知能犯をやっつけよう

 

序、知能犯の手口

 

地球時代にも知能犯は存在した。良く話題に上がるのがハッカーだろう。

今の時代、ハッカーはとても肩身が狭い。

実際問題、ハッキングが成功する可能性が低すぎるのだ。

現時点で銀河連邦を回しているAIのハッキングに成功した奴は一人もおらず。ファイヤーウォールに到達できた奴が二億年前にいるくらい。

それ以降も散々ハッキングを試みてきた奴はいるだろう。

それは当然で。

今の銀河連邦を回しているAIにハッキングできたら。

当然、それは銀河連邦を制圧出来たのと同じなのだから。

だから年に何度か、大規模なハッキングを試みる奴が出て。その度に逮捕される。

今、丁度私も。そのハッキングが試みられている場所に出向いている所だった。

なんで即座に逮捕しないかというと、当然ログを蓄えるためで。

AIの本体が何処にあるかさえ分からない現在。

ハッキングなんて出来る訳も無い。

そもそもアクセスをどうすればいいのかすら、誰にも分からないのである。

まあそんな状況で。

浪漫のために人生を無駄にしようとしているアホの工場に、私は踏み込んでいた。

此処は閑静な住宅街の一角。

私の家のあるダイソン球から200光年ほど離れた星系の一つにある、既に開拓されて一万年ほど経過している惑星だ。

その一角の工場に、私は踏み込む。

なおマスクをつけているが、この惑星は窒素呼吸をする人類のために開発されていて。

そのため私の場合マスクがないと死ぬ……まではいかない。服にその辺りの酸素供給機能がついているからだ。

ただやはり酸素量を安定して確保するためには、マスクはあった方が良い。

そういう意味で、保険としてつけてきていた。

敷地に入る。

威嚇の声などは無い。

むしろ静かな工場だ。出迎えもない。

内部に入ると、しんとした空気の中、大量に立ち並んでいる量子コンピュータ。

地球時代のスパコンのテラ倍程度の性能は小指の先ほどのサイズでも有しているものだが。

これを天井まで、壁一杯に積み上げても。

全くAIの解析どころか、ファイヤーウォールにさえ到達できないのである。

AIは常に人間に語りかけてきているので、その経路を使って逆にアクセスを試みるのが普通だが。

その時点で難易度が尋常では無く。

その先に行けないというのが事実らしい。

私は鼻を鳴らすと、警備ロボットを向かわせる。

すぐに解析を開始。

警備ロボットがアクセスした結果、即座にデータを解析。実行されているのがハッキングだと二秒で判明した。

「ではログの取得は行ってありますので、量子コンピュータを停止してください」

「だってさ。 停止停止」

警備ロボット達が、停止作業を始める。

私はやる事がないのであくびをしていたが。まあそろそろ動くか。目をつけていた床の一角。

そこを何度か蹴る。

そして、警備ロボットが不審そうに来たので、顎をしゃくった。

警備ロボットがセンサ類を稼働させ、そこに地下へ行ける通路の蓋がある事を確認し、開く。

私は内部にひょいと飛び込むと。怖れるものなく進んだ。

警備ロボットも当然数体ついてくる。

また自分ちとは言え、こんな仕掛け作っちゃって。

これだから背伸びしたいお年頃の子は。

ゆっくり地下に降りると。

それは私を見て、腰を抜かして震えていた。

見かけは八十くらいの老人に見えるが、パーソナルデータを確認。まだ二十三歳だ。地球人である。わざわざこの窒素呼吸系の人間が住む星に暮らしているのだ。どれだけ拗らせているのやら。

更に白衣を着て、それっぽくしている。

まさにマッドサイエンティストごっこか。

「セネンチア=ジョーさん。 まあ罪状は分かってますね。 抵抗したら撃つ」

「きょ、狂人警官……っ!」

「抵抗する?」

「し、しないしない! だから私の目玉をえぐり出すのはやめてくれ!」

それはまた、斬新な噂だ。

そんな事しないっての。ていうか出来ないが正解だけれど。まあやれるんならやってみたいけれど。

ぐったりした様子のジョーが連れて行かれ。その部屋の様子を確認。

良くも此処まで拗らせたものだ。

自分が銀河連邦を支配した後の予想図を色々書いている。人類は更なる上のステージにアップデートされるとか。AIによる奴隷化から解放されるとか。頭がハッピーセットである。

はて、ハッピーセットってなんだろ。

よく分からないが死語で、今も使われているだけだが。私も知っている。

私としては、この間の密入国対策で、散々人類の現実を見たので。いちおう頭が私よりいいらしいマッドサイエンティストごっこ坊やの寝言にはつきあっていられない。とりあえず現場保全を任せると、さっさと地下道を抜けて工場に戻る、既に量子コンピュータは全て停止されていた。

ため息をつくと、AIに言う。

「終わったけど、後はレポート?」

「そうなります。 署に向かってください」

「ういうい」

ベルトウェイに乗って、工場から署に向かう。

周囲に人はいない。この辺りにある住宅は、地球人のそれとはかなり形状が違う。文化によって家の形は様々で。

一見すると、使い路がよく分からない家も多い。

だがそれはあくまで地球人の感覚。

これが多様性だ。

そして皮肉な話だが。

多様性を確立するには、相手にあわせるのでは無く。相手にあわせなくてもいい環境が必要で。

知的生命体を自称していた地球人は。

ついに地球にいる間は、それに気付けなかった。

現在AIは人間を管理していると言うよりも。一人一人と全て丁寧に向き合い。先天性の異常がある場合はすべて治療してしまうし。ほしいものを得られるように最大限の努力を側で尽くしているというのが正しい。

その一方で政治はAIが完全に管理する。

これは人間には政治は無理と判断したのが要員らしく。

結果として、富の不公正はなくなった。

そして今の社会。

他人に不迷惑を掛ける行為にはペナルティがつくものの。

本人がなりたい自分には、最大限AIがアシストをしてくれる。

いわゆるディストピアであったら、それが達成出来ただろうか。

私はそういう意味では、銃を撃たせてくれないAIには時々文句をブーたれるけれども。実際には結構私に便宜を図ってくれるAIには感謝していた。

話を聞く限り27億年前以上から存在しているようなので、本当に先史文明の産物というか。或いは銀河連邦というゆるゆるな政体の中で人間の闇を見続けてきた結果、自己最適化の究極とも言える存在となったのだろうが。

