泥濘の色

 

序、腐敗の黄金

 

其処は、黄金の三角地帯と言われている。金が取れるわけでは無い。先進国から金をむしり取ることが出来るものを、もっとも多く生産可能な土地だ。

すなわち。

麻薬である。

世界最大の麻薬生産地帯であるこの近辺は、機能していない治安。好き勝手に振る舞う地元武装勢力。蔓延する麻薬により、脳が完全にやられている人々の残骸。そして、掃討作戦で出る死者。他にもありとあらゆる悪徳が集まり。

何もかもが。

中東やアフリカの紛争地帯にも劣らぬ、地獄絵図だ。

一時期は、麻薬の価格下落によって沈静化しつつあった地域もあったけれど。現在はまた麻薬の値段が上がってきていることもあり。

再び、無法地帯が再来している。

この地域を支配している軍閥は、政府軍に匹敵する軍事力を持ち。政治にも強いパイプを確保しているため。生半可な軍では、どうにも出来ない、というのが実情としてある。

今も、黄金の三角地帯は存在し。

麻薬だけでは無く、覚醒剤までもが製造、販売されている有様だ。

警備が厳重になっているのを確認。

上空には武装ヘリもいる。あれは政府軍の機体の筈だが。

政府軍が、警戒に当たっているというのだ。麻薬畑の。呆れてものが言えない。

さて、蹂躙するか。

私は、ルナリエットに、指示を出した。

「蹂躙しろ」

「分かりました!」

スーパービーンズは、既存の生態系を侵さない。基本的に、他の植物が生えることが無い荒野や汚染された地域のみに繁殖する。

例外は、何種類かの麻薬原材料となる植物だ。

これだけは、さながらミントが在来の植物を駆逐していくかのように、踏みつぶしていくのである。

土を吹き飛ばす。

姿を見せた禍大百足を見て、武装勢力の者達が、悲鳴を上げた。

即座に、スーパービーンズの散布を開始。

ただでさえ作戦が遅れているのだ。中央アジアの三国を踏みつぶして、そして到達した東南アジア。

新国連は追いすがろうとしているけれど。

まだ、GOA部隊さえ派遣することが出来ていない。

南アメリカを狙うか、それとも中央アジアを本格的に叩くか。禍大百足の行動が、読めないから、だろう。

残念だが、どちらも狙う気は無い。

禍大百足がこれから叩くのは、東南アジアの数カ国だ。

そしてこれには。

スーパービーンズを散布する戦略上の意味がある。その意味は、まだまだ悟られることはないだろう。

東欧での戦いが終わってから、一月が経過している。

新国連は、GOAの開発を加速したようだし、恐らく中帝を叩きに行く前に、新型が姿を見せるだろう。

厄介な相手になっているはずだが。

最終的に、勝ち逃げすればそれでいい。もとより、生き残るつもりなど、ないのだから。

「戦車が出てきました。 ロシア製のT90です」

「良い戦車を持っているな」

「政府軍の戦車よりも、質が高いかも」

意外にも、武装勢力は、最初こそ逃げ回ったけれど。それから士気を盛り返して、果敢に仕掛けてくる。

少年兵が。

それも、麻薬中毒になっている者達が、前線の兵士にされているからだろうか。凄まじい奇声を上げながら、効きもしないアサルトライフルを乱射してくる。ばたばたと腐食ガスで周囲のヘリが落ち、戦車が擱座しているにもかかわらず、である。

中には、足に登ろうとしてくるものまでいる。

グレネードを麻薬畑で使おうとして、そのまま味方に頭を打ち抜かれるヤク中の少年兵もいた。

いや、女だったらしい。

映像を見ると、既に死んでいる子供の兵士は。弛緩しきった体を、大麻の中に投げ出している。

スーパービーンズを散布。

一部で、敵の攻撃で火がつくが、どうでもいい。

この辺りで麻薬を栽培しているのは農家である。農家の時点で、そう言うことをしているのだ。

作物が売れないし。

売れたとしても、二束三文だから、である。

大量の食物を作っているのに、喰っていけないのだ。どういう皮肉な話だというのか。

スーパービーンズの散布を、移動しながら続ける。

全ての麻薬畑に散布。これで、三日もあれば壊滅だ。そして今更、地面に埋まった種を取り出そうとしても遅い。

すぐに発芽して。

一メートル以上の深さまで、地下茎を張り巡らせ。それから、地上に芽を出すのだ。スーパービーンズとは、そう言う植物である。

更に、突撃。

武装勢力を動かしている、司令部に。

既に、事前に場所は調べてある。プトレマイオスとのハッキング戦でもあるまいし、この程度は余裕だ。

地下に潜って、バンカーバスター直撃をも想定している要塞を、真横から打ち砕く。真上からの攻撃に如何に強固でも、真横や下からではどうにもならないものだ。

金庫室を喰い破り。

蟻のように逃げ散る武装勢力幹部の上から、腐食ガス。更に、そのまま都市部へと、進撃を開始。

叩き潰す。

戦闘機隊が出てくる。

アレはこの国の、なけなしの戦闘機だ。

だが、それも対空腐食ガスを浴びて、すぐにふらふらになる。軍基地へ突入。滑走路を蹂躙。

薙ぎ払う。

更に、都市部へも乱入。

腐食ガスを徹底的に散布。

スーパービーンズの散布も実施。

充分な量を撒いたと判断。

ほどなくして、作戦行動は完了。

ルナリエットが、ヘルメットを外し。左右で、ユナとマルガリアも、同じようにしていた。

「最初だけあって、簡単だったな」

「そう、だな」

敵の反撃はかなり散発的だった。かなり強力な戦車を有していたが、それも高度なリンクシステムを駆使して、連携して動いてこないのでは意味がない。

所詮は、此処も第三諸国の政府軍と武装勢力が、血みどろの抗争を繰り返すこの世の地獄に過ぎない。

そして、東南アジアに禍大百足が出た以上。

面子もあって、必ず出てくる国がある。

米国。

言うまでも無く。

現在世界最強の軍隊を持つ国家である。

世界の警察を気取ることさえやめたが、それでも世界を相手に圧勝できると言われるだけの軍事力は健在。

特に第七艦隊は、現在沖縄近辺の基地に停泊しており、今回の攻撃で、完全に臨戦態勢に入ったはずだ。

しかも新国連と通じている以上。

禍大百足の弱点も、熟知していると見て良い。

東南アジアの最暗部は、こうして潰したが。

それも、さい先が良いと、喜んでばかりはいられなかった。

「一度基地に戻る」

「分かりました」

出方を確認しなければならない。

それに、今の戦いで、少しなりともダメージは受けた。相手に最新鋭の戦車もいたし、何度か大量の爆弾を体に巻き付けた少年兵によって、自爆攻撃を受けたからである。

勿論、大したダメージにはなっていないが。

それでも、念には念を入れる。

基地に到着すると。

修繕は他のメンバーに任せて、即座にネットに接続。SNSなどの反応だけでは無い。軍基地に作って置いたバックドアや、報道もまとめてチェック。

そうすると、流石に混乱が凄まじかった。

黄金の三角地帯、炎上。

麻薬が全滅。

備蓄分も含めて、供給ルート壊滅。

ビルバニア国は、非難声明を発表。禍大百足と名乗るテロリストの兵器によって、都市部が徹底的に破壊され、民間人が多数犠牲になったと、口を振るわせながらビルバニアの首相は声明を読み上げていた。

一方、米軍は。

既に動き始めている。

空母が、南シナ海に展開開始。また、世界最強の戦闘機であるF22が、十機以上。沖縄の基地に到着した様子だ。

言うまでも無いが、F22は別次元の性能を持つ、此奴だけ別のルールで動いていると言われる最強戦闘機である。

というよりも、戦闘機でさえない。

攻撃機でも爆撃機でもあり。

此奴一機で、普通の戦闘機100機に冗談抜きで匹敵する。それくらいの、桁外れの代物なのだ。

「やはり、米軍の神経を逆なでしたな」

「補給を急げ!」

マーカー博士が、指示。

ルナリエット達三人は、まだかなり余裕がある。特にユナは、柊の所に行って、お菓子をねだっている様子だ。

この状態なら、大丈夫だろう。

私自身は、体調がある程度改善したこともあって、柊がサンドイッチやハンバーガーを食べさせてくれるようになった。

ただ、あくまである程度だ。

やっぱり作業をしていると、時々きちんと食事を取るように怒られる。私も今倒れるわけにはいかないので。粛々と従うほか無い。

それにしても、此処の食事のまずいこと。

アーマットが用意してくれた目録の段階で嫌な予感はしていたが。

訳が分からない業者が作った、訳が分からないレトルトが大半なのだ。それは、美味しくなる筈も無い。

冷凍野菜の類も、虫が湧いているものがめずらしくなく。中には開いてみると、ごっそり虫に食われている例もあった。

平然と柊は、そういったものを避けて調理していたけれど。

線が細い科学者崩れの中には、それだけで卒倒しそうになるものも、珍しくない様子だった。

まあ、私だって、正直嫌だけれど。

食事をした後。

分析を行う。

恐らく米軍は、十時間以内に、東シナ海に展開を終えるはずだ。F22はその超航続距離によって、沖縄の基地からでも、東南アジアに直に攻撃を仕掛けに来るだろう。しかも厄介なことに、此奴は今までの戦闘機とはステルス性能にしても、巡航速度にしても、格が違う。

搭載している火力も強大で。

捕捉されたら最後、先制攻撃を許すのはどうしようもないだろう。しかも、対空腐食ガスを撒いたとしても、撃墜できるかどうか。

また、米軍が順次配備しているF35戦闘機の性能も、此処まででは無いにしても圧倒的だ。

空軍一つをとってもこれである。

ロシア軍から見ても、更に一世代、いや二世代は上の軍。

そして、米軍の地上部隊が出てくるとなると。

既に実用化が始まっているパワードスーツや、世界最強の戦車であるM1エイブラムスが、多数出張ってくるだろう。

どれを相手にしても、正直胃が痛い思いをすることは確実で。

相手が態勢を整える前に。

速攻を仕掛けたいところだが。

どうも、そうも行かないらしいことが。調査をしていると、分かってきていた。

「米軍の精鋭が、既にテルマ国とバグラシア王国に進駐を開始している。 戦力的にも、現時点で既に二個師団。 最終的には五個師団に達するはずだ。 アパッチで構成された戦闘機隊、最新鋭歩兵戦闘車と連携して動く特殊部隊もきているようだな」

