深淵透過

 

序、群衆

 

ようやく東欧の基地に到着。そして、GOAから降りた亮は、うんざりさせられていた。

基地を群衆が囲んで、プラカードを掲げている。

デモという奴だ。

歓迎されていないのは知っていたけれど。此処まで露骨だとは思っていなかった。書いてある文字は読めなかったけれど。飛んでくる声は、明らかに非好意的である。

蓮華が来る。

「遅かったわね」

「大丈夫だった?」

「当たり前でしょう」

鼻を鳴らす蓮華。

まあそうだろう。少し前に、中央アジアでテロリストの襲撃を受けた際も、GOA部隊は無傷だった。

対テロリスト究極兵器と呼ばれるだけはある。ましてやGOA301の能力は、もはやテロリストが入手できる火器で打倒できる次元では無い。

基地に入るときも大変だったのだけれど。

入ってからも、ノイローゼになりそうだ。

軽く蓮華に基地を案内して貰う。プラカードの内容を、蓮華は読めるそうだ。相変わらずの才媛ぶりである。

本当に、亮の才能が、蓮華にあったらよかったのに。

新国連も、そう望んでいたことだろう。

あまり広くも無い基地だけれど、GOA50機が格納されるには充分。一応飛行場もある。

既に周辺幾つかの基地に、機甲師団が集結を開始。

合計して、四個師団が展開する予定だそうだ。

今回からは、GOA部隊と機甲師団が、本格的に連携してアンノウンと戦う事になる。大佐がそう言っていたけれど。どうやら、それは圧倒的過ぎるほどに分かり易く、亮にも示されそうだ。

大佐が来る。

蓮華と並んで敬礼。

GOA350のサポートAIがまだ未完成なことは、大佐にも伝わっている様子だ。大佐は苦い表情である。

「腰を落ち着ける間もなく悪いが、すぐに訓練に掛かってくれ」

「はい。 ただちに」

「頼むぞ」

亮がその場を離れると、大佐は難しそうな顔をしたまま、基地ゲートの方へと向かう。これからマスコミに対応しなければならないらしい。大変だ。

GOAがブースターを噴かして浮き上がると。

基地を囲んでいるデモ隊が、おっと声を上げた。

写真を撮りまくっている。

平和を脅かす悪魔だとか、騒音がとか、言うのだろうか。

新国連は、アフリカと中東での治安維持実績で、世界的な発言権を増しているらしいのだけれども。

その治安維持も。アンノウンが来なければ、なしえなかったことだというのは、亮にも分かっている。

マスコミは、それを突いては来ない。

アンノウンを英雄視するような論調は、タブーになっているからだ。特に大新聞は、アンノウンにしてやられた軍を批判する事はあっても。アフリカと中東の飢餓を事実上解決したアンノウンに対しては、沈黙を続けている。

一方で、SNSでは逆にアンノウンに対する議論が活発化している。

あれは一体何なのだろうというのが、おもな論調だ。

殆どは無責任な内容ばかりだけれど。

たまに、非常に唸らされる意見もある。

個人的に亮が気になっているのは、お流れになった宇宙ステーションと、アンノウンの形状が似ているのでは無いか、というものだ。

こういう情報が流れてきている以上。

ひょっとすると、新国連の上層部も、各国の首脳も。

アンノウンの正体については、気づき始めているのかもしれない。

いずれにしても。

亮はアンノウンと戦うためにも。GOA350の機能を、最大限まで発揮していかなければならないのだ。

飛び回っていると、やはり下からヤジが飛んできている様子だ。

全周モニタに映っているデモ隊の顔は、憎悪に歪んでいる。

多分、ろくでもない事を叫んでいるのだろうと思うけれど、そもそもGOAの中には聞こえてこない。

プログラムに沿って、ブースターの機能確認。

移動中に、歩行については問題なことを確認済み。色々な姿勢で歩いたりもしてみたのだけれど。

ブースターが歩行を妨げるようなことも無かった。

戦闘については、これから詰めていかなければならないだろう。

テロリスト相手の戦闘なら、散々データをとっているのだけれど。

アンノウンとの戦いは、まだデータが少なすぎる。

もっと戦闘経験を積み重ねて、戦えるようにならないと。あのバケモノを、抑えることなんて無理だ。

この国のものらしい、ヘリが飛んでくる。

戦闘ヘリだ。それも、しっかりフル武装している。

無線をいれてきた。

「民衆から苦情があった。 威圧的な戦闘ロボットが上空を飛んでいると。 基地へ戻っていただきたい」

「訓練の許可は得ているはずだが」

「苦情があったことが重要だ。 いつアンノウンが現れてもおかしくない。 民衆の不安は可能な限り抑えたい」

「そのアンノウンと戦うためのデータ収集作業だ」

亮は無視して、やりとりが続く。その間も、亮は黙々と、今日こなすはずだった訓練をこなしていく。

ブースターの癖は、かなり掴んできた。慣性がついているけれど、それも上手にいなせるようになってきている。

この間は、中途半端な所で長期の移動を強いられたけれど。

今回は、邪魔が入るとしても。

腰を据えて、訓練が出来る筈だ。

結局。

折れたのは、味方だった。

「リョウ、すまないが切り上げてくれるか。 今、対立は避けたいと基地側で判断したようだ」

「分かりました。 最後の旋回だけ済ませたら戻ります」

「頼むぞ」

すっと、滑らかに旋回運動してみせる。

ヘリはしばらくスズメバチのように、GOA350に張り付いていたけれど。基地に戻り始めると、距離を取った。

あのヘリも、名機と名高い機体だけれど。しかし、ガルーダさんのアパッチには比べられない。

動きにしても、何にしても。

此方より動きが速いとしても、多分遅れを取ることは無いだろう。

基地に到着すると、コックピットから降りる。

しかし、それを制止された。

「上空での訓練は中止になったが、それについては今後プログラムを組み直す。 地上での訓練を行おう」

「分かりました」

地上を移動中に、かなりの訓練をこなしたけれど。

まだ、やっていないことは幾つもある。

模擬専用に、古い戦車や装甲車を出して貰う。様々な動きを試しながら、一つ気付いたことがある。

外の騒ぎは。

一体何に対して、怒りをぶつけているのだろう。

 

訓練が終わって。

休憩室に入ると。大佐が、テレビを見ていた。他の訓練が終わったパイロットや、兵士達も。

今回の作戦には、新国連の海軍以外の部隊が、かなりの数参加する。

米軍から此方に出向した人達も多い。大佐や蓮華がその代表例だ。

テレビに映し出されているのは。

意外な事に、GOA350だ。今日の訓練中のを、映されたのか。飛んでいる様子が、しっかりカメラに収められている。

「良いんですか、軍事機密とかあると思うんですけれど」

「かまわないさ」

大佐が言うには、各地の軍事関連の雑誌では、既にGOAの写真が出回っているのだとか。

新国連でも、取材を受けているとかで。

確かに検索してみると、GOA240の写真は、かなり出回っているようだった。勿論GOA350の写真も、ひょっとすると出回っているかもしれない。ただ、今更その程度で騒ぐことも無い、程度の事なのだろう。

テレビでキャスターがまくし立てている。

悪魔のロボットが、攻めてきたと。

扇情的な言い方だ。

GOAがこの国の人達に、何をしたというのだろう。まあ、威圧感を与える事を第一にデザインされているから、怖れられることは仕方が無いのだけれど。

他のニュースでも。

この国、パドラア連邦に進駐した新国連部隊が扱われている。

西側のモンスター来たるとか。

色々と、扇情的な記事が踊っているのが見えた。

「此奴らから先に潰してやろうかしらね」

心底不愉快そうに、蓮華が言う。

だけれど、そんな事は出来ない。軍隊が民間人を攻撃することは、あってはならないのだ。相手が武器を持って、襲いかかってこない限りは。

デモ隊の様子も映像化されている。

おかしな話だ。

基地の外で騒いでいる連中は、とても非理性的に見えるのに。マスコミが取り上げると、正義の集団みたいになるのだから。

「大佐、あの」

「なんだ」

「あの人達、何を怒っているんでしょう」

「……この国は、長い経済不安で暮らしも貧しい。 今は西欧も経済的には楽では無いがな、それでも西の連中に比べて、どうして東の俺たちはって考えが、騒いでいる連中の中にはある」

