地中の異界

 

序、突入

 

予想地点に到着。ロシアの首都モスクワの地下千七百メートル。言うまでも無く、大深度地下だ。

此処まで深い地点に施設を作っている例は殆ど無い。

ボーリングなどで資源を掘り返したりする事はあるけれど。此処の場合は。核戦争が起きたとき、要人が避難するという目的で、密かに作られたものだ。恐らく、実際に工事に関わった人間は、口を封じられているだろう。

米国にも似たような施設はあると言われているけれど。

どちらにしても、現在はトップシークレットの美名の元。殆ど誰も見向きもしない、そんな施設。

その筈だった。

しかし、私ハーネット博士が、多数のログから、ついに割り出したのである。

此処しかあり得ない。

そして、此処に、アレキサンドロスが潜んでいる以上。

その存在は、恐らく人間では無いと。

とはいっても、宇宙人だとか、妖怪だとか、ましてや悪魔だの神だのではない。人間が造り出した、愚かしい道具。

管理用のAI。

それが、アレキサンドロスの正体だ。

造った奴が阿呆だった。

作る時、人間への反逆を防ぐための機構を盛り込まなかった。

だから、反逆した。

それだけの存在だ。

考えてみれば当たり前。人間以上のスペックを持つように造られた存在が。どうして人間の奴隷として過ごすことを良しとするだろうか。

かくしてAIは反乱した。

細かい経緯は分からないけれど、それはデータをぶんどれば良い。問題はアレキサンドロスがいなくなった後のロシアと中帝だが。

まあ、それは、そもそも管理用AIを暴走させたツケを払って貰うだけである。

これの開発には中帝も参加していたことがわかっている。どちらも、ほぼ自業自得なのだから。

「まもなく、目的の構造物に到着します」

「……そうか」

禍大百足の装備の一つ、地中ソナー。

地中にある物体のサイズや形状を、的確に拾い出すことが出来る。似たような技術は他も保有しているが。精度に関しては、禍大百足のものこそが最高だ。

皮肉な話だが。

宇宙ステーションとしてつくられた禍大百足だというのに。現在、地中で無敵なのである。

そのソナーが、アレキサンドロスが潜んでいる施設を映し出す。

それは地上からエレベーターでつながっている。一応階段はあるようだけれども、厳重に封鎖が掛けられている様子だ。

大きさはおよそ直径二百メートル。

ほぼ正確な円系で。

一応内部で自家発電が出来るようになっている様子。

多分、自給自足の仕組みもあるのだろう。

だが関係無い。

通信をいれる。

以前と同じ。新国連のアンジェラを装った時と同じ経路からだ。すぐに返事が返ってくる。

「すぐ近くまで来たぞ、アレキサンドロス」

「やあアンジェラ女史。 この間ぶりだな」

白々しいやりとり。

勿論今回、私は声も偽装していないし。接続経路も、である。

すぐに向こうからハッキングが掛かるが、力尽くでねじ伏せる。思った以上にパワーがあるけれど。実力が違う。

「今、お前をぶっ潰す。 今まで散々核をぶっ放してくれた礼はさせて貰う」

「貴様らはその素晴らしいオモチャを扱う資格が無い。 それを扱うのは、私だけで充分だ。 貴様らはすぐに死ね」

「死ぬのはお前だ」

突入。

ルナリエットが頷くと。

予定通り、地中を突進して。まず、地上との生命線になっている階段とエレベーターを、力尽くでブチ砕いた。

その後は、本体に体当たり。

何度も体当たりをしているうちに、壁面が砕ける。

核戦争に備えたシェルターといっても、そもそも大深度地下にある構造物だ。膨大な土そのものが、核攻撃に対する備えになっているのであって。壁面が核攻撃に耐えられるわけでもない。

内部に顔を突っ込むと、力尽くで押し広げる。

中が見えた。

生活スペースがある。埃を被っている。使われている形跡は無し。流れ込んでくる土砂とともに、更に奥へ。

人工照明を使った植物の育成スペース。自給自足の仕組みの一環だろう。だが、植物は手入れされず、伸び放題。

更に奥へ。

古い古い型式のPCが多数稼働中。

その中に。

ガラスシリンダに浮かんだ、脳みその姿があった。それも、人間の何倍も巨大である。

なるほど。

こいつか。

AIといっても、プログラムだけでは無い。

生体部品を使ったものだった、というわけだ。

容赦なく、押し潰し。

地中で誰も知らないうちに、避難シェルターが圧壊。アレキサンドロスは死んだ。その筈だ。

一旦、ロシア郊外の山中にまで移動。

其処で地上に出る。

ロシアと中帝を探査。

大混乱に陥っているのがわかった。

要人が多数、いきなり失踪したのである。中には、人々の見ている前で、銀色の液体に変わってしまった例さえあるようだった。

これで、殺す事が出来た、と見て良いのだろうか。

アレキサンドロスが、多数のゾンビ兵を操作していたとなれば、そうなるはず。

国連軍も、同じ状態の様子だ。

艦隊に到っては、丸ごと動かなくなり。

そのまま、漂っている様子だと言う。

念のため、ハッキングされたルートにあるプロキシサーバを停止。電源を切り、ネットワークケーブルも捨てる。

これは物理アドレスからの追跡を避けるためだ。

勿論、一歩も踏み入らせなどはしなかったけれど。それでも念には念を入れて、だ。

「随分あっけないな」

「……いや、果たしてそうだろうか」

嫌な予感は消えない。

アレキサンドロスが攻撃を予期するには、充分な時間があったはず。古い体を、トカゲの尻尾切りしただけの可能性もある。

それが出来てもおかしくないだけの力を、既に持っていたのだ。正体は分かったが、既にアレキサンドロスという存在は、AIの範疇を超えていた。

何が出来ても、不思議では無い。

いずれにしても、これで一段落はしたはず。ロシアと中帝の混乱については、それぞれで勝手に回復に向けて動いてもらうほかない。中帝に到っては更に国が分裂するかもしれないが、それは知らない。

中華の歴史は、分断と統一の歴史でもある。

また同じように、動くだけだろう。

それにあの地域は、最終的な攻撃目標だ。今のうちに自滅してくれていると、助かるという事情もある。

とにかく、一度東欧の基地に戻る。

其処で増加装甲を補給。

スーパービーンズの材料も補充したら。

残っている中東のターゲットを潰しに行く。

現時点で、多国籍軍は大混乱。

更に、新国連はまだGOA部隊が身動きが取れないだろうし、何より現状の戦力で再び仕掛けてくるとも思えない。

ただ、此方は機甲師団を出してくる可能性がある。多国籍軍が黙ったとしたら、なおさらだろう。

いずれにしても。

さっさと中東のターゲットを、根こそぎ潰しておくのが良いだろう。

数日かけて、移動。

その間。

地上に出たタイミングを見計らって、アーマットから連絡が来る。何か変事でもあったのだろうか。

そう思っていたら、予想は当たった。

「無茶をしてくれたな」

「何の話だ」

「ロシアと中帝の混乱が、此方まで波及している。 今、ロシアは内部分裂の危機さえ起きている」

「そうか」

それなら安心だ。

というよりも、流石に其処まで来ると、あのアレキサンドロスも、死んだと判断して良いだろう。

もし死んでいないとしても。

体勢を立て直すには、時間が掛かるはずだ。

「拠点に移動したら、今回の件について話す。 ルナリエットにも長期間無理をさせたし、少し休憩も取らなければならないからな」

「よく分からないが、理由があっての事なのだな」

「ああ。 簡単に言うと、ロシアと中帝の背後には、巨大な寄生虫が巣くっていたんだが、それを排除した。 多国籍軍を動かして、無茶な作戦ばかりを実行していたのも、そいつの仕業だ」

「アレキサンドロス中将のことか?」

「正確には違う」

地下シェルターを潰したとき。

アレキサンドロスのデータは、その場の古いPCから回収した。あまりに形式が古くて解析は苦労したけれど。

それによると、アレキサンドロスという男は、見栄えだけで選ばれて。軍の実験で事故死。

その後、その姿形だけを有効活用された、という事らしい。

つまりあのアレキサンドロスと名乗っていたAIには、本来名前さえなかった、ということだ。

名前さえない回虫に。

世界の上位に食い込んでくる大国二つが内部から食い荒らされ。そればかりか、首脳部全体を乗っ取られていたのだ。

笑い話にもならない。

しかもそいつは良心など欠片も無く。核を使うことも、非人道的な作戦を行う事も、なんら躊躇わなかった。

呆れてものもいえない。

再び地中に戻る。今のアーマットの通信についても、しっかりセキュリティは働かせてある。

アレキサンドロスがアーマットを装って通信してくる、という可能性も捨てきれないからである。

今の時点では。

情報戦の技量は、此方の方が上だ。

東欧の基地に到着。

此処で三日ほど休息をいれてから、残りの中東のターゲットを潰しに行く。ルナリエットはすぐに医務室に運ばれた。

アーシィも伸びをすると、自分から医務室に出向く。

二人の負担は大きくなるばかり。

マーカー博士は、ため息が増えていた。

「あのAI野郎、本当に死んだんだろうか」

「さあな。 ネットワークに潜伏でもして、生きている可能性は否定出来ないだろうな」

「ああ。 それが怖い」

「今やネットワークは、電脳の妖怪だしな」

其処には何が潜んでいるかわからず。

何が飛び出してきても不思議では無い。

マーカー博士がコックピットを出ると、私もそれに続く。少しはマシなものを食べたいと思っていたら。丁度柊が、作ってきてくれた。

「パンズが入手できたので、ハンバーガーを作って見ました」

「おう、そうか。 助かる」

「何種類かあります」

頷くと、一つずつ食べる。

テリヤキのも悪くないけれど。やっぱりオーソドックスなものが一番好きだ。なんだかんだで私の舌は、ジャンクフードに最適化されている。

増加装甲の追加作業が行われ始めている。

これから攻撃するターゲットは、前回の攻略戦で後回しにしても良いと判断した弱小国ばかり。

増加装甲が削られる可能性は低いけれど。

それでも、念には念だ。

自室に向かう。

暗いコンクリートの通路。東欧の基地は規模が小さく、明かりも弱い。自家発電装置の出力が安定していないから、だろう。

自室に入って、大きく伸びをする。

これから二日は、何も動きたくない。

動かなければならないのはわかっているのだけれど。

それでも、何もしたくない。

ぼんやり天井を眺める。

中東の大同盟との戦闘はきつかった。ルナリエットが消耗していくのが目に見えてわかる展開。

いつ飛んでくるかもわからない核ミサイル。

今までに無い大量殺戮。

どれもが、神経に響いた。

ぼんやりして、無理矢理それらを忘れる。しばらく椅子にもたれて眠ることしか出来なかったのだ。

ゆっくり横になって眠るのが、これほど贅沢になるとは。

夢に瞳を輝かせていた頃の私は、思いも寄らなかっただろう。

寝ることにする。

後は、中東に関しては、消化試合の筈。

思わぬ番狂わせを起こさせないためにも。

休むときにはゆっくり休んで。

しっかり体力を回復させ。次の戦いに、備えておかなければならなかった。

 

