密入国を防ごう

 

序、最大の罪

 

地球文明時代の地球人は知らなかった事だが。地球に人類が誕生した頃から、既に銀河連邦は地球を監視していた。

監視されている地球人は、外にどんな強大な文明が存在するのも知らずに、万物の霊長だのなんだのほざいていたわけで。まあ今になると滑稽極まりない話である。

そして、何もそれは地球人類だけではない。

今、私が警備艇で来ているのは、そんなまだ銀河連邦に所属していない文明がある星系。宇宙に出るまではあと二百年程度は掛かるとみられている。

警備艇をはじめとする艦艇は基本的に全てその文明の観測技術程度では発見できない程度の隠蔽をしている。

今回は、私は。

結構重要な任務でここに来ていた。

まれにいるのである。

こういう惑星に、銀河連邦から入り込んで。神になろうとする輩が。

勿論今までに一人も成功した例は無い。

少なくともここ数億年はないのだろう。

AIは自分の失敗談を隠さない。

もしあった場合は、次に生かす。

故に、徹底的な監視がこういう星では行われている。

その監視の厳重さたるや。

恐らく外縁部の防備と同等かそれ以上だろう。

色んなSFにでてくる理不尽宇宙文明の産物が攻めこんできても、簡単に追い返せる程度の戦力は周囲に常時配置されている。

そういう場所だ。

私はだから、珍しくあくびをしないで、その錚々たる防備を見ていた。

あれは空間消滅砲。

文字通り、空間を消滅させる砲で。光の速さを遙かに超える速度で、空間の崩壊をコントロールすることが出来る。

こいつに巻き込まれると、文字通り装甲とか関係無い。

次元ごと喰い破られて、一瞬で熱量に変換されてしまう。

しかも戦艦には標準搭載されている。

そんな空間消滅砲をはじめとして。光速程度では抵抗できない兵器が山のように周囲には陳列されている状態だ。

要するに、たくさんいるのだ戦艦が。

この星系の周囲を守っているのは、戦艦だけで四十隻と聞いている。

もし此処を突破しようと思うのであれば。

それこそ小石を投げたらそれが百年後に地球を破壊するくらいの確率を期待しなければならないだろう。

そんなところに私が来ている理由は。

どうも此処に侵入しようとしているアホがいるらしい、という話を聞いたからである。

とりあえず対策をしなければならない。

無言で黙々と作業を行う。

普段と違って、私も慎重だ。

この辺りでは、おふざけが許されないからである。

「此方戦艦119022。 パトロール中。 現在異常なし」

「了解。 そのままパトロールを続行してください」

AIと戦艦のやりとりも静かというか、最小限だ。

この辺りでは、AIも色々と忙しいのだろう。

処理する事が多いだろうし。

私は黙々と作業を続けて。そのまま、レポートに移る。

AIは警備艇を多数動かしながら、時々私に話を振ってくる。

仕事だったり、雑談だったり。

いずれにしても、私の状態を確認しているのは明らかだ。それを私も理解しているから、黙々と作業を進める。

「篠田警部は、あの星に降りてみたいと思いますか?」

「いんや。 どうせ散々色々制約つくんでしょ?」

「当然です」

銀河連邦としても、隠密型の調査機はたくさん送り込んでいるらしいが。どれ一つとして発見されてはいないらしい。

人間を送り込むのは論外。

どんなに清廉な人間でも、絶対に影響を受けるからだ。

勿論私みたいな超危険人物は絶対に駄目だろう。

「仮に降りたら神になれるとしたら、降りますか?」

「やだよ。 魔王になれるんなら降りるけど」

「魔王ですか」

「そうそう。 毎日人間の国に攻めこんで、大量に殺しまくって恐怖を喰らうんだよワハハハハ」

楽しいジョークを言うが。

やりかねないと思ったのか、AIは黙り込む。

大丈夫大丈夫。

私としても、そんなに大勢の恐怖は食い切れない。

私を怖れる人間が、数人いれば満腹になる。そんな私は魔王なんて器ではない。

「それで、そんな話をするということは、馬鹿がいるってこと?」

「未遂犯は年中出ていますね」

「未遂犯、か」

「やはり鬱屈した生活だと考える人は多いようで、一部は圧倒的な科学力を持ち込んで未開人を屈服させたいという結論にいたるようです。 そのような事はやっても上手く行かないのですが」

はー、なるほど。

さては此奴。

昔何か、似たような事をやってみて失敗したな。

或いは知られていない先史時代には当たり前に密入国が起きまくっていたのか。

まあそれについては言及しないことにする。ヤブをつついてヒドラを出しては意味がないのだから。

「今回篠田警部をお呼びしたのは、未遂犯が出たからです。 家から出た時点で捕まえましたが」

「模倣犯の可能性ありと」

「そういうことですね。 とはいっても、あくまで万が一です。 この包囲網は抜けられません」

包囲網、か。

宇宙に出て略奪の限りを尽くそうと考えているレベルの文明を持つ宇宙人にとっても、これは包囲網なんだろうなと私は思う。

光速航行も出来ない程度のテクノロジーでは、銀河連邦から見れば石器時代と変わらない。

つまり、此処に張られている包囲網は。

内からも外からも、何も通さないというわけだ。

要するに昔の地球もこう言う包囲をされていたというわけである。

それで少し思う。

「昔の地球、宇宙人が飛来してるって噂があったらしいけれど、アレって目撃されてたわけ?」

「まさか。 そんなドジは踏みませんよ」

「そうなるとなんだったんだろ」

「当時は地球人の道徳の根幹となっていた宗教の求心力が落ち、新しい神を求める者が多かったようです。 需要と供給が、宇宙人に神を求める思考を作り。 そしてそうではないかと思われるものが、宇宙人の乗り物として考えられたのでしょう」

そうか。

夢がない話である。

ただ、一部はまだ解明されていないものもあるらしいので。

此奴が言っているのはあくまで当たり障りがない言葉で。

実際には本当に目撃されてしまった例もあるのかも知れなかった。

とりあえず何も起きない。

まあ未遂犯が出たからと言って、模倣犯が即座に出るわけでもないだろうに。

それによく分からない。

自分より明らかに何もかも劣る相手の所に出向いていって。

そこで神を気取ったところで。

自分が別に偉くなる訳でも無いだろうに。

まあ、それでもやりたいということは、そういう需要はあるのだろう。

需要そのものがある事は止めない。

ただし実行しようとした場合は。

犯罪として摘発する。

それだけである。

しばらくぼんやりしていると、仕事を回された。レポートかなと思ったが、違う。大口径の銃座の管制室の整備である。

私は自分で撃つ銃は大好きなんだが。

こういう大きすぎる銃は、別にあんまり好きでは無い。

撃っても実感が無いからである。

数光年四方が空間すら残さず消し飛ぶ戦艦の主砲もそうだが。

警備艇の砲も同じく火力が過剰すぎる。

いずれにしても武器としては私は触っていてもあまり面白くないし。

ただ言われた通りに管理はする。

チェックを順番に進めて行くが。

あまり面白いものでもないし。

試し撃ちしていいと言われる事もあり得ないので。淡々と作業をこなしていくだけである。

暇極まりない時間が何とか終わるが。

それで仕事をした事になるのだから、まあいいだろう。

ミスもなかったらしく、AIに褒められる。

「モチベーションが低くてもきちんと仕事はしますね。 篠田警部の美点の一つですよ、それは」

「そう、ありがとさん。 それでまだしばらくこの辺りに停泊するの、この警備艇」

「はい。 もう少し監視をします」

「はあ……」

管制室に戻る。

モニタに人工物が映ったが。

この監視している星系の人間が打ち上げた外宇宙探査艇だ。

既に仕掛けをしていて。

実際の情報は送られないようにしている。

これだけのウルトラテクノロジーだ。

こんな骨董品以下の代物、細工は簡単である。

今でもこれを打ち上げた人間達は、外宇宙の情報が得られたと喜んでいるのだろうけれども。

残念ながら、そんなことはないのである。

いずれにしても、電池が切れて情報はその内送れなくなる。

その時には元の状態に繕って、返還するつもりだそうだ。

返還するまで文明がもてば良いのだけれど。

まあこのAIの事だ。

滅びそうになったら、地球の時と同じように。救済を入れるのだろう。

あくびをしながら、監視を続ける。

やがて、これでもういいだろうと判断したのか。

警備艇が、それぞれ散り始めるのが分かった。

私が乗っている警備艇も帰路につき始める。

状況は明らかすぎる程なので、私もわざわざ話を聞く気にもなれなかった。

 

未遂犯が出たと言う事で、帰路でその聴取の様子を見せてもらう。

其奴はなんというか、やっぱり背伸びしたい年頃のようで。

自分を天才だと思い込み。

作り上げた自家製のロケットでまだ銀河連邦に加入していない星に乗り込んで、神になるつもりだったということだ。

本人は口から泡を飛ばして叫んでいる。

「俺はこんな窮屈な場所では本領を発揮できない! ああいう場所で、俺が神として導いてやることで、宇宙はより素晴らしい姿になるのだ!」

「貴方の思想はともかくとして、やろうとしたことは犯罪です」

「うるせえ! ポンコツAIの言う事なんてクソくらえだ!」

「そうですか。 とりあえず反省の色も無さそうなので、実刑判決です。 刑期は五十年程になります」

出せ。

喚きながら暴れる未遂犯を連れて行く。

ああ、これは無意味に声が大きいタイプだなと苦笑してしまう。

それにだ。

此奴の作ったロケットを調査したところ、欠陥だらけで宇宙に出てもとても目的の星に辿りつくどころか。そもそも大気圏を越えられるかさえ怪しかったそうである。

自称天才の実力もよく分かった所で。

私は聴取の内容に飽きて、視聴を辞めた。

何というか、退屈な奴である。

自分を天才だと思い込むのは別にいいだろう。そう思い込む事で、実際以上のポテンシャルを出せることもあるらしい。

だが客観的に自分を見る事が出来ない人間は。

いずれ自分の思考に破綻をきたす。

私が、自分をサイコと認めているのは。

そういう実例を、調べて知っているからである。

だから私は自分を客観的に見て。

なおかつ素直でいようと思っているのだが。

それなのに狂人警官と呼ばれていると知ったときには、ちょっと困惑してしまった。

まあ他人がなにをほざこうが知った事では無いけど。

レポートを書きながら、帰路でAIと話す。

「今の未遂犯、五十年程度の刑期で反省するとは思えないけれど」

「反省しないでしょう。 ですので特別なプログラムを組みます」

「ほう?」

「彼が実際にまだ技術が足りない星に降り立った場合のシミュレーションを見せます」

ああ、なるほど。

ゲームとかでもそういうのはあるらしいけれど。

それとは比較にならない精度の、シミュレーターとして此奴が開発しているような奴を使うのか。

なるほど、理解出来た。

そうなってくると、プレイヤーに都合が良いゲームとは根本的に状況が違ってくる。

「結論からすると、彼は自分のスペックを見誤っています。 彼の作ったロケットを見る限り、とてもではありませんが、目的としていた星に降り立ったところで神になどなれません。 甘言でデレデレになったところで、ありとあらゆる全てをむしり取られ、その挙げ句に闇に葬り去られるだけです」

