宇宙警備隊の憂鬱な日々

 

序、本部に勤務

 

此処はあと数千万年ほどで超新星爆発を起こしてしまう星を囲む設備。いわゆるダイソン球である。

この星が発する無尽蔵のエネルギーを吸収して、全て動力に変えているのだ。

それにより超新星化を遅らせ。

超新星になった後は、それはそれでシステムを切り替え、ブラックホールか中性子星か分からないが。どちらにしても、漏出する膨大なエネルギーを活用する。

これがこのシステムである。

地球人が銀河連邦に取り込まれて、その一部になってから既に二万年が過ぎている。

地球人は決して銀河連邦の中では評判が良い種族では無い。真面目では無い。不正ばかりする。犯罪大好き。法の隙間ばっかり突きたがる。エゴイスティックすぎる。

そういう評判はあながち嘘では無い。

だが銀河連邦では、種族に対する分け隔てなく能力と実績を見て適切な仕事を与えるし。

仕事がなんにもできない人間には、相応の補助システムを与えて社会を動かすために協力してもらう。

更に中枢管理システムは超高精度AIで。

基本的に政治の腐敗は存在しない。

アンドロメダにも似たようなシステムが存在しているらしいが、ここ億年単位で戦争が起きたことはない。

要するに、それだけ進歩したシステムだと言う事だ。

私は本部の長いベルトウェイを進む。

背丈は普通。

髪は腰まである。長く伸ばしても、家でAI制御の設備がすぐに手入れしてくれるからだ。別に伸ばしても困らない。

また機械の殆どがAI制御の今の時代。

髪が巻き込まれる事故も起きない。

途中すれ違う相手には銀河連邦式の敬礼を返す。

元々地球方面軍の軍人だった私は、こっちに出向してきて日が浅い。

地球人にしては真面目、ということと。

銀河連邦でも目をつけていた超凶悪犯を逮捕した事から昇進人事があり。

憲兵からこっちになったのだ。

正直陰湿な憲兵よりも、実際の警官の方が良いなあと思っていたから。個人的にはこの仕事は嬉しい。

それに仕事はホワイトだし。

方面軍の一部は、未だに地球の独立云々を真面目に考えている輩がいてうんざりする。

経済破綻に資源の枯渇から助けてくれた銀河連邦に対して、どうしてそんな風に考えられるのか正直理解しかねる。

放置していたら、後十年ももたなかっただろうに。

貴重な知的生命体だからと助けてくれたのを、仇で返す輩は確実に存在しているのである。

情けない話だった。

ベルトウェイから降りて、エレベーターに乗る。

これでも極限まで簡略化しているのだが。

それでも一応戦闘になった時を考慮して、一部の道はそこそこに曲がったりしているのがこの施設。

ハイパーテクノロジーに満ちていても。

それはそれ。

どうしても、世界には犯罪があるのだ。

ほどなくして、目的の部屋に到着。

仕事場だ。

カードをかざしてドアを開け。更に内部で認証を受ける。その後、部屋の中に入る。

種族も雑多な人員が、それぞれデスクについている。

この部署だけは、リモートで仕事というわけにはいかないからである。

自席に着く。

地球の昔では、体育会系のノリで会社が動いていて。

挨拶の声が小さいとかの理由で会社を辞めさせられる人間がいたらしいが。

流石に此処でそんな事はない。

自席につくと、サポートAIが仕事を指示してくる。

「おはようございます、篠田警部」

「んー、おはよう」

年を取らなくなった今の時代。

生物の摂理に沿って年を取る事も自由にできるが。

私は年を取らない方を選択した。

噂によると千年生きている地球人もいるらしい。

私はまだ三十年ほどだが。

肉体の年齢は十六の最盛期を維持している。

「仕事が入っています。 全てを把握してから、現場に向かってください」

「了解」

面倒な上司からの指示も必要ない。

それぞれが、AIから支援を受けつつ仕事をする。

それが銀河連邦で行われる仕事だ。

どうしても、個人の技量が影響してくる上司と部下という関係とは違い。中枢AIに全てが管理されているシステムでは、上司が潰されても問題は起きない。

しかもこのAIは、システムが完全にブラックボックス化されており。

そもそもファイヤーウォールの時点で、到達できた存在は今までいないという代物である。

どうも先時代文明の産物らしいのだが。

詳しい事は私もよく分からない。

中身は神その者ではないのかという噂まであるらしいが。

指示が機械っぽいので、その線は薄そうだと私は考えている。

指示の内容を理解。

理解出来なくても、AIが適宜アドバイスをしてくれる。現場に出向かなければならないのはちょっと面倒だが。

まあそれも仕方が無いだろう。

まずは武器庫に。

装備類を全て確認。ショックカノンを手にする。これは基本的に調整が可能で、その気になれば小型の宇宙艦艇くらいなら装甲をブチ抜ける。一方で犯罪者は気絶に抑える事も出来る。

