黄土の死闘

 

序、全力展開

 

禍大百足が地中に潜って、数時間が経過。

不慣れなベイ中佐の指揮で、亮は他のパイロット達と一緒に、予想される出現地点へと急いでいた。

ベイ中佐は言う。

これまでの禍大百足の行動パターンから分析するに、恐らくはスーパービーンズの散布を最優先する。

戦いは二の次だ。

そうなると、交戦地点から最も離れた場所に現れる可能性が高い。

確かに、一見すると理にかなっているように思えるけれど。

亮には、どうにも上手く行きそうに無いと思えた。

そして、その予想は。

悪い形で、見事に適中することとなった。

展開している地上部隊から、連絡が入る。

「禍大百足出現!」

「位置は!」

「それが、先ほど地中に潜った場所です! そのまま現れると、悠々と豆をまきながら移動しています!」

「してやられたわね」

蓮華が呻く。

亮も、同感だ。

ベイ中佐が判断をミスしたと言うよりも。此方の判断を、禍大百足が読んだ、というのが正しいだろう。

すぐに引き返す。

禍大百足は、いつもと同じ、時速八十キロで移動している。まだ地盤は緩いが、それでも雨が止み。洪水が落ち着き始めている今。バグラシアのあまり広いとは言えない大地を、我が物顔に進んでいた。

全身に爆弾を巻き付けた男が、喚きながら禍大百足に突進していくライブ映像。しかし、その途中で、糸が切れた人形のように倒れ、動かなくなる。

聞かされていなかったのだろう。

禍大百足は、無力化ガスも散布しているのだ。特に、あの手の連中を相手にしているときは。

どうせ、バグラシアに輸出されてきた、テロ用の人員だろう。

貧困が無くなって、仕事が無くなったテロリスト達は、禍大百足を相当に恨んでいると、亮も聞かされている。

あのような形で。

テロを輸出せざるを得ないというのも、滑稽な話だった。

もっとも、禍大百足に爆弾テロを仕掛けて、効くとも思えないが。

そのまま、禍大百足は、都市部に突入。

多くの人々が呆然と見守る。

少なくとも、表だって歓迎することは、出来ない様子だった。

元々、バグラシアは。インドの独立運動に手を焼いたイギリスが、分離させた国である。基準は、信仰。

インドには、ヒンズーの教えを守る人達を。

そしてパキスタンとバグラシアは、イスラムの教えを守る人々を。

イスラムは、多神教を蛇蝎のごとく嫌い、憎む思想だ。恐らくバグラシアの人々は、既に貧困から解放された人々から、聞かされているはずだ。禍大百足が現れた地域が、どうなっているか。

しかし、アラーでも無ければ。その使徒でも無い。

むしろあの巨大な百足を模した姿は。

彼らが邪教と信じる、多神教の神々に見えてしまうのだろう。

だから、アフリカの人々がそうだったように。

軒先に木彫りの百足の神像をぶら下げて、歓迎の意思を示す、と言うようなことは、出来ずにいるのだろう。

「ブースターを使わないわね」

追撃しながら、蓮華が呟く。

現在、GOA401は約二十機。大佐の機体はそもそも調整に時間が掛かりすぎる上、誰も乗りたがらなかったので、ハンガーに残されているけれど。それ以外は全て出てきている。パーソナルデータが組み込まれているGOAは、基本的に色々と面倒なのだ。特にパイロットを変える場合は。ましてや大佐が乗っている機体を乗りたがる部下なんていない。

少し遅れてGOA350が続いていて。

くさびの陣形を保ったまま、禍大百足へ追撃を続けていた。

間もなく、追いつく。

ブースターは、戦闘時にのみ用いる。

蓮華が先に提案したので、巡航速度での追撃だ。だから、距離は少しずつしか、詰まっていかない。

都市部を抜けた禍大百足は。

不意に、方向転換。いまだひどい洪水が起きている地域へと、躊躇無く突入していく。濁流も。その巨体を止める事は出来ない。散布されるスーパービーンズは、泥濘の土地に、深々と潜り込んでいく。

あれはもはや、繁茂を止められないだろう。

「間もなく接敵します!」

「米軍は?」

「連絡してきていません」

蓮華が不安そうに眉をひそめている。

誰もが思っているのだ。

大佐が指揮していた部隊のように。艦砲射撃を喰らって、粉みじんにされかねないか、と。

米軍の方では、あれは作戦上のミスだったと認めた。

だが、今度も同じ事がないとは、限らないのである。

亮が先頭に出る。

皆が、抱えている不安を、押し殺せるように。

禍大百足は、悠々と濁流の川を渡りきると、対岸でもスーパービーンズを散布。此方のことなど、まるで意にも介していない。

その馬鹿にしきった有様は。

だが、より大きな不安に、かき消されてしまっているのではないだろうかと、亮には思えていた。

あくまで、推測だが。

「最初に仕掛けます」

「無茶はするなよ!」

指揮をしている少佐の一人が、不安そうに言うけれど。

そんなのは、承知の上だ。

ざぶんと、濁流の川にまた飛び込んだ禍大百足に、躍りかかるけれど。しかし。禍大百足はするりと濁流の川に飛び込み。

そのまま、上がってこなかった。

「反応ロスト」

「くそっ! 遊んでいやがる!」

蓮華が、コンソールに拳を叩き付けたのだろう。

此方まで、がつんと大きな音が響いていた。

だが、亮は。

同じような感想はもてなかった。

大佐がいたら、多分話をしただろう。ひょっとするとこれは。或いは、禍大百足は、戦闘を避けているのでは無いのかと。

「すぐに散開。 禍大百足は、スーパービーンズの散布を最優先にするはずだ。 散開して、頭を抑えろ」

ベイ中佐が、指揮を続ける。

皆が不満たらたらで従う中。

亮は、気になる地点を見つけたので、提案する。

「此処から南二キロほどの地点なのですが」

「それがどうかしたか」

「はい。 洪水の中心地点となっていて、堤防が破られて、濁流が平地に流れ込んでいる場所があります」

確か何処かの国が作った堤防だったのだけれど。そのいい加減な造りで、今回の洪水で、真っ先に破れた場所だ。

その国は、使い方が悪かったのだとか言い逃れして、賠償から逃れていて。

現状、堤防の復旧もままならず。

流れ込んだ大量の土石流は、幾つもの都市と村を水浸しにし、逃げ遅れた人々が近くのビルに鈴なりになっている。

雨が収まりつつある今も、惨禍に代わりは無い。

「禍大百足は、其処に現れるのでは……」

「根拠を言ってみてくれ」

「はい。 あくまで彼らの、ハーネット博士の目的は、スーパービーンズの散布にあると思われます。 そうなると、洪水が続くのは、恐らく好ましい事では無いように思えるんです」

「……なるほど」

だが、全機を向かわせるわけにはいかない。

十機だけ、其方に向かえ。

そう支持が出る。

亮も十機にいれて貰ったのは嬉しいけれど。他の機体は分散。これでは、足止めがますます困難になる。

ベイ中佐は手慣れていないな。

内心でそう思うけれど、こればかりは仕方が無い。元々特殊部隊の指揮官であって、GOAの指揮を豊富にとっている大佐とは、状況が違う。おおざっぱな指揮に徹するとしても、限界もある。

すぐに、現地に急行。

そして、亮が到着する前に。

膨大な土砂を盛り上げながら。禍大百足が。予想していた地点に、現れたのである。

あまりにも巨体。

そして禍大百足は、巨大な岩を口に咥えさえしていた。

どすんと、強烈な音と共に。

堤防の穴に、岩が押し込まれる。

ぴたりと流れ込んでいた土石流が止まる。重機以上のとんでもないパワー。地中を凄まじい速度で進むのだし、当たり前か。

しばらく禍大百足は、岩と、その体を盾にして濁流を防いでいたけれど。

岩がしっかり填まったことを確認すると、土石流の川を這い出して。水没している地域に進み、スーパービーンズを散布し始める。

行動の意図は明らかだ。

そして、その行動によって。

多くの人々が、救われたのも。

見る間に水が引いていく。其処に撒かれるスーパービーンズ。攻撃して良いのか。人々が、見ている。

禍大百足の行動で。

水害が、緩和された、その光景を。

この国の民の大半は、多神教を嫌うイスラム教徒だ。だが、彼らにしても。実際に洪水を止めた現在の邪神に対して、声を荒げることは無かった。

上空から、見守る。

腐食ガスを、禍大百足はまだ撒いていない。

ただし、此方には当然気付いているだろう。戦おうとすれば、即座に殺し合いになる。禍大百足が相手の場合、戦死する可能性は高くない。実際、今までも、GOAのパイロットに死者は出ていないのだ。

悩みが募る中。

ベイ中佐から、指示が来る。

「他の部隊と合流し次第、攻撃を開始しろ」

「イエッサ」

他のパイロット達も、気乗りしない様子だ。

軍に対しては、確かに蹂躙を繰り返してきた禍大百足だが。それ以上に、武装勢力には容赦がなかったし。犯罪組織も叩き潰してきたし。

世界最悪の麻薬生産地帯である黄金の三角地帯も、ぶっ潰した。

中には、人も乗っている。

その目的は読めない。

本当に、倒してしまって良いのか。

苦悩する内に、他の部隊が集まってくる。禍大百足は、急速に水害が収まりつつあるバグラシアを驀進しながら。

あのスーパービーンズを、今のうちにと、徹底的に散布していく。

蓮華が、吼える。

「攻撃開始!」

同時に。

全機が動き出す。

亮も、そうなると、動かざるを得ない。

心を奮い立たせる。禍大百足が、多くの人をあやめたのは事実。今、貧民を救ったのも事実だけれど。

多くの人々の生活を無茶苦茶にしてきたのも、また事実なのだから。

此方の攻撃態勢に気付いたのだろう。

禍大百足が、腐食ガスを放出し始める。

そして、気付かされる。

その腐食ガスは。

今までとは、比較にもならないほど、強烈だと。

ヒットアンドアウェイで攻撃開始。接近しつつアサルトを叩き込み、ポールアックスを振るい上げる。

禍大百足は意にも介さないが、時々強烈なカウンターをいれてくる。だから、攻撃時も必死だ。

一当てして、すぐに離れたとき。

味方の悲鳴混じりの通信が入る。

GOA350のパイロット達のものだ。

「装甲のダメージ、想像の五倍以上!」

「今までの腐食ガスとは比較にならない! 危険だ!」

「距離を保ったまま攻撃を続行! GOA401は私についてきなさい!」

蓮華が先頭になって、果敢に突撃。

敵の頭を抑えに掛かる。

しかし、である。

禍大百足は、恐らくそれを予測していたのだろう。突然にして、加速。いきなり、最高速度と思われる、時速150キロに達した。こうなると、アフターバーナーを発動しても、すぐには追いつけない。