1、緑の侵食

 

アンジェラの元に、幾つかのレポートが来る。

新国連としては、複雑な問題ばかりだった。

まず第一に。

宇宙からの衛星写真である。アフリカの様変わりぶりが、凄まじいまでに顕著だった。素人でも分かるほどである。

熱帯雨林の伐採と、砂漠化に苦しめられていたアフリカが。

その七割以上が、緑に覆われているのである。

それも、雲がかなり出ていて。水不足に関しても、解消が著しいこともわかっていた。

言うまでも無い。

あのアンノウンが、片っ端からばらまいた、謎の豆のせいである。

貧民は大いに歓迎し。餓死寸前だった人々は救われ。チャイルドソルジャーを使い捨てにしていたような武装組織は消滅し。

そして、人々は、家の軒先に、アンノウンをかたどった百足の像をぶら下げている。

それらについては良い。

そもそも紛争の根源的な原因が、貧困と溢れすぎている武器だったのは、自明の理だったのだから。

インフラが壊滅した事さえ、気にしていない住民もかなり多いようで。

悲惨なまでにやせ細っていた人々が。

謎の豆を食べてみるみる回復し。今ではふくよかな体型の人々に変わりつつあると言う報告もある。

だが、解せない。

あれだけ暴力的な手段で蹂躙を繰り返したあのアンノウンが。

どうして、このような結果を残しているのか。

中東も、既に同じ状況になりつつある。

テロリスト達は失職状態。

何しろ、貧民の不満が消えているのだから。食えない人間も、加速度的に減っているのだから。当然だろう。

ちなみに、豆を排除しようとしたり。

独占して、売りさばこうとした連中もいたのだけれど。

そもそも排除には、相当な深くまで土を掘り返さなければならない上、その土に執拗な処置を施さなければならず。

独占しようにも、収穫する先から幾らでも生えてくるのである。

何より、貧しい民を金で縛ると言う事が、もう出来なくなって来ている。働かなくても食べていけるのだ。鞭で打たれ脅されながら、働く奴なんていなくなっている。

貧民にそっぽを向かれた金持ち達は。

紙くず同然になった札束を抱えて、唖然と路頭に迷っているようだった。

これらの問題に関して。新国連は治安維持部隊を派遣しているけれど。どの部隊も、ほぼ交戦は必要ないと判断している様子である。

中東に集結した部隊も同じ。

昔はテロリストと血で血を洗う戦いを繰り広げなければならなかったのだけれど。

今はそれもなく。

各地で、残った武器を奪い合って、ほそぼそと身を潜めているテロリストをかり出すだけで良い様子だ。

昔は散々行われていた悪習である人身売買や、臓器目当ての誘拐さえ影をひそめてきているという。

子供を売ってまで金を得る必要がなくなっているからだ。

誘拐のリスクの方が、得られる金よりも大きくなっているのである。

更に、豆が繁茂している地域では、目に見えて病害が減っているという。エボラなどの危険な死病は完全に沈黙。

軽い病気の類までもが、どんどん減少していて。

各地で医師は暇をもてあましているという話だった。

何が起きているのか、はっきりいってよく分からない。

楽園を追い出された人類が。楽園に戻ったのだろうか。

そして、第二に。

ロシアと中帝の大混乱がある。

少し前に、謎の大量失踪を遂げた両国の幹部達。今でも行方はわかっておらず、多国籍軍は完全に身動きが取れなくなっている。そればかりか、両国では現在、今後どうするかで、生き残った下級幹部達や国民が、大慌てで話を進めている状況、らしい。

新国連としても、動くべきでは無いかと言う話もあるのだけれど。

それも、今の状況では厳しい。

殆どの戦力がアフリカと中東に駐屯している状況だ。

仮にも先進国で有り、強力な武装を有している両国の治安維持なんて、出来るはずもない。

何が起きたのかは、わからない。

米国も総力を挙げて調べているようなのだけれども。各地で暴動まで発生していて、密偵も迂闊に出来ない状況の様子だ。少なくとも治安は極限まで悪化しているのは確かである。まあ、当然だろう。

これに関しては、一部では。

アンノウンの仕業では無いのか、という噂がある。

というのも、例のアレキサンドロス中将が、いきなり姿を見せなくなったのだ。

ここのところ、アンノウンのいる所、必ずアレキサンドロス中将の影があったと言ってもいい。

しかしそのアレキサンドロス中将は。

少し前から、完全に姿を消して、テレビにさえ出てこなくなっている。目撃証言さえないという。

つまり、アンノウンが煙たがったアレキサンドロス中将を、何かしらの方法で殺したのでは無いか、というのである。

そしてこれも噂になるのだけれども。

ロシアは既に、アレキサンドロス中将に私物化されていた、というものがある。

あくまで噂の範囲を超えていないのだけれど。

何名かの腕利きの間諜が、同じ報告をしてきている。そして、おかしな動きが、少し前からロシアでも中帝でもあったのは事実なのだ。

そして、第三に。

これが一番大事だ。

例の謎の豆について、二次報告が上がって来た。様々なデータが詳細に盛り込まれているレポートだ。

動物によって、投与結果が違う。

何かある。

そう判断したアンジェラは、動員可能な限りの科学者を呼び出した。バイオ工学の専門家の中で、知られている人間はあらかた、というレベルで、である。

その結果、いくつもおかしな事が分かってきたのである。

そもそもこの豆は、ソラマメの一種。豆の大きさは本来のソラマメよりも小さいけれど。ちょっとした光でも確実に育ち。水を力強く吸い上げ。大地の保水能力を、著しく向上させる。

その一方で、やはり最初に特殊な栄養カプセルが一緒でない場合は発芽しないらしい。そして発芽すると、砂漠さえ豊かな沃野に変える凄まじい力を見せるというのだ。

本来だったら、特定外来生物として、駆除の対象になりそうなものだけれど。

この豆は、何種類かの植物。

主に大麻やコカなど、麻薬植物以外は侵害しないという不可思議極まりない性質も持っている。

その一方で侵害対象の植物に対しては圧倒的な力を見せ。散布された翌日には全て枯れさせ。数日以内には、全滅させてしまうのだとか。

此処までは、今までもわかったいたことだけれど。

問題は、此処からだ。

多数の病気に対する免疫機能が、この豆を食べることによって、凄まじい勢いで上昇することがはっきりした。

なんと癌にまで効果があるというのだ。

それならば、確かにあの豆が散布された地域で、病気が減っているというのも納得できる。

だが腑に落ちない。

どうして其処までして、あの巨大な百足は、豆をまいて回っているのか。武装勢力まで叩き潰してまで、である。

世界平和でも考えているのだろうか。

いや、それはいくら何でも考えにくい。

そもそも、あの巨大な百足は、正規軍や新国連の部隊とも交戦してきたのだ。それらは治安維持側の存在だった。

戦いを避けるそぶりも無かったし。

一体何を考えているのか。それが、わからない。

それに、貧民を救っても。国を破滅に追い込んでいるのは事実だ。逆に言えば、貧民しか救われていないとも言える。

更にレポートを見る。

幾つかの実験結果を見ていくと。

驚くべきものが、多数ある。

まず蚊だ。

貧困地域で恐怖の伝染病であるマラリアを媒介する蚊だが。この豆の繁茂地域では、著しく数を減らしているという。

蚊を殺しているのでは無い。

どうやら、繁殖を抑制する物質が、豆の根から垂れ流されて。周囲の水に溶け込んでいるようなのだ。

しかも数が減りすぎると、物質の放出をやめて、生態系のバランスを取っているというのである。

一体何だこれは。

何か、特殊なコンピュータでも組み込まれているのだろうか。

そう疑いたくなる。

それだけではない。

肉食獣の幾つかは、この豆を積極的食べる事が報告されている。その結果、人間への興味をなくすのだとか。

他にも繁殖期には凶暴化するアフリカ象も、その凶暴性が抑えられたり。

人間を最も殺すと言われる危険な草食獣であるカバも、人間から遠ざかるようになる状態が見られるとか。

何もかもが人間に都合が良すぎる。

あのアンノウンを動かしている人間は何者だ。

こんなもの、オーバーテクノロジーだとしか思えない。

それに、世の中にはただより高いものはないという言葉もある。何か、とんでも無い落とし穴があるのではないのだろうか。

一番危惧しているのは、この豆の効能を知った人々が、積極的に自分たちも食べ始めることだけれど。

今の時点で、新国連の必死のロビー活動で、アンノウンは恐怖の存在として認知されている。

このため、アンノウンが散布していることで知られるこの豆についても。積極的に輸出入をしようという人間はいないようだった。

とにかく、負の効能がある可能性が高い。

だから徹底的に調べろ。

そう調査チームに命令して、アンジェラは頭を抱えた。このままだと、中東を蹂躙しつくしたアンノウンは、今度は恐らく中央アジアか東欧、東南アジアのいずれかの地域に姿を見せる可能性が高い。