不平等。

経済格差。

子供を売る親が当たり前のように出てくる状況。

女性も、体を売らないと、生活できないパターンが多い。その過程で性病をうつされ、破滅的な人生を送らざるを得ないことだってある。

地獄だ。

ほんのわずかな隣に、もっと豊かだと(される)場所があるのに。

どうして自分たちは、こんな貧しい社会で、塗炭の苦しみを味わい続けなければならないのか。

そう彼らは思い。

不満を、何か分かり易いものにぶつける。

抵抗しない悪とか。

それは、西側から来た、悪魔のロボットとか。

気持ちは、分かる。

彼らの気持ちを受け入れるわけにはいかないけれど。

「今は戦いに集中しろ。 もうアンノウンがいつ現れてもおかしくない」

「はい」

「夕方から、ミーティングを行う。 それからは自由時間にする」

大佐が部屋を出て行く。

後は何もする事も無く。部屋でぼんやり過ごした。

ミーティングでは、陸軍や空軍のえらい人も来た。軽く話をする。

既に、会議で、基本的な作戦については決めているのだという。考えてみれば、GOA部隊が総掛かりでアンノウンとやりあうのも、初めてでは無いのだ。

この国にアンノウンが現れる可能性は、八割を越えるという。しかも、二週間以内に、である。

GOA部隊は足止め。

前回の戦いの失敗を生かし、足止めに徹底。機甲師団の一斉攻撃の支援をする事になる。

問題は、アンノウンがあのインフラを壊滅させる兵器を発動した場合。その場合は、各部隊が、個別に戦うしか無い。

GOA部隊は、あの兵器にも耐え抜ける。

しかし、戦車などにも導入されている高度リンクは壊滅するだろう。

結局、個別での勝負になる。

「空母三機分の図体を持ち、核にも耐えるバケモノ相手に、個々の戦いをしろと」

薄ら笑いを浮かべたのは、イングラム中将。

空軍部隊の指揮官だ。

一方、陸軍部隊の指揮官であるエルド中将は、腕組みしたまま黙り込んでいる。

ちなみに、二人とも。

新国連における空と陸のトップ。

どれだけ新国連が、今回の戦いに力を入れているかが。これだけでも分かるというものだ。

「アンノウンは、本当にこの国に来るんだろうな」

「来ます」

テレビ会議の向こうで。

アンジェラがいう。

その話によると、様々な分析からも、ほぼ間違いないのだとか。また、外れたとしても、東欧の何処かの国には必ず来る。

捕捉は、決して難しくないはずだと。

確かにそうかもしれない。

しばらく黙っていたエルド中将が、挙手。

今日、始めて彼の声を聞く。

「ロシア軍は」

「現在、国境に機甲師団二つを集結中。 更に、パドラア連邦の軍も、それに合流しつつあります」

「二個師団だけか」

「はい。 ロシアはまだ混乱が続いていて……動員が難しいのでしょう」

確かに、ロシアと中帝は、少し前に首脳部が全滅するという、謎の事態に陥っている。しばらくは混乱から立ち直れないだろうくらいは、亮にだって分かる。

ただ、二個師団でも。

最新鋭のロシア軍部隊による兵力だ。

今まで、アンノウンが蹴散らしてきた軍隊とは、規模も戦力も桁外れと言って良いだろう。新国連の部隊でも、同数で勝負が出来るかどうか。

幾つか、現れる予想地点についてレクチャー。

それらの確認が終わると。

ミーティングは終わった。

早めに休むようにと言われて、亮は自室に戻る。

アンノウンは。また、いつ現れても不思議では無い。そして、亮は。今度こそ、一矢報いなければならない。

 

1、闇より来たる

 

禍大百足を、移動させる。

全速力で。

そして、地面の下から突き上げて、姿を見せる。空軍基地の、滑走路を突き破るようにして。

姿を見せたのは。

グスタファ共和国。

現在、新国連やロシア軍が集結しているのとは別の国。東欧にある最貧国の一つではあるが。

今回は、敢えて作戦目標を、事前にいきなり変えたのである。

案の定、ロシア軍を掌握し切れていないらしいプトレマイオスが派遣した部隊は、別の国。パドラア連邦に集結している。

ちなみに此処からは、千五百キロ以上離れていて。

空軍以外が、急行しても。

絶対に間に合わない。

空軍基地を潰し、停泊していたフランカーを蹂躙。更に、スーパーウェザーコントローラーを起動。

上空を黒雲が包む中。

私は、設計を根本的に変えたコックピットを見直した。

一週間と少しの突貫工事にしては、上手く行ったと言える。

パイロットであるルナリエットが被っているヘルメットは、三分割された。ヘルメットそのものがではなく、機能が、である。

同じ程度の能力を持つユナとマルガリアと並ぶように座っているルナリエット。メインで操縦するのはルナリエットだけれども。

PCの並列利用と同じ。

リソースを、ユナとマルガリアが貸し与えているのだ。

「負担は」

「以前より、ずっと小さいです」

「よし……」

いきなり、最前線で実験も出来ない。まずはこの国を叩き潰して、本命はその後にする。

ちなみにアーシィは、今まで同様のオペレーターだ。

少し不安そうに、三つ並んでいる席を、最初に一瞥したけれど。

今は、ルナリエットや私を信用しているからだろう。

何も不安を口にすることは無かった。

一方、私の記憶を受け継いでいるユナは、戦況にアドバイスが出来るように、操縦中のリソースを調整できるようにしてある。

マルガリアは極端に無口で。

マーカー博士とも、殆ど喋らない。

しかし、時々ぼそりと口を利くことがあるので。言語機能がオミットされているわけではなさそうだ。

単に喋るのが嫌いなのだろう。

迎撃に出てくる敵軍だが。禍大百足のことは、知れ渡っているのだろう。悲鳴を上げて逃げ散ってしまう。

機甲師団が出てきてからが本番だ。

それにロシア軍が戻ってくると面倒な事になる。今のうちに、叩けるだけ叩いておくのが吉だろう。

この国の地図は、完璧に把握している。

順番に、端から潰して行く。

空軍基地を潰した後、最初に掛かるのは。東欧最悪の暗黒街と呼ばれている都市。半地下都市となっていて、そこは麻薬の煙が常に充満し。警察も入る事が出来ない、文字通りの魔窟。

いや、本当の意味での、魔の穴と言うべきか。

そんな空間が、二十キロにわたって拡がっているという、曰く付きの都市だ。

ちなみに、最初は地下鉄を作る計画だったらしいのだけれど。

東西冷戦の終了に伴う混乱で、計画は頓挫。

今では、空間に犯罪者や食い詰め者が入り込んで、誰もどうにも出来ない悪魔のトンネルと化したのである。

この悪魔のトンネルは、犯罪組織の巨大取引場とも化していて。

臓器の密売や、巨大な麻薬の取引上ともなっている。

生きた子供を、そのまま捌いて、内臓を売るようなケースまであるとかで。醜悪なスナッフビデオが撮影もされているそうだ。

故に。

潰す。

禍大百足が、全速力で移動する。途中、小規模な軍部隊が阻もうとするが、関係無い。叩き潰す。

戦闘ヘリも戦車も歩兵戦闘車両も。

腐食ガスにやられて、或いは墜落し。或いは擱座し。或いは踏みつぶされていく。

バイク部隊が、グレネードを叩き込んでくるけれど、無視。

腐食ガスには耐えきれないし。

どのみち、搭載できるグレネードなどには、限度があるからだ。

街に到着。

逃げ出そうとする者は、思った以上に少ない。そして、そのままトンネルを踏みつぶしたら、膨大な数の死者を出す事になる。

だから、トンネルの前後から。

同時に、腐食ガスをぶち込み。そして、スーパービーンズの種を叩き込む。

生半可な雑草を遙かに凌ぐ繁殖力を持つスーパービーンズだ。コンクリの隙間でも、水さえあれば根を張る。

そして此奴が繁殖すると言う事は。

地獄の犯罪地帯を作り上げるのに一役買っている貧困が。消え失せるという事を、意味している。

犯罪組織は、地上にも拠点を作っている。

それらを押し潰しながら、スーパービーンズを散布。

この国の軍は、出てくるのが遅い。

抵抗も散発的だ。

少し軍のネットワークにハッキングして調べて見るけれど。なるほど、理由は分かった。少し前に、クーデターが起きていたのだ。

クーデターを起こしたのは、軍の有力者であるダルフィ少将。

恐らく、ロシア上層部が壊滅した件のあおりを受けての一幕だったのだろう。統制不能になった事は、こんな形でも影響を及ぼしていた。

これは、好機だ。

都市を蹂躙。

完全に、「闇のトンネル」も潰し終えた。

さて、次に行くかと思った瞬間だ。

やたらごてごてとした車が、前に出てくる。どうやら犯罪組織の連中が、持ち出してきたものらしい。

何か喚いている。

翻訳装置をオンにすると。

笑止な言い分が垂れ流されていた。

「バケモノ! テメーの首には1兆円の賞金が掛かってる! 此処でぶっ潰して、伝説になってやる!」

「どうします?」

「蹂躙」

アーシィに、私はそれだけを、シンプルに応えた。

ルナリエットも頷くと、進み始める。悪趣味な車が、搭載していた何か、得体が知れない筒を持ち上げる。

ロケットランチャーか。

たくさん出回っているRPG7ではない。多分この国の軍から横流しされた装備だろう。しかし、それにしてもおかしい。

何か、手を加えた品か。

発射される。

一応念のために、備えるか。

迎撃レーザーで、叩き落とす。爆発四散。

しかし、そこからが、問題だった。

もの凄い量の粉塵が、周囲にまき散らされる。これは、気化爆弾と同じ仕組みか。

着火されたらしい。

大爆発が、視界の全てを覆い尽くしていた。

「エラーは」

「問題ありません。 ただ……」

「ただ、何だ」

「周囲に、無数の人影が」

一瞬だけ、足を止めた禍大百足の周囲に。

明らかに、麻薬中毒患者と分かる人々が。群れを成していた。数は、数百、いやもっとずっと多い。

あのトンネルから、這い出してきたと見て良い。

彼らは、身に爆弾を巻き付けている。そして、それにさえ、気付いていない様子だ。

なるほど、そう来たか。

だが。

「無力化ガス」

指示を待つまでも無く、アーシィが無力化ガスを噴射。更に、腐食ガスも、同時に混ぜて流す。

ばたばたと倒れていく、幽鬼が如き人々。

痙攣する彼らの体に巻き付けられた爆弾の雷管も、ダメになって行く。起爆は出来ないはずだ。

これで終わりか。

呟くと、禍大百足を進ませる。

いつの間にか、あの派手な車はいなくなっている。

どうやら、今の隙に、逃げたのだろう。周囲は大雨。あのトンネルにも、間もなく水が流れ込み始めるはずだ。

レスキューの連中が動けるくらいには、ガスは手加減してある。

まあ、レスキューが真面目に活動しなければ、大勢死者が出るだろうが、それはこの国の人間の責任だ。

こっちとしては、知ったことでは無い。

移動しながら、ガスをブチ撒いていく。

軍がようやくまとまった規模で出てきたのは。

三つの都市と、二つの軍事基地を潰してから。十万ほどの規模で、装備は雑多ながら、きちんと陣形を組んでいる。

MBTも、流石にロシア製の最新鋭はいないようだけれども。T90の姿がかなりある事からも、火力は相当だろう。

三人体制の、最初の訓練相手としては丁度良い。

「攻撃を開始しろ」

頷くと、ルナリエットは。

アンノウンの態勢を低くして、凄まじ勢いで突進を開始させた。

 