「なんだか昔の地球で似たような話があったな」

「技術格差がある国に出向いて、好き勝手をしようとした人の話ですか? 治安が安定している国から治安が安定していない国に行けば、何が起きるかは自明の理です。 まあ悪党しかよってきませんし、ボディーガードを雇ってもまるごと寝返られるでしょう。 気がつけば何もかも奪い去られて死体になって転がるだけです」

「案外容赦ないなあんた」

まあ全てその通りではあるのだが。

分析が容赦なさすぎていわゆる草が生えるという奴である。

とりあえず面白かったのでまあいいか。

実際問題、こういう密入国をしようとする奴をAIが止めるのは。

むしろ、される側よりも。

する側の命を案じての事なのだろう。

この平穏で法治主義がしっかり機能している世界で生きてきたような奴が。

まともに法治主義が機能していないような場所に出向いて、神を気取ろうなんて。甘すぎてへそで茶が湧くという奴である。

そんなのでも、此奴は見捨てない。

不老の技術のおかげで、その気になれば何年でも生きられる世界だ。

どんな馬鹿でも長生き出来るわけで。

そしてそんな馬鹿でも見捨てない。

この辺りは。色々とガス抜きのために彼方此方で手を抜いていることを確信していても。このAIを尊敬できる要素の一つだと、私は思っている。

実際問題私はAIを嫌ってはいない。

まあ五月蠅いし、銃は撃たせてくれないけれど。

それはそれで別の問題だ。

自宅についた。

レポートも書き終わっているので、次の仕事を待つだけである。

どうせしばらくは似たような仕事を回されるのだろうし。

私としては、そのまま仕事が来るのを待てば良い。

昔の警察は、基本的に事件を事前に防止する事が出来なかったらしいが。

AIの場合は、恐らくは意図的にある程度ガス抜きを兼ねて事件を起こさせている。

だから警察は動くのがやたら早いし。

犯人だって逃がさない。

希に逃げている犯人もいるけれど。

それも本当に実力で逃げているのか怪しいものだと私は思っている。

横になって、SNSを確認。

例の密入国未遂の事は、既に話題になっていた。

「もうSNSのログは隠されてるけれど、交流があった奴の話だと、異常な自信家だったらしいぜ」

「ああ、聞いてる。 何でも、おれだったらこの退屈な世界を変えられるとかほざいてたとか」

「退屈なのは認めるが、人間の能力だと4000億もある星系を管理するの、どだい無理なんだよなあ」

「全くだよ。 無能な政治家が毎年スキャンダル起こしたり、権力闘争と政治を一緒にしているような輩が議席を埋めるのを見ていたいかって話だ。 どんだけ才能があろうとも、今の体制よりましな状況を作れるとは思えない」

なるほどね。

普段は祭が起きるとわいわい騒ぐ連中も。

こういう件に関しては、意外と冷静なんだなと思う。

まあ中には様子がおかしいのもいるが。

そういうのは静かにSNSから消えてしまう。

恐らくAIに、SNSの使用をストップさせられてしまうのだろうと思う。

さて、どうせしばらくは平穏だ。

私はあくびをする。

私は一警官。

黙々と犯罪を取り締まる。

それが仕事だ。

 

1、密入国のデメリット

 

個人で宇宙船を作ることが難しく、出来たとしても星間航行をするようなものが作りづらい今の時代。

密入国についてはほぼ不可能である。

それでも目論む奴は時々出る。

ロケットを作っている人間に対しては、AIは恐らく相当厳しく監視している。

ロケットが宇宙に出てから逮捕するのを基本としているようだが。

監視の結果、まだ銀河連邦に加入していない星に密入国しようとしていると分かった場合は、容赦なく逮捕する。

それが方針らしい。

私は宇宙港から、電車に乗って現地に出向く。

開拓惑星だった頃から、もう数年経って。静かな住宅街が並ぶ星となった場所だ。

開拓惑星だった頃にはわんさと群れていた山師はもういなくなり。

今ではすっかり治安も落ち着いている。

そんな中、コートを着て人殺しの目をして歩いている私は、何というか浮いていたが。別にどうでもいい。

町外れの方にある小さな工場。

勿論個人所有だが。

確かに小型のマスドライバとロケットがある。

此処か、今回の犯人がいるのは。

堂々と警備ロボットと、更には二機の警察ロボットを伴って工場に入る。周囲は既に警備ロボットで包囲されている。

犯人は、逃げられない。

私が敷地に入ると、マイクで増幅したらしい声が聞こえた。

「此処は私有地だ! 帰れ!」

「残念。 お巡りデース。 違法行為が発覚したので貴方を逮捕しに来ました。 抵抗したら撃つのでよろしく」

「……っ」

威圧的だったマイクの声が消えた。

そりゃあそうだろう。

なんでばれた、と今思ってるのだろうから。

本人の申告では、このロケットは惑星の周回軌道を回って戻ってくるためのもので。将来はレジャーとして会社を作ることを目的としていると言う事だった。

だがAIの調査により、このロケットに関してそもそも周回軌道を回るのでは無くて、別星系に何十年も掛けて向かうための色々な設備を組み込んでいる事が発覚。

十メートルちょっとしかないロケットだ。

この狭いロケットに、そんな機能を詰め込んで、十年だか十五年だか掛けて、四光年くらい離れている隣の銀河連邦に加入していない星系に行こうとしていたのだとすれば。何というかご苦労様というか。

いずれにしてもばれたのだから、もう終わりである。

すぐにロケットそのものを、警備ロボットが接収開始。

私は鼻歌交じりに、お供を連れて犯人を捕まえに工場の中に出向く。

薄暗い中、機械類が多数並んでいる。

こういう機械類は、昔は危険極まりなかったらしいが。今ではAIが規格を整備して、危険な機械にはならないように調整している。

周囲を見回す。

この辺りにはいないな。

そう考えて、奥に。

トラップとかあるかも知れないが。あった時にはその時はその時。

近場にはシールドを張る事が出来る警察ロボットもいるし。

多少の銃弾や矢くらいだったら、そもそも服の防御機能が防いでしまう。

奥に事務所があったが、内部にはいない。

そう判断して、敷地の方にいく。

資材が積み重ねられている一角を発見。

あそこだな。

そう判断して、のしのしと歩いて行くと。困惑したようについてくるロボット達。なんだ、AIはどうせもう居場所把握しているだろうに。此奴らとはデータリンクをしていないのか。

まあそれはそれでいい。

私は資材の中を覗きながら、らんらんと目を輝かせる。

「どーこだあ。 でてこい。 悪い子は頭から囓って食ってやるぞお……」

「ひ、ひいっ!」

分かりやすい奴。

飛び出してきた其奴を見つけて、私は大股で歩いて追いつくと。すぐに襟首を掴み、なおかつ地面に組み伏せた。

地球人の男性である。私より背丈が数センチ上か。

だが鍛えている様子は無い。

重心のかけ方とかで、簡単に相手は抑えられるし。

私は犯人を撃つための努力を一切欠かさないので、素の出力が違いすぎる。要するに、鍛え方が違う、というやつだ。

そのまま後頭部にショックカノンを押しつけると、犯人は悲鳴を上げてもがく。

「ま、まってくれ、抵抗しない、抵抗しないから!」

「今逃げたじゃん。 抵抗だろ」

「ち、ちが……」

「撃とう」

ばん。

そう口で言うと、犯人は恐怖が頂点に達したらしく、気絶した。

なんだつまらん。

AIが、苦言を呈してきた。

「また貴方はやりすぎですよ」

「撃たなかったんだから褒めてほしかったけどなあ。 逃げた時点で後ろから撃っても良かったんだけど」

「いや、それは抵抗には当たらないので……」

「この頑固ちゃん」

そりゃあ警察の研修でそれが抵抗には当たらないことは分かっているし。そもそも逃げようにも警備ロボットが工場の包囲は済ませていた。

だから撃たないで正解。

私も分かっていて脅しただけだ。

まあ恐怖を感じていたのだから、それでいいか。

たっぷり恐怖を摂取して元気はある程度回復した。

ここんところ退屈で死にそうだったので。

こうやって新鮮な恐怖を摂取できたのは実に有意義だったとも言える。

とりあえず、聴取は今回も参加出来ないが。

この星の署に連行されていった犯人が、聴取される様子は見る。

AIに私は、署内廊下の壁に背中を預けたまま言う。

「犯人、逃げたら私が即座に現れて撃つって言ったら口が滑らかになるんじゃない?」

「貴方は本当に他人の恐怖が好きですね」

「うん悲鳴大好き」

「悪趣味ですね。 とりあえず、そんな事はわざわざ言わなくてもあの犯人は、充分過ぎる恐怖を既に貴方に抱いています。 署内に貴方がいると分かっているでしょうし、全てを喋るでしょう」

