黒と白銀

 

序、激突する魔王と邪神

 

フルパワーでブースターを吹かし、体当たりをかわす。思ったよりも、ずっと、ずっと速すぎる。

動きそのものよりも。予備動作が読みづらい。

何より、攻撃時の加速が凄まじい。

亮は、GOA350を必死に駆りながら、思い知らされる。力の差を。

目の前にいるアンノウンの圧倒的な力は分かっていた。分かっていたつもりだった。しかし。

「援軍は!?」

「ダメだ、まだ掛かる!」

一緒にいる九機のGOA301も、皆一緒に戦って来たパイロット達だ。だが、十機程度でこの怪物を足止めできるわけが無い事は、分かっていた。

だが、一瞬でも足を止められれば。

フルスイングで、ポールアックスを叩き付けるけれど。

空を切る。

愕然とした。今の一撃を、読まれたというのか。

それどころか、反発するようにして飛んできたアンノウンの顎が、亮のGOA350に掠る。

それだけで吹っ飛ばされる。

空中で体勢を立て直しながら、アサルトライフルを乱射。味方が一機、また一機と、蹴散らされる。

ある機は足で吹っ飛ばされ。

体当たりを浴び。

地面に叩き付けられて。

擱座して、動けなくなる。

雄叫びを上げながら、アサルトライフルを浴びせるけれど。

半減したGOA部隊に興味を無くしたのか、アンノウンは移動開始。亮は必死に食い下がるけれど。

その時、警報が全力で存在を主張した。

熱量が集まっていく。

分かる、これは恐らく。

インフラ破壊兵器だ。

「アンノウンから離れろ!」

絶叫。

同時に、世界が光に包まれる。

機器類が、半分以上、一瞬でダメになった。愕然とする亮を嘲笑うように。アンノウンは、平然と進んでいく。

一旦着地。

無事だったGOA301が集まってくるけれど。無事とはいっても、機体に傷があるものが多い。

一瞬掠っただけであのダメージだ。

重装甲のGOAでこれなのだ。

戦車や装甲車でも、踏まれでもしたら、ひとたまりもないだろう。

ワイヤーをつないでくる。

有線で会話するのだ。これからの、状況を少しでも打破するために。

「このまま仕掛けても勝ち目が無いぞ。 少しでも時間を稼ぐために、玉砕覚悟で戦うか?」

「いや、そんなカミカゼをしても、戦力を失うだけだ」

擱座した機体から降りたパイロットが、手を振っているのが見える。

死者は出ていない。

しかし、アンノウンに無理に仕掛け続ければ、それも過去になるだろう。亮が見たところ、アンノウンの動きがもの凄く良くなっている。

機体がバージョンアップしたようには見えない。

そうなると、パイロットが変わったのだろうか。

「とにかく、無事な味方と合流……」

遠くで、火線が閃く。

轟音。

アンノウンに、ロシア軍が仕掛けている。ヘリ部隊と戦車部隊が、苛烈な攻撃を仕掛けているが。

既に、空は真っ暗。

大雨が降る中、ヘリは動きが鈍い。

爆発。ヘリが近づきすぎて、多分足の一本で払われたのだろう。それだけで、装甲ヘリが冗談のように破壊される。

戦車隊も動きが鈍い。

リンクを全て潰されているのだから、当然だろう。

照明弾が上がる。

解析をすると、味方だ。

とにかく今は戦力を集めて、彼奴を叩くしかない。動けるGOAが集まっても、対抗できるかは分からないけれど。

機甲師団の火力と、連携できれば。

照明弾が上がっている方へ急ぐ。

アンノウンは平然と進み、ロシア軍の部隊を蹂躙しつくすと、軍事基地へ向かっている様子だ。

前は奇襲が成功したようだけれど。

今度は、アンノウンの反撃の手札が揃っていたのだろうか。よく分からないけれど、ロシア軍は一方的にたたきのめされている。

見えてくる。

十機ほどの、GOA。

その内二機はGOA350だ。

一機はペイントに見覚えがある。蓮華の愛騎だろう。

光通信で、軽く意思疎通。合流して、十五機になる。残りの三十機と合流したいけれど。

戦って、とにかく時間を稼ぐべきだろう。そう蓮華が主張。皆がそれに同意。こういうとき、亮はあまり意見を求められない。

多分、一戦士としてしか、見られていないのが原因だろう。

でも、先頭は亮が務める。

実力は、認めて貰っている証拠だ。

必死に反撃しているロシア軍の戦車部隊を踏みつぶして回っているアンノウンの、斜め上空から、編隊を組んで迫る。

アサルトライフルを乱射しながら、突撃。

アンノウンは意にも介さない。

このGOAは、防御を主体とした機体だ。火力が足りないのは仕方が無い。しかし、スピードを乗せれば。

振りかぶった、ポールアックスを、叩き込もうとした瞬間。

するりと、アンノウンが体を動かして。鞭のように体をしならせ。カウンターの体当たりをいれてくる。

冗談だろ。

誰かの声が、聞こえた気がする。

洒落にならない動きだ。

数機がもろに巻き込まれ、吹っ飛ばされる中。

亮は必死に体勢を立て直し、至近からアサルトライフルをぶち込む。増加装甲が、はじけ飛ぶ。

だが、アンノウンは。

この巨体で、まるで本当に生きている百足のように走り回る。とても当てづらい。

何より、今更ながら、気付く。

時々、戦車の砲撃までかわしている。

前も凄まじい強さだったけれど。

能力が洒落にならないほど上がっているのが、一目で分かる。

これは、まずい。

撤退するべきかもしれない。GOA350になって、更に戦力は上がっているけれど。それでも、勝てる気がしない。

いや、ちがう。最初から、勝つ必要なんてない。時間さえ稼げれば、それで良いのだ。時間さえ稼げば、味方の機甲師団が来る。

大雨の中、ブースターを吹かし。

アンノウンの眼前に飛び出す。面倒くさくなったのか、速度を落とさず、アンノウンが突撃してくる。

振りかぶったポールアックスと、真正面からぶつかり合うアンノウン。

吹っ飛ばされるGOA350。

ポールアックスは。ビルさえ砕く斧は。

中途から、へし折れていた。

アサルトライフルに即座に切り替えて、乱射。その時。アンノウンが、上半身を大きく持ち上げる。

いつも使ってくる、ボディプレスだ。

逃げろ。

聞こえていないことを分かった上で、亮は叫びながら、必死に距離を取る。

まだ交戦しているロシア軍も、慌てて逃げようとしているけれど。間に合わない。

地面を、粉砕しながら、着地するアンノウン。

最新鋭の戦車が、冗談のように踏み砕かれ。今の一瞬に巻き込まれたGOAの中には、蓮華の機体も混ざっていた。

擱座したGOAは、動かない。

必死の射撃を続ける亮。

だが、愕然とする。

激しい乱戦の中、既に半数近いGOA部隊が脱落している。一瞬で数機がやられたとは言え、この消耗率は異常だ。

アサルトライフルの弾が切れる。

グレネードに切り替えるけれど、これはそもそも、対人制圧用の兵器だ。弾数も少ない。効果も薄い。

弾が、切れる。

焦りが全身を支配する。

味方は来ない。

もはや、徒手空拳だ。一応格闘戦も出来るように作られているGOAだけれども。これは車に向かうカマキリと言う奴では無いのだろうか。

アンノウンが、五月蠅いと言わんばかりに、頭を振るい。

弾かれた亮は。

それでも、空中で体勢を立て直す。

もう少しだ。

そうすれば、きっと大佐が本隊を連れて駆けつけてきてくれるはず。そうすれば、機甲師団が駆けつけるまで、時間を稼げるはずだ。

もう一度、距離を取ると。

上空から加速しつつ、殴りかかる。

拳が砕ける感触。

相手は装甲にダメージも入っていない。腐食ガスによるダメージが、此方の装甲を痛めつけてきているのだ。

気がつくと。

もう残っているのは、亮だけ。

呼吸を整えながら、必死に時間を稼ぐ。メーターを確認。どれもエラーを吐き出していた。

もう、限界だ。

そろそろ燃料だって尽きる。

だけれども、今までうるさがって攻撃してきたアンノウンに。まだ、致命打を許していない。

今までより、ずっと戦えている。

まだだ。これ以上、好き勝手はさせない。お前達が撒いている豆が、生物兵器に等しいことだって、もう分かっているんだ。

アンノウンが、五月蠅そうに。

此方を見た。

それだけで、全身がすくみ上がりそうになる。

リアルすぎる百足の造形が。あまりにも凶悪な圧迫感を出してくる。これでは、地上にいる兵士達は、どれだけ怖いのだろう。

それでも、亮は屈しない。必死に体勢を立て直すと、もう一度殴りかかろうと、上空へ上がろうとして。

そして、失敗した。

ブースターの燃料が、切れたのだ。

アンノウンが、加速。

亮をはじき飛ばしながら、進む。

地面に激突。凄まじい衝撃が、全身をシェイクした。更に移動しながら、アンノウンが、足を両方とも踏み砕いていく。

GOAの悲鳴が聞こえる気がした。

脳震盪を起こしかけている。それは分かっていたけれど。亮は、必死に手を伸ばす。

「ま、待てっ!」

叫ぶけれど。

待ってくれるはずがない。

警告音は鳴りっぱなし。アンノウンの今の攻撃が、致命打になったのだ。GOA350は、もう動けない。

口惜しくて、涙が流れてくる。

だが、その時。

アンノウンの横腹を抉るように、無数の火線が炸裂。

どうやら、やっと味方が到着したらしい。続々と、戦車部隊と、自走砲が、やってくるのが見えた。

GOA部隊も来る。

まだ健在な三十機は、合流してから此方に来ることにしたらしい。

だが。アンノウンが慌てている様子は無い。

戦車のリンク機能が潰されているのは事実だし。ロシア軍を蹂躙し終えたのも事実だから、だろう。

戦いが始まる中。

亮のGOA350の側に、大佐の隊長機が降りてきた。

「リョウ、無事か」

「はい、なんとか」

「よく時間を稼いでくれたな。 後は任せろ」

大佐が、きっと敬礼をしていたのだろう。意識が薄れつつある亮には、もうよく分からなかった。

 

