固き結び目

 

序、悪夢

 

中東が陥落した。

奴が来るかも知れない。

恐怖の声が拡がっている。禍大百足を、未だアンノウンとしか呼んでおらず。中に人が乗って「いるかもしれない」と考えている者達の間で。いつ、禍大百足が攻めてくるか分からないと、怖れる声だ。

それでいい。

恐怖こそが、この姿が呼び起こすもの。

なれ合っていてはいけない。

舐められてもいけない。

ただひたすらに怖れられなければならないのだ。

怖れられるには、正確な情報など必要ない。

宇宙から来たバケモノで、人など乗っていないという怪情報が飛び交うぐらいで、丁度良いのだ。

通信を切ると、私ハーネット博士は、少しうんざりした様子で、モニタに映る光を見た。

今までで、一番光が強いかもしれない。

現在、世界は欧州と。それに起因するルールで動いている。昔は武力だけがルールだったけれど。

今は、金がもたらす力が、ルールだ。

資本主義社会。

そうなづけられただけの。強ければ何をしても許されるという、醜悪な世界。狂騒は既にサーキットバーストにまで達し。そして世界は、いつ破裂してもおかしくない状況で、何度も経済危機を起こしていた。

当たり前の話だ。

実体経済と架空経済が、こうも無茶苦茶に乖離しているのだから。

アフリカと中東という、この世の二大地獄を片付けて。

続いて取りかかるは、東欧。

実際には、南アメリカや中央アジアの方が、貧しい国は幾つもあるのだけれど。今は敢えて、東欧を叩く。

理由は、簡単。

先進国の近くでも、安心できないと思わせなければならないため。

先進国の軍隊でも。

この禍大百足には、容易には勝てないと、思い知らさなければならないためだ。

東欧は一応欧州。

現在世界の文明の中心地点となっている場所だ。勿論冷戦の影響で、西欧とはあまりにも差が大きいけれど。

それでも、東欧が叩かれるというのには。

大きな意味があるのだ。

ひどい荒野が拡がっている。

真夜中。

山の中腹から、頭だけを出して眺めているけれど。昔、この辺りの地域は、ソ連時代の無茶な開発が祟って、土地が滅茶苦茶になっている。

この国、ヒルギニア連合は、その土地の七割が、既に荒野。

無茶な農園政策のツケだ。

更に最近では、滅茶苦茶な廃棄によって、荒野の拡大が加速している。モラルも既に放り捨てられた今。

この国で、不文律など、ゴミ以下の存在と化している。

東欧では、人身売買が、半ば公然と行われている地域も多い。勿論発展途上国ほどでは無いけれど。

幾つかの独裁国家などの最貧国では、それが当たり前だ。

親や兄弟、時には恋人に売られる女性もいる。

先進国では、性風俗を好きでやっている人間もいるだろう。だが、発展途上国や、最貧国では。

そのような理由で体を売る人間の比率は、極めて小さい。

生きていけないからだ。

だから、体と尊厳を売り飛ばさなければならない。

そして、生きていけないという理由と。武器という暴力を。禍大百足は、此処で取り去ってしまう。

「さて、と。 マーカー博士、スーパーウェザーコントローラーは」

「行けるぞ」

「よし……」

この国は、そこそこ優秀な戦闘機を三十機以上保有している。性能は中東にいた戦闘機とは段違いだ。

多国籍軍が繰り出してきたフランカーもいる。

爆装した最新鋭戦闘機は、禍大百足の桁外れな防御力をもってしても脅威となる。だから、制空権を、まずこうやって潰すのだ。

襲撃、開始。

思い知らさなければならない。

禍大百足は、何処にでも現れる。その気になれば、先進国の軍隊とも、渡り合うことが出来る。

発展途上国だけが蹂躙されると思うな。

人類は、天敵の存在を知らなければならない。

恐怖に打ち震えろ。

そして、思い知るが良い。

今、自分たちは、邪神ににらまれた蛙も同然なのだと。

突入開始。

巨大な禍大百足が迫ってくるのを見て、街は大混乱に陥ったようだった。逃げたいのなら、逃げる時間は作ってやる。

だが、その後は。

徹底的に蹂躙する。

すぐに空軍が出てきたが、上空は嵐も同然の気候。禍大百足に、中々迫れずにいる。地上部隊が出てくる。

ドイツから技術支援を受けている国だ。レオパルド2戦車がいるとは聞いていたが。早速出てきたのには恐れ入る。

ひょっとすると、既に、気付いていたのかもしれない。

この国を、禍大百足が狙ってくることに。

戦車隊が展開。

射撃を開始する。

かなりの精度だ。相当な精鋭だと見て良い。だが、戦車隊が出ると同時に、加速。一気に距離を詰める。

相手の最高速よりも、禍大百足の方が上回る。

ましてや、あいては後退しながらだ。

だから、容赦なく、蹂躙できる。

腐食ガスを喰らって、それでもある程度耐えるのは流石だ。褒めてやると言いたいところだけれども。

擱座したレオパルドから、兵士達が逃げ出す。

そのアーマーも、見る間にぼろぼろになる。抱えているアサルトライフルも。

必死に逃げるその背中に、腐食ガスを浴びせ。戦力を徹底的に奪い去って行く。

それにしても。

見ていると、街を逃げ出す車が多い。中東などでは、蹂躙している途中も、走って逃げる者が珍しくなかったのだ。

粗末な道路。

わびしい街。

とはいっても、車を買える人間が大半。

それでありながら、金に困って子供を売り払う親が珍しくも無いこの国は。何処か歪んでいるのだろう。

まあ、どうでもいい。

政治家が出来る事はしていると判断する。

出来ていないなら自業自得。

計画に、無理矢理つきあって貰うだけだ。

人類を、宇宙進出へ導く計画に。

スーパービーンズの散布開始。逃げ惑う軍を踏みにじる。敵はゾンビ化もしてない。戦車隊が揃ってガスで擱座すると、いっそ潔いほどに逃げ出す。

この国の独裁者は、もうかなりの高齢だ。

兵士達にも、ある程度見限られていたのかもしれない。

というよりも。

旧ソの支配地域であるこの東欧の独裁小規模国家も。アレキサンドロスの魔の手には落ちていなかったと言う事か。

軍事基地を蹂躙。

街も。

首都を踏みにじった頃には、周囲は大嵐。

呆然と此方を見上げる民。禍大百足は、無数の足を動かして。まだ必死の抵抗を続けようと試みる軍を、容赦なく叩き潰す。

とはいっても、二次大戦の頃のような、情け容赦ない殲滅では無い。

武器が無くなって、抵抗できない兵士には、何もしない。

勿論、邪魔をしない市民にもだ。

石を投げてくる子供もいるけれど。

放置。

禍大百足が近づいてくると、悲鳴を上げて逃げ散る。石が増加装甲に当たることさえ、ない。

「兵士が大人な分、第三諸国よりはマシだな」

マーカー博士がぼやく。

第三諸国では、文字通りのチャイルドソルジャーが、自爆攻撃を仕掛けてくるような例も多数あった。

そういう所は、アフリカと中東だけなら既に蹂躙しつくしたけれど。

まだ世界には。

地獄は幾らでも残っている。

「後潰す拠点は」

「軍事基地が一つ残っている。 それを潰して、この国は終わりだ」

「そうか」

マーカー博士が、ほろ苦い表情をする。

既にこの辺りは。貧しいとは言え、欧州なのだ。其処へ乗り込んだ以上。禍大百足への攻撃も、加速することが疑いなかった。

不意に、通信が入る。

勿論直接では無い。通信を試みている勢力がある、という事だ。

通信元は。

偽装しているが、ロシアだ。モスクワ郊外。

アレキサンドロスの部下。

プトレマイオスとやらで間違いないだろう。

「攻撃を停止していただきたく」

「ど、どうしますか」

「無視で」

私は一言だけ指示すると、そのまま禍大百足を進ませる。

プトレマイオスは気分を悪くした風も無く、更に続ける。

「少し前に、中東で騎馬隊に対して、温情のある言葉を掛けたそうですね」

「ほう……」

よく調べている。

あの国も、既に新国連の治安維持部隊が入っている筈だ。戦力的には申し分ないはずで、既に治安も回復しているだろう。

回復しなかったとしても。

既にスーパービーンズが繁茂し、水不足も解消されている状態。その上、武器がそもそもないのだ。

「どういう風の吹き回しです。 彼らは貴方たちに感謝などしませんよ」

精神攻撃のつもりか。

そのまま、軍事基地に踏み込む。

ルナリエットは一瞬だけ不安そうにしたけれど。それでも、運転そのものはしっかりやってくれる。

基地に踏み込むと。

立て続けに爆発が起きる。

恐らく残っていた火薬を、あらかた仕掛けていたのだろう。短時間で蹂躙したのに、たいしたものだ。

まあ、この国は小手調べ。

他の国は、もっとずっと面積もあるし、配備されている軍の数も多いのだ。戦闘機隊は、結局何度か急降下爆撃を仕掛けてきたけれど。数機がガスにやられて落ちると、もう無理はしなかった。

「東欧に踏み込むと言う事は、ロシアの衛星国を荒らし回ると言う事です。 それを理解していますか」

「当たり前だろうが」

勿論直接返事などはしない。

ただ、悪態をついただけだ。

やがて、通信は切れる。脅しなどに屈する相手では無いと、どうして分からないのだろうか。

というよりも。

大国に脅されて屈するようではダメだ。最悪の場合、金づるであるアーマットと対決してでも、作戦を遂行する覚悟をしているのである。今更、核をちらつかせて脅す程度の事で、尻込みなどしない。

