溶岩の滝
序、地獄の一丁目
中央アジア、ウルズクベキスタン。以前、禍大百足が東南アジアに向かう際、一瞬で蹂躙した国の一つである。新国連も出てくる暇さえ無かった。
貧困から武装勢力が跋扈する国だったのだが。
現在は状況も落ち着き、ほぼ予測通りの状態になっている。
そして、その地下には。
結局新国連も。
恐らく米国のCIAも。
気付くことが無かった、結社の基地が、まだ存在していた。
ちなみに此処が。
結社に残された、最後の補給拠点だ。もはや、補給できるような物資など、残ってはいなかったが。
以前、バグラシア国境付近の秘密倉庫から回収した物資を、禍大百足から降ろして。そして、補修作業を始める。
結社のメンバーの顔は、暗い。
私がコックピットから降りて、周囲を見回すと。
生気がないのは、目に見えるほどだった。
今までに無いほどに、大きなダメージを受けた禍大百足。此処にいるメンバーは、ほとんど皆が禍大百足の建造に関わっている。その後も、戦いには大体関与してきている。この姿を見て、悲しまないはずが無い。
何より、このアジトのほこりっぽさ。全体的に薄暗く、もはや人間が作った施設とも思えない。場所の雰囲気の悪さが、皆の心を痛めつけている、というのもあるだろう。
地上部分は、既にプラスチック爆弾でも破れないように、封じてしまっている。
もはや外に出ることは、無いからだ。
なけなしの物資を使って、修繕が始まる。
私が何も言わなくても。
作業は進んでいく。
皆、スペシャリストだ。
宇宙開発が世界的に中止されて。それで路頭に迷うことにはなったが。それでも、トップクラスの頭脳を集めて編成された、スペシャリスト達。
皆が己の誇りを掛けて。
今、出来る事をしている。
ルナリエットとユナは、すぐに連れて行かれた。医務室で、精密検査を受けている。出撃まで、じっくり体を休めて貰う予定だ。
中帝にこれから殴り込みを掛ける。
その時。二人は。
もはや、休む事など、出来ない。
私自身も、用意された部屋のベッドに倒れ込むと。気絶するように、意識を失って。そのまま、しばらく目覚めなかった。
泥のように、気色が悪い眠り。
疲弊がひどすぎると、こうなるのだ。
ましてや私は。
もはや、未来が無い身。ガン細胞が体の中で拡大繁殖していると思うと、気分など良くなりようもなかった。
ぼんやりとしたまま、目を開けて。天井を見る。
もはや、私のいる場所の無い世界が。
天井と、膨大な土砂を通した向こうにある。起き出して、禍大百足を見に行く。既に、できる限りの事はした様子だった。
増加装甲は無い。
可能な限りのナノマシンを補充。
出撃までに、自動である程度補修はしてくれるけれど。折れた足に関しては、修繕しただけ。
完全に修復するのは無理。
禍大百足は、まだ戦えるけれど。その痛々しいダメージは、当面回復できない。そして、中に乗っている者達の疲弊も。
最終作戦。
中帝における作戦は、二ヶ月ほどを予定している。
恐らく、それ以上かけると、世界が気付いてしまうからだ。スーパービーンズを散布する、真の目的に。
そうなると本当に面倒な事になる。
世界が気付く前に、全てを終わらせて。
そして、嫌でも、此方が想定した状況に持ち込まなければならないのだ。
話し合った。
生前のクラーク博士と。私と。マーカー博士で。
何十回とシミュレーションした。
どうあっても、現在の世界は。現在の仕組みを、手放すことが無い。ならば、手放させるしかない。
そうして始めて、宇宙進出への足がかりが出来る。
「クラーク博士が生きていたら、なんというだろう」
思わず、独りごちてしまう。
周囲は聞いていない。それぞれの仕事をしているからだ。私は、どうしてこの集団の頭をしているのだろう。
そもそも、私は。
気がつくと、机に突っ伏して、眠ってしまっていた。
どうやら相当に疲弊が溜まっているらしい。目を擦りながら、進捗を確認。出来るだけの事は、する。
タイムリミットまで、もう時間がない。
出撃は、遅らせられない。
地中を進む間も、ある程度装甲は回復するけれど。中帝とガチンコでこれからやり合うことを考えると。
最終作戦が終わったときには、万が一も生還は叶わない。
どちらにしても、生きて帰る気など、最初から無いのだ。禍大百足は、この作戦を最後に、この世から消える。
それだけだ。
ルナリエットの様子を見に行く。
テルマ王国での戦いで、かなり無理をしたけれど。今は意識も取り戻して、病室で静かにしている。
点滴を打たれている様子だ。
ユナは。
既にベッドに腰掛けて、ぼそりぼそりと、マルガリアと話している様子。
病室を出る。
今、私が。彼女らに出来る事はない。
しかし。
此処を出る前に。
する事が、一つある。
それは、最後の責任を果たすこと。私達は運命共同体だが。それでも、やっておかなければならない。
基地で働いている皆に向けて。
咳払いした後。マイクを使って、呼びかける。
「ハーネット博士だ。 作業中の者は手を休めなくて良いので、そのまま聞いて欲しい」
此方を見る者もいる。
基地全体に拡がるように、スピーカーとマイクをつなげてある。
禍大百足の周囲で働いている者達は、忙しく動き回っていて。此方を見る余裕も無い者も多い様子だが。
「知っての通り、これから最後の作戦を開始する。 相手は中帝。 世界でも列強と呼ばれる国家の一つだ。 今までと違って、其処に対して総力戦を仕掛ける。 理由は皆も、知っての通りだ」
プトレマイオスを潰すという理由もあるけれど。
それ以上に、作戦の最終目的が、中帝なのだ。
これは昔から、決まっていたことだ。
別に中帝が諸悪の根元だから、というようなことはない。人間の国家なんて、どれも大なり小なり悪辣なものだからだ。
「覚悟は決めているとは思うが、今後生還は望めない状況だ。 だから皆には、権利を与える。 明日、0700に出撃するが。 その際、禍大百足に乗らずとも良いこととする」
一瞬だけ、周囲を沈黙が覆う。
かなわない生還。
今なら、この基地はまだ気付かれていない。
CIA辺りは、結社のメンバーにある程度当たりをつけていてもおかしくは無いけれど。それでも、今、此処を離れれば。
生還の望みはある。
「誰も、逃げる事を責める事は無い。 それぞれ、自由意思で、禍大百足に乗り込んでくれ。 禍大百足から降りる希望者が出た場合は、基地の封鎖を解いていく。 以上だ」
通信を切る。
そして、私はコックピットに。
頭も冴えてきた。
此処からは、いつもと同じように自分を酷使しながら、作業をしていく事になる。
どうやら私は。
昔、ワーカーホリックと揶揄された人種と同じ存在らしい。今くらいは休めばいいものを。
状態を確認。
禍大百足のダメージは、かなり回復しているけれど。それでも完全にはほど遠い。しかし、うまく戦えば。二ヶ月を、戦い抜けるかも知れない。
とにかく、最初の一撃は。
プトレマイオスの居場所を探り当てて。
そして必殺で仕留める事だ。
勿論、相手も備えてくるだろう。どうやって裏を掻くかが問題。宮殿に隠れているとしても。
宮殿に膨大な爆弾を仕掛けて。此方をカウンターで潰すくらいのことはしかねない。何しろ、核を使うことを、全く躊躇わない相手なのだ。
既に、情報戦は、始まっている。
しばらくPCを操作。
幾つもの手を使って、中帝内部に確保したバックドアを利用し、情報を徹底的に集めるけれど。
問題は、その先だ。嘘の情報と、本物の情報を見分ける必要があるし。其処から、どうやって奴の中枢を探し当てるか。
勿論向こうだって、黙ってはいない。
まだ此方の具体的な居場所は掴んではいない様子だが。ファイヤーウォールにはしょっちゅうアタックがある。
攻防は、既に開始しているのだ。
「やるな」
しかも、そのアタックの手際は、どんどん向上してきている。以前は確実に勝てる自信があったが。今ではどうだか分からない。
紙一重の勝負になるだろう。
電子戦でも、私が遅れを取ることになるのは。あまり好ましい事じゃあ無い。実際問題、禍大百足の強みの一つは、私がいる事による電子戦の優位だったのだから。
時間は過ぎていく。
そして、朝7時が来た。
禍大百足のコックピットから、状況を確認。
装甲はダメージが残っているが、すぐに穴が空くようなものはない。ナノマシンの散布も既に充分。
このナノマシンも、開発に苦労したし。
宇宙開発が白紙になったとき、米軍に流れるのを阻止した。もし阻止できていなかったら、今頃とっくに禍大百足は詰んでいただろう。
「いよいよ、最後の戦いに出る」
結社メンバーの名簿を見る。
そして、現在いるメンバーを確認する。
どうやら。降りた人間は、一人もいなかったようだ。
馬鹿共が。
私は、無数の感慨を込めて呟く。
結局の所、私を筆頭に、皆馬鹿ばかりだ。そして、その馬鹿どもで、これから世界に喧嘩を売り。ぶっ潰す。
「もはやここから先は降りる事が出来ない。 最後のチャンスだ。 どうしても迷った者は、降りろ。 スパイだった者も、構いはしない。 降りて良いぞ」
反応無し。
側面にあるハッチは開けているのに。誰も降りていくことは無い。定点カメラを確認するが、皆落ち着いた様子だった。
「では、やむなし。 皆、私と一緒に地獄へ落ちて貰うぞ」
コックピットの皆も、黙り込んでいる。
そして、一番厳重に守っている第七関節。
その奥では。
切り札が、目を覚まそうとしていた。
私とマーカー博士とクラーク博士と、アキラ博士。全員分の記憶を移植した、最後のクローン。
調整まで時間が掛かる。
だから、最後の最後に出す。
彼女は、私が地獄に連れて行く、最後の一人。
私は、少なくとも。
彼女より後に死んではならないだろう。私は少なくとも。此処にいるメンバーの中では、もっとも罪深い、地獄の最深部に落ちなければならない。いつも良識を持っていたマーカー博士や。