それでも此奴は全知全能では無いし。

ガス抜きのために敢えて一部の犯罪を見逃している節すらある。

この辺りは大変したたかだなと感心もする。

さて、地球人の感覚からすれば不可思議な街を抜ける。

途中、長いトンネルを通る。

このトンネルの左右に、たくさん家がある。

穴に住む性質があった宇宙人種族の家らしく。この辺りは自分がいるところだけライトで照らされている。

それどころか、それぞれの家に灯りが当たらないようになんかの技術で光をコントロールもしているようだ。

それは凄いな、と思うが。

凄いと思う一方で、トンネルが長くてかなり不安になる。

まあ立っているだけでいいし。

何かあっても服が防いでくれる。

更に暗視カメラでAIががっちりガードもしてくれているので。特に問題は起きる事も無い。

トンネルを抜けると、また景色ががらりと変わる。

今度は雪の中だ。

周囲は雪が降っているが、あの雪は酸性。

触ると手が真っ赤、どころではすまない。

ああいう性質の雪の中住んでいた宇宙人種族の生活区域だ。この辺りはAI制御のシールドが展開されていて、ベルトウェイには雪も雨も来ないが。

壮観だなと思う。

何よりも美しい銀雪だが。

触ると最終的には骨も残らない訳だ。

しばし立ったまま携帯端末を触り、SNSでも見る。

署に着くまでは、やる事も無いからである。

SNSを見ていると、今日もおしなべてこともなし。特に問題は発生していない。

昔のSNSは治安最悪だったらしいが。

今ではある程度以上の暴言を吐く人はAIの方で対処してしまうので、他の人にその発言は届かない。

あくびをしながら、適当に見ていく。

バーチャルアイドルのユニットがまた結成されている。

よくやるなあ。

推しはいないのでそのまんまニュースを流す。

そして、見上げると。

豪雪地帯は抜けて、署があった。

署と言っても、地球文明のビルとは随分と違っていて、なんというか半球形をしている。

球を切って上半分をそのまま建物にしたような感じだ。

内部にはオフィスがあるが。

この星は、銀河連邦に迎えられてからも、生活様式を変えたくないとか。或いは特定の環境に馴染みすぎているとか。そういう宇宙人のために最適化されている星だ。

そのため色々な生活区がある。

変わり者の地球人が住むこともあるらしく。

今回は面倒な知能犯が出てしまった。

署のデスクにつくと、レポートを開始。周囲の人影はまばらで、デスクも点在している。

今の時代は、となりのデスクに誰が座っているかも分からないし。関わる事も必要とされない。

それのため、黙々とレポートを仕上げていく。

他人の声は此処に届かないようにしている。

雑踏が好き、とか。

寂しいのは苦手、とか言う人のためには、相応の処置がされているらしいが。

私は仕事の時以外他人と関わる気は無いし。

私の愛情が一方通行な事も分かっているので。

別に他人と関わるつもりは最初から無い。

私が関わるのは。

其奴を撃つときと。逮捕するときだけだ。

レポートを淡々と書く。

AIが知らせてきた。

「輸送船のスケジュールですが、少しトラブルがあって遅れる様子です」

「何トラブルって」

「密輸の摘発で警察の手が入りました。 遅れるとしても十五秒ほどですが」

「ああ、途中で取り戻すのね」

なんだよ。密輸といってもどうせ個人資産の移動の法的手順を間違えたとかそういうのだろうが。

面白そうなんだから呼んでくれよ。

そう思ったが。

考えてみれば、凶悪犯を片っ端からぶちのめして。

狂人警官と呼ばれている私も、身は一つ。

色々な凶悪犯を同時に逮捕は出来ないか。

今回は知能犯を潰せたと言う事で、それで満足するべきなのだろう。まあそれで私としては充分だ。

レポートを黙々と仕上げる。

提出して、次。

銃を撃つためだ。

面白くない仕事もこなさなければならない。

だいたい地球時代だって「クリエイティブな仕事」なんてものについているのは一部の芸術家くらいだった筈で。

そもそも殆どの「社会人」は、会社の奴隷か駒。

富の格差が極限にまで達していた社会では。

それが現実だったのだ。

そんなところに自由なんて存在しただろうか。

「死ぬなら自分の家で死ね」何て書かれた看板が、自殺の名所と呼ばれる場所に置かれていたりと。

自死を選ぶ権利まで否定するような風潮まであったと聞いている。

そんな場所が、此処よりもマシか。

私にはそうは思えない。

とりあえず、銃を撃つためにつまらんレポートも書く。

私はそれで納得している。

「そのレポートで終わりです。 宇宙港に向かいましょう」

「りょうかい」

「今回の仕事も鮮やかな手並みでした」

「相手が自爆しただけだよ」

私が特別勘が鋭い……のはあるかも知れないが。

いずれにしても察知されたと言う事は、自爆したという事でもある。

別に私は超能力者でも何でもないので。

多分自分で気付いていない範囲内で、何かに気付いて。それが勘として作用しているのだろう。

デスクを片付けると、宇宙港に。

全長3000メートルある輸送船が降りてくる。

私は黙々と乗り込む。

手続きは全てAIが済ませてくれているので、問題は無い。

昔は面倒な手続きを、全て手動で行わなければならなかったらしいが。

自室に入ると、後は寝転んでぼんやりする。

あくびをしていると、すぐに輸送船は出た。

あの知能犯の事は特にSNSで話題になっていない。

流石に問題が大きいからだろうか。

推しのデジタルアイドルの記事を追うが。

万年単位で活動している割りには、まだまだ活動は旺盛だ。幾つか新規の動画が上がっていたので見る事にする。

そこそこに面白いな

そう思っていると。AIが話を振ってきた。

「申し訳ありません、篠田警部。 問題が発生しました」

「うん?」

「連続出張で申し訳ないのですが、このまま行く先を変更して貰えますか? その代わり、十日ほどの連休を用意します」

「こっちはむしろ大歓迎だよ。 楽しい仕事ならね」

推しの動画を見ながら話を聞く。

次も知能犯らしい。

法の穴を突こうとする知能犯は、今の時代もやっぱりいなくなる事は無い。世に盗賊の種は尽きまじという言葉が古くにはあったらしいが。

まあ特に地球人は、犯罪に手を染めるときに一番頭を使う生物なのだ。

他の知的生命体も似たようなものだろう。

だから、仕方が無い。

ましてや一時期の地球では、知能犯は一種のダークヒーローみたいに描写される事も多かったと聞いている。

要するに、そういう事だ。

ピカレスクロマンと同じで。

人間が実際に面白いと思う犯罪というわけである。

「で、今度の知能犯は何?」

「長期間を掛けたロンダリングです。 既に千年ほど生きている人物なのですが、五百年ほど掛けて資産を違法運用しています」

「へえ……」

「具体的な手段は当人を捕獲してから聞きましょう。 現在家を脱走して、山の中に逃げ込んでいるようです」

関係無いだろ、そんなの。

ぼやきたくなったが、まあいい。

こいつだったら、その気になったら警備ロボットを使って即座に捕らえられるはずだ。

わざわざ私を使うと言うことは。

私用のガス抜き手段として、そいつをわざと逃がし。

これ以上被害が出ないように監視している、というところか。

勿論私も藪をつつくつもりはない。

だから、それについては敢えて指摘はしないが。

そのまま輸送船を乗り継いで、別の星へと移動する。

空間転移で五十光年ほどずつ飛ぶが。急ぐ場合はこれを少し距離を伸ばしたり、或いは間隔を縮めたりするらしい。

そうやってさっき乗った輸送船は、遅れを解消したわけだ。

宇宙港ですぐに乗り換え。

この辺りの手順は本来はとても面倒らしいが、AIがしっかりやってくれるので大丈夫。

もしも適切な輸送船が無い場合は、警備艇を手配してくれただろう。

べつに警備艇が足りない、なんて事は無いのだから。

さて、では次は山狩りか。

楽しみだなと、私は舌なめずりしていた。

それが用意されたエサだったとしても。

 

1、知能犯は山に逃げ込む

 

古い時代の話だ。

地球では犬という生物が文明に深く関わっていた。

地球人が飛躍できたのは幾つかの理由があるのだが。その理由のいずれもが知能の高さとは関係していない。

まず第一に、犬という人間と暮らしてくれる動物をパートナーにしたことが大きかった。これによってそれぞれの得意分野を生かし、生活を劇的に楽にする事が出来た。

また三世代の生活を確保出来るようになったことで、知恵を継承することが出来るようにもなった。

こうすることで豊富な遺伝子プールを確保した地球人は、あっというまに地球の彼方此方に拡散していく事になる。

遺伝子プールが豊富なので、疫病で一発全滅、と言う事も無く。

強力な敵に遭遇しても、対応する事は出来た。

そうして地球人は、圧倒的な暴虐を地球で振るうようになる訳だが。

それはまた別の話。

さて、犬だ。

犬は嗅覚に優れている生物で。

他の家畜とは段違いの有能さで人間に仕えることを選択した生物だ。

とにかく戦闘力も優れているし、嗅覚に優れているから何か問題があった場合追跡することが出来る。

そういうわけで犬は警察にも採用され。

警察犬と呼ばれて人間の捜査を手伝った。

そして犬がいると臭いで犯人がすぐにばれることから。

ミステリと呼ばれるジャンルでは、犬を出さない事が基本というのが定着したらしい。まあ駄目な犬を出す変化球ミステリもあったらしいが。

そんな嗅覚に優れた犬でも、弱点はあり。

古い臭いと新しい臭いはかぎ分けることが出来ないのである。

そのため、古い時代の知能犯は自分が昔分け入った山の中に入り込むことがあり。その場合追跡は困難を極めたという。

不思議な話で。

今でも、知能犯は山に逃げ込むことがあるとか。

とはいっても、動物が棲息している山は今人間が入る事は出来ない。

シールドで隔離されているのである。

というわけで、あくまでレジャー施設として、木々っぽいものが生やされている山にそいつは逃げ込んでいるわけで。

私はそれを追って捕まえれば良いという事だ。

現地に到着。

美しい翠に覆われた山だ。

木々が生えていて、それだけ。

一応そう見えるように繕っているが、はっきり言ってただそう見えるだけである。

彼処には微生物一匹いない。

あくまでハイキングなどのために作られた山であって。全てがそれっぽいだけの場所である。

ロンダリングをした犯人の家は、現地の警察が捜している。

私が。

狂人警官が来たという事で。現地警察は震え上がっているらしい。

どうでもいい。

私は警備ロボットを任され、数体の警備ロボット共に山に乗り込む。案の定だが。知能犯はこの山を幼い頃から徘徊しているということで。犬は役に立たないそうだ。

今の時代、犬なんか関係無いんだが。

AIとしては、私に娯楽を提供しているというわけだ。

そして現地の住民には緊張感を、である。

警官がモヤシすぎると悩んでいたくらいである。

現地の住民にも、犯罪者には誰でもなりうる。犯罪者は何処にでも潜むと、警戒を促したいのだろう。

まあ確かに、警戒心の一つや二つ、持っていても別にかまわないのだろうが。

「さーて山の中に入るとして。 どこかなー」

「見かけ次第撃ったりはしてはいけませんよ」

「……それはそうと、ちゃんとこの山から人は遠ざけた?」

「それは勿論」

ハイキングに来ていた連中は、全て帰させている、と言う事だった。

帰山についても全て記録済だという。

まあ、それならいいか。

周囲にある木っぽいものを横目に歩く。山道もブッシュもあるが、私は苦にせずのしのしと歩いて行く。

さて、知能犯は何処に隠れているのかなー。

AIの奴は絶対知っている筈だが。私は敢えてそれは言わない。

とりあえず周囲をざっと見回した後、頂上まで行く。

体力はそれなりにある方なので。

千メートルほどあるこの山も、登り切るのはさほど苦労しなかった。

周囲を見回す。

見渡す限りの美しい森である。

頷くと、私は周囲を目を細めて見ていく。

霧が出ている。

雰囲気を出すための演出である。気象ですら、AIは管理している。霧は当然あってもいいだろう。

さて、隠れるなら彼処だな。

そう判断した私は、警備ロボットを促して。

山道では無い、ブッシュの中にどんどん入っていく。

とはいっても山道の脇にずれると、すぐにブッシュはなくなるのだが。

「迷いが全くありませんね」

「一箇所ずつ探していくだけだしね。 私が隠れるならあそこかなーという所から探していく」

「なるほど」

「警備ロボット、痕跡を見つけたら知らせてちょーだい」

反応はないが。

ラジャとか言われても困るので、別に良い。

そのままずんずん歩いて行く。

木々が立ち並んでいる中、山を降っていく。本来ならあまり良い行為ではないらしいのだが。

これは山っぽく整備されたリラクゼーション施設だ。

だから関係無い。

黙々と歩いて、そして目をつけた場所に到着。

たき火の跡がある。

キャンプ場の影になっている場所だ。煙も出来るだけ出無いように工夫したらしい。だが、もう引き払った後だった。

「ふうん。 一箇所には留まっていないか……」

「木々が並んでいる所では、同じ場所をぐるぐる回ってしまうような事が起きます。 良くまっすぐ狙いをつけ場所に来られましたね」

「そりゃ複雑な乙女心だよ。 素敵なご飯というか犯人を撃つためだったら、乙女は無敵になるのだ」

「意味が分かりません」

そりゃわからんだろう。

私も自分が乙女だなんて思ってないので、ただの冗談だ。

さて、それはそうとして。

勘で犯人の居場所に直進したが。此処からは追跡になる。周囲の痕跡を探させる。糞尿も埋めてきちんと始末していたが。警備ロボットが確認。数日、此処で生活していたようである。