首相官邸は既に押し潰し。電子マネーの類は根こそぎにした。

更に、逃げようとした老独裁者の車にガスを浴びせ。着の身着のままでボディガード達に見捨てられ、這々の体で逃げるのも確認した。

「さい先は良しと……」

「だが、これからだ」

「そうだな」

中東とは、やはりものが違う軍隊が出てくる。

短時間の戦闘だったが、追加装甲も少なからず削られている。

反政府組織が向こうとは比較にならないほど少ないけれど。それでも、タチが悪い連中は巣くっている。

武器を取り上げてしまうのが、最適解だ。

基地を粉砕すると。

抵抗は止んだ。

空軍は荒れ地に着陸したらしいけれど、不時着だ。もう飛べないだろう。だがそれも、念のために潰しておく。

この国でもっとも高価な武器である戦闘機を、残った兵士達が必死に守ろうとするけれど。

空母三機分の巨体が、時速八十キロで迫ってくるのだ。

それを見て、正気でいられる兵士がいるだろうか。

蜘蛛の子を散らすように逃げる敵は放置。ガスを浴びせてあるから、どうせアサルトライフルもRPG7もすぐ使い物にならなくなる。

戦闘機に、腐食ガスを浴びせて。

そして、念入りに踏み砕いた。

これで、この国は攻略完了だ。後は放置しておいて構わないだろう。スーパービーンズも、もう芽が出始めている様子だった。

一度撤退。

指示を出して、椅子に深く腰掛ける。

地面に潜りはじめている禍大百足。ルナリエットがヘルメットを外し、自動操縦に移行。ため息をつくルナリエット。

今日は、消耗が小さく済んだらしい。

マーカー博士が、アーシィ共々休憩させるべく、第二関節以降の個室へと連れていく。

私は大あくびをすると、ぼんやりと、先の通信について考える。

あのプトレマイオスとやら。

何をもくろんでいるか、今一良く分からない。

基地に到着。

また、プトレマイオスとやらが、通信をいれてきている。

「やってくれましたね。 貧しいとは言え安定している国に対して、随分と蛮行を働いてくれたものです」

「……っ!」

マーカー博士が反論しようとするが、止める。

言っても無駄だ。

此奴の性根が腐っている事は分かっている。アレキサンドロスほどでは無いだろうが。どのみち油断できる相手では無いとわかりきっていたのだ。

それに此奴に、人間の理屈は通じないだろう。

ルナリエットやアーシィと違い。このプトレマイオスとやら、極めて狡猾で、つかみ所が無い。

悪く言えば、得体が知れない。

出来れば、交渉は持ちたくなかった。

「次もまた、東欧の小国に攻撃を仕掛けてくるつもりですか? ロシア軍は既に出動態勢を整えています。 世界でも最強クラスの機甲師団がお相手いたしますよ」

「……」

とりあえず、調べて見る。

ロシア国内の混乱はまだ続いている。この様子だと、態勢を立て直すまでには、しばらく時間が掛かるだろう。

或いは、一気に勢力を握りたいと考えるものが、出兵をエサに使うかも知れない。

出兵で画期的な成果を上げれば、一気に支持率を得られる、というのである。ロシアも民主主義国家とやらになって久しい。

そう考える奴が出てきても、不思議では無いだろう。

「交渉のチャンネルは開いています。 何時でも連絡をどうぞ」

今度こそ、通信が完全に切れる。

私は、皆に休むよう指示。そして、東欧の一角にあるこの地下基地を任せていた結社メンバーを、手を叩いて集めた。

「前回の失敗に対応するために、基地内に爆破システムを構成してくれ」

「しかし、誤動作した場合危ないのでは」

「これ以上新国連にも他の敵対勢力にも、手の内を知られる訳にはいかない。 この基地から出るときは、徹底的に証拠を消す必要がある」

「分かりました」

個室に入ると、ベッドに転がる。

そして、天井を見ながら、大きく嘆息した。

ひょっとすると。

新国連辺りは、もう私の正体に気付いているかもしれない。そしてもしそうなると。見抜く可能性もある。

我々の行動が、支配だの征服だのではなく。

人類を、宇宙進出させるための行動だと。

もし気付かれた場合、無茶をしてくる可能性も考慮して、今後は動かなければならないだろう。

最悪の事態は。

プトレマイオスと新国連が手を組むこと。

アレキサンドロスの資産を全て受け継いでいるとなると、プトレマイオスと新国連の連携は。

多国籍軍と新国連が共同で、禍大百足に向かってくることを意味している。

それは流石にまずい。

あくびをしながらも、思考を進める。

戦いは、ここに入って。

一気に複雑化し始めていた。

 

1、傲然車輪

 

目が覚めてから、私がネットにアクセスすると。既に、蜂の巣を叩いたような騒ぎが始まっていた。

アンノウン、つまり禍大百足が。

東欧の小国に現れ、蹂躙と殺戮の限りを尽くした、というのである。

まあ殺戮は兎も角。

蹂躙の限りを尽くしたのは事実だ。

SNSなどでも、議論が過熱している。ロシアが黙っていないだろうとか、もうどこの先進国の軍でも止められないとか。

中には、ヒルギニアから逃れてきた兵士もいる様子だ。

「あれは、勝てるとはとても思えない相手だった。 ガスをばらまいたかと思うと、頑強なドイツ製のレオパルドが黙り込んだ。 溶けていく防弾チョッキ、それにアサルトライフル。 悪夢みたいな光景だった」

生々しい発言からしても、本当の脱走兵だろうという声が上がる一方。

今までの侵略で、禍大百足のやり口は散々知られているから。其処を参考にして好き勝手噴いている嘘つきだろうという声も上がっていた。

興味が湧いたので、ちょっとアクセスログを引っこ抜き、解析してみる。

結論としては、本物の可能性が高い、だった。

「彼奴は車より速く追ってきた。 もう、絶対助からん。 EUも米国も、奴に飲み込まれて終わりだ」

「……」

彼の悲壮な言葉に。

効果的な反論は、浮かばない。

なお、映像はかなりの数出てくる。

禍大百足をハンディカメラや携帯で撮影して。それからネットにアップした連中が、かなり多かった、という事だ。

中東よりも、電子機器の普及が多い。携帯やスマホについても、それは同じと言う事である。

良く撮れている映像も多かったけれど。

明らかに受け狙いで。適当な映画から撮ってきた合成写真をアップしている輩も、少なくは無かった。

新国連が、声明を発表している。

いつものアンジェラが、原稿を読み上げているけれど。

何だか気になる。

発言内容そのものは、どうでもいい。人道的見地から残虐なテロリストである百足の面々に強い遺憾の意を示すとか、何ら具体性が無い代物だったからだ。

問題はそれでは無い。

声明を発表している後方で。

壁面に張り出されている紙が問題だ。

ハーネット博士。

そう書かれている。

思わず半身を起こして見入ってしまった。メッセージとしては露骨すぎるくらいだけれども。

此方としては、解析しなければならない。

やはりばれていたかと思う一方で。あの基地を探られたのだから、仕方が無いと達観している自分にも気付く。

ただ、このメッセージ。

誰に対するものだ。

プトレマイオスも見ていると考えるべきだろう。それについては、もうどうでもいいのだけれども。

それ以上に気味が悪い。

何をもくろんで、このようなことをしているのか。

禍大百足のコックピットに行くと。

既にマーカー博士が、コンソールを叩いていた。恐らく、スーパーウェザーコントローラーの改良のためだろう。

「何かあったか」

「新国連に、私の素性がばれているようだな」

「そうか。 いつかは来ることだったのだ」

「……そうだな」

自席に着く。

次の攻略対象。西マーモット共和国は。かなり広い国だ。

欧州としては、第四位の土地面積を持つ。人口はついさっき叩いたヒルギニアの六倍。軍事力に関しても、三倍はあると見て良い。

この国は、東欧における人身売買の中心地と言われている。

昔、ある独裁者が、避妊と堕胎を禁止する法を作った。その結果、膨大な孤児が産み出され。

その多くが、ストリートチルドレンに。

そして、そうなれなかった子らは。

売られた。

元々、美男美女が多かった国として有名だったということもあり。変態金持ちにとっては、かっこうのペットの供給源だった、ということだ。

多くの子供達が不幸になり。

独裁者が倒れた今も。

マフィアに牛耳られたこの国は、立ち直るには到っていない。

今回の攻撃ターゲットは、軍だけでは無い。

マフィアもだ。

幾つかあるマフィアの拠点は、徹底的に潰す。恐らくは、規模に関しては中東にいた武装勢力の方が上だろうが。

此奴らの強みは金だ。

それを断たなければ、何度でも再起して。多くの殺戮と破壊を、周囲にまき散らし続けるだろう。

今回はそれが故に。

都市を地下から強襲するという荒っぽい手に出る。

勿論、マフィアのアジトを喰い破るためだ。

元々弱者を踏みにじり、生き血を啜って生きながらえているような連中だ。此奴らをこの世から抹殺することには何ら痛痒は覚えないけれど。問題は、それ以外の一般市民を巻き込むこと。

あまり多くの市民を巻き込むようでは、目的の過程として失敗になる。

そうせざるを得ない場合は仕方が無いが。

今回は、慎重に突入角度を調整して、敵を的確に叩き潰さなければならないだろう。勿論、逃がすことも許されない。

勿論マフィアは、西マーモットの主要都市に、巣くっている。

連中は金持ちだ。

何度か、計画を策定しては、作り直す。ルナリエットとアーシが戻ってきたのを見計らうと。

私は、すぐに出るよう、指示を出した。

時間がない。

出来るときに、出来るだけ。前倒しも想定して、敵をたたいておかなければならない。それがつらいところだ。

時間は有限で。

しかも、私の手元には、わずかしかないのだから。

 