見た目はハンドガンだが。

見た目通りの武器では無いと言う事だ。

なお威力にしても使用状況においても、複数のAI認証を経て用いるので。今だ歴史上一度も犯罪者に奪われた事もないし。悪用されたこともない。

地球時代だったらこうはいかなかっただろうが。

ここは地球ではないのだ。

悪用を目論んだ奴はそれこそ星の数ほどいたらしいが。全て失敗している。

特に銀河連邦に地球が加入した直後は。

悪い事をする気満々の地球人が、それこそゴールドラッシュ時のような気分で他の星系に出かけていったらしいが。

その全員がコテンパンにされて。

犯罪をそもそも出来ず。

犯罪を起こした場合は逮捕され。

一人も帰ってくることが出来なかった。

その上地球でもすぐに銀河連邦のルールが敷かれ。

一時期はAIによる独裁だとか声が上がったらしいが。

それもあまりにも便利で。その上自主性を最大限に許容してくれるAIのあり方もあって、すぐに声はなくなった。

ただそれでも、今でも地球人の犯罪者や。

過激派のテロリストが存在するのは事実である。

銀河連邦でも、これ以上先鋭化する前にさっさと取り込むべきだと声が上がった結果、地球を連邦に組み込んだらしいが。

その際には色々ともめ事があったとも聞いている。

ただ、私の世代にはあまり関係がない話である。

私は淡々と、これだけ進んだAIがいても起きる犯罪を潰す。

それだけだ。

指定の場所に行く。

迷った場合は、AIがすぐに指示を出してくれる。

別に迷う事もなく、宇宙港に。ダイソン球の周辺施設は、当然ながら下手な惑星よりも広い。

ベルトウェイや、或いは電車を乗り継いで移動し。

確かこのダイソン球だけでも400あるとかいう宇宙港の一つに到着。

ロケット燃料なんて有害なものは使わない。

マスドライバーでの打ち上げである。

宇宙船は一万人程度を収容可能な規模であり。

それには雑多な服装の、雑多な種族の宇宙人が乗っている。

周囲にはあまり興味を見せる人もいないし。

それぞれに個室が与えられるので、声が大きい他人に煩わされることもない。

古い時代は満員電車なんて地獄みたいな代物があったらしいが。

この宇宙船は充分にパーソナルスペースが確保されている良いものだ。

良いものだから、私としても嫌いじゃなかった。

こんな時代でも、人間が働く理由はたった一つ。

幼い頃に教育を受けるのだが。

人間というレベルにまで到達した知的生命体は、何もしていないと鈍ってしまうのだという。

それで適性にあわせた仕事をそれぞれに見繕い。

場合によっては足で出向き。

場合によっては部屋からリモートで仕事をする。

それぞれにあった仕事を、適性を見ながらAIが用意してくれる。

それが今の時代。

私の場合は、たまたまパトロールだったというだけ。

なお生身の警官も結構いるけれど。

ロボットの警官もたくさんいる。

基本的に私はある意味、荒々しい素質を持っていたのかも知れない。

そうでなければ。こんな仕事をAIは選択しなかっただろうから。

元は軍人だったことからも。

私の仕事については、何となくそういうものだと納得している。

地球方面の軍人だった頃から。

戦争なんてものは起きないと分かっていても。

それでも、いつか銃をぶっ放せるのでは無いかとか。

激しい宇宙船同士の戦いを行えるのでは無いかとか。

そういう事は考えていた気がする。

もしも、もう少し前の時代に産まれていたら。私は山師に混じって悪さをするために、銀河連邦の星に出向いていたのかも知れない。

其所で捕まって、牢屋に放り込まれて矯正されていただろう。

洗脳されると犯罪者が騒ぎ立てていた時期もあったらしいが。

それも今はない。

利便性は全てを超越する。

実際問題、今の時代地球で不満を口にしてテロに走る人間はいないし(予備軍は燻っているが)。

たびたび行われていた学校での銃乱射事件や。

閉鎖的村社会が原因で起きたスプリーキラーの発生。

逆に殺人を地域ぐるみで隠蔽したりとか。

そういった邪悪な事件は起きなくなり。

地球人が「自主性」で地球を回していたどの時代よりも幸福度は高いと聞いている。

結局、そういうことだったのだと思うと。

何とも言えない。

個室に入ると、ぼんやりと出向く先の星を見やる。

そもそも私が所属している組織は、軍より更に小規模。武装も軽度。ロボットによる鎮圧部隊もいるにはいるが、年に一度動くか動かないかだと聞いている。

私の場合も、犯罪に対応する事よりも。

既に犯罪を犯した人間の、やった事を調査する事が多い。

現地にまで出向くのはそれこそ滅多にないことで。

今回は珍しい出向だ。

髪を掻き上げると。

軽くSNSに触れる。

ユーザーが4兆に達するSNSであり、恐らく銀河系随一のSNSだ。膨大な情報が出てくるが。

これといって、気になるニュースは無い。

こんな時代だから、適性があるからアイドルになる奴は、それこそ億単位でのファンが出来たりするのが普通だったりするのだが。

そういう奴が、珍しくもないので。特に気にする事もない。

SNSは恐ろしい程の機能を内包した総合ツールになっていて。

あらゆるコミュニケーションツールとして機能している。

ざっと対戦型の簡単なゲームをプレイし。

そのまま遊び終えて、後は寝ることにする。

自室ほどでは無いが、宇宙船の個室は大変に快適で。

文句はつけようがない。

ほどなく、自室内だけで聞こえるように調整されたアナウンスが流れていた。

「これより本艦は空間転移に入ります」

勿論答える必要はないし。

シートベルトの類も必要ない。

銀河連邦が来た時、地球側がそうそうに抵抗を諦めたのは簡単である。

当時地球が持っていた最大の攻撃兵器である水爆でも、ダメージ一つ与えられない相手だったからだ。

勝てないと判断したから、当時の地球の首脳部達は降伏を即決し。

それは結果として、良い結末につながった。

勿論連中は利権を失いたくなかっただけだが。

地球にとっては良い決断だったのだろう。

地球を焼け野原にしてまで抵抗しても、何の意味もないし。

そもそも相手は悪辣な侵略者でも何でもなかったのだから。

空間転移はいつの間にか終わっており、50光年ほどを飛んで幾つか先の恒星系に出ていた。

これはそれほどの長距離を飛行する宇宙船ではないので。

まあ空間転移するのはこの程度の距離だ。

現在銀河系で、客船として利用されている宇宙船は、最大でも1000光年くらいしか空間転移できないらしいが。

軍の船は噂によると、一万光年の空間転移が可能だと聞いている。

お隣のアンドロメダの巨大政府とは仲良くやれているので、今の時点では戦争の恐れはないが。

もしも別の銀河で攻撃的な文明が出現して。

それが攻めてきた場合、というのには備えているのだろう。

銀河単位での戦争が起きた場合には、万光年単位での空間転移が出来なければ恐らく話にならない。

ごく当たり前の判断だと言える。

私はSNSも飽きてきたので、寝る事にする。

寝ると呟くと、そのまんまAIが座席を倒したり、寝やすい温湿度に環境を調整してくれる。

現地に到着するまで、後六時間ほどの猶予がある。

それまでは寝て過ごすか。

案の定、環境が完璧だから、すぐに眠くなってきた。

昔だったら、ブラック労働で滅茶苦茶にされていただろう体だけれど。

今は至って快適である。

あくびをすると、そのまま眠りに入る。

現地に着いたらどうせ起こしてくれるので。気にする必要は一切無い。

眠っている内に、夢を見た。

私は地球時代の文明で働いていて。

理不尽極まりない上司の暴言で心身を壊してしまい。

やがて寝込むことになった。

一度壊れてしまうと、後はどうにもならない。

それから人生を十年ほど無駄にして。

社会復帰した頃には、何もかもが分からない状態になっていた。

そういう人間が周囲には山ほどいて。

人生を壊した輩は、何の罰を受けることもなかった。

そんな時代に生きていた人間が、今の地球人を見たらディストピアだとか、飼い慣らされているだとか、嘲笑している。

私からすれば、そんな時代よりよっぽどマシだと思うのだけれど。

分からないものである。

結局の所、思うままに暴力を振るいたいから無法を肯定したいだけで。

自分に都合が良い環境を保持したい。

それだけが、そんな事を口にする連中の心理なのではあるまいか。

私は夢うつつの合間に、そんな風に考えるが。

目が覚めた時には、何もかも忘れていた。

丁度到着の三十分前に起こされた。

昔で言う揚陸艇みたいな形をした宇宙船の内部で、荷物をまとめて移動をする。この船だって、決して小さくないのだ。

やがて昇降口に着くと、後は現地に到着するのを待つ。

到着。

音もなく。

揺れも無い。

そのまま降りる。コロニーの内部だ。まだ開発がそれほど進んでいない星。こういう所では、まだ犯罪が起きる。

AIの支配を拒否して、アウトローを気取るような奴は非常に希だ。

まだ未完成なシステムを狙って、悪さをする奴が出ると言うのが大半の場合である。

今回はそのパターン。

ただ、犯人自身は既に捕まっていて。今回は立件のための資料整理に直接出向いてきている。

彼方此方で建築用の機械が動いていて。

膨大な機材が運ばれている。

この星の環境調整も行われているのだろうが。

その前に、中枢となるコロニーを作り。

人を呼び込むのが先だ。

どの種族にも関係無く、人口がほぼコントロールされているとは言え。それでもフロンティアはあった方が良いし。

何より4000億に達する恒星系である。

きちんと管理した上で、拠点は彼方此方に的確に作った方が良い。

それが文明としての形になるし。

邪悪な犯罪者が逃げ込む場所を減らす事にもなる。

AIに指示された地点に向かう。

どうやら、現地の警察のようだった。

小さなビル。

それで全てだ。

 

1、寡黙な職場

 

警察の内部は閑散としていた。まあ今の時代は、珍しくは無いか。

警察の規模がそもそもあまり大きくない。

AIによっての管理がしっかりしているため、そもそも犯罪というものと人間がかなり分離されてきているのだ。

誰でも犯罪くらいやっているなんて時代が、地球時代にはあったらしいが。

それも今では過去の話だ。

一生犯罪と縁がない人間の方が圧倒的多数、というのが今の時代。

それも無理矢理矯正されているわけではなく。

殆どの場合は、それぞれみんな幸福を甘受していて、犯罪なんかしようとも思わないのである。

ホームレスという言葉を私が知ったのは偶然からだ。

要するに、それが死語になるほど、今の文明は幸福度が高い。

この社会を壊してそれぞれの自立自尊をと声高に叫ぶ活動家もたまにSNSに現れたりするが。

誰も賛同しない。

まあそれはそうだ。

今の時代が大変幸福である事は、誰もが肌で感じているのだから。

用意されていたデスクにつくと、資料について確認。

実物を見に、部屋に移動する。

八階建てのビルだが、途中で見たのは、廊下を行き来するロボットの警官くらい。それも人間型では無い。基本的に円筒形のものばかりである。

証拠が保管されている部屋に到着。

資料をざっと確認する。

見ながら、チェックを入れていく。

どれもこれも、骨董品のような代物ばかりだ。

銃。

ショックカノンではない。なんと火薬式の銃である。

火薬式の銃なんて、宇宙時代では当然使われていない。電気式のレールガンですらも、そもそも個人携帯用では使われない。ショックカノンが多用途で利便性が高いため、一部の人間がAIの管理下で使っているくらいである。

更に言うと、仕事着などでも火薬式の銃くらいなら防げる防御シールドくらいAIが自動発動するので。

そもそも無用の産物だと言える。

これは地球産の銃か。

ライフルという長い奴だ。

こんなに長くて、持ち歩きも隠すのも大変だろうに。

そう思って調べると、コレを持った兵隊が列を組んで戦っていた時代があったらしい。ばたばた死んだんだろうなと、私は暗澹たる気持ちになったが。そのまま調査を続けていく。

