潜入捜査は楽しい
序、きけんなおしごと
何段階か開拓段階がある、開拓惑星。
その一つに私は来ていた。
今来た星は、丁度犯罪者が一番出やすい状況。中途半端に開発が進んで、隙が一番大きい場所。
今回私は。
労働者を装って、ここに来ている。
こういう所に来る労働者は、古くは。そう地球文明時代には、山師とか或いは食いっぱぐれた人間とか、そういうスジ者が多かったのだが。
今の時代はそもそも貧富の格差がないので。
単に労働に向いている者が来る。
犯罪者は隙があるのを見て来るのであって。
別に労働者自身が荒んでいると言う事はまずない。
好んで危険な仕事をする種族や。
或いはこういう中途半端な状態からクラフトをしていくのが好きな種族というものもいて。
そういう種族が、こういう開拓惑星ではよく見られるようだ。
私は黙々と、うんざりしながらロボットの支援を受けつつ、作業を行う。危険な道具類はAIによる作業支援がついていて。私が今やっているのは、地盤の調査である。
この辺りに大きな宅地を造るので、地盤をがっつり固める必要がある。
私は装置を持って、その辺りを歩き回る。
一応ブルーカラーの服を着ているが。
基本的にこれもいつもと同じで。単に服をそういう風に変化させているだけ。その気になれば秒で警察の制服に出来るし。
更に言えば銃弾くらいなら、服が勝手に防ぐ。
周囲をよく観察する。
この辺りは開発の最前線で、この間私が開拓惑星で逮捕に関わった「1」のような変なのが紛れている可能性がある。
だから、隅から隅まで見回っていく。
勿論地盤の調査もしっかりやる。
どうやら、ある程度強度が足りていない様子だ。調査結果を回す。すぐに地盤の強化作業が開始される。
休憩に入った。
古い時代のこういう工事現場の光景を見た事がある。
汚い容器で飲み物を廻し飲みしたりと。
今では正気に思えない衛生観念での作業が行われていた。
とりあえず今のところ、変なのはいない。また、こう言う場所で働いている人間もあまり多くは無く。
余程の変わり者がちらほら見られるくらい。
大半はロボットだ。
休憩を終えて、次の仕事。
開拓惑星はクラフトが行われると言う事もあって、確かに独自の楽しさもある。
だけれども、楽しさがあるからこそ。
其所には隙も出来る。
犯罪者はそれにつけ込む、と言う訳だ。
人間の接近には気を付ける。
相手が何人だろうが関係無い。
今の時代、犯罪のリスクが高すぎるから、やるのは余程の変人だけ。生活のために犯罪をしたり、尊厳を斬り捨てる人間はいない。
だからこそ面倒なのだ。
趣味で犯罪をやってるようなのが出てくるのだから。
しばし時間をおいて、次の作業に。
小さな車に乗って移動開始。開発の最前線だから、かなり埃っぽい。服で防いでいる部分もあるが。
あまり行きすぎると、酸素がない地帯に出てしまう。
その時は警告される。
車が止まった。
この辺りはダイナミックな渓谷になっている。深さは実に四千メートルである。
この星は太陽系にあった火星のような枯れた星で。本来だったら惑星として既に冷えた存在だった。
それをウルトラテクノロジーを駆使して復活させ。
開拓して人が住めるように造り替えている。
この渓谷については、最初海にしてしまう予定もあったらしいのだけれども。
今の計画では、海にするのに加えて、この辺り一帯を地下コロニーにするらしい。
地下コロニーは日射が余り好きでは無い種族に結構な需要があるらしく。住むことで体調が良くなったりする種族もいるらしい。
AIとしても人間の管理のために。
色々なコロニーや住居を用意するのだ。
私は車で、渓谷の辺縁を移動し続ける。全てのデータを記録するためである。勿論この車は落ちない。
最悪の場合、自動飛行まで出来る代物で。
開拓地用に作られている特別製だ。
というわけで、結構ギリギリを攻めていく。
攻めて行くのは楽しいのだが。しかしながら、私は今念願の潜入調査中なのを忘れてはならない。
最大の目的は。
犯罪者を捕まえることである。
しばらくして、指定の渓谷の調査は完了。
勿論衛星などから徹底的に事前調査はされているのだが。色々な方法で調査することにより、更に精度は挙がるし。
何よりも、そもそもとして人間の仕事ができる。
そういう理由もあって、わざとAIはやらせているのだろう。
ただうきうきなのも事実である。
暇な方が良い仕事だというのは分かっているが。
普段警察の仕事が暇で仕方が無いからだ。
犯罪をするのがリスクにしかならない。犯罪を行おうにも隙が少なすぎる。
それだけの理由で、こんなに社会は平和になる。
そして警官は暇になる。
その事実を目の当たりにしている私は。適性があるとしても、こうやってたまには羽を伸ばしたいし。
はめも外したかった。
というか、犯罪者達も同じような心理でこういう所に来ているのだろうか。
だとすると、結構危ない所に私はいるのかも知れない。
一旦戻る。
さて、次の仕事と思ったが、休憩である。
休憩には独自の簡易コロニーが作られていて、それぞれAI管理されている。
一応プライバシーは確保されていて。多数の球形が重なりあったようなそれには、それぞれ個人に充分な広さと、完全な防音が施されている。またそれぞれに主が決まっていて、主が嫌だと思えば、仮に誰かを連れ込んでも即座に放り込まれる。
この辺りはAIが普段から監視しているので、不正はできない。
昔はこの手の個室はトラブルが散々起きたという話だが、AIによる個人監視が行われている時代、それはもう無理だ。
仮に個人で働きに来ている人間を狙いに来る場合。
こう言う場所で狙うのは最悪手。
部屋に入り込むことも出来ないだろう。
昔の地球時代の火器なんて、ドア一つ破れない。
そういうものだ。
私も自室に入る。そこで完全に外と遮断されている事を確認すると、大きく伸びをしていた。
「篠田警部。 どうですか雰囲気は」
「別に何とも。 誰かが大がかりな悪さをしているようには見えないけれど」
「それならば良いのですが」
「んー、私を送り込んでるってことは何か兆候があるとか? それとも単に仕事として送り込んで警察っぽい事させてるだけ?」
AIは後者だと言った。
そうか、自分でもそれっぽいことをさせていると認めるわけだ。
そうかそうか。まあいいけど。
横になると、携帯端末を出してSNSを見る。
今は警官としても、ここに潜入労働者として来ている者としても休憩の時間である。
見ると、新規のデジタルアイドルユニットの立ち上げが情報として来ている。
推しのはいないから別に良いかな。
そう思って、別を見る。
ある星で、珍しい天体現象が観測されたという。
いわゆる浮遊星。
何かしらの理由で、恒星系からはじき出された惑星。重力の軛を切って飛んで行ってしまった星。
それが、恒星系に侵入してきて。
恒星に捕まったのだ。
重力的な意味で、である。
以降はかなりの軌道の乱れが生じているが。
もともとこういった浮遊星などは、AIががっつり管理しているはず。だとしたら、敢えてニュースとして、憂さ晴らしにしているのだろう。
今は現地で色々調整をしているそうだが。
浮遊星としてはかなりデカイそうで、なんと木星サイズくらいはあるという。
白色矮星とか、中性子星とか。そういう危険なのが入り込んでくる場合は、AIが事前に処理してしまうこともあるらしいが。
今回はそれもないのだろう。
というわけで、むしろ天体ショーとして、楽しむ事を推奨している様子だった。
小さくあくびをすると、私はニュースを閉じる。
まあ良いんじゃないのかな。
そう思った。
ただそれだけである。
そして、それから風呂に入って、横になって眠る。
そういえば地球時代には、こういう場所では蛸部屋労働とか言う地獄みたいなものがあって。
労働者を文字通りゴミのように使い捨て。
殺した人間を壁に埋め立てたりしていたんだっけ。
この世界をディストピアだとかSNSで声高に叫ぶ者を時々見かけるけれど。
少なくとも地球人類にこの銀河系を任せたら、絶対に碌な事にはならないのが確実である。
まあ、少なくとも、地球人類よりは今のAIによる統治の方が1兆倍マシだろう。
そう私は思う。
それも夢の中での話。
起きると、もうそれもさっぱり忘れ去っていた。
頭を振って、そして考える。
何だっけ、と。
どうして夢の内容を殆ど忘れてしまうのか。
一説によると記憶の整理が夢だとか言う話だが。
それにしても、結構面白い夢を見ても。面白い夢だった、と言う事くらいしか現状覚えていないのである。
そう考えると、ちょっと何とかならないのかなとも思う。
まあ何ともならない。
着替えると、時間を確認。
休憩はもう少しで終わりだ。
外に出る。
昔は仕事前に集会だとか何だとか無駄な事をしていたらしいのだけれども。
今はそんな事もなく。
それぞれが勝手にAIに指示を受けたとおりに仕事をする。
仕事の力量が足りない場合は、多数配備されているロボットが支援する。
私は支援されることは殆ど無いが。
幼い子供に見える労働者が(見かけ通りの年齢かは例によって分からないが)、ロボットの支援を受けて仕事をしていた。
そもそもあれは地球人では無い可能性だって高いし。
私は淡々と自分の仕事をするだけだ。
さて、犯罪者は出るかな。
出たらその時は対応するだけだが。
出そうに無いなあ。
そう思うと、色々とがっかりしてしまう。
ショックカノンで撃ちたいけど。
相手がいないのでは、どうしようもない。
今の時代、警官が格闘戦をするなんて事はほぼない。
格闘戦なんか人間同士でやる所は、それこそプロの格闘家が、厳重に危険から守られた状況でやるのを見るくらいである。
今日の仕事は土砂の整理か。
大量の土砂が自動で詰め込まれた、浮遊式の荷車。もう車とはなんぞやというしろものだが。
これを引いて、指定の位置に移動する。