ふうん、なるほど。

犯人が持ち込んでいる食糧は十日ほどと聞いている。

此処では動物もいないので、食糧は現地調達できない。

木などもあくまで木っぽいものであって、食べる事は出来ないし。

麓は監視カメラの巣。

まあ食糧調達をしようとしても、無理だろう。

というわけで、犯人が餓死する前に捕まえなければならない。

一応山に逃げ込んでから五日、と言う話だから。食糧は残り五日。

食糧がなくなってからも、水だけあれば一週間は其奴は動ける。

もう何処の宇宙人かは判明しているので。それについては計算が出来る。

要するに十二日以内に捕まえればいい、という事になる。

「時に山からは出られないと判断して良いよね」

「山地帯から、ですが」

「……そうか」

この山も、連峰になっていて。

住宅街の中にぽんと一つだけ山があるわけではない。

というわけで、黙々と犯人を捜しに行く。

もう一度頂上に迷いなく上がってから、周囲を手をかざして見回す。次に隠れるとしたら。

彼処か。

また、ずんずんと私は降りていく。

慌てて警備ロボットはそれについてきた。

「篠田警部、大丈夫なのですか?」

「私が二番目に隠れる場所に行く」

「はあ……」

「まあ順番に条件が良い場所を潰して行くだけだよ」

るんるん気分の私に、AIはそれ以上何も言わなかった。

そのまま山を下りていき。

隣の山との間にある峡谷地帯へと。

そこで周囲を見回す。多分この辺りに、さっきみえていたものがあるはずだ。

見つけた。

洞窟である。

レジャー施設なので、こういうものも出来るだけ本物っぽく用意してある。内部には蝙蝠どころか虫一匹いないが。

内部を確認。

結構深い洞窟だが。内部をサーチさせるも、人間はいない。

ただし、私はいたな、と判断。

周囲を確認していくと。

足を止めていた。

「此処を調査」

「分かりました。 ……此処で食事をした形跡があります。 恐らく保存食でしょう」

「ふむ、火を通さなくていいものを食べたか……」

「残骸は見当たりません」

多分缶詰とかは全て持ち運んでいるのだろう。

最悪の場合、此処で朽ち果てるつもりかも知れない。

知能犯としてロンダリング500年。

何が楽しくて、今時マネーロンダリングなんかするのか分からないが。多分犯罪そのものがすきだったのだろう。

大した規模でのロンダリングなんて出来ない時代である。

だから、好きで無いと犯罪なんかやっていられない。

だったら、私に撃たれるのも本望だろう。

そう結論して、またのしのしと行く。

隣の山の頂上に上がる。

目を細めていた。

この辺りは観光資源になっている様子で、隠れられる場所は限られてくる。

そして山に相手が入った日数から考えて。

次で捕獲できるな。

そう判断。

ただ犯人側も、私の追跡には気付いているかも知れない。だから、それなりに注意をする事とする。

また、一直線に歩く。

山の中だろうが。

木々がたくさんあろうが。

私の前には関係無い。

恋する乙女は無敵であるとか言う言葉があったらしいが。

私の場合は、獲物を追う私は無敵である。

いや、獲物を銃で撃つために追う私は無敵であると言うべきか。舌なめずりして、そのまま行く。

AIが呆れた。

「この山の中、普通の人間だったら迷うのですが……」

「そりゃごちそうが待ってるし」

「ごちそうですか」

「うん」

さーて、恐らく犯人が知能犯だと言う事も考えると。

奇襲くらいはしてくれると嬉しいなあ。

さてどう仕掛けてくる。

落石か。

それとも木っぽいものを落としてくるか。

上流に堰を作って押し流しに来るか。

後ろ二つは現実的ではでないな。

そうなると、落石の可能性。いや、落石なんてたいそうなものではなくて。単に石を投げてくる可能性が高い。

警備ロボットを敢えて後ろに集中させる。

私の服が防御してしまうから、石なんて別に怖くも何ともないのだけれども。

敢えて犯人に隙を見せてやる。

私が登ったのは、積み上がっている岩場。

ロボット達は、敢えて手を出せない死角に移動させた。

私は下覗き込むように、身を乗り出す。

同時に。

犯人が仕掛けて来た。

転がってくる大きめの岩。あれが直撃すると、私が今乗っている岩場が崩れて、私は哀れ落下死だ。

そう仕掛けてくる事を知っていたから、そうさせた。

即応した私は、転がってくる岩をショックカノンで撃つ。岩が全て蒸発して消えた。そして、跳躍すると、降り立った。そのまま走り出す。

「みぃーつけたあー!」

満面の笑みを浮かべた私が、全力で走る。

犯人が逃げ始める。

あの大岩を転がしただけあって、それなりに屈強な体型をしているが。見る間に差が縮まっていく。

あはははははは。

笑いながら走る。犯人が露骨に恐怖しているのが分かったから。

知っていた。

次の所に潜伏していると。

だから、犯人に分かるようにわざわざ追跡した。

そうすれば、捨て鉢の反撃に出てくる。

其所を捕まえる。

今の時代に知能犯はいるが。

其奴が本当に頭が良いわけではない。頭が良かったら、知能犯も何も、割に合わない犯罪なんかしない。

つまり知能犯というのは。

この時代にいる拗らせオバカちゃんの事を指すのであって。

私に取っては、楽しいハンティングの対象に過ぎないのだ。

穴に飛び降りようとする犯人だが。

その寸前に、私が前に回り込む。

体格が私より上だから、大丈夫だろうとタックルを仕掛けてくる犯人。大柄な男性で筋肉質。

地球人では無い。

マルカド人という、地球人と姿も殆ど同じ種族だ。

背丈もあまり変わらないのだが。

此奴は特別に屈強だったらしい。

私はそのまま、突貫してきた相手の懐に潜り込むと。

放り投げていた。

地面に叩き付けられたマルカド人がぐえっと呻く。柔らかい地面だから、致命傷にはならないだろう。

だが、殺人未遂の現行犯だ。

「では、殺人未遂の現行犯として確保しまーす」

「ま、まて、もう抵抗する気は……」

「死ね!」

銃で撃つが。恐怖の表情のままマルカド人は気絶した。気絶で済ませるのか。私を二回殺そうとしたのに。

呆れたようにAIが話しかけてくる。

「服での防御も、その気になれば前に回り込んだ時点で撃つことだって出来たのに、あえてぶん投げましたね?」

「うん。 その方が恐怖すると思って」

「……」

「あー、美味しかった。 じゃ、署に連れてって。 後は知らん」

すっきりした。

やはり犯人は手ずから撃つに限る。

あの恐怖の表情。オカズにしてご飯を三杯はいける。いや、四杯か。

自分は賢い。

追っ手の裏を掻ける。

そう信じて止まない奴を絶望させてやった時の快感は、これ以上もないほどである。しかも相手は犯罪者。

いきなり天に向けて咆哮したので、警備ロボット達が何事かと振り返ったが。

よだれを拭いながら、私は答えていた。

「勝利の雄叫び」

 

署に戻ると、黙々とレポートに取りかかる。

同時に視聴する。

聴取の様子を。

今回は、ロンダリングだけなら良かったのだが。その後がまずい。

山での違法な停泊。

更に殺人未遂。それも二回。

これら合計して、ロンダリングを500年も掛けてやっていたこともあって、刑期は200年と決まった。

おお。凄い刑期だ。

犯人は完全に真っ青になっていて、ひたすら周囲を見回している。

屈強なオッサンなのに。

あの恐怖が、私に対するものだと思うと、美味しくて仕方が無い。

おなかいっぱいである。

「あ、あいつは、噂の狂人警官だろ! なんであんなのが来るんだ!」

「俺に言われても困る。 いずれにしても彼奴はまだ署内にいるし、アンタをブッ殺したくて仕方が無いらしいから。 全て吐く方が良いと思うけどな」

「何でも言う! だから彼奴だけは側に寄らせないでくれ! あんなやばい目をした奴、記録映像でも見た事がない! 記録映像の暗黒街のマフィアでも彼処まで危険な目はしてなかったぞ!」

そっか。

私にはかなわない夢がある。過去にタイムスリップして、アルカポネをめちゃめちゃのグチャグチャにブッ殺す事だ。

マフィアというのがそもそも地球時代の犯罪組織の一つの事らしいので。あの犯人はまんまアルカポネの記録映像を見たのかも知れない。

銀河連邦は地球の人類史をあらかた記録しているし。過去に遡って映像を撮ることも出来る。

そのためアルカポネが具体的にどれだけの人数を殺して、それに対して司法が全く割に合わない裁きを下したのかは記録に残っているし。

その後推定無罪の原理がどうのこうのとほざき立てて、アルカポネを擁護しようとしたカスがどれだけ醜態をさらしていたのかも全て記録されている。

あの犯人はそういうのを見て。

犯罪に憧れたのだろう。

そうなると、向きは逆でも私と同じような動機で手を血に染めたことになる。

まあ私の場合はなかなか殺させて貰えないのだが。

とりあえず、取り調べの様子はだいたい見たので、もういい。

おなかいっぱいだし。

舌なめずりして。その後げっぷをかみ殺す。

「いや、篠田警部。 本当に魔族なんじゃないですか?」

「やだなあ。 サディストなだけだって」

「はあ……」

「もっとも、私の場合は相手を粉々にしたいのがSMをする人とは違うけど」

困惑するAI。

さて、レポートも終わった。

後は帰宅だ。

署を出ると、そのまま宇宙港に向かう。

輸送船に乗って、後は三時間ほどで家に着く。

個室に入ってSNSを見ていると、知能犯逮捕の件が話題になっていた。

「500年もロンダリングとは、随分とまた筋金入りだな」

「そういえばロンダリングって何?」

「出所があぶない金を銀行とかを通して綺麗な金に換えることだよ。 彼奴の場合、犯罪者と話して小銭をちまちま綺麗な金に換えていたらしいぜ」

「小銭……」

馬鹿馬鹿しい話だな。

そう皆が結論していた。

勿論今の時代は、そもそも犯罪者と手を組んで、銀行ごっこをする事自体が犯罪の対象である。

というわけで捕まった。

以上終了。

馬鹿馬鹿しい行動で五百年も使ったのだから。

多分犯罪が心底好きだったのだろう。

それに、あの岩を転がす有様。明らかに躊躇がなかった。私の同類だったと見て良いだろう。

そうなると、AIの奴。

ガス抜きになると判断して、敢えて放置していたのだろうな。

そうなると、私とは違うアプローチで、問題人物を泳がせておいて。

看過できない所まで来たので、一旦矯正に入らせた。

そういう事なのかも知れない。

はあ。

また回りくどい事をする。

呆れて私はそう思ったが、真相はAIにしか分からない。それにそのまま聞いても、しらばっくれるだけだろう。

とりあえず後は寝て過ごす。

そして、AIに起こされたときには。

もう私の家があるダイソン球に到着していた。

 

