誰でも失敗はする

 

序、AI対AI

 

今日は一日シミュレーションルームでの仕事だ。ネットに直接入るには、これが一番いい。

今回はかなり面倒な犯人が相手である。

古い時代。

ネットは犯罪がとにかくやりやすい場所だった。

本人の特定手段が少なく。

プロキシサーバーを介する等して、足跡を消す方法が豊富に存在していた。

それらの理由からも。

とにかく大前提として。ネットではそもそも犯罪が行われやすく。

治安も良くなかった。

地球の過去はそうだったが。

ネットワークが拡がると同時に、多くの文明でも似たような状態になったらしく。

人間の闇というものを、間近で見る事が出来る様になった。

それが現実であるらしい。

いずれにしても犯罪者にとってはとても使いやすい便利なものであるネット。

詐欺広告なんて何処でも一時期は張られていたようだし。

それをクリックするだけで個人情報を吸われるとか。

更にはわざと画面をスクロールさせて詐欺広告をクリックしやすいようにするとか。

そういう手法が様々に発展していたようだ。

私は別にそれらについてはどうでもいい。

今回は、ネットの深部に潜る。

今の時代、AIがガチガチに管理しているから、ネット犯罪はほぼ存在していないのだけれども。

それでも深部に潜ると希にまだあったりするのである。

AIのサポートを用いて、今回はそういった深部へと潜る事にする。

自分用にセットした、シミュレーションルームでの仮想現実の部屋。観葉植物の偽物と、家具類だけがあるシンプルな家。

中で静かにしていると。

やがて、準備が整ったと、AIは言うのだった。

「じゃあいきますかね」

「今回は多少手荒く振る舞っても大丈夫ですよ」

「うん」

「ただ。 関係ない相手への暴力はお控えください」

釘はしっかり刺してくる。

まあ今回、私を制御するのはかなり難しいとAIも思っているのだろう。その辺りは、大当たりである。

私も自分を制御するつもりはない。

推しのデジタルアイドルを汚したのである。

死んで貰う。

まあ実際に殺すわけではないが。

少なくとも、一生残るトラウマを刻み込んでやる。

さてさて。

まずは、ネットの深部に潜る。

現在はだいたいSNSで全てが賄われているのだが。

個人HPもまだまだ存在している。

そう言ったネットワーク網を潜って行くと。

いわゆるディープウェブと呼ばれるアンダーグラウンド環境がある。

マイナーなSNSや。

会員制のチャットルームなどがそれだ。

ただしそういった場所もAIは監視している。

犯罪のやりとりなどは、そういう場所でも行えばすぐに摘発されるようになっているし。

何よりも会員制のチャットルームでも、AIはしっかり監視している。

この世界で、AIが見ていない場所はない。

少なくとも銀河系には、だ。

というわけで、マイナーなSNSにログインする。

機能としては動画アップデート機能や、チャット機能が用意されている他。アバターを使って内部活動が出来る。

この程度の機能は、今時個人作成のSNSでもあるし。

自分好みの動画を厳選して過去に作られたものから挙げている人もいるし。

中には一切他人が入れないようにして、自分の籠もるための巣に仕立てている人もいるようだ。

それらは別に悪い事では無い。

犯罪をしていなければ、である。

今回はこのSNS内で犯罪が行われていると言う事で、私が来た。

周囲を確認。

AIによるサポートによると、動画関係の一部で。私が押しているデジタルアイドルのコピーAIであるデジタルアイドルが、配信を行っているという。

AIといっても万年単位で活動しているデジタルアイドルだ。

それをコピーするとはまた度胸のある奴だな。

そう思って、現場を見に行く。

現物は何というか、私にない要素を全部持っているような。何というか汚したら死罪と言いたくなるような綺麗なもので。そんな綺麗な存在が色々無茶な企画に挑戦していく様子がそそられるのだが。

はて。

なんだこれは。

私は、現場で困惑していた。

まずルックスが全く似ていない。どうやらAIの挙動だけを真似ているらしい。

まあルックスはどうでもいい。私の推しも、衣装とかかなり頻繁に変えているのだから。

問題はそれ以外だ。

歌うだけ。

うん。別に歌は良いだろう。歌に私は殆ど興味ないけれど、それだけか。

そもそも、私が推しているのはそのチャレンジ精神が素晴らしいからだ。本物は歌うこともするが。

それ以上に何でもする。

動画を幾つか確認して見たが、似たような衣装で歌ってるだけ。

それもどれもこれも上手い歌ではないし。

聞いていて心が静かになるような事も無い。

殺意がわき上がってくるのを確認するが。

まずはデータの取得が先だ。

これを作った奴は誰だと殴り込みを掛けたい気分を抑える。なんとか押さえ込む。そうしないといけないからである。

逮捕するときに。

ぶちのめせば良い。

まだ今は、色々と証拠が揃っていない。

まずはデータ収集からだ。ごちそうを頬張るのは最後である。

それに、そもそもこれが本当にコピー品かも分からない。

私としては、まずはデータ収拾から始めなければならないのである。

それにだ。

周囲の様子を見ていると、様子がおかしい。

なんというか、閑散としている。

いや、人はいるにはいる。

相当なマニアでないとこないだろうこんな辺境のSNSだが。それでもいるにはいるのである。

だが、誰も彼もが他に関心を払っていないというか。

まあそれは現実世界も同じなのだが。

いや、SNSはどちらかというと会話がかなりなれなれしいケースが多く。それでAIが毎度四苦八苦しているのに。

このSNSでは現実以上に、人の通りが少ないように思える。

あの歌っている動画にしても、振り付けとかダンスはほとんどない。

昔から地球のデジタルアイドルと言えば、歌って踊るのが普通で。それがきつくなってくるから、年を取ると「口パク」なんていう歌ったフリをするだけの行動をするようになったり。

或いは激しいダンスをしたりはしなくなったりするらしいのだが。

なんだここは。

最初にわき上がってきた怒りが収まると、後は逆にすっと心が醒めていくのが分かった。

むしろ何というか此処は。

スラムというよりも、うち捨てられた路地裏のような印象だ。

昔の地球にあったスラムというのは、汚くて治安も最悪だが。相応の活気はあった場所だったと聞いている。

此処は何というか。

人どころか、鼠もいない路地裏。

そんな印象を受ける。

今の時代には、鼠なんか開拓惑星にすらいない。

地球で厳重に管理されて、要注意生物として専門のロボットが監視に当たっている程である。

それなのに、どうして鼠すらいない、なんて感想が湧いたのだろう。

不可思議極まりない。

小首を捻っている私の近くを、人が通り過ぎていく。

ただそれだけである。

このデジタルアイドルも、一体何のために作られたのだろう。

AI制御のデジタルアイドルである事は明らかだ。

内部に人が入っているいわゆるVチューバーというのが昔の地球にはいたらしいが。これは明らかに違う。

AIも、解析をしていた。

「奇妙ですねこれは」

「なんか噴火してた頭も冷えてきた。 データが集まったんなら一度戻ろう」

「分かりました。 そうしましょう」

ふつりと、接続が切れる。

シミュレーションルームで仮想現実に入っていた間は、意識を切り離していたのだが。

それが体に戻ったわけだ。

私は起きだすと、頭を振って。

そして何とも言えない不快感に胃を鷲づかみにされているのを感じた。

この間まで、著作権関係での色々な面倒事を見て来たわけで。

その過程で後ろ暗い闇も見て来た。

それはそれだ。

何というか今回のは、それとも全く違うなんか妙な印象を受けてしまう。

不愉快なのは不愉快なのだが。

なんだか気味が悪いのだ。

自己顕示欲の類は一切見当たらないし。

何よりもあのAI制御のアイドル。

いわゆる不気味の谷に足を突っ込んでいるように思えた。

最初はそれで怒りがわき上がったのだが。

今になると、冷静に考えてしまう。

何を目論んで、あれを作った。

今の時代なら、基礎キットなどを組み合わせるだけで、あれよりましなデジタルアイドルは作れる筈。

実際問題、たくさんいるAI制御のデジタルアイドルには。

そういう基礎キットが存在していて。

それを利用して、幾らでも作る事が出来るはず、なのだが。

まあとりあえず、よく分からないのでデスクに移動。

AIと一緒に、データをまとめる。

「解析結果は?」

「一応、類似の点は見られますが……」

「見られるのあれで」

「はい。 見られるにはみられるのですが、共通コードとして使われているような部分ですので……」

そうなのか。

だとすると、ちょっと個人的には困惑してしまう所だ。

幾つかの解説を受ける。

まずデザインだが。

そもそも私が推しているデジタルアイドルにしても、既存のフリー素材を組み合わせて、作り上げているものだという。

基礎部分がそれだけしっかりしているフリー素材が存在していて。

デジタルアイドルの説明にも、利用しているフリー素材について明記しているのだとか。

それは知らなかった。

調べて見ると、確かにその通りである。

これは迂闊だった。

あんまりそういう所には興味を持たないので、全く知らなかった。世の中、色々あるものだ。

「先ほどのデジタルアイドルですが、データという観点では何とも不可思議でして。 フリーで使える素材については、全て明言していますので、著作権法違反には当たりません」

「そう……」

「ただ、組んでいる不可思議なコードがありまして。 それがどうにも気に掛かります」

「専門家じゃないから分からん」

昔でさえ、プログラムは専門技能で職人芸だったと聞いている。

今の時代。一からプログラム言語を使って作るソースコードなんて、私にはわかりっこない。

だいたいの場合、何かしらの用途で配布されているプログラムがセットになっているのが普通で。

それでさえ、結構使いこなすのには専門知識が必要になってくるのである。

だが、それらとも違うと言う。

「少なくとも使われているソースコードにフリー素材と共通している部分は存在していませんでした。 勿論処理などで共通している要素はありますが、それはどのようなプログラムでも同じようなものですので……」