気がつくと、基地。

周囲では、負傷者のうめき声が聞こえる。

負け戦だったのだろうか。

身を起こそうとして、失敗。左腕にギプスが填められていた。多分、叩き落とされたときに、骨折したのだ。

GOA350は、大破していた。

亮はこの程度で済んで、幸運だったのかもしれない。

それにしても、GOA同士で殴り合っても、燃料が尽きるまで互いを破壊できないというくらいに頑強な機体なのに。彼処まで、オモチャ同然に打ち砕くなんて。アンノウンの凄まじさには、戦慄さえ覚えてしまう。

大佐が来る。

頭に包帯を巻いていた。

「目が覚めたようだな」

「その、戦いは……」

「どうにかアンノウンは追い払ったが……」

大佐らしくも無く、言葉を濁す。

結果は、それだけでも分かってしまったけれど。亮には、聞く義務があった。最後まで、戦ったのだから。

「味方の機甲師団は三割を失った。 死者が殆ど出無かったことだけは救いだが、戦闘車両の損害が大きすぎる」

「GOA部隊は」

「大破27機」

うめき声が漏れる。

亮の機体のように、もう使い物にならないものも少なくないそうだ。蓮華は叩き潰されたときに意識を失い、まだ目覚めていないという。

ただ、それでもGOAの意地。

パイロットに、死者は出なかったそうだ。

それだけは、救いだと思う。

GOAという兵器の存在意義だからだ。それが守られたことだけは、不幸中の幸いだった。

アンノウンは恐らく、またすぐに来るだろうと、大佐は言う。

増加装甲も半分以上残っていた様子だし、此方を行動不能にすることだけが目的のようだったから、と。

確かに亮もそれは感じた。

いつもより攻撃が荒々しいように思えたからだ。

大佐が病室を出ると。亮は看護師に話をして、ベッドを出る。

そして、GOAの格納庫に向かった。

さんさんたる有様とは、このことだ。

大破27機という事は。他の機体も、相当なダメージを受けていた、という事である。

亮のGOA350にしても、既にバラされて、他の機体の補修のために使われている様子だ。

悔しいけれど。

こればかりは、どうにもならない。

生産されたGOA350を順次廻してくれるという話だけれど。

しばらくは、訓練さえ出来るかどうか。

火力を上げれば、生存性が下がる。

それは分かっているけれど。

何か、あのアンノウンに一矢報いる手段は無いのだろうか。機甲師団を寸断された時点で、勝負はついていたのだろうか。

何とかしたい。

GOAの無惨な姿を見上げていると。

いつもサポートAIの作成で顔を合わせる技師が、此方に来るのが見えた。

「リョウ、ひどい有様だ。 でも生還できて良かったよ」

「ごめんなさい、もう少し俺が頑張っていれば」

「何を言う。 武装だって使い切って、それでもなお撃墜されずにいたんだろう。 腐食ガスにも耐えながら、だよ。 君は充分に良くやった。 アンノウンの能力が、想像以上だっただけさ」

そう言って貰えると嬉しいけれど。

負けは負けだ。

たくさん人だって死んだ。

死者は多く無いと言っていたけれど。それだって、アンノウンの特性から来るものであって。

本来だったら、万単位で死者が出ていてもおかしくない被害だったのである。

亮は悔しい。

次こそ、何とかしたい。

「あのアンノウンに乗っているハーネット博士って人は、何を考えているんでしょうか」

さあねと、技師は肩をすくめる。

知っておきたい。

知れば、少しは、戦いに生かせるかも知れないから。

今日の負けのことを、亮は忘れない。

そして勝つために、最大限の努力をすることも。徹底的に破壊されたGOAを見上げて、誓うのだった。

 

1、水際の駆け引き

 

私にとって、戦いは手段であって、目的では無い。だからこそに、戦いで出す犠牲は、小さくしたい。

相手を叩き潰すことと。

相手を殺す事は、別の問題だ。

今更殺す事に対して、禁忌もなにもないけれど。

敵とは言っても、殺す人数を減らせるのなら、それはそれで良い。実際問題、人類が宇宙進出を果たすことを目的としている以上。人類が絶滅してしまっては、意味がないのだから。

一度、基地に戻る。

最初にニュークリアジャマーをぶっ放したこともあって、今回は被害を小さく抑えることが出来たが。

そもそも今回の攻撃は、相手を減らすことじゃない。

布石のためだ。

基地に戻った後、皆を先に休ませて。私はコンソールに向かう。まずは、アクセスログを解析。

やはり、プトレマイオスは、侵入を測っているようだった。

勿論ファイヤーウォールを破らせてはいないけれど。それでも、毎回冷や冷やさせられる。

アレキサンドロスよりも、確実に手強い相手だと。

最近では、はっきり感じるようになっていた。人間を侮りまくっていたアレキサンドロスと違い。プトレマイオスは、少なくとも私を。ハーネットという一個人を侮っていない。全力で勝負に来ている。

だからこそ、危険だ。

ロシアが体勢を立て直したら、東欧での作戦どころでは無くなる。

そろそろ、勝負を決めたいところだ。

ロシアの幾つかの軍事基地に、ハッキングを仕掛けて、バックドアを作って置いた。其処から、ログを引っこ抜いて。情報を精査する。

アーマットが言っていたように。

ロシア軍の中では、不満が高まりつつあると言う話だけれど。

しかし、である。

軍基地は驚くほど静かだ。

恐らく、アレキサンドロスがやっていたように。要所の人間をゾンビ化している、と見て良いだろう。

その手段については、よく分からないけれど。

根本的な意味で、アレキサンドロスとプトレマイオスは、同じ穴の狢なのだと断言できた。

情報を精査していると。

いつの間にか、となりにユナがいた。

ココアの入ったカップをもっている。

「柊さん、が」

「ん」

受け取ると、口をつける。

甘くて正直好みの味では無いけれど。頭に糖分を入れるには、丁度良いだろう。じっと此方を見上げているユナ。

ログを精査しながら。其方を見ずに言う。

「すぐに出撃になる。 出来るだけ休んでおけ」

「その、ハーネット、博士、は」

「私はいい」

どうせ私がいなくても、禍大百足は動く。

ルナリエットの方が重要だ。負担が減っているとは言っても、先の戦いでは、かなりの大立ち回りになった。

敵のGOA部隊も動きが良くなってきているし。少しでも休めるときに休んでおかないと、危ない。

禍大百足は強いけれど。

無敵では無いのだから。

ユナが行くのを見送ると。私は自分の肩を揉みながら、作業を続ける。少しばかり、このままだとまずいかもしれない。

基地などのログを見ても、である。

プトレマイオス自身が侵入したり、指示をしたりしている痕跡が見つからないのだ。

思ったよりも、相当にネット上で慎重に動いている。ハッカーとしての技量は、私に迫るかもしれない。

いずれにしても、神経戦だ。

これ以上好き勝手をさせるわけにも行かない。

話してみて分かったが、奴は自身の領域を拡大する事にしか興味が無い。それは、他の人間共。

宇宙進出をどうしても考えられない、目先の利益にしか頭が及ばない連中と、同じだ。

そう言う意味で、わかり合える相手では無い。

叩き潰すためにも。

今回の作戦で、色々と枝をつけた情報から。プトレマイオスがいる場所を探し出すか。決定的な弱点を探り出す必要がある。

しばし調査を続けていて。

一つ、気付く。

アクセスログを洗っていると、妙なパターンがあるのだ。納入されている物資に、混入されているものがあると見て良い。

以前採取した、銀色の液体と併せて確認。

そうすると、一致パターンが見えてきた。

なるほど。

バイオ工学の専門家であるクラーク博士が存命だったら、少しは相談できたかもしれないが。

ため息をつく。

こればかりは、どうしようもない。死人をあの世から連れ戻すわけにも行かないからだ。記憶と知識を受け継いでいるアーシィを呼ぶ。本当は負担が増えるからやらせたくは無いのだけれど、仕方が無い。

すぐに来たアーシィに、データを見せる。

頭の中にある、クラーク博士の知識を総動員して、アーシィはすぐに結論を出してくれた。

「プリオンの一種かと思います」

「生物とウィルスの中間にいるというあれか」

「はい」

なるほど。そう言うことか。

いわゆる狂牛病で有名になったプリオン。特性的にはウィルスに近いが、それより物質寄りの存在だ。

ゾンビ化のメカニズムがよく分からなかったのだけれど。

ひょっとすると、プリオンを利用して、全身の細胞を置き換えているのかもしれない。それならば、あの異常な動きや傀儡化についても、説明がつく。

しかし、いくら何でもオーバーテクノロジー過ぎる。

まるで、禍大百足のような。

いや、まさか。

ロシアでも、宇宙開発には、専門の部所があった。NASAと同じように既に解体されてしまったけれども。其処では、先進的な研究が行われていた。宇宙ステーションでは、様々な実験の成果も上がっていたと聞いている。

ロシア側にも、私ほどでは無いけれど。宇宙開発を推進していた科学者がいた。中には、相当に出来る奴もいただろう。

そいつらの中に。

テラフォーミングの過程で、人類をコントロールすべきだという発想に。私達とは違う観点から辿り着いた奴がいたとしたら。

たとえば、人間を完全に作り替えて。

コントロールすることで、紛争を防ぐとか。

上手く利用すれば、人間を種として、完全な制御下に置くことが出来るようになる。何より、宇宙空間に今のままの人間が進出したら、地球時代とは比較にもならないような規模で、地獄が現出するのは避けられない。

