警備艇のお仕事
序、元軍人なので
今日の仕事は小型の警備艇での探査だ。
基本的に人間が使う航路というのは決まっている。宇宙は広いが、それでいて実の所使える航路というのはあまり多く無いのである。
これはそもそもワープなどの空間転移に使うためには一定の条件が必須だったり。
或いは場所によっては重力などが不安定になっていたり。空間などがねじれていたりで危険だからなのだが。
現在の、ブラックホールの近くを通ってもそれほど問題が無いような性能の艦艇でも、危険な場所はあるし。通る事は推奨されていない。
こう言う場所は、AI管理の衛星が見張りをしているが。
今回私が来たのは、そういう衛星の死角になっているような場所だ。本来なら危険すぎて使わないのだが。
希に犯罪者が通る事がある。
犯罪者自体がレアなので、まずあり得ないのだが。
警察としてはこう言う場所を見張ることで、AIのサポートをする。更には、作業の後には小型の監視用ビットを撒いていく。
この監視用ビットは超光速通信でデータリンクを行っているため。撒かれた後は一切犯罪者が通る事は不可能になる。
まあそういう意味では、4000億にも達する恒星系が存在する銀河系でも。
私がしている仕事には、意味があるという事だ。
小型と言っても、私が乗っているこの警備艇は全長2400メートル。今乗っている人間は私だけだが。こいつの火力だけで、確か噂によると超新星を木っ端みじんに出来るとか。
まあダイソン球が、仮に超新星が内部で爆発しても余裕で耐え抜けるとか言う話なので。
それくらいの主砲を持っていて当然なのだろう。
星間戦争のスケールは大きい。
警備艇でも、この程度の武装は積んでいると言う事だ。
私は管制室で、ぼんやりと椅子に座って何も無い空間を見ている。
今、仕事にかり出されて来てはいるが。
それはそれ、これはこれだ。
そもそも人間は何もしないから仕事をさせる。
そう考えているAIに、適性にあった仕事をさせられている。それが私の立場である。
このAIが、人間が一神教時代に考えていた全知全能の神とやらに性能面ではもっとも近い事もあって。
はっきりいって生活に不自由も苦労も一切無いが。
ただ、今は退屈だ。
もう一度あくびをする。
退屈を噛み潰していると。不意に通信が管制室に入った。
「此方112456星系方面駐屯軍、駆逐艦41111。 其方は星間警備隊か」
「此方星間警備隊の警備艇299990。 どうぞ」
「其方に行って確認する」
通信が終わるやいなや、全長4000メートルを超える戦闘艦が至近に到来した。
私は元々軍にいた。
地球方面、要するに太陽系の警備艦隊は八隻。一隻が旗艦となる戦艦だったが、この戦艦は全長30000メートルもあった。
主砲一発で星系を吹っ飛ばす事が可能という事で、はっきりいって過剰火力に思えたが。その主砲を受けても耐え抜くという話を後で聞いて、ぞくりとしたものである。
いずれにしても、この程度の大きさの船は見た事もあるし乗った事もある。
憲兵を前はしていたのだ。
別に問題は感じない。
「照合確認。 こんな所での警備任務、大変だな」
「犯罪者が通る可能性があるからな。 網を張って待っている」
「そうか。 お互い「仕事がないことを祈ろう」」
「ああ、その通りだ」
今の時代、AIがトップで以降は全部フラット。それが人類の社会だ。
故に軍が上で警察が下、なんて事はなく。
基本的に互いの仕事をカバーし合っているだけにすぎない。
昔だったら縄張りがどうのこうので散々揉めただろうが。
今の時代には、そういう事はない。
今の時代、人間に上下関係は存在しないのだ。
勿論職業にも。
そして、軍や警察は。
暇なのが、一番良いことなのである。
駆逐艦がまた空間転移して消える。AIは敢えて教えていなかったなと思いながら、また小さくあくびをする。
ロボットが周囲を24時間態勢で見張っているが、私は必要な時だけ仕事をするだけである。
それも実際には何も無い虚空を見張るだけなので。
退屈極まりない。
むしろ今の駆逐艦が来てくれたのは、本当に嬉しかった。
暇つぶしとして最高だったからだ。
「ビットの配布完了」
「では次の空域に移動する」
「移動開始」
私は会話に一切加わっていない。
別にこの警備艇の艦長でも何でも無いからだ。
ただ、さっきのように人間が話しかけて来た場合は、応じることもある。
それくらいだ。
相手は責任感のある人間っぽかったな。何処の星出身の何人だろうか。
あくびをもう一つすると。
私とは偉い違いだと苦笑いする。
とにかく私は怠け者だから、ああいうのを見ていると羨ましいなあと思う。実際問題、この間見た犯罪者「1」のような厨二病を拗らせたケースも問題だが。その一方で、真面目すぎる相手も何というか人種が違う。
私は目を擦りながら、次の空間を見る。
虚空だ。
この辺りは星系の中間地点で、しかも明るい恒星系が周囲にないので、とにかく暗いのである。
太陽系勤務の頃は知らなかったが。
本当に暗い宇宙空間というのはこういうものだと、警備艇に乗って思い知らされた。
それは文字通り恐怖そのもので。
慣れるまでは、文字通り深淵のようなものに思えてならなかった。
有り体に言えば怖かった。
今はもう大丈夫だが。
それでもこの虚無の空間を通ろうとする物好きがいるなら、みてみたいものである。まあ、実際にいるからこうやって警備艇が出ているのだが。
軽武装とはいえ、この船が落とされる可能性は無い。
古い時代のSFに出てくるような、軍艦を撃沈できる海賊船などというものは存在しない。
そもそもAIがある程度以上の武器は完全にコントロールしているからだ。
例えばこの警備艇でさえ、水爆くらいなら簡単に耐え抜く。
地球人が母星でぶいぶい言わせていた頃とは、完全に文明のレベルが違ってしまっているのである。
故に犯罪者が出ることはあっても。
軍の備品が横流しされることはないし。
更に言えば軍の備品が強奪されることもない。
ずっと捕まっていない犯罪者もいるにはいるが。
この巨大な銀河系でも数人だけ。
それが、この銀河系の全てだ。
それもこの間聞いてしまったのだが。
AIの予想を超える存在は、以前遭遇した事もあるという。
この銀河系の政体全てを管理しているAIが、である。
ということは、当然危急時の対策もしているということなのだろう。まあ、いずれにしても分かっているのは。
私に仕事を回している奴は、底知れない怪物だと言う事。
本当に中身は神かも知れない。
だが私にはそれも分からない。
「自室で休憩してください」
「いえっさー」
「八時間ほど時間を確保します」
実際には、私がいようがいまいが同じなのだから、別に後はずっと寝ていても良いだろうが。
それではなまる。
だから、AIは私に適切な仕事を回してくる。
あくびをしながら与えられている自室に。今船に乗り込んでいる人間は私だけだが、休憩用の自室はたくさんある。
これは様々な種族が利用するからで。
私は地球人やそれに近い体型、体格の種族が使う部屋を用いる。
横になっていると、元々眠かった事もあって、すぐに落ちてしまう。
しばらく夢を見た。
私は砂漠だらけの場所で、ヘリとか言う地球時代の兵器に乗っていた。
そういえば写真で見た事あったっけな。
周囲にはフルアーマーで武装した兵士達。
ガチガチになんか堅そうな防弾衣とゴーグルで固めているが、これでも当たり所が悪ければ即死らしい。
一時期地球で存在した言葉にボタン戦争というものがあったらしいが。
その時代だったのだ。
攻撃力過剰。
故に要塞と言うものは存在を消し。
相手を先に見つけて必殺する。
そういう時代だった。
勿論条件が揃えば攻撃を耐えられるケースもあったが。
少なくとも「定点目標」なんてものは、この時代にはタダのカモに過ぎなかったのである。
今の時代では考えられないなあと。
私はヘリで数人の軍人と一緒に、ぴりついた空気の中思う。
程なく、敵を発見の声が届く。
ヘリの片側のドアが開き、一斉に兵士達が降りはじめる。私も降りる。落下傘。こんな不安定な装備で昔は降りていたのか。生きた心地がしない。
砂漠に着地。すぐに落下傘を回収して、移動を開始する。ヘリはもう飛び去っていた。
砂漠に隠れながら進む。
蒸し暑いが、それでも頭を撃ち抜かれるよりマシだ。
砂丘に隠れて、ハンドサインを受ける。
見つけた、という声だ。
どうも狙撃手は私らしく、指示を受けて対物ライフルを構える。
スコープで覗いて名人芸で撃つタイプのライフルだ。
この間犯罪現場で見た奴よりも、更に旧式である。
ほどなく、ターゲットらしい人間が、複数の護衛とともに見えてきた。
なんだかの原理主義者のリーダーらしいが、どうでもいい。
そのまま私は引き金に掛けた指の力を強めていた。
射撃の衝撃が強烈で。
即時にテロリストの頭が吹っ飛んでいた。
更に続けてもう一発。
立ち尽くしている奴の頭を吹き飛ばす。
わっとアサルトライフルを持った連中が飛び出して、反撃に出ようとするテロリストの群れを一気に撃ち抜く。
そして、その場に残った死体は、全て焼却処分していた。
目が覚める。
よく寝たなあと、更に大あくび。適当に目覚まし用の飲み物を口にした後。着替えて職場に出る。
以前は風呂に入ってから職場に出ていたのだが。
起きた直後に風呂に入るのは体に良くないと言う話をされ。
私は以降、生活習慣を切り替えたのだ。
指示通りに仕事場に出るが。
今度は砲座だ。
砲座の管制室に出向くと、そこでしばらくぼんやりと席に着き、砲の一つをコントロールする。
この辺りはデブリどころか小惑星もない空域である。
ヴォイドと呼ばれる更に何も無い巨大空間が拡がっている空域もあるが。
其所ほどではないにしても、塵一つとんでいない。
たまに星系からはぐれた小惑星や惑星。或いは惑星を連れていない小型の恒星やその成れの果てが飛んでいる場合もあるけれど。
そういうのは全部地図に起こされている。
地球時代の太陽系では、ある程度以上の大きさの星は全て発見済という状況だったらしいが。
現在のこの銀河連邦では。
文字通り砂粒のレベルで管理が行われている。
それ以外は全て人工物だ。