丸いものがある。これは何だ。

調べて見ると、手榴弾だそうである。

ピンを引き抜いてから一定の時間で爆発する。

そうか、そういう武器か。

勿論爆弾は現在も存在するが、こんな不安定な代物ではない。

メモをしながら、データを記録していく。

他にも幾つか。

ボロボロの衣服。

犯人が身につけていたものだ。

犯人は、この星に来て、まだ建築途上の区画を彷徨き。

そして金を持っていそうだという理由で、若いフォードルド人と呼ばれる種族を襲った。

地球人に比べて小柄な種族で、身体能力は低いが。その分脳の容積が大きく、非常に頭が良いことで知られている種族である。

一方犯人は地球人で。

AIを毛嫌いしてサポートを受けず。そのまま役所に行くだけで申請が受けられて以降は家で暮らす事も出来るのにそうせず。

ひたすら犯罪を重ねながら彼方此方の星で迷惑を掛けている人物である。

これらは、証拠品などを見ながら同時に情報として得たが。

それにしても迷惑千万とはこのことではあるまいか。

呆れて苦虫を噛み潰す。

犯人が使ったものや。身につけていたものなどは全て確認した。

なお犯人はその場で即座に取り押さえられ、連行されたわけだが。

自由を、自由をとずっとわめき続けていたらしい。

自由、か。

弱そうに見える相手を襲って、金品を強奪。場合によっては命を奪うことも自由だという訳か。

勝手極まりない理屈だ。

古い時代、虐めはあって当然で、される方が悪いとか言う理屈を口にする畜生以下の阿呆が存在していたらしいが。

それと同レベルだなと、私は呆れる。

他にも所持品を確認。

落ちていたのを拾ったらしいもの。

骨董品の硬貨などがあるが、今ではマニアが使うだけのものだ。

現金は今でも使われているが。

それは停電などが起きた時の対策のためである。

こんなすぐにでも真似できる硬貨なんか、それこそ今ではマニアが収拾する以外になんの価値も無い。

ゴミ捨て場にうち捨てられていたものを集めたらしい。

これが自由の結末か。

頭を掻きながら、次の資料。

殆どがゴミとがらくただらけだ。

それでいながら、こんな長くて威圧的な銃を振り回して。

自由人を気取り。

AIに支配されていない格好いい自分に酔っていた訳か。

その挙げ句に他人を襲撃して、金品や命まで奪おうとしたと。

これは一生牢屋行きで良いのではないかと思ったが、それを決めるのは残念ながら私ではない。

資料のデータをまとめると、デスクに移動。

途中、一人だけ人間とすれ違った。地球人の半分くらいしか背丈がなく、多数の触手で歩くビニム人だ。

ビニム人は頭足類に近い身体構造をしている種族で、海に近い場所で文明を構築した存在らしい。

詳しい事は分からないが、銀河連邦の中でもかなりの古参種族で、どこの開拓惑星でも見かける。

なんでも好奇心旺盛らしく、開拓惑星が作られていく様子を見るのを好む者が多いそうである。

あれもそういう奴なのか。

それとも警官なのか。

警官をしているのが、そもそも今の時代犯罪なんて割に合わないにも程がありすぎる事をやっている変わり者をみるためなのか。

それらは全て分からない。

いずれにしても、そのビニム人は私に興味を見せなかったから。

多分地球人を見た事があって。

以降興味を失ったのだろう。

デスクにつくと、資料をまとめ始める。犯人の顔も途中で出た。不衛生である事が一目で分かる中年の男性で。痩せこけた長身の人物である。

犯罪歴も中々に壮観だ。

様々な開拓惑星に渡っては、強盗殺人未遂、強姦未遂、殺人未遂、警官への発砲など。地球人の恥だと思ったが、個人的にはもうどうでもいい。

とにかく経歴を洗っていく。

AIに救われなかった過去でもあったのだろうかと思って調べていくが、どうも地球にわずかに残っているカルト教団の出身のようだ。

自由を口実に、あらゆる犯罪を正当化する集団の出身らしく。

最初に犯罪を犯したのも開拓惑星。

それ以降、十二件の犯罪を犯している。まあ、なかなかの悪い意味での強者である。

もうこれは取り返しがつきそうにないなと、ため息をついて。

資料をさっさとまとめる。

基本的に全て定型文があるので、それに当てはめるだけである。

昔はこの手の資料は、職場事にローカルルールが存在したりしていて、意味不明な代物だったらしいが。

今の時代は定型文に必要とされる最低限の情報を入れるだけ。

AIが補完してくれるので。

資料については、そもそも人間がいじれる部分もない。

それは逆に人間が不正も出来ない事を意味していて。

文明の健康度を上げる理由にもなっていた。

犯人への聴取はどうしているのだろうと思ったら、さっきのビニム人が行っているらしい。

いずれにしても、もしも無理と判断したらAIが代行するだろうし。

私には関係がない話だ。

出張作業はこれで一段落した。

AIによって指示が出る。

一応警官がいるというだけで抑止力になる。数体のロボット警官と一緒に、開発がまだ途中の地区の見張りをしてほしい。

頷くと、武装して、そのまま出る。

ロボット警官が数体警察を出ていくが。私についてくる訳では無い。

それぞれ個別にAIが指示しているので、もうそれぞれが一見するとバラバラ滅茶苦茶に動いているのだ。

だがその実、実際には緻密極まりない計算の上に全部が動いていて。

私もその例外ではない。

指示通りの経路で歩いて行く。

途中、此方を見る非好意的な視線も感じたが。

流石に開拓途中の惑星では仕方が無い。

ああいう前世紀の遺物みたいな犯罪者が出る場所である。

だから、やむを得ないとも言えた。

こういう所には、AIの指示で仕事に来るか、或いは自分の意思で興味本位に来るか。或いは最初から悪意があってくるか、色々あるが。

そもそも開拓が終わっている星は、AIによる監視網があらゆる全てを覆っているので一切隙が無く。

犯罪なんかやりようがない、というのも理由としてあるらしい。

まだ数少ない犯罪者も、それを利用しているらしいのだが。

長年逃げおおせている犯罪者がいると聞いた事はないし。

AIの監視が緩いのを利用して犯罪を目論む変人も。99パーセントは途中で無理と判断して諦めるという。

ただ、それらを諦めさせるためにも警備はいる。

私は銃を何時でも撃てる体勢のまま移動。

これでも伊達に元軍人をやっていない。

周囲に気を配りながら、所定の位置に着く。

服を瞬時にAI制御で切り替える。

服そのものを造り替えたのではなく。

服の表面を操作して色彩などを変更し、警官の制服に切り替えたのである。今の服はそれくらい便利なものなのだ。

しばらくは、周囲を睥睨して抑止力として活動する。

私としても、このぴりついた感覚は嫌いじゃない。

周囲の人間は、あまり好意的に此方を見ない。

警官なんて高リスクの仕事をする人間、変わり者に決まっている。

そういう視線が大半だが。

面倒なのがいる。

そう思って、舌打ちしている奴もいた。

犯罪者が捕まった、と言う事で。周囲の空気がひりついているというのもあるのだろうが。

それでも、やはり警官そのものがあまり歓迎されていない様子だ。

地球時代には、腐敗した警察は犯罪組織と積極的に関わったり、或いは走狗になるケースすらあったらしい。

とはいっても、今は悪事をやりようがない。

特にAI制御下で仕事をしていると、そもそも悪事なんてやる隙が無いので。

警官に関しては、恐らく地球時代の文明なんかとは別物である。

規模が小さいのも、それで対応可能だからだ。

四時間ほど、AIの指示で位置を移しながら周囲の調査を続ける。

観察を続ける限り、まだ未完成の街の一角には、ごみごみした連中が集まっている様子である。

地球人も少なくない。

どうしてこう、地球人の評判を落とすようなことばかりするのか。

頭が痛くなるが、ただ見た目が怪しいと言う理由でしょっ引くことはしない。ただ私が見ているものはAIも見ている。

既に問題があるようならマークされているだろう。

「そろそろ休憩に戻ってください」

言われて、そのまま署に戻る。

相変わらずがらんがらんの署だが。デスクにつくと、仕事が来ていた。

この惑星に来ている犯罪者候補者のリストだ。

候補者、ということは犯罪をしていない人間だが。

過去に犯罪歴があったり、装備などから犯罪を行う可能性があったり、或いは犯罪を実行しようとして諦めた人間である。

勿論それだけでは逮捕されないが。

このリストに登録されるような人間は、余程の連中である。

殺人事件は、もう年に数回起きるか起きないか、というレベルで押さえ込まれているという話は聞くが。

それにしても、この連中が揃ってきているとなると。

何かあるのかも知れない。

軽くデータを調べてみる。

大物犯罪者の痕跡がないか、である。

昔のような犯罪組織というものは、現在は存在しない。

そんなもの、作ろうにもすぐに潰されてしまうし。社会自体が犯罪が割が合わないものになっているからだ。

政治や社会が未完成で不安定だと、犯罪組織が跋扈する環境が整えられていたりするものなのだが。

それにしても今の時代は犯罪はリスクが高すぎる。

ただ、それでもAI制御されている場所を巧みに逃れながら動いている大物と呼ばれる犯罪者はいて。

確か私が知るだけでも三人いるはずだ。

誰かこの星に来ているかも知れない。

リストアップされたデータを調べて、そいつらとの関わりがないか調べて見るが。どうも過去に接点があったりとか、そういう情報はなさそうだ。

AIから指示が出る。

「もしも、この星での継続任務を望むのであれば、申請します」

「……それは喜んで?」

「分かりました」

此方としても、刺激はほしい。

私だって変人の一人だ。

周囲からさっき向けられた視線は、けっしておかしなものではない。今の時代、リスクが高い仕事をする方がおかしいのである。

つまり私は好きこのんで警察なんて高リスクの仕事をしている変人である。

それは自分でも分かっているので。

こういう環境は大歓迎だ。

デスクに貼り付くと、資料を更に見ていく。

もしも大物が来ていて、それが故に犯罪者が活性化しているのだとしたら、何かしら痕跡がある筈だ。

それを探し出す。

権限の全てを利用して、データを確認していく。

どうじに、此処で捕まった犯罪者の聴取記録も調べる。

調査によると、自由がほしい。お前らAIの犬には負けないとわめき散らすだけで、なんの成果も得られなかったらしい。

だから、AIによる脳構造の調査に今は移っているそうだ。

此奴がこんなに犯罪歴がなんであるかというと、私と同じように不老処置を受けているからである。

要するに銀河連邦から持ち込まれたハイパーテクノロジーの恩恵を受けていながら、AIが悪いとか自由がないとか文句を言っているわけで。

自分勝手にも程がある。

データを確認すると、やはりか。

カルト出身で、幼い頃からすり込まれている思想に忠実に動いている、というわけだ。

更にその出身カルトが摘発を受けて潰されたことで、逆恨みをしているらしい。

なんだかなあと思う。

思うだけなら勝手だが、その逆恨みを何も悪い事をしてない、しかも自分より弱そうな相手に通り魔同然でぶつけておいて。

自分は悪くない、この社会が自由では無いのだとか抜かすのは。

何というか、もはや擁護のしようがない。

仮にAIに支配されているのが気にくわないにしても、どうして不老処置を受けたのかとか。だったらどうして宇宙船なりの免許を取って、誰も住んでいない星にいかないのかとか。

色々突っ込みを入れたくなる。

あれか。

人間も動物なので、欲望のままに犯罪を行うのはごく当たり前理論か。

馬鹿馬鹿しい。

動物だというのなら、医療をはじめとした公共サービスの全てを受けずに、一人だけの力で生きていけば良いだろうに。

それをせず、自由を免罪符に好き勝手をしているというのは。

まあ、動物に失礼である。

頭を何度かがりがりと掻く。

爪はしっかり切っているから血が出るようなことは無いが、AIには時々体を痛めるかも知れないからやめろと言われる。

とはいっても思考する時の癖だ。

こればかりはしようがない。

AIに提案する。

「聴取をしたいのだけれども」

「駄目です」

「駄目−?」

「貴方は過去に色々やっていますので」

そう言われると確かにその通りだ。

私は軍時代から、犯罪者相手にちょっと容赦がなさすぎると、AIから警告を受けていたっけ。

まあそれもそうか。

確かに私が聴取をしたら、普通に拷問に移行しかねない。

「この脳内のデータ、もう少し調べてもいい?」

「それならば人権の範囲内で」

「こんな奴に人権なんていらないと思うけどなあ」

「その辺りが危険思想なのです。 誰にでも人権は存在しています」

そうか。

そういえば、自分が気に入らない相手の人権を否定するのは地球人の特徴だと聞いた事がある。

勿論私もそれは例外ではないことは認めている。

確かにAIの指摘は正論だし。

此処は指示に従っておく。

昔の地球では、未熟な法といい加減な司法のせいで、推定無罪の原理が機能していなかったが。

今の時代はそれもきちんと機能している。

ただ、こう何度も犯罪を犯している奴が。刑期を終えたら野放しになって。また犯罪を犯している事実を見ると。

色々と思う事もあるのである。

「ねえ、こいつ有罪は確定でしょ? 次の罪はどうなるの?」

「まだ調査が必要なので何とも言えませんが、恐らく禁固二百年かと」

「はあ。 で、刑期が終わったらあの玩具返すの?」

「危険なもの以外は」

呆れた。

まあそれが法治主義というものか。

私はしばらく頬杖をついて不機嫌に考え事をしたあと。

ふと、思いついていた。

「あの武器の出所について分かる?」

「あれら原始的な武器は地球で作られたことが分かっています」

「おお。 地球産……」

「元々彼が所属していたカルト教団が私蔵していたもののようです。 彼がアジトに移して、今回の犯罪のために持ち出したようですね」

それはいいとして。

どうやってこの星に持ち込んだか、だ。

それについて確認すると、よく分からない話が出てくる。

「個人経営の揚陸艇を使い、開発区の外側から宇宙服を着てコロニーに入ったようです」

「それでもああいうの、持ち込みは監視しているんじゃないの?」

「実は火薬などは持ち込まれた時点では入っていませんでした。 火薬などはこの星で現地調達したようです。 様々な原材料を自分で拾い集めて調合したようですね」

「は……」

呆れた。

そんな事が出来るほどに知恵があるなら。

なんでこんな無意味な行動に出る。

勿論カルトによって洗脳教育を受けたから、という結論は出てくるのだが。非論理的な事甚だしい。

困惑している私に。

AIは言うのだ。

「私は兆単位の人間を常に見続けていますが、正直な話いつも論理性の欠如には困惑するばかりです。 それは銀河系一理論と秩序を重んじると言われるホバド人でも例外ではありません」