そうか、そういうことか。

多分、資料はもう失われてしまっているだろう。どんな科学者が、どういう経緯で造り出した仕組みなのかも、知りたかったけれど。そればかりはどうしようもない。

ロシア連邦宇宙局時代の資料など、とうに全て廃棄されてしまっているだろう。私やマーカー博士、それにクラーク博士の論文がそうであるように。

悪用された、技術。

その結果が、此処までの惨禍を産んだのか。

だが、考えてみれば、少し違うがスーパービーンズも似たようなものだ。これだって、使い方によっては、ゾンビ化以上の惨劇を産み出すことも出来る。

「アーシィ、少しリソースを割いて貰うぞ」

「プリオンの解析ですか?」

「そうだ。 ゾンビ兵を全てコントロールしている仕組みがある筈だ。 それを解析して、打破したい」

「分かりました」

資料を渡すと、私は少し仮眠を取ることにする。

禍大百足のコックピットを出て、自室に。

増加装甲がもうないと、作業中のスタッフに言われるけれど。こればかりは、どうしようもなかった。

 

一眠りして、起きる。

アーシィの研究作業は、そのまま戦いと並行して進めて貰う。ロシア軍が体勢を立て直す前に、東欧は蹂躙しつくす必要がある。

パドラア連邦の首都に潜んでいるロシア軍の砲兵部隊が最後のネックだ。

それを叩き潰せば、一息つけるはず。

ロシア軍の増援も、この様子だと、すぐには駆けつけられないだろう。

携帯に、連絡が入る。

アーマットだ。

「どうだね、状況は」

「ロシアに巣くっている鼠と格闘中だ。 今、奴らがゾンビ兵を作り出すのに使っているらしきものを解析している」

「ほう。 それは朗報だな」

「この世に存在してはいけない技術だ。 徹底的に叩き潰して、闇に屠る」

それで、用事は何だ。

聞いてみると、アーマットは少し、嫌な笑い方をした。

此奴がこういう笑い方をするとき。大体は、かんに障る行動をする。

「どうやら、新国連側も、私の事を特定したようでね。 もはや其方に補給物資を送るのは不可能だろう」

「そうか、で?」

「これからは情報の供与だけを行う。 物資に関しては、敵から略奪してくれないだろうか」

「略奪ね……」

簡単にいくとでも思っているのか。

叩き潰した敵を基地に運び込んで、分解して、増加装甲にするとか。そう言うことを、易々と出来るはずがない。

アーマットの奴、少し前から動きがおかしかったから、疑問に感じていたが。

こいつまさか。此方を切り捨てるつもりか。

可能性は高い。

「使用していない基地に、可能な限り物資を移しておいてくれるか。 後はこっちでどうにかする」

「ああ、そうしてくれ」

「まだ本命の中帝に着手もしていないのに、状況が悪すぎる。 貴様の政治力を利用して、どうにかならないのか」

「こればかりはどうにもならないさ。 私と同レベルのパワーエリートが、米国には十人以上いるからね」

くつくつと笑うと。

アーマットは通信を切る。

どうにもならないやるせなさばかりが、募る。怒りは溜まる一方だけれども。ぶつけどころがない。

それにしても、だ。

略奪など、どうすればいい。結社には、戦闘メンバーなどいない。

禍大百足の内部で活動させているロボットはいるけれど。それは人型でフレキシビリティが高いようなタイプでは無くて。決まったことを、決まったプログラムに従って出来るだけのものにすぎない。

そもそも、結社メンバーの殆どは、元NASAの職員や、状況に応じて加盟した科学者崩ればかり。

荒事がこれほど苦手な集団も、他にいないだろう。

元軍人のメンバーがいれば、少しはマシだったのだろうけれど。

それでも、この状況はまずい。

さっと資料を見る。

まだ幾つかある基地に、備蓄がある。増加装甲は、それらに蓄えられてはいる。しかし、有限だ。

ロシア軍とまともにやり合うようになってから、増加装甲の消耗がうなぎ登りである。しかし、本体をそのまま露出して戦い続けていたら。消耗も、洒落にならない次元で増えていくだろう。

足が折られたときのように、である。

それに、スーパービーンズの生産だって、無から出来る訳でも無い。

課題は山積みだ。

今更結社のメンバーを増やすわけにも行かない。そもそも、結社の目的自体が。宇宙開発を放り捨てた現在に「逆行する」とみられるもので。そもそも、どの国からも援助が得られるはずがない代物なのだから。

やはり、アーマットの奴が言うように。

物資を略奪するしかないのだろうか。

だが、それにしても、どうやって。

時間は、容赦なく過ぎる。

コンソールを前に悶々としていると。ルナリエットが来た。つまり、増加装甲の補強が終わったという事だ。

出撃の時間である。

「まさか、ずっと作業をしていたのか」

「違う……」

マーカー博士に、応える声も。精彩を欠いているのが、自分でも分かった。

情けなくなってくる。

新国連が脅威と見なしている世界の敵の現実がこれだ。悩む以前に、戦略上の不備が多すぎる。

もっとも、そろそろ新国連も。結社が戦闘に関しては素人集団である事は見抜いているだろう。

何か罠を張ってくることは、容易に想像できた。

出撃する。

パドラア連邦を潰して、考えるのはその後だ。

既に敵の残存戦力は、相当に減っている。今回の出撃で、恐らく決着をつける事が出来るだろう。

まずは、パドラア連邦の首都から潰す。

其処に潜んでいる砲兵部隊が。

どうにも気になるのだ。

地中を進む間も、検証を続ける。もし、結社メンバーに略奪をさせるとして。いや、それは無理だろう。

やはり、例のプリオンの弱点を発見し。

敵の戦力を、根切りする必要がある。

ロシア軍というか、その背後にいるプトレマイオスを潰せば。戦況は劇的に楽になるはずだ。

世界の警察である事を辞めた米軍は今や敵になりえないし。

多国籍軍は、ロシア軍と中帝が仕切っていた以上、今更脅威にはならない。

新国連にしても、所詮米軍の劣化コピーに過ぎない。

GOA部隊は、前より遙かに手強いが、攻撃能力に欠ける。禍大百足を斃す事は不可能だろう。

到着。

まずはロシア軍の砲兵部隊を潰す。

そう思った瞬間。

マーカー博士が、顔色を変えた。

「罠だ! 全力で退避しろ!」

「! 急げ!」

全力で、禍大百足がバックする。

攻撃を読まれていたか。だが、罠と言っても。此処は都市部で、避難だって終わっていないはず。

まさか。

住民全てが、ゾンビ化されているのか。

確かにあの砲兵の動きは、あまりにも不自然だった。そして住民全部がゾンビ化されているとすると。

だが、以前ニュークリアジャマーを使ったとき、ゾンビ兵は瞬時に全滅した。

混乱する中。

強烈な、衝撃が来る。

恐らく、都市そのものが。

消滅したと、みて良いだろう。

しばらく、身動きが出来ない。

エラーが無数に点滅している。禍大百足は、罠に填められた。それも、強烈な奴に、である。

何が起きた。

都市が消滅したとして。地下千メートルにいる禍大百足に、どうして此処までのダメージが与えられる。

「大深度地下にボーリングして、水爆を仕掛けたな……」

マーカー博士が呻いた。

そうか、水爆か。

罠にどうして気付いたのかと聞くと。床に投げ出されていたマーカー博士は、何度か失敗しながらも、椅子に座り直す。

「微細な振動が無かったんだよ」

「振動?」

「都市が活動する以上、地下にも振動が必ず来る。 どうやら、そもそも上にある都市は、既に死んでいた、ようだな」

だとすると、ニュークリアジャマー発動のタイミングでだろうか。

そうなると。

プトレマイオスは、禍大百足の再出撃タイミングと時刻を正確に把握した上で。ニュークリアジャマーが発動した場合にカウンターで仕掛けて来たことになる。

エラーチェック。

思ったほどダメージは無い。

ただ。電子機器関連のダメージが深刻だ。増加装甲はある程度無事だが、しばらく身動きが取れないだろう。

「修復作業に掛かってくれ」

椅子に懐いたまま、私は言う。

そうか、ついに。

敵は水爆まで使って来たか。

 

十五時間ほど、電子関連の機器が使い物にならず。

それでいながら、出来る事は殆ど無かった。

コックピットは無事だったけれど。関節部分はあらかたがダメだ。復帰まで、相当な手間が掛かってしまった。

アーシィが言う。

「このプリオン、一筋縄ではいきません……」

「構造が難しいのか?」

「どうやら、一定周期ごとに、自分で構造を変えている様子です」

何だそれは。

自己進化するAI所の騒ぎじゃない。ロシアは一体、宇宙で何を開発していたのか。そしてそれが、地上で何をしているのか。

本物のバケモノが、解き放たれてしまったのでは無いのだろうか。

私の方は、プトレマイオスの居場所を探っているのだけれど。どうにも、それが掴めない。

マーカー博士が戻ってくる。

駆動系がかなりやられていたが。どうにか復旧させたそうだ。

「それにしても、大深度地下で水爆を起動するとはな……」

「地上に出るぞ」

「地獄だぞ。 覚悟は出来ているな」

「ああ……」

言われるまでも無い。

冷戦時代、大国は砂漠などで大深度地下にて水爆実験をすることはあった。というよりも、それが主流になっていた。

今回のは、都市の地下で。

それも、地上には、もはや人間と呼べる存在がいない状況で、だ。

どのような地獄が現出しているのか、想像するのも恐ろしい。

地上に出るまで、数分。

そして、顔を出して。

アーシィが、息を呑んで口を押さえるのが見えた。私も、呻きたくなる。

都市が、半分土に埋もれていた。

一種の液状化現象が起きたのだろう。ビルは沈み込み。建物も殆どが半壊してしまっている。

車なども、殆ど動いていない。

点滅しているのは、信号機。

それも、地面から斜めに生えていた。

電柱は傾き、或いは地面に倒れ。彼方此方で、電線がスパークを引き起こしている。

地面に走っている亀裂は、文字通り縦横無尽。これでは、人間がいたとしても、助かることは無かっただろう。

悪夢の光景だ。

禍大百足を移動させる。

スーパービーンズを散布させながら、確認。

以前採取した、銀色の液体が、彼方此方に。

やはり、ニュークリアジャマー発動のタイミングで。住民は全滅したと見て良いだろう。

アレキサンドロスと、プトレマイオスは、根本的には同じ。

宇宙開発を中止した連中と同じ、目先の利益しか考えられない人類の敵。

それを思い知らされる。

冷戦が終わったのは、ずっとずっと昔の事だというのに。

その悪夢の遺産は、未だにこういう形で、残っている。

「新国連は」

「指揮系統の再構築に躍起になっている段階だろう。 介入してくる余裕は無いはずだ」

「そうだな。 そうだといいのだが」

軍事基地へのハッキングを続ける。

これは、そろそろ本腰を入れなければならないかもしれない。

明らかにシステムが暴走している。

プトレマイオスをはじめとする強化クローン達を。此処で仕留めないと、取り返しがつかない事になる。

だが、どうしても尻尾が掴めない。

焦りが、浮かぶ。

 

