演習で体を動かそう
序、撃ち放題
古い時代も、警官は武装していたと聞く。地球文明時代でも、それは同じだったという。
軍人に比べて軽武装ではあったものの。
やはり警官は相応の武力が必要であり。
武装した犯罪者が相手になる場合は、やはり拳銃などの人間では対応出来ない武器が必要となったのだ。
私もいつもではないが。
武装はしている。
全ての銃が過去になった、文字通り最凶の万能銃であるショックカノンで。
ただし私が好きなようには撃てない。
それだけが不満だった。
だからこそ。
今は満面の笑みである。
此処は私の家の近くにある、警察の演習施設。古い時代は、銃を一回撃つだけで始末書が必要になったとかいう話だが。
AIでショックカノンの発砲を完璧に管理している今は。
そんな面倒なもんは必要ない。
その代わり。撃つことも中々出来ないが。
ここは奥行きが数百メートルほど。
天井まで二十メートルほど。
銃を好きに撃てる場所だ。
勿論周囲には誰もいない。演習場を好きこのんで使う警官はあまり多く無い。中にはショックカノンを一度も撃たずに警官を辞める奴もいるらしい。
憲兵時代から銃を撃つのは大好きだった私で。兎に角引き金が軽すぎるとAIに苦言を呈された事もある。
とはいっても、AIが許可しなければ引き金を引いても撃てない今の時代である。
引き金が軽い事はあまり関係無いが。
「的を出します」
「カモーン」
大喜びの私は、立射の態勢を取ると。
そのまま、出て来た的を撃ち抜く。
うん、腕は落ちていない。
これは演習なので、ショックカノンの火力は最小にまで抑えていて。それこそペイント弾よりも火力が出無い。
的には当たったことが分かれば、それでいいし。
事故が起きないようにするためでもある。
本気でぶっ放せば、警備艇の壁を構成している特殊合板すらぶち抜く(実際には防御システムが色々な方法で防ぐので無理だが)出力が出るショックカノンだけれども。
逆に、AIのコントロール次第ではこんな風に銀玉鉄砲にも出来るのだ。
その辺り色々便利ではあるけれど。
まあ、個人的にはもう銃が撃てればそれでいい。
的を順番に撃ち抜く。
撃ち抜けていないけれど、撃ち抜いた気分になる。
たくさん飛んでくる的。
人型のもある。
それらを片っ端から撃ち抜いていって。
全て撃ち抜き終わると、スコアが出た。
満点ではなかった。
的そのものは、全部急所を抜いているのだが。
それはそれである。
撃ってはいけない的も容赦なく撃ち抜いているのが減点理由だ。
「篠田警部」
「なーにー?」
「すっきりしているところ悪いのですが、撃ってはいけない的を撃ってはいけません」
「まあ分かってやってるんだけどね」
知っているとAIは言った。
まあそうだろうな。
だから引き金が軽いとか文句を言ってくるのである。
私としても、久々に気兼ねなく銃を撃てるというので楽しかったし。相手が何でも良かった。
我ながら業が深いとも思うけれども。
別にそれでもかまわない。
地球時代の人間に比べれば、多分我慢してきちんと生活している私の方がマシだ。
法の穴を如何に突くかを競ったり。
人権を金儲けの材料にしたり。
そんな事をしていた連中に比べたら、トリガーハッピーの私の方が、百万倍は人間をしているだろう。
舌なめずりして、次の的を出して貰う。
即座に撃ち抜く。
今日は敢えてAIによる補正は外してある。
軍時代には、昔の軍だったら恐ろしいキルスコアをたたき出していただろうなと言われた私の腕は健在である。
今の時代は、そもそも名人芸が必要ない時代なのだが。
それでも私は好きでやっていて。
好きで技術を上げている。
また、的を全部撃ち抜き終える。
すっきり。
「良い気分の所に水を差すようですが……」
「水差すな」
「撃ってはいけない的を撃ってはいけません」
「わざとやってるのは分かってるでしょ」
もう1丁。
満面の笑みのまま、次の演習にかかる。
ただ、そろそろ本気でやらないと演習停止になるだろう。
だから次は、撃ってはいけない的は撃たない。
今度は移動しながらの射撃だ。
遮蔽物などから飛び出してくる的も対応する。
今の時代は、そもそも遮蔽物から飛び出して、ナイフを腰だめに奇襲とかしても意味がない。
服が防御性能を備えていて。それが防いでしまうからだ。
開拓惑星などで、敢えてそういう機能がない服を着てきている奴は、死ぬかも知れないけれども。
余程の事がない限り、そんな事は起きえない。
だからこの演習も茶番なのだが。
楽しければそれでいい。
確信犯でやっている事だが。
AIは文句を言わない。
これもガス抜き。そう思っているのだろう。
そもそも演習ではあるけれど。
或いは私がその気になったら、犯罪者だけきちんと撃てる事を示しているので。それでいいと思っているのかも知れない。
超高度AIであっても、思考は当然しているし。
その精度は高く。
人間なんかより思考の論理性は高いし。何よりも、人間なんかよりも大局的にものをみて、なおかつ感情的でもない。
何より人間と違って依怙贔屓しない。
この辺りは私も分かっているので。
まあ、多少窮屈でも我慢することは覚えていた。
「もうちょっと違う演習をしましょう」
「了解了解。 それで内容は」
上機嫌の私だったが。
すぐにショックカノンにロックがかかったことで、方針が変わった事に気付く。
立体映像で、数人の犯罪者が浮かび上がる。
連中は、ショックカノンでは無いが。
原始的な銃火器を持っていた。
普通だったら服の防御機能でどうにでもなるのだが。
まあ私も警官だ。
一通りの訓練は受けている。
だから、どういう訓練なのかは分かる。
すぐに遮蔽物に隠れる。即座に射撃が開始された。
反撃不可能な状況で、身を隠す訓練だ。
何らかのトラブル(起こりえないが)でショックカノンが使えなくなり。
そのまま犯罪者から逃げなければならない状況。
それが作られたとして。
どうにか身を守る。
その訓練となる訳だが。
まあ今まで撃ち放題だったのが、撃たれ放題になるわけで。
私としては、まあこれくらいならいいかと思いながら、身を伏せている岩の模型がもりもり削られるのを感じとる。
銃撃が止んだ瞬間に飛び出すが、途中足下近くを何度も弾丸が抉った。飛び込んで、別の遮蔽物に身を潜める。
数人の犯罪者は、容赦なくうち込んで来る。
音は少なくとも本物。
喰らえば死ぬという想定なのだろう。
いずれにしても、訓練はわざわざ説明されなくても分かる内容だったら、そのままやる。こっちはこっちで、悪くは無い。
またかなり遮蔽物があぶなくなってきたので、その場を離れる。
それにしても、なんぼでも撃ってくるなあ。
残弾が幾らでもある設定なのか。
火薬式の銃というのは、まあレールガンなどの実体弾を撃ち出す兵器は基本的にどれもそうだけれども。
基本的に残弾というのが最大のネックになり。
装填するにしても。
持ち運ぶにしても。
どっちにしても、かなりの負担だったという。
私もそれは知っているのだけれども。
相手はそんなの完全に無視して撃ちまくってくる。
何というか。
昔の漫画に出てくる、無限に弾が出る鉄砲を持っている相手とやりあっている気分である。
さっと遮蔽物から顔を出し、相手の位置を確認。
見えているだけでも六人が、ライフルだか言う長い銃でこっちを撃ってきているが。
基本的に単発だけではなく。連続射撃に切り替える事もできるようだ。
それでリロードのタイミングを、息を合わせて変えてきているから、隙が無い。
本来だったら、服でこのくらいの火力は防げるんだけれどなあ。
そう思いつつ、次の遮蔽物に逃げ込む。
「それでこの訓練、応援は来ない設定?」
「この状況下でその発言。 随分とまた余裕ですね」
「んー、運が悪かったら被弾すると思うけれど、それはそれ。 銃撃戦楽しいし」
被弾したら死ぬほど痛いし、場合によっては死ぬ。
今の時代。再生医療の発達で、腕くらいなくなっても再生は可能。脳ですら再生が可能な時代だ。
だから別に被弾はそこまで怖れてはいない。
ただ即死してしまった場合はどうにもならない。
私もそういうときは、まあ仕方が無いだろうなと思っている。
ショックカノンを確認するが。
まだロックがかかっていた。
「それでどうなの?」
「あと五分ほどです」
「へいへい」
首をすくめる。
遮蔽物を射貫かれた。
此奴はもう駄目だな。そのまま飛び出して走る。次の遮蔽物までかなり距離があるが、まあどうにかする。
だが、何カ所か擦った。
痛みはしっかり再現してくる。
痛いなあ。
そう思いながら、肩を押さえて、相手の様子を窺う。包囲を崩さず、確実に此方を追い詰めに掛かって来ている。
五分経過。
ようやく警察ロボットが来る。
そして数秒で、全員を鎮圧した。
まあこれも立体映像なのだが。
同時に痛みも消えていた。
「ふー、撃たれる一方というのもスリルあるねえ」
「本当に戦闘適性が高いですね。 相手を一切怖れていないのでは無く、単純に戦いを楽しんでいる」
「楽しいものは仕方が無い」
「分かっています。 好きこそ物の上手なれという言葉があります。 残念ながら、好きでも上達しない人はいますが、貴方は違うケースですね」
褒められているのかどうかは分からないが。
まあ褒められているのだろう。
その後、スコアが表示される。
