お約束奇譚

 

序、魔力貸し出し

 

この世界には魔法というものがあり。個々人が持っている素質に応じた魔力を用いて、適切な修行をすれば使えるようになる。

ただし魔力の保有量は素質に依存する。

また魔法をどう使えるかも素質に依存する。

それらから、魔法を使うことは大変にリスキーだ。

人間はずっと様々な工夫をして、それらをどうにか出来ないか改善を重ねてきた。

ある貴族は魔法を使えるようにするための子供を品種改良しようとした。魔力が多い素質の子供を奴隷市場で買ってきては、孕ませて様子を見た。魔力が多い子供が生まれたら、それを次世代でまた活用する。

そうしてその貴族の家で、強力な魔法を使える血統を担保しようとした。

だがそれはうまくいかなかった。

親の魔力の素質が高かろうが、子供に遺伝するとは限らない。

ましてや貴族がお気に入りの子供に遺伝するとも限らないのだ。

ある王国では、国民に魔法を教育して、素質を最大限引き出そうとした。

しかしながらそれもうまくいかなかった。

教育するにしても、教育機関を作るのがまず一大事。

魔法を使える人間は相応に仕事があり、後進の育成をするだけでも一苦労。それが多数の人間の魔法を見る。

極めて厳しい事だ。

問題はそれだけではない。

まず素質が違う。

人間はそれぞれ素質が違うため、学習を体系化することが出来ない。天才的な魔法の素質があるのに文盲で吃音。そういう人間もいた。

魔法が使えれば容姿が優れているというとそんなことはなく。

歴代最高と言われた魔法使いは、ガマガエルと猿を足して二で割らないような容姿をしていた。

血統もだめ。

教育もうまくいかない。

それでも各国は魔法の素質をどうにか引き出そうと苦労を続け。

様々な成果を出してきたのである。

技術だけは人間は進歩する。

生物としてはずっとまるで進歩など見せないのに。

それはこの世界でも、同じであるのだった。

 

高い丘の上に、巨大な街がある。文字通り丘が海に向けてせり出していて、どうして街があってくずれないのかは謎とされているが。

大地震があっても崩れることもなく。

火山の噴火で周辺一帯が焼き払われた時も、この街だけは無事だった。

そういうこともあって、今では誰も丘が崩れないことに対しては考えないことにして、王城まで建っている。

クラファルト王国の王都こそが、この「高丘の街」だ。

ただ、地盤がしっかりしていても、この街はあまりにも古すぎる。建造から五百年も経過して、その住んでいる人間の方が腐っている。

王族と貴族は近い血を掛け合わせすぎて、どいつもこいつも同じ顔。民からも、誰が誰だか分からないと陰口をたたかれていて。近年では寿命が露骨に縮み、まともに歩けないような者も増えている。

国民はそれでまともかというとそうでもない。

この街の近くには、人間と長年争っているいわゆる「魔族」の拠点がいくつもあるのだが。

それらの魔族と戦う事を仕事にしているのが傭兵だ。

そう、国軍ではない。

国軍が腐敗しすぎて無能極まりなく。一番小さい魔族の拠点ですら攻略できない有様だからだ。

この街の住民も、よそから来た連中を金で雇って魔族と戦わせればいいと本気で思っている節があり。

しかもこの街は分厚い城壁で守られているので、絶対陥落しないと思い込んでいるのだ。

とまあ上から下まで腐っている街だが。

それでも金だけは流通している。

街が交易の中間点にあるため、金だけは集まるからだ。傭兵に対して金払いが良いかは別として。

実のところ、魔族も意図的にこの街を落とさないようにしている節がある。

交易路を通る人間を適当に襲うだけで済ませている感があり、その目的はよく分かっていない。

何もかも分からない事づくしだ。

ここに来て三年の傭兵アイラは、気取った名前のカフェのテラスで。ぐいぐいとうまくもないココアを飲んでいた。

住民達は露骨にアイラを見下している。

魔法使いのローブを被ったアイラは、傭兵だ。傭兵は必ず、服に傭兵としての印である勲章をつける。

アイラがつけているのは六等で、これは十段階ある傭兵の中では真ん中少し上である。一等から順番に上がっていき、最上級の十等まである。

だが一等だろうと十等だろうが。

此処の街の人間からすれば、全員使い捨ての肉盾だ。

たまに傭兵から成り上がって貴族や王族になろうと考える者もいるようだが、恐ろしいほど閉鎖的なこの街のあり方もあって、それはうまくいかないのだった。

「よーっす、アイラ」

「んー」

話しかけてきたのは、自分より少し年下の傭兵だ。傭兵開始一年で三等級なので、上出来である。

この街に来た傭兵の内、半分は一年でいなくなる。

半分死ぬのではない。

あまりにも街が色々アレなので、いなくなった人数の九割が出て行くのだ。残りの一割は戦死する。

何度も小遣い稼ぎに来る傭兵も多いが。

此処を根城にする奴はほとんどいない。

白亜の王城も、それは昔。

今では見上げる先にある王城は、どれだけ魔法で洗浄してもくすんだ灰色だ。まるで住んでいる王族の腐れっぷりを示すかのようにだ。

向かいに座るその傭兵、ケーシィ。

アイラと同じ女性傭兵だが、魔法使いではない。魔法使いが魔法を発動するまでの時間を稼ぐ前衛である。

前衛には何種類かいるが、ケーシィは体の小ささを利用して攪乱するタイプの前衛だ。死亡率はそれなり。

実際問題、魔族もあんまり人間とは激しくやり合おうとしないし。

魔族が飼っている猛獣の方が、実は危険だったりするのだ。

魔族はアイラも何回か見たことがあるが、魔法の素質が生まれつき人間よりも高いらしく。

しかも体格が倍もあるので、まともに戦うとなると傭兵がわんさか死ぬことになる。

すっかり堕落した国軍が倒せないのも当然だ。

何回か国を改革しようとした王が出たらしいが、どれも腐敗した現状の王室が気持ちいい連中に潰されたらしい。

まあ、この国は長くは持たないだろう。

東も西も、きな臭くなってきている。交易の隊列も、年々減っているのが分かる。

ケーシィは小柄だが、愛嬌があって先輩に愛される。年下で後輩のくせにため口をきいてくるが。それが不思議と気にならない。

「例の見つけた」

「へえ」

「すぐに行く?」

「そうだな……そうする」

ココア代を置くと、さっさと店を出る。

こっちを人間だと思っていない店主の視線を、フードで遮る。魔法使いの標準装備のフードだが、視線を遮れて丁度良い。

路地裏に二人で歩いて行く。

国軍なんて役に立たない。

犯罪組織も跋扈するこの街では、傭兵でも路地裏は結構危ない。それでも平気でアイラ達が歩いていられるのは。

素人ではないことを見せているからだ。

むしろ今のこの国では、犯罪組織の方が国軍より戦い慣れしているかも知れなかった。

「監視がいるけど、外れたよ。 分が悪いと思ったんだろうね」

「そうか。 それで」

「こっち」

階段を降りる。

この辺りは地下水道があり、それに近づくほど家がやすくなる。ジメジメするのもあるが、ずっとくらいこともあって、犯罪にあいやすいのだ。

一応警邏組織もあるのだが、この街の人間しか守らない。

傭兵が殺されても自己責任だ。

だからみんな出て行くのである。

それに対して、代わりは幾らでもいるとこの街の連中は思い込んでいる。まあ、どうでもいいが。

階段を降りて、地下にあるような店に。

其処には、「魔力屋」と書かれた看板が掛かっていた。

店の中に入ると、陳列されているいかにも怪しげな品物の数々。魔法のトラップが仕掛けられていて、触ることは不可能だ。

奥のカウンターには、小豆色のフードを被った小柄な魔法使いがいる。

どうやら傭兵ではないらしいが。

この国の民、つまりこの街の住民だとすると、相当な訳ありか。魔法使いだと泥棒も入りにくいのだが。

それでも此処では暮らしづらいだろうに。

「いらっしゃいませ。 何用で」

「此処では魔力を貸し出しているという話を聞いて」

「……現在保有している以上の魔力を保有したいので?」

「そういうわけではなくて、どういうことをやっているのか聞きたくてきた」

そう説明する。

店主は声からして女か。しかもまだ若い。

こんな死体がいつドブに浮かんでもおかしくない上、犯人だってつかまらないような場所で店を平気で開いているのは。

それだけこの女が、魔法使いとしての技量が高いことを意味する。

魔法使いの才能は遺伝しない。

ついでに才能がそれぞれ異なるから、勉強は極めて難しい。

それが魔法使いの世界の当たり前、だ。

それもあって、色々な努力が行われてきた。その中の一つで、まだ成功していないものが。

魔力の増強である。

生まれ持った魔力を増強する方法は、鍛錬以外になく。

その鍛錬だって限界がある。

それを魔法なり、魔法で作った道具なりでどうにか出来ないか。出来るのであれば、才覚が劣る人間でも強い魔法が使えるかも知れない。

故に、賞金まで出して、そのやり方を模索した王が、別の国にもいたらしい。

アイラは詳しくは知らないが、うまくいかなかったそうだが。

「まずどういう状況を想定しておいでで?」

「私は大きめの魔法を使えるが、魔力量そのものが多くなくてな。 魔族との小競り合いに出ると、どうしてもすぐに力がつきやすい。 それで本当にここぞという時しか魔法を使えず、傭兵としての減点材料になっている。 その欠点を補填したい」

「なるほど。 ではこちらはどうですか」

そう言って店主が出してきたのは、翠色のいかにも飲んではいけない液体が入った瓶である。

アイラのあまり大きくない手でも握れる程度の瓶だが。

値段を見ると、決して安くない。

安月給で魔族との小競り合いに出た時の、報酬がまとめて飛んでしまうだろう。

「これは魔力をそのまま回復する薬ですよ、体には良くありませんが」

「……」

そういうものがあるという噂は聞いたことがある。

結構希少な素材を必要とするらしいのだが。それでもあるところにはあるものだな。ただ。これは私が求めるものではない。

「他にはどういうものがある」

「悪いことは言わない。 薬というのはリスクと背中合わせだ。 魔法と関係なく作った薬でもそういうものでね。 ましてや魔法で摂理を曲げたものだと、更にリスクが大きくなる」

