。

人間は。地球人に限った話ではなく。

ちょっと油断すると、常に自分は正しい。客観性は必要ないと考えるようになる。これはどの人間も同じだ。

だから常に自分を疑わなければならない。

自分は客観的にものを見られているか。

そうしなければ、すぐに落とし穴に足を突っ込むことになる。

客観性と無縁に生きてきた連中が、カルトに簡単に絡め取られてしまうのはそれが理由なのだろう。

地球時代は、むしろ客観性を持たせると面倒だという理由から。

為政者はマスコミを利用して、人間を馬鹿にしようとしていた節がある。

まあそんな事をやっていたから、破滅の寸前で銀河連邦に助けられるという醜態を演じたわけだが。

さて、私は手帳を見せて。宇宙海賊の展示を見に行く。

別に私は客では無いので。裏口から入って、スタジアムの管制室に直接出向く。

監視をしている人間はぱらぱらと、数人しかいない。

警察関係者はいるようだが、私とは一緒に動かない。

そうする必要がないからだ。

私はデスクの一つにつくと、監視映像を全てざっと見る。

今回は五人の「大宇宙海賊」について、実際にどういう存在だったのかを解説しつつ、宇宙海賊の実態を示していく展示になっている。

目玉である「シーバス」の展示は中央にあり、スペースも一番大きく取っているが。

情け容赦なく事実を突きつけられた客は、不満そうにしていた。

まあ今の時代。

儲からなくても、なんら問題はない。

そもそも経済の仕組みが違っているからである。

故に、こういう展示も出来るし。

何より客の方も、自分に媚びた内容の展示があるとは思っていない。

一種の祭くらいに考えている奴も多い。

だから外で私は、早速三人も捕まえた訳だ。

すぐに立ち上がる。

一人、怪しい動きをしているのを見つけたのだ。AIに指示して、抑えさせる。

このスタジアムは、職員用の通路が何カ所かに存在していて。

そこから直接問題が起きている所に直行できる。

さて、直行したその先では。

展示されている立体映像に対して、なんかおっさんが悪態をついていた。どうやらシーバスと同じ出身種族。かなりの古参種族のおっさんらしい。見た目は地球人と殆ど変わらないが、肌は少し青黒い。

スプレーを取りだそうとしたので、その手を掴む。

にっこりした私。

警備ロボットが、既に周囲を囲んでおり。

展示の前から、客は巻き添えを怖れていなくなっていた。

「何をしようとしたのかな、おっさん」

「こ、これは……」

「立体映像でもね、展示物は展示物なわけ。 その中身がただのカラースプレーだろうことは分かっているけれど、それでも威力妨害になるんだよなあ」

「離せっ!」

おっさんが喚くと、私は躊躇無くショックカノンで撃った。

力無く倒れるおっさん。

すぐに警備ロボットが運んでいく。

遠巻きに見ていた客の中から、恐怖の声が上がる。

実に!美味!

