車で追いかけっこ

 

序、車の今の形

 

銀河連邦が地球文明を取り込んで二万年。

交通事故で大量に人を殺していた車という乗り物は、ほぼこの世から消滅した。

私も実物は見た事がない。

車そのものは立体映像とかゲームとかで見た事はあるのだが。

本物の保全品は、今ではそれこそ国宝クラスの品だ。基本的に普通の人間が乗ることはない。

文化保全が積極的に行われて、今ではその気になればいつでも作り出せるようだが。

いずれにしても、普通に使われることは無い。

開拓惑星の段階が終わると、基本的に次の段階はベルトウェイと電車での移動になる。それ以上の距離の移動が必要になる場合は空間転送を使う。

宇宙規模での移動は輸送船。

個人で車という危険な乗り物を保有する必要はなくなったのだ。

昔はステータスシンボルとして車を使うケースがあったらしいのだが。

今の時代はそれもない。

というわけで、私は車というものに乗った事はないのだが。

今回乗る事になった。

ある二重連星系に存在している惑星。

開拓段階はとっくに終わっている。二重星も軌道が安定していて、特に問題はない。更に星の周囲には安全装置になる衛星が幾つも存在していて、特に危険はないのだが。

この星は、レジャー惑星として今は存在していた。

私はそんなレジャー惑星で、警官として仕事をしに来たのだが。

此処のウリが、色んな車に乗れる。

様々な文明では、自動車に相当するのりものが存在し。

地球に限った話ではなかったのだが。

此処はそんな色々な車を再現している星で。

安全性に目を光らせている警備ロボットの見ている中、指定されたコースを車で走り回ることが出来る。

街中に関しても、一部は車を使って良い事になっている。

ただし危険を考えて、あくまで一部だ。

車の中には、体格が大きい宇宙人ようにサイズがとんでもないものもあって。小柄な宇宙人は轢かれると服でもダメージを相殺できないケースがある。

基本的に車が乗り入り出来る場所は、ガチガチに守りが固められている場所で。

特殊な免許を取らないと。

車を運転することも出来ない。

運転もAIのサポートつきである。

そういう世界なのだ。今は。

いずれにしても、今私は地球人の体格に近い宇宙人の文明で末期に作られた車に乗っている。

クッションが硬い。

憮然としている私は、操作方法を習いながら、コースをクルクル回っていた。

コースは複数階層になっていて、私が警官だと言う事は他の車にも知らされていないし。

コースも複雑極まりなく、基本的に同じコースを車が通ることはない。

そういうわけで、私は黙々淡々と車を動かす。

訓練では無い。

この星で、今問題行動を起こす車が出ている。

それも複数。

どうやら個人犯がいて。そいつの模倣犯が出ていて。

車で走れる公道で、車を乗りに来た観光客に対してグレーゾーンスレスレの危険運転をして。

様々な問題を起こしているらしい。

そこでAIとしては、グレーゾーンでは無いレッドゾーンな行動を引き起こすようなら逮捕する計画らしい。

今の時点では犯罪にまで至っていないのだが。

そのギリギリのラインをつくのが本当に上手だそうだ。

そういうわけで、私が来たわけだが。

AIに指導を受けながら、そいつのギリギリラインについて研究している所である。

「ふーん、そういう風に運転するのを煽り運転というの」

「車の種類によっては、凄まじいパワー感を感じる事が出来ます。 車のパワーは人間などとは比較にならないので、当然とも言えます。 その結果、酒を飲んだように普段はかかっている頭のネジが外れます」

「それで危険な運転をすると」

「そういう事です。 現在犯罪スレスレの行動をしている人間については、補助AIとしてサポートはしていますが、言う事もほぼ聞きません。 特に運転中は」

なるほどね。

まあその場合は、事故でも起こさせて怖い目にあわせるのが一番だと思うのだけれども。

AIによると、何というか怖さをあまり感じないタイプらしい。

しかも車好きが高じてこの星に住み着いてしまっているらしく。

車も個人所有しているそうだ。

車の個人所有なんて、今の時代殆どない。

そもそも使い路がないからだ。

この星などの超例外の一部以外では、そもそも公道も走れない。

それなのに、わざわざ車を所有するなんて。

資産が限られている今の時代。

資産を強烈に圧迫する行為である。

私は私で色々問題行動をしている人間ではあるが。

それでも警官として、AIにつけられた手綱を外すつもりはない。

それに私が銃を持つと、引き金が軽い事はAIも理解している。故に色々と制限もつけている。

私は面倒くさい仕事はきらいで。

銃を撃つのが大好きだけれども。

銃を撃つために。

面倒な仕事もきちんとやる。

それはプロとしてわきまえている。

さて、車の運転は一旦終了。元々ここに来るまで、仮想現実で散々練習はしていたのである。

実機で練習も充分。

私は最初懸念されていたのだが、スピード狂の傾向はないらしい。

なんだか知らないが、あぶない性格の奴はみんなスピード狂とかいう変な偏見が昔はあったらしいが。

私は違うという事だ。

まあとりあえず車を一旦返して、地元の警察に出向く。

そこでデスクについて、指示を受ける事にする。

まあ此処の警官達だと手に負えないと判断したか。それともAIの側で、私に面白そうな刺激を与えて大人しくさせるためか。それは分からないが。

いずれにしても、いつものガス抜きだろう。

AIの性能から考えて、そもそもである。

そんなのは捕まえられない方がおかしい。

このままだとエスカレートして事故を起こすのが確定だと分かっているけれども。

それでも放置しているのは。

しかも、捕まえようと思えば出来るのに捕まえていないのは。

人間に仕事をさせるため。

それ以外には考えられないのだ。

AIも大変だなとは思う。

犯罪者がいた方が、適度な刺激になると考えている節もある。

そして腑抜けきらないように、時々年単位で逃げ延びる犯罪者についても出している。これは敢えて見逃しているのでは無いかと私は疑っているが。

多分この疑惑は、高確率で正しいだろう。

指示を受ける。

地元の警察はいつものようにガラガラ。

他の警官とは一切挨拶する必要もない。

それぞれ職場どころか人間単位で考え方が違うビジネスコミュニケーションとやらで、四苦八苦して意思疎通していた時代とは今は別。

そんなことをしなくて良い事は良い時代だ。

これでもっと撃てたらなあ。

そう思うけれど。

まあ其所は諦めるしかないだろう。

さて、指示通りに軽く車を見に行く。

この星には公道が凄くたくさんあって、乗って良い車がそれこそ星の数ほどある。地球時代の自動車もあるが。それぞれの文明が宇宙進出した頃に流行るような、いわゆるホバーカー。

自動車と飛行機の中間くらいの乗り物もある。

これらの乗り物は道路を必要としない代わりに、危険度が段違いで高く。更に高度な操縦技術が要求され。

その上道路などを逸脱して動き回れるなど問題が多く。

結局多くの文明で、一部軍用などを除外して殆ど使われなくなる。

地球も例外では無く。

ごく一部だけ実用化したホバーカーは、通常の自動車に比べて圧倒的に少ない。

その少ないホバーカーの様子を見に来ている。

ホバーカー用の公用道路は兎に角厳重に見張られていて。

煽り運転もやりづらいという事だが。

成功体験を積み重ねている犯人と、その取り巻きとも言える模倣犯は。

こう言う場所でも行動を起こす可能性がある。

そこで、軽く車種を確認。

殆ど車種がないといっても、それはあくまで地上を走る車に対して、の話。

実際には万単位で存在しているので。

その中でも、この星の公道で実際に使われているものを見ていく。

地球産のものだと二車種。

他のものだと、400車種くらいか。

動力はそれぞれの星で良く採取できた資源が多く。

ガソリンだったり水素だったり木炭だったり色々。

木炭でも、やりようによってはこんな高度な車を動かせるんだなと。私は感心して見ていた。

それはそうと、シミュレーションを軽くやる。

捕まえる予行演習だ。

シミュレーション用のマシンは、もう仮想現実が触感などを全て再現出来るのと同じように。

あらゆる車を、乗っているのと全く同じ感覚で動かす事が出来る。仮想現実の中で、だが。

これで満足していればいいものを。

現物の車の方が良いと言って、わざわざ免許まで取って乗り回し。

挙げ句危険運転をする人間はよく分からない。

私自身がよく分からない人間だから。

まあその辺りおあいこ様、なのだろう。

私の運転はかなりクリーンらしいので、AIはその辺りは褒めてくれる。

ただいざという時は、犯人を追い詰めるためにかなり危険な運転をしなければならないだろうが。

その危険運転に、あまり心が躍らないのだ。

やっぱり何というか。

人間をブッ殺すのは、撃ち殺すに限る。

そう考えているのは、私の拘りだろう。

とはいってもショックカノンでバラバラにしたいと思っていても、実現できたことはないし。

私自身は頑張って本能を抑えているので。

その辺もまた、褒めてほしい所だ。

中々難しいのだ。本能を抑えるのは。

ましてやこんな業が深い本能を抑えるのは、だ。

シミュレーションマシンから降りる。

「どうですか、ホバーカーの乗り心地は」

「別に何とも」

「ふむ……」

AIがデータを取っているっぽい。

私は危険人物として認識されているのだろうが。

まあそれは別にどうでもいい。

事実だからだ。

それがどうデータを取ることに結びつくのかが興味深い所である。

なお、どんな風にデータを取られていてもどうでもいい。

このAIの事だから、どんな凡人のどんな普通データでも取って集めているだろうし。

それは別に悪い事じゃあない。

遺伝子データから子供が作られてくる今の時代。

そうやって無作為に作られた子供の中には先天性の疾患を抱えている子供も多く。それらも遺伝子治療で全て動き回れるようにしてしまう。

肉体的な疾患はいい。

また、精神的な疾患でも、脳に問題があるケースはいい。

私の場合は、なんかそれらとは根本的に違う意味でヤバイので。

それについては、あらゆる方面からデータを取っているのだろう。それを不快だとは思わない。

私は自分がいかれていることは理解しているし。

そんな私を見捨てずにしっかり仕事をくれるAIに。退屈だとは思いながら、これでも感謝はしているのだから。

「もう少し色々な車種で練習してみましょう」

「別に良いけれど、練習するよりも犯人を追う方が早いんじゃないの?」

「ここしばらく出ていません」

「……」

それで、今のうちにと言う訳か。

まあいい。練習だ。

今度は重厚なのに乗る。

ジープだとか言ったか。元々軍用として使われることが多い車種だったか、それとも軍用車だったか。よく分からないが、軍と関係が深かったらしい車種だ。今では軍で使われたこともある車は、大体まとめてジープと翻訳しているらしい。