何しろ浮遊式なので、引いていて重さというものがない。
押すのは前が見えなくなるので推奨されない。
引いて歩く。
そして歩いている内に、大きな穴が見えてきた。
巨大な機械があって、内部で何か掻き回している様子だ。
或いは地盤になるようなものを造っているのかも知れないが。あの巨大な装置。神話に出てくる神々の作業のようだ。
近くに行くと、荷車を操作。
危険なので、穴の一定距離には近づけないようになっている。
荷車が自動で中身を穴の中にぶちまけて。
それでおしまい。
戻る。
私はただ歩いて荷車を誘導しているだけ。
勿論本来は私はいらない仕事だが。
仕事を与えるために、AIがわざとやらせているのだ。
不満そうな老人とすれ違う。
こういう所に背伸びをしに来た奴だなと、一目で分かったが。
別に悪さをしていないのなら、どうでもいい。
開拓惑星で違法の酒を飲んできたとか自慢するアホがSNSで湧いたりして、秒で逮捕されたりするのを私は見ている。
ああいう奴も、AIにはばっちり監視されている。
更に人が少ない場所だと本当に犯罪が出来るケースもあるが。
それでも人を殺すのは殆ど無理だ。
余程の条件が揃わないと、今は殺人は出来なくなっているし。
殺人として立件されるケースも、ほぼ事故の場合が多い。第一級殺人になるケースは、まずない。
「今の老人……」
「ええ、どうやら此処に悪さをしに来たようですね。 既に目はつけています」
「なんで来る途中で止めないのさ」
「本人は観光をしたいといっていたので。 私は好きにさせるだけです」
まあ、そういう意味では自由は担保してくれていると言う訳だ。
私にはどうでも良いことだが。
「この仕事は退屈ですか?」
「いんや、そうでもない」
実際、こういう開拓惑星には、仕事をしに来る訳では無く。
ああ背伸びをしに来る奴がたくさんいる。
そういうのを見るだけで、ひょっとしたら撃てるかも知れないと思ってわくわくする。
ましてや今は潜入警官だ。
その好機が、いつ来ても不思議ではないだろう。
だから、今やっている仕事は、割とどれも楽しい。
こういう不真面目な性格は、警官としては本来あっていないように思えるのだけれども。AIは適性がばっちりだという。
だから、それでいいのだろう。
黙々と作業を続行。
荷車を何周かさせた後には、休憩を貰う。
襤褸を着込んだ子供とすれ違う。
以前逮捕に関わった「1」を思い出して、思わず振り向いていたが。
AIが分析していた。
「あの服はフリです。 元々ちゃんとした服を、そう見せかけているだけです」
「どういうこと?」
「あの人物は何でも形から入ってみようという嗜好の持ち主で、今は底辺労働者ごっこをしています。 あの人物の出身惑星でも、地球で言うブラック労働やタコ部屋労働のようなものが古くは存在していて、それが如何に悪いものなのか、出来るだけ再現して体験しようとしているのです」
「……」
それはまた。
随分と変わった趣味の持ち主だな。
だけれども、他人の趣味を貶すことは許されない。
昔は趣味に高尚下劣が存在していたらしいが。
今は勿論そんなものはない。
他人に直接危害を加えない限り、どんな趣味でも自由だ。
あのボロボロの子供に見える人も。
此方でどうこうする事はない。
ただAIが把握していると言う事は。
少なくともAIの管理下で、あの底辺労働者ごっこをやっているのだろう。
「1」よりはまだディープではない趣味だという事なのだろう。私にはついていけない世界だが。
まあそれはそれでいい。
休憩の間、ぼんやりとソフトキャンディを口に入れて、行き交う労働者を見やる。
古い時代はそれこそ十把一絡げに使い捨てられていただろう労働者達だが。
今の時代は、ロボットの補助で安全に仕事をしている。
過剰労働も一切為されていない。
地球人の四倍も上背がある、銀河系でもトップクラスの巨大種族が通ったので、思わずおおと呟く。
実物は数回しか見た事がないティニ人だ。全体的に巨体を支えるために丸っこい体をしていて。
筋肉がとにかく凄い。
人間の四倍の上背だが、体重は100倍ほどもある。
体を支えるために、骨格などが極めて頑強だからだ。
いいものが見られたなあ。
そう思って、私はほくほくした。
こういう潜入調査。
私には向いているかも知れないと、ほくほくのなか思った。
1、喧嘩だ喧嘩
大型の銃火器のようなものを渡される。
手渡されると同時に、使い方を説明された。
これは古い時代にパイルバンカーと呼ばれていたような、くい打ち機の一種である。勿論AI制御で、間違っても人間に対しては撃つことが出来ない。
これを使う目的は、水脈を通すために、地面に穴を穿つこと。
今からそれをやれ、というわけだ。
頷くと、地面にパイルバンカーもどきを近づける。
そうすると、先端部がさっと展開して、地面に銃身を固定。
細かい指示が来て、銃身の向きを調整する。
調整が終わると、自動的に打ち込まれた。
何が、かは分からない。
レーザーなのか。
それとも熱量なのか。
砲弾なのか。
いずれにしても、ずんと周囲が揺れて。私は気持ちが良いなあと思った。これは実に心地がいい。
髪を掻き上げる。
パイルバンカーを地面から外すと、地面には綺麗に穴が開いていた。別の労働者が、違う道具を持ってきたので。AIの指示で場所を譲る。
鼻歌交じりにその場を離れると。
AIに言われた。
「ご機嫌ですね」
「今の楽しかった」
「周囲の警戒を忘れずに」
「まあ、それも分かってる」
この間の渓谷。
何処かの星からか運んでこられたらしい水が、凄い勢いで流し込まれている。輸送船、それも大型の、惑星開拓用物資搬入用のものが来ていて。
それこそ凄まじい勢いで、水が注入されているのだ。
恐らくだが、完全に凍り付いているような星から水を資源として切り出しているのだろう。
具体的にどこから水が持ってこられているのかはわからない。
また、水の内容物も徹底的に調査して。
完全にただの水をぶち込んでいるのだろう。
昔のSFとかだと、こういう水にタチが悪いウィルスとか入っていて、大惨事というのがよくあるのだが。
そもそも今の時代、ウィルス性の感染症なんてものがありえない。
それぞれが着ている服がウィルスもプリオンもブロックしているからだ。
仮に開拓惑星の違法店などで体に入った場合にも。
開拓惑星から出る前にAIが気付く。
いずれにしても、ウィルス感染症で多数の死者が出ることは無い。
細菌だろうがアメーバーだろうが何だろうが、それは同じ事である。
それにしても、まるで神々のツボから注がれる滝だ。
あれだけ巨大だった渓谷が、見る間に水で満たされていく。
足を止めて見ている労働者も多い。
こう言う光景を見に来る労働者もいるのかもしれない。
SNSなどでも、現実に遜色ない映像を見る事が出来るし。更にはバーチャルリアリティでその場にいるように体験することだって出来るけれども。
それでもこの場で見たいと言う者はいるのだろう。
やがて水の放出が収まると。
その場からは人がいなくなる。
一人様子がおかしいのがいたので、覚えておく。
次の仕事をしに行った時。
其奴が案の定問題を起こしていた。
「お前、俺の財布すりやがったな!」
「しらないよそんなの!」
慌てて否定するのは、地球人より二回りくらい小さい人間。
一方凄んでいるのは、全身がトゲトゲしている奴だ。地球人より一回り大きい。
「返しやがれ!」
「はーい其所までデース」
「あん?」
私が笑顔で肩を掴むと、其奴は振り返り。
AI制御のロボット達が、ショックカノンを向けているのを見て青ざめた。
即時にショックカノンがぶっ放されて、いわゆるカツアゲをしようとしていた奴が文字通りブッ飛び。
ゴミがまとめられている中に放り込まれていた。
漫画みたいな状況だが。
見ていて面白かったのでありだ。
私はおーと手をかざして今の様子を楽しみ。
震えていた因縁をつけられた人間には、ロボットが手を貸してそのまま連れていった。周囲の労働者は、今時馬鹿な事をする奴もいるんだなと思ったのか。
呆れたように、カツアゲをしようとしたアホを見ていたが。
それもAI制御のロボットが連れていく。
まあ、これで私が潜入警官だと言う事はばれないだろうけれども。
それにしても面白かった。
「今のは懲役何年くらい?」
「これから余罪を調査します。 それと篠田警部は、これから場所を変えて貰います」
「なんで?」
「今ので警戒されましたので」
ああ、そういう。
犯罪者にとっては、ひょっとしたら潜入警官かも知れないと言うのは、それだけで行動を慎重にさせる要因になると言うことか。
今、何年も逃げ延びているような犯罪者でも。
はっきりいって、ロボット警官に見つかったらそれでジエンドだ。
そんなのは数人もいないが。
そんな数人しかいない犯罪者でも、ロボット警官に見つかってしまったら、もはや逃げる術がない。
昔のピカレスクロマンに出て来たような、警官を殺しまくったりロボットを壊しまくったりする「ダークヒーロー」何てものは実在しないししえない。
そんなものがそもそもヒーローと呼んで良いのかも分からないが。
ともかく、今の長期間逃げ回ることに成功している犯罪者は。警察にかちあわないことを上手にやれているだけの者であって。
本人の武力はあんまり関係無いのである。
指示通り移動する。
途中から、地下道に入った。
ああ、いかにも治安が悪そうな場所だなと思ってうきうきするが。
実際にはそんな事はない。
ロボットがたくさん見張りについているからだ。
更には、この地下での作業でも、周囲にAIの耳目になる機械類が山のように配置されている。
一見すると犯罪をやりやすそうな場所だが。
此処は犯罪者にとっては文字通り地獄の一丁目である。
ただそれも、全域がそうではない。
奥の方には、開拓の最先端がある。