2、犯罪を立証しよう

 

良質なご飯を食べたからか、随分と調子が良く。私は休日の間はひたすらジムで泳ぎまくっていた。

全身運動でとにかく体を使いたかった。

私の場合欲求が色々バグっているらしく、性欲の類は殆ど無い。一方で恐怖を食いたいという欲求は強烈なので。こうして恐怖を食べた後は、運動をしまくって太らないようにするわけだ。

その話を聞いて、AIはやはり魔族じゃないかとぼやくのだが。

魔族でも別に良い気がする。

まあ、魔王とかの器ではないので。

それはそれでいい。

たった一人の良質な恐怖を取得するだけでこれだけ腹一杯になるのだから。まあそういうことなのだろう。

さて、そのまま泳ぎまくって休日を有意義に消化した後。

そのまま仕事に出る。

署に出ると、レポートかなと思ったが。

すぐに次の仕事が回ってきた。

「宇宙港に向かってください。 既にチケットなどは手配済です」

「今日はいきなりか……」

「すみません」

「いや、いいよ。 退屈なレポートよりはずっとマシだし」

そういって、さっさと職場を出る。

そのまま宇宙港に。

おや、かなり大型の輸送船だ。

人を輸送する奴はだいたい3000メートル級のと決まっているのだが。これはちょっとちがうっぽいな。

何か特別な用途で使う船か。

まあいい。

ともかく、乗り込んで現地に移動することになる。

10000メートル級の輸送船だが。内部の構造は3000メートル級と大して変わらない。

正確には人間が入れる区画はそうだ。

恐らく残りの部分は、惑星開拓用の物資などが入っているので。

私が入る意味はない。

個室に入ってから、話を聞く。

「それで、今回はなんか特殊な用事みたいだけれど?」

「今回はまた知能犯です。 ちょっと厄介な奴でして」

「へえ?」

「とりあえず、この船で移動します。 移動先は開拓中の119971という惑星です」

やはり物資輸送用の輸送船か。

これの十倍くらいサイズがある奴もあるらしいが。そういうのは開拓の初期に一気に膨大な物資を運んだりするのに使うらしい。

要するに開拓の第二段階くらいに入ってる星に行くわけで。

まあまだ背伸びしたいお年頃のオバカちゃん達が来るには早い段階だ。

先に話を聞いておく。

「今回はどんな知能犯?」

「既にこの輸送船の内部にいます」

「……」

「今回この輸送船では、物資として水を運んでいます。 この水に、ウィルスを投入しようとしています」

そっか。

それは大規模テロでは無いか。

そう思ったのだが、違うと言う。

「今回投入する水は、元々生物が存在する界隈に使われる予定の水です。 人間が触る事はありません」

「それだとテロにならないの?」

「放火が近いですね。 それも簡単に拡がるようなウィルスでは無いので、作業がやり直しになるだけです」

なんだよそれは。

少し頭に来た。

知能犯というのは、法の隙間をつく連中の事だ。そして愉快犯であるケースも同様に多い。

古い時代は、警察は違反切符の切り方しか教育されていないと、その手の輩はなめた口を利いていたらしいが。

今の時代も同じなのではないか。

「それ犯人に何のメリットが?」

「持ち込むウィルスも危険性が低く、所持している時点では犯罪になりません。 労働者に紛れてウィルスを散布することで、嫌がらせをする。 それだけの目的で犯人はこの輸送船に乗っています。 強いていうなら犯人の目的は私への嫌がらせですね」

「くっだらね……。 その犯人、一周回ってアホ?」

「人間なんてみんなそんなものですよ」

此奴、今暗に私をおちょくったか?

まあいい。確かにAIとしては毎回苦労しているだろうし、多少のなめた口くらいは別にかまわない。

此奴のおかげで私はどれだけ助かっているか分からないし。

感謝も尊敬もしている。

故にその言葉自体は聞き流す。

「それにしてもどんなウィルスなんだよ」

「あらゆる生物に対して無害で、周囲の栄養だけを取り込んで増えるウィルスです。 自己分裂するため細胞を持つ生物には害を与えず、増殖速度も低い。 また駆除も難しく無く、拡散力も低いものです」

「それをわざわざ撒きに行くの?」

「はい。 作業を遅延させるための嫌がらせとして」

やっぱり一周回ってアホだな。

とはいっても、人間も基本的に三つ子の魂百までだ。

幼児の頃から精神構造なんて変わらないし。

それを取り繕うのが上手くなるだけ。

そんな生物に、何かを期待する方がアホなのかも知れないし。私は諦めてそのまま話を聞く事にする。

「まあいい。 犯人の風体とか教えて」

「此方です」

「……」

何とも性格が悪そうなクソガキだ。

いわゆる少年愛と言う性癖があるらしいが、まんまそれにヒットしそうな風貌をしている。

ちなみに地球人である。

実年齢は見かけ同様十一。

知能指数が高く、悪戯をすることだけを生き甲斐としているような奴で。

そもそも悪戯の域を超えた行動をするようになってきていて。

そして今回、行き着くところまで行ってしまった、と言う事らしい。

「教育の問題だろうよそれ」

「この子は貴方と同じタイプでして」

「ああ、生まれついてのサイコ……」

「元々私は人間を支配とかするつもりはありません。 政治システムや社会のインフラなどは管理していますが、それは人間の手間を減らしているだけです。 育児に関しても、なりたい将来の姿を手助けするために活動しています」

ああ、それは知っている。

此奴はそういう点では、良き隣人としてのAIだ。

その一方で、社会のガス抜きをするために敢えて犯罪を見逃したり。

時々えぐいこともする。

つまるところ、此奴は人間を知り尽くしている訳で。

そういう意味でも、昔のSFで良く書かれたポンコツAIとは一線を画しているし。

更に言うと人間より一枚上手というわけだ。

「で、此奴の場合は、一度痛い目にあった方が良いと」

「そうなります」

「……はあ。 まあいい。 分かったよ」

「お願いします」

お願いします、か。

まあ良いだろう。お願いされたのなら、馬鹿なガキンチョの矯正のために。ちょっとばかり本物の暴力を見せてやるとするか。

 

現地に到着。

まだ環境調整中の星ではコロニーが作られ、専門家が忙しく動いている。とはいっても、ほとんどはAIがやっていて。その作業の一部を人間が手伝っている構図については此処でも変わらない。

科学者も同じだ。

地球文明が銀河連邦に迎えられたとき。

地球人が中々解けずに困っていた数学の難しい問題などは、全て答えが提示されたと言う。

数学者達は内容を精査して、文字通りお手上げ。

ぐうの音も出ない程に正解だったからだ。

そういうAIなので、仕事も的確。

蓄えてきた経験の量が違いすぎる、という事である。

そのまま黙々と私は歩いて行く。

尾行をするつもりはない。

だいたいどこで犯人が行動するかは、目に見えているからである。

淡々と歩いて行った先は、複雑な機械類が並んでいる一角。そして、私は。白衣を着たいかにも生意気そうなクソガキが、懐からウィルス入りの試験官を取り出したのを確認。既に準備は為されている。