勿論、登録されている、浮遊している小惑星などに偽装して移動する犯罪者もいるらしく。
そういう連中に対しても、対策はばっちりしているとか。
中に神が入っているとか言う噂があるAIだが。
まあ私から見ても隙がなさすぎるというのは確かなところだ。
許可を貰って、飴を口に入れる。
ポップキャンディと言う奴である。
これは絶滅しなかった。
地球産の麻薬。アルコールなどは全て今の時代は絶滅している。或いは処方に沿ってその場で作られる。
煙草なども同様。
しかしながら、嗜好品の全てが絶滅したわけではなく。
常に口に何か入れていることで、集中力が上がる人間がいる事はAIも承知しているらしく。
何かしらの代替手段は用意されている。
私の場合は少しビターな味わいにされているこのポップキャンディがそうで。
これがなかったり。管理がいい加減だった場合。
私はチェーンスモーカーになっていたかもしれない。
その場合は肺をやられてそうそうにおだぶつだっただろうなとも思うが。
警告音が鳴る。
指定にないものが飛んでいる。
すぐに私はポップキャンディを咥えたまま、砲座を操作。照準を向ける。
しばし緊張の時が流れるが。
見ると、小型の宇宙船だ。
文字通り、人が一人乗れる程度の代物である。
即座に警告の通信が入れられるが。相手は当然逃げようとする。まあ密航船という事だろう。
運がなかったな。
私はそう思いながら、一発警告の発砲。
基本的に艦砲もショックカノンだ。
ただ、手持ちのハンドガンとは規模が違うだけである。
なお、手持ちのハンドガン型のショックカノンで、警備艇の装甲を貫けることは知られているが。
それはあくまで装甲の素材を貫けるという話である。
もしも警備艇がAIと連動しているショックカノンの攻撃を受けた場合。
対応策はいくらでもあるし。最終的に防がれる事になる。
ショックカノンが犯罪者の手に渡ったことは歴史上一度もないらしいが。
それですら、対策は万全にされていると言う事だ。AIの隙のなさは、本当に頭に来るレベルである。
人間ではないから油断しない。
まあそういう事なのだろう。
いずれにしても、警告砲撃で宇宙船は止まり。
そのまま拿捕された。
中から出て来たのは、気むずかしそうな老人が一人。
立ち会うのかなと思ったが。
AIからご指名は来なかった。
そのまま宇宙船ごと接収される。
何人か分からないが、目が四つあるから地球人では無いだろう。年老いている事から、不老処置も拒否しているのかも知れない。
尋問の様子は、軽く見る事が出来る。
「だから、わしは趣味で作った船で飛んでいるだけだ!」
「ならば警告に何故応じなかったのです」
「五月蠅いからだ!」
「この規模の宇宙船でも、最高速で突っ込んだ場合、最悪多数の人が亡くなる事故が起きる可能性があります。 未開拓の惑星などに突っ込んだ場合がそれです。 勿論そんな事はさせませんが、万が一の事を考えて、私は行動しなければならないのです」
むすっとする老人。
いずれにしてもこれは連行だろう。
この様子だとAIの制御を外れてはいるのだろうが。多分この抜け目のないAIの事だ。複合の監視網を使って、この変わり者の老人の宇宙船の存在は、既に気付けていたのだろうなと思う。
「わしを逮捕するのか」
「現時点で犯罪は犯していませんが、この宇宙船で何をするつもりだったのかを調査して、それ次第では」
「わしはただ飛んでいただけだ! お前らの指示は窮屈でかなわん!」
「十五年ほど前からそのような発言を繰り返しているようですね」
老人の身元は既に割れたようだ。
200年ほど生きたフェッド人という種族であるらしい。
地球人と寿命は同じくらいだが。
どうも若いまま生きるのに疲れたらしく、50年ほど前に不老処置を停止。
元々気むずかしい性格だったらしく。
AIの制御を外し、自分のラボで好き勝手をしていたそうだ。
それで目をつけられていた様子である。
ラボの工作機械などにはAIがどうしてもついていて、事故を防ぐように処置をしている。
それですらも鬱陶しかったようで。
機械で事故を起こして手足を失うならそれも本望だと、老人はふんぞり返っていたが。
突然跳び上がって、酷く苦しみ始めた。
「今のが、指を失った場合の痛みです。 どう判断しますか?」
「……っ」
「指一つだけでもこれです。 古い時代の機械は、油断すると一瞬で人の命を奪っていきました。 貴方が如何に今の時代に甘えているか、分かったかと思います」
しばらく悶絶していた老人だが。
今ので懲りたらしい。
もう黙り込むと、以降は何も喋らなかった。
警備艇はかくして一旦帰港する。
捕まえたのは変わり者が一人だけ。犯罪者ですらなかった。
1、警備艇の暇な時間
AIの判断基準というのは正直良く分からないのだけれども。
今回私は、警備艇でのパトロールを仰せつかった。何度も連続で、である。
或いは適性を試しているのだろうか。
これほどの超高度AIが、三十年も掛けて色々と調べているだろう私である。
今更色々やらせて見るもないだろうに。
警官になってからももうだいぶ経っている。
それとも、何だろうか。
この間開拓中の惑星に連れて行かれたときに聞かされたが。
今でも人間は不可解な事だらけ、というやつだろうか。
だから私で色々試していると。
何というか、良い気分はしない。
警備艇で、開拓惑星の近くに行く。普通の輸送船とすれ違ったので、データをやりとりし。そのまま行って貰う。
私は何一つ関与しない。
AIが相手側の船にもついているから、秒にも経たない時間にやりとりをして、それで終わりである。
私はぼんやりしたまま、開拓惑星の様子を見る。
この手の開拓惑星は、基本的に生物が絶対存在し得ない星を、一種のテラフォーミングしながら開拓する。
生物が存在する可能性がある場合は絶対に手出しをしないし。
また生物が存在する星が星系内にある場合は、見えないように隠蔽措置をしながら開拓を行う。
知的生命体に発展しうる生物が誕生しうる環境が存在する星系に関しては。
基本的に立ち入り禁止である。
銀河系だけでも、炭素系、珪素系、その他色々な生物が存在しており。
収斂進化と言う奴である程度形は似るものの。
いずれもが最終的には銀河連邦に合流する。
独自の技術というのは、その時点で驚くほどないのだそうだ。
地球人類が銀河連邦に参加したとき、二万年ほど前だったそうだが。
地球由来の文化などほぼ存在せず。
どれもこれも、大体何処かの星起源の文明には存在していて。
唯一神信仰による地球人類は唯一無二の存在とか、宇宙でもっとも優れている存在だとか言う寝言は木っ端みじんに打ち砕かれ。
当時の地球人類に絶望を与えたとか。
いずれにしても、二万年も過ぎた今の時代に生きる私には関係がない。
ポップキャンディを噛まないように警告されながら。監視モニターを見つめる。
密航者がいるからだ。かなり頻繁に。
それでも、少なくともこの開拓惑星は、開拓進捗度が八段階ある内の上から三番目。既に大気改造が終わり、重力調整が終わり、酸素呼吸系の人類が入る事が出来る星、となっている。
他の呼吸を行う人類も多く。そういった人類にあわせた開発が行われる事も多いのだが。
たまたまこの星は、酸素呼吸を行う人類向けの開発が行われている、という事である。
この段階になると、密航はほぼ不可能。
AIによる監視網が既に星の核にまで行き渡っており。
悪さなんかしようがなくなっている。
またウルトラテクノロジーの産物で、開発は主に二年から三年で、最低段階から完了まで持っていく事が出来る。
昔の地球では、テラフォーミングは最低でも数百年掛かるとか言う話があったらしいが。
まあ文明の次元が違うという事だ。
監視モニターを見ているのにも飽きてきた頃。
指示が来た。
「ビットの回収を行います。 回収の様子を確認してください」
「へーい」
「回収開始」
私のやる気のない声と裏腹に。
開拓惑星の周囲に撒かれていた監視用のビットが回収されていく。
これは開拓惑星に防衛も兼ねたオートの衛星が展開されるからで。
以降は小型の低い性能のビットでは無く。強力なネットワークを展開した監視衛星がこの星を守る事になる。
この衛星の性能たるや、戦艦をも越えるとか言う話で。
質量攻撃から高出力レーザー、反物質などによる純エネルギー化した高熱まで、何でも防ぐとか。
実際にその戦闘力を見た事はないが。
もしも何処かの銀河から攻めてきた軍隊と戦う時は。こう言う衛星や宇宙戦艦が億隻単位で動員され。
それこそ光年四方単位で相手を消滅させるような攻撃を、驟雨のように浴びせるのだろう。
恐ろしい話である。
ビットの回収そのものは、基本的に衛星軌道で飛んでくるものをキャプチャしていくだけなので。
私にはする事がない。
ちゃんと全部揃っているか。
細工の類がされていないか。
全てのデータを確認するだけ、である。
デブリの類を処理する仕事もビットはしているので、この作業は結構面倒くさい。処理したデブリのデータも見なければならないからだ。
うんざりしながら、作業を進めていくと。
やがて、OKが出る。
全てのデータでデータグリーンを確認。
これは軍人時代の癖だが。
OKだった場合グリーンという風に癖が出来てしまっている。
ため息をつく。
「とくに処理したデブリなどにも危険物はありませんでしたね」
「なんか今回の警備任務、色々やらせるのなんで?」
「飽きが早いようですので」
「それが理由……」
いや、確かに退屈だけれども。
だからといって、飽きるかどうか確認するために作業をさせていたのか。
人間はどの種族も不可解だという話はしていたが。
こんな方法を採らなくても。
何でも試してみなければ駄目という姿勢は確かに感心できる。それで良いとも思う。
だけれども、なんだか実験動物にされたようで気分が悪い。
むすっとする私だが。
犯罪者になる程馬鹿じゃあない。
お巡りをしていて分かったのは、今のこの銀河系の幸福度の高さ。それにこの文明の完成度の高さである。
それこそ地球人のスペックが、桁四つくらい挙がっても、今のAIには到底勝てっこないだろう。
数は少ないが、もの凄くスペックが高い宇宙人はいる。