「プログラムには手癖がつくとかそういうのなかったっけ?」

「プログラムのソースコードにはどうしても人格が出る、というものですね。 地球時代にあった言葉だと聞いています。 確かに古くには存在していた言葉で、事実その通りなのですが……」

AIはどうも歯切れが悪い。

此奴も困惑していると言う事だ。

私もちょっとその様子を見て、色々興味が出て来た。

何だか私は、とんでもなく妙な代物に立ち会おうとしているのかもしれない。

「そういう手癖は見られなかったの?」

「はい、残念ながら」

「ハー……」

腕組みする。

もし完全オリジナルなら、あのデジタルアイドルに対して取り締まりは一切することが出来ない。

フリー素材などを使っている部分についてはきちんとそうだと明言しているし。

それ以外がオリジナルなら、似たのはただの偶然。

それも容姿が似る事はよくあることだし。

やっているのは、本物……こういっていいのか分からないが。私が推しているデジタルアイドルとは真逆だ。

ではなんで警察に話が来たのか。

殺意が煮えたぎっていた私だったが。

帰って来てからは、むしろ意気消沈してしまっていた。

なんというか手応えがない。

つかみ所もないのだ。

「それで、あれを作った奴は?」

「一応パーソナルデータは判明しています。 個人でプログラムを組むことが好きな相当なマニアのようです」

「……犯罪歴は?」

「ありません」

だとすると、手出しは出来ない可能性が高いな。

私も犯罪者じゃない相手に手出しをするつもりはない。

勿論撃って良いなら嬉しいけれども。

今回は撃って良い相手では、今の時点ではない。

そうなってくると、更に調べる必要がある。

AIが拾ってきたと言う事は、疑問がある代物だと言う事だ。

そしてAIは捜査を切り上げるとはいっていない。

此奴は恐らくだが、実際の所これが犯罪なのかどうかは既に知っているとみた。

本物に似ているデジタルアイドル。

何か問題があるのだとすれば。

一体何だ。

腕組みして考えている私に、AIは休憩を提案してくる。

頷くと私は休憩をすることにした。

なんというか、こう手応えがないと。

全く何もかもやる気がしない。

一旦休憩室で、軽く仮眠を取る。

シミュレーションルームで仕事をすると、疲労の蓄積が大きいと言う事もあって。仮眠は取っておいた方が良いと言われている。

私は体力が有り余っている方だけれども。

残念ながらオツムのほうは体とは使う体力が違うらしい。

一眠りしてから。

すぐに起きだす。

そしてデスクに戻ると。

AIが色々なデータを用意してくれていた。

今までに摘発された、私が推しているデジタルアイドルを違法コピーした者達である。

此処で言う違法コピーというのは、コピーしたことを黙ってオリジナルと名乗ったという事が問題なのであって。

別に元があって、それを色々利用させて貰っていると最初から明言しているのなら、なんら問題が無い。

芸術の分野でもオリジナルをどうしても名乗りたい、自己顕示欲が暴発した連中はいたけれど。

こういうデジタルの分野でも、似たような連中はいるようだ。

どれもこれもデザインからそっくりなのから、全く違うように見せかけているものまで色々だが。

もとの完成度が高いので、そこそこ見られるのは癪だ。

「これが今まで違法と判断された偽物か……」

「このうちの殆どは、後で二次創作である、データを共通で使っている、という事をきちんと明記して、活動を再開しています。 作り手は相応の刑罰を受けて貰っていますが」

「……見た事は無いなあ」

「活動頻度は非常に低いですし、先のような辺境としか言えないSNSでしか活動していませんので」

中には作り手が死んで、そのまま活動しなくなった者もいると言う。

それは大変だな、と思う。

とりあえず、ざっと見たが。

どうも何か違う。

さっき見た偽物かも分からないデジタルアイドルとは、何かが決定的に違うような気がするのだ。

とりあえず、資料をまとめて今日は切り上げる事にする。

AIもそれに同意してくれた。

資料をまとめているうちに定時が来る。

後は切り上げるだけだが。

どうにも不可解な事が多くて、私も帰路で困惑していた。

 

1、狭間にあるもの

 

翌日から私は、シミュレーションルームを利用して、彼方此方を探索に出かける。

例のなんか不可解なデジタルアイドルと関係があると思われるものを、片っ端からAIにピックアップさせ。

それを元に行動を開始したのである。

結論としては、私は何だかよく分からないものをみているとしか言えなかった。

リンク先を辿ってみたのだが、どうにも妙なのである。

「これって、作り手は何を考えているんだろう?」

「さあ。 前衛芸術ではないでしょうか」

今見ているのは、動画サイトなのだが。

その全てが合成動画だ。

どれもこれも、ぐるんぐるんと回るような。見ていると目が回る不可思議な合成動画ばかりである。

数万のそういう見ているだけで正気度が減っていきそうな動画が陳列されているのだけれども。

ある意味あの偽かも分からないデジタルアイドルと、似通っているのかも知れない。

小首をかしげながら其所を出て。

とりあえず、別も見に行く。

此処もまた、奇妙極まりない仮想空間だ。

迷路だけを大量に陳列している。

仮想空間迷路なので、実際に迷路で楽しむ事も出来る。

だが、それはただ出来るだけで。

何も演出とかがない。

お化け屋敷とかとは違って、全く何も見えないと言う事もあって。単にずっと代わり映えがしない光景の中で歩くだけである。

何なんだこれは。

そんな無味乾燥した迷路が、数万以上はある。

二つクリアしただけでうんざりした。

中にはチェックポイントはあるものの、複数階層に渡って構築されていて、クリアまでの所要時間500時間というものまであるらしかった。なお挑戦しクリアした人間はいないらしい。

当たり前だがギブアップ機能もついているので。

それに、挑戦者も二桁しかいないようだ。

この迷路ホームページ、作られたのは120年も前のようなのだが。

それにしても、過疎だなと思う。

宣伝とかには一切興味が無いのだろう。

ならば仕方が無い、とも言えた。

他にも、偽か分からないデジタルアイドルが歌っているだけのサイトには、リンクがいくつもあったが。

リンク先は奇妙な場所ばかり。

行き交っている人間も、此処が目当てで来ているとは思えない。

たまに偽か分からないデジタルアイドルを見たりもするが。

すぐに興味を失っていなくなる。

リンクを辿って、別に行っているのだろう。

何をしに行っているのかは良く分からないのだが。

「私は正気度が最初からないから良いけどさ。 ここに来ている人達、一体何をしてるの?」

「それぞれのパーソナルデータを見る限り、ルーチンワークとしてこれらを見回っている人が多いようですね」

「ルーチンでこれを回してるのか……」

人にはそれぞれの趣味があり。

それを決して犯してはいけず。馬鹿にしてもいけない。

それは当たり前の現在の規範だが。

だがそれでも困惑してしまう。

此処は一体どういう場所で。

何がしたくて人が来ているのか。この歌っているだけのデジタルアイドルも、どうして動かされているのか。

何もかもが、理解の範疇の外にあった。

とりあえず、データだけ持ち帰って、デスクに戻る。

露骨に不機嫌な私に、AIがポップキャンディを勧める。

かみ砕かないように気を付けながらポップキャンディを口に入れて、AIと軽く話す。

「あの歌ってるだけの偽かも分からないデジタルアイドル、いつ頃から活動してるのか分かる?」

「それが奇妙なことに、三ヶ月ほど前からです」

「随分最近だね……」

「はい。 違法性があるものだったら、そんなに長期間は放置出来ませんので」

まあそれもそうか。

ただ。今回はこの間の彫刻家の時と同じように。AIは困惑しているように見える。いや、それは見せているだけかも知れない。

こいつの底知れない能力を私は良く知っている。

だから、油断もしないし、侮りもしない。

「あの辺境SNSの造りだと、もっとSNSそのものは古いでしょ?」

「SNSそのものが全て手作りに近く、使っているフリー素材についてもきちんと明記されています。 SNSが作られたのは、八十七年前ですね。 勿論作り手はその頃からずっと生きています」

「87……」

「作り手のパーソナルデータを軽く提示すると、本人は千五百年も生きていますので、むしろ最近始めた趣味ですね」

千五百。

それはまた凄い。

不老不死は人間の永遠のテーマだったのに。地球人は、それが手に入るようになると。実際には千年が限界で、飽きて命を手放すようになってしまったと聞いている。

多分だが、あの手作りSNSを作った奴は地球人ではないのだろう。

もし地球人だとしたら、筋金入りの変わり者だ。

「いずれにしても、これは本人を直撃した方が早いんじゃないのかな」

「いえいえ、今の時点では違法性はありませんので」

「うーん。 でもなんか嫌な予感がするんだよねえ」

「勘ですか?」

そう。勘だ。

私の勘はびりびり来るし。何より当たるのである。

あのSNSは何とも変だった。

違法性については今の時点ではないようだが。何かおかしいと、びりびり来ている。今のところは。

幸い私は正気度が最初から下がりきっているので、これ以上おかしくはなりようがないけれども。

それでも、他のルーチンであのSNSを巡回している連中はどうかは分からないだろう。

そういう連中に健康被害はないのか確認すると。

無いと断言された。

「いずれもが、ルーチンの一部として巡回しているだけのようでして。 そもそもあの偽物かも分からないデジタルアイドルについては、殆どのユーザーが興味さえ持っていないようです」