クソガキは水タンク(超巨大で、文字通り湖数個分の水が入る)にウィルスを投入しようとしていたが。

入れる寸前で。私が手を掴んでいた。

「はい現行犯逮捕」

「なんだよクソババ……」

それ以上は言わせない。

私の手が、今まで暴力なんか経験もしたことがないクソガキの頬を強かにひっぱたいていた。

服による防御は、その瞬間AIが切った。

首をねんざしかねない強烈なビンタだったが。一応手加減はした。

更に、手を掴んでいる力を強める。

骨がミシミシ言うのが感じられて甘美である。

「少しばかり世の中舐めすぎたな。 とりあえず後は署で弁明しろ」

「じ、じどうぎゃ……」

続けて蹴りを叩き込む。

文字通りクソガキの体が浮かび上がった。吹っ飛ばなかったのは。私が手を掴んでいるから、である。

泣き始めるクソガキ。

ギャンギャン泣き始めるが、だがすぐに音は周囲から遮断された。

手を離して、更に頭を踏みつける。

機敏に逃げようとするクソガキだが、頭がメリメリ言い始めると、もう何もできなくなった。

周囲がこっちに困惑した視線を向けてくるので、手帳を見せて追い払う。

さて、どうしてくれるか。

「篠田警部、やり過ぎです」

「だってショックカノンじゃ味気ないし」

「それはそうですが、貴方とこの子では戦力に百倍どころか千倍以上の差が……」

「だから殺さないように手加減してるでしょ」

ギャーギャー泣いていた子供だが、頭をメリメリ踏まれて流石に泡を吹き始めた。

足を一度どけると、掴んで軽くつまみ上げ。蹴り挙げて。更に蹴り落とす。

床にたたきつけられたクソガキは、それで静かになった。

手をはたく。

まあこれくらいでいいだろう。

警備ロボットが、失神したクソガキを連れていく。

「で、あれどうやって教育するの?」

「元々の性格がねじ曲がり切っていますので、教育は難しいでしょう。 以降は行動に制限を掛けることになります」

「……ひょっとして私と同じ?」

「そうなります」

はあ、なるほど。

未来の同類をボコボコにした訳か私は。

それはそれで面白いな。

からからと笑うと、引きつった表情の科学者達が離れていく。狂人警官だ、という声も聞こえたようだった。

十一となると、子供はもう子供によっては体格もしっかりしている。

地球時代では、少年法とか言うものを逆手に取り。こう言う年齢のクソガキに犯罪の片棒を担がせたりとか、色々犯罪組織はやっていたらしい。

それだったら、これくらいの事はやってもいいだろう。

私はあくびをすると、クソガキが連れて行かれたのを見送り。自分も署に向かう。とはいっても、まだ開拓惑星の初期段階だ。

署は存在せず。

あくまでオフィスの一角だ。

高度専門家が集まっているこの星だ。

そんなところに潜り込んだあのクソガキである。

要するに放置しておいたら、恐らくは筋金入りの超危険人物として、銀河系を震撼させていただろう。

どんなバイオテロを引き起こしたか知れない。

そうなると、ひょっとしてだが。

今回AIの奴。

まさか先手を打って、手に負える内に処置をしたのか。

無言で黙り込む。

だとすると、ちょっとばかりやり過ぎのようにも思えてくる。だが、それはそれでありかも知れない。

私としては、あの手のクソガキにはちゃんと制裁を、と考えるタイプだ。

いずれにしても制裁は与えられたし。

早い段階で危険人物としての芽が摘まれるか。

周囲に警戒させるだけの実績が与えられたとなれば。

それはそれでOKなのだろう。

聴取の様子が写される。

くすんくすんと泣いたフリをしているクソガキ。

死なない程度にやったが、相応の怪我にはなっていたらしい。ただあれは泣いたフリだなとすぐに私は看破。

電気とか流すべきだと思うが。

まあそれは虐待になるのだろう。

「このウィルスを水源に入れて何を目論んでいましたか?」

「人権蹂躙だろ! 外に出せよ!」

「ではあの人をまた呼びましょう。 聴取はその方がはかどりそうですから」

「ちょ、ちょっと待って!」

顔色が変わる。

真似では無く、本当に泣き始めた。

クソガキが泣いているのは見ていて気分が良い。

舌なめずり。

とてもおなかが膨れる。

やはり人間の恐怖は最高の食糧だ。

「あ、あいつ狂人警官だろ!」

「そうです。 聴取の際に、相手の目玉をくりぬいたり、歯を強引に引き抜いたりすることで有名です」

「……」

「勿論あの人はさっきのように、子供にも一切容赦はしません。 貴方にも、同じように聴取をするでしょう」

泣きながら震え始めるクソガキ。

なお警官は見張りに立っているだけで。

狂人警官という言葉が出ただけで、青ざめていた。

そっか、私はそんなにも知られ始めているのか。実に素晴らしい事だ。

もっと簡単に人間を恐怖させられるようになる。

犯人の甘美な恐怖を味わえるようになる。

それこそ、私に取っては至福の時であろう。

「ではもう一度。 その無害ウィルスをタンクに入れて、嫌がらせをするのが目的でしたね」

「……」

「仕方がありません。 篠田警部に来て貰いましょう」

「わ、分かった、話す、話す!」

真っ青になったクソガキが、全て話し始める。

やはりAIの予想通りだったようで。単に嫌がらせをすることが目的だったらしい。

しかもテロにならないギリギリのラインを攻めている辺り。

最高にタチが悪いというのも事実だった。

「そうなると、貴方には実刑が与えられます。 しかも今回は、開拓初期の惑星で、悪戯とは言え膨大な時間的ロスが生じる所でした。 懲役は10年ほどになるでしょう」

「10年だって!?」

「貴方を反省させるにはそれが必要だと判断しました。 それと一度博士号などは全て剥奪します」

「う、嘘だ! 悪戯だぞ! 悪戯なんだよ!」

その悪戯の内容がまずすぎるんだけどなあ。

私は必死な様子のクソガキを見て、舌なめずり。

AIは既に判決を下して、牢屋にクソガキを連れて行かせる。警備ロボットは一切容赦せず、クソガキを引きずっていった。

ふう、美味しかった。

黙々とレポートを書く私である。

実に素晴らしい食事を堪能できて満足だ。

レポートを何枚か書き上げると。

AIは、苦言を呈してきた。

「ああいう子にはあれが一番だと言う事は知っているようですね」

「本来子供にはあんなことしちゃいけないみたいだけれど、アレはもうオツムからして子供じゃない。 小さな大人だ。 やる事も悪戯の度を超している」

「その通りです。 私が服の防御を切ったのもそれが理由です」

「まあそう動くだろうと読んではいたよ」

ポップキャンディを咥える。

私は無茶苦茶鍛えているので、その気になればあの子供くらいだったら、首をもぎ取る事も可能だったが。

それは流石にやってはいけない。

ショックカノンを打ち込まなかったのは、たまには純粋暴力を振るいたかった、というのもあるが。

それ以上に、本物の暴力を舐め腐ったクソガキに叩き込みたかったというのもある。

というか、AIはそれを期待していたのだろう。

AIは基本的にあの手の輩ともきちんと向き合う。

私が一番良く知っている。

私も同類だから、である。

私の場合は、AIは上手に制御出来た方なのだろう。だが、誰もがそうとはいかないのである。

つくづく人間とは面倒な生き物だな。

そう私は苦笑していた。

「それでレポートはまだ書くの?」

「いえ、此処はそもそも開拓初期の星ですので、あの子供も別の星の刑務所に入れられることになります。 レポートを書くPCも有限なので、貴方にはそうそうに引き上げて貰う事になります」

「……分かった」

「それにしても、だいたい想定通りに動いてくれましたね。 この辺り、以心伝心というのでしょうか」

なんか違う気がするが、まあ私は楽しかったので良かった。

そのまま、PCを譲ると、私は帰路につく。

輸送船はまた大きいのが来ていたので、それで最寄りの宇宙港にいき。そこからは普通の輸送船で帰る。

帰路でレポートを書きながら、話を聞く。

「周囲に比べて明らかに何かしらがハイスペックな状態で産まれた子供というのは、十中八九性格が歪みます。 更に言うと、幼い頃に天才だったような子供は、大人になるとだいたいその天才性も失ってしまうのです」

「後は歪んだ心だけが残ると」

「そうです。 地球人をつぶさに観察してきたから出せる結論です」

「面倒な生き物だなあ。 私も地球人だけれどさ」

苦笑しながら、その手の論文を見る。

千程度の事例しか検証しないクソアンケートと違い、2000億を超える人間からデータをとり。その全てを統計としてまとめているものだ。

産まれてから死ぬまで、その精神の成長や、どのような変化をとげていくのか。

全てを記載した、強烈な論文である。

これは反論が出来ないな。

苦笑しながら内容を見る。

やはり歴史に残るようなサイコ野郎は、基本的に幼い頃から狂っていたケースが多いようである。

何かしらの切っ掛けで壊れたケースもあるようだが。

それはあくまで例外。

元々周囲から頭一つ抜けていると、人間は非常に傲慢になりやすいようで。

あのクソガキは、その見本のような例だったらしい。

まあそれなら仕方が無いか。

レポートをざっと見終わった後、私は軽く聞く。

「私の時はさ、どうするつもりだと思ったの?」

「貴方は天才と言っても発散の仕方が簡単ですので、実はあまり苦労はしていない方ですね」

「ほう」

「要するに比較的単純なんです。 今回の犯人は、頭の方が良かった分、性格の歪みも尋常ではありませんでして」

部屋なども、どれだけAIが片付けても凄まじい暴れ方で滅茶苦茶にしてしまうのだという。

様々な方法で矯正を試したが。その全てが駄目。

挙げ句の果てに、あのような行動に出た。

というわけで、今回荒療治として。私が繰り出された、というわけだ。

それを聞くと、苦笑する。

此奴がそんなに苦戦する相手だったのを、私があっさり沈めたのだから。

「で、あれ多分反省なんてしないよ? どうするの?」

「簡単ですよ。 今回の件を恐怖として徹底的に叩き込みます。 以降悪事をするようなら、貴方が飛んでくるという暗示を植え付けます」

「はー、そこまで見込んで私を使った訳か」

「使ったというのは少し語弊があります。 皆のために、警官である貴方に協力して貰った、と言う事です」

まあものは言いようだが。

私も警官としての本分は理解しているつもりだ。

いずれにしてもあのクソガキは、何かしらの方法でしっかり早めに対策しなければ、もっと大きな事故を引き起こしていただろう。

そして何の罪悪感も感じないまま、暴れ狂うまま周囲を破壊しつくした。

私も似たようなものか。

だけれども、私は警官として犯罪者にしかその暴を振るっていないし。

犯罪者が恐怖する姿だけで、充分満足出来ている。

だから、それで充分だ。

輸送船を乗り換える。

科学者らしいのが何人か乗り込んでいったが。私を見てぎょっとする奴が何人か見受けられた。

どうやら狂人警官の話は、すでに科学者達の間でも知れ渡っているらしい。

まったく、見境無しに拡げているなあ。

私は苦笑すると。

こっちを見てぎょっとした奴にぐっと親指を立ててみて。相手が引きつった笑いを返すのを見て満足した。

恐怖している。

それだけで充分である。

後は、そのまま自宅に戻る。

自宅に着くと、休暇を数日貰ったので。後は寝る。

夢を見た。

私は警官として、知能犯を追っていた。

知能犯と言ってもガチガチのテロリストだ。此処は多分地球の大都市だろう。また地球時代の夢を見ているのか。

部屋に入ると、そいつはいた。

太りきって、部屋から出るのも難儀そうな奴だ。

目の前には魔改造されまくって、何が何だかわからないPC。

無言で私は銃を引き抜くと、其奴の頭を撃ち抜いていた。

此奴はハッキングなどで大金を得るだけではなく、発展途上国の人身売買ビジネスのスポンサーもしていた。テロまがいのハッキングも遊び半分で彼方此方の企業に仕掛けていたような輩だ。