それはそれとして、とりあえずジープに乗る。

乗り心地、最悪。

とにかく尻が痛い。

そして何というか、あらゆる全てが堅い。

まあ軍用車なんだから、脆かったら話にならない。それはよく、よーく分かっている。実際問題、私が時々乗る警備艇だって、とんでも無いほどに堅牢なのだから。軍艦に至っては、超新星爆発に耐えるほどだ。

銀河規模文明の船はそういう堅牢さで。

ロボットだってそれに関しては大して変わらないと言える。

更に、である。

今の時代は車は使われなくなったが、電車。まあ本当は、電気ではもう動かしていないので、そういう呼び方そのものが古典的とも言えるのだが。電車は各地の星で活躍はしている。コスパが良いからである。

この電車も堅牢さはお墨付きで。

今の時代は脱線なんてしない。

真横から同質量の電車が突っ込んでもびくともしない。

それくらい堅牢なのだ。

人命を守るために、AIはこうして堅牢さと安全さを無茶苦茶に高めている。

そして、軍にいたこともある私は、それを良く良く知っている。

ただ、このジープというのは何が楽しいのかよく分からない。

自分の足で走るよりは早い。

それは認める。

だけれども、こんなもんを使うくらいなら。

ああ、コストの問題か。

ハンドルも何か微妙だ。

今丁度ハンドル式のジープを乗り回していたのだけれど(仮想現実内で)。どうにも全く楽しくない。

パワー感があるけれど。

ただそれだけだ。

パワー感があったからなんだというのだ。

やっぱりショックカノンで人を撃つ方が何百倍も楽しい。

ただ、好みや趣味は人間の数だけあるので。

その辺りを他人に押しつけてはいけない。

今は他人の趣味を理解するためにジープを乗り回しているのであって。

しばらくしてから、辟易して降りて来た。

「二度と乗りたくないなこれ……」

「貴方がそう言うとは、余程ですね」

「だって座り心地が最悪だもんこれ……なんかクッションとかしいていい?」

「駄目です。 そもそも免許の取得条項を読めば分かりますが……」

説教開始。

ああもう。

とりあえず、心を無にしてやり過ごす。しばらくして説教が終わったので、大きくため息をついた。

「それで、次は何の車?」

「いえ、疲労が溜まっているようですので、休憩にしましょう」

「ういー」

「ただ、犯人が出たらすぐに出ます。 それを考慮して休憩を取ってください」

それは分かっている。

今回はわざわざそのために出張してきたのだ。

それにしても、カーチェイスというのはもうちょっと面白いものだと思っていたのだけれども。

現実は非情なり。

面白いカーチェイスなんてものは、この世にないのかも知れなかった。

休憩に入る。

ポップキャンディをガリガリしたいのを堪えて、舐める。

しばらく横になってぼんやりしていると。

AIに言われる。

「SNS等で車については調べませんか?」

「うーん、気が乗らない」

「そうですか」

私も気が向いたときは、休憩中に仕事絡みのSNS調査をやったりするのだけれども。

どうにもあんまり乗っていて楽しい車がないこともあって、興味が湧かなかったりする。

しばらく昼寝する事にする。

どうせ犯人が出たら、色々調べなければならないし。場合によってはその場でブッ殺す……は無理としても。とっとと黙らせて捕まえなければならないのだから。

 

1、カーチェイスは起こらない

 

休憩時間が終わったので、署に出る。

私が出張して出て来ているとか、署の警官は誰も知らないだろう。

それくらい今は人間同士の関係が希薄だ。

だから虐めも起こらない。

人間を一定数集めると必ず軋轢が起きるが。

それもない。

とりあえず、仕事のやり方も様々なので。互いに干渉もしない。

問題が大きい場合は、AIが丁寧に何処が問題なのか説明しつつ、興味を持てるように解説していく。

論理で無理なら楽しい方向で改善させる。

私の場合はその辺りでどうこう言われたことは無い。

職場で五月蠅くしたりはしていないからだろう。

さて、デスクについてデータを確認。

どうやら犯人は出ていない様子だ。ただ、良く犯人が出るタイヤの車で移動出来る公道を見に行く。

公道は広めに作られていて、そこそこの数の車が行き交っている。

私自身は警備ロボットと一緒に、公道の脇の歩道の隅に椅子を作って、其所に座ってあくびをしながら様子を見る。

実の所、大半の車は支援AIで補助を受けながら運転をしているので、問題は起こしていない。

それに何よりも。

犯罪を犯すメリットがない。

私みたいなあぶない奴だけである。

今の時代、犯罪をやるのは。

もしくは、背伸びしたい年頃のオバカちゃんだけ。

オバカちゃんは主に開拓惑星などのルールがゆるっゆるの場所に来るが。

そのルールが緩いの基準も、古い時代とは違っている。

鬱屈については溜まるのだろうが。

それもAIが全て解消させている。

この世界は古い時代に言われたいわゆるディストピア、なのだろうか。

私にはどうにもそうとは思えない。

私の体は健康そのもの。

運動も普通に出来るし、感覚だって冴えている。

知識だって昔の学者以上に蓄えているし。

好きなように仕事も出来れば。

それをAIが補助だってしてくれる。

むしろ自然の摂理とかいいながら、無法を肯定していた時代の方が、余程ディストピアなのではないのか。

そう感じる。

いずれにしても、私には少し今の時代が窮屈なのは事実だ。

楽園に近いこの世界も窮屈なのだから。

私はやっぱり、業が深いのだろう。

さて、此処では捕まりそうにないな。

統計的には此処に一番現れるらしいのだけれども。

どうどうと私がいるから、犯人は警戒しているのかも知れない。

補助AIを切っているらしいので、運転を見ればすぐに分かりそうだと思ったのだけれども。

案外これから悪さを行う公道の下見をしたりとか。

下準備を欠かさないタイプなのかも知れなかった。

「そろそろ移動しましょう」

「……そうだね。 もうちょっと待ってから」

「何か根拠は」

「いや、何となく。 この間勘を磨いたでしょ。 もうちょっと此処にいた方が良いかなって何となく思うんだよね」

そういうと、AIは分かったと納得してくれる。

しばらく椅子に座って行き来する自動車を見張る。

実の所、なんか居心地が悪い。

これはこの間磨いた勘によるものだろうか。

いずれにしても、犯人がこっちに気付いているのだとしたら。多分だけれども、今日は出無いだろう。

勿論それでいい。

警官は暇な方がいいのだ。

そして私が此処で見張りをしていることで抑止力になるのなら。危険運転に脅かされる者も減る。

それで良いではないか。

あくびをすると、ポップキャンディを取りだして、公道を見張る。

公道は直線だったり、カーブだったり。車を乗る人が楽しめるように、色んなシチュエーションを用意している。

昔は道路標識だらけで。

交通ルールを守るのは至難の業だったとかいう話も聞くが。

今の時代はAIがあらかた支援してくれるので、その危険はほぼないとも言える。

AIによる支配。

昔のディストピア創作では定番のテーマだったらしいが。

実際にやってみると、こっちの方が明らかに暮らしやすいのはまさに皮肉である。

もう一あくび。

この星の自転は、銀河連邦で指定している「一日」にきっかりあわせている。

銀河連邦指定の一日は地球時代で言う23時間50分くらいで、一年は370日きっかり。

この辺りは色々な種族の一年にあわせて、最終的に採用した時間らしく。

現在では地球人類も、コレにあわせて生活している。

また開拓惑星なども基本的にテラフォーミングの過程で公転も自転も弄くって、一年と一日にしてしまうので。

まず時差で苦労する事はない。

その一日で、そろそろ夜。

勿論緯度経度などで夜になる時刻は決まっているが。

時計を立体映像表示して確認し、それで判断。

今日は出ない。

恐らく私を何処かしらで見張っていて、お巡りが出て来ていると判断したのだろう。犯人か、犯人グループかは知らないが。

たかだか迷惑運転をするために随分と慎重なことだが。

まあ今の時代、そうでもしないと簡単に捕まってしまうので。私がわざわざ出て来たというのは、そういうことなのだろう。

何にしても、この公道の平和は保たれた。

それでいいのである。

銃を撃ちたいと本気で思っているし。平和は乱れたら楽しいと思っている私だけれども。

警官としては、暇な方が良い。

その理屈は、きちんと理解していた。

 

翌日は、公道を車で走って回る。運転はAIに任せる。

というか、操縦して楽しいとまるで思えなかったからである。

AIは完璧な模範的運転をしているが。

これはどの車も同じである。

AIによる支援を切る奴は余程の変人で。

そうでなければ、普通はAIの支援を受ける。

リスクが少ないし。

何より完璧に安全を保証してくれるからだ。

自殺したいというのであれば、別に手段がいくらでもあるし。苦しまないで死ぬ方法でいつでも死ねる。

だから、わざわざ車で周囲を巻き込んで死ぬ理由なぞないのだ。

かなりの長時間走って回るが。犯人は出ない。この星はあらゆる車が走れるように公道を整備しているので。

逆に一車種が走れる公道はあまり長くないのが現実だ。

ホバーカーに乗り換えて、移動。

空中に表示されているキーマーカーが、この車種の運転の難しさを示している。結構難易度が高いし。それはシミュレーションで知っているので。全部AIに任せてしまう事にする。