一通り目を通すが、やはり不真面目な対応でごっそり点数を引かれていた。
ただそんなのにはあまり興味が無い。
AIもこれが私にやる気を出させる事にはならないことを知っているのだろう。
くどくど説教するようなこともなかった。
先の痛み。
あれを経験させたかったのだろうか。
いや、軍時代に痛みの経験訓練はやっている。
他の警官には、痛みで悶絶する者もいるらしいが。
私は痛みには強い方で。
かなり平然と痛みの中で動き回っていたので。AIとしては驚嘆したらしい。
痛みに強い種族もいるが。
生憎地球人類はそうでもないので。
「貴方はこの時代に産まれて良かったのではないかと思います」
「地球時代だったら犯罪者だった?」
「ほぼ確定で」
「んー、否定しきれない所が我ながら腹立たしいかな」
個人的には、確かにその通りだとも思う。
西部開拓時代だとかいう、無法者の天国だった時代があるらしいが。
私はその時代に産まれたら。
どんだけならず者を殺したかを、着々とメモして残していそうだ。
百人くらいは殺したいが。
まあそこまでやる前に、多分徒党を組んだならず者に殺されていただろう。
それが幸せな人生だったのかというと。
私には分からない、としか言えない。
訓練はとりあえず終わり。
ショックカノンを返すと、自宅に戻る。
今日は訓練業務で一日終わりだ。
なお格闘戦は今の時代は、自主訓練になっている。
警官が格闘戦をする機会は滅多にないし。
何よりも、相手が地球人と同じ大きさとは限らない。
ボクシングだったか。
殴り合いをするスポーツだが。階級が一つ上がると、パンチの破壊力が三倍になるなんて話もあったっけ。
それと同じだ。
上背が四倍もある宇宙人もいる世界である。
そんな世界で、格闘戦を警官が真面目にやっても、あまり意味がないと言える。
とはいっても、格闘戦の知識が役には立つかも知れない。
それで、個人の趣味の範囲内で練習するのなら、それはそれで推奨されている。
ただ、警官の正式な訓練としては行われない。
まあ実際問題、警官が格闘戦をしなければならないような状況は基本的にAIが作らないし。
何か荒事が起きる場合は、警備ロボットや警官ロボットも動員される。
此奴らには格闘戦なんか何の意味もない。
生身の生物だったら絶対に勝てないので。
そもそも訓練をする意味がないのだ。
犯罪者にとっては、此奴らは絶望と同義である。
私は、その絶望を見ながらショックカノンをぶち込んでやるか。後は逮捕される犯罪者をみているだけ。
警官の仕事はそういうもので。
今の時代は、正確には警官としての仕事をちょっとやらせてもらっているだけ。
そういうことになる。
まあ、AIの統治がもっと下手だったら、もっと犯罪者はたくさん湧いたのだろうけれども。
今の時代は、犯罪者が湧く理由がない。
余程犯罪適性が高いか。
或いは特殊な趣味を持っているか。
何かしらの変な思想にでもはまらない限り。
致命的な犯罪を起こすことはまずないのである。
故に警官は暇。
そして格闘戦を学ぶ必要もない。
ただそれだけのことだった。
家に帰った後は、風呂に入って、それで寝る。
体を動かした後はよく眠れるが。
何でも最近聞いた話によると、自律神経が壊れてしまうと疲れようがどうしようが眠れなくなるという話だった。
昔は警察で24時間仕事を回すようなケースもあったらしく。
無意味に24時間機械を動かして監視を続けているような業務もあったらしい。
そういう業務では、24時間人間を働かせるのが当たり前で。
そういった職場では、文字通りの廃人が量産されていたのだという。
ちょっと今では想像ができない話だが。
地球時代では、そんな感じで大量に人間をすり潰して使っていたらしい。
その話を聞いてしまった今だと。
地球時代。混乱の時代に生きた方が楽しかったかなとおもったのも、撤回せざるをえない。
あくびをすると。
横になって寝る。
しばらく警官の演習に力を入れると、AIから話が来ている。
そして私は美味しいものから先に食べるタイプだ。
つまるところ。
ここから先は、あんまり面白くない仕事が続くのだろう。
そう考えると、良い気分はしなかった。
1、耐久訓練
最初にお題を渡される。
ざっと目を通した。
今回の訓練は、小部屋でずっと行う。トイレは使えるけれども、それだけの小さな小部屋である。
立体映像で独房に偽装してあるそこで。
此処から犯罪組織に捕まって、尋問されているという体で訓練を行うのだ。
まず基本的に犯罪組織が存在しないのだが。
まあそれはいい。
いずれにしても、口が軽いのはどのような理由であっても良い事ではないので。口が軽くならないようにする訓練そのものは悪くないと感じる。
問題は椅子に座らされ後ろ手に縛られていること。
これでは抵抗できないでは無いか。
今回は尋問を受ける訓練なので、拷問とかはされないのかなと思っていたが。
痛みは再現するという。
なんか思いっきり嫌になってきたが。
これも楽しく犯罪者を撃つためだ。
そう考えて、我慢することにする。そもそも私が、どうして存在もしない犯罪組織に捕まらなければならないのか。
口を尖らせていると、AIに言われる。
「現時点では、犯罪組織はこの銀河系に存在しません。 少なくとも銀河連邦に所属している宇宙規模まで発達した文明では、です」
「じゃあなんでこんな訓練するの?」
「それは、私の裏を掻いた犯罪組織が出現する可能性があるからです」
「……」
そんなん、億分の一とか、兆分の一とかの確率だろうに。
それでもやるというのが。何というかAIらしい。
本当に、打てる手は何でも全て打っておくのだなと思って。ちょっと私は感心してしまったが。
同時にげんなりした。
とにかく拷問とか尋問とかを受けても、吐かなければ良い。
それだけの訓練である。
目の前に、いかにも強面なのが座った。
この間ショックカノンで撃った犯罪者に似ているなあ。
そう思ったが、黙っておく。
さっそく犯罪者はストレートに聞いてくる。
だが、私はにやにや笑いながら応じた。
「あんたには教えない」
「そうか」
ばちんと音がした。
どうやらひっぱたかれたらしい。
結構いたい。
なるほど、これがひっぱたかれる痛みか。
髪の毛を掴まれると、顔を正面に無理矢理向けられ。
今度は頭突きされる。
私はにやりと嗤うと。
立体映像の犯罪者の鼻に食いついて、噛み千切っていた。
立体映像だから別にそこまで凝らなくても良いのに。
噛み千切るのには成功していた。
きたない鼻を吐き捨てる。
食感もしっかり再現されている。こいつは多分地球人の犯罪者なのだろうが。鼻を食いちぎるとこんな感じなのだろうか。
まあ立体映像が相手だから、悲鳴を上げてばたんばたん地面でもがいている様子は滑稽なだけだ。
相手が訓練をしに来た本物の警官とかだったら心が痛むけど。まあ多分それはないだろう。だからどうでもいい。
立体映像が消える。
今度は別の犯罪者が姿を見せる。
凶暴な奴と聞かされているのか。
最初から腰が引けているのが確実だった。
「何人か掛かりで抑えろ。 猿ぐつわ噛ませろ」
「んなことしたら喋れなく……」
四苦八苦しながら犯罪者達が猿ぐつわ噛ませているのがちょっと面白かったが。なるほど、そういう事か。
確か交渉の基本は、心理的優位に立つことだとあるとか。
要するに拷問のテクニックとして、話が通じない相手だと言う事を示してやるのが、いいのだそうである。
だがこれについては今の時代は懐疑的だ。
頭を直接覗けてしまうので。
そうした方が早い。
つまり、この訓練もはっきりいってあまりいみがないように思えるが。
あれだろうか。
頭を覗くことも出来ない程度の武装の犯罪組織に捕まって。それで拷問を受けているという設定だろうか。
余計に無意味な気がする。
例えばAIの監視をかいくぐって犯罪組織を作る奴が出てくるとする。
だがそういう場合は。
恐らく相当に高度で、隠匿性が高い集団になる筈だ。
こんな原始的な拷問なんてやらないだろうに。
また別の強面が前に座ると、写真を出してくる。
知らん写真だ。
さっき見せられたデータとは微塵も関係がない。
「サツのねえちゃんよ。 こいつを今どこで匿ってるか、面倒だしさっさと吐いてくれないか? でないと、こっちもいろいろやらなければならなくなるんだよなあ」
「……」
「そうか、吐いてくれないか」
呆れている私に、茶番を見せ続ける立体映像。
ペンチとか取りだす。
目玉をえぐり出すのかな。
それとも耳や指を引きちぎるのかな。
いずれにしても、私はむしろわくわくしていた。
やり口が甘いんだよなあ。
そう思う。
例えば、視界も塞いだりしたら、より恐怖感を与える事が出来るだろうし。
何よりも、話が通じない恐ろしさを味合わせることだって出来る。
不慣れなのが分かるから。
どうしても致命的な所で怖くない。
「それではまず右耳からいくか」
拷問が始まる。
右耳を引きちぎる立体映像。
実の所、痛みは正確に再現されている筈だが。どこか遠くから響いてきているようで。あんまり怖くなかった。
左耳も引きちぎる。
まあ引きちぎられた痛みは再現される。
勿論実際に耳を引きちぎられているわけではないので。私は悠然と構えていた。
明らかに青ざめる相手側。まるで人間みたいな反応だ。凝っている。
私はむしろ、にんまりと目だけで笑ってみせる。
さあ、次は何処をむしる?