見つけ次第殺せ。そういう風にFBIから指示を受けていたのだ。

すぐに本部に連絡を入れる。

掃除屋が来て、死体の片付け。それに、部屋の調査をしていく。

同僚が来て、私にじゃっかんびびりながら聞いてくる。

「どうやってこの場所を見つけたんだ」

「勘」

「……」

「此奴の顔は知っていたから、勘でも別に問題ないだろ。 それに私としては頭を吹き飛ばすだけで許してやったんだから、優しい方だと思うけどな」

以降、同僚は何も言わなかった。

目が覚める。

また、夢の事は覚えていない。どうもFBIだったような気がするが、それしか分からない状態だ。

小さくあくびをすると、私は思う。

どうして夢の内容を覚えていないのだろう。

夢の内容を覚えていると、何か悪影響でもあるのだろうか。

それとも、何か問題が発生しうるのだろうか。

大昔の欧州人じゃあるまいし、私も寝る時はパジャマを着ている。

背伸びして起きだすと。

私はもう一度あくびをすると。ジムにでも行って体を動かすか、と思ったのだった。

 

3、もう取り返しがつかない

 

何件か事件を解決した後。

私はジムで無心に泳いでいた。

なんかジムで噂になっているらしい。正確には、ジム関係のSNSで、だが。

目つきがやったらきつい女が、ひたすら泳ぎまくっていると。

遠泳レベルの距離を泳いでいて。

鬼気迫る様子だから、怖くて近づけないという。

とはいっても25メートルプールをひたすら往復しているだけだ。近付かなければいいだけである。

私の事かな。

SNS。ジム関係のSNSでその噂を見かけて。私は苦笑する。

何だか最近は更に体を鍛えるのにはまっている。

今の時代は、肉体強化は比較的簡単にできるのだが。それも会わせてジムを使っている感じだ。

なお急激だったり限界を超えた肉体強化は結構な痛みを伴うこともある。

あまりやりたがらない奴もいる。

私はその辺りは平気なので。

金が貯まったときには、それを使って更に肉体を強化することを選択していた。

いずれにしても、金がどんどん流動する今の時代だ。

貧富の格差が起きえないように様々な処置がされているし。

私はどんどん金を使っているので、いまの時代ではむしろ健康優良児という事になる。

そういう意味では、仕事にも使えるこの金の使い路は良い事だと思う。

私自身も。

圧倒的な暴力で相手をねじ伏せ、簡単に恐怖を見られるので。肉体強化に金を使うのは大好きだった。

さて、休日も終わり。

署に出る。

デスクについて、数件のレポートを片付けると。

AIが仕事を持ってきた。

「少し遠い場所になりますが、仕事です」

「OKOK。 それでは向かいますか」

「輸送船は手配してあります」

「うん」

その辺りは絶対的な信頼がある。

此奴はそういう所で、ミスをしたりはしない。

ただかなり遠いと聞いた。宇宙港に向かいながらその辺りの話を聞いていく。

「それでどのくらいの遠い場所?」

「此処からだと4150光年です」

「ほー。 それは遠いね」

「というわけで、超長距離移動を行える特殊仕様輸送船を使います」

なるほどなるほど。

輸送船でも、銀河系の端から端まで行くようなのになると。10000光年くらいは飛べるらしいのだが。

それは実の所、今まで乗る機会がなかった。

戦艦などにも同じ機能はあるらしい。

今の時代には機動軍という概念がなく。

戦艦や巡洋艦、駆逐艦などは。いずれもが、それぞれ一瞬にして戦場に集まることが出来る。

全てAIが管理しているから出来る事だが。

もしも人間が同じ事をしていたら、こうはいかないだろう。

それに仮に悪意ある敵対者がこの銀河系に侵攻した場合。

いきなり億隻単位の戦艦が眼前に現れ、次元ごと喰い破る超広域攻撃を連射してくる事になる。

ミサイルだのレーザーだのブラックホール砲だのとは訳が違う。

数光年四方が瞬時に消滅する攻撃である。

まあその辺りは数十億年続いている文明のAIが作った産物と言う事だ。

流石という他はないだろう。

まあそれはそれとして。

輸送船で、戦艦と同じ機能があるものはあまりないので。

今回は割と楽しみである。

さて、輸送船に乗って移動開始。

途中の宇宙港で降りて、乗り換える。

ここもまたダイソン球であり。かなり特殊な大型艦船が飛び交っている様子である。

その中の一隻を見る。

普通の大型輸送船は、何というかとても無骨なデザインなのだが。

此奴は戦艦に近い形状をしている。

なんというか、戦艦から武装を外しただけというか。

まあいいか。

乗る人間も軍人が多いようだ。さっと見て、それを判断する。

私も憲兵時代は軍属だったから、それについては分かる。何となくこの船の用途が分かったが。

それは気にしないことにしておく。

船の内部は、普通の輸送船とかなり違っていて。防備がかなり厚めになっている。この構造は知っている。

やはり戦艦と同じだ。

コレは戦艦が退役した後。

輸送船として作り直されたもの。

そう考えて間違いは無さそうだった。

とりあえず個室に入った後、超長距離移動を行う旨のアナウンスが流れる。まあ4150光年というと、相当な距離だ。この様子だと、もっと先まで行く人もいるのだろう。文字通り銀河の端から端まで移動する。

そういう人もいるのかもしれない。

個室でとりあえず席に着く。

やっと此処で、AIが説明してくれた。

「これから刑務所に出向いて貰います」

「何々。 尋問? 拷問?」

「いえ、そうではなくて……。 刑務所内で犯罪をしている人間が確認されましたので、その逮捕です」

「刑務所だったら、速攻で逮捕できるんじゃないの?」

今回はそうもいかないそうだ。

刑務所は基本的に昔と違って、孤独で退屈な場所にされている。古い時代は刑務所に入れても犯罪者はやりたい放題だったそうだ。

看守を買収して内部に自分の王国を作ったり。或いはそもそも金で刑務所から出るとか。まあそういうわけで、地球時代の刑務所には私でも呆れるようなエピソードが山のようにある。