濁流の川にさしかかる。

禍大百足は、躊躇無く其処に飛び込む。

濁流の勢いが殺される。

空母三機分の巨体だ。

生半可な兵器だったら、そのまま押し流されてしまっただろうけれど。此奴の場合は、逆に川の方が止まってしまうほどだ。

平然と濁流を渡りきる怪物。

だが、その時。

ついに蓮華が、禍大百足の前に出る。

今の川を渡るときの速度低下に加え。

禍大百足の加速が止まったからだ。恐らくは、ブースターが時間切れしたのだ。前に見た時よりも、時間切れがかなり早い気がする。何か、理由があるのかもしれない。

「頭を抑えなさい! アタック!」

蓮華の指示で、GOA401が一斉射撃開始。

亮は無言のまま、ポールアックスを振るって、禍大百足に躍りかかる。

一瞬だけ、ぶつかり合った。

手応えが、重い。

この重さは。

禍大百足が背負っている、運命の重さのように感じる。勿論そんなものは幻想だけれど。それだけ迷いがあると言う事だ。

離れながら、アサルトライフルを乱射。

激しい火花が散る中。

戦いは、唐突に終わる。

不意に向きを変えた禍大百足が、跳躍したのだ。

全機が、一斉に離れる。

そして、禍大百足は。

土石流を上から叩き潰していた。

水流が、一瞬にして変わる。周囲の水害の様子が、一変する。滅茶苦茶に吹っ飛ばされた土石流が。その勢いを消し去り。

そして気付いたときには。

禍大百足は、また移動を開始。今の衝撃を得て、呆けていたらしい味方に、蓮華が叱責した。

「被害報告を! 早く!」

「ぜ、全機生存!」

「GOA350は! 被害を!」

「装甲のダメージ中! 長時間は戦えません!」

亮も素早く確認するけれど。装甲にアラートが出始めている。禍大百足は、新しい腐食ガスを投入したと見て良いだろう。

厄介だけれども。

それ以上に厄介なのは。

追撃を、蓮華が指示。どちらも本気が出せないまま。時間稼ぎの戦いは、続く。そして続けば続くほど。

破滅が、近づいてきている気がした。

 

1、黒の花

 

地上に出ている間。

私は指揮以外に、やる事が幾つもある。

この間舐めた真似をしてくれたプトレマイオスに、礼をする必要がある。だから、作戦行動は、ルナリエットとアーシィに一任。

自身は、ずっとコンソールに向かい合っていた。

特別にチューンしてあるから、多少禍大百足が跳んだりはねたりしたくらいで、電源が落ちたりはしない。

強靱なPCをいじくりながら。

私は、中帝の各地へと、ネットから侵入していた。

予想は、それで裏付けられた。

軍基地が、どれもこれも、今までの中帝では考えられないくらい、ガチガチにネットの防備を固めているのだ。

幾つかの前線基地は、周辺国と一進一退の攻防を続けているけれど。その間も、隙を見せていない。

更に、である。

周辺国の軍事基地から、ログを漁って調べて見ると。

仮説が裏付けられていく。

ゾンビとでも戦っているのか。

今までの中帝の兵士とは根本的に違う。倒しても倒しても向かってくる。自爆攻撃も、平然と行ってくる。

感情が全く敵兵に見えない。

焦ることもないし、撃たれても死ぬまで立ち向かってくる。

動きも機械同然に正確だ。

我々は、バケモノとでも戦っているのか。

周辺国の基地のログには、悲鳴が書き込まれまくっている。特に一番激しく戦っているウィグル=モンゴル連合王国の軍は、PTSDを発症した兵士が多数出ていて、頭を抱えている様子だ。

この状況だと。

中帝の兵士達は、皆ゾンビ化されていると見るべきかも知れない。ロシアと同じか、それ以上にひどい。

プトレマイオスは既に。

中帝を完全に支配し。それどころか、兵士達までも、傀儡と変えているとみるべきだろう。

これは厄介だ。

一説には常備軍百五十万とも言われる中帝である。多国籍軍として兵を出してきた時と、国内での迎撃戦では、状況が全く違う。

最後に中帝と戦う時は。

当然核兵器も惜しみなく使ってくるだろうし。最悪の戦況を、今から予想しなければならなかった。

禍大百足の内部で働いている技術者達が連絡を入れてくる。

この間、バグラシア国境近くの倉庫から回収した物資を確認した所、思ってもみないものが見つかったというのだ。

当時は価値を見いだされていなかったレアメタルの一種。

ナノマシンの増産に、必要不可欠な代物だ。

「これを使えば、多少は戦闘がマシになります」

「よし、頼むぞ」

「分かっています」

頷くと、私は情報分析を続行。

米軍の艦隊は、陸地を迂回して、バグラシアの近海へと向かっている。インド軍と折衝しながら、どうにかインドの近海にまで来た様子だ。

問題は、此処から。

纏わり付いてくるGOA部隊が鬱陶しい。

腐食ガスで追い散らしてはいるのだけれど、装甲をパージしては向かってくる。既に四時間ほど戦っているが、行動が阻害されて、とにかく面倒くさかった。このままだと、更に厄介なことになる。

新国連の基地も、隙が無い。

ニュークリアジャマーを使うなら、もう少し先。

今は、解禁した、最強濃度の腐食ガスと。

もう一つ、使用を準備している、最後の防御兵器で凌ぐしか無い。

「現状の作戦進捗率は」

「七割を超えました」

「ぎりぎり、だな」

思わず私は、コンソールから顔を上げる。

モニタに映っているのは、果敢に攻めこんでくる最新型GOA。乗っているパイロットとは、随分長い事やり合っている。

ルナリエットも、疲労が溜まってきている様子だ。

だが、バグラシア軍がやる気が無い現状がチャンスなのだ。新国連の陸上部隊は、当面出てこないだろうし。

GOA部隊が時間稼ぎをしているという事は、米軍をはじめとする他の部隊が準備できていないという良い証拠。

問題は米軍の空軍だけれども。

それも、既に対策している。

F22の能力は、何度か交戦して見て分かった。今出てこないのは、此方の対策が効いているから、だろう。

勿論、米軍も対策はしてくるはずで。

F22が動けない間。

そして、米軍の艦隊の射程距離に入る前に。

バグラシアでの勝負を決めなければならない。

ユナが、ルナリエットを支えているのが見えた。長時間の運転で、負担が限界近いのだ。マーカー博士が、立ち上がる。

「限界だ、ハーネット博士!」

「今の進捗は!」

「85%!」

「恐らく、潜ると米軍の艦隊が、近海にまで来る! そうなるともろにあの艦砲射撃を喰らう事になるぞ! F22も、対策を突破して此方に来る可能性が高い! そうなったら終わりだ」

ごり押しで、どれだけ痛い目にあって来たか。

それは分かっている。

分かっているが。

ユナが、ヘルメットを被り直す。ぐったりしているルナリエットを、マルガリアが抱えて、医務スペースに連れていった。

「私が、操縦、する」

「おい、無茶をするな!」

「へいき。 私だって、ルナリエットと同じ、強化された、クローン」

ユナが、そうたどたどしく言うけれど。

負担の拡大が目に見えて分かる。

すぐにマルガリアが戻ってきて、ヘルメットを被って、負荷を分散するけれど。これは、長くはもたない。

本当に、死ぬ。

それだけ、この禍大百足の操縦は、強烈な負担を脳に掛けるのだ。天才であったアキラ博士の知識と技術を引き継いでいるルナリエットですら、この負担なのだ。この二人では、限界が近い。

コンソールを見て、マクロを複数、同時に走らせる。

今のうちに、出来る事は徹底的にやる。

そうすることで、此処での任務を終わらせると同時に、プラスアルファで、作業を進めるのだ。

がつんと、強烈な衝撃。

恐らく。

米軍の巡航ミサイルだ。

同時に、動きが鈍くなったのを察知したのだろう。GOA部隊が、果敢に仕掛けてくる。負担が大きくなるのが分かる。

「迎撃レーザー、展開してください!」

アーシィが叫ぶけれど。

さて、何処まで対応出来るか。

私は、中帝の幾つかのルーターにバックドアを仕掛けて。更に、軍基地への攻撃を、ゾンビ化したPCから行うための下準備を勧める。

同時に、中帝の国内情報を漁る。

勿論プトレマイオスも、この動きは察知していると見て良いだろう。事実、ファイヤーウォールからは、ひっきりなしに攻撃の連絡が来ているのだ。

立て続けに飛んでくるミサイル。

巡航ミサイルの数が桁外れすぎる。これは恐らく、艦隊の主力は、既に禍大百足を捕らえていると見て良いだろう。

作戦進捗率が、94%。

此処で諦めるのも、手か。しかし、残りの6%にスーパービーンズを散布すれば。この国は、以降永久に、食糧に困る事も無くなり。人口爆発に悩まされることもなくなる。この国だけじゃ無い。