そう問うように。
そうすると、青ざめた立体映像が立ち上がり、そのままどっかにいく。
おいおい、止血くらいはしろよ。
貴重な情報源が死ぬぞ。
情報源である私がそんな風に思っていると。もっと強面の奴が出てきた。此奴は知っている。
確か宇宙でももっとも強面な種族の一つ。
地球人基準で、だが。
なんというか、地球人に近い姿なのだが、とにかく厳つい種族なのである。
例えば蜥蜴とかゴリラとかだったら、それはそこまで厳ついようには感じないのだろうけれども。
此奴らは地球人に容姿が似ているので、余計に圧迫感を与えるらしい。
いわゆる不気味の谷の一種だろう。
本来だったら大量に血が出て、耳の辺りが色々感覚麻痺している筈。感覚は再現されているので、耳の辺りに鈍痛があるが。
はっきりいってどうでもいい。
猿ぐつわを乱暴に外される。
「なあさっさと吐いてくれないか。 これ以上の乱暴はしたくないんだがなあ」
声もドス低い。
地球人基準でもっとも強面と言われるだけのことはある。
とはいっても、本来の性質は温厚極まりなく。
相手を見かけで九割型決めつけるとか言う説もある地球人が、勝手に強面認定しているだけで。
相手の種族は迷惑しているという話も聞く。
「その写真、知らん。 少なくとも私の管轄じゃない」
「おい、電流を流せ」
「はい」
電気ショックを入れられる。
これは、耳を引きちぎられたときよりも痛いかも知れない。
びりびりと漫画みたいにくるのではなくて。
ガツン、と強烈なのが来る。
火力を上げすぎると心臓を直撃して即死というケースもあるらしいが。AIは痛みを良く研究している。
私も今のはちょっと痛くて、楽しくなってきた。
「もう一度聞く。 この写真の奴は今どこに保護されている」
「食った」
「は?」
「美味そうだったから焼いて食った。 骨は粉々に砕いて埋めた」
絶句する相手。
立体映像なのに、人間ぽいAIを積んでいるなあ。
そう思って、楽しくなってきた私は舌なめずりして見せた。
「カニバリストの犯罪者は結構有名だろう。 実際にどんな感じかなあと思って、そいつを実際に食ってみたんだよ。 だからもう居場所はしらん。 私が腹に収めた後は、どこに処理されたんだろうな。 トイレを必死に探しても、もう分子レベルで分解されて残っていないだろうしね。 身につけていたものは全部溶かして、これも原子レベルで分解したし。 骨も原子レベルで粉々にして埋めたし」
「……」
真っ青になっている立体映像。
口を押さえて、その場から離れる。
私冗談言ってるだけデース。
そう告げてやろうかと思ったが。
反応が面白いので、そのままにしておいた。
ほどなくして、一旦訓練が終わる。痛みとか、流れている血の感触とかが消える。
拘束も解けたので、耳の辺りを確認。
ちゃんとついている。
痛みがかなりリアルだったから、少しだけ心配したのだ。
もうちょっと相手を調子に乗らせたら、ペンチでめんたま引き抜きに来たかなー。そう思っていると、AIが苦言を呈してきた。
「篠田警部、よろしいですか」
「何。 喋らなかったけど」
「今回の尋問なんですが、実は相手側は立体映像ではなくて、遠隔で訓練をしていた別の警官です」
「え」
ちょっとまて。
それは要するに、犯罪組織ごっこを警官にやらせていたのか。
それは、ちょっと。
混乱してきた。
そうなると、鼻を食いちぎった痛みは。実際には鼻を食いちぎられていないとしても、ダイレクトに相手に伝わっていたという訳か。
これは、ちょっと可哀想な事をしたかな。
そう思ってしまう。
私もこれで、別に同僚の警官を痛めつけようとか考えた事はない。犯罪者はショックカノンでバラバラにしたいといつも考えているけど。
苦々しげにAIは言う。
「質問を受けました。 あんな危険な相手、どこで見繕ってきたんだ、と」
「あんただろ」
「いや、そうなんですが……。 とにかく、鼻を食いちぎられた警官は、精神的ショックで数日は休ませないといけません。 また貴方のリアルなカニバリズム話をまともに聞いた警官達も、ショックを受けています」
「作り話だっての……」
私も流石に人肉を食べた事はない。
地球人の文化には、カニバリズムは切っても切れない関係として存在していて。
カニバリストの犯罪者は、結構後の時代にも大勢出現したという話は聞いている。
根本的に、地球人類はカニバリズムと相性が良いのかも知れない。
ただ、それでも私は知識を色々持っているだけで。
それを組み合わせて、即興の愉快でカーニバルな話を作って見せただけである。
此処は拷問を平然と耐え、そんな楽しい対応をしてみせた私を拍手して褒めてくれてもいいと思うのだけれども。
まさか相手側も警官で。
遠隔で、互いに生きた警官だと知らずに、立体映像同士でやりあっていたとは。
どっちにしても、こっちだって耳を引きちぎられているし、電流流されているし。拘束されているし。話が分からない奴から脅されているし、お互い様だと思うのだけれども。
不満に口を尖らせている私。
「で、次の訓練は?」
「今準備中です。 まず今の訓練に関わった警官は皆交代。 これから専門の病院で治療を受けます」
「私バーチャルとはいえ耳ちぎられて電気流されてるんだけど……」
「篠田警部はほぼ精神にダメージを受けていません。 寝れば直るレベルです」
大きな溜息が出た。
なんだか、ものすごく。
とてつもなく、不平等な気がした。
今度はなんか雰囲気がある狭い部屋。牢屋だったか。其所に閉じ込められた。
刑務所は以前視察したことがあるが。現在はこういう牢屋というのは使わず。とにかく身動きできないようにして、徹底的に精神的な矯正を行う施設になっていると聞いている。
ただ前科を重ねている犯人は結構いるので。
今後精神的な矯正について、もっと強力にやる予定もあるのだとか。
いずれにしても牢屋に入れられて。私はわくわくである。
どんな拷問で魅せてくれるのか。
強姦とかしてくるのだろうか。
残念だけれど楽しいだけである。
普通は死ぬより苦痛らしいのだけれども、私の場合はなんかその辺りの感覚がガバガバらしくて。
そもそも何もかもどうでもいい感じである。
休日などに、人間の生理的欲求についてはまとめて電気信号を貰ってそれで全部解消しているレベルなので。
基本的に何をされても平気である。
この辺りが、AIが私に色々良く分からない仕事をさせて様子を見たり。
人間は分からない事だらけだと呟く理由かも知れない。
いずれにしても、何か強面の警官達が来る。
コレも立体映像で誤魔化しているだけで。
中身は違うのかも知れない。
まあどうでもいい。
ガンと音を立てて鉄格子を蹴ってくる。こっちは何をしてくるかわくわくなのに、初手がそれか。
面白くないなあと思う。
「出ろ、ウスノロ!」
「出て良いの?」
「この……!」
手を伸ばしてきた相手に対して、瞬時に指に噛みつき。食い千切る。
立体映像だが、向こうに人間がいる可能性はあんまり考慮しない。
悲鳴を上げて私を押しのけた相手は。
私がムシャムシャしているのを見て、更に絶叫。
つんのめるようにして逃げていった。
ぺっと吐き捨ててみせるが。勿論立体映像なので実際に指を食っているわけではない。
「篠田警部、これは訓練で……」
「分かってるけど、だったらもっと気合い入れてくれないとなー」
「貴方が自然で危険すぎるんですよ」
「ハア……」
まあ、別にそれはどうでもいい。
青ざめている数人の犯罪組織(笑)の構成員達。
立体映像で、遠隔で警官がやっているとして。
私はどんな風に見えているんだろう。
化け物だろうか。
だとしたら、光栄極まりない。
ガシャンと、鉄格子を掴んで見せる。
「おーいしそーうー」
「ひっ!」
「もう一人くらい食べたいなー。 おなかすいてるし」
「ちょ、ちょっと無理!」
野太い声の男が、脱兎の如く逃げる。
あれ、中身は多分社会人に成り立ての女の子だなと判断。
何か過酷な訓練をさせられて大変な事である。
それでも勇気を奮い立てたらしい一人が、必死に叫んだ。
「こ、今度こそ吐いて貰う!」
「何を? 食べた人肉?」
「……っ!、この写真の奴について、今の居場所をだ!」
「だから食べちゃったってばそいつ。 だからもういないし。 いるとしたら、私の細胞に栄養として染み渡ってるかな」
げえと吐き出す一人。
線が、細い!