この声。この表情が見たかった。

舌なめずりしながら、おっさんが引きずられていくのを見送る。未遂でも威力妨害。更にいうと、調べて見ると前科ありだ。

狂信的なシーバスのファンで、一族の英雄だと思い込んでいる輩だったらしい。

今回の展示に著しく不満を抱いていたらしく。

AIも存在を知っていた。

「HPに百通近い抗議文を送っていました。 全て私が答えましたが、どの答えにも納得していなかったようです」

「まあ崇拝していた海賊様が、反吐の出るカス野郎だとはっきり示されたら、ああなるのかもね」

「それもありますが、どうやら彼は自分が「シーバス」の血を受け継いでいると妄想していた節がありまして」

「……そうなの?」

違うとAIは断言。

溜息。

遺伝子プールから人間が作られる今の時代だ。

あのおっさんにも、確かにあのクソ宇宙海賊の血が流れている可能性はある。

だが残念ながら、四度代替わりしたらしいシーバスの誰とも、血はつながっていないそうである。

まあこれについてはそもそも実際の遺体が発見されて、遺伝子も回収されているのだから。反論の余地が無い。

現実が突きつけられて。あのおっさんはそれを客観的に受け入れられなかったのだろう。

だから抗議文を送りつけ。

AIの制止も聞かずに鼻息荒く展示会場に乗り込み。

神格化していた宇宙海賊の実態に対して、反吐を吐きかけようとして失敗したというわけだ。

どうしようもないが、犯罪者である事には代わりは無い。

尋問もしたい所だが。

私が尋問するとやりすぎるという事だから、そっちは担当させてくれないだろう。

さて、また関係者用の通路を使って、デスクに戻る。

早速一人捕まえたが。ちょっとおなかいっぱいだ。立て続けに三人撃って大量の恐怖を摂取したので。

笑顔のまま、デスクにつく。

さて、次の獲物は、と。

監視カメラを確認していると、やはりマナーが悪い客はいるが。基本的に警備ロボットが巡回している。

警備ロボットの性能を知っている客は、基本的に何もしない。

問題は、人間では何やっても勝てない警備ロボットがこれだけ見張っているのに悪さをするような輩。

私とは違う意味で、頭のネジが外れている連中だ。

鼻歌交じりで、そういうのを探す。

数時間ほど見張ったが、見つからず。客足は何というか安定している。整列もしっかりしているのもそうだが。

警備ロボットが、客を丁寧に捌いている、というのが大きい。

この辺りはAIの独壇場だ。

どれだけ慣れたスタッフを使っても、人間が人員整理をしていたら、こんな風にはいかないのである。

それについては、地球時代の何とか言う同人誌の販売会を見て知っている。

相当な手練れのスタッフでも、混雑はどうしても避けられなかったようだった。

「うーん、変なのはいないなあ」

「篠田警視が来る前から、既に数人の逮捕者が出ています。 今回はまだ来ると思いますよ」

「それもそうか。 今時宇宙海賊を盲信している連中なんか、さっきのおっさんみたいな輩だろうし」

「あの人も、宇宙海賊シーバスが絡まなければ、普段はごく穏やかな性格なのですが……」

「地雷って奴か。 でもさ、はっきりいってそんな地雷にどうして私が配慮しなければならないのさ」

まあその通りだと、AIも認める。

私は頬杖をつきながら、監視カメラを見ていく。

その内、ひそひそ話し声が聞こえた。

「狂人警官が来てるらしい……」

「聞いた。 もう外でも数人捕まえたんだろ。 悲鳴を上げて必死に命乞いをする所を容赦なく笑いながら撃ったとか……」

「こええ……」

なんだ、私に更にデザートをくれるのか。

舌なめずり。

俄然やる気が出て来た。

立ち上がる。

話をしていた連中がびくりと震えるのが分かったが。どうでもいい。そのまま、関係者用の通路を使って展示物の近くに。

何か繰り言を呟きながら、フラフラしているのを見かけたので。

警備ロボットに取り押さえさせる。

見た感じ、犯罪者ではない。

多分だが、こんな筈では無かったと精神的に大きなショックを受けているのだろう。

軽く経歴を確認。

繊細な精神を持つことで知られるファーマと呼ばれる人類だ。地球人と体格は殆ど同じだが、比べものにならないほど非力である。後、耳が少し尖っている。

とにかく繊細なこの種族だが、細工物などには絶大な実力を発揮する傾向があり、銀河系でも有数の芸術家を輩出し続ける種族として知られている。なお地球文化にも興味を持つ者がいて。確かに凄い絵や小説を書く。