2、千手の先

 

新国連の解析したデータは、仕込んだバックドアを通して、確実にプトレマイオスの所には入ってきている。

GOAの開発データも。

その気になれば、ロシア版GOAを製造することも可能だが、それはやらない。というよりも、戦略構想的に、作っても意味が無い兵器だからだ。

防御にほぼ全ての機能を集約している兵器。

そして、完成に近づいている。

実際問題、少し前の戦いでは、アンノウンをかなりの長時間足止めすることに成功した。最後は地力の差が出たが。今後はもっと足止めできる時間が長くなっていくことだろう。更に、パイロットの生存率も驚異的だ。

だが。それがなんだというのか。

人間は使い捨てだ。

それが先進国の論理だと言う事は、プトレマイオスだって知っている。経済がサーキットバーストを起こしている現状、一人の人間の命など、芥子粒ほどの価値も無い。パドラア連邦の首都を潰したのも。それと同じ理屈からだ。

少しばかり、コストは掛かったが。

当面、アンノウンは攻撃行動に出られないだろう。

その隙に此方は。

兵力の再編成を進めるだけだ。

「総統閣下」

「どうした」

側近のハイデガーが来る。

最近は威厳を作るために。口調や表情を工夫するようになっているプトレマイオスだが。部下にどれだけ効果があるかは、正直よく分からない。

分かるのは。

自分が、どんどん人間に近くなってきている、ということだ。

アレキサンドロスを殺した事が決定打になったのだろう。

あの時、プトレマイオスは。

主を殺すという、人間らしい行動をして。

親殺しという、古代から伝わる人間としての儀式を通過した。

結果、人間になった。

スペックはそのまま、人間となり。

この世界を支配するにふさわしい資格を得たのだと言える。

独特の哲学なのだろうか。

そうとは思わない。

人間の中では、珍しい哲学では無いはずだ。親兄弟で殺し合うことを悪としながら。そうすることが珍しくもないのだから。

悪徳こそ人間だ。

それがプトレマイオスの結論である。

「アンノウンが出現しました」

「何……? 何処だ」

「パドラア連邦の首都近辺を動き回っています。 恐らく、例の豆を散布しているものかと」

「予想外だな」

少しばかり、驚かされた。

地中に仕込んだ水爆の衝撃をもろに喰らったはずだ。無事だったとはとても思えない。アンノウンの、というよりもハーネット博士の行動パターンから、一度撤退すると判断していたのだが。

だが、興味深い。

むしろ人間らしい判断をした筈のプトレマイオスに対して。元から人間である筈のハーネットが。人間とは真逆の思考をしている事になるからだ。

「爆撃機は出られるか」

「すぐにでも。 ただし対空腐食ガス弾を、即座にうち込まれるかと思います」

「いや、これで勝負がつく」

気がついているだろうか。

既に、此方の網の中に、入っていると言うことに。

アンノウンは、というかハーネットは失敗した。

予想外の行動に出たことは面白かったけれど。対策をしていなかったとは、一言も言っていないのである。

「弾頭は例のバンカーバスター」

「了解しました。 すぐに出撃させます」

爆撃機が、スクランブルを掛ける。

そして、三十二分後。

上空に到達した爆撃機が。合計七発の、特殊バンカーバスター弾を放っていた。

アンノウンが、停止する。

当然だ。

地下で水爆を爆発させたことによって生じた液状化。其処に投じたのは、特殊なコンクリ弾。

そして、液状化を加速させるさらなる大振動。

大質量物体であるアンノウンが沈み込み。

そして、特殊コンクリ弾を浴びて、身動きが取れなくなるのは、自明の理だ。

「対空腐食ガス弾来ます!」

「爆撃機は退避。 地上部隊でとどめを刺せ」

「ただちに」

隣国にまで迫っている機甲師団三つ。

今、手元にある残りの全戦力の半数だ。

反乱を起こそうとしている将校が現在何名かおり、それらの押さえのために、全軍を動かせないのが厳しい。

もう少し時間があれば、この十倍は兵力を動かせるのだけれど。

今は、アンノウンを。

ハーネットを潰すのが先だ。

先発の部隊が、連絡を入れてくる。

アンノウンは半分沈み込み、速乾性のコンクリに動きを止められて、固まっているという。

「機甲師団が到着し次第、風上からアウトレンジ攻撃開始」

「分かりました」

さて、これで王手だ。

捕らえた後は、解体。

ハーネットとその郎党は捕縛して、脳を開いて中身を見ることにしよう。此奴らの技術と知識を吸収することはとても有意義だ。

その後は、この世界を支配することなど、造作もない。

人間共が気付く前に、全てがプトレマイオスのものとなる。支配者階級は全て同胞とし。それ以外は奴隷に。

食肉にしてもいいだろう。

そうすることで、プトレマイオスは、完全なるこの世界の支配者となり。

人間そのものともなるのだ。

ふと、気付く。

ずっと指示を出し続けていたハイデガーが、停止している。どうした。声を掛けると、頭から煙を出しながら、横転。

死んでいる。

ぞくりと、背中を悪寒が這い上がった。

何が起きた。

頭に穴が空いている。狙撃されたのだ。

此処は放棄されたとはいえ基地の中だぞ。つまり、兵士が入り込んでいることを意味する。何処の兵士だ。新国連の特殊部隊か。

どっと踊り込んでくる迷彩服の兵士達。

腰から引き抜いた軍用拳銃で、数人を即座に打ち倒す。頭でっかちとは言え、これくらいは出来る。

だが、反撃のアサルトライフルが、プトレマイオスを貫く。

吹っ飛ばされ、地面に倒れたプトレマイオスは。

血の泡を吹きながら。

此方に迫ってくる特殊部隊の兵士達を、呆然と見つめていた。

「貴様ら、何処の手の……」

「撃て」

最後に視界に入ったのは。

造反を計画している将校の一人。

どうして此奴の部隊が、こんな所に。

ああ、そうか。

ハーネットは、このタイミングを、狙っていたのだ。

 

目が覚める。

クローンに、事前に記憶と知識のバックアップを取っておいて良かった。プトレマイオスは培養槽から這い出ると、顔を乱暴に拭う。

そして、床に唾を吐き捨てた。

ローブを身に纏いながら、周囲を確認。

此処は、ロシアの首相官邸。

その地下にあるシェルターだ。

そう、アレキサンドロスのいたシェルターよりも、ずっと上にある場所。表向きは、中枢コントロールセンターとされている場所である。

ロシアの中枢を制圧したとき。

此処に、自分のバックアップを作るための施設を作り上げたのだ。ハーネットにしても、まさか一度襲撃した場所に、また敵が中枢を作るとは思ってもいなかっただろうから。これで良い。

同胞は、どうなっただろう。

機械類を操作して、順番に確認。

ハイデガーはやられるのを見た。

ヘラクレイトスは。

此奴もダメだ。基地を制圧されたとき、反乱分子に射殺された。他にも何名か同胞はいるが、みなやられた。

まあいい。

また作り直せば良いのだから。

ハーネットの奴は。

機甲師団と連絡をつなげる。案の定、機甲師団は大混乱。当然だろう。首脳部を同胞化していたのだから。

今頃、指揮系統は消滅。

ひたり、ひたりと足音が近づいてくる。

振り返ると。

起きてから最初に再生した同胞。ハイデガーだった。

「見事に、してやられましたね」

「中帝の方は大丈夫だ。 事前に指揮系統のバックアップを取ってあったからな。 ロシアの方はやりなおしだな……」

あの時。

ハーネットは、隙が出来たプトレマイオスの通信網をジャック。反乱を企てている将軍の一人に。プトレマイオスの居場所を知らせたのだ。

更に、プトレマイオスが潜んでいた基地のセキュリティを全滅させた。

これで、ロシアの掌握は一からやり直し。

だが、無にはならなかった。

やられはしたものの。プトレマイオスは学習した。更に前よりも強く。更に前よりも知識を蓄えた。

だが、しばらくは身動きが取れないだろう。

「中帝に移動するぞ」

「此処を放棄するのですか」

「そうだ」

ハーネットは侮れない奴だ。今、やられて、それをようやく理解できた。アレキサンドロスが負ける訳だ。

人間としては出来る奴。

恐怖の対象から。敵手への尊敬へと、感情が変わったのを、プトレマイオスは自覚していた。

敵として不足は無い。

しばらくは、ロシア軍の混乱に漬け込んで、好き勝手に暴れるのを許すことになるだろう。

だが、その間に中帝を立て直し。

そして、此方を本拠地にして。プトレマイオスは、今度こそ世界の覇者たる存在へと変わるのだ。

シャワーを浴びて、培養液を落とすと。

再生した同胞達を連れて、首相官邸を離れる。

ロシアの混乱は加速する一方。

一度プトレマイオスが力尽くでまとめかけたのを、また全て台無しにされたのだから、当然だろう。

もう一度此処を支配するのは、しばらく先になる。

専用車で、空港へ急がせる。

モスクワの市内で爆発が起きているのが見える。統制の箍が緩んで、犯罪者が好き勝手に暴れているのだ。

軍も警察もお手上げ状態。

そういえば、ソ連が崩壊した直後も。KGB崩れのマフィアが、こんな感じで大暴れしていたと聞いている。

新国連の動きも気にはなる。

だが、データは全て持ち出すことが出来た。

そもそも、ネット上の仮想ストレージに、データは常にバックアップしていたのだ。ちょっとやそっとで失われるはずもない。

空港に到着。

そして、プトレマイオスは。

悠々と、ロシアを脱出した。

 