それで警官をやっていけるのか、私はちょっと不安になってきたが。まあどうせだ。ノリノリで犯罪者の怖さを演じてやろう。
いや、今の私は警官役なのか。
「他の写真見せてよ。 食べたかどうかだけは判別できるよ。 てか人間なんか今の私にはどれもエサにしか見えないし。 あ、そうだ。 具体的にどうやって解体して食べたか説明しようか?」
「無理……!」
また一人逃げる。吐いていた奴も逃げた。
呆然と立ち尽くしている残り一人。
私はすっと素に戻る。
「いや、訓練だって分かってんでしょ。 私よりいかれた奴なんて、この世に幾らでもいるよ?」
「とりあえず此処まで。 訓練としては成果を上げられないと判断します」
AIがふつりと映像を切った。
周囲は独房ではなくなり。
相手側の警官もいなくなっていた。
私は服を警官の制服に戻すと。今回はちょっと話すだけで逃げちゃったので、面白くないなあとぼやく。
それに対して、突っ込みを入れてくるAI。
「最後に素を見せたのはいけませんでした」
「いや、だってちびりそうになってたでしょ相手。 あれじゃ警官としてやってけないんじゃないの?」
「それについては訂正が必要です。 相手は既に失禁していました」
「あそう……」
ならなおさら警官に適性がないと思う。
とりあえずあんなにわらわら押しかけてきておいて、頭がおかしい犯人一人に脱兎では。どの道駄目だ。
とりあえず一旦自宅に戻る。
今回の訓練は面白くなかったなあ。
そう思いながら、風呂に入って横になる。
一応心配にはなったので、AIには聞いておくが。
「で、病院にいった警官達は大丈夫?」
「それは勿論。 ただ前線で犯人と接触する仕事については慎重に対応することになるでしょうね」
「……?」
「貴方は犯罪組織に捕まった警官役でしたが。 立体映像の向こう側では、実は尋問の訓練だったんです」
ああなるほど、そういう事ね。
でも耳とか削がれたのはどういうことなのか。
それについても答えてくれる。
「それについては、此方で演出しました。 実際に立体映像を動かしていた警官は、あのような拷問はしていません」
「お前の仕業か……」
「貴方にはあの程度では効果がないとは分かってはいましたが」
「分かっていたのにやったのか……」
此奴は此奴で大概だなと思ったけれど。
それは敢えて言わない。
いずれにしても、今の時代は隣のデスクにいる奴の顔も名前も分からない時代なのである。
立体映像の向こうにいた警官達もそれは全部同じだろう。
いずれにしても、変な風なトラウマで心がおかしくならないことを祈りたいところだが。
温室栽培されていたような奴でもなければ、多少のグロ耐性くらいは持っているのが普通である。
まあ大丈夫だろう。
私は大あくびをすると、寝る事にする。
まあ、退屈な訓練が続くというのは聞いていたから、別に気にしない。
私に取って退屈なことを。
この腹黒AIはとっくに察していたのかも知れない。
まあそれも計算の内か。
敢えて隙を作ったり。腑抜けている連中に恐怖を味合わせたり。
そういう事をして、気を引き締めているとしたら。
私はさっきどう動くか、AIはある程度予想を立てていて。
そして特に腑抜けている警官に、がつんと現実の恐ろしさを見せたのかも知れなかった。
現実の恐ろしさか。
ちょっと苦笑いしてしまう。
多分私より頭がいかれている地球人なんかなんぼでもいる。
今の時代ですらそうだ。
地球にいたころの地球人は、私なんかの比で無いレベルで、平均からして狂っていただろうことは容易に想像がつく。
さぞやこのAIでも扱いには苦労しただろう。
気がつくと、もう眠りに落ちていた。
あまりにも退屈だったからか。眠かったし。
眠るのは苦にならなかった。
2、おっかけて捕まえよう
大股で歩いていく。
此処は遮蔽物だらけの訓練場。武装はショックカノンだけ。服の防御無し。その代わり、警備ロボットが周囲に数体いる。
今回の訓練は、警備ロボットの探知能力が落ちている、という条件での犯人を追跡、逮捕するもの。
私はなんだか内戦か何かで破壊されたような町並みの中を歩いているが。
なんというかとても気分が踊る。
この破壊と殺戮の痕跡こそ、人間の原風景なのかも知れない。
まあ地球人類の歴史から分かる凶暴性に照らして考えると、それも納得出来る話だ。
鼻歌交じりに歩いている。
今回は敵側からの反撃もあると言う話だ。つまり、あまりにも舐めて掛かっていると、狙撃されて訓練終了なんて展開もありうるという事である。
それもまた面白い。
だからこそ、私は大胆に攻めて行く。
さて、周囲を見回しながら歩く。
相手がAIサポートで狙撃をしているなら兎も角。
警備ロボットに囲まれた私に対して狙撃してくるなら、止まった瞬間を狙って来るだろう。
ショックカノンを渡されているはずだが。
AI制御でなければ、それもまた一撃確殺ではないのだから。
だからこそ、私は大胆に行く。
止まった相手を狙撃するのが基本。
余程の凄腕でもない限り。
動いている相手を確殺なんてできないのだ。
むしろ隙を作ってやって、敵を誘い出す手もあるが。
流石に私も、相手の殺気を感じ取ったり。
紙一重で射撃をかわしたり。
其所までの事が出来る自信は無い。
経験が不足しているのだ。
演習場ではなんぼでも射撃を出来るけれど。私は古い時代の地球人類が当たり前のようにやっていた、親兄弟だろうが関係無く殺し合う時代を経験していない。だからいわゆる鉄火場における経験が致命的に足りていない。
故に、其所までの感覚を磨いていない。
出来ない事は出来ない。
それを自覚するのは、我ながら良い事だとは思う。
さて、歩いている内に、色々なところを見てきた。
壊れたビルが(立体映像だが)幾つかある辺り。隠れているなら、あの辺りが一番怪しそうだ。
勿論倒壊してもおかしくないけれど。
かといって、他に雨露を凌ぐ場所もないだろうし。
それに、隠れるには絶好の場所だ。
近付きすぎないように、周囲の瓦礫も見て回る。
相手が狙撃してきた場合に隠れるためである。
そのまま周囲をぐるっと回り。
やがて、良さそうな瓦礫を見つけたので、此処から狙うことにしようと決めた。そして、更にその瓦礫を狙撃しうる地点を割り出して、探していく。
殆ど小規模のビルが倒壊しているだけなので、隠れられようがないが。
たまにまだ高い場所が残っている。
そういう場所に隠れた相手に狙撃されておしまい、というのも。演習としてはしまらないし、私としても面白くない。
だから追い詰めるなら、徹底的に追い詰める方が良いだろう。
また、今回は、相手は演習地域から出ないことをルールにしているが。
それも実戦。
まあ来る事はないだろうが。逃げる犯罪者を、ロボットの性能が落ちている状態で追うときには。
そんなルールは存在しない事を、常に考慮する。
とりあえず自分の感覚では、狙撃できるポイントは割り出した。其所は全て探した。
狙撃手はいない。
やはりあの大きなビルに隠れていると見て良い。
乗り込んでいくのは流石に分が悪い。
こっちが来るのは相手から丸見えだし。
色んな方法で迎え撃つことが出来るだろう。
立体映像だから、無茶も出来る。
上から瓦礫を落とすとか。
更には崩れかけているところを崩すとか。
普通だったら、緊急でAIが作動して辞めさせる行動も。
今は演習だから出来る。
それに支援AIが完全に沈黙させられている場合も。
まあそういう状況を想定して動くには。
これはとても良い演習だと思う。
人間がカスである事は私も分かっている。私自身が人間だからだ。人間の歴史を学んできているからだ。
結局何処の文明も、程度の差はあれ富をどう分配するか、以上の事は出来なかった。
寡占は腐敗を産み。
そして文明圏が崩壊する事を何度も経験した。
宇宙に出てこられなかった生物の数は、出来た生物の数の万倍に達すると言われている。知的生命体の現実がそれだ。
放っておけば本能のまま資源を食い荒らすだけの愚劣な存在。
それが知的生命体という存在の現実である。
AIが今後いきなりいなくなることはないだろう。
だけれども、支援が薄くなったとき。
動けるようにはしておきたい。
それは私の本音だ。
さて、じっくり観察して行くか。
相手は恐らく演習とは言え、この手の根比べには慣れていないはずである。
勿論相手が移動して、背後から奇襲を仕掛けてくる可能性もある。
この間の尋問演習で、私と対峙した相手は、何か心に傷を受けたみたいだし。
今回対応をしてくる相手は、それなりの腕利きだろう。
私はもっと装備がほしいとAIに言ったのだけれども。
手榴弾とかは使用不可。
設置型の爆弾も使用不可。
ついでにショックカノンの狙撃機能も使用不可と言われたので。
まあこの限られた武装でやるしかない。
何というか、両手を縛って戦えと言われた気分だが。
それでも、ショックカノンが撃てるんだからいいかなとは思っている。
我ながら欲が少ないことである。
相手側は、わざと見せつけてやっているのだから、こっちの動きは見えているはずである。
相手側はスコープだけは渡されているそうで。要するにAIの支援を受けた圧倒的制度の狙撃こそ出来ないものの。
少なくとも、昔やっていたような名人芸の狙撃ならば出来る事になる。
それなりの腕利きがいるとしたら。
一秒も気が抜けない。
ひょいと瓦礫から顔を出して、敢えて狙撃を誘ってみるが。
来る気配はない。
こっちがおちょくっていると思っているのだろうか。
まあそう思うのは自由である。
実際問題、こっちは攻めあぐねているのだが。
相手が舐めて掛かって来た方がやりやすい。
さて、根比べだ。
しばらく動かずにいる。
相手側も、いきなり此方が動く事を想定して。見張りを続けなければならないはずで。結構しんどいはずだ。
暴発した方が負け。
我慢比べ。
そういう状況に敢えて持ち込んだ。
私はポップキャンディを咥えると、相手の出方を見る。
こう言うときは後手に回らなければならないのがしんどい。
手段を選ばなくていいのなら、ショックカノンをフルパワーでぶっ放して、あの瓦礫になったビルをそのまんま墓にしてやるのだが。