「ならなおさら分からん……」

「いずれにしても、篠田警視は既に冷静なようですね」

「うん、それはまあ」

最初は推しを汚す奴は誰だ。こんな面白くもない者を作ったのは誰だと、なまはげになる勢いだったが。

いざ現物をじっくり見てみると、その怒りが的外れだと言う事がわかってきたからである。

多分だが、あのよく分からん何か不可思議なデジタルアイドルは。

私が推しているデジタルアイドルとは、全くと言うほど無関係で。

歌わせている用途もよく分からない。

事実ルーチンでSNSを利用している者達ですら、見向きもしていない。三ヶ月前にデビューしたばかりだというのに。

溜息が漏れた。

さて、どうしたものか。

悩んでいると、AIがアドバイスをしてくる。

「こう言うときは、気分転換か、或いは資料の見方を変えましょう」

「あー、そうだねうん」

「珍しく篠田警視は混乱しているように思われます。 一旦距離を取って、また様子を見に行くのはどうでしょうか」

「……そうするかな」

資料をまとめ終えると、仕事を切り上げる。

後は、ジムに出向いてひたすら泳いだ。

阿修羅の如く泳いでいると、いつの間にかプールには私しかいなくなっていたが。まあそれはどうでもいい。

ともかく泳ぎに泳いで体力を使い。

頭を空っぽにして、何も考えないようにして今度はひたすら走り込んだ。

時間をAIに告げられるまで徹底的に運動をした後。

家に戻って、うますぎないように調整されたご飯を食べる。

はっきり言って本当にうますぎなくて、微妙すぎる代物だったが。

あまりにも美味しいものばかり食べていると舌が肥えすぎる。

これくらいでいいのだろう。

そう思って、私は我慢した。

風呂に入って、さっさと寝る。

今日は収穫がなかった気がする。

いや、一旦これは離れるべきだと判断し。そうして離れる事が出来たのだから、それが収穫なのかも知れない。

 