其所で私は、なんかドリルっぽいものを渡された。
「これは?」
「岩盤を崩す道具です。 崩れてくる岩などは、自動補強していますのでご心配なく」
「へえ……」
鉱山労働者みたいだなと思って、ちょっとわくわくした。
古い時代の地球で、文字通り最悪の仕事として知られた鉱山労働者。
仕事を始めて生きていられる年月は三年とさえ言われ。
大量の事故や非人道的な労働で、ばたばたと倒れていき。
子供でも平然と使い潰した、文字通り地球人の宿業の場所。
人間らしい生活がどうのこうのとSNSで噴き上がっている連中には、その現実を見せたい場所。
今の此処は、安全極まりない。
実際労働していて空気も悪くは感じないし。
このドリルっぽいものも、使っていて軽いし安全措置は何重にも施されているし、落盤の危険もない。
労働時間もきっちり管理されている。
人間らしいとはなんぞやと。
私はドリルで岩盤に穴を開けながら思う。
ほどなくして、指定の穴を掘り終えた。
どういう原理なのか、ドリルは岩をバターのように切り裂いて、指示通りの大穴を開けていた。
凄いなあ。
そう思うが。
これもAIでバチバチに管理されている。
人に向けて使ったら文字通り即座に大量殺戮が可能なのだろうが。そんな風には使えないのだ。
ましてやどんな凄腕ハッカーでもファイヤーウォールにさえ到達できたことがないというAIだ。
それを弄くるのは不可能である。
そのまままた別の場所に行って、ドリルで楽しく穴を掘る。
それが終わった後は、休憩を貰う。
炭鉱をはじめとするこの手の労働は、灼熱地獄の中で命がゴミのように安い仕事をしていたらしいが。
別に今仕事をしてきた私は、殆ど疲弊していない。
風呂に入って、それで寝る。
労働の完璧な管理は、人間には無理だなと思うが。
それもまた、こういう現実を見たからというのもあるのだろう。
夢は、見なかった。
起きだして、大あくびをする。
しばらくはあの穴蔵で労働だそうだ。
統計的に、ああいう場所で犯罪をやってみようと思う奴が、一番多くでるらしい。
雰囲気がそういう感じなので。
それに乗せられるのだという。
まあ、それもあって、なのだろう。
あれだけガチガチにAIが守りと見張りを固めているのは。
何となく私には分かる気がするが。まあ、それでも潜入警官として、仕事はしておかなければならない。
仕事場に出向く。
いかにも柄が悪そうなのが、AIに不満を述べていた。
「何だよこのドリル。 もっと重量感のある手応えないのかよ」
「手に負担が大きいですよ」
「なんかこうよ、掘ってる感覚味わいたいだろ! これだとなんか、殆ど実感がないんだよ! 穴掘りさせろよ!」
「穴は掘っているでは無いですか。 それなら、此処から戻った後にそういった感覚を好きなだけ味わえるように手配しましょう」
柄は悪そうだが。
アレは大丈夫だな。
多分、ドリルを使って穴を掘るというのを実際にやってみたかっただけの奴だったのだろう。
何だか知らないが、古くからドリルはとても機械として人気があるらしく。
現実にはあまり派手に掘るものでもなかったにも関わらず。
ドリルをたくさん装備したロボットとかは、相応の人気があったらしい。
少なくとも地球では。
それでああいうドリルを実際に触りたいという奴がいるのだろうけれども。
まあ現実は非情だ。
むしろバーチャルリアリティのほうが、そういう重量感のあるドリルでの穴掘りは体験できるのだろう。
本末転倒にも程があるが。
私はあくびをしながら、奥に移動。
空気は全く問題ないので、歩いていて大丈夫だ。
周囲の労働者は様々。
それほど密度は高くなく、実際にこの穴での作業を進めているのは殆どがロボットである。
人間が喧嘩するほどの密度にはなっていないのだが。
それでも、やはり喧嘩が目的で来ている者はいる様子だ。
奥で怒鳴り声が聞こえる。
仕事の指示を受けていたが、中断。様子を見に行くと、肩がぶつかったぶつかっていないで、同じくらいの体格の人間が喧嘩していた。
完全に頭に血が上っているらしく、もう周囲がロボットに囲まれている事に二人とも気付いていない。
怒鳴りあいがヒートアップしてきたが、不意に音が消える。
ロボットが音を遮断したのだ。
五月蠅いからだろう。
私はもう少し進んで、遮断された音のフィールド内に入る。
喧嘩をしている馬鹿二人も、ようやくそれで気付いたらしい。かなり状況がまずいことに、だ。
私は咳払いすると手帳を見せる。
「この様子だと二人ともリアルで喧嘩がしたくてここに来たみたいだね。 とはいってもそのままやらせるわけにはいかないんだよねえ」
「警察……!」
「てめえ、潜入警官か!」
頷くと、私はショックカノンを二人に向ける。
思わず尻餅をつく片方。
もう片方は、青ざめたまま動けない。
周囲はショックカノンを装備して、戦車砲だろうが何だろうが、旧時代の火器では傷一つつかない警備ロボットの群れ。
昔のピカレスクロマンでは、悪漢にゴミのように蹴散らされるのがお約束だった警備ロボットだけれど。
現実は非情だ。
「撃っちゃおうかなー」
「相手の出方次第です」
「えー。 バラバラになるの見たいなー」
「相手の出方次第です」
同じ言葉で私を牽制するAI。
真っ青になって突っ立っている奴は、半分気絶し掛かっているし。
腰を抜かした奴は、泣き始めている。
何とも情けないなあ。
まあいい。
後はAIに任せるか。
わっと警備ロボットが、馬鹿二人を拘束する。情けない悲鳴を上げた馬鹿二人だが、すぐに連れて行かれていった。
私はショックカノンをしまう。
さて、今のは周囲に見えていたのかな。
だとすると、場所をまた変えなければならないけれど。
そうすると、AIが説明してくれる。
「遮音フィールドに篠田警部が入った辺りから、光学ステルスも掛けておきました。 だから周囲には何が起きたか分かっていません」
「そっか」
「ですが、堂々とあの中に入った事で、警戒はされたと思います。 見た人間については此方で確認はしてありますが、近いうちに仕事場を変えましょう。 抑止力にはなったとおもいます」
「ふーん……」
抑止力、ね。
関係無く暴れてくれた方が、ショックカノン撃てて楽しそうなのだけれど。
こういう所が、私が不真面目な所以だが。
まあいいか。
さっきやりかけていた仕事の所に戻る。
そして、中断していた作業の説明を、もう一回受けた。
やはり、喧嘩をしにここに来ているマニアはいるらしい。
それから二日後。
またドリルで楽しく壁を溶かしている時に、喧嘩の声が聞こえてきた。嘆息すると、すぐに飛んできたロボットにドリルを手渡し。
そのまま現場に出向く。
入り組んでいる地下通路だが、AIがナビをしてくれている。
更に言うと、この洞窟内で一定以上の問題が起きると、私には直接聞こえるようにAIが細工してくれている。
現地に出向くと。
やはり、荒々しいタトゥー(現在では実際に彫るのは禁止されているので恐らくはタトゥーシールかもしくは服による迷彩)を入れた大柄なのが二人、互いにつかみ合って罵り合っていた。
すぐに警備用ロボットが人を遠ざけるが。
一瞬視線に入った奴に、気になるのがいた。
まあそれはいい。
いずれにしても、人の目が充分遠ざかってから、私は近付く。
「ハーイ、お巡りでーす」
「うるせえ!」
「××××!」
興奮しすぎて、何を言っているかも分からない。というか、よっぽど鬱屈が溜まっていたのだろう。
焼け鉢になっているのが、すぐに分かった。
まあ、こういう相手ならいいか。
ショックカノンを撃つ。
勿論、相手がバラバラになるような事はない。AIがしっかり調整して、二人とも気絶させるだけである。
私より頭二つは大きい奴が、二人揃ってころんと気絶するのは最高である。
なお片方は地球人で女性だった。
まあどうでもいいが。
警備用ロボットが喧嘩しにきていたのを二人とも連れていく。私はAIに聞いてみる。
「あれはこれから調査するとして、前のはどうなったの?」
「開発の邪魔をしたという事で、それぞれ懲役二ヶ月ほどですね」
「あれ、そんなに短いんだ」
「初犯ですので」
そっか。
そう呟くが。
今のはちょっと状況が違うという。
「今捕まった二人は、片方が前科三犯、もう片方は十一犯。 こういう開拓惑星で喧嘩をするのを好む筋金入りのマニアです。 今回はどちらも双方が似たような趣味の人間だと理解していたようで、反省の色もないと判断。 二十年ほどは懲役を受けて貰うことになるでしょう」
そんなん殺処分したほうがいいと思うんだけれど。
まあ、それに口出しする権利は私にはない。
ふーんと話を聞いているだけ。
いずれにしても、もう此処は潮時だろう。
AIの方から、それを言ってくる。
「職場を変えましょう。 別の潜入警官を入れます」
「へいへい。 まあ喧嘩の場二件に関わったもんね」
「そういうことです。 監視下にあるとはいえ、数人には見られています。 犯罪者をあぶり出す潜入調査官としては、仕事がやりづらくなるでしょう」
「……」
一応、やりかけの仕事は終わらせる。
その後は、三日の休みを貰った。
仮設の休憩所に行くと、後は寝て過ごすことにする。SNSをぼんやり見ると、ニュースが出ていた。
さっき見た奴だった。
「喧嘩屋12度目の逮捕」
喧嘩屋ね。
見ると、一部ではカリスマ的な人気がある奴らしく。SNSではファンサイトまであるらしい。
ざっと見てみるが、この窮屈な世の中に蹴りを入れるとか、威勢が良いことが書いてあるが。
実際に見た彼奴は、単に持て余した暴力衝動を他人にぶつけたくて仕方が無いだけのチンピラだった。
こんなに美化して、馬鹿だなあ。
くつくつと笑ってしまう。
そして何でも現物を見てみるべきだなとも思った。
実際問題現実を見てみれば。喧嘩屋どころかただのアホだったのだから。あんなのが美化されるとは。