そういう事を私がやりかねないから。
今回AIが装備をしょっぱくしぼったのだろう。
実際問題特殊部隊やらなんやらが、わざわざ相手の陣地に攻めこまなければならないとか、人員の損耗が想定されるし。
人質の犠牲は覚悟で、犯罪者なんて全部押し潰せばええやんと私は危険な思想を抱くけれど。
まあAIがそれを許してくれないので。
演習だから仕方が無いと自分に言い聞かせながら、とにかく相手の出方を待つ。
さて、どう動く。
ひょいと顔をまた出して見せるが。
やはりいるだろうなと言う事だけしか分からない。警備ロボットには周囲を警戒させているが。
極限まで性能が落ちているという設定なので。
何かみつけても、私に知らせてくることは無いだろう。まあそれはそれで別にかまわない。
私も鈍ってるし。
この辺りで勘を取り戻すのはいい。
きりきりと来るこの緊張感、じつにいい。
またひょいと覗き込んで、すぐに顔を引っ込める。
次は狙撃されるな。
そう判断した私は、瓦礫の一つを。
顔を覗かせるように、ひょいと出していた。
貫かれる。
おおと、私は素直に相手に感嘆の声を送っていた。
良い腕をしているじゃないか。
今の狙撃。
確定であの崩れた大型ビルからだ。
潜んでいるフリをして迂回し、背後から奇襲という線も考えていたのだけれども。それは無さそうである。
相手が複数のケースも考えたが。
そもそも今の時代、組織戦の訓練なんか誰も受けていない。
多分だが、私に対して挟み撃ちをするとか、陽動だとか、そういう事が出来る人間はいないだろう。
そういった作戦行動は、訓練を受けないと出来ない。
AIの下に皆が横並びの今の時代。
そういう作戦行動は、AIの支援がなくては出来ないのだ。
そのままじっとしている。
相手側は舌打ちしているかも知れないが、こっちは色々と分かった。
今の狙撃による瓦礫に残った跡を見る。
それで大体判断が出来たか。
相手は恐らく、瓦礫が崩れた場合を想定して、かなり高い場所に陣取っている。これは確定と見て良い。
瓦礫が崩れても生き埋めになる可能性が低いし。
一度陣取ってしまえば、そこに相手が登ってくるのも難しい。
更に全周見下ろし放題だ。
とはいっても、現実ではそもそも降りるときどうするかという問題があって。あまり個人的には隠れる場所としてはオススメできないけれど。
まあそれはそれだ。
高い所にいるなら、こっちも狙撃し返すか。
そう思ってショックカノンを見るが。
残念ながらスコープもない。
更に相手は、動いていない相手だったら、即応して打ち抜ける程度の腕前は持っていることが分かった。
この時代としては相当な技量だ。
しばし考えた後。
警備ロボットに指示を出す。
一斉に警備ロボットが、別方向に散って行く。
さてさて、どう対応する。
警備ロボット達は、一斉に狙撃手が隠れているビルの周囲を徘徊し始める。
性能が落ちていたとしても、狙撃であれらを倒すのは不可能だ。
複雑な命令を与えるのもまた不可能だが。
今回は、狙撃で倒せない相手が一杯周囲を彷徨いている、という事実が大事なのである。
というわけで、私は瓦礫に身を伏せたまま、相手を伺い続ける。
あの瓦礫のビル。
多分演習中は崩れてこないだろうけれども。
それでも、内部はガッタガタの筈。
それに対して、こっちは余程の事がない限りはなんぼでも粘れる。
更に今退路も断った。
どうでるかなあ。工夫して、色々戦術を駆使してくれるとこっちとしては嬉しいなあ。
そうポップキャンディの棒を捨て、舌なめずりしながら考える。
ポップキャンディの次を咥えながら。
相手の出方を見る。
さて、どうやって動いてくる。
そう思っていると。やがて相手側は、動きに出た。
狙撃してくる。こっちが隠れてくる瓦礫を、何度か威圧的に射撃してきた。
ふむと、ポップキャンディを味わいながら考える。
自棄になったか。
それとも自棄になったと見せているのか。
いずれにしても、涼しい顔でこっちは待つ事にする。
相手が威嚇をしてくるなら。
それをぼんやりと見守るだけである。
威嚇なんて事をしてくると言う事は。何かしらのプレッシャーを掛けたいと言うことで。
相手側に余裕が無いことを逆に意味している。
場所的にも有利な地点にいるのだ。
こっちが無理に攻めこめば、終わりなのに。
それなのに狙撃をしてくると言う事は。
こっちが出てくる事を想定していると見て良いだろう。
さて、そのままじっと待つ。
そしてたまに顔を覗かせてやる。
いるぞ。
それは示してやるのだ。
相手側は狙撃を何度も仕掛けてくるが、誘いには乗らない。
疲労するのを待つ。
狙撃手は何日も隠れて狙撃の好機を待ったりすることも昔はあったらしいのだけれども。
少なくとも今の様子からして、狙撃手はかなり頭に来ているし、疲れてきている。
隠れている場所は特定され、退路も断たれて。
私を倒すしか勝ちの道筋がなくなったから、というのもあるだろうが。
何かまだ理由がありそうだ。
そういえば勝利条件は相手を捕まえることだが。
次点で抵抗が激しい場合は殺しても良い事になっている。
相手側の勝利条件は私を殺す事だが。
次点は知らされていない。
まさかとは思うが。
ポップキャンディをまた咥えると、ひょいと覗き込む。
撃ってはこない。
というか、撃ってくるのを控え始めた。
大体分かってきた。
ハンドサインを出して、警備ロボットを呼び戻す。
そして戻って来た警備ロボットに、指示を出した。
私は後は、ポップキャンディを味わいながら待っているだけでいい。
警備ロボットはかなり性能を落とされているが。
しかしながら、瓦礫に対して射撃を開始する。
崩れかけの大型ビルの内部に対して、無差別射撃である。
犯人を撃つなと指令はされていても。
無機物を撃つなとは言われていないはず。
どんと、凄い音がした。
不安定になっている瓦礫のビルが崩れ始めたのである。いいね、もっとやれ。私は高みの見物である。
ビルが傾いたのが見えた。
相手が無茶苦茶にこっちの隠れている瓦礫を狙撃してくるのが分かった。
やはりな。
相手側は恐らくだが、瓦礫の倒壊に巻き込まれたら負け、というルールが次点としてあったのだ。
それを悟らせないために敢えて彼処に潜んだか。
それとも、私がずんずん来るから、仕方なく彼処に逃げ込んだのかも知れない。
いずれにしても、もう私が出を下すまでもない。
また、ビルが傾いた。
恐らく、それで隠れていた場所から、放り出されたのだろう。
犯人役が、ビルから飛び出すのが見えた。
当然の話だが、自分から飛び出したわけでもないし。落下して助かる高さでもない。
ばちんと周囲の光景が切り替わって。
私はふうとためいきをついていた。
周囲は警察の施設。
演習場だ。
此処は周囲を仮想現実に切り替える部屋の一つ。私の手元にあるショックカノンも、使っていた警備ロボットも。
世紀末な街も全て消えていた。
「私の勝ち」
「最高得点はあげられませんが、確かに勝ちです。 それにしても、相手の居場所を特定してからの行動が遅れましたね」
「ああ、それはね。 相手をブッ殺して終わりだったらすぐにビルを崩してたんだけれども、他に方法が無いか考えててね」
「……」
まあ実際には、相手の敗北条件について考えていたんだが。
それについては、多分AIも悟っているし。
野暮な追求はしてこない。
それでいい。
私はそのまま、ポップキャンディを咥えながら。足下にあるポップキャンディの棒を片付け始める。
「それで採点は」
「それなりに高得点になりますが、本当に命知らずの戦い方をしますね」
「狙撃の名人芸が出来るような奴がいる星に行ったら死んでただろうけれど、今の時代はAIの支援で狙撃をするからね。 スコープでの狙撃なんて、歩いている相手にはあたりっこないし」
「対戦相手は、かなりの腕の警官だったのですが」
それでも、だ。
やっぱり前提が違う。
とはいっても、そんな前提の条件が満たされた星に住んでいる知的生命体が幸せだとはとても思えないが。
いずれにしてもトイレにまず行って。
それから休憩を貰う。
横になって仮眠。
如何に糖分を摂取していたとしても、結構頭を使ったのだ。
疲れを取るには、寝るのが一番である。
しばらく眠って、それで起きだしてきてから。改めて話を聞いた。
「それで、理想的な対応は逮捕だったの?」
「いえ、流石に狙撃銃で対応してくる相手に、無傷での逮捕が出来ると思う程私も甘い考えは持っていません。 勿論此方が万全な状態だったらそれも可能だったでしょうが」
「ふーん。 この訓練の目的は?」
「何度か言いましたが、私も備えているのです。 もしも私の守りを貫く相手が現れた場合にね」
そういえばそんな事を言っていたな。
前に現れたらしい事も口にしていたっけ。
それならば、確かに納得出来る。
いずれにしても、これからはこんな調子で、もう何回か演習をするという。
私が悪役をするケースもあるそうだ。
そっちの方がノリノリでやれそうだが。
釘も刺される。
「やりすぎないようにしてください。 今は精神についた傷は回復可能な時代になってきていますが、それでも貴方はちょっとネジが飛び気味ですので」
「その言い方いいねえ。 私も自覚はしているけれど」
「……」
「とりあえず、演習次いつでもいいよ。 こっちはショックカノン撃ちたくてうずうずしてるし」
ため息をつくAI。
この辺り、内部に神が本当に入っているのではないかと言われる所以だが。
私としては面白いと思う。
さて、次の演習の説明を受ける。
周囲の光景が切り替わった。
これは、開拓惑星か。
だが、どうも様子がおかしい。
開拓惑星のようには見えるが、何というか荒れ果てている。途中で開拓が放棄されたような。
周囲には大きなビルもなく。
あばら屋が転々としているだけ。
警備ロボットは周囲にはなし。
今度は犯人役だと告げられた。頷くと、装備を確認する。ショックカノンは持っている。またショックカノンが奪われてる設定か。
億年単位で悪用されたことがないショックカノンだが。
それでも奪われる事は想定して訓練する。
