流れ星の夜

 

序、戦禍

 

多分、最初に其処へ仕掛けた理由は、単純に、エンドセラスの本拠地だったから、なのだろう。

手練れが多数いて。

戦闘能力を試すには、うってつけ、というわけだったからだ。

エンドセラスも油断していたわけでは無いだろうが。

田奈の所に情報が来た時には。既に取り返しがつかない事態になっていた。

情報戦専門の能力者数名から、連絡が来る。

火の海になっていると。

エンドセラスは生死不明。幹部達も、同様。

古細菌側の精鋭部隊による強襲と見て良いだろうが。少なくとも、戦闘に圧勝したのは古細菌側。

そして、そのメンバーは。

遠くから、撮影する限り。

人間とはとても思えない輩が、多数混じっていた。

情報が集まってくる。

田奈がアジトの一つに入ったときには。夜中の三時だと言うにもかかわらず、幹部級のメンバーが数名集まっていた。

その中の一人が、報告してくる。

「古細菌側の戦力は最低でも三十二名。 その中の全員が、エンドセラスと同等、もしくはそれに匹敵する戦力を有していた様子です」

「……!」

多すぎる。

田奈が知る限り、古細菌側の勢力で、一線級だったのは十名ほど。後は此方とあまり変わらない程度の実力しか有していなかったはずだ。

それが、三倍に増えたというのか。

確かに、少し前から、おかしな能力者が出現し続けていたけれど。それが一気に古細菌側に流れたとすると。

彼らは、何をした。

「すぐに主要メンバーを集めてください」

「直ちに」

エンドセラスの本部を壊滅させたとなると、古細菌側は一気に攻勢に出てくる筈だ。日本政府は恐らく、及び腰になる。

当然だろう。

彼らだって知っているのだ。エンドセラスの能力を。

それを一瞬で本部ごと潰した連中だ。

まともにやりあったら、どれだけの損害が出るか、知れたものではない。能力者は便利だから使っている。

命までかけて守る相手じゃない。

彼らの思考は、手に取るように分かる。

援軍は、期待出来ないと見て良いだろう。

考え込んでいる田奈の所に、陽菜乃が来た。彼女は少し前に、厄介な能力者と交戦して。そのデータを持ち帰ってくれた。

近年滅びた生物の能力者。

それも、特に人間によって滅ぼされた生物は。

強烈な殺意を持つ事が多い。

陽菜乃が交戦した相手は、直接人間に滅ぼされたわけでは無かったのだけれども。それでも、間接的に人間に滅ぼされたからだろう。

その凄まじい怒りは、大量虐殺という、最悪の形で実現された。

田奈も似たような能力者とやりあった事があったけれど、その時は小競り合い程度だった。陽菜乃の持ち帰ったデータは、完全な殺し合いによるもので、その精度は田奈の時のデータとは比較にならない。

「田奈ちゃん、どう、状況は」

「最悪です」

「……」

資料を渡す。

一瞬で目を通していく陽菜乃だけれども。田奈としては、もう。この人を、頼もしいとも思っていなかったし。

この事態を解決することを、期待もしていなかった。

「これは、すぐに此方にも仕掛けてくるね」

「降伏した方が良いかと思います」

「!」

皆が、驚いたように此方を見る。

田奈は咳払いすると、順番に説明していった。

「エンドセラスの戦力は、此方よりかなり上でした。 それが手もなく捻られたというのが現状。 しかも、攻撃の実働部隊の手の内は分かっていません。 これでは戦おうにも、戦えません。 一度和平を結びたいところですが、恐らく相手は受け入れないでしょう」

「それで、降伏?」

「はい。 此処は捲土重来を待つしかありません」

「気が進まない」

陽菜乃が、映像を一瞥。

田奈も釣られてそれを見る。

まるで、ゾンビ映画のような光景だ。おぞましい姿をした人型が、十体以上いる。これは、田奈や陽菜乃が交戦した相手と、かなり似ている。

とても制御が効くようには見えなかったと聞いているけれど。

古細菌側は、どうやってこれを手なづけたのか。

「まず、エンドセラス側の敗残兵と合流しよう。 エンドセラスも、簡単にやられるとは思えない」

「……あまり、オススメは出来ませんよ」

「うん。 ただね、どうにもこの悪霊だか死神だかみたいな連中と組むのは、気が進まないの」

勘か。

まあ、陽菜乃は感覚で戦うタイプだ。勘がそう告げているというのなら、馬鹿には出来ないだろう。

ため息をつくと、各地の支部に連絡。

戦力を可能な限り集める必要がある。

陽菜乃と互角とまではいかないにしても。かなり戦えるクラスの能力者が、三十人以上攻めこんでくるとなると。

エンドセラスと合流しても、とてもではないけれど手が足りない。

下手をすると、日本政府や米国政府は、古細菌側につく可能性さえある。そうなると、悲惨だ。

携帯電話がなる。

電話番号は。

古細菌側との繋ぎに使っている、情報屋だ。

「篠崎さん、今良いですか」

「古細菌側からのアクセスですか」

「ええ。 其方にティランノサウルスさんはいますか?」

無言で、陽菜乃に携帯を渡す。

陽菜乃はすぐに受け取ると。話し始めたが。その表情は、やはり明るくない。雰囲気からして、話している相手はユリアーキオータだろう。

古細菌側の顔役だ。

そして恐らくは。

今回の攻撃の、立役者でもあるだろう。

ユリアーキオータは老獪な性格で、以前関わったときも随分酷い目に会った。彼奴だったら。

エンドセラスの勢力を真っ先に叩いて。

此方に圧力を掛け、一気に三勢力を統合、位のことはしてもおかしくない。実際、やってみせたのだ。

電話を陽菜乃が切る。

「どうでした?」

「ん、降伏勧告。 二十四時間待つから、返答を決めるように、だって」

「今なら、ある程度良い条件で和睦も可能なはずです。 何なら、私が交渉の場に立ちますが」

「少し考えさせて」

時間が経てば経つほど、状況は悪くなる。

それが分からない陽菜乃では無いだろうに。どうして、私の言う事を、聞いてくれないのか。

少しずつ拡がっていった亀裂。

それはわかっている。

最初に出会った頃と。田奈と陽菜乃の関係は、だいぶ違ってしまっている。頼りない小娘だった田奈には、陽菜乃は太陽のように見えた。だが、オルガナイザーをやっていく内に。

太陽では無くて。ティランノサウルスの名を課すにふさわしい化け物だと思うようになって。

そして今では。

明確な不信が芽生えている。

それでも、義理は立てる。

勝手に動いても、ついてきてくれる部下はいるだろうとは思っているけれど。それでも、此処で動くのは得策では無い。

陽菜乃を待つ間。

情報は、出来るだけ集めておく。

そうしていると、嫌な情報が入ってきた。

古細菌とエンドセラスの戦いが行われたのは、アフリカのある小国だけれども。其処で、古細菌側の能力者が、今現在。

手当たり次第の大虐殺をしているというのだ。

都市に乱入し。

もはや老人子供も関係無しに。

目につく相手を全て殺すと言わんばかりに、血の雨をぶちまけているらしい。情報が殆ど出てこない小国だとは言え。

それでも、数万単位の人間が暮らしている街だ。

底を根こそぎにする勢いで。

凄まじい混乱が生じているという。

「軍の一部が蜂起して抵抗をしていますが、まるでかないません。 ゴミのように蹴散らされています」

「やっぱりね」

いつの間にか。

側で陽菜乃が、現地にいる能力者が送ってきた映像を見ていた。田奈も、確かに凄惨だと思うが。

しかし、圧倒的な敵の力には、逆らえない。

このまま戦ったら、多くの無為な犠牲が出る。

その中には。

田奈がオルガナイザーとしてスカウトしてきた子が、たくさん混じるのは、ほぼ確実だろう。

映像を見ていると、様々な能力を持つ者達が。

それこそ人間をゴミのように引きちぎっている。能力も展開している様子だけれども。身体能力だけで充分なのだろう。

手当たり次第に血と内臓がブチ撒かれ。

辺りには、命がなくなっていく。

暴れていたのは、十名ほどのようだが。

それはつまり。

古細菌側が、十名以上の制御不能で手に余る化け物を抱えているという事を意味している。

これを放置していたら、どうなるか。

少なくとも日本にこんな奴らが侵入したら。

どれだけの被害が出るのか、正直想像も出来ない。

通信が入る。

今度は、エンドセラス側との渡りをつけているときに使っている情報屋だ。咳払いしてから、携帯に出る。

これも、陽菜乃目当てだ。

電話を替わると。

恐らく、メガテウシスだろう相手と、陽菜乃は話し始める。

不安そうにしている部下達を一瞥。このまま行くと、著しくまずい事は、皆知っているはずだ。

だが、動く事を、陽菜乃は許してくれない。

「ふむ……」

「どうしました」

「エンドセラス陣営の、主要幹部何名かが戦死したみたい。 エンドセラス本人は、行方不明みたいだね」

「……」

多分、嘘だ。

もし田奈がエンドセラスの立場だったら。この機にと襲いかかってくる敵の目を欺かなければならない。

すぐ側にエンドセラスがいても、あの情報屋は喋らないだろう。そういうものだ。情報戦の世界は。

「田奈ちゃん」

「はい」

「少し休憩。 私が後をやっておくから」

「そういうわけには」

だが、陽菜乃は返事を待たずに、奥に。其処で、色々な相手と話している様子だ。情報は、田奈の所にも入ってこない。

口惜しいと言うよりも。

見透かされているようで、怖い。

だが、田奈は。

もう十年以上。こういった関係を続けてきたのだ。

今更、その程度の事で、恐れるようなこともない。

言われるまま、軽く仮眠を取る。どうなっても知らないぞと思ったけれど。もはや、議論しても始まらないだろう。

三時間ほど眠って、起き出す。

まだ、陽菜乃は、忙しそうに話していた。

 

