血泡の渦

 

序、天蓋

 

私は、悟る。

来たと。

地面から禍大百足が顔を出した瞬間、無数の光が、天空から降り注いで来たのである。

恐らくは、振動計測装置を、彼方此方に。

それも、禍大百足が、まだ攻略していない地域に仕込んでいたのだろう。米軍らしい、手回しの良さだ。

姿を見せてから、五分と掛からない。

辺りは、一個師団が瞬時に殲滅される火力の滝に曝されていた。

爆炎。

濛々たる煙。

禍大百足にダメージは、当然甚大。だが、増加装甲を犠牲にしつつ、地面から体を引っ張り出し。

そして、スーパービーンズの散布開始。

この火力の滝の中。

投擲したスーパービーンズのカプセルは、地中に潜る。

そしてカラの段階では、簡単には壊れない。発芽し、地下茎が伸び始めると、もろくなりはじめるのだが。

今の段階では、大丈夫だ。

「ダメージ甚大! 装甲への負荷上昇!」

「流石だな……」

呻く。米軍の制圧火力投射の凄まじさは分かっていたが、禍大百足でも、簡単には防げない。

それを身をもって、思い知らされる。

走り周りながら、予定の地点にスーパービーンズを散布。上空。悪天候の中、飛んでくるものがある。

ミサイルだ。

それも、多数。

レーダーに戦闘機の反応無し。最新鋭のステルス機でも、捕らえられる禍大百足のレーダーにも、である。

つまりそれは。

F22が、出てきたと言うことだ。

ミサイルだけ迎撃レーザーで叩き落とす。かなりのダメージが来ているが、まだ致命傷じゃない。

予定通りの地点を攻略した後は、すぐに地面に潜らせて、退避。

潜っている間も、火力の雨は、降り注ぎ続けていた。

地中に潜っても、バンカーバスターが追撃してくる。上空に対空腐食ガス弾を打ち上げていたのだけれど。

恐らくそのガス雲も、どう広がっているか、完全に把握している、ということなのだろう。

流石だ。

地下深くで、ようやく一息。

ダメージを確認。

増加装甲は、一瞬の戦いで、七割近く持って行かれていた。粗悪な鉄鋼を使った粗悪品だとはいえ、流石に凄まじい。

まずはエラーを確認。

本体のダメージは大きいけれど。核の直撃を喰らったときほどでは無い。それに、スーパービーンズの散布も出来た。

「速すぎる」

呻いたのは、マーカー博士だ。

分かっている。反応が相当に早いだろう事は分かっていたのだけれど、それでもいくら何でも。

米軍は、今まで干渉はしてこなかったけれど。

アフリカや中東、それに東欧での戦闘データは、きっちりおさえていた。

そう言うことなのだろう。

禍大百足のスペックについては理解していたし。どう攻撃すれば押し返せるかも、分かっていたのだ。

だからこそ。

此処まで迅速な対応が出来た。

ひょっとすると、東南アジアに仕掛けてくる事も、最初から読んでいたのかもしれない。厄介な相手だ。

「一度基地に戻りますか?」

「いや、続けて仕掛ける」

アーシィの言葉に、強きに出るけれど。

マーカー博士は、いい顔をしなかった。

「この国の他に、後二つ残っている事を忘れていないか。 他の国に到っては、多国籍軍も来る可能性が高いぞ」

「このままだと、息切れするというのか」

「そうとまではいっていないが」

「……分かっている。 予想通りに手強い相手だ。 だがな」

時間がない。

それを告げると、皆が黙り込む。

もう、あまり時間の猶予はないのだ。それに、補給もかなり厳しくなってきている。アーマットからの連絡も滅多に来なくなった。マークされていて、それどころではないのだろう。