この辺りが、地球時代のポンコツとは違うこのAIの凄みなのだろうけれども。
まあそれはそれ、これはこれだ。
装備の確認を済ませると。警官役をブッ殺せば私の勝ちかと確認。
AIに言われる。
「警官役を捕獲したら満点。 次点が警官役の殺害ですね」
「相手の人数は」
「五人」
「警備ロボットは」
なしだという。
要するに五人をブッ殺せば私の勝ち。五人とも捕まえれば私満点。
なるほどなるほど。
結構愉快な条件だなと思う。
ショックカノンの確認。
相手に対しての火力は、致死量から気絶まで設定が出来る。そうかそうか。それならば。
警官役が体勢を整える前に、準備をしておく事にする。
まずは、ロープだ。
そして二時間後。
私は満足して、ショックカノンを撃ち終えていた。
最初に一人。
五対一の状況に慢心して突出してきたアホを気絶させて捕獲。縛り上げた後、吊して。その後はその辺りに落ちていた木材をショックカノンを使って焼き削り。そして敢えて起こした後、突き刺した。
断末魔の絶叫があがった後は隠れ。
無惨な死体になった仲間を見に来た警官を、影から射撃して一人ずつ倒して行った。
パニックになってしまうと、数的有利は簡単に覆る。
後はワンサイドゲームになって。気絶4、キル1の結果になった。
勿論仮想現実だから、相手の警官はどっか別の署でこの訓練をやっているのだろうけれど。
だからこそ私は容赦しない。
というか、犯罪者がいかにヤバイ奴かを叩き込む為にも、むしろ私のようなのは有用だろう。
AIも苦言を私には呈していたが。
敵役になっていた警官にも、後で苦言を呈していたはずだ。
完全に頭のネジが外れた犯罪者が如何に危険か、分かったはずだと。
私もそれで選出されたのだろうから。
仮想現実の光景が元に戻る。
さっきよりずっと楽だったなと思う。
やはり組織戦を忘れた知的生命体は脆い。
勿論普段はAIによって理想的な組織戦が出来る状態にはなっているが。
それも崩れてしまえばこの通り。
すっきりしている私に、AIは言う。
「1キル4捕獲。 まあ結果としては満点ではありませんが、貴方の文句なしでの勝ちです」
「相手は精神に傷を受けたりとか?」
「……分かっていてやっていますね、やはり」
「そりゃ当然」
犯罪者の怖さを叩き込むには。
やっぱり映像を見せるとかよりも、頭と体に叩き込むのが一番である。
串刺しにされた同僚を見て、悲鳴を上げて真っ先に逃げ出した奴は背中から撃ち抜いてやったし。
それ以外の奴も、パニクって誤射までしかけていた。
私の位置を捕捉できた奴はいなかったと思う。
「何にしても、ちょっと訓練が足りないんじゃないの」
「それについては分かっています」
「現地に出るとしても、安全な状態で捕り物してれば鈍るよやっぱり」
「貴方も条件は同じの筈ですが……」
それについてはそうなのだが。
多分だが、私は殺戮や戦闘への適性がとても高いのだろう。
AIが私を警官にした理由は。
軍人だと非常に危険だと判断したから。
元々憲兵だった私だけれども。
それですらあぶないと思ったのだろう。まあそう考えたのなら、AIは正しい。それにきっちり私がストレスを発散できるようにしておかないと、犯罪に走る。そう考えたのかも知れない。
私は元々、自分が危険な奴だと言う事は自覚している。
いわゆる厨二云々ではなくて。単純に殺戮に対する渇望が強すぎるのである。
ショックカノン撃つの楽しいし。
「で、次の訓練は?」
「また少し休憩をしてからです」
「ういうい」
また、軽く休む事にする。
多分スケジュールはAIが調整しているのだろう。
私はあくびをしながら、今フルパワーで使った脳細胞を休ませるべく横になる。
さて、次の訓練でも大暴れしてやろう。
そして腑抜けた警官共に。
本物の恐怖という奴を叩き込んでやるのだ。
3、勘を鍛えよう
私は腕組みして、席に座り。
目の前に置かれた二つのものを見ていた。
指輪と、それについた宝石。
どっちも全く同じにしか見えない。
今の時代、この手の偽物商品というものは、ほぼ存在しない。流通の過程でAIに見つかってしまうからである。
だけれども、実は偽物商品というものは、古くから一定の需要があり。
偽物だと分かっていても買う人は買う。
安いからである。
ブランドのバッグなどは特に傾向が顕著であったらしく。
見栄を張るために、偽物だと分かっていても買う人間はいて。
そういう見栄を張りたい相手のために、偽物だと分かっている上で売っている者もいたのだとか。
今回の演習というか訓練は。
AIの支援がないときに、偽物か本物かを見分ける訓練。
正確には宝石の真贋を見分けるものだが。
此処で言う本物は天然物。
偽物は人工ものである。
この宝石、ダイヤモンドだったか。
たんなる炭素を圧縮して作っただけのものだが。これが地球時代には、労働者の数年分の労働賃金に匹敵したというのだから訳が分からない。
現在は価値は暴落しているが。
まあそれもそうだろう。
地球人くらいしか価値を見いださない代物だ。
それはまあ、価値だって落ちる。
古い時代に宝石商と呼ばれる人間は悪徳の限りを尽くしていたらしいが。それも地球文明が崩壊寸前まで行く辺りになると、偽物がバンバカ出てくるようになり。その精度も上がっていったとかで。
知的生命体が、如何に法の穴をくぐるか。
如何に犯罪をするかで頭を使うか。
この二つを、如実に示したのだとも言える。
まあともかくとして、私は地球人類なので。
こいつは先祖が血眼になった物質だと言う事もあり。
今、偽物と本物を当てるように言われている。
片方は指輪部分が露骨にショボいような気がするのだけれども。
どうも此奴の方がほんものに思える。
しばらく考えた後。
手を上げる。
「こっちが本物」
「正解です」
「なんで?」
正解なのに、思わず声を上げてしまう。どうしてショボそうな方が価値があるのか。AIは懇切丁寧に説明してくれる。
ダイヤモンドだのなんだのいう宝石については、まあ偽物を、技術的に判別がつかないところまで作れるようになっているという。
この辺りは宝石鑑定士も昔は苦労させられたとかで。
ましてや今の時代ならなおさらだ。
問題は指輪部分。
この本物の方は本当に何十年と使われたものなのだという。
「この指輪は、四代にわたって結婚指輪として親から子へと受け継がれていったものです」
「四代」
「それだけの資産だったのです。 そして四代にわたって使われれば、純度が100%では無い金がどうなるかはお察しです」
「はあ、なるほどね……」
分かってきた。そういう事か。
古い時代と今では価値観が違う。
私に取っては、指輪もこの宝石もぴかぴかしている金属と石に過ぎないけれど。そんなに大事に使われてきたのなら、それは確かに分からないでもない。
しかし、である。
「それだと、敢えてしょぼく作って本物っぽく見せる方法もあるの?」
「それは勿論」
「はー……」
「地球では宝石類や貴金属と呼ばれる一部の金属が、人命よりも大事とされる時代が存在していました。 他の知的生命体発祥の地でも、ものこそ違えど似たようなことはいくらでもありました。 そしてそれらの殆ど全てで、偽物造りは盛んに行われたのです」
AIの講釈を受けた後。
次の本物偽物が出てくる。
今度は硝子ケージに入れられた生き物だ。
確か蛇か。
地球産の奴で、今では専門の免許を買うのに必要とされる。これに関しては、どの生物に関してもそうだ。
免許を取るにはAIの支援でしっかり勉強をしなければならないし。
更新も必要になる。
これはペットの歴史を学んだときに色々教わった。
まあ、様々な業が其所にはあって。
私達の世代では、せめてその業から解き放たれなければならない、と言う事だ。
「これに本物偽物ってあるの?」
「はい」
「……」
じっと見つめる。
そういえば地球時代の文明では、蛇はとにかく嫌われたとか。
地球時代にあった一神教では、悪魔の象徴とされたりとか。
また、その姿から、生理的に嫌うものも多かったという。
足が多い生き物も嫌われたと聞く。
今はそんな話は殆ど聞かない。
恐らくだが、銀河連邦に参加した後。殆どの地球人が宇宙に出て。それらの生物と接する機会がなくなったから、だろう。
足が多い昆虫という生物は、地球にはとてもたくさんいて。
一部は毒を持っていたり、汚物をエサにしたりと。色々と人間に対して問題のある行動をとっていたらしい。
まああくまで人間から見てそうなだけで。
生態系という観点では重要な存在だったりするわけだが。
蛇に関しては、毒を持っているイメージが強かったらしいが。
実際には毒蛇の比率はそこまで高くはないとかで。
今此処にいる「本物」「偽物」も、毒は持っていないらしい。
なお私は免許持っていないので、触る事は出来ない。
じっと見る。
演習で仮想現実が使われるように、今は本物とまったく見分けがつかない仮想現実が作れる。
見分けどころか、触感なども完全再現出来る。
もはやそれらは仮想現実と呼んで良いのか分からない代物だが。
ともかく、この蛇もどっちかは仮想現実なのだろうか。
しばらくじっと蛇を見つめる。
愛くるしく動き回っている片方と。
じっととぐろを巻いたまま舌だけちろちろしている片方。
色とかは殆ど同じ。
エサでも食べる所を見れば。いや、それでもどうにもならないか。
ともかくしばらくじっと見た後、片手を上げる。
「こっちが正解」
「残念ですね、はずれです」
「えー」
実はどちらも生物だが。
片方は、クローン生成で遺伝子から既に絶滅した蛇を復元したものだという。
この蛇はかなり古い蛇で。体の一部に特徴が残っているのだとか。
奥が深いなあ。
そう思いながら、腕組みして片付けられていく二匹の蛇を見送る。まあ専門家から借りてきただけなのだろうし。家に帰るのだ。どっちも。
続いてまたなんか出てくる。
今度はそれがなにかすら分からない。
なんだこれと思った。
こんもりした塊というか。
ちなみに今回、おさわりは厳禁である。
目を細めてじっと見やるが。
何が何だかよく分からないので、困惑するばかりだった。
「これ、地球に縁があるもの?」