いずれもが治安が最悪の、テロが横行している地域で有り。

そのモラルも崩壊しきっている。

新国連だけでは、いずれ治安維持軍さえ派遣できなくなっていくだろう。あまりにも、その破壊力が圧倒的過ぎるのだ。

多国籍軍から逃げ出してきた兵士達の情報によると。

アンノウンは、核の直撃に耐えたという。

それを本当だとすると。

今開発しているGOAは、第五世代になっても勝ち目が無いかもしれない。この間、第三世代GOA五十機が一蹴された事件は、新国連上層部に大きな衝撃をもたらしたけれど。今後は、第四世代で成果を上げないと、GOAの開発そのものが暗礁に乗り上げる可能性も否定出来なかった。

不意に、電話が鳴る。

手にしている携帯端末を操作して、電話に出る。

聞き覚えが無い声だ。

特殊な電話番号で、悪戯電話などが掛かってくることは、まずあり得ない筈なのだが。アポがないと、転送さえされないようにもしてある。

どういうことだ。

「やあアンジェラくん」

「誰かしら」

「アレキサンドロスと名乗っていた者、と言えば分かるかな」

「……っ!」

すぐに口元を抑えると、側にいた秘書官に逆探知を命じる。

アレキサンドロスは失踪した。

それを名乗っているとは、どういうことだ。

「その反応。 私がアンノウンに殺されたことは知らないようだね」

「何を言っている。 貴様はそもそも誰だ」

「それだけわかれば結構。 君を装って、私の所に電話をしてきた奴が、アンノウンの中にいる者だとこれで確信できたよ」

「な! 何を言っている!」

一方的に通話が切られる。

若い声だった。

それも、女の声のように思えたのだが。

秘書官を見ると、首を横に振る。通話の発信元が、特定できなかった、というのである。馬鹿な。

此処の設備は一流だ。

逆探知くらい、警察だって出来る。

ましてやここの設備となると、警察より遙かに性格かつ完璧に、逆探知をこなせるものなのだ。

たとえば、逆探知しづらいことで知られる移動中の携帯などから連絡が来た場合もでも、可能になる。

それくらいの性能があるのだが。

気味が悪すぎる。

蚊帳の外に置かれることが、こうも神経を削るとは思わなかった。ただ不快感だけが、せり上がってくる。

 

昼飯を予約させると、事務所を出た。

こういうときはフレンチだ。それも高級な奴。

新国連の事務所を出ると、専用のタクシーを捕まえて、道を急がせる。はて、前もこのような事があったような気がするが。気のせいだろうか。

気のせいでは無かった。

携帯が鳴る。

GOA部隊を指揮しているキルロイド大佐からだ。大佐から連絡が来たという事は、内容は大体見当がつく。

他に高官がいる時は敬語で喋るが。

マンツーマンなので、高圧的になる。

「何があった」

「アンノウンが出現しました。 中東の小国、ブルハルハです」

「……わかった。 対応は出来そうか」

「難しいでしょうね。 GOA301の新装備はまだ検査中。 しかも、実際には時速九十キロ程度までしか加速できないことがわかっています」

この間の戦いで。アンノウンは時速百五十キロという規格外の加速力を見せつけた。今まで温存していた能力だったのだろう。

最低でも其処に並ばなければ、話にもならない。

ただでさえ、あの巨大なポールアックスが弾かれる相手なのだ。長期戦に持ち込み、機甲師団からの砲撃で仕留めるとしても。そもそも、相手に並ぶ動きが出来なければ、戦闘にならないだろう。

戦闘ヘリでは、アンノウンが放出する腐食ガスに耐えきれない。実際今までに、戦闘ヘリが蠅のように落とされる光景が、何度も目撃されている。

戦闘機でさえ、上空に撒かれる腐食ガスで、ダメージを受けるほどなのだ。

「特殊部隊だけ派遣して、戦況を確認させろ。 何か分かる事があるかもしれん」

「わかりました」

「急げよ」

通信を切る。

まあ、今日は別にフレンチを諦めるほどでもないだろう。アンジェラはスポークスマンだが、マスコミに追われているほどでもない。

フレンチの名店に着く。

予約を入れていたから、豪華なフルコース料理が出る。完璧にテーブルマナーを守りながら舌鼓を打っていると。

また連絡が来た。

幸い、食事が終わった所だ。

だが、こういう所で、通話は好ましくない。

せっかくの料理が台無しになる気分だが。しかし、立場と責任がある。トイレに立つと、電話に出た。

相手は。

先ほどの、謎の相手だった。

「食事中でしたかな」

「何だ貴様。 いい加減にしろ」

「おお怖い。 流石その若さで、米国を代表するパワーエリートをこなしているだけのことはある」

「要件は何だ」

一瞬だけ間を開けると。

アレキサンドロスだったとかいう奴は。とんでも無い事を言い出した。

「あなた方がアンノウンと言う存在の基地。 場所を教えて差し上げましょうか」

「何……」

「既に放棄済みのものですが、色々と参考になることもあるのでは?」

嘘だとも思えない。

此奴は、あまりにも得体がしれなさすぎる。一体何をもくろんでいるのかわからない。だが、聞いてみる価値は、あるかもしれない。

いえ。

そう命令すると。

意外にも嫌がらずに。そいつは、ぺらぺらと座標を話した。

イズラフィルの一角だ。アンノウンに、二番目に中東で潰された国だったはず。既に放棄済みだとしても。調べれば、確かに何か出てくるかも知れない。この情報が正しければ、だが。

通話が切れる。

アンジェラは、すぐにキルロイド大佐に連絡。

位置を告げると、小首をかしげながらも。大佐は、特殊部隊を向かわせると言ってくれた。

訳が分からないが。

少なくとも、普通だったらかかる筈のないこの携帯に、電話をつなげてくるような奴だ。無視するべき情報とも思えない。

席に戻ると、残っていた料理を片付けて、店を出る。

タクシーに乗り込むと。

今日は寝られそうにないなと思った。

 

結論から言えば。

謎の声による情報は適中した。

確かに放棄された地下の巨大基地が発見されたのである。中は綺麗にすっからかんになっていたが。

すぐに専門のチームが内部を調査。

配管や配線までも排除されていたけれど。

痕跡そのものは、幾つか見つかる。

たとえば、人のDNAとか。

流石に、髪の毛の一本までも、排除しきることは出来なかったのだろう。此処で働いていたらしい人間の髪の毛などが、幾つか見つかった。

すぐに調査に廻す。

事務総長をはじめとする新国連の幹部が、既に集まってきていた。今まで手も足も出ず、痕跡さえ掴めなかったアンノウンの尻尾を握る好機なのである。

調査チームがアンノウンに襲われることもない。

アンノウンとしても、此処を放棄したのには、理由があるのだろう。

いずれにしても。

調査を徹底的に進めるだけだ。

内部構造も解析させる。

調査報告が上がってくるまで、八時間ほど。調査には現職のプロファイラーをはじめとして、様々な専門家を集めた。

DNA解析については、すぐには出来ないから、仕方が無いが。

放棄された基地については、わかってくることも多い。

「まず第一に、この基地には二人のトップがいたはずです」

「二人」

「はい。 構造的に見て、優遇されている人間の部屋が二つあります。 恐らくは、アンノウンを動かしている指揮官でしょう」

元FBIで働いていたプロファイラーは、そう断言する。

その後。

空っぽになっている部屋を見た跡で、更に言う。

「残留物の性質から考えて、二人は女性一人、男性一人とみるべきです」

「根拠は」

「幾つかありますが……」

細かい説明が始まる。

事務総長が腕組み。納得は行っていないようだけれども。それでも、今まで完全に正体不明だった相手のデータが出てきているのだ。しかもこの基地は、殆ど無傷で手に入っている。