「分かってはいるが、そろそろこの街を離れるつもりなんだ」

「ああ、なるほど」

店主はくつくつと嗤う。

理解したのだろう。

この街に住んでいて、特権意識を拗らせ散らかしていないのなら、分かるはずだ。

この国はもう長くはないのだと。

「では、こちらはどうですか」

そういって、差し出されたのは指輪だ。

値段は今の薬の十倍はする。

「これはどういうものだ」

「普段余剰の魔力はそのまま垂れ流しになっています。 この指輪はそれを吸収して、いざという時にはそれを取り込むことが出来ます」

「どれくらいの容量がある」

「貴方の魔力だと、そうですね。 全容量の四倍程度でしょうね」

そうか。

アイラの燃費の悪い魔法だと、一発放つとそれだけでガス切れになる。それが四発か。

正直それでも破格だが、これから遠出するとなると、まだなお心許ない、というのが本音だ。

ケーシィを一瞥。

苦笑いされた。

ちなみにケーシィと一緒に街を離れるつもりだ。彼女は男癖が悪くてそういう点では評判が悪いのだが。

アイラとはどうしてか気が合う。

男の自慢をしてくるようなこともないし。

それに、この街の排他的な上に特権意識を拗らせた男にはうんざりしていたようだ。これだけ色々問題がある性格の彼女ですらだ。

「検討する。 他には」

「これはどうでしょうか」

そう言って取り出してきたのは、首飾りだ。

説明を頼むと、丁寧に説明してくれた。

これは危険な魔法の道具で、寿命と引き換えに魔力を提供してくれるらしい。アイラくらいの魔力だと、一度に三ヶ月分くらいの命は吸われるとか。

ただしこれは、命の残高がある限り、何度でも使えるらしい。

「いや、ハイリスク過ぎるだろ」

「ケーシィ」

「良いのですよ。 実際ハイリスクですからね」

「他には」

少し考えた後、店主は言う。

ローンが出来ると。

そして契約書を見せる。

「私の魔力容量は貴方の五十倍ほどあります。 貴方がこの契約を飲むのであれば、望む時に遠隔で魔力を貸し出すことが出来ますが」

「五十倍!?」

「いや、私は魔法使いとしては魔力量が多いほうじゃない。 腕利きならいてもおかしくはない数値だ」

不審そうなケーシィに対して掣肘すると。

後は契約書を見る。

ものすごく細かく内容が書かれていて、裏側もしっかり書かれていた。

内容は、これは。

ハイリスク過ぎるな。

基本的に借りた魔法は分割払いで支払わなければならない。しかも借金が基本的にどれもそうであるように、利子つきだ。

利息はかなりまずい。

戦闘時にどれだけ魔力を消耗するかを考えると、これは避けるべきだと判断した。

「これは駄目だな」

「ふむ、以前これを選んだお客様もいたのですが。 しかも利息の取り立てを踏み倒そうとしましたね」

「だろうな。 どんな遠隔地でも魔力を吸い上げられるこの契約書の恐ろしさを理解していない輩なら、それくらいはやるだろう」

利息、十日で一割。

犯罪組織などが良くやる超高利率だ。

こんなものを使ったら、戦闘で十回くらい魔力切れを本来を起こしている状況をひっくり返せるかも知れないが。

それでもその後詰む。

取り立てについてはあるだけ根こそぎ吸い取られるようで。魔法使いとしては文字通りやっていけなくなる。

その上利子を本来の魔力容量が上回った場合には、寿命が吸い取られることが契約に書かれている。

多分だが、その契約をしたバカは、今頃墓の下だ。

恐ろしい奴だな。

何時の時代もそうだが、金貸しなんてのは基本的に倫理観もなければ道徳だって持ち合わせていない。

そういう連中がのし上がる世界だ。

此奴もそう。

見かけ若いが、それは本当か。

今の契約書を見ると、返済が出来ない場合寿命を吸い取る仕様になっている。その吸い取った寿命はどうなるのか。

此奴の若さに還元されているのではないのか。

何時の時代にも、金貸しを格好良く描くピカレスクロマンの物語はある。だが、実態はこんなものだ。

多分契約書も魔法の一部。

完全に同意した上で契約しない限り、この恐るべき貸与関係は発動しないようにもなっている。つまり脅したり薬物で意識をもうろうとさせて契約させても意味がない。それくらいしっかりした契約で。だからこそに、魔法の威力は強力なのだ。

しかも契約した存在は、この魔法使いに攻撃できないようにもなっている。あらゆる方法で、だ。

手下などをけしかけるのも駄目。

本当に徹底している。

その上此奴は、数多の年月を生きてきたのだろう。

どれだけの存在が、此奴の毒牙に掛かったか分からない。

何回か小競り合いをしたから知っているが、魔族は見かけが怖い、体がでかい、魔法の力が強いを除くと、実は精神性はほとんど人間と変わらない。むしろ人間よりも理性的なくらいだ。

こいつは魔族よりも、古くに呼ばれていた「悪魔」が近いかも知れない。

だが、今はその悪魔が作った品が必要だ。

「先の指輪にする。 二つくれるか」

「良いでしょう。 こちらの説明書をお読みください」

「今目を通してもいいか」

「どうぞ。 当然の権利です」

或いはだが。

こうやって紳士的に、いや淑女的とでもいうべきか。振る舞うのも、魔法の一部なのかも知れない。

目を通すが、これは買い切りの品だ。魔力を蓄積する以外は、これといった危険な……此奴に得になる魔法の類は掛かっていない。

ため息をつくと、全部一括払いで払う。

指輪二つで数ヶ月分の稼ぎが消し飛んでしまったが、これからの仕事には必要だ。どれだけ鍛錬しても、アイラの魔力はこれ以上向上しなかった。

魔力量の向上は十代で止まる。

これはほとんどの人間の身体能力が、十代でピークを迎えるのと同じだ。

後は衰えないようにしていくしかない。私も、既にこれ以上の魔力の上昇は見込めそうにない。

これからも魔法使いで食って行くには。

こういう小道具が必須だし。

ましてやこれからの色々な修羅場を考えると、それもまた仕方がないことなのだった。

店を出る。

二度とこの店は利用しない。そして、誰かを紹介することもしない。

数多の命を啜ってきた悪魔の店を、私は後にしていた。

 

1、悪役令嬢が婚約破棄される

 

アイラはケーシィとともにクラファルト王国王都を後にする。最後まで国軍の兵士は、ゴミでも見るようにこちらを見ていた。

出て行く傭兵に比べて、入ってくる傭兵がどんどん減っている。

王都に入り込んでくる金も品も減る一方。

それは暮らしていれば分かる程度の事なのだが。

誰もそれに目を向けようとしない。

この国は、滅ぶべくして滅ぶのだ。

四人いる王子は、いずれも早死にした。今末っ子の王女がいるが、まだ乳幼児なのに病気がちで、長く生きられるか分からないらしい。

遠縁の王族もいるにはいるが、全員阿呆か虚弱体質だ。

貴族達も似たようなもの。

「優秀な血統」「神に選ばれた者」。

そういう妄想を信じて、身内でその血統を独占して近親での交配を続けた結果の末である。

海にせり出した巨大な丘から降りていく。

途中、いくつか宿場がある。

国軍の兵士も常駐してはいるが、いずれもやる気がない。

こういう場所を拠点に、交易路に出かけていくこともある。

これらの場所こそが、傭兵にとっての居場所だ。

実際王都の悪口があちこちから聞こえてくる。

目端が利く商人は、既に王都から離れ始めているようだ。

「アイラ、それで此処で落ち合うんだっけ」

「そうだ。 目印は……どうやら無事にここまで来られたようだな」

小さな宿の一つ。

二階の部屋に、小さなハンカチが縫い付けられていた。

宿に入ると、合い言葉を言う。

通して貰った先には、侍女らしい女を一人だけ連れた。目つきの鋭い女がいた。彼女が依頼主である。

合い言葉をかわして、それで。

相手はため息をついていた。

「ようやく来てくれましたわね」

「貴方がアントワーヌ伯爵令嬢フィリアナ様ですね」

「ええ……」

貴族はどれもこれも似たようなツラをしている。王族もだ。

これはクラファルト王国の人間の共通認識だが、フィリアナは違う。

なんでも伯爵家の方で、先代だかが妾に産ませたのがフィリアナであるらしい。妾はその辺の「平民」の魔法使いだったらしく。それでまともな子供がようやく生まれたそうである。

そしてどこかで王家の方でも、近親での交配がまずいとようやく気づき始めていたのかも知れない。

少し前に病死した王子の一人と婚約させていたそうである。

ただし、それはクラファルト王国では誰もが望まなかったそうだ。

「高貴な血筋」が全てを独占すべし。

異物が入った者など必要ない。

そう考える貴族達も多かったし、王族も然り。

王子が死んだのは病死だった。

それはそうだろう。

フィリアナによると、王子とあったのはベッドで伏臥している状態で三回だけ。しかも王子は年齢より四つも下に見えた上、ずっと熱を出して寝込んでいて。しかも顔も明らかにむくれていたという。