「米軍は、このことを予想していたのか」

「いや、覚悟をしていた、という事だろう。 東欧から中央アジアへ駒を進めたのだからな。 そのまままっすぐ行けば、東南アジアに出る。 簡単な計算をして、それに備えていたのだろう」

結論として。

その簡単な計算は、ずばりと適中したわけだ。

テルマとバグラシアは、避けて回るべきかもしれない。

いずれにしても、此処からは文字通り、細心の注意を払いながら、戦っていく必要がある。

相手は米軍だ。

どれだけ慎重に動いても。

慎重すぎることは無いほどなのだから。

増加装甲の補充完了。

だが、素人目から見ても。かなり品質の低い増加装甲だ。明らかに、他とは雰囲気も違っている。

塗装して誤魔化してはいるけれど。

それにも限界がある。

明確な弱点になっていると言って良い。

地図を出す。

フィリピアス民主国。

今回ターゲットとしている四カ国の一つだ。政情不安が続いており。禍大百足が中東のイスラム系過激組織を根こそぎにする前は、かなりの自爆テロを輸出され、多くの事件を起こしていた。

まず最初に、此処を叩き潰す。

米軍の展開が速いことを見ると、恐らく此処で最初の交戦になるだろう。しかも、かなりまとまった数が出てくるはずだ。地上部隊にしても手強いだろうが。空軍の戦闘力はどうしようもないレベル。

苦戦は、避けられない。

ざっと情報を確認する。

新国連は。

現在GOA部隊を再編成中だ。もしやり合うことになるとしても、フィリピアスでは無く、テルマかバグラシアだ。

今回の攻撃対象は、東南アジアの四国だけ。

しかも、その内の一国では、既に作戦行動が成功して、終了しているというのにもかかわらず。

この状況の厳しさは、どういうことか。

最終チェックが完了。

「食品の衛生には注意してくれ。 医療班は、食中毒に備えて、準備を進めておいてくれるか」

「分かりました」

「にしても、日本製の食品でも入手できればいいのだが……東南アジアの中でも、更に怪しい会社が作った食糧で今後やっていかないといけないとはな」

私がぼやくが。

周囲は、何も言わない。

恐らく、補給もいつまでも続かない。

最悪、禍大百足の中で生産しているスーパービーンズの中で、余剰分を食べる事になるだろう。

実際我々にとって繁殖なんてどうでもいいのだから。

スーパービーンズは害にはならない。

ルナリエットとユナ、マルガリアが、診察を終えて戻ってきた。ルナリエットは、だいぶ調子も良さそうだ。ここのところ、楽な仕事が続いたし。出来るだけ休ませるようにもしていたのが効いたのだろう。

一月も休ませれば、体そのものは若いのだし、この通りだ。

ただし、心まではいつまで保つかわからない。

やらせている仕事が仕事だ。PTSDにいつなってもおかしくないだろう。その時は、ユナとマルガリアに操縦をさせるのか。

いや、そうもいかない。

だましだまし、やっていくしかない。

出撃。

コックピットに乗り込んで、指示を出す。

禍大百足が。

動き出した。

条件が最悪の中、敵は最強。

今までに無い厳しい戦いが始まることは、確実だった。緒戦の快勝など、何の意味もないほどだ。

だが、此処を叩かないと、そもそも目標を達成できない。

達成すべき目標は。遠い。

 

1、黒翼の機王

 

一足早くだけれども。新国連に、試作機のモデルがついた。今、亮は東欧を離れ、一旦飛行機でアメリカに戻り。其処にある新国連本部近くのセンターに来ていた。他のパイロット達も同じである。

新国連の事務総長が、判断したのだ。

恐らく、禍大百足は、同じ地点を攻撃することは無いだろうと。以前は取りこぼしの武装勢力残党なんかを虫のように潰していたけれど、今はノウハウも蓄積したのか、一度の襲撃で潰しきれるようになっている様子だ。そうなると、荒していた中央アジアにはもう出ない。

この間、悪名高い黄金の三角地帯が、丸ごと潰されたという話だけれど。

そうなると、狙ってくるのはインドの近辺にある最貧国か。

それとも東南アジア、となる。

南アメリカにいきなり来る可能性もあるけれど、その場合、アメリカ本土から数十万単位の軍勢が現れるだろう。

リスク云々の問題では無く、新国連では出る幕が無くなる。

それならば、米軍が動くにしても、恐らく地上部隊では無く空軍と海軍中心で出張るだろう東南アジアに備えて。

何より、GOAの新鋭機を完成させるため。

GOAを製造しているアメリカの本部に一度戻る方が良い、と言うのが結論だ。

本部はそれほど巨大な建物では無いけれど。

研究施設は広大。

禍大百足が散布しているスーパービーンズと呼んでいた豆の研究も、大急ぎで進められている。

一方で、最新鋭兵器の研究施設もあり。

複数の棟がまるまる使われて、GOAの試験が行われていた。

GOA401は、既に大まかな形なら出来ている。

今までのGOA350より更に一回り大きい。ただし、その大きさは、背中にある巨大なブースターによるものもある。

機体の装甲を更に高め。

ブースターにより、飛行時速百四十キロを実現したのだ。

禍大百足がたたき出す時速百五十キロにはわずかに及ばないが、これであっという間にふりきられることはなくなる。

更に言えば、禍大百足のデータを検証する限り、ブースターを吹かしていられる時間は此方の方が長い。

継戦能力も、今までに無く上がっている。

そして、火力については、だけれども。

GOA350のものと同等にまとめる事に決まった。その代わり、弾薬をより多く積んでいく。

そうすることで、継戦時間を上げるのだ。

亮がこの間、必死に時間稼ぎをした戦いのことが、評価されたのである。勿論最終的には惨敗だったけれど。

他の機体もあれくらい戦えていれば。

禍大百足は、もっと長い時間、拘束することが出来たはずだ。

そして、今回のGOA401の最大の特徴は、ハッキング対策である。

五十機のGOA部隊。その隊長機と周辺機を、独自のネットワークで接続する事により、禍大百足に乗っているハーネット博士の高いハッキング能力に対抗する。

実はこれは、最近新国連で判明したのだけれども。

禍大百足の強さの一つに、情報の速さがある。それを支えているのは、恐らくはハーネット博士、もしくはその周辺人物による情報の奪取があるのではと言う仮説が出て。専門家に調査させた所、どうやら間違いないと結論が出たのだ。

GOA401は他にも、禍大百足が使うインフラ破壊兵器への対策や。

もう少し肉弾戦をやりやすくするように、フレームそのものの頑強さを更にあげている。

ちなみに、勿論対テロリストも想定した機体だ。

大型化を続けたGOAは、既に全高十八メートルと、初期の機体に比べて三メートルも高くなっている。

そして全身は、相変わらず威圧のための黒。

背中からのびたブースターと姿勢制御翼は。さながら夜の世界を支配する、悪魔とその眷属がごとし。

ロケットランチャー程度では傷一つつかない防御力。対戦車地雷など歯牙にも掛けず、落とし穴なども平然と回避する姿勢制御能力。対戦車や装甲ヘリ相手には少し劣るが、それでも人間のゲリラを粉砕するには充分すぎるアサルトライフルの火力。

いずれもが、禍大百足だけでは無い。

その後の治安維持活動で、パイロットを守り、テロリストを叩き潰すための工夫が、あらゆる面から懲らされていた。

亮が足下まで行って見上げると。

モノアイの頭部が、見下ろしてくるようだ。

兜を被った武士のような造形に、モノアイの異形。長身の人間の、実に十倍という圧倒的な体格。

そして、何をしても通用しない防御力。

これでは、戦意をへし折られない歩兵などいないだろう。

ただ、これはまだ試作品。彼方此方を補修しないと、動かす事が出来ない。

周囲を見回すが、白衣の技師達だけ。

蓮華たちは、GOA350を動かして、他のパイロット達に指導をしている。GOA201、240は既に量産化が行われていて、合計で百機以上が各地の紛争地域で活躍している。

何しろパイロットを絶対に守れる上に、テロリストを確実に駆逐できる機体と言うことで、平和維持軍には実に重宝されている様子だ。もっとも、テロリストが手に入れることを警戒して、本当に信頼性の高い部隊にしか配備されないらしいが。

動かすのは、新国連でも特に厳選されたパイロット達。

GOAを駆って禍大百足と戦って来た亮達は、確かに負け続けだが。それでも。膨大なデータを得てきた意味は大きい。

此処にいるのは亮だけ。

他のパイロット達は忙しくしているのに、良いのだろうか。

そう思った時、声が掛かった。

「亮さんですね」

「あなたは?」

振り返ると、小柄な眼鏡を掛けた女性がいた。

何度か見た事がある。

確か、GOAの中核開発者である技師だ。握手を求められたので、応じる。そのまま、連れて行かれたのは、シミュレーションルームだ。

GOA401の予想能力と負荷を考慮して、構築してあるという。

なるほど、亮にはうってつけの仕事、というわけだ。

すぐに乗る。

最近のCGは発達が凄い。

ゲームなどでも実写顔負けのCGが出てくるけれど。軍用のシミュレーターに出てくるCGは、もう完全に本物だ。

コックピットも再現されている。

今までのGOAシリーズと同じ、全周型のコックピット。ただし、周囲はちょっと手狭かもしれない。

この辺りは、装甲との兼ね合いなのだろう。

GOA同士で殴り合っても、破壊される前にパワーが尽きる。

そう言う機体なのだ。

ただ、長い間乗り込むとなると、やはりコックピットは広い方が好ましいというのも事実である。

まず、一歩一歩。

亮が苦労して皆と一緒に作り上げていったサポートAIは、こういう所で存在感を見せてくれる。

前は歩かせるのも一苦労だったGOAが。

今では、さほど苦労も無く、難路をすいすいといけるのだ。

振動も小さい。

跳躍してみる。

勿論足の力だけで飛ぶのでは無い。ブースターを駆使するのだ。

GOA350のような、じゃじゃ馬では無い。パワーは凄まじいけれど。何というか、安定感がある。

ブースターの形状を、工夫しているのか。

それとも、背中の飛行補助翼が理由だろうか。

しばらく動かした後、射撃訓練もする。

出てきたテロリストと民間人を、即座に判別して打ち抜いていく。

普通の射撃だったら、未だにポンコツな亮だけれど。

GOAのなら違う。

くぐった場数が、他の誰よりも多いからだ。世界でこれに関してだけは、亮が一番だ。

スコアは、そこそこにたたき出せた。

嘆息しながら、GOAを出ると。

嬉しそうにメモを取りながら、さっきの技術者が待っていた。

「流石です。 微調整しますね」

「お願いします」

「何か不満はありますか?」

「今の時点では。 とても良く出来ている機体だと思います」

ピーキーだったGOA350と比べると、別格に扱いやすいと思う。見かけのごつさとは、まるで別物だ。

ただしあくまでシミュレーションはシミュレーション。実機を動かしてみると、思わぬ不具合が出るのは当然だ。

だから、まだ油断は出来ないが。

何度か、条件を変えてシミュレーションをする。

バグが出ることもあったけれど、致命的なものはでない。GOA401の開発のためだけに、相当な金と人材が投入されているのは明らかだ。

眼鏡の女性技士は熱心にメモを取っていたけれど。

他の技師は、皆それぞれのデスクで、画面に向かってキーボードを叩いているのが印象的だ。

一人だけ、場違いなのである。

ただ、彼女がとても優秀だという噂は亮も聞いているし。周囲もそれを認めているのだろう。

時々、意見を交換しあっている様子だった。

「ばっちり。 今日は休んでください」

「はい。 一刻も早く完成をお願いします」

「分かっていますよ」

見ると、分担が徹底的に行われている。急ピッチの作業で、日本だったら、どんなブラック企業も真っ青になる仕事量なのに。きちんと時間的な意味でプライベートが守られる環境になっている様子だ。