電線も配水管も関係無い。

何もかもを押し潰しながら。禍大百足は、西マーモット首都、マーモットシティの地下から躍り出た。

躍り出る際、口をかみ合わせ。

この国で最も有力なマフィアのドンを、食い殺している。

口を開けると、ぼろぼろとこぼれ落ちていく、屋敷の残骸。そして、そこで暮らしていた人間のも。

どれがドンだったのか、もう見分けさえつかないが。

ただ、殺したのは確実。

念のため、アジトの中で体を動かして、徹底的に潰しておく。金庫も武器庫も、残してはおかない。

何しろ、昨日の今日だ。

周囲は、蜂の巣を叩いたような騒ぎに、即座になる。そのまま、禍大百足の体を引っ張り出すと。

腐食ガスをブチ撒く。

軍が出てくるなら、望むところ。

そのまま、真っ正面から、首相官邸に向かう。

一応選挙で選ばれた大統領だけれども。

無能さには定評があり。子供の人身売買が半ば裏の産業となっている事態を、改善も出来ず。

また、する気力も無い様子だった。

突入。

逃げ惑う民を、出来るだけ踏み殺さないように、ルナリエットに念押し。ラジャ、とだけ返ってくる。

車で逃げようとする者もいるが。

大半が、速攻で擱座。

いや、車の場合は擱座とは言わないか。いずれにしても、車を捨てて逃げていくところを、踏み越えていく。

ルナリエットの操縦は流石で、滅多に逃げ惑う市民を踏まない。

縮こまって震えている老夫婦の上を、禍大百足の巨大すぎる足が通っていく。もう、悪態をつく勇気も無いらしい。

そのまま、ガスを撒きながら、首相官邸に突入。

既に大統領が逃げ出した首相官邸を、徹底的に蹂躙。全てを踏みにじった後、街を出る。

当然其処には。

予期された襲撃だからだろう。

機甲師団が、勢揃いしていた。

ロシア製T90をはじめとする主力戦車。それも輸出用では無い。恐らく、ロシアから来た援軍だろう。

もし事を構えれば。

ロシアと本気で正面から殴り合うことになる。

だから、襲ってくるな。

そう、怯えた様子の兵士達の顔には書かれているけれど。それこそ、知ったことではない。

突入。

攻撃開始。

上半身を持ち上げて、雄叫びを上げる禍大百足。相手に威圧感を与える事だけを考え、作り上げた設計だ。

恐怖に竦んだ兵士達の真上から。

禍大百足の巨体が、降ってくる。

大地震が如き衝撃。

戦車隊が拡散し、後退しながら主砲を発射。凄まじい火力だ。流石に最新鋭で固めた戦車部隊である。

だが。

予想の範囲内だ。

増加装甲の予想消耗率は。

聞くと、アーシィが12パーセントと応える。

まあ、そんなところだろう。

次々に着弾。嵐の中だというのに、大した射撃精度だ。爆発の花が咲く中、禍大百足は、緩慢に陣形を変える敵機甲師団に突入。

腐食ガスをまき散らしながら、蹴散らす。

さて、どうでる。

この様子だと、プトレマイオスとやらがロシア軍を掌握しているとして。何か手を打ってくるはずだが。

不意に、側面に衝撃。

かなりのダメージが入る。増加装甲も、相当量が持って行かれたようだった。

「何だ!」

「ミサイルではありません! 恐らくは、長距離砲です!」

「自走砲か?」

「恐らくは、ただ、衝撃は一発だけだったように思えました」

アーシィの報告。

敵を蹴散らしている間に、更にもう一発。

一瞬左に傾くほどだ。

中々、尋常では無い火力。

思わず椅子に懐いてしまう。この辺りは、私の運動神経が、あまりにもしょぼいのも原因の一つだけれども。

「解析でました! これは、命中時の速度、マッハ18!?」

「レールガンだな」

「米軍が開発しているという、あれですか」

「ロシア軍が開発していても不思議では無いだろうな」

そうかそうか。

機密の塊だろうから、中東には持ち込めなかったが。しかし、庭に等しい東欧ならば、というわけか。

言うまでも無く、磁力を用いて砲弾を飛ばす仕組みであるレールガンは。21世紀になってから本格的に開発が進んでいる兵器である。

その特徴は、異常なまでの弾速。

現在の最新鋭レールガンは、米軍にだけ配備されているが。実に弾丸の初速はマッハ30に達する。

巡航ミサイルを越える速度で有り。

このスピードで飛んでくる弾は、その大きさにかかわらず、艦砲かそれ以上の破壊力を持つ事になるのだ。

しかも、狙いが正確無比。

しばらくは、機甲師団を蹴散らすしか無い禍大百足に。アウトレンジ攻撃を、一方的に加える事が出来る、というわけか。

面倒な相手だ。

先ほどから、二発。それぞれ、増加装甲をごっそり抉っていった。それから三発は、足の関節を狙ってきている。

しかし、足を破壊するのが困難とみるや。

最初に増加装甲を打ち抜いた地点に向けて、集中的に攻撃をしてくるようになった。不可解なのは、機体を曲げて傷口を最初の狙撃地点から庇っても。やはり飛んできた弾が、増加装甲を削られた地点を、容赦なく狙ってくる事だ。

ヘリか戦闘機にでも積んでいるのか。

いや、現在のレールガンにしても、出力が尋常では無い反面、相当に電気を食うのだと聞いている。

恐らく艦船の発電機でも無い限り、動かすのは無理だろう。

そうなると、考えられるのは。

列車だ。

あまりにも有名なドーラキャノンを例に出すまでも無く。列車という機構を利用して、砲を搭載するケースは珍しくない。

また、直撃。

びりびりと、振動が来る。

そんな中、私はアーシィに、弾道計算を急がせる。このまま攻撃を受け続けると、正直嬉しくない。

T90が、必死の射撃を繰り返してくる。

レールガンが抉った傷口を、的確に狙って。

かなりの連携だ。

ひょっとして、此奴ら。アレキサンドロスにゾンビ化されているのかと思ったけれど。見ていると、普通に人間らしい判断をして、動いている様子だ。そうなると、現時点では、アレキサンドロス、つまり支配体制を乗っ取ったプトレマイオスは、ゾンビ兵を繰り出してきていない。

ロシア軍本隊は、傀儡化されていないとみるべきだろう。

「また来ます!」

がつんと、凄まじい衝撃が来る。

慌ててデータを精査するけれど。

やはり、狙撃してくる地点は、毎回違っているとしか思えない。そしてその狙撃の正確さ。明らかに、人間業では無い。

コンピュータ制御されているとして。

列車砲だとすると、制御の仕組みが複雑になりすぎる。

ましてやこの国は、それほど豊かでも無い。突貫工事でレールを敷く暇も無かったはずだ。

どうやっている。

高速で移動しながら、ガスで敵陣を潰しつつ、移動している狙撃元を確認。アーシィの弾道計算が間に合う。その結果、綺麗な直線を描いていることが分かった。つまり、大威力レールガンを、移動しながら運用しているという事。

地図と照らし合わせると。

どうやら、既存の鉄道のレールを、そのまま使っているらしかった。

不意にブレーキを掛ける。

そして、地中へ潜行。

そして、レールをぶち抜きながら、浮上。

さて、何処にいる、レールガン搭載列車砲。最低でも、二両いるはず。片方ずつ潰す。

見えてきた。

ライトを照らしながら、突っ込んでくる。禍大百足に比べれば小型とは言え、軍用電車だ。相当な異様である。

雄叫びを上げる禍大百足。

正面から、激突。

激しく潰れ、横転した電車の背には。確かに、巨大なレールガンが搭載されていた。

煙を上げ、爆発。

恐らく機密保持のために、自爆機能を搭載していたのだろう。米軍でさえ、最近やっと実用化した兵器だ。

絶対に実態をよそに知らせるわけには行かなかった、というわけだ。

続いて、もう一両。

潜ろうとした寸前に、一撃狙撃を貰うけれど。まだまだ、装甲を破られるダメージにはほど遠い。

ただ、今まで散々同じ所を突かれたせいで、増加装甲は破られてしまって、素の装甲にダメージを受けている。

もし装甲を貫通されたら、決して面白い事にはならないはずだ。

それに、今のレールガン搭載戦闘車両の動き、ゾンビ兵を思わせる。或いは、砂漠で中東大軍事同盟とやり合ったときのように。要所にだけ、ゾンビ兵を投入しているのかもしれない。

ちなみにこの戦闘車両。単に旧ソ時代から作られていた、鉄道網を伝って来たのだろう。運び込まれた経路だけはすぐに分かる。

地下から、二両目を直に強襲。

横転して、ひっくり返ったレールガン搭載車両は、その場で爆裂、四散した。

ダメージが、予想以上に大きい。

そして、更に、である。

無数の巡航ミサイルが、飛んできているのが分かる。

ただ、これはレールガンほど的確に狙い撃てない。だから、真っ正面から、迎え撃つことにする。

核搭載型の巡航ミサイルにだけ気を付けて。

適当にレーザーで撃墜しながら。真正面から、全て叩き潰す。

しかし、数十発に達する巡航ミサイルだ。

増加装甲の消耗も、激しい。

軍事基地を踏みつぶして。一段落したと判断したときには。12パーセントどころか。増加装甲のダメージは、44パーセントに達していた。

これは、いくら何でもダメージが大きすぎる。

中東侵攻から時間も経っているし、何より前々から運び込まれていたから、増加装甲の備えはあるのだけれども。

この調子でやっていたら、ロシア軍の本隊が姿を見せた頃には、満身創痍になっているだろう。

基地も都市も、次々に押し潰す。

敵の士気は、案外高い。

少なくとも、禍大百足を見て、その時点で逃げ出す兵士は殆どいない。中東での掃討戦では、かなり逃げ出す兵士が多かった事を考えると、雲泥の差だ。

腐っていても、欧州と言う事か。

三つ目の基地を潰した時点で。

激しい抵抗と、延々飛んでくる巡航ミサイルに、流石に嫌気が差す。ルナリエットがそろそろつらそうにしていた事もあって、地面に潜る。上は大雨だから、バンカーバスターをうち込んで来ることも無いだろう。