現状の作戦遂行率だと。

予定通りの状況を作り出せない。

スーパービーンズの真の特性に気付かせてはならない。気付く奴が出るとしても、まだ先だ。

だが、その先は。

永遠の未来じゃあない。

既にアフリカ、中東、東欧は予定通りの状態になった。

東南アジアを片付けて。

そして中帝に仕掛けて。

それが終わったとき。ようやく、人類を予定通りの状況下に置くことが出来る。其処まで、もう時間がない。

「新国連も、スーパービーンズの解析に本腰を入れているはずだ。 恐らく、バイオ工学以外の学者も含めてな。 このままだとまずい」

「味方がいれば、少しはマシになるのだがな……」

「残念ながら、それは無理だ」

マーカー博士の言葉を一蹴する。

結社を造り。

皆で計画を共有したとき。何度も、その話をした。今更にマーカー博士が持ちだしてくると言うことは。

相当に焦っているのだ。分かってはいるが。

最後の手段として。

結社のメンバーを総動員し、逮捕される事を覚悟の上で、スーパービーンズを散布するというものもあるけれど。

これも無謀だ。

元々荒事が出来る面子では無いし。

何よりその準備も出来ていない。

しばらく沈黙が続く。

その間も私はマクロを動かして、出ているエラーを解決する。

エラーだけはどうにか解決し終わった頃。ルナリエットが、ぼそりと口にする。

「本腰を入れてきた人類って、こんなに凶悪なんですね……」

「原爆を使われたときに、それは分かっていただろう」

「……はい」

あの時は、正確には人類では無かった。アレキサンドロスは、人類の悪意の集合体とでもいうべきものだし。

しかし、である。

米軍の制圧射撃は、文字通り核並の火力で。

あれと、そう変わらない代物に思えた。

もう少し長引いていたら。もっとダメージは大きくなっていただろう。本体装甲も、貫通されても不思議では無い。

「次、行くぞ」

「恐らく、次も備えているだろうな」

「分かっている……」

この国、フィリピアスは。ほぼ攻略してしまった。

だから、米軍は此方の目的地点を絞り込める。それも、かなりの精度で。

いきなり、別の国にターゲットを移す手もあるのだけれど。

それは好ましくない。

それに、だ。

今回出てきている米軍の指揮官は、相当に優秀な人物だ。此方の手は、あらかた読んでいるとみて良かった。

「移動、開始します」

重苦しい雰囲気の中。

別の地点へ、移動開始。

そして、地上から顔を出すと。

またしても、同じ光景が、現出した。

ほとんど間髪いれず、である。

膨大な速射砲の砲弾と、ミサイルが降り注いでくる。周囲は恐らく、住民も退避済みなのだろう。

攻撃には、情けも容赦も呵責もない。

この程度では破壊されない。

それが分かっているから、かも知れない。

苛烈な砲撃で、見る間に消耗しながらも。禍大百足は行く。スーパービーンズを散布していく。

とびきり大きなエラーが出る。

「第十四関節、装甲にダメージ甚大!」

「貫通されそうか」

「ナノマシン層消失! このまま直撃が続くと……第九関節装甲も!」

「……っ」

既に増加装甲は全滅。

散布まで、あと少し。

もってくれよ。

そう思いながら、私は必死に応急処置を続ける。他のエラーも、五月雨に出続けるけれど。

それでも、必死に私は、処置を続け。

その時が、来た。

がくんと、強烈な揺れ。

足の一本に、大きな負荷。このままだと折れると、アーシィが叫んだ。

マーカー博士も、デスクを叩く。

「限界だ! 急いで逃げるべきだ!」

「分かっている、急いで潜れ……」

「上空に、戦闘機! 爆装しています!」

どうみても、バンカーバスターを搭載している。しかも、わざわざ見せびらかすように飛んできているという事は。

恐らくは、バンカーバスターに対応している間に。

決定的なダメージを与えるつもりなのだろう。

潜れ。

私は、叫ぶ。

ルナリエットは超人的な操作で。ユナとマルガリアのサポートを受けながら、無理矢理禍大百足を潜らせる。

同時に。

前後左右に、体がシェイクされた。

「……っ!」

思わず、椅子にしがみつく。

マーカー博士は、椅子を放り出され、床にたたきつけられたようだった。シートベルトが壊れたのだ。

無言で、潜り続けるけれど。

私は見ていた。気付いていたからだ。

コンソールに、致命的エラーの文字が躍っていることを。

「だ、第十四関節の装甲、貫通されました……内部のスーパービーンズ精製工場、炎上して、います」

「隔壁閉鎖。 内部隔壁は動きそうか」

「どうにか……」

「大丈夫。 関節が一つ潰されたくらいで、禍大百足は死なない」

内部は、作り直すまでかなり時間が掛かるだろうが。

どうにか、内部からの緊急隔壁装置が動く。圧力で、土砂が流れ込んでくることだけは避けられた。

ロボットを派遣して、消火活動。

無事か。

皆に声を掛けるけれど。

今のショックで、ユナはコンソールに突っ伏している。気を失ったらしい。

マーカー博士は、頭から血を流して、床に倒れていた。

他の皆は無事だ。

飛び出したマルガリアが、マーカー博士を抱え上げると、第二関節にある医務設備に向かう。

任せるぞ。

そう言うと、マルガリアは、無言で頷いた。

消火活動が終わったと、連絡が来たのは、それから十五分後。

第十四関節のスーパービーンズ精製設備は全滅だ。基地に戻ってから修復は出来るけれど。装甲はどうしようもない。

これは、とうとう、最後の時が来たか。

「次の戦いでは、残った装備を、全て解放する」

「……!」

「他に手が無い」

抗議するように声を上げかけたアーシィに、機先を制して言う。

私だって、残った装備が何か。

その危険性だって、充分に把握はしているつもりだ。だが此処は、もはや使うしかないのだ。

ひどく傷ついた禍大百足が、基地に帰還。

すぐに修理を。

そう言い残すと。

担架で運ばれて行くマーカー博士を見て、胸が痛んだ。

これで、フィリピアスの残り攻略目標地点は、少ない。艦砲射撃はまた来るだろう。その時には、耐えられない。

最後の装備を、使うほか無い。

自室まで、どうやって歩いたか、覚えていない。

気がつくと、ベッドで眠っていた。

情けない。

自嘲する。

皆の願いを無駄にしないためにも。戦い抜かなければならないのに。どうしても、弱音が零れてしまう。

部屋を出ると。

すぐに、柊が気付いて、此方に来た。

「ハーネット博士!」

「マーカー博士は」

「まだ意識が戻りません。 命には別状が無い様子ですが、なにぶん疲労も溜まっていましたし……」

「そうだな。 場合によっては、マルガリアにマーカー博士のポジションについて貰うしかないか……」

コックピットの人員は、出来るだけもう増やしたくない。

無言で、禍大百足の様子を見に行く。喰い破られた第十四関節は、補強が始まっているけれど。

何しろ、極めて稀少な素材を使った合金だ。

一応、禍大百足に積み込んでいる在庫で、どうにかなる。

ただしそれも、今回は、だ。

今後も、東南アジアを転戦すれば、米軍があの圧倒的な制圧射撃を仕掛けてくるのは確実。

もう、出し惜しみはしていられないのである。

内部の方は、消火活動が終わった後、ロボット達が修復してくれている。スーパービーンズのプラントは惜しいけれど、関節は三十以上ある。

此方は惜しい、で済むのが幸いだ。

「増加装甲は」

「今回貼ると、もう残りはありません」

「……」

其方も、致命的だ。

だが、やるしかない。

ユナがびっこを引きながら、此方に来るのが見えた。どうやら足が折れているのを、ずっと黙っていたらしい。

痛かっただろうに。

私は天井を仰ぐ。

少しばかり、次の作戦に出る前に、手を打っておかなければならないだろう。

やられっぱなしではいない。

今まで、フィリピアスで作戦中に、幾つか成果は上げていた。米軍の指揮系統に対しての、バックドア設置もその一つ。

それを掘り進める。

上手く行けば。

一時的にでも、米軍の指揮系統を、乗っ取ることが出来るかもしれない。

残してある装備を使う前に、これを試してみる価値はある。

米軍の、核の操作系統が、極めて古いシステムだと言う事は。結構知られている事実だけれども。

強固な反面、米軍も所々、とんでも無く古いシステムを使っている事がある。

其処をつければ。

数時間単位で、米軍を沈黙させられる可能性がある。

しばし、無言で作業を続けて。

仕込みを、済ませる。

後は、次の戦場に出たとき。

今回の礼をさせて貰う事にする。

もう一日掛けて、応急処置完了。ナノマシンについては、自己生成システムをフルで動かす。

これにより、かなりの電力が喰われてしまうので。禍大百足は、ブースターを使えなくなるが。

まあ、今は三人体制で動かしている。

どうにかなるだろう。

マーカー博士も、二日目に目を覚ました。かなり疲労が溜まっていたのも原因らしい。脳内出血は見られなかったのが、幸いだった。

増加装甲を貼り付けるのを横目で見ながら。

私は、作業を更に進めておく。

相手が如何に世界最強の軍隊と言っても。これ以上、好き勝手を、許すつもりは無かった。

 

1、光ある場所

 

キルロイドは、少し前に准将の昇進辞令を受けた。とはいっても、今すぐに、ではない。GOA部隊を拡大する計画があるらしく。その時に、だそうである。

同期の中にはとっくに准将になっている人間もいるのに。

ようやく、准将。

それも確約では無い。

口惜しさに体が焼かれそうだけれども。いつものように、口を横に引き結んで耐える。

誰にも、弱音を漏らすことは出来ない。

知っているのだ。

結婚していた頃から。

夫婦の間でも、弱音を言う事は、好ましい事では無い。所詮人間は自分が可愛い生物だ。自分が弱音を言いたくても、相手の弱音など聞きたくないのである。

妻は言った。

貴方が弱音を口にするようなクズだとは思わなかった。

男の弱音など見苦しい。

そう言って、娘を連れて、出て行った。

たった一度。

弱音を口にしただけだったのに。

それ以降、キルロイドの顔から、表情は消えた。たった一度、誰かを信頼して。徹底的に裏切られた以上。

もう、誰も信用するわけにはいかない。

そう本能で、キルロイドは悟ったのだった。

目が覚めた。

ベッドを這い出すと、いそいそと着替える。分厚い筋肉で覆われた体を維持するために、トレーニングは必須だ。

毎朝のノルマを達成すると、交代で監視に当たっている部下に連絡。

まだ、禍大百足は出てきていないという。

二度の艦砲射撃で、相当なダメージを受けているらしいとは聞いていたけれど。恐らくは、それが原因だろう。

今、現地には。

亮が駆るGOA401をはじめとして、十五機のGOAが。

そして、基地でも、他の部隊が何時でも出られるように、待機を続けている。号令次第で、何時でも攻撃開始可能だ。

自分用のGOA401の所へ歩く。

亮が積み重ねたデータを元に、ついに完成した、GOAの究極型。ピーキーだった第三世代とは裏腹に、安定していて、とにかく強い。恐らく、GOAという兵器の完成形として、後世にも名が残るだろう。

今、隊長機と言うことで。塗装を変えさせている。

前面真っ黒のGOAなのだけれども。

更に威圧的にするべく、何カ所かに真っ赤な塗装をいれるのだ。

こうすることで、更に敵の恐怖を煽ることが出来る。戦場では目立つから、部下の損害も抑えられる。

塗装が始まっているのを見て、満足して頷くと。

フリールームに。

待機中の部下達が敬礼してきたので、鷹揚に返す。自分用のデバイスを操作して、情報を確認。

禍大百足の中に乗っている人間達に対する賞金が、更に上がっていた。

各地の犯罪組織が、目の敵にしているのだ。当然の話だろう。

今では、賞金が一兆円に達している。

黄金の三角地帯を潰したことで、ついに大台に乗ったのだ。勿論、デッドオアアライブ、である。

それはそうだろう。

テロリストにしても、犯罪組織にしても。貧困というものを取り除いていく禍大百足は、最悪の相手だ。

キルロイドだって分かっている。

彼奴が現れたおかげで、アフリカも中東も、治安が決定的に安定した。

奴が現れなければ、GOA部隊も此処まで予算を割かれることは無かっただろうし。結果として、治安維持は、未だに手探りで行わなければならなかったはずだ。

ロケットランチャーだろうが対戦車地雷だろうが通じない、対テロリスト用の究極兵器。

それが、どれだけ治安回復に役立っているか、計り知れないほどだ。

実は、新国連の内部に。

禍大百足と本格的に講和すべきでは無いのか、という意見が。今、大きくなりつつある。まだ大きくなりつつあるといっても、過程の段階に過ぎないが。確かに、拡大し続けているのは事実だ。