周辺国の住民も、だ。

どれだけ収穫してもなくならない。

生でも食べる事が出来る、究極の作物。

命を賭けて散布しているのは、そう言う代物だ。もう一つの目的は、今の時点では、この国の民には関係無い。

あと少し。

衝撃が、立て続けに来る。

ミサイルが直撃しているのだ。

ユナが負荷で顔を真っ赤にしているのが見える。当然だろう。アキラ博士だって、生身で此奴を操るのは無理と断言した位なのだ。如何に強化していると言っても、特化して作っていないユナでは、どうしても限界がある。

あんな小さな子が。

脳を焼き切る覚悟で操縦しているのだ。

私も何か、成果を上げない限り。この作戦を、推し進めた意味がない。強行したダメージくらいは、回収しなければ。死んでも死にきれない。

99%。

あと少し。山を強引に駆け上がる。

その時。警告のブザーが鳴る。

どうやら、最悪の状況が来たらしかった。米軍の艦隊が、バグラシア近海に展開を完了。隊列を組み直すと、一斉射撃の体勢に入ったのだ。

ちなみに、衛星写真をハックしての確認である。

つまり、リアルタイムでは。

もう数秒、状況が先行していると見て良い。

「作戦完了です!」

「全力で潜れ!」

アーシィの言葉に、私は叫ぶ。F22が来ていないのは幸いだ。もしもあれがまにあっていたら。

以前使われたような、特殊コンクリ弾を装填したバンカーバスターをうち込まれていた可能性が高い。

衝撃は、来ない。

本体にも、なけなしの増加装甲にも、かなりのダメージを受けたけれど。

それでも。

どうにか、バグラシアからは、逃げ切った。

 

地中で、一息つく。

自動操縦にして、テルマ王国へと移動させる。念のために地下千五百メートルを移動中だ。どんな精巧な地震計でも、察知は出来ないだろう。

マーカー博士が来る。

難しい顔をしていた。

「ルナリエットの様子は」

「絶対安静だ。 テルマの作戦には、間に合うか分からん」

「そうか」

ちなみにユナも、地中に潜ると同時に倒れてしまって、マルガリアが運んでいった。

最悪の状況。

しかも、時間は、残されていない。

一応、前倒しで、バグラシアでの作戦は完了した。しかも進捗100%。散々邪魔はされたけれど。

新国連のGOA部隊による妨害も振り切った。

ただし、装甲へのダメージも。

何より、パイロットへのダメージも。

それぞれに、深刻だ。

テルマに到着するまで、二日。すぐに任務を開始するのは、無理だろう。米軍は当然、艦隊を移動させてくると見て良い。F22も、いつまでも動きを封じることは出来ないだろう。当面はオートで作戦を行うべきか。しかし、その場合。敵の陸軍が本気で動いてくると、対応出来ない。

テルマの場合、米軍の地上部隊がいる。

それも、恐らくは、作戦行動中に、全部隊が殺到してくると見て良いだろう。

その状況で。

一体どれだけ、作戦の進捗を高められるか。

それだけではない。

中帝の状況が最悪の更に上を行く最悪である事がはっきり分かったのだ。此方も同じようなものだが。

頭を抱えたくなる。

アーマットはあれから連絡を入れてきていない。もう死んでいる可能性も高い。

そして、少し前に。

東アジア基地に、特殊部隊が突入してきたことが分かっている。

スタッフは禍大百足に回収して、現在一緒に移動中だから構わない。DNAなどに関しては、今更ばれたところで、どうでもいい。

問題は、窮状が知れることだ。

残った物資などから、鑑識が、現在禍大百足が、大変に物資に困窮している事を割り出す可能性があり。

そうなってしまうと、更に攻撃が苛烈になる事が知れる。

時間だ。

時間が欲しい。

私がコンソールに拳を叩き付ける様子を。

マーカー博士は、冷たい目で見ていた。

「それで、どうする」

「テルマには出る」

「分かっている。 どう考えても、テルマにスーパービーンズを撒くのが、一番有効だからな」

「ああ……」

問題は。

テルマでの戦いは、バグラシアとは、比較にならないほど厳しくなるのが、確実と言う事だ。

テルマ近くの山岳地帯で、地上近くにまで浮上。

周囲を確認して、問題ないと判断。

密林に隠れるようにして、浮上。

装甲などを、応急処置する。

発見されるまで、そう時間はかからないと分かっているが。それでも、今のうちに、やっておけることはやっておく。

分解した戦車から取り出した鉄を、増加装甲として貼り付ける。

本体へのナノマシン塗布。

本体のダメージはかなり深刻だ。増加装甲もまともにつけられていないのだ。艦砲射撃をまともに食らってしまうと、恐らくはまた喰い破られる。下手をすると、関節を放棄しなければならなくなるだろう。

もう少しだ。

もう少しだけ、頑張ってくれ。禍大百足。

そう自分で呟くことしか出来ない。自己修復できるエラーは、私がマクロを組んでどうにもできる。

しかし、負担が大きすぎるルナリエットや。

本体外側の装甲に関しては、どうにも出来ないのが、現実なのだ。

「作業完了です!」

「すぐに戻れ!」

米軍は、もう察知していると見て良いだろう。

すぐに、テルマに向かう。

目的も察していると見て良い。テルマで、米軍陸上部隊。それに、時間を掛ければ、空軍。

下手をすると海軍まであわせての、一大決戦になるだろう。

その時、禍大百足は無事では済まないはずだ。

勿論GOA部隊も出てくる。

不幸中の幸いなのは、テルマでは水害がさほどひどくないので、本気を出せること、くらいだろうか。

それも、巨大な不幸の中の、わずかな光、くらいでしかないが。

医務スペースに行く。

ルナリエットの様子を見に行く。

医師が、待っていて。顔を合わせるなり、怒られた。

「今、脳への負担が甚大で、回復作業中です」

「強化クローンの回復力をもってしても、おいつけない、だな」

「はい。 こんな事を繰り返していると、もう脳が元に戻らなくなる可能性だってありますよ」

「……すまん」

貴方もと言われて、診察される。

そして、幾つもの病気を列挙された。

無茶な生活を続けているのだ。

ましてや私は、常時デスマーチ状態である。他の連中が休んでいる間も動いている。元々丈夫でも無い体。

病巣だらけになっても、不思議では無い。

そして、決定的なことを言われた。

「癌ですね。 肝臓癌です。 まだ初期ですが、このままだと取り返しがつかない事になります」

「治療までの猶予は」

「出来れば今すぐにでも開始したいのですけれど」

「治療している間、身動きは取れるか」

首を横に振られる。

ならば、もうどうしようもない。

四つ後ろのスペースに移動。此処で、記憶を映すことが出来る。ユナに記憶を譲渡した後。新しく作っている、私の後継者。

この子に。

私の残りの全てを移すしか無いだろう。

癌の進行は遅らせるように、処置はして貰った。あくまで時間稼ぎだけれど。中帝との戦いが終わるまでくらいは、もってくれるはずだ。

正直な話。

其処まで、体がもちさえすればいい。

その後は、生き残れるなんて考えていない。だから、それで良いのだ。

コックピットに戻る。

ルナリエットが目を覚ますのは、早くても三日後と言われた。それまでは、どうにかやりくりするしかない。

ユナとマルガリアに負担を掛ける。

出来るだけ、オートで動かして負担を減らすほか無いだろう。

作戦開始まで、時間がもうない。

そして、作戦のリミットも。

残りは、あまりにも少なかった。

 

2、強行軍

 

禍大百足は逃がしてしまったけれど。

明らかに、相当なダメージを与えた。それも、動きが途中から露骨に鈍くなっていた。何かトラブルが起きたのは確実だ。

「帰投するわよ」

蓮華にいれれて、基地に戻る。

今回は、擱座した機体はいない。

敵の放出する腐食ガスが、あまりにも強烈だと、最初に気付けたこと。そして何より、地盤が弱かったことが原因だろう。

本気で禍大百足が暴れていたら。

装甲をやられていたGOA350の何機かは、撃墜されていたことが、ほぼ間違いない。

それにしても気になるのは、米軍の空軍だ。

どうして今回の戦場では、援護してくれなかったのだろう。

基地に戻ったとき。

その応えが出た。

ベイ中佐が、すぐにミーティングルームに集まるように、連絡をしてくる。疲れは残っているけれど。

余程大事なことと見て良い。

すぐに、ミーティングルームへ。

ベイ中佐は、既に手際よく、準備を終えていた。この辺り、この人は有能だ。あくまで後方支援役として、だが。

「さっそくだが、米軍から連絡が入った。 禍大百足が放ったらしいこの雲が、強烈な腐食効果を持っていると」

天気図が示されて。

其処には、台風のような、巨大な雲が。

バグラシアの周囲を覆うようにして、展開されていた。しかも見るからに真っ黒で、危険すぎる代物だ。

「F22をはじめとする空軍部隊は、これによって進路を阻まれ、援護には向かえなかったそうだ」

「こんな、巨大な……!」

「奴の能力は、まだ底が知れないと言う事だな」

蓮華が驚く。

ベイ中佐は、意外に冷静だった。特殊部隊を率いて、あの巨体と渡り合い続けたから、だろうか。

まあ、その可能性が高そうだなと、亮は思う。

いずれにしても。

これは恐らく、禍大百足にとっては、切り札と言っても良い武器だろう。こんなものを出してきたと言うことは。

向こうはもう、余力が無いと言うことだ。

挙手すると、告げる。

禍大百足のダメージが、確実に蓄積していること。

更に、途中から、明らかに動きがおかしくなったこと。いずれも、禍大百足に、大きなトラブルが起きていることを示している。

そして、この最終兵器とも言える腐食ガスの展開。

「禍大百足は、相当に追い詰められているはずです」

それが、亮の結論だ。

実際問題、最近の禍大百足は、戦って見ると、余裕のなさが露呈しているのが分かるのである。

何を焦っているのかは分からないけれど。

ひょっとすると。

何かしらの理由で、時間がないのかも知れない。

何をする時間なのか、分からないのが少しばかり苦しいけれど。ほぼ間違いないと判断して良いだろう。

「禍大百足との和平は、可能でしょうか」

「以前東欧でしたような、か」

「はい。 禍大百足はかなり傷ついています。 それに……僕には、禍大百足の中にいる人間とは、会話が出来るように思えます。 相手が追い詰められている現状なら、或いは今までのような無体なことをさせないように、出来るかもしれません」