首相官邸を踏みつぶしたとき。

この国の趨勢は決まった。

ダルフィ少将は、驚くべき事に。最後まで残っていたようだけれど。いずれにしても、この国での目的は達成。

慌てて反転してきたロシア軍の先鋒が国境を越えたようだけれど、正直な話どうでもいい。

作戦は完了した。

「ルナリエット、どうだ、負担は」

「問題ありません」

「ユナ、マルガリア、お前達は」

「へいきです」

小さな手をあげたのは、ユナ。マルガリアは黙ったまま、頷いた。

まあ、それでいい。

初陣はこんなものだろう。さっさと引き揚げることにする。地面に潜りはじめる禍大百足に。

大雨に降られながらも。

集まってきた民衆が、ぎゃあぎゃあと喚いているようだった。

消えろバケモノ。

死ね。

そう叫んでいるのも聞こえるけれど、どうでもいい。負け犬の遠吠えに過ぎないし、それで何が起きるわけでもないからだ。

民の意思など。

それこそどうでもいい。

地下へ深く深く潜る。バンカーバスターが届かない深さまで潜ったところで、ルナリエットにヘルメットを外させる。

後で身体検査をさせるとして。

少なくとも、緒戦は上出来、と判断できるだろう。

これだけ動けるのなら、問題ない。今後は暗雲が立ちこめていたけれど。どうにかなりそうだ。

「お前達、先に休んでいろ」

ルナリエットに指示。

クローン達四人が休憩室に消える。後はオート操縦で問題ないだろう。今回は、プトレマイオスが精神攻撃を掛けてくることも無かった。

はて。

そういえば、あの犯罪者共。

本当にあれだけが目的だったのか。

嫌な予感がする。

「マーカー博士、ちょっと調べて欲しい」

「何だ。 急に」

「さっきマフィア共が撒いた粉塵だ。 ひょっとすると、何か爆発以外の目的があったのかもしれん」

「自爆テロの布石では無くて、か」

その通りだ。自爆テロの布石にしては、おかしな点が散見されたのだ。そもそも、テロリスト共だって、禍大百足の事については、ある程度情報を共有しているはずなのである。禍大百足が強烈な腐食ガスや、無力化ガスを使う事くらい、彼らは知っていると見て良いだろう。

ならば、何故、あのような無意味なことをして。

しかも、いつの間にか消え失せていた。

私は、ハッキングの形跡について探る。

そうすると、出てくる。

私で無ければ、気付けなかっただろう。どうやらプトレマイオスの奴、今回はハッキングに注力していたらしい。まあ機甲師団が間に合わないのだろうから、それは手としては確かにありだ。

問題は、そっちじゃない。

いつも、暴れている間には、必ずと言って良いほど仕掛けてくるからだ。

粉塵の分析を、マーカー博士がしてくれる。

やがて、マーカー博士は。

見事に、分析を終えてくれた。

「なるほどな。 わかったぞ」

「やはり何かあったか」

「ああ、発信器だ」

かなりの数が、爆破と同時に散布されていて。禍大百足の体に付着したままのものも多いだろうという結論。

剥がす方法は、幾つかあるけれど。

戦闘での爆発で、増加装甲についたものは、ある程度剥がされただろうけれど。問題は、装甲の隙間などについたものだ。

発信器の波長について、調べて貰う。

一旦停止。

少し、対策について考える。

基地に戻るのは論外だ。基地の場所を知らせてしまうだろうし、何より取り切れる保証も無い。

増加装甲を全てパージするのは。

これも問題外。

そもそも、あのアーマットの奴が、補給は当面ないと明言していた位だ。しかも、ロシア軍があのレールガンを投入していることを考えると、今後装甲は更に厚くした方が良い位なのである。

ならば、一番良いのは。

熱だ。

丁度試してみたいこともあった。今のうちに、発信器の波長を調べて貰って、その間に操作する。

下へ下へ。深く深く。潜っていく。

「む。 大丈夫か、こんな深くまで潜って」

「問題ない」

既に、深さは五千メートル。

周囲の熱も凄まじい。そして、一旦七千メートルで停止した。

温度は四百五十度を超えている。

だが、この機体は。宇宙ステーションを流用しているのだ。そして宇宙では。太陽熱をもろに浴びる場所は、凄まじい熱を持つ。

この程度の熱なら。

最初から、耐え抜ける。

「まだ発信器の波長があるな」

「ならばしばらく此処で待つ」

「……」

三十分ほどして。

発信器が全滅したらしい。内部のエアコンはまだ動かしていない。この程度の熱でやられるような、ヤワな造りでは無いのだ。

マーカー博士が、念入りに調べてくれるけれど。

どうやら、問題は無いらしい。

嘆息。

色々な手で、敵は攻めてくる。

発信器についても、前にもやろうとした奴はいたけれど。これだけの数を打ってきたのは初めてだ。

基地へ移動する間、私はログを確認して、ハッキングでの被害が無いか、徹底的に調べる。

どうやら、結局ファイヤーウォールを突破出来なかったようだけれど。

念のために、もう一重くらいファイヤーウォールを作っておくべきだろう。そして、相手が接触したファイヤーウォールについても、改良を少し加えておく。これだけで、かなりマシになるはずだ。

基地に到着。

一部、増加装甲が溶けていると言われた。思ったよりも、周囲の熱が高かったのかもしれない。

ルナリエット達四人は、すぐに病室に直行。検査を受けさせる。

増加装甲の取り替えをさせている間。

気になるニュースを聞かされた。

柊が、妙な噂があると言ってきたのである。

「裏切りものがいる?」

「あくまで噂です」

「……そうだろうな」

裏切りもの、か。

アーマットが関係者である事が知られた可能性が高い現状。結社メンバーの誰かに、敵が。特にプトレマイオスや、新国連のスパイが接触してきていてもおかしくは無い。こればかりは、現実的な話だ。

人間は、どうしても弱みを抱える。

結社のメンバーは、世界中にいる。勿論それほど多くは無いけれど。敵の手に落ちたメンバーがいてもおかしくは無いのだ。

そういった裏切りによる致命的な事態を避けるためにも。

作戦の遅延は許されない。

医務室に向かう。

ルナリエットの状態を、医師に聞く。

医師は難しい顔をしていたけれど。咳払いしてから、言う。

「安定しています」

「そうか、それは良かった」

「ただし、無理はさせないように。 今までの無理で、体にダメージが蓄積していますから」

「そうだな。 すまなかった」

無言で医師は、眠っているルナリエットを顎でしゃくる。

分かっている。

この子を、どうしようも無い地獄へ落としたのは自分なのだ。これ以上は、苦労はさせたくない。

コックピットに戻る。

操作系のログを確認。確かに三人に負荷分散したことで、かなりルナリエットの負担は減っている。

そして、思い出す。

出来るだけ一人でいるのは、避けるべきなのかも知れない。

もしも、裏切りものがいるというのが本当だったら、の話だけれども。

ちなみに私は、護身術の類は一切身につけていない。運動に関しても、運動音痴も良い所だ。

刺客に襲われたら、助からない。

体格がそこそこのマーカー博士も、あまり状況は変わらない。プロの殺し屋に襲われたりしたら、ひとたまりも無いだろう。

嘆息。

手が足りない。

結社のメンバーは今の五倍。

そして、実際には。クローンだって、今の三倍以上は必要なのかもしれない。

記憶の譲渡も、今回の前倒し実戦投入で、最初からやり直し。また二人のクローンに移植するべく、記憶の取り出しを始めている。

このままで良いのだろうか。

また、地獄に落とす何ら罪が無い者を増やしてしまうことになるまいか。

やはり、一刻も早く。

全ての作戦目標を攻略し。

終わらせるしかない。

世界を敵に回すのだ。拙速上等。長期戦になれば、不利になるのはわかりきっていることなのだ。

外に出る。

増加装甲の張り替えは完了。

さて、ロシア軍の動きは。

調べて見ると、どうやら、パドラア連邦に戻っているらしい。恐らく、此処で迎え撃つつもりなのだろう。

そしてロシア軍の一個師団が動いている。

パドラアにいる二個師団と合流するつもりらしい。

どちらにしても。

もたついている暇は、無さそうだ。

プトレマイオス自身の居場所も併せて調べる。奴も潰せるようなら、潰してしまうつもりだ。

新国連は。

治安維持のために必要だから、残す。攻撃してくるつもりなら叩き潰すが、それはそれである。

ルナリエット達も戻ってくる。

いつもより顔色が良い。

だが、無理だけはさせられない。

マーカー博士が来るのと同時に、出立。今回は、一日かからず、再出撃できる。敵の先手を取ることが出来るだろう。

戦いは。

ここからが本番だ。

 

2、漆黒の百足

 

予想を完全に外して、全く見当違いの国が蹂躙され。しかも想像を遙かに超えるペースで、またしても別の国に現れたアンノウンが、蹂躙の限りを尽くし、そして消える。

新国連上層部への不満が高まるのも、当然だろう。

ミーティングで亮は、ひやひやし続け。

大佐はむっつり黙り込んでいるし。

アンジェラは画面の向こうで、必死に色々なデータがと叫んでいるし。

両中将は、それぞれの形で不満を表に出して、収拾がつかない状況になっていた。

間違いなく来るという話だったアンノウンは、全くパドラア連邦に近づいてこない。そればかりか、絶妙に遠い東欧の諸国を蹂躙しては。ロシア軍の師団が到着する前には、姿を消す。

あげく、援軍として向かっていたらしいロシア軍の機甲師団が、途中で奇襲を受けて叩き潰され。

此方に来たのは、丸腰の兵士達だけ(しかも食糧も食い尽くしてカラ)という、どんな指揮官でも怒髪天を突きそうな事態まで発生していた。しかも戦死者はほぼ出ていないことが、食糧の消耗を拡大させた要因である。アンノウンで無ければ、こんなウルトラCは出来なかっただろう。