キルロイドとしては。

あまり賛成はしたくない。

中東では、彼奴が現れた政で、数十万に達する死者が出たのだ。勿論彼奴のせいだけではないが。

多くの死と不幸をばらまいた。

その事実に、代わりは無い。

である以上、討伐すべき。

出来れば裁判に掛けるべき。その上で、公正な罪を、公正に償って貰う。そうするべきだろうと思っている。

他の情報も確認。

米軍は、既に相当数の諜報員を放っているらしく。

禍大百足の潜んでいる拠点を、徹底的に洗っているそうだ。

米軍諜報部は無能だ何だと揶揄されているが。

正直な話、実際には其処まで無能な組織でもない。

禍大百足を探そうという連中は、今世界中にいる。まともに戦って勝てなくても、寝込みを襲ったり、その補給地点を断ちさえすれば。

中に人が乗っていることは、もはや確実なのだ。

だから今では。

有象無象も含めて、訳が分からない連中までもが。禍大百足の寝込みを狙って、徘徊を続けていた。

一方で、アフリカにいる部下からは、平和ボケしたとしか思えない報告が届いている。

猛威を振るっていたエイズをはじめとする重篤な病気さえもが、沈静化し続けていて。

治安は目に見えて回復。

恐らくは、殆どの住民は。子供が増えなくなるのを知った上で、スーパービーンズを口にしていて。

皆が笑顔を浮かべ。

わずかな水と食糧を巡って、地獄の争いをしていたのが嘘のようだと、報告がある。

GOA部隊も、殆ど仕事が無いそうだ。

武装勢力も出るには出るが、武装そのものが極めて貧弱で。GOAがちょっと撫でるだけですぐに蹴散らせてしまうと言う。

民族紛争や、差別も、かなり緩和されているという。

皆が、食べる事が出来る。

しかも、おなかいっぱい。好きなだけ。

水もある。

そして、殆ど病気になることも無く。無茶苦茶な労働を、強制されるようなことも、ない。

それだけのことで。

此処まで世界が平和になるというのも、皮肉な話だった。

中東は。

原油の価格がゴミ以下になり。アフリカと同じようにスーパービーンズが繁茂した上に。

灼熱だった気候が和らいだことで。

此方も、かなり状況が安定している様子だ。

残虐な事で知られた宗教原理主義者達はなりをひそめた。そもそも、誰もが腹一杯食べる事が出来る状況なのだ。

武器を振り回して、危ない事をしなくてもいい。

そう思うと、アホらしくなってしまうのだろう。

派遣されている平和維持軍も、かなり暇だという。

武装勢力との交戦もたまにはあるそうだけれど。アフリカと殆ど状況は同じ。昔は凶悪な武装をしていた連中が。

金がなくなり。

飢餓が無くなった今は。

もはや、魑魅魍魎が跋扈する意味がなくなったのである。

一つ、気になることがある。

移住が、開始されているというのだ。

禍大百足が現れなかった国から。現れて、スーパービーンズが繁茂され、食糧の危険が無くなった国へ。

貧しい人々が、群れを成して移動しているという。

しかも、移動しても、スーパービーンズはどれだけ食べても食べきれないほどにある。というか、食べるだけ新しく出来てくる。

逆に。

スーパービーンズが繁茂していない国へ、移動する人々も出ているとか。

主に富裕層や知識層の一部だ。

此処にいると、競争から取り残される。

それが、彼らの口癖だそうである。

興味深い話だ。

衛星写真を見る。

一目瞭然とでもいうのだろうか。

禍大百足が現れた地域は、露骨に緑色になっている。ネットで話題になっているほどだ。二酸化炭素の濃度も、減少に転じているらしい。

世界が、変わりつつある。

禍大百足の存在の是非はともかくとして。

それだけは認めなければならないだろう。

嘆息したのは。

アンジェラから、通信が入ったからだ。

「此方、キルロイド大佐」

「其方の状況は」

「今の時点で、禍大百足は現れていません。 恐らく、以前の米軍との戦いで、相当なダメージを受けたのかと」

「そうか」

アンジェラは言う。

GOA401の戦闘データが欲しいと。

現在、GOA401の第二期生産分として、十機を製造中だそうなのだけれども。揚陸艦で輸送中に、亮が行った実験で、改良点が幾つか出ている、というのだ。

その改良点に、金が掛かっているらしい。

「出来るだけ、急いで改良点を洗い出したい。 GOAは高価な兵器だからな」

「……分かりました。 今までの禍大百足の行動から分析して、次に現れるまで数日はかかるはずです。 その間に、リョウに動いて貰います」

「急いでくれ」

コストか。

戦争にはコストがかかるものだ。

ましてや、禍大百足のような相手である。地上を自由自在に移動し、地下にも海底にも潜れる戦艦とでも言うべきスペックの相手だ。

今更、予算がどうのと言っていられないだろうに。

ましてや、中東でもアフリカでも、新国連は大きな成果を上げている。予算は潤沢なはずで。それに何より、今は有能な事務総長が、しっかり手綱を取っている。コストの引き締めに、血眼になる必要などはないと思うのだが。

亮に連絡。

此処から少し東に、武装勢力の拠点がある。

麻薬密売で稼いでいる連中で、この機会に潰してしまうのも良いだろう。GOA401の性能試験がてらに、潰してこい。

指示を出すと。

すぐに亮は、増援としてつけた五機のGOA350とともに、現地に向かった。

言うまでも無い事だが。禍大百足が、予想より早く現れる可能性もあるし。そもそも、今監視している地点には姿を見せない可能性もある。

それを考慮して。

作戦は、円滑かつ迅速に遂行しなければならない。

だから、キルロイドはオペレーションルームに移動。亮のGOA401と連動させたモニタを見ながら、指示を逐一出す。

ジャングルの上を飛び、移動していくGOA401。

少し速度を落とさないと、後続のGOA350がついて行けない。カメラの画像もスムーズである。

「安定したヘリパイロットの操縦を見ているようですね」

「そうだな」

モニタを見ているオペレーターに言われたので、それだけ応える。

これも、亮が必死にデータを積み上げたからだ。

散々繰り返した実験と。

何より実戦で得られたデータ。

その全てが、この動きを造り出している。GOA401という傑作機は、亮の苦闘の結果なのだ。

誰よりも良く、キルロイドはそれを知っていた。

ある意味亮は、どんなパイロットでもなしえない業績を上げたことになる。それを可能にしたのは、新国連の発足したばかりで新しい態勢と。何より、特化した才能を持った亮が、苦労を惜しまなかった、という事実だろう。

間もなく、見えてくる。

一見すると、何の特徴もない集落だけれども。画像分析で確認。村の周囲には、巧妙に隠したコカイン畑が拡がっている。

「制圧開始します」

「米軍の特殊部隊が、三十分後に到着する。 それまでに露払いをしてくれ」

「イエッサ!」

着地。

爆発したのは、対戦車地雷だ。

武装勢力も反撃を開始するが、亮が的確に無力化ガス弾グレネードを叩き込むと、すぐに静かになる。

辺りを踏みつぶして、地雷を徹底的に排除し。

なおかつ、大きめの兵器。戦車や装甲車を、的確に見つけ出して潰す。

GOA350の一機が、アサルトライフルをぶっ放したとき。武装勢力のアジトの中にあるボイラーに着弾、派手に爆発したが。

前はいちいち動揺していた亮も、もう驚かない。

現地の言葉で、降伏を促す放送をしながら。的確に、敵を叩き潰していく。

頭を抱えて、地面に這いつくばる兵士達。

火炎放射器で、コカイン畑を全て焼き尽くし。更に、格納されている倉庫も、アサルトで射撃して吹き飛ばす。

全てが片付いた頃。

米軍の特殊部隊が来た。

手際よく処理していく。この辺りは、アンジェラが手を回してくれていたのだろう。死者は殆ど出ず、作戦は完了した。

カメラ越しに、敬礼をかわす。

向こうも、堅物丸出しの佐官だ。

「噂には聞いていたが、流石の性能だ。 我が軍にも欲しいくらいだな」

「私も、もう何機か欲しい所だ」

「そうだろう」

笑いあう。

この辺りは、同じ堅物同士。しかも米軍の士官同士、というところだ。

周囲の掃討作戦は、特殊部隊に任せてしまって大丈夫だろう。地雷の処理も終わっているし、敵兵の主力も潰し終えている。

亮をすぐに作戦地点に戻した。

今のデータを、早速フィードバックさせるのだけれど。いくつか気になった事があったので、亮に質問。

亮は的確に応えてくれて、実に無駄がない。

すぐにレポートが出来たので、アンジェラの所に送ると。フィードバック作業に、取りかかってくれた。

さて、次だ。

交代の時間が来る。

GOA401に乗り込むと、現地に。

基地からは十分ほどで到着できるが、それも場合によっては命取りになる。現地の部隊と合流。

引き継ぎを終えると、戻って貰う。

しばらくは、この警戒作業が続きそうだが。

問題は、それではない。

戦いが始まってから、だ。

米軍としても、先ほどの士官のような、友好的なものばかりでは無い。今第七艦隊にいる同期のクソ野郎のように、此方の背中を撃つ気満々の輩だっている。禍大百足との戦いが始まってからが、一番危ない。

皆に、徹底する。

「GOAは知っての通り、世界で最も堅牢な兵器だ。 だが、米軍の艦砲射撃を受けると、流石に危ない。 いざというときは、指示を待つまでもない。 その場を離れろ」

「イエッサ!」

さて。

しばらく、GOAのコクピットで、ゆっくり待つ。

振動計に反応は無し。

禍大百足が、現れる気配はない。

この静かな時間が、一番神経を削る。まだ、基地にいる方が。直接敵が出てこない分、落ち着ける。

休暇は、いつにとったぶりだろう。

禍大百足を叩き潰した後も、しばらくは休めないだろう。それは分かっているが、それにしても。

ふと、虫の知らせが来る。

勘は。生き残るために、重要な要素だ。そして、叫んだときには。

振動計が、反応していた。

「全員警戒しろ!」

「イエッサ!」

部隊が、警戒態勢を取る。全機が散開。更に、基地へも連絡。十分で待機中の十五機が。残りも、もう十分もあれば駆けつけてくる。

地鳴りが響く中。

確実に近づいてくるそれは、間違いない。

あの巨大な百足。

禍大百足だ。

地面が吹っ飛ばされ、膨大な土砂が降り注ぐ。姿を見せたのは、巨大すぎる百足。そのおぞましさは、吐き気さえ催す。

ずっと誰にも言っていないが。

キルロイドは、虫が。正確には、足がたくさんある生物が、大嫌いなのだ。

「交戦開始!」

叫ぶと、戦闘開始。

GOA401は、予想よりも遙かにスムーズに動く。しかし。禍大百足は、地面から這い出しながら、恐ろしく柔軟に、体を動かして、反応してくる。

膨大な豆が散布される。

そういえば、聞いた。

艦砲射撃で無理矢理耕されたあの地面からも。豆が大量に生えていると。

艦砲射撃にも耐え抜くような豆だ。

本当に、此奴らは。

一体何をしたいのか。

ポールアックスを振りかぶって、躍りかかる。

するりと、巨体がかわす。だが、続いての揺り戻しをかわすのもGOA401なら、難しくない。

わずかに足先が掠るけれど、それだけ。

射撃を繰り返し、相手の装甲を削る。良い感じだ。敵の足止めは、問題なく出来ている。射撃を鬱陶しそうにかわし。体をくねらせながら、禍大百足が、走る。豆を散布しながら。

さて、どうでる。

勿論、米軍の話だ。GOAが足止めしているところを。GOAごと、艦砲射撃で滅ぼしに掛かりかねない奴が指揮艦をしているのだ。

アサルトをぶっ放しながら、必死に食い下がる。

すぐに亮達も。

他のGOA部隊も来る。足止めさえしていれば、米軍の機甲師団が来る筈で、一機に叩ける。

そう思った。

だが。

その時、予想の最悪が、襲いかかってくる。

びりびりとくる悪寒。

そして、禍大百足は。

さっと、地面へと潜りはじめる。もう、用は済んだと言わんばかりに。上空には、戦闘機隊。

「ダメだ、全員退避しろ!」

絶叫が届いたかは分からない。

閃光が。

視界を、覆い尽くしていた。

 

2、強欲の坩堝

 