つきあわされることになったルナリエット、アーシィ、ユナ、マルガリア。
そして、これからつきあわせることになる最後の一人。
他の皆は、天国に行けるかも知れないが。
私は。地獄に行かなければならない。
「それでは。 出撃する」
ハッチを閉じる。
不完全なまま、禍大百足が、すっからかんになった基地を出る。もはや、ここから先。この世界に、安息の場所は、存在しない。
だが、それでもなお。
やらなければならない事があるから。私は地獄への片道切符を切る。
地中を進む禍大百足。
コンソールに映り込むエラーとアラートは。今後消えないことが確実だ。せめて、内部のエラーだけは、どうにか回復させたが。装甲はもはやどうにもならない。
中帝まで、三日。
それまで時々地上に接近し、電波を拾う。
そうすることで、プトレマイオスとの電子戦を行う。
奴は、既に見抜いているかも知れない。
最終目標が、中帝だと言う事を。
1、南北朝
中華文明圏は、晋が崩壊して以降、南北朝に別れることが多かった。いずれも北朝が勝利するケースが多かったが。それは、武力が北朝に偏ることが多かったのが原因である。そして崩壊の理由は。いずれもが、国内の腐敗。
異民族の侵略は、所詮腐敗に乗じたものにすぎない。事実国が上手く行っている間は、断じて異民族の攻撃で陥落などしなかったのだ。
混沌の文化圏。
それが中華だ。
二十一世紀に入ってから、中華圏を支配していた共産党内部で分裂が発生。南北に国が分断されて、血みどろの戦いが始まった。
そして現在、北半分を支配しているのが中帝である。
その後、中帝は様々な混乱を経て、多国籍軍と接近。少し前まで、禍大百足と交戦したロシア軍は、中帝と共同して攻撃をして来ていた。
今の時点では。
中華文明圏としては、比較的豊かで安定していると言える。
清王朝以降、安定と無縁だった中華文明圏だが。少なくとも、豊かだという点では、今は歴代最高の時代でもあるだろう。
問題は、その富が、著しく偏っていること、だが。
「隙を見せないな……」
電子戦を続けながら、私はぼやく。
無数のバックドアとゾンビPCを、中帝の国内に確保。がばがばなセキュリティを敷いている大企業も多い。何しろ泡沫の国だ。賄賂さえ渡せば、どんなことでも出来てしまう。殺人を無為にすることだって出来る。
金さえあれば何をしても良い。
それが現在の、中華圏の普遍的な思想だ。
特に北朝である中帝は、その思想が非常に強い。
バックドアを仕掛けて、様々な方面から調べて見ると。
現在の、1%の人間が、99.9%の富を独占している中帝には。中帝の人間すら、多大な不満を持っている。
共産党員と、その関連。とはいっても、現在では共産党員では無くて、役人だが。ともかく、国家上層とその周辺だけが異常偏重した富を独占している中帝には、現時点で民衆は反感を強く持っているのは、はっきり分かった。
しかし、反乱が起きれば、秘密裏に皆殺し。
反感を持てば、役人に密告され、連れて行かれて二度と帰ってこない。
そう言う状況が続く中。
誰もが、反乱など、起こしようが無い状態が続いていた。
一撃すれば、火は熾きる。
そう考えてはいるのだけれど。
しかし、それにはやはり、プトレマイオスを叩くことが必要だろう。
ちなみに中帝の民衆も、役人と軍の異常な状態には、気づき始めている様子だ。ゾンビ化された支配階級のおかしさは、交戦している周辺国だけでは無い。多くの者達が、肌で感じているのだろう。
既に中帝の軍と支配者層は。
名目上の最上位支配者である皇帝も含め。
全員が、プトレマイオスによってゾンビ化されているとみて良かった。
国民全員をゾンビ化はしていないようだが。
それは恐らく、支配体制に問題が出るから、なのだろう。
「昆虫か……」
ぼやく。
プトレマイオスは、恐らく強化クローンを集めるか、何かしらの方法で、ゾンビを完璧にコントロールしている。
そのゾンビ達が機械的に動き。
民衆を制御。
そして、金を搾り取る。
搾り取った金は、兵器や経済戦争の道具となる。
搾り取りすぎると民衆が餓死する。餓死する寸前から、力では抑えられなくなる。だから、ある程度加減はしている辺りが狡猾である。
プトレマイオスは、人間を研究しつくしている。
多数が餓死しない状態なら、反乱は起きない。
それが世界史における真実であり。実際問題、今中帝では、ひどい圧政が敷かれているのに。
中帝全域に拡大するような反乱は、発生していない。
武装デモはしょっちゅう起きているようだが、それらはいずれも、発生した日に全て鎮圧されている様子だ。
軍にしても警察にしても、動きが速すぎる。
各個に行動している反乱分子なんて、とてもではないが。昆虫のように精密に動くプトレマイオスとその手足には、かないはしないだろう。
有能な独裁者は、国を大きく動かす。
そしてこの国の場合。
その有能な独裁者が、最も搾取できる方法に、全力で力を割り振っている。文字通り、最悪の状況だ。
地下に潜る。
しばし電子戦は中断。
中帝国内に作った無数のゾンビPCから引っこ抜いたデータを調べて、隙を探る。たとえば高官の醜聞とかは幾らでも出てくる。画像についても、拾ってくることは、それほど難しくなかった。
だが。
今その高官達は、悉くゾンビ化している。
隙を作る要素にはなり得ない。
ちなみに外交官についても、一度国内に全員がローテーションで呼び戻されている。その時にゾンビ化させられた様子だ。
危険を感じて、中帝に戻らなかった者も少数いたらしいが。
それらも、出先で襲撃されて。全員が、ゾンビ化させられた模様である。
徹底している。この辺りプトレマイオスは、偏執的なまでに行動が緻密だ。私に敗れた経験を生かしている、という事だろう。
勉強熱心なのは良い事だが。
こういうときは、少しは怠けてくれとぼやきたくもなる。
データを精査していると。
マーカー博士が言う。
「最初の一撃は、やはり皇帝がいる宮殿か?」
「そうしたいのだがな……」
宮殿のデータが入ってこない。宮殿に出入りしている人間は、全員がゾンビ化されていると見て良い。
それは想定内なのだが。
少し前に、軍の車両が、宮殿内に多数の物資を運び込んでいるのを、目撃している者がいる。
それが、プトレマイオスの支配を確立するためのブレインシステムなのか。
それとも、単に攻め寄せる禍大百足を消し去るための爆弾なのか。
どちらかが、判別がつかない。
軍基地にも、幾つかは侵入を果たした。だが、重要なデータは厳重にプロテクトされていて、私でもセキュリティを突破できていない。
まるで電子の要塞だ。
「敵が昆虫のように動いているとして、だ。 何かしら、中枢を悟るための方法は見つけられないか」
「そうだな……」
昆虫なら、フェロモンを使ったり。
或いは、元からインストールされている情報を使って動く。
兵隊蟻なら兵隊蟻の。
働き蟻なら働き蟻の。
それぞれの仕事を、元から持っているデータに従って、果たしていくだけだ。
問題はその先。
今回の件では。今までの情報から総合するに、プリオンを利用して、人間をゾンビ化し。脳を一種のネットワーク化して、メインサーバに等しいプトレマイオスが操作している状態だ。
プトレマイオスを殺せば、一気に敵を壊滅させることが出来るが。
逆にそれができなければ、じわじわとなぶり殺しにされるだろう。
当然敵は、ニュークリアジャマーに対策しているはずで。何より中帝はとてつもなく広い。
ニュークリアジャマーを使うにしても。場所を考慮しなければならないし。
何より、何度も使っていたら、炉のパワーがもたない。
データの集積は、何カ所かにされているのだけれど。そのいずれもが、鉄壁も同然の、軍基地。
其処から更にデータを転送しているとなると、完全にお手上げである。
勿論、軍基地のサーバに関しても、対策はしているだろう。
「軍基地を襲撃して、サーバを奪うのはどうだ」
「難しいな」
私がプトレマイオスだったら、軍基地に核を仕掛けるだろう。そして禍大百足が現れた瞬間に、ドカン。
一撃で倒せないにしても大ダメージは与えられるし、証拠隠滅も同時に行う事が出来る。
勿論プトレマイオスにとって。
核汚染なんて、なんでもない。
ゾンビ化した兵士達が死のうが生きようが、それこそどうでもいいだろう。アレキサンドロスの残虐性だけを、肥大化して受け継いでいるような輩だ。下手をすると、人間を食肉化して管理するようなことを考えていても不思議では無い。
アーシィが挙手。
「今、中帝で、プトレマイオスが管理する要員はどれくらいいるでしょうか」
「そうだな。 軍人と役人を会わせて、二百五十万、と言う所だろう」
ただし、それは最低限の数字だ。
軍人が百五十万。役人が百万。
或いは、安全のために。その家族も、全てゾンビ化している可能性がある。もしそうなると、四倍から五倍に人数は跳ね上がると見て良い。
アーシィも、それは即座に見抜いた様子だけれども。
少し、思うところがあるようだった。
「膨大すぎますね。 一人で管理は難しいと思います」
「そうか。 それで?」
「恐らくは、自身とつなげた巨大なメインサーバがあると思います。 それも用心深いプトレマイオスなら、きっと何かしらの方法で隠蔽している、のではないでしょうか」
誰にも注目されない。
思いもされない。
それでいながら、圧倒的な防御力を持つ。そんな設備、あるだろうか。
少し考え込む。
工事のデータなどは、既に様々な方面から引き抜いてきてある。しかし、どうにも一致しそうなものは見当たらない。
また、不自然なデータの動きについても確認はしている。
中帝ではプロバイダにも役人の手が入っているが、不正なデータについては、賄賂などで目こぼしをさせているパターンが殆どだ。
プトレマイオスはその辺りを理解しているらしく。賄賂を全て自分の所に集めさせて、蓄財しているようなのだが。