3、泥沼と泥沼

 

コンクリートを腐食ガスで溶かして、禍大百足はどうにか脱出。混乱するロシア軍の機甲師団を尻目に、地面に潜る。

ため息が漏れる。

危ないというか、きわどい勝負だった。

私としても、賭だったのだ。

隙を曝してやれば、向こうも隙が出来る。勝ったと錯覚した瞬間の隙が、一番大きくなるのだ。

ましてや、プトレマイオスは。能力は著しく高いが、子供じみたところがどうしてもあった。

案の定、鉄壁を誇ったプトレマイオスの防御が。

禍大百足が、決定的な罠にはまった時。

致命的に緩んだ。

暗号化していたとは言え。露骨にセキュリティが三段階ほど下がった。勝てると確信したからだろう。

居場所を特定すれば、後は簡単。

ロシア軍の反乱をもくろんでいる将校に、位置を知らせて。そして、余力でそのセキュリティも潰してやった。

反乱のお膳立てをしてやった将軍は、勝ち誇っているらしいが。

別に今は、どうでもいい。そいつが今後、勝ち残れるとも思えないし。勝ったところで、何も変わらないだろう。

ロシアの大物将校や政治家は、根こそぎアレキサンドロスに消され。プトレマイオスが再構成しようとしてまた消された。

想像を絶する混乱が待っているはずだ。人材というものが、根こそぎ国中から失われたのだから。

東欧での作戦行動を完遂するには、この隙しか無い。

「パドラア連邦での作戦行動を推敲後、他の国も建て続けに叩くぞ」

「そ、その、大丈夫、でしょうか」

「かまわないさ」

アーシィの言葉の意味は分かる。

ロシアの混乱が、酷い事になるのでは無いのか、というのだろう。

だが、どうしようもないのだ。

元々、アレキサンドロスという怪物を造り出してしまった時点で、ロシアはどこかしら詰んだ状況だった。

下手をすると、あのプリオンによる支配が、世界全体に及んでいたかもしれない。そうなったら、人類は終わりだった。

腕組みする。

移動させながら、考え込む。

ひょっとすると、プトレマイオスを仕留め損なっていないか。たとえば、丁度ルナリエットやアーシィ、ユナやマルガリアのように。記憶移植技術によって、クローンが準備されていたとしたら。

奴が大事にしていただろうデータが。

ネット上の仮想ストレージなどに分散して蓄えられていたら。

しかし、現在動画サイトだけでも、一日に計り知れないほどのデータが行き交っているのだ。

それらの中から、データを探し出すことは、ほぼ不可能に等しい。

ただ、今の内に、念には念を入れた方が良いだろう。

プトレマイオスが潜んでいた基地には、バックドアを仕込んである。ログを解析しておく。

解析はマクロに任せるとして。

後は、マクロでは出来ない作業を進める。データベースなどから、プトレマイオスの思考パターンを調べておくのだ。

途中で、データが出てくる。

アレキサンドロスは、殺されていた。

本当の意味で、である。

用済みになったと判断して。リソースを確保するためだけに、ゴミのように殺したらしい。

この辺り、プトレマイオスはバケモノじみていた。

それでいながら。

自分がどんどん人間に近づいていると思っていたようなのだ。それも、世界を支配する人間という意味での存在に。

吐き気がする。

邪悪と言うよりも、醜悪だ。自分が邪悪だと自覚していない存在。最もどす黒い闇である。

プトレマイオスは、進化したAIの可能性を考えさせられる。

本当に、押さえが無ければ、AIはいつでもこうなりうる。

ルナリエットを一瞥。

アキラ博士の記憶と知識を受け継いでいる彼奴は。今後、自分としてのあり方を、求めるようになって行くのだろうか。

分からない。

分かっているのは、反乱を起こそうとする可能性は。何時でもある、という事だ。

パドラア連邦第二の都市を、地下から強襲。

腐食ガスとスーパービーンズを散布。新国連の機甲師団が反撃してくるが、手向かう場合は蹴散らして。それ以外は無視して進む。

GOA部隊は出てこない。

流石に昨日の今日だ。もう戦力が無いのだろう。

作戦行動は遂行完了。

増加装甲がかなり心許ないが。他の東欧諸国を、これから休み無しで蹂躙しに行く。地下移動の間、ルナリエットは休ませる。

腕組みしていると。

マーカー博士が、話しかけてくる。

「浮かない様子だな」

「私達は、何を相手にしていたんだ」

「管理用のAIだろう。 人間に対して、反乱を起こした」

「そうだな。 それは分かっている。 だが人間と似たような肉体を得て、脳細胞を働かせて思考するものを、AIと呼べるのか」

データは、既に手元にある。

プトレマイオスの姿も、分かっていた。

ロシア系の女の子だ。銀髪で、人形のように可愛らしい。知能だけを強化した肉体に、管理用のAIを補佐する知能を埋め込まれている。

そして、同胞化という技術によって。

同じく同胞化している存在と、高度のリンクを保つ事が可能な能力を得ている。管理に特化した存在だ。

宇宙で人類を統率するために、必要だと判断され。造り出された技術だけれども。

それが今では。

世界に疫病のように蔓延し。

人間を支配することをもくろむ怪物とかしている。

確かに、人間を支配する目的で作り上げられた技術の産物だとしても、である。

プトレマイオスにしても、死んだ筈だけれど。

今頃蘇生している可能性もある。

それを告げると、マーカー博士は、考え込む。

「米国では、人間そのものが宇宙で暮らしていく仕組みとして、食糧と、個体数の管理を重視しした。 ロシアでは、人間が宇宙で暮らしていくためには、人間そのものを管理する必要があると考えた。 どちらも正しいとは言えたが。 しかし後者のやり方は、ディストピアめいているな」

「めいているではないな。 実際に動かしてみない限りシステムがどうなるかは分からない部分が多いが。 此処まで酷い事になるとは、当の開発者達でさえ、考えてはいなかったのではあるまいか」

「そうだな……」

いずれにしても、はっきりしているのは。

状況から見て、ハーネットが進めようとした方式が正しいのは、明らかだと言う事だ。

これからも血がたくさん流れるが。

それでもやらなければならない。

人類は、宇宙に進出しなければ終わりだ。

その事実に、代わりは無いのだから。

 

反撃は、どこの国でも、相応に激しかった。ロシア軍だって、混乱しているとは言え、黙ってばかりでは無かった。

流石に、ロシアの衛星国を荒らしているのである。

ロシア軍がどれだけダメージを受けているとしても。それに変わりは無い。

増加装甲を削り取られ。

補給はない。

日に日に心細くなる物資だけれども。

一度基地に戻って、増加装甲が尽きてからは。既に結社のメンバーも全員禍大百足に回収して、次の作戦に向かう事にした。

内部に、人が入るスペースはいくらでもある。

当然の話だ。禍大百足は、元々宇宙ステーションだったのだから。

八つの目標のうち。

今、六つ目の国にさしかかっている。ロシアとダイレクトに国境がつながっている国で、昔はソ連の穀倉地帯として有名だった場所だ。第二次大戦時は、この辺りでドイツ軍とソ連軍が、血みどろの死闘を演じもした。

現在では、ソ連崩壊後の混乱から立ち直れず。

無謀な略奪農法による大地からの収奪で、土地も痩せ。

資源も減り。

他の東欧諸国と同様の、様々な問題を抱えていながら、「豊かな」西欧に嫉妬を続ける。そんな国になり果てている。

禍大百足が地面を突き破り、姿を見せると。

昔、農場だった枯れ果てた土地が、何処までも広がり。塩害で汚染された土地には、もう雑草さえ生えていない。

人々の目は虚ろで。

バケモノである禍大百足が姿を見せて。その威容を示していても。ぼんやりと見つめるばかりだった。

東欧と言っても、昔から西欧に劣っていたわけでは無い。ゲルマンとスラブという差はあったにしても。互角以上に戦って来た歴史がある。

決定的に変わったのは、やはり冷戦の時代。

それ以降は、様々な不幸と不運が、この地に降り注いだ。

嫉妬と憎悪が国を動かせなければ、

こうなる。

スーパーウェザーコントローラーで、天候を操作。嵐にまでする必要はないだろう。雨を降らせ、そしてスーパービーンズを撒く。

塩害など、スーパービーンズはものともしない。

砂漠に繁茂するほどの強力な植物なのだ。古代の文明を滅ぼしてきた塩害でも、このスーパービーンズにはかなわない。

軍は出てこない。

この国は、意外にあっさり片付くかと思ったけれど。そのまま終わることは無かった。軍は出てこなかったのでは無い。

どうやら、出る必要なしと判断したらしかった。

「レーダーに反応!」

アーシィが警告を発すると同時に。

モニタに、光の点が無数に映り込む。それは一秒ごとに数を増し、やがて怒濤のごとく。流星群となって、降り注ぎ始めた。

新国連の機甲師団だ。

丘の向こうに布陣している。

それも、数は恐らく、今出せる総力だろう。ロシア軍も、その一部に加わっている様子だ。

どうやら、プトレマイオスがいなくなってから。

制御を無くしたロシアが、ついに音を上げたらしい。

ロシア軍らしい飽和攻撃。

禍大百足の増加装甲が吹っ飛び、はじけ飛ぶ中。私は、呟いていた。

ひょっとすると、この方が手強いかもしれない、と。

「交戦は避けますか?」

「いや、此処で叩いておけば、後が楽だ。 新国連の機甲師団は、恐らく三万程度とみたが、どうだ」

「はい。 そのくらいだと思います」

ロシア軍も恐らくは同規模。

戦車隊の砲列を並べ、斉射を仕掛けてくる。その後方には自走砲。

誰だか分からないけれど。

禍大百足が出現する地点を、正確に読んだのだ。プトレマイオスはバケモノじみた予測能力を見せていたが、これは恐らく違う。

今度は、油断したのは、私、ハーネットの方だと言う事だ。

だが。

油断しても勝てるから、油断しているのである。

さんざん繰り返された戦いで、ロシア軍も新国連も、戦力の消耗が激しい。此処で叩けば、しばらく出てくる事は出来ないはずだ。最新鋭兵器は、消耗した場合、簡単には補充できないのである。