海外の優良企業では、それが決定的に違うとは亮も聞いていたけれど。

実物を見ると、確かに凄い。

寮に戻ると、大佐が訓練場から戻ってきたところだった。かなり汗をかいている所を見ると、新兵に格闘技を教えていたのかもしれない。

見た目の通り、大佐は相当な肉弾戦の名手だ。

格闘技に到っては、マーシャルアーツから柔術までこなす。最初の頃は、大佐にぼっこぼこにされて、体が痛くて仕方が無かった。

今もとても勝てないけれど。

筋肉痛で動けなくなることは減ってきたので、鍛えられてきたのだろう。

「リョウ、どうだGOA401は」

「ピーキーだった第三世代機と比べると、非常に扱いやすいと思います。 防御力も速度も今まで以上という事なので、期待しています」

「そうか。 蓮華も乗せてみたが、同じような評価だった。 他の隊長にも、概ね好評だ」

「大佐は、どう思いましたか?」

少し考えた後。

大佐は、良い機体だと思うと言う。

笑顔は浮かべない。

大佐は、しばらく准将への昇進はお預けらしいけれど。感情が見えない分、それを不満に思っているようにも思えなかった。

一緒に食堂に行く。

食堂はかなりのメニューがあるけれど。やはり軍隊の食堂らしく、相当にヘビーなメニューが多かった。

見るだけで胸焼けになりそうな料理もある。

ただし、見ていると残している人は殆どいない。亮も日本にいた頃より、ずっと食べるようになっていた。

体重も増えたけれど。

それは筋肉の分だ。

「恐らく禍大百足は、東南アジアに来る。 その場合、米軍が我らに足止めを指示してくるだろうな」

「危険な任務ですね」

「そうだ」

主に危険なのは、背中だ。

米軍は新国連の機甲師団とは違う。米軍の中には、新国連を馬鹿にしている将官も多いと聞いている。

GOA部隊を、盾や案山子くらいにしか思わない人だっているはずだ。

東欧の戦いで半壊した陸上部隊は、今回は後から再編成しつつ来る。亮達は、GOA部隊の再編成が終わり次第、東南アジアに出向くそうだ。

具体的な国は言えないそうだけれど。

まあ、それもそうだろう。

軍施設内の食堂とは言え、プライバシーというものがあるからだ。

蓮華がきた。

凄く不機嫌だ。大佐の隣に座る。

大佐は何も言わない。

蓮華は不思議な奴で、いつも怒っているように見える。出来る女と評判だし、何よりルックスが派手だ。

かなり男にはもてると聞くけれど。特定の彼氏が出来たと言う話は聞かない。

性格がきつすぎるからだろうか。

「何よ彼奴ら。 GOAが火力が低くて嫌だとか、戦略的な意義が全く分かっていないっての」

「パイロット候補達に何か言われたの?」

「ええ。 せっかく日本のアニメに出てきそうなロボなんだから、ビームとか出せないのか、だって。 GOAは搭乗者を確実に守り抜いて、どんな危険地帯にでも踏み込んで攻撃に耐え抜けるのが魅力なのに」

一位になれなくて口惜しいらしい蓮華だけれど。

GOAの事は、亮に負けず劣らず愛しているのが、こういうときに分かる。

ほほえましいと思うけれど。

同時に、できるだけ負けたくないなとも思う。

「大佐は、どう思いますか」

「一兵士が戦略まで理解する必要がないのは事実だ。 蓮華は士官志望だったな」

「はい。 最終的には新国連の総司令官を目指します」

「良い大望だ。 それならば、もう少し寛大な心も身につけるべきだろう」

さすがは大佐だ。

しかし、大佐は一方で。

怒ることがあるのだろうか。

 

翌日。

シミュレーターに入ると、昨日以上に色々な事をさせられた。今日は空中戦が主体だ。ロケットランチャーで武装したゲリラの大軍を相手に、出来るだけ敵を殺さないように、制圧しろというものだった。

当然四方八方からロケットが飛んでくる。

冷静に狙いを定めて、無力化ガス弾が入っているグレネードを使う。

グレネード弾が炸裂し、ばたばたとゲリラが倒れていくけれど。その間も、かなり被弾した。

どれだけ機動性が上がっても。

こういうときは、的が大きい事が徒になる。

まあ、当たったところでびくともしないのが、GOAなのだけれど。それでも被弾を減らしたいのが人情というものだ。

それほど時間を掛けずに、制圧。

無力化ガスが濛々と立ちこめる中、降伏を申し出るゲリラの指揮官。

近くに降りると、アサルトライフルに切り替え、至近に銃口を突きつける。特殊部隊が駆けつけてくればミッションクリアだ。

だけれども、亮は油断しない。

周囲に時々グレネード弾を撒く。

全周モニタを活用して。後ろにも気を配り続けた。

不意に、後方に動く影。

全身に爆弾を巻き付けた少年兵だ。ガスマスクをつけていて、まっすぐに突進してくる。

だから。その足下の岩に、アサルトライフルの弾を集中的に当てる。

流石に火力の滝を見て、怯む少年兵。

軽く、死なない程度に、アサルトライフルを振るう。

手加減は、出来るつもりだ。

吹っ飛んだ少年兵が動かなくなった。

とりあえず制圧できたらしい。

胸をなで下ろした瞬間。

少年兵に巻き付いていた爆弾の山が、爆発した。見ると。降伏してきた敵士官が、にやにやと笑っている。

隣の奴は。

ビデオカメラを廻していた。

瞬間的に殺意が沸騰しそうになるけれど。

抑える。

そして、ガスマスクを剥ぎ取るように。アサルトライフルを振るって、敵指揮官を吹っ飛ばした。

悲鳴を上げてもがいているが、無力化ガスが充満している中だ。

すぐに動けなくなる。

そして、カメラは踏みつぶした。

いずれも微細な調整が必要な作業だけれども。散々GOAを動かしてきた今の亮には、難しくない。

間もなく、特殊部隊が到着。

シミュレーションは終了した。

降りてきた亮に、女科学者は意外そうに言う。

「今の、よく我慢できたね」

「人が悪いですよ」

「ごめん。 でも、この機体は、車と同じでパワー感が尋常じゃ無いから。 どうしても、スイッチが入ると、おかしくなる人が出ると思って。 ブレーキになる機構を組み込みたくてね。 少し趣味が悪い事をしたの」

「分かりますけれど……」

ばつが悪くなって、亮は視線をそらした。

必死に抗弁する女性技士を一方的に責めているような気がしたからだ。この辺り、亮が今も変わらない、弱い部分だろう。

「僕はこれでも、戦地で実際にGOAを動かしてきました。 アフリカでも中東でも、貧しい国の武装勢力は平気で子供を盾にしますし、自爆させることを何とも思っていませんでした。 目の前で、子供を捨て駒にして逃げる大人の兵士を見た事もあります。 ミンチになって消し飛ぶ子供だって、散々見ました」

周囲の技師達が、流石に青くなって亮を見る。

今更、そんな程度で感情は致命的に高ぶったりしない。

元から。

過激派フェミニストの母親に、生殖器を切りおとされた時から。

亮は壊れてしまっていたのだろう。

むしろ蓮華の方が、周囲にはまともに見えるはずだ。

「多分蓮華や、他のパイロットの方が、良いデータが取れると思います」

「その、ごめんなさい」

「いえ」

そそくさと、その場を離れる。

悪い事をしたようだった。

罪悪感が立ちこめる中。携帯が鳴る。大佐からのメールが来ていた。

どうやら、禍大百足が侵攻を開始したらしい。勿論セキュリティもあるから面と向かっては書いていなかったけれど、ミーティングルームに急ぐ。

東欧の基地の、五倍ほどある本格的なミーティングルームだ。

以前見かけた中将や。

新国連の幹部クラスは、あらかた揃っている様子だった。

「現在、中東での治安維持活動は、今までに無いほどの成果を上げています。 犯罪発生率は、国によっては以前の二十分の一以下になり……」

緑に覆われた砂漠。

オアシスは広がり。

乾ききった地獄だった国は、さながら緑に包まれた楽園のように変貌している。悔しいけれど、これが禍大百足が来た結果なのだと、認めざるを得ない。実際禍大百足が現れ、新国連がGOAを投入する前は。