亮が駆けつけると。

辺りは、既に地獄絵図だった。

GOA部隊が、煙を上げながら散らばっている。あれだけどんな攻撃を受けても平気だったのに。

手足がもがれている機体も多い。

生き延びている機体もいるけれど。

此処までの破壊。

禍大百足以外に、受けたことはない。しかも此処には、GOAを此処まで破壊できる敵性勢力はいないのだ。

「大佐! キルロイド大佐!」

叫びながら、探す。

GOA401。無事だ。全身から煙を上げているが。

ただ。どうやら、墜落して擱座したらしい。中から反応が無いのが気になる。すぐに救護班に連絡。

GOA350十機が大破。残りは中破。

GOA401も、大佐の奴は無事だけれど。

「野郎っ……!」

蓮華が、ドスが利いた声を出す。

間違いない。

大佐と対立していた、あの米軍の准将が。大佐ごと、禍大百足を殺しに来たのだろう。大佐の危惧は、当たったのだ。

だが、此処までするか。

いや、まて。

大佐と対立していて、連携が取れていない新国連の部隊。つまり、そういうこと。合法的に殺せる、絶好の機会だった、という事か。

だけれども。

大佐は無事だ。生命反応は、ちゃんとある。

すぐに、回収部隊を手配する。米軍のヘリが空を飛んでいるけれど、今は相手にしている暇が無い。

他にも、状態が悪いパイロットが何人かいる。

死なせるわけには行かない。

すぐにクレーン車が来て、トラックに乗せてGOAを搬送し始める。その間、大佐の配下に何人かいる少佐達が、新国連本部に連絡を入れている様子だった。

亮は、意外にも。

心が、とても静かなのを感じていた。

「あのバーコード禿、絶対に殺す!」

「落ち着くんだ、蓮華」

「これが落ち着いていられるかっ!」

「下手なことをすれば向こうの思うつぼだ。 こっちは、向こうが指示した通りの地点に配置されていて、しかも足止めのために戦ったのに、背後から撃たれた。 これを世界に公表する準備をしよう」

黙り込む蓮華。

そして、頷いた様子だ。

それが一番良いと、気付いたのだろう。

亮としても、相手に手加減するつもりは無い。勝つつもりには、何だってする。

GOAは火力こそ無いが、相手の懐にさえ飛び込めば、圧倒的な力を発揮できる。何しろ至近で大砲に撃たれたくらいではびくともしないのだから。

もし相手の考え方次第なら。

思い知らせてやるだけだ。

被害を受けた部隊の回収が終わる。

すぐに基地に戻る。

米軍が攻撃してくるかもしれない。

そんな噂も流れ始めていたけれど。流石に其処まではしないと思う。GOA部隊は、あの地獄絵図の中で、まだ原形を残していたのだ。

本気で潰すなら、米軍も総力を挙げないと危ない。

それは既に、向こうも分かっているだろう。

「すぐにミーティングルームに」

大佐の部下の少佐の一人に指示されて、ミーティングルームに急ぐ。

破壊されたGOAの代替部品はある。また、破壊されたのが、GOA350が大半だったのが幸いだった。

すぐに交代のためのGOA401が来る予定だったからである。

ミーティングルームには。

基地の幹部達が集まっていた。

それぞれが席に着くけれど。皆、目が血走っているのだ。大佐がそれだけ人望を集めていて。

皆がそれ以上に、背中を撃たれたことを怒っているのは、明白だ。

血の気が多い人ばかり、と言うようなことも無い。

怒るのは、当たり前の状況なのだ。

プロジェクタに、アンジェラが映る。周囲が殺気立つのが分かった。

「まず状況ですが、パイロットに死者は無し。 しかし指揮官のキルロイド大佐は、意識不明の重傷です」

「くそっ! あのバーコード禿、許せねえ!」

「交戦の許可を! 艦隊に殴り込みかけてやる! GOAの力、思い知らせてやるぜ!」

血の気が多いパイロット達が叫ぶけれど。

亮は落ち着いていた。

そんな命令、出るはずが無いからだ。

新国連では、米軍には勝てない。それに、何よりまだ状況がはっきりしていない。

米軍の第七艦隊の指揮官としてきているあの将軍。メッサーだったか。あの男が本当に手を下したのかも分からない。

米軍との連絡は、今取っている最中だという。

妙だ。

「フレンドリファイヤ起こしたのに、連絡が取れないんですか?」

「ペンタゴンとは既に連絡が取れています。 活動中の第七艦隊とだけ連絡が取れない状況です」

「……!?」

蓮華が一番混乱している様子だ。

勿論、米軍も一枚岩の組織じゃあ無い。陸海空海兵隊で、かなりの格差や対立があると聞いた事はある。

それでも、総司令部からの統率は受け付けているはずだ。

これは、少しばかり様子がおかしい。

「其方でも厳戒態勢を取ってください。 何が起きているか、今全力で把握している状況です」

「海に出ている艦隊は無事なのか」

「今の時点では。 そちらからも、第七艦隊へのアクセスを掛けている状況なのですが……」

アンジェラ氏の様子を見て、周囲のパイロット達も、熱が冷めていったようだった。

咳払いしたのは、ベイ中佐である。

現在この基地にいる最高位の指揮官だ。大佐が人事不肖の現在、彼が指揮を執るのは、当然の流れである。

「仕方が無い。 地上部隊は、しばし私が指揮を執る。 GOA部隊もだ。 反発はあると思うが、今は何が起きているか分からない状況だ。 従って欲しい」

「分かりました」

亮が立ち上がったので、皆が驚く。

そして、不満を持っているらしい人達も。皆、それをぐっとこらえて、黙り込んでくれた。

良かった。

ミーティングが終わると、ベイ中佐が来る。

そして、少し躊躇った後に言う。

「すまないな。 今、大佐を最も慕っている君が、私に譲歩してくれることで、場が綺麗に収まった。 分かっていたんだろう、こうなることは」

「はい。 今は争っている場合では無いと思いましたから」

「君は意外と策士だな」

「普段はこんなに頭は働きません。 大佐がああなってしまって、少しでも役に立たないとと思ったら、自然に」

ベイ中佐は、相変わらず不機嫌そうだったけれど。

或いはこの人も。

大佐同様、不器用な人なのかもしれない。

 

基地で、厳戒態勢が続く。

回収されたGOA部隊は、即座に修復開始。GOA401を最優先にして、修復を行っていく。

大佐はまだ目覚めない。

コックピット内で、頭を強打していた。

今手術しているのだけれど。かなり厳しい状況らしい。しばらくは絶対安静という話だった。

ベイ中佐は、周囲に偵察を出して、良くまとめてくれている。

米軍の陸上部隊から、伝令が来た。

殺気立つ皆を抑えて、ベイ中佐が対応してくれる。そうすると、分かったのだけれど。米軍も大混乱していた。

「海軍の司令部と連絡がとれないのだ。 バケモノが出てきたら、対応出来ないぞ」

「其方でも、そんなに混乱していたのか……」

「実は我々の方でも、君達が明らかにおかしな艦砲制圧射撃への巻き込まれ方をしたのは確認している。 此方からも、それは証言させて貰う」

「すまない。 助かる」

敬礼するベイ中佐と伝令。

亮はじっと見ているだけ。

ハンガーに戻っても、今は訓練どころでは無い。トレーニングをして気分転換をしようにも、科学的トレーニングを見てくれている人達も、今は忙しい状況なのだ。

蓮華が来る。

彼女は資格を持っているので、自分でトレーニングを組む事を許されている。だから、気分転換のトレーニングをしたのだろう。タオルで汗を拭いていた。

「落ち着いてるわね」

「ああ。 大佐があんな状態だ。 落ち着いていないと」

「ベイ中佐の指揮で、GOAを駆るのかしらね……」

「!」

それは、想定していなかった。

呆れた様子で、嘆息する蓮華。わかりきっていた事だろうと、肩を叩かれる。

ベイ中佐は、基地をまとめている様子からして、そんなに無能だとは思えないけれど。それでも、特殊部隊の隊長ではあっても、GOA部隊の指揮官では無い。

そうなると、現在無事な四十機ほどのGOAを、四名の少佐が、一部隊ずつ動かして。ベイ中佐は、アバウトな指示を出すだけ、という事になる。

それでまともに皆が動けるのか。

そうとはとても思えない。

二日が過ぎる。

その間、何回かミーティングが行われるけれど。米軍第七艦隊とは連絡が取れないまま。艦上に停泊している艦隊に、伝令も出ているようなのだけれど。情報が錯綜して、まだ此方には入ってこない。

マスコミも、既に様子がおかしいことに、勘付き始めている様子だ。

SNSなどでも、怪情報が飛び交っている。

神経が、削られる。

ふと見ると。

妙な書き込みがあった。

「今回の米軍の動きだけじゃ無い。 以前、多国籍軍もおかしな動きをしていた。 ロシア軍もだ。 何かゾンビみたいに兵隊が変わって、誰もいないのに兵器が動いたりしているらしいな」