ロシア軍の混乱は非常に大きくなってきていて。

今は空輸で武装を運んでいるようだけれども。アンノウンの神出鬼没の攻撃で、相当神経を尖らせているらしく。

新国連の兵士との喧嘩も多発していた。

普通の大人の喧嘩ならまだしも、戦闘経験を積んだり、訓練を受けている兵士同士の喧嘩である。洒落にならない事態も、何度もおきかけていた。

問題は、それだけではない。

ノイローゼ気味になっている大佐は、連日外に現れるデモ隊に対応していて。彼らを本気で殺したいくらいに頭に来ている様子だ。

まあ、それは亮にも分かる。

上空を飛ぶだけで石を投げてきたりする連中だ。

「一度クールダウンしよう」

事務総長の鶴の一声。どれだけ助かったか分からない。

大佐と一緒に、ミーティングルームを出る。蓮華が、本気で腹立たしそうに言う。

「いつまで続くのよ、この茶番」

「何だか、急にアンノウンの動きが活発化したね」

「そうね。 あいつ、今までは余程のことが無い限り、クールダウンを必ず挟んでいたのに」

その通りだ。

中東大軍事同盟を蹴散らしたときは、一気に複数の国を潰して回ったけれど。それも、軍事力を立て直す暇を与えないためだというのが分かった。

今回は、何だか違う。

今までのキャパだったら確実にパンクするようなスケジュールで暴れ狂っている。何かあったのだろうか。

ロシア軍は相当に殺気立っているらしく。新国連側がコンタクトを取ると、毎回胃に穴が空く想いをさせられるそうだ。

「現状の地図です」

アンジェラさんが、地図をプロジェクタに表示。

まあ、テレビ会議で参加しても、遠隔でこういうことは出来る。

東欧の幾つかの国が、赤く染まっていた。

ある意味、とても皮肉だ。

「陥落した国に一貫性が無いな」

「ロシア軍の師団が援軍として来ている、この地点にも奇襲を仕掛けて、その足で国全体を蹂躙したりもしています」

「……今までに無い行動パターンだ」

大佐の口調は不機嫌極まりない。

分かっていても、どうにかしなければならないからである。実際問題、手の打ちようが無い。

今までは、蓮華が言うとおり、キャパがどうしてもあったらしく。行動には一定の間隔があった。

しかしそれが、明らかに狭まっている。

何か、アンノウンの中であったのかもしれない。技術が更に上がったとか、或いは別の事か。

分からないけれど。

はっきりしているのは、このままだと手を何も打てないうちに、東欧は蹂躙されつくすと言う事だ。

意外な事に、難民は殆どでていない。

例の豆が散布されているからだ。

エルド中将が挙手。

顔には、不機嫌が張り付いて。剥がれそうにも無い。

「で、例の豆についての研究はどうなっていますかな」

「まだ研究中です」

「何も出来ないでは無いか……! 相手の出現場所は予測できない、目的は分からない……! こんな事で、戦えるか!」

アンジェラの言葉に、エルド中将が露骨な不快感を返す。もはや、一触即発の状況とも言える。

その時。

アンジェラに、誰かが耳打ちする。

離席すると言い残すと、アンジェラはその場から消えた。皆が顔を見合わせる。何か重大事が発生したという事だ。

戻ってきたアンジェラは、余程慌てていたのか。もってきたパネルを、一回逆さに開帳してしまった。

そして戻して。咳払い。

それはグラフである。

内容を見た亮は。思わず絶句していた。

「あるデータが上がって来ました。 アンノウンに初期に攻撃された、アフリカのある国のデータです」

「何だ、その数値は」

グラフは、出生率をまとめたもの。

言うまでも無い事だが。

最貧国での出生率は、異常なほど高い。これは以前大佐に聞いたのだけれど、そもそも子供を産んでも死ぬ確率が極めて高いし。何よりたくさん子供を作っておけば、誰かが後で養ってくれるかもしれないと言う考えが元になっているのだとか。

だが。

この国の数値は。

ぴったり2.0にまで収まっていた。

勿論短期間での記録である。

しかも、他に類例が見当たらない。

言うまでも無いが。出生率2.0というのは、人間が増加しない数値そのものである。減りもしないが。

いや、死産や様々な理由で死ぬ子供のことを考えると、2.0だと減少すると見て良いだろう。

「まだ、科学的な根拠は上がっていませんが。 ひょっとすると、アンノウンが散布しているあの豆は、人間の数を抑制する効果があるのでは」

「おいおい、冗談じゃ無いぞ。 生物兵器じゃ無いか……」

「……」

皆、青ざめて、顔を見合わせている。

人口抑制のための生物兵器。昔から概念的には考えられていたものだけれども。これは、本当なのだろうか。

そして、もう一つ。

データを出してくる。

「少し前から調査を進めて、あのアンノウンに乗っている可能性が高い人物を割り出しています」

「何ッ!?」

「どうしてそれを言わない!」

エルド中将も、イングラム中将も怒声を張り上げるけれど。

蓮華は冷静だ。

何となく、亮にも理由が分かった。はっきり分かるまで、公表したくなかったのだろう。

今回の件もそうだ。

ひょっとすると、既に目星はついていたのかもしれない。混乱を避けるために、公表を遅らせていたとすれば。

「誰なんだ、それは」

「NASAを知っていますか」

「知っている。 米国の宇宙開発を一手に担っていた機関だ。 宇宙開発中止の世界的な風潮の中で閉鎖されて、今では残骸も残っていない」

「其処に務めていた科学者。 恐らくはこのハーネット博士が、あのアンノウンを操っています」

提出された写真には。

とても可愛らしい笑顔を浮かべる。丁度天使のようだと形容できる笑顔の、米国人女性が映っていた。

あまり図体は大きくなくて、中肉中背という所。

ハリウッド映画に出てくるヒロインのような、肉弾戦をこなせそうなタイプには間違っても見えない。

この人が。

あのアンノウンを、操作しているのか。

「なんでNASAの残党が、こんな事をする」

「それは分かりませんが、現在行方不明になっている優秀な科学者の中で、彼女が一番可能性が高いという結論が出ています。 他にも此方のマーカー博士、クラーク博士も、関係している可能性が高いかと思われます」

「で、それがどうした」

「彼らの研究なのですが。 どうやら、テラフォーミングと宇宙での生活を主体としたもののようなのです」

どうもぴんと来ないようで。

両中将は、眉をひそめて話の続きを促す。

大佐も、だんまりのままだった。

「散布されている謎の豆類ですが、おそらくこの研究の過程で造り出されたものである可能性が極めて高いと結論されています。 どれだけ悪辣な環境でも育ち、栄養価は豊富どころかほぼ満点。 どのように食べても美味しく、土壌を豊かにさえする……」

「分からんな。 そんなものを、あのような強硬手段で撒いてどうする」

「分かりません。 現在、彼らとコンタクトを取ろうとしているのですが、応答が一切ない状況で……」

恐らくは。あのアフリカでの出生率データが出てきたことで、ようやく情報公開に踏み切るつもりになったのだろう。

亮はじっと様子を見る。

自分が何か出来るわけでも無い。

出来るのは、戦う事だけなのだから。

「あのアンノウンには、人間が乗っていると見てよろしいですね」

「十中八九」

「そういって、ずっと予想を外し続けたでは無いか!」

大佐に、エルド中将が噛みつく。

だけれども、大佐は無言で、上官を制止した。まだ話は続きがある、ということなのだろう。

「アンノウンは恐らく、通信を傍受していると見て良いでしょう。 そうなると、利害次第では乗ってくる可能性が高い」

「その利害が分からぬでは無いか」

「これだけの情報が揃ったとなると、或いは。 更に言えば、我々が簡単に倒せる相手では無いと悟らせれば、交渉に乗ってくる可能性も高いでしょうね」

腕組みして黙り込むエルド中将。

イングラム中将は、もうしばらく黙りっぱなしだ。どうやら状況を見て、判断したいらしい。

事務総長が動く。

「アンジェラくん」

「はい」

「恐らく、アンノウンには今まで、停戦の申し出や降伏の申し出をした勢力が、幾つもあったはずだ」

「データとしてまとめてあります」

インティアラも、その中にあった。

そうか。あの首相は、いつも怒っている雰囲気だったけれど。最後はそんな手まで打っていたのか。

これは亮の予想だけれど。

アンノウンは、人類を滅亡させたりとかは、しようと思っていないはずだ。もしそうなら、単純に毒物を撒くはず。

アフリカと中東の広大な地域に。

飢餓も武器も無い地帯を作って。一体何をしたいのだろう。

「分析を進めてくれ。 どのように交渉しようとして、無視されたか。 それが分かれば、或いは」

頷くと、アンジェラが画面から消える。

事務総長は咳払いすると、此方に向き直った。

態勢を整えたからだろう。やり手の政治家らしい威厳が全身から溢れているようだった。

「君達は、戦いに備えてくれ」

「交渉は良いのですか」

「力を示さない限り、交渉はできんよ。 軍事力を交渉に使う事を、今後は考えて欲しい」

「分かりました」

敬礼して、皆がその場から離れる。

大佐はミーティングルームを出ると、亮の肩を叩く。

意図は、分かっている。

「訓練を急いでくれ。 出来るだけ早く、GOA350に全機を換装したい」

「はい。 スケジュールの調整をお願いします」

「分かっている。 外のデモ隊はどうにか黙らせる。 後はロシア軍だな……」

ここからが、本番だ。

あのアンノウンと交渉をするには、最低でも追い詰めるくらいはしないと行けないはず。今、アンノウンはどういうわけか、調子に乗りに乗っている。圧倒的な強さで、東欧を暴れ狂っている。