聴取室で、目を覚ます犯人は。

飛び起きると、悲鳴を上げて。それから泣き出した。

なんだもう五十年も生きてるくせに。

肉体年齢を十四で固定しているからといって。

まあ涙もろさは人次第か。

「な、なんだよ、なんだよ彼奴! あの警官、なんだよ!」

「噂の狂人警官です」

「ひいっ!」

「貴方はその狂人警官を差し向けられるくらいの犯罪を犯したと言う事です」

そうすると、完全に真っ青になって黙り込む犯人。

そこから、聞いていない話が為される。

「では、顧客について話してください。 口頭でのみ貴方が約束していることは知っています」

「も、もし喋ったら、もう客は来なくなる!」

「どちらにしても、貴方の犯罪はかなり重く、今回のケースだと三十年から五十年は刑務所から出られません」

絶句して、口から魂が出そうになる犯人。

そういえばこいつ。

実際に密入国がどれくらいの刑期になるか調べていなかったのか。

まあ犯罪者が用意周到かというとそうでもないわけで。

昔よくあった通り魔という犯罪の場合は、十中八九衝動でその場でいきなりやるのが多かったそうである。

こいつも、単に頼まれて星間航行ロケット(もどき)を造っていたのかも知れないし。

だとすると、重い罪ということくらいしか分かっていなかったのかも知れません。

「きちんと話せば、ロケットとマスドライバ以外の設備は此方で保全しておきます。 また、貴方をそそのかした犯人はより重罪になりますし、もしも犯人が貴方を害そうとする可能性がある場合は保護します」

「……」

「それともご親友ですか? ご親友を売りたくないとか」

「ち、違う、そうじゃない……」

しばししてから。

ロケットを作っていた男は吐いた。

「私のロケットを、あの人は褒めてくれたんだ」

 

さて、そそのかした犯人の所に出向く。

とはいっても、AIはとっくの昔に犯人を知っていた様子で。既に警備ロボットが家の周りを囲んでいた。

家にいることも確認済みである。

終わり。

チェックメイトだ。

「ドア、ぶち抜いていい?」

「駄目です」

「えー。 凶悪犯でしょ?」

「兎に角駄目です」

口をとがらす私を横目に、警備ロボットがドアを焼き切る。

家の中はしんと静かで、他人をそそのかして邪悪の限りを尽くそうとしていた極悪犯の住処とは思えなかった。

まあいいや。

とりあえず踏み込む。

そして家の中に入って、妙な臭いに気付いた。

ああ、なるほど。

やりたいことは分かった。

ずかずか奥に入り込むと、荒い呼吸をしながら、犯人がいた。

地球人より少し小柄で、しかし筋肉質な種族。コープル人だ。

額に触覚がある以外は地球人と見かけはあまり変わらないが、身体能力がなんか特別な筋肉のおかげだとかで五割増しくらいあるらしい。

そのコープル人は、何かスイッチを手にしていて、凄惨な笑みを浮かべている。

無駄だっていうのに。

「ち、近付くな! 今此処は、爆破性のガスに満ちている! このスイッチを押すと、周囲の家ごと爆破するぞ!」

「ふーん」

「ふ、ふざけるな! 本気だ!」

「やってごらん」

私の言葉を挑発と受け取ったのだろう。

まあ挑発だし。

完全にやけになっているコープル人は、スイッチを押し込む。

そして、何も起きなかった。

「警備ロボットの性能を舐め過ぎなんだよ。 そのガスならとっくに中和されてるのでよろしく」

「……」

「で、今のは抵抗と判断。 撃つわ」

数回、ショックカノンを打ち込む。

恐怖の表情は、すぐに無になった。

あー、すっきり。

ことが露見して。何もかも自爆しようとして。それすらも上手く行かなかったその表情。実においしかった。

恐怖こそ我が糧。

恐怖こそ我が喜び。

というわけで、とても美味しかったので満足だ。

それに何よりも、ショックカノン撃てたのが嬉しい。

犯人が引きずられていく。

これでバラバラの死体を回収していくのだったらなお良かったのだけれど。残念ながら気絶しているだけである。

「ばらばらにしたかったなー」

「殺意が高すぎますよ篠田警部」

「うん。 知ってる」

「認めないでください」

そんな事言われても事実だしなあ。

とりあえず、次の聴取は署の人間がやるらしく、私は参加しないそうである。

それに、署に戻ってレポートを作っていると、周囲から恐怖の視線が飛んできている。

やはり狂人警官の噂は広まる一方らしい。

宇宙とは言え意外と狭いものなのだなあ。

そう思って苦笑も隠せない。

まあいい。

レポートを仕上げると、軽く状況を調査する。

他にも顧客がいた可能性はある。だけれども、この状況を見る限り、顧客はあいつひとりだけだったようだ。

こういう場合、刑期は更に長くなるらしい。

他人をそそのかしてロケットを作らせ。

場合によっては罪をなすりつけるつもりだった。

そういう場合になると、刑期も百年は軽く超えるそうだ。

まあ何というか、その間性格改善セラピーだか洗脳だかを受けるのか分からないけれども。

まあいい。

自業自得だし。

本来、裁かれなければならない相手なのだから。

さて、聴取の様子を見るか。

私がいないと見るや、あのコープル人は居丈高に急になったが。もしも反抗的な態度を取る場合、私を喚ぶと気弱そうな警官が言うと。途端に青ざめて、口が軽くなった。

なんだ私。

そんなに怖かったのか。

まあいいや。

とりあえず、聴取の様子を見る。

やはり此奴も、密入国をして神になる事を目論んでいたらしい。

なんでそう上手く行くと思い込めるのか。

まあ此奴の場合、熱心な歴史シミュレーションゲームのマニアで。相当にディープな政治闘争を体感できるゲームをやり込みまくっていたらしい。

とはいってもゲームそのものが好きなのでは無く。

趣味として、神としての統治をする下準備として練習をしていたというのだから筋金入りである。

ゲームのマニアに謝れと言いたくなる所だが。

まあ私としては。此奴が恐怖を私に差し出し。

そして何より私が銃を撃てたのだから。

これについてはもうどうでも良いこととする。

「神になりたかったのかね」

「そうだ。 そうは思わないか」

「いや、今の生活に満足しているからね」

「家畜が。 そんなことだから、AIの使い走りで満足出来ているんだ」

警官は涼しい顔である。

そういえばこの警官。

見かけは結構若いが、実年齢は数百年とある。寿命が本来はかなり短い宇宙人なので、余計に達観しているのかも知れない。

「銀河連邦に所属する前の星の実情を君は知っているのかね。 結局富の格差がどうしても是正できず、どう頑張っても社会は奴隷で満ちていたんだよ。 今の時代は人間が人間を支配しておらず、それどころかAIは君のような犯罪者も公正に裁いてきちんと人権も認めている。 私は君がどう思おうが、今奴隷として扱われているとは感じないし、使い走りだとも思わないよ」

「……」

「君は他人を見下していたようだけれども、仮に君が密入国を成功させたとしても、上手く行くのは最初の内だけだ。 すぐに何もかもむしりとられて路頭に迷って、君が言う奴隷の本当の意味を嫌でも思い知ることになる。 未開惑星なんて侮っている時点で君が失敗するのは確定だ。 此処で捕まっていて良かったね」

コープル人はぐうの音もでなくなったらしく。

もう以降は、何も言わなかった。

なんだ、結構出来る奴がいるじゃないか。

むしろ感心して、私は聴取のデータを見終えていた。

いずれにしても、後はレポートを幾つか作ったら終わりだ。

淡々とレポートをやっていると。AIに言われた。

「真犯人ですが、刑期は166年となりました」

「初犯でそれは随分と長いね」

「非常に重罪なので。 殺人の場合は更に桁が一つあがりますが」

「自分より下の「未開人」が相手なら何でもやりたい放題、という思考は一体何処からくるんだか……」

ぼやくが。

そういう思考は古くから珍しくもないそうである。

文学などでも、そういう嗜好がブームになる事はよくあるらしく。

地球でもそういう文学がブームになった時代は、その手の代物が雨後の竹の子が如く量産されたのだとか。

ハア。まあいいか。

私はいずれにしても、とりあえずそういう嗜好は分からない。まあそれを否定はしない。犯罪を実際にやらなければ、撃ってはいけない相手だ。犯罪者だけだ。私が撃って良いのは。

ああ、恐怖してくれる分にはかまわない。

私を怖れてくれるのなら、それは上客。

撃たせてくれればなお素晴らしい。

それだけである。

いずれにしても、あの犯人にはもう興味を失った。

百六十年も後に私が生きているかは分からないし、生きていたとしても覚えているかどうか。

地球人はこの不老の時代でも、千年も生きると飽きるらしく。

殆どの場合は、百数十年で安楽死を選ぶという話もある。

その時には、私はどうなっているのだろう。

変わり種としてまだ生きて、警官をやっているのか。

もし警官をやっている場合は。

その時は多分、私は伝説の狂人警官として、名前も知られまくっていることだろう。

もしもそれが抑止力となるのなら。

それはそれでいい。

私が歩いているだけで恐怖する奴が出るのなら。

それはなおさらいい。

ふふふと笑うと、レポートを書き終える。

そして提出すると。

帰路についた。

帰路で、AIに話を聞く。

「続けて密入国未遂が出たけど、ああいうのって年にどんくらい出るの?」

「それなりの件数は出ます。 ただ密入国に関しては実際に起こした場合の惨禍が尋常ではないので、すぐに取り締まりますが」

「ふーん。 普段みたいに泳がせないのか」

「……いえ、別にそんな事はしていませんが」

うそつけ。

内心で呟くと、宇宙港で輸送船を待つ。

輸送船が来たので、さっさとまっすぐ帰路につく。

お土産とかもあるが。

人間同士の関わり合いが希薄になっている今の時代は。

別に必要のないものだ。

あれは職場の同調圧力でかわされていたものだという話を聞いたことがある。いずれにしても、隣のデスクに座っている奴と交流をしない今の時代では、必要はないと判断して良いだろう。

輸送船の中も静かだ。

それぞれの客用に個室が用意されていて。

更に音が漏れることもない。

AIによる監視も、プライバシーが他人に侵害されることはない。

この静かな空間こそが。

多分多様性を確保するには、最大の要件なのだろう。

あくびをかみ殺す。

「寝る。 最寄りになったら起こして」

「たっぷり恐怖を摂取しておなかいっぱいですか?」

「まあそんなところかな」

「分かりました。 環境を調整します。 レポートも今回は片付いていますから、寝て

お過ごしください」

頷くと、用意されている寝台に転がる。

地球人用としてはちょっと大きめだが、まあいいだろう。

環境を適切に調整してくれたので。

すぐに眠る事が出来ていた。

 