苛烈な砲火を浴びながらも、突進。

地雷が立て続けに爆裂する。

上空には、念のために、対空腐食ガスを撒いて置く。更に、スーパーウェザーコントローラーの火力も上げた。

さあ、どう出る。

敵前線と、禍大百足が接触。

腐食ガスを浴びせながら蹴散らすけれど。

意外な事に。

姿を見せたのは、GOA。

それも、見たことが無いタイプのものだ。

一番新しい奴とも、形状が違う。これは、新国連が繰り出してきた新型のGOAか。それにしては、開発があまりにも早すぎる。

ただし、一機だけ。

ホバリングしながら、アサルトライフルをうち込んで来る。増加装甲は、既に限界一杯の状況だ。

本体の装甲は、増加装甲とは比較にならないほど強力だが。

攻撃を受け続ければ、いつかは破られる。

さっと計算。

勝てる。

しかし、損害が大きくなる。

「一度引き揚げますか?」

「いや、増加装甲はもうない。 此処で叩く」

「……」

アーシィが不満そうに、それでも気弱げに黙る。

マーカー博士は、コンソールを操作中。スーパーウェザーコントローラーの操作で、手一杯だ。

周囲の機甲師団は、ヒットアンドアウェイを繰り返してくる。

自走砲と戦車が連携し。

更に、GOAが纏わり付くことで、此方の攻撃を掣肘してくる。色々と鬱陶しいが、良く出来たコンビネーションだ。

ポールアックスを振りかざして、GOAが突入してくる。

ルナリエットがタイミングを合わせてタックルを浴びせ、GOAを吹き飛ばすけれど。

それに更にカウンターを併せる感触で。

横殴りに、数発の重苦しい一撃。

これは、あのレールガンだろう。

さしもの禍大百足も、揺らぐ。

まずい。

増加装甲がないとはいえ、この状況は、正直面白くない。更に、周囲にバンカーバスターが投下される。

強力なセメント弾入りのものだ。周囲の地面を固めて、地下に逃れるのを防ごうというのだろう。

「これでは逃げられません!」

「敵の指揮官は誰だ」

「分かりません……」

途方に暮れた様子で、アーシィが言う。

此方としても、消耗戦は望むところだが。レールガンで立て続けに横殴りの一撃を受けている所で、機甲師団に纏わり付かれ続けるのは面白くない。更に、謎の新型GOAまでいる。

不意に、GOAが装甲をパージ。

アサルトライフルを乱射しながら、下がっていく。

そういえば此奴。

禍大百足のタックルを浴びても、まだ墜落していない。今まで以上のタフネスだ。どうなっている。

「まずはレールガンからだ」

「此方、新国連のエルド中将」

向きを変えかけた瞬間。

不意に、通信が入った。

普段だったら無視するところだが。今は、正直此方も消耗が激しすぎる。勿論、殴り合えば勝てる自信はあるけれど。

勝ったところで、継戦能力が残るかとなると、微妙だ。

「話を聞きましょう」

「俺も賛成だ」

アーシィに、マーカー博士まで同調する。

私は腕組みすると、ルナリエットを見る。彼女も、頷く。見ると、相当に消耗が激しい。

あの新型GOAに纏わり付かれていたこともある。

思ったより、消耗していたという事だ。

「此方には交渉の用意がある。 元NASAのハーネット博士」

「……」

「降伏しろとは言わない。 ただ、このままだと、双方に傷が大きくなりすぎると判断する。 せめて停戦しては貰えないだろうか」

現状を鑑みるに。

敵は、純粋な殴り合いを行う状況を作ってきた。

そのままやり合っても、得が無い。それだけの実力を示してきて、その軍事力そのものを、交渉の材料にしてきた。

少なくとも、まともな思考能力を持つ相手だと言う事はわかる。

あのGOAも厄介だ。装甲を換装してきたら、またかなりの苦戦を強いられることになるだろう。

そして、もう此方の面は割れている。

アーマットとの関係も疑われている状況だ。

だが、もう少し、此方としても、相手に隙を作らずにいたい。

「停戦の条件は、しばらく発展途上国への攻撃を控えること。 我々としても、この条件さえ呑むのであれば、攻撃を停止する。 今、ロシアと中帝の混乱がひどく、このままだと先進国を巻き込んだ大戦乱が発生する可能性がある。 核の使用も予想される」

「なるほど、それでか」

通信に答えたわけでは無い。

口の中で、そう呟いただけだ。

新国連が、ありったけの軍勢を繰り出してきた理由が分かった。確かに、先進国を巻き込む戦争になったら、発展途上国の平和維持活動ではなくなる。最悪なのは、米軍が重い腰を上げた場合だ。

今でも、世界最強なのは米軍だが。

もし米軍が全力で前線に戦力を投入した場合。それは、世界規模での大乱が起きていると示すことを意味する。

地上戦で何度も痛い目に会ってきている米軍は、最近は空爆で敵国を潰すことを主にしていて。

以前のような、人道主義からも離れている。

自国民を守る方が大事。

二次大戦で。

核を使うときに、使った言葉だ。

新国連は、米国が世界の警察を辞めたときに、腐敗著しい旧国連から再立ち上げした組織である。

米軍と一蓮托生とまで行かなくても。

その動きには、ある程度連動している。

故に、なのだろう。

これから本腰を入れないと、まずいと考えているとみて良い。

「返答を期待する」

「どうする」

マーカー博士が、言う。

皆の心は、停戦に傾いている。

目標の攻撃は達し切れていない。此処で停戦すると、色々と面倒な事になるだろう。それなのに、停戦に傾いているというのは。

それだけ、今の状況が厳しいことを意味していた。

「分かった。 新国連軍。 停戦を受けよう」

「そうか」

相手からの声は。

安堵に満ちていた。

それはそうだろう。なにしろ。今までどうしようも出来なかった禍大百足と、コンタクトが取れたのだから。

私は、ハーネット博士である事を肯定も否定もしない。

今はまだ、全ての手札を明かすときでは無いからである。

「だが、此方からも条件がある。 この国および、サフラス共和国、アンバー連合国に対し、我等がスーパービーンズと呼ぶ豆の散布を行う。 これらの国の軍に対しては攻撃を行わないが、反政府組織は叩き潰す」

「……」

「この条件を飲めないのなら、停戦はしない」

「少し待て」

戦車隊が後退を開始。一定距離を保ったまま、やりとりを見守る。

此方もその間は、腐食ガスの放出を止めて、様子を見る。勿論、いざというときは、すぐに再攻撃を開始だ。

三十分ほど、時間が過ぎる。

その間、関節部分にいる結社メンバーとも話をする。

皆、停戦には反対しない。

そろそろ、無理が出てきていることは、分かっていたのだろう。というか、正直な話だが。

私も、現時点では、認めていた。予想を遙かに超える規模で敵が出てきている事。攻勢の終末点だと言う事を。

どれほど鋭い矢でも。放たれてからしばらくすると、薄い布さえ貫けなくなってしまう。

古いことわざだ。

今の禍大百足が、正にその状況。補給も断たれ、此処で敵を倒したとしても、結局最終的には作戦遂行能力を失う。

また、通信がある。

今度は、エルド中将では無い。

若い女だ。

「此方、新国連のアンジェラ」

「ああ、あのインチキニュースを報道している」

「その通りよ。 それで、あなた方には質問があるのだけれど、良いかしら」

「何だ」

あっさり流す辺り、そこそこのくせ者だ。

やはり、質問の内容は。

予想通りだった。

「スーパービーンズとあなた方が呼ぶ豆を散布する目的は、人口の抑制かしら」

「何のことだ」

「分かっているの。 複数国での統計で、出生率が異常低下している。 いずれもあなた方が通った国で、しかもそのスーパービーンズを撒いた国での出来事よ」

「偶然だろう」

相手が分かっている上で、私はうそぶく。

そもそも、だ。

人生抑制だけが、スーパービーンズの散布目的では無い。もう一つ、大きな目的が、裏にはある。

それは悟らせるわけにはいかない。

だから、此処では踏ん張る必要がある。

「人口を抑制して、どうするつもり」

「だから知らぬと言っている」

「内容次第では、条件はのめない。 停戦も取りやめよ」

「一つ言っておく。 我等の目的は、人口抑制ではない」

実際には、人口抑制も目的の一つなのだが。それをぺらぺらとしゃべるつもりはない。通信では変声機も使っている。

これが精一杯の譲歩だ。

一触即発の空気の中。

咳払いの声。

どうやら、事務総長らしい。

知っている。政治的な力量だけを買われて事務総長になった人物だ。今の新国連を支えている屋台骨である。

旧国連時代は、とにかく無能な事務総長が続いて、混乱と国連の無力化を加速していったのだけれど。

新国連時代になってからは、それも無い様子だ。

まあ、だからこそ、手強く食い下がってくるわけなのだが。私としては、面倒くさい敵手である。

「あー、そのアンノウンに乗っているハーネット博士に話がある」

「私はハーネットだと名乗った覚えは無いが」

「まあそれはいい。 今回は、どちらも致命打を受けるだけの結果に終わりそうだし、この辺で手打ちにしてはどうかね。 君達が軍や都市に攻撃行動を取らず、ただ豆をまくだけなら、それは黙認しよう」