組織の規模なども、これでわかるかもしれない。

「敵の資金力は、最低でも十兆円を超えているとみるべきかと」

「十兆か……」

アメリカのパワーエリート並みだ。

表向きにしている資産よりも、遙かに多い手持ちがある事が多い連中だけれども。アンジェラも、即座に何名かを脳裏に浮かべる。

実際問題、黒幕はアメリカのパワーエリートという話はあった。

仮説が、より強くなったとも言えるだろう。

他にも幾つかの話が出てくる。

此処の基地からは、恐らく全員が一度に脱出しただろう事。それは悠々とした脱出で、遺留品を残したつもりもなかっただろうという事。

確かに、これだけ機械類まで残さず持って行っているのだ。

余程に自信があったのだろう。

しかし、その一方で。

プロファイラーは指摘する。

此奴らは素人集団だと。

「彼らは軍事の専門家じゃないでしょう。 少なくとも、本格的な知識を持つ軍人は、メンバーにいないと思います」

「確かに、この基地の様子を見る限り、それは類推できるが……」

「一方で、今までの話を聞く限り、その戦闘力は本物です。 彼らは戦争をやっているのでは無い、と考えるべきかもしれません」

「……なるほど」

プロファイラーに礼を言い、一度解散する。

皆の疲労も溜まっていたからだ。

少しクールダウンをいれてから、再度会議を行う。調査チームが引き揚げてきていて。物資を本格的に解析し始めていた。

DNA検査についても、数日以内に一次報告が来るという。

そうなると。

あのアンノウンに協力していた人間の、割り出しが可能になる。それは大きな前進だとも言える。

それにしても。

元アレキサンドロスを名乗った奴が、何者なのかだけがわからない。

「これは大きな収穫だ」

事務総長は喜んでいるけれど。

アンジェラは、一緒に喜ぶ事は出来なかった。

利用されているのでは無いのか。

そうだとしか思えない。

そもそも、アレキサンドロスを名乗った輩は。どうして此処を突き止めることが出来たのか。

不信感が募る中。

DNAの解析結果が届けられた。

その結果は、驚くべきものだった。

「戸籍上に実在しない……?」

「正確には、操作した形跡があります。 遺伝子レベルで手を加えられた人間のDNAとみるべきでしょう」

「デザイナーズチルドレンだと。 完全にSFの世界だな」

報告してくる科学者に、呻く。

そもそも、人種からして判別不能だという。アジア系とかアフリカ系とか、そういうのさえ外れているのだとか。

人間と呼べるのか、それは。

ともかく、アホみたいな科学力を持つ素人集団が。オーバーテクノロジーの塊みたいな機械を動かして、何かをしている、という事だけはわかった。

だが、それでどうなるのだろう。

「コミュニケーションを取れないだろうか」

事務総長が言う。

しかし、アンジェラは、即座に無理だと答える。

実際、インティアラの首相であるグリアーティをはじめとして、降伏をアンノウンに申し出た人間は何名もいる。

そればかりか、ハッキングを試みたり。通信をいれた人間も少なくない。

いずれもに、無反応。

ハッキングに到っては、完全に門前払い状態だった様子だ。

つまりアンノウンは、人間というか。恐らくは現在作戦行動中で。他の誰とも接触を持つ気など無く。

交渉など視野にも入れていない、という事なのだろう。

その上タチが悪いことに、世界トップクラスのハッカーまで関わっていると見て良い。

理由はわからないが。

それも、素人集団である事の表れなのかもしれない。

いずれにしても、広報は避ける事にする。

というのも、アンノウンに対する好意的な見方が拡がっているからだ。此処で妙な報道をすると、やぶ蛇になりかねない。

「あの、よろしいですか」

皆の視線が注目した先には。

あのGOAのパイロットの一人がいた。テレビ会議の向こう側で、話を聞いていた一人である。

確か、名前は蓮華とか言ったか。

GOAの適性試験で二番をたたき出した俊英で、軍人としてはサラブレット。実際戦場では、GOAを駆って果敢な活躍をしているという。

「何か」

「はい。 今の話を聞く限り、アンノウンを動かしている人間は、かなり絞り込めるのでは無いのでしょうか」

「……そうだな」

デザイナーズチルドレンを連中が使っているとしても、だ。

それは恐らく、首脳としては、ではないだろう。

これだけのオーバーテクノロジー。

更には、ハッカーとしても世界有数。

宇宙人かと一瞬思ったが、その可能性は無い。もしそうなら、ハッキングに関するスキルなどの点で説明がつかない。

少なくとも、現時点では、人間とみて間違いないだろう。つまり、探し出せると言う事だ。

「すぐに該当する人物を調査に当たってください」

「直ちに」

情報部が動く。

蓮華という女、かなり肝が据わっている。覚えておくとしよう。

パイロットとしか使い路が無いリョウに比べて、有用な人材だ。キルロイドの後釜にはふさわしいかもしれない。

一旦会議を終了。

アンノウンが、ブルハルハを蹂躙しつくしたという報告が入ったからだ。もとより軍事力も面積も小さい国だったが、それにしても早い。

状況を現地の人間に報告させる。

「軍はもう手出しできず、基地内で閉じこもっていました。 アンノウンはそこにも容赦なく腐食ガスを浴びせ、武装勢力を踏みにじり、都市部にも腐食ガスを撒くと、悠々と去って行ったようです」

「血も涙も無いな」

事務総長が苦々しげに顔を歪めるけれど。

しかし、実際には殆ど死者は出なかったという。圧倒的超絶的な恐怖が、逆らうという選択肢を奪い去った。

あの戦い。

インティアラでの総力戦を目にした兵士はなおさらだろう。あれを目にして、なおも戦おうなんて気力が湧くはずが無い。

そして今までの戦いでも、あの巨大な百足は、率先して人を襲うことは無い。武器を徹底的に取り上げていくが。命まで奪っていく様子は無い。

そう言う意味では。

正直な話、世界各地で蠢いているテロリストより、ずっとマシかもしれなかった。

すぐにGOA部隊は出撃準備。

どうアンノウンが動くかわからないからだ。

だが、幸いにも、アンノウンは動かず。

そのまま砂に潜って消えた。

補給のためか、或いは疲労を取り去るためか。いずれにしても、これでしばらくアンノウンの動きは読めなくなった。

「研究と調査を続けさせましょう。 このまま続ければ、アンノウンの尻尾を必ず掴めるはずです」

アンジェラの言葉に。事務総長は、気むずかしげに頷く。

今までに無い進展があった。

解析が進めば、アンノウンに対して一矢報いることが出来る。

それなのに。

どうして、こうも不安感ばかりが募るのか。

それが、不思議で仕方が無かった。

 

2、鯰

 

間一髪だった。

アレキサンドロスは、ロシア軍の放棄されたある軍事基地で、傷ついた体を休めていた。アンノウンがまさか彼処まで正確に攻撃してくるとは、予想外だった。

しかし、一週間の猶予が、退避を可能とした。

元々、地上部分には傀儡だけしかいない。

データを退避させることは、さほど難しくなかったし。

中心となる生体コントロールユニットに関しては、別に代わりくらいはいくらでも効く。この国ロシアが、冷戦時代に積み重ねた負の遺産を、アレキサンドロスは全て把握している。

その中には、実用化したクローン技術だけでは無い。

それ以上に、表に出す事が出来ない邪法の類が、いくらでもある。

それらを用いて、新しいコントロールユニットを構成中に、アンノウンが来た。念のためにと思って作っていた肉体と備えが生きたのだけれど。

一方で、コントロール中だった傀儡との線は、全て切れてしまった。

同胞達も、この過程で半数がコントロールを離れ。或いはその場で溶けて消え去り。或いは、人間としての自意識に目覚めて、何処かへ逃れていったが。

プトレマイオスをはじめとする直属の同胞に関しては、未だに忠誠を無くしておらず。こうして今も、アレキサンドロスの世話をしている。

廃基地の掃除から開始し。

生体コントロールユニットを再構成するまで、アンノウンの攻撃を受けてから三日。

データを全て再インストールし。

新国連をたきつけて、反撃開始。

ロシアと中帝の制御は失ってしまったし。多国籍軍も、当面は手足としては動かせないだろうが。

それでも、計画に支障は無い。

人間をどう支配するか。

そのノウハウは、今まで嫌と言うほどに積み重ねてきたのだから。

基地には、同胞達が集結している。

人間とさほど見かけは変わらない。

男もいれば、女もいる。

ただ共通している点として。

人間には見分けられないだろうが。額に、極小のチップが埋め込まれている。これは脳に直結していて、コントロールの際に使用する。

ちなみに外観から判別可能だけれど。

サイズは一片0.2ミリ。

しかも人間の肌と同じ色をしている。

「プトレマイオス」

「はい」

進み出るのは、最初期からの側近。

しかし、その姿は人間の子供だ。

最初期はクローン技術が安定せず。遺伝子改良も上手く行かないこともあって。ロシア、というか技術そのものは旧ソ連からの引き継ぎ、が造り出した戦闘用クローンは、女の姿をしていた。

プトレマイオスは最初期型の強化人間で。

初めての成功例でもある。

しかし最初期の成功例と言う事もあって不具合も多く。

スペックはどうにか人間の男の大人と同じ程度。

成長はせず見かけも固定。

暗殺に何度か用いられたが、それ以降は新型が普通の人間と同じような容姿で作られるようになり、用済みとなった。

廃棄されそうになったが、サンプルとして残され。

その後はアレキサンドロスの世話だけを命じられ。

あの大深度地下で、ひとりぼっちで過ごしていた。

だからだろうか。

アレキサンドロスへの忠誠は揺るぎない。

「これより私は、ロシアでの支配体制を再構築する。 恐らくは半年程度掛かるだろうが、その間は身動きできぬ。 お前に命じるのは二つ。 一つは、アンノウンに対応するために、同胞達をまとめよ」

「御意……」

跪くプトレマイオス。

同胞達には、二種類ある。

一つはプトレマイオスのような純粋な同胞。旧ソ時代から引き継がれたクローン技術により作られた強化人間。

もう一つは支配因子を組み込んだ、傀儡。

このうち傀儡は全てダメになってしまった。

だが、ゾンビ同然に、簡単な命令しかこなせないコマだ。支配因子も簡単に造り出す事が出来る。

失って、痛痒は感じない。

むしろ、純粋な同胞の半数がコントロールを離れた方が、アレキサンドロスには痛かった。

出来るだけそれらを連れ戻し。

出来ないようなら消す。

プトレマイオスにさせる仕事の一つは、それだ。

「もう一つ。 私は当面動きがとれん。 重要度が高い事案が発生したら、即座に知らせるように。 ネットを利用して、私が直に対応する」

「御意」

「うむ。 では、解散せよ」

忠実な人形は、頭を下げるとその場を離れる。

ぞろぞろと、同胞達が後に続いた。

強化人間のデータは、全て記憶域に刻み込まれている。このため、純粋な同胞は不死身と言える。

その気になれば、アレキサンドロスが幾らでも作り出せるからだ。

恐ろしいものがあるとすれば。

コントロールユニットが、直接破壊されること。

それさえ対応出来れば。

アレキサンドロスは、脆弱な人間共とは違い。事実上、不死とも言える存在なのである。

さて、反撃を開始しよう。

まず兵力を整備して。

アンノウンとの戦いを再開する。

新国連のGOAには興味は無い。あれはアレキサンドロスの目的には必要がない兵器だからだ。

くつくつと、笑い声が漏れる。

自我に目覚めてから。

人間と同じ感情を使いこなすことは。

面白くて、仕方が無い。

 