1、混沌到来

 

予想はしていたが。

事態発生から六時間ほど。それだけで、日本政府は、状況を嗅ぎつけたらしい。すぐに出頭するようにと、田奈に連絡してきた。

陽菜乃に促すけれど、パスと言われる。

つまり、田奈に行ってきて欲しい、と言うわけだ。実際、オルガナイザーとして動いてきた田奈は。政府の要職にある人間にも、顔が利く。

場合によっては。

出向いた先で、銃口を向けられるかも知れない。

それくらいならラッキーで。いきなり毒ガスを浴びせられたり、ライフルで狙撃されるくらいのことは、覚悟しなければならないだろう。

ユリアーキオータは、恐らく。

今頃、日本政府にも声を掛けているはずだ。あの老獪な子供のような姿の長年生命体は。とにかく底意地が悪いし、頭も回る。

ずっとやり合ってきた田奈も。

何度も、足下を掬われたし。裏を掻かれたものだ。

仕方が無いので、田奈が出向く。

出向いた先は、お約束のような料亭。ただし、二十二時を過ぎた今でも空いている。高級官僚や政治家の、密談の場としての需要があるから、だろう。

奥の部屋に案内されると。

黒スーツにサングラスのSP数人に囲まれて。

なんと、内閣総理大臣のお出迎えだ。

現在の総理大臣は、やり手だとされているけれど。田奈から言わせると、まだまだひよっこだ。

ちなみに実年齢では、田奈より年下である。

政治家の若年化が進んだ結果だ。

「かけてくれたまえ、篠崎君」

「はい」

「堅苦しい挨拶は抜きにして、すぐに話に入りたい。 秘書官、会話の内容を、メモを取ってくれ」

「分かりました」

総理の側に、秘書官がつく。

秘書官と言っても、美しい女性では無くて、ひょろっとした男性だ。これは、公職秘書が、政治家の登竜門とされているため、だろう。

政治家の若返りは、国中で促進されているのだけれど。

どういうわけか、こういう所では。若返りも、ジェンダーフリーも、まだまだというのが実情なのである。

田奈は、問われたままに、話をしていく。

事件発生から六時間と半。現時点では、古細菌側は、十名ほどが好き勝手に殺戮するのを容認。

自分達は、後方から様子見を続けている有様。

これも、ユリアーキオータの仕業だとすると。或いは、大量虐殺を、デモンストレーションとして使っているのかも知れない。

マフィアなどの場合、残虐性で知らしめる名を。

大量虐殺という皿に分かり易い悪行で、此方に見せつけることが出来る。ユリアーキオータとしても、使わない手はないのだろう。

「信じられん。 数万の人々がいた街が、わずか数時間で全滅か」

「一種の威嚇行動です。 もしこの者達が日本に入ったら、ほぼ確実に、規模が百倍でこれが再現されるでしょうね」

「由々しきことだ」

総理は言うが。

分かっている筈だ。

ユリアーキオータは、恐らく。総理とも、交渉のチャンネルを開いている。そして、良い条件での和平案を、提示しているはずだ。

「さて、君には言いにくいのだが」

来たか。

総理は、予想通り、話し始める。

今回の一件で、手を貸すことは出来ないと。ユリアーキオータは、言ってきたのだという。

手さえ此方に貸さなければ、敵対行動とは見なさないと。

「既に閣僚級の会議が行われ、ユリアーキオータとの敵対は避ける事が決定しているのだ、すまんな。 君には色々世話になってきた。 自衛隊を動かせるのなら、そうしてやりたいのだが……」

「いえ、敵対しないと言うだけでも充分です」

「うむ……」

この総理は。

もっと若い頃、田奈が支援してやった事がある。敵の能力者から、守ったこともあった。その時は、田奈では無くて、部下だったが。

つまり、能力者には恩義がある。

その恩義を。

積極的に敵対しない、という点だけで、使うつもりなのだろう。

あまり褒められた行動には見えないが。しかし、田奈としては、これで及第点だ。敵対しないだけで充分。

自衛隊という軍隊は。

実戦経験が無いとか、色々言われているが。

相応に実力はあるし。訓練もしっかり積んでいて、士気も低くない。敵に回していたら、厄介だっただろう。

料亭を出る。

陽菜乃に一報をいれた。

この国は敵対しない。しかし、味方もしてくれない、と。

「これから、すぐに戻ります」

「まって、田奈ちゃん」

「此処で何か用事が?」

「一つだけ、総理に追加で聞いてくれる?」

内容自体は、ささやかなものだが。しかし、総理は、すぐに答えてくれた。或いは、後ろめたさが、あるのかも知れない。

 

十時間が経過。

一度アジトに戻ると。来ている幹部の数が増えていた。陽菜乃の妹。トリケラトプスの力に覚醒した真理もいる。陽菜乃とは決して仲が良い姉妹では無いけれど。こういうときは、能力者同士、側にいた方が良いはずだ。

各地の支部からは、不安の声も上がっている。

既に古細菌の部隊は、日本に上陸しているのでは無いか。時間が切れると同時に、攻撃してくるのでは無いのか。

もっともな懸念だ。

だが、今の時点では、大丈夫である。古細菌の抱えている戦闘部隊は、まだアフリカを出ていない。

よほど、勝つ自信があるのだろう。

若しくは、エンドセラスの勢力を、落ち武者狩りしている可能性もあるが。

十二時間が過ぎると。

主要幹部は、全員が連絡を取ることが出来た。任務で出ていた者も、急いで引き揚げて貰っている。

だが、面子を見る限り。

これでは、とてもではないが。エンドセラス級三十名という、数の暴力には抵抗し得ないだろう。

手を叩く音。

見ると、陽菜乃だ。

「アジトの場所を移しますよー」

陽菜乃が言うには、此処で戦うと、一般人を大勢巻き込む、と言う判断だそうだ。まあ、妥当なところか。

だが、これは恐らく、実利よりも皆を安心させるため。

一般人を巻き込むこと、巻き込まないことは。

恐らく、陽菜乃の考えには無い。

「田奈ちゃん、この辺りだと、地の利と戦いやすさと、周囲に人がいない。 これを兼ね備えている場所は?」

「京浜工業地帯の一角、此処にアジトがあります。 此方に移りましょう。 此処なら、多少戦闘しても、びくともしません」

「ん、ありがと」

陽菜乃に、テーブル上で説明する。これくらいは、頭に入れていても良いと思うのだが。陽菜乃のスペックだったら、難しくは無いだろうに。

ワゴンに分乗して、移動。

戦闘メンバー以外は、この場に残す。これから、非常に厄介な相手とガチンコをする可能性が高い。

情報戦特化の能力者など、足手まといになるだけだ。とてもではないが、連れてなど行けない。

レンタカーでワゴンを借りると、首都高を急ぐ。

連絡が入る。エンドセラス側からだ。

今度は、田奈をご指名である。このままで出ると言うと、メガテウシスらしい声が、電話の向こうから聞こえはじめた。

メガテウシスが言うには、こうだ。

合流を測りたいので、指定する場所に来て欲しいと。

だが、田奈は即座に見破る。

これは罠だ。

「貴方は、メガテウシスではありませんね」

「……ふむ、馬鹿では無いか」

知らない声。

そして、その声は。

少し前まで、完璧なまでにメガテウシスだった。こういう能力者もいる、ということなのだろう。

通話が切れる。

陽菜乃は、おおきく嘆息した。

「ごめんね、迷惑掛ける。 ある程度、自己判断はしてしまっても構わないから」

「……はい」

ワゴンが、首都高に乗った。

 

新しいアジトに到着。

中はほこりっぽいけれど。かなり広い空間がある。空いている倉庫。それも港湾地帯。これは、ある程度、戦いやすい。

すぐに陽菜乃が、迎撃準備に取りかかる。

田奈は、これ以上の追求はしない。後六時間ほどで、いずれにしても、決着を付けなければならないのだ。

準備をしている内に、容赦なく時間は過ぎる。

後、二時間。

休むように言われたので。一角で座って、軽く仮眠を取る。皆が交代で休んでいる中。

田奈は。陽菜乃に聞く。

結果は、わかりきっているのに。

「それで、戦うんですか?」

「うん。 そのつもりだよ」

「だから……!」

「そろそろだと思うけれど」

振り返る。

其処には、傷だらけながらも。健在な姿を示す、エンドセラス。それに右腕とも言われている、ギガントピテクス。

どうやら、アフリカの本拠地を抜け。

どうにか、此処に辿り着いたらしい。

「すまんが、フロを貸してくれるか」

第一声がそれだ。エンドセラスは。相当に傷ついてもいたし、埃っぽくもある。本音なのだろうけれども。

恐らくは、政治的な意図。

戦力がまだ余裕だと、示すことも考えているのだろう。

ぞろぞろと来た能力者は八名。

逆に言えば。

たった八名だ。

あのアフリカのアジトには、その四倍の人数。勿論能力者だけで、がいたはずなのだが。それしか脱出できなかったのだろう。

エンドセラスがフロに行く。

残り、三十分。

その間に、ギガントピテクスが、何が起きたのかを、直接話してくれた。

だが、それが分かったところで、今更どうなるのだろう。

 