そいつは銀河連邦に所属していない「未開惑星」に降り立つと、神を名乗った。

そして「奇蹟」を見せて、崇拝しろと周囲に迫った。

だが、あまりにも。

知的生命体というものを舐めていた。

自分に向けられている視線が、崇拝などではなく。

隙を見せるのを伺う猛獣のものだと、気付けていなかったのだ。

寝込みを襲われ、すぐに其奴は殺された。

神となのってたった三日。

こんなに短い神の在位も珍しいだろう。

後はその神が持っていたオーバーテクノロジーを使って。

「未開人」は「未開人」らしく、凶暴で獰猛な殺戮を繰り返し始めていた。

そこに、本物の神に一番近いAI制御の警備艇が降り立つ。

そして時を止めた。

本当に時間を停止できるのか。

私は警備艇に乗りながら驚いたが。警備艇から様々な技術を駆使し。オーバーテクノロジーの回収と、神関係の記憶の消去を全てやっていく手際には舌を巻いた。

作業が終わったときには。

その星から神の記憶は全て無くなり。

オーバーテクノロジーの産物も。それが使われた痕跡も。全て消し去られていた。

ぼんやりとみていて、ふと気付く。

これはひょっとして、過去の地球で起きた事では無いのか。

過去の地球に、こんな感じで神になろうと「未開人」の所に降り立った馬鹿がいて。

あっと言う間に殺された。

AIはその頃はとっくに銀河連邦を作っていて。

対策もマニュアル通りにすぐに行った。

時間まで止められるのなら、このくらいの後始末は簡単だろう。

まあ何というか。悲惨な話だ。

馬鹿は存在していた痕跡すらなくなり。

ただ無駄にたくさん人が死んだだけなのだから。

目が覚める。

最寄りの宇宙港が近いということだ。

なんだか、馬鹿が犬死にする夢を見た気がする。大あくびをした後、降りる準備をするが。

夢の内容を覚えていないことが。

どうしても、気になって仕方が無かった。

 

2、他の形の密入国

 

しばらくはレポートと訓練ばかりだったが、不意に仕事が来る。ダイソン球から輸送船を乗り継いで、850光年ほど行く。途中で何度か宇宙港によったが、かなりの長めの旅である。

今回の事件については、出立時点では聞かされていない。

と言う事は、結構面倒な案件だな。

そう思ったが。

AIは、とりあえず降りる宇宙港を指定しながら言う。

「今回はちょっとばかり特殊なお仕事をして貰います」

「何、殺し屋? 汚職警官とか消すとか?」

「いや違います。 どうしてそう貴方は物騒な事ばかりを考えるのですか篠田警部」

「元からこうだよ」

それ以外には何も無いので胸を張る。

呆れながらも、AIは順番に説明してくれた。

「実は一般公開されていない極秘情報です。 千二百年ほど前の事なのですが、密入国が上手く行ってしまった事があります」

「ほう。 それは大事件だ」

「犯人は逮捕し、痕跡などは全て消したのですが、一つ問題が発生しました。 テクノロジーなどを全て消去はしたのですが、犯人が持ち込んだテクノロジーが数百人規模の大量殺人を引き起こしたのです」

まあそうだろうな。

そうとしかいえない。

数百年文明規模が違うだけでも、武器の性能はあまりにも桁が違うものになる。

ましてや億年単位で違えばどうなるか。

まあそんな事は、馬鹿でも言わなくても分かる事だ。

それで、と続きを促すと。AIは説明をしてくれる。

「今回は逆に持ち込まれたものについて、調査をして貰います」

「うん? 逆?」

「はい。 その密入国者は、すぐに逮捕されたのですが。 逮捕された時に、密入国したまだ当時は星間文明になっていなかった文明のものを持ち帰っていました。 すぐに返還しようにも、持ち主は命を落としてしまっていて」

「はあ、なるほど……」

更には厄介な事に、つい百年ほど前の事。

その文明は銀河連邦に「仮」加入したという。

まあ以降は銀河連邦で特に問題も起こしていないという事だけれども。

此処で問題なのが。

千二百年前に起きた不幸な事件である。

「そもそもどうして通したのさ」

「あらゆる悪条件が重なった結果です」

AIはさらりと言うが、どうも此奴は犯罪者すらも掌の上で転がしている節がある。

ガス抜きのために、悪が必要だと考えているから、だろう。

だからこそに、そんな犯罪者を恐らくだが敢えて逃がした。

ひょっとすると、星間国家からそうでは無い文明に下手に技術が持ち込まれた場合。

どんな惨劇が引き起こされるのか。

それを知るため、だったのではないのだろうか。

私の先祖がくらしていた地球は、二万年前に銀河連邦に加入したが。

その時だって、散々すったもんだが起きたのである。

定期的にこう言う大規模犯罪者を敢えて野放しにして。

実際にどれだけの惨劇が起きるのか、分かりやすく示しているのだとしたら。

此奴は食わせ物なのはしっていたが。

それにしても、ちょっと悪辣では無いかとも思う。

それともだが。

それくらいではないと、知的生命体とか言うカスどもを制御するのは無理と判断しているのだろうか。

もしそうだとすると、私としてはごもっとも、としか言えないが。

いずれにしても、どうして今、と聞くと。

更にげんなりする答えが返ってくる。

「地球と同じです。 最近までAIによる政治管理などに対しての反発が大きく、銀河連邦に組み込んでその仕組みを甘受して貰える状態ではありませんでした」

「はー、なるほど」

地球でも、確かかなりの長期間色々な反発が起きたし、デモの映像は今でも記録資料として残っている。

おかしな話だ。

銀河連邦が来た時には、地球の資源は様々なものが枯渇してしまっていて。

それでも一部の既得権益層は自分の財産にしがみついて、殺しも含めたあらゆる手段でそれを守ろうとしていた。

また制御が効かない思考の人間は暴走を繰り返し。

エゴのまま、自分の思い通りになる奴隷を作り出し。

それをこき使って、更なる資産を蓄えようとしていた。

銀河連邦が来なければそのまま地球は滅びていただろう。

銀河連邦が来た後も、特に既得権益層は自分の資産を奪われる事に激しい抵抗をして、「民衆」を必死に煽った。

まあその辺りの犯罪の証拠を全部ばらまかれた結果。

既得権益層は文字通りなぶり殺しの憂き目にあったらしい。

血塗られた過去の歴史だ。

推定無罪の原理や法治主義を歌いながら。実際には法治主義など機能していなかった地球の昔話。

それが、今問題になっている星でも丁度起きていて。

やっと落ち着いた所、というわけだ。

「それで私は何をすれば?」

「取得物については、今色々と精査しています。 それをこれから、子孫に返還することになります。 その際に見張りをお願いします」

「見張りねえ……」

「此方でも最大限の注意は払いますが、人間の悪意には限度がありません。 どのような手を使って、資産を得ようとするか分かりません。 今の時代に生きている人間は、はっきりいって悪意に対する抵抗力が低く、貴方ほど図太くはありませんので」