あくまでそれは推察に過ぎない。
とにかく、プロバイダなどを見る限り、おかしな巨大データの流れなどは見受けられない。
あるとすれば。
国の基幹ネットワーク。
軍事用などがそうだ。
しかしそれらのネットワークについても、膨大すぎるデータが流れたら、どうしても確認は出来るのだが。
それがないのだ。
未知のネットワークなんて、いくら何でも構築している時間がなかったはず。一体どうやって。プトレマイオスは、膨大なゾンビを管理している。
もう、あまり到着まで時間はない。
中帝の国境を越える。
勿論地下千五百メートルを、である。
実はプトレマイオスは、ボーリングマシンを使って、地下千メートルほどまでのびた探知装置を作っていたようなのだけれど。
地中レーダーの技術は、此方が上だ。
更に深くを潜り進むことで、突破に成功。
まずは第一段階。
問題は、此処からである。
広大な国土。
そして、何処に潜んでいるかも分からない首魁。何より、いつでも総力戦を行える膨大な兵力。
兵器だって、相応に近代化が進んでいる。
幸いなことに、カタログスペック通りの実力を持つ兵器はあまりないようだし。実数以上の兵力が、彼方此方で計上はされているようなのだけれども。
それでも、膨大な戦力が敵の手にある事は、間違いない事実だ。
プトレマイオスは、何処にいる。
一旦、中帝の宮殿地下まで到達。
宮殿の地下には、厚さ実に三メートルの強化鉄鋼板が敷かれている。更に、やはりその中には、膨大な爆発物が仕込まれている可能性が高かった。
原爆。
或いは、水爆が仕掛けられているかも知れない。
安易に仕掛けるのは、危険すぎる。
「さてどうする」
特攻すれば、十中八九アウトだ。もしも、何かしらの手があるとすれば。ルナリエットが、挙手。
皆が視線を集中する中、彼女は言う。
「宮殿から離れた地点に出て、ニュークリアジャマーを使うのはどうでしょうか」
「悪くは無いが、な。 たとえば宮殿を無力化して、中にある原水爆を沈黙させることが出来る。 周囲にいる役人や軍を黙らせることも出来る。 これについては、効果が保証できるだろう。 問題は、プトレマイオスはその後、宮殿にICBMをぶち込んで来かねないという事だ」
「……!」
「奴にとって、ゾンビ兵なんぞ使い捨ての道具。 皇帝が殺されたら、それこそここぞとばかりに、国際社会に正義を訴えるだろう。 そして堂々と総力戦態勢を取って、更に兵力を増強するかも知れないな」
気が進まない。
いずれにしても、最終的には潰さなければならないのが、あの宮殿なのだけれども。今までのような特攻戦法は無益だ。
それが分かっているから、悩ましい。
アーシィに意見を聞いてみる。
「そう、ですね。 いっそ、陽動はどうでしょう」
「ふむ、聞かせろ」
「地上に少しだけ出るか、出ると見せかけて、付近のPCをジャックします。 そして、禍大百足が宮殿に現れたと見せかけます」
「……」
なるほど。
ICBMをぶち込んだ後、その時間に別の地点にでも禍大百足が現れてみせれば、プトレマイオスの失策が一気に拡がる、と言うわけだ。
出来ない事は、ない。
実際、宮殿がある北京地下には、巨大な空間がたくさんある。禍大百足が入り込んで、電波ジャックをして。
今までバックドアを仕込んだゾンビPCを使って、一斉サイバーテロを引き起こすことは可能だ。
しかも、時間差つきで、である。
「マーカー博士はどう思う」
「そうだな。 確かに悪くない案だ。 しかし行けるか?」
「一瞬でも回線に触れられれば、やってみせる」
「……ならば、俺は反対しない」
よし、決まりだ。
北京の地下については、徹底的に情報を集めてある。静かに進みながら、大雨の際に水が流れ込む地下空間に。
コンクリの壁をぶち抜いて侵入すると。
回線にアクセス。
一気にトロイを流し込んだ。
そして、そのまま引っ込む。
プトレマイオスは、常に情報に目を光らせているはずだ。恐らく奴も、皇帝の宮殿に禍大百足が現れる可能性が高いと判断しているはず。
暴発を誘えば、或いは。
内戦が始まったと、周囲に勘違いさせられる可能性もある。
もっとも、其処まで上手く行くとは思えない。プトレマイオスが、実は宮殿にいる可能性も否定出来ないからだ。
次の手は。
これについては、すぐに思いついた。
北京から南下。
軍事の主要拠点になっている基地がある。その近くで、ニュークリアジャマーを発動させる。
同時に、宮殿に禍大百足が現れたという誤情報を叩き流す。
この時、トロイに仕込んでおいたニセ映像も、一緒に。
ついでに、動画サイトにも、ニセ動画が流れるように、仕込んでおいた。
これで、少なくとも、プトレマイオスは悩むはず。
さて、最初の一手は。
これで、先手を打たせて貰う。
無言のまま進み、基地の近くに。基地に直接は仕掛けない。原水爆が仕込まれている可能性が高いからだ。
それにしても、ゾンビ化されているとは言え、此処に務めている者達は哀れである。どちらにしても、禍大百足が仕掛けた瞬間、死が確定するのだから。
「よし、出るぞ!」
ルナリエットとユナ、マルガリアがヘルメットを被る。
一気に地上へ向けて加速。
そして、地面を突き破った。
わずかな時間差をつけて、現在宮殿周辺では、膨大な数のゾンビPCが、トロイの影響で偽情報を垂れ流しているはず。
地上に出ると同時に、ニュークリアジャマー発動。
膨大な面積を誇る軍事基地だが。
一瞬で周辺のインフラもろとも、ネットワークが死んだ。此処までは順調。基地内のゾンビ兵も全滅した筈だ。
基地に踏み込むと、腐食ガスと無力化ガスを流す。
見る間に基地が腐って無力化していく。
無力化ガスも流したのは、たとえば鉛などで分厚くガードした奥に、ゾンビ兵が潜んでいる可能性を考慮しての事だ。
重要地点を足で踏み抜きながら、念入りにガスを流し込みながら、移動。周辺に、スーパービーンズを散布。
作戦上の細かい行動は、ルナリエットに任せる。
マーカー博士は、この間も、スーパーウェザーコントローラーを起動。上空に巨大な積乱雲を構築。
更に、対空兵器用のガス雲も、同時に発動させる。
中帝の空軍は米軍ほどの脅威では無いけれど。それでも、空軍を封じておけば、かなり有利になる。
それにしても、辺りの荒廃は凄まじい。
空気の汚染具合がひどいというのは知っていたが。土地も無茶な略奪農法と、農薬を膨大に使っての苛烈な搾取を続けた事があって、もはや取り返しがつかない事になっている。
異常な色の川は、国外でも有名だが。
この有様では、予想以上の状態だった、とみるべきなのだろう。
さて、どう出る。
最大の軍事基地をぶっ潰したのだ。
情報を収集。
どうやら、宮殿が核爆発を引き起こしたらしい。少なくとも、ネットにはその情報が流れてきている。
だが、本当にそうか。
データを分析する。
敵が此方と同じ事をしてこないとは限らないのだ。もしもその情報を鵜呑みにして失敗したら、乾いた笑いも漏れない。
進みながら、スーパービーンズを散布。
黄河に出た。
黄河に沿って進みながら、乾ききった土地に、散布を続行。既に雨が降り始め。それが徐々に激しくなりつつある。
「大気汚染、尋常じゃありません」
「……」
そういえば、呼吸器系の病気での死者が激増したとか聞いている。
アレは実態のほんの一部なのではあるまいか。
いずれにしても、スーパービーンズの大量散布によって、かなり緩和できるはず。すぐには無理だろうが、時間さえ掛ければ。
軍が、出てこない。
妙だなと思ったが。出てこない内に、可能な限り作業を進める。
さて。
プトレマイオスは、どう出る。
2、黄昏の角笛
中帝に、禍大百足出現。北京を蹂躙し、宮殿を破壊。皇帝は殺害された模様。
そのニュースが飛び込んでくると。亮は、始まったと思った。
大佐が言っていた通りだ。
本当に中帝に、禍大百足が現れた。現在の戦況については、全く外に漏れてこない。それどころか、中帝は分厚い積乱雲と。例の対空腐食ガスに覆われており、とてもではないが近づけないという。
海上には、殺気だった中帝の艦隊がいるし。
米軍だって、押し通るわけにはいかない。
国境線は何処も地獄の激戦区だ。
GOA部隊とて、無理に入り込むわけにはいかないし。突破したところで、中帝の軍勢がお出迎えだ。
さて、どうすればいい。
禍大百足は。大佐の言葉が正しければ、中帝を最終目標地点としているはず。そして最終目標地点を、禍大百足が蹂躙した後。
何が、起きるのだろう。
大佐が来る。
フリールームでニュースを皆とみていた亮は、立ち上がって敬礼。蓮華も、大佐に続いて、フリールームに来た。
「既にニュースは見ているようだな」
「はい。 中帝がかなり混乱しているようですね」
「何が起きているか、まったく分からない状況だ。 そこで、我々は、ロシア国境から、中帝に侵入する」
驚いた。
確か、ロシアの治安回復に、新国連が尽力している。それについては、亮も知ってはいた。
しかし、そのつてを利用するのだろうか。
ミーティングルームに移動。
これからの流れについて、説明を受けた。説明をするのはベイ中佐だけれど。慣れないGOA部隊の指揮から外れて、ほっとしているようだった。
まだ、七十名への増員はまだだ。しかし、GOA部隊の整備は終わっている。そして、GOA401は、これから増産された二十機が届く。
五十機全てが、GOA401として、活動できる。
大佐はまだ松葉杖を突いているが。
GOAに乗ることそのものは問題ないと、医師にお墨付きを貰っているという事だった。
これで、かなり楽になる。
ただ、問題はその後だ。
ロシアと中帝は蜜月関係だったのだが。今はかなり冷え込んでいるという。国境線付近では、小規模な衝突が頻発。
そしてロシア側の兵士達が。
こぞって証言しているという。