「いいえ」
「……」
「それでも警官ならば、私の支援がないときに何かしらの行動を取る必要があります」
いやまって。
そもそも判断材料0なのに、何かも分からないのに。
どうすればいいねんこんなの。
思わず呟きそうになるが、しばらくじっと見つめる。
そもそもこのこんもりした塊、どっちも似ていないし。どっちかが本物と言われても困惑するばかりである。
それでも何とかしないといけないか。
しばらく悩んだ末に。
私は右と答える。
正解だそうだ。
ため息をつく。
AIはそんな私に言うのだった。
「この訓練は、観察力や知識があれば有利になる事を知って貰うのと同時に、分からない場合はさっさと判断をするための訓練でもあります」
「それで何か問題が起きたらどうするの?」
「その場合は私がサポートします」
「……」
まあ、そうなるか。
だが、どうも不可解だ。
此奴の事だから、こんなふわっとした解答を本当に求めているのか怪しい。ひょっとしてだけれども。
本当の意味での勘を鍛えるための訓練ではないのだろうか。
また、何か出てくる。
今度は人間か。
いや、違う。
人間型のロボットだ。
仮想現実が非常に高性能になってから、いわゆる人間型のロボットはほぼなくなった。昔はかなり需要があったらしいのだが、今では骨董品。
集めているのは相当なマニアらしい。
このロボット達は、双子のように似ているが。
偽物本物があるのか。
ロボットには代わりは無いと思うのだが。
そうか、あれか。
昔作られて、そのままの状態であるやつと。最近作られた似せた奴、というものだろうか。
だとすると納得は行くが。
そんな偽物作った所で、流通の段階でAIに抑えられてしまうだろう。
困惑して両方を見ているが。
おさわりは禁止なので、どうしても踏み込んで調べられない。
ため息をついて頭を掻き回してから、左と答えた。何となくだ。
そうすると、正解だそうである。
「これは当時最高のブランドとして作られたセクサロイドと、もう片方はその模造品として当時作られたものです」
「ふーん……」
年代としては同じなのか。幼児にしか見えないが、趣味として扱うなら別にかまわないだろう。
実際の子供に害が与えられるわけではないのだから。
「それにしてもなんで同じようなのを二つ作ったの?」
「この商品は先行ブランドの人気にあやかって形だけ似せて作られたもので、機能が殆ど違っています。 本物は性能が殆ど桁外れです」
「……」
何の性能かは知らない方が良さそうだ。
いずれにしても、とりあえずそういう世界があるのは別に良いし。
他人に害を与えないならそれでいい。
それが現在の社会のあり方だ。
そもそもとして、万からなる知的生命体が存在していて、地球人類はその中の一つに過ぎないのである。
地球人の身勝手な倫理観念で何でもかんでも決めつけるのは問題だろう。
私はそう教育されて育ったし。
実際問題、他人に一切干渉しないこの世界で、それは正しいと思っている。
軋轢は別に生じても構わないかも知れないが。
思想の強制は非常にまずい行動だと思う。
それと、このロボットの値段を聞いて顎が外れるかと思った。
今の時代は富の均一化が進んでいることもある。
多分地球人が宇宙に出てからまだ混乱している時代に企業が作ったものなのだろうけれども。
それでもちょっとお値段が張りすぎる。
いずれにしても私には縁がない代物だなと思って、苦虫を噛み潰した。
次とAIがいって、何か出してくる。
今度はなんだ。
武器か。
原始的な武器らしい。刀とかいったか。
いわゆる鋼鉄。炭化鉄を重要な成分とした、鉄によって作られた殺傷用の武器。今出て来たのは、多分だが鑑賞用のものだろう。刃紋がついていて実に美しい。殺傷用の刀は人斬り包丁とかいうのだったか。
二つ並べられるが。
片方はとにかく粗末で素朴。
もう片方は刃物の部分以外はとにかく豪奢な印象を受けた。
私は即座に粗末な方を指定。
正解だった。
「どうして其方が正解だと?」
「んー、その豪華な方、何か媚びてる感じがする」
「よく分かりませんが、其方の豪華な方は後の時代に作られた模造刀です。 切れ味は模造刀の方が遙かに上ですが」
「ああ、素材からして違うと」
鋼鉄なんか、確か地球人が地球にいた頃には既に最強の金属でも何でも無くなっていたと聞いている。
それだったら、模造刀の方が強いというのも納得である。
ただ、使われたかという話をすれば。
その本物の方が、使われたのだろう。
何というか、媚びないというか。
親近感をこっちから感じたのだ。
是非それを振るって何か斬ってみたいというか。触ったら、私は早速人斬りマシーンになるかも知れない。
それはそれで面白そうだが。
実際に被害が出るのでは駄目だ。
被害を出してはいけない。
「これって美術品としての鑑定となるのかな」
「現在、普通に服を着ていれば、この程度の刃物は一切人間を殺傷する事は出来ません」
「あー、なるほどね」
「ただ、もしも達人と言われるような使い手が振るった場合は分かりません。 今の時代はそういう使い手は存在しませんが、剣術のノウハウは残っています。 そのため、持つためには免許がいります」
そういえばだが。
確か地球に銀河連邦が来た時。種類を問わず、ありとあらゆる文化を保全する作業をおこなったんだっけ。
一子相伝のような極めて閉鎖的な環境で受け継がれてきた文化に関しても、全て保存され。
それに対して反発した者もいたときいている。
とはいっても、二万年後の現在でも、あらゆる文化が残っている事を鑑みれば。あの時に行われた処置は正しかったのだろう。
宇宙時代になって、用が無くなった文化はあっというまに消えていったと聞いている。
それを考えると、やはり文化保全は大事だったのだ。
今にならないと分からない事だが。
「次よろしく」
「分かりました」
AIが出してくる。
何だかよく分からないが、棒の先に刃物が突いている。
確かこれ、ポールウェポンとか言う奴か。
古代の地球の戦場では、まずは飛び道具、その後は長柄がもっとも人間を殺傷したと聞いている。
これはその長柄だろう。
飛び道具は最初は投げ槍。次は弓矢。その次に銃が普及し。
最終的に銃の利便性が圧倒的に高い事から、銃が戦場の覇権を握ったらしい。
まあそもそも、今の時代ではあんまり関係無い話である。
どちらのポールウェポンも保存状態がいいらしく、どっちも媚びている印象はないけれども。
私は左かな、と思った。
正解だそうである。
正解率が上がっている。
「どうして此方が正解だと思いました?」
「よく分からないけれど、人を斬ってるでしょそれ」
「……なんでそれが分かります?」
「勘」
というか、勘を鍛える訓練だろこれ。
だったら正解を引き当てているんだから、それで可とするべきかと思うのだが。
解説される。
「正解の方の武器は、戦場で実際に振るわれ、以降は密閉状態の墓の中に保存されていたいにしえの武将が使ったものです。 一方偽物の方は、神格化されたその武将が使った武器を模して作ったものですね」
「神格化、か……」
「古い時代は信仰と現実の境目は曖昧でした。 恐ろしい活躍をした軍人は、そのまま神として祀られることがあったのです。 人ならぬものですら怖れるという事から、主に厄除けとして。 或いはその武勇にあやかるため。 時には信仰が歪んで、不思議な方向で信仰されたこともあります」
「よく分からないけれど、武器になってから正解率が上がってるね」
それが不思議だと、AIは言った。
小休止を挟む。
軽く昼寝をしてから、また本物と偽物を見分ける作業を開始する。
ざっと見た感じでは、やはりというか。
相手を殺すものか、そうではないかでかなり正解率が変わってくる。
100程のものを見比べた結果、AIは結論を出していた。
「傾向が少しずつ分かってきました。 もう1000倍くらいのデータを取りたい所ではありますが」
「まあ統計では最低でもそれくらいはデータがいるって聞くしね」
「それでも最小限の数なのですが。 まあいずれにしても傾向は見えてきました。 それは事実です」
「それでどういうこと?」
興味があるかないかだと、AIはずばり言う。
ああ、なるほど。
それは納得出来る。
私は確かにトリガーハッピーな所があるし、古い時代の地球に産まれていたら。運が良ければ戦場で活躍していただろうし。運が悪かったら大量殺人鬼として歴史に名を残していただろう。
武器を見れば振るってみたいと思うし。
触って使って見たいと思う。
ショックカノンを手にしているときは、合法的に撃ちたいといつも思っているし。引き金が軽すぎるとしょっちゅう言われる。
要は私は地球人らしい地球人なのだろう。
殺しが大好きなのだ。
だから武器には興味を持つ。
真贋も見抜きやすいのだろう。
しかしながら、そこでまた疑問が湧く。好きこそものの上手なれとは聞くが。それにしても、興味があるからと言って真贋を見抜きやすくなるものだろうか。
小首をかしげていると。
AIは言う。
「地球人類は基本的に視覚情報を非常に大事にする傾向があります。 それは私が調査を開始した三万年前、滅亡の淵に立った貴方方の前に姿を見せた二万年前からまったく変わっていません」
「そういえば、見かけが九割とか言う言葉もあったんだっけ」
「そうですね。 篠田警部、貴方の場合は恐らくなのですが……興味があるものについては、観察眼が何倍にもなるのだと思います。 要するに観察に本気を出していると言う事です」
それは納得がいく答えである。
いずれにしても、もう少し色々と勘を磨いてほしいと言われたので、頷く。
以降は、雑多に色々なものが出てくるので。
本物か偽物かを答える。
興味があるかないか。
それを指摘されたが。
言われて見ると、確かに興味があるものにたいしてはぐっと思わず見る事に熱が入ってくるし。
それに頭の回転が速くなる気もする。
それにだ。
なんというか体が熱くなる。
武器を見ると特にそうである。
アレを使って人間を斬ったら楽しそうだなあ。
そんな風に考えてしまうのは、否定出来ない事実だ。
どういう風に斬るか。