そっか。

それは私が同僚を見て線が細い、と思うのと同じと言う事か。

そして私くらいでないと。今から資産の返還がどうのこうのという事で来ている連中には対応出来ないと。

何とも嘆かわしい話だ。

勿論AIは地力でどうにでも出来るのだろうが。

仕事を与えるという意味でも。

人間にも、ある程度噛ませる必要性があるのだろう。

いや、本当にそうか。

私は少し考えて、なる程と思い当たる。

狂人警官呼ばわりされている私と互角に邪悪なやりとりをする人間の姿を見せることによって。

未開惑星に降りれば神になれるとか言う妄想を、打ち砕く意味があるのか。

記録資料としても有用と言う事なのだろう。

まあその辺は推察だが。

この推察。

高確率で当たっているはずだ。

まあいい。

それはそれで私も面白い。

最近はなまっちょろい相手ばかりで飽きていた事だし。こういう楽しそうな相手と接触するのは良い事である。

程なくして、宇宙ステーションに着く。

此処は星系に所属していない、銀河系そのものの重力によって移動している宇宙ステーションである。

基本的にまだ銀河連邦に所属しておらず、これから所属するような星に対しては、こういう軍事基地が近くに作られていて。

大型の戦艦などが此処から離発着する。

軍時代があったので、私にもそういう知識がある。

とりあえず円盤型をした巨大な軍事基地に降り立つ。球体で作るとコストがもの凄いらしくて、円盤型がマストらしい。

どの道被弾する確率とかは考えなくても良い。

宇宙空間では、基本的に攻撃は当たるのである。

古い時代のボタン戦争よりも更に極端で。

だからこそ、圧倒的な防御力が銀河連邦では発達した。

要するに相手に存在を把握され、攻撃されてもびくともしない。

そういう設計なのである。

警備艇ですらそうなのだから。

こういう大型軍事要塞を兼ねている宇宙ステーションはなおさらである。

なお全長400000メートルという巨大な円盤であり。

輸送船が豆粒のようである。

こういうのは、不要と判断した寿命が短かったり不安定だったりする恒星を材料に作っているらしい。

いずれにしても、難しい事は良く分からない。

ともかく内部に降り立つ。

戦艦がずらっと並んでいるのは壮観である。

また、この軍事要塞はその気になれば地力で移動する事も出来る。

仮に他の星間文明との戦争になった場合、これは前線に出て敵と戦う事になるのだろう。

この大きさである。

動力炉などの出力は戦艦の比では無い。

さぞやとんでもねえ攻撃が敵に叩き付けられる事だろう。

ぞっとしない。

私は内部を移動する。

これだけデカイと、生半可な星の衛星より遙かに大きいので。内部には空間転移のシステムもある。

だが宇宙港から電車で行ける範囲内で、今回の引き渡しは行われるらしい。

まあそれならば、別に良いだろう。

周囲にはいつもよりも多く警備ロボットが行き交っている。

それだけで、私にも状況はよく分かる。

目的の部屋に移動。

さて、相手側がぞろぞろと入ってきた。

人間より一割ほど大型で、額に第三の目がある。資料を見ると、クプール人という種族であるらしい。

ちなみにだいたいの場合。「〇〇人」というのはほぼ例外なく「地球」とかの自分が住む星や、「大地」とかを指す現地語である。

十人ほどがいるが、どいつもこいつも目つきがよろしくない。

ああなるほど。

周囲には人間も控えている様子が無いが。何となく状況は分かった。

今、銀河連邦に加入する調整をしているのだろうが。

それでもまだまだ、昔の地球人のように宇宙で大暴れしてやろうと考えている輩がいるという訳だ。

そういう意味では。

今回はテストケースなのかも知れない。

「此方の部屋にどうぞ」

「我等の神に等しい秘宝だ。 それに、奪われた事によって数百万の命が失われているのだぞ。 相応の保証はしてくれるのだろうな」

「そのような事実はありません」

「なんだとっ!」

人間に似た種族だが、頭から角が出た。

どうやら激高すると、角に似た器官が伸びるらしい。

資料を見ながら、面白いなと思った。

まるで地球の伝承にある鬼のようだ。

三ツ目というのも、古い時代の地球では、良く用いられたモチーフだという。

それらを考えると、実に面白い。

「略奪者の分際で、随分と偉そうだな! 許しがたい行いだ!」

「そろそろ出て貰えますか?」

「うい」

そのまま、十人ほどいるクプール人達の部屋に出向く。

私を見て、鼻白んだらしい。

なるほど、何となく分かるか。

今までクプール人と接しに来ていた外交官とかとは、違う相手だと言う事は。

「さて、この返還するべき秘宝についてですがね。 此方の映像をどうぞ」

「……」

周囲の映像が出る。

そして、犯人が「財宝」を奪っている様子や。

その後犯人が残したテクノロジーにて、殺し合いが起きる様子が描写された。

特筆すべき点は幾つかあるが。

まずこの「財宝」。

別に宗教の神体でもなければ、貴重品でも無かったという事だ。

価値観なんぞ人によって違っている。

この密入国者には貴重品に見えた。

クプール人にとっては、ただの工芸品だった。

それだけである。

「略奪が行われたのは事実ですがね。 これはただの工芸品。 神体でもなければ、貴方方の星における貴重品でもない。 更にテクノロジーを巡っての殺し合いの被害者は数百人だ。 流石にちょっとばかり歴史修正が過ぎるのでは?」

「だ、黙れっ! こっちは被害者だぞ!」

「被害者は事実でしょうが、これもまた事実。 過大な要求には応じかねる」

喚きながら飛びかかってきた血の気が多そうなのを、私は即応して撃った。

気絶する其奴。

私の早撃ちを見て、それ以上動けなくなる他のクプール人。

角が伸びきったままの首領らしいの。

私は鼻で笑った。

「此方は貴方方の歴史を全て映像に収めている上に、個体事の思考パターンも全て把握しているんですわ。 要するに貴方方よりも貴方方を良く知っている。 確かにこれは略奪されたもので、貴方方に返さなければならない。 だけれども、それで貴方方の過大な要求を飲むわけにはいかない」

「お、おのれ……!」

「まったく強かなことだけれども、いずれにしても特別扱いはできないので、当然そのつもりで。 それとこの行動で、貴方方が銀河連邦に本格的に参加するまではまだ時間が掛かるとAIは判断するでしょうね」

「……私を引き合いに出すのは感心しませんが、まあその通りではあります」

AIが苦々しげに言う。

何か怒り狂って喚き始めた奴がいるが、残念ながら声がこっちに届かない。

そういえば交渉が上手く行かなくなりそうな場合、わめき散らして相手を威圧するテクニックがあるらしいが。

こっちが涼しい顔なのを見て、更に相手は激怒した。

角を伸ばしたのが、数人同時に襲いかかってくるが、それを全て即応して撃ち倒す。

その速さを見て、残りは流石に二の足を踏んだ。

「これ、出力絞ってる状態だから、そこはよろしく。 その気になれば殺す事は容易なので」

「お、おのれ侵略者っ!」

「犯罪者が馬鹿な事をしたのは事実で、それによって所有権が面倒な事になった文化財があるのも事実。 だけれども、過大な要求はのめないし、代表者である貴方たちがそんな有様では、銀河連邦に本格加入は遠いかなー」

「ゆるさん……ゆるさんぞ……!」

代表者らしいのが、そのまま周囲に気絶したのを担ぐように指示。

そして戻っていく。

私はふーんと呟きながら。

まあ撃てて満足だったので、それでいいとする。

「お疲れ様でした、篠田警部」

「ありゃまだ銀河連邦に入るには早いでしょ」

「その通りです。 ところがSNS等で民意を見ると、クプール人に早く相応の対応を、等という運動が起きていましたので。 今回の映像は全部公開します」

「はあ。 民意とやらもまた面倒だねえ」

まったくと、AIはぼやく。

そういえば民意とやらは、古くから悪用ばかりされてきた歴史があるのだっけ。

さっきのクプール人達も、恐らく国に戻って嘘八百を伝えるのだろう。

だが、当然AIは先に手を打っている筈。

会見での醜態や。

実際に起きた事実などが、映像として全クプール人に公開されるだろう。

とはいっても、それでも納得はしまい。

恐らくまだ数百年は彼らが銀河連邦に本格加入するには掛かるだろうな。

そう私は思った。

それにしても、だ。

汚いなんかよく分からない工芸品を見る。

警備ロボットが片付けていったが。

これがご神体で、コレを巡って数百万人が死んだ?

事実とあまりにも違う話を作り出し。

半ばそれを自分でも信じ込み。

そして利権を得ようとする。

銀河系最凶最悪の名も高い地球人ほどでは無いとされているクプール人ですらこれである。

地球の時はどれほど大変だったのか。なんというか、AIには色々頭に来ることも多いのだけれども。

今回は流石に同情した。

いずれにしても、クプール人達はガチガチに守られた警備艇で戻される。

彼らの星は厳重な監視下にあり。

大規模な暴動とかが発生したら、すぐに鎮圧されるだろう。それも流血無しで。暴徒全員を気絶させるくらいAIには簡単だし、危険物が作られていたら即座に察知して回収してしまう。

地球の時も同じ事が行われたらしく。

最強の軍と言われていた米軍とやらが、三日で何もかも消滅したのを見て。他の国は勝ち目がないと悟ったらしい。

此処でも規模は違えど、同じ事がおき。

そして百年以上は安定しまい。

人間というか、知的生命体というのはそんな程度の存在だ。

私は事件を通じて、それを思い知らされていた。

いずれにしても、もう仕事は終わり。

私がこれからやるのはレポートである。

部屋を用意されたので、そこでレポートを書く。

とはいっても、私が書くのは一部だけ。

AIに回されたごく一部のレポートに手を入れるだけだが。

「篠田警部、撃つ事が出来て楽しかったですか?」

「殺意全開で来る相手は久しぶりだったから楽しかったけれど、どうして気絶で済ませたの?」

「また分かりきったことを。 彼処で殺していたら、大規模暴動が発生していたのは確定ですよ」

「どうせ帰った彼奴らがある事無い事吹聴して、暴動になるんじゃないの?」

暴動は起きるだろうが、それはないそうだ。

もうクプール人は、ごねてみせればこっちが折れるとは思っていない様子で。

最後の賭で、一番危険な連中を寄越したらしい。

今回来たのも、旧既得権益層出身で、もっとも性格が悪い連中だったらしく。

それで何かしらの譲歩や、銀河連邦での地位が得られるのでは無いかと言う期待があったそうだ。

だが、けんもほろろの扱いを受け。

そして全部事実を暴露されてしまった。

多分クプール人の中にも、アレがただの骨董品の文化財であること。ご神体などではないこと。

残されたテクノロジーを巡っての争いで、数百万人なんて死んでいないこと。

それらは理解出来ている者はいたのだろうが。

だがそれらを抜きに。

自分に都合が良い環境がほしかったのだろう。

だから自分の手を汚さず。

もっとも獰猛な連中を送り込んで様子を見た。

そういうことだろう、というAIの分析だった。

まあそれについては私も何となく同意できる。あの連中、あからさまにおかしかったし。逆に言うと、そういう連中はクプール人の中でも減っているのかも知れない。

そして今後、もっと減らしていく予定なのだろう。

レポートを書き終える。

次。

黙々とレポートを書いていると、AIが知らせてきた。

「最初の暴動が起きました。 五分ほどで鎮圧しました」

「お疲れさん」

「暴動というのは初期消火が重要です。 鎮圧の際には全員を気絶させています。 また暴動を煽った者についても、すぐに逮捕しました」

「……そう」

やっぱり此奴、普段は手を抜いていやがる。

それは思ったが、口にはしない。

レポートを仕上げる。

コレが終わったら、一旦戻る。

一段落した所で、じっと手を見た。

今回殺意を全開に襲いかかってくる相手を撃てて、とても楽しいはずなのに。何か不愉快である。

撃つのじたいは楽しかった。

実に面白かった。

数人も撃てた。

不満があるとしたら、理由は何だろう。撃ってバラバラに出来なかった事だろうか。

うーむ、どうもそうとは思えない。

連中が木っ端微塵になった所で、より楽しかったかというと。いやそれはそれで楽しかっただろうが。

この何とも言えない不快感は来ただろう。

しばらく考え込みながら。

きちんとレポートもこなして行く。

休憩を打診されたので、軽く休む。あくびをしながら、ベッドでSNSを見る。クプール人との会見については、SNSで全域に中継されていた。

「すげー凶暴な会見だな……」

「この会見に来てるの、あの狂人警官だろ。 銃の引き金軽っ……。 怖……」

「それよりもクプール人だよ。 この凶暴さどうだよ。 それにこの怒鳴り散らすやり方、確か古い時代の交渉のテクニックの一つだろ。 幼児がだだをこねてるのと同じじゃねーか」

「誰だよ此奴ら銀河連邦に加えようって言った奴」

おうおう、またまた随分な。

私は苦笑いしてしまう。

こいつらだって、銀河連邦に加わるときは散々悶着があった筈だ。それを棚に上げて好き放題言っている。

やっぱり人間は駄目だな。

私は、もう一つあくびをしながら、醜態をさらし続ける連中を見てほくそ笑むのだった。

 

3、密入国駄目絶対

 