まずは足を止めなければ。

交渉のステージにさえ、立たせることが出来ないだろう。

他のパイロット達も、気合いを入れ直して、訓練に向かっていた。

得体が知れなかったアンノウンが。

正体が分かったかもしれないのだ。

士気が上がるのは当然だろう。

GOA350に乗り込む。まだアンノウンほどのスピードは出ないけれど。戦えば、前よりはマシに立ち回れるはず。

「訓練プログラムの指示を」

「気合いが入っているな」

サポートAIスタッフが、嬉しそうに言う。

戦いは、もう始まっているのだ。

 

3、泥濘の色

 

三人に負荷分散したといっても、それも完全とは言いがたい。私は完全に沈黙した敵師団を横目に、禍大百足を地下に潜らせるようルナリエットに指示。

今は、各個撃破が出来ている。

しかしロシア軍が本気で戦力を整えてきたら、正面からでは勝てない。これは、どうしようもない事実だ。

今まで遅れていたスケジュールは。

一気に遅れを取り戻し、前倒しで進み始めている。

東欧の中で、潰す予定がある国は八。

既に半分を潰したけれど。

大変なのは。此処からだ。

残りの内二つは、ロシアと国境が接している。つまり、流石にまだグダグダが続いているロシア軍でも。国境付近で暴れれば、まとまった数が出てくる、という事を意味している。

更にもう一つは、海に面していて。

其方には、ロシア海軍が既に手ぐすね引いている。

もしも進出したら、激烈な死闘を覚悟しなければならないだろう。この間のように、積乱雲の上から爆撃を掛けてくる可能性も高い。

試運転は上手く行った。

問題は、ここからなのだ。

地下千二百メートルで、一旦禍大百足を停止させて。ルナリエット達を休ませる。ルナリエットは、流石にハードスケジュールだったからか、顔が赤い。ユナが気遣っている様子が痛々しい。

「今のうちに休んでおいてくれ」

「分かりました」

「その……」

アーシィが挙手。

三人は、先に行かせる。私を責めるように、マルガリアが此方を見たけれど。そのまま行かせる。

マーカー博士の知識を受け継いでいるだけのことはあって、鼻っぱしが強い。

そのマーカー博士本人はと言うと。

機嫌が悪そうに、コンソールで肘を突いていた。

「どうしたんだ、アーシィ」

「時期から考えて、統計的データから、そろそろ新国連がスーパービーンズの性質に気付いてもおかしくは無いかと思います……」

「そうだな」

スーパービーンズは。貧富の格差を解消するために撒いている。

そして、もう一つの目的がある。

人口を。

安定させることだ。

宇宙コロニーでも、人口爆発の抑制は課題の一つだった。其処で、バイオ工学の専門家であるクラーク博士は、思いついたのだ。

平等に、人口が増えないように、工夫をするべきだと。

そうして造り出されたのが、宇宙時代の最高の作物。スーパービーンズである。

これは栄養価が優れた豆、というだけの存在では無い。地下茎を利用して広大なネットワークを自主的に構築し、人間の繁殖率を様々な要素から分析しつつ、数を安定させる。

減りすぎないよう、増えすぎないよう。

性欲そのものをコントロールし。それでも駄目なようなら、生殖能力そのものに制限を掛けるのだ。

そうしないと、宇宙コロニーも。

火星のテラフォーミングセンターも。

人口爆発が起きて、数世代の内に滅亡してしまう、というシミュレーションが出ていたからだ。

そして、地球も。決してその結論とは無縁では無い。

無茶苦茶に増え続ける人口は。

どうにかして、抑えなければならなかったのである。

広域戦略として、スーパービーンズを散布するのには、もう一つ理由があるのだけれど。それはまだ気付かれないだろう。

いずれにしても。

もう、新国連も。アレキサンドロスも。勿論プトレマイオスも。米軍だって。

禍大百足を、止める事など出来はしないのだ。

「交渉を、してはどうでしょうか」

「無理だな」

アーシィが、此方をこわごわ見る。

相変わらず気弱な奴だ。此奴が、あの怒ると怖かったクラーク博士の記憶と知識を引き継いでいるとは、とうてい思えない。

だが、事実だ。

忘れ形見であるし、何より有能なクルーでもある。大事にしなければならないことに、代わりは無い。

「交渉は、もう少し作戦を進めてからだ。 まだ東南アジアと中帝が残っている」

「でも、戦いで、多くの人が亡くなりました。 今地球が置かれている状況を説明すれば、或いは」

「無駄だと言っている。 そもそも宇宙開発が世界的に停止されたのは、利害が見合わないと判断されたからだ。 長期的な利害で考えれば、人類にとっては必須の宇宙開発が、だぞ」

目先の利害で判断する。

それが現在の、国際社会という笑止な代物だ。

だから世界には地獄が満ちている。

エゴが複雑に絡み合い。

人類の発展など、考えているものはいない。

NASAが解体されたとき、私はそれを思い知らされた。役人は、言ったものだ。役にも立たないものに、金は出せない、と。

目先しか見えない阿呆が、この世を支配しているのだと、私は思い知らされて。

今、この場にいる。

禍大百足は、当然ながら、何も語らない。機械だからだ。だが、この機械こそが、私にとっては相棒。

そして、人類は気付くだろうか。

空に飛び立つべく作られたのに。

地上に縛り付けられた禍大百足によって、復讐されている側面もあるのだと。

「お前も長期的な戦略については分かっている筈だ。 今更怖じ気づくな」

自分だって。

怖じ気づいているじゃないか。

心の中で、誰かがささやく。白衣のポケットに手が伸びるけれど。左手で止めた。右手が震えている。

分かっている。

罪深さは、一番自分で、理解している。

全てが終わった後。もはや行くべき場所が無い事だって、知っている。

それでも、私は。

全てをやり遂げなければならないのだ。

「交渉は、しないんですね」

「今交渉しても、利用されるだけだ。 プトレマイオスの奴がどのようなことを言ってきたか、聞いていただろう。 ああいう近視眼的なエゴでものをいう奴が幅を利かせているから、今の国際社会などと言うものはダメなのだ。 もし交渉をするにしても、此方が相手を確実に凌いでから、だ」

肩を落とすと、アーシィがコックピットを出て行く。

ため息をついたのは、マーカー博士だ。

「良いのか、あんなにきついものいいで」

「あれは優しすぎる」

「……そうだな」

続いて、部屋を出て行くマーカー博士。

コックピットには。

私一人だけが残った。

 

暗闇の中。

私は、目を閉じていた。

眠っていて。

夢を見ているのは、何となく自覚できている。分からないのは、その先だ。どうしてこんな夢を見る。

私は、気がつくと。

巨大な百足の上に乗っていた。

百足は、黙々と宇宙を進んでいる。

そうだ、これは。私が作り上げた、禍大百足。その、本来の姿。

自給自足を可能とし。本来は円状に連なって、回転して疑似引力を造り出し。人々が暮らしながら、数年を掛けて火星と地球を行き来する。

火星には、テラフォーミングが進み。既にスーパービーンズがまかれ始め。

水も溶け。

大気も安定し。

人々が、暮らし始めている。

人間は、ついに。近視眼的な思考を捨てて。大局のため。全体の未来のために、地球を飛び出すことに、成功したのだ。

嗚呼。

ようやくこれで、私の全てが報われる。いや、私など、どうでもいい。人類は、滅びの運命を免れる。

私の生きた意味が。

これで、やっと。

目が覚める。

コックピットで、一人で寝ていた。リクライニングで、眠りやすくなっているとは言え。少し、私も疲れている様子だ。

ここのところ、立て続けの攻略戦が続いたのだ。

無理も無いと言えば、当然の事になるだろう。

移動は、オートで設定したとおりに済んでいる。

此処は、パドラア連邦の地下。

さて、此処からだ。

まだ増加装甲は、ほぼ無事。そしてルナリエットの負担は、現時点では以前と違って、考えなくても良い。

長期戦が可能になったのは大きい。

此処で、一度勝負を掛ける。

プトレマイオスが把握している二個師団を叩き潰して。ロシア軍の対応を、限定化させる。

正面からやり合って、勝てないのはわかりきっていること。

だが、それを悟らせない。

此処で言う悟らせない相手は、プトレマイオスじゃ無い。現地で戦っている兵士達だ。

兵士達に、禍大百足を、絶望の使者だと思わせる。そうすることで、蹂躙は更にやりやすくなるのだ。

さて。

コックピットに、ルナリエット達が戻ってくる。

不機嫌そうなマーカー博士が最後。私は小さくあくびをすると、薬を口に入れた。眠気を覚ますだけのものだ。単なるカフェイン剤である。

「何回で、潰せる?」

「この間の敵戦力に加えて、GOA部隊もいます。 最初にニュークリアジャマーをうち込んだとしても、一度では厳しい、かと」

「そうだな……」

手当たり次第の攻撃では、そうだろう。

だが、此処で。

少しばかり、卑劣な作戦に出る。

ロシア軍だけを攻撃する。それを、敢えてロシア軍に見せつけながら、動くのだ。

亀裂を、生じさせる。

元々、かなり互いに不信感を感じているだろう新国連の軍隊とロシア軍だ。ましてや、パドラア連邦の住民は、西側の軍隊に強い敵意を覚えているような輩だ。此処で禍大百足が、露骨な態度を見せれば。

亀裂は、一気に拡がり。

両者の間を、引き裂くだろう。

ただ、其処まで上手く行くとは思えない。

一度地上近くまで出て、頭だけをだす。この辺りは元々、リスが木から下りずに海から海へ移動できると言われていたほど緑が深い土地だったのだけれど。それも開発によってはげ山になっている。