王族病などと言われているが、近親での交配を繰り返しているから、どうもそういう症状が皆に出るらしい。

多分フィリアナを認識さえしていなかったそうだ。

それで王子は死ぬべくして死んで。

第二王子だったらしいそれから、今度は第三王子の婚約者にしようとアントワーヌ伯爵が画策していたそうだが。

それに対して、王子が死んだのはフィリアナが呪いを掛けたからだとか言う訳が分からない噂が流れ。

そして、たって歩くのもやっとくらい体が弱い第三王子が。

初めて出会ったフィリアナに対して、社交界の場で言い放ったそうである。側にはいかにもな女を侍らせていたが。

むしろその女は権力を求めてすり寄ってきたと言うよりも、枯れ木のようにひ弱で、それでいながら体がむくんでいる王子の杖代わりに見えたとか。

兄上を呪殺した魔女、フィリアナ。

王家に仇なすそなたをこれ以上見過ごすわけにはいかん。

それだけ吠えて、王子は激しく咳き込んで、側にいる女から水を渡されて飲んで。数分もしゃべれなかったらしい。

どうしていいか分からないフィリアナに対して、王子は言い放ったそうだ。

婚約を破棄する、と。

何人かの侯爵や公爵が、いい気味だという風にフィリアナを見ていたそうで。

そのまま追放されることになったようである。

ついでに魔女を王家に嫁がせようとして暗躍していたとかで、アントワーヌ伯爵は領地を大幅に削られて、王都から追い出されたとか。

アントワーヌ伯爵自身良い噂がない人物であったので。

これは仕方がなかったのかも知れない。

ともかく、そのまま放り出されても。身なりのいい……一応。妾腹とはいえ、この国で散々恨みを買っている貴族の娘だ。

それこそ三日と生きていられない。

それもあって、必死につてをたどって、脱出するための人員を募っていた。

そこでアイラに白羽の矢が立った。

アイラとケーシィは仕事を選ばないことで有名で。散々魔族の飼っている猛獣が出るような交易路でも仕事をするし。

それらでも成果を上げて、短時間で傭兵のランクを中堅まで上げた。

フィリアナは平凡な娘だったが。側に着いている侍女が優秀だったのだろう。そうでなければ、右往左往している間に殺されていたはずだ。

ともかく、今此処で落ち合うことに成功はしている。

互いに挨拶を済ませた後、軽く打ち合わせをする。

ケーシィには見張りをして貰う。

いつ部屋に暗殺者がなだれ込んできてもおかしくないのだ。

「それで、どの国に脱出をするつもりで?」

「田舎に隠棲することは出来ませんか」

「どうやら現実を認識しておられないようですね」

「何ですって……」

田舎でスローライフでもするつもりか。

馬鹿馬鹿しい。

田舎とは言うが、辺境では因習やこじれた人間関係、その場のローカルルール。それに法が及ばない独自の文化。

そういったものがてんこ盛りだ。

田舎から若者がわんさか出て行くのは、都会でサクセスストーリーの主役になりたいから、だけではない。

そういった腐りきった場所から、さっさと離れたいというのが本音である。

ケーシィもその一人だ。

ケーシィは性格があまり良くないが、過去の話はアイラにしかしていないと言っていたっけ。

話が本当だとすると、ケーシィの田舎もろくでもない場所だったことがよく分かる。

アイラもたいした差はない。

そんな都合が良い、スローライフなんてものを送れる田舎なんぞ存在しない。

更に言えば、そういったスローライフだのを夢見る連中を呼び寄せて、身ぐるみ剥いでいく悪辣な村や。

村ぐるみで賊をやっているような場所だってざらにある。

田舎なんて、良いものでもなんでもないのである。

アイラが経験談を踏まえ話をすると、見る間にフィリアナは真っ青になる。ましてや田舎ではまともな医師だっていない。

しばらく考え込んでいたフィリアナだが。

側にいるやたらしっかりしている侍女が、咳払いしていた。

しっかり伸びた背筋に、それに見て分かる。

剣を持ったことがあり、相当な修羅場もくぐっている。手練れの傭兵だったのかも知れない。

あまり綺麗ではないが、強いのは明らか。

恐らく相当に有能な侍女だろう。

だからフィリアナを逃がせたのだとも言える。

「第二案のクライベル帝国に行きましょう」

「しかしあそこは……」

「この国では蛮族と教えていますが、はっきり言ってどこの国でも同じです。 戦争で勝てば略奪暴行なんでもするのが当たり前。 この国ではクライベルに百年前に勝利して、それで蛮族と馬鹿にしているだけです。 その際にクライベルから連れ帰った民が、今この国で奴隷とされている事を前にも話しましたでしょう」

「そ、そうでしたわね」

こっちの方が話が分かりやすそうだな。

侍女とも話をしておく。

侍女はモリアンと名乗った。

多分偽名だなと思ったが、それについてはいい。しばしして、フィリアナは決断していた。

「分かりました。 クライベルに逃げ込んで、それで……」

「保護を求めるつもりですか? クライベルは今上り調子で、立て続けに四つの小国を吸収して、国力を増しています。 東のクライベルと西のバルマガク聖王国が現在力をつけていて、恐らく数年以内にこの国に攻め込むでしょうね。 つまり敵です。 お嬢様は、身分を捨て、一人の人間として生きるべきです。 現地で暮らしていくための技術を、旅の途中でお教えいたします」

「……」

途方に暮れているフィリアナ。

だが、今は時間がない。

地図を広げて、どう行くかを説明。

途中で、魔族の飼っている猛獣がわんさか出る道を敢えて行く。

この国も、百数十年前くらいまでは精強な暗殺部隊を抱えていたらしいのだが。今ではすっかり弱体化している。

この道を行けば、追跡は無理だろう。

モリアンは地図を読むことも出来たし、それに話が終わると、即座に侍女としての衣装から。鎧をせっせと着込み始めた。

使い込んでいるプレートメイルだ。全身を覆うほどではないが、胸部をはじめとした人体急所はしっかり守る作りだし。プレートメイルで覆っていない場所は、鎖帷子で守りを固めている。

多分現役時代の装備だな。

そうアイラは思った。

すぐに宿を出る。

ケーシィが宿を出て、宿場町を出ながらいう。

「監視されてる。 数は四人」

「想定内だ」

「暗殺者ですか」

「ええ」

追放した後、野垂れ死にするかどうかを見張る。そうしない場合は、途中で殺す。それくらいの仕事だろう。

既に弱体化しているとはいっても四人か。

足手まとい一人を抱えた状態だ。

ある程度は気をつけなければならないか。

できれば隊商と一緒に行きたいのだが、そうもいかないだろう。歩くしかない。フィリアナは長距離を歩いたり走ったりするのは、これは無理だな。

貴族や王家での作法だのは習っているようだし。

武術のまねごとくらいは教わっているようだが。

所詮はお座敷剣法だ。

話を聞くと、魔法も一応出来るようだが。その魔法も、実戦で使えるような代物ではない。

ただ別に最初から期待していないので、どうでも良かったが。

王族や貴族が優秀で、頭脳でも肉体でも平民より優れ、魔法なども凄いものを使いこなすことが出来る。

それらは妄想だ。

バカ貴族が狩りに出かけるのを何回か護衛して知っている。

ほとんどの場合は、補佐役がそれらを支えて、どうにか格好がつくようにしている。だが、その補佐役も駄目になればおしまいである。

崩れゆく国となればなおさらだ。

やはり丁度いい隊商は見つからなかった。行く道のリスクが高すぎるのだ。

ただ、猫車を購入できた。

フィリアナが持ち出してきたなけなしの財産でそれを購入。

フィリアナにはそれに乗って貰う。引くのは一番力がありそうなモリアンにやってもらう。

他にも荷物を猫車に載せる。

なんでも魔法の中には、「アイテムボックス」だとかいう。道具類や場合によっては人まで収納して、重さなし体積無視で運べるようなものがあるらしいが。

そんなのは超上級の魔法だ。

バカでも分かるくらい利便性が優れすぎているので、どこでも傭兵としてやっていけるし、この国みたいな腐敗した場所でなければ、国軍でも王宮の顧問でもなんでも雇ってくれる。

で、そんなものは当然持っていないアイラは、こういう泥臭い手段を執るしかないわけである。

吟遊詩人の三文物語でもあるまいし。

世の中そう都合良くは動いていないのだ。

雨が降り始めた。

雨宿りとかフィリアナがほざくが、無視。そのまま布を被って貰う。

強行軍だ。

ケーシィにいつ矢が飛んでくるか分からないと話して、猫車の後ろについてもらう。アイラは当然地力で走る。

雨脚が強くなる中、街道を行く。

運が良いな今日は。

最近は国軍が弱体化して、傭兵もやる気がなくなっているのを魔族もその飼っている猛獣も敏感に察知している。

東西から大国が攻めてくる前に、魔族が大攻勢を掛けてきてこの国を滅ぼすのではないのだろうか。

そういう話すらあるほどだ。

「風が出てきたな」

「好都合だ」

モリアンに答える。

本来だとまずいのだが、この風雨の中当ててくるような暗殺者は現在この国に存在していない。

問題なのは魔族とその飼っている猛獣だ。

この辺りでも襲撃例がある。

今日だって出てこないとは限らない。

アイラも魔法の燃費が悪い事もあって、逃げ足は鍛えている。そうしなければまずいくらい魔法の利便性が低いのだ。

雷が落ちて、フィリアナがきゃあっとかかわいい悲鳴を上げた。

生き馬の目を抜く貴族の社会では、これではどのみちやっていけなかっただろう。

ケーシィが背後から警告してきた。

「アイラ! 後方から迫ってきてる! 仕掛けるつもりだ!」

「道をそれて!」

即時で判断。

どうやら暗殺者達は仕掛けてくるつもりになったようだ。だとすると撃たれ放題の道はちょっとまずい。流石にザコばかりでも、流れ矢が当たる可能性がある。

即座に道を外れて、側の森に逃げ込む。

森の中はしんとしているが。

大木を背に猫車を配置。

モリアンが剣を抜いていた。

アイラは詠唱を開始。

ケーシィはというと、木の上に猿より早く上がっていく。

「フィリアナお嬢様。 猫車で身を伏せていてください。 それだけで充分です。 すぐに終わらせます」

「は、はい」

モリアンに対するこの信頼っぷり。

ひょっとして親戚か何かか。

可能性は低くはなさそうだ。それとも、同性だがそういう関係かも知れない。どうでもいいが。

詠唱終わり。

しんと、雨の音が聞こえなくなった。

同時に、悲鳴が上がる。

木の上から暗殺者にケーシィが奇襲を仕掛けたのだ。ケーシィは体こそ小さいが、俊敏な上にナイフ術の達人である。

大男の三倍も上背がある魔族の右目をナイフで潰したのは語り草になっていて。猛獣相手にも俊敏さで負けていない。

一人。

二人。

立て続けに暗殺者がケーシィに仕留められる。それが分かる。闇の中でも、気配が分かるくらいでないと、この仕事はやっていられない。それだけではない。そもそも、暗殺者の質が低いのだ。

アイラが魔法を展開。

苦し紛れに飛んできた矢を、はじき返す。

アイラの魔法は空気操作。

とはいっても、相手を窒息させたりと言った高度な技術は難しい。その代わり、かなり利便性は高い。

こうやって、矢をはじき返したりするのはお手の物だ。

躍りかかってきた暗殺者。

闇を切り裂いて飛びかかってきたそれを、文字通りモリアンが一刀両断する。袈裟から真っ二つだ。

最後の一人が、樹を駆け上がって、上から仕掛けてこようとしたが。

其処はアイラの間合いだ。

空気でそのまま横から張り倒す。

強風が凄まじい破壊力を持つように、空気は凄まじい威力を扱い次第でたたき出す。アイラの魔法はそれをやるものだ。

昔、水に重さがあるなんて知らなかったとか抜かしていた奴を見たことがある。

そいつに風に圧力が生じることを説明したが、どうしても理解できなかった。

空気魔法は役に立つのかとせせら笑った相手を、跳ね飛ばして証明して見せたこともあったっけ。

ここまで磨き抜くまで随分と手間暇掛かったのも事実だが。

ともかく空中で著しくバランスを崩し気絶した暗殺者は、目を覚ますことなく地面に激突して死んだ。

暗殺者の気配がこれで全て消えた。

ケーシィが樹から下りてくる。今のはケーシィがアイラの間合いに追い込んだのだ。

フードを被ってガタガタ震えているフィリアナにはそこにいて貰う。死体を集めて、積み上げておいた。

暗殺者の一人は子供だ。

素人を暗殺者に仕立て上げる方が安上がり。それは事実だ。

だが、国を挙げて殺しに来るような場合は、専属で育成したような暗殺者が来るのが普通なのだが。

そんなのが既にいない。

まだ顔に幼さを残した子供が、モリアンが一刀両断した相手だった。ひょっとしたら、初仕事だったのかも知れない。

死体を集めた後、離れて、血の臭いを撒く。

これで魔族の飼っている獣が、死体は全て片付けてくれるだろう。

どうせあれらは人間の味に慣れている。

それに死体は死体だ。

アイラはそういう世界で生きてきた。ケーシィもそれは同じ。多分だけれども、モリアンもそうだろう。

フィリアナは泣いていた。

或いは暗殺者の一人が子供だったことに気付いてしまったのかも知れない。

「こ、こんな恐ろしい目に遭うなんて……」

「お嬢様。 お言葉ですが、貴族の社会はもっと邪悪な陰謀が日常的に行われていますし、王妃の立場はもっと危うかったでしょうね。 その程度の覚悟も出来ていない身で、今まで何を為されていましたか」