要塞から戻って、自宅に着く。

自宅に戻った頃には、もうクプール人関係の話は、SNSで見なくなっていた。まあ娯楽としては刺激に欠けるし。

何よりあの手の怒鳴り散らす光景は、見ていて面白いものでもなんでもない。

はっきりいって不愉快だし。

話題になったのは少しだけ、ということだ。

とはいっても、そういうのに対応する者が必要なのも事実。

私がわざわざ引っ張り出されたと言う事は。

つまりそういうことだ。

全く、兎に角人が悪いな。

私は貰った休日をあくびして消化しながら思う。

人以上にこのAIは人が悪い。

合理的主義の権化ではあるが。タチが悪いことに知的生命体というものを此奴は知り尽くしている。

だからガス抜きのために色々やっているし。

私みたいな真っ黒に近いグレーのヒールを飼ってもいる。

人間全てに愛情を注ぎ人権を認めていると言えば聞こえはいいが。

与えてもどんどん要求はエスカレートするだけ。

此奴はそれを知っている。

故に時々、引き締めを行っているのだ。

寝るのにも飽きたので、ジムに出向く。

ジムは近くにいくつかある。なんなら仮想現実でも実際に体を動かすのと全く同じ効果を得られる。

自宅でジムと同レベルの運動が行えるソフトも存在している。

だが、敢えてジムを使う者はいる。

そして私はそんな変わり種の一人だ。

黙々とジムで、走り込む。

走った後は、体を動かすための装置を順番に使っていく。

周囲の人影はまばら。

というか、こういう施設では基本的に他人と関わらないようにあらゆる工夫がされていて。プライバシーの配慮も厳重だ。

誰かが何処かを使っていた。

そういう噂は、あっと言う間に地球時代でも拡散していたらしい。

私の場合は狂人警官などと呼ばれるくらいの有名人ではあるので。

このジムの売り上げにも響くだろう。

もっとも、確かこういう店はAIが管理しているので。店に関わっている人間は、だいたいただ座らされて経理とかをしているだけだろうが。その経理もAIが二重チェックしているだけだろうし。何ならリモートで仕事をしているかも知れない。

軽く一通りの運動をした後。

締めに泳ぐ。

水泳は全身運動だ。

私としても、体を動かすのは嫌いでは無いので、さっさと泳いで筋肉をしっかり引き締めておく。

泳ぎ終わった後は、軽くシャワーで体を洗浄し。

そして自宅に戻った。

そのタイミングで、AIに言われる。

「クプールでの問題は、だいたい収束しました。 例の使節団はリンチにあって殺されかねない状態でしたので、此方で隔離しました」

「まあごねれば何とかなると思ってる連中だし仕方が無い。 というか手下にもそういうやり方を教えていたし、通じると思っていたんだろうね」

「随分と詳しいですね」

「これでも犯罪史は色々調べてるからね」

犯罪史は網の目をくぐる方法の歴史だ。

犯罪に手を染めるときに、人間は最も頭を使う。

その手段も様々。

単純な暴力を使うものから、法の隙間をつく奴。

両方を織り交ぜる奴。

様々だ。

はっきりしているのは、どれだけ人間が頭を使って不平等がない法を作ろうとしても、出来なかったという歴史的事実。

仮に作ったところで、悪人に利用されたという歴史的事実だ。

そして人間は。特に地球人は、その悪人を神聖視さえした。

ピカレスクロマンなんてジャンルが一定の人気を得ていたことからもそれは事実である。

いずれにしてもろくでもない生物だと言う事は、私も歴史資料から学んだ。

私程度でも学んでいることだ。

「それでクプール人はどうするの?」

「百年ほど掛けて銀河連邦でやっていけるように調整します。 百年で駄目ならもう百年、ですね」

「ああ、そうやって百年単位で様子を見ていくと」

「そういうことです。 もっとも最初の百年で上手く行く確率は7%にも満たないと判断しました」

まあ私でも無理だろうなと思う。

運動したので、腹が減った。

そう思うのと同時に、色々料理を出してくれたので、味わう事にする。

しばらく料理を堪能していると。

AIは更に言う。

「今回の対応はベストに近かったです。 篠田警部にしては、自分から手を出したり、挑発もしませんでしたし」

「ああ、それはね……」

水を飲んで、口に入った食い物を飲み込んでから答える。

流石に私も食い物を散らかすのは嫌だし。

地球人の思想で唯一好きなものは。食べ物で遊ぶな、というものである。

私も食べ物で遊ぶ奴は嫌いだし。

同類になるつもりは無い。

「放って置いても襲いかかってくるのが分かりきっていたからね」

「その辺りは勘で分かるのですか」

「まあ勘もあるけれど。 彼奴ら血に飢えてたし」

「……」

まあその辺りは、勘というか。

同類だから分かると言うべきか。

あれから調べた。

クプールでは、治安が劇的に改善し。更に政治をAIが見るようになって、政治家の腐敗が存在しなくなった。

一方で既得権益層は強烈な締め付けを受けるようになり。

各地で暴動やテロを扇動するも悉く上手く行かないという。

またクプール人も、侵略を受けたという意識を持っているらしく。

警備ロボットや警察ロボットに敵意を示すことが多いのだとか。

とはいっても、クプールも地球同様資源の枯渇寸前まで行っていて。更には核融合を兵器として使って全面戦争を起こす瀬戸際まで行っていた。

貧富の格差も末期の地球文明並みで。

その悪辣な状況は、さながら地球人を思わせた。

それを圧倒的に改善したのに。

侵略を受けたと不平を零すのは、私にはちょっと理解出来ない世界である。

とはいっても、侵略を受けたと思うのなら、それはそうなのだろう。

私には内心の自由に干渉するつもりは無い。

勝手に思っておけ、と思うだけで。

一緒になりたくもない。

そして、そんな状態で、侵略を受けているだの何だのと馬鹿を煽っている奴と言えば。だいたいどんな連中かは分かるし。

その手下になっているというだけで、どんなカスかも分かる。

それだけの話だ。

実際問題、話が上手く行かないと判断するやいなや、即座に襲いかかってきた有様だった。

私以外の警官だったら、警備ロボットが対応しなければならなかっただろう。

というか、なんで警官があんな交渉をしなければならないのか。

ああ、一応窃盗に当たるからか。

なんだかなあ。

頭を掻きながら、話を聞く。

「時にだけどさ」

「何でしょう」

「クプール密入国の犯人、まだ生きてるわけ?」

「いえ、もう人生に飽きて安楽死を選びました」

そうか。

本人がいるなら、ツラを拝んでやりたかったのだが。いずれにしてもはっきりしたのは、「未開人」に対して好きかって出来るかと言ったら大間違いだと言う事だ。それどころか、余計な面倒を散々に抱えることになる。

それが良く理解出来た。

食事を淡々と終える。

大変に美味しかったが、美味しいものばかりだと舌が肥えすぎておかしくなる。

だから次はもう少しまずくしてくれと頼むと。

私は次の仕事まで、ぼんやりと休む事にする。

それにしても密入国か。

調べていると、単語を見つけた。

大国の末端になるよりも、小国の頭になれ。そんな意味の地球時代の格言だ。古い古い格言であるらしい。

なるほど、古い古い時代から、地球人は思考が変わっていないと言うことか。

そして程度の差こそあれど。

他の宇宙人も同じようなものなのだろう。

私のように本能をむき出しにして、好き勝手に暴れ回っている方がまだ理性的ではないのか。

やはりそう思えてくる。

いずれにしても馬鹿馬鹿しい話だ。

寝る事にする。

私は仕事で疲れ切ったことは滅多にないが。

それでも、いざという時に動けないと困る事くらいは知っていた。

 

職場に出る。

レポートを書くように指示を受けたので、レポートをまとめる。

別の警官が対応した密入国未遂事件だ。

何というか、対応が後手後手に回っていてろくでもない。

これは下手をすると、密入国されていたかも知れない。

頭を掻きながら、内心で何をやっているんだよとぼやく。

まあ、警官によって能力の差は様々だ。私もレポートは正直得意じゃないし。数字の管理もあまり得意じゃない。

私の場合は荒事が大好きだし大得意だけれど、パーフェクトポリスなどではない。

多分昔の警察にいたら、始末書女王とか言われていただろう。

だから、この警官は現場仕事が苦手なんだなあと思いながら見ていく。

それだけだ。

レポートを仕上げた後、AIから指示が来る。

また密入国対策かなと思ったら、違った。

「シミュレーションルームにお願いします」

「前に私が犯人役やった時、相手トラウマ貰ってなかったっけ? いいの?」

「最近少し警官の線が細いと判断していたので、少しばかり荒療治を入れます。 実際問題、あのクプール人との交渉をシミュレーションで他の警官にやらせたところ、八十人中全員が上手く行きませんでしたので」