とりあえず連れていくように警備ロボットに指示。

犯罪者でもない相手を撃つつもりはない。

あれは恐らくだが、何かの創作の題材にしようと宇宙海賊の展示展にきて。そのあまりの蛮行にショックを受けたという所だろう。

帰路を行きながら、AIにぼやく。

「モザイク個別に掛けてるんでしょ。 しっかり掛けろよ……」

「実は掛けていたのですが、会場の説明の殆どがモザイクだらけなので、それでだいたい内容を察してしまったらしく……」

「繊細すぎる」

「流石に篠田警視にそう言われても」

デスクに乱暴につく。

びくりと、さっき陰口をたたいていた二人が黙る。

私ははっきりいって機嫌が悪い。

私ではないものに恐怖を感じていた上に。

何より、犯罪者でもなかったし。撃てる訳でも無かったのだから。

再び監視を再開。

比較的早い段階で、異変を発見。すぐに立ち上がると、関係者用の通路から出る。

いかにもな格好をした奴だ。

地球人か。

そういえば、地球人から宇宙海賊は出たことが無いらしい。

まあそれはそうだろうなとも思う。

最後の奴が三億年前。

地球人が銀河連邦に加入したのは二万年前。

加入の際には散々揉めたという話は聞いているが。それでも、宇宙海賊なんぞが出る余裕はなかったのである。

実際にはやろうとした輩はいたらしいが、片っ端から捕まったと聞いている。

要は。

地球人にとって、宇宙海賊は永遠の憧れになってしまったということだ。

私がささっと要注意人物の背後に回り込む。

いかにも肩先で風を切っている輩である。

ワルを装っているが。

単に拗らせたオバカちゃんであることは、一発で分かった。

そのままついていく。

やがて、そいつは宇宙海賊の実像の展示を見て、露骨に舌打ちしていた。

さて、どう動くかな。

警備ロボットが周囲を見て回っているのに、平然としているのは。多分犯罪をした事がないからだろう。

犯罪をしたことがある人間は、よほどのサイコでないかぎりは、警備ロボットに恐怖を示す。

警察ロボットもそうだが、犯罪者が何をやっても勝てる相手では無いからだ。

檻の中にいて、猛獣の恐ろしさを知らない草食獣かも知れないが。

同時に猛獣から保護されてもいる。

だったらそのままでいれば良かったのに。

オバカちゃんは、こんなだせえ訳があるかとかなんか抜かしていたが。やがて展示物を蹴りつけ始めていた。

すぐに警備ロボットが来て警告するが、うるせえと喚く。

その姿は、昔地球の創作にあった、宇宙海賊の格好に酷似していた。

コスプレか。

別にコスプレは全然かまわない。趣味の一つとして、現在は充分に認知されている。美しくコスプレする人は幾らでもいる。

好きにやれば良い。

好きな自分になればいい。

だが、こういう所で迷惑行為をするのは許されない。まっとうにコスプレをしている人に大変に迷惑だ。

ぽんと肩を掴む。

喚きながら振り返った其奴は。どうやら私の顔を知っているらしかった。即座に飛びずさって、展示物に背中から激突する。

震え上がっている其奴を見て。

私は笑顔のまま、ショックカノンを抜いていた。

「コスプレは全然悪い事じゃないけれどさ。 宇宙海賊はカスという事実はまったく代わることはないし。 悪い真似をしようとしたら、こうなることは覚えておいた方がいいだろうね」