それらですら、AIの優秀性はそろって絶賛していると聞いている。
私も意見は違わない。
そう考えてみると、不愉快だけれど従うしか選択肢はないというのもあるのかも知れない。
それに我慢できなくなった奴が、偏屈になったり最悪犯罪を起こすと。
何とも面倒な話だった。
休憩を貰ったので、寝る。
さっきのデータ整理の仕事が面倒だったからか、それとも頭を散々使ったからか理由は分からないけれど。
いずれにしても、すとんと眠りに落ちる事が出来た。
それはそれで良い事だとは思うのだけれども。
かといって、根本的に面倒な事自体は変わらないのである。
大きくため息をつくと起きだす。
指示された仕事場は、監視モニタである。
監視の内容は、開拓惑星の様子。
開拓惑星の中枢制御センタから回されてきているデータを、AIでダブルチェックしているのだが。
その中に矛盾がないか、しっかり調べると言うものだ。
こう言う仕事を人間にさせるあたり、AIは自分の仕事を完全だとか。自分を完璧な存在だとか、思っていないのかも知れない。
だとすると余計に厄介だ。
更に上を目指して進歩をするために、あらゆるデータを精査しているのだろうから。
私もデータを調べる。
開発惑星とはいえ、このレベルの段階に達していると、もう町並みは静かだ。
背伸びしようと馬鹿をしに来る奴もいなくなっているし。
開発中の区域も、すっかり綺麗になっている。
機械が淡々黙々と動いていて。
希にその中に人が見える。
それくらいだ。
既得権益が存在しないので、働いている人達はそれぞれがAIの指示で動いている。金持ちなんて者は存在しないし。存在しても、昔のように強権を振るうことは出来ない。
ましてやコネなんか何の役にも立たない。
古い時代、コネを持っている人間は何よりも評価されたそうだが。
コネしか取り柄がない人間で国家中枢が固まると。
国家は滅びた。
その愚かしい繰り返しは、少なくとも此処では起きないと言う事だが。
それはそれで、見ていて退屈だ。
またあくびをかみ殺す。
データの食い違いは見つからない。全土に張り巡らされた監視網は完璧。と言いたいところだが。
妙なのを見つけた。
「このデータの差異何?」
「どれですか」
「ここ。 なんか小さな空間があるけど」
「……確認します」
送られてきたデータと、此方で今見ているデータにずれが生じている。
これは何だかよく分からない。
じっくり確認を開始するAI。中枢管理センターと、警備艇の両方のデータの差異を確認し。そして確かに変な空間があるのを確認する。
即座に警察が動くのが分かる。
警官ロボットがわらわら行く。同時に、私よりちょっと年下に見えるくらいの人間も一人だけいく。
あれは地球人だろうか。
ちょっと分からない。
いずれにしても、その空間を調べた所、建設のミスが発覚。崩して内部を確認し、内部が空洞だったので嘆息した。
だが、どうにもおかしい気がする。
私はこれを見つけられたが。
敢えてこういう隙間を作っていたのでは無いかと、一瞬疑ってしまった。
まさかな。
こんな堅物AIが手を抜くとは思えないし。
わざとこんなミス設計をするとも考えにくい。
いずれにしても、即座に建設ミスを修正して、修正データを本部に送る。私は褒められたが、別に嬉しくも何ともない。
「篠田警部はいつも退屈そうにしているのに、勘が鋭いですね」
「それ褒めてるの?」
「勿論」
「そう……」
何だか絶望的な気分になるのは私だけだろうか。
今のは、何だか不自然に感じた。
設計から構築まで、やってるのは殆どAIだ。あの空間の設計ミスをやったのは誰か人間かも知れないが。
そのミスを見逃すとは思えない。
いずれにしても大したミスではなかったし、犯罪にも関わっている様子は無かったので、これで可とするべきなのだろう。
大立ち回りなどはなく。
ただその場で全てが片付いた。
それから数日、警備艇はその星系で仕事を続ける。次に開発が行われる予定のガス惑星を確認。
ガス惑星というのは基本的に恒星になり損ねた存在だが。
銀河連邦の技術では、どう開発するか決める。
回収して全て資源化してしまうか。
或いは資源を逆に投入して、大型の住む事が出来る星に変えてしまうか。
いずれかである。
この星系は、恒星の問題で生物が発生する可能性がなく。
恒星そのものは既にダイソン球で覆ってしまっている。
そしてその代わりに人口太陽を四つ展開して、各地の星に充分な熱と光が届くようにしているのだが。
結論として、このガス惑星は資源化してしまう様子だ。
色々計算した末に、ガス惑星を資源化した方が、銀河連邦で生きている人達のためになる。
そうAIが判断したのだろう。
AIが自分のために行動するのを私は見たことが無いので。
まあそういう事なのだと思う。
その間、私は雑務を散々やらされて。
時々褒められた。
全然嬉しくないが。
まあ褒められたのは事実である。
だが、少し前から抱いている疑問は大きくなる一方だ。
こいつ。
AIの事だが、手を抜いていないだろうか。
或いは、人間がある程度息抜きできるように、敢えて隙を作っているのではないか。
その可能性は、否定出来ない。
AIの正体は神なのでは無いかと言う説が本当だとすると、それは意外にあり得そうではある。
全知全能なんてものは存在し得ない。
そもそも全能のパラドックスを超える事が出来ないし。
全知だったら問題がある未来を全て解決できる筈だからだ。
ただAIは神ではないと私は思っている。
だとしたら、手を抜く理由はなんだ。
やはり敢えて隙を作っているのか。
だとしたら目的は何だろう。息抜きなのか。
思考がループし始めたので、その辺で辞めておく。
私は嘆息すると、次の仕事について聞く。今、膨大なデータを報告書にし終えた所なのである。
そうすると、いきなり意見を聞かれた。
珍しい事だ。
意見をAIが聞いてくる事は、滅多にない。
「この星を丸ごと資源化することを、貴方はどう思いますか。 篠田警部」
「うーん、別にそうするのがいいんだったらいいんじゃないの? 衛星軌道上にコロニーたくさん浮かべたり、この星の組成を変えていわゆる地球型に切り替えるよりも、その方がローコストで多くの人のための資源を確保出来るんでしょ?」
「結論から言うとそうなります。 ただ、そもそも開拓惑星にとって、時々この大型ガス惑星が影になって、人口太陽の軌道調整が面倒くさい、というのもあるのですが」
「はあ……」
この面倒くさいというのは、AIにとってではないだろう。
人口太陽を管理するのに関わる人間にとって、だ。
この星系は、惑星が六つだけ。
そのうち二つはガス惑星だ。
そもそも恒星が三重連星で、星の軌道がメタメタで、六つの星もいずれもがかなり歪んでしまっていた。
それを二百万年くらい掛けて、連星の二つを回収。
それぞれの惑星の軌道を修正。
一つをダイソン球で覆ってエネルギー資源化し。
そしてこの計画が立ち上がったという。
まあ億年単位で存続している文明だし、そういう超長い規模での開拓計画はあっても良いと思うが。
そこで私に話を聞くか。
しばし悩んだ後、私は素直に答える。
「二百万年も掛けた計画を、今更変える必要はないでしょ。 どうせあんたの事だし、開発計画の段階でこの問題が起きることは分かっていたんでしょ」
「その通りではあります」
「だったらそのままやればいいんじゃないの。 いずれにしても、私にそんな事を決めて良い権利はないと思うけれど」
「……分かりました。 それならば、そうしましょう」
その後、種明かしをされる。
実は似たような質問を、この計画に携わった人間10万人ほどにしているという。
その結果、99.2%が私とだいたい同じ解答だったという。
ごく一部だけが、星はそのまま残すべきだと解答したそうだが。
それについては、理由はまちまち。
中には宗教的な理由からそう答えたものもいたそうである。まあ銀河連邦にも宗教を信じる民はまだいるということだ。
AIの中身が神ではないか何てのも、ある意味宗教かもしれないし。
「ちなみにだけれど、私がさっきと違う答えをした場合は、どうしていたの?」
「その時は何故に資源化がベストなのか説明していました」
「はあ、説教タイムだったのか」
「いえ、説教ではありませんが……」
似たようなものである。
いずれにしても、何だか見るのも嫌になった。あのガス惑星の事は、すぐに忘れてしまいたい。
ただ、ガス惑星一つ丸々資源化するとなると、それで得られるものは膨大である。今はAIが人間も物流も管理しているから、無駄なく使われるだろうし。まあ其所は信頼して良いのだろう。
警備艇がガス惑星を離れる。
どうやら、ようやく今回のパトロール任務は終わりらしい。
今後のスケジュールを告げられる。
「三日ほどで自宅にお届けできます。 その後四日ほどの休暇を用意します」
「それはどうも」
「その後、また別方向の警備を行う艇に乗って貰います」
「……」
少しは嬉しかったんだが。
一気に気分が醒めた。
いずれにしても、帰路でも仕事はある。空間転移を繰り返しながら帰路を行くのだが。その間に色々レポートを作らされることになる。
全部レポートは定型文に当てはめるだけだが。
それでも面倒くさい事には代わりは無い。
そして人間を鈍らせないためにも。
AIは仕事を振り続ける。
私の仕事は、基本的に終わる事はないのだ。
2、パトロールとはなんぞや
四日の休みはあっと言う間に終わった。
もう少し若返ろうかなと思ったのだが、それもやめる。
シミュレーションで、肉体年齢を14にしてみたら、できない事が増えたのだ。
一方少し年を取ってみるかと思ったが、それもやめた。
18にしてみたら。多少大人っぽくなったものの。それはそれで、色々と面倒事が増えたのである。
人間の肉体年齢は、16が最盛期である。
それは何処かで聞いたのだけれども。
確かに実際にそれがよく分かった。
結局色々自分の体を弄くり回すシミュレーションを続けている内に4日は終わってしまい。
何も実りがないまま時間だけが過ぎた。
何も仕事をさせないと人間は鈍る。
AIの持論は確かに正解なのかも知れない。
職場に顔を出して、幾つかの仕事をした後、警備艇に向かう。