中帝の兵士達が、ゾンビのようだった、と。
それは、まさか。
「間違いないと見て良いだろう」
大佐が言う。
アレキサンドロスというあの指揮官の時と同じ。どうやら、奴は、或いはその残党は。中帝に潜伏している可能性があるそうだ。
とにかく、GOA部隊は先鋒。
中帝が混乱しているこの機に、ロシア軍と、再編成中の新国連部隊を主力にして、中帝に入る。
元々、腐敗の凄まじい国家だ。
此処で一気に内情を明らかにすれば。国家の健全化を図れる可能性だって高いだろう。それより、何よりだ。
亮は、あの禍大百足と。
自分の手で、決着を付けたい。
バケモノに、仕留めさせたくない。
「禍大百足は、何が目的なんでしょうか……」
「それについても、説明がある」
プロジェクターに、アンジェラが映る。
一緒に映っているのは、誰だ。
グレーのスーツを着こなした、神経質そうな人物だ。眼鏡を掛けていて。口元には、古風な髭がある。
「此方、経済学者のマーティン。 彼から説明があります」
「経済学者……?」
皆が困惑する中。
マーティン博士とやらは。とんでも無い爆弾を、壇上から周囲にぶちまけた。
「単刀直入に言いますと、禍大百足を操るハーネット博士の目的について、大まかな結論が出ました」
「その結論とは」
「彼女が目的としているのは、現状の資本主義社会の破壊です」
「は……!?」
皆が愕然とする。
マーティン博士は、何度か咳払いをすると。
プロジェクターに、資料を写しだした。
それによると。
禍大百足がスーパービーンズで緑化した地域と。そうで無い地域を分析した結果。人類は、中帝の分も併せると。今後、労働せずとも食糧を得られる状況になっている、というのだ。
ましてや、スーパービーンズが散布された地域では。
環境が安定。
汚染も急激に回復。
病気による死亡率も著しく低下。
労働しなくても生きていける環境が作り出されたことで。完全に経済というものが、破壊された、というのである。
「つまりですな。 現在の資本主義は、既にこの禍大百足の手によって、その存在理由を失いつつあります」
「存在理由?」
「いいですか、資本主義の原理は、働くことによってよりよい生活をしたい、というものなのです。 勿論それには多くの矛盾が含まれてはいました。 そして古代から、どのみち多かれ少なかれ、労働は生活のために行われてきました」
経済により、物資は循環する。
誰もが喰っていくためには、働かなければならない。しかし、である。
貧しい人間も、働かずに喰っていける環境が出来たなら。
例として、経済博士が出してくるのは、太平洋上にある小さな島国。この国では、資源が豊富で、国民は働かずに喰っていくことが出来ていた。
しかし。
資源が枯渇して、それからは地獄が訪れた。
誰も働いたことが無いから、そもそもどうすればいいのかさえ、分からなかったのである。
これを例に挙げるまでも無く。
働かなくていいならば、人間は働かない。
そして、食べていけるなら。
働く必要もないのだ。
この島国の場合、資源が枯渇して食べていけなくなったから、働くことを知らない事が問題になったのであって。
実際資源が存在している間は。
働けないことを、何処の誰もが、問題にさえしなかった。
多少事情は違うが。
スーパービーンズが散布された国々では、同じ事が起きつつある。今まで奴隷のように使われていた人々が、一切の労働を拒否するようになったのである。そんな風にこき使われて、命を使い捨てにされてまで、労働することに何の意味があるのか。当たり前の話である。
そして、働かなくても、喰っていけることが、それに拍車を掛けた。
ヒスを起こした金持ちの中には、スーパービーンズを燃やした者もいたが。翌日には生えてくる。何の意味もない。
全部刈っていっても、翌日にはもう芽が出て。数日もすれば食べられるようになる。ガソリンを掛けて燃やしても同じ事だ。
金銭の価値は暴落。
もし、これが世界中に拡大すると。
いや、そもそもだ。
スーパビーンズが散布された地域のことを考えると。もはや人類は、食べるために、労働しなくても良くなりつつある。世界中の人間を、スーパービーンズが支える事が可能な状況になりつつあると言うのだ。
そして表沙汰にされてはいないが。
スーパービーンズには、人口の増加を抑制する効果や、病気を封じ込める効果までもがある。
ひょっとすると、これは。
人類は、もはや無理に働かなくても、地球を維持できるのでは無いのか。そう、経済博士は言うのだ。
それは、資本主義社会の根元を破壊することを意味してもいる。
これに気付いたとき、博士はハンマーで殴られるような衝撃を味わったというが、亮も驚いた。
「も、もう少し早く誰かが気付かなかったのか」
「発覚が遅れたのは、主要経済に絡んでいない国ばかりが攻撃されてきたのが原因です」
「そういえば……」
禍大百足が現れるのは、基本的に第三諸国ばかりだった。そうでなくても、治安に問題があったり。或いは、経済的に劣悪だったり。いずれもが、経済という点では、世界的にあまり影響を与えていない国ばかりに姿を見せていた。
それでいながら、人口は多い国に攻撃を仕掛ける事も多かったのである。
中東は。
そういえば、少し前から、原油がゴミ同然に値下がりして、世界経済における存在感が急激に衰え始めていた。
禍大百足は。
恐らく長期的に。
この発覚が遅れるように計算しながら、行動していたのだ。
亮は経済の専門家では無いけれど。
今回の一件が最終的に何を引き起こすかは、何となく分かる。資本主義というものが完全に崩壊したら、どうなるか。
世界は、原始時代にまで戻るのか。
いや、まて。
確か亮も以前聞いていたのだけれど。禍大百足がスーパービーンズを散布した地域から逃れている人もいると聞いている。
そうなると。禍大百足は、一体何を目的としているのだろう。
「ええと、禍大百足は、世界を原始的な採集社会にでもしようとしているのでしょうか」
「いや、いくら何でもそれは無理がありすぎる。 文明の利便性を知った人類が、今更引き返せるはずが無い」
「だが、今後は途上国での奴隷労働で、先進国の豊かな生活を支えるという今までの仕組みが、動かなくなるぞ」
「下手をすると、世界大戦に……」
わいわいと騒いでいるスクリーンの向こう。
新国連の幹部達も、パニック状態の様子だ。まあ、無理もない。何が起きるか、見当もつかないのだから。
その時。
事務総長が、咳払いした。
周囲が、しんと黙り込む。
この人は。政治力を買われて新国連の長に収まっただけのことはある。誰もを静かにさせるカリスマを、確かに手にしている。
「マーティン博士。 確認しておきたいことがある」
「何でしょうか」
「まず第一に、このまま禍大百足が中帝を崩壊させたとする。 その後には、何が起きると思う」
「見当もつきません。 もしも中帝が「先進国」である事を放棄し、その汚染された地域から、安全な食糧が継続供給されるようなことになった場合、少なくとも世界の食糧事情は一変するかとは思いますが……」
それは、そうだろう。
世界経済のバランスが崩れて、世界大戦が起きないだろうか、それが亮には不安だけれども。
しかし、考えてみれば。
新国連が作られた頃から、世界大戦の不安については、常々口にされていた。そして世界大戦の引き金となるのは、経済の格差だという話だった。
だが、経済の格差は、意味をなくしつつあるとすれば。
そうなると、何が起きるのだろう。
確かに、事務総長の懸念も、もっともだ。
「はっきり言うと、皆が不安視しているのは、世界大戦の勃発だ」
「……!」
「どうだね。 世界大戦の危険性については、どう思う」
「……食べるために働く必要がなくなった結果、今まで治安が最悪だった地域は、まるで楽園のように変わりつつあります。 実際犯罪率は異常に低下して、跋扈していた武装勢力や犯罪組織は、職を失って解散さえしてしまいました。 そして、世界大戦の引き金の一つとさえ目されていた中帝がもし潰れた場合は、それこそどうなることか。 少なくとも私には、予測できません」
大きく嘆息する事務総長。
安心が欲しかったのだろうか。
しかし、予測不可能というのは、亮にだって分かる。そもそも確か聞いた話によると、数年先の経済でさえ、予測は極めて難しいというのである。
こんなダイナミックな変化が生じた場合。
何をどうすれば良いのか、分かる人なんて、いるのだろうか。
確かにこの経済学者を責めるのには、無理があるだろう。
事務総長は、中将達を見回す。
「南中国を抑えることは」
「ロシア軍と米軍と共同すれば、比較的余裕かと思います。 ただし混乱している中帝に、南中国が乱入した場合はかなり厳しいかも知れませんが」
「……今のうちに、手を回しておこう。 再建が進んでいるロシア軍とともに、南中国を牽制する準備を」
「分かりました」
新国連の存在感は、嫌でも近年増している。
発展途上国の治安回復任務における活躍がめざましいからだ。
上手く行けば、本来の意味での仕事を、今度こそ果たせるかも知れない。何度か起きて来た世界大戦。
その際に、ストッパーとしての国際連合組織は、いつも使い物にならなかった。
だが、今度こそ。
ミーティングが解散される。
何となく、分かった。
亮は今、歴史を目撃した。禍大百足は、やり方は褒められたものではないにしても、間違いなく世界の歴史を力尽くで動かした。
GOA部隊は、すぐに大型輸送機に乗せられ、出立。
今回は時間との勝負だ。
ロシア国境まで、何個かの空港を経由して、一気に移動する。コストがかさむ大型輸送機を使うのも、時間がもったいないから。採算度外視の行動である。それくらい、急がないとまずいと、新国連側でも認識している、という事だ。
GOAとは別に、亮達は、飛行機でロシアへと移動。
これもコスト面の問題だ。