「た、助け……」

「死ね」

そのまま撃つ。

ぎゃああとか、情けない悲鳴を上げて失禁しながら気絶するアホ。

お前みたいなのにコスプレされたキャラが泣いているぞ。

そう呟きながら、連れていかせる。

ヒーローショーというのが昔あって。キグルミの中に入る人は、ヒーローの心を知る事が第一だとか言う話があったとか。

コスプレも似たようなものだと思うのだが。今のは、正直口をつぐむしかない。

とりあえず、また一人雑魚を捕まえた。

今の時点で、私が即応しなければならないほどの大物はでていない。今のだって、放っておいても警備ロボットが逮捕していただろう。

だが、私がいると示す事で。

威圧をしておく事は大事だ。

一度戻って、SNSを確認。

しめしめ、である。

宇宙海賊展に、狂人警官が来ているという情報が、更に拡大していた。

「また一人ぶちのめされてた」

「ヒエッ」

「複数の目撃例があるって事は本当らしいな。 やっべえ。 中で悪さなんてとても出来ないぞ」

「悪さを最初からしようとするなよ」

呆れた声は周囲に無視されていた。

まあ軽口を叩くのがSNSだから、そういうものなのだろう。

私は一旦デスクで、暇つぶしにレポートでも書くかと思ったが。AIに言われる。

「レポートは別に篠田警視が書かなくても大丈夫ですので、監視カメラを見張ってください」

「おや、今日はいつになく私の仕事を熱心に手伝ってくれるね」

「いつも熱心に手伝っています」

「そっか、それは気付かなかった。 すまん」

割と今のは本気で謝罪した感じだ。

此奴には感謝しているのだが。

それでも、たまにそれを相手が気付いていないかも知れないと思ってしまう事があるのだ。

とりあえず、監視カメラに戻る。

複数に分割された監視カメラ映像を見るが。

どれもこれも、今の時点では平穏である。

悪態をついている声は拾う。

こんなダサいと知っていたら来るんじゃなかった、とか。

絶対情報をねじ曲げている、とか。

そういう声は聞こえる。

その度に、AIへの不満が分かる。

ピカレスクロマンというのは、私も分析してみた事があるのだが。どうも体制側が色々不満を民衆に抱かせているときに、人気が出る傾向があるらしい。

体制側に対抗する悪のヒーローというわけだ。

とはいっても、実態は今回調べた宇宙海賊のような輩な訳で。

地球にいたいわゆる反社。反社会的組織の人間は、更に酷かったという歴史的事実も存在している。

地球でも、他の文明圏でも。

ピカレスクロマンというジャンルに一定の人気があることを考えると。

やはり人間は基本的に際限なく求める生物であって。

どれだけ与えられても不満を零すのかも知れない。

同じ人間として色々情けないが。

それでも、現実と戦うのがお巡りである。

監視カメラを見ていく。

今のところ、勘に刺さる奴はいない。しばらくして、そろそろ閉館という話がされた。元々チケットがないと入れない。既に入館する人間は止まり。やがて、館内にいた人間もスムーズに外に出て行った。

後は、残って悪さをする者がいないか、見回りをする必要がある。

私は管制室にいる連中を放っておいて、実際に館内に出向く。

警備ロボットが多数、隅々まで確認している。

一部は浮遊機能を使い、スタジアムの上部から隅々まで確認しているようだけれども。

それでも、変なところに潜み。

悪さをしようとする奴はいない、ということだ。

少なくとも発見は出来ていないと言う事だろう。

「自前で迷彩とか作ってもばれるよねえ?」

「はい。 そもそも作る過程を私が見逃しません」

「危険なブツは此処には展示していないよね?」

「していません。 危険物は立体映像での展示ですね」

そういえば、復元した「シーバス」の船も、何段階かに渡って改造される様子を展示しているのだったか。

現在の駆逐艦とぶつかったら秒殺されるレベルの船に過ぎないが。

それでも浪漫は感じられたのだろうか。

いや、不満が大きかったのだろうか。

周囲には、少なくとも人は集まったらしい。

DNA等のデータは、警備ロボットが徹底的に収拾していた。

警察ロボットが来た。

今回の会場には、三機しか配備されていなかったが。

一応敬礼して、手帳を見せる。勿論相手は此方を知っていた。

情報交換をする。

とはいっても、此方が一方的に話を聞いて、相手が答えるだけだが。

警察ロボットは警備ロボットの上位互換というだけではなく。こう言う場所では司令塔の役割も果たす。

当然情報も統括している。

「なるほど、かなり不満そうな人間は多かった、と」

「そうなります」

「……明日もあるんだよね、この展示」

「一週間ほど続きます」

頷く。

こんな所に一週間も磔になるのはあれだが。

それはそれとして、たくさん獲物を撃てるかも知れないと思うと。それはそれで楽しそうである。

舌なめずりすると。

AIが呆れた。

「二日目には出て貰いますが、三日目以降はどうなるかは分かりません」

「えー、なんでー」

「SNSで、篠田警視が出没しているという話が既にかなり広まっている状態です。 下手な犯罪者は来ません」

「何だよ。 私を妖怪みたいにいうなよ」

魔族のようですとか返してきたのでげんなりした。

まあいいか。

そういえば、どっちも結局の所は闇の住人であり。

人間が様々な現象や別民族などから作り出した架空の存在という点では共通していたか。

とりあえず伸びをすると、管制室に戻る。

既に閉館した館内を見回るルーチン通りに警備ロボットが動き始めており。

またスタジアムにはシールドが展開され、侵入は出来ないようになっていた。シールド解除には、AIによる認証が必要。つまりAIが認証しないと、出入り出来ないという事である。

管制室の警官達は、談笑しながらレポートに移っている。

どれ私もと思ったが。

AIに止められた。

「篠田警視は、明日に備えて早めに戻って休みましょう」

「レポート書かなくてもいいの?」

「元々私がやっている作業のほんの一部を担当して貰っているだけです。 篠田警視がやる必要は別にありません。 もっと重要な仕事をしてもらいたい、と私は考えています」

「ふーん。 一応評価はされているのか……」

とりあえず、上がる事にする。

警官達は近付くだけで小さな悲鳴を上げたが。

無視して笑顔で敬礼。

今からエサを襲う肉食獣の笑みになっていたかも知れないが。まあそれについてはどうでもいい。

私は元からこう言う顔だ。

上がる事を告げて、さっさと宿舎に。

荷物を置くと、風呂に入って。ベッドで横になって、携帯端末から宇宙海賊展の様子を見る。

大量のネット記事が出来ていて。

中には出来が良いものもある。

一時期からマスコミというものが機能しなくなるのはどこの文明圏も同じであるらしく。今ではもうAIが発表する公式情報が、悔しいけれど正しいというのは誰もが認めている所である様子だ。