職場にいる奴は誰一人顔も名前も知らない。
それが今の時代は当たり前である。
話す事もない。
リスクが大きすぎるからだ。
地球時代、人権屋とか言う連中が跋扈した。同様のデリケートな問題で金を稼ぐ輩は幾らでも地球時代には存在していた。
連中はデリケートでアンタッチャブルな問題に首を突っ込んでは騒ぎ立て、頭の悪い連中を兵隊に仕立て上げ。騒ぎの裏で稼いでいた。
奴らは知っていたのだ。
人間には関わり合いになりたくないものがあって。
それを上手に利用すると、莫大な金を得られると。
しかしながら連中はやり過ぎた。
その結末として、文明が瓦解寸前まで行った。
銀河連邦が来て、大なたをふるったとき。政治制度にAIを有無を言わさず降臨させると同時に。
人権屋を根こそぎ逮捕。
連中がやっていた事を頭の中のデータから全て暴露した事が、連中の全てを奪った。
走狗となって踊っていた連中は、一部が過激化したが。
それも数年で静かになった。
誰にも相手にされなくなったからだ。
マスコミなども同様。
結果、地球人類はあらゆる全ての尻ぬぐいをAIに頼み。そして今でもその問題は地球人類を蝕んでいる。
私は警備艇に乗る。
今回も乗るのは一人だけだ。
仕事の内容は知らされていない。というか、決まっていないのかも知れない。
AIの気分次第で、これから私が何をするのか決める。
あり得るので笑えない。
警備艇は、いつもの奴だ。
パトロール艦と呼ぶ者もいるが。多分星間文明の規模次第では、これ一隻で滅ぼす事が出来るだろう。
昔のSFに出て来たような宇宙戦闘艦とは次元が違う。
銀河規模の文明が運用すれば、警備艇でもこの戦闘力になると言うことだ。
私は最初、船の中をチェックさせられる。
前回の仕事で乗った船よりも、新型であるらしい。一部に更改が行われている。
派生型の船は色々あるらしいのだが。
問題が発生する度に修正を行ったり、根本から改良したりして。
結果として、今の形が一番良いという事に、1000万年ほど掛けて到達したらしい。
要するにこの艦は、1000万年練り上げられた艦で。
今は基本形はそのまま使い回し。
それ以外は細かい部分の更改だけをしているという状態だ。
だからチェックも簡単だ。
携帯端末を使って、隅から隅まで見て回る。おかしいところは無いか。何か不自然はないか。
密航者がいたらどうするか。
全てマニュアルがあるが。
まあこれに密航できる奴なんていないか。密航するにも、入り込む方法がないというのが実情だ。
「チェックオールグリーン」
「了解。 管制室に向かってください。 出港します」
「あーい」
ポップキャンディを取りだすと咥える。
そのまま、用意されている席に。
艦橋に近い場所だが、外に対して露出しているような事はない。まあ安全面で考えると当然なのだろうが。
そのまま船が出る。
ダイソン球に多数ある宇宙港から出るだけだ。どの宇宙港も混雑するような事もない。そこまで激しく人も物資も行き交わないのである。
一昨日だったか。
自分の体をどう弄るか調べていたのだが。
その時、ある星の百年間における人口推移と、人間の移動について見てみた。
驚くことに、百年で二百五十万しか星を出ていない。星の人口は二億でずっと並行に推移しており、好き勝手に星を出られる技術があるのに、だ。
勿論旅行などをしているものはいるが。
それにしても百年でこれだけしか人間の移動が起きていないとは。
まあ文明が完璧に成熟しているという事なのだろうが。
それにしても少しばかり驚かされる。
不満というものがないと。
こうも人間は動かないのか、と。
私もそれは分かっている。
実際今の状態で、変わろうとは思わない。
肉体の最盛期を維持できるし。
死のうと思ったら、書類を何枚か作れば簡単に安楽死できる。
何よりも生活が快適そのものである。
精神的に不満がないとはいわない。
不満だらけだけれども。
それはそれとして、これだけ快適な生活を続けていて、確かに変えようと思わない人間が多いのは。
何処の星の人間でも不思議では無い。
私はだけれども、本当にこれでいいのかとも思う。
確かにこれは最適解の一つだ。
また、この生活が嫌な人間は、実際にジャングル化した星で、AIの補助を受けない生活を経験する事もあるらしい。
その結果、殆どが三日と耐えられず戻ってくるそうだが。
まあそれも当然だろうと思う。
開発惑星なんかには、隙があるし。
犯罪も起きるが。
それも、AIが息抜きのためにわざとやっているのではないかという疑いを私は持っている。
くそ真面目なAIがそんな事をするとは思いがたいのだが。
疑いは晴れないのである。
出港した警備艇は、間もなく空間転移。座標を見ると、ダイソン球から50光年離れている。
あとこのままの方角で200光年ほど行くとブラックホールが存在しているのだけれども。
正直、まともにブラックホールに突っ込みでもしない限り、離脱は容易なくらいこの警備艇は頑丈なので。
まあAIに仕事は任せてしまって良いだろう。
そのままぼんやりと、言われた仕事を処理し続ける。
別にペースは早くも遅くもない。
私に出来る仕事を回してきて。
仕事が終わるまで根気よく待ってくれる。
だから気が乗らないときは書類仕事なんかは敢えて遅らせて処理することもあるけれど。それでもお叱りの言葉を受けた事は一度もない。
ただその場合は機嫌が悪いことをそのまま理解して。
対応を変えてくる。
そういう事も今のAIはやってくる。
しばしして、また空間転移。
超加速ではなく、そのままぽんと空間を跳ぶ。
何でも警備艇が其所に存在する可能性を変動させることによって、別の場所に移動させるというシステムを使っているらしく。
空間転移の際には炉に当たるものをフルパワーで動かしているが。エネルギーの行き先は、搭載している量子コンピュータだという。
よく分からないが、それで一切揺れないのだから凄い。
今度は数時間ほど、しばらく船はゆっくり進む。
それでも光速の二十%ほどだが。
宇宙空間では、ナメクジも同然の速度だ。
宇宙はあまりにも広すぎるのである。
今の空間は、完全に真っ暗。
どの恒星系からも離れているからである。
手元の端末で、書類作業を終える。警察関連の書類だったが、何だかよく分からない予算の書類だった。
そもそも全部暗号化されていて。
手作業なんて必要も無さそうだったのだけれども。
それでも人間に仕事を与えるために、わざわざ書類作業をさせたという事である。
この世界は最高効率では動いていないのだ。
その気になればAIが全部片付けられるのだろうけれど。
敢えてそうしていないという事になる。
伸びをしていると、少し休憩するように指示される。
言われたまま、自室に。
その直後。
珍しく、指示が撤回された。
「篠田警部」
「おや、珍しいね。 プライベートの時は基本的に声かけてこないのに」
「密航船を発見しました。 この警備艇が一番近い。 万が一に備えて、管制室に戻ってください」
「了解。 大して疲れてないしいいよ」
ひらひらと手を振ると、道を引き返す。
途中でポケットからポップキャンディを取りだして、口に咥える。
さて、楽しい臨検の時間だ。
というか、密航船なんてものが年に一度出るか出ないかの代物である。
以前ビットを何も無い空間に撒いてきたが、ああいう作業を地道に続けている結果。密航船なんてものを出すのは割に合わなくなりすぎている。
そもそも地力で宇宙に出る船をAIの支援無しで作る事自体が難しすぎるのだ。
地球時代の宇宙開拓史を見た事があるが。
それこそ当時一番頭が良い地球人類を集めても、失敗の連続だったと聞いている。
空間転移を四回繰り返し、捕捉したらしい密輸船の側に出る。
何とも小さな船だ。
どうやら、誰かが撒いてきたビットの監視範囲を擦ったらしい。
慌てて逃げようとしていたが、ガタイも速度も違いすぎる。
そのままアームが射出され、密航船が捕獲され。
引き寄せられた。
「内部には生体反応が一つだけ。 物資はロボット警官が調査します。 篠田警部は念のため管制室にどうぞ」
「んー、いいのそれで」
「出番が出来たらお呼びします」
「……分かった」
何だか腫れ物扱いだなあ。
まあそれでもいいか。
私は憲兵から警察に移ってからも、結構色々やらかす奴だと思われているのかも知れない。
前に躊躇無く銃をぶっ放したときも。
周囲の反応は明らかに私を怖れていた。
まあそういうものだ。
だから、密航者のツラを拝んでやりたいと思ったのだけれども。
まあそうも行かないか。
しばらく様子を見ていると。
密航船が丸ごと取り込まれて。気密の格納庫にロボットが数体入り込む。
こいつ一体だけで、ショックカノンがないと対応は絶対に無理な代物である。
そしてショックカノンは全てAIの制御下にある。
つまり普通の人間は、警官ロボット一体が来ただけで詰む。
それが地球人よりずっとガタイが良い宇宙人でも同じである。
「船を傷つけられたくなければ出てきなさい」
「……」
「では船を焼き切ります」
見ていると、丸っこい宇宙船だ。
これは多分だけれど、普通の輸送船から隙を見て、これで脱出したパターンなのではないだろうか。
荷物は輸送船の中で組み立て。
そして何かしらの手段で宇宙に出た。
或いはコロニーやらダイソン球やらの宇宙港など、重力が薄い場所でこそこそとコレを使って宇宙に出たのかも知れない。
これ単体で宇宙に出たとは考えにくい。
船の持ち主は堪忍したのか、不満そうに船から出てくる。
かなり若い男性に見えるが、不老処置の出来る時代だ。
見かけ通りの年齢かは分からない。
データ照合。
ああ、案の定だ。
地球人に容姿が似ているケイヴ人と呼ばれる種族である。見た目も性質も地球人と大体変わらないが、男女の性的な役割が真逆になっている。
このためか、基本的に戦争を行うと言う文化が存在せず。
かなり穏当な文明を作っていた所を、銀河連邦に加入したのだとか。
ふーんと思いながら見ていると。
文句を周囲のロボットに言っている。
「生命維持装置に問題は無い。 地力でとなりの宇宙港まで、自分で作った宇宙船で行って見たいだけだったんだ。 邪魔しないでくれ」