途中、日本に少しだけ立ち寄るけれど。
もう、あまり此処に長くいようとも思わない。
自宅には、何ら良い思いでが無いし。
精神病院に入れられている実の母には、会おうとも思わない。会ったところで、どうにもならないだろう。
飛行機が行く。
昔の故国を離れたけれど。
もはや。振り向こうとも、亮は思わなかった。
さほど時間も掛けず。幾つかの飛行機を乗り継いで、ロシアの基地に到着。
ほぼ同時刻に、GOAも到着していた。
新国連の部隊は、ロシア各地で活躍。軍閥化をどうにか防止して、現在ではロシアにある程度の秩序が戻りつつあると言う。
ロシア軍の内、何とか動ける十五万ほどが、基地周辺に展開。
新国連の部隊は、後から駆けつけるとか。
米軍に関しても、既に新国連側から、スクランブルが掛かっているという。まさか、このような事になるとは、誰も予想できない。
だから、誰かを責めるのは後だ。
今はとにかく、世界に走る衝撃を、少しでも減らすことが重要。
それに失敗すれば。
それこそ、世界大戦が起きてしまうだろう。
二度の世界大戦でさえ、世界には拭いきれない傷が出来た。それに加えて、もう一度の、完膚無き世界大戦が起きたら。
もはや世界は、立ち直れない可能性が高い。
中帝の国境は混沌としていて、何が起きているか分からない。巡回の兵士が多すぎて、偵察も入れないそうだ。
呼びかけにも応えない。
中帝の国民も不安になっているようだけれども。
ネットでのやりとりさえ、極めて限定的になっている状況だ。中で何が起きているのは、もはや誰にも分からない。
時々、中帝から国外に向けて発表があるけれど。
禍大百足なる邪悪なる兵器により、残虐なテロが行われて、多くの死者が出たというものと。
戦況は有利であると言うもの。
その二つだけ。
やきもきする周囲の気持ちは、亮にも分かる。これでは、中で何が行われているのか。まったく分からない。
不安そうにしているパイロット達。
ただでさえ、酷寒のロシアの基地だ。エアコンは効いているとはいっても。外で降り続く雪は、皆を不安にさせる。
大佐が来る。
まだ松葉杖は外せないが。元から体を鍛えていることもあって、今はかなりスムーズに動けるようになった様子だ。
「皆、不安にしていると思うが、今CIAと連携して情報を集めている。 国境線が崩れたら、一気に乱入する。 それに備えて、準備を整えて欲しい」
「イエッサ!」
やはり大佐がいると、こういうときは不安がぬぐえる。他のパイロット達も、しっかりした指示が来て、安心しているのがよく分かった。亮も安心して、胸をなで下ろす。やはり大佐が来てくれると、何もかもが違う。
各地の部隊も、続々と集結している。
今、禍大百足と中帝の戦いは、どうなっているのだろう。
何時でも、出られるように。
その大佐の命令を忠実に守って。亮は、サポートAIの完成を目指すべく。訓練を、続けた。
今、亮に出来る事は。
それだけしかない。
3、三手先の闇
今まで攻略した国とは、比較にならない広い国土。
私は進捗率を見ながら、それを悟らされる。二ヶ月がかりでの作業になると分かってはいたが。それでも、これは苦労しそうだ。
今の時点では、順調。
ただ、入ってくる情報が、あまりにも断片的すぎる。そして、ネットワークの強固な防御力。
プトレマイオスが健在なのは、確実だ。
一度、地下に潜る。
今回の戦いは、大盤振る舞いで行く。全ての戦力を惜しむこと無く投入し、全ての意味で早期解決を図る。
禍大百足がもうもたないというのもあるし。
敵が本腰を入れてくる前に出鼻を挫かないと、勝ち目が無い。そういう切実な事情もある。
だが、敵は。
今の時点では、気味が悪いほど静かだ。
如何に長距離移動できる航空機部隊を封じられているとは言え。あの狡猾で残忍なプトレマイオスが、あまりにも大人しすぎる。
各地の軍部隊も。
ゾンビ化されているとはいっても、まったく仕掛けてこないのは、あまりにも妙だった。
力押しで来られると、正直此方はなすすべが無いのだが。
地下千五百メートルほどまで潜ると。私は席を立つ。
「半日ほど休憩」
「お前達、寝ておけ」
マーカー博士が、ルナリエット達をしきっているのが、後ろで聞こえる。私はと言うと、医務スペースに直行。
栄養剤を打って貰う。
後は、診察。
癌は、それほど進行していないけれど。
やはり、全体的に、体にガタが来ているという。休憩も半日と言わず、一日取るべきでは無いかとも言われた。
首を横に振る。
どうせ、後二ヶ月無い命だ。
それはこの医師も同じ。
皆が分かっている筈だ。
生還は無い任務なのだと。
第四関節に、自室が用意してある。というよりも、もとより宇宙ステーションにするべく建造されたのが禍大百足だ。内部に生活用の居住空間は、いくらでもある。むしろ、基地の無機質な部屋よりも広いくらいだ。
コックピットに張り付いていて、滅多に使わなかったけれど。
最後くらいは、此処で休むのも良いだろう。
ちなみに、小型のコンソールでコックピットに接続する事も出来る。つまり、自室からスパコンを操作できるのだけれど。
今は、止めておく。
睡眠導入剤をいれて、無理矢理眠って。
七時間ほどで起きた。
体力が無くなって、長時間眠れなくなっているのだ。まあ、このボロボロの体では、仕方が無いとも言えるか。
軽くコンソールから、スパコンを触って、状況を確認。
回復のマクロは問題なく動いている。
頭を抑えて、軽く栄養剤を飲みつつ、コックピットに。誰も、コックピットには、いなかった。
自席に着くと、コンソールを操作して。得た情報を調べていく。
情報の解析は、ある程度オートで進めさせてはいたのだけれど。その結果を見てみると、幾つか腑に落ちないことが分かった。
まず第一に。
どうも本当に北京にICBMが着弾したのか、分からないと言うことだ。
出ている情報を解析させるが、CGによるものもある。
それと同時に、どうみても合成とは思えない動画も出回っているのは事実だ。
一体何が起きている。
此方の情報戦に、プトレマイオスは本当に引っかかったのか。それとも、此方を担ごうとしているのか。
ざっと確認しただけでも。
本当にそうなのか、分からない情報が多すぎる。
この辺りは、カオスアジアの、その極限とも言える土地柄だけあるだろう。
スーパービーンズの散布については、現時点では順調だ。恐らく上では、既に根を張り、芽吹き始めているはず。
後、問題があるとすれば。
次の出現地点を、プトレマイオスが読んでいる場合。
いきなり、核を使う可能性もあるが。
そうはさせない。
乱数も含めて、次の作戦を行う地点を決める。そして地下深くを移動することによって、プトレマイオスに現在地点は悟らせない。
コンソールに、通信が入る。
第十六関節からだ。
其処で、皆の。
私と、マーカー博士と、クラーク博士と、アキラ博士の。記憶と経験を移植した、最後の強化クローンを作っている。
そういえば、そろそろ完成するはずだ。
「ハーネット博士。 最後のクローンの進捗状況ですが」
「どうだ。 状況は」
「現在、最後の進捗を進めている状況です。 ただ、あまりに膨大な知識を詰め込んでいることもあり、すぐには実戦投入は厳しいかとも思われます」
「それは、分かっている」
そも、そんなつもりはない。
じっくり、確実に仕上げてくれ。
そう開発班に言うと、私はコンソールの方での作業に戻る。何かを見落としていないか。それが気になってならない。
いつの間にか、眠っていたことに気付く。
この辺り、集中力が落ちている。
最初にマーカー博士が。それから、クローン達が来る。時間が来たので、禍大百足を発進させた。
一気に地上に出る。
比較的、大きな軍基地の一つの近く。海岸線のすぐ近くで、膨大な空軍機が、所狭しと並べられているが。
ざっとデータを解析するだけでも。
その中には、デコイと言うよりも。周囲に見せるための偽物が、多数並べられているようだった。
「ニュークリアジャマー発動」
躊躇無く、最初から大技で行く。
一気に周辺インフラを潰すと、基地に乗り込む。巨体が戦闘機の群れを踏みしだいていく。
ゾンビ兵は出てこない。
やはり、無人化されているのか、或いは。
腐食ガスと、無力化ガスが、周囲を覆い尽くしていく中。私はどうにも嫌な予感を味わっていた。
その嫌な予感が。
すぐに現実のものとなる。
レーダーに反応。
巡航ミサイルだ。
それも、尋常な数じゃ無い。
「周囲から、巡航ミサイル! 海上からも、です!」
「数は」
「確認できるだけでも、数百、いや千以上!」
「ロシアお家芸の飽和攻撃のようだな」
呆れ気味に私は言うと。
即座に地下に潜るように指示。今は、ダメージを少しでも抑えたい。散布は別に後でも構わないのだ。
禍大百足が、地面を掘り砕いて、潜り込む。
しかし。
後方で、爆発はしない。
ひょっとして、これもデコイか。
単に熱源から巡航ミサイルっぽいものを飛ばして、それで此方の行動を制限しているというのか。
遊んでいるのか。
混乱する私に、アーシィがおそるおそる言う。
「そ、その。 言いにくいことなのですが」
「どうした」
「レーダーの挙動が妙です。 地中に入ってからも、妙な熱源が周囲に感知されています」
「貸せ」
すぐに、レーダーのコントロールを受け取る。
調べて見ると、やっぱりだ。
これはひょっとすると。
レーダーシステムが、乗っ取られているかも知れない。
どうやって、レーダーにウィルスを仕込んだ。いや、これについては、何となく見当がつく。
「すぐに地下深くに!」
「は、はいっ!」
「衝撃に備えろ!」
全力で、地下に潜る禍大百足。
そして、次の瞬間。
周囲の地面が。
爆裂した。
基地の地下に。恐らくは複数個、水爆を仕込んでいたのだろう。
からくりは、こうだ。
まず、デコイのミサイルを多数放って、禍大百足が地下に潜るように促す。そして、潜ったところで。