夜ならば。

多少顔を出しても、気付かれることは無い。

周囲を確認し、ロシア軍と新国連の軍の配置を確認。

ロシア軍は首都近辺に二個師団を展開しているが。これは恐らく、首都をいきなり狙ってくることは無いと判断しているのだろう。

二個師団と言っても、最新鋭戦車のT14を三十両以上は確認できる、非常に強力な火力を備えている。以前中東で蹂躙した敵とは比較にならない。

一度、首を引っ込める。

兵力配置は、これで確認できた。

さて、攻めるのは。

首都からだ。

移動開始を指示し、土に潜りはじめた瞬間。

強烈な揺動に襲われる。

思わず、椅子から転びそうになる。

舌打ちした。

気付く。誰だって。恐らく、今ので、居場所を察知されて、不意を打たれたのだ。今のは多分、核無しのバンカーバスターだろう。

もう一撃、来る。

地面を揺るがす、強烈な一撃だ。まだスーパーウェザーコントローラーは展開していない。

不安そうにしているユナ。

苛立ちが募るけれど。此処は、ぐっと我慢だ。

「地上に出ろ!」

「し、しかし、集中攻撃に」

「このまま核バンカーバスターを落とされるよりはマシだ! 急げ!」

禍大百足が、珍しく大慌てで、地上に這い出る。

マーカー博士に、スーパーウェザーコントローラは任せる。それにしても、どうやって、此方の奇襲を見抜いたのか。

発信器は、全て取り除いたはずだ。

そうなると、プトレマイオスの奴は。ひょっとして、全てを計算だけで見抜いたという事か。

どうやら、侮っていたらしい。

上空に、黒雲がわき上がり始める。更に、対空腐食ガス弾をぶち込んでおくけれど。殺到してくる機甲師団が見える。

やる気満々だ。

「ど、どうします」

「ルナリエット」

「はい」

「叩き潰せ」

一瞬おいて。

ルナリエットは、はいと応えて。一気に禍大百足を進ませる。山の斜面を、全力で駆け下りる邪神。

土砂を崩し。

わずかに山に張り付く、貧弱な道路を蹴散らして。禍大百足は、雪崩そのものの勢いで、此方に来る機甲師団へと突撃。

敵が、砲門を開く。

無数の戦車砲とミサイルが、一斉に火を噴いた。狙いは、嫌になるほど、正確だった。

着弾。

最新鋭戦車砲の火力は流石だ。それに、T14でなくても、残りの戦車はT90。更に最新鋭の歩兵戦闘車両に、長距離自走砲とロケット砲。いずれもが、生半可な火力では無い。

ブースターを起動。

加速して、距離を詰める。途中、落とせそうなのは、迎撃レーザーで叩き落とす。

「二個師団を蹂躙しつくすまで、どれくらいかかる」

「い、一時間半という所です!」

「上空より爆撃!」

積乱雲の上からか。

移動しているからか、対空腐食ガスの範囲外から、滑空爆弾を使って来たという事なのだろう。

狙いも恐ろしく正確。

爆撃機に乗っているのは、間違いなくエースだ。

飽和攻撃が、次々に増加装甲を削り取っていくけれど。

下がりながら射撃している敵機甲師団に、ついに追いつく。

腐食ガスを撒きながら、上半身を持ち上げ。

そして、地面へと、叩き付けた。

この辺りの地盤はかなり緩んでいて、今の衝撃に耐えられない。案の定、地面を縦横無尽に罅が走る。

乾いた地面から。

間欠泉のごとく、熱水が噴き出す。

混乱する敵師団に、攻撃を集中。指揮車両を見つけて、一気に踏みつぶした。残っている部隊も、腐食ガスを浴びせて蹂躙する。擱座した戦車は放置。

さて、敵兵の様子は。

今のところ、まずいと判断したら、しっかり逃げ出しているのを確認。前に散々苦しめられたゾンビ兵は見当たらない。しかし、いつ出てきてもおかしくない。

そして、新国連も、いつ師団を向けてきても不思議では無い。

だから、今のうちに。

可能な限り、叩く。

不意に、街の中から、砲撃。

それも、ちょっとやそっとではない。

砲兵部隊が、まるまる首都の中にいるかのような規模だ。

増加装甲が、たちまちに削られる。エラーも、幾つか点滅した。振動が凄まじい。流石にロシア軍の砲兵部隊である。

「何だ、首都にも敵師団か」

「解析します!」

ルナリエットは。

かなり本格的な戦いになっているが、どうにか出来ている。冷や汗は掻いているようだけれど、前のようにいつ倒れてもおかしくない、という状態ではない。

腐食ガスを撒きながら、まだ抵抗してくる敵をたたく。

一個目の師団はおおよそ蹂躙したけれど。

T14は、元のリアクティブアーマーに加えて、更に増加装甲を積んでいたらしい。かなり腐食ガスに耐えて、しぶとく攻撃を続けてきた。

火力も大きく、一撃ごとに、確実に増加装甲をもっていく。

更に、レールガンによる狙撃を警戒して、此方としても積極的に攻められないハンデもある。

「新国連の機甲師団、確認!」

「もう来たか……!」

兵力にしても、今展開しているロシア軍の倍。しかも装備に関しても、全く見劣りしない。

それが、怒濤の勢いで迫ってきている。

奇襲を受け、ダメージが大きい現状。不確定要素も多数ある中。真正面からやりあうのは、流石に無理だ。

嵐の中。

私は、一旦撤退を指示。

ロシア軍の師団に突入すると、徹底的に腐食ガスを浴びせて、地面に潜る。強烈な衝撃が来る。バンカーバスターだ。

普通、戦闘機から投下するものなのだけれど。

上空は今、戦闘機が入れない状況。

となると、地上から打ち上げて、地下を叩く車両を作ってきているのか。それとも、巡航ミサイルかもしれない。

また至近に着弾。

衝撃波に逃げ場が無い地中だ。

「増加装甲、ダメージ大!」

アーシィが、現実を告げてくる。

ようやくバンカーバスターの爆撃は止んだけれども。それは単に、届かなくなったからである。

禍大百足を停止させて、ダメージ確認。

増加装甲は、85パーセントを消失。

ルナリエットは。

かなり汗をかいているけれど、まだ大丈夫そうだ。ただ、額にユナがタオルを乗せている。

補助に入っているユナとマルガリアは、まだまだ余裕がありそうだけれど。

二人はあくまで補助。

パイロットとして調整され。

経験も積んでいるルナリエットと同様には、操縦など出来ない。

「基地に戻るぞ」

そろそろ、残る装備もあらかた解禁してしまうべきかもしれない。

ロシア軍と正面からやり合い始めた現状。

もはや、出し惜しみなど、している余裕は無い。

少しばかり調子に乗っていた。

確かに、敵をここしばらくは翻弄できていたけれど。それも今回までだ。プトレマイオスの奴は、恐らく今までの動きを見て、仕掛けてくるタイミングを読んでいたのだ。だから、彼処まで速攻で奇襲を潰すことが出来た。

前倒しに出来るかと思っていたスケジュールだけれども。

これは或いは。

また、遅れが生じるかもしれない。

 