斬ったときの感触はどうなのか。そういう考えも、どうしても浮かんで来てしまう。
なるほど、確かに言われて見ると納得出来るというか、自覚できる。
そして、興味を持つと。
観察に対して頭が働くから、それに対しての真贋の見極めも精度が上がるというわけだろう。
1000を超えるものの真贋を、何度かの小休止をはさみながら鑑定した所で。今日の仕事は終わった。
凄く疲れたが。
多分だが、頭を無茶苦茶使ったから、なのだろう。
風呂に入った後、すぐに落ちそうになる。
流石に今の時代は裸で寝るような習慣は存在しなくなっているが。風呂で寝落ちしそうになったので、AIには色々言われた。
とりあえず気付いたら朝になっていたので、本当に頭を使ったのだと分かる。
「篠田警部にはあまり武器を持たせてはいけませんね」
「えー」
「確かに捕り物では活躍出来そうですが、やはり引き金が軽すぎます」
「だって撃ちたいもん」
口を尖らせるが。
勿論AIは私の可愛い乙女心を理解しない。
一時期の地球では、人間の動物的本能をやたらと美化する傾向があったらしいが。
その時代だったら、殺戮本能に沿って殺戮の限りを尽くす私は、なんか美化されていたのだろうか。
それとも何かの信仰対象になっていたのだろうか。
まあその辺りはよく分からないけれど。
いずれにしても、しばらくはこの本物偽物鑑定の作業をして、勘を磨くトレーニングをするそうだ。
ちなみにだが。
他の警官でも似たようなことをやっているのか、通勤途中で聞くと。
やっているとAIは答える。
「他はどんな感じ?」
「他の警官も、興味のある分野ではやはり正解率が上がる傾向があります。 篠田警部ほど極端ではありませんが」
「……やっぱりそういうものなのか」
「今後はこのデータを活用したい所です」
さいですか。
とりあえずオフィスに出て、デスクでレポートを書く。
その後は、すぐにまたあのクイズをやるべくお出かけをする。
今日は千五百ほどのデータを取りたいと言われたので、若干うんざりしたが。私としても、色々な武器を見られるのはそれはそれで楽しい。
ただ、今日に入ってから。
不意に正解率が落ちた。
10やって2間違ったところで。
AIが種明かしをしてくる。
「今回は偽物は偽物でも、実際に殺傷するのに使われたものを持ってきました」
「はー、それは悪辣な罠だね」
「そうですね。 それでよりよく篠田警部の事が分かりました。 貴方は武器に興味を持っているのではなくて、相手を殺傷した武器に興味を持っているのです」
「否定は出来ないかな」
実際問題その通りなのだから仕方が無い。
その後は、方向性を変えてくる。
武器を二種類出してきて。
どっちが人間や他の生物を殺傷するのに使われたかを聞かれる。私は頷くと、そのまま淡々と答える。
正解率は、再び。
ほぼ100パーセントに戻っていた。
以降は、武器以外のものを時々交えながら、本物偽物を順番に答えていく。
そして興味が無いものにかんしてはきっかり50パーセントの正解率をだし。
興味がある分野。
人間を殺傷した武器か否かでは、ほぼ100パーセントに近い正解率をたたき出していた。
それが数日続き。
100000きっかりのデータを取った後、AIに言われる。
「これで充分でしょう。 篠田警部のデータは、今後の適性試験などで活用出来ると思います」
「私と似た精神構造の奴は弾く感じ?」
「いえ、適性は高いと判断して警察官として採用します」
「……」
何となく裏があると思った。
というか、此奴の場合。
私のような危険人物を見抜くために、今のテストをやりかねない。
そして危険人物と認識した後には。
時々発砲できるような任務に就かせてガス抜きをさせつつ。
監視できる所において、犯罪を犯さないようにコントロールしていく、ということなのだろう。
まあ合理的ではある。
私のようなサイコ気味の人間が、この世界でやっていくには。
そういう方法が一番良いのだろう。
それはそれで面白いな。
私はくすりとする。今後此奴は、私に時々ガス抜きの仕事を用意してくると言う事なのだから。
「それで、私は当面警官なのかな?」
「はい。 望む限り何年でも警官をしてください。 私がサポートします」
「出世しても今の時代では意味がないか……」
「まあ階級は殆どお飾りですから」
その通りだ。
AIの下に全人類がトップダウン式で存在している今の時代。警部だろうが警視総監だろうが同じである。
伸びをして、鑑定は終わりかと聞く。
終わりと言われたので、帰る事にする。
もう疲れたので、良いだろう。
それにしても、私自身でも分かっていない事は結構あって。
AIでも分かっていない事も結構ある。
私を分析するために、AIも相応に苦労している。そう思うと、ちょっと色々な意味で面白かった。
4、知能犯はそこにいない
私が出かけた先で、指示を受けたまま狙撃の体制に入る。
ショックカノンの機能は今回制限されていない。立体映像で色々なデータが出て。それで支援を受けて狙撃をする。
私は開拓惑星のビルの上で、狙撃体制で待つ事になったが。
私の姿も立体映像で偽装されているので。
そもそもスナイパーがいる事は、誰にも分からないだろう。
指示が来たので、撃つ。
スパンととても小さな音がしたけれど。
確かに手応えがあった。
今回の任務では、三十人近い警官がこの星、更に周辺の宇宙などに配置されていると聞いている。
大規模演習にしてはちょっとおかしいなと思ったが。
まあいずれにしても、指定通りに仕留めた。
「逮捕にかかってください」
「分かりました」
「……」
AIの指示を受けて、人間の警官が二人、ロボットと協力して撃たれた人間を連れて行く。まあショックカノンによって気絶しているだけ。転んだときに歯くらい折ったかも知れないが。それだけだ。
ショックカノンをしまって、背伸びをする。
「さて、次の指示は?」
「いえ、今回の訓練はこれで終わりです」
「ふーん……」
今回の奴、本当に演習だったのか。
何だか此奴は臭うと思ったが、それは敢えて此処では言わない。後で聞く。
そのまま、訓練に集まった警官はそれぞれ解散していくらしい。私も一人、そのまま宇宙港に出て。それで家に戻る事になる。
輸送船の個室で、私はAIに聞く。
「今回のさ、本当に訓練?」
「訓練ですよ」
「何か臭うんだけど」
「流石に興味があることには勘が働きますね。 軽く経緯を説明しましょう」
横になる。
ふかふかのクッションが用意されているので、中々に快適だ。このクッションいいな。買って家におこうと思っている横で。AIが説明してくれる。
「実は少し前、二年ほど逃亡して捕らえられていない犯罪者を取り逃がしたのです」
「二年ほどというと……」
該当する奴を思い浮かべる。
未だに逃げ延びている凶悪犯だ。
珍しい殺人をして逃げ延びている奴で。AIの支援を受けていない地域を上手にかいくぐって逃げている。
ただし痕跡は追跡されているらしく。恐らくこれ以上殺人は出来ないだろう。
この手の長期間逃走している知能犯は地球人には存在しない。
というのも、地球人の限界知能程度では、今のAIからは逃れられない。
希に、高い知能で知られる人間の中で、更に突然変異的に犯罪に手を染める奴が出てくるらしいのだけれど。
そのケースらしい。
「その時に、色々不備がありました。 今回はその不備を埋めるために、精鋭を募って訓練をした次第です」
「ああ、なるほど……」
「ひょっとしたら次にチャンスが来た時には、篠田警部にも出て貰う可能性があります」
「それは楽しみだね」
ショックカノンを長期間逃げている犯人にぶち込めると思うと、実に素晴らしい。まさに至福である。
表彰とか出世とかそういうのはどうでもいい。
獲物を仕留める事。
それ自体が快感なのだ。
ポップキャンディを咥える。
「それで逃げた其奴は、いつ捕獲作戦をやるの?」
「残念ながら、今の時点では潜伏箇所を絞るので精一杯で、捕獲するところまで捜査が進んでいません」
「そっか」
此奴の事だ。
世の中のガス抜きのために、敢えて犯罪者を逃がしている可能性もある。
その可能性の方が高いくらいだ。
だが、それでいいと私は思っている。
勿論犯罪者が野放しにされるのは論外だが。
私は実際の所、警官よりも犯罪者の適性の方が高いのだろうと自分で思っている。だからトリガーハッピーだし、武器を使って如何に人を殺すかを嬉々として考える。
そんな私や、その同類が暴発しないように。
AIは色々社会運営で手抜きをしているのだろう。
「しばらく訓練ばっかりだったけど、実務に戻る感じ?」
「そうですね。 そろそろまた色々な仕事をこなして貰う事になるかと思います」
「まあそれが私に取っても一番楽しいかな」
「……」
警官や軍人は暇なのが一番だ。
それは私も分かっている。
だからこそに、その発言が危険な事も知っているが。
此処にいるのは私とAIだけだ。
故に別にどうでもいいのである。横になったまま大あくび。このクッションはアレだ。人を駄目にするな。
そのまま駄目になっていると。
AIがなおも言う。
「体を動かす仕事もしますか?」
「大歓迎だけど、私にアクションやらせると多分バイオレンスでスプラッタになると思うよ。 相手が」
「それは重々承知の上です。 ちょっとばかり、特殊なおとり捜査がありまして」
興味が出て来た。
話を聞いてみると、中々に面白い。
それに、私としても歓迎できる内容だ。
「いいね。 それやりたい」
「分かりました。 準備をしておきます。 ただし、帰ってすぐにというわけではありませんが」
「分かってるよ」
AIはもの凄く巨大なシステムを回している。
銀河系の規模から考えると、まあ当たり前の話だ。
すぐに仕事は確かにこないだろう。
だが此奴は嘘はつかない。
しっかりちゃんと言った事は守ってくる。
だから、私は。
幾つかの疑いを持っていても。
このAIは、そこそこに一緒にいて心地が良いと想っているのだった。
(続)
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