「そうかも知れないな。 だが顔に泥を塗られた米軍が、黙って見過ごすはずも無いだろうな」

そうか。

それもあるのか。

新国連が和平を結んでも、米軍がそれに乗ってくるとは思えない。ましてや米軍は、禍大百足との戦いで、それほど大きな被害を出していないのだ。

強きに攻めようと思う事があっても。

相手に譲歩しようなどとは、考えもしないだろう。

続いて、アンジェラがプロジェクターに映る。何か、新展開があった、という事だろう。

皆の視線は好意的では無い。

まあ、当然か。

この人ほど、美貌に反して嫌われている女性もいないだろう。亮も、正直苦手な人だと思う。

「米軍から連絡がありました。 禍大百足のスポンサーになっている人物を特定、拘束したそうです」

「それは、本当か」

「おお、これで敵は補給路を断たれたな……!」

皆の言葉が、歓喜に満ちるけれど。

蓮華は冷静だ。

亮も喜べない。

それはつまり。禍大百足にとって、退路を断たれた、という事だ。そして退路を断たれたという事は。

今までに以上に、手段を選ばず。

徹底的な反撃をしてくる、と見て良いだろう。

「スポンサーとなっていた人物については公表できないそうですが、幾つかの情報を得られたとかで、今後の作戦に活用していくそうです。 少しは戦況が楽になることを、期待出来るとか」

「……」

蓮華と顔を見合わせる。

禍大百足は、確かに傷ついている。しかし、あの強烈な腐食雲を発生させて見せたように。

その実力は、まだ底が知れないと言って良い次元だ。

もし本気で、あらゆる手段を選ばずに、此方を叩きに出てきた場合。耐え抜けるのだろうか。

GOA401の増産についても続報。

数日以内に、更に十機が届くという。今まで使われていたGOA350は、それぞれ新国連の別の部隊に引き取られ。第三諸国での治安維持に従事する。

現在、南アメリカの紛争地帯に投入されたGOA240が、武装勢力をゴミクズのように蹴散らして、制圧に貢献。

現地の武装勢力から、テスカポリトカと呼ばれて怖れられているそうだ。

武装勢力からすれば、絶対に勝てない相手である。

恐怖の対象として、邪神の名前をつけられるのも、無理のない事なのかも知れない。今まで、治安維持部隊を苦しめてきた兵器が、まるで通用しないのだ。それに、拠点を突き止められたら最後、地雷原から拠点まで、根こそぎに潰されるのである。

しかもGOAは、ヘリほどの速度は出ないけれど。それ以上の機動力を駆使して、都市部だろうが密林だろうが攻めこんでくるのだ。

恐怖するのも、当然だろう。

「貴方たちは、その調子でデータを蓄積してください」

通信が切れる。

勝手な事をほざいてくれる。

そう呟いたのは、最年長のパイロットだけれど。亮は聞かない事にする。平和にGOAが貢献しているのは事実なのだ。

そして、口には出せないけれど。

禍大百足の存在も。

それに準じているだろう。

咳払いすると。

ベイ中佐は、付け加えた。

「米軍からの情報によると、禍大百足は現在、補修をしながらテルマ王国に向かっているそうだ」

「テルマですか」

「そうだ」

亮も知っている国だ。

性転換手術で有名な国だけれども。農村の貧しさが特筆すべきひどさで、たしか日本円で数千円も出せば、人間を実際に買う事が出来るという。

日本でも、百年前くらいには、似たような事があったらしいのだけれど。

今でもテルマでは、人権という意識が、極端に希薄なのである。

特に沿岸地域の幾つかの街は無法地帯と言って良い有様で。その辺りは、人間世界の悪夢が凝縮したような場所になっているそうである。

時代が遅れていると言うよりも。

日本にも、こういう時代があったのだ。

亮は昔、母親に尊厳の全てを奪われた。だから日本が楽園だなんて思っていないけれど。

世界を色々な形で結局見てまわることになって。

総合的には、日本がどれだけマシな国だったかは、知る事になった。と言うよりも、世界が如何にひどい状態なのかは、よく分かった。

今のテルマを守って。

何か意味があるのだろうか。

それは、事実となって胸に突き刺さる。

亮が。

いや、蓮華たちも。

復帰したら大佐も。他のパイロット達もだ。

腐りきった国を命を賭けて守る事に、意味があるのだろうか。分かってはいる。腐ってはいても、其処には其処の生活があるのだと。

禍大百足のやり方は。

過激すぎて、認めてはならないものなのだとも。

だが、それでもなお。

数千円で女の子がモノとして売り買いされている国が。禍大百足の侵略によって正常化するのだったら。

肘撃ちをされる。

蓮華が此方を見ていた。

「迷いは捨てなさい。 死ぬわよ」

「ごめん」

分かっている。

相手にしているのは、文字通りの現在の邪神。軍隊が束になって掛かって、やっとどうにかなるレベルの相手だ。

そんな相手に憐憫を抱いたり、手心なんて加えたら、一瞬で死ぬ。

如何にGOAに乗っていたとしても、だ。

ましてや相手は追い詰められ始めていて、多分今後は手段を選ばない作戦に出てくるはず。

攻撃も、より過激になるだろう。

そんな状態で、亮如きが、相手に手心など加えられるか。

良く漫画なんかである殺さずというのは、相手との力量差があって始めて成り立つことだ。

勿論、無意味に殺す事は、それ以上の罪悪だけれども。

今の亮は、どちらも考えていてはいけないのだ。

ミーティングが解散される。

大佐の所に行くと。

既に、病床でリハビリを開始していた。まだ医師には歩かないようにと言われているようなのだけれど。

病床でダンベルをあげて、筋力の回復を図っているようだ。

「どうだ、状況は」

聞かれたので、全て話す。

テルマかと、大佐は呻いた。

「あまり、良い評判は聞かない国ですね」

「そうだな。 だが、分かっているのだろう。 今のお前に出来る事を、出来るだけやればいい」

「はい」

それで、充分だ。

亮はパイロットとして、最高の評価を受けている。

そしてGOAの仕事は、味方が駆けつけるまで、禍大百足を足止めする事だ。それが可能な装甲が備わっている。

すぐに、基地を出る。

編隊を組んで飛行。

燃費の良さに関しては、GOAはどの兵器にも負けない。壊れないし、一定速度でどれだけでも動ける。

燃料の消耗も少ない。

地形を考慮せず移動できるのは嬉しい所だ。

大佐は、次の戦いには間に合わない。

だから、次も49機で戦う。そして次は。

必ず、あの邪神を。

禍大百足を、撃退するのだ。

 

殆ど休憩せず、テルマに到着。

禍大百足を追い越したのか、或いは。いずれにしても、厳戒態勢を敷いているテルマの軍と。

その軍と距離を離して。テルマの中央部に進軍している米陸軍。

アパッチの数もかなり多い。

M1エイブラムスも、相当数が出てきている様子だ。

米軍は本気だ。

もしも禍大百足が現れるなら、テルマ。故に、戦力を全て集めている、と言う所なのだろう。

海軍も急行しているらしいのだけれど。

空軍だけが見えない。

新国連の基地もあるけれど。かなり隅っこの方だ。一旦基地に入って、補給を済ませる。メンテナンスは、ほぼ必要なかった。

コックピットから出て、すぐに休む。

ベッドで横になって、無理にでも寝て。

そして起き出して、ミーティングに。

まだ、基地は静かだ。それはつまり、禍大百足が、まだあの巨体を、地面から現していないことを示している。

ひょっとすると、テルマを避けるのでは無いのかと亮は一瞬思ったけれど。米軍がこれだけの状態で、必殺の陣を敷いているのだ。

まずそれはあり得ないだろう。

軽くミーティングをした後、GOA部隊で出る。

メンテナンスは徹夜でやってくれていたので、何ら問題ない。残念ながら、GOA401十機の追加は間に合わなかったけれど。

GOA350の装甲換装は間に合ったようだった。

周囲のものものしさは、以上だ。

テルマの犯罪組織は、何処もパニックになっているらしい。資産を持ってよその国に逃げ出そうとするものもいるし。逆に、市民が今までの腹いせに、犯罪組織を襲撃して、皆殺しにする事件も起きている様子だ。

こういう国で、市民は決して弱者では無いと、亮も知っていたけれど。悪い意味でもたくましいものだ。

亮は、米軍の機甲師団が展開している地域に移動。

蓮華は東の沿岸部。

いずれにしても、あまり離れていない場所に、五つの小隊が配置される。ベイ中佐は指揮を執りながら、不満そうにしているパイロットを抑えるべく、四苦八苦しているようだった。

これで、中将クラスの。

東欧での決戦で指揮を執ってくれた人達が来てくれれば、少しは状況もマシになったのかも知れないけれど。

残念ながら、彼らは今、ロシアの治安維持と、新国連機甲師団の再編成で手一杯だ。

GOA部隊は、動けるだけマシ。

動けるのだから、働いて貰いたい。

それが彼らの言い分で。

亮も、それは間違っているとは、思わない。だから、戦力不足を自覚しながらも、戦場に来ている。

米軍の機甲師団は、今まで見たどんな軍よりも強そうだったけれど。

それでも、相手が禍大百足で。

手段を選ばないとなると、どうなることか。

不意に、通信が入る。

来たか。

予測が当たる。

蓮華からだった。

「沿岸部に禍大百足出現! これから急行するわ。 すぐに貴方たちも集結して!」

「此方ベイ中佐。 米軍からも同様の通信があった。 GOA部隊は即座に行動と集結を開始せよ」

「イエッサ!」

すぐに、全機が動き出す。

米軍のヘリ部隊の方が早い。お先にと言わんばかりに飛んでいくけれど。分かっている。禍大百足が追い詰められている現状。

被害が、増えるのは、確実だ。

蓮華が映像を廻してくる。

海賊が跳梁跋扈する港町を、岩盤を砕くようにして粉砕しながら現れた禍大百足は。其処に集結している世界中のマフィアやら犯罪組織やらを、腐食ガスで片っ端から強制的に武装解除させ。更に犯罪組織のアジトやら船やらを、文字通りアブラムシでも駆除するように粉砕した。