地下千メートルほどに達した時点で、一度ルナリエットを休ませる。

「さて、どうするか、だな」

マーカー博士は、ばつが悪そうに視線をそらした。アーシィは、言いにくそうにうつむいている。

一度引くべきだろう。

二人とも、そう考えているのは明白だ。

しかし、私としては、それには賛成できない。というのも、ロシア軍の本隊は、まだ姿を見せていないからだ。

どれだけの戦力を動かせるか分からない以上。

此処で引くのは、愚策に思える。

実際には、ミサイル部隊だけしか掌握できていないのを。ロシア軍全部を握っているように見せている可能性が高い。

その辺りは、プトレマイオスとやらの、用兵のうまさなのだろう。実際、レールガンの使用方法については、しびれるものがあった。

「ダメージは」

「レールガンで狙撃を受けていた第七関節に関しては、即興での修復が難しいかと思います」

「そうだな。 それで他は」

「最終的には、増加装甲の57パーセントを失いました」

古くなっていた増加装甲もある。

こればかりは仕方が無いと強弁したいところだが。元の想定の五倍ものダメージを受けている事に変わりはない。

更に言うと、今回は狙撃を受け続けた題七関節のダメージも深刻だ。ざっと調べて見たけれど。

今までも何度か、装甲を全損するようなダメージを受けてきた中で。その中でも、特に重いと言わざるを得ない。

地上に出れば、当然このダメージ箇所を、集中的に狙ってくるだろう。かといって、一度戻った場合。

またこの国に侵攻したとき、フル装備の中帝とロシアの連合軍が、既に野戦陣地を張っているという可能性もあった。アレキサンドロスが両国を握っていた事を考えると、そういうなりふり構わぬ手に出てもおかしくないのだ。

今は、好機。

危険なのは分かっている。しかし増加装甲も、いつまで備蓄がある訳でも無い。此処から戻ってしまうと、せっかく前線で構築した優位が台無しになる。

それを告げると。

アーシィは、悲しげに眉をふせた。

ルナリエットが戻ってくる。その間に、可能な限り修復を進めておく。つらそうなルナリエットだけれど。

この国を潰したら、久々に休暇を取ろうと思っていた。

それ故に、少し無理をさせていたのだけれど。

この様子では、休ませている暇は無い。

地下で休んでもらうほかない。

マーカー博士が、苦言を呈する。

「やはり撤退しよう」

「ダメだ」

「禍大百足のダメージが大きすぎる。 しかもあのレールガン、実用化されているものとしては出色の破壊力だ。 ひょっとして……」

「私が作った物かもな」

冗談めかして言うけれど。マーカー博士が黙り込む。

いや、流石に私も其処まで万能じゃ無い。

宇宙開発の技術発展の段階で、GOAや禍大百足の素体となった宇宙ステーションは作り上げたけれど。

迎撃用のレーザーは、今結社にいる別の科学者が完成させたものだし。

レーザー水爆もまた別の人間が作ったものだ。

レールガンについては、デブリの処理用に色々と開発が始められていた兵器なのだけれども。

これについても、私は専門外だった。

「あんなものが大量にあるとは思えん。 米軍でさえ、まだ実戦配備したばかりの兵器なんだぞ」

「基本的には、物事は悲観するべきだと思うがな。 ましてや我々は、軍事に関しては素人なんだぞ」

「……そうだな」

マーカー博士の言い分にも一理ある。

作戦を変えるか。

真正面からぶっ潰すつもりだったけれど。此処は少しばかり作戦を変えるべきかもしれない。

首都を潰した現時点で、この国は既に相当な混乱に陥っている。

軍事基地と主要都市を潰して行けば良いとして。やはり狙うべきは空軍だけれども。ただ、アレキサンドロスや。奴の遺産を引き継いでいるプトレマイオスには、その辺りは読まれているだろう。

ならば、残る手は。

「此処から叩く」

それは、国境にある街。

鉄道が複数、ロシア方面から入り込んでいる。

あのレールガン搭載戦闘車両は、此処から来たに違いない。

これ以上の増援を防ぐためにも。

此処を叩くことは、必要だ。

ルナリエットを休ませている間に、地下を移動。

さて、敵はどう出る。

目的地まで、三時間半ほど。

地中を時速八十キロで移動できるこの禍大百足は、地形を考慮しなくても良い分、むしろ高速で移動できる。

航空機ほどでは無いけれど。

いずれにしても、地上を移動する車両よりは遙かに早い。先手は、少なくとも取れる。

目的地に到着し、ルナリエットを起こす。

かなり負担が大きそうで、気の毒だけれど。

此処は、頑張ってもらうほかない。

「長丁場になる」

「はい……」

目を擦りながら、起きてくるルナリエット。そのまま、コックピットに向かって貰う。私は、大きくため息をついて。

白衣のポケットに延ばそうとしていた手を、無理矢理座席に叩き付けていた。

 

2、熊

 

GOA301に装着する装備一式が来た。

今回の売りは、強力になったブースターだ。これがアフターバーナー機能を有していて、一時的に時速百二十キロを出す事が出来る。

勿論ヘリや戦闘機から見れば、笑えてくるほどの鈍足だけれども。

GOAという機体が、この速度で飛べることは大きい。

MBTの主砲でも、現時点でGOA301は、簡単に貫くことは出来ないのである。恐らくM1エイブラムスの主砲でも、である。

GOA350と正式に呼称される機体は。

この新型ブースターを装着し。

なおかつ、微調整を加えたアサルトライフルとポールアックス。それに対人鎮圧用のガス弾グレネードも配備される。

全体的には、マイナーチェンジと言っても。

GOA201から240に変わったときほどではない印象だ。

いずれにしても、これで暴れ馬だったGOA301が、更に扱いづらい機体になるかも知れない。

現時点で、どのパイロットも、どうにかGOA301は乗りこなせている。

しかし、あたらしいブースタを試すのは、亮の仕事だ。

より威圧的になったGOA350を見上げていると。

大佐が来る。

「いいか」

「はい。 訓練なら、すぐにでも始めます」

「いや、違う。 アンノウンがついに東欧に侵攻を開始した。 現在、一つの国を蹂躙し、二つ目の国に襲いかかっている」

「ついに来ましたか」

中東のターゲットとしているらしい国を全て叩き潰して。

そして、今は東欧か。

それにしても、東欧となると、ロシアの衛星国も少なくないだろう。あの冷酷なアレキサンドロスとか言う人物が、どう動くか分からない。

核を使うことも躊躇わないという話だし。

東欧で、悲劇が起きなければ良いのだけれど。

それで、何をすれば良いのかと聞くと。

出来るだけ急いで、350を使えるようにして欲しい、という。

まあ、それは善処するつもりだ。そもそも、現時点では、アンノウンの最高速度にそもそも追いつけない。

肉弾戦で足止めすることさえかなわないのだ。

一刻も早く、このブースターを強化して。アンノウンの最高速度を超えて、度肝を抜いてやらなければならないだろう。

「分かりました。 努力します」

「頼むぞ」

大佐はそのまま、他のパイロットの所に行く。

そして、それから二日もしないうちに、移動の指示が来た。

もう後は、二線級の部隊で治安維持は大丈夫だと、新国連上層が判断したのだろう。以前生産されたGOA201や240。それに各地の治安維持を行ってきた部隊が、中東に来ている。

確かに最新鋭機のGOA301が未だに出張らなくても、此処は大丈夫だ。

中東は、アンノウンが蹂躙した後、驚くほどに空気が静かになった。

暴れまくっていた武装集団は根こそぎアンノウンに潰されてしまったし。貧富の格差は消滅した。

インフラも壊滅したけれど。

それに関しては、これから再建していけば良い。

多くの人々は、むしろ笑顔を浮かべている。後は、馬鹿な事をする連中が出ないように、見張りさえすれば良い。

はらわたが煮えくりかえる想いの人々もいるだろう。いわゆる石油王や、それに類する人々だ。

だが、彼らは、もはや昔のような、絶対的な資金力も権力も喪失してしまっている。此処からまた中東を地獄に戻すのは不可能だろう。

ただ、一方で。

アフリカの各国や、中東の国々が。

いわゆる国際競争力という奴を失ったのも事実。

一方で。その国際競争力というものの是非も、問われ始めているという。

実際問題、今まで尻に火がつくような狂騒の中にいた人々は、幸せだったのだろうか。そして、今のアフリカや中東を見ると。

その結末は、どうなるのだろう。

分からない。

GOA350を操作して、砂漠の空を舞う。

前よりも多少調整はされているけれど。

やはり、かなりピーキーだ。アフターバーナーを使用すると、一気に変な慣性がつく。押し潰されるような感覚である。

勿論、この機体は、倒れたり吹っ飛んだりしたとき。パイロットを徹底的に守るように設計されている。

それでなお、こうなのだ。

他の兵器。たとえばヘリや戦車だったら、このような状態になったら、中のパイロットはもたないだろう。

しばし空を舞っているうちに、コツを掴んでくる。

サポートAIを調整して、また空に。

控えている技術班が、色々話を振ってくるけれど。あまり、応えている余裕は無いと言うのが本音だった。

模擬戦もする。

前は砂漠でテロリストに、シミュレーション中に襲われることもあったけれど。今はもう、テロリストは開店休業状態。各地の民兵組織も、戦う意味がなくなってしまって、何より振り回す武器も失ってしまって。ふてくされているようだった。

そんな中、GOA350が戦う相手は。

言うまでも無く、アンノウンのみ。

勿論、今後は南アメリカや、東南アジア。中央アジアといった、危険な紛争地域に出かけていかなければならないだろう。

そういうときに備えて。

GOAは、あらゆる武装組織の、あらゆる戦術を先に学んで。対応出来るようにしておかなければならないのだ。

スラスターもテスト。

左右に飛びながら、調整。

かなり速度が上がったことで、動かす難易度も跳ね上がっている。それでも操れる。砂に突っ込んだり、空中で制御を失ったりはしていない。

一旦着地。

基地に歩きながら戻る。

この歩くのも、重要なテストだ。

ブースターが変わったのだ。当然、機体に掛かる重心や、歩くときの負担も変わってくる。

空を早く飛べても。歩けないのでは、意味がない。

GOAは、そもそも歩きながら、地雷を踏みつぶしていくという任務も背負っているのだから。

砂丘を歩くのも、問題ない。

時々、敢えて段差に踏み出してみる。

即座にバランサが働いて、ブースターやスラスターを起動。転ぶのを阻止する。

ちょっと無茶な動きをするくらいは、全然平気だ。というよりも、戦闘時は基本、無茶な動きばかりを強いられる。その程度で転ぶようでは、この兵器は成り立たない。

それにしても、である。

砂漠が、かなり緑に覆われている。

アンノウンが撒いていった豆だ。そして、暮らしている人々は、豆を食べて、生きていくようになっている。

人々が、此方を見る。

未だに、GOAには強い恐怖を感じている様子だ。まあ、無理もないだろう。このGOAは、威圧という要素を重視しているのだから。

彼らを一瞥だけして、歩く。

十五メートルに達する巨体が歩くと、やはり周囲に振動も生じる。首をすくめている子供が、何か呟いている。

神に祈っているのだろうか。

可能性はある。

実際、魔王と呼ばれたのだから。

基地に到着。

基地周辺も、緑に覆われていて。この豆の凄まじい繁殖能力は明らかだ。それでいて、自生している植物は侵害しないというのだから、不思議である。一体どういう仕組みなのか。