夢を見た。

いつも忘れてしまう夢だ。

私は珍しく、殺伐としていない夢の中にいた。

なんというかふわふわとした場所だ。

テーマパークの中だろうか。

床がふわふわで、子供が跳ね回って遊んでいる。

そういう遊戯施設なのだろう。

周囲にあるのはお菓子とかを描いたらしい絵とかそういうの。なんというか、まあ徹底的に雰囲気作りからしっかりしている。

周囲を見回すが、平和極まりない空間だ。

一旦ぽんぽん跳ねる場所から外に出ると。

雰囲気が、いきなり変わった。

何というか、灰色にくすんだ遊園地だ。誰もいない。さっきまで遊んでいた子供らは何処にいった。

恐ろしい軋みを挙げながら、ジェットコースターが行く。

あれは、ちょっと怖くて乗る気になれないな。

そう思いながら歩いて行くと。

何か気味が悪い人形を乗せたメリーゴーランドが、ぐるんぐるんしているのが見えた。

観覧車の中央には巨大なくすんだ顔がついていて。

その笑顔がとても正気度を削って行きそうである。

私は正気度がとっくに枯渇しているので何の問題も無いが。

何だろう、ここは。

ふとまた気付く。

お菓子だらけの場所に踏み込んでいる。

ポップキャンディを見つけたので手に取るが。触った瞬間に崩れてしまった。

なんだよここ。

ぼやきながら周囲を見回すが。

いつのまにか、周囲は荒野になっていた。

しかも空は虹色に輝き続け。大量の目が開いて此方を見ている。

なんだか、邪神の領域に踏み込んでしまったかのようだな。

そう失笑すると、私はコートを翻して歩き始めたのだった。

目が覚める。

何だか正気度がゴリゴリ削られそうな夢を見た記憶だけが残っているのだが。それはそれとして。

体がぽかぽかする。

今の時代、風邪なんてものは絶滅したはずだが。

何か熱っぽい。

すぐにAIがバイタルの診断に入る。

「風邪ではありませんね。 ただ全身に不調が出ています」

「何それ……」

「体力を消耗しすぎたようです。 回復のために体が高熱を出しています」

「……」

いずれにしても今日は休めと言われて。そうするしかなさそうだった。

鬼の霍乱だとAIは言う。

鬼か。

まあそう言われても仕方が無い。AIには魔族とか言われているのだし。似たようなものだろう。

布団に潜って、なんかよく分からない薬を飲まされる。

そのまま寝るようにと言われて、そうすることにした。

AIの方では、ひょっとしたら例のSNSが問題なのかも知れないと調べてくれたけれども。

あのSNSにルーチンで通っている人間に一切似たような症状が出ていないことや。

何よりも私が熱を出すなんて事が珍しい事もあってか。

とくにそれ以上、何かを言う事は無かった。

いずれにしても、私はただ淡々と風邪に立ち向かうだけである。

ぼんやりしていると、普段とは感覚が全く異なる。

弱者は死ね。

昔はそういう言葉を振りかざしていた輩がいたらしいが。

そういう連中は、風邪を引くことさえ許されなかったのだろう。

私は今の時代では怪物扱いされているが。

それでも体調を崩せばこうなるのである。

それを考えれば、弱者は死ねという言葉が如何に虚しいかはよく分かってくる。

消化にいいものを口にして。

そのまま今日は一日休んだ。

もう、そのまま夢を見ることも無かった。

私もこんな状態になるんだなと、少し驚いたが。それでも肉体年齢を16に保っているのである。

翌日には、流石に元気になった。

起きだした私に、AIが言う。

「今回体の方を徹底的に調べましたが、異常の類はありませんでした」

「はあ。 じゃあやっぱり単なる過労?」

「そうなりますね」

「……本当にそうかな」

何か嫌な予感がする。

私はとりあえず着替えて、外に出る準備をしながら、AIに言う。

「私に結果を知らせなくてもいいからさ。 あのSNSをルーチンで見回っている人間、少し調べた方がいいんじゃないの?」

「いえ、既に調べました。 皆体に異常を起こしたことはありません」

「何か調べ落としない?」

「そういわれましても……」

本当に困っている様子なので、まあそういうことなのだろう。

分かった、ならば仕方が無い。

私としても、地道に捜査するしかないか。

それにしても、だ。

此奴は。AIは結果を知っていると私は思っているが。今回に関しては違っているのではあるまいか。

いずれにしても、早めに結果を出した方が良いように私には思える。

何か犯罪の痕跡があれば、SNSを作った千五百歳の所に直に出向くことが出来るのだけれども。

今の時点では、その痕跡が欠片も見つからないのである。

そう考えてみると、今まででひょっとして一番手強い相手か。

それとも、勘が誤作動を起こしているだけで。

本当に一切合切違法性はないのか。

混乱してきた。

とりあえずデスクについて、仕事を始める。AIが膨大なデータを集めてくれていた。私が仕事をできないでいるうちにも、まめに活動してくれていた、という事である。

「まず問題の偽物かよく分からないデジタルアイドルですが、全ての活動データと、構成されたプログラム全てを回収してきて、精査しました」

「ふむふむ」

「それによると、やはりフリー素材やオープンソースの要素についてはきちんと明言していますし、どうもそれ以外の場所は地力でソースを組んでいるようです」

「それって、すごくたいへんなんじゃないの?」

非常に大変だとAIは断言。

データによると、千五百年生きてる人物によって組まれたソースだが。作るのに四年半掛かっているらしい。

四年半か。

それはまた、凄い努力だなと思う。

しかも実時間で四年半らしいので。実際には二十年くらい掛かっているそうである。

昔だったら一世代だ。

今の時代では、世代も何もあったものではないが。

それくらいの努力を費やした、という事である。

その割りには出来が微妙な気がするし。

何より愛情とか一切そういうのが感じられない。

この間の著作権周りの仕事で、職人芸の作品を幾らでも私は見たが。その時愛情がものに籠もるという事を知った。

これははっきりいうが。

籠もっているようには見えない。

勘も働かない。

だが、それにしてはおかしな事が多すぎるのである。

「そもそもルーチンであのSNSに来ている連中は、どういう経路で来ている訳?」

「それについては全員が全員違いますね。 仮想空間に出向く際の通路くらいに考えているユーザーも多いようでして」

「何だよ、本当に五里霧中じゃないか」

「そうですね。 そうなのだと思います」

不機嫌になるばかりの私。

やはり体調を崩した影響がまだ出ているという事か。

どちらにしてもはっきりしている事がある。

これは恐らくだが。

何か犯罪が絡んでいると見て良い。

もしも悪意が絡んでいるとしたら、恐ろしく巧妙だ。

私も全く気付けないのだから。

「現場百回というけれど、どうしよっかなあ」

「現地の様子を仮想空間では無くPCから見ますか?」

「それ大丈夫?」

「一応は。 仮想空間として構築されているSNSですが、それを余所から見る形ではアクセス出来ます」

そうか。

彼処にはちょっと苦手意識が出来はじめているし、それはそれで良い感じがする。

頷くと、早速見せてもらう。

そうすると、なんというか。

随分空気が変わった。

歌っている偽物かよくわからんデジタルアイドル。その歌声が響いている場所は、まるで荒野だ。

確かに荒廃したというか、なんもない場所を歩いた印象があるが。

それにしてもちょっと色々とおかしい。

私が行った時と、随分違っていないかこれは。

素直にそれを告げると。

AIは良く分からないと言う。

「人間の印象というものは、その時の体調ですら変わってきますので」

「いや、明らかに実際に中に入ったときとは違うだろこれ」

「……」

「困惑するなよ」

私の方が困惑したいくらいなのだが。

そういえば、AIは単に同じようにアクセスしているだけなのか。だとすると、同じように感じられるのかも知れない。

監視カメラ辺りから、このPCの画像を分析してみろと言って見るが。AIはそれでも違う印象を受けないという。

なんかぴんときた。

その辺りに。

このSNSに仕掛けられている罠の根幹があるのではないのだろうか。

ううむ。

腕組みして、小首をかしげる。

他の、このSNSからリンクを辿っていく事が出来るHPなども見てみる。いずれもが、仮想空間で接続したときとは別物にしか思えなかった。

なんというか、以前は荒野的なイメージを受けたが。

今回こうやって外から覗いてみると、何かのハラワタか何かに見えてきていた。

私は正気度がとっくに地面に墜落しているから大丈夫だが。

これは口を押さえてトイレに駆け込む人もいるのではあるまいか。

いや、もしかして。

私にだけ、変に見えているのか。

ポップキャンディを口に入れて、素直に思った事を伝えるが。AIの方がますます困惑する。

「一体篠田警視には何が見えているんですか……?」

「なんかの体内」

「それは……ちょっと脳などの検査をした方が良いかも知れないですね」

「いや、昨日検査したんでしょ。 てか毎日やってるでしょ」

仏教だったか。

認識出来る全ては無実態であるとか言う思想から始まった宗教は。

とはいっても、そんな根幹思想はすぐに忘れ去られ。

お経を唱えたり聞くだけで天国に行けるだの。

民衆は大仏の奴隷だの。

そんな好き勝手な事を言う腐敗坊主がわんさか出たようだが。

いずれにしても、私が認識しているものがちょっとおかしいのは事実のようだが。それこそが、このSNSの本質だとしたら。

私は立ち上がる。

そして、AIに歩きながら言う。

「とりあえず調査でもなんでもいいからして。 その後、私の目を通してみたあのSNSについて解析してみて」

「……分かりました。 では、今日はここまでで切り上げましょう」

「後は自宅で精密検査と」

「そうなります」

素直に従う。

それにしても、最初は偽物を作った奴を捕まえ次第ぶん殴るつもりだったのに。なんだかどんどん話がおかしくなっている。

今私は、犯人を撃つどころか。

それともっとも遠い所にいるのかも知れない。

だとすると、一体犯人は何者だ。

千五百年生きているらしいが。AIは犯罪が確定するまで、その真相は話そうとはしないだろう。

自宅に着く。

ベッドに横になると、精密検査が始まった。

何、いたい事は何一つ行われない。

あくびをしているうちに終わる。

「やはり、異常は見受けられませんね」

「なら、私が許可するから。 私の記憶の中から、さっきのSNSの画像を見つけて分析してごらんよ」

「そうさせていただきます。 ……これは」

「な、おかしいだろ?」

半笑いで言うと。

AIはしばらく黙り込んでしまった。

「データを調査します」

「おうおうそうしろ」

小さくあくびをした後は、好きなようにさせる。

いずれにしても、今回はかなり手強い相手だと言う事は、私も分かっている。そしてだいたい確信できた。

AIの奴。ひょっとしてだが。今回の問題が、解決できないから、自分とは違う視点を用意したのか。

何か悪い事をしていることは分かっていても、その尻尾を掴めないから、私を使ったのか。

だとしたら賢いやり方だと言える。

正気度が地面に激突している私と、他の奴では世界の見え方がだいぶ大きく違っているだろう。

つまりは、そういうことなのだから。

 

2、異界

 

AIが解析を終えるまで二日。

その間、私は体調を回復するようにと言われて、温かくして休んだ。

一応、こういう所では万全にしてくれる。

それでも人間は千年くらいで人生に飽きるというのだから。

なんというか、贅沢な話だと思う。

私は、獲物を狩る人生を続けられるのだったら。

それこそ万年でも億年でも生きていく自信がある。

正直どんな美食よりも恐怖の方が美味しいし。

獲物を撃つのは楽しいからである。

それがあるかぎり、私は人生にはあきないだろう。

ぼんやりとしていると、AIが色々と話をしてくれる。

「宇宙海賊と呼ばれるようなものや犯罪組織は、私が本格的に銀河系を制御する前には、創作に出てくる程ではありませんが存在はしていました。 流石に星系を落とすほどの規模のものはいませんでしたし、まだ文明が未発達の星に降り立って狼藉を働くような真似はさせませんでしたが」

「楽しそうだなあ。 そいつらブッ殺すの……」

「そうですね。 篠田警視ならそういうと思いました。 数十億年続いた銀河連邦ですが、結局の所既得権益層が好き勝手をしたという点ではずっと同じだったのも事実で、それ故に連続した統一政体が登場しなかったのも事実です。 数億年ほど前に、ついに人類がそれを認めて、私に政治と経済の管理を一任することを決定しました」

人によっては地獄の始まり、というところか。

だけれども、私が知る限り。

それによって、人間は富の理不尽な格差からも。

コネだけがものをいう世界からも。

解放されたのである。

地球時代のSFで、AIによって管理された世界は例外なくディストピアとして描かれていた。

実際にそういう作品は山という程読んだ。

では地球時代の実際の社会はどうだったのか。

そんなディストピアよりも更に酷い世界だったのではあるまいか。

名ばかりの実力主義。

貧富の異常な格差。

そして結局媚を売る能力だけが重視される世界。

ディストピアとどこが違うと言うのか。

だから、私はこのAIの事は一定の尊敬をしている。

例え中々犯人を撃たせてくれないとしても、である。

「私が政治と経済を管理するようになってから、富の格差は消滅し、経済そのもののあり方が完全に変わりました。 混乱は数十年ほどで収まり、以降は静かな世界が到来しています。 これを嫌がる人もいますが……」

「私は正直これでいいかな」

「しかし篠田警視は、荒々しい暴力が支配する世界を望んでいるようにも見えますが」

「そりゃ願望であって、実際にあってほしいことじゃない」

願望としては確かにあるが。

かといって、私だって出来る事には限界がある。

例えば項羽とか呂布とか、歴史上には常識外の戦闘力を持って台風の目になった奴が実在している。

私は其奴らには及ぶまい。

だから、荒々しい世界に生きたとしても。

私に出来る事は、限界があっただろう。

今の時代は違う。

私は確かに毎日犯罪者を撃って楽しく暮らす事は出来ないけれども。

その代わり、銀河系の果てまででも犯罪者を追って。

好き勝手に撃つ事だって出来る。

時間だってそれこそ無限にあるし。

何より法を無視してやりたい放題するようなマフィアの類も存在していない。

もしも私が実際にアルカポネがいる時代に生きていたら。

まあニューヨークマフィアを皆殺しにするくらいのことは出来ていたかも知れないが。

どっかで横死していただろう。

そんな事は分かっている。

だから、私は今の時代で良いのである。

「それで、どうしてそんな話を不意にしたの?」

「私はあらゆる人を育てて見て来ました。 既に私が育てなかった人は、少なくとも銀河連邦にはいません」

「まあ数億年ともなると、どんな生物でも生に飽きると」

「そういうことです。 私の統治は決して評判が悪くはありませんが、一定数常に不満があるのも事実です」

闘争への渇望。

そう言えば簡単だが。

実際には、自分が好きかってしたいという我が儘なだけだ。

自分だけ安全な場所から、暴力を振るいたい。

それが人間の願望だと言う事は、私も多くの犯罪者を見て良く知っている。

実際、まだ宇宙に出ていない星に出向いて、神になりたがる奴は幾らでもいるし。

そういう連中は、安全な場所から好き勝手をしたいと考えているのが見え見えである。

私なんて、犯人を撃つのに、その何十倍もやりたくもない仕事をこなさなければならないし。

いざ撃っても、粉々にする事だって出来ず。気絶させた後は警備ロボットが連れていくのを見ている事しかできないのだ。

そんな好き勝手を言う奴には。

仕置きをしたくなる気持ちが良く分かるだろうというものだ。

「犯罪は不満から起きると言いたいのかな?」

「そうですね。 どうしても生まれついて脳に問題がある人もいますが……」

私の同類か。

とはいっても、私は厳重に綱をつけて色々管理されている。

そう考えてみると、その綱を解きたいと考えて。

好き勝手したがるのが、犯罪者なのかも知れない。

不満か。

どうにもよく分からない話だ。

これだけ恵まれた状況で、なんの不満があるというのか。

富の格差が無茶苦茶だった時代には、食い物を残して平然としている連中がいる一方で。ガリガリにやせ細った人達が冬の寒さの中で凍え死んでいたというのが現実だ。今はそんな不公正はない。

そういった不公正は個人の努力でどうこうできるものではなく。

そして強い側の人間は、常に好き放題をほざいていたのだ。

努力が足りないとか。

自分を変えないから悪いとか。

そういった強い立場の人間が、自分を変えた事なんて一度でもあったのだろうか。

私には甚だ疑問である。

「いずれにしても、犯罪者は好きに撃たせてほしいなあ」

「それは許可できません」

「そっか」

「ただ、貴方が言うように、犯罪は不満から起きるのだとすると。 私の努力はまだ足りないのかも知れません」

殊勝なAIである。

私から言わせれば、人間の欲望なんて限りがない。

どれだけ完璧な理想郷を作り上げたって、絶対に満足しないはずだ。

それをこれだけ満足出来るものを作っている時点で。

地球の神話に出てくるどんな神よりも此奴の方が、AIの方が優れている。

まあ人間の想像力の範囲で産み出された「全知全能」なんぞよりも。数十億年掛けて練り上げられたAIの方が優秀なのは当然なのだが。

それも、犯罪に手を染めるような連中には分からないのだろう。

「それでどうしたの。 愚痴なんか言って」

「愚痴を言っているつもりはありませんが。 ただ、現状の世界に対する不満などは、全ての個体に聞いているのです」

「ああ、そういう。 私には今聞いていると」

「そういう事ですね。 そして篠田警視の考えは、どちらかというとかなりユニークだと言えます」

これは私の経歴と比べて、の話だそうだ。

なるほど。

要するに私みたいな暴威の権化が、これだけAIによる支配管理を歓迎していることが色々不思議であるらしい。

何となく分からないでもないが。

それはそれで。

今は休まさせてほしい所だ。

温かくして布団に入っている内に、また眠くなってきた。

あくびをしている内に眠っていた。

その間、根気よくAIは待ってくれる。

まあ此奴の実体が何処にあって、どこから人間を管理しているのかは誰にも分からない。ファイヤーウォールに到達できたハッカーが二億年前にいたらしいが、それが限界だったと聞くし。