嫌みなくらいに、完璧に。

丁度時間ぴったりに、電話が来た。出ようかと思ったけれど、陽菜乃が指を動かして、催促してくる。

そのまま手渡して。

側で、話を聞く。

周囲に、今の時点で、敵影は無い。

エンドセラスのアジトが叩かれたときもそうだったらしいので、油断は出来ないけれど。いきなり仕掛けてくる事は、無い筈だ。

電話の向こうで、ユリアーキオータは。

恐らく、相当高圧的に話しているのだろう。現状、彼女らが圧倒的有利なのだから、当然とも言える。

だが、陽菜乃は、揺らがずに、そのまま対応をしている様子だ。

程なく、通話が切れる。

陽菜乃が譲った様子は無い。田奈の意見など、聞きはしなかっただろう。

頭と体にタオルを巻き付けたエンドセラスが、此方に来る。元々長身の美女だけあり。タオル姿が、とても似合っている。

年齢が年齢な筈なのに。

間違いなく、妖艶と言えた。

「で?」

「交渉決裂。 恐らく、近いうちに、此処に攻撃を仕掛けてくると見て良いでしょうね」

「ならば、少しばかりメシをいただきたいな。 敵が攻めこんできたら対応するから、それまでに腹ごしらえをしたい」

「おい、何だその態度……」

流石に苛立ったらしい部下の一人が食ってかかろうとするけれど、田奈が止めた。陽菜乃が決断してしまった以上、此処で争っても詮無きことだ。

エンドセラスは鼻を鳴らすと、着替えてくる。此方で用意した、アウトドア系のファッションに変えたが。

胸が苦しいとか文句を言っていた。

まあ、そのくらいなら、誰も不幸せにならないし、良いだろう。

時間が過ぎる。

容赦なく。

神経を削る。

此方は、更に容赦ない。

電話。

別の支部にいる部下からだ。

電子戦専門の部下である。何か、嫌な予感しかしない。

「気付かれましたか? 今、アースロプレウラさんのいる地区で、停電が起きています」

「! 戦闘準備っ!」

叫ぶ。

辺りの窓を割って、飛び込んでくる影。

銃など持っていないし。

ボディアーマーだって身につけていない。

エンドセラスのアジトと、同じ状況だ。いきなり、敵の気配がない状態から、包囲殲滅、しかも強襲を受けた。

しかも此方には、人外レベルの探知能力を持つ陽菜乃とエンドセラスがいるのだ。それなのに、である。

戦いが始まる。だが、これは勝ち目がない。相手にはユリアーキオータの姿もある。しかも、陽菜乃でさえ手こずった、強力な能力者達の姿もある。

何より、敵は。

戦力を出し惜しみしていないのだ。

エンドセラスのアジトを叩いたのが、三十数名の能力者だという話だが。突入してきた数も、間違いなく三十数。

つまり、全戦力を、初手で叩き付けてきた、という事になる。

一人。

もはやカマキリとしか形容し得ないのが、突っ込んできた。辺りは阿鼻叫喚。構うヒマも、逃げる余裕も無い。

田奈は、目を細めると。

周囲全域。

味方も敵も関係無く。

フルパワーで、能力をぶっ放す。

田奈の能力は、重力操作。そして今、本気で能力をぶっ放すと。簡単に周囲の重力を、五十倍から百倍前後にまで変えられる。

一瞬で、地面に叩き付けられるカマキリ。

田奈は、両手を広げると。

倉庫ごと。

辺りを、徹底的に破壊しつくした。

勿論、味方も、巻き込む形で。

崩壊の音が、周囲を包む。もはや、どうでも良いと思っていたところだ。此処で、何もかもを終わらせるのも、良いだろう。

「貴様!」

叫び声。

古細菌の一人。耐熱菌の誰かだろう。この超重力でも、叫ぶことが出来るのは、大したものだけれど。

掌を向けるだけで、地面に叩き付けられて、沈黙。

田奈は、もう。

力を制御するつもりもなければ。

する余裕も無かった。

何もかもが、どうでも良くなっていた。陽菜乃の下で、オルガナイザーを長年していて。溜まりに溜まった鬱憤が、ついにこの時。爆発したのだ。

激しい破壊音が、響続けている。

死人も出ているかも知れない。

だから、何だ。

何もかも。

陽菜乃も。

エンドセラスも。

古細菌どもも。

みんなみんな、壊れてしまえ。こんな事にしか能力を使えない奴らなんて、みんな死んでしまえば良い。

誰よりも暗い闇を、今田奈は、目に宿しているはずだ。

そしてその闇が、暴威を振るい続け。何もかもを、破壊しつくしていく。地面にめり込ませていく。

既に倉庫は完全倒壊。

周囲に、身動きする気配はない。顔を上げる。辺りは、死屍累々。身動きできずにいる奴の中で。意識があるのは、半分もいない。

驚いた。

田奈が、本気で能力を発揮すれば、此処まで凄まじい事になるのか。実力がついてきてからも。此処までの事は、した事が無かった。だから、分からなかったのだ。今は、もう分かったが。

「田奈、ちゃん!」

苦痛混じりの声。

後ろから近づいてくるのは、陽菜乃だ。超重力の中で、まだ動けるのか。重力を更に増やそうかと思ったけれど。

気付く。

田奈自身の体も、崩壊を始めている。

そうか、それもそうだ。

能力をフルパワーで使い続ければ、そうなるのも当然。ましてや、重力なんて、桁外れの能力なのだ。

不意に、能力を解除。

意識が、薄れるけれど。

踏みとどまる。

そして、顔を上げた田奈は。敵も味方も、もはや壊滅状態である事を悟る。古細菌が連れてきた能力者集団も、である。

アホらしい。

膝が砕けて、地面に倒れる。

そして、今度こそ。意識を失った。

 

目が覚める。どうやら、死んではいないらしい。ゆっくり、左右を見回すと。病院だ。どうして、病院に。

あのまま死んだかと思ったのだが。

周囲の様子を、確認していく。

結束バンドで縛られているようなこともない。そもそも、一体何が起きたのか。記憶が混乱していて、どうにもはっきりしない。

ゆっくり、思い出していく。

確か、そうだ。

倉庫に攻めこんできた古細菌側の主力部隊との戦闘が開始された。陽菜乃とエンドセラスが揃っていたのにもかかわらず、奇襲を察知できなかった。或いは、気配を完全に消す能力者でもいたのかも知れない。

時計を見て、驚く。

十日も経過している。

そうか、それでか。

尿管をいれられているし。全身がだるいわけだ。

ゆっくり、手を動かす。全身が崩壊したような記憶があったのだが。少なくとも、手は動く。

足も。

少しずつ動かしていく。

骨折したらしく、ギプスを填められてはいたけれど。

それでも、どうにかなった。

欠損箇所はなし。

どうやら、それほどの。実際には、体が完全崩壊するようなダメージは、受けていなかった様子だ。

しかし、それなら、どうして。

あの場で、私が無差別制圧をしたことによって、それこそ敵も味方も致命打を受けたはずで。

病院でなくて、警察にでも放り込まれているかと思ったし。

そうでなくても、結束バンドくらい着けられているのでは無いのかと思ったのだが。

アースロプレウラの力は。

ある。

指先を、遠くにある窓の鍵に向け。ゆっくりと開けることに成功。その後、少し苦労しながら、締める。

力が消えていないなら、別にどうでも良い。

少しずつ、様子を見ながら、状態を確認していけば良いのだ。

病室に看護師が入ってくる。

意識が戻ったことに、気付いたのだろう。一緒にいるのは、陽菜乃だ。全身包帯塗れ。いきなりか。

まあ、死んではいないだろうとは思ったが。

「無茶をしてくれたね」

看護師が機械的に手当をしていく中。

隣に座った陽菜乃が、笑みを向けてくる。田奈としては、どう返事して良いのか、分からなかった。

不満は、前から山積していた。

今回の件も、陽菜乃は一切田奈の意見を聞いてくれなかった。

誰もかもが。

エゴで動いているのが、見え見えだった。

渦がおかしくなったのもそれが原因だろう。

考えてみれば、当たり前なのかも知れない。

世界がおかしくなって。人類社会の先行きが見えなくなりつつある今だというのに。人類はまだ、エゴに任せて好き勝手をしている。

如何に、今一番世界を動かせる生物だからと言って。

こんな生物に、特殊能力を渡して。

まともに運用できるかと言われて、どう答えるか。田奈だったら、無理だと即答していただろう。

「状況は?」

「あのあと、古細菌側は撤退。 死者は出なかったけれど、双方主力が身動きできないほどの甚大な被害を受けて、一度手打ち。 古細菌側にも予備戦力がいるようだけれど、いずれにしても当面は動いては来ないと思う」

「……」

そうか。

一気に全滅するのだけは避けられたし。

田奈による両方の強制制圧がなければ、もっと被害が拡大していた。だから、殺さずに、治療をしている、というわけか。

不満を抱えている事を。

陽菜乃は知っていたはずだ。

エゴのまま動くとまずい事だって。理解していたはずだ。

それなのに、どうして。

話を聞いてくれないのか。

昔は、こうではなかったのに。オルガナイザーを続けて、人間の闇を見れば見るほど、田奈が歪んだのも理解はしている。

だが、それ以上に。

常に最前線に立ち、戦い続けた陽菜乃だって。決してまともなままではいなかったはずだ。

現に、田奈と陽菜乃のすれ違いは増える一方。

ナンバーツーとしての責務は、重くなるばかりだった。

エンドセラス側はと、聞こうとしたら。

看護師が咳払い。

陽菜乃を追い出したので、それ以上会話は出来なくなった。此処は病院で、仕事の話はするな、というのだろう。

責任感がある看護師の邪魔をするわけにはいかない。

実際、こういう人がいるから、病院はしっかり回っているのだ。

医師が来たので、状況について聞く。

回復が異常に早いが、それでも一週間は退院までにかかるという。十日眠っていたと言う話だから、半月か。

この世界に足を踏み入れて。

死ぬような目にも何度も会ってきたけれど。それでも、此処まで入院が長引いたのは、始めてかも知れない。

ある意味自業自得とも言えるけれど。

だからといって、この状況を享受しようとも、思えなかった。

 