一方でこうやってネットメディアはまだまだ元気。

ただしあくまで話半分で読むものであって。

内容を信じるのは悪手ではあるのだが。

「展示の質は上々だが、とにかく浪漫というものがない。 宇宙海賊に夢を持っている人は、行くつもりなら覚悟をした方が良いだろう」

「残虐な宇宙海賊の実態が余すこと無く展示されており、馬鹿な夢を見ていた人間には痛烈な一撃になっただろう。 個人的には小気味が良かった」

「こんなに酷いのだと、一応知ってはいたけれども、最新の研究でもそれは覆らなかったのを見て残念に思う。 やはり義賊なんていなかったんだ」

そういう記事が点々とみられる。

また、私が出てきている事を記事にしている者もいるようだった。

「苛烈な対応で知られ、犯罪者を絶対に逃がさないと噂の狂人警官と渾名される人物が、会場で目撃されたともっぱら噂になっている。 案の定マナーが悪い客を数名豚箱送りにしたようだ。 会場周辺にも出没しているらしい。 ある意味で、治安はとても信頼出来そうだ」

さいですか。

私は少し呆れた。

一応皮肉のつもりなのだろうが。私がやっているのはほんの一部に過ぎない。

今の時代、かっぱらいとかスリとか、秒で捕まる。

ホームレスとか、苦しい生活をしている人とかがいないから。そういう犯罪をする奴はある種の病気なのだが。

それでも、リスクが高すぎる時代だ。

私はただ、そういう時代に沿って警官をしているだけ。

他より乱暴かも知れないが。

それ以上でも以下でもない。

飽きてきたので、あくびをして。寝る事を告げる。

多分今日は、良い夢を見られそうだなと思ったが。実際には違った。

宇宙海賊が、港に乗り付けてきた。

知っているのよりも強大な装備だ。

乱射されるよく分からない武器。

レーザーライフルだろうか。

レーザー型の武器は、実際には消費が大きすぎて、あまり実用的ではないという結論が出ている。光の速さで飛んでいくという利点はあるのだが、光の速さで飛ぶ武器なんてそれこそなんぼでもある。

海賊どもは、港にいる人間を虐殺しまくっていたが。

その一人の頭が爆ぜ割れる。

完全にクスリをきめている奴が、喚きながらこっちを見るが。今、一人の頭を撃ち抜いた私が。其奴を即座に仕留めた。

三、四。数えながら海賊を撃ち抜いていく。

私の至近を、よく分からない武器が掠める。

服の防御がない。

ということは、三億年以上、もっと前。

まだ宇宙海賊が細々やっていけていた時代だろうか。

とにかく、一発貰ったら終わりと判断して良さそうだ。それもまたいい。

七人目を撃ち抜いた頃に。

眼帯をした、いかにもなのが出てくる。

あれが親玉らしい。

両手に重火器を持って、周囲を薙ぎ払いまくっている。何だか部下も巻き込んでいるようだが、別にどうでも良いのだろう。

私も、此奴の命はどうでもいい。

即座に腹に一発ぶち込み。

蹈鞴を踏んで下がった所に、頭を吹き飛ばした。

更に両腕を消し飛ばす。

重火器は地面に落ちてもしばらく火を吹き続けていたが。やがて弾が切れたのか止まっていた。

他の残党を黙々と処理する。

逃げ始める海賊船。

やっと来たらしい軍船が、撃墜した。

あれは見た事がない軍船だ。なんだろう。昔は駆逐艦、巡洋艦、戦艦の区別ではなく。違う区別が使われていたらしいが。それだろうか。突撃艦とかそういうのが存在していたらしいが。