モリアンが頭に来たらしく、静かに諭す。

まあ、その通りだろう。

夜道を無言で急ぐ。

恐らくだが、既に暗殺者の死体は食い荒らされ始めている筈。それで多少は魔族と、魔族が飼っている獣を引きつけられるだろう。

今はただ夜道を走り。

程なくして、街道に出た。

かなり王都から離れた。この辺りは早馬など危険で出せない。それだけ魔族が多く出るからだ。

だから人間は気にしなくてもいい。

軍が出た場合はどうか。

昔だったら危なかったかも知れない。

だが現在の国軍の場合は、中途半端な数を出したところで、魔族に片っ端から襲われて追いつく前に壊滅だろう。

傭兵を出すにしても、追いつくのは至難だ。

アイラより腕利きなんて幾らでもいるが。

残念ながら、バカみたいなクラファルト王室のもめ事に巻き込まれて、しかもはした金でそれに関わりたい者などいない。

現在のクラファルト王国は貴族から何から、傭兵はいかに安く使うかくらいにしか考えておらず、こういう仕事ですら金を出し渋るだろう。

山師しか近づかない。

少なくとも、危険な力量の傭兵が追ってくることは懸念しなくて良いはずだ。

それでもさっさとクライベル帝国まで逃げ込まないと、どんな不安要素があるか分からない。

急ぐべきだ。

まだめそめそしているフィリアナは無視。

悪いが、王宮のくだらない陰謀に関わって、生きたまま脱出できるだけでも幸運と思って貰わないといけない。

都合良くイケメンだのスパダリだのが現れて、救ってくれるような事など起きるものか。幼児の妄想じゃあるまいし。

アイラはまた降り始めた雨の中で、指輪を用いて使用した魔力を回復する。ただでさえ走らなければならないのだ。

それからほとんど一晩中走って、次の宿場に。

一番安い宿を借りて、それで数時間だけ休むことにする。

恐らく追跡はないとケーシィは言っていたが。

それでも状況がいつ変わるか分からないのだ。

栄養が豊富な固形食料を口に放り込んで、排泄をさっさと済ませる。水を確保。食料も。

これから野宿が増えると言うと、フィリアナは気絶しそうになっていたが。そもそも虫を見てキャーキャー悲鳴を上げる程度で、田舎でのんびりとか舐めているのかとしか言えない。

人の二の腕ほどあるムカデが寝室に出るという話をすると、今度こそ泡を吹いて失神するが。

それをモリアンもとがめなかった。

もう今のうちに、現実を知っておいて貰わないと困る。

それがアイラとしても、最低限求めることだった。

 

2、再起の難しさ

 

街道を急ぐ。

皮肉な話ではあるのだが、クラファルト王都から離れるほど安全になっていくのが肌で分かる。

ただしあくまで比較して、の話だ。

猛獣はこの辺りでも出るし。魔族の飼っている猛獣でなくても、殺傷力は大差がない。

この面子だと、襲われた場合アイラが対応できないと、そのまま全滅する可能性だってある。

街道にだって盗賊は普通に出る。

それらに襲われた場合は、勿論相手を殺すつもりでいないと。こっちが殺されるのが明白だ。

野宿二回目。

とにかく急ぐ。

この辺りはクラファルト王国の領土ではあるが、そろそろ領域としてはかなり怪しくなって来る。

一応辺境伯の領地なのだが、その辺境伯はクライベルと内通しているという噂があるようだ。

兵士もほとんど見かけない。

前に来た時はあった詰め所は、今は既になくなっていた。

野宿でヘロヘロになっているフィリアナに聞かれる。

「アイラさんは、この辺りは通ったことがあるのですか」

「ありますが」

「やはり、田舎から上京した感じでしょうか」

「……まあそんなところです」

アイラは昔はクラファルト王国の属国であり。今はクライベルの一州になった地域の出身だ。

別に故郷についてはどうでもいい。

ちなみに戦争は起きていない。

あくまで実質的にそうなった、というだけの場所で。現在もクラファルトは領有を公的には主張しているはずだが。

アイラがいたのはそんな場所でも、三十人程度しかいない集落だ。

今も残っているかは知らない。

「やはり巨大なムカデなどが……」

「貴方の母もこの国の貴族ではなかったのでしょう。 寝物語に聞かなかったのですか」

「いや、それは……」

「フィリアナ様は、ほとんど母君を知らないのだ」

モリアンに言われる。

今までの護衛で、信頼を得たからだろう。厳しい表情で口数も少なかったモリアンも、少しずつ話はしてくれるようになった。

まあ、難しい事情があることは分かった。

だとすれば、聞くのは止めておこう。

それから、更に街道を行く。

詰め所がまたなくなっている。小競り合いで破壊された雰囲気ではない。明らかに自分から撤去したようだ。

隊商がすれ違ったので、情報交換をする。

そうすると、話を聞かされた。

「王都の方だとまだ知らないよな。 きな臭くなってきてるんだよ。 ここ数ヶ月、特にな」

「反乱か?」

「大きな声では言えないが、その可能性が高そうだ。 明らかにクライベル訛りがある奴が商会にも出入りしている。 徴税吏が怖がって逃げ出しているらしくてな。 手数料が掛からなくて助かるが……」

「そうか」

アイラの方からも、王都方面についての情報を話しておく。

これで情報交換は成立だ。

もう少しでそれなりに大きな街に着く。

本来は国境の守りを行う要塞を兼ねる城塞都市だが、この様子だと「難攻不落」など関係なく陥落しそうだ。

こんな状況でもむしろ商機とみている商人達は逞しいが。しかしながら、引きどころを間違えれば死ぬ。

それに街に入ると、すぐに分かる。

今までと空気が違う。

クラファルトのたるんだ国軍の連中とはまるでレベルが違う練度の奴がうようよいる。多分クライベルから派遣されてきた密偵だ。

それに辺境伯領だからということもあるだろうが、兵士の練度も王都とは段違いのようだ。

これがそのまま全部寝返って。

それが王都に牙をむいたら。

既に牙も爪もなくしているクラファルトなんて、瞬く間に瓦解していくのではないのだろうか。

宿に泊まると、この後について話す。

クライベルに入った後、身元を明かして保護を頼むのはどうだろうかと、フィリアナがいうが。

モリアンが即座に止めた方が良いと言う。

「利用されるだけです」

「同感」

仮に本当だと分かったとしても、それが関の山だ。

そもそもクライベルは今、侵攻の理由を血眼になって探しているし。それが見つからなくてもどうせクラファルトを攻める。

元々多数の民を奴隷として連れて行かれた過去があるのだ。

それを大義名分として利用するだけで十分である。

ましてや王妃候補だった者が亡命してきたとなれば。

その後ろ盾として、旗頭にしてくる可能性がある。

その場合は死なないかも知れないが。

よくてもクライベルのあまり王位継承権が上位ではない王族、いや皇族と結婚させられるか。

最悪一生幽閉で監視付きだろう。

そういう話をされると、フィリアナは青ざめて、そして言う。

「追放された令嬢が、敵国の王子様に救って貰うような物語を聞いて素敵だと思いましたのに」

「そんなものは妄想作文です」

一刀両断するモリアン。

まあアイラもそれは同感だ。

王族や貴族というのは、血税で育てられ、その全身が政治的利用価値の塊だ。此奴は貴族令嬢とはいえ、それでも血税で生きてきたことに変わりはない。

それが自分の自由ばかり口にして、追放した王子の代わりに素敵な王子が現れると思っているのだとしたら。

モリアンはむしろ優しく諭していると言える。

アイラだったらぶん殴っていたかも知れない。

アイラからしてみれば、ただの仕事上の輸送対象だ。だからどうでもいい。

ケーシィが聞いてくる。

「それでアイラ。 指輪は大丈夫?」

「問題ない。 ここ数日、襲撃も少なかったから、フルにため込むことが出来た。 ある程度は継戦力がある」

「それは良かった。 それにしても、お嬢様を送り届けたら、予定通りに行くかなあ」

「元々流れ者の身だ。 うまくいかなかったら、またプランを変えるだけだ」

アイラは、家がほしい。

それが願いだ。

小さな願いだが。傭兵として各地を渡り歩いて。小銭を稼ぐために命を奪う。そういう仕事をしている身としては、願いとしては大きいのだ。

国を落としたいとか願う傭兵もいて。

実際成し遂げたやつもいるらしいのだが。

アイラには無理だ。

だから、まずは家を買う。

それで安定したら、結婚でも考えたいが。

いずれにしても、それはまだ先である。

フィリアナの母が傭兵だったのかそうではなかったのかは分からないが。玉の輿なんてのはこんなものだ。

結局自分も子供も、大きな力に翻弄されるだけの人生を送ることになる。

アイラは分相応の生活をただ送りたい。

それだけの話なのだ。

ささやかだが、これでも野心的な方だ。大半の傭兵ときたら、日銭を稼いで、酒を飲めればいい。

それくらいで満足してしまっている者だって多い。

そういう傭兵はばたばたと死んで行く。

或いは地に足が着かずに、どんどん色々な場所を渡り歩く。

顔を合わせた時には、味方だったり敵だったりして。

それで平然と殺し合いになる事だって珍しくもない。

ちなみに家を買ったら、ケーシィも一緒に住むつもりだ。ケーシィが男を連れ込んだらちょっと面倒だが。

それもあって、最低でも二階建ての家にして。

それぞれで階を別個に利用するという話で、既に決めていた。

一晩休んで、英気を養って。

それから、戦場になりつつある街を出る。

もう少し行くと関所があるのだが、既に機能していないようだ。人々はほとんど何事もないかのように行き来していて。

兵士達も、仕事なんてしていない。

中には、明らかにクライベルの人間らしいのと談笑している兵士までいる。

こういうのを見ると、クラファルト王国は終わったなと分かる。いずれにしても、そのまま通り過ぎる。

そして、クライベル側に入ると、露骨に空気が変わっていた。

明らかに街路の治安が違う。

街路には獣の気配すらなく、一定距離ごとに見張り台が立てられていて。険しい顔の兵士達が見張っている。

兵士の練度も、クラファルト王国の王都の国軍なんて問題にもならないレベルだ。一人で三人を相手できるだろう。

それに戦い慣れている。

魔族との小競り合いで、傭兵の後ろで見ているだけだった国軍と違って、これは魔族とやり合ってきたのだと分かる。

兵士達は厳しくこちらを見ていて、油断もなかった。

ただし安全なので、急ぐだけでいい。

フィリアナが怖がっているが。そんなのを慰めているよりも、進んだ方が良い。

道も整備されていて、石畳が敷かれている場所もある。馬車が安定して走っていて、その道の管理の丁寧さがよく分かる。

見かけだけで崩れゆこうとしているクラファルト王都とはまるで別の国。いや、まさに別の国なのだが。

それに、アイラがいた頃とは別ものに発展している。

これだと、アイラがいた集落も、すっかり再開発されているのかも知れない。だとすると、人買いにアイラの弟妹を売り飛ばしたあの親は、とっくに牢に入れられているのかも知れなかった。