暇なのがいるものだ。
とはいっても、その一部の人数はせいぜい数十人程度。
ファンサイトなんて今時、誰でも作れる。
何よりも、そういう言動をしていても。実際に犯罪に手を染めるまでは捕まらないこの世界。
窮屈どころか、どれだけ自由なことか。
まあ私も時々窮屈は感じるけれど。
それはそれだ。
とりあえず。馬鹿みたいな喧嘩をした奴は捕まった。それで全てである。
そういえば。
古い時代は、喧嘩を美化する傾向があり。
喧嘩もしないような人間は駄目だとか、真面目に宣う阿呆がいたと聞いた事がある。
それはもう、なんというか、どうしようもないな。
現物をその場で見た私としては、呆れるしかない。
さて、まだ潜入捜査員は続けたい。
警官としては、久々に面白い仕事なのだ。
開拓惑星で警官として仕事をしたことは何度もあるが。
潜入捜査はあまり例がない。
何よりも、仕事をしている労働者が、いきなり警察に変貌して襲いかかってくるのだから。
犯罪者共にはそれはびっくりだろう。
実際、慌てている様子を見るのは、私も大変に楽しかった。
まだ、此処で仕事をしたいな。
そう思いながら、私はまだ犯罪者がでないか。大物を捕まえられないか。そんな事を考え続けていた。
2、お馬鹿すぎてどうにもならない
洞窟から出て、外の仕事に戻ると、短時間で風景が一変していた。
美しい海が拡がっている。
きちんと波があって、波打ち際では今も作業が行われている。ビーチにするらしい。そうかそうか。それはすごい。
風景も赤茶けていたのが、急速に色が変わってきている。
色づいているというのか、なんというのか。
奥の方は植林が始まっているらしい。いや、植林はとっくにやっていたはずで。分かりやすいレベルの森を作り始めている、と言う事だろう。
それにあわせて、人間が触れないように隔離した状態で、動物も住まわせるのだろう。
人間と動物は別だ。
距離を置く必要がある。
だから、今では基本的にああいう森には人間は入る事が出来ない。ガチガチに警備ロボットが固めている。
まあそれも当然の話だ。
都合の良いときだけ人間も動物だと口にする輩は、法治主義を否定するためだけにその言葉を吐く。
そんな言葉はゲロ以下である。
動物とそのような輩を一緒にするのは、はっきり言って動物に失礼なレベルなので。
まあ妥当な処置だとは言える。
あくまで星の環境を整えるため。
知的生命体以外の生物にも協力して貰う。
そういう話だ。
私の仕事は、海での見張りだ。
船が既に来ている。
宇宙用の艦艇のような巨大なものではなく、それから比べると冗談のように小さな船である。
同じ海でも、星の海とこの惑星にある海ではまるで規模が違いすぎる。
だから船も規模が違うのは当然だ。
乗り込むと、揺れる。
これは、敢えて揺れを作っているらしい。
へえ凝ってるなあと、思わず声が出たが。
以降は仕事に移った。
古い時代の船は、スクリューとか言う危険な装置で推進していたらしいが。今のこういう水上船は、理論がよく分からないのだけれども、推進力を地力で作り出して動いているらしい。
スクリューに該当する機械は存在しておらず。
何か良く分からないけれど、船そのものが実力で進んでいるそうだ。
理論は何度か見たのだけれども。
はっきりいって難しすぎて、理解出来なかった。
悔しいけれど、理解出来ないのならそれまでである。
船で周囲を回りながら、波を蹴立てる様子を見る。
地球時代の船のような、騒音をまき散らしながら進むような様子は無いが。
それでもかなり波しぶきを上げている。
また、海の生物はまだかなり少なく。
水そのものも澄んでいて。
水面から下を見ると、かなり怖いかも知れない。人によっては、だが。
高所恐怖症の人間には、それこそある意味での絶景だろう。
私はそういう恐怖症はないので、おおと呟くだけだ。
そのまま、船を進めて。
ゆっくりと、規定のコースを回る。
案の定海に興味を示している開拓者はいるようだけれども。しっかり海岸線には見張りがついている。
この船は、そういう見張りをどうやってか突破して来た相手をどうにかするためのものであり。
実際にこうやって姿を見せ、相手を威圧するための見張りとして機能している。
本命の見張りは水面下でステルスしていて。
海に入ってきた奴を即座に捕まえて、陸に戻すらしい。
海の一部には尖塔がある。
かなり大きなもので、水が澄んでいるから水中部分にも巨大な本体がある事がよく分かる。
この尖塔は、水の成分の調整を行いつつ。
更に少しずつ、今までDNAなどでデータ保存していた生物の種子をまいていくそうだ。
最終的にはこの海の主ともいうべき存在になり。
生態系をコントロールするという。
そしてそこに人間は立ち入れない。
勿論適量の魚などを収穫をして、それを蛋白資源には変えるが。
勘違いした環境保護団体などがどうしても首を突っ込むケースはあるので。
こうやって早い段階から警備をしていく必要がある。
私は今回は、「警備のバイト」という体で仕事をしている。
AIが指示する仕事には、こういうバイト的なものもあるので。
本職なのに、バイト的な事をしているわけだ。
まあ潜入調査とは言え。
何とも妙な話ではある。
「ところで、これ上手く行ってるの?」
「いいえ」
「無理に侵入しようとするアホは見当たらないけど?」
「海の形成でトラブルが生じています」
AIの話によると。
何でもあの大きい尖塔が今調整をしているらしいのだけれど。その過程で、どうも海の生成に不具合が生じているらしい。
この星の陸に存在する、ある物質が、想定していた海を作るのを阻害しているらしく。
海に溶け出して、かなりの邪魔をしているそうだ。
今の時点で、海に入るのは自殺行為。
人間にとっては、かなりの毒物だという。
ぞっとしたが。
今着ている服で充分に防ぐ事が出来るので、特に問題ないそうだ。逆に言うと、それがなければ五分と持たないとか。
幸い揮発性はそれほど強くないので、海に近付く程度であれば平気。船に乗るのも、服さえ着ていれば大丈夫。倒れたりしても陸の側に控えているロボットが何とかするそうだが。
ビーチでこっそり遊ぼうとかする馬鹿がいた場合。
ましてや裸で泳ごうとかした場合。
即死だそうである。
開拓惑星では、こういう開拓中の状態で、色々な不具合が生じることがあり。
AIで勿論アナウンスはしているものの。
遊び気分で来ているような連中は、それを聞いていない事も多く。
たまに事故が起きるそうだ。
そういう事故を避けるためにも。
私みたいな警備バイト(のフリ)が必要だそうだが。
何だか面倒な話だ。
何もかも、結局の所人間が馬鹿だから、AIがあらゆる意味で面倒を見なければならないという話であって。
もうちょっと人間が賢ければ、こんな事にはならなかっただろうに。
一旦船が接舷。私が降りた後、しばらくして別の人間が来る。
私よりかなりガタイがいい人間で、多分地球人ではないだろう。
そのまま船に乗って、警備のバイトに行く。
羨ましそうにそれを見ている労働者が何人。
私は、空中に出ている危険の文字を軽く指さすと、指示通り休憩に向かった。
危険と思い切り出てるのに、それでも海に入りたがる心理がよく分からない。SNSを見てみる。
フィルタを掛けて、この開拓惑星に来ている連中のSNSを見ると、案の定分かっていないようだった。
「危険危険って、服で中和できるんだろ。 出来たばっかりの海なのに、入りたいよなあ」
「まったくだ。 一部の連中だけで警備とか言って独占しやがって」
「特権階級じゃねえの」
「まったくだよなあ」
げらげら笑っている様子が頭に浮かんで、イラッと来る。
特権階級な訳ないだろう。
お前らと同じだっての。
たまたま適性があって警官になったが。それでも仕事の内容は毎回意味不明な代物ばかりである。
この世界はAIの下に全人類が横並びだ。
AIの性能がなければ、この世界はとてもではないが維持なんて出来る代物では無い。
人間の性能程度で銀河系全土に渡る文明を維持することなど到底無理。
それが現実なのだ。
だいたい特権階級なんて存在しない。そんなことなんて、自分でもこの世界を見ていれば分かるだろうに。
今はAIの下にみんな横並び。特権なんて誰にも与えられていないのだ。
とはいっても、私もこの世界に不満はたっぷりある。
今回は楽しく開拓惑星で潜入捜査。バイオレンスのチャンスもあったりするけれど。バイオレンスさせてくれそうでさせてくれない。
大きなため息をつく私に。
AIは寝る事を推奨した。
「古くから、どんな文明圏でも内輪では無責任な繰り言が述べられるものです。 真に受けると精神に傷を受けることもあります。 だから、すっきり休んで眠るのが最適でしょうね」
「分かってる」
「では、風呂にどうぞ。 温めてあります」
「……」
介護士かこいつは。
まあいい。ともかく風呂に入って寝る事にする。
夢を見た。
開拓惑星に、海賊が侵入。
巨大な海賊船から無法者達が現れて、どこからか奪ってきたらしい金銀財宝をぶちまけて豪遊を始める。
ピカレスクロマンにありそうな一幕だ。
馬鹿馬鹿しい。
宇宙海賊なんて、SFの中にしか存在しない。
海賊というような組織化をするまえに潰されてしまうし。いたとしても警備艇一隻に手も足もでないだろう。
無人の星系にもばっちり警備の艦隊は存在していて。
警備の艦隊はいない場合でも、監視衛星はいる。それも人間よりも遙かに頭が良いAIが管理している。
だから、敢えてたまに隙を作っていると私は睨んでいるのだが。
それでも海賊のような極悪集団が跋扈するほどの巨大な隙は無い。
やがて連中は武勇伝を語り始める。
何処かの星で何十人殺した。
政府の役人を十何人殺した。
泣きわめく女子供を犯した。
そういう、海賊が喜びそうな話を散々するのだった。