如何に、弱者に強くふるまえる犯罪者の集団でも。

人間に対して、どれだけ残虐な戦術を習得していても。

空母三機分の機体に。

艦砲射撃に耐え抜く強度を併せ持ち。

車より速く動き回るバケモノが相手では、どうにもならない。

ものの十数分で、街は壊滅。東南アジア最悪の犯罪都市と言われていたその街は、見る影もなく消滅した。

しかも、死者は殆ど出ない状況で、である。

スーパービーンズを散布しているのが見える。

蓮華は十機を待機させて、味方の到着を待っている様子だ。米軍第七艦隊は、まだ到着まで時間が掛かる。

そして、見えた。

禍大百足は、背中から何かを射出している。

いつもの気象兵器ではない。

アレが恐らく。

対空用の、凶悪無双な腐食ガス展開兵器だと見て良いだろう。

禍大百足が、動き出す。

巨大な百足そのもので。そのリアルすぎる造形は、人間に生理的な恐怖感を抱かせ。虚勢の戦意を根こそぎに奪い去って行く。

一部隊が、蓮華の部隊と合流。

まだ、仕掛けないと蓮華は指示。

実際、あの巨大百足が、手当たり次第に人間を喰うとかの凶悪な生態を持っていたら、どうあっても仕掛けなければならないのだろうけれど。

奴は、中に人がいる、立派な兵器だ。

そして、他の兵器と違って。

可能な限り、人も殺さないのである。

米軍が到着。

ところが、である。

沿岸部を移動しながら、禍大百足は港を次々に蹂躙はするけれど。あまり、交戦に積極的では無い。

亮の部隊が蓮華の部隊に合流。

その時、ベイ中佐が指示を飛ばした。

「移動先に、残りの部隊を集結させている。 時間稼ぎを開始してくれ」

「イエッサ! 全員、仕掛けるわよ!」

蓮華が吼える。

皆が、編隊を組み直すと、斜め上空から。

悪徳の都市を踏みにじる禍大百足に襲いかかる。

米軍も攻撃を開始。

腐食ガスのことは知っているのだろう。接近戦は避け、遠距離から恐ろしいほど精密な射撃を開始。

次々に、禍大百足の体に、砲弾が直撃し始める。

小揺るぎもしないが。

距離を保ったまま、GOA350も射撃開始。

戦闘ヘリのチェーンガンに匹敵する火力のアサルトが火を噴く。GOA401は、それぞれがポールアックスをかざして、接近戦に移行。

その時。

街を移動するだけだった禍大百足が、不意に、体をもたげた。

都市部であのボディプレスか。

死者が大勢出る。

とっさに、止めろと叫ぼうとした亮だったけれど。なんと、禍大百足は、そのまま跳躍。

巨大なビルさえ飛び越えて。

米軍の陣地の真ん中に、着地したのである。

愕然とする。

あんな距離を、跳んで移動することが出来たのか。

蓮華も愕然としていた。

腐食ガスを浴びた米軍の機甲師団が、慌てて下がろうとするけれど。今、禍大百足が撒いている腐食ガスの威力は、尋常では無い。あのM1エイブラムスさえ、見る間に擱座して動かなくなっていく。

至近から砲撃する勇敢な戦車もいたけれど。

足で払われて、吹っ飛んで転がる。

50トンの巨体が、である。

ヘリ部隊は必死に距離を取りつつ、ミサイルを斉射。しかし、流石に慌てているのだろう。

全てが直撃はせず。

あろう事か、擱座した味方に当たるケースさえあった。

追いつく。

禍大百足も傷ついている。このまま、一気に攻め立てる。

ベイ中佐が、指示を出してきた。

「逃げる米軍部隊を支援! 禍大百足の頭を抑えろ!」

言われなくても。

亮が、先頭になって、躍り出る。

禍大百足の頭の至近。ポールアックスを振りかぶって、叩き付ける。

やはり。

動きが、少し鈍い。

パイロットが変わったのか、或いは。いずれにしても、いつものように最小限の動きでクリティカルな打撃を避けるようなことも無く。攻撃そのものを、華麗にかわすこともなく。

禍大百足の傷ついた装甲に、ポールアックスはもろに食い込んだ。

増加装甲が、へし折れる手応えがあった。

しかし、至近だ。

奴が纏っている強烈な腐食ガスが、機体を見る間にむしばんでいく。

味方機の一斉射撃が、禍大百足の装甲を削る。蓮華が背中に飛びつこうとして、禍大百足が五月蠅そうに体を丸めた。

離れろ。

以前にも見た、広域攻撃。

全機が慌てて離れると。

まるで生きた竜巻のように、禍大百足が、周囲全てを薙ぎ払う。米軍の擱座していたM1エイブラムスや、着地して横倒しになっていた戦闘ヘリが、オモチャのように吹っ飛んでいった。

「撤退の時間は稼げた、一度距離を取れ!」

米軍は。

意外にも、戦車部隊もヘリ部隊も、人的損耗は少ない様子だ。腐食ガスの破壊力は、事前に知らされていたのだろう。

それに。

有利に戦っていたとはいえ、禍大百足の全身には、少なからず傷が残っている。もう、傷を回復する余裕さえ無いのだろう。

一旦基地に帰投。

禍大百足も、港町への攻撃に戻る。テルマの港町が、全て根こそぎにされていくけれど。亮は、どうすることも出来なかった。

 

基地に戻り、すぐにメンテを行う。

装甲の換装。

燃料の補給。

弾薬の入れ替え。

そして、ベイ中佐が、急ぎ足で来た。

「ミーティングも無しで悪いが、すぐに出て欲しい」

「分かっています」

米軍が、再び戦力をまとめて、禍大百足を攻撃する準備に掛かっているらしいのだけれど。

警戒しているらしいのだ。

あのインフラ破壊兵器を。

いきなり使用する事は無いだろうと踏んでいるようだけれど。テルマの首都では、既に病院などが厳戒態勢に入っているらしく。

更に、各地の米軍も、禍大百足に決戦を挑むべく、陣を整えているのだとか。

当然、GOA部隊にも、矢の催促だという。

「先ほどの戦いで、禍大百足を見て、どう思ったね」

「やはりなりふり構わずと言う印象です。 もうダメージを回復する余裕も、装甲を張り替える猶予もないようです」

「米軍が補給を断ったのが効いているな……」

「だと、良いんですが」

それよりも、亮には。相手の動きが悪くなっているのが気になる。

禍大百足のパイロットに、何かあったのかも知れない。あの分厚い装甲に守られている状況だ。

何があったのかは、想像も出来ないが。

ポールアックスを確認。

始めて、完璧に近い痛打をいれることが出来た。刃こぼれもしていない。つまり、亮は今回。

禍大百足に、今までに無い完璧な一撃をいれられた、という事である。

準備が整うまで、三時間。

その間、横になって軽く休む。禍大百足も、その間休んでくれていればいいのだけれど。そうはいかない。

ベイ中佐が応答しているけれど。

やはり、禍大百足は、相当に大暴れをしているようだった。

メンテナンスが完了。亮が立ち上がったときには。既に四つの港町が完膚無きまでに蹂躙され。

海賊やマフィア、密輸業者などが、根こそぎ廃業に追い込まれていた。

FRP製の高速海賊船も、全部海に逃れたところを襲われたらしく。以前、アフリカで禍大百足にされたように。まとめて沈められたらしい。

まあ、此奴らに関しては、同情の余地も無いので、放置で良いだろう。

亮でさえ、そう思う。

他の機体は。

見回すが、GOA350がまだ少し残っている。コックピットに移って、出撃の指示を待つ。

蓮華が、不意に全周モニタに割り込んできた。

「ちょっといい?」

「うん、いいけれど、どうしたの」

「恐らく禍大百足だけれども、今回は間髪いれずに米軍の主力部隊に仕掛けると思うわ」

「……根拠を聞かせてくれる?」

攻めが強引すぎる。

蓮華は、そう言いきった。

亮も実は、其処に関しては同意できる。禍大百足は中にいる人が素人だとは聞いていたし。実際無理な攻めで痛手を負う所も何度も見てきているが。

今回は。それにも増して強引だ。

装甲のダメージだって大きい。

連戦の疲弊だって、目に見えて蓄積している。

それなのに。無理に出てきている。

これはつまり、禍大百足には時間がなくて。例え中央突破を強引に行わなくてはならないとしても。

無理にでも、米軍に仕掛ける事を意味している。

確かに亮も同意だ。

「其処で、一つ提案があるの」

「聞けることなら」

「ギリギリまで、彼奴の頭の近くに張り付いて、攻め続けてくれる?」

無言になったが。

しかし、考えてみれば、確かにそれは理にかなう。

今、どういうわけか。

禍大百足は、動きがおかしい。正確に言うと、多分乗っている人が、何かしらのトラブルを抱えている。

ならば、其処を突けば。

動きを止められる可能性も、低くない。

「分かった、やってみる」

和平の可能性は、多分無い。

だけれども、禍大百足が、地中深くに逃げて、それきり出てこなくなれば。

或いは。戦いは一段落するかも知れない。

 

3、横殴りの雨

 