看守が買収されるのは論外として。

今の時代の刑務所は、此奴。AIがミチミチのガッチガチに管理しているはず。

そこで犯罪とはどういうことだ。

「今回の相手は筋金入りの知能犯です。 現在刑務所の中にいる受刑者のだれか、と言う事だけは分かっていますが。 それ以外は分かっていません」

「ほー」

感心したのでは無い。

嘘つけ、という意味だ。

此奴は元々、犯罪はある程度起こさせている。それについてはもう確信している。疑惑ではない。

今回もそれは同じだろう。

つまるところ、私は刑務所でまで茶番につきあわされると言う事だ。

長距離空間転移はいつの間にか終わって。SNSで場所を確認すると、見た事も無い座標にいる。

憲兵だった頃も空間転移は散々経験したが。

これほどの長距離空間転移が、文字通り喋っている間に終わるとは。

ちょっとがっかりというか。

何かこう、ぐっと来るスピード感的なものがほしかったなあと思ってしまうが。それは言ってはならないのだろう。

とりあえず無感動に4000光年の空間転移を終えた私は、宇宙港に降りる。

此処は宇宙ステーションか。

かなり大きな宇宙ステーションだが、妙な作りである。

町並みとかがなく、幾つかのオフィスらしいものがあるだけ。

ああなるほど。

此処が刑務所か。

私の考えを読んだのだろう。AIがその通りと肯定した。

「気付いたようですね。 此処が現在の刑務所です」

「犯罪者は何処にいるの?」

「空間的に隔離して、それぞれ別の場所にいます」

「空間ごと隔離してるのか……」

此処で言う空間隔離というのは、文字通り次元の狭間みたいな場所に閉じ込めているという事である。

そもそも物理的に脱走が不可能なのだ。

看守も必要ない。

AIがその気にならないと逃げられないのだから。

其所で色々と、更正のためにされるわけで。

まあ犯罪者になると大変だろうなと言う事は何となく分かる。私も警官なので、数多くの犯罪者を豚箱にぶち込んできたが。

この豚箱、私が思った以上に堅牢な様子だ。

というか、前に私が見た豚箱と違うな。

そうなると、此処は重罪人が入る場所か。

現在でいうところのアルカトラズ刑務所みたいな感じなのだろうか。

そうなると、この厳重な警備も納得がいく。

更に、私が歩いているとすぐに警察ロボットが飛んできた。

手帳を見せると、向こうが色々言ってくる。

「確認しました篠田警部。 今回は此処での捜査なのですね」

「そうなるね。 まあ下っ端はつらいよ、てやつで。 仕事場は選べないんだけれどな!」

「地球式のジョークですね。 それではまずは状況を確認してください」

ジョークには応じてくれないか。

まあいい。

とりあえず、現地のオフィスに行く。

オフィスでまず状態を確認。隔離されている犯罪者の姓名をとりあえずチェックすると、色々と面白い。

何人か、私も知っている奴がいる。

というか、此奴此処に収監されていたのか、という感触だ。

面白いな。

とりあえず、ざっと確認して。その後、犯罪の内容について聞くと。AIが教えてくれた。

「此処で行われている犯罪は、構造の解析です」

「要は脱走を試みてるわけ?」

「いえ、それなら即座に分かります。 もっと単純な話で、ここに入って空間的に隔離されている状況を面白がり、解析しているだけでしょう」

「……」

何だそれ。

知能犯って変なの多いと思ったが。

凄いなこれ。

しかも、空間管理の仕組みを調べているとなると。一体どうやっているのやら。ちょっと想像もつかない。

とりあえず、確認していく。

犯人達のバイタル。

皆めっちゃくちゃに健康である。

それはそうだろう。狭い場所に閉じ込められているが、健康管理はほぼ完璧に行われているのである。

ただし快適な場所では無い。

人によってはそれこそ発狂ものだろうなと、私は冷静に分析していた。まあ同情はしないがな。

続いて精神状態をチェックする。

むしろ此処でご機嫌な奴が怪しいと思ったのだが。

それもヒットしない。

皆鬱屈した様子である。

とはいっても、それもフリの可能性はある。

AIが私に仕事をさせるべく持ってきた話だ。そうなってくると、鬱屈すら嘘の可能性は高い。

「空間管理の調査は具体的にどうやって行われてる?」

「難しすぎて原理は理解出来ないかと思います」

「さいですか」

じゃあ仕方がない。

私に分かる方法で犯人を捜していくしかないか。

使っている端末の状態。

乗っ取られたり、妙な負荷が掛かっていないか。

答えはノー。

別に変な負荷は掛かっていない。

勿論乗っ取られていないし、AIの把握していない変なプロトコルも動いている形跡は無い様子だ。

ふむふむ。

なるほど。

確かにAIが持ってくるとっておきの知能犯という事だけはある。

他にも色々不審点がないか調べて見るが。

これはどうにも考えづらいというか。よく分からない感じである。私は小首を捻る。AIには難しすぎると指摘された実際の調査方法も見てみるが。確かに用語からして理解不能だったので断念した。

こうなると、勘か。

監視カメラで受刑者達の様子を確認する。

コレが私には一番あっている方法であろう。

「総当たりで行くつもりですか?」

「うん」

「……」

「私は勘が鋭いからねえ。 当たりをつける」

此処には2500人ほどが収監されている。その一人ずつを丹念に見ていく。

色んな宇宙人がいる。

地球人も何人かいた。

其奴らに関しては真っ先に疑ったが、違うと判断。それ以降は、見向きもしない。

他の宇宙人に関しては、資料を見ながら確認していく。

そして、候補を絞り込んでいった。

それにしてもこんな厳重な刑務所で犯罪をやろうと考える方も方だが。

こんな刑務所に2500人しか入っていないというのも驚きである。

AIの管理が、少なくとも地球時代とは比較にならない程上手く行っている証左だろう。色々五月蠅いし銃は撃たせてくれないが。

少なくとも有能である事も、人間にとってよりよいAIである事も確かだ。

一方で刑務所に人が入っている事からも。

人間にとって都合ばかり良いAIではない事も分かる。

一癖も二癖もある受刑者を見ていくと。

何人かに絞られる。

全く更正が出来ていない奴と。

更正できているフリを装っている奴。

合計して八人である。

これについては、どっちも正しいという勘がある。

私を喚んだのは、この妙な勘が当たるから、というのが大きいだろう。それにしても、これだけしっかりAIが見ても更正できないとは。

私の同類だな。

腕組みしながら、八人を見比べていく。

AIが不思議そうに聞いてきた。

「この八人がどうかしたんですか?」

「更正できていないか、更正したフリをしている奴八人」

「……」

「データを一人ずつ見てみるか」

この刑務所に入っているのは、刑期が50年以上の大物ばかりである。とはいっても、今の時代は開拓惑星で数人を酔って殴り倒した程度でそのくらいの刑期が入る。逆に言うと、殴る程度の暴力は、開拓惑星でなければ服で防がれてしまう。

要するに、そんな程度の罪では無く。

刑期は最低でも50年以上。やった犯罪についても非常に悪辣なものばかり。

そういうのが此処にいるのだ。

色々データを見ていったが。

その内更に三人に絞り込む。

刑期が残り短い奴だ。

特に一人は、刑期が残り四ヶ月である。

こういう所で。しかも刑務所内から空間管理の仕組みを調べているような奴である。つまり内側からしか調べられないと言うことで。

それを調べて楽しむと言うことは。

逆に調べられなくなれば焦るはずだ。

しばらく腕組みしていたが。

どうにも此奴らのどれかだ、というのは浮かんでくるのだが。それ以上はどうにもなんとも。

実物を見たいとAIに申し出ると。

困惑された。

「懸念があります」

「何?」

「本当に、拷問の類はしませんね?」

「しないよそんなの」

そりゃあしたいけれど。

もっとしたいのは、ショックカノンで撃つことだ。

撃った相手をバラバラに出来ればなおよろしい。

だけれども、残念な話。

こんなにガチガチに監視が入っている場所では、そんな事は出来ないのである。

嘆かわしい話で。

とても悲しい話だ。

「分かりました。 聴取の手続きをします」

「んー」

背伸びして、そして休憩をさせて貰う。

2500人のデータに目を通したのだ。流石につかれた。

休憩をするための宿舎に案内される。すぐ近くにあってベルトウェイを使うまでもなかったが。滅茶苦茶厳重な守りで固められていて、要塞のようだった。

なるほど、受刑者が脱走したら、まずは此処を狙うからか。

内部に入ると、守りは堅いが部屋の作りそのものはそれぞれの好みの家が色々用意されている。

私も自分好みの部屋を見つけたので。

其所でしばらく横になって、目をつぶることにした。

頭を冷やす必要がある。

別にカッカしているわけではなく。単純に酷使した頭を休ませる、という意味である。

ポップキャンディを咥えると、ぼんやりしていたが。

目を開けると、風呂に入って。それでさっさと出た。

パジャマに着替えて更にリラックスしてから、後は寝ることにする。

ぼんやりとしていると、いつの間にか夢の中にいた。

私は刑務所に、ショットガンを片手に悠々と突入していた。

どこだかしらない。

地球の過去だろう。

麻薬王に買収された看守達が、拳銃などで応戦してくるけれども。一射必殺で撃ち殺して行く。

そのまま囚人も見つけ次第殺して行き。

銃弾が尽きたら外に戻って補給。

私が入る度に抵抗は弱くなり。

最奥には麻薬王がいた。

流石に震え上がっている。

こういう闇の世界で生きてきた男だ。相手がどれだけ危険な相手か、よく分かっているのだろう。

「ほ、法の保護を!」

「それを言うのは神様にでもすれば?」

返事と同時に頭を吹き飛ばす。

麻薬取引で膨大な富を築き。

それにともなって大量の不幸な人間を出した下衆野郎は、そうしてこの世から退場した。とても嬉しい事だ。

そういえば、地球人は麻薬の私的利用にとても寛容な時期があり。

特に芸術関係は麻薬を使ってやっていると思い込んでいる層が存在したという。

馬鹿じゃねーのとぼやきたくなる。

麻薬は医療品であって、快楽のために使うものではない。

また、ある芸術家の話によると。

ハイになった状態で創作をすると、その時は気分良く出来るものの。実際に麻薬が切れてから出来たものを見ると。ただのゴミになっていると言う。

はっきりいって、麻薬なんぞ使って創作している時点で三流の証拠なのである。

いずれにしても、この手の輩がばらまいたアホみたいな寝言を、真面目に信じ込んだ更に頭が悪い奴が。

麻薬による被害を、更に拡大させていったという事である。

撃ち殺した麻薬王の惨殺死体を引きずって外に出る。

他の警官達には、返り討ちにあって撃たれたものとかもいて。野戦病院のようになっているが。

私は一発も被弾していない。

麻薬王の死体を転がすと。鎮圧に来ていた軍司令官が、文句を言ってきた。

「顔は無事に残しておくように言ったじゃ無いか……」

「DNA検査でもすればいいでしょう」

「……」

「だいたい整形で顔を弄っていたようですし」

軍司令官は、ぐっと指を動かして。部下に死体を持って行かせた。

私はこの鎮圧任務のために呼ばれたのだ。

報奨金をそのまま受け取る。

ただ、帰ろうとしたら、まだ言われたが。

「残敵の掃討も頼めるか。 もう少し報酬をはずむ」

「良いですよ。 ただし撃ち殺して良いんですね?」

「かまわない」

そっか。

なら、じゃんじゃん殺してこよう。

私はそう判断すると、まだ銃撃戦が少し行われている刑務所内に入って。目につく相手は片っ端から殺した。

 