治安維持部隊は、どこでも泥沼の戦いに、両足を突っ込んでいたのだから。

大佐が手招きする。

隣に座ると。大佐の体の大きさがよく分かる。亮よりも、三廻りくらい大きく感じるほどだ。

「今、成果報告のミーティングをしているところだ」

「はい。 そうなると、次ですね」

「ああ」

拍手の中、プロジェクターが一旦止まる。

説明をしていた士官が壇上から出て行くと。

アンジェラ女史が来た。

雰囲気が一瞬で変わる。あの人が来たという事は。大佐が言うとおり、禍大百足関連の事件が起きたという事だ。

「フィリピアス民主国西の密林地帯に、禍大百足が出現。 地元に巣くっているクマルアーシュを蹴散らしている様子です」

「クマルアーシュ?」

「東南アジア最悪の独裁者の残り香だ」

言われて、思い出す。

東南アジアに、昔、存在したのだ。史上最悪と名高い、虐殺の権化とも言われる独裁者が。

その男は、本人はとても善良で。

真面目で寡黙な人物だったという。

しかし、その実態は。極端な共産主義思想に染まり、彼の国を地獄に変えた、史上最悪の独裁国家の主。

隣国が侵攻したことで、その国が潰れたとき。

明らかになったのは。あまりにも、想像を絶する事態だった。

その男は、感情を禁じた。

笑うことも泣くことも許さなかった。

知識を禁じた。

知識があるから、全てが悪くなると判断したからだ。

あらゆる手段で知識層を皆殺し。収容所では、あらゆる罪がでっち上げられ、侵攻した隣国の軍が見たのは、それこそこの世に具現化した地獄そのものだったという。

積み重なる死体にはうじが湧き。

機械的に処理されていく人々は、自分が何故囚われ、殺されなければならないのかも、分かっていなかった。

しかも。隣国の軍が突入するのが一月でも遅れたら。

更に死者の数は、倍になっていたと言われている。

この結果、その国では、四百万人が死んだ。

実態が明らかになるまで、その国を地上の楽園、アジアの優しさなどと喧伝していた新聞さえあったというけれど。

いずれにしても。体制が崩壊した後。

独裁者はゲリラに落ち。

そして、その内のたれ死んだ。

今も残党が、クマルアーシュと呼ばれる集団となって、密林に潜んで暴れていたのだけれど。

禍大百足に蹴散らされたというのなら。むしろ良い事なのかもしれない。

「そのまま、周辺の武装勢力を蹴散らしながら、禍大百足は東に侵攻。 フィリピアス民主国の大統領は、非常事態宣言を出し、米軍に援軍を要求したそうです。 新国連にも、増援の手配が来ています」

「すぐには動けん」

呻いたのは、エルド中将。新国連の地上部隊指揮官である。

この間の東欧の戦いでは、禍大百足との戦いを互角に近い所にまで持っていって、停戦を実現した。

ただ、その行為は賛否両論。

あのまま戦えば、禍大百足を撃破できたという声もあり。その声に対して、エルド中将はあまり快く思っていないようだった。

エルド中将が言うのも無理はない。

現在、新国連のGOA部隊は再編成中。GOA401のロールアウトを待って、10機のGOA401、40機のGOA350の部隊を編成して、東南アジアに向かうつもりだったのである。

その構想は、何度か会議に出向いた亮も聞いている。そして、GOA401は、今大詰めの段階だ。

まだ、前線には出せない。

今のGOAは揚陸艦で運ぶことが出来るけれど。それでも、調整を船上で済ませるのは難しいだろう。

「一ヶ月後には、GOA401がロールアウトされる。 しかし、適当な数の兵を出しても蹂躙されるだけだ。 東欧の状況を見ただろう」

「分かっています。 そのため、新国連の海上部隊を動員して、陸上部隊はその後に出す予定です」

海上部隊か。

しかし、禍大百足は泳げる。

実際問題、アフリカの沿岸地域では、海賊が禍大百足に根こそぎにされたという報告も上がっているらしい。

海上だろうとお構いなし。

その上、生半可な深海探査艇では潜れないような深度へ、平然と潜っていくことも出来ると言う。

常識外の超兵器なのである。

海軍とは言え、安全とはとても言えないだろう。

アンジェラは。

一瞬だけ大佐を見た様子だ。或いは、その隣にいる亮も、見たかも知れない。まあ、どちらでも良い。

「GOA部隊は、再編成に備えて訓練を続けてください。 新国連の戦略チームの分析では、米軍と禍大百足はほぼ間違いなく消耗戦を行います。 勝負は二日や三日ではつかないでしょう」

「米軍が本腰を入れても、ですか」

「そうです。 困難な地形での地上戦を行って被害を出すくらいなら、米軍は空爆と艦砲射撃による制圧を狙うでしょう。 それに対し禍大百足は、地上と地下とのヒットアンドアウェイ、悪天候を起こしての長期戦での消耗を狙うだろうと分析が行われています」

そうか、そうなるか。

ちなみに、新国連の部隊は、東欧でかなり増強されている。

また米軍に関しても、意外に出る数は少なく、四万程度だそうだ。

これはロシアの情勢が非常に悪くなっていること。東欧で好き勝手暴れた禍大百足のせいで、ロシア軍の権威が地に落ちたこと、が原因だ。

ロシアの高官の中には、国内の反対を押し切って、新国連に援軍を求めたがっているものもいるらしいけれど。

少し前の、ロシア高官の全滅劇から、まだあの国は立ち直れていない。

米軍も、目を光らせているのだ。

世界の警察を気取らなくなってからも、その勢力圏維持は続けている。今、色々問題が起きすぎるのは好ましくない。

実際、新国連が、禍大百足との戦いで戦力を消耗しつくすのを避けたのには。

この情勢の悪化が最大の要因としてあった。

「茶を濁すにしても、それなりの数を出さないと、米軍は納得しないだろうな」

「ええ。 ですので、新鋭艦のゆきづきを出します」

「!」

ゆきづき。

新国連の軍艦の中では、最新鋭のイージス艦である。日本に発注された軍艦であり、その性能は米軍の最新鋭イージスに勝るとも劣らないと言われている。

元々イージス艦は、強力なリンク機能による攻防の強化が艦隊の主軸となる事を期待される兵種で。

このゆきづきは、性能から言っても。新国連の切り札と言って良い艦だ。

これを出すのなら、流石に米軍も文句を言わないだろう。

加えてミサイル巡洋艦四隻、駆逐艦六、フリゲート十の合計十七隻が、現地に向かう事になる。

勿論基本は巡航ミサイルと速射砲によるアウトレンジ攻撃。

地上部隊として、足止めのためにGOAが出るまでは、時間を稼げるはず。

アンジェラはそう言うけれど。

皆の顔は渋い。

少し前まで、禍大百足にやりたい放題振り回されていたのも事実なのだ。そんな予想を信用できるものかと、エルド中将の顔には書かれていた。

挙手したのは、大佐だ。

「キルロイド大佐、どうぞ」

「GOA部隊は揚陸艦で移動するのだろうか」

「現在、六隻の揚陸艦を準備しています。 ただ、GOA401は、でき次第大型輸送機で前線に出て貰おうかと思っています」

「……」

大佐が舌打ちするのが聞こえた気がした。

恐らく、今のアンジェラの言葉に対する反発は。

GOA部隊は401がロールアウトし次第、即座に大型輸送機のピストンで最前線に送られる可能性があるという意味もあるのだろう。

実際、アンジェラ女史は善人にはほど遠い。

流石に亮も、調整無しでいきなりGOA401を動かす自信は無い。むしろ、そんな事をするなら、GOA350で最前線に向かう方がマシだ。

咳払いしたのは、今まで黙っていた。

事務総長である。

彼はアンジェラからマイクを受け取ると、壇上から此方を見る。

「リョウくんといったかね。 GOAの最新鋭機には必ず関わっているエース」

「は、はい!」

思わず立ち上がる。

マイクが手元に持ってこられた。

「GOA401を的確に動かすのには、どれくらい時間がいるかね。 今まで、新鋭機の開発で中心になってきた君に、是非意見を聞きたい」

「ええと、実機をまず触るのに数日。 それから、実際にシミュレーションを行うのに一週間。 軽めの実戦で同じくらいは……最低でも必要だと思います」

「意外と短いな」

「その、今までの積み重ねが……ありますから」

実際、GOA401にも、今まで培ってきた技術が生きている。零から作るのでは無い以上、ある程度の短縮は可能だ。

かといっても、それにも限度がある。

今あげた日時は。

最低限動かせる場合。

それも、致命的な不具合が無い場合、である。

たとえば、米軍の誇る主力戦車、M1エイブラムスが最強と言われるのは、あまりにも多くの実戦で、データを積み上げてきているからだ。

不具合という不具合を、解消することに成功しているのである。これは大佐からの受け売りだが。

少し肩身が狭い。

実は亮は結構な有名人らしい。欠陥兵器とも言われていたGOAをまともに操縦できるようにした立役者として、である。

事務総長は、言う。

「海軍の提督達は、無理をしない程度で禍大百足を引きつけて欲しい。 ハーネット博士も、流石に今回ばかりは米軍を相手に無理をしないはずだ。 充分に、時間を稼ぐことは出来るだろう」

「油断さえしなければ、ですが」

ぼそりと大佐が言ったので、亮は驚く。

勿論、周囲には聞こえていない様子だったが。

大佐は、或いは。

今回の戦いには、反対なのかもしれない。

とにかく、結局揚陸艦での輸送が決定され。不具合解消の時間を作ることは出来た。ただ、亮には、さほど自信が無い。

出来れば、もう少し時間を掛けて、実機を調整して欲しいと言うのが、本音だ。

ミーティングルームを出る。

大佐に声を掛けたのは。

本音を聞きたかったからだ。

「あの、大佐」

「どうした」

「今回の出兵、反対なんですか?」

「まあ、な」

歯切れが悪い。

じっと見上げると、大佐は周囲に誰もいないことを確認してから、言う。

「誰にも言うなよ」

「はい」

「実はな、今回出兵している米軍に、同期がいる。 現在海軍の准将をしていて、フィリピアス東海上に停泊している艦隊の指揮を執っている」

あっと、思わず思った。

そういえば。

大佐は上昇志向が強い人だった。あまり表に出して言うことは無いけれど、それだけは亮も知っている。

上昇志向が強い人にとって、自分より出世した同期なんて。気分が良い相手の筈が無い。

そうか。そんな理由だったのか。

「どうした、何かおかしいか」

「ごめんなさい、大佐も完璧じゃ無いんだなって思って」

「俺は完璧にはほど遠い」

大佐は、結婚していたという。しかし、今は離婚した。もし完璧だったというのなら。結婚生活だって破綻しなかっただろう。

そういう大佐は。

いつも以上に、仏頂面だった。

「俺は自分でも分かっているが、不器用で堅実なだけが取り柄の男だ。 それなのに、身に余る野心まで抱いている。 だから女房にも逃げられる。 融通が利かないし、部下にも怖がられる」

「大佐……」

「軍で求められるのは、堅物の真面目男じゃ無い。 陽気なムードメーカーだ。 丁度、俺より出世した同期がそれでな」

何だか、いたたまれない話だ。

大佐も、大きなコンプレックスを抱えて生きている。

そう思うと。

悲しかった。

 

2、モグラ叩き

 

フィリピアス民主国は、犯罪者天国と言われる、東南アジア屈指の魔窟の一つだ。他にも治安が悪い国は幾つもあるが、この国は治安だけでは無く政府も腐りきっているのが大きな特色である。