基地に到着。

すぐに増加装甲の追加を指示して、皆を先に休ませる。私は、ぐったり椅子にもたれて、考え事をしていた。

アーシィが言うように。

そろそろ、交渉を視野に入れるべきなのだろうか。

だが、そんな弱気ではダメだと、一蹴する。

もとより世界を相手に戦っているも同然なのだ。弱気に一度でも陥れば、後の取り返しがつかない。

それにしても、最新鋭兵器がてんこもりだったとはいえ。

流石に二個師団を相手に、此処までのダメージを受けるようではダメだ。やはり、残りの装備を解禁して、勝負に出るべきか。

それもそうだが。

やはり、まずはプトレマイオスだ。

アレキサンドロスはすっかり黙ったという事は。今やロシアは、プトレマイオスの手に落ちていると見て良い。

そして、今までの動きを見る限り。

軍事的な意味では、プトレマイオスの能力は、アレキサンドロスよりも上だ。

精神戦を仕掛けてくるだけでは無く、今回は実際に奇襲を見抜いて、先手を打ってくるほど。

やはり、放置は出来ない。

今でこそ、まだロシアを再掌握出来ていないけれど。

放置していると、恐らく中帝も傀儡化して、その軍隊を動員してくるのは、ほぼ確実だった。

しかし今回の敗退は、焦りが産んだと言っても良い。

パドラア連邦に展開しているロシア軍は、一個師団をほぼ壊滅させ、もう一個師団も半壊させたが。

都市の中から攻撃してきた、謎の砲兵隊。

それに空軍は無傷だ。

そして恐らく、空軍に関しては、パドラア連邦内の基地を潰しても埒があかないだろう事は、容易に想像できる。

負荷分散のためにも。

他の東欧諸国に、分散して配備しているはずだ。

これが、大国の圧力。

第三諸国の軍事同盟など、単独で圧殺できる、圧倒的かつ最強に近い戦力。米軍を除けば、世界最強の実力。

伊達では無い、という事だ。

通信が入る。

アーマットからだ。

「前倒しで進んでいた作戦が、振り出しに戻ったようだね」

「ああ。 連絡してきていいのか」

「一流のスタッフに、スタンドアロンのシステムを組んでもらった。 そこから通信している」

「……」

危ういなと思う。

通信途中のパケットを解析されるかもしれないし。

何より、既にプトレマイオスは、アーマットに目をつけている。流石に、ログを見る限り、アーマットで間違いない様子だけれど。

「監視がきつくて、補給はまだ当面送る事が出来ないが、大丈夫そうかね。 かなりのダメージを受けたように見受けられるが」

「どうにかなる」

「それを聞いて安心した。 一つだけ、吉報がある」

何か、ろくでもない予感がするが。

黙って聞く。

アーマットが言うには。

ロシアで、内乱が起きる可能性が出てきたという。

プトレマイオスによる権力再統合が急ピッチで進んでいるのだけれど。旧ソ連時代の衛星国出身の軍人らが、それに反発して、派閥を形成しているという。

言うまでも無く。

泥沼の争いになっている様子で。

一部の将官が、焼けばちになりつつあるというのだ。

「それほど大きな反乱にはならないだろうが、万が一という事もある。 情勢には気を配って欲しい」

「分かった」

アレキサンドロスの手腕を考えると。

プトレマイオスも、それに近い実力を持っていても、不思議では無いだろう。

それに、ゾンビ化のシステムについても、まだ分かっていない事が多い。あまり安易に奇蹟を期待していては、足下を掬われる事だろう。

しかし、好機ではある。

増加装甲には限りがあるし、本体のダメージはナノマシンでもそう易々とは回復できない。

色々と作業を進めているうちに。

いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。

揺り動かされて、起きる。

「んあ?」

「ハーネット博士」

「何だ、アーシィか」

心配そうに此方を見下ろしているアーシィ。

分かっている。

無理をしているように見えるのだろう。私だって、ルナリエットやアーシィにばかり、負担を掛けられない。

肩を少し叩いた後。

風呂に入って、リフレッシュする。

ぼんやりしていると、また落ちてしまいそうだけれど。

きちんと自室に入って、ベッドに転がるまではもった。

体力がないのが、こういうときには口惜しい。

そして、まだまだ、休むわけにはいかないのに。休まなければならない体のどうにもならない仕組みが。

腹立たしい事、この上なかった。

警告音が鳴る。

携帯からだ。

何か、まずいニュースが流れている、という事だ。

顔を上げて、携帯を操作すると。

すぐにそのニュースの正体が明らかになった。

「新国連では、謎の組織百足の主要幹部に、数年前に失踪したハーネット博士が関わっていることをほぼ断定しました。 NASA解体時の混乱で死亡したとされていたハーネット博士ですが、新国連は調査の結果、偽装死だったことを突き止めた模様です。 現在、国際指名手配を掛け、情報を収集しています」

「……そうかそうか」

別に、それはいい。

問題は、何故今、それを発表したか、である。

警察などでも、捜査状況を公表するときは、もっと核心に迫っている場合が多い。つまりこれは。

アーシィが言っているように、スーパービーンズの特性に気付いたか。

まあ、どれだけ無能な科学者でも、統計を見ればぴんと来るだろう。

統計とは数万に達するデータから、やっと正しい結論を出せる気が長い学問ではあるのだが。

既にスーパービーンズを散布した地域に住まう人間は、十億を遙かに超えているのだから。

ちなみに、SNSを見ると。

新国連の発表に対しては、反応は様々だ。

どうせ吹かし記事だろという反応もある一方で。確かに納得できる経歴だという声もあった。

中には、自分は既に予想していたと自慢げにしているものもいた。

愚かしい。

どちらにしても、今はまだ。

真相にたどり着けるものは、SNSにはいないだろう。

その一方で。

禍大百足に潰された国で、出生率が異常なほどに下がっているという事に、気付いたものは出始めているようだ。

まあ、これは。冷静に出生率を調べて見れば、誰にでも分かる事だ。

あと一つ。

東欧を陥落させた後、手を打つ。

その手が、上手く行けば。

雪崩を打つように、全てが上手く行く予定だ。勿論、所詮は予定にしかすぎないのだが。

着替えて、禍大百足に向かう。

既に結社メンバーが集まって、青い顔を並べていた。私の素性がばれたというのが、よほど怖いのだろうか。

いつかはばれることだと、いつも言っていたのに。

どうにも覚悟に欠ける連中だ。

「増加装甲の準備は、どれほどだ」

「現在、七割ほどです」

「そうか。 在庫は」

「今回の強化を済ませると、後はかなり……厳しいかと」

最悪の場合、増加装甲無しで、敵とやり合わなければならないか。まあこればかりは、仕方が無い。

そもそも、増加装甲を剥がれてからが本番なのだ。

柊が挙手。

不安そうに、此方の顔を、上目遣いで覗き込んできた。

「ハーネット博士、素性が割れてしまうとなると、動きなども掣肘されてしまうと思います。 気をつけてください」

「そうはいってもな。 少し前からプトレマイオスらにはばれていたし、今更大きく変わる事も無いだろう」

そもそもだ。

私自身が、天涯孤独に等しい身。

正体がばれたところで、誰かに迷惑を掛けることなど、ないだろう。

マーカー博士も、家族のことは話したがらない。

何度か聞いた事があるが、本当にどうしようもない家族であるらしいし、こればかりは仕方が無い。それに、家族がマーカー博士をゴミだと思っているのは、むしろ好都合。人質としての価値が無いと言うことだ。

それに、マーカー博士の家族は、米国でも有名な富豪一家。

自分の身を守ることくらいは、造作もないだろう。

「準備でき次第、呼んでくれ」

少し休む。

そう言い残すと。

私は自室に戻って。

珍しく、クーラーボックスを開いて。好きでも無いビールを取り出すと、一息に呷った。

煙草に逃げられないなら、酒。

我ながら情けないと思うけれど。

自身の内部で全てを解決できるほど。私は強くもないし。単純でもないのだった。

 

4、ねじれた杖

 

プトレマイオスの所へ、中東に派遣していた部下から連絡がある。

重要な人物を、着実に同胞化する事に成功している、というものだった。

そもそもこの同胞化のプロセスは、アレキサンドロスを作り上げた人間が考え出した、もっとも悪魔的かつ、人間を効率よく支配制御する仕組みだ。裏切った場合、一瞬で消去することが出来る事も嬉しい。

洗脳の度合いも、ある程度はコントロール出来るし。

用済みになれば、後腐れもなく消せる。

強化クローンによる支配体制強化よりも。

恐らくは、この方が、遺産としては。大きいのかもしれない。

中帝の方からも連絡があった。

今、此方は複数の国と紛争の真っ最中だ。首脳部が消えたことで、火種が再燃したのである。

しかしながら、こちらは中東よりも早く、主要人物の同胞化に成功。

今は、制御の強化を進めている状況である。

「中帝は今、幾つかの戦線で押し込まれてはいますが。 主体を確保して、制御するのはそう難しくないかと」

「良いだろう、続けろ」

「はい、総統閣下」

通信を切る。

さて、次は新国連だ。

データを集める。

既に、ハーネット博士が敵の首魁である事は、新国連も掴んでいる。それどころか、例の豆についての、画期的な成果も上げてくれた。

人口をコントロールする性質を持つ豆。

素晴らしい生物兵器では無いか。

ただ、発芽させるには特殊な栄養カプセルが必要なのがネックか。

此方でも解析はさせているのだが、どうにも、その正体が掴めていない、というのが実情。

非常に複雑な化合物で形成されている上に。

豆は一瞬で発芽し。その時には、栄養カプセルは既に溶けて拡散してしまっているのだ。

だからこそ、新国連から流れてきた情報は嬉しい。今後、様々な方向から、利用していきたいものだ。

さて、アンノウン確保だが。

此方については、少しばかり状況が悪い。

150万を遙かに超えるロシア軍だが。

現在、完全に指揮下においているのは、その一割という所。残りを支配する間に、アンノウンがどう動くかが、鍵だ。

新国連から連絡が来る。

パドラア連邦に展開している部隊に、ロシア軍がかなり執拗な嫌がらせをして来ている、というのがその内容だ。

展開している師団だけでは無い。

虎の子のGOA部隊にまで、嫌がらせを続けてきているという。

今、パドラア連邦に展開できている戦力は、一個師団弱という所。新国連軍がその気になれば、少し面倒な事になるのは事実。

パドラア連邦に展開している部隊の指揮官は。

そういえば、この間の戦いで、指揮系統がずたずたにされて、まだ回復できていないのだった。

ため息が出る。

やる事が多すぎて、人間を遙かに超えるスペックにしているこの頭脳でも、追いつかない事が多い。

夢を見続けているアレキサンドロスの、維持装置がもったいないか。

此奴にはまだ使い路があると言っても。

手足になる同胞を増やすことを考えると、此奴を遊ばせているための装置は、既にもったいなくもある。

それに。

此奴から得られる情報は。全て得てしまった。

決断は、あまりにもあっさり。

データベースだけ残すと。

生命維持機構を、停止。

アレキサンドロスは、何が起きたか分からないまま、死んだ。

感慨は、一切ない。

アレキサンドロスを生かすのに使っていたリソースを、他に回す。腐った脳みそは、すぐに他の同胞に片付けさせた。

さようならとも、おやすみなさいとも言わない。

その気になれば、また幾らでも、造り出す事が出来るのだ。

だから殺す事に、何ら躊躇も無かった。思えばアレキサンドロスも、こんな感じで、同胞を使い捨てにしていたのだろう。

くつくつと笑うと。

プトレマイオスは、アンノウンを捕縛するべく。戦略の再構成を始めた。

 

5、離脱

 

新国連、総本部。

ずっと眠っていた白衣の女性が目覚めたと聞いて。アンジェラは、期待しないまま、病室に向かっていた。

アレキサンドロスが、多国籍軍を顎で使って、アンノウンと戦い続けていた時の事。

亡命してきた、多国籍軍兵士が、それなりの数いた。

その中に、いたのだ。

どうして脱出してきたか分からない、白衣の女性が。

ずっと意識も戻らなかったのだけれど。重要参考人として、確保してあった。

アレキサンドロスと、その周辺については、分からない事も多い。

おかしな事に。

兵士達も、何故その白衣の女性を助けたのか、よく分かっていなかった。この辺りも、謎の多いところだったのだ。

地下深く。

電波も届かない、特殊収容施設。

複雑なセキュリティシステムと、エレベーターを乗り換えて、地下最深部に到着すると。

医師と、護衛の兵士が出迎えてくれた。

「状況は」

「意識ははっきりしています」

「既に尋問はしたのか」

「したのですが、アンジェラ様を呼ぶようにと、一点張りで」

舌打ち。

新国連で、アンジェラはただのスポークスマンとして、対外的には扱われている。実際には新国連の至近の多くを賄っているパワーエリートの一人なのだが。それは表だって宣伝はしていない。