ショックカノンの整備をする。

AIが苦言を呈してきた。

「犯人が出たら秒で撃ちそうですね」

「うん」

「即答しないでください。 とりあえず、まずは犯人を見つけるところからなのです」

「そんなことは分かってるけれど、退屈だしね」

ちくちくと調整。

ショックカノンの整備は事前にかんぺきに済まされてはいるが。

それも丁寧に確認していく。

勿論AIの仕事は疑っていない。

億年単位で事故を起こしていない最高の銃器である事も理解している。

だからこそに。

私が不具合を引きたくないのだ。

そのままチェックを完了。

問題なし。

ショックカノンをしまうと、頬杖をついて空中を走り回る車を見つめる。一定車間は保たれているし。

何よりもスピードも指定通り。

信号があれば止まるし。

右折や左折も実にスムーズに行われている。

これならば問題は特に起きないだろう。

この星に来ている奴は、本当に車が好きなんだなというのが伝わってくる。

こういう好きな者が集まる場所では、悪さをする奴を互いに戒める風習が昔はあったらしいが。

よく分からない。

私はそれを経験したことがないからだ。

いずれにしても、色んな公道を回ったが。今の時点で危険運転には遭遇していない。

翌日も同じように彼方此方を走って回る。

運転席で、運転をAIに任せながらぼやく。

「これ、犯人もう逃げたんじゃないの?」

「この星に入るには手続きなどが多く、犯人が簡単に逃げるとは考えられません」

「ああ、そういえば永住する奴もいるんだっけ」

「その通りです」

だとすると確かにもう少し粘った方が良いか。

それにこの間磨いた勘。

あれがちりちりする。

まだいると言うか、見られている気がする。

ひょっとしてだが。後ろの車がそうだったりして。

お巡りが来ているなら、帰るまで根気強く待つ。そんな感じなのかも知れない。

ひょっとしてだが。

この星で産まれ育った奴ではあるまいか。

車の魅力に憑かれて、すぐにこの星に来て。永住権を取って。此処で暮らしている奴。

そして車の悪い魅力にはまって、危険運転を繰り返すようになった。

だからこうじっくり腰を据えて待っていられる。

ああ、可能性はありそうだな。

AIには言わない。

此奴は多分最初から正解を知っている。

だから、あくまで考えるだけにしておく。

しばらく公道を走り回ると、夕方になってきた。不意に、後ろの車が、ランプを点滅させてくる。

古い時代に、ならず者が止まれ、的な意味でやってくる行為だったはずだ。

「後ろの車、何?」

「AI支援を切っています」

「これはビンゴかな?」

「……なんとも」

挑発に乗るように指示。

止まってやると、後ろの車もすぐにぴったりつけて止まってきた。

車を降りる。

警備ロボットが来る中、車を降りてきた奴は額に青筋を浮かべていた。

「おいあんた」

「何?」

「車が好きじゃ無いだろ! ずっと運転席で退屈そうにしやがって!」

AIにデータを調べさせる。

強面の地球人だ。男性で、年齢は36。肉体年齢は24に固定している。

地球人と此処で会うのは珍しい。あくびをしながら話を聞き流す。

「で?」

「で、じゃねーんだよ! 此処は車が好きな奴のためにある場所だ! あんたみたいに車に興味も無いし愛してもいない奴が来るな! 迷惑だから出て行ってくれ!」

「やだよ」

「……っ!」

手帳を見せると、即座に男は黙り込む。

私は小さくあくびをしながら、手帳をしまった。

「あのさ、その正義感は結構だけれど、今この星で迷惑運転繰り返してる奴が出てるんだよ。 それでお巡りである私が、乗りたくもない車に乗ってるの。 おわかり?」

「……」

「文句を言う相手が違うね。 まあその迷惑運転野郎をあんたが捕まえてくれるっていうなら話は別だけれど、それにはAIにまず警官になる事を申請して、それで訓練から受けるんだね」

「ちっ……」

強面の勘違い男は、そう指摘すると。舌打ちして下を向く。

ついでに警備ロボットに警告されていた。

「AIに運転を任せる事は違法ではありません。 それに対しての威嚇行為は、今後免許の剥奪につながります」

「分かったよ畜生。 もう帰る」

「それと貴方はAIの支援を切っていますね。 貴方が安全運転をしているのは車のログから確認できましたが、やはり支援をつけてください。 やはり貴方は車に乗ると気が大きくなっているようです。 それはいずれ事故につながります」