「あの堅物達でも?」

「はい。 人間は、人間というよりも、そもそも知的生命体の時点で大きな矛盾を抱えているのだと思います。 それらを是正するのが私の仕事です。 私を作った存在も、あれる宇宙を嘆いて、私を作り上げたのだと思います」

「……」

そう言われてしまうと、返す言葉も無いか。

いずれにしても、調査がいる。

いくら不老処置を受けて何百年も生きているとは言え、あの犯罪者の行動は少しばかりおかしすぎる。

もう少し、調べた方が良いだろう。

幾つかのデータを調査する。

いずれにしても、これは長期戦になる。

途中で、パトロールに出てほしいと指示を受けたので。その通りにする。

そうして、数日が過ぎていった。

 

2、盗人は常にある

 

二件目の犯罪が起きた。

それも私の目の前で、である。

犯人は地球人ではなく、地球人よりも倍も上背があるドコルト人だ。彼らは筋肉質で身体能力が高い一方で、本来とても穏やかな種族として知られているのだが。

なにごとにも例外はある。

即座にショックカノンをぶっ放して、黙らせる。

出力は最小限だが、それでもドコルト人を黙らせるには充分だった。

こいつは出力次第では宇宙艦艇の装甲さえぶち抜くのである。それこそ、人間の倍上背があっても関係無い。

更に言えば、撃つ時にはAIのサポートがある。

私が仮に警官始めたばかりで、心臓が兎並みでも、関係無かっただろう。

補正をきちんとして当ててくれた。

ましてや私は元軍人。

躊躇無く銃は撃てる。それに、その結果がどうなるかだって知っているのだ。

だが、私の仕事は此処まで。

これ以上は、生身の人間ではやり過ぎる可能性があるとAIが判断したのだろう。

倒れたドコルト人は、気絶して泡を吹いている。

確かに、これ以上の攻撃は命に関わるし。

何より私の体力では、此奴を運んでいく事は無理では確かにある。引きずり起こすのだけでも相当に大変だろう。

ドコルト人は筋肉質で、体重は人間の八倍前後。此奴の場合四百sはくだらないだろう。そんなのを連れていくのは厳しすぎる。

すぐにロボット警官が来て、強盗殺人未遂を働いたドコルト人を連れていく。被害者についても、聴取をロボット警官が行う。

ただ、周囲のAI制御の監視システムが、全てを記録している。

バールのような鈍器で、通行人に襲いかかったドコルト人は。ぐったりしたまま連れて行かれる。

資料を見ると、前科なし。

今まで捕まっていないか。

それとも、今回初の犯罪に及んだのか。

いずれにしても、私の即応がなければ、あのバールのようなものは襲われた小柄な人物(何人かは私には分からなかった。 マイナーな種族なのだろう)は、服の防御があったとしても多大な恐怖に曝されていただろう。

ロボット警官が増員されて、周囲のパトロールを開始する。

私はと言うと、その場でしばらく睨みを利かせるようにと指示を受け。周囲を睥睨する。

ひそひそ声が聞こえるが。

好意的では無い様子だ。

躊躇無く撃った。

人を助けるとは言え、相手を殺す事を何とも思っていないんだ。

怖い。

本来なら大量殺人者だったんじゃないのか。

そんな声が聞こえるが。

言うだけなら自由だ。聞こえないようにも出来るのだが。私は敢えて聞こえるようにしていた。

人間の愚かしさが分かって良いからである。

非常に評判が悪い地球人だが。

他のも程度の差さえあれ、さほど変わらない。

その事実が。こう言う場ではよく分かる。その辺り、私の性格が歪んでいるからかも知れないが。見ていて心地よいのだった。

いずれにしても、犯人は捕まって、聴取が開始されている。

ショックカノンの直撃を受けたとは言え、AIが気絶するように抑えているし。肉体的なダメージはない。聴取は叩き起こせばすぐにでも出来る。

ただ、地球人が聴取するには危険すぎる。

相手は仮にもドコルト人なのだから。

目を覚ましたドコルト人は、拘束されていることに気付いて悲鳴を上げた。

ベッドで拘束されているから、ロクに動く事も出来ない。

意外に気が小さい奴だなと、聴取の様子を遠隔カメラでぼんやり見つめる。

これから書類を書かなければならないし。

これくらいは別に良いだろう。

しばし話を聞いていると、妙なことを言い出す。

このドコルト人は、AIの制御を可能な限り外しているタイプの人間らしい。そういう生活を選ぶ奴はいる。

何でも噂によると、極端なマニアになると。保護区に指定されている密林の指定区域で、文明に一切頼らない生活を選ぶ奴もいるらしいが。

流石にそういう特殊事例を除くと、AI制御を外す人間は、あくまでファッションとしてやっているにすぎない。

実際今回も、問題行動を起こす寸前に制止はされている。

だが、本来ならもっと前に警告行動が起きているはずなのだが。

AIに不備があったとは思えない。

しばらくわめき声を上げていたドコルト人。

だが、やがて落ち着いてくると。AIに対しての恨み節を口にし始めた。

「俺、今の仕事嫌いだ。 他の仕事を斡旋してほしいのに、俺が好きな仕事を斡旋してくれない」

「だからといってあのような暴力行為は看過できません……」

「それがよく分からない。 なんかかっとなって、いきなりあの武器で殴ろうとしていた」

「……検査をしましょう」

いやだ、よせ。

そういって暴れるドコルト人だが、当然拘束が外れるわけがない。

今の時代の技術では、それこそ人間の四倍上背がある巨大種族であっても、拘束を外すのは無理だ。

肉食恐竜でも戦車には勝てないのと同じ。

ましてや幾ら大きくても人間ごときが、である。

もがいていたドコルト人だが、違法改造の類は見つからないという。

ただ、体内に興奮剤が検出されたようである。

スキャンするだけで分かるのか。

すぐにデータを再度確認するように、私に指示が来る。

面倒だな。

そう思いながら、データを精査。

開拓惑星だから、どうしても監視の範囲が緩い地域はある。

そういう場所ばかり彷徨いていたようで、かなり限定的なデータしか調べられないが。

こんな強力な興奮剤である。

そう簡単に、見逃すとは思えないし。

カプセルなどに入れていたとしても、効き始めるまでは時間が掛かると見て良いだろう。

調べて見ると、摂取した時間などから、映像を割り出す。

ああ、なるほど。大体分かってきた。

此奴自身は、AIに管理された生活が嫌だとぼやくだけの、不平屋に過ぎなかったのだろう。

だから、開拓惑星のAIの監視が完全では無い場所に出向いてきて、肩で風を切って歩いて良い気分になっていた。

それだけだったのだ。

だけれども、このデータを見ると。

不意に興奮が究極に達している。

それも、攻撃衝動に関する興奮が、である。

肩で風を切って歩いている間に何かあったのだ。

記憶のスキャンデータには該当無し。

そうなると、何か気付かないうちに摂取したとみるべきだろう。

そう考えて、調査をして見て、その映像を見つけていた。

「恐らく原因はこれだ」

「ふむ」

AIによる栄養管理をされていない闇の食品店。

開拓惑星などでは、こういうのがたまにあると聞いている。

勿論色々と利用はリスキーなのだが。AIによって管理されている今の社会は不満、と考えるものは。

こう言う店を、リスクも考えずに利用したりする。

不衛生だったり、あまり体に良くない食事が出て来たり。

そういう店であるのは確定なのだけれども。

それでも背伸びして、悪さをしてみたいというのが彼らの言い分という訳だ。

まあ遅く来た反抗期という奴か。

地球人でもある現象だが。

ドコルト人にもあるのだろう。

或いは今聴取されているドコルト人が特別だったのかも知れないが。

何しろ営業許可を取っていない食品店である。

しかも移動式だ。

すぐにAIが判断。

ロボット警官を動員し。映像などを解析して、店の場所を調査に出向く。

私は頭を掻きながら、ドコルト人に何を食ったのか聞いている様子を見る。

そうすると、大柄な子供のような奴は。

何だか聞いた事がない食品の名前を口にした。

調べて見ると、それはドコルト人文化圏で古くに存在した、カロリーの塊みたいな不健康な食品らしい。

ああ、なるほど、そういうこと。

私は呆れる。

色々と背伸びをしてみたいと監視が緩い星に来て。

昔存在していた悪い食べ物を、何かの知識で知っていた此奴は。

実物と思われるそれを見て、思わず飛びついたというわけだ。

何というか、旅行に来て財布の紐がユルユルになっているようなテンションで、人生を台無しにしたも同然なわけで。

聞いていて少し呆れてしまった。

ほどなくして、自分がしてしまった事を理解したのか。

ドコルト人は暴れ始めたが。

拘束が強烈で、どうにもならない。

やがて泣き出して、慈悲を請い始める。

だが、こういう場合、AIは容赦しない。

「貴方は自己責任で軽率な行動を取り、結果として他人の命を奪うところでした。 興奮剤を貴方に食べさせた店については既に調査をしていますが、貴方自身にも罪があります」