「聞いたぞそれ。 中東でもあったんだろ。 あのバケモノ百足に、爆弾抱えた兵隊が群がる画像見た。 あれ、人間の考えつく行動じゃないぜ」

「米軍もじゃないのか」

「だとすると、どうやって」

いや、それは違う。

言いたくなるけど、黙る。

実は、米軍第七艦隊首脳部との連絡は、既に取れているらしい。無事も確認できているそうだ。

ただ。どうにも様子がおかしくて、検証中だとか。

しかしそれは機密だ。

口には出来ない。

「ミーティングだ。 集まってくれ」

ベイ中佐麾下の兵士が呼びに来たので、すぐに行く。

進展があったと見て良い。今までは、何時にミーティング、みたいな呼び出し方だったからだ。

ミーティングルームに行くと。

まず知らされたのは、大佐の手術が成功した、と言う話だった。

「ただし、一ヶ月は絶対安静。 しばらく指揮は執ることが出来ない」

「……」

そうだろうな。

分かっていても、悲しい話だ。

そうなると、少佐が四名しかいない現状。GOA部隊五十機をどうまとめるかが、問題になる。

蓮華が指名された。

立ち上がった蓮華に、驚くべき事を告げられる。

「新国連からの辞令だ。 君がこれからGOA部隊の一小隊、十機の指揮を執れ」

「イエッサ!」

敬礼も気合いが入っている。

ベイ中佐を必ずしも好んでいないはずだが。

この命令は、新国連司令部のものだろう。それに、指揮を執るなら、恐らく蓮華の方が適任だ。

少し安心した。

亮は一パイロットでいたい。

あり得ない話だが。亮が指揮を執れと言われたら、困っていただろう。

総指揮は、やはりベイ中佐が執るという。

ただし、五つの小隊が、それぞれ自由に行動して良いと言う形式を取るらしい。大まかな作戦だけを伝えて、後は任せるというアバウトなものになるそうだ。

これは、仕方が無いかもしれない。

いずれにしても、一月の辛抱だ。

とりあえず、反対するものもいない。だから、ベイ中佐は、すぐに次の話に入った。

「ようやく第七艦隊と連絡が取れた。 メッサー准将が会見を行うそうだ。 内輪向けの会見だそうだが」

「ようやくか」

「……」

皆が反発する中。

蓮華と亮だけが、静かに様子を見守っていた。

メッサー准将が、スクリーンに映る。ただし、喋るのは、どうやら後方を任されているらしい部下だ。

「今回は不幸な事故が起きたことを、まず謝罪する。 禍大百足を食い止めてくれていた部隊に艦砲射撃を浴びせるなど、あってはならない事故だった」

「今更おせーんだよ」

「まず事故の原因だが、これが分からない。 艦隊の一隻、ミサイル巡洋艦パーカッションが、不意に攻撃を開始。 それと同時に、全艦の火器管制システムが、同調するように攻撃を開始したのだ」

ぞくりとした。

あのSNSの書き込みを思い出す。

そういえば。

亮がおかしくなった多国籍軍の艦艇に乗り込んだとき。無人だったのに、動いている機械があった。

あれと、同じでは無いのか。

「訳が分からん!」

不満の声が上がるけれど。

亮は、それに同調する気には、とてもなれなかった。

「我々が最初に疑ったのはハッキングだが、その痕跡すら無い。 しかも、誤射が起きた直後。 原因を究明中の海軍の情報リンク網が、いきなりダウンした。 それも前触れも無く、だ」

「そんなに第七艦隊のリンクシステムはポンコツなのかよ」

「黙って」

蓮華が冷えた声で言うと。

流石に、一目置いているらしく。若いパイロットは黙り込む。若いと言っても蓮華よりは年上だけれど。

亮は兎も角、蓮華も勇猛なパイロットで。GOA部隊の中では第二位の使い手であることは、誰もが知っているのだ。

「混乱の中、我々は防衛体制を取らざるを得なかった。 ようやくリンクが回復したのは昨日のことだ。 今は事故調査委員が入って、ログを洗っている。 もしも外部からの侵入だとすると、生半可な腕前のハッカーでは無いと見て良いだろう。 或いは、禍大百足に乗っているハーネット博士の仕業かもしれない」

メッサー准将が、神妙な顔をして前に出ると、頭を下げた。

すまなかったと、一言言われて。

それで、皆の怒りも、行き場が無くなったようだった。

亮も、それ以上どうして良いかよく分からない。

とにかく、会見はそれで終了。米軍としては、最大限の誠実な行動を見せてくれた事になる。

今回の損害についても、補填してくれるそうだ。

とはいっても。

元々、新国連が米軍と強いパイプがある組織だと言う事。そしてこの会見が、あくまで内輪向けのもの、という事が大きいだろう。

外部的には、これはあくまで謎の事故として処理される案件。

表には出ない、闇の歴史となり果てることだろう。

アンジェラが代わりに画面に出てくる。

「聞いての通りです。 皆はそれぞれ、再編成に向け動き、戦力の調整を行って、禍大百足に備えるように」

「解散」

ベイ中佐の指示で、皆がミーティングルームから出て行く。

不満な様子の人もいるけれど。

米軍の第七艦隊で前線指揮を執っている指揮官が、頭を下げたのだ。しかも損害物資も補填してくれるという。

これ以上は望めない。

というか、これ以上騒ぐようだと、誠実な対応をしてくれた相手に対して、失礼に当たるだろう。

腑に落ちない点はあるけれど。

亮も、自室に戻る。

ベッドで横になっていると、通信が入った。大佐からだった。

「大佐、大丈夫なんですか!?」

「しばらくはベッドからは動けんがな。 何とか大丈夫だ」

「良かった……」

「話は聞いている。 どうやら、大変きな臭い事になっているようだな」

流石に大佐も、耳が早い。

亮としても、おかしいと思った事が幾つかある。まず今回の件だけれど。禍大百足の中に乗っているハーネット博士の仕業だとすると、おかしな事が多いのだ。

まず一番大きな疑問だが。

禍大百足は、あの艦砲射撃で、小さくない打撃を受けているのである。

自分を食い荒らされてまで、陰謀にこだわるだろうか。そしてハーネット博士は、どうにもそのような小さな目的では無くて。もっと大きな目的のために動いているように思えてならないのである。

或いは、ハーネット博士による攻撃もあるかもしれないが。

それは或いは、後半の。謎の海軍のリンクシステムダウンではないだろうか。

そちらなら、説明がつく。

話を終えると、大佐は嘆息する。

「少しは考えるようになったな、リョウ」

「有り難うございます」

「俺としても、少しばかり気になる事がある。 諜報部の方には連絡してある。 いずれにしても、米軍との対立は避けられそうで何よりだ。 GOA401が届くまで、禍大百足が待ってくれればいいのだが……」

「その場合は仕方が無いと思います」

どうせ、長期戦になるのは、目に見えていたのだ。

一度の手に見境無く噛みつくのでは無くて、しっかり狙って敵をたたいていきたい。何より、禍大百足の攻撃では。

普通の戦争のような、大きな人的被害が出ないのだ。

「冷静になってきて、何よりだ」

「でも、大佐が早く戻ってきてくれれば。 それが今は、一番の願いです」

「もうすぐ准将だ」

「……では将軍。 出来るだけ急いで戻ってきてください」

通話を切る。

何もかもが、悪い方向に動いているわけでは無いと分かって、それで少しだけ安心できた。

亮はベッドの上で膝を抱えると。

良かったと。

一人で、ため息をついた。

 

3、真田虫

 

地下基地で、私は腕組みする。

どうにも妙だ。

一旦フィリピアスから引き揚げてきたとき。米軍が、思い切りGOAを巻き込んで、艦砲射撃をした。

その後のログを確認してから、混乱を加速させるために、ネットワークをブチ落としてやったのだけれど。

ログを見ると。

侵入の形跡が無い。

それなのに、火器管制システムが乗っ取られているのだ。

つまり、私に匹敵するか、それ以上のハッカーが、米軍第七艦隊の火器管制システムを動かした、という事になる。

ログを更に漁っていくと。

どうやら、中帝方面から、侵入があったらしい事が分かった。ただし、途中までしかたどれなかったが。

これは、明らかに。

挑発していると見て良いだろう。

そして、中帝のおかしな動きを見ると。まだ彼奴は、生き延びていると考えるべきなのかもしれない。

プトレマイオス。

奴は、私に近いハッカーとしての実力を有していた。軍事回線に此処まで鮮やかな侵入を果たしたのは驚きだけれども。

奴は、挑発しているのだ。自分が健在だと。

此処にいると。

少し考え込んでしまうけれど。それよりも、今は作戦行動だ。新国連のGOA部隊は、明らかに強化されていた。

ロールアウトされたらしい新型機の有能な事は、交戦したルナリエットが証言している。はっきり言って強い。

何しろ、米軍の艦砲射撃で、致命打を受けなかったというのである。

次に攻撃を開始するのは、バグラシア連盟国。

此処に関しては、少しばかり内陸にあるので、米軍の艦砲射撃も、簡単には届かないだろう。

実は、先にテルマ王国を叩こうかと思っていたのだけれど。

米軍が、予想以上に本腰をいれてきている状況である。

たたける所は、確実に叩いておきたい。

一眠りして、起きて。

禍大百足の様子を見に行く。

喰い破られた装甲は問題なし。今の時点では、例え艦砲射撃を浴びても、耐え抜くことが出来るだろう。

内部プラントも復旧が完了。

ただし、何度も破壊されていたら、いずれは復旧不可能になる。物資が非常に心許ないからだ。

アーマットの奴が、少し前に連絡してきたのだけれど。

どうやら、怪しげな業者を動かすのでさえ難しい状況になっているらしく。ほんのわずかな物資しか送ってこなかった。それも、ろくでもない品質の物資ばかりで、とても使い物にならない。