基地では無く。
あらかじめ、地下に仕込んでいた水爆を炸裂させる。
レーダーは異常など起こしていなかった。此方が、ミサイルのデコイに気付いて、混乱している隙に。
一気に、禍大百足を爆破する予定だったのだろう。
衝撃が、まだ機体を揺らしている。
これでは、基地どころでは無い。
その周辺の街も、大規模地震による倒壊で全滅の筈だ。此処までするか。悪い意味で、呆れてしまう。
「ダメージを確認」
「装甲への負担、かなり大。 しかし、機体への致命的損傷はありません」
「運が良かったな」
潜った位置によっては、水爆による圧力をもろに喰らっていたはずだ。たまたま、運が良くて、助かったのだ。
今頃、震えが来る。
なるほど、最初の戦いで、随分と温かったのは、この伏線か。下手をすれば、今の一瞬で終わっていた。
「地上に、もう一度出ますか?」
「ダメだ。 次はデコイでは無くて、本物の巡航ミサイルが来るぞ」
長期戦でやっていくしか無い。
分かってはいたが。
それが、此処まで神経を削る内容になるとは。まあ、それも本当は分かっていた。今の一瞬で終わっていたかも知れないと言う現実が。
私の心を、ただひたすらに締め付けていた。
地上に出る。
少しだけ時間をとって、装甲の回復とリフレッシュをしてから、である。
また、近くの軍基地を、ニュークリアジャマーで粉砕。電子戦機器類を壊滅させた上で、兵器群を全て蹂躙した。
破壊している状況からして、旧式兵器でもなければ、デコイでも無い。きちんと、敵の戦力を削れている。
その一方で、燃料の備蓄も。
何より、本体の稼働系も。
どんどん消耗して行っている。
今の時点では、巡航ミサイルは来ない。基地を全て蹂躙しつくした後。スーパービーンズを散布しながら、移動する。
順調に作業は進むが。
これは、敵が攻撃に、意図的に緩急を設けているから、だろう。何も戦闘が無い状況を作り出し、油断させておいて。
いきなりドカンとやる。
先ほど、実際にそれをやられた此方としては、油断は出来ない。あの複数個の水爆で、潰れていてもおかしくなかったのだ。
地面に水爆が埋め込まれているのでは無いのか。
先ほどのように。
また、いきなり大量の巡航ミサイルで、飽和攻撃を仕掛けてくるのでは無いのだろうか。先ほどのように。
きりきりと、胃が痛む音がする錯覚さえ覚えた。
だから、だろうか。
中帝の軍勢が、機甲師団を編成して出てきたときは、むしろほっとしたほどだ。勿論、相手にはしないが。
敵が砲撃態勢を整える前に、地中に潜る。
そして、敵が散開しているのを尻目に。
さっさと、その場を離れた。
さて、次はどう出てくる。
今の時点では、まだ消耗は避けたい。だから、敢えて臆病なほどに行動している。それに、である。
今の敵の動きを、確認させた。
やはり異常なほど統制が取れている。精鋭部隊と言うにも、あまりにも無理がありすぎるほどに。
確認するまでも無い。
ニュークリアジャマーによる極端なまでの基地無力化。
それに、この動き。
中帝の兵士達が、全てゾンビ化しているのは、確実だ。だからこそに。禍大百足は、危険を避けなければならない。
地中を移動。
その間に、データを整理する。
幾つかの基地を潰してみたが、分かったことがある。恐らく、軍事基地に、プトレマイオスはいない。
もし、そうだとすると。
プトレマイオスが隠れるに丁度良い場所は、限られてくるのではあるまいか。
プトレマイオスさえ潰せば、中帝はあっさり落とせる可能性がある。もっとも、南中国が北部に侵攻を掛ける可能性が高い。それを考慮すると、プトレマイオスを倒したからと言って、即座に解決とまではいかないだろうが。
それに、地中を移動し続けても、安全とは言いがたい。
地下を移動している間に、敵が仕掛けた大深度地下地雷の水爆をまともに受けたら、ひとたまりも無い。
此処が、思案のしどころだ。
「プトレマイオスは、何処にいるか。 それが勝負を決める」
私が呟くと。
皆が、此方を見る。
わざわざ口にしたと言う事は。
此処で、はっきり方針を決めておく、という事だ。
「北京の宮殿にはICBMをうち込んだという噂があるが、それはまだはっきり確認できていない。 確認できているのは、恐らくは何処かの軍基地では無い、という事だ」
「北京の宮殿地下という可能性もあると」
「どうも自作自演臭い。 ひょっとすると、ICBMをうち込んだという噂を流しておいて、潜んでいる可能性もある」
「回りくどい上に用心深すぎるな」
マーカー博士が、腕組みした。
私としては、人間を知り尽くした相手なら、それくらいしてきてもおかしくないと思うのだ。
守りをガチガチに固めた軍要塞でも、ニュークリアジャマーをまともに食らうと動きが止まる今。
軍基地にいない可能性が高いと、判断するほか無い。
しかしそうなると、何処だ。
プトレマイオスのつもりになって、考えてみる。前回奴は、クローンをあっさり私との知恵比べで殺されている。ならば今回は、相応の手を打っている筈だ。
偽装が出来て。
規模があり。
周囲を強力な軍で固めることが出来。
いざというときには、逃げる事も容易。
要求されるポイントをまとめるときりが無い。
これらの全てを満たしているポイントは、あるのだろうか。
4、世界の支配者への階段
戦況を見て、プトレマイオスはほくそ笑んでいた。
現時点で。
中帝の支配体制は問題ない。
恐らく禍大百足は、今回の作戦を最終作戦と考えているのだろう。非常に攻撃が荒っぽいというか、今までに無い大盤振る舞いぶりだ。米軍とやり合っているときよりも、物資をつぎ込んでいるのではあるまいか。
そして、である。
奴の、ダメージがまったく回復していない状態。
見ていれば分かるが、あれは。
時間がない、ことを意味している。
新国連とロシア軍が、みょうちきりんな動きを開始している現状。此方としても、余裕綽々とは行かない。
まずは周辺各国に、特殊プリオンを散布し。
更に巨大なプリオンネットワークを造り。主要幹部と兵士共全員をゾンビ化する。そして、支配地域を拡大していく。
あまりにも確実で。
そして容易い世界の征服計画。
武力などでは無く。
相手が気付かないうちに、既に取り返しがつかない所まで、事態を進展させるのだ。
世界中が汚染を押しつけているこの中帝。
それでいながら。
食品も工業製品も、この国に依存している国は、幾つもある。
隙は多い。
更に、中東でもロシアでも。
特殊プリオンを飲ませていくノウハウは、散々蓄積してきているのだ。今更、飲ませる事には苦労しない。
問題があるとすれば。
禍大百足が使っているレーザー水爆。あれによるインフラ破壊。あれを至近で喰らってしまうと。
軍基地も、一瞬で全滅してしまうのが、悩みの種だ。
ハイデガーが来る。
コンソールに向かって操作を続けているプトレマイオスは、振り返ることも無く、腹心に聞く。
「どうだ、ロシア軍と、新国連は」
「既に国境線に二十万以上が展開しています。 不穏な空気を感じ取ったのか、南中国も、国境線に兵を集めている様子です」
「少しヤキを入れてやるか。 まずは南中国からだな」
「御意……」
実は。
既にゾンビ兵は、南中国にかなりの数紛れ込ませている。当然のことながら、そいつらは自爆することを何とも思っていない。
ハイデガーが出て行って、少しして。
国境地帯の定点カメラが、爆発を捕らえていた。
集結を開始していた南中国の軍勢が、突然の内部自爆テロによって、万を超える被害を出したのである。
警戒を開始していた空軍が。
総司令官がいるあたりに。爆装したまま特攻したのだ。
更に、近くにあった軍用の石油タンクにも着火。辺りは地獄絵図と化した。
南中国にとって、自慢の精鋭部隊だったはず。それが、いきなり総司令官を巻き込んで、自爆テロを行ったのだ。
パニックになるのは、当然だろう。
しばらくはこれで、時間を稼ぐことが出来る。
私の触手は。
周囲が予想している以上に、拡がっているのだ。
たとえば、中帝も。
完全にゾンビ化している兵士だけでは無い。民間人だって、その気になればその場でゾンビ化出来る者が大勢いる。
プリオンによる侵食は。
此方の気分次第で、進行度を変えられるのだ。
宇宙開発の段階で、ロシアは考えた。
人間を支配するには、様々な段階が必要だと。完全に支配に置く必要がある人間の場合は。
それこそ、思考力も何もかも奪う必要がある。
フレキシブルな仕事をする人間には。
ある程度の思考力を残して、柔軟に運用する必要がある。
わざわざ言うまでも無い事だが。
これらを実現するために、プリオンを、改良し続けたのである。
「総統閣下」
「どうした、ヘラクレイトス」
今、幹部は、中帝に来てから確保したこの絶対安全空間に全員を収納している。
臆病なヘラクレイトスもそうだ。
これは、彼方此方に分散すると、それだけ米軍などの制圧作戦のターゲットになりやすい事もそうだが。
隙を曝しやすく。
的になりやすい、という。切実な理由もある。
「また、禍大百足が現れました。 今度はぐっと西の方です。 成都基地が通信途絶しました」
「随分と移動したな……」
「周辺の軍部隊とも連絡が取れません。 成都に乗り込んだ禍大百足は、周辺にスーパービーンズの散布を続けています」
あの辺り。
いわゆる四川は、古い時代に蜀と言われた地域だ。
現在では天賦の地と呼ばれるほど豊かになった土地だが。その分汚染も凄まじく、文字通りガスマスクをつけて外を歩かないと行けないほどだ。
此処にある工場群も、片っ端から蹂躙されているとなると。
少しばかり五月蠅い。
「工兵部隊を派遣。 水爆を地中に仕掛けろ」
「分かりました……」
「コペルニクス」
「はい」
立ち上がったコペルニクスに、指示。
近隣の部隊を集め。