乱暴に車に乗る男だが、しっかり支援AIは起動したようだ。

これ以上がみがみ言われたらたまらんと思ったのだろう。

そのまま交通ルールを守って公道に戻っていく。面倒なのが釣れたなと思って、私はもう一つ大あくび。

釣りで駄目な魚を外道というのだっけ。

その外道が釣れた気分だった。

まあ、あれはあれで車に真面目に向き合っている真面目な奴なのだろう。

正義感が暴走しただけで。

ただ、噛みついた相手が悪かった。

もうちょっと面倒くさいようだったら、私は撃っていた。

ショックカノンはAI制御がついているから気絶で済んだだろうが。

多分男に対して、AIが一番冷や冷やしていたはずだ。

自分がどんな相手に噛みついているか、理解出来ていないのだから。

「良く撃つのを堪えましたね」

「まあ犯罪者じゃないと撃っても楽しくないからね」

「さいですか」

「さいですよ」

車に乗ると、署に戻る事にする。

釣れたのは外道一匹。

それに今後は懲りて悪さもしないだろう。

もしも未来の事故を防げたのだとすれば。

それは私は警官として良い事をした事になる。まあAIはずっと冷や冷やだったのだろうけれど。

「念のために聞くけれど、危険運転野郎はアレじゃないよね」

「違います」

「即答する根拠は?」

「色々あるので全てを明かすことは出来ませんが、幾つかの行動でアリバイが取れています」

そっかあ。

実はあれが迷惑運転野郎だったらおっかけていってショックカノンという愉快な事が出来たのだが。

署に着くと、休憩に入る。

迷惑運転野郎はリスクが高いのか、警備ロボットが巡回行動する夜には出ない事が分かっている。

私は夜ならぐっすり何も気にせず休む事が出来る。

風呂に入って、後は夕食を食べて。

軽くSNSで対戦ゲームをやって、後は寝る。

そして夢を見た。

これも忘れてしまうんだろうなあと思いながら、黙々と夢を楽しむ。

私はパトカーというのに乗っていた。

知っている。

警察としての示威行為を行うために、警察の車と敢えて示している車だ。確かパトランプとかいうのを乗せて、特徴的な音を立てながら走り回っていたとか。

私は一人で高速道路に乗って、見回りをしている。

高速道路。

これも今では無い。

何でも、普通の車用に作られた、高速で走り回るための特別道路。

実際には渋滞とか言う謎の現象が起きることで、高速道路どころか鈍足道路になる事もあったらしいが。

ともかく其所を走り回る。

よく分からない夢だなあ。

そう思っていると。私のパトカーを凄い勢いで追い抜いていった車がいた。

すぐに追いかけ始める。

パトカーは専用のチューンがされているので、多少の違法改造をしていても簡単に追いつくことが出来る。

「其所の車、止まりなさい」

警告をしつつ応援を申請。見ると制限速度80qのところで、290qも出している。

高速を出せるようにチューニングされている車らしいのだが。

それにしても。

ちょっと出し過ぎだろう。

すぐに前の方にバリケードが展開される。逃げられないと判断したのか、追っている車が急ブレーキ。

犯人が飛び出してきた。

既に後ろから合流してきていたパトカーからも警官がわらわら飛び出してきて、捕まえる。

何。撃ち殺さないの。

そう夢の中で突っ込みながら、私は手帳を見せて、ギャーギャー喚くなんかいかにも成金な犯人にスピードの過剰違反を宣告。

現行犯逮捕していた。

目が覚める。

時速290qで交通違反。それしか覚えていない。

今の時代ではあまりにも遅すぎる。

ベルトウェイよりはそれは早いけれど。

電車は時速600q程度が普通だし、宇宙用の艦艇は常時光速の20パーセント程度、空間転移を考えると光速を遙かに超える速度で移動している。

時速290qなんて、それこそ亀とか言う。私も立体映像でしか見た事がない動きが遅い生物なみだが。

そんな生物と並ぶような速度を出すために、法を犯して高い車を買って、それでイキリ散らしていたのか。

なんか凄くどっと疲れて溜息が出た。

車を運転してみて、パワー感が出てどうのこうのとAIに説明は受けたが。馬鹿はとことん車に乗せては駄目だなと確信できただけで丁度良いかも知れない。

いずれにしてもはっきりしたことがある。

この星は、何というかもっと車に乗るためのハードルを上げた方が良いのではないのだろうか。

実際問題、支援AIを切ってまで運転している自称ガチ勢のアホや、迷惑運転を繰り返して警察まで呼び込んでいるのもいる。

開拓惑星同様、背伸びしたいお年頃なのか。

それとも単に、ハンドルを握るとパワー感で云々なのか。

それは分からないけれども。

いずれにしてもはっきりしているのは。この車という乗り物は、私には合わないな、ということだ。

私も大概あぶない奴だと自覚はしているが。

それにしてもこの車は、もっとやべー奴をたくさん呼び寄せると思う。

人間には過ぎた道具だ。

古くは免許でしっかり縛っていたらしいが。

それでも危険運転をする奴は絶えなかったというではないか。

頭を振りながら起きる。

何だか夢なのに疲れた。

起きてシャワーを浴びるのは健康に良くないらしいので、まずは歯を磨いてうがいをして、顔を洗って。

それからAIが用意してくれた健康に大変よろしい食べ物を口にする。

味も素晴らしい。

舌が肥えすぎているのだが。それでも美味しいと思う。

まずいものをたまにだしてくれと頼んだりするくらいには舌が肥えているし。

AIの方でも飽きが来ないようにメニューをしっかり変えてくれる。

朝食中にごねる。

「この星、何とかならないの?」

「言いたいことは大体分かりますが、なりません」

「はっきりいって、くるまって人間には過ぎた代物だと思うんだけれどなー」

「確かに、地球人類に比べてパワーが大きすぎるのも事実です」

車にはねられて平気だった奴が超人扱いされるというのが事実だ。

また車を持ち上げることが出来る奴は滅多にいなかったという。

逆に言うと。

それが出来る奴が滅多にいないのが車というもので。

車で人間を殺すのは、余程の事がない限りとても簡単だったことを意味している。

そこで免許だったのだろうが。

その免許だって、危険運転をしている奴だって取っていたはず。

たまに無免許で運転をするアホがいたらしいが。

それはまあ論外だ。

「ですが、篠田警部。 貴方が分かっているとおり、そもそもとしてガス抜きが必要なのです」

「はー……」

「今回の仕事に興味が持てないのは理解出来ますが。 しかしながら、貴方の趣味についてもそれは同じ人が多いでしょう」

「いや、それは分かってる」

私だって、そりゃショックカノン撃ちたい放題なら大喜びだが。

流石に手当たり次第に周囲の人間を撃ったりはしない。

犯罪者は撃つけど。

まあそれはそれとして。

確かに何となくは分かる。

そしてある程度は理解出来ている。

私に取ってのショックカノンが。

スピード狂にとっての車だと言う事だ。

「犯人の目星はつかない?」

「かなり警戒しているようですね。 これから数年単位で現れないかも知れません」

「それならそれで良いのかも知れないね」

「……ですが、出来ればきちんと逮捕してデータを取りたい所です」

此奴の裏を掻ける人間がいるとは思えない。

多分私に仕事をさせるために犯人を泳がせている。

私が上手く行かなければそれはそれでいい。

この星での交通ルールとかに改訂を、今回の件を理由に加えるだけだろう。

そしてそもそもとして。

この星は、AI制御で大半の車が安全に運行している。

あの勘違い男ですら、安全運転はしていて。車を愛していない私に食ってかかって来たほどなのである。

確かにガス抜きするには、もってこいの星なのだろう。

まあ、やむを得ない。

AIの言う事は分かる。

確かに銃撃ち放題の仕事のためだ。

嫌な仕事だってしなければならない。私も、それくらいの分別はある。

「犯人が乗っていない車種はある?」

「そうですね。 オフロードカーがあります」

「オフロード……」

ジープ以上に嫌な奴だ。

要するに悪路を行ける車で、道無き道を行くようなタイプなのだが。

シミュレーターで乗って見て、二度と乗るかと思った奴である。

とにかく悪路をいく事に特化しているから、スピード感覚とかが確定でバグる。

その上乗り心地も最悪。

だが、仮に犯人がフラストレーションを溜めているなら。

既に私が見回りをしていると見きった普通の車ではなく。

敢えて峻険なコースが設定されている、オフロードカー専用の公道(妙な話だが、この星には敢えてそうしてある公道がある)に現れるかも知れない。

仮に犯人が其所まで見きっていたとしても。

私が姿を見せれば、それは抑止力になるだろう。

逃げ場がないと判断すれば。

当面は大人しくなる可能性も高い。

そうすれば私も、興味が無い車天国から解放される。

ここは我慢だ。

我慢。我慢。

私は敢えてポップキャンディーをかみ砕くと。AIに舐めるようにと文句を言われながら。バリバリと飴の残骸を喰らった。

そして、外に出る準備をする。

不機嫌なことは分かっているだろうが。

AIは私の機嫌を伺うようなことは一切言わなかった。

 

2、山野の奥に

 