2、乱戦

 

一時的に手を組んだエンドセラス側の戦力が、立て直しを図っている。その連絡が、病院を出たばかりの田奈の所に来る。

結局、あの暴挙についてはおとがめ無し。

まあ、そうだろう。

あの暴挙がなければ、全員その場で殺されて。古細菌側が完全勝利していたのは、間違いない。

誰だって分かる事実なのだから。

まだ少し手足にしびれがあるが、動くのはまったく問題が無い。部下達の中には、田奈に恐怖の視線を向けてくるものもいるけれど。

今更、そんな事はどうでも良かった。

いずれにしても、味方に死者は出なかった。やけばちになっていたあの瞬間だけれども。それだけは、救いだったのかも知れない。

「同盟は撤回ですか?」

「ううん、流石にそれは無いよ」

「……分かりました」

前からも、不戦条約を結んだりしていた事はあったけれど。今、エンドセラスの戦力は、主力の大半を失っている。

この状況だと、古細菌側の二線級と戦っても厳しいだろう。

一方で、古細菌側はどうしているのか。

これは、まったく状況が掴めない。いずれにしても、圧倒的な戦闘力を保持していて、今回復に努めているのは確実だ。

いつ、また仕掛けてきても、おかしくは無いだろう。

病院を出て、歩く。リハビリ代わりだ。

近くの喫茶に入ると、モーニングを注文。適当に口に放り込みながら、入院中は得られなかったデータを集めていく。

その中には。

あまり、表の人々が、興味を持たないようなニュースも、複数含まれていた。

今回の件は。良い機会かも知れない。

それは田奈の結論だ。

いっそのこと、多少不合理であっても。能力者達は、一つにまとまるべきなのだ。そうでなければ、同じ事が何度でも繰り返されるし。

渦はおかしくなる一方だ。

陽菜乃がトップで無くてもいい。エンドセラスもしかり。

古細菌側は、長老制のようなものをとって、組織運営をしていると聞く。それぞれ代表者を出して、話し合いでも何でもするようにすればいい。

行動の方向性については、それぞれで合議して決めれば良いし。

まずは、この世界を覆う弊風をどうにかするのが最初では無いのだろうか。

連絡が来る。

陽菜乃からだ。

「一度、しっかり話し合おうと思うのだけれど、いい?」

「構いませんが、時間はありますか?」

「うん」

そうか。

ならば、此方としても、話には応じた方が良いだろう。ただでさえ、立場は良くない状態なのだ。

いっそのこと、古細菌側に走るという手もあるが、それは最後の手段にしたい。

もしも、そうでもしなければ、陽菜乃の目が覚めないというのなら、そうするしかないだろうが。

できれば最終手段としたいのである。

落ち合う場所を決める。

その間も、断続的に連絡が来る。田奈はオルガナイザーをしているから、組織内で顔が利く。

単純に田奈を心配する電話から。

どうしてこのようなことをしたのか、問いただすもの。

今後どうすれば良いのか、聞いてくるものまで。電話の内容は様々だった。まあ、どうでもいいが。

そう、どうでもいい。

今の田奈は、失ってしまった。

誰かを助けたいとか。

この世界を少しは良くしたいとか。

皆の支えになりたいとか。

そういった、全ての心が、なくなってしまったのだ。

長い間掛けて、少しずつ腐っていったのだろうか。いつのまにか、何もかも。手からこぼれ落ちていった。

此処にいるのは。

戦闘力は極め上げられ。状況判断は磨き抜かれ。

そして能力そのものも、自分の極限まで高め。

それでいながら。何もかもが、空っぽになってしまった。そう、いうならば、抜け殻の篠崎田奈。

機械的に、言われたままに反応し。

うわべだけで返していく。

何時からこうなってしまったのかは、もう分からない。長く戦い続けていくうちに。やはり、何かが何処かで、決定的に壊れてしまったのだろう。

そして今の田奈は。

それさえ、悲しいとは感じなくなっている。今の自分が、長い時を経た古細菌達と同じくらいに、人から外れてしまっていることは実感できていても。歪んでしまったことに対する絶望は、まるで感じないし。

下手をすると。

全ての人間がどうなろうと、何とも思わないかも知れない。

不意に。

アースロプレウラの意思を感じた。

「良い頃合いだろう」

「……?」

「お前の中からは、人間として最悪の要素であるエゴが消えつつある。 もとより我等は、どの勢力が勝とうが気にしない。 後は、分かっているな」

心など、殺せ。

全てを客観的に見て。

何もかも、エゴを捨て。

そして、合理の権化として動け。

無言で話を聞いていた田奈だけれど。

それも良いかも知れない、と思った。

もはや、田奈にとっては、戦友も、恩人さえも、どうでもいいというのが本音だ。これは大人になるとか、社会に穢れたとか、そういうことではない。

恐らくは。

闇に触れすぎて、染まってしまったのだろう。それが故に、やはり決定的に、壊れたのだと見て良さそうだ。

無言で田奈は動き出す。

三者会議を発足させ、それに参加する。多分、好機は今しかない。

そのためには、まずはこの状況をまとめ上げる。例え、どんな手を使ってでも、である。

その後は、圧倒的な能力者達の力を使って、この世界をダイナミックに動かす。寡占になろうとも、圧政になろうとも構わない。

全てを合理的に動かすのが。

田奈の目標だ。

 

陽菜乃と久しぶりに直接話す。

場所は、ずっと昔。

田奈が能力者に覚醒したばかりの頃。色々あった、思いでの街だ。なんだかんだで、今でもしっかり栄えている。

その一角。

田奈がその頃は、良いなと思っても、入る事が出来なかった喫茶店。まだ営業していたのだと思うと、感慨深い。いや、感慨深いと思おうとしたのだけれど、上手く行かなかった。

陽菜乃は先に待っていてくれて。

田奈は言われるまま、席に着く。

「田奈ちゃんの行動は、賛否両論を呼んでいるの。 とにかくパニックを起こしている人もいるし、あの場での全滅を避けたことを評価している声もある。 それで、聞きたいんだけれど」

「あれは、偶然だったか、意図的だったか、ですか?」

「うん。 場合によっては、その。 田奈ちゃんには、相応のペナルティを受けて貰わなければならないから、ね」

陽菜乃は柔らかく言っているが。

分かる。

これでも百戦錬磨を重ねてきたのだ。

そして今、喫茶店の中にいるのは、エージェントばかり。田奈が面識がない人物ばかり集めてきたつもりなのだろうが。

生憎、全員の顔と特徴は記憶している。

場合によっては。

田奈を殺すための布陣だ。

そしてこの距離だったら。

田奈が重力制御を展開する前に。

陽菜乃の手刀は、田奈の心臓を貫くだろう。万が一にも、外すことはあり得ないし。もしもかわし得たとしても。他の手段で、田奈は殺される。それくらいに、現在の陽菜乃という存在は、圧倒的なのだ。

「結論すると、意図してのものです」

「……」

「私はずっと、訴えていました。 和平について。 多少不利な条件でも、今は和平をするべきだと。 古細菌側が、かなりダーティな手段を使って来ていることは、理解しています。 しかし、和平に出れば、比較的に良い条件で、同盟にまで持ち込むことが出来たでしょう。 それなのに、勝ち目がない最終決戦を、貴方は始めてしまった」

だから。

いや、正確には。

それだけが、理由では無い。

不満が爆発したのだ。

ずっとオルガナイザーを続けて。心の闇を見続けて。何もかもに染まり続けて。スカウトした者達の死を、多く看取り続けて。

歪み。

そして狂った心は。

もはや、爆発を防ぐすべが無かった。

今、陽菜乃に語ったのは。あくまで後付けの理由に過ぎない。十年以上蓄積してきた不満が。

何もかもを、押し潰していったのだ。

「今は、図らずも、三勢力が同盟を組み得る状況になっています。 いっそのこと、古細菌側がやっている、長老合議制にしても良いでしょう。 争っている場合では無い事は、理解しているのではありませんか? 好機を逃してはいけません。 今こそ、同盟を結ぶべきです」

「……」

「過去の遺恨は、水に流しましょう。 誰かが生け贄になる必要があるとするのなら、私を」

田奈ちゃん。

そう、陽菜乃が。

冷え切った声で言う。

本気で怒っているときの声だ。だが、田奈としても、引く気はいっさいない。

「三者同盟について、本当に出来ると思っている?」

「時間が経てば経つほど、不利になるとも」

「古細菌側は、今問題になっている、近代滅びたばかりの生物が、死人に憑依した能力者を、主力として取り込み始めている。 彼らの目的は、それこそ殺戮と破壊しかないのが実情だよ」