そこに、どっと警察ロボットが乱入してくる。海賊達は即座に応戦を開始するが、こっちは私の夢の中でも実物を毎日見ているからだろう。
海賊ごときが手も足も出る相手では無い。
即座に全員がショックカノンで黙らされ。
連中の海賊船は、一瞬で撃沈されて、炎上し始めていた。
それを見て、わーわーと喚いて抗議する人間達。
せっかく宇宙海賊が来たんだ。
滅多にない娯楽なんだ。
それを邪魔するな。
そんな理屈を無視して、海賊を引っ立てていく警備ロボット達。あれは多分永久禁固刑だなと、私はどこからか見ながら思っていた。
目が覚めた。
海賊が出たことしか覚えていない。
アホらしい。
宇宙海賊なんて存在しない。
勿論、今でも創作では海賊は大人気である。地球の過去では、残虐極まりない最悪の外道集団であったことなどどうでもいい。
ピカレスクロマンというものはどうしても一定の人気があって。
それに対して夢を見てしまう馬鹿はいるのだ。
ましてや、これだけがっつり回っている世界だと、余計人気が出てくるものなのだろうとも思う。
私だって、不満があるんだから。不満を持つ人間の気持ちは、分からないでもないのである。
大きな溜息をつくと。
既に洗浄が終わっている服を着込んで、外に出る。
あくびをかみ殺して、海の方を見ると。
一眠りしている間に、随分と状況が変わっていた。
警備の船が更に増えて、威圧的に近付かないようにと人間達を威圧している。
不満そうに労働をしている者達。
これは、何かあったな。
そう思った私に、AIが説明してくれた。
「海に無理矢理近付いた人間が一人、昏倒しました。 幸い処置が早くて命に別状はありませんでしたが、警備を増やさざるをえなくなりました」
「いや、そんなことどうしてさせたの?」
「それがどっと押し寄せてきまして。 その中の一人が、守りを抜いたのです」
「いや、あんたまさか……」
それ以上は辞める。
馬鹿を一人通す事によって、今の海がどれだけ危険かを実際に見せておくべきだと判断したのか。
そこまではしないと思いたい。
そして、それは口にしてはいけないとも、私は思った。
だから口をつぐむ。
AIは、私の考えを読んだのか。
それ以上は何も言わなかった。
不満が鬱屈していくのが分かる。
せっかく海が出来てきているのに、近付くことも出来ない。
それが労働者達に、さざ波のように拡がっているようだった。
羽目を外したくて来ているのに。
露骨にそう顔に書いている奴もいる。
普段は色々制限が掛かるから、隙が大きい開拓惑星で色々やりたい。
それなのに。
それが、彼らの本音なのだろう。
実際に倒れる奴がでても、自分は大丈夫だという謎の自信があるというわけだ。
あ、良くある奴だなあと私は思う。
自分だけは大丈夫。
何故か、人間はそう思うことがあるらしい。
これは地球人だけの特性かと思っていたのだが、実際の所はそんな事もないらしく。宇宙に出てくるような文明まで進歩した人間は、だいたいこんな事を考える個体が珍しくないそうだ。
要するに銀河系にいる人間の中でも特別凶暴で残虐な地球人というのは事実だが。
馬鹿はどこの人類にも存在している。
そういう事なのだろう。
「空気が悪いなあ」
「次の仕事場に向かってください」
「んー」
私は指示に従って移動を開始する。
今度は空中からの監視要員だ。
現時点であの尖塔が、海の成分の調整を必死にしているらしい。毒物はどんどん化合させて、無毒な成分に変えているらしいが。
地面そのものに大量にまずいものが含まれているそうで。
まあ、数ヶ月はあの尖塔が、フルパワーで中和作業を続けなければならないらしい。
なお最初からそれは分かっていたそうだが。
開拓に来ている労働者が、AIの想定を越えて馬鹿だったのか。
或いはこうなることをAIは最初から理解していて。
敢えて馬鹿が酷い目にあうように仕向けたのか。
それはちょっとばかり分からない。
私が乗るのは、小型のポッドである。
人間が一人乗る事が出来るカプセルのようなもので。私は操縦をしない。AIが用意した、人間が座っているだけの仕事の一つだ。
空中から監視を行う機械の一つで。
別に警官でなくても、開拓惑星では乗る事になる。
なおここの警察に、私が潜入捜査をすることは当然知らされてはいるのだけれども。
私が今具体的に何をしているかまで、ただでさえ少ない警官は知らないし、興味も持たないだろう。
ポッドが反重力で浮き上がり。
そのまま旋回を開始する。
見た感じ、労働者はばらけて動いているが、AIの指示に対する反応が鈍いように思える。
やはり不満が大きいのだろう。私からしてみれば、確かに不満があるのは分かるけれど。危険なものに近付くなと言う正論に反発するのは、どうも分からない。
今の時代は、人間が簡単に死ぬ危険な機械などは全てAI制御で。
こういう開拓惑星でも、機械関係の事故で死ぬ人間はいないそうだ。
だが、それでもしっかり見張りをしなければならないのは。
何というか、知的生命体というものじたいのバグを感じてしまう。
手をかざして、ポッドから周囲を見ていると。
妙な動きをしているのを見つけた。
「あれさ、ちょっとおかしいよ」
「確認します」
AIが私が指摘した奴を確認。
どうもなんか違法薬物を入れているらしい。
クリティカルな奴は。そう、以前私が遭遇した「1」とかが作ったようなヤバイ奴は、滅多に出る事はないが。
それでも軽度の興奮剤などは、ああやって入れているケースがある。
すぐに警備ロボットが行く。
反発する労働者。
だが、薬物反応が出ると、喚きながら暴れようとし。ショックカノンで黙らされた。そのまま警察行きである。
すぐに警察が動く。
興奮剤を自作した可能性もあるが。
ブローカーがいる可能性もあるからだ。
まあそれは現地の警察に任せれば良い。私はただ見張るだけである。
海近くまで来た。
この辺りに来ると、大気をかなり制御しているらしく、がくんとポッドが揺れた。
無言で揺れるなあと思っていると。
多分AIが調整したのか、即座に揺れなくなった。
空高くにいるのに。
全く揺れず、全周囲が見えるので(外から私は見えない)。何というか、現実味がないのだが。
かといって揺れると怖いのは、今ので分かった。
我ながら勝手だなあと苦笑する。
まあ私は最初から不真面目な奴だ。
それは分かっているから、どうしようもないというのも事実である。
「海の近く、まだかなり人がいるね」
「AIの指定した仕事で、海の近くで敢えて仕事をさせています。 不満が溜まりすぎると、暴れ始めたりするので」
「ふーん……」
「どうしましたか?」
意外に人間の操作が下手なんだなと思ったが。
よく考えたら、此奴は。
AIは、殆ど何かを強制してくると言う事をしなかったなあと思い直す。
私が嫌な事は理解しているようだし。
それでいながら、仕事はイミフだけれども。
それでも、私が仕事をするのを、根気よく待ってくれる。
多分他の人間に対しても同じように接しているのだろう。
適性にあわせて仕事を回している。
それがイミフだから、反発する奴もいるけれど。
逆に言うと、そうやって適性を見ているのかも知れないし。
そうしても、手に負えない相手もいるのかも知れない。
実際、時々隙を作っているように見えるのも、こいつが人間を御するのに必要だと判断しているかも知れない。
たまにSNSで、AI無能論を展開している奴を見かけるが。
そんな地球時代のポンコツAIじゃあるまいし。
銀河規模の文明を、殆ど犯罪も起こさせず運営しているAIが少なくとも人間より無能な訳がない。
まあ、事実はそういうものだ。
私は無言でポッドから、監視を続ける。
船で監視を続けている労働者も、多分海が如何に危険な毒性を帯びているか説明を受けているのだろうが。
さあどう考えているのやら。
やがてポッドは上空を一周して。
着地し。私は降りる。ポッド内部の洗浄作業をロボットが開始する。別の人間が、すぐに乗るのだろう。
軽く休憩を挟んで、別の場所に行く。
この様子だと、当分は馬鹿のどうしようもない行動を見せつけられ続けるのだろうなと思うが。
それが仕事だと思うと、余計にげんなりするのだった。
3、隙が無くなりその先は
海が本当に危険らしいと情報が労働者に伝わったのだろう。なんというか、がっかりした様子の労働者が目立つようになった。
彼方此方でも、大規模な開拓作業はどんどん終わりつつある。
潜入調査に来てから既に何人か馬鹿をやらかす奴を捕まえたが。現地の警察も頑張っていて。
それなりに軽犯罪ばかりとは言え、捕まえている様子だ。
私とも時々連絡を取る。
ただしAI経由で、だが。
私が潜入調査官だと、多分現地警察の誰も知らないだろう。これで連携がとれてしまうのが今の時代なのだ。
昔の人間が現場百回とかやっていた時代だったら、こうはいかなかっただろう。
私が足を運んだのは、飲食店だ。
わいわいと騒いでいる様子を見るが。
警備ロボットがいる。
要するに、もうこう言う店で、グレーゾーンだったり、違法だったりするメシは出ないと言う事である。
私も席に着くと、適当に注文。
気むずかしそうな顔をした老店員が注文を取ると、すぐに戻っていった。
頬杖をつきながら、客の様子を見る。
比較的広い店だが。
こういう飲食店という奴は。文明が発達するほど消えていく傾向にあるらしい。何でも基本的にリスクの方が高いから、だそうだ。
今では人間が直接調理するよりも、AIが調理する方がおいしいものが出来るし。
何より安全、という事もある。
こう言う店が存在しうるのは、開拓惑星まで。
逆に言うと、わざわざ開拓惑星まで来て、飲食店に足を運ぶのは、余程の物好きだけらしく。
今店でわいわい騒いでいるのも。
店を出しているのも、
変わり者ということだ。
そして開拓の初期段階では、こう言う店では色々と問題のある食品を出したりもするのだが。