宿場に到着。

そろそろ目的地だ。

この先にクライベル帝国の第三都市がある。其処だと仕事も探しやすいはずだ。其処で分かれる予定である。

すっかり焦燥しているフィリアナ。

貴婦人をなんだか神格化するイメージもあるが、実際はこんなものだ。先に休ませると、アイラはケーシィとモリアンと、これから会議をしようとして。

数人が来るのが分かった。

すぐに備える。

ドアをノックしてきたのは男性か。練度からして、相当な手練れだ。

「話を聞きたい。 部屋に入れてくれないだろうか」

「どうするアイラ」

「……ちょっと勝ち目がないかな」

モリアンは多分互角くらいとみた。

だが相手は、同じくらいの使い手は後三人いる。

部屋の中だとアイラは魔法を更に凶悪に使えるのだが、ただし加減が極めて難しくもなる。

ほぼ確実に殺すことになるだろう。

ケーシィに至っては、元々対人戦は暗殺特化だ。

相手を無力化させるのはちょっと難しい。

つまるところ、決定打にはならない。

「出方を見よう」

「了解」

モリアンの提案で、相手に部屋に入って貰う。

身なりからして、恐らく騎士か。強面で、豊富な口ひげを蓄えている、四十路前の男だ。眼光はとても鋭く、豊富な実戦を経験しているのが一目で分かった。

「クラファルト王国からの亡命者と判断した。 クラファルトの情報について買わせてほしい」

「本当にそれだけか」

「ああ」

「……」

なるほどな。

どうやら想像以上に事態が進展しているらしい。

今、クライベル帝国からしてみれば、クラファルト王国の情報なんて、出来ればほしいくらいのものにすぎないのだ。

別に亡命貴族を旗頭にして、とかは必要としていないと。

国境の様子からして、相当な数の密偵がクラファルトに入り込んで、情報を持ち帰っているだろうなというのは分かっていた。辺境伯がまるごと寝返ろうとしているのだから、それも納得だ。

亡命してきた存在が危険ではないかを確かめ。

何かしらの情報が得られれば良い。

それくらいの考えなのだろう。

とりあえず、貴族の令嬢が逃げ出してきたのを護衛してきた、と素直に話してしまう。此処はクラファルト王国じゃない。

袖の下が通じる相手ではないし。

恐らく国境を越えた時点で監視を受けていたと見て良いだろう。

しばし話を聞いていた騎士は、出来る事を聞いてくる。

アイラも考え込んだ後、空気魔法を使えることを話し。

仕事は次の街で解散するまで。

報酬を貰ったら後は知らない、とだけ話す。

モリアンもそうだとそれに同意。

ケーシィはそれらを見て、頷くだけだった。ケーシィは相手の強さに敏感だ。戦って勝ち目が薄いことを理解していて、警戒しているのだろう。

「分かった。 これを渡しておくので、隣の町で住民登録をしてほしい」

「住民登録?」

「我が国はその辺りが厳格でな。 滞在するつもりの傭兵でも、滞在している間は身分証をつけておいてもらう必要があるのさ」

そこまで国が変わっていたのか。

親の世代には、子供を怪しい人買いに売り飛ばして、平然としていたのに。

そういえばクライベル帝国では、貴族制を廃止して、直接統治帝政というのと、憲法と議会というのを導入したとか聞いている。クライベルといえば貴族と皇帝の苛烈な殺しあいで知られていたのだが。今の皇帝の時代に、何らかの政変があったらしい。抵抗した貴族が十年くらいで皆殺しにされたとは風の噂に聞いていたが。その結果だろう。

現在では皇帝は血統ではなく議会で選ばれる仕組みになったらしく。

それも段階的に皇帝から名前を変えていく予定だ、とかいう話だ。

意味がよく分からなかったので話半分に聞いていたのだが、ひょっとすると想像以上に改革が早く進んでいるのかも知れない。

だとすると。

奥で疲れ切って寝ているフィリアナを一瞥。

あれは元王妃候補だとか名乗らない方が良いだろう。

この国では、そんなものは必要としない。

寝返りを画策している辺境伯だって、それが済んだら貴族の地位なんて剥奪されてしまうのは目に見えている。

これは想像以上に。

戦争の規模は大きく。

その影響も破壊的になるのかも知れなかった。

「傭兵で腕に覚えがあるならば、その後斡旋所で軍に仕事を紹介して貰うと良いだろう。 軍に所属してくれればありがたいし、傭兵としてもある程度融通が利く。 少なくとも十把一絡げで使い捨ての肉盾としては使わない」

「それはどうも」

「私も傭兵上がりだからそれは保証する。 クラファルト王国の人間と戦いたくない場合にも、それは考慮する。 この国でも魔族が一定の勢力を保っている地域はあるからな。 そういった場所で働いて貰う事も可能だ」

至れり尽くせりだな。

その後は、いくつか注意事項の書かれた紙を渡されて。騎士らしい人間は部屋を出て行った。

ただし監視はついている。

というか、ケーシィ曰く、ずっとついていた監視が継続して張り付いているだけだという。

モリアンがため息をついていた。

「これほど兵の質に差がついていたとはな。 破落戸の集まりであるクラファルト王国国軍、政争にしか興味がない親衛軍、どちらもこれでは蹂躙されるだけだろう。 魔族達もこの国の軍を相手にして、戦いたいとは思わないだろうな」

「同感だ。 早めに目的地に行こう。 私もこれからどうするかはともかくとして、さっさと報酬は受け取りたいのでな」

「そうだな。 お嬢様は眠っていて助かった。 余計な口出しをされても、面倒なだけだった」

「時に、モリアンさんってあのお嬢様とどういう関係?」

ズバリとケーシィが聞く。

もうじき別れるのだ。

まあそれくらいは良いだろうと思ったのかも知れない。

モリアンもそれを聞いて、嘆息すると、答えてくれた。

「私はフィリアナお嬢様の叔母だよ。 年は六つしか離れていないがな」

「叔母」

「フィリアナお嬢様の母の年が離れた妹が私だ。 姉のコネで騎士になって、フィリアナお嬢様の護衛をしていたはいいが、短期間でろくでもない事ばかり起きてすっかりあの国が嫌になった。 幸い私は美人でもなんでもなかったから、あの伯爵に目をつけられる事がなかったのは救いだが」

相当に雇い主である伯爵を嫌っていたようだな。

まあ分からないでもない。

いい噂なんて一つも聞かない人物だ。

もっとも、クラファルト王国の王族、貴族が、基本的に全員、共通してそうなのだけれども。

とりあえず、そのまま休む。

それくらい図太いくらいでないと、これから生き残っていくのは難しい。

翌朝まですっきり休んで、それからフィリアナお嬢様に事の次第を話す。そうですか、とフィリアナお嬢様は少し寂しそうに言うのだった。

翌朝には宿を引き払い、監視がついているのを感じつつも、目的の街へ行く。途中、軍部隊がまとまって行動しているのを見かけた。装備からして統一されていて、軍の秩序もしっかりある。

見かけの鎧ばかりぴかぴかのクラファルト王国の雑兵とは違う。

兵士達が相当に組織されていて、こちらには目もくれない。治安が悪い国だったり、軍の権限が大きい国の軍部隊だと、盗賊と変わらないようなことを平気でするのだが。そういった国の軍が通った後は、味方の筈の街や集落が略奪暴行に曝されて地獄絵図みたいな有様になる事は珍しくもない。

二度、傭兵としてあちこちをうろついている時に、そういう光景を見た。

この国の軍は、そういうことはしなさそうだ。

街道でも、見張りに着いている険しい表情の軍人がいて、だが話を聞くと丁寧に答えてくれた。

この国の軍は貴族を排除する過程で凄まじい精鋭化が進んだらしい。

それで今。蛮族と侮ってきているクラファルト王国との決着をつけようと動いているわけだ。

更にそれと連動して、バルマガク聖王国もクラファルトとの決着をつけに動くだろう。あの国は終わりだな。仮に生き残ったとしても、領土の大半を削り取られ、小国にまで落ちぶれるだろう。

それが見ているだけで分かる。

優れた将軍が一人二人いる程度ではこの劣勢をひっくり返すのは不可能だし。逆にクライベル帝国は、多少指揮官の質が劣っていても勝てる。

それくらい力の差がある。

見ていると、魔法を専門的に用いる兵士もいるようで、相応に厚遇されているようだ。

クラファルトだと魔法を専門に使えても兵士としては雑多な使われ方をしていた。少なくとも、兵士の中に普通に混ぜられたりしていて。槍や剣で武装した兵士とほとんど同じ扱いをされていたように思う。

街に着くまでに、何度か組織化された部隊とすれ違った。

まともな諜報網を敷いていれば、これはどうにもならないとクラファルト王国では判断して、既に講和を始める準備をしている頃だ。

だが、あの王都の様子からして。

此処までの絶望的な状態である事は、恐らく誰も理解していない。

あのくすんだ見かけだけの街は、近々焼け落ちる。焼け落ちはしないかも知れないが、制圧されるだろう。

あの魔力を売りつけていた魔女はどうなるのだろう。

まああれだけの悪党だ。あっさりと状況を見て、生き残るのだろうが。

街に入ると、役所に向かう。

手続きは極めて事務的で、事務員は丁寧に書類仕事のやり方を教えてくれた。契約書に目を通して、サインを何回か押す。

大量の書類を効率的に管理しているようで、事務員もかなり慣れている。

これがクラファルト王都だと、事務員は役に立たないだのいかに安く使うかだのの話をしていて。

そんなだから、事務員も定着しなかった。

此処では事務員も仕事が丁寧だし、やる気をしっかり出している。

国がうまくいっているのだ。

フィリアナお嬢様は、目を白黒させて。丁寧な対応を受けて本当に驚いていた。モリアンが側で着いていなくても、手続きが出来ている。文盲が相手でも対応できるように、様々な翻訳魔法を使える人間まで待機していているようだ。