海賊船が大爆発する。

それをみて、残っていた海賊どもは悲鳴を上げて降伏すると言ったが。

私は無言で、其奴らを処刑した。

目が覚める。

目を擦りながら、なんか宇宙海賊の夢を見たような気がする。

大量虐殺をしていたような。

私が皆殺しにはできなかったような。

どうも夢は見た後に内容を忘れてしまう。

それはそれで悲しい話だが。

体質的に夢を覚えていることが出来ないようなので、こればかりは仕方が無いと諦めるしかない。

頭を覗けるらしいAIに話を聞く手もあるが。

そこまでして、夢の詳細な内容を聞こうとも思わない。

大きくあくびをすると、着替えをして歯を磨いて。朝食を取って。スタジアムに出る。朝から結構な人出だ。

ざっと並んでいる奴を見ていくが、問題を起こしそうなのはいないな。

そう判断して、手帳を見せて管制室に行く。

私の存在に気付いた奴もいるようだ。

敢えて気付かれるように動いているのだから当然だ。

そしてこれが抑止力になるのだから、それでいい。

管制室にいる面子は変わっていたようすである。二日目も来ているのは私だけらしい。この星の警察署も、それほど人がいるわけではないだろうし。

ましてや警官が仕事をするのは、管轄の場所だけではない。

私のようにあっちこっち出向く警官は珍しくもないと聞くので。

今日この監視任務に来ているのは、私のように別の星やらダイソン球やら宇宙コロニーやらから派遣されて来ている人員かも知れない。

さて、今日はどうかな。

今日も、レポートは書かなくて良いから、監視カメラを見るようにと言われた。

頷くと、監視カメラを確認する。

多分最初に列を作っていた連中は悪さをしないだろう。勘に刺さる奴はいなかったから、である。

だが、最初の列なんてあっと言う間に捌ける。

それに悪さをするような奴は、列がある程度解消されてから来る筈だ。

そう考えると、ここからが本番である。

案の定、昼少し前に一匹目の獲物を発見。

いかにもな、背伸びしたいお年頃なのが、肩で風を切って歩いている。それはいきなり他の客に因縁をつけ始めた。

警備ロボットが間に入る前に。私がドロップキックを叩き込む。

私より若干体格で勝る其奴は。何人だか知らないが。ともかく思いっきり吹っ飛んで。襟首を掴まれていた人は恐怖にへたり込んだ。

そのへたり込んだ方に手帳を見せると。

頭から展示物近くのシールドに突っ込み、悲鳴を上げながら転がり回っているアホに歩み寄る。

喚きながら顔を上げた其奴に、私はすっと笑顔を近づけていた。

其奴が黙る。

多分私を知っているのだろう。

ちなみに笑っているのは口だけだ。

「ハーイお巡りデース」

「ひ、ひいいっ!」

「死ね」

そのまま撃つ。

そして、気絶したところを、警備ロボットに引きずって行かせた。

今の恐怖の表情、中々美味しかった。

やはり犯罪者の恐怖が一番美味しい。

舌なめずりして、なかなか鮮度の高い恐怖を味わったところで、管制室に戻る。

とりあえず宇宙海賊は大嫌いである。

それについては今も変わっていない。

だけれども。

宇宙海賊というエサをぶら下げておくと釣られて来るアホの恐怖はとても美味しい。それについては、異論はないところだった。

さて、監視に戻る。

今日は三人か四人は釣れそうだな。

フハハハハと私が笑うと。

今の様子を監視カメラで見ていたらしい警官達が、恐怖で視線を背けていた。

 

4、夢の終わり

 