人が集まり。

物資が集まり。

そして、桁外れに貧富の差が大きい。

それが故にこの国は、資本主義の恩恵を最大限に受け。そして、今、弱者が何処よりも踏みにじられる魔境と化している。

最初、国境地帯の武装勢力を踏みにじり。

麻薬畑をスーパービーンズで根こそぎにし。

武装勢力を束ねていた連中をまとめて肥やしにすると。禍大百足は、一旦地中に潜る。当然だ。

このままだと、米軍のお家芸である、艦砲射撃に狙われる。

既に、海上には米軍が展開してきていることが分かった。巡洋艦八、空母一、駆逐艦フリゲート合計二十三、イージス艦三。

そして、強襲揚陸艦一。

現在、米軍において強襲揚陸艦というのは、艦隊旗艦を意味する万能艦だ。圧倒的防御力と、街に等しい機能、陸上戦部隊を投入可能な容量。

世界最強、米軍第七艦隊旗艦、テンペスト。

そいつが出てきている事を、既に確認済みなのである。

この近辺は台風も良く来る。荒らされた熱帯雨林も多いけれど。地元の兵士は、大雨には強い。

大雨で身動きが取れなくなり、一方的に禍大百足に蹴散らされた中東の兵士とは違うと見た方が良いだろう。

ただし、それもあくまで人間を相手にした場合。

ジャングルファイトなど。

禍大百足の前には、何の役にも立たない。

ジャングルの遙か地下を抜ける。

今の時点では、ルナリエットにも操作はさせない。私は、出撃直前に柊が作ってくれたサンドイッチのバスケットを開いて。カラフルで、それでいながら自然な色合いのサンドイッチを、頬張っていた。

勿論独り占めはしない。

というか、そうしなくても大丈夫なだけの分量が、作られてあった。

マーカー博士も、美味しい美味しいと食べている。

あんなひどい材料を美味しく変えられるのだ。

柊は大したものだ。

「間もなく、軍基地の地下に到達します」

「蹴散らして、すぐに潜る」

「分かりました」

二次大戦の頃からそうだが、米軍の艦砲射撃の制圧力は、あまりにも圧倒的だ。

様々な、米軍と敵対した国の軍勢が証言している。

陣地を制圧した五分後には、艦砲射撃が降り注いで、部隊が逆に壊滅させられた、と。山が丸ごと一つ、ほんの数分で消し飛んだ例さえある。

ソ連の砲兵部隊の投射能力も凄まじかったという証言があるが。

米軍の制圧射撃の火力は、お家芸で。

それは決して衰えていないのだ。

厳戒態勢を取っている基地を、真下から喰い破る。膨大な腐食ガスを撒き、一世代前の戦闘機を根こそぎ使い物に出来なくする。

周囲は、そこそこに緑がある。

スーパービーンズを撒くけれど。中東やアフリカほどは、効果が期待出来ないだろう。効果が期待出来るとすれば。

都市部。

工場地帯。

その周辺。

もはや汚染されているという言葉さえ生ぬるい、この世の毒の集積地帯だ。

流石に中帝ほどでは無いにしても、この国の汚染は、話題になるほどで。逆に、だからこそ。

スーパービーンズの散布には意味がある。

基地を制圧するまで、六分半。

まだ、艦砲射撃は来ないけれど。いつ来てもおかしくないだろう。基地の周辺には、フィリピアス軍の残骸が点々としている。

今回は無力化ガスも混ぜている。

敵の制圧を早めるためだ。軍の機能を維持している電波塔や司令塔も、叩き潰しておく。蟻のように逃げていく兵士は。

自分たちの銃やボディアーマーがゴミのように溶けていくのを見て、どう思うだろうか。

悲鳴を上げながら逃げ散る兵士達を、追う必要はない。

「意外と時間が掛かるな」

勿論、米軍の艦砲射撃が、だ。

フィリピアス軍との調整が上手く行っていないのかも知れない。或いは、何か別の理由があるのか。

腕組み。

流石に戦闘中だ。

手元に食糧は置いていない。

ユナは意外に図太くて、平然とサンドイッチを口に入れながら、禍大百足を動かし続けている。

マーカー博士が、それを見て呆れた。

「よし、目的は達成した。 次の基地を叩く。 地下に潜るぞ」

「分かりました」

すぐに、地下に潜る。

次の出現地点を予想させるわけにはいかないから、乱数的に行く。どうせこの辺りでの作戦には、時間が掛かるのが目に見えている。

既に、かなり遅れがかさんでしまっている状況。

東欧での戦いでの終盤でかなり取り戻しはしたけれど。

此処では、一国ごとにかなり長期戦になってくるだろう。そしてそれは、覚悟の上なのだから、仕方が無い。

地下を進んでいく内に。

幾つかの作戦を立てておく。

マーカー博士は計器にずっと目を光らせていた。

「水が豊富なことだけはありがたいな」

「逆に言うと、中東のような、スーパーウェザーコントローラが猛威を振るえないのが厳しいぞ」

「ああ……」

あまり上空に雷雲を出し過ぎると。

スーパービーンズの散布どころでは無くなる。下手をすると、国が丸ごと押し流されるような水害になりかねない。

この地域は水害が悲惨で、そう言う意味でもスーパーウェザーコントローラーの乱用は出来ない。

つまり、敵の空軍を、以前ほど防げない。

対空腐食ガス弾を使って、制空権を確保していくしか無い。其処が、難しい所なのだ。

武装勢力が支配する村の至近。

土を破って、飛び出す。

この辺りは乾燥している。

田畑もあるが、あまり管理されているとは言えない。麻薬畑の方に注力しているから、だろうか。

禍大百足が、土を突き破って姿を見せると。

悲鳴を上げながら、農民が逃げ出す。

牛や馬が悲痛な声を上げ。

鶏がパニックに陥って、ばたばたと飛び回った。水牛が、自分より巨大な怪物を見て、呆然と口を開けていた。

スーパービーンズと、腐食ガスを散布。

悠然と、村を横切る。

上空に、戦闘機隊。出てくるのが、かなり速い。基地を潰されたことで、厳戒態勢に入っていたのだろう。

対空腐食ガス弾を叩き込む。

戦闘機隊は、ミサイルだけ放つと、すぐに旋回して逃げていく。代わりにヘリ部隊が来る。

農村でも、お構いなしだ。

武装勢力の拠点を踏みにじり。麻薬組織の住居を叩き潰して、その時。

横殴りに、ミサイルが多数、着弾。

しかし、煙を蹴り破って、禍大百足は姿を見せる。多数のヘリ部隊。これは、偽装した米軍か。

腐食ガスを浴びても、簡単に落ちない。

その性能の高さが分かる。

そうか、ならばそれでもいい。

跳躍。

散開するヘリ部隊。練度が尋常じゃ無い。やはり、この国のヘリ部隊では無いと見て良いだろう。

数機を巻き込み、吹き飛ばすが。

他は、距離を取りながら、ミサイルを放ってくる。

直撃するミサイルの火力が大きい。

増加装甲を、見る間に削られていく。

だが、此処までだ。

一気に土を蹴散らして、泥中に潜る。既にやる事はやったし、戦う意味もないからである。

バンカーバスターは投下してこない。

地下深くまで潜ると。

ようやく一息つけた。

流石だ。

最初の基地で、仕掛けてこなかったのは、どういうことか。そのタイミングで仕掛けると、油断させられないと考えたからか。

これは、手強い。

分かってはいたけれど。

とてもではないが、油断など許してくれる相手では無かった。

 

一撃離脱。

本格的な軍部隊が来たら、即座に撤退。

そうやって、時間を掛けながら。スーパービーンズを散布する。場合によっては、三分程度しか、地上に出られない場合もあった。

米軍は。

恐らくは、禍大百足の動きをかなりの精度で読んでいる。

今までの戦いのデータを、恐らくは衰え著しいロシア軍や、或いは新国連から接収して、専門家が分析しているのかもしれない。

喋ったのは失敗だった可能性もある。

専門家の手に掛かると、ちょっとした声などからも、分析はかなり進められるものなのだ。

ルナリエットの消耗が速い。

小刻みな作業をさせると。ずっと集中して作業をするよりも、疲弊が速い場合があるらしい。

今のルナリエットの置かれている状況が、正にそれだ。

「まだ行けるか?」

「……」

こくこくと頷くルナリエット。

東南アジアが、最難関になるかもしれないと、私はその様子を見ていて、覚悟を決める。

如何に彼方此方に兵を分散させているとは言っても。

やはり、米軍が練度でも兵器の能力でも、最強である事実には代わりは無いのだ。

アーシィが休憩を提案してきた。

マーカー博士もそれに乗る。

そうなると、休まざるを得ない。

一旦地下二千メートルまで潜る。恐らく現在位置は特定されてはいないだろうし、特定されたところでどうにもならないだろうが、念には念を入れるためだ。

一時間ほど、休む。

その間に、私は。

地上に出る度にちまちまとやっていた、情報収集のデータをまとめて置く。

まず、米軍だが。

セキュリティが固すぎる。

新国連も最近警戒して固くなってきていたけれど。鉄の壁にぶつかるような感覚だ。ファイヤーウォールが、堅固なんてレベルじゃ無い。下手すると、あのプトレマイオスとの電子戦を彷彿とさせる。

ちなみに、時間さえ掛ければ破る自信はある。

しかし、今回は。

その時間を与えて貰えないのだ。

いっそ、ニュークリアジャマーを使うか。

しかし、それもダメだ。

というのも、陸上部隊と海軍とで、ネットワークが違う。その上、現在、海軍は。ニュークリアジャマーを警戒しているのか、かなり距離を取った海上にいるのだ。

しかも其処から攻撃が余裕で届くのだから、タチが悪すぎる。

理想を言うならば。

まずニュークリアジャマーを叩き込んで、陸軍を黙らせる。

続いて、海中から艦隊に接近。

旗艦を一撃で沈めて、黙らせる。

勿論、出来ればの話だ。

海軍は恐らく、相当な高性能ソナーを備えている。たとえば、海中の岩盤を掘り進んで、真下から叩くにしても、気付かれて逃げられる可能性が高い。

かといって、海上を泳いで行っても、逃げられるだろう。

というよりも、流石に禍大百足ほどの速度で、艦隊は移動できないだろうけれど。

恐らくF22をはじめとする航空部隊が出てくる。

海上を泳いでいたりしたら、格好の的にされて、凄まじい火力を滝のように叩き込まれるだろう。

今までの艦隊とは相手が違う。

多国籍軍の艦隊は、色々と隙があったので、海中の岩盤を砕いて、真下から強襲することで大打撃を与える事が出来たが。

経験にしても技術にしても格が違う米軍の艦隊だ。

そう上手くは行かないだろう。

しかし、どうする。

「一度基地に戻りましょう」

アーシィが提案してくる。

そして、意外な人物が、それに賛成した。

「賛成」

皆が驚く。

声の主は、マルガリアだ。

というか、此奴が喋るのを、はじめて見た。マーカー博士の記憶と知識を引き継いでいる此奴は。

異常なほどに無口で。

感情を顔に出すことはあっても、実際に喋ることは殆ど無い。寝言さえいわないと、ユナに聞いた事がある。

「お前、喋るのか」

「喋る」

それしか言わないけれど。

逆に言えば、滅多に自己主張しない奴が、明確に口にしているのだ。相応の拘束力がある。

「そうだな。 一度戻るか……」

良い案は、浮かびそうに無い。

それに、基地ならば。

米軍に対して、ネットからの攻撃を掛けることも、不可能では無い。如何に堅固と言っても、時間さえ掛ければ。

人間が作ったネットワークなら。

私に破れない筈が無いのだ。

 