帝国は悪。

そういう話が、根底から崩れる光景である。

それに元々この国にいたアイラも、全く違うと驚かされる。薄らぼんやりした昔の記憶にあるこの国は。

もっとどうしようもなかった。

本当に凄い人間が改革したんだなと、驚かされる。ただその人だけでどうにかなったとも、またそれは思えなかったが。

役所の入り口で、別れると同時に報酬を受け取る。

萎縮しているフィリアナに、モリアンが視線を向けながら言う。

「これから私たちは一市民として暮らしていくつもりだ。 場合によっては私は軍に入るかも知れないがな」

「これまでありがとうございました」

「いえ……」

フィリアナに頭を下げられる。

フィリアナはこっちで貴族として待遇してもらえるとでも思っていたのだろうか。

クラファルト王国での教養なんか、何の役にも立たない時代が来ようとしてきている。それを肌で感じて、今まで身につけたものは何だったのかと、虚無感に襲われているのが見ていて分かる。

まあ、仕方がないことだ。

二人が行く。

アイラは嘆息すると、ケーシィを促す。

こっちはこっちで、傭兵として軍に登録しに行く。

市民章を見せると、すぐに話を聞いてくれたし。事情もくんで、北部の魔族の退治を行っている部隊を斡旋してくれた。使える魔法などについても細かく聞かれて、登録を受ける。

傭兵としての身分証を作ってくれたので、受け取る。以降は事務仕事は必要なくて、これを窓口で見せると、仕事を斡旋してくれるらしい。

家を買う。

その夢が、見え始めているように思えた。

 

3、スローライフなど存在しない

 

森の中から追い立てられてきた魔族。牛頭をしている成人男性の倍も背丈がある奴を、アイラは空気の魔法で拘束する。

暴れる魔族に、風のように迫ったケーシィがナイフをたたき込む。目を潰された魔族が悲鳴を上げてうずくまる。

降参、降参。

そう叫ぶ魔族を、手慣れた傭兵達が縛り上げる。

降伏した魔族は殺されないが、独自のコミュニティに送られ。鉱山などで労働を強いられる。

勿論降伏しなければ殺す。

此処でもどこでも行われている、魔族と人間の争い。

その中では、比較的穏当だなとアイラは思った。

ここに来て半年。

風の噂で、クラファルト王国が落ちたことは聞いた。王都はクライベル帝国のなんとか言う将軍が制圧。正直誰でも落とせただろう。

王は帝国首都に引っ立てられて、王都は「帝国辺境領都」の一つにされたらしい。国軍や親衛軍は鎧袖一触に蹴散らされるどころか、出陣したところを魔族に襲われて、支離滅裂。

ほとんど組織的な抵抗さえ出来なかったという話だった。

いずれにしても巨大な土地がクライベル帝国とバルマガク聖王国に分割され。それらは事前に協定を結んでいたようで。それぞれが事前に決められていた土地を制圧するので終わったようだった。

いずれにしても、関係ない。

傭兵はそういう仕事だ。

中にはクラファルト王国のために命を張った傭兵もいるかもしれないが、それはそういう生き方。

惚れた相手がいたとか。

或いは金払いが良かったとか。

いずれにしても、目端が利かない傭兵は生き残れないし。それ以上のものがあったのなら。死んでもそれは本望だろう。

アイラみたいに傭兵になった時点でそう考えられるようにならないと。

長生きは出来ないのだ。

ともかく、今日も魔族を退治した。周りには今捕縛した魔族の飼っていた猛獣が死体になって散らばっている。

いずれもが大した相手ではなく、倒すのにそれほど手間は掛からなかった。

兵士達と連携して、死体を片付ける。

毛皮などを回収したり、肉などを食べられるものもいるのだが。

人間を食っているケースがあり。

そういう場合、肉を食べると病気になることが多い。

それもあって、余程の事がない限り肉は食べないのが普通だ。皮に関しても、毛皮用の獣のものとしては最下級になる。

だからほとんどは燃やして崩す。

アイラは頼まれたので、空気魔法を使い。

炎魔法を使える騎士の手伝いをする。火力を高めて、一気に死体を焼き崩していくのである。

処理が終わった後は、隊列を整えて引き上げる。

夜になるとまた魔族とは力関係が逆転する。

この辺りの魔族はほとんど撃退したが、それでも生き残りは頑強に抵抗していて。全てを倒すまでは安心できない。

魔族もクラファルト王国が落ちてからは各地に散って、それを傭兵が追撃して回っている。

安全な狩り場がなくなって。

魔族としてもクラファルト王国の陥落は、大きな打撃だったのである。

宿舎に入ると、夕食をとる。

此処での給金はクラファルト王国とは比較にならないので、非常に傭兵達の士気は高い。わいわいと騒いでいる中で、歌える奴は歌ったり、楽器をかき鳴らしたりしている。酒を入れている者もいる。

酒が出るくらいの環境だと言うことで。

それもクラファルト王国時代とは雲泥だった。

ケーシィはこの間、また新しい男を作ったようだが。見ている限り、もう冷めているなあいつは。

袖にした新しい男が、恨めしそうに見ていた。

ケーシィが側の椅子についたので、一応は言っておく。

「あんまり尻軽な真似ばかりしているといずれ刺されるぞ」

「分かってるよ。 でもどうしてもこればっかりはね。 それよりアイラはいい人は見つからないの」

「今はまだ興味がないね」

「そっか」

ケーシィとは生まれた土地の文化が違う。

ケーシィはとにかくたくさんの男を見て、良いのを見繕えと親に言われて育ったらしい。

別に淫売とは思わないが、そういう考えはあるだろう。

アイラは枯れ果てた集落の出だ。

親は売り払うために子供を作って、それで人買いに容赦なく売った。それで贅沢をしているのを見て、アイラはこいつらみたいにはならないと思いながら育ち。魔法が使えるようになって、すぐに村を出た。

子供を売るために作るような親にはならない。

それには、そういうことをしない相手がいい。

そういう考えがあるから、アイラは男選びには慎重だ。ケーシィには以前それを話したことがある。

だから考え方が違っても、仲良くやれている。

ちなみに金の管理はアイラがしている。ケーシィに持たせると、持たせた分だけ使ってしまうのだ。

それで何度か痛い目に遭ったこともある。

今では、アイラが預かることに、ケーシィも同意していた。

「それでいい家見つかりそう?」

「まだもう少し掛かる。 土地だけなら買えそうだが、家も買うとなるとまだまだだな」

「よし、もう少し頑張るか。 別の場所で、もっと稼ぎ良くないかな」

「いや、此処が片付くまではやるぞ」

勿論魔族が減ればそれだけ稼ぎは落ちる。

だが、その代わり、稼ぎが少なくとも仕事を最後まで付き合うという実績を作ることになる。

それは信用に化ける。

傭兵にとってはそれは大事だ。

ただしそれも場合にもよる。

アイラは比較的相手からの信用を大事にする方だが、それでもクラファルト王国は見捨てた。

状況次第で、そう判断しなければならないのが傭兵である。

ちなみに酒は入れない。

下戸なのもあるが、こういう場所で正気をなくすほど飲んで、金を取られない自信がないのだ。

「アイラどの」

「!」

顔を上げる。

騎士の一人が声を掛けてきた。女性騎士は珍しくもないが、三十路近くまで現役でガチンコの武闘派をやっている珍しい人物だ。

この部隊では、まとめ役をやっている。

戦闘能力は高く、自前の剣術も優れているが。その剣術を魔法で強化しているようで、とにかく強い。

ただそれだったら、軍の一線でなぜ活躍していないのか。

この人がこのような僻地で活躍するくらいに、人材が豊富なのか。

それとも何かしらのろくでもない理由があって、クライベル帝国にも相応の闇があるのか。

それはアイラには分からない。

「エイベルどの、何だろうか」

「後で執務室に来てほしい。 ケーシィどのとともにな」

「分かりました」

生真面目な人だ。

何かしらの作戦か何かの相談だろうか。

此処で半年ほどいるが、ずっといる傭兵はアイラとケーシィを除くとほとんどが老廃兵ばかりである。

作戦に一度参加すると、一旦抜ける傭兵がほとんど。

命を落としたり、負傷したりするものもどうしても出るが。

此処ではほとんどの場合、日銭を稼ぐと抜けるか。

或いは、もっと稼ぎがいい仕事場に出向く。

対魔族だけが傭兵の仕事ではない。

軍の手伝いに出ることもあるし。

ゲリラやテロリストの掃討や、賞金首の捕縛などで動く者もいる。

腰を据えている傭兵の方がむしろ変わり種なのだ。

しばし食事をした後、酔いを覚ましたケーシィとともに騎士エイベルのところに。

エイベルは執務机を持ち込んでいて、書類を決裁していた。

宮仕えは大変だな。

そうアイラは思いながら、話を聞く。

「この戦地で掃討作戦を行う。 魔族の残りは数体、後は飼っている獣がほとんどだ。 アイラどのとケーシィどのは、此処で古参の傭兵として、ダメ押しに投入される軍部隊と連携して、敵にとどめを刺してほしい」

「分かりましたが、敢えて私などになぜ頼むのですか」

「簡単な話だ。 地の利、相手の戦力を把握している現場の人間だからだ。 我が帝国では、現場で実績を重ねている人間を評価する。 この話を受けてくれたら、最初から義理を通して此処で働いてくれたことを認めて、報酬を出そう。 また、紹介状も私の方で書こう」

「……良いでしょう。 契約書をお願いします」

ケーシィが眠そうだが。

まあそれはいい。

こういう手続きはアイラがすれば良い。

契約書を見ると、かなり破格の条件だ。流石に即座に目的としている二階建ての家を買えるかというと微妙だが。

それでも、此処で実績を積んでいる騎士の紹介状を得られれば非常に大きい。

傭兵も戦歴を問われる仕事で。

現役の騎士が太鼓判を押してくれた、しかもクライベル帝国の……となると。どこでも相応の仕事にありつける。

クライベル帝国では、現時点では傭兵は使い捨てではなく、きちんと人間として扱ってくれているが。

それでもこの契約は大きい。

契約は一も二もなく受ける、といいたいが。それでも契約書にはしっかり目を通しておく。

それで押印すると、エイベルは言う。

「軍属に移る気はないか」

「流石に。 私はケーシィとともに、家を買うのが目的ですので」

「家か。 確かに軍属となると、好きな場所で好きなように仕事をすると言う訳にはいかないな」

「そういうことです。 ありがたい申し出ではあるのですが、皇帝陛下の声が掛かれば地の果てまででもいかなければならない軍人は、私の性にはあいません」

それだけ言うと、執務室を後にする。

運が巡ってきている。

村を出た日から、ろくでもないことばかり続いた。だが、クラファルト王国を出てから、一気に運命が好転した気がする。

もう少しだ。

もう少しで、夢が叶う。

 