案の定というか、オフロードカーの公道は最悪極まりない。意図的に石とかが置かれていて、動物こそ出無いものの兎に角揺れが激しかった。

事前に軽くSNSで調べて見たのだが。

これがオフロードの魅力なのだとか。

今の時代は、何処の星も人間と他の生物は完全に隔離されている。知的生命体になった時点で生態系と関与していないからである。

生態系に対して圧倒的な性能を持つ生物が好き勝手すると、その星の環境は滅びる。

今までに呆れる程の量のデータが提出されてきた事実である。

というわけで、途中には小川も人工的に作られた(本物では無いが本物に見た目などが極めて近い)林などもあり。

此処をオフロードカーで巡回することになる。

文字通りぴょんと跳び上がるレベルで車が揺れる。

こんなごっつい車がである。

オフロード仕様の車はとにかく造りがごっつい。地球人仕様のものとは思えない程である。

その上、そんなごっつい車でも跳んだり跳ねたり。

本当に何がしたくてこれに乗るのだろう。

しかしながら、色々な趣味は他人に実害がない限り肯定されるべきだ。

それは私は思うので。

事実私はどちらかというとかなり危険な思考持ちなので。

そう考え直して、オフロードの激しい揺れを我慢するのだった。

途中で休憩所があって。

其所に何台かオフロードカーが停まっていた。

小さい車もいる。

多分小型の知的生命体用のものだろう。人間よりかなり背丈が低い知的生命体も存在している。

私は休憩所に出向くと、販売所で適当に食事を注文。

わいわいと話をしている連中の会話データを記録しておく。

ひょっとしたら、犯人がいるかも知れないからだ。ちなみに内容は私が聞く前にAIが精査し。

問題があるようなら消してしまう。

しばらく適当に休憩。

尻が痛いので、私自身は閉口気味だが。これで公道で。更にこれから同じくらいの距離があると思うと。

本当に物好きだなというしかない。

「小川がいいよなー!」

「あの突っ込む感覚たまらないよな!」

同好の者らしく、会話がヒートアップしてきて聞こえてきている。

小川に突っ込むところか。

本来だったら、小川に住んでいる生物たちには大迷惑なのだろうが。

此処に作られている小川はあくまでレジャー用の小川。

生物が存在せず、迷惑する要素がない。

「林の木をなぎ倒して進みたいけど、ちょっとパワーが足りないんだよなあ」

「改造費捻出できないか」

「いや、それがAIに駄目って言われててな。 あんまり壊すと修復費用が洒落にならんのだとよ」

「何だよ。 なけなしの金払ってるんだから好きにさせてほしいぜ」

ふーん。

現状のオフロードコース愛好家には不満もあるのか。

まあそもそも車に乗るというのが色々と何というか既に枯れた趣味になってきている時代である。

それを愛好しているのは、まあ変わり者達なのだろう。

私は連中が去るのを見送ると。

AIに確認。

「犯人に結びつきそうな話はあった?」

「いいえ。 ここでは、そもそも乱暴な運転でパワー感を最大限に味わいたい人用に公用道路を組んでいますので」

「物好きが多いなあ」

「貴方も大概かと」

分かってる。

それは大いに分かってるから、愚痴をぼやいたのである。

もっとも、オフロードの魅力は征服感にもあるらしく。

悪路を征服した時の達成感も素晴らしいと感じる人がいるのだとか。

更に言えば、その悪路を演出するために敢えて公道を最悪の状態にしているため。

警備ロボットが隠れて見張っていて。

たまにひっくり返ってしまう車をどうにかするために待機しているのだとか。

ひっくり返る。

車が。

そうか、そんなやべー場所なのか。

うんざりしながら、車に乗る。それにしても、本当に何というか、大きすぎてちょっと会わない。

それにパワー感と言ったか。

オフロード仕様の車は馬力が尋常では無く、確かにこれはハンドルを握ると人が変わる奴が出るのも分かる気はする。

私はそうではないけれど、まあ別ベクトルでヤバイ思考の持ち主なので、何となくわかるのである。

昔は、凄い剣を持つと人斬りになるような話があったが。

その感覚に似ているのでは無いのか。

手に入れた圧倒的な得物を振るって、獲物を刈り取りたい。

そんな感触を、使い手にもたらすのではあるまいか。

まあそうだろうな。

私は休憩地点からオフロードカーを出しながら思う。

しばらく行くと、なんと崖の側をギリギリの道が続いている場所に出た。これは、ヤバイ。

落ちるかも知れない。

上も下も崖。

細い道にはガードレールもついていない。

「これは、上級者向け?」

「上下に警備ロボットがいて、下には反重力クッションもありますので、事故っても大丈夫です。 事実年に何台か事故ります」

「……」

「修理費を見てオフロードを使うのを辞める者もいます。 一方で、事故を嬉々として楽しむファンもいるのです」

ついていけない世界だ。だが私の世界だってついていけない人は多いはず。

まあそれはそれでいいとして。

私は色々と困惑しながら、AIに運転を任せる。

車は狭い道を巧みに進んでいくが。前の方で四苦八苦しながら進んでいる車を見かける。

「手動運転のようですね。 AIの支援を切っています」

「正気か?」

「正気ですよ。 極限のスリルを体験したいのでしょう。 それに落ちても下には反重力クッションもありますし、死にません。 怪我はしますが」

怪我するだけで充分の気もするが。

まあともかく、スピードを落として進んでいる前の車についていく。

ほどなくして、ようやく崖の側のヤバイ道を抜ける。

この辺りはホバーカーの公道にある程度被っているらしく、空をひゅんひゅん飛んでいる車を下から見上げることが出来る。

あれはあれで危険なのだが。

こっちに比べると、まだマシに思えた。

今度は下りだ。

苛烈な山を降るコースを行く。

石を踏むと文字通り車が跳び上がるのだが。前の方にいる車は、こう言う場所が楽しいのか。

許可されているスピードのギリギリで、ぴゅんと飛んで行ってしまった。

あれが案外犯人だったりして。

そう思ったが。

何となく違うと思う。

さっきの崖の側での運転を見る限り、恐らくは違う。

勿論検証は必要だが。

いずれにしても、私の勘は違うと告げている。

勘が絶対ではないので検証はこれから勿論するけれども。私は見込み薄だなとは考えていた。

オフロードコースがやっと終わる。

げんなりして降りて来た私と裏腹に、凄く楽しそうにしている愛好家達を見て。私は更にげんなりした。

そしてとどめの一撃が告げられる。

「もう何周かしましょう。 捜査のためには慣れておく必要があります」

「……」

「そんな顔はなさらずに。 今も犯人が此方を虎視眈々と狙っているかも知れません」

「分かった」

AIは此方に媚態を尽くす事はないが、乗せるのは上手い。

犯人を見つければショックカノンで撃てるかも知れない。

そう考える事を見越したのだろう。

事実だからしょうがない。

私としてはうっきうきである。

とりあえずまずはオフロードカーの公道入り口に移動。このオフロードカーの公道、道などに問題があるので、そのまま逆走は出来ない一方通行路になっている。

入り口までに行く道はごく普通の公道で、オフロードカーでも揺れない。

ただ、普通自動車用の公道と違って、普通自動車は殆ど走っていない。これはオフロードカーと事故った場合の損害を考えての事かも知れなかった。

移動後に、少し休憩。

連続してこれに挑むのは流石に私も嫌だ。

車の中で、SNSを確認。

オフロードの魅力について色々調べて見るが。

どうにも理解しがたいものがおおかった。

動物を轢いてみたいとか。

アタッチメントをつけて林をなぎ倒して進みたいとか言うのもある。

なんというか獰猛だなあ。

そう思う一方で、悪路を征服することを楽しみにするファンもいるようで。

ファン同士で仲が良いわけではなく。

派閥が作られていて。それぞれの派閥の仲は良くないそうだ。

こういう特定趣味でも、内部の派閥同士のファンが抗争しているケースは結構あるらしい。

オフロードカー関係もそうなのだろう。

私は奥が深い世界だなと思いながら、時計を見る。

そろそろ行くか。

ぽつぽつと、オフロードカー愛好家らしいのが行く。

流石にこの車は趣味としてもかなりディープらしく、試しに乗って見ようという者はあまりいないらしい。

いたとしても、一回で懲りるのだろう。

私自身が乗ってみて、それはよく分かった。

山をぐいぐい登っていく。

この巨体で、エンジンのパワーが違うのである。

はて。

何か控えめに走っているのがいるな。

同じくらいのガタイの車だが。

何だか前も見かけた。

そういえば。休憩所にいたような気がする。

そうなると、恐らくだが、相当なマニアで。何度も此処を走っているのだろうけれども。その割りには走り方に荒々しさがないし。

随分とお静かなことである。

「あの車、ちょっとチェックしてくれる?」

「どうかしましたか?」

「いやね。 ひょっとしたらと思って」

「……犯罪者や殺戮の道具に対する貴方の観察力は私も認めています、篠田警部。 チェックはしておきましょう」

そのまま、とてもではないが快適と程遠いオフロードコースを行く。

石を踏んでは飛び上がり。

小川に突っ込んでは派手に水しぶきを上げ。

林の中を無理矢理つっきり。

ブッシュを蹴散らして、荒野に出る。

休憩所が見えてきた。

あの控えめ運転の車はついてきていない。駐車場に停めると、確認する。

「あの車、AIの支援切ってた?」

「いえ、起動していました」

「……どういうこと?」

「敢えてゆっくり穏やかに走るようにと言う事でした」

腕組みする。

実際の現場を見るまでは、相手のプライバシー情報には触れない。

というわけで、此処からは少し悩ましい所だ。

「出来る範囲で乗ってた奴の事教えてくれる」

「AIの支援は普段切って運転しているマニアで、この星で色々な車に乗っている履歴が残っています」

「それがオフロードに来て、控えめ運転?」

「オフロードは普段来ていませんね。 普段は普通自動車用の公道を走っている様子ですが」

なるほど。

どうやらビンゴだな。

そのまま経歴を漁らせる。

私が来て、公道を走り始めてから、不意に普通自動車を辞めている。

そして私が色々な車を試す度に、違う車に乗っている。

ポップキャンディを取りだすと口に入れる。

噛まないようにと言われるので、分かっていると返しながら思考を進める。

間違いない。

犯人か、関係者。或いは模倣犯だろう。

だが、どうして私の事が分かった。

相手も勘が鋭いのか。

それとも、公用車に乗って退屈そうにしている私を見て絡んできたアホのように、何かしらの勘が鋭いタイプか。

「とりあえずあの車の運転手、要監視で」

「分かりました。 今までは要求時以外は支援を切っていましたが、今後は監視をつけます」

「……」

此奴の事だ。

全人間を常に監視しているのはほぼ確定なのに。

泳がしていたと言う事だろう。

だとすると茶番に私は乗っている事になるが。

まあそれはいい。

さっさとオフロードの後半を切り上げる。崖の道も行く。

かなり離れて、さっきの車はついてきている様子だ。やはり私に気付いていると見て良いだろう。

ならばほぼ確定。

犯人の確率は95パーセントと見て良い。

この星は、銀河でも少ない車マニアのための星だ。そのため、意外に同じジャンルの車に留まっているマニアは少ない。色々乗るのを楽しむようだ。

犯人がこの星を出ていないとすると。

私にかちあう可能性は高かったはずで。

熱気に満ちているマニアの中で、やる気がないのが不意に混じったら。警官と見抜いてもおかしくは無い。

苦痛でしかないオフロードコースが終わり。

更にオフロードコースへの入場制限が掛かる。

他の車道も入場制限が掛かる時間帯があるのだが。

オフロードコースはその性質ゆえなのだろう。更に制限時間が早く。まだ日が見えている時間帯に、制限が掛かっていた。

そしてこの星でもオフロードコースは数個しかなく。幾つかをはしごすることは禁止されているという。

これは恐らくだが、車や乗り手への負担が大きいからだろう。

つまるところ、彼奴はもし車に乗るつもりなら。

別の車に乗って、別のコースに行くしか無い。

とりあえず移動しながら、AIに確認。

「あいつは?」

「ホテルに向かいました。 休憩する模様です」

「地元の警察に連絡しておいて。 要参考人発見」

「分かりました」

さて、此処からは追う事になる。

今までは探しているだけだったが。彼奴はいずれにしても何かしら事件に関与していると見て良い。

迷惑運転だけでわざわざ私が派遣されるのだ。

この銀河連邦が如何に安全か、という証明でもあるのだが。

それでもちょっとでも油断すれば、その安全と平和はあっというまにくずれてしまうのだろう。

それは私のようなヤバイのがいる事でも分かるし。

開拓惑星で背伸びしたいお年頃の馬鹿共が集まることでもよく分かる。

私も休憩所に移動すると。

オフロードカーを返して、それから風呂に。

風呂から上がってから、寝るまでに軽くAIと話をする。

「さて明日からだけれど、どうするかね」

「篠田警部が目をつけた人物ですが、予約を取っています」

「ほう。 次は何に乗るつもり?」

「水上ジェットですね」

それは車なのか。

ちょっと小首をかしげたが。

水が非常に多い星では、車の一形態として発展した歴史があり。

この星でも海の一部を使って、水上ジェットを楽しめるようにしているという。

勿論安全性の担保は絶対であるため。

水上ジェットの公道は存在していて。

その辺りで泳ぐのは絶対に禁止だそうだ。

また、海と言っても魚などが泳いでいる区画は別に設けられていて。水上ジェットの公用近辺にはプランクトン一匹いないらしい。

「水陸両用車とはまたジャンルが違うんだね」

「水陸両用はオフロードにまとめられています」

「ああ、そういう……」

「後、他ジャンルとして水中用車がありますが、これはかなり移動速度が遅く、ジャンルとしてはまた別ものです」

いずれにしても、水上ジェットは分かった。

明日、ちょっと水上ジェットを予約する。

恐らくだが、犯人も此方の意図を確かめるために、水上ジェットを利用するはず。

此処からは根比べである。

もしも星を出ようとするなら。

その時点で捕まえる。

連絡が来たと言う。

この星の警察からである。

なお、この星の警察と言っても。

前に私が開拓惑星に何度かおでかけしたように。

基本的に常駐している人員はいなくて。どこかしらの大きめの拠点から人材がくるシステムになっている。

だからお互いにこの星で苦労している者同士、というわけだ。

「データを確認したところ、以前に二件ほど問題運転で逮捕されている人物のようですね」

「いや、お前知ってただろ」

「勿論知っていましたが。 それ以降は、問題を起こしていなかったので」

「はー……」

こういう犯人の事件再犯率は極めて高い。

だから、真っ先に前科がある人間を当たるのは、捜査の基本なのだが。

まあともかくだ。

前科二犯か。

その前科について調べて貰う。

どちらも迷惑運転で、愉快犯的に前の車を困らせて、事故寸前まで追い込んだというものだ。

それも一回目と二回目では手口に雲泥の差があり。

非常に手口が巧妙になっていると言う。

特に二回目のやり口は、他の車を上手に誘導して、複雑な事故を起こしたように見せかける悪質なもので。

AIがデータを出すまでは、対応に当たった地元の警官はただの事故として処理しようとしていたほどだったとか。

ふーんと呟きながら、話を聞く。

要するに人間に任せたは良いが、犯人に一杯食わされそうになったから介入した、と言う事で。

此奴は真相を最初から知っていた、という事である。

まあその辺り藪をつついても仕方が無い。

ため息をつくと、ポップキャンディを咥えた。

そろそろ寝ようかなと思ったのだが。

明日に備えて、もう少し準備をしておく。

「水上ジェットはそっちで運転して貰うとして。 事故った場合には何が起きるかとか色々教えて」

「事故が起きた場合は、特に危険なので即座に警備ロボットが対応します。 基本的に一番警備ロボットが多く配置されている公道だと考えてください」

「ふむふむ」

「具体的な対応は……」

なるほどね。

海に投げ出されても大丈夫。海に投げ出された人間がジェットにはねられそうになっても対応する。

警備ロボットの反応速度は人間の比では無い。

銀河系随一の反応速度を持つ宇宙人でも論外レベルの反応速度で動くという話であるので、そうなのだろう。

ならば問題運転を起こしても大丈夫か。

「それでさっきの前科二犯の奴だけど」

「はい」

「ひょっとしてだけれど、前に絡んできたようなの?」

「……そうですね。 プライバシーに反しない程度で話をするならば、趣味を拗らせている人間ではありますね」

なるほどね。

それなら誘導の仕方がよく分かった。

それでは明日どういう運転をするか、AIに指示。

それで、相手を釣ることが出来るはずだ。

重畳重畳。

趣味というのは、あうあわないが激しい。

人によっては天国のような時間を与えるが。逆にあわない人にとっては地獄でしかない。これはどんな趣味でも同じ。

自分の価値観は絶対だと考えているような馬鹿は、それをどうしても理解出来ないから。知的生命体はそれで散々対立を起こして、問題を起こしてきた。

AIがそれぞれを引き離して、きっちり個別に対応するようになったのはそういう意味では正しかったのだろう。

特に銀河規模の文明となってくると、万を超える文明が連邦を組んでいるので。

本来だったらこんな億年単位で安定した文明なんて存在し得ない。

それを成し遂げているんだから。

少なくとも、尊敬はするべきなのだろう。

私はそう思う。

さて、ここまでだ。

今日は寝ることにする。

寝るのに丁度良い状態に環境を調整して貰う。昔はお巡りは過酷な仕事で、夜勤夜番は当たり前にあったらしいが。

今の時代は定時で上がれるしぐっすり眠れる。

自律神経を壊すと回復に数年程度では済まないケースがあり。

それがより仕事の効率を削ぐことをAIは知っているのである。

私はすんなり眠れる。

この仕事を始めてから長いが。

私は基本的に、体を壊したことは無い。

 