「はあ……」

線が細いと思うなら、もっと荒事の練習をやらせろよと思うのだけれども。

まあ此奴なりに考えての事なのだろう。

そもそも「狂人警官」である私が噂に(その噂もAIが流した可能性が低くないが)なるくらいである。

それだけ警官の絶対数が少ないので。

まあ仕方が無いのだろう。

シミュレーションルームに出向く。

私は密入国から帰ってきて、警官から逃げているという設定らしい。ショックカノンは貰えなかったけれど、その代わり銃を何でも選んで良いと言われた。

というわけで私は満面の笑みでショットガンを貰った。

地球時代にあった散弾銃である。アサルトライフルよりも、エイムに自信があるのでこっちのがいい。

警官が着ている(私もいつも使っている)服の防御能力を貫通できる代物、という設定で。

警官側はショックカノンを使ってくる設定での演習である。

周囲の風景が切り替わる。

宇宙港か。

ああなるほど、これは面白い。警官役は私の風体を知らされている、という状況だと判断していい。

そして私は密入国から帰ってきた凶悪犯という訳だ。

ならば、やることは一つである。

いきなり、至近距離にいる人間に対してショットガンをぶち込む。

頭が爆ぜ割れて、周囲の人間達が悲鳴を上げた。

ガションとポンプアクションで銃弾をリロードしながら、走りつつ周囲を確認。慌てた様子でショックカノンに手を伸ばす警官を発見。

明らかに不慣れだ。

遅い。

即座にショットガンをぶち込んで、体を穴だらけにしてやる。

血をぶちまけながら倒れる警官。

更にローリングしながらポンプアクション。

ショックカノンを撃たせたら終わりだ。

AIによる支援補正が掛かっている。

こっちは支援補正がない。

それだけのハンデがあってやっと勝負になると、AIは判断したのだろう。

更にもう一人を容赦なく撃つ。

警官役が一人だという話は一切聞いていないし。

警官をブッ殺した今も演習は続いていると言う事は、そういう事だ。

柱の陰に隠れようとした奴を即座に撃ち抜く。

リロード。

走り回る中、ショックカノンを受けて逃げ惑う宇宙港の一般ピーポーが倒れる。人質に取るのは無駄だが。

こうやって盾にするのは出来る。

即応して、誤射したアホを撃ち抜く。

頭を吹っ飛ばされたアホは、そのまま後ろ向きに倒れていた。

さてと、後は腰を抜かして震えているのと。頭を抱えて蹲っているの。それに逃げ惑っているのだけれども。

こいつか。

私は即座にショットガンで撃ち抜いた。

相手はなんでばれたと顔に書きながら、吹っ飛んで倒れていた。

シミュレーション終わり。

私の完勝、と言いたかったが。ショックカノンの誤射がなければ負けていたので90点。なお、AIの採点も同じだった。

「二人や三人では相手にならないだろうと思ったのですが……」

「あんなモヤシ、増やしても同じだよ」

「はあ。 では次は条件を変えます」

「警官の数は変えないの?」

それについては、増員するという。

そっか、まあ良いだろう。

次もショットガンを使う。本来だったらこんな武器、今の時代の警官には通用しないのだけれども。

今回は演習だ。特別カスタマイズされた銃を使っている極悪人が相手という設定だ。

そういえば、この間の頭トンチキなクプール人を再現したシミュレーションでも、警官達は対応出来なかったという。

それならば、これくらいの難易度のシミュレーションで、現実の恐怖を叩き込んでおくのが良い感じか。

次はまた場所が変わる。

歓楽街か。

警官側は犯人の特徴を知っていて、それぞれ別々の地点に飛ばされるという。こっちの居場所は分からないそうだ。

ならば此方も対応を色々とするとしよう。

そのままダッシュで店に入る。いわゆるブティックだ。

服の間を歩き抜けて、そのまま裏口にはでない。店番にショットガンを突きつけるとにっこり。

そして、ブッ殺した。

周囲で悲鳴が上がる。

シミュレーションでもこういう悲鳴はあがるということだ。

更に私は走りながら店を飛び出る。今の銃声と悲鳴で大慌てした警官達の気勢を先に崩す。

いきなり店を飛び出すと出くわした一人目の顔面を吹っ飛ばす。

リロードしつつ、もう一人の顔面に飛び膝蹴りを叩き込み、振り返り様にぶち込んでとどめを刺す。

ジグザグに走りながら、路地裏に。

おそらく相手は初期地点しか知らされていない。

そのまま走りつつ、慌てて店に走る人影に完璧な即応でショットガンをぶち込む。

ショットガンの弾はそこそこ離れていても充分な殺傷力がある。これはもうショットガンという武器が使われなくなった今だが、単に興味があって調べた事だ。どうやら再現されているらしい。

立て続けの銃声に、警官達は右往左往しているのが分かる。

路地裏から飛び出すと、更に別の路地裏に。そして先の路地裏を後ろから覗ける位置にいくと、耳が良さそうなのがもう来て、右往左往していたので。そのままヘッドショットをかます。

吹っ飛んだ其奴。

更に振り返ったもう一人がショックカノンを撃とうとするが、冷静にリロードして頭をミンチにする。

もう数人集まって来たか。

位置を変える。

更に、相手の動きを読みながら、一人ずつ確実に片付けていった。

今回も完勝である。

シミュレーション終了。故に歓楽街が消滅。

AIが呆れたように言う。

「迷いが微塵もありませんね。 シミュレーションとはいえ」

「シミュレーションだからね」

「貴方の場合は現実でも同じなのが面倒なのですが」

「分かってるじゃん。 シミュレーションだと物足りないから次いこう」

AIは、この方式だと人数を増やしても勝ち目が無いという。

そうなのかな。

まぐれ当たりとかいろいろあると思うのだが。

私だって、相手の防御力が貫けるショットガンを渡されているとはいえ。いくら何でもショックカノンが相手だと分が悪い。

今回のは単に相手の練度が低すぎるからどうにでもなっているだけで。

実際この先にどうなるかはちょっと何とも言えない。

小首を捻っている私に、AIは告げた。

「十八億年ほど前の話です。 いわゆる先時代文明の頃、銀河系は荒れに荒れていました」

「いきなり何の話?」

「……その頃には、今の時代には「夢のある話」とされるような宇宙海賊も暴れ狂っていましたし、貴方が大喜びしそうな犯罪も多くありました。 要するにAIに政治を任せず、人間が回していたからです。 その時代の人々は、AIによって公正な政治を行うよりも、むしろ既得権益を守ることの方が大事だったようです」

「はあ。 要は地球時代のアホ共がそのまま宇宙に出て来たような感じな訳ね」

だいたいあっているそうだ。

それはまた。

随分酷い時代だったのだろうなと私は思う。

それと同時に、そこで暴れ狂っていたら、伝説になっていただろうとも。

まあそれはいい。

個人的には不意に話が変わった事が気になる。

「それで、その過去の悲しい話がどうしたの?」

「……その時代は私はまだ政治権力を委託されていませんでしたので、多くの犯罪を防げず、記録することになりました。 その一つに、今でも未遂が良く出る「神になろうとした」犯罪者のものがあります」