いくつかの任務に参加して、それで散々酷い目にもあって。

今、目の前に二階建てのレンガの家がある。

土地も含めて、アイラとケーシィのものだ。

この間にアイラは左目を失った。

ケーシィは右手の指を二本欠損した。

無理をしないようにはしていたつもりだったのだけれども。

それでも、どこか気の緩みがあったのだろう。それでも、ついに念願の家を手に入れたのである。

目は一つ失ったが、魔法の精度は皮肉なことに更に上がった。ただし燃費はどうにもならないし、魔力量も変わらない。

もう魔力量があがる年齢ではないからだ。

それもあって、周囲の探知はケーシィに頼むしかない。

家の中に入る。

新築ではない。

新築を買えるほどの贅沢は出来ない。

家の中には暖炉があって、冬でも暖かい。

二階建てだが、貴族の邸宅などとは比較にならないほど小さい家だ。それでも寝室はケーシィと別。

ケーシィは大きめのベッドがほしいというので、それも購入した。前の古いベッドは壊れかけだったので、丁度良かったと言うこともある。

木戸と木製の窓はちょっと頼りないが。

それでも風雨を耐えるのには充分だ。

ただしまだ少し修繕をした方が良い。それについては、意見がケーシィと一致していたが。

家の中を見て回って、それで修繕点をいくつか洗い出しておく。この辺りはアイラもケーシィもプロだ。

どこがまずいかくらいは一発で分かる。

便所はちゃんと下水道が通っていて、くみ取り式ではない。これだけで大変ありがたい。

水道は近くの井戸を用いる。

家の中に空気を通してみて、地下室があるのを発見。地下室を見てみると、倉庫になっていた。

ただ木の床で封じられていた。

何人か家主が変わったらしいのだが。

恐らくその過程で、誰かが気付かず封じ込めてしまったのだろう。

修繕が出来る範囲では、修繕を行う。

ケーシィは力仕事は大の苦手だが、手の指をいくつか欠損した今も、細かい作業は得意である。

ただし、それでも限界があるので。

まだ金を稼いで、大工を呼ばなければならなかった。

ケーシィはまだ男を遊び歩いていて、たまに危険な男に引っかかりそうになる。

この国でも犯罪組織は存在していて。

ただ、ケーシィも鼻が利くから、これはまずいと判断した男とはさっさと縁を切るようである。

たまにアイラも出向いて、犯罪組織をまとめて潰すこともあるが。

出来ればそういうことは何度もやりたくない、というのが本音だ。相手も用心棒で傭兵を雇っていたりするからである。

ともかく、家の修理などの見積もりを終えると、ベッドで休む。

ケーシィが隣に潜り込んできた。

そういう関係ではないが。

ケーシィはどうも本音では誰かしらのぬくもりがほしいらしくて。たまにこうやってひっついてくる。

アイラも売られることが分かって泣いている弟や妹を覚えているから。

そういう孤独は、分かるつもりだった。

「家、手に入ったね」

「そうだな」

「これから、あとどれくらい働かないといけないのかな」

「荒事をやれるのは後十年が限度だろうな」

その間に。

老後の仕事と、それにしっかりした手についた仕事も手に入れておかなければならないだろう。

幸い魔法の制御は年齢とともに衰えるようなことはない。

魔力量はだいたいの人間が横ばいで人生を終えることになる。

それもあって、魔法の仕事自体は出来る。

問題はケーシィで。

荒事が出来なくなると、悪評が表に立つようになる。

「軍属以外の公務員が良いかもな」

「私はどうしようかなあ」

「ケーシィはまずは男癖を直せ。 この間の男も、二ヶ月しかもたなかっただろう。 それなりに条件がいい相手だっただろうに」

「いや、体の相性が最悪だったし」

知るか。

そう吐き捨てると、ケーシィがごめんと素直に謝る。

分かる。

二人っきりで過ごしている時、ケーシィはヘラヘラした先輩に愛されるお調子者の顔ではなく。

本音を見せてくれる。

ケーシィも、自分のどうしようもない欲望を、あまり良くないと思っているのかも知れない。

子供でも出来れば変わるか。

いや、それは幻想だろう。

実際問題、うちの親なんて、子供を何人産もうがゲスのままだった。

妻帯者で屑は幾らでも見てきたし。

子供を産んだ母親だからと言って、しっかりするかというと。それは大嘘だ。

「私は魔法を生かした傭兵以外の仕事を探す。 この街でも役所があるから、話をしてみるつもりだ」

「あ、傭兵止めるんだ」

「ああ。 そろそろ結婚するつもりだからな」

相手はいないが。

そんなものは後から作れば良い。

ケーシィが身を寄せてくる。

「アイラが男だったらなあ」

「そう言われてもな」

「私ってこんな性格でしょ。 それに散々男と寝ても、子供が出来る気配もないんだよね」

そういえばそうだな。

一応子供が出来ないようにする薬や魔法もあるにはあるが、ケーシィはひょっとして。

性病を防ぐ魔法は使っているようだが。

或いはただ、子供がほしいのか此奴は。

ため息が出る。

「戦災孤児が幾らでもいる。 引き取ろうか」

「え……」

「ケーシィ、お前ひょっとして子供がほしいんじゃないのか。 男なんて実際にはどうでも良くて」

「……うん。 なんだか最近、そう思えてきた。 この間の男もさ、結婚を前向きに考えてくれたし、優しかったんだよね。 でも、なんだか理由をつけてふったように思えてきてる」

ケーシィの故郷では、子供をたくさん産むことが美徳だった。

だが、ケーシィの母親は、一人しか産めなかった。

ケーシィのことだ。

それで随分と、姑からつらく当たられていたらしい。

それを聞くと、どうも問題はそっちにあるとしか思えない。

「分かった。 役所でそれも相談してくる」

「ありがと。 アイラ大好き」

「それ以上くっつくな」

「うひひ……」

気付くと、ケーシィはもう眠っていた。

ベッドから出ると、居間のソファで寝る。

ケーシィはケーシィで欠落している。アイラも、それは同じように思えてきていた。

 

傭兵時代の経験の履歴と、何枚かの紹介書を見せる。

それだけで、仕事は決まった。

軍学校の教師だ。

ただ、いくつか良くない話も聞こえてきていた。

国を大改革して、この国を大国に押し上げた現皇帝の体調がよろしくないらしい。

勿論この国が皇帝なしで回るように準備を整えているらしいのだが。もしも間に合わなかった場合。

各地で貴族の残党やら、クラファルト王国の残党やら、或いは他の制圧された国々の残党やらが。蜂起する可能性はある。

勿論現在のクライベル帝国は非常に住み心地が良いこともあって鎮圧はされるだろう。

問題はその後だ。

現在いくつかの国とクライベル帝国は国境摩擦を起こしていて、遠征も何年かに一度やっている。

今の皇帝は戦に秀でているというよりも戦略に秀でている人物で、必ずしも戦争そのものに強いわけではなく。

また現地で実戦を指揮する将軍達も、名将とは必ずしも言いがたいそうだ。

もしも周辺国が、偉大な皇帝の不予につけ込んだら。

あまり面白くないことになるかも知れない。

しかしながら、体力的に傭兵をするのはそろそろ厳しくなりつつある。

もう三十路近いのだ。

軍学校でも、人材育成に力を入れていて。魔法部門でアイラは教鞭を執っているが。どうも帝国では、特化型の優れた人材よりも、平均的に能力を上げる事に力を入れているらしい。

実戦での経験があまり生きない。

四苦八苦して教えながら、アイラはどうもうまくいかないなと思うばかりだった。

ただ、それでも福利厚生はしっかりしている。

家に戻ると、養子を迎えたケーシィが、二人いる養子を寝付かせていた。二人とも、戦災孤児だ。

親はまだ赤子だった二人を放って逃げだし。

戦地で保護された。

孤児院で保護されていたのを、引き取った。

そうしたら、ケーシィの男遊びはぴたっと止まったのだ。

どうやら、本当に子供の方がほしかったらしい。ケーシィもそれを自覚したのだろう。それ以降、男には見向きもしなくなった。

子育てについては、ケーシィに任せる。

たまに軍学校で臨時講師として、戦闘訓練を教えて貰う事もあるのだが。

その時は乳母を雇う。

アイラは子育てに適正がないらしい。

幼い子供に久々に接してみて、それが分かった時はショックだった。

今更だが。

あの酷薄な両親のところにいた時。

アイラがしっかり子育てが出来ていたら、売られる前につれて逃げることだって出来たのではないか。

そう思うと、心が痛む。

ケーシィもアイラが子育てに向いていないことは悟っているらしく。

子育てを手伝えとか、そういうことは言わないのだった。

家に戻ると、ケーシィがホットミルクを出してくれる。

ありがたくいただきながら、椅子で疲れを取る。

疲れが、年々とれなくなってきている。

魔法は平気でも。

体はもう、現役自体ほど動きそうにない。

それはケーシィも同じらしくて。

軍学校で教えている時、昔のような動きが出来なくて、失敗したことが何度かあるらしい。

子供はもう二人とも寝ているので。

今後について話をする。

「少しばかり状況が良くない」

「ああ、皇帝陛下があまり状態が良くないんだよね」

「そうだ。 今の帝国は過ごしやすい国だが、それは皇帝陛下の力量に依存しているところが大きい。 十年だかこの国を離れている間に、こんなにこの国をよくしてくれた傑物だ。 亡くなった後の、この国の混乱も大きいだろうな」