「……事務総長!」

アンジェラの抗議を、事務総長が受け流す。

話が早くて助かる。

とは言っても。元々、交渉で譲歩するつもりは無かったのだが。

「分かった。 良いだろう」

「ただ、覚えておいてくれたまえ。 このような事、長続きしないよ。 いずれ君達は、必ず死刑台に立つことになるだろう」

「無論、覚悟の上だ」

「そうかね。 ならば別に良いのだけれどね」

「ああ、別に良いさ。 そうそう、そろそろ知っておくと良いだろう。 この機体の名前は、禍大百足という」

通信を切る。

禍大百足が動き出すと、新国連の部隊は、無言で見送る。

此方も。

何も言う余力は、残っていなかった。

 

4、雪解け

 

機体はボロボロ。

上空は偵察機。向こうは仕掛けてくる様子は無いけれど。此方から仕掛けたら、新国連も戦闘態勢に入るだろう。

勝ったと言えるのだろうか。

分からない。

私が黙り込んでいると。禍大百足のコックピットも、ひたすら陰鬱な空気に包まれる。それは、仕方が無い事だ。

はっきり分かっているのは。

今回、ついに追い詰められた、という事だ。

今までは、かなり危ないところまで行く事はあっても。相手が王手を掛けた事は一度もなかった。しかし、今回は違った。勝ったとしても、大打撃は避けられない状況だった。そして今も。

戦いを続行できる状況には無い。

禍大百足本体のダメージも、相応に深刻なのだ。

既にルナリエット達三人は休ませている。

今回は結社メンバー全員を、関節部に乗せているのが幸いした。医師に診察させられるからだ。

如何に負荷を分散していると言っても。

ものには限度がある。

「あの、ハーネット博士」

「何だ」

私の苛立ちを敏感に感じ取ったのだろう。アーシィが黙り込む。マーカー博士が、咳払いした。

あまり虐めるなと言っているのだろう。

分かっている。

だから、何が言いたかったのか。言うべき事を、促す。

「何か分かったのか」

「はい。 あのGOAですが、どうも騙されたみたいです」

「……どういうことだ」

「ガワだけみると今までに無い機体でしたけれど。 動きから解析して、GOA350と同型の機体です。 ブースターだけ増設して、それを無理矢理動かしていたみたいでして……。 ガワがいつもと違ったのは、多分突貫工事での偽装です」

そうか。

勿論ガワを変えれば、空中機動での影響が出る。つまり、余程技量があるパイロットでないと、そもそも動かす事さえ無理だ。

そんな事が出来るパイロットが。

思い当たる相手がいる。多分、いつも最前線で突っ込んでくるあのエースだろう。此処までの事が出来るとは、思ってはいなかった。

まあ、騙されたのは自分だ。誰にも責任は無い。

スーパービーンズの散布が完了。

これで、東欧での作戦目的はほぼ達成。

後はテロリストや、反政府組織などを潰しておしまい。無言のまま、ローラー作戦で、作業を実施。

東欧は中東ほどの無政府状態ではないけれど。

幾つか、目をつけていた反政府組織はある。

それらは全て、ローラーでゴミを巻き取るように押し潰していった。いずれも、地下から強襲して叩き潰したり。

或いは、地上から、直接蹂躙した。

蹴散らし終えた頃。

新国連の偵察機が、光信号を送ってくる。

これ以上の攻撃行動は控えられたし。以降は、多国籍軍と新国連で、反政府組織の駆除作業を行うと。

「勝手なものだな……」

「向こうは譲歩してくれた。 これくらいで良いだろう。 どのみち、スーパービーンズの散布は終わっている」

「……ああ」

目的が達成できているのは、確かに事実ではある。

これ以上交戦する意味はないし。

此方だって、向こうが隙を見せれば、約束を破るつもりなのだ。

光通信で返しておく。

「此方としては目標を達成した。 これにて停戦は終了とする」

「了解した」

短い返答。

禍大百足は、そのまま地中に。本当だったら、東欧でもう少し作業をしていきたかったのだけれど。

この辺りが潮時だろう。

途中で、中央アジアの国を二つ三つ潰していくつもりだが。

それだけしか出来そうにない。

中央アジアには、小さな基地があるが、補給が精一杯だ。それ以上の事は、で来そうに無かった。

無言での、地中移動が続く。

新国連側は、何処まで此方の動きを把握できているのだろうか。

振動探知で、ある程度はわかるはずだが。

それも限界がある。

地下千メートルを移動する禍大百足を、流石に追い切ることは出来ないはずだが。それでも、念には念を入れる。

基地へ、到着。

その時には、かなり静音性をあげて。

慎重に移動していた。

此処で補給を済ませた後、すぐに放棄。今度は東南アジアの基地に移動することになる。東南アジアでの作戦行動は、今まで以上に厳しくなることが、容易に想像された。当然のことだ。

何しろ、米軍がダイレクトに介入できるのだから。

今までは、米軍が世界の警察を気取るのを止めてから、活動をストップした地域が、作戦行動の舞台になっていた。

これからは違う。

新国連では無く。米軍が直に出てくる可能性が高い。

東南アジアの基地には、一応増加装甲の予備が少しだけあるようなのだけれども。それも、あまり期待は出来ないだろう。

厳しい状況だ。

わかりきってはいたけれど。

しかし、時間がない。

これまでの作戦行動で、スーパービーンズを散布できた地域は、あまり多く無い。もう少し散布できないと、当初の予定を達成できないのだ。達成できなければ、人類は宇宙進出を開始できない。

それは、人類の滅亡を意味する。

基地で休む結社メンバーを横目に。私は幾つか手を打っておく。疲れ目が染みるが、こればかりは仕方が無い。

戦いは、少しだけ停止したけれど。

それは、あくまで次の戦いに向けてのもの。

修理が開始されているけれど。

どこまで直せるかどうか。

禍大百足は世界を敵に回して戦っている。その苦悩が、今更ながら、露骨に示されていた。

通信が入る。

かなり回りくどい経路だが。アーマットだ。

しかも、本人じゃあ無い。

多分、本人は監視が強すぎて、身動きできず。代理を立てるしか無い、ということだろう。

「アーマット様より伝言です」

「聞く。 言ってくれるか」

「東南アジアの基地に、補給物資を追加。 かなり苦労したし、質が低い物資しか送れなかったが、それで我慢して欲しい、との事です」

「いや、物資を補給してくれただけで充分だ」

とはいうものの。

東南アジアの基地からすぐに送られてきた物資のリストを見て、ため息が零れる。

中帝や東南アジア製の、品質が劣る鉄鋼や、それで構築された増加装甲。食糧も、かなり品質が怪しいレトルトや缶詰。

結社のメンバーは、線が細い科学者崩れが殆どだ。

これで、やっていけるだろうか。

いずれにしても、この物資なら、補給できたのも納得である。二重三重に手を回して、怪しい業者しか動かせなかったのだろう。

カオスな東南アジアにも、まっとうな企業は多い。

最近は経済の発達に伴って、増えてきている。

そういった企業は動かしづらい。

物資も同じだ。

禍大百足から、フォークリフトを降ろして、作業をしている結社のメンバーに、帽子を下げたい気分だ。

この先の戦いは、更に絶望が濃くなる。

人類が更正する可能性などない以上。

我々で、動かなければならないのだ。

 

いつの間にか、眠っていた。

それを誰も咎めなかった。

マーカー博士は、いない。コックピットは、私だけになっていた。

リクライニングで眠りやすいとはいえ、色々と問題だ。あくびをしながら、栄養の濃いゼリーを口にする。

まともな食事をしばらくしていないけれど。

こればかりは、どうしようもない。

外に出ると、修復作業が一段落していた。とはいっても、補給物資が無いのだ。ナノマシンの生成も、そうスピーディに出来る訳では無い。

あり合わせの増加装甲も何カ所につけたけれど。

レールガンを喰らった場所は、修繕し切れていなかった。

ナノマシンの濃度が落ちているのが、目に見えて分かる。レールガンの斉射を喰らうと、危ないかもしれない。

柊が来る。

「ハーネット博士」

「ハンバーガーくれ」

「子供みたいな事を言わないでください。 ほら、ちゃんと食事して」

「お、おい」

手を引かれる。

困ったことに、そのまま食堂に連れて行かれて。残った物資から作ったらしい食事を、目の前に配膳された。

食欲が無いのだけれど。

食べないと、此処から離れる事を許してくれそうに無い。ため息をつくと、食事を開始した。

胃がやっぱり少しおかしくなっているらしい。

鏡をいきなり見せられる。

「この状況で、ハンバーガーなんて食べさせられません。 良く、自分の状態を、見てください」

「……」

返す言葉も無い。

元々窶れていた私だが。更にひどい状態になっている。

廻りは良く何も言わないものだ。いや、言いたいのだけれど、敢えて口にしないのだろう。

風呂に入るように言われて。

言われるまま、シャワーを浴びて、寝ることにする。

のんびりしていて良いのだろうかと思うけれど。体の方は正直で、疲れが一気に睡魔を呼び寄せた。

ベッドで、しばし惰眠を貪る。

そして、夢を見た。

大破した禍大百足。

霧の向こうに見えるのは、米軍第七艦隊。更には、沖縄をはじめとする周辺基地から出撃してきた、F22をはじめとする、世界最強の打撃集団。空母と、その周囲を固める、艦隊群。