雨が激しくなりはじめる。

マーカー博士に頼んでいたウェザーコントローラーの効果だ。これにより、敵の陸上部隊の足を止める。

そして。

既に、周囲全域に張り巡らせている腐食ガスの雲。

民間航空機の航路も邪魔しているのは悪いが。これで、米軍が誇る空軍は、仕掛けてこられない。

準備は整った。

後は、米陸軍と、全力でつぶし合いをし。余技でテルマの軍も片付け。

纏わり付いてくるGOAを退けて。

後は、中帝との決戦に備えて、北上する。

分かっている。

無理押しだと言う事は。

禍大百足のダメージが、深刻だと言う事も。

さっき、少しだけ米軍の機甲師団とやりあっただけでも、エラーがついている。そして、もう補修している時間もない。

ナノマシンの散布はしているけれど。

回復するよりも、明らかに装甲が削られる速度の方が早いのだ。このままだと、足の二三本は近々失うかも知れない。

移動が阻害されるようになれば。

もはや、如何に頑丈でも。巨体である以上、的以外の何物でもなくなる。

ルナリエットは、まだ起きてこない。ユナは負担が大きい中頑張ってくれているけれど。先ほどは、GOAのパイロットに、今まで喰らっていない明かなクリティカルヒットを貰っていた。

目標としていた港町は、根こそぎ攻略完了。

スーパービーンズを撒きながら。

農村を横断して、進む。

米軍が、布陣しているのが見える。GOA部隊も、恐らくそう時間を掛けず集結し、再度仕掛けてくるだろう。

「休憩は、いれられないか」

「無理だ」

マーカー博士の方を見ないで言う。

分かっている。

もはや、限界が。

マンパワーの面で、無理が来ている事は。

乗っているスタッフ達も頑張ってくれている。彼らも、全員が死ぬつもりでついてきてくれているのだ。

正面から、行く。

ルナリエットが復帰すれば、少しはマシになるけれど。

もう、待っている余裕は無い。

空軍と海軍が敵に加わったらおしまいなのだ。あの制圧艦砲射撃を、もう長くはたえられないのである。

「ユナ」

「行きます」

「ああ。 すまないな、頼むぞ。 本当に……すまん」

声を掛けると。

ユナは、言葉少なく応える。ルナリエットの分も、自分がやるとこの子は覚悟を決めてくれている。

医療スペースに確認する。

ルナリエットは、まだ目覚めていない。時間さえ、あれば。それだけが、口惜しくてならない。

だが、スーパービーンズの真の特性が、解明されてしまえば。その時点で終わりだ。今の世界の、資本の優位を崩したくない連中がいる現状。

禍大百足の真の目的を知った途端。

恐らく、全世界をあげて、反撃に出てくるのは確実だ。

そうさせてはならない。

M1エイブラムスが、攻撃を開始。世界最強の戦車の砲弾が、雨の中、容赦なく襲いかかってくる。

自走砲も。

歩兵装甲車も。

ヘリ部隊も。

豪雨の中、容赦のない攻撃を仕掛けてくる。

禍大百足は、全速力で突進。一瞬だけブースターを起動。加速して、進む。砲弾を、真正面からかいくぐりながら。

大きな揺れ。

アーシィが、叫ぶ。

「禍大百足の頭部にダメージ!」

「GOAにやられた場所だな……」

突進。

そして、跳躍。

敵陣のど真ん中に踊り込む。

初撃で此方を仕留められなかった米軍機甲師団は、即座に対応。陣形を変えながら、後退。

同時に。

禍大百足の足下が、派手に爆裂した。

どうやら、この行動を見抜いていたらしい。

事前に足下に、プラスチック爆弾を、山のように仕込んでいたらしかった。しかも、大雨で、地盤が緩むのも、想定の内、と言うわけだ。

だが。

揺らぐのは一瞬だけ。

無理矢理体勢を立て直すと、体を丸める。下がろうとするが、もう遅い。

今回は、手段を選ばない。

一気に、全身を旋回させる。

そうすることで、巨大な鞭となった禍大百足の機械の肉体は。周囲全部を、根こそぎ容赦なく薙ぎ払う。

吹っ飛ぶ戦車。

爆裂する戦闘ヘリ。

敵陣の密度が濃い場所へ、勢いを殺さないまま、突入。

その間も。

ひっきりなしに、被害報告が来る。

足下も、次々に爆発。米軍は、もはや被害をある程度覚悟した上で。どうあっても、禍大百足を仕留めるつもりらしい。

艦砲射撃ほどでは無いが。

攻撃は、苛烈。

何度も直撃弾が来る。画面には、アラートの文字が、踊りっぱなしだ。

「第十一関節、装甲のダメージ甚大! このままでは貫通されます!」

「スタッフを退避させろ」

がくんと。

強烈な打撃。

見ると、陸上部隊から離れた地点に、何かいる。これは恐らく、米軍版のレールガン搭載車両だ。

前ロシア軍が試験開発した奴を投入してきたが。米軍のは、ずっと小型で、火力も大きいようである。

もはや、迷う暇は無い。

「ニュークリアジャマー、起動する!」

「良いんだな」

「ダメージを散らす! あの狙撃を受け続けると、複数の関節が貫通されるぞ!」

ドガンと、いい音がして。

強烈な振動が、禍大百足を揺らす。

足の一本が、レールガンの狙撃で、千切られたらしい。周囲に腐食ガスとスーパービーンズを散布しながら進むが。

もはや、継戦能力が、かなり厳しい。

今更、ナノマシンが付与された装甲の残骸が敵に渡ることを、悔やんではいられない。もう、戦況は終盤なのだ。

ニュークリアジャマー、起動。

レーザー水爆によるインフラ破壊兵器が、周囲の電子機器を根こそぎ焼き払う。敵が混乱している中。

禍大百足は。

足を一本失いながらも、跳ぶ。

ネットワークが切断された状態で、レールガンも流石に精密射撃は無理だと判断したのだろう。

後は。

とにかく、悲惨すぎる乱打戦となった。

隙を見て、千切られた足をくわえる禍大百足。ユナのファインプレーだが。その時には、周囲は。

地獄絵図と化していた。

米軍四万も、殆ど壊滅しているけれど。

禍大百足も。

全身の装甲は、ほぼ壊滅状態。増加装甲は根こそぎやられ。本体装甲の彼方此方に、致命的、或いは深刻なダメージが入っている。

そして最悪のタイミングで。

来る。

大雨を蹴散らしながら、此方に飛んでくる影。間違いなく、GOA部隊だ。それも全数が揃っている。

加速してくる一機。

頭を狙っている。

どうやら、エース機らしい。彼奴に纏わり付かれると、厄介だ。

「ユナ!」

悲痛な声。

マルガリアが、椅子からずり落ちそうになっているユナを、無理矢理支える。負担で顔を真っ赤にしている幼子は。何度か顔を振って、拒否の姿勢を示した。

続けるというのだ。

ダメだ。

もうユナは限界。

よく頑張った方だ。

マルガリア一人では、そもそも禍大百足を動かす事が出来ない。適性的に、無理がありすぎる。

即座に稼働はオートに切り替えたけれど。それだと、あまり複雑には動けず。GOA部隊には対応出来ないのだ。所詮はAI。限界がある。

米軍は機甲師団を壊滅させられたが。

それでも抵抗の意思は捨てていない。彼方此方に敷設してあるプラスチック爆弾を爆破して、対抗してくる。

また、機体が傾く。

足が何本か、折れそうになっているのだ。

「潜れ」

指示を出す。

絶好の好機だが、もう無理だ。

GOA部隊が突貫してくる。

あれを相手にしていたら、今度こそアウトだ。せっかく、敵の陸軍は叩き潰したのに。もう、手札が無い。

コンソールに拳を叩き付ける。

まだ半分以上。

予定地点に、スーパービーンズを散布できていなかった。

地中に退避することだけは出来た。

だが。これは、負けだ。

完敗だな。

私は、天井を見上げ。

そして、コンソールに浮かぶ無数のエラーを見て。補修が不可能である事を、悟らされていた。

 

テルマの山中に、浮上。

敵は、恐らく気付いてはいるけれど。仕掛けてくる様子は無い。折れた足を補修するのは、不可能だ。

実は、中央アジアに、まだ発見されていない小さめの基地がある。物資はすっからかんだが。中帝に仕掛ける前に、其処で補修は行える。ただし、もう物資がないから、本格的な補修は無理だ。

空軍は足止めできていても。

GOA部隊は健在だし、敵の海軍だってその内来る。海軍は揚陸艦を連れているし、恐らく国境を越えて、米軍の援軍だって仕掛けてくるだろう。

内部から直せるダメージは、回復させた。

だが、それだけだ。

折れた足も。

壊れかけている装甲も。

もう、どうにも出来ない。どうにも出来ないのだ。

周囲にスーパービーンズを撒きながら、移動を開始。テルマ軍も仕掛けてくるけれど、旧式の兵器ばかり。此奴らに関しては、あまり気にしなくて良い。腐食ガスをまき散らして、追い散らすだけだ。