「どうする? 傭兵にでも戻る?」

首を横に振る。

アイラとしても、以前のように稼げる自信はない。

判断をミスしたかも知れない。

軍に入っていれば、今頃もう少し良い条件で、二人で暮らせていた可能性もある。

ただし各地の国境紛争や国境摩擦にかり出されて、正規軍を相手に今までとは比較にならない厳しい戦いをした可能性が高く。

魔族を相手にするより厳しい状況で、片目を失う程度では済まなかった可能性だって低くはないのだ。

「今更家を離れるの、嫌だな」

「私もだ。 それでどうする。 最悪の事態が起きたら」

「ミミやランツを放ってはおけないよ。 死んでも二人は守らないと」

「エゴイストだったお前から、そんな言葉が出るとはな。 子供が出来ればまともになるとは限らないのに、お前は立派だよ」

アイラは夫を探しているが。

どうもなかなかうまくいきそうにない。

今になって悟ったのだが。

アイラは視線が怖すぎるらしくて、それで歴戦の騎士ですら鼻白むそうだ。

子供を育てられるとは思えない。

そういう話を陰口でされているのを何度か聞いた。

実際その通りなので苦笑いするしかないのだが。

問題なのはこの家がある街。

この家がある街は、帝国でも三つ目の都市なのだが。バルガマク聖王国に備えている前線都市に近い。

もし其処が抜かれると戦場になる。

更に言えば、かなり大きな都市だ。

内乱でもおきれば、拠点になる可能性もある。

案の定というか、皇帝の体調悪化に伴って、治安が悪くなり始めている。それはアイラも知っている。

傭兵の中には、国が傾くと盗賊に転身する奴も多い。

そういうのが出始めているのかも知れなかった。

「ともかく、最悪の場合に備えよう。 ケーシィ、情報を集めておいてくれるか」

「合点と言いたいけれど、身動きがとれないかな」

「乳母を雇ってくれ」

「まあ、そうなるかな……」

それで乳母を雇ったのだが。

驚いた。

来たのは、フィリアナお嬢様だった。

もう昔、王子に婚約破棄された令嬢の面影はなく。

すっかりこの国に溶け込んでいたので。顔を見て、お互いにあっと声が上がってしまったが。

「まさか貴方達が雇い主になるなんて」

「あれからどうしていました」

「モリアンは軍で今は指揮官をしています。 私は乳母や裁縫で、日々の生活費を稼いで、二人で、後家族も一緒に暮らしています。 子供ももういるんですよ。 それなりにいい人が見つかって」

そうか。

なんだかんだで、最終的にはうまくいったんだな。

ただ、勿論理想の王子様なんかではなく。

モリアンの稼ぎを頼りに、貧しい生活をどうにか回している状態だと、苦笑いされてしまった。

丁度良い。

モリアンに話を聞いて、それで情報を集めた方が良いだろう。

何しろ現役の軍士官だ。

それで、フィリアナに話をつけて貰って、モリアンに会いに行く。

そして実際に会って驚いた。

相当に老け込んでいる。

体にはいくつも古傷を抱え込んでいて、それが老いを加速させたらしかった。

アイラも人のことは言えない。

軽くカフェで話して。

なんだか昔のようだと思う。

昔とは何もかも状況が違うが。それでも、どうしてか、不思議な既視感があって。なんだかおかしかった。

しばらく情報を交換した後、頼まれる。

「フィリアナ様……いやもうそう呼ぶ必要もないか。 姪一家を連れて、逃げてくれないだろうか」

「状態が悪いのか」

「ああ。 この国は近々、大連合を組んだ周辺国との総力戦に入る。 皇帝陛下の不予を嗅ぎつけたバルガマク聖王国が盟主となって、大連合を組んだ。 背後には隣の大陸の支配者であるレスラ連邦の影がある。 負ける、とは言わないが、この街は少なくとも安全ではなくなる。 クライベル帝国は二割から三割の領土を失うだろうとみられている状態だ」

そうか。

だとすると、防御に徹して相手の疲弊を待つしかない状況なわけだ。

この街も、第二防衛線として戦略に組み込まれ。

負ければ敵に踏み砕かれるわけだ。

そしてその可能性が、高いと言う訳だな。

せっかく家を手に入れたのに。

ため息が出てしまう。

「新しい家を用意してある。 フィリアナ夫婦と子供二人。 それに君とケーシィ、子供二人。 それらがやっていけるだけの家だ。 私が軍で蓄えた金で買った。 これを譲るから、其処にさっさと逃げてほしい」

「それほど事態が切迫しているのか」

「既に前線にはレスラの斥候が出てきている。 軍事技術も魔法の技術も帝国よりも二世代は進んでいる強力な国家だ。 レスラ連邦は魔族も国民としている国家でな。 魔族の魔法も取り入れる事で、周辺国を圧倒する力を得たが。 その代わり、暴走するように周辺国を取り込んでいる。 此処で食い止めないといけないだろう」

確かに、それほど急速に膨張しているのなら。

それが止まった時の反動は、想像を絶する地獄絵図になるはずだ。

頷くと、モリアンは書類と鍵を渡してくれる。

アイラは席を立つ。

これは、準備をすぐに始めて、発たなければならないだろう。

「それでモリアン。 貴方はどうするつもりだ」

「私は最前線で戦う。 姪一家が逃げる時間を少しでも稼がなければならないからな。 バルガマク聖王国の兵士なんぞはものの数ではないが、誰かが犠牲になって、レスラの連中の戦術や魔法を学習しなければならない。 私はそうするつもりだ」

「貴方がそうまでする意味はあるのか」

「ある」

モリアンは言い切る。

この国は、行き場のない姪を受け入れてくれた。

その素性を理解している上でだ。

その上で、白馬の王子様なんてアホみたいな相手ではなくて。きちんと地に足の着いた配偶者まで用意してくれた。

伯爵家でずっと針のむしろに座らされていて。身内でしか通用しない教養を仕込まれていたフィリアナを自由にしてくれた。

それだけで、命を賭けて守る価値があるのだと。

そうか、とアイラは言う。

結局アイラは、其処までの境地に行けなかった。

自分の命より大事なものを見つけられなかった。そういうことなのかも知れない。

家に戻ると、手分けして準備を開始する。

預金をはたいて、大型の荷車を購入。痩せてはいるが、馬も手に入れる。それらに荷物を載せる。

家はそのまま残しておくことにする。

身につけておかなければならない大事なものだけは持っていく。例えば魔力を蓄える指輪。

実戦から離れて久しいが。それでも、此処からはまた必要になる可能性が高いからだ。

フィリアナ夫婦と合流。フィリアナの夫は、太めの気がよさそうな男だった。美男子でもなんでもないが、子供達には慕われているのがよく分かる。パン屋だそうである。フィリアナは最初パン屋と結婚なんてと難色を示していたらしいが。それでも、今では夫以外の相手は考えられないとか。

役所などで手続きを終えて、すぐに街を去る。役所にはかなりの人が来ていて、怒号も飛び交っていた。

平和は脆いものだな。

そう思いながら、やっと手に入れたと思った家を後に。街を離れる。

気が利いた連中は、もう別の街に逃れ始めている。街道は、既に軍が手配したらしい、護衛の部隊があちこちで目を光らせていた。

隣町に着いた頃。戦争が始まったと聞かされた。万が一にもモリアンは生きて帰れないだろう。

そう思うと、フィリアナが泣いているのを見て。アイラも心が痛むのだった。

 

4、現実

 

六年にわたる戦争が終わった。

家に戻ってきたアイラは、既に完全に壊されて、柱の一つも残っていない家を見る。しばしぼんやりしていたが。

ケーシィの娘のミミが袖を引く。

「アイラさん。 おかあさんが」

「分かった。 見に行く」

辺りは焼け野原だ。

アイラは空気魔法を利用して、復興を手伝っている。

当初モリアンが予想したよりも戦況は良く、クライベル帝国は版図の一割を失う程度で済んだ。

だが領土をかなり削られたのは事実だ。

六年にわたる戦争で、三カ国全ての兵士の内、四十万以上が戦死した。クライベルも防戦一方ではなく、レスラ連邦の技術を貪欲に取り込んで組織的に反撃し、反帝国連合のいくつかの州を領土として削り取ったようだ。

ただしそれでも失った土地の方が多かった。

ケーシィが、此処に埋まってると言う。

ケーシィも戦争末期に避難する時、矢を受けてもう支えられないと歩けない。息子のランツが。小柄なケーシィの体を必死に支えている。

ケーシィも、今はすっかり戦闘どころではない。

ただし現役時代の気配を読むこつは健在で。

それを用いて、こうやって活動できる。

空気魔法で準備を整え、人を呼んでがれきをどかす。

それで、がれきの下から、潰れた死体がたくさん出てきた。

死体は痛むどころか炭になってしまっている。この街を必死に守ろうとした兵士達の末路だ。

この街は案の定戦場になり。

両軍あわせて二万以上の兵士の命を吸い取った挙げ句に、完全に破壊された。

あの役所も軍学校ももうない。

軍学校にいた兵士見習い達も、最後の一人まで戦争に出た。

そして生きて帰ったのは、半分もいなかった。

鎮魂の魔法を使う魔法使いが来たので、後は任せる。死者が埋まっていたりする場所を、一つずつ探す。

まだ埋め火があったりするので、それらを空気魔法で押さえ込む。

指輪はまだ二つとも健在だ。

作った人間がどれだけ屑でも、この道具はちゃんと機能している。それもまた、皮肉極まりない。

潰れた石造りの家をどかしているのを、手伝う。

空気魔法を上手に使って、石の空気抵抗を弱め、運びやすくする。人夫達もそれで働きやすくなる。

この街は、新しく最前線となる。

土地の所有権は未だに持っているけれど、軍に売り払うことになるだろうなとアイラは思った。

気付く。

見つけた。

魔力屋の看板だ。

そして、明らかに見覚えがある指輪が焼けているのが見えた。これは。

「アイラ、気付いた?」

「ケーシィ」

「あの魔女、此処で死んだみたいだよ。 化け物みたいに各地を渡り歩いていたらしいけれど、此処でドジ踏んだって」

「……」

どんな悪党でも死ぬ。

話によると、此処で逃げ遅れて蒸し焼きになったそうだ。

それはさぞ苦しい死に様だっただろう。

人の命を吸い取り、若さを保ち続けた化け物も。

死ぬ時はあっという間だったと言う訳だ。

ため息をつく。

モリアンは生還できなかった。

以前世話になったエイベルも戦死したと聞いている。

ただ、アイラもケーシィもフィリアナ夫婦も。子供達を守り切った。それだけで、よしとすべきなのだろうか。

この光景を見て。

そんな風には思えなかった。

ため息ばかりが出る。

人間一人はあまりにも無力だ。必死に戦争を生き抜いたクライベル帝国だが、しばらくは内政に注力して国力を取り戻すのに必死。

むしろ戦争を仕掛けたバルガマク聖王国は更に悲惨で、レスラ連邦に半ば領土を乗っ取られているという。

しかしレスラ連邦が一人勝ちかというとそうでもなく。

この戦争で大きな被害を出した結果、快進撃が停止。

国内での不満が一気に爆発し。

いくつかの州では、内乱が始まっていると言うことだった。

「アイラさん」

「うん?」

ミミに言われる。

傭兵になりたいと。

アイラがこういう場所でも動じず働いているのがかっこいいと。アイラは、無言になる。

かっこいいものか。

ただ現実を見て、アイラはそう思った。

ただ、ミミの人生はミミのものだ。

ケーシィを見て、そして思う。

いずれ、この地獄が当たり前なのが傭兵なのだと。アイラから言うべきか。ケーシィから言うべきか。

決めなければならないと。

 

(終)