「気持ちは分かりますが、それならばそういった仕事を選べばよろしいでしょう。 貴方は使うことを禁じられた航路を使っていました。 使うのが禁じられている航路には、禁じられるのに相応しい理由があります」
「そんな事は知るか!」
「我が儘をいうのではありません。 いずれにしても取り調べはこれから行います」
暴れようとする男性をロボット達が取り押さえて連れていく。
力が違いすぎる。
男性から見てもロボットは小柄なのに、生身と機械の違いだ。出力が根本的に違いすぎるのである。
そのまま独房に連れて行かれて調査が行われる。
私に尋問が任されるかと思ったが。
そんな事もなく。
この人物の経歴をまとめるようにと、指示が出された。
指示の通り調べて見ると、この男性は200年ほど生きているが。160歳くらいの時にAIの支援を拒否するようになり。
以降四十年くらいは、ある星の軌道上コロニーの自宅に引きこもって、何かを作っていたらしい。
納入された物資などは確認されているし。
支援は拒否されたと言っても、監視は継続していたAIのデータを引っ張り出して確認して見ると。
確かにこの船をせっせと作っている。
能力的には、一応無重力に近い軌道上コロニーの宇宙港からこっそり発進すれば、となりの星系にまではいける。
ただし四年掛けて、である。
この隣の星系はかなり距離的に近く、ほとんど双子星系という状態が近いのだけれども。
それでも空間転移出来ない宇宙船では、四年かかるという事である。
この船にしても、地球時代の宇宙船なんかとは比べものにならない性能を持っているのだけれども。
それでも四年。
恒星系は、四光年くらいずつ離れているのが普通で。
恒星の影響は、実の所一光年くらい先まで及んでいるとも言われている。
そう考えてみると、光の速さで飛んでも四年かかるわけで。
更に言えば光の速さで飛ぶと、浦島効果だのなんだので、碌な事がおきない。
更に更に言うと、光速で移動する宇宙船は、民間で入手できる部品では作成することが不可能である。
テロなどに用いた場合、被害が洒落にならないからである。
つまりあの小さな球体の宇宙船に入って、あのケイヴ人は四年掛けて隣の星系に行くつもりだった訳だ。
気が遠くなるような話だが。
まあ二百年も生きているのだ。
訳が分からないことをしたくなっても不思議では無い。
経歴をまとめて、提出。
今度こそ休憩と言う事で、休憩しに行く。
取り調べしたいなあと思ったけれど、私の場合はやり過ぎると言う事で基本的に禁止されているので。
まあ寝るしかない。
いずれにしても、この警備艇はこの人物の家があった星に行く様子だ。
それを私は、見ているしか無い。
部屋に戻ると、風呂に入って。
それから、指定された休憩時間は単純に眠った。
せっかく年に何度もない密航者なんて面白いものを見つけたのに、お預けを喰らったのである。
それはふて寝だってしたくなる。
そのままふて寝をする。
寝るのに最適な環境をAIが整えてくれるので。
気持ちよく眠る事が出来た。
起きだして、指示通り管制室に出向いたときには。既に密航者のコロニーに到着していた。
多分一年くらい宇宙を漂流していただろうに、数時間で逆戻りである。
AIの管理している宇宙船の桁外れの性能が良く分かる。
入港した後、現地の警官が面倒くさそうに男性を受け取りに来ていて。
それをこっちは、別に出迎える必要も。
見送る必要もなかった。
AIが勝手に対応したからである。
というか、そもそも私がこの警備艇に乗っていることすら、相手側は知らなかったかも知れない。
いずれにしても、地元の警察にも目をつけられていた人物らしく。
受け取りに来ていた地球人の珍しい警官は、本当にうんざりした様子だった。
私以外にも地球人警官いるんだなあと思ったが。
対応があまりにも予想通りなので笑ってしまう。
とはいっても、AIが警告した後は家がからで。
宇宙に出ていったことが後の調査で分かったと言うことで。
まあ調査依頼は出ていたらしい。
それで、今回警備艇が調べて、密航者発見と来た訳だ。
いや、妙だ。
AIの性能だったら、それくらい秒で見つけられそうなものだが。
やっぱり灸を据えるために、敢えて一年放っておいたのだろうか。
だとすると、AIの管理から抜けたぞと思って大喜びしていただろうあのケイヴ人男性は。
文字通り観音様の掌の上の猿だったという事になる。
苦笑いが漏れてしまった。
勿論それが真実かは分からない。
あの宇宙船だと、何かのトラブルが起きてしんでいた可能性もあったのだから。
引き渡しが終わる。
私の仕事は、その間一部始終のやりとりを、管制室から監視すること。
特に問題は起きない。
なおケイヴ人男性は、密航罪で懲役2年だそうである。
1年の自由のために二年を無駄にするんだな。
そう思うと、また苦笑してしまう。
まあ今の時代。
二年なんてどうでもいい時間だが。
あくびをしながら書類を書き上げて、そのまま提出。多少のケアレスミスがあってもAIがなんとでもしてしまうので、気にする必要はない。
ただミスが多い場合は後で仕事を変えられる。
それだけである。
私の場合、ケアレスミスは無視出来る範囲で少ないのだろう。
いずれにしてもAIがやればすぐに終わる仕事を、人間のために用意しているのである。
私はただ、それに沿って仕事をしているだけに過ぎない。
宇宙港を離れる。
警備に当たっていたらしい駆逐艦が来て、通信を送ってくる。
それに対応するように指示されたので、面倒だなと思いながら対応する。
内容自体は、密航者の保護感謝する、というものだった。
別に私が見つけた訳ではないけれど。
とりあえず感謝を受けて、その恒星系を離れる。
珍しい、滅多に起きない出来事だったのにな。
そう思いながら、ため息をついた。
もう少し色々尋問とかしたかったのだけれど。銃が撃てればもっと良かったのだけれども。
まあそれも仕方が無い。
そういう事がないように、私に首輪をつけているのだろうから。
そのまま、私は書類仕事をして。
空間転移を何回かする警備艇を、管制室でぼんやり見ていた。
空間転移も、次にどこに行くかの法則性が全く無い。
距離も、である。
警備艇の能力では、空間転移出来る距離には限界があるのだけれども。それでもある程度の距離調節は可能らしい。
炉が焼けない程度に空間転移を繰り返している警備艇の中で。私は今の座標を見て、随分職場から離れたなあと思う。
全域をAIが管理しているので。
恒星系の警備艦隊とかならともかく。
こういう警備艇にはテリトリーというものがない。
銀河系の外縁部には。
それはそれで、別の艦隊が監視と外敵の侵入のために厳しい体制を敷いているらしいので。
警備艇は立ち入る予定も暇も無い。
まあ変なウィルスとか宇宙生物とかが銀河系に侵入したら大変だし。
そういうのは、それこそこの警備艇クラスの能力があっても対応出来るか分からないので。
妥当な判断なのだろう。
多分。
また空間転移して。
恒星系のすぐ側に出た。
比較的活発な恒星らしく、かなり明るく見える。
調べて見ると、既に人間が住んでいる星が四つもある星系で。
基本的に治安なども安定しているそうだ。
明るいと思ったが、それも道理。
恒星系の外側に、四つ人口太陽がある。
それで明るさが何倍増しにもなっている、というわけである。
警備艇は此処で何をするのかなと思ったら、ゆっくりと恒星系の周辺を調査し始める。
この辺りは犯罪なんてやろうにも出来ない筈だが。
まあ、AIのやる事だ。
黙って見ていることにした。
そうしていると、そのうちビットを回収し、新しいのを撒きはじめる。
疑問に思ったので聞いてみた。
「このビットって、確か相当な耐用年数があるんじゃなかったっけ?」
「実はこの間。 恒星に大きな太陽フレアがありまして」
「へえ」
「人が住んでいる星や、そのインフラ周りは守る事が出来ました。 ただこれらの監視ビットまでは守りきれず。 不具合は発生していませんが、念のために交換をしているところです」
こんな遠いところまで、大変だな。
他人事のように思う。
勿論回収した後は修理して、別の所に撒くのだろう。
或いは、劣化を懸念することがない、違法の航路になりうる空域に撒くのかも知れないけれど。
用途は私が知るところでは無い。
それにしても、太陽フレアによるダメージか。
ちょっと気になる。
「あの恒星、大丈夫?」
「懸念した事もあって、既に調整処置は終わっています。 恒星の寿命が来るのはおよそ五十億年後です。 それまでは極めて安定した状態が続くでしょう」
「気が長い話……」
「アンドロメダ政府と銀河系政府が合併する方が早いかも知れませんね」
それもまた、気が遠い話だ。
銀河系とアンドロメダが近付いていて、やがて合体するというのは有名な話である。アンドロメダは銀河系の倍の規模を持つ銀河で、恒星の数は兆に達するとも言われている。それほどに凄まじい存在だ。
近隣の銀河で構成される銀河団では最大の規模を持つ銀河で、その次がこの天の河銀河である。
似たようなAIが管理して政府を作っているとは聞いているが。
それ以上の事は、私も良く知らない。
いずれにしても、管理合併が行われるとして。
恐らく戦争になる事はないだろう。
向こうも同じようなAIだとすれば。
多分すんなり合併して、それで終わりである。
人間は出る幕無し。
後は同じように連邦政府が組まれて。同じようにAIの指示で仕事をさせられる。
それだけだ。
ビットの回収と散布が完了したらしい。
私はビットの確認に出向く。
AIも書類仕事で私が飽きてきたことを察したらしい。ベルトウェイを使って、船体後部の格納庫に移動。
ビットは様々な汚染などを解除した後、洗浄処置も終わっている。
機能も停止して、その上でロボットが側で監視している状態だ。
要するに、危険は何も無い。
私はそのまま手をポケットに突っ込んでビットが並べられている所まで行くと。
ずらっと並んだビットの群れを見やる。
壮観な光景だ。
ざっとそれらを見た後、渡されている携帯端末を使って、チェックを開始する。
勿論おおざっぱなチェックはAIが済ませているし。