今、専門家が調べているそうだけれど。

まだ成果が上がっているとは、聞いていない。

コックピットから降りて、AIの調整班に作業を任せる。自身はスポーツドリンクを飲みながら、今の結果について参考で話を聞く。

スタッフは、めまぐるしく変わる。

これは、パイロット達が全く変わらない面子なのとは、好対照だ。

「リョウくんさ、次は最高速度で、どれだけ可変性を保って飛べるかを調べたいんだけれども、良いかな」

「分かりました」

飛行コースについて、説明を受けたあと。

軽くストレッチして、コックピットに戻る。すぐにブースターを噴かして浮き上がると。早速アフターバーナーを噴かす。

加速。

時速百キロ丁度で、維持。これ以上速度を出すと、バランサが対応していないため、大クラッシュの可能性がある。まあ、頭から砂漠に突っ込んだくらいで壊れるようなヤワな機体では無いけれど。

フルスピードである百二十キロを出すのは、まだ先だ。

アフターバーナーを噴かしながら、操作開始。

やはりかなり難しい。

ぐっと引っ張られる感じなのだ。そもそも、かなり強烈に押される印象があるのだけれど。

それに加えて、動かす度に、強烈な慣性が掛かる。

しばらく、飛行しながら、機動を変える。言われるままにGOAを動かした後、砂漠に着地。

砂漠には、強烈な跡が残っていた。

アフターバーナーを噴かした結果だろう。

これだけ、砂を一気に押しのける、と言うわけだ。

しかし。

豆は地面に食い込んで、平然としている。この砂漠の大地に根を下ろすこの豆は、どれだけ強靱な存在なのだろう。

食べてみようかと思った事はある。

他のパイロット達も、同じような印象を受けているそうだ。何しろ臭いが美味しそうで、実から根に到るまで、全てを食べる事が出来る。その上あらゆる栄養素をバランス良く含んでいて、どう調理しても美味しいというのだ。

だけれども、絶対に食べないようにと、念押しもされている。

まだどういう危険性があるか分からない、というのがその理由だ。実際問題、アンノウンが撒いているものなのだ。

兵士にどのような悪影響が出るか分からない以上、絶対に食べるなと指示が出るのは、当然の事だろう。

基地に戻る。

早速AIを調整し始める技術陣。

少し気になったので、聞いてみる。

「先発隊は、今日には出るんですか?」

「ああ、そうだよ。 君の同僚の蓮華ちゃん。 あの子がエース格として、まずは東欧の基地へと向かうそうだけれど。 向こうは何しろ、西側とは昔からの軋轢があるからなあ、肩身は狭いかもしれないな」

「そう、でしょうね」

ソ連の崩壊によって、冷戦は終わった。

しかしその傷跡は、まだ世界中に残っている。何も軍事的な紛争という形だけでは無い。政治的なものでもだ。

東アジアにある半島などは、その影響が未だに残っている。

そこだけでは無い。

世界中が、同じような影響を、未だに受け続けている部分があるのだ。

新国連は、結局の所、米国の影響が強い組織。特に現在、紛争地域の解決に強い力を発揮しているGOA部隊は、その傾向が強い。

東欧の人達から見れば、決して良い存在だとは思えないだろう。

亮は、最後の部隊で、此処を離れるという。

ちなみに、GOAを徒歩で移動させるそうだ。地形が厳しい場所に関しては、ブースターで飛行するそうだけれど。

「輸送機は使わないんですか?」

「燃料効率で考えると、GOAが直接歩いた方が安上がりなんだよ。 実際に作る時に掛かるコストとランニングコストを比較すると、その内GOAはエコ兵器としても注目を浴びるだろうって言われているんでね」

「……」

本当に、それだけか。

これは敢えてゆっくり移動することで、調整をするための時間を作っているのでは無いのだろうか。

何しろ、様々な軋轢がある場所だ。

その方が望ましいと、大佐が判断したとなれば。時間というメリットを捨ててまで、コストを優先させるのも分かる。

とりあえず、移動し始めると、テストは行いづらくなる。

今のうちに、作業は出来るだけやらなければならない。

 

二日が経過して。

大佐が本隊と一緒に、中東基地を離れた。

GOA301が出て行った分、MBTや歩兵戦闘車、それにGOA201や240が入ってくる。

ちなみにGOA101は、既に訓練機限定で運用されているそうだ。

GOAが戦線に投入されてから、もう一年近い。

逆に言えば、まだ一年だ。

それでもう時代遅れ扱いされているのだから、恐ろしい話である。

このまま行くと、GOAは恐竜的進化かという奴を遂げて、戦場の厄介者になるのだろうか。

分からない。

分かっているのはこの兵器が、テロリスト駆逐には最適と言って良いほどの存在だと言う事。

そして、現地の住民にはこれ以上も無いほど嫌われて。

怖れられる兵器だ、という事だ。

情報が入ってくる。

蓮華の部隊は、既にかなり先まで行っているという。各地の基地を経由して、物資を補給しながら、徒歩で。徒歩が無理な場所では、ブースターを噴かして飛行して。現地へと向かっているらしい。

現時点では、特にトラブルも起きていないそうだけれども。

やはり国境を越えるとき。

多くの民が、恐怖の視線を向けてくるそうだ。

今、基地に残っている部隊は、既に守りから攻めに出ている。と言っても、もう駆逐するような武装組織も無い。

インフラの整備や、治安の向上に向けて動いている、という事だ。

激しい戦いがあったインティアラも、復興が始まっていると聞いているし。此処の基地も、その内もっと利便性が良い場所に移されるのかもしれない。

今の時点では、少なくとも。

ローコストでハイリターンな警備が実現できていると、新国連は評価を得ているらしい。その結果、GOAに廻される予算も増える。

今はまだ、アンノウンには勝てないけれど。

このまま上手く行けば。

「今日の訓練は、高度試験だ」

「はい」

コックピットに乗り込む。

言われたとおり、ブースターで飛行最高地点に到達。其処から、ゆっくり動きながら、様々な起動を試す。

ヘリとの戦闘シミュレーションも、何度かやった。

ガルーダさんほどの相手を想定はしていないけれど。それでも、結構やれるようにはなってきた。

速度も防御力も上がったからだ。

高度を保つのは、主に偵察のため。

また、戦線がごちゃごちゃしたときに、一旦クールダウンを行う為もある。

滅多な事で撃墜されるようなことは無いけれども。

それでも、戦場では何が起きるか分からない。既にテロリスト達の中には、GOAを撃破する方法を、真面目に考え始めている連中もいるそうだ。

まあ、当然だろう。

これだけ散々蹂躙されれば、嫌でも対策を考えようとはする。そうしない奴は、生き残れないのだから。

基地に戻る。

サポートAIは、順調な仕上がりのようだ。かなり前倒しで進めることが出来ているという。

良かった。

胸をなで下ろしたくなる。GOA301は本当に調整が大変だったのだ。それを思い出す。そして、マイナーチェンジだから、ある程度楽なだけという現実も、どうしても身に突き刺さる。

「前より順調だな」

「ああ。 この様子なら、出立日までに、予定の行程は確実にクリアできそうだ」

「少し前倒しで、余分なテストもするか」

「いや、止めておこう。 蓮華くんとリョウくんの力量差を考えると、テストパイロットが不調になるのは好ましくない」

わいわいと、話をしているサポートAIのチーム。

もう、今日は良いのだろうか。

少し悩んだ末に聞いてみると。もう休むようにと言われた。それなら先に言って欲しいものだ。

自室に戻る。

この部屋も、数日で引き払う。

思い入れは無いけれど。腰を落ち着ける場所が無いのだと思うと、少し寂しくもあった。

ベッドで横になると。

疲れが押し寄せて、すぐに眠くなる。

体力はついてきているけれど。それでも、まだまだひ弱だったこと。それに基礎体力のなさ。

この二つは、克服できない。

起きて、トレーニングをして。

フリールームに出る。

パイロット達が殆ど入れ替わっていて。知っている顔が少ない。それが寂しい。テレビをなんと無しに見ると。

ニュースが入っていた。

蓮華たちの先発隊が、東欧近く、中央アジアの一国で、襲撃を受けたというのだ。

攻撃してきたのは地元の武装勢力。勿論不覚を取るような相手では無いのだけれど。しかし、被害が出た。

移動の際、装甲車十二両、ジープ三十両とともに行動していたらしいのだけれど。奇襲を受けて、GOA部隊が介入する前に、彼らの中に犠牲者が出た。

ロケットランチャーを喰らって、ジープ四両が粉々。

装甲車も一両やられたという。

死者は二十名。

これが、面倒な事態に発展している。

攻撃してきた武装勢力をGOA部隊が撃滅し。彼らの根拠地もその日のうちに叩き潰したそうなのだけれど。

これを内政干渉だと、政府が噛みついたらしいのだ。

現在、新国連の交渉チームが現地に向かっているそうなのだけれど。政府軍が出てきて、一触即発の状況。

後続の部隊も、続々と合流をしており。

下手をすると、新国連の治安維持軍と政府軍で、戦闘になりかねない状況だというのだ。

かなりヤバイ。

亮も、それに気付く。

これはひょっとすると、誰かが仕組んだ罠かもしれない。

GOAの所に向かうと。

かなり忙しい様子で、サポートAIチームが片付けをしていた。

「ああ、リョウくん」

「どうしたんですか」

「どうもこうもないよ。 此処を発つのを前倒しでと言われてね。 訓練はもう終わりだよ」

「!」

そうか、そうなるか。

すぐに、基地に残っていた十機のGOA301パイロット達が集められる。指揮官は、少佐の一人。ハリソンである。

無口で殆ど口を利かない少佐だけれど、腕は確かで。

インティアラでの決戦時も、撃墜されず最後まで残っていた。

「緊急で申し訳ないが、これからすぐに出立する」

「イエッサ!」

敬礼をすると、各自GOAに。

亮も、まだテストが終わっていないGOA350に乗り込む。

同時に、歩兵戦闘車両や装甲車も、合計二十両ほどが、この基地を出る準備を開始した。余程の催促が、前線から来たらしい。

急いで、出立する。

移動しながら、出来るテストはこなす。

それにしても、見ていると。

GOA301は、移動する際に、色々と問題が噴出するかもしれない。各パイロットはうまく動かしているけれど。

やはり、負担が大きいのが、目に見えて分かるのだ。

インティアラに移動したときは、輸送機を使った。しかし今回は。今までに無い長距離を歩くことになる。

「ハリソン少佐」

「何だ」

「休憩をこまめにいれるべきでは無いでしょうか」

「必要ない。 前線は今、かなり面倒な事になっている。 もたついていると、死者が増える可能性が高い」

とりつく島も無い。

しかし、ハリソン少佐が言う事も、正しいのは間違いない。亮はだから、それ以上何も言えなかった。

 