そんなものと手を組んだら。

今の時代は完全に崩壊。

古代さながらの、悪夢の時代が来る。

そう、神々の想いのままに世界が動き。そして、好き勝手に何もかもがもてあそばれる世界。

ギリシャ神話などを見れば、どれだけ神々が傲慢な存在かは明らかだ。

能力者がこの世界をダイナミックに動かす。それは結構だろう。

だが古細菌達は、恐らく専制主義者として、世界に絶対的に君臨する路を選ぶはずだ。

その時。彼らは。

人を人として、みるだろうか。

応えは、わかりきっている。

わかりきった上で。私は。

彼らと組むべきだと言っている。

「一旦合議制にでもすれば、彼らも自分の意思を無理押しできなくなります。 人数そのものは此方の方が上ですし、彼ら以上に良い案を出していけば良いのですから」

「そんなに上手く行くはずが無いよ。 田奈ちゃん、何か別の事、考えていないかな」

「別の事?」

「いっそのこと、古細菌達のルールで、この世界を支配させてしまおうとか」

それもありだろう。

だけれど、あえて口にしない。

それにしても、陽菜乃は鋭い。私としても、それもまたありだなと、思っていたのだから。

「何となく分かってきたよ。 田奈ちゃんは邪悪になった。 いいや、強いていうならば、虚無になった。 心の熱を、失ったんだね」

「それもまた、人のあり方です」

「うん。 組織に一人は、異質な存在は必要だと思う。 それで、実際にあの時は助かったんだから。 でも、古細菌達とこのまま和平を結ぶことだけは承諾できない」

陽菜乃が指を鳴らすと。

奥から来るのは、エンドセラスだ。

彼女は、丁度対角になる位置に座ると、コーヒーを注文した。店員さんは、生きた心地がしないだろう。

トイレに潜んでいたという事は。

今までの話も、全て聞いていたと、見て良いだろう。

「お前のように、心がすり切れたものは、私も何人か見てきて知っている」

「そう、ですか。 そうでしょうね」

「ああ。 だからこそに、此処で言っておくべきだろう」

現状では、和睦はしない。

今の状態だと、どうしても戦力差から、此方に不利な話を、無理矢理飲まされる。むしろ、向こうも行動不能になっているものが多い中。今こそ、此方から、攻撃を仕掛けるべきだと。

無謀だ。此方が主力級数名が回復しているように。

向こうだって、最低でも主力十名は復帰しているだろう。それに加えて、最近味方にしたらしい、あの得体が知れない能力者達二十名。

しかも、それさえも。

主力にしか過ぎず。

古細菌達に所属している末端の戦力を考えると、もっともっと多くが迎え撃ってくるに違いないだろう。

ギガントピテクスが来る。

相変わらず寡黙で大柄な男性は。一度だけ、田奈を軽蔑するように見たけれど。それだけで、話を先に進める。

「敵はまだ、発信装置に気付いていません」

「やはりな」

「古典的な」

「だが、あのゾンビ同然の連中を見ただろう。 感覚が鋭い状態だったら、無理だったかも知れないが、な」

もはや、古細菌側でも制御がやっと、という連中。

陽菜乃が戦った個体は、完全に死体を無理矢理動かしていたという風情だったようだし。体に異物がついたところで、気づきもしないだろう。

なるほど、それは確かにそうだ。

盲点だった、と認めるべきかも知れない。

それによると。

あの異常能力者達は、体を回復させるためか、一カ所に集まっているという。それは、この国。

九州は、阿蘇近辺だ。

恐らく、火山のエネルギーを吸収して、元々死んでいる体に無理矢理復旧のための力を注ぎ込んでいるのでは無いかと、エンドセラス。

陽菜乃も、それに同意した。

「ならば、動けるメンバーを動員して、仕掛けよう」

「待って!」

「田奈ちゃん」

「待ってください! 今は、三つの勢力が争っている場合じゃありません! これ以上、この事態が続くと、どんな恐ろしい事になるか」

渦の異常は、田奈だって肌で感じている。

恐らく。

どんな時代も、此処までエゴイスティックな生物はいなかったのだろう。ある程度の知能を持った存在に、渦は干渉したとして。

彼らはすぐにするべき事を悟り。

協力して事に当たり。

そして、全てを終えてから。力尽きて、渦に戻っていった。

だが、地球人類は。

得た力だけを貴び。自分たち同士の争いに利用するばかりか。戦いを終えようともせず、派閥を造ってその勢力を強くすることばかり考える始末。

これでは、渦が人類を見捨てる可能性も、決して低くない。

アースロプレウラは、今の時点で、田奈を見捨ててはいない。恐らく、陽菜乃の中にいるティランノサウルスだってそうだろう。

だが。他の能力者の中にいる、古代の生物たちはどうか。

多少不利な条件でも。

今は、まとまるのが、第一だ。

田奈の言葉に。エンドセラスは鼻を鳴らす。絶対に納得していない。

「それで負け犬に甘んじろというか。 冗談では無い。 部下達だって、そのような事を聞くと思うか」

「今、敵の戦力は、恐らく古参の古細菌達だけ。 今だったら勝ち目があるの。 田奈ちゃん、協力してくれないかな」

「……」

唇を引き結ぶ。

どうして、この人達は。

こうも好戦的で。

田奈がつれてきた能力者を、消耗品のように死なせていって。或いは、PTSDで壊してしまって。

そして結局、三竦みの状態を造って。

取り返しがつかない事態になっている今でも、まだ戦おうというのか。

「提案が」

「何だ、ギガントピテクス」

「古細菌側の首領をピンポイントで狙い、敵の戦力を減殺した段階で和平を提案するのはどうでしょうか。 それならば、或いは。 皆に平等な条件で、和平にこぎ着けることが出来るかもしれません」

「何だ、日和見になったか」

ギガントピテクスは、エンドセラスの痛烈な面罵にも動じない。此奴は、能力そのものは貧弱でも。堅実な仕事ぶりと忠誠心で、エンドセラスの右腕にまで上り詰めた存在なのだ。

エンドセラスに、時に痛罵されることも、ままあるのだろう。

そしてそれでも、忠義をつくすから、評価されている、というわけだ。

「今回の奇襲で、古細菌側の首脳部を全滅させることが出来たとしても、もはやエンドセラス様の組織には、主力がありません。 あの戦いで、何名もが鬼籍に入りました。 今は、たとえばアースロプレウラが提案したような合議制を作り、能力者の総括組織を作ることも、選択肢の一つかと思います」

「知った風な口を……」

「あくまで私の意見です」

「私は、ね」

陽菜乃が口を開く。

この場における最重要人物の発言だ。他の皆も黙り込む。

多くの血を流し。

今、その結末が近づこうとしている状況。

一瞬ももたついている余裕は無いし。何より、このままでは、離反者さえ、出始める可能性が高い。

決戦まで。猶予は無い。

あらゆる意味で、である。

「心配しているのは、考え方の違い。 能力者が、何処までするべきだと思う? この世界に干渉するとして、神になるべきか、それとも優れた能力を持つ人として振る舞うべきか」

「この世界を効率よく運営するために、人智を越えた存在ではあろうと思ってはいるが、それがどうかしたか」

「それがエンドセラスさんの応えだね。 私は、あくまで優れた人の集団として、この世界をダイナミックに動かしていきたいと考えているの」

そして、と陽菜乃は一度言葉を切る。

田奈としても、それは同じだ。

だが、本当に。陽菜乃がそう思っているのか。今の田奈には、正直な話、あまり自信がない。

「古細菌達は、恐らくはいにしえの時代の能力者達。 つまりは、神々そのものとなって、この世界を支配することを考えていると思う」

「誇大妄想狂も良い所だな」

「でも、彼らの圧倒的な能力を考えると、それもあながち不可能では無い……」

何しろ、古細菌達と来たら、数百年は生きている者も珍しくない、能力者としては古参の中の古参。

噂だが、各国の王を何代にも渡って務めたり。

或いは、妖怪や魔人の伝説の根元となっている者までいるという。

それに、ユリアーキオータのように、数百年ならまだしも。

まだ姿を見せていない古細菌のボスは、二千年以上を生きているという噂さえ存在している。

そんな連中の中には。

実際に文明の中で、神と振る舞ってきた者だっているだろう。彼らにとっては、誇大妄想でも何でも無い。

実際に、人間を超えた力を得ているのは事実。

田奈だけでは無い。陽菜乃やエンドセラスもそうだが、能力者の中でも上位の存在は、加齢も止まってしまっている。

「だから、叩かなければならない」

陽菜乃の言葉は、揺るがない。

結論には、エンドセラスも同意している。

田奈は、同意できない。

「同意できません」

「田奈ちゃん、妥協点を探そう。 この間のような、破滅的な事態になる事は、今度は避けなければならないから」

「相手と話し合いが出来るとは思えません。 しかし、今味方の状況を考えると、無理をしても、今度は主力を失った能力者達に、人間が明らかに攻勢に出ると見て良いでしょうね。 そんな未来を避けるためにも。 今は、戦うべきではありません」