何よりも、そもそも機能停止などのクリティカルな作業はとっくに終わっているだろうから。
私がやるのは、携帯端末で一台一台調べると言う。地味極まりない作業だ。
ビットはそれぞれが直径一メートルほどの球体で。
この大きさで、相当な多機能である。
探知範囲も相当に広い上に、そもそも自衛機能もあると聞いている。
生半可な武装の民間船くらいだったら、こいつ一台に歯が立たないのだろう。
黙々とチェックをしていくが。
念のために回収したと言う割りには、ほぼ何も問題は起きていない。多少エラーが出ているが、それは部品の経年劣化によるものだ。
要するに太陽フレアによる電磁パルスの影響は、ほぼ受けなかったのだろう。
もしくは受けても軽微な影響しかなかったか。
使い捨てとは言え、流石にこのウルトラテクノロジーの産物だ。大したものである。
「経年劣化で傷んだ部品が幾つかあるねえ。 逆にいうと問題はそれだけ」
「すぐに修理に取りかかります」
「へいへい。 危険だからどけってね」
「そこまで厳しい言い方はしませんが、危険なのは事実です。 管制室に戻ってください」
言われたまま、管制室にベルトウェイで戻る。
ビットは警備艇にたくさん積んでいるし、換えの部品もたくさんあるのだろう。
それに兆単位の数生産されているという話だから。
それこそ、部品なんてなんぼでもあると見て良さそうだ。
そのまま、警察ロボットより一回り大きい作業用ロボットが行くのを横目で見る。
攻撃能力などはないが、一つずつが工場と言っても良いほどの多機能なロボットで、だいたいの機械は直せる。
直せるものの中には、地球時代の自動車とかもリストにあるらしく。
基本的にクリーニングした文明の産物は、あらかた修理が可能らしい。
経年劣化した部品も、取り替えるのでは無くて修理してしまうのかも知れない。
地球時代、経年劣化は殆ど致命的で、交換以外にどうしようもなかったと聞いているけれども。
まあ今は違うという事だ。
管制室に着くと、自席で携帯端末を、手元の端末にかざす。
それでデータがAIに渡る。
とはいっても、無線でデータをリアルタイム回収しているはずで。
これも人間にさせるために残している仕事である。
それが分かっているから若干馬鹿馬鹿しいけれど。
まあ気にしない。
全てのデータ確認が終わった後、空間転移を始める。それも数回連続で。そろそろ眠くなってきたが。
まだ休憩の指示は出ていない。
3、暇なのは良い事だ
四つの空域で、大量のビットを放出し。
その後に帰路につく。
意味不明な航路を辿っていることが、手元の携帯端末から分かる。空間転移の方向なども、三次元空間に起こして見ると意味不明極まりない。
だけれども、あの密航者の捕獲とか。
痛んだビットの回収とか。
そういうのの作業があった事を考えると。それらの全てに意味があったのでは無いかと勘ぐってしまう。
それは恐らく勘ぐりでは無く事実だろう。
AIは人間に余計な仕事をさせる一方で。
統一された全ての意思によって、銀河全域のインフラも政治も経済も、全てコントロールして動かしている。
いずれも人間には難しすぎる。能力が足りないからである。
だから私は文句を言わずに指示されたことをする。
それだけだ。
二日掛けて出発もとの宇宙港に戻る。このダイソン球で随分長く過ごしているが、同僚は顔も名前も分からない。
職場でそもそも挨拶するとかそういう習慣がないし。
一つずつの席も離れている。
多分殆どの警官が同じ状況だと思う。
食事などの習慣も、種族ごとに違っているので。
いちいち無理に交流をする必要はないとAIは判断しているのだろう。正しい判断である。
宇宙港で降りる。
二日の休暇を貰ったので、自宅に直行。かなりの数の警察ロボットが移動しているが、あれは何だ。
軽く視線で追ったが、どうやらメンテナンスらしい。
今は特に問題が起きていないので、この機に全台まとめてメンテナンス、というわけだ。
平和なことはいいことだ。
そして警官や消防士など、致命的なインフラに関わる者は暇な方が良いに決まっている。
今やるべき事は、監視に穴がある空域にビットを撒きに行くか、古くなったビットの回収くらいだろうが。
それもどうせその気になれば、AIが数日と掛からず終わらせてしまうはずだ。
自宅に到着。
埃一つない。
それはそうで、いないあいだもAIがものなどを動かさずに管理をしているからである。ものを動かされると、何処に何があるか分からなくて困るのだが。AIはその辺りきちんと心得てくれている。
或いは私だけかもしれないが。
助かるのは事実だ。
ベッドに横になると、SNSを見る。
流石に仕事中にSNSにはつながない。単に移動する時などは話が別だが。
SNSを見ると、どこぞの星が超新星爆発したとかでニュースになっている。銀河系の中心部にある、立ち入り禁止区画である。
銀河系中心部にある巨大ブラックホールは、エネルギー抽出のために活用されているのだが。
いずれにしてもあの辺りは恒星の密度が高く、不安定な恒星も多いので、基本的に立ち入りは禁止。
AIが全管理している。
その上で、たまに超新星爆発などが起きると、それはそれでエンターテイメントの一種として認識しているのか。
データを一般公開してくれる。
どうせアマチュアの天文学者とかが気付くから、かも知れないが。
いずれにしても、超新星爆発の激しい映像が大迫力で映し出されていて、SNSではトレンドになっている様子だ。
SNSには何種類もあるが、私はテキストが流れてくるやつを利用している。バーチャルリアリティで内部に入るようなのはどうも性にあわないのである。ただでさえ現実がこんななのだ。
更に不可解をこれに加えたくない、というのがある。
超新星爆発の詳細な仕組みや、出る影響。ガンマ線バーストの影響範囲などが説明されているが。
基本的に人がいる辺りにガンマ線バーストが出ると判断された場合。
AI管理の戦艦が其方に移動し、ガンマ線バーストを全て吸収してエネルギー化してしまうという。
銀河系中枢にいる戦艦は全AI制御と言う事もあり、人間が乗っている戦艦とは性能が別次元で。
元々高い性能を持つ戦艦より、更に危険な事が色々出来るそうだ。
また、あまりにも危険だと判断した超新星などは、そのまま処理してしまう事もある。
それらの映像はSNSに出ているが。空間ごと超圧縮してブラックホールにしてしまう様子は、確かに迫力がある。
トレンドになったからか、関連の画像に超新星が色々出ている。
地球時代にも、「突然星が出た」と言う事で超新星爆発が話題になった事があったらしい。
それだけダイナミックな天体現象でも。
銀河系全域を支配下に置いているAIには、制御可能な事象に過ぎないということである。
それはそれで不思議な話でもある。
まったく、いったいどれだけの力を持っているのか。
そしてこんな存在が、どうして人間を保護する気になったのか。
それがよく分からない。
神話に出てくるような強欲な神だったら、何かしらの目的があるのだろうけれども。
AIの場合は、単に本当に人間の最大幸福を追求しているようだし。
その辺はもう、分からないとしかいえなかった。
超新星爆発には飽きたので、お菓子を取り寄せる。
ポテトチップスを食べながら、他のトレンドを探す。
特にこれと言ったトレンドはない。
デジタルアイドルのイベントがあるが。
私が推しているデジタルアイドルではないし、どうでもいい。
一通り、暇つぶしをためすと。
私は寝る事にする。
風呂に行くのも面倒くさいが。
まあそれはやらざるを得ない。
一応警官だ。
いつ、どんな理由で招集が掛かるか分からないのだから。
夢を見る。
大規模なクーデターが起きたというものだった。
このご時世にクーデター。
そもそも、ショックカノンに対抗できないのに、どうやって。
夢の中でも突っ込みが入るが。ともかく軍の一部が蜂起して。鎮圧にAIのロボット達が向かう。
一方的な戦いである。
ショックカノンでは無くて、原始的な銃火器で攻撃する軍人達だが。勿論手も足も出ない。
まとめて気絶させられて、鎮圧させられていく。
誰かが作ったらしい、威圧的な無限軌道の車が出てくるが。
警察ロボットの性能は次元違いだ。
十倍はありそうなその車を、いとも容易く停めてしまう。
前進も後退も出来なくなり。前についている主砲だったか。でっかい大砲をぶっ放す車だけれども。
ロボットに直撃しても、かすり傷一つ与えられなかった。
それで戦意喪失したのだろう。
逃げ出してきた軍人があっさり捕まった。
火をつけて回る者もいるけれど。
それも全部すぐに消火される。
中枢システムへの突入を目論んだ連中もいたけれど。ロボットさえ出てこず、警備システムが作動するだけで全員気絶。その場で拘束された。
これが、力の差だ。
後は私達警察があくび半分に、彼らの処理をする。
全部捕まえた後は、書類を書いたり尋問をしたり。
彼らの不満は、AIにより支配されている事が気にくわない、というものだったけれども。
軍以外の誰も蜂起はしなかった。
開発中の惑星に出かけていって、背伸びしたがるような連中も。
本物の鉄火場に巻き込まれたくはないと思ったのか、自宅に籠もってブルブル震えている状態だったのだ。
まったく、手間暇を掛けてくれる。
そうぼやきながら、私は夢の中で書類を書くのだった。
目が覚める。
クーデターしか覚えていない。
起きるわけがない。
私は元々軍にいたが、兵器の殆どはAI制御。凶悪犯を捕まえたのも、AIのサポートがあっての事だった。
軍人ならば誰もが知っている。
いざとなったら兵器のコントロールはAIにロックされるし。
軍事用ロボットの性能が、次元違いであることも。
仮に人間が全制御するロボットを作ったとして。
AIが制御する同性能のロボットとやりあったら。
多分数が百体一でもAI側が勝つ。
人間側が、それこそSF系のアニメに出てくるような、特異点的な天才だったとしても結果は同じだ。
軍人経験があるなら誰でも知っていることである。
それほど桁外れなのだ。
そういえば、仕事の日か。
あくびをかみ殺しながら、そのまま職場に向かう。デスクにつくと、警備艇に向かうように指示。
そういえば、警官の数が少ないな。