3、大いなる鉄網

 

さて、これで準備は整った。

プトレマイオスはほくそ笑む。

新国連の部隊の足止めをしたのは、勿論プトレマイオスだ。そして、アンノウンがどう動くかも。ほぼ完璧に予想した。

古今東西、あらゆる戦争のデータが手元にある。

そして、人間より大幅に強化されているプトレマイオスの頭脳があれば。相手がどう動くかくらいは、予想も容易い。

現在、アンノウンは確実にダメージを受けながら、西マーモット共和国を蹂躙している。

そのダメージまで管理されていると、気付いているだろうか。

投入した新型レールガンは、中帝から横流しされたものだ。米国も一枚岩では無い。そして、金に関してだけは優れている中帝は。横流しデータを、幾つも隠し持っていた。アレキサンドロスが管理していたものである。

今回は、それを参考に。

ロシア国内の工場で、レールガンを作成した。

試し撃ちだけはしてあったレールガンを、いきなり実戦投入するのは勇気が必要だったけれど。

死ぬ事は何ら怖くない同胞を用いたので、別に困る事も無かった。

そして、予想以上の破壊力を示したレールガンを。現在ロシアの国内工場で、量産している。

そして、西マーモット共和国では。

予定通り「援軍」として派遣した機甲師団が、プトレマイオスの予想通り動くアンノウンに対し、容赦なく攻撃を浴びせ続けていた。

反撃によるダメージも大きいけれど。

アンノウンが受けているダメージも、かなり大きい。

そして分かるのだ。

アンノウンは、何かしらの時間的制約を背負っている。だから、かなり無理して戦っている。

つまり、此方が強気に攻めれば攻めるほど。

相手の選択肢は、狭まる。

「総統閣下」

「どうした」

部下のハイデガーが、電話をもってくる。

ただでさえ薄暗い基地だ。携帯電話のモニタ画面が、蛍の光のように感じられる。

相手は、新国連の事務総長。

アンジェラでは無いのか。

何だろうと思って電話に出ると。開口一番に、いきなり踏み込んできた。

「中央アジアでの嫌がらせ、やめてくれないかね」

「何ですかいきなり」

「君達がやらせたことだと既に分かっている。 捕縛した工作員が、全て吐いたのでね」

「……ほう」

即座に分析開始。

そして、プトレマイオスは、口の端をつり上げていた。

「偽物だな、貴様」

「はあ? 何を言っているのかね」

「あのアンノウンの操縦者か?」

「……」

しばしの沈黙が続いて。

唐突に電話が切れた。

逆探知を掛けるけれど、途中で途切れてしまう。かなり良い装置を使っている。少なくとも、此処にある設備では、相手の特定は出来ない。

ただし、それが。アンノウンの中にいる奴の謀略だと、示してしまったも同然。

新国連の設備だったら、ハッキングくらい難しくないのだ。

実力があるというのも、時に困りものだ。

「アンノウンの様子は」

「現在、パーラル基地を攻撃中。 増加装甲は、かなり削り取られてきています」

「攻撃を集中。 動きを止めろ」

「はい」

機甲師団の攻撃は容赦がない。アンノウンも反撃してきているが、それでもそもそもの数が違う。

米軍でさえ、地上部隊では、旧ソにはかなわないと判断していた時期があったほどだ。もっとも、それほど長い時期では無かったけれど。

アンノウンがロシアに直接侵攻してくるつもりはおそらく無いだろうと、プトレマイオスは判断している。

単純にかなわないからだ。

中東での戦闘を分析する限り、アンノウンの戦闘力は、ロシア軍や米軍と本気でやり合ったら勝てない程度の代物でしか無い。

手段を選ばない相手には、かなりのダメージを受けているし。

アレキサンドロスが核を使ったときには、大ダメージを受けて撤退している。

つまりその程度の存在でしか無い、という事だ。

勿論現状は、此方も打てる手が限られているし。

何より、捕獲したいというのが最優先である。

パーラル基地に対して、機甲師団が集中砲火を浴びせる。内部にいる西マーモットの軍はどうでもいい。

基地ごと丸焼きだ。

この辺りの、人間に対する憐憫も呵責も無い様子は。プトレマイオスがアレキサンドロスと同類である事を示しているのは自覚しているが。

そもそも、人間に人間では無い存在として作られたのだ。

何の遠慮が必要だろうか。

「天候、一層悪化。 ヘリも近づくのが困難です」

「あの能力は厄介だが……まあいい。 少しばかり、技術の差という奴を見せてやるとするか」

科学技術の話では無い。

上空。

雲の更に上。積乱雲のその上に展開した爆撃機が、攻撃を開始。

世間的には存在しない、超高高度からの爆撃能力を有した機体だ。世間に公表されているスペックとは、別次元の能力を持つ機体である。

ただし、ロシア全土にも合計で四機しか配備されていないが。

勿論バンカーバスターも搭載できる。

アンノウンに、巨大な爆弾が直撃。

増加装甲が消し飛ぶのが見えた。

「そのまま上を取って、爆撃を……」

「アンノウンが何かを射出!」

「……すぐに爆撃機を退避させろ」

以前見せた、上空の戦闘機に腐食ガスを浴びせる兵器だろう。すぐに爆撃機が退避するが、それでもダメージを受けたという報告が入る。

そして積乱雲の上空には。

腐食ガスが漂い、戦闘機も爆撃機も突入は不可能な状態になった。

だが。これで。

アンノウンは、制空権を抑えていても、安心できない状態になった。あの対空腐食ガスも、そう弾があるとは思えない。

基地を蹂躙しつくしたアンノウンだが、既に満身創痍だ。

後奴が目的としている攻撃予想地点は、三カ所。

その三カ所を叩く前に。

勝負を付ける。

また通信が入る。

今度は、本物の新国連の事務総長からだ。おかしな事に、アンノウンに乗っている奴と、同じ事を言う。

思わずくつくつと、笑いそうになった。

だが、感情の制御くらいは、問題なくこなすことが出来る。

冷静に、反論する。

「恐らく、アンノウンによる工作活動によるものでしょう。 我が国の工作員など、そんな国には入り込んでいませんよ」

「何を根拠に」

「それでは」

悪辣なくらいが、人間世界での外交を上手に廻す事が出来る。

さて、どうなっている。

今度は通信が入る。

中央アジア、話題になっているブラネアス王国で。新国連の部隊が、動きを開始したというのだ。

政府に直接働きかけて、無理矢理此処を押し通ることを約束させたらしい。

恐らく、軍事力で脅しを掛けたのか、それとも。

ロシア軍は、今アンノウンに掛かりっきりで、援軍など来ないとでも言ったのか。両方かもしれない。

まあいい。

足止めが出来ただけで上出来だ。

機甲師団にアンノウンが突入。腐食ガスを撒きながら、蹴散らしに掛かる。戦車部隊は引き撃ちをするが、相手の方が早い。

最新鋭戦車が蹂躙されていく様子に、味方から悲鳴が上がっているのが分かった。

「バケモノ!」

「臆するな! 攻撃を続行!」

指揮官が乗っている車両が沈黙したのは、直後。

アンノウンに踏み砕かれたらしい。

しかも、指揮官が逃げ出す時間を作ってやる優しさだ。愚かしい奴。そう言うことをしているから、アレキサンドロスに彼処まで翻弄されるのだ。

「第三師団壊滅! アンノウンは突破し、クーガー基地に向かっています!」

「距離を保ったまま自走砲で削れ」

クーガー基地は混乱がひどい。兵士はそのまま逃げようとしている有様だ。

まあ、パーラル基地の末路を見たのだから、無理もないか。勿論戦力として、期待などしない。

西マーモットの首相が、連絡を入れてくる。

アレキサンドロスに、という体裁だ。

奴はまだ生きている事になっている。まあ、生きていると言えば生きているので、間違いではないか。

「いくら何でも無茶だ! 我が国の兵士達まで攻撃するのはやり過ぎだろう!」

「少々の犠牲は、大義のためには仕方が無い。 それだけですよ」

「やかましい! これ以上無茶をするなら、此方にも考えがある!」

乱暴に通信が切れる。

プトレマイオスは肩をすくめた。

こんな小国、それもロシアの衛星国の一つが。一体何の考えがあると言うのか。

クーガー基地が蹂躙され。逃げた兵士達の上空からも、無差別に腐食ガスが浴びせられる。

これを見ても分かるが。

やはり敵は、相当に焦っていると見て良い。

この辺りで、クールダウンを兼ねて、一旦距離を取るべきだろうからだ。そうしないということは。

「第二機甲師団、展開完了! 攻撃開始、何時でも出来ます!」

「引きつけてから攻撃を……」

「アンノウンロスト!」

「!」

通信が、潰される。

なるほど、どうやらたまりかねたらしい。

以前北アフリカの戦いで使った、インフラ破壊兵器だろう。高度なリンク機能を有している近年の機甲師団にとっては、もっとも面倒な手合いだ。

味方の配置も分からなくなる。

後は、現地の部隊に任せるしか無い、という事だ。

 