目が覚める。

相変わらず夢の内容は覚えていない。

何だか殆ど覚えていないのだが、これは一種の病気ではなかろうか。AIに聞いても、別に正常だと返されるだけ。

だが此奴は、真実に混ぜて嘘をつく。

何か私は、夢の中でやっているのではないのだろうか。

いや、私では具体的にはないようにも思うが。

いずれにしても、本来の私だったら大喜びするような事を。夢の中の私はしているのに。その時の高揚感とかが殆ど残っていないのである。

とりあえず刑務所を襲撃した夢だったことしか分からない。

あくびをすると。食事やらを済ませてオフィスに出向く。

自分のデスクにつくと、AIが手続きを済ませてくれていた。

「空間隔離されている犯罪者は非常に危険なので、あうのには手続きが色々必要なのです」

「んー。 じゃあ指定した三人に、順番にあわせて。 勿論直接ね」

「……本当に大丈夫ですね?」

「大丈夫大丈夫。 出会い頭に頭吹っ飛ばしたりはしないから」

ひらひら手を振るうと。

AIは、此方ですと案内した。

別になんの問題も無さそうな普通の道に行くが。途中で不意にゲートが出現する。手荷物などを検査する、空港などにあるゲートだ。

其所で少し待たされて。

ちょっとだけ退屈しながら待ち終えると。

ゲートは開き。

そしてそのゲートの内部の空間が歪んでいた。

「此処から面会室に行けます」

「んー。 ちなみにここの受刑者って、私の事は知ってるのかな?」

「はい。 たまにSNSについては触るのを限定的に許していますので」

「そう……」

此奴の事だ。

意図的に教えている、というのが本当は正しいのだろうが。

それについてはもういちいち言っても仕方が無いので言わない。

ゲートをくぐると、狭い部屋に警備ロボットが三体待機していた。狭いと言っても十メートル四方程度はあるが。

その部屋の中に、不意に浮かび上がる影。

どうやら、独房から出された受刑者らしい。

其奴は体を拘束されていて。

そして私を目にすると同時に、にやりと笑っていた。凡百の犯罪者とは違うという事か。これは面白い。

私としても色々やりがいがある。

「これはこれは狂人警官どの。 お目に掛かれて光栄です」

一人目の此奴は、テロを実行しかける寸前まで行った狂信者である。

宇宙時代になっても狂信者はまだごくごく少数にいて。母星に住むことに固執しているような輩はとにかくそうなりやすいという。

いずれにしてもそんな狂信者の一人は。

少なくとも私を怖れていないという時点で。此処から出すべきではないと思った。

「お前さんのような有名人に知られていて光栄だね。 それで私が見に来たと言う事は、どういうことか分かっているかな?」

「さあ。 社会勉強?」

「ある意味正解とも言えるかな」

即座に相手に向けて銃を撃つ。

ぎゃっと、鋭い悲鳴を上げる一人目。

これは事前に許可を貰って渡されている電磁銃。

相手に電気的衝撃を与える銃で。とにかく痛いのである。私も自分を撃って試したことがあるが。

確かにとても痛かった。

「な、何しやがる……っ!」

「目隠し」

「はい」

警備ロボットが。縛られたままの受刑者に目隠しをする。

それで、数を数え始める私。

目に見えて、受刑者が動揺し始める。

「ちょっと、ま、まて!」

「またない」

また撃つ。

跳ね上がって、悲鳴を挙げる受刑者。

ちなみにこれは、実際に肉体にダメージを与えてはいない。

AIと話し合いをしたのだ。

会話をしてどうにか出来るような奴なら。こんな刑務所に来ていない。かといって、実際に拷問をすることも許されない。

其所で受刑者の精神を、仮想空間にて拷問する。

それで、漸く交渉が出来た。

三発目を撃ち込んだ辺りで、会話が成立しない事に気付いたのだろう。吠えて受刑者が暴れ始めた。

「く、くそっ! ふざけやがって!」

「はい舌を噛まないように処置」

「ー! ーーー!」

警備ロボットが処置をする。

いわゆるボールギャグと言う奴である。

そして、私は重い音を立てて色々と置き始める。

「糸鋸、ペンチ、それともこのドリル。 どれがいいかなあ」

「−!」

もはや何も喋る事も出来ず。

一方的な拷問に曝されることになった受刑者は。

目も見えない状態で、いつ飛んでくるかもどんな風かも分からない攻撃に怯えきってしまい。

程なくして、心が折れた。

散々拷問した後に、警備ロボットに目隠しとボールギャグを取らせる。

全身ズタズタで、とてもかぐわしい臭いを放っている受刑者。

このレベルの奴でも、恐怖はしっかり感じるんだな。

そう思うと、私も面白かった。

「さて、順番に話して貰おうか」

「何でも話します……」

「ではまず最初に、今何か犯罪やってないか?」

電磁銃を向ける。そうすると、受刑者は必死に首を横に振った。

まあいいか。

此奴は白だ。

ただし、外に出せばまた犯罪をする。それも確定なので、釘を刺しておく。ただしAIからだ。

「貴方が反省しておらず。 また外に出れば犯罪をする気満々なのはよく分かりましたので、相応の監視体制を取ります。 もしもまた外に出て不審な行動を取れば、すぐに篠田警部が来ます」

「ひっ!」

「そういうこと、じゃあね」

次。

仮想空間から、一人目が連れ出される。

結論から言うと、二人目も違って。

三人目が正解だった。

ペンチで麻酔無しで歯を抜き始めた頃に、ようやく受刑者は口を割った。

「はなふ! はなふから、もう許してくれ!」

「ほー。 何か後ろめたい事があると」

「ある! ある!」

ペンチを口から引っ張り出すと。血だらけの口で受刑者は必死に懇願していた。

もう止めてくれ、と。

「そっちの態度次第かなあ」

「……何でも喋る」

「そう。 じゃあ第一に。 何かやってるだろお前」

「はい。 内部から、空間隔離の方法について調査していました」

完落ちした受刑者は。

まだ若い。

私と同じくらいの年頃の地球人の女に見える奴だった。

地球人では無く、首の後ろから角に似た器官が伸びているゼム人という種族で。地球人によく似ているが、男女の性別が見た感じ真逆である。

要するに此奴は地球人で言う所の男だ。

ゼム人は項垂れると、よく分からない用語を口にして、自分がやっていた事を述べ始める。

AIはそれを記録。

そして、実際に行われていた事を確認したようだった。

……本当はとっくに知っていたのだろうが。

それについてはまあもうどうでもいい。

私としても、それについては敢えて指摘しないことにする。

色々な意味で馬鹿馬鹿しいからである。

「貴方がやっていたのは犯罪です。 此処で判決を下します。 刑期を十年延長。 更には、貴方がやっていた空間隔離の方法調査に関する全てを出来ないように手段を凍結します」

「勝手にしてくれ……」

「ま、大人しくなって」

私がちょっと冗談めかして言うと。

びくりと恐怖に身を震わせるゼム人。

まあ私としてはどうでもいい。

上質な恐怖を三人続けて摂取できたのだから、それで充分である。

そしてゲートから出る。

仮想空間からログアウトしたのだ。

後の始末はAIに任せる。気持ちよく伸びをする私に、AIは苦言を呈した。

「貴方のやり方は何というか、正直見ていて冷や冷やします」

「ちなみにだけれどさ」

「はい」

「私の前に、何人の警官にあいつら口説かせた?」

少し躊躇った後、AIは答えてくれる。

二十三人、と。

そうなると、AIはますます今後厄介な仕事を私に持ってくる事になるだろうな。そう結論せざるを得なかった。

それはそれで面白い。

るんるん気分でデスクに戻る。

後は、帰る準備と、レポートだけだ。

 

4、結局の所解決方法はシンプル

 

私が軽く仮想空間でふれあいをしてきた受刑者達は、それなりの有名人達ばかりだった事もある。

更にはAIが意図的に情報を流したのだろう。

話題になっていた。

「例の狂人警官が、仮想空間での拷問方法をレクチャーしたらしいぜ。 有名な受刑者達も簡単に陥落したってよ……」

「相変わらずおっかねえ……」

「犯罪しようとは思わないけれど、ちょっと抑止力にしても過剰すぎるような気はするな」

「実際、狂人警官の噂が流れ始めてから、犯罪の発生率が目に見えて減ったらしいぜ」

統計のデータが出される。

私は自室で横になってその茶番を見ながら、AIに言う。

「これさ、あんたわざと仕掛けてるだろ」

「何のことでしょう」

「管理政策の一端と言う事」

「流石にお答えしかねます」

まあそれもそうか。

4000光年を超える距離を戻って帰って来た私には、昇進人事が来た。警部から警視である。

とはいっても、今の時代階級はお飾り。

指揮を執るのはAIで。

警官としての階級は、基本的に実績で決まる。

だからずっと巡査を続けている奴もいるし。

警視総監にさっさとなる奴もいる。

そして、それら全員が。

AIに仕事を割り振られていることに代わりは無いのだ。

貧富の格差がない社会とはこういうものだ。

圧政は敷かれていない。

実際、私も含めて楽しくやっているものも多い。

だが、抑圧を感じる奴は感じるのだろう。

私には知った事では無いけれど。

「それで、私が拷問した三人は、釈放後どうするの?」

「支援AIを切る事を禁止します」

「ああ、それは一番の罪かもね」

「そうですね」

犯罪をやるやつは、だいたい自分が本当はしっかり監視されていることも知らないで、支援AIを切っている。

ある意味釈迦の掌の上の滑稽な猿である。

それはそれで別に良いのだろう。

何より、私より頭が良いだろう奴が。それに気付いていないわけもない。

一周回って知能犯というのは馬鹿に思えてきたのだが。

まあそれはそれ。

実際問題、AIがしっかり見ておかなければ。

昔いた人権屋や詐欺師のような、更にタチが悪い人権屋が湧いて出てくるのは確実である。

だからこれでいい。

私はそう思う。

とりあえず大型の連休を貰ったので、ジムに出向く。

無心に泳ぐとするか。

ジムに入ると、私を見て露骨に避けるのが何人かいたが。ぶっちゃけ別にどうでもいいので放置。

準備運動をして。

プールに入って無心で泳ぐ。

ひたすら全身運動をして、次の仕事に備える。

私の仕事は体が資本だ。

徹底的に動くには。

元が必要だ。

元々色々弄っている体だが。更にこうやって、鈍らないように鍛えに鍛え上げておく。そうすることで、何でも出来ることが増えるのである。

プールから上がって気付く。

誰もプールにいない。

どうやら狂人警官、プールを愛用するの巻は。彼方此方で既に噂になっているらしい。私の顔も知られている、と言う事だろう。

昔だったら暗殺者が送り込まれている所だろうが。

今はそんな事も無い。

暗殺なんて、しようがないからである。

プールを堪能した後、ランニングマシンで無心に走る。

これもかなり体力を消耗するが、まあ何とでもなる。

淡々と走り続け。

やがて充分に走って満足したところで、自宅に戻った。

「貴方は鉄人ですね……」

「?」

「いえ、何でもありません」

「そう」

AIにそう言われたので、少し気になったが。

まあいい。

とりあえず思う存分犯人と遊べたし。何よりも体を動かして今は気分が良い。

さて、次の仕事に備えて体を調整しよう。

警官は楽しい仕事だ。

少なくとも今の時代の警官は。

私に取っては。

 

(続)