周囲を見回して、ふーんと呟く。今日はAIがそういう気分なのか。みんな警備艇に駆りだしている様子だ。
基本的に警備艇に生身の警官は一人しか乗らない。一人も乗らない事も多い。また乗ったところで船長的な事をするわけでもない。
そういうものだ。
私も指示通り警備艇に向かうが、いつもの宇宙港とは違う。警備艇をじゃんじゃか飛ばしているとはいえ、どういう気分なのだろう。
AIの考えている事は良く分からないが。
まあともかく、いつも利用しているのとは違う宇宙港に、少し時間を掛けて出向く。
まあこの間は暇だから、別にいいか。
軽く調べて見るが、暴動とかそういうのは起きていない。
クーデターなんて夢を見るから、そんな事をちょっと考えてしまったのだけれども。まあそもそも暴動が起きる理由がないのだ。
たまに馬鹿がやらかすくらいで、それも基本的に皆満足した状態でくらしているのだから。
馬鹿をやらかす連中にしても、AIがいなくなった後どうするか何てプランはないだろうし。
あったところで上手く行きっこない。
それは誰もが分かっている。
宇宙のあまりの規模を思うと、それは何度でも思い知らされる。
宇宙港に到着。
このダイソン球には400の宇宙港があるのだ。別にたまには違うのを使うのも良いのだろう。
警備艇に乗る。
いつもの型式である。
さて、何をさせられるのか。
そう思っていたら、出港しないという。
「今日は警備艇のチェックを行います。 篠田警部は、管制室でシステムチェックをお願いいたします」
出港、しないだと。
いずれにしても無言になる。
それは警官の仕事だろうかと思ったのだが。
ま、まあたまには出港しない警備艇の点検を、警察が自分でやるのも良いのかも知れない。
そう無理矢理納得させると、AIが私の億倍くらいのスピードでシステムチェックをしている横で。
指定されたシステムのチェックを行う。
どれもこれも時間が掛かるが。
それこそ瞬く間にAIは私の億倍のペースでどんどんシステムのチェックを進めている。
それだけこの巨大な船が多数のシステムを搭載していると言う事だけれども。それにしても地獄のような仕事だ。
まあ、警官が退屈なのは良い事だ。
良い事だとは分かっているのだけれど。
私はあんまり面白くない。
犯罪者の中に、自分好みの仕事をくれないとAIに不満を述べていた者がいたが。
何となく気持ちが分かる気がする。
今は特に。
だが、それはそれ。これはこれ。
本当に一線を越えるかどうかは別の問題で。私には、そんなつもりは最初から最後までさらさらない。
システムのチェックが終わる。
AIに提出して、次のチェック。
ミスを発見。
というよりもデータの誤入力で、それも問題が無い部分のデータだったが。それでも指摘はしておく。
これも敢えて残しておいたミスなんではないかと勘ぐってしまうが。
ともかく指摘だけはして。
それで終わり。
次。
私が淡々と作業をしていくと。
AIに言われる。
「不満が大きいですか?」
「大きいよ。 見ていて分かるんじゃないの?」
「そうですか。 ですが、意外と貴方は適性がこういったルーチンワークにあります」
「それはありがとう」
勿論皮肉だが。
当然AIはそれくらい分かっている筈だ。古い時代のAIならともかく。此奴は人間を不可解だと言いつつも。それでも人間以上には人間を知っている。
古い時代のSF何かは、AIが人間の愛だのを理解出来なかったり。AIが合理主義すぎて人間に負けたりしたりする話があったらしいが。
此奴に関しては、そんなものは一切通用しない。
愛なんてものが動物本能に起因していることを全て理解しているし。イレギュラーケースもそれほど山のように蓄えているだろう。
死んだ人間は、生きていた間の思考など全てをAIが保管し、分析しているという話もある。
遺族ですら触れられないブラックボックスにだが。
そういうデータで、どこでどういう感情を抱いたとか。どこでどういう風に快不快を感じたとか。
全て此奴は知っている。
私についてもそうだろう。
人間のパーソナルデータの公開は行われるが、それは犯罪を起こしたときなど。
基本的にパーソナルデータは文字通り本人でも分からない精神の深奥まで握られてしまっている。
だからこそ分からないのかも知れない。
また一つシステムのチェックを終わらせた時には。
AIが同じ作業を、二億システムほど終わらせていた。
私は三つ目に取りかかるが。
AI側は別の作業を始めている。
この辺りは、どうしようもない性能差だ。
「今回は出港しないでずっとこんな事を続けるのかな?」
「そうなります」
「ハア……」
「メンテナンスは重要ですよ。 私もセルフメンテナンスはしょっちゅう行っています」
そりゃあそうだろうなと思う。
あくまで噂だが。話によると、AIのメインシステムは物理的に何処にあるかさえもよく分かっていない。或いは三次元や四次元ではなく、もっと高位次元に存在しているのかも知れない。
SNSにも有識者は今の時代もいるのだが、その話の精度は千差万別。
時々それっぽい事を言う奴もいるけれど。
その次の瞬間には反論されている。
そういう世界である。
地球時代のSNSと、こういう所はあまり変わらないらしい。
「チェック終わり。 それで次は何をすればいいの?」
「目視での動作確認を」
「……」
「これもお仕事です。 これが終わったら休憩を入れましょう」
げんなりしていることを分かっているのか、きちんと飴を与えてくるAI。
私はベルトウェイを使って警備艇の中を移動する。警備艇ですらこの大きさである。更にエレベーターも複数ある。
戦闘の時はダメコンにつかうだろう隔壁もあるが。
そもそも壁などの素材も性質がよく分からないし。
こういった内壁にすらシールドを展開するとかで。まあ簡単にこの船が沈まない所以なのだろう。
私は砲座の中枢システムに潜り込む。
文字通りの大砲が出ている訳では無く。陽電子を電子と対消滅させ、熱を発生させて。それを投射する兵器である。
熱量は凄まじく、小惑星くらいなら瞬時に蒸発させることが可能だ。
陽電子砲というと、陽電子をそのまま放つ兵器を想像する事が多いけれど。実態はこうやって熱を投射する場合が多い。
中枢部分は普段は隠されているのだが。
AIがロックを外して、入れて貰う。
内部のチェック。
昔のSFだったら鼠とかが住んでそうだが。
AI管理のこの船にはゴキブリ一匹いない。むしろ人間が住んでいる区画よりも清潔なくらいだ。
広い部屋の中に複雑に機械が入り組んでいて、その中に陽電子砲のコアシステムが存在している。
この船に搭載している兵器は主砲の他に、陽電子砲とかミサイルとか色々ある。この陽電子砲は、装備の一つに過ぎない。
携帯端末を見ながら、動作確認をしていく。
手動で操作するための端末も存在しているけれど、今は私では無くて前にロボットが陣取って操作している。
円筒形のロボットが、ロボットアームを伸ばして操作しているが。
残像が出来る程の速さなので、此方が介入する事は基本的にない。
私はチェックシートにチェックしていくだけ。
それ以外に出来る事はない。
黙々と作業を続けていき。
チェックが終わる。
ロボットの作業は見事だが、何カ所かに劣化と思われる部分を見つけた。すぐに報告はしておく。
露骨過ぎるので、敢えて私に気付かせるために放置していたのではないだろうか疑惑が更に強まるが。
もう口にはしない。
人間を鈍らせないためにやっているというのなら。
まあ鈍らないように、気付けるところは気付いてやる。
それだけである。
停泊したままの警備艇の作業はまだ続く。
私はエンジン部分に潜り込んでいた。
エンジンは空間転移を可能にするという事もあって、炉の形状が色々と不可思議な形をしている。
昔のSF系の作品では、これらに工夫を凝らしたものだが。
今私が見ているのは、筒をたくさん重ねて束にしたような形状で。それが多数の球体とつながっていた。
仕組みについては前に説明されたことがあるのだけれど。
おおざっぱにどういう機能があるのか。どう使うのかは分かるが。
具体的な仕組みについては難しすぎてよく分からなかった。
手にしている携帯端末で、出来る事は大体知っているが。
それが何故出来るかは分からない。
そういうのと同じ話だ。
指示通りに、チェックをしていく。
こんな中枢部分だ。劣化とかはないだろうと思ったけれど。一箇所、ゴミが落ちていた。拾おうかと思ったが、即座に警告が来る。
「この区画に落ちているものは何があるか分かりません。 触るのはやめておいた方が良いでしょう」
「……私がこういうのを触るかどうかもひょっとして審査したりしてる?」
「人間には様々な個性があり、それはあっていいものです。 別に触ろうとする行動自体は問題がありません。 ただ触ってしまうと健康被害ではすまないので、私は止めるだけです」
そうかそうか。
それはお優しいことだ。
ロボットが来て、ゴミを回収していく。
なんのゴミだか、そう言えば良く分からなかった。いずれにしても、下手なものには触るなと言う事か。
まあどっちにしても、下手な事は出来ないだろう。もしも私が不意に発狂して暴れ出したとしても、秒でそれを感知して止めるだろう。
AIにはそれが可能。
いや、多分秒も掛からないか。
黙々と作業を続けていき。
程なくして、炉の確認は終わる。
ただ炉は一つでは無い。他にもある炉を見に行く。
さっきよりかなり狭い空間で、チェックをしていく作業は何というか狭苦しくて好きじゃ無い。
むっつり黙り込んで作業をしていくと。
やがてAIから指示があった。
「もう少し上の方のチェックをして貰います」
「炉から出られるの?」
「いえ。 炉の天井付近です」
「そういう上……」
ダイソン球には重力がある。
当たり前の話で、恒星の至近だからだ。
1Gに保たれているが。
もっとGが強烈な星の出身者のために、時々ブーツや床などに工夫をして、Gが掛かるように調整する事もあるとか。
ジェットパックなどを使うのでは無く。炉がゆっくりと回転を開始する。
内部で回転も出来るのか、この炉。
いや、警備艇の内部システム全部をこんな風に動かせるのかも知れない。