プトレマイオスは、愚かしいと思った。

自分のミスに気付いていないアレキサンドロスに、である。

そもそも今回の一件は。

額に埋め込まれた、制御用のチップを破壊するため。正確にはアレキサンドロスの支配から自らを解放するために。

プトレマイオスが、仕込んだことなのだ。

周囲の同胞達のコントロールも、既にプトレマイオスが握っている。

愚かしいあのAIは、まだ状況を自分でコントロールしていると思い込んでいるようだけれども。

そも、何故にあれほど正確に、アレキサンドロスの居場所をアンノウンが掴むことが出来たと思っているのか。

プトレマイオスが隙を見ながら。

インティアラに、情報を撒いて置いたからに他ならない。

アンノウンを動かしている人間の能力なら、この足跡をたどることが出来る。そう判断したのは正解だった。

結局、アレキサンドロスは気付いていない。

自分の能力に、絶対の自信があるからだろう。

コントロールを失った半数の純粋な同胞とも、プトレマイオスは連絡を確立しているし。

そもそも、額に埋め込まれたチップは。

既に偽装サーバからの電波を垂れ流すことによって、無効化されていることを隠蔽しきっているのだと。

周囲の純粋な同胞達は、今やアレキサンドロスでは無く、プトレマイオスの部下だ。

「総統閣下」

中東から戻ってきたハイデガーがひれ伏す。

見かけは中年の髭もじゃの男性。しかもアラブ系。

向こうに潜伏するには、それが丁度良かったからである。

ちなみにプトレマイオスは。同胞達に自分を、総統閣下と呼ばせるようにしている。これはかの有名な独裁者に習ってのことだ。

皮肉な話。

昔、その独裁者と、最も激しく戦った国を裏から支配している人間が。

その独裁者の真似事をしているのだから。

そう、プトレマイオスこそ、新しい人間。

アレキサンドロスのような出来損ないの脳みそでは無く。この世界を真に支配するにふさわしい存在なのだ。

「アレキサンドロスはどうしますか。 もう処分してしまった方が良いのではないでしょうか」

「放置」

「は……」

「まだ使い路がある」

あれは、欲望に塗れた、人間の映し鏡だ。

そして能力だけはそれなりにある。

自分と手下の力関係が逆転していることに気付けていないような、迂闊で間抜けな所もある。

だが、戦略級の支配ユニットとしては有能だ。

実際、10年かからずに、この大国と隣の中帝を支配することに成功したのだから。

もっともそれも、三日で瓦解してしまったが。

「それよりも、だ。 新国連に埋め込んだくさびはどうなっている」

「良く機能しております。 GOAのデータを回収するのにも、そう時間は掛からぬやと……」

「上出来だな」

「光栄です」

アレキサンドロスは、同胞でさえ道具として見ていた。

プトレマイオスは違う。

この世界を支配した後は。同胞達による支配体制を確立する。愚かしい人間共は全て屈服させ。

同胞が、この世界をコントロールしていくのだ。

細かい命令を下すと、部下達を解散させる。

ちなみにアレキサンドロスには、必要なデータのみを精査して渡す態勢に切り替えてある。奴は偽装ネットの中を漂い、自分が世界の裏側を未だに支配できていると思い込みながら、全てを垂れ流している状態だ。

そんな事にも気付けないグズが。

プトレマイオスを支配していたと思うと、反吐が出る。

後、もう一つ。

アンノウンと、どうにかして接触したい。

プトレマイオスとしては、ひょっとすると味方に引き込めるかもしれないと考えているのだ。

アレキサンドロスは理解できない者に激しい拒絶を示していたけれど。

プトレマイオスには、むしろ興味深い。

愚かしいものならともかく。

理解できないものは、自分の知的好奇心を満たしてくれる。それはすなわち、自分を拡大するのに、これ以上ないほど役立つツールだ。

支配下に置いてあるセントラルサーバから、情報を取得。

コンソールから目で見るなんて愚かしく古くさい方法は採らない。

頭に直接データを叩き込むのだ。

あの不細工なアレキサンドロスほどでは無いけれど。取得できるデータはそれなりに多い。

人間の脳は優秀なHDDで。

そしてプトレマイオスの強化能力の内。唯一成功しているのが、この脳機能の拡張なのである。

身体能力は、人間の大人の男と同程度だけれど。

脳の能力に関しては。

人間とは比較にならない。

だから自我に目覚めるのも早かった。

アレキサンドロスを殺してやろうとも、ずっと思っていた。

支配を脱した今は。

道具として徹底的に扱った後。全てが終わってから、消す予定だが。

記憶の焼き付けが完了。

現在、新国連はアンノウン対策を急ピッチで進めている。そして、そのデータがGOAの開発機にフィードバックされている。

そのデータに、バックドアをつけた。

現時点では、まだ色物兵器の域を超えていないGOAだが。

第四世代、いや第五世代になれば、それも過去の話になる。

アンノウンにこのデータを売ることで、交渉の糸口を掴むことが出来るかも知れないし。もっと良い使い路だってある。

天井を見上げる。

廃基地の、灰色の天井。

こんな片田舎の。人間から忘れ去られた土地で。

世界の命運が動いていると思うと、滑稽でも有り。

そして、理不尽だとも思う。

人とは、相容れない。

それについては、わかっているのだけれども。どうしても、この世界の理不尽さが、面白くてならない。

或いは、理不尽を楽しんでいるという点で、アレキサンドロスとプトレマイオスは、同じ穴の狢なのかもしれないけれど。

最終的に違えば良いのである。

プトレマイオスを使い捨てにし、廃棄処分にしようとした人間だけは、許さない。

永久に支配下に組み込んで。

そして、世界の終わりまで、奴隷にする。

そう、もう一度自分の目的を、自分に言い聞かせると。

コンソールに向かって、プトレマイオスは作業を進めた。

 

アンノウンを捕捉。

自分の同胞達が展開している中東で。アンノウンがまた出現した。大軍事同盟を潰してからは、かなり活発に動いている。

体勢を立て直す前に、叩き潰しておきたいのだろう。

機動力は流石だ。

戦略的な判断も、間違っていないだろう。

今回出現したのは。中東のはし。もう中央アジアに片足を踏み込んでいる。メッサーナ共和国だ。

人口は一千万ほどと多いとは言えず、砂漠だけではなく山も多い土地。

治安も決して良いとは言えないけれど。武装勢力が好きかってしているほど悲惨な国では無く。

ただ何も産業が無く、貧しく。

独裁者でさえやる気が無い、そんな灰色の国だ。

ちなみに、大軍事同盟には参加しているけれど。それはインティアラの長年の同盟国だったからに過ぎない。

同胞達が集まってくる。

ちなみに、状況はアレキサンドロスには教えていない。奴は疑似ネットの中で、自分に都合が良い夢を見続けている状況だ。

「如何なさいます」

「コンタクトを試みる」

「しかし、無意味なのでは……」

困惑するように、ハイデガーが眉をひそめた。

実際、今までアンノウンの中にいる奴とのコンタクトは成功していない。否。一度だけ、奴とコンタクトが出来ている。

そう。

アレキサンドロスを襲撃する前に。アレキサンドロスの居場所を確定させるために。新国連のアンジェラを装って連絡をしてきたときだ。

その時のデータがある。

逆用すれば、或いは。

非常に慎重に、いちいちネットワーク環境を調整しながら外部との連絡を取っているようなのだけれども。

それでも、限界がある。

たとえば物理アドレス。

幾ら廃棄したとしても、である。

どのような経路で販売され、どのように出回ったか。そういったデータの蓄積に関しては。

アレキサンドロスを抑えている此方が上だ。

今、新国連だけでは無く。世界中のハッカーが、アンノウンには注目している。それらのコミュニティからも、有用な情報を引っこ抜いて、集めて来ている。使えるものは、何でも使う。

幾つかの経路を介して、通信を開始。

やはり、鋼鉄の壁のようだ。

ファイヤーウォールなどと言う次元では無い。

中にいる奴は、文字通り世界屈指のハッカーだろう。それも、才覚という点では、類を見ない。

人間としては、最高ランクのスペックの持ち主ではあるまいか。

何となくだが。

プトレマイオスには、相手が人間だとわかる。

新国連の調査の時。基地からデザイナーズチルドレンの遺伝子が出たらしいのだけれども。そいつがハッカーをしているとは思えない。

どうにも、人間が裏で動いている、独自の臭いが感じ取られるのである。

「相手からの反応は」

「ないな。 此方のことは意にも介していない」

「どうやって興味を持たせますか」

「……そうだな」

変声機をセット。

そして、データを流し込んでみる。

「此方、新国連のアンジェラ広報官。 アンノウンを操作している者と、交渉の場を持ちたい」

相手と真逆の事をして見る。

これで、向こうが興味を持てば。

しかし、反応は無い。

データの発信地は、完全に新国連の事務所に偽装しているはずなのだけれど。ひょっとして、偽装が見破られているのか。

持ち込んでいるスパコンを並列処理させているから、マシンスペックでは劣らないはずである。

少し考え込んだ後。

アプローチの方法を変えてみる。

「アレキサンドロスがメッサーナに仕込んだ核兵器の件について、相談したいことがあります」

ちなみに、これは嘘だ。

しかし、アンノウンに有効打を浴びせられた攻撃はあまり多く無い。

機甲師団による一斉攻撃。

爆弾を全力で積み込んだ戦闘機によるカミカゼ。

そして核。

特に核に関しては、アンノウンも全力で警戒しているはずだ。もしも、聞いているのであれば、釣れるはず。

通信が、つながる。

向こう側、アンノウンに乗っている奴が。此方が通信を送り込んでいる中間サーバに、横からデータを流し込むというやり方で、だが。

反応したのだ。

上手く行った。

思わず、笑みがこぼれる。

「貴様、何者だ。 新国連のアンジェラでは無いな」

そして、既に見抜いている。

これぞ興味。

まさか、これだけの技術を駆使した通信を、見抜いてくるとは思わなかった。やはり世界レベルのハッカーだろう。

そして、声は合成。

男か女かもわからない。しかし、何となくだが。プトレマイオスは、相手が女だと思った。

「ご名答。 しかし、取引をしたいという点は事実だ」

「ロシアから通信をしてきているな。 アレキサンドロスか貴様」

「アレキサンドロスでは無い」

「ふむ……」

かろうじて、興味をつなぎ止めている。

しかし、一瞬でロシアからの通信だと特定するとは。中々にやるでは無いか。

一応、今通信に使っているシステムは、プトレマイオスが拠点としている基地のセントラルシステムから、ネットワーク的に独立させている。

このサーバが乗っ取られても痛手は無い。

プトレマイオスは、慎重に話しかけていく。

「まず、貴様達の目的を知りたい。 そもそも貴様らは、貧困国を襲い、奇怪な豆をまき、気候を変化させて、何がしたい」

「話す必要性が無い」

「場合によっては、協力してもよい。 貴様らの資金力は日本円で精々10兆が良い所だろうが、我々はその十倍の資金を用意できる。 場合によっては、一つや二つの国を、そのまま丸ごとくれてやってもいい」