だから、別に根気よく待っている訳でも何でも無いのかも知れない。

「体調が良くないとよく眠れるね……」

「眠る事によって体が回復するからです」

「ああ、それはそうなんだろうけれど」

「よく眠って、それで次の仕事に備えてください。 篠田警視の事は、私も頼りにしています」

それがリップサービスであっても嬉しい言葉だ。

AIの事だから合理的な言葉ではあるのだろうが。それでも相手にやる気を出させる方法を知っていると言うわけである。

特に此奴は私の操縦に四苦八苦している節があるから。

こういうちょっとしたことで、少しでも操縦をしやすくしておきたいという打算はあるのだろうが。

それを見抜いた上で。

私としては嬉しいのも事実だった。

しばらくぼんやり休んで。それで体調が回復するのを待つ。

その間に、ゆっくり話をしてくれる。

「古くには温泉の熱を利用して、体を癒やす設備が存在していました。 温かくしておくことで体が良くなると言う知識は、古い時代から地球人には備わっていたのです」

「へえ……」

「勿論全ての人間に、それぞれの健康法が存在しています。 地球人にはあくまでそうだというだけのことです」

「なるほどねえ」

小さくあくびをして。

そして眠れる分は眠っておく。

休暇が終わった頃には。

体調は回復していた。

 

出勤する。

今の時代、隣のデスクにいる奴の名前も経歴も分からないのが普通だ。当然仕事のスケジュールも知らない。

それでいいのである。

媚を売ることが最大のステータスだった時代。媚を売ることに特化した人間が社会の上層を占めると、国家は崩壊した。

これはどこの国家でも同じ事だ。

既得権益層が何もかもを独占した場合も同じ。

残念ながら人間の能力は遺伝しない。

名君の子供が名君である事はあるが。三代続くことはあっても、四代以上はまず続かないのである。

それが悲しいまでの現実であり。

既得権益層がどれだけ自分達を美化しても。

歴史上で起きた現実が、それを否定している。

この辺りの話については、どうも地球人に限った話ではないらしい。

他の星出身の人間に話をSNSなどで聞いても、うちでも同じだったというような事をいう。

地球人は特に凶暴で獰猛である、というのは事実であるらしいが。

それも程度の差であって。

結局どこも大差はなかったらしいというのは、何というか苦笑してしまう事実だ。知的生命体とは笑止な存在である。

まずは軽くレポートを仕上げる。

どれもこれも定型文に内容を当てはめるだけだから難しくない。

リハビリには丁度良い作業である。

そのまま雑事をこなしてから。

午後になってから、AIに言われた。

例の場所を捜査しようと。

頷くと、シミュレーションルームに出向く。

現場百回という奴だ。

いずれにしても、私が体調を崩すほどの妙な場所なので。気を付けていかなければならないだろう。

此奴が。

地球人が夢想した、全知全能に最も近いと言えるAIが苦労しているほどの相手である。

ともかく私も気を引き締めないとならない。

シミュレーションルームから、現地に。仮想空間内にある辺境SNSに飛ぶ。

すぐに現地には到着。

やはり行き交っているものはいるが。

どいつもこいつも、此処は通過点としか考えていない様子で。

ルーチンの一つとして、ただ通っているように見えた。

私は気付く。

見た事がない顔もちらほらあると。

「こんな辺境のSNSにしては、来る人間が多いね」

「ああ、気付かれましたか。 此処はSNSというよりも古い時代のポータルサイトのように機能しているようでしてね」

「ポータルサイト?」

「今の時代はSNSに機能が統合されてしまっていますが。 簡単に言うとニュースや検索機能などを全て包括していたHPの事です。 昔は何をするにも、このポータルサイトを経由していたものなのです」

地球でもそうだし、インターネットを使っていた文明ではどこでもそうだとか。

インターネットは文明の進歩の過程でほぼ確定で産まれてくるが。

ポータルサイトも、技術成熟の過程でほぼ必ず産まれるのだという。

まあ此奴が言うなら、そうなのだろう。

「ポータルサイトか。 本当に、此処を作った奴は何を考えているんだろうね」

「さあ。 いずれにしても、此処からリンクが展開されている先のHPは珍しいものばかりですが。 それらすらも中継点に過ぎず。 此処は電車で言う特急が通過する各停専用の駅のようなものです」

「何だかよくわからん」

「他に例えがありません」

そっかあ。

こちらとしても困惑するしかないが。まあ、そういうものだというのならそうなのだろう。

此奴がそんな例えしか出せないのなら。

それで諦めるしかない。

さて、問題の何か良く分からないデジタルアイドルだが。

歌うだけだったのが、なんかちょっと振り付けをするようになって来ている。

私の推しの偽物かは分からないが。

振り付けはやたらとぎこちなくて、これがもし私の推しの偽物だったら殺意が湧くところだが。

そうではないと考えると、覚え立てのお遊戯をしている子供みたいで微笑ましい所である。

「振り付けが加わってるね」

「まあ、それほど難しいプログラムではありませんので。 ……確認した所、どうやらやはりフリー素材を活用しているようです。 きっちり利用している事を明記していますし、利用規約に反した扱いもしていません」

「ふーん……」

「何かおかしな所が。 あるのなら聞きましょう」

いや、別にそういう事じゃない。

ただ、見ている感じでは、そんなしょっぱいフリー素材をわざわざどうして導入したのかが気になる。

もっとマシなダンスのプログラムくらい幾らでもあるはず。

それに此奴ならともかく、今時自己学習型のAI何て珍しくもないし。勝手にダンスを学習させるくらいは出来る筈だ。

どうしてわざわざそんなフリー素材のダンスを組み込んでいる。

それが分からない。

小首を捻って見ていると。

何とも言えないショボい振り付けで歌っていたデジタルアイドルはちょこんとお辞儀して、画面から消えていった。

ため息をつくと。

次のプログラムまで時間が掛かる的な事が書いてあるので、一旦此処を離れる事にする。

現場百回と言うが。

今回もあまり収穫があったとは言えない。

ただ、少しだけ分かってきた事がある。

「ちなみにだけどさ。 あの辺境SNS。 作ってる奴、普段は何をしてるの?」

「普段の仕事は港湾整備ですね。 基本的に私の指示に沿って、ロボットを動かして港湾関係の老朽化した部品の交換や、チェックをしています。 後は、新しく開発された部品の試験運用です」

「港湾整備か……」

「輸送船が多数行き交うので、宇宙港の整備は重要な仕事です。 今篠田警視がやっている警察と同じくらいには」

それは分かっている。

それに、職業に貴賎もなにもない。

昔はあったかもしれないが。

今の時代には存在していない。

もしも自分が偉い仕事をしている、なんて事を抜かす奴がいたら。それは確定で銀河連邦に入りたての人間である。

いわゆる里が知れると言う奴で。

それだけで、ああと生暖かい目で見られるのが確定だ。

いずれにしても、どうにも港湾整備とあのSNSが結びつかない。

「犯罪の証拠が押さえられないと、どうしてもSNS作ってる奴とは接触できないよね」

「それは出来ません。 そもそも犯罪かも分かりませんので」

「……そうなると手詰まりだなあ」

「篠田警視があれだけ体調を崩したのは、偶然だと思われますか?」

何だ、珍しく発破を掛けてくるな。

それは違うだろうなと返すと。

AIは言う。

「実の所、ルーチンであのSNSを通っている人間には、一切健康被害は今までは出ていないのです。 しかし篠田警視だけは出ました。 もしも犯罪が絡んでいるのだとすれば、其所に何かがあるのでは」

「……分かった。 ちょっとデータを集計して貰える?」

「なんなりと」

あのSNSの利用者について。

職業、勤務態度、能力、趣味など。

勿論パーソナルデータになってくるから、具体的に誰がどう、という情報は必要ない。

デスクに戻る間にまとめて貰う。

デスクでレポートを書いていると、AIがもう表を出してくれた。

「此方になります」

「……みんな真面目な人ばかりだね」

「はい。 犯罪とは皆無縁です」

「次にあのSNSの利用者が、どこに行くためにあのSNSを通過しているか調べてくれるかな?」

すぐにAIは取りかかる。

結果もすぐに出た。

メジャーな場所ばかりだ。

それらの中間点に、どうしてかあの謎の辺境SNSがある。

これはどういうことだろう。

腕組みして、思わず唸る。

私が困り果てている様子を見て楽しんでいるのか。それとも自身も困り果てているのか。AIが何を考えているのかは、分からない。

「次ね。 あのSNSが利用されるようになった切っ掛けは? 決して少なくない人間が通過しているように思えるけれど」

「仮想空間を利用してネットを使っている人は、様々なサイトを通過して移動するのが現在でも普通です。 昔は犯罪にそのまま関わっているようなHPが多数存在していましたし、いわゆる詐欺広告なども多数ありましたが、それらは完全に駆逐してしまいましたので」