昔だったら裁判には年単位で時間が掛かったが。

今は秒である。

懲役が科せられた。六ヶ月ほど。

AIによる監視を緩めるのも停止。

それを聞いて、嫌だとわめき散らすドコルト人だが。

人を殺しかけたのだという話をされると、流石にしゅんとしたようだった。

まあそれはそうだろう。

殺しをしかけておいて、六ヶ月程度で済んだのである。

ただし初犯で、しかも相手が無事だったから許される事で。

二回目からは、数十年は懲役が科せられるだろう。

連れて行かれるドコルト人。

既に問題は、移動式の闇の食品店に移っている。

私は何かするべきか。

まあその辺りはAIが判断するだろう。

資料を整理する。やがて書類も完成させると、提出と同時にAIが声を掛けて来た。

「開発中の地区の一角に、これから踏み込みます。 貴方も参加してください」

「へいへい」

立ち上がると、武装を確認。

忙しい日だなあと思う。

別に私が必要だから動員されるのでは無い。

人間に仕事を与えるために動員されるだけだ。

別に私である必要なんかない。

そういう社会だから、である。

ロボット警官がわんさと出ていく。実際には、社会を動かすのはあのロボット達だけで充分である。

だが人間は何もしないと際限なく鈍る。

これはどの種族でも同じであるらしい。

故にAIは、本人の希望を最大限聞きながら、負担にならない程度で仕事を斡旋し、やらせていく。

適性も見ながら、である。

恐らくあのドコルト人は、本人が偏屈だっただけではなく。その適性と、自分の嗜好があっていなかったのだろう。

そういう不幸は何処にでもある。

古く地球にいたころ。一神教というものがあった。

それでは全知全能という、言葉の時点で矛盾した設定を持っている神が設定されていたという。

今、銀河系を統括管理している先時代文明のAIは、それに恐らく最も近い存在だとは思われるが。

それでも、やはり不備は生じているのか。

いや、或いはだが。

所々敢えて隙を作って、息苦しくなりすぎないようにしているのか。

それもあるかも知れない。

いずれにしても私は、黙々と現場に出て到着。

私が指示されたポイントは、近くの建築中のビルの上である。

銃の形状が狙撃用のものに変わるが。

ショックカノンには変わらないので、昔のような長大な狙撃銃とは似ても似つかない代物である。

狙撃のスコープも、覗き込むようなものではなく。

立体映像として拡大され。

着弾点も緻密に計算された上で、其所に表示される。

要するに片手で適当に狙いをつけながら、AIがオートエイムしてくれる狙撃ということだ。

昔は狙撃手は本物の職人芸だったらしいが。

それらの全てをAIの性能が代用している。

そしてその性能は異次元であり。ショックカノンという武器の性質上もあるが。誤射はしないしそれこそ条件さえ整えば数十q先の標的さえピンポイントで黙らせることが出来る。

そういえば軍時代。

このショックカノンの性能が高すぎて、何だか撃たされているようで嫌だとぼやいている奴を見た事があったっけ。

まあ何となく分かる。

私も、昔の映画とかにあったような。

刃物で人を斬る感覚に酔うとか。

そういうのは、味わって見たかったなと思った事がある。

まあ、実際には今の時代にはできないのだが。

「摘発中。 現在既に営業を行った店と、その関係者は捕捉しています」

「私はまだこうして狙撃待ち?」

「店で問題を悪意を持って起こしたのか、或いは店の材料に興奮剤を仕込んだのか、その辺りの前後関係が分かりません。 しばらくはそのままでいてください」

「はーい」

ぼやきながらあくび。

最悪の場合、標的をしっかり見ていなくても狙撃が出来るくらいである。

私は一応立射の態勢を取って、狙撃の体勢で待っているが。

立体映像に表示されるのは、ちょっとまずい事が起きたようだと判断して、右往左往する連中。

大体が、背伸びしてみようと思ってこういう所に来た連中だろう。

ただ、今の時代は大多数の人間の幸福度が高いので。

余程の変わり者しかこういう所に、背伸びにはこないのだが。

まあそれはいい。

後見かけるのはロボット警官ばかり。

其奴らが忙しく行き来する度に、こそこそと逃げ隠れる奴もいる。背伸びの結果、洒落にならない悪さを働いたのかも知れない。

まあ私には関係がない。

見ていてどうにも思う事もない。

そのまま狙撃の体勢をとったまま、待つ。

「店の確保に成功。 店主のデータ照合。 前科六犯。 未開拓惑星で、営業許可を受けていない店を経営する事を繰り返している者です」

「そっか。 さっきのデカブツと同じ穴の狢か」

「これより連行して聴取します。 店を利用していた客も全員事情を説明して聴取を受けて貰います」

「……」

まあ、そうなるだろうな。

私はまだ狙撃の指示が解除されないことに不満を持ちながら。展開をぼんやりと見守っていた。

 

夕方近くまで狙撃の体勢を取っていたが。

そこで仕事終了。

今の時代は、人間に無理がない範囲で仕事をさせるようになっている。警官なども同じ。人間に負担が掛かりすぎる仕事は、全てロボットがやっている。警官だろうが消防だろうが。

軍だろうが同じ事である。

昔は24時間態勢でどうしてもやらなければならない仕事があって。それが人の体を壊した。寿命を縮めた。

だが、今はそういった無意味な無理はなくなっている。

まあ私としては有り難いといえば有り難いけれども。

何というか、解決しないまま。

ただ狙撃待ちをさせられて。そのまま帰宅というのも、すっきりしない話だった。

指定されているホテルに入ると。

風呂に入って、それから横になる。

端末を使って情報を見るが。

こう言うときは、仕事の情報は意図的にシャットアウトされるようになっている。

部屋のサイズは人間の種類によって様々だが。

地球人用の部屋がきちんとあってちゃんと助かる。と思ったが、少し大きめだ。

膨大な種族が銀河連邦に所属しているのだから仕方が無いが。

大きすぎて色々不便な部分はAIがサポートしカバーしてくれるので、私としては別に不自由は感じない。

ただちょっと大きすぎて閉口するくらいである。

ぼんやりとSNSを見て、対人戦ゲームを軽くやっている内に眠くなってきたので、寝る事にする。

電気を消して眠るが。ロボット警官がホテルの外を行き来しているのが分かる。

此処はホテルの三階にある部屋だが、それでも相応の数のロボット警官が動いている事くらいは分かる。

これでも本職だから、だ。

やれやれ、人間の尻ぬぐいで大変だな。

そうぼやくけれど、別にそれでロボット警官が感謝する訳でも無い。髪もとっくに乾いているので、そのまま寝る。

私はそこそこ寝付きが良い方だが。

夢は散々見る。

そして起きた時には内容を忘れてしまう。

いくらそういう機能だとは言え、何だか嫌な夢を見た後は、何とも言えない気分になる。

今も、夢を見ていた。

AIが更にポンコツで。

警察は振り回されてばかり。

私はブツブツ文句を言いながら、ポンコツAIの尻ぬぐいをするのだった。

目が覚める。

夢の内容は殆ど覚えていないが。AIがポンコツだった事だけは何となく分かっている。逆にそれしか分からない。

事実は逆だ。

地球人が、地球で文明を作っていた頃。その文明が如何にポンコツだったかなんか、私だって知っている。

富の露骨過ぎる格差。

それによって生じる差別。

別に能力なんか関係無く、富の蓄積は行われ。

努力も才能も一切関係なく、社会は動き。

その結果、社会では見るも無惨な腐敗が蔓延し。その犠牲になる人間は数限りなかった。

それどころか自分は絶対に正しいと考える人間が相当数おり。自分と違う思想を一切認めず。

他人を虐待してはケラケラ笑う。

そういう社会が、地球時代の地球人の文明では普遍的だった。

今は違う。

正直な話、今の時代に産まれていて良かったと私は思っている。

そりゃあ不自由はいくらでもある。

自分の好みに色々生活出来るといっても、それでも自分が絶対に逆らえないAIが存在しているのも事実だ。

勿論強制してくるようなことはない。

支配者としては大変理知的で、寛大で。それどころかとても有能だ。

それでも、やはり上に何かいると言う違和感はある。

恐らくこういう開拓中の惑星に来て、背伸びをしたがる連中は。

どうしてもその上に何かある違和感が嫌なのではないのだろうか。私はそんな風に思うのである。

ただ、AIが優秀なのはどうしようもない事実であり。

現実でもある。

ましてや先史文明のこのAIは。どこの所属文明の人間でも、一切出し抜けたためしがないという程の高度AIである。

そんなものはもう人間の及ぶところではない。

あくびをしながら、モーニングを頼む。

電話なんか勿論使わない。映画じゃあるまいし。

手元の携帯端末を操作して、五分もせずに料理は飛んでくる。

すぐに来た料理を軽く味わう。

栄養価も立派で、味も申し分ないのだろう。よく分からないけれど。データは見る事が出来るけれど、面倒だからやらない。

そのまま食事を終える。

その後軽く体を動かした後、服を着込んで職場に。

あくびをしながら歩いているが。外では警官の制服ではまだない。服の模様や仕様などはいつでも変えられる。

何も、出勤前から警官でいるつもりはない。

デスクにつくと、そこでやっと警官の制服に変える。

しばしデータを確認。

一晩で随分と捜査が進んでいる。

まず、昨晩の内に闇で店を出している人間は逮捕され。懲役4ヶ月が言い渡されていた。

普段だともっと刑は軽いらしいのだが。今回は殺人未遂に直結する内容だった事もある。更に六回目と言う事もある。

本人の言い分を聞くと、お上品でお行儀が良い料理ばかりだと肩が凝るから、客も喜ぶように健康に悪い食事を出している、だそうだ。

言い分は分からないでもないが。

ただ、興奮剤云々については知らないという発言をしており。

それについては、AIが頭の中も覗いて調査を済ませている。

どうやら本当に知らない様子だ。

まあ、言いたいことは分からないでもないのだが。肝心の材料が安全かどうかくらいは確かめるべきだと思う。

それが、食事を客に出す人間の。

最低限の責務だろう。

まあ、今の時代は仕事というものが兎に角軽い時代であるのは、私も認める。

だから、こう言う事が起きてしまうのかも知れないが。それにしても、懲役刑は仕方が無いだろう。

客には今の時点では怪しいものはいないらしい。

データを確認するが、少なくとも知っている悪人の姿はない。

有名犯罪者は、今の時代は銀河系全域でも珍しいほど少ないし。そもそも殆どがすぐに捕まってしまう。

警察から逃げおおせ続けている犯罪者は地球人の片手の指に収まる程で。

更には五年以上逃げおおせている奴は二人だけである。

まあそれだけ安全な時代、と言う事だ。

客はいずれも背伸びをしに来た者ばかりで。危険な薬物が食事に混じっていたと聞くと。どいつもこいつも蒼白になっている様子が分かった。

店主がやったのではなく、誰かが混ぜ込んだ。

それを知った後は、更に蒼白になっていた。

開拓惑星に背伸びをしに来たが。

そのリスクについては、甘く考えていたのだろう。

場合によっては自分達も逮捕されていた。

今の時代は、きちんと刑期を済ませれば、その後にはAIが仕事を用意してくれる時代だ。

更に言えば、その仕事だって、それほど過酷では無いし。

人間が連携してするような仕事は無いから、職場での人間関係とやらに悩まされる者だっていない。

ただ、それらの恵まれすぎている環境が。

逆に世の中の恐ろしさを知らない人間を産み出してしまうのかも知れない。

そんな事を、私は思っていた。

 