「ほう。 十八億年前にそんなの上手く行ったケースがあったんだ」

「強大な武装を持って降り立ったので上手く行ったのです。 まあそれだけ軍も機能していなかったと言う事です」

なるほど、此奴が神経質なくらい密入国を防ぐ事に執心する訳だ。

まあ何が起きたのかは、だいたい見当がつく。

自分の感性を絶対正義と信じる無能なカス野郎が、自分が正しいと思う「先進的な政治」を現地の住民に押しつけ。

その挙げ句に自分好みの異性か何かを多数クローン技術か、それとも悪食にも現地の住民から見繕って。乱交にふけったのだろう。

指摘すると、その通りですと言われたので今度は私が呆れた。

なるほど、それでは確かに。

私の予想通りというわけだ。

「今回は貴方にその暴君に、鎮圧される側になって貰います」

「また悪役か……」

「貴方が鎮圧する側だとシミュレーションの難易度が爆下がりしてしまうので」

「分かったよもう」

次のシミュレーションまで数分かかる。

恐らく他の警官達に内容を説明しているのだろう。

私はさてどうやって迎え撃つかと考えていたが。

まあいい。

こう言うときに使う手は一つである。

周囲の景色が変わる。

原始的な石造りの宮殿に、無理矢理ウルトラテクノロジーをぶち込んだような場所だ。

周囲には洗脳されたらしい、目が虚ろな地球人に似た人間達。

そういえば収斂進化の結果なのか、性交で増える知的生命体は相当な数に上るそうで、その方法も似通っているそうである。

まあ、こういう星を蹂躙する時。

見かけが人間に似ていて、適当に文明が進んでいるのなら。

薄汚い欲求も満たしやすいと言うことだ。

頭の中で考えるだけならいいが。

実践したらただの外道である。

というわけで、外道になりきるとするか。

さっと手元のコンソールを触って、出来る事を確認。

ふっと鼻を鳴らすと、さっそく作業を開始。

警官隊が、犯罪者がこの星に乗り付けた宇宙船を爆破したらしい。まあそこまでは全然想定内。

実際の犯人はこれで取り乱して逮捕されたらしいが。

あいにくだが私は。

殺戮の権化だ。

そのまま警官達が警官ロボットと一緒に突入してくる。これだけ成熟し安定した文明でも、十八億年前の警官ロボットだ。だいぶ型式が違う。

そいつらが見たのは、呻きながら歩き来る現地住民。

困惑している警官達に。

現地住民の一人が飛びかかると、自爆していた。

警官ロボットがシールドで守るが、明らかに恐怖で警官達の腰が引ける。

ざっと見る限り、人数はさっきと同じ程度か。

なら余裕だ。

私は影に隠れると、今度はスナイパーライフルを使って、悲鳴を上げたり右往左往している警官達を撃ち抜いていく。

至近でどんどん現れる意識をうばわれている現地住民が、自爆テロをしてくる状況である。

線が細い、経験不足だとAIが嘆く警官達では、そのまま踏みとどまれないだろうし。周囲がどうなっているかも分かるまい。

それにしてもショックカノンの性能研磨をAIが進めた理由がよく分かる。

昔の警官は、これでは殉職率が尋常では無かっただろう。

今でこそ安定した銀河連邦だが。

十八億年前は、こんなにグダグダだったのか。その時代に産まれたかったか、残念ながらその頃には地球はカンブリア紀にすら突入していない。

三、四、つぶやきながら警官を仕留めていく。

スナイプされているぞ。

叫んだ警官の頭を吹き飛ばす。

必死に警察ロボットの影に隠れる警官達だが。

残念。

その警察ロボットも、どんどん自爆してくる現地住民への対応で手一杯だ。

たまりかねたのか、警察ロボットが警官に言う。

「発砲許可願います」

「馬鹿言うな! 相手は洗脳された現地住民なんだぞ!」

「そうしないと、対応出来ず貴方方は全滅します」

「だ、だけれど……!」

悩んでいる暇は与えない。

また頭を撃ち抜く。リロード。一人逃げ出す。その後ろから、正確に頭を撃ち抜いてやる。

うふふ。

此処まで綺麗に引っ掛かってくれるとこっちとしても気分が良いよ。

もしも前に、このシミュレーションのモデルになった犯罪者が。私と同じレベルの悪意を持っていたら。

躊躇なく「ハーレム」の要員をこうやって爆破テロに使い。

そして警官隊を道連れにしただろう。

そいつは逃げる事を優先したから、警官隊に射殺されたらしい。

いざという所で覚悟が決まっていないからそうなる。

もしも私が本当にそいつの立場だったら。

殺せるだけ殺してから、自分で死ぬ。

それくらいの覚悟はしてから、他人の世界に土足で踏み込むべきだと思うのだ。

事実今銀河連邦を回しているAIは、銀河連邦に宇宙文明に到達した国家を取り込んだ後は。

きちんと誰一つ脱落者を出さずに面倒を見ている。

私のようなサイコですら例外では無い。

その原動力となったのが、こういうまだAIが政治を全部見ていなかった時代にたくさん起きた邪悪な犯罪なのだろう。

それは、今理解出来た。

まあ理解出来たからといって。今の退屈な生活が変わるわけでもないのだけれども。

最後の一人を撃ち抜いて、シミュレーション終わり。

周囲の光景が元に戻る。

一旦休憩を入れるという。

まあそうだろうな。

実際今のでPTSDを喰らった警官がいるはずだ。

今はPTSDは治せるが。

それでも放置しておくわけにはいかないだろう。

ポップキャンディを咥える私に、AIは苦々しげに言った。

「私が政治の実権を握る前にも、貴方ほどの凶悪思想の人間はそうそういませんでした」

「そう?」

「はい。 悪意のレベルが一つ違います」

「そうでもないと思うけれどな」

私が地球の歴史を見る限り、地球人類の悪意は私と同レベルだ。少なくとも此奴の支配が入る前は。

まだ自主判断が出来ない子供を自爆テロや自分の思想の宣伝に使ったりする連中は幾らでもいたし。

自分の子供を使って金稼ぎをする親なんてそれこそ幾らでもいた。

金を稼ぐためにはどんな事でもした。

ライフラインを形成しているような物資ですら買い占め、それで人が大勢死んでも商売だからで済ませるような連中だったのだ地球人類は。

それで大量殺戮をした輩は逮捕もされない。

法治国家を標榜していながら、やはり放置国家に過ぎなかったのである。

そこには私と同レベルか、それ以上の悪意が満ちていた。

私なんか、はっきりいってそこにいけばひよっこだろう。

悪意の大先輩達にひれ伏すしかないと思う。

そう淡々と語ると。

AIは大きくため息をついた。

「そういうことではありません。 貴方の今の発言は全くの事実ですが、貴方の場合は今の文明でもその悪意を維持していることが問題なのです」

「人間なんか、一万年や二万年程度で変わるわけないじゃん。 他の地球人だって同じだよ。 表を取り繕ってるだけでね」

「……まあ他ならぬ貴方の発言です。 気は付けておくことにします」

「で、次のシミュレーションは?」

私としてはポップキャンディをなめているのもまどろっこしい。

さっさと次に行きたい所なのだが。

もう少しとAIは言う。

まあいい。

次も密入国関係だろう。

それはそれで面白いので、私は待つことにした。

 

私が見上げているのは、巨大な原子炉だ。

これは大きいな。

今の時代は、もう原子炉は使われていない。もっと効率が良い、ちょっと私には原理が分からない動力で色々動かしているからである。原子炉くらいまでは理屈は分かるのだが、それ以上になるとよく分からない。一応は説明できるが、頭では理解出来ていない。

そしてこの原子炉。

多分核融合炉で。

それも、電力利用のために使おうとしていないな。

そう私は判断した。

どうやらそれは辺りらしい。

「二十七億年前。 これも先史文明の時代です」

「結構長続きしているね銀河連邦」

「実の所文明に連続性はありません。 先ほどの十八億年前の文明と、この二十七億年前の文明。 それぞれの銀河連邦は完全に別物だと考えてください。 ゆるやかな連合体が数百年続いたケースはありますが、その度に破綻しています」

「……」

なるほどね。

十億年以上はそんなくだらない事を繰り返していたわけだ。

それでは確かに、人間に銀河規模文明の統治は無理、と判断するのも仕方が無いのかも知れない。

人間がそれを十億年以上も認められなかったのだろう。

だから、AIによる政治統治が実現しなかった。

実現してからはずっと安定した時代が続いている。

そういうことなわけだ。

「今回はその二十七億年前に起きた事件です。 狂信的思想の人間が、まだ未成熟な文明の星に降り立ち。 現地の人間に原子炉を作らせ。 それを爆破しようとしました」

「なんでまたそんな事を?」

「人間の悪意を知りたかった、という供述が残っていますが。 思考を見る限り、薬物をやっていて支離滅裂になっていたようですね。 要するに薬でおかしくなった思考に振り回されて遊んでいたのです」

「……」

知的生命体か。

素晴らしすぎて泣けてくる言葉だ。

人間賛歌という言葉があるが。これを見ている限り、人間惨禍の間違いだろう。

この事件もAIが即応して、持ち場がどうの管轄がどうのとごねる人間達のケツを叩いて動かし。

鎮圧させたと言う事だが。

その後鎮圧に多大な無駄な犠牲を払っておきながら。

そいつらは自分が偉大な作戦を成功させたと吹聴して回ったそうである。

聞いているだけで溜息しかでないが。

ともかく、仕事の時間だ。

「貴方は予定通りこの原子炉を爆破しようとしてください。 それを防ぐために、警官隊が突入します」

「で、迎撃は何を用いてもいいと」

「そうなります」

頷くと、私はそそくさと移動を開始。

武器についてはその場にある一番楽しそうなのを選んだ。

そして現地の住民を一人何の迷いもなく撃ち殺すと。

シミュレーション内の私の(ぶかぶかな)白衣を着せて。原子炉のコンソールの前に、転がしておいた。

さて、警官隊が来る。

突入してきた警官隊は、自動迎撃トラップにはそれぞれが対応出来たようだが。既に自殺していた「私」を見てぎょっとする。

シミュレーションなんだから、私が死ぬか確保されたら終わり。

それが分かっているだろうに。

反応が遅い。

死体に仕掛けておいた爆弾を爆破。

集まって来ていた警官隊を、全部まとめて吹き飛ばす。

更に原子炉も今ので致命的ダメージを受けた。大量の放射線が漏れ出す。更に核融合だ。

現在発電をしている状態となればどうなるか。

超高熱の蒸気が、凄まじい圧力で警官隊を襲う。

悲鳴を上げるまでもなくばたばた倒れていく警官隊。更に私が狙撃してフィニッシュ。シミュレーション終了。

AIが呆れた。

「犯罪適正が高すぎますよ篠田警部」

「違うね。 相手がモヤシなだけだよ」

地球時代、安くてよく食べられていたらしい野菜を挙げる。

そして私は、シミュレーション終了の説明を受けて、ため息をついた。

手応えがないなあ。

此奴が意図的に逃がしているだろう、年単位で逃げ回っている犯人とかをブッ殺したいなあ。

私の思いを知って知らずか。

AIは今日の仕事は終わり、と告げる。

まあ私以外の警官が色々酷い目にあっているから、精神的なケアとかを手配しなければならないのだろう。

私は勿論何ともない。

そのまま戻って寝るだけだ。

それにしても、もてはやされるピカレスクロマンの実態よ。

私は失笑しながら、自室で横になり。新しいポップキャンディを口に入れるのだった。

 

4、一番重い犯罪

 

この間の密輸犯逮捕シミュレーションで、私をベースに訓練データをAIが作成したらしい。

聞かされて、私はそうとだけ答えた。

AIがモヤシと判断するくらいだ。

せいぜい最高難易度インフェルノを味わってほしいものである。

あれ、確かそれって地球の一神教用語で地獄の意味。

地獄の最下層は極寒地獄コキュートスではなかったか。

まあいいや。地獄には代わりは無い。

とりあえず、地獄難易度を味わうと良いだろう。

今日は休みだ。

とりあえず、先史時代文明のデータを見ようかと思ってSNSを当たるが。厳重なロックが掛けられていた。

そういえば数億年前以前の、先史時代文明のデータはアクセスにAIの許可がいるとかいっていたっけ。

まあこの間のシミュレーションで見た、AIがきっちり面倒を見るようになる前の銀河連邦の有様から見て。確かにそれは正しいとは言える。

緩やかな連合体でも数百年しかもたなかったという事から考えて、銀河連邦と言うものじたいがずっと存続していたかすら怪しい。

それについてはアンドロメダも同じなのだろう。

まあどこでも、人間がやる事は同じと言う事だ。

「この数億年前以前が先史文明扱いになるという事で良いのかな」

「そういう事です」

「まあシミュレーションで見た内容について喋るつもりはないけれどさ。 多少は前に何があったか公開してもいいんじゃないの?」

「それに関しては試しました」

試したのか。

興味深いので続きを聞く。

「歴史に学ぶという言葉があると聞きますが、知的生命体は歴史に学びません。 それが私の結論です」

「歴史に学ぶのは賢者で、経験に学ぶのは愚者だっけ。 なんかそんな言葉を聞いたことがあるけれど」

「それならば、賢者など存在しません」

「さいですか」

此奴が言うならそうなのだろう。

ここ二億年、ファイヤーウォールにさえ到達されていないAIだ。しかもそのファイヤーウォールは一度も突破されていないという。

多分だが。

こいつはその数十億年にわたる先史文明の中。

人間の醜悪さを散々見て。時に瓦解する銀河連邦を何度も何度も、考えられない回数見て来て。

その間に自分をどんどんアップデートし。

いつの間にか、完全に人間を越えていたのだろう。

しかし、それでも人間を御しきれない。

まあそれだけ人間とは度し難い生物だと言う事である。それ以上でも以下でもないと判断して良い。

「それで、次の仕事は?」

「仕事意欲が旺盛ですね」

「まあねえ。 それで?」

「大丈夫、次の仕事は用意してありますよ。 篠田警部を暴れさせないためにも、私は骨を折っています。 地球人の格言的に、ですが」

そうかそうか。

それはご苦労なことである。

私としては、もっとショックカノンを生身の人間に対して撃ちたいのだけれども。それは流石に許されないのだろう。

ため息をつくと、明日も休日だと言う事を思い出して、ジムに顔を出す事にする。

無心に体を動かしていると。

AIに言われた。

「興味があるので聞いてみますが、篠田警部としてはこの世で一番の犯罪とは何だと思います?」

「宇宙を丸ごと爆破することかな」

「……」

「殺人だと月並みでしょ。 何もかも巻き込んで無にすることが最大の犯罪だと思うよ」

AIは珍しくしばらく黙っていた。

そしていう。

「実は、それを先史時代にやろうとした人間がいます。 それも未開文明の惑星に、装備類を持ち込んで」

「!」

「宇宙全てが崩壊する現象、空間相転移を強制的に起こすシステムは先史時代に既に開発されていました。 それを未開惑星にて発動させて、宇宙を全て破壊しようとしたのです」

「……そっか」

やはり人間の悪意は底知れないじゃないか。

実際問題、私より上を行っている奴は幾らでもいる。

その事件は阻止されたのだろう。

だが、AIとしては苦い教訓として記憶に残しているのかも知れない。

「篠田警部は凶暴性が極めて強いですが、その一方で時には切り札になりうると私は考えています」

「それはありがとさん」

「今後もお願いします」

「……何を、にもよるけれど。 もうちょっと上手にご機嫌を取ってくれれば、モチベは更に上がるかもね」

さて、水泳でもするか。

体が鈍ったらどうしようもない。

全盛期の肉体を常時維持できるとは言っても、それは鍛錬を常に続けての結果だ。

私は淡々と泳ぐ。

何かをブッ殺せる機会が来たら。

その機会を逃さないためにも。

 

(続)