だが、それでも。

やるしかないのだ。

出来ればバグラシアを叩いている間に、米軍の艦艇を引きつけて。そのまま返す刀でテルマを叩きたい所だけれど。

そう上手く行くだろうか。

少し交戦しただけで、米軍の指揮官の能力は分かった。今回はサイバーテロで足下を掬われたが、根本的に能力が高い。

出来るだけ、修復は。

万全を期しておきたいところだ。

その間に、米軍の情報をもう少し探っておく。

やはりかなり警戒が強くなっている。今回のサイバーテロを反省して、かなり厳重にネットの守りを固めている様子だ。

これでは迂闊に侵入できない。

今でも、攻性防壁などというものは存在していないけれど。ログを掴まれたら、この基地の場所を暴かれる可能性がある。

マーカー博士が来た。

まだ頭に包帯を巻いている。その上、右手に杖。かなり痛々しいけれど。どうにか、歩けるようにはなったようだ。

「おう、大丈夫か、歩いて」

「ああ、何とかな。 それよりも、米軍がおかしな事になっているそうだな」

「これを見てくれ」

ログを見てもらう。

私としても、分からない事は多い。

マーカー博士は、私ほどのネットの専門家では無いけれど。それでも生半可なハッカーよりは腕も上だ。

「……そうだな。 やはり挑発していると見て良いだろう」

「厄介だぞ。 プトレマイオスに横やりを入れられるのは、面白くない」

「だが、どうせこの基地を抜けると、もう補給は無い」

その通りだ。

作戦は、遅れてはいるが。今のところ、予定地点での散布と。気候変動は、全てクリアできている。

後は、作戦の目的を気付かれる前に。

全てを叩き潰すまでだ。

もしも国際社会が、この作戦の真の目的に気付いた場合。下手をすると、全ての国が一丸となって向かって来かねない。

今までそれほど熱心では無かった日本や欧州も、である。

そうなると、正直な話。

もはや、なすすべが無くなる。

通信が入る。

アーマットからだ。

「やあ、元気かね」

「どうにかな。 それで、通信をしてきても、大丈夫なのか」

「あまり大丈夫じゃあ無い。 恐らく、これが最後の通信となるだろう。 FBIが完全に此方をマークしたようでね。 既に警察が逮捕に秒読みになっている。 今、データを消しているところだ」

「……そうか」

アーマットは、色々いけ好かない奴だったが。

物資の補給という点では、此奴がいなければ、作戦は此処まで遂行できなかったのも事実だ。

本当に気にくわない奴だったけれど。

感謝だけは、している。

「最後の通信だが。 これからバグラシアを叩きに行くとみたが、正しいかな」

「ああ。 それがどうかしたか」

「実はな。 バグラシアの国境近く。 廃棄された軍事倉庫がある。 密林の地下にあるので、発見されていない」

「何……」

それは、本当か。

どうやら、以前バグラシアの隣にあった東南アジア最悪の独裁国家が崩壊したとき。軍がごたごたの中で、放棄したらしい。

そのまま、誰にも発見されず。密林の地下で、眠り続けている、ということだ。

「現地の人間にも、発見されていない可能性が高い。 少しばかり旧式だが、戦車などもある。 分解すれば増加装甲に出来る筈だ」

「本当、だな」

「ああ。 おっと、FBIが来たようだな。 これで最後だ。 君達が、この世界を変えることを祈っているよ」

「お前の事は気に入らなかったが、感謝はしている。 ではな」

通信を切る。

同時に、すぐにアーマットから知らされた座標へ向かう事にする。物資だけでも回収できれば、大きな収穫だ。

既にこの基地の物資は、カラに近い。

此処で補給を済ませれば、或いは。もう少し、余裕を持って、最後の戦いに挑めるかもしれない。

罠の可能性も高い。

しかし、今は。

その罠にさえ、踏み込んでみたい気分だった。

「すぐに禍大百足を動かす! 念のため、結社メンバーは、全員乗り込んでくれ!」

罠だった場合、この基地が襲撃される可能性も高い。結社のメンバーはほぼ全員が非戦闘員だ。

此処に残していくわけにはいかない。

わずかに見えた希望を。

ミスで潰すわけにはいかないのだ。

 

地下を急ぐ。

目的地であるバグラシアとも、目標地点は近い。上手く行けば、基地として活用できる可能性さえある。

直したばかりの第十四関節はまだ立ち入り禁止にしている。

だから、少し中が手狭だ。

今まで合流してきたメンバーも含めて、百名以上が、今禍大百足の中にいる。設備類も、念のため、全部回収してきた。

清掃までは、済ませる余裕は無かったが。

裏切りものがいる可能性がある。

それは分かっている。

だから、関節ごとに監視は別々にしていて。いざというときは隔壁を閉じられるようにしている。

更に、鎮圧用の設備も用意してある。

無力化ガス。

それに、ロボットである。

普段は決められた行動しか出来ないロボットだけれども。今回は高出力のスタンガンを仕込んでいて。

ガスマスクを装着した人間も、黙らせることが可能になっている。

備えは、今の時点で、これで充分。

問題は、想定された場所が、罠だったら、だけれども。

今の時点で、嫌な予感はしない。

コックピットでは、誰もが黙り込んでいた。

「間もなく、目的地に到着します」

「よし。 結社のメンバーは、すぐに出て、物資の回収作業を行うべく、準備を進めてくれ」

「上手く行けば良いがな」

何しろ、密林の地下だ。

密林は元々土壌が脆弱で、地下に巨大空間を作るのは技術がいる。下手をすると、丸ごと潰れている可能性も否定出来ない。

罠だったら最悪だ。

中に踏み込んだ瞬間、フル武装の米軍特殊部隊が仕掛けてくる可能性もある。戦闘力の無い結社メンバーなんて、瞬殺だ。

アーマットの置き土産を疑いたくはないから、動いているけれど。

彼奴がもし心変わりしていたら。

目的地に到着。

地中ソナーの感度は良好だ。言われたとおりの地形。地上で、少しだけ顔を出して、周囲を伺う。

レーダーには反応無し。

少なくとも、軍用車両は周囲にいない。戦闘機も、いないと判断して良いだろう。いきなりF22が出てきているとは考えにくい。

地下に潜り、側面から壁を破る。

中を確認。

少なくとも、動いている気配はない。50000平方メートルほどの敷地内に、ぎっしりと物資が積み上げられている。

50000平方メートルというと、大きそうにも思えるが、100メートル×500メートルである。

実際には、さほどの巨大倉庫では無い。

だが、それでも。

今は、有り難い。

禍大百足の側面を倉庫の破った面につけ、ハッチを開ける。即座に物資回収班が動く。マルガリアが、挙手した。

「行ってきましょうか」

「ダメだ」

マルガリアは、能力的にかなり高く設定していて、米軍の特殊部隊員の一個小隊と、正面から渡り合える。

だが、今は他に仕事がある。

フォークリフトを繰り出した回収班が、すぐに物資を運び込み始める。

入り口で検査を実施。

中身が時限爆弾などでは無い事は確認。爆発物は、かなりあるが。

戦車があると言う。

旧式の、骨董品のような戦車だ。東側で使われていた、二次大戦の後に作られた戦車。重厚で強そうだけれど。

今の戦車に比べれば、ゴミ同然の性能しか無い。

即座に解体。

分解して、運び込む。

戦車は六両。どれもソ連製のIS4だ。いずれも鉄鋼を膨大に使っている。本当に慌てて、此処を放棄したのだろう。

地上には、ドローンを放って、周囲を監視させている。

米軍が来たらすぐに分かる。

回収班から連絡。

「物資の回収には、十時間は掛かります」

「その間、警戒は続ける。 安心して、物資を回収し続けてくれ」

「分かりました」

さて。

これが鬼と出るか蛇と出るか。

レーダーを使って、その間に、倉庫の内部の状況を確認。外から入った様子は無い。たとえば、物資の一つに発信器を仕込むとか。そういったことが行われた形跡は、今のところ確認できない。

物資も全て、確認しながら運び込んでいる状況だ。

時間は、どうしても掛かる。

フォークリフトは忙しく行き来しているけれど。

これも、実は分解して増加装甲にしようかという案が出ていた位なのだ。そうしなくて今は良かったと想うほか無い。

食糧もある。

缶詰だけれど、これは正直、食べられるかどうか分からない。開けてみないと何とも言えない。

聞いた事も無いメーカー品の上に、時間が経っているからだ。

最悪の場合、中身は全て廃棄して。缶だけを潰して使う事になるだろう。ただ意外な事に。缶詰は、それほど多くは無かった。

この国では、独裁者が生きていた頃。国民の糧は、軽視されていた。

計画の美名の元に、無計画な耕作が行われ。

食糧は輸出され、外貨に換えられていた。

食糧が目の前にたくさんあるのに。食べる事が出来ず、餓死していった民は、大勢いたのだ。

東側でも、最悪の国家の一つ。

その現実が、国内の事実が明らかになったとき。

世界に曝された。

この缶詰は、その名残。

純粋な子供を兵隊や医者にすれば、国から腐敗は消える。そう本気で信じていたらしい独裁者は。

最後は密林の中で、ゲリラに担がれるだけの、寂しい老人として死んでいった。

怨念が籠もっているかのようなこの倉庫。

この倉庫の物資を作るだけで、どれだけの人々が死んでいったのだろう。

私は、ずっと状況を確認し続ける。

今は、動けない。

その間、片手間で米軍の情報も探り続けるけれど。やはりガードが堅く、とてもではないがネットワークに侵入できない。

以前仕掛けたバックドアも。

機能していなかった。

八時間経過。

大まかな物資は、ほぼ回収完了。戦車も全て解体して、物資として禍大百足に積み込み終えた。

元々、宇宙コロニーとして設計された禍大百足だ。

これくらいの物資を飲み込むのは、造作も無い。

缶詰を開けてみた結社メンバーから、連絡が来る。内部には、穀物を簡単に加工したものが入っていて。

味は全くしないが。

痛んでもいないそうだ。

それなら、食べられるかもしれない。

回収を続けて貰う。怨念が籠もった食物でも、消費していくくらいのガッツが必要だ。そうでなければ、今後勝ち抜けない。

時間が刻一刻と過ぎていく。

空になっていく倉庫。

奥の方は、もうほぼすっからかんだ。物資は何もかも、根こそぎ持って行く。金属の棚も、分解して運び込む。

東南アジア基地で設備を組み直して、増加装甲に変えられるのだ。

ニュースを見つけた。

アーマットがFBIに逮捕されたらしい。どうやら、本当に捕まった様子だ。ただし、アメリカのパワーエリートである。何しろ、日本円で兆単位の資金を持っている奴だ。勿論表立って、ではないけれど。