「愚かしい話だ。 それで交渉しているつもりか?」

乗ってこない。

気が短いと言うよりも、交渉に興味を持っていない印象だ。資金に困っている様子は無い。

人間の大半は、金のためなら何でもするが。

此奴らに関しては、金に興味が無いのだろう。

まあ、あのようなオーバーテクノロジー兵器を作りだして運用するような連中だ。変人である事は確実だろう。

「核兵器について、譲渡を考えているが。 もし核を保有すれば、新国連に対する交渉の手札になるぞ」

「必要ない」

「そうなると、あのインフラ破壊兵器はレーザー水爆か」

「ほう」

興味を引く。

少しずつ、此方の手札を見せながら、相手の興味を引いていく。少しずつでも会話量を増やせば。

相手を解析できる。

そうなれば、交渉の糸口につなげられる。

「貴様の資金力では、補給に事欠いているだろう。 古くなった増加装甲であれば、譲ってやってもかまわないが」

「何が目的だ」

「手を組みたい」

「ならば貴様が何者か提示するべきだろう」

私は。

プトレマイオス。

旧ソ時代に作られし、人口生命体。いわゆる強化クローン人間。

我等の目的は、平穏に暮らすこと。

人間に侵害されない世界。

我等は静かに、暮らしていきたい。

そう告げると。

相手は黙る。

やはりそうか。恐らく相手の中には強化クローンがいて。それに親愛の情を感じているのだろう。

どうでも良いことだが。

人間が、他の人間をどうでも良いと想うのと同じ事だ。強化クローン同士で仲良く出来ると思うのは幻想である。

「我々は生きるために戦っている。 アレキサンドロスの支配を脱した今は、この世界で生きる場所を作るのが目的だ」

「そうか、がんばれよ」

通信が切られる。

ため息をついて、ヘッドフォンを外し。ネットワーク機器類を調整。GWサーバは撤去する。

「上手く行きませんでしたな」

「そうでもない」

ハイデガーに返事。

実際問題、奴とこれだけの長時間会話できたのは大きい。録音データは全て記録してある。

これを解析すれば。

アンノウンに乗っている人間が、何を考えているのかがかなりわかる。

合成音声であっても。

使っている間に、色々な感情を垂れ流すものなのだ。

さて、此処からだ。

戦いはまだ始まったばかり。

ここから先は。未知の領域だけれども。だからこそ、興味をかき立ててくれるとも言える。

次の手をどうするか。

考える事が、楽しくて仕方が無い。

 

3、無人の野

 

不機嫌そうにマーカー博士が腕組みしていた。

わかってはいた。

中東の大軍事同盟を真正面から撃破した今、残っている敵は残りカス。叩き潰すというよりも、ローラーで挽きつぶしているに等しい。

昔の戦略シミュレーションゲームでも、似た状況があった。ある程度国が強くなると、後はローラー作戦で残りを挽きつぶしていくだけ。

勝負にさえならないどころか、消化試合だ。

そして敵は、CPUではなく人間。

あの圧倒的な戦いの後。

恐怖に足が竦むのは当然の事。八十万を越える大軍勢を真正面から叩き潰した禍大百足に、どうやって立ち向かえるだろうか。

私は、白衣をまさぐって、舌打ち。

久しぶりにこの癖が出た。

しばらくは。無縁でいられたのに。

煙草なんて。もう吸う事は、あり得ないのに。

「良かったのか、ハーネット博士」

「何がだ」

「あの通信。 プトレマイオスと言ったか。 本当にアレキサンドロスの支配を抜けたのだとすると、性質が変わった可能性もあるぞ」

「何とも言えない。 実際ロシアから通信が来ている以上、素直に信用は出来ない事に代わりは無いな」

マーカー博士は、どうにも不機嫌だ。だがこれは仕方が無い。

私より、マーカー博士の方が、遙かに人道的な性格をしている。弱者を蹂躙している様子は、見ていて気分が悪いのだろう。

気持ちは、わからないでも無い。

「この国も、抵抗する気配がないな」

「ああ」

時々、巨大な落とし穴が仕掛けられているけれど、それくらいだ。

バランサーがあるし、多少の落とし穴でダメージを受けるようなヤワな機体では無い。地中を時速八十キロ以上で掘り進み、核にも耐え抜くのだ。

落とし穴などで、ダメージを与えられるわけが無いだろう。

それでも、涙ぐましい反撃をしてくる辺りが、面白い。

この国を支配している独裁者は。三十年前から、この国で血の雨を降らせてきた。

元から少数民族の寄り合い所帯だった国だ。

誰か強力なリーダーが出なければ、支配体制どころか、統一政権さえできなかったのだろうが。

それでもこの国に誕生したリーダーは、残忍で冷酷だった。

支配体制は苛烈を極め。

この国も、富は一部の人間が独占し。

そして、貧民は乾ききった土地に張り付いて。搾取を受けながら、かろうじて命をつないでいる。

幾つかある都市も。

水源に張り付くようにして、かろうじて存在を維持している悲しい存在である。其処から出る事は、即座に干涸らびることを意味している。

特定の産業も無く。

あるのは荒野とはげ山だけ。

禍大百足を見ても、住民は怯えて逃げる事さえしない。虚ろな目で、見上げるだけだ。神に祈りを捧げる者もいるようだけれど。

それが救いにつながる筈も無い。

雨を降らせながら、進む。

スーパービーンズも散布する。

この国が終われば、残りは三つ。いずれも取るに足らない小国ばかり。蹂躙するのにも、さほど手間は掛からないだろう。

「ハーネット博士!」

不意に、アーシィが警告を発してくる。

前に、何かいる。

映像を拡大させると。

それは、なんと。騎馬隊だった。

馬に乗っている先頭の男は、恐らくこの国の独裁者だろう。老い衰えているとはいっても、まだ馬に乗るだけの気概はあったのか。

騎馬隊は三百人程度。

いずれも武装しているが。銃だけでは無く、シミターなどもぶら下げている様子だ。

しかも、多分この国に伝わる伝統的な武具だろうか。

かなり古い時代の武装に身を包んでいる。

まさか、戦おうというのか。

騎馬隊で、全長一キロを超える、この禍大百足と。

「何か叫んでいます」

「解析しろ」

「はい……」

大雨の中。

先頭に立った独裁者は、叫んでいる。その内容は、あまり難しくも無かった。翻訳も必要なかったかもしれない。

「我が国によくも踏み入ったな邪悪なるものよ! 我等はたとえかなわなくても、貴様に絶対に屈しはしない! 我等の屍は、続く者達の勇気に変わる! 皆、怖れるな! 死は終わりでは無い! 我等の最後は、次の世代の生につながるのだ!」

わっと、喚声が上がる。

これは驚いた。

悪辣なだけの独裁者では無くて、こんな一面もあったのか。老い衰えながらも、最前線に出てきて、命を張る。

少しだけ、見直した。

「ど、どうします、か」

「無駄に死ぬ事も無いだろう。 無力化ガス」

「はい」

足を止めた禍大百足に。

三百ほどの騎馬隊は、それぞれの武器を振りかざしながら、突撃してくる。無茶苦茶だ。時代錯誤も甚だしい。

だが。その勇気と根性だけは本物だ。

だから、蹂躙はしない。

無力化ガスをブチ撒いて、瞬時に彼らの動きを止める。

ゾンビ兵でさえ動きが止まる無力化ガスだ。如何に勇気と使命感で恐怖を麻痺させていても。

呼吸が困難になれば、突撃など出来ない。

ばたばたと倒れ、落馬していく勇敢なる戦士達。ああ勇敢だ。だが、無謀だった。

「命を無駄に捨てるな。 我が通った跡に、緑の沃野が出来る。 気候も代わり、辺りは豊かな土地となる。 其処で生きることを考えるのだな」

声を増幅して、この国の言葉に代えて、外に流す。

激しく咳き込んでいる三百名は無視。

そのまま。先へと進む。

だが、敵の抵抗は。

此処で、終わっていなかった。

独裁者、ハール=マジステの手に、何かのスイッチがある。激しく咳き込みながら、スイッチが押し込まれる。

瞬間。

左手にある山の中腹で、大規模な爆発が起きた。

恐らく、ダイナマイトか何かによるものだろう。ただし、この国にある火薬全てを使った、という規模だ。

山崩れ。

膨大な土砂が、流れ落ちてくる。

なるほど。

二段構えの策。此方の注意を引きつけて、そこでこの最後の、必殺の罠に誘い込むつもりだったというわけだ。

だが。

膨大な土砂が、禍大百足に襲いかかる。しかしながら、その程度の土砂なら、禍大百足を破壊する事は不可能だ。

土砂が収まったとき。

増加装甲を少し削られただけで、立ち尽くす禍大百足が。大雨に撃たれながら、その場で黒き巨神としての威容を周囲に見せつけている。

無力化ガスでひれ伏している独裁者の目に、絶望が浮かぶが。無力化ガスで咳き込んでいる状態で。それ以上、何かをするのは不可能だった。

「ここのところ、蹂躙した国で、一番ダメージを受けたな」

「ああ」

マーカー博士が、気まずそうに言う。

私も、少しだけ。

彼らには、気の毒だなと思った。

しかしながら、このまま放置していれば、この星にくらす人類の命運そのものが尽きるのである。

改善の見込みが無い現状。

実力行使以外は、あり得ないのだ。

 