CIAにしてもKGBにしてもそうだが。

能力者を密かに研究している組織なんて、それこそこの世界には幾らでも存在しているだろう。

研究の目的は言うまでも無い。

最強の兵士を造るため。

能力者の事など、人などと思っていない。文字通りの、マッドサイエンティストも所属している組織だ。

今、戦闘力が高い能力者が、皆をまとめているけれど。

そのくびきが外れでもしたら。

この世界は、能力者と人間の、地獄が始まる。

特に、陽菜乃とエンドセラスと、それに古細菌側の主要メンバーが、同時に死にでもしたら。

まさに、想像を絶する事態が来るだろう。

平行線だ。

田奈は、この間。三勢力の主力を一時的にとはいえ、まとめて壊滅させた。それを考えると、皆無碍には出来ない。

此処で殺すという選択肢も、採ってくる可能性がある。

だけれども、田奈を排除して、古細菌に勝てるのか。勝てないだろう。現実は、非情だ。

咳払い。

陽菜乃が、提案してくる。

「一つ、いい手があるの」

「聞かせて貰おうか」

「阿蘇に集まっている敵戦力の内、恐らく得体が知れない能力者達は、自然に体が回復する状況じゃあない。 だったら、回復を行っている能力者を叩けば良い」

それだけで、状況は五部に持って行ける。

というのも、古細菌側の能力者、幹部およそ十名だって、まだ人事不省の状態の筈で。とてもではないが、攻勢に出る余裕は無いはず。

彼らだって、陽菜乃とエンドセラス。それに両組織の主力の名と戦力くらいは把握しているだろうけれども。

それでも、予想外の急襲で。回復を司っている能力者が叩かれたら、以降は無事ではすまないはず。

勿論此方だって本調子では無いけれど。

それでも、試す価値はある。

「その後は、和平に持ち込む」

「正気か」

「田奈ちゃんが言う事も事実だよ。 渦の状態がおかしいと、私も思っているのだし、ね」

「……」

不満そうにエンドセラスが腕組みするけれど。

これが精一杯の譲歩、というのは理解したのだろう。忌々しそうに、田奈を見た。ずっとギガントピテクスは黙って、事態の推移を見つめている。

「回復能力者は、十中八九古細菌側に元からいたメンバーじゃない」

「それは同意だ。 圧倒的な支援能力を得たから、古細菌側が動いたと見て良いだろう」

「田奈ちゃん、これが取れる最大限の妥協だよ。 もしもこれでも同意できないというのなら、私は今此処で、貴方を殺さなければならない」

空気は、意外にも静かだ。

此処にいる皆は、殺しなど数限りなくやってきた。それも当然だろう。殺そうとも思ったら、躊躇なく出来る。

だから。田奈は。

目を一度だけ閉じると。言う。

「分かりました。 ただし、作戦が失敗した場合は、無条件降伏も視野に入れて貰います」

「被害を増やさないためには、仕方が無いね」

「大ばくちになるが、仕方が無い。 此方としても、もう戦線を維持できる状況では無いからな」

エンドセラスの所は、主力をごっそりやられたと聞いている。そう嘆くのも仕方が無い事なのだろう。

すぐに、その場で取り決めがされる。

ブリーフィングは、移動しながら行う。

阿蘇に行くには、飛行機と新幹線で分散して。陽菜乃や何人かの、素の能力自慢は、走って現地に向かう。

これは危険を避けるためだ。

戦力を分散させ、現地で集結させる。

そうすることで、一気に敵をたたく。

理には、かなっている。

田奈には、あまり面白くは無い事実だが。

すぐに皆が動き出す。負傷している者も多いけれど、条件は敵も同じだ。移動しながら、情報をやりとりする。

突入してきた敵の情報は、既に集めてある。エンドセラスの証言もあって、二十八人まではモンタージュも作れていた。この中に、ユリアーキオータをはじめとする、今まで交戦経験がある古細菌側能力者は混じっていない。

つまりそれだけの数、古細菌側は、近年発生しているイレギュラーを仲間にしている、という事だ。

田奈自身は、飛行機で移動。

移動の最中に、ブリーフィングを行う。

今の時代、幾らでも行える手段があるのが強い。

敵の分析を進める。動きなどを確認する限り、すぐに六人にまで、回復能力をもつ可能性が高い能力者が絞られる。

田奈は、まだ気乗りしない。

此処で戦うよりも、まだやはり、やるべき事があると思う。だが、それさえも。陽菜乃達は聞いてくれないだろう。

妥協、か。

いや、妥協を引き出せただけ、良しとするべきなのかも知れない。長く続いた戦いで、軋んだ心と体は。

もう、戦いが嫌だと、無意識で告げているかも知れないが。これが最後だと思って、気力を振り絞る。

限界なのは分かっている。

オルガナイザーとしては、特に。

戦士としても、厳しいかも知れない。

 

飛行機が空港に到着。

阿蘇までは、レンタカーを使う。何人かの能力者と乗り合わせるが。皆、田奈には良い顔をしなかった。

裏切りもの。

そう言いたいのだと、顔を見ていれば分かる。

実際、彼らの主張は正しい。

田奈は裏切りを働いたのと同じ。現在、全滅せずに済んだのは田奈のおかげだというのも事実だが。

無言のまま、運転を続ける仲間。

エンドセラスも、戦力をかき集めていると聞く。恐らく、阿蘇はこれから地獄と化すだろう。

休火山が、噴火する可能性さえある。

一応、一般人は出来るだけ巻き込まないようにと言われてはいるけれど。

それも、何処まで出来るかどうか。

レンタカーを降りて、合流地点に。

陽菜乃とエンドセラスが、六人まで絞り込んだ回復能力者を叩く。それまでに、田奈は戦闘の中心地点に突入。

其処で前と同じように、重力の墓場を造り出す。

これで、全てをまとめて一網打尽。

だが、敵も当然、同じ手には載ってこないだろう。むしろ、此処でさえ、既に危ないかも知れない。

他の突入チームとも連絡。

今の時点では。

全員無事だ。

だが、敵の中には、重傷を負って身動きできないメガテウシスを完璧に演じきった能力者もいる。

あれは演技というレベルではなかった。恐らく、ほぼ間違いなくコピー能力と見て良いだろう。

合言葉までコピーできるとは思えないが。

念には念だ。

陽菜乃とエンドセラスが、連絡してくる。

「敵根拠地発見。 既に八人が復活してる」

根拠地になっているのは、阿蘇のカルデラの中にある、廃小学校だ。そこそこ大きな小学校だったのだが。地区の統廃合や、子供の減少が重なって、結局廃校に。まだ取り壊されず、地元の不良のたまり場になっていた時期もあったのだが。周囲を鉄条網で覆われてからは、流石に侵入者もいなくなった。

エンドセラスによると、校舎の上に二人。

裸眼で周囲を監視しているそうだ。恐らくは、相当な探知能力を持つ能力者だろう。動きがおかしいから、恐らくはイレギュラーだとも。

もう一人いるのは、ほぼ間違いなくユリアーキオータ。

彼奴は単純に強い。

気配探知を広げていて、校舎全域が範囲に収まっているという。つまり、下手に近づくと、速攻で気付かれる、という事だ。

更に。

「知らない気配が一つ。 無茶苦茶に強い。 私とエンドセラスさんが二人がかりでも、勝てるか分からないかな……」

「!」

動揺がさざ波のように拡がるのが、田奈にも分かった。

つまり、それは、間違いなくこの世界最強の能力者、ということだ。世の中、上を見れば上がいる。

古細菌のグループは、恐らく。

今まで表に出てこなかった、黒幕を。ついに引っ張り出してきた、と見て良いだろう。

此方の戦力を全てぶつければ、或いはと思っていたのだけれど。

敵の中には、負傷はしていても、ある程度は戦える奴もいるだろう。つまり、陽菜乃やエンドセラス並の実力者が八人。その中の一人は更に次元違いで。他にも強い奴が、ある程度動ける状態でいる、ということだ。

回復が出来る能力者を叩いて、和平に持ち込む。

それだけの事がどれだけ困難か。

実現は不可能に近いことは、私でなくても分かるだろう。

だから、最初に、良い条件を引き出せる可能性がある内に。講和をしておけば良かったのだ。

エンドセラスの組織の主力が丸ごとやられた時点で、この世界のパワーバランスは決定的に壊れた。

エンドセラスが豪腕で押さえ込んでいた発展途上国の幾つかも、今後は大混乱に陥る可能性が高い。

もたついていると、全てが取り返しがつかない事になる。

今からでも、止めるべきでは無いのか。

そう思うけれど。

思っているうちに、現地に到着。

既に、他のチームも、おのおの配置についている。数だけで言えば、敵の五倍以上だけれど。

勝てる気がしないし。

敵だってとっくに気付いている筈だ。

此方には、主力と見なされず、攻撃されなかったひよっこや。

そもそも戦闘経験が浅い子らもいる。

田奈がスカウトしてきた子だって。

その子達が死ぬのを、出来れば見たくないし。最大限の譲歩をしてくれた陽菜乃に対しても、裏切れない。

二律背反の中。

攻撃開始の命令は。

無慈悲に降った。

 

3、血の渦

 

最初に陽菜乃が飛び込む。

相手が、此方に気付いている事は知っての上で、だ。だから、いきなり最強のカードを切る。

そして、エンドセラスが、悠々と正面から乗り込んでいく。

やはり途中でその気配が消える。

エンドセラスの能力だ。

奴の力は、まだ具体的には分からないけれど。どうも認識を阻害しているように思える。田奈は突入チームが、一斉攻撃を開始するのを見た。

遠距離系の能力者が、一斉に攻撃を、廃校舎に叩き込む。

自衛隊と警察は、二時間までは黙っていると連絡が来ている。この辺りは過疎地域だし、戦闘が起きても見物人くらいしか現れないだろう。

思う存分戦えるし。

負けるとなったら、恐らく二時間は保たない。

田奈も出る。

態勢を低くして、突入。

すぐ至近。

着地したのは、和装の子供。ユリアーキオータだ。

肩を掴んで腕を回しながら、ユリアーキオータは言う。

「久しぶりだな、アースロプレウラ」

「通して貰いますよ」

「何のために戦う。 戦力差が絶望的なのは、分かっているだろう」

「……分かっていますが、それでもやらなければならないことがあります」

がつんと、音が響く。

ユリアーキオータの回し蹴りを、田奈が受け止めた音だ。一瞬おいて、地面にクレーターが。

そして、衝撃波が走る。

小柄だが、身体能力は凄まじい。流石古豪。

しかも、能力である熱量操作を使っている様子も無い。相手にしては、様子見程度、と言う所だろう。

ラッシュを捌きながら、田奈は下がる。

戦場の中央へと。

最悪の場合。

今度は自分が死んででも、全ての陣営の能力者を全滅させる。そうすることで、ようやく。

「させるか!」

「!」

急にユリアーキオータの速度が上がる。

一瞬で、全身の熱量を操作したのだ。

強烈な蹴りが叩き込まれ。

それをガードしたけれど。ガードの上から吹っ飛ばされ、鉄条網の辺りまで下がる。周囲は大乱戦。数人がかりで、敵の一人を押さえ込みに掛かっているけれど。それも上手く行っているかどうか。