3、ようやく追いかけられる

 

翌朝。

あくびをしながら、早朝から水上ジェットのコースに行く。

なるほど、そういう感じなのか。

見て、少しだけ感心した。

ペンギンという鳥が地球にいた。

鳥と言えば空を飛ぶものが主体だが。ペンギンは空を飛ぶのでは無く、水中を飛ぶ事に特化した鳥だ。

その姿は愛くるしいとして人間に人気であったらしいが。

実際にはその翼はその気になれば人間くらい簡単に骨折させるパワーを持ち。

文字通り水の中を縦横無尽に泳ぎ回るのに相応しいパワーを誇っていた。

つまり非力な生物などではなかったのだ。

此処にあるずんぐりした乗り物も、陸上では貧弱なタイヤでのたのた進んでいるが。

流線型のボディは水上で真価を発揮する。

その動力は昔は文字通りのジェットだったようだが。

今では一般的に使われている反重力推進で。

かなりの速度を出すことも理論的に可能だが。

その一方で、そのポテンシャルを示すように可変が可能だという。

なるほど、これは面白い。

初めて車に分類される乗り物に興味を持ったかも知れない。

ただ、それよりも仕事が優先だ。

まずは犯人を確認。

陰気そうな女性だ。

陰湿な犯罪を何度も起こしていたにしては、何というか覇気というか狡猾そうな印象がない。

陰気そうと言うのは単に私の主観。

実際に話してみるとどうなるかは分からないが。

いずれにしても、犯人なのはもうほぼ確定。

さて、相手も私を認識しているはず。

これだけ狡猾に、少なくとも人間の警官の目は欺いてきた奴である。

私が追ってきている警官だと言う事くらいは分かるだろう。

水上ジェットは普通自動車よりもかなり大きく、運転席の保護システムなども頑丈なので、公道は広めに作られているが。

安全確保の目的もあるのか、出発時はAIがそれぞれ管理している。

公道に駐車場から乗り入れるようなことはできない。

まあこれは水上ジェットのシステム上仕方が無い。

此処が港だったらそれも出来るのかも知れないが。

今この星には、港というものが存在しないのである。

さて、私の水上ジェットが出るタイミングが来た。ちなみに犯人のすぐ後ろである。犯人。まあまだ犯人と決まってはいないが。

このタイプの犯人は絶対にプライドが高い。

それを後ろからゴリゴリやってやれば、絶対に尻尾を出す。

勿論犯罪にならない程度にやらなければならないから、加減が難しい。AIにも気を付けるように指示は出している。

更に犯人が自分から事故を起こそうとした場合にも対応する必要がある。

それに対しても、既に手は打ってある。

警察によって事故を誘発されたとか被害者面をする犯人かどうかは分からないが。

そういう奴の可能性も考慮はしなければならない。

さて次である。

「篠田警部、分かっているとは思いますが」

「うん。 抵抗しない場合は撃たない」

「……」

「可能な限り撃たないよ。 まあ撃てる状況が来て欲しいけれど」

ケーキを前にした子供の様な私を見て、AIは言葉を失っているようだけれども。

実際多分心理は似ている。

さて、犯人が行った。

恐らくだが、私が直後に来る事を知って、舌打ちしているはずだ。

相手だって対策していたはず。

今回クリーンに運転して、こっちの警戒を解こうと思っていただろう。

既に目をつけられていることくらいは理解しているだろうし。

更には、此処でクリーンに運転し、更にはそれで警戒を解いたところでこの星から逃げようとしたかも知れない。

だが、そうはさせない。

水上ジェットに乗り込むと、一気に加速。

法定速度ギリギリまで行かせる。そして、安全運転をしている犯人のジェットのけつにぴたりとつける。

反重力航行だから、こっちに衝撃波とか水しぶきとか、そういうのはとんでこない。故にガンガン追い詰められる。

私が半笑いで直後につけてきているのを見て、相手は悟るはずだ。

肉食獣が追ってきていると。

そして私は不意に速度を落とす。

何が起きた、とばかりに相手が運転のペースを崩す。

既に確認しているが。

この犯人はガチガチに免許を持っていて、水上スキーのものも例外ではない。

今は支援AIをつけているようだが。

更にスピンする。

ぐるうんと回転する私のジェットを見て、後続のジェットが露骨に距離を取るのがわかった。

やべえ。

そう思ったのだろう。

そう思え。

そう思うように、わざとやべえ運転をしてるんだから。

それも実はやっているのはAIである。

前のジェットは煽られていることにそろそろ気付く筈。

そしてプライドを刺激されて頭に来るだろう。

それでいい。

ジェットが加速するのが見えた。

同時に、こっちも加速する。

法定速度のギリギリまで加速して、距離を詰めていく。相手は挑発に完全に乗った。舌なめずり。

私は操作システムを触っているフリだけ。

実際に操縦しているのはAIだが。

前はそうは思わないだろう。

更に蛇行しながら距離を詰めていく。

心理的に圧迫を掛けていくのだ。

本来だったら、AI制御ではあり得ない航行である。相手側もAIに任せてやりすごそうとするだろう。

だが、車に変な拘りを持って拗らせている奴がどう出るか。

私には分かる。

相手は加速して、振り切ろうとし始めた。

更に前にいるジェットが迫ってくる。

そっちはAIが操作しているジェットで。実は警官が乗っている。

要は警官が操作しているジェットで今、犯人と思われる奴を挟み撃ちにしている状態だ。

相手には気付かせないが。

一気に加速し。

更に速度を上げて行く。

横に出ると、犯人は顔を真っ赤にしているのが分かった。散々煽られているのだと思ったからだろう。

残念。

煽っているのは私じゃない。

AIだ。

相手はテクニックで私の悪質運転から脱出しようとする。

だが、実は今までの運転は、全てAIが法の範囲内でやっている。

その上で、私がどうすればこの手の拗らせてる走り屋を怒らせることが出来るか軽く調べて。

それに沿って走らせているだけである。

とどめだ。

クラクションを鳴らしてやる。

それで相手はキレたようだった。

加速して、前のジェットに接触せんばかりの勢いで、テクニックを駆使して抜き去ろうとしていくが。

その瞬間、三つのジェットが一気に速度を落とした。

操作ができなくなった犯人が、青ざめているのが分かった。

多分理解したのだろう。

完全にはめられたのだと。

そのまま、ジェット三隻……車扱いだから三台なのか。

公道から外れる。

この時点で理解しただろう。

自分以外の二隻が、警察だと言う事を。

私がジェットから顔を出して、相手のジェットのコックピットを無理矢理AIに開かさせる。

ぎゅっと犯人は唇を引き結んでいた。

「ハーイお巡りデース」

「篠田警部」

「分かってる。 さて、両手を挙げて大人しくするように。 抵抗すると容赦なく撃つからねー」

もう一人の警官は、首を伸ばして様子だけ見ている。

とにかく私はヤバイから関わるなとAIに言われているのだろうか。

それで正解である。

なお、既に周囲は警察ロボットに囲まれている。

警備ロボットでは無い。より重武装な警察ロボットだ。地球時代の火器なんかまったく効かない。

警備ロボットでも効かないが、警察ロボットとなると更に強力である。

「今まで危険運転で問題を起こしていた車の行動パターンと今の貴方の運転、解析してみたけれど、完全一致。 煽られて素が出た?」

「ひ、ひきょう……!」

喋るのが苦手なタイプなのかな。

まあそれはいい。

相手は陰気なように見えたが、実際にどうやら本当に陰気らしい。フェノ人と呼ばれる地球人に収斂進化でよく似た発達をした種族で。一方で地球からは一万光年も離れた星系の宇宙人である。

地球人ほどは性格は凶暴ではないものの、なにごとにも例外はあるし。

何よりフェノ人はものにたいする拘りが尋常では無いことで知られていて。

それで今回のような事件を起こしたのだろう。

車に対する愛情が深すぎて。それで色々とこだわるようになって。

結果として犯罪を起こすまでに拗らせたというわけだ。

「ハー。 撃ちたいなあ。 撃っちゃ駄目?」

「駄目です」

「なんだよもう。 ね、抵抗しない? 私とガタイとか同じくらいだし、ひょっとしたら勝ち目あるかもよ? しかも得意な車の上だし、私を人質にとったら逃げられるかも知れないし」