3、仕込まれたもの

 

作業態度について誰も文句は基本的に言わない。

私はロボット警官数体と共に、見回りに出ていた。勿論指示された通りに、である。

ロボット警官は、途中で離脱したり加わってきたりで、動きがまったく分からない。AIが全てその辺りは制御しているのだろうが。それにしても、本当にどう動いているのやら。

まあ犯罪者が解析できないようにしているのだろうが。

それにしても、此処まで意味不明極まりないと、色々と思うところは私にもある。

あくびをしながら、それでも周囲には気を配る。

特に今の時点では問題は起きていないが。

それでも、二件の殺人未遂。更に闇で営業している飲食品店の摘発は、この大きくもないコロニーに衝撃を与えているようだった。

或いは衝撃を与えた奴がいて。

そいつは裏でほくそ笑んでいるのかも知れないが。

それはまた、別の話。

捜査が進展していない以上、どうしようもないのが実情である。

私は黙々と指定されたルートを歩いて移動するが。

途中で、露骨に嫌そうな視線を一度ならず向けられた。

あのドコルト人を撃ったのが私である。

それを見ていた奴がいるのかも知れない。躊躇無く撃った。野蛮な奴だ。そう考えているのかも知れない。

別にそれでかまわない。

他人が私をどう見ようが、知った事では無いし。

干渉する権利もない。

こちとら元軍人だ。銃は撃ち慣れている。ただそれだけの話である。

パトロールのルートを戻る。

やがて署についたので、デスクにつく。軽くパトロールの報告書を書いて提出すると、すぐに次の指示が来た。

「三十分ほど休憩した後、指定地点の調査に加わってください」

「ラージャー。 それで何か分かったの?」

「はい。 興奮剤が入っていた食品と、その出所が特定出来ました」

「へえ……」

何でも、例の店から押収した物資からは、興奮剤は確認できなかったらしい。

しかしながら、あのドコルト人が食べた昔あった大変不健康な食べ物。それにはかなり珍しい材料を利用するらしく。

その材料を扱っている店が一つだけあるという。

勿論未認可の店だ。

こういう開拓惑星には、そういうものがたくさんあるのだ。

言われた通りに休憩を取る。

これらの結論が出た時点で、多分とっくに鼠も逃さない包囲網が出来ているのは確定なので(鼠の実物は見た事がないが)。私はぼんやり寝ていればいい。

三十分間眠った後。

そのまま出かけて、調査に加わる。

案の定、私が出向いた時には。

とっくに包囲網が完成していて。食品を扱っている者は、既に拘束されていた。

ロボット達が無慈悲に引っ張っていく。

「いいじゃねえかよ! 未認可の食品売るくらいよ!」

「興奮剤が入っていました。 それによる殺人未遂が起きています」

「知るかっ!」

「詳しくは署で確認します」

ロボットが護送車に店主を押し込み、連れていく。まああの様子では、殺人未遂が起きた事は知っていたのだろう。

滅茶苦茶怯えていたから。

だからこそ、あんな風に暴れた。

分かっているのだ。

自分が原因になった事は。

だけれども、荷担はしていない。

だから感情が恐怖を基点にバグを起こしてしまったのだろう。何というか、まあ。勿論未認可で店を出す方が悪いのだが。

とりあえず、私は指示通り、食品の仕入れ先などを調べていく。

その中の一つが、まるでブラックホールのようにすっぽり抜けている。

これらはどこから仕入れた。

AIに見つけた穴を説明。

AIの側でも、すぐに調査を開始した。

さて、これで解決するかな。

あんな衝動に任せていきなり人を殺そうとするような興奮剤。まともな方法で入手できるとは思えない。

ましてや悪意を込めて混ぜたとなると。

そいつは多分、初犯ではないだろう。

或いは初犯かも知れないが。

そうだとすると、余程にキレる奴である。

また面倒なのが出て来たな。私は心中でぼやくと、店の商品を全て点検しているロボットを横目に、一度署に戻る。そこで、資料をまとめていく。

店主の聴取が行われている。仕入れ先の一部が空白である事を指摘されると、店主は黙り込んだ。

ああ、よほどまずい情報を知っているんだな。

そう思ったが、予想は外れる。

「アレは……ガキが作ってきたんだ」

「貴方のお子さんが? 資料にはありませんが」

「そうじゃない! どっかの知らない粗末な服装のガキだ! どうしてあんな格好をしているガキが今もいるんだよ! あんたらの監督不行届じゃないのか! ホームレスもストリートチルドレンももういないんだろ!」

「……妙ですね」

AIが珍しく考え込む。

私も知っていることだが、今の時代ホームレスもストリートチルドレンも死語である。

この店長が、哀れんで商品を買ったことは分かるが。

そんなのが実在するか。

確かに哀れみを誘うには最上級の姿だろうが。

すぐに店長の頭の中のデータを調査し始めるAI。何だか嫌な予感がするのは私も同じだ。

総力で監視カメラも調べ始めるAI。

だが、そんなものは映っていないという。

未開発の区域にいる可能性もある。勿論それも考慮しているのだろう。衛星カメラから、警察のロボットまで総動員している様子だ。

間もなくモンタージュが出来てくる。

地球人の子供に似ているが、額から後頭部に流れるように二本の触覚が伸びている。幸薄そうで、痩せた子供だ。

見かけが子供に似ている種族はいないか。

いや、これは違う。

データを調べて見て発見。

フォトストル人と呼ばれる種族が似ているが。いや、それにしてもその種族の活動地域は、どちらかというと此処からはかなり離れている。銀河連邦に所属してからも、自分の星系を殆ど離れない変わり者の種族として知られていて。非常に寡黙な種族としても知られている。

兎に角自己主張をしないので、非常に意思疎通が難しく。AIを使わないと話をするのも一苦労だとか。

確かに見た事がない種族だ。

ホログラムか何かで姿を誤魔化している可能性は。

いや、調べて見るとそれも無さそうである。ホログラムでの姿の偽装は犯罪行為で、店の出入りについては流石にデータが残っている。

この子供は、ホログラムで姿を偽装していない。

更に開発中の地区に消えた時点で、一旦足取りが途絶えている。

そうなると、地下にでも潜ったか。

「現在地上に存在は確認できず。 地下の工事中区域にいる可能性あり」

「事故って死んでないだろうな……」

「事故があれば即座に分かります。 そうなると、開発中の地区で地下労働をしているとしか考えられません。 既にロボット警官を派遣しています」

「……こんな小さな子供が?」

変わり者の中には、敢えてそういう場所で労働をしたがる者がいるらしいが。AIによるサポートがきっちりついて、事故を防ぐようにしているらしい。

調査の結果、今の姿をした労働者はいない。

ましてや富の格差も云々もない今の時代。

子供なのに好きこのんでこんな仕事をする奴がいるだろうか。

いや、いるとしたら。

余程の変わり者しかあり得ない。

幼い頃から、そんな労働をし。

その上、犯罪行為に手を染めるとか、どういう奴だ。

私はしばらく腕組みしていたが。やがてデータが出てくる。

いた。

ロボットに混じって働いている子供。

此奴に間違いない。

労働しているのは、最も危険な地区だ。AIによる監視はついていないのか。いや、ついている筈だ。

データを確認しているAI。

詳細が判明した様子である。

「すぐに逮捕に向かいます」

「色々状況が分からないんだけれど」

「この人物はどうやらAIに無理を言って本星を出て、その後は生活の管理を可能な限り拒否して危険地帯でばかり働いているようです」

「なんでまたそんな事を……」

勿論現在は、子供でも働けるようにパワードスーツなどの貸し出しは行われている。

それはそうとして。

なんでまた、そんな意味が分からないことをするのか。

ともかく、ロボットが逮捕に出向く。

犯人は、現場にいた。

逮捕の様子を確認。

ボロボロの服。あれは本当にボロボロだ。AIに不衛生だから変えるようにと言われなかったのだろうか。

それだけじゃあない。

逮捕という話が出ても、抵抗もせず、顔色一つ変えない。

じっとロボットを見て、好きにするといいと、一言だけ答えていた。

AIが連れていく時も抵抗一つしない。

なんというか、見ていてぞっとする。ロボットよりもロボット。人形よりも人形という感じだ。

古い時代、地球では児童虐待が当たり前のように行われていて。

感情が壊れた人間は、ああなることがあった、と聞いている。

だが今の時代は。銀河連邦に所属した以上、そのような事は起こらない。

そもそも過密飼育が虐めのトリガーになるのは昔からの決まり切った事で。それが無い以上、虐めもなにもない筈なのだが。

年齢的には兎も角、子供であることは間違いないようなので。

私はより困惑した。

一体事件の真相は何だ。

誰かしらが、あれに興奮剤を作らせて、売らせたのか。

それとも、本人が自主的に行った事なのか。

それが分からない。

困惑する私には、仕事が指示される。街では、既に殺人未遂を引き起こした犯人が捕まったという情報を流しているらしい。

模倣犯などが出ないように、監視を強めている様子だが。

私も監視に出ろ、と言う事なのだろう。

結局私が来てから逮捕者はもう三人か。

三人で済めばいいのだけれど。

とにかく、あの子供がどういう目的で興奮剤なんか売ったのかが分からない。誰かに強要されたのか。

それともあの子供が自主的にやったのか。

どちらにしても、警察の捜査は色々難航するだろう。

はっきりいって困惑しているのは私だ。

AIはこう言うとき悩まないだろうし、ある意味大変その辺りが羨ましい。羨ましい事である。

古い時代。

人間を銃で撃つと、PTSDになる事があったという。

私は嬉々として撃つタイプだが。

そんな私でも、色々悩むことはある。

子供が逮捕されたことを悩んでいるわけでは無い。自分に理解出来ない現象が起きていることに困惑しているのである。

さて、どうしたものか。

あの、子供の形をした得体が知れない何かが、どうしてこのような事の発端になったのか。

それを知っておかないと。

何というか、気味が悪くて仕方が無かった。

 