「そうなると、なんか都合が良い場所にあの辺境SNSがぽつんとある、というような感じなのかな?」

「そうなります」

やっぱり分からない。

小首をかしげる。

そんな偶然、あるのだろうか。

いや、偶然とは思えない。

この辺りで、びりびりと勘が働く。やはり、今攻めている所が正しいと私は思う。勘が働くときはだいたい何かある。

もっとも、その勘の先が犯罪に直結しているかは別。

「この線で攻めてみよう。 まずあの辺境SNSが、どうリンクを接続していったか、更新履歴は?」

「検査の結果、SNSのコンテンツ内にありました。 これです」

「どれどれ……」

ざっと見た感じは雑然としているが。

そこで、振るいに掛ける。

まず、多くの人間が利用しているHPやらSNSやらへの中途の道となっている、これまたよく分からない謎HPへのリンクについて調べて行く。

そうすると、どうやら大手のHPが出来はじめた頃。

個人的な関係があって、相互リンクを結ぶ事があったらしいHPにいち早く目をつけ。

リンクを接続しているらしいことが分かった。

相手側もメジャーになる前だ。

相互リンクの話があれば、喜んで受ける。

小さいといえどSNS。

しかも個人経営となれば、それなりのスキルを持っている相手という事が期待出来るから、だろう。

しかしながら、メジャーになるHPに客を吸い取られるようにして。変わったHPやらはどんどん客を減らしていく。

大都市と小さな村に道を作るとどうなるか。

大都市は更に肥え太り。

小さな村は更に衰えていく。

それが現実というものなのである。

「何となく分かってきた」

犯罪ではない。

それは確かなのだが。この辺境SNSの主。どうもメジャーになるHPやらSNSやらを嗅ぎつける能力を持っていると見て良い。

そしてそうだと悟られないように、敢えてマイナーな内に手を打ち。

自分の所を誰かが通るようなネットワーク造りを、ずっとちまちま続けて来たという事だ。

ひょっとしてだが、あの偽かもよく分からないデジタルアイドルは単なるフェイクか何かで。

もっと危険なものが彼処には仕込まれているのではないのだろうか。

周囲を丁寧に観察した私はそれに気付いてしまい。

それで体調を崩した。

そうだとすると、全てに納得がいく。

「……なるほど、そういうことか」

「篠田警視、何か分かってきましたか?」

「とりあえず今日は時間的にもう一度現場に行って調査するのは厳しそうだね」

「体調を考えると止めた方が良いと思われます。 貴方ほどの人が、二日も寝込む程でしたので」

それもそうだ。

もう一回体調を崩す可能性がある。

しかも次は二日程度では済まないかも知れない。

冗談ではない話だ。

私だってもっと犯罪者を撃ちたいのだ。

家で寝ているなんて、はっきりいって拷問に等しい。

こんな仕事はさっさと終わらせて、犯罪者を撃ちに行きたいのだ。

私の根幹的な精神衛生を保つためにも。

もたついてなどいられないのである。

咳払いすると、AIに幾つか頼む。

それをきっちり聞いてくれたAIは、データを集め始めてくれる。

後は、一旦切りあげ。

今日はジムに行くのは止めた方が良いだろうと言う事だったので。素直に忠告に従う事にする。

そしてぐっすり寝た。

今回は、ちょっと一筋縄ではいかない相手だ。

知能犯というのとも少し違う。

そもそも本人には犯罪をしている自覚さえないのかも知れない。

邪悪な犯罪者を撃ちたいとだけ考えている私に取っては。それは正直面白い相手ではないのだが。

しかしながら、こういう対戦相手も。それはそれで良いかも知れない。

くつくつと笑うと、署に出る。

さて、今日辺りで、勝負を付けたいところだ。

AIは指定した資料を既に揃えてくれていた。

ざっと目を通す。

これならば、いけるかも知れない。 そう判断して、私はもう一度くつくつと嗤っていた。

 

3、深淵にあるそれ

 

私は例の辺境SNSに潜る。

相変わらず拙い振り付けつきで歌っているデジタルアイドル。私の推しに変に似ている事は別にどうでも良い。

結論は出た。

アレはフェイクだ。

どうやら調べて見た所、今までこの辺境SNSでは、ちょっとずつコンテンツを増やしていたらしい。

辺境とは言えSNSである。

それで、一種のポータルサイト的な立ち位置を、ずっと維持できていたのだろう。

面白い話といえばそうだが。

この辺りは、努力と言うよりも。ただSNSを維持するためのギミックであって。駅に広告を貼ったり。

或いは老朽化した設備を刷新したり。

そういう程度の行動に過ぎなかった、というのに過ぎない。

調べて見て分かった。

この辺境SNSからリンクがつながっているHPやらSNSの内、三割ほどがもう更新を停止している。

今の時代は、基本的に文化は保全される。

故に更新が放置されたHPやSNSは、そのまま残り続けるのだ。

ただ道として。

此処は、そんな道の中心点。

だから人は通る。

ただ通るだけ。

道としか思っていない。

恐らくだが。古く古くからそうだったのだ。

ここに来て、コンテンツに興味を持つ者もいる。だが、すぐに何処にでもあるものだと気付く。

だから、此処で交流をしようとは誰も思わない。

そういう事である。

故に、此処では。

コンテンツをじっくり観察していく奴に罠を張っていた。

私は、徹底的に調べて見た結果。この殺風景なブランクサイトみたいな辺境SNSの彼方此方に、仕込まれているものを確認していた。

AIに確認させたのだ。

私が体調を崩す直前に見ていたものを全て。

その結果、分かってきた事がある。

多数の超圧縮されたデータが。何も無さそうな場所に、転々と埋め込まれていたのだ。

一つや二つ、見たくらいでは何の問題も起こさない。

データそのものも、ただ圧縮されただけの普通のデータなのだから、違法性はない。

問題は、そのデータを多数。短時間で取り込むと。

脳に過負荷がかかるという事である。

普通の利用者は、此処を通り過ぎるだけ。

だが、此処を熱心に丁寧に観察して行く奴はどうなるか。

それは、私のようにぶっ倒れる事になる。

特に私は体の方は兎も角、オツムの方は其所まで頑強ではないので。余計に負荷が大きかった。

どれもこれも違法では無いのだが。

しかし危険なのである。

私は、圧縮データが埋め込まれている事を、丁寧に確認していく。

頭の負担が大きくならないように。仮想空間であってもデータを取り込まないようにAIが処置してくれている。

その結果、殺風景な場所に見えていたこの辺境SNSの彼方此方に。

尋常で無い数のモザイクが掛かっていた。

これは悪意でやったことなのか。

それとも、何かしらの目的があっての事なのか。

それが分からない。

いずれにしても、圧縮データは回収する。

インターネットに共通している事だが。基本的に閲覧している、と言う事は。データを取得している、という事である。

だから、データの回収は別に何の問題も無い。

戻って来て、圧縮データを確認。

とんでもないデータ量になっていて、私は思わず頭を抱えそうになった。

これをまともに脳が直撃していたのだ。

そりゃあ私の貧弱な脳みそじゃあ、知恵熱も出るというものである。

「じゃ、この圧縮データ解凍してみようか」

「はい。 しかしながら良いのですか?」

「良いんだよ。 誰もが知らないうちに見ているようなデータなんだから。 解凍しても違法じゃないんでしょ?」

「まあそれはその通りです」

デスクにつくと、圧縮データの解凍を開始するAI。

ウィルスプログラムでも入っているかと思ったが。

結果は違っていた。

「なんだこりゃ……」

思わず呟きたくなる。

圧縮されていたのは。今はもう既に失われたと思われる、膨大なテキストサイトの文章だった。

調べて見る。

いずれもが、既にネットのキャッシュからも失われてしまっているテキストばかりである。

それだけじゃあない。

他の圧縮ファイルを開いてみると、こっちは動画。

地球産のものだけじゃない。

何処かの星のインターネットで、既に失われてしまったテキスト。

動画。

絵。

他にも色々なクリエイティブコンテンツ。

それらが、ガチガチに圧縮されていた。

これらは、確かAIの方で個別に保管しているとか聞いている。

何でもオールドインターネットという場所が特別に設けられていて。AIの方で取得したデータを全て閲覧できるらしい。

まあ地球も人間が出現した頃からきっちり監視されていたらしいし。

これらのデータは、そのオールドインターネットに出向けば取得は出来るのだろうけれども。

圧縮比率は凄まじく、それでも相当な巨大ファイルばかりだ。

こんなものを仮想空間を探索中、嫌と言うほど頭にぶち込まれたら。それは何というか色々とおかしくなる。

なるほど、私が体調を崩した理由は分かった。

問題はこれが犯罪になるか、だが。

AIに確認する。

「これは傷害罪成立するの?」

「傷害罪? いえ、それは流石に。 例えばコーヒーなども飲み過ぎれば害になりますが、コーヒーを飲ませる事が傷害罪にはなりません。 致死量になるコーヒーを無理矢理飲ませれば、それは傷害罪にはなりますが……」

「でも実際私は知恵熱出したでしょ」

「……それもそうなのですが、そもそもあの辺境SNSを隅々まで一度に見て回るなんて事をする人が存在するのでしょうか」

いないわ確かに。

そうなると、犯罪ではない、ということになるのか。

いや、それはそれで問題な気がする。

「今後私と同じ事になる奴が出る可能性はあるね」

「あります」

「だとしたら、対応が必要なんじゃないのかな」

「……そうですね。 分かりました。 行政指導といきましょう」

行政指導か。

それはまあ、仕方が無いだろう。

なんというか、普通にベルトウェイを歩いていたら。広告に見せかけて正気度を削る絵がそこらじゅうに置かれていたような状況だ。

確かにそれはまずい。

「具体的にはどうするの?」

「大容量の圧縮ファイルは、一箇所にまとめて、ここから先は大容量ファイルがありますので注意してくださいと案内の看板を立てて貰う事になります」

「はあ、それでいいの?」

「問題ありません。 それでも踏み込むのであれば、その人の責任となりますので」

まあ、それもそうか。

確かに納得がいく話である。

それにしても行政指導で終わりか。

どうにも納得がいかない。

「これ、悪意を持ってやっていた可能性は?」

「いえ、既に調査済です」

「え?」

「本人の更新時の行動を確認しました。 どうやら本人は、趣味でオールドインターネットに潜り、同時期の失われたテキストサイトなどのデータを収集する趣味を持っていたようなのです」

それはまた、随分と面白い趣味だな。

確かに失われた文化を復活させるのは浪漫がある行為である。

だが、何故わざわざ圧縮し。

しかも自分で作った手作りSNSの彼方此方に、分からないように埋め込むのか。

それが分からない。

「その辺りにもよく分からない心理が働いておりまして。 どうやら本人は、失われた文化を隠しておくので、是非見つけてほしいと言う願いを込めてああいうことを本気でしていたようなのです」