「し、の、だ、け、い、ぶ!」

割とガチ目の制止が入ったので、そこまでにする。

舌打ちして、完全に表情を消してショックカノンをしまった私を見て、犯人は本気でヤバイと悟ったらしい。

以降は、何も抵抗のそぶりは見せなかった。

署に連行。

後はAIに尋問を任せる。

私は遠隔で監視。

私が尋問するのは、AIに却下された。それに犯人は怯えきっていて、私が近付くだけで錯乱しかねない様子だったし。

青ざめてガタガタ震えている犯人のパーソナルデータを調べる。

見た目は11歳(フェノ人は15歳で成長しきるので、人間でいう15歳程度)で固定しているが、中身の実年齢は191歳。フェノ人は地球人に比べて人生をエンジョイ(笑)する傾向が強いらしく、永く生きても1000年程度で飽きてしまう地球人に比べて、高齢の個体が多いそうだ。

道理で色々免許を取っていると。

車の魅力に取り憑かれたのは120年ほど前。

以降はあらゆる車の免許を取って、この車の楽園のような星で穏やかに車を乗り回していたが。

あるとき、ネジが外れたという。

「周囲の運転が許せなくなったんです。 急に……」

拗らせフェノ人の発音が地球人には出来ない名前の人はそういう。

強いていうならクトゥルフが近いが。

はて、どこかで聞いたような。

まあいい。ともかく聴取を聞いていく事にする。聞くだけは許された。後脱走した場合のみ撃って良いそうである。

だから脱走しないかなーと思って聴取を聞いている私である。

「車って精細な乗り物で、古くは毎年点検しているようなものでした。 免許だって、今よりとるのはずっと難しかった。 簡単に人を殺せるからです。 そんな難しくて乗る事自体がとても素敵な乗り物を、汚しているようにしか、周囲が見えませんでした」

「続けてください」

「だから、明らかにただ車に乗って遊んでいるだけの奴に、車の怖さを思い知らせようと思ったんです」

俯きながら物騒な事を言う。

なるほど、一種のメサイアコンプレックスか。

そこまで大げさなものではないだろうが。

いずれにしても、AIで安全が保証されているこの星で、車とかいう太古ののりものが乗り回せるから、興味本位でやってくる。

そんな人間が許せない。

そう思う輩は、一定数いる、ということだ。

そういえば私に絡んできたのも、その手の類の輩だったのだろう。

ということは。

私の捜査方針は、最初から当たっていたと言う事か。

ただこの犯人は、説教しようとしてきたあのアホよりも、更に悪質ではあったといえる。

実際前科二犯で。

それでもまだ、こんなことを言っているのだから。

歪んだ愛情という言葉があるらしい。

まあ、私も抱えているからよく分かる。

だけれども、この犯人クトゥルフさんは。

要するにその歪んだ愛情にもう全身絡め取られて、身動きが取れない状態にあるのだろう。

何だか、とても親近感が湧くが。

それは多分あれだ。

私が犯人とかなり近い同類だから、なのだろう。

そう思うと。

やっぱり撃ちたくなる。

なんというか、もの凄く極上の獲物に見えてきた。

舌なめずりしている私に、AIが警告してくる。

「興奮を抑えてください篠田警部」

「だって撃ちたいなあと思ってさ……」

「同類としてシンパシィを感じているように見えましたが……」

「だから撃ちたいんだよ。 繊細な乙女心が分からないかなあ」

理解出来ないとAIに言われたのでげんなり。

まあその辺は、多分殆どの人間にも理解出来ないだろうから、仕方が無いとは言えるのだろう。

まあいい。

そのまま聴取を見続ける。

「二回捕まって服役して、それから出所しても、車への愛情は変わっていませんし、ただ太古の乗り物を面白おかしく乗ってやろうとか思ってここに来る人間への憎悪は揺らいでいません」

「今後も同じ事を繰り返すという事ですか?」

「……」

「それならば、貴方からは免許を取りあげなければなりません」

ぐっと下を向く。

いいねその表情。

私も多分だけれども。

銃を取りあげられたら、同じ表情をすると思う。

何というか大変に素晴らしい。

クトゥルフさんだったか。

あの人を今、とてもとても撃ちたいが。まあAIが監視を厳重にしているだろうし、我慢する。

「分かりました。 貴方は免許を取りあげたら死を選ぶでしょう。 その代わり、教育を受け直して貰います」

「洗脳するつもりですか」

「車の愛し方は人次第です。 古いものにただ触れてみたい、何も考えていないような愛好家もいます。 その一方で、貴方とは違う方向で車を愛している愛好家もいます。 多様性の確保はこの銀河連邦での基本事項です。 貴方はその多様性を認めようとしていません。 この銀河連邦に対する火種になります」

「……」

悔しそうに俯くクトゥルフさん。

何度か涙を拭っていた。

独善的な思想については正直な話、今正論でビンタされたとおりで、まったく好感を持てないが。

しかしながら、その極端にいきなり振り切れる思考。

やっぱり親近感が湧く。

ショックカノンほしい。

うちたい。

そう呟くと、AIが呆れたように言った。

「今回の件は三回目の逮捕と言う事もあり、懲役5年ほどがつくでしょう。 その間に忘れてしまってください」

「えー。 5年も……!」

「パーソナルデータを確認した所、警察が把握している以外にも七件の危険運転で事故を誘発しかねない状況を起こしています。 その程度は妥当でしょう」

「はー、分かったよ。 あ、そうだ。 獄中に様子見にいってもいい?」

駄目と言われたので。

心底がっかりする。

煽り倒して反応見たかったのだけれどなあ。

勿論そういう事は認められないので、故に駄目だと言われたのだろうけれども。

何というかいけずである。

やむを得ない。

後は模倣犯を、まとめて網に引っかけてつり上げる。

それだけだ。

とりあえず、聴取は終わる。

すぐに判決も出たので、そのまま刑務所に直行する様子だ。

肩を落としている様子であり。

更に、SNSでも騒ぎになった。

何でも車に関してはこの星でも有数の知識人だったらしく。衝撃が大きく走っているそうである。

「車王が逮捕されたらしいぞ」

「マジでか」

「何だよ、そもそも車の楽園に、車が好きでもない連中が勝手に来るだけでも不愉快だってのに……!」

「警察は俺たちから楽しみ全部とるつもりかよ!」

SNSは紛糾。

調べて見ると、あのクトゥルフさん。

いわゆるSNSにおけるインフルエンサーだったらしく、様々な車についての解説や、乗って見た感触。免許の取り方講座などを、丁寧極まりなく解説している人物であったらしい。

ハンドルを握ると過剰な車愛が暴発するタイプだったのだろうが。

逆にハンドルを握っていないときは、車に対して真摯な愛情を持つ本物のファンでもあったのだろう。

その愛情が深すぎたから。

色々拗らせてしまった、というわけだ。

なるほどなるほど。

私が殺戮への渇望が強すぎて。

人間を撃ちたくて仕方が無いのと同じなわけだな。

とりあえず、休憩を終えると、デスクにつき。

そして全く他人と顔を合わせないまま、これからの方針について打ち合わせをしていく。

この辺りは、まあ楽で良い。

AIがサポートしてくれるので、素人がやるプレゼンとか、無駄な会議とか、一切しなくていいのだから。

いずれにしても、ささっと持ち回りを決めて。

残りの模倣犯を一網打尽にする作戦を開始する。

それから私はそのまま街に出たが。

流石に大物を釣れたからか、以降の警官としての幸運はあまり味方してくれず。

他の模倣犯は、他の警官や警察ロボットがみんな逮捕していった。

SNSからはごっそりとその過程で「車ガチ勢」が消えたが。

はっきりいって、すこぶるどうでもいい。

一通り模倣犯が消えたところで、車の楽園とも言えるこの星での迷惑運転をする奴はいなくなった。

或いは、SNSを見ている犯罪者予備軍も悟ったのかも知れない。

一斉摘発が行われたと。

それに、だ。

車王は、私の到来に気付いていた節がある。

二度捕まっただけでそれだ。

ある程度の危険察知能力は、今の時代の人間にも相応に備わっているのだろう。

腹立たしい話だ。

無防備でいてくれれば、簡単に捕まるのに。

あ、でも簡単に捕まると面白くないし。

何より撃つチャンスもないか。

一週間ほど、更に追加で星に逗留。

レポートなどを全て済ませてしまう。帰路にて書くのもありなのだけれども。今回は別に好きでも無い車に関する仕事を最後までやっていろいろめんどうだったので。これで終わりにしてしまいたかった。