それでも、ニュースとして大きくは報道されないだろう。それだけの衝撃が走るから、である。

これで、完全に補給物資の宛ては尽きた。

「同じように、回収できる倉庫が何処かにあれば、継戦能力が少しは上がるのですが……」

「ない袖は振れない。 仕方が無い事だ」

「……」

口惜しそうに、アーシィが黙り込む。

程なく、物資そのものは搬入が完了。金属の棚も、順次分解して、搬入していく。

引き揚げてくるスタッフ。

どうにか、間に合ったか。

冷や冷やしすぎだとは思う。だが、これが罠だったらと思うと、生きた心地がしなかった。米軍が仕掛けてきたら。

バンカーバスターをうち込んできたら。

最後の希望ともなり得た物資を、捨てなければならなかった。

一旦全員を回収して、地下に潜る。

そして、千メートルほどまで潜ったところで。じっくりと、物資の精査をさせる。勿論搬入時に精査は行ったけれど。此処から、本格的に行うのだ。

同時に、バグラシア領内に移動。

仕掛けるタイミングを計りながら。

念のため、いつでも隔壁を閉鎖できるように準備を行い。念入りに物資の精査を行わせる。

すぐにリストが上がって来た。

科学者なのだ。

こういう作業をして、レポートを上げる事は、得意分野。

「鉄鋼はそれなりにあるな」

「貧民の血がしみこんだ鉄だ」

「分かっている。 だから有効に活用する。 眠らせておくよりはいいだろう」

マーカー博士が、そうだなと視線をそらす。

彼は私よりは情が深い。

食糧は、どれも補助にしか出来ない。やっぱり痛んでいるものも見つかった。それらは加工して肥料にする。幸い、糞尿でさえ加工して肥料を作る仕組みが出来ているので、問題はあまりない。

爆発物については、慎重に分類して、隔離。

誘爆だけは避けなければならない。

頑丈な防爆構造の中に退避させて、おしまい。此処が爆破されるようなら、どのみちその関節部分はおしまいだ。

物資の幾つかは、早速有効活用する。

精査をしながら、移動して。

そして、最初の作戦地点である、バグラシア軍の空軍基地地下に到達。倉庫を離れてから、六時間が経過。

皆が不眠不休で頑張ってくれている状況だ。

米軍がどう動いているか。

時間との勝負の中、どれだけ出来るか。

いずれも、胃が痛い問題だ。

 

アーマットは厳重な警備の中、FBIの尋問を受けていた。何処の建物かも分からない。勿論VIPに対する待遇とも思えない中でだ。

椅子に座り。

後ろ手に縛られていたとしても。

飄々とした態度は崩さない。

相手を苛つかせる事は分かっているけれど。

これは、家訓だ。

一旦、尋問をしていたFBIの警部が行ったので、煙草を要求。断られた。やれやれと、肩をすくめる。

分かっている。

もう逃れる事は出来ない。

多分自白剤を撃たれるはずだ。それでも、対抗策は練ってある。

パワーエリート。

米国を影から動かす実質的な支配者。その合計資産は、現在でも世界最高である。つまり、世界の支配者は、米国のパワーエリートだ。

欧州も。

中華圏も。

実際には、米国の掌で踊っているに過ぎない。

だからこそ、アーマットがこの計画に参加したことには、意味があった。

知っていたのだ。

この世界は、もうもたない。

人間の凄まじい浪費に、世界の資源はもはや耐えられない。この地球上で暮らしている限り、人類に未来は無い。

エゴがそれぞれを縛り付け。

数が増えすぎた人間が好き勝手に資本主義を謳歌する限り。世界がサーキットバーストを起こして、やがて破滅するのは、誰の目にも分かっていた。

それなのに。

資本主義という怪物は、止まることを許さなかった。

銀行というものが開発されてから、その加速に歯止めが掛からなくなったのは事実だ。だが。

結局の所、人類は強引にでも、首に鎖をつけて管理しなければならなかったのかもしれない。

ロシアはそれを知っていたからこそ。

アレキサンドロスのようなバケモノを造り出したのだろう。

そして米国も。

中途で終わってしまったが。

宇宙ステーションと。

スーパービーンズを開発したのだ。

尋問に使われている部屋を見回す。電子機器は無い、脱出不可能な箱。外も隔壁で閉鎖が可能。

国家レベルでの危険人物と判断された存在がいれられる。

尋問室を兼ねた、最高の牢獄。

恐らく、相当強力な爆弾にも耐え抜くだろう。FBIが徹底的に証拠を集めて。アーマットの麾下の資本を抑えていることは、確実。

逃げた所でどうにもならない。

今はただ。

情報を漏らさないようにするだけだ。

鏡を見る。

白髪が増えた、中年男性の顔がある。堀は深く、若い頃はもてた。いわゆるジョックだったし、金があればもてるのは世界の真理。

だが、何時からだろう。

世界の歪みの中で、自分のあり方を変えて。金をどう使うかだけを考えて、生きるようになって。

周囲には、女もいなくなった。

暗闇の底にいると思った。

あの者達。

ハーネットをはじめとする三人と出会って。どうにか人類の軌道修正が可能な位置にいると悟ってからは。

後は、人類のために戦える自分を。

嬉しいと、思えるようになった。

部屋に入ってきたのは、現在のFBI長官。それだけじゃない。CIAの長官もいる。それだけじゃあない。

なんと、大統領までいるでは無いか。

凄い面子だ。

これでペンタゴンにいる米軍元帥のカラマルフがいたら完璧だったのだけれど。流石にそれはないか。

くつくつといやみったらしく笑ってみせると。

米国大統領、ブラネスは、不快そうに鼻を鳴らした。

恰幅の良い男で、アメリカ人が好みそうな、屈強な中年男性である。実際若い頃は典型的なジョックで、浮き名を流したそうだ。

「君には資金面で世話になったが、随分と増長してくれたものだな。 世界の敵を支援するようなマネに走るとは」

「もう隠しても無駄なようですから言いますが。 世界の敵なのは、本当は何なのでしょうね」

「米国がそうだというのか」

「米国がそうだとは、必ずしも思いませんが」

話にならん。

そういうと、大統領は顎をしゃくる。

白衣を着た男が来る。

手にしているのは、自白剤。それも、とびきり強力な奴だ。

「第七艦隊の攻撃を抜けるような奴だ。 それに、放棄されていた宇宙ステーションの残骸があれの素体になっていることは既に分かっていた。 そうなれば、陰で糸を引いている人間は絞られてくると言うわけだ。 ロシア軍や新国連と遊んでいる間は見逃してやっていたのだと、思い知って貰おうか」

「耳の近くを飛ぶ虫のように鬱陶しかったですよ」

「やれ」

大統領の指示とともに。

白衣の男が、打ち込み式の注射器で、自白剤を首筋に投入してくる。だが、無駄だ。自己暗示はしっかり掛けてある。

それに、例え自白剤が効果を示したとて。

あいつらは、そもそももう、あの倉庫からも離れているだろう。そしてこの後の行動は、アーマットでも制御不能。

そして必要はデータは、全て消してある。

HDDも物理的に破壊した。

諜報の手は。

彼奴らには届かない。

頭にもやが掛かってくる。流石に世界でも最も強力な自白剤だ。廃人になることを覚悟の上で、打っているという事だろう。

此処までするという事は。

他のパワーエリート達とも連携が取れていて。アーマットの資産を奪う気だ、ということだ。

まあそれはどうでもいい。

アーマットが世界のために出来る事は、全てした。

「順番に話して貰おうか。 まず、あの結社とやらのメンバーが誰か、からだ」

「結社のメンバーは」

「ああ」

「大統領、貴方だ。 それにペンタゴンの、カラマルフ元帥……」

殴られた。

だけれども、どうにも頭がはっきりしない。

「この国家の寄生虫が……!」

「大統領、殴りすぎると死んでしまいます」

「私は愛国者だ! あのような世界の敵に、荷担するはずが無いだろうが!」

「ハハハ、愛国者、か」

何だろう、それは。

人類が資源を使い果たそうとしている今。宇宙開発さえ諦めてしまった今。そんなものが、何の役に立つのだろう。

ぼんやりとしている頭。

言われた事には、応えているようだけれど。暗示は完璧だ。それは、自分を信じるしか無い。

水を飲まされた。

いや、これも自白剤かもしれない。

質問の内容さえ、もう分からない。機械的に応えているらしい。自嘲さえ、もうすることが出来なかった。

ふと、気付くと。

目の前に光が見えた。

ああ。

自分のようなクズにも、天使が迎えに来てくれるのか。

そう思うと。

アーマットは、おかしくて。

笑おうとして。

出来なかった。

 

4、灼熱の空

 