もう警備ロボットがこういう所まで来ている状態だ。
ということは、そんな事はできないのである。
昔のSFじゃあるまいし、犯罪者に為す術無く壊される案山子ではないのだ。
此処にいるような変人は全員理解しているだろう。
彼奴が、人間では何をやっても勝てない相手だと言う事くらいは。
カロリーの塊みたいな食い物が出て来た。
そのまま食べる。
まあ体に良くないだろうなと想うが、まあ美味しい。AIが作るものほどではないが。黙々と食べていると、いきなり対面に座ってきた奴がいる。
「なああんた、ひょっとしてこういう店初めてか?」
「まさか」
「そっか、そうだよな。 手慣れている雰囲気だし、そうだと思った」
こう言うときは大体ナンパが相場と決まっているが。
私の対面に座ったのは、ごつい地球人の男でもなんでもなく。
私よりちょっと年上くらいに年齢を調整している、多分私より年下の人間だった。
肉体年齢の調整が自在な今の時代。
こうやって、滑稽な光景が現出することがある。
しゃべり方も千差万別だ。
「実はちょっと背伸びして来てみたんだけれど、何か雰囲気が怖くて。 何かあったのか知ってる?」
「情報を見ていないの?」
「色々多すぎて理解出来ない」
「……」
ちょっとうんざりした。
今の時代。幼い内からAIによって適性を最大限伸ばす教育が誰にでも行われる。遺伝子的に問題がある場合は調整がされる。
古い時代は遺伝子の優劣がどうのこうのという話がされた時代もあったが。
今の時代では、それらのいわゆる優性論だの優生論だのいうのは全て科学的に否定されている。
とはいっても、お馬鹿な子はどうしてもいる。
これはその見本だろう。
見た目だけは何というかとても綺麗で、化粧もばっちり決まっている。私よりずっと綺麗だけれども。
何というか、多分色々オツムは出来が良くなかったんだろうなと想う。
「簡単に言うと、今作ってる海に問題があって、入れない」
「海、作ってるんだ」
「うん」
「へー!」
この子、まさかとは思うが。
急速成長で今の肉体年齢になった子供じゃないだろうな。
そう思って、少し不安になる。
音声を聞こえないモードにして、AIに確認すると。
案の定だった。
実年齢7歳。
社会人見習いレベルの状態だ。
多分ここに来るにも、AIが多大な補助をしたはずである。
背伸びしたい年頃の人間が開拓惑星には来る物だと相場が決まっているのだけれども。この子の場合は極端すぎる。
昔だったら悪党に捕まって、もう口に出来ないような事をされていただろう。
思わず、大きな。
本当に大きなため息をつきそうになった。
「開拓中の星に来たのも初めて?」
「うん。 年が似た相手がいたから、声かけてみた」
「私ね、実年齢30越えてるんだよ」
「え……」
相手の笑顔が凍る。
多分、それで大体どんな相手に話しかけたのか理解出来たのだろう。
AIが相手に聞こえるようにも言う。
「だから言っただろう。 こう言う場所は危険が多い。 見かけで人を判断する癖が抜けていない君は、まだまだ危ないと」
「……」
「AIは五月蠅いし理不尽な事ばっかり言うけど、今回ばかりは賛成だ。 開拓がある程度進んだ段階で来て良かったね。 こう言う店は開拓初期はもっと危ない食い物が出たりする。 私に話しかけて来た勇気は立派だと思うけれど、その勇気はちゃんとした場所で使いな」
「はーい……」
しゅんとした様子の相手。
適当に注文してやる。
おごりだ。
背伸びした七歳児にこれ以上説教しても仕方が無いだろう。
出て来た見た事がない食い物に、大喜びで相手は食いついていたが。
すぐに表情が変わった。
「なにこれ……すごい体に悪そう……」
「こういう店では、体に悪いものを敢えて出してるの。 そして体に悪いことをみんな楽しんでるんだよ」
「意味分からない……」
「だったら、開拓惑星にはもう少し年を取ってからくるんだね。 今回は奢って上げるけれど、次に会った人が親切だとは限らないよ」
私より少し年上に見える七歳児を連れて店を出る。
そのまま、AIと話をして、宿泊施設まで送り届ける。
多分このこと同じく。
中身が子供で、肉体年齢だけ背伸びしてこういう所に来ている者は他にもたくさんいるはずだ。
背伸びしたい年頃の者が来るのが定番になっているからである。
宿泊施設に送り届けた後。
私は大きくため息をついていた。
「私、説教とか嫌いなんだけどな」
「大丈夫、それほど相手は嫌がっていませんでした」
「そう」
「それに、良い経験になったと思います。 あの子は貴方が言う典型的な背伸びをしたい年頃の子でしたから」
そうか。
それはまた、面倒な話だな。
そういうのが犯罪者のエジキになったら、なおさら救えない話だ。
今の店だって、知らずに何か注文して食べていたら、トラウマものだったかも知れない。そういう意味では、良い薬になったのだろうか。
七歳児を送り届けた後は、またAIの指示で仕事に行く。
今度の仕事は、防波堤の工事だ。
勿論海が危険な状態だから、防波堤の近くで実際に作業しているのはロボット達であり。
私は大きな車を操縦して、大量の物資を運ぶ仕事をする。
似たような仕事をしている車はたくさんいるが、9割くらいが無人のAI操縦である。本当に人間は仕事を与えられているだけなのである。
荷物を引き渡しながら、私は他の人間の様子を見る。
話も聞こえるなら聞いておく。
「あの海、入れるの一年先だってよ」
「何だよ。 何のためにここに来たんだよ」
「まあ、開拓惑星だとよくあることらしいぜ」
「ばからし。 もうすぐ隙も完全になくなるんだろ。 だとすると遊ぶどころじゃなくなるだろうな」
うんざりした口調。
まあここに来た目的が完全に崩れたのだから、仕方が無いか。
「食い物屋もまっとうなものしか出さなくなったよ。 そろそろ別の星に行くんじゃ無いのかな」
「何だかなあ。 しばらくはAIが変な仕事ばっかり回してきて、それをやらなければならないんだぜ」
「それは俺も同じだよ」
「またSNSでやりとりして、良さそうな開拓惑星があったらいこうぜ。 ここはもう仕方が無い」
なるほど、SNSで知り合った開拓惑星マニアどうしか。
いずれにしても犯罪に手を染めなければどうでもいいので。私としては放置しておいていいだろう。
ただし、AIに指示してあの二人のデータと、利用しているSNSは確認させる。
あの二人はともかくとして。
使っているSNSで、犯罪関係の話がされていないとは限らないからだ。
そのまま車を動かして、物資をじゃんじゃん運ぶ。ロボットがどんどん防波堤を作っていく。
ビーチにする場所はそれはそれで、また別の作業をしているらしいのだけれども。
そっちはそっちで、今の時点はロボットだけが作業をしている状況だ。どうせ近付いても、不平不満を聞くだけである。
何回か車で行き来していたが。
途中で、罵る声を聞く。
車を降りて近付くと、警備ロボットに中年男性に見える誰かが何かわめき散らしていた。近付いていくと、どうも様子がおかしい。
話している内容が支離滅裂だ。
「ヤク中?」
「いえ、泥酔状態です」
「まだそんなに酒が?」
「……調べました。 どうやら開拓惑星の開拓初期からいて、違法に作られた酒をこつこつ貯めていたようですね。 この星はもう隙がないと思い、自棄になって全部飲んでしまったのでしょう」
馬鹿だなあ。
苦笑しながら、警備ロボットにろれつが回らない様子で、ただ絡んでいる男を見ながら通報。
やがて現地の警察が来て、警備ロボットと一緒におっさんを連れていく。
調べると、あれも実年齢はそこそこに若い。
それなのに多分威圧のためだろう。敢えておっさんになり。そしてこんな風にくだを巻いている。
いずれにしても違法の酒は麻薬扱い。
懲役を受ける事になるだろう。
暴れながら連れて行かれるが。途中でショックカノンで黙らされて。以降は静かになった。
馬鹿騒ぎだが。
だが、ああいうのが出ると言うことは。
馬鹿騒ぎをしている側も、もうこの開拓惑星で馬鹿騒ぎを出来るのが、あとちょっとだと理解していると言う事だ。
ならば、此処は急速に静かになっていくだろう。
それはそれで良いことだと思う。
ただ、若干寂しいかなとも思う。
私は潜入調査に来ていたが。やっぱり此処で色々馬鹿を捌くのは楽しかったし。こういう所は肌に合う。
それが終わってしまうと言うのは。
何というか、祭が終わってしまうような寂しさがある。
まあそれはそれだ。
いずれにしても、何か始まればそれはいずれ終わるのである。
コロニー化した街が終焉を迎えることは、今の時代では殆ど無いと聞く。基本的に作ったものはきちんと使い倒す。それが無駄のないAIの考えだからだ。
だが、アンドロメダと銀河系が合体するしばらく先の未来になると、それもまた違ってくるかも知れない。
いずれにしても、まだずっとずっと先の話であって。
多分私には関係のない事ではあるのだが。
さて、もう少し車を動かして。
物資を運ぶ。
物資を運んでいる最中に見かける、肩で風を切っているような奴は、目立って減ってきている。
同時に、AIから指示が入った。
「この仕事が終わったら、宇宙港に向かってください」
「あー、そういう」
「はい。 仕上げです」
「……了解」
潜入捜査の仕上げ。
それは、馬鹿をやらかした上で、更に逃げおおせようとする奴らをとっ捕まえる事である。
悪さをしたなら、相応の罰を受ける。
当たり前の話だ。
そして潜入捜査をしていた以上、色々なデータが手元には揃っている。
だからそれを利用すればいい。
「後二周くらい?」
「二十三周です」
「……」
そっか。
まあほぼ車に乗っているだけとは言え、随分と物資を運ぶんだな。そう思って、私は何だかやる気が一気に失せていた。
だが、その後は楽しい臨検タイムだ。
この開拓惑星が遊び場では無くなったと判断したクズ共が、宇宙港に殺到する。