そういえば、この手の警備艇は腐るほど作られている訳で。
多分パッケージ化した部品を、山のように生産して、それを用途ごとに個別に組み合わせている筈だ。
ならば、これくらいは容易なのかも知れない。
「回転をさせていくので、少しずつ移動していってください」
「……」
簡単とは言え稼働コストは相当膨大だろうに。
私の仕事のためだけにこんな事をするか。
本当に分からん。
とはいっても、私だけがこんなことをさせられているのではなく、他の人間もみんな同じである。
それについては、色々な事例を見て知っている。
だから、私は何も其所に関しては文句は言わない。
文句は言わないが、呆れる。
それだけである。
天井付近のチェックを開始。
埃などは付着していないし。システム周りも全部あらかた綺麗だ。ただ、またなんかゴミが挟まっている。
細かいゴミだが、触らないようにと言われたばかりだ。
だから、指摘だけする。
すぐにロボットが来て回収していった。
どんな経緯でここにゴミが挟まったのかはさっぱり分からない。此処は気密室も良い所だろうに。
一通り作業が終わった後、レポートの作成に掛かる。
これも定型文に当てはめていくだけ。
なんなら携帯端末をかざして、結果を全部テンプレに一瞬で移す事だって出来る。
ただ今回は手入力をしろと言われたので、そうする。
これも仕事だ。
仕事は、休憩を一回挟んだ後、一日がかりになる。
それが終わった後、やっとこの停泊中の忌々しい警備艇から解放された。
宇宙港に出た後、四日の休みを貰う。
景気よく休みをくれるのは良いのだけれど。今回の仕事は、何かもの凄く消耗した気がした。
ルーチンワークは向いている
そうAIは私に言ったけれど。
本当にそうなのだろうか。
或いは、そういう風におだてて、様子を見たのではあるまいか。
そもそも私が今まで上げてきた業績とか、何もかもがコントロールされているのではあるまいか。
そういう疑念もある。
ただ、人間の五月蠅い上司がいる場合よりは遙かにマシだとも思う。
私も地球時代の文化も、ある時期から興味を持って見ている。
AIは文化の保全に熱心で、あらゆるデータがしっかり保存されているから、見る事も出来る。
そういう保存されたデータを見て。
上司と部下というシステムには、大きな問題があると私は感じた。
特に感情で相手を判断するタイプの上司はあらゆる意味で最悪で。
最終的にイエスマンだけで周囲が埋まることになる。
階級制度というのはそういう点一つをあげても欠陥だらけで。
はっきりいって、それを今更やるくらいなら、今のシステムの方が遙かにマシだとも思うのだった。
自室にやっとつく。
どっと疲れたので、ベッドに横になって寝る。風呂に入るより先に、今は眠りたい気分だった。
四日の休みなんて、すぐに終わる。
嫌になるまで眠ってから。
それから起きだして、ぼんやりとSNSを見た。
自分の推しのデジタルアイドルが、何かフェア的なものをやっていた。
退屈なので、それを見る事にする。
なお私の推しは、人間型ではないので、性別もない。
一万年ほど活動しているデジタルアイドルらしく。数世代にわたってファンをしている人間もいるそうだ。
それにしても、良くも一万年も活動できるものだなと。そのデジタルアイドルの活動を見る。
これも多分独自生成されたAIによるデジタルアイドルなのだろうが。
視聴者や自分のファンに対してどう振る舞えば良いのか、自分なりに徹底的に研究しているという事だろう。
大したものだなと思いながら、横になってポテチを食べる。
仕事は終わったし。
今はぼんやりしたい。
ましてや、何か今回の仕事はとても疲れたのだ。
アイドルのイベントを見終わった後は、風呂に入ってまた眠る事にする。疲れを取るには、やはり眠るのが一番だった。
4、警備艇の警備艇らしくない仕事
休日が終わって、私は出勤する。
職場は相変わらずガラガラ。どうやらAIは出張させるか、また警備艇で皆を缶詰にしているか。
そのどちらからしい。
まあ兎に角デスクについて、自分のやるべき事をチェック。
軽く書類を作って提出した後。
そのまま、AIの指示を待った。
比較的すぐ、AIの指示は飛んできていた。
今回は、随分遠い宇宙港へのお出かけだ。
ダイソン球は文字通り恒星を包んでいる存在。400ある宇宙港の距離は、一番離れているものだと、当然とんでもない距離がある。
宇宙港から、輸送船で移動した方が早い場合もあるが。
こう言うときは、個人用の短距離空間転移を用いて移動する。
この空間転移装置は悪用しやすいので、AIが許可を与えた場合にしか利用できず。今回はその許可を与えた場合である。
この手の同一地域内での空間転移は、あまり私も経験がない。
いわゆるシャトル的な小型宇宙船は、AIもあまり運用していなくて。
移動する時は、豪快に巨大な輸送船を用いるか。
或いはベルトウェイや電車で移動することになる。
これらでの移動がとても無理な状況だから、今回は空間転移を使ったわけで。
正直戦艦の中で軍人していた時も、内部の移動はベルトウェイと電車で充分だったので。
中々に貴重な体験だ。
現場近くに到着。
空間転移に用いるポッドから出ると、自分が自分のままである事を確認。
原理は警備艇がやる空間転移と同じで、ものがその場に存在する確率を操作して転移させるという。
私はよく五体満足なまま転移出来たなと感心するが。
それでも転移出来たのだから、可とするべきだろう。
理屈を説明されても、何というかおっかないのである。
まあそれについては仕方が無いとは言えるが。
「このまま移動をしてください」
「ういー」
今度は電車で移動。
そもそもダイソン球の何カ所かに、この空間転移ポッドは存在するらしいが。年単位で使われないらしいので。或いは帰りは別のポッドを使うのかも知れない。
兎も角電車を乗り継いで、ベルトウェイで移動する。
携帯端末以外はほぼ荷物なし。
今の時代は、余程の私物以外は現地でAIが用意してくれるものを用いる。それが普通である。
程なくして、宇宙港に到着。いつもと殆ど真逆。要するにダイソン球の反対側にある宇宙港なので、ちょっと空の雰囲気が違う。
同じ銀河系でも、此処は地球がある辺りとは随分離れているので。
空の光景も当然違って見える。
昔は銀河系の中心部がまぶしすぎて、その向こう側に何があるか観測できなかった時代もあるらしい。
その観測できなかった空が、今見えているというわけだ。
警備艇に乗り込む。
いつもの警備艇とだいたい似たような構造である。
管制室に入り、指定された席に着くと。
意外な事に、警備艇は出港した。
やれやれ、今度はシステムチェックでは無いんだな。そう考えて少しだけ安心したけれども。
すぐに意味が分からないことを言われた。
「この警備艇は、これから警備艇で艦隊を組んで行動をします」
「単独行動が基本の警備艇が艦隊行動!?」
「はい。 基本的には行わない事ですが、だからこそたまにはやっておくべきだと判断しました」
「へ、へえ……」
そうしている内に、ダイソン球の各地から出港してきたらしい警備艇が集まり始める。200隻ほどもいるか。
乗っているのは皆警官だろうか。
いや、そうとは限らない。
そもそも人間が乗っていても、艦長のような事をする訳では無いのである。警備艇でも同じだ。
軍艦でも、である。
「これから、戦闘艦を凶悪犯が乗っ取った前提で、模擬戦闘訓練を行います。 それぞれは指示に従って動いてください」
「戦闘艦を!?」
「あり得ない事ではありますが。 実際に起きたときの対応力のテストです」
ああ。
昔のSFだと、ゴミのように蹴散らされて、万人単位の死者が出る奴だ。
そのまま二百隻の警備艇は恒星系を出て、そのまま外宇宙に。カイパーベルト地帯すらも出て。
そして何も無い空間に出た。
其所に、戦艦が来ていた。
戦艦である。
警備艇とは桁外れの大きさだ。
いきなり戦艦が発砲した。それに対して、密集した警備艇が集まって、シールドを形成する。
勿論AIが全部やっている一人芝居ではあるのだが。
ぞっとする。
あの主砲の火力を知っている人間としては、はっきりいって直撃を受けるのなんて、想像もしたくない。
指示が来る。
なんとこの状況で、船内のチェックをしろ、ということだった。
主砲の二射目が来る。
下手をすると恒星系を消し飛ばす火力の主砲である。
「作業をしてください」
「ちょっとまってまって!」
「いつになく慌てていますね」
「それは慌てるに決まってる!」
主砲がぶっ放される。
思わず顔を庇ったが、勿論主砲が直撃していたら、それこそ何も分からないうちに原子レベルで消滅していただろう。
警備艇の艦隊で対応出来る出力で、主砲を撃っているのか。
それとも、警備艇でも二百隻集まれば、戦艦の主砲を中和できるのか。
それは私には分からない。
いずれにしても生きた心地がしない。
心臓が飛び跳ねた気がした。
ともかく、管制室にいるよりはマシだろうと思ったが。チェックする場所を見て真顔になる。
外にもっとも露出した砲台の状態確認だ。
殺す気か。
そう思ったが、よほどAIは事故が起きない自信があるのだろう。
今度は警備艇が攻撃を開始。更に砲撃戦をしながら、接近していく。
ほどなく戦艦を艦隊が包み込む。戦艦も、警備艇同様山ほど武装がついていて。特に今回は実弾兵器こそ使っていないものの、陽電子砲や高出力レーザーは容赦なく撃ってきているようだ。
それが至近で炸裂したので、私は思わず頭を抱える。
やがて接舷した一隻の警備艇から、警備ロボットが戦艦に突入。しばしして。大人しくなった。
荒く呼吸をつきながら、チェックを終わらせたことをAIに報告。
AIは今まで自分がやらかしていた事を気にもしていないのか。ありがとうございますと機械的に答えた。
「訓練は上手く行ったようで何よりです」
「……」
割と本気で殺意がわいたが。
もう気にしない事にする。
今回の訓練はこれで終わりであるらしい。私は本気で疲れたが。それ以上のコメントは避けることにした。
(続)
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