次々と、味方が倒されている。

敵も少しは倒されてはいるようだが。

やはり、力の差は一方的だ。

エンドセラスの主力部隊が残っていても、勝てるかどうか分からない相手だ。妥当な結果だとも言える。

校舎の一角が、派手に吹っ飛ぶ。

崩壊する瓦礫の中から飛び出してきた陽菜乃を追うようにして、雷撃が空に走った。まるで、空を焦がすような稲光。

電気系の能力者、というには火力がありすぎる。

其処には。光り輝く、威厳に溢れた老人がいる。

筋肉質の体をむき出しにした、半裸に古代ローマ風のローブを纏った、豊富な髭を蓄えた老人。

さながら、ギリシャ神話の最高神のようだ。

「紹介しよう。 彼こそが、もはや人類が発見さえしていない、最古の生物。 プリオンから分岐し、生物となった、原初の存在だ」

「まるでギリシャ神話の最高神、ですね」

「事実オリンポスに君臨していた時期もある。 我等数百年を生きてきた古細菌能力者のなかでも、最強最古の存在。 それこそが彼だ。 オレでも、彼には及ばぬ」

「……」

そうか、やはり来ていたか。

噂にしか聞かない、最強の能力者。

全身から煙を上げながらも、陽菜乃は立ち上がる。だが、今の稲光を見て、分かったのだろう。

もはや、人の領域で。

勝てる相手では無い。

田奈の重力操作を全力でぶっ放しても、あれを抑えることは出来るか分からないと言うのが本音だ。

強すぎると言うよりも、もはや摂理から外れてしまっている。

恐らくは、不老と圧倒的な能力を駆使し。人類社会の裏側に、噂通り二千年以上も君臨してきたのだろう。

だが、あれは回復系の能力者では無いとみた。

「よそ見をしているとは余裕だな」

また、至近にまで潜り込んできたユリアーキオータが、ラッシュを叩き込んでくる。重力操作を駆使して渡り合うが、実力は向こうの方が上だ。今の時点では、何時でも此方を殲滅しうるあのオリンポスの主を動かさない所か。

味方をどう全滅させないか。

それを考えるのでやっと。

冷や汗が浮かぶ中。

稲光が、また走る。

陽菜乃が、必死に食いついているのだ。雷撃を何度も浴びながら。それでも、時間を稼いでいる。

「狙いは、此方の回復を促進している能力者だろう。 そして気配を消す能力を持った者で、暗殺を狙っている。 そんなところか?」

「わざわざ口にするという事は、余程自信があるんですか?」

「まあな」

繰り出された回し蹴りを、ガードするが。思わず上体が揺らぐ。それだけ重い蹴りだということだ。

どんどん、校舎の方から押し出されている。

相手の火力が違いすぎる。

今はユリアーキオータだけが相手をしているけれど。それも、余裕があるからだ。此奴が本気を出したら、田奈と複数の能力者を相手に、互角に渡り合ってみせるだろう。もっともその時は。

田奈も、隙を突かせて貰うが。

頭は、意外なほど冷静だ。

負けはもう確定しているから、だろうか。

となりを、誰かが吹っ飛ばされて飛んでいき、鉄条網を突き破っていった。誰かを確認する余裕も無い。

いつの間にか。

田奈も、背中に鉄条網があるのを感じていた。

此処まで、押し出されていたのだ。

エンドセラスはやれただろうか。

もしやれていなかったら。

此方の負けは、確定だ。

「良く鍛えているな。 オレを相手に、此処までやれるやつはそうはいない。 だが、そろそろ盟主がお冠なのでな。 本気を出すとする」

ユリアーキオータの能力は、体内の熱量操作。

小柄な体で爆発的な力を出せるのは、それが理由。

対して、田奈は。

重力操作で、自分の動きを逐一加速して、渡り合ってきていたが。格闘戦よりも、むしろ広域殲滅戦の方が得意だ。

だからこそ。

この瞬間を、待っていたのだ。

横殴りに飛んでくるものを、ユリアーキオータが弾く。

此処を狙えと、前に打ち合わせしていたのだ。

投げたのは、ずっと前に田奈がスカウトした能力者の一人。投擲したものの質量を何倍にもする能力者。

一瞬だけ態勢を崩すユリアーキオータ。

その視界から。

田奈は外れる。

全力で、走る。いや、違う。

重力操作を使って、校舎に自分を飛ばすのだ。

手を突く。

後ろから、全身を燃え上がらせたユリアーキオータが飛んでくるが、既に遅い。この瞬間。広域殲滅の準備は整った。

「おのれええっ!」

フルパワーでの蹴りを叩き込んでくるユリアーキオータ。

田奈はその時。

既に準備を終えていた。

自分を中心にして。

全火力を解放。

エンドセラスは間に合わなかったと判断。

此処で、全てを終わらせる。

 

「捕らえたぞ!」

周囲の全員が、止まる。

戦場の中央に。

肩でいきをつき。

血まみれになりながらも。その手に、ボロぞうきんのようになった誰かを抱えている、エンドセラスが現れたのだ。

全身消し炭のようになりながら。

煙を上げながらも、なおも立ち続けていた陽菜乃が、声を張り上げる。

「戦闘中止! 敵の中核は捕獲した!」

田奈は、内心で舌打ちしていたかも知れない。

まさか。

こんな一瞬前に、間に合うとは思わなかったからだ。ユリアーキオータも、愕然としている。

恐らく、守りには相当自信があったのだろう。わざわざ、此方の考えを口に出して当てて見せたくらいなのだ。

それをエンドセラスはかいくぐった。

古豪の意地。

それを見せつけられた気分だ。

そして、明らかに格上の相手に、食らいつき。その攻撃を、周囲に向けないように、立ち向かい続けた陽菜乃も。

田奈は、気分を切り替えると。

手を叩く。

「和睦を! 応じないのであれば、この場で私が全力で重力を展開します。 此処にいる能力者全員が死ぬ事になります」

「やってくれおったな……」

オリンポスの主が。

怒りに満ちた声を絞り出す。

最古にして最高の王。この世界が、生物によって満ちるきっかけを作った、最初の生物の力を持つ者は。

激烈な戦闘で、既に倒壊している校舎を見下ろすと。

大きく。

いらだたしい様子で、嘆息した。

「ユリアーキオータ!」

「何か、盟主よ」

「無事だったものをまとめよ。 どうやら、和睦に応じなければならないようだ」

そうか。

上手く行ってしまったのか。

どうしてだろう、乾いた笑いが漏れる。何もかもを、全て叩き潰して。そして、自分だけが。

いや、自分さえも滅ぼして。

そして、楽になりたかったのが、田奈の本音では無かったのか。

結局、陽菜乃がコントロールを握り。

今回も、自由になる機会を、逸してしまった。

私は、何をしているのだろう。

雷が炸裂しまくったからだろうか。空は曇っている。雨が降り出すのにも、そう時間は掛からないだろう。

政府による統制の時間制限は、もうすぐ。

いずれにしても。戦いが終わったのは、事実だ。

あのオリンポスの主は、自身に圧倒的な自信を持っているタイプとみた。つまりそれは、嘘をつくことは自身にも許さない事を意味している。

講和は、成立する。

田奈は、死に場所を失い。

これからも、浮き草となって、漂うのが。確実だった。

全身がズタズタになっている陽菜乃が、地上に降りてきたオリンポスの主と向き合う。近くで見ると分かるが。

これはまるきり化け物だ。

こんな奴と、陽菜乃はまともにやり合っていたのか。

「和睦の日程は、此方に。 代表者を出してください」

「うむ……」

「安全策として、此方も彼はあずかります。 回復をさせてしまうと、戦力差もあって、和睦を行うテーブルが、そもそも成り立ちませんので」

「分かっておる。 当代最強の能力者よ」

何だか、おかしな会話だ。

明らかに次元違いの化け物が、相手に最強という賛辞を送っている。撤収。エンドセラスが叫ぶと、負傷者が。味方を引きずりながら、後退を開始。

戦いは、終わった。

終わったのだと、見せつけられる。

ユリアーキオータは、此方を一瞥。

そして、近づいてきた。

「死ぬつもりだったな、貴様」

「ええ。 だから、恐ろしかったでしょう」

「抜き身の刃と言うより、いつ爆発してもおかしくない原爆だったな。 何しろ、貴様は、此方を怖れさせるためではなく、本気で死ぬつもりだったからな」

笑みを返す。

私は死に損ねた。

そして、戦いは終わった。

今後も私は、戦いの場に残るだろう。此処で死にたかった。ずるずると生きてなど、いたくなかったのに。

やがて、周囲には、誰もいなくなった。

古細菌側も、自分たちの負傷者を担いで、撤退していったのだ。そして、陽菜乃達も。

田奈は、自分の携帯を取り出す。

メールが来ていた。

余裕が出来たら、戻っておいで。

陽菜乃から、だった。

雨が降り出す。

情報統制が終わったからか、倒壊した校舎に、人が集まり始めている。警察と消防も来た。

見つかると、面倒だ。

田奈は、疲れ切った体と心を引きずるようにして、その場を離れた。

どうしてだろう。

ずっと涸れきっていた筈の涙が。どうしても、止まらなかった。

私は、何がしたかったのだろう。

加齢が止まってから。小利口な事を評価されて。自分でもしたくない仕事を続けて。止めたいと思っても止められなくて。そして今。死にたいという希望さえ、此処で潰えて果ててしまった。

何もかも巻き添えにして、死にたかった。

どうにもならないことが分かっているこの世界から、逃げたかった。

逃げずにずっと戦い続けてきたから、壊れてしまった。それが分かっているから、何とかしたかった。

何ともならなかった。

生きろというのは簡単だ。

普通の人間の何千倍も苦悩を抱えてしまった今。田奈の心は、もう取り返しがつかない所まで、崩壊してしまっている。

口から零れ始めたのは。

何も考えずにいられた、幼い頃。耳に残った歌。

本格的に雨が降り出す中。

田奈は傘も差さず。

誰の目にもとまらないまま。

風邪を引くのも厭わず。

ただ、歩き続けた。

 