その気になれば、一日で中規模国家を制圧できる、圧倒的軍事力。

ロシア軍とも、勿論新国連とも格が違う、この星最強の武力。

禍大百足だって。

正面からやり合ったら、とても勝てない。

おかしな事に。

禍大百足の周囲に散らばっているのは、GOAの残骸だ。そうか、新国連の部隊は、使い捨てにされたのか。

何だか滑稽で。

笑いが零れてくる。

気がつくと。

六時間ほど経過していた。もう少し眠るようにと、いきなり耳元で声。どうやら監視カメラか何かで、見られていたらしい。

プライバシーのプの字もない空間だと思ったけれど。個室が用意されているだけ、マシなのだろうか。

「状況は」

「今のところ、動きはありません。 もう少し寝てから、起きて来てください。 カロリー計算した食事を作ってあります」

「それは有り難いな」

腹は、減っていない。

というよりも、胃袋が完全におかしくなっている。柊がこれだけ神経質になるのも、仕方が無いのかもしれない。

もう少しだけ寝てから、這い出す。

眠れない。

と言うよりも、分かった。

体力が落ちていて、眠ることがそもそも出来ないのだ。そういえば、昔言われていた事を思い出す。

年を取ると、長時間眠れなくなると。

眠るのにも、体力が必要なのだと。

乾いた笑いが漏れてきた。

どうやら私は。其処まで衰えていたらしい。

昔から、そう天才とか言われていた頃から、体力にはあまり自信が無かった。周囲のエリートが体力もバリバリに高かったのを見ていたから、違和感もあったのだけれど。

私は特別な存在などでは無いのだと。こういうときに、はっきり事実を突きつけられる。まあ、そんな事は、分かっていた。

天才などと言うのは、まやかしだと言う事は。

単に昔はスペックが高かった。

それだけだ。

起きて食堂に行く。ヨーグルトを中心とした、胃に優しい食事が用意されていた。嬉しいけれど。これでも食べきれるかは、少しばかり自信が無い。それくらい、胃が弱っているのだ。

天井を仰ぐ。

後、中央アジアを少しと、東南アジアを少し。そして最後に中帝。

中帝を潰す過程で、禍大百足は破壊されても良い。最終的に、生還は考えていない作戦なのだ。

なのに、思えば。

柊は笑顔で。

今も配膳をしている。

何だかむなしくなってきた。

「なあ、柊」

「はい?」

「お前、結社を抜けろ。 まだ若いのに、我々につきあう必要はないぞ」

「……私も、もうこの世に居場所はありませんから」

柊は笑顔を浮かべる。

とても強い闇が、その奥に潜んでいた。

「私の親は大量殺人犯でして。 私が留学している間に起きた事件だったんですが、もう無茶苦茶です」

「……どういうことだ」

「職場のストレスに耐えきれなくなったんです。 最後は家族もろとも、ガソリンを被って無理心中。 私だけ、留学していて助かりましたけれど。 周囲の数世帯が焼けて、何人もが死にました」

勿論、其処まで家族を追い込んだ企業には、おとがめ無し。マスコミも非常に偏向した報道をした。多分、腐れ企業が警察とマスコミを買収したのだろう。それだけの力がある企業だ。

責任をとるも逃げるも出来ない柊は。

徹底的にマスコミに追いかけ回され。顔写真は曝され、悪魔の娘とか、一面記事に書かれたという。

留学していた大学は、当然離れる事になった。

元々アジア系の柊は、西欧文化圏では過酷な差別を受ける。米国の有名大学にいた柊も、それは同じ。

日本に戻った後、大学を点々とした。一応教授となれるだけの学歴は持っていたからだ。だが、それも長続きしなかった。

海外の大学も点々としたけれど。

マスコミは何処まででも追いかけてきた。

柊がそこそこに整った容姿であったことが原因であったらしい。柊を叩けば売り上げが伸びる。

そう判断したマスコミは。

何処までも、柊の人権と尊厳を、蹂躙しつくした。

幸い、結社から声が掛かって。

此処にはいることが出来て。それで、ほっとしているのだという。

結社が何をしようとしているかも、当然柊は知っている。つまり、自殺の延長として、ここに来たという事だ。

実際、ここに来るまでは。首をくくる寸前まで追い詰められていたというのだから。

周囲の誰もが、柊を人間とは、もう認めなかった。

そういうものだ。人間社会とは。

諦めきった声が、柊の口から漏れる。

目には、強い闇が潜んでいた。

此奴の人生を破壊したのは。間違いなく現在の人間社会そのものだ。

「理不尽に人生を狂わされたのは、私も同じです。 復讐しようとは思いませんけれど、せめて人生に意味くらい作りたいんです。 あまり、酷い事は……言わないでください」

「そうか。 すまなかったな」

無理にでも、食事を腹に入れる。

戻しそうになったけれど、我慢。少しずつでも回復させなければ。ルナリエットにあれだけ無理をさせ続けて、ここまで来たのだ。

私が最初に倒れてしまっては、意味がない。

戦いを続けるためにも。

此処で、食べなければならなかった。

 

5、黒の戦士

 

亮は、一部始終を見ていた。

あのアンノウン。禍大百足と自分たちで呼んでいるらしいけれど。まあとにかく、あの絶対的恐怖が、交渉に応じたのだ。

無理矢理、ガワだけ新品にしたGOA350で出てきて。

必死に戦った意味があった。

新国連の地上戦部隊は半壊状態だけれども。禍大百足も、相当なダメージを受けている。しばらくは動けないだろうと、判断もされていた。

それに、そもそも、東欧での作戦行動は終了した雰囲気がある。

次に何処に姿を見せるか分からない以上。

戦略は立てようが無い。

勿論、新国連の情報部は、禍大百足の行く先を追っているのだろうけれど。あまりにも地下深くを高速で移動するものだから、既にロストしている様子だ。それに、一度散布されてしまうと、あの豆は駆除しようが無い。

どんな除草剤でも通用しない上に。

あまりにも深く根を張っているからだ。

短時間で、強烈な工場排水を浄化したという報告まで上がっているらしい。除草剤なんかで、刃が立つはずも無かった。

基地に帰投。

ニセ新型GOAは、その時点で無理がたたって、崩れ落ちてしまった。コックピットから出るのにも、一苦労だったほどである。

とにかく、禍大百足は撃退できた。

それで、新国連は良しとするらしい。後はGOA部隊を再構成後、停戦を放棄した禍大百足を、追うそうだ。

機甲師団は再編成に時間が掛かるが。

元々資金は相応に潤沢。

機甲師団の規模が大きくなかった事、そもそも新国連の本職は治安維持と言うこともあって、あまり問題視はされていないらしい。死者も殆どでなかったのが原因かもしれないが。

GOAは戦闘経験値が積めたこともあって、何よりロシア軍とまともに渡り合う禍大百足の脅威が更に大きくなったと判断されたこともあって。予算増額で、開発が早まるらしい。

二ヶ月後には。

GOA401の試作機が来るそうだ。

また亮は、サポートAIの試験で大忙しになる。

ただし、それまでは。

出来る事が無かった。

何しろ、GOA部隊は半壊。機甲師団は一旦解散されて。殆どの兵士は、新しく支給される武器が来るまで、する事がない。

丸腰で武装勢力とやり合うわけにも行かないのだ。

残ったGOAを共食い整備して、どうにか半数ほどは作り直したけれど。今回の戦いは、本当に厳しかった。

だけれど、禍大百足の実力の底も見えたし。

更に、新型のGOA401に、今までの戦闘経験もフィードバックされる。これならば、きっと。

自室でぼんやりしていると。

大佐から連絡が来る。

すぐに来るようにと言うことだったので、自室を出た。まだ怪我が治りきっていない蓮華と、自室前でばったり。

「あ、大丈夫?」

「平気よ」

GOAのタフさに救われたことは分かっている。それは、亮も同じだ。

戦闘機や戦車だったら。

確実に、死んでいただろう。

フリールームには、大佐だけでは無く。前回の戦いで指揮を執った中将二人もいた。それだけ、重要なニュースなのだろう。

「どうしたんだろう」

「……ミーティングルームに呼ばれていないって事は、まだ未確定情報って事でしょうね」

「なるほど」

テレビの前に出ると。

いつものアンジェラ氏では無くて。米国の大手ニュース番組が、その情報を流していた。

中帝で、新皇帝が即位。

混乱の中、新しく皇帝即位したのは。前皇帝とは血縁が無い人物であるという。今後の混乱は必至だとも思われたらしいのだけれど。

中帝の幹部は、皆が粛々と従っているのだとか。

問題は、肯定即位の式典の様子だ。

「見ろ。 あの様子」

大佐が、亮に顎をしゃくる。

そういえば、多国籍軍の、あの異常な兵士達と同じだ。一部では、明らかに無人の筈の機械が、勝手に動いている。

アレキサンドロス。

死んだと聞いているけれど、その名前を思い出してしまう。

「ロシアが混乱する中、中帝は急速にまとまっている。 しかも、あのアレキサンドロスか、若しくはその残党であるプトレマイオスとやらが介入していると思われる状況。 何か、良からぬことが起きるかもしれん。 皆、備えていてくれ」

頷いて、部屋を出る。

恐らく、追加情報が有り次第、ミーティングルームで説明が行われるのだろう。

戦いは、続く。

禍大百足も体制を立て直し次第、現れる筈だ。

そして、今後の展開次第では。

もっと大量の死者が出る、悲惨な戦争に発展する事態も。覚悟しなければならなかった。

 

(続)