通信が復旧したのは、二時間後。

しかしその時には、さんさんたる有様となっていた。

距離がある自走砲は精密射撃も出来ず、各個撃破され。展開したばかりの第二機甲師団は、既に蹂躙された後。

アンノウンは撤退。

既に、西マーモットは、奴に蹂躙されつくした後だった。

しかし、激しい戦いで、奴のダメージは、相当な状態だったと報告も受けている。となると、しばらくは出てこないだろう。

西マーモットは捨て駒だ。

他の東欧諸国の兵備を今のうちに強化して、次に仕留めれば良い。別にロシア軍全体から見ても、今回は大した戦力を派遣したわけでも無かったのだから。まあ、プトレマイオスが把握している兵力としては、ほぼ全てだったのだが。残りは、これから把握していけばいい。

それに、アレキサンドロスの保有データと併せて。

今回の戦いで、ほぼアンノウンの実力は分かった。

まだ隠している兵器はあるようだけれども、攻防に関しての実力に関しては、これで充分だ。

潰せる。

それを判断できれば、いい。

後は、交渉をじっくりやっていけばいい。武力によって潰せることは分かったのだから。向こうも、それを思い知っただろう。

さて、部下の一人。

ヘラクレスに命じてやらせていた解析。

先ほど、苦し紛れにアンノウンがいれてきた通信の、詳細解析の結果が上がって来た。見ると、意外な結果である。

やはり、新国連から通信が来たとしか思えない。

新国連のGWサーバに侵入して、ログも解析してみたのだけれど。

普通に内部の通信装置から、連絡をしてきているとしか思えない、というのだ。

「これは本当にアンノウンからの通信なのでしょうか」

「間違いない。 それだけのスキルを持っている、という事だ」

「どうにも信じられません。 実際に新国連から通信が来た、ということなのではありませんか」

「その可能性は無い」

もしそうなら。

あの事務総長の通信が、説明できない。

ヘラクレスは図体の大きな男で、見るからに強そうなマッチョ体型なのだが。実際には、非常に気弱だ。

ちなみに神話のヘラクレスでは無く。他の強化クローン同様、学者からとられている名前である。ヘラクレイトスともいう。元のヘラクレスも陰気な思想家だったという話で、これはある意味正しいのかもしれないが。

すぐに、新国連に連絡を入れる。

中央アジアを無理に突破し、東欧の新国連基地に、続々と兵力が到着している。空軍は先に来ている。かなりの兵力が集結中だ。

GOA部隊と機甲師団が連携して、アンノウンに当たるつもりなのだろう。そして恐らくは。

新国連も、既にアンノウンの戦闘力を、正確に見きっていると判断して良いだろう。

そうなると、此処からは戦いでは無い。

貴重な資源の、奪い合いだ。

ただ、気になるのは。

そうなると、アンノウンが此処からどう動くか、分からない、という点だろう。大ダメージを与えてやった事は間違いない。

世界レベルのハッキング技術を使って攻めてくるのか。

或いは。もっと他の手を使ってくるのか。

中央アジアに出ていた部下の一人。ガリレオが戻ってくる。

色々と革新的なものを発見したガリレオにちなんで、頭脳強化型のクローンだ。プトレマイオスよりも、強化の比率は高い。

ちなみに、外観は頭のはげ上がった老人である。

これは恐らく、例の裁判のイメージが強いからだろう。

「どうだった」

「予定通りの足止めは完了しました。 新国連の戦力も見てきました」

「結果を」

「は。 新国連は地上ルートだけで、恐らく四個師団以上の機甲師団を動員してくるかと思います。 これに加えて、GOA301型が49機。 新型と思われるGOAが1機、此方に迫っています」

そうなると、少し前にバックドアから情報を入手した、GOA350がその一機と見て良いだろう。

形状を確認。

装備とブースターが変化しているが、それくらいだ。

マイナーチェンジモデル、というところだろう。基礎的な部分は、GOA301とあまり変わっていない。

ただ、ブースターの変更が気になる。

前から、GOA301はピーキーな機体だったことが分かっている。これ以上操作しづらくするのは、自殺行為ではあるまいか。

サポートAIの開発にかなり力を入れているようだが。

どうして、アフターバーナーに近い機構などを、搭載することを選択したのだろうか。

ひょっとすると。

戦闘データを引っ張り出してきて、見る。

それで納得した。

なるほど、まずは最高速度のアンノウンに追いつくのが目的だ。今回のマイナーチェンジは、その準備段階。

GOA350が動いている資料映像を、ガリレオから受け取る。確認した所、まだそれほど本格的にブースターを動かしていないらしい。むしろ、重心が変わったのを、どう上手に動かすか。

そういった基礎訓練の段階に見えた。

パイロットは、噂に聞く天才だろうけれど。

可哀想に。

これでは、恐らくまだ訓練が済んでいないだろう。下手をすると、その段階で。またアンノウンと戦わされる、ということだ。

まあ、他人の不幸。

というか、人間の不幸など、蜜の味以外の何物でも無いが。

少し、頭が糖を必要としてきた。

こればかりは。人間と変わらない脳の仕組みが腹立たしい。糖など無くても動くようにすれば良かったものを。

その場を部下達に任せて、席を立つ。

そして、奥にある休眠施設に向かった。

風呂などでは無い。

それはベッドになっていて、無数のチューブが周囲にある。これを体中に接続して横になることで、老廃物を排出し。栄養を無理矢理体内にねじ込むのだ。

休憩のたびに、全身を、針をねじ込むような痛みに襲われる。

だが、休憩が終わった後は。

非常にすっきりする。

痛いのは少しばかりいやだけれど。寝るのは時間のロスが大きいし、無駄に感じるので。この作業によって、さっさと無理矢理体を回復させるのが、一番だとプトレマイオスは思っていた。

しばらく、全身に響く痛みを、目を閉じて耐え抜く。

その過程で睡眠薬もいれられて。

気がつくと、眠っている。

目が覚めると。

全身の倦怠感も。疲労も全て、消えていた。

時間を見ると、二時間ほどが経過している。こうして、無駄なく時間を使えるのは、とても良いことだ。

さて、次の手を打つか。

チューブを全身から外しながら。

プトレマイオスは、さながら人間が浮かべるような。

狂気と殺意に満ちた笑みで、口元に三日月を作っていた。

 

4、限界

 