3、黒の魔王の実力

 

戦闘の様子が、亮の所にも伝わってくる。

というのも、米軍が本腰を入れ始めたからだろう。各国のマスコミが、本格的に動き出したのである。

金になるからだ。

そういうものである。

揚陸艦の艦上で、GOA401を動かす。長期戦になっているフィリピアスの戦闘は、米軍と禍大百足が一進一退。

禍大百足は、今回は最初から無理をしない方向で動いているらしく。

出ては引き、引いては出るの、ゲリラ戦の見本のようなことをしている様子だ。

その一方で。

フィリピアスは、悲鳴を上げているという事だ。

理由は他でも無い。

主要産業として表沙汰には出来ないけれど。少なくとも、誰でも知っている。

麻薬産業が、完膚無きまでに、叩き潰されたからだ。

しかも、である。

少し前に、黄金の三角地帯が、徹底的に蹂躙されている。それに加えて、武装勢力に雇われていたような不法業者がやっていた密輸や密猟も、である。

影の産業が、ずたずたにされていく中。

フィリピアスの大統領は、泡を食ってテレビカメラに訴えていた。

我が国は、今ピンチになっている。

凶暴な侵略者に蹂躙され。

国土が荒廃しようとしている。

どうか国際社会の救助を。

邪悪な侵略者に、裁きの鉄槌を。

訴えているフィリピアスの大統領は、どう見てもカタギには見えない。亮がまさかと思って調べて見ると、案の定だ。

麻薬組織ともつながりが深く。

その資金源でのし上がってきた、文字通り闇世界の住人だった。

何だか、助けに行くのが馬鹿馬鹿しくなる。

だが、禍大百足に蹂躙される弱者がいるのも事実なのだ。各地であのスーパービーンズが繁茂を続けている様子で。農民は先を争って食べ始めているというけれど。それにも、繁殖抑制以外のどんな効果があるかもしれない。

一通りの訓練を済ませる。

流石に、こなれてきている第四世代のGOA。

ロールアウト後、殆ど目立つ不具合は無かった。耐久試験も行う。真正面から、蓮華が乗るGOA401に、ポールアックスでフルスイングして貰う。

コックピットを狙うだけでは無い。

関節、頭部。ブースター。

いずれも、たたき割る気合いで、狙って貰う。

傷はつく。

だけれども。衝撃は、驚くほど小さい。

単純に固いのでは無い。

衝撃吸収をする仕組みに関しても、最先端の技術を、可能な限り取り入れている、という事だ。

思わず、ほうと呟いてしまう。

これは、思ったよりも。かなり凄い機体に仕上がっているかもしれない。少なくとも、GOA350よりも、間違いなく数段強い。

そして、旧世代の蓄積データがあったから、こんな凄い機体に仕上がってきているのだ。決してGOA350は役立たずなどでは無い。

立派に、兵器としての役割を果たしたのだ。

揚陸艦の上のスペースだから、限界はあるけれど。

実験を続ける。

丁度、米軍から供与されたM1エイブラムスが来る。

エイブラムスは、世代を交代しながらバージョンアップしている戦車だけれど。このエイブラムスは一世代前のものだ。

だが、正直T90よりも数段強い。T14も見た事があるけれど、あれよりも力は上かもしれない。

それくらいの火力と防御力を、兼ね備えているのだ。

至近から、主砲をぶち込んで貰う。

流石にそれなりの衝撃が来るけれど。それでも、倒れるようなことは無い。装甲に、大したダメージも入らなかった。

米軍の監査官も見に来ているのだが。

小声で会話をしている。

好意的な内容だと良いのだけれど。

そればかりは、此処からでは分からない。

「次は飛行実験です。 万が一のために、フロート装備をしてください」

「はい!」

海上での実験を此処から行う。

勿論言うまでも無く、GOAは大変に重い兵器だ。海に落ちてブースターが起動しなかったら、そのまま海底へ真っ逆さま。

勿論緊急脱出装置は用意されているけれど。

此処で大事なのは、クレーンを使ったとしても、引き揚げに多大な苦労を強いられるということだ。

其処で、特殊なバルーンを用いる。

スイッチを押すと膨らんで、GOAを包むような浮き輪になる。容積は大きく、GOAを支えられるように、まるで包み込むようなサイズとなる。

古い映画に出てくる怪人が、このバルーンのコードネームとして使われているけれど。

それは、亮にはあまり関係がない。

ちなみにこれは、整備班がつけるのではなく、GOA401がいそいそと動いて、地力で装着する。

この装着作業も。

言うまでも無く、訓練の一旦だ。実験の成果を見せるアピールでもある。

そそくさと着替えを終えると。

移動中の艦隊に沿うようにして、飛行開始。まずは、通常時の巡航速度である時速五十キロから。

それでも、輸送艦隊と同レベルの速度で、飛び回ることが出来る。

実機を触ってみると。

GOA350で苦労させられたピーキーな慣性は、殆ど無くなっている。或いは他のパイロットが、苦情としてあげていたのかもしれない。

もしそうだとすると、多分蓮華だろうなと、亮は思った。

「ブースターを使って見てください」

「分かりました」

加速。

時速百キロをすぐに超え。

想定通りの、時速百四十キロに到達。

ブースターが負荷を訴えている。勿論、当然のことだけれど。一応、それなりの時間連続使用出来る仕様にはなっている。

その仕様を、確認するのだ。

しばし飛び回る。やはり戦闘機などに比べるとドンガメレベルの遅さだけれど。地上兵機の補助移動手段と考えると、充分すぎる位である。

予定通りの時間加速した後。

船に戻る。

甲板に着地すると、すぐにスタッフが群がってきて、様々な調整を始める。

これなら、東南アジアに到着する頃には、間に合いそうだ。

元々、不具合が出る事を色々と想定していたのだけれど。

今の時点では、生半可な攻撃ではびくともしないことが分かっている。

船に乗る前には、地雷耐久実験をしたけれど。

GOA101の頃から比べても、まるでびくともしない。対戦車地雷など、GOA401の前には小石ほどの障害にもならない。

海上でも、プラスチック爆弾を利用した、爆破実験をする。

だが、どの爆破実験にも。

GOA401の装甲は、余裕を持って耐え抜いていく。

ミサイルを喰らっても平気なのだ。

このくらい、何でもない。

周囲の話し声が聞こえてくる。

「噂には聞いていたが、確かにこれに乗ってたら、どんな紛争地帯でも余裕だな」

「戦車でも、今のロケランは結構危ないのにな。 此奴と来たら、どんな角度から喰らってもびくともせん。 うちにも導入して欲しい位だぜ」

「ただ火力がなあ。 パイロットが絶対安全ってのを重視するのはいいんだが、これ一気で戦場をひっくり返せるくらいの火力を搭載して欲しいんだが」

「無理だろうな。 あくまで出来るだけ相手を殺さずに制圧するってのを主眼に置いている兵器らしいからな」

話ているのは、米軍の監査チームだろう。

今回は、お古の兵器をかなり分けて貰っている。前々からそうなのだけれど、新国連は米軍から相応に兵器を貰っているのだ。だから、こういう監査チームもついてくる。

勿論、ただでは無い。

そうすることで、米軍は世界の警察をする過程で、人員の消耗を避ける事が出来るし。新国連としても、兵器開発のコストが抑えられる。

もっとも、世界中の軍隊から兵器は貰っているし。

今回、現地近くで合流するゆきづきのように、他の国に開発を委託、購入した兵器も存在している。

しかし、GOAシリーズは、使用方法によっては、大変有意義な兵器だ。或いは米軍も、購入を検討するかもしれない。

そうなると、更に新国連の予算を削減できる。

各地の平和維持活動が軌道に乗っている現在。

亮は複雑だ。

禍大百足の存在が、圧倒的な抑止力になっているのは、事実なのだから。

実際、南米での事だが。

麻薬組織が、幾つも足を洗い始めているという。

この間、黄金の三角地帯が潰されたことで、麻薬の価格が高騰。合成麻薬は危険すぎることもあって、市民の間からは露骨に売り上げが減っているとか。あまりにも値段が張りすぎれば。ない袖は振れなくなるのだ。

採算が取れなくなって、活動を停止する麻薬組織は増えてきていて。

それが、さらなる価格の高騰を招いているという。

悔しいけれど。

禍大百足がただの邪悪な侵略兵器では無いことは、こういう結果を見ても明らかなのだ。

米軍の監査団が来る。

大佐が、不意に現れると、亮の横に並んだ。

「君がGOAシリーズのエースパイロットである亮君だね。 まだ若いのに、優秀なパイロットだと聞いているよ」

「有り難うございます」

「幾つか、聞かせて貰っても良いかね」

大佐を見上げると。

頷く。無言で。

余計な事を言ったら、即座に介入すると、顔に書いてあった。

この辺り、大佐も軍隊の人だ。

出せる迫力は、亮なんかとは訳が違う。ましてや大佐は、GOAがない時代から、ゲリラやテロリストと、肉弾戦を続けてきた人だ。

特殊部隊の映像を見るけれど。

立てこもり班などとの戦闘を見ると、本当に悲惨だ。一瞬の判断ミスが死を招くし。油断していなくても運が悪いと死ぬ。

どんなに強い人でも、だ。

そういう理不尽なところで生き抜いてきた大佐は強い。勿論、良い意味でも、悪い意味でも、である。

幾つか質問されるが、問題がありそうな内容については、大佐がダメだと言う。

横から口を出してくれるのは、時には煩わしいだけだが。

今は、大変有り難い。

質問を幾つか終えると、若干不満そうにしながらも、監査班は引き揚げて行く。

ため息をつく亮の肩を叩くと。

また、ふらりと大佐は消える。

スマホでニュースを見ると。

禍大百足と米軍の戦闘は、案の定長期戦になっている。

時々、ヒットアンドアウェイで、海軍を狙う様子を見せているという事で。海上でも、現地に近づくと、その時点で厳戒態勢にはいるそうだ。

無理もない。

以前、多国籍軍の艦隊を、禍大百足が壊滅させるところを、直に見た亮である。

それを臆病などとは、とても言えなかった。

刻一刻と。戦場は近づいてくる。

ここしばらく、ずっと戦場にいた亮だけれど。

今回も。

やはり、緊張した。

 