知っていると言うことは。

相当に、面倒な人物である可能性が高い、という事だ。

アクリル硝子越しに、病室に。

向こう側では。

既に、リネンに着替えた白衣の女性が、優しそうな笑みを浮かべていた。

いわゆるアルカイックスマイルと言う奴だ。

東洋系の、特に昔の日本女性が浮かべることが多かったらしく。そのエキゾチックな笑顔に、魅せられる白人は多かったそうだ。

尋問の時、居丈高になるのは悪手だと知っている。

だから、敢えて柔らかく接する。相手も、それを察してか、最大限の敬意を表してきた。

「ようやく来ていただけましたね。 新国連の黒幕、アンジェラ様」

「黒幕と言うほどではありませんが」

「ご謙遜を」

何が言いたいのかは、その表情からはうかがい知れない。

昔、日本人叩きが行われた時代があったけれど。

攻撃材料の一つになったのが、この表情の理解しづらさだ。一方で、逆にこのアルカイックスマイルに魅了された人々も多かったらしいが。

いずれにしても、この白衣の女性は日本人には見えないが。

ただ、感情が見えないのも事実である。

「それで、要件を。 忙しい身ですので」

「現在、ロシアと中帝を支配しているのは、アレキサンドロスと、その配下である事はご存じですか?」

「!」

「私は彼らの命令で、普通の人間を傀儡に変えていくのが嫌になって、脱走しました、ダーウィンと言います」

女は、寂しそうに、額を指さす。

本来其処には、制御用のチップがあったそうなのだけれど。

それを無理矢理引きちぎって、そのために気絶。

ずっと身動きが出来ず、ようやく目を覚ましたのだとか。

そういえば、額に痛々しい傷跡がある。

「国連軍はほぼアレキサンドロスに把握されてしまっていると思います。 恐らくは、ロシア軍と、中帝も」

「貴方が寝ている間に、大事件が起きましてね」

「大事件……?」

「ロシアと中帝の首脳部が、全て死に絶えました」

流石に絶句するダーウィン。

必死に、現状の情報を分析しているようだった。

しかし、それでも。

比較的、早期に立ち直る。支配されることを良しとせず、頭に埋め込んでいたチップを地力ではずしただけのことはある。

大した執念だ。

少しだけ考えた後。女は言う。

「恐らくは、アレキサンドロスに大きなトラブルが起きたのでしょう。 彼は、人間を傀儡にする特殊なタンパク質を大量に生成してばらまいていました。 それを摂取した人間は、傀儡になり。 最終的には、アレキサンドロスとの接点が切れると、溶けて死んでしまいます」

「そのような恐ろしいものが」

「本来は、ロシア国内の引き締めを行い、不満分子を道具として活用するためのシステムだったと聞いています。 でも、SFに出てくるロボット三原則に類するシステムを導入しなかったので、暴走。 自我を持って、人類を逆に征服してしまった、というのが、私の知るアレキサンドロスです」

アレキサンドロスを止めてください。

そう言われ。

頭を下げられた。

しばらく、言葉が見つからなかった。

これは現実だ。

AIやロボットの反乱なんて、ずっと先だと思っていた。近年の人間には、ロボット三原則を古臭いものとして嘲笑うものも多いと聞いている。実際に導入しなかった結果、多数の人間が傀儡にされるなんて。ぞっとしない結果だ。

すぐに、スパイ達に連絡を入れる。

ロシアの現在の事実上の支配者が誰か、調べ上げろ。

アレキサンドロスでは無くなっている可能性が高い。しかしそれにしても、冷酷なやり方は共通しているように思える。

しばらく、喫煙室に籠もると。

壁に背中を預けて、ぼんやりする。

誰も他にいないから、不安を静かに押し殺せる。

元々、アンジェラはパワーエリートの一族出身。兄が若くして死ななければ、一族の長になる事だってなかっただろう。

膨大な金と、ありあまった時間。

それに権力。

それらは必然と、アンジェラを血で血を洗う世界に押し出す助けとなった。呪いと言うべきかも知れないが。

こんな、人類が滅んでもおかしくない狂気の危機に、直面していたとは、流石に予想外だったけれども。

それでも、危ない目には、何度も会ってきた。

目を擦って、気分を変える。

仕事だ。

仕事をしているときは、気分転換だって出来る。

自室に戻ることにする。一人で混乱を押し殺している時は、気分を整える事が出来るけれど。

最終的には。仕事が、現実逃避には、一番だった。

 

アンジェラが部屋に戻ると。

何名か飼っているスパイの一人が、深刻そうな顔をして戻ってきていた。何か、とんでもないニュースを掴んだのだろう。

「お人払いを」

「分かった。 すぐに報告を」

「は……」

部下達をデスクから下がらせる。

スパイはそれでもなお慎重に周囲を見回したが。アンジェラが顎をしゃくると、喋り始めた。

「今、ロシアに潜入している部下からの報告です」

「ん。 続けろ」

「どうやら、現在アレキサンドロスという男の影響力はほぼ零に。 その代わり、アレキサンドロスと「名乗る」存在が、急ピッチで国内をまとめている様子です。 KGB崩れのチンピラやマフィアさえも、豪腕でねじ伏せて回っているとか」

「やり手の偽物という訳か」

スパイは頷く。

そうなると、少し前から話題になっている、プトレマイオスとやらが、それだと考えるとしっくりくる。

クーデターが起きたのか、或いは別の理由か。

アンジェラも、独自の情報網をもっている。

或いは、接触してきたアレキサンドロスは既に、プトレマイオスとやらに入れ替わっているのかもしれない。

「姿は分からないか」

「気味が悪いほど表に出てきません。 アレキサンドロスさえ、影武者を表に出してきていたのですが……」

「調査を続けろ」

「御意」

姿を消すスパイ。

さて、どうしたものか。

この部屋にも盗聴器はあるかもしれない。というよりも、ネット回線は全て疑って掛かるのが正解だろう。

情報が、まるごと漏れている可能性もある。

技術者を呼ぶ。

すぐに来た線が細いセキュリティ責任者は。

アンジェラの発言を聞いて、目を丸くした。

「セキュリティ強度を十倍に!?」

「やり過ぎるくらいで構わない。 どうも、此方の動きが筒抜けになっているように感じるのでな」

「……分かりました。 すぐに取りかかります」

しばらくは大変だと思うが、それは此方も々だ。

そして、セキュリティ担当が部屋を出ると同時に、電話が掛かってくる。

前線にいるキルロイド大佐だ。

「アンノウンが出現しました」

「どこだ」

「パドラア連邦です。 ロシア軍の残存戦力を踏みにじると、各地の基地を蹂躙して回っています」

あれだけ新国連に居丈高に出ていた市民団体は、恐怖に駆られて逃げ回るばかり。

都市部にも侵入してきたアンノウンは、容赦のない蹂躙をしていると言う事だった。正直、放置したいぐらいだけれども、そうもいかないだろう。

「ロシア軍の増援は」

「今三個師団が此方に向かっているようですが、まだ八百キロ以上距離があります」

「ならば、やるしかないだろうな」

少し前から、GOA350への更改が開始されている。

まだエース格の十機ほどしか更改できていないが、それでもやるしかない。

GOA401は、開発まであと三ヶ月はかかる。

とてもではないが、間に合うことは無いだろう。

「GOA部隊を出撃させろ。 機甲師団と連携して、此処をアンノウンの墓場としろ」

「分かりました」

通信が切れる。

アンノウンを倒したら、その機体を回収するのが急務だ。ロシア軍があれだけムキになっていたのは、アンノウンの機体回収を目的としていたのだろう。無理もない。あんなオ−バーテクノロジーの産物、欲しいに決まっている。

だが、得体が知れない連中に支配されている今のロシアには、引き渡すわけにはいかない。

それこそ、人類にどんな禍があるか、しれたものではないからだ。

 

GOA部隊が、基地から出撃を開始。

機甲師団も陣形を整えながら、基地を続々と出て行く。

先頭は亮。

見ると、連日基地の廻りでプラカードを抱えてぎゃあぎゃあ騒いでいた人々は、影も形も無かった。

彼らは、火遊びをしていただけだ。

アンノウンが身近な恐怖となった今。責任転嫁も出来ず、家でぶるぶると震えているのだろう。

或いは、西側に亡命でも始めたのかもしれない。

守るべき民衆。

それが、この現実だ。

腹立たしいとも思うけれど。それでもやらなければならない。

なぜなら亮は。

GOAの操縦に関してだけは、世界随一であって。他に代わりがいないから、である。

少し前に、この国にいたロシア軍は壊滅してしまった。まだ少し残っているけれど、アンノウンが現れれば蹴散らされる運命だろう。

やるしかない。

これから、全力での戦闘を行う事になる。

とにかく時間を稼いで、機甲師団に任せる。

火力そのものは、戦車や歩兵戦闘車の方が上なのだ。そして実際問題、アンノウンの増加装甲は充分に今まで削れている。

倒せる。

うまく戦いさえすれば。

十機ずつ、五部隊に別れて出撃したGOA部隊は、アンノウンが出現する予想地帯をカバーするように布陣。

亮自身は、一番現れる可能性が高い場所へ陣取った。

さて、どうでる。

アンノウンは強者だ。

隠れる必要もないはず。その気になれば、効率を重視して、攻めこんでくるのでは無いだろうか。

そう思っていた亮は。

予想が当たったことを思い知らされる。

いきなり、至近。

地面を吹っ飛ばして。

GOAの倍はある体高を土の中から引っ張り出しながら。アンノウンが現れたのである。

「アンノウン出現!」

「総攻撃開始! GOA部隊、時間を稼げ!」

「イエッサ!」

叫びながら、亮はブースターを全開に、アンノウンに躍りかかる。

今、この国での。

そして、GOA350の初陣で有り。恐らくはGOA第三世代シリーズとしては最後となる戦いが、始まった。

 

(続)