ヘラクレイトスが仕掛ける水爆に、禍大百足を追い込む。無論、戦いを挑んでくるようなら、徹底的に攻撃を浴びせて、装甲を削りに削り取れ。
一礼すると、コペルニクスは出て行った。
コンソールを切り替える。
デモを行っている住民が見えた。
今までは、機動隊が出てくると、すぐに逃げ散ったのだが。
最近はそうでもなくなってきている。
禍大百足が、国内を荒らし始めたのに、気付いたのだろう。強力なネット検閲ツールを使って監視しているのだが。その監視の目をかいくぐって情報のやりとりをしているらしいのだ。
時代錯誤の専制主義に死を。
共産党時代から継続する、おぞましい独裁主義に終焉を。
デモを起こしている者達は、叫びながら行進している。今までだったら考えられない光景だ。
せっかく、今まで引き締めてきたのに。
面倒な状態を作ってくれたものだ。
この国は、私の私物だというのに。
余計な事をしてくれた礼は、十倍にも百倍にしても返さなければならないだろう。
「ニュートン」
「はい。 ご命令を」
「この不愉快な連中を消せ」
「分かりました。 直ちに」
すっと、その場から消えるニュートン。
程なく。
デモ隊に、低高度から空軍が爆撃を開始。禍大百足を避けて高高度から攻撃をするわけにはいかないが、低高度ならこの通りである。更に逃げようとする者達に、周囲を包囲した軍が、攻撃を行った。
元々、中華圏の軍隊は、治安のために反乱分子を殺戮する装備と訓練を受けている。しかも兵士は共産党関連者である事が多く。反乱分子など、人間だと考えていない場合の方が多い。
ましてや、ゾンビ化。
つまり同胞化している今となっては、その傾向は更に強くなっている。
デモ隊も愚かしい事をしたものだ。
情け容赦のない攻撃が、徹底的に加えられ。
勿論、逃がすこともしなかった。
目撃者になり得る街の住人も、もろともに殺した。ネットの統制が、面倒になっていたからである。
十万人以上が。
ものの十分で、物言わぬ死体と化したのである。
当然、そのまま戒厳令を発動。
死体はしっかり映しておき。
対外的には、禍大百足の仕業として放送する。
これでいい。
ゴミはゴミなりに、利用価値がある。しっかりとゴミを活用できてこそ。支配者にふさわしいというものだ。
何、この国では。
昔独裁者が、文化大革命などと称して、最悪規模の文化弾圧と殺戮をやってのけた。何もプトレマイオスが個性的な行動をしたわけでは無い。
民衆も慣れっこだろう。
自分さえ犠牲になりさえしなければ、どうでもいいのだ。
実際、SNSなどには。
デモとその巻き添えになった人間を、愚かな連中と称する書き込みが、とても目立っていた。
勿論阿諛追従によるものも多いのだろうが。
いずれにしても、この国はとても管理しやすい。
禍大百足なぞに。
この便利な国を、くれてやるわけには行かなかった。
少し適当に休んでいると。
コペルニクスが戻ってきた。
無表情だが。
雰囲気からして、何かろくでもない事が起きたのが分かった。
「禍大百足はどうなった」
「成都近辺の工業地帯を蹂躙後、我が軍と接敵。 逃げずに、交戦を開始しました」
「ほう……」
これは意外だ。
長期戦になると判断して、交戦をもっと避けると思ったのだが。しかし、問題はその先だ。
「突如、其処にウィグル=モンゴル連合が乱入。 横腹を突かれた四川方面軍が、大きな打撃を受けています」
「何……」
「航空機が使用不可能な現状、援軍を陸路で出すほかありません」
「すぐに手配しろ」
何だか、妙な違和感がある。国境警備隊を確認するが、連絡が取れない。ほんの少し前から、である。
かといって、十万を遙かに超える規模の四川方面軍である。劣悪なウィグル=モンゴル連合の軍勢に横腹を突かれたくらいで、こうも動揺するだろうか。衛星写真が意味を成さない今。
ドローンでも飛ばして、確認するしか無い。
しかし、ドローンは。
濃度を増している腐食ガスを喰らってしまって、途中で墜落。そのまま、通信途絶することとなった。
「インフラ系も全滅しています。 禍大百足が、インフラ破壊兵器を用いたのは、ほぼ間違いありません」
「……おかしい」
「私も同感です」
ハイデガーが頷く。
だが、私は。
デク同然の同胞の意見など、求めてなどいない。洒落臭い口を利くのは控えて貰いたいものだ。
到着した増援部隊から、連絡が来る。
周囲は兵器の墓場と化しているという。十万からなる四川の防衛部隊が、全滅だというのか。兵器だって近代化しているし、国境が近い以上、常に新鋭のものを廻していたのだが。
この役立たずが。
舌打ちして、床を蹴りつける。
増援部隊は、なおも言う。
「生存者はありません」
「! どういうことだ」
「死体が全て液状化している様子です」
「……」
それは、おかしい。
つまりインフラ破壊兵器を喰らって、おかしくなったことを意味している。つまるところ、どこから他国の軍勢による横撃を喰らったと通信を受けたのか。
要するに。
これは、禍大百足による偽装工作だ。
見た感じ、瞬殺とは行かなかっただろう。インフラ破壊兵器を用いても、簡単には倒せなかったに違いない。何しろ五個師団に達する戦力である。
中枢をいきなりインフラ破壊兵器で叩いたとしても。
残りは真面目に戦って擱座させたはずだ。
周囲の兵器を確認。
やはり、腐食ガスを喰らって、ぐちゃぐちゃにされているものもある。何より、戦場から少し離れた地点には、生き残りもいた。
こういうとき、同胞化していることが、少しばかり不便だ。此方から意思を与える事が出来ても。
想定外のことには、脆くなるから、である。
「何が起きた」
「通信がつながらなくなりました」
「……」
後は、何が分からないうちに、禍大百足に各個撃破されたという。
そうかそうか。
読めてきた。
ダメージをある程度負うことを覚悟の上で、禍大百足は。敢えて軍と戦い、通信経路を調べようとしている。
狙いは、勿論。
今、プトレマイオスが潜んでいるこの場所だ。
此処は突き止められると、少しばかりまずい。隠れるには最適だし、滅多な事でばれはしないのだが。
その代わり、あまりにも独特すぎる場所にある。もしも発見された場合、かなり面倒な事になるのだ。
他の同胞達を見回す。
「先ほどの緊急通信について、解析を進めろ」
「分かりました」
経路さえ解析すれば。
次は、プトレマイオス自身が。
禍大百足に。
奴が最もやりたくないだろう消耗戦を仕掛けて、一気に叩き潰してくれる。
その時こそ、奴の最後だ。
自室を出ると、いきなり屋外。
ひどく汚染された空気だけれども。
その程度で、この体はダメージを受けない。そもそも、宇宙時代の新しい人類の器として改良を重ねられたクローンなのである。強烈な放射能汚染や、毒同然の汚染された食糧にだって耐え抜ける。
また、この環境は、素晴らしい。
弱者を自然に淘汰し。
強者だけ生き残る。
間もなく、病院も停止する予定だ。
病院に入らなければ死ぬような者のために、金など掛けるのは無駄だ。更に稼ぐためには、より強い者だけを、選別していくのが効率が良い。
人間は、支配してこそ。
始めて、より効果的に動く。
それは、プトレマイオスの結論。
「邪魔をするというのなら……」
殺す。
禍大百足の存在は邪魔だ。そしてこの国でも負けたら、流石にもう次があるかは、分からない。
全てを支配し。膝下に組み伏せるには。
この国の経済力と、地盤が。
必要不可欠なのだ。
5、知略の墓場
情報が入ってくる。
大陸の東海岸。
其処で、デモが起きた。デモといっても、かなり武装した、暴徒とべきいうものだ。彼らは不平等の是正と自由を訴え、十万にも達する規模となって、街を練り歩き。権利と自由を要求した。
そして、その直後。
空軍から爆撃が。
周囲の陸軍から砲撃が行われ。
そして、デモ隊全員が。その街の住民ごと、皆殺しにされたのである。
私も、流石に愕然とした。
恐らく自分の意にならない、同胞以外の人間を処理した、くらいにしかプトレマイオスは考えていないのだろうが。流石に常軌を逸している。
これは人間の思考では無いし。
恐らくは人間に関わる存在がしていい思考でも無い。
元々現在の中帝には、人権が認められない戸籍に無い人間が二億人以上はいるはずなのだが。
それについても、妙なことが多い。
各地の情報をかき集めるに。どうにも、人間が少なすぎるように思えてならないのである。
嫌な予感が、加速する。
四川の防衛部隊を叩き潰したことで、禍大百足の全身には、かなりダメージがある。如何に中枢を最初に叩いたとは言え、それでも残りからの反撃で、少なからぬダメージを受けたのである。
そうするだけの、意味があったのだ。
膨大な情報が、実際に手に入ったのだから。
幾つか回収した奴らの通信機から。メーデーの通信をいれてやる。その結果、分かったことがあった。
複雑な経路を通りながらも。
奴らの通信は、何処か一カ所へと向かっている。幾つかの通信装置で試してみたのだけれども。
どうも、通信先が移動しているようには見えないのだ。
他国の軍勢が介入してきているという嘘は、すぐにばれるはずだが。
しかし、混乱させる事は出来るだろう。
回収した通信装置のログも解析しつつ、地下に潜る。
情報戦では、今五分五分という所だろう。慌てたのか、四川に他地域の部隊が出てきているが。
これについては、放置しておく。次に叩くのは、中帝北部国境地帯だ。
今、中帝は必死に通信封鎖を掛けて来ているが。
それでも、分かっている。
国境付近に、ロシア軍と新国連のGOA部隊が来ている。その押さえのために、かなりの戦力が集結している。
これを背後から叩いてやれば。
かなり面白い事になるはずだ。
問題は、現状のプトレマイオスが、あらゆる意味で核を使用する事を、まったく躊躇わないことだ。
下手をすると、自棄になった場合。
全世界にICBMをぶっ放しかねない。