意外にも、港にはすんなりつける事が出来た。

順番に六隻の揚陸艦が、港の側を通り。GOA部隊は、其処から飛び降りるようにして、岸に出る。

沖合には、合計で四十隻以上の艦船が停泊していて。

厳戒態勢を取っていた。

いつ、海中から奇襲を受けるか、分からないから、だろう。

陣形は、かなり広くとっている様子だ。対潜鱗形陣というような、海軍がとるような陣形では無く。

もっと雑多に拡がっている。

データを真摯に反映しているからだろう。

多国籍軍が壊滅したときの映像から、禍大百足が海中、それも岩盤真下からの奇襲を得意としていることは、彼らも知っている筈だ。

特に大陸棚にいる場合は、致命的な事になりやすいだろう。

乗っている人達は神経が削られて大変だろうなと、亮は思うけれど。流石に部署が違う人まで、気遣っている余裕は無い。

港からは、しばらくGOAで歩く。

新国連の基地は、首都から少し離れた郊外に、既に特殊部隊が建築しているけれど。その間、かなりの距離、道路を通る必要がある。

通り過ぎる人達が。

GOAを見て、あまり好意的な視線を向けてこない。

アジアらしい雑多な格好の人達は、やはりGOAに、第一印象として、恐怖を感じるようだった。

大佐から通信が入った。

「これより、五チームに分かれて、巡回しつつ基地に向かう」

「イエッサ!」

「GOA401は、それぞれチームごとに別れる」

そうなると、大佐とは別行動か。大佐も蓮華と同じく、GOA401に乗っているのだから。

上陸した後、戦車や装甲車が揚陸艦の横腹から出てくるのを尻目に、亮はそのまま、歩きながら目的地を歩く。

十機のGOA部隊が来るのを見て。

この国の人達は、露骨な恐怖の顔を浮かべていた。

悲しいけれど、それでいい。

GOAは恐怖によって、敵の抵抗を減らすための兵器なのだ。一般人からも、怖がられるべきなのである。

実際問題、この特性により、敵の戦意を根こそぎにしてきた。そうすることで、死者を可能な限り減らすことも出来たのだ。

GOAの怖れられるという性質を。

亮は、今では誇りに思っている。

先行している部隊から、連絡が来る。

今回、禍大百足は慎重すぎるくらいの動きをしているらしい。米軍との交戦も、可能な限り避けている様子だ。

ただし隙を見せた場合は、容赦も無い様子で。

既に米軍も、相応の被害を出しているのだとか。

中に乗っているというハーネット博士という人が、どういう人なのか、亮にはよく分からないけれど。

戦争に関しては素人だと聞いている。

米軍は待っているだろう。

彼女が、何かしら、大きなミスをする瞬間を。

基地に行く途中。

水牛を引く農民や。

都会へ避難しようと、家財道具を積み込んだ古いバイクとともに、道を急いでいる家族を見る。

車もバイクも鈴なりに人が乗っていて。

そんなに人を乗せて大丈夫か、心配になってしまう。

日本製の頑丈なバイクのようだけれど、いくら何でもあんな人数を乗せて走ることは想定していないだろう。それでも走っているのが日本製がゆえだが。

雑多な世界。

それがアジアだと知ってはいるけれど。

ここまで来ると、かなり筋金入りだとも思う。

日本は、故郷は。

こうしてみると、アジアではあっても。整理された方だったのだろう。勿論、アジアらしい雑多さはきちんとあったが。

少なくとも、亮が見てきた途上国の何処よりも、平穏だったはず。

どうして、亮や。

他の少数の廻りだけ。こんなに地獄だったのだろう。それが、今では、ただ口惜しくてならない。

基地が見えてくる。

この時点で、襲撃は無し。

他の部隊が襲撃されたという連絡もない。

今の時点では、だ。どうやら、禍大百足は、現時点では動きを止めてくれているらしい。理由は分からない。

或いは、基地か何かに戻って、補給をしている可能性もある。

また、デモ隊もいない。

東欧での戦いでは、あれで神経が凄く削られたのだけれど。この国では、デモなどする余裕も無いのかもしれない。

あの巨体を、いきなり目にした貧民達だ。

抵抗しようとか、考える前に。

まずは逃げようと思うのは、恥では無い。

普通のことだ。

基地に着くと現地の司令官が出迎えてくれる。うちの大佐から見て階級が一つ下。つまり中佐である。中佐と言えば、見知った顔もいる。

ベイ中佐である。

不機嫌そうなベイ中佐は、GOA部隊を見て、どう見ても好意的では無い顔を浮かべていた。

今回、投入される新国連の地上部隊は、お世辞にも多いとは言えない。

理由は簡単。

東欧でのダメージが大きい上。ロシアなどでの治安維持活動に呼ばれているからだ。

今、ロシアは下手をすると、軍閥に分裂する危機を迎えている。二度にわたって首脳部が消し飛んだのだから当然だ。

現在、米軍が備えているのと同時に。

新国連が泣きつかれ、GOA部隊を派遣して、各地の軍を掣肘しているのだ。

幸いにもと言うべきなのか、不幸にもというべきなのかはわからないけれど。

この間の禍大百足とロシア軍との大立ち回りで、最新鋭兵器(空軍以外)は根こそぎ破壊されてしまっており。

治安維持の観点で見ると。

そう難しくないのが実情だ。

とにかく、頭を急いで抑えること。

そして、治安を維持することが急務で。

二つをこなすために、動ける新国連の部隊大半は、ロシアに向かい。今、各地でてんてこ舞い。

此方に来られたベイ中佐は。

それこそ、一個中隊程度の戦力しか、手元に無い様子だ。

しかも、連れてきている兵士は、米軍のお古のなかでも、更に古い装備ばかりを渡されている様子で。

それは、大佐に対抗意識を燃やしているらしいベイ中佐にしてみれば、気分が良かろうはずもない。

GOAを出ると、敬礼。

不機嫌そうでも、敬礼はきちんと返してくる。

この辺りは、立派だと思う。嫌がらせをしてくるようなことも無かった。或いは、大佐だけが嫌いなのかもしれない。

「着到しました」

「ああ。 基地内のハンガーにGOAを格納後、適当に休んでくれ」

「はい」

用意されているプレハブに。

あまり大きくは無いけれど、個室がある。これは嬉しい。

ただ、かなり蒸し暑い。

エアコンはついてはいるのだけれど、効いていない。というよりも、亜熱帯に属する此処が、暑すぎるのだろう。

ちょっとげんなりした。

GOA部隊は、続々と集まってくる。

大佐の機体が到着。

これで、全部だ。

すぐにミーティングが始まる。今回は、米軍との共同作戦と言う事で。顧問らしい米軍の士官が来ていた。

ひょっとすると。

大佐が言っていた、同期の人かもしれない。

「新国連のみなさん、ヨロシク! 新国連の海軍で指揮をしているメッサー准将だヨー」

いきなりの片言、およびファンキーすぎる挨拶である。

しかも、適当に太っている、見るからに面白そうな顔のおじさんである。コメディアンとして、テレビに出られるかも知れない。頭がバーコード禿になっているのもまた、突っ込みを誘う。

他のパイロット達も、度肝を抜かれている様子だ。

蓮華が、側でげんなりした様子で言う。

「多分ハリウッドの面白黒人を意識したしゃべり方よ。 発音からして、完全にネイティブだわ」

「そうなの!?」

見た感じ、恐らく西欧系だろう。色々米国で白人を見てきたから、様々な系統がいるのは知っている。

だが、蓮華が言う事にはネイティブだそうだから、多分米国生まれの米国育ち。

つまり。

キャラ作りのために、あんな言動をしている、という事だ。

下手をすると、わざと太っている可能性さえある。

なるほど、生粋のエンターテイナーだ。

隣の大佐の顔は、怖くて見られない。

「君達の仕事は、知っての通りあのバケモンを足止めする事なんだナこれが! というわけで、配置を指示させてもらうヨん」

「相変わらずだな……」

イライラさせられている様子の大佐。

無理もない。

何というか、これに出世を追い越されたと思うと。確かに真面目な人からすれば、腹立たしくて仕方が無いだろう。

しかし、この人の指揮能力は、恐らく本物だ。

さっさっと地図を出して、プロジェクター上で説明していくけれど。

とにかく理にかなっている。

禍大百足が、インフラ破壊兵器を装備していることも、既に知っている様子だった。それを見越した上で、対策を取っているのだ。

或いは、来ている米軍が四万程度と、規模としては小さいから、隅々まで目が届くのかもしれないが。

「君達は、此処。 君達のGOAシリーズ、敵のインフラ破壊兵器にも、ある程度耐え抜くんだロ? イエイ! クール! そーなると、ボクが見るに、敵が出るのに一番可能性が高い地点に配置するのが、理想って訳なんだナこれが!」

そう言って、彼が示したのは。

まだスーパービーンズが繁茂しておらず。

なおかつ、禍大百足が出現していない地点の一つだった。

此処に、五十機まとめて配置。

ただし、移動した後は、動かなくても良いそうである。

「隣の軍部隊が襲われていても放置で良いからネ」

「質問です」

「何かな、麗しいレイディ」

蓮華が挙手すると。

まるでミュージカルみたいな動きで、メッサー准将は質問に答えてくれる。蓮華はちなみに、大佐と同じように、かなり頭に来ている様子で。いちいち笑うのをこらえている亮とは対象的だった。