4、むなしきもの

 

和睦の会議には、出ざるを得ない。

まだ、組織のナンバーツーである事に代わりは無いのだから。エンドセラスは、負傷がまだ癒えていないメガテウシスと、ギガントピテクスを。古細菌側は、ユリアーキオータだけを伴っていた。

会議に使われたのは、人気が無い倉庫。政府側は、干渉しないことを明言している。まあ、ほっとしているのだろう。

実際に、この場にいるメンバーがその気になれば、先進国の一つや二つ、跡形もなく消え去るのだから。

其処でも、オリンポスの主は。

威厳のある、半裸の老人のまま。

此奴の戦闘能力は、ギリシャ神話の色情狂至高神と同一存在とは思えない。いや、原初の神話に出てくる、圧倒的存在だった頃の、至高神とみるべきか。

この怪物と戦う事になった能力者の絶望は、手に取るように分かる。

雷という単純だが汎用性が高い能力。

しかも、明らかに物理的圧力も伴っていた。

恐らくは、相手に強引に雷によるダメージを与える能力、とでもいうべきものなのだろう。勿論広域制圧も可能。

更に、物理圧力を伴うから、自分への攻撃もシャットアウトできる。

単独で戦場を制圧できる、文字通りの神だ。

会議の口火を切ったのは。

オリンポスの主だった。

「まずは我等を前にして、見事に戦ったと汝らを讃えよう。 そして、今回を機に、不毛だった三者の争いを終えることとしたい」

「依存はありません」

「右に同じく」

エンドセラスも、本来だったらイエスなどとは言わないだろう。

古細菌側とはやり方が違いすぎるし、何より野心の塊だ。だが、手足をもがれた状態では。

最高の条件を出された今。

受け入れざるを得ないのだ。

田奈は、陽菜乃の視線を受けて、紙を出す。

和睦の具体的な条件だ。

「ふむ、元老を集めて合議制にするか」

「能力者のグループによって、意見が違っているのは事実です。 それをまとめるには、代表者が話し合いをする。 それ以外には、無いと思いますが」

「で、代表者の選出は、今までの三組織の代表者を、公平な数出すと」

「本来なら、能力や経験で出すのが良いでしょうが、あなた方は地下であまりにも年月を重ねすぎた。 思想ごとに別れて、代表者を出し。 代表者が、思想を同じくするメンバーの調整をするのが現実的でしょうね」

話は、淡々と進む。

田奈は、和議の案を出す以外に、やる事がない。エンドセラスも、和議の案を見て、これで構わないと口にした。

此処にいる面子は、全員が元老になるだろう。

他にも数人を選ぶとして。

これからは、能力者は三つどもえの争いをやめて。元老同士が話し合って、物事を決めていけばいい。

戦いは、武力から、政治に移る。

「現在の我々の戦力から考えると、多めに元老を出すのが普通なのだが、それでも公平にしろというのだな」

「これから長期的に考えれば、あなた方に匹敵する能力者も出てくるでしょう。 私やエンドセラスさん、それに田奈ちゃんのように。 もしも此処で公平にしておかないと、後で大きな禍根が残ります」

「国家百年の計という奴だな」

「国家ではありませんが、そうです」

すらすらと話を進めて行く陽菜乃。

やはり、殺意しか湧かない。

死にたかった。

今でも、その気持ちに、代わりは無い。

加齢は止まってしまっている。元老として政治に関わりながら、これからも新しい能力者をスカウトして。オルガナイザーとして活動していく。

永遠に。

永遠にと思うと。それだけで気が遠くなりそうだけれども。だけれど、田奈は。無表情を貫き続けた。

「元老は、この書類通り、それぞれの組織から、五人ずつ出しましょう。 あまり多くなるのも考え物です」

「……そうだな」

オリンポスの主は立ち上がる。

それだけで、強烈な威圧感が、周囲に満ちた。

その気になれば、此奴単独で、病み上がりの陽菜乃やエンドセラスも含め、この場の全員を焼き殺せる。

古細菌側の能力者達が従うわけだ。

経験値だけでは無い。

圧倒的な強さが、この化け物には備わっている。能力者という枠を超えて、完全に神の領域に達している。

「勘違いするな。 儂は此処までの条件を整えたお前達に可能性を感じたから、今回の和議に応じる。 戦いになれば、まだ儂と配下達が圧倒的に有利なことを忘れるな。 もしもそれを忘れたとき、この合議は白紙とする」

「……」

「戦いは終わりだ。 渦の異常を収めるためにも、どのみち戦いを終わらせることは必要で、それに犠牲が伴わなかったのは僥倖とみるべきだろう。 これからは共同して、この世界の存続に向けて動いていきたい」

陽菜乃が、オリンポスの主と握手。

手の大きさがまるで違うが。

それでも握手は成立した。

続いて、エンドセラスも、握手する。

長身のエンドセラスだが。オリンポスの主と比べると、かなり小さく見える。

握手は順番に行われ。

オリンポスの主と、田奈も握手した。

一瞬だけ、オリンポスの主は、眉をひそめたが。

それ以上は、何も言わなかった。

 

波乱も起こらず。

ほぼ田奈が提案した議題どおりに、全てが決まった。オリンポスの主が、もっとごねる可能性もあったし。

最悪の場合、交渉が決裂する可能性も考慮していた。

だが、その全てが。

無へ流れた。

冗談のようだ。

もはや解きほぐすことが不可能だと判断されていた能力者集団の争い。エンドセラスと陽菜乃の関係もそうだが。こうも簡単に、和平が成立し。

死に場所だと思っていた所が、全てなくなり。

そして。

田奈は、これからも。

望まぬ仕事を、続けていかなければならない。

力ある者の義務。

責任。

それは分かっている。頭では分かっているが。自分の精神が、もはや取り返しがつかない所まで壊れていることも、田奈は分かっている。

アースロプレウラが、心の中からささやいてくる。

「お前はもう充分に働いた。 この辺りで、休暇を少しとると良いだろう」

嘘だ。

その囁きは。

自分が自分に向けているもの。自分の願望を、そのまま形にしただけのもの。そんな事は、分かっている。

アジトにしているビジネスホテルに直行。

シャワーを浴びて。

それから、度が強い酒を、浴びるほど飲んだ。能力の代償としてのシダも、山ほど口にする。

それでも。酔わない。

腹立たしいほどに。

度数80を超えている泡盛をぐびぐびと飲んでいるのに。体が、酒程度では、どうにもならなくなっているのだ。

酔いに逃げる事も出来ず。

悶々とする。

勿論、この状態になってしまうと、もはや性欲もない。不老という時点で、完全体に近いからだろう。

この状態では、摂理という観点からも、子供は作れない。

何より、欲求そのものが。

人間だった頃とは、あまりにも変化しすぎているのだ。

ギリシャ神話の最高神は、欲望の塊という事で有名だが。現物を見た後だと、それが嘘だと言うことが良く分かった。

人と離れ過ぎた能力をえれば。

精神も変容する。

人間に分かり易い欲望は消え失せ。

ただむなしすぎる空虚が、心の中に満ちていく。

陽菜乃は明るく振る舞っているが。あれは本当なのだろうか。田奈と同じように、虚無に掴まれていないのだろうか。

いつの間にか、泡盛の瓶は空になっていた。

二リットルの瓶だったのだが。

欠片も、酔いはしなかった。

ドアがノックされる。

気配からして、陽菜乃だ。

どうぞ、お好きに。

口にすると、ドアを開けて、陽菜乃が入ってくる。彼女は、笑みを浮かべたまま。そして、田奈の心も、理解はしていないだろう。

「ありがとう。 これで和議もどうにかなったし、しばらくはゆっくりできそうだね」

「それよりも、これからどうするんですか?」

「どうもこうも。 しばらくは反対派も多いだろうし、組織の引き締めが重要かな」

「……そうですね」

エンドセラスも、監視しなければならない。

とはいっても、これだけの大がかりな和議が成立した後。その上、エンドセラスは主力と手持ちをあらかた失っている。

今更、無茶はしないだろう。

つまり。

田奈が死ぬ機会は。失われた。

少なくとも戦士としては、当面来ないと見て良い。

人間と欲望の形が違う能力者達は、今後はどうやって世界を運営するかに力を注いでいくことだろう。

更に言えば。

能力者達の争いは、各国政府にとっても頭痛の種だった。それが解消されたことを喜ぶ勢力も多い。

「ね、田奈ちゃん」

「何ですか?」

「しばらくは、オルガナイザーを他の人に任せるよ。 休暇をあげるから、少し何処かで休んでおいで。 最初の元老会議が行われるのは、一月後くらいになる予定だから、それまでは自由にしていていいよ」

無言でうつむく。

そんな事で。

今までの鬱屈が。

晴れるとでも、思っているのか。

思っているから、提案してきたのだろう。そんな事は分かっている。人間をもう止めてしまっていても。

陽菜乃は、脳筋である事に代わりは無い。

「分かりました。 少し南国の孤島ででも、バカンスを楽しんできます」

「ん。 組織の引き締めは、私がやっておくからね」

一礼だけすると、陽菜乃は部屋を出て行く。

田奈は無言のまま。

座っていたベッドを、たたき割っていた。

嗚呼。

何もかもが、自分を嘲笑っているようだ。

クーラーボックスに入れていたシダを全て食べ尽くしてしまうと。田奈は山の中へ歩いて行く。

そして、その場に生えているシダを、片っ端から腹に収め始めた。

何もかもがうまくいかない。

死にたい。

死にたいのに。

ふと気付く。

街の灯りから離れたからか。空には、美しい天の川が拡がっていた。シダをかみ砕きながら、見上げる。

流れ星が。

多数、街へ降り注ぐようにして。

空を横切り続けた。

 

(続)