何だか、弱い者いじめをしているようで、情けない。

大雨の中。

わずかずつ回復する本体装甲。ナノマシンによる回復が追いつかない中。皆の疲弊だけが溜まっていく。

ユナは医療スペースに移して。

今は全てオートで動かしている状況。GOA部隊も動いていると見て良い。GOA部隊の到着まで、三時間。

到着したら、逃げ回るしかない。

ようやく、55パーセント、目標を達成できたが。

残りの半分近くが残っている。

足下が爆発。

機甲師団を失っても、米軍は強気だ。まあ当然だろう。時間さえ稼げば勝ち確定なのだから。

工兵を使って、積極的に邪魔をしてくる。或いは、足回りのダメージが酷い事を、見抜いているのかも知れない。

「ハーネット博士」

「何だ」

「少し休みましょう。 この様子では、まだ三時間の猶予があります」

「休んで何か状況が好転するか?」

アーシィに言い返すが。

流石に泣き出したアーシィを見ると、罪悪感が咎める。女子は簡単に泣き真似ができるけれど。

真似で無い事は、一目で分かったからだ。

「ハーネット博士!」

「……分かった。 済まなかった」

席を立つと、医療スーペースに。

鬼のような顔をした医師に説教された。分かっているけれど、もう他に手が無いのである。

軽く手当を受けて。

栄養剤も打って貰う。

癌のことは、他の誰にも言わないようにと指示。頷かれる。まあ、初期の癌なので、処置次第では完治するらしいが。

私の場合は。

完治させる意味がないのだ。

もう、どうせ永くは生きられない。その間、体が動けば、それでいい。極端な話、エイズだろうがエボラだろうが関係無い。

スーパービーンズを食べる手もある。

アレは体の快復力を極限まで上げる。だから、散布した地域では、エイズでさえもが猛威を振るえないでいる。

まあ、私はそもそも、子供なんて作る気は無いし。

長期的な観点で遺志を継ぐ奴は、そもそも存在する意味がない。短期的になら、意味があるけれど。

私が子供を産む意味が、あらゆる点で存在しないのだ。

最悪の場合はそうしよう。

立ち上がると、コックピットに戻る。指揮シートに座り直すと、ぼんやりと、状況を見守った。

マクロが必死にエラーを回復させているけれど。

とてもではないけれど、手が足りていない。此処に搭載しているスパコンの性能でも不可能。

回復しきるのは、無理だ。

ましてや重いエラーは、どうにもならない。ナノマシンだって、生産がとても追いつかないのだから。

テルマ軍を蹴散らして、散布を続ける。

レーダーに反応。

GOA部隊だ。

「潜れ」

AIに指示。

潜りはじめる禍大百足。逃げ回る情けない戦いは、まだ続く。そして、その先には、一片の光も、見えない。

 

ルナリエットが、ふらつきながらも、コックピットに戻ってくる。

地上に出ては戻り。

戻っては地上に出て。

必死に散布作業を続けてはいたが。GOAは此方の行動パターンを読み始めている。モグラ叩きのハンマーが飛んでくるのが、明らかに早くなってきていた。

だからこそ、ルナリエットの復帰は嬉しい。

ユナは絶対安静だとかで、医務室からは動かせない。

マルガリアの補助だけで、どれだけ負担を減らせるかは分からない。

「戻り、ました」

「すまん」

「もう少し……」

「マーカー博士」

苦言を呈そうとしたマーカー博士だけれど。私を見ると、視線をそらした。

分かっているのだ。

米軍の援軍が、もう国境まで来ている。地上部隊だけで六万という大軍だ。正面からやり合ったら、今度こそもたない。

確実に撃墜されるだろう。

やるのは、もう。

今しか無い。

「後、31%というところだ。 それらに散布が終わったら、引き揚げる」

「わかり、ました」

「最終作戦までもう少しだ。 頑張ってくれ。 最後まで終わったら、その時は。 なけなしの物資で、お祝いでもしよう」

「……はい」

痛々しい笑みを、ルナリエットが浮かべる。

コックピットの外から、誰かが呼んでいる。私が覗き込むと、柊だった。

通路で、バスケットを手に、所在なげにたたずんでいる柊は。私を見ると、ぱっと笑みを浮かべた。

「ハーネット博士」

「コックピットには、一般のクルーは立ち入り禁止だぞ。 分かっているだろう」

「はい。 これを」

バスケットには、山盛りのサンドイッチ。

ああ、そうか。

こんなにも。人の手が掛かった料理とは、美味しそうに見えて。温かそうに見えるものなのか。

「すまん、助かる」

「では、戻ります。 ご武運を」

「……」

頭を下げると、コックピットに戻って。

サンドイッチを、皆に配った。皆、表情を押し殺していた。こんなうまいものを食べたら。覚悟も鈍る。

でも、やらなければならないのだ。柊だって、それを理解して、動いてくれたのだから。

此処にいる人間は。

全員。生還する意思が無い。

この作戦が終わったときには、完全に人類の敵になるのだから当然だろう。そしてその後も生きていられると思うほど。

皆、頭のネジが、緩んではいなかった。

 

4、満身創痍の邪神

 

異常気象に国中が包まれていることが報道されている。テルマのインフラは滅茶苦茶になっているけれど。

ラジオだけは復旧して、必死の報道を続けていた。

亮は、マスコミに良いイメージが無かったけれど。

こんな風に、命を賭けて、国民に情報を伝えようとしている人もいると知って、少なからず驚かされた。

きっと、特権意識が無いから、出来る事なのだろう。

亮の国の、特権を持ったと勘違いしてしまったマスコミ関係者には、きっと出来ない事だ。

今、この国は。

軍事の空白地帯。

米軍は必死に近隣から援軍をかき集め。テルマ軍は支離滅裂に霧散。空軍も海軍も間に合わない。

国内の犯罪組織や武装勢力さえ、壊滅。

誰もが不安になっている中。

亮達のGOAは必死に空を駆り。

元凶たる、禍大百足を探しているのである。

地中に潜っては、スーパービーンズを散布していく禍大百足。この国の民は、複雑な心境の様子だ。

誰もが嫌っていた武装勢力や犯罪組織をぶっ潰してくれたこと。

そして、今や世界中の誰もが知っている、どんな汚染された場所からでも安全に美味しく幾らでも食べられる食材を撒いてくれている事。

それには感謝している様子だが。

やはり、国を蹂躙されていることは、好ましく思っていないのだろう。

以前のように、家の軒先に百足の神像をぶら下げているというような光景は見られない。例え娘を売るような貧しさであっても。其処まではしたくないという心理でも働いているのだろうか。

ベイ中佐が連絡を入れてくる。

「次の予測出現地点が出た。 すぐに全機向かって欲しい」

「イエッサ!」

やはり、前線で指揮を執ってくれる大佐の方が良い。

でも、此処は我慢するしか無い。ベイ中佐だって、本来は特殊部隊の隊長なのに、引き受けてくれているのだ。

合流しながら、予想地点を目指して飛ぶ。

しかし。

背後で、地面が爆裂する。

予想地点どころか。いきなり至近距離からの出現である。慌てた味方が散開する中、亮は気付く。

はやい。

いつもと同じか、それ以上に。

跳躍した禍大百足が、ボディプレスを仕掛けてくる。数機が掠って、思い切り吹っ飛ばされた。

「反撃! 釘付けに……!」

叫んだ隊長機が、鞭のようにしなった禍大百足の尻尾を喰らって、吹っ飛ぶ。数キロ先の山まで飛んでいって、それに突き刺さった。

禍大百足は。

恐ろしいほど攻撃的になっている。

動きもいい。

キレのある動きを取り戻した禍大百足に困惑するGOA部隊を尻目に、傷だらけの。そう、もう亮から見ても満身創痍の禍大百足が、走る。

最後の力を振り絞っているのか。

しかし、此処が。テルマが作戦の最終地点なのか。

そうとは、とても思えない。

一体どこから、作戦を遂行しようという気力を絞り出しているのか。そして、その目的は何なのか。

単なる狂信だとは思えない。

実際、東欧では、戦略的な見地から、彼らは引くことを選んだのだ。

「無事か!」

「大丈夫だ! しかし機体は大破し擱座した! 後で回収をしてくれ!」

「分かっている!」

無線が飛び交っている。

周囲は阿鼻叫喚の有様だが。亮は無言のまま、アサルトを乱射しつつ突撃。ポールアックスを、頭に叩き付けに掛かる。

しかし。

するりと、かわされる。

精度が上がってきている亮の一撃を。

これで確信する。

パイロットが復帰したのだ。

反撃に、禍大百足が、跳ぶ。

凄まじい距離を跳躍して、地面に体を叩き付け。周囲は時ならぬ地震に見舞われたようだった。

そのまま、都市に突撃する禍大百足。

蹂躙していくのは、スラムだ。腐食ガスを撒き。スーパービーンズを撒き。そのまま、通り抜けていく。

「抑えられない……!」

蓮華が呻く。

少しばかり、禍大百足の動きが良すぎる。亮も必死に食いついていくけれど。腐食ガスの濃度も強烈だ。

警告音。

装甲がもたない。

禍大百足の真横から、ミサイルが数発、着弾。

どうやら米軍の先鋒らしい。一個連隊はいる。禍大百足は、其方を一瞥すると、顎をかちかちとならして。

そして跳ぶ。

今日は、凄まじい。

大盤振る舞いだ。

米軍も逃れようとするが、何しろ急いで来たのだろう。隊列が伸びきっている。其処に、空母三機分のボディプレスが炸裂したのだ。

慌てて逃げ出した戦車や歩兵戦闘車が。

一瞬浮き上がるほどの衝撃。

わっと逃げ出す米軍を蹂躙すると。

禍大百足は、更に加速。

勿論、その間も反撃を喰らっている。

全身からは煙が上がり。

装甲にはひびも入っている。

それなのに。

あの邪神は。

走るのを止めない。動き続ける。まるで、戦い続けることそのものが、存在意義であるかのように。その凄まじい姿には、流石に亮も戦慄するけれど。だけれども。此処で引くわけには行かない。