「結果私知恵熱出したけど!?」

「全部見つけられるとは思っていなかったようです」

「……そう」

なんか凄く疲れる回答を聞いてしまった。

すごく疲れたので、机に突っ伏しそうである。

とりあえずくらくらくる。

本人には一切合切悪意はなく。

しかしながら、深淵の邪神に見つめられているような環境を作り上げてしまった、と言う事か。

そんな馬鹿な話があって。

そう、あってたまるかと言いたいところだが。あってしまったのだ。

あってしまった以上、此方としては黙るしかなかった。

大きな溜息をつく。

いや、奥ゆかしいとかそういう心理にもつながるのかも知れないが。

なんというか、ものには限度があるというか。

いずれにしても、他にも似たような場所がないか、行政指導をしっかりしてほしいものである。

特に今の時代は、ネットは誰でも使う。

私のように端末から見るだけの人間ならまだいいが。

仮想空間で利用する人間も多い。

これは今回たまたま悪意がなかったからいいだけで。

今後はテロとして使う奴が出てくるのではないのだろうか。

いずれにしても言いたいことは山のようにあるが。これは逮捕とかはできないだろう。こっちとしては、あきらめるしかない。

一応、念のために確認する。

「もう例の偽物っぽいデジタルアイドルには事件性はないと判断して良いんだね?」

「それについては。 本人が、篠田警視の推しているデジタルアイドルを一切知りませんし、アクセスした事もありませんでしたので。 他人のそら似と確定しています」

「……そっか」

更に疲れた。

犯人は撃てない。

私は知恵熱の出し損。

相手は犯罪者ではないし、悪意もないことが確定してしまった。

この辺りは、まあ我慢できないこともない。

パチもののようにみえるデジタルアイドルについても、まあ我慢できなくはないが。

この奥歯に何か挟まったままというか。

何とも言えない不快感はどうだ。

勿論不快だからなんだ、という話で。

何かをしていい事にはならない。

私はいつもは野獣だが。

それは犯罪者に対してであって。

犯罪者以外には野獣であってはならないのだ。そうでなければ、警察にも軍にも入れない。

だからこそ、私は自制は出来るが。

しかしながら、その自制が、今はとにかく色々と不快だった。

「とりあえず行政指導までは見届けるよ」

「退屈ですが良いのですか?」

「いいよ。 何かもやもやが晴れないし」

「分かりました。 では早速行政指導を開始しますので、立ち会ってください」

AIの方でも、今回の事件は特例中の特例と考えているのかも知れない。

行政指導を行うにしても、データを取っておくのは大事で。

また他にも関係者が事態の推移を見るのは貴重だと思っている可能性もある。

AIは基本的に忘れると言う事がないが。

それでも、その記録は膨大すぎて。

常人がそこにアクセスして、望んだデータを引き出す事は殆ど不可能だろう。

だから私が。

犯罪の可能性を考慮して、捜査に当たった私が。

此処で立ち会うのは、重要な事だ。

さっそく、例の辺境SNSに行き。

SNSを手作りした人間をAIが呼び出してくる。

支援AIはしっかりつけていたようで。

相手も何かしらの話はされていたのだろう。

別に行政指導に驚くことはなかった。

なお、こういう仮想空間ではアバターを使う事が珍しく無く。相手もアバターを使っている。

私はそのままの姿で来ているが。

相手はなんかよくわからないキグルミだった。

データを調べると、地球時代の警察のマスコットキャラらしい。

なんでそんなものを着てくるのかは分からないが。

まあ地球時代の警察はとっくの昔に解散しているし。何より二万年前のキャラクターだし。

使う事ももとのネタも明記しているので。

何ら問題は無い、と言う訳だ。

「というわけで、貴方が仕込んだデータを一箇所に移します。 ライブラリ室というスペースを作り、其所で閲覧注意と明記した上で。 一つ一つのデータをダウンロードする際には容量に注意するようにも明記してください」

「はあ。 今更ですか……」

「あんたなあ……」

「いや、警察が見に来ているのは知っていました。 僕が手作りしたあの子を問題視しているらしいというのは知っていましたし。 途中からは彼方此方に仕込んでおいた文化遺産についても調べていることも知っていました。 随分とまあ、遅い行政指導ですね」

殺意が湧きそうになったが。

我慢だ我慢。

そもそもAIがこの話を持ってこなければ。

私が持ち前の勘で、地雷を盛大に踏まなければ。

こんな事にはならなかったのだ。

だいたい此奴にしても、大手サイトに成長するHPを見抜き、事実上のポータルサイトにこの辺境SNSを改造するという訳が分からんことをしなければ。そもそも永久に誰も仕組みに気付かなかった可能性が高い。

その上悪意もなくやっていたようだから。

こっちとしては、追求の仕様が無い。

私の完敗である。

まあこういうこともある。

AIが持って来た仕事で、私が完敗したケースは滅多にないのだが。それにしても、こんな悔しい事は初めてだ。

勘が働いたのに。

相手は犯罪者ではなかったのだから。

「いずれにしても工事はすぐに行ってください」

「分かりましたよ。 こんな感じでデザイン変更します」

「……分かりました。 良いでしょう」

「では、すぐに取りかかりますね」

手慣れた様子で、ツールを使ってSNSの修正をしていく犯人ではないやつ。

ライブラリ室を作り、そこにデータを格納していく。

AIが監視しているから、基本的に不正は不可能だ。

てきぱきとした作業は。

流石に此奴が、素でコードを組んで簡素なAIを組んでいるだけのことはある、慣れを感じさせた。

銀河系全部を統括している此奴とは比べものにならないが。

それでも相応の自己学習能力を持つAIを自作するのは、相応の技量がいる。しかもコードを直うちである。

オープンソースやフリーのソースコードも使っているとは言え。

それらの仕組みを完全理解しているのだから。

此奴は産まれた時期を間違えたのかも知れない。

「はい作業は終わりましたよ。 ライブラリ室としたから、却って人が入るかもしれませんが」

「警告をした上で、圧縮ファイルを格納しているのだから問題ありません。 知らない所にいきなり圧縮ファイルをダウンロードしてしまうのが脳に負荷を掛けますので」

「まあそうかも知れませんが、一気に全部でも見つけない限りはそんな事にはならないんですがね。 実際今まで問題になったのはその人だけでしょ?」

「まあそうですが。 二人目を出さないためにも、危険な仕組みは排除してください」

苛立っている私の神経を逆なでするような会話をする、犯人ではない奴とAI。

どっちにしても私はブチ切れる寸前だが。

それでも相手は涼しい顔だった。

それに、だ。

「噂の狂人警官さんも、ミスをすることがあるんですね」

「……なんだ、私に言っているのかそれは」

「ええ。 貴方の事は知っています。 犯人を地獄の底まで追い詰めると。 でも、私は犯罪者じゃありませんので」

「……私も人間なのでね」

もしミスをしない奴がいたら。

それは神か何かだろう。

いずれにしても私はミスをするし、ミスで酷い目にもあう。

人間だからだ。

というか、多分神に一番近いだろうAIですらミスをするのである。

私の手綱を取るのに四苦八苦している様子も窺える。

昔人間が考えていただろう全知全能に一番近い此奴ですらそうなのだ。

私がミスをするのは当たり前だろう。

ため息をつくと、私は頭をばりばりと掻いた。

久々に強烈なストレスを感じていた。

「作業は終わったと言うことで、引き上げ?」

「はい。 引き上げてください」

「そうする」

「……」

警察のマスコットのキグルミは。キグルミだから表情が見えない。

だが、私を馬鹿にしているのは確定だろう。

まあいい。

何か犯罪に手を染めたときに、地獄に落ちるよりも酷い目にあわせてやる。

それだけだ。

一旦仮想空間からログアウトする。

私が黙り込んでいるのを見て、AIは言うのだった。

「ジムに行って泳ぎますか?」

「犯罪者撃ちたい」

「いや、そこまで都合良く刑事事件は転がっていません……」

「犯罪者撃ちたい」

私の目が完全に据わっている事に気付いたのか、AIが若干慌て気味に言う。

なんだ、こいつもご機嫌取りは一応丁寧にするんだな。そう思った。

「分かりました。 今目をつけている刑事事件の犯人がいます。 600光年ほど先と少し遠いので別の警官に任せるつもりでしたが、篠田警視に任せましょう」

「そうしてちょうだい」

「今日は疲れたでしょうし、もう帰って休みましょう。 後、次のはほぼ犯罪を犯している事が確定ですが、殺してはいけませんよ」

「努力する」

それからは、さっさと仕事を切り上げて。

ジムのプールで。阿修羅のごとく泳いだ。

ひたすら25メートルプールを凄まじい勢いで行き来して。

苛立ちを水にぶつけた。

散々泳いでも苛立ちは解消されなかった。

まあそんな程度で解消されるのだったら、私だって苦労していない。

私が背負っているのは深い深い業。

普通の人間では、まず背負うことがない代物なのだから。

 