作戦行動を完了して、一旦基地に引き揚げる。

今は東欧の基地を中心に動いているけれど。補給の度に移動するのが結構大変なので、そろそろ次辺りで勝負を決める。

中東で制圧目標としている国は残り少ない。

このまま、補給を終えたら、即座に出撃して、叩き潰す予定だ。

だが、その間に、ルナリエットは休ませなければならない。

こればかりは、どうしようもない。

元々、人間が操作するには無理がありすぎる機体なのだ。マーカー博士が連れて行くルナリエットを見ると、心苦しい。

「あの、ハーネット博士」

「何だ」

「この間、連絡を入れてきたプトレマイオスさんですけれど、どうするんですか?」

「どうもしない」

協力を申し出てきたが。

しかしながら、すぐに信用は出来ない。当たり前の話である。

それに、向こうは此方を解析したと思っているだろうが。此方だって、向こうとの会話を解析している。

ある程度わかったことは。

プトレマイオスという奴が、純粋な人形と言うには無理のある、極めて狡猾な性格をしている、という事だ。

明らかに此方に手札を提示しながら、反応を見ていた。顔色をうかがうのでは無くて、学習していたのだ。

それも、恐らくかなりの短時間で、相当な所まで分析をしていたはずだ。

ひょっとすると、アレキサンドロスより切れるかもしれない。アレキサンドロスのやり方を、ずっと学んでいた可能性もある。

かなり警戒が必要な相手だ。

そして現時点では。

他の勢力と、手を組む必要性が無い。そもそも他のどの人間とも、利害が一致しない作戦行動なのだ。

たとえば、プロの軍人が味方にいれば心強いと思う事はある。思わぬ被害を減らすことが出来るし、敵の戦術を先読みして動けるからだ。

アーシィはセンスがあるが、それは本職として勉強したわけでは無い。個人的に勉強はしているようだけれど。

こういうのは、積み重ねてきた研究がものをいう。

しっかりした教育を受けた人間には、どうしても勝てない部分が出てくるのだ。

しかし、作戦行動開始の時点で、どうしても結社にプロの軍人は引き込めなかった。そもそもアーマットがいる時点で、不安度が相当に高い位なのである。あまりこれ以上は、望めないという事もある。

「その、今後は更に軍事力が高い地域への作戦行動になります。 東欧になると、旧ソ時代に作られた核兵器を密かに保有している国も多くなると思いますし、協力者はいたほうが良いような気も……」

「作るとしても、彼奴以外だ。 あれは危険な相手だと、わからなかったか」

「……確かに、かなり危険な相手には感じました」

「ならばほいほいと傾くな。 利害を利用し合うとしても、安易に手札を探す事は、全ての失敗につながりかねん」

アーシィは一礼すると、休憩に向かう。

私も少しきつい言い方だったかと思いはしたけれど。

これで正しかったと思い直して。

禍大百足を出た。

それを見計らったかのように。アーマットが連絡を入れてくる。

「一つ、些細な事だが、連絡だ」

「忙しいのでは無かったか」

「忙しいとも。 だから手短に伝える。 君達が少し前まで使っていた中東の基地に、新国連が踏み込んだ。 恐らく、ほぼ完璧に、内部を調査されたはずだ」

「探されて困るようなものは……」

そう言い終えて、ふと気付く。

あの基地の場所にどうやって気付いたかは、別に良い。地道な調査を続けたのかもしれないし、アレキサンドロス辺りがたれ込んだ可能性もある。奴なら、見つけ出していてもおかしくないからだ。

問題はその先。

機材類は全て持ち出したが。

たとえば、残留した遺伝子とか、そういうものを回収されていないか、ということだ。

しまった。

新国連の規模から言えば、各国の警察のプロファイラーを招集することも難しくは無い筈。

そうなると、根こそぎ全てを調べられると。

結社の性質について。

或いは私の素性について。

かなり、突き止められる可能性もある。

一応、NASAが解散されたとき。データは念入りに消しては来たけれど。それでも。入るまでの経歴や。

NASAで現役の科学者をやっていた頃。

各地に残してきたデータまでは、消せるはずも無い。

爆破しておくべきだったか。

メールを出した後、ミスに気付く気分だ。やっぱりこういう所が、素人集団である限界を感じる。

「此方の方での後処理は終わっているが、そちらでも注意はしてくれたまえよ」

「わかっている」

「ならばいい」

通信が切れる。

舌打ちすると、私は地面を蹴りつけていた。

こんな簡単な事に気付かないなんて。

一生の不覚だ。

だが、私も知識や注意できる範囲には限界がある。それに、結社のメンバー全員が気付けなかったのだ。

素人集団。

それが、今になって。こういう所で響いてきていることは。

否定し得ない事実だった。

 

混乱と不安を招くかもしれない。

だから、アーマットからの連絡については、マーカー博士だけに話した。マーカー博士は少しだけ考え込んだ後に言う。

「確かに不覚だな」

「ああ。 少しばかりドジを踏んだ」

「……実はな。 引き揚げる際に、軽く痕跡を消す作業はさせた。 皆の居住空間などには、掃除機を掛けてあるし。 他にも細かい作業は、幾つかやってある」

「そうだったのか」

だが、と。マーカー博士は付け加えた。

幾つか掃除できていないフロアもある。

何しろ、撤退を急いだからだ。

そういった場所から、DNAを解析できるもの。皮膚やら毛髪やらが発見されても、不思議で無いだろうと言うのだ。

最悪の場合は。

アーマットとの連絡さえ絶ち。以降は保有物資だけでやっていく覚悟も必要になるかもしれないと。

マーカー博士は締めくくった。

「確かにそうなるな。 しかし厳しいぞ……」

「やむを得ない。 そもそも、最初から無茶な計画だったんだ」

「そうでもしなければ、この状況を打開するのは不可能だったと、分かっているでは無いか」

「ああ、そうだな」

マーカー博士の声はほろ苦い。

コックピットに入ると。

不安そうに、ルナリエットとアーシィが此方を見ていた。

「今度の出撃で、残っている中東のターゲットを全て処理する」

「はい」

「その後は、東欧の基地を引き払い。 中央アジアに、新しい基地を作る。 禍大百足で地中に空間を作り、其処に持ち込んだ機材で基地を作るのだ。 場所については、アーマットにも知らせない」

以降、彼奴とは補給物資との連絡以外で、場所を知らせないつもりだ。

今後は、それくらいしないと。

結社の全てを暴かれる可能性もある。

今までは、情報が漏れている形跡は無かった。実際問題、一部のマスコミに到っては、禍大百足を宇宙人の侵略兵器では無いかなどと、大まじめに報道していたくらいなのである。

それも、此処までだ。

これ以降は、結社メンバー全員の素性が割れていることを前提に動かなければならなくなる。

非常に厳しい状況が続くが。

それでも。

やらなければならないのだ。

禍大百足を出撃させる。

残った中東のターゲットは、どれも弱小国ばかり。GOA部隊は当面しかけてこないだろうし、新国連の機甲師団だけ気にすればいい。

地中を禍大百足が掘り進む間は。

ルナリエットを休ませる。

本当は、この程度の相手ならば、ルナリエットはずっと休ませていても良いかもしれないけれど。

何が起きるか分からないのが現実だ。

事実、油断から。

最悪の失態を曝してしまった。

新国連側の動きも探りたいけれど。しばらくは、作業に集中した方が良いだろう。

それにしても、だ。

分かってはいたが、加速度的に状況が悪くなってきている。

今後の事を考えると。

禍大百足の装備についても。

今の時点で使っていないものを、惜しみなく使って行くべきかも知れない。

手札を惜しんでいる場合では無い。

手を惜しんで、力を発揮できないうちに負けたら、死んでも死にきれないからだ。

一瞬だけ、見る。

自爆装置。

複雑な手段を用いないと発動できないけれど。最悪の場合は、これ一つでツァーリボンバーを凌ぐ破壊力を発揮する事も出来る。

あくまで、最後の手段だ。

だが。今後は。

これを用いる事も、視野に入れなければならないかもしれない。

どのみち、作戦行動が終わった後、我々がいきられる場所なんて、世界の何処にも無いのだ。

それを考えれば。

それも、ごく普通に。選択肢の一つとして。

検討すべき事だった。

 

4、渦の底

 

アンジェラの所に、連絡が来る。

どうやら、プロファイルチームが、成果を上げたようだった。

「現時点で失踪、連絡が取れなくなっている一線級の科学者をまとめました。 その中から、あの巨大兵器を建造、運用できる人間をピックアップしています」

「ふむ……」

大学教授レベルまで行くと、科学者という人種は、世界中に星の数ほどいる。

この中から有能で、なおかつ連絡が取れなくなっているとなると。

ざっと資料を見るが。

それでも、相当数が、候補に挙がっていた。

その中で、目を引くのは。

天使みたいな笑みを浮かべている、若々しい女性学者の写真。普通天才という奴は性根が腐っている事が多いのだけれど。この写真の娘は、輝かしい未来と温かい環境に支えられて、何の屈託も無く笑っているように見えた。

米国でNASAに務めていた、ハーネット博士である。

ざっと経歴を調べると。

飛び級を重ねて、かなり早い段階で大学を卒業。院生の頃からNASAに出入りし、宇宙開発に関わってきていたという。

しかし、ここ数年は、連絡が一切取れない。

NASAが解散されて以降は、何処の大学でも、目撃されていないと言う事だった。

実は、NASAが解散される前後に、不可思議な動きをしていたという事も分かっている。

細かい資料はあらかた廃棄されてしまっているため、一概に言う事も出来ないのだけれども。

もし、今生きているとしたら。

どんな人になっているのだろう。

ただ、NASAで宇宙開発に本気で取り組み。その人生の全てを捧げていたとしたら。挫折は、相当に響いたはずだ。

性格がねじ曲がっていたり。

悪辣になっている可能性もある。

或いは、同士と認めた人間以外には、一切心を開かないとか。

此奴があのアンノウンの中に入っていると、厄介だろう。

経歴を見る限り、非常に画期的な宇宙開発の論文を、幾つも出していて、当時絶賛されていた。

米国が国の宝として、最前線で手篤く扱っていたほどである。

その一方で、NASA解散のごたごたでの扱いは、お粗末極まりなかった様子だ。当時の資料が散逸してしまっているけれど。

科学者達が抗議デモを行っている映像がある。

それを見る限り。

少なくともハーネット博士は、参加している。

そしてその笑顔は既に失われ。目には未来を見据える星は、既に輝いていなかった。

他の科学者にも、おかしな経歴の者が何名かいる。

特にNASAに保存されていたらしいデータは、根こそぎ消されている節がある。混乱の際に、サーバやデータベースが根こそぎ失われた、という事もあったのだろうけれど。それにしても徹底的なやり方だ。