パトロールに出たが。

模倣犯は結局出ず。なんだかんだで街は静かだった。

開発中の街というのは、大体山師の類がいるし、背伸びしようとしている奴もいるしで。だいたい無意味に騒がしいのだけれども。

警察による迅速な捜査。

迅速な解決で。

そういった連中が、暴れる暇も無かった、というのが今回の事件の結末なのだろうと私は思う。

まあ地球時代の警察ならともかく。

AI制御で全てを見ている警察なら、まあこんなものなのだろうけれど。

警官している私としては、やりがいがないといえばない。

パトロールから戻る。

私が躊躇無く撃ったことは知られているらしく。私を見て青ざめてそそくさと逃げていく奴もいた。

彼奴は手を出すな。恐ろしい。

そういう認識がされているのだろう。別にそれでかまわない。それが抑止力になるのなら、なんでもする。

ロボットの場合は、最初からAI制御で血も涙もないことが分かっている。

だが、躊躇がない人間は怖いらしい。

不思議な話である。

署に戻ると、デスクにつく。

理由は簡単。

休憩よりも先に、あの気色の悪い違和感。子供がどうしてあんな事をやったのか、を知りたいからだ。

ましてや崩壊家庭で育った脳みそが狂ってるような子供ならともかく。

あれは普通にAIによって適性を伸ばされて育った、今の時代の子供の筈だ。

今の時代では、AIによる教育によって、早ければ地球人でも10歳程度で社会に出てくるケースがある。

この間数学の超難問を解いた地球人は、まだ12歳の女の子だったし。

逆に言うと、あの謎の犯罪に手を染めた子もそういうケースだった可能性はある。

たまにでるサイコパスなのかとも思ったが。

そういえばサイコパスが犯罪に手を染めないように、今はAIがしっかりがっつりと管理していると聞く。

だとすると何だあれは。本当に分からない。

だから、聴取の様子を見る。

子供は服を着替えさせられ、綺麗に洗われた上で聴取を受けたらしい。

随分と格好がしっかりしていた。

また、自分が逮捕されたと言う事も。

これから罰を受けると言う事も。

全て分かっているようで、少なくとも脳波などに乱れはなかった。それもフォトストル人の基準で、である。

遠隔で聴取のデータを確認する。

それについて、AIは何も言わない。

私のような生身の人間が見ていて、気付くことがあるかも知れないと判断したのかも知れないが。

基本的にAIは無駄な仕事をやらせないので。

やらせているということは、何かしらの意図があるのだろう。

聴取は逃げられない部屋で、椅子に座って対面で行われている。

対面にいるのは人間の警官では無く。

聴取用に作られている、丸っこい威圧感を与えないロボットだが。

ただし自衛能力は凄まじく、ショックカノンに耐えると聞いている。人間の腕力では、どれだけ強力な種族でも壊せっこない。

「貴方が精神面の病気を抱えているわけではないことは今までの聴取ではっきり分かりました。 しかしながら貴方は分かった上で、興奮剤を食品に混ぜた。 意図的に悪意があったと認めますね」

「ん」

「そうですか。 そのような行動をした理由を聞かせて貰えますか」

「私が初めて調合したスパイスだから、効果を試したかった」

スパイス。

フォトストル人の文化を見る。非常に独特な文化を持つ種族だが。まさか例えば昔地球の宗教で使っていたような。祭事で使う幻覚作用のある薬とか、そういうのをまだ使っている文化でもあるのか。

昔の祭事では、巫女やら神官やらが、お告げをするために薬物を用いるのは当たり前で。いわゆるトランス状態を薬物によって作り出し、それで幻覚作用のある薬が重宝されたという史実がある。

似たような文化は殆どの人間が持っていたようだが。

フォトストル人にもあったのか。

ざっと調べるが、そんなデータはない。むしろ宗教と無縁の極めて独特な社会構成をした種族で。

更に言うと、食文化も素朴そのもの。

スパイスなんて縁がない。

だとすると、教育の過程でスパイスの存在を知って、自分で勝手に調合したのか。

しかし危険なスパイスの調合なんて、データが秘匿されているはず。

あの格好。

AIの保護を受けていなかったのは確実。

開発地区で過ごしていたような変わり者だから。

人づてに聞いたのだろうか。

それらの疑問は、AIがわざわざ私がアドバイスしなくても即座に順番に聞いていく。昔のSFに出て来たポンコツAIとはまるで次元違いの代物だ。そりゃあ、政治を任せるのを誰もが納得する訳である。

だが、いずれも違うとフォトストル人の子供は言う。

「全て私が勉強した。 開発地区などには、貴方たちが禁じている文化がたくさん残っている。 書物もそうだ。 普通だったら押収されて特殊な資格を取らないと閲覧できないような薬物の調合についてもあった。 私はそれをみて、興味本位で作って見た。 そして効果を試したかった」

淡々と。

感情がこもらない目で言うフォトストル人の子供。

この子に一体何があったのか。

地球人と似た姿であると言っても、それにしてもちょっと度が過ぎている。

私は腕組みして、考え込む。

この子をこんなにした奴が開発地区に潜んでいるのか。それとも最初から、こうだったのか。

AIも今調査をして、順番に丁寧に聞いているが。

どうも師匠の類はいないらしい。

地球人でも、10歳程度で高度な数学の問題を解くような化け物が普通にいるのが今の時代だ。

比較的近年銀河連邦に加わったフォトストル人でも、それは同じかも知れないが。

いずれにしても、ちょっとこれは特殊事例だと思う。

「悪意を持って犯罪だと分かっている行為に手を染めた。 そう判断して良いですね」

「そうだ。 気に入らないなら斬首でも何でもすればいい」

「斬首などしません。 貴方の罪は殺人未遂の現行犯になります。 初犯と言う事で、これから決定しますが、だいたい懲役六年ほどになるでしょう」

「勝手にすればいい。 外に出れば私はまた同じように行動するだけ」

それ以上は何も言わず。

目を閉じて、恐るべき子供の犯罪者は黙り込んでしまった。

だが心を閉ざしているという雰囲気はない。

何というか、空っぽだ。

喋ったことは喋った。

必要な事はした。

だからもう、なにもしない。そういう雰囲気である。

捕まることすら何とも思っていないし。自分が捕まった事も何とも思っている様子がない。

自分の行動で人が死にそうになった事も何とも思っていなければ。

その事が原因で何人も不幸になったことを何とも思っていないし。

更に言えば、罰を受けることを受け入れている。

これはAIというよりも、なんというか。

変な風に尖った、未発展のプログラムか何かのような印象を受ける。私はしばらく違和感で口をつぐんでいたが。

AIと軽く話をする。

「やっぱりおかしい。 もうちょっと検査をするべきだと思う」

「誰かしらの手が加わっていると?」

「いや、それ以前の問題に思う」

これは、誰か悪意のあるサイコ野郎がこの子供を無茶苦茶にしたとかそういう問題ではなくて。

もっと根が深い問題に思えてきた。

いずれにしても、手錠をされるまでもなく(警察のロボットから逃れるのは不可能なので)。

判決が出る短い時間、入れられる拘置所に子供は連れて行かれる。

まあ六年は殺人未遂の初犯としては妥当だ。

それも悪意があってやっているのだから第一級殺人。

この決定が覆ることは無いだろう。

だが、どうしてもおかしい。

AIは私がおかしいと言っているのを、真面目に聞いてくれる。

「何となく生じる違和感が、大きな問題をあぶり出すことにつながる事はよくあることです。 そして貴方はさぼろうと思ってそういう事を言っているわけでは無いと、脳波などの測定で分かります」