600光年も遠征して、見に来た犯人は。

私の顔を知っているらしく。

閑静な夕方の住宅街の中。

奴の家の玄関の前で。

私を見た瞬間に、両手を挙げて泣き叫んでいた。

「狂人警官っ!」

地球人に似た姿の、よくある宇宙人だ。

もうデータを見る気にもならない。

とりあえず、犯罪の証拠を確認し。恐怖に引きつった顔で降参するから殺さないでくれと泣きわめいている犯人に、ショックカノンを突きつける。

AIが流石に制止した。

「いや、もう抵抗の意思は見受けられません……。 そのくらいに……」

「ばん」

そのまま、白目を剥いてひっくり返る犯人。

私が片手で掴んで、後頭部を打つのを止める。

此奴も脳が頭に入っているタイプの宇宙人だから、そのまま後ろに転ぶと無駄に怪我をする可能性が1%位ある。

AIによる防御性能が働いている服を着ているから、まず大丈夫なのだが。

私の優しい優しい心遣いだ。

なお、口で言っただけで勿論撃っていない。

犯人は失禁していた。

とりあえず、警備ロボットが恐怖で気絶した犯人を引きずっていく。私はショックカノンの引き金をがちがち地面に向けて引いていたが。

勿論撃てるはずもなかった。

「結局撃てなかったじゃん」

「しかし、犯人は篠田警視をとても怖れていましたよ」

「おなかは一杯になったけど、撃ちたかった!」

「だだをこねないでください」

正論だが、今回はちょっと勘に障る。

とりあえず、正論は正しいから正論なのであって。それを聞けないというのは単に器が小さいだけの話だ。

私も正論を聞けないアホになるつもりはないので。

怒りをどうにか抑え込んでいた。

まあおなかは一杯になったのだから可としよう。

新鮮な恐怖を摂取できた。

それだけで今回は遠征してきた甲斐がある。

大きくため息をつくと。

銃を撃ちたいと、もう一度呟く。

周囲を見回すと、此方をこわごわ伺っていた連中がいた。

ひいっと悲鳴を上げて逃げ散る。

なんだ、スプラッタな逮捕劇を望んで見に来ていただろうに。それなのに、私が見ただけで逃げ散るか。

彼奴らを後ろから撃ちたいなあ。

そう思ったが。

いくらバーサーク化していても、そこまでするほど落ちてはいない。

ため息をつくと、ショックカノンをしまう。

ポップキャンディを口に入れる。

かみ砕くのを抑えるのが大変だった。

「篠田警視」

「何」

「次の仕事を用意しました。 今度は撃てるかも知れませんよ」

「凶悪犯?」

いや、凶悪犯では無いが。

逃げる可能性が高い相手だという。

だとすると、確かに撃てる可能性はある。

黙々と、そのまま一度自宅に戻る。

600光年も遠征してきたのに、大した相手では無かったので。はっきりいって正直うんざりだが。

しかしながら摂取できた恐怖が上質だったのは事実だし。

警官が聴取をしている様子を帰りに見たが。犯人は私がいつでも来るという話をすると、すぐに泣きながら全部話し始めたので。その様子を見るだけでも、だいぶ気分がマシになった。

それに次も荒事だというのなら。

私としても願ってもない事である。

「篠田警視も、躓くと立ち上がるのにかなり苦労するんですね」

「まあ私も人間だからね」

「魔族では無いのですか?」

「魔族じゃないよ。 魔族だったら人間を頭から丸かじりにしてるし」

愉快な冗談を応酬しながら。

ふと、気付いた。

さてはだが。

AIの奴。

今回、私に失敗を経験させるつもりで、あの仕事を回したのではないのだろうか。

私の性格上、ブチ切れても犯罪者じゃない奴には手を上げないことを知っていたのだろうし。

何よりもAIの事だ。

何もかも把握していてもおかしくは無いのである。

それに気付いてしまうと。

私は苛立ちで、一瞬噴火しかけたが。

しかしながらそれは、あくまで推察に過ぎない。

状況証拠は揃っているが。

決定的な証拠がない。

全ては神のみぞ知る、という奴で。今更どうすることも出来ないのが事実だった。

ギリギリと歯ぎしりしたくなるが。

ポップキャンディをどんどん消耗することで抑える。

更には、秘蔵の拷問映画を観ることにする。

勿論フィクションなのだが。

上質な拷問と悲鳴、恐怖を楽しめる私のコレクションだ。

うっとりと拷問の様子を見ている私に、AIは言う。

「37回目の視聴ですが、飽きませんね」

「うん」

「そうですか……」

「だって私に取ってはこれ性癖にぴったりだし」

腕が折れる音がして。

映画の中で、悲鳴を上げる様子が実にいい。

恐怖と苦痛の表情は、まさに甘露である。

趣味が悪いと口にする奴がいたらブチ殺す。今の時代は、あらゆる趣味が認められている時代だ。

実際にこれをやらなければ、何か言われる筋合いはないのである。

「で、一度家に戻ってから次の仕事?」

「そうなりますね。 今度も距離が少し遠目ですので」

「ハア。 一度の失敗が、こうも精神に来るとは思わなかったよ」

「まあ誰もが失敗を経験するべきなのです」

それについては同感だ。

私も、今回の失敗が。

例えAIが用意した出来レースだったとしても。次に生かすべきなのだろうと言うことは理解している。

だから、これ以上恨み節を述べるのはやめる。

にしても、だ。

一体何処まで把握して。

何処まで私を制御しているのか、此奴は。

そうAIについて思ったが。

勿論それについては口に出さず。

拷問映画を楽しむ事にした。どうせ輸送船内の個室での視聴だ。

ハードなポルノだろうが、スプラッタ映画だろうが。

何を見ようと、文句を言われる筋合いなど、ない。

 

4、失敗を乗り越えて

 

住宅街の隅。

犯人の工場に向けて、鼻歌交じりに歩いて来る私を見て。

工場から出て来た犯人は文字通り跳び上がった。

両手を挙げて降参すればいいものを。周囲を見回した後、逃げようとしてダッシュ。私は瞬時に加速する。

相手が地球人より一割くらい平均で身体能力が勝っている種族である事は知っているが。

私は平均的な地球人より十八割ほど身体能力も勝っているし、体力は四倍以上はある。

ひゅんと追いつくと、併走しながら満面の笑顔で手帳を見せる。

「はーいお巡りデース」

意味不明の絶叫をしながら、完全に足がもつれてすっころびそうになる犯人だが。

転んで気絶なんてさせるか。

スパンとショックカノンで撃つ。

そして、蹴り挙げて。気絶している背中を掴んでいた。

「はいおしまい。 持って帰って」

警備ロボットに、気絶している犯人を引き渡す。

この工場の内部で、なんか良く分からないが良くない薬物を作っていた現行犯だ。内部の調査も、すぐに警備ロボットが行い。

ごく少量だが。

昔地球で出回っていた麻薬とは比較にならない程弱いものの、依存性もある良くない薬物を押収する。

医療目的で使うならいいのだけれども。

明らかに違う目的での製造だ。

というわけで、10年くらいは豚箱行きだろう。

はー、すっきりした。

やっと撃てた。

満足してふうとショックカノンの先端を吹く私。

勿論煙なんて出ないが。

気分という奴である。

くるくるまわしてショックカノンをホルダーにしまうと。充分に満足した。撃てた。更に恐怖を摂取した。

これをダブルでこなさないと、どうにも気分が悪い。

普段だったらまだ良いのだけれども。

この間の失敗が、私の心に与えていたダメージは、結構大きかったのである。

それもこれで多分解消できたと思う。

工場に関しては、機械類も結構まずいものがあったらしく。警備ロボットが回収していく。

なお町外れと言う事もあるし。

あそこはなんかヤバイという噂が流れていたということもあるらしく。

周囲に人影は無い。

窓などから覗いている様子も無かった。

さて、切り上げるか。

最寄りの署に出向く必要もないだろう。

一応AIに確認するが。

その必要はやはりないということだった。

ショックカノンを警備ロボットに引き渡すと、宇宙港に急ぐ。この街は、まだテラフォーミングの計画段階の惑星の衛星軌道に浮かんでいる宇宙ステーションの一角だ。

何しろ4000億からなる恒星系が銀河系には存在している。

こういう、ずっと開拓計画が先になっている星はたくさん存在していて。

そういう場所にも、色々な理由から宇宙ステーションは存在しているのだ。

まあ多くの場合は軍関係者とかがいたりするのだが。

単に、人が住む場所を色々な方法で確保しているだけだったりもするらしい。

まあ私には関係がない話だ。

宇宙港に出向くと、既に輸送船が来ていたので、乗り込む。

今回は家からそう遠くもなかったので、三千メートル級のいつも乗るタイプの奴である。特に気にすることもない。

個室に引きこもると、SNSを見る。

別に今日は、スプラッタの気分でも、拷問映画の気分でもなかったので。

ぼんやりSNSを流れていく人々のやりとりを見つめているだけで良かった。

「すっかり本調子ですね」

「やっぱり好物を摂取するに限るね」

「恐怖の事ですか?」

「恐怖と後は銃を撃つこと」

そうですかと、AIが何か諦め気味に言うのだが。

今に始まった話でもない。

何を今更、である。

私はそのままSNSを見ていたが。

特に気になるニュースはなかった。

「最近狂人警官の大捕物の話はあんまり聞かないな」

「正直半径100光年以内にはいて欲しくない……」

「ま、まあそうだよな。 見ている分には面白いかも知れないけど」

「この間、隣の星系で狂人警官が高笑いしながら犯人撃ってたらしくてさ。 隣の星系かよって、寒気がしたもん」

そっか。

それは良い事だ。

隣の星系に出向くだけで恐怖を与えられるとなると。私はそれなりに恐怖をばらまけているらしい。

少し寝ると言うと。

AIはすぐに環境を整えてくれる。

リクライニングのシートを横にして、眠れるようにすると。

帰路は寝て過ごすことにする。

何度か寝起きしていると。

AIが言う。

「家に帰ったら、栄養を考えた料理を用意しておきます」

「そうしてちょうだいな」

「恐怖は流石に簡単には用意できませんが」

「いや、今はおなかいっぱいだからいいや」

やはり魔族なのではとかいうので。

くつくつと笑う。

魔族だったら、多分もっと派手に殺さないと気が済まないだろう。

いずれにしても、私は人間だ。

だから失敗もする。

今回の件で、私はいわゆるアンガーマネジメントを身につけるべきだと思った。

今後少し訓練をしておくべきだろう。

家までもう少し。

もう少し、寝ておくことにしよう。

 

(続)