結局四日間宇宙海賊の展示の警備に当たって。

その間に二十三人、背伸びしたいお年頃のオバカちゃんや。観光客を狙って来ていたアホ共を逮捕した。

大変たくさん良質の恐怖を摂取できたので大満足である。

そのまま帰還することになったが。

帰還することは勿論知らせない。

むしろ、AIはSNSでそれ以降も私を会場で見たと言う噂を、敢えて放置していたようだ。

ピークだったのは二日目で。三日目以降は目に見えて暇になったと言うこともある。

やはり抑止力として意味を持っていたのだろう。

まあ私としても、宇宙海賊なんぞに夢を見る輩にはあまり好感を持てなかったし。ましてや神格化する輩は大嫌いだったので。

これで良いとも思った。

さて、今は自宅である。

例の展示が終わるまでジムには出無いようにと言われたので、静かにしている。まあ家の中でも運動できるシミュレーション装置はあるので、それを使う事にする。

黙々淡々と運動を続ける。

そうしていると、AIが話しかけて来た。

「今日が最終日なので、明日からはジムに出ても良いですよ」

「ふーん。 今回の連休はまだ続くんだっけ」

「はい。 あと四日ですね」

「まあどうでもいいかな。 とりあえずじゃあ明日からはジムだ」

ひたすら海に模したシミュレーションを泳いでいたが。実際の海は波とか離岸流だとかで大変危険な場所であるらしい。

それに色々海をテリトリにした猛獣もいるらしく。

更には人間以外の生物に接触する事は勧められない今の時代は、直に入る事も出来ない。

私は淡々と泳いでいたが。

本当の海だったら、こんなにスムーズにはいかないのだろう。

「負荷が小さいなあ。 波とか言うのをちょっとでいいから出してくれる?」

「分かりました」

「おお。 良い感じだ」

ぐっと負荷が大きくなった。

筋肉が嬉々とするのが分かる。

ざっくざっく泳いで行き、前は簡単にたどり着けていた沖の島まで行く。島に上がると、心地よい運動で満足していた。

「ハー。 いいねえ。 プールでもこうやって波を作れないの?」

「篠田警視にくらべて身体能力が低い人間が大半ですので、そういうわけにはいきません」

「そうなのか」

「そうなんです」

なんだ残念。

とりあえずシミュレーションを切る。

部屋に戻ってきたので、ベッドに横になるが。

心地よい運動の余韻が筋肉に残っていて、中々良い気分である。

良い気分でいる所に、AIが余計な事を言ってくるが。

「篠田警視。 次の任務ですが、ちょっとばかり面倒なものになるかもしれません」

「お。 宇宙海賊でも相手に戦うの?」

「そんなものはもう少なくとも銀河系には三億年ほど出ていません。 単純な意味で、面倒な仕事になると言うことです」

「あー、そっか……」

退屈との戦いには慣れている。

まあ別に良い。

やれと言われればやるだけである。

小さくあくびをした後、何処で何をすれば良いのか確認をする。その結果を聞いて、私は口をつぐんでいた。

ある意味軍との合同任務。

古巣との合同任務だが。

確かに面倒くさい。

軍時代、憲兵だった私はやった事がないが。SNSで同僚が愚痴っていたのを見た事がある。

それほどに面倒くさい任務である。

「それ、全自動ではやれないの?」

「退屈と戦う仕事は、誰にでも経験して貰う事になっています。 これについては、篠田警視を例外とするわけにはいきません」

「どうしてまた」

「退屈の消化方法を知っていると、寿命が延びるからです。 私としては、多様性の確保や新しいものを作り出すためにも、経験を蓄積した人間には生きていてほしいと願っているからです」

そういうものか。

まあ今の時代は、基本的に人間はどの種族であっても関係無く、死ぬ場合は自分の意思で行う。

人生に飽きなければ死なない時代である。

自殺なんて面倒くさい事をしなくても。一定の手続きをすれば何の苦もなく安楽死ができるし。

逆に言うとそれ以外ではまず死なない。

殺人事件なんて銀河全体でもほぼ起きないのである。

「分かった。 いずれにしても、私も面倒な仕事はやらなければならないってんなら、やるよ」

「理解していただき助かります」

「それはそうと、どうしてこのタイミングで」

「篠田警視は、最初軍に適正があると判断されていたことは覚えていると思います」

頷く。

私は訓練を受けているときに、凄い好成績をたたき出して、軍にすぐ入ったのだ。

確か七歳の時だったか。

その時から、肉体年齢を十六で固定している。

それ以降、軍人として成果を上げたが。

やはり凶暴性そのものは変わらず、ほどなく憲兵に。更に憲兵から警官にと変わったのである。

軍時代でも、軍人から憲兵へと変わった経歴がある。

そういうものなのだ。

「今の仕事こそ、篠田警視にとっての天職だと判断しました。 故にこの仕事をやってもらう事になります」

「なるほどね……」

「それでは、退屈に備えておいてください」

「うん……」

まあそう言われると、嬉しいような悲しいような。

ちなみに私の軍時代の階級は中尉だった。そこから憲兵になり。憲兵での階級は軍警部補。

警官には警部補のままスライドしてなり。今に至る。

それでやっと天職か。

なんだか、遠回りをしたものだな。

今の私の実年齢は三十を越えている。

そこで天職に出会えた、という時点で。

それはそれで、幸運なのかも知れなかった。

古い時代だったら、もう詰んでいたかも知れないのだから。

 

(続)