当然最後の祭が起きるのは其所だ。
其所で、潜入捜査としては。
最後の仕事をする事になる。
黙々と物資を運び続ける。
きっかり二十三周して物資を運び終えた頃には、防波堤の完成も間近に近付いていたようだった。
途中で二三人、変なのを通報。
それらは皆警察に連行されていった。
確かに、此処での馬鹿騒ぎはもう終わりだが。
やっぱりそうなんだろうなと私は確信する。
AIの奴。
明らかに隙を作っている。
私が通報するまでもなく、警備ロボットに絡んでくだを巻く酔っ払いなんか、普通だったら即逮捕である。
此処ではかなり監視を意図的に緩めているか。
或いは泳がせて、後で一網打尽にしている。
そういう場所だ。
やはり此奴、息抜きできる場所を作って。それである程度ストレスを緩和しているのだろう。
あくまで仮説だ。
それは分かっている。
だが、そうでもないと、こういう所でAIが隙だらけな理由が分からないのである。
ひょっとするとだけれども、何人かいる重犯罪者も。敢えて逃がしてエンターテイメントにしているのではあるまいか。
もしそうだとすると。
AIは世間的に考えられているような堅物ではなく。
実際にはもっと論理的で。
理論的に人間という馬鹿な生物を管理しているのかも知れない。もしそうだとすると、私の仕事はなんなのだろう。
適性とは一体何なのか。
あらゆる意味で、何もかもが分からなくなってきた。
まあ、楽しかったよ。
そうぼやく。
実際問題、馬鹿騒ぎをしている連中をしばき倒すのは面白かった。
それは事実だ。
そして祭の締めはこれからだ。
それも事実だ。
だが、何故か溜息が出た。
これがベストだと分かってはいる。分かってはいるのだけれども。何だか、何処か疲れが出るのだった。
宇宙港に出向く。
まあそれはそうだろうなと最初から思っていたが。柄が悪いのがかなり固まって屯している。
どいつもこいつも此処での祭を堪能したのだろう。
とはいっても、もうそれも終わり。
恐らくだが、鼻が利く奴は既に帰っている。
そいつらの行状についても、恐らくAIは抑えているだろう。目に余る場合は、逮捕に誘導しているに違いない。
憶測でそう思ってしまうが。
あのAIの普段の隙の無い行動を見ていると。
そうとしか思えないのである。
ともかく、現地の警察の人間が来ている。二人だけ。
ここでもやはり人員は流動的らしく。どこかの星とか警察から派遣されてきているらしい。
現地警察とはいっても、以前私が派遣されたように。
別の場所から輸送船で来て。
それで抑止力として、最初から動いていただけなのだろう。
軽く挨拶するかと思ったが、AIに不要と言われたので。まあそれならと関わらずにいく。
人間は無駄になれ合うとどうしても隙が生じるし。
何より時間の無駄だ。
さっさとAIの指示通り。宇宙港を出て行く手続きをしている者達を、観察する。手にはサンドイッチ。
「今検査を受けている人を追跡してください」
「うい」
検査には時間が掛かる。
それで、荷物を預けてトイレに行ったその人物。頭がはげ上がった、ゴーグルをした人物についていく。なおサンドイッチは途中で警察ロボットの一機に預けた。
そのまま途中で、警察ロボットに囲まれたその人物が。
右往左往するところに、ショックカノンを突きつける。
「はい両手上げて」
「な、なんだね! 横暴だ!」
「そういわれてもね。 はい手帳」
「そんなこと分かってる!」
威圧的な声色を作ろうとしているが、どうせ背伸びしようとしてここに来て、目に余る悪さをしていたのだろう。
すぐにサーチをしていた警察ロボットが声を上げた。
「薬物反応あり。 違法薬物を摂取していたようですね」
「そっか、やっぱり。 逮捕」
「ま、まってく……」
そのままショックカノンをぶち込む。
気絶した容疑者が、倒れる所を警察ロボットが捕まえて。そのまま連れていく。
荷物はそのまま家に帰されるのだろう。
勿論違法なものは除去した上で。
そして警察で取り調べを受けて。
懲役がその場でAIによって決定されると。
何だか気の毒にも思えるが。
もうそれらは、私が関係することじゃない。私は警官であって、司法ではないからである。
そのまま背伸びして、次に行くかと深呼吸する。サンドイッチも返して貰う。
ショックカノンを撃てて気持ちが良い。
そして気分もリフレッシュ出来たので。
次へと行く。
また待っている列を確認。ああいう列に真面目に並んでいるのは、楽しく遊んだからなのだろうと思う。
或いはAIがやむを得ないか程度に考える悪さはしているのかも知れないが。
それでも大半にはAIは目もくれない。
目もくれるのは、やはりやり過ぎた奴だけなのだろう。
サンドイッチが終わったので、ポップキャンディを口にする。
今度はぽやっとしたお姉さんを、AIが指定した。地球人に似ているが、あれは見た事がある。
髪の毛に見える部分が知的生命体で。
実際には頭には脳が入っていない。
かなりレアな種族だ。
古い時代から擬態を得意としていた種族が、知的生命体まで発展した存在であるらしく。髪の毛に似た部分は極めてデリケート。
特に火については全く耐性が無く、タバコを近くで吸うだけで飛んで逃げるのだとか。
シブルス人というらしいが。
ともかくそういう意味で、元々見た目では全く相手を判断出来ないこの世界でも。特に訳が分からない相手だが。
荷物を調べている最中に。
ぼんやりしている彼女(?)に声を掛けて連れ出す。
困惑している様子だったが。
警察ロボットに囲まれて。それで事態を悟ったようだった。
「あ、あら……?」
「データによると、これはこれは」
私は苦笑い。
どうやらこんな見かけで、通り魔を何度か試みていて。かなり危険な武器を作っていた事が分かっている。
現在の服は多少の打撃くらいどうにでもなるが。
それでも限度がある。
色々試していたらしいが。一度は岩を押して落として、作業中の労働者が潰れそうになるように仕向けもしている。
これはちょっと見過ごせないだろう。
「殺人未遂、と」
「……」
「じゃ、眠ってね」
言い逃れ不可能と判断したか。
ぶわっと髪の毛が拡がって、周囲の警察ロボットに襲いかかったが。
勿論既知の種族だ。
警察ロボットが遅れを取るわけが無い。
即座にぶわっと何かのガスがぶち込まれる。
それが、シブルス人にとって致命的なものだということは、すぐに分かった。悲鳴を上げることもなく、ふらっと倒れたからだ。
あの髪の毛、かなりデリケートらしいのに。
意表を突いてそれで攻撃に出ると言うことは、余程焦っていたのだろう。
倒れているところに、ショックカノンを更に打ち込んでおこうとしたのだが。引き金を、引けなかった。
これ以上は過剰攻撃というのだろう。
やれやれである。
変なところで甘いんだからと思いながら、連れて行かれる殺人未遂犯を見送る。思ったよりも凶悪だった。
さっき多少違法薬物を吸った奴よりも、こっちの方がよっぽどやばかったなとも思う。
勿論今の時代、多少の事では人は死なない。
それを見越した上で悪さをしたのだろうが。
それでも死ぬ事はあるのだ。
だから、きちんと罰は受けて貰わなければならない。
それにしても、である。
普段から幸福度が高い生活をしていて。他人を羨ましいと思う事もないだろうに。なんであんな事を。
まあ羽目を外したくなる気持ちは分かるんだが。
それでもものには限度がある。
この様子だと、もっとまずいのが何人かいそうだな。
そう思って、待機列に戻る。
警察側から連絡が入った。
「此方で手配している人物が見当たらない。 気を付けてほしい」
「了解」
手配か。
よっぽどの事をやらかしたんだろうなと思って、データをチェックする。そうすると、確かにこれはまずい。
爆発物を現地に入ってから製作。
多数の人間が働いている場所で爆発させ、窒息させようとした奴がいたのだ。
幸いというか。爆発物は即座に見つかり、警備ロボットが押収。
警察ロボットが周囲を探索し。
調べた結果、痕跡からやったやつ自身は分かったのだが。
足取りが掴めていない。
もうこの星にいないかも知れないが。
もし美味く逃げおおせたのだとしたら、滅多にでない逃亡犯罪者の新規エントリーという事になる。
それはそれで凄い話だ。
だが、このタイミングで知らせがあるという事は。
多分宇宙港から出していない自信もあるのだろう。
私は鼻を鳴らすと、列から離れて周囲を見て回る。幾つかの輸送船が行き来しているが。警察ロボットが厳重に守りを固めていた。
まあ輸送船を爆破できるような爆弾を、現在個人で作るのは不可能だ。
警備艇ほどでは無いにしても守りは堅いし。仮に原子炉に仕掛けようものなら、その時点で警備ロボットが取り押さえる。
そこまで隙だらけではない。
一方で、開拓惑星のような場所ではやはり私が思うように意図的に隙が作られている。
その隙に乗じようという奴はいるが。
もしも私の考え通りだとすると。
それは犯罪予備軍をあぶり出しているだけにすぎないのではないのか。
AIには以前それとなく聞いた事があるが。
否定された。
だが、どうにもその疑念がぬぐえないのだ。
いずれにしても、ふらふらと歩き回る。ほどなくして、何か視線を外せない奴を見つけた。
ぼんやりと宇宙港の椅子に座っている奴だ。
休憩中か、それとも列が解消するまで待っているのか。それとも両方か。そう思ったのだが、どうにも気になる。
後ろに回ってみるが、小さな手荷物だけ。
犯人の画像は知っている。
快活な男の子、という雰囲気だった。
多分だが、全てが悪意に満ちたものではなくて。
悪さをしようとしたら、予想以上の事になって引っ込みがつかなくなった可能性もある。そう信じてやりたい。
年齢も見かけと一致している様子なので。
そう考えてやりたいのは山々なのだけれど。