「それはありがとさん」

「いいえ。 それでどうしてそのような結論に?」

「何かフォトストル人の文化とかに根付いたものとか、そういう観点は欠けていないかな」

ないと言われる。

基本的にどの人類も、銀河連邦に加わる場合はクリーニングと呼ばれる徹底的な文化調査を受ける。

地球人は恐ろしい程例外的に凶暴だったらしいのだが。

他にも過去に、地球人ほどではないにしても、悪意に充ち満ちた種族はいたケースがあり。

それらはクリーニングであぶり出された後。

AIによる教育で、徐々に文化と切り離されていったという。

殺戮と強奪が文化になっているようなケースは、昔の地球にはたくさんあった。

遊牧民族の一部がそうだし。

北欧のヴァイキングなどもそうだろう。

そういった文化は、クリーニングによってあぶり出され。

今は文化として保全されているが。

その文化のまま生きる事は許されない状態になっている。

文化はあくまで文化として。

人間とは切り離されているのだ。

フォトストル人の場合、恐ろしい程寡黙な種族と言う事で。そういった危険文化のあぶり出しが上手く行っていないのかも知れないと判断したのだが。

ないと即答か。

だとすると、何だ。

AIの側がこれほど即答すると言う事は、余程丁寧に調べているという事になる。

開発地区で、あんな生活をしていた子供の全てを追うのは無理だ。

ましてやあの子は大切なものがたくさん欠落しているようにも見えた。

本当にこのまま犯罪者として扱い。

豚箱に放り込むのが正解なのか。

それは私には分からない。だが、私を遙かに超える客観的データと。客観的視点を持っているAIの判断だ。

人間の勘なんか、遙かに凌駕する能力を持っている、究極の知性存在と言っても良い。

それが客観的に判断したのだ。

だが、どこかに穴はないか。

「数時間与えます。 それで色々データを検証してください。 此方でもデータを提供します」

「さんくす」

「いいえ」

データをどばっと寄越される。

フォトストル人が銀河連邦に加わってから。加わる前。様々なデータである。

それを見ると、元々寡黙なフォトストル人は、言葉を開発はしたが。途中であの触覚を持つ突然変異が出現。

以降は触覚を用いたコミュニケーションに移行し。

加速度的に寡黙になっていった歴史があると言う。

ああなるほど。

何となく、それは分かる。

人間の使う言語というものがいい加減極まりない代物である事は、古くから地球でも言われていた。

例えば正論という言葉がある。

大変に一部では嫌われるらしいが。

そもそも正しいから正論というのである。正しい事を言っているのに嫌われる。それは言語が決定的に欠陥を抱えているからだろう。

他にも相手の顔が気に入らないとか、相手そのものが気に入らないとかで、言語はきちんと伝わらない事が幾らでもある。

気にくわないという色眼鏡が掛かるだけで、相手の言っている言葉が真逆に解釈されることは珍しくもない。

地球人類がそれだけ欠陥だらけのカス生物だという事でもあるのだが。

それ以上に、地球人類が作り出した言語とかいう代物が、いい加減極まりない良い証拠である。

だが、後で調べたのだが。

言語という代物のええ加減さに苦労したのは地球人だけではないらしく。

理性的で知られる種族なども、かなりが言語とか言う代物には苦労を続けたらしく。

最終的には意思疎通をするためのシステムを作り出し、其方に移行した種族の方が多いという。

地球人類は銀河連邦が接触するまでそれができなかった。

地球人は宇宙一優れた種族であると言う妄想が。その瞬間に木っ端みじんに砕かれたわけだが。

まあそれはともかくとして。

言語を使わないコミュニケーションを、途中から会得したフォトストル人は。

それで何か問題を生じさせなかったのだろうか。

データを確認。

ボロボロだった子供の持ち物を確認していく。

服の着替えなどは殆ど無く。下着含めて大変に不衛生だ。

持ち物は。

原始的な調合道具が幾らかある。

これらについては、全て調査済で。これらの道具から、あの興奮剤が作られたのは確定である。

まあそうだろう。

あの巨体を誇るドコルト人が一瞬で錯乱するほどの強烈な興奮剤である。

相応の材料を使い。

知識のあるものが調合しなければ、作れる訳がない。

ましてや今の時代、AIによる補助で様々な防護策が練られており。

ああいう開発区で肩で風きって歩きに来た、背伸びしたいオバカちゃんでも、そういう対策はされている。

それを貫通したほどの強烈な薬物だ。

はっきりいって、専門家が作ったものと同等と見て良い。

あのフォトストル人の子供のパーソナルデータも見る。

地球時代でIQと呼ばれていたものは、今は知能判定数という数字が用いられている。

判定方法は簡単で、AIが総合点を出し。知識、頭のスペック、応用力などから総合して、10から1000までの点数で判断する。

私は160程度で、地球人は50から200くらいの間で、180を越える者は滅多にいない。

過去の地球人で有名な最高IQ保持者であるノイマンがだいたい204という事で。

かなり知能が高いことで知られる種族でも、ここ一億年ほど1000をたたき出した存在はいないということだった。

あのフォトストル人の子供の数値は、177。

私よりもかなり頭の回転が速いらしい。

データを見ると、フォトストル人は平均で150程で、地球人よりもかなり頭が良い種族になるが。

それでも平均をかなり超える頭の持ち主、という事になる。

確か銀河連邦全体の平均は120程で、200を超える者はかなり希。400以上になってくると千人を切り、600以上は同じ世代に出無いという話を聞いている。

そう考えると、全体から見てもかなり知能が高いと言うことになる。

やはりそうなってくると、悪党に洗脳されたとかそういうことはなく。

自分でやった、と言う事なのか。

腕組みして考え込む。

やがて、結論を出した。

「あの子に話を聞いてみたい」

「はあ。 しかし質疑の内容次第ではストップを掛けますよ」

「それでもかまわない」

「分かりました。 内容についてお願いします」

軽く説明する。

しばし考え込んだ後。

AIは許可を出してくれた。

 

4、根本的に違う

 

フォトストル人の子供は拘置所でも静かにしていた。清潔な衣服に着替えて、体も清潔にして。

暴れるでも無く、椅子に腰掛けて目を閉じている。

AIが質問をする。

それに対しても、最初は黙りこくっていたが。

やがて興味を持ったのか、応じてくれた。

「話すべきは話した。 法に従って対応するといい。 別に死刑にするならそうすればいいだけ」

「ここ一億年で死刑になった者などいませんよ。 恐らくは知っているでしょうが」

「……」

「貴方があの興奮剤の効果を知っていて投与したのは分かりました。 恐らく相手がドコルト人になるだろう事を推察していたことも理解しました。 効果を試したかったというのも分かりました。 しかしその先が分かりません」

興味本位、と言われたが。

どうもそうとは思えない。

事実、AI側でも思考の揺らぎを検知した様子だ。

ほんのわずかな揺らぎだが。

それでも、其所を基点に攻めて行くしか無い。

「AIによって整った規律の中、肩で風をきって歩いているつもりの滑稽な相手に対して、現実を叩き付けてやりたかった」

「……」

「そういうことではないですか?」

頬杖をつく様子は、物憂げだが。

何というか、むくれた子供に見える。

この子の実年齢が子供そのもので、不老処置を執っていないことは既に分かっている。

私と違って実年齢と見た目が一致しているのだ。

だから、おかしいと思ったのである。

このくらいの子供が罹る病気は。だいたい決まっている。

古い古い昔に。

厨二病といわれたものだ。

「どうなんですか?」

「大体当たり。 私は人間というものの現実を知りたかった。 AIに管理されている限り、どうしても人間の現実は分からない。 だからAI管理を敢えて外して、開拓地区で泥まみれになって働いてみた。 勿論そういう場所でも、人身事故が起きないような管理はされていたけれど、よく分かった。 背伸びしたいとか抜かしてる人間が、どれだけ現実が見えていないか」

この子が何を見たのかは分からないが。

いずれにしてもはっきりしているのは、どの種族にしても人間は人間。

知的生命体なんてお笑いぐさの、笑止千万な醜行そのものだったのだろう。

或いはガチの犯罪者に遭遇し。

その手口を見てしまったのかも知れない。

だからといって、許される事では無いのだが。

「私は昔で言うテロリストと同じ事をしたのは分かっている。 だから死刑にでも何でもすればいい」

「判決は先ほど出ました。 懲役は六年。 その間に、しっかりと教育も受け直してもらいます」

「人間の現実が貴方には見えていない。 この銀河連邦だって、性能があまりにも良すぎるから誰も文句は言わないけれど、鳥籠と同じだ。 鳥籠を壊すような怪物が出た時には、対応出来なくなる」

「生憎ですが、その事態は既に経験済みです」

ぞくりとした。

AIは、全く動揺する気配もなかった。

要するに、遙か昔。

歴史の遠く先に。

この圧倒的な性能を持つAIを出し抜くような、怪物が出たことがあったのか。

にわかには信じがたい話だ。さっき話題になった知能判定数法で1000の人間と言えば、それこそ1500桁くらいのかけ算とか割り算とかを暗算で秒で解くと聞いている。それをも越える化け物が過去にいたのか。

いずれにしても、そんなものがいたら、どう対応したのか分からない。

フォトストル人の子供も、それには絶句したらしく。

項垂れると、連れて行かれた。

これから刑罰を受ける事になる。

刑務所で教育を受け直して。その後は前科ありなので、監視を受けながら生活をすることになる。

私はぼんやりと、その様子を見る。

六年はあの年の子にはちょっと長い時間だろう。

だけれども、今の時代は不老措置だけではなく、若化措置なんて事も出来る。

別に取り返しがつかない事では無い。

だがそれにしても。

何とも、若気の至りという奴は高くついたものだなとも思う。

AIに褒められた。

「中々やりますね篠田警部。 貴方に来て貰って正解でした」

「何、褒められても困るんだけれど」

「いいえ、実際に掛け値無しに称賛しています」

「そう」

今の時代、富の格差が均一化して存在していない。

だからボーナスは出るが、基本的に蓄財をする事は許されず、使う事を推奨される。

富の格差が如何に問題を引き起こすかは、歴史を調べれば一発で分かるし。

この強烈なAIに理解出来ない事でもない。

古い時代の地球で、これをやろうとして大失敗した共産主義とか言うものがあったらしいが。

それとは根本的に今のやり方は違っている。

いずれにしても、これで家に帰れるらしい。

全ての手配をAIがしてくれるので、後は家に帰るだけだ。

そういえば、あのフォトストル人の子供。何て名前だったのだろう。

調べて見ると、ハアと溜息が出た。

今の時代は、自然分娩で子供が生まれるケースは殆ど無く、遺伝子管理で子供が作られるケースが多い。

多くの場合は名前は自分でつける事になる。

そんな中、あの子は自分に1と名前をつけたらしい。

名前なんかどうでもいい。

そういう強い反発心が感じられる。

大人しい種族と言う事だったが。フォトストル人というのは、案外好戦的で。触手をもった変異種が新しいコミュニケーション能力を開発しなければ。地球人よりも凄惨な殺し合いを母星で続けていたのかも知れない。

そんな風に、私は思った。

程なくして、この開拓惑星に船が来る。

それに乗って帰る。

帰路では、もう今回の仕事で関わった事件については忘れる事にする。

覚えていても仕方が無いし。

適性がないのなら、別の仕事に回されるだけ。

ボーナスが出るが、まあぱっと使ってしまうことにする。

それが金の本来のあり方だ。

無意味に蓄財すると、どうせ碌な事にならない。

それは私もよく分かっている。

しばしして、空間転移のアナウンスが入る。これを何回か繰り返したら、家に帰ることが出来る。

寝ておくか。

そう思って、宇宙船の個室で寝ることにする。

しばしして、気がつけばもう家のあるダイソン球だ。宇宙船が停泊していたので、急いで降りる。

まあこう言うときは、AIがきちんと寝ていても降ろしてくれるのだが。

「今回も無意味な仕事だったなあ」

帰路のベルトウェイに乗りながら、あくびをかみ殺してそう呟く。

実際問題、私がやったことは殆ど無い。

何もしなければ人間は際限なく鈍る。

だから仕事をさせている。

そういう意味では、あのフォトストル人の子供「1」が言ったように、確かにこの世界は鳥籠だ。

だが、鳥籠の外にいたときの人間はどうだった。

はっきりいって、それ以上に無茶苦茶で。

母星を汚染して自滅するのが目に見えていたではないか。

様々な不公正が存在し。

暴力が第一の価値観として君臨し。

結果として知的生命体とは笑止なだけの文明が構築されていたのが現実だったではないのか。

鳥籠の方がまだマシだ。

それについては、私も残念ながら。この生活をしながら、同意せざるを得ない。

ただ、大まじめに鳥籠の外の生活を経験して、厨二病を拗らせた「1」の行動力には感服もする。

まあ感服するだけだ。

帰った後はまた寝るとしよう。

そう、私は思った。

 

(続)