「恐らく、禍大百足は都市部も狙ってくると思います。 また、軍部隊が配置されていない場所もあるように見受けられるのですが」

「YHA! 流石エースの一人だ。 鋭い質問で、ボク泣きそうだヨ!」

「わざとらしい奴だな……」

大佐が呻く。

露骨な嫌悪感が、声に籠もっていた。

大佐の気持ちも分かるから、何も言えない。亮は板挟みで、とても苦しかった。

何カ所か、露骨に兵力が配置されていない場所は。

艦砲射撃によって、禍大百足が現れた瞬間、灰にするために確保している場所なのだという。

動きが止まればしめたもの。

狙いを定めているMLRSによって、一斉射撃を加え。更に各地にある巡航ミサイルを使って、一気に叩くという。

「なるほど。 基地の地下からの強襲については、対策が?」

「もちろんだとも、麗しのレイディ!」

何だかバレエっぽくすすすと横に動く准将。

この人。

デブだが、身体能力は生半可じゃ無い。太っていながら、動きにまるで無駄が無いと言うか、スムーズだ。

本当にキャラ作りのために、わざわざ太っている可能性が高い。

彼によると、空軍の打撃部隊は、沖縄をはじめとする米軍基地。つまりこの国にはいないと言う。

この国に直にいる空軍部隊は。この国の軍部隊だけ。

囮だ。

ちなみに、囮としての役割は、この国の軍にも伝えてあるという。幾つかの基地が地下からぶっ潰された後は閉口して、もう逆らおうともせず、軍には案山子をおいて対処しているとか。

なるほど。

話を聞けば聞くほど、分かる。

この人、能力的には充分に一級の将帥だ。

だけれど、こつこつと確実性を追求していく大佐とは、真逆の人材。だからこそに、嫌いあっているのだろう。

何となく分かるのだけれど。

エンターテイメントに徹している間でも。メッサー准将が時々大佐を見るとき、強烈な侮蔑が籠もるのだ。

何とか、二人が仲良くすれば。

禍大百足を、今までに無いほど追い込めると思うのだけれども。

亮は挙手。

それはともかく、やっておくべき事がある。

「あの、いいですか」

「OK、君がリョウくんだね! 聞いているぞ、GOA部隊の開発における中心人物で、トップエースだと! あのバケモノとまともニやり合いながら、何度も生還しているそうじゃナイか!」

「きょ、恐縮です」

視線が集まって、恥ずかしいけれど。

一つずつ、順番に言う。

まず、訓練が現状では足りていない事。基地にはサポートAIの開発スタッフも来ている。

出来るだけ、訓練をする時間を作りたいと言うと。

メッサー准将は。

本当にHAHAHAHAと笑うのだった。

「別に構わないけれど、それは敵と要相談だねえ」

「勿論、そのつもりです」

「OKOK、中々に可愛い子だ。 意見は聞かせて貰うよ。 訓練については、自由にやってくれ給え」

困惑しながら、座ると。

大佐が、嫌なことを言った。

「言い忘れていたが、彼奴はゲイだ。 尻を狙われないように気を付けておけ」

そういえば。

時々、亮にそんな視線が向けられていたような気がする。

一気に背筋が寒くなったけれど。

まあ、仕方が無い。

頑張ってやっていくしかないという事実には、変わりが無いのだから。

 

翌日も、禍大百足は来ない。

うだるような暑さ。時々、思い出したようにやってくるスコール。熱帯らしい過酷な環境の中。

亮は、可能な限りの時間を、訓練に突っ込んでいた。

体の方の鍛錬は、朝の内に済ませる。

今やっている訓練は、禍大百足との戦闘を想定したもの。

たとえばぶつけられて、地面に叩き付けられたり。

吹っ飛んで、ビルに埋まったり。

実際、何度もあったケースだ。

亮はタイミング良く受け身をとったりしていたけれど。多くのパイロットは、禍大百足の攻撃で吹っ飛ばされると、対応出来なかった。GOAを破壊されなくても、である。

考えてみれば、蓮華だってそうだったのだ。

今までと違って、こういう訓練をすることは、重要だったかもしれない。

倒れては立ち上がり。また倒れては立ち上がる。

訓練が一段落して。

コックピットを降りると、すぐに全身に虫除けスプレー。

此処での蚊は侮れない。

マラリアになりたくなかったら、虫除けは必須だ。

「どうですか?」

「サポートAIに、受け身のプログラムを構築しているけれど、まだデータが必要ね」

「分かりました。 時間がありません。 どんどんプログラムを組んでください」

「お、頼もしいね」

例の眼鏡の女技師さんは嬉しそう。

亮は別に嬉しくも悲しくもない。

ただ、放置していると、禍大百足が来る。その時に、対処できないのだ。

体力もついてきているし、多少の無理はどうにかなる。

前に比べて、訓練の管理をしている人も、多少の無理を許してくれるようになった。それだけ体が出来てきた、という事だ。

またGOAに乗り込む。

既に合計で百時間以上乗っているけれど。

その度に、少しずつこの機体の癖を掴んでいく。とはいっても、GOA350に比べるととても大人しくて、扱いやすい。

これならば。

禍大百足とも、互角に渡り合える筈だ。

今度は蓮華に手伝って貰って、タックルを浴びせられる。

同じGOA401の、助走してからのタックルだけれども。

激突の瞬間。

ブースターが自動発動して、バックしながら体勢を立て直す。殆ど装甲には、傷もつかない。

周囲で喚声が上がる。

「蓮華、フルパワーだった?」

「当たり前よ」

不機嫌そうな蓮華の声。

頷くと、亮は。

ブースターを切る。棒立ちの状態だったら、今度はもろに喰らって、倒れることが出来るだろう。

もう一度、上空に跳び上がった蓮華が。

加速して、突っ込んでくる。

激突。

流石に、ブースターによる補助がないと、どうにもならない。もろに吹っ飛んで、泥混じりの地面に突っ込む。

激しく滑った後。

止まった。

コックピットへの衝撃も、決して小さくない。だけれども、何事も無かったかのように、GOA401は立ち上がる。

今度は、周囲から畏怖の声が上がる。

戦車砲を至近から喰らっても大丈夫なところは、知っていたのだろう。

しかし、このタックルは。

時速百キロ以上で、戦車数機分の重量が、真正面から突っ込んだのだ。それでいながら、まるで無傷。

GOA401の圧倒的な堅牢性が。

これ以上もないほど、分かり易く示された例は無いだろう。

もう何度か、転倒試験を行う。

無理な体勢で倒れもする。

それでも、GOAはへこたれない。

あらゆる状況で、あらゆるダメージを受けても、立ち上がってくる。立ち上がれなくても、パイロットは絶対に守る。

これが、GOAだ。

訓練が終わった後。

米軍の視察団は、小声で何か話し合っていた。

あまり良い内容だとは思えない。GOAを倉庫にしまうと、すぐに宿舎に戻る。マスコミも来ていたようだけれど。

報道担当の大佐が目を光らせていて。

亮に突撃取材をかます余裕は無い様子だった。

「ものすげえな、あのロボ」

「ああ。 あれだったら、ひょっとして……」

周囲で話をしているのが聞こえる。

そうだ、今度こそ。

今まで舐めさせられ続けた辛酸を。

まとめて、返すときだ。

亮は誓う。

今度こそ、勝つ。

今までの屈辱を、まとめて返すのは、今なのだ。

見ていてくれ、GOA401。いや、今までに乗って来たGOA達。

今度こそ、力を全て引き出して。

あの怪物を、止めるのだ。

 

4、絡まる糸

 

基地に戻った私は、禍大百足を降りると、すぐに本格的な情報調査を始める。

米軍の基地へのハッキングは流石に厳しい。

だが、フィリピアス軍はそうでもない。

幾つかは、まだ敢えて基地を残している。此方から侵入し、それを足がかりにしていけば。

勿論、一発では上手く行かない。

流石にセキュリティが固いのだ。

だが、無線LANでネットワーク接続しているPCが少なからずある。それらに対して、侵入を繰り返して。データを漁っていく。

イントラネットだったら大丈夫。

そう言う固定観念を持っている人間のPCは、大体セキュリティが雑だ。入り込んだ後、あらし放題。ゾンビ化も、簡単にできる。

見つけた。

米軍関係者のものらしいPCだ。

勿論罠の可能性もある。

だがこの様子では、その可能性は低い。幾つかの機密ファイルを引っこ抜いた後、何事も無かったかのように戻り。

更にこれを足がかりにして、ハッキングの網を広げていく。

基地に戻った後、一日がかりで解析を実施。

三つの軍基地を乗っ取り。

それらのメインコンピュータを掌握。此処からバックドアを造り、情報を抜き出しながら。

更に米軍の基地へ侵入するべく、データを集めていく。

ほぼ、十六時間ほど、ぶっ通しで働いた後。

柊に止められて、作業を停止。

後はマクロにやらせて、しばらく休む事にする。

一眠りしてから、食事。

マーカー博士が、前の席についたので、話を聞いてみると。ルナリエットは、どうにかやっていけているらしい。

「やはり、負担を分割したのが良かったな」

「ああ。 罪深い事だが、な」

「……」

これ以上、この世の何処でも生きていけない人間を増やすことが、まともだとはとてもいえない。

マーカー博士の言うとおりだ。

だが、今更止まることが出来ない。

まだ、予定の攻略を、全て完了していないのだ。全てが完了した後なら。爆散しようが絞首刑になろうが、どうでも良いのだけれど。

いずれにしても、まだ新国連も米軍も悟っていない。

スーパービーンズを散布し続ける、真の目的を。

悟られる前に。

後東南アジアと中帝を潰せば。ミッションはクリアだ。

食事を終えると。

肩を叩きながら、コックピットに戻る。

今回ばかりは、米軍も此方の動きを読んでいる。相手の動きを止めるためには。相手のネットワークシステムを潰すしかない。

勿論そのくらい、米軍だって読んでいるだろう。

潰してから、復帰するまで。

それが勝負になる。

幾つかのデータから、ついに米軍基地の一つに潜入。か細い糸だが、これをたどって、更に深部へ。

バックドアを作成し。

そしてログを残さず、撤収。

額を拭う。

汗でぐっしょりと濡れていて、自分でも驚かされた。

「よし……」

出撃だ。

皆を呼ぶ。

時間はない。

今、疲弊していると言っても。休んでいる暇など、ないのだ。

ルナリエットが最初に来た。私を見て、青ざめたけれど。前に柊が言ったように。凄まじい疲弊が顔に出ているのだろう。

「かまわん。 出撃するぞ」

アーシィとマーカー博士。

ユナとマルガリアも来る。

もう一人か二人、記憶を転写した強化クローンをいれれば、更に楽になるだろうか。分からない。

くつくつと笑う。

何だか、もう。

倫理も理性も、何処か遠くの星へ、去ってしまったかのようだ。

だが、忘れない。

人類を宇宙に進出させる、という目的だけは。

禍大百足が出撃を開始。

まだ、米軍との戦いは、始まったばかりだ。

 

(続)