まあクトゥルフさんとは是非とも顔を合わせたかったし。

是非とも撃ちたかったのだけれども。

それは五年後をお楽しみだ。

五年後に、AIが色々教育てか洗脳なのかも知れないが。それをしているだろうが。それでもなおも、まだ車愛を歪んだ状態で拗らせているとしたら。

更に悪辣な状態で、私の前に現れて。

今度こそ撃てるかも知れない。

思わず舌なめずりをしてしまう。

そうだ、そうこなくっちゃあ。

三つ子の魂百までという諺もあるように、人間なんてはっきりいって年取ってもオツムは変わらない。

幼児の頃から虐めをするし、老人ホームでも虐めはある。

そんな程度の生物だ。少なくとも地球人は。

今の時代には老人ホームも学校もないが。それらでの虐めは散々記録が残されている。

地球人より獰猛ではないにしても、他の宇宙人だって程度の差はあれど似たようなものだろう。

そんな知的生命体風情である。

ましてやクトゥルフさんは、もう200年近く生きている。五年程度「洗脳」に曝された程度で変わるとは思えない。

ならば、やはり。

私の前に、理想的な獲物として現れてくれる可能性が高いだろう。

レポートを無表情で仕上げると、最後の日にはさっさと切り上げてこの車の星を離れる事にする。

最後まで車には興味が湧かなかった。

殺戮の道具としては、あんまり面白く無さそうなので、だ。

どうせなら、相手が抵抗してくれる方が面白いし。

こっちが死ぬ可能性がある方が楽しい。

車で轢き殺せば人間は簡単に死ぬ。

ナイフで刺すとか、そんな迂遠なことをするよりも、遙かに楽だ。

更に言えば、車に爆薬や燃料を大量に詰め込んで突っ込めば。

簡単に自爆ミサイルの完成だ。

今の時代は通用しない兵器だが。

いずれにしても、簡単に兵器転用できてしまう。それも、自分の手でやるわけではない大量殺戮兵器に、である。

そんなものに、私はあまり興味を持てない。

どうせなら、相手が必死に抵抗してくる形相を見ながら、撃ちたいのだ。

相手が撃ってくればなおさらにいい。

素晴らしい。

私に取っては、武器はクトゥルフさんにとっての車と同じなのだろうが。

それはそれとして、やはり考え方がまた違うのだろう。

クトゥルフさんは私の考えを聞いたら絶対に理解出来ないだろうし、逃げようとするだろうが。

私としては銃を持って立ち向かってきたり。

必死に犯罪者として警察と立ち向かおうとしてくる姿の方が好みだ。

帰路の輸送船に乗る。

自室でAIに言われた。

「相変わらず篠田警部は物騒な事をお考えですね」

「しゃあないでしょこれが本性なんだから」

「はあそうですか……」

「私と同じような人間は一定数いるでしょ。 方向性は違うだろうけれど」

それについてはその通りだとAIは認める。

実際問題、性格がねじ切れてる私みたいなタイプの方が、むしろ人間としては平均的なのでは無いかと思う。

私は自分がおかしい事を自覚しているが。

大半の人間はそれを自覚できない。

つまり、余計タチが悪い。

それが現実では無いのだろうかと、私は思う。

「それで、帰ったらしばらく休暇?」

「そうなります。 五日ほど休暇を用意してあります」

「はー。 まあいいけどさ」

「ゆっくり休んでください」

適当に応じると、私は寝る事にする。

レポートを終わらせてあの星を出たのは失敗だったか。

帰路にレポートをやったら、あの撃ち殺したくなる久々の愉快な獲物の顔が浮かんで、楽しそうだったのに。

私の発言に恐怖する様子は実に愉快だったし。

もう一度見たいとも思う。

SNSを見ると、車王の関係での話題はすっと静かになっていた。

やはりというかなんというか。

取り巻きは殆どが模倣犯になっていたり。

或いは捕まった事を理解したのだろう。

車についての話題は落ち着き。

紛糾も一段落していた。

なんだつまらん。

暴動でも起きてくれたら、鎮圧作業にUターンして参加とかできたかも知れないのに。

そうなれば銃撃ち放題だったのに。

小さくあくびをする。

そして、その時には、もう眠っていた。

夢の中でも、私はぐちぐちと未練を引きずっている。

起きた時には忘れてしまう事を思い出して。

私は夢の中で失笑していた。

 

4、後片付けと後始末

 

自宅に到着。

AIが事件の顛末をまとめたニュースをSNSに流していて。それがそこそこに話題になっていた。

AIは淡々と説明する。

「車愛好家はとても趣味としては立派だと思います。 しかしながら愛好家というものは、他にも愛好家がいること、趣味は多様である事を認めなければなりません。 今回の事件は、他者の趣味を認めない。 その不寛容が起こした事件で、一歩間違えば多くの命が失われていたでしょう。 犯人は愛好家としてはトップクラスの人物でしたが、そういう人物であるからこそ、責任を持ち、寛容である事に務めましょう」

以上、終わり。

まあぐうの音も出ない正論である。

だが、正論というのは正しいから正論というのである。

私もそれについては異論は無い。

そういえば、地球人は正論を言われる事を兎に角嫌い、耳に優しい言葉を囀るダニを周囲に侍らせることを好む悪癖があったのだっけ。

地球にあった多くの国家が、それで滅びていったというのに。

銀河連邦に合併されるまで、ついぞその悪癖が解消されることはなかったという。

まあどうしようもない生物だなと私は自嘲する。

私も人間なので。

さて、仕事だ。

職場に出ると、デスクで仕事を受ける。レポートでも書くのかと思ったら、違った。どうやらシミュレーションでの演習らしい。

この間まで散々演習やったのにと思ったが。

車を用いた犯罪に対する対応シミュレーションが足りていないと言うことで、それを作る為の作業に協力する、ということだった。

なんで、私が。

車なんて別に好きじゃないっての。

そう行く道でAIにぶちぶち零すが。

AIの言葉で、俄然やる気になった。

「是非必殺の殺気を持って相手を追い詰めてください」

「車から身を乗り出して、銃を撃ってもいい?」

「仮想空間なのでOKです」

「いやっほう!」

跳び上がる私を見て、周囲が恐怖の目で距離を取るが、すこぶるどうでもいい。

車はどうでもいい。

車で轢き殺すのにも興味は感じない。

だが、車を補助で使って、銃で人間を撃つのはとても楽しそうでは無いか。

悪役としてでも一向にかまわん。

シミュレーションルームに出向く。

周囲に警官は見かけない。

やはり、他の署からシミュレーションルームで参加するのだろう。

それに私は何か悪名高いらしいので。

悪役として私が参加していると聞いたら、それはそれでいやがる警官がいるのかも知れないし。

でも、それの方が楽しそうだ。

怖がって逃げる相手を追い詰めて、そして必死に抵抗するところを撃つ。

何とも甘露ではないか。

シミュレーション開始。

私はなんかトゲトゲのごっつい装備の車に乗る。

警官役は、これに追われながら反撃し、私を制圧する事が目的になるそうだ。

だが、AIに言われる。

「今回は、行動パターンのデータを取るので、相手役の警官はいません」

「それってどういうこと?」

「殺意を持って追い詰めようとしてくる犯人の思考パターンのデータを取ります。 というわけで、色々なシチュエーションを用意するので、殺気を全力全開で発揮して相手を追い詰めて撃ってください。 私はそのデータを基にして、警官が鎮圧するためのプログラムを組みます」

「なるほど……」

向こう側に人間がいる方が面白いんだけどなー。

ちょっと熱が冷めた。

だけれども、まあいいか。

今回は銃撃ち放題だ。

ただ状況からして、車の運転をAIには任せられない。支援AIを起動した場合、犯罪には荷担しないからだ。

やむを得ない。

幸い運転を出来る車なので、コレを使って早速相手を追い詰める。

相手は小型車だ。

パワーをフルに発揮して、何故か荒野になっている道を全力疾走。

相手の車に追突。

更にバランスを崩したところに横から突っ込み、止まった所を踏みつぶした。

そして、中でAI制御らしい人間が気絶しているところに、満面の笑みで銃を打ち込んでいた。

次。

今度は都会の道だ。

今度は此方が操縦するのが比較的小型の車だが、別に関係無い。

運転できるのならそれでいい。

アクセルを全開でベタ踏みして突貫。

前にいる車に全力でぶつかる。

信号待ちをしていた車と大クラッシュして、放り出される前の車に乗ってる奴。私も結構強烈な衝撃を受けたが、うへへへへと笑いながら車から出ると、前の車に乗っていた奴。つまり車から放り出されて道で伸びていた奴の人体急所を狙って、十二発撃ち込み。

更にキャーキャー悲鳴を上げて逃げ惑う周囲の群衆(AIが動かしているので遠慮不要)に対しても、片っ端から銃を撃ち込みまくった。

うふう。

とても楽しい。

次。

今度は山道だ。前から車が来るのを見て、私はアクセルを全開で踏む。

前の車がヤバイと判断したのか、避けようとするがもう遅い。

全力で衝突。

相手にとっては避けようとしたことが徒になった。私の車が相手の車に真横から突っ込んだことで。車は横転。私は衝撃をむしろ心地よいと思いながら車を降り。

横転して倒れている車の中にいる人間を、何度か撃って仕留めたあと。

外に出て。距離を取ってから燃料タンクを撃った。

大爆発。

わははははと大笑いする私である。

それから七度ほど蛮行の限りを尽くした。

これが犯人に対応する警官の役に立つなら最高である。

 

真っ青になっているクトゥルフ。

篠田警部。彼女を捕まえた狂人警官と一部で呼ばれている危険人物による、車犯罪対策のシミュレーション作成の一部始終を、刑務所で見せられているからだ。

「見ましたか、クトゥルフ。 貴方は一歩間違えば、こうなっていたのですよ」

「……」

「こういうことをしたいですか?」

「い、いや、いやっ!」

刑務所の中は、外には出られないものの。

そこそこに狭い部屋の中、自由が利かない程度くらいの待遇である。

古い時代には、刑務所内で犯罪者が犯罪組織を作ったりと、やりたい放題だった場所もあったらしいし。

刑務所に入ることを経歴として誇るような犯罪者組織の構成員もいたらしいが。

現在は、とにかく窮屈で。

誰とも接触できない。

そういう場所に、刑務所はなっている。

人との関わりが希薄な時代ではあるのだが。

それでもそれよりさらに希薄にして。昔の人間が夢想したディストピアにちかい空間にしているのが此処である。

クトゥルフは震え上がっている。

今、丁度篠田警部が逃げ惑う群衆を高笑いしながら撃ちまくっている。後ろで爆発する車。爆風を浴びても平然としていて、舌なめずりまでしている。

本気で楽しそうなのが見ているだけで伝わるほどだ。

「これが、貴方が辿り得た末路です」

「こ、こんなの違う! 違うよっ!」

「では、違う存在になりましょう。 他者に寛容にならなければ、いずれ貴方はこうなります」

クトゥルフがそれを聞いて貧血を起こして失神した。

少しやり過ぎたかと思ったが。

これくらいのショック療法をしないと、もう三犯のこの人は更正できないだろう。

それにしても、だ。

シミュレーションプログラムを組みながらAIは思う。

これをどうやって今の弛んだ警官達に鎮圧させる。

勿論警備ロボットや警察ロボットを動員すれば難しく無いが、腰が引けたり、PTSDをモロに喰らってしまうだろう。

対策が必要だ。

まだ画面の向こうでは。というかAIにとってはリアルタイムでデータを取っている最中だが。

篠田警部が大喜びで大暴れしている。

本当に楽しそうだなあ。

そうこの人をどう抑えるか四苦八苦しているAIは、思うのだった。

 

(続)