世の中には、若くしてとんでもない犯罪に手を染める奴がいるものなのである。
それは私も分かっているので、まあ仕方が無いと割切っている。
そのまま、じっくり観察していくと。
ああなるほどと分かった。
椅子に座っている奴に、後ろから声を掛ける。
びくりと顔を上げた。窶れた中年の女性。
既に周囲には、警察ロボットがいる。
「その荷物、見せて貰えます?」
「……」
「見せなさい」
しぶしぶという様子で鞄を開くが。それは鞄ではなかった。
頭を抱えて丸まっている。さっきの画像の犯人だった。
立体映像で誤魔化していたのだ。
定点で立体映像を作り。
周囲が静かになるのを待っていたのだろう。
隣の中年女性は、金で雇われたらしく。ただ座っていれば良いと言われたらしいのだが。
それにしても、お粗末な隠れ方だ。
いや、ずっとこうやって金で雇った相手と、彼方此方で静かに待っていたのだとすると。
犯人への認識も変わってくる。
予想より狡猾だし。
更には恐らく反省もしていない。
まあいい。
即座にショックカノンをけつにぶち込んで黙らせる。
ひいっと、中年女性は悲鳴を上げた。
それを警察ロボットが連れていく。目を回している犯人は、比較的乱暴に引っ張っていった。
これも、タイミングがわざとらしすぎる。
AIの奴。
その気になればいつでも捕まえられるのを、泳がせていたな。
そう思うが、黙っておく。
いずれにしても、大手柄だとAIは褒めてくる。はっきり言って、褒められてもさっぱり嬉しくは無いが。
まあ黙って、褒めるのを聞いておくことにした。
現地の警察からも、感謝の言葉が届く。
とはいっても、これも現地に来ている何人かが無能と言うこともないだろう。
私には適性があるらしいが。
それでも別に私は名警官でも何でも無い。
指示を受けながら、作業をするだけの。
ただの盆暗である。
無言でそのまま、列の方を見に戻る。じっと見ているが、怪しい奴はいるが。そこまで危険そうな奴はあまりいない。
むしろ、何人か捕まえたのは、どれもいかにもそうは見えそうにないという奴ばかりだった。
AIの補助を外しているという点で共通している部分はあったが。
それくらいである。
ほどなくして、何だかいかにも悪そうな大男が来る。
口から牙が出ているし、地球人じゃないだろう。背丈も三メートルを超えている。
何だか昔のSF映画で、悪辣宇宙人として登場して、光線銃で退治されそうな奴だけれども。
ちょっと調べて見ると、キッカー人と呼ばれる温厚な種族で。
まあゴリラみたいな生活をしていた知的生命体らしい。
文明も300万年掛けてゆっくり発展させ。
それで宇宙に出て来たとかで。
まあ何というか、見た目と裏腹に、のんびりした種族であるそうだ。
それでも例外はいる。
例外を散々見て来ている私は軽く調べて見るかと思ったが。ざっとAIが話してくれた所によると、開拓惑星の開拓の進捗を見学する独自の仕事をしている一種の学者らしく。フィールドワークの帰りらしい。
勿論遠くからずっと出来上がっていく開拓惑星を見ていただけらしく。
後任が来たので、仕事を引き継いで戻る所だそうだ。
それ以上のプライバシーは教えて貰えなかったが。
なるほど、このタイミングで帰るのは。
下手なタイミングで出歩くと、喧嘩を売ってくる奴がいたり。犯罪に巻き込まれる可能性があったからか。
ご苦労様です。
内心で呟く。
今の時代、一定以上の知能を持ち、学者の適性を持つ存在は尊敬される。
勿論そういう奴の人格が優れているかどうかは全く別の問題なのだが。
今回の仕事内容を見るに、それほどランクが高くない研究をしている学者ではあるのだろうけれども。
それでも私よりはマシだ。
地球人でも学者適性持ちはいるらしいが。
アインシュタインレベルでも、学者はギリギリと言う事なので。
銀河連邦における学者のハードルは高い。
あの牙が口から上下に出ていて、何か蛮族みたいな姿をしたおっかない人は。そのハードルを越えた存在、ということだ。
それなら敬意を払うべきだろう。
行くのを見送る。
輸送船が飛んで行く。次の輸送船が来る。その間も列は続いていて。途中で何人か、AIの指示で捕まえた。
別の場所でも警察が活動している。
私のように列を直接見張る係だけではない。
警察ロボットを通して遠隔で作業をしている人や。
或いは監視衛星を使って作業をしている人もいる様子だ。
いずれにしても、私はこういう最前線で仕事をするのが向いているらしい。
よく分からないが。
まあ、そういう適性だと言う事だろう。
元憲兵だし。
あくびをしてしまう。
いずれにしても、大収穫だったので、それで可とするべきなんじゃないのかなあとAIに内心で語りかけたが。
勿論それは通らない。
「もう少し頑張りましょう」
「もう充分頑張ったじゃんさ。 一杯捕まえたし」
「確かに釣果は中々ですが」
釣果といっちゃったよ。
まあそれはそれとして。私はもう少し頑張ることにする。
ただ、潜入作業が面白かったのは、やはり開拓惑星がお祭り状態の時までで。
こういう後始末は面白くない。
次に潜入作業をやるときは。
お祭りが一番盛り上がっているときにやりたい。
そう私はぼやいていた。
4、家に帰るまでがお祭り
開拓惑星の、開拓が最終段階に入った。
もう後は、実際に入植するのを待つだけだ。
そして入植についてはAIが執り行う。
まあ中には自由意思で引っ越してくる奴もいるのだけれど。人間の数のコントロールが厳密に行われている今。
だいたいAIが作業は管理している。
それに、である。
そもそも家を引っ越すことにあまり今の時代にはメリットがない。
たまに田舎でスローライフをとか幻想を持つ奴もいるけれど。
そういう奴はAIが田舎の現実を嫌と言うほど叩き込んで目を覚まさせてしまうので。まあ中学くらいの頃には、すっかり幻想を失っている。
後は現地の警察にデータを引き渡して。
帰路につく。
その途中でも、レポートを書くが。
今回は量が多いので、帰りは寝て過ごすというわけにはいきそうになかった。
「はりきって捕まえすぎたかなあ」
「戦果が挙がったのだからいいではないですか」
「そうだけどさ」
「こまめにレポートを書いていれば、今は楽が出来たのだと思いますよ」
正論でフルスイングされたので、何も言えない。
確かにその通りだが。
まあ私としてはもうどうしようもない。
というか、私の欠点として。
集中力が続かないのである。
どうしても、一度何かをやるとへろへろと行ってしまう。
ポップキャンディを咥えて回復はするが。そこまでだ。
回復はするけれども、それ以上の事は出来ない。
故に次の仕事の時も、一仕事おわるとぐでっとなる。
基礎体力に問題があるのかも知れない。
散々泣きながら大量のレポートを書き終えるが。AIに引き渡して、それで終わりではない。
さらにレポート追加。
作業の報告についてもだ。
勿論定型文に当てはめるだけなので、昔のレポートに比べると雲泥で楽だという話は聞くけれど。
つらい。
面倒くさい。
これで楽だというなら、昔ドキュメントを作っていた連中はどんな苦労をしていたのか。
あ、そういえばSNSで見たっけ。
昔の地球では、なんと表計算ソフトを方眼紙にするという暴挙を行う連中がいて。
そういう連中は、嘲りも込めてネ申と呼ばれていたとか。
まあ、そういう連中よりはマシだ。
自分に言い聞かせながら。
帰路の大半を、レポート作成に費やすはめになった。
こう言うときにはAIは手伝ってくれない。
全てレポートが終わった時には、もう家のあるダイソン球は間近だった。途中で三回輸送船を乗り換えたが。
それだけである。
乗り換えなんてすぐに終わるし。
別に楽しいものでもなんでもない。
輸送船そのものも殆ど同じだし。
AIがしっかり警告してくれるので、乗り遅れるとかそういうような事もないのである。
後二三回の空間転移でダイソン球につくと言われて。
レポートが終わった私は、100時間寝たいと言った。
AIは冷静に返してくる。
「四日の休憩で全て睡眠を取りますか? 特殊な薬剤を利用すれば可能ではあるのですが……」
「いや、いい」
「そうですか」
100時間寝ている間に何をされるか分かったものではないし。
何よりも、実際にやってみても面白くも何ともないのは確実だ。
やっとダイソン球についたが、家から微妙に離れた宇宙港である。ベルトウェイと電車を乗り継いで、やっと家だ。
ベッドに横になると、ぬげえと情けない声が出ていた。
「このまんま風呂に入れない?」
「駄目です」
「分かってるよもう」
「不衛生になると病気が……」
口をへの字にしたまま、風呂に。
シャワーを浴びるのですら面倒だが、きちんと湯船にまで入る。
私偉い。
そしてしっかり休みを取ってから、もう知るかと徹底的に寝た。
夢を見る。
開拓惑星で大規模テロが発生。
それを止められなかった私が、裁判に掛けられる。
AIの補助があったのに、どうしてテロを止められなかった。
そう詰められるけれど。
そもそも私にそんな権限はないし。
だいたいとしてテロが死語だ。
目が覚める。
テロしか覚えていない。
頭を振って、もう何度か眠ろうかと思ったが。私という奴は、目が覚めるともう眠れないのだ。
自分の難儀な体質を嘆きつつ。
もう起きだして、SNSでもぼんやり見る事にする。
行った開拓惑星についての話題はほぼない。
それは逆に言うと、悪さをするような連中はだいたい押さえ込めたと言う事だ。
一応誇るべき戦果なのだが。
私は疲れきっていて、何ともいえなかった。
まあ、祭に乗じて好きかって私も遊んだのだから。
それで可とするべきなのだろう。
もう後は知らない。
外でも歩いて気晴らししてこよう。
そう私は思った。
(続)
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