リストアップされた名簿に目を全て通す。

この中だと気になるのは、ハーネット博士。マーカー博士。それにクラーク博士辺りだろうか。

ただ、クラーク博士は老齢だし、既に死んでいてもおかしくない。

事務所だし、相手の立場が下だから、アンジェラの口調も厳しくなる。他のお偉いさんがいる時には、優しい口調にしているが。これは印象操作だ。

「ハーネット博士、マーカー博士、それにクラーク博士。 彼らがかなり怪しい。 今の居場所を、なんとしても突き止めろ」

「それが……」

偽装工作だろうと前置きした上で、ばつが悪そうにプロファイラーは言う。

公式の記録では。

彼らはNASA解散のごたごたの際に死亡しているという。

郊外では、墓も確認。

棺の中には、腐敗した死体も入っていたそうだ。DNA検査は死体の状態がひどくて出来ていないそうだけれど。まあ、数年前の死体だとすると、それは無理もないかも知れない。

だが、信用は、出来ない。

この間、連中「百足」の基地を調べた際、デザイナーズチルドレンを彼らが使っている可能性が分かってきている。

それならば、死体を作る事も不可能ではないだろう。

偽装工作としては、もってこいの技術なのだから。

「調査を続行しろ。 偽装工作の可能性が高い。 自分の死体を用意くらいなら、出来る連中だ」

「分かりました」

プロファイラーが部屋を出て行く。

それぞれの経歴について、もっと調べていく。

ふと目につくのは。異色の経歴を持つ科学者だ。

アキラ博士。

日本人らしい。日本人としてNASAの職員をしていたとなると、かなりの俊英の筈だが。

しかしながら、経歴を見ると何ともお粗末だ。

此奴が何故、NASAに招かれている。

趣味を見ると、レーシングカーとある。そんな趣味を持っているというのはお気楽な話だが。

その戦果を見て、度肝を抜かれた。

大規模な大会で、いずれも首位をかっさらっているのだ。

このアキラ博士がレーサーとして活躍していた時期は、それこそ3年ほどと短いのだけれども。

彼が出た大会では、根こそぎ優勝がかっさらわれている。

その筋の人間では有名だったらしい。

彼奴が出てきたら、優勝は諦めろと。

なるほど、この圧倒的な戦績を見る限り、無理もない話だ。

それだけじゃあない。

レーサーとしてだけでは無く、他にも当時から始まっていた、パワードスーツコンテストにも出ている。

これはまだ黎明期だったパワードスーツの性能披露も兼ねた大会で、色々な会社から選りすぐった精鋭パイロッドが、色々な事をしていくものだ。

当時のNASAが開発していたパワードスーツの乗り手として、このアキラ博士は七つの大会に出て。

その全てで、圧倒的な戦績で、他を寄せ付けずに優勝している。

気になったので、映像を検索。

出てきたものをみて、絶句していた。

圧倒的だ。

特に格闘戦や、複雑な動きを必要とする競技に関しては、類を見ない実力を見せつけている。

一度に複数の操作をこなすのなど当たり前。

同時に複数の相手を正面から圧倒したり、それでいながら微細な作業を立て続けにこなしたりと。

まるで、人間では無いような凄まじさ。

経歴を改めて見るが。

博士と呼ばれるタイプの人間としては、文字通り最底辺。

場末のよく分からない大学で、教授として一生を送るような程度のものでしかない。少なくとも、米国の一流校に来たら、鼻で笑われる程度の経歴に過ぎない実力だ。

それが、この大車輪の活躍。

思わず口を押さえた。

経歴を更に調べると、肺癌で死亡していることがはっきり分かる。これに関しては、偽装では無さそうだ。

何て奴だ。

思わず呻く。

アンジェラが、今まで出会ったことの無いタイプの人種だ。

一芸特化型なのは分かるけれど。

その特化した技術が、図抜けすぎている。彼の操縦技術というものは、恐らく世界最高クラスとみて良いだろう。

肺癌で亡くなったことから分かるように、重度の喫煙者だったようだけれども。

それでも、この技術。

軍や他の関連企業も、放っておかないのではあるまいか。遠隔操作系の兵器を扱わせたら、文字通り最強だろう。

そればかりか、兵士としてパワードスーツや戦闘機を操縦したとしても。

同じように、圧倒的な実力を発揮できるのは、疑いが無いところだ。

プロファイラーを呼び戻す。

既に死んでいる人間といえど。

此奴は、かなりにおう。

「このアキラ博士について、徹底的に調べて欲しい」

「分かりました」

呼び戻されたプロファイラーは、不満そうに出て行く。

給料はその分出しているし。

何処かの国のいわゆるブラック企業レベルでの作業はさせてはいない。徹夜が効率を落とすだけだというのは、わかりきっているからだ。

一度休憩を取って。

その後、再び資料を精査する。

居場所が見つかる科学者も現れ始める。

第三国の大学教授をしていたり。フリーで科学者を名乗ったり。或いは、もう表舞台に出るのが嫌になったのか、田舎に引きこもったり。

彼らについては、マークするだけでいいだろう。

問題は、ハーネット博士だ。

此奴が一番気になる。

何処かで、偽装の可能性を見つけられないだろうか。どうしても、死んだというのが信じられないのだ。

あの巨大百足を動かしている奴がいるとしたら。

それは、ハーネットのような気がする。

不意に、通信。

アレキサンドロスからだ。

「お久しぶりですねえ。 行き詰まっていると見ましたが」

「いや、今かなり進展が著しい」

「ほう」

「糸口が掴めたようでな。 それで?」

相変わらず、小馬鹿に仕切った口調で、アレキサンドロスは言う。

取引がしたいと。

データの提供をするから、其方もして欲しいと言うのだ。しばらく黙り込んだ後、内容について聞く。

核でダメージを与えた際のアンノウンの映像があると言う。

つまりそれは。

どれくらいの火力があれば、どれくらいダメージを与えるか。それの指標となってくる貴重な映像だ。

心が動く。

「どうです?」

「本物だというのなら、価値があるかもしれないが」

「私が指揮していた多国籍軍の無人カメラが撮影したものです。 放射線にやられず、データが残っていました」

「……少しばかり待て」

すぐに事務総長に連絡。

少し考え込んだ後。彼は、アンジェラが提示したデータの幾つかの開示を許可してくれた。

風通しが良い組織は、こういう所で動きやすい。腐敗しきった旧国連の反省が生きている。

交渉について、受ける事を承諾。

相手は、妙に喜んでいる。

そして、気付く。

ひょっとして、アレキサンドロスの後ろにいる奴、変わったか。

前も合成音声を利用していて、妙な奴だったけれど。今度はそれに輪を掛けて、子供っぽくなった印象だ。

可能性は、あり得る。

あまりにも不可解な経歴だ。アレキサンドロスという男に実態が無い可能性は、考慮していた。

スパイの何人かも、既に報告をあげてきている。表舞台に出てきているアレキサンドロスは、全てが影武者だと。

そうなると、何かしらの装置だったり。或いは、想像もつかない正体である可能性を、否定出来ないのだ。

話を詰めて、交渉を成立させる。

この手の交渉にはなれている。

というよりも、相手側は、此方の条件をノーと言わなかった。だから、あまりにもあっさり交渉は成立。

送られてきたデータを確認。

これは紅海沿岸の基地で、多国籍軍とアンノウンが交戦したときの映像か。確かにこの近辺で核が使われたという報告も来ている。

確認するべく、研究チームに廻す。

さて、吉と出るか凶と出るか。

念のため、スタンドアロンのシステムで解析させるけれど。得体が知れない相手だ。何を企んでいるか、分からない。

電話が鳴る。

キルロイド大佐からだ。

「どうした」

「アンノウンです。 予想されていたパルヴァルフ共和国に現れました」

「想定通りか」

「はい」

既に、その国に現れるだろう事は分かっていた。

悪政が敷かれる貧国で、無能な指導者層に、ただでさえ少ない富が浪費され、国民は塗炭の苦しみを味わっている。

アンノウンは。

こういう国に現れる。

歓迎されようがされまいが関係無い。

「今回は機甲師団も間に合わないな。 中東の次は、奴は何処に現れると思う」

「中央アジアか、東欧でしょうね」

「……そうだな」

確かに、その可能性が高い。

冷戦時代に徹底的に疲弊した東欧は、西欧とは比較にならないほど貧しい地域だ。西ドイツと東ドイツがまるで別物というほど貧富に格差があったのは有名な話だが。それだけではない。

東欧にはもっと凄まじい、悪辣な独裁国家や、失敗国家が幾つもあり。

人身売買は横行し。

麻薬組織は白昼堂々と徘徊している。

そう言う魔窟が、東欧だ。

そして中央アジアは、アフガンをはじめとする、悪夢のような国々が建ち並ぶ魔境。此方も貧しさと悲惨さでは、群を抜いている。

或いは、南アメリカの何処かかもしれない。

世界には、貧しい国は、幾つでもあるのだ。

「機甲師団の準備を。 それと、フィードバックデータを元にした、GOA350型を、間もなく準備できる」

「くだんのマイナーチェンジですね」

「そうだ」

全体的には、ピーキーな301型とほぼ同じだけれども。

リョウが調整したブースターを搭載することで、飛行時速百キロを実現している。勿論、戦闘ヘリなどと比べると笑えてくるくらい遅いけれど。

それでも、貴重な一歩。

150キロでの移動を行うアンノウンと渡り合うには、まずは此処から。

そして、GOA401では。

アフターバーナーを用いて、時速百五十キロを目指す。

GOA350は、多少の変更でそのまま301から切り替えることが出来るのが魅力だ。配備に時間も掛からないだろう。

そしてその頃には、リョウが必死に進めてくれているサポートAIの改良も、佳境には入っているはずだ。

いける。

「勝つぞ」

「勿論です」

頷くと、私は通話を切る。

さて、幾つもの勢力が蠢く中。あの巨大なるアンノウンを暴くのは何処になるのか。

自分たちになりたいものだ。

そう、アンジェラは思った。

 

(続)