基地に到着。

ロシア軍の二個師団と真っ正面からやり合い。更に数は少なかったとはいえ、西マーモットの正規軍とも戦って。

そして、久々に、インフラ破壊兵器であるニュークリアジャマーや、対空腐食ガス弾まで使用して。

それでなお、増加装甲の95パーセントを喰い破られ。

本体にも甚大なダメージを受けて。

それで、ようやく基地に戻ってくることが出来た。

攻略目標は潰した。

だが、その代償は、あまりにも大きすぎた。プトレマイオスとやらの用兵は、明らかにアレキサンドロスよりも上。

苛烈で容赦がなく。

何より、遊びの部分が存在していなかった。

「ボロボロだな……」

マーカー博士が、禍大百足を降りて、見上げて。

それだけしか言えなかった。

機体の全体がすすけて、ダメージが甚大なのが、一目で分かる。最強を誇る本体装甲にも、明かな無視できない傷が多数出来ていた。

最新鋭戦車による猛攻。

上空からは。隙を見せれば叩き込んでくる大威力爆弾。

容赦なく投入してくる新兵器。

プトレマイオスは、恐らくまだロシア軍全てを掌握できてはいないだろう。逆に言うと、それでさえこの戦闘力だ。

世界二位の軍隊の実力。

その凄まじさ。

身をもって味合わされた事になる。

多国籍軍の時とも、また違う。あの時は、最新鋭兵器の数が限られていた。

今回はロシア軍の精鋭が相手だった。戦車にしても航空機にしても。いずれもが、世界で一線級として通じるものばかりだったのだ。

「すぐに修理を」

「分かりました」

スタッフが作業に取りかかる。

自室に戻ると。

ベッドに横になる。

頭を凄まじく酷使した。やらなければいけないことが、山ほどある事は分かっている。分かっているのだけれど。

頭が働いてくれない。

糖分を少しいれたくらいでは、どうにもならないだろう。

そして四時間が、一瞬で消し飛ぶ。

気絶するようにして、眠っていたらしい。

情けない話だった。身を起こそうにも、上手く行かない。それくらい、ダメージがひどかったという事だ。

ドアの向こう。

マーカー博士が来ている。

「ハーネット博士」

「何だ」

「重要な案件だ。 すぐに来て欲しい」

足音が、すぐに遠ざかっていった。舌打ちすると、無理矢理に体を引きずり起こして、現場に向かう。

大体見当はついている。

医務室に行くと。

ルナリエットが、もの凄く苦しそうに、寝台の上で呻いていた。

「限界です」

医師に、ぴしゃりと言われた。

既に能力の極限まで脳を酷使して。そして回復が全く追いついていない、というのだ。

このままだと、ルナリエットは死ぬだろう。

そう、医師も言う。

「このままでは、ルナリエットを禍大百足には乗せられません。 何かしら、現実的な対策をしてください」

「……分かった。 考えておく」

少し前から、無理が出ていたのだ。

禍大百足の運用にも。

操作しているルナリエットにも。

来るべき時が来た。

今回は、今までとは違う。

死という言葉が、医師の口から直接出た。それだけ状況が悪いことを意味している。

ベッドに寝かされているルナリエットは、バイタルが安定していない。今まで強大な敵と戦い続け。

なおかつ、無理がありすぎる禍大百足を動かしてきたのだ。

その無理がたたって、限界が来ただけ。

ただそれだけのことだ。だましだまし運用していたが、ついに対策をしなければならなくなった。

ドクターストップが掛かった以上、これ以上の負担は厳禁だ。

ルナリエットも、前々から調子が悪そうにしていたのだ。どちらにしても、潮時、だったのだろう。

此処にいる、結社の主要メンバーを集める。

私が状況を説明すると。

マーカー博士が、呻く。

「今はまだ何とかなっているが、アーシィもきつい。 このついでに、対策をしてしまいたい」

「何か案は無いか」

しばしの沈黙。

そんなものはない。あるとしたら。ルナリエットと同じ能力を持った子を増やす、くらいだろう。

しかし、である。

ただでさえ、この作戦が終わった後、生きていく場所などない子達だ。私やマーカー博士はいい。

他の結社メンバーも、覚悟を決めて来ている以上、異存はないはずだ。

だが、あの子達は。

生まれる場所も得られず。

そして生き方だって。

ただでさえ罪深い事を繰り返してきている状況だ。

毒をくらうなら、皿まで。

そういう言葉もある。

だが私は、最後の人間としての誇りを、投げ捨てるような真似はしたくない。人間だから、である。

「生体ユニット化は出来ませんか」

「お前をそうしてやろうか」

提案してきた結社のメンバーに即答。

黙り込むそいつは無視して、腕組みする。

このままだと、禍大百足は動かせない。ルナリエットはドクターストップが掛かっている状況。

ちなみに、しばらく休ませれば、また復帰は出来るらしいけれど。

医師に言われたとおり。解決策が出来るまでは、禍大百足は動かせない。

マーカー博士が、大きく嘆息した。

「俺とハーネット博士の記憶を移植したクローンを、起動しよう」

「……っ」

「もうどのみち、培養槽の中にはいるんだ。 記憶の移植をしている以上、まともな生活だって出来ない。 これは感傷の問題では無くて事実だ」

「そうだな」

分かっている。

だが、分かっているけれど、認められる事では無い。

机を叩く。

手が痛いけれど。今は、それどころじゃない。

「お前の案が一番現実的だと分かっている。 だが、私はまた、二人も地獄に落とそうとしているんだな」

「戦いのたびに、戦争ほどでは無いにしても、多数の命を奪っている。 元々我々が踏み込んだのは、そう言う場所だ」

「そうだな」

覚悟が足りていない。

マーカー博士はそう批判している。

分かっている。

私は、大きく嘆息した。そして、毒を喰らう事を決めた。

「ユナとマルガリアを起動してくれ」

「分かりました」

「二人に、ルナリエットの補助をして貰う。 これから操縦システムの根本改造を行うから、何人か手伝ってくれ」

今回はっきり分かったが。

東欧での作戦行動は、どのみち簡単にはいかない。

ロシア軍は次も出てくるだろう。そうなると、真っ正面からやり合うことになる。更に言えば、新国連のGOA部隊も、そろそろ性能が上がってくるはずだ。

まだ、新国連は、スーパービーンズを散布している真の目的に気付いていない様子だが、それも時間の問題だろう。

これから、厳しくなるのはわかりきっていたのだ。

それが、露呈しただけである。

装置の改良には、四日。

これは元々、私も分かっていたから。事前に設計は組んでいた。

どうせ禍大百足のダメージもひどいので、増加装甲や装甲の回復に、一週間はかかる。

その間にユナとマルガリアを起こして、装置を組み立てて。

そして起動して、試運転をして。

再出撃したい。

次に狙う東欧の国家は、三つほど候補があるけれど。ロシア軍の動きを見てから決めたいところだ。

電話が鳴る。

アーマットだ。面倒なときに掛けて来たものだ。

そして、話の内容は。

私が予想していた、その遙か上を行っていた。

「少しまずい事態になった」

「何があった」

「此方にプトレマイオスから連絡があった。 君が言っていた、例の奴だ。 アレキサンドロスを名乗っていたが、間違いないだろう」

そうか、ついに突き止めたか。

奴のことだ。

新国連にも、すぐにデータを流すだろう。

「しばらくは火消しに徹する。 各地の基地に備蓄している物資以外は動かせないから、そのつもりでいてくれたまえ」

「ああ、分かっているさ」

「東欧の戦況は良くない様子だな」

「ロシア軍と真正面からやりあっているんだ。 当たり前だろう」

何を今更。

分かった上で。

アーマットは、更に言う。

「予定より遅れているようだが、出来るだけ取り戻すようにしてくれたまえよ」

「分かっている! だがな……」

「連絡は以上だ」

通話が切れる。

役立たずが。

私は思わず、電話に吐き捨てていた。

えらそうにいうなら、監視をかいくぐって物資を寄越すくらいしてみろ。ただでさえ、難しい作戦だったのは最初から分かっているだろうに。

禍大百足を作るのに、此奴の力が必要だったのは事実だ。元はただの宇宙ステーションだったのだから。

だが、此奴はそれからも要求が大きすぎる。

作戦にも口を出してくるし、肝心なところで補給が届かない。

世界は、禍大百足を、脅威だと捉えている。

しかし、それも今の時点では、だ。禍大百足が置かれている実態がばれれば、一気に状況は悪化するだろう。

ましてや、東欧に仕掛けた今だ。

また通信が入る。

どうやら今度は、プトレマイオスらしい。

とはいっても、此処の正確な場所は、悟らせはしないが。

「苦労しているようですね、アンノウンの指揮官。 いや、ハーネット博士」

「要件は何だ」

「そろそろやめにしませんか?」

プトレマイオスが言うには。

アレキサンドロスを此方が潰したとき、ロシアも中帝も国内がガタガタになった。今動かせている軍勢は、把握できているうちの大半だという。

「とはいっても、時間を掛ければ、掌握は進みます。 しかしながらねえ、此方としても、軍を潰されるのは面白くない。 負ければそれなりに統制が難しくなりますからね」

「大した負け犬根性だ」

「私は人間では無いのでね。 現実的にものを考えるんですよ」

「……」

此奴も、話が間違っていなければ、ルナリエットやアーシィと同じ強化クローンだ。強化クローンと言っても、脳そのものは、人間と変わらない。勿論パワーアップはさせているが。

それでも、基本的な思考回路については、変わらないものなのだ。

此奴は、自分は人間とは違うと言う。

しかししゃべり方などを考慮するに、此奴は人間と変わらない。

アレキサンドロス同様傲慢で。

自分を人間以上の存在と、錯覚しているだけだ。

「で?」

「我々としても、これ以上やり合うと、あなた方を本気で潰さなければならなくなってくる。 そこで、我々と手を組みませんか。 我等と共同で作戦行動を取って欲しいのです」

「米国でも敵に回すつもりか?」

「まさか」

くつくつと、笑うプトレマイオス。

何だかいらだたしい奴だ。というか、そういう風に意図的に喋っているのだろう。此方を挑発して、正常な思考力を奪っているというわけだ。

此奴は人間を知ったつもりになっている。

実際、膨大なデータを蓄えているのだろう。

だが。

私は、此奴程度の思うとおりにはならない。

「あなた方が途上国で行う作戦は止めません。 ただし、ロシアの衛星国以外でやっていただければ、問題ありません。 我等は一切の干渉を辞めましょう」

「断る」

「悪い話では無いと思いますが」

「そもそもお前は大きな勘違いをしている。 我々は途上国を荒らし回っているわけでは無い」

通話を切る。

そして、相手の回線経路を確認。

最後まではたどれなかったが。

大体分かった。

しばらくは泳がせておく。

だが、それもしばらくだ。

アレキサンドロスを潰すことが出来た私に、お前を倒せないとでも思っているのか。うそぶくと、私は。

呼び声に応えて。

目を覚ましたクローン達の様子を見に行く事にした。

 

こわごわと此方を見ているのは、非常に幼い印象を受ける子供。

ユナである。

顔立ちなどは、ルナリエットやアーシィに似ているが。肉体年齢は調整が間に合わなかった事もあって十一歳。

私の記憶をうち込んであるから、それなりに頭脳行動は出来る筈だ。

長い髪の毛は足下まである。これは切ろうかと言ったら、このままが良いと言ったので、そうしている。

クローンにも個性は出るのだ。

それに対して、マルガリアは極端に無口だ。

長身で、私より頭半分は大きい。クローン四人の中で一番背が高い。

しらけたような目で周囲を見ている彼女には、マーカー博士の記憶と知識が入れ込んである。

それが原因かもしれない。

厭世観に満ちた性格が、表に出ている可能性は、低くない。

それにしても、ユナ。私の知識を受け継いでいながら、なんという貧弱なことか。

ちょっと苛立つくらいである。

「お前達を、本当は起こす気は無かった」

それは、罪そのものの行動。

我々の未来には、一片の光も無い。人類を宇宙進出させるための、強制的なカンフル剤だからだ。

禍大百足は。

宇宙開発を諦めた人類に対する鉄槌。

そして、尻を叩くための道具。

無茶な事は分かっている。

だが、こうしなければ、人類は滅ぶ。確実な未来だ。

「すまんな」

私が謝ると。

二人は、顔を見合わせる。

私は顎をしゃくると。

ついてくるように促した。

まずは。禍大百足の内部を案内する。そして、記憶がしっかり定着しているか確認する。その後は、試運転。

ルナリエット一人でやっていた運転を、これからは三人がかりでやってもらう。

それで、少しは負担も減るはず。

コックピットは現在調整中だ。メインコンソールは私が使う。そして操縦席には、真ん中にルナリエット。右にユナ。そして左にマルガリアが座り。操縦を補助することになる。

少し、試運転が必要だろう。いきなり動かして、上手く行くとも思えない。

それに、この子らの人生は、この時点で終わった。

無意味に終わらせないように。

少しでも、成功する可能性はあげなくてはならない。

「だいたいこんな所だ。 良いか」

無言で頷く二人。

二人とも、方向性は違うが、どちらも無口だ。

私は幼い頃、周囲からどう見えていたのだろう。こんな風に見えていたのだろうか。ユナを見ると、そんな事を思う。

だが、昔は天使みたいな笑みを浮かべていたとか言われているから。或いは、違うのかもしれない。

「よし、休憩してこい。 私は、作業を詰める」

二人がいなくなると。私は。

自分の拳を、コンソールに叩き付けていた。

許しがたい悪。

そして、地獄に落ちるとしたら、その最深部だろう。

私は自分が大嫌いだが。

それが改善することは一生無いだろう。

そう思った。

 

(続)