地面を突き破って飛び出すと。

大洪水だった。

バグラシアの名物である。

昔、インドの一部だったこの地域は。イギリスの統治下で、インドと分離させられた経緯がある。

植民地支配下の独立運動に手を焼いたイギリスの措置だったのだけれど。

その結果は、今に到るまで糸を引いている。

この国は、世界最悪の人口密度を誇る土地に。世界最悪の貧困が同居し。過酷な気候と苛烈な生活環境で、東南アジア最悪の生活状況が作り出されている。

まずすることは。

気象のコントロール。

スーパーウェザーコントローラーの機能解放。この気象変動装置は、大雨を緩和することも可能なのだ。

具体的な技術は、打ち上げた一種のフレアによって雲を拡散して、雨を減らすというもので。

此処までの戦場では、一度も用いていない。

周囲にスーパービーンズを撒きながら移動。囂々と凄まじい音を立てて流れている水が、真っ黒に濁り。

土砂と一緒に家も土地も、何もかもを押し流していく。

スーパービーンズを根付かせるには工夫がいるけれど。既にそれは、シミュレーションが出来ている。

今回は、軍が出てくる可能性は低いと判断している。

もっとも、米軍は有能だ。

既に空母を近海まで移動してきている可能性も高いし。F22も、航続距離を生かして、近くの軍基地まで来ているかもしれない。

バグラシア軍は多分救援活動で手一杯だろうけれど。

正直この有様だ。

戦争どころではないというのも事実である。

「洪水の様子は」

「悲惨です……」

アーシィが、口を押さえている。

毎回この国では、洪水が起こる度に地図が書き換わり。数万単位の人間が家財産を失い。それが年にひどいときには二十回以上起きる。

インフラが、そもそも終了しているのだ。

気象に変動を起こして。

その間に、土壌をスーパービーンズを用いて頑強に強化する。それだけで、随分と変わってくる。

大雨が緩和されてきたけれど。

それですぐに洪水が終わるのだったら、誰も苦労などしない。

「地盤を崩さないように気を付けろ」

ルナリエットが頷くと、ヘルメットを被る。

これは戦闘が無くても、緻密な操作が必須だと判断したのだろう。私も同意見である。此処までひどいとは。

本当に、戦争どころではない。

移動しながら、スーパービーンズを撒く。

雨がかなり落ち着いてきているけれど。

軍が出てくる気配はない。

軍基地の近くも通るけれど、仕掛けてくる様子は無かった。仕掛けても勝てないし、何より今の状況で戦車砲をぶっ放したりしたら、どうなるか分かっているから、なのだろう。救われない話だ。

「インド国境に、軍勢を発見! インド軍が、此方に備えている様子です!」

「放置」

「……はい」

向こうも、国境を越えなければ、仕掛けては来ないだろう。

無視して進む。

ひょっとして、この国では、交戦しなくても乗り越えられるか。そう思った、のだけれども。

その願望は、打ち砕かれる。

編隊を組んで飛行してくる姿。

雨をものともせずに飛んでくるその数は、およそ四十。いや、五十。

どうやら、GOA部隊のお出ましだ。

それも、以前よりも新型機が増えている。米軍は恐らく、この間の件もあって、GOA部隊に活躍の場を譲ったのだろう。

しかも、分かっている。

この地盤だ。

まともに戦おうとすれば周囲を思い切り巻き込むし。何より、潜って逃げるにしても、場所を選ぶ。

時間稼ぎをするには、もってこいの状況。

そして時間を稼がれると。

本命の米軍が来る。

F22による戦略爆撃か、それとも艦砲射撃かは分からないけれど。あの火力の滝を前にして、棒立ちするのは愚行だ。

「どうします、一端引きますか?」

「現在の、残り予定攻略地点は」

「まだ半分ほどしか……」

「ならば引く」

相手にするな。すぐに地面に潜れ。

指示を出すと、もうGOA部隊は相手にせず、禍大百足は地面に飛び込むようにして潜りはじめる。

本番は、洪水が引いてからだ。

バグラシアに来てから、遅れをかなり取り戻せている。今の状況からして、恐らく本命の第七艦隊は、まだ来ていないと見て良い。

それならば、時間はある。

地下に潜った後、損害を確認。

交戦していないのだからダメージは無いのだけれど。しかし、よく調べてみると。足に負担が掛かっている。

「地盤が悪い場所を、ずっと歩き続けたからか」

「ナノマシンの自動修復で、十時間ほどで回復はするはずですが……」

「洪水が回復するのはどれくらいだ」

マーカー博士は、聞いてみると腕組みする。

気象の専門家である彼だけれども。すぐには判断できない、という事なのだろう。ただ、あまり時間はない。

GOA部隊が来たという事は、あまり余裕も無い。

今のGOA部隊は、第二世代の頃とは比較にならないほどに力をつけている。真っ正面からの交戦は賢明では無い。

「無理押しは止めてくれるか」

マーカー博士が、先を読んだように言う。

確かに、私の判断で、かなりミスをした。その場合、無理押しが大体トリガーになっていた。

ましてや今回は、結社のメンバーが、禍大百足の中にいる。

艦砲射撃を喰らって、関節を貫通された場合。当然の話だが、その関節にいるメンバーは、まず助からない。

「何か良い手はあるか」

「今、地盤が緩んでいる。 いつもよりも、遙かに早く地中を移動できる。 これを利用して、敵の先手を打てないか」

「……アーシィ、どうだ」

「恐らくは。 GOA部隊がいると思われる地点から、一番遠い場所へ、一気に移動できます」

その地点はダメだな。

多分私でも、そこで先回りする。

しかも現在、修復の段階で、ブースターを使えない。地中移動は、時速百キロほどが限界で。

これはGOA部隊よりも遅い。

そうなると、打つ手は。

「数時間ほど待った後、同じ地点から出る」

「いいのか、それで」

「単純に考えると、GOA部隊としては、兵を分散するか、集めて一番禍大百足が現れる可能性が高い地点に張り付くはずだ。 それならば、敢えて相手の心理の裏を突く形で動く」

奇計を張り巡らせて、失敗。

そうなると目も当てられないのだけれど。

今回は、其処までひどくは無いはずだ。

アーシィは反対しない。

問題は、ルナリエットだ。今回は地盤が酷い事もあって、ずっとヘルメットを被って実操作を続けていたけれど。

ユナが、此方を見る。

引き結んだ唇は。

拒否を告げていた。

「無理だと思う」

「疲弊がひどいか」

「というよりも、溜まるのが早い」

「……」

ならば、休憩を二時間追加。

もたついている時間はないけれど。焦って失敗を続ければ、流石に私も学習する。

ユナがそれを飲んだ。

とりあえず全員から不満は出なかったことになる。

ルナリエット達は医務室に生かせると。私は、泥の中で沈み込んでいる禍大百足の状態をチェック。

どうしてだろう。

電波が、その時入った。

こんな地中深くで、入るはずもないのに。

つまりそれは。

内部から、通信が来ている、という事だ。

電波の内容を確認。

「やあハーネット博士。 どうやら、結局私が仕込んだものについては、気付かなかったようだな」

「その声は、誰だ? まあアレキサンドロスを装ったプトレマイオスだろうというのは分かるが」

「その通りだ」

電波の発信源を確認。

なるほど。

どうやらプトレマイオスの奴。恐らくは、アーマットの最後の通信に乗って、何か仕込んでいたらしい。

すぐに隔壁を全閉鎖。

コックピットには、私とアーシィだけになる。マーカー博士は、三人に付き添って、第二関節の医務スペースに行ったからだ。

「さて、どこから話してきている」

「此処だよ」

ばちんと音がして。

コンソールの一つが破裂する。

そして、その隣に。

禍々しい、青白い顔が映り込んだ。恐らくは、プトレマイオスが仕込んだトロイが発動したのだ。

すぐに汚染区画を調査、隔離。

どうやって入りこんだ。私が張ったファイヤーウォールを突き抜いてきたとでも言うのか。

此奴が生きていた事自体はそれほど驚かない自分がいるけれど。

自信があったネットワークの防備を抜かれたことについては、正直驚きを隠せないでいるのも事実である。

確認。

汚染はされていない。

どうやら、コンソールに映り込んだのは、遠隔操作画像。どうやら倉庫の中にあった監視カメラに、プログラムを仕込んでいて。そして、内側から起動していると見て良いだろう。

ただ、何しろ古い監視カメラだ。

大したウィルスや外部管理ツールは仕込めなかったらしい。

すぐに特定。

除去を開始。

高笑いしながら、青白い顔は消えていく。

ため息が零れる。

内部の隔壁を解除。

慌てて飛び込んできたマーカー博士は、血相を変えていた。

「何があった!」

「あの倉庫に、トロイが仕込まれていた。 今、駆除したがな」

「……そうか」

マーカー博士が落胆する。どうやら、もはや此処さえも、安全では無くなったと知ったからだろう。

あのプログラムの様子だと。

駆除は簡単だったけれど。禍大百足の内部データを、幾らか外部送信していた可能性が高い。

何処に潜んでいるか分からないが。

プトレマイオスの手に渡っていると見て良いだろう。

そうなると、今後が厳しくなる。

様子がおかしかった中帝辺りに潜まれていると最悪だ。今頃、中帝を全て制圧している可能性さえある。

ログを漁るが、やはり出てこない。何処に入り込まれて、何を奪われたか。

腕組みして、考え込んでしまう。

一度、全部を調査し直す必要がある。

いずれにしても、これでは地上に出られなくなった。しばらくは、地中に潜るしか無い。ルナリエット達には、予定と同等か、それ以上の時間、休んで貰う事になるだろう。

「しばらく、一人にしてくれるか」

「アーシィ、行くぞ」

「……」

心配そうに此方を見るアーシィ。

私は、それに。

何も応えられなかった。

 

(続)