昔、ロシアが保有していた、狂気の量ほどでは無いにしても。
それでも世界を核の火に包む程度のICBMは保有しているし。ICBMの撃墜技術が開発され始めている現在であっても。その飽和攻撃を、全て受け止めるのは、いくら何でも不可能だろう。
だからこれは、追い詰めるのが主目的であって。
その結果、ボロを出させるのが目的だ。
勿論、GOA部隊は、中帝もそうだが、禍大百足に対しても、積極的に仕掛けてくるだろう。
撒き餌を散布するにしても。
結構、命がけになる。
それに。
四川の部隊とまともにやり合った後だ。ニュークリアジャマーで戦力の大半を削いだ後とは言え、ダメージも決して、小さくは無い。
敵が全軍を集結してきた場合。
とてもではないが、勝てる見込みは無い。
無言のまま、禍大百足を移動させる。
地中のレーダーに反応。
ボーリングして、核を彼方此方に投入してきている、とみて良い。文字通り、核機雷、というわけだ。
回避して進むが。
一つや二つじゃあ無い。
恐らくは、ダミーのものや、振動検査計も含んでいるはずだ。
いきなり、衝撃が来る。
ソナー代わりに、核を起爆したのか。
急いで距離を取らせる。
地中だというのに。
心が安まる暇さえない。
そして、おそらくだけれども。
今ので、大まかな居場所が察知された。次々に、彼方此方で地中の核爆弾が炸裂する。衝撃が、禍大百足に襲い来る。
舌打ち。
恐らくは、彼方此方の軍を叩き潰されたのが、余程腹に据えかねているのだろう。
かなり荒っぽいし、強引極まりないが。
コストも、採算度外視の筈だが。
いかなる手を使ってでも。
此方を殺すつもりになった、という事なのだろう。
上等だ。
プトレマイオスが保有している核にしても、無限では無い。ボーリングによる穴だって、即座に大深度地下まで到達するわけでも無い。
根比べをさせて貰う。
そして根比べをした場合。
所詮強化クローンであり、人間を模した存在であるプトレマイオスは、何処まで耐えられるか。
中帝北部国境地帯の抑えになる、大型の基地近くに、躍り出る。
そして、間髪いれずに、ニュークリアジャマーを発動。
即座に引っ込んだのは、ICBMを三十機以上、うち込んで来るのが分かったからだ。あらゆる意味で、手段を選ばない。核弾頭つきのICBMである事は確実だったし、まともに相手にしていられない。
それにしても、周辺にいる住民は無視か。
近くの街に飛び火しそうなものだけは、迎撃レーザーで落としたけれど。
それも、全ては、捌ききれなかった。
無茶苦茶をしやがる。
マーカー博士がぼやいているのが分かる。
とにかく、都市部だろうが何だろうが関係無い。彼方此方に手当たり次第にボーリングを行い。
振動計とセットして。
禍大百足の行動を掣肘しようとしているのだ。
現在、千五百メートルの大深度地下を移動しているけれども。レーダーを確認する限り、二千メートル以上の地下にまで、網を張り巡らせている様子である。
勿論、核が爆発した場合、どうなるか何て気にもしていない。
上に街がある場合、壊滅的被害を受けるのは確実だけれども。
それさえ、どうでもいいようだった。
ハーネットは知っている。
最近、民衆などどうでも良い。権力さえ得られればそれでいいとうそぶくタイプの権力者が、大手を振っている事を。
昔は、創作にその手の人間が登場する場合。批判を浴びることが多かった。
しかし、である。
現在では、女性を強姦したことを公の場で自慢げに語ったり。如何にして民衆から搾取するかを嬉々として語る政治家も現れるようになっている。
表に出てこなかった醜悪な怪物達は。
時ならぬ祭。
人間の倫理観念の低下を見てか。泥沼のそこから、這い出すようにして、現れ始めていた。
結局の所、人間はその程度の生物。
そして、プトレマイオスは。
その醜悪な人間の本質を吸収して、此処まで巨大化したのでは無いのだろうか。
「また核地雷です!」
「かなり増えてきたな……」
「起爆します!」
アーシィが叫ぶ。
衝撃が、横殴りに襲いかかってきた。
地上に出れば、軍勢が来る。
勿論ニュークリアジャマーで蹴散らすけれど。それでも、エネルギーには限界があるし。飛来するICBMには抵抗する手段が無い。
さらなる大深度地下に潜るか。
そうなると、地熱の高さが問題になる。
装甲へも悪影響が出るだろう。
ただでさえ、今も回復がとても追いつかない状況なのだ。このままだと、最悪下手をすると、地上に出る前に禍大百足はスクラップになる。
プトレマイオスを、仕留めるしか無い。
しかし、まだ情報不足だ。
苛立ちをこらえようと、必死になっている私だけれども。プトレマイオスは恐らく国中のボーリングマシンを総動員して。
大深度地下に、核兵器を投入してくる。
国土の荒廃さえ、どうでも良いと思っているのだろう。
まあこの辺りは、中帝を公害帝国と化した、プトレマイオスがゾンビ化した連中と同じと言えば同じだが。
また近くで、原爆が爆発。
横殴りの衝撃で、アラートが多数出る。
装甲が、確実にダメージを受ける中。
たまりかねたマーカー博士が言う。
「まずいぞ。 このままだと、もたん」
「アーシィ、試算を」
「はい。 後水爆を至近で一発受けると、恐らくはもう、禍大百足の機能はもたないと思います」
「意外に最後が近いな」
呻くと、考え込み、決断。
更に地下に、潜るしか無い。
装甲に熱でダメージを受けるが、このまま地雷というか機雷というか。いずれにしても、核による衝撃波ダメージを受け続けるよりはマシだ。
更に深度を取る。
しばしして。
敵は、此方を完全に見失った。
だが、レーダーには、無数の振動計と、核が映っている。
既に地下は安全地帯では無い。
禍大百足をあぶり出すために、プトレマイオスは相当数の核を使っただろう。だが、もともと狂気に近い量の核兵器を保有しているのだ。
まて。
確かに、保有している核については、間違いなくそうだ。
だが、飛行機を使って輸送できない今。ICBMなどに搭載している核については、どうなる。
移動できないはずだ。
それならば、幾つかあるICBM基地。それに、原潜を叩き潰してしまえば。プトレマイオスが採る事が出来る選択肢は、かなり減るのでは無いだろうか。
「一旦、中帝の東海岸まで出るぞ」
「何か思いついたのか」
「原潜を叩く」
此処まで、核を使用する事を躊躇わなくなったのだ。
それなら、此方だって、手段など選んではいられない。
ましてや、中帝の原潜は、かなりの旧型だ。こればかりは、ロシアも技術を流出させなかったのである。
見つけ出し、撃破する事は難しくない。
即座に行動開始。
既に中帝に潜り込んでから一月と少し。
機体の装甲は、洒落にならないほどに増えてきているけれど。
それでも、どうにか。
知略戦には、応じることが出来ている。
一日がかりで、海岸線に。
そして、軍基地を。地下から強襲。ニュークリアジャマーをぶち込んで黙らせた後。身動き取れない原潜を。
情け容赦なく、踏みつぶすようにして叩き割った。
空母三機分の巨体が、原潜を上からへし折ったのだ。衝撃も凄まじかったけれど。その分、軍基地に係留中だった原潜が、砕けて折れていく光景は、強烈なインパクトがあった。核汚染もあるだろうが。それはこの辺りにスーパービーンズを散布して緩和していくしかない。いずれにしても、核を使うことを躊躇わない相手だ。どうにかして潰しておかないと、汚染は更に酷い事になる。
海軍基地は、そのまま蹂躙。
小型の空母一隻。巡洋艦数隻。コルベット十数隻を、まとめて踏みにじり、砕く。やはり関係者は全てゾンビ化されていたからだろう。ニュークリアジャマーをうち込んだ時点で、抵抗は止み。逃げ出そうとする者もいなかった。
中帝は分裂した際、海軍の七割を南に持って行かれた経緯がある。その分陸軍は多めに保持できたのだが。
今潰し。
核兵器とともに、真っ二つに千切れて沈んでいく原潜が、なけなしの一隻だ。
浮上し、陸上で一旦移動しながら、スーパービーンズを撒く。敵は混乱している。今の一撃は、かなり痛かった筈だ。
さて、どう出てくる。
此方も余力は無いが。
敵の手札も、確実に削っている。そして最後の最後には。打てる手がある。勿論、最後の最後にしか使えない切り札だが。
それを使うのは、最後の最後にしたい。
移動しながら、ネットへ接続。
情報を探る。
中帝の民衆は、相当に混乱しているようだ。今海軍基地を叩き潰したことは、すぐにネットで拡散されていた。
自慢のネット検閲部隊も、機能していない様子だ。
当然だろう。
各地で、禍大百足が大暴れしているのだから。
近年、独裁は非常に研究が進んでいると聞いている。昔のように、民衆の蜂起で一瞬で崩壊することは無くなってきているらしいとも。
支配と搾取のやり方が、上手になってきているのだ。
その一方で、それでもやはり限界がある。
無茶な支配と。富の不平等は。
いずれ、致命的な結果を生むものなのだ。
「そろそろ情報の抑止が限界を迎えてきているようだな」
マーカー博士がぼやく。
私もそれについては同感だ。或いは、各地で武装蜂起が始まれば、かなりプトレマイオスの動きを掣肘できるかも知れない。
或いは逆に。あの冷血なプトレマイオスだ。史上に例がないほどの、凄まじい虐殺を始めてもおかしくないだろう。
様々なデータを集めて分析する限り、軍の動きが止まったと言って良い。。
今は情報を集める好機だ。
これからの一日が、勝負を決めると言っても過言ではないだろう。
「此処で、決めるぞ」
プトレマイオスを逃がすわけにはいかない。
本拠を探し出し、必ず叩き潰す。
既に、決戦は佳境に入っている。
此処から、どちらが勝つか。
そして、どちらが死ぬか。
決まるのだ。
(続)
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