悩んでばかりの亮だけれども。

彼奴に、好き勝手をさせ続けるわけにはいかないことだけは、分かっている。

例え、彼奴の行動に、理があるとしても、だ。

アサルトを乱射。

装甲の一部に、弾丸が食い込む。だが、装甲を喰い破るまでには到らない。

爆走する禍大百足に、ヘリ部隊が食らいつく。ミサイルを連射して、全てを直撃させ、ヒットアンドアウェイ。しかし、離れる事を、禍大百足は許さなかった。

腐食ガスを撒きながら、尻尾を振るう。

掠っただけで、態勢を崩して、落下していくヘリ。

超一流の訓練を受けているだろうに。

流石に、此処までの暴力的な力の前には、どうにもできない。パイロットは脱出できただろうか。

「妙に荒々しいわね……」

「荒ぶる神って奴か?」

蓮華に、誰かが冗談めかして言うけれど。

その口調は裏腹に、声にはまるで余裕が無い。当然だろう。この有様、一瞬でも油断したら、死ぬ。

とにかく、必死に食いつき続ける。

GOA部隊も次々脱落していくけれど。少しでも、禍大百足を足止めする必要があるからだ。

足を狙って、誰かが仕掛ける。

しかし、一瞬後、踏みつぶされていた。

平然とGOAを踏み砕きながら進む禍大百足。踏まれたGOAのパイロットの名を叫びながら、彼の親友が仕掛ける。

ポールアックスが。

亀裂に、もろに食い込んだ。

禍大百足が、足を止める。

既に、損傷は、どうしようも無いレベルの筈だ。ベイ中佐が、亮のGOA401の通信装置を経由して、呼びかける。

「此方新国連指揮官、ベイ中佐。 ハーネット博士、そろそろ充分だろう。 その機体では、もはやこれ以上の抵抗は不可能だ。 速やかに降伏せよ。 そうすれば、国際法に従って、裁判を受ける権利を保障する」

「お断りだ」

間髪いれず返事が来たので、亮の方が驚く。

各個撃破されているとは言え、米軍は次々集まってきている。禍大百足は、既にもはや誰が見ても明らかなくらいに、取り返しがつかないダメージを受けている。GOA部隊も、損害を受けているとは言え、まだ継戦能力を残している。

この状況で。

諦めないのか。

いや、この間髪いれない返事。

余裕が無い事の表れかも知れない。

「君達の目的は何だ。 我等としても、これ以上の無為な損害は避けたい。 交渉次第なら、乗っても構わない」

「交渉など無用」

「ハーネット博士、その機体には、多くの非戦闘員も乗っているのでは無いのか。 貴方の判断次第では、彼らは助かる可能性が……」

「あいにくだが、既に目的は達成している」

禍大百足が、不意に状態を持ち上げると。

凄まじい叫び声を上げた。

勿論、それは機械から放たれた、機械としての合成音。だけれども、それは、まさしく邪神の咆哮だった。

思わず気圧されるのが分かる。

勝てる訳が無い。

そんな原初的な恐怖さえ、亮は感じた。

地面に潜りはじめる禍大百足。我に返ったときは、既にその姿は、地中に没していた。誰かが、間抜けな報告を、ベイ中佐にする。

「目標、ロスト……」

「見れば分かる!」

ベイ中佐が切れたが、亮もそれには同情した。

しかし、今のは何だったのか。

一旦、まだ腐食ガスが残っている作戦地点から離れる。十機以上のGOAが大破したが、それでも。

かなり敵を追い詰めた。

もはや禍大百足は満身創痍。これ以上、好き勝手に東南アジアでは、暴れる事は出来ないだろう。

だが。

目的は達したと言っていた。

一体何をしたいのだろう。それが、分からない。

基地に戻る。

装甲はかなりダメージを受けていたけれど。それでも、飛ぶことには問題ない。途中で亮は、ベイ中佐に言われる。

「基地に戻る前に、任務を一つこなして欲しい」

「弾薬も残りが心許ないですが、構いませんか」

「構わん。 テルマの国境近くに、武装勢力のアジトがある。 あまり大きな武装勢力では無いが、どうやらこのどさくさに紛れて、狼藉の限りを働いているようだ。 君達が一番近い。 撃滅してくれ」

「分かりました」

多少腐食ガスを受けていても、GOA401の装甲は圧倒的だ。

現地に到着すると、武装勢力が村を襲っていた。警察も機能していないのだろう。亮はためらいなく、無力化ガスを叩き込み。

彼らのジープを踏みつぶし。

そして、拠点も、踏み砕いた。

虫のように何人か潰れたけれど、もう気にならない。地雷を踏み砕いて回ると、武装勢力の一人が、恐怖に喚きながら、ロケットランチャーをうち込んで来る。ロケットが直撃するけれど。

痛くもかゆくも無い。

悲鳴を上げて逃げ出す後ろから、無力化ガス弾を叩き込んで、任務完了。

何だか、むなしい。

禍大百足を、こうやって制圧できれば良いのに。力は拮抗したと思っても。まだまだ向こうには奥の手がある。

もう、力を出し切らせたと思っていたのに。

あの咆哮は、確実に何かしらの切り札だった。気の強い蓮華まで、一瞬動きを止めていたくらいなのだから。

特殊部隊が来て、武装勢力を捕縛していく。

潰した拠点の周囲にある麻畑を、火炎放射器で焼き払うのを、ぼんやり眺めながら。

亮は、今回は負けたのかも知れないと思った。

 

基地に戻ると、マスコミが来ていた。

GOAを取材したいというのだ。

農村などで、GOAを見た農民が怯えているという。その一方で、武装勢力や犯罪組織を容赦なく駆逐した事に、感謝している者達もいるとか。だが、軍事機密である。基地の門前で、容赦なく追い払われていた。

その様子を横目に、亮はハンガーにGOA401をいれると。

フリールームへ。

パイロット達の何人かが、負傷して医務室へ行ったそうだ。それ以外は、皆揃っていた。

大佐がいれば、少しは勝ち目があったかも知れない。

でも、今は。

それ以上に、色々な事が気になって仕方が無かった。

禍大百足の映像は、テルマのマスコミにも捕らえられている。現在によみがえった神話の邪神、テルマ王国を蹂躙する。

その文句とともに、新聞も号外が配られているようだった。

一方で、邪神が既に引き揚げたことも、新聞には書かれていて。不安を抱えた国民は、ほっとしている様子だ。

これから、この国は。

荒れた土地に、膨大な食糧が、幾らでも産み出される植物が、繁茂する。

貧困は無くなる。

貧困から来る様々な問題がなくなる。

貧富の格差がなくなる。

それは、金持ちが、貧者から搾取できないことを意味する。

大佐と話したのだ。

その意味について。

何となく、大佐には。禍大百足が、正確にはハーネット博士がやろうとしていることが見えているようなのだけれど。亮には、分からない。

大佐が部屋に来たので、皆敬礼する。

松葉杖を突いてはいるけれど。

もう、歩いて良いと、医師に墨付きを貰ったのだろう。

「皆、苦労を掛けたな。 次の戦いまでには復帰出来そうだ」

亮が率先して大佐を支えて、ソファに座って貰う。大佐は頷くと。皆を見回してから、言う。

戦いは、まだ続くと。

「恐らく禍大百足は、また現れる」

「しかしあの満身創痍の様子では……」

「それでも現れるだろうな。 そして次が最後の戦いになる筈だ」

「……」

不安そうに、皆が顔を見合わせる。

それはそうだ。

長く続いた戦い。とても勝てるとは思えない邪神。彼奴を本当に倒せるのか。皆が、不安に思っているはず。

あれだけ追い詰めたのに。

絶対に勝てないと思わせる圧迫感を、未だに放っていた邪神。その咆哮は、下手な雷鳴なんかよりも、余程恐ろしかった。

蓮華が挙手。

「次は、何処に現れるでしょうか」

「分からん。 だが、目的を達成したとハーネット博士は言っていたのだろう。 という事は、東南アジアには、もう恐らくは現れないだろう」

南米では無いだろうか。

誰かが言うけれど。

亮には同意できない。

南米に出ると言うことは、米軍と今回以上に激しくやり合うという事だ。あのダメージで、そんな事が出来るだろうか。

しかし、禍大百足は。

ダメージを怖れているようには見えなかった。

南米かも知れない。

しかし、大佐は、驚くべき事を言う。

「俺の予想では、恐らくは中帝だ」

「えっ……!?」

皆が、顔を見合わせる中。大佐は言う。

中帝は、分裂したとは言え、一時期は世界でも一位になろうとした国の片割れ。現在でも、計り知れない力を持つ。

しかしその内情は典型的な独裁国家。

多数の貧民を、ごく一握りの旧共産党員が支配し、独裁制に移行したいびつな国だ。国内での貧富の格差は凄まじく、表に出ないだけで凄まじい搾取が行われているという。しかし、経済的な意味で金を持っているという点から、今まで放置されてきた、世界の暗部の中の暗部。

この国に、禍大百足が現れた場合。

巨大なブレークスルーが、世界に起きる可能性があると言う。

「しかし、中帝を相手に、あの禍大百足が……」

「どうやってやり合うつもりなのかは分からんがな」

いくら何でも無茶だ。

ロシアにしても米国にしても、禍大百足は単独では勝ちようが無い。その戦力は、あくまでも中規模国家程度。実際に渡り合った禍大百足は、いずれのケースでも大きなダメージを受けている。

しかも外征軍が相手では無い。

今度中帝に仕掛けるとなると。近隣国との戦闘で鍛えられた、精鋭がまともに出迎えることになる。

新国連が出られるかは分からない。

GOA部隊が、禍大百足の討伐に向かえるかどうかは、現状ではかなり厳しくなるのでは無いかと、亮も思う。

しかし、大佐の言う事が本当で。

もしその結果、中帝が崩壊した場合。

この世界は、どうなるのか。

戦慄が、走る。

いびつながらも、ある程度安定していた世界が、その結果どうなるのか、全く予想できない。

経済にも軍事にも、あまり亮は詳しくないけれど。

とんでも無い事になることだけは、容易に想像できた。

「GOA401を五十機。 更に、パイロットとして訓練中のメンバーを加え。 GOA350を二十機。 合計で七十機に隊を拡大し、最終決戦に備える」

大佐の言葉に。

誰もが、言葉が出ない。

禍大百足の様子からして、もう決着が近いのは明らか。

この長く続いた、邪神と魔王の戦いは。

間もなく、終わろうとしている。

 

(続)